【艦これ】提督「風病」 2【SS】

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383 : ◆WvruwVSMos [sage saga]:2020/05/15(金) 00:56:40.26 ID:3NEEFWr10

 意図はわかっている。私に対する挑発だ。艦載機を見せびらかして、艤装を故障させることで、私に暗喩的なメッセージを送ってきた。

 一つは、私の計画を察知していることを知らせる目的。もう一つは、「私の『正体』を知っているぞ」という示威行為。そして、最後は……。

浜風「……ふふ」

 ――最後は、探してみろという挑戦状。

 私は、提督の頭を強く抱きしめた。雨は、降り止む気配を一向に見せない。ドス黒い雲が、不気味なほどに蠢く様は、巨大な芋虫の群れのように悍しかった。

 面白くなってきたじゃない。

 どんな目的があるのかは知らないけどね。

 私と提督の邪魔をするなら、消してやるわ。

 この寄生虫と、同じように。






 
384 : ◆WvruwVSMos [sage saga]:2020/05/15(金) 00:58:04.72 ID:3NEEFWr10
投下終了しました。
次回からは五章に入ります。まだ半分くらいですが、これからも気長によろしくお願いします。
385 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/05/15(金) 06:08:12.88 ID:d0YfsH2cO
登場人物、全員悪(ry

乙です
386 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/05/15(金) 08:47:48.24 ID:2qh7lJHno
387 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/05/15(金) 09:40:34.38 ID:L4sG2wmt0

最後まで見届けるぜ
388 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/05/15(金) 12:13:56.57 ID:bBpwlS2AO
乙です
プロローグに繋がるのはまだまだ先のようですね
389 : ◆WvruwVSMos [sage saga]:2020/05/18(月) 13:43:52.19 ID:BVDruGkU0
すいません。
6月21日の砲雷撃戦で出す予定(おそらくコロナで延期になりますが)の小説を執筆するために、風病の更新を一旦止めます。ご了承いただけますと幸いです。

曙の小説もヤンデレものです。ちょっと風変わりな小説ですが、よろしければイベントに出た際にでもお手にとってもらえると嬉しいです。
ちょっとした宣伝になりますが、よろしくお願いします。
390 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/05/20(水) 01:52:26.17 ID:d8YE0qIT0

また再開するのを大人しく待つ
391 : ◆WvruwVSMos [sage saga]:2020/06/05(金) 00:13:58.92 ID:zyk0IZBD0



 
 クヌギの幹に張りついた命の殻が、割れた背中をこちらに見せながら、生まれ変わりを主張している。

 空蝉は、命の欠片。置き去りにした蝉どもは、懸命に生の躍動を訴えている。天まで昇るような激しさで。入道雲さえ揺さぶるように。

 寄生虫の死から一ヶ月半が経った。立秋を迎え、鎮守府に沈んでいた原油のような重たい気配は、少しずつ溶けてなくなってきている。私達にとって死とは日常の範疇を出るものではない。慣れることはないが、切り替える術というものを、みんな大なり小なり身につけているのだ。戦場で正気を保つための処世術を構築できないものから、はやく死んでいく。

 蝉のようにね。

 空蝉の下で、翼のもげた蝉がもがき苦しんでいた。生誕の残骸と、朽ち果てようとする生が置き去りにされている。酷い光景だ。戦場でよくある光景でもある。その酷薄さを、私は冷徹に見限り、足を進めた。

 暑いのかどうかすらわからない。きっと暑いのだろう。激しい運動でもしないかぎり汗をほとんどかかないから、身体はセンサーの役割を果たさない。かげろうによって、地面がぼかされているところから察するしかなかった。 
392 : ◆WvruwVSMos [sage saga]:2020/06/05(金) 00:15:54.41 ID:zyk0IZBD0



五章「王」




393 : ◆WvruwVSMos [sage saga]:2020/06/05(金) 00:16:31.71 ID:zyk0IZBD0

 
 クヌギの幹に張りついた命の殻が、割れた背中をこちらに見せながら、生まれ変わりを主張している。

 空蝉は、命の欠片。置き去りにした蝉どもは、懸命に生の躍動を訴えている。天まで昇るような激しさで。入道雲さえ揺さぶるように。

 寄生虫の死から一ヶ月半が経った。立秋を迎え、鎮守府に沈んでいた原油のような重たい気配は、少しずつ溶けてなくなってきている。私達にとって死とは日常の範疇を出るものではない。慣れることはないが、切り替える術というものを、みんな大なり小なり身につけているのだ。戦場で正気を保つための処世術を構築できないものから、はやく死んでいく。

