【女の子と魔法と】魔導機人戦姫U 第14話〜【ロボットもの】

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1 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga]:2014/07/20(日) 21:02:56.74 ID:PGdg3XaSo
前々々スレ(1〜16話)
【魔法少女風】魔導機人戦姫【バトル物】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1316092046/

前々スレ(17〜33話)
【オリジナル】魔導機人戦姫 第14〜33話【と言い切れない】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1329393538/

前スレ(34〜35話、番外編2本、第二シリーズプロローグ〜14話)
【オリジナル】魔導機人戦姫 第34話〜【なのかもしれない】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1354532937/


夏休みの暇つぶしに、仕事サボりの合間に、眠れない夜のお供に
そんな時間潰しの一助になれば幸いです

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1405857766
2 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:04:49.80 ID:PGdg3XaSo
第14話〜それは、忘れ得ぬ『哀しみの記憶』〜

―1―

 メインフロート第一層、外郭自然エリア――


 アルマジロ型イマジンを追い詰め、ロイヤルガードとの連携でこれを撃滅した空達は、
 コントロールスフィアのハッチを開き跪かせたエール・Sの掌に乗り、
 同じように機体の外に出ていた茜を見上げるのと同様に、茜もまた、空達を見下ろしていた。

茜「彼女が……朝霧空、か」

 茜は見上げてくる二人に向けて微かな笑顔を浮かべながら、消え入りそうな声で呟く。

 だが、誰にも聞こえないと思っていたその声は、彼女の相棒には聞こえていたらしい。

クレースト『どうされました、茜様?』

茜「……いや、何でもない。気にしないでくれ、クレースト」

 首に下げている銀十字のネックレス……クレーストのギア本体からの問いかけに、
 茜は空達に軽く手を振るような仕草をしてからスフィア内に戻った。

 再び機体を起動し、ハッチを閉じる。

茜「撤収準備だ、アルベルト、東雲、徳倉」

アルベルト『ウィっス、お嬢』

東雲『了解です、隊長』

徳倉『了解、撤収準備に入ります』

 通信機に向けて部下達に指示を出すと、彼らは口々に応えた。

茜「……だからお嬢はやめてくれ」

 だが、作戦中からずっと注意しているのにも拘わらず、
 未だに自分の事を“お嬢”と呼ぶ部下に、茜は肩を竦めながら呆れたように呟く。

 しかし、茜はすぐに気を取り直すと、機体に踵を返させ、
 後方に待機させているリニアキャリアへと向かった。

茜(まったく、アイツは子供の頃からずっとからかってくれて……)

 心中で溜息を漏らしながら、茜は歩を進める。

 アルベルト――レオン・アルベルト――とは旧い付き合いだ。

 元を辿れば祖父母の世代……彼に限れば曾祖父母にまで遡る。

 旧魔法倫理研究院の対テロ特務部隊の第二世代、
 その第三副隊長のセシリア・アルベルトが彼の祖母だ。

 つまる所、彼の曾祖父母はクライブ・ニューマンとキャスリン・ブルーノの二人である。

 茜の祖母・結の従姉であり、愛器の先々代ドライバーである奏・ユーリエフとは深い関係があり、
 またセシリアの養母であるレギーナともまた浅からぬ間柄だ。

 セシリアが結や奏を慕っていた事もあって、
 フィッツジェラルド・譲羽家とアルベルト家も家族ぐるみで付き合いがある。

 自分とレオンの付き合いも、その延長だ。

 曾祖父母に倣ってなのか、単なる悪ふざけなのか、
 彼は幼い頃から自分の事を“お嬢”と呼び慣らしていた。
3 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:05:30.28 ID:PGdg3XaSo
茜(腕は確かなんだがな……)

 そんな事を考えながら、茜は小さく溜息を漏らす。

 遺伝か才能か、彼の航空戦と狙撃の技術は確かだ。

 その才覚はオリジナルギガンティックに選ばれなかった事が惜しまれる程で、
 だからこそ202……クレーストの護衛である第二十六独立機動小隊の
 実質的隊長とも言える副隊長に二十三歳と言う若さで任じられていた。

 二機以上での運用が暗黙のルールとなっているオリジナルギガンティックだが、
 クルセイダーが皇居正門から動けない事もあってクレーストの運用は基本単機となってしまう。

 それを避けるための護衛部隊が生え抜きのエースドライバーで固められた、
 第二十六独立機動小隊と言う事だ。

 通常のギガンティックでは決して倒せないイマジンに、たった三機で立ち向かい、
 クレーストを援護するためだけのチームと言う事だけあって、
 他の二人……東雲紗樹【しののめ さき】と徳倉遼【とくら りょう】の腕も確かな物である。

茜(まったく……もう少し、副隊長らしくしてくれていると、
  私も肩の力が抜けるんだが……)

 茜はどこか遠くを見るような目をしながら、肩を竦めた。

クレースト『茜様、輸送部隊との合流まで残り三千。
      もしお疲れでしたら自動操縦で移動します』

茜「疲れてはいないよ。
  ……だが、そうしてくれ、これからの事も考えたい」

 クレーストの申し出に、茜はそう応えてから主導権を彼女に譲る。

 愛機が歩き続けている事を確認すると、
 茜は小さく息を吐いてコントロールスフィアの壁面に寄りかかった。

 茜は目を細め、床とも壁面に映る外の光景とも取れない微妙な高さに視線を向ける。

 クレーストにはこれからの事を考えたいと言ったが、
 彼女が考えているのは昔の……幼い頃の事だった。

茜(あの日が半月後に迫っているせいで、少しナーバスになっているのか……私は?)

 茜は幼い頃の事を思い浮かべながら、心の片隅で自嘲気味に独りごちる。

 その声ならぬ独り言を皮切りに、茜の意識は回想とも白昼夢とも取れぬ過去の記憶に沈んで行った。
4 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:06:22.80 ID:PGdg3XaSo
―2―

 本條茜と言う少女は、有り体に言って“お嬢様”だった。

 父方を遡ればどこまでも……
 それこそ日本と言う国家の開闢まで遡れてしまう程の、旧い旧い魔導の家。

 母方は華族でも貴族でも武家の出でも無いが、無名と言うには憚れる程の英雄の家柄。

 世界有数の魔導の家である本條と、魔導の杖の技師の中でも名門たるフィッツジェラルド家と、
 救世の英雄と謳われた閃虹の譲羽の血を継ぐ、魔導の家柄の中でも比肩する物の無い血統。

 父は名家の当主らしい厳しさと父親らしい優しさを併せ持ち、
 母はおっとりとしていながらも強く芯のある女性だった。

 八つ歳の離れた兄や、兄と同い年の従兄や、その妹である優しい従姉、
 その両親である父の妹夫婦、生ける現代の英雄と呼ばれる伯母、
 祖父母の代から付き合いのある様々な人々に囲まれて、二歳の茜は幸せの絶頂にいた。

 特に、父・勇一郎は彼女の誇りだった。


 2060年、晩春――

明日華「さあ、茜、お父様にいってらしゃいませは?」

茜「いってらっしゃいませ、おとーさま」

 茜は母・明日華の腕に抱かれたまま舌足らずな口調で言って、父に手を振る。

 まだ二歳になったばかりの、物心つくかどうかと言う頃の、茜の記憶に鮮明に残る姿。

 庭一面に植えられた桜はもう散って、青々とした葉を茂らせるソレを背に振り返る、
 優しい笑みを浮かべた父・勇一郎。

 ロイヤルガード長官の纏う、黒の中に僅かな装飾だけが施された
 簡素だが威厳に満ちた制服を纏ったその姿は、今も瞼に焼き付いている。

勇一郎「ああ、いってきます」

 勇一郎は手を振り返そうとして、だが少し逡巡してから、
 その手を愛娘の頭に優しく乗せて軽く撫でた。

勇一郎「良い子にしているんだぞ、茜」

茜「はーいっ!」

 大きくて暖かい手に頭を撫でられ、茜は父の言いつけに元気よく返事をする。

勇一郎「臣一郎も、今日は夕方までに勉強を終わりにしておきなさい。
    帰ってから稽古を付けてやろう」

臣一郎「はい、父上!」

 母の傍らに立っていた兄・臣一郎も、父の言葉に力強く応えた。

 勇一郎は本條本家の奥義である剣術だけでなく、分家の格闘術や槍術などにも精通し、
 当主となってからはそれらの統合と、分家にも剣術の教えを施し、広く伝えて行こうと励んでいた。

