女神

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243 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:53:25.40 ID:my8qAWPQo

 これらの疑義に対して優はセルフタイマーで撮影したとか、後手縛りも縛られているよ
うに見えるだけだとか言い訳してスレの住民を宥めていた。

 まさか、池山君なのだろうか。僕は麻衣から池山君の数少ない趣味の一つが写真撮影だ
ということを聞いたことがあった。麻衣はそれを楽しそうに微笑みながら僕に語ってくれ
た。池山君の被写体はほとんど麻衣で、麻衣自身は面倒で嫌なのに池山君に言われて仕方
なくポーズを付けたりカメラに向かって微笑んだりさせられるそうだ。彼女はそれを嫌と
いうよりはむしろ幸せそうに話したのだった。

 僕はミント速報を開きモモのコテトリで検索した。すぐにヒットしたその過去ログを開
くと、優の緊縛写真が今までとは違って相当な枚数が表示された。

 その画像はどれを取っても今までの優の自撮り画像とは次元の異なるものだった。写真
のことは余り詳しくない僕でもそれはすぐにわかった。今までの優の画像は素人くさく、
でも逆にそれは生々しい感じを醸し出していて、それを目当てに彼女のファンが群がって
いたようだったけど、この新しい画像は非常に扇情的な仕上がりで、画質も今までとは比
べ物にならないほどくっきりと優の表情や肌の透けるような白さを生々しく映し出してい
た。つまり良くも悪くもプロっぽい仕上がりなのだった。優の緊縛裸身や怯えたような表
情が繊細に映し出されている反面、優の部屋の様子は綺麗に大きくボケている。それは今
までの優の自撮りのように生活感あふれる部屋の様子まで映し出されていた画像とは全く
質が異なる出来映えだった。

 もうこれは池山君が優を撮影したことで間違いないだろう。僕が病気になったせいで作
戦の決行が遅れたのだけど、結果的にはそのおかげでより破廉恥な画像を公開することが
できる。それに優の自撮りのぼやけた画像では、最悪本人がこれは自分ではないと開き直
る可能性もあった。わかる人にはわかるとは思うけど、本人が強く否定すれば決定的な証
拠はない。でも、この鮮明な画質であればいくら目に線が入れてあるとはいえ、もはや言
い逃れはできないだろう。これはどこから見ても優そのものだった。

 その時、僕はまた別なことに気がついた。最初に優の女神行為の画像を見た時に感じた
な胸をえぐられるような嫉妬心を、僕はこの扇情的な画像から感じなかったのだ。やたら
プロっぽいできだからだろうか。僕は最初はそう考えたけどやはりそうではないだろう。
僕は優への未練をついに捨てることができたのだった。古い恋を忘れるには新しく恋する
ことが一番の特効薬のようで、麻衣に恋焦がれ始めた僕は、これだけ衝撃的な優の画像を
見ても今や全く嫉妬心を感じないでいられたのだ。

 今日はもう土曜日だった。麻衣がメールに返信してくれないことが再び僕の心を蝕み始
めていた。本気で麻衣に嫌われたのだろうか。最後に見た麻衣の姿は僕にキスして屋上か
ら去って行った後姿だった。まさかこれで終わりなのだろうか。麻衣に約束した作戦の決
行はこれからなのに。

 この頃になると、堂々と池山君に撮影させた緊縛画像を誰にでも見せている優の人生を
狂わすことへのためらいはだいぶ消えてきていた。もちろん、それが自分にはね返ること
への恐怖はまだ残ってはいたけど、それよりも自分が麻衣に見捨てられたのではないかと
いう不安の方が大きかった。

 明後日は月曜日だしこの体調なら月曜日は登校できるだろう。熱もほとんど平熱に近く
なっていた。登校したら何をするよりもまず麻衣を探し出そう。恥かしさや妙なプライド
が邪魔して、僕はこれまで彼女の教室を訪れたことはなかったけど、麻衣は平気で上級生
の校舎に入り込んで僕を訪ねてくれていたのだ。僕ももう周囲を気にしている場合ではな
い。月曜日になったらもっと積極的に行動しよう。そう考えて僕は自分を納得させた。

 ところが意外なことに翌日の日曜日の朝、僕は突然母さんに起こされたのだった。時間
は既に午前十時を越えている。

「お友だちがお見舞いに来てくれてるわよ」

 母さんは妙ににやにやしながら僕を起こした。

「池山さんっていう下級生の子だけど、部屋に通してもいい?」

 母さんはそこでまた笑った。「可愛い女の子ね。あんたの彼女?」

「そんなんじゃないよ。部活の後輩」
244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:53:55.76 ID:my8qAWPQo

 僕は戸惑いながらもとりあえず母さんのからかい気味の誤解を解いた。それにしても麻
衣が僕の家を訪ねて来るとは予想外にも程がある。以前からいきなり教室に訪ねて来たり
したことはあったけど、まさか休日に自宅に尋ねてくるとは考えたことすらなかった。

 母さんが僕の言い訳をどう思ったかはわからないけど、もう僕をからかうのはやめたよ
うで、じゃあ入ってもらうねとだけ言って再び階下に下りていった。

 少しして母さんに案内された麻衣が僕の部屋に入ってきた。相変わらず気後れする様子
がない様子だったけど、かと言って馴れ馴れしい感じもしなかった。これなら母さんも彼
女に好感を抱くだろう。

「先輩、こんにちは」

「あ、うん」

 僕の返事は自分でも予想できていたようにぎこちないものだった。母さんはそんな僕の
反応を見て内心面白がっていたようだった。

「わざわざお見舞いに来てくれてありがとう。もう熱も引いてるしうつらないと思うから
ゆっくりしていってね」

 母さんは麻衣にそれだけ言って部屋を出て行った。

「あ、はい。ありがとうございます」

 麻衣も礼儀正しく返事した。

 母さんが部屋を出て行った後、僕たちはしばらく黙っていた。僕は麻衣の姿を盗み見る
ように眺めた。学校で見かける制服姿の麻衣は守ってあげたいという男の本能を刺激す
るような、女の子っぽく小さく可愛らしい印象だったから、僕は何となく私服の彼女ももっ
と少女らしい格好をしているのだと思い込んでいた。いくらリアルの女子のファッション
に疎い僕でも、さすがにギャルゲのヒロインのような白いワンピースとかを期待していた
わけではないけど、麻衣なら何というかもう少しフェミニンな女性らしい服装をしている
ものだと僕は勝手に想像していたのだった。

 そんな童貞の勝手な思い込みに反して麻衣の服装は思っていたよりボーイッシュなもの
だった。別に乱暴な服装というわけではなく、お洒落だし適度に品もあってこれなら服装
に関しては保守的な僕の母さんも眉をひそめる心配はなかっただろう。そんな麻衣は僕の
方を見てようやく声を出した。

「先輩、具合はどう?」

 それは落ち着いた声だった。

 僕は急に我に帰り、自分のくたびれたスウェット姿とか乱れたベッドで上半身だけ起こ
している自分の姿を彼女がどう思うか気になりだした。

「うん。明日からは学校に行けると思う。心配させて悪かったね」

 僕は小さな声で麻衣に答えた。彼女は僕の具合なんか気にしていなかっただろうけど、
それでもやはり心配はしていたはずだった。それは僕が実行を約束した作戦がどうなって
いるのかという心配だったと思うけど。

「突然休んじゃってごめん。一応、メールはしたんだけど」

 そのメールに対して麻衣は返事をくれなかったのだ。でも僕はそのことを非難している
ような感情をなるべく抑えて淡々と話すよう心がけた。

「病気なんだから仕方ないじゃない。先輩が謝ることなんかないのに」

 麻衣はそう言って改めて僕の部屋を眺めた。

「あ、悪い。そこの椅子にでも座って」

 麻衣を立たせたままにしていることに気がついた僕は、少し離れた場所にあるパイプ椅
子を勧めた。

「うん」

 麻衣はそう言って、どういうわけかベッドから離れたところに置いてある椅子を引き摺
って、ベッドの側に移動させてからそこに腰かけた。椅子の位置がベッドの横に置かれた
せいで僕の顔のすぐ側に麻衣の顔があった。

「本当にもう大丈夫なの?」

 麻衣は僕の額に小さな手のひらを当てた。その時僕は硬直して何も喋ることができなか
ったけど、胸の鼓動だけはいつもより早く大きく粗雑なリズムを刻み出したので、僕は額
に当てられた彼女の手に僕の鼓動が伝わってしまうのではないかと心配した。

「熱はもうないみたい。先輩のお母様の言うとおりもう風邪がうつる心配はないね」

 麻衣はそう言った。
245 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:54:24.53 ID:my8qAWPQo

 僕の熱を測り終えた麻衣は、僕の額に当てた手をそのままにしていた。そして不意に小
さな身体を僕の方に屈めた。今度は彼女の唇は前より少しだけ長い間、僕の口の上に留ま
っていた。

 麻衣が顔を離して再びベッドの側に寄せた椅子に座りなおした。いつも冷静な表情が少
し紅潮しているようだった。

「・・・・・・何で?」

 僕は混乱してうめくように囁いた。

「何で君はこんなこと」

「何でって・・・・・・。風邪はうつらないみたいだし。先輩、そんなに嫌だった?」

「嫌なわけないけど、何で君が僕なんかにこんなことを」

「先輩、あたしのこと気になるって言ってなかったっけ?」

 確かに僕は麻衣にそう言った。恋の告白と同じレベルの恥かしい言葉を僕は前に麻衣に
向かって口にしたのだった。

「・・・・・・でも、君と僕なんかじゃ釣り合わないし、それに君は誰とも付き合う気はないっ
て」

「何で先輩とあたしが釣り合わないの?」

 まだ紅潮した表情のままで麻衣が返事をした。

「あたしじゃ先輩の彼女として不足だってこと?」

 何を見当違いのことを言っているのだろうか。わざとか? わざと僕のことをからかい
牽制しているのだろうか。それともこれは、優に対する作戦に僕が怖気づくことのないよ
うにするための言わば餌なのだろうか。

「・・・・・・。僕は最初に君に振られたんだと思って」

「そうか。そうだよね」

 麻衣はもう顔を赤らめていなかった。むしろ今まで見たことのないほどすごく優しい表
情で僕を見つめていた。

「何であたしに振られたと思ったのに、こんなにあたしのためにいろいろとしてくれてる
の?」

 僕はどきっとしてあらためて彼女を見た。これは惚れた欲目だ。僕の心の中で警戒信号
が鳴り響いた。

 ・・・・・・麻衣のような子が僕を本気で好きなるはずがない。これは言わば馬車馬の目の前
にぶらさげる人参のようなものだ。あるいはひょっとしたら麻衣は僕に相談しているうち
に、陽性転移を発症したのかもしれなかった。そうであればそれは当初の僕の目的のとお
りだった。でもこれまで麻衣とべったりと時間を過ごしてきて、彼女のために無償で、自
分を滅ぼしかねない行為を行うことに決めた僕は、今では陽性転移的な感情なんて欲しく
なかったのだ。

 それとも彼女は陽性転移的な感情ではなく本心から僕のことを好きになったのだろうか。
それはいくら言葉を重ねても答えの出ない類いの疑問だった。僕よりももっとリア充のカ
ップルにも等しく訪れることはあるだろう男女間の根源的な問題だったのかもしれない。

「何でって・・・・・・」

 僕は再び口ごもった。

「先輩はもうあたしには興味がなくなっちゃった?」

 麻衣の柔らかい言葉が僕の心に響いた。

「二見さんとお兄ちゃんのことばっかり気にしてるあたしなんかにうんざりしちゃっ
た?」

「そんなことはないよ。約束どおり明日から僕は、二見さんと池山君を別れさせるため
に」
246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:55:06.69 ID:my8qAWPQo

「そんなこと聞いてないじゃない」

 突然麻衣が初めて感情を露わにして言った。「二見さんとかお兄ちゃんのことなんか今
は聞いていないでしょ」

 麻衣は僕の方を真っすぐに見た。

「先輩が今でもあたしのことを・・・・・・その、好きかどうか聞いてるんじゃない」

「・・・・・・本当に僕なんかでいいの?」

 僕はもう自分自身を誤魔化すことを諦めた。振られて傷付くなら一度でも二度でも一緒
だ。僕は心を決めた。一度振られたつもりになっていた僕だけど、ここまで言われたらも
う一度ピエロになろう。その結果、麻衣に利用されただけだとしてもそれはもはや今の僕
には本望だった。

「今でも僕は君のことが大好きだけど・・・・・・」

 その時、麻衣の冷静な表情が崩れ彼女は静かに目に涙を浮かべた。

「先輩って本当に鈍いんだね。あたし、手を握ったりキスしたり一生懸命先輩にアピール
してたのに」

「その・・・・・・ごめん」

 僕は何を言っていいのかわからなくなっていたけど、期待もしていなかった麻衣の好意
への予感は急速に胸に満ち始めていた。

「女の子にあそこまでさせておいて、何も反応しないって何でよ? 先輩って今までいつ
も女の子にこんなことさせてたの?」

 麻衣は涙を浮かべたままだったけど、ようやくいつものとおりの悪戯っぽい表情になっ
た。

「そんなことはないよ。だいたい僕はこれまで女の子にもてたことなんかないし」

「嘘ついちゃだめ」

 麻衣は見透かしたような微笑を浮かべた。

「先輩、中学時代にすごくもてたって。先輩と同じ中学の子に聞いちゃった」

 それは陽性転移だ。でもこの場でその言葉を口に出す気はなかった。麻衣がかつて僕が
女の子に人気があったと思い込んでくれているのなら、何もそれを否定する必要はない。

「あと浅井先輩って、絶対先輩のこと狙ってると思う。この間だって浅井先輩、あたしに
嫉妬してたよね」

「それはない」

 僕は即答した。少なくともそれだけは麻衣の勘違いだった。

 麻衣が話を終えたせいで、またしばらく僕たちは沈黙した。

 やがて麻衣が再び僕に言った。

「先輩、あたしはっきり返事聞いてない」

「君のことが好きだよ。僕なんかでよければ付き合ってほしい」

 僕はもう迷わなかった。例えこれは自分の破滅に至る道だったとしても後悔はしない。

「・・・・・・・うん。これでやっと先輩の彼女なれた」

 僕は思わず麻衣の手を握った。

「ありがとう」僕はようやくそれだけ低い声で口に出すことができた。麻衣も僕の手を握
り返してくれた。

「ありがとうって、何か変なの」
247 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:55:55.31 ID:my8qAWPQo

「ありがとうって、何か変なの」

 彼女は笑った。そして再び僕たちはどちらからともなくく唇を交わした。そのときふと
目をドアの方に向けると、母さんが紅茶とお茶菓子を持って部屋の外に立っていた。

 さすがに麻衣は僕から身を離して赤くなって俯いてしまった。でも母さんはどういうわ
けか嬉しそうに僕たちに謝った。

「お邪魔しちゃってごめんね。池山さんからお見舞いに頂いたケーキを持って来たのよ。
池山さん、お持たせで悪いけど食べていってね」

「はい。ありがとうございます」

 さすがの麻衣も恥かしかったのだろう。母さんの方を見ないでつぶやくように言った。

「じゃあ、ごゆっくり」

 母さんはそう言って部屋を出て行った。

「紅茶、どうぞ」

 僕はとりあえず紅茶を勧めた。

 ここまで幸せな展開になるとは思わなかった僕だけど、それでも心のどこかには例え麻
衣が本当に僕のことを好きになったのだとしても、それは優と池山君関係の作戦の同志と
しての感情から始った恋かもしれないという考えは拭いきれなかった。もちろんそれでも
僕は充分満足だった。麻衣の僕への気持ちが陽性転移でなければ、きっかけがどうであろ
うと僕はその結果には満足していた。

 でも、この恋のきっかけとなった優関連の作戦は僕のせいでまだ始ってすらいなかった。
ありていに言えば一週間も遅れているのだ。僕はもう迷いを捨てて麻衣のために全身全霊
でこのミッションをやり遂げる覚悟ができていた。それで、僕は今日くらいは作戦のこと
は忘れて麻衣とお互いに抱いている恋愛感情について甘いやりとりをしたいという気持ち
もあったのだけど、無理にそれを抑えて作戦の話をしようとした。それがきっと麻衣の望
むことでもあったろうから。

「それでさ、明日のことなんだけど」

「うん」

 いつも活発な彼女らしからぬ大人しい声。

「月曜日、二見さんと池山くんの担任の先生に捨てアドからメールしよう。最初は大人し
い方の女神スレの過去ログ、ミント速報のやつだけどそのURLを匿名で先生に知らせよ
う」

 どういうわけか麻衣は黙ってしまった。

「どうかした」

 麻衣はあからさまに不機嫌そうに僕を見上げた。いったい僕の何が悪かったのだろう。
僕は麻衣の希望を忖度して、その希望どおりの言葉を口にしただけなのに。

「先輩、あたしたちって今付き合い出したんだよね」

「う、うん」

「何でこういう時にそんな話をするの? そういうのは学校ですればいいじゃない」
 麻衣は可愛らしく僕を睨んだ。

「今はもっと違うお話を先輩としたかったのに」

 不意に僕の胸が息もできいくらい締め付けられた。でもそれは僕がこれまで経験のない
ほど幸せな甘い息苦しさだった。

「・・・・・・もう一回好きって言って?」

 麻衣は僕の方を見上げて言った。

「大好きだよ」

 今度は僕の本心だった。麻衣はようやく機嫌を直したように笑ってくれた。

「あたしも先輩が大好き」

 麻衣が僕に抱きついてきた。僕たちは再び抱き合って唇を重ねた。

 その日は遅くなって麻衣が帰るまで、僕たちはお互いのことを夢中になって語り合った。
僕が自分の気持を彼女に正直に話すのはこれが初めてではないけど、麻衣が言葉で気持ち
を語ってくれたのはこれが初めてだった。

「最初はね、お兄ちゃんのメールを見て二見さんがああいうことをしてるってわかったん
だけど、自分ではこれ以上どうすればいいかわからなくて、でもこのまま放っておく気に
は全然なれなくて」
248 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:57:12.78 ID:my8qAWPQo

 僕たちは僕と麻衣の馴れ初めから恋人同士になった今に至るまでの心境を語り合ったの
だった。僕が話せることはあまりなかった。パソ部の部室を訪れた麻衣に惹かれて好きに
なったこと、そのためにはたとえ彼女が僕のことなんかに振り向いてくれなくても協力し
ようと思ったこと。自分ではもっといろいろ複雑な想いを抱えて悩んできたつもりだった
けど、いざ麻衣に話すとなるとわずか一言二言で僕の話は終ってしまった。でも麻衣は別
にあきれるでもなく微笑みながら僕の話を聞いてくれた。それから彼女は自分の想いを語
ってくれたのだった。

「それで自分でもすごく単純な発想だったけど、パソコンの前で悩んだことを解決するん
だからパソコン部に入ろうって思ったの」

「それであの日に君はパソ部の部室にいたんだね」

 僕は彼女と初めて出会った日を思い出した。遠巻きに見守る部員たちに話しかけてさえ
もらえず、麻衣にしては珍しく心細そうな姿で俯いて座っていたその姿を。それはついこ
の間の出来事だったのに、僕には遥か昔のことのように思えた。あの時部室で俯いていた
大人しそうな、まるで人形のような少女が僕の彼女になるなんて、あの時は夢にも思って
いなかったのだ。まあ、知り合ってみると彼女は決して大人しく儚い少女では全然なく、
むしろ物怖じしないはきはきとした性格だったのだけど。でも、そういう新たな発見さえ
も僕を麻衣に惹きつける一因となったのだ。

「最初はどうしようと思ったよ。誰も話しかけてくれないし、副部長さんも部長が来るまで待っ
ててくださいって言ってくれただけだったし」

「でもそのおかげで先輩と知り合えたんだもんね。勇気を出してパソ部に顔を出してみて
よかった」

 麻衣は微笑んで僕の手を握った。

「うん」

 僕もそれには全く同感だった。人生は偶然の出会いに満ちている。そんなありふれた陳
腐な言葉がこれほど真理だと思ったのは生まれて初めてだった。

「正直に言うとね。最初は先輩のことあたしの話をよく聞いてくれて相談に乗ってくれる
先輩としか思っていなかった」

 彼女はそう言って、今度は僕の手を自分の指でなぞるように撫で始めた。思わずその感
覚に心を取られそうになった僕は気を引き締めて彼女の話に集中しようと努力した。

 今でも僕は自分の置かれた境遇を心から信じ切れていなかった。だから僕は自分の心の
安らぎを求めるためには麻衣が語りだした心境の変化を聞くしかないと思った。それで僕
は自分の手に感じている心地よい違和感を半ば無理に意識の外に締め出した。

「でもね。先輩って自分のことはあまり話さないであたしの話ばかりを聞いてくれてたで
しょ? あたし、先輩に話を聞いてもらっているうちに自分が本当は何をしたいのかが整
理できて、それで先輩には本当に感謝したんだけど」

「そうなの」

「だけどね、自分の気持が整理できたら今度は先輩が何を考えてあたしの話を親切に聞い
てくれているのか、それがすごく気になるようになちゃった。ほら、あたし最初に先輩に
酷いこと言ったじゃない? 誰とも付き合う気はないって」

 それはよく覚えていた。でももともと彼女と付き合えるなんて期待すらしていなかった僕は、
その時は麻衣のその言葉にそれほど傷付くことはなかったのだ。

「おまえ何様だよ? って感じだよね。あんな思い上がったことを先輩に言うなんて。先輩、
あの時は本当にごめんなさい」

「・・・・・・無理はないと思うよ。僕なんかに君が気になるとか気持ち悪いこと言われたら、
君だってそれくらいは釘刺しておこうって思うのは当然だよ」

「何で先輩って、すぐに僕なんかとかって自分を卑下したような言い方するの?」

 今までの優しい表情に変って麻衣は少し憤ったような顔で僕に聞いた。

「何でって・・・・・・」

「先輩はもう少し自分に自信を持った方がいいと思うよ」
249 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:58:42.19 ID:my8qAWPQo

 僕は黙って頷いた。麻衣はもう少し何かを話したそうだったけど結局回想の続きを話し
始めた。

「それで先輩にいろいろ女神スレのこととか教わったりパソコンを選んでもらったりして
いるうちにね、あたし何か、先輩に二見さんとお兄ちゃんの話をすることなんかどうでも
よくなってきちゃって」

 え? 僕はその時、麻衣の言葉に驚いた。僕のことを好きになったのは本当だとしても
その根底には麻衣の池山君への執着があることについてはこれまで疑ってさえいなかっ
た。一番僕にとって望ましい事態は、麻衣が池山君を助ける同志としての僕を好きになる
ことであって、僕はそれ以上の ことを考えたことすらなかったのだ。一番最悪のパターン
は麻衣が僕を利用するために僕を好きになる振りをすることで、次に悪いのが陽性転移
だった。そんなことを考慮すれば、たとえ目的を同じにする同志としての愛情であっても僕
にとってはそれは充分すぎる答えだった。

「その頃からかなあ。あたし自分でも何を悩んでいるのかよくわからなくなちゃって。お
兄ちゃんのことを考えてたはずなのに、先輩ってあたしの話を聞きながら何を考えてるん
だろうってそっちの方に悩むようになっちゃった」

 陽性転移を発症したクライアントは傾聴者が何を考えているのか知りたいなんて思わな
い。彼女たちが傾聴者に恋するのは傾聴者の中に写った自分に恋をしているのだ。その恋
はクライアントにとっては自己愛と同義といってもいい。自分を唯一認めてくれ自分に関
心を持ってくれる相手としての傾聴者だけが、クライアントにとっての恋愛対象というこ
とになるのだった。

 麻衣の話はそれを真っ向から崩すものだった。麻衣は僕が何を考えているのか知りたい
という気持ちを抱き、そしてそれが僕への恋愛感情に転化していったようだ。かつて僕の
人生の中で唯一僕のことを好きだと言った優でさえ、僕を好きな理由は僕が彼女のことに
関心を示し彼女の話をひたすら聞いてくれる相手だったからだった。僕は彼女の承認欲求
を満たしてあげるという、その一点だけで、彼女の中で特別な存在でいられたのだった。

 でも麻衣は僕自身に関心を抱いてくれた。そう言えばさっき、麻衣に愛情を示された僕
が気を遣って優と池山君を別れさせる作戦を披露してあげようとした時、どういうわけか
麻衣は不機嫌になったのだった。

 そんな僕の感傷には気がつかず麻衣は話を続けた。

「この間の朝、浅井先輩が先輩を責めてたでしょ? あの時あたし頭が真っ白になって、
先輩のことを責める浅井先輩が許せなくて・・・・・・あの時にはもう先輩のこと好きになって
たのね、きっと」

 僕はもう何も言葉にできず黙って僕の手の上で動いていた麻衣の小さな手を捕まえて握
り締めた。

「多分、あたし浅井先輩に嫉妬もしていたんだと思う。それで次の日にお兄ちゃんと二見
さんがいちゃいちゃしてて」

 やっぱり辛いのだろう。彼女はそこで俯いて言葉を止めた。

「でもその日も先輩は優しくて、あたしのために自分には何の得にもならないことをしようっ
て言ってくれて」

「・・・・・・うん」

「先輩がお休みしている間、とにかく寂しくて仕方なかった。でも、そのおかげで自分の
気持に初めて向き合うことができたの」

「それでメールなんかじゃ嫌だから直接先輩に告白しようって思った。あれだけいろいろ
アピールしたのに先輩、何も反応してくれないんだもん」

 麻衣の告白もこれで終わりのようだった。

「先輩、大好きよ。あたしのこと見捨てないでね」

「・・・・・・何を言ってるの。それこそ僕のセリフだよ」

「相変わらず無駄に自己評価が低いのね。あと先輩、あたしのこと過大評価しないでね。
あたしは女神でも何でもないんだから」

 僕たちは再び抱き合った。人生の絶頂にいたといってもいいその瞬間、さすがの僕もも
う疑う必要は何もなかったのだけど、麻衣が女神という単語を口にしたことが少しだけ僕
には気になった。もちろんそれは考えすぎだったのだろうけど。
250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/06(金) 22:59:11.03 ID:my8qAWPQo

