過去ログ - 京太郎「限りなく黒に近い灰色」
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8: ◆hSU3iHKACOC4[saga]
2015/03/31(火) 04:13:32.35 ID:w4MVYybr0
 しかし、どこで壊れたのかわからないという答え方でも嘘ではない。正確にどのタイミングで携帯電話が壊れたのか、京太郎にもわからないのだ。

 京太郎の答え聞いて原村和がこういった。

「本当に無事でよかったですね。早く犯人が見つかればいいのに」

ずいぶんと真剣な口調だった。京太郎の答えを聞いてすぐ携帯電話がどうして失われてしまったのかという想像がついたのだ。もちろん、京太郎が体験した冒険を理解したわけではない。

 京太郎の身におきたということになっている車の行為がそうしたのだろうと考えたのだ。そして、その行為のことを考えると、彼女の心は怒りに染まる。

 知人がそんな目にあって穏やかではいられない。何せ、一歩間違えば、京太郎は戻ってこれなかったかもしれないのだから。

 原村和がそういうのを聞いて京太郎は苦笑いを浮かべた。そしてこういった。

「そうだな。早く見つかってほしい」

力のない言い方であった。また怒りに燃えているということもない。犯人がすでにつかまっていると京太郎は知っているのだ。

 そして事件そのものが嘘であると知っている。本当のことを話すべきかも知れない。しかし嘘をつかなければならない事件だった。話したところで理解されるものではないのだ。

 悪魔に襲われたなどと話して納得してもらえるだろうか。まだ、ひき逃げされたのだという話のほうが現実味がある。

 しかし嘘は嘘だ。妙にいやな感じがしてしまう。そして自分のために怒りを覚えてくれる人たち、心配してくれる人たちの姿を見ると、自分が悪いことをしているような気持ちになる。しかし本当のことを言うわけにもいかない。結局、空返事に近い対応しかできなくなるのだった。


 部活動の終わりを告げるチャイムが鳴り、帰り支度が済んだところで部員たちは部室から出て行った。

 そして校舎の中を進んでいるときであった。廊下で、先生と生徒が大きな荷物を前にして困り果てていた。

おじいさんといっていい年齢の先生と、細長い男子生徒である。彼らは大きな金庫を二人で持ち上げようともがいていた。金庫は大体高さ一メートル奥行き一メートルほどの古い金庫だった。さび付いていた。

 おじいさん先生と細長い男子高校生が、金庫と格闘しているのは回収してもらうことが決まったからなのだ。業者に頼めばいいのだけれども、頼むほど重たいわけでもなく暇だからということで二人でどうにか運んでいたのだ。しかしいよいよ力の限界が来てしまった。そんなところだった。

 すれ違うときに、先生と生徒が助けを求めてきた。

「すまんが、手伝ってくれないか。二人で持っていくのは無理そうなんだ」

 おじいさん先生はずいぶん息が切れていた。また、男子生徒も息が切れていた。二人で何とか廊下まで持ってくることはできたのだが、流石に階段を下りていくのは無理だったのだ。

 そして無理だと判断したところに、たまたま人が通りがかった。二人で足りないのなら、三人、四人と増やせばいい。そう思ったから手を借りたいといったのだ。

 古びた金庫を運んでくれないかといわれたときに、部員たちはあまりいい顔をしなかった。女子部員たちはどこからどう見ても無理だろうという顔をしていた。

 何せ、古びた金庫はそこそこ大きい。人数を増やせば、おそらく持ち上がるだろうし、運べるに違いない。しかし間違いなく明日は筋肉痛になるだろう。

 また、おそらく手伝ってほしいというのも自分たちではなく、京太郎に対してというのがなんとなくわかっていた。平均的な男子よりも体格のいい京太郎の力ならば、役に立つだろう。

 しかしそれは、病み上がりということになっている京太郎に無理をさせるかもしれないということ。それは彼女らにとっていいことではなかった。

 さてどうやって断ろうかと考え始めた部員たちを差し置いて、京太郎がこういった。

「いいですよ。どこまでもって行きましょうか」

少しもためらうところがなかった。荷物を運ぶだけだ。断る理由がまったくない。京太郎の周りは京太郎のことを心配しているけれども、本人は調子がいい。むしろ体を動かしたくてしょうがないのだ。

 金庫を運んでくれなどというお願いなんて、たいしたことではなかった。

 京太郎がうなずくのを見て、おじいさん先生がこういった。

「下駄箱のところまでお願いするよ。そこからは明日、業者さんがやってくれることになっているから」

おじいさん先生と、細長い男子生徒はほっとしていた。ものすごく大きな金庫ではないけれども、中に書類なのか、何かが入っているようで思いのほか重たいのだ。

中身を捨ててから運ぶべきなのだけれども、さび付いてあかないのだ。そんなところに三人目が加わるということで、楽ができるとほっとしたのである。

 やる気になっている京太郎を見たとき部員たちはあまりいい顔をしなかった。何を言っているのだこいつはという表情を浮かべているものばかりだった。

 京太郎は元気があるといっているけれども、事故にあって意識不明になったまま三日間病院のベッドで眠っていたのだ。治ったといっているけれども、どのタイミングでおかしくなるかはわからない。無理をするのはよろしくないと思うのは自然なことだった。

 しかしそんな心配する部員たちを置いたままで、宮永咲に京太郎はかばんを渡した。京太郎の学生かばんは事故のときにどこかに消えてしまったので、中学生のときに使っていたかばんを持ってきて使っている。かばんを宮永咲に渡したのは、邪魔になるからだ。

 かばんを渡された宮永咲はこういった。
「大丈夫なの京ちゃん」
心配しているのがよくわかった。実際心配しているのだ。医学の知識がない宮永咲であるけれど、意識不明になった人間が力仕事をしていいのか悪いのか判断するくらいのことはできるのだ。

 心配する宮永先に京太郎が答えた。
「大丈夫大丈夫、このくらいなら軽いもんさ」
実に軽い調子だった。むしろ楽しそうだった。京太郎は退院してから体の力をもてあましていた。麻雀部で異様な集中力の高さを発揮したときは困った結果になったけれども、発散したいという気持ちはある。

 抑えているけれども爆発寸前なのだ。なのでむしろこういう体を動かせるチャンスがあるのなら、是非にという気持ちのほうがはるかに大きかった。
 京太郎の答えを聞いた宮永咲はこういった。

「そうじゃないよ。体のこと」

口調でわかることだが、少し怒っていた。なぜ自分が心配しているのかまったく理解していない京太郎に怒ったのだ。


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