過去ログ - 阿良々木暦「ありすリコリス」
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6: ◆8HmEy52dzA[saga]
2015/01/16(金) 20:21:31.75 ID:6UJ3zAla0

「いいか橘、名前というのはコミュニケーションにおいて非常に重要な要素の一つだ」

「はい、理解しているつもりです。名前が無ければ日常生活が不便になることは容易に予測できます」

橘の言う通り名前は人間の各個体を見分けるという重要な役割も持つのだが、僕が言いたいのはそんな商品のラベルのような話ではない。

「僕は皆のことを苗字で呼ぶ。それこそ誰だろうとごく一部を除き例外はない。何故だかわかるか?」

例外とは忍野メメと忍野忍と忍野扇、城ヶ崎美嘉ちゃんと城ヶ崎莉嘉ちゃん、そして家族だ。
美嘉ちゃんと莉嘉ちゃん、それに忍野と忍と扇ちゃんだけは同じ苗字、という確固とした理由がある。
他にはひたぎも名前で呼び捨てだが、彼女に関しては僕から説明するのも憚られるし、そもそも不要だろう。

「……いえ、残念ながら」

「アイドルとそのプロデューサーという関係において一定の距離を保つ為であり、それ以外の部分で僕との距離が縮まったことを実感して欲しいからだ」

「……」

自分で言っておいてなんだが、これは半分こじつけだ。
僕が人を苗字で呼ぶのは癖のようなものであって、元々そんな意図はないに等しい。
だが急造の理由としては悪くはないし、決して嘘でもない。

まだよく分からない、といった表情を浮かべる橘。
仕方ない、実践を以って思い知らせてやろう。

「例えば……そうだな、千川さーん」

「はぁい?」

僕に呼ばれてとことこと笑顔でやって来る千川さん。
ああ、いつでも百万ドルの笑顔の千川さんだ。
修羅場時、この笑顔に癒されたことが何度あったことか。

「どうだ橘、この通り千川さんは僕の呼びかけに応じてやって来た。これは僕と千川さんが呼び方以外の部分で親交が深まっているからに違いないだろう?」

「それは確かに……そうですけれど」

まだ何か納得が行かないのか、唇を尖らせる橘。
その時々うっかり見せる子供っぽい挙動はたまらなく似合うのだが、言ったら十中八九へそを曲げられるので言わないでおこう。

「プロデューサーさん、何か御用ですか?」

「あ、ごめんなさい。話の流れで呼んだだけです、失礼しました」

「わかりました。プロデューサーさんの給料から天引きしておきますね」

「はい、わかりました…………えっ?」

なんで名前呼んだだけで僕の給料が減るの?

「つまり、どういうことですか?」

「あ、ああ……他のみんなとの距離を縮める為にも、名前で呼び合うのはどうだ、という話だ」

「プロデューサー」

「……なんだ」

「プロデューサーの他の皆と仲良くしろ、という旨の言葉は最もですのでありがたく胸に留めておきます」

ですが、と鋭い視線を向ける橘。

「名前のことに関しては私個人の問題です。私にとって、名前は大事な譲れないことですから」

「…………」

そうやって意固地になるあたりまだ子供だな、と口には出さないが思う。

それは、早く大人になりたいと願う橘の想いの顕現なのだろう。

だけどな橘。
それは大人の持つ強さとはまた違うものなんだぜ。



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