「あたしそろそろ帰るね。もう遅いし」

 もう今日だけでも何度目かわからないほどお互いに抱きしめあってキスしあっていたた
め、思っていたより遅い時間になってしまったようだった。

「あ、じゃあもう遅いから送っていくよ」

 僕は立ち上がろうとしたところで麻衣に肩を押さえられて再びベッドに座り込んでしま
った。

「ずっと学校を休んでいた病人が何言ってるの」

 麻衣が立ち上がったので、彼女の全身が再び僕の目に入った。やはり可愛いな。僕は立
ち上がることを諦めた。

「月曜日は登校するんでしょ」

「うん。もう大丈夫」

「じゃあ朝、先輩の家まで迎えに来ていい? 一緒に学校行こ」

「ああ、いや。僕が迎えに行くよ」

 麻衣が笑った。

「あたしんちは学校から逆方向だよ。それにお兄ちゃんが出てきたら何て言って挨拶する
気?」

 僕は浮かれるあまりいろいろと考えなしに喋ってしまっていたようだった。

「七時半ごろに迎えにくるから。それなら中庭とかで朝一緒にいられる時間があるでし
ょ」

「待ってるよ」

「じゃあまた明日」

 僕は大声で母さんを呼んだ。これまで邪魔しないでいてくれた母さんが待っていたよう
にすぐに二階に姿を見せてた。

「もうお帰り? また来て頂戴ね。池山さんならいつでも歓迎するから」

「あ、はい。ありがとうございます。あの、月曜日に先輩を迎えに来てもいいですか」

 母さんは笑った。「あら。それじゃ、ちゃんと朝この子を起こしておかないとね」

 この話の何がおかしいのか僕にはさっぱり理解できなかったけど、母さんと麻衣は目を
合わせて仲良く笑い合っていた。
251 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/06(金) 22:59:46.76 ID:my8qAWPQo

今日は以上です
また投下します
252 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/08(日) 10:52:25.70 ID:SQSsyl/JO
おつんつん
253 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/12(木) 23:14:11.46 ID:PRviaZz6o

 その翌日、麻衣はきっかり七時半に僕を迎えに来た。玄関まで迎えに出た母さんに礼儀
正しくあいさつした彼女は、母さんの後ろからぎこちなくおはようと声をかけた僕を見て
微笑んだ。

「おはよう先輩」

「じゃあ気をつけていってらっしゃい」

 母さんはそれだけ行って家の中に入ってしまった。玄関前に取り残された僕たちはしばら
くぎこちなく向かい合って黙っていた。

「行こ」
 先に沈黙を破ったのは麻衣の方だった。彼女は少し上気した顔で僕の手を握ってさっ
さと歩き出した。僕は親に手を引かれる子どものように麻衣の後をついていったのだった。

 まだ登校時間には早かったけどそれでも部活の朝練に向う生徒の姿は結構あって、その
中で手を握り合って登校する三年生と一年生のカップルはやはり人目を引いているようだ
った。

「あたしね」

 麻衣はまだ顔を赤くしていたけど、周囲の生徒たちの視線を気にしている様子は全くな
かった。

「今朝お姉ちゃんに電話したの。これからは朝部活があるから一緒に登校できないって」

 麻衣は何かを期待しているかのように僕の方を見上げて言った。そういえば以前副会長
から聞いた話では、麻衣はこれまでは池山君と遠山さん、そして広橋君と四人で一緒に登
校していたのだった。池山君がいち早くその輪から抜け出して、多分今では優と一緒に登
校しているのだろう。そして麻衣は残った二人と一緒に登校するより、付き合い出したば
かりの僕と一緒に登校することを選んでくれたのだ。

 僕がそんなことを考えながら麻衣の方を見ると、彼女はまだ何かを待っているかのよう
に僕の方を見つめていた。

 ・・・・・・ああ、そうか。僕は慌てて麻衣に言った。

「よかった。じゃあ、これからは二人で一緒に登校できるんだね」

 期待通りの反応だったのか麻衣は僕の言葉に満足そうにうなずいた。よかった。僕は麻
衣の期待を裏切らずに返事ができたようだった。僕は何とか正解を答えることができたの
だ。

「パソコン部でも朝練ってあるの?」

 麻衣が無邪気に聞いた。

「あるわけないさ」

 僕は麻衣の質問に思わず少し笑ってしまった。「体育系の部活じゃないんだし・・・・・・そ
れにみんな夜中まで家でパソコンの前に座りっぱなしだし、朝早く登校するやつなんてい
ないさ」

「ふーん。じゃあ授業が始まるまで部室で一緒にお話ししない?」

「別にいいけど。まあ確かに朝の部室なんて誰もいないからちょうどいいかもね」

「誰もいないって・・・・・・先輩のエッチ」

 麻衣は何か誤解したみたいで顔を赤くして僕に言った。でも、それは決して怒っている
ような口調ではなかった。
254 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/12(木) 23:15:12.05 ID:PRviaZz6o

 こうして始った僕と麻衣との交際は普通の恋人同士が辿るであろう道を模範的になぞっ
ているかのようだった。お互いに甘えあったりお互いに相手に自分を好きと言わせようと
したりすねてみたり、そんな他愛もない駆け引きをしているだけですぐに時間は去って
いってしまう。麻衣は前から他人が僕たちを眺める視線には無頓着だったけど、今では
僕も麻衣に夢中になっていたから、もはや他人の視線を気にすることすらなくなっていた。
いくら生徒数の多いマンモス校とはいえ朝からべったり寄り添っている三年生と一年生のカ
ップルは周囲の注目を引いたと思う。昔の僕ならそういう好奇心に溢れた視線にとても耐
えられなかっただろうけど、初めて心から僕のことを想ってくれる恋人を得た僕はもうあ
まり周囲のことは気にならなくなっていた。

 麻衣はもうあまり池山君と優のことを口にしなくなっていた。もともと彼女が僕に関心
を持ったのは自分のことを助けてくれる相手としてだったはずだけど、この頃になると麻
衣が僕に要求するのは自分に対する僕の愛情だけになっていて、優の女神行為についての
話題は全く口にしなくなっていたのだった。

 朝僕たちは一緒に登校し、誰もいない部室で寄り添って授業開始までの短いひと時を過
ごした。その後、僕はもう人目を気にすることなく一年生の校舎の入り口まで麻衣を送っ
て行った。始業前に駆け込んでくる生徒たちで溢れている校舎の前では、麻衣も部室に二
人きりでいる時みたいに僕に抱きついたりキスしたりすることはなかったけど、別れ際に
彼女は名残惜しそうに僕の手を握った。

 昼休みと放課後の逢瀬も部室を使わないというだけで僕たちがしていることは同じだっ
た。

 僕は幸せだったし麻衣同じことを思ってくれているように見えた。でも僕はもっと彼女
を喜ばせたかった。そのために僕ができることって何だろう。

 何か彼女にプレゼントをすることは真っ先に考えたのだけど、それは僕にはあまりピン
と来なかった。二人の交際の記念にアクセサリーそれもペアリングのようなものをプレゼ
ントできないかと思ったけど、いろいろな意味でそれは僕にとってハードルが高かった。
まずはどんなものを選べばいいのか見当もつかなかった。それにタイミングということも
ある。考えてみれば僕には麻衣の誕生日すらわかっていないのだった。

 そう考えて行くうちに僕はふと初心に帰ってみるべきではないかと思い立った。

 もともと麻衣が抱え込んでいた悩みは今でも全く解決していなかった。麻衣に池山君の
ほかに気にする相手ができたせいで、今では一時、池山君と優の女神行為のことを考えな
いでいられるのかもしれないけれど、麻衣が池山君の交際相手の破廉恥な女神行為に心を
痛めていたこと自体は全く解決していないのだ。

 それにプレゼントを買うことなんてお金があればできることだけど、池山君と優を引き
剥がすことは僕にとっては大きなリスクを伴うことだった。それは一時は胃が痛くなるほ
ど考えこんだことでもあった。でも、今の僕の幸せに見合うくらいのプレゼントを麻衣に
するのだとすれば、アクセサリーを買うなんてことでは全然引き合わない。むしろリスク
を承知で最初に約束したとおり麻衣の悩みを解決してあげてこそ、僕は胸を張って彼氏だ
と言えるのではないだろうか。

 ここまでの僕の幸せは偶然の僥倖だった。麻衣は僕のことを好きになってくれたけど僕
はその好意に対してまだ何もしてあげていない。最近の麻衣は優の女神行為のことを話題
にしなくなっていた。麻衣だって人間なんだから恋人ができた今は恋人である僕のことだ
けに夢中になっているのかもしれないけれど、いつか冷静になれば池山くんの彼女のこと
で胸を痛める時がくることは明らかだった。麻衣が今では異性として池山君を見なくなっ
ていたのだとしても、仲の良い兄妹であることには変りはないのだ。

 僕は考えた。麻衣が優のことを僕に話さなくなったのは、もしかしたら作戦を実施する
僕に負わせるリスクのことを麻衣が考え出したせいのかもしれない。麻衣が僕のことを本
気で好きになっているなら、僕が負うべきリスクのことを気にしてくれたとしても不思議
ではなかった。それなら僕はなおさら彼女に気を遣わせないよう自分からこれを実行すべ
きなのだろう。それは僕が今、麻衣にしてあげられる一番のプレゼントだった。

 その朝、早起きした僕はもう迷わなかった。麻衣が迎えに来るまで一時間くらいは時間
がある。僕は昨晩作ったWEBメールの捨てアドから緊急連絡網に記載されている優と池
山君のクラスの担任の携帯にメールを送った。

 とりあえず最初は「スレンダーな女神スレ」で優が池山君に自分の女神行為を見せ付け
た部分が転載されているミント速報の過去ログのURLを記載することにした。緊縛画像
とか池山君が撮影したより扇情的なレスや画像は、まだ大事な玉として温存して置いた方
がいいだろう。高校二年生の女子がネットで不特定多数の人間相手に下着姿を晒している
画像だけでも、最初としては充分なはずだった。
255 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/12(木) 23:15:41.13 ID:PRviaZz6o

『突然メールしてすみません。御校の二年生の女子生徒である二見優さんがネット上で破
廉恥なヌードを自ら公開していることをご存知でしょうか。こういう行為が健全な青少年
に与える影響を考えると看過するわけにはいかないと思ってご連絡さしあげました。しか
るべき対応を期待しています。万一必要な指導をしていただけない場合には、この事実を
マスコミ等の諸方面に通報せざるを得なくなりますのでご留意ください。それではよろし
く対応方お願いいたします』

 僕はそのメールを送信した。麻衣に相談せず自分の一存でこれを行ったことはいい考え
だったと僕は思った。麻衣は僕にリスクを負わせたことを気にしないで済むし、僕にとっ
ては大切な彼女に捧げるプレゼントを彼女に要求されたからではなく自発的に贈ることが
できたのだから。

 僕はパソコンを消して、階下に降りた。今日も麻衣は僕を迎えに来るはずだった。どの
タイミングで麻衣にこの最高の贈り物を披露しようか。僕はその時これまで感じたことの
ないくらいの高揚感に包まれていた。

 翌朝も麻衣は正確に七時半に僕の家に寄ってくれた。僕は玄関先に出て彼女が来るのを
待っていた。家の前に立っている僕に気づいた妹はすぐに顔を明るくして僕の方に寄って
来た。

「おはよ、先輩」

「おはよう」

 もう僕たちはそれ以上余計なあいさつをせず、すぐにどちらともく手を取り合って自然
に同じ歩調で学校に向った。付き合い出してまだそう日は経っていなかったけど、この程
度の日常的な行動を取るにあたり僕たちはもうお互いに言葉を必要としなかった。そのこ
とが僕には嬉しかった。沈黙していてもお互いに不安になるどころか心が安らいでいる。
そういうことはどちらかの一方通行の気持ちでは成り立たないことだったから、僕はもう
僕の隣で沈黙している麻衣が何を考えているのか悩むことはなかった。そして、それは多
分麻衣も同じだったろう。

 お互いに言葉は必要とはしていなかったけど、僕たちは互いに握り締めあった手の力を
強めたり肩をわざと少しぶつけ合ったり、恋人同士ならではのボディランゲージをぶつけ
合っていた。手を握るタイミングが偶然一致した時、麻衣は大袈裟に驚き痛がる振りをし
ながら僕の方を見上げて笑った。

 一年生の教室がある校舎の入り口まで来ると、麻衣は周囲の生徒の視線なんかまるで気
にしない様子で、僕に抱き着き、僕の顔を見上げて微笑んだ。

「先輩」

「うん」

 僕も迷わず彼女の身体に手をまわした。少しの時間、僕たちは抱き合ったままじっとし
ていた。

「もう行かないと」

 やがて、名残惜しげに僕から身を離した麻衣が立ち上がった。

「今日もお弁当作ってきたから、少し寒いかもしれないけど屋上で待ってるね」

「うん」

 それから昼休みまでの間、授業中も僕は麻衣のことを考えていた。

 その時になってようやく僕は早朝のメールを思い出した。今朝は麻衣にこの話はできな
かった。早く麻衣に披露したいと思う反面、この僕からのプレゼントを麻衣に伝えるには
まだ早すぎるのではないかという気もしてきた。

 麻衣の望みは優を池山君から引き離すことだったけど、それはまだ成就していない。鈴
木先生が今朝のメールに気がつき何か対応をしているのかもしれないけど、それはまだ成
果となって現れてはなかった。僕のしたことは単に捨てアドから鈴木先生にメールをした
だけに過ぎない。こんな程度のことを得意気に麻衣に披露したとしてもそれは僕の自己満
足だ。僕のしたことはただ行動を起こしたということに過ぎず、麻衣の望む結果は出せて
いないのだから。

 僕は気を引き締めた。麻衣の僕に対する気持ちは、疑り深く臆病な僕にとっても疑う余
地がないくらい完璧に近い形で確かめられた。僕はもう麻衣の僕に対する気持ちについて
不安に思うことはなかった。

 次は僕が麻衣に対して自分の気持を見せる番だった。それは百万回彼女に対して好きだ
と叫ぶことではない。麻衣の切ない望みを完璧な形でかなえてあげることこそが僕の麻衣
に対する本当の告白なのだった。

 昼休みになり僕は教室を出て共通棟の屋上に向かった。麻衣とはそこで待ち合わせをし
ている。お互いに時間を無駄にせず長く一緒にいるためには共通棟での待ち合わせがいい
のかもしれないけど、今度は僕の方から麻衣の教室に迎えに行ってみようか。きっと麻衣
のクラスメートはざわめいて僕たちの仲を噂するだろうけど、麻衣はそんなことは気にせ
ずに僕の迎えを喜んでくれるだろう。

 今日は優は登校していないのだろうか。それともメールの効果が発現するとしてももっ
と時間を要するのだろうか。僕は麻衣へのプレゼントのことを気にしながら共通棟の屋上
に続くドアを開けた。
256 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/12(木) 23:18:10.88 ID:PRviaZz6o

 麻衣はもう先に来て硬い石のベンチに腰かけていた。

「ごめん」

 僕は麻衣を待たせてしまったことに妙な罪悪感を感じて麻衣に謝った。彼女はそれには
答えずにでも優しく微笑んでくれた。

 その昼休みは麻衣は珍しく寡黙だった。彼女は僕にお弁当を勧めた。そして僕が彼女に
勧められるままに手づくりのサンドイッチを食べている間、黙ったまま微笑んで僕を見つ
めていたのだった。それは奇妙なほど静かな時間だった。

 朝、お互いに抱き合い引き寄せあったときのような情熱的な感情は今でお互いに収まっ
ていて、それでもお互いをより近くに、まるで自分の分身のように親しく感じている度合
いは朝のひと時よりも大きかったかもしれない。麻衣の沈黙はもう僕を不安にさせること
はなかった。

「先輩?」

「うん・・・・・・美味しいよ本当に」

 僕はサンドイッチを飲み込んで答えた。小さい頃から料理をしているだけあって彼女
の料理の腕前はお世辞でなく確かなものだった。

「ありがと」

 彼女は言った。「でもそんなこと聞きたかったんじゃないのに」

「うん? 何?」

「あたしね」

 麻衣は僕の方を見つめた。顔には相変わらず優しい微笑を浮かべていた。

「本当に先輩と出会えてよかったと思う。普通なら一年生と三年生なんか出会う機会って
少ないじゃない?」

「まあ、同じ部活とかじゃないと普通はないよね」
 僕は答えた。それに同じ部活だったとしても三年生と一年生のカップルはうちの学校で
も珍しかった。ほとんど中学生に近い一年生と大学生に近い三年生ではいきなり恋人同士
に至るにはギャップが激しすぎるし、少しづつ長い時間をかけてお互いにわかりあうにし
ても一年と三年では共に一緒に過ごせる期間は短かかった。部活からの引退や受験を考え
ると長くても半年くらいだったろう。そう考えると僕と麻衣のようなカップルが成立した
のは一種の奇跡だった。

「お兄ちゃんと二見さんのことがあって、たまたまあたしがパソコン部に入ろうと思った
から、あたしと先輩って知り合えたんじゃない?」

「うん」

 本当にそのとおりだった。それに僕が学園祭の準備にかまけていて、パソ部に顔を出さ
なければ彼女と知り合うことすらなかっただろう。いろいろあって偶然に生徒会に居辛く
なった僕が生徒会室を避けて部室に避難したからこそ僕は今、麻衣の彼氏でいられるのだ。
そう考えると本当に綱渡りのような偶然が積み重なった、危うい一筋の糸の上で僕たちの
儚い恋は成就していたのだった。僕は本当に幸運だったのだろう。

「先輩と知り合う前のあたしと、先輩の彼女になったあたしって別な人間なのかもしれな
い」

 麻衣は随分と難解な表現で話を続けた。僕との出会いを喜んでくれたのはわかったけど、
それにしてもそれは大袈裟な物言いだった。

「いろいろあたしも成長したのかもね」
 麻衣は言った。「あたしって今までお兄ちゃんが大好きで、今までも他の男の子に告白
されたこともあったんだけど、いつもお兄ちゃんのことを考えちゃって」

「うん」
257 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/12(木) 23:21:00.69 ID:PRviaZz6o

 麻衣がブラコンだということは彼女と知り合う前から副会長に聞いていたので、別にそ
れは僕にとって驚くほどの情報ではなかった。

「だから、二見先輩の女神行為を見つけた時は本当にあの人が許せなったし、お兄ちゃん
の彼女があんなことをしているなんてもってのほかだと思ってたの」

 それは良く理解できる話だった。そして、現に僕はそんな麻衣のために既に手を打って
いたのだから。

「・・・・・・先輩のせいだからね」

 その時、麻衣は微笑みながら涙を浮かべるという複雑な表情を僕に見せた。

「全部先輩のせいなんだから。先輩、責任とってくださいね」

 彼女は涙を浮かべつつも幸せそう僕に向かってに微笑んだ。

「責任なんかいくらでも取るさ」

 僕は少し驚いて言った。「でも、何が僕の責任なの?」

「これから話すよ。でもその前に一つだけ聞かせて?」

「うん」

「この間、浅井先輩が言ってたこと・・・・・・先輩がお姉ちゃんに振られたって、それ本当な
の?」

 まずい。僕はそのことをすっかりと忘れていたのだ。麻衣はあの時僕と遠山さんのこと
を副会長が話しているのを聞いていた。あの時は副会長に責められていた僕を助けようと
した麻衣は遠山さんのことには言及しなかったのだけど、普通に考えればそのことを麻衣
が気にしていない方がおかしかった。

 僕は迷った。本心で答えるならば僕は遠山さんのことは別に好きではなかったと答えれ
ばいい。でもその場合は、何で好きでもない遠山さんに僕が告白したのかということを説
明しなければならない。

 本当はそろそろ僕と優のことを麻衣に告白してもいい頃だったのかもしれない。もう麻
衣の僕に対する愛情には疑いの余地はなかったから、過去の話として僕が優に気持ちを奪
われていたことがあったことを告白してもいいのかもしれない。でも、優が麻衣にとって
見知らぬ女性であるならばともかく、優は現在進行形で池山君の恋愛の対象だった。その
優に僕までが心を奪われていたことを告白するのは、このタイミングではとてもしづらい
ことだった。なので、僕はその時まだそこまで割り切れなかったのだ。

「本当だよ。僕は遠山さんに告白して振られた。でも、今にして思うと何で僕はそんなこ
とをしたのかわからないんだ」

 それは苦しい言い訳だった。

「先輩、お姉ちゃんのどんなところが好きだったの?」

 目を伏せた麻衣が小さく言った。

「いや。多分、女の子にもてない僕は焦っていたんだろうと思う。このまま彼女すらでき
ないで高校を卒業すると思っていたところに・・・・・・」

「うん」

 麻衣は僕を責めるでもなく真面目に聞いてくれていた。そのことに僕は胸が痛んだ。

「そんなところに、身近な生徒会で綺麗な遠山さんと親しく一緒にいる機会があったか
ら。でも今の僕の気持ちはその時とは全然違う。君が僕なんかを好きになってくれたこと
は今でも信じられえないけど、それでもいい。僕は君を失いたくない」

 必死でみっともない姿を晒したことがよかったのだろうか。麻衣はゆっくりと頷いてく
れた。

「あたしとお姉ちゃんとどっちが好き?」

 麻衣はからかうように囁いた。

「君に決まってる」

 僕は言った。
258 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/12(木) 23:21:58.13 ID:PRviaZz6o

「ありがと、先輩」

 麻衣は僕の言い訳を受け入れてくれたようだった。

「あたし先輩とお付き合い初めていろいろわかったことがあるの」

「わかったって・・・・・・何が?」

「うん。人が人を好きになるって理屈じゃないんだって。正直に言うと先輩みたいなタイ
プの人とお付き合いするなんてあたし、以前は考えてもいなかったし」

 先輩みたいな人。僕は今では麻衣の愛情に疑いは持っていなかったけど、その言葉の持
つ意味にはすぐに気づいた。イケメンでもないしスポーツも苦手。得意なことと言えばパ
ソコン関係くらい。麻衣のような放っておいてもリア充な男から声をかけられる女の子に
ふさわしい男とは、僕はとても言えないだろう。

「・・・・・・それは自覚しているよ。僕なんかが君と付き合えるなんて普通じゃないことだっ
て」

 そこでまた麻衣はそれまで浮かべていた優しい微笑を消して僕を睨みつけた。

「またそんなことを言う。何でいつも先輩はあたしに意地悪なこと言うの?」

 麻衣は今にも泣き出しそうな表情で僕を非難するように言った。

「意地悪って・・・・・・正直な気持ちなんだけどな」

「何でそうやってあたしのことをいじめるの」

「いや、いじめるって。そんなつもりは全くないけど」

「先輩、あたしのこと好きって言ったよね?」

「うん。君のことは誰よりも好きだ」

「だったらもうそういう、自分を卑下するようなことは言わないで」

 何か不公平な感じだった。僕みたいなタイプと付き合うなんて考えたこともなかったと
最初に言ったのは彼女の方なのに。

「先輩のこと大好き」

 不意に再び麻衣の態度が柔らかくなった。そして彼女は僕に甘えるように寄り添った。
僕は自分の肩に彼女の重みを受け止めた。

「先輩も」

「え?」

「先輩も・・・・・・」

「うん。麻衣のこと大好きだよ」

 麻衣は黙って僕の肩に自分の顔をうずめた。彼女の細い髪が僕の鼻を刺激したため、僕
はくしゃみをかみ殺すのに大変だったのだけど。
259 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/12(木) 23:22:46.49 ID:PRviaZz6o

「あたし、もう二見先輩とお兄ちゃんの仲を許せると思う」

 彼女は僕の肩に体重を預けながら呟いた。

「お兄ちゃんもあたしと一緒なのかもね」

「どういうこと?」

 僕は何となくそう望まれているのではないかと思って、彼女の肩に手を廻した。

「恋愛って当事者同志じゃなきゃわからないんだよね。あたし、初めて恋をしてよくわか
った」

「・・・・・・うん」

 初めて恋をしたって。

「お兄ちゃんが二見さんのことを、二見先輩の女神行為のことを承知していても二見さん
が好きなら、あたしはそれを邪魔しちゃいけないのかもしれない」

 一瞬で僕の思考は甘い感傷から覚醒した。麻衣の肩を抱いていた手が震えた。

「・・・・・・先輩?」

 麻衣がいぶかしんだように聞いた。

「いや。続けて」

「あたしにはブラコンかもしれないけど、それでもお兄ちゃんの恋を邪魔する資格はない
と思う。特に今ではあたしの一番好きな男の人は、お兄ちゃんじゃなくて先輩なんだし」

「うん・・・・・・」

 途方もないほど幸福に思えただろう麻衣の言葉も、今の僕には全く響いてこなかった。
胃の辺りが重く苦しく軋んでいる。

「だから先輩、あたしが前に相談したことは全部忘れて。あたしはお兄ちゃんと二見先輩
の仲は邪魔しないし、お兄ちゃんの味方になるの。今ではあたしには先輩がいるんだし、
もうお兄ちゃんの恋を邪魔するのは止める」

 僕にはもう何も言えなかった。

「それをあたしに気がつかせてくれたのは先輩だよ」

 麻衣は僕の頬に手を当てた。

「大好き」

 麻衣に口を塞がれながら、僕はその甘い感触を感じることすらなく自分のしてしまった
早まった行為のことを鮮明に思い浮かべていた。

 もう僕には何も考えられなかった。僕は麻衣のことを思いやる余り先走って優の女神行
為のことを鈴木先生にチクってしまっていたのだった。

 僕の感覚と思考は戦慄し、震えた。どうしたらいいのだろう。どう行動するのが僕にと
って最適解なのだろう。

 僕にとってはもう優に制裁を加えるとかその巻き添えで池山君が痛めつけれられるとか、
そういうことはどうでもよかったのだ。最初は僕を虚仮にした優への復讐が動機の一つだ
ったけど、麻衣に惹かれ信じられないことに彼女に愛された僕にとってはもうこの二人の
ことなんてどうでもよかった。
260 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/12(木) 23:24:12.92 ID:PRviaZz6o

 ただ、麻衣の願いをかなえてあげることだけが僕の目的だった。そのために僕は麻衣に
黙って勝手にこの作戦を開始してしまったのだった。

 ・・・・・・今では麻衣はそれを望まないと言う。この時素直に麻衣に僕がフライングしたこ
とを白状して謝っていれば。でも、自分に自信のない僕にはそれを選択することができな
かった。

 結局、僕は麻衣に自分のしてしまったことを告白しなかった。鈴木先生にメールしただ
けでは何も起こらないかもしれない。あの画像は本人が白を切ればそのまま通ってしまい
そうなほど画質の悪いものだった。現に僕は優がこれだけでは追い込まれないときのため
の準備をしていたほどっだった。

