男「この俺に全ての幼女刀を保護しろと」

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372 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:08:11.41 ID:htj7Q5Kz0
刃踏「炉ちゃんと俎ちゃんが対峙したとき、炉ちゃんは『将軍さまの愛を受けるのはわたしだけ』と言っていたそうです。確かかどうかは曖昧だそうですが須木丸さんから聞きました」

小ぶり提灯に照らされた二人の影が土の上で揺れる。それを眺めたまま愛栗子は表情一つ変えることなく返答した。

愛栗子「なぜそれをわらわに言う。その話を報告すべきは紺じゃろう?」

刃踏「愛栗子ちゃんこそ、知っていたならここに来る前に紺之介さんにそれを伝えたらよかったじゃないですか」

隣の影が若干動いたのを見た愛栗子は影の持ち主へと横目を運ばせた。
373 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:08:38.46 ID:htj7Q5Kz0

愛栗子「なぜわらわがそのことを知っておると思うたのじゃ」

愛栗子がそう振ってから刃踏が次に口を開くまでの間五秒間……二人の間には独特の緊張感が走っていた。

刃踏は一瞬迷ったような表情を挟んだが決心したのか一呼吸置くと自信に満ち満ちた声量でその言葉を口にした。
374 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:09:19.40 ID:htj7Q5Kz0
刃踏「言ってしまえばずばり、勘です」

そうしてまた五秒の間。
しかしそれは先ほどのように緊張感から来たものではなく呆気にとられた愛栗子の倦怠感が作り出したものであった。

愛栗子思わずあくびをも漏らす。

愛栗子「話にならんの。終わったならもう寝てもよいか? なんならわらわの口から明日そのことを紺に告げてやろう」

提灯の光を背に白蝶晒して去らんとする彼女の手を刃踏が強く握った。
375 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:10:21.85 ID:htj7Q5Kz0
愛栗子「……なんじゃ」

刃踏「……勘、でしたよ。さっきまでは……でもやっぱり確信に変わりました。だって炉ちゃんの所感は愛栗子ちゃんたちの旅が始まった理由に繋がることなんですよ? どんなに興味がなくなって、『ふーん』とか『へぇ』とか少しくらい言いそうなものじゃないですか」

愛栗子「それらを口や顔に出さなかったから一体なんじゃと? 別にわらわが奴の心中に興味がなかっただけの話じゃろ。ここに行くよう提案し情報から動機を確かめようとしたのは紺のためじゃ。分かったならはようその手をはなさんか」

ぐっと内に引かれる愛栗子の腕。しかしそれを負けじと刃踏が引きかえす。
376 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:11:16.37 ID:htj7Q5Kz0
愛栗子「くどいぞぬし! 痛めてしまうではないか」

身体が駄目なら声。愛栗子が若干声を張り上げた後に刃踏はそれよりもさらに荒い声を張る。

刃踏「人が人を想う気持ちを愛栗子ちゃんが興味ないわけないじゃないですか!!!」

愛栗子「っ……」

響いた声に怯んだかのように月が雲隠れし湿り風が彼女らをなだめるかのように通り過ぎた。里に根を下ろすまだ青い木々たちが野次馬のように騒めき始める。

枝葉の音が妙に大きく木霊したとき少女たちは今が夜深き刻だということを思い出し腕引きをやめた。

愛栗子「……あほぅ。いつの刻じゃと思うておる」

刃踏「ご、ごめんなさい。つい取り乱してしまって」
377 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:12:08.06 ID:htj7Q5Kz0
愛栗子が刃踏の方へと向き直るとまた互いの顔が提灯の灯火に照らされる。

二人は互いの瞳の奥を覗いた。


今目の前にいる者は百の年月を経て互いに全てを悟りし者……そしてそれぞれの目指す結末に異を唱える者。
そのことを二人互いに確かめるとまず愛栗子が推測を語り始めた。
378 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:12:47.57 ID:htj7Q5Kz0
愛栗子「将軍様がわらわらをこの身に変えた順を存じておるか?」

刃踏「ええ、確か……」

愛栗子「わらわ、乱、透、��奴、まな、ふみ、そして奴……炉の順番じゃ。どういうわけか幼刀を保護し続けた連中はこの順番を将軍様が大切にした女の順としておるようじゃがそれは全くの真逆じゃ……と言ってもぬしは人の身の頃からそのようなこと分かりきっておるか」

そう言って刃踏の顔色を伺うような顔をした愛栗子だったが、照らされた刃踏の表情が眉ひとつ動かなかったのを見て一度短くため息をはくと話を続けた。
379 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:14:17.42 ID:htj7Q5Kz0
愛栗子「つまり将軍様にとって一番の女だったのは奴……というわけじゃな。しかし将軍様が一度の唾つけ以降わらわを美術品のように扱ったことから幕府の連中が勘違いをし刀化の順をもソレと勘違いした。その噂を耳に入れてしもうたあやつは不安になったんじゃろうな……己が最も将軍様を想っておった故に」

愛栗子は呆れながらも哀しみの浮いた顔で呟いた。

愛栗子「少し考えればわかるじゃろ……将軍様にも人並みの心があったならば、情を吹き込んだ者ほど人の理から離れて欲しくはないじゃろて……なぜじゃ、なぜあやつもそれに早く気づかぬ」

愛栗子「故にわらわは一番奴の闇を増幅させてしまっておる。そしてその次が恐らく、順は遅けれど目に見えて贔屓されておったぬしじゃろうな。そう考えればまなが早々に壊されてしもうたのにもなんとなしに合点がつく」
380 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/10/01(火) 17:15:04.02 ID:htj7Q5Kz0
一通り愛栗子が胸の内を開くと確かめるように、刃踏が閉ざしていた口を重く開けた。

刃踏「……だから、炉ちゃんを壊そうとしてたんですね。将軍様の元へ炉ちゃんを返すために……炉ちゃんがまた大好きな将軍様に会えるように」

下げられた刃踏の顔には影が落ちる。

381 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/10/01(火) 17:16:48.92 ID:htj7Q5Kz0
愛栗子「はぁ……まあの。しかし紺に直接そう伝えたところで奴がそれを簡単に許すとは思えぬじゃろう? 故にそれが最善と紺に思わせる手立てとしてここに話を聞きに来たというわけじゃ……結果としてぬしに邪魔されてしもうたがの」

愛栗子の放った最後の一言は一見意地悪くも見えるものであったがその内に隠されていたのは彼女なりの場を和らげる冗句であった。

これにより下を向いたままの刃踏が面をあげ一つ反応を見せたならば彼女の狙い通りであったのだがそうはならず。

やはり 『彼女は異を唱える者』であったことを愛栗子は苦い顔つきで再確認した。
382 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:17:49.87 ID:htj7Q5Kz0
刃踏「誰が一番愛されていたとか……大切にされていたとか……そんなのやっぱり関係ないと思います。だって結局私たちはみんなこの身体になって生かされた」

刃踏「その時点で!! 将軍様はまだ私たちに生きていて欲しいって願ってくれたってことじゃないですか!!! 私は将軍様のその優しさを……想いを……無下にすることなんてやっぱりできません。守れるなら守り続けたいです!」

