唯「運命石のノスタルジア」

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56 :1 [saga]:2018/03/29(木) 23:23:34.46 ID:ovUOu2Ml0
第三部後編

69.唯side

唯先輩、そう呼ぶ声が頭に響く。

「ほら、しっかりしないと。ピンずれてますよ?」

あずにゃんが私のヘアピンをなおしてくれる。彼女は少し照れたように笑った。

唯先輩、そう呼ぶ声が頭に響く。

「もういいんですよ、唯先輩」

なにが? ぼけっと訊き返した。

「私にとらわれなくて、いいんですよ」

あずにゃんは私から少し離れた。寂しげな笑顔で、

「唯先輩が死んじゃうくらいなら、私が死にます。運命なんですよ。私が死ぬことは、決まっていたことなんです。1回死んだのに唯先輩に会えただけでも、私はとっても幸せ者です」

私も幸せだったよ。君に出会ってから、私は本当に何もかもが楽しかったんだ。

「半年、ですよね。信じられますか? まだ出会ってから半年しか経ってないんですよ。時が経つのって、ほんとはすごく遅いんですね」

あずにゃんは光に包まれる。

「私、唯先輩に出会えて幸せでした。素敵な夢を見せてくれて……ありがとうございました」

君はとても眩しくて、遠くへ行ってしまう君に手を伸ばした。
私の光に。私の君に。
なんでも掴めるような気のしたその手が触れたのは、なんでもない別れの言葉だった。


さよならだね、あずにゃん。


弱い私に今更気づく、現実の物語。
99%の夢と、1%の現実の物語。

長ったらしいその物語に、そろそろ終止符を打とう。
57 :1 [saga]:2018/03/29(木) 23:27:25.01 ID:ovUOu2Ml0
70.68の次の日の夜

病院のベッドの上だった。
私は両足と左手を骨折しつつも助かったようだった。
よく考えれば私は死なないことに収束するんだっけ。よく分からないけど。

「……唯ちゃん?」

ベッドの隣ではムギちゃんが椅子に座って本を読んでいた。起きた私に気づくとすぐ近づいてきて、私の右手を掴んだ。

「よかった……!」

ムギちゃんは泣いていた。私は何も言えずに、ただムギちゃんの手を握る。

「唯ちゃんまで死んじゃったら、どうするの! 梓ちゃんのことは辛いけど我慢するの! 強くならなきゃいけないの!」

病院内だからだろうね、ムギちゃんは小さな声で私を叱りつけてくれた。

「ごめん、なさい」

でもね、ムギちゃん。

私はちゃんと決意したから。あずにゃんとお別れする勇気を、彼女がくれたから。

これは、最後の我儘。
そして私のけじめ。

ムギちゃん、一生のお願いがあるんだ。

「……どうしても連れて行ってほしいところがあるんだけど、いいかな」

翌朝、私は無理を押してラボに向かった。岡部さんたちがいなかったので、私はラボのドアを壊して機械を操作し、タイムリープした。
58 :1 [saga]:2018/03/29(木) 23:29:33.49 ID:ovUOu2Ml0
71.9月1日

もうすっかり慣れた頭の揺れを感じ、私は辺りを見回した。ここは部室。4人が不思議そうに私を見ている。

「どうしたんだよ、唯。電話は?」

「あはは、出た途端にきれちゃったや」

はてなマークでも浮かべそうな表情をしているりっちゃんたちに見つめられながら、目の前に置いてあるモンブランを口の中に放り込む。

「練習しようよ!」

「何だよ突然。まだお茶始めたばっかりだぞー?」

「もうりっちゃん! 桜高祭まであとちょっとなんだから練習しなきゃだめなのです!」

ふんす、そう意気込んで席を立ちギー太を抱える。私は音楽準備室に向かい、前に見つけたあるものを持ってくる。

「唯ちゃん、それどうするの?」

「録音しようよ! 今までの曲、全部」

「全部っつったって、ふわふわカレーホッチキスふでぺんの4つだけだろ?」

「いいのいいの! さっ、やろ?」

私はりっちゃんと澪ちゃんの手を引っ張る。みんな調子狂わせをくらいながらも、演奏の準備をしてくれる。

「あずにゃん、準備いい?」

「え、はい。大丈夫です」

「なあ、唯」

これは私たちの宝物だ。かけがえのない日常が、ここにあった証。私が絶対に忘れないように、思い出にできるように、私はここに音楽を刻み込む。

「唯、なんで泣いてるんだよ」

私は録音ボタンを押した。
59 :1 [saga]:2018/03/29(木) 23:30:33.85 ID:ovUOu2Ml0
72.次の日

「はいこれ、唯ちゃんの分」

「えへへ、ありがとー♪」

ムギちゃんは昨日のレコーダーの音をCDにやいてくれた。私は丁寧にカバンにしまう。

「唯、ムギー! 早くしないと授業遅れるぞー!」

「あっ、待ってぇ」

私は普通に学校へ行き授業を受け、放課後にはお茶を飲んで練習して、帰りにはみんなでアイスなんかを食べて過ごしていた。

最後の日常。当たり前だった日々。

そんな夢は早々と時間が流れ。
60 :1 [saga]:2018/03/29(木) 23:33:27.75 ID:ovUOu2Ml0
73.9月11日部活後

「じゃあね〜!」

私は澪ちゃんやムギちゃん、りっちゃんと別れ、あずにゃんと2人になる。私たちはいつも通りの帰り道を歩く。

「唯先輩、最近ずっと笑ってますよね」

「えーそうかな?」

「怪しいです。なにがあったんですか?」

私は何も言わなかった。

私はあずにゃんの手を握る。あずにゃんはびっくりしたようだけど、何も言わずにいてくれた。
この温かい感触は、明日まで。
神様、この我儘は許してくれないかな。私、もう少しだけ夢を見ててもいいよね。

