【艦これ】龍驤「たりないもの」外伝

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384 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/05/09(木) 05:53:08.66 ID:P2dcfLCDO
 
 
それから早霜は処置室のような部屋へと運ばれていく。そこにはまるで特徴の無い一人の男性…これが噂の整備士さんなのだろう…と別の深海棲艦と艦娘がスタンバイしていた


「この設備の揃い様は…もしかしてここは深海提督のアジトではなくあの整備士さんの隠れ家だったみたいですね」


整備士さんの側に控える深海棲艦の風貌は駆逐艦吹雪に似ている。整備士さんを司令官と呼ぶ彼女はおそらく秘書艦なのだろう


整備士さんは用途の解らない機械を幾つか用意してこれから早霜に何かをするらしい


そこからは私には何が行われていたのかまったく理解は出来なかった。何かの機械を使い検査をし、その後は…思い出したくない


「あ…頭をひら…うっぷ」


『大丈夫朝ちゃん?はいビニール袋』


あれだけ身体を弄くり回しておいて、今カプセルに入れられている早霜の身体には傷ひとつ残ってはいなかった。技術とかそういうレベルではない、まるで魔法だ


ようやく目覚めた早霜は自らの能力を全て消された事実を告げられショックを隠せないようだった


そしてこれまでのふてぶてしさがまったく消えてしまった早霜は朝霜に会いたいと懇願している


「艦娘の持つ特殊能力を消すとかとんでもないですね…。というかもう別人ですねあれ…」


『能力を手に入れた事で歪んでいたのか、歪んでいたからあんな能力を持てたのか…少なくとも今の早霜が素なんだろうねぇ』


必死に頼むその姿にほだされたのか早霜をカプセルから解放する整備士さん。全裸なのにはまるで無反応。まあさっきまで身体の内部まで見ていたのだから今更なのかも


そして整備士さんの側に控えていたもう一人の艦娘が更に誰かを呼びつけて―――

385 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/05/09(木) 05:55:07.02 ID:P2dcfLCDO
 
 
ブツン


「はぁっ…はぁ…」


私は後ろを振り向いた。僅かに開いた襖の向こうは暗い部屋。たぶん…おそらく…変わりは無いように思える


いや…そもそも彼女は眠っているのだ、見られたはずは無い、聞かれたはずは無い。呼ばれた声に返事をする慌てた声、その顔は…


「あいつは死んだはずじゃ…いやそもそも別人だったのかも…」


『別人ではないみたいだよ』


モニターは今さっき私が慌てて消したが、Y子さんは目を細めて何か別のものを視ているようだった


『あたし自身はそのテレビが無くても色々視られるからね。まあ疲れるから普段あんまりしないけど』


「なんであいつが整備士さんと一緒に居るんですか…」


間違ってもその名前はここでは出せない。話自体も出来たら避けたいくらいだ。…だけど知っておくべきは多分私だ。だって仲間なのだから


『出来損ないとして処分されたものをあの整備士が拾ってそこに復活したらしいよ。どうやら早霜みたいに色々弄られているようだね。ずいぶんまあ…これまた別人だねぇ…』


Y子さんの話ではあいつはもうほとんど無力化されて性格も善良なものになっているらしい。今までした事を後悔している旨の発言までしていたのだという


「…は、ははっ…」


渇いた笑いが出た。ついつい生前の事を思い出してしまう


後悔している?それで?あいつが私にした仕打ちで私の人生はめちゃくちゃになった。反省している?だから?それで私に何を返してくれる?


何も出来ないくせに

386 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/05/09(木) 05:59:11.72 ID:P2dcfLCDO
 
 
『――朝潮――』


ハッとして我に返る。しまった…まさかまたぶり返しそうになるなんて自分でも思ってもみなかった…


「ごめんなさい…たぶん私は今、自分に重ねてしまっていました…」


自分と彼女、どちらがより不幸かなどとむなしい比較なんてする気は無いけれど。取り返しが付かないという意味では共通しているのかもしれない


「奪われた側がここに居て、奪った側が生きている、なんなんでしょうねこれは…」


『…珍しい話じゃないよそんなのは』


「ええ解っています。この世は理不尽に溢れている事くらい身を持って知ってますしね…」


いつかの2000人の犠牲者もそうだ。彼等彼女等は何もしていない、それでも死ぬ羽目になった。それをした者達もまた生きている


それぞれにそうするに足る理由はあったのだろう。だけどそれに見合う結果を残せているとはとても思えない、つまりは無駄死にだ


「命までも代償にしておいて後悔してますは都合が良すぎますが…かといって死んで償えるものでもない」


『背負い続けるしか無い、いつか天から罰が下るまで、自ら終わらせる事は償いにはならない』


ああ…そうだ、彼女もそうだった。彼女も償い方を探しているんだ


この世界には加害者と、被害者と、傍観者しか居ないのかもしれない。それを変えようとする人間すらもそこに巻き込まれて苦しむ


この世は苦しみに満ちている。司令官…誰か…


私には何も出来ない、何処へも行けない。だったらせめて祈ろう、何の意味も無いのだとしても。私の大好きだった人に、大切な仲間に、お世話になった人達に、そして…私の事で罪に苦しむ人達にも


救いがありますようにと
387 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/05/09(木) 06:01:32.03 ID:P2dcfLCDO
ここまで
苦しくなってきました
自分で書いて解りましたがやはり本編作者はとんでもないですね…
388 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/09(木) 12:21:23.83 ID:+qFeWh7Go
おつでした
タシュケントの一時退場も伏線だったと考えると恐ろしい
389 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/05/18(土) 05:56:48.10 ID:ksNFMuDDO
>>386から
 
 
「オッスオラ朝潮!…ちょっとY子さん!こういうの私のキャラじゃないんですけど!」


『いいじゃんいいじゃん、たまにははっちゃけてみなよー』


という訳で朝潮です。何だかY子さんがたまには変わった挨拶をしてみたらどうかと私にモノマネをさせてきた。…挨拶って言ったってここには私達しか居ないのに意味はあるのか


漣「もうだめだぁ…おしまいだぁ…」


私の隣では漣さんがハイライトの消えた目で最初のセリフのライバルキャラのモノマネをさせられていた。迫真というか何というか…それ演技ですよね?そうですよね?


あの後少ししてからまた目覚めた漣さんだったが以前よりは落ち着いている。どんな事にしろ時間というものはそれをある程度癒してくれるのだろう


あれから鎮守府では暴走した陽炎さんが霞のママ力に陥落したりその霞の負担を減らす為に雲龍さんが新しいママ役になったりしていた


「不思議ですねぇ…母親なんて居ない艦娘があんなにものめり込むなんて」


『逆に居ないからこその未知の体験だったからかもねぇ』


「みんなしっかりしなきゃといつも神経を張っているからああいう癒しは必要なのかもしれませんね」

390 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/05/18(土) 05:58:05.05 ID:ksNFMuDDO
 
 
「球磨さん…まだやってたんですね…」


大井さんと球磨さんと北上さんが何やら話していた。その話の流れで球磨さんがいまだに下着泥棒をしているらしい


「さすがに食べるのは無理でも匂いとかぬくもりを…ひえぇ…」


わからない…文化が違う。というか怖い。いつだったか私の下着を食べていた球磨さんを見た時のトラウマが蘇りそうだ


「は…そうだ…そういえばあの鎮守府では私の部屋はそのままでしたね…ま、まさか…」


漣「…漣の部屋も…まぁ別にもうどうでもいいか…」


漣さんは何だかキャラが変わっている。まるで某中二キャラのようになげやりになっている。そのうち「そう、関係ないね」とか言いそうだ


北上さんは球磨さんに自分の下着を盗まれていたと知っても気にしていないようだった。それどころか自分達の情事を見られる事にすら無頓着なようで


「いやいやいや…いくら自分の失態を晒していてもそれとこれとは話が別ですよ…」


漣「…同意する」


どうやら北上さんは露出調教されていてそういう感覚を忘れつつあるようだ。憲兵さん…貴方はいったい何をしているのだ…

391 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/05/18(土) 05:59:26.54 ID:ksNFMuDDO
 
 
その後一人になった球磨さんはまたも脱衣場で下着漁りを始めている。さすがに主不在とはいえ他人の部屋に侵入したりはしないようだ。そうだと思いたい


「まあそもそも洗濯済みならターゲットにはなりませんよね…」


漣「…あの球磨さんなら一度でも使用した物なら例え洗っていても匂いを嗅ぎ分けますよ…どうでもいいけど…」


漣さんが不吉な事を言う。司令官…ちゃんと鍵をかけてくれているだろうか。本当にお願い


そして雲龍さんと千歳さんの下着を脱衣かごから拝借した球磨さんはご満悦な顔で戻って行った


その後お風呂から上がった二人はちょっと困った顔をして仕方なく下着無しのままで部屋へと替わりを取りに行った。あの落ち着き様は初めてではないのだろう


「個人の趣味は自由ですけど…人に迷惑をかけるようなのはちょっとどうなんですかね…」


漣「…あの鎮守府は…そういう部分も許容する場所なんです。本当なら軍規に反します。他なら厳罰か、最悪解体されます…どうでもいいけど…」


「ああ…そうでしたね…。他では受け入れられない趣味や、せ…性癖の為に追いやられて来た艦娘も居ましたね」


自分の場合はそんな段階ではなかったから失念していた


「と言ってもやっぱり黙って持って行くのは良くないと思います。…聞かれても困りますが」


貴女の下着を堪能したいので貸してください、洗って返しますから。そう言われて貸す女が居るかどうか


食べられて消滅するよりはマシと考えるべきだろうか…わからない…

392 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/05/18(土) 06:00:55.44 ID:ksNFMuDDO
 
 
漣「…前にも思ったけど、ずいぶん気楽にしているようですね…朝潮…」


暗い目で私を見詰めてくる漣さん。もう売り言葉に買い言葉にならないよう気を付けないと…


「前にも言いましたが…私はもう関わりたくても関われないんです。だからといって幽霊らしく暗くしていても仕方がないので…気に障ったなら謝ります」


漣「別に…怒ってる訳じゃ…。私の知ってるイメージとちょっと違うから…」


『まあこれが本来の朝ちゃんなんだよきっと。色々なしがらみから解き放たれた』


漣「しがらみ…」


今や私よりもむしろ幽霊らしい雰囲気で漣さんは何かを考え込んでいる。今の彼女が考える事はろくな事じゃない気がする


「何度でも言いますが…死んで楽になる事なんてありませんよ。一時の苦しみから逃れた先に待っているのは永遠の苦しみと後悔です」


『その苦しみからも逃れたいならもう成仏して生まれ変わるしかない。けどね、未練や執着、恨みがある魂はそう簡単には成仏すら出来ないよ』


漣「生きてても苦しい…死んでも苦しい…。じゃあこの世界って何なんですか…」


すがるような目を向け私達に問いかける。彼女は答えを求めている、進むか止まるか判断しかねている


『あたしにもそれはわからない。存在してしまった以上腹を括るしかない。だって最後の最後には自分を救えるのは自分しか居ないんだ。どれだけ手を引いてもらっても歩き出すのは自分なんだから』


漣「…」


漣さんはそれを聞いてまた何かを考え込んでいる。私達の言葉はどこまで届いているのだろうか…

393 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/05/18(土) 06:03:10.29 ID:ksNFMuDDO
 
