塩見周子「LOVE」

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33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 20:15:17.51 ID:mgdU2KIu0
 ――おー、ここやここ。
 懐かしいなーこのテーブル。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 やっぱり、あたしらを覚えてくれてるみたい。
 たぶんいつものヤツを注文するだろうと思ってくれたらしい店員さんは、こっちがメニューを開く前にオーダーを聞いてきた。

「えっ、と……じゃあ、アイスコーヒーと……」
 だというのに、この人ときたら何もたついてんねん。


「……お前は、何にする?」

 ――はぁぁぁ〜〜!
 え、忘れた? ちょっと、ウソでしょ。

「あたし、ここに来たらキャラメルコーヒーフロートって決めてんですけど」
「そうか……じゃあ、それで」
「はい、かしこまりましたー♪」


 Pさんがいつもお昼を済ませてる定食屋と事務所の間。
 その道中で待ち伏せて、偶然を装いつつ引っ張り込んだっつーのに、こんなポンコツになってるとはねぇ。

 頬杖をついて、抗議の意味も込めてムスッと窓の外を眺める。
 ほれ、おニューのピアスやぞ、さっさと気づかんかい。
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 20:16:52.78 ID:mgdU2KIu0
「何をむくれてるんだよ」

 あーあ、ほらね気づかない。
 色んな意味で、この人はあらゆることにすっかり鈍感になっちゃってる。

「べっつにぃ〜〜」

 そんなに例のプロジェクトのことでテンパってんのかな。
 よほどナーバスになってるみたい。

 ほーんと、マジメやもんなぁPさん。
 奏ちゃんから話聞いてても、ギクシャクはしてないカンジだけど、なんか二人とも楽しくなさそうだし。

 やれやれ、こんな調子じゃあたしでさえ辛気臭いのがうつる――。


 あっ!
 気づいた気づいた。ハトが豆鉄砲食らったようなマヌケ面がタバコくわえとる。

 ていうか、電子タバコにしたんだ。
 ライターでシュパッと火付けるの、カッコ良くて結構好きだったのにな。

「へへーん、残念でしたー♪ ついこの間から禁煙だよ、ここ」

 あははは、アホめ〜♪
 ここに来てようやく手に入れた初笑いで盛り上がろうとしていたのに、この人ときたらムズカシイ顔したまんま。


「こんな所で油売ってていいのか。
 二時からやるミーティング、お前も出るんだろ」
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 20:18:22.05 ID:mgdU2KIu0
 ――はぁ〜、あたしとここに来て最初の話題がそれですか。
 Pさん、頭ん中プロジェクト一色か。ご苦労なことやな。


「……まぁ、どんな雰囲気になるんかなぁって、外堀を埋めるっていうかさ、予め探りを入れといた方がいいかなーって」

 何でこの店に連れてきたのか、聞かれるであろうことは予測はしていたので、取ってつけたような言い訳をしてお茶を濁す。
 ちょっと適当すぎたかな?

「殊勝な心掛けだが、お前のプロデューサーに直接聞けばいいだろ」

 おっ? 疑われた様子は無いな。
 ていうか、突き放した言い方をしてる辺り、いよいよこの人には余裕が無いと見えた。
 テーブルに身を乗り出し、ケラケラと笑いかけてみる。

「そんなつれないこと言わないでさー、Pさん」
「なんだよ、あの人とはソリが合わないか?」
「そんなんじゃないって、仲良くやってるよ。
 でも、あの人脳筋……いやいや、何ていうか、小癪な真似とか、小手先の腹芸とか苦手そうやん」

 そういえば、Pさんとはやっぱお互い知り合いなんだね。そりゃそうか。
 ていうか、プロデューサーさん同士ってどこまで交流あるんだろう?
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 20:20:01.55 ID:mgdU2KIu0
「実際、今日のこと聞いても「心配するな! 当たって砕けてみろ!」としか言われんかったし」
「だろうな」
「ね? だからさ」

 まぁいいや。
 そっちがそういう態度で来るならしゃーない。

 お仕事の話にでも付き合ってあげますか。
 ガス抜きと考えれば、そう悪い話の持っていき方じゃないでしょ。

「あたしも事前に情報収集して、心の準備したいんよ。
 他の子達のこととか、この企画の裏事情とかさ。
 Pさん、そういうの詳しいでしょ?」


 そこまで言うと、Pさんは椅子の背にもたれ、鼻で深いため息をつきながらジッと天井を見上げた。
 あたしに話すべき内容かどうか、頭ん中で吟味しているんだろう。

 せっかくそっちの土俵に上がってやろうってのに、何とも失礼な話である。
 おまけに、こんなに首をフリフリしてんのに、未だにピアスのことをツッコんでこない。
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 20:21:28.45 ID:mgdU2KIu0
 散々待たせた後、ようやくPさんは口を開いてくれた。

「今回のプロジェクトの発起人は、城ヶ崎美嘉のプロデューサーだ」
「へぇ、美嘉ちゃんの」

 あのナイスミドルなイケメンさんか。
 JKのカリスマたるギャルアイドル、城ヶ崎美嘉ちゃんとのペアは、しばしば事務所内でも美男美女ないしカリスマタッグとして噂の的になる。

 何とも華のあるお話なことで――そう思っていると、
「表向きはな」
などと、Pさんがちょっと得意げに言葉を続けた。


 何やねん、そのもったいぶった話し方。一応ノってあげるか。

「何、表向きって?」

 あーあ、何ていうか――。
 知らんけど、ホステスさんにでもなった気分。
「お仕事お疲れ様」「今日はどんなことがあったの?」なんてオッサンの愚痴を延々と聞かされるのが商売になるわけや。

 そんな気を知ってか知らずか、たぶん知らずやな、Pさんは妙に饒舌になり始める。
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 20:23:29.61 ID:mgdU2KIu0
「俺達の間では、城ヶ崎美嘉のプロデューサーは一番のヤリ手でな。
 実直で熱意もあり、社内での人望も厚い。
 彼を立ち上げの中心人物に据えておけば、従う社員も多いし、スムーズにプロジェクトが進むだろうという上役の考えだ」