刃踏「だって私も将軍様をお慕いしていたから……この想いが炉ちゃんより劣っていたとも思いませんし、優っていたとも思いません。優劣なんてつけられるはずがないじゃないですか」
383 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:18:47.93 ID:htj7Q5Kz0
刃踏「それに私はあそこにいたみんなが大好きだったんです。将軍様も、ぺとちゃんも、乱ちゃんもスグちゃんも俎ちゃんも炉ちゃんも、愛栗子ちゃんも……そして、あの子も」

愛栗子「……そうかの」

互い想い巡らせ目を閉じる。

二人には自然と同じ景色が瞼の裏に映り込んだ。もっともどれくらい昔か……それはもう彼女らにははかりしれないものであったが。

愛栗子「で、ぬしはどうしたいのじゃ」

刃踏「炉ちゃんに伝えます。将軍様はみんなのことが大好きだったんですよって……そして私も炉ちゃんが大好きなんですって……だからもう、怖がることなんてないからみんなで精一杯生きましょうって……そう伝えます」
384 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:21:06.39 ID:htj7Q5Kz0
愛栗子は止められぬ慈愛の魂を見た。今彼女の目に映る優しく暖かくも微かに熱い光はまさしくそれを可視化したものであった。
それは仏の依代か、それともそれもまた刃踏自身の私欲に過ぎぬのか……愛栗子には解せぬ。だが愛栗子の中にはその魂に賭けてみてもいいかもしれないという希望が芽生えつつあった。


385 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:21:48.00 ID:htj7Q5Kz0
刃踏「それにこれは愛栗子ちゃんが今お慕いしている彼のためにもなるじゃないですか。叶うことなら少しでも好きな人の力になりたいって……そう思いませんか」

そして愛栗子は彼女の次の言い分を耳に入れるとこの上ない脱力感を肩から覚えた。
もはや呆れすら通り越しそれが己の前に立ちはだかった時点で一度立ち止まることを強いられていると悟ったからである。

386 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:22:15.07 ID:htj7Q5Kz0


今度はそれが愛栗子の闘争の炎だったかのように、提灯の蝋燭が消えた。

刃踏「はわっ!?」

愛栗子「夜目が慣れておる。このままでも部屋に帰れるじゃろて」

曇天の湿風はまだ彼女らに吹いていたが宿へと歩む愛栗子の足は不思議と軽快であった。

愛栗子「ふみ」

刃踏「はい……?」

愛栗子「……まったく、ぬしにはかなわぬな」

刃踏「え、えへへ……そうですかね」
387 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:23:29.78 ID:htj7Q5Kz0
…………………………

翌、空は生憎の灰色。
黒とも白とも言いきれぬ雲たちがまだ太陽を隠していたが紺之介一行は予定通り木結芽をたった。一応の目標地点は源氏との邂逅を兼ね透水のいる導路港への逆戻りとなる。

山林にて時刻はおおよそ卯の刻半ば……乱怒攻流と��奴は並んで大あくびを披露した。

刃踏「ふふっ、かわいい。姉妹みたいですね」

��奴「うにゅ〜……おか?」

愛栗子「くく、言い得て妙じゃな。お子様の乱にぴったりではないか」

ここぞとばかりににぎやかしを投下する愛栗子に乱怒攻流が噛みつく。

388 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:24:03.37 ID:htj7Q5Kz0
乱怒攻流「ちょっとやめてよ。あんなせまっ苦しいとこだったから満足に眠れなかっただけ! 紺之介ったらあたしを納刀せずに寝ちゃったのよ。酷いと思わない? ねぇあんたも! 言うことあるでしょ」

最初こそしらを切る紺之介であったが次第に強めに袖を引く乱怒攻流に根負けし、ため息混じりに謝罪を吐き捨てた。

紺之介「俺が悪かったからそれをやめろ……で」

刃踏「ああすみません。お話の続きでしたね」

乱怒攻流「ああ、さっき言ってた児子炉も刃踏の力で戦わずに回収するって話?」

389 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:24:36.76 ID:htj7Q5Kz0
刃踏「あはは、そんな大層な作戦ではないんですけどね……紺之介さんどうです? 私に一任させていただけないでしょうか」

紺之介「ああ……」

締まりこそないが否定的でもない相槌を返した紺之介だったがその後は言葉を詰まらせてしまい、落ち葉を踏む音のみが段々と大きくなっていった。

愛栗子「……無理もないの」

愛栗子がそんな彼を擁護するように小さく呟いた。

��奴という例外あれどこれまで出来るだけ自らが前線に立ち幼刀を収集してきた紺之介。今回の策はその姿勢を大々的に崩したやり口であった。

390 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:25:30.24 ID:htj7Q5Kz0
紺之介(刃踏の力は確かに凄まじいものではあるが)

源氏曰く幼刀 児子炉-ごすろり-とは彼と志を同じくした破壊の刀である。故に��奴のときとは大いに違い刃踏の身を全面的に賭けることとなる。
『戦わずして』とは甘美な響きであったが紺之介の中で既に戦いは始まっていると言えた。


391 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:26:20.13 ID:htj7Q5Kz0
紺之介が黙り込んでから落葉踏む音既に五十。途中座りこんだ��奴を背負い込むと刃踏は彼の顔を少し覗き込みながら言った。

刃踏「まさか、源氏さんと炉ちゃんを同時にお相手するつもりではないでしょう?」

紺之介咄嗟に目をそらす。

刃踏の言っていることは確かに最もであった。ここで己が全てを背負うこともまた大博打

彼は決して弱気になっているわけではないが一度は源氏と鎬を削った仲故にそれも茨の道と心得たり。

392 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:26:59.89 ID:htj7Q5Kz0
紺之介は一つ大きめの深呼吸をすると深くうなづいて重く決心した。


紺之介「分かった。確かに考えてみれば源氏は手練で児子炉もまた幼刀……誰の傷も増やさずして楽になる方法が少しでも存在しうるのなら使わぬ手はないな」

乱怒攻流「ま、それもそうよね」

乱怒攻流が一言挟んだ後紺之介は申し訳なさそうに呟いた。

紺之介「……フミ」

刃踏「はい?」

紺之介「任せたぞ。信頼してるからな」

刃踏「はい」
393 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:27:33.60 ID:htj7Q5Kz0

刃踏が彼に微笑みを向ける一方で愛栗子は後ろで目を閉じて扇子を広げた。そこに何かを察した乱怒攻流は少し歩を緩めて愛栗子に近づくと小声で囁いた。

乱怒攻流「昨日も言ったけど、あれもきっと負け惜しみよ」

愛栗子「……わかっておる。一々いうでない鬱陶しい」

乱怒攻流「んなっ……! なによ! 折角人が心配してあげてるのに!」

愛栗子「急に声を荒げるでない」

後方で騒ぐ二人の声に頭を痒くしながら紺之介は振り向いて告げ口した。

紺之介「うるさいぞお前ら……もしあいつらが近くにいたら……っと!」

後ろを見ながら歩いていた紺之介は思わず前を行っていた刃踏と背負われた��奴に軽くぶつかる。

394 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:28:14.32 ID:htj7Q5Kz0
紺之介「どうしたフミ……は……?」

