【艦これ】山城「不幸のままに、幸せに」

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54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/20(金) 23:24:15.64 ID:xAIihgQXo
待ってる
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/09/30(月) 22:49:11.89 ID:P1xDypFl0

 じゃー……ちち、ち、ちっ、ちっ……。

 プラスチックのかたかた鳴る音とともに、ルーレットが止まった。数字はまたも2。先ほどから1〜3しか出ず、それなのに必要のないところで8や9が出て、よくないマスへと突き進む。
 「会社が倒産。500万支払う」。
 どうして会社が倒産してそんな大金を支払わなければならないのだ。しかも銀行へ。なんだ、私は経営陣で、債務者だったのか? そんな馬鹿な話があるか。

 じゃー……ちち、ち、ちっ、ちっ……。

 止まった数字は6。車を模したコマが停まったマスは青。

「あ、仕返しですね。15マス戻ってください」

「私、あなたになにかしたかしら?」

「さぁ。ま、人間、どこで恨みを買っているかわからないものですし」

56 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/09/30(月) 22:50:07.53 ID:P1xDypFl0

 しれっとした顔で不知火は言う。大局は既に決している。最初はやる気を奮っていた彼女も、今や消化試合を続ける面持ちで、けれど自らが誘ったという負い目からか、何とか私にそれを悟らせまいとする意地が見え隠れしていた。
 人生ゲームは果たして二人でやるゲームだったろうか。いや、結局は私が弱すぎるのが悪いのだ。というよりも、不幸すぎるのが。
 完全情報ゲームならばまだしも、不完全情報でここまで差が開いてしまうのは、逆に申し訳なくなってしまう。

「降参よ。さすがに逆立ちしたって逆転は無理よ」

「そうですか」

 意図的にあげた音を不知火はあっさり承諾した。手慣れた様子で駒や札、債権を回収していく。

「次はなにします? 将棋、チェス、オセロ、モノポリー、ダイヤモンドゲーム、有名どころは一通りそろってます。ドミニオンにニムト、宝石の輝き、カタン、ギロチンなんかは? カードゲームがいいならポケモン、遊戯王、MTG。ドミノもありますね」

「倒すやつ?」

「倒さないやつです。本来の遊び方です」

57 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/09/30(月) 22:51:18.12 ID:P1xDypFl0

「色々持っているのね」

 感心してしまう。

「船の上だと退屈しのぎは重要です。それこそ、食事の次くらいには」

「付き合ってもらって申し訳ないわ。非番、なのでしょう?」

「平気です。不知火は、個人的には、盤面や手札越しにこそ相手を最もよく知ることができるのだと考えています。退屈しのぎでもあり、山城さん、あなたのことを少しでも理解したく、ゲームに興じているのです」

「他のひとたちともよく一緒にゲームを?」

「はい」

 人生ゲームの箱を閉じて、不知火は無言のままに、将棋の盤を互いの間に置いた。駒の箱を開き、こちらへ手渡してくる。
 ぱちん、ぱちん。治療室の部屋に、木で木を打つ乾いた音が響く。心地いい。

「提督はギャンブル型ですね。ハイリスクハイリターンを好みます。期待値がマイナスでもお構いなしなので、どっちかというとスリルが好きなのでしょう。
 大鷹は正反対の慎重型。臆病と言い換えてもいいくらいです。石橋を叩いて渡る典型で、堅実に小金を稼いでクリアを目指します。ラスを引くことは少ないですが、トップをとることもありませんね」
58 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/09/30(月) 22:53:29.09 ID:P1xDypFl0

 玉を握った私が先手だ。7六歩。まずは角道をあける。

「ポーラは読めません。荒唐無稽と言いますか、一貫性がないのです。ちまちま稼いでると思えば急に全財産を賭けてみたり……酩酊の為せる業なのかもしれませんね。
 グラーフはいかにもドイツ流です。確率を計算し、期待値通りに動きます。定石のある場面ではきちんと定石を打ってくる。場面によってぶれない。質実剛健とは彼女のためにあるような言葉ですね」

 飛車先の歩を衝いたのに合わせて8八角。私は同銀と返す。そして不知火の指がとったばかりの角へと動き、ぱちん、少し甲高い音を立てた。

「筋違い角、ね」

 歩の一枚はとられるとして、果たして大きく戦況に左右するだろうか。それよりも角の位置が一見して悪そうなことに気をとられる。

「……奇手奇策が好き、という自己紹介かしら」

 呟きを不知火は聞き逃さなかった。自慢げに、これがわたしなのだとばかりに――あるいは「よくわかっているじゃないですか」とでも言うように、不敵に笑う。

59 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/09/30(月) 22:55:44.15 ID:P1xDypFl0

「一番強いのはグラーフさん?」

「いえ」

 ひとまず穴熊へと走る私。不知火は歩を駒台の上に置いて盤上を眺める。

「大淀が。彼女は、その……こういう言い方はよくないのかもしれませんが、和マンチの気がありまして。手八丁はさすがに使いませんが、口三味線やルールの穴を衝くことに抵抗がなく……というよりもそうやって相手をやり込める事に楽しさを見出してしまっているようでして」

「難しいところね」

 盤面も、スタンスの違いも。

「いえ」

 けれど不知火はあっさり否定した。どちらを、なんて考えるまでもなかった。

「不知火はそういう、勝ちに貪欲な彼女を見るにつけ、あぁ今日も彼女は彼女なのだなぁと、幸せな気分になります」

60 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/09/30(月) 22:56:54.93 ID:P1xDypFl0

 その気持ちを少し考えてみて、わかるようなわからないような、不思議な気分になる。たとえば姉さまが急に幸福の連続に見舞われたとしたら、逆に心配になるだろう。そののちに不幸な目に遭ったとき、喜びさえ覚えるかもしれない。
 酷薄だという非難は尤もだが、てんで的外れでもあった。変わらない日常が何よりも貴重である――そんな使い古された文言は、当然この世のすべてではないけれど、少なからず使い古されてきたなりの重みや実感を伴う。

 ぱちん、ぱちり。
 静かな病室に、静かに駒を打つ音が響く。

 80手目で私の勝利だった。

「お見事だな」

 手こそ叩かず、いつから見ていたのだろう、後藤田提督が扉の傍にいた。相も変わらず傷だらけの顔が、引き攣って不器用に、しかし朗らかに笑みを形作る。

「席を外しますか?」

 返事を待たずして不知火が立ち上がる。後藤田提督は「いや、いい」と留めるも、不知火は「飲み物でも持ってきます」と部屋を後にした。私は彼女のことなどまるで知らないけれど、その所作をどこか不自然に思う。

61 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/09/30(月) 22:58:48.62 ID:P1xDypFl0

 後藤田提督は頭を掻きながら、先ほどまで不知火が座っていた場所へと腰を下ろす。安物のスツール。私だけがベッドに横になっていることが申し訳なくなるくらい。
 大きなひとだった。肩幅が広い。背丈もある。筋肉、特に首筋から胸元にかけてが丸太のようだ。事務仕事を主とする艦娘相手の提督には珍しいタイプ。

「体調はどうだ」

「随分とよくなりました」

 嘘ではなかった。まだ完全に痛みが引いたわけではないが、体も動かせるし、食事だって自力で摂れる。会話だって。
 その答えに彼は満足したように頷いた。

「うちのメンバーにはもう全員?」

「はい、会いました。みんないいひとばかりで」

「いいやつらには違いないが、一癖も二癖もある。まぁ、狭い船の上じゃあ、それくらいのほうが退屈しなくていいもんだ。
 誰かからうちの話は聞いたか」

62 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/09/30(月) 22:59:39.56 ID:P1xDypFl0

 後藤田提督は頭を掻きながら、先ほどまで不知火が座っていた場所へと腰を下ろす。安物のスツール。私だけがベッドに横になっていることが申し訳なくなるくらい。
 大きなひとだった。肩幅が広い。背丈もある。筋肉、特に首筋から胸元にかけてが丸太のようだ。事務仕事を主とする艦娘相手の提督には珍しいタイプ。

「体調はどうだ」

「随分とよくなりました」

 嘘ではなかった。まだ完全に痛みが引いたわけではないが、体も動かせるし、食事だって自力で摂れる。会話だって。
 その答えに彼は満足したように頷いた。

「うちのメンバーにはもう全員?」

「はい、会いました。みんないいひとばかりで」

「いいやつらには違いないが、一癖も二癖もある。まぁ、狭い船の上じゃあ、それくらいのほうが退屈しなくていいもんだ。
 誰かからうちの話は聞いたか」

63 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/09/30(月) 23:02:57.05 ID:P1xDypFl0

 後藤田提督は頭を掻きながら、先ほどまで不知火が座っていた場所へと腰を下ろす。安物のスツール。私だけがベッドに横になっていることが申し訳なくなるくらい。
 大きなひとだった。肩幅が広い。背丈もある。筋肉、特に首筋から胸元にかけてが丸太のようだ。事務仕事を主とする艦娘相手の提督には珍しいタイプ。

「体調はどうだ」

「随分とよくなりました」

 嘘ではなかった。まだ完全に痛みが引いたわけではないが、体も動かせるし、食事だって自力で摂れる。会話だって。
 その答えに彼は満足したように頷いた。

「うちのメンバーにはもう全員?」

「はい、会いました。みんないいひとばかりで」

「いいやつらには違いないが、一癖も二癖もある。まぁ、狭い船の上じゃあ、それくらいのほうが退屈しなくていいもんだ。
 誰かからうちの話は聞いたか」

64 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/09/30(月) 23:04:14.81 ID:P1xDypFl0