 今ならまだ引き返せるかもしれない。そして引き返せる可能性があるのなら僕のしでか
したことを麻衣に告白しなくてもすむのかもしれない。

 僕はようやく掴んだ自分の幸せを壊したくなかったのだ。

「今日はお兄ちゃん、体調が悪くて早退したみたい」

 麻衣は僕の葛藤には気が付かずに言った。

「お兄ちゃんが心配だから、今日はまっすぐ家に帰るね。先輩と放課後一緒にいられなく
てごめんね」

「いや。それは早く帰ってあげないと」

 僕はようやく振り絞るように掠れた声で言った。

 麻衣はにっこりと笑って僕の方を見てからかうように言った。

「先輩、あたしとお兄ちゃんの仲に嫉妬してる?」

「な、何で君のお兄さんに嫉妬するんだよ」

「冗談だよ」

 麻衣は再び僕に抱きついて言った。

 放課後、僕は生徒会室に顔を出すことすらせず部室に向った。今日はもう麻衣に会えな
い。彼女は早退した池山君を心配して真っ直ぐに帰宅しているはずだった。

 麻衣ににあそこまではっきりと愛情を示されたのだから、普通なら有頂天になっていて
もいい状況だったけど、今の僕の心境は全く違っていた。麻衣の池山君への執着について
僕は決して軽んじていなかった。だから麻衣の僕への愛情を信じた後になっても、池山君
と優を別れさせることは、麻衣との約束どおり引き続き僕が果たすべき役目だと思ってい
たのだ。ただ、これは僕自身にもリスクが生じることだったから、僕のことを気にするよ
うになった麻衣は、僕のことを心配してそれを実行するよう僕に催促しづらくなるかもし
れないということは考えていた。

 だから僕は彼女には事前に何も知らせずに鈴木先生に優のセミヌードが掲載されている
ミント速報のログをメールで教えたのだった。

 でも、今日の昼休みで事態は一変してしまった。どんなに破廉恥だと思えるような相手
であっても、池山君が本当に好きな相手なら麻衣は許容することに決めたのだと言う。そ
して皮肉なことに麻衣が池山君と優のことを認めることに決めたきっかけは僕との交際な
のだった。

 もう一日早く、麻衣が池山君と優のことを許容することを僕が知っていれば。あるいは
もう一日僕が鈴木先生にメールを出した日が遅ければ。でももうそれを考えても仕方がな
い。

 僕のしたことが麻衣にばれたらどうなってしまうのだろう。あるいは、麻衣は当初の自
分の願いに忠実に行動した僕を理解し許してくれるかもしれない。それとも池山君を許容
した麻衣は、自分の兄が好きな優を社会的に追い込むかもしれないことを、自分に黙って
勝手に始めた僕を怒るだろうか。それは考えても結論の出 ることではなかった。

 僕は部室のパソコンを立ち上げ先日作成した捨てアドへのメールをチェックした。もう
こうなったら鈴木先生が僕の送ったメールを悪質な悪戯だと判断して無視してくれること
を祈るしかなかった。
261 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/05/12(木) 23:25:13.50 ID:PRviaZz6o

 しかしそんな僕の切ない期待を裏切るかのように新着のメールが到着していた。

from :明徳学園事務局
sub:ご連絡ありがとうございました
本文『当校の生徒の行動に関する情報についてご連絡いただきましてありがとうございま
した。頂いた情報につきましては慎重に調査させていただいた上で、必要があれば当該生
徒に対して指導を行ってまいりますので、ご理解くださいますようお願いいたします』

 それは鈴木先生の携帯からのメールではなく、学校のアドレスからの正式な回答メール
だった。僕の期待に反して鈴木先生は自分の胸に秘めることをせず、僕のメールに対して
組織として対応することを選んだようだった。

 でも、そのメールの内容はきわめて事務的なものだった。企業や役所がクレームに対し
て機械的に送り返す回答のようだったのだ。

 僕はそのことに少しだけ期待を抱いた。鈴木先生、いや学校側はあの画像が優のものだ
と断定するには証拠に乏しいと判断したのかもしれない。慎重に調査するだの必要があれ
ば指導するだのという表現には学校側の混乱が全く伝わって来ない。つまりひょっとした
ら証拠不十分で僕のメールを黙殺しようと考えているのではないだろうか。

 鈴木先生にメールを出したときも、僕はそういう可能性を考えないではなかった。あの
時の僕だったら、この学校のメールに対して更に破廉恥でより優だとわかりやすい画像が
晒されているミント速報のログを再び学校側に送りつけていただろう。でも今では事情は
一変していた。このまま事が収まってしまえばいい。僕はそう思った。そうすればメール
のことはなかったことになり、僕は何も心配せず麻衣と恋人同士でいられる。もう僕には
過去に僕を裏切った優への処罰感情とか、ことごとく僕が関心を持った女の子を奪ってい
く(ように思える)池山君への恨みは残っていなかった。

 僕はメールに返信しようと思った。前に考えていたような追撃メールではなく火消し
メールだ。僕は、僕の苦情メールを学校側が気にしすぎて優の行動をより詳細に調査しだ
すことを防ぎたかったのだ。

 とりあえず僕は自分がしつこいクレーマーではなく、学校から返事をもらえただけで満
足し矛を収めてしまうような人物であることをアピールし、学校側を安心させようと考え
た。

sub:Re:ご連絡ありがとうございました
本文『速やかにご対応いただきありがとうございます。もちろんその画像が二見優さん
のものではない可能性があることは承知しておりますので、慎重に調査していただいた方
がよろしいかと思います。その上でその画像が二見さんのものであると特定できなかった
場合は、一人の女生徒の将来がかかっているわけですから、無理にそれが二見さんの画像
だと断定することは公平ではないことも理解しております。』

『前のメールで、万一必要な指導をしていただけない場合にはこの事実をマスコミ等の諸
方面に通報せざるを得なくなりますと記しましたが、誠意を持って対応していただいてい
るようですので、今後どのような結果になったとしてもマスコミ等への通報はいたしませ
ん。このことについては撤回させていただきます。この後の処理については学校側に一任
いたしますので、慎重かつ公平な判断をお願いしたいと思います』

 今の僕ができることはここまでだった。あとは結果を待つしかなかった。同時に自分の
した行為を麻衣に告白出来るチャンスももう失われてしまっていた。ここまで策を弄して
しまったら麻衣には最後まで黙っているしか、嘘をつきとおすしかなかった。仮に優が追
い詰められる状況になってしまったとしても、それが僕のせいであることを麻衣に告白す
ることはできなかった。

 夜自宅で眠りにつく直前に、僕は麻衣から混乱してるらしいわかりづらいメールを受け
取った。

from :池山麻衣
sub  :ごめんなさい
本文『遅い時間にごめんね。さっきお兄ちゃんに二見先輩がどんな人であってもお兄ちゃ
んが好きな人ならあたしももう反対しないよって伝えたの。そして、今日二見さんが休ん
でいることをお兄ちゃんから聞きました』

『二見さん、事情がよくわからないけど停学になったみたい。何かすごく嫌な予感がする。
あたしたち以外の誰かが同じ事を考えていたのかもしれないね。お兄ちゃんは、明日は学
校休んだ方がいいと思ったんだけど言うことを聞いてくれないし、何でお兄ちゃんを登校
させたくないか自分でもちゃんと説明できないし』

『先輩ごめんね。明日はお兄ちゃんと一緒に登校するから先輩のこと迎えに行けない。お
昼もどうなるかわからないけど、またメールするね』

『二見さんに何が起きているのかわからないけど、あたし、今はお兄ちゃんの味方に、お
兄ちゃんの力になってあげないと』

『本心を言うと先輩と会えなくて寂しい。でも妹としてお兄ちゃんのこと放っておけない
から』

『じゃあおやすみなさい。そしてごめんね先輩。またメールするね。本当に愛してるよ』
262 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/12(木) 23:25:41.45 ID:PRviaZz6o

今日は以上です
また投下します
263 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/13(金) 04:15:13.45 ID:T0zB+WjM0
おつんつん
264 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/21(土) 15:10:47.30 ID:1Bp3uJOS0
スレチですがビッチ読み終わりました 完全にあのキャラの√にいくと思っていたので読み終わった後虚無感に襲われましたがめっちゃ面白かったです
この作品とビッチと妹の手を握るまで以外に作者の作品ってありますか?
265 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/21(土) 16:12:32.64 ID:YHpFhhkoO
>>264
>>14を見るべき
266 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/21(土) 17:51:46.46 ID:1Bp3uJOS0
>>265
ありがとうございます
267 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/05(日) 03:53:08.98 ID:Ymx312f8o
◯妹の手を握るまで 2011.12〜 2012.2 完結
●女神 2012.2〜2013.5 未完
●ビッチ 2012.8〜 2013.12 未完
◯妹と俺との些細な出来事 2013.8〜2014.3完結
●トリプル 2014.3〜2015.3 未完
○ビッチ(改) 2014.11〜2015.11 完結
●女神 2015.11〜2016.6 未完(3年ぶり2回目)
268 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/05(日) 10:12:43.23 ID:7AlIttanO
SS速報に居ながら1ヶ月で音を上げる奴がいると聞いて
269 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/06/07(火) 00:23:13.69 ID:vAalNZ3Lo

 女神行為用の撮影から始って最後は初めて優と結ばれたあの夜以降、俺と優の交際は思
っていたより順調だった。最初の頃、俺と優を追いかけてきた、周囲の奇異なものでも見
るような視線は、すぐになくなってしまった。優が周りの生徒たちと打ち解けようと決め
た後、驚いたことに彼女は実際にまるでぼっちだったことなどなかったかのように普通に
クラスに溶け込んでいた。初めてできた俺の彼女は、ぼっちの女神だったはずだけど、少
なくとも現在の優はぼっちではなくなっていた。それで、俺と優の関係は普通のカップル
として学校でも認められることになった。

 そして、ある意味不思議でもあり、ある意味すごくほっとしたことに、最近は帰宅が遅
かった麻衣が、ある夜、俺に突然話しかけてきたことがあった。麻衣が用意してくれた食
卓を囲んでいた時だ。

「お兄ちゃんさあ」

「うん」

「二見先輩とはうまくやっているの」

 俺はむせて、慌てて目の前のコップの水で喉に詰まった食事を洗い流した。

「何だよそれ」

「誤魔化さなくていいよ。まだ付き合っているんでしょ」

「それはまあそうだけど」

 俺は思わず身構えたけど、それでもやっと麻衣が俺と優の仲に言及してくれたのだ。俺
は緊張して麻衣の方を見つめた。

 麻衣も俺を見ていたので、二人で黙って見つめあうような不自然な状況になってしまっ
た。しばらく続いた沈黙に耐えられなくなった俺が、麻衣に話しかけようとしたそのとき、
麻衣が微笑んだ。


「ごめんね」

「何が」

 麻衣の意外な反応に驚いた俺は聞いた。

「あたし、いろいろ嫌な態度とかしちゃてさ。お兄ちゃんに嫌われても仕方ないと思うん
だけど」

「何の話?」

「あたしも認めるから」

「はい?」

「だから。あたしも認めるからって言ってるの。お兄ちゃんと二見先輩の仲を」

「どういうこと」

「人を好きになるなんて理由なんかないんだね。。あたし、最近そのことに気がついた」

 麻衣はそのときすごく優しい表情をしていた。本人は気がついていないようだけど。こ
の短い時間に、いったい、麻衣の心境に何がおこったのだろうか。

「いやさ。お前が何を言ってるのかさっぱりわからないんだけど」

「相手がどういう人でもさ、お兄ちゃんが好きになったのなら、もうそれを邪魔しちゃい
けないんだと思ったから」

「・・・・・・二見のことを言ってるの」

「誰でもだよ、誰でも」

「何でいきなりそんなこと言うの」

「お兄ちゃん?」

「ああ」

「あたしも、そろそろ兄離れしないといけないのかもしれないね」

「おまえ、さっきから全然意味わかんないんだけど」

「当分は、お兄ちゃんと一緒に登校しないし、お弁当もなしでいい? あ、下校も」

「別にいいけど」

「うん。じゃあ、もう寝るね。お兄ちゃん、お休み」
270 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/06/07(火) 00:23:54.53 ID:vAalNZ3Lo

 それで、麻衣とは以前のようにいつも一緒に行動するということはなくなった。朝の通
学や休み時間、そして下校時間まで俺と優はいつも一緒だったから、そうなることは当然
だった。妹は俺にお弁当を作ることはなくなったけど、朝食と夕食はこれまでどおり用意
してくれていた。ただ、前なら夕食後(場合によっては寝るときも)俺にべったりと寄り
添って離れようとしなかった妹は、最近では食事が終ると自分の部屋に入ってしまうよう
になっていた。別に口を聞かないとか話もしないということはなかったけど、今まで二人
きりで長い時間を過ごしてきただけに、その変化は俺にとって少し寂しく感じられた。で
も、これが普通の兄妹の仲なのかもしれない。俺はそう思ってこのことについてはこれ以
上考えるのやめたのだ。

 有希は、あの屋上の日以来、俺に対しては今までどおり接するように努めているようだ
った。俺のことは諦めないし、優は俺にふさわしくないと言い切った有希のことを思い出
すと、有希のその態度は拍子抜けするほど穏やかなものだった。それでも、有希は俺とだ
けではなく、優にも普通に話しかけていた。

 そういうわけで、久し振りに俺の生活はそれなりに落ち着いてきたのだけれど、夕也と
の関係だけは全く改善していなかった。クラスの中で優が普通に人気のある生徒になって
も、夕也だけは優に話しかけようとはしなかったし、相変わらず俺に話しかけることもな
かった。そればかりか俺とは目すら合わせようとしないのだ。

 朝の登校時は俺は優と一緒だったけど、妹は相変わらず有希と一緒に登校していた。そ
ればかりか、ある日、車両内で見かけたのは、夕也が再び妹や有希と一緒にいる姿だった。
有希は夕也と仲直りしたのだろうか。あいつは俺と付き合えなくても夕也とは付き合わな
いと言っていた。夕也はそれを承知でまた有希の側にいることを選んだのだろうか。気に
はなったけど、俺はそのことには関心を持たないように努めた。というか今では俺は優に
夢中になっていたし、優といる時にはあまり他の人間のことを深く考える余裕なんてなか
ったのだ。

 優は相変わらず謎めいた言動を取ることはあったけど、体の関係ができてからはそうい
う不思議な部分は少なくなり、むしろ前からは考えられないほど俺に甘え、じゃれかかっ
てくることが多くなった。そしてそういう優の姿は可愛らしく、俺は本当に優に夢中にな
っていた。夕也とまだ仲直りできていないことすらあまり気にならないほどに。

 優の女神行為は、以前ほどの頻度ではなかったけど今だに続いていた。VIPに立つ単
発スレにうpする時は、優は今でも即興でスマホで撮影した画像をうpしていたけれど、
女神板で「モモ◆ihoZdFEQao」のコテハンを使用してうpする時は、必ずその画像を撮影
するよう俺に頼むのだった。俺が撮影した画像はスレでは評判が良かった。画像が前より
全然良くなったねというレスが溢れるほどだった。俺も嬉しくないわけはなかったけど、
こういう場所で写真の腕を誉められても何か微妙な気持ではあった。あと、俺が撮り出す
と、本当に自撮りなのかというもっともな疑問も出始めていた。モモは処女で彼氏のいな
い大学生という設定になっていたから、優は新しいカメラのセルフタイマーで撮ってます
という言い訳でその疑問を凌いでいた。
271 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/06/07(火) 00:24:38.69 ID:vAalNZ3Lo

「処女厨ってやっかいなのよ。ある意味単なる荒らしよりたちが悪いの」

 ある夜、優は俺の前で、モモの処女性に疑問を抱いたスレの住人を何とか宥めるレスを
しながら言った。

「女神にもいろいろあってね。経験者であることがマイナスにならない女神も多いんだけ
ど」

 優は話し続けた。

「あたしの場合は、処女で彼氏もいない、清純で可愛い子が肌を晒しているという点でモ
モに興味を持ってる人たちが多いみたい」

 優は自分のことを平然と可愛いと言い放ったけど、確かにこれだけ可愛ければそのこと
については反感すら覚えなかった。今でも俺はこの可愛い子が本当に自分の彼女なのだろ
うかと、心のどこかでこの境遇を疑うことすらあったくらいだし。

「アイドル的な声優のファンの心理みたいなもんかね」

 俺はふと思いついて言った。

「そうかもね、それに近いかも。でもそれより自分勝手かもね。一方では娼婦のように体
を晒すよう要求しながら、一方ではリアルでの処女性を要求されるんだもん」

 優のその言葉は妙に俺を納得させた。

「そう考えると、俺って結構羨ましがられる立場だったんだな。アイドルと隠れて交際して
いるってことだもんな」

「ふふ。でも、そうね。不思議だけど、学校ではあたしたちの関係は皆が知ってるのに、
ネットでは秘密にしているなんて」

 優は笑ってそう言うと、貧乳スレにお別れのレスを投下し、パソコンの前から離れた。

「ねえ、今日も変な気持になってきちゃった・・・・・・しようか」



 その晩遅く優と別れを惜しんだ後、俺は自宅に帰宅した。結構遅い時間になってしまっ
ていた。

 俺は自分の鍵で玄関のドアを開け、ただいまと言いながらリビングに入った。一階は電
気が落ちていて暗かった。妹はもう自分の部屋に戻っているのかもしれなかった。ダイニ
ングのテーブルを眺めると、食事の支度がしてある様子はなかった。最近ではそれなりに
妹と会話をするようになっていたし食事も必ず用意されていたので、俺は夕食がないこと
に少し戸惑いながらも2階に上がって妹の部屋をノックした。返事はない。

 俺は声をかけながら妹の部屋のドアを開けた。部屋は暗く妹の姿もなかった。

 ・・・・・・どうしたんだろう。俺は自分の携帯を念のために確認したが、妹からはメールも
着信履歴も残っていなかった。俺は諦めて再びリビングに戻った。こんなことなら優に誘
われたとおりあいつの家で手料理をご馳走になるんだった。俺はその時自宅で夕食を準
備しているであろう妹に遠慮して優の誘いを断ったのだった。今日はカップラーメンでいい
や。俺はお湯を沸かしている間に、リビングのパソコンを起動した。しばらく待っていると見
慣れないメッセージが表示された。
272 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/06/07(火) 00:25:16.82 ID:vAalNZ3Lo

『直前のセッションが強制的に終了されました。セッションを復元しますか?』



 なんだ、これ。どうもブラウザを終了させる前にパソコンを強制終了すると出てくるメ
ッセージらしいなと俺は考えた。この種のパソコンやネットで疑問がある時に、今までは
夕也を頼っていたのだけど、今ではそういうわけにもいかない。俺はとりあえず「はい」
をクリックした。少しの間があって、ブラウザは強制終了される直前に表示していた画面
をゆっくりと表示し始めた。



【貧乳女神も】華奢でスレンダーな女神がうpしてくれるスレ【大歓迎】



 え? 俺は目を疑った。確かにこのスレは優と知り合って以来よく見るスレだけど、こ
のスレを開きっぱなしでこのパソコンを強制終了した記憶はなかった。それに最近ではこ
のパソコンでは、優の画像をいじるだけで、ここでは女神スレは見ないようにしていた。
携帯の画面で画像を閲覧するのは厳しいのだけど、自分の彼女の秘密を扱っている以上、
こんな家族共用のパソコンでは危険は冒せないと判断したからだ。パソ関係に疎い俺でも
閲覧したサイトのキャッシュがパソコンに残ってしまうくらいは知っている。だから、最
近では自室で携帯でしか女神は見ていなかったはずなのだ。

 まさか妹が? 妹には急いでパソコンを終了する時にいきなり電源をオフにする悪い癖
がある。何度も注意したのだけど、妹に言わせると今までこれで一度もパソコンが壊れた
ことはないよ、とのことだった。あいつが、妹が俺が以前閲覧したキャッシュを辿って優
の女神行為を発見したのだろうか。優は個人情報は一切晒していないけど、親しい人間が
目に線を入れて隠しただけだけの彼女の画像を見れば、それが優だと気がつくのはそんな
に難しいことではない。俺は狼狽した。

 よく考えれば、画像は即デリされるのだし、たとえ妹がこのスレを後から見ても画像は
見られない。画像さえなければモモが優だとは気がつかないだろう。それでも可能性が少
しでもある以上、これを見過ごすわけにはいかなかった。

 しばらく混乱した思考を続けた結果、俺が辿りついた結論は妹に正直に聞くということ
だった。どんなに軽蔑されても怒られてもいい、とにかく優を守ることが最優先だった。
優は俺を信頼して女神行為のことを明かしてくれたのだ。それが、俺のせいで女神行為の
ことがバレることがあってはならなかった。俺は妹に電話した。でも、妹が電話に出ることは
なかった。

 翌朝、俺はリビングのソファの上で目を覚ました。一瞬、なんでこんなところにいるの
かわからなかったけど、すぐに自分が麻衣の帰宅を待っている間に寝入ってしまったこと
を理解した。これでは、昨夜リビングで粘っていた意味がまるでない。毛布が掛けられて
いるので、妹は俺が寝てしまったあとで帰宅したのだろう。とにかく妹に女神スレのこと、
聞かないといけない。体を起こして壁の時計を眺めるともう七時四十五分だ。これでは遅
刻しそうだ。とりあえずリビングには麻衣の姿はない。念のため麻衣の部屋を確かめたけ
ど、やはり妹の姿はない。それはそうだ。こんな遅い時間に家にいるわけはないじゃない
か。

 とりあえず学校に行こう。これではもう優との待ち合わせ時間に、間に合わない。俺は
携帯をチェックしたけど、優からはメッセージも着信もない。とにかく学校に行って、麻
衣をつかまえよう。幸か不幸か俺は制服のまま寝てしまっていたから、すぐにでも家を出
られる。今朝は歯磨きも洗顔も省略だ。

 自宅前の最寄り駅まで来ても、優の姿はなかった。そりゃそうだ。いつもより三十分以
上も遅刻しているのだ。次の電車に乗らないと完全に遅刻だ。この電車って、昔、優がよ
く乗ってた時間の電車だった。これに乗ればぎりぎり遅刻しないで済む。駅から教室まで
はダッシュする必要はあるのだけど。
273 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/06/07(火) 00:25:47.47 ID:vAalNZ3Lo

 何とか始業に間に合う電車に飛び乗った俺は、少し落ち着いていつも見ている車窓を眺
めた。今朝は登校時間に優に会えなかったけど、それよりも今は麻衣のことが気になる。

 たとえ妹があのスレを見つけて内容を読んだとしても、画像は見られない。もちろん優
の本名なんて書いていない。あらためて冷静に考えれば、麻衣がモモを優のことだとわか
るはずがない。そう考えると、俺が麻衣を問い詰めるなんて逆効果というか、自分の首を
絞めるようなことになりかねない。

 ・・・・・・もう少し様子見の方がいいのかもしれない。

 教室に入ると、優の姿がない。そのとき同級生の女の子が話しかけてきた。最近、優と
よくしゃべっている女の子だ。

「おはよ。今日は二見さんお休みなの?」

「いや、どうなんだろ」

「どうなんだろじゃないでしょ。いつも一緒に登校してるのに」

「いや、今日は俺、遅刻しちゃってさ。優とは会ってないんだ」

「まさか、二見さんって、駅であんたを待ってるんじゃないでしょうね」

「それはないだろ。あいつ、待ち合わせ場所にはいなかったし」

「じゃあ体調でも悪いのかな」

「うーん。あとでメールしてみる」

「つうかメールすんなら今しろよ」

「だってもうホームルーム始るじゃんか」

「本当に使えないなあ、あんた」

「何でだよ」

「あ、先生来ちゃった。ちゃんと二見さんに連絡しておきなよ」

「ああ」

 こいつに言われるまでもない。体調でも崩したのか。それにしてもメッセとかもないと
か、少し心配ではあった。たしかに優はボッチだったけど、学校を休んだことはほとんど
ない。仮に休むのならLINEとかで知らせてくれるはずだ。もう俺と優は他人じゃないんだ
し。

 ぼっちの頃だって皆勤賞狙えるくらいに律儀に登校だけはしていた優がなぜ突然休んだ
のか。毎日待ち合わせして一緒に登校している俺に、メールも電話もなくいきなり。風邪
でもひいたのか。昨日は結構冷えたし、あいつは撮影中はずっと下着姿だったし。とりあ
えず優にメッセージを入れたけど、既読にならない。あいつと連絡取れないなんて付き合
い出して初めてだ。何か寂しい。とにかく授業が終わったら直接電話してみよう。携帯に
出ないのなら、以前教わった家電に電話してもいい。あいつのところもうちと同じでめっ
たに両親がいないらしいし。

 いつの間にか俺はてこんなにあいつに依存していたのか。俺は複雑な思いで反応しない
スマホの画面を見つめた。
274 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/06/07(火) 00:26:16.26 ID:vAalNZ3Lo

 ようやく休み時間になり、校舎の外に出て優に電話をしようとした俺に、いきなり夕也
が話しかけた。

「おい」

「おまえか」

「ちょっと話があるんだけどよ」

「話って何だよ」

 何だこいつ。今まで俺のこと無視してやがった癖に。それに今は夕也どころじゃな
い。

「・・・・・・ここじゃちょっとな」

「・・・・・・おまえ、俺とは話しないんじゃなかったのかよ」

「俺だっておまえなんかと話なんかしたくねえよ」

 何なんだ。

「何が言いたいの? おまえ」

「いいから喧嘩腰になるなよ。大事な話なんだって」

「・・・・・・今まで俺のこと嫌ってたおまえが何でそんなに必死なんだよ」

「話聞きゃわかるよ。屋上行くぞ」

「屋上って、昼休みじゃねえんだぞ。そんな時間あるか」

 優に電話しなきゃいけないのに、今はこいつに付き合っている時間はない。だけど、夕
也はひかなかった。

「・・・・・・授業なんてどうだっていいよ。とにかく一緒に来い」

「おい・・・・・・」

「行くぞ。授業なんてサボっちまえばいいって」

 夕也はそれだけ言うと、もう俺の方を見ずに、一人でさっさと屋上に向かって行ってし
まった。あいつはいったい何がしたいんだ。仕方なく、俺は夕也を追った。

 やっぱ有希とか優の話だろう。こいつがこんなに必死になるのは。俺はそう思った。優
のことは気にはなるけど、さすがに命に別条があるとかじゃないだろう。体調不良か寝過
ごしたとかいう落ちだろう。そう考えると、今は夕也と話をつけるいいチャンスかもしれ
なかった。優と付き合っていて、有希と付き合う気はない。そうはっきり夕也に言うのだ。
夕也は怒るだろうけど、怒られてもいい。ひょっとしたらその先に、有希と夕也が結ばれ
る展開だってあるのかもしれない。麻衣は俺と優のことを認めると言った。有希に関して
いえば、よくわからないけど、少なくとも夕也が俺と優のことを認めてくれれば、優にと
ってはだいぶ教室にいやすいことになるだろう。夕也が有希のことを好きなことは間違い
ないだろうから、こいつが俺と優のことを認めることだってあるはずだった。その先に有
希が夕也と付き合ってもいいと考えるかどうかはともかくとして。

 しかし。サボるって、どうやって先生に言い訳すればいいんだよ。
275 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/06/07(火) 00:26:53.42 ID:vAalNZ3Lo