一瞬こそ手前二人の方を見た紺之介であったが、その奥から感じる禍々しい殺気をすぐさま読み取り顔を上げた。

源氏「よぉ」

紺之介「源、氏……やはりこちらに近づいてきていたか」

源氏「そりゃあ一本より何本もある方優先するってもんだろ。その方が一度に長く楽しめるしな」
395 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:28:40.75 ID:htj7Q5Kz0

源氏に続いてその下で渦巻く黒煙もまた口を開く。

児子炉「あ、り゛……す! フゥゥミィ゛……!」

刃踏「……炉ちゃん」

愛栗子「……」

刃踏が背の娘を降ろすとそれは黒煙の邪気に当てられてうたた寝の夢から目を覚ました。

��奴「あぁう」

��奴は寝くじをかく間もなく刃踏の背後に身を隠す。
幼児も黙り込む程の緊迫した空気がそこにはあった。

396 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:29:26.64 ID:htj7Q5Kz0
原氏「さて、誰からでもいいぜ? かかってきなァ……あ、でも紺之介は後の方がいいな。てめぇにさっさとくたばられちゃ折角の幼刀が全部ただの刀になっちまうし」

源氏、刀を担ぎ清々しい程の喧嘩腰。獰猛な獣が化けて出たかのような彼に紺之介も腰の柄に手をつけたがそれはあくまで反射的なものであった。
紺之介の顔にははや玉汗浮かび上がるも今はまだそのときじゃないとしてその姿勢を保ちつつも口を割る。

紺之介「源氏、そんな喧嘩好きのお前にいい提案がある」

源氏「ほう」

源氏の広角が上がる。
釣られて紺之介の口元も引きつられる。

397 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:30:33.86 ID:htj7Q5Kz0
紺之介「幼刀 児子炉 -ごすろり-を渡せ」

源氏「ンァ?」

紺之介は児子炉からの強烈な睨みをその身に受けつつ若干首を傾げる源氏に続ける。

紺之介「そこの今にも喧嘩しそうな狂犬とお前を喧嘩させてやろうと言っているんだ」

源氏の闘争の炎にわずかだが薪がくべられる。

源氏「おぉ〜……ってえっとなんだ? 紺之介、お前がコイツとやりあうのか?」

紺之介「いや、違う」

398 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:32:24.48 ID:htj7Q5Kz0
固唾を呑むと紺之介は柄から手を離し、その手のまま母に張り付く��奴の腕を取りてもう片方で刃踏の背を押した。

紺之介「こいつだ」

源氏が彼女に目線を移したことによって紺之介の呑んだ固唾ごと刃踏にその場の指揮が託される。

紺之介「いい余興だとは思わないか? この幼刀は七振りの中でも間違いなく三本指の強さはあると自負している。そのことを確認してからの方が熱くなれそうだろ」

399 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:32:56.19 ID:htj7Q5Kz0
源氏「ほ〜……」

源氏が峰で肩をならしながら児子炉の方を見るとそこには正に紺之介の言う狂犬が君臨していた。

児子炉「フ、フ、フゥゥミィ……!!!」

児子炉の握る熊の人形には布を裂いてしまいそうなほどに力んだ爪が立てられていた。
その様子を目の当たりにした源氏は彼女の興奮度は自らを楽しませるのに十分と評価したようで

源氏「なんだ。確かに面白そうじゃねェか……行ってもきてもいいぜ」

一言そう告げると一先ず太刀を肩から下げた。

紺之介(何とか乗せたな)
400 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:33:32.70 ID:htj7Q5Kz0

整った土俵に一歩ずつ前へ出る刃踏は一瞬だけ横顔を見せまた前へと歩き出した。
そのときの横目は紺之介らには後方の誰かを見ていたようにも全員を見ていたようにも見てとれた。

��奴「おか……?」

漂う不安をぬぐい切れず��奴だけがとうとう短く声をあげてしまったがそんな彼女の小さな肩を紺之介はさっと片手で抱いた。

紺之介「大丈夫だ。今はただお前の母親を信じてやれ」

401 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:34:31.73 ID:htj7Q5Kz0
前方から児子炉も草音を立てながら内へ歩み寄る。

児子炉「フゥミィ……」

刃踏「炉ちゃん……」

乱怒攻流(本当に大丈夫なのよ、ね……って……!)

乱怒攻流は真横の愛栗子が密かに自身の金時計に触れていることに気がついた。

それにより乱怒攻流は事の重さを改めて思い知ると同時に、己の隣で上がった重腰による微かな安心感が抱いてしまった。
結果返って落ち着かない乱怒攻流はひとまず自らも背嚢から柄を摘まみ出すことで平静を保たんとする。

誰もが何かに心情煽られる中、ついに二人は間近にまで対面した。

402 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/10/01(火) 17:35:11.73 ID:htj7Q5Kz0
児子炉「……」

刃踏「炉ちゃん……私、考えたんですけど……やっぱり将軍様に生かされた私たちが互いにその身を砕き合うなんて間違っていると思います」

刃踏「そこにいる紺之介さんから今までの話もうかがってきたのですが、炉ちゃんを止めるために愛栗子ちゃんを振るうなんて、いくら偉い人でも酷いと思いました! それでいて『将軍様の意思を守ろうとしている』だなんて……とても信じられません!」

403 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:35:59.70 ID:htj7Q5Kz0
刃踏は一息吸うと胸元で包んだ拳を開きながら前へ差し出した。

刃踏「私たちと生きてください! 将軍様の愛を、そして将軍様への愛を共に守りましょう。共に応えてくださるなら、この手を……」

紺之介「っ……」

紺之介、やはり刃踏を信ずると決めつつも完全には秤傾けられず。して心はまだ駄目で元々。
決裂の火花ひとつ立とうものならばすぐさま抜刀し駆けつける心持ち。後方にて二人もまた同じ。

が、そんな彼らの警戒反して意外にも児子炉は落ち着いた様子で差し出された手をじっと見つめていた。

それ故か一方で退屈そうに耳をほじる男一人。欠伸混じりに落胆漂わせてはそわそわと太刀で近辺の幹に傷をつけている。
語るまでもないが彼が刃踏に求めていたのは情愛ではなく戦。源氏は紺之介に乗せられたことを若干後悔し始めていたがそれを振り払うように児子炉との戦いに期待を込めて片手素振りを始めた。

404 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:36:46.26 ID:htj7Q5Kz0
児子炉「将、軍さまの、愛を……」

そして中央の緊張感は次第にほつれていく。
児子炉は右手を熊人形から離すとおもむろに前へと持って行き始めたのだ。

刃踏「はい……! 守りましょう」

正に鈍い熊のようなその様子微笑ましく、釣られて刃踏の顔にも柔らかな笑みが浮かぶ。

状況が状況なだけにさすがに焦れたのか刃踏は少々強引に児子炉の浮いた手を引くとそのまま彼女を抱き寄せた。

児子炉「フ、ミ」

刃踏「ずっと……ずっとこうしたかった! 私は……!」

刃踏の募る想いは遂に頂点に達し児子炉を抱きしめる両腕に大きく力が入る。
その目には涙が浮かび全身から『喜び』を溢れさせていた。

405 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:37:26.06 ID:htj7Q5Kz0

刃踏「私はあなたのことも、大好ぎ、でッ…………え?」


だが彼女が見た幸福は幻想だった。
一瞬うつけた刃踏はハッとして己の懐に目線を落とすとそこには赤黒い景色が広がっていた。

刃踏「……」

刃踏、幾度となく瞬きを繰り返せど見える光景に変わりはなし。
熊の形をした嫉妬の操り人形……その腕は確かに、重く、深く彼女のみぞおちを貫いていた。

406 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:37:53.45 ID:htj7Q5Kz0
刃踏「ぁ゛……」

