【バンドリ安価】戸山香澄「たられば」

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57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/16(木) 03:25:55.44 ID:1RkWeFQA0

日菜「この中身、気になるなぁ。見ちゃお!」

麻弥「ひ、日菜さん、流石にそれはマズいのでは……」

日菜「えいっ!」

千聖(麻弥ちゃんの制止も聞かず、日菜ちゃんはホチキス止めされたページを開く)

千聖(バリバリ、と紙が少しだけ破れる音がした)

千聖(その音がどこか空恐ろしく聞こえたような気がして、少し背筋が震える)

日菜「んーっと、これは……なんだろ?」

イヴ「たくさんの人の顔が書いてありますね……」

千聖(見てはいけないものかもしれない)

千聖(そんな思いがあるものの、私は好奇心に負けて、イヴちゃんと日菜ちゃんに続いてスケッチブックを覗き込む)

千聖(麻弥ちゃんも恐る恐るというように、スケッチブックに視線を落としていた)
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/16(木) 03:27:02.55 ID:1RkWeFQA0

千聖「……っ」

千聖(そしてやっぱり私は後悔した)

千聖(好奇心は猫をも[ピーーー]。ただその言葉が脳裏に浮かんだ)

千聖(イヴちゃんの言う通り、紙面にはたくさんの人の顔が描かれていた)

千聖(確かに、みんな笑顔だ)

千聖(そして、みんな笑顔で、目だけが笑っていない)

千聖(そんな顔がいくつもスケッチブックの上に描かれている)

日菜「んー、変な絵。あ、右下の方に何か書いてある」

日菜「えーっと……『ひとのあさましいほんしょうのえ』……?」

千聖(何でもないように日菜ちゃんがそれを読み上げる)

千聖(私もそこへ視線をやって、先ほどよりも強く背筋に冷たいものが走った)

千聖(紙面の右下の隅、小さく、ただ几帳面であるという以外に表現のしようがない文字で、二重の鍵括弧に括られた、ひらがなのタイトル)

千聖(『ひとのあさましいほんしょうのえ』)

千聖(『人の浅ましい本性の絵』?)

千聖(私が普段見ている彩ちゃんのイメージに大きなヒビが入ったような気がした)

日菜「ふーん……」

イヴ「…………」

麻弥「…………」

千聖「…………」

千聖(日菜ちゃんは何でもないようにしているけど、私と麻弥ちゃんとイヴちゃんは黙りこくってしまった)

日菜「えーっと、次のページは……」

千聖「ひっ、日菜ちゃん? あんまり、その、ページを進めるのは、彩ちゃんに悪くないかしら?」

千聖(諫める為の言葉が裏返る。これは彩ちゃんの為の言葉なのか、私自身の為の言葉なのか。判断がつかない)

日菜「ダイジョーブでしょ! 彩ちゃんがスケッチブック見てていいよって言ったんだし!」

千聖(あなたは怖くないの? と喉元まで出かかった言葉をすんでのところで飲み込む)

千聖(それを言ってしまったら、いつも一生懸命で頑張り屋さんで、私たちの知っている彩ちゃんがどこか遠くへ行ってしまうような気がしたから)
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/16(木) 03:28:15.22 ID:1RkWeFQA0

日菜「えーっと、次は……また変な絵だねぇ」

千聖(これ以上見てはいけないかもしれない)

千聖(だけど、私は日菜ちゃんが捲ったページに食い入るように見入ってしまう)

千聖(それは多分、何でもない絵……のはずだった)

千聖(太陽の光が燦々と降り注ぐ大地に、大きな、とても大きな……周りにある家よりも、山よりも高い一輪の花が咲いている)

千聖(よく見ると、その家々や山々もどこかおかしい。パースだとか、色合いだとか、そういったものが、少しだけ狂っている)

千聖(見てはダメなものかもしれない)

千聖(殊更強くそう思うけれど、私の目はまた紙面の右下の方へ動いてしまう)

千聖(またタイトルが書いてあった)

千聖(『どりょく ゆめ きぼう あこがれ』)

千聖(几帳面な字だった。一寸の狂いも許さないというような、とても几帳面な字だった)

日菜「彩ちゃん、おっきなお花になりたいのかなぁ?」

麻弥「そ、そうですね、きっと彩さんのことだからそうですよね!」

イヴ「…………」

千聖(麻弥ちゃんの空元気ともとれるフォローに、私とイヴちゃんは何も言葉を返せなかった)
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/16(木) 03:29:16.89 ID:1RkWeFQA0

日菜「次のページは……うわー、なーんか暗い絵だなぁ」

イヴ「っ」

千聖(イヴちゃんが小さく息を飲む音が聞こえた)

千聖(日菜ちゃんの言う通り、何とも暗い絵だった)

千聖(背景は白が基調で……何か、美術作品の展覧回のような絵だ)

千聖(そのどれもが、有り体もなく言えば悪趣味な造形で描かれている)

千聖(絵には詳しくないけど、抽象派、というんだろうか)

千聖(意図的にぼかされ崩された美術作品とそれを見ている人間の様子が、なんとも気味悪く描かれていた)

千聖(絵の全体を見てから、また私は右下の方へ視線を滑らせる)

千聖(『えそらごとのせかい』。そして、その横に小さな黄色いバラが描かれている)

千聖(どんどん変わっていく作風の中、その几帳面な文字だけが何も変わらずに並べられていた)
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/16(木) 03:29:59.66 ID:1RkWeFQA0

日菜「うーん、なかなか面白い絵がないね。次は……」

千聖(日菜ちゃんは呟きながらページをめくる)

千聖(それに対して、私も麻弥ちゃんもイヴちゃんも、もう何も言葉を出せない)

千聖(引き返せないところにまで来てしまった)

千聖(多分、私たち3人の中にはこんな感じの感情があるんだと思う)

日菜「あれ、これは普通の絵っぽい」

千聖(日菜ちゃんがちょっと驚いたように言う)

千聖(確かにこれは今までに比べれば普通に分類される絵なのかもしれない)

千聖(古びた木造アパートの一室だった)

千聖(乱雑に散らかった部屋、開け放たれた窓、薄汚れた壁)

千聖(その中心にまっさらなキャンパスがあって、それに向かう男性の後ろ姿が描写されていた)

千聖(タイトルは……『    』)

千聖(二重の鍵括弧で括られた空間には、何も書かれていなかった)

千聖(……確かに、見様によっては普通の絵なのかもしれない)

千聖(けれど、ぐちゃぐちゃに散らかった乱雑な部屋の中、ただ一か所だけ真っ白なキャンパスに何か不安定な気持ちになってしまう)
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/16(木) 03:30:39.93 ID:1RkWeFQA0

日菜「これはちょっと彩ちゃんっぽいかなぁ。次行こっと」

千聖(……それから、日菜ちゃんはどんどんとページを捲っていく)

千聖(私もスケッチブックのページに目を通していたけど、そのどれもが意味不明であったりどこか薄気味の悪い絵ばかりで、絵の調子もマチマチだった)

千聖(ただ一貫して、絵のタイトルだけは几帳面なひらがなで書かれていた)

千聖(それにまた不安な気持ちが胸中に広がっていく)

千聖(身体に必要以上に力が入り、足がまるで他人のものであるかのように動かせない)

千聖(気付けばイヴちゃんは私の洋服の端をギュッと握り、麻弥ちゃんも自分の身体を抱きしめるようにして彩ちゃんの絵を覗き込んでいた)
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/16(木) 03:31:33.71 ID:1RkWeFQA0

日菜「ん、これで最後だね」

千聖(そして、スケッチブックの最後のページに辿りついた)

日菜「うーん……なんか普通の絵だ」

千聖(確かに日菜ちゃんの言う通りだった)

千聖(窓から茜色の西日が射す部屋)

千聖(その光に照らされた勉強机とベッド)

千聖(光が射しこんできている場所以外は丁寧に黒く塗りつぶされていた)

麻弥「ひっ……」

千聖(でも、そのなんともない絵を見て、麻弥ちゃんが小さな悲鳴を上げる)

千聖「麻弥ちゃん? どうかしたの?」

麻弥「……こ、これ、この絵……」

イヴ「……?」

麻弥「はな、離れて見ると……」

千聖「離れて……?」

千聖(その言葉を不審に思い、私も麻弥ちゃんと同じくらいにまでスケッチブックから身を退く)

千聖(そしてもう一度、その絵に目を落とし、)

千聖「ひゃっ」
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/16(木) 03:33:12.10 ID:1RkWeFQA0

千聖(浮かんできた文字に悲鳴がこみ上げてきた)

千聖(丁寧に、丁寧に、黒く塗りつぶされた光りの届かない空間)

『どうして』

千聖「っ」

『どうしてどうして』

『どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして』

千聖(そこには、遠目で見るといくつもの『どうして』という言葉が浮かぶように、几帳面に、いくつもの違う黒色が塗り重ねられていた)

千聖(スケッチブックの右下には、今までよりもずっと小さな文字で“まんまるおやまにいろどりを”とだけ書かれていた)

イヴ「っ!」

日菜「へー、なんか芸術家みたいな描き方だね!」

千聖(私と同じように絵を見てしまったイヴちゃんは、ギュッと目を瞑って私にしがみついてくる)

千聖(麻弥ちゃんも青白い顔をしながら、スケッチブックから目を逸らす)

千聖(その中で日菜ちゃんだけは最初と何も変わらずにそんな感想を吐き出していた)

――ガチャ

彩「戻りましたー!」

麻弥「うわぁ!?」

イヴ「ひゃぁ!?」

千聖「っ!?」

日菜「あ、おかえりー!」
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/16(木) 03:34:51.07 ID:1RkWeFQA0

彩「うん、ただいま! あれ、どうしたの、麻弥ちゃん、イヴちゃん、千聖ちゃん? なんか顔色悪くない?」

麻弥「い、いえ……」

イヴ「なんでも……ないです……」

千聖「そ、そう、ね」

彩「ふーん? ……あっ」

千聖(と、そこで彩ちゃんが机の上のスケッチブックに目をやり、小さく声を漏らす)

千聖(その反応に冷や汗が滲む)

彩「あー、この絵……見られちゃったんだ……」

千聖(バツの悪そうな顔をして、彩ちゃんは頬を小さく掻く。私は少し大きく息を吸い、意を決して言葉を投げる)

千聖「あっ、彩ちゃん、その、この絵は……」

彩「んとね、これね? あの……恥ずかしいんだけどさ、一時の気の迷いっていうか……中二病? っていうのかな?」

千聖「ちゅ、中二病?」

彩「うん……こういう作風の画家さんに憧れてた時があってね? それを描いてみたんだ」

日菜「あはは、あこちゃんみたいだね」

彩「もー、黒歴史だから見られたくなかったのに……日菜ちゃんでしょ、ホチキス外したの」

日菜「ごめんごめん、気になっちゃって」

彩「まー、絵を見ていいよって言ったのは私だし……しょうがないか」
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/16(木) 03:35:44.65 ID:1RkWeFQA0

千聖(そう言う彩ちゃんの様子はいつもと何も変わらなかった)

千聖(ということは、今しがた見ていた絵といつもの彩ちゃんはなんら関係がないんだろう)

千聖(そう思って、私は大きく息を吐き出した)

千聖(ずっと強張っていた身体の力がようやく抜けてくれた)

彩「えっと、ごめんね? あんまり見てて気持ちのいいものじゃなかったでしょ?」

麻弥「い、いえいえ……勝手に見たのはジブンたちですから」

イヴ「そ、そう、ですね……でも、確かにちょっと怖かった……です」

彩「うう、怖がらせちゃってごめんね、イヴちゃん」

千聖(彩ちゃんは縮こまっているイヴちゃんの頭を撫でる)

千聖(……あの絵が彩ちゃんの本当の気持ちだとか勝手に考えていたけど、それは考え過ぎね)

千聖「でも、彩ちゃん、このスケッチブックの絵は十分趣味だって言っていいものだと思うわよ」

日菜「うん、あたしもそう思う!」

麻弥「ですね。プロの絵描きさんと比べても遜色しないですよ」

イヴ「はい! 最後の方はちょっと……ですけど、他の絵はとても素晴らしかったです!」

彩「ほんと!? えへへ、じゃあ次のインタビューで、これが趣味だって言ってみるね!」

彩「みんな、この絵を褒めてくれてありがと!」

67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/16(木) 03:36:37.26 ID:1RkWeFQA0

――後日 インタビューにて――

――それでは、今日はよろしくお願いします

彩「はい! よろしくお願いします!」

――今回の企画はアイドルの方の趣味を掘り下げるというもので

彩「はい。雑誌の方は何度か拝見させていただいてます。私もこういう雑誌の取材を受けられるくらい有名になったんだな〜って感慨深いです」

――ありがとうございます。それで、彩さんはSNSと自撮りの研究が趣味だとありますが

彩「えーっと、SNSでファンの方の生の声を聞くことが励みになるので……そういった意味で、はい」

――自撮りの研究とは?

