10: ◆Freege5emM[saga]
2015/09/07(月) 03:11:49.98 ID:DhP+ihnQo
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祖父母の邸宅から、さほど遠くない距離。
子供の足で、少し疲れを覚える程度のところに、
壁を漆喰で白く塗られた小さな洋館が立っていました。
その洋館の二階にある窓の一つ、そのそばにニンバスの白い姿が認められました。
窓の向こうでは――おそらく、窓が細く開けられていたのでしょう――クリーム色のカーテンが、
微かにそよいでプリーツを揺らしていて、その様子を私が見上げていると、
その窓がニンバスを迎えるようにすっと開いて、カーテンが風にふわりと浮かされ……
私の目には、部屋の中からニンバスを迎える姿が、ほんの数テンポだけ映りました。
その面影は、当時の私よりも少しだけ年上の――ちょうど、今の小梅さんと同じぐらいの――
そんな年頃の、細く麗しい少女でした……。
私は彼女の姿に気後れを覚えて、洋館から逃げるように立ち去りました。
帰り道の森のなか、私はフラフラと頼りない足取りで、何度か転んでしまって、
それを痛いとも感じないほど心が浮かされていました。
そうして夢現の気持ちで祖父母の屋敷へ戻ってみると、
私はニンバスの脚に花弁を結びつけたあの少女と、なんとかして近づきたい、と思いました。
自分より少し年上の、心憎いメッセージを送ってくれたあの少女に、私は熱っぽい憧れを抱いたのです。
彼女と話すには、どうしたらいいか――そう考えた私は、まぁ……安直といいますか、
屋敷の垣根へ向かうと、からたちの星形に広げられた五枚の白い花弁から、一枚を失敬しました。
そして夕方に帰ってきたニンバスの脚へ、その花弁を結びつけ――返事のつもりで、私は彼女を真似たのです。
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明くる日、私の白いメッセージをたなびかせてニンバスが飛び立つと、
私は勇躍して彼女の洋館へ向かいました。
行き先がわかっていて、しかもそこがとても素敵なところと知っていれば、
私の足取りはスタッカートのごとく弾み、あっという間に洋館は目の前。
ニンバスの白い羽毛と、それと同じくらい白いからたちの花弁。
洋館の壁も漆喰で白く塗られていて、私が固唾を呑んで眺める中、
果たして洋館の二階の窓は今日も開かれて、また彼女はニンバスを迎え入れました。
私は、彼女の姿に息を呑みました。二度見ても、彼女の美しさには慣れません。
彼女が伸ばした細い手は、私が今までに見たどんな雪よりも白く透き通っていました。
彼女が、私の返事――からたちの花弁を見たら、どう思うでしょうか。
それを思うと、私は洋館の表で、自分の心臓が赤く高鳴る音を感じました。
不躾だとは思われていないでしょうか。何せ、彼女は雪よりも澄んだ色合いの人。
からたちの純白でさえ、この時の私には、いささか心細く思われました。
ああ、私がメッセージを伝えるのなら、もっと冴えたやり方が――
私は六甲の森の空気を肺腑いっぱいに満たして、彼女へ声を届けようと歌いました。
――からたちの花が咲いたよ
――白い白い花が咲いたよ
――からたちの棘は痛いよ
――青い青い針のとげだよ
私が、白、白、白と念じていたせいか、私の歌う『からたちの花』は、
母が聞かせてくれた黄昏色とは似ても似つかない、白い音となって、宙へ溶けていきました。
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