 
ある日の鎮守府に突然早霜が現れた。朝霜に掛けた暗示を解きたいのだと必死に訴えかけている


「早霜って確か…どうしてここに…」


『ふむ、どうやら早霜が頼み込んで送ってもらったみたいだよ』


内容をぼやかして話す私とY子さん。もう既に知っているのか、まだなのか、どちらにせよなるべく避けようというのが私達の結論だ


Y子さんが私に教えてくれた話では整備士さんは呂500さんが傀儡化された事に勘づいたらしくこの鎮守府を警戒し始めたらしい


下手をすればもう協力を仰ぐ事は出来なくなるのかもしれない。それどころか敵視までされたらどうなるのだろう


鎮守府の皆やアケボノさん達に囲まれたまま朝霜を説得する早霜


しかしやはりこれまでの行いが悪すぎたのだ。受け入られる事はなかった。そしてアケボノさん達は早霜を捕まえ姿を消した


『…早霜はアケボノ達の仲間まで手にかけてる…あれはもう殺されるね』


「…えっ」


私は龍驤さんに抱き締められ泣きじゃくる朝霜さんの姿を見ながらその映像を切り替えた


そこが何処かはわからない。早霜はあの女幹部――菊月やアケボノさんリュウジョウさん、その他見た事が無い艦娘達に囲まれ、詰問されていた


彼女達が聞くのは自分達の司令官である深海提督の安否と居場所


しかし

394 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/05/18(土) 06:04:58.78 ID:ksNFMuDDO
 
 
整備士さんが自分達の安全の為に居場所に関する記憶を消していて…今同じ場所に居るらしい深海提督の居場所も当然記憶が無かった


それでも朝霜さんに会わせてほしいと懇願する早霜に菊月さんは手を触れ、そして――


菊月さんから錆びのようなものが早霜の身体に移り凄まじい速さで侵食していく


「あれが彼女の能力…?」


瞬く間に全身が錆びに覆われ顔半分まで錆びが登っていく。早霜は涙を一筋流し朝霜さんの名前を呼びながら、そして――


「っ!」


『朝ちゃん!?ちょっと待って!漣!朝ちゃん止めて!』


漣「え…え?」


私は部屋を飛び出し三途の川へと向かう。特に何か考えがあった訳でもなかったがとにかく我慢が出来なかった


私は別に早霜と知り合いでもなんでもないし思い入れなんて無い。司令官達にとって敵なら私にとっても敵だ


だけど


朝霜姉さん――


あの最期の姿を見て私はいても立っても居られなくなっていた


川沿いに辿り着いた私は辺りを見回す。相変わらず死者の魂は途切れる事が無い。そうしているうちに漣さんが私に追い付いてきた

395 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/05/18(土) 06:07:29.50 ID:ksNFMuDDO
 
 
漣「…いきなり飛び出してどうしたんですか?まさかあの早霜まで連れてくるつもりですか?そんな事が出来るくらいなら…」


そこで言葉を切る漣さん。言いたい事は判る。あの小さな深海棲艦の魂の事だろう


実際あれからちょくちょく見に行ったりもしているが彼女の魂は見付かる事はなかった。そもそも来ているかもわからないのだ


もし見付かれば彼女にとってこれ以上無い救いとなるだろうが…


その場合、現世に帰ろうとする意志すら完全に捨て去りここで永遠に過ごすと言い出す可能性は高いように思う


そうしていると突然辺りの空気が変わった


川を渡る死者の群が怯え始める。空から何かが聞こえる。何かが落ちてくる


ああああああああああああああああああああああああああああああ朝霜姉さあああああん嫌あああああああああああああああ!!!


無数の死者にまとわり憑かれた早霜が川へと落下していく


あああああゴボッあああああ嫌ごめんなさい朝霜姉さんごめんなさいあああああ嫌あああああゴボッ助け――


落下した水面からも更に死者の腕が伸び、早霜はあっという間に水底へと引きずり込まれてしまった


連れて来るとか、話すとか、そんな暇すらありはしなかった

396 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/05/18(土) 06:11:10.76 ID:ksNFMuDDO
 
 
『まったく…いきなり何をしようとするの…朝ちゃんは』


ゴンッ!!!


ようやく追い付いてきたY子さんが私にゲンコツを…お…


「お…おおおおお…!」


漣「うわ…下手したら死にますよあれ…」


「も…もう死んでますけどね…おおおおおお…」


うずくまりながらも突っ込んでしまうのは私の性格がそうさせるのだろうか


『早霜自身が言ってたでしょ、殺し過ぎたって。そんな魂に下手に近付いたら一緒に引きずり込まれるよ、助けようにも重くなり過ぎて引っ張り上げるのだって難しいのに』


「でも私は…ごめんなさい!」


再び拳を振り上げて見せたY子さんに反射的に謝る私


『やれやれ…あれは正しく自業自得だから同情の余地は無いのにさ…殺したのも自身の快楽の為だし』


「それはそうですけど…」


漣「生まれつきそうなら…それは誰の責任なんでしょうね…」


『それは…まあ、ね…』


彼女を、早霜をそういう風に生み出した世界が悪いのだろうか、止められなかった人間が悪いのだろうか


『そういうのもやっぱり自分を救う自分なんだよ。あんな事してろくな死に方しないと土壇場まで気付けなかった…。それに気付かせてあげられる人間が居なかったのが早霜の不幸かな…』
397 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/05/18(土) 06:12:41.74 ID:ksNFMuDDO
 
 
早霜の一件から朝霜さんはやっと安心して過ごせるようになったのかみるみる元気を取り戻していった


結局早霜が固執していた暗示とは何だったのか謎は残った


朝霜さんを助ける為に暗示を解く、では解かなければどうなるのか…何にせよ早霜はもう居ない。それを聞く事はもう出来ない


そしてつかの間の平穏が戻った鎮守府にアケボノさんが現れ整備士さんの居場所を聞いてきた


「ずいぶん急いでいる様子ですね、何か緊急事態でしょうか」


『あの子達の緊急といえばあの子達の提督の話しか無いよね』


司令官達は整備士さんの居場所を知らないと答えるとさっさと姿を消してしまう


「ちょっと気になりますが…整備士さんかあ…」


漣「…?」


下手に整備士さんの所を見て漣さんがあれを見たらどうなるか、それが解らない程私は鈍くはないつもりだ


『…大丈夫、今は居ないみたいだよ。というかアケボノ達は辿り着けそうにないみたいだね』


「そうなんですか…?」


映像を切り替えてみると、アケボノさん達は整備士さんの秘書艦である吹雪さんに追い払われようとしていた


「嘘…たった一人であの人数を完全に圧倒していますね…。アケボノさん達は決して弱くはないのに…」


むしろ私よりもよほど強い。チームワークでなら朝霜さんにも負けないと豪語していたらしい


それを一人で圧倒出来るあの吹雪さんはつまり朝霜さんよりも強いという事になるのだろうか

398 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/05/18(土) 06:14:43.38 ID:ksNFMuDDO
 
 
アケボノさん達は何でか早霜の名前を連呼していた。まさかあれで警戒心を解こうとしているのか


「えぇ…もうちょっと他に何かあるでしょうに…」


『予想外にあの吹雪が強くて完全に浮き足立っちゃってるねあれは』


結局更に警戒を強めた吹雪さんに押される形でアケボノさん達は退散せざるを得なかったようだ


その後整備士さんの潜伏場所らしき地点は爆破され完全に見失ってしまい消沈するアケボノさん達


『ふむ…どうやらあの鎮守府込みで警戒されちゃったみたいだよ。呂500の傀儡化の件のせいだね』


漣「そんな…あれだけ協力的だったのに今更…?傀儡なら潮だって居たじゃないですか」


『潮の場合はこちらから保護した形だけど呂500は送り込まれてきた、しかもそれを把握していてなおかつ処分もしない…。理由はどうあれ外から見たら疑われても仕方ないよこれは』


「これからは何かあっても彼等の協力は仰げませんね…下手をすれば敵対してしまう可能性も…」


問題はその事を司令官達はまだ把握していないという事だ。自分達の知らない間に敵視され、無警戒に接近し、味方だと思っている相手に問答無用で攻撃を受ける


あの吹雪さんの攻撃力をまともに食らったら無事では済まないだろう

399 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/05/18(土) 06:16:02.73 ID:ksNFMuDDO
 
 
そうしている間にY子さんが何かに反応した


『使ったか…来るよ』


「え…?」


私が聞き返そうとするとモニターから轟音が響く。爆破されいまだ燃えている基地施設に突然光が降り注いだのだ


「うっ…!」


漣「く…!」


遥か彼方から巨大な光の帯が基地のあった島に突き刺さり飲み込んでいく。その眩しさから目を閉じる私達


少しして再び映像を見ると基地のあった場所には何も残ってはいなかった。それどころか島の形も少し変わってしまっているように思える


「これは…いったい…」


何処からかの砲撃があったのは確実だろう。そしてこの威力…思い当たるものはひとつしか無かった


『そう、あれが使われた。アケボノ達が焦る訳だね、でも結果的には脱出させられたから結果オーライなのかな』


「アケボノさん達は…」


『察知していち早く帰っていったよ』


「そうですか…よかった…。それにしても結構頻繁に使いますね…」


『今の大本営の最大の武器はあれだけだからね。使うしかないといったところかな』


あんなのをポンポン使って大丈夫なのだろうか。一発撃つだけでも鎮守府なら資源が吹き飛びそうだ
400 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/05/18(土) 06:20:28.31 ID:ksNFMuDDO
 
 
所変わって映像は大本営の茶室。菊月さんがあれの情報を集める為に大本営に戻ったところ信濃さんと出会い


そしてどういう訳か組織の大和がそこに現れた


「菊月さんと信濃さんは解りますがこうまで堂々と大本営に現れるなんてどういう神経をしてるんでしょう…」


『例え見咎められても自分なら問題無いと思ってるんじゃないかな』


実際あの大和を止められる戦力は大本営にも多くはないのだろう。仮に戦闘になったらどれだけの犠牲が出るのか想像もつかない


その大和は今回は話し合いに来たと言ってお茶なんて立てているが信濃さんは警戒して手を付けようとはしなかった


「戦争を続けて均衡を保ち、武器を売りそれが平和と…。確かに戦争が終われば私達艦娘は必要無くなって数は減らされるでしょうが…」


『どうかな…深海棲艦との争いの次はまた別の争いに移行するだけだと思うよ。その際貴重な戦力である艦娘は今以上に必要とされる』


「そうなったら艦娘の敵は人間と、そして同じ艦娘になりますね…」


『大本営にはあれがあるけどそれだけじゃやっぱり足りない。どうしたって兵隊は必要になるからね』


そうして武器を売って国が潤ってもその武器が向けられるのが誰になるのか、また沢山の人や艦娘が死んでいくのだ。平和などとはお世辞にも呼べない


話を聞いた信濃さんが激昂して大和に斬りかかる


「艦娘になったからなのか元々なのか…血の気が多いですね」

401 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/05/18(土) 06:23:54.55 ID:ksNFMuDDO
 
 
しかし前回とは違い大和はあっさりと信濃さんの槍を弾き飛ばしてしまう


『冷静さを欠いて勝てる相手じゃないよねぇ…』


信濃さんの肩を突き刺した大和がその目を覗き込んだ次の瞬間、信濃さんから大和への敵意が消えていく。目が虚ろだ


漣「これは…暗示…?」


「洗脳する能力ですかね…そこまで強いものではないようだけどあれだけの達人が使うとなると厄介ですね…」


傀儡を食べて能力を得たと話す大和、つまりそれは傀儡への能力付与が成功したという事なのか


「大量に居て、しかも一体一体がめちゃくちゃ強くてその上特殊能力持ちに…?」


『一発の破壊力の大本営か数で押す組織か…どちらが不利かな』


しかも信濃さんを洗脳し仲間に加えてしまった以上大本営はもう…?


