【スペース・コブラ】古い王の地、ロードラン

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629 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/23(水) 03:48:31.93 ID:XGF7BpPT0
>>623
騎士の言葉は容量を得ぬものであると×
騎士の言葉は要領を得ぬものであると〇
630 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/23(水) 04:31:22.45 ID:MzWV9SEIO
何を企んでるんだか………
631 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [ saga]:2019/10/25(金) 07:07:30.63 ID:JyVx6aTo0
ベルカ「もうよい。今更自明を語るなど、汝の魂胆も見え透いている」

ベルカ「しかし、この罪の女神を策で飲み込もうと、汝を待つのは仮初めの政を束ねる席にすぎぬぞ」


法官「何を仰っているのか分かりませんな。私はただ、月の血筋を真の支配者に立てるのなら、太陽は良い隠れ蓑になると言っているだけです」



ベルカ「なっ…!?」


コブラ「へっ、傀儡政治かぁ」



法官「気付かないとでもお思いでしたかな?」

法官「大王も、その御子息も、大いなるソウルを得て竜を破りはしましたが、竜に心を奪われた。そして人間にも屈し、長子は自ら去って末娘は棄てられ、残っている太陽の子は人の貧者を救うことにかまけているグィネヴィア様のみ」

法官「実のところ、貴女もすでに分かっているのでしょう?太陽は弱い。冷たい月こそが人を縛り、神を支えるに足る血筋であると」


ベルカ「な…何を世迷いごとを…」


法官「世迷いごとではありません。貴女こそが正しいのですよ」


ベルカに背を向けたまま法官は話を続ける。
コブラは、今まさにベルカを陥れようとするクリスタルボウイへ向け歩き出し、祭壇を回り込み、祭壇を挟んで法官と対峙した。
そしてコブラは、ベルカからは見えぬ法官の手元に、アルトリウスへと渡された銀色のペンダントを見た。


法官「アノール・ロンドに残った太陽の子らは僅かに一柱。しかし月の血筋の者は、大王の妻である太陽と月の女神を含めて、四柱も残っている」

法官「そして篝火の薪となる大いなるソウルは、月の女神にも流れている。ならばもはや薄れゆく一方となった太陽の血筋よりも未来ある月の血筋を取るのは、薪に頼る身としては当然の判断でしょう」


ベルカ「………もはや是非も無い…」

ベルカ「全てはアノール・ロンドのため…世を照らす炎のために…」


法官「分かっていますとも。だからこそ私は、貴女をお支えしたいのですよ」


慰めの言葉とは裏腹に、コブラが眼にしたのは法官の不敵な笑みだった。
その笑みと共に法官はペンダントを右手に握り込み、自らの頭上に掲げた。



カッ!!


ベルカ「!?」


シュゴオオォーーーッ!!!


コブラ「! この光、アーリマンの力か!」



そして長方形の一室にある、ありとあらゆる影が、尾を引いて法官の右拳に集まり始めた。
集まった影は拳を中心に渦を巻き、拳の隙間からは紫色の刺すような光が漏れている。
祭壇の蝋燭は火を失って風に倒され、ベルカは突如現れた禍々しき輝きに圧倒され、思わず立ち上がり、闇の風に衣服をはためかせた。


ゴゴゴゴ…


だが風は10秒と続かず、すぐに収まって影を元の所へ手放し、輝きは消えた。
後には遠方からの微かな雷鳴に似た響きが数瞬続き、右拳を降ろす法官の周りには、倒れた燭台以外に破壊の痕跡は残らなかった。
法官はその燭台を左手で拾うと、祭壇の上に戻し、ワインをグラスに注ぐかのような静かな動作で、順々に火を灯していった。
632 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [ saga]:2019/10/25(金) 09:18:42.48 ID:JyVx6aTo0

ベルカ「今のは……」


法官「珍しい魔術というものですよ。女神であるとともに魔女でもある貴女なら、今の行いに魔力が働いた事も分かるでしょう?」


ベルカ「………」


法官はゆっくりと振り向いたのちに、歩きながらベルカに語り掛ける。
自らの脚の存在を忘れているのか、ベルカは一足退がることさえ出来ず、その場に立ち竦んでいた。


法官「太陽の血筋を弱めるのならば、突くべき弱みがあります」

法官「それは心です。まずは太陽と、太陽を慕う者達の心を攻撃するのです」


ベルカの前に立った法官は、汗ひとつ無い右掌をかの神の前に差し出し、指を開いた。
そこにはベルカの知るままの姿として、宝具として何の変哲も無いと言えるペンダントがあった。


法官「ひとつを去らせ、ひとつを封じ、ひとつを繋ぎ、ひとつを殺す。全てを殺してはならない。全てを繋ぎ止めてはならない」

法官「人も神も、こと支配被支配の関係という点については、いくつかの共通点があるという事は、貴女も見てきたはずだ」

法官「だからこそ今回は殺しが必要なのです」



ベルカ「まさか…そなたは…」



法官「アルトリウスを殺しなさい」

法官「あれが死ねば四騎士は封じられ、太陽の血筋の復権を求める者は去り、暫定政府の力に浴する者達は貴女に繋がれる」


グウィンドリン「………」


女神の瞳の中に陰りを見た法官は満足すると、ベルカにペンダントを握らせ、ベルカの隣を抜け、歩き去って行く。


法官「神々に黄金の時代を」


一室の出入り口を出る際に、法官は一言そう漏らして、去って行った。
クリスタルボウイの記憶の風景であるために、法官が去った一室は闇に溶け始め、崩れてゆく。
ベルカの動きも止まり、蝋燭の炎も揺らぐ事なく、その形を揺らがせてゆく。
溶けゆくベルカの眼の焦点は定かではなかったが、その瞳からも、コブラには多くのものが読み取れた。
またも闇へと転移するその一瞬、コブラが見たもの。
それは強い焦燥や後悔、恐怖の類だった。



コブラ「後悔したってもう遅いぜ。真面目な奴ほど同類を殺すはめになる。神の国に引きこもってないで、もっと外を見ておくべきだったな」

コブラ「しかしボウイの奴も派手な魔法を使いやがる。本当に誰にもバレなかったのか?」


グウィンドリン「アノール・ロンドの城内にて闇の魔術が振るわれる事など、本来あってはならないはずだった」

グウィンドリン「だが、我が父と兄が人の闇を探り始めた時より、城に闇の気が漂うなども、さして珍しい事では無くなっていたのだ」

グウィンドリン「シース公の結晶には、人の闇と似た呪いが込められている。その結晶を大書庫に置き、六目の伝道師達が物品を持ち寄って毎日のように城と書庫を行き来したとあれば、闇の気も移る」

グウィンドリン「ゆえに目撃者無き闇の気の乱れとあれば、疑いの目も法官ではなく、大書庫にこそ向けられようというもの」


コブラ「影を隠すなら闇にってワケか」


グウィンドリン「これからしばらくの間、映る記憶は無い。全てが終わったのちに、神々のしたためた書物による知識として…」


コブラ「ただ知るのみである、だろ?」


グウィンドリン「それに尽きる」


コブラ「OK、それじゃあ話してくれ」
633 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/25(金) 13:20:32.13 ID:miruY51Yo
そういやこのベルカって奴は今どこで油売ってるんだ……?
634 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/25(金) 14:11:53.60 ID:lza1CYQxO
>>633
ゲーム内だとガチの消息不明
635 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/28(月) 23:27:59.81 ID:aD8xBuhO0
一気読みした。
このSS読んでると今プレイしているダクソリマスター版が、仲間と協力して試練を乗り越えていく、正統派冒険RPGのように思えてくるから困る。
実際はほとんどBGMすらない中何度となく死にまくりながら進み、最終的に登場キャラの大概が死ぬか亡者と化す世界だというのに。
636 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [ saga]:2019/10/29(火) 06:55:21.17 ID:yOY1b+4D0

グウィンドリン「うむ。ベルカと暫定政府は、アルトリウスを死地へと向かわせたのちに、月の血を引く者を再び幽閉した。そして暫定政府の横暴に批判的、あるいは反発していた者達の立場も、アルトリウス行方知れずの報がアノール・ロンドに届くと、一層に危うくなった」

グウィンドリン「暫定政府の神々を色恋により翻弄し、移り気と罵られながらも、我らと我が母を陰ながら護った寵愛の女神フィナ」

グウィンドリン「月の血を秘すべき指導者に立てるという、ベルカの真意に気付くことなく、シースと我ら月の子らを厳しく縛り、我らの無力を暫定政府に訴え続けた岩のハベル」

グウィンドリン「同じくベルカの真意を知らず、しかしすでに傀儡と化した己の身を知る太陽の王女。暫定政府に、王家の者としての尊厳ある立場を、月の血筋の者達に約束するよう訴え続けた我が姉グウィネヴィア」

グウィンドリン「その三柱を中心とした、神々と被使役層の巨人達による旧体制派も、急速に力を落としていく事となった」


コブラ「王家大好きな四騎士がもういないんじゃ、政治的拮抗ってやつも御破算か」


グウィンドリン「然り。録を付ける者は法に仕えなければならず、その法はベルカの手中にあった」

グウィンドリン「ゆえに我が読んだ多くの録にも、この沙汰に関する項が極めて少なく、多くが省略されている」

グウィンドリン「最も事細かく記したものも、一行半程度で済まされていた」


コブラ「この一大事件がか?どんなマジックを使えばそうなる?」


グウィンドリン「録にはこうあった」

グウィンドリン「『太陽の血筋を重んじる多くの神々が、被使役層の巨人と共に暫定政府への反意を示したが、ベルカ三権長が、グウィネヴィア王女の身の安全は自身の全責任において保証すると広く宣言すると、彼らの反意は収められた』と」


コブラ「こらまた上手にまとめたもんだぜ。王女を人質に取りました、じゃ正当性が通らないもんな」


グウィンドリン「録を書く者はいたが、それを見聴きし伝える者は何処にもおらぬのだ。本来ならば正当性とやらも気にかける必要は無い。ただ、悦に浸ったのだろう」

グウィンドリン「だがその愉悦も……否、愉悦を抱いたからこそ、更なる反意を育んだのだろうな」



グウィンドリンがひとまず語り終えると、新たな転移が行われた。
コブラとグウィンドリンはまたも新王を弾劾した大広間に立ち、コブラの眼には今や見慣れた者達の姿が映った。
法官と暫定政府の神々。銀騎士達。広間を埋める神々の姿。空の玉座の隣に立つベルカ。場の警護を任されたオーンスタイン。
彼らの視線は、玉座の前に四つん這いとなっている、被告者たる一体の被使役巨人へと向けられている。
その被使役巨人に憐れみの眼を向けたのは、見せしめを見ざるを得ない立場にある、王家の者達だけである。
だが被告たる巨人が受けるのは、アルトリウスが得た任ではなかった。



巨人「いやだ!いやだ!王様、たすけて!」

ガシッ!


空の玉座に助けを求める巨人の首根っこを掴み、引き倒したのは、オーンスタインだった。
ベルカが巨人に言い渡した刑罰を執行するため、広間の隅にある昇降機から姿を現したのは、大鎚を担いだスモウ。


コブラ「…粛清か…」


ベルカ「これより、王女グウィネヴィア様への拉致を画策した罪により、汝を死刑に処する。最期に言い遺しておくべき事はあるか」

巨人「お、おれ、おれ、お偉い方々に戻ってほしかっただけ!昔みたいに!おれ、王女様さらわない!」

ベルカ「ではスモウ、刑の執行を」

巨人「いやだ!いやだあああ!!あああああ!!」


被告者たる巨人は四つん這いの身体を起こそうと、全身に必死の力を込めるが、オーンスタインの竜の如き大力に首を抑えられ、ただ糞尿を漏らすだけだった。
辺りに立ち込める悪臭に神々は顔をしかめ、笑う者や罵倒を叫ぶ者もいた。
月の子らは哀れみによって皆うつむき、彼らの母もたまらず巨人から眼を背けたが、王女グウィネヴィアは溢れんばかりの涙を溜めた目で、もがく巨人を見つめた。
王家の者の言葉は、容易く均衡や公平性を損なわせるという事を、グウィネヴィアは知っている。だからこそ、助けにも眼で応えるしかないのだった。


コブラ「うっ!」

グウィンドリン「………」


あらゆる尊厳を奪われた巨人は尚も、その場にいもしない王を呼び続け、そしてスモウの大鎚は振り下ろされた。
広間を揺るがす轟音と共に、巨人は頭と下半身と両腕を残し、一撃のもとに叩き潰され、瞬時に絶命した。
被使役層の者であるとはいえ、被告者たる巨人は超常の存在である。破壊された巨人の肉体はすぐにソウルとなってスモウの身体に纏わり、消えた。
そして跡には、漏れ落ちて人の膝ほどの高さに積み重なった糞尿と、涙の水たまりが残った。
637 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [ saga]:2019/10/29(火) 19:40:45.23 ID:yOY1b+4D0
グウィンドリン「………」


グウィンドリン「…コブラよ。この場で落命せし巨人に、我が姉上をさらう事はできるか?」


コブラ「無理だろうな。城の護りはオーンスタインが固めているし、騎士連中もいる。第一、巨人の身体で入り込める場所なんてのは、この城には殆ど無い」

コブラ「こいつは見せしめだ。容疑も容疑者もどうでもいいのさ」


グウィンドリン「然り。録にはこの者を含め、多くの大罪者が記されてはいた」

グウィンドリン「しかしその痕跡は録に残されてはおらず、真実を暴こうとした者は暫定政府に貪欲との誹りを受け、貪欲者の烙印を押され、卑小な者へと堕とされた」

グウィンドリン「例えそれらの見せしめが、太陽の血を縛り、月の血を立てるため、ベルカが行った致し方の無い生贄であるとしても、我には許しがたい行いだ」

グウィンドリン「真実を知らぬ者達にとっては、尚のことであろう」



処刑場からコブラとグウィンドリンは転移し、再び闇だけが二者を包んだ。
グウィンドリンは語りを続ける。



グウィンドリン「太陽の血筋を重んじる者達と、月の血筋を重んじるベルカ率いる暫定政府の対立は、急速に深まっていった」

グウィンドリン「対立が闘争へと変じるのに時は要さず、戦いによって多くの神々と巨人が誅殺され、あるいは追放された」

グウィンドリン「我ら月の子らは、太陽の派閥の者が処刑される時のみ、束の間の解放を許されたが、我らはそれを恐れた」

グウィンドリン「我らは牢から放される度に、我らの前に何者が跪いているのかを想った」

グウィンドリン「そして、引きずられた者が友で無く、顔も知らぬ者であったとしても、我らの心はその者達と共に穢され、不名誉に死んでいったのだ」


コブラ「………」


グウィンドリン「戦いは終始、ベルカの優勢だった。のちに知ったことだが、ベルカは王家の者の名を皆使い、王の刃たるキアランを手駒としていた」

グウィンドリン「王家の血を絶やさぬ訳にはいかぬ身で、かつ幽閉によって政から離されていたとあれば、キアランとて、正常な判断が出来得るはずもない」

グウィンドリン「結果として、キアランの双短剣は神々の血肉に染まり、力を弱めて身体を残さぬ身となった者からは、キアランは多くのソウルを吸収することとなった」


グウィンドリン「処刑者スモウも例外ではない。大鎚を振るって神々を弑するその姿を、太陽の派閥の者達は恐れ、また忌み嫌った」

グウィンドリン「スモウは処刑に愉悦し、犠牲者の骨肉をすり潰し、もって自分の精にしていたと彼らは風潮した。酷薄な者であるがゆえに、大王も四騎士の列に序さなかったのだとも」

グウィンドリン「スモウが異形の神であり、故に吐息も吹き笑いと聞こえる事をいいことに、彼らはスモウを散々に罵っていた」


グウィンドリン「アノール・ロンドの行ったオーンスタインへの仕打ちは苛烈の一言に尽きる。竜狩りは仮にも味方たる暫定政府に疎まれ、嘲笑を浴びせかけられ、太陽の派閥にはかつての同胞ばかりがいた」

グウィンドリン「王家に忠誠を誓い、前王から雷の秘術を学ぶ程に太陽の威光を信じていた身でありながら、オーンスタインは多くの同胞をその刃に掛けるよう命じられたのだ。共に太陽を信奉し、雷を学んだ者達を」

グウィンドリン「そして、暫定政府はそのような身に陥ったオーンスタインに、報いることは決して無かった」


コブラ「………」


グウィンドリン「臣民の落命は止まることなく、神心は荒廃し、戦いは収まる気配すらも見せぬ。希望の見えぬ世にあっては、己の命の尊さを忘れる者も少なくはない」


グウィンドリン「我らが母も、その一柱であった」


コブラ「なに…?」



コブラの疑問と共に、闇には月光が差した。
月光に照らされた闇からは、夜影に染まった一室の壁が現れた。
新たな転移は、ドアから月光が差している、かつてのグウィンドリンが幽閉されていた一室に、コブラを立たせていた。


「母上……」


コブラの背には、呆けたようなグウィンドリンの声が掛かり、コブラの眼前には、オーンスタインを連れた月と太陽の女神が立っていた。

638 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [ saga]:2019/10/29(火) 23:26:08.10 ID:yOY1b+4D0
古き日のグウィンドリン「何故……如何にしてここに…?」


かつてのグウィンドリンからの問いに女神は応えることなく、オーンスタインを置いて一室へと入り…


古き日のグウィンドリン「!」グイッ


我が子の細腕を掴み、椅子から立たせると、部屋の外へと連れ出した。


古き日のグウィンドリン「あ、姉上?…それに…」


一室から抜け出たグウィンドリンの眼に映ったのは、母とオーンスタインだけではなかった。
神妙な面持ちで立つ寵愛の女神フィナの後ろに、グウィネヴィア、プリシラ、ヨルシカの三柱が、不安に陰る目線をかつてのグウィンドリンに送っていた。
アノール・ロンドの夜に輝く月光は、長い廊下の左側に一定間隔で続く大窓から、光の柱を差し込んでいる。


月と太陽の女神「オーンスタイン、追っ手の気配はありますか?」

オーンスタイン「近付いてきます。既に時は無いかと存じます。早急な脱出を」

古き日のグウィンドリン「脱出…?」

月と太陽の女神「分かりました。細かい話は歩きながら話しましょう。着いてきて」グイッ

古き日のグウィンドリン「あっ…」


状況の掴めぬかつてのグウィンドリンは、ただ母に腕を引かれるままに、廊下を足早に歩かざるを得なかった。
オーンスタインを殿に置き、王家の子らを率いる月と太陽の女神の横を、コブラと今のグウィンドリンは歩いた。
コブラもその軽口を開かない。この先何が起こるのか、グウィンドリンに尋ねるにはあまりに酷であるとコブラ判断していた。


月と太陽の女神「グウィネヴィア、貴女は火の神フランを訪ねなさい。あの方は火継ぎの法を考案し、フラムトを友としています。追っ手が掛かる事は無いでしょう」


グウィネヴィア「わ、分かりました…」

月と太陽の女神「ヨルシカ、貴女は竜の血を最も濃く受け継いでいます。故に前王も、太陽の血筋を快く思わぬ者達も、貴女を歓迎するでしょう」

月と太陽の女神「ですが最も安全と思えるのは…」


ババッ! ダン!