 蝉のようにね。

 空蝉の下で、翼のもげた蝉がもがき苦しんでいた。生誕の残骸と、朽ち果てようとする生が置き去りにされている。酷い光景だ。戦場でよくある光景でもある。その酷薄さを、私は冷徹に見限り、足を進めた。

 暑いのかどうかすらわからない。きっと暑いのだろう。激しい運動でもしないかぎり汗をほとんどかかないから、身体はセンサーの役割を果たさない。かげろうによって、地面がぼかされているところから察するしかなかった。 
394 : ◆WvruwVSMos [sage saga]:2020/06/05(金) 00:17:28.76 ID:zyk0IZBD0

 一応、肩にかけていた水筒を掴み、口をつけた。熱中症対策は万全にしておかなければ、熱感覚がない私は気づかないうちにやられてしまう。提督の温もりを知ったからといって、呪いが解けたわけではないのだ。常に隣にいることを、ゆめゆめ忘れてはいけない。

 鎮守府本館の側を抜け、港を通り、艦娘寮へと向かう。私の探している人はそこにいる。魔の海域を攻略し、モーレイ海も突破して迎えた、束の間の休息を楽しんでいることだろう。きっと、みんなと将棋でもしているはずだ。

 艦娘寮の広場に、人集りができていた。

 その中心に、提督の影が見える。どうやら鈴谷さんと指しているようだ。緑の後ろ髪がエメラルドみたいに光っていた。

提督「王手」

 提督が、にやりと口を歪めた。鈴谷さんが悩ましげに唸っている。状況を見る限り提督の優勢なのだろう。

 鈴谷頑張りなよー、と周囲に煽られて、鈴谷さんが頭を抱えた。

提督「積みだなあ。どう足掻いても逃げられないぞ」

鈴谷「待って待って、ちょい待って。まだなんか手があるかもしれないじゃん!」
395 : ◆WvruwVSMos [sage saga]:2020/06/05(金) 00:18:28.89 ID:zyk0IZBD0

熊野「たとえ持ち駒を置いたとしても無理ですわよ。銀をここに置かれたら……ほら、上に逃げるしかないでしょう? そこに提督が龍を指したら完全に積みですわ」

 三隈……いや熊野さんの解説が添えられる。盤面は私の位置からでは見えない。しかし、完膚なきまでに鈴谷さんは敗北したようだ。項垂れている。みんなの笑い声と口笛。

鈴谷「にゃああ、悔しい。また負けちった」

提督「ははは、鈴谷もまだまだだなあ。もっと勉強して出直してきたまえ」

 提督が扇子で扇ぎながら得意気に言った。鈴谷さんはさらに奇声を上げる。

鈴谷「今度こそ自信あったのにぃ。熊野と超練習したんだよ?」

提督「まあたしかに、初めのときよりは強くなったと思うぞ? まさか美濃囲いで来るとは思わなかったしな」

熊野「型は覚えても、まだ活かしきれていませんわね。さらに勉強あるのみですわ」

 私は人垣に割って入ると、提督に声をかけた。

浜風「提督。お楽しみのところ申し訳ありません」

提督「おお、浜風か。どうかしたのか?」
396 : ◆WvruwVSMos [sage saga]:2020/06/05(金) 00:19:23.82 ID:zyk0IZBD0

 提督は白い歯を見せてくれた。肌はやや小麦色に焼けていて、いつもの病的な肌の白さを覆い隠している。健康的で、海の男らしい爽やかさがあったが、それが上辺だけのものであることは、わかりきっていた。私だけでなく、ここにいる全員が。

 私は、微笑み返して告げる。

浜風「指示されていたキス島攻略の編成案なのですが、いくつか纏めましたので改めて相談したいです。お時間の都合は大丈夫でしょうか?」

提督「もう出来たのか。相変わらず仕事が早いな。時間は大丈夫だから、気にしないでいい。さっそく聞かせてもらおう」

浜風「陽炎姉さんとも相談したいので、よければ演習場に行きませんか?」

提督「陽炎は演習場にいるのか?」

浜風「ええ。新しい艤装を試しているようです。防空戦の練習も兼ねているようなので、瑞鳳さんとも一緒にいるみたいです」

提督「なるほど。では、そちらに向かおうか」

 提督は駒を盤面に整理すると、立ち上がった。鈴谷さんたちに別れを告げて、歩き出す。足取りは驚くほどに軽い。軽く見える。

 私も、提督についていこうとした。
397 : ◆WvruwVSMos [sage saga]:2020/06/05(金) 00:20:09.06 ID:zyk0IZBD0