抑止力というやつで大本営と組織がお互いに睨み合うだけになれば確かに均衡するのかもしれないが…


そして大和は信濃さんを連れて行ってしまう。菊月さんはさすがに手を出せず見送るしかないようだった


弾き飛ばされ落ちていたはずの槍は何故か何処にも見当たらなかった
402 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/05/18(土) 06:26:56.07 ID:ksNFMuDDO
ここまで
次以降はまだ未確定の部分もあって難しい
後追いみたいな形を取ったのは…
403 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/18(土) 14:21:53.23 ID:A+Lp12ql0

未来が難しいなら過去の話をしてもいいのよ?
404 : ◆Ym1fb/Qckk [saga]:2019/05/20(月) 08:36:48.78 ID:fAZCVd2CO



他の人と違っていいんだ。自分を信じ続けるといい。世の中いろいろあるけれど、俺だって何とかなった。

_元スウェーデン代表 ズラタン・イブラヒモヴィッチ


405 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 08:37:45.16 ID:fAZCVd2CO



「…………この辺でええやろ」

「あぁ、ここなら誰も気づかない」

「じゃ、棄てるわよ」


ポイッ

ザプン


ゴポポポポポポ……………









早霜「……………………ん……?」


406 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 08:39:42.15 ID:fAZCVd2CO

ピーッ!!


実況「さぁ試合開始です!今回はなんと艦娘がピッチに立ちます!」

解説「ものすごい経歴を持つ選手ですね。殺した人数がプロフィールの枠を超えてますよ。しかも趣味はなるべく苦しませて殺すこと……うーん、カンダタも真っ青な殺人快楽者ですねぇ」

実況「救われるはずのない魂に垂らされた蜘蛛の糸、彼女は登りきることができるのでしょうか!?活躍に注目したいところです!」


〔11:06〕


実況「ロスタイムは……結構長いですね。ほぼ半日です」

解説「分単位に直すと666分……うーん、彼女の素性を表すかのように不吉な数字だ」


407 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 08:41:01.67 ID:fAZCVd2CO


早霜「あれ……私、確か菊月に…………」


実況「早霜選手、やはり理解ができていないようです」

解説「死んだはずなのになんで?という顔をしてますね…………おや?何かおかしいですよ?」

実況「そうですか?いくらか身体に錆が目立つようですが、それ以外辺りには……んん!?いつもの審判がどこにもいません!!いったいどこに……?」


_海上

審判団「……………………」


実況「いました!早霜選手から遥か真上の海上です!なんと潜ることができない!!」

解説「泳げないのにどうしてこの試合を請けたのでしょうか。これは派遣した教会にも責任が及びそうですね」

実況「このままでは選手が動けず意図せぬ形でロスタイム放棄もありえます!いったいどうなってしまうのか……!?」




408 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 08:42:11.15 ID:fAZCVd2CO




ブクブクブクブク……


ザパァンッ


早霜「ぷはぁっ…………」


実況「おっと!早霜選手、自ら海上に出てきました!」

解説「状況と位置の把握のために出てきたようです。頭の回る選手で良かったですね」



早霜「……!敵……!!」ゴッ

主審「!」ピピピピピッ!!


実況「あぁーっと!審判を敵と認識してしまいました!誤解を解こうとしています!」

解説「副審がフラッグで守りの構えをしていますね。あんな棒切れでどうするというのでしょうか」


主審「……!」カード

早霜「……注意?みたいなものかしら?殺してはいけない……そんなところかしら」


実況「当然カードが提示されますが……ルールがいまいち伝わっていないようです」

解説「審判団への暴行が反則対象ですが、どうやら早霜選手、殺害そのものの禁止と解釈したようです」


409 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 08:43:40.89 ID:fAZCVd2CO


早霜「…………数字?」

主審「…………」コクッ

早霜「何かしら、これ…………私、たしかに死んだはず……」

主審「…………」トントン

早霜「時計?」

主審「……」シタユビサシ テアワセ

早霜「下に、両手……?」



解説「うーむ、どうやら時間が来たら地獄に落ちると伝えたいようですが……」

実況「いまいち意図が伝わっていないようです。ここでの時間は後々に響きそうです」



早霜「……そうだ、そんなことをしてる場合じゃない」

早霜「まだ終わってないなら、早く……早く姉さんの暗示を…………」

早霜「でも……ここはどこかしら…………」



実況「おっと、意図は伝わっていませんがどうやら動き始めるようです」

解説「どうやら彼女、生前に姉に仕掛けた暗示を解きたいようですね。まずはそこにたどり着けるでしょうか?」

410 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 08:44:58.22 ID:fAZCVd2CO


〔10:03〕


早霜「………………」スイーッ

審判団「…………」


実況「動き出してから1時間が経過しましたが、依然海の上を彷徨っています」

解説「自分がどこにいるのかさえ分かってないですからねぇ。しかも夜間で視界も悪い状況。せめて陸地にたどり着ければ良いのですが……」


早霜「…………」チラッ

審判団「…………?」

早霜「時間が減ってる……制限時間みたいなもの、なのよね?」

主審「…………」コクコク

早霜「ねぇ……私、確かに死んだのよね?」

主審「………………」コクッ

早霜「…………そう、やっぱりね」


実況「早霜選手、ここで死んだことを確認したようです」

解説「ほとんど動揺は見られませんね……いえ、ちょっと待ってください、早霜選手の手……?」


早霜「どこまでいっても先が見えないわね……」スイーッ


手「…………」ワキワキ……

ゴキッ、ボキッ…………


実況「これは……獲物を探すかのように、恐ろしい動き方をしている……!?」

解説「本人は無意識のようですが、本能が殺しを求めている……といったところでしょうか。手を出せば退場もありえる状況、かなり難しいゲームになりそうですね……」


早霜「でも、このままだとラチが明かないわ……探照灯でもあれば、周りだけでも見えるのだけど……どうすれば……」





「おい!おまえ!!」

411 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 08:46:38.26 ID:fAZCVd2CO


早霜「!!その声……!」

伊400「やっぱり逃げやがったんだなこの野郎!」


実況「おっと!これは潜水艦の伊400さんでしょうか!?ようやく審判団以外の人間に出会うことができました!」

解説「どうやら知り合いのようです。いやぁ、ここまで長かったですね」


伊400「だからお前は信用ならないと思ってたんだ!ボスのところには行かせねぇ!!」

早霜「ち、違うの……!私、さっきしん」


主審「!!」ピピーッ!!

早霜「!?」

主審「……!…………!!」


実況「あぁーっ!ここでついにやってしまいました!死んでいることを伝えてはいけません!」

解説「ようやく人に会うことができて安心してしまったのでしょうか。多くの選手が起こすミスですが、この気の抜けたところが危ないですねぇ」


412 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 08:49:57.72 ID:fAZCVd2CO



早霜「あっ…………言ってはいけないのね?」

伊400「あぁ?しん?」

早霜「し……し、信用されないのはよく分かってるわ…………」

伊400「はんっ、分かってるならいいんだ」

主審「………………」


実況「おや?カードを出しませんでした。これは辛うじてニュアンスは伝わっていない、ということでしょうか?」

解説「そのようですね。まぁ今回はジャッジに助けられたということで、焦らずに…………ちょっと待ってください?早霜選手の右手……」

実況「右手ですか?どうし……!?」


ナイフ「」キラッ……


実況「隠しナイフですか!?いつの間に……!?」

解説「伊400さんもまったく気づいていません……本人の意思さえあれば、ですね……」
413 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 08:50:59.11 ID:fAZCVd2CO


早霜「その、お願いがあるの!もう一度…………もう一度だけでいいから、あの鎮守府に連れていって!」

伊400「鎮守府ゥ?お前今日の昼に暗示解くからって連れていったじゃねぇか!」

早霜「そうなんだけど……その、暗示を解ききる前に追い出されてしまったの……!」

伊400「そんな馬鹿なことあるかよ!!さしずめ今度は朝霜を殺すかもう一度暗示かけるかのどっちかだろうな!」



実況「なかなか交渉がうまくいっていないようです」

解説「よっぽど生前の行いが悪かったようですね。そろそろ2時間に差し掛かるところですよ」

実況「どうやら鎮守府はかなり遠くにあるようですから、戻る時間を考えるとかなり厳しい展開を強いられています!」


414 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:00:58.32 ID:fAZCVd2CO


早霜「だから……!!」


ピピピピピッ!!


早霜「!?」

伊400「……!?てめぇ……やっぱり殺す気かよ……!」

早霜「殺す……?」

伊400「とぼけんじゃねぇ!そのナイフはなんだよ!!」

早霜「……!?」


実況「あぁっと!ここでついに手を出してしまいました!」

解説「主審の笛で辛うじてナイフが止まりましたね。しかし首寸前、身動きがとれません……!」


主審「………………」


実況「主審はすでにカードを出す準備をしています!」

解説「まだ手を出してないので反則は確定していませんが、さぁ早霜選手、抑えることができるでしょうか……?」


415 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:05:34.76 ID:fAZCVd2CO



早霜「………………………」

伊400「…………やれよ……やれるもんならな……!」



早霜(あぁ…………とうとう、出しちゃった)

早霜(これ以上殺す意味なんてないのに……早く、姉さんの暗示を解かないといけないのに…………)

早霜(もうだいぶ時間も経っている……早く説得しないと…………いや?)


早霜(ここでこれ以上足止めされるなら、いっそ…………)

早霜(でも……ここで殺したら鎮守府の位置が…………)

早霜(待って……?いっそ、この潜水艦だけじゃない)



早霜(さっきはやりそこねたけど、あのよく分からない奴らも………………)



実況「早霜選手、かなり葛藤しています!」

解説「ついに手が出てしまうのでしょうか……待ってください、これ審判団も狙ってませんか!?」

実況「審判団もですか!?そんなことしたら早霜選手どころかロスタイムまで消滅してしまいますよ!?」


早霜(殺す…………血の匂いを……あの叫び声を…………最後にもう一度だけ……!)

早霜(……違う!そんなことより、姉さんの暗示を…………でも……ふふ、うふふ…………!)


早霜「………………っ!」ギリギリ

伊400「………早霜ぉ…………!!」

416 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:06:52.17 ID:fAZCVd2CO


…………ポチャン


早霜「……………………お願いします」


バッ


伊400「!?」



実況「おっと!?ナイフを投げ捨て、土下座に出ました!!」

解説「止まった!……完全に殺す動きからのこれですからね、これには伊400さんも驚いています」



早霜「分かっているわ……私は数えきれない罪を犯してきた。信用しろなんて、できるわけないわね」

早霜「でも……私の最初の過ちを…………姉さんの暗示を解かないと……」

伊400「お前そればっかじゃねぇか!そんなことして許されるなんて思ってんじゃねぇだろうな!?」

早霜「赦しなんていらない!2度と姉さんに会えなくていい!すべて終わった後なら、どうなっても構わない!」

早霜「でも…………あの暗示を解かないと………………」





早霜「死んでも…………死にきれないのよぉ……!!」ポロポロ


417 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:09:18.74 ID:fAZCVd2CO



副審1「!!」カードダロ

副審2「……!!」チガウチガウ

第4審「…………」ハラハラ


実況「これはかなり際どい発言です!」

解説「死ぬことを示唆する発言ですからねぇ。審判団もかなり揉めているようです。さて、主審の判断は…………」


主審「………………」


実況「カードは……出ない!ここはカードは出ませんでした!」

解説「あくまでも表現のひとつとして解釈したのでしょうか。ここは主審に助けられましたね」


早霜「お願い……します…………ほんとうに、おねがい……!!」ポロポロ

伊400「な、なんだよコイツ………………」



418 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:10:07.25 ID:fAZCVd2CO


伊400「…………あぁもう!わかったよ!!今度こそ最後だからな!」

早霜「本当!?」ガバッ

伊400「ほんっとうに最後だからな!とりあえず身につけてる武器全部捨てろよ!!」

早霜「ありがとう……!本当にありがとう…………!!」ポロポロ

ポチャン

ポチャン

ポチャン

バラバラバラバラ!!