月と太陽の女神「!」


速歩きに廊下を進む神々を飛び越えて、オーンスタインは月と太陽の女神の前に降り立つと同時に、十字槍を構えた。
オーンスタインの目の前には、光差す窓と窓の間に直立する、黒い人型が置かれている。


月と太陽の女神「オーンスタイン!」

オーンスタイン「構わずお行き下さい。私めはこの者を打ち破り、直ぐに後を追います」


ゴオオォーーッ!


槍を中腰に構え、人型に向かってオーンスタインは跳躍した。
矢のような突貫に人型も駆け出し、その顔を月光に晒した。


オーンスタイン「!」ドガッ!


人型の顔を確認し、オーンスタインは石床を踏み砕きながら槍を押し留め、止まった。



キアラン「王の刃キアラン、暗月の命を受け、馳せ参じました」



オーンスタイン「キアラン…来てくれたか」


オーンスタインも、王家の者達も、人型が被る純白の面には見覚えがあった。
四騎士の長たる竜狩りは、王の敵を弑する刺客達の長からの救援に、心から感謝し、勇気を震わせた。
そして誉れ高き竜狩りの十字槍で、困惑とともにキアランからの黄金色の一閃を防いだ。
639 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/10/30(水) 05:50:01.50 ID:hsyy272W0
>>628
コブラ判断していた×
コブラは判断していた◯

>>637
グウィンドリン「しかしその痕跡は録に残されてはおらず、×
グウィンドリン「しかし大罪者が行ったとされる罪の仔細は録に残されておらず◯

寝て起きたら間違いに気付くという長文あるある
プロの作家ってすごい
640 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/30(水) 08:58:22.92 ID:MibxF2sIo

誤字脱字はセルフチェックだとどうしてもね……
ダブルチェックしててもダメなときはダメだけど
641 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/30(水) 17:05:55.79 ID:e+zhadnXo
プロの作家には当然校正のプロがついてるからねしょうがないね
642 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/11/04(月) 06:36:46.31 ID:O7i5hxZS0
>>619
巨人は胴と手足に鉄を巻き、右肩に石の木を付け、左肩を露わにした巨人が立っていた。×
巨人は胴と手足に鉄甲を巻き、右肩に石の木を付け、左肩を露わにし、その身に比しても大きいと言える歪な大弓を背負っている。
643 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/15(日) 10:38:09.47 ID:x4I+PxLGO
まってる
644 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/01/13(月) 07:28:29.05 ID:doNv1YA50
カァーン!

コブラ「!」

オーンスタイン「ぬぅっ!」


殺意無き刃などは、神域にある者にさえ防ぐのは難しい。
足運びや重心の移動といったものを一切捨てた、文字通りの型破りな槍捌きにより、確かに辛うじてオーンスタインは一閃を防ぎはした。
だが片脚を浮かせ、大きくのけ反る姿勢で攻撃を受けたとあっては、返す刃も無い。


古き日のグウィンドリン「!」


そして、はためく暗蒼の衣から音さえ立てず、しかし宙舞う葉の影のように、キアランは王の血筋たちの元へ走った。
その左手には暗銀に輝く鋸刃の短剣が握られている。


ガッ! ズダァン!


だがキアランの凶刃は王家の者の首を掻かなかった。
のけ反った姿勢から更に身を翻したオーンスタインが、倒れ際にキアランの左腕を掴み、その身ごと押し倒したのだ。


ブンッ!


倒れ込んだキアランは、自身の左腕を拘束するオーンスタインの右腕に、空いていた手を掛けると、そこを起点に車輪の如く回転。

バキバキッ!!

オーンスタインの右腕を捻り折り、拘束から逃れ…

ダッ!

再び王家の者たちへ向け駆け出し…


ドカッ!!


キアラン「!」ドサッ


オーンスタインの左腕が投げ込んだ十字槍に右太腿を貫かれ、再び転倒した。
はじめのキアランの斬撃から、彼女の脚が貫かれるまでは、二秒と経っていない。
ゆえに制止の声が遅れ、その内容に矛盾が生じるのも必然であった。


月と太陽の女神「お止めなさい!王の四騎士ともあろう其方らが、王の命なく何故に剣を交えるのか!」


折れた右腕を癒すこともなくオーンスタインは立ち上がり、地に伏したキアランは上体を起こして、制止の声に聞き入った。
そして声を受け入れたキアランの心情をコブラは汲み取った。
刺客の長にも迷いがあり、それは軽々しいものでも無いのだと。


「剣を交えさせたのは貴女様でございましょう」


数俊の静寂の後、廊下の奥の暗闇から、新たな声が響く。
神々は皆声へ顔を向け、何が起きているのかグウィンドリンに尋ねようと口を開きかけたコブラは、再び口をつぐんだ。


ベルカ「オーンスタイン…四騎士たる者がその身の任を忘れたか。雀蜂が王の血を吸うとでも?」

ベルカ「だが……おかげで事も荒げずに済んだ。王家の者を捕らえ、毒の刃で脅す事と比したならば、四騎士の血が流れることなど軽いのでな」

月と太陽の女神「我らの名を以ってキアランを動かしたと聞き及んではいましたが、そなたに恥は無いのですか!?」

月と太陽の女神「眩んだ統治者とはいえ、今そなたが行うべきは我らへの罪状提示と、キアランへの謝意のはず!」

ベルカ「謝意などは全てが済んでからです。今はこの事態を治めなくてはなりません」

ベルカ「あなた方がなんとしてもこの地より逃れたいと願うならば、我らはなんとしてもそれを阻まなければならないのです」

645 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/13(月) 21:26:38.12 ID:BOpq8V7AO
殺し合わせるとは中々に鬼畜
646 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [ saga]:2020/01/14(火) 04:58:34.78 ID:vE/hdyzg0
挑戦的だが頑なでもある様子で語る罪の女神を、月と太陽の女神は真っすぐに見据え、一歩だけ近付いた。
寵愛の女神フィナがかの女神の前に身を乗り出すが、その肩もかの女神は手で制し、退かせる。


月と太陽の女神「なんとしても……それは真の言葉ですか?」

ベルカ「偽り無く」

月と太陽の女神「………」


コブラ「……」


グウィンドリン「……」



月と太陽の女神「…キアラン、残滅をこれへ」



キアラン「!!」ピクッ


ベルカの短い返答からやや間を開け、かつての大王の妻たる者が口にした命令を聞き、キアランは背中を斬られた者の如く顔を跳ね上げ、かの女神の眼を見た。
その眼は硬い決意を湛えて静かに、しかし結晶のように冷たい光をキアランに返している。
冷たい決意が何を示すかをオーンスタインとフィナは知っていたが、かの女神の子供たちは事の成り行きに漠然とした不安を感じるだけであり、それはベルカも同じだった。
同じではあったが、ベルカの抱いた不安は今にも火を吹きそうなほどに膨らんでいた。
そしてコブラもまた…


コブラ「…グウィンドリン。こんなものを俺に見せて本当にいいのか?」


グウィンドリン「後悔は無い。世の為であるならば」


コブラ「世の為、か…」



並んで記憶を見届ける者に、グウィンドリンはただ応えた。
刺冠に隠れたその顔はコブラからは窺い知れない。だが心が繋がるのなら、哀しみもまた繋がっている。



キアラン「でっ…」


月と太陽の女神「………」


キアラン「…できません…」

月と太陽の女神「貴女が出来ないのは我が命を拒むこと」

キアラン「ならば四騎士の位などすぐにでも棄てましょう。ですからどうかそれだけは…」


縋り付くような小さな声を震わせて、口速に懇願するキアランの言葉を、決意の正体に見当がついたベルカの怒声が覆い消した。


ベルカ「そ、そうです!罪の女神の法において許されぬ事です!い、いや如何なる神世に!人界にあっても到底許されない!」

ベルカ「闇が迫りつつある人界に神の自死など伝わっては、如何なる事が起こりうるか承知しているのですか!?」

ベルカ「それこそあらゆる手管を用いて秘匿せねばならぬのですよ!?そのような事を行えば、血筋の者を除いた貴女様の遺す全てを、アノール・ロンドより隠滅することになりましょう!」

月と太陽の女神「ええ、そうなるでしょう。オーンスタイン」


ゴゴゴォォン…!!


ベルカ「なっ…!」


主君の命を受け、オーンスタインは左掌に雷球を握った。
動揺を隠さぬベルカの前で、雷球は曇天を裂くような雷鳴を上げながら細り、槍のように尖っていく。
全身に寒気を覚えたキアランは自身の右太腿を貫く十字槍に手を掛けたが…

ドガシャアアン!

雷の大杭を握ったオーンスタインに背中を踏みつけられ、石床に縫い止められた。
647 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/14(火) 07:38:31.64 ID:G34iFYqNO
うわあああ
648 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/14(火) 08:37:20.19 ID:NgCvFBIdO
あわてふためくベルカを見てちょっとザマアと思ってる俺がいる
649 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [ saga]:2020/01/15(水) 05:37:47.56 ID:wifFd3Lt0
ベルカ「よせ!」


ヴオォーン!


コブラ!」


かの女神の腹めがけ、オーンスタインが雷の大槍を振り上げた瞬間、ベルカの手元から、紫色に輝く光線で形作られた円陣が放たれた。
回転しながら空中を直進した紫光の円陣は分かたれて、ベルカを除く全ての神々に巻きつく。
その拘束は神々から体の自由こそ奪いはしなかったものの…


バリバリッ…


オーンスタインからは、僅かな火花を残して雷の大槍を奪った。


コブラ「今のはなんだ?」


グウィンドリン「ベルカの禁則。人の世では沈黙の禁則と伝えられている、ソウル封じの術だ」


ソウル封じの術と聞き、コブラは自身に打ち込まれた王の封印に意識を一瞬そらしたが、すぐに見るべき修羅場へ視線を戻した。
術を封じられたオーンスタインには太陽の雷も癒しも生じない。右腕も治せず、手甲の隙間からは白いソウルが漂っている。


ベルカ「そこでじっとしていろオーンスタイン!そなたは既に囚われの身!」

ベルカ「月の君よ!貴女には禁則と共に因果応報も掛けさせていただいた!竜狩りが貴女を害するならば、竜狩りが深傷を負うでしょう!」

ベルカ「己の生命を蔑ろには出来ましょうが、忠義者を弑するなど貴女には出来ぬはず!」

月と太陽の女神「下がりなさい」


ベルカ「!?」


月と太陽の女神「ここに立つ者みなに命じます。下がりなさい」


ベルカ「……?…」


かの女神からは十全に距離を取っているベルカは、かの女神の真意をまたも取り損なっていた。
暗銀の残滅を持つキアランもかの女神からは離れて伏しており、得物も命に逆らって、手放していない。
オーンスタインには既に武器が無く、唯一の武器となるであろう拳では、因果応報に守られたかの女神の命を害することはできない。
例えキアランの脚から槍を引き抜き、それを用いるとしても、やはり因果応報を破ることはできない。

急行してきた銀騎士達が脱走者をみな捕らえ、再び繋ぎ止めるだろう。
考えを巡らせたところでベルカにはそれ以外の答えを見出せず、それは王家の子らも同じだった。
皆一様に静まると、かの女神は子を説く母のように柔らかく、しかし瞳に何も映さず、誰へともせず語りかけはじめた。


月と太陽の女神「ベルカ、貴女は何を恐れているのです」


ベルカ「…恐れ?」


月と太陽の女神「竜ですか?それとも私達?」

月と太陽の女神「外の世の有様ですか?地位の失墜ですか?」

ベルカ「…何を、話しているのですか?」

月と太陽の女神「それとも人が…闇が恐ろしいのですか?」


ベルカ「!」


月と太陽の女神「このアノール・ロンドは私の夫無きあと、私の末娘を捨て、私の息子を追放し、私の子供たちを封じてきました」

月と太陽の女神「それには私の夫の行いも含まれているでしょう。多くの英雄の犠牲と、罪無き者の罪を以って、行われたのでしょう」

月と太陽の女神「神の国は闇への恐れと共に生まれ、闇への恐れと共に生きてきたのでしょう。それは私も同じです。私達皆が闇を恐れているのです」


月と太陽の女神「何故なら闇とは我々だから。我々はみな闇を食み、闇を友としてきたのです」
650 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/01/15(水) 06:00:11.05 ID:wifFd3Lt0
>>649
×唯一の武器となるであろう拳では、因果応報に守られたかの女神の命を害することはできない。
◯唯一の武器となるであろう拳では、因果応報に守られたかの女神の生命を害することはできない。
651 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/15(水) 07:50:56.65 ID:wifFd3Lt0
古き日のグウィンドリン「…?」

ヨルシカ「おかあさま?」

プリシラ「………」

グウィネヴィア「お母様…何を仰っておられるのですか…?」


ベルカ「………」


月と太陽の女神「ベルカ、貴女には分かるでしょう?私の話の、その意味が」


ベルカ「…いえ…それは見当違いです」


月と太陽の女神「貴女は生まれながらの魔術の使い手」

月と太陽の女神「そして、アノール・ロンドに生まれた生粋の魔術者たちは、貴女を除いて皆、白竜公さえも私から産まれました。」

ベルカ「貴女は思い違いをしている。そうでなければ時間稼ぎだ。このような…」

月と太陽の女神「ですが貴女は私と違い、月の魔力とは別の魔力を宿しています。それは貴女だけのもの」

月と太陽の女神「そう……私達は血の繋がりは無くとも、あるいは父を違えた姉妹なのでしょう」

グウィネヴィア「父を…違えた?……お母様、先程から何を…」

グウィネヴィア「!」


母を問いただそうとした王女を、位さえ許されぬプリシラが目で制した。
ほつれ始めた弓を引き絞るような緊張を宿す視線は、他の兄弟姉妹たちに口を開かせなかった。


ベルカ「…何を言って…」



月と太陽の女神「あのお方は皆を御作りになり、私と貴女を見ていたのです」



ベルカ「!!!」


心胆を凍えさせる言葉にベルカは眼を見開き、一歩二歩と退く。
そして開いた眼を自身の足元に落とした。まるで見てはならぬ者を見たように。


月と太陽の女神「気付かないとでも思いましたか」

月と太陽の女神「貴女が太陽の血を傀儡にして、月の血に神代を握らせようとしたことを、隠しおおせると思いましたか」

月と太陽の女神「闇に抵抗する力が強い暗月に、貴女は太陽の血筋を、アノール・ロンドを、私達を護らせようと画策したのでしょう」

月と太陽の女神「あのお方の望み…それを看破できぬ身であっても、貴女は精一杯、アノール・ロンドを護ろうとしたのでしょう」

月と太陽の女神「ならば見るのです。今のアノール・ロンドを。この黄昏を」



ベルカ「………」



月と太陽の女神「貴女の護った臣民は、ここにはいません。貴女の護った英雄は、輝きは、ここにはいません」



ベルカ「……私は…ただ…」


月と太陽の女神「教えてベルカ。貴女の心はどこに追いやられたのですか?」


ベルカ「貴女には…貴女には分からない…安息などは一時たりとも無かった。貴女が王と共に世の春を謳歌している間、私は…」

月と太陽の女神「ならば語らうべきだったのです。あのお方に知られようとも、光が無ければ闇もまた深まりません。それをあの方も知って…」

ベルカ「あの者の策謀に逆らわなかったのは貴女も同じだ!あの者の望み通りに世を歩き、死者を見届け、子を成し、子を放したではないか!私の味わった苦渋を責めるというのなら、それを捨て置いた貴女は何だというのだ!貴女は私と共に神々を誅殺し、巨人達に重きに過ぎる罰を与え、人に亡国を与えたのだ!そのような私と同罪である貴女が私を責めるというのなら、貴女はなぜ牢から逃れてここに立っているのだ!!罪の女神たる私を差し置き、私を裁いて己だけ許すというのか!!」
652 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/15(水) 10:59:24.53 ID:6EwuS/0BO
グウィンェ………
653 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/16(木) 00:14:10.03 ID:uIlizDYj0
ベルカが溜まらず思いの丈を吐き散らした直後、記憶の世界は静止した。


グウィンドリン「この時、母とベルカの言う何者かというのは、我が父グウィンを指すものとばかり思っていた」

グウィンドリン「幾つかの矛盾を承知しつつも、それは己が未熟の身であるがゆえに、多くを見渡せぬからだと」

グウィンドリン「暗黒神の陰謀など梅雨と知らず、例え語られようと、信じはしなかっただろう」



グウィンドリンの独白が終わると、記憶の世界は再び動きだした。
ベルカからの弾劾を受けたかの女神は数秒の間を置き、ベルカが平常を戻すのを見ると、語りかけた。



月と太陽の女神「ベルカ」

ベルカ「!」

月と太陽の女神「我ら火によって生を受け、生を広め、また生を失う」

月と太陽の女神「去りし生は闇に還り、火は闇に還り、光は闇に還る」

月と太陽の女神「ベルカ。人がなぜ無明たる者であり続けるのか、貴女は分かりますか?」

ベルカ「それは…きやつらが闇に生まれ、闇の力を持つゆえと決まっているでしょう」

月と太陽の女神「それもあるわ。でも、彼らが闇たる者であり続ける真意は、別のところにあるのです」


月と太陽の女神「それは、闇が暖かく、愛おしいから」


月と太陽の女神「闇は、火が遠ざけ虐げてきた者達を受け入れ、我らをも、その温もりで包むから」


月と太陽の女神「私はあのお方の意思に背くこと無く、貴女と共に、あらゆる凄惨を見てきました」


月と太陽の女神「ですが、私は愛を知っています。闇の温もりを知っています。それが、我ら神々の内にあることも」


ベルカ「………」




月と太陽の女神「だからこそ、私は我が子を護り、エレーミアスの名は冷たい絵画にのみ遺るのです」






月と太陽の女神「オーンスタイン!」

ベルカ「!?」

ガッ!

