渋谷凛「君の隣、寒凪ぎ」

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1 : ◆TOYOUsnVr. [saga]:2020/01/04(土) 00:16:30.35 ID:t6ePEyr60

可能な限り音量を絞った、控えめなアラームが枕元で響く。

やや足りていない睡眠時間のせいか、無意識でそれを止めて再び寝入ろうとしてしまうのを、ぎりぎりのところで踏みとどまる。

いけない。

いけない。

今日は大事な約束があるのだった。

布団から顔を出しているだけでもひしひしと感じる寒さに、起き上がるのが躊躇われたけれど、そうも言ってはいられない。

こういうのは勢いだ、と一気に上体を起こして布団を跳ね除ける。

それに伴って、刺すような寒さがパジャマを貫通して私に届き、思わず「さむ……」と声に出てしまった。

フローリングにつま先をぺたりと降ろせば、これまたあまりの冷たさに飛び上がりそうになるが、負けてはいられないのである。

そう自分を鼓舞して自室を出る。

その折に、床に設置されている犬用のベッドを見やれば、愛犬であるハナコは少しばかり頭をもたげたあとで再び丸くなったので、心の中で「まだ寝てていいからね」と届かない声をかけた。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1578064590
2 : ◆TOYOUsnVr. [saga]:2020/01/04(土) 00:18:02.72 ID:t6ePEyr60

階下のリビングのテーブルの上には、昨日の内に出しておいた着物と帯が鎮座している。

艶やかな紫色の中に鶴や花が舞っているそれは、私史上最大級と言っていいくらいの買い物だった。

アイドルとしてのお給料をもらっているとはいえ、購入する際にはそれはもう、緊張したものだ。

お店の人が言っていた「着物は一生ものですよ。財産ですよ」なんて言葉は、実物を見ればすぐに納得させられた。

優しい肌触りに、これでもかというほどに細かな刺繍の数々。

値の張るアクセサリーに手を出すのとはまた違う、なんというか、重さがあるような気がした。

それが今、私の家で、目の前にある。

一目見ただけで、寝ぼけた頭が完全に覚醒して、顔が綻んでしまった。

そっか。

今日、これ着るんだ。

なんていう実感が、今更になってふつふつと湧いてきて緊張してしまう。

もちろん、着付けは教えてもらってたくさん練習したし、何も抜かりはないと思うけれど、それでもどきどきするものはどきどきする。


でも、その前に髪とメイクを終わらせなくては。

どきどきはもう少しだけお預けだ。

さて、いつまでものんびりしていては早起きした意味がない。
着物を見てうっとりとするのを打ち切って、足早に洗面所へ向かう。

洗面所に到着して、戸棚から化粧道具一式を出す。

いつか着物でライブをやった際にメイクさんから聞いたアドバイスをぼんやりと思い出しながら、自分の顔を彩っていく。

色数は普段より控えめに、なんて言っていたっけ。

でも、これだとナチュラルすぎるかな。

どうだろう。
3 : ◆TOYOUsnVr. [saga]:2020/01/04(土) 00:18:58.87 ID:t6ePEyr60

鏡の前でああでもないこうでもないと、くるくるとしていると不意に死角から押し殺すような笑い声が飛んできた。

「あけましておめでとう。ばっちりだと思うわよ?」

にやにやとした笑みを隠しきれていない母が、そこにはいた。

「おめでと。……早いね」

恥ずかしいところを見られてしまったせいで、なんとも気まずいまま、新年の挨拶を返す。

「お雑煮、食べてく?」

「うん。ありがと」

「お餅は?」

「ひとつ」

「お昼は食べてくるのよね」

「たぶん。何も聞いてないけど、そうなるかも」

「着物、着る前にお手洗いは行っておきなさいね」

「わかってる」

「じゃあお母さんは凛のお雑煮やったら、もっかい寝るから」

「え。うん、わかった。ありがと。おやすみ」

すたすたと去っていく母を見送り、再び鏡と向き合う。

もしかしなくても、母は私にお雑煮を作るために早起きしてくれたのだろうか。

そうなのだろうな、と思う。

年始早々、母の温もりにじーんとしつつ、髪の毛をまとめる。

鏡を見ながら、セットする位置を決めて編み込んでいった。
4 : ◆TOYOUsnVr. [saga]:2020/01/04(土) 00:20:42.60 ID:t6ePEyr60

