過去ログ - 開かない扉の前で
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962:名無しNIPPER[saga]
2017/12/06(水) 01:33:43.66 ID:IzyndCNto




 まずは家族に、次に警察に、それから学校に、バイト先に、それぞれ事情を聞かれた。
 二週間ものあいだ、いったいどこで何をしていたのかというのだ。

 僕はそのすべての問いに、何も覚えていない、と答えた。

 本当のことを話しても信じてもらえるとは思えなかったし、当人が覚えていないと言ってしまえばそれ以上追及もできないだろう。
 
 実際、僕はあれから今までの間に過ごしたあの時間のことを、もはや現実のようには思えなくなっていた。

 あれは悪夢のようなものだったのではないか。でも、それでも僕はたしかに僕自身を刺したのだ。
 記憶にあるかぎり、それは事実なのだろう。

 バイト先の上司は無断欠勤を咎めてしばらく腹を立てていた。どうやら家出でもして遊んでいたものと思われているようだ。
 僕はべつに言い訳しなかったし、聞き流すことに決めていた。そんなことにかかずらって消耗している場合じゃなかった。

 さいわい、学校では交友関係の狭さが幸いして、僕に何かを訊ねるような相手は二人しかいなかった。

 ひとりは狭間まひる。

「怪しいなあ」と、いつものようにどうでもよさそうな顔で追求してきたが、僕は相手にしなかった。
 彼女はいつものように、たまには部活に出てね、部誌の原稿を出してね、と、決まり文句のような言葉を吐いていなくなった。

 もうひとりは篠目あさひだった。

「ひょっとして行ったの」と彼女は言った。その話し方が、向こうのあさひとどこか違うような気がして、僕は不思議に思う。

「どこに?」と僕は訊ねた。

「遊園地」

 相変わらずの説明を省いた喋り方が、かえって僕を安堵させた。

「そうだね」とだけ、僕は答えた。他のことは一切喋らなかった。

 そのようにして僕は以前のような僕の――意味もなく価値もなく欲望もない――日々を取り戻した。
 
 思えば思うほど、夢のような体験だったと思う。
 でも、夢ではない。

 沢村翔太は、この世界にはいなくなっていた。
 何よりも恐ろしいのは、誰も彼のことを気に留めていないということだった。




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