26:名無しNIPPER[sage saga]
2015/11/11(水) 00:02:20.72 ID:BRoeWTnho
風呂を出ると、今度は京子が先導に立って夕飯の支度をしようとした。
私も静かにそれを手伝っていたが、たとえ張り切ろうとも京子の包丁使いなどは相変わらず危なっかしくて……落ち着いて見てもいられなくなり、結局私がメインの作業を変わることにした。
京子は面目なさそうに照れ笑いをしていたが、それが傷心の私にずいぶんと気力を取り戻させてくれた。ようやく大きな不安感が取り壊された気がした。
完成したご飯は……いつもよりうんと温かくて、そして優しい味だった。
片付けくらいは私が、と皿洗いを担当する京子の背中に、とっておきのラムレーズンをぴとっとくっつける。買い置きしてあるとはいえ、季節的にもう残りの数も少なくなっていた。だが今日という日は、うちにある在庫全部をあげてしまってもいいとさえ思えた。
京子は嬉しそうに笑うと皿洗いを中断してスプーンを取りだした。代わりに皿を洗おうとスポンジを手に取った私に、一口サイズに掬い取ったアイスを「ん!」と差し出す。最初は遠慮したものの、京子は私にこそ食べてほしいんだと言って聞かず、結局そのまま二人でひとつを食べきった。
未だかつて、こんなに幸せな時間があっただろうか。その中身は決して特別というわけでもないのに……
いや……きっと私はいつも最上級の幸せの中にいたのだ。それを幸せとも思うことなく過ごしていただけで。
寝るときは、夢の世界におびえる気持ちを何も言わずに組みとって……京子は私を抱きしめながら眠ってくれた。徹夜をするとまで意気込んでいたくせに、十数分も経てば京子の方が私よりも先に静かな寝息を立て始めた。
掛け布団はなく、薄い毛布一枚だけが私たちの上にかかっている。京子がいるためにいつもより暑かったが、そんな暑さもかけがえのない幸せなんだと感じられて……私はまた静かに涙してしまった。
「京子、ありがとう……」声に出さずにそう呟き、眠る京子の額の髪をかきあげて手を当て、私からも京子の身体を包むように手を回し……眠った。
……その晩、私は悪夢を見なかった。
それはそれは悪夢どころか、夢も何も見ない安らかな眠りであった。
京子の暖かさを胸の中に抱いて、やわらかな幸せに心も身体も包まれていたのをしっかりと感じていた。
しかし、夜が明けて、朝がきて……
私がゆっくりと目を覚ました時、
ずっと私の中にいたはずなのに、
京子は、もうどこにもいなくなっていた。
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