ドロシー「またハニートラップかよ…って、プリンセスに!?」

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383 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2019/10/04(金) 02:30:23.54 ID:ve/WS8kd0
…数日後…

ドロシー「…よう、ベアトリス♪」

ベアトリス「ドロシーさん……まだ冬休みが始まって数日ですよ?」

ドロシー「おいおい、プリンセスと一緒じゃないからってそうすねるなよ……今日はいい所に連れて行ってやるからさ♪」

ベアトリス「べ、別にすねてなんていませんっ…それにドロシーさんの言う「いい所」なんてロクなところじゃないでしょうし……」

ドロシー「やれやれ、ずいぶんと信用されてないな…」

ベアトリス「当たり前です! どうせまたモルグだったりするんでしょう?」

ドロシー「バカ言うな。今回は正真正銘、折り紙つきで楽しい場所さ……そうだろ、アンジェ?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「ほら見ろ、アンジェだってああ言ってるぜ?」

ベアトリス「むぅ…」

ドロシー「ま、行ってみりゃ分かる話だしな…出かけようぜ♪」

………



…とある広場…

ドロシー「……ほぉら、着いたぜ」

ベアトリス「これって…サーカス、ですか?」

ドロシー「ご名答♪」


…ドロシーたちがやって来た広場にはサーカス団が来ていて、大小さまざまなテントが張られ、それぞれの入口に掲げられたけばけばしい色合いの看板には「仰天、世界一の大男に膝丈の小人!」「ここでしか見られない世界唯一の動物!」「軽業師ハンフリー兄弟の華麗なる演技!」などなど、嘘くさいが人の興味を惹きそうな文句が書きたてられている…


ベアトリス「…一体どういう風の吹き回しですか?」

ドロシー「なーに…せっかくの冬休みだし、たまにはいいだろ?」

ベアトリス「何か引っかかりますけど、まぁいいです…ちょっと面白そうですし……///」

ドロシー「はは、それじゃあ早速見て回ろうぜ♪」

受付A「…さぁさぁ、紳士淑女のみなみなさま、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! こちらのテントでお見せするのは世界一の美女「炎のカサンドラ」嬢! エジプトの美女クレオパトラか、はたまたヴィーナス、隣に並べればバラも色を失うという美しさ! 今なら入場料たったの三ペンス!見ないと一生の損だよ!」

受付B「さぁいらっしゃい! このテントの中では世界一の大男「ジョージ・ザ・グレート」に鉄棒をも曲げる怪力男「鉄の骨のモーガン」が見られるよ! たった四ペンスでこいつを見ないのはもったいない、さぁ入った入った!」

受付C「このテントの中では怪奇と恐怖が渦巻き、ミイラに吸血鬼、人食い鬼…世にも恐ろしい怪物の数々が待ち受けています…さぁ、勇気のある方は二ペンスでのぞいて見てください…もっとも、心臓の悪いお方やご婦人方にはおすすめしませんがね……さぁ、いかがです…?」

ドロシー「……はは、面白そうじゃないか…さ、どれから見る?」

ベアトリス「…えぇ…と」

受付B「そこの綺麗なお嬢様方、今なら力自慢の「鉄の骨のモーガン」のすごい技が見られますよ!遠慮は無用! さぁ、入った入った!」

受付A「おっとと、お嬢さん方にはこっちの方がよろしいですよ! 炎のカサンドラの魅力は男女関係なし! …しかも追加で四ペンス払うと、なんと……彼女が水浴する所をのぞけるかもしれないんですよ! 見てみたいでしょう?」

受付C「さぁさぁ、ご婦人方…恐怖渦巻くこのテントでは今だけあの「吸血鬼」が見られるんですよ……途中で怖くなって出てきた方、気を失った方もたくさんいますがね…勇気があるならどうぞ中へ……」

ドロシー「んー…そうだな、ここは力自慢にするか♪」

受付B「はは、お嬢様は見る目があるねぇ! ささ、一人四ペンスですよ!」

ドロシー「そら♪」

受付B「毎度あり、さぁ中へどうぞ!」

384 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2019/10/05(土) 10:52:55.03 ID:qWD7MWRe0
…テント内…

ドロシー「おー、けっこう大入りじゃないか……はぐれるなよ?」

ベアトリス「はぐれませんよっ…子供じゃないんですから」

ドロシー「悪い悪い、あとで飲み物でも買ってやるからさ♪」

ベアトリス「だから子供扱いしないで下さいってば…!」

ドロシー「はははっ…お、そろそろ始まるな♪」

ベアトリス「むぅぅ、またそうやってはぐらかして……」

司会「さぁて皆さま! 今日お目にかけますのは怪力無双の大男、鉄棒をも曲げる驚異の肉体! その名も……「鉄の骨のモーガン」だ!」

巨漢「ふんっ!」

…上半身は裸で下には派手なタイツをまとった、身長がたっぷり七フィートはありそうな筋骨隆々の大男が舞台袖から舞台に出てきた…出てくるなり盛んに腕を曲げ伸ばしして力こぶを作ってみせたり、腹に力を入れて筋肉を動かしたりと力自慢ぶりを見せつける……

観客「よっ、待ってました!」周囲からは一杯機嫌の客たちが飛ばすヤジや喝采が飛んでいる…

司会「さぁさぁやってまいりました! うなる鼻息は雄牛のごとく、その筋肉は鋼鉄のごとく! ひとたび物を持ち上げさせれば起重機も真っ青! 物を握らせればたちまち微塵に押しつぶしてしまうため、おちおち食事も出来ないと言う男だ!」

観客B「おいおい、それじゃあどうやって飯を食うんだよ!」

司会「ですから普段はフォークもナイフもなし、両手で引きちぎりながら肉を平らげております! さぁご覧あれ、こちらの大樽、大箱にはぎっしり物が詰まっている! 軽く二百ポンドはあろうかというシロモノだ! どなたか重さを試してくれるかな…おっ、そこの強そうなお方!」

観客C「…おれか?」

司会「そう、あなたです! どうぞこの壇上に来て、この大箱でも大樽でも持ち上げてみてください! もし持ち上がったらモーガンの代わりにお客さんを雇うことにしますよ!」調子のいい司会の言い草に、どっと笑い声が上がる…

観客C「おう、任せとけ!」箱の下に手をかけてうなり声を上げ、顔を真っ赤にして持ち上げようとする…

観客D「…がんばれ大将!」

観客E「もっと腰をふんばりな!」

観客C「うぬぬ…ふぅっ、むぅぅんっ! …だめだ、持ち上がらねえ!」

司会「おやおや、それは残念…どうぞお戻りになって…… 見ての通り、常人では一インチも持ち上げることの出来ないシロモノだ! しかしモーガンなら…!」

巨漢「ふんっ!」箱をつかむと軽々と持ち上げてみせた…

ベアトリス「わぁ、すごいですね!」

ドロシー「ああ、大したもんだな…くくっ♪」ベアトリスの感心した様子を見て、笑いだしたいのをこらえているようなドロシー…

ベアトリス「……何がおかしいんです?」

ドロシー「いや…本当にお前さんは素直ないい娘だと思ってね♪」

ベアトリス「どういう意味ですか?」

アンジェ「……あの持ち上げようとした客は仕込み…つまり「やらせ」よ」

ドロシー「…ま、言うだけ野暮だからな……こういうのはだまされたふりをして楽しむもんさ♪」

ベアトリス「な、なるほど……」

司会「ではいよいよ真の力を見せる時だ! 取り出しましたるは紛れもない鉄の棒…なんとモーガンはこの鉄の棒を曲げてしまおうというのです!」

観客「そいつはすげえな!」

司会「さぁ、はたして鉄棒が勝つか、モーガンの腕が勝つか…結果はどうなる!」

巨漢「ぬんっ…ふぬぅぅ……!」さすがに顔を赤くして力んでいるが、次第に鉄の棒が曲がり始めた…

巨漢「……むぉぉぉっ!」とうとう飴細工のようにぐんにゃりと曲がった鉄棒…最後にUの字になった鉄棒をガタンと舞台の上に放り出すと、拍手喝采を浴びながら力こぶを作った…

ドロシー「はははっ、大したもんだな♪」

ベアトリス「……ねぇ、ドロシーさん」何やら考え込んでいるベアトリス…

ドロシー「ん?」

ベアトリス「…もしかして、あれにも何か「仕込み」があるんですか……?」

ドロシー「あー、その事か……あの大男の名誉のために言っておくが、一応あれは鉄棒だぜ」

アンジェ「…ただ、何度も熱せられたり曲げ伸ばしされている鉄棒は強度が落ちる……それだけのことよ」

ベアトリス「そうなんですね…」

ドロシー「そういうことさ…面白いだろ? さて、次は何を見に行くか…♪」
385 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2019/10/10(木) 02:36:15.31 ID:0r9ADuxF0
…昼時…

ドロシー「さーてと、ちょっと喉を潤そうじゃないか…と♪」

アンジェ「貴女ときたらいつもそれね」

ドロシー「まぁそう言うな、せっかくの機会なんだから楽しめよ……へい、ビールを三つにパイを頼む」

屋台の売り子「はい、お待ちどう」

ドロシー「お、ありがとな…ほら、二人ともつまめよ」錫のジョッキに注がれた水っぽいビールをあおりながら、油っこいひき肉のパイをつまむ…

ベアトリス「ありがとうございます」

アンジェ「そうね、わざわざ自分で頼もうとは思わないけれど……せっかくだからいただくわ」

ドロシー「ああ、お前さんはしみったれだからな…おごってやるよ」

アンジェ「どうもごちそうさま」

ドロシー「いえいえ、こちらこそお嬢様にご馳走できて光栄でございます……なんてな♪」愉快そうにおどけてみせるドロシー…

ベアトリス「…それにしてもずいぶんと人が多いですね?」

ドロシー「ああ、客層も広いしな……ちなみに、あそこにいる鳥打ち帽(ハンチング)の男はスリだから気をつけろよ?」

ベアトリス「えっ?」

アンジェ「…そういう時は視線を向けない」

ベアトリス「あっ……すみません…」

アンジェ「謝れば済むという問題じゃないわ……まだ訓練が身についていないわね」

ドロシー「まぁまぁ、そう怒るなよ…もっとも、練習は追加する必要がありそうだがな」

ベアトリス「……ごめんなさい」

ドロシー「いいさ、反対に「素人」の方が気取られなくていいって場合もある……さ、それじゃあジョッキを返してくる」ベアトリスが飲み切れなかった半分ほどをぐーっと飲み干すと空のジョッキをまとめて持ち、屋台に返しにいった…

………

…午後…

ドロシー「…どうだ、面白いか?」

ベアトリス「ええ…普段は公式行事や姫様のお供が多くて、なかなかこういう場所に足を運ぶ機会がありませんから……もちろん、姫様と一緒にいられるのは嬉しいですが…」

ドロシー「はは、なかなかのろけてくれるじゃないか♪」

ベアトリス「…っ///」

ドロシー「そう照れるなよ…さて、こっちには何が……っと、舞台の裏側に来ちまったようだな」

ベアトリス「みたいですね……戻りましょう」

ドロシー「おう、そうだな……」

…夕方…

ドロシー「…さてと、今日は楽しめたか?」

ベアトリス「ええ」

ドロシー「そいつはよかった…おっ、灯りがともり始めたな」…あちこちに吊るしてあるランタンや電燈が光りを放ち、回転木馬などがにぎやかに回っている…

ドロシー「…たまにはこういう場所もいいもんだ……な、アンジェ?」

アンジェ「そうね…」

ドロシー「ああ。きっと今頃はやっこさんも「向こう」でこんな風に楽しんでいることだろうよ……っと、ちょいと感傷的になっちまったな…」

アンジェ「……たまにはいいわ…」そっと身体を近寄せるアンジェ…

ベアトリス「…」

ドロシー「ありがとな……さ、帰ろうぜ♪」

アンジェ「ええ」

………

386 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2019/10/13(日) 02:01:01.27 ID:jbSkiOQ70
…その日の夜…


ドロシー「……さてと、アンジェはどう思う?」

アンジェ「今日行ったところは「シロ」ね。 …楽屋ものぞいてみたけれど、特におかしなところはなかったわ」

ドロシー「やれやれ…この「怪力お化け」の出現場所や情報部員たちが消されたおおよその日時からすり合わせて、このサーカス団が一番怪しいと思ったんだがな……ま、一発目からそう上手くはいかないか」

アンジェ「ええ」

ドロシー「それにしても今日はベアトリスがいてくれて助かったぜ……やっこさんがいると、いい目くらましになる」

アンジェ「そうね」

ドロシー「ああ…あんな風に目をキラキラさせてはしゃぎまわってくれると、いかにもそれらしく見えるからカバー(偽装)がやりやすくなっていい…私たちじゃあどうつくろったってああはいかないからな」

アンジェ「同感ね」

ドロシー「…私とお前さんじゃあ、ああいう「愉快な雰囲気」に完璧には溶け込めないものな……そもそもいい年をして私が移動遊園地だのサーカスだのではしゃいでいたら馬鹿みたいだし、お前さんはあんな風に目立つ動きをするタイプじゃない」

アンジェ「ええ…」

ドロシー「……しっかしそうなると「ふりだしに戻る」ってやつだな…まさか休みの間、ずーっとサーカスと遊園地めぐりってこともないだろうし…」そういいながらも机の上に「ロンドン・デイリー・ニュース」紙を広げ、催し物の広告に出ているサーカスや移動遊園地から「クサい」とにらんだものをチェックしている……

アンジェ「…こうなったら地道に足で稼ぐしかないでしょうね」

ドロシー「ふぅ…となると、何かしらの上手いカバーを考えないとな」

アンジェ「そうね」

ドロシー「それとあとで「コントロール」をせっついて、何か掴んでいないか聞いてみることにしよう」

アンジェ「それは任せるわ」

ドロシー「ああ」

………

…同じ頃・官公庁街…

官僚「…ミセス・キャタリッジ、これのタイプを頼むよ……写しが二枚いるんだが、出来上がったらいつものように僕の机の上に置いておいてくれたまえ」

タイピストの老嬢「はい、ミスタ・ハワード」

官僚「すまんね…それが終わったら帰っていいから。それじゃあまた明日」

老嬢「さようなら、ミスタ・ハワード」

官僚「ああ、また明日」

老嬢「…ミスタ・ハワードもお忙しくて大変でいらっしゃいますね…さて、と……」つるに鎖をつけ、鼻の先までずり下がっている眼鏡を押し上げると、手際よくタイプを叩き始めた…と、またずり落ちてきた眼鏡を鼻の上に戻すとタイプしかけた文書を眺め、原本と見比べはじめた……

老嬢「……あら、いけない…!」どうやらつづりを間違えたらしく、タイプ紙を切り取るとくずかごに放り込んだ…それから数分もしないうちにタイプを終えると、灰色と紫色の野暮ったいボンネットと日傘を持ち、とことこと歩きで帰って行った…

…数十分後…

掃除婦「…よいしょ、こらしょ……ふぅ、本当にホワイトホール(官公庁街)っていうのは紙ごみの多い所だわね……」赤ら顔でべらんめえのコックニー訛りもぞんざいな、いかにも無学そうに見える掃除婦のおばさんが袋を担いでやって来た……

掃除婦「やれやれ、これが全部お金だったらあっという間にお金持ちだよ……うんしょ…」書き損じや下書きの紙ごみが一杯につまった袋に、くずかごの中身を空ける…

掃除婦「……はぁ、おかげで腰が痛いったらありゃしない…」ぶつぶつ言いながらタイピストの打ち間違えた文書に一瞬だけ目を走らせると、ズロース(下着)をずり上げるそぶりをしながらぽってりした脚と股の間に丸めて押し込み、何食わぬ顔で袋を担ぎ直した…

掃除婦「…まったく、嫌になっちゃうよねぇ……」

………

387 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2019/10/13(日) 02:04:48.66 ID:jbSkiOQ70
…とりあえず少し投下しましたが、それより台風は大丈夫だったでしょうか…

……特に前の被害が残っている千葉の方ですとか、あちこちの川があふれたり堤が切れたりしたような所に住んでいる方は気をつけて下さいね…
388 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2019/10/16(水) 02:57:47.53 ID:8T0I8cAz0
…数時間後・アルビオン共和国大使館…

7「L、エージェント「タイニー・ティム」(小さいティム)から報告が入っております」


…とある王国の役所に勤めているタイピストの老嬢とゴミ捨て係のおばさんは、どちらも「コントロール」の送り込んだひとかどのエージェントで、このタイプの情報部員は無害なオールドミスのタイピストや老齢の秘書嬢として何人も王国の官公庁に浸透している……コードネーム「タイニー・ティム」の二人はお互いに顔を合わせたこともないが、おばさんは老嬢がわざと「タイプミス」をした(…その上で隅を折ったりインクを垂らしたりと特定の「目印」をつけてある)公文書をゴミ捨て場に持って行く過程で抜き取っては暗号文にして送り、なかなかの「成績」を残している……特に掃除婦のおばさんは赤ら顔で俗っぽいコックニー訛りと字も読めないような見た目をしているが、実際にはラテン語も操る教養人で、王国の官僚たちが気にせず捨てている下書き原稿や草案などはあっという間に読み通してしまう…


L「ふむ、あれは相変わらず朝食のベーコンと卵のように相性がいいようだな……プロダクト(産物)としてはどうだ?」

7「そうですね……この情勢を考えると興味をそそられるかと思います…」

L「ほう?」口にくわえていたパイプを放すと、解読された暗号文を手早く黙読した……

7「…」

L「…ふぅむ、なるほど……」

7「あの二人は情報の確度も高いですし、今回の情報も何かの手掛かりになるかもしれません」

L「そうだな…エージェント「D」に宛てて暗号文を送ってやれ」

7「はい…電信にしますか?」

L「だめだ。いつも通りメッセージを紙に書いて「デッド・ドロップ」方式で受け渡せ……多少時間はかかるが、耳寄りな情報が入るたびに電文を打っていては王国防諜部に情報漏れがあったことを教えてやるのと変わらん」

7「分かりました」

L「とにかく「プリンシパル」には励んでもらわねばな…普段からドリーショップ(コントロールの技術担当)には無茶を言ってあれだけの装備を用立てさせているのだ……早く結果を出さんと経理の連中にやいのやいの言われて胃を悪くする」パイプをくわえ直すと、真顔で冗談めかした…

7「ふふ、ご冗談がお上手ですね」

L「ふ……たまにはユーモアのセンスも磨かねばいかんからな。他には?」

7「はい、エージェント「K5」からも同様の情報が…ただ、確度としては良くて「中」と言ったところかと…」

L「…とはいえ複数の情報源から同様の情報が入ってきているのなら、そこには一抹の真実が含まれていると言うことになる……あれが費やしているバカ高いシャンパンやらストッキングやらの分だけでも情報を入手するよう発破をかけろ」

