28: ◆JfOiQcbfj2[saga]
2017/05/07(日) 01:29:06.31 ID:upUN87ha0
「用意するのは一人分も二人分も一緒ですから気にしないでください。そんなに凝ったものは出来ないですけど」
「そこまで言うなら、お言葉に甘えますけど……」
「はい、それじゃゆっくりして待っててくださいね」
先程まで乱れていた彼女とは思えない明るい笑顔を振りまきながら響子はキッチンに向き合った。
女子寮の部屋は当然一人で住むことを想定しているため広いわけではない。ただ事務所の規模の大きさというものか、そういったものが反映されているのか普通の寮よりも当然広いし備え付けのキッチンもしっかりしたものではある。
(夢じゃなかったんすよね……?)
キッチンに向かっている響子の背中は沙紀の視界にしっかりと入っていた。
「〜〜♪〜♪」
リズムに乗った心地よい鼻歌もセットでついている。
(これは中々、贅沢……)
手際の良さというのが後ろ姿からでもはっきりとわかるほど響子は無駄のない動きで調理を進めている。
IHキッチンの稼働音やまな板に包丁が当たる音など、それらの音すらも一つのリズムをとっているような錯覚に襲われる。
「……うーん」
その一種の芸術性と言えばよいのか、とにかく完成された動きは沙紀の目を釘付けにしていた。好きだからそう見える。と言ってしまえば頷くほかないが、それ抜きにしても見事であることに変わりはない。
そんな響子をしばらく無言で見つめていたのだが、何を思ったのか沙紀はおもむろに立ち上がった。向かう先は当然キッチンである。
「沙紀さん?どうしました?」
その足音に気が付いたのか響子が振り向いて尋ねる。沙紀は居心地悪そうに髪を掻いた。
「いや、何か落ち着かなくて。手伝う事とかないっすか?雑用でもいいから」
「え?あ、それじゃご飯温めてもらってもいいですか?冷蔵庫に入ってるので」
「了解っす」
沙紀が冷蔵庫を開けるとパックに詰められたそれが何個か入っている。一度で少し多めに炊いて保存して置いておくらしい。いつも炊き立てを食べたいが仕事やレッスンで忙しかったり疲れてたりするとそれに頼るというのは響子の言葉だった。
炊き立てでなくて随分申し訳なさそうにしていたが、それだけでも沙紀は自分よりしっかり者の印象を強めるばかりである。それどころか年上の自分と比較してしまい恥ずかしいぐらいだった。
「一番手前のパックを500Wで3分間温めてください。こっちもそれぐらいで出来ると思うので」
レンジを開けて言われた通りにセットした沙紀は響子の後姿と同時にキッチンを見た。振り向かないまま響子は恥ずかしそうに言う。
「今日は昨日の残り物で悪いんですけど肉じゃがと、あとは味噌汁に春のお魚の鱧を塩焼きしているんです……手抜きで申し訳ないんですけど」
「…………」
「沙紀さん?」
「……結婚して」
「うぇえ!?」
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