【艦これ】大井さんの女子力事情

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166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/19(火) 11:57:18.78 ID:hdqJBox50

嬉しくてにやにやと笑ってしまう。ここまでやってもまだ間の抜けた表情をしているから、私は滅多に起こらない奇跡を堪能する。トランポリンで遊ぶ子供みたいに。

そうやっていると大井さんの頭の揺れが収まる。目を覚ましたようだ。すかさず私は手を引っ込め、さも今ちょうど起きたような顔をする。

大井「....やっと目が覚めたみたいですね、提督」

提督「おはよう...。大井さん」

何も知らない大井さんは目頭を擦り、押し殺すようにあくびを抑えた。それでも若干漏れた吐息が私のおでこを撫でる。

大井「ごめんなさい。突然投げ飛ばして」

提督「いいよ気にしないで。貴重な体験できたから」

大井「...なんの話ですか?...まぁいいですけど。靴、玄関に置いときましたから」
167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/19(火) 12:10:03.38 ID:hdqJBox50

そうだ土足で上がり込んだったんだ。そりゃ吹っ飛ばされても文句は言えない。

大井さんの手が静かに私の髪に滑り込んだ。そしてべとべとして、少し縮れた前髪を解くように優しく引っ張りはじめ、大きく息を吸い、ゆっくりと鼻から吐き出した。

大井「汗でべとべとしてる。一体提督は何していたんですか、今日?」

提督「大井さんを探してたんだよ。色んなところ行ってたのに、どこにも居ないから、最後に大井さんの部屋に来たんだよ」

そういえば。

提督「そうだ、大井さん。無用心じゃないの?部屋の鍵閉めないでどっか出かけるのわ。もし変な人が入って来たら危ないじゃない」

そう言い終えると、いきなり大井さんは私のおでこを弱い力で叩いた。そして、馬鹿ですかと呟き、ため息を漏らす。
168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/19(火) 13:11:53.90 ID:hdqJBox50

大井「合い鍵全部北上さんが失くしたじゃないですか。私の分も。それで、今申請中なのに一向に渡されないんですけど」

ぺちぺちと私のおでこを一定のリズムで叩き続ける。そして段々と強くなり始めた。

忘れていた、北上さんは部屋の鍵を失くす常習犯だった。この前も失くしたと私に言いにきていたんだった。

その件を経理担当さんに報告すると、ここにも無駄な経費があると、嬉しそうに眼鏡を光らせていた艦娘の姿がついでに呼び起こされる。

大井「それに、今ちょうど変な人が入ってきてばっかですから、提督、早く何とかしてもらえませんか?」

最後に明らかに強く叩くと、大井さんは目を細めた。

変な人とは私のことを言っているのだろう。

まったく心外だ、今日一日どんな日だったか大井さんは知らないから、そんなことを言えるんだ。
169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/19(火) 13:12:54.06 ID:hdqJBox50
お昼ご飯食べてました。ちらし寿司でした。再開します。
170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/19(火) 13:36:44.37 ID:hdqJBox50

提督「色々とごめんなさい。大井さん」

言いたいことをぐっと抑え込む。だって私が大井さんに言いにきてのは今日の嫌味を言うためじゃないからだ。余計なことを言ってタイミングを逃すのはもうごめんだ。

大井「まぁ、いいですけど。...今気づいたんですけど、頬、どうしたんですか?綺麗に赤い手形が染まってますけど。私、ビンタしましたっけ?」

提督「ああこれは、...気にしないで。大井さんのビンタじゃないから」

そうですか。なら気にしません。

冷たく言い放った大井さんだけれども、おでこを叩いていた右手は私に赤く残るビンタの跡に移動していた。

そして優しく撫でる。さっき髪の毛を解いてもらっていた時よりも優しく。

触れられるとひりひりと痛むのに、なんだか妙に心地よかった。

大井「こうやってゆっくり話すのは、なんだか、久しぶり、ですね」

提督「...そうだね」

本当に久しぶりだ。いつ以来、決まってる。あの夜の浜辺以来だ。
171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/19(火) 15:05:47.76 ID:hdqJBox50

そうかあの日以来なのか。ふいに私の胸の奥がひどく痛んだ。

私は大井さんと話すことができなかった期間、無意識に避けていた時間が悲しかった。

突然当たり前にあって物がなくなった。しかもそれは私にとって唯一無二の存在で、心の支えだったものだ。

そんなありきたりな言い伝えなんか、耳が痛くなるほどみんな聞いている。そんなこと当たり前だ、だから大切にするんだ。なんて。

大切にしてたって、いつかは失くなる。

物は壊れ、人は変わり、真っ直ぐ引いたはず直線だって少し曲がっていれば、気がつかないうちに明後日の方向に向かっている。

普遍という言葉は嘘偽りで塗り固められ、希望にすがる他ないんだ。

私の頬をさする手がふと止まった。

大井「それで、急に何しにやってきたんですか?」

私は生唾を飲み込み、その時が来たんだと覚悟する。大井さんの柔らかな太ももからゆっくり離れ、自然と正座をし、大井さんと向き合う。

大きく、深呼吸。

提督「今日は、大井さんに、大事な話しがあって来ました」

私の手が無意識に反対の手の爪を弄ろうとした。それに気がついた私は握り拳を作り、手のひらに爪を食い込ませる。

提督「あの日、大井さんに言わなくちゃいけないことを、言います」

私は視線を上にあげる。そして大井さんのしなやかな栗色の髪の毛と同じ、透き通る瞳が映る。

汗で背中に張り付いたシャツが、さっきまで冷たかったのに熱を帯び、私を急かしはじめた。
172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/19(火) 15:07:34.99 ID:hdqJBox50
すみませんゲロ吐きそうなんでまた次回になりそうです。季節の変わり目なので、みなさん体調には気を使ってくださいね。
173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/19(火) 17:22:20.68 ID:74ryuXxZO