7「そうでないとまた経理部に呼び出しを受けますものね…そうでしょう?」

L「そうだ。そして呼び出されるのは私であって君ではない……私とて何かにつけてあの杓子定規の石頭どもにネチネチ言われるのはごめんだ」

7「はい、分かっております」

………



…翌日・とある邸宅…

ドロシー「アンジェ、ちょっと来てくれ…「コントロール」から新しい情報だ」

アンジェ「どんな?」

ドロシー「それがな……私たちの追っかけている相手のコードネームが分かった」

アンジェ「…それで?」

ドロシー「ああ…今回の騒ぎを起こしている怪力お化けのコードネームは「シルク・モス」(カイコガ)……もちろんアルファベット順につけた、何の意味もない名前かもしれない…とはいえ、私は何となく王国の連中が「意味のある」コードネームをつけているような気がしてならないんだ」

アンジェ「…例の「ガゼル」みたいに?」

ドロシー「ああ。それと、今までにエージェントが消された大まかな場所を調べてみた……新聞の写真っていうのは便利だな。図書館で建築図鑑をめくって通りや建物を調べたらすぐに分かったぜ♪」

アンジェ「そうね、場所については私も調べてみたわ……それとエージェントの「消去」が実行されたのは夕方から深夜で、特定の曜日にはこだわってはいないようね」

ドロシー「む……せっかく私が言おうとしてるのに、先取りするなよ」

アンジェ「悪かったわね」

ドロシー「いいさ…とにかくこうなったらそれらしい鉱山町だの工場街を軒並み当たって、情報収集してみるしかないだろうな……」

アンジェ「そうなりそうね」

ドロシー「……あとは聞きこみ中にその「怪力お化け」の野郎とばったり出くわさないことを祈るだけさ」

アンジェ「同感ね」

………

389 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2019/10/22(火) 02:15:55.78 ID:Ajz1XrNp0
…ロンドン市街・労働者街…

ドロシー「……さ、それじゃあ取りかかろう」

アンジェ「そうね」

ドロシー「役割分担は分かってるな?」

アンジェ「もちろん」

ドロシー「よし、じゃあ行こうぜ…♪」手元の小さなハンドバッグには護身用の小型ピストルとして.297口径の「トランター・リボルバー」を忍ばせ、チャコールグレイと黒の地味な格好に身を包んでいる…

(※十九世紀はまだまだ追いはぎや野犬も多かったので、買えるだけのお金がある人は護身用に小型ピストルを持っていることも多かった…種類はさまざまで、極めて小さい弾丸をごく少量の火薬で撃ちだす威嚇程度のものから、一応殺傷能力のある.297口径や.32口径などが流行った)

アンジェ「…ええ」アンジェも黒を基調にした服でまとめ、顔はヴェール付きのボンネットで隠している…

………

…夕方・とあるパブ…

パブのおやじ「……らっしゃい、何にしやすかね?」まだ客が入っていない午後の時間帯なので、暇を持て余しているおやじが注文を取りに来た…

ドロシー「エール。パイントで」

おやじ「へい!」小汚い布で申し訳程度にテーブルを拭うと、すぐに金属のふた付きジョッキを持ってきた…

おやじ「どうも、お待ちどうさんです…」

ドロシー「……おやじ、ちょっといいか?」

おやじ「へい、何です?」

ドロシー「ああ…ちょっと人を探しててな」

おやじ「へぇ……人探しで?」

ドロシー「そうだ」

おやじ「…それで、その「探している」っていうのは……どんな奴なんです?」

ドロシー「ああ…本名は分からないが「イカれたマシュー」っていう名前で通っている、やたら馬鹿力のある奴で…髪は茶、六フィートは優にあるような大男で、右腕に「メアリー」と刺青がある……心当たりは?」

…おやじが持っているかもしれない何かの情報をしゃべらせるための誘いとして、適当にでっち上げた人相を教える……が、細かい特徴をつけたしていかにも「それらしい」具合に仕立ててある…

おやじ「さぁて…ね、そんな大男は見たことも聞いたこともありませんや……かといって「馬鹿力」だけとなると、ここの客は多かれ少なかれ鉱山だの工場だのでハンマーなんかをふるっている連中だから、今度は当てはまる奴が多すぎるし…」

ドロシー「そうか」

おやじ「ところで……ご婦人がたはどうしてそんな奴を探してらっしゃるんで?」

ドロシー「…理由を聞きたいのか?」

おやじ「いえ、まぁ……そりゃあ、こんな場末のパブで人探しなんて…ちっと気になりやすからね……」ボロ布のような台拭きをエプロンに引っかけ、いくらか興味ありげな顔をしている…

ドロシー「分かった、いいだろう……」立てた人差し指を前後に動かし「近くに寄れ」と合図をした…

おやじ「へいへい……っ!?」

ドロシー「……これが分かるか?」一瞬の早業で抜く手も見せず、おやじの喉元に短いが鋭そうなナイフの刃をピタリとあてている……紫がかった瞳は冷たくおやじを見据えている…

おやじ「へ、へい…っ!」

ドロシー「…我々は女王陛下のために働くが「身分証は持たず、名を名乗るわけにもいかない人間」だと言うことだ……これでいいな?」

おやじ「も、もちろんで…!」はげ頭にあぶら汗を浮かべ、ガタガタと震えている…

ドロシー「よろしい。本来なら我々が身分を明かすことなどない……が、お前が利口にしてこのことを誰にも言わず、大人しく黙っていればそれでいい…分かったか?」

おやじ「わ、分かりやした…!」

ドロシー「結構だ……」するりとナイフを戻してそっけなく言うと、一パイントのエールには多すぎる額をテーブルに放り出した…

おやじ「あの、その…こんなには……」

ドロシー「いいから取っておけ…王国のために目と耳は動かして、余計な口はつぐんでいろ……いいな?」

おやじ「へ、へい……ありがとうございやす…」

…しばらくして…

ドロシー「…まずはハズレだったな。かといってあんまりあちこちで聞いて回るわけにもいかないが……」

アンジェ「……そう簡単に上手くいくとは思わないわ…また別のカバーストーリーを考えましょう」
390 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2019/10/25(金) 03:07:04.77 ID:6s3dlTKD0
…数日後・イーストエンドのアルコール中毒者救済施設…

ドロシー「はぁ…あ……まったく、なんであたしがこんな目に…」エプロンとナースキャップを身に着け、病人のようなアル中患者のシーツを替えたり、洗濯かごを運んだりしている……

エプロン姿のおばさん「そう文句を言いなさんな……でも、一体どうしてあんたみたいな育ちの良さそうなお嬢さんが、こんなところの手伝いなんてしてるんだい?」

ドロシー「…それが、ちょいとばかり遊びが過ぎて……うちの父親はお堅い人だから「数日間でいいから奉仕活動をして、世の中の役に立ってきなさい…さもなければ家の敷居は跨がせん!」ってここに押し込まれてさ……まったく、嫌になっちゃう」

おばさん「なるほどねぇ……ま、何事もいい経験だよ♪」

おばさんB「そうそう…それにここはアン王女様が可哀そうな人たちの救済のために作られた施設だから……他の施設よりはずっといい環境だよ?」

ドロシー「そんなもんかねぇ…」眉をひそめてベッドに並んだ患者たちを眺めている…

中毒患者「う゛ぅ…あぁぁ…」

中毒患者B「……サリー……おれのサリー…どこに……行っちまったんだぁ…?」

おばさん「そうさ…あぁ、それとね」

ドロシー「うん?」

おばさん「消毒液の瓶は患者の近くに置きっぱにしちゃダメだよ、いいかい?」

ドロシー「いいけど……どうして?」

おばさんB「そりゃあの人たちと来たら「アルコール」って名前がついている物ならビールだろうがウィスキーだろうが…はたまた消毒用のアルコールだって飲んじまうからさ!」

おばさん「ほんとにねぇ……その執念だけは大したもんだよ」

ドロシー「わかった、気を付けるよ…」(…こういうところには元技師だとか鉱山労働者も多い……何か耳寄りな情報が入ればいいんだがな)

…別の日の夜・貧民街…

目の見えない老人「……誰か、哀れな盲目の老人にお恵みを…夕食のパンを食べるだけの数ペンスで結構でございます……」道ばたに座り込み、前には古ぼけたお椀が置いてある…どうやら以前は鉱山労働者か何かだったらしく、瞳がケイバーライト鉱の汚染で緑色にくもっている……

ドロシー「…あの爺さん……どうだ、行ってみるか?」

アンジェ「ええ…」

老人「…どなたか親切なお方…お恵みを下され……」

ドロシー「……ほら、爺さん……これっぽっちで悪いね」そう言って一シリング硬貨を老人の節こぶだらけの手に握らせた…

老人「どうもありがとうございます、親切な……えっ…こ、こんなにいただけるので…!?」受け取った硬貨の感触でシリング硬貨と気づいた老人が驚いたように見えない目を向けた……

ドロシー「ああ、いいんだよ……少しはこれで腹もふくれるだろう?」

老人「あぁ、ありがたいことでございます…どこのどなたかは存じませんが……見ず知らずの老人にこんな……うぅ…っ」

ドロシー「何も泣くことはないだろう……いや、実は私も昔はこの辺りで細々と暮らしていてね…こんな風に物乞いをやっていたら、慈善活動をやっていたある貴族のお嬢様に気に入られて、今じゃいいご身分なんだ……だから今度は私がおすそ分けを…ってわけさ♪」

老人「…あぁ、ありがたいことでございます……」

ドロシー「なぁに、いいんだよ…しっかししばらく見ない間に、ここもずいぶん変わったねぇ?」

老人「そうでございますね……」

ドロシー「…それに人も替わったよ……あ、爺さんは知ってるかな?」

老人「なんでございましょう…?」

ドロシー「いやぁ、以前はここにいたんだよ……もの凄い力持ちの大男でさ「力こぶのハリー」っていうやつなんだけど…」

老人「さぁ……わしもここには長い方ですが…聞いたことがありませんな……」

ドロシー「ふぅん、そっか……ま、身体を大事にしなよ?」

老人「…ありがとうございます……」

ドロシー「ああ…」

…深夜・高級住宅街のネスト…

ドロシー「…しっかし参ったな……これじゃあ「干し草の山から針」どころか、大西洋から一滴の水だぜ?」…コントロールがさまざまな名義や身分を経由して買い入れたしゃれた邸宅のダイニングルームで、温めたブランデー入りミルクをすすりつつぼやいた……

アンジェ「文句を言っても始まらないでしょう…」

ドロシー「そうは言ってもな…改めてロンドンの大きさにあきれ返っているところさ」

アンジェ「…とにかくこの調子で情報収集を続けるしかないわ」

ドロシー「まぁな……やれやれ、この調子じゃ定期連絡の時にまたせっつかれることになりそうだ…」
391 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2019/10/29(火) 02:13:28.51 ID:ScI/3K/C0
…ロンドン・アルビオン共和国大使館の一室…

L「…あれから進展は?」

7「いえ。エージェント「A」および「D」の報告によると、まだ具体的なものは出ていない…とのことです」

L「それでは困る。こちらとしてもこう次々とエージェントを消されては活動に支障が出る……最近は革命騒ぎの直後と違って、新しい情報部員を「植え込む」(潜りこませる)のも楽ではないのだからな」

7「……それは「プリンシパル」としても承知しているかと…」

L「分かっている…しかし結果が伴っていないのも事実だ」

7「はい」

L「何か手を打たねばならんな……他には?」

7「はい。エージェント「S9」からの報告によりますと、フランスは再度ケイバーライトの情報入手を試みるべく情報部員を送り込む予定…とのことです」

L「そうだろうな。あちらとしても抱えていたエージェントを消された以上、あとには引けまい……」

7「ええ」

L「…そうなれば、餌を撒けば食いつくかもしれん……相変わらず「S9」は向こうと接触があるのだな?」

7「はい」

L「そうか、よし…少々リスクは伴うが、「S9」を使ってフランス側に偽情報を流せ」

7「しかし、L…」

L「分かっている。こちらとしても「S9」は大事に取っておきたい…が、ことわざにも「卵を割らなければオムレツは作れない」とある」

7「ええ…」

L「……それに、連中が「ケイバーライト」の情報を喉から手が出るほど欲しがっていることは分かっている…もし有力な報告を受けたら、一も二もなく飛びつくはずだ……そしてこちらが目を開けているところで王国防諜部が動けば、何かしらの手掛かりはつかめる」

7「確かにそうでしょうが……」

L「さらに、だ…近頃はフランス情報部の動きも活発になってきているが、そうした状況は好ましくない……しばらく静かになってくれるのならば、それはそれで好都合だ」

7「…分かりました、手はずを整えます」

L「うむ」

………

…数日後…

アンジェ「どうだったの?」

ドロシー「待ってろ、今話してやるから……ふぅ」ティーポットから紅茶を注ぐと、一口飲んだ…

ドロシー「……さてと、何から話すかな…とりあえずそこまでこっぴどくやられはしなかったさ」

アンジェ「それは良かったわね」

ドロシー「まぁな、それはいいんだが…コントロールの連中、なにかタイトロープ(綱渡り)をやらかすつもりでいるらしい……」

アンジェ「…何かあったの?」

ドロシー「ああ…当然ながら細かいところは教えちゃくれなかったが、どうやらよその情報部をだしに使って例の「怪力お化け」を引きずり出すつもりらしい」

アンジェ「なるほど……当てはまる国はいくつもあるけれど、一番可能性があるのはフランスね」

ドロシー「だろうな…なにしろ列強の中でも「カエル」の連中はこっちとの軍事バランスを保つためにも、ケイバーライトと空中戦艦の情報がどうしても必要だし、おまけにエージェントもやられてるからな……」(※カエル…フランス人の蔑称)

アンジェ「そういうことね」

ドロシー「ま、こっちとしては同じ「共和国」とはいえ、お向かいの連中とは植民地だの覇権だのをとりっくらするような仲だ……友好関係どころか共同歩調だって取ったことさえないんだから、連中が「火中の栗を拾いたい」って言うなら、せいぜい薪をくべて火を大きくしてやるさ」

アンジェ「そうね」

ドロシー「おうよ…それよりいよいよ「怪力お化け」の野郎とお目見えだぜ?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「…サイ撃ち用のライフルか野牛撃ち用のシャープス・ライフルでも持って行くか?」(※シャープス・バッファロー・ライフル…アメリカ西部開拓時代、バッファロー狩りに使われた大口径ライフル。威力はあったが精度は悪く、数発撃つと銃身が焼けてゆがむので、濡れた布をまかないとならないなど欠点が多かった)

アンジェ「いらないわ……そんなのを撃ったら肩の骨を外すのがオチよ」

ドロシー「ばか言え、シャープスは据え置きで使うライフルだぞ」

アンジェ「だとしても結構…怪力だろうが何だろうが.380口径があれば充分始末できるわ」

ドロシー「ははっ、玄人(プロ)の言うことは違うね♪」にやりと笑うとウィンクを投げた…
392 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2019/11/01(金) 00:24:05.35 ID:KkJEtLI60
…なかなか進んでいませんが、また明日あたりに投下したいと思っています……と、そう言えばちょうどハロウィーンの時期ですし、どこかでアイルランド系のネタを入れようと思います……ご期待ください
393 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2019/11/02(土) 03:22:45.24 ID:Jo8ogCgX0
…さらに数日後…

ドロシー「……ちっ、参ったな」

アンジェ「どうしたの?」

ドロシー「実はな…例の「餌」にフランスの連中が食いついた」

アンジェ「それに何か問題が?」

ドロシー「ああ、そこまでは良かったんだが……ここに来てちせが使えなくなった」

アンジェ「それはまた…何かあったのね?」

ドロシー「まぁな…今回の件と言い、ここ最近は王国内できな臭い事件が多かったろ? そんなわけで日本の使節団は堀河公の警護を固めることにしたらしい……だもんで、ちせは数週間ばかり堀河公のそばを離れることができなくなった」

アンジェ「仕方ないわね…もとより彼女はこちらの入手した「産物」を間接的に入手するために送り込まれてきたわけだし、私たちに協力するのは本来の目的ではないのだから」

ドロシー「そうだな……もっとも、ちせ本人はずいぶんこちらに好意的だがね…」

アンジェ「ええ…しかしいくら彼女自身がこちらに肩入れしていても、勝手なことは出来ないもの」

ドロシー「そういうこと。それにこっちも「腕が立つ」からって、うちのエージェントでもないのにちせのことをあてにし過ぎていた……ってのも確かだ」

アンジェ「そうね…」

ドロシー「まぁ、そいつは大いに反省すべきなんだろうが…今ここで動かせる駒が足りない……ってのはどうしようもない事実だしな…」

アンジェ「……コントロールに連絡を取って、情報部員の誰かを回してもらえないかしら」

ドロシー「やってみてもいいが望み薄だな……そもそも「出来る」エージェントはみんな何かしらの任務を持っているし、王国の連中に「芋づる式」でやられないためにも、出来るだけ接点は作りたくないはずだ。それにコントロールとしては私とお前さんがいるんだから必要以上だ…って言うだろうよ」

アンジェ「…その通りね」

ドロシー「それに…だ、そもそも低級の連絡員クラスじゃ役に立たないし、ある程度のエージェントを回してくれたとしても、スタイルや呼吸が飲みこめていないようだとかえって足手まといになる……」

アンジェ「そうね…でも、そうなるとベアトリスを使うことになるわ」

ドロシー「仕方ないだろう……プリンセスは公務があるし、そもそもそんな任務に使えるわけがない」

アンジェ「当然ね」

ドロシー「ああ。その点ベアトリスなら地味で目立たない……それと機械にはめっぽう強いし、例の「七変化の声」もある。まだ未熟だが訓練も積んでいるし、何より結構ツキがある…幸運って言うのは情報部員にとっては最高の贈り物だからな♪」

アンジェ「確かにね」

ドロシー「……とにかく、ベアトリスなら動きも見当がつくし、見ず知らずの誰かと組むよりはずっといい…まぁ連絡くらいならどうにかこなせるはずだ」

アンジェ「分かったわ」

ドロシー「幸いベアトリスも休みをもらってるからな…ここしばらくは身体が空いているはずだ」

………



ドロシー「……というわけでベアトリス、お前さんには私たち二人の支援役をしてもらいたい」

ベアトリス「わ、私が……ですか?」

ドロシー「ああ、そうだ…なに、必要以上に難しく考えることはないさ」

アンジェ「だからと言って安易な気持ちで臨まれても困る……私とドロシー…ひいてはプリンセスの命もかかっているのだから、きっちりこなしてちょうだい」

ベアトリス「は、はい…っ!」

ドロシー「…何しろ相手は怪力の「ハーキュリーズ野郎」だからな……私たちの首がへし折られないように、しっかり見張ってくれよ♪」

ベアトリス「うぅ、責任重大ですね…」

ドロシー「ふぅ、こいつは言っても仕方ないんだが…そう気負うな。不真面目になられるのも困るが、がちがちに緊張していても実力が出せないからな」

ベアトリス「ええ、分かってはいるんですが……どうしたらお二人のように落ち着いていられるでしょうか?」

ドロシー「あー…私はその辺を割り切って考えているから、参考にならないな……アンジェは?」

アンジェ「そうね…私だったら当日までみっちり訓練のおさらいをして「自分は万全の準備を整えた」と思い込ませるわ」

ドロシー「……なるほど、そいつはいいかもな」

アンジェ「賛同していただけて何より……なら今から数時間ばかり、格闘訓練の手合わせをお願いできるかしら?」

ドロシー「うへぇ……」アンジェの本気とも冗談とも取れる言い草に苦笑いをするドロシー…

394 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2019/11/06(水) 02:22:23.97 ID:NIiDcf4B0
…数日後の夜・精錬工場近くの労働者街…