伊400「そ、そんなにかよ……気持ちわりぃな…………」


実況「やりました!必死の願いが通じたようです!」

解説「とんでもない数の武器を捨てた気がしますが……彼女の執念は本物ですね。この粘り強さを最後まで持続できるでしょうか?」

419 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:11:08.38 ID:fAZCVd2CO



_足りないもの鎮守府


〔6:16〕


伊400「ほらよっ!着いたぞ」

早霜「本当に、ありがとう……!」

伊400「てめぇに感謝される筋合いなんかねぇよっ!2度とその顔見せんじゃねぇぞ!!」


ポチャン


実況「説得から3時間近くかかってしまいましたが、ようやく目的地に到着しました」

解説「ここまではあくまでも準備に過ぎませんからね。早霜選手、ここからが本番ですよ」


早霜「…………さて」


スタスタ


実況「おぉっと!?なんと正面から入ろうというのでしょうか!?」

解説「すでに日付を跨いでいるとはいえ、警備をしている憲兵もいるはずです。何か策があるのでしょうか?」



420 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:12:03.14 ID:fAZCVd2CO



憲兵「…………………」


ヒュッ


憲兵「……ん?」


シーン


憲兵「………………気のせいか」






早霜「……………………」スタスタ……



421 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:13:33.25 ID:fAZCVd2CO



由良「……………………」ミマワリチュウ


コトン


由良「!!」バッ


シーン


由良「…………………」




由良「……………………」スタスタ……




早霜「…………」スッ



実況「これは驚きました…………ここまで誰にも気づかれずに目的地に向かっています」

解説「彼女、先日失った能力を無しにしても、非常に高い身体能力を備えていたようですね。素晴らしいスニーキングスキルですよ」

実況「しかし、毎回すんでのところまで手が出かかっているのは大丈夫なのでしょうか?」

解説「うーん、いちおう殺傷行為については明確なダメージを与えない限りは反則でない、という解釈もできますが……先ほどのジャッジといい、今日はかなり甘めの判定が目立つ気がしますねぇ」



審判団「………………」スタスタ


由良「……………!」


ヒュッ


ブスッ!


審判団「!?」

由良「何者」

審判団「」マッサオ



実況「し、審判団の気配を感じ取ったぁ!?」

解説「これプロフィールですか?…………ほほう、忍者の末裔の元で鍛えられたらしいですよ……え?これ本当に彼女なんですか?容姿がまったく違うようですが……」

422 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:15:01.85 ID:fAZCVd2CO



実況「いったん早霜選手に戻りましょう……朝霜が眠る寝室に到着したようですが…………?」


ガチャリ


実況「やはり鍵がかかっているようですね」

解説「当然警戒しているようですね。しかも今日は朝霜以外に2人もいるようですよ。何かの拍子に起きてしまう可能性はとても高いですね」


早霜「……………………」スッ


カチャカチャ…………


実況「おっとかなりアナログだー!ハリガネで鍵をこじ開けようとしています!」

解説「意外と手つきは悪くないですよ。しかし開けるまではいかないみたいですね…………ん?」


ガチャッ


早霜「!!!!」


423 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:15:57.09 ID:fAZCVd2CO


ギィィィィ……


ズリ…………ズリ…………


龍驤「うぅん……トイレトイレ……」



実況「彼女は……軽空母の龍驤さんですね。片腕、片脚がない艦娘です。普段は義肢を付けているはずですが……」

解説「どうやら寝ぼけてそのままお手洗いに行ってしまったようですね…………早霜選手はどうでしょう?」



早霜「…………」ペター



実況「なんと天井に貼り付いています!これはファインプレイ!」

解説「いやぁ、彼女の能力には驚かされるばかりですね。これで部屋にも入れそうです」
424 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:19:01.72 ID:fAZCVd2CO


_寝室


提督「zzz…………」

朝霜「すぅ…………すぅ……」


早霜「……………………」


実況「ついに……ついに早霜選手、朝霜さんのもとにたどり着きました……!」

解説「龍驤さんが戻ってくるまであまり時間がありません。戻る時間もありますし、早めに暗示を解きたいですね」


早霜「………………姉さん……そのまま聴いてね……何も考えなくていいのよ……そのまま、力を抜いたままで……」ブツブツ

朝霜「すぅ……すぅ……」

早霜「〜〜〜〜〜〜」ブツブツ


実況「暗示の解除が始まったようです」

解説「いい感じに集中できてますね……そのままゴールまで行けるでしょうか」



早霜「……いまから数を数えるわね……0になると姉さんは催眠状態になるわ…………大丈夫、とっても気持ちいいわよ…………10…………9…………ほら、だんだん身体が重くなる……」ブツブツ


実況「これは……暗示をかけている?」

解説「解除するためにいったん催眠状態に持ち込むようですね。本人の意思を操作しやすい状態のほうが逆に暗示を解きやすいようです」

425 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:21:57.55 ID:fAZCVd2CO



……ズリ…………ズリ……


実況「おおっと!?ここで龍驤さんが戻ってきてしまったぁ!!」

解説「早霜選手、気づいた上で催眠を続行していますね!集中していますが、焦りが見えているところが気になります……!」

実況「さぁ早霜選手、催眠は間に合うのか……?」


早霜「〜〜6〜〜〜〜5〜〜………4…!」イライラ


解説「目に見えて焦ってきてますね。このままでは……!」


朝霜「…………うぅん……なんだ」ムニャムニャ




朝霜「よ……………………」パチクリ

早霜「……2…………1………………!」







朝霜「…………………ひ、ひ」

早霜「…………ゼロっ!」パチン

426 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:23:18.01 ID:fAZCVd2CO



ギィィィィ……



龍驤「はひぃ……久しぶりやなぁ、寝ぼけて義肢無しでトイレすましたんは……」

龍驤「ごめんなぁ、朝霜……寝とるか?」サスサス

朝霜「………………」トローン

龍驤「……ゆっくり寝れとるみたいやね……ほな、おやすみ……」zzz



早霜「…………………」ホッ



実況「早霜選手、ドアの裏に隠れて上手くやり過ごしました!」

解説「しかも朝霜さんへの催眠もしっかりかけています。あの状況でしっかり結果を出せるのは素晴らしいですね」

427 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:24:15.44 ID:fAZCVd2CO



実況「ところで、審判団の姿が見えませんが、どこにいるのでしょうか?」

解説「先ほど由良さんに見つかり退避したところまでは確認したのですが……」



_鎮守府外



主審「……………………」

副審1「………………」イカナイノ?

副審2「……………………」コロサレタクナイ

第4審「…………」オロオロ



実況「あぁーっと!審判団、仕事を放棄しています!」

解説「由良さんというリスクを懸念した判断かとは思いますが……副審たちはむしろこの状況に困惑していますね」

実況「主審はおそらく早霜選手がいるあたりを見つめていますが……これは仕事していると言えるのでしょうか……?」


428 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:26:03.66 ID:fAZCVd2CO



〔5:32〕



早霜「さぁ、最後よ…………姉さんはここで起きたことは、朝になると何も覚えていない…………」ブツブツ


実況「早霜選手、順調に暗示を解いています」

解説「これなら時間内に元の場所にも戻れそうですね。危ないところもありましたが、ここまで素晴らしいプレーを見せています」


早霜「……ほら、身体がすぅっと、浮かんでくる……」

早霜「すべてを忘れて……ここは、いつもの布団の中…………」






早霜「…………さよなら、姉さん」


パチンッ

429 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:28:06.98 ID:fAZCVd2CO


実況「早霜選手、見事やり遂げました……!」

解説「えぇ、ここまで荒いプレーも目立ちましたが、いままでの選手の中でも最高のパフォーマンスを魅せてくれたと思いますよ。彼女はとても強い心を…………」




早霜「…………………………」




解説「……ちょっと待ってください?早霜選手、何やら様子がおかしいですよ?」

解説「おっと?……審判団も心配そうに彼女を見ていますね……」


早霜「…………分かってるのよ」
430 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:29:17.64 ID:fAZCVd2CO

早霜「こんなことしても、許されるわけじゃない。褒められるわけじゃない。救われるわけじゃない……それでも、やらなくちゃ、いけないこと、くらい」




早霜「でも…………でもぉ………………!!」




早霜「もっと姉さんと話したかった!姉さんに、いろんな人に、許してほしかった!」



早霜「この力だって、もっといろんなことに活かしたかった!この心だって、もっと良い方向に治せるって信じたかった!」



早霜「姉さんに覚えていてほしかった!いろんなことをやり直したかった!」



431 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:30:09.88 ID:fAZCVd2CO


早霜「許されたい……!」



早霜「やり直したい……!」



早霜「忘れられたく、ない……!!」







早霜「死にたくない…………死にたくないよぉ…………!!」ポロポロ








実況「……まったく予想外の展開になってしまいました。早霜選手、ここに来て泣き崩れてしまうとは……」

解説「多くの選手がそうであったように、こうなる気はしていましたけどね……あの早霜選手さえも、死ぬことへの恐怖からは逃れられなかったということですね」

432 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:32:57.97 ID:fAZCVd2CO



〔2:27〕



_海岸



ザザーン……ザザーン……



早霜「……………………」



実況「どうにか海岸まで出てきましたが……早霜選手、まったく動きません」



副審1「…………!!」レッドレッド

副審2「……!…………!!」マダワカラナイ

第4審「………………」ソワソワ


主審「……………………」




解説「副審たちはまたヒートアップしていますが……主審が怖いくらいに沈黙を守っています」
433 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:34:21.26 ID:fAZCVd2CO


早霜「…………ねぇ」

主審「…………」

早霜「さっきのカード、出さないの?」

主審「……………………」

早霜「分かってるでしょ?私……」





早霜「もう、元の場所に戻るつもりはないのよ?」





実況「!?なんと早霜選手、みずからロスタイムを放棄するということでしょうか!?」

解説「ここでカードが出ると輪廻から外れてしまうのですが……いや、まさか……それが狙いだというのでしょうか!?」



早霜「それが何なのかはよく分からないけど……さしずめ、地獄に落ちるとか、生まれ変われないとか、そんな感じのものなのでしょう?」

主審「………………」

早霜「それ、あいにくとっても好都合なのよ」

早霜「私みたいなキチガイは、もうここに戻ってこない方がいいの……だから、早く終わらせてちょうだい……」



主審「……………………」スッ





実況「主審がカードに手をかけました……!早霜選手、とうとう望み通りの退場処分となってしまうのか……!?」


434 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:35:45.68 ID:fAZCVd2CO





ベキッ!


早霜「……………はぁ!?」

主審「……………………」



実況「なんと!?主審自らカードをへし折ってしまいました!!」

解説「本来ならカードを出すべき……いやそれ以前に、こんな暴挙に出た審判は初めてですよ……!」



早霜「どうして……!?私のこと、分かってるでしょ!?私は……生き物をなぶり殺して快感を得る狂人なのよ!」

早霜「こんな奴を生まれ変わらせたって、また誰かを苦しめるだけなのよ!?」

主審「………………………」フリフリ

早霜「違う……何が違うの?私が殺人者であることは変わらない!私の本性なんだから私が一番よく分かってるの!」

早霜「やり直しの機会なんて…………やり直しなんて………」





早霜「あなた…………私に、またやり直せばいいって言うの?」



主審「……………………」ピッ!


435 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:37:30.11 ID:fAZCVd2CO


ピュッ

ポンッ

ブロロロロロ…………


早霜「零式艦戦……これで戻れ、ということ?」

主審「………………」



早霜「それは、仕事だから?あるいは、情けかしら?それとも…………」

主審「……………………」



早霜「…………あなた、どこかで会ったこと、あったかしら?」

主審「……………………」

早霜「…………ふふっ、本当に喋らないのね」

主審「……!」ピッ!