号令と共にオーンスタインはキアランを踏みつけに、エレーミアスへ向け跳躍した。
キアランの右手は飛びゆくオーンスタインの脚へ伸びたが、人差し指を踵に掠らせるのがやっとだった。


ドガッ!!

ベルカ「なっ!?」

グウィネヴィア「あっ!」


折れたはずのオーンスタインの右腕が渾身の力で振るわれ、エレーミアスの胴を突き破ると…


バキイィーン!!


その傷口からは紫色の威光が放たれ、光はオーンスタインの全身を砕き、突風となって辺りにいた者の衣服をなびかせた。
鎧の全ての隙間からソウルを吹き、オーンスタインは崩折れる。

ガン!

だが、致命傷を負ったはずのオーンスタインは踏み留まった。
そして漂うソウルを全身から吸い上げつつ、倒れゆくエレーミアスの首を掴み、持ち上げた。
654 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/16(木) 01:36:25.08 ID:1ykH99AsO
エレーミアスが月の女神だったとは
655 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/16(木) 07:16:32.97 ID:uIlizDYj0
コブラ「………」


ベルカ「貴様っ、何てことをーッ!!」


禁則はあらゆる魔術と奇跡を封じ、それはベルカも例外ではない。
それすらも忘れて駆け出したベルカの心は、怒りと困惑、焦燥に掻き乱されていた。
オーンスタインを組み伏せるべく手を伸ばそうとも、それはただの手に過ぎないというのに。

ズボォッ!

オーンスタインは脱力したエレーミアスの腹部から、ソウルの白煙を上げて右腕を引き抜いた。
その腕にベルカは絡みついたが、主君を弑する程に硬い意思で動くそれを制するなど、術無しの身では不可能であった。


ブンッ!ドカーッ!!

ベルカ「ぐはっ!」


ベルカは竜狩りの膂力に振り回され、壁に窪みを掘るほどの勢いで叩きつけられると、白煙を吐いて石床に伏す。
ヨルシカと古き日のグウィンドリンは呆けたように母親を眺めていたが、その視線を身で遮ったプリシラに抱き寄せられた。


プリシラ「グウィネヴィア!見てはなりません!」

グウィネヴィア「…母様……どうして…」

プリシラ「グウィネヴィア!!」


オーンスタインは自由になった右腕を再び握り込むと、エレーミアスの首を締める左掌に力を入れ、かの女神を壁に押さえつける。
そして葛藤かも怒りかも、哀しみかも分からぬ震えに苛まれた右腕を振るった。

ガゴッ! バギッ!

かの女神の顔に二度殴打が加えられたところで、グウィネヴィアがオーンスタインの背に飛び付き、かの女神から引き剥がそうとし始めた。

ゴッ!

三発目の拳がエレーミアスの片眼からソウルを吹き出させた時、キアランはようやく自らの脚から十字槍を引き抜き、オーンスタインへ向け這いずりをはじめた。

グシャッ! バシャッ!

頭部への殴打に耐えかねたのは、かの女神ではなく竜狩りの方だった。
オーンスタインは殴打をやめ、代わりとして穴の開いたかの女神の腹部に右腕を突っ込み、ソウルを肉と共に掻き出しはじめた。
エレーミアスは小さく呻き声を上げるようになり、コブラはたまらずグウィンドリンへ声を荒げた。


コブラ「なぜだ…なぜオーンスタインは彼女を苦しめる!なぜ安らかに死なせてやらない!」

グウィンドリン「神が死ににくいからだ。首を折ろうが胴を抜こうが、ソウルがその身にある限り神は死なぬ。故に幾度も斬り、抉らねばならぬ」

グウィンドリン「故に、禁則の威力を受けぬ癒しの力が、数多の妨害を受けるであろうオーンスタインには必要だったのだ」

グウィンドリン「コブラ。今オーンスタインの身体を動かしせしめている物は、我が姉グウィネヴィアの加護が加えられた、ひとつの指輪だ」

グウィンドリン「それは我が母が窮地への備えと偽り、グウィネヴィアに命じて、グウィネヴィアからオーンスタインに授けさせた物」

コブラ「命じただと…?」

グウィンドリン「これは母が望んだことなのだ」


コブラ「………」


グウィンドリンが、怒りの気炎を上げるコブラに、自らを納得させるような言葉をかけている時も、記憶の世界のオーンスタインはかの女神を虐げていた。
エレーミアスの身体は徐々に薄く透けはじめ、指先はひび割れて、ようやく崩壊の兆しを見る者に示しはじめる。
それはオーンスタインに、主君の苦しみに終わりがもたらされはじめたことと、主君の生命が間も無く危害に屈することを教えた。
だが同じく伝えた。主君を手にかけたその拳を、決して止めてはならぬということも。


ガキッ!

キアラン「オーンスタイン!何故貴公がっ!何故こんなああ!!」


オーンスタインの脚元に辿り着いたキアランは、右手に持つ黄金の刃をオーンスタインの太腿に突き立てた。
足甲の隙間を貫通した刃は、震える手からの膂力を受けて、少量の白煙を吹き出させた。
噴出したソウルは空中を一瞬漂うと、また傷口に戻っていくようだったが、キアランはそれには構わずに刃を起点としてオーンスタインの脚を這い上がった。
そして黄金の残光を足甲から抜くと、次にそれを竜狩り鎧の脇腹に突き刺した。
656 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/17(金) 00:26:28.59 ID:qR5uH+dJ0
確かにボスは特大剣を頭に叩きつけてもソウルが散るだけで即死はしないもんな。
神族殺そうとしたらこれくらいやらなきゃいかんのか。しかし凄惨だな。
657 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/18(土) 07:14:29.21 ID:nE/5JVwn0
キアランの黄金の刃は幾度も振るわれた。
ひと刺しするたびに刃に絡むソウルはしかし、揺るぎなき祝福が施された指輪の力によって鎧の中へと戻るが、それは刃を止める理由にはならない。
だがあくまで眩ましの刃のみで竜狩りを傷つけ、必殺の一撃を振るわぬのは、同じ主君をいただく戦友へのせめてもの情けだろうか。

一方オーンスタインは、エレーミアスの腹部の大穴に刺した右腕に渾身の力を込め、水瓜を握り潰すが如くにソウルを絞り出していた。
白く輝く大穴に何があるかはコブラには見えなかったが、エレーミアスの呻き声が一層増したのを見、口には出さず、ただ察した。


プリシラ「グウィネヴィア!およしなさい!これまでです!グウィネヴィア!」


グウィネヴィアは岩の如く退かぬオーンスタインをなんとか引き剥がそうと、濡れ口も濡れ眼も締め、顔も赤らに、竜狩り鎧の胴に回した手に力を込めていた。
怒声をあげるプリシラに制止を受けようが、素手で引くには鋭すぎる鎧に指を切られようが、グウィネヴィアの心は母を救うこと唯一心だった。


エレーミアス「ごほっ…」


そして、中々に死ねぬ女神は力無い咳と共に、幾度めかも知れぬ白煙を吐いた。



オーンスタイン「……キアラン…我が友よ…」

キアラン「!!」

弱々しさを震えに隠し、オーンスタインは友の名を呼ぶが、その声にキアランは激情に満ちた目線を返した。
オーンスタインはその消え入りそうな声で、二の句を告げた。


オーンスタイン「残滅を…頼む…」


キアラン「……残…」


グウィネヴィア「なりません!!オーンスタイン!癒すのです!私の指輪でお母様を癒して!!」

プリシラ「癒してはなりません!これは母の望んだこと!そなたもそれは承知のはず!引く後はもはや無いのです!」

オーンスタイン「…もはや…手遅れに…」

グウィネヴィア「あなたがお母様をこのようにしたのでしょう!?手遅れなどと泣き言を言える身ですか!?」


エレーミアス「キア…ラン…」


グウィネヴィア「! お母様っ…!?」



身を刻まれ、息も絶え絶えなかの女神の細声に、誰もが口を閉ざし、耳を澄ませた。



キアラン「!!」



だが、かの女神は皆が聞くべき言葉は言わず、ただキアランに微笑み、ぎこちなく頷いたのみであった。



グウィネヴィア「………お母様…?」


小さい疑問の声が無音を打つと、キアランは左手に残滅を握り、片足跳びにエレーミアスへ刃を滑らせた。
矢のような一閃はグウィネヴィアに止める糸間も与えずに、音もなくエレーミアスの首筋を斬った。


グウィネヴィア「えっ…?」


暗銀の残滅には、神をも容易く落命せしめる猛毒の秘術が仕込まれている。
エレーミアスの身体から流れるソウルは灰色にくすんで消えはじめ、エレーミアスの四肢は衣服を残して、灰とも塩ともつかぬ白粉に砕けていく。


グウィネヴィア「…そんな、嘘…嘘よ…」

母の死を目にし、グウィネヴィアは腰砕けに壁に背をつけると、へたり込み、丸まって大声で泣きはじめた。
猛毒は真珠のごとき軟肌を灰色の石粉のような有様に変えたが、しかしエレーミアスからは、微笑みだけは最期まで奪わなかった。
オーンスタインの左手から抜けたかの女神の胴体は、壁を擦って石床に落ち、脆い壺のように砕け散ったが、頭はその手に残った。
オーンスタインはエレーミアスの頭部を胸に抱え込むと、崩れ落ちるように跪いて、嗚咽を漏らしはじめた。
658 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/18(土) 08:51:07.43 ID:TAmDT7YDO
オーンスタイン…
659 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/18(土) 15:20:36.49 ID:cPWlk++So
ツラいね……
660 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/18(土) 15:39:25.83 ID:ije0zXblO
ゲーム中で何度も斬りつけなきゃ倒せない理由をこう解釈するとは
斬新で面白い
661 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/18(土) 15:49:49.13 ID:ije0zXblO
ゲーム中で何度も斬りつけなきゃ倒せない理由をこう解釈するとは
斬新で面白い
662 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/18(土) 16:05:47.85 ID:2lqAOutDO
どれだけ周回補正乗ろうと頭への落下致命で一撃死する古の飛竜ェ
663 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/26(日) 10:33:01.22 ID:HHDh2TBt0
グウィンドリン「太陽の血筋を犠牲に月の血筋を立て、神代に変革をもたらさんとしたベルカの謀は、こうして終わりを迎えた」

グウィンドリン「我が母はキアランによって弑された。オーンスタインは母の遺言に添い、グウィネヴィアを追放されし火の神フランの元へ送ると、我が兄、名を禁じられし長子の元へと去った」


コブラ「………」


グウィンドリン「我ら月の子らは幽閉より解放され、太陽の子は散り散りに旅立った」

グウィンドリン「各々支える者を失い、戦う理由を無くした争いは、石床に撒かれた熱水のように冷めていった」



ベルカ「うっ…ぐぐ…」

ベルカ「はっ!」バッ


伏していたベルカは目を覚ますと、すぐさま跳ね起きてかの女神の姿を探した。だが視界に映るのは、泣き崩れる者や押し黙る者の姿ばかり。
ベルカは負傷を圧して、その者たちの一柱たるオーンスタインに歩き寄ると、何が起きたかを知った。


ベルカ「……エレーミアス様…なんということを…!」


オーンスタインに抱かれた灰色の塊は、ベルカに言葉を返さず、オーンスタインは黄金の鎧の奥に嗚咽を噛み殺している。
沈黙ばかりが返されて全てを悟ったベルカは跪き、その顔には悔恨と苦悩が満ち、両眼は涙に濡れた。


ベルカ「エレーミアス様…私は…こうなる事など……望んでは…」

オーンスタイン「…ならば何を、望んだというのだ…」

ベルカ「あの者の……あの者の秘める闇の恐ろしさを知ることがあったならば…エレーミアス様も、このような事など…」

オーンスタイン「決して起こらぬはずであったと口を滑らすつもりではあるまいな!!」


ベルカ「!」


竜狩りが怒声を張り上げた途端、泣きすする者も押し黙る者も一様に、口を閉じ眼を見開いて、跪くオーンスタインを見た。
灰色の塊を抱く竜狩りの腕は震えず、声にも既に震えは無い。
しかしその怒りは天を衝かんばかりに膨れ上がり、十字槍を拾おうものならその場にいる者を誰彼構わず斬り伏せかねない程に、吐口を求めていた。
それを抑えて捻じ伏せるように、続くオーンスタインの声は低く、穏やかなものであった。


オーンスタイン「貴様の護るべき血筋の母……エレーミアス様は崩御なされた。弑した者は貴様だ、ベルカ」

オーンスタイン「貴様がいかなる謀を企て、何を成したのかは最早どうでもよい。我らの主が亡き今、貴様の恐れた何者かの謀も既に絶えたか、あるいは既に手遅れだろう」

オーンスタイン「ならば貴様の生命にも、我が生命にも、続く価値など無いのだ」


ベルカ「…殺すのなら、今にこそ頼…」


オーンスタイン「ならばニトに祈りを捧げてみるか?応えはせぬぞ」

オーンスタイン「行け。ここに貴様の死は無い」


ベルカ「………」



哀しみに精根尽き果て、しかし介錯さえも許されぬ身に堕ちた女神は、言葉も無く立ち上がり、神々に背を向けて歩き始める。



オーンスタイン「光の中に、闇の中に、永遠に生きるがいい」



その背に効力も不確かな呪いの言葉を受け、ベルカはしばし立ち止まったが、再び寄るべ無く歩き始めた。
帰る家を永遠に失い、背く主さえも失くしたその背は、まるで流浪の人のようだった。



グウィンドリン「この事変を皮切りとし、太陽の血筋を奉ずる多くの神々がアノール・ロンドを去った」

グウィンドリン「寵愛の女神フィナも失意の中に都を去り、ハベルも自身の武具を捨て、己を呪いながら元いた野へと消えた」

グウィンドリン「王家の血にある者を弑した罪により、キアランはベルカ無き暫定政府による裁きを受けたが、王家の血の者の命にあくまで忠実であったからこその凶刃であったと認められ、死罪の代わりに、王命あるまでの幽閉を受けた」
664 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/26(日) 16:10:27.65 ID:HQCWNiNVo
これら全てはクリスタルボーイの掌の上だったのだろうか……
665 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/27(月) 00:15:21.95 ID:+5yarfx00
この時点で既にウーラシールは深淵に沈み、イザリスは混沌に呑まれてるわけだ。詰んでるなぁロードラン。
ニト様はもう巨人墓地に籠ってるのだろうか。
なんというか、アノールロンド、イザリス、シースあたりの繋がりはなんとなーく想像できるのだけど、ニト様と他のメンツの関わりというのがイメージできないのよな。ずっと地下でご隠居してそう。
666 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/02(日) 06:05:53.88 ID:Qu5hoY050
月光に照らされた惨状が闇夜に混ざり、次の転移が始まる。
古い景色を飲み込み、依然コブラとグウィンドリンを包む闇は、そして新たに景色を生み出した。
コブラはやや広い円形の暗がりに立ち、新たな景色を見渡す。
足元に広がるのは石畳。天井も同様に石造りであり、中心には篝火が置かれている。
その篝火を、壁に設けられた二ヶ所の通路の片方から差し込む陽光が照らしていた。
だが目立つのは、壁に掘られたグウィンの立像と、円形の部屋にひしめいて言い争う、数多の神々の姿だった。