ドロシー「さて、ベアトリス……お前さんはそのバスケットを持って、誰かに届けるようなふりをしながら歩いてくれりゃあいい。何か見つけても気にするようなそぶりは見せるな…あくまでもいつも通りに振る舞え」

ベアトリス「はい」

ドロシー「私とアンジェはそれぞれ通りの端っこで監視をしているから、お前さんが見えたら場所を変える……何か不測の事態があったら臨機応変で対応してくれ」

ベアトリス「わ、分かりました…」

ドロシー「よし、いい娘だ……それじゃあ始めようか♪」


…適当なパブに入ると程よく奥まった席に入り、ぬるいエールを片手に暇そうにしているドロシー……アルビオン中から様々な種類の出稼ぎ労働者がやって来るロンドンの労働者街はきつい労働で身体を壊したり、ケイバーライト鉱毒で病院送りになったりするせいで人の入れ替わりが激しく「見慣れない顔」だと見とがめられたり視線を集めることもなく、うだつの上がらないタイピスト風の格好をしているドロシーもすんなりと溶け込めている…


ドロシー「…」(それらしい奴はいない……やっぱり必要な時だけ送り込んでくるのか…)

常連「よう、オヤジ! ビールと飯だ!」

パブのオヤジ「…あいよ、今日はもう上がりか?」

常連「ああ……ったくよ、この数日はめっきり冷えるぜ」

オヤジ「そうだな。ほらよ」

常連「おっ、ありがてえ……んぐっ、ぐっ……」

ドロシー「…」

常連「ぷはぁっ…たまらねえなぁ!」

オヤジ「もう一杯やるか?」

常連「おう、頼むぜ!」

常連B「お、マーティじゃねぇか…今日は早ぇな?」

常連「おうよ、一杯つきあわねぇか?」

常連B「そいつはいいな。オヤジ、おれにもビール!」

オヤジ「はいよ!」

ドロシー「…」ベアトリスが通りかかってから少しタイミングをずらして小銭を卓上に置くと、すっと店を出た…



…街の反対側・安食堂…

食堂のお姉さん「はい、お待ちどう」

アンジェ「…ええ」


…労働者街に一軒は必ずあるような安食堂に入り、あちこちにヒビの入った皿を前にしているアンジェ……大皿には焼き過ぎで汁気もなさそうな筋張ったマトンステーキに、剥き損ねた皮が混じっているマッシュドポテト…それに育成所時代を思い起こさせるような肉汁の染みこんだヨークシャープディングがごちゃごちゃと盛りつけられている…


アンジェ「…」目はさりげなく窓の外を監視し、同時に店内のおしゃべりに耳をそばだてながら黙々と食べる……テーブルナイフはティースプーン並みの切れ味しかないなまくらだったが、技量を駆使して肉を切り、ぼそぼそしたヨークシャープディングと一緒に口に運ぶ…

客「……それでよ、やっこさんに言ってやったんだ…」

客B「…うちのやつと来たら金を無駄遣いすることしか考えちゃいねぇ…まったく「女房の不出来は十年の不作」たぁよく言ったもんだ……」

客C「……そういや、この間の事故でくたばったアイリッシュ野郎だがよ…」

客D「ああ、あの幅の広い…やっこさんがどうかしたのか」

客C「……いや、何かおかしいと思わねぇか?」

アンジェ「…」もそもそしたマッシュドポテトをゆっくり食べながら、他の会話から二人の声をより分ける……

客D「どうしてさ…あいつはどっかから落っこちて首を折っちまったんだろう? …ツイてねえことは確かだが、おかしいってことはねえだろう…」

客C「…いや、それがよ……あの日はやっこさん、もう上がってたんだぜ……おれも戻りが一緒だったから知ってるんだ」

客D「…じゃあ何か忘れ物でも取りに行ったんじゃねえのか?」

客C「そうかもしれねえ…でもおかしいんだよな……」

395 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2019/11/19(火) 23:08:51.12 ID:PFIh8J0J0
…ここしばらくお待たせしていてすみません。使っていたPCがダメになってしまったもので……まだデータの引っ越しやらバックアップやらで調整中ですが、数日以内に投下できるように頑張ります
396 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2019/11/24(日) 00:48:42.73 ID:9xYPmtsv0
…さらに数日後…

ドロシー「よし、それじゃあ説明を始めようか…」

アンジェ「ええ」

ベアトリス「はい」

ドロシー「前にも言ったが、こっちが撒いた餌にカエル(フランス)が食いついた…で、そのカエル連中の送り込んだ情報部員は明日ないしは明後日の晩に、ケイバーライト鉱の精錬施設へ潜り込むことが予想される」

ベアトリス「…あの、一ついいですか?」

ドロシー「何だ?」

ベアトリス「明日か明後日って、どうしてそんなにはっきりと分かるんです?」

ドロシー「そいつは簡単さ…ケイバーライト鉱石はその「能力」を発揮させたり精錬したりする時にかなりの熱を帯びるし、毒性も強い」

ベアトリス「…はい」

ドロシー「そのせいで、ケイバーライト鉱の精錬に使う高炉や施設は過熱や腐食を防ぐために時々止めて冷ましてやらないといけない…本来、金属を扱う高炉は冷ますと割れやひずみが生じるから、止めることは滅多にしないんだが……こいつばかりは例外ってわけだな」

ベアトリス「なるほど」

ドロシー「当然、この間は精錬施設が休みになる…もちろん、止まっている間は保守点検や修繕が行われるが、高炉が稼働している時のように二十四時間の三交代制で労働者が出入りするわけじゃない。特に夜はがら空きだ」

アンジェ「…要は、人目を引かずに潜り込むには絶好の機会…ということよ」

ドロシー「そういうこと……つまり、連中がこの機会を逃す訳がないってことさ」

アンジェ「…しかし、王国側もそれを十分に承知している」

ドロシー「となれば、例の「シルク・モス」とやらがお出ましになる可能性も高い…ってわけだ」

ベアトリス「なるほど…」

ドロシー「とにかく、こっちとしてはフランスの連中が罠に引っかかったところで出て来るはずの「怪力お化け」を始末するか…少なくともどんな奴なのかを見極めるのが目的だ…もちろん、王国が動かしている精錬施設の見取り図や詳しい仕組みの分かる資料も手に入れば言うことなし、ってところだがね」

ベアトリス「分かりました」

ドロシー「そこでだ……ベアトリス、お前さんは技術に強いから、もしも機会があったら高炉の周囲に潜り込んで、できる限り施設の設計や作りを目に焼き付けてくれ。もちろん、王国の連中に尻尾をつかまれるような真似をしない範囲で…だがな」

ベアトリス「はい!」

ドロシー「で、私とアンジェはその間に「怪力お化け」を片付ける…と。まさに一石二鳥ってわけだ♪」

…翌日の晩…

ドロシー「さ、準備にかかろう……一晩中監視する羽目になるかもしれないから、厚手のマントにしろよ?」

ベアトリス「はい」

ドロシー「…アンジェ、長物はどうする?」編み上げの革長靴、黒地に紫の模様が入ったベストにすっきりしたズボンスタイルでマントを羽織り、襟元にマフラーをたくしこんでハンチング帽をかぶる…

アンジェ「私はいらない…貴女は?」黒と紺の短いフリルスカートと、肌に吸い付くような黒絹のストッキング……いつものウェブリー・フォスベリー・リボルバーをホルスターに吊るし、鋭い両刃のナイフと秘密兵器の「Cボール」を腰に下げた…

ドロシー「そりゃ持って行きたいのは山々だが、取り回しが悪いからな…まぁ.455のウェブリーなら十分だろう。 ベアトリス、お前さんは何を持って行くつもりだ?」4インチ銃身のウェブリー・スコットに弾を込め、鞘に収めたナイフを脇に吊るす…

ベアトリス「そうですね、私はまだあんまり射撃が得意じゃないので……何がいいと思いますか?」

ドロシー「そうだな…本来そいつは自分で決めるのが一番なんだが…」

アンジェ「まぁ、ある程度小型で反動が抑えやすい銃がいいでしょうね」

ドロシー「…となりゃ.380口径の3インチ銃身か、もっと短い「ブルドッグ」タイプかな。 銃身が短いから命中精度には期待できないが、至近距離で相手のどてっ腹にぶち込むなら関係ないし、隠して持つにはうってつけだ…ここにウェブリーとトランターのがそれぞれ二丁づつあるから、好きな方を持って行け」

ベアトリス「分かりました、それじゃあこっちにします」

ドロシー「ああ…弾は選別したのがそこの紙箱に入ってるから、そいつを込めればいい」

ベアトリス「はい」銃を身につけると厚いウールのマントを羽織り、襟元もきっちり留めた…

………

397 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2019/12/01(日) 03:27:04.08 ID:/fjsF3Yj0
ドロシー「あぁ、それから…ベアトリス、私とアンジェがこまごましたものの支度をしている間に、サンドウィッチでも作っておいてくれよ……監視任務はたいてい長丁場になるし、うかつに離れる事もできないからな」

ベアトリス「分かりました。挟むものは何にします?」

ドロシー「そうだな、ハムときゅうりのピクルスとか……お前は?」

アンジェ「…私は何でもいいけれど、玉ねぎは入れないようにしてちょうだい」

ベアトリス「あれ、アンジェさんって玉ねぎはお嫌いでしたっけ?」

アンジェ「いいえ。ただ、あれは食べると匂いが残る」

ドロシー「アンジェは一度王国の情報部員に忍び寄られたことがあったんだが…その間抜けが食った玉ねぎの匂いに気づいて返り討ちにしたことがあるのさ」

ベアトリス「なるほど…それじゃあ匂いの強いものは入れないようにしますね?」

ドロシー「ああ、そうしてくれ」



ドロシー「さてさて…準備も整ったようだし、出かけるとしようか」

ベアトリス「はい」

ドロシー「今日は私が先行するから、ベアトリスは十五分ばかりしたらここを出ろ……アンジェ、お前は適当に時間を見計らって自分の判断でやってくれりゃあいい」

アンジェ「ええ、そうするわ」

ドロシー「それぞれの監視地点は前に下見を済ませた場所だ…似たような建物が多いから間違うなよ?」

ベアトリス「はい、分かっています」

ドロシー「結構…それと説明の時にも言ったが、明けの五時を過ぎても動きがなかったら撤収すること。こんなカラスみたいな格好で日の出を迎えたりしようもんなら、鴨撃ちの獲物になるのと変わらないからな」

ベアトリス「ですね」

ドロシー「ちょうど朝方なら仕事場に向かう労働者や屋台の軽食売りなんかがいてほどよく混み合う…うまく紛れこんで引き上げろ」

ベアトリス「はい」

アンジェ「…そろそろ時間よ」

ドロシー「よし…それじゃあ現地で」

………

…一時間後・ケイバーライト精錬施設のそば…

ドロシー「…うー、寒い……」


…下宿や労働者たちの家がごちゃごちゃと立ち並ぶ雑然とした一帯の、精錬施設の入り口が見える屋根の上に腹這いになっているドロシー…三角屋根の傾斜を利用して、ちょうど稜線から顔だけ出すような形で監視を続けている……少し離れた煙突の陰にはアンジェが陣取り、ベアトリスは二人の間を中継出来るような位置についているが、いずれにせよ古い屋根瓦が落ちたりずれたりして音を立てることがないように、じっとしてほとんど身動きをしない……厚手のマントにくるまってはいるが、下から冷気がしみこんでくる…


ドロシー「……それにしても妙に静かだな…」声にならない程度につぶやく…


…少し離れた屋根の上…

アンジェ「…」(…静かすぎるわね…気に入らない……)


…崩れかけた煙突の脇に身体を潜り込ませ、ほとんど建物と同化しているアンジェ……目の前に広がっている精錬施設は夜間とはいえ人の出入りもなく、時折中堅レベルのエージェントが巡回するにとどまっている……一見すれば十分な警戒にみえなくもないが、アンジェやドロシーのような腕利き情報部員の目からすると、王国の基盤を支えるケイバーライトの施設にしては警備が甘すぎるのが気にかかる…


アンジェ「…」(やはり罠ね。餌はケイバーライトの精錬方法で、獲物に食いつく「顎」は例の「シルク・モス」とやら……となると、その姿を確かめる機会も得られる…ということね)

アンジェ「…」身を潜めたまま、鋭い目つきで監視を続けた…


………

398 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2019/12/06(金) 02:57:42.22 ID:Rxj1SE4/0
…しばらくして…

ドロシー「…また見張りが回ってきたな……一周だいたい五分って所か…」

…長いコートを羽織り、鳥打ち帽をかぶった王国のエージェントが精錬施設の入り口に来ると辺りを確認し、またゆっくりと戻り始めた……運用が面倒なためか、はたまた下級のエージェントでは支給してもらえないのか、手には「ケイバーライト・ランタン」ではなく普通のランタンを提げている…

ドロシー「さて、奴が戻ってくるまでしばらくかかるし…その間に腹ごしらえでもしておくかな……」

…ガサゴソと音がする紙包みは使わずに、薄手の布でくるんであるサンドウィッチを取り出したドロシー……アルビオン式の山形食パンの間にはじっくり燻製された厚切りハムときゅうりのピクルスが挟まっていて、気を利かせたベアトリスが「パンが湿気らないように」と、バターとマスタードを丁寧に耳まで塗ってあった…

ドロシー「…そうそう、こういうのでいいんだよ……銃の腕はさておき、こういう細かい所の気づかいは一流だな…♪」…強大な帝国の中心地である「眠らない街」ロンドンの街明かりで薄ぼんやりと照らされた精錬施設を監視しつつ、静かにパンにかぶりつく……

ドロシー「……おっ…?」


…屋根の上で静かにサンドウィッチをぱくついていると、作業小屋や手押しのトロッコ、精錬くずの小山や廃棄部品でごちゃごちゃしている施設の外周に何かが動いた……ドロシーがサンドウィッチの最後のかけらを口の中に押し込みつつ目をこらすと、バラックの陰に潜んでいる男が見えた…男は黒色らしいベレー帽に労働者風の短い上着とズボン姿で、手には細身のナイフを握っている…


ドロシー「…」(カエルの所のエージェントだな……なかなか出来そうだが…どう動くつもりなのか、しばらく観察させてもらおうか……)

アンジェ「…」(…あのフランス人…ナイフの腕は立ちそうだけれど、自信過剰なのか脇が甘い…)

ドロシー「…」

アンジェ「…」

…二人が屋根上から見ている間にも、物陰のフランス情報部員が見回りの王国エージェントに黒豹のように忍びよる……そのままシルエットが重なったかと思うと、王国エージェントの持っているランタンが一瞬激しく揺れ動き、しばらくすると静かに吹き消された……フランスのエージェントは音を立てないように注意しつつ物陰に見張りの身体を引きずり込むと、潜んでいるらしい仲間に小さく手招きしてさっと入り口をくぐり、隠れ場所から出てきたもう一人もするりと施設内に入っていった…


ドロシー「…よし、これでそろっていない役者は「シルク・モス」だけだな……」

アンジェ「ええ、そうね」音も立てず、すでにドロシーの側に来ているアンジェ…

ドロシー「…アンジェ。今のフランスの奴だが…どう思う?」

アンジェ「ナイフの使い方はなかなかだったけれど、警戒を怠っているところがあったわ……隙がある」

ドロシー「…お前もそう思ったか?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「そうか……とりあえず中の様子が確認できない以上、果たして「怪力お化け」がいるかどうかも分からん」

アンジェ「そういうことになるわね…」

ドロシー「となると、こちとらも連中に続いて忍び込む羽目になるが……気に入らないな」

アンジェ「それも仕方ないでしょう…警戒を怠らずに動くしかないわ」

ドロシー「…ああ、分かった……アンジェ、私が援護するからお前は先行しろ」

アンジェ「ええ」

ドロシー「頼むぞ……ベアトリス」

ベアトリス「はい」

ドロシー「…もしも「怪力お化け」が出てきたらこっちで始末するから、その間にお前さんは高炉の周囲を探って新技術や新式の機械が使われていないか調べてくれ。 ハチの巣ををつついたのに蜂蜜なし…って言うんじゃ片手落ちだからな……ただし、十分に気をつけろよ?」

ベアトリス「分かりました、任せて下さい…!」

ドロシー「…ああ、任せたぜ……さ、それじゃあひとつ「フランケンシュタインの怪物」のご面相を拝見しに行くとしようか…♪」
399 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2019/12/12(木) 02:09:23.78 ID:UAMneYsR0
…精錬施設・内部…

アンジェ「…」

ドロシー「…」

ベアトリス「…」先頭に立つアンジェが出す手信号に従い足音一つさせず歩くドロシーと、ぎこちない動きのベアトリス…


…精錬施設の内部は真鍮でできた奇妙な形の機械や太さも様々な導管が入り組んでいて、その間に通路や階段が迷路のように走っている……これが昼間なら、明かり取りの窓から入る陽光に照らされて真鍮の部品が輝き、精錬作業の喧噪やもくもくと立ちのぼる蒸気など、技術の粋を尽くした「ケイバーライト革命」の生み出した力にある種の誇らしさや力強さを覚えたかもしれなかった…が、人っ子一人いない精錬施設の内部は暗く静まりかえっていて、闇の奥に沈んだ機械の類は、廃墟の幽霊屋敷のようなおどろおどろしさを感じさせる……もっとも、幼い頃に大人たちからむごい仕打ちを受けたアンジェやドロシーにしてみれば、直接危害を加えてくる生身の人間と違って、触ることもできない幽霊だの悪霊だのなどは恐ろしくもなんともない…


アンジェ「…」大きく顔をさらすこともなくちらりと角の向こうをのぞき、足音を忍ばせて慎重に歩を進める……

ドロシー「…」

ベアトリス「…」

アンジェ「…」とある角で先をそっとのぞくと、片手を上げて「待て」と合図を送った……数歩遅れて付いていたドロシーとベアトリスは急に立ち止まってつまづかないよう数歩進んで慎重に止まった…それからドロシーはもう一歩アンジェに近寄った…

アンジェ「…」

ドロシー「……いたか?」

アンジェ「ええ…あのパイプの後ろ、二本が重なっている辺り……」


…アンジェの言う辺りに目をこらすと、暗がりに吸い込まれるようにして遠ざかっていくフランス情報部員の姿が見えた…二人ともあちこちに視線を走らせ、しきりに警戒している様子がうかがえる…