 まだ魔力覚醒を迎えていない茜は、当然の事ながら父に稽古を付けて貰えるハズもなく、
 自分よりも長く父と一緒にいられる兄を、彼女は少しだけ羨んだ。

 そして、笑みを浮かべて踵を返し、門を潜って行く勇一郎の背中を、茜は憧憬の視線で見つめる。

 広く、強い背中だったのを、今でも覚えている。

 最強と謳われるオリジナルギガンティックの中でも、特に最強の呼び声の高い210のドライバー。

 武芸百般に秀で、多くのテロリストやイマジンを、皇居の門に触れさせる事なく屠って来た最強の衛士。

 そんな父を、討ち倒せる者などいない。

 ずっと、そう、信じていた。
5 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:07:09.49 ID:PGdg3XaSo
 2060年、7月9日――

 その日は、ずっと以前から予定されていたパレードの日だった。

 このNASEANメガフロートに皇居が移設されて三十年の節目の日。

 各国の皇族や王族を載せた数百台のオープンカーと、百を越す軍と警察の最新鋭ギガンティック、
 パワーローダー、さらにGWF−210Xクルセイダーを加えた大規模な一団からなるパレードだ。

 正門を出立し、第一街区の市街地を回って、また正門へと帰って行く、
 都合十キロの道程を巡る二時間ほどの長丁場。

 その日の勇一郎の配置は、クルセイダーをパレード専用のキャリアトレーラーで膝立ちにさせ、
 その前を行くオープンカーにロイヤルガードの代表として乗る事だった。

 直前には皇族縁の人々が乗るオープンカー。

 いざと言う時には即座に護衛に入れる位置である。

 まあ、勇一郎の手を患わせるような“いざと言う時”など来ないだろう。

 それは警備関係者が口を揃えて言っていた事だった。

 クルセイダーはドライバーが降りているが、
 他のギガンティックやパワーローダーにはドライバーが搭乗済みだ。

 パレードの隊列以外の警備も、人もドローンもギガンティックもパワーローダーも万全。

 ルート上の観客の中にテロリストが紛れ込もうとも、一気呵成に制圧できるだけの準備がされていたのだ。

 慢心ではなかったのかもしれない。

 細心の注意を払って、最大規模のパレードを守るべく考え得る限り最高の警備を施したハズだった。

 だが、最高の警備と言う事実に作り上げられたその安心感が、大きな慢心に結実したと言って良い。

 その慢心が世界最大規模のテロを生み出す事に繋がったのである。


 そして、テロが起きようとしていたその時、茜は母や兄と共に、
 パレードのルート上に据えられた特別観客席であと数分後に通るパレードの車列を心待ちにしていた。

 特別観客席はルートに面した病院の第三駐車場の道路に面した側を間借りするカタチで作られ、
 一般の観客達のいる歩道よりも幾分か高い。

 茜達は特別観客席の右端で、兄妹が母を挟むように並んで座っていた。

明日華「もうすぐ、お父様がいらっしゃいますからね」

茜「はい!」

 優しく語りかけてくれた母に、茜は目を輝かせ、ソワソワとした様子で応える。

 あと少しで、父がやって来る。

 祭にも似た熱気が、そんな彼女の高揚感を後押ししていた。

 そして、車列が訪れる。

 軍用と警察用の当時最新鋭だった377改・エクスカリバーが並び立つキャリアトレーラーを先頭に、
 左右を小型パワーローダーと警備用ドローンに守られた皇族や王族の人々を載せたオープンカーが続く。

 次々に現れる高貴な人々や最新鋭の機体の姿に盛大な歓声が上がる中、
 遂に父を乗せたオープンカーが特別観客席の前に姿を現した。

 普段よりも幾分か煌びやかな礼服に身を包み、
 腰には本條家に古くから伝わる家宝の大小夫婦太刀の鬼百合・夜叉と鬼百合・般若。

 休めの姿勢で不動を貫く父の姿は、その後ろに傅くように続くクルセイダーの姿もあって、
 普段以上に凛々しく見えた。
6 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:07:55.88 ID:PGdg3XaSo
茜「おとぉさまぁっ!」

 茜は思わず観客席の手すりにまで身を乗り出し、大きく両手を振って父に呼び掛ける。

 しかし、少女の目一杯の声も、盛大な歓声の前には呆気なく掻き消されてしまう。

茜「おとぉさまぁ! おとぉぅさまぁぁっ!」

 それでも、茜は目一杯に父に呼び掛け続けた。

 それが通じたのかは分からない。

 だが、父を乗せたオープンカーが通り過ぎようとしたその時、父の視線が茜を捉えた。

茜「っ! おとおぉさまあぁっ!!」

 その瞬間、茜は嬉しそうに目を見開くと、その日一番の歓声を張り上げ、父を呼んだ。

 この時、父が視線を向けたのは何故だったのか?

 偶然か、盛大な歓声の中、愛娘の声を聞き分けたのか。

 それを確かめる術は無い。

 何故なら、直後に響いた歓声を掻き消すような爆音と共に、
 父の乗ったオープンカーは消し飛んだからだ。

 それも――

茜「……………………おとう……さま?」

 茜は、呆然と父を呼ぶ。

 ――茜の見ている、目の前で。

 それは、警備のために交差点毎に立てられているギガンティックからの砲撃だった。

 市街地中心地区。

 交差点が連続し、警備用ギガンティックが集中する最も安全と思われていた区画での出来事だ。

 外部からのハッキングを受けた五機のギガンティックが、一斉にパレードの車列に向けて発砲。

 ただ無差別に、真正面の地面に向けての発砲は、幸いにも皇族や王族への被害は免れた。

 しかし、運悪くその正面にいた父の乗るオープンカーは、その直撃を受ける事となった。

 最初から皇族や王族の命よりも、警備関係者の混乱を狙うのが目的の初撃だったのだろう。

 ハッキングを受けたギガンティックが、パレードの隊列にいたギガンティックやパワーローダー、
 他の警備用ギガンティックからの一斉攻撃で沈黙する中、上空に数十機のギガンティックが飛来。

 そして、周辺に向けて魔力弾による一斉爆撃が行われた。

明日華「臣一郎、茜!」

 混乱から無理矢理に立ち直った明日華は、汎用魔導装甲を展開し、
 我が子二人をその腕で掻き抱く。

 この頃の明日華は、二度の妊娠と出産を経て魔力波長が大きく変容し、
 クレーストのドライバーとしての資格を失っていた。

 だが、母・結から引き継いだ大魔力は健在であり、
 汎用魔導装甲が耐えきれるだけのギリギリの魔力で障壁を作り出し、
 ギガンティックによる一斉爆撃から我が子達を守る。
7 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:08:41.77 ID:PGdg3XaSo
 三十分にも及ぶ執拗な爆撃が終わると、辺りには濛々と粉塵や煙が立ちこめ、
 何かが焼ける焦げ臭い匂いと、噎せ返るほどの血の匂いが立ちこめていた。

明日華「臣一郎……茜……無事?」

 障壁に全魔力を傾けていた明日華が、絶え絶えの声で呟く。

 その時に名前を呼ばれていた事を、茜も覚えていた。

 だが、その声はとても遠く、別の世界の事のように聞こえたのも確かだった。

 ただ、爆撃の恐怖が止んだ。

 それだけは何となく理解できた。

 そして、理解と共に甦って来たのは、三十分前の光景。

 警備用ギガンティックの攻撃を受け、爆散するオープンカーに巻き込まれて飛び散る、父の姿。

 爆発に呑まれる中、唯一つ、道に転がった右腕。

 茜はガタガタと震えながら、父の腕が転がっていた道路に、反射的に目を向けていた。

 特別観客席は崩れ、倒れ伏す大勢の人々や遺体の向こうにある道路は舗装が剥げて焼け焦げ、
 先ほどの母のようにしてVIP達を守っていた警備の関係者が、混乱しながらも走り回っている姿が見える。