「おまえ、来るの遅せえよ」

 夕也が身勝手にも俺に文句をつけた。優に電話するのを先延ばしにしてまで付き合って
やっているのに。

「てめえ、ふざけんな。何日も無視してたくせにいきなり声をかけて授業までサボらせや
がって」

「そんなことはどうでもいいんだよ」

「何言ってるんだよ」

 本当に何なんだ。

「・・・・・・俺さ、今朝授業開始前に佐々木に呼び出されてさ」

「またかよ。おまえ前から佐々木に何を注意されてるんだよ」

「うるせえよ。俺と馴れ合ってるような口きいてんじゃねえよ」

「・・・・・・いったい何なの? おまえ」

「おまえが勘違いしないように言っておくけどよ。俺は有希の気持ちをあれだけひどく弄
んだおまえのことを許したわけじゃねえんだぞ」

 だからそうじゃねえのに。

「だからおまえと二見のことなんかどうなってもいいって思ってたんだけどよ」

 何なんだ。いったい。

「今日、朝の結構早い時間に佐々木に呼び出されてよ。職員室に朝の七時前に行ったら、
まだ佐々木が来てなくてさ。そしたら担任が職員室の片隅でひそひそ電話してたんだけど
よ」



 それは優の親への電話だったそうだ。佐々木先生を待つ間、夕也は聞くともなしに担任
が電話しているのをぼんやりと聞いていたそうだ。夢中になって電話をしている担任は、
夕也のことに気づいていなかったのか、声をひそめつつもかなり興奮した様子で電話をか
けていた。その中に二見優という単語が聞こえたらしい。夕也はそれを聞くと担任の低い
声に気持ちを集中した。

『当校としてもネット上の誘惑や危険に関しては、これまでも専門家を招いたりして生徒
たちには注意喚起してきましたけど、最近の風潮からして多少のことは見逃してきました。
でも、さすがに今回の件は許容範囲を超えています。他の生徒たちに与える影響が大きす
ぎるんですよ』

 担任の教師は額の汗を拭いながら、声をひそめながらもまくし立てるように話をしてい
たそうだ。

『高校生が下着姿の際どい写真をネット上で公開してたんですからね。二見さんは学校で
は友だちこそ少ないようでしたけど、これまで成績も素行も何も問題はなかったのに。も
ちろんいじめられているということもなかったし、何でこんなことをしでかしたのか』

『とにかく、投書に書いてあったURLをそちらにお送りします。ご自分の目で娘さんか
どうか確認してみてください。まあ、誰が見ても二見さんであることは間違いないと思い
ますが』

『はい。当然校長には報告してあります。誰が投書したのか? それはわからないですね。
というか、私の携帯のメールに投書してあったのでうちの学校の関係者、おそらくは生徒
だと思いますけど、WEBメールからのメールだったので特定は無理でしょうし、特定す
る必要もないでしょう』

『はい。ご自宅のアドレスでいいですか? ああ、携帯に。わかりました。そろそろ娘さ
んも家を出る時間だと思いますけど、今日は自宅で待機するようにお伝えください。頭ご
なしに怒らないようにしてください。事情を聞く前ですし、何か無茶な行動をされても困
りますし』

 夕也がそこまで聞き取った時、佐々木先生が職員室に入ってきたため、夕也はその後の
担任と優の親とのやりとりを聞くことはできなかったそうだ。
276 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/06/07(火) 00:27:27.46 ID:vAalNZ3Lo

「そんで、教室に戻ったら二見が来てないじゃんか。いったいあいつ何をしでかしたんだ
よ。下着姿ってまさか・・・・・・」

「ああ」

 女神行為が先生にばれたんだ。いったい何でこんなことに、つうか誰が。まさか、麻衣
が。いや、麻衣にはモモが優だと特定できる情報は入手できないはずだ。女神スレの画像
は十五分くらいで削除されるのだ。ありえないほどの偶然でリアルタイムの女神行為に遭
遇しない限り、画像を見ることはできない。つまり、仮に麻衣が貧乳スレを見たとしても、
それが優の女神行為だとは、優が女神だとは特定できたはずはない。というか担任がスレ
を見たとしても、なぜモモが優だと特定できたのか。画像なんか見られないはずじゃない
か。女神が自己の安全を図るためには、顔を隠すことと画像を即デリすることが必須条件
だった。顔を隠すことに関しては、確かに優は甘かったかもしれない。目に細い線を重ね
るだけでは、わかる人にはわかってしまう。でも、画像を即デリしている以上、学校の関
係者にばれるはずはないのだ。高校生でいつも女神スレに張り付いているようなやつはい
ないはずだ。

「ああじゃねえよ。俺はおまえらなんか大嫌いだけど、でも何つうかよ。二見も大変なこ
とになりそうだから」

「・・・・・・悪い。心配させちゃって」

「おまえらのしたことを、別に許したわけじゃねえぞ」

「・・・・・・ああ」

「まあ、ネットとか下着とかってだけでも、何が起こってるのか察しはつくけどな」

「今は俺の口からは言えねえけど」

「別に聞きたかねえけどよ、そんなどろどろしてそうな話。でも、おまえら何馬鹿なこと
やってんだよ」

「悪いな、夕也。俺、優の家に行くから」

「え?」

「今日は学校サボるから」

 これはやばい。俺はそう思った。いっこくも早く優と会って、善後策を話し合わないと。

「じゃあ、俺はこれで」

「・・・・・・しょうがねえなあ」

「何だよ」

「しょうがねえから担任にはおまえも体調が悪くなったって話しといてやるよ」

「・・・・・・悪い」

「うるせえ。黙って早く行けよ。きっと二見も悩んでると思うぜ」

「ありがとな」

「俺に礼を言うな。助けたくてしてんじゃねえよ。でも、おまえが落ち込むと有希とか麻
衣ちゃんが悲しむんだよ。察しっろよクズ」

「ああ。じゃあな」

「おう」
277 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/07(火) 00:27:56.50 ID:vAalNZ3Lo

今日は以上です
また投下します
278 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/08(水) 06:56:25.75 ID:Tx4CvWb30
おつんつん
279 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/06/26(日) 00:10:01.28 ID:RyWkrIEDo

とりあえず、何とか担任が来る前に学校から抜け出せた。あいつの家に向かいながら電
話をしようと俺は思った。何度かコールしても優は電話に出ない。

 俺はほとんど走るように足早に歩きながら考えた。これからあいつはどうなるんだろう。
自宅謹慎とか先生から事情聴取を受けるのだろうか。それとも下手すれば停学とかもある
かもしれない。優が停学になるにしても、何で停学になったかを学校が生徒に公表したり
することはあるのだろうか。そんなことになったら本当に優はお終いだ。

 いや、女神行為をしてたから停学なんてそんなことを公表するわけがない。生徒にショ
ックを与えることになるし、何より学校の評判も落ちるだろうし。俺は祈るような気持ち
で自分にそう言い聞かせた。確かに、優の行為は道徳的ではないけれども、反面、法律を
侵しているわけではない。つまり、下着姿なのだから公然わいせつ罪の構成要件を満たす
ようなことではないはずだ。でも、それなら何で俺は今彼女の処分に即座に納得できたの
か。それが、同級生たちに知られたら恥ずかしい行為、彼らから今度こそ本当に優が排斥
されるような行為を、彼女がしていたと理解できていたからではないのか。

 思考が混乱して、今、自分がは何をすればいいのか考えられない。とにかく、優と連絡
を取ろう。あの聡明で大人びている優なら、彼女が陥っている立場を明確に説明してくれ
るかもしれない。あいつは、こんなことで混乱してパニックになるような性格ではない。
自分のしていることのリスクさえ、冷静に考えて女神行為をしていたのだから。

 それに。あれを撮影したのは俺なんだから、ある意味俺にも責任がある。そこに思い至
った俺は、たまらない気分になった。早く駅まで行って電車に乗ろう。電車の中でメール
すればいい。俺は半ば錯乱した状態で駅に向かって、今度こそ全力で駆け出した。

 何とか下りの電車に間に合った俺は、スマホから優にメッセージを送った。

『携帯に連絡してくれ。女神行為が担任にばれたのか? ・・・・・・すごく心配している。連
絡くれ』



 結局、その日俺は優と会えなかったし、連絡も取れなかった。優は俺のメッセージを既
読にしなかったし、優の家まで行って恐る恐るチャイムを鳴らしてみたものの、静まり返
った彼女の家からは何の反応もなかった。

 俺は途方にくれた。いったいこの先どうすればいいのだろう。優の家の前にいても仕方
がないけど、今更優のいない学校に戻る気はしなかった。俺はそのまま自宅に向かって混
乱した感情を持て余しながら歩き出した。ひどく混乱していた俺だったけれども、歩きな
がら考えているとすこしづつ疑問点が思い浮んできた。夕也が担任の鈴木先生の言葉を正
確に覚えているとすると、鈴木先生は優の親にこう言ったのだ。



『女子の高校生が下着姿の際どい写真をネット上で公開してたんですからね。お嬢さんは
学校では友だちこそ少ないようでしたけど、これまで成績も素行も何も問題はなかったの
に。もちろんいじめられているということもなかったし』

『とにかく、投書に書いてあったURLをそちらにお送りします。ご自分の目でお嬢さん
かどうか確認してみてください。まあ、誰が見てもお嬢さんであることは間違いないと思
いますが』



 夕也の記憶が正しいとすると、鈴木先生は緊急時の連絡網に記載してある自分の携帯の
メアドに送られてきたメールを開き、そこにあるURLを踏んで優の下着姿を確認したこ
とになる。だけどよく考えれば優は女神行為をする時は、自分のうpした画像を十五分く
らいで削除しているのだ。削除が早すぎて即デリ死ねよとか叩かれるくらいに徹底して。

 昨日と今日は優は女神行為はしていない。昨晩、俺の撮影した画像が自撮りじゃなくて
彼氏とセックスした時に彼氏が撮影したんじゃないかという疑惑に答えるレスはしていた
けど、その時は画像そのものはうpしていなかったのだ。それなのに鈴木先生が優の画像
を見られたはずがない。俺は何だか嫌な予感がした。額から汗が滲んでくる。俺は足を早
めて自分の家に駆け込むようにして入った。そして、リビングのパソコンを起動した。
280 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/06/26(日) 00:10:33.47 ID:RyWkrIEDo

 パソコンが起動すると、俺はすぐ検索サイトを開いて優のコテトリを入力した。以前も
同じワードで検索したことがあったのだけど、最初のほうに女神板のスレがヒットしたの
でそれ以降の検索結果は確認していなかった。でも今日は違った。検索結果が表示された
ディスプレーを眺め、俺は女神板以外にヒットしたサイトを確認し始めた。あの時、何で
検索結果を確認しなかったんだろうと思うほど、ヒットしたサイトは少なかった。その上
位にヒットしたのは当然ながら全て女神板のスレだった。



【貧乳女神も】華奢でスレンダーな女神がうpしてくれるスレ【大歓迎】
【緊縛】縛られた女神様が無防備な裸身を晒してくれるスレ【被虐】
【女神も】女神様雑談スレ【住人もおk】



 その下にある検索結果には見慣れないタイトルが表示されていた。



『今春入学したばかりの処女のJD1が大胆な姿を露出!!―ミント速報過去ログ』



 俺はそのリンクをクリックした。そこはミント速報とかいうサイトで、やたらに有料動
画とかの宣伝リンクが連なっており、ページ全体が女性のあられもない裸体で埋め尽くさ
れているようなアダルトサイトだった。でも、そこに浮かび上がったメインの記事はよく
覚えているものだった。



モモ◆ihoZdFEQao『こんばんわぁ〜。誰かいますか』
モモ◆ihoZdFEQao『人いた。最近恋に落ちたせいか痩せてますます貧乳になりました
(悲)』



 そして、そこには画像を開くまでもなく最初から優の画像が表示されていた。それは、
俺が優にメールを貰って初めて見た時の、女神板にうpされていた彼女の際どい姿の画像
だった。・・・・・優があれほど気を遣って削除していた女神板の画像は、こうして半永久的
に他のサイトに転載され、誰でも閲覧できるようになっていたのだ。

 もう間違いなかった。鈴木先生が確認したのはこの画像だろう。そして、目に線が入っ
ているとはいえ優をよく知っている人には、その画像が彼女のものであることはすぐにわ
かったと思う。優は、いや優ならネットとか詳しいのだからこいつが大丈夫というなら大
丈夫だろうと安心していた俺も、今思えば本当にバカだった。まとめサイトのことは知っ
ていた。そもそも優の話では、2ちゃんねるに入り浸るようになったきっかけはまとめサ
イトだったはずだ。それなのに自分がうpした画像やレスしたスレが転載される可能性が
あることに全く気がついていなかったのだ。

 俺は今自分がどうすればいいのかわからなかった。優との連絡は相変わらず取れない。
優はこの先どうなるのだろうか。

 それについて考えているうちに、俺は次第に落ち着きを取り戻してきた。優の女神行為
が学校に知られたことは大変なことだったし、今頃優はどこかで学校側から事情聴取をさ
れているかもしれない。だけど、優がしたことが犯罪ではないことは確かだし、おそらく、
直接的な校規違反ですらないはずだった。学生としてふさわしくない行動を取ったという
ことで、停学くらいにはなってしまうかもしれないが、それ以上の処分はないだろう。
281 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/06/26(日) 00:11:13.87 ID:RyWkrIEDo

 俺は優の処分の程度に思いが至ったせいで、更に落ち着きを取り戻した。優にとって最
悪なのは、周囲の生徒に自分の女神行為を知られることだろう。そうなったらもう、元の
ようにぼっちに戻るくらいでは済まない。噂に耐えかねて学校は中退することすらありそ
うだった。ただ、学校側が優の処分の理由を公表することは考えられない。教師の不祥事
ではないのだから、過ちを犯した生徒の将来への配慮ということは必ずなされるだろう。
それに、学校の評判を落とすということも考慮されるに違いない。優が停学処分で自宅謹
慎していることについて、クラスの同級生には家庭の事情でしばらく優は休みだと言うよ
うに伝えられるに違いないだろう。

 優にとっては、自分が親に隠れてしていたことを知られてしまったことは辛いだろう。
両親との関係はぎくしゃくするだろうし。そして優の処分が軽かったとしても、当然なが
ら優の女神行為はこれで終わりだろう。もう、ネット接続すらさせてもらえないかもしれ
ない。当然、俺が優の肢体を撮影することもなくなるわけだ。

 でも、それはもう仕方ないことだった。優が登校してきたら二人で話し合って最初から
やり直そう。俺たちは、俺と女神ではなくなった優は、この機会に普通の高校生らしい交
際だってできるはずだ。

 少しだけ安堵した俺が次に疑問に思ったのは、だれがこれを学校にチクったのかという
ことだった。鈴木先生が言っていたように、行内連絡用の鈴木先生の携帯に電話をしてき
たということは、生徒か、少なくとも学校関係者であることは間違いない。ただ、その相
手を特定するのは無理だ。2ちゃんねるかミント速報を偶然に閲覧したうちの学校の関係
者が、動機は不明ながら鈴木先生にチクったということだけしかわからない。誰であって
も不思議はない。ミント速報というアダルトサイトはいかにもアクセス数が多そうだった。
俺は念のためにこのサイトの名前で検索してみることにした。

 検索結果は膨大だったけど、とりあえず俺は最初の方にヒットしていた「ネットスラン
グ用語集」とかいうサイトを開いてみた。



『ミント速報(みんとそくほう)』

『誰でも無料で閲覧できるアダルトサイト。2ちゃんねるの女神板に貼られた画像、動画
を無断転載しているまとめサイトの最大手』

『女神のレス、画像、動画の転載を繰り返すことで巨大化し現在では毎日数十万のアクセ
スを稼ぎ十万人規模の利用者がいると言われている』

『過去にミント速報に転載されたことにより、女神の素性が割れて、氏名、年齢、学校や
職業、更には住所までネット上で大々的に晒された事件が何度も起きている札付きのサイ
ト』

『通常は女神板に貼られた画像は身バレや転載防止のために即座に削除されるが、ミント
速報を含むアダルトサイト管理者は、女神板に貼られた画像、動画を自動で回収するツー
ルを使っているとされている』

『また、複数の協力者が女神板に常駐していて、画像が削除される前に女神の画像を回収
し、アダルトサイトの管理者に提供しているとも言われている』



 これが事実なら俺と優はこれまで無防備過ぎたのだろう。でも、そのことを今更後悔し
ても仕方がなかった。それより、このミント速報は毎日数十万のアクセスがあると記され
ている。これだけの利用者がいれば、その中に優をよく知っているうちの生徒がいても不
思議はない。
282 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/06/26(日) 00:11:43.23 ID:RyWkrIEDo

 優のことは心配でたまらなかったけれど、俺にはリビングのパソコンを立ち上げたとき
の状況が気がかりだった。それでも俺は優を陥れた犯人が麻衣ではなかったことに安堵し
ていた。というのは、最近の麻衣の発言や行為には、あいつが優の女神行為を知っている
としか思えない微妙な言葉があったからだ。でも、それは杞憂だったようだ。少なくとも
妹は今回の件に関係していない。麻衣は2チャンネルのスレを見たのかもしれないけど、
VIPのあのスレをリアルタイムで見れる可能性は相当低いし、たとえ見れたとしてもリ
アルタイムでなければ画像は削除されていたはずだ。そして、それは女神スレでも同じは
ずだった。ミント速報を見られさえしなければ。

 俺はただ妹が犯人であることへの否定的根拠が見つかったことに安堵していた。たとえ
俺が閲覧したスレを麻衣が発見したとしても、画像が削除されている以上、それが優のこ
とは思いもよらないだろう。

 ふと妹が突然購入したノートパソコンのことを思いついた。もしあのパソコンの閲覧履
歴にミント速報があったとしたら。

 ・・・・・・再び心が重くなってくるのを感じながら、俺は壁にかかっている時計を眺めた。
まだ、昼の十二時三十分だった。学校では今昼休みの最中だ。

 妹の留守中に妹の部屋に勝手に入り妹のパソコンを調べることに、俺は少しためらいを
感じたけど、妹の行動の真実を解き明かす方が優先だと、俺は自分に言い聞かせた。俺は
リビングのパソコンを終了させて、二階の妹の部屋に向かった。

 見慣れた妹の部屋に入ると、机の上に置かれているノーパソを開いて電源を入れた。一
瞬、パスワードがかかっていたらどうしようかと思ったけれど、妹のパソコンはしばらく
して無事に起動を終えた。俺はブラウザをクリックした。

 ブラウザの起動時に表示されるホーム画面は、このパソコンのメーカーが運営するポー
タルの画面だった。今のところ怪しいところは何もない。まず俺はブックマークを開いて
みた。

 ・・・・・・その結果は微笑ましいというか、健全な女子高生そのものだった。



『お手製お惣菜のヒント』
『お弁当に使えるレシピ』
『ガールズ・スタイル―女子中高生のためのファッションブログ』
『ツィンクル・スター:携帯小説ブログ』
『読モになろう!』



 俺はブクマされているサイト名を確認しながら、ブックマークの画面をスクロールして
いったけど、別に不審なサイトは見当たらない。



「恋占い」
「新作電子書籍のご紹介「妹が大好きでもう我慢できない!」
「鬼畜な兄貴:お兄ちゃんもう許して」



 鬼畜な兄貴じゃねえよ。俺は思わず心中で舌打ちした。でもまあ、妹のこの手の趣味は
昔からだ。俺は次に閲覧履歴を開いた。三週間前からの履歴が残っている。これはサイト
名が表示されずURLだけが羅列されているだけだったので、俺は時間をかけてURLを
クリックして、妹が閲覧したサイトを確認していくしかなかった。これには結局一時間以
上かかってしまった。

 ・・・・・・そしてほっとしたことに、その閲覧履歴の中にミント速報はなかったのだ。
283 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/06/26(日) 00:12:32.42 ID:RyWkrIEDo

 思い切って妹のパソコンを調べてみてよかったと俺は思った。妹は優を陥れた犯人では
なかったのだ。そして俺は、優とは優が登校してきたらよく話し合ってこれからは慎重に
普通の高校生のカップルとして、付き合えばいい。今朝の衝撃的な出来事に遭遇し動揺
しまくっていた俺が、それからわずか半日程度でここまで考えをまとめられたのも、夕也の
おかげかもしれなかった。俺はぼんやりとそんなことを考えながら、麻衣のパソコンを閉
じようとした。

 その時、俺はふと妹の閲覧履歴の中に残っていた掲示板のことを思い出した。それはミ
ント速報ではなかったので、調査を急いでいた俺は、その時はその掲示板を見もしないで
次のURLをクリックしたのだった。けれども、こうして少し安心した気持になっていた
俺は、その掲示板を見てみようと思いついた。その掲示板に俺が惹かれたのは、掲示板の
タイトルにうちの学校の名前が書いてあったからだった。



『学園の生徒集まれ〜』



 これはいわゆる学校裏サイトってやつだろうか。まだ、妹の帰宅までには時間は十分に
あった。俺は少し心が軽くなっていたこともあり、好奇心にかられてその掲示板を見るこ
とにした。レスの大半は教師の悪口やテストや宿題の愚痴だった。あと、自分が気になっ
ている女子のことを書き込んでいるレスもあった。誰々がキモイとか、よく聞くいじめの
様なレスは見当たらず、裏サイトというほどのものじゃねえなと俺は考えた。もちろん教師
の悪口がある時点で学校には知られたらアウトなんだろうけど。

 全てのレスは匿名だったので、誰がレスしているのかはわからないけど、一度うちの担
任の鈴木先生のことを、自分の担任の鈴木がうざいとか書いてあるレスがあった。少なく
ともそいつは俺のクラスメートだろう。

 レスを読んでいるうちに飽きてきた俺がそろそろ読み止めようかと思い始めたその時、
突然、優の実名が書き込まれているレスに辿りついた。それは最近のレスだった。一瞬、
嫌な予感がした俺だったけれども、そのレスを読んでいるうちに何だか心が温かくなって
いくのを感じた。



『2年2組の二見さんって、最近感じよくね?』

『あ〜。うちもそう思った。初めは人間嫌いな人なのかなって思ってたんだけど。最近良
く話すけどいい子だよ。成績いいけど偉そうにしないし』

『うちも二見さんから本借りちゃった。つうか今度一緒にカラオケ行くんだ☆』

『つうか二見さんって可愛いよね。俺、告っちゃおうかな』



 これだけ優は同級生に受け入れられている。これなら女神行為ができなくなっても、優
の「承認欲求」とやらは十分にリアルでも満たされるだろう。この掲示板を見てよかった
と俺は思った。掲示板のレスはあと少し残っていたから、俺は最後まで読んでしまうこと
にして、画面をスクロールした。



『誰よあなた。もしかして2組?』

『違うよ。俺2組じゃねえし。つうか2年ですらねえよ』

『・・・・・・二見さんって池山と付き合ってるんだよ。知らないの?』

『嘘。マジで!?』

『マジだよ』

『でもさ、池山と夕也って遠山さんを取り合ってたんでしょ? 池山って遠山さんを諦め
ちゃったのかな』

『まあ、夕也が相手じゃ勝ち目は(笑)』



 ・・・・・・それは少しへこむ内容のレスだった。そして語尾に(笑)がついているレスが一
番最後のレスだった。

 まあ、いいいや。優は今ではリア充だ。学校側が今回の処分を公表しない限り、これ以
上事が大きくなることはないだろう。俺は麻衣のノーパソを閉じ、階下に降りた。そうい
えば朝から何も食べていない。俺はキッチンに行って冷蔵庫を漁ることにした。
284 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/06/26(日) 00:13:32.63 ID:RyWkrIEDo

 冷蔵庫の中から食べられそうな食品をあさっていたとき、俺は背後から麻衣の声を聞い
た。

「・・・・・・お兄ちゃん」

「おう・・・・・・おかえり」

「・・・・・・ただいま」

「早かったな。短縮授業とかだった?」

 妹はそれには答えなかった。どうでもいい時間つぶしの会話なんかする気分じゃないの
かもしれない。

「どうかした?」

 それにしても、普段とは違う麻衣の様子に戸惑った俺は聞いた。

「別に。どうもしてないよ」

「そんならいいけど」

「・・・・・・お兄ちゃんこそどうしたの?」

「どうしたって何が」

「今日、学校早退したんでしょ」

「ああ、それか。ちょっと体調崩してさ。あ、家に帰ったら良くなっちゃったんだけど
ね・・・・・・まあ、サボりみたいなもん?」

「それならいいけど」

「いや、サボりだとしたらよくねえだろ」

「お兄ちゃん?」

「うん?」

「お兄ちゃんは今日早退したから知らないだろうけど」

「何が」

「お姉ちゃんから聞いたんだけど、二見先輩ってお家の事情でしばらく学校をお休みする
んだって」

 やっぱりそうなるか。

「・・・・・・うん」

「お兄ちゃん、知ってたの?」

「それは聞いてなかったけど、そうなるかもとは思っていた」

「そか」

 麻衣は自分のかばんを玄関前の廊下におろした。

「おまえ、さっきから何か言いたいことがあるの?」

「うん、これじゃわかんないよね。ごめん」

「あたし、やっぱりブラコンなんだろうね」

兄「はぁ?」

「ブラコンだから、あたし。たとえ学校中がお兄ちゃんの敵になっても、あたしだけはお
兄ちゃんの味方だから」

「はあ?」

「お兄ちゃん、二見さんのこと本当に好き?」

「ああ」

「そうだよね・・・・・・うん、そうだよね」

「おまえ、さっきから何を」

「お兄ちゃんが好きなら、二見さんがどんな人でもあたしも味方になるよ」

「おまえ、いったい俺に何を言いたいの?」

「・・・・・・うん。これだけじゃ、わかないよね」
285 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/06/26(日) 00:16:25.43 ID:RyWkrIEDo

 何か凄く嫌な気分がした。

「リビングのパソコンのメールって、共用じゃない?」

「ああ」

「それで前にメーラー開いたら、二見さんあてのメール見ちゃって」

 画像は削除したのにメールは放置しちゃっていたのだ。俺ってどうしようもねえな。

「おまえ」

「うん。最初は何のことだかわからなかったけど・・・・・・URLがあったから」



from :優
sub  :無題
本文『じゃあ、そろそろ始めるね。今のところ他の子がうpしてる様子もないから、見て
ても混乱しないと思うよ。念のために繰り返しておくけど、女神板はうpも閲覧も18禁
なんであたしは19歳の女子大生って名乗ってるけど間違わないでね。』

『モモ◆ihoZdFEQaoのがあたしのレスだから。あと結構荒れるかもしれないけど動揺して
書き込んだりしちゃだめよ? 君は今日はROMに徹して』

『ああ、そうそう。これは余計なお世話かもしれないし、あんまり自惚れているように思
われても困るんだけどさ。今日うpする画像はすぐに削除しちゃうから、もし何度も見た
いなら見たらすぐに保存しといた方がいいと思うよ』

『じゃあ、下のURLのスレ開いて待っててね。8時ちょうどに始めるから』

『やばい。何かドキドキしてきた(笑) 女神行為にドキドキなんかしなくなってるけど、
あんたに嫌われうかもしれないって思うとちょっとね。でも隠し事は嫌いなので最後まで
見て感想をください。あ、感想ってレスじゃないからね』

『じゃあね』



「見たのか?」

「うん。画像は見れなかったけど、付いてたレス読めば二見さんが何をしていたかはわか
った」

 まさかこいつが鈴木先生に。いや、それは違うことは今日確認できたのだ。

「正直、ショックだったよ。お兄ちゃんに初めてできた彼女が、誰にでも裸を見せるよう
な、ふしだらな人だったなんて」

 優はそんな女じゃない。でも、普通の人間の反応としてはきっと正しい反応なのかもし
れない。俺と優の関係は、彼女の女神行為なんて超越してるって思ってたけど。今更なが
ら、こういうのって人にわかってもらうのは難しいのかもしれない。

「でもね。あたしはそれでもお兄ちゃんの決めた人なら理解しようと思ったの」

 ・・・・・・え?

