過去ログ - 一ノ瀬志希「フレちゃんは10着しか服を持たない」
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◆Freege5emM
[saga]
2017/02/13(月) 02:34:41.96 ID:bfxHdujzo
あたしは口を開けたままポカンとした。
フレちゃんはあたしに向けていた視線を、またテーブルのイチゴタルトに下ろした。
「アタシが褒めてもらえるときは、いつだってそう。ママからもらったものだけ」
あたしのフレちゃんへの憧憬は、フレちゃんのそよ風程度のつぶやきでサラサラと崩れ始めた。
気づけばあたしは、フレちゃんの胸ぐらをひっつかんで床の絨毯に押し倒していた。
「ダメ、フレちゃん、それは――それ以上、しゃべらないでっ」
「それでいいと、思ってたんだけどね。アタシ、ママが大好きだもん。
でも、ダメ。あたしはママにはなれない。アタシ、パリのコトなんか何も覚えてないもん。
いくら憧れて真似してみたって、パリジェンヌの紛い物。そしてそれは、東京でもおんなじ」
「やだ、やだ、あたしに、聞かせないでっ」
あたしの人生最初の憧れが、海風の前の砂城のごとく吹き散らされる。
あたしは崩れ行くそれを必死でかき抱いた。
心の中がじゃりつく苦味に引っかかれるだけで、それもやがて薄れていく。
「アタシはシキちゃんと違って、何者にもなれないんだ。ママがくれたものがないと、人並みのこともできないの。
シキちゃんみたいな――ギフテッドって言うの?――そのそばは……ちょっと、眩しすぎるかな」
「そんなのいい、どうでもいいから――フレちゃんっ!」
「もうアタシのコトは放って置いてよ。シキちゃんと一緒にいると、アタシ――」
あたしがフレちゃんの左頬を張り飛ばした音と、
玄関からマダム・ミヤモトが扉を開けた音はたぶん重なっていた。
突き倒したフレちゃんと、かぴかぴに乾いたイチゴタルトを置き去りにして、
あたしは『Au revoir(さよなら、またね)』とも言えずに逃げ出した。
家に帰って、リモージュのカップとソーサーを投げ捨てようとして、どうしても掴んだ手を離せなかった。
今更になって涙が溢れてきて、すぐそばにあるはずのリモージュの花柄も金彩もぼやけて見えなくなった。
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