ドロシー「…さすがだな……よし、それじゃあ後はあいつらを見失わないようにすれば…」

アンジェ「……待って」

ドロシー「どうした…?」

アンジェ「…左奥。蒸留器みたいな機械の後ろ」


…ドロシーがアンジェのささやいた場所に視線を向けると、十五ヤードばかり向こうにそびえる大きな蒸留器に似た機械の後ろに、ぼんやりと大柄な影が潜んでいるのが見えた……そのままじっと見つめていると目が闇に慣れてきて、暗い影は次第にがっちりした男のシルエットへと変わっていった……見たところ背はそう高くないが、ヘビー級ボクサーのように太い腕をしているのがうっすらと見て取れる…


ドロシー「…なるほど、あいつが例の「ハーキュリーズ野郎」ってわけか……」

アンジェ「おそらくは…」

ドロシー「……っ、奴が動くぞ」


…がっちりした男はフランスのエージェントが通り過ぎるのをじっと待ち、それからそっと後を追い始めた……がっちりした太い腕と首に短い脚…と、熊のような見かけによらず、滑るように相手を尾行ていく…


アンジェ「…どうする、ドロシー?」

ドロシー「このまま奴を尾けよう……カエルの連中と共倒れになってくれればめっけものだし、もしどっちかが生き残ったらけりをつけてやるだけの事だ」

アンジェ「分かった」

ドロシー「……ベアトリス、あと少しの辛抱だから付いてきてくれ…これがすんだら調べ物に励んでもらうからな」

ベアトリス「はい…」ドロシーでも聞き取れないような小さな声で返事をし、こくりとうなづいた…

………

400 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2019/12/20(金) 03:34:35.61 ID:1lV+N8230
…同じ頃・アルビオン共和国大使館…

L「…ふむ、今回「J4」が入手したプロダクトは質がいい……毎回一級の情報を取ってこいとは言わんが、この位の情報でなくては送り込む意味がないというものだ……」

…パイプをくわえて紫煙をくゆらせながら、各エージェントから送られてきたレポートを確認している「L」……と、そこへノックの音がして「7」が入ってきた……一見すると普段通りの表情で平静を保っているように見えるが(スパイマスターとして多くの情報部員たちを操ってきたおかげで)表情を読むのが上手なLからすると、ひどく焦っているように感じられた…

7「失礼します…L、至急お知らせしたい事が」手にはタイプしたばかりのレポートを持っている…

L「なんだ、慌てふためいてどうしたのだ?」

7「それが、エージェント「K4」がこれを送ってきました…」

L「そうか……なに、確かか?」さっと目を通すと、眉をひそめた…

7「…どうやら間違いないようです…さきほど届いたばかりで、私もいま解読したところです…」

………

…数時間前・ロンドン市内の公文書館…

館員「ミスタ・ハーベイ…あと三十分ほどで閉館の時間ですよ?」

眼鏡の中年男性(共和国エージェント)「ああ、すまない……でも、もうちょっとなんだ」


…真面目そうな眼鏡の男は、遺産や信託された財産を扱う会計士をカバーにしている共和国エージェントで、他の業務にかこつけて公文書館に出入りしては「コントロール」から指示される戸籍や転籍届、出生証明書、死亡証明書などを調べていた…そして(いかにもアルビオンのお役所らしいが)公文書館の職員は真面目できちんとした言葉遣いの男をすっかり信用しきっていた…


館員「いやはや、会計士というのも大変ですね」

エージェント「まぁそうかもしれないが…どうしてだね?」

館員「だって、ここ数日は毎日のようにこちらに来ていますから…ところで、どんな書類をお探しなんです?」

エージェント「ああ……それがね、数年前にウェストミンスター教区にある貧民街に住んでいた人で、その人に遺産を残した親戚がうちの事務所と信託の契約をしていたんだが……ああいう所に住んでいる人は戸籍もなかったりするし、革命騒ぎで焼けてしまった書類も多いからね…」コントロールがお膳立てした偽装(カバー)として、実際にウェストミンスター教区のとある人物へ遺産を信託されているのでさらりと答えた…が、本当は「シルク・モス」の正体を調べにきていたエージェント…


…情報活動ではありがちなことだが、正体不明の「シルク・モス」につながりそうな手がかりも、始めはなんと言うこともない一枚の書類から始まっていた…一週間ほど前、とあるエージェントが内務省の機密ですらないファイルに収まっていた古い書類に「シルク・モス」のコードネームと、アルファベット数文字で組み合わされた管理官のコードを見つけ報告した……そこでコントロールが王国防諜部の管理官リストをあたるとウェストミンスター教区の担当だったことが分かり、何か引っかからないかと古い戸籍をあたってみる事にした…という次第だった…


館員「ウェストミンスター教区ですか……あ、だったら…少し待っていてもらえますか?」奥に引っ込むと棚を調べはじめ、しばらくするとほこりをかぶった分厚い戸籍台帳を持ち出した…

エージェント「これは?」

館員「置ききれないので普段はしまってある古い戸籍台帳です。これなら何か載っているかもしれませんよ?」

エージェント「それはそれは…とても助かるよ」

館員「どういたしまして。必要なら明日以降も出しておきますよ?」

エージェント「そうだね、そうしておいてもらえると都合がいい」…そう言いながらほこりっぽい変色した紙をめくる……

館員「また何か必要ならおっしゃってください」

エージェント「ありがとう……」細かい文字を指でなぞりつつ確認していく…と、一つのおかしな記録に行き当たった……

エージェント「…きっとこれだ…でも、だとすると……」一瞬けげんな顔をしたが素早く暗記し、怪しまれないようしばらくねばってから公文書館を出た…

………


L「むむ…もしこの情報が事実だとしたら「A」や「D」と言えども不意を突かれるかもしれん……くそっ、なぜこのレポートが今さらになって届いたのだ」

7「それが、連絡役が市場の混雑に巻き込まれて遅れてしまったとかで…」

L「…間抜けめ、何という不手際だ。この時期はクリスマス前の買い出しで市場が混雑する事くらい認識しているはずだろうが……通常の連絡手段では間に合わん、「プリンシパル」にアタッシェ(伝達吏)を……いや、それでも間に合わんな」

7「はい。恐らく「A」および「D」はすでに現地で監視体勢に入っているものかと…また「至急」の暗号電を打てば王国防諜部の注意を引き、逆探知を受ける危険もありますし…この時間では伝書鳩も飛ばせません」

L「…とはいえ何もしないのでは「プリンシパル」を切り捨てたように見える…今からでもかまわん、コンタクト(連絡役)を使ってこの情報を「プリンシパル」のネストに送り届けろ」

7「承知しました」

………

401 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2019/12/22(日) 02:47:54.88 ID:JW4qaeT60
…精錬施設…

ドロシー「…くそ、連中はどこまで奥に進む気なんだ? …アンジェ、右側を頼む」

アンジェ「ええ…」

ドロシー「……ベアトリス、お前は数歩空けて付いてこい…」

ベアトリス「…はい」


…フランスの情報部員と、それを追っている王国防諜部エージェントの両方を監視・追跡しているドロシーたち……しばらく精錬施設の中を進むうち、背の高い機械を収めるために三階分の天井がぶち抜きになっている区画へと入り込んだ……天窓からは雲に照り返しているロンドン市街の街灯りが差し込んでいるが、それも数ヤード先になるとぼんやりと霞んではっきりとはしなくなる…


アンジェ「…」

ドロシー「…」お互いに少しの目線やちょっとした仕草で意思を伝える二人…

アンジェ「…」

ドロシー「…」(…それにしてもフランスの連中め、こんなに奥まで入り込みやがって…これじゃあ魚釣りの餌にがっぷり食いついちまったようなもんだぞ……)

ベアトリス「…」


…また三十ヤードほど進んだ時、フランス人の片方が何かを見つけてつぶやいた…細身の相方がコクリとうなずいて「分かった」と言うように片手を小さく上げると、片割れは早速機械のかたわらにしゃがみ込んだ……動きのしなやかな男は得意な得物らしい細いナイフを抜き、ごちゃごちゃした施設のあちこちに視線を走らせる……見つからないよう、機械の間に身を潜めるドロシーたち…


アンジェ「…」

ドロシー「…」


…それぞれ壁際を縦横に走っている導管の影の中にシルエットを重ねるドロシーと、横に寝せた円筒状の機械に溶け込んでいるアンジェ、そこから数歩後ろの機械の間にしゃがんでいるベアトリス……ほとんど「隠れんぼ」状態になっているベアトリスはさておき、ドロシーとアンジェの取った位置は絶妙で、立ちのぼる夜霧のせいでぼんやりと霞んでいるとはいえ、室内全体の様子がかなりよく分かる……と、王国防諜部エージェントのずんぐりした影がそれまでの隠れ場所を抜け出し、そっと動き始めた…


アンジェ「…」(いよいよ仕掛ける気ね…)

ドロシー「…」(…あの「怪力お化け」の野郎、確かにでかい割には動きがいい…とはいえ、列強の腕利きエージェントを何人も片付けられるほどには見えないが……何か「奥の手」を持っていやがるのか、あるいはたまたまツいていた…ってだけか?)

アンジェ「…」(……これまでの情報が間違っているのでなければ、あの男の十八番は素手での格闘…となれば、動きを見ることさえできれば、ある程度までは出方を予測できるはず)

ドロシー「…」(いずれにせよ、ここは様子見だな…)


…動きはいいが脇が甘いフランスのエージェントからは死角になっているので気づいていないが、すでに「シルク・モス」とおぼしき男のがっちりしたシルエットは物陰を伝い、じりじりと距離を詰めている…


アンジェ「…」ウェブリー・フォスベリーを抜いて静かにスライドを引いた…

ドロシー「…」ドロシーも音がしないよう、マントでくるむようにして撃鉄を起こす…

アンジェ「…」

ドロシー「…っ!」


…王国のエージェントはフランス情報部員の後ろから数ヤードの距離まで忍び寄って機会をうかがっていたが、フランス情報部員の片方が何かを言って細身の男が機械に顔を近付けた瞬間、物陰から飛びかかった…黒いシルエットが重なり合ってもみ合いになると、うめき声がして細いシルエットが崩れ落ちた……王国エージェントはそのまま地面を蹴り、一気にもう一人へと襲いかかる……と、銃声が響いて交錯する二人の姿をパッと照らし、そのままもつれ合うようにして地面へと倒れ込んだ…


ドロシー「ふぅ……どうやら結果は「相打ち」ってところのようだな…」

アンジェ「…そのようね」

ドロシー「さて、それじゃあ私とお前さんはこっちのことを振り回してくれた「シルク・モス」とやらの面を拝みに行くとしようぜ…ベアトリス」

ベアトリス「はい」

ドロシー「これで「怪力お化け」は片付いたからな…心おきなく調べ物に取りかかってくれ」

ベアトリス「分かりました。それでは高炉の方に行ってみます」

ドロシー「おう、頼んだ」辺りに聞こえないようまだ小声ではあるが、ある程度は普通の調子に戻した…
402 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2019/12/25(水) 02:12:31.56 ID:35MNC/mS0
ドロシー「…やれやれ、フランス情報部のトップクラスって言ってもこんなものか……」

アンジェ「そうね…」

ドロシー「まぁいいさ……とにかく、連中が何か役に立つ情報でも持っていないか確認しよう」

アンジェ「ええ」


…用心深く左右を確認しながら、折り重なるようにして地面に倒れているフランス情報部エージェントと王国防諜部エージェントの死体に近寄る二人…


ドロシー「私はこいつを確認するから、そっちを頼む」

アンジェ「分かったわ」

………

…一方・高炉のそば…

ベアトリス「…うーん、この設備はどこかで見たことが……」

ベアトリス「……あ、前に飛行船で見た大型の冷却器に似ています……きっと新型ですね…」


…捕まった時の危険を考えると詳細なメモを取るわけにはいかないので、施設のおおよその配置や大きさをメモするだけにとどめ、コントロールが一番知りたがっている機械や設備の見た目やレイアウトは記憶していくベアトリス……アンジェやドロシーに記憶術を叩き込まれたおかげか、近頃は以前より細かなディティールまで覚えられるようになっていて、二人の評価も上がってきているのが内心では誇らしい…


ベアトリス「…蒸気加圧式のケイバーライト・ボイラー…圧力計のメーターは……上限が30気圧…これはこっちのとほとんど同じですね……」

ベアトリス「……そしてこれが高炉…」目の前にそびえ立つ、真鍮と銅で出来た巨大な「バベルの塔」を見上げ、思わず息をのんだ…

ベアトリス「…とてつもなく大きいですね……っと、見物している場合じゃありませんでした……」

………

ドロシー「……さてと、こいつの得物はなんだ…?」手から離れて地面に転がっているリボルバーを取り上げて手際よく確認した…

ドロシー「ふーん「サン・テティエンヌ・M1886」改良型……無煙火薬モデルのM1892か」手に取ってさっと構えてみる…

ドロシー「なるほど、悪くない……ウェブリーとはグリップの角度が違うから落ち着かないが、前後バランスはまぁまぁだな…」

アンジェ「…それ、フランスの「レベル(Lebel)リボルバー」ね?」

ドロシー「ああ…名前こそレベルとかサン・テティエンヌとか色々言われちゃいるが、要は同じ銃だからな」

アンジェ「口径は8ミリ?」

ドロシー「ご名答。フランスの8✕27ミリ弾だ……だいたい.340口径ってところだな」

アンジェ「無煙火薬?」

ドロシー「ああ、間違いない……フランスの軍用弾薬だな」そう言いながら落ちていた元の場所に戻した…

アンジェ「なるほど…それと、こっちのフランス人は調べたわ」

ドロシー「分かった、それじゃあ本命の「シルク・モス」を確認しよう」

アンジェ「ええ…」

ドロシー「……しかし、あっけないもんだよな」

アンジェ「というと?」

ドロシー「いや、ね……あれだけこっちのエージェントを片付けてきた奴がさ、こんな風にあっさりと………ちょっと待てよ」

アンジェ「……どうしたの?」

ドロシー「…おい、おかしいぞ……」急に声を落として、深刻な口調になったドロシー……

アンジェ「何が?」

ドロシー「…考えてみろ。このフランスの連中は胸に刺し傷がある…それにこの防諜部の男もナイフを握ってやがる」

アンジェ「……言われてみればレポートにあった「シルク・モス」のやり方じゃない…まさか」

ドロシー「ああ、その「まさか」だ……!」

アンジェ「…それじゃあ急いでベアトリスと合流しないと……」

ドロシー「ああ、まずい事になる……!」

アンジェ「……ドロシー、私につかまって」腰の「Cボール」に手をかけた…

403 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2019/12/28(土) 02:15:15.65 ID:yOyeWUo80
…精錬施設・高炉の前…

ベアトリス「……うーん、これは真鍮製ですか…」

ベアトリス「…こっちは黄銅……この部品は鉄ですね…なるほど」


…小さな身体でちょこまかと動き回り、高炉の部品を確かめているベアトリス……最初はあたりを警戒して、おっかなびっくりといった様子で周囲をうろついていたが、次第に大胆かつ丁寧に施設を観察し始めた……もとより機械の類に詳しく、しかも勉強熱心と言うこともあって、それぞれの機器がどう動くのかを過去に見たさまざまな機械と比較したり類推したりして、きちんと体系立てていく…


ベアトリス「あぁ、なるほど…これが高圧管から低圧管を中継して…そうでないと圧力で機械が壊れちゃいますものね…」

ベアトリス「…そしてこの低圧管からここのパイプを通して……うーん、さすがによく出来ています……ん?」

ベアトリス「……あれは…」


…視線をうつむけてごそごそと探り回っていたベアトリスだが、ふと目を上げると高炉の「足下」にあたる部分に小さな丸いふたのようなものが見えた…すぐに「とととっ…」と駆け寄ると小さなモノクル(片眼鏡)型の拡大鏡を取り出して目にあてがい、ふたの口から垂れて固まっている金属をじっと眺めた……銅や黄鉄鉱、そのほかよく分からないもろもろの金属が混じり合った金属くずの中に、時々きらりと青緑色の光が反射する…


ベアトリス「……やっぱり、これって熔解したケイバーライト鉱から分離した残滓を流すための弁ですね」

ベアトリス「…しかもケイバーライト鉱のかけらがくっついてます……これを持ち帰れば純度や精錬方法の特徴がつかめるかもしれません……」そうつぶやくと懐からナイフを取り出して、冷めたカラメルのようにがちがちになっている金属をこじりだした…

ベアトリス「…んっ、やっぱりそう簡単には剥がれてくれませんね……うんしょ…」小さなガラス瓶に剥がしたかけらを集めつつ、熱心にナイフを突き立てる……と、視線の隅にかすかな影が動いた……


ベアトリス「…」ナイフと小瓶を置くと目を細め、夜霧に霞む機械の間をすかし見た…

ベアトリス「…アンジェさん?」ごそごそとマントの下を探ると短銃身のウェブリー「ブルドッグ」ピストルを取り出し、それから小声で呼びかけた…

ベアトリス「……気のせいだったんでしょうか。とにかく、これ以上の長居は無用ですね……」急に心細く感じたベアトリスはいそいそと道具をしまい、それから銃をホルスターに収めかけた…

???「…」

ベアトリス「…っ!?」いきなり物陰から飛び出してきた相手に銃を弾き飛ばされ、喉を締めあげられながら高炉に押しつけられた……

ベアトリス「…ぐぅ…っ!」なんとか振りほどこうと脚をじたばたさせるが、がっちりと喉元を締め付ける腕はびくともしない……

ベアトリス「…うっ、く……!」(まさか、この人が本当の「シルク・モス」なんですか…っ!?)

シルク・モス「…」

ベアトリス「……んぐっ……うぅっ!」

…これまでも何人もの情報部員をそうしてきたように、ベアトリスの首もへし折ろうとする「シルク・モス」…しかし幸運なことにベアトリスの首元には金属で出来た喉と声帯が取り付けられている…おまけに「冷え込むから」とドロシーが勧めたので厚手のマントをきっちりまとっており、首元を締めあげる指と喉元の間に少しの余裕があった…

シルク・モス「…」

ベアトリス「……ぐぅっ、ごほ…っ!」ものすごい力に喉の人工声帯がめりめりときしみ始め、さすがに息が苦しくなってくる……叩きつけられた痛みと酸欠で揺らぐ視界の中には片手でベアトリスの喉を締め上げる「シルク・モス」の姿が写っている…

ベアトリス「……っ!?」


…今回の相手は素手でピストルの銃身をねじ曲げたり背骨をへし折るような人物と聞いて、見上げるような筋骨隆々の大男を想像していたベアトリスだった…が、目の前で自分の喉をへし折ろうとしている相手は小柄で、背の高さもベアトリス自身より少し大きい程度しかない…


ベアトリス「……うぐっ、うぅ…っ!」必死になって自分の喉を締め付ける指に手をかけようとするベアトリス…が、もう腕に力が入らない……

シルク・モス「…」とどめとばかりにベアトリスの身体を一段と強く高炉に押しつけ、さらに力を込める……

ドロシー「…」バンッ、バァ…ンッ!