児子炉の肩越しに落ちた赤い血だまりを虚しく涙が追いかける。
彼女は思わず短いため息をもらした。

刃踏(結局、私もまた……炉ちゃんに認めてもらいたかっただけなのかもしれませんね)

刃踏「……ごめんなさぃ」

彼女が最期に溢したのはそのたった一言だったが、それは刃踏にとっての全てに、それぞれに向けられた辞世の一言だった。

407 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:38:20.94 ID:htj7Q5Kz0
紺之介「なっ……」

源氏「ハハッ」

乱怒攻流「そんな……やだ……ウソでしょ……?」

愛栗子「っ……」

それぞれ動揺と感嘆がひしめく中刃踏が発した命の輝きは徐々に集約されひび割れた刀身となりて辺り一面にもう一度ばら撒かれた。

血、光、破片。三度にも渡り彼女を散らした黒煙は陰りうねりて改めて低く唸る。

児子炉「将軍様の愛を受けるのは、わたしだけ」

沈黙の中で発せられた彼女の声は小さきものであったがそれは彼らの中心で不気味に大きなとぐろを巻いた。
408 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:39:32.82 ID:htj7Q5Kz0

やがて沈黙は幼子の劈く悲鳴で断ち切られる。

��奴「お、か……おか……おかぁぁ……あ、ぁ、あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!」

紺之介「��奴!?」

悲鳴は瞬く間に怒りの化身となり紺之介の足元を逸れた。
紺之介がそれを感じ下に目を向けたころには落ち葉だけが遅れて舞い踊るだけとなっていた。

409 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:40:10.95 ID:htj7Q5Kz0
乱怒攻流「紺之介!! 納刀!!!」

機転を利かせた乱怒攻流の叫びに紺之介慌てて対応する。��奴の鞘を握りてその声を山林にて響かせようとした。

紺之介「納と……

が

児子炉「消えろ、忌み子」

��奴「がッ……!」

その声、あとわずかすんで届かず。
向かってきた��奴の小さな体躯を熊の腕は正確にとらえていた。弾き飛ばされた��奴は激しく大樹に叩きつけられ力なく落ち葉に埋もれる。

410 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:40:48.93 ID:htj7Q5Kz0
��奴「おっ……かぁ……」



虚空に伸ばされた短い腕は何かに導かれるようにして光となり短刀の鍔柄だけがそこに残された。




411 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:41:22.40 ID:htj7Q5Kz0
源氏「アッハッハッ! アッハッ! ヒヒッ……!こりゃひでェ……! 」

腹を抱える仕草で笑い声を上げた源氏だったがすぐさま直るときまり悪そうに大きく舌打ちを鳴らす。

源氏「……あーつまんねェ。楽しみを一つ増やして貰えると聞いて乗ってやったのに、見せられたのはくだらねェ三文芝居……加えて幼刀を二本も折られちまった」

源氏は苛立ちをつま先に乗せて数回地にぶつけると厳つい睨みをきかせて紺之介へと放った。

源氏「なァ紺之介……この落とし前、どうつけてくれるンだ?」

412 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:41:53.92 ID:htj7Q5Kz0
乱怒攻流「う、うるさいわねっ! だったら相手してあげるわよ! アンタなんてこのあたしが……!」

源氏「うるせェのはてめェだメスガキ!」

乱怒攻流「ひぅ……!」

乱怒攻流勇んで刀構えてみるものの源氏の咆哮に一蹴され怯む。
腰の引けた彼女に紺之介は「もういい」と言って前へ出た。その顔には深く前髪の影が落ちている。

紺之介「俺が全部終わらせるッ!」

413 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:42:22.14 ID:htj7Q5Kz0
駆け出した紺之介の一閃。
勢いは手前もろとも源氏を貫きそうな一撃である。

だが児子炉の前に滑り込むようにして源氏立ちはだかりてその一撃を余裕綽々と受け止める。

紺之介「ぐゥッ……!」

源氏「あんまガッカリさせんなよ紺之介ェ……なんだその突っ張った太刀筋は」

源氏はそのままかちあげるとよろめいた紺之介の腹めがけて賊がごとき荒い蹴りを決めた。

紺之介「がは……」

乱怒攻流「紺之介!」
414 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:44:01.16 ID:htj7Q5Kz0

堪らず仰向けで地に伏した紺之介を見下ろす源氏。あいも変わらず肩に峰を当てるその仕草は何とも緊張感の感じられない退屈そうな様子であった。

源氏「護衛剣術とやらはどこへやったんだ? お前のさっきの一撃……俺には怒りに任せて突っ込んでるように見えたぜ」

上から源氏にそう投げかけられ紺之介ハッとして目を開く。

源氏「ったくよ……話がちげェじゃねーか」

源氏はそう言いながら自身の刀をおさめるとあろうことか彼らに背を向けて歩き始めた。
415 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:45:25.54 ID:htj7Q5Kz0

紺之介「ま、待て!」

源氏「うるせーな……興が冷めちまったんだよ。頭冷やしたら葉助流武飛威剣術道場に来い……まだやってるかしらねーけど。オイ行くぞ児子炉」

呼びかけられてもなお愛栗子を睨み続ける児子炉に対し舌を鳴らしながら納刀すると源氏は一度も振り返ることなく立ち去っていった。

痛みに伏す紺之介、足のすくんだ乱怒攻流……そして澱んだ瞳で児子炉を見送った愛栗子。誰一人として彼らを追うことは出来ず。

416 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:47:21.29 ID:htj7Q5Kz0
源氏の後ろ姿が誰の目にも映らなくなったとき、まるで気が抜けたかのように山林の雲が大粒の雨を流し始めた。

身体を起こした紺之介は無念漂う柄二つを拾い上げ、空に遠吠えを上げた。



「チクショォォォ!!!!」





417 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:48:08.19 ID:htj7Q5Kz0
続く
418 : ◆hs5MwVGbLE [saga]:2020/02/09(日) 23:30:17.55 ID:0qU1zNu20





幼刀 児子炉 -ごすろり-



419 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/02/09(日) 23:33:11.53 ID:0qU1zNu20
時遡ることおおよそ百年。

愛栗子「ねーんねーん……ころぉりーや……」

場所はかつて露離魂幕府が拠点とした場所、露離魂城の一室。
十畳にもなるその一室は露離大好木の妾が一人、愛栗子の座敷なり。
420 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/02/09(日) 23:34:06.53 ID:0qU1zNu20

奥にて座椅子に佇む者、妾というよりは花魁で、花魁というよりは姫君に近し。
そこに咲く一輪の華、愛栗子は赤子へと子守唄吹き込みて一息ついた。

愛栗子「ふぅ、ようやっと眠ってくれたの」

その小声、言葉こそ一仕事の疲れ表すもその顔に影はなし。むしろ微笑み一色でそれは彼女の可憐さを人知れずより一層際立たせていた。

421 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/02/09(日) 23:34:48.26 ID:0qU1zNu20
そんな芸術の華を崩したのは襖を叩く音。
穏やかに漂う微睡みに割り込んだそれに愛栗子は不機嫌こもった声で応答した。

