【艦これ】龍驤「たりないもの」外伝

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485 : ◆6yAIjHWMyQ [sage]:2019/07/07(日) 16:15:03.97 ID:5gdd/6kiO
>>484
本編の元帥は幹部さんから「彼」と呼ばれていますから、同一人物ではないですね
また、これはIF物語なので設定は本編の最初の方を準拠しています(個人的な好みの問題ですので悪く捉えないでください)
例えば退役はなく、解体は瑞鶴の最初の話通りに艦娘が人間になることのみを指します
486 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/07(日) 16:49:36.26 ID:RXOibRwDO
>>485
なるほど…
ありがとうございます
設定を自分の中で固定して書くというのもアリだったかあ…
487 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/08(月) 01:28:29.73 ID:qkqheJjDO
>>475から
 
 
「つまり貴女が最初に亡くなったあの…」


潜水新棲姫「そうだ。だからと言って、あのワタシが偽物という訳ではないがな」


「そうなんですか?」


潜水新棲姫「記憶を保存した以降の事以外は同じだ。出来る限りその差異を小さくする為にギリギリまで粘ったが」


「粘った?」


潜水新棲姫「ああ、ワタシが整備士の元に向かったのは殺される一週間程前か。往復する体力を残しておかなければ意味が無いからな」


淡々と話す小さな深海棲艦に私は更に疑問をぶつける


「…いったいいつから見ていたんですか」


潜水新棲姫「ん?結構前からだな。最初は色々見て回っていた。まさか死後の世界が実在しているとは驚きだ」


持ち前の好奇心で辺りを散策していた彼女がこの場所を見付けるまで時間はそれほどかからなかったようだ


「だったら入ってくればよかったのに…」


潜水新棲姫「…漣が居たからな」

私がそう言うと潜水新棲姫は落ち込んだ様子でボソリと呟いた

488 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/08(月) 01:30:14.22 ID:qkqheJjDO
 
 
潜水新棲姫「ワタシの最大の誤算だったよ、まさか漣までこちらに…あんなにも早く来ていたなんて…」


「…予想出来なかったんですか?」


潜水新棲姫「…ショックを受けて落ち込みはするだろうがテイトクや仲間が支えてくれるだろうと思っていた」


「実際は支える暇もありませんでしたが…」


漣さんは良くも悪くも思い立ったら即行動の傾向がある。これまで見ていて誰かが気付いても既に結果が出た後な場面はいくつもあった。それよりも…


「貴女は自分自身と漣さんの想いを過小評価していた。自分が居なくなっても大丈夫だろうと」


潜水新棲姫「…そうだな」


見るからにしょんぼりしてしまう潜水新棲姫。むう…これでは私がいじめているみたいだ


「と、とにかく漣さんを見て貴女は隠れていたという事なんですね」


潜水新棲姫「…ああ、ここでワタシに会ってしまえばあいつは帰る意志を完全に捨て去るだろう。あくまで漣には生きて幸せになってほしいんだ」


そして漣を幸せにする役目はあのワタシに譲る。今ここに居るワタシが罪を担うと曇りの無い目をして言う


深海棲艦とは何なのだろう。これほどまでに純粋で強い。どうして彼女達と戦争なんてする羽目になったのだろう

489 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/08(月) 01:31:36.23 ID:qkqheJjDO
 
 
「あちらの貴女も貴女なのは解りましたが…もし誰かがオリジナルがここに居るのに気付いたら…」

潜水新棲姫「あのワタシだって自分を偽物などとは思っていない…はずだ。どちらにせよ確かめようは無い」


可能性があるとしたらあの日進さんが教えるくらいだが、彼女がそんな事をするとは思えない


潜水新棲姫「何か不都合が起きでもしない限りはな…」


「どういう事ですか?」


潜水新棲姫「他に頼れる相手が居なかったから仕方無いが、ワタシは根本的にはあの整備士という男を信用してはいない」


「何度も助けてもらっているんですよ?悪い人には思えませんが…」


潜水新棲姫「ああ、善人なのは間違いないだろう、善人すぎて疑う余地は無い」


「だったら…」


潜水新棲姫「あの男に会った時、何とも言えない気持ち悪さを感じた、上手く言えないが…周りに居る艦娘達からも妙な雰囲気を感じたんだ」


これまで見てきて…という程には整備士さんの事には大して興味も無かったが、そんな変な感じはしなかったように思う

490 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/08(月) 01:33:18.49 ID:qkqheJjDO
 
 
潜水新棲姫「はっきり何処がとは言えないが直感的にあまり関わりたくないと思っただけだ。その勘が外れていれば問題は無いが…もしも自分達に都合の良いように何かを仕込まれている可能性もゼロではない」


「それは…」


整備士さんは正常に戻したとは言っていたがタシュケントの人格を弄り、早霜を無力化した。それも結局は人手が欲しいという理由で


それが全てではないだろうが彼らは自分達が正しいと信じて他者の人格すら変えているのだ。それは今回が初めてとは限らないのかもしれない


【こほん】


と、それまで無言で私達のやり取りを見ていた富士さんが咳払いで自らの存在をアピールしている。別に忘れてはいませんよ、ちょっとくらいしか


潜水新棲姫「富士か…オマエにも言いたい事があったんだった」


【なにかしら】


潜水新棲姫「漣を救ってくれてありがとう。一度ならず二度までも」


そう言ってぺこり、と頭を下げる潜水新棲姫に富士さんは驚いた顔をする。何だか居心地が悪そうに


【…一度目は救ったというより単に見逃しただけよ。二度目はせっかく見逃したのに死なれたら寝覚めが悪いと思っただけ。深海棲艦にお礼を言われる筋合いは無いわ】

491 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/08(月) 01:35:02.30 ID:qkqheJjDO
 
 
潜水新棲姫「それでもだ。大切な人がああして生きているのを見られたのは富士のおかげなんだ、ありがとう」


【…そう】


富士さんそう言ってそっぽを向く。ああ、耳が赤い…やっぱり慣れてないんだこういうの


「それはそうと…」


私は再び映像に目を移す。漣さんと甦ったもう一人の潜水新棲姫の姿。しかし二人はあくまで他人行儀なやり取りを繰り返している


「別人として扱えとか割りと無理がある条件ですね」


潜水新棲姫「ワタシは人を殺している。幸せになる資格は無い」


「だけどあの貴女とこちらの貴女は違う」


潜水新棲姫「そうだな…もしかしたらという期待も少しはあったが…」


「それはどういう…」


潜水新棲姫「記憶のインストールは死者蘇生などではないという事だ。言ってみればクローン、コピー体、そんなようなものなのだろう」


「そんな…じゃあ一度死んだら…」


潜水新棲姫「当たり前といえば当たり前だな。死んだものは甦らない。甦ったように見えてもそれは…」


別人だ。とはさすがに口に出しては言えなかったようだ。それを認めてしまったらつまり自分のやった事は無意味という事になる


潜水新棲姫「…さっきも言ったがだからといって偽物ではない、それは確かだ。同じ記憶、同じ人格、限りなく近い魂…ならばもうそれは本物だろう」

492 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/08(月) 01:37:15.20 ID:qkqheJjDO
 
 
「貴女は…」


それでいいんですか?と問いかけようとした言葉を飲み込む。…いい訳がないのだ。それでも彼女はそれを選んだ


潜水新棲姫「とにかくだ、今となってはこちらから出来る事はもう何も無い。あとはあちらのワタシに任せるしかない」


「でもあんな状態では…」


潜水新棲姫「そうだな…正直失敗だった気もする。あれでは復活させた意味が無い」


大切な人と触れ合えない寂しさは二人にかなりの負担になっていた。泣きながら独り眠る。そんな日々が数日続いた


周囲からの説得にも聞く耳を持たないあちらの潜水新棲姫。あくまで自分は別人として振る舞っている


潜水新棲姫「まったく…頑固な奴だな」


「自分の事じゃないですか…」


潜水新棲姫「まあそうなんだが…こう客観的に見せられると良くない部分も見えてくるものだな」


「…後悔していますか?」


潜水新棲姫「ワタシの償いの犠牲にするつもりなどはもちろん無かったが…結果的にそうなってしまったな…」


そんな時見かねた重巡棲姫さんが説得に乗り出した。漣さんも同じ罪を犯していたのだと、そしてその後既に報いを受けたと


そして一度は殺された潜水新棲姫も同様に罪の清算は済んでいるのだと

493 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/08(月) 01:40:03.07 ID:qkqheJjDO
 
 
潜水新棲姫「やはりそうなのか…漣も人を死に追いやった事が…」


「今の彼女にはその記憶は無いみたいですけどね」


潜水新棲姫「その後薬漬けにされ手足を継ぎ接ぎされ…そしてワタシのせいで一度は死んだ…」


「命の重さなんて私には語れませんが…おつりが来てもいいくらい酷い目にあっていると私には思えます。そして貴女ももうこれ以上償う必要は無い」


潜水新棲姫「そうなのか…そうか…そう…」


そもそも私達は戦う者。奪った命は少なくない。敵対する艦娘や深海棲艦は殺しても罪ではないなんて都合が良すぎる


それのひとつひとつに償いにと死んでいたら命が幾つあっても足りない


だけどそれを今更彼女に言っても意味は無い。むしろ更なる苦悩を与えてしまうだろう


潜水新棲姫「これでようやく…終わったんだよな…?」


「ええ、あとは幸せになるだけです」


潜水新棲姫「そうか…そうか…」

「!…身体が…」


潜水新棲姫の身体が僅かながら薄れている。これはつまり…


【成仏する手前ね】


それまで黙って見ていた富士さんが口を開いた

494 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/08(月) 01:43:29.91 ID:qkqheJjDO
 
 
【そのまま受け入れれば貴女は輪廻の輪に入れるわ】


潜水新棲姫「ワタシは生まれ変われるのか…?しかしワタシは人を…」


【殺したから地獄行き、そんな単純なものじゃないのよ。少なくとも貴女の心根は純粋で充分にその資格がある。…それにやっぱり直接手にかけたかそうでないかは大きいのよ】


潜水新棲姫「そうなのか…だがワタシはまだ成仏するつもりは…」


そう言って彼女は映像を見る。そこには漣さんがあちらの潜水新棲姫に指輪を渡している姿


その漣さんのとても嬉しそうな顔を見て


潜水新棲姫「よかったな…漣…遠回りをさせてしまってすまなかった…」


そうして涙を流す。嬉しさなのか寂しさなのか、その涙の意味は私には判らなかった

495 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/08(月) 01:46:55.51 ID:qkqheJjDO
 
 
潜水新棲姫「おい、読み終わったぞ。続きはどこだ?」


「…どうぞ」


潜水新棲姫「しかしここには漫画ばかりだな、まあ嫌いではないが、専門書なんかも用意してほしいな」


【…今度持ってくるわ】


潜水新棲姫「ああ、そのついでに甘味も頼みたい、死んでも食べられるのかは知らんが。テイトクの作ってくれたすいーつがもう食べられないのは残念だな」


「あの…」


潜水新棲姫「ん?どうした二人共、そんな微妙な顔をして」


「流れ的になんかもう成仏する感じになってませんでした?」


潜水新棲姫「流れ?よくわからんがワタシはまだ成仏するつもりは無いと言わなかったか?」


「言いましたけど」


潜水新棲姫「漣と鎮守府の事はあのワタシに任せたし、罪の清算も済んだ。ならあとはワタシのやりたいようにする。まだまだこの世界も隅々まで回ってはいないしな」


「はあ」


【この切り替えの早さも深海棲艦特有なのかしらね…】


色々と吹っ切れた様子で再び漫画を読み始める潜水新棲姫。薄れていた身体もいつの間にか元に戻っていた


私だってある程度吹っ切るまで結構時間が掛かったというのに…

496 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/08(月) 01:50:30.46 ID:qkqheJjDO
 