体調には気をつけろよ?(パンツ一丁)
174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/20(水) 02:06:10.28 ID:/GsPM1Dwo
体を暖かくして寝ろよ(裸ソックス
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/24(日) 18:17:55.99 ID:9Yx7nbA30

大井さんの無表情が怖いからだ。

蛇に睨まれた蛙の文字がふと脳裏をよぎる。たぶん蛙はこんな私と同じ状態になるのだろう。

平衡感覚が狂い、自分がどこに腰を下ろしているのかあやふやになり、対面する相手に吸い込まれるように視覚を奪われる。それ以外は見えているのにわからない。

いつも私は人の表情から事の真意を読み取っていた。

この人は嘘をついている、この人は私のことが嫌いなんだ。

顔は口ほどにものをいい、人を馬鹿にした笑いをする人は引きつった口角をし、そういう人は大抵なぜか年齢よりも若く見える。私は吐いた言葉よりも目に見えるものを優先したきた。
176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/24(日) 18:19:31.38 ID:9Yx7nbA30

だから大井さんの読み取ることができない無表情が恐ろしい。

ここまでやってくるのに様々なことがあり、それが拍車をかけているせいでもある。

もちろん大井さんが知らないこともある。でもその積み重なりの結果が、この大井さんの表情を作り上げたとなると考えると。情報が交錯しすぎているんだ。

唯一、この大井さんは初めてではないことだけは知っている。

提督「私は、」

紡げ、言葉を繋げて思いを伝えろ。ヘタレと言われるのはごめんだ。意気地なし、甲斐性なしとよばれるのはもうここまでにする。

提督「大井さんのことが、好きです」

大井「イヤです」

提督「大井さん....。、、、え?大井さん?」

脱力感が私を襲う。全身の張り詰めた筋肉が過剰に送り込まれた血液を抑制したのだけど、私は興奮していてよく聞き取れなかった大井さんの返事を信じられず、もう一度告白を言い直す。私は大井さんのことが好きですと。
177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/24(日) 18:20:30.15 ID:9Yx7nbA30

大井さんは依然として同じだ。むしろ常にぱっちりと大きな瞳と、綺麗に整った二重が細まり、私を訝しむように見つめている。

私の予想だと頬を赤らめ、恥ずかしそうにしているはずだったのに、どうしてだ。球磨さん。

大井「イヤです」

提督「....なんでですか?」

球磨さん、大井さんは、ずっと私を好きでいてくれるはずじゃなかったのか。

一体どういうことだ、まるで意味がわからない。私自身球磨さんと同じでそう思っていたんだ、世の中そんな甘くないっていうことか。それじゃ困る。

大井さんはため息を漏らすと、机に置いてある粘土板の上に置かれたシーグラスを手に取り始めた。

そして接着剤を一つ一つに塗り、そしてそれを粘土板に鎮座する、塔のように連なっているシーグラスにくっつけ始める。

よく見るとその傍らには電球が置かれ、大井さんがランプシェードを作っているのだとやっと知った。

反対からだと、ランプシェードに電球が隠れていたので見つけられなかったようだ。
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/24(日) 18:21:52.56 ID:9Yx7nbA30
シーグラスにマニキュアを塗るように丁寧に作業しながら大井さんは言った。

大井「一体、どの面下げて、今更そんなこといいにきたんですか?もう遅いですよ。私は、「今の提督」にこれっぽっちも魅力を感じません。1ヶ月前に戻ってから言い直してください」

振られたのか私は。

大井「....いつまでそこで正座しているつもりなんですか?私の返答はNOですよ、提督。わかったならさっさと」

提督「大井さん」

私は大井さんの言葉を遮った。

告白が失敗したのは大誤算だったけども、私は、大井さんに一つ。他に言わなくちゃいけないことがあるからだ。

大井さんの私に目もくれず作業をしている。それでもいい。

むしろ、そうしていてほしい。私はこれから、大井さんに本当に嫌われないといけないから。

大好きで仕方のない大井さんに嫌われること。生きる糧を失うのに等しい。

面と面を合わせ言ってしまえば、途中で私は言葉を見失ってしまうだろうから。都合がいいのかもしれない。

提督「そのまんまでいい。耳だけ私に向けてほしい」

私があの日、大井さんの告白に答えられなかった理由。それを言います。

私は目を瞑った。全ての感覚はこれから過去の贖罪を紡ぐことになる口に注がれる。

言い終わったら私、消えてもいい。そんな覚悟が私にはある。

提督「私、一度大井さんを殺そうとしたんだ」

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179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/24(日) 18:22:47.61 ID:9Yx7nbA30