彩「それはもう、やっぱりアイドルですから! どうやって写真に写れば可愛く見られるかっていうのを研究してるんです!」

――意識が高いんですね

彩「え? いやいや、そんなことないですよ〜。こう、もっと私のことを見て欲しいっていうか、本当のところをみんなに知ってもらいたいっていうか……そういう気持ちからですから」

――なるほど

彩「あ、そうだ。趣味といえば、新しい趣味が出来たんです」

――新しい趣味?

彩「はい! あ、新しいって言っても子供の頃からやってたことなんですけど……その、お絵かきが好きなんです」

――それはまた、とても可愛らしい趣味ですね

彩「えへへ、ありがとうございます。下手の横好きなので、あんまり大っぴらにすることもないと思ってたんですけど、ちょっとこの前、気が変わりまして」

――なるほど。どんな絵を描かれるんですか?

彩「そうですね。風景画とかが好きで、お休みで天気のいい日は公園とかに出かけて、色鉛筆で絵を描いてますね」

――とても彩さんらしいですね

彩「そ、そうですか? えへへ、ありがとうございます! あ、でも本当に描きたいことはもっと別のことなんですよね」
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/16(木) 03:38:31.50 ID:1RkWeFQA0

――別のこと?

彩「はい。こう、忙しかったり上手くいかなくて凹んだ時とか……ただ思ったことだけをスケッチブックに描いていくこと。それが本当に描きたいことなんですよね」

――芸術家みたいですね

彩「そ、そんな大層なものじゃないですよ」

――なにかテーマとかを決めて絵を描かれるんですか?

彩「そうですね。今まで描いたホントの絵のテーマですと、『努力、夢、希望、憧れ』とか、『絵空事の世界』……あとはなーんにも考えないで、まん丸お山に彩りを、なんて呟きながらスケッチブックを塗りつぶすこともありますよ」

――結構本格的なんですね

彩「あ、あはは、そう言われるとなんだかむず痒いです」

――先ほど大っぴらにするつもりはなかったと仰っていましたが

彩「あー、そのつもりだったんですけど……えへへ、実はパスパレのみんなが『素敵な絵だね』って褒めてくれまして……」

彩「自信がなかったんですけど、気に入ってくれて、認めてくれたのがすごく嬉しかったんですよ」

彩「昔に描いたちょっとお粗末な絵だって、みんなずっと、食い入るように全部見ててくれましたから」

――では、最後にその仲間のみなさんに向かって一言

彩「え? えーっと……それじゃあ、ホントの絵、また描いたから見せてあげるね?」

彩「今度のテーマは“ようこそ”だよ!」

――本日はありがとうございました

彩「はい、ありがとうございました!」



そのインタビュー記事を見た千聖さんが震えあがることになるのでしたとさ


もしも丸山彩が天才画家だったら おわり

69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/16(木) 03:39:17.62 ID:1RkWeFQA0
天才画家ってみんな闇抱えてそう、という偏見だけで書きました。
お見苦しいものをお見せしてしまい大変申し訳ございませんでした。
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/08/16(木) 03:40:18.23 ID:1RkWeFQA0

湊友希那「もしも私が↓1だったら」
71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/16(木) 03:48:32.63 ID:MGWi6OvN0
幽体離脱した霊体
72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/16(木) 10:19:56.18 ID:on1AU61LO
フィルターかかってる場所があった
saga入ってる?
73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/16(木) 15:57:52.21 ID:1RkWeFQA0
>>72
普段saga入れないので……うっかりしてました
重ね重ね申し訳ないです(・ω・`)
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/16(木) 16:00:34.51 ID:1RkWeFQA0

もしも湊友希那が幽体離脱した霊体だったら


友希那『……あら?』

友希那(夜。ふと目を覚ますと、なんだか身体がとても軽かった)

友希那(重力を全く感じないというか、地に足がついた感覚がしないというか)

友希那(不思議に思って辺りを見回してみる)

友希那(時計は午後11時を指していて、いつもより高い視線を下に向けると、ベッドに横になっている自分の姿が目に映った)

友希那『これは一体……』

友希那(首を傾げつつ、体を動かしてみると、フワフワとあちらこちらに飛べるようだった)

友希那『状況はよく分からないけど……なんだか楽しいわね』

友希那(身体と共に思考も上ずっていたのか、私はそんなことを呟くと、ふと外を飛んでみたくなった)

友希那『物に……触れるのかしら』

友希那(カーテンに手を伸ばしてみると、布の感触も何もなく、手だけがカーテンの向こうに吸い込まれていった)

友希那『触れないけど、すり抜けられるみたいね』

友希那『なら……』

友希那(思い切って、窓に向かってフワリと飛び込んでみた)

友希那(すると、特に何かにぶつかるという感触もなく、家の外に漂うことが出来た)

友希那『……面白いわね、これ』

友希那(リサが読んでいた漫画にこんな体験のことが書いてあったな、とふと思い出す)

友希那(あれは月曜日の友達と空を飛ぶ話……あ、違うわ、これじゃない。左手に鬼を宿す地獄先生の話ね)

友希那『確か幽体離脱、と言ったかしら』
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/16(木) 16:01:01.28 ID:1RkWeFQA0

友希那(どうしてこうなったのかは全く分からないけど、せっかくなので私は街の空を飛んでみることにした)

友希那(水中を泳ぐように、夜空へ向かって空気を手でかいてみる)

友希那『……いけるわ』

友希那(どんどん自分の身体が空へと昇っていく)

友希那(しばらくそうしていると、私の住む街が真上から一望できるくらいの高さにまで昇りつめた)

友希那(夏の夜の街はシンと静まり返っていた。大きな国道にはトラックがちらほらと走っているけど、それ以外に動いているものは何もない)

友希那(家々の明かりももうほとんどが消えてしまっていた)

友希那『ふふ、頂点に狂い咲いたら、こういう景色が見えるのかもしれないわね』

友希那『……この身体であまり高いところにまで行くと、このまま天に召されてしまうのかしら』

友希那(そう思うと少し怖い思いがした。だけど、こんな珍しい体験をすぐに止めてしまうのはもったいない)

友希那(どうしようかしら、と少し考えてから、ハタと思いつく)

友希那『そうだ。せっかくだし、ロゼリアのみんなの様子でも見に行きましょう』

友希那(そうと決まれば、まずは私は宇田川さんの家を目指して空を飛ぶことにした)

76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/16(木) 16:02:11.29 ID:1RkWeFQA0

――宇田川家 あこの部屋――

宇田川あこ「よし、やった――うわー! まだ倒しきれてなかったぁ!」

友希那『電気が点いてる、と思ったらまだゲームをしていたのね……』

あこ「りんりーん! 助けて〜!」

友希那(インカムの付いたヘッドフォンをしていて……燐子と電話でもしながらやっているのかしら?)

友希那(はぁ……燐子も燐子ね。電話代だって嵩むでしょうに)

友希那『まったく……いくら夏休みだからって、夜更かししてまでゲームをするのは感心しないわよ』

友希那(さて、どうしようか)

友希那(あこのゲームを中断させたい、けど、今の私は物に触れないのよね)

友希那(……声は届くかしら)

友希那『あこ』

あこ「ありがと、りんりん! 助かったよ〜!」

友希那『……これは、私の声そのものが聞こえないのか、ただ燐子と電話してるから聞こえていないのか』

友希那『もう少し近づいてみましょう』

あこ「うん、うん……それじゃあ次は――って、あれ?」

友希那『?』

あこ「あ、ううん。なんか、急に冷たい風が吹いてきたっていうか、なんていうか……」

友希那(冷たい風……冷房じゃないのかしら)

あこ「ううん、冷房じゃない……と思う。なんだろう、冷蔵庫開けたみたいな?」

友希那(もしかして、私の周りの空気が冷たいのかしら。ちょっとあこの首に触れてみましょうか)

あこ「ひゃあっ!?」

友希那『わっ』

あこ「え、え!? いや、なんか急に首元が冷たくなって……!? え!? 幽霊!?」

友希那(そんなに冷たいのかしら。でも今の季節にはちょうど良さそうね)

あこ「や、やめてよりんりん……お化けなんていないよ……」

友希那(……これ、燐子がちょっと面白がって怖い話をしてそうね)

友希那(ふふ……いつもあこには振り回されているし、たまには私の方からあこにイタズラするのもいいかもしれないわ)
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/16(木) 16:03:10.45 ID:1RkWeFQA0

あこ「あ、あこが今までゲームで使った死霊が……?」

友希那(なるほど、そういう方面で攻めてるのね。なら私も……)

あこ「耳を澄ませば……恨みを呟く声……」

友希那『たすけて』

あこ「ひっ!?」

友希那『ねぇ、どうして? どうして見捨てたの? ねぇ、ねぇ』

あこ「や、やだ……やめてよぉ……」

友希那(私の声、聞こえてるみたいね)

友希那『ねぇ、また一緒にあそびましょう? あこ、ほら、ねぇ? ふぅー』

あこ「ひゃぁ……!? また冷たい風が……」

友希那『ふふふ……ふふふふふ……』

あこ「い、やぁ……お、おねーちゃん助けて……」

友希那『今日は見逃してあげるけど、夜は早く寝なさい?』

あこ「は、はいぃ……夜更かしはしません……早く寝るようにします……」

友希那『ふふ、いい子ね。でも、もし約束を破ったら……ふふ、ふふふふふふ……!』

あこ「ひゃあ!? ごめんなさい、ごめんなさいぃ!!」

友希那(……少しやり過ぎたかしら)

友希那(椅子の上で縮こまってブルブル震えてるあこを見てたら……こう、ちょっと申し訳ない気持ちになってしまったわ)

友希那(最後にフォローだけしておきましょうか)

友希那『あなたが良い子だってことは知っているわ。だから安心して頂戴。私はいつでも、あなたを見守ってるからね?』

あこ「〜〜っ!! た、助けてぇ、おねーちゃーんっ!!」ガタッ

友希那『わっ』
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/16(木) 16:03:50.16 ID:1RkWeFQA0

友希那(フォローのつもりだったんだけど、どうしてかあこは部屋を飛び出していってしまったわ)

友希那(どうしようかしら。……とりあえず燐子にもフォローしておきましょうか)

友希那(そう思って、机の上に無造作に投げ捨てられたヘッドフォンのインカムに口を近づける)

友希那『……聞こえる?』

『えっ!? ど、どなた……ですか……!?』

友希那『通りすがりの……歌姫よ』

『え……え……!?』

友希那『あの子はそのうち戻ってくるわ。気にしないで』

『戻ってって……!?』

友希那『それだけよ。それじゃあね、燐子』

『!? な、なんで……わたしの……!?』

友希那(なんだか電話の向こうの燐子も驚いたような声ばかりだしていたけど……どうしたのかしらね)

友希那(まぁ、きっと飲み物でも零したんでしょう)

友希那『次は……紗夜のところに行こうかしらね』

79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/16(木) 16:04:43.14 ID:1RkWeFQA0

――氷川家 紗夜の部屋――

友希那『お邪魔します』

友希那『もう部屋は真っ暗だし、流石紗夜ね。夏休みでも規則正しい生活を送っているみたいね』

友希那(でも、紗夜がもう眠っているのなら特にやることもないんだけど)

友希那(……せっかくだし、寝顔の1つでも拝んでから帰りましょうか)

友希那(そう思って、ベッド上までフワリと移動する)

友希那(変な慣性が乗るこの空中浮遊もすっかり慣れてしまったわね)

氷川紗夜「すー……うぅん……」

友希那『あら……少しうなされているわね。悪い夢でも見ているのかしら』

紗夜「マスク……ウサギ……星……うぅ……」

友希那『それにすごく汗をかいているし……エアコンは動いてるわよね』

友希那(チラリと部屋に備えられたエアコンに視線をやる。今の私は気温を感じられないけど、電源のランプと空気を吐き出す音はしっかり確認できた)

友希那『紗夜のことだから冷房の温度を高く設定しているのかしら』

友希那(呟きつつ、机の上に置かれていたエアコンのリモコンを見てみる)

友希那(……やっぱり30℃に……って、これ、暖房になってないかしら)

友希那『何故この真夏に30℃の暖房を……? 何か深い意味があるのかしら?』
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/16(木) 16:05:17.95 ID:1RkWeFQA0

――ガチャ

友希那(紗夜の真意を推測していると、部屋の扉が開く小さな音が聞こえた)

友希那(少し驚きながら扉の方へ視線を巡らせると、そこには忍び足で部屋に入り込んできた日菜の姿があった)

氷川日菜「…………」

友希那(日菜は黙ったまま、まるで猫みたいに音もなく、紗夜の枕元まで足を運ぶ)

――カシャ

友希那『え?』

友希那(そして、スマートフォンを紗夜に向けたと思ったら、僅かなフラッシュとシャッター音)

友希那(一体何を……?)