 
ようやく立ち直った漣さんが次にした事は確認だった


それは自分が殺したかもしれないかつての龍驤さんの浮気相手が今どうなっているのか。しかし龍驤さんも分からないという


忍への暗殺依頼という事から専門家である由良さんに協力を頼むとあれよあれよと事実が明らかになっていく。さすがは本職だ


潜水新棲姫「その野良の忍という奴は勝手に龍驤に手を出したからか何かをやらかして消されたという事なのか?」


「漣さんの依頼が無くとも殺されていた可能性は高いみたいですね…」


潜水新棲姫「となるとだ…漣が殺したというには少し微妙にならないか?」


「う〜ん…利用されたというか…たまたまそこに居た人に擦り付けたとも見えなくもないですが」


この場合、漣さん次第なのかもしれない。依頼にかこつけて利用されただけ、いやむしろきっかけにはなったのだからやはり殺したのは自分…記憶の無い彼女がどう思うのか私には判らないが


潜水新棲姫「やはり成仏しないでいて正解だな。まだまだ危なっかしくて安心してられない」


「そうですね…私も気がかりが多すぎて目が離せません」


例え見守るしか出来なくとも、それでもあとは知らないなどと放っておいて成仏なんて出来やしないのだ
497 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/08(月) 01:52:05.72 ID:qkqheJjDO
 
 
『おー?新しいお客様だねー』


「あ、おはようございますY子さん」


寝ていたY子さんがようやく起きてきたようだ。前に出掛けて帰ってきてから妙に疲れていたようでそれはもう爆睡だった


潜水新棲姫「…」


「あれ?新棲姫さん?」


何故か潜水新棲姫…いい加減長いので新棲姫さんと呼ぼう。彼女は私の後ろに隠れている


潜水新棲姫「見ていたから知ってる、あいつのデコピンはものすごく痛い」


『あっはっは。別に何もしないよ〜こっちおいで〜』


そう言いつつ手の形をデコピンにしているY子さん。まったく…彼女はこういう悪ノリが大好きなのだ


「Y子さん…子供に対してあんまり怯えさせるのは…」


潜水新棲姫「ワタシは子供じゃない。それを言うなら朝潮だってあんまり変わらないじゃないか」


『あたしからすればどっちも変わらないけどね〜』


まあY子さんや富士さんは私より遥かに年上なんだろう。つまりおば


ビシィ!


「あああああああああ」


潜水新棲姫「ひっ」


額を押さえて悶絶する私。口には出してないのに…

498 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/08(月) 01:53:35.49 ID:qkqheJjDO
 
 
『なーんか失礼な事考えてる気がしたんだよね〜』


【まったく…そんな事してるとますます怯えさせるわよ…】


呆れたように溜め息を吐く富士さんが私のおでこを擦ってくれるとみるみる痛みが引いていく


『まあ変な事しなければ別にあたしは何もしないからそんな怯えなくていいよ実際』


潜水新棲姫「あ…ああ、解った」


まだおっかなびっくりの様子でY子さんの前に出ていく新棲姫さん


バッ


潜水新棲姫「ひっ」


サッ


潜水新棲姫「はぅっ」


「…何やってるんですか」


手を振り上げたりして反応を見て遊んでいるY子さん。やってる事は子供だと彼女から距離を取って思う私


しまいに新棲姫さんは再び私の後ろに隠れてしまう


潜水新棲姫「こいつきらいだ…」


【ほら…言わない事じゃないわね…】


『あっはっは。ごめんごめん、悪気はちょっとしか無いからさ〜』


何だか起きてから絶好調なY子さんだった

499 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/08(月) 01:55:01.71 ID:qkqheJjDO
 
 
【さて…私はそろそろ戻るわ。長居しすぎたわ】


「戻るというと漣さんの中に?」


【ええ、本人がもう戻ったのに私がいつまでもここに居ても仕方無いしね】


『ふふふ…休憩だとか色々理由を付けてたけどここに留まってたのは漣の様子を見る為だもんね〜?』


「ああ…やっぱり」


【やっぱりって何よ!別に私はそんなつもりは無いわ!休みすぎたと思っただけよ!じゃあね!】


そう捨て台詞を残し姿を消す富士さん。ばっちり見た、顔が赤かった


『ツンデレだねぇ』


潜水新棲姫「ほう、あれが本に書いてあったやつか、初めて見たぞ」


相変わらず私の後ろに隠れたままの新棲姫さんが感心したように言う


Y子さんに対して何やら苦手意識があるようだけど、まあいずれ慣れるだろう


そんな時、点けっぱなしにしていたモニターから哄笑が響き渡った
500 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/08(月) 01:56:43.11 ID:qkqheJjDO
 
 
「あれは…朝霜さん…?どうして刃物なんか…」


刃物を片手に笑う朝霜さん。その正面には腹部を押さえて苦し気に後ずさる霞


潜水新棲姫「刺した…のか?朝霜が霞を?いったい何故だ…」


喧嘩というにはあまりにも異質な雰囲気だ。というか朝霜さんなら喧嘩になった時に刃物なんて使わないはず


『中身が違うねぇ、あの朝霜乗っ取られてるよ』


それはいったい…と聞くまでも無く朝霜さんが普段とは違う口調で喋り出した。この話し方は…


「早霜…?でもどうして…死んだはずなのに…まさか怨霊?」


『そういうのではないみたいだねぇ』


追い詰められた霞が艤装を展開、砲を向ける。痛みのせいか狙いが定まっていない。あれでは避けられる可能性が高いが…そもそも正面から撃ったところで大人しく食らってくれる相手でもない


『二分の一かぁ、ギャンブルだねぇ』


「え?」


『いつだったか相手を完全無力化する弾頭を明石に作ってもらってたんだけど二発ある内の一発は不発弾なんだよねぇ…』


「ええええ!?」


なんでそんな…と聞く暇も無く霞が砲を発射、それをいとも簡単に弾く早霜、しかしその瞬間弾頭から霧のようなものが噴出してそれを吸い込んだ早霜が倒れ込む

501 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/08(月) 01:58:57.31 ID:qkqheJjDO
 
 
『どうやら当たりを引いたね。運が良いみたいで良かったねぇ』


「早霜は動けなくなったようですね…外れがあるなんて霞は…」


『知らないだろうねぇ。知ってたらこんな土壇場で使わないんじゃないかな』


霞は気合いと根性で自らの止血と応急処置を終らせそして動けなくなった早霜までも自分で縛り上げた


「割と重傷のように見えますけど凄まじい執念ですね…」


『霞は自分が居なくなったら鎮守府がどうなるか誰よりも理解してる、何があっても死ぬ訳にはいかない立場だって』


「霞レベルの薬剤師でしかも理解がある艦娘なんて他に居るとは思えませんしね…」


早霜もそれが解っていて真っ先に霞を狙ったのだろう。つまり今回は本気だった、撃退出来たのは本当に運が良かったのだ


そうして早霜は磔にされた状態で司令官達と対面する。しかし朝霜さんを人質に取られているも同然のこの状況では迂闊に手出しは出来なかった


そこで漣さんとレ級さんが直接朝霜さんの精神世界に乗り込み早霜を消そうとしたがそれも失敗に終わった


「身体だけでなく朝霜さんの精神まで人質に取られている…これではどうしようも…」


潜水新棲姫「そもそも早霜は何故今更出てきたんだ、死んでから大分立っているというのに」


『自分の死後一定期間後に朝霜の中で目覚めるよう仕込んでいたんだよ、自分の脳の一部を食べさせる事で強力な…呪いのようなものをね』

502 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/08(月) 02:01:06.30 ID:qkqheJjDO
 
 
「のっ…!?」


潜水新棲姫「自分の頭を開いてか、よく生きていたな」


『何かそういう特殊な技術でも使ったんじゃない?あたしは見てないけど』


「なんでそんな話題で普通に進めているんですかね…」


そうして攻めあぐねている最中に漣さんが整備士さんに相談の電話をしていた。何やら要領を得ないようで漣さんがぶちギレて電話を切ってしまっていたけど


早霜は朝霜さんを道連れに自殺を仄めかしていたからあまり猶予は無い


そんな中、整備士さんの指示で深海吹雪さんがひとつの注射器を携えてやって来た。そこには改心した早霜の人格がデータとして入っているらしい


「それを注入してあの早霜にぶつける…それって上手く行くんでしょうか…」


『能力的には互角、精神世界でならより意志の強い方が勝つ。改心したっていう想いの強さが本物かどうか』


朝霜さんの精神世界で対峙する二人の早霜、姿形は同じ、しかしその表情はまったく違っていた


片や狂気と殺意に溢れた以前の早霜、片や何かを決意したような、快楽の為に殺人を繰り返していたとは思えない雰囲気の早霜


その勝負はあまりにもあっさりとしたものだった

503 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/08(月) 02:03:45.45 ID:qkqheJjDO
 
 
『あの早霜は本当にずいぶん前に仕込まれたものだったようだね、だから今の早霜の技も知らないで簡単に決まった。始めから勝負は見えてた』


梟挫…初めて見たのは川内さんが由良さん相手に使った時だったか、相手の攻撃をそっくりそのまま返すカウンター技らしい。それを早霜も使えたのか…


始めから殺すつもりだった以前の早霜はそれをまともに返され一撃で倒された。そして――


「二人が同化した…?いったい何を…」


『昔の自分もろとも死ぬつもりだね。漣がやったような精神の自殺からの無理心中』


そうか…あの決意した表情はつまりそういう事だった。生前も一貫して自らのけじめを付けようとしていた。再び意識を持てたとしても生きるつもりなど無かったのだ


「最初から死ぬ為に…」


『…早霜は自分の性質に悩んでいた、だけどどうにもならないといつしか諦めて考える事を止めてしまっていた。整備士に捕まってもう一度省みるきっかけを得てようやく本来の早霜を取り戻した』


「出会い方がもし違っていたらあの早霜も仲間になっていたんでしょうかね…」


『そういう世界もあったかもしれないね…』


そうして―――


早霜という存在はこの世界から完全に消えた

504 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/08(月) 02:06:35.99 ID:qkqheJjDO
 
 
自らの中で早霜が消えた事を悟った朝霜さんが涙を流しているのを司令官達は慰めている


『まああの早霜が自殺を図らなくとも自然に消えていたんだけどね…』


「え…」


潜水新棲姫「それはあるな。あの男の事だ。上手く行ったとしても朝霜の中に早霜が残り続けるようにはしないだろう」


「…あくまで使い捨てだと?」


潜水新棲姫「元々インストール用に作った訳でもない身体に他者の精神がいつまでも残留する、しかも朝霜にとってはトラウマを植え付けた張本人だ」


『まあねぇ…いくら味方になってるとは言え悪影響を考えれば当然かもねぇ』


「でもあの朝霜さんは早霜が消えた事を哀しんでいます…」


潜水新棲姫「酷い目に遭わせた相手でも憎み切れなかった…そういう事か…人の心は複雑だな…」


新棲姫さんはまだ自分には解らない事だらけだと腕を組んで考え込む


『ところで話は変わるけどさー、あたしの部屋にあった漫画がいくつか無いんだけどー?』


潜水新棲姫「む?それならワタシが借りている」


『お?新ちゃんは漫画好き?』


潜水新棲姫「新ちゃん…」


『朝ちゃんは鎮守府の事ばっかりであんまり漫画読まないからさぁー、話が通じないんだよー』


「はい、朝ちゃんです」

505 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/08(月) 02:09:12.05 ID:qkqheJjDO
 
 
潜水新棲姫「まあ気持ちは解らないでもない。ワタシも読んだ本の話が出来るのはガンビアベイくらいしか居なかったからな。漣も漫画オンリーだった」


『じゃあちょっと読みながらお話しよー』


潜水新棲姫「まあ構わないぞ」


最初あれだけ怯えていたのにもう普通に対応している…あの順応性の高さはさすがだと思う


漣さんが帰ってしまって少し寂しくなるかと思っていたけどまだしばらくはそうはならないのだろう


「朝ちゃんでした」


潜水新棲姫「なんだ急に」
506 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/08(月) 02:11:40.00 ID:qkqheJjDO
ここまで
終盤の盛り上がりに出来たら追い付きたい
507 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/08(月) 09:10:58.82 ID:8RHBQaq4o
おつです!
こっちも本当に楽しみになってる
これからの展開富士さんやY子さんがつらいかもしれないがそんな時は朝潮が支えてあげるなんて事もあるのかな
508 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/18(木) 05:00:42.27 ID:bgBXNCBDO
>>505から
 