私たちは、この鎮守府にそれなりに平和に暮らしてる。

ご飯をみんなで囲って、笑って、騒いで、どうでもいいことで一喜一憂する。

今が戦時中だなんてまるで信じられないような日々を送ってる。

けど怪我をして帰ってくる時だってある。ボロボロになって、ひどい時は目を背けそうになるくらいに大破して帰ってくることもある。

それはもちろん極々たまに起こることで、大井さんだってみんなだって経験してる。

私、一度聞いたことあるだよね。そんな目にあっても怖くないの?どうしてまた笑顔で私に手を振って出撃できるのって。

そしたらさ、こう答えたんだよ。この鎮守府に帰ってきたら、楽しいことが待ってるからって。だから頑張れる。そう言ったんだよ。
180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/24(日) 18:24:36.55 ID:9Yx7nbA30

それ聞いて、私怖くなったんだよね。

だってそれは虚構だから。「提督」が創る偽りの幸せがみんなの拠り所だなんて。

それを支えにして戦ってるって聞いて、私は怖くなったんだよ。

世の中鎮守府を出れば他にやりたい事、楽しい事なんて山程あるっていうのに、艦娘はこの鎮守府しか知らない。

だいたい、私自身「楽しいこと」ってのが、イマイチよくわからないのに、私が創る鎮守府の世界を楽しみにして、毎日どんな瞬間に死が訪れるのかわからない理不尽な戦いに身を投じてる。

そんな風に思ったらさ、何が何でも、あなた達艦娘を楽しませさせないといけない、そう思った。強くても弱くても等しく忍び寄る、死の時、その最後まで。

大井さんは、その理不尽な戦いに一度出くわしてるんだよ。

いや出くわしてる、じゃない、私が仕組んだ。私が、大井さんをその瞬間に出会わせた。





181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/09/24(日) 19:01:58.53 ID:9Yx7nbA30
今回はここまでです。また頑張ります。
182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/26(火) 10:38:26.43 ID:eGC9jYSS0
楽しみにしているよ
183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/15(日) 21:56:21.47 ID:JHkYN6Jv0
続きが楽しみだ!
184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/21(土) 01:29:51.88 ID:+wWQUoMO0
私と大井さんの間に隔たれていた心の壁が、やっと少し崩されてきた頃の話。

球磨さんの剥き出しの警戒心も落ち着いて、北上さんと廊下ですれ違えば、にやにやと笑顔で挨拶するようになり始めた、みんな私との距離感を探り始めた時の話。

実はこの鎮守府さ、全滅するかしないかの瀬戸際に立ってたことがあったんだよ。

どう足掻いても誰かが死んじゃうし、どう艦隊を編成したって死は免れられない。

鎮守府を起点に、一定の防衛ラインを組んで、交代しつつ守るっていうマニュアルだってあるけど、それも通用しない。

ほんとに八方ふさがり。それを大井さんやみんなが知っているかどうかは、知らないけどね、確実に、この鎮守府は危機に陥った。
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/21(土) 01:30:50.15 ID:+wWQUoMO0

私はね、みんなが大好きなんだよ。大井さんだって北上さんだって球磨さんも。

みんな、ここにいるみんなが大事だった。疑心暗鬼な私が見つけた居場所。

だから、艦娘に生死の優劣をつけてしまうのは、私のエゴなんだよ。指揮官として、立場上艦娘の優劣をつけるわけにはいかない。優劣をつけてしまえば、それは私情を挟んだことになる。

そうしてあなた達の誰かが死ねば、私は艦娘みんなに顔向けできないだよ。この先あなた達を笑顔にする資格はなくなる。私にとって艦娘は全てだから。

何よりも大切で、何よりも変えがたい。別に軍法会議で裁かれるのはどうだっていいの。

私一人くらい死んだところで、私の代わりの「提督」があなた達を絶対に幸せにするから。
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/21(土) 01:32:29.45 ID:+wWQUoMO0

だから、私は、大井さんを見捨てて、みんなを助けることにした。

一番練度と経験がある大井さんを、単機出撃させることで、囮にし、深海棲艦を鎮守府から遠ざけることを選択した。

これが私が大井さんに告解しなくちゃいけない罪。許されない、私の大罪。

私は、大井さんに向き合わず、何食わぬ顔で、いつも通り出撃を命じた。普段の雰囲気と変わらずこれが最後かもしれないっていうのに、謝る機会だって一生訪れないのに私は、平気な顔をした。

大井さんをそうやって出撃させて私はわかったんだ。私は私の意思を持って大井さんを見殺しにするのを選んだ。

そうして、もう私は艦娘に顔向けできなくなったんだって。

私は艦娘を殺した。そんな私が艦娘と笑いあえるか。できるはずない。そうでしょ、でも、してる。

私はこの罪をひた隠しにする事にしたからだ。
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/21(土) 01:33:20.25 ID:+wWQUoMO0

私はクズだから、どうやって大井さんが帰ってきたのかわからないけど結果的に誰一人死ななかった。それに甘んじて私はみんなと笑いあってる。

私が大井さんの促した告白に答えられなかったのはこれが理由。私は答える資格がない。応じてはならない、こんな私だから。

もちろんこの話はみんなにも説明する、当然のことだけど。

でも大井さんには一番に知ってもらいたかったんだ。知ってもらって、選んでほしい。

もう振られてるから私のことが好きか嫌いからの、そういう話じゃなくて。

私をもう二度と見たくないか、それとも、まだ一緒に戦ってくれるか。

だから大井さん....。

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188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/21(土) 01:34:27.76 ID:+wWQUoMO0