日菜「……えへ、おねーちゃんの寝顔……」

日菜「こっそり暖房をかけた甲斐があったなぁ……寝汗を顔に浮かべて、困ったように、あるいは苦しいって風に、眉根を寄せるおねーちゃんの苦悶の表情……」

日菜「少しはだけたパジャマの胸元、それでもしっかり掛け布団をかけたままの几帳面なおねーちゃん……」

日菜「……火照った肌、そそるなぁ、へへへ……」

紗夜「うーん……胃薬……」

友希那『…………』

友希那(色々不可解なことがあったけど、全部日菜のせいだったのね)

友希那(紗夜も大変ね。身近に破天荒な人がいると……)

日菜「それじゃあ、いい夢を見てね、おねーちゃん」

友希那(日菜は満足そうに頷いて、足音を殺して部屋を出て行く)

友希那(残された私は……どうしようかしら)
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/16(木) 16:05:49.31 ID:1RkWeFQA0

紗夜「うーん……うぅ……」

友希那『やっぱりうなされてるわね……流石に可哀想だし、今の私に出来ることは……』

友希那(物に触れないからエアコンは冷房に出来ない……けど、そういえば今の私の近くは涼しいのよね)

友希那(これも仲間の為だし、少し添い寝をしてあげましょうか)

友希那『ちょっと失礼するわよ、紗夜』

友希那(一言断りを入れてから、眠っている紗夜に抱き着くように寝そべってみる)

紗夜「う、ん……」

友希那(……少し寝顔が穏やかになったわね。良かった、効果があって)

友希那(そのまましばらく、紗夜の寝顔を間近で観察する)

友希那(いつもはキリっと前を見据えている瞳も穏やかに閉じられている)

友希那(綺麗な長い睫毛、しっかり手入れがされているだろう艶のある長い髪)

友希那(付き合いはもうそれなりに長いけど、こんなに近くで紗夜の顔を見るのは初めてね)

友希那『綺麗ね……紗夜』

紗夜「すー……すー……」

友希那(先ほどまでうなされていたのが嘘のように、紗夜の寝息はゆっくりとした穏やかなものに変わっていた)

友希那(……特になんの考えもなく添い寝したけど、これ、いつまでやっていればいいのかしら)

友希那(まだ暖房はついたままだし……流石に日菜だってタイマーを設定するくらいの常識はあると信じたいけど……)

友希那『紗夜、離れても大丈夫?』

紗夜「んん……」

友希那(寝顔に尋ねてみるけど、少しグズるように紗夜は身をよじらせるだけだった)

友希那『まぁ……暖房が消えるくらいまではこのままでいましょうか』

友希那『いい夢を見なさい、紗夜』

紗夜「すー……すー……」
82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/16(木) 16:06:56.20 ID:1RkWeFQA0


友希那(結局、それから1時間も暖房は消えなかった)

友希那(その間ずっと紗夜の寝顔を至近距離から眺めていた)

友希那(もうこの先しばらくは目を瞑るだけで紗夜の寝顔を思い出せそうね……)

83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/16(木) 16:08:08.09 ID:1RkWeFQA0

――白金家 燐子の部屋――

友希那(紗夜の部屋を後にした私は、今度は燐子の部屋に訪れた)

友希那(もう夜中の1時過ぎだ。流石に燐子の部屋の明かりは消えていた……けど、ベッドの枕元に小さな光が灯っていた)

白金燐子「お化けなんていない……お化けなんて……」

友希那(どうやら燐子がベッドに横になってスマートフォンをいじっているみたいね)

友希那(それにしても、お化けなんていない? って呟いているみたいだけど……どうしたのかしら)

燐子「あの声は……きっと宇田川さんが……イタズラしただけ……」

友希那(……何か心霊特集のテレビ番組でも見たのかしらね。冷房もかけていないのに、布団をかぶって震えているわ)

友希那(怖がっているのならどうにかしてあげたいけど……今の私に出来ることって何かあるかしら)

友希那『……紗夜みたいに添い寝してあげましょうか』

友希那(呟いて、燐子の傍に寄り添う)

燐子「ひゃっ……急に……寒気が……」

燐子「まさか、あ、あこちゃんが……言ってたみたいに……!?」

友希那(声もかけてみましょうか)

友希那『燐子、大丈夫?』

燐子「きゃぁっ」

燐子「い、今の声……!?」

友希那『……どうしたのかしら、そんなに震えて?』

燐子「ひっ、やっぱり聞こえる……!」

燐子「き、きっと……あこちゃんに意地悪して怖い話をしたから……」

燐子「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/16(木) 16:08:35.48 ID:1RkWeFQA0

友希那『ちょっと、燐子?』

燐子「ごめんなさい、あこちゃんの泣きそうな声が聞きたいって……思って、ごめんなさい……!」

燐子「笑ってるところも好きだけど……泣いてるところはもっとそそるって思ってて……ごめんなさい……!」

友希那(なんだか聞いちゃいけない言葉を聞いてるような気がするわ……)

燐子「悪気はなかったんです……あこちゃんが可愛いのが……いけないんです……」

燐子「無邪気に笑うあこちゃんが……怖い思いをしたらどんな顔をするのかって……気になっちゃっただけなんです……!」

友希那『…………』

友希那(どうしましょう、これ)

友希那(もう頭まで布団を被ってしまっているし……なんだか涙声だし……)

友希那(あれかしら、もしかして私の姿って見えていないのかしらね?)

友希那(そういえばあこも日菜も私のことにまったく気付いていなかった)

友希那(……確かに姿が見えないのに私の声がするって、ちょっと怖いわね)

友希那(燐子に少し悪いことをしてしまったわ)

燐子「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……ぐすっ」

友希那(念仏唱えながら鼻をすすってる……どうにかしてあげたいけど、今の私が何かすると全部が裏目に出そうね)

友希那(……そうね、注意だけして帰りましょうか)
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/16(木) 16:09:03.23 ID:1RkWeFQA0

友希那『燐子』

燐子「ひっ」

友希那『夏休みだもの、夜更かしをすることは構わないわ。けど、中学生のあこまで巻き込むのは感心しないわよ』

燐子「はいぃ……ごめんなさい、ごめんなさい……!」

友希那『分かったならよろしい。また夜更かしをするようなら……注意しにくるわよ』

燐子「しません……ぐすっ、ちゃんと規則正しく生活します……!」

友希那『ならいいのよ。それじゃあね、私は帰るわ』

燐子「は、はい……!」

友希那『おやすみ、燐子』

燐子「お、おやすみなさい……!」

友希那(その返事を聞いて、私は燐子の部屋を後にするのだった)

86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/16(木) 16:09:32.54 ID:1RkWeFQA0

――今井家 リサの部屋――

友希那『さて、最後はリサね』

友希那(燐子の部屋を出て、最後は隣のリサの部屋に訪れる)

友希那(窓から入るのは初めてだけど、もう見慣れたリサの部屋)

友希那(ベッドに目をやると、そこにリサの姿はなかった)

友希那『トイレかしら?』

――ガチャ

友希那(そう呟くのと同時に、部屋の扉が開く)

今井リサ「ふわぁ〜……」

友希那(そしてあくびをしながら寝ぼけた目をこするリサが部屋に入ってきた)

友希那(やっぱりトイレだったのね)

リサ「んー……? ゆきなぁ?」

友希那『え?』

リサ「なんで友希那がアタシの部屋にぃ……?」

友希那『え、見えるの、リサ?』

リサ「見えるのって……変なゆきなぁ」

友希那(……どういうことかしら、まだ私、幽体離脱中よね?)

友希那(空中は漂えるし……霊体状態ね。どうしてリサには姿が見えてるのかしら?)

リサ「あーそっか、これ夢かぁ……友希那がこんな時間にアタシの部屋にいる訳ないし……」

友希那(リサはフワフワした口調でそう言うと、ゆったりとした足取りで私に近付いてきて……)

リサ「んー」ギュッ

友希那(そのまま私に抱き着いてきた)
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/16(木) 16:10:19.94 ID:1RkWeFQA0

友希那『え、見える上に触れるの?』

リサ「やっぱ夢の中だと……友希那も変なことばっか言うねぇ……」スリスリ

友希那(変わらず寝ぼけた様子で、私に頬ずりをしてくる)

友希那(本当にどうなっているのかしら、これ)

リサ「ねーねーゆきなぁ、久しぶりに一緒に寝よーよぉ……」

友希那『それは……この歳になってまで一緒に寝るだなんて』

リサ「いーじゃんいーじゃん……最後に一緒に寝たのって……小学生の頃だし」

リサ「どーせ夢の中だし、たまにはいーじゃーん……」

友希那『…………』

リサ「あー、なんか友希那、ひんやりしててキモチイイな……えへへぇ〜」

友希那(ふやけた笑顔で私の胸に顔を埋めるリサ)

友希那(こんなに甘えん坊なリサ、久しぶりに見たわね)

友希那(まぁ……たまにはいい……のかしら?)

リサ「ねぇねぇゆきなぁ〜」

友希那『分かった、分かったから、ベッドに行きましょう』

友希那『立ったまま寝ないの、リサ』

リサ「ん〜」

友希那『はぁ……そういえばリサ、寝起きの時はいつもこうだったわね……』

友希那(半分眠っているリサを抱きかかえて、ベッドに横にさせる)

友希那(このまま離してくれるかしら、と思ったけど、リサは私の腕をギュッと握ったまま離さなかった)

友希那『……仕方がない。今日だけよ、リサ』

友希那(呆れたように呟きつつ、紗夜にしたように、目を瞑ったリサの隣に寝そべる)

友希那(紗夜は触れられなかったけど、どうしてかリサには触れることが出来る)

友希那(私は隣に来たのが分かったのか、ごそごそと身体を動かして、また私の胸に顔を埋める)

リサ「ん〜、むふー……」

友希那(そして満足そうな声を出したあと、すぐに穏やかな寝息が聞こえてきた)
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/16(木) 16:10:46.67 ID:1RkWeFQA0

友希那『……これ、一晩自分の身体から離れてても大丈夫なのかしら?』

友希那(冷静に考えるとかなりダメな気がするけど、既に私の身体はリサにがっちりとホールドされてしまっている。抜け出せそうにない)

友希那『まぁ……どうしてかリサにだけは見えるし触れられるし……平気なのかしらね』

友希那(私はため息を吐いて、フッと身体の力を抜く)

友希那(すると途端に眠気がやってきた)

友希那(久しぶりに間近に感じる幼馴染の温もりと穏やかな寝息)

友希那(それにどんどん瞼が重くなってくる)

友希那(それもそうか、今はもう午前2時を回ったところだ)

友希那(もう難しいことは考えずに、この眠気に身を任せてしまおう)

友希那『おやすみなさい、リサ……』

リサ「むにゃ……」

友希那(寝言なのか相づちなのか判断に迷う返事に少し笑みが零れる)

友希那(どこか和やかな気持ちになりながら、私の意識も夢の世界に旅立っていった)

89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/16(木) 16:11:20.34 ID:1RkWeFQA0

――翌朝――

友希那「……ん、んん? リサ……?」

リサ「すー、すー……」

友希那(眠りから目を覚ますと、目の前に幼馴染の寝顔があった)

友希那(はて、どうしてかしら? とぼんやりした頭で昨日のことを思い出す)

友希那「確か……そうだ、幽体離脱して……あら?」

友希那(徐々に昨日の記憶が頭の中に浮かんでくる。空を飛んでロゼリアのメンバーの様子を見に行ったこと、そして最後にリサに捕まってそのまま眠ったこと……)

友希那(それはいいとして、自分の身体を改めて見回してみる)

友希那「……私の身体ね。パジャマもいつもの猫柄のだし……」

友希那「…………」

友希那(どうなっているのかしら。私の部屋からリサの部屋に、霊体だけじゃなく実際の身体もやってきた……ということ?)