早霜「急いで?はいはい、分かったわよ……」



チャポン

スイーッ……




実況「早霜選手、主審の案内に従い、キックオフ地点へ戻ります……!」

解説「今日のジャッジ、不思議なところがありますね。早霜選手が殺しに手を出すかどうか、それだけを注視していたかのような…………」






解説「…………そういえば、女性の主審なんて、協会にいたかな……?」


436 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:38:48.36 ID:fAZCVd2CO


〔0:02〕


_どこかの海上 キックオフ地点



早霜「はぁ……はぁ…………間に合っ、た……?」

主審「…………」フゥフゥ

早霜「そう……なんとか戻れたのね」



実況「早霜選手、時間内にキックオフ地点に戻りました!残り時間、2分です!」

解説「驚くべき航行速度ですね……いえ、早霜選手と審判団の意地なのでしょうか?」



早霜「…………本当にいいの?」

主審「………………」

早霜「まぁ、すぐに生まれ変わるとかは無いでしょうけど……この性癖、とんでもなく強いから、分からないわよ?」

主審「……………………」

早霜「……………………」

437 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:39:54.17 ID:fAZCVd2CO



早霜「まったく、貴女も意固地ね…………」

主審「………………」



早霜「……………………ありがとう」




実況「早霜選手、海上に横になりました……まもなく、試合が終了します」

解説「……おそらく、彼女はこれから気の遠くなるほど長い間、罪を償うことになるでしょうね」

解説「しかし、いつか…………ずっと先のいつか、贖罪が終わったとき……彼女は再び、この世界に生を受けることになるでしょう」

解説「その時、彼女がどのような人生を送るのか……いやぁ、我々も頑張らないといけないなぁ」ハハ





ビキッ!
438 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:41:11.32 ID:fAZCVd2CO


早霜(…………きた)




ビキビキビキッ!!



ゴポポポポポポ…………




早霜(身体が、沈む…………冷たい、海の底、に……………)




早霜(さよなら……姉、さん………………)




439 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:42:10.82 ID:fAZCVd2CO



………………へん、ね…………


あんなにつめたかった、うみなのに…………


いまは……とても、あたたかくかんじる…………




…………………………ひか、り…………?





あぁ………………



しらなかった……………………







おひさまって、こんなにもあたたかいもの、だったのね……………………








ゴポポポポポポ…………
440 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:42:52.20 ID:fAZCVd2CO




〔0:00〕


ピーッ

ピーッ

ビーーーーーーッ…………



441 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:43:44.81 ID:fAZCVd2CO




司令〜〜!構ってくれよ!



……随分と元気そうだな



あったり前だろ!もうあたいはアイツの事を考えなくても良いんだ!



これ以上の幸せがあるかよ!



442 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:44:28.85 ID:fAZCVd2CO



早霜「ロス:タイム:ライフ」


443 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/05/20(月) 09:46:03.07 ID:fAZCVd2CO
以上パラレルワールドでした
喋り方とか設定にガバがあったら脳内補完でお願いします
444 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/20(月) 11:16:38.36 ID:ca1XPkVyO
こういうのもありだね
445 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/20(月) 11:18:30.71 ID:O9toT2UBo
乙!
や り や が っ た な
懐かしいなロス・タイム・ライフ
解釈を此方に委ねるの元ネタの雰囲気が再現されてて好きだ

ところで頭髪の薄い中年男はどこで登場していましたか…?
446 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/20(月) 15:15:29.27 ID:sPsnr1N4O
面白かった乙

ロスタイムが朝潮にあったら何をしてただろ?
447 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/06/02(日) 00:13:46.26 ID:+VdBHynDO
>>401から
 
 
「初期艦持ちの提督の会合ですか…」


私は朝潮、今日も今日とて鎮守府の様子を覗き見る毎日


始めの頃こそ罪悪感もあったが今となっては当たり前に見るようになってしまった、何せ他に見るものと言えば窓から見える三途の川と死者の群くらいなのだ


漣「あー…ついに行く事になったかあ…」


「漣さんは知ってたんですか?」


漣「まあ…たまに届いてたんですが、ご主人様は行く必要は無いと私がシャットアウトしてたんだけど…誰にも言ってなかったから仕方無いか…」


何だか歯切れが悪い、大事な会合なら行った方がいいのではないだろうか


漣「見てたら解りますよ…」


相も変わらず暗い雰囲気を背負ったままの漣さんだったが一応話には付き合ってくれるのはありがたい


そうして見た目深海棲艦な漣さんの姿で中身は重巡棲姫さんというややこしい状態の彼女を連れて司令官は会合に向かう


訓練生時代の同期という艦娘達に囲まれて狼狽する重巡さん、色々と根掘り葉掘り聞かれている


漣「…ああいう事もあるから行きたくなかったのもありますね…。おい…何セフレって…もう少し上手い誤魔化し方があるでしょうが」


だいたい合っているのではないだろうかと思ったが口には出さない私。いつもいつも失言するとは限らないのだ、成長したのだ

448 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/06/02(日) 00:15:36.61 ID:+VdBHynDO
 
 
「ぷ…」


漣「…素直に笑ったらいいんじゃないですか」


会合が始まり真面目な話の後はどういう訳かお料理会が始まった。それぞれの初期艦が腕を振るう中、料理など出来ない重巡さんに代わり司令官が手作りのお菓子を振る舞っている


そういえば司令官の作ったお菓子は美味しかったなあ…もう食べられないのは今更に惜しい気持ちになってしまう


それはともかく私達の鎮守府の司令官は顔が怖い、その為誤解されやすく、常に風評被害が付いて回っている


そんな司令官が手作りのお菓子をどんな用途に使っているかここでまた新しい風評被害が生まれてしまったようだった


「絶倫誘拐犯…くっ…ふ」


漣「…どこまでこの二つ名が伸びていくのか見ものではありますね」


落ち込む司令官が哀愁を誘っているがまたそれが何だか…ごめんなさい司令官、朝潮は悪い子です


ぷるぷるしながら笑いを堪える私なのだった


そしてその後、どうして漣さんがこの会合の事を司令官に伝えてこなかったのか私は知った。結局はこれも権力者の道楽のようなものなのだと

449 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/06/02(日) 00:16:51.24 ID:+VdBHynDO
 
 
「すわっ…ぴんぐ?」


聞き慣れない単語が出てきた。どうやらクジを引いて何かゲームでもするのだろうか


漣「…大本営に居た頃、そういう集まりがあるらしいと聞いてから警戒はしてた…」


「はあ…」


漣「私があの鎮守府に帰ってしばらくは招待なんて来なかった…。だけどご主人様がそれなりに実績を積んでいくといつの間にか来るようになった」


「…すわっぴんぐって何ですか?」


漣「…簡単に言えば自分の彼女を誰かの彼女と入れ替えてエッチする事です」


「え…ええええええ!?」


漣「噂で知っていた私にはすぐ判った。だからこれまでとある主催者の名前が入った招待状はいの一番にすぐ処分してきたんだけど…」


「…勝手に処分して大丈夫だったんですか?」


漣「非参加なら通知は必要無い形でしたから」


その主催者は司令官に敢えて何も言ってはいなかったがそういえば少し驚いたような顔をしていたような気がする

450 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/06/02(日) 00:18:17.92 ID:+VdBHynDO
 
 
「どうするんですかね…」


漣「…知らなかったと説明するか、腹を括るか」


「司令官が今更他の艦娘とそういう事をするとは思えませんが…」


漣「参加した以上強制という線もありますが…やっぱり知らなかったと説明して帰してもらうしか無いですかね」


しかしそう訴える暇も無く司令官がクジを引く番になってしまう


漣「駄目だあれ…ご主人様完全にテンパってる…早く説明すればいいのに。あ、引いた…」


不測の事態に司令官は弱い、そして周りに流されるままクジを引いてしまった


しかしここで奇跡が起こったのか、その番号は司令官の初期艦のものだった


「こういう事もあるんですね」


漣「…これで安心ですかね…。次はちゃんと非参加を貫くでしょうし」


そして司令官達はすぐに帰るのも怪しまれるとかで隣の部屋からの営みの声に挟まれたまま時間を潰している


そんな時、天井から会合の始めに会った艦娘の一人、吹雪が現れた。どうやらあのクジを操作して二人になるように仕向けたらしい、それはそうか、こんな偶然そうそう起きたりはしない


そして話は予想外の方向へ行く事になる

451 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/06/02(日) 00:19:50.77 ID:+VdBHynDO
 
 
「漣さんって組織の一員だったんですか…!?」


忍者の格好をした吹雪、忍者吹雪さんが言うには漣さんはかつて老幹部の下に居た、そしてその老幹部は例の組織の首魁…何か繋がりがあるのだと思っていたらしい


漣「…私自身その辺の記憶は無いんですが…記憶を消される前に送った書類にそういうような事が書いてあったようです」


「しかも暗殺依頼の対象にまでなってるなんて…何をしたんですか…」


漣「…あの頃の記憶は穴だらけで正直私にもよく解らない事が多いです…でも…」


「でも…?」


それ以上は漣さんは何も言わなかった。まるで心当たりがあるかのような…


そして鎮守府へと帰還した司令官達は話し合いを始める


そもそも暗殺依頼なんて普通の人は出来ない。権力者か裏の人間か…それに通じる何かを知っている事が必要になる


結局その相手も普通の一般人ではないという結論しか出なかった


手詰まりになった重巡棲姫さん達は漣さんの部屋で手紙や書類を調べ始める


そうして手紙を調べる由良さんが何かに気付いた

452 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/06/02(日) 00:21:35.16 ID:+VdBHynDO
 
 
手紙には暗号で漣さんへの依頼?指令で組織の技術を奪えと書いてあったらしい


「漣さん…貴女いったい何者なんですか…」


漣「そう言われても…」


そして更に別の手紙には今度は漣さん本人の字でなんと暗殺依頼が書かれていたのだという


そこからの話し合いは聞くに耐えないものだった


「…何ですかこれ、まだ疑惑の段階でよくもまあこれだけ好き勝手言えますね…」


かつて漣さんは司令官を取られた腹いせに鎮守府を組織に狙わせ、なおかつ龍驤さんの浮気相手までも暗殺依頼の標的にしていた…ちょっと飛躍しすぎではないだろうか


漣「…」


「漣さん…なんで否定しないんですか…?あの話は本当に…?」


漣「…解りません、今の私にはその記憶が無いみたいです。だけど…ふふっ…」


俯き加減の彼女が笑う


漣「あの頃の私ならもしかしたらそんな考えを持っていたとしてもおかしくないかもしれませんね…いえ、おかしくなっていたと言った方が正しいかな…?」


失念していた、愚かな事に


状況から考えれば今の彼女の精神状態はその頃より尚酷い状態になっているのだ。一連のやり取りを見せたのは失敗だったと激しく後悔した

453 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/06/02(日) 00:23:30.97 ID:+VdBHynDO
 
 
とはいえ漣さんは特に暴れだすという事も無く表面上は冷静なように見える


むしろそんな状態の方が遥かに恐ろしいのだが…


そして一人部屋に帰った重巡さんが漣さんを呼んでいる、直接話を聞こうというのだろう


「もう観るのは止めましょうか…」


漣「構いませんよ、まあ重巡に何を聞かれても答えられる事などありませんが…」


漣さんは映像を切り替える。正直人の精神世界の映像まで映し出せるこのテレビがいまだに理解出来ない


漣さんの精神世界には誰も居なかった。まあ当然だ、本人はここに居るのだから。漣さんも会うつもりは無いようだ


そうしていると富士さんが代わりに応対しているのが見えた。そして漣さんを必死に庇っている


その反応はつまりは…あの話が事実だと裏付けている事になるのか…


漣「…富士は…どうして」


「え?」


富士さんが必死に擁護するその姿を漣さんはじっと見つめている


漣「一度は私を見逃して…二度目は私の自殺を止めてこんな所に連れてきた…そして私なんかをあんなに必死になって庇ってる…意味が解らない」

454 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/06/02(日) 00:25:41.12 ID:+VdBHynDO
 
 
ああ…漣さんはまだ富士さんを誤解しているんだ。始まりの艦娘は歪んだ魂を集めている。その結果艦娘は死に至る。その部分だけを聞けば悪人のような印象を抱いてしまうだろう