愛栗子「……なんじゃ」

正座で頭を下げつつ襖をずらしたのは愛栗子の世話役の者だった。本来ならば妾という立場に付かぬそれだが将軍の物となればまた別物である。

422 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/02/09(日) 23:35:30.82 ID:0qU1zNu20
女中「失礼します。至高翌様のお守りを……」

愛栗子「ばかもの。坊ならもう寝付いたわ……それに何度も言っておるようにわらわは愛しき我が子にお守りなぞ必要とせぬ。必要となったならばこちらから頼むまでじゃ。散れ」

女中「ですが……」

女中を片手であおる愛栗子。が、女中からすればそれは業の放棄にあたる。
困り果てて一言挟みかけた女中だったが丁度そこに連なるようにしてもう一人遣いが現れた。

「将軍様のお客人がお見えだ。持て成して差し上げろ」

愛栗子「ほれ、どうやらお呼びのようじゃぞ。さっさとそこを閉めてしまえ」

一瞬迷いを見せた女中の者だったが、もう一度愛栗子に頭を下げると襖を閉じて隣に対応した。

423 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/02/09(日) 23:36:15.30 ID:0qU1zNu20
愛栗子から見て閉じられた襖の向こう側、彼女らの姿こそもう目に映りはしないが会話は薄い壁を通していまだ愛栗子の耳を触っていた。

「そのお客人というのは」

「例の東山道の妖術使いだ。魂を別の器に移すことで半永久的なものとする妖術とやらに将軍様は興味をお持ちになったようだ」

「百戦錬磨の武将も老いには勝てぬ……ということでしょうか」

「さてな」
424 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/02/09(日) 23:37:59.13 ID:0qU1zNu20

そこで遣いの者の声量は格段に落ちたが彼女らの会話に少しばかり興味を抱いた愛栗子は赤子を寝床におろすと足早に襖へと聞き耳を立てた。

彼女もまた『不老不死』というものに若干の憧れを抱いていたのである。それもそのはずでこの頃既に自らの『美』が異様で異彩であると自覚していた愛栗子は老いていく未来に憂いのようなものを感じていたのである。

そんな所になんとも輝かしく希望ある話……だがそこには絶望もまた同居していたのである。
425 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/02/09(日) 23:38:54.78 ID:0qU1zNu20

「あまり大きな声では言えぬのだが、もしや愛栗子様はその妖術の試しにされるやもしれぬ。何しろあの美しさだからな」

「それ程愛されてらっしゃるということでしょう」

「それはそうかもしれないが妖術とは我らにとって未知。もし上手くいかなかったとき残された至高翌様はどうなる? 否、もう将軍様は決断なさっているのかもしれん」

「あの、何を仰っているのか」

「女子なら育てていくらでも使いようはあるが、至高翌様は男子だ。血筋が祟って面倒なことになる……その前に……」

愛栗子「っ……!?」

愛栗子は思わず口を押さえ込んだ。
あまりの恐ろしさに漏れそうになった小さき悲鳴を力を入れて堪えたのである。
426 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/02/09(日) 23:39:36.68 ID:0qU1zNu20

「え」

「まあどうあれ私たちがどうこうできる問題でもないさ……さあ仕事だ。行くぞ」

遠ざかる足音が無音になったのを確認すると愛栗子は強く意思を固めて赤子を抱き上げそのまま座敷を後にした。
出先の廊下の左右を見渡しながらまず向かったのは透水……もとい透 -すぐ-のいる座敷であった。

427 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/02/09(日) 23:40:38.51 ID:0qU1zNu20
愛栗子「透! おるか!」

透水「ひゃっ……! あ、愛栗子ちゃん……どうしたの?」

愛栗子「手ぬぐいじゃ! 手ぬぐいを貸せ! それもなるべく大きな……そう、頭を広く包めるものがよい」

透水「ええっと……」

愛栗子「はようせい!」

透水「は、はひっ!」

困惑しながら引き出しをあさる透を急かすと彼女から手渡される間も無く手ぬぐいを奪い去り、その黒布で己が髪を隠すよう包んだ。

愛栗子「これは貰ってゆくぞ!」

透水「ふぇぇ……」

そこからまた飛び出して人気のない裏口へと素早く滑り込むと鉢合わせた乱 -らん- の横を颯爽と風切りて外へと繰り出した。

乱怒攻流「え……? 今のって……」



428 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/02/09(日) 23:41:36.52 ID:0qU1zNu20
愛栗子「はっ、はっ、はっ……」

愛栗子(確か、いつの日か駕籠の外から見た……ここらにあるはずじゃ)

確かな記憶を辿りながらそのあて求めて奔走する少女……時としてその姿は黒布など関係ないかのように民衆の目を集めていた。

「おい、あれ」

「いや、気のせいだろ。愛栗子様がこんな所に一人で来るわけが……」

民衆知る人ぞ知る将軍の寵児愛栗子……顔は隠せぞ美は隠せず。
彼女がどれだけ風に乗ろうとその美だけは振り切ることかなわなかった。

429 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/02/09(日) 23:42:08.63 ID:0qU1zNu20
息も絶え絶え彼女が足を止めた場所は『用心棒』と書かれた小さな板を貼り付けた平家であった。

愛栗子「は、は……もし……!」

用心棒「んぁ〜? ぇ……」

愛栗子が転がり込んだ先、奥から出てきたのは見るからに酒の入ったうつけ男であった。

430 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/02/09(日) 23:43:21.98 ID:0qU1zNu20
愛栗子「おぬし、看板からして護衛業の者であろう? ならば……ならばこの子を護ってはくれぬか! 詳しいことは話せぬ! 代も……今は急ぎで持ち合わせてはおらぬ! じゃが、どうか!!!」

彼女が己の意思で深々と頭を下げたのはそれが初めてのことであった。

用心棒「は……」

形式でも接待でもない。ただ懇願のための哀訴……それがうつけ男の琴線に触れたのかは愛栗子の知るところではないが男は差し出された赤子を抱き寄せて微笑を浮かべた。

431 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/02/09(日) 23:43:50.71 ID:0qU1zNu20
用心棒「ハァ……わーったよ。代は、そうだな……いつかでいい。だが綺麗なお嬢ちゃん、アンタ自身で頼むよ」

酔った勢い口任せ。高位と美女には跪く。が、それらが男を筋の通った粋狂にさせるのだと後の時代でも語られる。故にこの時代の生き様を人はみな露離っ子と呼んだ。


432 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/02/09(日) 23:44:27.71 ID:0qU1zNu20
その要求に愛栗子は一瞬こそ驚きを見せたがそれが可笑しくて含み笑い一つ吹くと一気に張った気が解かれて笑いを上げた。

愛栗子「ふふふふっ……よいよいそれでよかろう。礼を言うぞ。それでは、いつかの」

愛栗子(この夢うつつな男……わらわが将軍様の女と知っておればまずこのようなことは言わぬであろうな)