 
「お酒ですか」


『へー新しいお酒かあ…でもあたしはワイン派なんだよねぇ』


潜水新棲姫「露の雫か、まあ悪くないセンスだな」


ある日の事、ガングートさんの旦那さんである孫さんが新作の日本酒の名付け親になってほしいと司令官に頼んでいた


お酒に弱い人でも美味しく飲めるものを目指して作られたらしい。どんな味なんだろう、私はお酒は飲んだ事は無いがちょっと気になる


孫さんの作るお酒は鎮守府周辺の街では割と有名で雑誌の取材にも何度か取り上げられていた


「しかも美人のロシア人艦娘の奥さんまでいますから。凄く写真映えしていましたね」


夫婦揃って取材を受けていたガングートさんはガチガチに緊張していて端から見たら怒っているようにも見える


だけどそれが逆にクールな印象を与えて雑誌を見た女性読者がファンになってお店に集まったりした事もあったようだ


「接客モードのガングートさんはなかなか面白…素敵でしたね」


潜水新棲姫「もうすっかりあの街の顔のようになっているな。所属している鎮守府の風評被害もあの街の住人はデマ…でもない部分もあるが…」


「ええ、ガングートさんが結構訂正したりしてくれていたようで、理解してくれていますよね」


ガングートさんはあの鎮守府の言ってみれば公報担当みたいな役割をいつの間にか担っていた


そのおかげで周辺住人との関係は結構良好なようだった。普通の一般人は軍施設を嫌う傾向が強い、他の鎮守府でもそれはもう頭を悩ませているらしい

509 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/18(木) 05:02:13.06 ID:bgBXNCBDO
 
 
そして孫さん渾身の新作の日本酒の発売日。お店の前には長蛇の列、ざっと百人以上は居るだろうか


「すごい列ですね、中には艦娘も居ますね、あれは村雨さんかな?」


『あ、お姉ちゃん』


「…は?」


潜水新棲姫「何処だ?見当たらないが…」


富士さんは黒髪に黒着物とある意味とても目立つ。というか実体は無いはずでは…


『あそこ、あの黒髪の艦娘、確か三日月だったかな?』


「ああ、よく見たら表情とか富士さんですね。そういえば富士さんってお酒飲むんですか?」


『飲むよー。あれでお姉ちゃんお酒大好きだからね』


「今までそんな素振りは見た事ありませんでしたから知りませんでしたが」


『以前はよく飲んでたかな、丁度あの鎮守府と関わり始めるまでだったかなぁ』


「どうしてでしょう…」


『さぁねぇ…さしずめお酒で酔っ払う姿を見せたくないとかじゃないかな。本格的に我慢するようになったのは朝ちゃんがここに来てからだし』

510 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/18(木) 05:03:55.80 ID:bgBXNCBDO
 
 
『でもよっぽど我慢出来なかったんだろうねぇ。お姉ちゃんあそこのお酒の大ファンだから。新作と聞いて居ても立ってもいられなくなったと見た』


「それであの艦娘の身体を借りてまで列に並んだと…」


『この世界で唯一お姉ちゃんが割と自由に身体を借りられる相手だからね、あの三日月は。かと言ってあくまで利害の一致で協力してるらしいけど』


「唯一なんですか…?」


『…これだけ時間があって協力者はたったの一人、お姉ちゃんのコミュ障っぷりと言ったら…。今はまあ二人くらいにはなってるのかな』


富士さんとの出会いはまず誤解される所から始まる。そして割と高圧的にものを言うのでそれはまあ反発を受ける。そして交渉は決裂


どうして上手くいかないのかしら…と頭を捻る姿を前に見た記憶がある


そんな話をしていると並んでいる列が解散していくのが見えた。どうやら完売したらしい


その人の中で壁に手を付いて項垂れている艦娘、三日月の姿。今の中身は富士さんなのだろう…何だかものすごく落ち込んでいるようだ


『買えなかったんだね…』


流れてもいない涙を拭う仕草をするY子さんだった

511 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/18(木) 05:05:54.67 ID:bgBXNCBDO
 
 
お酒の話からかの国が動き出した。まあそれは単なるきっかけだったのだろうが


「未だにガングートさん達を諦めていなかったんですね…しかも人質まで取って」


大きい方のヴェールヌイさんの大切な人やその家族を人質に取り、使者として利用していたらしい


司令官達が説得するも失敗、自殺を図ろうとしている所を白露さん達に止められていた


そこに夕立さんも現れ、最悪の結果を迎えていた事をヴェールヌイさんに語る


「…彼女の旦那さんは既に殺されていた…それが人間のやる事なの…」


潜水新棲姫「仮に任務に成功してもその後利用価値が無くなったアイツは報復を防ぐ為に結局処分される。端からそういうシナリオだったのだろう」


「そんなの…おかしいです…」


潜水新棲姫「そうだな…ワタシもそう思うよ…。国という単位においては個人の情など入る余地は無いのだろうな、やり方は甚だ前時代的だが」


「そういえばこの国でも似たようなものでしたね…」


人質を取って弱味を握り、好き勝手に利用して最後には…大本営や組織の得意技だ


そしてその後夕立さんが動いてそんな命令をしたかの国の人間達も粛清されたらしい。これが正しく因果応報というやつだろう


だけど人質として殺されてしまった人は帰ってこない。唯一の救いはその人の家族は無事だったという事だろうか


ヴェールヌイさんの旦那さんはそれは勇敢な人だったのだろう。自らを犠牲に家族を救ったのだ

512 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/18(木) 05:08:50.39 ID:bgBXNCBDO
 
 
「…ところであの人は一体何者なんでしょうかね…あの国の上の方と知り合いなんて」


潜水新棲姫「夕立の事か?特務艦だからな。色々あったんじゃないか?」


「今まで見てきた限りでは外国にまで影響力がある特務艦は夕立さんくらいですけどね」


特務艦以前に夕立さん個人のパイプという可能性もあるが、そうだとしたらますます彼女の謎は深まるばかりだ


という訳なのでロシアに渡る夕立さんを追い掛けてみようという話になった


ヴェールヌイさんの手紙を無事だった旦那さんの家族に届けるという。彼女は響さん達に元気付けられ少しだけ立ち直っているようだった


「彼女の場合後を追う心配はそれほど無いみたいですね…」


潜水新棲姫「考えてみればアイツと響は近い人格なのだろう。響が自殺しない選択をしたようにアイツもそれを選んだ」


あの鎮守府に居る限り、例え魔が差すような事があってもそう簡単には自殺なんて出来はしないだろうとも思う


そして夕立さんはその手紙を携えて海を渡った

513 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/18(木) 05:11:51.24 ID:bgBXNCBDO
 
 
「すみませんロシア語はさっぱりなんです…」


夕立さんは顔見知りらしいロシア人の軍人さんと何やら話をしている。しかも流暢なロシア語で…会話の内容は解らないけれど何だか妙に…距離感が近いようにも見えなくもない


『んじゃ字幕でも出してみようか、ポチっと』


Y子さんがリモコンを操作するとテレビ画面に字幕が現れる


「わああ…何だか完全に映画のワンシーンになりましたね…。夕立さんも金髪で日本人離れした顔立ちですし」


長身の軍人さんと夕立さんの二人は凄まじく絵になっている


しかし会話の内容は特に浮わついたものでもなく単なる情報交換のようなもので少しだけがっかりした


「ヴェールヌイさんの家族の人達に手紙を渡してからわざわざ会いに行くくらいですから夕立さんの恋人かとも思ったんですが…」


潜水新棲姫「ふむ…だが夕立は妙に楽しそうだな」


「そういえば…あんなに和やかに話す彼女は珍しいかもしれません。これはもしや…ですね」


そしてどういう訳か夕立さんはなんとドレスを着て何やら物凄いパーティーに出席していた


政界、財界の大物が集まる中でこれまた夕立さんは目立っている

514 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/18(木) 05:13:48.23 ID:bgBXNCBDO
 
 
「なんですかこのせかいは」


潜水新棲姫「しっかりしろ朝潮」


国防長官だという人と話している夕立さん。それからもいかにもという貫禄を持った人達が夕立さんに挨拶している


「かのじょはいったいなにものなんでしょう」


潜水新棲姫「帰ってこい朝潮」


「はっ…!?…初めて見る世界にちょっと放心してました…」


パーティーには政治家だけでなく何だかテレビで見た事があるような俳優女優も居たような気がする。あれがせれぶというやつだろうか


そして夕立さんもまたそんな中でまったく見劣りしていない。仮にあそこに居たのが私だったらあんなに堂々としていられる自信は無い、というか逃げ出す


何人かの男性、そして女性にまで誘いを受けている夕立さんだったが終始不機嫌そうにそれを袖にしていた

515 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/18(木) 05:17:42.86 ID:bgBXNCBDO
 
 
そしてヴェールヌイさんの家族から返信の手紙と思い出の品だという指輪を預かった夕立さんは早々に帰国の途に就こうとしていた


「何だか落ち込んでいますね彼女」


潜水新棲姫「手紙は口実であの軍人とやらを連れて帰るのが目的だったようだな」


パーティーの席でそれとなく話を振られた軍人さんは自らの職務と使命を理由にそれを断っていた


「そこからですね夕立さんがずっと不機嫌なのは」


潜水新棲姫「珍しいものを見れたものだ。他人など必要無いとばかりに突き放していたアイツと同一人物とは思えないくらいだった」


「あ…あの人」


帰ろうとしている夕立さんを呼び止める人物が居た、あの軍人さんだ。かなり走って来たのか汗だくで息を切らしている


その彼は夕立さんに向かって何かを投げ渡した。どうやらそれはロケットペンダントのようだった。それを受け取った夕立さんの表情は今まで見た事が無い程に輝いていた


「素敵な笑顔ですね…本当に映画を観ているようです…」


夕日に照らされた海で彼女はそれを首に掛けて日本に向けて水面を疾走する


その時の夕立さんは特務艦でも、復讐に縛られた艦娘でもなくただの恋する女の子にしか見えなかった
516 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/18(木) 05:20:07.81 ID:bgBXNCBDO
 
 
とある朝、霞と明石さんが鬼ごっこをしていた。鬼は霞、顔も鬼


『あちゃーとうとうバレちゃったかぁ』


早霜に乗っ取られた朝霜さんを撃退する際に使った艦娘無力化ガス弾頭。二発の内一発は不発弾というギャンブル


「まあ当然怒りますよそれは、自分の知らない所で生か死かなんて仕込まれていたら」


『よかれと思って』


「なんですかその顔怖い」


その後明石さんは若干目が危ない榛名さんに捕まって逆に霞がそれをフォローするという事態になっていた


「霞の事となると榛名さんも突っ走りますよね…あのまま放っておいたら殺さないにしても…」


潜水新棲姫「まあ半殺しにはなるかもな」


「無理も無いとは思いますがさすがにそれはやり過ぎですね…」


そして今回、危ないのは当の明石さんも同様だった


明石さんは改めて浜波さんに謝罪したいと、そして自分の作った義足を受け取ってほしいと手紙を送った


それを受けてわざわざ鎮守府を訪ねて来る浜波さんは多分とてもいい人なのだろう。関わりたくないと思うなら無視すればいいし、既にもう謝罪は貰っているはずなのに律儀な人だと思う


そこからがまた大変だった

517 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/18(木) 05:23:32.78 ID:bgBXNCBDO
 
 
あまりにしつこく義足を受け取ってほしいと懇願する明石さん。浜波さんはそれに辟易しつつも口を滑らせてしまう


貴女も脚を切れと言ったら…どうするのかと。それは普通なら本気で言っているとは誰も思わない口振りだった


しかし明石さんはそれを真に受けてしまった


「何なんですかねこれは…謝罪病とでも言うんでしょうか…」


潜水新棲姫「責任感が並外れて強い者が過ちを犯してしまったらどうなるかと言った感じだな」


明石さんが走り去って行った後の浜波さんの狼狽え様は気の毒になるくらいだった


あくまで冷静に龍驤さんは浜波さんを連れてその後を追う


工厰に着くと北上さん夕張さん秋津洲さんに羽交い締めにされた明石さんが居た


「まあそうなりますよね、目の前で脚を切り落とそうなんてされたら」


本気ではないと止める浜波さんにじゃあ義足を受け取ってくれと頼む明石さん。それを断るとまた脚を切ろうとする。それをまた止める工厰組の三人


「これはもう脅迫ですね」


潜水新棲姫「許されたい、ただそれしか頭に無いのだろうな。相手の都合など考えられない状態だ」


そんな明石さんに浜波さんはどうして自分だけにそんなに構うのかと当然の疑問をぶつける


そこでようやく私は明石さんが浜波さんに拘る理由が解った気がした

518 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/18(木) 05:25:15.52 ID:bgBXNCBDO
 