「富士さんは…すごく優しい人なんです」


漣「え…?」


私はここに来てからの富士さんとのこれまでを話して聞かせる。私が自らの命を断ったのを自分のせいだと謝ったり、頭を撫でてくれたり、膝枕してくれたり、他にも色々


それに漣さんが眠っている間にもちょくちょく様子を見に来てずっと側に付いていたりもしたと話す


「富士さんはとにかく艦娘を救いたいと思っているだけなんです。それはもうがむしゃらに…考え無しに」


そのせいか計画はあまり進んでいないようで、Y子さんにも呆れられたりもしていた


富士さんがもっと非情で冷酷なら魂集めももっと早く終わっただろう。しかしそもそもそんなに冷たかったなら全ての艦娘を救おうなどとは考えずに自分の為だけに扉を開こうとするだろう


「救いたいからこそ切り捨てる事も出来ずに今も苦しんでいるんです。…ねぇ、誰かに似ている気がしません?」


漣「それは…」


漣さんも思い至ったようでいつの間にか一人になっていた富士さんを見つめる


その視線に気付いた富士さんはまたあの申し訳無さそうな目をこちらに向けた後姿を消してしまった


「いつも富士さんの言葉は誰にも届かず否定されてばかり…あんなにも頑張っているのに…」


漣「…」


漣さんは富士さんの居た場所をしばらく何も言わずにただ見つめ続けていた
455 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/06/02(日) 00:28:32.81 ID:+VdBHynDO
短いですがひとまずここまで
間を空けすぎるとかえってどんどん書けなくなりますね…何処まで追いかけ続けられるか…
456 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/02(日) 01:19:50.67 ID:vldveJuqo
おつでした
朝潮ちゃんそういう知識はないよね…
まず書けるのがすごいのだ
これからもこっちも楽しみにしてます
457 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/06/06(木) 18:39:27.06 ID:uq4PX6yDO
>>454から
 
 
はいどうも朝潮です、現在鎮守府にはママ旋風が吹き荒れています


雲龍さんが本格的にママ活を始めて癒しを提供、何故か母乳まで出るようになって更に何故かキラ付け効果まで発揮されています。訳が解りません


そんな中霞ママにとうとう司令官が陥落しました


「…正直…こんな司令官は見たくなかったかも」


漣「すっかり骨抜きになっていますな…見てくださいあの表情」


割と厳つい顔の司令官の表情は今や弛みきっていて完全に無防備な子供のようになっていた


「大の男がこんな事になるなんて…」


漣「かなり溜め込んでいましたからね、ご主人様は…。でも聞いた話では珍しい事ではないようですよ。何でしたっけ…バブみでオギャるとか何とか」


公にはなっていないが他鎮守府や大本営でも似たような事はあるらしい、ストレス社会の歪みなのだろうか


「まあ…いつ沈むか解らない生活ですし…癒しは必要ですよね…」


ガチャ


そうしていると扉の開く音と共に富士さんがやって来た、このところ割と頻繁に来ているがもう目的というのは諦めたのだろうか

458 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/06/06(木) 18:41:02.68 ID:uq4PX6yDO
 
 
【…あら?あの子は居ないのね】


「Y子さんなら何だか野暮用があるとかで出てますよ」


【…珍しい事もあるものね、面倒臭がりのあの子が】


Y子さんはしばらく前に何やら荷物を持って出掛けて行った、その直後川の方でものすごい轟音が聞こえたが見に行った時には何も無かった


【またいつものように見ているのね…これは…】


霞に甘えている成人男性の姿を見て富士さんはちょっと引き気味なようだ



「…富士さん」


【なに?】


ちょっと考えて私は富士さんに向かって近付き


「ママー」


と言って飛び付いた



【うっえぇ!?】


富士さんは普段は絶対出さないすっとんきょうな声を上げて狼狽えている、ちょっと面白い


漣「ママー」


そんな私を見て漣さんまで同じように富士さんに飛び付く、病み気味とはいえそういうノリの良さは変わらないようだ


【あの?え?…貴女達?】


狼狽えつつも私達の頭を撫でてくれているのは無意識なのだろうか、若干顔が赤くなっている

459 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/06/06(木) 18:42:36.55 ID:uq4PX6yDO
 
 
「…」


漣「…なんだか」


「ええ…そうですね」


【?】


漣「富士さんのはママみとは違いますね」


「どちらかと言えばお母様、母上、そんな感じですかね」


【どう違うのよそれは…】


呆れた様子で富士さん。上手く説明は出来ないが霞とかとはまた違うように思う


漣「おっぱいを吸ったり母乳を飲ませてもらったり、赤ちゃんになった気分で甘えるのがママみです」


【説明しなくていいわよ…】


「富士さんの場合はそういう原始的なものよりは何というか…精神面の包容力というか」


【訳が解らないわよ…】


富士さんは疲れたように弱々しく突っ込みを入れてくれる、割と律儀だ。しかしその間も私達の頭を撫で続けてくれている


私としては霞や雲龍さんにああやって甘えるよりこちらの方が好きだ。気持ちが安らいで思わず成仏してしまいそう

460 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/06/06(木) 18:44:32.37 ID:uq4PX6yDO
 
 
そんな霞と司令官を見た榛名さんが余計な気を回したのか鎮守府から出て行ったりしたが霞の執念が勝ったのか割と早くに見付けられ連れ戻されたりしていた


「何だか独り言で怖い事言っていましたが…もし榛名さんが見付からなかったら危なかった…?」


漣「霞ならやりかねないというね…鎮守府の平和は榛名さんに掛かっているのかもしれません」


「また榛名さんが何かやらかしてもしも霞自身が病んだりしたら…」


話に聞く鎮守府の悲劇の数段恐ろしい事態が訪れ全滅…そんな情景が浮かびそうになり慌てて振り払う私





それから司令官と霞がお風呂で話している。龍驤さんや榛名さんは湯船でダウンしている


「司令官と龍驤さんと朝霜さんでずいぶん激しくしていたようですね…親子という認識がありながら」


漣「まあ本当に血が繋がっていたとしたらさすがにそこまではしないと思いますが…たぶん」


自信無さげに漣さんが言う。実際その辺りの倫理観からは少しばかりずれている鎮守府なので仕方無いのか


そうして話していると霞の口から私の名前が出てドキリとした。肉体なんてもう無いのでこれは心の心臓だ


≪朝潮の事も吹っ切れて良かったわね≫


そうか…


「ようやく…司令官は…やっと…」


漣「朝潮…」


泣きはしない、むしろ嬉しく思う。ほんのちょっとだけ…僅かな寂しさも感じるけれど


もう司令官が私の使っていた部屋で独り、泣きながら私に謝る事は無くなるのだ


【…故人の事を話す時は哀しみだけでは駄目なのよ、むしろ思い出と共に笑って話せるようになって始めて前に進める】


「そう…ですね、私もそっちの方が嬉しいです」


漣「…」


漣さんが黙ってまた何かを考えている。彼女にとってはまだ笑って話せるような段階ではないのだろう…漣さんの時間はあの時点からまだ止まったままなのだ

461 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/06/06(木) 18:47:14.14 ID:uq4PX6yDO
 
 
ふと、外から何かが聞こえてきた、だんだん近付いて来ている


―ピッピッピッ

ピッピッピッ

ピッピッピッピッピッピッピッ―


漣「笛の音?…何で三三七拍子…」


ピリリリリ〜


ガチャ


『たっだいま〜。皆お揃いだねぇ〜』


Y子さんがホイッスルをくわえたまま妙にご機嫌で帰って来た


「おかえりなさい、ずいぶん遅かったですね」


【…何をしてたのかしらこの子は】


『んー?まあボランティア?』


【嘘でしょ…あんなに無関係を貫いていたくせに】


『お姉ちゃんはあたしを何だと思っているのかなぁ〜』


【ひぃっ…!】


Y子さんが手をデコピンの形にして富士さんに向けるとトラウマを刺激されたのか怯え出す。Y子さんのデコピンは痛いなんてものじゃないのだ。その手の形を見た私までちょっと震えてしまう


『まあ…たまにはね〜。気まぐれだよ気まぐれ。疲れたからちょっと寝るね〜』


ピッピッピー


Y子さんは笛を吹きながら部屋へと引っ込んでしまった。その彼女が立っていた場所に何かが落ちている


「何でしょうこれ…二つに割れたカード?」


【相変わらずあの子は解らないわね…】


困惑する私達。しかしY子さんの様子はまるで一仕事終えたかのような達成感に溢れていたように私には思えたのだった

462 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/06/06(木) 18:50:02.34 ID:uq4PX6yDO

 
 
とある日、鎮守府にお客が訪ねて来ていた


「あれ、誰でしたっけ?駆逐艦綾波というと特務艦の?でもあの槍は…」


漣「そっちの綾波は再起不能で解体されたらしいですが…あいつはまた別の綾波ですな…そして」


くっくっく…と不気味な笑い声を上げる漣さん


漣「あいつのおかげで私にはアレが生えたんですよ…そのせいでどれだけ酷い目に遭ったか…」


「ああ…」


そういえばそれを見付かり深海棲艦に弄ばれたり白露型痴女集団に弄ばれたり、とにかく弄ばれたりしていたんだった


漣「まあ…それがあったからあの子に出会えたのは感謝しますが…他はだいたい恨みですねぇ…」


そしてまた不気味に笑う、今あの場に漣さん居なくて良かったですね綾波さん


「それにしてもあの槍は確か信濃さんの…何処かで拾ったんでしょうか」


そうしている間に応対していた由良さんが槍を奪おうとすると槍が勝手に動き由良さんを撃退してしまった


「あの由良さんが一撃で…やっぱりあの槍はただの槍じゃないんですね…」


漣「いきなり奪おうとする由良さんもどうかと思いますけどね」


駆け付けてきた黒潮さんに由良さんを押し付けて綾波は鎮守府から逃げ出して行った。あれ、絶対誤解されたと思う


その後レ級さんに捕捉された綾波さんは重力砲で脅されあっさり気絶、槍はまるで何かを見付けたかのように何処かへ飛んで行ってしまった


「飛べるなら最初から綾波さんに持たれる必要は無かったのでは…」


漣「意志がある武器らしいですから何かしら考えがあったんじゃないですか?」

463 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/06/06(木) 18:52:50.84 ID:uq4PX6yDO
 
 
その後レ級さんは気絶した綾波さんを放置して大本営に潜入していた


「…ああして見るとまんま雷さんですね」


レ級さんは今は駆逐艦の制服を着ている。おそらく雷さんから借りたものだろう。肌の色も白くないし尻尾も無いので誰も深海棲艦だとは思わないだろう


そこに現れたのは大和に洗脳され、連れ去られたはずの信濃さんだった。手にはあの槍が収まっている


「そうか、主を迎えに行っていたんですね」


漣「ちょっと待ってください、あれ…」


忽然とその洗脳を施した大和本人までが現れる。そこからは怒涛の展開だった


大和にあっさり変装を見破られたレ級さんは早々に退散し、再び信濃さんを洗脳しようと隙を見せた大和は目を貫かれる


「信濃さんの髪が…あれがあの槍の真の力…」


漣「ずっこい伸びてますね…あれだと目を合わせるのも大変そう」


傷を付けられた大和は逆上し、その様子が変わっていく。あの姿はもう艦娘どころか深海棲艦ですらない…まるで悪魔の姿だ


「あの刀の力に呑まれてしまった?」


あの大和が持つ刀もただの刀ではないらしい。いわゆる魔剣とか妖刀とかそういう類の物のようだ


騒ぎを聞き付けた大本営特務艦達を巻き込まない為に信濃さんは大和ごと外へ飛び出して行く


そこからはまさに人外の戦いだった
464 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/06/06(木) 19:07:19.16 ID:uq4PX6yDO
 
