過去ログ - 鷺沢文香「読み終えたら、またここに来てください」
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1: ◆.qG5SOGbi.
2016/08/28(日) 16:10:56.99 ID:3ZgXLCZE0
台風が過ぎ去って、そのせいで陽射しが強くなっていたから、あの時期はいつもに比べて暑い方だったのだと思う。

土砂降りのせいで家に閉じ込められていた僕は、雨が遠くに行ってしまった瞬間、溜めこんでいた何かを爆発させたかのように友達の家に電話をかけ、毎日のように遊びの計画を立てていた。

今日はあいつの家に集まってゲームをする。明日はあいつのお母さんの車に乗せてもらって、プールに行くんだ。明後日は自転車で、昔家族で行ったあの場所まで行こう。結局途中で自転車がパンクして、半ベソをかきながら自転車を押して帰ったのだが。

そんな思い出の一幕の中で、とりわけ記憶に焼き付けられている日がある。
あの日は確か、いつも遊んでいた友達がお婆ちゃんの家に行ってしまって、他の皆も塾だ何だとすぐに帰ってしまったから、仕方なく日が沈む前に家路についたのだ。

夏という季節は、四季の中でも一番振れ幅の大きいものだ。
家を出たときが嘘のように空を灰色が包み、地面に影とまだら模様を作っていく。
すっかり雨に嫌気がさしていた僕は、ずぶ濡れになりながら帰宅するのが嫌で、どこかで避難することを選んだ。
この雨をやり過ごせるならどこだっていい、そう思って入った建物は、扉を開けた瞬間に古い臭いがした。

カランカランという呼鈴の音が、ザーザーという音に紛れまいと静かにだが強く響く。
独特の雰囲気を臭いとともに醸し出していたその店は、どうやら古い本屋のようだった。
だが、何よりも早く視界に入ったのは、所狭しと詰められた本ではなく、店の奥にあるカウンターに本を積み、視線を手元に落とす、髪の長い女性だった。

蝉の鳴き声と雨の音が、一瞬だが遠くに聞こえた。

モバマスSS
公式と噛み合わないようなところがあるかもしれない


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2: ◆.qG5SOGbi.
2016/08/28(日) 16:22:25.49 ID:3ZgXLCZE0
僕は、別に本が好きではなかった。
読むのが苦であったわけではない。だが、だからといって大きな休み時間には図書館に足を運ぶというような、そんな殊勝な子供でもなかった。
この場所が古本屋だったことも知らなかったし、入った理由だってただの雨宿りだ。店の屋根にこそ助けられど、店の中にまで用があるわけがない。この降り方はにわかだ、焦らずとも少し待っていればすぐに家へ帰ることができただろう。
だが、そういったものとは裏腹に、僕の足は店の奥、カウンターの前へと僕を運んでいった。

以下略



3: ◆.qG5SOGbi.
2016/08/28(日) 16:24:44.71 ID:3ZgXLCZE0
「……あの」

先に静寂を破ったのは、僕の方だった。

「……あっ、はい……」
以下略



4: ◆.qG5SOGbi.
2016/08/28(日) 16:30:44.28 ID:3ZgXLCZE0
「その……つまり、本をお探しなのでしょうか?」

「えっ……あっ、はい」

「……どのような本でしょうか」
以下略



5: ◆.qG5SOGbi.
2016/08/28(日) 16:33:10.14 ID:3ZgXLCZE0
一人居心地悪いまま佇んでいると、しばらくして、彼女が大量の本を抱えて、おぼつかない足取りで戻ってくるのが見えた。彼女が本をゆっくりとカウンターに下ろすと、視界が本でいっぱいになったので、少し左側に体を移動させた。

「…あの、これ……」

「…その……お客様が本をあまり読まないようでしたので…私なりに、読みやすいものを選んでみたのですが……」
以下略



6: ◆.qG5SOGbi.
2016/08/28(日) 16:34:55.28 ID:3ZgXLCZE0
結局のところ、僕は彼女と少しでも長く話したかったのだ。ただ、その方法があまりにも一方的自己中心的なものであったために、彼女にさらに度を越えた親切を求める羽目になってしまったのだが。彼女はそんな迷惑な子供に対して、一つ一つの本のことを、まるで自分の子供を自慢するかのように語ってくれた。僕はそれを、絶対に聞き逃さまいとじっと聞いていた。