アンジェ「…」ダンッ、ダァン…ッ!

…今にもベアトリスの細い首が折れそうになった瞬間、ふわりと地面に着地したドロシーとアンジェが同時に「シルク・モス」の背中へ銃弾を叩き込んだ…

シルク・モス「……かはっ!」銃弾の威力で吹っ飛び、地面に叩きつけられた…

ベアトリス「げほっ、ごほっ…!」

ドロシー「……おい、大丈夫か?」

ベアトリス「ええ、なんとか……」

ドロシー「そいつはよかった……に、してもだ……こいつは…」地面に横たわっている「シルク・モス」の黒マントをつま先でめくりあげた……と、その左腕は肩口から金属の義肢になっている…

アンジェ「…なるほど」

ドロシー「ああ、これが「怪力お化け」の正体だったわけだ……今までの連中は、こいつが小さい娘だからって油断した所をやられたんだろうな…」

アンジェ「ええ…」

ベアトリス「…」
404 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2019/12/31(火) 00:39:53.03 ID:vio1SP0Y0
…まずはこれで活動的な場面が完了したので、あとは「答え合わせ」や伏線の回収…それからアンジェ・ドロシーでベアトリスを責め立てる場面を書くことになります……三が日は時間があるので、こまめに投下できたらいいな…と思っております


…それでは少し早いですが、皆様よいお年を……
405 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/01/02(木) 01:01:05.11 ID:r7eAEn950
遅くなってしまいましたが、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます

…そして劇場版「プリンセス・プリンシパル」も待っていますので、頑張って書いていきたいと思います…
406 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/01/05(日) 03:06:51.71 ID:B2vWuoqr0
…数時間後・ネスト…

ドロシー「お、戻ったか…今日はご苦労だったな」

…保安措置の一つとして、人目を引かないようばらばらになってネストに戻る手はずを決めていたドロシーたち……二人よりかなり遅れて、うつむき加減で帰ってきたベアトリスをドロシーがねぎらった…

ベアトリス「はい…」

ドロシー「喉は平気か?」

ベアトリス「ええ、後で調整はするつもりですが…」

ドロシー「そうか……そういえば、さっきクーリエ(急使)がやって来てな」

ベアトリス「…クーリエですか、珍しいですね」

ドロシー「ああ…例の「シルク・モス」の正体を突き止めたって言うことで、警報を送ってきた」

ベアトリス「……でも届いた時間を考えると、送ってきた時点ですでに手遅れだったんじゃないでしょうか…?」

ドロシー「なーに…時間的に間に合わない急報をわざわざクーリエまで使って届けさせたのは、単にコントロールがこっちのことを「捨て駒として見ているわけじゃない」っていうメッセージさ」

アンジェ「そう考えるのが妥当ね」

ドロシー「そうさ。それと今から内容を確認するからな…座ってくれ」

ベアトリス「…はい」

………



ドロシー「ふむ、なるほどな……」

ドロシー「奴さんはニューキャッスル近郊にある炭鉱町の出身で、母親は産後の経過が悪かったらしく間もなく亡くなり、男手一つで育てられた…ところがその父親とも幼い頃に死別、それからというものは炭鉱で働かされる事になった…」

ドロシー「大の男だって音を上げるようなきつい暮らしだし、鉱山会社と来た日には子供相手でも容赦なく搾り取るような連中だ…楽じゃなかったろうな」

ドロシー「……そうして数年を過ごしていたらしいが、あるとき落盤事故に巻き込まれた…どうにか生命だけは取り留めたが、腕は切り落とさなくちゃならなかった」

ドロシー「…五体満足の連中でさえ野良犬みたいに扱う鉱山会社の連中が、まして片腕の子供の面倒なんか見てくれる訳もない…行くあても食べていく手段もなくなった奴さんに目をつけたのが、その鉱山会社の株主でもあった一人の子爵だったってわけさ……そいつは発明家みたいな奴で、特にオートマトン(自動人形)や義体の病的な愛好家だったらしい…」

ベアトリス「…っ」

ドロシー「…とにかく、そいつは身寄りのない子供や捨て子を連れてきては義体の実験台にしていて「シルク・モス」もその中の一人だったわけだ」

アンジェ「なるほど」

ドロシー「子爵は奴さんの腕に義肢をつけて様々な実験に使っていた…が、しばらくすると奴は過酷な実験に耐えられなくなり、とうとうそいつの首をへし折った」

ベアトリス「…」

ドロシー「…もちろん、王国で貴族殺しは処刑台行きだ…が、人の首根っこをへし折るような人間離れした謎の怪力お化けを「使えるかもしれない」っていうんで防諜部が興味を持ったて探し出した……後はいつも通りで「我々に協力して食べ物と寝る場所に困らない生活を送るか、さもなきゃ首にロープを結びつけられるか選べ」と脅しつけ、それ以来エージェントとして使っていた…って事らしい」

アンジェ「担当のエージェントはずいぶん詳しく調べたものね」

ドロシー「なまじ記録を抹消したりするとかえって目を引くっていうんで、王国は元の記録を消さない事があるからな…古い戸籍や何かと突き合わせて調べたんだろう」

アンジェ「それにしても……シルク・モス(カイコガ)は生糸を採るために人間が交配した種類だから、野生では生きられない…まさに彼女の存在と同じだったわけね」

ドロシー「ああ…ところでベアトリス、少しいいか?」

ベアトリス「えぇ、どうぞ…」

ドロシー「……奴の事を考えているのか?」

ベアトリス「はい…」

ドロシー「だろうと思ったよ…だがな、こればっかりは仕方のないことだったんだ……この世界にいる限り、奴さん自身だっていつかはそうなると分かっていたはずさ」

ベアトリス「でも…!」

ドロシー「……気持ちは分からないじゃないが、お前が嘆いたからって奴が生き返ったり魂の安息が…魂なんていうものがあるとしてだが…得られたりするのか?」

ベアトリス「それは、そうですが……」

ドロシー「だろう?」

ベアトリス「そうなんですけど……私、この任務の状況説明を聞いたときに「そんな怪物みたいな相手」って…でも、彼女は私と同じだったんです…」

ドロシー「いや、違うね」

ベアトリス「…え?」
407 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/01/10(金) 02:27:53.47 ID:okyqIitl0
ドロシー「奴と違って、お前さんは優しい心を持ってるよ…そうやって悩むのがいい証拠さ」

ベアトリス「…けど、こんな風に悩んでいてはエージェント失格だと思います……以前ドロシーさんは「割り切っている」っておっしゃっていましたけれど、どういう風に考えているんですか?」

ドロシー「そうだなぁ…とりあえず今の暮らしを考えてみることにしてるね」

ベアトリス「…と言うと?」

ドロシー「腹一杯食べられる豪華な食事、しゃれた服、上等な酒、綺麗なご婦人がた……一日中ゴミあさりや掏摸(すり)に明け暮れて、ひからびたパンの皮より拳骨をちょうだいすることの方が多かった貧民街に比べれば楽園みたいなもんさ…違うか?」

ベアトリス「それはそうかもしれませんが……でも、危険な世界ですよ?」

ドロシー「なぁに、人間くたばるのは一度きりだ……それに、恋だって危険が多いほど盛り上がるもんだからな♪」

ベアトリス「またそうやって……」

ドロシー「ははっ……まぁこればっかりは性格だから仕方ないが、あんまり思い詰めると身体に悪いぜ?」

ベアトリス「ええ、分かってはいるんですが……」

ドロシー「そうか。じゃあ寝つきやすくなるように、少しだけ飲もう……付き合うか?」

ベアトリス「……いただきます」

ドロシー「アンジェ、お前は?」(…このままベアトリスが引きずると後々まで悪い影響が出る。こうなったらうんと酔わせた上で浮かれ気分に持って行くとしよう)

アンジェ「…そうね、少しもらうわ」(……分かったわ。せいぜい道化を演じてあげるとしましょう)

…酒瓶の並ぶキャビネットに近寄りながらさりげなく目くばせしたドロシーと、ほんのかすかな動きで了解の合図を返すアンジェ…

ドロシー「……で、何にする?」

アンジェ「そうね、コニャックをもらうわ」

ドロシー「あいよ。ベアトリス、お前さんは?」

ベアトリス「えーと……」

ドロシー「…決まらないようなら私と一緒のにするか?」

ベアトリス「……そうですね、そうしてください」

ドロシー「分かった。私はポートにでもしようかと思ってたんだが……それでいいか?」紅い色合いが美しく口当たりもいいが、実は度数の高いポルトガル産のポート(ポルト)ワインを選んだ…

ベアトリス「…はい」

ドロシー「あいよ、分かった…ほら♪」優しげな表情を浮かべて切り子細工のワイングラスにポートワインを注いだ…

ベアトリス「ありがとうございます…」

アンジェ「それじゃあいただくわ」

ドロシー「ああ」

………

…数十分後…

ベアトリス「…でも、私はあの人と変わらないんです……もちろん姫様は「違う」とおっしゃってくれると思いますが、ですが……」

ドロシー「確かにな……でも、お前さんは立派にプリンセスをお守りしてるじゃないか」話を聞いてやりながら、さりげなくグラスにワインを注ぎ足す…

ベアトリス「……本当にそう思いますか?」

ドロシー「ああ。私がお前さんくらいの歳だった頃には、そんなこと逆立ちしたって出来なかっただろう…ってことを考えるとね。 …ところで、良かったら別のを飲まないか?」

ベアトリス「別の…ですか?」

ドロシー「ああ。なにせポートは甘いから口の中がベタベタしてな……タリスカーなんてどうだ?」

ベアトリス「タリスカー……えーと、スコッチ・ウイスキーでしたっけ…?」

アンジェ「ご名答…あなたもそういった知識が身についてきたわね」珍しく小さな笑みを浮かべた…

ベアトリス「そ、そうでしょうか…?」

ドロシー「アンジェがそう言うのなら間違いないさ……なにせこの冷血女ときたら、生まれてこのかた人を褒めたことなんてないんだからな」

ベアトリス「……て、照れますね///」

ドロシー「はははっ♪ …それはそうと、タリスカーみたいないい酒を水で割るのは失礼ってもんだ。少しだけにしておくから、ストレートでゆっくり味わうといい」

ベアトリス「分かりました、それじゃあ少しだけ……」
408 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/01/13(月) 01:52:18.50 ID:4qbBcAxM0
ドロシー「…タリスカーもいいが、グレンフィディックも味見してみろよ♪」

ベアトリス「はい、せっかくですものね…♪」

ドロシー「……どうだ?」

ベアトリス「私には少し辛く感じますが、喉の奥がぽーっと暖かくなって……えへへっ♪」

アンジェ「まったく、ドロシーときたらウィスキーばかりね……私ならコニャックをおすすめするわ」

ベアトリス「アンジェさんのおすすめですかぁ…気になります♪」

アンジェ「そう……なら一口どうぞ」

ベアトリス「んくっ、こくん……ふわぁ、とろっとしてて美味しいれす♪」

アンジェ「気に入ったようで良かったわ」

ドロシー「……ちょっとまて、そいつはキャビネットの奥にしまっておいたマーテルか?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「なんてこった、せっかく隠しておいたのに…ベアトリスにだけ飲ませるなんてずるいぞ、私にも注いでくれ」

アンジェ「自分で注ぎなさい」

ドロシー「けちめ…」

ベアトリス「ぷっ…あはははっ♪」

ドロシー「……何がおかしい?」

ベアトリス「だってお二人とも…んふっ……まるで寄席の掛け合いみたいなんですもん…あははっ♪」

アンジェ「ふふふ…言われてみればそうかもね」

ドロシー「ああ、こいつは一本取られたな♪」

………

…またしばらくして…

ドロシー「で、そのときに私はこう言ってやった…「おいおい、お前さんと来たら顔だけじゃなくて頭の中までおめでたいな」って♪」

ベアトリス「あはははっ♪」

ドロシー「それでな、その時にパイがあったんだ……まぁ差し渡しで十五インチはあろうかっていうどでかいアップルパイさ」

ベアトリス「おぉ…?」

ドロシー「そのこましゃくれたご令嬢がパイをご所望になったんでね、わたくしとしましては「さようで」ってな具合でお召し上がりいただいたわけさ…顔面からな♪」

ベアトリス「あはははっ、それ……んふふっ…本当に……ひぃ、あははっ♪」

ドロシー「嘘なもんか……っと、そんなことを言ってたら、何か甘いものが欲しくなったな…」

アンジェ「…確かクリームのパイがあったわね」

ドロシー「じゃあそれにしよう…ちょっと待っててくれ」

アンジェ「…まったく、ドロシーときたら……それにしてもこの部屋は少し暑いわね」服の襟元を緩めると、ほんのりと桜色に色づいた胸元に扇で風を送る…

ベアトリス「そうですねぇ…暖炉が効き過ぎているのかもしれません……ふぅ」

ドロシー「よう、お待たせ……っと!?」片手に銀のパイ皿を持ってやって来たが不意につまずき、アンジェにパイを投げつける形になった…

アンジェ「…」胸元からカスタードをぽたぽたと垂らし、冷たい表情を浮かべている……

ドロシー「おっと、悪い悪い…わざとじゃないんだ♪」

ベアトリス「あ、アンジェさんってばクリームまみれで……ぷっ、んふふっ…あはははっ♪」

アンジェ「…覚えておきなさいよ」

ドロシー「だからわざとじゃないんだってば…それよか、せっかくのパイがもったいないな……あむっ♪」

アンジェ「……ちょっと」

ドロシー「だってさ、布巾で拭っちまったら食べられないだろ……あむっ、ぺちゃ…美味いな、これ…れろっ♪」

アンジェ「ドロシー、貴女ねぇ……ふぅ、どのみちそうするしかないようね…んむ…」胸元にこぼれたクリームを指でしゃくいあげて舐めとった…

ドロシー「ほら、ベアトリスも舐めてみろよ……甘くていい味だぞ♪」

ベアトリス「…そうですね///」
409 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/01/19(日) 02:17:21.14 ID:O+sxX9sv0
…しばらくして…

ドロシー「……それでな、事もあろうに尻もちをついたもんだから…」

アンジェ「…そういえば、前に誰かがいたずらで寮監の椅子にハリネズミを置いておいたことがあって……」

ベアトリス「ひー、あはははっ♪」茶目っ気たっぷりでドロシーとアンジェが話す面白おかしい話を聞いて、抱腹絶倒しているベアトリス…

アンジェ「それはそうと、ちょっと寝室に行って着替えを取ってくるわ……まったく、誰かさんのせいでクリームまみれにされたから…」

ドロシー「はて、誰だったかな?」

ベアトリス「あはははっ…もう、ドロシーさんってば♪」

ドロシー「はは、気づかれちまったか……ま、それじゃあアンジェのお着替えに付き合ってやろうぜ」

ベアトリス「そうですね♪」

…寝室…

アンジェ「…だからって私の寝室にまで来ることはないでしょうに」ベッドに腰かけ、クリームまみれになっている肌着の紐を解き始めた…

ドロシー「なぁに、お前さんが一人で着替えられないと困ると思ってね……それにしてもまだずいぶんとクリームが残ってるな♪」

ベアトリス「本当ですねぇ…」

ドロシー「ベアトリス、もったいないから舐め取ってやれよ……そらっ♪」

ベアトリス「わぷ…っ!」後ろから軽く突き飛ばされ、綺麗にアンジェの胸元に飛び込む形になったベアトリス……が、なぜかその体勢のままで反応がない…

アンジェ「……ベアトリス?」

ベアトリス「…ん、ぴちゃ…ちゅぅ……ぷは、アンジェさんのおっぱい、おいひいれす…んちゅっ、ちゅぷ♪」

アンジェ「……まったく」

ドロシー「まるで母猫の乳房に吸い付く仔猫だな」

ベアトリス「えへへぇ、だって美味しいんですもん……あむっ♪」

アンジェ「結構なことね」

ドロシー「ああ、実に結構さ……それじゃあ私もおっぱいにありつくことにしますかね…っと♪」

アンジェ「貴女みたいに性悪な雌猫はお断り」しゃぶりつこうとするドロシーの額を押さえて突き放した…

ドロシー「…おっしゃりやがったね」

ベアトリス「あはははっ、ドロシーさんったらアンジェさんに断られて……ひー、おかしくって笑いが……あははは♪」

ドロシー「……このぉ、人がけんつくを食らったって言うのに笑ったな?」

ベアトリス「ひゃぁぁぁ!? あひっ、くすぐった……あはははっ♪」

ドロシー「どうだ、このあたりがくすぐったいんだろう♪」

ベアトリス「ひぅっ、あふっ、あははは……んふっ、ひぃぃ♪」

…数分後…

ドロシー「ほぉら、どうだ……気持ちいいだろう…♪」

アンジェ「遠慮することはないわ……♪」

ベアトリス「あふっ、んあぁぁ…ふあぁ……んっ、ふわぁぁ…っ///」ベッドの上で二人に撫で回され、さっきまでとは違う嬌声を上げている…

ドロシー「ふふ、ベアトリスはここが好きなんだよな……♪」つぅ…っと脇腹を撫で上げる…

ベアトリス「ひぁぁぁ…っ♪」

アンジェ「ドロシーったら甘いわね、こっちの方が気持ちいいでしょう……ね?」腰のくびれから背筋に沿って指を走らせる…

ベアトリス「あ、あっ…どっちも気持ち……ふわぁぁぁ♪」

ドロシー「ほーん、それじゃあどっちがいいか決めてもらわなくっちゃ……な♪」

アンジェ「優柔不断は良くないものね…ふふっ♪」

ベアトリス「もう、お二人ともそんな悪い顔をして……私をどうする気なんですか…っ///」爛々とぎらついた瞳でにんまり笑みを浮かべているドロシーと、いつものポーカーフェイスとは打って変わって、爛れた悦びをむさぼり尽くそうとしているような表情を浮かべているアンジェ……そして二人の手管にはまってすっかり骨抜きにされているベアトリスは甘ったるいぞくぞくした気分になっていて、とがめるどころか、まるでねだるような口調で尋ねた…

アンジェ「さあ…♪」

ドロシー「ふふ、どうするつもりだろうな…♪」
410 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/01/25(土) 11:26:11.03 ID:PKETWW0D0
………

