過去ログ - あなたの物語を。トエル 『氷菓』
↓ 1- 覧 板 20
57: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:53:41.97 ID:fiJYedV+0
「ここで待っていてね。タオルを持ってきますから」
千反田の母がそう言い、家の奥へと姿を消した。
玄関の三和土には、俺たち二人から時折滴る雨滴により黒い跡が残っている。
58: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:54:19.61 ID:fiJYedV+0
「あれこの絵、前は置いていなかったよな?」
取次ぎに設えられた飾り棚の上に、額装された二枚の絵が置かれている。
俺の記憶が正しければ、以前に訪れた際はこの飾り棚には何も置かれてはいなかったはずだ。
59: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:54:57.43 ID:fiJYedV+0
「ええ、よく覚えていましたね。先程お話した物置の整理のときに見つけたんです。
せっかくですからと飾ることになりました。母はあまり乗り気ではありませんでしたが」
「お前の母親が描いた絵なのか?」
60: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:56:04.26 ID:fiJYedV+0
向かって左側の絵に描かれているのは、まばらに道を行き交う人々の姿に、
尖塔と教会が佇む街並みの景色だ。じっと細部にまで注意を払うと、
街路にはなにやら落とし物らしき物があったりとなかなか趣向が凝らされている。
61: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:56:47.04 ID:fiJYedV+0
「随分と趣が異なる絵画だな。左の方は写実的であるのに対して、
こちらはより柔らかなタッチで抽象的なふうに感じる」
千反田がじっとこちらの表情を伺っているのが、横目にちらと確認できた。
62: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:57:39.08 ID:fiJYedV+0
「素人目だ。覚えがあるわけでもないから聞き流してくれていい」
「そんなことはありません」千反田が取り繕うように慌てて両手を左右に振る。「折木さん。
書物や映画、絵画のような芸術作品に対してなんの憚りもなく、素直に自分の気持を表明することは
63: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:58:57.51 ID:fiJYedV+0
千反田の意見はもっともなものだった。けれどそれにしたって面映い。
俺は顔を背け、気恥ずかしさを誤魔化そうともう一度じっと絵を見つめる。
64: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:59:51.93 ID:fiJYedV+0
一人の女の子を乗せた小舟が水面を漂っている。年の頃は恐らく四、五歳ぐらいだろう。
水面には散らばるように波紋がたち、ぼんやりとした光の粒が反射している。
女の子はこちらには背を向けていて、その表情は窺い知れず、
65: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 20:01:11.79 ID:fiJYedV+0
「なんだか魅入ってしまいますね」
千反田が指を指し、そう呟く。確かにそうかもしれない。
左右の絵を比較してみると、左の方が技術的には優れているように思えたし、
66: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 20:01:46.24 ID:fiJYedV+0
対して右の絵には、そのような綿密な計画性というよりも感覚的と表現すればいいのだろうか?
こう見せたい、こう感じさせたいという厳密な狙いがあるというものではなく、
作者がその時期、若しくはその瞬間に心の中に抱いていた感覚、想いの全てを筆に任せ、
146Res/56.44 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
板[3] 1-[1] l20
このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。
もう書き込みできません。