「明日、遊園地に行こうよ」

え、とあずにゃんは私を見た。

「明日、学校ですよ?」

「1日くらい休んでも平気だよ。ね、お願い」

あずにゃんは不審そうに不思議がって、

「いい、ですけど」

「ありがと〜、あずにゃん」

全てが終わったわけでもなく、お祝いって感じでもないけど。全てが終わるには変わりない。

あの交差点で、私たちは別れる。
61 :1 [saga]:2018/03/29(木) 23:36:28.31 ID:ovUOu2Ml0
「じゃあ、誘ってもらってあれですけど、詳しいことは後で私の方から連絡します。唯先輩計画とかできませんよね」

「ところがどっこい! もうチケットとバスの予約は取ってあるのです!」

「え! すごいですね唯先輩。あ、なるほど。憂にやってもらったんですね」

「違うもん! 自分でやったもん!」

そんなことをしゃべっている内に、信号が青になった。

「じゃあ唯先輩、楽しみにしてますね」

えへへ、あずにゃんはそう笑って会釈し、横断歩道を渡る。

右からトラックが走ってくるのが見える。それは赤信号で徐々に減速し、あずにゃんのすぐ横に止まった。

私たちは、美しく終わる。



74.次の日 朝

「おまたせ〜あずにゃんおはよう!」

「おはようございます。相変わらずギリギリですね〜。間に合ったからいいんですけど」

「えへへ〜、楽しみで眠れなくって」

「小学生ですか」

そんなことを言うあずにゃんもどこか浮き足立っている。楽しみにしててくれたんだ。私は嬉しくなって、あずにゃんの手を引いてバスに乗り込む。

片道1時間。私たちはどこに行こうかなんて計画を、パンフレットの紙を見ながら話し合っていた。
62 :1 [saga]:2018/03/29(木) 23:39:06.10 ID:ovUOu2Ml0
75.昼

遊園地はそこそこに人がいた。私たちは次々と絶叫マシンに乗っていく。
私が強がってあずにゃんが強がり、なんとなく後に引けなくなりながら。

「大丈夫? あずにゃん」

午前の最後に、と入ったお化け屋敷でダメージを受けたようだ。私は買ってきた2人分のサンドイッチとジュースをテーブルに置いた。

「心臓が止まるかと思いました。私はここで殺されるんだなと」

その言葉は本当に洒落にならないよ。

「これ、いくらでした? 小銭あるかな……」

「いいよいいよ〜。先輩の奢りです!」

「あ、それはどうも……」

どうかな、あずにゃん。私のこと先輩っぽいって思ってくれたかな。

「そういえば、いつものヘアピンどうしたんですか?」

え、私は髪をおさえる。確かにない。

「あれぇ? 朝つけ忘れちゃったや」

「唯先輩、ヘアピンないとちょっと大人っぽくなるんですね」

「えへへ、そうかな? じゃあ今日は私、大人バージョンだよ〜」

「何が変わるんですか?」

「力持ちになります!」

「意味不明ですよ」

あずにゃんは可笑しそうに笑う。

私たちは食べ終わると、また園内を散策した。

「あ、唯先輩、メリーゴーランド乗りたいです!」

「いいよ〜。あずにゃんったら、意外と乙女なんだね」

「う、意外とってなんですか……」

君の不満そうな顔を見て、私はいたずらっぽく笑った。
63 :1 [saga]:2018/03/29(木) 23:40:51.93 ID:ovUOu2Ml0
76.梓side

ずっと唯先輩と2人で遊びに行ってみたいとは思っていた。あまり外に遊びに行かない人だから、今までそんな機会に会うことはなかったのだ。

すごく楽しくて。ここ最近のなんとなく憂鬱な気分が晴れていった。

少しだけ大人っぽい唯先輩が時々見せる寂しげな表情。何かを覆い隠すように笑う唯先輩。


なんとなく、これが最後かもしれないと感じていた。
64 :1 [saga]:2018/03/29(木) 23:42:34.71 ID:ovUOu2Ml0
77.唯side 夕方

観覧車には夕日の赤い光が差し込み、海に沈み行く太陽に目を細めていた。私たちは向かい合って座る。

「すごい景色ですね……」

「……そだね」

心が軋む。震える。これが最後。
私たちはここで終わる。

少しの空白の後、

「私、死ぬんでしょうか」

そうあずにゃんは、夕日を眺めながら言った。
65 :1 [saga]:2018/03/29(木) 23:44:27.03 ID:ovUOu2Ml0
78.

「最近夢を見るんですよ。私は何回も何回もひどい目にあって、そしてその側にはいつも唯先輩がいるんです。唯先輩の辛そうな顔が、忘れられないんですよ」

あずにゃんは私の方を見た。

「ちょうど今も、唯先輩はそんな表情をしています。それに、今までよりもずっと辛そうで……」

辛い空白。私はどうしようもなく俯いた。

「私……死ぬんでしょうか」
66 :1 [saga]:2018/03/29(木) 23:47:39.81 ID:ovUOu2Ml0
79.

「あずにゃんはね、」

8分後に死んじゃうんだよ、なんてとても言えなくて。私はあずにゃんの隣に座り、彼女を抱きしめた。

「あずにゃん、は……」

何も言えなかった。必死にこらえようとするも、情けなく涙は溢れ出す。

「ごめんね…………ごめんね……!」

あずにゃんがとてもあったかくて。もうすぐ来る別れが際立ち、私の心は更に軋み続ける。

親友よりも大切な女の子。人生で初めてできた、世界にたった1人だけの後輩。

恋ではないこの気持ち。私は一生、これを忘れずに生きていく。
67 :1 [saga]:2018/03/29(木) 23:51:05.14 ID:ovUOu2Ml0
80.