 
「昔の明石さんの実験で浜波さん以外は皆死んでしまっていた…」


潜水新棲姫「つまり今の明石にとってあの浜波はすがる藁、地獄の蜘蛛の糸と言った所か」


「じゃあもし仮に浜波さんが死んでしまったら…」


潜水新棲姫「明石は償う相手を求めてあの世まで…この場合この世か?…まあいいか、追いかけていたかもな」


「確かに…それはありそうな話ですね…というかまず間違い無くそうなる気がします」


そうして自らの過去に苦しむ明石さんに浜波さんは改めて、たどたどしくもはっきりと自分はこのままでいいのだと目を見て訴えた


許すにしても義足はあった方が何かと助かるのではないかとも思ったがその理由は龍驤さんが既に見抜いていたようだった


「なるほど…脚を失った事で彼女の司令官と急接近するきっかけになったと…」


潜水新棲姫「大人しそうな顔をしてなかなかやり手のようだな」


「意識して利用したのかは判りませんが…」


潜水新棲姫「あの口振りは自らのハンデを利用してアイツの提督を手に入れたように聞こえるがな」


争奪戦に勝った、彼女はそう言った。おそらくは新棲姫さんの言う通りなのだろう


「なんだか…あちらの鎮守府も結構大変そうですね…色々と」


男性が絡むと女は変わる。良くも悪くも。浜波さんが刺されたりしなければいいけどと私は思った

519 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/07/18(木) 05:27:10.65 ID:bgBXNCBDO
 
 
それを聞いた明石さんが口を滑らせてしまったのに浜波さんが食い付いて恋バナに雪崩れ込んでいく


判らないが、もしかするとそれも浜波さんは空気を変えようとしてそうしたのかもしれない


「なかなかの…ですね。勘違いでなければ」


しどろもどろになりながら明石さんは自分の恋愛事情を話していく。浜波さんがお願いした事を明石さんは断れないようだった


「惚れたではなくこれは切った弱みというやつですかね」


潜水新棲姫「なんとも物騒な関係だな」


「足で…そういうのもあるんですね」


潜水新棲姫「朝潮はした事無いのか?」


「どうでしたっけ…手とか口とかばかりだった気がします」


足でなんていうのは多分信頼関係が無いと無理なのではないだろうか。私の場合は搾取される側で、足なんて使ったら殴られていたと思う


「それはともかく…Y子さんは…寝てますね…」


『いずれわかるさ。いずれな』


「わかりませんよ…何ですかその寝言は」


暇そうにしていたY子さんはこたつ(!?)に突っ伏していつの間にか居眠りをしていた


顔はそのままだった
520 : ◆B54oURI0sg [saga]:2019/07/18(木) 05:28:56.31 ID:bgBXNCBDO
ここまで
結局ペースを上げられず申し訳ありません
521 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/18(木) 13:03:59.34 ID:yupo3afNO
おつ
書けるだけ凄いと思うから頑張って欲しい
522 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/07/18(木) 20:21:38.55 ID:ogBB2rHmO
質問です。

ここに足りないものSSの支援絵を貼っても良いでしょうか。

もし問題があるようでしたら、別の方法で発表したいと思いますので、ご意見を何卒よろしくお願いいたします。

(いつもはROM専で、書き込むのが始めてで勝手がわからず、申し訳ありません。)
523 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/18(木) 20:22:44.92 ID:ujYhQgnGO
いいんじゃないかな?
524 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/21(日) 09:02:05.52 ID:DBn79+KFO
ありがとうございます。
描けたら書き込みさせて頂きます。

龍驤の支援絵を描いた時、みなさま沢山のご感想をありがとうございました。お礼が遅くなって申し訳ありません。
525 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/22(月) 02:57:17.82 ID:tGkzPo/BO
作者さんが更新できない今こそ外伝で繋ぐべきなんだけど自分ではなにもできない

字や絵が書ける人を尊敬します、頑張って下さい
526 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/08/18(日) 23:46:02.19 ID:FZimaR7A0
ふと思い付いたので少し


漣「さてこれをどうしますかね〜」


漣達の前にはショートケーキが一つ。提督への客人が手土産としてケーキをを持ってきたので、それを秘書艦や偶然近くに居た艦娘で分け合った。その結果ケーキが一つだけ余ってしまったのだ


響「司令官にとっておくのはどうなんだい?」


龍驤「あの人やったら食べたかったら自分で作るって言うで」


そうですよねえと漣は頷く。提督の分を残さないでいいのならやはり最後の一つは誰かのものになるのだ


潜水新棲姫「この人数なら分け合っても一人分は少ない」


龍驤「ショートケーキを四等分しても美味しくないわなあ」


ここは公平にじゃんけんで決めましょうと漣が提案するが響がそれに待ったをかける
527 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/18(日) 23:48:18.82 ID:FZimaR7A0
響「どうせなら勝負で決めないかい?」


潜水新棲姫「こんなことで演習をするつもりか」


そうじゃないよと響は否定する。じゃあどうやって、と漣が質問するとルールは後で説明するからまずは順番を決めようと言う


漣「じゃあこれは順番決めのじゃんけんです。最初はグー」


じゃんけんの結果一番は響で二番は漣となった。龍驤と潜水新棲姫の三番手決めをしている所に提督が執務室に帰ってくる


提督「何をしていたんだ?」


響「ちょうどいい所に帰ってきてくれたね。それじゃあ私からいくよ」


どういうことです?という漣の質問に答える前に響は行動に移す
528 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/18(日) 23:49:23.96 ID:FZimaR7A0
響「にゃあん」


どこからか取り出した猫耳を装着し猫ポーズをとる響。それを見た提督は前屈みになりながら部屋の隅に移動する


響「司令官を勃◯させたら勝ちゲームは私の勝利だね」


そう言いながら響は残った一つのケーキにフォークを刺し口に運ぶ

龍驤は呆れた様子で提督を眺め、潜水新棲姫はやはり猫耳かと呟く


漣「じゃんけんで勝った人が勝つ糞ゲーじゃないですか!」


漣の叫びは虚しく執務室に響いた




また何か思い付いたら書きます
529 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/19(月) 00:49:06.21 ID:jHiuQrV6o
おつです
響くん響くん、君じゃんけんで負けたら別ゲーにするつもりだったでしょ正直に言いなさい
530 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/12(木) 08:48:44.87 ID:Gn1vPz2DO
多少涼しくなってきたのでリハビリ
>>519から
 
 
「あの…Y子さん?」


『なぁにー?』


「こたつ…いつになったら片付けるんですか?もう夏も終わりますよ…」


『終わるならこのままでいいじゃーん。次は秋ですぐ冬だよーこたつの季節だよー』


「はあぁ…」


深く溜め息を吐く私


結局は片付ける事は出来ないのか…いくらここが暑さも寒さも無い世界とはいえ季節感完全無視の彼女はどうにかならないものか


こんなやり取りは何度目か判らないがこたつ信者のY子さんはあれこれと理由を付けて片付けを阻止してくる


結局最後は私が折れる結果になるのだ


『みかんもそろそろ準備しないとねぇー』


「はああぁぁ…」


更に深く溜め息を吐く私なのだった
531 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/12(木) 08:50:37.99 ID:Gn1vPz2DO
 
 
『ところで今日の迷える子羊は誰かなー』


「あぁ…山雲ですね。何だか危ない感じです」


もはやライフワーク…ノーライフワーク?どちらでもいいか


いつものように鎮守府の様子を見ている私達。新棲姫さんはY子さんの反対側でこたつに入って寝ている。ずいぶん馴染んだものだと思う


「彼女は朝雲を人質に取られ命令されてやむ無く艦娘を実験台にして死なせてしまった過去があります」


『今はその罪に押し潰されかけていると…』


「そんな自分が幸せになるのは許されない、自分も死ぬべきだと…そんな感じでしょうか」


新棲姫さんもそうだったが…私からすれば彼女達は善良に過ぎると思える


「元々私達は戦う為に生まれた存在です。敵であろうと味方であろうと誰かが死ぬ事は当たり前の事です」


その点では司令官ですら割り切っている部分はあるのだ


「山雲は死なせた相手にも仲間や大切な人が居てその人達の事を考えているようですが…ならこれまで沈めてきた深海棲艦なんかはどうなるんでしょうね…」


敵だから、だけど例えばレ級さんやクキさんのような関係性を持つ相手が居たら?


「彼女の感覚はむしろ一般人に近いものなのかもしれません…」


山雲や朝雲は確か薬剤師として働いていたらしいから戦いから離れて久しいのかもしれない。そんな中で普通の感覚を取り戻していったのだろう

532 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/12(木) 08:52:01.14 ID:Gn1vPz2DO
 
 
あちらの新棲姫さんや霞、そして朝雲の説得もあり山雲は思い直したようだった


しかしようやくひとつの問題が収まるとまた次の問題が表れる


霞が倒れたのだ


「とうとう…という感じですね…いつかはこうなると思っていました」


『まぁねぇ…』


「これまで見てきて霞が休息を取っている姿をあまり見た記憶がありません」


霞がまともに眠る時は大抵榛名さんと…その…なにやらして疲れて眠る時と僅かな仮眠


それ以外は出撃や薬草畑のお世話、そして夜遅くまで自室での調合、そのまま朝になり結局眠らずというのもザラだった


そしてそんな疲労を自ら作った栄養剤などで誤魔化す日々


普段化粧などしない霞が目の下の隈を隠す為だけにメイクをしているのを見た事があった


「だけどそんな無理がいつまでも持つ訳はありませんよね…」


『そしてとうとう表面化してしまった訳だねぇ』


当然ながら霞にはしばらく絶対安静の命令が下ったがいかにも不服そうだった


「この鎮守府は基本的にはホワイトですが霞にとってはブラックですね…」


『一人が居ないと回らないどころか崩壊する会社とかやばいね』


「それが解っているから霞は無理してきた…でもこのままでは…」


霞は早くに死んでしまうのではと心配になる。戦いではなく過労かそれ以外の病気か…

533 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/12(木) 08:53:44.13 ID:Gn1vPz2DO
 
 
新棲姫「ふぁぁ…」


こたつで寝ていた新棲姫さんが目を醒ましたようだ。猫のように伸びをしている姿はとても可愛らしい


「こたつで寝ると風邪…引くんですかね」


『おばけは風邪を引かないんだよー』


そう言いながらゴロゴロしているY子さん。会ったばかりの何処か怖い雰囲気は見る影も無かった


「おばけって…まあ確かにその通りですが」


ふとモニターを見ると真夜中の鎮守府の庭で北上さんが全裸首輪で憲兵さんにリードを引かれながら四つん這いで散歩をしていた


「あの人は何をやっているんでしょうかね…」


新棲姫「ふぁ…。回を追う毎にレベルアップしているな。正直何が楽しいのか理解不能だが」


新棲姫さんが欠伸をしながら答える


以前ならせいぜい一日下着無しで過ごすとかだったがどんどんエスカレートしている気がする


それも全て北上さんから言い出して憲兵さんは断り切れずに受け入れているようだった


「それだけストレスが溜まっているという事なんですかね。このところのトラブル続きで」


いつか鎮守府の外に出るのではないかという想像をしてしまうが、まあそれは憲兵さんも首を縦には振らないだろう。さすがに趣味では済まない事態になりかねない

534 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/12(木) 08:55:27.62 ID:Gn1vPz2DO
 