鈴谷「ねえ、浜ちゃん」

 私は振り返る。

 鈴谷さんは、いかにも不安そうに眉を下げていた。彼女はいつしか、私のことを「浜ちゃん」と渾名で呼ぶようになっていた。馴れ馴れしいとは思わない。一ヶ月半の時間の変化を実感するだけだった。

浜風「なんでしょう?」

 提督の方に視線を投げる。彼は私が立ち止まったことに気付かず、海を見ながら歩いていた。

 はやく、済ませて欲しい。提督といられる時間が減ってしまうではないか。

 しかし、内心の抗議は黙殺する。鈴谷さんの様子には、苦しげすら感じられたから。よく見ると鈴谷さんだけではない。全員が呼応するように、煮えきらない表情を浮かべていた。眼差しをそっと提督へ向けるものもいる。

鈴谷「提督さ……。変わっちゃったよね」

 鈴谷さんは言葉にしたことを後悔するように目を伏せた。太陽が雲で遮られ、影が落ちる。光で虚飾した欺瞞が鮮やかさを失っていく。

 彼女の言いたいことは間違いではない。提督はたしかに変わってしまったように見える。寄生虫を失って以来、昔よりもずっと臆病になったし、ずっと明るくなった。まるで、闇を振払おうと必死で懐中電灯を振り回すような健気さで、自分を偽り始めた。そこには深い傷があり、恐怖があった。大切なものをこれ以上掌からこぼれ落としたくないと、無言のうちに叫んでいる。
398 : ◆WvruwVSMos [sage saga]:2020/06/05(金) 00:21:13.23 ID:zyk0IZBD0

 それは、これまでにない馴れなれしさになって現れているのだ。みんな、当然だが違和感を覚える。提督がおかしくなってしまったんじゃないか、と勘繰ってしまう。

 提督のことを慕わないものはいない。だからこそ、心配している。寄生虫……雷さんの死が、彼に計りしれないダメージを与えてしまったのではないかと懸念に駆られるのだ。

鈴谷「あ、その……さ。別に提督のことを悪く言っているわけじゃないんだよ? ただ、最近の提督、なんか違うなあって思うだけで」

 私が黙してしまったことを気にしてか、鈴谷さんは取り繕うように言葉を並べる。健康的な太ももが微かに動き、将棋盤を揺らした。

 転がる王を、誰も気にしない。

浜風「わかってますよ」

 私は口を開いた。

浜風「でも、心配する必要はないと思います。提督は、たしかに明るく振る舞おうとしてはいますが、本質的には何も変わりませんから。みんなが知っている、思慮深い提督のままですよ」

鈴谷「そう思いたいんだけどね。あの様子を見ていたら心配するなって方が無理だと思う」

熊野「私も、そう思いますわ」
399 : ◆WvruwVSMos [sage saga]:2020/06/05(金) 00:22:24.66 ID:zyk0IZBD0

 鈴谷さんの言葉に、おそるおそる熊野さんが同意した。他のみんなも同じ意見なのだろう。何も言わなかったが、表情は一様に陰っていた。

 本当に心配する必要はないのだけれど。

 提督には私がいるのだから。あなた達が心配するまでもなく、提督の傷は私が少しずつ着実に癒やしている。取るに足らない有象無象どもが、提督の思いに踏み入ろうとするなんて、おこがましいにもほどがあるわ。

 嘲笑したくなる気持ちを抑え、私は口を回す。

浜風「皆さんの心配は、当然のことだと思います。ですが、提督は皆さんが思っているよりずっと強い人です。たしかな信念をもった武人です。だから、大丈夫……。彼は、かならず立ち直ってくれますよ。それは秘書である私が保証します」

 私は、言葉を区切って全員をゆっくりと見渡し、最後に鈴谷さんを見た。

浜風「それとも――」

 目を細める。

浜風「私の言葉は、信用できませんか?」

 静かに、しかしはっきりと力強く。ほんの微細な怒りをアクセントに込めた。全員が息を潜め、私の言葉に飲み込まれる。まるで重力に引きずられたかのように。ざわつくことさえなく。