大井「もう十分ですよ」

柔らかい匂いがして、暖かいものが私を覆い隠した。そして力強く私を締め付けると、子供をあやすように背中をさすられる。

大井「もういいです。十分です。だから黙ってそのままにしてください」

目は開かないでください、提督今泣いてますから。動かれると面倒です。

大井さんはそう耳に呟くと私をあやし続けた。ああどおりで目が痛いわけだ。一体いつから、気がつかないうちに泣いてたんだろう。

小さいな、私はそう思った。背丈は私の方がちょっと大きいだけで、他は胸以外変わらない。

そのせいで大きく見えた大井さんだけど、人って、艦娘って近づいて触れるとこんなにも小さいだな。

私はずっと手の置き場所に困まりながら、大井さんが満足するまで耐える事にした。

大井「提督は、もしかして気がついてないと思ってたんですか?私を囮に使ったことを」

声色は変わらない。私に優しく囁き、満たされるような幸福感を与える大井さんの、優しい声だ。

でもそれが一層私の鼓動を加速させる。大井さんが何を思って、変わらずにいられるのかがわからない。知っていたのか、大井さんは。
189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/21(土) 01:35:21.43 ID:+wWQUoMO0

提督「....知ってたの?」

大井「当然です。何年艦娘やってると思ってるんですか」

一つため息をつく。なんだかこの大井さんにすごく安心した。いつもの近くにいた大井さんだからだと思う。

大井「それに私だけじゃないですよ。みんな知ってます」

みんな知っている。大井さんはそう言った。でもそんなわけない。だって私は意図的に、誰にも悟られないように振る舞ったはずだ。

もし知っていたのなら、私に接する態度は変わるはずだ。生きてても、死んでいても。自分を殺そうと命令した人間に、いつも通りなんてできっこない。私はそのことを大井さんに告げる。

大井「自分の死に場所くらい、察せますよ。だって私達艦娘は、ほとんどが一回死んでいるんですから」

提督「そんな悲しいこと口に出さないでよ」

大井「だって事実なんですから」

私が言える立場なんかじゃないことは知っている。でも、言わざるをえなかった。

だって大井さんの声は震えていたから。目を瞑っているから、研ぎ澄まされた聴覚が些細な変化を聞き取ってしまった。

一回死んでるからってなれるわけじゃない。死ぬのは何回でも怖いはず。
190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/21(土) 01:36:07.12 ID:+wWQUoMO0

大井「一回みんな死んでるから、死には敏感なんですよ。隠せていたと思っていても、ほんの些細な違和感に、艦娘は死を悟るんです。だからって提督を恨まないですよ。なんせ戦時中なんですから、いつ死んだっておかしくないんですよ。だからみんな常に覚悟はできてる」

提督「だからって死ぬのは怖いでしょ」

大井さんは無理をしてる。本心に塗り固められた嘘を本心だと信じきっているんだ。

大井「いいえ怖くないです」

提督「嘘だ。死んだら元も子もないじゃない。何も残らないんだよ?」

大井「....そうですね。提督の言い分に間違いはないです。死んだら何も残りません。いえ、残るのは生き残った者に渡される悲しみの置き土産だけ、ですね。でも提督、一つだけ知っていてほしいことがあります。私達と提督、昔の人と現代の人の死生観は違うってことです」

提督「何が違うっていうのさ...?」

大井「提督は死は誰かに意味をなさないと考えてますね。死んだらその場でおしまい、残るは悲しみと骨くらいって。でも私は違うと思ってるの。死は誰かを成長させる。私が死ぬことで、誰かが強くなって、強くなった誰かが弱い誰かを助ける。そして強い誰かは死んで、弱い誰かを強くする。それがずっと続く。だから私の死は、誰かの死は無駄なんかじゃない。弱い誰かを強くする礎になれるって、思ってるわ」

でもまぁ、死ぬのはごめんだわ。最後にそう言い終わると小さく笑う。
191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/21(土) 01:40:52.27 ID:+wWQUoMO0

死は誰かを強くする、か。彼女たちと私の見ている世界は同じなのに感じ方は違うんだ。

大井「それでさっき提督は、私がどうやって帰還したのかわからないって、言いましたよね」

提督「言ったね。不謹慎だけど本当に大井さんが帰ってきたのかわからない。だって...」

そこまで言って最後を出し渋る。帰ってくるはずがないからだ。一人でどうにかなるんだったら、私は大井さんを単機で出撃させるわけがない。できないから、囮に使った。

大井「帰ってこれるわけない、ですね。じゃあどうやってあの死屍累々を掻い潜って、こうして不甲斐ない提督をあやしているんでしょうかねぇ〜」

意地悪そうに、それでいて愉快そうに大井さんは喋る。まるで自分の武勇伝をこれから話すみたいだ。

大井「気合いですよ。気合い」

提督「はっ?気合い?」

随分と短い武勇伝だ。気合い、この三文字で締めくくるくらい簡単な話だったのか。
192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/21(土) 01:42:08.67 ID:+wWQUoMO0

大井「そう気合いですよ。積めるだけ酸素魚雷を搭載して単機決戦です。それにしても甲標的と試製61cm六連装酸素魚雷の雨あられのあの様を、見せてあげたかったですね〜」

