3: ◆ao.kz0hS/Q[sage saga]
2017/10/07(土) 23:49:17.91 ID:mxDxIcFa0
本当はあの時からずっと分かっていたのに。
『ソレ』を認めると自分の醜悪な歪さに気付いてしまうから。
目を背けて、自分は不運なだけの普通の人間だと、そう安心するための根拠を探していたのです。
認めてはいけない。
目の前で、同じ布団の中で、愛しい人が掠め取られる絶望。
その絶望の中、呼吸も忘れるほどに興奮していたなんて…。
そんなことを認めてはいけない。
自分が世間知らずだという自覚はあります。
ですが、そう間違ったものではないはずの私の理性と良識がそう叫んでいました。
だのに、目を背ければ背けるほど、自分はまともであると思おうとするほど、胸を焼くようなあの昏い昂ぶりが蘇ってきたのです。
まるで自分の内側に別の人間が住み着いているようでした。
何一つ信用できない自意識にはもううんざりでした。
私は限界だったのです。
私は楽になりたかったのです。
あのとき。
私の至近で、私などいないも同然に交わる二人を、息を呑みながら具に感じること。
それはまるでいつものように小説を読んでいる心地でした。
美波さんの動きと言葉と息遣いで、刻一刻とPさんの理性が瓦解してゆく…。
その劇的な場面に、私は心の底から魅了されていたのです。
今考えると気の迷い以外の何物でもありません。
このままじっとしていることはきっと私とPさんの関係に良くない影を落とすと、そう肌で感じていたのに、好奇心を優先してしまったわけですから。
そして、この悪魔の囁きに耳を貸してしまった私の愚かさが、今まで続く地獄を招いた全ての根源なのでしょう。
悪魔の提案はいつだって魅力的に映り、しかし、気付いた時にはもう手遅れなのです。
暗闇の中の微かな動きといえども。虫の鳴くような吐息しか聞こえなくても。
Pさんと美波さんに湧き起っているであろう極度の緊張と焦燥を想像することは、小説の登場人物の感情に想いを馳せるよりも容易で、それでいて比べるべくもない程に圧倒的な生々しさがありました。
それはとても強烈で鮮烈で、これまでの読書体験にだって到底比肩するものはありません。
そしてこれからどれだけの書を漁ったとしても、到達することは不可能だと断言できます。
また、私自身の存在も興奮に拍車を掛けていたのかもしれません。
幸福の頂きから絶望へ突き落された私。
そんな私の状況を俯瞰して、どこか面白がっている自分が居たのです。
自分の身にこれほどの悲劇が降りかかるなんて…嗚呼、これはまるで物語の主人公のようではないか、と。
(悲劇過ぎて、いっそ喜劇にでもした方が潔いでしょうか?)
Pさんと美波さんの、官能、背徳、執着、歓び、欲望、愛。
鷺沢文香の、悲しみ、怒り、後悔、嫉妬、絶望。
具現化して見えそうな程に濃ゆい感情の奔流に心が晒されるのは、吐き気を催すほどに恐ろしく、同時に胸が爛れそうなほどに甘美でした。
心を嬲られ傷が付いていくのが分かるのに、何故かその度に全身が、指先つま先に至るまで甘く痺れるのです。
全く以て理解不能でした。
しかしとどのつまり、卑しい私の躰はその破滅的な甘さに酔い痴れていたのだと、もう認める他ありませんでした。
私はこれまでの人生に於いて、あのときほど強く生きている実感を得たこと…生の愉悦を感じたことはなかったのですから。
そして、Pさんと鷺沢文香が共に歩む未来の可能性が消え去ったあの言葉で、私の心はものの見事にパンクし、最早どうでもよくなったのです。
おそらくは精神的にも肉体的にも絶頂を迎えたのだと思います。
尤も当時は、そのことについてはあまり自覚的ではありませんでしたが。
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