過去ログ - 速水奏「二年越しの想い」
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1:名無しNIPPER[saga]
2016/09/10(土) 23:47:56.25 ID:UqujNd+5o



それはまるで太陽のように――まばゆく、あたたかく、まっすぐに、私の心を照らしだす。




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2:名無しNIPPER[saga]
2016/09/10(土) 23:49:50.89 ID:UqujNd+5o
躍動するその姿を初めて見た時、私は彼女の魔法に掛かってしまった。

掛けられた魔法は、今も私の心を掴んで離さないままでいる。

その気になれば、いつでもその一歩を踏み出し近づけたはずだった。だけど――
以下略



3:名無しNIPPER[saga]
2016/09/10(土) 23:52:18.45 ID:UqujNd+5o
軽やかに、鮮やかに、縦横無尽に所狭しと舞うその姿は、私の一番の目標であり、憧れだった。

壇上に立ってひとたび動き出せば、離れて見ていた私の心もそれに呼応するように躍り始める。

そして動く心とは対照的に、体は芯から痺れるような感覚に釘付けにされた。
以下略



4:名無しNIPPER[saga]
2016/09/10(土) 23:58:18.51 ID:UqujNd+5o
――――――――――――――――――――

あの人に誘われてアイドルの仕事を始めてからというもの、私にはたくさんの仲間が出来た。

そこで過ごす毎日は、彼女達が放つ様々な色に彩られていて、どこを見ても違う景色が映っていた。
以下略



5:名無しNIPPER[saga]
2016/09/11(日) 00:01:06.20 ID:XVLZGl8mo
ミーンミンミンミン……ジジジジジー……



そんな、やかましく響き渡っていた蝉の鳴き声も昨日まで。今日は、めっきりと聞こえなくなっていた。
以下略



6:名無しNIPPER[saga]
2016/09/11(日) 00:03:16.15 ID:XVLZGl8mo
遊びではない用事で、制服ではない服を着て、学校ではない場所へ行くことも、もうすっかり慣れてしまった。

学校帰りですらOLに間違えられるほどの私にとって、もはや制服は全身を絡めとる枷のよう。

高校生としての私と、アイドルとしての私。どちらも大事なはずが、混ざり合うことで窮屈になっていた。
以下略



7:名無しNIPPER[saga]
2016/09/11(日) 00:06:50.05 ID:XVLZGl8mo
コンタクトレンズを常用している私にとって、朝という時間帯はまぶたがなかなか持ち上がらなくて億劫になる。

私自身が朝に弱いというのもあるけど、昼下がりの陽気にうとうとしてそのまま……なんてこともできない。

それは一度着けてしまえばまどろみに落ちることを許さない、薄くて柔らかい透明な鎧のようで。
以下略



8:名無しNIPPER[saga]
2016/09/11(日) 00:09:59.58 ID:XVLZGl8mo
「んー、奏おはよう……」

私の存在に気付いて、間の抜けた挨拶が返ってきた。

とはいえ、わざわざ女の子を呼んでおいて、その顔と声はないんじゃないかしら。
以下略



9:名無しNIPPER[saga]
2016/09/11(日) 00:13:11.03 ID:XVLZGl8mo
朝が弱いなんて言っておきながら――

「次の仕事について話があってな」

これが夜だったら、一人で勝手に舞い上がって、一人で勝手に気を落としてたのかも。
以下略



10:名無しNIPPER[saga]
2016/09/11(日) 00:15:03.29 ID:XVLZGl8mo
「ひねり?」

「今までは幻想的な魅力を押してきたけど、今回は空虚で退廃的な感じも出してみようと思ってな」

「この前の決め事もあるし、そういう世界を奏一人で作ってみないか?」
以下略



11:名無しNIPPER[saga]
2016/09/11(日) 00:16:57.72 ID:XVLZGl8mo
「どうだ?」

どちらにせよ、彼が期待を寄せていることは、まっすぐに私を捉えるその眼差しからも明らかだった。

さっきまでの寝ぼけ眼はどこへやら。同時に、実に挑戦的な目でもあった。
以下略



12:名無しNIPPER[saga]
2016/09/11(日) 00:18:34.54 ID:XVLZGl8mo
「これは、聖書? もう一冊は……なにかの画集かしら」

静物画――聞き慣れない単語だった。

「見ても?」
以下略



13:名無しNIPPER[saga]
2016/09/11(日) 00:20:55.10 ID:XVLZGl8mo
それからは、毎日の荷物に二冊の本が増えた。

Pさんにプレゼントとして渡された、空虚で退廃的な雰囲気を醸し出すための、魔法の本。

仕事の合間や移動の際など、時間があれば、聖書については読むようにしている。
以下略



14:名無しNIPPER[saga]
2016/09/11(日) 00:22:27.30 ID:XVLZGl8mo
「Pさん、おはよう」

「おっす、おはよう奏」

今日のPさんからは、この前の気だるそうな雰囲気は見られない。
以下略



15:名無しNIPPER[saga]
2016/09/11(日) 00:24:10.65 ID:XVLZGl8mo
「しかし、ここまで雰囲気が変わるとは。まるで別人だな……」

「ふふっ、そうかしら。まぁこういうのも、たまには悪くないかもね」

「鷺沢さんや古澤さんとはまた違った文学少女の趣が出てて、なかなかいいギャップだと思う」
以下略



16:名無しNIPPER[saga]
2016/09/11(日) 00:33:18.17 ID:XVLZGl8mo
彼のキーボードを叩く音や私の紙をめくる音が、さながらブックカフェに流れる名も無きデュエットを奏でていた。

この空間だけは、都会の喧騒からどこか置き去りにされたような、おだやかな時間が流れていく。

壁に掛けられた時計の針の音が、少しだけゆっくり聞こえる気がした。
以下略



17:名無しNIPPER[saga]
2016/09/11(日) 00:36:04.66 ID:XVLZGl8mo
彼女は私のことを”奏”と、呼び捨てにする。

一方私は彼女に対して呼び捨てにはせず、”伊吹ちゃん”と呼ぶ。

年齢で考えれば、二つ上の彼女が私を呼び捨てにするのは、特別変なことじゃない。
以下略



18:名無しNIPPER[saga]
2016/09/11(日) 00:39:13.01 ID:XVLZGl8mo
「って、珍しいじゃん眼鏡かけてるなんて! どしたの?」

そんなことを考えていると、早速私の変化に気付いたみたい。

「それに、なんか難しそうな本でも読んでるの……あれ、聖書?」
以下略



19:名無しNIPPER[saga]
2016/09/11(日) 00:40:42.50 ID:XVLZGl8mo
『ごめん、ドレスだけなんて言ったけど、もう一つ頼まれてくれるか』

『なあに?』

『儚さを出すためにイメチェンでもどうかなーと思って。奏の手持ちから何か心当たり、あるか?』
以下略



20:名無しNIPPER[saga]
2016/09/11(日) 00:44:44.86 ID:XVLZGl8mo
事務所を出て、外もすっかり暗くなった帰りに――

『お疲れ様。朝早くから悪かったな、レッスンもいつも通りあったのに』

『大丈夫よ。Pさんも、お疲れ様』
以下略



21:名無しNIPPER[saga]
2016/09/11(日) 00:46:22.43 ID:XVLZGl8mo
それなのに――

『……苦労かけて、ごめんな』

おやすみに付け加えられた、別れ際の一言。いつもは湧くように飛び出る軽口が、喉から先に続いていかない。
以下略



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