433 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/02/09(日) 23:44:54.63 ID:0qU1zNu20
愛栗子が玄関から立ち去った後うつけ男は眠る赤子を見つめて一人目を丸くしていた。

用心棒「少し呑み過ぎたか? いや、まさか……だがあんな女見間違えるはずもねぇ……となると、このガキは……」

固唾、寝耳に垂らせば飛び起きそうなほど冷ややかな水であったが男の夢未だ覚めず。

用心棒「もしかしなくてもヤベェことに巻き込まれたんじゃねーか俺……」
434 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/02/09(日) 23:45:27.97 ID:0qU1zNu20

城に戻った愛栗子は壁越しに聞いた女中の話どおり大好木に呼ばれ彼の元に馳せ参じた。

愛栗子「愛栗子、参りました」

大好木「ああ来たか。……ところで、至高はどうした」

愛栗子「はて。しかし、誰もが羨む将軍様とわらわの子……」

435 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/09(日) 23:46:58.62 ID:0qU1zNu20




「子運び鳥にでも攫われたのやもしれませぬ」




436 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/09(日) 23:47:37.07 ID:0qU1zNu20
続く
437 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/09(日) 23:55:23.02 ID:uiPIx2Z0O
おつ。え、愛栗子ちゃんって子供産んでたのかよw
438 : ◆hs5MwVGbLE [saga]:2020/02/10(月) 00:47:09.05 ID:CaLDwjtG0
すみませんsagaをつけ忘れていたせいかなんか変なことになっていたので一応修正貼っときます
>>422
>>425
439 : ◆hs5MwVGbLE [saga]:2020/02/10(月) 00:48:17.15 ID:CaLDwjtG0

女中「失礼します。至高様のお守りを……」

愛栗子「ばかもの。坊ならもう寝付いたわ……それに何度も言っておるようにわらわは愛しき我が子にお守りなぞ必要とせぬ。必要となったならばこちらから頼むまでじゃ。散れ」

女中「ですが……」

女中を片手であおる愛栗子。が、女中からすればそれは業の放棄にあたる。
困り果てて一言挟みかけた女中だったが丁度そこに連なるようにしてもう一人遣いが現れた。

「将軍様のお客人がお見えだ。持て成して差し上げろ」

愛栗子「ほれ、どうやらお呼びのようじゃぞ。さっさとそこを閉めてしまえ」

一瞬迷いを見せた女中の者だったが、もう一度愛栗子に頭を下げると襖を閉じて隣に対応した。
440 : ◆hs5MwVGbLE [saga]:2020/02/10(月) 00:49:14.15 ID:CaLDwjtG0

「あまり大きな声では言えぬのだが、もしや愛栗子様はその妖術の試しにされるやもしれぬ。何しろあの美しさだからな」

「それ程愛されてらっしゃるということでしょう」

「それはそうかもしれないが妖術とは我らにとって未知。もし上手くいかなかったとき残された至高様はどうなる? 否、もう将軍様は決断なさっているのかもしれん」

「あの、何を仰っているのか」

「女子なら育てていくらでも使いようはあるが、至高様は男子だ。血筋が祟って面倒なことになる……その前に……」

愛栗子「っ……!?」

愛栗子は思わず口を押さえ込んだ。
あまりの恐ろしさに漏れそうになった小さき悲鳴を力を入れて堪えたのである。
441 : ◆hs5MwVGbLE [saga]:2020/02/10(月) 17:45:18.48 ID:CaLDwjtG0
続き
442 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 17:46:02.19 ID:CaLDwjtG0

少女は小鳥の囀りに誘われ、やがて追憶の夢から目を覚ます。
宿の床から身体を起こした愛栗子はまだ隣で眠る紺之介の顔を覗き込んだ。

愛栗子(妬いてしまいそうになるほど凛々しい寝顔じゃの)

その寝顔にどこか既視感を覚えつつも愛栗子は彼を起こさぬよう、一旦顔を引かせた。
紺之介が起きればまた旅が始まる。恐らく彼らにとってそこは最後かつ最期の地になり得る場所であった。
443 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/02/10(月) 17:47:02.21 ID:CaLDwjtG0

愛栗子、憂鬱に浸りつつそっと紺之介にもたれかかる。
今の旅が終わってしまうことが憂鬱なのか、それとも今歩き続けること自体がそれなのか、彼女今一度考えてはみたが答えは出ず。

彼らが幼刀刃踏-ばぶみ-そして��奴-ぺど-を失ってはや一月……が、彼らの中の抉られた喪失感未だ癒えず。
季節はもはや冬近し。開けられた風穴にしっとりと吹き込んだ秋風が愛栗子らをひたすら沈鬱な空気へと陥れやるせなくさせていた。


444 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 17:47:35.58 ID:CaLDwjtG0
愛栗子「紺……わらわは、どうすれば」

あらゆる意味を含んだ問だった。
彼女の出したか細い声は在るかも知れずの解を追って木造りに吸われていく。

問いかけど声は返らず。
それは単に彼が寝ているせいかもしれなかったが、例えそうでなくとも求める答えは返ってこなかったろうと愛栗子はまた一つ溜息をついた。
445 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 17:48:50.12 ID:CaLDwjtG0

「あーつめた。顔を洗うのも一憂だわ」

襖が開く。
虚ろを見つめていた愛栗子の瞳は自然と音なる方へと流れていった。

乱怒攻流「あれ、もしかして邪魔だった?」

愛栗子「今さら改めて口に出すこともなかろう」

乱怒攻流「は? ちょっとあんたおもて出なさいよ。その寝起き面に冷水をおみまいしてあげるから」

といいつつも乱怒攻流穏やかに腰掛けて壁にもたれかかる。これらは最早互いにとって戯れで、そうと感じさせられる程度には彼女らは旅疲れていた。

446 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 17:49:53.71 ID:CaLDwjtG0
乱怒攻流「はぁ」

乱怒攻流も感嘆を漏らさずにはいられなかった。
彼らはあと一本の幼刀を収集すれば完遂だったところを逃したばかりか二本も失ってしまっのだ。
漏らす彼女の嘆きの根元、これに尽きる。

乱怒攻流「ねえ」

疲弊の少女、視線は前方のまま隣の愛栗子に語りかける。

447 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 17:51:06.58 ID:CaLDwjtG0
愛栗子「なんじゃ」

乱怒攻流「ずっと、聞かないようにしてきたんだけどさ」

愛栗子「はようせい」

乱怒攻流、気遣っていただけにむっと口をつぐむ。それを経て少し大きめの声で改めて口開いた。

乱怒攻流「じゃあ聞くけど! あんた本当は刃踏……ふみを助けられたんじゃないの」

愛栗子「まあ、その気になっておればの」

乱怒攻流「っ! じゃあなんでっ!」

愛栗子「炉と同じじゃ」

乱怒攻流「は」
448 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 17:52:04.31 ID:CaLDwjtG0

激情する乱怒攻流とは対極に、愛栗子は己でも厭うほど淡々とした調子で話していく。

愛栗子「ふみが刺されるあの瞬間、ほんの一瞬ではあったがあのままでよいと思ってしもうた」

乱怒攻流「それってどういう……」


449 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 17:53:19.71 ID:CaLDwjtG0
愛栗子「ぬしには今一度伝えておこう。わらわは炉を砕こうと考えておる」

