10:名無しNIPPER[saga]
2016/08/24(水) 23:00:20.64 ID:KLEjUIgh0
「――、うん部活、ええと、久しぶりー、元気しとった?」
「ええ、おかげさまで。そっちも元気そうだね」
「てか、帰ってきてたんだー、もうビックリしたわー。里帰りって感じ?」
「そうなの。学校のほうにも挨拶しておこうと思って――」
必死でつなぐ、定型文の挨拶。非の打ち所のない相槌。
そうじゃないだろうと、伝えるはずの言葉があっただろうと、胸の奥深くで叫ぶ声がする。
「でも、覚えててくれてて嬉しかったな。私、すぐ転校しちゃったから」
「……またまた。忘れるわけないだろ、だって」
(だって、岡崎のこと)
出掛かった言葉は、喉元につっかえる。息を詰まらせる。そして沈む。
「アイドルなんだから」
代わりに漏れ出た一言を、俺はすぐさま後悔した。
脳裏によぎるのは、岡崎がかつて教室で見せた、作り物のように動かない笑顔。
噴き出していた汗が一気に冷め、俺は取り返しのつかないことをした顔になったと思う。
セミの声が止む。
「――そうかな」
岡崎は、笑った。
山頂からふもとまで、その果てに広がる海まで、光る風が吹き降りた気がした。
その中心にいるのは、間違いなく岡崎で、だけど、俺の知る女の子ではなかった。
彼女はもう、救われた後だった。
どこかの誰かの手によって。
「あ、ごめんなさい。もう私、戻らなくちゃ」
またね、と最後に言い残し、岡崎は俺のすぐ隣を歩いて、下ってゆく。
ふっと香るさわやかな花の匂い。
「……おう、またなー」
視線を前に向けたまま、俺も別れを告げていた。
セミの声が帰ってくる。
「集合、間に合うかな」
誰に伝えるでもなくつぶやき、汗を拭いながら、俺は正門への坂を上る。岡崎の居た座標を、潰れたローファーで踏みしめる。
永遠に続くようなこの夏も、いつか終わるのだろう。
夢に終わりがあるように。
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