友希那(どういう原理でこうなってるのかは分からない……けど、1つだけ確かなことがある)

友希那(リサと同衾しているというこの状況)

友希那「……どう考えてもマズイわね」

リサ「ん……ん〜? なんかあったかい……」

友希那(そう呟いた直後、リサがうっすらと目を開ける)

友希那(そして私とリサの寝ぼけた眼がバッチリ合うと、徐々に彼女の目が見開かれていく)

友希那「そ、その、おはよう、リサ……?」

リサ「あ、うん、おはよー……って、ええ!?」

友希那「リサ、気持ちは分かるけどちょっと落ち着いて」

リサ「いや、落ち着いてって、なんで友希那がここにいるの!?」

リサ「え、昨日なんかしたっけアタシ!?」

友希那「ええと、信じてもらえるか分からないけど……かくかくしかじかで……」

リサ「……幽体離脱って……昨日のアレ……夢じゃなかったんだ……」

友希那「……ええ」

リサ「…………」

友希那「…………」

リサ「待って、待って待って、色々と後悔で死にそうなんだけど……!」

友希那「……私も似たような気持ちよ……」

リサ「そんな、友希那と同じベッドで一晩過ごしたなんて……しかも霊体? 状態の友希那に唯一触れたって……」

リサ「やりたい放題できたのに……こんなチャンス人生に1回あるかどうか……!」

友希那「……え?」
90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/16(木) 16:11:50.82 ID:1RkWeFQA0

一方その頃……

――宇田川家――

あこ「おねーちゃーん……むにゃむにゃ」

宇田川巴「はいはい、ちゃんとここにいるぞ」

あこ「ん〜……」スリスリ

巴「ったく、幽霊が怖いから一緒に寝て、だなんて……やっぱりあこはまだまだ子供だな」

巴「でも、昔に比べたらずっと身体も大きくなったよなぁ。一緒にベッドで寝るとこんなに狭くなって……感慨深いぜ」

あこ「おねーちゃん、だいすきぃ……えへへ」

91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/16(木) 16:12:19.22 ID:1RkWeFQA0

――氷川家――

紗夜「…………」ムク

紗夜「何かしら、とてつもなく変な夢を見たような気が……」

紗夜(星のマスクとウサギのマスクを被った2人組に追われて……そこを湊さんが助けてくれるような……)

紗夜「その後、湊さんの胸に抱かれて眠って……」

紗夜「……すごく心地よかったわね」

紗夜「……って、私は何を言っているのかしら……」

日菜「おねーちゃーん! おっはよ〜!」バァン

紗夜「……日菜、ノックはキチンとしなさい」

日菜「あーごめんね〜」カシャ

紗夜「待ちなさい、どうしていま私の写真を撮ったの?」

92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/16(木) 16:12:46.76 ID:1RkWeFQA0

――白金家――

燐子「あ……空が明るい……」

燐子「…………」

燐子「結局……一睡も出来なかった……」

燐子「ど、どうしよう……これって夜更かしに……カウントされるのかな……?」

燐子「そうしたら……またあの声が……?」

燐子「――っ!!」

燐子「ろ、ロゼリアの誰かのお家に……今日は泊めさせてもらおう……!!」

93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/16(木) 16:13:13.67 ID:1RkWeFQA0

――湊家――

友希那パパ「おーい、友希那?」

パパ「あれ、いない……もう起きてどこかに出かけたのか?」

パパ「一緒にメラドに行こうって誘おうとしたのに……残念だ」

94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/16(木) 16:13:51.85 ID:1RkWeFQA0

――今井家――

リサ「ねぇねぇ友希那、今日もアタシの家にお泊りしない?」

友希那「……昨日までならそれに素直に頷けるけど、今はちょっと……」

リサ「分かった! じゃあこうしよう! ロゼリアのみんなでお泊り会!」

リサ「それならいいでしょ?」

友希那「……まぁ、それなら平気……かしら」

リサ「よーし決定! それじゃあみんなに声かけてみるね♪」

友希那「ええ」

リサ「あは、夜が楽しみだなぁ〜」



そしてその夜、あこちゃんに抱き着かれたりんりんに抱き着かれた紗夜さんに抱き着かれた友希那さんがリサ姉にも抱き着かれて非常に寝苦しい思いをすることになるのでしたとさ


もしも湊友希那が幽体離脱した霊体になったら おわり
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/16(木) 16:14:55.53 ID:1RkWeFQA0
今日はメットライフドームで『ガルパタイアップ試合』があります
という訳でメラドに行ってきます
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/08/16(木) 16:15:36.42 ID:1RkWeFQA0

弦巻こころ「もしもあたしが↓1だったら」
97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/16(木) 16:15:58.80 ID:hsZon/DcO
サイコパス
98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/16(木) 16:45:25.12 ID:Y6piV2+VO
(もともとサイコっぽいとこあるような)
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/16(木) 22:23:01.64 ID:HMV3wK2EO
アンドロイド
100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/16(木) 23:04:32.09 ID:HMV3wK2EO
アンドロイド
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 12:41:54.25 ID:L7rMXKsm0

もしも弦巻こころがサイコパスだったら


奥沢美咲(弦巻こころ)

美咲(彼女は常人とはかけ離れた感性を持っている)

美咲(それは世界でも指折りの大富豪である育ちの環境がそうさせたのか、それとも本人が生まれながらに持つ性格なのか)

美咲(もしくはその両方か)

美咲(『サンタクロースをいつまで信じていたかなんてことはたわいもない世間話にもならないくらいのどうでもいいような話だが――』というのは一昔前に流行ったライトノベルの書き出しだったと思う)

美咲(この話になぞれば、こころが『サンタクロースは実在する』と言えば実在するし、つまるところ、バックにある弦巻財閥の目の眩むような財産力で叶えられることはすべて叶えてしまう)

美咲(こころが右と言えば、彼女を取り囲む世界は右を向く)

美咲(だからだろうか、彼女は人の気持ちに対して鈍感……いや、考えることが少ないのだと思う)

美咲(頭の中にあるのは“楽しいこと”だけ)

美咲(嫌なこと、興味のないことは存在しない)

美咲(出会った当初、あたしの名前を一向に覚える気配がなかったのもそれ故だろう)

美咲(ただ、それでもとんでもないバンド活動を通じて、こころとは分かり合えたつもりでいた)

美咲(そう、『つもりでいた』)

美咲(それが本当に言葉だけでの意味だったと、あたしは痛感していた)

美咲「……ごめん、もう1回言って貰っていい?」

弦巻こころ「いいわよ。お父様がフランスの学校に行きなさいって言うから、8月から1年くらい留学することになったの!」

美咲「…………」

美咲(弦巻邸。東京の一等地に構えるありえないほどの超豪邸)

美咲(一般庶民にはいつまでも場違いなその豪邸の一室で、やっぱりこころはなんでもないようにそんなことを言うのだった)
102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 12:43:17.23 ID:L7rMXKsm0

美咲「あの、こころ。それってつまり、転校するってことだよね?」

こころ「そういうことになるのかしら?」

美咲「それってどういう意味か分かってる?」

こころ「花咲川女子学園からいなくなるってことよね」

美咲「……ハロハピはどうするのさ」

こころ「どうするって?」

美咲「こころがいなくちゃ活動も何もないでしょ」

こころ「大丈夫よ! その時だけこっちに戻ってくればいいのよ!」

美咲「…………」

美咲(多分、こころは本気で言っているんだろう。確かに自家用ジェットくらい何機も持っているだろうし、日本に来ようと思えばすぐに来れるんだと思う)

美咲(だけど、それだけの問題じゃない)

美咲(時間だってたくさんかかるし、顔を合わせる機会だってよくて週に1回ほどだろう)

美咲(曲を作るのはあたしと花音さんだけど、その大元はこころだ)

美咲(こころがいなければ、多分『ハロー、ハッピーワールド!』は瓦解してしまうだろう)

美咲(そう考えてしまうと、胸の内をチリチリと焦がすような痛みがやってくる)

美咲(どうしてこんな痛みを感じるのか、と考えれば、あたしにとってそれだけこのバンドが大切になっていた、ということ)

美咲(そして、何より大切に思っているだろうと考えていたこころが、想像以上にハロハピという存在を軽く考えていたことに勝手に裏切られた気持ちでいるからだ)

こころ「美咲? どうかしたかしら? なんだか怖い顔をしているわよ」

美咲「…………」

こころ「ほらほら、笑顔よ美咲! レッツスマーイル!」

美咲「ごめん、ちょっと今日は帰る」

こころ「え?」

美咲「ごめん」

美咲(短くそう言って、踵を返す)

美咲(これはあたしのただのワガママだ。弦巻財閥のことに口なんか出せる訳ないし、こころのお父さんから見れば『ハロー、ハッピーワールド!』なんて取るに足らない子供のお遊びだろう)

美咲(でもその事実が胸に深く突き刺さって、色んな感情がごちゃまぜになって、笑うことなんて絶対に出来なさそうだ)

こころ「体調が悪いのかしら? お大事にね!」

美咲(いつもと変わらないこころの声が聞こえる)

美咲(あたしはそれに返事をせず、弦巻邸をあとにするのだった)


……………………
103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 12:44:27.20 ID:L7rMXKsm0

こころ「……ということがあって、今日は美咲は帰ってしまったわ」

松原花音「…………」

北沢はぐみ「え、こころん転校しちゃうの!?」

瀬田薫「フランス……遠い場所まで行ってしまうんだね」

こころ「平気よ! 飛行機でびゅーんって飛べばすぐじゃない!」

花音「え、えっと……すぐ、とは言えないと思うけど……」

こころ「そうかしら?」

はぐみ「こころん、いなくなっちゃうの?」

こころ「いなくなる? あたしはいなくならないわよ? ちょっと海外に行くだけじゃない」

はぐみ「んー……そういうことじゃない気がするんだけど……なんて言えばいいんだろ」

こころ「美咲も変だったけど、今日ははぐみもおかしいわね」

はぐみ「うーん……」

花音「あ、あの、えっと……」

薫「花音。ここは私に任せてくれ」

花音「え?」

薫「こころ、シェイクスピアの演劇を見たことはあるかい?」

こころ「うーん……あったような気がするけど、覚えていないわ」

薫「そうか。では、ある演目のセリフを送ろう」

薫「時はそれぞれの人によってそれぞれの速さで歩むものです。1つ教えてあげましょうか。時がだれにはのんびり歩きをし、だれにはよちよち歩きをし、だれには全力疾走し、だれには完全停止するか」

薫「きっと美咲とはぐみはそう言いたかったんだろう」

こころ「……? どういうことかしら?」

薫「フッ……つまり、そういうことだよ」

こころ「なるほど、そういうことね!」

花音「分かってないような気がするけど……」

はぐみ「んん〜……」

花音「はぐみちゃん、大丈夫?」

はぐみ「うん……なんかすっごくモヤモヤしてるけど……ヘーキだよ」

花音「……そっか」

こころ「それじゃあ今日のハロハピ会議は、今度のライブのことでも決めましょう!」

花音(美咲ちゃん……大丈夫かな……)


……………………
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 12:45:19.28 ID:L7rMXKsm0

――奥沢家 美咲の部屋――

美咲「……はぁ」

美咲(見慣れた自室の天井。ベッドに横たわりながら、そこへ今日何度目かも忘れたため息を吐き出した)

美咲(8月になったら、こころはいなくなる)

美咲(いや、いなくなるっていうか、あたしたちの目の前から遠いところへ行ってしまう)

美咲(そう考える度に、胸の中に重苦しい気持ちが渦巻く)

美咲(今は7月の初頭)

美咲(残されたこころとの時間は約3週間)

美咲(好きだった連載漫画が打ち切られるような、納得のいかない唐突の別れ)

美咲(だけど、これが本当にあたしのワガママであって、ただ拗ねているだけだというのも痛いほど理解できる)

美咲(考えてみれば当たり前のことだ)

美咲(こころは頭に『超』をいくつつけても足りないくらいのお嬢様)

美咲(あたしは頭に『超』なんてつけられないただの一般市民)

美咲(一室の天井の高さだって2倍くらい違うし、弦巻邸の庭はあたしん家が5、6個建ってたって、またバッティングセンターを作れそうなくらい広い)

美咲(考えれば考えるほど、嫌になるほど痛感させられる)

美咲(こころとは住む世界も見えている世界も圧倒的に違うのだ)

美咲(でもそんなことはとっくのとうに分かりきっていたことだし、今さらになってこのことで傷付いてしまうのは……)
105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 12:46:01.97 ID:L7rMXKsm0

美咲「……はぁ」

美咲(何度目かの同じ答えに辿り着いて、あたしはまた何度目かのため息を天井に吐き出す)

美咲(心が痛い。鈍い痛みがやまない)

美咲(どうしてこんな気持ちになってしまうんだろう)

美咲(どうしてこんな気持ちにならなくちゃいけないんだろう)

美咲(かつてのあたしは人生ほどほど、生きる意味なんて寝起き一杯のコーヒーくらいのもんだろう、なんて斜に構えていた)

美咲(それが今じゃ、大切な友達が出来て、唾棄していたハズのセイシュンとやらをこれ以上なく好んでしまっている)

美咲(だからこんな気持ちになってしまうんだ)

美咲(……こんな気持ちなんか、モノ言わぬ機械で出来た生命体みたいに、スイッチ1つで切り替えられればいいのに)

美咲「昔聞いた歌にそんなのがあったな……」

美咲(空想の未来。自分自身もロボットになって、ハートが傷付いたら取り換えればいい。そんな歌だった)

美咲(……いや、いっそミッシェルみたいに心がなければ)

美咲(着ぐるみみたいに命なんてなければ)

美咲(心さえ、心さえ……)

美咲「こころさえ……なかったなら」

美咲(呟いた言葉は、自分でも驚くほど頼りなく震えていた)


……………………
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 12:46:41.83 ID:L7rMXKsm0

――翌日 花咲川女子学園――

美咲「……あんまり寝れなかったなぁ」

美咲(堂々巡りの夜を目を瞑ってなんとかやり過ごそうとしたけど、なかなか夢の世界はあたしの元へ訪れてくれなかった)