 そして、人々が行き交う中、瓦礫然とした道路の中央に、
 父が腰に差していた二刀の夫婦太刀だけが偶然にも突き刺さっていた。

 儀礼用の装飾鞘は砕け散り、剥き出しになった太刀は柄も鍔も焼け焦げ、
 だが、刀身だけは健在なまま。

 対して、父の姿は……転がっていたハズの右腕すら、無い。

茜「……ッ! …………ッ!」

 その光景に……父の墓標にすら見える夫婦太刀の姿に、
 茜は口を悲鳴のカタチに開けて、声ならぬ叫びを上げる。

明日華「あかね……? 茜!? どうしたの、茜!?」

 愕然としていた明日華も、娘の様子がおかしい事に気付き、必死に娘の身体を揺り動かす。

茜「……ッ、…………ッ!」

 だが、茜は目から一杯の涙を流しながら、声ならぬ叫びを上げ続ける。

 茜が声を失っていた事が分かったのは、全ての混乱が治まりを見せ、
 勇一郎の葬儀が終わった後の事だった。
8 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:09:18.89 ID:PGdg3XaSo
 2062年、初冬――
 茜が父と声を失ってから、二年と少しが経過した。


 あの日を境に、幸せの絶頂にいた彼女の全てが変わってしまった。

 優しく朗らかだった母は笑顔を見せる事が減り、
 兄は本條家の当主としてオリジナルギガンティックを駆る訓練に明け暮れている。

 幼い兄を当主に据える事に反対する分家の者達を押し留めるため、
 本家直系である叔母の藤枝百合華を当主名代に置く事となった。

 あの日、焼け焦げた二刀の鬼百合の拵えは直され、二年前から仏間に飾られている。

茜「………」

 四歳になった茜は、仏壇の前で膝を抱えて座ったまま、
 二刀の鬼百合と共に飾られている父の遺影を眺めていた。

 それは、茜の日課だった。

 読み書きの勉強を始めたばかりの茜は、それが終わると、
 食事や風呂、トイレの時間を除いて、仏間で父の遺影を眺め続ける。

 幼い少女の、その痛ましい姿に回りの大人達……特に母は胸を痛めたが、
 まだたった四歳の少女に他人を気遣う余裕など無い。

 その事を咎めようとする大人達も、敬愛する父だけでなく声ですら失った少女に、
 苦言を呈する事が憚られ、結局はその日課もずっと続いていた。

茜「………」

 茜は、父の遺影に向けて、無言で手を伸ばす。

 これも、最近の茜の日課だった。

 座ったままでは、決して遺影までは届かない手。

 もし、この手が届いたら?

 父の遺影をこの手に取る事が出来たら……、
 あの日の父に手を伸ばす事が出来たら、自分は父を救えただろうか?

 子供が考える“もしも”や“たら、れば”の話など、荒唐無稽な物だ。

 根拠のない万能感と、夢見がちな妄想に端を発する、本当に荒唐無稽な仮の話。

 まだ四歳半の少女なら、当然のように抱く可能性の話。

 だが、求める可能性は限りなく苦しく、それが叶うハズも無い事と、
 茜は幼いながらにして既に諦めの境地に達しようとしていた。

 それもその筈。

 あの爆撃の中、母の腕の中で震えているだけだった自分に、
 父を助けられる筈が無いのだから。

 ただ、それでも手を伸ばし続けるのは、まだ彼女自身が諦め切れていないからだ。

茜「………ッ」

 どんなに伸ばしても届かない手に、彼女は次第に目の端に涙を溜めていた。

 涙で霞む視界の中、茜は必死で手を伸ばし続ける。
9 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:10:01.71 ID:PGdg3XaSo
茜(届かない……届かないよ……お父様に……手が、届かない、よ……)

 泣きながら、諦めながらも、少女は手を伸ばし続けた。

 それだけしか、今の彼女には残されていなかった。

 魔法に……いや、マギアリヒトに溢れた現代社会において、動かずに物を取る方法は二つ。

 魔力でマギアリヒトに作用し、魔力そのもので対象を掴んで手元に引き寄せる方法。

 取りたい物を物体として捉え、対物操作の魔法で浮かせ、手元まで飛ばす方法。

 似ているようで違うこの二つの方法を、詳しく語るのはまたの機会としよう。

 何故なら、この時の茜には、まだ魔力が目覚めていなかったのだから。

 結・フィッツジェラルド・譲羽の血に連なる者に相応しく、
 茜の体内には多量のマギアリヒトが巡っている。

 覚醒さえすれば、それだけで一角の魔導師と言えるだけの魔力が約束された身体だ。

 そう考えれば、彼女が抱く“たら、れば”の万能感も、
 あながち荒唐無稽な物では無いのかもしれない。

 この手が父に届けば……父の手を掴めるだけの魔力さえあれば、
 父を助ける事が出来たかもしれない。

 だが、それは所詮、“かもしれない”の域を出ない“もしも”でしか無いのだ。

 あの頃の、そして、今の彼女も、未だ魔力には目覚めていない。

 だから彼女は、こうして大粒の涙を流しながら、諦めの中で、
 決して届かない手を伸ばし続けるしかなかった。

 いつしか泣き疲れて、眠ってしまう。

 それがこの日課の顛末だ。

 だが、今日は違った。

?????<――――――>

茜「ッ!?」

 不意に響いた音に、茜は手を伸ばしたままビクリと身体を震わせる。

 そして、思わず辺りを見渡す。

 しかし、この辺りで音を立てるような物は、
 目の前にある仏壇に置かれた、仏具の鈴くらいしか無い。

 だが、それも人知れず鳴るような物ではなかった。

(何……今の音……?)

 茜は辺りを見渡しながら、身を縮こまらせる。

 すると――

?????<――――っ>

茜「……ッ!?」

 再び、その音が聞こえ、茜はまた身体を震わせた。

 だが、そこで気付く。

 音は耳に響いたのではなく、まるで頭の中で直接意識に……
 幼い少女の感覚にして見れば、心に響いたのだ、と。

 そして、それは単なる音ではなく、どこか声のようにも感じられた。
10 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:11:01.87 ID:PGdg3XaSo
茜(……誰?)

 茜は見渡しながら音の出所……いや、声の主を捜して辺りを見渡す。

 しかし、いくら見渡しても声の主らしき者はいない。

 だが、不意に一点、仏間と隣の部屋を繋ぐ襖に視線を奪われる。

 その先は明日華と茜の寝室だ。

 そして、かつては勇一郎も使っていた寝室である。

 父がいなくなって広くなった寝室を、茜はまだ受け入れ切れず、
 眠る時以外は好んで入ろうとは思わなかった。

 茜は襖に吸い寄せられるように、だが怖ず怖ずと四つん這いで近付き、
 膝立ちになって襖を開ける。

 誰か、いるのだろうか?

 今の時間は母も出払っており、寝室に入る者などいない。

茜(誰か……いるの?)

 茜は言葉に出来ぬ疑問を、小首を傾げるような仕草と共に投げ掛け、
 それと共に室内を見渡す。

 すると――

?????<―か――で――さい>

 襖を閉じていた時よりもハッキリと、その“声”は聞こえた。

茜(……誰……?)

 茜は驚いて身体を震わせながらも、立ち上がり、
 声の聞こえて来た方向に向けて歩き出す。

 そこには、母が亡き祖母・紗百合と大伯母の美百合から譲り受けた大きな鏡台があった。

?????<な―ない―くだ――>

 鏡台に歩み寄ると、さらに声はクリアに聞こえる。

 開けてはいけない。

 そう言われてきた鏡台の引き出しを、茜は躊躇わずに開けた。

 そして、すぐに目についた一つの黒いケース。

 宝石箱でも小物入れでもない、革製の質素な物だ。

茜(これ……)

?????<なかないで……ください……>

 茜がそれを手に取ると、ようやく声の内容を聞き取る事が出来た。

茜(なかないで………泣かないで?)

 茜はその言葉を心の中で反芻する。

 ケースの蓋は呆気なく開き、中から出て来たのは銀色の十字架だった。

 茜は僅かに躊躇いながら、その十字架を手に取る。
11 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:11:57.42 ID:PGdg3XaSo
 すると――

?????<泣かないで下さい……お嬢様……>

 懇願するかのような、哀しげな少女の声が十字架から響いた。

 それと同時に、茜は自らの身体から暖かい力が湧き上がるのを感じる。

 その力が自身の魔力だと気付いたのは、
 十字架の回りに赤みの強い橙色の……茜色の輝きが満ちているのが分かったからだった。

茜(クレぇ……スト?)