 ――ふーん、なるほど。
 客観的に話しているように見えて、この人、さては美嘉ちゃんのプロデューサーさんをリスペクトしとんな?
 ぶきっちょが下手なこと考えるとロクなことになんないと思うけどねぇ。

「もちろん、カリスマギャルの実力も折り紙付きだから、彼女を抜擢することも初期段階から決まっていたらしい」
 自分に言い聞かせるように、どことなく言い訳がましく、Pさんは言葉を続ける。

「順当に考えれば、今回のは城ヶ崎美嘉がユニットのリーダーになって、彼女のプロデューサーがプロジェクトを引っ張る形になるだろうな」

 まぁそれはともかく、Pさんのその予想にはあたしも賛成。

 それに、人を見て仕事が動いていくというのは、思いのほか結構興味深い。
 別にあたしはお仕事大好きってわけじゃないけど、コミュを大事にするシューコちゃんとしては、色んな人の思惑があーだこーだ渦巻くシーンにはアンテナも強くなっちゃうよね。


 ただ――。

「美嘉ちゃん、ねぇ……あたし、あの子とあまり話したことないんよね」
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 20:26:01.98 ID:mgdU2KIu0
 一度、事務所の自販機の前で会って、立ち話をしたことはあった。
 めちゃくちゃ優しくて、あたしの小話にも楽しそうに笑ってくれて、去り際には「お互い頑張ろうね!」なんて言ってくれる、良い子だった。

 ただ、ウチらの中ではいわゆるトップアイドルに一番近い存在である彼女だけに、それがあの子の本音の姿なのかは分からない。
 むしろ、生き馬の目を抜くような芸能界のトップに近い人ほど、腹芸の一つもできて当然なんじゃないかな。


「すごいストイックなんでしょ? 仲良くできるかなぁ」

 疑いたいわけじゃないんやけど――まぁ、警戒はするよね。
 こんなにイイ子ほんとにいる? 八方美人の、えぇカッコしぃなんじゃないの?
 なーんてね。

 窓の外に見える事務所をボンヤリ見つめる。
 4階の、あそこの窓ら辺かな。あの時、美嘉ちゃんと話したのは――。


「お前なら、誰とでもそれなりに上手くやれるだろ」

 Pさんは、鼻でちょっと笑った。
 他人事だと思って、そんな簡単に言ってくれちゃってさ。

「ふーん、大きなお仕事なのに“それなり”でいいんだ?」
 つい皮肉混じりの返事を零してしまった。

 あれ、ひょっとしてあたしの方がナーバスになってない?
 そう思っていると――。


「それがお前の良さだと俺は思っている」
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 20:27:58.35 ID:mgdU2KIu0
 ――――ふふっ。

 まったくもう、こうして唐突にあたしのことを直球で褒めてくれるもんなぁ、この人。


 不意打ちくらって緩んだ顔を抑えようとしている矢先、Pさんはなおもコンボを繋いでくる。

「お前はちゃんと自分で考えて行動できる子だ。
 それなりで済ませていい部分と、そうじゃない部分の分別も、お前はつけることが出来る」

 あーやだやだ。そういうのアカンて。
「Pさん、どうしたん? えらい褒めるね今日」

 たまらず姿勢を変えて、Pさんの言葉を切った。
 対してPさんは、肩をすくめてニコリと笑う。

「担当じゃないアイドルには、いくらでも無責任なことを言えるんだよ、プロデューサーってのは」

 あははは、あんたも大概いけずがお上手やな。
 あたしを担当してただけあるわ。
 でもね。

「言い方きぃつけや。
 ていうか、そういうお調子の良い言葉は、担当の子にこそ言ってあげるべきじゃない?」


 目の前にあるそれをスプーンで掬う。
 ここのめちゃうまキャラメルフロートの味を知らんとは、奏ちゃんがかわいそうや。

「さてはPさん、ちゃんと奏ちゃんにサービスしてあげてないでしょ」
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 20:29:43.50 ID:mgdU2KIu0
「ところでそのピアス、どうしたんだ?」

 はい来たー!
 おっそ。やっと気づいたんか。
 それとも、今まで言うタイミングを見計らっていたとか?

「ごまかすなや」

 考えてみれば、やらしいタイミングである。
 こっちが奏ちゃんの話をぶっ込んだ矢先の、この返し――。
 強引に話題を変えるためのネタとして、さっきまで取っておいたんだとしたら、この人もなかなかの策士や。

 まぁそれは考えすぎかな。
 話の流れに身を任せ、これ見よがしに耳元をチラチラさせてみる。

「でも、よくぞ聞いてくれましたーん♪
 プレゼントしてもらったんだー、今のあたしのプロデューサーさんに。
 えへへ、いいでしょ。似合う?」
「あぁ、キレイだよ」

「ホント?」
 お、こんなあっさりと褒め――。
「ちょっとだけ」
 おい。

「一言余計だっての、こらぁ」


 あたしが相手だと思って、このゾンザイな扱い――。
 でも、悪い気はしない。

 だってほら、やっと笑ってくれた。
 目の前で零れる、Pさんのリラックスした笑顔を見て、あたしも心が軽くなる。
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 20:30:56.89 ID:mgdU2KIu0
 しかし、あの時はビビったよね。


 事務室のソファーでくつろいでいると、いきなり後ろから、あたしの今のプロデューサーさんが、

「おい、周子!」

ってドカドカ歩いて近づいてきて、

「周子! お前、ピアスが好きなんだってな! 聞いたぞ! どれがいいんだ!」

とか言いながら藪から棒にカタログをバッと広げてあたしに見せつけてきた。


 いや、そりゃ好きか嫌いかで言ったら好きだと思いますけど、いきなり何やねん。
 事情を聞いてみると、

「お前も頑張っているからな! ご褒美をやろう! どれがいいんだ!」

とかなんとか。


 プレゼントをくれるというなら素直に嬉しいけど――。
 まぁせっかくだし、可愛くて高めのヤツを選ばせてもらった。

 へへーん、安月給で買えるもんなら買うてみぃ。
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 20:32:30.41 ID:mgdU2KIu0
 と思っていたら、その次の日に事務所に行った途端、いきなり