提督「え、うちにそんな装備今でもないよね」

大井「そうです。「公式」には存在しない装備を使いました。資材を懐に蓄えて遊んでいた艦娘が功を成した、というわけです。まぁもう使い切りましたけど」

ああ、後でしっかりとお礼を言っとかないと。今回の件で水に流してあげよう。ありがとう。でも。

提督「でもその装備でも大井さんが帰還するのは」

大井「そうです。極めて低いです。でもゼロじゃない。ほんの数%、コンマ代の確立を私は勝ち取ったんです。気合いで」
193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/21(土) 01:43:55.26 ID:+wWQUoMO0
今日で終わりそうです。また更新します。
194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/21(土) 17:32:15.47 ID:ANVQ24Nk0

提督「なにそれ」

私は涙を拭うと思わず笑ってしまった。まるで私がバカみたいじゃないか。

大井さんの気合い一つで終わらせた問題を、私はいつまでも苦しんでいたんだと思うと、なんてバカバカしいんだ。

大井「なんで笑うんですか」

提督「だって大井さんの気合いで片付く問題だったんでしょ。もちろん装備のことも....」

大井「なんで気合いでなんとかなったのか。提督は、その気合いの根源が何なのか、考えもしないんですね」

大井さんは抱きしめる力を弱め、私から離れた。そして太ももの方へ握りこぶし作り置くと、私を睨みつけた。

大井「死んでやるか、意地でも死んでやるか。そう思ったからですよ。あいつは私を囮にした。死ぬのはわかっているけど断れない。断ったら、私以外のみんなに不幸が起こるはず。それでもムカつくもんはムカつくんですよ。現実の理不尽なんか慣れっこですけど、絶対、生きて帰って、何食わぬ顔で提督に接してやるって、そう決めたんです」
195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/21(土) 17:33:41.37 ID:ANVQ24Nk0

提督「ごめんなさい...」

大井さんは私に近づくと私の太ももをリズムよく叩き。

大井「なんで謝るんですか?私の復讐は成功してたんですから、これっぽっちも、まったく全然、気にしてませよ」

言い終わると私をじっと見つめた。

大井「まだたくさんありますよ。提督が気づいてないだけで、デリカシーに欠ける言動や行動。あぁもうこの際だから全部言ってやる。いいですか....」

それから大井さんはひたすら私の悪い所を喋りまくった。とても楽しそうに。

やれ髪の毛をシャンプーで洗った後はリンスじゃなくてコンディショナーにしろとか。やれ風呂上がりはアイスなんか食べてないでさっさと髪を乾かせ。

やれ、やれ。まったく提督は。

お節介だな、本当に、大井さんは。でも嫌じゃない。こうやって楽しそうに駄目出しするけど、私だってこんな喋り倒す大井さんは見てて飽きない。

だいたいこんなことうちの親だって言わなかった。やりたいようにやれ、そんな放任主義で私のやる事なす事に口出しをしなかった家庭だから。

それに引っ込み思案で、これといって非行行為はしなく、勉学に打ち込む学生だった。おかげで「提督」になれたわけで願ったり叶ったりだ。

そう考えると思わず私は笑ってしまった。人生いいことなんて一つもない。つまらない灰色の人生だ。そう思っていた学生時代の私にこう言ってやりたい。

苦難や諦める時はいずれやってくる。そういう時は一人じゃ太刀打ちできないけど、周りにいる強いみんなが必ず助けてくれるはず。その瞬間から、あんたの人生は灰色から色彩を変え、彩り豊かになる、って。
196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/21(土) 17:40:18.18 ID:ANVQ24Nk0

大井「何笑ってるんですか?こっちは真剣なんですけど」

提督「ごめん、ほんとおもしろくって」

大井「私がこうやっているのが、ですか?」

提督「いや違うよ、なんか私の人生がおもしろいなって思って」

大井「なんですかそれ?まぁ、いいですけど。それと、これで最後です」

提督「はい。なんですか」

大井「提督、さっき私に泣きながら色々話しましたけど、一つだけ訂正してください」

私の代わりの「提督」があなた達を絶対に幸せにするから。ここを直してください。

大井「私は、いやみんなですね。みんな、不甲斐ない提督が好きなんです。どうしようもない駄目な提督、あなたががんばって創るこの鎮守府が好きだから、時に理不尽な現実が姿を表そうとも、何よりも、一番大切だから、守るために命だっけ掛けることができる。そんな鎮守府を、創ったあなた以外の、私達の提督はありえないんです。だから訂正してください」

提督「いいの?だってこの鎮守府から出れば、私なんかよりもずっと楽しいことがあって、私なんかより、魅力的で優しい人だって本当はいるのに」
197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/21(土) 18:31:28.71 ID:ANVQ24Nk0

嘘はついてない。艦娘は鎮守府以外を知らないんだ。

いつかは深海棲艦との戦いは終わりを迎える。

絶対に、終わってしまう。終わってしまえば彼女たちは、解体され跡形も命もなくなるはずだけど、私はそうはさせない。

どんな手段を使ってでも、せめて、私に付き添ってくれた艦娘のみんなを解放する。

その明るさによく助けてもらった夕立さん。

感傷的だから私とよく気があう時雨さん。

怖いところもあるけど優しい球磨さん。

鬱陶しいけどよく笑わせてもらった青葉さん。

おもしろいゲームをよく貸してくれる北上さん。

飲み仲間の足柄さん。

よく私の悩みを真摯に聞いてくれた鳳翔さん。

装備とか資材を管理するけど懐に蓄える明石さん。

がんばって経費削減してくれるおかげで何度も助けられた大淀さん。

それに私が愛してやまない、大井さん。

私は。

大井さんはおもむろに立ち上がった。そして。

大井「提督は、今日はどんな用があって、私のもとに尋ねたんですか」

私は無意識に片膝をついて大井さんを見上げる。窓から見えるシルエット調の木々と夕焼け空の赤、それを背にする大井さん。見惚れるほど綺麗で神秘的な状況の中、私は大井さんの顔だけを見つめ、本当にすんなり、必要な言葉だけを口に出した。

