9: ◆hSU3iHKACOC4[saga]
2015/03/31(火) 04:16:36.45 ID:w4MVYybr0
宮永咲の心配する声も聞かずに京太郎は金庫に手をかけて持ち上げた。京太郎は古びた金庫の底に手をやって、ほかの二人が手伝う前に持ち上げたのだ。ヒョイという擬音が似合う動きだった。
むしろ軽すぎたのか持ち上げすぎてバランスを崩していた。京太郎は、そこそこ重たいといって情報を得ていたので、結構な力を入れて金庫に挑みかかったのだ。そうしていざ持ち上げてみると、それほど重くない。
そうなってみると重たくもないのに力を入れすぎたということになるわけで、勢いがあまって体のバランスを崩しかけたのである。
京太郎が荷物を持ち上げたところでおじいさん先生と細長い生徒が歓声を上げた。
「おお! すごいな君!」
「はぁ!? 何で持ち上がってんの!?」
二人とも目を見開いて、口を半開きにしてしまっていた。二人からすれば、古びた金庫というのはとんでもなく重たい荷物だったのだ。しかしそれが、目の前で冗談のように持ち上げられてしまった。
そうしてみると、目の前の京太郎というのはとんでもなく力持ちということになる。普通よりも少し体格がいいくらいの京太郎がどこにそんな力を持っているのだろうか。不思議でしょうがない。
さっぱり自体の飲み込めないものたちを尻目に京太郎は廊下を進み下駄箱へと向かっていった。金庫を持ち上げた京太郎は、驚いている先生と男子生徒をまったく気にせずに歩き出した。
その進むスピードというのは京太郎が宮永咲と一緒に歩いていたスピードよりもずっとすばやかった。また、京太郎は少しもつらいという様子がなく、むしろ楽しんでいた。
自分の力を抑えなくていい状況になったので、楽しくなってきたのだ。そのため自分の力を抑えて、人にまぎれるのを忘れてしまっていた。
京太郎がさっさと先に進んでしまった後で、おじいさん先生と生徒に竹井久が質問をした。
「あの、何がすごいんですか? あの金庫ってそんなに重たいんですか?」
ずいぶん冷静だった。あまりにもおじいさん先生と細長い生徒が騒ぐので、冷静になってしまったのである。そうして、冷静になってみると京太郎のどこがおかしかったのかというのが気になった。
確かに、金庫というのは重たいものだ。何百キロという重さのものもある。しかし、先ほどの金庫はせいぜい二十キロ。多く見積もって三十キロくらいのもの。もてないレベルのものではないはず。少なくとも彼女にはそう見えていた。
竹井久の質問を受けた先生が答えた。
「あの金庫の中にはね、まだ資料が入ったままなのさ。見た目こそ小さな金庫だけど、重さは半端ないよ。金庫のもともとの重さと資料の重さで四十キロくらいあるんじゃないかな。だから二人で運んでいたわけだけど。
しかし一人で持っていくとわね。あの生徒はずいぶん力持ちだ。しかも余裕そうだったし」
先生と生徒が感心しているところでが宮永咲に原村和が聞いた。
「須賀君ってスポーツでもしていたんですか?」
特に気になったわけではない。鍛えていない女性、おそらく麻雀部の女子部員たちには無理な重たさだろう。しかし鍛えている人間にとっては四十キロという重たさというのは、無理な数字ではない。当然、条件次第ではという言い方になるけれども。
たとえば、鍛えられた消防士、警察官たち。何十キロもある人間を運ぶというのはよく聞く話だ。背の高い京太郎なら、鍛えていればできなくはない。
質問を受けた宮永咲は答えた。
「してたけど、驚かれるほど力は強くなかったよ」
おそらく部員たちの中で一番京太郎を理解しているだろう彼女が一番京太郎を理解できないでいた。その困惑が、声から読み取れた。
しかしスポーツをしていたのは本当である。しっかりとスポーツをやっていた。しかし、そこまで筋肉があるというような話は聞いたことも見たこともなかった。しかし目の前で起きてしまったことがある。一応答えはしたけれども、彼女の心には謎が残った。
ひとしきり騒いだところでおじいさん先生と細長い生徒たちは作業の続きをするために姿を消した。さっさと掃除をしなければいつになっても帰れないからである。
そして、生徒と先生が消えたところで麻雀部員たちも下駄箱に向かった。部員たちは京太郎の怪力について話をしながら、また灰色になってしまった髪の毛について話をしながら歩いていった。
話しながらであったが早歩き気味だった。おそらく京太郎は下駄箱にいるはず。そして宮永咲にかばんを任せている以上は、帰ることもできないだろう。そういうことで彼女たちは下駄箱に急ぐのだった。
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