しばらくして、後頭部に髪がまとまりきり、セットは概ね完了する。

心なしか、頭がずしりと重い気がするけれど、あれだけの量の髪を一つにまとめてアップでセットしているのだから、それも仕方がないのかもしれない。

どこかのおばかが「着物と言えばうなじでしょ」なんて言っていたのを、なぜだか思い出して頬が緩む。

おばかの希望どおりにしてやる、というのも癪だけれど、元旦から徳を積んでおくのも悪くはない。

なんて、自分で自分に言い訳をしつつ、ヘアアイロンでサイドの髪を軽く巻いて、洗面所を後にした。


そのままダイニングに行けば、既にキッチンには母の姿はなくて、代わりにダイニングテーブルの上でほかほかと湯気を立てているお雑煮があった。

きちんと祝い箸が添えられていて、箸置きがねずみの形をしているのが、なんともかわいらしい。

そうして、私は両の手を合わせて「いただきます」と言って、箸を手に取りお雑煮に手を付ける。

お正月と言えば、な味と見た目のそれを食べていると、なんとなく年が明けたらしい程度にぼんやりとしていたものが、縁取られていくようだった。


やがて、朝食を食べ終えた私は空になった食器をシンクへと置く。

さぁ、荷物をまとめたら、待ちに待った着付けだ。


自室へ戻り、携帯電話やらお財布やら必要なものをまとめて、再び階下へ。

携帯電話の通知を軽く確認すれば、多くのメッセージの中に、先程思い出しかけた、どこかのおばかからのものがあった。

内容は簡単な新年の挨拶と、今日が楽しみであまり眠れなかった旨が書かれている。

私はそれに、キャラクターが嘆息を漏らしているようなデザインのスタンプを一つだけ送り返す。


まったく、遠足前の小学生ではないのだから、良い大人が浮かれないで欲しいものだ。

などと思うも、同じように心躍っている人間がここにも一人いるのだからどうしようもないな、と自分で自分がおかしかった。
5 : ◆TOYOUsnVr. [saga]:2020/01/04(土) 00:23:22.35 ID:t6ePEyr60