乱怒攻流「な、何でよっ」

動揺する乱怒攻流。が、それでもまだ愛栗子調子崩さず。

愛栗子「その意図は……まあ今はどうでもよかろう。とにかくその意思があったが故に割って入るのに躊躇してしもうた部分はある。じゃがそれよりも……やはりわらわはふみを妬んでしもうたのじゃ」

少女二人、互いの顔が更に影る。


450 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 17:55:50.79 ID:CaLDwjtG0
愛栗子「紺に頼られたあやつを、強く妬んでしもうた。あの場であやつが砕かれるのをよしとしてしもうた。まるで炉と同じじゃ……奴とわらわとで何が違う。 そう思うと、もはやあの場で奴を追う気すらおこらんかった」

乱怒攻流は愛栗子の言葉に驚愕と不快を抱きつつ児子炉の発言を思い出していた。

乱怒攻流「何よそれっ……最ッ低……!」

とうとう乱怒攻流が愛栗子に掴みかかったときだった。

紺之介「ぅ、ン……煩いぞお前ら。ああもう朝か……適当に支度して行くぞ」

激情した乱怒攻流の声に掻き立てられて目を覚ました彼によって一先ず諍いは身を潜めた。
451 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 17:56:52.76 ID:CaLDwjtG0

愛栗子の衣服から手を離した乱怒攻流は荷物を纏める紺之介に駆け寄りて小声で告げる。

乱怒攻流「紺之介……ちょっとあいつのこと納めてよ」

紺之介「何故だ」

乱怒攻流「いいから!」

愛栗子の納刀を乞う彼女の意図など一寸とも理解できぬ紺之介であったが愛栗子の方へと目配せしたところ、乱された服装のまま虚ろな目で畳に座した彼女を見て適当に察すると静かに碧色鞘を握りて「納刀」と呟いた。
452 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 17:57:31.45 ID:CaLDwjtG0
乱怒攻流「珍しく聞き分けいいじゃない」

紺之介「寝起きだったんだろう。あれは何となく歩き出すのに時間がかかりそうだと、そう感じただけだ」

乱怒攻流「そう。まあいいわ……ちょっとあんたに話したいことがあるの」

紺之介「分かっているとは思うが先を急ぐ。歩きながらでも構わんか?」

乱怒攻流「ええ」

彼らは一先ず宿を出て再び武飛威剣術道場へと歩み始めた。
453 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 17:59:32.42 ID:CaLDwjtG0


紺之介「で、なんだ」

乱怒攻流「愛栗子ったら本当は本気を出せばあのときふみたちを助けられたのに助けなかったの。最低だと思わない?」

彼女は今まで内に秘めてきた苛立ちごとまるでその背嚢から取り出すがごとくここぞとばかりに告げ口を開く。

乱怒攻流「で、その理由を聞いてみたら『あんたに気に入られていたふみが気に食わなかったから』だって……ねぇ、幻滅するでしょ? ほんと、ほんっっと最低よね」

隣を歩く彼に共感を求めるよう視線を送る乱怒攻流であったが彼女の思惑とは裏腹に紺之介の顔は至って冷静かつ無表情で、あまりにもいつもの彼のそれであった。

乱怒攻流「ねぇ、ちょっと……」

彼女の話が終わったことを察すると紺之介はやっと口を開く。

紺之介「そうか」

が、その口が開いたのは一瞬だった。

454 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 18:02:34.93 ID:CaLDwjtG0
乱怒攻流「うそ……それだけなの?」

紺之介「その話が本当だとして、幼刀が情に駆られ他の幼刀の破滅を望むことなどもはや驚くことでもないだろう? それにお前も夜如月では愛栗子を破壊しようとしていただろ……それと何が違うというんだ」

乱怒攻流「それは……」

『そのときの言葉の綾』そう続けたい彼女であったが、それは愛栗子と改めて共にした今だからこそ言える言葉であった。
当時がどうだったかなど正しき指針はもう彼女になく、そのことを認めたのか乱怒攻流の口はそこで潰えた。


455 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 18:03:00.42 ID:CaLDwjtG0
乱怒攻流「うそ……それだけなの?」

紺之介「その話が本当だとして、幼刀が情に駆られ他の幼刀の破滅を望むことなどもはや驚くことでもないだろう? それにお前も夜如月では愛栗子を破壊しようとしていただろ……それと何が違うというんだ」

乱怒攻流「それは……」

『そのときの言葉の綾』そう続けたい彼女であったが、それは愛栗子と改めて共にした今だからこそ言える言葉であった。
当時がどうだったかなど正しき指針はもう彼女になく、そのことを認めたのか乱怒攻流の口はそこで潰えた。
456 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 18:03:54.54 ID:CaLDwjtG0
紺之介「あの結果は全て俺の弱さが招いたものだ。あいつに頼る決断をしたのも、あいつらを守れなかったのも、源氏を斬り伏せることが叶わなかったのも、全て俺の弱さだ」

紺之介「故に次こそは弱さを捨て全力を待ってあいつに勝つ。そのために今は前へ進む。それだけの話だ」

紺之介はそうはっきり言い切ったのち言葉の通り真っ直ぐ前を見てまた無言になった。

457 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 18:05:50.24 ID:CaLDwjtG0
乱怒攻流(もぅ……なんなのよこいつら)

少女は下唇を噛んだ。あまりのやるせなさに。
そして良くも悪くも事が転がらない現状に握り拳が固められる。

彼女はひたすら懸念していた。
『紺之介は源氏に敗れるのではないか』
『紺之介はきっと死にに行く覚悟でも己を実直に通すのだろう』と

ならば罪の意識で愛栗子を動かし事の収拾をつけさせるしかないと願うが……

乱怒攻流(どうせこいつがそれを許さないし、許してくれないなら愛栗子も無理には動かない)

『となればこの身は愛栗子と共に砕かれるであろう』

彼女の考えうる最悪の結末であった。

458 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 18:07:12.49 ID:CaLDwjtG0
乱怒攻流(共倒れだけはごめんだわ……せめてあたしだけでも勝手に動けるようにしとかないと)

助け舟を求める乱怒攻流はその場に立ち止まって背嚢を漁ると紺之介の袖を引いた。

乱怒攻流「ねえ」

紺之介「なんだ」

乱怒攻流「透水を手元に戻しときましょ。 源氏があんたを待っている内に導路港へ寄り道しないとも限らないでしょ? 」
459 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 18:08:28.02 ID:CaLDwjtG0

紺之介、差し出された藍色の鞘を握りて乱怒攻流に確認を取る。

紺之介「なるほど一理あるな。しかしいいのか? あいつには一応お前の縦笛を探させている。もしあいつがまだそれを見つけていなければ……」

乱怒攻流「いいからっ!」

彼女にとってもそこだけは博打であったがそれもやむなしとして彼を急かした。

460 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 18:09:17.74 ID:CaLDwjtG0
紺之介「分かった」

改めて鞘を握りて紺之介、目を閉じ闇を覗き深海の果てよりそれを呼び込む。

紺之介「……納刀」

彼がそう口にしたとき藍色の鞘口に水飛沫が集まりて一つの柄となった。
それを引き抜くと彼らから見て久しき痴態、そこに姿を現わす。

461 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 18:10:32.75 ID:CaLDwjtG0
透水「ふぇ……? 紺之介、さん……?」