美咲(明けない夜はない、とはいい意味で使われる言葉だろうけど、今のあたしにとっては残酷な響きの言葉だ)

美咲(学校に来れば嫌でもこころと顔を突き合わせることになるんだから)

美咲(いつもよりも圧倒的に早い時間の教室には、あたし以外の生徒はいない)

美咲(あたしは自分の席に座ると、ただボーっと窓の外を眺める)

美咲「いい天気だなぁ……」

美咲(自分の心の中とまるで正反対な空模様に、吐き捨てるように呟いた)

美咲(しょうもなくイライラしているのが分かる)

美咲(原因も分かっているけど、今は寝不足のせいにしておいた)

美咲(でないとまた昨日と同じことをずっと考えていそうだった)

――ガラ

こころ「……あら?」

美咲(だというのにどうしてこう、神様はあたしに対してイジワルなんだろう)

美咲(今一番会いたくない人の声を、よりにもよってこんな朝早くから聞かなければいけないだなんて)

こころ「おはよう、美咲!」

美咲「……ああ、うん」

美咲(窓の外を眺めたまま、あたしはぶっきらぼうに言葉を返す。放っておいて欲しい、という空気を醸し出しているんだけど、果たしてそれをこころが汲んでくれるかどうか)

こころ「身体の調子はどう? もう良くなったかしら?」

美咲(……まぁ、汲んでくれるわけがないか。あたしは小さくため息を吐いて、窓の方へ顔を向けたまま言葉を返す)

美咲「まぁ」

こころ「それなら良かった! そうだ、昨日ハロハピ会議で決めたことがあるの!」

美咲「……そう」
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 12:47:43.22 ID:L7rMXKsm0

美咲(冷たい言葉も全く意に介さず、こころは言葉を吐き出し続ける)

美咲(今度のライブのこと、新曲のこと、新しい演出のこと、やってみたいこと)

美咲(あたしがそっぽを向いていようとお構いなしだ。ただ自分が楽しいと感じることを喋っているのだろう)

美咲(口を噤んでその言葉を右から左に聞き流しながら、ぼんやりと思う)

美咲(こころはいつだってヒーローであり、ヒロインだ)

美咲(天衣無縫で、唯我独尊で、世界に主役として選ばれて祝福されたような人間だ)

美咲(対するあたしはどうだろう)

美咲(考えるまでもない。ありふれた有象無象の内の1人だ)

美咲(こころは『世界中みんな、誰だってヒーロー』だとは言っていたけど、本当の本当にヒーローになれるのは一部の限られた人間だけ)

美咲(もしも明日世界の危機がやってきたとしたら、あたしはただ助かることを願って震えながら祈ることしかできない一般人だ)

美咲(そう思ってしまうからこそ、こころとの違いをまざまざと感じてしまう)

美咲「うるさい」

美咲(それらが寝不足のイライラと相まって、あたしの噤んだ口はとうとう開いてしまった)

こころ「うん? どうしたの?」

美咲「こころ、ちょっと黙ってて」

こころ「どうして?」

美咲「言ったでしょ、うるさいって」

こころ「なんでうるさいと思うのかしら? こーんなに楽しい話なのに」

美咲「楽しくなんかない」

こころ「どうして?」

美咲「……そういう気分じゃないの」

こころ「そうなの? じゃあどんな気分かしら?」

美咲「…………」
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 12:48:13.09 ID:L7rMXKsm0

こころ「黙っていたら分からないわよ? ねぇ美咲、どんな気分? どういう話がいいかしら?」

美咲「……っといて」

こころ「んー? 聞こえなかったわ、もう1度言って――」

美咲「ほっといてよっ!」

美咲(空気を読まないこころに、つい語気が荒くなってしまう。しまった、と少し思い、恐る恐るこころへ視線をやる)

こころ「…………」

美咲(こころはキョトンと首を傾げていた)

こころ「珍しいわね、美咲がそんなに大きな声を出すなんて」

美咲「ごっ……」

美咲(出かかった『ごめん』という言葉を飲み込む)

美咲(こころはきっと何も感じていない。そういう日もあるかしら、とか、そんな風にしか思っていない)

美咲(なのにあたしからこのことを謝るのは……なんか癪だ)

美咲(そう思って、再び視線を窓の外へ移す)

美咲「…………」

こころ「美咲が放っておいて欲しいなら仕方ないわね! あたし、楽しいことを探しに行ってくるわ!」

美咲「勝手にすれば」

こころ「ええ。それじゃあね、美咲!」

美咲(パタパタと軽い足音が教室を出て行く)

美咲(それが遠ざかっていって聞こえなくなってから、あたしはため息を吐き出した)

美咲「何やってんだ、あたし……」


……………………
109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 12:48:54.12 ID:L7rMXKsm0

美咲(それから1週間が経った)

美咲(こころに怒鳴ってしまってから、気まずくなったあたしはハロハピ会議にも練習にも顔を出していない)

美咲(ただ意固地になって拗ねている自分が情けなくて、同時にまったく変わった様子のないこころにイライラしてしまっていた)

美咲(花音さんにはハロハピの活動に顔を出さないことを心配された)

美咲(それには素直に謝って、ちょっと時間が欲しいと言った)

美咲(『うん、分かった』と花音さんは頷いてくれた)

美咲(それに申し訳なさが募ったけど、それでもやっぱり、こころに対する感情が上手く整理できそうにない)

美咲(今みんなと顔を合わせても絶対に空気を悪くしてしまうだけだっていうのが痛いほど理解できる)

美咲(でも、こんなことをしている間にも、こころとの別れは刻一刻と迫ってきてしまっている)

美咲(あたしは……どうすればいいんだろう)


……………………
110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 12:49:46.79 ID:L7rMXKsm0

――弦巻邸――

はぐみ「今日もみーくん、来ないんだ……」

薫「美咲……心配だね」

こころ「大丈夫よ! きっと美咲にも何か用事があるのよ。クラスではいつも通りぼんやりしているもの」

花音「…………」

はぐみ「なんだかみーくんがいないと……っていうか、いつもの5人とミッシェルがいないと……」

はぐみ「…………」

薫「はぐみ? どうかしたのかい?」

はぐみ「うん……なんかね、こころんが海外に行っちゃうって聞いてから、ずっとモヤモヤしてるんだ」

薫「大丈夫かい? もしどこか調子が悪いのなら……」

はぐみ「ううん、大丈夫、だと思う。1人でいる時の方がね、色んなことが『うあー!』って頭の中に浮かんでくるから」

こころ「はぐみもどこかおかしいのね。夏風邪かしら?」

花音「…………」

薫「花音?」

花音「え……」

薫「君もなんだかぼんやりしているね」

花音「あ、うん、えっと……ちょっと考えごとしてて……」

薫「もし何か悩みがあるなら聞かせてくれないかい?」

花音「…………」
111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 12:50:41.65 ID:L7rMXKsm0

花音(考えていたのは美咲ちゃんがここに来れない理由……だけど、どうしよう)

花音(このままだと美咲ちゃんはずっとここに来れないかもしれないから……言った方がいいのかもしれない)

花音(きっと私が考えてることは、美咲ちゃんとはぐみちゃんと同じことだと思うから)

花音(でももしかしたら、これを言っちゃったらハロハピがバラバラになっちゃうかもしれないし……)

薫「……何もしなかったら、何も変わらないよ」

花音「か、薫さん?」

花音(どうしよう、と考え込んでいると、いつの間にか薫さんが私に目線を合わせてくれていた)

薫「つまりそういうことだよ、花音。大丈夫。何があったって私はみんなの味方さ」

花音(そして続いた言葉はいつもと変わらないもので、やっぱりそれは失くしたくないものだった)

花音(……そうだ。このまま放っておいたって、もしかしたらみんながバラバラになっちゃうかもしれない。だから……)

花音「ありがとう、薫さん。私、少しだけ、頑張ってみるね」

薫「ふふ、力になれたのならよかった」

花音(私が勇気を出さなくちゃ……!)
112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 12:51:56.95 ID:L7rMXKsm0

花音「……あ、あの、こころちゃんっ」

こころ「どうしたの、花音?」

花音「こころちゃんは、寂しくないの?」

こころ「寂しい? 何がかしら?」

花音「もしもフランスに行っちゃったら……こうしてみんなに気軽に会えなくなるよ?」

こころ「そんなことないわ。だって世界は繋がっているもの! やろうと思ってできないことなんて――」

花音「ううん。あるんだよ、こころちゃん」

こころ「……花音?」

花音(半ば強引に言葉を遮ると、こころちゃんは不思議そうな顔で私を見つめてきた)

花音(いつもキラキラ輝いている無邪気な瞳が私を射抜く。それにちょっと怯みそうになるけど、一度大きく息を吸って、私は言葉を続ける)

花音「あるんだ。こころちゃんには出来るけど、私や美咲ちゃん、はぐみちゃんや薫さんには出来ないことが、たくさんあるの」

こころ「どういうことかしら?」

花音「私たちはね、こころちゃんに会いたいなって思ったって、すぐにフランスには行けないの」

こころ「それならあたしがこっちに来るわよ?」

花音「違うの。そういうことじゃないんだ」

花音「こころちゃんがね? 私たちの手の届かない場所に、何の迷いもなく行っちゃうのが……みんな寂しいの」

花音「私はもちろんそうだし、はぐみちゃんも……そうだよね?」
113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 12:52:30.81 ID:L7rMXKsm0

はぐみ「……うん。はぐみ、仕方ないことかなって思ったんだけど……やっぱりこころんが遠くに行っちゃうのは寂しいな……」

はぐみ「会おうと思えばすぐに会えるって言っても、フランスって飛行機に乗らないといけないんでしょ?」

はぐみ「はぐみの方からこころんに会いにいけないって考えると……楽しいことしてても、急にモヤモヤってしちゃって……」

こころ「…………」

薫「……私もだよ、こころ」

薫「私は王子様だから、みんなの手前、そういう気持ちを出すことはしないようにしようと思っていた」

薫「けど、やっぱり1人になって考えると……こころと離れ離れになってしまうという現実は、胸に大きな穴を空けてしまうんだ」

こころ「…………」

花音「きっと美咲ちゃんが一番強くそう思ってるんだよ」

花音「だからこころちゃんに強く当たっちゃって、気まずくなってここに来れなくて……でもきっと、一番ハロハピを大切に考えて悩んでるの」

花音「それを全部分かって、なんて言えないけど……でも、ちょっとでもいいから、分かってあげて欲しいの」

こころ「……美咲のことを?」

花音「うん」

こころ「それってどういうことかしら」

花音「え……?」
114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 12:53:13.44 ID:L7rMXKsm0

こころ「美咲は美咲だし、あたしはあたしよ。花音だって花音だわ」

こころ「笑顔になればみーんな幸せってことは共通しているけど、でも、人はそれぞれの好みがあるって、前に美咲が言っていたわ」

こころ「それなのに『あなたはこうだ』って決めつけてしまうの? それが相手のことを『分かる』ってことなのかしら?」

こころ「もしかしたら美咲はお腹が痛いとか、そういうことで来れないだけかもしれないじゃない?」

花音「そ、それは……」

こころ「花音とはぐみと薫の気持ちは分かったわ。確かに気軽に会えなくなるのはちょっと寂しいかもしれないわね」

こころ「けど大丈夫よ! だって永遠に会えなくなる訳じゃないもの」

こころ「だから美咲だってそのうち顔を出すようになるわ!」

花音「……違う」

こころ「……?」

花音「違うよ、こころちゃん……それじゃ、誰も笑顔になれないよ……」

こころ「花音?」

花音「こころちゃんは何にも分かってないよ……私のことも、みんなのことも、何にも」

花音「こんなの……ハローハッピーワールドじゃないよ……」

花音「っ……」ガタッ

――ガチャ、バタン

はぐみ「あ、かのちゃん先輩!」

薫「花音……」
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 12:53:44.45 ID:L7rMXKsm0

こころ「どうしたのかしら? お腹でも痛くなったのかしら?」

はぐみ「こ、こころん……」

薫「はぐみ、花音のことをお願いできるかい?」

はぐみ「え?」

薫「こころには私が話をしてみるよ。だから、はぐみは花音を追いかけてほしい」

はぐみ「う、うん、分かった!」ガタッ

こころ「あら、はぐみも用事があるの?」

薫「ああ、大事な用事があるんだ。だから、こころ。少し私と話をしよう」


……………………
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 12:54:30.11 ID:L7rMXKsm0

花音「はぁ、はぁ……」

花音「思わず飛び出してきちゃったけど……どうしよう」

花音「こころちゃん……美咲ちゃん……」

花音(やっぱり私、余計なことしちゃったかな……)

花音「…………」

はぐみ「かのちゃんせんぱーい!」

花音「え、はぐみちゃん?」

はぐみ「はぁ、やっと追いついた……意外と足速いね、かのちゃん先輩!」

花音「あ、うん……」

花音(追いかけて来てくれたんだ……)