 茜はそこで、自分が手にしている十字架が、かつての母の、
 そして、亡き母方の祖母の親友である奏の愛器・クレーストだと気付く。

 まだ思念通話すら分からない茜の声は、クレーストに届ける事は出来なかった。

 つまり、声の出せない茜に、クレーストとの意志疎通の手段は無い。

 だが、クレーストは違った。

クレースト<申し訳ありません、お嬢様……。
      勝手ながら、魔力を使わせていただきます>

 彼女は哀しげな声で申し訳なさそう呟くと、茜の身体から僅かな魔力を吸い上げる。

 そして、茜から吸い上げた魔力はクレーストの導きによって寝室を抜け出し、
 仏壇に飾られた勇一郎の遺影を掴んだ。

 純粋な魔力だけで物体を掴むにはそれ相応の高い魔力量が要求されるが、
 茜には苦にもならない僅かな量に過ぎない。

 そして、クレーストが魔力で掴んだ遺影は、漂うように茜の目の前へと引き寄せられた。

クレースト<どうか、手を伸ばして下さい……。
      お嬢様ご自身の力で引き寄せた物です>

 クレーストに促されるように、茜はゆっくりと遺影に向けて手を伸ばす。

 これは後から知った事だったが、茜が件の日課を始めた頃から、
 明日華の残留魔力によって起動し続けていたクレーストは、
 ずっと以前から彼女の事とその意図に気付いていたらしい。

 そんなクレーストの協力もあって、決して届かなかった筈の手が、
 伸ばし続けた父の遺影に届いた。

茜「………ッ!」

 手が触れた瞬間、茜は声ならぬ叫びを上げてその遺影を、クレーストごと胸にかき抱く。
12 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:12:49.83 ID:PGdg3XaSo
 やっと、やっと手が届いた。

 だが、それと同時に突き付けられる現実。

 今更届いても遅い。

 あの時に、手が届いていなければならかったのに。

 その事実に、いつの間にか止まり掛けていた涙が、堰を切って溢れ出す。

 泣き声は上がらない。
 上げられない。

 筈だった。

茜「ぉ……ぉ……ぅ……ぁ……ぁ……っ!」

 二年以上、呼吸を吐き出すような音しか出せなかった口から、
 絞り出すような微かな音が響く。

クレースト<お嬢様!?>

 その音が茜の声である事に気付いたクレーストが、喜びとも驚きとも取れる声を上げた。

茜「おぉ……とぉ……ぅ……さぁ……まぁ……っ!」

 父の遺影を胸に抱いて泣きじゃくりながら、茜は一音一音、絞り出すように叫ぶ。

茜「ぅぁ……ぁぁぁ………っ!」

 茜はその場にへたり込み、絞り出すような声で泣いた。

『誰か! 誰か! お嬢様が……茜様が声を!』

 クレーストは共有回線を開き、屋敷中に向けて声を上げる。

 主と主の家族を見守って来たクレーストは、茜が声を失っていた事も知っていた。

 だからこそ、彼女は自分らしからぬほどに慌てた声で人を呼んだのだ。

 そして、クレーストの声に気付いた小間使いや、
 その頃は同居していた風華が駆け付けたのは、そのすぐ後だった。

 茜の声が戻った理由は、医師の診断でも定かではない。

 届かなかった手が届いた事による精神的な物とも、
 魔力覚醒によって自律神経が刺激された故の身体的な物とも……。

 ただ、茜は彼女が求めた力によって見出され、父と共に失った声を取り戻し、
 ようやく一つのスタートラインに立てたのだ。

 それは――
13 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:13:55.78 ID:PGdg3XaSo
クレースト『……ね様、茜様』

茜「ん……?」

 白昼夢にも似た回想に意識を委ねていた茜の意識は、
 クレーストの声によって呼び戻される。

 コントロールスフィアの壁に身体を預けていた茜は、目を開いて辺りを見渡す。

 そこはメインフロート第一層の外郭自然エリアから少し離れた位置にある、広い幹線道路だった。

 その端には自分達第二十六独立機動小隊の使うリニアキャリアが停留しており、
 クレーストも今まさに専用ハンガーの前に到着しようかと言う頃合いだ。

茜「すまない……少し呆けていた」

クレースト『いえ、問題ありません』

 嘆息混じりで申し訳なさそうに呟いた茜に、クレーストは淡々と返す。

 茜は機体の主導権を愛器から返して貰うと、機体をハンガーに固定し、動力を切る。

茜「ふぅ……」

 ゆっくりと寝かされて行くハンガーに合わせ、水平状態を保つように傾いて行く通路上で
 茜は手渡されたジャケットを羽織りながら小さく溜息を漏らす。

レオン「お疲れさん、お嬢」

 すると、既に自身の乗機をハンガーに固定し、
 外に出ていたレオンが気さくそうな仕草で手を振って来る。

 レオンは02ハンガーを牽引しているキャリアの下で、
 ドライバー向け汎用魔導防護服の上にジャケットを羽織っていた。

茜「だから出撃中はお嬢はやめてくれないか、アルベルト」

 茜はハンガーから降りると、呆れたような声音で漏らしながら彼の元に歩み寄る。

 すると、その場に遅れて紗樹と遼が現れた。

 二人とも何処か慌てた、と言うか困った様子が表情から窺える。

紗樹「いいんですか、隊長? 機関への出頭予定時刻は午後二時。
   あと二時間もありませんよ?」

遼「稼働時間も少なく、躯体へのダメージも一切ありませんが、
  一旦戻って整備と補給を受ける事を考えると、三時を回ってしまうと思われます」

 困惑する紗樹に続いて、遼も思案気味な様子で言った。

 確かに、お役所仕事は時間に煩い。
14 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:14:41.27 ID:PGdg3XaSo
 しかし、そんな部下達の様子を見かねて、レオンが口を開く。

レオン「いや、それは向こうさんも一緒だって」

 レオンはハンガーのフレームにもたれかかり、飄々とした様子で言った。

 全員の視線が集まると、レオンはさらに続ける。

レオン「これから何時間かは整備や何やらでゴタゴタして、
    俺らを受け入れる体勢どころじゃないだろ?

    体の良い言い訳作りさ。だろ、お嬢?」

茜「ハァ……その通りだ」

 まだ“お嬢”呼ばわりしてくるレオンに諦めの溜息を漏らしてから、
 茜は紗樹と遼に向き直って言った。

茜「既に本條隊長か藤枝副司令あたりが、
  遅延の書類を先方や政府に回して下さっている頃だろう」

 さらにそう付け加えながら、兄の臣一郎や叔父の尋也【ひろや】の事を思い浮かべる。

 二人ともそつなく事をこなす性格だ。

 今回も、きっと上手く事を運んでくれているだろう。

 そして、その事を聞いた紗樹と遼は顔を見合わせて安堵の表情を浮かべる。

茜「気遣いの範疇とは言え、
  今回は“こちら側の勝手な都合で”遅れる事になるだろう。

  それだけに繰り下げた予定よりも遅れるワケにはいかないからな、
  手空きなら整備班の手伝いをして時間短縮に努めるぞ」

 茜は安堵しかけた部下二人に喝を入れるように、
 だが少しだけ悪戯っ子のような笑みを浮かべて指示を出すと、
 自らも整備班を手伝うために再びハンガー上へと向かった。

 茜が動き出した事で、一度は安堵しかけた紗樹と遼も慌てた様子で動き出す。

紗樹「りょ、了解しました!」

遼「直ちに撤収作業の補助に入ります!」

レオン「んじゃ、俺もちょっくら手伝って来ますかね、っと」

 三人の様子を見届けたレオンも、そう言って愛機の乗せられたキャリアに向けて、
 少し気怠そうな様子で歩き出した。
15 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:15:23.90 ID:PGdg3XaSo
―3―