「おい、周子!」

ってプロデューサーさんがドカドカ歩いてきて、ロビーで、皆が見てる前で、

「ピアス、買ってきたぞ! 付けてみろ!」

とか言いながら自分で包装をビリビリ破いてモノを取り出し、あたしに突き出した。


 昨日の今日で買ってきたとか、行動力の化身か。
 ていうかプロデューサーさん、あんたもう少しシチュエーションを選ぶことできんかったんか。
 そうでなきゃ、せめて語尾にビックリマーク付けずに話すことはできんのか。

「プロデューサーさん、あの、めっちゃ恥ずいんですけど」
「何でだ! お前、頑張っただろ! 遠慮するな!」

 だからうるさいってば!
 こんなの公開処刑やん、あたしが何したっちゅーねん。
44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 20:34:34.99 ID:mgdU2KIu0
 そんなこんなで、プレゼントしてもらったこの素敵なピアス、たぶんPさんも一枚噛んでいたんでしょ?
 他の子達とピアスの話題になったことは無いし。

 あえてこの場で正すことはしないけど、プロデューサーさんが「聞いたぞ!」って言ってた人は、たぶんPさんなんだろうと思う。
 実際にモノを選んだのはあたし自身だけどさ。あはは。


 ――あれ?
 なんかPさん、ボーッとあたしを見つめてどうしたんだろう。

 お疲れなのかな?
 それとも、久しぶりにシューコちゃんに会って見とれちゃったのかな。


「それで、Pさん?」
「え?」

 いやいや、「え?」じゃないでしょ。
 こんな気の抜けた返事ある?

「ほら〜、シューコちゃんがキレイなのはしょうがないけど、いつまでも鼻伸ばしてる場合じゃないでしょ。
 あ、すいませーん、コーヒーゼリー二つくださーい」
「はーい♪」

 視界の端を流れていく指輪の光を追って追加オーダーをすると、店員さんの可愛らしい返事が返ってきた。
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 20:36:50.99 ID:mgdU2KIu0
「おい」
「だって、まだあたし、表向きの事情しか聞けてないしさ?」

 たまらず不平を漏らしたPさんをたしなめる。
 勝手に注文したのは良くなかったけど、まだまだPさんの話聞きたいもん。

「裏の事情なんか知ってどうすんだよ」
「知ってから決めようかな」
「そうか」

 そりゃ、今回のプロジェクトにまつわる話が意外と面白いというのもある。

 ただ、仕事の話をしてれば、そのうち奏ちゃんの話にもなるだろう。
 さっきはぐらかされちゃったツケは、きちんと払ってもらわんとね。


 しばらく黙り込んだ後、アイスコーヒーをくっと一口飲んで、Pさんは切り出した。

「大した話じゃないさ。一ノ瀬志希って、いるだろ?」
「おぉ、志希ちゃん」

 あのパッパラパーやな。
 直接火の粉が降りかからない位置から、彼女の奇行を観察するのはとても楽しい。
 もちろん、一緒に話しててもすごく愉快で、頭の良いアホの極みを間近で見られるありがたーい子。

「そりゃ知ってるよ、一緒に別のユニット組んでるし」


「元はと言えば、あの子のプロデューサーが仕掛け人なんだ、今回の企画は……
 一ノ瀬志希があまりに癖の強い子だったために、その世話に手を焼いた彼女のプロデューサーが、SOSを出した。
 お偉方も集まる懇親会の場で、ユニットの企画を幹部連中に直談判したんだ」
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 20:38:06.28 ID:mgdU2KIu0
 ――これは意外。
 志希ちゃんのプロデューサーさんって、あの気弱そうな若い女の人でしょ?
 お偉いさん連中へ直談判とは、意外と度胸あるんだ。

「せっかくのギフテッドなる逸材なのだから、自分一人だけでなく、より多角的な視野でもって彼女のプロデュースを行える体制にするべきだとな」


「ほぉー」
 Pさんが深いため息をつく様子を見て、何となく察しがついた。

「志希ちゃんが問題行動を起こした時の責任の所在を曖昧にしようと、そのプロデューサーさんは上手いことやったわけや」
「そういうことだ」


 なるほどなぁ。
 あのヘーコラした姿勢は建前で、上役へのポイント稼ぎだったのか。
 とんだ猫かぶりである。実に世渡りが上手そう。

「助け合いという名の責任逃れ、ねぇ……まるで政治家みたい。あはは」
「実際、アイツのやったこともロビー活動みたいなもんだしな」

「アイツって、その志希ちゃんのプロデューサーさんのこと?」
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 20:39:41.59 ID:mgdU2KIu0
 妙にトゲのある呼び方だと思い、振ってみると、ますますPさんの顔つきが苦々しくなっていく。

「正直言って、あまり好きじゃない」

 あっはっは。
 Pさんマジメやもんなぁ。おべんちゃら使いのぶりっ子はお気に召しませんか。
 あたしは全然良いと思うけどね。その人なりに持てる力を最大限に発揮して人生泳いでんだし。


 まぁいいや。
「あともう一人、フレちゃんはどうよ? Pさん的には」

「ん? そうだなぁ……あまり会ったことが無いから、逆に教えてほしいな」

 あれ、そうだっけ? これまた意外。
 さっきも言ったけど、あたしらはトリオユニット組んでるから、普段から結構会ってるんだよね。

 言われてみれば、接点無いか。奏ちゃんも――。
 そういや、今回ユニットを組む五人で、あたし以外の誰かと話したことあるんかな、あの子。


「フレちゃんねー、めっちゃいい子だよ」
「そういうアバウトな情報じゃなくて」

 確かに、知らなきゃそういう反応にもなるだろう。
 でも分かってないねーPさん。

「いや、あたし的にはそうとしか形容できんもん。
 マジ、めっちゃいい子。話せばわかるって」
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 20:41:14.99 ID:mgdU2KIu0
 一ヶ月くらい前かな。