…数十分後…

ベアトリス「ふぁぁぁ…っ、あ、あぁぁ…っ♪」

ドロシー「あむっ……ちゅぅっ♪」

アンジェ「ちゅる…っ、んちゅっ♪」

ベアトリス「あぁぁ…っ、はひぃ…っ♪」

ドロシー「…そんなに甘い声を出されるとやりがいがあるってもんだな……んむっ、ちゅぅ…っ♪」

ベアトリス「ふぁぁ…っ、あぁん……っ♪」

…ドロシーには頭の上で組み合わせた状態の両手首を押さえつけられて小ぶりな乳房に吸い付かれ、アンジェには脇腹を舐め上げられているベアトリス…

ドロシー「ふふ、ここも硬くしてるのか……それにしても綺麗な桃色じゃないか♪」こりっ…♪

ベアトリス「ふわぁぁっ、どこを甘噛みしているんですかぁ…っ♪」

アンジェ「……美味しそうね、私もお相伴にあずからせてもらうわ♪」

ドロシー「いいとも…このお菓子は砂糖漬けのルバーブなんかよりもずっと甘くて気が利いてるよ♪」

ベアトリス「あ、あっ…んあぁぁっ♪」

ドロシー「ふふふ…こんなに悦んでもらえるとは嬉しいね……んむ、ちゅる…♪」舌を滑り込ませ、口中を舐め回すような口づけを交わす…

ベアトリス「んむっ…んんぅ、ちゅむ……ちゅるっ、ちゅぅ……っ///」

ドロシー「ちゅる…っ、んちゅぅ…ちゅぅぅ…っ……ちゅく…っ♪」

ベアトリス「ん、ふ……んんぅ、んぅぅ……っ///」

ドロシー「…ちゅむぅ、ちゅる……じゅるぅ…っ、んちゅ…ちゅぅ…っ♪」

ベアトリス「んちゅ、ちゅむ……ん、んんぅ…んんぅぅ…っ///」

…しばらくすると息が続かなくなってきたのか、じたばたと身をよじって身体を押さえつけているドロシーをどうにか振りほどこうとする……が、それでなくとも大柄なドロシーが格闘術を応用して押さえ込んでいるので、小柄なベアトリスではまるで振りほどくことが出来ない…

ドロシー「んむっ、じゅるぅぅ…っ…じゅるっ、ちゅぷ……ちゅるっ♪」

ベアトリス「んー、んんぅぅ……っ///」

ドロシー「……れろっ、ちゅるぅ………ちゅぅっ…ぷはぁ♪」唇が離れるととろりと銀色の糸が垂れ、ベアトリスの鎖骨に滴った…

ベアトリス「はー、はー…はぁぁ……っ/// も、もう……窒息…するかと思った……じゃないですか…ぁ///」

ドロシー「そういう割にはまんざらでもない顔をしているぞ…♪」

ベアトリス「…っ///」

ドロシー「ふふ、そういうところがたまらないんだよ…な♪」くちゅ…っ♪

ベアトリス「ふわぁぁぁ…っ♪」

アンジェ「その気持ちは分かるわ……見ているだけで滅茶苦茶にしたくなってくるのよ…ね♪」ちゅぷっ…♪

ベアトリス「…あっ、あぁぁぁん…っ♪」

ドロシー「おまけにあどけない顔をしておきながら、ここはこんなにとろっとろにして……ふふ、悪い娘だなぁ♪」くちゅ…っ♪

ベアトリス「ひゃぁぁんっ、あふっ…んあぁっ///」

アンジェ「そうね、そんな悪い娘にはお仕置きをしてあげないといけないわ…ね♪」くちゅっ、つぷ…っ♪

ベアトリス「えっ…ちょっとまってくだ……ふぁぁぁんっ♪」

ドロシー「ひくひく跳ねて、まるで釣り上げた魚みたいだな……私も混ぜてもらうぞ♪」ぬちゅっ、くちゅり…♪

ベアトリス「ひぁぁん…ふわぁ///」とろ…っ♪

アンジェ「ふふ…ドロシーの言う通りね。きゅうっと締め付けてきて、とろとろで……こんなふうにされたかったのね♪」くちゅくちゅ…っ♪

ベアトリス「ふわぁぁぁ…っ♪」
411 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/02/03(月) 03:14:38.54 ID:VPUPDOvq0
ドロシー「あ、そうだ……なぁアンジェ」

アンジェ「なに?」

ドロシー「せっかくなんだから、私とお前さんのどっちがベアトリスをイかせられるか勝負しようぜ? で、負けたら勝った方の言うことを聞く…っていうのはどうだ?」

アンジェ「なるほど、面白そうね……まぁ、貴女に勝ち目はないでしょうけれど」

ドロシー「おいおい、そんなことはないだろ…」くちゅくちゅっ…ぬちゅっ♪

ベアトリス「…はぁ…はぁっ……ふぁ…ぁ///」

ドロシー「それでだ…ベアトリス、お前さんも是非やりたいよな……よーし、そうだよな♪」

ベアトリス「はぁ…ふぅ……ふぇ…っ?」手触りの良いシルクのリボンで目隠しをされ、同じくリボンでひとくくりにされた手首をベッドの柱に繋がれた…

ドロシー「とはいえ…勝負も何も、もうすっかりびしょびしょだけどな♪」くちゅ、くちゅくちゅぅ…っ♪

ベアトリス「ふぁぁ…っ、あっ、あぁぁ……っ♪」

ドロシー「……ふふ、でもこれだけじゃあ物足りないよ……な♪」いたずらっぽく人差し指を唇に当てて「黙っていろ」とアンジェに向けて合図をし、それから笑みを浮かべてウィンクした…

アンジェ「ええ、そのようね」

ドロシー「それじゃあ……せーのっ♪」じゅぷっ、ぐちゅぐちゅぅ…っ♪

ベアトリス「えっ、何をす…あぁ゛ぁぁっ♪」

ドロシー「…ほぉら、どうだ……すっかり濡れそぼってるから二本でもたやすく入るじゃないか♪」

ベアトリス「い、言わないでくだ……ふわぁぁ、あぁっ♪」とぽっ、とろっ……ぷしゃぁぁ…っ♪

ドロシー「ふふふ、そういう初々しいところがたまらないんだよ…な♪」つぷっ…くちゅり♪

アンジェ「ええ」

ベアトリス「ふあぁぁぁ…っ♪」まるで走り終えた犬のように舌をだらりと垂らし、髪を乱して荒い息をしている……白い肌はすっかり紅潮して、冬場だというのに汗ばんでしっとりしている…

…しばらくして…

ドロシー「よし、それじゃあ交替だ…♪」ぱちんと指を鳴らし、アンジェに場所を空けた…

アンジェ「そう……分かったわ」

ベアトリス「ふぁぁ……ぜぇ、はぁ…///」下半身をべとべとにして、息も絶え絶えのベアトリス…

アンジェ「ふふ…♪」急に髪をほどくとベアトリスの耳元に顔を寄せ、脚を絡めた…

ベアトリス「はぁ…ふぅ……んっ、んんぅっ///」くちゅっ、ちゅぷ…っ♪

アンジェ「…あむっ、ちゅぅ…っ♪」ベアトリスの小ぶりな胸に舌を這わせ、硬くなった桜色の先端を甘噛みする……

ベアトリス「んぁぁ、あふっ♪」

アンジェ「んむっ、ちゅ……ベアト…♪」耳元でプリンセスの声色を使ってささやき、耳を舐めた…

ベアトリス「ひ、姫様ぁ……んあぁぁぁっ♪」

アンジェ「…ベアト……こんなに乱れて…いけない娘ね……でも、とても可愛いわ♪」ぢゅぷ…っ♪

ベアトリス「ふあぁぁぁっ…そんなこと言われたらぁ……っ♪」がくがくっ…♪

アンジェ「……いいのよ、わたくしにベアトのいやらしい所…見せてちょうだい?」

ベアトリス「はひぃぃっ、ひめさまぁ……ひく゛ぅっ、イきますぅ…っ♪」ぷしゃぁ…あぁぁっ♪

アンジェ「…ね、ベアト……もっと♪」ぐちゅぐちゅ…ちゅぷ…っ♪

ベアトリス「ふわぁぁぁ…っ♪」

アンジェ「もっと…好きよ、ベアト♪」

ベアトリス「はひぃ、ひぐぅぅぅ…っ♪」粘っこい蜜をとろりと垂らしのけぞるようにして果てると、疲れたのかそのまま失神したように寝入ってしまった…

アンジェ「……どうやら私の勝ちみたいね」

ドロシー「こいつ、反則技でもって来やがったな…」

アンジェ「ルールに決めておかない貴女が悪いのよ……ふふ♪」小さく笑うと、そっとベアトリスの頭を撫でた…

………

412 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/02/05(水) 02:30:08.88 ID:Ni9LhQop0
…数日後・ハイドパーク…

L「よく来たな…まぁ掛けろ」

ドロシー「……それにしても、あんたが直々にお出ましとはね」

L「うむ」

ドロシー「…それで?」

L「報告書と例の削りくずが入った「小瓶」は受け取った……ご苦労だった」

ドロシー「ああ」

L「今回の件では首尾良く片付けることが出来たようだな…おかげで「海峡の向こう側」にいる連中の勢いも削ぐことが出来た」

ドロシー「そいつは良かったな……ところで」

L「なんだ?」

ドロシー「…一体どういうつもりなんだ?」

L「……と、言うと?」

ドロシー「私の時もそうだったが、まるで示し合わせたように以前の家族だの似たような境遇の人間だのをかち合わせるって言うのはどういうわけだ…って言ってるんだ」

L「そのことか」

ドロシー「あぁ、そうだ……特に私なんかと違って「ミス・B(ベアトリス)」は繊細で感じやすいタイプなんだ。もう少し「配慮」ってものがあっても良いんじゃないのか」

L「……そういったことで動揺するような人間ではいざというときに使い物にならんな」

ドロシー「奴はこっちと違って玄人じゃない。それでいて「チェンジリング」には欠かせない役者の一人だ、手心を加えて上手く御する必要があるのは分かっているだろうが……奴さんを「治療」するのも楽じゃないんだぞ」

L「分かっている…ただ、今回の件ではこちらもギリギリまで例の「蛾」の正体が掴めていなかったのだ。決して意図して行ったわけではない」

ドロシー「…」

L「……確かに君の言うとおり「ミス・B」にとってはいささか後味の悪い結末だったかもしれん。しかし「黒雲はいつも銀の裏地を持っている」という言葉もある」(※Every cloud has a silver lining…「必ずしも不幸ばかりではない」の意)

ドロシー「なるほど。誰かにとっては不幸でも、必ずしも悪い面ばかりではない…か?」

L「いかにも……特に今回の件でこちらが王国や他国の「同業者」に対して一枚上手であることを示すことが出来たのは大きい」

ドロシー「そうかよ」

L「…君が不愉快に思う気持ちは分かる。しかし誰かがやらねばならんことなのだ」

ドロシー「つまり貧乏くじを引いちまったってわけか…やれやれだな」

L「お互いに立場がよく理解できたようだな……それとだ」

ドロシー「うん?」

L「今回の事があってロンドンは波立っている…影響を被ることがないよう、しばらく君たちは動かさずにおく予定だ。その間に休養でも取るといい」

ドロシー「そりゃどうも」

L「なに、遅ればせながらのクリスマス・プレゼントだよ……楽しむといい」

ドロシー「ああ、そうさせてもらうよ」そう言ってベンチから立ち上がりかけた…

L「…そういえばもう一つ」

ドロシー「なんだ?」

L「ミス・Bをどうやって「治療」したのだ?」

ドロシー「…ベッドでこってりと甘い時間を過ごさせてやった」

L「なるほど……詳しいところは今度「7」に聞かせてやるといい、きっと喜ぶだろう」

ドロシー「ああ、そうするよ」

………



413 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/02/05(水) 02:36:55.41 ID:Ni9LhQop0
…と言うわけで、ようやく終わらせる事が出来ました……途中で長く間隔を空けてしまったせいで、どう書くつもりだったのか忘れてしまったりしましたが、どうにかまとめることができました…


また、次のエピソードでは以前リクエストでいただいた「007」的なアクション性の高いものを書こうと思っています
414 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/02/14(金) 02:48:46.28 ID:Te4x2yJR0
…case・プリンセス×アンジェ「The her majesty agent」(女王陛下の情報部員)…

…とある日…

ベアトリス「今日はいいお天気ですね」

ドロシー「ああ…しかしこう暖かいと眠くなってくるな」

アンジェ「たるんでいるわね」

ドロシー「そう言うな……美味い昼食にブランデーを垂らした紅茶、おまけにこの陽気と来りゃあな」

プリンセス「分かります。このところ寒い日が続いていましたからなおの事」

ドロシー「ほら見ろ…だいたい蜥蜴のくせに寒さが平気って言うのはおかしいだろ」

アンジェ「そういう種類よ」

ドロシー「そうかよ…しかしまぁ、ここでうかつに昼寝なんてした日にはどこぞの冷血女に何をされるか分からないからな……というわけで、何かいい案はあるか?」

ベアトリス「…え、私ですか?」

ドロシー「他に誰がいるんだ? ほら、頭の体操だと思ってさっと気の利いた考えを出してみろ」

ベアトリス「えーと……それじゃあ、何かお話をするのはいかがでしょう?」

ドロシー「なるほど、お話ねぇ…なんだかお前さんがいうと「おとぎ話を聞かせてくれ」ってせがむ子供みたいだな♪」

ベアトリス「むぅ、いくら何でもそこまで子供じゃありませんよ」

ドロシー「冗談だよ……そうだな、それじゃあこの世界向けのおとぎ話でもしてやるか。こいつはとある王国エージェントの話なんだが…」

プリンセス「王国の、ですか?」

ドロシー「ああ…もちろん今じゃこっちの資料にまで載っているくらいの有名人になっちまったから工作に使われる事もなくなったようだが、その当時は「英国情報部の紅はこべ」だの「王国一有名な情報部員」とか何とか言われて、ずいぶん話題になった奴なのさ」


(※紅はこべ(The scarlet pimpernel)…ハンガリー出身の英国女流作家、バロネス・オルツィがフランス革命直後のイギリスとフランスを舞台に書いたスパイ活劇の名作。血なまぐさく暴力的な革命政府によってギロチンにかけられる運命にあるフランス貴族たちを鮮やかな手段で救い出す謎の秘密組織「紅はこべ」と、民衆には同情しているものの革命政府の過激なやり方には賛同できないでいる穏健な共和主義者で、フランスに残っていた最愛の兄アルマンを革命政府の人質に取られ「紅はこべ」の正体を探るよう迫られる賢く美しい元女優のフランス人マルグリート、その夫で流行にしか興味がないぼんやりしたイギリス貴族のパーシー・ブレイクニー卿、裏でマルグリートを脅迫しイギリスでの諜報活動を行っているフランス大使ショーヴランの駆け引きや冒険を描いた傑作……実際には二十世紀に入った1905年に発表されている)


ベアトリス「へえ…面白そうなお話ですね」

ドロシー「まぁな……」

………



…十数年前・ロンドン…

中年の紳士「おはよう」

若い女性「おはようございます、部長……一つお聞きしたいのですが、二週間の休暇を二日で切り上げて来なければならないような一大事なんでしょうね?」

…そう言うと若い女性は人なつっこい笑みを浮かべた……着ているデイドレスは身体に合っていてセンスも良く、携えている小物も一流のものばかりで非の打ち所がない……おどけた調子で大きな婦人帽を「ぽんっ」と放ると、綺麗な放物線を描いてコート掛けに引っかかった…

情報部長「そうだな、君が対応に誤ればそうなるかもしれん…と言ったところかな」

女性「そうですか」

部長「ま、とにかく詳細を説明しよう…かけたまえ」

女性「どうも」

部長「紅茶は?」

女性「いただきましょう」

部長「ミルクと砂糖はいらなかったね」

女性「ええ……あら、セイロンのファースト・フラッシュですか。今年は出来がいいですね」

部長「相変わらずだな…だがね、私は別に紅茶の味見をして欲しくて呼んだわけではないのだよ」

女性「でしょうね……どこかの公爵夫人が飼っているペルシャ猫でも迷子になりましたか?」

部長「いいや…ペルシャ猫より少しばかり大事なシロモノだ」

女性「そうですか?」

部長「ああ、実はな……」

………

415 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/02/15(土) 03:14:46.01 ID:srooMoxs0
…数日前…

目立たない男(情報部エージェント)「ああ、君…すまないが馬車を呼んでくれないか」

ホテルのボーイ「はい、分かりました」

エージェント「頼んだよ」

ボーイ「…お客様、馬車が着きましてございます」

エージェント「ありがとう」そう言って馬車に乗り込んだ…

………



部長「…足取りがつかめているのはここまでで、それ以降は行方不明だ」

女性「なるほど…それで、その職員は何を運んでいたのです?」

部長「うむ。彼は高純度のケイバーライトに関する研究資料と試作品のサンプルを運ぶ役割を担っていてな、オックスフォードからロンドンに届ける予定だったのだ……そして、だ」

女性「そして?」

部長「…つい六時間ばかり前になるが、こんなものが届けられた……ちなみに、宛名は適切な組織の適切な相手になっていたことも付け加えておこう」

女性「つまり、こちらの事情に詳しい人間……と言うことですね?」

部長「いかにも」

女性「なるほど、では拝見させてもらいます「…一週間後の夕方五時までに純金で百万ポンドを支払えば入手した資料はお返しするが、そうでない場合はこの情報を国際市場で売りに出すつもりなのでご一考下さい……ファントム(幽霊)より」ですか」

部長「うむ……近頃の革命騒ぎと東西の分断でもアルビオンの覇権が揺らがないでいるのは、まさにケイバーライト技術の独占によるものに他ならん…もしこれが他国に流出するようなことがあれば、我が国はたちまち列強の餌食になってしまうだろう」

女性「それを見越した上での強請り(ゆすり)と言うわけですね」

部長「さよう。もちろんこちらとしても様々な角度から犯人の要求を検証してみた……が、この「幽霊」の言うとおりに百万ポンドを払ったところで、目的のものが無事に帰って来るという保証はない」

女性「百万をせしめた上で他国に技術を売り払うつもり…ですか」

部長「いかにも…百万ポンドと言えばちょっとした国の国家予算にも匹敵するが、ケイバーライト技術の価値……ひいては世界の覇権を握ることを考えると見積もりが安すぎる」

女性「つまり同じ商品で何度も儲ける腹づもりだ、と…どうやらこの「幽霊」はなかなかのしたたか者のようですね」

部長「そういうことだ……さて、君に与える任務は二つ。一つは行方不明になった部員を捜索し、奪われた研究資料を奪回すること…」

女性「ええ」

部長「…そして第二に、この「ファントム」の正体を突き止め、ケイバーライトについておしゃべり出来ないよう「静か」にさせること……この任務の遂行に必要なら、いかなる犠牲を払っても構わん」

女性「なるほど…予算も人材も使い放題、と言うわけですね?」

部長「そうだ。必要なら内務大臣の乏しい髪の毛をむしり取ろうが、女王陛下の王冠から宝石をほじくり出そうが構わない…ただし、指定された刻限までには必ず完了させろ」

女性「分かりました」

部長「…当然ながら、噂を聞きつけた各国の「同業者」たちもこれを狙っているはずだ……共和国の連中とカエル(フランス人)どもは当然として、プロイセン、ロシア、イタリア……新大陸の連中が参加してくる事もありうる」