 
ある日の事、鎮守府にあのまるゆ警部さんが深刻な顔をして訪ねてきた


過去に夕張さんが関わっていたらしい艦娘の事故死。それに動きがあったのだと


「カメラの映像に夕張さんが映っていたからその場に居て見殺しにした…むしろ殺したみたいにしたいんですかね向こうは」


新棲姫「正直少々強引だな。事故の原因もよく判ってはいないようだがどうもキナ臭い」


『名探偵新ちゃんはこの事件は事故ではないと?』


新棲姫「…なんだそれは」


『これは事故ではない、他殺の可能性がある。そうして洗濯紐に…』


新棲姫「やめろ」


『ばっちゃんの名はいつもひとつ!』


新棲姫「当たり前だ!」


Y子さんが新棲姫さんをからかっている。…しかし私もやはり何か裏があるような気がしてならない


「そもそも訓練を受けた艦娘が階段から落ちて受け身も取れずに死んでしまうというのもちょっと疑問ではありますね」


『酔ってたとか訓練サボってたとかまあ色々あるかもだけど確かにねぇ』


新棲姫「…コンビニの防犯カメラらしいが鎮守府内の映像が無いのも怪しいな」


「そもそも事故に鉢合わせして助けられなかったからといって普通なら責められる謂われはありませんよね…」

535 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/12(木) 08:57:15.45 ID:Gn1vPz2DO
 
 
新棲姫「おそらくは艦娘だからなのだろうな…」


一般人なら事故で済まされるだろう事でも艦娘は常に衆目を気にしなければならない、汚点は一切無く完璧でなければならない


もしかすると本来は鎮守府内で内々に処理する予定だったのかもしれない


「だけど何か不都合があって表沙汰になって事故の原因を究明しなければならなくなった…」


そこにたまたま居合わせてしまった夕張さんはそれに巻き込まれ…一見無理矢理にも思える汚名を着せられ目眩ましに使われた…


「なんていうのは…」


新棲姫「まあそういう可能性はあるかもしれないな…だがもう」


「ええ…」


夕張さんは事故の記憶を消されていた。それをアケボノさんに相談したらよりにもよって向こうの関係者の夕張さんが関わる記憶を消してしまったらしいのだ


新棲姫「裏があったとしてもその記憶が穴だらけになってしまっては真相は判らないままだろう」


本当に単なる事故なのか、そもそも何故件の同僚は階段から落ちたのか


それから少しして警察の事情聴取で夕張さんの潔白は証明された


その代わりに彼女は記憶を取り戻し


そして壊れてしまった

536 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/12(木) 08:59:27.97 ID:Gn1vPz2DO
 
 
彼女はその鎮守府でいじめに遭っていた


その相手が目の前で落ちていく姿に喜びを感じた


そんな自分に彼女は絶望してしまった


「夕張さんも山雲とかと同じく善良だったんでしょうね…少なくとも自分はそうだと信じていた」


私はどうだったか、憎い相手を事故ではなく自ら手にかけた当時はざまあみろと笑っていたような気がする


そうだとしてあまりダメージを感じない私は夕張さんから見たら輪をかけてクズだろうか


全ては今となってはと達観しているだけかもしれない


そうして自らに絶望して夕張さんは当ても無くさ迷い廃屋に隠れていた


そこに見慣れない艦娘が居た


「見たところ駆逐艦ですね…脱走というやつでしょうか」


『どうやら違うみたいだねぇ』


新棲姫「聞いてもいないのに勝手に喋っているな。どうやらスパイ活動の最中らしい」


夕張さんに銃を突き付けるが夕張さんの様子がおかしいのを見て取るとそれを下ろした


「どうやらそこまで悪い艦娘ではないようですね…危なかった…」


新棲姫「…頭を撃ち抜かれて死ぬのはあまりオススメしないな」


「それはそうですよ…」


頭を撃ち抜いた私が言える事ではないが。そもそも死に方に推奨されるものなど無いだろうけれど

537 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/12(木) 09:01:35.44 ID:Gn1vPz2DO
 
 
そんな話をしていると謎の駆逐艦のすぐ側にアケボノさんや菊月さんが突然現れた


驚き威嚇しようとする駆逐艦に菊月さんが腕を振り―――


ゴンッ!


ものすごい音がした


『うわぁ…痛そう』


「あの武器は確か…早霜が使っていた錘ですかね」


錘を後頭部に受けた艦娘は気絶。探しに来た司令官達に夕張さんは怪我も無く保護された


再び記憶を消そうかと言うアケボノさんの申し出を断り司令官が夕張さんを連れ帰る


謎の駆逐艦は菊月さんが何処かに連れて行ってしまった。果たして無事に済むのだろうか、拷問でも平気でしそうなイメージが彼女にはあるが…


そして鎮守府に帰って来た夕張さんはそれからも壊れたまま、真夜中に悲鳴を上げ泣き叫んだりしている


「記憶…消した方が良かったんじゃないでしょうか…」


新棲姫「再び思い出した時のリスクもある。この場合どちらが正しいとは一概に言えないだろうが」

『自ら乗り越えさせる…か…なかなか厳しい選択だね』


それからもしばらく夕張さんの悲鳴が鎮守府に響き渡る日が続く事になる


果たして彼女の足りない、欠けた部分を司令官達は補えるのだろうか…
538 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/12(木) 09:04:24.68 ID:Gn1vPz2DO
ここまで
亀なりのペースでどうにか
一番悩むのは書き出し部分
539 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/12(木) 12:29:57.80 ID:+WMj6k1Zo
おつです
貴方もおかえりなさいです
オールシーズン営業可こたつとかいうレギュレーション違反の兵器
540 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/15(日) 04:03:50.32 ID:cTfw2jzDO
>>537から
 
 
ずずー

静かな部屋にお茶を啜る音


「んー」


ぽりぽり


これはお菓子を食べる音


ずずー


そしてまたお茶を啜る音


「なんだか…」


新棲姫「どうした?」


【暇そうね】


「最近ずいぶんのんびりしてますね富士さん」


【実際あんまりやる事が無いのだもの】


「魂集めは止めたんですか?」


【まあ…そんなに頻繁に条件を満たした魂なんて現れないもの】


新棲姫「あの夕張なんてどうだ?」


【仮にも仲間でしょう…薦めてどうするのよ…それに…】


「それに?」


【可哀想じゃない…】


新棲姫「これだものな」


【うるさいわね…現状でもギリギリ条件は満たしているから無理に集める必要が無いだけよ】


「じゃあもう扉を開くんですか?」

541 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/15(日) 04:06:04.89 ID:cTfw2jzDO
 
 
【それは…】


富士さんは何かを迷っているように言葉を濁す


艦娘達を理想郷に連れていく、その為に富士さんは魂を集めていた


だけど最近の富士さんはその気があまり無いように思える


いつか朝霜さんに言われた事を考えているのだろうか


【…艦娘達を不幸にせずに…その意志を尊重した上で救う…】


「そんな方法があるんでしょうか」


【解らないわ…今の私には…ずっと考えているのだけれど】


新棲姫「難しいな、単純に戦いを無くせば済むという話ではないしな」


戦いの無い世界で私達艦娘はどうやって生きていくのか


訓練所ではそんな事は教えてはくれなかった。教わったのは武器の扱いと深海棲艦の殺し方や戦いの技術、そして大本営への忠誠だった


【ここに居る中で唯一現世に関わる者として私はもう間違える訳にはいかない…】


「富士さん…」


そう言った富士さんは決意というよりは間違える事を恐れて萎縮しているように見えた


そんな時―――


ドオオオォォォン!!!


突然部屋に爆発音が響き渡った

542 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/15(日) 04:07:41.04 ID:cTfw2jzDO
 
 
「なっなんですか!敵襲ですか!」


新棲姫「落ち着け朝潮ここに敵は来ない」


慌てて臨戦体制を取り何故か座布団を頭に被る私に新棲姫さんが指を指す先には点けっぱなしにしていたテレビ


くう…もう戦いから離れてずいぶん経つとはいえ無様な姿を晒してしまった


【あの鎮守府で爆発があったようね…これは…】


富士さんが遠くを視るような目をする


Y子さんもそうだが二人には私達には無い視点があるようだった。このテレビはあくまで私の為に用意した物だとそういえば言っていた


【駆逐艦…雪風…力を使ったのね…】


富士さんの顔色が少し悪い。どうしたのだろう


【…順を追って説明するわ】


そうして富士さんがあの爆発について説明する


それを聞くにつれて私達の顔色も同じようになっていくのを感じた
543 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/15(日) 04:11:44.54 ID:cTfw2jzDO
 
 
「組織の雪風が漣さんを狙って…」


新棲姫「運を味方にしているとはとんだチートだな」


【そうね…不幸中の幸いと言えるのか本人も含めてその力を使いこなせてはいないけれど】


「それはいったい…」


【運を操り自らの都合の良い事象を呼び寄せる…それは全体の一部に過ぎないわ】


新棲姫「なんだと?」


【彼女自身も気付いてはいないけれど…あれは…運命を操る力】


運命を…操る…それはまるで…


【…運が良いとか悪いとか、突き詰めればそれは運命そのもの】


【どうしてあの雪風がそんな力を持っているのか私にも解らない…だけどそんな力に頼り続ければどうなるか…】


きっと最後には破滅してしまう…そう富士さんは言った。そして呟く


【これも…もしかしたら私が扉を開いたせい…そうだとしたらあの扉は…】


その先の台詞は続かなかったが私にはなんとなく解った


願いをなんでも叶える都合のいい扉なんて無いのだと


扉とはいったい何なのか…誰が作ったものなのか…これはむしろ破壊するべきものなのかもしれない
544 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/15(日) 04:13:29.64 ID:cTfw2jzDO
 
 
爆発があった鎮守府は厳戒体制になっていた


雪風と最初に接触したという憲兵さんが怪我を負い、北上さんが付きっきりで看病している。少し不安定になっているのか片時も離れようとはしない


たまたま表に出ていた重巡棲姫さんのおかげで漣さんは認識されずに無事だった


「これは運を味方にしているにしては…」


【使いこなせていないという事。本来ならおそらくその場に行く必要すら無いはずよ】


新棲姫「それは恐ろしいな…」


爆発により保管してあった艦載機がかなりの数失われてしまった。あの鎮守府にとって航空戦力は生命線だ。司令官達も頭を悩ませているようだった


支援もすぐには期待出来ない、悩みぬいた司令官はせめて周辺の深海棲艦と停戦出来ないかとレ級さん達に相談していた


しかしレ級さんが言うには交渉するべき姫や鬼は周辺の海域には既に居ないという


「レ級さんが暁さんの為に追い払ったんですね。つまりしばらくは艦載機が無くとも凌げそう」


新棲姫「…半端な事をしたものだな」


「え?」


モニターの中のレ級さんが司令官に懺悔する


それはつまり追い払った姫や鬼が何処に行ったか、それにより周辺の鎮守府に被害が出てしまっていたらしい
545 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/15(日) 04:15:17.76 ID:cTfw2jzDO
 
 
新棲姫「暁の為に周辺の深海棲艦を排除したい。そこまではいい、だがやはり同胞だからと殺せなかった。結果被害は拡がった」


「それは…」


新棲姫「…自分達の益の為に同胞を手にかける、ワタシだってそんな真似は…だがもし漣の為になるなら…」


【…やめておきなさい、それ以上は袋小路に入ってしまうわ】


そう言って富士さんが新棲姫さんの頭に手を置いた。ぐわんぐわんと若干乱暴に撫でる


新棲姫「む…オマエに気遣われるとはな」


【深海棲艦に気遣いなどしないわ。ただここで発狂でもされたら鬱陶しいだけよ】


ぐわんぐわん


新棲姫「あう」


「うふふ…」


笑う私に富士さんが無言で視線を送る。解ってるから余計な事は言うな、そう言っているようだった


そしてあちらの新棲姫さんが司令官に問いかけをしている。それは司令官にとっては厳しい問いだった
546 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/15(日) 04:18:05.60 ID:cTfw2jzDO
 
 
つまりは自分の大切なものの為なら他者を傷付けてもいいのかと


それに答える司令官はそれはもう辛そうで


「…どうしてあんな質問をしたんですか?」


若干責めるような口調になってしまう。だが新棲姫さんは大して気にした風も無く


新棲姫「そうだな…あのワタシが今考えてる事は解らないが…提督のスタンスをはっきり知りたかった…という所だろう」


「スタンス…」


新棲姫「提督は誰にも言われているように甘い、いざという時にその甘さから一番大切なものを取りこぼしてしまう恐れがある」


だから自分の口からはっきりと言わせて確認したかったのではないかと、それが解れば自分達も行動の指針を立てやすい…そう考えたのだろうという


新棲姫「まあ自分があの島風提督と同じだというのはさすがにどうかと思うがな」


「私は司令官はあんな事はしないと思います」


新棲姫「それはワタシも同感だ。例え同じ状況になったとして一線を越えはしないだろう。それが二人の違いだ」


間違いだと解っていても行動を起こした者、踏み止まれる者、どちらも大切な人の為に


私はその被害者の一人だけど…その気持ちだけは理解出来る


あの人は今も私の怨念を幻視して魘されているのだろうか


私本人はまあ許した…と言っても差し支え無い程度には向き合えるようになっているけれど
547 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/15(日) 04:20:26.36 ID:cTfw2jzDO
 
 
『あー…』


私達が話しているとY子さんが自室からのそりと出て来た。顔色があまり良くない


「あの…大丈夫ですか?調子が悪そうですが…」


『…大丈夫だよーちょっと寝不足なだけだからー』


【…】


今まで部屋に居て寝不足…?なら彼女はいったい何をしていたのか


新棲姫「朝潮…あまり聞いてやるな、プライベートな事だ」


「プライベート…?」


新棲姫「一人で部屋に居て寝不足…つまり自分で寂しい身体をなぐさめ…」


『ちがう!!!』


ビシィッ!