 ジュニアの子らが事務所の中で遊んでいた時、誤ってラウンジに備え付けてあった花瓶を割っちゃったことがあった。
 仁奈ちゃんと、誰だっけ、莉嘉ちゃんとみりあちゃんかな?
 それはもう、この世の終わりかってくらい三人とも青ざめた顔して、めっちゃ泣きそうになってたんだけど――。


 そこをたまたま通りかかったフレちゃんが、

「シキちゃん、シューコちゃん、大変! 急患であります!」

って一緒にいたあたしと志希ちゃんに突然言い出して、すぐさま

「容態は!?」
「宮本的にはオールオッケーであります!」
「つまりあかんヤツやな」
「フレデリカ助手、すぐさまクランケをここにヨコシタマエー!」
「ウィームッシュー☆」

って具合にコントが始まって、壊れた花瓶を志希ちゃんがあり合わせで作った即興ボンドで瞬く間に組み上げて、すっかり元通りに直ったそれを使ってフレちゃんと志希ちゃんがキャッチボールして案の定落として割った。
 あたしは黙って観察、もとい呆然と見ていることしかできなかった。
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 20:44:40.91 ID:mgdU2KIu0
 後から来た用務員さんには、「コイツらが割りました」ってあたしがアホ二人をつるし上げて事なきを得たわけだけど、すっかり涙目になってる仁奈ちゃん達に、フレちゃんはそれはもう優しく、

「フレちゃんプロデューサーからアメ玉もらったんだー♪
 アタシ一人じゃ食べきれないから皆にあげるね。
 宮本味と期間限定の塩味があるけどどっちがいい?
 あなたが落としたのは金のフレ、それとも銀のシューコちゃん?」

ってな具合に、くだらないお話ですっかり皆を笑顔にしちゃったのである。

 あたしが知る限り、フレちゃんはアイドルになるべくしてなった子で、ある意味、今のPさんがもっとも必要とする存在なんじゃないかとも思う。


 似たようなエピソードはいくらでもあるし、実際に会って確かめてみてほしいので、この場では言わない。
 けど、当のPさんはマジメな顔して腕を組んでいる。

「一目は置いている。まぁ、注意して見ておくよ」


 ――そっか。
 この人が警戒してるのはフレちゃんじゃないんだ。
 どうやら、プロデューサー同士の交流はそこそこ多いらしい。

「あの子のプロデューサーさんもクセがある人なん? やっぱ」
「まぁな」
「見たカンジは気の良いおじいちゃんやけどなぁ、あの人」

 まぁフレちゃんのノリについていけちゃう辺り、頭のおかしい人ではあるのかも知れない。
 ってそんなこと言ったらあたしもブーメランか。
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 20:46:27.87 ID:mgdU2KIu0
 しかし、話を聞いてると、アイドルだけでなくプロデューサー陣営も何とも濃いメンツが集まるもんだね。
 ガチムチの脳筋と、完全無欠のイケメン。
 猫かぶりのおべっか女に、変人気味のお爺ちゃん。
 ニコチン中毒のPさんが相対的に一番普通に見えるって、考えてみるとよっぽどやで。


 あたし的には、やはり脳筋が一番不安である。
 絶対ケンカしそう。

「その人達、あたしのプロデューサーさんとも上手くやれるかな?」

「それはお前が心配することじゃない」
 Pさんがピシャリと釘を刺す。
 そう言うってことは、Pさんも心配してるやん。

「Pさん的にはどうなん?」
「たぶんやべーと思う」
「あははは」

 あっさり言いすぎや。
 もうぶっちゃけ面倒になってるでしょ。


「お待たせしましたーコーヒーゼリーお二つですねー、ごゆっくりどうぞー♪」

 店員さんがコーヒーゼリーを運んできた。
 注文してたの、すっかり忘れてた。


 はて、何でこんなのを今さら頼んでいたのかというと――。

「それ食ったら帰れよ」
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 20:48:24.67 ID:mgdU2KIu0
「Pさんのもあたしが食べちゃっていい?」

 冗談めかして言ったものの、あたしもさっきお昼食べたばっかだから、ぶっちゃけあまりお腹空いてない。
 甘い物は別腹とは言うけど、コーヒーとコーヒーやし、おまけにキャラメルフロートとゼリーの生クリームも微妙に被ってて、持て余しちゃいそう。

「デブになったら、お前のプロデューサーが何て言うだろうな」
「それじゃあ、Pさんに無理矢理食べさせられましたーって言うわ」

 あ、コーヒーゼリーうまっ。
 と思ったけど、一口で飽きちゃった。
 ゼリーのほろ苦さが上の生クリームと相性良いのはありがたいけど、飲み物のキャラメルが甘々なので、口休めが無い。

 あかん、み、水――。


「あのなぁ……何だってそう、俺のことを無闇に巻き込もうとするんだ」

 Pさんがほんの少し怒気を強めた。
 あらら、さてはいよいよニコチンが足りんくなってんな。

「いいか、もしそんなことをあの人に言ってみろ。
 ドカドカ歩いてきて「おい、お前! 周子に何を食わせた! デブになったらどうするんだ、この野郎!」とか言いながら殴られたっておかしくないんだぞ」
「あはは、そりゃあ笑えないね」

 ていうかPさん、地味にモノマネ上手いね。
 イントネーションとかブレスの取り方とか、結構レベル高いよ。
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 20:50:46.90 ID:mgdU2KIu0
 ウチのプロデューサーさんねぇ――。
 元バンドマンの某俳優もかくやという、見事な逆三角形体型。
 芸能界は体力勝負とはよく言われるけど、マジもんの物理を発揮してくるタイプの業界人が果たしてどれだけいるだろう。

「プロデューサーさん、昔野球やってたんだってね」
「甲子園にも行ったらしいな」
「観客として?」

 無難に笑いを誘ったつもりだったけど、Pさんはキビシイ顔をしたまんま。

「お前それ本人に言うなよ、マジでぶん殴られるぞ。
 そんな間違いはあってはならない」

 いや、そっちこそしょーもない冗談にマジになりすぎでしょ。
 ていうか、ひょっとして殴られたことある?


「本当に勘弁してくれ。
 あの人、短気で勘違いしやすいから、今日ここで会ってるのだって、浮気とか思われたら大事だぞ」

 Pさんが深いため息を吐く。


 ――ふーん、浮気。浮気ねぇ?


