23:名無しNIPPER[sage saga]
2015/09/07(月) 00:28:55.44 ID:rVNZ4GiQo
〜
2月13日、土曜日。
私は、後悔していた。
下見の日を変えていればよかったことなのだろうか。
下見でここに来る時間を変えていればよかったことなのだろうか。
恐らくそんなことは、問題を後回しにすることにしかならないのだろうが。
「ごめん……泣かないで……」
「…………」
駅前の大きなオブジェのすぐそばには二人の女の子がいた。
片方の女の子はまさかの櫻子だった。もう片方の女の子に見覚えはなく……たぶん私の知らない人だ。身長も私たちと同じくらいのようであるところから、恐らく櫻子の学校の人だと思われる。
その人は櫻子に力なくもたれかかって、声を押し殺して泣いていた。
いわゆる修羅場という感じではないようだが、誰がどう見ても別れのシーンであった。少し距離の離れたところで隠れている私の耳にも、「ごめん」「ごめんね」という櫻子の声だけはぽつぽつと届いてくる。どうやら櫻子から別れを申し出たらしい。
立ち聞きなんて最低かもしれない。しかし私の足は固まって動いてくれない。私の耳が勝手に櫻子の声ともう一人の女の子の泣き声に集中してしまう。目を背けたくても視点が動かせない。櫻子のこんな姿を、私は初めて見た。
櫻子の横顔は憂いに満ちていた。櫻子にとってもその子は大切で、しかし何か別れるしかない事情があったのだろう。そして女の子があれだけ泣いているということは、女の子は櫻子のことが大好きなのだ。
別れることになった原因はなんだろうか。櫻子か、女の子か? どちらでもない何かか? 二人は付き合っていたのだろうか? もしくは付き合う前の告白を振ったのか? 何もわからない私は憶測を思い浮かべることしかできない。
(やっぱり櫻子は……向こうの学校でも人気があるのでしょうね)
私のその予想は間違っていないだろう。中学時代から櫻子の人柄は多くの友達を作っていたし、高校に行ってもそういう人はそういう人だ。
しかし私の視線の先で繰り広げられているものからは、「友との別れ」よりも「恋の終わり」を無性に感じさせた。恋愛感情の絡む何かが絶対にあるということをひしひしと肌に感じる。ひどく胸が痛い。
私が今いる場所のすぐそばには、中学時代によく櫻子と一緒に来たカフェがあった。私たちの思い出の場所をデートコースにしようとして寄ってみたのだが、その帰りがけに今の二人に遭遇してしまったのだ。
明日のデートはどうしよう。ここのお店は間違いなくコースから外さなくてはいけない。それよりも櫻子はこんなことがあった日の翌日に本当に私とデートしてくれるのだろうか。櫻子は明日どんな気持ちで私と一緒にいてくれるのだろうか。私の身体は完全に固まってしまっているくせに、なぜだか無性に冷静な頭はどんどんと物事を考える。
そのときぴゅうと冷たい風が吹いた。コートの隙間に入り込んだ寒風は私の身体を思わず震わせる。それをきっかけに私の足がやっと動いてくれた。
(……帰りましょう)
見たくないものを見てしまった。見ないで済むなら一生見たくはなかった。永久に心残りになりそうなそのシーンから早く離れようと思い、定期のICカードを素早く改札にタッチして駅のホームに向かった。
ホームと駅前広場を隔てる柵の隙間から最後に見えたのは、もちろん先ほどから全く変わらない体勢の二人であった。
櫻子はあの子が泣き止むまで一緒にいてあげるのだろう。恋愛的なつながりはなくても、これから先も友達であり続けたいと思っているのだろう。友達想いな櫻子が人を振るという事実さえ未だに信じられないが、絶対にないがしろにすることはないはずだ。それだけは私も見ず知らずのあの女の子に伝えてあげたかった。
でも、もしかしたらごめんなさい。
櫻子があなたを振った理由は……
(……いけない)
こんなことを思ってはいけない。たとえそうであったとしても許されない。
たとえ私があの子の一番の幼馴染で、明日のデートの相手だとしても。
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