「誰にでも体を見せられるような人でも、たとえ水商売をしている夜の女の人でも、お兄
ちゃんが決めた人なら反対はよそうと思った」

「・・・・・・おまえ、さっきからいったい何が言いたいんだよ」
286 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/06/26(日) 00:19:35.43 ID:RyWkrIEDo
「おまえ、何言ってるんだ。優が休んでるからって俺まで学校を休む理由はねえだろ」

「優って呼んでるんだ」

「いやさその」

「体調不良なんでしょ? 念のために休んで」

「何でだよ? もう大丈夫だってえの」

「どうせ今日だってサボったんでしょ? それならしばらく休んでた方がそれっぽいっ
て」

「だから何でそこまで俺を休ませようとするんだよ。優が、女神行為をしてたのは事実だ
よ。おまえが見たとおりだ」

「・・・・・・うん」

「でもよ、人間関係なんて、恋愛関係なんて人様々だろ? 俺は優の女神行為なんて承知
の上で付き合ってるんだよ!」

「お兄ちゃん・・・・・・」

「俺は学校に行く。優のことは別に恥じてねえし、優の停学中だって俺がこそこそする理
由なんてねえよ」

「さっきも言ったけど、二見さんとお兄ちゃんのことは応援するよ。でも、それなら、な
おさらお兄ちゃんは明日学校に行かない方がいい」

 俺にはその時の妹の言葉が理解できなかった。妹は優が女神行為をしていたことに気づ
いていた。そして、それは俺の不注意のせいだった。画像の削除とかには注意していたの
だけど、俺は不注意にも携帯からパソコンに転送した優からのメールをそのまま放置して
しまったのだ。妹はそのメールから女神板に辿りつき、優のレスを読んだのだった。あの
メールには優のコテトリも明確に記されていたので、誤解する余地は全くなかっただろう。

 妹が俺の彼女が女神だということに気づいていたことは、今日明白になった。それでも、
妹には優の画像は見られなかったはずだった。妹がミント速報に辿りつき優の画像を見た
形跡がないことは、今日一日でわかっていたし、鈴木先生に優の女神行為をちくって彼女
を窮地に陥れたのがこいつではないことも、わかっていた。

 それに、こいつは俺と優の交際に反対しないと言ってくれた。それはブラコンなこいつ
にとっては最大限の譲歩だったはずだ。それなのに、なぜこいつは俺に明日登校すること
を止めさせようとするのだろう。こいつは、何か俺が知らないことを知っているのだろう
か。

「何で俺が明日登校しちゃいけねえの」

 俺は妹に聞いた。

「俺は女神の優と付き合ってることを恥かしいなんて思ってねえよ。それに、そもそも学
校の奴らには湯うが女神行為をしてるなんて知られてねえし」

「まだ、今日はね」

 妹は暗い表情で言った。

 俺はこれまで、妹のことは何でも知っていると思っていた。幼少の頃から、両親が不在
がちなこの家で俺はこいつと二人きりで生きてきたのだから、こいつのことは何でも知っ
ていたつもりだった。こいつが初潮を迎えた時さえ、うろたえながらもこいつにいろいろ
説明し、有希の助けを借りながらドラッグストアに生理用品を死にそうな思いで買いに行
ったのだって俺だったのだから。

 でも、この時の妹の表情を眺めてもこいつが何を考えているのかはよくわからなかった。

「今日はそうだったけど」
 妹は繰り返した。

「明日も学校のみんなが何も知らないでいる保証なんてないんだよ」

 妹は俯いたままで続けた。

「何言ってるのかわかんねえよ。おまえ、何か知ってるなら教えてくれよ」

 俺は混乱しながら妹に言った。

「あたしにもお兄ちゃんに説明できるほど、知ってるわけじゃないよ。でも、明日学校で
何かあったら、お兄ちゃんはきっと傷つくと思う」

 妹は一瞬だけ、俺の目を真っ直ぐに見つめてそう言った。

「あまり楽観的に考えない方がいいと思う。二見さんのことも、お兄ちゃん自身のこと
も」

 元気のない声だったけれど、それでも妹は俺を見つめながら話を続けた。

「そうなっても、あたしだけはお兄ちゃんの味方だけど」
287 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/26(日) 00:20:10.99 ID:RyWkrIEDo

今日は以上です
また投下します
288 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/26(日) 23:27:38.85 ID:jD6uEk9vo
いいぞー
289 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/27(月) 01:29:55.26 ID:QKV2XcUg0
おつんつん
290 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/06/27(月) 08:28:07.36 ID:eMAvStjmO
やっと前作の尻切れ部分に追い付いてきた
291 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/03(日) 22:21:13.26 ID:zu2iar+do
おつおつ

既存スレまとめ直し
このペースなら、「女神」はあと半年くらいは掛かるかな

◯1.「妹の手を握るまで(2011/12/07〜2012/02/11)」(完結:67日,総レス数:1192)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1323265435/
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1327754599/

●2.「女神(2012/02/01〜2013/05/27)」(未完:481日,総レス数:1766)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1328104723/
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1337768849/

◯3.「妹と俺との些細な出来事(2013/08/06〜2014/03/02)」(完結:208日,総レス数:1159)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1375800112/
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1388669627/

●4.「ビッチ(2012/08/29〜2013/12/18)」(未完:477日,総レス数:1459)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1346166636/
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1360764540/

●5.「トリプル〜兄妹義理弟(2014/03/14〜2015/04/21)」(未完:404日,総レス数:787)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1394723582/

◯6.「ビッチ(改)(2014/11/26〜2015/11/30)」(完結:370日,総レス数:568)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1417012648/

◎7.「女神(2015/11/23〜)」(連載中:224日,総レス数:290)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1448288944/

ここ以外にスレがあるのかどうかまでは分からん
そういえば、「女神」の一部と「妹の手を握るまで」に関しては小説家になろうにあったけど、あれは以前言っていた別サイト?
292 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/04(月) 00:36:40.02 ID:enWJ3ITso

作者ですがそれであってます
もっと言うと、そのまえに「アマガミ」二次三作もあるんですけど
本作の続きは近いうちに投下します
293 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/04(月) 01:08:29.07 ID:QBRggbrPo
>>292
お疲れ様です
解凍ありがとうございます

>もっと言うと、そのまえに「アマガミ」二次三作もあるんですけど
ひ、ヒントをば……っ
294 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/04(月) 22:02:23.65 ID:enWJ3ITso

>>293

そっちは黒歴史すぐるのですけど
まあ、恥かきついでに曝し


http://ex14.vip2ch.com/news4ssnip/kako/1311/13113/1311346411.html
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1313416510/
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1315831945/

こんな感じ。ああ恥ずかしい
295 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/05(火) 20:44:33.87 ID:S825C+Zh0
いいねいいね
296 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/05(火) 22:32:09.97 ID:xT7GfJilo
>>294
ありがとうございますっ!これから呼んでみます!
297 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/07(木) 23:52:53.88 ID:EmRkc2/So

「・・・・・・本当に今日、学校行くの?」

「休む理由なんてないからな。おまえ、何で俺が休まなきゃいけねえのか話してくれない
し」

「話してくれないって・・・・・・自分にだってよくわかってないんだもん、話しようがない
よ」

「だから、それがよくわかんねえって言ってるんだよ」

「直感的に不安になる時ってあるじゃん。お兄ちゃんはそういうことってないの?」

「ないとは言わねえけど、今は別にそういう感じはしない」

「まあ、あたしの思い過ごしならいいんだけど」

 麻衣が心配してくれていることくらいはわかる。けど、逆に言うと何で俺が今日登校し
ちゃいけないのかはっさっぱりわからない。優は今日もいないかもしれないけど、それと
俺の登校は別の問題じゃないか。

「お兄ちゃん、今日は二見先輩もいないいんだし、あたしたちと一緒に登校してね」

「たちって・・・・・・」

 誰だよ。

「お姉ちゃんだよ」

「二見先輩と付き合い始めたからって、いつまでもお姉ちゃんや夕さんと気まずいままで
いてもしょうがないでしょ」

「いや、夕也はともかく有希とは別に・・・・・・」

「それならいいじゃん」

「まあ、別にいいけど。でも、最近は夕也も一緒なんだろ?」

「よく知ってるね。夕さんと一緒はいや?」

「俺は別に気にしねえけど、夕也がいやがるんじゃね?」

「そんなことないと思う。多分、夕也さんもお兄ちゃんと仲直りするきっかけとか探して
るんじゃないかな」

「・・・・・・そうかなあ」

 夕也が求めていた有希が俺のことを好きで、俺が優を選んだことに夕也が憤っていたと
したら、あいつが俺と仲直りしたいなんて思わないだろう。

「とにかくもう行こ。遅れちゃうし」

 でも、今はそんなことを考えている場合じゃない。学校に行けば優に会えるかもしれな
いのだ。
298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/07(木) 23:54:00.33 ID:EmRkc2/So

「あ、お姉ちゃんおはよう」

「麻衣ちゃんおはよう」

「よ、よう」

 俺はかろうじてそう言った。

「・・・・・・ようじゃないでしょ。やりなおし」

 有希がまるで今まで何もなかったように、かつての俺に注意していた頃のように言った。

「お、おはよ」

「おはよう麻人」

 優が優しく微笑んだ。

「夕さんおはようございます」

 有希と一緒に電車内に乗り込んできた夕也に対して麻衣があいさつした。

「おはよう麻衣ちゃん」

 それで、俺たち四人には沈黙が訪れてしまった。

「あんたたちさあ」

 有希が俺たちをにらんだ。

「二人ともあいさつくらいしたら?」

 麻衣も追い打ちをかけるように言った。

「そうだよ」

「・・・・・・よ、よう」

「・・・・・・お、おう」

「あんたたちはまた・・・・・・ちゃんとあいさつしなよ」

「まあいいじゃん、お姉ちゃん。照れ屋の男の人なりの精一杯のあいさつなんだよ、きっ
と」

 有希は俺たちをにらんでいた表情を緩めて少しだけ笑ったようだった。

 教室内に入ると、同級生の女の子たちが珍しく俺に話しかけてきた。これまでは、親し
げな素振りさえ見せなかったくせに。

「おはよ」

「おう」

「有希おはよう」

 うん? 今のは俺に対してのあいさつじゃないのか。

「広橋君おはよ」

「・・・・・・おはよ」

 有希が応えた。

「おはよう」

 夕也も応じた。

 俺に対してのあいさつはない。こいつら俺のことは無視するのか。何なんだ。昨日の朝
は優の休みのことを気にしてたくせに。まさか。

 まさか、優が停学だってばれたのか? いや、そんな訳はない。このことは学校側から
は公表されてはいないのだ。生徒で優の事情を察しているのは、妹と夕也だけのはずだ。

 じゃあ、いったい何んでこいつら俺のこと無視してるいんだろう。

 考えすぎなんだろうな。俺はそう思った。たまたま俺に声かけなかっただけだ。単なる
偶然だ。
299 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/07(木) 23:54:50.72 ID:EmRkc2/So

 昼休みになると、夕也が俺に近づいてきた。

「おい」

「・・・・・・何だよ」

「二見さん休みだし、おまえどうせ飯食う相手いねえんだろ」

「だから何だっつうの」

「一緒に飯食わねえ?」

 こいつ、本当に俺と仲直りしようとしているのか。

「・・・・・・別にいいけど」

「じゃあ購買で弁当かパン買って中庭で食おうぜ」

 夕也は、有希とはもう昼一緒に過ごしていないのだろうか。

「学食でよくね」

「・・・・・・いや、あそこで話すると周りに聞かれちまうしな」

「え?」

「じゃあ行こうぜ」

 中庭のベンチで座ると、夕也は食事なんかする気もないみたいに俺の方を見た。

「とりあえずよ」

「ああ」

「おまえが有希にした仕打ちは腹立つけど」

「・・・・・・ああ」

 俺は別に悪いことはしてない自信はあるけど、ここで夕也に反論してもまた前と同じこ
とだろう。俺はそう思った。

「でもよ、有希も麻衣ちゃんもおまえのこと悪く思ってないようだし、このままじゃ俺だ
け馬鹿みたいだからよ」

「・・・・・・それで?」

「だから、とりあえず休戦にしようぜ」

「・・・・・・おまえはいったい何と戦ってたんだよ。俺は別におまえと戦ってたつもりはねえ
よ」

「とにかくそういうことだから」

「ああ・・・・・・。まあ、とりあえずお前が言いたいことはわかった」

「そんで本題なんだけど」

「今までのは本題じゃなかったのかよ」

「すじゃねえよ。お前、気づいてねえ? 何か教室の雰囲気、変じゃねえか? みんなが
っつうわけじゃねえけど」

 それは確かにそうだ。朝のことといい。

「変って言うか、俺が話しかけても無視するやつが結構いたな。全員に無視されたわけじ
ゃねえけど」

「それだよ」

「朝は気のせいかなって思ったんだけどよ。休み時間中もずっと無視されていたような」

「それよ。絶対、二見の停学と関係あると思うぜ」

「優がああいうことして停学になったっていうのは、学校側しか知らないはずだろ?」

「ああいうことって一体何をしたんだよ。二見は」

 今のこいつになら相談してもいいか。俺はそう思った。

「ここだけの話だぞ?」

「ああ」

「女神行為をしてた」
300 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/07(木) 23:56:08.39 ID:EmRkc2/So

「何だって?」

「だから女神行為だよ。おまえ、ネットとかそういうのに詳しいだろ?」

「女神って、あの2ちゃんねる的な意味の女神か?」

「ああ」

「・・・・・・鈴木が二見の親に話してたのってそういうことだったのか。そういや下着姿がど
うこう言ってたもんな」

「・・・・・・まあ、そういうことで、優は多分停学で自宅謹慎になったんじゃないかと」

「ないかとって、おまえ二見と連絡取れてねえの?」

「あいつ、電話もメールにも返事しねえよ。優の家に行ったけど、誰もいないっぽい」

「そうか・・・・・・。まあ、おまえも二見のことは心配だろうけどさ。でも、二見の停学が何
日間かわかんねえけど、停学期間が終ったらまた二見と会えるさ」

「うん。俺も自分にそう言い聞かせてる」

「それにしても変だよな」

「変って何が?」

「おまえは昨日のホームルームの時、教室にいなかったから知らねえだろうけどさ、鈴木
は二見は家庭の事情でしばらく学校を休むってみんなに説明したんだよ」

「うん、そりゃ鈴木だってとても本当のことは言えないだろうからな」

「そんでみんな一応は納得してたみたいなのによ、今日になっておまえと話をするのを避
けるやつが出てくるって、おかしいだろ」

「まあ、そう言われりゃそうだな」

「何か嫌な予感がするな」

「どういうことだよ?」

「・・・・・・どっかから二見の女神行為の噂が流れてるとしか思えねえじゃん」

「まさか・・・・・・いったい誰が」

「鈴木にチクったやつじゃねえの。そいつくらいしか、真実を知ってたやつはいないはず
だし」

 確かに夕也の言うことも一理ある。まずい。

 俺はそう思った。夕也の言うとおりなら、これは優にとっては最悪の結果になる。

「おまえの言うとおりなら、優の立場は最悪じゃねえか」

 夕也に当たり散らしたってしかたないことなのに、俺は少し八つ当たり気味に夕也に答
えた。おまえらの事業自得だろ。俺は夕也にそう言われてもしかたないのに、でも、夕也
は言った。

「俺が探ってみる。俺はおまえと違ってシカトされてるわけじゃねえし」

「悪い」

 俺は思わず素直に夕也にそう言った。

「女子高校生の女神行為とかって、正直俺には理解できねえけどよ。二見が傷付くとおま
えも傷付くだろ。そうすっと有希とか麻衣ちゃんも辛い思いをするからな」

「・・・・・・悪い」

「だからおまえとか二見のためにするんじゃねえよ」
301 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/07(木) 23:57:54.68 ID:EmRkc2/So

 まずい。夕也の考えていることが本当ならすげえまずい。これが本当だったら、優だっ
て自分の秘密が知られてる学校なんかに復学できるわけがない。噂だけならまだしも、学
校のやつらにミント速報の画像を見られたら。自分のああいう姿を、同級生に、下手をし
たら全校生徒に見られてるかもしれないってことなのだ。気ばかりが焦ってて、何も前向
きな考えが浮かばない。とにかく、夕也に期待するしかない。夕也は去り際に俺に言った。



『おまえがいたら、間違いなく知ってることを話してくれるやつなんていねえだろうし、
後でおまえに電話かメールで報告してやるから、自宅に戻ってろよ。あと、有希と麻衣ち
ゃんにも事実を話して協力してもらっていいな? あいつらなら秘密をペラペラ喋ったり
はしないだろうし・・・・・・まあ、内心どう考えるかは別にして。じゃあ、後でな』



 俺は、昼飯も食わずに自宅に戻った。もう担任に何と言われようが気にならない。夕也
が事情を探ってくれるっていうなら、あいつの言うとおりその邪魔にならないようにすべ
きだ。自宅で無為に時間をつぶしていると、いつのまにかもう授業が終わっている時間に
なっていることにきがついた。というか、普段ならもう麻衣も帰宅してもいい時間だった。
それでも。まだ麻衣も帰ってこない。ひょっとして三人で情報収集してくれてるいるのか
もしれない。そのとき、ベッドに投げ捨ててあったスマホが振動した。

 ディスプレイを見ると、夕也からのメッセージだった。



『やべえよ。二見の女神行為もろにばれてるつうか、どんどん知ってるやつが増えてる
ぜ』

『まとめサイトの画像の場所までみんなに知られちまってるぞ』

『おまえ、うちの学校の裏サイト知ってるか? URL貼っておくからとりあえず見てみろ』

『いいか、落ち着けよ。慌てたって何の解決にもならねえんだからな』

『また、家に帰ったら電話する』



 まさか。胸の動悸が激しくなった。俺は夕也のメッセージに記されているURLをなか
ば反射的に指でタップした。



『富士峰学園の生徒集まれ〜』
『おい・・・・・・2年2組の二見のやつ、ミント速報ってとこで裸の写真をアップしてるぞ』
『マジだ! これ、女子大生とか言ってるけど、どう見ても二見じゃん』
『釣りだと思ったらマジじゃんか!』
『これはアウトだろ』
『つうか、うち2組だけど今日担任が二見はしばらく休みだって言ってた』
『学校にばれたんじゃねえの?』
『ぼっちかと思ったらびっちだったでござる』
『これはきついわ。池山もショックだろうな。あいつ、二見の彼氏なんだろ』
『変な女だと思ってたけど、ここまで酷いとは』
『前にさあ、援交がばれたやついたじゃん? あれより酷いよね』
『しかも何、この媚びたレス』
『手っ取り早くミントの二見のレス張っておくね』
302 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/07(木) 23:59:34.07 ID:EmRkc2/So

モモ◆ihoZdFEQao『こんばんわぁ〜。誰かいますか』
モモ◆ihoZdFEQao『人いた。最近恋に落ちたせいか痩せてますます貧乳になりました
(悲)』
モモ◆ihoZdFEQao『画像は15分で削除します。ごめん』
モモ◆ihoZdFEQao『あと乳首はダメです。需要ないかなあ』
モモ◆ihoZdFEQao『リクに応えてみました。乳首はダメだけどM字です。15分で消しま
す』
モモ◆ihoZdFEQao『ほめてくれてありがとうございます。じゃ最後は全身うpです。乳首
なしですいません。15分で消します』



『うわぁ・・・・・・』
『・・・・・・きも』
『まじかよ・・・・・・俺、結構あいつのこと好きだったのに』
『池山もかわいそうだよね。初めてできた彼女がこれじゃさ』
『だから有希にしときゃよかったのに』
『有希には夕也がいるからなあ』
『うち、もう二見さんと普通に話す自信ないよ』
『あたしも。つうか目も合わせられない』
『俺もそうだな』



 優の行為が学校のみんなに知られていたことはショックだった。学校側の配慮にもかか
わらず、誰かがミント速報をこのタイミングで見つけ、それは裏サイトに流したのだ。優
のしていたことは、道徳とかマナーに反していることには違いない。それは、今さら優の
裸身を撮影していた俺が言うことではないかもしれないけど、それでも俺は本気でそう思
っていた。誰に迷惑をかけたわけでもない。それなのに、今日はみんなで優のことを貶し
ている。優が下着姿の画像を誰かに見せただけで、何でここまでいじめみたいなことされ
なきゃないのだろうか。

 ・・・・・・ちくしょう。

 百歩譲ってミント速報で優に気がついたやつが鈴木先生に報告したのはいいとしても、
裏サイトでみんなにばら撒いて、晒し者にすることはないだろう。こんあことをしたやつ
は、正義感からしたわけじゃない。俺はそう確信いた。面白半分にこんな残酷なことをし
たやつがいるのだ。

 だいたいミント速報で優に気づいたっていうことは、そいつだってこんなエロなサイト
を閲覧してったてことになる。普段からブクマでもしていても不思議ではない。そんなや
つが、優の画像をばら撒いて、偉そうに気持悪いとか言う権利があるのか。

 ・・・・・・面白半分・・・・・・でも、本当にそうか? 俺は思いなおした。

 最初に先生にチクって次に裏サイトで晒すとかってやり方には面白半分ではなくて、悪
意のようなものを感じる。それは純粋な悪意とか、復讐心なようなものではないか。優は、
学校じゃ目立たないただのぼっちだったはずだけど、実は彼女に恨みを持っているやつが
いるのだろうか。考えたってわからない。どっちにしても、これでは優が復学したとして
も、とても学校で過ごせるような状況じゃないことは確かだった。いったい、俺はどうす
ればいいのか。
303 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/08(金) 00:02:59.77 ID:Pl+Yxc5Ko

 見るのはつらいけど、俺はその裏サイトを更新してみた。新たな新着レスがずらっと浮
かびあがった。



『おい。二見のことでVIPにスレ立ってるぞ』
『マジで? URL貼ってくれ』
『これね』



 俺は更新した裏サイトの新着レスを見て、体が凍りつくような感覚を覚えた。裏サイト
以外にも優の画像のことが拡散しているのだろうか。裏サイトの最新のレスにはVIPの
スレへのURLが貼り付けられていた。俺は一瞬躊躇してから、観念してそのURLをク
リックした。

 それはVIPのスレで、しかも俺が開いた時点でレス数は七百を越えていた。それだけ
でなく、スレタイの最後についている「3」という数字はそのスレがパートスレで、3ス
レ目であることを示しているようだった。とりあえず、最初の数レスに「今北用ガイド」
という解説みたいなレスが乗っていた。俺は震える手を何とか制御して画面をスクロール
しながら、それを読んだ。



『【祭りに】高校2年の女の子が女神行為で実名バレwww3【乗り遅れるな】』

『今北用ガイド』

『女神板にjk2が緊縛画像をうp』

『即デリ安心(はあと)って思っていた情弱()なjkの甘い考えを裏切り、この子のレス
と下着緊縛画像がミント速報に転載』

『暇なやつがその画像のexifデータを解析』

『携帯に登録されていたプロフィール情報がexifに記録されているのを発見、VIPに
スレ立て』

『流出したプロフィールは次のとおり』

『機種名称:iPhone6、実名:二見優、自局電話番号:090-×××―○○○○、メアド:×××.ne.jp』

『その後現在までに判明した女のプロフ:富士峰学園2年2組』



 俺にはもう何も考えられなかった。vipに優の個人情報が晒されている。そればかり
か、それに続く数レスを読んだだけでも、このスレは単に優の個人情報を晒しだそうとし
ているだけではなく、優に社会的制裁を加えようとしているスレだったのだ。

 以前も、時折この手のスレを見かけることはあった。でも、それは犯罪や公衆道徳に反
して反社会的行為を犯した、そしてそのことをブログ等に自慢げに書いていた人が追求さ
れていたはずだ。優のしたことは、生理的に受け付けない人はいるだろうけど、誰に迷惑
をかけたわけではないはずだ。女神板のスレの住人は感謝し、うpした優の承認欲求は充
たされる。そのことのどこに犯罪行為や反社会的影響があるというのだろうか。嫌なら見
るなという言葉があるけど、まさにただそれだけのことじゃないのか。

 それなのにこのスレには、優を追い詰めようというレスで溢れていた。中には別に犯罪
じゃないしいいじゃんという常識的なレスもあったけど、それらのレスは瞬殺され、面白
半分に優を懲らしめようというレスがこのスレの大多数を占めていた。
304 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/08(金) 00:05:23.72 ID:Pl+Yxc5Ko

『富士峰学園のホームページに、問い合わせ用の電話番号とメアドが乗ってるな』
『学校に電凸していいか』
『今日はもう遅いからな。明日朝一斉にやろうぜ』
『こいつのメアドにもメールしたけど反応なし』
『この女の携帯電話もつながんねえな』
『誰か、富士峰学園の関係者いねえのかよ』
『いるぞー。俺、富士峰の3年だけど。こいつ、この前までぼっちだったけど最近彼氏が
できたんだぜ』
『スネーク発見。自分が実名バレしてること、こいつもう気づいてるのか?』
『つうかこいつ休んでるみたいだ。もう学校にバレてるんじゃね?』
『おい、まずいぞ。学校がこのことを知ってるとすると、もみ消しに走るぞ』
『つうか、これって最終目標は? 停学に追い込むでおk?』
『甘い。こんな破廉恥なことをしてたんだ。退学に追い込んでこそメシウマ』
『情弱ってだけで別に犯罪をしてた訳じゃないんだし、凸る必要なくね?』
『確かにな。飲酒喫煙とかじゃねえもんな』
『黙れ。こういう破廉恥な行動で未成年に衝撃を与えた影響は大きいだろうが』
『おまえらって、自分たちは女神を煽ってなるべくうpさせようとするくせに、こういう
時だけ手のひらくるくるするのな』
『彼氏がいるリア充jkに嫉妬してるんだろ。このスレの童貞どもは』
『まあ、彼氏が可愛そうだから、こいつを追い詰めて別れさせてあげるのが俺たちのジャ
スティス』
『明日一斉に学校に抗議メールと抗議電話で凸るでおk?』
『おk。それで行こう。急がないともみ消されるぞ』
『富士峰学園のやつ、スネークよろ』



