過去ログ - 橘ありす「その扉の向こう側へと」
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12: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2017/04/09(日) 15:46:30.56 ID:L8J356lk0



自分からはなにもできないことが、こんなにも不安になるなんて、思ってもみなかった。
それはきっと、連想してしまうから。
私には歌詞を書くことなんてできないんじゃないか、と。
たくさんのアイデアを綴ったはずのノートを開いてみる。
希望と、思索を詰め込んだ言葉は、少しずつ色あせてしまったみたいで。

そういえば、さっきは色んなフレーズが頭に浮かんだな。
形になんてならなくていいから、ただ書き留めたい。
それが自信につながってくれれば、それだけで十分だった。
思い出せたものを、書きづらいながらも記していく。
整っていた文字と言葉より、よれよれでつながらない散文の方が違和感なく胸に届いてしまうのは、どうしてだろう?

――もっともっと素直になろう しまいこまないで
そんなだから、自分で書いた言葉ひとつに揺さぶられる。

――ほんとの私はどこにいるんだろう?
……私にも、わからない。
私は、どこにいるんだろう。
素敵な歌をみんなの心に届かせる私は。

――もっと言葉にしたい 私、自分を知ってみたい
…………。

――なにも伝えられないのは なぜ?
………………こんなの、歌詞じゃない。
こんなの、ただ吐き出しているだけだ。
書き連ねた言葉を、ぐちゃぐちゃに上塗りしてしまいたい。
真っ黒に塗りつぶして、ページを破り捨ててしまいたい。
子供らしく、衝動に任せて、泣き叫ぶみたいに……でも、できなかった。

だって、わかってしまっているんだ。
この言葉こそが、私がずぅっと見つけることのできなかった私の本心で。
だからこそ認めたくなんてないのに。
こんなに幼いきもちが私の本質だなんて、そんなの、目指してる場所と全然違って。

「……っ!?」

不意に、タブレットが振動を伝えてきた。
電話がかかってきている。相手はプロデューサーで……ああ、よく見たらメールを送ってから一時間以上経っていた。
あのプロデューサーが行動を起こすには、十分すぎる時間だ。

「え……と、もしもし、橘です」

「ありすちゃん、まだ電車動いてないみたいだけど大丈夫?今、どこにいる?」

心配そうな声音。……きっと、すぐにでも迎えに行こうとしているんだと思う。
それがわかって、そして大丈夫だと返せない自分がいることに気づく。
それどころか早く来てほしいとすら願っていることにも。
私は駅名を伝えて……そのあとは、ほとんど生返事だったようにも思う。

「それじゃあ、ちょっとだけ待っててね。着いたらまた電話するから!」

「あ…………」

電話一つに後ろ髪を引かれる思いがする。
しん、と静まりかえった待合室が……もっとも、きっと電話の声だって本当は大した音ではないのだけど、それでも寂しげに感じてならない。
一人でも平気。そう言ってずっとやってきたのに、嘘みたいだ。
開きっぱなしのノートを閉じて、ペンケースと一緒に鞄の奥底へとしまう。
もう一度電話が来るはずだからタブレットは手元に置いたままで。

待っているという自覚が生まれると落ちつかなくて、時計の秒速は落ちていくばかりだ。
じっとしてるのもむずむずするし、もう改札から出てしまおうか。
ああだけど出口はいくつもあるから無駄足にならないほうがいいだろう、なんて。
うろうろ、そわそわと辺りを歩き回っては考えたりして数十分くらい……少なくとも、感覚的には。

「……!」

タブレットが待ち望んだ振動を伝えてきた。
すぐに出たらがっついてるみたいだなんて見栄が今更のように頭をよぎって、なんだか馬鹿みたいに思えた。

「橘です。プロデューサー、どっちに向かえばいいですか?」

「もしもし、えーっと……うん、北口の方!車停めておくから、焦らずにね」

「……焦ってなんていません。路上駐車は他の利用者の迷惑になってしまうので、すぐに向かいたいだけです」

「ふふっ、はーい。それじゃあ待ってます」

ぜんぶわかってます、なんて言いたげなプロデューサーの口調は好きじゃないけど、それでもどこか心地良い。
たまには、めいっぱい生温い視線を受け止めてしまうのもいいかもしれない。
小走りで出口の階段を上って、見つけた車の助手席に乗り込んだ。



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