そうこうしている内に時刻は既に集合時間まで一時間ほどとなっていて、もうあまりのんびりとはしていられなさそうだった。

先程の母の忠告を思い出して、お手洗いを済ませリビングへ。

教えてもらった方法を全力で思い出して、私は着付けに取り掛かる。


足袋を履いて、肌着を着て、補正をする。

補正というのは、着物を着こなす上で大きなウェイトを占める大事な工程で、タオルやらガーゼやらを用いて、体のラインを整えることを指す。

普段で言えば、体のラインは積極的に見せていくことが多いけれど、着物に於いては逆で、この工程で極力なだらかにしていく必要がある。

そうしないと、着崩れしやすくなってしまったり、着物にシワが寄ってしまったりする。

つまり、せっかくの素敵な着物が台無し、とはいかないまでも魅力が減ってしまうのだ。

だから、ここを億劫がってはいけない。

と、購入する際や、よくお世話になる衣装さんにも聞いた私は、用意してもらったタオルを手に、ぐるぐるとお腹周りへと巻き付ける。

どこをどれだけ補正をしたらいいかは人それぞれで、見極めなければならないが、裏を返せば一度見極めておけばあとは手順どおり進めるだけでいい。

ゆえに、積み重ねた練習が功を奏して、この工程はさくさくと進められた。

次いで、長襦袢を着用する。

これも、着物を身につけたあとは手直しが難しいものであるので、ここでしっかりと着用しなければならない。

洗面所に移動して、鏡で確認をしながらぴたりと揃えて、締める。


ここまで来て、ようやくメインである着物の出番だ。

するりと袖を通せば、それだけで気分が高揚する。

鮮やかな紫に、鶴や紅白の梅が私の体の上で踊っているこれを目にした相手の反応を想像して、にやけてしまう私だった。


正面の鏡に、にやけた自分の顔が大映しになっているのに気付き我に返る。

セットした髪が崩れないように気を払いながら、軽く頭を振って、作業に戻って、お端折を整え腰紐と伊達締めをしっかりと締めた。

そうして、最後に帯を締めて、着付けは完了する。


鏡に映った自身の姿に、自分で恍惚としてしまうが、こればかりは仕方がないと思った。

自分で新調した着物と、その着付けの全工程を自分の力で行ったのだ。

誰に褒められずとも、私は私を褒めてあげたかった。


よく頑張った、私。

なんて、胸中で呟いて、軽く両手を挙げて袖をひらひらとさせてみる。

振袖の名のとおり、ぶんぶんと振り回せてしまいそうなほどに大きな袖の確かな重みを感じて、嬉しくなった。


これだけでもう購入した甲斐があったくらいの幸福感があるけれど、やはり人に見せたい。

というのが乙女心だろう。

というか、私はそうだ。

喜んでもらえるかどうか、といった類の不安は正直あまりなかった。

なぜならば、これから見せる予定の相手は、オーバーなくらい喜んでくれるだろうな、という根拠のない信頼があるからで、おそらくその辺りの心配はあまりいらない。
6 : ◆TOYOUsnVr. [saga]:2020/01/04(土) 00:25:36.16 ID:t6ePEyr60

であれば、あとはもう約束の刻限を待つのみで、その時刻はもう十五分もなかった。

時間に追われていた内は飛ぶような速度で過ぎていった時間も、やることをやりきってただ待つだけになった途端に長く感じるから不思議なものだ、などとダイニングの椅子に腰かけ、ぼんやり思うのだった。


袖をひらひらとさせる。

時計を見る。

物思いに耽る。

そんな、無為な数分を過ごし、次第に焦れてきた私は下駄を引き出して、玄関に並べる。

タイルに触れて鳴る、からんとした音がなんとも心地よかった。


まだまだ約束の時間には早いけれど、履きなれていない下駄の感覚を掴んでおくのも悪くないだろう。

そう考えた私は、自宅正面の通りに出る。

瞬間、目に入ったのは見慣れた車で、運転席には当然、見慣れた顔がいる。

下駄と着物のコンボによっていつもよりも狭くなってしまっている歩幅で、その車へと歩み寄り、助手席の窓ガラスから中を覗き込む。


ふわぁ、という声が聞こえてきそうな欠伸をしているその運転手は、未だ私に気付くいていないようだったので、軽く窓ガラスを指でつつけば、ようやく、こちらを見た。

運転手は驚いたような顔をしたと思えばすぐに助手席のドアロックが解除してくれる。

それとほぼ同時に、私はドアノブに手をかけて開いて、そのまま体を滑り込ませる。着物がしわにならないように気を遣いつつ座り、運転席の方へと向き直った。

「あけましておめでと。プロデューサー」

「……ん。ああ、うん。おめでとう」

「何? その間」

「いや、その、びっくりして」

「初詣に着物で来るの、別に初めてじゃないでしょ?」

「それは、そうなんだけど……すごいなぁ、と」

「すごい?」

「お化粧もそうだし、髪の毛もそうだし、着付けも。めちゃくちゃ早起きしないとできないの、わかるから、さ」

「あー。そういう……」

「だから、すごいなぁ、って」

「……まぁ、うん。結構気合、入れてみたんだ。だから」

「だから?」

「他にも感想、もらえると嬉しいんだけど」

「超かわいいです」

頬の内側を甘く噛んで、蕩けそうになっている表情を押し止め「よくできました」と返す。

この格好の私を見て、第一の感想がすごいであるのだから、この男は相変わらずだ。

もちろん、かけた手間や苦労に気付いてもらえている、というのは有難いことであるし、理解のあるやつだと思うのだけれど。
7 : ◆TOYOUsnVr. [saga]:2020/01/04(土) 00:27:38.57 ID:t6ePEyr60