「うちの?」

「俺たち『浜松泊地』のことを」

「……いいえ」

 気にならないわけはなかったが、さりとて気軽に訊ける要素もなく。

「そうか。……俺たちの話をするより先に、単純な質問でもしておこうか。山城一等海士殿」

「はい」

 急にあらたまった呼び方をされて、思わず背筋がすっとなる。膝の上に手をやり、弛緩と緊張のいい塩梅を作って、真剣なまなざしは真っ直ぐに彼。

「苦しみながら死ぬほうと、気楽に生きるほう、どっちがいい?」
65 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/09/30(月) 23:05:19.90 ID:P1xDypFl0
――――――――――――――
ここまで

時間に余裕ができたので復活します。
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/30(月) 23:06:19.02 ID:dq6clWtLo
67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/30(月) 23:21:22.08 ID:TSuSFOEko
お疲れ様です
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/30(月) 23:32:38.16 ID:gW9YMopTO
乙。


アカン、扶桑型戦艦とは、戦艦山城とは、そういう生死の境をこそ楽しむように「成って」しまった存在ではなかっただろうか?
69 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/03(木) 00:59:27.68 ID:1OeslLNk0

 最初は聞き間違いかとも思った。
 だって、それは語義がテレコになっていない。意味が対義になっていない。普通ならば苦しみながら生きるのか、はたまた死んで楽になるのか、そういう話のはずだ。そういうときに使われるべき文句のはずだ。
 負に負、正に正を足したって、符合は変わらない。

 しかし目の前の後藤田提督は、彼を真っ直ぐに見る私の瞳を覗き込んできている。矢を打ち返すように真っ直ぐと。その様子を見るに、聞き間違いでも、言い間違いでも、ない。

 それならやはり、言った通りの意味なのだろう。苦しんで死ぬか。楽に生きるか。
 意図はわからなかったが、それでも私は天邪鬼ではなかった。

「気楽に、生きます」

「そうか。なるほど、そうか」

 彼は鷹揚に頷いて、

「なら、手筈は整えてある」

 と言った。

70 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/03(木) 01:00:01.85 ID:1OeslLNk0

「おおよそ三日後、母艦『しおさい』は苫小牧か室蘭、余裕のあるほうの港に停泊する。お前はそこで下船し、札幌を目指せ。北大付属の病院に空きがある。新千歳まで行けば職も斡旋してくれるそうだ。勿論、艦娘じゃない、綺麗な仕事を」

「ま、待ってください! 待って!
 話が急すぎます! なにがなんだか……まるでわからない! 私には故郷があります! 家族がいます! 鎮首府と、そこのみんなが私を待ってくれているんです!」

 ここに骨を埋めようと覚悟した岬のことを思い出す。ここに灰を蒔いてくれと願った渚のことを思い出す。
 提督は少し優柔不断なきらいがあるものの、優しく、分け隔てなく私たちに接してくれた。同僚はみな気のいい友人で、非番の前夜には、自然と酒と肴を持ち寄る関係になっていた。

 それらを全部捨てろ?

 いきなり北国へ連れてこられて、見知らぬ土地で暮らせ?

 一体誰がそんな、首を縦に振るだろうか。このひとたちは私がはいわかりましたとでも言うと思っているのか?

71 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/03(木) 01:00:31.34 ID:1OeslLNk0

「一旦落ち着け。そして落ち着いたまま聞け。
 ……お前の受け入れは拒否された。艦籍は剥奪された。最早お前は無所属の艦娘だ」
 
「うそ」

 驚きよりも断定の感情が前に出た。うそだ。そんなことあるはずがない。こいつは嘘を言っている!

「うそよ! うそだわ! 助けてくれたことには感謝するけど、だからといってそんなつまらないことを言う権利はない!」

「不知火」

「はい」

 呼ばれて、薄紫色の髪の毛が、視界の端で揺れる。
 三つのグラスになみなみの麦茶。それらをお盆の上に乗せ、不知火は遊戯に興じていた先ほどとまるで変わらない顔をしている。

「極秘任務に就かれましたね? そうして、失敗した……。いえ、否定も肯定も必要ありません。裏はとれています。それに、何より、不知火もそうでした」

 かたん、ことん、こつん。グラスがベッドに備え付けのテーブルの上へと置かれる。

72 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/03(木) 01:01:25.08 ID:1OeslLNk0

「この世には失敗が許されない任務というものがあります。失敗はありえないのです。ありえない。わかりますか? もし失敗したのなら、『そもそも任務があったことさえ抹消される』。当然、参加した艦娘は、初めからいなかった」

「だからなに? だから私が? 信じられると思う?」

「高度に政治的な問題を含む作戦行動は、戦争や侵略とさして変わりがありません。不知火の場合、運河における敵対勢力の秘密裡の殲滅でした。秘密裡ということはつまり、我々だけが――日本だけが、その運河を利用できるようになる、ということです」

 失敗してしまえば、私益行為が明るみに出る。任務など初めからなかったことにしてしまえば、全ては暗い水の底。

「お前の提督は、それでも最後に漢気を奮ってみせたようだ。俺たちに助けを求めたのはそいつ自身。そして、北海道にお前を逃がしてくれというのもそいつの依頼から来ている。放っておいた方が楽だろうに、な。
 お前が拒むと拒まざるとにかかわらず、海軍にお前の居場所はもうない。別に追っ手が差し向けられたりはしないだろうが、それもお前が静かに暮らしている限りの話」

73 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/03(木) 01:02:01.41 ID:1OeslLNk0

 息が詰まる。指先が震える。怪我は、だいぶ治ったというのに。

 うそだ。うそに決まっている。
 確かに私の人生は不幸ばかりだった。不幸続きの人生だった。不幸と地続きに道が伸びていた。だけど、それでも、こんな、うそだ、こんなのってうそだ!

「なら! それなら、不知火さんがこうしてCSARをできていることが不自然です! 抹消されたはずなのに! ほら、彼女自身が反証です!」

「不知火たちは空軍の所属です」

 え?

「空挺第七特務小隊。実質的には、海軍に貸し出されるために設立された部隊だ」

「なんで、空軍が……」

「海軍にはCSARのノウハウはねぇからだよ、嬢ちゃん。海保だってそうだ。NPOの海難救助法人だってそうだ。交戦規定さえ存在しないやつらにゃ荷が重い。
 俺たちは海軍にCSARの礎を作りにきた……っつーと話を盛ってんな。結局は空軍が海軍に恩を売るための取引の結果か」

74 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/03(木) 01:02:40.16 ID:1OeslLNk0

「ありえない。プライドの高い上層部が、そんなことを認めるはずがない」

 ただでさえ最近は、深海棲艦という火急を要する存在の登場によって、予算の増加と発言権の強化を得ているというのに。
 わざわざあいつらが既得権益を手放すとは思えなかった。

「国村さんのおかげだな」

 ため息交じりに吐き出された名前は、私でさえも聞き及びのあるものだった。

「国村? 国村健臣一佐ですか?」

「知っているか?」

 愚問だ。潜水艦娘という新たな艦種の設立を初めとし、とかく現場第一主義の、前線に出ている私たちからすれば神様のような存在。
 同時にその辣腕によって追い落とされた者も多いらしい、とは風の噂で耳にしたことがある。そうでなければ権威主義の気が強い、旧態依然の上層部とは真っ向に渡り合えないのかもしれないが。

 国村一佐であれば、なるほど確かに、CSARの導入を試みようとするのも道理であるような気がした。

75 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/03(木) 01:03:47.40 ID:1OeslLNk0

「いま後藤田提督が仰ったように、提督自身は空軍からの出向です。ポーラとグラーフは同盟国からの協力。大淀は海軍のお目付け役。不知火と大鷹は……生き残りです。他に行くあてもなかったもので。
 山城さん、あなたは新しい土地で暮らすことができます。選択肢があるというのは大事なことです。不知火たちにはありませんでした。どうかお幸せに生きてください」

 幸せに。
 楽に、生きる。

 うそだ。と喉元まででかかっているのに、さらに先へと向かってくれない。

 空中を二度叩けばバーチャルウインドウが立ち上がるだろう。設定→端末情報→識別番号と階層を進めば、そこには私の鎮首府の基地コードの主番と枝番が記載されているはずだ。
 私の鎮首府の主番は27、枝番は7。そうだ、それを確認するだけでいい。そうすればこのひとたちの言っていることがたちの悪い冗談で、私の帰るべき故郷は、友人たちは、きちんと脳裏に思い描いた通りの岬にいることが明らかになる。

 だのに。

 私はどうしてそれをしないのだ。

76 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/03(木) 01:04:56.67 ID:1OeslLNk0
――――――――――――
ここまで。

国村健臣は前作の主人公。今作はその2−3年後くらい? 出世街道まっしぐら。
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/03(木) 03:47:01.82 ID:VzT2CTQoo
おー国村さん出てきたか
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/03(木) 08:42:34.45 ID:bBYdjhmnO

国村提督も元気そうで安心した
79 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/07(月) 00:48:43.50 ID:a3VuJV360

 結局私は自らの基地コードを確認することすらできなかった。それは私が彼らの言ったことを殆ど真実であると受け止めているということである。悔しいことに。
 事実は理解とは無関係に存在している。自らに都合よく、甘やかしてくれる「理解」とは正反対に、やつは冷徹で手厳しい。こちらの意志も、希望も、お構いなしだ。

 なんとか嗚咽が零れそうになるのを殺しつつ、「少し考えさせて」と、それだけを言うことができた。不知火が提督を向く。提督は全く不服そうに、「楽に生きるんじゃねぇのか」と漏らす。
 あぁそうだ。先ほど彼が示してくれた道筋は、楽に生きることのできる平坦な人生なのだろう。きっとそこにだって小石は沢山あって、私はひとよりも少しばかり躓く回数が多いのかもしれないけれど、命の危険に晒されることはない。

80 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/07(月) 00:50:09.40 ID:a3VuJV360