女性「にぎやかになりそうですね」

部長「うむ……それから、当座の役に立ちそうなものをこちらでいくつか準備しておいた。持って行きたまえ」

女性「ご親切痛み入ります…まずは現金二百ポンドに一千フラン、それと……」仰々しい紙に書いてある文面をさっと読み通した…

部長「見ての通り、女王陛下の署名入り委任状だ…「この書状を持つ者は女王の命の下にその責務を遂行する者であり、その身分はアルビオン王室が保証する。また、この書状を持つ者に最大限の協力をするよう要請する」とな」

女性「なるほど…」

部長「武器に関してはバーナードのところで選んでいきたまえ……幸運を祈るぞ」

女性「どうやらそれが一番必要になりそうですものね…♪」

416 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/02/18(火) 02:59:46.09 ID:IvTdmkWf0
…地下室…

女性「……モーニン、教授(プロフェッサー)」


…女性がやって来た場所はレンガ造りの広い地下室で、室内のあちこちでは様々な道具や機材が組み立て中であったり、部品ごとに分解されていたりする……彼女が「教授」と呼びかけた相手は初老の紳士で、豊かな白髪をきちんと撫でつけ、いまにも鼻の頭からずり落ちそうな小さなレンズの丸眼鏡をかけている…


教授「うむ、おはよう……君は休暇じゃなかったのかね?」

女性「それが、おかげさまで取り消しになりまして…休めたのは一日だけですわ」

教授「おやおや」

女性「…ところで、部長からここで道具を受け取るよう言われてきたのですが」

教授「ああ、聞いておるとも「ナンバー017」…なにしろ君は上得意だからね」教授はわざわざ数字を「ゼロ・ワン・セブン」と区切って呼んだ…

017「ふふ…ジョアンナで結構ですわ、教授」

教授「承知したよ、ジョアンナ君…さて、それでは……」途端に後ろで鉄工所のような轟音が始まった……よく見ると隅っこにあるスクラップの山は半壊したモーリス乗用車のなれの果てで、風刺漫画に「最先端の発明品」などと題をつけて描かれているポンコツか、食べ終わったイワシの缶詰のようにへしゃげている…

017「……あれは?」

教授「前の任務でジェレミー君とハモンド君が使った車だよ…まったく、あの二人ときたら孫の代になってもあんな風に車を壊すに違いない」

017「そうかもしれませんね…」

教授「まあいい、本題に入ろう……何しろ君のために色々と用意したのだからね」…音が静かになるのを待ってから、様々なものが並べてあるテーブルにジョアンナを案内した

017「ええ」

教授「さて…どれから始めるかね?」

017「そう……ではこの日傘(パラソル)からお願いします」

教授「ほほう、相変わらず目が高いね…この日傘はなかなかの優れものだよ?」

017「ええ、何しろ色合いがいいですから……この時期に着るドレスとも合わせやすそうです」

教授「重要なのはそこではないよ、ジョアンナ君…まずは持ってみたまえ」

017「はい……意外と重いですね?」

教授「うむ、何しろ柄には良質なハーヴェイ鋼を使っているからな…ナイフ程度なら充分受け止めることが出来るだろう」

017「なるほど」

教授「それから握りを左にひねると、傘の石突き(先端)から刃が出てくる……毒が塗ってあるから触らんように」

017「…うっかり足の甲に突き立てないよう気をつけます」

教授「ぜひそうしたまえ……今度は右に九十度ひねって手前に引き、動かなくなったら今度は左に回していく…すると握りが取れて柄の中にある空洞が出てくる。機密書類などを隠すのに使えるはずだ」

017「どこかの夫人からいただいた恋文でもいいかもしれませんね♪」

教授「こほん…君の火遊びのために作ったわけではないのだぞ?」

017「これは失礼」

教授「…火遊びついでに言っておくと、この日傘の布地には特殊な難燃性の液体を染みこませてある……多少の火なら、かざして盾にすることで火傷をせずにすむだろう」

017「その機能を試す機会がないことを祈ります」

教授「私もそう思うよ……傘の「骨」には細い金属の線が仕込んであるが、しなやかで折れにくいからキーピックとしても使える」

017「まぁまぁ…今度レディの寝室にお邪魔するときにでも有効活用させてもらいます♪」

教授「……お次はこれだ」

017「万年筆、ですか?」

教授「一見するとそうだろうな。しかし真ん中からひねると……どうだね?」軸の部分を中心に半分になり、細いスティレットが出てきた…

017「まぁ…「ペンは剣よりも強し」とはいうものの、まさか両立させるとは思いませんでした」

教授「うむ……これこそまさに「ペンナイフ」と言うわけでな」そう言うと小さくウィンクをした…

017「ふふ…♪」

教授「しかもこの「ペンナイフ」は優れものでな……」

017「…ふむふむ?」
417 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/02/24(月) 01:58:27.48 ID:gyHnrrGl0
教授「なんと、ペンとしてもちゃんと使うことが出来るのだ」

017「あー……もう一度お願いできますか?」

教授「聞こえが遠くなる年齢を迎えるには早すぎやせんかね……この「ペンナイフ」はちゃんと万年筆としても使えるのだ」

017「そうですか…てっきり最初から両立出来ているものと思っておりましたが」

教授「とんでもない。この大きさに万年筆とナイフの機能を組み込むのがどれだけ大変だったことか…半年はかかったのだぞ」

017「ナイフで敵を、恋文でご婦人のハートを一突き……というわけですね♪」

教授「そういう考えもあるかもしれんな……これはコンパクト(手鏡)だが、こうやってひねると…」

017「あら、外れた」

教授「さよう。見ての通り二枚貝のように口を開くようになっていて、間には薄いメモや書類を隠すことが出来る……また、鏡自体を特定の角度に開いた状態で、ここにあるハンカチの刺繍と手鏡の印を合わせてをセットすると……見たまえ」

017「ロンドンの地図…ですか」

教授「いかにも……味方のセーフハウス(隠れ家)や連絡員のいる施設が分かるようになっておる」

017「なるほど…」

教授「それと化粧品のいくつかには特殊な効果をつけておいた……例えばこの白粉と琥珀色の小瓶に入った香水と混ぜ合わせ、相手に摂取させると自白剤になる…間違えて一緒に使わんように」

017「そうします」

教授「それから、この緑色の小瓶に入った香水は睡眠効果がある……吹き付ければ数分で眠気が回るぞ」

017「まぁ…ふふ♪」

教授「何か悪いことを企んでいるんじゃあるまいな、ジョアンナ君?」

017「いえいえ、そんな滅相もない」

教授「そうかね……この小さな桃色の香水瓶には惚れ薬が入っておる…君には必要ないだろうがね」

017「お褒めにあずかり恐縮です♪」

教授「…化粧品の入った小箱には二重底がしつらえてあるが、この部分に彫り込まれているバラ模様を軽く押してから引っ張らないと開かない仕掛けになっておる……ここに入っている白い粉薬は遅効性の猛毒なので、必要なときは相手の飲み物や食べ物に混ぜ、あとは知らん顔をしておればよい」

017「銀は黒ずみませんか?」

教授「もちろんそんなことはありはせんよ……味もしないから安心したまえ」

017「……味見をしたのですか?」

教授「もちろん解毒剤を飲んでから、だがね……解毒剤はこっちの薄黄色をした粉薬だ。意識を無くすまでに飲めば助かる」

017「それを聞いて安心しました」

教授「よろしい…さてさて、お次は葉巻入れが一つ」綺麗な黒檀で出来たしゃれたケースを指し示した…

017「…私は葉巻をたしなみませんが?」

教授「知っておるよ……この葉巻はちょっとした睡眠薬を染ませておって、だいたい一本が燃え尽きる頃には室内の人間が眠りについてしまうはずだ…むろん、口元でスパスパやっておればより早く回るわけだが」

017「でしょうね」

教授「葉巻入れの箱そのものは上げ底にしてあって、隙間にはちょっとした量の爆薬を詰めてある…内張りの生地は導火線になっておるから、ほつれを引っ張るようにしてほどいていき、好みの長さになったら火をつければよい……十秒の目安ごとに赤のより糸が縫い込んである」

017「…うっかり灰でも落とそうものなら大変な事になりますね……」

教授「そうならんようにな……さて、次は君の好きそうなものだ…」

017「きれいなご婦人ですか?」

教授「それは君の方が上手に調達できるだろう……宝石とドレスだよ」

017「なるほど…上等なシャンパンと同じくらい好きですわ♪」

教授「結構。まずは見ての通りダイヤモンドの指輪だ……ガラスやなにかに切り込みを入れるのに役立つはずだ」

017「ええ」

教授「お次は金の指輪が二つ…非常時の工作資金にも使えるし、見ての通り内側には暗号で刻印が入れてある……しかるべき人間が見れば、君に便宜を図ってくれるだろう」

017「大きさもちょうどです」

教授「それはよかった。もっとも、サイズごとに用意してあるから指に合わなければ交換するがね……この真珠のネックレスは鎖に弱い部分を作ってあり、パーティや何かでちょっとした騒ぎを起こしたい時に引っ張るとちぎれて真珠が飛び散る…目くらましにしては高価な日本産の真珠だから、使いどころはわきまえてくれたまえ」

017「もちろんですわ」
418 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/02/28(金) 02:26:51.60 ID:kIhT6LXs0
教授「…では、着る物の説明に移ろうか……コルセットの「骨」も日傘と同じく細い金属線で出来ておるが、中の一本…この部分の骨だが…は、表面を梨地(なしじ)に仕上げてある……ロープや何かを切りたいとき、ヤスリ代わりに使えるだろう」

017「なるほど」

教授「ドレスはフランスから生地を取り寄せて仕立てたものだ…どうだね?」マネキンに着せてあるドレスをさっとひと撫でして、抱き上げるように生地を持ち上げてみせた

017「実にいいですわね」


…クリーム色の生地に淡いモスグリーンと山吹色、薄い桃色でボタニカル(植物)柄を散らし、襟元や裾にアクセントとしてアルビオンはホニトンで産する高級レースをあしらった洒落たドレス……スカート部分はたっぷりと生地が使われているが動きやすいように作ってあり、胸元を見せる襟ぐりはデザインが優れているため、なかなか大胆ながらも上品に見える…


部長「……そう言ってくれて何よりだ、017」

017「あら、部長」

教授「長官、ようこそいらっしゃいました……ジョアンナ君、きみは相変わらず長官の事を「部長」呼ばわりしているのかね?」

017「ええ。何しろ私がナンバーをもらってからこのかた、部長は「部長」でしたから…♪」

部長「聞いての通りだ…ところで装備品の説明はすんだのかね、教授?」

教授「もう少しかかります……胸元や袖口、腰回りの裏地にはちょっとした「かくし」(ポケット)をしつらえてある…敵方から何かスリ取ったりした場合に、手早くしまうことが出来るだろう」

017「なるほど」

教授「一番大きくて丈夫なかくしは、生地がドレープ(ひだ)になっている腰の部分に設けてある……3インチ銃身のリボルバーなら隠せるサイズに作っておいた」

017「私好みの位置ですわ」

教授「そう言ってくれると思っておった……靴の生地には絹を使っておるが、甲には薄い鉄板が仕込んである…踏みつけられたり蹴り上げたりするときには重宝するだろう」

017「これなら舞踏会でダンスの下手な相手にあたっても大丈夫ですわね」

教授「かもしれん……ヒールは少しでも動きやすいよう、デザインでごまかして1インチの高さに抑えてある」

017「助かります」

教授「さてさて…いよいよ武器の方に入ろうか」紅いビロードの生地を敷き詰めた陳列ケースに近寄ると、蓋を開ける…

017「楽しみに待っておりましたわ…♪」にっこりと微笑を浮かべると頬に指をあて、まるで宝石を品定めするレディのようにケースを眺めた…と、部長が声をあげた……

部長「……教授、今回は少なくとも.297口径以上のピストルを持たせてやってくれ。今までのように.230口径のトランター・リボルバーだの、それよりももっと小さい玩具のようなリボルバーを選ばれては困る」

教授「はい、分かりました」

017「部長、お言葉ですが私は…!」

部長「手が小さいし反動の大きな銃は嫌いだ、と言いたいのだろう…だが、今回の任務は「パーティを抜けだして書斎からちょっと書類を拝借する」ような任務ではない……ちゃんと威力のあるピストルを持って行け」

017「しかし、女の私が大型ピストルなんて持っていたらその方がおかしいですわ」

部長「なにも私は象狩りに使う大砲のような銃を持って行けと言っているわけではない…女性の護身用としておかしくない程度のピストルを持って行け…と言っておるのだ……教授、何かいいのはあるか?」

教授「もちろんですとも…例えば.297トランター・リボルバーや.320口径の「ブル・ドッグ」タイプのリボルバー……いつも通りウェブリーにしておくかね?」(※ブル・ドッグ…特定のメーカーやモデルではなく、短銃身のピストルを総称していう。アメリカでは「スナブノーズ」)

017「ええ、こうなったら仕方ないですわ……」

教授「よければ「ウェブリー・フォスベリー」オートマティック・リボルバーのような変わり種もあるが、どうだね?」

017「ご冗談でしょう…あんな珍品を使いこなすようなエージェントがいるとしたらよっぽどの変人か、さもなければ月世界からやって来た人間くらいですわ」

教授「おやおや、ずいぶんと手厳しいね……それじゃあこれでどうかな?」

017「ウェブリーの小型リボルバー…口径は.297ですか」

教授「いかにも……これなら自衛用としてレディが持っていてもおかしくないし、きれいな装飾も施してあるからそれらしく見えるはずだ」

017「そうですね、金象眼に象牙の握り……私の好みから言うと少々飾り気がありすぎますけれど、これなら我慢出来ますわ」

教授「それは何より…それと弾薬はこれを持って行きたまえ」

017「…これは?」

教授「見ためは変わらんが新式の弾薬だよ……同じ黒色火薬でも燃焼のムラが少なく、銃身に燃えかすが残りにくいものでな」

部長「国内ではまだ流通しておらん、ぜひ役立ててくれたまえ」

017「…ありがとうございます」

419 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/03/05(木) 04:20:41.82 ID:1c1u9xVg0
教授「それから様々な書類を用意しておいた……例えば「ホワイトフェザー」を始めとする婦人専用の「高級社交クラブ」の会員証に、数人の貴族夫人から受け取ったポーカーやティーパーティのお誘いが書かれた手紙……スコットランドや西インド諸島で過ごしていた事を示す旅券なども用意しておいた…」

017「そういったこまごました手紙や書類があると「カバー」(偽装)に信憑性が増しますから……とても役に立ちますわ」

教授「そう言ってくれると思っておったよ……さらにこれらはいずれも実際の用紙に実物と同じ道具で記載した「本物」の偽造書類だから、誰かに見せたとしても疑われることはないだろう…まぁ、ないものと言えば「君の本当の肩書き」を示す身分証くらいなものかな」

017「ふふふ…♪」

教授「…さて、これで一通りの装備が整ったわけだ」

017「それにしても至れり尽くせりですわね……いつもながら教授を始めとするびっくりどっきり…いえ、「装備品開発課」の奔放な想像力には頭が下がります」

教授「お褒めいただき光栄だよ、ジョアンナ君」

部長「…それだけ今回の件は重要視されていると言うことだ。忘れるなよ、017」

017「ええ」

部長「……それとだ、教授に頼んで送りつけられてきた「例の手紙」について調べてもらった…説明を頼む」

教授「はい……えー、まずこの「ブラックメール・レター」(脅迫状)を書いた人物は、かなりの高等教育を受けた人物であると思われます。筆跡も丁寧ですし単語のスペルにもミスは見られず、それなりの身分がある人物でしょう…」

017「それだけでは対象となる人物が多すぎますわ」

教授「まぁ待ちたまえ……この手紙に使われている紙を書類担当に調べてもらったところ、面白い事実が判明したのだ」

017「面白い事実?」

教授「いかにも。この手紙の送り主はホテルに備え付けの便せんでこの手紙を送ってきたようなのだが、上部に型押しされているホテルの紋章部分は切り取られていた……」

017「それでは何にもなりませんわ」

教授「ところがそれが違うのだよ、ジョアンナ君」

017「そうですか?」

教授「うむ……この紙をこちらにあるサンプルと比較してみたところ、ロンドン中心部にあるホテル「キング・エドワード」の物と判明したのだ」

部長「…さらに言えば、行方不明になった部員は「キング・エドワード」からほど近い場所で消息を絶っている」

017「では「キング・エドワード」を調べれば…」

部長「……何らかの手がかりがつかめるはずだ」

017「分かりました」

教授「こほん…まだ話は終わっておらんよ、ジョアンナ君」

017「これは失礼…♪」

教授「さらに気になることが一つ……この手紙が入っていた封筒の裏に、少しだけ封蝋の跡が付いていた…おそらく別な封筒を下に置いた状態でペンを走らせたのだろうね…」

017「それで、その封蝋はどこのものです?」

教授「それが面白いのだ……封蝋の跡を調べたところ、押されていたのは「クック旅行社」のものだと判明した」

017「…せしめた百万ポンドで世界旅行にでも行くつもりなのかしら?」

部長「それよりも、この「ファントム」が高飛びに使うつもりで資料を取り寄せた可能性が高いと見ている……いずれにせよ、これもなんらかの手がかりになるかもしれん」

017「そうですね…とにかく私は「ホテル・エドワード」に宿泊して、情報収集にあたります」

部長「頼んだぞ……こちらからも連絡員を一人派遣して、君の手伝いをさせる予定だ」

017「感謝します。では、他になければこれで……」

部長「…いや、あと一つある」

017「何でしょう?」

部長「味方とのコンタクトの際に用いる今回の作戦名だが……」

017「あぁ、そういえば伺っておりませんでしたわ」

部長「うむ…作戦名は「サンダーストラック」だ」(※Thunder struck…「びっくり仰天」の意)

017「分かりました、それでは…♪」

………




420 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/03/10(火) 03:12:42.09 ID:OEzfadPX0
017「さて、と…」


…任務説明を終えた「017」が迷路のようなレンガ敷きの地下通路を通って階段を上がり、まるで壁に擬態しているような隠し扉を開けると、不意に落ち着いた印象の室内に出た……さらにその小さな部屋を抜けた先は流行のドレスや手袋が飾られた婦人服店になっていて、いま出てきたドアには「試着室」と小さな金のプレートが取り付けてある…


店員(情報部職員)「……ドレスの方はいかがでございました?」

017「ええ、とても良かったわ…辻馬車を呼んでいただけるかしら?」

店員「承知いたしました」店員は手際よく店のそばで客待ちをしていた二輪馬車を呼んだ……

御者「……ご婦人、行き先はどうします?」

017「ホテル「キング・エドワード」までお願い」

御者「分かりました…やっ!」御者が軽く鞭をあてがうと、馬車がごろごろと走り始めた…

017「…」道を行き交う人々を観察しつつ、馬車に揺られている……軽快な二輪馬車は大きくて小回りの利かない四輪馬車やまだまだ珍しい自動車で混み合った道をすり抜けるようにしてロンドンの通りを走っている…