紺之介「相変わらず妙な格好だな」

乱怒攻流「ほんと性格に似合わず変態的よね」

二人の下げた目線に透水は顔を照らして肩を抱く。

透水「うやぁ……」

乱怒攻流「『うやぁ』じゃないわよ。ん!」

乱怒攻流が伸ばした手で例の件を思い出した透水は己の襟口から縦笛を取り出し彼女の手に返した。

透水「あ! これだよね! 乱ちゃん『将軍さまから貰ったんだー』って大事にしてたもんね!」

462 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 18:12:01.87 ID:CaLDwjtG0
「よかったね」とにこやかに透水が手渡す一方乱怒攻流は嬉しさ半分微妙な顔つきでそれを手にとって見つめる。

乱怒攻流「あんたどこから取り出してんのよ……ってか磯臭っ! もぉ〜……とれるかしらこれ」

透水「一生懸命探したのに……」

微笑みから一転。半べそになる彼女の頭に紺之介は己の手を乗せた。
463 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 18:12:40.97 ID:CaLDwjtG0


紺之介「欠けた刀の刃が戻ってきたんだ。お前はよくやってくれた」

透水「う゛ぅ〜……紺之介さん……あ! 私を戻したということは……大きなお風呂が!」

紺之介「悪い。事情が変わってな……お前を呼び戻したのはそこの背嚢だ」

透水「え……」

期待の裏切りからか何とも言えぬ表情で透水が彼の指差す先を見る。

乱怒攻流「い、いやそんな言い方ないでしょっ!? どの道この子を守るためには呼び戻す必要があったんだからっ!」

464 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 18:13:48.47 ID:CaLDwjtG0
透水「なら」

乱怒攻流「? なに」

透水は相変わらず笑顔満面というわけにはいかなかったが微笑み混じりに彼女に語りかけた。

透水「ならせめて、ここまでの旅を私に聞かせてくれませんか」

乱怒攻流「……言われなくてもそうするつもりよ」

紺之介「歩きながらで構わんな。乱、頼んだぞ」

乱怒攻流「あ、もぅ」

黙々と歩き出す紺之介の後に続くようにして二人も歩き出す。

乱怒攻流「とりあえずあんたと導路港で別れたところから話すわね」

透水「うん」

乱怒攻流「あのあとーー」

465 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 18:16:10.93 ID:CaLDwjtG0

…………

夜、山道青暗くなりて獣の目も光り出す頃紺之介らはひとまず歩みを止めた。

紺之介「前の宿で中居に聞いたのはこの辺りか」

一行山林から少し開けた土地に出ればそこには平家の宿。よく見ると建物後ろ側から湯気立ち込めて淡く霧が如く周囲を包んでいる。

その風景に透水はうっとり瞳を輝かせた。

透水「これってもしかして温泉宿ですか!?」

紺之介「そのようだな」

乱怒攻流「へぇ、いいじゃない」

466 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 18:16:43.83 ID:CaLDwjtG0
透水「早くまいりましょー!」

一人足早に駆け出した透水は後方の二人に対して大振りに手を振る。
その様子に紺之介と乱怒攻流はつい顔を合わせた。互い呆れ混じりではあるものの口元にほころび浮かばせ前へ進む。

幼刀という名の友を失いし一行、その傷口は簡単に閉じてくれるはずもないが透水との無事の再会は何処か彼らに癒しをもたらしたのだった。

467 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 18:17:48.92 ID:CaLDwjtG0
………………


透水「ふぅ〜……温かいお風呂なんて久しぶりですよ〜」

紺之介が宿部屋にて足を休める一方、外気に浮いた白湯気が少女三人を包んでいた。

肩を撫ぜる愛栗子、湯に浸かりながらふとこぼす。

愛栗子「ここは混浴なのであろう? ならば紺もくればよかったというのに……まったく無駄に実直なやつめ」

468 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 18:19:51.08 ID:CaLDwjtG0
乱怒攻流「いや私はあんな刀馬鹿となんか御免だから。きっと幼刀のあたしたちをいやらしい目でじろじろ見るに違いないわ」

愛栗子「ふっ、幼刀でなくともわらわの柔肌に男が惹かれぬという方が無理なこと。あやつが見たいと言うのなら見せてやればよいだけのことではないか。それともなんじゃ、ぬしのそのあまりに貧相な身体では流石に羞恥が勝ってしまうか?」

乱怒攻流「なんですってぇ〜!」

透水「あわわ……二人ともせっかくの温泉なんだからぁ」

顔を突き合わせる二人の間に割って入る透水。が、その光景から彼女はどこかほほえましさのようなものを感じ取った。

透水(導路港じゃあんなに仲が悪そうだったのに)

自らが居なかった期間で紺之介も含め彼女らの間に見えない絆が育まれていることを確信した透水は何処か寂しそうな顔つきになるとついに叶わぬ願いを吐露してしまった。

透水「他のみんなもこの場にいたらもっと楽しかったのかな……」
469 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 18:21:05.10 ID:CaLDwjtG0
湯と共に和らいだ空気が一転。
湯気をも凍てつく静けさが彼女らを覆った。

透水「へ……ぁ、ごめんね! 私つい……」

愛栗子「恨んでよいぞ」

透水「別にそんなつもりじゃ……! ただ、やっぱりみんないっしょがよかったなって……」

乱怒攻流「それ何の擁護にもなってないわよ」

透水「あぅ……」

俯く愛栗子をなだめるようにかこった透水だったが上手く言葉が纏められず口が滞る。
再び静寂に包まれた温泉場であったが彼女らの髪から滴る水滴と共に乱怒攻流がぽつぽつと喋り始めた。
470 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 18:22:56.43 ID:CaLDwjtG0
乱怒攻流「ええ恨むわよ。透水もあの子たちもお人好しだから、その分まであたしがあんたを恨んであげる」

透水「ふぇぇ……」

彼女の横で何か言いたげな透水だったがそこを割り込ませまいという気迫で乱怒攻流は口を動かし続ける。

乱怒攻流「でももう悔やんだって壊された二人が戻ってくるわけじゃないしあたしはあたしであいつらに壊されないようにするだけ。紺之介に何を言われようがね」

殆ど一息で通した乱怒攻流であったがそこまで言い切ると一息二息置いて声量を下げ、あとはわずかに残った口内の残響をゆっくりとはきだし始めた。

乱怒攻流「ただ……そうね、まだ少し気がかりなことがあるとすれば、何であたしたちの魂を刀にとどめることのできた将軍さまが、自分の魂を残そうとはしなかったのかしら」

471 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/02/10(月) 18:23:47.28 ID:CaLDwjtG0
透水「た、たしかに。将軍さまも生きててくださったならこんなことには」

愛栗子「それはもはや誰にもわからぬ。理解しえぬことじゃ……しかしあの方は当時露離の世の頂に立つ者だったのじゃ」


愛栗子「物とは誰かに使われて然るもの。例え己が魂を刃に変えたとて、それより上を持たぬ者が人に振るわれるなぞ到底耐えられるとは思えぬがの」



…………………
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