 私はしばらく間をおいて、微笑みを作った。鈴谷さんを静かに見続ける。彼女は落ち着かない様子で、髪を触っていた。
400 : ◆WvruwVSMos [sage saga]:2020/06/05(金) 00:23:05.72 ID:zyk0IZBD0

浜風「私は、皆さんが好きです」

 全員の視線が、こちらを向いた。

浜風「とてもお優しいですから。私が自分を見失っているときも、皆さんはけっして私を見捨てませんでした。本当に、嬉しかったんですよ。だから、皆さんが辛そうにしているのを見るのは、耐えられません」

 不意打ちを食らった鈴谷さんは、目を白黒させていた。構わない。畳み掛ける。

浜風「私は皆さんに笑っていて欲しい。もし、私の言葉が信じてもらえないなら、私の努力が足りないということです。そんな自分が許せなくて、さっきはつい語気が荒くなりました」

 拳を握り、胸の前に置く。その一点が、遠近法の消失点のように作用して、全員の注目を集めた。軽く胸を叩きながら、語調にメリハリをつけていく。

浜風「皆さんが、笑っていられる鎮守府を作る。それが、私の夢なんです。提督と同じ夢です。いいですか。私は、皆さんの笑顔を大切にしたいんです。それが、私を救ってくれた皆さんに対する最良の恩返し。そう信じています。ですので!」

 拳に感じた。

 全員の心を、掴んだ感触を。
401 : ◆WvruwVSMos [sage saga]:2020/06/05(金) 00:23:50.99 ID:zyk0IZBD0

浜風「……ですので、皆さんの不安は、かならず取り除いてみせます。私が、全力で提督をサポートします。そうすれば必ずや、あなた達の優しい憂慮は、杞憂に変わるでしょう。私には、その力があります。ノウハウがあります。皆さんの期待に、絶対に応えてみせますよ」

鈴谷「……やっぱすごいね、浜ちゃんは」

 鈴谷が、ほうっと息を吐いてそう言った。それを合図に、全員の緊張が解れていく。名著を読み終わったときのような酩酊感を、全員が感じている。確信だ。私には、人の心を読む力がある。

浜風「そんなことはないです。私はただ、皆さんに報いたいだけですから」

熊野「その志は、とても気高いものだと思いますわ」

 熊野さんの言葉に、周りも追従している。私を称える声が続く。私は嬉しそうなフリをしながら、提督の方に目を走らせる。

 提督は、立ち止まって海を見ていた。表情はよく見えないが、明るさは鳴りを潜めていた。

 ああ、提督を待たせてしまっている。退屈させてしまっている。有象無象の相手をしている暇は、とっくになかったんだ。

浜風「……それでは、私はもう行きますね」

鈴谷「提督のこと、よろしくね。私たちもできることはなるべく手伝うからさ。なんでも言って?」

浜風「はい。そのときは、よろしくお願いします」

 そんなときは、永遠に来ないけどね。

 誰も信用なんてできないのだ。

 私は、去り際に転がる王の駒をみた。盤上から落ち、地面に倒れ付す王は、ルールの外に追いやられて、その存在意義を見失っている。あるいは、狭い枠から出られたことを喜んでいるのか。

 沈黙の王は、けっして語らない。
402 : ◆WvruwVSMos [sage saga]:2020/06/05(金) 00:24:40.77 ID:zyk0IZBD0





時津風「あ、浜風と司令じゃ〜ん」

 私達が演習場に着くと、時津風がいた。ボラードに腰掛けて、見学をしているようだった。

時津風「二人とも視察? 休みなのに仕事熱心だねえ」

提督「俺に休みはないさ。栄光なる帝国海軍のカレンダーには、土曜日と日曜日は載っていないんだ」

 提督は肩をすくめて皮肉を口にする。時津風はほんの一瞬眉をひそめたが、すぐに顔を戻して「そうだねえ」と同意した。

提督「それで、陽炎はもう新しい艤装を試したのか?」

時津風「うん。これがすごくてさ〜。あんなの普通の駆逐艦が使ったら、身体がおかしくなっちゃうと思うよ」

浜風「戦艦の装備を改装したものですからね」

 私は海の方に目をやった。水平線に無数の点が浮かんでいた。ブイや的、深海棲艦を模した型。いくつかは壊れ、ひしゃげている。その中央に佇む人影が、陽炎姉さんだった。やや下を向いているが、表情までは伺いしれない。ただ、この距離からでも、陽炎姉さんの背中に張り付く無骨な鉄の塊は、一際目立っていた。

