過去ログ - 卯月「プロデューサーさんの、本当の幸せを」
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24: ◆8g8ZKJa8Ps[saga]
2015/08/24(月) 01:54:10.10 ID:20TbIrfu0
 もう何もかもが嫌になって逃げ出しました。凛ちゃんがわたしの名前を呼びます。未央ちゃんが追いかけてきます。プロデューサーさんがなにかをいいました。何も聞きたくありません。何も知りたくありません。わたしは少しでも遠ざかりたくて、持っていたものを手当たり次第に未央ちゃんに投げつけました。悲鳴が聞こえて振り返ると、何かが当たったのか、転んだ未央ちゃんがわたしを見上げています。

未央
「しまむー、ごめん! ごめんねっ! でも、待って! 少しでいいから、話を――」

 話すことなんて何もありませんでした。何を聞かせてくれるというのでしょうか。プロデューサーさんとしたたくさんの幸せなことでしょうか。そんなのいりません。知りません。わたしは未央ちゃんを置いて逃げました。走れなくなるまで逃げました。いっそ心臓が破れてしまえばいいと思いながら、逃げ続けました。

 けれど心臓は壊れませんでした。わたしはふらふらになってどこかの路地裏にへたり込みます。一歩も動けなくて、動きたくなくて、何かの看板の裏に隠れました。声が聞こえたような気がします。わたしを探す声がしている気がします。誰かが走っている音がしました。それはだんだんと近づいてきて、泣きそうな声で何度も何度もわたしを呼んで、そしてどこかへ行ってしまいました。

 それからどれくらい経ったでしょうか。いまが何時なのかはわかりません。ケータイは未央ちゃんに投げたか、走ってる途中で落としたか、とにかく持っていませんでした。心臓が落ち着いて、身体が冷えて震え始めたころ、その人影はひょっこりとわたしの前に姿を現しました。

幸子
「卯月さん、こんばんは。カワイイボクがお迎えに来てあげましたよ?」

卯月
「……幸子、ちゃん? 迎えって……プロデューサーさんに、頼まれたんですか……?」

幸子
「違いますよ。ボクは今回の件で最大の功労者である卯月さんを、みんなでお祝いするためにお迎えに来たんです」

卯月
「……なにを言って……?」

幸子
「いいから早く来てください。すぐそこにタクシーを待たせてますから。このままじゃカゼをひいちゃいますよ?」

 差し出された手を握って、わたしはようやく立ち上がりました。幸子ちゃんの後についてタクシーに乗ります。向かった先は事務所からほど近い分譲マンションでした。

幸子
「こっちです」
 案内されたのは、一階の角部屋でした。玄関をくぐり、薄暗い廊下を抜けて、リビングに入ります。リビングにはひとそろいの家具がありましたが、生活感は一切ありませんでした。首をかしげるわたしを尻目に、幸子ちゃんはクローゼットを開けます。クローゼットには何も入ってませんでしたが、どういうわけかドアが付いていました。

 幸子ちゃんはそのドアを抜けて行ってしまいます。すこし迷ってから付いていくと、隣の部屋のリビングに出ました。振り返ると、クローゼットがあります。クローゼット同士でつながった部屋というよくわからない物件でした。幸子ちゃんはドアを閉めて、じゃらりと鍵束を出すとおもむろに鍵をかけ、こんどは大きな冷蔵庫を開けます。まさかとは思いましたが、冷蔵庫の中にはドアがあり、また別の部屋に続いているようでした。

 これはいったいどういうことなのでしょう。冷蔵庫の次は本棚で、その次は大きな油絵です。幸子ちゃんに聞いてもフフーンと笑うばかりで応えてくれませんでしたが、大きな和箪笥の向こうに、この奇妙なマンションの答えがありました。

 そこは今までと同じ部屋でした。家具も調度品も特に変わったものはありません。ですがここが一番奥の部屋だということは見ればわかりました。ソファで紅茶を片手にくつろいでいる女の子と、キッチンで鼻歌を歌いながら料理をしている女の子と、どうですかといわんばかりに胸を張っている女の子と――そして、部屋の真ん中でふかふかのカーペットに横たわり、両手を縛られたまま眠っているプロデューサーさんを見れば、これがどういうことなのかは誰だってわかります。

 わたしはふらふらとプロデューサーさんに近寄って、ずっと触れたかったプロデューサーさんの頬に手を当てました。あたたかくて、愛おしくて、どうしようもないくらいの幸せが、手のひらから伝わってきます。胸の奥にこびりついたものが嘘のように消えて行きました。わたしはプロデューサーさんに膝枕をしてあげます。頭を撫でて、耳をなぞって、指先で唇を感じます。

幸子
「おかえりなさい、卯月さん」

桃華
「おかえりなさいませ、卯月さん」

響子
「おかえり、卯月ちゃん」

 わたしは顔をあげて、とびっきりの笑顔で答えました。

卯月
「ただいまっ」



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