 
大和の頭を鷲掴みにし、外まで一気に跳躍、そのまま地面に投げ捨てる


獣のように四つん這いになり着地する大和にはもはや理性は無いように見える


持っていた刀は半ば腕と融合してしまっていた


魔と化した大和が咆哮を上げ信濃さんに襲い掛かる、その速さはいつか見た時とは比べ物にならない、私ではもう目で追う事すら不可能だ


しかし信濃さんはそれに反応し大和の攻撃を避けている、ように見えた。あんなに伸びた髪は邪魔にならないのだろうか


「もう何をやってるのかさえ判りませんね…」


漣「何とか茶視点というやつですな」


【信濃は最小の動きで攻撃を流しているわね、反撃はしていない。おそらく一撃で決めるつもりね】


それまで黙って映像を見ていた富士さんが口を開いた。今日もまた部屋でくつろいでいる。目的はどうしたのかと聞いてみると他の私が居るからいいのよとの事


「見えてるんですか…?あれが…?」


【まあ一応ね…見えはしても今の私では反応出来るかはまた別だけれど】


そういえばY子さんが前に言っていた、富士さんは決して弱くはないと、誰からも何だかぞんざいに扱われているが本気で怒らせたいとは思わないのだと


富士さんは傀儡以外の全ての艦娘の中に眠っている。つまりその数だけ自分を分割しているのだという


もし全ての自分をひとつに統合すれば富士さんは自分にも劣らない程の力を取り戻すのだとY子さんは言っていた


しかし同時に艦娘を見守り、救う事を目的としている富士さんはそれをしないだろうとも
465 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/06/06(木) 19:08:50.62 ID:uq4PX6yDO
 
 
大和の攻撃で巨大なクレーターがいくつも出来る中、信濃さんは下ろしていた槍をついに構える


【どうやら大和の動きを見切ったようね、次で決まるわ】


理性の無い怪物となった大和がこれまでとは比較にならない力を溜めている。こちらも決めるつもりなのだろう


そして――


二人の姿が画面から消えた…と思った次の瞬間


ヒュ――ズドン!!!


「う…わっ…」


凄まじい衝撃で映像が乱れる、爆発のような余波が周囲を完膚無きまでに破壊していく


それが収まった後、二人は抱き合うかのように静止していた


大和の刀は信濃さんの顔を掠めるように突き出されていてその頬からは血が流れている


そして信濃さんの槍は大和の胸を貫き背中側に突き出ていた


漣「決着…ですかね」


「あの大和をかすり傷ひとつで倒すなんて…とんでもない強さですね…」


【いいえ、実際はかなりの紙一重だったわ。あの大和が冷静なままだったら立場は逆だったでしょう】


その槍の力なのか魔となった大和の身体が塵となって土に溶けていくのを信濃さんはじっと見続けている


後に残されたのは主を失い哀しげにも見える一振りの刀だけだった
466 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/06/06(木) 19:13:29.00 ID:uq4PX6yDO
ここまで
何となく拾ってしまいましたが作者さんの想定しているものと違っていたら申し訳ありません

富士さんはきっと常時影分身状態
467 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/06(木) 19:40:34.90 ID:2YRjuMYYo
ママー
ゴホン、乙です
富士さんの出自も本編で言及あるかな、ふと気になった
468 : ◆B54oURI0sg [sage]:2019/06/22(土) 17:01:33.56 ID:rEPY++zDO
>>465から
 
 
「島風が…死んだ…」


大和を欠き、建て直しを図る組織が時間稼ぎの為に複数の鎮守府を傀儡に襲わせて数日、司令官の鎮守府も襲撃され、激戦が繰り広げられた


由良さんを始め、高翌練度艦の必死の防衛戦の最中、整備士さんの吹雪が救援に駆け付け奇跡的に死者はゼロ、胸を撫で下ろしていた私は大きな衝撃を受けた


周辺を哨戒していた皐月や吹雪さんが見付けた時、島風は既に息絶えていたらしい、さみだれを庇って背中から攻撃を受けたのか、腹部には大きな穴が空いていた


致命傷を受けて尚、島風はさみだれを洞窟に隠し、そこで力尽きたらしい、さみだれは必死に傷口…冷たくなった島風の身体に空いた穴を押さえて助けを求めていた


「島風…っ!」


私は何とも言えない強い憤りを抑える事で精一杯だった、島風がどれだけ純粋で思いやりが深いかこれまで見てきて知っている


好きな人を取られても、恋敵の子供だとしても守ろうと、自分を犠牲にした


私があんな目にあったそもそもの元凶である島風…だけど…


「島風はいい子だった…いい子すぎて憎みたくても憎めなかった…島風は…」


【朝潮…】


富士さんが私を気遣うような視線を向けてくる


「島風が居なくなってしまったら…私や、私達は、何だったんでしょうか…何の為に…」


結局、その答えが返ってくる事は無かった

469 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/06/22(土) 17:03:37.58 ID:rEPY++zDO
 
 
それから一時的にさみだれを鎮守府で預かる事になり弥生ささんや叢雲さんが遊んであげている


島風は疲れて眠っているのだと思っているらしい、やはり死というものはよく解ってはいないようだ


「…島風の遺体はあの吹雪さんが運んでいきましたね、となると希望があるかも」


整備士さんというのは人を救う事を目的としているらしい、それこそ善人悪人関係無く、救える状態なら快楽殺人者だろうが殺し屋だろうが助けてきた


しかしそこに何らかの手を加えている事は確実で、端から見れば自分達の都合が良いように作り替えているとも取れる


ともかく、一度は救った島風をこのまま見捨てるとは考え難い


「そういえば五月雨達は無事でしょうか…」


そうだ…複数の鎮守府が傀儡の襲撃を受けた。島風鎮守府もその中に入っていて、おそらくその際に島風にさみだれを託して脱出させたのだろう


【散り散りにはなったようだけどどうやら全員無事なようよ】


中にはかなりの被害が出てしまった鎮守府もあるけれど…と富士さんは憂鬱そうに付け加えた


富士さんが言うには島風鎮守府の面々は全員整備士さんに保護されているのだという


【怪我人は居るけれど全員命に別状は無いわ】


「良かった…」


生前はあんなだったけど今となっては知った人間が死ぬなんていう報せは出来れば聞きたくない、後は島風が生き返れば…


最後の部分は口に出てしまっていたのか、それを聞いた富士さんが複雑な表情を浮かべていたのに私は気付かなかった

470 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/06/22(土) 17:06:36.42 ID:rEPY++zDO
 
 
それから少しして吹雪さんから連絡が入り、さみだれを送り届ける事になった


海を行くのに艦娘では戦闘の可能性があるという事で深海棲艦組で守りながら行くらしい


メンバーはレ級さん、見た目は駆逐水鬼の時雨さん、そして深海化している中身が重巡棲姫さんの漣さん


「…大丈夫でしょうか」


【そうね…】


言葉少なくやり取りをする私達。こちらの漣さんは今は奥の部屋に引っ込んで眠っている。ここに来てから漣さんは割と寝ている事が多い


今心配なのは重巡棲姫さんの方だった


何せ彼女達の関係を崩壊させた元凶が今向かっている先に居るのだ。何が起きても不思議ではない


しかし私は重巡棲姫さんをよく知らない。どんな性格でどんな思いを抱いているのか。だけど少なくとも彼女が漣さんを大切に思っている事だけは確かなのだろうと思う


そうして一行が整備士さんの隠れ家に辿り着き、親子の再会が果たされた


「何だか…ネチネチと責めてますねまた」


レ級さんや時雨さんが五月雨を責めている光景に私は思わずムッとする


「こういう悪い一体感みたいなの私、嫌いです。そもそも悪口言う権利があるのは当事者の私や他の被害者だけだと思います」


【まあ…貴女を失わせたという意味では被害者なのでしょうね…】


むう…そう言われては怒るに怒れない。私を想うが故にああして根に持っているのか…正直複雑だ

471 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/06/22(土) 17:08:41.14 ID:rEPY++zDO
 
 
そして――


「ああ…早速対面してしまいましたね…」


重巡棲姫さんがあのタシュケントと鉢合わせしていた


いきなり襲いかかるか…罵倒するか…私はハラハラしながら見守っていると


「まさかの気付かない…」


【あの子達が知るタシュケントとはまるで違っているものね…無理も無いと言えばそうね】


確かに以前見たタシュケントからは殺気を纏ったオーラみたいなものが感じられた


しかし今のタシュケントは…そう、言ってみれば小動物のようで、別人だと言われれば信じてしまいそうになる


「このまま気付かなければ何事も無く済みそうですね…」


と、胸を撫で下ろしかけた私の耳にその言葉が届いた


――この時を、待ってた――



472 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/06/22(土) 17:10:36.38 ID:rEPY++zDO
 
 
「――っ!?」


慌てて振り向くと奥の襖が開いていた。開いた音も聞こえなかった。そしてそこに漣さんが立っていた


「漣さん…!待ってたって、まさか…」


ゆらり、と漣さんが部屋へ入ってくる


漣「気付いてましたよ、あいつが生きている事には。以前見ていましたよね、その場面を」


見られていた…?あの一瞬を!?


漣「ほんの僅かな時間であろうと憎い仇の姿や声を逃したりはしませんよ」


「知っていて今まで黙っていたんですか…?」


漣「そうですね。チャンスを伺っていました。すぐにでもあいつを殺しに行きたかった。だけどいきなり戻った所で整備士さんの居場所を知らないし、聞いた所で簡単には教えてくれません」


だから待つ事にしたんですと、漣さんは無表情のまま言う


漣「重巡は私が戻る事を望んでいた。その方法を探していずれは整備士さんに接触する可能性は高いと思いました、だから精神世界に来た時もあえて無視をした」


「…」


漣「あの場に私が戻ればあいつを探す手間も省ける…ようやく…ようやく…!」


それまで無表情だった漣さんの顔が狂喜に歪んでいく、そこに――


【漣…】


ギクリと、はっきり判るくらいに漣さんの肩が揺れた。そして苦し気にその声の主、富士さんの方を見る

473 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/06/22(土) 17:12:37.52 ID:rEPY++zDO
 
 
【行ってしまうの…?私は…私達は貴女の役には立てなかったの…?】


漣「富士…さん…」


富士さんはまるで捨てられる子供のように…いや、我が子に置いていかれる母親のように漣さんに語りかける


ぎり…と漣さんの口から歯を食い縛る音が聞こえた。そして申し訳なさそうに


漣「ごめんなさい…私は…これからどうなるにしても、どうするにしても、あの子の仇を討てなければ前に一歩も進めない…!」


「漣さん…」


漣「朝潮にも感謝してる…私達を許してくれてありがとう…助けてあげられなくてごめんなさい…」


「そんなの…そんなの私は気にしてません!」


漣さんは苦しそうな笑顔を浮かべ、再び富士さんに向き直り


漣「ありがとう…富士さん…不孝な娘でごめんなさい…私は行きます」


【漣っ!】


思わず手を伸ばした富士さんの目の前で漣さんの姿は消えた


そして程なく、映像の中の漣さんがタシュケントに襲い掛かっていた。戻ったのだ、とうとう。憎しみを癒す事は出来ないままで


「…行ってしまいましたね…結局…私にはやっぱり何も出来ない…」

【私もよ…私も大概…何が始まりの艦娘なのかしらね…】


映像の中、漣さんが取り押さえられ絶叫するのを私達はへたり込みながら、ただ見ている事しか出来なかった

474 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/06/22(土) 17:15:03.45 ID:rEPY++zDO
 