 それは私が願っていた人生のはずだ。
 いつか、私の――私たちの人生に分厚くかかった曇天にも穴が空いて、太陽が顔をだし、暖かい光が包みこんでくれる。そうでなければ酷いではないか。そうであってほしい。
 もしこれがそうなのだとしたら、なんて意地悪な神様もいたものだ。考えうる限り不味く調理されたフルコース、その前菜が厭味ったらしくテーブルに置かれている。ナプキン代わりの押し付けがまさとともに。

 だが、喰わねば餓えて死ぬのは明白だった。味の良しあしなど関係なく、それしか食物がないのならば、否応などない。生きるためには。
 なにがしたいのだろう、私は。少し考えさせてと言ったが、そもそも何を考えることがあるというのか。なんであんなことを言ったのか。
 ならば死ぬか? お前らの言いなりにはならないと叫んで。まさか。前にも決めたではないか、命を粗末にすることはしないと。自棄になるには、まだ早い。

81 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/07(月) 00:51:22.11 ID:a3VuJV360

 幸せに生きたかった。姉さまがいれば冷たい雨も熱い日差しもへいちゃらだった。どんな困難でも、二人ならば生きていけると思った。生きてきた。

 孤独が肌を刺す。

 こんな静寂には堪えられない。

 だから、扉を銀髪の彼女が押し開けて、安物のスツールに座ったとき、私は正直ほっとさえした。喜びに涙さえ込み上げてきたのである。

「……」

 グラーフの怜悧な瞳が活字を追っている。麻雀のデジタル理論についての本らしかった。
 麻雀は苦手だ。まるで勝てないから。

「……」

「……」

 互いに無言だった。このグラーフ、この部屋に何も言わずやってきて、おもむろに本を読みだし、微動だにしない。なんなのだ。

「……何か用があってきたんじゃあなくて?」

「そういうわけではない」

 否定疑問文に否定で返されると一瞬混乱する。日本語特有の曖昧さ。
 文法語法に厳格ときくドイツ語では、こんな意味の錯綜は起きないのだろうか? 聞いてみようとも思ったのだが、グラーフが案外真剣に麻雀の教本を読んでいるので、少し面喰ってしまう。
 少なくとも賭け事に長じているようには見えないが。

82 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/07(月) 00:52:48.90 ID:a3VuJV360

「……不知火と?」

「大淀と提督も」

 こちらを無視しているわけではさそうで一安心。コミュ障というよりは必要のない会話をしない主義? それともこちらの出方を窺っている?

「大淀が強いんですってね」

「聞いたか。不知火からか? だろうな。大淀は始末に負えない。この国には『勝てば官軍』ということわざがあると聞いた。まさにそれだ」

「ドイツにはないんですか」

「『まずい芋は食卓に並ばない』とは言うな。私は賊軍にもまずい芋にもなりたくはない。してやられるのも、そろそろおさらばだ」

 背もたれさえないスツールに、優雅に脚を組んで座るその姿は、一本の筋がきちんと通っている。奇跡のようなプロポーション。
 ポーラの可愛らしさが天の与えたもうた御使いのものだとするならば、グラーフのそれは人間が作り上げた芸術品に近い。すらりとした腕に足、鼻筋、きめ細かいプラチナブロンド、小さな顔と薄い唇。

83 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/07(月) 00:54:32.78 ID:a3VuJV360

「北海道で降りるのか?」

「……」

 唐突にぶちこんできた。けれど本人にその自覚はないのか、教本から顔を上げさえしない。

「……そう言われました」

「あちらはまだ少し肌寒いからな。艦娘の感覚に慣れた今だと、大変かもしれないな」

「まだ艦娘です」

「そうか。そうだったな。解体作業はどこになるんだ? 神祇省直轄の神社だと、北海道神宮になるのか?」

「……わかりません」

 いろいろな全てが。

「グラーフさんは何人くらい助けてきましたか? 不知火と大鷹が被救助者だという話は聞きました。私のように、艦娘を辞めて、新しい道へ歩んだコたちは、その……どれくらいいました? 彼女たちは元気でやれているんですか?」

「さぁ、すまんがわからないな。私の職務は人を助けることだ。救うことではない。命を拾って、返してやる。返された命をどう扱うかは範疇にない。人生までは拾ってやることはできん」
84 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/07(月) 00:56:10.44 ID:a3VuJV360

「……そうですか」

「冷たいか?」

「いえ、そんな」

「気にするな。言われ慣れている。私に言わせれば、手当たり次第に抱え込む人間のほうが信用ならんよ。随分と後藤田の薫陶を受けてしまったようで、少々困りものだが」

「後藤田提督の?」

「ふふふっ。あぁ、いや、なに、すまん。忘れてくれ。なんとも恥ずかしいな」

「?」

 グラーフはキャップの目庇を深く傾けて、目を隠す。頬が赤らんでいるように見えた。
 ぱたん。本が彼女の手の中で閉じられる。

「ヒトに戻ることに不安が?」

「……」

 それは恐らく間違いだった。私は私のことさえわからない前後不覚に陥っているけれど、それでも、胸中渦巻く黒い靄の源が、言ってしまえば単なる転職に起因するものとは到底思えなかったのだ。
 楽に生きたいと、後藤田提督に言ったのは嘘ではない。ただ、こんなふうに、人生を終わりに向かわせるのもまた違う。

85 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/07(月) 00:58:15.51 ID:a3VuJV360

 グラーフはこちらの無言をどうとったのか、ふ、と笑う。

「わからないことに悩むのは有意義とは言い難い。そうじゃないか? 非生産的だな。我々に備わった論理的思考力をどぶに捨てているようなものだろう。
 ただ、なあなあの論理思考ではだめだ。全力で想定する。ありとあらゆる可能性を考えた上で、最も有りうべき未来にベットする。的中率六割なら上出来だろう」

 適当に棒を倒すよりもいいんだから、とグラーフ。

「四割が来たら?」

 不幸なるこの身では、答えなどあらかじめわかりきっているようなものだ。

「運が悪かったなと笑えばいいさ」

 人事を尽くして天命を待て、ということか。

 ……なるほど。
 なんとなく、なんとなくだが、わかった気がする。
 言語化にまでは至らないほどの仄小さなあかりが、いま、確かに、灯った。

86 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/07(月) 01:00:17.75 ID:a3VuJV360

「……ん」

 勢いよくグラーフが立ち上がった。膝の上から本が床に落ちるが、彼女はそんなことお構いなし、一目散に駆ける。

「え、なっ! どうしたんですか!」

「召集だ」

 私のところには何も――いや、私は最早無所属、どこの通信網からも漏れている。きっと母艦「しおさい」に構築された基地ネットワークで、彼女たちにしか届いていない。
 グラーフの発した言葉は端的で、ゆえに全貌の把握が容易だというのはなんとも不思議な話である。時間的猶予がないこと。彼女たちの任務。

 即ち、CSAR。

「待ってください」

「なんだ」

 息を吸う。吐く。
 心は平静だ。驚くほどに、澄み切っている。

「私も出ます。出させてください」
87 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/07(月) 01:01:01.12 ID:a3VuJV360
――――――――――
ここまで
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/07(月) 10:13:01.78 ID:5B328rK6O
おつ
いいね
89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/07(月) 22:56:33.24 ID:JUteKwEno
お疲れ様です
90 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/12(土) 09:43:00.70 ID:L3t7G6Qz0

「だめだ」

 後藤田提督は即答した。逡巡さえするそぶりなく――まるで私がそう言いだすことを知っていたかのような。
 グラーフ、彼女はわかっていた? だから何も言わずに私を提督のもとへと連れてきた?

 なぜ、どうしてと問い質したかった。けれど自らの愚行を自制できるくらいの良識は、私にだってある。刻一刻を争うCSARは、勝利条件を変えた戦争の一形態でしかない。貴重な時間を奪ってはならない。
 甲板には出撃の準備を済ませた五人が並んでいる。あとは彼の号令ひとつで、彼女たちは海上へと躍り出るだろう。

「だぁから嫌な予感はしてたんだ。クソ。
 大淀ォ!」

「はい」

「現場の指揮はてめぇに一任する。海図は共有済み、ただし仔細は不明。敵戦力については救助対象の小隊、その視覚情報があるものの、判然としねぇ」

91 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/12(土) 09:44:54.44 ID:L3t7G6Qz0

「人命最優先で?」

「当たり前だ。掃討なんざ海の奴らにやらせとけ。捜索範囲は広げていい。敵のあいだを縫ってでも走れ」

「ラジャ」

「救助対象の作戦行動は機密保持の観点から教えられねぇときた。どうにもきなくせぇが、バニシング・ポイントからの足取りが掴めねぇのがまた厄介だ。注意してかかれ。生きて帰ってこい」

「ロストバゲージは」

「無視しろ。どうせ大した荷物なんか持ってねぇ」

「行動限界設定しますか?」

「三時間……いや、二時間半。深海棲艦の密度によって適宜修正を行う。全員時計をあわせろ。ヒトロクニィハチ」

「ヒトロクニィハチ! 合わせました!」

「よし。可及的速やかに遂行しろ。作戦開始」

「ラジャ!」

 我先にと五人が海へと飛び出した。慌てることなく波の上に乗り、白い波濤をかき分けながら、見る見るうちに波のまにまに姿を消していく。

92 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/12(土) 09:45:43.67 ID:L3t7G6Qz0

 後藤田提督は五人が視界から消えても、水平線の向こうをしばらく見やっていた。強く吹き付け、髪を――それ以上に心をかき乱す海風に、帽子を持っていかれまいと軽く押さえている。
 私も彼の視線を追う。とっくに消えてしまった五人の姿を、けれど彼にはいまだに見えているのだろうと想像できた。確かな絆が確かにあった。