 俺の頭は真っ白で何も考えられなかった。退学に追い込む? 俺が可愛そうだから優を
追い詰めて別れさせてやる? こいつらは何を言ってるんだ。真っ白だった俺の頭に次第
に怒りの感情が漲ってきた。こいつら、面と向かって話すならともかく匿名掲示板である
ことをいいことに、好き勝手なことを言いやがって。俺は、実際にこいつらを目にしたら
即座に殴りかかっていただろう。だけど、匿名の誹謗中傷の恐ろしさは反撃を許さないこ
とだ。ここで優のことを追い詰めようとしてスレをお祭り状態にしているやつらは、自分
たちが絶対に安全な立場にいることを承知して騒いでるのだ。

 俺はこのスレにレスしそうになる気持を必死で抑えた。こんなところで反撃のレスをし
ても無視されて終わりだ。それは数レスくらいはあった常識的で穏健な意見に対して、黙
れというレスが即座にされたことからも明らかだった。

 もうこれ以上このスレを見続ける気力は俺にはなかった。俺は、スレを閉じてぐったり
と椅子の背もたれに寄りかかった。

 ・・・・・・その時、俺は背後から包み込むように優しく抱き締められたことを感じた。

 麻衣の湿った優しい声が俺を宥めるように背後から響いた。

「お兄ちゃん・・・・・・大丈夫?」

 いつのまにか帰宅して、黙って背後から寄り添ってくれた妹に対して、もう取り繕った
態度はとっていられなかった。俺がみっもなく無様に泣き続けている間、妹は黙って後ろ
からそっと抱きしめてくれていたのだった。
305 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/08(金) 00:05:52.70 ID:Pl+Yxc5Ko

今日は以上です
また投下します
306 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/09(土) 19:31:39.24 ID:BwpY1Y1R0
おつ
307 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/13(水) 22:33:03.39 ID:EEZv3dvio

 翌朝の教室で、時間になっても鈴木先生は姿を見せなかった。普段滅多にない出来事に
生徒たちはざわめきながら、自分の席を立って思い思いのグループにまとまって何が起き
たのかを推測しあっていた。

 登校中も、校内や教室に入ってからも、俺は自分に向けられた周りの生徒たちの視線を
痛いほど感じていた。それは、好奇心からだったり、憐憫からだったり嘲笑からだったり
と、いろいろな関心が込められた視線だった。こうして周囲の関心を一心に集めている割
には、俺に挨拶したり話しかけてきたりするやつは誰もいなかった。こうなることは、昨
日の夜の時点で察しはついていた。

 それでも俺が登校し、教室に入って今自分の座席についていられたのは、麻衣と有希、
それに夕也のおかげだった。

 あいつらは、俺に向けられている含みのある視線に対抗するように、いつもより賑やか
に声を出して俺に話しかけた。麻衣は、昨晩以来片時も俺のそばを離れようとせずに俺に
ぴったりと寄り添っていたし、有希と夕也もその様子を気にすることもなく、まるで俺に
向けられた視線から俺を守るように、俺のそばを離れなかった。二年生の校舎の前で、妹
は名残惜しそうに俺の手を離し、そしてまるで俺の保護者であるかのように俺の手を有希
に託したのだった。

「お姉ちゃん、お願い」

 有希はためらうことなく俺の手を取った。

「うん、わかってる。任せて」

「じゃあ、あたし行くね。夕也さんもお願い」

 妹はそういい残して一年生の校舎に向かって去って行った。

「じゃあ行こうぜ」

 夕也は、有希が俺の手を握っていることに気づいていないように、まるでこんなことは
当たり前のことだから気にするまでもないさとでも考えているようにさりげなく言った。

 ホームルームの時間が無為に過ぎ去り、一時限目の授業が始まる直前に学年主任の先生
が息を乱して教室に駆け込んできた。

 先生は教室の無秩序ぶりに一瞬苛立ったようだったけど、特に声を荒げることもなくみ
んな席につけと言った。慌てた生徒たちが自分の席に戻ったころを見計らって先生は出席
を取り始めた。途中で、女の名前が呼ばれずに飛ばされたことに俺は気づいた。

「鈴木先生はちょと急な仕事があるので、先生が代わってホームルームに来ました。あと、
そういうわけで一時限目の鈴木先生の授業は自習になります。みんな真面目にやれよ」

 慌しく事情を説明すると、学年主任は質問を受け付けずに再び早足で教室出て行ってし
まった。
308 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/13(水) 22:33:42.00 ID:EEZv3dvio

 何コマかの授業が終わり昼休みになった。正直、食欲なんかなかったし、授業の内容す
ら全く理解できていなった俺を、有希と夕也は中庭に連れ出した。中庭には最近は俺と一
緒に行動しようとしなかった、麻衣が待っていた。こうしてこの四人で一緒に昼飯食うなんて久し振りだ。

 ・・・・・・やっぱり、この四人の関係っていいな。俺はそう思った。こんな時なのに本当に
救われる感じがする。こいつらがいてくれなかったら、今日は途中で家に帰っていただろ
う。

「お兄ちゃん、食欲ないの?」

 これ以上こいつにも心配かけるわけにはいかなかった。

「いや、そんなことないよ。おまえの弁当久し振りだけど、やっぱりおまえ料理上手だ
な」

「今更何言ってるの。麻衣ちゃんは今すぐ結婚して奥さんになっても大丈夫なほど料理は
昔から上手だったじゃない」

 有希が笑ったって言った。

「お姉ちゃん、やめてよ」

「・・・・・・いや、それは本当にそうだし、俺も前からよく知ってるけど。何か、最近さ。麻
衣の弁当とか食ってなかったから新鮮でさ」

「麻衣ちゃんに惚れ直したか」

 夕也の言葉を言いて、麻衣は再び沈黙してしまった。
 
「あんたはこんな時に・・・・・・ばか」

「悪い。変な冗談言ってすまなかった。今はそんなこと言ってる場合じゃねえよな」

「いや、俺は別に」

「謝るよ麻人。悪かった」

「もうわかったって」

「気にしないで、夕さん」

「ああ。もう言わねえよ。それよかさ、二見のことだけど」

「夕也、それは・・・・・・」

 妹が俯いてしまった。

「うん。そんなに気にしてくれなくていいよ。みんな知ってるんだろ?」

 俺はそう言った。今さら、俺のことを考えてくれているこいつらに事実をとりつくろっ
たってしかたがない。

「・・・・・・うん。裏サイトに書かれてたし。2ちゃんねるでも」

「あたしも読んだ」

 有希が目を伏せてそっと言った・

「っていうか今日の教室の雰囲気だと、大部分のやつらが既に知ってそうだな」

 夕也が冷静にそう言った。

「・・・・・・言い難いんだけど、一年生の教室でも噂になってる。というか二見先輩の、そ
の」

「何?」

 夕也が聞いた。

「お兄ちゃんごめん。二見先輩の下着だけの写真とか」

 俺はその時何も言えなかった。本当に何も。

「麻衣ちゃん・・・・・・」

「二見が縛られてるみたいなポーズの写真とか、男の子たちが携帯で見せあって・・・・・・」

 その写真を撮影したのは俺なのだ。両親から妹を撮影するように言われて渡されたカメ
ラを使って。

「・・・・・・麻衣ちゃん、泣かないの」

「・・・・・・ごめん」
309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/13(水) 22:34:23.84 ID:EEZv3dvio

「・・・・・・ちくしょう。どうして優だけがこんな目に会わなきゃいけないんだよ」

「・・・・・・お兄ちゃん」

「あいつは誰にも迷惑なんてかけてなかったんだよ。何も悪いことなんてしてなかったの
に。何で優がここまで追い詰められなきゃなんねえんだよ」

「麻人、落ち着いて」

「あいつの生活を・・・・・・あいつの人生を壊す権利なんか誰にもねえはずなのに」

 麻衣も有希も黙ってしまった。しばらくの沈黙の後、夕也が口を開いた。

「おまえの気持ちもわかんないわけじゃねえけどよ」

 夕也がそう言った。

「二見が何にも悪いことをしなかったっていうのは、おまえの惚れた欲目じゃねえかな」

「・・・・・・何だと」

「ちょっと夕也、何言ってるの」

「ここの生徒の大半は、特に一年生の女子は、二見がしていたことを知ってショックを受
けたはずだぞ」

 何でだよ。優は何も悪いことはしていないのだ。少なくとも法を侵すようなことは。

「二見がしたことは普通の高校生のすることじゃねえだよ。どうしておまえはそこを考え
ねえんだよ。彼女の女神行為でトラウマになるほど傷付く子だっているんだぞ。二見のこ
とを心配するのはいいけど、彼女のしたこと矮小化しようとするな。それだけのことをや
らかしたんだってことをちゃんと見つめろ」

「・・・・・・それは」

「あたしもね」

 申し訳なさそうに俺の方を見ながら小さな声で有希が言った。

「有希・・・・・・」

「二見さんと麻人のことすごく心配だし気の毒だけど」

「お姉ちゃん・・・・・・」

「本当はあたしも夕也の言うとおりだって思う。っていうかあたし自身今だに信じられな
いし、最初に二見さんのああいう姿を見た時、トイレで吐いちゃったくらいショックだっ
た」

「・・・・・・お姉ちゃん、何で今そんなこと」

「ごめん麻衣ちゃん。でも、あたしも麻人には嘘はつけない」

「そういうことだ。厳しいこと言ってるみたいだけど、それくらいのことを二見はやらか
したんだよ」

 俺はそれにはもう反論できなかった。多分、夕也や有希が言っていることもまた間違い
ではないだろう。同じ学校の生徒の裸なんか、ましてや緊縛ヌードなんか、男子ならとも
かく女子が見たいわけがないし、それを見てショックを受ける子がいたって不思議じゃな
い。ここは、進学校で男女関係にうとい子だって多いのだ。ましてや一年生の女子なら。

 嫌なら見るな。ネット上で縁もゆかりもないやつらにはそう言えるだろうけど、裏サイト
にURLを貼られていた以上、偶然にそれを見てしまった子たちを責めるいわれもない
のだ。

「それをちゃんと認めたうえで、どうするか考えないと、おまえらまた間違うぞ」

 みんな黙ってしまった。

「こんな時に厳しいこと言って、悪いとは思うけどよ」

 夕也が厳しい表情を崩さずにそう言った。

「お兄ちゃん?」

「悪い」

 心配そうに俺を見ている麻衣たちに対して、もうそれ以上言える言葉はなかった。
310 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/13(水) 22:34:59.02 ID:EEZv3dvio

 教室に戻ると、主を失った優の机に、何かの文字がマジックのような物で黒々と記され
ていた。

『モモ◆ihoZdFEQao(笑)』

 その文字を見て俺が呆然としてクラスの連中を眺めた時、どこからともなくクスっと嘲
笑うような悪意のある笑い声が俺の耳に届いた。思わずかっとなった俺が、声のした方に
いるやつの腕を見境なく掴もうと体を動かした時、夕也が俺の体を羽交い絞めにした。

「落ち着け。こんな低級な嫌がらせに反応するな。おまえが反応するとこいつらますます
いい気になるぞ」

 夕也は俺を押しとどめながら大きな声でそう言って、周囲の生徒を睨みつけた。教室内
の生徒たちは一様に下を向き、夕也と目を合わせないようにしていたが、その時でもまた
クスクスという笑い声がどこからか小さく響いた。

 どこかからか雑巾を持ってきた有希は、優の机の文字を拭き取り始めた。油性のマジッ
クのような物で書かれたらしく、その文字は汚れを広げるだけで一向に消えようとはしな
かった。それでも、一生懸命に優の机を拭き続けている有希の目には、涙が浮かんでいた。
夕也の言葉を聞き、有希の目に光っている涙を見た瞬間、俺の体から力が抜けた。夕也は
ようやく俺の体から手を離した。

「悪いん」
 俺は何とか声を口から絞り出すことができた。それはまるで自分の声ではないかのよう
に掠れた小さな声だった。

「俺、今日は家に帰る。これ以上ここにいると自分でも何をしでかすかわかんねえし」

「・・・・・・その方がいいかもしれねえな。わかった。鈴木には俺から話しておくから」

 夕也友が言った。

「一緒に付いていってあげようか?」

 有希が目に浮かんだ涙をさりげなく拭きながら言った。

「おう、それがいいよ」

 夕也もそれに同意した。「気分の悪くなった麻人を有希が送って行ったって、鈴木には
言っておけばいいな」

「・・・・・・いや、いい」

 俺は断った。「家に帰るだけだし、お前らを付き合せちゃ悪いしな」

「大丈夫か」

 夕也が言った。

「ああ。平気だよ。じゃあな」

 俺はカバンを取り上げた。

「二人ともいろいろありがとな」

 俺が教室を出て行く時、再び小さな嘲笑めいた声が教室の中から俺の背中に届いた。
311 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/13(水) 22:35:34.97 ID:EEZv3dvio

 まるで夢遊病者のように歩いていた俺は、自分がどうやって電車に乗ったのか、どうや
ってどんな経路で歩いたのか全く記憶になかったけれども、気づいたら俺はいつの間にか
優の自宅の前に立っていたのだった。相変わらず優の自宅には人の気配がなかった。俺は
試しにチャイムを鳴らしてみたけれども、家の中からは何の返事も返ってこなかった。俺
は優の家を離れて自宅に戻ろうと歩き出した瞬間に、ふと何か違和感を感じて足を止めた。

 俺は再び優の家の門まで戻った。いつもと違う感じはどんどん大きくなっていった。俺
はもう一度まじまじとその家を眺めた。その時その違和感の正体がわかった。優の家から
は、二見という苗字が記された表札が外されていたのだ。

 ・・・・・・ついに一家で引っ越すくらいまで追い込まれたのだろうか。俺の想定していた最
悪のシナリオは、優の転校だった。ここまで来てしまった以上、優がうちの学校に戻って
くることは難しいだろう。しかし、転居までは必要ないではないか。この家から通える範
囲に、中途での編入を認めてくれる学校がないのであれば別だけども。

 さっきの教室の出来事で混乱していた俺だけど、再び心の中で新たな不安が芽生えて来
ていた。俺は走るようにして自宅に戻ると、リビングのパソコンを立ち上げ、VIPのス
レ一覧を眺めた。

 ・・・・・・スレが多すぎる。俺は昨日のスレタイの一部でタイトルを検索した。すぐに探していた
スレタイが表示された。



『【祭りに】高校2年の女の子が女神行為で実名バレwwwww9【乗り遅れるな】』



 もう九スレ目に突入していたそのスレの最初のレスを読んだ時、俺は凍り付いた。



『今北用ガイド』

『その後に不注意からか、スマホのGPSをオフにせずに撮影した画像を発見。exifから、
この女の住所が判明』

『スマホ以外で撮影に用いられたカメラも発覚。×××製のの○○XZ-1という高級コンデ
ジ。ちなみにこの女の同級生で彼氏でもある池山というやつが持っていたカメラだと思わ
れる』

『つまりこの女の女神画像は彼氏とのはめ撮りだったことが判明 ← 今ここ』



 俺の実名が晒されたのはともかく、そこには優の住所までがはっきりと記されていたの
だった。
312 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/13(水) 22:36:25.43 ID:EEZv3dvio

短いですが次回から視点が変わるので、今日は切りのいいここまで
また、投下します
313 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/13(水) 22:38:32.74 ID:5pQtLZeso
おっつー
面白いぜ
314 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/14(木) 09:06:35.84 ID:hwjcmVjYO
おつんつん
315 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/18(月) 23:40:11.22 ID:HbILN8rbo

 私たち三人はお互いのことを知りすぎるくらいに知っている。麻人と麻衣ちゃんの兄妹
は、幼い頃から両親が仕事で留守がちな家庭で、二人きりで寄り添うようにして毎日を過
ごしていた。その頃から隣の家で暮らしていた私は、自分が一人っ子だったこともあって、
仲の良い隣の兄妹のことを妙にうらやましく思っていたものだった。もちろん、よく考え
れば家には常にお母さんがいてくれた私の方が一般的には恵まれていたと思うけど、それ
でも兄弟というものに憧れていたあたしには、仲の良いお隣の兄妹に憧れの気持ちすら抱
いていたのだ。

 引越ししてきてからしばらくは、私は二人のことを羨ましく思いながら眺めているだけ
だった。普通で考えれば年が近く隣同士なのだから、すぐにでも仲良くなれそうなものだ
けれど、兄妹のあまりの仲の良さに怖気づいた私は中々この兄妹に声をかけられなかった
のだ。

 そんな風だったから、子どもたちより私たちの親同士の方が先に仲良くなって、そのお
かげであたしは、この兄妹と話ができるようになった時は本当に嬉しかった。そうして知
り合ってみると、この兄妹は私が勝手に思い込んでいたような排他的な性格では全くなく
て、むしろ仲のいい 仲間が増えることを歓迎してくれた。特に麻衣ちゃんの方は、いつ
も麻人と一緒にいたせいで、女の子の友だちが少なくて寂しかったみたいで、私たちはす
ぐに仲良くなった。

 それ以来今に至るまで、私たちはずっと三人で一緒に過ごしてきた。朝は私が二人の家
に兄妹を迎えに行き、近くの小学校まで三人で登校する。帰りは必ずしもいつもという訳
ではなかったけど、それでも時間が会えば一緒に下校もした。その頃から、麻人では対応
できない種類の麻衣ちゃんの相談に乗るのは私の役目だった。麻人は男の子にしてはよく
麻衣ちゃんの面倒をみていたと思うけど、それでも洋服や下着や水着のことなどはお手上
げだったらしい。特に小学校も高学年になる頃には、兄妹のお母さんも本格的に仕事を再
開していたから、麻衣ちゃんのこの手の悩みには、(時には私のお母さんにも相談しなが
ら)私が麻衣ちゃんの面倒をみていたのだった。私は麻衣ちゃんが初潮を迎えた日まで知
っていたほどだった。

 私たち三人のこうした関係は、私と麻人が揃って中学生になっても何も変わらずに続い
た。私たちが通う中学校は、小学校と隣り合わせに建っていたから、相変わらず朝の登校
は三人で一緒だった。私にとっては、三人でいることが居心地よかったけれど、一年後に
麻衣ちゃんが私と麻人の後を追って同じ中学に入学した頃から、私たちの中にも多少の不
協和音が響くようになってきていた。

 中学生になると、周囲の子たちも異性のことをあからさまに意識するようになる。異性
を意識したり噂したり、異性に告白したり告白されたり、当たり間に周囲で行われていた
そういうことが、私たち三人の関係にも影響を及ぼすようになったのだ。

 ・・・・・・それは麻人が同級生の子に告白されたことから始った。麻人に告白した子は、は
きはきした物怖じしない喋り方が特徴的なボーイッシュな女の子で、クラスの男の子の間
でも密かに憧れている子が多いらしいという噂の女の子だった。その子に告白された麻人
は、人気のある女の子に思いを寄せられて、悪い気がしなかったのだろう。彼はその子の
告白を受け入れた。つまり麻人に初めての彼女ができたのだ。
316 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/18(月) 23:41:00.19 ID:HbILN8rbo

 私は、告白された麻人からそのことを相談されていたので、麻人とその子が付き合い出
したことには別段驚くことはなかったけど、むしろ大変だったのは麻衣ちゃんの方だった。
麻衣ちゃんがブラコンなことはよく知っていたけど、その後の麻衣ちゃんの行動によって、
彼女がここまで麻人のことを慕っていることを、私は改めて思い知らされた。

 麻衣ちゃんは意外にも麻人と彼女の付き合いには反対しなかった。ただ、麻衣ちゃんは
麻人に彼女ができた後も、自分と麻人の関係が変わることは絶対に拒否したのだった。

 具体的に言うと、麻人は最初は私たちと一緒に登校せず、やはり近所に住んでいた彼女
と待ち合わせして彼女と二人で登校しようとした。でも、麻衣ちゃんは渋る私を引き摺る
ようにして、その待ち合わせ場所に押しかけ、四人で一緒に登校しようとした。別に麻衣
ちゃんは麻人の出来立ての彼女に攻撃的な態度を見せたわけではない。ただ、自分と麻人
の関係が疎遠にならないようにしたのだ。

「勘弁してくれよ」

 そういうことが続くと、麻人は私に泣きついた。

「おまえらが朝一緒だと彼女が不機嫌になるんだよな」

「私のせいじゃないもん」

 私は麻人に反論した。「麻衣ちゃんが麻人と一緒に行くって、そう言い張るんだからし
ようがないじゃん」

 私の話を聞いて、麻人は困ったように俯いてしまった。

 ・・・・・・結局、麻人の初めての彼女はわずか一週間で麻人に別れを告げたのだった。

 そういことがあっても、麻人は麻衣ちゃんを甘やかすことを止めようとはしなかった。
どんだけ妹に甘いんだろう、この男は。私は、麻衣ちゃんのことは自分の実の妹のように
思っていたけれども、さすがにこれは行きすぎではないかという気持ちがした。いくら両
親が不在で二人きりで日々を過ごしているにしても、この先ずっとこのままというわけに
もいかないではないか。私はため息をついた。

 その後は何事もなかったように、再び三人で登校する日々が続いた。麻人と麻衣ちゃん
の共依存に近い関係のことは、私の密かな悩みとして心の奥に密かに沈潜していたけど、
それでも慣れ親しんだこの関係は中毒のように、再び私たちを蝕んでいった。永遠にこの
まま三人で過ごせるならそれはそれで幸せかもしれない。兄と妹のことを心配していたあ
たしだったけど、時にはそう思うほどこの関係は居心地が良かった。

 それに、自分で言うのもなんだけど、私たち三人の関係は校内ではひどく羨ましがられ
てもいたのだ。麻衣ちゃんは可愛らしい子だった。そして、叩かれるのを覚悟で言うと、
私もまた校内では目立っている方だったと思う。告白してくる男の子も一人や二人ではな
かったけれども、異性と付き合うということがまだぴんとこない私はその全てを断ってい
た。そして、それは麻衣ちゃんも同じだった。

 そういう女の子二人にしっかりとガードされている麻人に対して、果敢にアタックする
子はもういなかった。最初の彼女の失敗で、麻人は付き合うには面倒な男という烙印を校
内の女の子たちから押されてしまったらしかった。

 そんな私たち三人の関係が初めて本格的に変化したのは、私と麻人が同じ高校を受験し
合格した後のことだった。こればかりはさすがの麻衣ちゃんもどうしようもなかった。私
と麻人が通うことになった高校は電車に乗って四十分くらいかかる。そして、私たちの出
身中学は自宅の最寄り駅とは反対方向だったのだ。

 四月に入り初めて私たち三人一組ではなくなった。麻衣ちゃんは一人で中学に登校し、
私と麻人が二人きりで電車に乗って登校する、そういう新しい生活が向かい始ったのだ。
麻人と二人きりの登校が高校の同級生たちの噂になるのは早かった。私と麻人は、高校の
友だちから即座にカップル認定されてしまった。

 ・・・・・・そして、これまで麻人に対しては異性という感覚を持ったことがなかった私が、
初めて彼を男として意識しだしたのは、二人きりで登校を始めたこの頃からだった。
317 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/18(月) 23:41:54.63 ID:HbILN8rbo

「そんなことないって」

 クラスの友だちや生徒会の役員の人たちから「有希って池山君と付き合ってるでし
ょ?」と聞かれるたびに、私は赤くなってそれを否定した。

 でもどういうわけか、私が麻人との仲を否定すればするほど、私を問い詰めてきた友人
たちはにやにやするだけで、私の話を真面目に取り合ってはくれなかった。そして、正直
に言うと私もそれ以上、麻人との関係を友人たちにしつこく否定したりはしなかったのだ。

 その頃は麻人も同じような問いかけをされ、同じようにそれを否定していたそうだけど、
それを信じてもらえなかったのは私と同じだった。麻人と私は登校こそ二人きりでしてい
たものの、別に校内でベタベタと一緒に過ごしていたわけではない。当時は私が生徒会の
役員になった頃で、放課後は帰宅部だった麻人と一緒に過ごしたり一緒に帰宅したりする
ことはなかった。なので、周囲にカップル認定されたといっても、それは疑惑のレベルに
留まっていた。

「池山と遠山は怪しい」

つまりはその程度のカップル認定だったのだ。でも、私は校内のその微妙なうわさが嫌
いではなかった。むしろ、麻人と今まで以上の関係に踏み込んでいるようで、何かどきど
きするような奇妙な興奮を感じていたのだった。

 まるで麻酔を打たれてうとうととしているように居心地はいいけど、生産性のない行き
止まりのようだった麻人と麻衣ちゃんと私の三人の関係を惰性で続けるよりは、麻人と私
の二人だけの時間は、この先何かめくるめくような展開が先に待っているようだった。そ
の頃の私は、こんな曖昧な関係でも十分に満足だったのだ。

 休日には、麻人なしで麻衣ちゃんとショッピングに出かけることがよくあった。もちろ
ん妹ちゃんは毎回兄を誘っていたようだったけど、女の服の買物は勘弁とかでいつも麻人
から断られていたようだった。

 麻衣ちゃんは麻人なしで私と出かけることに対して、あまり文句を言わなかったことを
最初私は不思議に思ったけれども、すぐにその疑問は氷解した。

 一通り麻人に対して駄々をこねた麻衣ちゃんは、実際に私と二人で出かける段になると、
麻人が一緒にいないことをあまり気にもせず、というか麻人がいないことをいいことに私
に対して、自分の兄が高校でどういう風に過ごしているのか、兄にはどういう友だちがい
てどういう付き合い方をしているのか、兄に言い寄ってくる女の子はいなのかどうか、そ
ういうことをしきりに私から聞き出そうとした。

 私にもブラコンの麻衣ちゃんの気持ちはよくわかった。自分の知らない兄が、自分の知
らない場所で自分が知らない人間関係を築いていくことに対して不安を感じているのだろ
う。

 私は、買物の途中で一休みしていいるファミレスやスタバとかの店内で麻衣ちゃんと向
き合って座りながら、私の知っている限りの麻人の情報を伝えた。麻人の話になると麻衣
ちゃんの食いつきは物凄いと言っていいくらいによく、まだ買物の途中のはずが話し込む
と平気で二時間くらいは経過してしまった。それで、麻衣ちゃんは途中で時間に気づいて
慌てて話を終らせ、服とかの買物を中断して夕食の買物のためにスーパーに走るというこ
とがよくあった。

 そういう小休止の時間に、私が麻衣ちゃんに伝えた麻人の学校での日常の話は、何も嘘
はなかった。特に麻人の女性関係については、正直に麻衣ちゃんに伝えたと言うことは今
でも自信を持って言える。

 その頃の麻人には、彼狙いで近づいてくる女の子はいなかったから、私は「麻人に告っ
た女の子はいないし、麻人が気になっている女の子もいないみたいだよ」と麻衣ちゃんに
は話した。それは正真正銘真実の話で、少しの嘘もその中には混じっていたかった。