提督「大井さん好きです」

大井「ええ、私もですよ、提督」
198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/21(土) 18:37:51.53 ID:ANVQ24Nk0

そう言うと大井さんは私の頭を優しく撫でた。すごく心地いい。張り裂けるほど膨らんでいた私の心が、今ここで爆発し、露わになった部分を大井さんに撫でられているみたいだ。

受け入れられた、実り叶う。そのずんと重い幸福感が私を包み込む。

大井「やっと言いましたね。長かったですよ、もう」

それを聞いて私はふと疑問に思った。

提督「告白二回めだよ。どうして一回目は断ったのさ、最初に言ってくれればいいのに」

一回目に応えてくれれば話は早かった、私はそう思ったけど、大井さんの溜息がそれを否定する。

大井「まず一つ目、女の子には告白はシチュエーションが何よりです。あんな勢いよく飛びついてきた後で、あれはないです。そして二つ目、その時の提督は本当に嫌いだったんです」

提督「じゃあなんで今受け入れたの?」

するとあの笑顔だ。私はイジってはにこにことするあの笑顔。

大井「それは、「さっきまでの提督」と、「今の提督」はまったく違うからですよ。人は一分一秒ずつ移り変わり、ほんの少しの時間で見間違える。男子三日会わざれば刮目して見よ。ですね。今の提督はさっきまでと違って素敵です。いえ、今ままでの中で、一番素敵です」

私は立ち上がった。嬉しいんだけど何だか腑に落ちない。大井さんの手のひらで踊らされていたみたいで一言言ってやりたい気持ちになった。

提督「なによそれ!なんかムカつくんだけど!」

大井「ま、まぁいいじゃないですか。こうして丸く収まったわけですから」

大井さんは後退り木製のパソコンデスクまで退がり、お尻を当てた。こんなに遊ばれたんだ、私は負けじと大井さんに詰め寄る。

199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/21(土) 20:04:25.08 ID:ANVQ24Nk0

いつのまにか鳴きやんだひぐらしの声。おかげでこの部屋はしんとして、私と大井さんの少しだけ荒い息遣いだけが響く。

大井「提督、次は、私になにをしてくれるんですか?」

大井さんの熱を帯びた瞳が少しだけ下がったのを感じた。熱い視線は鼻を通り抜け唇に注がれる。そして私をもう一度見ると、静かに瞳を閉じた。

私はポケット中に手を突っ込む。そして今までに大切に、その時が来るまで隠していた、柔らかい手触りの箱から、大井さんにずっと渡すと決めていた物を取り出す。

大井さんの左手をとる。冷え性の大井さんとは思えないくらい熱く、火照っている。そして私はその暖かな左手、薬指を手に取りそれをつけた。

近くだからよくわかる。それをつけた時大井さんは目を閉じたまま、今の私と多分同じだろう表情をした。嬉しくてたまらない。そんな顔。

大井「....負けました。今のは提督の勝ちです」

提督「大井さん。目を開けてください」

大井「はい」
200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/21(土) 20:06:00.24 ID:ANVQ24Nk0

薬指の付け根を隠す銀色。私が執務室で珍しくうたた寝をしている大井さんからこっそり採寸して、注文した、指輪。結婚指輪。

それを大井さんはゆっくり目線より上に持っていくと、じっと見つめ、微笑んだ。そして口もとに運び指輪キスをした。

大井「じゃあ今度は私から」

デスクの引き出しを開けた音がした。今度は提督が目を瞑ってください。そう大井さんに促され私は瞳を閉じた。

大井さんの腕が首に回される。一瞬期待したけどそれは覆され、首元に冷たい、金属の温度が伝わる。そして金具が閉じる音がした。

提督「もう大丈夫?」

大井「ええ、いいですよ」

目を開け、首元に付けられた何かを手に取る。アルミワイヤーが巻きつけられた透明な一つの丸い物。どこか見覚えがあるそれはネックレスに変わっていた。これは。

提督「私が拾ったシーグラスのビー玉」

大井「そうですよ。こういう時、指輪で返すのが一番ですけど、用意してないですし、元々渡そうと思っていたこれをお返しにします」

提督「これ北上さんに渡すんじゃないの?」

私はてっきり北上さんにプレゼントすると思っていた。

大井「なに言ってるんですか。ずっと、最初からこれは提督の物じゃないですか」
201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/21(土) 20:06:38.56 ID:ANVQ24Nk0