「……浮気っていうならさ」
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 20:52:09.18 ID:mgdU2KIu0
 スプーンを置いて、Pさんを真っ直ぐに睨む。
 何であたしが、さして食べたくもないコーヒーゼリーにこんな必死こいてスプーン伸ばしてると思ってんの。

 さっきから黙って聞いてりゃ――。

「大事な人、忘れてない?
 さっきからPさん、奏ちゃんの話全然してないやん」


 Pさんの肩が、小さくピクッと動くのが見えた。
 やっぱり、ワザとだったんだ。

「……そういう流れではなかっただろ」

 そういう流れを意図的に避けておきながら、何を言ってんのこの人。


 精神的優位に立とうとして、あたしは無理に笑顔を作ってみせるけれど、腹の底はこの人への怒りでグラグラしてきている。
 タバコも吸えずに付き合わされてイライラしとんのかも知れんけど、腹に据えかねてんのはこっちの方なんだよ。

「あの子は勘が鋭いし、見た目以上に感情豊かやでー?
 あたしとだけこの店に来てるなんて知られたら拗ねちゃうよー?」

「速水さんには余計なこと言うなって」

 ほら出た。速水サン、だってさ。

「その“速水さん”って呼び方もどうなん?
 あたしには、最初から下の名前で呼び捨てだったくせに」
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 20:53:31.42 ID:mgdU2KIu0
「お前はあまり“塩見さん”って感じがしなかったんだ」
「しかも“お前”呼ばわりときてる。
 奏ちゃんのは大方“速水さん”でなけりゃ“君”でしょ、どうせ」

 正直言って、難癖じみた言い草なのは頭では分かってる。
 人様がどなた様をどう呼ぼうがその人の勝手。
 わざわざ外野が口出しをするような話じゃない。

 でも――。


「……あぁ」

 Pさんが大人しく首肯する。
 歯切れの悪い表情は、この人自身も何かしらの後ろめたさを抱えてる証拠だ。

 呼び方だけの話じゃない。
 奏ちゃんへの接し方、そのものに。
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 20:54:42.54 ID:mgdU2KIu0
「ちゃんと向き合ってあげなよ。
 奏ちゃんにとって、Pさんは親しくしてほしい人なんだから」

 そう――でなきゃ、奏ちゃんは何を支えにしてこの厳しい業界を泳いで行かなきゃならないのか。

「あたしとみたくラブラブになれーとは言わんけど、たまにでも甘えさせてあげなきゃ」
「何がラブラブだよ」

 Pさんがすかさず口を挟む。
 担当アイドルとの距離感に悩んでいるこの人に対して、言葉の使い方を間違ったか。
 ちっ、またそうやって言葉尻をあげつらう――ホンマ、マジメちゃんやな。

「あのな、いいか、接し方について言えばお前が特別だっただけだ。それは俺も反省…」
「どうだっていいけど!」

 いけない、思わず語気が強くなってしまった。
 本当は全然どうだって良くない。でも――。


「だったら奏ちゃんの特別に、Pさんがなってあげなきゃ。
 奏ちゃんだけの特別に」
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 20:56:31.61 ID:mgdU2KIu0
 これだけは言わせてほしかった、Pさん。

 奏ちゃんには、絶対にPさんが必要なんだよ。
 だって、担当プロデューサーなんだもん。
 どこぞの完全無欠な優等生プロデューサーに安易に倣って、手前勝手な関係性をアイドルに押しつけるのは、あたしは賛同できない。


「Pさんには、その辺の心構えが足りてないんじゃない?」

 甲斐性無しになりがちなPさんの目を泳がせないよう、じっと見つめる。
 これはあたしにとって、“それなり”で済ませていい問題じゃない。
 決して。


「……タバコ吸ってくる」
「ちょっとー、Pさぁん?」

 逃げるようにして席を立つ彼の背中に、無駄だと思いつつ声をかける。
 Pさんはそのまま、店の入口の方へと消えていっちゃった。


「……ったく、ヘタレめ」

 ため息をつきつつ、目の前のコーヒーゼリーをスプーンで弄くり回す。

 全然美味しくない。どうしよ、これ。
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 20:56:59.35 ID:mgdU2KIu0
「ケーキでも食いに行くか。とりあえず、食事制限はもういいんだろ」


 ――――。

 Pさんはもう、覚えてないかもね。


 それまで順調にアイドルやれてて、オーディションでも負け知らずだったあたしが、初めて負けた日。
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 20:58:07.97 ID:mgdU2KIu0
 泣いたり、悔しがったりするのはダサいから、いつものようにヘラヘラ笑って、何ともないようなフリして周囲にはごまかしてた。
 でも――。


 本当は、めっちゃ悔しかった。

 負けた原因は分かってる。
 トレーナーさんからも、結構しつこく言われてた所だった。
 どうせそんな細かく見る審査員さんなんておらんでしょって、ナメていた。


 情けなくて、悔しくて、自分の中でそれを受けとめきれなくて、終いにはもう、どうでもええわって、心の底では投げやりになってた。
 いい加減、涙を堪えてピエロを気取るのもしんどいから、さっさと帰りたかったのに。


 車に乗り込むなりこの人は、唐突にそんなことを言い出して、あたしをこの店に連れてきて、反省会もそこそこに

「好きなの頼めよ。でも、デブになったらお前の自己責任だからな」

とか言って、このテーブルで知らん顔してタバコをふかしてた。
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 20:59:25.97 ID:mgdU2KIu0
 よくよく考えたら、「あたしが負けたこと何とも思っとらんの!?」って、怒っても良いシーンだった。
 あるいは、「あたしの抱えている悔しさにアンタは興味の欠片も無いんかい!」とかね。

 実際この人にとっては、何てことのない一言だったんだと思う。
 担当アイドルの敗北は、プロデューサーにとってはつきもので、いつまでも引き摺るようなものじゃないのかも知れない。
 傍から見れば、ホントに取るに足らない一言でしかないし、あたしも、何でこんな――。