 ただ、嘘は言ってはいなかったけれど、私が知っていることを全て麻衣ちゃんに伝えた
わけではなかった。

 なぜ、麻人にアプローチする女の子がいないのか。うちの学年の生徒なら多分誰でも簡
単に答えられたであろうその事実を、あたしは麻衣ちゃんには話さなかった。仮に麻衣ち
ゃんがうちの学年の子に、「何でお兄ちゃんはもてないの?」と聞いたとしたら、それに
対する答えはすぐに返ってきただろう。

「・・・・・・だって、池山君には遠山さんがいるじゃん」
318 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/18(月) 23:42:39.17 ID:HbILN8rbo

 私は肝心な事実を、うちの学校内では麻人と私が付き合っているのではないかという
噂が流れていることを麻衣ちゃんには話さなかったのだ。嘘を言っているわけではない、
ただ曖昧なことだけを話さなかっただけ。

 ・・・・・・私は自分にそう言い聞かせた。無駄に麻衣ちゃんの不安を煽ることはない。それ
に、麻人と私が付き合っているという事実はないのだ。事実でないことを話す必要はない。

 麻衣ちゃんは麻人に女の影がないことに安心すると、次に麻人の交友関係の質問を始め
た。これは答えやすい質問だった。麻人には同じクラスの男の子の親友がいた。私は2組
で、麻人と夕也は3組だった。なので、私はこの頃はあまり彼とは親しくなかった。麻人
の親友らしいという、その一点のみで私は夕也に関心があった程度だった。広橋夕也は、
成績は学年でもトップレベルで容姿にも恵まれている上に、性格はさっぱりとしていて男
女問わず人気があるという、まるでアイドルになってもおかしくないような男の子だった。

 どういうわけか、その夕也と麻人が意気投合してしまったようで、いつのまにか二人は
親友といってもいいくらいの間柄になっていた。

 多分、広橋君は親友を作るのにも自分にふさわしいレベルの人を慎重に選ぶような性格
なのだろうと私は考えていた。広橋君に擦り寄ってくる男の子はいっぱいいたけれど、彼
が親しくなろうと決めたのは麻人だった。

 前にも話したかも知れないけど、周りの生徒たちの目からは麻人は超リア充に見えてい
たはずだった。毎日女の子と一緒に登校する麻人。それでいてそのことが何も特別なこと
ではないかのように自然に振る舞って、自慢したりしない麻人。イケメンでリア充中のリ
ア充といってもいい夕也も、麻人のそういう自然な行動とか、私ばかりではなく、どんな
女の子とも気負わず自然に接することができる、その行動には一目置いていたようだった。
麻人のそういうところが、夕也に関心を抱かせたのだろう。夕也は麻人によく話しかける
ようになり、やがて二人は親友と言ってもいい間柄になった。

 そういうわけで、朝の登校時に私と二人きりでいるとき以外の麻人は、校内では夕也と
しょっちゅうつるんで一緒に学校生活を過ごすようになったのだった。

 麻衣ちゃんは私のことをお姉ちゃんと呼んで慕ってくれている。そして私も、麻衣ちゃ
んのことは本当の妹のように考えていた。だから、麻人への心の傾斜をとっさに麻衣ちゃ
んに隠してしまった時、私はこの兄妹と付き合い出してから初めて麻衣ちゃんに罪悪感を
感じたのだった。

 それと同時に、自分がそういう風に感じなければいけないこの状況に対して、私は不公
平感のようなものも感じていた。なぜ私は、自分の初恋を隠さなければならないのだろう。
普通に考えれば幼馴染同士の男女の恋愛なんてすごくありふれた話ではないか。そして、
学校では私と麻人は付き合っているのではないかと普通に噂されるような関係だった。そ
れなのになぜ、私はこんなに自分の気持ちを封印しなければならないのだろう。

 でも、それは考えるまでもないことだった。私には、いや、私と麻人の間には間には昔
から暗黙の了解のような約束事があった。

 両親が不在がちの家で育った麻衣ちゃん。

 麻人しか頼る家族がいない状態で暮らしてきた麻衣ちゃん。

 そういう生活を強いられててきた麻衣ちゃんは、結果的に過度に麻人に依存するように
なった。そしてそれは、世間一般で言うようなブラコンとか、異性として兄を愛する近親
相姦とか、そういうステレオタイプな言葉ではくくれないような関係だった。

 寂しかった麻衣ちゃんが、麻人を独り占めしたい、自分が麻人の一番でいたいという気
持ちを強く抱くようになってしまったことを、いったい誰が非難できるのだろうか。少な
くと私には、麻衣ちゃんのそういう感情を非難することはできなかったし、ブラコンの麻
衣ちゃんに手を焼きながらも、麻人だって私と同じように考えていたことは間違いなかっ
た。

 そういうわけで、私と麻人とは、いつも麻衣ちゃんの気持ちを第一に考えて行動するよ
うになった。それは麻人から頼まれたわけではない。いつのまにかそういう風に振る舞う
ことが当たり前のようになっていただけだった。
319 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/18(月) 23:44:11.40 ID:HbILN8rbo

 かといって麻衣ちゃんが私と麻人に過保護に守られて、わがままな女の子に育ってしま
ったというわけではなかった。麻衣ちゃんの気持ちを第一に考えようとする私たちに対し
て、麻衣ちゃんの方もいつだって遠慮気味に振る舞っていた。麻衣ちゃんが、大好きな麻
人の気持ちを優先しようとすることは、この兄妹の関係からその行動は理解できたけど、
それだけではなく、麻衣ちゃんは私の気持ちにも気を遣うような優しい子だった。

 つまり過保護な麻人と私の接し方にスポイルされることなく、麻衣ちゃんは素直ないい
子に育ったのだ。

 育ったと言うと、まるで麻人と私が子育てしたみたいだけど、私の感覚としてはまさに
そんなところだった。麻衣ちゃんのことを心配していろいろ私と麻人が相談しあっている
ところは、まさに子育てをしている夫婦のようだったのかもしれない。お互いのことより
麻衣ちゃんのことを最優先して考えるところは、まさに子育て中の若い夫婦そのものだっ
た。ただひとつ、私と麻人の間には、当時は本当の夫婦のようなお互いへの恋愛感情はな
かったことだけは、本当の夫婦と違っていたけれども。

 そういう風にして過ごしてきた私が、朝の登校時間だけとはいえ、麻衣ちゃん抜きで麻
人と過ごす時間が増えたことにより、彼のことを異性として麻衣ちゃん抜きで意識するよ
うになってしまった。そして、そのことを麻衣ちゃんに話すことができなかった私は、妹
ちゃんに罪悪感を感じたのだ。

 やがて麻衣ちゃんは入試をひかえて志望校を決めなければならなくなった。麻人と私は、
麻衣ちゃんの進路の相談に乗った。それは、仕事に多忙な池山兄妹の両親から、麻人と私
に託されていた任務だった。何をおいてもその期待には応えよう。私はそう思った。

 私たちのサポートを受け入れた麻衣ちゃんは、私たちの高校より偏差値の高い学校を受
験し、公立の第一志望校に合格した。それなのに、麻衣ちゃんは滑り止めに受験した、私
と麻人と同じ私立高校に入学し、うちの学校に入学すると言いつったのだった。

 麻人と私は、一生懸命に麻衣ちゃんを説得した。それは多忙のあまり麻衣ちゃんの受験
をほとんどサポートできなかった麻衣ちゃんの両親の意を受けた行動でもあった。お兄ち
ゃんとお姉ちゃんと同じ高校に行くと頑固に主張する麻衣ちゃんに、第一志望校に入学し
ないと将来後悔するよって、必死で説得する麻人と私は、まさに娘の進路を心配する夫婦
のようだった。でも、麻衣ちゃんは結局意思を曲げなかった。

 こうして、私たちはその四月から再び三人で登校するようになったのだった。

 再び三人で登校するようになると、私と麻人の仲が怪しいという、校内の噂はすぐに静
まってしまった。それは麻衣ちゃんの精神衛生上はいいことではあったけど、一方で私は
密かにそのことを残念に感じていた。もう、私と麻人の仲をからかう友人はいなくなった。

 麻人は相変わらず可愛い女の子二人といつも一緒にいるリア充認定されており、そのせ
いか、誰かに告られるということはなかったので、麻衣ちゃんが麻人に対して嫉妬して不
安定になることもなかった。同時に、麻人と私の噂も完全に消え去ってしまっていたから、
そのことで麻衣ちゃんが悩むこともなかったのだ。つまり、再び私たち三人は、ぬるま湯
に浸かるように、気持ちよく将来の見えない関係に戻ってしまったのだった。そして、麻
衣ちゃんはそういう関係に戻れたことに満足だったようで、相変わらず麻人と私に甘えな
がら日々を過ごしていた。

 このぬるま湯のような居心地の言い関係を、麻人がその頃どう考えていたのかはわから
ない。麻衣ちゃんが満足していたので、妹に甘い麻人もこの関係に満足していたのかもし
れない。

 でも、その頃から私は奇妙な視線に気づき、悩むようになっていた。以前と同じように
三人で登校する日々。電車の中で賑やかに話をす私たち。これまではそういう時に麻人の
視線は、可愛らしく喋っている麻衣ちゃんを慈しむように彼女に向けられていた。ところ
が、その頃、麻人の視線が時おり麻衣ちゃんを離れ、私の方にじっと向けられることがあ
った。それは、一年生の時に麻人と二人きりで登校していた頃でさえ感じたことのないよ
うな熱っぽい視線だった。
320 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/18(月) 23:44:49.08 ID:HbILN8rbo

 麻人のことが気になっているせいで、自分に都合よく彼の行動を解釈しているんだ。私
はそう考えて有頂天になる心を引き締めた。麻人の一番は、恋愛感情はないとしても麻衣
ちゃんだ。麻人と私は共に手を携えて麻衣ちゃんを守ってきた戦友に過ぎない。私は無理
にそう考えようとしたけど、そう思って済ませるには、麻人ののその視線には粘着性があ
りあたしは麻人の視線に晒されていると、まるで電車の中で裸にされているような感覚を
覚えた。それほど、その視線は長く私のあちこちを眺め回していたように感じられたのだった。

 その頃の私は混乱していた。もし、もしも万一麻人が私のことを女として欲しているな
ら、私はその想いに応えたかった。彼が麻衣ちゃんの気持ちを傷つけることを承知の上で
私のことを求めているのだとしたら、私も麻衣ちゃんのことを考えずに彼の腕の中に飛び
込んでいきたかった。でも、そういう考え自体が、私たちがこれまで過ごしてきた麻衣ち
ゃんを支えて行くという生き方を裏切るものだった。もちろん全て私の勘違いかもしれな
い。麻人は直接私に好きだと告白したわけではない。

 麻人の気持ちを知りたい。

 私は麻衣ちゃんや麻人と普通に笑顔で接しながらも、心の中ではそのことばかりを考え
ていた。どうすれば麻人の私に対する気持ちを知ることができるのか。いつのまにか私は、
そのことばかりをいつも心の中で考えるようになってしまった。

 麻衣ちゃんが入学してから二月くらい経った頃、両親はそれまで住んでいた家を処分し、
今までよりだいぶ広い家を購入した。つまり、私は引越しをしたのだった。

 この引越しによって麻人や麻衣ちゃんのお隣ではなくなってしまったのだけど、引越し
先は一つとなりの駅のそばだったので、私はそのこと自体をそんなに気にすることはなか
った。毎朝一緒に兄妹と登校できることに変わりはなったし、最初は寂しいと言って泣い
ていた麻衣ちゃんも、毎朝隣の駅からおはようと言って同じ電車に乗ってくる私を見て、
いつの間にかそのことに慣れてしまったようだ。

 それでも、その引越しは私にとって凄く大きな意味を持っていた。偶然から生じたこと
ではあるけれども、今にして思うとこの引越しがなければ、この後の展開は生じなかった
だろう。

 ・・・・・・私の引越し先の隣には、夕也の家があったのだ。
321 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/18(月) 23:46:39.57 ID:HbILN8rbo

今日は以上です
また投下します
322 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/19(火) 04:24:42.09 ID:Lc9LgGP9o
おつ
323 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/22(金) 23:37:22.25 ID:5nHKj/rn0
おつん
324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/31(日) 23:38:08.84 ID:rPhbjypgo

 私はその頃は夕也とはたいして親しい仲ではなかった。一年の頃はクラスも違っていた
し、麻人の親友ということで顔見知りではあったけど、別に二人で親しく話したこともな
い。二年になり、私は麻人と夕也と同じクラスになったけど、それでも夕也とはそんなに
親しい間柄ではなかった。

 私が引っ越して、トラックの中から家財が新しい家に搬入されるのを眺めていたとき、
不意に私は誰かに名前を呼ばれた。

「遠山? おまえ何でここにいるの」

 私に話しかけたのは夕也だった。

「あ、広橋君。君こそ何で」

「何でって・・・・・・。俺の家、そこだから」

 彼は私の新しい家の隣の家を指さした。

「え。君ってここに住んでるの」

「うん。おまえは・・・・・・って、引っ越し?」

「そう。ここの家に」

「マジかよ。お隣さんになるのか」

「何でちょっと嫌そうなのよ」

「嫌って、別に」

「別に、何よ」

「まあ、よろしくな。お隣さん」

 夕也はそう言って笑って、あとはもう私にかまわず隣の家に入ってしまった。

 こうなると、私たちが一緒に登校するのは当たり前のようになってしまった。私と夕也
はお隣さんだ。別に時間を合わせたわけではないに、私が家を出ると偶然に夕也も隣の家
から出てきたところだった。夕也は麻人の親友だったし、結果的にそれからは麻人と麻衣
ちゃん、私と夕也は一緒に登校するようになった。

 そのことに対して、麻衣ちゃんや麻人が不満の意を表明したことは一度だってなかった
し、むしろ麻衣ちゃんは私の彼氏候補として夕也を認定していたようだった。

「夕也さんって格好いいよね」

 ある朝、麻衣ちゃんが私に言った。

「お姉ちゃん、あたしのクラスの子が広橋先輩って格好いいって言ってたよ」

 あんたに言われたくないよ。私はそう思った。麻人の関心を一手に受けている私の大切
な妹のあなたからは。

それでも以前のように麻衣ちゃんが私たちの登校の仲間に再び加わると、私は麻人と二
人きりで登校していた頃のように彼の気持ちを知りたいとか、思い切って彼に告りたいと
か、そういう願望を抑えるようになった。それは意図してではなく自然な心の動きだった。
325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/31(日) 23:38:41.30 ID:rPhbjypgo

 麻衣ちゃんには日ごろから本当に頼れることができる相手としては、麻人しかいない。
前からそう思っていたのだけど、いつも二人で登校している一年間の間で、私はそのこと
を忘れ、麻人からの好意や行動を期待するようになっていたのだ。それが、再び麻衣ちゃ
んと登校するようになると、その気持ちが深刻なまでに私の胸中によみがえったのだ。何
で、麻衣ちゃんの気持ちを踏みにじるようなことを考えられたのだろう。私は昨年度まで
の自分の気持ちを不思議に思った。

 そういうわけで、一時期盛り上がった自分の恋愛感情は、再び自分の中で抑制されるこ
ととなった。ただ、以前とは違って今度は登校する仲間の一人に、夕也が加わっていた。

 お隣さんになり一緒に登校するようになるまで、私はあまり詳しく彼のことを知らなか
ったけど、それでも夕也が女の子たちから注目されていることや、学業やスポーツの成績
がすごくいいことくらいは知っていた。それから、四人で朝登校するようになると、彼は
あまりそういうことをひけからさない性格であることもわかった。つまり、スクールカー
ストにおいて上位の位置を占めている夕也は、それにもかかわらずすごく話しやすいいい
やつだったのだ。

 彼が私に対する明確な好意を示していたわけではない。むしろ、四人で登校しだしたこ
ろ、私は電車の中で、果敢に夕也に話しかけようとする女の子たちに驚いているばかりだ
った。本当に、こいつってもてるんだ。

 その夕也は、その子たちをまじめに相手するわけでもなく、また、私を口説くでもなく、
麻人相手に馬鹿話をしているだけで満足なようだった。女の子たちへのあしらいかたはさ
すがというべきか、如才のないものではあったけど。そして、麻衣ちゃんはそんな夕也の
ことをあまり気にすることがないように見えた。むしろ、久しぶりに朝一緒に登校するこ
とになった自分のお兄ちゃんへの心の傾斜を制御しようともしなかった。あの夕也が、麻
衣ちゃんに親し気に話しかけてもほとんどガン無視されている状態なのだ。

 そういうわけで、麻人を独り占めしている麻衣ちゃんと、自分の妹にかまってばかりで
他に何もする余裕もなさそうな麻人から放り出されていた私と夕也は、自然と二人で話を
するようになった。必要に迫られてだけど。そんな日々が続くと、さすがに同じ学校の目
撃者がわいてきて、私と夕也の関係を面白半分に聞いてくる子も出始めた。以前の、私と
麻人の関係に変わって、今では校内一と目されていた夕也と私の関係がうわさとなり、実
際にその関係を詮索する同級生たちが増えてきていた。

 その噂は事実無根のものだった。麻人と私の関係がうわさになった時と全く同じように。
それでも、麻人と私の仲のうわさは、それが事実ではないにもかかわらず私の心をくすぐ
り、私はその噂が嬉しかったのだ。でも、いくらイケメンでも成績優秀でもスポーツ万能
でも、夕也とのうわさはうっとおしいだけだった。それは、夕也の方も同じだったろう。
何となく私は麻衣ちゃんに麻人を奪われたような感覚を感じた。麻人との関係で麻衣ちゃ
んを泣かせまいと考えていたにもかかわらず。

 それに、すごく傲岸な考え方だったけど、私は麻人に求められていると感じていた。彼
の視線や、麻衣ちゃんの話を時おり放心したように聞き流して、私の方を見つめる視線。
さらに言えば、私と夕也が気安く話しあったりしている様子を、じっと眺める麻人の視線
から、私は麻人に愛され求められているのだろうと確信していたのだ。
326 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/31(日) 23:39:21.87 ID:rPhbjypgo

 ロミオとジュリエット。たがいに愛しながら事情があって結ばれない二人。夕也と私の
様子を気にしている麻人に対して、私はときおり麻人を見つめて密かに微笑んだ。それく
らいのコミュニケーションは許されるだろう。私の視線に顔を赤くして目をそらして、麻
衣ちゃんの言葉に応える麻人を見るくらいは。でも、それ以上のことは、この当時の私に
は何もできなかった。

 それなのに。私のひそかな願望を裏切るように麻人は彼女を作った。確かにきれいだけ
ど、確かに可愛らしいけれども、確かにおしゃれでもあるけれども。何で彼女なのだろう。
学校で友人の一人さえいないぼっちの彼女。二見さんが麻人の初めての彼女になった。

 お兄ちゃんが二見先輩と仲がいいの。

 麻衣ちゃんの相談にショックを受けた私は、その相談を言い訳にして、つまり自分の嫉
妬心を隠しながら、麻人を問い詰めた。でも、もうそれはその頃には遅かったみたいだ。
私はどういうわけか私を応援してくれた麻衣ちゃんの後押しに勇気を出して麻人に告白し
たけど、それは無駄な努力だった。夕也は二見さんと付き合いだした麻人に怒ったようだ
った。麻衣ちゃんというよりは私の気持ちを気にしてくれて。では、彼は私の麻人への気
持ちを知っていたのだ。



こうして、麻人は二見さんと恋人同士の間柄になり、朝の登校は、麻衣ちゃんが部活の朝
練とかで一抜けし、あとは私と夕也の二人だけとなった。



 部活の朝練があるとかで私と一緒に登校しなくなっていた麻衣ちゃんは、二見さんの女
神行為が曝露されてからは再び麻人を気遣うように彼に寄り添うようになった。でも、そ
れも数日のことだけで、私が麻人に失恋したにもかかわらず、二見さんを失って気落ちし
ている失意の麻人に寄り添うように行動していることを理解すると、再び麻衣ちゃんは、
私や麻人と別行動を取るようになった。本気で私に麻人を任せる気になったのか、それ
とも、麻衣ちゃんにも麻人以上に重要な関心事ができたのか、それはわからない。

 今では将来が見えていなかったのは私も麻人と同じだった。私は彼のことが気になっ
ていた。私ではなく二見さんのことを心配している麻人だけど、今までずっと一緒に過ご
してきた麻人が悩んでいるのに、自分が麻人に振られたからといって、彼のことを見捨て
ることはできなかった。

 麻衣ちゃんと同じくらい何を考えているのかわからなかったのが、夕也だった。私は夕
也が私のことを好きなことを知っていた。麻人を忘れるために、夕也に愛想よくふるまっ
ていた私の行動は、あの告白のときに麻人に厳しく指摘されたのだ。

 この頃になると、さすがに私に好意を寄せているとしか思えなかった夕也を、私は麻人
を忘れるために利用したと言われてもしかたがない。そのせいで、私は夕也に責められて
もそれは自業自得だった

 それでも、夕也は私のために怒ったそうだ。私のことを無視して、二見さんと付き合い
だした麻人に対して。麻衣ちゃんや夕也や、そして自分の気持ちを考えると、胸中はもう
ぐちゃぐちゃに混乱していたけど、もう今、できることは一つしかない。麻人の心が私の
もとにないのだとしても、今は麻人に寄り添おう。それが麻人にとって迷惑だったとして
も、二見さんをひどい方法で失った麻人に対して私ができることはそれしかないのだ。

 それに、二見さんのことで麻人がピンチに追いやられていた当初は、麻衣ちゃんも夕也
も同じ気持ちだったはずだった。二見さんへとの交際のことで麻人を嫌った夕也や、兄離
れするために部活に夢中になっていた麻衣は、少なくともあの朝は、三人で麻人に寄り添
い学内の敵意と好奇心で麻人を嘲笑していた校内の生徒たちから麻人を守ろうとしたのだ
った。

 でも、今では麻衣ちゃんも夕也も、麻人を慰める役目は私が果たすべきだと考えている
ようだった。そして、わざと私と麻人を二人きりにしようと画策しているようだ。

 私は隣家の夕也の家を素通りして駅のホームで電車を待った。夕也はホームには見当た
らない。電車が到着して昔三人でよく待ち合わせした車両に乗り込むと、麻衣ちゃん抜き
で麻人が一人で車内の吊り輪に掴まっている姿が目に入った。そして麻人はぼうっとして
いるようで私が車内に入り隣に来たことも気がついていないようだった。
327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/31(日) 23:39:57.82 ID:rPhbjypgo

「おはよう」

 私は麻人に声をかけた。麻人は夢から覚めたように私の方を見た。

「ああ・・・・・・。有希か」

 それは生気のない声だった。隣には昔はいつでも麻人の腕にぶらさがっていた麻衣ちゃ
んの姿はない。

「何よ、そのあいさつ。おはようくらい言えよ」

 私は無理にほがらかに麻人に文句を言った。そういうことくらいしか話しかける言葉や
態度が思いつかなかったから。

「悪い・・・・・・。おはよ」

 麻人は素直にそう言ったけど、彼の目は私の方を向いていなかった。

「麻衣ちゃんは?」

 その後に何を言っていいのかわからなかったので、私はとりあえずそう聞いた。部活の
話は彼女から聞いていたのだけど、麻人本人に麻衣ちゃんが何を言ったのかは気になると
ころでもあった。

「部活の朝練みたいだよ・・・・・・何だっけ? 確かパソ部だったかな」

 どうでもいいという風に麻人が答えた。パソ部なんかに朝の活動があるわけがない。い
ったい麻衣ちゃんはあれほどまでに大好きだった兄貴を放置して何をしているのだろう。
でも麻人は麻衣ちゃんの不在のことは気にならないらしかった。麻人は、多分今でも登校
してこない、そして連絡も取れない二見さんのことだけを考えているのだろう。

 麻衣ちゃんがこんな時期に突然パソ部に入部日したことを、実は私は知っていた。麻人
と夕也以外で、私が最近気にしていたのは、三年生の生徒会長のことだった。あの日、階
段のところで、私は生徒会長の告白を断ったのだった。あの時は私は麻人のこだけを考え
ていたのだから。それでも私は、会長を振ったことが気になっていた。先輩は最近、生徒
会活動にあまり熱心ではなかったけど、それは多分私が会長の告白を断ったからだろう。

 でも、副会長が会長を責めた時、会長は新入部員の面倒を見なけりゃいけないからと言
い訳していた。そしてその新入部員は麻衣ちゃんだ。

 最近身の回りに起きている知り合いの行動には何も法則はないのだろうけど、二見さん
のこととか麻衣ちゃんの入部と、そのために会長が生徒会に出てこなこととか、その全て
のことが結果として私と麻人とをふたりきりにする方向に作用しているようだった。私に
とっては嬉しいことといってもいいのだけれど、二見さんを失った麻人にとってはどうな
のだろう。

「今日はお昼ご飯はどうするの」

 私は麻人に尋ねた。

「わかんねえ」

「今日も二見さんがいなかったら、私のお弁当一緒に食べる?」

 私は彼に聞いた。

「それとも麻衣ちゃんは今日はあんたのお弁当作ってくれたの?」

「妹は昼休みも部活だってよ」

 どうでもいいといいう感じで麻人が答えた。相変わらず私と視線を合わせようとはしな
かった。朝練も昼休みの部活も、パソ部なんかにはありえないのだ。

「じゃあ、二見さんが今日も登校しなかったら一緒に」

 私の声は突然麻人に遮られた。

「登校できるわけねえだろうが。実名までネット上に晒されてるんだぞ。あいつは」

 麻人はそこで一瞬言葉に詰まったようだった。
328 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/31(日) 23:40:26.97 ID:rPhbjypgo

「麻人」

「あいつはもう学校になんて来れるわけねえだろ・・・・・・ちくしょう」

 麻人は初めて私の方も向いてくれたけど、その目は私の身体を通りこして何か遠くを睨
んでいるようだった。

「あいつは何も悪いことはしてねえのに」

 正直に言うと麻人に言いたいことはいっぱいあった。二見さんの行動の持つ悪い影響の
ことも諭せるものなら彼に諭したかった。でも、そんな社会的な影響よりもこのことが私
麻衣ちゃんや夕也の関係に及ぼした影響のことの方が私には気になっていた。

 今のところ麻人は自分と二見さんのことしか頭にない。それは無理もないことではあっ
たけど、二見さんの考えなしの行為によって私たちの行動にいろいろな負の影響が出てい
ることもまた事実なのだった。でも、今の麻人にそのことを責めるように言うことは気が
引けた。