それにしても考えることは同じなんですね。大井さんはそう呟くと私を抱きしめる。私も大井さんを抱きしめ返すと、考えることが同じとは何か。そう思いつく。

提督「何が同じなの」

大井「それ、私が告白を促したあの日に渡すはずだったんですよ。この指輪を提督はお返しとして、あの時渡してくれましたか?」

提督「ノーコメントで」

言えない。急いでて持っていってなかったなんて。

大井「まぁいいですけど。わざわざ問い詰めることでもないですし。なにより、今はこの時間が嬉しいんです」

首元に掛かる力が弱まった。大井さんが私と目と鼻の先まで移動したみたいだ。そして五秒くらい見つめ合うと、また大井さんは瞼を閉じた。

私は大井さんの髪をかき分け、そのおでこにキスをする。

大井「....そこはなんで唇じゃないんですか?」

私は大井さんの唇に人差し指をあて、こう答える。

提督「そこは、正式に結婚してからだよ。大井さん」

大井「あら、ロマンチックですね。嫌いじゃないですよ、その理由。じゃあ首を長くして、待ってますね」

今度は逃さないで、しっかりと私を捕まえてくださいね。提督。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/21(土) 20:35:00.09 ID:ANVQ24Nk0

提督「で、何これ」

私が手にしている通称艦隊新聞。鎮守府のあれこれを勝手に纏めた新聞雑誌だ。作成者は考えなくともわかるはず。その新聞の見出しに大きくこう書かれている。提督、結婚式までキスはしないと発表。

大井「まぁほんとのことですし、いいじゃないですか」

乱雑になった書類を纏めると珈琲を置いた大井さんは言った。そういう問題じゃない一体どこから情報が漏れたっていうんだ。あの場には私達以外誰もいなかったはず。

北上「んあーそれ、私が言っちゃったわ...」

ソファで寝っ転がって漫画を読んでいる北上さんはこっちを見ないでそう言った。

提督「なんであれから結構たったのに言っちゃったのかなぁ....」

北上「青葉しつこいもん。しょーがない、しょーがない。ねぇ〜」

体制をうつ伏せにして机に置いてあるポテチをとる。

大井「北上さん、だらしないですよ....」

北上「そーだね大井っち。それにしても、最近は雨続きだねぇ」

大井「ほんと、これじゃ洗濯物が乾かせないって鳳翔さんが嘆いてましたよ。それに私ドライフルーツ作り始めたっていうのに、はぁ」

季節は過ぎ、夏場の蒸し暑さはとうに去って肌寒くなった。それにここ最近は三日三晩雨が続いて、おまけに季節外れの台風も来てるって話だ。

あの日から、だいぶたったけどまだ式を挙げれていない。どうも最近深海棲艦の動きが活発になり始めたせいだ。タイミングを考えろ。

それにしても、北上さんは大井さんの小言を避けるのが上手い。
203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/21(土) 20:35:25.88 ID:ANVQ24Nk0

球磨「提督ー!生きてるかクマー?」

勢いよく扉が開け放たれ球磨さんが入場した。

提督「だからそれやめてって....」

青葉「ども!こんちわーす」

どの面で下げて、そんなに嬉しそうに挨拶ができるんだまったく。

足柄「あら裏切り者さんこんにちわー」

青葉さんに続いて足柄さんも入って来た。ここ最近は私のことを、裏切り者さんと呼ぶ。相変わらず飲みの回数は変わらないから、冗談で言っている。

提督「足柄さん、どうしたの?」

青葉「あれぇー私は?」

足柄「鳳翔さんが差し入れですって。洗濯物が乾かせないからストレス発散で」

鳳翔「あらこんにちわ提督。ふふ、幸せそうですね」

足柄さんの後ろからひょっこり鳳翔さんが現れた。足柄さんは身長が大きい、小柄な鳳翔さんならすっぽり隠れてしまう。

提督「ええ、まぁ...」

大井「鳳翔さん、今日は何作ったんですか?」

ふんと鼻を鳴らした鳳翔さんは自信作ですという。そして足柄さんは北上さんの足を退けソファの上に腰を下ろし、漫画を手に取り読み始めた。球磨さんはというと私の冷蔵庫を漁り始めた。最近高いアイスの減りが早い。どうも専用のの冷蔵庫が必要だと思った。

青葉「あ、珍しいですねぇ。これは大成功です
204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/21(土) 20:36:08.10 ID:ANVQ24Nk0

鳳翔さんが持っていたのは大きいイチゴのワンホールケーキだった。珍しい、同じイチゴならイチゴ大福とかだと思ったのに。

大井「私飲み物準備しますね」

そう言うと大井さんは給湯室にむかいはじめた所で私は呼び止める。

提督「せっかくだから、夕立さんと時雨さん、明石さんに大淀さんも呼ぼうか」

大井「いいですね、じゃあ全員分作って来ます」

球磨「夕立と時雨ならさっき見たクマ」

ソファに座った球磨さんはアイスを食べながらそう言う。

足柄「どーせ雨だから外なんでしょ」

球磨「正解クマ」

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全員集まった。そんなに広い執務室じゃないから、私の机は廊下にほっぽり出され、応接机を少し移動させ部屋の真ん中に置く。

そして机の上には全員分の飲み物が置かれ、イチゴのケーキが鎮座する。

夕立「まっだかっなーまっだかっなー」

時雨「美味しいねこのお茶」

鳳翔「はいはいみなさんお揃いですから、そろそろ頂きましょうか」

明石「乾杯の音頭は誰が取りますか?」
205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/21(土) 20:36:57.91 ID:ANVQ24Nk0