 イマジン殲滅からおよそ三時間後、ギガンティック機関隊舎――


 中央――皇居方面――からやって来たリニアキャリアの一団が、
 隊舎前でゆっくりと停車する。

 ロイヤルガードのロゴが刻印されたそれらは、
 先ほども空達の援護をしてくれた第二十六独立機動小隊の物だ。

 そして、その中の一輌……人員輸送車と思しき車輌のハッチが開き、
 中から詰め襟の黒い制服を着た四人の男女が降りる。

 茜達、第二十六小隊のドライバー達だ。

茜「では、我々はこれから譲羽司令に挨拶に行って来ます。
  後から私も行きますが、整備責任者への挨拶はお任せします、班長」

班長「ええ、任されましたよ、小隊長」

 振り返った茜の言葉に、彼女に班長と呼ばれた男性――小隊の整備責任者――が力強く応えた。

 四人が見送る中、人員輸送車のハッチは閉じられ、
 リニアキャリアの一団はそのまま隊舎裏へと回り、そこから隊舎地下へと入って行く。

 茜はその様子を見届けると部下達に振り返る。

茜「よし。我々も着任の挨拶に行くぞ」

レオン「ウィっス、お嬢」

 茜の指示にレオンが代表して応えた。

 またもやの“お嬢”呼ばわりに茜は肩を竦めたが、さすがに作戦行動中では無いので注意はしない。

 それに、この後は“お嬢”呼ばわり程度は可愛いレベルの洗礼が待っているのだから。

 そんな思いと共に部下達と隊舎内へと入って行くと、すぐにロビー正面の受付に迎えられる。

美波「あかにゃん、おい〜ッス」

茜「市条さん、あかにゃんは辞めて下さい」

 二人並んだ受付職員の一人――市条美波に渾名で呼ばれ、茜はガックリと肩を竦めて疲れたように漏らした。

 機関きっての名物職員の頓狂なニックネームに比べれば、“お嬢”くらいは何でもない。

??「お待ちしておりました、本條小隊長。それに隊員の方々も」

 そんな様子を見かねてか、美波の隣に座るもう一人の受付職員……
 村居優子【むらい ゆうこ】が落ち着き払った様子で言った。

 ちなみに彼女は先日、臣一郎が来訪した際に受付にいた木場順子の先輩に当たる、
 美波のもう一人の後輩である。

優子「今、司令に確認を取りましたので、あちらの執務室へどうぞ」

 優子は隣の美波を気に掛けた様子もなく、丁寧に左手で司令執務室を指し示した。

茜「助かります、村居さん」

優子「いえ、業務ですので」

 軽く会釈した茜に、優子は微笑を浮かべながらも事も無げな声音で返す。

美波「ちぇ〜ッ、久しぶりのお客さんだって言うのに、ゆっちょんが真面目すぎてつまんな〜い」

 美波は口を尖らせ、不満げに漏らした。

優子「御崎先輩から、先輩のフォローをするように言付かっていますので」

美波「チッ、園子め……遊び心の分からないヤツ」

 淡々と語る優子に、美波は先ほどのようなわざとらしい物ではない本気の舌打ちを交えて呟く。

 ちなみに御崎園子【みさき そのこ】は、美波がニックネームで呼ばない数少ない同僚の一人であり、
 美波と彼女、そして現オペレーターチーフ陣は同期である。

 閑話休題。
16 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:16:47.87 ID:PGdg3XaSo
 茜達は優子に案内された通り、司令執務室に向かう。

紗樹「何だか、凄く独特な方ですね……受付の、その……背の低い方の女性は……」

 紗樹はチラリと横目で受付を振り返りながら、躊躇いがちに小声で漏らす。

 背後から“誰の背がちっちゃいんだー!?”と聞こえ、思わず肩を竦める。

 中々の地獄耳だ。

レオン「まあ、キャラがキョーレツなのはあの御仁に、
    オペレーターのクララと出張中のちびっ子主任さん、
    それにこっちも出張中のメリッサの姐さんくらいだ。

    すぐに慣れるさ」

 レオンはギガンティック機関に初めて顔を出して萎縮している部下に、
 指折り数えるように言ってから、軽く振り返り、
 受付で手を広げてバタバタとしている美波に、謝意を込めて軽く手を振り返した。

レオン「美波の姐さん、あのナリで子持ちだってんだからビックリだよな」

 レオンは向き直ると、噴き出しそうになりながら呟く。

紗樹「えっ!?」

遼「そんなっ!?」

 紗樹に続いて、努めて平静を装っていた遼も、さすがにこれには驚きの声を上げる。

 後ろから“二児の母で悪いかー!?”と叫び声が聞こえた気がするが、
 四人はさすがに無視をした。

茜「市条さんが結婚されたのは、私がここに研修で入る前の年だったそうだからな……。
  結婚六年目ともなれば、二人目の子供がいてもおかしくないだろう」

 茜は思案気味に当時の事を思い出しながら漏らす。

 茜が正ドライバーとしてロイヤルガード入りしたのは五年前の十二歳の頃だ。

 そして、ロイヤルガードに入隊する以前は、
 クァンやマリアの同期として機関で研修を受けていたのである。

紗樹「いや、年数よりも……」

遼「犯罪の匂いがするんですが……」

 しかし、そんな茜の言葉に、紗樹と遼は口を揃えて呟く。

レオン「ま、今でも小学生って言っても通用しそうだしな、姐さんは」

 レオンの言葉に、やはり“誰が美少女小学生だー!?”と言う叫び声が聞こえる。

 さりげなく“美少女”部分が見栄による恣意的改竄を受けている気がしないでもないが、
 確かに、美波の見た目は小学生と言って通じてしまいそうだ。

 十二歳以下の少女との姦通は、同意があっても犯罪なのは今の世も同じである。

 成る程、犯罪の匂いがしそうとの遼の言葉も分からないでもない。

茜「滅多なことを言うな。
  出向中とは言え、我々は警察の一組織だぞ」

 茜は溜息がちに言ってから、司令室の扉の前に立った。
17 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:17:29.38 ID:PGdg3XaSo
 素早くノックしてから中に向かって呼び掛ける。

茜「皇居防衛警察ロイヤルガード、
  ギガンティック部隊第二十六独立機動小隊隊長、本條茜です」

明日美「どうぞ」

 茜の呼び掛けに応えたのは明日美だった。

 扉越しにくぐもった明日美の声に応え、茜は“失礼します”とだけ言って扉を開く。

 一礼して室内に入ると、茜達は明日美とアーネストに迎えられた。

茜「本條茜、レオン・アルベルト、東雲紗樹、徳倉遼、着任いたしました」

 敬礼した茜に続き、レオン達三人も茜の後ろに横並びになって敬礼する。

明日美「はい、ご苦労様」

 しっかりと敬礼する茜に、明日美は笑顔で頷く。

茜「こちらの勝手な都合で着任の時間が大幅に遅れてしまい、申し訳ありません」

明日美「気にしなくていいわ。
    こちらとしても消耗が最低限で済んだのだから」

 申し訳なさそうに頭を下げる茜に、明日美は笑顔のまま応え、
 “もう、そちらの司令と副司令の連名で謝罪も受けている事だし”と付け加えた。

アーネスト「三時間前に出撃があったばかりで、そう畏まっているのも疲れるだろう。
      楽にしたまえ」

 アーネストもそう言って、茜達に敬礼の姿勢を崩すように促す。

レオン「そう言って貰えるとありがたいッス」

 アーネストに促され、休めの姿勢になったレオンは笑顔で漏らす。

明日美「久しぶりね、レオン。
    ご両親やお祖母様は元気かしら?」

レオン「まあまあッスね。
    さすがに藤枝の所のバーサマほど元気じゃないッスけど」

 明日美の問いかけに、レオンは苦笑い混じりに応えた。

 フィッツジェラルド・譲羽家とアルベルト家は家族ぐるみの付き合いで、
 その付き合いも長い。

 明日美もレオンの祖母・セシリアとは、
 旧研究院時代から年の離れた先輩後輩としても旧い付き合いだ。

茜「司令」

 明日美とレオンの世間話が途切れたタイミングを見計らい、
 茜は携帯端末を取り出して前に進み出ると、
 それを明日美の執務机の上にある卓上型端末に近づけた。

 すぐに通信回線が開き、書類が転送される。

明日美「はい、着任辞令、確かに受け取ったわ」

 明日美は横目で壁掛け時計の時間を確認しながら言う。

 時刻は三時五分前。

 遅延予定の午後三時に間に合っている。
18 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:18:12.90 ID:PGdg3XaSo
明日美「今日はレベル1注意報にまで下がっているし、
    一度出撃もあったから今日はもう休んでも構わないわ」