「それで」

 感傷などまるでなかったふうにこちらを向く。

「なんだって? 海に出たい?」

「……はい」

「一応確認しておくが、それはつまり、てめぇが俺たちと一緒に、肩を並べて、CSARの任務に携わりたいと――そう言っているわけか?」

「はい」

 提督は私の言葉を受けてくつくつと笑った。勘弁してくれと言っているように見えた。
 壁を這う配管の束に腰かけ、ぎらり、傷だらけの顔で私を値踏みしている。

「だめだな」

「なんでですか」

 問いながらも、理由はいくらでも考えられた。

93 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/12(土) 09:46:09.33 ID:L3t7G6Qz0

 知らない人間と歩調を合わせることは難しい。隊列を乱すことはできない。況や戦場ではなおさらだろう。無論、初対面の人間とでも滞りなく作戦を遂行する能力が、兵隊には必要だ。ただそれは互いの中に共通了解や行動規則が存在してのことである。
 そして私は所詮厄介者で、海軍から艦籍を剥奪されたつまはじき。不知火や大鷹もそうだったというが、私には少なくとも道が、これから生きる術が用意されている。わざわざ艦娘を続ける必要は、表面上は、ない。OKを出す理由は薄い。
 身体面での不安もあった。立って歩けるとはいっても負傷兵である。治ったばかり、という表現を使うにはあまりにもダメージが残りすぎている。能力差は歴然としているに違いない。

 ショックはなかった。それはそうだろう、とどこか冷静な自分がいるというのが本音である。
 あまりに急な申し出がそもそも受け入れられるはずないのだ。即座に海へ救助へと向かわなければならないときに、私の妄言など異物以下。逆に二つ返事をもらえたほうが困惑してしまう。

94 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/12(土) 09:46:54.69 ID:L3t7G6Qz0

 が、だからこそ、交渉の余地がそこにはある。だめなのは当然だ。ならば「どうすれば」私はいいのか。
 相手の口から答えを言わせるのは基本である。

 しかし、帰ってきた答えは、予想していたいずれとも異なっていた。

「俺は今日を生きようとしねぇやつを隊には組み込まないようにしている」

「今日?」

「山城、てめぇ、死ぬつもりじゃあるめぇな」

「……」

 少考してのち、提督の疑問はもっともだと思った。同時に彼の内に秘めた優しさが垣間見られる。それは矜持でもある。彼らの任務は人を助けることで、そこを自殺の場に使われたとなれば、憤慨もするだろう。
 あるいは私が初めてではないのかもしれない。それは何ともあり得る話だった。事実として大鷹と不知火が救助後に籍を置いているのだし、全てを失い自棄になって、せめて最期は何かに一矢報いてやろうと、海へ駆け出した艦娘もいたのかも。

「ははっ」

 私は笑った。意識的に、自らの意志で、力を籠めて、笑ってやった。

 そんな馬鹿なことを言わないでくださいよと。

95 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/12(土) 09:47:35.31 ID:L3t7G6Qz0

「命を粗末にはしません。沈んでいった姉さまたちに申し訳が立ちませんから」

「ならどうしてそんなことを言いだす。陸にあがれると言ったろう。新天地で新しい職を斡旋してやるとも。不満か。なにが不満だ」

「苦しく死ぬか、楽に生きるか」

 提督が言った言葉を私は反芻してみる。あぁ、やはりそうだ。そうに違いない。嘗て、私以前に、私みたいなことを言いだした誰かがいたのだ。それはもしかしたら不知火や大鷹であったかもしれない。
 でなければ、「苦しく死ぬ」だなんて選択肢は出てこないだろう。陸にあがるのが「楽に生きる」ことだとすれば、じゃあ、彼の言う「苦しく死ぬ」とはどんな人生のことを指している?
 ……軍に、戦いの中に身を置くことだ。復讐や、恨み憎しみや、そういった嫌な感情の中に身を沈めて生きることだ。

96 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/12(土) 09:50:03.79 ID:L3t7G6Qz0

「だぁから嫌な予感はしてたんだよ。クソ」

 吐き捨てるように、本日二度目の言葉。

「てめぇのことも気にせずに、『仲間を助けて』だなんて言うやつは、どいつもこいつもそんなことを言いやがる」

「?」

 なんのことだ?

「どちらにせよ、繰り返しになるが、俺は今日を生きようとしねぇやつを隊には組み込まない。わかるか」

「……理解した、とは、言い難いわね」

「生きて帰ってこいっつーな話だ」

 後藤田提督は胸ポケットから煙草の箱を取り出した。くしゃくしゃに潰れた、その最後に残った一本を、大事そうに口に咥えて火をつける。
 大きく吸い、紫煙とともに深々とした溜息。

「こんなやくざな商売だ。勿論大義はある。もしかしたら、深海棲艦相手にドンパチやるよりも世間様からは称賛されるかもしれねぇな。だが、その大義やら称賛に呑まれて死んだやつらを俺は何人も見てきた。
 死ぬくらいなら助けるな。生きてこそだ。過去の償いだとか、理想とする未来像だとか、そのために死ににいくやつを、俺は海には出さん」

97 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/12(土) 09:52:05.16 ID:L3t7G6Qz0

「救助部隊なのに?」

「だからこそだよ、嬢ちゃん。俺たちゃ人を助ける。今日も、明日も、明後日も。今日死ぬってことは、明日以降の要救助者を見殺しにするっつーことだ。明日のために生きるってことは、今日を疎かにするっつーことだ。違うか」

 間違っているか、否か。提督は私にそう問うたけれど、正誤を判断できるほどには私は賢くはなかった。人として立派でもなかった。
 ただ、彼が単なる思い付きでそんな言葉を口にしているのではないであろうことは、考えるまでもなく明白だ。きっとそう言えるまでに、様々な葛藤や呻吟があったのだろう――だなんて感想は上から目線にすぎるかもしれない。

「不知火も大鷹も俺たちが助けた。それは聞いてるな? だから、嬢ちゃん、てめぇを仲間にすることに問題があるわけじゃねぇ。制度的には。こちとら国村一佐の肝入りさ、大抵のことは現場裁量でお目こぼしされている。
 だから、問題があるとしたら、それはてめぇの問題なのさ。なぜ海に出る」

98 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/12(土) 09:53:50.76 ID:L3t7G6Qz0

 苦しく死ぬか、楽に生きるか。

「どうして楽に生きようとしない」

「……」

 射抜くような視線に晒されて、私は自らの心、芯がひりつく錯覚に陥る。
 なぜ。どうして。
 艦娘なんかこれきりやめてしまって、北国の小さな会社で事務仕事をしつつ、旦那と子供に囲まれる生活があったっていい。それはとても魅力的に思えた。過去の私からしてみれば、望外の幸せな……。

「復讐か。姉や友人を殺した深海棲艦が、切り捨てた上層部が、憎いか」

 憎い? 憎い……そう。そう尋ねられれば、首を縦に振るしかない。

 けれど違う。

「違うわ」

 私は、

 胸の内が燃えている。
 ひりついていたのは視線に晒されていたから? それとも、炎に炙られていたから?

「私は、このままでは終われないと思ったの」
99 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/12(土) 09:54:26.40 ID:L3t7G6Qz0
―――――――――――
ここまで
100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/12(土) 11:52:38.50 ID:5yVX7lkro
お疲れ様です
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/12(土) 12:12:03.19 ID:fHZFAsA+o
おっつ
102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/12(土) 21:58:05.70 ID:ELCwzXNXo
乙です


あな恐ろしや、やはり山城は「成って」しまっていたか
103 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/12(土) 23:02:21.53 ID:L3t7G6Qz0

「そもそもてめぇはまだ終わってない。これから始まるんだ。これから」

 後藤田提督は言う。それは、私には、これから北国での新しい人生が待っていることを指しているのだろう。
 そうかもしれない。確かにそうだ。だからこそ私は「終われない」という表現を使っているのである。私と提督の認識は殆ど同一で、唯一そこだけが異なっている。

 姉さまはいつも儚い笑みを浮かべていた。不幸な人生に疲れ切った、気を抜けばぽとりと地に落ちてしまいそうな、満開の椿にも似た笑み。私にはわかる、あれは諦念なのだ。諦めてしまえば、受け流してしまえば、どんな境遇も辛くはないのだという。
 泣きたくなる処世術。私はそのたびに姉さまの手を無言のうちに握って、「ちょっと山城、手が、手が痛いわ」だなんて言われても聞き入れなかった。

 死の間際、あのひとは何を考えていたのだろう。やはり儚い笑みを浮かべながら、あぁ不幸だわ、なんて思っていたのだろうか。諦念のうちに、深海へと沈んでいったのだろうか。

 私には、それはできそうにない。

 このままでは終われない。

104 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/12(土) 23:03:01.54 ID:L3t7G6Qz0

「このままでは新しく始めることさえできません。
 私の知らないところで私の人生を決められて、導かれるままについていく……それは敗北だわ。まったき負け犬の姿。私が私自身の不幸に負けた、そんなことを認めるわけにはいかないの。いかないのです」

 敗北が恥なのではない。敗走が恥なのでもない。戦わなかったことが恥なのだ。

「そっちか」

 ふうぅ、と提督が煙を吐く。ポケットから取り出した携帯灰皿に先端を擦り付ける。

「怒りだな。てめぇは怒っているわけだ。なるほどな。クソッ」

 怒り。そう言われて、その言葉はしっくりように感じられた。きっと私はこれまでずっとこの身の境遇や不幸に対して怒りを覚えてきたし、これからも怒り続けていくのだろう。
 この世に神様はいる。なにより艦娘であるこの身にこそ、艦船の神は宿っているのだから、私を――私たちを不幸に貶めている酷い神だっているに違いない。艦娘を辞めるということは、そんな腹立たしいやつに首を垂れることに等しいのだ。

105 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/12(土) 23:03:40.09 ID:L3t7G6Qz0

 業腹だわ。あぁ、なんて業腹!