「私の願いは、」

あずにゃんは少し震えた声で、

「私が唯先輩の特別になることでした。もしそれが叶ってたなら、ほんとに……嬉しいです。なんで律先輩でも澪先輩でもムギ先輩でもなく、唯先輩なんだろう。あはは、理由なんて分かりませんね」

私も分からないよ。でも私は、ずっとあずにゃんを見てきたよ。あずにゃんが軽音部に入ってきてくれてから、2人で喋るうちに無意識にあずにゃんを独り占めしたいって思うようになったと思う。最初のうちはみんながたった1人の後輩に夢中になってたけれど、私はそのうち無意識に競うようになってあずにゃんと仲良くなろうとしていたのかもしれない。

「一生のお願いです、唯先輩」

あずにゃんは私を見た。君の目にはいっぱいの涙が、そして瞳には同じような顔をした私が映っていた。

「私のこと、忘れないで下さい……!」
68 :1 [saga]:2018/03/29(木) 23:53:39.63 ID:ovUOu2Ml0
81.

忘れないよ。こんなに素敵で、そして残酷な今日を私は忘れない。
私は君を、思い出にする。
君は私の中で生き続ける。

ありがとう。
君は夢を見せてくれた。
私にとっての特別になってくれた。

私はいつまでも子供みたいだったけど
これは私が大人になるのに必要なことで
失うための強さを
私は教えてもらった
その強さは私を生かしてくれて
私の中で生き続ける。

「ありがとうございました。私、唯先輩に出会えて、本当に幸せでした……!」

ありがとう、あずにゃん。

「私と出会ってくれて、ありがとね」

私はあずにゃんの首筋にキスをした。
人生で最初で最後のキス。

私はポケットから小袋を取り出した。

「私が、君を殺してあげるね」

私は顔を上げて、あずにゃんを見た。

「……美しい」

君の目に、私が映る。
その狂気に浸かった目が、私の人間的な欲を掻き立てた。

「美しいです、唯先輩……」

笑えてたかな。
私は精一杯笑って見せた。

「飲んで?」

あずにゃんは私に抱かれながら、安らかに眠りについた。その薬は、あずにゃんの心臓をゆっくりと止めた。


大好きだよ、あずにゃん。



これは、終わりの物語。
私なりのパッピーエンド。

私たちは、終わり終えた。
69 :1 [saga]:2018/03/29(木) 23:55:02.70 ID:ovUOu2Ml0
エピローグ

82.唯side 1週間後

あずにゃんが飲んだ薬は、私が東京の裏路地で手に入れたものだった。私は隠すことなくそれを話し、警察は私が、平沢唯が中野梓を殺した、と結論付けたようだった。

今は拘留期間ということで、私は小さな部屋に入れられてずっと窓から外を眺めていた。

私を襲っていたのはとてつもない空白だった。絶望感から解き放たれ、私には何もなくなる。



3年生になった私たちはまず新入生歓迎ライブ。そこであずにゃんの後輩を勧誘してあげるんだ。
そして夏になったら合宿。また海がいいな。あ、受験生だから勉強もしなきゃね。
それで学園祭ライブ。今年は出られなかったから、3年生の時は頑張らなきゃ。
冬には受験か。志望校早く決めないとね。


そんなことを考えながら。そんな夢を見ながら。私はまだあずにゃんの死を受け入れられてないんだな、と感じながら。

私は死ねない。
彼女が、私の中で生きているから。

それが彼女が私に望む、唯一の願いだから。

希望と絶望は足し引きゼロ。

そんなの嘘だ。
私に希望なんて、何もない。
夢を見るしかない。
夢とは願いで、それであって妄想で、非現実だった。

もういいけれど。

これは絶望の物語。

夢なんて、希望じゃない。

『奇跡も、魔法も、あるわけない』

「しっぱいした」

説得すればよかった。

「もう遅いけれど」

私も彼女と一緒に、死ねばよかった。
死ねば、幸せだった。

「あははっ、あずにゃん」

私はそこに手を伸ばす。

「それは死んじゃうよー」

私は魔法のステッキを手に入れた。
つまり、すごい薬を。

えと。それを、

ああそうか。


そんな風に私は、夢を見た。




……MainStory-end
70 :1 [saga]:2018/03/30(金) 00:01:48.90 ID:qWa6pgCK0
以上、第三章後編です。
71 :1 [saga]:2018/03/30(金) 00:15:35.13 ID:qWa6pgCK0
カタカタカタカタ。
カチ、カタカタ。カチ。

カタ。カタカタカタ。

カタカタ、カタ、カチ。
カタカタカタ。

(振動音)

……。
72 :1 [saga]:2018/03/30(金) 00:16:09.45 ID:qWa6pgCK0
カタカタ、カタカタ。
カチ。

(振動音)

不在着信2件。
73 :1 [saga]:2018/03/30(金) 00:16:40.22 ID:qWa6pgCK0
聡「んー?」

カタカタ、カチ。

(振動音)

聡「……姉ちゃん電話ー」

……。
74 :1 [saga]:2018/03/30(金) 00:17:10.79 ID:qWa6pgCK0
聡「ねーちゃん!」

律「……なんか用か?」

聡「電話。ケータイ」

律「はあ? 誰から」

聡「謎の番号から。うるさいし持ってってよ」

律「誰だろ……」


ピッ
75 :1 [saga]:2018/03/30(金) 00:17:36.86 ID:qWa6pgCK0
next.