 明日美は書類にサインをしながらそう言った。

アーネスト「事前申請のあった必要人数分の部屋は寮に確保されている。
      荷物もそちらに運び入れるといいだろう」

茜「ありがとうございます、ベンパー副司令」

 アーネストの言葉に、茜は深々と頭を垂れると、部下達に向けて振り返る。

茜「お前達は先に荷物を持って隊員寮に向かっていてくれ。
  私はもう少しお二方に話がある」

レオン「ウィっス、お嬢。
    じゃあ、そう言うワケですんで、俺らは先に失礼させてもらいます」

 レオンは茜の指示に頷くと、明日美とアーネストに軽く会釈してから、
 丁寧にお辞儀をした紗樹と遼を引き連れて司令室を後にした。

 そして、三人が退室したのを見届けて、茜は肩を竦めて小さく溜息を漏らす。

茜「……申し訳ありません、伯母上、ベンパーさん……。
  部下がお見苦しい所を……」

 茜は溜息がちに申し訳なさそうに呟く。

アーネスト「そこまで気にしなくても良いよ。
      まあ、あれも彼の持ち味と言う事で」

明日美「政府直轄とは言え、ここはそこまで堅苦しい組織ではないわ。
    あなたも少しは肩の力を抜くと良いわ」

 笑みを浮かべながら言ったアーネストに続き、明日美も思案げに漏らす。

 そして、僅かな間を置いてから、明日美は改めて口を開く。

明日美「直接会うのは正月以来ね。
    ……誕生日プレゼントは気に入って貰えたかしら?」

茜「ええ、メールにも書きましたが、その節は本当にありがとうございました。
  大事に使わせていただいています。

  ……と言っても、あまり袖を通す機会に恵まれませんが……」

 嬉しそうに漏らす明日美に、茜は深々とお辞儀をして返してから、
 申し訳なさそうな苦笑いを浮かべる。

 明日美は先月に誕生日を迎えた茜のために、社交の場に顔を出すためにも良い頃合いだと、
 一着のイブニングドレスを贈っていた。

 だが、茜は普段から忙しくしている事もあり、また、社交の場にも礼服で赴くのが基本だった事もあり、
 試着を除けばまだ一度だけしか袖を通せていない事を心苦しく思っていたのだ。

明日美「次に機会があれば、その時に見せてくれるかしら?」

茜「ええ、喜んで」

 伯母からの提案に、茜は少しはにかんだような笑みを浮かべて頷く。
19 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:19:08.38 ID:PGdg3XaSo
アーネスト「しかし、本当に君がこちらに出向してくれるとは思わなかったよ。
      こちらとしては予備戦力でも構わなかったのだが……」

 二人の様子を見守っていたアーネストが、不意にそんな事を呟いた。

 ギガンティック機関側としては、空達三人には二班に分かれて貰い、
 出撃時の援護用に一小隊派遣して貰えればそれで良かったのだが、
 まさか大本命のオリジナルギガンティックが配属されている第二十六小隊が来るとは思ってもいなかったのだ。

 第二十六独立機動小隊の任務は皇居護衛よりも、遠隔地に出撃してのテロリスト対策が主任務だ。

 昨今はテロリストの使うギガンティックやパワーローダーも性能が上がって来ており、
 軍に比べて強力なギガンティックの配備数の少ない警察関連の組織にして見れば、
 より圧倒的な性能を誇るオリジナルギガンティックが必要とされるのは当然と言えた。

 強力な大型ギガンティックを持ち出したテロリストに対して迅速に出動し、
 これを鎮圧するのが第二十六独立機動小隊の任務なのである。

 そして、その足回りの良さを活かし、
 機関の手が足りない時はイマジン殲滅に協力する副次的な任務もあった。

 イマジン殲滅が主任務のギガンティック機関の任務とは基本的に逆なのである。

 茜はイマジン殲滅にも協力的だし、それは今日の態度からもよく分かっていた。

 だが、主任務はテロへの対処だ。

明日美「悪いわね……。
    こちらの仕事にかかり切りになってしまうかもしれないのに」

茜「いえ、構いません。
  連中が大規模攻勢を仕掛けるような事があれば、
  機関の手を借りなければならないのは、むしろこちらなのですから」

 少しだけ申し訳なさそうな様子の明日美に、茜は表情を引き締めて応える。

 現在のテロリストの中で最も厄介で大規模な戦力を有しているのは、
 第七フロート第三層を占拠し、反皇族を掲げている、
 件の60年事件の首謀者達とその流れを汲む者達だ。

 彼らの狙いは基本的に皇族や王族達のいる皇居や、
 皇族や王族に縁の深い者がいる場所であり、そう言った所の防備は固い。

 だが、一度テロリストに大攻勢を仕掛けられた場合、
 平時からイマジンへの警戒を厳としなければならない軍は多くの戦力を割けないのである。

 そうなれば、警察組織は少数精鋭であるギガンティック機関に頼る事になるのだ。

 無論、機関としてもイマジン出現時にはそちらへの対処が優先されるが、
 形式的にはそう言った取り決めで互恵関係が成り立っている。

 尤も、ここ数年間は機関側がテロ対策に駆り出される事は無かったのだが……。

明日美「今年は十五年の節目、ですものね……」

 明日美はその事を思い出して呟く。

 今年は2075年、あと半月もすれば7月9日……
 あの忌まわしい60年事件から丁度十五年となる。

 明日美にしてみれば、義弟が死んだ事件だ。

 色々と思うところもあるのだろう。

アーネスト「こちらとしても、諜報部に警戒させてはいるが……」

茜「……その件なのですが」

 アーネストが思案げに漏らしかけたその時、茜が意を決したようにその言葉を遮った。
20 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:19:59.95 ID:PGdg3XaSo
 茜は“ご無礼、失礼します”と言って、言葉を遮った事を謝罪すると、さらに続ける。

茜「こちらの諜報部に保管されている調査書類……
  月島レポートの閲覧を許可してはいただけないでしょうか?」

アーネスト「月島レポート……!?」

 どこか思い詰めた様子の茜の言葉……いや、
 “月島レポート”と言う名前に、アーネストは驚きの声を上げた。

 亡くなった勇一郎の事を考えて寂しげな表情を浮かべていた明日美も、途端に表情を険しくする。

明日美「……随分と、調べたようね?」

茜「……辿り着くのに四年かかりましたが……」

 責めるような、それでいて心配したような明日美の問いかけに、茜は感慨深く漏らした。

茜「私が知りたいのは、統合労働力生産計画の責任者であった頃の月島勇悟ではなく、
  あくまでギガンティック機関前々技術開発部主任の月島勇悟です」

 その名が茜の口から漏れた瞬間、明日美は不意に目を伏せてしまう。

 アーネストも、明日美の様子に何か思う所があるのか、視線を逸らす。

明日美「……月島……勇悟、ね」

 明日美は複雑な声音で、その名前を反芻する。

 月島勇悟【つきしま ゆうご】。

 茜の言葉通り、瑠璃華の二代前となる技術開発部主任だった男性だ。

 それ以前は山路重工の技術開発研究所――
 通称・山路技研――で副所長を務めた天才科学者。

 メカトロニクス、バイオテクノロジーなど様々な分野に精通し、
 その頭脳は明日美の父、アレクセイにも匹敵すると言われた。

 ギガンティック機関結成から暫くして山路技研から機関に出向し、
 ハートビートエンジンのブラックボックスの解析に努めていた。

 だが、解析は遅々として進まず、後に彼は政府に引き抜かれて、
 そこで禁忌とも言われた統合労働力生産計画に着手したのだ。

 つまり、レミィ、フェイ、そして瑠璃華達の創造主……生みの親である。

 政府の一部の者達の間で極秘裏に進められていた計画が発覚したのは七年前の事。

 そして、その責任を取らされる形で逮捕された月島勇悟は投獄された末、
 獄中で道半ばとも言える六十年足らずの生涯を自ら閉じた。

 死因は、左眼球から脳を抉るほど深い、フォークによる一突き。

 独居房での食事中、刑務官が目を離した一瞬の隙を突いての、
 鮮やかと言えば鮮やかな手際の自殺だった。

 それも鋭いが脆いプラスチック製の先端ではなく、それなりに強度のあった柄の側を使って、
 倒れる勢いを利用しての突きだったと、明日美達も聞かされていた。

 倒れた反動で脳を抉っていた部分が捩れて、そして、そのまま手遅れにと言うワケだ。

 ともあれ、茜が求めているのはそんな月島の素行調査書類である。

 ギガンティック機関はその性質上、隊員達にも潔白が求められるため、
 諜報部による素行調査が定期的に行われている。

 月島勇悟に関する素行調査も勿論行われており、ある理由――統合労働力生産計画ではない――により、
 その重要度が上がった事で、重要調査報告書として機関内で管理されていた。