「私はこの身の不幸を乗り越えて、人間としての尊厳を回復しなければいけない。与えられる運命をただ座して待つような女じゃあないの」

 不幸のままに幸せを掴みとらなければならない。

「お願いよ。お願いします。私をあなたたちの仲間にしてください。陸に降りて、新しい人生を歩むのは、勿論眩しいくらいに魅力的だけれど……私には、まだ早い。まだ私は自分の足で立てていない。立ちたいの。口を開けて、餌が流れてくるのを待つような、そんな生き方はしたくないのよ」

「……」

「……」

「……」

 眼を細めたり、開いたりして、私を窺う後藤田提督。陽光に眩惑されているわけではない。こちらを値踏みしているのだ。

106 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/12(土) 23:05:22.86 ID:L3t7G6Qz0

「山城一等海士」

「はい」

 野太い声が私の名を呼ぶ。

「艦種は戦艦か」

「はい」

「歴は?」

「二年と僅かです」

「具体的に」

「二年と……二か月」

「そうか。見ろ」

 立ち上がり、空中が二度叩かれると、バーチャル・ディスプレイが現れた。数度ポップアップに触れて、複数の画面が映像に変わる。
 一面の青――海の色。水飛沫。

 すぐにわかった。これはあの五人が見ている景色と同期しているのだ。

107 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/12(土) 23:05:58.06 ID:L3t7G6Qz0

 既に彼女たちは接敵、交戦していた。ヲ級を筆頭に、重巡、軽巡、駆逐の群れ。
 不知火が魚雷を発射しながら、追随するように速度を上げる。ポーラの火砲が軽巡の頭を正確に打ち抜き、行動停止に。その隙間を不知火は駆け抜けて、一閃、駆逐を吹き飛ばす。
 孤立した不知火を追うイ級たちを、大鷹の放った戦闘機がきっちり仕留めていく。ヲ級も杖を振るい、丸い悪鬼の群れを召喚したが、大淀とグラーフが既に立ちふさがっていた。

「……凄い」

 思わず見入ってしまう。

 不知火の機動はまさに機に敏く、一瞬の判断と行動の正確性が尋常ではない。砲撃。殲滅。離脱。三つの動作をワンセットで繰り返す機械のようだ。
 そうやってかき乱した敵群の隙を衝き、まとめて吹き飛ばすのはポーラの役目。天使のような笑顔で瞳孔だけが開き切り、瞬きの暇さえ惜しいとばかりに、絶え間ない砲撃で打尽にしていく。

108 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/12(土) 23:08:56.40 ID:L3t7G6Qz0

 グラーフはヲ級と物量でぶつかりあっている。腰に結わえられたポーチからカードを数枚ずつ取り出し、消耗の度合い、空中戦での優劣、弾幕の濃淡を見ながら、適宜艤装のホルダーへと差し込み実体化、射出していく。
 対して大鷹は質と精密性で攻めていた。驟雨のような弾幕、蝗害さながらに黒く染まった空、その間を十機の戦闘機が最高速度のままに駆け抜けて、一目散に敵を目指す。十本の指でそれぞれを立体的に操るその手腕は、人間業ではない。

 そして戦場の全てを操っているのが大淀そのひと。味方四人に指示を出しながら、自らも最適な場所へと位置どることで、敵すらも含めた全体の配置、誰と誰が戦うのかさえコントロールしていた。

 五人は敵群に壊滅的な打撃を速やかに叩き込み、最早脅威ではないことが明白になると、即座に転回して救助者の捜索へと舵を切る。

109 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/12(土) 23:12:21.76 ID:L3t7G6Qz0

「あいつらについていける自信はあるか」

「あります」

 即答。
 嘘だ。本当は、少しだけ、慄いている。

 だけどそれでも。

「私は負けない」

 誰にだって。
 どんな不幸にだって。

「……どちらにせよ」

 ため息をつく後藤田提督。

「北大付属病院で精密検査は受けてもらうぞ」

「それって……」

「そこまで言われて断る理由もねぇからな。その代わり、きちんと戦力になってもらう。不甲斐ないザマ見せるようなら、即座に陸へ上がってもらうからな」

「ありがとう」

「礼を言われるほどじゃあねぇよ。
 ……後藤田一だ。階級は少尉。これからよろしく頼むぜ、嬢ちゃん」

「山城よ。階級は一等海士。こちらこそ、よろしくお願いするわ」

 嬢ちゃん、と呼ばれるほどの年齢でないことは黙っておくとして。

110 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/12(土) 23:13:36.52 ID:L3t7G6Qz0

 私はそれから交戦規定や契約書類、または過去の戦闘記録などをどっさりと渡された。まだ体は本調子ではない。海は出られるが、連携の訓練などもしていないのに、すぐ任務に就けとは後藤田提督も言わない。
 少なくとも精密検査が済むまでは彼ら、CSAR「浜松泊地」のルールや戦術を学ぶことこそが、私にできる精一杯の努力だろう。

 それから三時間後、帰還した五人はひとりの救助者を担ぎ上げていたが、彼女たちの顔は重苦しかった。

「……」

 帰還中に息を引き取ったのだという。

「……」

 遺体は水葬とした。弔砲を大淀が撃つのを、私は遠巻きに見ている。
 彼女たちの手際は随分とよい。

 不幸だわ、と姉さまが言う。

 怒りの炎がちりり、胸を焦がした。
111 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/12(土) 23:14:18.85 ID:L3t7G6Qz0
――――――――――――
ここまで
112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/13(日) 13:18:13.58 ID:jFScMsXso
113 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/14(月) 21:33:40.58 ID:UFSxYV+50

 誰一人として泣いていなかった。泣いてなぞいなかった。
 泣いていないだけではあった。

 私はCTスキャンの中でじっとしながら、最近はことあるごとにあの日の、あのときのことばかり考えているような気がして、身震いをする。秋の早朝のような寒気が体の内と外を取り巻いている。
 そういうものだ、と知った口を利くのは簡単だった。大罪でもあった。

 世の中に不幸は蔓延っていて、成せずに潰えた成すべきことのなんと多いことか。そんならしくもないことを考えるたびに脳裏によぎる光景――前へ前へと進むたびに一層強く吹き付ける北風。岸まで押し戻そうとする海流。
 知った口を利こう。そういうものだと。

 CSARはそういうものだし、私の人生はそういうものだし、そもそも全てにおいてそういうものだ。
 だから麻痺する。慣れる。いつしか涙は出なくなり、へいちゃらな顔をしてその脚で映画だって見に行ける。「真実の愛」をCMで連呼していたフランス映画。きっとあの恋人たちも、いつかは別れる。

 怒り。

114 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/14(月) 21:35:40.68 ID:UFSxYV+50

 後藤田提督は私が怒っているのだと言った。その表現は腑に落ちて、もし真実だとするのならば、きっと私は諦めが悪いのだろう。諦めの全てを姉さまに吸い取られてしまったのだろう。だからこうも怒れる。
 この世に蔓延る不幸の数々に我慢がならない。

 大丈夫ですか? どこか痛みますか? 看護師が私の顔を見て、心配そうに言った。無意識のうちに顔を顰めてしまっていたかもしれない。かぶりを振って、大丈夫ですと答える。
 検査結果は数日のうちに出るそうだ。異常は無自覚だけれど、無自覚な異常のほうが恐ろしい。

 病院を出ると大淀がベンチに座っていた。紙パックのフルーツ牛乳を、凹ませたり膨らませたりしている。随分と暇を持て余している御様子。

「終わりました? どうでした、検査」

 大淀は近くにあった屑籠へと紙パックを投げた。シュート、と呟きながらの投擲は、きれいな放物線を描き、しかし外れる。首をかしげながらてくてく歩いていって、結局自分の手で叩き込んだ。

115 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/14(月) 21:37:27.34 ID:UFSxYV+50

「窮屈だったわ。身動きもあまりとれなかったから」

「そうですか。体の調子はどうです? 生活に支障なくとも、本調子ではないですか?」

「そうね。でも、こればかりはどうにもね。動かなければ動かないで、余計鈍ってしまいそうだし……」

 手を握り、開く。問題はない。肩も、肘も、膝も、足首も。ただ、ときたま大きく呼吸をすると、咽てしまうことがあった。

「これからどうしますか? 予定していた時間までは少しあります。札幌駅や狸小路やらで時間を潰すのはありですが」

「出発は、明後日、だったかしら」

「はい。現在、母艦『しおさい』は室蘭から函館に移動しています。札幌からは電車で三時間といったところでしょうか。生活必需品を揃えるよう、後藤田提督からは仰せつかってます。あ、勿論経費で落ちますんで、ご心配なく」

 大淀は眼鏡のブリッジを中指であげた。出処の不明な自信が顔面に貼りついていた。

116 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/14(月) 21:39:47.43 ID:UFSxYV+50

「買い物は最後にするわ。重たい荷物を持っての移動は避けたいし」

 そもそも、物欲は少ない方だ。幼少のころから欲しいものが手に入ることは稀だった。私も姉さまも、暇を紛らわすのはもっぱらふたり遊びで。
 と、ぐうぅ、大淀の腹が鳴った。盛大に。
 彼女は誤魔化さずに、寧ろ破顔一笑して、「なら、早めの昼食と洒落込みましょう」と言ってのける。私の手をとって辺りを見回し、適当なファミレスを見つけると、ずんずんと進んでいく。

「ここは私の奢りです。なんでもどうぞ」

「そんな、悪いわ」

「いえいえ。新しい仲間に、乾杯というやつで」

 仲間。耳がこそばゆくなる響き。
 顔が熱い。大淀の顔を直視しづらくなって――恥ずかしい台詞を容易く言ってのける彼女のせいでもあるし、自らの赤い頬のせいでもある――私はメニューへ目を落とした。

117 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/14(月) 21:46:28.23 ID:UFSxYV+50