 試製三十五・六センチ単装砲。規格外にもほどがある特注品だ。通常の駆逐艦では、まず使いこなせない装備である。時津風の言うとおり、仮に使うことができたとしても、けっして無事では済まないだろう。三半規管をやられ、身体中の筋肉や骨が軋み壊れてしまうに違いない。陽炎姉さん、「覚醒」した艦娘にのみ許される禁術のようなものだ。
403 : ◆WvruwVSMos [sage saga]:2020/06/05(金) 00:25:36.85 ID:zyk0IZBD0

「覚醒」とは、艦娘が特異点へ到達したことを指す。それはいわゆる改や改二などの「改装」とは、定義を異にするものだ。「改装」によって艦娘はたしかに進化を果たし強くなるが、あくまで「艦娘という枠内」での変質でしかない。「覚醒」は、枠外を超えていく。つまり、「艦娘ではない別の何か」に変異することを意味する。

 では、通常の艦娘とは何が決定的に違うのか。それは、艤装適性と妖精との同調率だ。艦娘の艤装適性は、文字通り艤装との相性である。例外もあるが、艦種に相応しい装備以外は使えないのが通例だ。無理に装備すれば、キックバックという現象によって脳が深刻なダメージを受ける。しかし、この定石は覚醒した艦娘には当てはまらない。自分の身体能力、艤装の耐久力の許される範囲で、あらゆる装備を使いこなすことができるようになるのだ。

 また、最大の違いが同調率である。艦娘は妖精たちと感覚を共有しなければ、艤装を使うことができない。その値が優れていればいるほど、優秀な艦娘であることを意味するのだが、どんなに練度を上げた艦娘であっても、せいぜい感覚の半分を共有できればいい方だ。私でも三十六パーセントが最大値である。陽炎姉さんの数値は二百二十パーセント……百パーセントを有に超える。それはつまり、妖精を支配する力をもつということでもあるのだ。

 提督たちと、同等……いやそれ以上の力だ。さすがに、鎮守府中の妖精を支配できる提督たちの権能と比べたら範囲は狭いが、こと自分の艤装に住まう妖精への影響力は提督たちを上回っている。

 提督の支配からさえも外れた存在。艦娘が行き着く究極の姿。この領域に踏み込んだものは、艦娘制度が始まってから三十年で数えるほどもいない。

 そのうちの一人が、陽炎姉さんだ。右腕は、その領域に至る過程で無くしてしまったもの。ある地獄が、彼女を変えたのだ。
404 : ◆WvruwVSMos [sage saga]:2020/06/05(金) 00:26:30.42 ID:zyk0IZBD0

 陽炎姉さんは空を見上げた。艦載機が、空を引裂きながら彼女の元へと向かっていく。瑞鳳さんの演習用艦爆隊である。

提督「始まったな」

 提督が緊張した声で言った。

 艦爆が高らかに舞う。急降下。完全なる不意打ち。だが、陽炎姉さんは動じない。必要最小限の動きで取舵を切る。爆音。紫色の水柱が膨れ上がった。陽炎姉さんは機銃を唸らせた。弾き出される曳光弾。吸い込まれるように艦爆機を捉える。錐揉みして落ちていく。それとすれ違うように、陽炎姉さんは前に出る。戦闘機の返礼は彼女に当たらない。それさえ、見切ってかわした。撃ち落とす。二機の戦闘機が死んだ。その最中、彼女は最大の武器を展開していく。

 背中から伸びる単装砲が、牙を向いた。

陽炎「おあああっ!」

 鋭い裂帛とともに、凄まじい黒煙が上がる。烈風が、空気を破壊しながら私たちを叩いた。息が吸えなくなり、肺が呼吸を取り戻した瞬間には、一つの的が粉砕しているのが見えた。

 それを知覚した瞬間には、元の場所から陽炎姉さんの姿は消えていた。驚異的な速度で動き続け、艦載機を次々と叩き落としている。

 必死だった。あまりにもひたむきだった。後悔を払い落とそうと、蟠りをぶつけようと、恐怖とトラウマを打ち消そうと。

時津風「……相変わらず、すごいな」

 時津風の声には感嘆だけではなく、寂寞が込められている。苦しさがある。叫びのような舞をみせる陽炎姉さんに対して、負い目を感じているのだろう。

 それは、提督も同じだった。不自然な明るさは落ちていた。暗く淀んだ三白眼を、陽炎姉さんに向けながら後ろ髪に引かれる思いに耐えている。
405 : ◆WvruwVSMos [sage saga]:2020/06/05(金) 00:27:18.05 ID:zyk0IZBD0