花音「えっと、はぐみちゃん」

はぐみ「うん?」

花音「その、ごめんね?」

はぐみ「え、なにが?」

花音「こころちゃんの言葉じゃないけど……勝手にはぐみちゃんの気持ちを考えて喋って……」

はぐみ「ううん! それはむしろありがとうだよ、かのちゃん先輩!」

花音「え?」

はぐみ「かのちゃん先輩が言った通りだもん! はぐみ、やっぱりこころんがあんなにあっさり遠くに行っちゃうのってすごくヤだよ!」

はぐみ「ずっとモヤモヤしてた気持ちをかのちゃん先輩が言ってくれたからね、はぐみ、スッキリしたんだ!」

花音「はぐみちゃん……」
117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 12:54:58.49 ID:L7rMXKsm0

はぐみ「それにしても、こころんって意外と分からず屋だったんだね」

花音「うん……我が強いのは前からだけど、まさかあそこまで強烈だったなんて」

花音「このままだと……みんなの気持ちが伝わらないままこころちゃんとお別れになっちゃう……」

花音「どうすれば……どうしたら、こころちゃんに気持ちが伝わるかな」

はぐみ「そんなの決まってるよ、かのちゃん先輩!」

花音「はぐみちゃん、何かいい考えがあるの?」

はぐみ「いい考えかは分からないけど、簡単なことだよ! 分からず屋のこころんがしっかり分かるまで、みんなでお話すればいいんだよ!」

花音「分かるまでお話?」

はぐみ「うん! だってずっと一緒に過ごしてたんだもん! きっとみんなでしっかりお話すればすぐに分かり合えるよ!」

花音(はぐみちゃんは胸を張って、自信満々にそう言う)

花音(その様子を見て、気付かないうちにずっと肩に入っていた力がスッと抜けた)

花音「……うん、確かにその通りだね」

花音(そうだ。美咲ちゃんも、はぐみちゃんも、薫さんも、みんな同じようにハロハピのことを考えてるんだ)

花音(1人で気張る必要なんてないんだ)

はぐみ「よーし、そうしたらまず……」

花音「美咲ちゃんをこころちゃんのお家に連れてかなきゃ、だね」

はぐみ「そうだね! こころん、みーくん、薫くん、かのちゃん先輩、ミッシェル、それとはぐみがいて『ハロー、ハッピーワールド!』だもん!」

花音「うん……!」


……………………
118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 12:55:48.21 ID:L7rMXKsm0

こころ「お話?」

薫「そう、お話だよ。ふふ、こうして2人っきりになることも最近じゃ珍しいし、ね」

こころ「そうね! みんなどうしたのかしら? 流行ってるのかしらね、部屋を出て行くの?」

薫「こころはどうしてみんなが出て行ったんだと思う?」

こころ「うーん、そうね。急用を思い出したり、やっぱりお腹が痛くなったんじゃないかしら」

薫「そうか。こころはそう思うんだね」

こころ「ええ!」

薫「…………」

薫(さて、どうしようか。こころになんと言えばみんなの気持ちを分かろうとしてくれるだろう)

薫(こころはとても強い気持ちを持っている。眩しいくらいだ)

薫(けど、今の私はそれをどうにかして挫けさせる……いや、私たちが入る隙間を作らないといけない)

薫(じゃあ……)
119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 12:56:52.90 ID:L7rMXKsm0

薫「ところで、こころ」

こころ「なぁに、薫?」

薫「いつも楽しいことを話してばかりいるけれど、たまには逆のことも話してみないかい?」

こころ「逆?」

薫「そう。楽しいことの反対……つまり、こころが嫌なことやつまらないこと。それを教えて欲しい」

こころ「そうね……うーん……」

薫「思い付かないかい?」

こころ「ええ。だって嫌なことって考えるだけでもつまらないじゃない?」

薫「ふふ。それじゃあ、こころにとって嫌なことやつまらないことは、それが何かを考えること自体なのかもしれないね」

こころ「言われてみればそうね!」

薫「では、敢えて私はこう言おう。こころ、嫌なことやつまらないことを他に思いつくまで考えてくれないかい?」

こころ「それは無理ね!」

薫「どうして?」

こころ「したくないもの! そんなことをしていたら、笑顔じゃなくなってしまうわ!」

こころ「そんなことを言うなんて、おかしな薫ね」

薫「……こころ、つまりそういうことなんだ」

こころ「え?」
120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 12:57:24.61 ID:L7rMXKsm0

薫「こころが感じる嫌なこと、つまらないこと。それを今、こころはみんなに振りまいてしまっているんだ」

薫「みんなにしたくないことを強いてしまっているんだ」

こころ「そうかしら?」

薫「ああ」

こころ「どうしてそうだと思うの?」

薫「私たちがハローハッピーワールドのメンバーだからさ」

こころ「それってどういうことかしら?」

薫「みんな、こころと別れたくないんだ」

こころ「お別れじゃないわ。会おうと思えば会えるもの」

薫「こころはそう思うんだろうね。けど、私たちはそう思わない。これはハッキリと断言できるよ」

こころ「どうしてかしら? 本当にみんなそう思っているのかしら? 本当のことはその人しか分からないじゃない?」

薫「そうだね。こころの言う通り、当人がどう思っているかは本人にしか分からないのかもしれない」

こころ「やっぱりそうよね!」

薫「ああ。では、こころ。どうして君は美咲の心を勝手に決めつけてしまうんだい?」

こころ「え?」

薫「確かに私が思っていることと美咲が思っていることは違うのかもしれない。だけど、こころが考えていることとだって違うかもしれないだろう?」

薫「それなのに、どうして『美咲はお腹が痛いだけかもしれない』なんて、決めつけてしまうんだい?」

こころ「…………」

薫「美咲がどう思っているのか、実際に聞いた訳じゃないだろう?」

こころ「ええ」

薫「それなら、もう1度みんなで話をしよう」

薫「ハローハッピーワールドの6人で……ミッシェルが来れるかは美咲に聞かないと分からないけれど、話をしよう」

薫(じゃないと、きっとみんな、悔いの残る別れになってしまうんだ)

薫(私たちの気持ちがこころに伝わるかは分からないけれど、何もしなければ何も変わらないんだ)

こころ「確かに、言われてみればそうね! 美咲の声、久しぶりに聞きたいわ!」

薫「そうだろう? だから、こころ。みんなで一緒に、幸せについて本気を出して考えてみよう」


……………………
121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 12:58:16.61 ID:L7rMXKsm0

――同時刻 花咲川女子学園・中庭――

美咲「はぁ……」

美咲「…………」

美咲「……はぁ」

市ヶ谷有咲「……奥沢さん、さっきから何してんの?」

美咲「あ……市ヶ谷さん。どうも」

有咲「ん、どうも。そんで、さっきからベンチに座ってため息吐きまくってるけど、何してんの?」

美咲「あー……まぁ、悩みごと?」

有咲「なんで自分のことなのに疑問なの」

美咲「色々あるんですよ」

有咲「…………」

美咲「…………」

有咲「……話、聞くくらいなら出来るけど」

美咲「え?」

有咲「だから、悩みがあるなら話くらい聞くけどって。恥ずかしいから2回も言わせないでくれよ……」

美咲「ご、ごめん。え、でもどうして?」

有咲「まぁ……奥沢さんは似た者同士だし……その、一応、私は友達だと思ってるからさ……」

有咲「悩んでるなら放っておけないなって……まぁそんなんだよ」

美咲「あー、あー……」

有咲「な、なんだよその反応」

美咲「あ、ごめん。本当に市ヶ谷さんとは似た者同士だなーって思って」

有咲「そうかよ。隣、座るぞ」

美咲「うん」
122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 12:59:23.01 ID:L7rMXKsm0

有咲「……で、どうしたの?」

美咲「んっと、端的に言うと」

有咲「うん」

美咲「こころと喧嘩? した」

有咲「……奥沢さんと弦巻さんが?」

美咲「そう」

有咲「そりゃよっぽどだな。何かあったのか?」

美咲「まぁ、ちょっとこれこれこういう訳で……」

有咲「……ふーん、弦巻さんの人としての在り方の大きさに打ちひしがれてる訳ね」

美咲「まぁ、うん。そういうことになるのかな」

有咲「そんで意地張ってバンドのみんなともロクに話してない、と」

美咲「うん」

有咲「それは100パーセント奥沢さんが悪いな」

美咲「……随分きっぱり言うね」

有咲「まぁ……私も色々あったからさ。ポピパのみんなとすれ違ったりして」

美咲「そういえば、市ヶ谷さんたちっていつも5人でお弁当食べてたのに、しばらく見なかったね」

有咲「ああ。それな、自分勝手な意地を張ってた奴のせいなんだ」

美咲「え?」

有咲「だから、最低なアホが1人で勝手に全部抱え込んでたせいなんだよ」

美咲「最低なアホって……」
123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:00:20.92 ID:L7rMXKsm0

有咲「奥沢さんもそうなりたいの?」

美咲「……なりたくないかなぁ」

有咲「ならさっさと話ししてこいって」

美咲「そう簡単に言うけどさ……」

有咲「……つか、そんなんで諦められるの、奥沢さんは」

美咲「諦める?」

有咲「柄じゃないから1回しか言わないけど、私にとってポピパは絶対に失くしたくねー場所だよ。何があったって諦めたくない場所なんだ」

美咲「…………」

有咲「だからホント、タイムマシーンでその時の最低なアホのところに行けるんなら、顔引っぱたいてさっさとみんなに謝らせに行かせるよ、私は」

有咲「んでさ、奥沢さんにとってハロハピって、つまんねー意地で捨てられる場所なの?」

美咲「あたしは……」

有咲「うん」

美咲「…………」

有咲「…………」

美咲「うん……無理だ。失くしたくないや」

有咲「ならどうすればいいかもう決まったな。どっかの最低なアホに感謝しとけよ」

美咲「うん。ありがとう、市ヶ谷さん」

有咲「まぁ……別に? 友達の悩みを聞くくらい私だってやぶさかじゃないし?」

美咲「……そっちじゃないんだけどね、お礼を言ったの」

有咲「なんか言ったか」

美咲「ううん、何も。本当にありがとう、市ヶ谷さん」

有咲「ん」
124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:01:29.01 ID:L7rMXKsm0

――pipipipi...

美咲「あれ、花音さんから電話……」

有咲「渡りに船ってやつじゃねーの? 私はこのあと用事あるから、もう行くよ」

美咲「分かった。話、聞いてくれてありがとね、市ヶ谷さん」

有咲「はいよ。そんじゃ」

美咲「うん」

美咲「…………」

美咲「……よし」ピッ

美咲「もしもし、花音さん。ちょうどよかった、今みんな、どこにいます?」


……………………
125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:02:09.07 ID:L7rMXKsm0

こころ「けど、美咲は来てくれるかしら?」

薫「大丈夫。必ず来てくれるさ。その為に花音が勇気を出してきっかけを作ってくれたんだからね」

薫「花音とはぐみもすぐに戻ってくるさ」

薫「シェイクスピアもこう言っている。運命とは、最もふさわしい場所へと、貴方の魂を運ぶのだ……と」

薫「だから安心してほしい」

こころ「そう! 薫がそう言うのなら安心ね!」

こころ「のんびり待っていましょう!」

薫(花音、はぐみ、美咲……私は信じているよ)


……………………
126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:02:36.93 ID:L7rMXKsm0

はぐみ「みーくん、なんだって!?」

花音「う、うん! みんなと話したいから、こころちゃんのお家まで来てくれるって……!」

はぐみ「ほんと!? やったー! やっぱりみーくんもハロハピのことが大好きなんだね!」

花音「うん……よかった……」

はぐみ「よーし、そしたらはぐみたちも早く戻らなきゃ!」

花音「そうだね。急ごう」

花音(美咲ちゃん……きっと、いつものみんなになれるよね……?)


……………………
127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:03:09.04 ID:L7rMXKsm0

美咲「はぁ、はぁ……あーきっつー……」

美咲「流石にミッシェルの時よりは動きやすいけど……ミッシェルのおかげで体力はついたけど……」

美咲「こころの家まで走っていくのはキツいなぁ……」

美咲(けど、急がなくちゃ。もう遅いかもだけど、このまま全部が終わっちゃったら絶対後悔してもしきれないし……)

美咲(あーホント、セイシュン大好きだなぁあたしってば……!)


…………………
128 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:03:59.07 ID:L7rMXKsm0

――バァン!