律「よお、唯」

文字通り、壁に穴が空いていた。

律「12年振りだな」

唯「りっ……ちゃん……?」

律「行くぞ」

りっちゃんは私の手を引き走り出した。

「TRUE ENDへ」

物語は、もう少しだけ続きそうだ。






終編に続く
76 :1 [saga]:2018/03/31(土) 22:08:04.65 ID:gpA1byc20
第三部 終編

82.未来(シュタインズゲート世界線)

墓地はいつの時代も静かに賑やかな街に居座り、孤独な気分をしていた。側の木々も、心なしか下向きだ。

彼女の前に立膝で座り、花を添える。

それから3時間くらい経ったらしい、私が立ち上がると、見知った顔を見つけた。

「まゆりちゃん」

まゆりちゃんは私に気付くと、笑顔で駆け寄ってきた。岡部さんたちに会いに来たのだろう。

何気ない会話を交わす。別れ際、

「明日だよね? 出発」

まゆりちゃんは少しそわそわしているようだった。無理もないし当たり前だ。私たちの12年間の集大成だ。

「成功……するかな」

分からない。本当に、ワンチャンスの希望的観測でしかない。

「……させるよ」

そう、成功する。
成功させる。成功させたい。

もうちょっと待っててね、あずにゃん。

連れて行ってあげるよ。
Steins;Gate Prime世界線に。
77 :1 [saga]:2018/03/31(土) 22:09:12.99 ID:gpA1byc20
83.唯side

「腹減ってるだろ、どっかで食べてくか」

りっちゃんは私を車に詰め込み、警察の車から逃げ切った後、そう言って私の家の近くのラーメン屋に寄った。
私は席についても何となく周りが気になって、テレビをチラチラ見たり、とてもラーメンどころではなかった。

「もう大丈夫だって〜。私を信じろ!」

なんかりっちゃんが頼もしい。なんていうか、さっきから気になってたけど、

「ねえりっちゃん。なんか大人っぽくなった? 雰囲気が変だよ」

りっちゃんはラーメンを吹き出しそうになった。

「お前、もしかして今の状況理解してないのか?」

私はぽかんとりっちゃんの顔を見た。

「私はな、12年後の未来からタイムリープして来たんだよ」
78 :1 [saga]:2018/03/31(土) 22:10:51.30 ID:gpA1byc20
undefined
79 :1 [saga]:2018/03/31(土) 22:19:42.67 ID:gpA1byc20
85.

もう一度だけあずにゃんに会える言い訳ができて嬉しかったのかな。私は自分の部屋で着替えて出かける準備をした。

あのCDを流す。最後に録音した、放課後ティータイムのアルバム。
かっこ悪いね。もう一度、君に会いに行くよ。

外から人の声がした。警察だ。

「どうしよう……」

家の電話がリリリと怖い音で鳴った。私は急いで受話器を取る。

『唯ちゃん、大丈夫よ、落ち着いて? 私が気をひくから、裏口から出てきて』

ムギちゃんの声だ。
うん、私が答えると、その時外でものすごい量の爆竹の破裂した様な音がした。私は玄関から靴を取ってきて裏口から出る。

「唯ちゃん、こっち!」

ムギちゃんは私の手を引き、家の裏に停めてあった黒くて高そうな車に乗り込んだ。2人とも後ろの席に座る。

「出して、斎藤」

「かしこまりました」

車はものすごいスピードで走り出した。
80 :1 [saga]:2018/03/31(土) 22:31:16.48 ID:gpA1byc20
86.

「りっちゃんから連絡があったの。唯ちゃんを秋葉原まで送ってあげてって」

ムギちゃんはタイムリープとは無関係らしい。学校を抜け出してきてまで私を助けてくれた。

「ムギちゃん、ありがとう」

ムギちゃんはいつもみたいに優しく笑って頷くと、私を抱き寄せた。

「いいの。唯ちゃんのためだもの」

ムギちゃんはあったかかった。私の心は、凍りついていた心はだんだん溶けていく。

「梓ちゃんのことは訊かない。唯ちゃんが梓ちゃんのこと大好きなの、知ってるから」

ムギちゃんは私の頭を撫でた。

「これから、辛いことがたくさんあると思う。そんな時は、迷わず頼ってね。私は、私たちはずっと唯ちゃんのこと親友だと思ってるから。私もりっちゃんも澪ちゃんも、それに和ちゃんも憂ちゃんも、唯ちゃんのことが大好きだから」

私が……未来の私が、聞けなかった言葉。ひとりぼっちになった天才が、分からなかった気持ち。

「ありがとね……ムギちゃん」

未来ガジェット研究所に着くとやっぱりそこには誰もいなくて、私はタイムリープした。


そして最後の世界に、辿り着いた。
81 :1 [saga]:2018/03/31(土) 22:32:54.65 ID:gpA1byc20
「あずにゃんどこにいる?」

私は部室にいた。りっちゃんたち3人はそれぞれ楽器の手入れをしていて、あずにゃんだけがこの部屋にいない。
平静を繕う。踏み出したくなる足を必死に抑える。

「あずにゃん?」

期待はしない。
期待はしてなかったけど……



辿り着いた。


「あずにゃんって、誰だ?」

あずにゃんのいない、最後の世界に。
82 :1 [saga]:2018/03/31(土) 22:34:25.48 ID:gpA1byc20
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83 :1 [saga]:2018/03/31(土) 22:35:51.71 ID:gpA1byc20
エラー出ました。次の2レスは上の挿入です

84.