「なら話が早い。国村一佐はガチガチの現場主義者ではありますが、かといって彼の独断専行を許さない派閥も確かに存在しています。空軍に手を借りるなんてもってのほかだ、なんて輩も。
 そこで私の出番というわけです。艦娘という存在が、決して海軍の手から離れないように、空軍の手に渡らないように、目を見張らせろと……眼鏡を光らせろと」

 くふ、と大淀はまたも笑う。

「……それを公言しても大丈夫なの?」

 話を聞く限り、スパイというか、空軍である後藤田提督たちとは相反する立場のようだけれど。

「海軍の目論見は当然ですよねぇ。だから空軍も、後藤田提督も、当然それくらいはしてくるだろうと思っています。その時点で私の役目なんて終わったようなもんです。
 そして上のやつらは、少し目が悪い」

 眼鏡のブリッジを中指で上げる。癖なのだろうか。

「人選ミスですよ。私なんか」

 口を水で湿らせて、大淀。
118 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/14(月) 21:47:25.87 ID:UFSxYV+50

「上層部に与したところで給料がちょろっと上がるだけじゃないですか。特別褒賞が出て、徽章を貰って? はっ! ばからしい。いらねーって話ですよ。いや、落ちてる金は拾う主義ですけどね。
 いいじゃないですか、CSAR。私はその理念に、主義主張に、ひどく共感を覚えています。後藤田提督は一癖以上あるとはいえ有能です。派閥争いでぽしゃらせるには、少しばかり惜しさが勝る」

「裏切ったということ?」

 なんという胆力だろうか。
 私のそんな、呆気にとられた質問に、大淀は本日何度目かわからない莞爾とした笑いを作る。

「あはっ! 人聞きの悪いことを言いますね! ちょっとだけ、ほんのちょーっとだけ、この軽巡大淀、上層部の期待外れに無能だったというだけのお話です」

 と、そこで食事が運ばれてくる。和膳定食とハンバーグ。肉汁が鉄板に炙られる芳しい香りが一気に充満し、ともなって私も自らの空腹を自覚する。
 箸、ナイフとフォークをそれぞれ手に取って、目の前の食事に集中する。

119 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/14(月) 21:58:01.64 ID:UFSxYV+50

 大淀が肉を一口大に切っていく。ちょうどいいミディアムレア。薄く桃色の内部からは、切ったそばから肉汁が溢れ、照明を反射しててらてら光っている。
 フォークでそのうち一つを刺して、口へと運んだ。そのまままるっと一口で。

「それに、思いませんか?」

 眼鏡の奥の瞳は笑っているが、獰猛の色が隠せていない。

「人が死んだら、寝覚めも悪い。食事の味も感じない」

「……」

 豚の生姜焼きを口に運ぶ。甘辛い。鼻へと通る生姜の爽やかさ。五穀米の風味とバラエティに富んだ触感が心地よい。
 きっとそれは、私が死を乗り越えつつあるということなのだ。大淀の言葉が正しいとするのならば。
120 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/14(月) 21:59:52.93 ID:UFSxYV+50
――――――――――――――
ここまで

長らく付き合ってくださっている方々はご存知かもしれませんが、設定厨なので、
こういうだらだら設定を開陳しているだけの話が好きです。

ちなみにストリーの目途はついていません。のんびりお付き合いくださいませ。
121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/14(月) 23:09:45.89 ID:CEJt07udo
おつ
潜水艦から見てる
122 : ◆yufVJNsZ3s [sage saga]:2019/10/15(火) 01:58:02.25 ID:ZRvbolp/0
>>121
ありがとうございます。今すぐにギャルゲーシリーズと単発作品も網羅しましょう。
123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/16(水) 03:49:46.26 ID:4lvS3kWIo
没になったトラック島は壊滅しましたからみてる
124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/17(木) 13:51:23.60 ID:blhg1PulO
ギャルゲーから
全部すき
125 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/19(土) 01:02:58.20 ID:oirXOrgR0

「……」

 紺色のスクール水着を身に着けた少女たちが、私たちの目の前に立っていた。一人の男を囲むように――護るように、一部の隙もなく。
 その佇まいは一見すると傅く下女のようでさえあるのに、私は熱気にも似た空気の泥濘に囚われて、微動だにできない。手のひらが汗ばむがそれさえも拭えず

 八畳か十畳かそれくらいの広さのレンタルオフィス。その男は安っぽい椅子に背を預け、さわやかな笑みを浮かべている。随分と美形で、広報官がどこかの芸能事務所から連れてきたと言えば信じてしまいそうになるくらいだが、けれどその笑みの奥底は知れない。
 私たち「浜松泊地」のメンバーは、後藤田提督を先頭に、壁を背にして直立している。両足の踵をつけ、背筋をぴんと張り、間違っても不敬のないように。

126 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/19(土) 01:03:38.70 ID:oirXOrgR0

「後藤田、元気か。調子はどうだ」

「可もなく不可もなく、と言ったところです」

 恐らく後藤田提督の方が年齢は5、6も上だろう。ただし三尉と一佐、階級の差は歴然としている。空と海という管轄の違いはさして垣根の役割を為さない。
 とはいえ、その関係性はどこか気軽さもあった。男は軽く提督へと話しかけるが、そこにはきちんとした敬意が払われているように感じられたし、提督も敬語で応じこそするけれど、あくまで形式的なものに過ぎない。

「また新しい艦娘を拾ったんだってな。その後ろの美人がそうか」

「てーとく」

 側近のうちの一人、桃色の髪の少女がじろり、睨みつけた。男は喉の奥で笑う。

「悪い悪い、怒るなよゴーヤ。冗談だ」

「ったく」

 眼鏡の少女が額を抑える。桃色の少女が腕を組む。瞳に星の散った少女があくびを噛み殺す。紅色の少女が大きく嘆息。
127 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/19(土) 01:09:03.23 ID:oirXOrgR0

 その一連のやり取りは、きっと五人の間でのみ通じる符丁のような何かだったのだろう。わたしと姉さまが目配せで意図を伝え合っていたように、そうやって五人は互いの絆を確かめ合っているのだ、そんな気がした。
 彼女たち全員の薬指には指輪が輝いている。

「ま、新入りに話があるのは本当だ。おれは国村。国村健臣。名前くらいは聞いたことあるだろう? ……というのは少し自信過剰にすぎるか」

 反応していいものだろうか? 周囲を窺うと、後藤田提督から大淀、大鷹まで、みんなが私を見ていた。
 唾を呑みこんで、半歩前に出る。

「いえ、お名前だけなら何度も」

「そうか。おれも随分と有名になったもんだな」

「有名税もだいぶ払ってるでち」

「まぁそう言うなよ。たま……田中のおっさんの後釜ってだけで、敵が多くっていけねぇ」

「ちなみに、そこのコンセントんとこに盗聴器仕掛けられてたのね」

「やっぱりか。確認させといてよかったな」

「どうします? このレンタルオフィスの法人、裏とりますか?」

「どうせ小金もらった従業員の仕業でしょ。わかりっこないわよ」

128 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/19(土) 01:12:22.20 ID:oirXOrgR0

「お前ら少し黙ってくれ。おれは『浜松泊地』に用があって、北海道まで来たんだ。
 んで、新入り、CSARにはもう慣れたか?」

「いいえ、残念ながら、入って日が浅いので」

「いずれ嫌でも慣れる。それこそ『残念ながら』だが、おれは人遣いが荒い方なんだ。悪く思うなよ。おれのせいじゃない。おれに仕事のやり方を教えてくれた野郎のせいだ。
 おっと、失礼。話が脱線したな。なに、難しい話じゃねえ。軽い説明なら後藤田やらお仲間からあったろうが、決して忘れて欲しくない本懐というものもあってな」

 本懐。CSARの? それとももっと政治的ななにか?
 わからない。この国村一佐という男の、それこそ本懐が読み取れない。真意を探ろうとしているうちに、気づけば手のひらの上で踊らされているのではないか、そんな疑念。いや、探ろうとする行為そのものが既に呼び水?

129 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/19(土) 01:13:32.04 ID:oirXOrgR0

「勘違いしないで欲しいんだが、CSARは単なる救助作業じゃあない。勿論、誰かを救うことは名誉なことで、重要なことだ。だが、本懐はそこになく……つまりおれたちは、大人の都合で誰かが犠牲になるのを防ぎたいわけだ」

「……」

 私は心の中でいま彼の言った言葉を反芻し、肚の中へと納めて、どうして後藤田提督と親密なのかを理解した。似たような言葉を、先日、私は甲板の上で聞いている。

 大人の都合。犠牲。
 このひとは、私がそうやって使い潰されそうになって、沈みかけ、拾われて、そうした紆余曲折の結果としてここに立っていることを知っているのだろうか? ……知っているのだろう。無根拠にそう感じた。同時に、それは随分とおかしな話であるようにも。
 現場主義者の国村健臣。それはきっと彼にとっては都合が悪い立場のはずだ。わざわざ風上を向いて歩いているようなもの。何が楽しくて、あるいは何が楽しくなくて、そんな真似をしているのか。

130 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/19(土) 01:18:48.77 ID:oirXOrgR0

「……っ!」

 つい覗き込んでしまった彼の瞳の色を見て、背筋が凍りそうになる。
 眼を逸らしてからしまったと息を呑む。けれど彼はにやり、意地の悪そうな笑みを浮かべるばかり。

「ゴーヤ」

「なぁに」

「『おれ』は狂っているか? 『俺』もまた狂ってんのかな?」

「たまにそーゆーわけわかんないことを言わないで欲しいでち」

「悪い悪い。んで、なぁ、新入り。他人のために頑張ってくれよ。自分のために頑張ると、人間、とかく手を抜きたがる生き物だ。理屈と膏薬はどこにでもつく。自分に言い訳をするのは簡単だからな」