こころ「あら?」

薫「……ふふ」

こころ「おかえり、花音、はぐみ!」

はぐみ「ただいま、こころん!」

花音「は、はぐみちゃん……足速すぎだよぉ……はぁ、はぁ……」

はぐみ「あ、ごめんねかのちゃん先輩。みーくんが来てくれるって思ったら嬉しくって」

こころ「美咲が来てくれるの?」

はぐみ「うん! さっき電話してね、そしたらこころんの家まで来てくれるって!」

こころ「そうなのね! 本当に薫の言った通りになったわ!」

薫「ふふ、言ったろう? みんなの気持ちは1つなんだと」

薫「さぁ、あとは……おや、噂をすれば影が差す……だね」

美咲「あー、ドア開いてる……よかったぁ、いつもの部屋だった……」

129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:05:20.35 ID:L7rMXKsm0



こころ「ようこそ、美咲! なんだか久しぶりね、こうやってみんなが揃うの!」

美咲(ハロハピ会議をするいつもの部屋に辿り着くと、こころがいの一番に口を開く)

美咲(部屋に入ってすぐのところで何故かバテていた花音さんは安心したような顔をして、いつもの席に座った)

美咲「……そう、だね」

美咲(あたしもそれに続いて、いつもあたしが腰かける席へ向かいながら、こころに曖昧な返事をした)

美咲(そして椅子に腰を下ろして、自分の気持ちをどう口にしたものかと考える)

美咲(市ヶ谷さんに背中を押されて衝動的にここまで走ってきちゃったから、言いたいことや言わなきゃいけないことが全然整理出来ていなかった)

美咲(やれやれ、なんてわざとらしく息を吐きながら、室内を見回す)

美咲(まず最初にキラキラした顔をしているはぐみと目が合って、視線を横にずらすとしたり顔の薫さんに頷かれた)

美咲(ああ、まぁ、つまりそういうこと、なんだろうなー……なんて、2人の表情を見て思う)

美咲「えっと、みんな……その、1週間も活動サボってごめん」

美咲(だからあたしは、特に何も考えないで思ったことを口にすることにした)
130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:06:27.27 ID:L7rMXKsm0

はぐみ「ううん! みーくんが元気そうでよかったよ!」

薫「その通りさ。ところで、美咲。ミッシェルは今日は来れないのかい?」

美咲「あーごめんなさい。お盆に実家に帰省するから、その準備で忙しいみたいです」

花音「お盆に帰省……」

こころ「そうなの? それなら仕方ないわね!」

薫「残念だね……でも、美咲が来てくれただけでも重畳なことだよ。ありがとう、美咲」

美咲「いえいえ……ここに顔を出せなかったのは、あたしが勝手に拗ねてたっていうか、意地張って最低のバカになってただけなんで……」

こころ「最低のバカ?」

美咲「……そう。どっかのツンデレチョロインさんに背中を押されないと動けない最低のバカになってただけ」

美咲「だから、ごめん。特に花音さんにはすごい心配かけたみたいで……本当にごめんなさい」

花音「ううん、大丈夫だよ」

美咲「そう言ってくれると助かります」

こころ「そうだ! あたし、美咲に聞きたいことがあったの!」

美咲「なに、こころ?」
131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:08:01.16 ID:L7rMXKsm0

こころ「美咲のホントの気持ちよ! 美咲がここに来れないのは、あたしはお腹が痛いのかしら、って思ってたんだけど、みんなは絶対違うっていうから気になってたの!」

こころ「あ、でも今、拗ねていたり意地を張っていたって言っていたわね? それってどういうことかしら?」

美咲「それは……ごほん!」

美咲(あたしは大きく咳ばらいをする。これから言うことは、本当にあたしが人生で真面目に発することなんて絶対にないと思っていた言葉だ)

美咲(噛むわけにも裏返る訳にも、照れに負けて曖昧に言うことも許されない)

美咲(自分に気合を入れて、大きく息を吸う。そして口を開く)

美咲「あたしは、こころのことが大好きだからだよ」

こころ「大好き?」

美咲「そう。もちろんこころだけじゃない。花音さんも、薫さんも、はぐみも……あと一応ミッシェルも……『ハロー、ハッピーワールド!』が大好きなんだ」

花音「み、美咲ちゃん……」

薫「ふふ、私もみんなのことが好きさ」

はぐみ「うん! はぐみもだーい好きだよ!」

美咲「だから、だからね、こころ?」

美咲「こころがあたしたちの元から遠くに行っちゃうのが嫌なんだ。簡単に会えなくなるのが本当に寂しくて、嫌なんだ」

美咲「こころにとってはすぐそこで、たった1年のことかもしれないけど……あたしにとってのそれは、今生の別れにも思えるくらい……辛くて寂しいことなんだ」

美咲「それなのにこころは何にも悩まず、みんなに相談もしないで決めちゃうから……こころにとってハロハピって、そんなに軽いものなのかなって……裏切られた気持ちになっちゃったんだ」

美咲「世界を笑顔にするどころか、自分自身が笑顔にもなれなくなっちゃうんだ」

美咲「……これがあたしのホントの気持ち」

こころ「美咲……」
132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:08:29.54 ID:L7rMXKsm0

はぐみ「はぐみも同じ気持ちなんだよ、こころん」

はぐみ「こころんが遠くに行っちゃうのはしょうがないよ。もう決まったことだもん」

はぐみ「でも……こころんが寂しくなさそうなのがね? すっごく寂しいんだ……」

花音「こころちゃん、私も美咲ちゃんと同じ気持ちなんだ」

花音「さっきも言ったけどね、こころちゃんには簡単なことでも、私たちにはすっごく難しいことがあるの」

花音「それを……分かって欲しいんだ」

こころ「はぐみに花音も……」

薫「こころ。私の言った通りだったろう?」

薫「美咲も、はぐみも、花音も、もちろん私も……みんな同じ気持ちなんだ。ただ、こころだけが違う気持ちでいる」

薫「それがたまらなく……寂しいんだ」

こころ「薫……」
133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:08:59.89 ID:L7rMXKsm0

美咲「だから、こころ。みんなの気持ちを少しだけでもいいから汲んで欲しいんだ」

美咲「じゃなきゃ……きっとこころがいなくなってすぐに、ハロハピはハロハピじゃなくなっちゃうよ」

美咲「あたしはそれが一番嫌なんだ」

こころ「…………」

美咲「こころ」

花音「こころちゃん」

はぐみ「こころん!」

薫「こころ……」

こころ「……みんなの気持ちは分かったわ! あたしもみんなが大好きで、ハロハピが大好きだもの!」

美咲「こころ……! それじゃあ……!」

こころ「ええ!」
134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:09:25.97 ID:L7rMXKsm0


こころ「あたし、フランスに行くのやめにするわね!」

135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:09:54.95 ID:L7rMXKsm0

美咲「…………」

花音「…………」

はぐみ「…………」

薫「…………」

美咲「……え? こころ、今なんて?」
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:10:39.12 ID:L7rMXKsm0

こころ「だから、フランスに行くのはやめるわ! だって、あたしがフランスに行ったらハロハピがなくなってしまうかもしれないんでしょう? そんなの嫌だもの!」

はぐみ「えっと、こころん。お父さんの言うこと聞かないでヘーキなの?」

こころ「ええ、問題ないわ!」

花音「え、で、でも……お家の関係っていうか、お父さんの仕事の関係で行くんじゃ……」

こころ「いいえ、そんなことはないわよ?」

薫「しかし、こころ……フランスにはお父様が行きなさいと言ったと……」

こころ「ああ、それね! それは……」

137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:11:50.15 ID:L7rMXKsm0


―こころの回想―

こころ「ねぇねぇお父様。もっともーっと世界を笑顔にするためにはどうすればいいのかしら?」

こころパパ「そうだねぇ。自分の目で世界中を見てみるのがいいんじゃないかな?」

パパ「世界のことを知らなければ、笑顔にだってしづらいだろう?」

こころ「なるほど! それはいいアイデアね!」

パパ「ふふ、そうかい?」

こころ「流石お父様! とってもクールよ!」

パパ「ハハハ、そんなに褒められたら照れるよ。まったく、こころちゃんはいつも可愛いなぁ。あ、そうだ!」

こころ「どうしたの?」

パパ「パパの知り合いがね、フランスの学校の理事長をやってるんだ。世界のことを見て回りたいならまずそこへ行きなさい。パパがいつでも話をつけてあげるから!」

こころ「本当!? ありがとう、お父様!」

パパ「ところでこころちゃん」

こころ「なぁに?」

パパ「パパのこと、パパって呼んでみない?」

こころ「……? お父様はお父様よ?」

パパ「あーもう、こころちゃんのいけず。でもそんなところも可愛い! こころちゃん可愛い!」ナデナデナデナデ

こころ「きゃーっ、くすぐったいわ、お父様!」


―回想おわり―

138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:12:50.42 ID:L7rMXKsm0

こころ「……ということがあったのよ!」

はぐみ「うーんと……」

美咲「ということは、これは……」

花音「私たちの勘違いと……取り越し苦労……?」

薫「つまり……そういうこと、だね……」

美咲「……はあぁぁ〜……」

美咲(全身からドッと力が抜けていくのが実感できた)

美咲(今さらながらに学校からここまで走り続けた足が痛くなってくる。明日はきっと筋肉痛だなぁアハハハハ……)

花音「ぅぅぅ……勘違いであんなこと言っちゃった……」

美咲(花音さんは真っ赤になって椅子の上で縮こまってて……)

はぐみ「じゃあじゃあ、こころんは転校しないんだ!? やったー!!」

美咲(はぐみは素直に飛び跳ねて喜んでて……)

薫「まぁ……過ぎた悲劇は喜劇的であるという説もあるからね。今日はこころが遠くに行かないことを喜ぼう」

美咲(薫さんは澄まし顔でわけ分かんないこと呟いてて……)

こころ「よく分からないけど、みんなが楽しそうであたしも嬉しいわ!」

美咲(……当のこころはいつもとなーんにも変わらない笑顔でいるのだった)

美咲(なんだよそれ……)
139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:13:39.80 ID:L7rMXKsm0

はぐみ「わーい! こころん、こころーん!」ギュッ

こころ「あら、ダンスがしたいのかしら? いいわよ! 踊りましょう、はぐみ!」

花音「うぅ……」

薫「花音、そう落ち込むことはないさ。シェイクスピアもこう言っている。『所詮は人間、いかに優れた者でも時には我を忘れます』と」

美咲(喜び合って踊るこころとはぐみ、落ち込む花音さんを励ましてるつもりだろう薫さん)

美咲(そんな4人の姿を見ながら、思う)

美咲(こころのためにお屋敷を改造して怪盗ごっこをしたり、黒服を常に側につかせてとんでもない願いでも全部叶えちゃう、弦巻財閥のトップにしてこころのお父さん)

美咲(考えてみれば……そんな人がこころに無理強いしたりなんかする訳ないじゃん……)

美咲(なのにあたしはあんな……『セイシュン、感じちゃってます!』なんてことを……)

美咲「あーもうっ! それもこれもこころの言葉選びが悪いせいだぁ!!」

こころ「あら、今日の美咲はとっても元気なのね! やっぱり久しぶりに5人になれたから嬉しいのね!」

美咲「違うよ! もう、ホント、こころはもう少し人の気持ちを考えられる人になってよ!」

こころ「考える? って言われても、美咲は美咲だし、あたしはあたしじゃない? 1人1人みんな違うからこそ、世界はこーんなに楽しいんだから!」

美咲「はぁぁ……そういう話じゃないのに……」

こころ「あ、そうだ、美咲!」

美咲「今度はなんですか……」

こころ「あたしも美咲のこと、とってもだーい好きよ!」

美咲「えっ」
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:14:40.13 ID:L7rMXKsm0

はぐみ「こころんこころん、はぐみは?」

こころ「もちろん大好きよ! 花音も薫もミッシェルも、みーんな大好き!」

薫「ふふ……私もだよ、こころ」

花音「あ、う、うん……私も」

こころ「やっぱり世界を笑顔にするためにはあたし1人じゃ駄目ね! みんなといる方がずっと素敵で、笑顔になれるもの!」

美咲「あー……うん、まぁ……そうだね」

美咲(……まぁ、色んな勘違いが重なってこんなことになっちゃったけど……)

美咲(これはこれでいい、のかなぁ?)