「何しに、来たの?」

「何しにって、お前たちを助けに来たんだ」

りっちゃんは水をぐびぐびと飲み干し、

「唯はこれから、なんかに取り憑かれたみたいに勉強する。殺人だなんだって件で桜高から転校していったから、私が側で見てた訳じゃないけどな。そして今から12年後、唯は完全な電話レンジ……タイムリープマシンを開発した。好きなことも嫌いなものもない、機械仕掛けの天才物理学者。それが私の知ってるお前だ」

多分、りっちゃんの知ってる未来の私は、今こうしてタイムリープしてきたりっちゃんが、会いに来なかった世界の私なんだろう。警察の束縛から解放されて、12年間そんなことをしてたんだ。

「お前はな、まっったく諦められてないんだよ、梓のことを。思い出にしたつもりでいたか? 出来てないことを、未来のお前自身が証明してる」

「……あずにゃんは、助かるの?」

りっちゃんは苦い顔をして、

「……正直、可能性は低い。未知数だ。それに、チャンスは一回しかない」

でもな、りっちゃんはそう言うと、

「唯のこんな人生、梓が望むと思うか?」

「……あずにゃん、が……」

「話すやつは私や澪、ムギやまゆりしかおらず、その上ずっと物理のこと考えて孤立してる。お前が殺人者だってことが世間にバレてから……かなり酷いいじめにだってあった。お前の笑顔を、私は忘れちまったよ」

諦めきれない私の、崩壊の人生。

「だからな、唯。私はある意味、失敗してもいいんじゃないかと思ってる。いやもちろん、梓を助けたい気持ちがあるからこんな過去に来てるんだけど。でも、お前は精一杯頑張った。それにこれから12年間頑張り続けた。これで終わりにしよう。これでダメだったら、しっかり諦めてあげようぜ」

諦めの物語。諦めの悪い私のための、12年かけた最後のチャンスの物語。
84 :1 [saga]:2018/03/31(土) 22:36:31.83 ID:gpA1byc20
「私は、どうすればいいの?」

りっちゃんはラーメンのスープを飲み干して、

「未来ガジェット研究所のタイムリープマシンで10日前に飛べ。私にはやることがあるから、ここでお別れだ」

千円札を二枚置き、立ち上がった。

「金持ってないだろ? 私の奢りだ。それとな、唯。伝言だ」

りっちゃんは私の頭に手を置くと、

「頑張ってね、だとさ。未来のお前からだ」

私は期待しない。何度も何度も何度も何度も、私は期待して裏切られてきて、何度も心を壊されてきたから。

でも、頑張るよ。
私の、自分の手で作った最後のチャンスなんだから。

失敗したら、諦められる。

これはきっと、とてもずるくて、幸せなことだった。
85 :1 [saga]:2018/03/31(土) 22:45:20.60 ID:gpA1byc20
87.

「……何で泣いてるんだ?」

澪ちゃんは私の顔を覗き込む。私は必死に隠し、後ろを向いた。

しばらく声が出せなくて。
いろんな感情を適当に混ぜ込んだような震えが出て、でも私は強く在った。

大きく深呼吸し、私は言った。

「なんでもないよ」

私は3人の方を向いて、

「練習しよっ」

そうあずにゃんに、お別れした。
86 :1 [saga]:2018/03/31(土) 22:48:08.83 ID:gpA1byc20
88.

桜高祭6日前。
私たちは4人で練習を始めた。

「じゃーホッチキスからな!」

りっちゃんが元気よく合図する。私もギターを構える。

その時。

何かが襲ってきた。
異常なまでに馴染んだ曲。圧倒的な曲の概念。楽譜が視覚的に溢れ出す。

「……唯?」

「……あ、はは、ぼーっとしてたや。もっかいお願い」

そして始まる演奏。私の指は思った通りに何でもかんでも動いてくれる。とてつもなく心地よくて。私の演奏はいつもと比べて全く別物になっていたと思う。

隣に君はいない。ギターは私1人。

ああまただ。

また私は君を探す。お別れしても、諦めきれない。

さみしいよ。私を1人にしないで。

大人になんかなりたくないよ。
我儘を言わせてよ。
我儘を叶えてよ。

私は想いをギターに込める。隣にいない君に、強がりもせず縋り付いた。

「辞書にもない言葉」

そんなフレーズを最後に、演奏を終えた。

「唯。あずにゃんってのは……」

3人は呆気にとられたように私を見た。

「……中野梓のことか?」
87 :1 [saga]:2018/03/31(土) 22:57:36.78 ID:gpA1byc20
89.夜 家

りっちゃんたちの話を聞く限り、この世界はかなり今までの世界とは違っているようだった。

タイムリープしてきたばかりの時は意識が元の世界のものになっていたけど、落ち着くとこの世界の私の記憶も、変な言い方かもしれないけど思い出してきた。

私はリビングに置いてあるグランドピアノを撫でた。

「ピアニスト、かぁ」

私はピアノを弾けた。それはもう、すごいって思うくらいに。
隣の棚に並べてある賞状やトロフィーを眺める。

『全国ピアノコンクール 優勝』
『東日本ピアノコンクール 優勝』

私はその頃の記憶も普通に持っていた。だからこの文字を見たとき、やはり思い出さざるを得なかった。


『全国バンドコンクール 第1位』


君と2人で写る写真。ぎこちない笑顔の君。興奮冷め止まないって感じだね。

「梓、ちゃん……」

私は君を、思い出す。
88 :1 [saga]:2018/03/31(土) 23:09:34.54 ID:gpA1byc20
90.過去(第2部後編 コンクール直後)

