1: ◆8ozqV8dCI2[saga]
2017/01/04(水) 22:38:31.75 ID:Jsek1YGi0
どこかの森にある、忍びの隠れ里。  
    
  その中にある、頭領と頭領に認められたものしか入れない一室で、私は頭領と対面していた。  
    
  これは頭領直々の任務が言い渡されることを意味する。  
    
  「浜口あやめ」  
    
  頭領は筆でゆっくりと紙に私の知らない名前を書き、私の眼前に差し出した。  
    
  「これがそなたの新しい名じゃ」  
    
  紙を両手で受け取りながら、私は静かに頷いた。  
  
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2: ◆8ozqV8dCI2[saga]
2017/01/04(水) 22:41:05.37 ID:Jsek1YGi0
 ここは戦国よりも前から続く、長い歴史を持つ忍びの里。 
  
 そして今日はくノ一である私が初任務を命じられる日であった。 
  
 自分で言うのもなんだが、私は優秀だ。 
3: ◆8ozqV8dCI2[saga]
2017/01/04(水) 22:42:28.42 ID:Jsek1YGi0
 浜口あやめ。 
  
 15歳。1月13日生まれ。 
  
 家庭そのものは中流だが、とある名家の遠い分家にあたり、その繋がりから里に依頼が舞い込んだ。 
4: ◆8ozqV8dCI2[saga]
2017/01/04(水) 22:43:44.32 ID:Jsek1YGi0
 忍びは心を刃で押し殺すもの。 
  
 なので私の気持ちなど問題ない。 
  
 でも、納得がいかない。 
5: ◆8ozqV8dCI2[saga]
2017/01/04(水) 22:44:30.10 ID:Jsek1YGi0
 一つは、この浜口あやめという少女。 
  
 変装のために写真を渡されたが、顔がなんとなく私に似ている。 
  
 これならちょっと髪型を変えたりするだけで、そっくりになれそうだ。 
6: ◆8ozqV8dCI2[saga]
2017/01/04(水) 22:48:58.47 ID:Jsek1YGi0
 趣味:時代劇鑑賞、忍者グッズ収集、撮影所巡り。 
  
 などとアイドル事務所に送ったプロフィールには書かれているそうだが、本物の忍びである私からすれば、子供っぽい忍者ごっこだ。 
  
 そして私はこれから浜口あやめになりきるにあたって、この忍者ごっこを続けなければならないのだ。 
7: ◆8ozqV8dCI2[saga]
2017/01/04(水) 22:56:40.14 ID:Jsek1YGi0
 「…………ぬるい」 
  
 浜口あやめになって3日がたった。 
  
 私の影武者任務は順調に遂行されている。 
8: ◆8ozqV8dCI2[saga]
2017/01/04(水) 22:57:24.18 ID:Jsek1YGi0
 女子寮、事務所、そして学校、すべてにおいて人間関係を含めて大きな問題は発生する様子もない。 
  
 強いていうなら、事務所のプロデューサーはオーディションの時に浜口あやめと会っているはずなので何か違和感があるかもしれないと警戒したが、気付く様子もない。 
  
 もっとも、一回オーディションで出会っただけで、おそらく浜口あやめ本人も緊張した状態だったろうから今の私と雰囲気が違っていてもおかしいとは思わないだろう。 
9: ◆8ozqV8dCI2[saga]
2017/01/04(水) 22:57:56.59 ID:Jsek1YGi0
 「頭領はどうして、私にこのような任を?」 
  
 初任務とはいえ、これでは里で修行していた頃の方がまだきつい。 
  
 もしかして頭領は私の実力を軽んじているのだろうか。 
10: ◆8ozqV8dCI2[saga]
2017/01/04(水) 22:58:45.27 ID:Jsek1YGi0
 浜口あやめ7日目。 
  
 アイドルとしてのレッスンが始まった。 
  
 正直な話、こちらについてはあまり警戒をしていなかった。 
11: ◆8ozqV8dCI2[saga]
2017/01/04(水) 23:00:07.19 ID:Jsek1YGi0
 ボーカルレッスン。 
  
 変幻自在に声真似ができる私なら、CDの音源を聞いたままに歌うことが可能だ。 
  
 なので、雰囲気を似せる程度で歌ってみた。 
12: ◆8ozqV8dCI2[saga]
2017/01/04(水) 23:01:01.41 ID:Jsek1YGi0
 ビジュアルレッスン。 
  
 老若男女、望むままの姿に変装できる私なら、どんな笑顔だろうと泣き顔だろうと簡単に。 
  
 「浜口、照れすぎだ。もっと肩の力を抜け」 
13: ◆8ozqV8dCI2[saga]
2017/01/04(水) 23:02:16.96 ID:Jsek1YGi0
 ダンスレッスン。 
  
 「浜口、音を無視するな」 
  
 「浜口、小さくまとまるな」 
14: ◆8ozqV8dCI2[saga]
2017/01/04(水) 23:04:31.35 ID:Jsek1YGi0
 次の日も。そのまた次の日も。その次の次の日も。 
  
 何かの間違いだと思った。 
  
 「もっとはっきりと声を出して」 
15: ◆8ozqV8dCI2[saga]
2017/01/04(水) 23:06:27.75 ID:Jsek1YGi0
 浜口あやめになって何日たっただろう。 
  
 途中から数えるのをやめてしまった。 
  
 数えれば、それだけ私が不甲斐なかった日数を数えることになって辛かったから。 
16: ◆8ozqV8dCI2[saga]
2017/01/04(水) 23:07:10.02 ID:Jsek1YGi0
 何度も何度も聞こえてくる声から逃げるように、頭を抱える。 
  
 それはできない。 
  
 それをしてしまったら、私は本当に何もできない子になってしまう。 
17: ◆8ozqV8dCI2[saga]
2017/01/04(水) 23:08:15.65 ID:Jsek1YGi0
 「これは……」 
  
 手の上に落ちた水が何かは知っている。 
  
 涙、という悲しかったりすると目から流れる水だ。 
18: ◆8ozqV8dCI2[saga]
2017/01/04(水) 23:10:33.73 ID:Jsek1YGi0
 止めなくては。 
  
 早く止めなくては。 
  
 早く早く早く。 
19: ◆8ozqV8dCI2[saga]
2017/01/04(水) 23:11:46.39 ID:Jsek1YGi0
 物心つく頃には涙を流さなくなっていた私は、その日今まで泣かなかった分を取り返すかのように涙を流した。 
  
 泣いて泣き続けて、トレーナーさんが呆れて私も笑えてくるぐらい泣きながら、ふと思った。 
  
 もしも、ここにいるのが私ではなく、本物の浜口あやめだったなら。 
20: ◆8ozqV8dCI2[saga]
2017/01/04(水) 23:13:31.14 ID:Jsek1YGi0
 浜口あやめになってから一年がたった。 
  
 里を出てからの一年間は、とても一言ではまとめられない。 
  
 涙を流したあの日を皮切りに、今まで忍びとして抑えていた心はゆっくりと確実に私の外へと溢れるようになっていった。 
21: ◆8ozqV8dCI2[saga]
2017/01/04(水) 23:15:19.57 ID:Jsek1YGi0
 久しぶりの里をぐるりとまわる。 
  
 忍びの里は、そう簡単には見つからない。 
  
 一般人にはわからないように、気を付けて探さなければまず見つかりはしない。 
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