 
戻るまでの計画を立てていた割にはあっさりと復讐を阻止されてしまった漣さんはただ絶叫する事しか出来ない


【…それは仕方ないのかもね…身体はあちらにあり、何かを用意する事は不可能…出来るのは可能な限り接近したタイミングで戻る事くらい…】


「もう…見てられません…整備士さんはどうして…タシュケントを助けたりなんて…」


【他意は無いのでしょう。ただ救う為に救う。多少の損得勘定はあるにしても。それがよりにもよって殺し屋だったのは彼等自身も予想外だったとは思うけれど】


タシュケントが死んだままなら、時間はかかるが漣さんが別の道を見出だすまで私達で支えていければと思っていた


しかし仇は生きていた、それを知ってしまった。もはや彼女の心はそれ一色に染まり、新しい何かなど入る余地は無くなってしまっていた


あの時、あの場面さえ見ていなければ…おそらくはそれは無意味だろう。いずれは知ってしまう事は避けられなかったように思う


そんな時、映像の中で整備士さんが驚くべき事を話し出した


生前の潜水新棲姫が自らの記憶をデータ化しておくように整備士さんに頼んでいたらしい。その上で死地へと向かい、そして殺された


「こうなる事は折り込み済みという事ですか…ほんとに頭良かったんですね潜水新棲姫は…」


しかし潜水新棲姫は自らを再現するに当たって条件を出していたらしい。それまでの自分とは無関係として扱うようにと


「どういう事なんでしょうか…」
475 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/06/22(土) 17:18:24.18 ID:rEPY++zDO
 
 
話を聞く限り、かつて彼女が犯した罪により、その為の罰だという


何にせよ潜水新棲姫が復活するなら漣さんにはそれを断る理由は無いようで――


数日後、潜水新棲姫は新たな身体を得て甦った


漣さんは約束を守りあくまで初対面として振る舞っている、潜水新棲姫も同様だ


しかし二人共に傍目から見ても苦しそうなのは一目瞭然だった


そんな時、私はまた飛び上がる程に驚く事になる


「ようやく戻ったか…やれやれ」


「え…?え…!?」


背後から聞こえた声に私が振り向くとそこに先程復活したはずの潜水新棲姫その人が居た、窓の外からこちらを見ている


【そう…やっぱりそうなのね…】


それを見た富士さんは特に驚く事も無く何やら納得したような雰囲気だった


「え…?だって貴女は…?え?」


潜水新棲姫「まあ落ち着け、簡単な話だ、つまり…」


そうして話を聞いた私は言い様の無い不安を感じずにはいられなくなるのだった
476 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/06/22(土) 17:22:48.46 ID:rEPY++zDO
ひとまず
また短くてすみません
キャラ紹介…
477 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/22(土) 17:45:58.13 ID:Lbch4/6Wo
おつ
魂は別の解釈か
478 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/04(木) 13:55:22.65 ID:jvxuqKino
魂っていうのは肉体と精神の両方が揃っている「状態」を言うのではと考えてみる
479 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/04(木) 18:33:33.76 ID:YTsWt7UeO
肉体と魂を結びつけるのが精神だとどこかで聞いた気がする
480 : ◆6yAIjHWMyQ [saga]:2019/07/07(日) 03:35:25.26 ID:ByD7gWb6O
>>193より
481 : ◆6yAIjHWMyQ [saga]:2019/07/07(日) 03:41:07.20 ID:ByD7gWb6O

 墨に浸かったかのようなK紫色を呈することで、己を実存よりも矮小に演じている木材は、闇に沈む継ぎ目の空間と曖昧な明るさを見せる白太を淡く包み込んで、不規則かつ複雑な模様を描いている。

 その模様に足先から沈み溶け込んでしまいそうになる幻想を、スリッパ越しに足裏へ伝わるフローリングの硬い感触がかき消す。

 この波状に起こる感覚の変化は、毎日の生活に刺激を与えることになって、居住者を飽きさせないのでしょうね。

 私の感覚と知識から判断すると、使われているのはその色味の美しさと耐衝撃性の大きさから料亭や旅館の床板、高級家具材にも用いられるウォルナットかしら。それともウッドデッキに採用される耐水性が大きいウリン?

 窓に面していないために微かな反射陽光しか取り込まれず、初春の午前十時にしては暗い。そんな幽々たる廊下を縦一列で歩く私と二人の提督。
 
 廊下の端へ等間隔に設置され消火器と文字の入った方錐形の行燈によって、歩行には支障のない程度の光量は確保されているけれど、夜になれば黒暗に迷うことになりそ、あっ、シーリングライト。心配して損しちゃったじゃない。

 でも、そうだったわ。私が心配する事なんて、大抵すでにあなたが手を回していたものね。

 第一艦隊の旗艦を任命された作戦の時にも感じ、秘書艦業務の時にはより肌身に感じたあなたの才幹。

 蝶を箸でつかむほど正確な立案及び判断の速度、そして交渉術。特に兵站維持を目的とした交渉の場では、相手やそれを取り巻く環境を考慮する多面的視点を駆使していたように思う。

 もし私があなたと同等のそれらを備えていたら、いらないと言わずに、艤装の不調の原因が分かるまでは秘書艦としてずっとおいてくれたのかしら。

 ふぅっ、と思わずため息をついてしまう。駄目ね、私。捨てられたこと、いまだに引きずっているみたい。

 かつて臍部に刻まれ、彫り師さんに消してもらった番号と記号のタトゥーが死腔になって壊疽が始まり、子宮を圧迫されるような生理痛とは違う鈍痛を生みだしている気さえする。

 生理痛といえば、理想郷への扉を開けに向かった時に念のためにと多く持っていった1相性のLEP(低用量エストロゲン―プロゲスチン)製剤が少なくなってきているから、後で処方してもらわないといけないわね。私の場合、連続服用が上手くいけば月経が3〜4ヶ月に1回になるもの。

 戦場では油断、慢心が己の命を喰らう。最前線なら尚更。体調不良を理由に出撃を代わってもらうことはできるが、緊要な作戦時にはそうはいかないこともある。

 敵はこちらの事情を汲んで攻撃の手を緩めてはくれない。むしろ好機だと狙い、襲ってくる。だからこういう自己管理は大切なことよ。

 ……持ってきたLEP製剤、ある意味密輸品よね。

 そうだ、受診を兼ねて先生の様子も見にいこうかしら。

 この世界だと初診になって既往歴が分からないからスクリーニングが必要になり、半年に1回は凝固検査を受けなければいけないから、その時に先生と偶々会っても仕方ないこと。

 なんて。牽強附会よね。あまりに脆く酷い理屈は笑えもせず、ただ己の知識の未熟さを表すだけだわ。


「ため息なんて、どうかしたの荒潮さん。何か悩み事でもあるのかい?」


 そんなことを考えていると、右足を軸に反時計回りで鋭く振り返りながら、彼女は烏山提督越しに尋ねてきた。

 左腕を伸ばした回転で袖が舞い、赤褐色の枯蔓模様がKの中で揺らめく。そのまま烏山提督に当たると思ったが、しかしその反転を分かっていたかのように、彼はすでに歩みを止めていた。


「雲林院、危ない。前みたいに足を滑らすぞ。」


「そうしたらまた抱きとめてくれるでしょ。これは信頼しているってことだから喜ぶべきだよ、烏山。それで?」


 半ば諦め、半ば心配といった感じの小言を、女は揺らめいた枯蔓みたいに適当に流しつつ、黒曜石の瞳を私に向けてくる。次いで烏山提督が反転する。ため息が聞かれちゃってたみたいね。

482 : ◆6yAIjHWMyQ [saga]:2019/07/07(日) 03:43:49.47 ID:ByD7gWb6O

 さて、一体どのようにかわそうかしら。

 実は、私は前の世界であなたに捨てられた艦娘で、この世界であなたにまた出会ってしまったせいで当時のことを思い出して気が滅入っちゃったから無意識にため息が出ちゃったのよ〜、なんておめでたい事は言えないものねぇ。

 体から寒さが消えていったのは、屋内に入って冷たい風に肌を触れられなくなったが故に。

 けれどこれだけでは暑熱の気に当てられたかのように段々と体が熱くなっていく理由として弱いわ。

 知恵を絞るために脳血流量を増やそうとして脳循環が加速しているからかしら。

 それとも彼女の何かを期待しているような、黒い太陽めいた眼差しが、私を焼き焦がそうとしているから……。

 訳もはっきりせず、耐えきれなくて逃げるように視線を下方へ逸らす。蜘蛛の巣柄の帯が目に入った。

 如月なら黒体輻射のせいよねと冗談を言うだろうか。

 そうしたらきっと私は、彼女の眼球が私の体を温かくする程の熱を獲得するまでに熱変性を起こして機能を失うわねぇと答えるだろう。

 そして如月は分子シャペロンを投入すれば良いんじゃないかしらと応じて、私は分子シャペロンの話から派生して蛋白質という日本語はオランダ語のeiwitから訳されて誕生したという説もあるのよねぇと返しながら、今日は何か卵料理を作ろうかしら〜と鼻歌交じりにステップを踏んで、この場を去れるのに。

 思考を幾分か横道に逸らしたおかげで、リストが作曲した内の一つ、『孤独の中の神の祝福』――私が精神の調整に使う一曲――を聴いているときのように、心が落ち着いてきた。

 すると熱気を感じることはなくなっていた。錯覚って厄介ね。

 視線を上げ、私を見込む瞳と対峙する。

 右。左。右。三歩前進しつつ、下から腕を組む姿勢を一瞬だけ取る。

 その勢いで右腕だけ肘から先を回して、手首を内側に曲げたまま肩の高さまでもってくる。人差し指をピンッと立て一拍置く。

 指先に二人の視線が集まったのを確認してから、一指を顎の横に添える。


「そんなに大層な事じゃないわぁ。ただすこ〜し気になることがあるのよねぇ。こ・れ。消火器なの?」


 視線の集う指を闇照らす行燈に向ける。彼女は行燈へ近づき持ち上げる。すると中には消火器があった。


「これはね、格納箱だよ。消防法で設置義務はどこの鎮守府や警備府等にもあるんだけれど、消火器のあの鮮烈な赤色を剥き出しにされるのは、この鎮守府には似つかわしくないからさ。苦心したよ。」


「そんな風になっているのねぇ。行燈にしか見えなかったから消火器って文字に疑問が出ちゃって。答えが浮かばなかったわぁ。」


 満足そうな笑みを浮かべながら女はうんうんと頷く。


「そっかそっか。うん。今日の会合は半プライベートなものだからね。気になることは臆することなくボクらに問いたまえ。ね、烏山。」


「では小生から一つ。今回の話し合いの場に曙君を引っ張ってくるのに何を使った?」


 烏山提督は鳶色の瞳を彼女に向けた。あなたが質問するの?


「図書券を使ったよ。烏山との会合で護衛をしてくれたら図書券とお食事券のどちらか好きな方をあげるって。そしたら即座に図書券欲しいって乗ってきた。何か欲しい本でもあったのかな?」


 ねぇ、もうひとつ聞いてもいいかしらと私は言う。女はひとつと言わずいくつでもと答えた。


「烏山提督から二人とも上層部の人間と聞いたのだけれど、具体的にはどこの地位にいるの?」


 女はゆっくりと首を傾げた。1秒経過。ふっと息を吹いたかと思うと袖で鼻から下を隠し、体を小刻みに震わせた。

 笑っているような泣いているような声が漏れて聞こえる。おかしい質問だったかと自分の言動を振り返るが、何も思い当たらない。


「はぁあっ、ははっ。いや、ごめんごめん。ちょっと面白くて。さて、希望通りに答えようか。烏山は人事のトップだよ。要望を取り入れながらこの人間はここ、この艦娘はここという感じに配置の計画を立てたり、提督採用試験の面接とかが仕事だね。」


 女神のような微笑が彼女の口角に浮かんだ。




「そしてボクはね。大本営のトップ、いわゆる元帥だよ。」



483 : ◆6yAIjHWMyQ [saga]:2019/07/07(日) 03:49:18.54 ID:ByD7gWb6O
一旦ここまで
間ではなくIF ずっと仕事が立て込んでて中々書けない
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