「梓ちゃーん! 笑って〜!」

「ほら、ピースだよ。ピース!」

私は無理やり梓ちゃんの手をピースの形にして、カメラマンの憂に向かった。

「は、恥ずかしいですよ……」

梓ちゃんは茶化すような目で見る純ちゃんの方を気にしていた。
89 :1 [saga]:2018/03/31(土) 23:10:16.91 ID:gpA1byc20
91.少し前 表彰式

『総合第1位、平沢唯、中野梓』

私たちは賞状と大きなトロフィーを受け取る。

『ピアノ部門1位、平沢唯。ギター部門3位、中野梓』

私たちが受け取り方に困っていると、係員の人が慌てて手伝ってくれた。そんな様子に、会場から笑いが起こる。

私たち以外には結構高校生も混じっていて、ちびっこい私たちは場違いな感じがしていた。

3人との出会いは、正にこの時だった。

『ピアノ部門4位、琴吹紬』

『ドラム部門4位、田井中律。ベース部門3位、秋山澪』

田井中さんが、私たちに駆け寄った。

「平沢さん中野さん! 私たち中学隣りらしいんだ! 高校どこ進むの?!」

私が戸惑っていると、秋山さんが顔を真っ赤にして田井中さんを引っ張って行った。

「表彰式の途中だぞ! 後にしろっ」

「えーケチィ」

「あの!」

私は思い切って声をかけた。なんて言うか迷っていると田井中さんが、

「私、2人の演奏聞いてほんと感動した! お願い、一緒にバンド組もうよ!」

「バンド……」

「私がドラムで澪がベース、中野さんがギターで……「すみません」

金髪の女の子が歩み寄ってきた。

「私もやりたいです!」

「いいぞよろしく! 琴吹さん、ピアノだよな。キーボード2人か、面白そうだな!」

「……私ね、」

ずっと思っていたことだ。いつか梓ちゃんと、隣り合って対等に演奏してみたいと。

「ギター、やってみたいな」
90 :1 [saga]:2018/03/31(土) 23:10:46.84 ID:gpA1byc20
92.

あずにゃんは3年前の誕生日、11月11日に行方不明になった。それから一度も連絡を取っていない。生きていたとしても、3日後に死んでしまうのは確定して逃れようがない。

6日後の桜高祭。

私はそこで、ちゃんと君を諦めよう。

私は携帯電話を取り出した。

「もしもし、ムギちゃん? 頼みたいことがあるんだけど」
91 :1 [saga]:2018/03/31(土) 23:11:38.28 ID:gpA1byc20
93.次の日 放課後

学校の鐘が鳴る。気持ちのいい日差しにやはり眠気も黙っていないようで、私はうとうと夢見心地だった。

「こーら唯! さっさと部室行くぞー」

りっちゃんは私をがくがくと振り回すと、いつもみたいにイタズラっぽく笑った。私もえへへと笑ってしまう。

「お前、今日寝通しだったな。昨日徹夜でもしてたのか?」

「お恥ずかしい限りで……」

「絶対思ってないだろ」

私はふらふらと部室に向かうのだった。
92 :1 [saga]:2018/03/31(土) 23:12:17.69 ID:gpA1byc20
94.

「唯ちゃん、できた?」

先に部室に着いてお茶の準備をしていたムギちゃんが、私たちがドアを開けるや否や訊いてきた。

「うんっ。完成したよ!」

私がカバンを探っていると、

「ムギ、何のことだ?」

りっちゃんは私が取り出した紙を覗き込んだ。

「唯ちゃんに頼まれたのよ。新しい曲を作って、って」

「……おい、それを桜高祭で……とか言わないよな?」

「そのまさかだよ!」

とは言っても、演奏するのは私だけだ。あと5日しかないのに、みんなに迷惑はかけられない。

私は昨日、殆ど徹夜で歌詞を完成させた。私の想いを、精一杯詰め込んだ。

「私の方も完成したのよ。はい、楽譜も書きました」

「ほんとにありがとう、ムギちゃん」

ムギちゃんがくれたのは、ピアノの楽譜だった。

「唯ちゃん、この曲はピアノで演奏したらどうかな?」
93 :1 [saga]:2018/03/31(土) 23:12:51.84 ID:gpA1byc20
95.

「そんな……できないよ」

「お前、ピアノの練習も毎日してるって言ってただろ? ピアノの方が慣れてるんだしよくねーか?」

「で、でも……」

『大丈夫だよ』

頭の中に声が響く。

『私たち、最強だもん』

私たちは表現家。
3年経って心の整理が付いてしまった、そして感情が色褪せてしまった私に、生きた私が合わさり合う。
2人は強め合い、一つになる。

星は、私たちの頭上に輝くよ!
94 :1 [saga]:2018/03/31(土) 23:19:07.68 ID:gpA1byc20
96.当日

ーー続いては、『放課後ティータイム』によるバンド演奏です!

幕が上がる。私たち4人は互いに頷いて、前を向いた。

心地よい熱気。少し多いくらいの緊張。

私は、私たちは走り始める。

一曲目、私の恋はホッチキス!
95 :1 [saga]:2018/03/31(土) 23:19:48.59 ID:gpA1byc20
97.

りっちゃんも澪ちゃんもムギちゃんも、元の世界よりも格段に上手かった。私はみんなの呼吸を感じながら、道を切り開いていく。

3人の音が私を包んだ。呼吸は合い続ける。

あずにゃん、見ててくれてるかな。私はちゃんとやってるよ。

私の声は、ギュウギュウ詰めの会場内に響き渡った。
96 :1 [saga]:2018/03/31(土) 23:21:13.98 ID:gpA1byc20
98.