グウィンドリン「ベルカを含め、多くの神々を失ったアノール・ロンドは力を弱め、残った神々も尽く月の派閥に傾倒した」

グウィンドリン「月の派閥は神の威光の復活を願い、我を主神に立てるよう事を進めた」

グウィンドリン「しかし、座に我が就く前に、注意深く見張っていたはずの小ロンド公国が深淵に落ちたとの報が届き、神々は自らの誤ちを知った」

グウィンドリン「誤ちはふたつ。ひとつは人を恐れ、太陽による人への慈悲の危うさを恐れたあまりの、人への消極的干渉という姿勢を月の派閥が貫いてしまったこと」

グウィンドリン「そしてもうひとつは、誰も降りようとはしなかった一連の争乱によって、アノール・ロンドの国力の荒廃が著しく加速してしまったことだ」

グウィンドリン「神の恩寵を受けし人の国を二つも闇に堕としたという事実は、それによる闇の力の隆盛に、闇の竜たるカラミットとミディールが呼応する可能性をも浮かび上がらせ、それらの解決を巡り、月の派閥も多数の派閥に分裂した」



言い争う神々の群れから一柱、また一柱と、付き合い切れぬと離れる者が出る。
細る群れの中心に立つ、古き日のグウィンドリンは、彼らを止めることもなく見送った。
政の経験など皆無に等しいかの神に、彼らを止めるに足る闇への打開策など思いつかず、例え止めようと、離れる者の心は既にアノール・ロンドには無いのだ。
そしてとうとう、古き日のグウィンドリンと、どう転ぼうと不毛な答えしか導き出せない激論を交わす、幾柱かの神々のみが議場に残った。
言い争う者達の言葉には月の血筋の者達の意向も、更にはアノール・ロンドさえも抜けつつあり、論戦の内容は国のためというよりは、目の前の論敵を破るためだけの物となりつつあった。



コブラ「グウィンドリン」


グウィンドリン「………」


コブラ「あんたはなぜアノール・ロンドに残ったんだ?ここの連中は誰一人としてあんたを、王の家系ってやつを見ていない」

コブラ「どいつも自分のことばかりで、あんたの名前を出すにしたって叩き棒がせいぜいだ。連中はあんたを信用しちゃいなかったはずだ」


グウィンドリン「然り。我にでき得ることは何も無かった。しかしアノール・ロンドは王家の家であり、神々の家でもある」

グウィンドリン「例え皆が去っても、誰かが留守を預からねばならぬだろう」


コブラ「帰って来たいと思えるような家ならな」



コブラの溜息と共に、円形の議場に差し込む陽光は沈んだ。
かと思うと、月光に成り代わり、次の瞬間にはまた陽光が議場を照らした。
時間が加速している。議場を行き交う神々は尾を引いて、コブラとグウィンドリンの周りを駆け巡った。
そしてやはり、コブラは異変に気付いた。


コブラ「会議に顔出す神の数が減ってるぜ。どうやら出て行きたい家になっちまったようだ」


グウィンドリン「否。粛清と総括が繰り成されているのだ」


コブラ「!?」

コブラ「お、おいおい、この期に及んでまだやりあったってのか!?あんたはどうして止めなかったんだ?」


グウィンドリン「我を担ぎ上げ、その声を何者が握り、そして伝えるのか…そのような話が持ち上がった時、神々はすでに正気では無くなっていたのだ」

グウィンドリン「恐怖に唆されたのか、絶望に蝕まれたのか、野心に、もしくは貴公の敵の闇に知らずのうちに毒されたのか、それはもはや分からぬ」

グウィンドリン「かの法官にも動きは無かった。だが、その中で我がひとつの派閥に寄ればどうなるかは、当時の我が身にも予想できた」

グウィンドリン「これは逃れ得ぬ殺戮だったのだ。我が兄が旅立ち、争いの果てに母が死に、ベルカを含めた神々がアノール・ロンドから消えた時から、定められたこと」

グウィンドリン「我が動こうが動くまいが、民は寄る方を喪い、神々は死んでいくのだ」


議場を流れる神々の姿は、装衣もそのままにやつれていった。
瞳は疑いと欲に満ち、並べる言葉は神が減るたびに美辞麗句に塗れ、彼らの内の真実を隠した。
そして議場を埋めた神々が半数程に減ると、神々は議長の一声とともに議場に一切姿を見せなくなり、代わりに伝言を抱えた書記官の姿が議場を埋めた。
書記官の数も徐々に減り始めると、銀騎士を侍らせた書記官が現れるようになり、その銀騎士も減り始めると、ついに神々がまばらに姿を現し始めた。
しばらくのちに議場は銀騎士と書記官と神々で満杯になったが、その華やかさとは裏腹に神々は皆声を潜め、相手が誰かも悟られぬよう、他者を盾として話した。
そして彼らは、議場の端で篝火を眺めるかつてのグウィンドリンには、いつ如何なる日も挨拶のみをかけ、あとは知らぬ存ぜぬという様子だった。
667 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/25(火) 21:02:50.61 ID:QNahQNMBO
やるせねぇ……
668 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/04/06(月) 01:39:23.34 ID:xBafDjzso
待ってる
669 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/04/21(火) 01:47:53.76 ID:iOIDHq2k0
いかに愚かしく不毛であろうと、古き日のグウィンドリンは如何なる議論にも、その終わりが来るまで留まった。
アノール・ロンドは神と王の家。その思いは真実であり、グウィンドリンにはそれこそが最後の因であるが、それは神々には通じず、今や人からの信仰さえも持たない。


「もうよい、議論はもはや尽くされた。これより政府決定を下す」

「我らはこれより、鉄鎧の竜狩り騎士の名を、人である身の上を熟考に加えたうえで、アノール・ロンドのいかなる筆録において書き記すことを禁ず」

「これはアノール・ロンドを深淵より遠ざけ、神の威光、太陽と月の輝きを人の闇から護るための決定である」


多くの神々を抱き込み、あるいは討ち墜したであろう神の案を、ベルカの後任を務める暫定議長が採用した。
これにより、竜を狩った神々の物語から、人の世の英雄の名が永久に消滅することとなった。
神代の英雄譚たる『固い誓い』に残される神の名は、今や竜狩りオーンスタインのみ。
人と神々の絆を象徴し、弱きを助け強きを挫いた太陽信仰は、今この時より人の世において忘れ去られる事が運命づけられたのだ。

古き日のグウィンドリンは、幾度めかも分からぬ疑問を、またも諦観の想いの中に沈めた。
この決定がアノール・ロンドの窮地に対していかなる助けとなり得るのか。
人に再び光を見つめさせ、神代から闇を遠ざけ魔女や巨人を救うことに、この決定がどのような役割を担うというのか。
それを愚直に議会へ訴えたところで、かえって神々の求めぬ真実を再来させることになり、何も生み出さぬ不毛な争いが繰り返されるのみ。
どうにしろ不毛であることに変わりないのなら、命が消えぬ方が幾分心やすらかだ。

議論が決着すると、暫定議長は古き日のグウィンドリンに鵞筆と議事録を渡し、もはや慣例となった儀式を、無言のままグウィンドリンに促した。
古き日のグウィンドリンはいつものようにそれらを受け取ると、録を見もせずただ名を記し、それを大法官ライブクリスタルこと、クリスタルボウイへと渡す。
そしてクリスタルボウイは録の大部分を占める繰り言の如き討論を、政府決定文から切り取り、討論を懐に、決定文を己の補佐官に渡した。


暫定議長「これにて本会議を閉会とする」

暫定議長「我らに炎の導きのあらんことを」


議長が、捧げる者を失った祈りを唱え、神々がそれを復唱すると、会議は解散となった。
神々は皆、去り際に古き日のグウィンドリンに会釈をしたのちに議場から出て行くが、あくまでこの慣例を守るのは己らのためである。
月の覚えめでたき身となり、月の神秘にまみえること。忠義者を演じ、他の神々に己の威光を見せつけること。
我も無く慣例に従う身を演じ、他の神々を探ること。目的は百者百様であったが、いずれも月への敬いと、そして知性が欠けていた。


古き日のグウィンドリン「………」


神々が皆去り、あとには大法官とその補佐官、そして古き日のグウィンドリンのみが議場に残る。


大法官「グウィンドリン様、如何したのです?」


無言のまま立つ、力無き君主に大法官が声を掛けると、君主はやはり何も言わず、議場を立ち去った。


大法官「フッ…」


無神の議場で含み笑いを浮かべた大法官は、補佐官の頭へ掌を向ける。
次の瞬間、補佐官はその身に纏う衣服ごとソウルの塊となり、握り拳ほどの大きさに縮んだ。
縮んだソウルは金剛石の如く輝く小結晶となり、大法官の掌に乗ると、更に指輪ほどの大きさにまで縮んだ。

アーリマンの記憶をも見られる景色である以上、大法官が何をしたのかも今のグウィンドリンには理解できた。
闇の神アーリマンはあらゆる生命ある者を輝く石へと変える事ができるのだ。
あたかも、人の闇や呪いが、遂には暗い結晶へと変じるかのように。


コブラ「グウィンドリン。あんた今、人から生える結晶に似てるなって思っただろ?紫水晶みたいな結晶に」


グウィンドリン「気に障ったか?」


コブラ「いいや、むしろ安心したよ。俺のよく知る人間っていうやつは、あんたの考えるような闇だの呪いだのとは無縁なんだってな」


グウィンドリン「…かつての貴公の世界…宇宙、とやらが懐かしいのだな」


コブラ「まぁそんなところだ。宇宙はいいところだぜ?色んな宗教があるから神様もラクができる」

コブラ「ハンバーガーも食えるしな」



コブラが軽口を叩くのが先か、それが起きるのが先かという瞬間だった。
議場の外から、空気を震わせる大音と共に、黄昏色の空に一瞬の朝をもたらす程の大雷が閃いた。
670 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/04/21(火) 07:06:47.90 ID:tlLvoUldo
来てた
671 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/09(土) 06:32:52.29 ID:lNHOfaru0
大法官「ようやくか」


大法官は、他の神々がするように羽根の如く宙に浮き、滑るように議場から去ると、登り階段のついた昇降大橋を飛び越し、アノール・ロンドを象徴する建造物へと飛行した。
ある者はその建物を大聖堂や大神殿と呼び、またある者は王城と呼ぶ。
その神聖不可侵たる巨大な城からは、数多の悲鳴と雷鳴が漏れていた。


大法官「何事か!」


あたかも取り乱す心を理性によって抑えているかのような素振りで、大法官は王城正門の前に降り立つ。
両開きの正門の片側は内向きに突き開けられており、半分のみ開かれたその門からは、黄金色の雷光と断末魔に混じり、神々の群れが我先にと溢れ出していた。
雪崩をうって遁走するその者たちの多くは、大法官に目もくれず飛び去っていく。


「だ、大法官殿!それが…!」

「近づいてはなりませぬ!これは叛乱でございます!あやつめは、ベルカ様の令を破り…」


ズバオオーーッ!!


大法官の問いに幾柱かの神が応えたと同時に、片開きの正門から大雷が飛び出した。


ドガガガーーッ!!


宙を一閃に裂いた大雷は、空へと逃げゆく神々の幾柱かを撃ち抜き、千々と砕いた。
神々にぶち当たって破裂した大雷は消えることなく、幾つもの小雷となって花火の如く散らばり、大雷を避け得た神々さえも貫いた。
太陽も月ももはやいただかぬ、卑小な神々を殺すなど、大雷の主には造作もない。
護るべき者を尽く捨て去った裏切り者共にかける慈悲などを持ち合わせているならば、アノール・ロンドに帰還する事も無かったのだ。


ドガシャアーッ!


大法官に事の詳細を伝えんとした二柱の神々が、後方に見える哀れな神々と共に雷に焼かれ、吹き飛んだ。
雷の残滓は大法官の外套をも焼いたが、大法官が神の力を退ける身であるがゆえに、雷はただ外套の装飾だけを焦がした。


大法官「フン、手当たり次第か」ブツッ


焦げた装飾を引きちぎり、大法官は駆け、正門を潜った。
いかにも、自らが慌てふためいた小間使いであるかのようにふるまって。


ガキィン!


銀騎士たちの槍衾を右手の得物で叩き伏せ、王城に攻め入った騎士は…


バシィン!ゴロゴロゴロ…


左手に大雷を握った。




オーンスタイン「兜を脱ぎ、我が前に跪け!!我の最後の情けを受けるがいい!!」




銀騎士たちは折れた槍を捨て、剣を抜いたが、一様に腰が引けていた。
ある者は左手の盾を捨て、猛る獣をなだめんとするかのような身振りを見せるが、それはありもしない救いへの懇願であろうか。
盾も剣も捨てた者さえもいる。そして、うちの一柱が声を絞り出す。


銀騎士「りゅ、竜狩り殿。どうか槍をお収めください。我らは…」

バガァン!!

その一柱に向けてオーンスタインは大雷を投げ込み、声を上げた銀騎士を爆散させた。
剣も盾も持たぬ銀騎士が、踵を返してたまらず逃げ出す。

ビュン!!

竜狩りが消失と見紛う程の速さで跳び、逃げる銀騎士の眼前を一瞬通過すると、逃げる銀騎士の身体は頭部を失って、枯れ葉のように舞った。
672 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/05/09(土) 15:31:08.67 ID:ufck7m2no
今度は何が起こったんだ……ロクでもないことなのは確かみたいだが
673 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/14(木) 03:32:15.83 ID:XQmos0se0
大法官「オーンスタイン殿!血迷われたか!」

銀騎士の一柱「だ、大法官様!」


ズシャアァーーッ!!


銀騎士たちが大法官の声に振り向き、その姿に一縷の救いを見出した時、竜狩りの槍は横薙ぎにひらめいた。
同時に胴を両断された銀騎士たちは、その身を宙に舞わせながら雷に焼かれ、鎧のみを散らばらせて消えた。
逃げる力も無く大広間に取り残され、壁際に身を縮める幾多の神々のうちの一柱が、恐怖に顔を歪ませ悲鳴を上げる。

ズカッ!

オーンスタインがその口に槍先を突き込み、壁に縫い止めると、悲鳴は止まった。
短刀さえも握らぬ卑小な女神の一柱であったが、槍を握るオーンスタインの手に躊躇はなかった。


神々の一柱「なぜです!我らが何をしたのですか!?なぜかような目に遭わせるのです!?」


恐れ慄く神々の群れからまたも声が響く。
うずくまる者、壁に張り付く者は居れど、かの者たちは一柱とて、同胞を庇いはしない。


オーンスタイン「何故…何故だと?」

オーンスタイン「自らのさまを見て、あくまで知らぬと宣うつもりか?」

オーンスタイン「己らが何を行い、何を捨て、何処へ堕ちたかも分からぬのか!!」バッ!

大法官「オーンスタイン殿!矛を下げよ!すでに死は多くもたらされた!」


己の罪禍を意識せぬ神々に、オーンスタインは激昂して槍を振り上げたが、槍の前に大法官は立った。


大法官「あくまで天罰を下すというのなら、まず初めに我が胸に槍を突き立てるのが道理のはず!」


ドウッ!!


大法官「グッ!」ドサーッ


しかし大法官に対して振るわれたのは、槍ではなく拳であった。
罪禍を知る者には償いの機会が与えられるべきという考えがあっての事か、それとも怒りに満ち、正気など喪われているのか。
竜狩りの心のあり様などいくらでも想像がつく大法官にとって、かの戦神が正気か否かを測るなどは、些細なことだった。
いずれにせよ、忠義者の仮面が竜狩りを欺き果せたという事実さえあれば、それで良かったのだ。
狸寝入りに転がる大法官の、いや、クリスタルボウイの心はオーンスタインへの嘲笑に満ちていた。
そしてその冒涜ともいえる嘲笑を、コブラは知ってしまった。
オーンスタインが仕える、暗月の御子グウィンドリンの心を通して。


オーンスタイン「我が身は追放を受けたが、我が心は民に、使命に…太陽と月の御心と共にあった…」

オーンスタイン「我が心はアノール・ロンドを喪わなかった…」

オーンスタイン「だが貴様らはアノール・ロンドにいながら、棄てた!」


オーンスタイン「アノール・ロンドを棄てたのだぞ!!貴様らが!貴様らのような下衆どもが!神代の犠牲に足る神都の主神か!!」


神々の一柱「ひ、ひいぃ!」


オーンスタイン「ならば漂うソウルとなって…!!」カッ!


バリバリバリッ!!


