476: ◆8zklXZsAwY[saga]
2016/08/10(水) 22:51:19.14 ID:xQt0KHc3O
永井にとってほんとうに不幸だったのは、これほどの傷を負ってもなお、すぐには死ねなかったことである。自動車に背中を預けながら、永井は地面にずり落ちていった。自動車のドアには血がべっとり付いており、ドアに空いた穴の周りの塗料が剥がれ露出していた鈑金の地色を、永井の血が艶かしく光る赤色に染め上げている。ドアには血で赤く染まった大部分と銃弾が開けた黒い虚のような部分があり、その穴は色が付いているというより、光や血を吸い込むことで完璧な黒色を獲得しているように見えた。
永井は死を感じていたが、それがやって来るのはあまりにも遅い。死を早めるための左手の動きが緩慢なことも、永井を焦燥させた。意志だけが先走り、身体の運動がそれに追いついていない。永井は、いますぐにしなければならない作業の行程を頭のなかで何度もくりかえし、左手を意識に従わせようとした。
円環的な意思の反駁の果てに、ようやく永井の左手がナイフをつかんだ。腰に巻いた工具ベルトにケースごと挿してあったナイフは、刃長九センチの電工ナイフで、ケーブル等のビニール皮膜を剥ぎ取るために使用される刃の厚いものだった。
永井がナイフの刃を首まで持っていこうとする。ナイフのグリップを握るのもやっとの手で頸動脈を掻き切るのは、いまの永井にとってはあまりにも巨大な労苦を伴う作業だったが、なんとしても成し遂げなければならない。隊員の腰のベルトにはホルスターが装着されていたのだが、いま彼が手に持っている拳銃はそこから引き抜いたものではなかった。ホルスターの先からは、麻酔銃の黒いノズルがのぞいている。
584Res/446.78 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
板[3] 1-[1] l20
このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。
もう書き込みできません。