「……善処します」

 言って、疑問が浮かぶ。他人のために。誰のために?
 私にはもう、そんな相手なぞどこにもいやしないというのに。

131 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/19(土) 01:19:49.25 ID:oirXOrgR0

「んで、後藤田よぅ。目的の用事なんだが」

「はい」

「『イベント』の予兆が感知された。お前らにも当然出張ってもらうことになる。忙しくなるから覚悟しておいてくれ」

「イベント、ですか」

 僅かな逡巡、思案の間を挟んで、後藤田提督。

「……眉唾だとばかり思ってましたが」

「深海棲艦が徒党を組んで襲ってくるだなんて、気軽に話せる内容じゃねえよ。ただでさえ色々うるせぇんだ。戦争をやめろだの、艦娘の労働環境がどうだの……敵と和解できないのか、だの。ひひひっ」

 深海棲艦という存在、艦娘の在り方、敵対路線――どんなに最善を尽くそうと試みたところで、反対する派閥は必ず出てくる。それも同じ組織の中からではなく、市井の一般人の中から。
 私たちは既に辟易し、耳を塞いでいるそれら外野の声を、さすがに上層部はまるきり無視はできないのだろう。少なくとも、「意見を参考にします」というポーズはとっておかなければならない。

132 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/19(土) 01:26:45.25 ID:oirXOrgR0

 そんな中でのイベント――私も後藤田提督ときもちは同じだ。まさか本当に、深海棲艦による統率のとれた襲撃があるだなんて。

「そんな顔をするんじゃねぇよ」

 自分のことを言われたのかと思い、はっとする。しかしどうやら違ったようだ。というよりも……大淀にはじまり、大鷹、不知火、グラーフ、なんとポーラまで、信じがたいといった表情を浮かべている。後藤田提督だって。
 もしかしたらこんな表情は見慣れているのかもしれない国村一佐は、酷く不愉快そうに笑った。

「散々、深海棲艦は意識も命もない化け物だ、なーんてのたまってきてたのに、今更混乱の種なんか蒔くわけにはいかねぇよ。信じられないか?」

「頷き難いのは事実ですが、そこを問うのが仕事ではないんで」

「大人の態度だな。ありがたい。
 規模に関しては不明だが、予定では鎮首府一つ、泊地二つが合同で邀撃にあたる算段をつけている。お前ら『浜松泊地』には、通常通りの任務……つまり救難救護を頼みたい」

「敵の数、質、目的、全て不明ですか?」

「深海棲艦のことが明瞭になったことなんざ一度もねぇよ。そうだろう?
 ただ、これは脅かすわけじゃあねぇが、最悪のパターンだと……トラック、聞いたことくらいはあるだろう」

133 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/19(土) 01:27:14.86 ID:oirXOrgR0

「あぁ……」

 ため息にも似た声を出す後藤田提督。わかる。私でさえも、その遠い南洋の泊地のことは、聞き及んでいる。
 数年前に深海棲艦の襲撃にあって滅んだという泊地。まさかそれがイベントによるものだったなんて。

「詳細は秘匿回線で共有するが、あんまりのんびりもしてられんみたいだ。近々でブリーフィングも控えている」

「わかりました。しかし、秘匿回線を使うのなら、わざわざ北海道まで来る必要はなかったのでは?」

「あぁ? そりゃあお前、あれだよ」

 どれだ?

「新人の顔も見たかったし、こういう重要な話は、最初だけでも対面しておくほうが後々いい方法に進みやすい。それに……」

 国村一佐は周囲をちらり、見回す。何があるでもないというのに。
 いや、違う。彼の周囲には少女たちがいる。手塩に育てたという噂の、はじまりの潜水艦、その四人が。

「こいつらが旅行に行きたいとうるっさくてきかねぇんだ」

134 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/19(土) 01:28:06.97 ID:oirXOrgR0
―――――――――――――
ここまで
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/19(土) 11:52:32.88 ID:y9q/Soqeo

国村さぁぁぁぁん
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/19(土) 15:38:16.83 ID:khZpo2XRo

「イベント」、なるほど「イベント」ね
137 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/23(水) 02:10:07.92 ID:0ARiWsal0

「……この仕事も難儀ですね」

「どうした、唐突だな」

「常に哲学は個人の頭の中に、ポン、渦巻いているらしいぞ」

「そもそも山城、お前、実戦まだじゃねぇか」

「しないに越したことはないでしょうリーチ」

「『しないに越したことはないでしょうリーチ』ってなんだ、淀の字」

「期待値的にはすべきだぞ。なぁ?」

「当然だグラ子。裏も乗るしな」

「いえ、まさにその通りで」

 私は手元の牌に目を落とした。牌姿は正直にいってよくない。十順目を過ぎてなおリャンシャンテン……素直にベタオリが正道なのだろうが、現物は二つきり。どこまで安牌でしのげるか。
 とりあえず現物だ。三萬を切る。

「チー」

 すかさずグラーフからの鳴き。二風露目だ。迷わずの打八索は生牌で、聴牌気配が濃厚。もし和了されるとしてもグラーフのほうが傷は浅そうに思える。

138 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/23(水) 02:11:40.30 ID:0ARiWsal0

「仕事がなくていいものなのかな、と思ったの。こんな」

 対子の北を切る。声はあがらない。セーフ。

「船の中で麻雀なんかやって」

 グラーフがツモり、手牌を倒す。タンヤオ、ドラ1。500・1000。
 親っかぶりだ。連荘の目はなかったとはいえ、こうやってこつこつと削られるのが一番きつい。点数は17800でラス、トップは33500のグラーフ。満貫直撃で逆転圏内ではあるが。

「だけど、大淀の言うとおりなんだわ。『便りがないのがよい便り』というか……暇ということは、平和ということなのよね」

 こんな、暇を持て余して麻雀に興じることができるくらいには、いまの私たちには余裕があった。自由もまたあった。
 北海道を出立して幾日か経ったけれど、緊急の要請がかかることは一向になく、台風の接近による天候の不順も相まって、岩手のあたりで停泊を余儀なくされている。外に出たところで寂れた港があるばかり。必然的に引きこもらざるを得ない。
 こうやってのんびりとしていられるのは仮初の平和に過ぎないのだろう。こうしている間にも、きっと、世界のどこかで誰かが苦しんでいる。泣いている。不幸な目に遭っている。この安寧は単なる無知に他ならないのだ。

139 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/23(水) 02:13:38.90 ID:0ARiWsal0

 だから、知覚できない以上は、この世界は平和なのである。麻雀に興じられる程度には。
 
 そうなのだろうか? そうなのだろう。それは随分と利口な――「お利口さん」な判断のように思えてしまって仕方がない。

 姉さまの、諦念に満ちた笑顔が、脳裏にちらつく。

 誰かを救うために自らを犠牲にする必要はないと提督は言った。普く正しさを凝縮したような言葉。ただし、それは後藤田一という男の言葉ではないように感じた。あくまでCSARを預かる「後藤田提督」の言葉なのだと。
 本心はなかったとしても、蓋し至言ではある。私だって誰かの身代わりになりたくて入隊を希望したのではない。
 自分の手に余ることを望んでも零れ落ちていくばかり。それもまた後藤田提督が私に言ったことだ。過去や未来、あるいは期待や誇りを胸に抱き、人は死地へと飛び込んでいく。しかしできないことはできない。高潔な志は最後のひと踏ん張りを与えてくれるが、互いの力量差をひっくり返すほどではない。

140 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/23(水) 02:15:17.17 ID:0ARiWsal0

 拳を握りしめる。
 不幸というこの困ったやつを、力いっぱい殴りつけたとして、玻璃のように砕けてくれるものか?

「山城」

 声をかけられてはっとする。オーラス、一巡目。まだ私は手をあけてもいない。

「……これは」

 十種十一牌。南、白、そして九筒だけが欠けている。ドラは發で、それが二枚。

 最後にこんな爆弾を寄越してくれて。
 倒して流したところでどうにもならない。どうせラスなのだから、前に出るしかない。
 とはいえ聊か判断に困る。欲しいのはあくまで満貫直撃、あるいは倍満ツモ。役満は少しばかり贅沢に過ぎる。特に国士なんて警戒される可能性は高いのだ。

 ドラの發が二枚あるのもまた難しい。早い順目で鳴ければドラ3狙いもできるが、この局面でドラが簡単に出るとは思えない。流局すればいいだけのグラーフは硬く打つはずだし、大淀も牌は絞る方だ。頼みの綱は提督だけ。
 そしてドラ3を目指すのであれば、この牌姿は単なるゴミに等しい。混一を絡めても跳満止まり。

 とりあえず、急かされるように二策を切る。

141 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/23(水) 02:16:35.13 ID:0ARiWsal0

 2着の大淀は28100点、3着の提督は20600点。大淀は5200出上がりでもだめだし、1000・2000ツモでもだめ。1300・2600以上がトップ条件。提督は満貫をツモれば2着には浮上できるものの、それは私も状況は同じで、苦しい勝負と言っていい。
 さて、どうするか。こんなところで引いてきた――この半荘で初めての――赤五萬を憎々しげに眺めての逡巡。
 この役満風な配牌は罠なのではないか? くそったれな神様が不幸な私に見せつけた偽りの甘露なのではないか? 国士無双は難しく、それならば満貫ツモ、あるいは大淀かグラーフからの出上がりを期待したほうが、まだ上がり目は有りそうな気がする。
 その可能性を追求するならば、この赤五は重要だ。發が暗刻にならずともドラ2赤1で満貫がとれる。ダマテンにならないのは痛いが……。

142 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/23(水) 02:18:06.78 ID:0ARiWsal0

「戦争の最中にも一過性の平和はあります。台風の眼のような」

 大淀は手牌をかちゃかちゃと弄びながら、薄く笑う。

「戦いなどないほうがいいのは当たり前ですが、戦いなどないのが当たり前という認識は、極めて深刻な誤謬を我々に齎します。備えた上での平和なのです。平和の上に胡坐をかいて、備えないなどもってのほか」