上段に構えた竜狩りの槍に、あらん限りの雷をみなぎらせ…



オーンスタイン「アノール・ロンドに残るがいいーッ!!」



己の心身の無念を全て吐き散らすかのように、石床目掛けて槍を叩きつけた。
674 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/05/14(木) 12:44:25.10 ID:KbtGL1L+o
これでアノールロンドに残ってた神は全滅したのか……?
675 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/05/16(土) 23:58:13.75 ID:xWOP+Wh6o
だから神も残ってはいなかったのか…
676 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/17(日) 18:29:50.31 ID:z2r6HZP10
大広間に炸裂した雷の爆発は、白い石床も、象牙色の柱も砕かなかった。
王城内部を駆け巡った雷は、ただ生命あるものを焼いた。
司祭、銀騎士、銀騎士長。
神々に仕える侍従たち。神々に仕える執事たち。
小姓たちに、小間使いたち。法官たち。
書記官たちと、残りし神々。暫定議長。
雷はかの者たちを尽く滅ぼしたが、何も知らずに牢に繋がれていた鍛治の巨人を焼かなかった。
牢に繋がれし刺客の長を焼かなかった。
暗月の女神たちを焼かなかった。
忠義者たるスモウを焼かなかった。
闇を秘めし大法官を焼かなかった。
そして、グウィンドリンを焼かなかった。

だが、雷は老いたる者を焼いた。

若き者を焼いた。

男神も。女神も。

赤子さえ。



コブラ「………じゃあ、城の巨人騎士たちの中にあったソウルは…」


グウィンドリン「夥しい量のソウルを用いて、我は幻術を練り、銀騎士を形作り、翼もつデーモンを引き留め、ガーゴイルを動かした」

グウィンドリン「巨人の鎧に生命を宿らせ、アノール・ロンドに偽りの太陽を掲げた」

グウィンドリン「かつて愛した、同胞たちの残滓によって」


竜狩りの雷は神々を焼くと、さらにその亡骸をも滅ぼした。
赤子の小さな手からソウルが吹き出し、女神の顔は砂山の如く砕け、男神の外套は引き裂かれ、風に消えてゆく。
神秘色に輝く王城の中に、オーンスタインの叫びが響く。
太陽を失い、月をも棄てた者たちは神として半ば死しており、雷の前にさえも酷く脆弱だったのだ。


グウィンドリン「そして、オーンスタインが神々を討ったこの日に、我らは人に伝えし最後の物語を書き記した」

グウィンドリン「“神の怒り”……それはあまりに長き、苦しみと怨嗟の物語」

グウィンドリン「ゆえに人は、神都を裂く憎しみの輝きを畏れて、物語を刻み、封じ、忘れた」

グウィンドリン「己に近しい者達を尽く滅ぼす輝きなど、この世にあってはならない、と」



雷が消え、雷鳴が止むと、大広間には二柱の神のみが残っていた。
広間の中心にはオーンスタインが佇み、竜狩りの後方、破れた正門の近くには、大法官が立っていた。
大法官の気配は影に潜む血の如く溶け、消えており、オーンスタインはかの者に背を見られていることに気付かない。


オーンスタイン「………」


オーンスタインは手に持つ竜狩りの槍を見る。
その槍先には血の一滴も付いておらず、臓腑の一切れも巻かれていない。
槍はまるで鍛えられたばかりとでも言わんばかりに、端正な真新しさを見せていた。

何故オーンスタインが怒声さえも上げず、長槍を叩き折りもしないのかを、コブラは痛みを覚えるほどに理解していた。
代償さえも払わずに、護るべきものを喪ったこと。愛する者に裏切られ、もはや元に戻らぬそれらを自らの手で滅ぼすこと。
哀しみに打ちのめされ、生はおろか死さえも選べぬほどの絶望。その苦しみをコブラは知っていた。
だがオーンスタインは、コブラのように星を砕かんばかりの怒りを以て、絶望を飲み込むことはできないだろう。
もはや怒りも無く、怒りを抱ける者も無い。
オーンスタインは立つ地を無くしたかのようにへたり込んだ。
槍を保持する力も無く、掌からこぼれた槍は、音を立てて石床に転がった。


「オーンスタイン!」


静寂が横たわる大広間に声が響く。
だが、オーンスタインは友の言葉に声を返すことすらできない。
それどころか、顔を上げることさえも。


キアラン「オーンスタイン!聞こえるか!?オーンスタイン!」


オーンスタインの元に駆け寄った者は、王の刃キアラン。
雷は牢番さえも焼いているが、牢番が居ようが居まいが、刺客の長の身ならばいつでも破牢は可能であり、それを今まで行わなかったのは、ひとえに王家の名のもとに身を控えていたに他ならない。
だがキアランは牢を抜けた。王城を揺るがす雷鳴が響き、牢番が蒸発した時に、かの女神は全てを悟ったのだ。
臣民無き国には王も無し。王家の名を王家のもの足らしめるもの、その国家たるあらゆる規範が消え去ったことを。
677 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/05/17(日) 19:55:34.22 ID:oBmIX81Ho
そうか巨人騎士だけじゃなく銀騎士も紛い物だったのか
678 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/23(木) 06:12:44.80 ID:CVlKPQwho
待ってる
679 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/15(土) 14:47:35.18 ID:UHFm7eW/o
保守
680 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/08/17(月) 03:37:00.80 ID:d4JScyJb0
友に肩に触れられ、兜を覗きこまれても、竜狩りの騎士は立ち上がらない。
立ち上がる力も、理由も無いのだ。


キアラン「オーンスタイン、すまない……貴公ではなく、私がやるべきだったのだ」


キアランの震える声に、オーンスタインは僅かに応える。


オーンスタイン「…王命も、それに類する命も受けられぬ身であった貴公に、振るえる凶刃ではない…」

オーンスタイン「そして、もはや何者もその刃を振るわぬだろう…」

オーンスタイン「…総ては終わったのだ…」


竜狩りはただそれのみを呟いた。
キアランは輝く双剣を身に帯びていたが、それらがオーンスタインの首を掻くことはない。
裁きを下す者は無く、法も信義も、それらを見る民さえ、遥か昔に喪われていたのだから。


ドズゥーン…


大広間の奥からささやかな地鳴りが響き、キアランは振り返った。
かの女神の視線の先には、スモウとかの神の肩に乗る暗月の君主の姿が。


シュルルッ…


王城に充満する神々の気配と、怒りに満ちた雷光とを知り、全てを悟ったその君主は竜狩りに駆け寄った。


古き日のグウィンドリン「愚かなことを……そなたばかりが何故に、こんな…」


オーンスタイン「………」


キアラン「グウィンドリン様、私には決して…」


古き日のグウィンドリン「言うな。そなたに友を斬れとは言わぬ」

古き日のグウィンドリン「竜狩りの騎士を逆徒と視る法も、それらに浴する者も既に亡い。臣民に棄てられ、臣民を棄てた我が身も……もはや位など持たぬ」

古き日のグウィンドリン「それでも命を求めるならば命じよう。汝、友を殺すなかれ」


位を棄てし暗月の女神の言葉に、キアランは何も言わず、ただ首を垂れて深い謝意を示した。
キアランの白磁色の仮面から小さく漏れる吐息は、かすかに震えていた。


古き日のグウィンドリン「オーンスタイン、行こう」


オーンスタイン「………」


古き日のグウィンドリン「貴公の雷はあらゆる番兵を焼いたが、白竜公も、貴公らの友でもある鍛冶師もまだ牢の中だ」


オーンスタイン「…既に、この地には神々に報いてくれるものも、神々が護るべきものもありません」

オーンスタイン「そのような地で…殺戮に穢れた我が腕に、何を行えと言うのです……」


古き日のグウィンドリン「………」

古き日のグウィンドリン「…もう、よいのだ、オーンスタイン」

古き日のグウィンドリン「貴公が手を下さなくとも、いずれはこうなっていたのだ。神が裁かぬなら人が、雷が焼かぬなら闇が、この地を呑んだろう」

古き日のグウィンドリン「闇に蝕まれたならば、こうして我らは話もできず、城さえも塵となったはず」

古き日のグウィンドリン「焼けた家が田畑を焦がす前に、貴公は家を打ち壊しただけなのだ」


オーンスタイン「………」


古き日のグウィンドリン「さぁ、槍を取り、共に牢を破ろう。スモウも大鎚を背負っているのだ。力を合わせれば、白竜公もすぐに自由となろう」
681 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/17(月) 08:53:43.29 ID:xKQQG1z+O
神々が全滅…放逐した一部の神は幸運だったのかはたまな
682 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/17(月) 14:13:19.09 ID:tBkm0hjtO
客観的に考えて生きてるより死んだほうが楽かもしれないと真面目に考えられる時点で相当詰んでる世界だな……
683 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/26(土) 00:21:16.06 ID:Q3AQdp9SO
いくらでも待てる
684 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/16(月) 00:47:36.15 ID:ycer57U4o
保守
685 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2020/11/16(月) 21:41:10.99 ID:xIxc2dDk0


グウィンドリン「我らは書庫へと向かい、白竜公を牢より解き放った。だが、白竜公は書庫に身を潜めたまま、術理の探究に身をやつしていった」

グウィンドリン「書庫を閉じる大王の封印はしかし、封じているのはあくまで門のみ。翼を用いて空を飛ぶ者にとっては、かの封印は他者を締め出すための塀にしかならなかった」

グウィンドリン「無論、太陽の光の王が敷いた封印である以上、闇の手の者たちは塀を越えられず、例え超えても力を削がれ、結晶の番兵に轢き潰されることとなるが」

-
グウィンドリン「……そして、アノール・ロンドを冒す者たちに、闇の手の者どもが混じり始めた頃、我らは大王グウィンの火が弱まり始めたのを悟った」


コブラ「ボウイの手下どもだな。鬼の居ぬ間になんとやらか」


グウィンドリン「不死人とは人の世のみならず、神々の世においても忌み者とされている。彼奴等の一部が、本来の己が立つはずの闇に惹かれるのも、無理からぬことだ」

グウィンドリン「闇の手となった不死人は闇霊となり、なおも我らを下せぬと見るや、より手近な者を殺し、力を高めることに専念しはじめた」

グウィンドリン「火が継がれるまでの間を希望と共に生きるために、街を作った不死たちは数多くいたが、闇霊どもはその地の尽くを襲撃し、死なぬ者たちを殺戮し続けた」

グウィンドリン「そうして生まれたのが、おそらくはあの仮面の騎士たちであろう。何故我らを熟知し、我らの武具を扱えたのかは分からぬが」


コブラ「あんたにとっても奴らは謎だらけか。ただあいつらの口ぶりだと、どうもあんたらと奴らは何度かやりあってるみたいだぞ?」

コブラ「いや、それだけじゃない。あいつらは俺の仲間たちにすら詳しかった。装備、戦法、思考の癖……まるで心を読んでいるかのようにな」

コブラ「だが連中のことを知らないという、あんたの心に嘘が無いことも分かる」

コブラ「ある意味でボウイよりも不気味な奴らだぜ」



時は加速し、景色は切り替わったが、今や切り替わった先の景色をコブラは見慣れていた。
水を打ったように静まりかえっている謁見の広間には、今や何者でも無くなった暗月の神が立っている。
長子の像が無くなって久しいその広間には、もはや玉座すらもない。
その間に入り、暗月の前に跪いたのは、オーンスタイン、スモウ、キアランの三柱であった。


オーンスタイン「いかなる用も、お申し付けください」

その言葉に、コブラとグウィンドリンは強い既視感を覚えたが、古き日のグウィンドリンはただ応えた


古き日のグウィンドリン「うむ。実はかねてより、思うところがあってな」


オーンスタイン「と、言いますと」

キアラン「……」

スモウ「……」


古き日のグウィンドリン「…貴公らを、騎士の任より解こうと思う」


オーンスタイン「!」

686 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/17(火) 08:26:13.02 ID:3dOIRCzVO
そりゃコブラ達の立場からすりゃ闇霊ってマジで不気味だよなぁ……
687 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/17(火) 14:12:31.01 ID:VQVR48s+o
衰退を見るのは中々にきつい…
しかも本編じゃ結果的に荒らしてしまったわけだしなぁ
688 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/01/29(金) 06:10:11.06 ID:si94mcblo
689 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2021/02/11(木) 12:02:08.30 ID:TWGllzqL0

世が世ならば論戦を巻き起こし、人の世に伝わる信仰さえも揺るがす言葉となっただろう。
だが忠士たちを護国の騎士たらしめるものが霧散し、人の世からの信仰が、神々の乱れにより同じく歪んだ今、もはやアノール・ロンドに残りし騎士たちは皆、騎士という名誉的称号などに何ら価値を見出すことは無い。
ただ、各々がその自嘲した考えを心底に仕舞い込むことは、ある種、保守的とも言えた。
いざ主君に口に出されてしまうと、己に対してならばまだしも、己が仕える主君に対して申しわけが立たないと考えていたからである。
しかし、その申しわけの立たせようなどはとうに失われていると、騎士たちは皆理解しており、主君もその理を既知していた。


オーンスタイン「………」


古き日のグウィンドリン「そなたらの心苦しさは理解しているつもりだ。だが、この地に残る栄華の残滓などに、みなの生命を細らせるほどの価値があるとは思えぬ」

古き日のグウィンドリン「名ばかりの王たる暗月になど、後ろめたさを思う事などない。枷より抜け出て、自由となるのだ」

古き日のグウィンドリン「しかしなお後ろめたいと思うことも、無論許そう」

古き日のグウィンドリン「だが…我が願いも、偽りなき本心だ」


オーンスタイン「……自由ならば、すでに謳歌いたしました」


古き日のグウィンドリン「待て。そなたのかつての行いを責めているわけではない。我が母の意思は固く。都も既に腐って…」

オーンスタイン「承知しております。そのことではなく、我が身がすでに一度、ベルカの統治の崩壊とともにアノール・ロンドより離れた事についてです」

オーンスタイン「この竜狩りは、グウィネヴィア様を火の神たるフランの元へと逃した後、名を奪われし王子…グウィンドリン様の兄上様のもとに身を寄せておりました」

オーンスタイン「そのような身であったからこそ、知るのです。自由とは、常に失望の影にすぎないことを」



コブラ「フッ……言ってくれるなオーンスタイン」

グウィンドリン「図星か?」

コブラ「この俺にもサイコガンなんぞ捨てて、サラリーマンに戻っちまいたくなる時があるのさ」

コブラ「心ってのは勝手なもんだぜ。不自由だからこそ受け取れるささやかな自由ってヤツを知っちまうと、特にな」



オーンスタイン「振るうべき時に槍を振るえなかったこの身は、しかし、故郷を失えど主君は失わぬ身でもあります」

オーンスタイン「王の都は滅びました。ですが、かつての王都を王都たらしめた光のうちの一筋は、いまだ我が眼を照らしているのです」

オーンスタイン「この竜狩りは、その光から悉く眼を背け、民を棄て、保身へと走った者達と、墓所を同じくするつもりはありません」


古き日のグウィンドリン「………」


古き日のグウィンドリン「…そなたの言葉を頑迷と断ずるのも、容易かろう」

古き日のグウィンドリン「しかし廃都に住み着く流浪の者が、場を穢さぬと言うのならば、あるいは廃都の亡霊も、流浪の者を受け入れるべきなのだろうな」

古き日のグウィンドリン「オーンスタイン。そなたが住まうことを、この亡霊は許そう」

オーンスタイン「…!」


ドスーン


オーンスタインの居候が認められると、処刑者は大鎚を背負ったまま、腕を組んで座り込んだ。
廃都にならば気を遣うことも無く、居候がひとつ増えることなど、誰も咎めぬとでも言わんばかりのその態度は、言質を取ったから現したというだけではなかった。


古き日のグウィンドリン「はは…早くも増えたか。寛がれよ、旅の者よ」


キアラン「………」
690 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/02/11(木) 17:30:32.18 ID:gBx+FbjMo
キアランの堂々とした居座りっぷり好き
691 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/02/11(木) 17:31:34.46 ID:gBx+FbjMo
あかん間違えたキアランじゃないスモウだわ
692 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/02/21(日) 06:34:07.57 ID:FDABxSs60

キアラン「…グウィンドリン様……貴方様があくまで、自らをして神都の王たり得ぬと仰るのならば、この身も既に王の刃ではありませぬ」

古き日のグウィンドリン「それも道理であろう」

キアラン「ですがこの身は…奮闘が足らず…貴方様の御母君を御救いできなかったばかりか、アノール・ロンドを堕ちるに任せた、罪深き身でもあります」

キアラン「ただ去るなど許されていいはずがないのです」


古き日のグウィンドリン「………」


キアラン「この身は刃の欠けた、大罪者に過ぎませぬ……どうか、お裁き下さい」


古き日のグウィンドリン「…法無き廃都に佇む、ありもせぬ罪を背負いし者を…」

古き日のグウィンドリン「同じく廃都に巣食う亡霊に過ぎぬ我が意思により、スモウの大鎚の贄とすべし、と?」

古き日のグウィンドリン「スモウ?」


廃都に巣食う亡霊は、大鎚を背負って座る巨神に微笑みかけた。
巨神の組まれた腕には、大鎚を握る気配はない。


古き日のグウィンドリン「ふむ。大王の裁きの大鎚と、ベルカの裁き大鎚と、暫定政府の裁きの大鎚の腹は、満たされているようだ」


キアラン「グウィンドリン様…」


古き日のグウィンドリン「オーンスタインとスモウのように、この半蛇の亡霊を主に選び、廃都に住まうもよい」

古き日のグウィンドリン「“元来は亡霊も、暗月の子にして王家の血筋である”と頑なに想い、その王族だった者からの裁きをあくまで欲するもよい」

古き日のグウィンドリン「しかし、この亡霊にも“我”というものがある。グウィンドリンの大鎚を求めるならば、仮面を取り、我がもとへ」


しばしの逡巡の後、キアランは主の声に従い、暗月の君子の前に跪き、兜と仮面を外して胸元に抱えた。
群青色の兜と白磁の仮面から現れた女神の髪は、白金色の艶を纏う金であり、その顔は、幼さを残しつつも精悍さを備えていた。
しかしその表情は暗く沈み、罪悪感によって、眉はひそめられていた。


