5: ◆hSU3iHKACOC4[saga]
2015/03/31(火) 03:57:20.55 ID:w4MVYybr0
五月の終わりごろ。夕方の清澄高校の廊下を京太郎は歩いていた。授業がすっかり終わり、部活動の時間である。
灰色になってしまった髪の毛をいじりながら、足音をまったくたたせずに廊下を進んでいく。京太郎は、高校生になってからは麻雀部に所属している。
ほんの数日前まではまったく休まずに通っていたのだが、さまざまな事情が重なりここ数日は部活に顔を出せていなかった。
しかしやっと部活動にも出てこれるようになったので、顔を出すつもりなのだ。
先に進む京太郎から少し遅れる形で宮永咲が歩いていた。普段は見せない困ったような表情を浮かべていた。
また、足を繰り出すスピードがそこそこ速かった。彼女、宮永咲もまた麻雀部の部員である。京太郎と同じように彼女も麻雀部に毎日顔を出している。
少し事情が違いほかの新入生たちよりも遅れて部活動に参加することになったのだが、部活動を始めてからは真面目に部活動に取り組んでいた。
毎日毎日、よほどの用事がなければ部活動をやっていた。本日も同じである。京太郎と行くところが同じだから、一緒に向かっているのだ。
自分たちの教室と部室との中間点で、宮永咲は京太郎との距離を縮めた。今まであったおどおどした様子がなくなっていた。意を決したのだ。
そして話しかけてきた。
「京ちゃんごめんね。お見舞いにいけなくて」
宮永咲は京太郎に謝りたかったのだ。しかし、謝るタイミングを逃し続けていた。数日前に京太郎は事故に会った。そして入院していた。
事故のことが小さな記事になったりもしている。宮永咲が申し訳ないと思っているのは入院していた京太郎のところに一度も顔を出さなかったことである。
しょうがない話だ。京太郎が事故にあったと知ったのが部活動の合宿から帰ってきてさらに、時間がたってからのこと。
京太郎が意識を失い眠り続けたことも、回復したが事故の後遺症で髪の色が変わってしまった話も、何もかもが終わってからだった。
だから、どうしようもないのだ。どのタイミングでも彼女はたどり着けなかった。
しかし彼女はその知らせを聞いたとき、自分が不義理を行ったと感じた。
何もかもが終わり、結果だけが残っている状態であったのがよけいに失敗したような気持ちにさせたのだ。
結果だけがある。もうすでに何もかもが終わっていて、介入する方法がない。できることといえば、ひき逃げ犯を責めるような話をするくらいのものだ。
ただ、それをしたところでどうなるわけでもない。もやっとするだけだ。そして結局、今の今まで話しかけることさえできなかった。
申し訳なさそうにする宮永咲をみて京太郎は、このように返した。
「謝らなくていいって。ぜんぜん気にしてないし、怒ってない。
本当に気にするなよ。機嫌が悪くてこんなことを言っているわけじゃないからな。本当に気にするなよ。泣きそうな顔をするな」
京太郎はまったく気にしていないようだった。久しぶりに歩く廊下を感心したように見てみたり、窓の外で走り回る高校生の姿を見て、微笑んでいた。
京太郎自身、その言葉通りまったく気にしていないのだ。
確かに入院していたし、三日ほど眠ったままであった。そして退院するまでに数日かかったというのも本当である。しかし、それだけのことだと京太郎は思っていた。
お見舞いに来てくれなければ友達ではないとか、不義理であるなどとはまったく思っていないのだ。卒業式だとかでは泣かないタイプである。
京太郎の返事を聞いて、宮永咲の表情は曇った。少しつつけば、泣いてしまうだろう。しかしそれでもしっかりと京太郎の歩くスピードにあわせて歩いていた。
別に誰が悪いという話ではない。たまたまタイミングが悪かっただけのこと。
それに仮に宮永咲が事故現場に居合わせていたとしても、また奇跡的にどこの病院に運ばれたのかという情報を手に入れられたとしても、おそらく病室まではたどり着けなかっただろう。
そもそも京太郎が事故にあったという話も、たまたま偶然に耳に入ったから知れた情報なのだ。ほかの部員たちも同じだ。たまたま偶然に耳に入ったのだ。
だから同級生たちのほとんど、学校の関係者のほとんどは、何が起きたのか知らない。確かに新聞には記事が残っている。調べれば、高校生がひき逃げにあったという記事を見つけられる。
しかし、それだけだ。だから
「一年生の須賀京太郎が事故にあったことを知っているか?」
だとか
「灰色の髪の毛になったのを見たか?」
などと世間に聞いて回っても
「知らない」
もしくは
「もともと灰色のような色合いだったのではないか?」
という反応しか返ってこない。それ以上のことは関係者以外知らない。
宮永咲の表情がずいぶん悪いのを理解したけれど、何もいわず京太郎は麻雀部の部室に向かって進んでいった。
簡単に宮永咲を置き去りにすることができるのだけれども、それはしなかった。おいていかないように気をつけながら、京太郎は歩いた。
自分が彼女を悲しませているというのはよくわかったからだ。また、自分が何を言ったとしても気に病むだろうというのもわかっていたので、何もいえなかった。
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