 つまり、それこそが茜の求めている“月島レポート”なのだ。
21 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:21:05.03 ID:PGdg3XaSo
明日美「…………分かったわ。
    諜報部主任には私から話を通しておきます」

 暫く考え込んでいた様子だった明日美は、小さな溜息を一つ吐くと、
 そう言って執務机の引き出しから一枚のカードキーを取り出した。

 魔力認証が当たり前となったご時世に、カードキーと言うのも中々アナクロだ。

 だが、それ故に破りにくいと言う側面もある。

 旧世代の電子錠を破るためのクラッキング装備では、巨大な物理錠は壊せない。

 それと同じ理屈だ。

 明日美はそのカードキーと、カードキーを読み込ませるための端末を取り出す。

明日美「それを持って受付に行きなさい。
    彼女ならそれで分かってくれるわ。

    但し、キーと端末は今から二十分以内に必ず返却しなさい。
    ………いいわね?」

茜「…………はい」

 どことなく思い詰めた伯母の様子に怪訝そうな表情を浮かべた茜だったが、
 すぐに気を取り直し、神妙な様子で差し出されたキーと端末を受け取る。

明日美「会った諜報部の職員に関しては忘れなさい。
    誰かに口外した場合はあなたでも二十四時間監視を申請するわ」

茜「……分かりました」

 いつになく厳しい調子で言った明日美に、茜は緊張した面持ちで応えた。

 そして、深々と一礼してその場を辞す。

明日美「…………ハァ……」

 茜が立ち去った――魔力が遠のく――のを確認してから、明日美は深いため息を吐く。

 アーネストも僅かに目を伏せ、何かを考え込んでいる様子だったが、
 すぐに明日美に向き直って口を開いた。

アーネスト「茜君がこの任務を受けた理由は、月島レポートが目当てでしたか……」

明日美「母親に……明日華に悟られたくなかったのでしょうね……」

 明日美はアーネストの言葉に頷くと、天井を振り仰いで呟き、さらに続ける。

明日美「特一級の権限で60年事件の事を詳しく調べていれば、
    彼に当たりを付ける可能性はあるとは思っていたけれど……」

アーネスト「しかし、亡くなっている人間まで調べると言うのは……些か……」

明日美「あの子にしてみれば、少しでも事件の真相に繋がる情報を知りたいのでしょう……」

 言葉を濁したアーネストに、明日美は遠くを見るような目をしながら呟いた。

 事件の真実。

 それこそが、月島レポートが重要調査報告書として位置づけられる原因だった。

 生前の月島勇悟には、60年事件の首謀者と思われるテロリストとの繋がりがあったとされている。

 それが判明したのは彼が逮捕されてすぐの事。

 用意周到に抹消されていた痕跡の中に残った、僅かな数のアクセス記録。

 それは、当時は既にテロリストの手に落ちていた、
 第七フロート第三層にあったかつての山路技研へのアクセス記録だった。

 詳細なアクセス先はと言えば、厳重にブロックされ、
 現在もアクセス不可能となっている、技研のメインフレーム……中枢コンピューター。

 最終の日付は逮捕される直前の物。

 改めて尋問と言う、その直前になっての自決。

 確定情報ではないが、確定的と言っても間違いない繋がりだ。
22 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:21:50.96 ID:PGdg3XaSo
明日美「因果な物ね……。
    まさか、姪に昔の恋人の事を聞かれるなんて……」

 明日美が自嘲気味に呟くと、アーネストは複雑な表情を浮かべて目を伏せた。

 そう、昔の恋人。

 明日美は月島勇悟と関係を持っていた時期があった。

 終戦間近の頃から、父が亡くなってしばらくの間は、
 明日美にも恋人と呼べるだけの関係の男性がいたのだ。

 その頃の月島勇悟と言えば、まあ分かり易い技術屋と言った印象の男性で、
 どこか父に似た雰囲気を持った男性だったと、明日美は記憶している。

 父に似ていたから惹かれたのか、今となっては定かでない。

 ともあれ、父の死を境に明日美は勇悟とは疎遠になり、
 彼が亡き父の後釜として技術開発部の主任になった頃には、
 もう既に二人の関係は冷め切って終わっていた。

 明日美はそれ以後、新たな恋人を作るような事はなく、
 未婚のまま現在に至るワケである。

アーネスト「未練が……お有りですか?」

明日美「……っ」

 躊躇いがちなアーネストの質問に、明日美は驚いたように少し目を見開いた。

 そして、沈思する事、およそ十秒足らず。

明日美「……分からないわね……正直」

 自嘲の笑みと共に漏れたその言葉は、嘘偽り無く、明日美の本音だった。

 かつての恋人であった月島勇悟がテロに荷担していたとすれば、
 どこかであの真っ正直な技術屋がテロに傾倒するような事があったのだろう。

 関係が終わっていなければ、彼を止められたのかもしれない。

 そんな思いは確かにあった。

 だが、その頃に男性として彼を愛していたかと聞かれれば、
 テロや統合労働力生産計画の件を除いても、答はノーだ。

 公的機関の司令としての責任感と、かつての恋人への拒絶の思い。

 そんな複雑な感情が混ざり合った故の答だった。

アーネスト「……申し訳ありません、妙な事を聞きました」

 明日美の返答と、その言葉の裏にあるであろう思いを感じてか、
 アーネストは目を伏せたまま謝罪の言葉を口にする。

明日美「構わないわ……。
    ただ、少し驚いただけよ」

 そんなアーネストの様子に、明日美は笑みを浮かべ、
 気にするなと言いたげにそう告げた。
23 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:22:42.17 ID:PGdg3XaSo
 一方、司令執務室を辞した茜は、
 明日美の指示通り、カードキーと端末を持って受付へと向かった。

 そこで普段は一般職員として振る舞っている諜報部職員と合流し、
 受付右手にある階段を登り、踊り場の折り返しにあった隠し扉を抜けて、その先に向かう。

美波「いや、まさかアッカネーンからコレを見せられるとは思ってなかったよ」

 茜の先を行く諜報部職員――美波――は、
 そう言ってカードキーと端末を肩の高さに掲げ、“にゃはは”と珍妙な笑い声を上げた。

茜「アッカネーンもやめて下さい……」

 対する茜は、新たな素っ頓狂な渾名に溜息を漏らす。

 そして、“むぅ、コレも駄目か……”と次なる珍妙ネームを考え始めた美波の背を見る。

 昔からおかしな人だとは思っていたが、まさか諜報部職員だったとは思いも寄らなかった。

 そう言えば、大叔母の明風からは、
 “身体が小さい方が諜報任務に向く”と幼い頃から聞かされていた事を思い出す。

 茜は背の高い方だったが、自分より頭一つは低いだろう背の女性は、
 確かに遮蔽物の陰に隠れるには適した体型だろう。

美波「にゃはは、驚いてるでしょ?

   生活課広報二係受付職員市条美波とは仮の姿。
   実は私こそがギガンティック機関司令部直属、
   諜報部職員市条美波さんなのでした〜」

 振り返る事なく、戯けて自慢げに言った美波だったが、
 茜は思考を見透かされたような気がして、思わず身構えかけた。

美波「あ〜、そんなに固くなんなくたって良いって。

   アタシのコッチでの仕事は基本的に他の職員の監査と事務処理だし、
   万が一アッカーネンに本気で襲い掛かられたら五分も保たずに負けちゃうから」

茜「アッカーネンもやめて下さい……アッカネーンのと違いが分かりません」

 笑い声混じりの美波に溜息がちに返しながら、茜は内心で舌を巻く。

 五分も保たずに、と言う事は、その時間よりも短ければ保たせる事が出来ると言う事だ。

 彼女が言う“監査”とは、監査は監査でも、もしかしたら内偵の部類に入る監査では無いだろうか?