古き日のグウィンドリン「あくまで王なき都に王を見出し、罪無き身に罪を見出し、法なき場に裁定を求めると言うのならば、裁こう」

古き日のグウィンドリン「このアノール・ロンド最後の主にして、暗月の血筋の長子グウィンドリンの名のもとに、汝に裁定を下す」


キアランの表情から険しさは消えることが無かったが、かの女神の放つ緊張がいくらか和らいだことを、コブラは察知した。
欠けた裁きの刃は王家の威光という、欠けること無き真なる裁きの刃によってのみ、その身をようやく憩う。
その時が来たのだ。


古き日のグウィンドリン「四騎士が一柱、王の刃キアラン。汝をこれよりあらゆる寵愛、あらゆる庇護、あらゆる栄誉、あらゆる任から外し…」

古き日のグウィンドリン「また、それらから生ずるあらゆる責、あらゆる禁則、あらゆる罪科から解放する」


キアラン「ッ!?」


だが時はくれども、威光はキアランを砕かなかった。
大鎚は振られるどころか、握られることさえもなく、スモウの背に掛けられたままである。
暗月の君子は、驚愕をあらわに見上げたキアランに構わず、声を紡げる。


古き日のグウィンドリン「よって、そなたが身に帯びる武具はこれよりアノール・ロンドの尊名より離れ、そなたのものとなる」

キアラン「お、お待ちください!何を言うのですかっ!?それでは道理に反します!」

古き日のグウィンドリン「道理がなんだと言うのだ?」

キアラン「なんっ…!?」


古き日のグウィンドリン「我は王ではなく、ここは神都ではなく、汝らも騎士ではなく、規範は無い」

古き日のグウィンドリン「我はそなたの生命を尊く想った。そして道理はそなたを虐げ、踏み躙りはしたが、我はそれが気に食わぬ」

古き日のグウィンドリン「ゆえに我は、道理の言葉など聞かぬことにした。それだけだ」
693 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/02/23(火) 21:09:57.11 ID:cajqfL8Do
きてた!
694 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2021/02/23(火) 21:18:38.56 ID:Y1nkHgtv0
乙。
こうして複雑な顛末があった末に無人のアノロンを守り続けてた、とすると、窓から乗り込んで散々荒らしてすみませんでした、という気分になるな。わざわざ隠し部屋に安置してあったハベルの遺品までぶん盗ったし。
いやまあ、不死の試練は活きてたわけだから、招かれて出向いていった立場だとも思うけど。
695 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2021/03/25(木) 19:20:42.32 ID:AwNoTluC0
テスト
696 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/03/25(木) 19:41:37.13 ID:AwNoTluC0
テスト
697 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/03/25(木) 22:59:45.05 ID:c7N4hi8fo
何のテスト?
698 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/03/26(金) 06:02:21.23 ID:N9GwjPOO0

キアラン「……なにゆえに…」


古き日のグウィンドリン「裁かぬ暗月を怨むなら怨め。罪なき身を呪いたいのならば、止めもせぬ」

古き日のグウィンドリン「だがそなたが何と言おうと、暗月は意を曲げぬ。折らぬ。断固としてな」

古き日のグウィンドリン「それでも尚、そなたが裁きを欲すると言うのなら、もう構わぬ。そなたを黒森に追放する」


キアラン「!!」


暗月の君子の言葉の末を聞き、キアランは驚愕を露わに顔を上げた。
黒森。またの名を、黒い森の庭。
そこはかつて、人の国の領地であり、今は捨てられ、神の盟友に護られた封地となって久しい。

しかし、かつて王家の森庭と語られたその地に眠るのは、人の豪族たちだけではない。
ウーラシールに赴いたかの神は、しかし帰らず、ただ残った功績と伝説と共に、名をその地に葬られている。
そして、アノール・ロンドに生きる神々には、あるひとつの葬祭の掟が伝わっている。

倒れし者の魂は、倒れし者にとっての真の友のみが継ぎ、心と力を継承する。
神代では、それは戦友の習わしであったのだ。



キアラン「グウィンドリン様…」


古き日のグウィンドリン「立ち去りたまえよ。裁きはくれてやったのだ。もはや我らに用もなかろう」


暗月の君子は返答を求めない言葉、捨て台詞をも吐いたが、声はあくまで柔らかく、優しさを宿していた。
キアランは顔を伏せて涙した。
喪いし半身。半ば死した心。それらを産んだのは、ある戦神を帰さなかった、静かなる森の暗がり。
かつての友が闇を歩き、闇を祓ったその森に送られることが何を指すのかは、戦友の習わしを知るキアランは、涙する程に理解していた。
誰にも護られず、見られぬままひとり逝き、多くの友と未練を残した、供養もされぬ無念の魂が、ようやく憩うのだ。
底深き暗月の慈悲によって。


キアラン「…このキアラン…しかと、神罰を賜りました…」


立ち上がったキアランは涙声まま、涙に濡れた顔を拭うと、兜を被り、仮面をつけた。
顔は隠れたが、はるか以前から暗く沈んでいたその気には、わずかに光がさしたようだった。
そしてかの女神は踵を返し、謁見の広間から去った。



コブラ「ちょいとばかし、俺はあんたを誤解していたみたいだな」


グウィンドリン「誤解?」


コブラ「いやなに、案外と粋なところもあるんだなと思ってよ」


グウィンドリン「粋か……いや、いささか疲れたというだけだろう。この身も心も、多くに長らく縛られていた」

グウィンドリン「その縛りへの、ささやかな反抗心だったのだろう」


コブラ「ふーん…それにしちゃ、女の子を泣かせた時のあんたの口元は、得意そうだったぜ」

コブラ「少しは気が晴れたんじゃないのか?」


グウィンドリン「フッ……そうかもな」



風景が溶け、神々の姿が描き消えていく。
それと共に、コブラは頭の奥底に覚醒の気配を感じていた。
記憶の世界が狭まり、辺りが闇に包まれると、その闇も白みはじめ、眼に陽光の温もりを感じ始める。
消えゆく世界の中で、グウィンドリンに手を触れられて、コブラはその眼を閉じた。



かくして、月と太陽の光の女神の名は忘れさられ、アノール・ロンドは失われた。



699 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/03/26(金) 18:05:28.12 ID:mKnJ4g35o
そうかアルトリウスか
700 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/03/27(土) 09:04:58.90 ID:fKHVpoEao
そろそろ話は現代に戻るのかな?
701 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2021/05/08(土) 15:02:57.59 ID:D0vCWM5O0
>>698
×立ち上がったキアランは涙声まま、涙に濡れた顔を拭うと、兜を被り、仮面をつけた。
◯ 立ち上がったキアランは涙声のまま、涙に濡れた顔を拭うと、兜を被り、仮面をつけた。
702 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/05/31(月) 19:56:53.25 ID:Aivb6gtgO
>>673
ここめっちゃデビルマン
703 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/06/22(火) 03:25:58.99 ID:aNONZ8sW0



コブラ「!」



立ったままのコブラの眼前には、陽光に照らされたグウィンドリンが立っている。
それだけでは現世への帰還に確信を持てなかっただろう。
だが幸いにして、グウィンドリンの肩越しに、見知った相棒であるレディの姿があったことで、コブラはすぐさま状況を認識できた。


レディ「…コブラ?」

コブラ「大丈夫だレディ。俺ならバッチリだ」

コブラ「グウィンドリン、どれくらい時間が経った?」


グウィンドリン「全ては数瞬のうちに過ぎたことだ。ふた息と経ってはおらん」


コブラ「そうかい、アレが一瞬の出来事だとはな。なんだかどっと疲れたぜ」

オーンスタイン「だが休んではおられぬぞ。大法官…いや、暗黒神の憑代たるクリスタルボウイが王の器を置くまで、もはや幾許もない」

グウィンドリン「そういうことだ。我らは急ぎ、祭祀場のフラムトの元へと赴き、器を取り戻さなければならない。ゆえにもはや語らわぬ」

グウィンドリン「火防女よ、そなたも参れ。アノール・ロンドは既に陥ちた。篝火の火を掬い、手に収めよ」


暗月の君主がそう言うと、真鍮鎧の騎士は篝火に屈み、踊る炎を両手で掬う。
掬われた炎はみるみる小さくなり、騎士の手袋を焦がすこともなく、掌に消えた。


ジークマイヤー「お待ちくだされ!コブラに何が…」

ローガン「今は語る時ではないようだ。続きは移動しながらにでも」



グウィンドリンとオーンスタインを先頭に、コブラ一行は篝火が消えた一室から出ると、使者の運び手たるレッサーデーモンが待つ高台へと向かった。
そして道中、ジークマイヤーはたまらず疑問を口にした。


ジークマイヤー「…急いでいるのならば、篝火で語らうことも…いや結構、今のは言わなかったことに」

ビアトリス「どうした?言ってみればいいだろう?言葉を交わす最後の機会かもしれないぞ」

ジークマイヤー「よしてくれ、分かってる。唯一闇を祓えるコブラが目覚めるまでは、我らは動けなかったのだ。そういじめるな」

ローガン「恥じることはない。誰も触れぬ疑問に問いを投げかけることは、探究の始まりとなろう」


遠回しなローガンの嫌味を聴きつつ、オーンスタインは戦友たる狼騎士に想いを馳せた。
唯一闇を祓える者と、かの騎士も呼ばれたが、騎士は遂に戻らなかった。
その事実は、オーンスタインに不吉な結末を予感させるに十分だった。

かくして高台に到着した一行のもとに、二十匹のレッサーデーモンの群れが現れた。
そのうちの十二匹は、コブラ、レディ、ビアトリス、ジークマイヤー、ローガン、真鍮鎧の騎士をそれぞれ掴み上げると、再び飛翔した。
しかしそのまま飛び去ることはなく、残りの八匹のデーモンがことを終えるのを待った。
八匹のデーモンのうち、二匹は二つの大椅子をぶら下げていたのだ。

その椅子は一見して簡素な作りではあったが、それゆえに堅牢に見え、上に伸びた背もたれと手すりからは、四本の縄が垂れている。
ところどころに小さく施された彫刻は、その椅子が高貴な者のためにあることを周囲に見せるものだった。
デーモン達が二つの大椅子を高台に置くと、グウィンドリンが先に椅子に座り、続いてオーンスタインが座った。
そして八匹のデーモンは二組にわかれ、一方はグウィンドリンの椅子の縄を掴み、もう一方はオーンスタインの椅子の縄を掴み、主の声を待った。


グウィンドリン「火継ぎの祭祀場へ」


主がそう言うと、二つの大椅子は宙に浮き、八匹のデーモンは十二匹のデーモンとともに、アノール・ロンドを離れた。
神を失った都は、徐々に陽光の輝きをうしなってゆく。
グウィンドリンが祭祀場に着く頃には、都は夜を迎え、闇の手の者の跋扈を許すだろう。


コブラ「皮肉だな」

グウィンドリン「何がだ?」

コブラ「蛇が神の国を追われてる」


笑みを浮かべたコブラの言葉に、グウィンドリンも唇を綻ばせた。
704 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/06/22(火) 03:57:40.60 ID:7zjjCm7DO
グウィンドリン様だんだんコブラの影響を受けておられる…
705 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/06/22(火) 12:42:11.63 ID:aNONZ8sW0


フラムト「………ふーむ…」


火継ぎの祭祀場の奧で、蛇は疑問に唸っていた。
アノール・ロンドの潜む方角から、悍ましい闇の息吹を感じたと思えば、その息吹は異質なる輝きの気配に掻き消された。
しかし闇は消えたわけではなく、薄く散らばり、方々へ潜んでいるのだ。


フラムト「あの闇の気配…我らが創造主が目覚めたにしても、あの方を祓う力など、神々にあろうか…?」

フラムト「ううむ…見えぬ…我が友の世が続くに越したことはないのだろうが…」


「けっ、しばらく留守にしてる間に、やたら腐臭に塗れやがる。篝火も消えちまうし、離れ時かねぇ」


悩む蛇の長髭に、男の小さな愚痴りが響いてきた。
愚痴は足音と共に大きくなり、石床を踏みしめ、蛇の元へと姿を現した。




悪人面の男「っ!?クソ化け物が!どっから現れた!?」




木製の大盾を背負い、長槍を杖代わりに歩いていたその男は、蛇を見るや否や槍を構えて怒声を上げた。
睨みをきかせた禿頭には、青筋が立っている。


フラムト「何処から?」

悪人面の男「!?」

フラムト「見ての通りではないか。地の底から伸びておる」

悪人面の男「………」ゴクリ…


悪人面の男「へ、へへへ、なんだ喋れるじゃねえか。俺はてっきり、あんたが人喰いの化け物だと思ったんだぜ?」

フラムト「ふむ?食おうと思えば食えぬこともないが…」

悪人面の男「とっ、とおっ!」ガチャガチャ…

ガラン

悪人面の男「あっ!」


人を食えると言った怪物に盾を構えるはずが、手がもつれてしまい、男は盾を落とした。
反りが設けられた大盾は蛇のそばまで転がってしまった。


悪人面の男「………」


悪人面の男「クソ!!」

フラムト「怯えることはない。食おうと思えばの話じゃ。わしはおぬしを食わぬ」

悪人面の男「化け物を信じろって?なんの冗談だ」

フラムト「信じるか否かではない。事実を話しておる。おぬしは食われておらぬだろう?」

悪人面の男「ああ今はな。だが先のことなんぞ分からんぜ」

フラムト「頑固な者じゃな。ならばわしが寝入った時にでも盾を拾うがよかろう。老いた身じゃ。少し待てばそれで済む」


フラムト「!」ピクッ


間の抜けた男との問答の最中、不意にある気配が湧いた。
その気配は、男がここに来る前まで蛇の心中にあった疑問のもの。潜みし闇の気配であった。


フラムト「不死人よ」

悪人面の男「なんだよ」

フラムト「おぬしの言う通りじゃ。先のことなど何者にも見えぬ。この祭祀場の篝火は消えた。お主は他の篝火を探すとよいじゃろう」
706 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/06/22(火) 14:02:30.06 ID:Q9JbOnBOo
パッチきたああああ
707 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/06/23(水) 07:23:58.28 ID:joB1L1uj0
悪人面の男「………」


食えると言いはしたが食わず、頑固者と呼ばわったかと思えば、お前は正しいと言う。
人を煙に撒くこの言いぶり、上から目線の妙な臭さに、男は不信感を一層募らせた。
このような言葉の連なりは、大抵何かを隠している。
見覚えも、聞き覚えも、やり覚えもあるこの嘘のつき方は、男にとっては徳とやらが高いだけの堕落した聖職者のそれにすぎない。
もっとも、男は聖職者ではなかったが。


悪人面の男「…大蛇の旦那、嘘はいけねえぜ」

悪人面の男「あんた、何か隠してるだろ?俺には分かる、それがなんにせよ大事なことなんだろ?」

フラムト「隠してなどいない。おぬしを救いたいのじゃ」

悪人面の男「ほーら来た!そういうこと言う奴だと思ったぜ。安心しろよ、俺は口が硬いんだ。話してみろよ」


清貧であれ豪奢であれ、聖なる者を自称する者達に共通するものを、男は嫌悪していた。
秘密を秘密のままとして、自らを偽り、目も耳も塞ぐ身でありながら他者に正道を説く、その厚かましさ”も“気に食わないのだ。
だが秘密を暴き、人の俗悪と偽りに触れ続けたがために、自らは悪党となったということを、男は教訓としてこの場で意識するべきだった。
目も耳も理由があって塞ぐ。秘密を暴くものは、その秘密がなんであれ、不運や業を背負うということを。


フラムト「愚か者め!逃げよと言うとろうに!」ガッ


蛇は大盾に噛み付くと…


ブン  ガラァン!