「おう、淀の字、急にどうした」

「いえ、山城さんが随分悩んでいるみたいだったので」

「我々艦娘は、随分れっきとした備えだからな」

「えぇそうです、グラーフさん。我々自身が戦いから眼を背けるのは敵前逃亡に他なりません。致命的な……名誉を傷つける敗北です。負け犬と呼ばれてもおかしくはない」

「私は負け犬にはならないわ」

 赤五を切る。僅かに三人の顔色が変わる。

143 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/23(水) 02:19:05.90 ID:0ARiWsal0

 私はやはり怒っているのだろう。ありとあらゆる、様々なことに。身の回りに普く不幸や、助けられなかった誰かや、これからまみえる戦火に包まれた海に。
 生きることは辛いことの連続だった。ただ、それでも、辛いことに慣れたことは一度もなく、そして生きたくないなんて思ったことも一度たりとてない。負けてばかりの人生だが、人生と敗北を等号で結びつけるような人間ではない。

 苦しく死ぬか、楽に生きるか。

 後者を選ぶには、私は少し、不幸に過ぎた。

 きっとこの怒りをぶつける矛先を探しているのだ。
 頭上の拳を振り下ろし、勝ち取ってこその人生なのだ。

 目指すは役満、国士無双。

 ツモは進んでいく。河は二段目へと差し掛かり、山も半分近くが消えた。發は出ない。シャンテンも変わらない。發、東、一萬が対子の十種十三牌。残るは白、南、九筒。

「クソ、どうする……?」

 提督が唸る。舌打ちをして、手牌をじっと眺め、そして一枚に手を懸けた。

「どうだっ」

 發。

144 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/23(水) 02:20:51.13 ID:0ARiWsal0

 視線が吸い寄せられる。手が止まる――止まってしまう。まずい。大淀とグラーフがこちらを見る。ばれた。發が手元に二枚あること、そして何より、僅かな逡巡を。
 発声を迷ったということは、まだ聴牌してないということである。役満の気配はそれだけで他家の動きを止める。が、それはこちらが聴牌している「かもしれない」からこそ作用する。
 なんてことだ。自分で自分に怒りが向いた。この卓における私の脅威は消滅した!

 ここぞとばかりに大淀が白、そしてグラーフも合わせての白。ドラ表示牌が白なので、あと一枚。
 私のツモ――發。發! どうする? どうする!?
 發ドラ3だと満貫止まり。混一、あるいは対々をまぜて跳満。だめだ、足りない。ツモってもグラーフは捲れない。二着で満足するか? できるのか?

 指先が汗で滑る。

「私は負けない」

 ツモ切り。あくまでゴールは決まっている。

 勝ち負けとは結果だけで論ずることのできることではない。たとえ今負けていても、不幸の最中であったとしても、勝利を、幸福を希求しもがくこと、その姿勢、それこそがこの山城という女の道程に他ならない。
 血を吐きながら、這いつくばって、無様に、みっともなく。

 私は幸せを目指す。怒りに身を焼きながら前へと進んでやる。

145 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/23(水) 02:21:27.74 ID:0ARiWsal0

「ツモ切りってことは、ひとまずこれで安心だな」

 そう言って、提督の手から放たれたのは、無情な白。
 ほっと弛緩した空気が流れる。これで私の役満の目は消えた。グラーフも、大淀も、私を意識から外そうとしている。蚊帳の外に置こうとしている。

 許せない。

 させるものか。

 大淀が怪訝そうな目でこちらを窺っている。私の目に、闘志が宿っていることに気付いたのだろう。
 私にはまだ道が残されていた。混老七対子、リーチ、ツモ、裏裏で倍満。目指すべきは勝利、勝利するにはそれしかない。

 ツモ牌は北。これで四対子。残りのツモは九回。間に合うか?

 大淀が聴牌気配。しかし点数が足りていないのか、あるいはこちらを警戒しているのか、特に動きはない。提督もツモが悪いのか先ほどからツモ切りを続けている。
 グラーフは完全にベタオリに入っており、私たち三人の捨て牌から通りそうな牌をひたすら切り続けている。

146 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/23(水) 02:22:57.14 ID:0ARiWsal0

 残り七巡。ツモは中。
 残り四巡。ツモは九策。

「っ!」

 張った。混老七対子、待ちは西。山には、一枚。可能性はある。

「リーチ」

 打、九筒。発声はない。
 千点棒が小気味よい音を立てて卓へと転がる。

「クソ、だめだな」

 提督は、恐らく対子落としなのだろうか? 三萬を切った。名実ともに降りたのだ。

「リーチですか」

 大淀が言う。

「なら、足りますね。その三萬、ロンです」

 断么九、一盃口、赤。5200。

「御無礼」

 大淀は悪魔のような顔で笑った。
147 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2019/10/23(水) 02:24:07.78 ID:0ARiWsal0
――――――――――――
ここまで
謎の麻雀回。

なんか、こう、艦娘たちの日常をだらだらと書いていきたい。
もうちょっと漫画とかが書けたらなぁ。
148 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/23(水) 07:54:03.80 ID:DniX85fHO
こういうのも好きよ
乙乙
149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/13(金) 00:01:21.83 ID:UUi0rN470
やっと追いついたー 次の更新はいつかな?
150 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2020/02/19(水) 21:15:54.79 ID:5AFgp54J0

「だめだだめだ。大淀、ちっとは手加減しろよ、素寒貧だ」

「いいじゃないですか。たんまりもらってるんでしょう? 『上官殿』」

 牌を倒しながら、後藤田提督は自らもまたカーペットの上に倒れた。その口調は投げやりと勝算が半分ずつで、大淀は上半身を彼へと僅かに寄せると、にんまり笑う。
 グラーフがこれまでの点数をまとめている。大淀が独走状態でトップ。グラーフは小勝ちにとどまったが、チップの枚数は誰よりも多い。三位が後藤田提督、四位が私だが、チップを加味すればトントンと言ったところか。

 私はとりあえず、誰かが崩してくれることを期待して万札を二枚出した。懐は痛いが、不思議な、不思議と、満足感があった。高揚感もまた。
 もし誰も見ていなければ、私も後藤田提督のように空を仰いでいたかもしれない。

 同じように万札をテーブルへと置き、彼は立ち上がる。

151 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2020/02/19(水) 21:16:23.89 ID:5AFgp54J0

「余った分は呑みにでも使え」

「だめです」と、大淀。「賭け事での勝ち負けはきちんとしませんと。その上で、奢ってください」

「相変わらず細けぇやつだ。なら、戸棚の日本酒、四合瓶のほうな、あけちまってくれ。悪い酒じゃないんだが、少し甘口すぎたな」

「命令とあれば」

「んで、代わりと言っちゃなんだが、片付けは頼む。仕事からは逃げられんらしい」

 こめかみを押さえて……恐らく通信が入っているのだろう。
 私ですら気づいたそのしぐさ、大淀とグラーフが気づかないはずもなかった。一瞬で目の色が変わる。紫電が走る談話室の空気。踵を軽く浮かせ、号令ひとつで射出される火の玉のひとのかたちがそこにはある。

「落ち着け」

 短く、後藤田提督はまずそれだけを言った。

「血に飢えた狼か、てめぇらは」

「必要とあらば」

 即答の主はグラーフ。怜悧な彼女はいつもの毅然さをそのままに、顎を上げる。相手を真っ直ぐに射抜く。

「私たちにこの生き方を与えてくれたのは、他ならぬ提督、あなただろう」

152 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2020/02/19(水) 21:16:51.89 ID:5AFgp54J0

「安心しろ、救難じゃあねぇ。事務仕事だ」

「急を要する事務仕事、ですか。プリントの提出期限が過ぎていましたか?」

 笑う大淀は、その実笑っていない。グラーフも変わらず後藤田提督の機微を見逃すまいとしている。

「当たらずとも遠からず、だな。先週の予算審議で、うちの活動内容に指摘が入ったらしくてな」

「監査でも入るのか?」

「そういうわけじゃねぇが。ま、最近は少なくなってた縄張り争いだよ。海軍だけで十分だと、そういうことらしい。会敵回数と戦闘規模、負傷者の数、弾薬や油の消費……そりゃあ、失敗した作戦を除いて計上してんだ、当然だわな」

 その声には怒りよりも呆れが強く浮かんでいたように思う。
 よっこいせ。おじさん臭い掛け声で後藤田提督が腰を起こすと、釣られるようにグラーフも立ち上がった。

「データのまとめや資料作成くらいは手伝おう」

「悪いな、グラ子」

「なぁに。私たちは一蓮托生なのだ、そんな言葉など聞きたくないな。
 それでももし提督、あなたに慮る気持ちがあるというのなら、今度酒でも奢ってくれればいい」

「はは。覚えておくさ」

「頼んだ。いい店を見つけたんだ」

153 : ◆yufVJNsZ3s [saga]:2020/02/19(水) 21:17:23.27 ID:5AFgp54J0

 そう言って二人は部屋を後にした。かつん、こつん、廊下に反響する二人分の足音。

「……」

「……」

「ねぇ」

 零れた私の言葉を大淀は聞き逃さないでいてくれたようだった。すぐに「なんです?」と返ってくる。

「グラーフって」

「それ以上は、野暮ってもんですよ」

「いや、でも、あれで隠してるつもりなの?」

「えぇ、まぁ。本人的には?」

 好意を。

 私は見た。見てしまった。後ろに回した手、その指が、もじもじと乙女の喜びを示していたのを。
 色恋とは縁遠い世界にいたせいか、私自身そういうのにとても疎いから、もしかしたら間違っているのは私のほうなのかもしれないけれど。……グラーフはいまにもスキップしていきそうに思えた。
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