 この人が地獄耳なのも、案外、常に肉体強化で聴力を強化しているのかもしれない。

茜(……本当に、人は見かけに依らないな……)

 茜はそんな事を考えながら、美波の後に続いて、通路奥の扉を抜けて狭い部屋に入った。
24 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:23:30.48 ID:PGdg3XaSo
茜(ここは随分と寒いな……)

 部屋に入った瞬間、室温が五度は下がった感覚に、茜は思わず身震いした。

 空気も乾燥しており、高温を発する精密機器が置かれている場所だと推察できる。

美波「寒いでしょ? ここ司令室の真下ね。
   メインフレームの冷却パイプが剥き出しで通ってるから、
   特にその辺りの配管は触らない方が良いよ」

 美波はそう言って、壁にビッシリと通っている配管の一部を指差した。

 茜がそちらを見遣ると、確かに数本の配管に微かな霜が付着しているのが分かった。

 美波は部屋の奥にあるコンソール前に座ると、
 コンソールに端末を接続し、カードキーを読み込ませた。

美波「月島レポートでいいんだよね?
   かねかねの端末にダウンロードするから端末貸して」

茜「かねかねもやめて下さい。
  ……いいんですか、秘匿ファイルの類だと思いますけど?」

 後ろ手に手を差し出して来た美波に、茜は盛大な溜息を吐いてから、
 怪訝そうに端末を手渡す。

美波「うん、ここからのアクセスだと司令室にはアクセスログ残らないから。
   ファイルも時限式で十時間以内に消えるようになっているから安心して」

 美波は手慣れた様子でコンソールを操作すると、
 携帯端末に何某かのファイルがダウンロードされたようだ。

美波「はい、これが月島レポート。

   第三者への開示、提示は原則禁止。
   ここの端末以外からの複製は如何なる理由があろうとも厳禁。

   司令か副司令、若しくは三人以上の各部署主任の許可を得た上でなら、
   許可された人への開示は許されているわ。

   無許可の開示・提示と複製は査問と三年以上の監視だから注意してね」

茜「了解です……」

 口調はともかく、普段と違い、どこか落ち着き払った様子の美波から端末を返して貰い、
 茜は緊張した面持ちで頷く。

 似たようなやり取りを政府の公安局の職員ともしたが、
 普段が素っ頓狂な美波が相手と言う事もあって、それ以上の緊張感がある。

美波「今からだと今夜の一時半頃には消えちゃうから注意してね。
   まあ、あまり長くないレポートだから小一時間もあれば読み終わると思うけど」

茜「……はい」

 また“にゃはは”と笑った美波の言葉に、茜は僅かに緊張を解いて頷いた。

 二人はその場を辞し、気配を見計らって階段の踊り場に出ると、
 アリバイ工作と言う事で司令室への挨拶に付き合って貰ってから受付に戻って別れ、
 キーと端末の返却を自ら買って出た美波に任せた茜は、荷物を取りにハンガーへと向かった。
25 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:24:24.91 ID:PGdg3XaSo
―4―

 ハンガーに赴き、ギガンティック機関側の整備責任者への挨拶を終えた茜は、
 人員輸送車両に預けていた当面の着替えの入ったスーツケースと私物を入れたバックパックを回収し、
 一旦隊舎の外に出てから隊舎隣の寮へと向かう。

 明日美達や司令室への挨拶とレポートの回収をした事もあって、
 ロイヤルガードからの出向メンバーの手空きの人員で寮に向かうのは茜が最後だ。

茜「………」

クレースト<考え事ですか、茜様?>

 神妙な様子の主に、クレーストはどこか心配そうに尋ねる。

茜<ああ……。
  レポートを閲覧できるのは良いが、
  捜査の上でこれにどれほどの価値があるのかと思ってな……>

 茜は愛器に思念通話で返しながら、小さく溜息を漏らす。

 正直な話、月島レポートに60年事件に関してどれだけの関連性があるかなど分からない。

茜(それでも……少しでも事件の真相に辿り着けるなら……)

 茜はそんな強い気持ちを込めて、肩に提げたバックパックの紐を強く握り締めた。

 だが、寮に入った所で茜は驚いて目を見開く。

 茜が五年前に研修でギガンティック機関にいたのは、先に説明した通りだ。

 無論、その研修期間中はこの寮を使わせて貰っていたし、その頃の構造も覚えている。

 だが、以前なら男女共同のスペースを抜けて先に行けた筈の通路に、
 今は大量のパーテーションが置かれて仕切られており、先に進む事が出来ない。

茜(改装でもしたのか?)

 最初は驚いた様子の茜だったが、すぐに冷静にそう判断し、
 パーテーションの前で曲がってその先……食堂に入って行く。

 と、今度こそ驚きで目を見開いた。

 パンッ、パンッ、パンッと甲高い音が三度も響き渡り、茜は身を竦ませる。

茜「ひゃっ!?」

 身を竦ませて、驚いたような短い悲鳴を上げた茜は、だがすぐに立ち直って辺りを見渡す。

 どうやら甲高い音の正体はクラッカーだったらしく、細かな色紙や紙テープが宙を舞っている。

 そして、食堂内にはロイヤルガードの仲間達や、
 ギガンティック機関の職員達が入り乱れて談笑したいた。

 手作りの飾りで所狭しと飾られた広い食堂は、さながら立食パーティの会場となっている。

 先ほどの通路のパーテーションも、この会場に誘導するための仕掛けだったようだ。

 そして、両サイドと正面で固まっている三人の少女。

?「ご、ごめんなさい……。
  その……凄く、驚かしちゃいました?」

 特に正面にいる少女は、どこか申し訳なさそうな雰囲気で怖ず怖ずと尋ねて来る。

茜「あ、いや……いきなりだったから、つい。
  だ、大丈夫だ」

 目の前の少女が余りにも申し訳なさそうな雰囲気だったので、
 茜も恐縮気味に彼女をフォローした。

 そして、すぐに少女が誰だか気付く。

茜「ああ、君はさっきの……朝霧空さんだね」

 目の前にいた少女とは、空だった。
26 :3スレ目にかわりまして4スレ目がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/07/20(日) 21:25:18.14 ID:PGdg3XaSo
空「はい!
  現在、前線部隊で副隊長を任せられている朝霧空です。

  ……って、三時間前にも自己紹介しましたよね」

 姿勢を正して丁寧にお辞儀をしながらの自己紹介をした空だったが、
 三時間前にも通信機越しに名乗っていたのを思い出して、照れ隠しの笑みを浮かべた。

茜「いや、しっかりとした自己紹介は必要だよ。

  今日から出向となった本條茜だ。
  よろしく頼む」

 茜がそう言って手を伸ばすと、空は破顔する。

空「はい、よろしくお願いします、本條小隊長」

茜「三ヶ月とは言え、寝食を共にするんだ。
  そんな堅苦しい呼び方はやめてくれ。

  ……茜で構わないよ」

空「はい、茜さん! 私の事も空で構いません」

 手を握り替えした空は、茜がそう言うと大きく頷いて微笑む。

茜「ああ、よろしく頼むよ空」

 そう言って笑みを返した茜は、改めて両サイドに視線を向ける。

茜「で、お前達は何か言う事は無いのか?
  レミィ、フェイ……」

 呆れ半分と言った風に呟いて、
 茜は両サイドの二人……レミィとフェイを交互に見遣った。

 フェイは普段通りに無表情無感情を装っているが、
 レミィは初対面の人間が多いせいか、頭には大きなベレー帽を被っており、
 普段は伸ばしている尻尾もスカートの中に隠していた。

レミィ「いや、思わぬ可愛らしい悲鳴が上がって、ちょっと思考停止が、な?」

フェイ「お久しぶりです、本條小隊長。三時間と十八分ぶりですね」

 対して、二人はやや視線を泳がせつつ、
 レミィは少し困ったように、フェイは淡々と返す。

茜「二人ともこっちを見ろ。
  そして、レミィは忘れろ、フェイは誤魔化すな」

 茜は先ほど、思わず上げてしまった悲鳴の事を思い出して頬を染めると、
 少し怒ったように言ってから、辺りを見渡した。

 幸い、他にこちらに気付いた様子もなく、部下達にも聞かれなかったようだ。

茜(全く……レオン辺りに聞かれた日には、
  後で何を言われたか分かった物じゃないからな……)

 レオンが離れた場所で談笑しているのを確認した茜は、安堵の溜息を漏らしてから口を開く。

茜「ふぅ………久しぶりだな、レミィ、フェイ。
  変わらない様子で何よりだ」

レミィ「お前もな。さっきは助かったよ、礼を言う」

フェイ「本條小隊長もご健勝のようで何よりです」

 正面に出揃った二人は、茜にそう返す。

 レミィも嬉しそうだが、フェイも淡々としながら心なしか嬉しそうに見える。
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