13:名無しNIPPER[saga]
2016/12/31(土) 13:50:16.94 ID:tFwGSLOi0
◆ ◆ ◆
彼がプロデューサーを志した理由は、彼自身の口から聞いたことがあった。
16年前の、とあるアイドルのデビューライブ。デパートの屋上に設営された、小さな野外ステージ。
13歳の小さな女の子が、たった一人で、たった一度のステージで、屋上一つを丸ごと呑み込んだ。
日高舞。それが彼の原点だった。
起点が分かっているなら、過去はたやすく改変できる。
私は、彼が母親とデパートに行く前日に、遊園地のチケットをプレゼントした。
それで過去は変わった。彼はデパートに行かなかったし、その後も一年間は彼を観察したが、彼がアイドルに対して人並み以上の関心を示すことはなかった。
過去改変に成功した。そう判断した私は、彼の元を離れた。
私は未来を変えたのだ。彼の汗と涙と努力をすべて否定した。そばにいていいわけがない。
だがその判断を、感情が拒絶する。そばにいたいと強く願う。
私は、泣いた。
未来を変えた。目的を果たした。彼は幸せになれる。そう言い聞かせた。それでも涙は止まらなかった。
なぜかと考えて、ようやく私は彼のことが好きなんだと理解した。
目的を果たし、そして存在理由をなくした私は、あてもなく各地をさまよった。
だが彼のことが頭から離れない。彼に対する感情は、何年経っても消えることがなかった。
そんなある日、電車の中吊り広告が目に入った。日高舞に関するニュースだった。それを見て、私はふと思ったのだ。
――彼女のようになれれば、あるいはもう一度、彼と出会うこともできるだろうか、と。
馬鹿げた考えだった。だがその時はそれしか考えられなかった。
それから私はアイドルとしてデビューすべく、地道に活動を始めた。
資金を調達するためにメイドカフェで働きながら、何年も、何年も、努力を重ねていった。
いつまで経ってもデビューできる気配はなかったけれど、それでも楽しかった。
いつか、会えるかもしれない。そんな儚い夢があるだけで、私は幸せだった。
そう、本当に――夢が叶うまでは。
その日、私は走っていた。メイドカフェに芸能事務所のプロデューサーから電話があり、私にアポイントメントを取りたいという連絡だったのだ。私は店長に今すぐ行きますと告げて、取るものも取らずに家を出た。
デビューできるかもしれない。そう思うだけで身体が軽くなった。なんでもできると思った。
カフェのスタッフへのあいさつもそこそこに、私はスタッフルームに飛び込んだ。見知った光景の中に、私のよく知る彼がいた。
彼は私が知っている彼と寸分違わぬ姿でそこにいた。見間違いだと思った。そんなわけがないと思った。
過去を変えた。未来は変わった。ならば、彼は存在しないはずなのに。
呼吸もままならない私に、彼は一枚の名刺を差し出した。
事務所名を見た。名前を読んだ。彼の名を口にする。
――プロデューサー、さん?
彼はうなずいて、それから微笑んだ。私の大好きな顔だった。
感情が止まった。声が出せなくなった。私はその場に崩れ落ちて、呆然と彼を見上げながら、思い知った。
これが、人間の言う、絶望という感情の重さなのだと。
◆ ◆ ◆
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