過去ログ - 橘ありす「その扉の向こう側へと」
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4: ◆kiHkJAZmtqg7[saga]
2017/04/09(日) 15:34:04.80 ID:L8J356lk0
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「ありすちゃん、今日は朗報があります!」
「橘です」
「あっ……ごめんね、橘さん。……うん、改めて、いい報告があります」
そう言ってとても嬉しそうに、そして得意げに語る女性は、私のプロデューサー。
私の夢の一歩目に、アイドルという選択肢を示してくれた人だ。
私を変に甘やかしたり、馬鹿にしたりしない、尊敬できる大人の人。
だけど私が子供であるという事実を誤魔化さない。それが尚更、等身大の私を見てくれているのだと感じさせる。
何度訂正しても、ちょくちょく名前で呼ばれてしまうのが、玉にきずだけど。
「それで、どうしたんですか?私にお仕事を用意してもらえた、とかでしょうか」
「ありゃ、先回りされちゃった。その通り……なんだけど、今回はそれだけじゃなくて」
こほん、とひとつ咳払い。
プロデューサーは普段の気軽さを感じさせない、とても真剣な表情を私に見せて。
少しだけ身体がこわばるのを感じる。
「そうですね。それでは……お仕事の話をいたしましょう」
「……!」
今のプロデューサーは、仕事モードだ。
大事な営業とか打ち合わせの時に見せる、デキる大人の表情。
それが私に向けられたとき、私は少しだけ嬉しくて、そしてとても緊張する。
丁寧で、適度に固く、だけど私にも理解できるように言葉を選んで。
どこまでも私を尊重して語られた内容は、まさしく朗報というべきもの。
要約すれば、私のデビューシングル……初めてのCDが作られること。そして、望むのであれば私がその曲の作詞に挑戦してもいいということだった。
「概要は以上になります。何か、疑問などはありますか?」
「え、と……いえ、質問はありません。作詞も、ぜひやらせてください」
「わかりました。……それじゃあ改めて。おめでとう、ありすちゃんっ!」
話が終わり、プロデューサーが破顔するのも一瞬だった。
また名前で呼ばれたけれど、思考が追い付かなくて訂正することができない。
「プロデューサー、私の曲、なんですよね。私が歌詞を書いて、いいんですよね……?」
「うん、そう言ったよ。もう、不安だったらちゃんと確認してくれていいのに」
「いえ、その……わかってはいるんです。でも、実感が……」
分かり切ったことを今になって聞いてしまう自分への恥ずかしさと、たくさんの嬉しさとがない交ぜになって、とにかく顔が熱い。
そんな私をにこにこと嬉しそうに、ついでに微笑ましいとばかりに見つめてくるプロデューサーの視線に耐えきれなくなって。
「あっ……」
ぷい、と。私は無言のままにプロデューサーから顔を背けることにした。
プロデューサーのひどく名残惜しそうな声につい後ろ髪を引かれてしまうのを、そして、嬉しさでゆるんだ表情になってしまうことを必死で我慢しながら。
私の歌。私だけの詩と、私のための曲。
それを素直に喜べないほど、私は子供じゃないけれど。
でも、それを表に出すかどうかというのはまったくもって別問題だった。
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