提督「浜風」

 提督は私に顔を寄せ、小さな声を出した。耳朶が溶けてしまいそうだった。思わず足が震える。歓喜の声が出ないようにするのが大変だった。

浜風「なんでしょう?」

提督「まだ見つからないのか?」

 何が、とは言わなくてもわかる。寄生虫に薬を与え、寄生虫の艤装を停止させ、やつを殺した犯人。提督は何も知らない。私の刷り込みを、信じ続けてくれている。そして、犯人が見つかることを切望している。

 薬と艤装の故障、そしてあの赤い艦載機。同一人物の仕業で間違いない。私たちを嘲笑うかのような快楽主義者にも似た手口が、共通しているからだ。明確な根拠に乏しくても、それだけはわかる。

 だが、一ヶ月半が経っても犯人は見つからない。寄生虫の戦死以降、一切の目立つ行動を見せないからだ。証拠や痕跡もまったくといっていいほど見つからない。これでは、いくら私でも探しようがなかった。

 はやく見つけたい。私もそう思う。しかし、相手は油断ならない存在だ。私の計画を察知したほどの知能の持ち主であり、赤い艦載機を出せるほどの戦力をもつ怪物だ。下手に動けば、私が食われてしまう可能性もなくはない。慎重にいかねばならない。

 これまでの雑魚共とは、明らかに違う。

浜風「すいません、まだです。おそらく警戒されているのでしょう。なかなか尻尾を出しませんね」

 質問に答えると、提督は落胆するように肩を落とした。心が痛んだ。提督の期待に答えられないことがこんなにも辛いなんて。
406 : ◆WvruwVSMos [sage saga]:2020/06/05(金) 00:29:07.26 ID:zyk0IZBD0

提督「……そうか」

浜風「なるべく早く特定します。お辛いでしょうが、もうしばらく堪えていただけますか?」

提督「ああ。すまないな、急かすようなことを言ってしまって」

浜風「いえ、お気持ちはわかりますので」

 それから、提督は口を閉ざした。沈黙が寂しかったが、私も何も言わない。

 爆発音が、虚しく響いた。

浜風「……」

 しかし、だ。

 犯人の手がかりがまったくないかというと、そうでもない。実はある程度、容疑者の絞り込みは進んでいる。

 あるカテゴリーに属する者たちが、候補者だ。

 それは、最大級のトラウマを抱えるものたち。

 東鎮守府に所属していた艦娘たちだ。

 なぜ、彼女たちが怪しいのか?

 理由は、過去の事件を知っていれば自ずとはっきりする。私は、南鎮守府にいたときに「捨て艦事件」の報告書を盗み見たことがあった。なので、あの事件の内容は大体頭に入っている。あの事件の発端、第六駆逐隊の相次ぐ事故死。その内容は、すべて「艤装の故障」によるものだ。そう、つまり、寄生虫が死んだときと同じ現象が起きていたということだ。
407 : ◆WvruwVSMos [sage saga]:2020/06/05(金) 00:29:59.26 ID:zyk0IZBD0

 そんな偶然、あり得るはずがない。だから、ほぼ間違いなく犯人は東鎮守府にいた者たちの誰かだ。

 これは、黒幕のヒントとは考えにくい。挑発の手段であっても、ヒントを与える意図まではないということだ。事件は未だにトップシークレット扱いだ。この鎮守府の中でさえ、事件の詳細を知っているものは限られている。カウンセラーや提督など一部の人間以外には、ほんの一握りの情報しか開示されていない。大体何があったのかは知っていても、詳細までは誰も知らないのだ。だから、私がここまで情報を握っているとは黒幕も考えないだろう。私が当事者たちから聞き出したことを考慮した可能性もあるが、その線は薄いと見た方がいい。なぜなら、あの事件についてはみんな口を固く閉ざしているからだ。