びしっと手を挙げたのは足柄さんだった。

足柄「はぁい!!乾杯の音頭は、ぜひこの私めに!!!」

大淀「もしかして、酔ってますか?」

足柄「酔ってます!この雰囲気に!」

上手いこと言ってやったみたいな顔をした。そして立ち上がる。

球磨「別に上手いこと言ってねークマよ足柄」

足柄「さぁ立った立った!!」

そう促され私は立ち上がり、みんなも立ち上がる。

鳳翔「誰に乾杯します?」

そりゃ決まってるでしょ。そう言った足柄さんは深く深呼吸する。そして。

足柄「提督と大井に乾杯」

そう真面目な声で呟く。乾杯とみんなは言うと思い思いにグラスを当て合う。

夕立「時雨、なんでこの前振りがいるっぽい?」

時雨「これは様式美っていって必要なことなんだよ」
206 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/21(土) 20:37:29.57 ID:ANVQ24Nk0

夕立「ようしきび?何か結婚式の日にちみたいでおもしろっいっぽい!」

球磨「そうだクマ。そういえば提督、お前まだ式あげてなかったクマねぇ」

飲み物を飲み干した球磨さんは、姉妹揃って意地の悪い、あの笑顔で私に呟いた。

そういえばそうだ。まだあげてない。

鳳翔「あら、こんなところに丁度いい包丁が... 」

そういって私と大井さんが座っている目の前に包丁が置かれる。元々ケーキを切るようだったのに、こんなところとはなんだろう。

青葉「おっとこんな、私の目の前に一眼カメラが....。しかも単焦点50o。写真にはうってつけですねぇー」

大淀「いつもと持ち歩いてるカメラですよね」

足柄「きーれ!きーれ!」

完全にシラフじゃなくなった。

提督「えぇ、みんなの前で?」

当然と言わんばかりに、みんなもコールを始めた。まぁ式を挙げたらそうなんだけど、急すぎて心の準備が。
207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/21(土) 20:38:01.93 ID:ANVQ24Nk0

私の左手に手が添えられた。ひやりとした、心地よい大井さんの手だ。

私は大井さんの方へ向く。一瞬、大井さんの服装が純白のドレスに変わったけど、それはすぐに消えていつもより真剣な大井さんがいた。

大井「て、提督!切りますよ!!」

提督「なんだか怖いよ大井さん....」

北上「大井っちは大人数だとこうなるよー。ほら、引っ張って挙げないと、新郎さん」

にやにやとした北上さんはそう言う。私が男役なのか。

大淀「新郎新婦によるケーキ入刀です!さぁみなさんBaby I Love Uを歌いましょう」

明石「どんな曲かわからないんですけど」

北上「まぁいいよ切っちゃいなよ〜」

私は震える大井さんの手を覆い隠す。

提督「大井さん、いい?」

大井「は、はい!」

青葉「シャッターチャーンス!」

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208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/21(土) 20:38:57.51 ID:ANVQ24Nk0

普段無駄なところでしか役に立たなかった青葉さんの写真が、今ではうちの家宝になっている。

漫画だったら目がぐるぐるしてそうな表情をした大井さんと、私が丁度目を瞑っている写真。

どう見たって失敗だけど、これがあの時の私と大井さんをよく表していると思い、これを大切にしている。

思えば、あれから先が一番の苦難だった。

私は病院の窓辺から見える高層マンションと木々のアンバラスな風景を見る。まぁなんて風情がない。潮風が恋しい。

私は首元にぶら下がるネックレスを手に取る。ここ最近大井さんに会えていない。これと写真だけが私の心支えだ。

こんこんと扉がなった。そして少し困り顔の看護師の方が入ってきて、面会にきた人がたくさんいると言った。その上がった数々の名前に心が踊る。
209 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/21(土) 20:40:03.08 ID:ANVQ24Nk0

苦難や諦める時はいずれやってくる。

そういう時は一人じゃ太刀打ちできないけど、周りにいる強いみんなが必ず助けてくれる。

それは何も私に限った話じゃない。私以外の素晴らしい数々の「提督」達がいて、艦娘がいる。

そしてその人達は誰かの犠牲の上に立ち、死んでは犠牲になり、その上に誰が立ち上がっていく。そうやって積み重なった犠牲で、何かを掴み取るチャンスは必ずやってくるんだ。

物事、なんにだって終わりは訪れる。それを忘れちゃいけない。

入りますねと、一つ声が聞こえると、わいわいと賑やかな声が後ろから続いてくる。

私は、大切なもの達を最後まで守れた。でも覚えておかないといけない。私の幸せは、顔も知らない、知っていても、会ったことのない人達に作られたことを。

提督「ひさしぶり、みんな」

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210 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/21(土) 20:40:48.77 ID:ANVQ24Nk0
おしまいです。読んでくださった方、ありがとうございました。
211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/21(土) 20:42:35.27 ID:ANVQ24Nk0
それと2ヶ月くらい放置してエタりそうになった時、レスしてくれた方、ありがとうございます。おかげでがんばれました。まだ色んな物語が山程あるんで、また会える日を楽しみにしています。
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/22(日) 00:34:32.45 ID:vpAaC42bo
213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/23(月) 11:57:31.65 ID:u7aVpSTOO
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/24(火) 05:27:45.02 ID:eI5Y8CFxo
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/29(日) 00:57:07.16 ID:Chfb/N6s0
よかったよ
綺麗な風景を見ているような感覚があった
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