こころ「そうだ! いいことを思い付いたわ!」

花音「ど、どうしたの、こころちゃん」

こころ「あたし1人じゃなくて、みんなで行けばいいんだわ!」

薫「と、言うと?」

こころ「ほら、もうすぐ夏休みじゃない! だからみんなで世界中を飛び回って、世界を笑顔にする旅をすればいいんだわ!」

はぐみ「おお! すっごく楽しそうだね!」

こころ「どうしてこんな素敵な考えに気付かなかったのかしら! 早速お父様にお願いしてみるわね!」

美咲「ちょ、待って待って! それ、かなり長い旅行になるでしょ! ちゃんとみんなの予定を合わせてからしっかり日程を決めないと……」
141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:15:25.18 ID:L7rMXKsm0

こころ「大丈夫よ!」

美咲(いつもと変わらずキラキラした瞳で、こころはそう言い切る)

美咲(何が大丈夫なのか、そもそも世界中を笑顔にするってどうするつもりなのか、色々と言いたいことはある……けど)

美咲「…………」

美咲(こうなったら何を言っても絶対無駄だし、そもそも、あたし自身がそれをとても楽しそうだな、なんて思っちゃってるワケであって)

美咲「……まぁいっか」

美咲(相変わらず空気を読まないパワフルでピュアでハッピーなこころ)

美咲(そんなこころと合わせてとんでもないことをしだしたり言い出したりする薫さんとはぐみ)

美咲(それに一緒に振り回されて、苦労を分かち合える花音さん)

美咲(そんなみんなが……あたしは大好きなワケだし)

こころ「今年の夏は楽しそうなことがたーっくさん起こりそうね!」

はぐみ「だね! ミッシェルも来れるかなぁ?」

薫「ふふ……来れるに決まっているさ」

美咲(いつも通りにはしゃぎ始めた3人)

花音「み、美咲ちゃん……旅行中も一人二役で大変そうだね……」

美咲(いつも通りあたしを心配してくれる花音さん)

美咲「まぁ、もう慣れましたし……あたしも、好きでやってますから」

美咲(そしてほんのちょっとだけ素直なあたし)

美咲(……こんな『ハロー、ハッピーワールド!』もあたしは大好きなんだから)
142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:16:15.50 ID:L7rMXKsm0

こころ「ほら、美咲と花音もこっちに来て、旅行のことを考えましょう!」

花音「う、うん!」

美咲「はぁ……。はいはい、行きますよ〜」

薫「ここはやはりミッシェルの為にサプライズを――」

はぐみ「あ、いいね! 海の上でバトルしたり――」

美咲「ちょ、何をやらせるつもりなの――」

花音「が、頑張ってね、美咲ちゃん――」

こころ「やっぱりみんながいると、とっても楽しいわね!」



そして件の旅行中、弦巻財閥によって秘密裏に開発されたアンドロイド『ミッシェルM型2号(通称M2)』とミッシェルin美咲が、どちらがハロハピにふさわしいかを賭してバトルすることになるのでしたとさ


もしも弦巻こころがサイコパスだったら おわり
143 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:17:16.23 ID:L7rMXKsm0
言うほどサイコパスでもなんでもないし
言うほど安価スレでもなかったなぁという自責の念が強くありますが、お付き合い頂きまして誠にありがとうございました。
144 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/19(日) 13:18:59.38 ID:dcwZNQGbo
おもしろかった
145 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:21:57.21 ID:L7rMXKsm0

戸山香澄「たられば」

※小説版のネタバレが少しあります
146 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:22:27.51 ID:L7rMXKsm0

「たられば?」

「そう。もしも自分が生まれ変われるならどうなりたい?」

「ベンケー殿、藪から棒にどうした」

「昨日テレビでそんな番組があったのよ」

「生まれ変われるならっすか……」

「それなら私、定時じゃなくて普通の時間に学校に通いたいな。豹変するクラベン系有咲ちゃん、生で見てみたいよ」

「残念、今は別にそんなでもないから」

「……そうかなぁ」

「かすみん? あんたも人のことあんま言えないからね?」

「ま、前よりはマシになった……と思うから……」

「でも確かに1人だけ違う時間って寂しいっすよね。自分にはその気持ちがよく分かるっす」

「うさぎ殿だけクラスが離れ離れだもんな」

「っす。毎朝寂しいっす……」

「だからって今生の別れみたいなこと毎朝やらないでよ……」

「ベンケー殿は薄情者だ」

「うるさいエセニンジャ」

「あはは、やっぱり楽しそう。もしも生まれ変われるなら、やっぱり私もみんなと同じクラスで同じ時間に授業が受けたいな」

「うん。わたしも沙綾ちゃんと一緒に勉強したいな」

「そしたら机のやり取りじゃなくて、普通に香澄ちゃんに声かけるよ」

「うんっ。また初めての友達になってね」
147 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:23:02.44 ID:L7rMXKsm0

「はぁぁ……自分も生まれ変わってみなさんと同じクラスになりたいっす」

「しかしうさぎ殿は進級でクラスが同じになる可能性もあるのではないか」

「あ、言われてみれば」

「じゃあ他のたらればね」

「え、えっと……それじゃあ、何事にも動じない人間になりたいっす」

「例えば?」

「こう……自分の芯をしっかり持って、好きなものは好きだとハッキリ言える人間、っすかね」

「たえちゃんがそういう人間……」

「想像が出来ないわ」

「それ……分かる」

「流石かすみんセンパイ……やっぱりセンパイは自分の良き理解者っす」

「その良き理解者が自分と同類だと知った瞬間のうさぎ殿がこちら」カチ

『ええええっ! そうなんすか? こっちがホント? マジで!? そうなの? ねえ、そうなの? かすみん』

「え、ちょっ……」

『元気だしてってば、かすみん! きっといい返事があるって。めそめそすんなって!』

「ニンジャセンパイ、いつ録ってたんですかこれ!?」

「これぞタンバ流ニンジュツのシンズイ……」

「確かに芯がぶれっぶれだわ」

「へぇー、たえちゃんってこうやって喋る時もあるんだ」

「あ、あああの、これはなんと言いますか、ついテンションがサンダーボルトだったというか……ごめんなさい、かすみんセンパイほんとごめんなさい、反省してます、ごめんなさい」

「え、えっと、わたしはあの時、励ましてくれて嬉しかったよ」

「か、かすみんセンパイ……! やっぱりセンパイは自分の最大の理解者っす!」
148 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:23:38.87 ID:L7rMXKsm0

「まぁ……おたえのそれは正真正銘生まれ変わらないと治らないわね」

「せっかくの美形がもったいない。うちのように泰然としてればいいのに」

「そういうりみちゃんはないの? 生まれ変われるなら、って」

「うちにはない。うちは何度生まれ変わろうと師匠と出会って、日本一のバンドに入ってん本一の仲間たちを支え続ける」

「りみりん……」

「だからガマガエルの親分はうちが倒すねんよ。みんなは安心しててなー」

「意味分からない。りみはホント、今すぐにでも生まれ変わって、そういうヘンテコなとこがなくなった謙虚で可愛げのある女の子になればいいのに」

「失礼な。うちは今でもキュートでパーフェクトなピンク色の女子高生である。ヒキコモリのクラベン系女子とは違うのだよ」

「もうヒキコモリじゃありませーん」

「ではここで半年前のベンケー殿を振り返って頂こう」カチ

『うるさいわね。別に怖くないわよ。あたしは自分の属性のフィールドにいないと能力が制限されるのよ』

「ちょ、なんで録って……!」

『あたしはただ、周りにこんなにJKがいるなんて、ギャルゲーみたいだなって緊張してるだけよ』

「すっごいか細い声だねえ」

「これが学校でのベンケー殿の標準なのであった」

「へぇ〜」

「この時の有咲ちゃん、小動物みたいで可愛かったなぁ」

「〜〜っ!」

「有咲センパイ、顔真っ赤っすね。でも恥じることなんてないっすよ、自分がついてるっすから」

「そうだよ有咲ちゃん。わたしもいるから」

「フォローになってないわよ、それ!」
149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:24:12.60 ID:L7rMXKsm0

「まぁまぁ。ベンケー殿、そのうちいい事が起こるだろうさ」

「あんたがそれを言うか!」

「それで、有咲ちゃんは生まれ変われるならどうしたい?」

「えっ。えーっと……あたしは……」

「言い辛いことなんすか? ま、まさか、かすみんセンパイを独り占めして手籠めにしたいとか……」

「え、そ、そうなの……?」

「ち、違うわよ! どうしてそんな方向に行っちゃうのよ!」

「だって……あの公園の叱咤って半分告白だったじゃないっすか」

「確かに」

「え、なにそれ?」

「うむ。獅子メタル殿をバンドに登用する際にな、『どんなかすみんでもあたしは大大だーい好き! でも可愛い可愛いかすみんの為にも心を鬼にして怒らなきゃ』ってことがあったのだ」

「……へぇ〜」

「ちょ、違う! 違うから! 沙綾、なんであたしから距離取るの!?」

「ううん、なんでもないから気にしないで。それよりなんかごめんね? 私のせいで大好きな香澄ちゃんを叱るようなことにしちゃって」

「やめて、その気の遣い方ほんとやめて! 違うから! そういうんじゃないから!」

「…………」

「あ、かすみんセンパイがなんか打ちひしがれてるっす」

「『有咲ちゃん、そこまで否定するってことは……』とネガティブ師匠になってそうだな」

「えっ!? い、いや、そんなことないからね!? あたしは生まれ変わりたくないくらい今が好きだからね? それもこれも全部かすみんのおかげだし、嫌いじゃないわよ? むしろ、その……ね?」

「有咲ちゃん……」

「感謝してるっていうか、ね? みんなに出会えたのもかすみんのおかげだし、生まれ変わったらかすみんと同じクラスで授業を受けることもなくなっちゃうかもだし……ね?」

「うん……わたしも有咲ちゃんと同じクラスで幸せだよ……!」

「……やっぱり有咲ちゃんて……」

「自分たちには入り込めない空気っすね……」

「待て。うちも師匠とベンケー殿と同じクラスだ。何故除外されている」
150 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:24:44.65 ID:L7rMXKsm0

「それで、かすみんはどうなの? もしも生まれ変われるなら、どうなりたい?」

「わたし……わたしは……うーん」

「あ、かすみんセンパイ、ランダムスターどうぞ」

「……うん、わたし、もっと明るい女の子になりたい!」

「……おたえも最近、かすみんの扱いに慣れてきたわね」

「いやぁ恐縮っす」

「ほんとに人が変わるよね、ギター装備すると」

「歌が好きだって胸を張って言って、それで、またみんなと出会って、キラキラしてる夢を撃ち抜くんだ!」

「普段もこれくらいハキハキ元気よく喋ればいいのにねぇ」

「そうなったらそうなったで『少しは落ち着きを持て』とベンケー殿は言いそうだ」

「あー……目に浮かぶっす。自分も常時キマッてるかすみんセンパイがいると大変そうだなぁって思うっす」

「あはは、この香澄ちゃんなら誰とでもすぐに友達になれそう」

「それでね、可愛くて元気で前向きな、みんなに勇気を届けるロックなヒロインになりたい! ぎゅいーんってして、ぎゅーんってなって、ばばーんってキメるんだ!」

「うん、まぁ中間くらいのかすみんが見てみたいかな」

「程よく元気で程よく大人しい香澄ちゃん……」

「かすみんセンパイぽくないっすね、それ」

「うむ。突き抜けていた方が師匠らしい」
151 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:25:23.16 ID:L7rMXKsm0

「あ、そうだ! 今日は次のライブのこと決めるんだったよね! えへへ、そしたら新しい曲、やりたいな! もう大体のイメージは出来てるんだ!」

「へぇ、いいんじゃないかしら」

「どんな曲なの?」

「うん、えっとね、あふれる意思と勇気の歌! 始まりの歌! 青春の歌でもあって、わたしもこうなりたかったって歌!」

「イメージ出来るような、出来ないような……」

「ドントシンクフィール! 聞けばきっと分かるよ!」

「一理ある。音楽とは元来そういうものだ」

「夢は夢じゃないと歌う旅〜♪」

「あー分かった分かった、あとで聞くわよ。それより先に決めることがあるでしょう」

「決めること……報酬(ギャラ)の分配率だな」

「全然違うっす。ライブ、どこでやるかってことっす」

「うん。それとセトリもね。新曲をどこで使うかとか決めないと」

「知ってた!」

「みんな色の奇跡だ!」

「かすみん、1回ギターを装備から外そうか」

「ライブハウスはこの近辺だとどこがいいんすかね」

「あ、それならガールズバンドの聖地って呼ばれてるところがあって……」

「リボンを緩めたらミュージックのスタート♪」

「あー……やっぱりかすみんはいつものかすみんの方がいいや……。いやでもあんまりネガティブなのも……うーん……」

「無い物ねだりの尽きないタワゴト、というものだな、その悩みは」


おわり
152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/08/19(日) 13:27:11.59 ID:L7rMXKsm0

下記の楽曲を参考にしました
amazarashi 『たられば』
https://youtu.be/QuJBdDS3dOM


今さらですが小説版を読みました。とても面白かったです。
そしてこんな話を書きたくなったがためにスレを立てたのが正直な話です。

お粗末な話ばかりでしたが、最後まで読んで頂きありがとうございました。

HTML化依頼出してきます。
153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/19(日) 14:23:30.58 ID:o54TH5KN0
154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/19(日) 17:32:54.14 ID:Gjq7GSd3o

面白かったよ
プロトりみりん好きなんじゃ...
155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/19(日) 18:59:50.29 ID:RdmoyoGTo
乙〜〜ハロハピ面白かったです
薫くんの想いが強くてすこし感動しました
156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/19(日) 19:15:30.43 ID:dcwZNQGbo
小説版ってSSじゃあんま掘り下げられないんだよねー
嬉しかった
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