99: ◆sXMLNpttdw[saga]
2015/05/24(日) 22:17:28.17 ID:oTtoOkGR0
思い返そうとしても、わたしの中にそんな記憶はない。
いや、それどころの話ではない。
記憶がない。
100: ◆sXMLNpttdw[saga]
2015/05/24(日) 22:18:38.01 ID:oTtoOkGR0
頭をがつんとハンマーで殴られたような衝撃。
あるいは、足元がいきなり崩れてしまって、真っ逆さまに落ちていくような。
頭がくらくらする。
101: ◆sXMLNpttdw[saga]
2015/05/24(日) 22:20:13.03 ID:oTtoOkGR0
「――しっかり!」
はっと意識が帰ってくる。
声が頭の上から聞こえる。いつの間にかわたしは座り込んでいた。
102: ◆sXMLNpttdw[saga]
2015/05/24(日) 22:21:03.96 ID:oTtoOkGR0
「……だいたい事情はわかった。このティアラのことはもう気にしなくていい」
今までとは全然違う、やわらかい、優しげな声。
103: ◆sXMLNpttdw[saga]
2015/05/24(日) 22:24:02.23 ID:oTtoOkGR0
その後。
わたしが落ち着くまで、それからさらに30分くらいの間。
彼はずっと、わたしの背中を支えてくれていて。
104: ◆sXMLNpttdw[saga]
2015/06/24(水) 23:09:56.22 ID:AHPbg9Pk0
――12月25日。俺と桃華の初めてのライブは無事に終わった。
桃華が初めてわがままを言ったあの日。結局桃華は、東京の別宅には帰らなかった。
ライブで疲れて眠ってしまったので、女子寮の桃華の部屋に寝かせたなどともっともらしい嘘をつき。
俺たちは、誰もいなくなった事務所で二人、クリスマスを祝った。
105: ◆sXMLNpttdw[saga]
2015/06/24(水) 23:12:13.46 ID:AHPbg9Pk0
クリスマスと言うと、日本ではおおむね恋人たちの夜だと認識されている。
どこにそんなに潜んでいたのかと言いたくなるほど、カップルがうじゃうじゃと湧いて出てくる日だ。
しかし本来の、欧米でのクリスマスというのは、家族で過ごす日なのだ。
106: ◆sXMLNpttdw[saga]
2015/06/24(水) 23:15:32.54 ID:AHPbg9Pk0
そんなありふれた、当たり前のクリスマスを求めて。
けれど手に入らなくて。
ひとりぼっちのクリスマスが嫌で。
目じりに涙をにじませているのに、それでも気丈に笑おうとする。
107: ◆sXMLNpttdw[saga]
2015/06/24(水) 23:16:54.96 ID:AHPbg9Pk0
だから俺たちは街にくり出した。
着の身着のままで街に出た。
スーツ姿の大男と小学生くらいの美少女という、通報されても不思議ではない組み合わせだった。
だが幸いにも、街を行く人々は他人にかまけている暇などないということなのか、俺が捕まるようなことにはならなかった。
108: ◆sXMLNpttdw[saga]
2015/06/24(水) 23:17:41.37 ID:AHPbg9Pk0
ともあれ。
俺と桃華のクリスマスはそんな風にして終わった。
余談だが、うかつにもプレゼントを用意していなかった俺は、次の舞台衣装に使うつもりで選んだティアラをプレゼントだと言って渡した。桃華はとても喜んでくれたので、その場は特に問題なく終わった。
109:名無しNIPPER[sage]
2015/06/24(水) 23:51:38.03 ID:W2JOeERWo
更新きた
110: ◆sXMLNpttdw[saga]
2015/07/25(土) 01:12:24.16 ID:krilT9Vy0
一区切りがついたあたりで、かちゃりと金属同士のこすれあう小さな音がした。ドアの方だ。
人影はない。
しかし浅く開いた扉の影から、眉を曇らせた顔が覗いているのが見える。
111: ◆sXMLNpttdw[saga]
2015/07/25(土) 01:46:12.28 ID:krilT9Vy0
この声はそう、ありすだ。
――橘ありす。12歳の小学6年生。7月31日生まれのしし座、血液型はA型。
身長は142cmで体重は34kg。
112: ◆sXMLNpttdw[saga]
2015/07/25(土) 01:47:54.80 ID:krilT9Vy0
ぎぃ、と。
静かな事務室に蝶番がこすれる音が響く。
その金属音に切断されて、俺の思考は断ち切られる。
「その……今日のレッスン、終わりました」
113: ◆sXMLNpttdw[saga]
2015/07/25(土) 03:11:03.62 ID:krilT9Vy0
「あの……それ、なんですか?」
気づけばありすが俺の隣まで近寄ってきていた。
2メートルほどの距離。
しかしその距離は、人が面と向かって話をするにはまだ少し、遠い。
114: ◆sXMLNpttdw[saga]
2015/07/25(土) 03:54:59.72 ID:krilT9Vy0
「これは……業務日誌だよ」
さっきまで読んでいた、桃華との日々が頭をよぎる。
桃華のことを考えていると、深い海の底に引きずり込まれるような、そんな気分になる。
115: ◆sXMLNpttdw[saga]
2015/07/25(土) 04:00:19.92 ID:krilT9Vy0
「ああ、でもこれは……」
「ちょっと古い奴だから、ありすのことはあんまり書かれてないかな」
そう言った瞬間、少しずつ近づいてきていたありすがぴたりと止まる。
116: ◆sXMLNpttdw[saga]
2015/07/25(土) 04:06:59.32 ID:krilT9Vy0
そうだ。
桃華はずっと眠っている。
桃華が倒れてしまった、あの日からずっと眠っている。
身体に外傷はないのだと医者は言っていた。
117: ◆sXMLNpttdw[saga]
2015/08/25(火) 03:44:21.71 ID:qtYWYRJw0
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
なぜ桃華がこんな目に遭わなければならなかったのだろうか。
こうならないためには、どうすればよかったのだろうか。
118: ◆sXMLNpttdw[saga]
2015/08/25(火) 03:45:05.49 ID:qtYWYRJw0
あの頃、俺は桃華に対して、ほとんど何もしていなかった。
桃華もすっかりアイドルとしての仕事に慣れてきていて、一人でも大丈夫そうだったから……とか。
アイドルになったばかりで、性格的にも気難しいところがあるありすの方に付いていたかったから……とか。
119: ◆sXMLNpttdw[saga]
2015/08/25(火) 03:53:20.96 ID:qtYWYRJw0
……違うだろ!
桃華は悲しい時でも気丈に振る舞う子だと。
つらい時でも笑っていられる子だと。
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