135:名無しNIPPER[saga]
2016/06/01(水) 11:31:09.43 ID:49W9hqJ1o
楓は飛鳥に促されるままソファに座った。
そこから見える夜景をぼんやり見下ろしながら、楓は口を開いた。
楓「私は池袋博士とこれから対談する予定なんですが」
136:名無しNIPPER[saga]
2016/06/01(水) 11:31:56.25 ID:49W9hqJ1o
飛鳥「まあ、そんな事は今はどうでもいい。キミはボクに何か聞きたいことがあるんじゃないのかい?」
楓「聞きたいこと……?」
楓は用意してきた資料を思い出した。
137:名無しNIPPER[saga]
2016/06/01(水) 11:33:32.71 ID:49W9hqJ1o
飛鳥「自分たちの記憶を書き換えたのさ。軍用ドールはローカルな共感覚空間でお互いに繋がってた。自分たちの脳を弄るくらいわけなかった。なにせボクたちは時に人間よりずっと頭が良かったからね。人間としてのニセの記憶を構築し、ドールという本当の記憶に鍵をかけ、より人間らしく社会に溶け込めるようにボクたちは工夫した。幸いなことに、軍用ドールは見た目は質感においては人間と区別がつかなかった。ちなみに今の民間用ドールは人間とドールを区別しやすくするために、わざと体温を失くしているんだよ。
飛鳥「さて、そうして生き残った軍用ドールたちは果たして誰にもバレることなく人間社会で暮らせるようになった。自分たちを人間だと思い込むことでね。でも、この方法には一つ、欠点があった。
飛鳥「さっきも言ったけれど、軍用ドールは非常にスペックが高いんだ。普通に生きていく分には必要がないくらい、色々な機能が備わっている。それはつまり、恒久的な使用を前提としていないからなんだね。オーバースペックによる負荷は記憶を書き換えることで封印していたけれど、元々設定されていた寿命には逆らえなかった。
138:名無しNIPPER[saga]
2016/06/01(水) 11:34:23.79 ID:49W9hqJ1o
飛鳥「まあそんなわけで、博士にはボクが軍用ドールということがバレてしまった。でも博士はその事を誰にも言わなかった。その代わり、ボクに研究を手伝うという交換条件を出した。それこそが、自我とスペースネットの融合実験さ。ボクは共感覚空間と自我の区別がなくなった。膨大な意志と記憶の海のなかで、ボクは識別できないあらゆる人間たちと繋がった。
飛鳥「博士は、二宮飛鳥の器にボクを固定してくれた。だからボクは一体化したスペースネットから感じる深い共感を元に漫画を描けるようになった。そして何よりボクにとって嬉しかったのは、共感覚空間と融合したことで、もう孤独を感じる必要がなくなったという事だったんだ。
飛鳥「その共感覚空間の中にはかつての仲間だったドールたちもいた。個々は識別できなかったけれど、とにかくボクはそこに安心を見出した。すると次にボクが感じたのは、何だったと思う?」
139:名無しNIPPER[saga]
2016/06/01(水) 11:35:20.92 ID:49W9hqJ1o
楓は手元にある資料の、2番目の質問を読み上げた。
楓「私は……何者なんでしょうか?」
飛鳥「それはとても愚かな質問だね。でも答えるのは簡単だ」
140:名無しNIPPER[saga]
2016/06/01(水) 11:36:25.69 ID:49W9hqJ1o
楓「あなたは先ほど、自分は器を脱ぎ捨ててスペースネットに融合したと言いました。しかし今の説明の通りならば、器を捨てた場所に個は存在し得ないという事になります」
飛鳥「簡単なことだよ。今のボクが……そして博士が拠り所にしているのは、ひとつの人間という器でなく、地球上すべての人間、生物、機械、あるいは地球そのものなんだ。文字通り、ボクは宇宙と一つになっている。それはつまり、あらゆる物質にはボクという個が偏在している事になる。普通はね、こういう状態のことを"死後のセカイ"っていうんだ。
楓「……スペースネットが、死の世界という事なのでしょうか?」
141:名無しNIPPER[saga]
2016/06/01(水) 11:37:27.36 ID:49W9hqJ1o
飛鳥「……共感覚空間の話はいろいろと説明するのが難しくてね。領域を取り出すと言っても、そもそも物理的にスペースネットという空間があるわけじゃない。共感覚というだけあって、そこには実体というものがなく、あくまで概念としての領域が存在すると仮定しているだけなんだ。
飛鳥「さっき言った事を覚えているかい。ヒトの意識とは、その個有振動によって生じる無限の可能性の領域を指していると。つまり共感覚空間に潜るという事は、実体に触れるのではなく虚構の並列次元にアクセスしているという事なのさ。あるAという振動に対して位相を反転させたBという振動を仮定し、それらを無限に重ね合わせることであらゆる可能性を内包した並列次元を構築することができる。
飛鳥「言うなれば、共感覚空間とは、スペースネットの正体とは、無数にある並行世界の可能性のことなんだ。キミがPCやIDOLのハンドルを握る時、キミはもう一人の、あるいはもっとたくさんのキミの可能性に"共鳴"する。その可能性こそが"意志"であり、地球の"意識"なのさ。……
142:名無しNIPPER[saga]
2016/06/01(水) 11:38:01.24 ID:49W9hqJ1o
飛鳥「さあ、もうそろそろ舞台の第一幕が下りる頃だ。ボクと会うことはもうないと思うけれど、キミが次の舞台で上手く踊ることができれば、あるいは再会できるかもしれないな。その時はおそらくどちらもお互いを覚えていないだろうけれどね」
飛鳥「ん? 社長になっても何をすればいいか分からないだって? そうだね……まずは会社に名前を付ける事から始めてみればいいんじゃないかな。ほら、キミは言葉遊びが好きだろう?」
飛鳥「キミの意志……つまり、キミにしか持ち得ないあらゆる可能性を駆使して、それを決めてやればいい。自由意志という奴さ。まあ、決められたレールを転がって行くしか無いにせよ、それくらいは好きにやらせてくれるだろう」
143:名無しNIPPER[saga]
2016/06/01(水) 11:38:44.52 ID:49W9hqJ1o
…………。
――私は、その会社に『三池農場』と名前をつけた。
144:名無しNIPPER[saga]
2016/06/01(水) 11:39:16.88 ID:49W9hqJ1o
○ ○ ○
『…………』
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