滑らかに流れだした窓の外の景色は、どこも年始の色を帯びていて、まさにお正月といった様相を呈している。

そんなさなかにあっても、私の隣でハンドルを握っているプロデューサーは平常と変わらずスーツを着込んでいた。

「そういえば、なんで今日もスーツなの?」

「ああ、きっとあとでわかると思う。……まぁ、役に立てばだけど」

「? よくわかんないんだけど」

「まぁそうならなければ、あとでネタ晴らしするからさ」

「……なんかもやもやするけど、わかった」

今日は彼もお休みであったはずで、にも関わらずスーツを着込んでいる意味を問うただけなのだけれど、なぜかぼかされてしまった。

しかし、どうやら理由があるらしいので、ここは後ほどの説明を楽しみするしかなさそうだった。

「それで、今日はどこにお参りいくの?」

「普通の神社だよ」

「ふぅん。有名なとこ?」

「ううん。この時間ならどこもあんまり混んではないだろうけど、念には念を、ってことで」

「そっか。……そう考えたら、私と初詣するの、大変だよね」

「何言ってんの。俺がどんだけ今日を楽しみにしてたか」

「昨日、あんまり眠れなかったんだっけ?」

「そうそう。正月休みでも凛に会えるー、って思ったらうきうきしちゃって」

「年がら年中会ってるのに」

「どれだけあってもいいのが、お金と凛との時間って言うだろ」

「そんなこと誰が言ってたの?」

「俺」

「だと思った」


くだらない、いつもどおりの会話をしていると、唐突にプロデューサーが「もう着くよ」と話を打ち切る。

その言葉どおり、すぐにプロデューサーはウィンカーを出して、砂利の敷かれた駐車場へと車を進ませ、停めた。

一番乗り、なんてことはないだろうけど、周りに停まっている車はないみたいで、境内いるのは近所の人ぐらいなのであろうことがなんとなく察せられる。

きっと、この男は私が今日の朝にしたような準備と同じように、前もってゆっくりと初詣ができる場所を探して選んでくれたのだろう。

なんだ、似た者同士か。

なんて思って、ただそれだけの事実に嬉しくなっているのだから、私もあまり彼のことを笑えない。
8 : ◆TOYOUsnVr. [saga]:2020/01/04(土) 00:29:29.16 ID:t6ePEyr60

