234: ◆hSU3iHKACOC4[saga]
2015/05/05(火) 00:21:26.46 ID:py78Qnqv0
演技を続ける松常久に虎城が叫んだ。
「嘘だ! あんたたちはオロチにいた! 私たちを殺すために追いかけてきた! オロチを目覚めさせて混乱を招いたのを忘れたか!」
叫んでいたけれどまったく覇気がない。弱弱しくて今にも泣き出しそうだった。虎城にはもう体力が残されていないのだ。気力もいよいよ失われている。それでも言い返しているのは、自分の部下たちに対する気持ちがあったからだ。
虎城の叫びに松常久がこういった。
「証拠はどこにある? ないだろう? もしかして君の記憶が証拠にでもなると思っているのか?
君もライドウの一派なのだろう? 君の記憶は証拠にならない! いじくった記憶かもしれないからな!
わかっているとも、そうやって私の頭の中にある情報を引き出そうとするわけだ、犯人でないのならば、読心術を受けられるだろうと!
その手には乗らないぞ! そうやって掠め取ろうとしているのだろう私の情報を!
ひゃははははは!」
松常久は笑っていた。叫ぶ虎城のうろたえようが、自分自身の主張を高めてくれたからである。彼女が弱まり、自信なさげにしているのが、松常久の追い風になると信じている。松常久は会場の空気が自分に味方しているのを感じ、そして、わずかでも延命できることを喜んだ。
松常久の指摘を受けると、虎城はうつむいた。唇をかみ締めて、握りこぶしを作り震えた。彼女は自分では松常久を追い込めないと理解したのだ。
限りなく黒に近い罪人を追い詰める方法が無いのが悔しくてしょうがない。
場の空気をがらりと変えるほどの、根拠を持っていない。彼女は自分の記憶をヤタガラスに提供することで松常久を追い詰めようとした。読心術によって提供できる記憶が彼女の必殺技だったのだ。
しかし場の空気が、ヤタガラスの読心術を許してくれそうにない。そのとき、いったい何が証拠として採用されるのか。物証だ。しっかりとした物証が必要になる。悪魔の力を使えばなんでも偽造できるサマナーの世界でさえ揺らがない証拠が必要なのだ。
彼女は何も持っていない。さっぱりこの場で松常久を打ち倒す証拠がない。虎城は自分ではもうどうすることもできないと悟った。そして、敗北したということも。しかしこの敗北は個人的な敗北で、心情的なものだ。ただ、口げんかに負けただけ。それだけだ。
結末は変わらない。パーティー会場の空気をいくら乱そうと、ヤタガラスの幹部達が決定を翻すという話になるわけではない。また、仮に翻ったとして龍門渕から無事に帰れるという保障はどこにもない。
松常久の行った演説はただ虎城の心をへし折っただけである。むしろ生き残りたいというのなら、逆効果だったとさえいえる。
なぜなら松常久の前にはいよいよ爆発寸前のハギヨシが待ち構えているのだから。ディーが必死に止めていなければ、この瞬間にでも三人の黒服もろとも消し飛んでいただろう。
このやり取りを見ていたパーティーの出席者たちは同じような振る舞いをした。気の毒そうに虎城を見つめるばかりである。そして内心このように考えている。およそ、このようなもの。
「おそらく松常久は黒だろう。振る舞いに余裕がないのも、この場でライドウに喧嘩を売るようなまねをするのも、その証拠。
しかしヤタガラスの準幹部を完全に切り捨てられる証拠を持って現れなかったのが彼女の失敗だった。
法律が役に立たないこの世界で、そしてこの場で、衆人環視の中で正義を立てられるほどの根拠が彼女にない。それなのに声を上げ、松常久の前に出たことで言い負かされた。
実際、無理やりに始末すれば、それこそ松常久の言葉通りにライドウの一派が私利私欲のために動いていると邪推されることになる。下手をすれば、いやな噂を立てられるかもしれない。
ただでさえ敵の多い十四代目葛葉ライドウだ。足を引っ張りたいと思うものは山ほどいる。これ幸いと騒ぐものもいるだろう。
ヤタガラスの幹部達はこのパーティーのやり取りを気にして彼女に読心術をかけないかもしれない。どこかから証拠になる人物を探してくるかもしれないが、その間に記憶をいじられたスケープゴートが用意されるだろう。
だからといってライドウとその弟子たちはこの男を許しはしない。あの男たちは悪評など気にも留めない。必要とあらばカラスもキツネも殺す信念を持っているのだから。
結果だけ見れば松常久の断末魔は女性の心をひとつ折っただけだ。その代わりに龍の逆鱗に触れる失敗をした」
会場の出席者たちは誰もが松常久を黒と確信していた。
しかし松常久の演説が必殺の読心術を封じつつあった。虎城自体が疑惑の対象になり、処罰が難しくなりはじめていた。根拠もないのに読心術を使えば、松常久の言うとおりライドウが私利私欲に走ったと思われるからだ。
それは困る。ヤタガラスの看板になっているライドウが傷つく。そしてヤタガラスの構成員たちもいつ自分たちの利益を奪われるかもしれないと不安に思うようになるだろう。
「なら、いっそ今回の件は」
となるかもしれない。あるかもしれない。龍門渕の当主たちが心配している幹部級の裏切り者がいるとすれば、それも複数いればありうる結末だろう。今回の演説にいるかもしれない幹部級の裏切り者が乗ればいいのだ。
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