27:名無しNIPPER[saga]
2016/05/10(火) 23:34:45.09 ID:/gCBb+6Yo
鍵を開ける。帰っても家族すら出迎える人のいなくなった、今のボクの家だ。
実家にあるボクの部屋とは比べ物にならないほど広い。当たり前ではあるが、備え付けの設備で生活のほとんどを営める。寮自体に食堂や浴場があっても、食事や入浴のためにここから出る必要はない。
この部屋には何でも揃っていた。それ故に、ここには何もなかった。
もとより孤独への対処に慣れていたからホームシックには掛かりそうもない。しかしひとたび事務所を離れれば孤独がつきまとってくる。ヒトは孤独を抱えて生きるものだと、ここへ来る以前のように何度も寂しさを誤魔化してきた。
そんなボクの部屋に初めて、ノックの音が響いた。
着替えてる時に。
「……どうぞ」
まぁ、エクステを外していただけだったけれど。
「持ってきたよ、飛鳥ちゃ……わぁ」
この非日常の世界で、エクステを付けていないボクを見た最初の一人となった蘭子のリアクションは、わぁ、だった。
部屋に来られる以上は覚悟していたが、そんなに物珍しそうにしなくてもいいじゃないか。
……恥ずかしいな。恥じらいなんて感情が湧き起こるのは久し振りだ。
「ボクに用があるんだろう? 早くしてくれないか」
いてもたってもいられず、語気を強めないよう抑えただけでも上出来だった。
今のボクは蘭子の記憶にあるいずれの「二宮飛鳥」でもない。世界への抵抗をやめ、羽を休めている無防備極まりない状態だ。
この部屋は孤独に憑りつかれているのと同時に、他者をパーソナルエリアへ踏み込ませないための最後の砦でもある。「二宮飛鳥」という仮面がいらないこの場所では尚更、誰にも容易に踏み込ませたくはなかった。
……でも、蘭子になら、いいかな。もちろん……幸子も。
心のどこかでそう思っていたから、来訪を予見できたノックの主に対してボクは「二宮飛鳥」であるためのエクステを外して待っていたのかもしれない。
「ご、ごめんね? えっと、すぐ出て行くから……」
選んだ言葉が悪かったのか、結局勘違いさせてしまったようだ。廊下に待機させていたカートから蘭子は申し訳なさそうにトレイを取り出し、食欲をそそる匂いとともにボクへ手渡そうとする。
うん? カートにもう一つ、トレイがある。二人分食べろという意味ではもちろんないだろう。
ならば、それが意味するところは。
……それもまた、ボクの望むところだった。
「そうかい? ……参ったな。誰かに見張ってもらわないと、無理してでも食べる気にはなれないんだ」
きょとん、というオノマトペが似合うくらい蘭子は普段より顔に出やくなっていた。
「部屋で一緒に食べてくれないか。蘭子さえよければ、だが……どうだろう」
「……、うんっ!」
言葉の意味を理解するのに数秒、蘭子は満面の笑みで快諾してくれた。その笑顔は今まで彼女がみせてきたものとは違った魅力に溢れている。
ボクの知らない彼女に出会えた気がして嬉しく思う反面、はたしていつまでこの調子なのかと思わなくもない。特徴ともいえる独特の言語を捨ててまでボクの相手をしているのだから。
ボクから「二宮飛鳥」の仮面が外れているように、蘭子にも「神崎蘭子」の仮面がどこかで外れたというのか。確かにイーブンではあるが……気掛かりだ。
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