 何で、こんなに嬉しかったのか、分からなかった。

 心がホッとして、うっかり涙が出ちゃったのをごまかそうと、ゲラゲラ笑ってアホみたいな量のケーキを頼んで、ムシャムシャ食べまくった。
 それで、結局Pさんに全部押しつけて、ヒーヒー言いながらこの人が一生懸命食べるのを楽しく見てたなぁ。


 そう――そんないつも通りの、何てことのないひとときに、本当に救われたんだよ、あたし。
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 21:01:26.60 ID:mgdU2KIu0
「……よっ」

 自分のを何とかたいらげて、Pさんの手つかずのコーヒーゼリーに何と無しにスプーンを伸ばす。
 ホイップの先っちょがテロンッ、と上に乗っかった。


「……全っ然食う気にならん」

 言うまでもなく、ポンポンが破裂寸前である。
 いかんいかん、アイドルがそんな、殿方を差し置いて、ラフレシア級のお花を摘みに行くなんてことがあっては。


 冗談はさておき、あーあ、Pさん戻ってこんなぁ。
 あの調子じゃ、結構時間かかりそう。
 相当イライラしてたし、2本くらい吸ってるかも。


「…………」

 スマホを取り出し、何となくPさんのコーヒーゼリーをカメラに収める。
 その写真を、奏ちゃんに悪戯心でメールで送ってみた。


  『お借りしてまーす』
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 21:02:24.44 ID:mgdU2KIu0
 あははは。奏ちゃん、怒るかな?
 いや、怒んないか。そういう気取ったカンケイだもんねー、って早っ。もう返事来た。


  『お相手はどこ?』

  『お花摘みに行ってる』

  『喫煙席に行ってあげたら良かったのに』


 あぁ〜――奏ちゃん、ここ全席禁煙なんよ。
 説明すんのメンドいな。
 そう思っていると――。


  『彼のスイーツには、何かしたの?』


「ぶはっ」
 何かしたって、ナニを期待しとんねんこの子。
 そういやまだJKか。綺麗な顔して、お子ちゃまみたいなこと言ってんな。
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 21:03:26.02 ID:mgdU2KIu0
  『まだなんも、何しよっか?』


 とか言いながら、あたしもノリノリでテーブルにあるものを確認する。

 サイドメニューが妙に充実していることもあり、調味料も砂糖と塩に、タバスコ、なんと醤油とウスターソースもある。
 志希ちゃんなら、トイレが止まらんくなるヤツを作れるレベルだ。
 写真撮って送ったげようかな?


  『周子のキスでも仕込んであげたら?』


「……はぁ!?」
 っと、つい大きな声が出てしまい、慌てて咳払いをする。


  『間接キスにしかならないでしょうけれど』


 前言撤回。
 そういやこの子、ませガキやったわ。
 さっきスプーンでほんのちょびっともらったから、間接キスといえばまぁ、それである。
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 21:04:43.35 ID:mgdU2KIu0
  『あの人とはキスしない方がいいよ、口くっさいから』

  『したことあるの?』


 返信早っ。何やねんこの食いつきは。


  『いや、無いけど、あのタバコの量で口くさくないわけなくない?』
  『マジマジと嗅いだことは無いけども』

  『なら、私が担当アイドルとして最初になりそうね』


 いやいやいや――。
 アカンてそれはマジで。絶対お腹壊すし。
 ヘビースモーカーのオッサンとのキスに、何でそこまで執念燃やすのか分からん。


  『そうすれば、私もあの人にとっての特別になれるかしら』


 ――――奏ちゃん。


  『なんてね』
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 21:07:15.79 ID:mgdU2KIu0
 何であたしが、Pさんの奏ちゃんに対する接し方にヤキモキしているのか――。
 それは、別に二人にくっつけとか、ラブラブになれとか、そういうことを言っているんじゃない。

 あたしにとってのこの店。
 Pさんに素敵な時間をもらえたあの日のように――。

 奏ちゃんにとっても帰る場所を、綺麗な思い出を作ってほしい。
 悲しい出来事に笑顔を奪われるようなことがあっても、後で探しに行けるように。
 心の支えにできるように。

 そうじゃなきゃ、何かあった時、奏ちゃんは――。


  『奏ちゃん、これからやるミーティングに出る?』

  『もちろん』
  『周子も出るでしょう?』


 ――――。


  『あたし、奏ちゃんをリーダーに推薦してもいい?』


 黙っていれば、美嘉ちゃんがリーダーになるんだろう。
 腹芸の一つや二つできる、えぇカッコしぃの優等生がリーダーになるのなら、それが一番収まりがいい。

 でも――もし万が一、美嘉ちゃんが天然だったとしたら?

 本当の本当にめちゃくちゃ優しい良い子で、でもドライな間柄を彼女のプロデューサーさんに強いられていて、なまじポテンシャルが高いだけに上手いことやれてて――。
 でも実は、心の支えになるようなものを築けていなかったとしたら――。
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 21:10:05.68 ID:mgdU2KIu0
  『何を企んでいるの?』

  『別にー?』
  『ただ、奏ちゃんがリーダーになればさ
   奏ちゃんの担当であるPさんの出番も増えるかなーなんて』

  『そうやって、私からあの人を奪うつもり?』
  『随分と欲張りさんなのね、あなた』

  『いやいや、それは誤解よ』
  『ていうかほら、その方がさ
   Pさん的には、奏ちゃんだけの特別になれるかもよ』
  『逆に』

  『(疑問符のスタンプ)』


 ごめん、奏ちゃん。適当こいた。

 でもあたし、美嘉ちゃんのことそんな知らんのよ。
 何も心配いらない子だったらいいんだけど、もし――もし本当に良い子だったとしたら、今回の企画で、責任感に押し潰されちゃう可能性が高い。

 ただ、奏ちゃんがリーダーになれば、当然に奏ちゃんの負担が大きくなっちゃうんだけど、そこはあたしがガッツリ奏ちゃんをフォローしますよって。
 あとついでにPさんも。
 勝手が分かる人がリーダーになった方が、あたしもちょっかい出しやすいし。