悪人面の男「ハハッ、おいおい落ち着けって!俺は何もしやしないぜ?」


男の足元に投げ落とした。
男はわざとらしい呆れ笑いを浮かべながら大盾を拾う。
その目つきは、何かへの確信がより強まったことを蛇に教える。
だが蛇にとって、今この時だけは、一人の不死人の企みなどはどうでもよかった。
人が神代を支える命ならば、その命はひとつでも多く、災厄から逃れなければならないのだ。


フラムト「分からぬか!あのお方はおぬしをも喰らうぞ!」

悪人面の男「あのお方?そいつは今どこにい…」



何処にいる、という疑問を男が口にし終える前に、空が暗くなった。



悪人面の男「!? な、なんだぁっ!?」



男が空を見上げると、そこには夜空と、欠けた太陽があった。
輝く太陽の中心に見える、塗りつぶしたような、あるいは穿たれたような黒は、徐々に広がり、太陽を食っていく。
それに伴って、夜空に輝く星々も消失を始め、空に赤い輪が浮かぶ頃には、空も地も暗がりに包まれた。
赤い輪とはすなわち、太陽の残り火。闇の印である。


悪人面の男「お、おい…てめぇ、何しやがった!こりゃあなんだよ!」

フラムト「闇じゃよ」

悪人面の男「ああ!?」


蛇に槍を向けた男の脳裏からは、すでに企みなどは無い。


フラムト「偉大なる暗黒。創造の神アーリマンが降臨なさるのじゃ」

悪人面の男「か…神だぁ…?」



男が蛇の言葉を測りかねていると、空と太陽を覆う闇が、水から分たれた黒油のように粒をなして、空と太陽から分離し、剥がれはじめた。
天から剥がれた闇は降り注ぎ、地から剥がれた闇と溶け合って、ひとつどころに向かって渦を巻く。
蛇の眼前、男の眼前に収束する闇の渦は、人の形を成していき、色を発し始めると、天も地も平時の有り様を取り戻していく。
そして天地の全てが、何もなかったかのような静けさに戻った時、そこには明らかなる異物、異形が形を成していた。

透き通る皮膚と、黄金の人骨。二又の鉤爪と、黄金の異相。闇の化身、クリスタルボウイが。
708 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/06/23(水) 10:05:12.11 ID:L7UcDr3Xo
クリスタルボウイは神になったのか……?
709 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/06/23(水) 11:17:13.96 ID:joB1L1uj0
クリスタルボウイ「ふん、誰かと思えば貴様か、鉄板のパッチ」


パッチ「!?」


クリスタルボウイ「久しぶりだなフラムト。まだ懲りもせず、不死の使命なんぞに夢中になっているのか」

クリスタルボウイ「しかもこのような盗っ人とも絡むとはな。神の墓での働きに興味でも湧いたか」


フラムト「…人の世における貴賤は、この地では関係ありませぬぞ。不死の使命はすべての不死に課されているゆえ」


蛇と怪物が言葉を交わす中、パッチと呼ばれた男はただ、立ち竦んでいた。
暗闇が寄り集まって生じた怪物が、言葉を発した。
それだけではなく、怪物は男の名をも知っていた。
仇名と、盗人という素性。そして恐らくは、犯してきた全ての所業をも。
神も悪魔も、聖者も信仰せぬパッチの心が、クリスタルボウイに屈服するには、それだけで十分だった。
神も悪魔も聖者も、それら全てを見抜くことは決してなかったのだから。


クリスタルボウイ「貴賤は関係無いか。貴様らしい、甘ったれた考えだな」

クリスタルボウイ「だが、気持ちは理解してやれるぞ。人のためと称して人を陥れている貴様も、決して清い者ではないのだからな」

フラムト「わしが清濁のどちらであれ、わしは正道を歩きたいのです。人は闇から生まれ、しかし闇を恐れ、不死と亡者を恐れております。貴方様がお造りになった、神々と同じように」

フラムト「ならばわしは、人と神が望む光の世界を守るだけのこと。貴方様の復讐のために使い果たされるべき命など、この世にはありませぬぞ」

クリスタルボウイ「それを決めるのは俺だ」カシャッ


ズガガガァーッ!!



蛇の言葉に、怪物は鉤爪を返した。
蛇の首に突き刺さった鉤爪は、そのまま伸び進み、頭だけでも人の全身ほどもある巨大な蛇を、石壁に叩きつけた。
上半身まで引きずり出された蛇は壁を突き抜け、その後ろの岩壁にまで押し込められて、たまらず前足を腕のように使い、鉤爪を掴む。
蛇は竜の眷族であるがゆえに、体の造りはむしろ、蜥蜴に似ている。アーリマンがそう定めたのだ。
神は、尊い者に己の似姿を与える。
ゆえに鱗持つ神は、鱗持つ眷族を生むのだ。


フラムト「ゆ…許しは乞いませぬぞ!…貴方様は古き日より…誤ちを重ねている…」

クリスタルボウイ「誤ちか。そう見えるのなら、毒を食らわば皿までだ」メキメキ

フラムト「うごぉ!」


右手の鉤爪で蛇を締め上げている怪物は、その目に暗い輝きを迸らせた。
すると、暗い輝きは鉤爪を通して蛇に伝わり、見える限りの蛇の全身を包む。


フラムト「グアアアーーッ!!」


途端、蛇は叫び声をあげながら、身体の末端から黒紫色の結晶に覆われていった。
輝きそれ自体が、結晶を作り、また蛇の身体を結晶そのものへと変えているのだ。
結晶化は急速に進行し、十秒と経たずに蛇の全身を置換すると…


ベキベキベキッ


空間の全ての方向から押し潰されるかのように縮み、遂には蛇を、人差し指ほどの小さな結晶塊へと変えてしまった。
クリスタルボウイは、鉤爪に掴まれたその結晶を、鉤爪とともに手元に引き寄せると…


ペキッ


結晶を握りつぶした。



ドサッ


パッチは尻餅をついた。
腰を抜かすことは初めてではないが、圧倒的な力への恐怖に屈服したことは、初めてだった。
勝ち目のない戦い、勝ち目のない相手からはいつも逃げてきた。そしてそれらはいつも成功した。
だが、今度ばかりは逃げられない。逃げた先にも、この恐るべき怪物が作った何某かがあるのだから。
710 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/06/23(水) 11:21:03.47 ID:Gcqo6kQUo
フラムト…
711 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/06/23(水) 12:02:41.41 ID:joB1L1uj0
クリスタルボウイ「さて、ついでにお前にも面白いものを見せてやるぞ、パッチよ」

ガシッ

パッチ「!!」グンッ


クリスタルボウイは、へたり込んだパッチの胸ぐらを掴むと、石ころを拾い上げるような軽やかさで持ち上げた。


パッチ「や、やめろ!頼む!やめてくれ!」

クリスタルボウイ「フッ、遠慮しなくてもいいだろう。俺とお前の仲じゃないか」


そして、やはり重さを感じさせない歩みで、蛇が顔を覗かせていた大穴へと向かう。
パッチの脳裏に、絶対に考えたくない想像が顔を覗かせる。


パッチ「ま、待ってくれ!待ってください!なんでもします!こっ、こう見えても役には立ちますぜ!旦那!なぁ頼むよ!」

クリスタルボウイ「ほーう、なんでもするのか」

パッチ「は、はい!!なんでも!へへ…」

パッチ「へ……」


希望が見えたと喜んだのも、束の間だった。
なんでもすると言ってしまった以上、今最も考えられる己の末路も、その選択肢の内に入ってしまうことにパッチは気付いた。


パッチ「…あ…穴に落ちろっていうの以外は…はは…」

クリスタルボウイ「安心しろ、俺にも仏心はある。落ちろとは言わんさ」

パッチ「……」ホッ…

クリスタルボウイ「ついて来い」

タッ


パッチ「!!!!」


クリスタルボウイは、穴に向かって一歩踏み出した。
パッチを掴み上げたままに。



パッチ「あああああああああああああああああああああああ!!!」


全身を叩く突風の中で、パッチの頭は絶望一色だった。
崖下に突き落とした聖職者の一行のことなど、一片たりとも思い浮かばない。
人の世での経験や、ロードランでの経験なども、走馬燈とはならず、ただ恐怖と絶望だけが吹き荒んでいる。
パッチという男は過去を顧みず、今だけを見据えるをモットーとしている。
なればこそ、現在に絶望が横たわり、そこからはどう足掻いても決して逃げられないと悟ったならば、心はただ砕けるばかりなのだ。


クリスタルボウイはしかし、喚くパッチをを黙らせるでもなく、鉤爪を暗い縦穴の壁に突き刺した。


ガギイィィィ!!

パッチ「あがっ!」ガクン


急な減速でもんどりを打ったパッチは嘔吐しそうになったが、不死人ゆえに胃袋はからであり、胃液のひとつも出なかった。
熱く輝く糸を撒き散らしながら、金切り音を上げてクリスタルボウイは縦穴を落下し続け…


ガヅッ


パッチ「!!!!」


ある高さまで来ると、鉤爪を壁から外した。
パッチは再び始まった加速にまたも恐怖したが。

ドガァン!!

着地の衝撃で気を失った。
712 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/06/23(水) 13:08:11.28 ID:joB1L1uj0
バチン!!

パッチ「ぐはっ」

バチン!!バチン!!


頬に走った激痛で、パッチは目を覚ました。そして痛みの波に揉まれていることを知った。
パッチに馬乗りになって両拳を振り下ろしている銀仮面の騎士に、拳を止める気配はない。


パッチ「ま…まって…」

銀仮面の騎士「ああ?」バチン


仮面の奥からは、若い男の声がした。


パッチ「ぶっ…ま、まって…」

銀仮面の騎士「聞こえねえんだよ」ブリブリ

ぬちゃっ

パッチ「ぐ!?むぐぐーっ!?」

銀仮面の騎士「聞こえねぇんだよー俺の糞なんて食ってるからー」

パッチ「もがあああああああ!!」

銀仮面の騎士「暴れんなよお前さぁ。お前のためなんだぜ?けつの穴に糞団子つめて、それ出してさ、それお前に食わしてさ、それっぽくするの」ぬちゃぬちゃ

パッチ「かっ…か……」

銀仮面の騎士「不死人は糞できないからな。それっぽくするには、他人の糞詰めるしかないんだよね」ぐりぐり

銀仮面の騎士「でも、おかげで懐かしいんだよな。糞ができるって生きてる証拠だよ。食べてる証拠なんだ」

銀仮面の騎士「尊厳を汚すってことは、尊厳があることを認めることなんだ。ホントに尊厳の無い奴は馬鹿にする気にもなれないからさ、あんたは誇っていいんだよね」


ひとしきり独り言を喋り尽くすと、騎士は馬乗りをやめてパッチを蹴り転がし、糞まみれとなった彼の口にエストを突っ込むと、下半身の装備を身につける。
焼いたパンのように顔を膨れさせたパッチは起き上がれず、力なく口から糞を吹き、エストに溺れながらも、絶え絶えの息を続けるのがやっとだった。


銀仮面の騎士「アーリマン様、パッチが目を覚ましました」


目を覚ますどころか窒息しかけ、今や毒をも食わせられて瀕死となっているパッチの耳に、聞き覚えのある名前が入る。
そして、絶望的な落下からはともかく生還したということを知った。
パッチはどうにか上体を起こし、糞と、糞に刺さったエスト瓶を吐き出した。


クリスタルボウイ「ひどいザマだなパッチ。子の仮面に好き放題されたな」フフフ…

パッチ「ここは…どこだ……子の…仮面…?」ヨロッ…


掠れた声を出しつつも、パッチは糞にドリップされたエストの効果で、皮肉にも活力を取り戻してしまった。
糞の毒に犯された身体も、一時の活力のおかげで、どうにか立ち上がるだけの力を絞り出せてはいる。


子の仮面「よっ」


照れ臭そうに声を掛けてくる騎士を前に、パッチはまたも戦慄した。
仮面騎士の悪霊の伝説は、正気を保つ全ての不死人が知る呪われた物語である。
幾百、幾千もの不死人や怪物たちを殺戮し、その死に何を見出しているのかも分からぬ者達。
その血塗られた伝説が、目の前にいるのである。
その姿、その存在を疑おうにも、物語にある彼らの恐ろしさは、パッチは既に体験している。


クリスタルボウイ「こいつは叩き伏せた相手に糞を投げつけるのが大好きでな。汚物に塗れた相手を指差して笑う、妙な趣味を持つ男だが、なかなかどうして使える奴でな。こうして俺のそばに置いているのだ」

子の仮面「ここだけの話、俺はこの人を殺すために使われてるフリをしてるんだ。これ内緒だからな」

パッチ「………」

713 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/06/23(水) 13:37:09.37 ID:hHLIO3M/O
こりゃまたとんでもないキチガイが
714 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/06/23(水) 14:51:52.11 ID:joB1L1uj0
クリスタルボウイ「なかなか面白いヤツだろう?だが、俺が見せたかったのはこの男ではない」

クリスタルボウイ「これだ」



クリスタルボウイが右手の鉤爪を掲げると、二又の爪の間から、白い輝きが走った。
その輝きは鉤爪から離れ、クリスタルボウイの頭上に位置すると、大きさを増し、質量を伴っていった。
そして輝きが収まると、あとにはひと抱えもある巨大な器が残った。


クリスタルボウイ「これが神々が、貴様ら不死人に託そうとした使命。王の器だ」

クリスタルボウイ「もっとも、この器も神々の計画、真の不死の使命とやらの始まりに過ぎんがな」


王の器と呼ばれた大器は、クリスタルボウイの視線に導かれ、宙を移動し、置かれるべきところの真上で止まった。
器があるべき場所とは、石の大門の前。枯れた古木の切り株の上である。


パッチ「…なんなんだよ…あんたら…」

パッチ「不死の使命なんて…俺はどうでもいいんだ…なぁ帰してくれよ…頼むよ…」ゴホッ

クリスタルボウイ「返すさ。お前にはメッセンジャーになってもらわなければな」

パッチ「メッセンジャー…?」


クリスタルボウイ「この時の歪んだロードランの地にある篝火は、縁で全て繋がっている」

クリスタルボウイ「過去の篝火も、現在の篝火も、未来の篝火も、僻地のものだろうが、死地のものだろうが関係無くな」

クリスタルボウイ「あの器は、その全ての篝火の縁を利用した転送装置なのだ。器の持ち主は、篝火のあるところに望みのものを転送できるのだ」

クリスタルボウイ「そして篝火の縁は、無の世界に生まれ、世界に光と闇、熱と冷たさ、生と死を生じさせたはじまりの篝火とも例外なく繋がっている」

クリスタルボウイ「更には今は、空前絶後の規模と言える時の合一が起きている。繋がりはより強固に、より正確なものになっているだろうな」

クリスタルボウイ「繋がっているからといって、はじまりの篝火をタダで受け継ぐとはいかんがね」ククク…


クリスタルボウイ「ならばパッチよ」


パッチ「…?」




クリスタルボウイ「はじまりの篝火から生じたものが、他の篝火に移動できるのなら、はじまりの篝火に照らされたものも移動できると考えるのも、自然なことだろう?」




パッチ「………」

パッチ「……あんた…なに言ってんだ……なにをやろうってんだよ…」


クリスタルボウイ「狼煙をあげるのさ」

クリスタルボウイ「この俺の、反撃の狼煙をな」



ガコン…


王の器は、重々しい音を響かせて、古木の切り株の降りた。
そして器の中心からは、地響きとともに、炎にも似た輝きが揺らぎ始める。

しかし、その揺らぎは小さくなり、器の外縁部から立ち上る闇の霧に囲まれ、食い荒らされ、肥大した。
その肥大した様は黒い炎とも言える様であり…



ゴワアァァーーッ!!!




天に向かって噴出する様は、山が自らの死の瞬間に噴き出す、赤黒い火柱のようだった。

715 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/06/23(水) 16:06:53.39 ID:joB1L1uj0


クラーグ「!?」ボワッ

戦士「うおっ!なんだよいきなり」


種火を調べ終え、次に種火の入れ物を調べていた魔女が、突如として蜘蛛の炎を強めた。
そして飛び起きた戦士に構わず、魔女は種火の入れ物に蓋をして、蜘蛛糸で巻くと、蜘蛛の燃える腹毛に粘りつけた。


ラレンティウス「どうしたんですか?何か不調でも…」

クラーグ「この感覚……まさか…」

ラレンティウス「…?」

クラーグ「魔術師!太陽の小僧を叩き起こせ!」

グリッグス「!?」


ガサササーッ


グリッグスの返事を待たずに、クラーグは蜘蛛足を走らせて、篝火から離れてしまった。
何事かと思ったグリッグスはクラーグの行く先を目で追い、ことの重大さを把握した。
戦士もいきなりのことで若干の苛立ちと共に、炎の蜘蛛魔女を目で追い、同じく事態を知った。



グリッグス「おいソラール!起きろ!」ゆさゆさ

ソラール「なん…なんだ?…どうしたんだいきなり…」

戦士「俺は先に行ってるからな!ラレンティウス!」ダダッ

ラレンティウス「お、おう」ダダッ


グリッグスとソラールを残して、戦士とラレンティウスは、クラーグの後に続いた。


グリッグス「ソラール!はやく起きるんだ!」

ソラール「ちょっと待ってくれないか…いったい何のことだか…」

グリッグス「封印が消えた!」

ソラール「……え?」



グリッグス「消えたんだよ!王の封印が!綺麗さっぱり無くなってるんだ!」



その報は、ソラールの頭を覚醒させるのに十分なものだった。
兜を被り、剣を腰にはいて、グリッグスが指差す方向を見る。
そして見た先には、黄金色に輝く霧は無かった。


ダッ!


ソラールは石畳を蹴って駆け、崩れかかった長階段を滑り降り、土をはねて走り、封印のあった場所に立つクラーグの横に立った。
横一列に並んだ旅の一行の前には、熱気の無い石造の大広間が広がっており、その向こうには、焼土を縦にくり抜いて作った空間に、石の階段を敷いた景色が見えた。



ソラール「何が起きたんだ!?大王の封印が解かれたのか!?」


クラーグ「いや…違う…これは、解かれたのではない」


ソラール「では、どうして…」


クラーグ「砕かれたのだ……誰か、あるいは何かに…」


ソラール「…何か…?」

ソラール「何かとは…それは…なんなんだ?」
716 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/06/23(水) 18:12:06.80 ID:joB1L1uj0
ゴワアァァーーッ!!!