どれくらい時間が過ぎたか分からなかった。彼女は全ての本を語り終えた。

「…これで、全てですね。興味を惹くものはありましたか?」
以下略



7: ◆.qG5SOGbi.
2016/08/28(日) 16:39:43.24 ID:3ZgXLCZE0
気づけば、僕は涙を流していた。読書を中断させてまで店の奥からたくさんの本を引っ張り出させて、そして語らせ、そこまでさせて本一つ買えない。その事実があまりにも情けなく、涙を止めることを許させなかった。

彼女は、そんな僕を黙って見ていた。そして、自らの財布から500円玉を取り出すと、本とともに僕の手の上に置いた。

「……えっ?」
以下略



8: ◆.qG5SOGbi.
2016/08/28(日) 16:42:09.97 ID:3ZgXLCZE0
「では、その本を読み終えたら、またここに来てください」

「はい」

「……お待ちしていますね」
以下略



9: ◆.qG5SOGbi.
2016/08/28(日) 16:43:19.08 ID:3ZgXLCZE0
続き書いてきます


10:名無しNIPPER[sage]
2016/08/28(日) 16:54:04.50 ID:bF7UiVVEo
素晴らしい


11:名無しNIPPER[sage]
2016/08/28(日) 21:13:19.97 ID:Qs72bw+wO
これはいいふみふみ


12: ◆.qG5SOGbi.
2016/08/28(日) 22:10:26.63 ID:3ZgXLCZE0


「ごめん、今日は用事あるから」

放課後のゲームの誘いに断りを入れて、家へと向かう。
以下略



13: ◆.qG5SOGbi.
2016/08/28(日) 22:38:23.04 ID:3ZgXLCZE0
この店はいつも静かだ。
店長さんも鷺沢さんも寡黙だし、ここに出入りする人も数少ない常連さんばかりだから、
そもそも店内で会話が発生すること自体あまりないのだそうだ。
音楽をかけているわけでもないから、店内に響くのは呼鈴と足音くらいのものだ。
だからその日は、店内に話し声が漂っていることに対して、違和感を覚えたのである。
以下略



14: ◆.qG5SOGbi.
2016/08/29(月) 00:16:11.41 ID:Qm7Bl8Xd0
「…いらっしゃいませ」

「……こんにちは。本、読みました」

「…いかがでしたか?」
以下略



15: ◆.qG5SOGbi.
2016/08/29(月) 00:22:39.56 ID:Qm7Bl8Xd0
すみません明日早いので寝ます
明日明後日も忙しいので更新できないかもです


16:名無しNIPPER[sage]
2016/08/29(月) 22:08:05.99 ID:I24NNKJZo
乙乙


17: ◆.qG5SOGbi.
2016/08/31(水) 02:11:05.56 ID:KGHqk2sg0
「……どうか、しましたか?」

気づけば、鷺沢さんが僕の顔を覗き込むようにこちらを見つめていた。
あまりにも真っすぐと見つめられ、思わず視線を外してしまう。
鷺沢さんはそんな僕を不思議そうにし見続けていたが、
以下略



18:名無しNIPPER[sage]
2016/08/31(水) 02:13:18.88 ID:QrFIjVLC0
これはすばらしいけどキツイ話になる予感


19: ◆.qG5SOGbi.
2016/08/31(水) 02:27:41.65 ID:KGHqk2sg0
そして、全ての本が語り終えられる。
その中から僕が選んだのは、ある少年の初恋の話だった。

「……これ、ください」

以下略



20: ◆.qG5SOGbi.
2016/08/31(水) 02:28:23.70 ID:KGHqk2sg0
「……あの」

「……はい」

「……さっきの人、誰だったんですか?」
以下略



21: ◆.qG5SOGbi.
2016/08/31(水) 03:27:40.44 ID:KGHqk2sg0
「……アイドルの、プロデューサーさんなのだそうです」

「えっ」

斜め上の正体に、思わず面食らう。
以下略



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