 黒幕は、殺しに無秩序な美学を持っている。寄生虫の事故を、同じような手段で演出したのも、それが理由だと考えると納得がいく。

 吐き気を催すほどの邪悪だ。もはや黒幕は、人の精神を持ち合わせてはいないだろう。紛う事なき、精神病質者だ。気が狂っているとしか言いようがない。

 そして、私はこれとまったく同じ感想を抱いたことがある。はじめて、「捨て艦事件」の資料に目を通したときに。この事件の首謀者に対して、そう思った。

 苦虫をかみ潰すという比喩は、こういうときに使うのだろう。苦いとはどういうことか知らないけど、言葉の意味するところくらいは理解できる。
408 : ◆WvruwVSMos [sage saga]:2020/06/05(金) 00:30:48.11 ID:zyk0IZBD0

 考えたくはない、可能性だ。

 だが、あの提督の死亡は明確に確認されたわけではない。牢獄の中で爆死したそうだが、死体は一切見つかっていないのだ。それに、厳重な体制の敷かれた留置場に爆薬を持ち込めるはずはないから、ずっと引っかかっていた。しかし、一つだけ方法がある。たった一つだけ……。

 何事にも例外は存在する。私というイレギュラーが存在し、赤い艦載機というさらなるイレギュラーを見てしまった以上、可能性として考慮しておかねばならない。

 ――少なくとも、この鎮守府に、私と同じ存在がもう一体いることは間違いないのだから。

陽炎「あああっ!」

 陽炎姉さんの叫び。砲撃と風。艦載機の唸りと響き。私は、彼女の舞を見ながら深い溜息をついた。

409 : ◆WvruwVSMos [sage saga]:2020/06/05(金) 00:34:10.69 ID:zyk0IZBD0
投下終了しました。
すいません。章台を上げ忘れていました。
今回から五章です。ようやく本番に入ってきた感じです。よろしくお願いします
410 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/06/05(金) 08:56:44.08 ID:9UwGATFx0

おっしゃー、新章じゃあ
411 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/06/07(日) 07:27:13.07 ID:VFWzWtfz0
順当にいけば、東出身のサイコパスはアイツしかいねぇ、、、
雷ちゃん退場は読者も寂しい
412 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/06/14(日) 00:26:59.14 ID:mpz5nmGt0
さぁ、こっからどうなるか
413 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/06/29(月) 05:02:53.12 ID:rIPoceQh0
まってる
414 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/06/29(月) 22:48:48.52 ID:FwfDZN50O
いくらでもまったる
415 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/07/04(土) 19:46:17.15 ID:/802lPrEO
楽しみにしてます
416 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/07(火) 19:14:03.94 ID:6y9+ZfAF0
作者どうか無理はせずやってくれ。リアルが大変なのは理解しとる。
417 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/23(木) 14:52:22.33 ID:wOmuIj/W0
良いものを書くための溜めの期間なんや
まったるでー
418 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/12(水) 15:54:27.29 ID:upkCLPDO0
がんばれ
419 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/15(土) 07:10:34.33 ID:ApsKN9kf0
重い話書くって自分の精神も削れるからなー。書きたいときに書けばいいと思うのー。
420 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/08/17(月) 03:55:18.94 ID:bK2qJIcX0
作者「コロナ」
421 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/05(土) 15:37:17.91 ID:5XpX/icU0
続き、、、待ってるゾ、、、
422 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/10/07(水) 20:03:45.93 ID:3mkGJLf90
いつまーでも、まーってるぅー
423 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/17(火) 18:05:15.21 ID:bmDcJ5BR0
作者、フツーに心配なんだが、もし気力あったら生存報告たのむ、、、続きは好きな時に書いたらええ、、
424 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/12/20(日) 11:56:35.71 ID:RhCsz5ZqO
支援
425 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/21(月) 22:22:17.14 ID:wi5VITEc0
支部で読んだ

続き期待してる
426 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/01/06(水) 01:06:01.45 ID:9NfFptep0
作者、コロナで逝った説
427 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/01/23(土) 02:23:47.59 ID:ay2vKzyE0
まだ戻ってくると信じてます
428 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/02/12(金) 17:11:15.70 ID:kGyRhf4r0
作者、やっぱりコロナでイッた説
429 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/04/17(土) 00:55:39.03 ID:GBuLCITl0
俺は信じて待ってるゾ、再び戻ってきてくれることを
430 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/07/22(木) 13:41:13.38 ID:qDpa4piLO
ダメみたいね…
未完になるのは悲しいなぁ
431 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/12/20(月) 00:06:54.68 ID:gzooSF6WO
a
432 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/03/02(水) 23:50:30.17 ID:YVLfzzKtO
(´・ω・`)
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