車を降りて、下駄で踏みしめる砂利の感覚はなんとも変な感じで、歩きにくい。

いっそう鈍くなった歩みで、同じく車を降りたプロデューサーの前へと出る。

「……じゃん」

「何そのポーズ」

「着物を見せる時のポーズ」

「写真撮っていい?」

「こんな駐車場じゃなくて、境内にしなよ」

「境内ならいいんだ」

「そりゃあ、まぁ、せっかく着たんだし。記録も残して欲しいからさ」

「喜んで撮らせていただきます」

「うん。……それで、改めて見た感想は?」

「いや、本当に綺麗だよ。初めて見るお着物だけど、お母様のとか?」

「ううん。実は、新調したんだよね。……似合う?」

「すごく。高かったでしょ、そんな立派なの」

「それなりに、ね。でも、去年頑張った私へのご褒美に、いいかなって」

「去年一年分の頑張りのご褒美の初お披露目が今日で良かったの?」

「今日だから、良かったんだよ」

「……それは、ちょっとずるくないですか?」

「結構、殺し文句のつもりだからね」

「もう今後千年は雑草一つ生えないくらいの破壊力だった」

「そんな威力なんだ」

「むやみに使ったらダメだぞ」

「使う相手は選べるから、安心してよ」

「一言一句全てがずるいの、ずるすぎる」

「はいはい」

ばかみたいにずっとニコニコした顔のプロデューサーは放っておいて、境内に至る階段へ踏み出す。

一歩、二歩と登って軽く上を見上げれば、階段は視界の端まで連なっていて、これから登らなくてはいけない段数に少し、嫌気がさしかける。

これがスニーカーであれば、苦でも何でもなく、取るに足らない段数なのだけれど、慣れない下駄で、というのが辛い。

そう思っていたところ、後ろから追いついてきたプロデューサーが一段分私より進んで、目の前に手を差し出してきた。

「?」

「これが、スーツで来た理由」

「……なるほど」

出された手に、素直につかまり、体重を預ける。

自分だけの力で一段一段、おっかなびっくり進むよりは、ずっとずっと楽で、これならば難なく登れそうだった。

「ここまで見越してたの?」

「備えあればー、って言うでしょ。その備えのひとつってだけだよ」

「ふぅん」

なんでもないことのように言ってみせるプロデューサーに体重を預けたまま階段を登り続ける。

その手のひらから伝わってくる熱は、どうやら腕を通り肩へ、首へと駆け抜けて、頬の辺りをぽかぽかとさせているらしかった。
9 : ◆TOYOUsnVr. [saga]:2020/01/04(土) 00:31:34.04 ID:t6ePEyr60

そうして、階段を登りきると、手のひらが帯びていた熱量は次第に空気中へと溶けていくのだった。


早朝の神社は荘厳な雰囲気に包まれていて、別世界に来たみたいだ。

存在する音と言えば、参道の石畳を鳴らす下駄と革靴の音だけで、その異質な取り合わせが、なんだかおかしくて、そしてくすぐったかった。

「知ってる? 神社は二回お辞儀して、二回手を打って、そんでもう一回お辞儀するんだよ」

「二礼二拍手一礼、だよね。そういうの、プロデューサーちゃんとやる方なんだ」

「ちゃんとしないよりは、した方が損しないだろうし」

「得する、じゃなくて損しない、なんだ」

「うん。何かあった時に、ちゃんとしなかったせいだー、って関係ないものに責任を転嫁しなくて済むでしょ。変?」

「んーん。私は好きだよ」

「俺も好き」

「はいはい」

やがて本殿に辿り着いて、お賽銭箱を前にしてプロデューサーが懐からお財布を出す。

中からじゃらじゃらと小銭を出して、その内のいくつかを私に「はい」と手渡してきた。

やけに多いな、と手のひらの上で広げて見れば五百円玉が一枚と百円玉が四枚、そして十円玉が一枚あった。

「……どういう語呂合わせなの? これ」

「俺はこっちを入れて、凛のと合わせて文章ができるんだよ」

言って、プロデューサーは自身の手のひらの上の小銭を見せてくる。

そこには、百円玉が四枚、十円玉が二枚、五円玉が一枚、一円玉が三枚あった。

「しぶや、きゅーと」

「…………はぁ」

もうつっこむのもばかばかしくて、無視してお賽銭箱へと手のひらのものを全て入れる。

作法どおり、二礼、二拍手、一礼。

手を合わせ、目を閉じる。

こういうのは、何か願うべきだろうか。

でも、神様に助けてもらわなければどうにもならない望みは、あいにく持ち合わせていない。

さて、どうしたものか。
10 : ◆TOYOUsnVr. [saga]:2020/01/04(土) 00:33:07.85 ID:t6ePEyr60

目を閉じたままくるくると思考を巡らせていると、ふと隣からの視線を感じて薄目を開く。

そこには、まだ手に小銭を握りしめたまま、私を見つめているプロデューサーがいた。

「…………何、プロデューサー? こっち見てるの、気づいてないと思った? よそ見してないで、ちゃんと祈りなよ」

「あまりにも綺麗な横顔だったから、見惚れてた」

「そういうの、いいから」

「冗談じゃないんだけどなぁ」

「……わかってる、ってば。もう」

少しの沈黙があって、それを無理やり埋めるかのようにプロデューサーが「寒くない?」と口を開く。

言われて、意識を向ける。

確かに朝が早いことも相まって気温の低さは感じるけれど、不思議と寒いとは思わなかった。

だから「大丈夫」と返す。

「私ばっか見てないでプロデューサーも集中しなよ。……ほら」

再び彼から視線を本殿へと移す。

願い事は、しない。

とりあえずは、去年一年の感謝を伝えよう。

そう決めて、手を合わせ、目を閉じた。



おわり
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