何も無いロレンシア
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67: ◆SbXzuGhlwpak[sage]
2019/06/01(土) 03:28:03.41 ID:zJUkddjZ0
※ ※ ※



 雨が降る中で、街の衛兵はその顔を大きくしかめていた。

 その原因は雨に体を濡らしながら仕事をしなければならないから――ではない。

 雨で現場の痕跡が洗い流されるから――でもない。

 ひとえに現場の惨状が、衛兵の経験と想像を大きく超えた規模だからだ。

 街の住民が五人亡くなった。これはまだいい。五人も亡くなる事件など、人口三千人を誇るこの街でもなかなかないことだが、まだこれは起きうることだった。加えて亡くなったのは裏路地に住む怪しい連中なので、どうでもいいと言えばどうでもよかった。

 宿屋が潰れた。それが経営難ではなく、物理的に。数十人の暴徒が押し掛けでもしないと、こうはならないだろう。この時点で頭が痛くなる。さらにこの宿屋は巡回の経路から外す見返りに、結構な裏金を渡してくれていたところなのだ。末端の自分にその恩恵はないが、上官の怒りがとばっちりで降りかかることが想像され、さらに憂鬱になる。

 そして極めつけは、何が起こったのかまるでわからないことだ。

 目撃者の証言によると、三人の男がここで戦っていたらしい。なぜたかが三人の戦いで宿屋がつぶれ、五人も巻き添えになるのか。そしてその三人は、いったい今どこにいるのか。

 衛兵はチラリと少し離れた場に倒れている、深紅の鎧をまとった死体に目を向けた。あまり長々と見たいものではない。死因は多分失血によるものなのだろうが、その体は何故か緑に変色しふくれあがっている。一人はここにいるとして、他の二人は?

「アレは……なんだ?」

 雨が降っていることに感謝する。雨のおかげでその醜悪なモノが薄れ、悪臭もいくらかマシになっているのだろうから。

 現場にはところどころに緑色の水たまりがあった。今も狂騒状態の目撃者は何十という蛇を見たと言ったが、まさかこれではないだろう。

 そして一際大きな緑色の水たまりがあった。その水たまりには破れてしまっている茶色のローブが沈み、尋常ではない大きさの紅い槍がつかっていた。水面から出ているローブの部分を、皮手袋をしながら嫌々ながらつかんで引き上げてみたことにより、緑色の水に強い粘性があることがわかった。引き上げたローブにしつこくまとわりつく姿と悪臭で、昼に食べた物が喉にこみ上げそうになる。

「毒……か?」

 だとすると一度この場を離れた方がいいかもしれない。雨で濡れてしまっている体の下から、生汗が出てくる感触がしてくる。

 現場検証は早いに越したことが無いが、どのみちこれは自分の手にあまる。一刻ほど前に街中に鳴り響いた、一生忘れることができそうにない奇声もこれに関係しているかもしれない。野次馬が近づかないように規制するだけでいいじゃないかと自分に言い訳をしていると。

「ちょ、ちょっと……」

「あん?」

 後輩の呼び止める声が後ろからする。何かと思って振り返れば、外套を身にまとった男が後輩の制止を振り切ってこちらに歩いてきていた。

 物好きな野次馬の相手をすることに辟易しながら、男へとこちらからも近づく。この辺りは有害な毒があるかもしれないと言えば、慌てて逃げ出すことだろう。

「あ――」

 衛兵の頭に浮かんでいた、皮肉交じりのあいさつは男と目があった瞬間に吹き飛んだ。


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