『ありがとうございます、ふわふわ時間でした!』

5曲目のふわふわ時間が終わり、バンド演奏は終了した。りっちゃんたちはステージ袖に移動し、ピアノをセッティングする。

『今日は楽しんでもらえましたか? 私はすっごく楽しかったです!』

歓声が沸き起こる。私たちは少しだけ有名だそうで、テレビ局のカメラが数台正面に置いてあった。私はそれにピースする。

『……次は、最後の曲です』

私はピアノの椅子に座った。白黒な鍵盤が私を迎える。
97 :1 [saga]:2018/03/31(土) 23:23:12.24 ID:gpA1byc20
99.

ピアノとギターだけの曲。そのうちギターは私が弾いた録音だ。だから私は1人で演奏する。
ここはどこだろう。私は1人だ。深く暗い海の底。私の視界は歪み始める。

君に会いたくて、君に聞かせたくて作った歌。君に、届くのかな。

「唯先輩」

私は顔を上げる。ギターを持った君は、私を見て少しだけ恥ずかしそうに笑った。

聞いていてくれるかな。
君に、届くのかな。

「行きますよ、唯先輩」

諦めの歌。私は君に頷いた。
3年ぶりに、私は君と語り合う。


『You&I』
98 :1 [saga]:2018/03/31(土) 23:24:14.08 ID:gpA1byc20
100.

君のギターはスキップするように、そして優しく私のピアノを支えた。君の言葉に応えよう、私も音に精一杯身を投げた。

私は歌う。君に聞かせたくて、でも気づいてくれるか自信がなくて。だから私は声でも歌う。

最後だろう。私は君を心に刻んだ。君の音を、宝物を、大切にしまいこんだ。

君に頼ってばかりだったね。先輩らしいこと、なにかしてあげられたかな。私はちょっと不安だよ。


あずにゃんは笑った。私もつられて笑ってしまう。




今更私は 君に伝える
君に届くこの言葉が 風に乗って君の元へ 風はやがて私の元へ 春を連れて帰ってくる

こんな日々をずっと私は 当たり前だと思ってた
忘れないよ あの日のことを 2人だけの 特別な日々を

君を思い出し 私は歌う
いなくなった君に 精一杯の手紙を送るよ
私たちだけの言葉で書き始めよう
ありがとうと
99 :1 [saga]:2018/03/31(土) 23:25:31.92 ID:gpA1byc20
101.

圧倒的余韻。私の視界は何かで霞んで何も見えなくなっていた。

届け。君に届け。

君と見た夢に、君と見た空に、私は精一杯手を伸ばした。



その手は、何かにふれた。

温かいそれは、私の手を握り返す。


「唯先輩」


君の声が。

すぐ側に。

私の隣に。

私のすぐ側に。


君の笑顔が……


「ただいま、帰りました。唯先輩」


あずにゃんは、私のことを優しく抱きしめた。

君の温もりが、君の香りが、とても幻覚ではなく現実として私を襲い、緊張感から解放されて力の抜けた手で、私の知っている君よりも少しだけ幼い目の前の君を、強く、しっかりと抱き返したのだった。

「おかえり…………!」
100 :1 [saga]:2018/03/31(土) 23:41:12.90 ID:gpA1byc20
エピローグ

102.軽音部室

涙が枯れたようで、私はやっと落ち着いてあずにゃんに向き合った。

「大丈夫ですか? 唯先輩」

急には言葉が出てこなくて、私は笑って頷いた。

「ほんと凄かったよ……お前らの演奏は」

「……えへへ、ありがとう」

私は忘れない。今日という特別な日を。
特別な、大切な日を。

「……りっちゃんたちはこのこと、知ってたの?」

「……まあな。それがちょっとトラウマなんだが……」

私が首をかしげると、

「律は未来の自分に会ったんだよ。唯がタイムリープしてきた日の練習の後、大人の律が私たち3人の前に現れたんだ。その時にタイムマシンも見せてもらったし、すごい久しぶりに梓に会った。……そこで唯の今までの事情も教えてもらった」

澪ちゃんは絞り出すようにして言った。

「よく、頑張ったな……」

頑張った。そう、私は頑張っただけだ。

そしてこれからも、私は頑張り続ける。
もちろん、みんなと一緒に。

私はあずにゃんと向かい合った。

「あずにゃん」

「あずにゃん?」

君は首をかしげる。この世界では、梓ちゃんと呼んでいたんだっけ。

「梓ちゃんのあだ名だよ。……ねえあずにゃん」

私は君の手を握った。



「生きててくれて、ありがとう」
101 :1 [saga]:2018/03/31(土) 23:42:41.44 ID:gpA1byc20
103.2時間後 校舎裏

私はしばらくして、今回の一連の出来事の裏話を聞くことができた。あずにゃんが9月12日を過ぎた今日まで生きている理由について、それからかなり変わってしまったこの世界についてだ。

「まず礼を言っとくぞ、唯。お前のおかげだ。お前があれだけ……40回近くも戦い続けてくれたから、私たちも結論を出すことができたんだ」

未来からタイムマシンでやってきた大人版りっちゃんは、その辺で買ってきたたこ焼きを私に差し出した。

結果には必ず原因がある。そしてその原因があれば、必ず結果は起こる。つまり、原因がなければ、結果は起こらないってことになる。

その原因を突き止めたのが、元の世界、シュタインズゲート世界線の未来の私と澪ちゃん、そしてまゆりちゃんの3人だそうだ。

「唯に何回もタイムリープさせたのは、違った状況の結果を観測するためだ。……例えば、」

りっちゃんは木の枝で土に絵を描いた。

「どんな結果も、少しだけでも原因と繋がっている。40回の結果をもとに、梓の死の直接的な原因を突き止めたんだ」

その原因というのが『中野梓が3年前の冬あたりから今年の9月12日、つまり3日前の間に存在し続けること』だったという。
102 :1 [saga]:2018/03/31(土) 23:43:21.60 ID:gpA1byc20
「たまたまだったんだよ。その原因が解決しようもないことだったら、そこで私たちは詰んでた」