「・・・・・・絶対につきとめてやる」

 麻人は真剣な声で言った。

「優を追い詰めたやつ、絶対に校内のやつだ」

「え・・・・・・、あんた何をしようと」

 私は驚いて麻人の方を見た。麻人はただ絶望していただけではないようだった。いいか
悪いかは別にして、麻人は行動を起こそうとしていたのだ。

「見つけてやる。優を傷つけたやつを。報いを与えてやる」

 麻人はここで初めて私の方を見て、そして微笑んだ。

 私はその日の昼休み、相変わらず周囲の生徒たちに無視されていて、でもそんなことは
あまり気にならない様子で自分の携帯を覗き込んでいた麻人を、無理に引き摺るようにし
て中庭に連れ出した。夕也は、私が引き止める猶予すら与えてくれずに、昼休みになった
途端に教室を出て行ってしまっていた。

 中庭のベンチに座った私は、とりあえず誰のためということもなく一人分以上を作って
きたお弁当をそこに広げた。

「・・・・・・食べなきゃ駄目だよ」

 私は食欲の無さそうな表情でぽつんと座っている麻人に話しかけた。

「ああ。ありがと」

 彼はそう答えた。「悪いな、弁当まで作ってもらってさ」

 二見さんのことしか考えられなかったであろう麻人は、私のことも気にしているかのよ
うな言葉をかけてくれた。もう私たちが戻れない日々、麻人と麻衣ちゃんと私の三人がい
つも一緒に行動していた頃の、まだ麻人が二見さんと知り合う前の麻人ならば、そんな遠
慮を私に対してすることはなかっただろう。かつて他の誰もが邪魔できないほど親密だっ
た私と麻人と麻衣ちゃんは、もはやみんな戻れないところまで来てしまったのだった。

 麻人は二見さんのことしか考えられないほど彼女に夢中になっていた。その恋はひょっ
としたら、既に破綻していたのかもしれないけど、麻人はその事実に対して無謀な反撃に
出ようとしていた。

 私はここで変質してしまった、私たちのことをもう一度振り返ってみた。

 麻人に対してあそこまであからさまに依存して麻衣ちゃんは、大切な麻人のことを私に
託したのだった。麻衣ちゃんが不本意ながら踏み切ったのかそれとも麻人への依存から卒
業しようとしたのかは私にはわからなかった。
329 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/31(日) 23:42:26.44 ID:rPhbjypgo

 麻衣ちゃんが、先輩が部長を務めるパソコン部でいったい何をしたいのか、私には全く
わからなかった。先輩は学園祭間近の生徒会を放り出してまで麻衣ちゃんの面倒をみてい
るようだった。それについては私と一緒に学園祭の準備をしてくれている生徒会の副会長
が、ある時私に吐き捨てるように言った言葉が気にはなっていた。

「あいつはもう駄目だ」

 副会長は私に言った、

「見損なったよ。あんたに振られてめそめそしているくらいならちっとは慰めてやろうか
と思ったのにさ」

「何かあったんですか」

 私は副会長に聞いた。この人が会長に厳しく当たることには慣れていたけど、その時の
副会長は信じられないほど憤っているように見えたから。

「最低だ、あいつ。あんたに振られてさ、自分のプライドを保つために下級生に手を出してたよ」

 え? あたしは確かに先輩を振った。振った当時は麻人のことが好きだったから。今で
も自分の中には麻人への想いしかないのだけれど、麻人の心には今は二見さんがいた。
今では心の中だけになってしまったけど。それにしても、私は以前より会長に気安く話しか
け、先輩とはお付き合いできないけど先輩と気まずい仲にはなりたくないということをア
ピールするようにしていた。それは私のせいで先輩を傷つけたくない、先輩に恥をかかせ
なくないという想いからの行動だったのだ。

 副会長の浅井先輩の話では、石井会長は意外と簡単に私への想いを忘れ新しい恋のお相
手を見つけたことになる。そのこと自体には私には別に異論はなかった。先輩の想いに応
えられない以上、どういう形にせよ先輩が立ち直ってくれるのは喜ばしいことだったから。
でも先輩の相手は麻衣ちゃんだというのだ。

 いったいどういうことなのだろう。突然パソコン部に入部した麻衣ちゃん。そしてその
麻衣ちゃんを指導するために生徒会を放り出して彼女に付きっ切りになっている先輩。

 浅井先輩によるとその二人が人目をはばからないほどの恋仲になっているのだという。

 今まで麻人以外の異性に全く興味を示さなかった麻衣ちゃん。そして私にに好きだと告
白した生徒会長の石井先輩。

 その組み合わせにはしっくりと行かなかったけど、仮に本心から麻衣ちゃんと石井先輩
が互いを求めているのであれば、私はそのこと自体に反対する気持ちはなかった。ただ、
そのことを私に吐き捨てるように話した副会長の浅井先輩のことは少し気になってはいた。

 副会長はいい役員だった。会長に遠慮はなかったけど副会長としてフォローするところ
ははずさずに、たとえそれが生徒会活動と関係のないプライベートな事であろうとそれが
生徒会の正常な運営に影響するようなことであれば、役員の中で副会長だけは会長に強く
注意していたのだった。

 そういう副会長先輩は生徒会役員の見本のようで、あたしはそういう彼女みたいな役員に
なりたいとまで思ったのだけど、あの時会長と妹ちゃんの関係を批判した副会長の話にはな
ぜか心服することができなかったのだ。その時の副会長先輩は、まるで会長と妹ちゃんへの
嫉妬心の発露のような言葉を吐き出していたのだった。まさか、副会長は会長のことが好き
だったのだろうか。

 まるでぐちゃぐちゃだった。これでは本当に誰が誰を好きなのか全くわからない。でも
本能的に理解していたこともあったことはあった。

 一つは麻人の気持ちだった。彼が二見さんを好きなことは疑いようようがなかった

 あたしはそこで無理に考えるのをやめた。麻人は相変わらず食欲がない様子でぼうっと
何かを考えているようだった。そしてその間も彼の視線は、ここにいるはずのない二見さ
んを求めるように周囲を探っていた。

「もっと食べなきゃだめだよ」

 私は自分が作ったのお弁当に少ししか手を伸ばさない麻人に言った。

「あんた朝も食べてないんでしょ? 体壊しちゃうよ」

「悪い」

 麻人は私に謝った。
330 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/07/31(日) 23:43:16.65 ID:rPhbjypgo

 麻人は私に悪いとは言ったけど、やはりそれ以上は何も食べようとはしなかった。そし
てもう私もそれ以上麻人に何も言う気はなくなっていた。というか私自身にさえ食欲のか
けらも残っていなかった。結局、私たちは残りの昼闇の時間を黙ったまま過ごしたのだっ
た。

 午後の授業が始っても私は授業に集中できなかった。何か得体の知れない寂しさが包み
込んでいるようだった。麻人が好きだという自分の心に気がついた時、自分の恋は成就し
なかったけど、私たちの関係が壊れることだけはないのだと、なんとなく私は考えていた。
それは家族関係のようなものだったから。

 今ではこの場所に残っているのは私と麻人の二人きりだった。麻人は二見さんを失い、
私も麻人を失った。そしてあんなに私たちの側ににべったりとくっついていた麻衣ちゃん
も今では私たちと別行動を取っていた。高校に入学した時に戻ったように麻人と私は二人
きりだった。そしてあの時は二人きりでいること自体にわくわくしていた私だったけど、
今ではただ得体の知れない寂さだけしか感じることができなかった。

 これからどうしようか。

 あの時、あたしは夕也と麻衣ちゃんの頼みを引き受けた。引き受けざるを得ない状況だ
ったから。二見さんは、麻人を巻き込まないために麻人ともう二度と会わない決心をして
いるのではないかと夕也は言った。だから、麻衣ちゃんも夕也も不在なこの時期には、私
は自分の恋とか関係なく、二見さんを愛した麻人を支えるしかなかったのだ。

 でも、実際に麻人を支えようとしていても、私が一緒にいることで彼が少しでも救われ
ているのだろうかという疑問が今の私には強く浮かんでいた。麻人は私のことなんか全く
気にしていないようだった。

 いや、気にはしていたのかもしれない。ただそれは、精一杯彼のことを考えて彼に話し
かけていいる私のことを気にしてくれているに過ぎなかった。つまり私がしていることは
全く麻人の役に立っていないどころか、かえって彼の負担になっているのだ。

 これからも私はこんな誰にとっても救いのない行動を選び続けるしかないのだろうか。
私は自分の引き受けた役割を後悔し出していたけど、でもそれは自業自得であって決して
麻人のせいにできることではないことはわかっていた。

 ようやく午後の授業が終了したとき、私は麻衣ちゃんと約束した以上、生徒会活動を放
り出してでも麻人に寄り添うつもりだったけど、その私の申し出を麻人は断った。

「学園祭も近いんだしおまえ忙しいだろ」

 麻人のその言葉は、多分私なんかと一緒にいるより一人で二見さんのことを考えたいと
いう気持ちから出たものだと思う。でも、麻人が形だけでも私のことを気にかけてくれた
ことは、何か私にまだ将来のこととか何も考えずにお互いのことだけを考え合っていて、
それでも充足していた昔の私たちの関係のことを思い浮ばせてくれた。

「ごめんね」

 私は言った。「学園祭の準備が今佳境になってるから」

「ああ。俺は大丈夫だから」

「・・・・・・本当に平気?」

 私は思わず本音で麻人に聞いた。彼は私が大好きな優しい笑顔をすごく久しぶりに見せ
てくれた。

「おまえに気を遣わせちゃって悪い。何なら朝も一緒に来てくれなくても俺は平気だから」

 そういった麻人の寂しい表情が私の胸の中のどこかを柔らかく刺激した。

「そんなこと言うな」

 私は思わず麻人を叱るように言った。

「明日も駅にいなよ? 私を待ち呆けさせたら許さないから」

 麻人は寂しそうに、でも私に気を遣っているかのように笑ってくれたのだった。
331 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/31(日) 23:43:55.73 ID:rPhbjypgo

今日は以上です
また投下します
332 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/01(月) 21:19:14.97 ID:2y0TK7Ec0
おつんつん
333 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/11(木) 23:44:24.22 ID:VfUpLYzMo

 麻人と別れて生徒会室に向った私は、いつぞや会長に告白された階段の前で足を止めた。
人の気配と低い話し声に私は気がついた。

 思わず姿を隠すように身を潜めて、私はその会話に聞き入った。



『うん、わかった。とりあえずうまくいったんだね』

『と思うけど。とにかく二見は登校してない。みんなにも二見がしていたことは知れわた
っているし、もっと言えば日本中のネット上でもお祭りになってる』

『って、どうした? 何か心配なの』

『こんなことしてよかったのかな』

『何を今更。唯のためなんでしょ。それに自分だって例の下着姿の画像を見た時は、二見
のことを・・・・・・。つまりそういうことを言ってたくせに』

『それはまあ、そうは言ったけど』

『当然の報いでしょ。単なるぼっちかと思ったらビッチでもあったとはね』

『・・・・・・それ、洒落のつもり?』

『・・・・・・うるさいなあ。とにかくこれで少し様子見だね』

『ねえ』

『何?』

『こうなったことは彼女の自業自得だとしてもだよ』

『うん』

『これじゃあ、あの二人って別れちゃうんじゃないの? 二見さんが池山君のことを気に
しちゃって』

『そうかもね』

『あたしは・・・・・・。二見さんはともかく、池山君を不幸にする理由なんかないよ』

『おかしいでしょ』
334 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/11(木) 23:44:53.58 ID:VfUpLYzMo

『え?』

『二見を陥れたのなら、今さら麻人だけ無怪我で終わらせられるわけないじゃん。姉さん
ひょっとして麻人のこと気になるの』

『違うよ』

『それにさ』

『・・・・・・それに?』

『石井さんは、姉さんの言うとおり唯を傷つけたんだろうけど、麻人だって有希のこと
を傷つけたんだぜ』

『それは全然、中学時代に石井が唯を傷つけたことと関係ないじゃん』

『二見は有希を傷つけたんだよ。麻人を奪って』

『それって今回のこの行動に関係あるの』

『どういう意味』

『・・・・・・やっぱりね』

『え?』

『あんたは、あたしのためとか言ってたけど、実は自分なりに目的があったわけね』

『・・・・・・・いや、そうじゃないって』

『おかしいと思った。あんたがあたしのためだけに、つうか唯のためだけにここまで危な
い橋を渡る理由はないしね』

『俺は唯の幼馴染だし』

『ようやく唯のことをあきらめてほかに好きな女ができたんだ。あんた、有希ちゃんのこ
とが好きなのね』

『ちょっと待てよ。それは誤解だって』

『まあいい。この行動にはお互いに、違った理由があることはよくわかったよ。だけど
さ』

『何だよ』

『このことで遠山さんと池山君ができちゃうかもよ』
335 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/11(木) 23:46:02.41 ID:VfUpLYzMo

 この二人が何のことを話しているかということも、聞き耳をたてているうちに、おぼろ
げながら私には理解できていた。この二人は二見さんを陥れたことを語り合っていたのだ
った。

 さっき教室で別れた麻人は二見さんを落とし入れた犯人を突き止めるという意思を口に
していた。私は無理もないと思った。麻人にとっては生まれて初めて真剣に考えた相手と
の交際を無残に断たれたのだから。

 そして今、それを仕掛けたらしい相手が目の前で無防備にそのことを話し合っている。
私は期せずして偶然にも麻人が追求しようとしてい犯人を突き止めたのだった。

 私は身動きできなかった。聞き覚えのある声が会話を続けている。私はその会話を必死
で記憶しようとした。いずれ麻人に説明する時のために。でも今は麻人には言えない。勘
違いしているのでなければ、この二人は麻人と二見さんに対して情け容赦のない非情な攻
撃を仕掛けているのだった。

 そして私にはその二人の声には聞き覚えがあった。

 それは夕也と生徒会副会長の浅井先輩の声だった。私はこの二人は知り合いですらない
と思っていた。学年も部活すら異なる二人。でも、夕也と浅井先輩は、私に聞かれている
ことに気づかず二見さんを陥れ社会的に抹殺しかねないことをしていたという話をしてい
たのだった。

 やがて話し合いは終ったみたいで、会談の踊り場から二人が降りてくる足音が聞こえた。
私はとっさに階段から離れて生徒会室の反対の方へ、校舎の外に向った。今の話を立ち聞
きした直後に浅井先輩と一緒に作業できる自信はなかった。

 私は今起きた出来事を全く整理できずに混乱していたのだけれど、とりあえず乱れまく
っている思考を停止して安全な場所に避難しようとしたのだった。無事に校舎から脱出し
た私は足を早めて校門から出て駅に向った。生徒会室に顔を出さなければ今日は浅井先輩
とは会わなくてすむだろうけど、夕也は帰宅部だった。校内でうろうろしていると夕也と
出くわしかねない。何で私が逃げないといけないのかよくわからない。やがて駅に着いた
私はちょうどホームに入ってきた下りの電車に飛び込んだ。ここまで走ってさえいないけ
れど相当早足で歩いていたので息があがっている上に汗までかいていた。

 電車がドアを閉じホームを離れるとようやく私は少しだけ落ち着くことができたのだっ
た。これで夕也とも浅井先輩とも今日は会わずにすむ。あんな話を聞いたあとでこの二人
と会って何気ない素振りをするなんて私には無理だった。

 帰宅ラッシュの時間にはまだ早かったので車内には空席が目立っていた。私は目立たな
い隅の席に座って震える身体を抱きしめるようにした。さっき聞いた夕也と浅井副会長と
の会話が再び頭の中で再生されていった。

 私は何とか冷静さを取り戻そうとした。考えなければいけない。情報を整理しなければ
いけない。このまま混乱して泣いていても何も救われないのだ。私自分の目を両手でこす
った。湿った感触が手に伝わった。自分でも気がつかずいつの間にか涙を浮かべていたみ
たいだった。思考は混乱しまだ身体は震えていたけど、しばらくして何とか思考を落ち着かせ
ることに成功した。
336 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/11(木) 23:46:33.63 ID:VfUpLYzMo

 一番の被害者は多分麻人と二見さんなのだけど、やはり私が真っ先に考え出したのは夕
也の真意だった。夕也は麻人の親友だった。だからそれが誤解ではないなら夕也が麻人を
陥し入れるれるようなことをするはずがなかったけど、夕也は麻人に対して憤っていた。
私の好意を知りつつ二見さんとの仲を深めて行く彼に対して、夕也は私の気持ちを考えて
麻人に厳しい言動を示してくれていたのだった。

 だから、その夕也が二見さんと麻人のことを陥れることはあるいはあり得るのかもしれ
ない。さっきの会話を聞いたた限りでは。



『おかしいと思った。あんたがあたしのためだけに、つうか唯のためだけにここまで危な
い橋を渡る理由はないしね』

『俺は唯の幼馴染だし』

『ようやく唯のことをあきらめてほかに好きな女ができたんだ。あんた、有希ちゃんのこ
とが好きなのね』

『ちょっと待てよ。それは誤解だって』



 もし、本当に夕也が私のことを好きなのなら。そういうこともあるのかもしれない。

 そういうことが目的であるとしたら、そしてそのことによって二見さんが社会的に抹殺
されても構わないと割り切ったのだとしたら。それなら夕也の行動には一応の筋は通る。
もちろんそれでも目的に対して行動が過激すぎるという疑問は残る。麻人と二見さんを別
れさせるためだけに、あるいは二見さんを社会的に抹殺するためだけに、これほどの行動
を取れるのだろうか。

 でも、よくわからない。

 浅井副会長の動機と目的の方は更に謎だった。もしかしたら先輩は会長のことが好きな
のかもしれないけれど、今回の行動はその想いを達成することには全く関連がないとしか
思えなかった。会長と麻人の接点はないし、二見さんと石井先輩だって知り合いですらな
いはず。こんなことは考えたくはないけど、浅井先輩が自分の想いを遂げるためには他人
が破滅することを厭わないような自己中心的な性格だったとしても、麻人と二見さんの破
滅は副会長の会長への恋の成就には何らプラスにならないのだった。

 何を考えても結論には達しなかった。私はホームを出て自宅の方に歩き始めた。このこ
とを麻人に話すべきなのだろうか。彼は二見さんを陥れた犯人を捜すつもりでいる。今で
は私にも麻人の気持ちが理解できた。彼と二見さんをめぐる人間関係は複雑で、そして彼
と二見さんが付き合い出したことは多くの人間を傷つけた。その中の一人には私もいたの
だ。でも考えてみれば麻人と二見さんの恋は誰にも関係のない、二人だけの話だったのだ。
麻人も二見さんも誰に対してだって、直接悪いことをしていない。二見さんは女神行為と
かいう破廉恥なことをしていたかもしれないけど、それを麻人が許容していた以上、周囲
がそれに対して憤るのは筋違いだった。麻人と二見さんの交際は、麻衣ちゃんや私にも影
響を及ぼしたのだけど、そのことに対しては麻人も二見さんも責任を取らされるいわれは
ないのだ。
337 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/11(木) 23:49:02.23 ID:VfUpLYzMo

 私はとりあえず今日は麻人に連絡するのを止めた。麻人と二見さんが純粋な被害者であ
るらしいことをようやくあたしは理解したのだけれど、それでも今は麻人に対して今日の
出来事を話すのは早いだろう。私はそう思った。夕也と浅井副会長の目的が理解できてい
るわけではないのだから。そしてここまで考えた私は、この先どういう結論が出るにせよ、
このまま麻人に相手にされることはないにせよ、自分がもう夕也と付き合うことはないだ
ろうと確信した。夕也が犯人なら、たとえ私への麻人の態度や二見さんの行動に対して憤
ったその動機だったとしても。

 帰宅して寝るためにベッドに入るまでの自分の行動を思い出せない。普通に家族と接し
たのだろうけど。 ・・・・・・いくら考えても今日はもう何も思いつかなかった。とりあえず
こんな不確定な段階では麻人にこのことを話すわけにいかないことだけは確かだった。

 私がやろう。その時決心した。自分のためか麻人のためかは自分でもわからないけど、
私が真実を突き止めよう。

 翌朝、一晩がたってだいぶ心の整理がついてきた。真実は相変わらずは闇の中だった
けど、自分がすべきことやすべきでないと思われることの仕分けについて、私はだいぶ確信
が持てるようになってきていた。とりあえず真実はまだ何も明らかになっていないのだから、
偶然に知ってしまった夕也と浅井副会長の会話のことを麻人に話すのまだ時期が早い
ことは確かだった。

 私は浅井副会長とは気が合ったしうまくやっていたつもりだったので、昨日は反射的に
浅井先輩と顔を合わせるのを避けてしまったけれど、一晩が経って落ち着いて考えると女
同士の話として副会長がどんな想いでこんなことをしようと思ったのか語り合えるのでは
ないかという気がしてきた。何といっても昨日の会話からは、浅井先輩は少なくとも麻人
のことを敵視しているようには思えなかった。夕也はともかく、少なくとも副会長は。い
ろいろあるけど、私は副会長先輩のことはこれまでお手本にするくらい心酔していたのだった。

 どっちみち副会長先輩とはこの先も一緒に作業をしなければならない。昨日の会話を聞
いてしまった私には浅井副会長に気取られずにこれまでどおり普通の態度を取る自信はな
かった。浅井先輩に率直に話しかけてみよう。私は結局そう決心したのだった。

 今朝に始まったことじゃないけど、こうなるまでは隣の家のドアから出てくる夕也と偶
然会えないかと期待していた私は、今日はこれまで以上に急いで夕也の家を通り過ぎた。
心配するまでなく以前は夕也と待ち合わせしていた時間には、彼は姿を見せなかった。駅
のホームに入ってきた電車の中には昨日と同様に麻人が一人でつり革に掴まっていた。

「おはよ」

 私は無理に明るい声を出すように努めた。今、私が悩みや疑問を抱えていることを、麻
人に感づかれてはまずい。でも彼の方も私の態度なんかを気にする状態ではないようだっ
た。

「有希。おはよう」

 それでも昨日の私の注意を気にしたのか一応、麻人は普通にあいさつをしてくれたけど、
相変わらずその目には以前のような生気は感じられなかった。

「・・・・・・二見さんからメールとかあった?」

 私は遠慮がちに聞いてみた。

「ねえよ」

 麻人はもう激昂することもなく淡々と返事をしてくれた。

「そうか」

 私ももうそれ以上何を言っていいのかわからなかった。

「じゃあ、よかったらお昼休み一緒に過ごそう」

「うん。気を遣ってもらって悪いな」

 麻人はそう言ってくれたけど、その目は相変わらず虚ろなままだった。

 今度こそ私は麻人に対して何といって声をかけていいのかわからなくなってしまい黙り
込んでしまったのだった。
338 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/11(木) 23:50:09.57 ID:VfUpLYzMo

 お互いに沈黙したままで電車は駅を離れたのだけど、その沈黙を気にしているような様
子は麻人にはなかった。むしろ私が黙ってしまったのをいいことに、再び麻人は自分の思
考に閉じこもってしまったようだった。

 いったい麻人は何を考えているのだろう。もちろん大切な自分の彼女である二見さんを
陥れた人物に対する復讐だけを思い詰めているのだろうけど、麻人にはその相手を特定で
きるヒントすら知らないはずだった。

 麻人にはまだ黙っていようと決めた私だったけど、今のようにひたすら復讐心だけを持
て余していて、でも全くその想いを前進させることができないで苦しんでいる麻人の気持
ちを考えると、私の決心も少し鈍ってきた。やはり、どんなに不確かな情報であっても麻
人には私が偶然知ったこの事実を伝えるべきなのだろうか。

 一瞬心が弱った。でも私は辛うじて思いとどまった。とりあえず、少なくとも浅井副会
長に事実関係を問いただそう。せめてそのくらいのことは試みてから麻人に対して話をし
よう。

 結局、麻人は私の初恋の相手だし大切な幼馴染だった。初めて二人きりで登校し出した
あの頃からはだいぶ遠いところまできてしまった私たちだけど、二見さんと付き合いだし
た麻人のことを、それでも大事に想う気持ちだけは変わっていなかった。そして麻衣ちゃ
が麻人を私に託してこの戦線から離脱してしまっている以上、麻人を救えるのは私だけだ
った。

 そういう訳で、夕也の本心すらわからなかったのだけど、私は麻人の味方になることに
腹を決めたのだった。たとえどんなにひどい事実が明らかになっても。私の麻人への恋が
裏切られることになったとしても。

 私と麻人が校門に入って二年生の教室に向っていた時だった。中庭に面した部室棟から
親密に寄り添っている男女が出てきた。それは麻衣ちゃんと生徒会長の石井先輩だった。
私と同時に麻人もその姿に気がついたようだった。
339 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/11(木) 23:50:55.65 ID:VfUpLYzMo

「あれ麻衣じゃん」

 麻人は少しだけ驚いたように言った。

「一緒にいるの誰だろうな」

「三年生の石井生徒会長だよ」

 私は麻人の表情を気にしながら言った。

「何か手繋いでるじゃん。会長って妹の彼氏なのかな」

 麻人は驚いてはいるようだけど傷付いていたり反感を持っている様子はなかった。私は
とっさに自分の知っている情報を麻人に伝えた。それは多分真実だったし。

「先輩ってパソ部の部長もしているんだけど・・・・・。麻衣妹ちゃんがパソ部に入部してか
ら、あの二人って仲良くなったみたい」

「麻衣って三年生と付き合ってるのか」

 麻人が言った。

「だから最近朝早くでかけたり夜遅かったりしたのかな」

「そうかもしれないね」

 私は答えた。

「あいつがねえ。あいつ、俺に依存しまくりだったのにな」

 麻人はその瞬間だけ二見さんのことを忘れたように、優しい微笑みを浮かべていた。彼
は自分の妹に初めて彼氏ができたことを祝福していたのだ。自らはこんな辛い状況にあっ
たのに。

 その時どういうわけか私は涙を浮かべた。私たちはこれまで麻衣ちゃんの両親の代わり
だったのだ。その私たちの自慢の娘が堂々と彼氏に寄り添って歩いている。

 そうだ。このことだけは祝福してあげなければいけないのだ。私の思考は今まで会長の
告白とか浅井副会長の嫉妬とかに囚われすぎていたのかもしれない。麻人と二見さんとの
ことには関係なく、今本当に純粋に幸せなカップルが誕生していたのかもしれないのだ。

「こう見るとお似合いだね」

私は寄り添ったまま周囲を気にせず一年生の校舎の方にゆっくりと歩いていく二人を眺
めて言った。

「あいつに彼氏ねえ」

 麻人が再び微笑んだ。

「そんな歳になったんだな、麻衣も」

「今度、麻衣ちゃんを問い詰めよう。私たちに黙って付き合うなんて水臭いじゃん」

「そうだな」

 麻人も微笑んだまま寄り添った二人を眺めてそう言った。
340 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/11(木) 23:51:21.56 ID:VfUpLYzMo

今日は以上です
また投下します
341 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/12(金) 09:01:09.04 ID:AA8WAh2R0
おつんつん
342 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/12(金) 15:24:06.24 ID:Zwx7Hx8So
おつ
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