  『相変わらず、調子がいいんだから』
  『何かで埋め合わせ、お願いね』

  『お、引き受けてくれる?』
  『ありが』
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 21:11:44.14 ID:mgdU2KIu0
「ん?」

 ふと気配がしたので、顔を上げると、いつの間にかPさんがテーブルに戻ってきていた。
 慌ててスマホをしまう。

 明らかに警戒した様子で、コーヒーゼリーとあたしを交互に見てくる。
 あはは、いやいや、何もしてないって。
 シューコちゃん成分をちょこっと盛っただけよ。


「上手い言い訳は思いついたん?」

 奏ちゃんと楽しくメールしてたからか、さっきの怒りはだいぶ収まっている。
 ていうか、Pさんに謝んなきゃ。
 触れてほしくない所にずけずけ土足で上がり込んで、いらんことも言いすぎたよね。

「その前に、聞いておきたいことがある」

 Pさんの方も、妙に冷静になってあたしの前に座る。
 え、何だろ? そんな畏まっちゃって。


「お前は、俺と組めて良かったか?」

 ――は?


 え、いきなり何言ってんのこの人。
 ポカンとするしかないあたしを前に、Pさんは手を膝の上に置いて、まるで面接かってくらい、すごい真剣な顔をしている。

「すまないが、真面目な質問だ」
67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 21:13:09.22 ID:mgdU2KIu0
 ――――。

 ほんっと――この人、いくら言っても足りないほどマジメな人。
 Pさんと組めて良かったか、なんて――。


 そんなの、良かったに決まってるよ。
 そうじゃなかったら、わざわざこうしてPさんにお節介やかないし。

 普段あまり言えなかったのはごめんやったけど、Pさんには本当に、あたし――。
 本当に、感謝してる。

 それをわざわざ、こうして面と向かって問い質してくるなんて――。
 ふふっ、ホンマにこの人ときたら――。


「……アホやなぁ」 
「何?」

 いくら自信が無いからって、それをかつての担当アイドルに直で聞くかね?
 昔野球で鍛えたプロデューサーさんに勘違いされて殴られるのは違うと、Pさんは言っていたけど、いっそ殴られてきた方がいいよ。
 デリカシーの無いいけずには、ちょっとはおイタが必要でしょ。


「Pさん自身が、そこに自信持てなくてどうすんのさ」

 ま――そういう不器用さがPさんの良いところでもあるんだけどね。
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 21:14:01.94 ID:mgdU2KIu0
「……俺自身が、か」
「まっ、お陰様でこれからやるミーティングもユニット企画も、楽しくなりそうやなーって確信できたからいいけどね」
「どういう意味だよ」
「言葉どおりの意味ですけどー?」

 ケラケラと、心の底から笑いがこみ上げる。

 やっぱり、この人の隣は居心地がいい。
 何一つ、プライドも遠慮もいらない、安らげる場所。
 今日はあたしがPさんのしかめ面をほぐしたろうと思っていたのに、逆にあたしの方が笑顔にしてもらっちゃった。


「……まぁ、いい」

 Pさんは、呆れた様子でため息を一つつく。
 すみませんねぇ、こちとらネイティブないけずなんで。

「コーヒーゼリー、食わないのか? いいぞ、俺のも食って」
「なんか、お腹いっぱいになっちゃって」
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 21:15:24.04 ID:mgdU2KIu0
「そうか」

 そう言うと、Pさんはスプーンを取るなり、勢いよくコーヒーゼリーをたいらげてしまった。
 早っ、イリュージョンや。わはは。

「うひょー、お兄さんいい食いっぷりやねー♪」

 茶化してみても、Pさんはまるで相手にしない様子で、伝票を持って席を立つ。

「出るぞ。いい加減、そろそろ時間だ」
「はいはい」

 確かに、いつのまにか良い時間だ。


 お会計を済ませている時、あの店員さんと目が合った。
 何となくウインクをこっそり交わして、小さく笑い合う。

 あたしにエールを送ってるつもりかな?
 彼氏持ちの余裕かましよって、やかましいわ、今に見とれよ。
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 21:18:29.17 ID:mgdU2KIu0
 あっつ。
 外に出ると、どっピーカンの強い日差しが容赦なく降り注いできた。

 色素の薄いあたし的には、日が当たると赤くなっちゃって痛いんよね。
 うへぇ、しんど。


「ところで、聞いてこないのか? 俺の言い訳」

 手で必死に顔を仰いでいると、ふとPさんがおずおずと聞いてきた。

 何、まだ気にしてたんだ。
 あの時はついあたしもカッとなっちゃったけど、奏ちゃんとPさんの話は、無理にあたしに聞かせるもんでもない。

「Pさん的に気持ちの整理がついたんなら、それでいいんじゃない?
 あたしはもう、Pさんの担当アイドルじゃないんだしさ」

「……それもそうだな」

 そーそー。
 それにさ、今度の企画で、またPさんとは絡む機会も多くなるでしょ。
 何たって、あたし達のリーダーになるであろう奏ちゃんの、担当プロデューサーさんなんだから。えへへ。
71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 21:19:43.79 ID:mgdU2KIu0
 奏ちゃんには冗談っぽく言ったけど、Pさんの出番が増えるのは、実は結構楽しみにしてるんだ。

 別に、美嘉ちゃんのプロデューサーさんを信用してないわけじゃない。
 でも、自分ではそう思ってないんだろうけど、今回選ばれた精鋭アイドルとやら五人のうち二人も担当していたプロデューサーが無能なわけがないし、Pさんがプロジェクトを引っ張った方が、色んな意味で面白くなりそうだなって。逆に。


「なぁ、周子」
「ん?」

 ルンルンで歩いていたあたしを、Pさんが呼び止めた。

「お前、先に帰れよ。一緒に戻ると変な噂されそうだ」

 腰に手を当てて、気だるそうにしっしと手を振る。
 実に失礼なジェスチャーだけど、その照れ臭そうな様がどうにもおかしくて笑ってしまう。

「言われなくてもそうするよ。って……」

「何だよ」
「んーや、いかにもお忍びデートの偽装工作みたいやなーって」

 そう言うと、Pさんの顔がタコのように真っ赤になった。
「ば……お前、いいからさっさと帰れ!」

「はーい♪」

 気を取り直してルンルン――と歩こうと思ったところで、ふと止めた。

「あ、Pさん」
72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 21:21:08.80 ID:mgdU2KIu0
 もう一言だけ、言いたいことがある。
 さっき言いすぎたことを謝りたかったのもあったけれど――。


