2: ◆ao.kz0hS/Q[sage saga]
2016/10/07(金) 20:24:46.54 ID:mFpjnES+0
アウトロの余韻がレンガ造りの壁に染み入ってゆく。
静寂の三秒前、そこここから控えめだが心地の良い拍手が起こった。
ぐるりと店内を見回せば、ゆっくりと拍手をする壮年の男性、目を閉じ聴き入るご老人、着飾ってはいるが気怠そうな女性、その女性にしか興味がなさそうな男、グラスを磨くバーテンダー。
バーでの過ごし方は皆それぞれだ。
本業の方のライブの歓声と熱狂とは比べるべくもないが、私はこの雰囲気が非常に気に入っている。
照明の絞られた店内では、ステージから一番遠くの席に座る連れの表情は分からないはずなのだが、彼の真摯な視線がありありと感じられた。
二呼吸の間拍手を受けさせてもらい、マイクを手に取る。
「ありがとう。このステージも次が最後の曲…」
言いながらこのバーのオーナーでもあるバーテンダーに視線を送る。
「最後はオリジナルの曲にしたいのだが…あぁ、お店の雰囲気を壊すような曲ではないことは約束するよ…」
数年来の付き合いのオーナーは「勝手にしろ」と言わんばかりの笑みをたたえて頷いてくれた。
「よかった。オーナー様の許可も出たな、フフッ…。曲名はあえて言わないでおこうか…。どういう曲なのか、耳だけで感じてみるのもまた一興だろう?」
戯言で本音を隠す。
耳だけで感じて欲しいというのも一演者としてはもちろん本心だが、肝心なことは別にある。
…この程度の不義理であればオーナーも赦してくれるだろう。
「……私の想いが届いてくれると幸いだ」
私の記憶が確かなら、彼にこの曲を聴かせるのは今回で2度目だ。
1度目のときは自己紹介がてらレパートリーの一つとして演奏しただけだったが、さて、彼は覚えていてくれただろうか…?
一番遠くの席を強く見つめてから、私はサックスに息を吹き込み始めた―――。
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