存在し続けること。だからその間、あずにゃんは存在しなかった。

あずにゃんは、3年前の誕生日から3日前まで、りっちゃんの手によって未来に連れて行かれていた。

「唯には辛い思いさせちまったようだな……。特に、拉致のことは悪かった」

一回目のタイムリープの後のことだ。まゆりちゃんが殺されたこと。犯人はりっちゃんたち未来からタイムリープした人たちだったのだけれど、あれの目的もある意味とても理にかなったことだった。

私が、あずにゃんの死を観測しないままにタイムリープするのを防ぐためだ。そのために、私にあずにゃんが死んでしまう9月12日以前にラボに行くと、まゆりちゃんが死ぬという恐怖を植え付けた。

「でも、あれをしたのってりっちゃんじゃないんでしょ? あ、えっと、あれの犯人はシュタなんとか世界線の未来からきたりっちゃんであって、この世界線、シュタなんとかプライム世界線のりっちゃんではないんだよね?」

「その通りだけど、なんだお前、私の話理解出来るのか?」

「えへへ、勉強したんだよ」

あの漂流中に、私はタイムリープについて調べていた。だから多少は話についていける。

元の世界線のりっちゃんたちは、完全版タイムリープマシン(電話レンジ)を開発し、さらに世界線変化を観測する装置を作り出すことでさっき言ってた原因とは何かを探して、そしてプライム世界線に移動するためのキッカケをもたらした。

この世界線のりっちゃんたちは、あずにゃんを未来に避難させるため、未来と過去に行き来できる完全なタイムマシンを開発したってことだ。
103 :1 [saga]:2018/03/31(土) 23:43:57.11 ID:gpA1byc20
プライム世界に移動するためのキッカケについて、

「元の世界の唯はな、どうしてもタイムマシンが作れなかったんだ。力不足でな。タイムマシンが作れたんなら、梓の死に関してだけ言えばプライムに来なくても良かったんだ」

つまり、シュタインズゲートプライム世界線とは、私がタイムマシンを開発できた世界線のことだ。タイムマシンを開発できれば、あずにゃんを助けることができることは観測装置によって分かっていた。
シュタインズゲート世界線では、また別の世界でタイムマシンを開発した牧瀬さんやダルさん、岡部さんが死んでしまったから、タイムマシンについては開発できなかったんだ。

「プライムでは岡部さんたち未来ガジェット研究所勢も、それに梓も生きてるしタイムマシンを開発するのはそんなに時間がかからなかった。何年後かは言わんが私の見た目から判断しな」

りっちゃんは明らかに二十代だ。

「岡部さんたちは、大丈夫なの?」

「ああ。岡部さんたちの死の原因はすぐに分かった。『特定期間中に平沢唯、中野梓と接触すること』が原因だ。だからあと1ヶ月は彼らに会いに行くなよ」

あと、私がピアニストになってたこと。

「それは……私からしたらこじつけみたいな話なんだが、才能を開花させるため、だそうだ。ピアノだけでなく学問のもな。それと重要なのは、中学時代に唯と梓を出会わせるため。それによって梓は、未来に行った後も唯のために勉強できたんだ。この時代に戻ってきてすぐに桜高に転入できるように、中1から高1までの勉強をして、梓は1年でやりきったんだよ」

幼い頃の私にピアノが与えられるように、そして有馬先生の演奏を聴くように中学校の文化祭に行くよう仕向けた。そして、開花した私とバンドを組めるよう、りっちゃんたちにも幼い頃からドラムやベース、キーボードが与えられた。
104 :1 [saga]:2018/03/31(土) 23:44:38.43 ID:gpA1byc20
「勘違いするなよ、唯。当事者はお前だ」

りっちゃんは私の髪をくしゃくしゃと撫でると、

「お前が梓を救うんだ。諦め? 思い出にする? そんなのお前には無理だよ」

りっちゃんの笑顔は、今も未来も変わらないようだった。

「分かってるよ。私は……」

「唯先輩!」

あずにゃんが呼んでる。私は走り出した。君の元へ。一度だけ、りっちゃんに振り返る。

「……私たち、最強だもん!」

君のために、もう一度無理をしよう。辛いことがたくさんあるだろうけど、私は前に進める。

これは、現実の物語。
素敵で残酷な、ただ一つの願いの物語。

旅に出よう。どこまでも幼くて我儘で諦めの悪い私たちだけど、君となら私は、どこにだって飛んで行ける。


私たちの物語は今、続き始めた。






……fin.
105 :1 [saga]:2018/03/31(土) 23:49:34.33 ID:gpA1byc20
以上、第3部でした。

メインストーリーはこれで完結です。
ここまで読んでくださった方、いるか分かりませんがありがとうございました。
私自身書いていて、とても懐かしい気分になりました。

次に投稿する第4部は、けいおん単体のサイドストーリーです。この世界線での続き、大学編になっています。
後日談のつもりで書きましたが、分量は第1.2.3部と同程度あり、内容もあります。
ぜひお付き合いください。

続く第4部のタイトルは、

唯「プラチナム・スカイ」

です。よろしくお願いします。
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