グウィンドリン(間に合わなかったか…)

コブラ「オッオオオーーッ!!」


祭祀場に開けられた長方形型の穴から噴き上げた、赤黒く輝く力の奔流に、コブラ一行を運ぶデーモンたちは巻き上げられ、方向感覚を失った。


コブラ「クッソーまたこのパターンかーっ!どーしていつもこーなるのー!」グワングワン

レディ「落ちるわコブラーっ!」グラグラ

ジークマイヤー「どわーっ!?」ガシャーン

ビアトリス「ジークマイヤー!?」

ローガン「祭祀場の遺跡に落ちただけだ!運のいい奴よの!」

真鍮鎧の騎士「オーンスタイン様!グウィンドリン様をお願…」

オーンスタイン「グウィンドリン様!」ダンッ!


大振りに揺られる者、きりもみに落ちる者がいる中で、オーンスタインは求められるより速く、大椅子から飛び上がり…

ズバッ!

グウィンドリンの大椅子を吊る、四本の縄に十字槍を一閃。切断し、大椅子ごとグウィンドリンを抱え…

ガンッ ガンッ スチャッ…

岩壁や遺跡の石積みを蹴って、柔らかく着地した。


ドザーッ!


その隣に、レディを抱えたコブラが砂埃を上げて着地。
一方、ローガンとビアトリスは、高所から飛び降りたとは思えぬほどの静かさで降り立った。
二人の脚には、淡く青色に輝く魔法、落下制御がまとわりついている。


ジークマイヤー「ぐはっ!」ズダーン!


ジークマイヤーは無理矢理に遺跡から飛び降りて、したたかに腰を痛めたが、エストを飲んで事なきを得た。


真鍮鎧の騎士「オーンスタイン様!グウィンドリン様にお怪我は!?」ガチャッ


木に身を投げた真鍮鎧の火防女は、木から降りつつもオーンスタインに訪ねる。
その声に、グウィンドリンは「大事ない」と応えた。



コブラ「どうも、とんでもないことが起きちまったみたいだなぁこりゃ」

グウィンドリン「大王の封印が解かれたのだ。貴公に施された封印も、既に無いはず」

コブラ「なに!?そいつはいいぜ、俺のサイコガンもついに復活ってわけだ」

グウィンドリン「だが、器を置いたのはアーリマン……貴公の敵、クリスタルボウイだ。篝火はすでに安全ではないだろう。器が置かれたということは、フラムトかカアスのどちらかが、クリスタルボウイに火継ぎの使命を伝えてしまったはず」

グウィンドリン「ならば、クリスタルボウイは火継ぎの儀式を行い、はじまりの火を闇の力で簒奪するか、もしくは消してしまうだろう。まことの闇の力を求るがために」

コブラ「まったく、人が寝てる時にイタズラするような奴はダメだね。躾がなってないな」

グウィンドリン「兎も角、我らは今すぐ王の器を奪い返さねばならない。皆々、寄ってくれ」


グウィンドリンの招集に、不死たちは集まり、コブラも、レディも、オーンスタインも、離れることはない。


グウィンドリン「あの強大な闇に対する策を、我ら神々はついに持つことができなかった。ゆえに戦力と言えるものは、コブラに秘められた謎多き力と、サイコガンだけとなる」

グウィンドリン「しかし、コブラ単身を死地に向かわせるわけにはいかぬことは、貴公らも思うところであろう。コブラ一人を戦わせるなどは、か細き希望をより細め、恩義を忘れ、信義にもとる行いだからだ」

グウィンドリン「ゆえに貴公らも、我らとともに戦ってほしい。時が少なく、多くの語るべきことを語れぬ身で言うのも厚かましいが…もはや我には、そうとしか言えぬのだ」

グウィンドリン「そのような暗月の神に力を貸すと言うのなら、我が身に触れてほしい。我が転移の術は、短い距離ならば容易く飛び越える。我が身に触れれば、瞬く間にはクリスタルボウイの眼前であろう」
717 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/06/23(水) 22:43:23.88 ID:joB1L1uj0
コブラ「まぁ、そういうことだ。頼むぜグウィンドリン」


グウィンドリンの右掌を、コブラは握った。
それとほぼ同時に、真鍮鎧の騎士の手は右の二の腕に触れていた。
オーンスタインの右手は、グウィンドリンが皆を呼び集めた時から既に、かの神の右肩に手を置いている。


ジークマイヤー「…友と枕を並べて死ねるなど、騎士の誉よな……」

ジークマイヤー「ましてや世のため、人のためにともなれば、今死ねずして何が騎士か」フフフ…

ジークマイヤー「コブラ!この命、貴公にくれてやろうぞ!」ガッ


ジークマイヤーの手は左の二の腕に…


ローガン「神秘を追い求めた老骨が、世の神秘の真髄に触れて死ぬというのも、あるいは乙なものであろうなぁ」

ローガン「騎士が命を預けるならば、魔術師は理力を預けよう」スッ…


ローガンの手は左肩に…


ビアトリス「…偉大なる師を死地に送り、己は逃げたとあれば、私は野にいる自分を誇れないでしょう」

ビアトリス「何より、私には果たすべき使命があるのです。その道を阻む者は、例え暗黒神だろうと討たねばならないでしょう。例え、命が尽きようとも」

ビアトリス「御無礼、お許しください」


ビアトリスの手は、左肘に触れた。
恐るべき大敵を前にして心構えを口にするなど、あるいは意味を持たないかもしれない。
だが心ある者は皆、それぞれに信じたいのだ。
例えその信念が、幻や虚飾、酔いの類であろうとも。
それが、それだけが力となっていくのだ。



コブラ「よぉし、じゃあ地獄に落ちてやるとしようぜ!待たせちゃ悪いからな!」



グウィンドリンを中心として、黄金色の光の陣が現れると、コブラ達一行の姿は薄まり、消えた。


718 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/06/23(水) 22:59:49.79 ID:joB1L1uj0


そして、コブラからの目配せに応えて、残った者が一人。
本当に王の封印が解かれたならば、呼びかけに応えるものもあるはずなのだ。



レディ「………」



さしものレディも、決して小さくはない不安を覚えている。
グウィンドリンの背後に回り、触れているかのように皆に見せつつも、こうして残ったことは正しかったのか。
だがコブラが思ったように、レディもある可能性を思い、それに賭ける価値もあったからこそ、レディはやはり、不安を考えないことに決めた。



レディ「頼んだわよ、コブラ」







719 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/06/24(木) 00:26:36.38 ID:W9cmFSa50
ブォーーン…



クリスタルボウイ「フッ、来たかコブラよ」



王の器の前に立つのは、使命の簒奪者たるクリスタルボウイ。
その男の背後の暗闇に、輝きが生じると、そこから現れた一団はそれぞれの武器を構えた。


コブラ「王様気取りが好きだなクリスタルボウイ。だが、お遊びもこれまでだ」スッ


サイコガンをゆっくりと抜くコブラに、たまらず駆け出しそうになったのは仮面の騎士だった。
しかしクリスタルボウイからの許しがないために、動けずにいた。


コブラ「その隣のデカブツはお前の新しいお仲間かい、ボーイ?それとも国民第一号か?」

子の仮面「刺客だよ。あんたを殺したあとは、この人も殺すんだ。これ、内緒だからな」

コブラ「やれやれ、オツムのおかしい子としか仲良くできないなんて、なぁんて可哀想なヤツなんでしょ」


ジークマイヤー「仮面の悪霊か……いや、闇の親玉の仲間にしては、あれが一人だけというのも我らには救いだな…」ヒソヒソ…

ビアトリス「だが子の仮面は、仮面の悪霊の中でも特に危険だと聞く。クリスタルボウイはコブラに任せて、我々は奴を食い止めよう」ヒソヒソ…

ローガン「しかし、あのような者との遭遇には慣れたくなかったものだな」ヒソヒソ…


クリスタルボウイ「フッ……サイコガンか。まさかそれが本調子になったからというだけで、俺の前に現れたわけでもあるまい」

クリスタルボウイ「それとも、一度は俺を退けた、貴様にも制御できないあの力に賭けたとでもいうのか?」

クリスタルボウイ「だとしたら、少々期待外れだな」


コブラ「分かっちゃいないな、クリスタルボウイ」


コブラ「いつでも俺は、俺に賭けてるんだ!」ジャキン



ズバオオォーーッ!!!



放たれたサイコガンがクリスタルボウイにぶち当たり、戦いは始まった。
子の仮面は矢のように敵目掛け飛び出し、コブラ目掛けてデーモンの大鉈を渾身の力で振り下ろす。


ガコォーーン!!


その大鉈がコブラの頭に届く前に、竜狩りの槍が一撃を防いだ。


ジークマイヤー「ふんっ!」ブン!


敵陣に突っ込んできた子の仮面の背後から、ジークマイヤーは特大剣を振り回す。
しかし、巨体に見合わぬ素早さで、仮面の騎士はバックスタブから逃れ、ジークマイヤーのツヴァイヘンダーは空を斬った。


ダダッ!

子の仮面「あっ、待って!」


クリスタルボウイに向かって駆け出したコブラを追うべく、仮面の悪霊は踵を返すが…


子の仮面「あ!」


グウィンドリンの展開した浮遊するソウルの雨に、行く手を遮られた。
それだけなら回避行動で突破する自信が、仮面の悪霊にはあった。しかし実行はしない。
ビアトリスとローガンが回避した先に魔法を合わせてきては回避などできず、そこにオーンスタインの雷が叩き込まれれば目も当てられないことになる。


子の仮面「めんどくせえなぁーお前らみんなぶっ殺すからな」
720 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/06/24(木) 00:30:17.55 ID:W9cmFSa50
今回の投稿はここまで。
あと>>950まで行ったら次スレ立てます。
721 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/06/24(木) 00:38:58.42 ID:HWvbMP5DO
ダクソ基準なら仮面は為す術もなくフルボッコだがさて…
722 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/06/24(木) 04:09:39.21 ID:jfjpfAuOo

子の仮面が一番ヤバいやつっぽいな
723 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/06/24(木) 06:17:06.37 ID:W9cmFSa50
母仮面
↑装備コレクターの周回勢
同類の仲間を引き連れて敵を待ち伏せる出待ち上等の対人厨
強い

パパ仮面
↑武人気取りのラグスイッチャー
邪魔な味方は普通に切り捨てる
ラグを使わないと緊急事態に対応できず不意打ちに弱い
強い(ラグが)

子仮面
↑糞団子と下指しジェスチャーを常備した煽り厨
倒した相手を煽りまくるが味方も煽りの対象
何考えてるか分からない
強い(多分)

黒森でいっぱい見た
724 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/06/24(木) 06:26:20.96 ID:W9cmFSa50
いきなりスカトロ描写をするなんてキモ、引くわと感じた方もいたと思うので、仮面巨人が揃ったタイミングでの注意書きでした。
ダークソウルはスカトロ描写多いゲームなんです。ホントに。みんなすぐウンコ投げます。
>>723のレスは物語の上ではかなりメタい内容なので、万が一まとめる際には>>724もろともカットでお願いします。
725 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/06/24(木) 06:50:06.54 ID:jfjpfAuOo
>>723
言われてみたら確かにラグだわ
オマージュ?の発想が凄い
726 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/06/24(木) 07:25:25.86 ID:W9cmFSa50
ガギィーーッ!!


王の器に一直線に向かうコブラの前に、クリスタルボウイが立ち塞がった。
黒騎士の大剣と黄金の鉤爪が鍔迫り、火花を散らす。


コブラ「俺の仲間をアイツ一人で引き止める気か!?ワンオペのブラック企業は評判悪いぜ!」

クリスタルボウイ「どうせ不死人だ!死んでも蘇れるだろうよ!」ドガァッ!


クリスタルボウイの前蹴りを喰らい、吹き飛ばされたコブラは元いた地点まで押し戻されそうになったが…

ガガガガァーッ

特大剣を地面に突き刺し、ブレーキをかけた。
クリスタルボウイの両目に暗い輝きが走る。
コブラはサイコガンをしまい…


コブラ「勝負だ!ボーイ!」

ダンッ!


特大剣をそのままに、全力で地を蹴って、クリスタルボウイの頭上目掛けて飛び上がった。
そして上昇しながらも、剣から鞘を抜くように、再び義手に手を掛けた。


クリスタルボウイ「バカめ!空中で避け切れると思うな!」

クリスタルボウイ「死ねっ!コブラーっ!!」カッ!!


ズオオォーーッ!!!


クリスタルボウイの目の輝きがより強まった時、その全身から闇の嵐が解放され、空中のコブラ目掛けて殺到する。
コブラはしかし、サイコガンを抜かず…


ピシュッ  ガッ!


王の器が置かれている古木の切り株に、ワイヤーフックを引っ掛けた。
そしてフルパワーで牽引した。


クリスタルボウイ「なにっ!」

コブラ「残念でした!コブラ盗塁しまぁーす!」ビュオォーッ!


空中で急加速したコブラの足先を、闇の嵐は抜け、広大な暗い空間に消える。


クリスタルボウイ「くっ!」バシュッ!


器を目掛けて飛翔するコブラに、黄金の鉤爪が放たれた。


バギイィーーッ!!


その鉤爪を、オーンスタインの雷の大槍が落とした。
鉤爪は全くの無傷であったが、軌道を逸らされてあらぬ方向へ飛んで行く。


クリスタルボウイ「オーンスタイン!貴様…!」


コブラ「でりゃあーーっ!!!」


ガゴオォォーーン!!



王の器が台座に置かれていることが悪いのなら、その台座から蹴り落とせばいい。
コブラを取り逃がしたクリスタルボウイの目の前で、コブラは王の器に飛び蹴りを浴びせた。

727 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/06/24(木) 10:37:30.22 ID:W9cmFSa50
ドザッ!


金属を打ち付ける確かな手応えを足に覚えつつ、コブラは背中から着地。
その姿勢のまま上体を上げて、古木の切り株の方へと目をやった。


コブラ「なにっ!?」


王の器は、切り株に乗ったままだった。
それどころか、蹴る前と比べても微動だにしておらず、足跡ひとつもついていなかった。


クリスタルボウイ「何をするかと思えばそんなことか」

コブラ「!」チャキッ


ヴァオオーーン!!


闇の嵐による不意打ちを喰らう寸前、コブラは咄嗟にサイコガンを抜き、サイコエネルギーで嵐の威力を軽減した。
しかし、なおも闇は重く…


コブラ「ぐふっ!」ズガーッ!


コブラは宙を舞い、その身を石の扉に叩きつけられた。


クリスタルボウイ「器は俺を選んだのだ。俺以外に、アレを操作することはできん」

コブラ「…ああ、そうみたいだな」ゴホ…


石の門の前で、コブラは起き上がりつつも、何やら手元を気にしている。


クリスタルボウイ「ほう、まだ奇策があるというのか」

コブラ「ああ、あるぜ」ピシュッ


クリスタルボウイの頭目掛けて、コブラはワイヤーフックを発射した。
そのフックをクリスタルボウイは頭を傾けて交わすと、鼻で笑いつつコブラに近付く。


コブラ「これだ!」ダッ!


ワイヤーフックはクリスタルボウイの後方、崖の側の石床に引っかかっていた。
コブラはウィンチの巻き上げをフルパワーのまま固定しており、巻き上げが生む推力と、自身の足が生んだ推力で、弾丸のように速さでクリスタルボウイに突撃し…


ドガァーーッ!


その透明な胴体に、強烈なタックルを決めた。
クリスタルボウイの脚は宙に浮き、コブラ共々崖に向かって突っ込んでいく。

ズザザッ!

そして、崖の手前でコブラは急停止し…


ブワッ!


跳ね飛ばされたクリスタルボウイは、奈落へと堕ちていった。









クリスタルボウイ「お前にはガッカリしたぞ、コブラ」ズオォ…


しかし、クリスタルボウイは奈落から再び現れた。
暗い空中に浮遊する宿敵の姿に、コブラは思わず疲れ笑いを浮かべた。
728 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/06/24(木) 12:00:05.24 ID:W9cmFSa50
コブラ「やれやれ、ここはラスベガスじゃないんだぜ?マジックショーは間に合ってるだろ」

クリスタルボウイ「そう言うな。奇術が下手なお前に、この俺が本物の奇術を教えてやろうというのだ。ありがたく頂戴しておけ」スッ…

コブラ「!」


ブゴワァッ!


クリスタルボウイが左手をコブラにかざすと、その掌から闇の飛沫が放たれた。
コブラは転がるようにそれらを回避し、回避の終わりぎわに片膝を立てて発砲姿勢を取り、今度はマグナムを二度撃った。


ドウドウーッ!

クリスタルボウイ「フフフ…」カンカァン!

コブラ「くーっ!やっぱりこの弾じゃダメかぁ」


マグナムの弾は尽きて久しい。
装填されているものも、控えているものも、弾丸は全て巨人の鍛冶屋の急増品である。
今や何でできているかも分からない、クリスタルボウイの透明なボディには、傷はおろか埃もつかなかった。


コブラに打つ手なし。
そう判断したクリスタルボウイは、王の器のもとにゆっくりと降り立つ。


コブラ「やめておけ!そいつに指一本でも触れてみろ!後悔することになるぜ!」


クリスタルボウイ「ならば止めてみろ。できるものならな」


器の中心に、クリスタルボウイの左手が置かれると、器の中心に水が溜まっていく。
だが水は、水というにはあまりに暗く、澱んでおり、奇妙な温もり、懐かしさを感じさせる気を纏っている。
おそらくそれは、人の、闇の郷愁なのだろう。


クリスタルボウイ「マジックショーと抜かしたな」





クリスタルボウイ「生憎、ショーが始まるのはこれからだ」




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