強烈なデコピンが新棲姫さんの額にヒットした。とても良い音が部屋に響いた


新棲姫「おおお…!」


【今のは貴女が悪いわね】


若干頬を赤らめて富士さんが言う。どうも富士さんはそういう話には耐性があまり無いらしい。そしてY子さんも顔が赤い。むしろこの姉妹二人共だろうか


『はー…朝ちゃん…お茶頂戴』


そう言ってこたつに座りテーブルに突っ伏す。顔色は先程よりは良くなっているようだがやはり怠そうだ


「はい、少し待ってくださいね」
548 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/15(日) 04:23:32.37 ID:cTfw2jzDO
 
 
そう言って台所でお茶の用意をしながら私は考える


…最近Y子さんは部屋に閉じ籠る機会が多い。そして妙に疲れた顔をしている


初めて会った頃からは考えられない程に衰えているように感じる。それでも私なんかよりは余程強いけれど


新棲姫さんの話は冗談として、ならいったい何をしているのか


【今は…】


気付けば富士さんが背後に立っていた。静かな、それでいて悲しそうな目をして私に言う


【今はまだ聞かないであげて…あの子も頑張っているから…】


「頑張ってる…?」


【ええ…自分という呪いから逃れる為に】


「呪い…?」


【あの子がそう決心したのも朝潮…貴女のおかげなのよ。貴女がヒントを示したから】


「よく…解りません…」


【今はまだ…あの子が自分で話すまで待ってあげて…】


そう言って富士さんは私を優しく抱き締めてくれる


だけど…安心するどころか不安が大きくなっていく


全てが終わった後、私達は…いったいどうなっているのだろう
549 : ◆B54oURI0sg [saga]:2019/09/15(日) 04:26:22.42 ID:cTfw2jzDO
ここまで
自己解釈マシマシ
550 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/15(日) 13:08:21.21 ID:h3Cxf1u0o
おつおつです
こっちもこの辺り辛いわね
Y子さんも富士さんもソロプレイは声大きそう…大きそうじゃnビシィッ!
551 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/15(日) 14:46:04.93 ID:WoajHPQcO
乙です、いつもありがとうございます

富士は恐る恐るから始まってドロドロになるまで続くんだと思います。ネタは無限に手に入りますからね

や…の方はそもそも一人でするか微妙です。いつだったか姉との百合希望の話もありましたから、そういう気分になったら都合の良い富士を作り出して[ピーーー]まで犯しまくるでしょう

Y子さんはどうでしょう……?色々考えられますけど、うっすらでも生えてたら最高ですね。ちなみに姉は生えてません
552 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/19(木) 06:03:05.01 ID:EK3j1AADO
>>548から
 
 
あれから鎮守府にストーカーが侵入したり那智さんと司令官が揉めたりと一悶着あったもののどうにか無事に支援艦隊を迎える事が出来ていたようだった


「何もかも司令官があの鎮守府を作ったせいだなんて飛躍しすぎです」


新棲姫「しかしあの鎮守府には様々な因果が集まっているのは確かだ」


「また因果ですか…いい加減その単語が嫌いになりそうです」


やった事は必ず返ってくる。しかし司令官は何も悪い事をしていた訳じゃない


それで責められたり苦しんだりしているのは何故だろう


【…必ずしも報われる訳じゃない…そして必ずしも報いを受けるとも限らない、世界はこんなにも不平等…】


そう富士さんがぽつりと呟いた


新棲姫「因果応報はあくまで結果論だと?」


【でなければこんな世界にはなっていないわ】


それには新棲姫さんも返す言葉も無いようだった


『因果はあるよ』


テーブルに突っ伏したままのY子さんがそう言った。その言葉に富士さんがハッとした顔をする


【そう…ね、そうだったわね】


『だけど正しく巡ってはいないのは確かかな…気まぐれで悪趣味な誰かがその鎖を握ってる』
553 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/19(木) 06:04:54.50 ID:EK3j1AADO
 
 
「それは誰なんですか?」


『さぁね…神様気取りの勘違いした誰かさんなんじゃない?』


…Y子さんは、いや、富士さんもそれが誰なのかはっきりと認識している…そんな気がした


二人は何かを隠している


それは前々から解ってはいた事だったが私はそれを追求しようとは思っていなかった


だけどその秘密が向こうから近付いている。そんな予感が何処かにあった


多分、私にとってそれは知りたくない何か


それを知ってしまったら何かが終わる。そんな予感が
554 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/19(木) 06:06:03.60 ID:EK3j1AADO
 
 
支援艦隊が鎮守府に日替わりで来るようになって数日


司令官は艦娘達の好奇の目に晒されていた


「以前の会合でまたもや風評被害が拡大しましたからね…」


新棲姫「絶倫誘拐犯」


「ぶふっ」


語呂が良いのかつい笑ってしまう。ごめんなさい司令官…ふふ


【わからない…】


『うん…』


富士さんとY子さんにはあまりピンと来ていないようだった


艦隊運営に若干余裕が出てきたのか司令官達は先日の爆発について会議を開いていた


監視カメラや憲兵さんの証言でそれが組織による襲撃であったのだとすぐに判明した


しかしその対策についての話し合いは一向に進まないようだった


「運を武器にしている相手なんて対策のしようがありませんものね…」


その襲撃犯、雪風が近くの海域で目撃されたと支援艦隊からの情報が入り一同に緊張が走った


結局話し合いは雪風と遭遇した場合何とか戦闘を回避するという消極的な結論しか出なかった


「戦いになったらまず勝てないとなれば無理もありませんが…」
555 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/19(木) 06:07:39.01 ID:EK3j1AADO
 
 
『話し合いに持ち込むのも難しいかもしれないよ』


「何故ですか?そんなにその雪風は組織に忠誠を?」


【違うわ…あの雪風はもう…】


富士さんが悲しげに首を振って続ける


【壊れてしまっている…冷静な判断力も、誰かの話をまともに聞く余裕ももう…】


富士さんのその言葉の意味はすぐに解った。その雪風は事もあろう街中で暴れているとニュースになっていたからだ


映像を切り替えるとそこは阿鼻叫喚だった


警察の銃撃など無いかのように悠々と歩きながら狙いも付けずに砲撃、その度に悲鳴と爆発


【こんな命令を組織が出すはずはない…そしてこれが雪風本人の意志ならそれは…】


まともではあり得ない。そんな事をしても何のメリットも無い。私の知る限り快楽殺人者だった早霜ですら無差別に暴れるなんてしていなかった


確か何処かのお店で暴れたという話を聞いた事はあるがそれはおそらく明確な目的があっての事


【だけどあの雪風は違う。暴れる事、殺す事そのものを目的としている…そうしなければあの子は苦しみから逃れられない…そう信じている】


「それはどういう…」


事ですかと聞こうとした言葉を飲み込む。モニター向こうの状況に変化があったからだ
556 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/19(木) 06:09:28.35 ID:EK3j1AADO
 
 
「あれは…前に菊月さんが連れて行った艦娘ですね。どうしてここに…」


『駆逐艦、若葉だね。中身は違うけど』


中身が違う…菊月さん達…つまりあれは…


しかしその変身は雪風にあっさり見破られていた


そして変身を解いた彼女…リュウジョウさんはそこから更に説得を続ける


「戦って倒すのが難しいならこの世界で最も危険な場所に誘導すれば…誘導される方もされる方ですが」


変身を見破ったのは偶然なのだろうか…よく解らない


リュウジョウさんの話術で鉄の海域に行く事を決めた雪風だったが…そのままリュウジョウさんを見逃す程甘くはなかった


雪風が取り出したビー玉を投げ付ける。大して力も入れていないはずのそれは突然凄まじい速さでリュウジョウさんの顔に命中した


「う…ビー玉が顔面にめり込んで…」


新棲姫「どんな幸運が働けばビー玉であんな威力が出せるというのだろうな」


雪風が去った後、倒れたリュウジョウさんの身体が跡形も無く突然消えた。おそらく仲間が能力で回収したのだろう


新棲姫「最悪こうなるのは織り込み済みだったか、対応が早い」


おそらくはこれまでもこんなやり方を繰り返して来たのだろう


「もし間に合わなかったり、失敗したら…綱渡りすぎますね…」
557 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/19(木) 06:11:51.02 ID:EK3j1AADO
 
 
そして雪風は鉄の海域を目指して海を渡っている。正確な位置も知らないはずなのに迷い無く一直線に向かっている


そんな時突然閃光が雪風目掛け飛来した


「命中はしませんでしだが…これはまさか…」


新棲姫「荷電粒子砲だな。だがこれは小規模、おそらく信濃だ」


確か信濃さんは菊月さんと協力していた。つまり…


「最初から誘き出して遠距離から狙撃するつもりだった…」


新棲姫「ただ鉄の海域に誘導しただけでは生き残る可能性もあるからな。いや、むしろあの幸運を考えれば間違い無くか」


しかし何度も荷電粒子砲の砲撃が飛んでくるが一向に当たる様子は無い


「荷電粒子砲ってここまで連射して大丈夫なんでしょうか」


新棲姫「解らないが…おそらくかなり出力を絞っているのだろう。駆逐艦一隻を沈めるのにそこまでの威力は必要無いからな」


そうしている間に変化があった。荷電粒子砲の閃光が雪風を掠め始めたのだ


「当たる?でも雪風には攻撃は…」


【…雪風の幸運にはインターバルが必要なのよ】


それまで黙ってモニターを見ていた富士さんが口を開いた


【今まであの子をここまで追い詰める存在は無かった…だから本人すら気付いていない弱点】
558 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/19(木) 06:14:22.70 ID:EK3j1AADO
 
 
それはほんの数秒、しかも目で確認など出来はしない。実際にはもっと短く感じるだろうと


「菊月さんはどうしてそれを…」


【同じ能力持ちだからこそそれに気付いたのでしょうね】


モニターから悲鳴が響き渡る。ついに荷電粒子砲が雪風の左腕に命中したのだ


【…っ】


富士さんは唇を噛み締めそれでもモニターから目を離そうとはしない


「富士さん…無理に見なくても…」


【いいえ、私は見届けなければならない】


決然とそう言ってモニターに向かう富士さん。だがその時雪風が祈るような手の形を取った


しかしその目は神に救いを求めるものではなく、悪魔に魂を売り渡すような憎しみに濁った目で


【うっ…】


『これは予想以上に…』


私にも判る。雪風が何かをしたのだ


そして狂ったように笑う雪風に再び荷電粒子砲の光が降り注ぎ―――


雪風はこの世から消滅した
559 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/19(木) 06:17:24.63 ID:EK3j1AADO
 
