3:名無しNIPPER[saga]
2016/08/21(日) 23:15:48.15 ID:IIJt6e4C0
――おーい乙倉、迎え来てるみたいだぞー?
オレがほこりっぽい倉庫から戻っていると、、顧問がグラウンド中に聞こえるような大声で叫んでいた。
誰かが、乙倉を迎えに来たようだった。
「え、ええー?! いま行きまーすっ!!」
トンボ掛けは、あと半分ほど残っているようだった。
「……ちっ」
めんどくささを前面に押し出しながら乙倉の元に駆け寄る。
誰か代わってやれとか言うなよ分かってんだよ先生。
「……ん」
オレの登場にハテナマークを浮かべる乙倉へ、できるだけしかめっ面で手を差し出した。
「……え? いいのっ?! うわぁありがとっ!! えへへっ!」
満面の笑みで、オレにトンボを渡す、その指が、少しだけ熱かった。
「お土産買って来るからね!」
今度はオレがハテナマークを浮かべる番だった。
「……あれ、言ってなかったっ? 来週まで、ライブとそのためのレッスンでこっちはお休みするんだっ」
そう、こいつは、モデルの仕事からなりあがって、あろうことかアイドルまでやってのけていた。
親のいる前では、まともにテレビのチェックはできないけれど、隣町まで行って買った雑誌のグラビアは、部屋の隅の使わなくなったエナメルバッグに隠してある。
むき出しの肩も腿もへそも、満面の笑みも、すぐそこにあるけれど、面と向かってじっくり見るなんて不可能だから。フルカラーで載ったすべすべの肌の感触も知らないままだ。
で、そんなことはどうでもよくて。
オレはおもわず、聞いてしまった。
「……お前、合宿来ないの?」
今週末の合宿。
当たり前すぎて考えもしなかった、参加するしないの話。
「うんっ。もーすっごい楽しみにしてたんだけど、仕方ないよねっ」
だってお仕事だもん、そう言う乙倉はちっとも残念そうじゃなかった。
もう少し残念そうにしろよ、とは言わず。
こっちに来いよ、なんてもちろん言えず。
「……もう行けよ」
自分で自分をぶん殴りたくなるような態度に、乙倉は嫌な顔ひとつしなかった。
たぶん、それどころじゃないのだろう。乙倉は、もう、次のことに目を向けているんだ。
「うん! じゃああとよろしくねっ! 合宿、私の分まで楽しんできてね!」
ばーか、あんなもんキツいだけだ。楽しみなんかあるもんか。
そんなオレの呪いのつぶやきに気付くことはなく、くるりと背中を向け、練習の疲れなんか少しも見せずに乙倉は走り出す。
結局、オレは乙倉の背中を眺めることになる。
砂煙の向こう。
まだ遠い背中。
合宿が終われば、夏が終われば、追い付けるかな。
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