「今日は、ありがとね」

 咄嗟にあたしの口から出たのは、何だかんだそれだった。
 お節介を焼こうなんて、前もってそれらしい理由付けを自分なりにしていたつもりでも、結局のところ、あたしはこの人とお喋りがしたかっただけみたい。


「……次からは電話にしてくれないか」
 なおも照れ臭そうに、頬をポリポリと掻きながら、吐き捨てるように言うPさん。

「えー? だってPさん電話に出らんもん」
「夜中でもいいよ。遠慮はいらない」
「へぇー、あっそ。
 言質取ったし、ほんなら昼間でも夜中でもバンバンかけたるわ」
「そこは時々にしとけよ」

「あはは、アホ」

 まったく、あの子の担当プロデューサーがそんなことでどうすんのさ。
 相変わらずハトが豆鉄砲食らったようなマヌケ面しちゃって。


「愛しの奏ちゃんからの電話に出られんくなるからやめろ、くらい言ってや」

 後ろ手に手を振りながら、あたしは駆けだしていく。


「じゃ、また後でねー♪」
73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 21:22:25.97 ID:mgdU2KIu0
 振り向けばいつも、心の隅にこの人がいてくれた。

 甲斐性無しの、しょーもない人ではあるけど、ちっぽけなプライドも遠慮もいらない間柄で、あたしを支えてくれた人。
 悲しい出来事があった時、それを何気ない特別で上書きしてくれた人。


 あたしに出来ることがあるとしたら、そんな人に、せめてしかめ面にはなってほしくなくて――。
 楽しませてくれた分、今度はあたしがこの人を楽しませて、笑顔にしてあげたい。

 そう思うだけで、投げやりな気持ちが空に消えていくんだよ。


 でもそれは、愛してるのとは違う。
 悲しいかな、それだけは断言できる。
 だってあの人ぶきっちょだし、ヘタレだし、マジマジと嗅いだことは無いけど口くっさいし。

 まぁ、これから奏ちゃんがあの人と親密になるであろうことに、束縛やヤキモチみたいなんはちょっぴりあるかもだけど、ちょっかい出せる間合いは保てるわけだし、それで良しとしよう。


 今のあたしにとって、笑顔にしたい人がいる。
 それはきっと、燃えるような恋じゃなく、ときめきでもない。

 でもいいじゃない。
 それもまた一つの、えーと――。

 まぁ、それもまた一つのソレよ。あははは。
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 21:23:32.99 ID:mgdU2KIu0
 事務所が見えてきた。

 あ、なんか――嫌な予感。
 正門で仁王立ちしているプロデューサーさんのイメージが、咄嗟に脳裏に浮かんだ。
 ので、そぉーっと裏門に回って、コッソリ入ろうとする。


「周子!!」
「うわああぁぁ!?」

 めっちゃ大声で呼びかけられた。
 恐る恐る振り返ると、白の半袖ポロシャツにジャージ、スニーカー。
 これに竹刀を持たせたら、およそ昭和の体育教師まんまなあたしのプロデューサーさんが、ドカドカ歩いてくるのが見える。

 後頭部から、いきなり大ボリュームのビックリマークを浴びせかけないでよ。
 脳震盪起こすわ。

「周子! お前、どこに行ってたんだ! もうミーティング始まるぞ!」
「まだセーフでしょ。
 それより、何であたしがこっちから入るって分かったん?」
「状況判断だ!」

 何やそれ。
 脳筋かと思いきや、意外と頭は回んのか。あるいは野生の勘的なヤツか。
 まぁ、何はともあれ――。


「えへへへ」
「何がおかしいんだ、周子!」
「やっぱプロデューサーさんは、あたしのプロデューサーさんやわー♪」
「何を言ってるんだ、周子!」
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/14(水) 21:24:19.65 ID:mgdU2KIu0
 さっきの人との温度差がすごくて風邪引きそう。
 でも、これだけあたしのことを直球で面倒見ようとしてくれる人は、悪い気はしない。


「ねープロデューサーさん、今日のヤツ終わったら、どっかご飯おごってよ」
「いいぞ! 何がいいんだ、お前!」
「んー、甘いのばっかは飽きたから、ちょっとしょっぱい系がいい気分かなー……
 ラーメンとかどう?」
「こんなクソ暑いのにか! お前、バカだな! いいぞ! 塩ラーメンでも食いに行くか!」
「おっ、いいね! ちょうどそれくらいがいいや、塩見だけに♪」
「えっ! お前、それはどういう意味だ!」
「いやウソでしょ」

 ダメだこの人、何話しても漫才にしかならん。
 ほーんと先行きが心配やねー、あははは♪


〜おしまい〜
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/08/14(水) 21:25:54.96 ID:mgdU2KIu0
Mr.Childrenの『LOVE』という曲を基に書きました。
途中、同曲の歌詞を所々引用しています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/14(水) 23:38:57.69 ID:zytxWPdio
周子と奏のやりとりがいいね
変化球の投げ合いみたいな
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/08/15(木) 04:31:08.09 ID:/GHkE9clO
おもしろかった、乙
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/08/15(木) 11:48:26.25 ID:W1OhaTcV0
目が滑って読んでられない
小説じゃなくてSSの文章とテンポを勉強したほうがいい
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/15(木) 12:40:13.87 ID:kYtj3XWUo
SSのテンポ(爆笑)

小説の下位互換のSSなんて意識して勉強するものでもないだろ
頭の悪い読者のレベルな合わせる必要なし
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/15(木) 13:23:03.69 ID:HbJcN/ejO
誤字のおかげで説得力皆無
82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/18(日) 12:32:39.42 ID:GEhGZQB1o
誰かと思えばあんたかい
まだ書いてるのを見ると俺も復帰しようかなと思うわ
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