94: ◆KSxAlUhV7DPw[saga]
2016/06/11(土) 23:15:03.31 ID:2YZyh0JIo
「前に話したよな。アイドルになれても少し経って辞める人も多いって話。俺が担当してきた中にもいたんだが、そのうちの一人の辞めた理由がな……後から上司に聞かされて、ずっと引きずったままプロデューサーしてるよ」
彼の心にいつまでも居座っているほどの理由、ね。
理想と現実の乖離から続けられなくなる人が多いのなら、それで辞められても慣れで済ませられるはずだ。
そうでないとするなら……。
「俺の方針はずっと変わってない。時に寄り添って、その人をわかろうとして、隠されていた魅力も可能な限り引き出す。ついてきてもらうために、一緒に肩を並べて歩くような、なるべく対等な関係でいたいと思ってる」
オトナなはずの彼の親しみやすさがその方針に起因していることは、担当アイドルであるボクが身を以て体感している。
「でも……それが悪い方向に働くこともあるって思い知らされた。彼女は、俺には絶対に辞める理由を話してくれなかったんだが、その意味もわかった。……俺のことを、異性として好きになってしまったそうだ」
辞めてしまった彼女。
そうくるんじゃないか、とは思っていた。
「アイドル活動にも真面目だったから、浮いた話が出そうもなくてな。そうなると親交のある異性なんて限られてくる。そこへ俺は彼女のことを理解するために、親身になり過ぎていたんだな……」
「ボクらアイドルは誰とも結ばれてはならない、そんな自分を支えるのが最愛の人――その狭間にいながらアイドルをしていくことがつらくなってしまった。そんなところかな」
「そう、だろうな。最終的に引き金を引いたのも俺だったみたいだが。飛鳥にそうしちまったように彼女を見誤っていた俺の言葉で辞めるのを決意したそうだ。こんな想いをしながらファンの人に夢を見せられそうもない、それが表向きの辞めた理由になってる」
ボクがそうだったように、その彼女もまた彼からだけは欲しくなかった言葉を受け取ってしまった。
誤解を解くことなく、彼女は身を引いた。一歩間違えばボクは彼女の後を追っていたに違いない。
もしかすると、彼が好きな女性のタイプをなかなか答えようとしなかったのは、その彼女とのことも含めて彼の中でタブーに近い話題だったからなのだろうか。
「仕事のため、なんて割り切れないんだよな。人と人が接するんだ、良くも悪くも相手のことを考えたり、想ったり、好いたり嫌ったりして当然なのに。ずかずかと相手の心に踏み込むことを許してもらえた意味を、馬鹿だった俺は考えていなかった」
「……それなら、今はどういうつもりでボクらと接しているんだ?」
「多分、一定の距離は置くようにして……表面上でしか見ようとしてなかったんじゃないかな。今回の件も、表面だけで俺が飛鳥をわかった気になっていたせいで、お前を――」
「ボクは、キミと解り合いたいよ」
重ねた手はそのままに、ボクは彼の方へ振り向く。
不自然ながら手を繋ぎ合わせた格好になった。ボクなりに彼を離すまいとしている。
目は赤いだろうし、合わせられる顔ではないから下を向いたままだけど。
彼の紡ぐ物語に待ったをかける。彼と彼女の物語は聞かせて貰った。しかし彼とボクの物語はまだ序章に過ぎない。ボクがアイドルとしての確かな一歩を踏み出すことになる今度のフェスが、ボクらのスタート地点になるんだ。
彼とボクの物語なら、ボクにも語り部になる権利はある。
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