 
「今のは…」


『…死んだ…あの組織の老幹部が…』


「それって…」


Y子さんですら驚きを隠せないようだった


新棲姫「雪風の幸運というのは遠く離れた人間を死に至らしめる程だったのか…」


『ううん、さすがにそこまでの事は出来なかったはずだよ。…これまでは』


「つまり…死を前にして力が強くなった…?」


『あの一瞬膨れ上がった力は強くなったどころじゃなかった…もしもあの場面で外してたら菊月も信濃も死んでた』


【…雪風は組織の老幹部を憎んでいた、最期の瞬間に道連れにしようと考えた、でももし少しでも遅かったり外したりしていたら…】


新棲姫「その矛先は自分を殺そうとしている者に向かう…か」


『それだけじゃないよ、最後の雪風の力は離れた人間すら殺せる程に強かった。そして雪風は殺す事を求めてた』


新棲姫「自分の力に気付いた雪風が次に何をするか…考えるまでも無いな…」


「倒せて良かったですね…」


私はそうホッと胸を撫で下ろす。そんな私の耳に富士さんの呟きが辛うじて届いた


―――ごめんなさい、と
560 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/19(木) 06:20:59.15 ID:EK3j1AADO
 
 
鎮守府では雪風が暴れた街の復興作業の手伝いに大忙しだった


怪我人多数だがどうにか死者は出ていないのは不幸中の幸いか


その怪我人の中に子供を助けて巻き込まれた孫さんも居たらしいがそれも命には別状は無いようだった


「ガングードさんの狼狽えようは気の毒になりますね…」


新棲姫「早くも未亡人なんて鎮守府で出したくはないだろうしな」

ズ…ズン…


新棲姫「地震か?」


「最近たまにあるんですよね」


新棲姫「この世界にもあるんだなそういうのが」


『あ…あたし、ちょっと部屋に戻るね』


Y子さんが急に立ち上がり歩き出そうとしてふらついている。それを素早く富士さんが支える


『…ありがとお姉ちゃん』


【ええ…】


そうしてY子さんを部屋に連れていく富士さんを見送りながら考える


始めの頃は富士さんもY子さんに怯えていたような気がする。それが無くなったのはいつからだったか…


鎮守府では司令官が皆を集めて慣れない演説をしていた


私には解らない事でも司令官達なら解るだろうか…だけど相談しようにもそれは不可能だ
561 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/19(木) 06:23:43.26 ID:EK3j1AADO
 
 
新棲姫「心配事か朝潮」


「…二人は私達に何かを隠しています」


新棲姫「私達、ではないな」


「え?」


新棲姫「朝潮、気付いているだろう?時折あの二人がオマエに向ける目に」


「そうです…ね」


罪悪感のこもった眼差し、実際に何度も謝られたりもした。私を救えなかった事について


だけど私はそれを責めるつもりは無いし、始めから恨んでなんかいなかった


もしかして他に何かあるのだろうか…私には想像出来ない何かが


新棲姫「覚悟だけはしておけよ」


「不安を煽るような事言うのは止めてもらえますかね…」


ズズ…ン


部屋に伝わる僅かな振動さえも不吉な兆しに思えてしまうのだった
562 : ◆B54oURI0sg [saga]:2019/09/19(木) 06:27:16.52 ID:EK3j1AADO
ここまで
あくまで朝潮視点なのでエピソードは多少飛んだりします
563 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/19(木) 12:21:23.20 ID:UrGqg+1go
乙です
朝潮ちゃんやっぱり菊月達は苦手そう
こちらでの扉開けがどう書かれるか楽しみです
564 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/09/24(火) 16:43:14.78 ID:140OFOwDO
>>561から
 
 
雲龍さん、加賀さん、翔鶴さん、そして秋津洲さんの三人が焼け落ちた鎮守府の前に居た


そこはかつて秋津洲さんが所属していた鎮守府


それはもうブラックで、少しでも役に立たないのなら殴る蹴るは日常で


それでも自分が元居た鎮守府であるという事で様子を見に来ていた


そしてそこは私もかつて所属していた島風鎮守府


組織の襲撃によって無人となっていたそこは完全に焼失していた
565 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/24(火) 16:44:37.43 ID:140OFOwDO
 
 
「傀儡の襲撃で多少は損壊していましたが全焼する程の火災は無かったはずです」


新棲姫「なら後から放火でもされたか、艦娘を嫌っている人間なんて何処に居るか判らないからな」


「そうかもしれませんね…」


周辺住民に聞き込みをする加賀さん達だったが厄介事には関わりたくないのか有益な情報は得られなかったようだ


そして当の秋津洲さんは焼け跡に立ち尽くしたまま何かを呟いていた


「目が少し危ないですね…思い出してしまったんでしょうか…」


新棲姫「…思い出す?あいつは記憶喪失なのか?そんな話は初めて聞いたぞ」


「私も詳しくは判りませんが、おそらくは…」


そして私は当時の記憶を思い返しながら話し出す
566 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/24(火) 16:47:04.23 ID:140OFOwDO
 
 
「過去に私は彼女と会っています。当然ですよね、同じ鎮守府の同僚なんですから。よく島風提督に殴られた痣を泣きながら冷やしていました」


「手当てを受けさせる為に医務室に連れて行ったり、食事を分けたりもしましたね」


「そのうち私は売られ、彼女がどうなったのかは判らないままでしたが、司令官の鎮守府で見かけた時には少し驚きました」


「秋津洲さんも司令官に救われたのだと思い声をかけてみたんですが…彼女は言ったんです」


「はじめまして…と」


「それで何となく察しました、秋津洲さんは記憶を封印か、もしくは改竄しているのだと」


「それから私はあまり刺激しないように彼女とは極力接触しないようにしていました」


「島風鎮守府の出身とはっきり認識されている私が側に居ては些細なきっかけで思い出してしまうかもしれない」


「彼女にとってかつて居た、酷い目にあった鎮守府は何処か遠くで、殴った提督は別の誰かで」


「それで楽になるならそれでいいと思っていたのですが…」


司令官の鎮守府で過ごす内に秋津洲さんはそうとは忘れ自ら禁断の箱を開けに行ってしまったのだろうか
567 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/24(火) 16:49:09.43 ID:140OFOwDO
 
 
新棲姫「辛い記憶を封じ込め自らを守る、あり得ない話ではないな」


話を聞いた新棲姫さんはそう言って納得した様子だった


「あの頃の島風提督は今とはだいぶ違います。いつもイライラしていて、感情の起伏が激しかった」


新棲姫「他にも殴られたりしていたやつは居たのか?」


「居ましたね。私も含め反抗的な態度を取っていた艦娘は大抵一度は」


それでもさすがに出撃に差し支える程の暴行は無かった


しかし秋津洲さんはほとんど出撃はさせてもらえていなかった


「出撃もしない艦娘をストレスの捌け口にしていた部分はあったと思います」


新棲姫「聞けば聞く程最低なやつだな、確かに今とはほとんど別人だ」


「それだけ島風の事が重くのし掛かっていたのでしょうね…」


同情は出来ないがそれでも今なら多少は理解出来る。大切な人の為に他の全て、自らの良心さえ切り捨てた、その想いの強さだけは


その時に少しでも彼を導く何かがあったなら踏み外す事は無かったのにと思う
568 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/24(火) 16:50:44.15 ID:140OFOwDO
 
 
秋津洲さんの記憶の扉が開きかけているのか少し様子がおかしくなっている


そんな中、島風鎮守府放火の犯人探しが始まっていた


カメラの映像から小柄な人物と判るが不鮮明で誰かまでは判別出来ないようだった


そこで雲龍さん達はまず疑わしい人物への聞き込みをするという話になった


「実際あの鎮守府に恨みを持っている艦娘となるとほぼ全員になりますが…」


新棲姫「その中でも筆頭は朝潮、浜風、文月か」


「私にはアリバイがあります!だって既に死んでいるんですから!」


新棲姫「それがトリックだとしたら?」


「な…ならそのトリックを証明してみてください!」


新棲姫「…」


「…」


新棲姫「…こう、糸を」


「糸を?」


新棲姫「…」


「…」


新棲姫「…ワタシの負けだ」ガクリ


項垂れる新棲姫さんに私は小さくガッツポーズ
569 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/24(火) 16:52:17.92 ID:140OFOwDO
 
 
【何をアホな事をしているのよ…】


呆れた様子の富士さんが側に立っていた


「あ、富士さん。Y子さんの様子はどうですか?」


【今は眠っているわ】


富士さんは落ち着いている、とりあえず今は心配は要らないようだと思っておく事にする


富士さんにお茶を淹れている間に放火の犯人はあっさり見付かっていたようだった


「犯人は文月でしたね」


新棲姫「ワタシの推理通りだな」


【何だか糸がどうとか言っていなかったかしら?】


新棲姫「トリックと言えば糸だ。この前読んだ小説に書いてあったぞ」


「放火に糸をどうやって使うのかは解りませんが…どちらにせよ犯人は自供しているので無意味ですね」


阿武隈さんが移籍した例の幼女塾にて文月はあっさり自分が島風鎮守府に放火したと認めた


しかしその言い分には私も眉を潜める
570 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/24(火) 16:55:20.71 ID:140OFOwDO
 
 
「弔いの炎って…文月はあんまり変わってませんね」


新棲姫「そうなのか」


「良くも悪くも子供なんですよ、影響を受けやすいんです」


一般的な文月は天使と言われるくらいに純粋らしいがもちろんこの文月もそうだった、しかしあの鎮守府に所属してしまった事で変わっていったのだ


「文月だけじゃない、私も島風提督自身も、あの鎮守府に居た者は皆どこか壊れてしまっていました…まともなのは当事者でありながら何も知らされていなかった島風くらいです」


五月雨なんてそれはもう酷い変わり様だった、今ではあれが自然だと思われているがそれがどれだけ異常な事か。普通の五月雨を知っていれば解るだろう


「文月の場合は子供らしい強かさで可愛く振る舞えばメリットがあると学んでしまった。さすがに島風提督もそれを殴ったりは出来なかったようでしたし」


代わりにそのしわ寄せが秋津洲さんなどの立場の弱い艦娘に行ってしまっていたのだ


「まあ私の為にというのも方便でしょうね、例え本気だったとしても嬉しくありませんが」


そんな文月は悪びれる風も無く話を切り上げようとしていたがそこに浜風が現れ私と同じく看破していた


そこからは浜風の説得により文月はこれまたあっさり改心した。やけに聞き分けが良すぎるのが少し気にはなるが


「確かあの鎮守府に居た頃は一番浜風が文月の面倒を見ていましたっけ」
571 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/24(火) 16:57:08.00 ID:140OFOwDO
 
 
一番先に売られた私にはその後の事は話でしか知らないが浜風も自分を取り戻せているようでホッとした


その後、阿武隈さん達は文月を罪には問わず庇う事になったようだった


文月はせめて島風提督には謝罪すると言い現在の滞在場所に向かうようだ


島風提督もその謝罪を断る事は無いだろう。そもそもの原因は自分なのだから


新棲姫「公にはせず手打ちにさせるという事か」


「不満ですか?」


新棲姫「以前のワタシなら罪は罪だ、罰を受けるべきだなどと言ったかもな」


「今は?」


新棲姫「確かに放火は重罪だ、だがまあ、犠牲者もゼロ…燃え尽きた財産などは…あの島風提督だからな。これも因果というやつだ」

「そう…ですか」


また因果か…だが今回は確かに巡り巡って返ってきた正しい形なのだろう


そうして今回の事件はひとまず終わり、残ったのは


記憶の扉が開きかけた事で不安定な状態になった秋津洲さんだった
572 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/24(火) 16:59:20.61 ID:140OFOwDO
 
 
秋津洲さんの症状は重いようで入院する事になった。医師の診断によると秋津洲さんの精神は分裂しているのだという。しかも…


「心臓が一度止まって…」


新棲姫「朝潮は知らなかったのか」


「ええ、多分私が売られた後の話でしょうね…」


これは明らかに殺人未遂になるのではないだろうか


暴力の恐怖に縛られた人間は普通の人なら考えつく、周囲に助けを求めるという事は出来ない。報復を恐れ萎縮するのだ。ましてや相手は鎮守府の最高責任者の提督だ


どちらかといえば気の弱い秋津洲さんにはそれは出来なかっただろう


「そして二重人格…忘れていたのではなく押し込めていた…?」


新棲姫「辛い目に遭っている人間は時にその記憶を肩代わりする人格を作る事があるという」


【だけれど最近、島風鎮守府に関わるようになりそれも無理が出てきていた】


新棲姫さんの言葉を継ぐように富士さんが語り出した


【今の鎮守府に来てからも、色々と暴力的な出来事が起こる度にあの子の記憶は刺激され負荷を受けていたわ】


そして今回、島風鎮守府からさみだれという最も島風提督に近い関係者が来たり、そして焼失した様子を見に行ったりした事でついに破綻したのだという


【もはや忘れているふりすら出来ないのなら向き合うしか無いわ…だけど…】
573 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/24(火) 17:02:31.07 ID:140OFOwDO
 
