過去ログ - 【ガルパンSS】西絹代(30)「恋って、したことないんだよなぁ」
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5:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:35:30.48 ID:6GJ2ZMddO
 同じことの繰り返し——螺旋階段をのぼるように歳だけは重なっていく。私はすでに三十歳になっていた。
「もっと、なにかあったんじゃないか?」
 バックミラー越しに自問するが、答えは出ない。
 いつもの息子は、私を見つけるやいなや腕の中に飛び込んでくるのだが、今日はなかなか帰ってこなかった。どうしたことだろうと、親子の群れの中で立ちすくんでいると、やっと息子が園内から出てきた。彼は女の子と手を繋いで歩いていた。


6:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:36:16.58 ID:6GJ2ZMddO
 私はつい頬を緩ませ、息子の名前を呼んだ——と、傍の男性が同じ方向へ(恐らくは女の子の名前を)呼びかけていた。私と彼は、顔を見合わせると苦笑した。
 男性は女の子の父親だった。
 私は息子を、彼は息女を、それぞれ抱きかかえて、簡単に挨拶をした。
「ませたものですね」
「ええ、ウチの子どもが……」
以下略



7:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:37:13.49 ID:6GJ2ZMddO
 それから数日後、やっとお互いの名前を知り合った。彼は私の名前を聞いて「どこかで聞いたことのある名前ですな」と、はにかんだ。学生の時分から戦車道のファンだという——私が戦車道をやっていたことは話さないでおいた。
 彼の息女と、私の息子は、順調な交際を続けているようだった。息子は少しだらしないとこもあったのだが、この頃はきちっと制服を着こなしてから登園するようになった。夕方になって迎えに行くと、恋人の手を取って門まで帰ってくる。彼ら二人の仲が良くなるにつれ、自然、女の子の親と話す機会が増えた。


8:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:38:44.52 ID:6GJ2ZMddO
 彼は(彼の息女は、というべきか)片親だった。幼稚園が終わる頃に迎えに来て、息女を家へ帰すと、また仕事へ戻るという。遅くまで預かってくれる保育園を探しているそうだが、未だ見つからないらしい。
「よければ私の家で預かりましょうか?」
 我ながら思い切ったことを言ったと思う。彼は「いえ、ご心配には及びません」と慇懃に断ったものの、しかしやはり息女を一人で留守番させるのは不安らしく、三度目の申し出には首を縦に振った。
 私の夫は先も書いた通り誠実な人だった。事情を説明すると、息女を預かることに何の異議も唱えなかったばかりか、まるで自分の娘のように息女を可愛がった。


9:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:39:22.04 ID:6GJ2ZMddO
 その頃、私に恋の自覚はなかった。というよりも、まだ、恋をしたことがないままの自分だった。私はまったく善意で彼の息女を預かり、私の生活に多少の彩りが添えられた——その程度のことと考えていたのだった。下心もなにもなく、誠実かつ退屈な螺旋階段と思っていた。


10:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:40:07.35 ID:6GJ2ZMddO

 それが変わったのは、ずいぶん経ってからのことだ。
 季節は夏、バーベキューに誘われた。私は一も二もなく了承したが、夫は仕事があり参加できなかったため、私と下の息子、彼と彼の息女の四人でのバーベキューになった。彼の運転する車で河原へと出かけた。他人の運転する車に、なんとなく戦車道に躍起になっていた頃を思い出した。


11:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:40:56.84 ID:6GJ2ZMddO
 私の息子と彼の息女は後部座席で仲良く手を繋いでいたので、私も彼も、二人に構わず話ができた——とは言え、彼らの親として話すだけで、それ以上踏み込むことはなかったが。
 目的地へ着いてからも、それは大して変わらなかった。
 ところで、私はバーベキューは初めてだった。肉を焼く行事だということは知っていたが、具体的になにをどうすればいいか、まったくわからなかった。食材はすでに調理済みで、あとは焼くだけのものが用意されていたため、私はただ馬鹿みたいに突っ立っている他になかった。一方、彼は手際良く鉄板や炭を準備した。私の夫はこうしたことに非常に疎いので——今だからこう形容できるが——少しばかりときめいたのだった。


12:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:41:39.20 ID:6GJ2ZMddO
 いいだけ食べて、微かに眠気の纏う昼下がり。河原を走り回る子どもたちを横目に、私と彼は笑みを交わした。
「いつも、ありがとうございます。本当に、助かっています」
「気にしないでください」と私は答えた。「夫も、もう一人子どもができたようだと、喜んでいますから」
 彼は寂しそうに笑って「そうですか」と言った。私は、しまった、と思った。
「私個人はさっぱりしたものなんですけどもね、娘のことを考えると」
以下略



13:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:42:19.48 ID:6GJ2ZMddO

 それ以来、ぼんやりすることが多くなった。家事はいつも通りにこなしていたから夫に訝られることもなかったけれど、そのことが却って私を苛立たせた。
 朝起きて、朝食を作り、家族を起こして、子どもを送り届け、家事をして……ぼんやりしているうちに幼稚園へ子どもを迎えに行く時間が来る。すると、私の心は華やぐ。
「こんにちは」と、私は彼に挨拶をした。
「やあ、こんにちは。今日は、預かっていただかなくても平気です」


14:名無しNIPPER[saga]
2016/06/03(金) 22:42:57.42 ID:6GJ2ZMddO
 この頃は仕事が落ち着いているらしい。以前のように彼自身が迎えに来て、そのまま帰ることが多い。息女と食事をすることは素直に楽しみだったが、今はそれよりも彼と話せることが嬉しかった。彼の表情や、身体の動き、一つ一つにくすぐるような切なさを感じた。驚くほど初心で、純粋な、桜色の気持ちを。まるで、処女だった頃のように——しかし、当時、その処女は戦車に乗ってもいたのだった。あの頃の私なら、突撃一辺倒——そんなアプローチができていただろうか。
 いや、今だって——指先を震わせるも、すぐに目を伏せた。出会うのが遅すぎた。私は夫を愛してはいないけれど、それでも夫は誠実な私の夫で、私もまた誠実な妻だった。
 そして彼は? シングルファーザーという立場に置かれているのを、単に同情しただけなのだ。


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