 
「今の秋津洲さんにはそれだけの精神力は…」


【そうね…】


私は忘れるより憎む事で自分を保っていた、それが出来ない性格の人間ならどうするだろう。その答えが秋津洲さんのあの状態なのだ


入院した秋津洲さんに付きっきりで励ます明石さんの姿


そこにどういう訳が菊月さんが訪ねて来た。そしてその要件は…


「へ…?被害届けの取り下げ?というか逮捕されてた?」


寝耳に水というやつだ。私は普段島風提督の様子なんてあまり見ない。ごくたまに理由があれば、というくらいだ


【…当時の秋津洲が暴行されていた映像があったらしいわ、文月がそれを警察に渡したようね】


「反省してるのかと思ったら…」


新棲姫「それはそれ、これはこれというやつだろうな」


放火した事は謝罪してもやっぱり許す気は無いという事か


明石さんは当然菊月さんに文句を言うが、当の秋津洲さんはあっさりと取り下げにサインをして拇印まで押した


「…やっぱり秋津洲さんにとっては復讐だとか報いだとかは興味は無いんですね」


新棲姫「むしろ取り下げなければ逆恨みの報復という線もあるな」


「いくら何でもさすがにそれは…」


…無いとも言い切れない。今の島風鎮守府の面々…特に五月雨にはその恐れがあるとも思える
574 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/24(火) 17:05:02.84 ID:140OFOwDO
 
 
それから病室では明石さんの必死の説得により秋津洲さんには過去と向き合う意志が芽生えたようだった


新棲姫「どうやら記憶も戻っているようだ。オマエの事も思い出しているかもしれないな、朝潮」


「それは別にどちらでもいいですよ。今の彼女には何より大切にするべき親友が居るんですから」


私が生きていた頃、あの鎮守府に居た頃、そんなのは結局出来なかった


司令官に拾われてからも駄々を捏ねて、聞く耳持たずで迷惑ばかりかけて、最後には…


「あーあ、もし昔の自分に会えたらなぁ…殴ってお説教したい気分です」


新棲姫「その気持ちは解らないでもないな…」


【私にも解るわ…それ】


「富士さんも?」


【まぁ…ね】


富士さんにもやっぱり後悔している事があるのだろうか


【昔の私はそれはもう…ええ、正直殴りたいわね】


新棲姫「ワタシ達と一緒だな」


「そうですね」


どんなに凄い人でもやっぱり後悔している事がある。間違えない人など居ない


私は取り返しのつかない間違いを犯してしまったけれど、まだ生きているならきっと…そう思うのだ
575 : ◆B54oURI0sg [saga]:2019/09/24(火) 17:11:13.41 ID:140OFOwDO
ここまで
576 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/24(火) 18:27:50.75 ID:+Aq2MbpNo
おつおつ
死後強まる念っていうのがあってぇ、あいつは糸みたいに使うから……つまり新棲姫ちゃんが読んだのはあれじゃな?

朝潮ちゃんも貴方が書いてくれるから未来ができたんです、ありがとうございます
577 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/24(火) 19:11:58.20 ID:XYrTREybO
本編では二回も死んだ朝潮
せめてこちらでは幸せになって欲しい
578 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/29(日) 19:54:00.37 ID:Mc8iyXTDO
>>574から
 
 
「そういえばちょっと気になってたんですけど」


【何かしら】


「漣さんって私達の事何も話しませんよね」


【ああ…その事…。夢だと思っているのよ】


「夢ですか…」


【言ってみればあれはあの子にとっては臨死体験、夢とも現実とも付かない情景としておぼろげには覚えているでしょう】


戻ってすぐの頃ならはっきりと覚えていただろうが、あの時点では漣さんはそれどころではない状態だった


夢というのはしっかり反芻するか何かに残さなければ記憶は薄れていってしまう


復讐や再び新棲姫さんと再会してそちらで頭が一杯になっている漣さんにそんな余裕は無かっただろう


その当の漣さんだが…とモニターを見ると彼女は鎮守府中を走り回っていた
579 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/29(日) 19:56:58.06 ID:Mc8iyXTDO
 
 
「どうやらあちらの新棲姫さんが居なくったららしいですが…」


新棲姫「何をやっているんだあちらのワタシは…」


少しご立腹の新棲姫さん。それもそのはず、探し回る漣さんの姿はあの日を彷彿とさせる程に必死なものだった


それを知ってか知らずか何事も無かったように帰ってくるあちらの新棲姫さん。しかも何故か艦娘を連れて


無事な姿に号泣している漣さんを宥めつつ事情を説明する彼女にこちらの新棲姫さんも何故か納得したようで


新棲姫「一度拡散してしまえば根絶するのは困難だが…それが漣のものであればワタシも同じ事をしただろうな」


「だからって何も言わずにというのは…」


新棲姫「ああ、あれはあのワタシの落ち度だな」


以前に漣さん自ら編集して売り捌いていたDVD


その動画はネット中に広がり完全な根絶は不可能だという


漣さんだけではない。それが良い値段で売れるとなればそれを利用する人間は、艦娘自身も含め幾らでも居る


新棲姫「艦娘に人権が認められ始めているとはいえその辺りを規制したり保護する法律はまだまだ発展途上だ。無法地帯なのも無理は無い」


今回新棲姫さんが偶然助けた艦娘、ウォースパイトさんもその被害者だった。自らの動画を拡散すると脅されて金銭を要求されているらしい
580 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/29(日) 19:59:07.09 ID:Mc8iyXTDO
 
 
それを聞いて犯人を捕まえようと行動を起こすあちらの新棲姫さん。


犯人を誘き出し、その顔を確認するまでは良かったが揉み合いになる内に頭を打って意識を失ってしまう


「幸い大した傷ではなかったようですが…護衛も付けずに自ら犯人とやり合うなんて…」


新棲姫「ああ…犯人がただの人間だったからまだ対抗出来ていたが、もし銃を持っていたら?正体が艦娘だったら?…武装も無いワタシではどうにもならなかっただろう」


う…新棲姫さんはかなり怒っているようだ。やけに饒舌になるのもそのせいか


その夜、あの日の悪夢を視て魘される漣さんを見て反省はしていたようだがまた誰かが困っていたら助けるとも明言していた


新棲姫「その考えには同意だが…あのワタシとは一度話さなければならないようだな…どうにかして…」


「どうにかと言っても…」


新棲姫「ああ…こちらから能動的に出来る事は無い、チャンスを伺うしか無いな…」


その後、被害者であったウォースパイトさんが鎮守府にレンタル移籍する事になり、結果的に得るものはあったようだった


「航空戦力がほぼ使えない現状で戦艦の方が来てくれるのは助かりますね」


新棲姫「これが情けは人の為ならずというやつか」


こうして誰かを助ける事が今のあの鎮守府を作り上げる事に繋がっている。トラブルに首を突っ込むのだからそれに見合った危険もあるが
581 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/29(日) 20:00:42.91 ID:Mc8iyXTDO
 
 
【良くないわ…これは良くない…】


それまで黙って私達のやり取りを見ていた富士さんが口を開いた


【ずっと思っていたけれど…倫理観とか何か色々おかしいわ…!】

「ああ…まあ、そうですね…」


【お金の為に…自分を売るなんて…】


新棲姫「人間だってやっている事だ。珍しい話ではないがな」


「少なくともしっかり給料貰ってたらそんな考えは浮かばないでしょうが…」


思えば私がかつて居た島風鎮守府では給料なんて無かった


大本営から支給される運営費も島風の治療費に注ぎ込んでいたのだろう。そこには艦娘の給料も含まれている


新棲姫「今の法律はあくまで人間の為のものだ。変わってきてはいるが細かい部分はまだまだだな」


【法律…】


新棲姫「普通なら給料未払いなど許されない。ましてや横領だ。だが鎮守府では割と横行していると聞いた」


「艦娘は兵器で道具だから給料なんて必要無い。そんな風に言っている人も一定数居るらしいですね」


【と…扉を開けてもさすがに法律の事はよく解らないわね…】


そう言って項垂れる富士さん


扉の前で何条の何項目をああしてこうして、更に矛盾が無いように他の項目もどうしてそうして…とても無理だ。アバウトに艦娘の為の法を作れと願って結果どうなるかは想像がつかないが
582 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/29(日) 20:02:09.90 ID:Mc8iyXTDO
 
 
とうとう大本営が本格的に動き始めた


手始めに自分達に従わない鎮守府への支援が断たれた


もちろん司令官の鎮守府もそこに含まれている


「そうしてジリ貧になって動くに動けない鎮守府に…」


新棲姫「アレをズドン…か。全て深海棲艦の仕業で片付けるつもりか」


しかし司令官達も黙ってそれを待つつもりはもちろん無い。しかし下手に動けばどうなるか


【菊月…あの子達が動いているわ…】


新棲姫「それしか無いだろうな。鎮守府を拠点に持つ提督達では動いた途端に撃たれかねない」


「鎮守府そのものが人質みたいなものですね…」


【だけど…あの子達の存在も大本営に察知され始めている…能力の詳細はともかく妙な連中が居るとは知られている。警戒は厳重よ】

例の兵器のおおよその位置を掴んだ菊月さんはリュウジョウさんを潜入させる


そこには護衛任務中の信濃さんが居た。まだ大本営には彼女が裏切り者だとはバレてはいないようだった


一般人に変身したリュウジョウさんが揺さぶりをかけ、兵器の権限を持つ人間をあぶり出すのが今回の目的らしい
583 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/29(日) 20:03:57.63 ID:Mc8iyXTDO
 
 
実際それは上手くいき、信濃さんもその人物をマーク出来たようだった


しかし突然の傀儡の襲撃でその人物には逃げられ、うやむやになってしまう


新棲姫「傀儡の襲撃は自演か…あの場を誤魔化し後日目撃者は事故に遭う、そんな所か」


「やってる事が完全に悪の組織みたいですね…」


新棲姫「だがやつらはきっと自分達こそが正義だと思っているのだろうな」


正義の為なら必要な犠牲だと、むしろそうさせた相手が悪いのだと自分達を省みる事すらしない。してしまえば気付いてしまうから


それが正義とは程遠い、蛮行に過ぎないと


【だから人間は嫌いよ…だけど…】


「私達もあんまり変わりませんよね…」


新棲姫「そうかもな…」


原因はやはり人間にあるとはいえ、自分は悪くない、相手が悪いと復讐の事ばかり考えていた以前の私も


全ての艦娘の為には犠牲は仕方無いと切り捨てようとしていた富士さんも


これが正しい事だと突き進み、結果殺されてしまった新棲姫さんも


立ち止まり、少しだけでも省みていれば結果は違っていただろうか
584 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/09/29(日) 20:05:53.93 ID:Mc8iyXTDO
 
 
龍驤さんの様子がまたおかしくなっていた


落ち込むような事があり、司令官にフォローされる。ここまではまあよくある光景だ


だけど龍驤さんは司令官のフォローを拒絶した


そして


「まさか…龍驤さんが家出をするなんて…」


新棲姫「普段ならあり得ないな、あれだけ提督に依存していながらそれを自ら遠ざけるとは」


龍驤さんが居なくなったと聞いた司令官の狼狽え様は新棲姫さんが居なくなったと知った漣さんにも劣らない程だった


あともう少し連絡が遅かったら自ら探しに飛び出して行っていたかもしれない


その龍驤さんは今、同様に姿を消したはずの鳳翔さんと共に居るらしい。どうも何処かの孤児院で働いているのだという


「どういう事かはよく解りませんが…事故とか事件に巻き込まれてはいないようで良かったですね…」


【龍驤…あの子も変わろうとしているのね…】


「え?」


【自らを省みて…反省して…許してもらって…今まではそこで止まっていた】


そこから更に前に進むには反省するだけでは足りない、そう簡単には人は変わらないのだと
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