017「……確かに部長の言うとおりだったかもしれないわね」

………


…任務説明の後…

017「……ところで部長」

部長「何だね?」

017「自動車は貸していただけないのですか?」

部長「当然だ…いくら君が派手なタイプの情報部員だとはいえ、あんな最新流行の物に乗っていては目を引いて仕方がない」

017「それはそうかもしれませんが……」

部長「好奇心が旺盛なのは結構だがな、そもそも燃料式の自動車は燃料切れになれば役に立たんし、何かというと故障ばかりだ……かといってケイバーライト動力の車はロンドンでもまだそう多くない…そんな物に乗っていたのでは目立ちすぎる」

017「…分かりました」少し残念そうに言った…

部長「まったく……わかった、この件が上手くいったら一回くらいは使わせてやる」

017「まぁ…♪」

部長「そうなったときは頼むから壊すなよ…教授にぶつくさ言われたくはないのでな」

017「はい」

………



御者「……ご婦人、そろそろ着きますよ?」

017「ええ、そうね……ついでだから軽く辺りを走らせてもらえる?」

御者「分かりました」

…馬車に揺られつつ、周囲をそれとなく観察する……御者に軽く一ブロック(街区)を流してもらって再びホテルの前に着くと、踏み板を出してもらって馬車を降りた…

017「どうもね」御者の手に少し多めの硬貨をのせた…

御者「ありがとうございやした」帽子のひさしに手を当てて敬意を示すと、かけ声をかけて馬車を走らせていった…

ホテルのボーイ「…失礼いたします、荷物をお運びいたします」

017「ええ」

…ホテル「キング・エドワード」のロビー…

017「……失礼。予約をしておいた「レディ・バーラム」だけれど」

受付「はい、ご予約の方は承っております…ようこそおいで下さいました、お部屋のご用意は出来ております」

017「ええ、ありがとう」

受付「荷物の方はお部屋に運ばせますので」

017「お願いね」
421 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/03/14(土) 02:45:03.20 ID:uHQkxVlq0
…スイートルーム…

メイド「…お荷物はここに置いてよろしいでしょうか?」

017「ええ、それで結構よ…」三つばかりあるトランクを置かせると、まだ十四、五歳に見えるメイドの小さな手に一ポンドの金貨を握らせた…

メイド「…こ、こんなに……ありがとうございます///」

017「いいのよ、それとシャンパンをお願い…クリュッグのノン・ヴィンテージをね♪」

メイド「はい、すぐにお持ちいたします」

017「…さてと」(今日はとにかく気前のいいところを見せないと…そうでもしないとボーイやメイドの口を開かせるのは難しいもの……)

ホテルマンの声「……失礼いたします、ルームサービスですが…入ってもよろしゅうございますか?」

017「どうぞ」

ホテルマン「失礼いたします、シャンパンをお持ちいたしました」

017「そうね……では、そこの卓上に置いてくださる?」

ホテルマン「かしこまりました……シャンパンは今お召し上がりになられますか?」

017「そうね、そうするわ……」

ホテルマン「承知いたしました。では…」さっと純白のナプキンで瓶の口元を押さえるとそっと押さえつつ栓を抜く…控え目な「ポン!」というコルクの音がすると、小ぶりな丸いシャンパングラスに透き通った金色の液体を注いだ…

017「どうもありがとう、後は自分でやるから結構…♪」そう言うとまたしても多すぎるほどのチップを握らせた…

ホテルマン「……恐縮でございます」

017「よろしくてよ……それと、夕食は食堂でいただきます」

ホテルマン「承知いたしました、それでは失礼いたします…」

017「……ふぅ」ホテルマンが出て行くと椅子に腰かけ、グラスを手に取って一口飲んだ……ムースのように滑らかな泡に、ひんやりと喉を流れ下る爽やかな葡萄の香り……涼やかな味わいのおかげで、口の中にまとわりついたロンドンのほこりっぽさが洗い落とされる気分だった…

………

…しばらくして…

017「さて…そろそろ準備に取りかからないと……」クィーンサイズのベッドが鎮座している豪華なベッドルームにトランクを広げ、どのドレスを着るか思案顔の017……少し悩んだが教授の用意してくれたドレスはここ一番の場面で着ることにし、淡い桃色が華やかなドレスを選んだ…

017「…」一人で手際よくドレスをまとうと化粧台の前に座って軽く白粉をはたいて唇に紅をさし、髪を整えると真珠の首飾りをかけた…

017「ん…なかなかいい感じ」

017「……それじゃあ行くとしましょうか♪」最後に手持ちの小さなポーチにウェブリーを入れると、鏡に向かってウィンクを投げた…

…食堂…

給仕長「…どうぞ、こちらのお席にございます」

017「ええ」

給仕長「それではごゆっくりお楽しみ下さいませ」

017「…是非そうしたいところね……」


…手紙の差出人「ファントム」の正体が分からない以上、早い時間から晩餐の席に着いてそれらしい人物を探すつもりの017……もちろん相手が室内にこもってルームサービスを受けていることも考えられたが、部屋にこもりっぱなしの客というのは目立つ上、手紙につづられている気取った文面から「ファントム」は自分をひけらかすような所があると感じていた……何はともあれ017としては調べが付くところからあたってみるつもりだった…


給仕長「それでは、お料理の方をお持ちいたします」

017「お願いするわ」

給仕「……失礼いたします。仔牛のパイ皮包みでございます」

017「…あら、おいしい♪」一時間近く経ち、前菜から始まったフルコースも中ほどまで来た……017はコクのあるボルドーワインと一緒に仔牛肉を味わいつつ、同時に周囲の様子も観察している…

………


422 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/03/19(木) 02:29:07.39 ID:VA1TnMIM0
…しばらくして…

いい身なりをした紳士「あぁ君、いつもの席に頼むよ」

給仕長「はい…ようこそおいで下さいました。二十年もののアモンティリアード(シェリー)でございます」

紳士「結構」


…食堂にやってくるなり給仕長が慌てて席に案内し、下にも置かぬもてなしを受けている一人の男……高そうな仕立ての服に身を包み食前酒に年代物のアモンティリアードを注がせて、かしこまった態度の給仕たちに対しては素っ気ない態度をしている…


017「……あの紳士は?」小声でかたわらの給仕に尋ねた…

給仕「ああ…あちらのお方でしたらサー・パーシバルでいらっしゃいます」

017「サー・パーシバル?」

給仕「はい。サー・パーシバル・ストーンウッド……なんでもインド帰りのお大尽でして、大変な資産をお持ちの「百万長者」ともっぱらの噂でございますよ」

017「そう…ありがとう」

給仕「いえ、お役に立てて光栄でございます」

ストーンウッド「……この仔牛のカツレツは火の通りが好みじゃない…替えてくれ」

給仕長「申し訳ございません」

017「……サー・パーシバル…どうも気になる人物ね」

………



…夜・街の雑踏…

017「…」

男「……この時期のロンドンはいつも霧ですね」


…明るく輝いている宝石店のショーウィンドウを眺めていると、かたわらに立っていた男が合言葉をささやいた……男はごくごく普通の上着とベストの組み合わせで帽子をかぶり、ベストのポケットから懐中時計の金鎖を垂らしている……色も地味な茶系でまとまっていて、どこにでもいるような男に見える…


017「ええ、パリは違うかもしれないけれど……」

男「そうですね……どうも、ヘイスティングスです。本部から貴女の連絡役として派遣されてきました…接触してくるのを待ってましたよ」

017「待たせて悪かったわね…なにぶんホテルは晩餐の時間が長いものだから」

連絡員「分かってますとも……それで、何か指示は?」

017「あるわ……サー・パーシバル・ストーンウッドの身辺についてあたってもらいたいの」

連絡員「サー・パーシバル…百万長者と噂される成金ですね」

017「その噂も含めて彼の素性や財産…それとここ数ヶ月の間でどこかに出かけたり、大きな額の買物をしたりしたかどうかを調べてもらいたいの……明日の夜には結果が欲しいわ」

連絡員「明日の夜とはなかなか厳しいですね…でも、どうにかします」

017「ええ、お願いね」

連絡員「はい…受け渡しはどうします?」

017「明日のこの時間に王立劇場の前か……もしその時間に接触出来なかった場合は、ホテルの私の部屋に宛てて暗号文で送ってくれればいいわ」

連絡員「分かりました」

017「ええ、それではね…」

連絡員「はい」

………

423 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/03/21(土) 01:50:41.98 ID:Z90oaZyd0
…深夜…

受付「お帰りなさいませ、市内散策はいかがでございました?」

017「ええ、おかげさまで楽しく過ごさせてもらいました」

受付「それはなによりでございますね……すぐお休みになられますか?」

017「いいえ。せっかくですからサロンで飲み物でもいただきます」

受付「承知いたしました」


…ホテル・サロン…

バーテンダー「…ようこそおいで下さいました。お飲み物は何にいたしましょう?」

017「そうね、クルヴォアジェ(コニャック)をお願いするわ」

バーテンダー「かしこまりました……」

ストーンウッド「…君、私にグレンリベットをもう一杯」

バーテンダー「はい、すぐにご用意いたします」

017「…」(あら、てっきり部屋に戻っているものかと思ったけれど……様子を観察するには好都合ね…)

バーテンダー「お待たせしました…どうぞ」

017「ありがとう…」


…しっとりとした黒のイヴニングドレスをまとい、居心地のいいサロンの隅の方にある椅子へゆったりと身体を預けて、ちびりちびりとコニャックを傾ける017……奥まった隅っこの方は目立たず、サロンの出入り口と室内の様子が同時に視野に収まるので監視にはもってこいの位置だった…


のっぽの老婦人「……それにしても嘆かわしいことですわ…」

小太りの老婦人「全くですわね…爵位をお金でやりとりして、今では準男爵……噂によるとそろそろ男爵の位を買うつもりだとか…」

のっぽ「そんな人たちが社交界に入ってくるなど……」

小太り「…まっぴらごめんですわ」

のっぽ「ええ、まったく……」数十年前には似合っていたかもしれないドレスを着た二人の老婦人がちらちらとストーンウッドに視線を向け、羽扇で口元を隠しつつゴシップに興じている…

017「…」

ボーイ「…失礼いたします。よろしければお代わりなどお持ちいたしましょうか?」

017「そうね、いただこうかしら」

ボーイ「かしこまりました……同じ物でよろしゅうございますか?」

017「そうね、それがいいわ」

ボーイ「承知いたしました」そう言ってボーイが離れた瞬間、ストーンウッドの側に見慣れない男が立っているのが視界に入った……どうやらインド人のように見える色黒の男はなかなか背が高く、そのせいで細身の印象を与えるが、よく観察すると意外と骨太のように見える…

色黒で長身の男「………」

ストーンウッド「……」

色黒の男「…」色黒の男が何か耳打ちするとストーンウッドは一瞬だけ唇をかみしめで苦い表情を浮かべ、すぐ何事かをささやいた……何か指示を受けたらしい色黒の男は、早過ぎない程度の足取りで素早く出て行った…

017「あの男は夕食の時にはいなかったわね…彼の使用人のようだけれど……」

ストーンウッド「…」と、色黒の男が出て行って数分もしないうちにストーンウッドは飲み物を飲み干してサロンを後にした……

017「……何か気がかりな事でもあったのかしら…」

ボーイ「失礼いたします、クルヴォアジェのストレートでございます…」

017「あら、ありがとう…♪」そう言ってにっこり笑うとかなり多めのチップをはずんだ…

ボーイ「これは…どうもありがとうございます」

017「いいのよ……♪」

………

424 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/03/27(金) 03:24:07.53 ID:L2g+Yx+Q0
…翌朝…

017「うぅ…ん♪」ふんわりとした羽布団の中で軽く伸びをし、それからすっきりと起き上がった…

017「……さて、今日は調べ物にいそしまないと」早速呼び鈴の紐を引っぱり、メイドを呼んだ…

メイド「失礼いたします、お呼びでございましょうか?」

017「ええ…紅茶と「アルビオン・タイムズ」をお願い」

メイド「はい、すぐお持ちいたします」

…数分後…

メイド「お待たせいたしました」銀のお盆を持ってやってきたメイドは、続けて用事を受けられるようにそのまま脇に立っている…

017「ありがとう…」紅茶をお供に手早く記事を読み通した…

017「……それじゃあ着替えるから手伝ってちょうだい?」

メイド「はい」

017「今日はこのドレスにするわ…」

メイド「かしこまりました」017はメイドにドレスやコルセットの紐を留めてもらうと化粧台の前に腰かけ、軽く口紅を引いて白粉をはたく……一方、手慣れた様子のメイドはその間に髪を梳いたり整えたりしている…

017「…これでいいわ。ご苦労様」例によってかなり多い額のチップを渡した…

メイド「あ、ありがとうございます……こんなにいただいてしまって…」

017「いいのよ…何か用が出来たらまたお願いするわね♪」そう言うとメイドの頬をそっと撫でた…

メイド「は、はい…///」

…王立図書館…

017「…そこでいいわ。帰りは別の馬車を拾うから待たなくて結構よ」

辻馬車の御者「へい」

017「さて、と……失礼」たたんだ日傘に少し傾げてかぶっている流行の婦人帽…図書館で書見にいそしむ時の邪魔にならないよう飾りを抑えたデイドレスに、護身用ピストルやこまごました物が入っている小さなポーチ……よく磨かれた木のカウンター同様に年季の入っていそうな白髪の司書がいる受付まで行くと、小さく笑みを浮かべた…

司書「…はい、何かお探しですか」

017「はい。去年と今年の紳士録、社交界名鑑、それから貿易統計をお願いします」

司書「分かりました……お持ちしますからそちらの椅子におかけになってお待ち下さい」

017「ええ」

司書「……お待たせしました。どうぞごゆっくり」

017「ぜひそうさせていただきますわ」


…情報部が調べている情報とは別に、相手の素性を知るべく人名録をめくる017……書見用の台に革表紙の分厚い本を載せ、細かい字を眺めるために小さな丸眼鏡を取り出すと、手際よく詳細を読み込んでいく……天井の高い大聖堂のような静まりかえった空間にページをめくる音だけが響き、紙とインクの匂いがふっと立ちのぼる…


017「…あったわ……」サー・パーシバルのページに行き当たると経歴や財産などを入念に調べた……

017「……ロンドンの邸宅に、ラムズゲート近郊とドーセットシャーに別荘、サフォークに紡績工場…競走馬を一ダースあまりに猟犬用の犬舎を二つ……なかなか羽振りがいいようね……」

017「…「父親は元東インド会社で出世し、同地を訪問中であった会社役員の令嬢メイナー嬢と婚姻…サー・パーシバルはボンベイで産まれ、現地の英国人向け高級学校にて教育を受ける……」なるほど、典型的な植民地育ちという訳ね…」

017「それから、と…「その後インドで紡績工場等を経営し利益を上げ、富を得る」…まぁ普通はそうでしょうね……」

017「……ふぅ」細かい字を眺めて疲れを覚えたので目頭を押さえ、ちらりと懐中時計に目をやった…

017「もうこんな時間……ホテルに戻って着替えてから、お昼でも食べることにしましょう」

…昼…

給仕長「お待たせいたしました…」夜が遅い貴族ならではのブランチ(朝食と昼食を兼ねたもの)として、薄切りのコールドビーフにゆで卵、数種類のフルーツと紅茶が並んでいる……

017「……なかなか」優雅に食事を楽しみながら変わった様子がないかさりげなく観察しているが、ストーンウッドは顔を見せていない……

給仕「紅茶のお代わりはいかがでございます?」

017「ええ、いただきます…♪」チャーミングな笑みとしっとりした声…それに気前よく弾んでくれる心付け(チップ)もあって、ホテルの従業員たちは何くれとなくお世話をしてくれる……もちろん情報部員として「耳寄りな」話を聞き出すための下地作りとして行っていることだが、手際のいいサービスを受けられるのは気分がいい…

給仕「どうぞ」

017「ありがとう」
425 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/03/28(土) 00:49:24.81 ID:tlBYAevI0
…午後…

017「そろそろ午後のお茶をいただきたいわ…お願いするわね」

給仕「かしこまりました」

017「ええ……」と、サロンに姿を見せたストーンウッドと例のインド人らしい召し使い……

ストーンウッド「君、紅茶を」

給仕「はい、すぐにお持ちいたします」

017「…」味のしっかりしたセイロン紅茶のセカンドフラッシュをひとすすりしながら、きゅうりのサンドウィッチをつまむ……二つほど離れたテーブルでは手紙らしき紙片を手にしたストーンウッドと召し使いが小声でやりとりをしていて、切れ切れの声が耳に入ってくる…

色黒「……でございまして…」

ストーンウッド「…では、そのように取り計らえ……」

色黒「…かしこまりました、旦那様」

017「…」ほどのいいところでスコーンに取りかかり、クローテッドクリームを控え目につけていただく……その間にもストーンウッドの召し使いは席を離れ、足早に出て行った…

給仕「お代わりはいかがでございますか?」

ストーンウッド「…ああ」

017「…」

給仕B「失礼いたします」ほどほどのところで手際よくスコーンを下げ、ケーキ類の皿と取り替えた…

017「……あら、ありがとう」

…甘酸っぱい木イチゴのソースがかかったフランス風のムースに、濃密なウィーン風のチョコレートケーキ……綺麗な顔で少し首を傾げているところは、そのどちらを先に食べようか悩んでいる程度にしか見えない……が、その瞳には何かイライラしている様子のストーンウッドが入っている…

017「…」

給仕「失礼いたします、スコーンの方をご用意いたし……」

ストーンウッド「いや、もう結構だ」ぶっきらぼうにそう言うと、何か気になることでもある様子で去って行った…

017「……よろしいかしら?」

給仕「はい、ただいま」…ストーンウッドに食べられずに終わったスコーンを片付けると、手際よくやってきて側に控えた……

017「ごめんなさいね、紅茶がぬるくなってしまったの…取り替えていただける?」

給仕「これは申し訳ございません、直ちに…」

017「ええ……ところであのお方はどうなさったのかしら」

給仕「あのお方…サー・パーシバルのことでございましょうか?」

017「ええ。怖い顔で手紙をご覧になっていたかと思ったら、不意に出て行ってしまわれて……何か急ぎのご用事だったのかしら?」

給仕「さぁ、わたくしには分かりかねますが…どうも外国からのお便りだったようでございます」

017「まぁ、外国から?」

給仕「はい、どうもフランス語で書かれていたように思われましたが……」

017「そう…サー・パーシバルは国際的な方でいらっしゃるのね?」

給仕「ええ、それはもう……ボーイが申しておりましたが、あのお方に宛てて届く手紙のだいたいは外国の方々やロンドンにある各国の商社からだそうで、そういった手紙が何通となくあるそうでございますよ」

017「まぁまぁ…そうでしたの」

給仕「はい、そのように聞き及んでおります……あ、これは失礼。すぐに紅茶をお持ちいたしますので…」

017「いいえ、面白いお話をありがとう…どうぞ取っておいて♪」さりげなく一ポンド金貨を握らせた……

給仕「…ありがとうございます」

017「ええ……」

………

426 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/03/28(土) 02:00:35.18 ID:tlBYAevI0
…夜…

017「…それではお芝居を見に行きますから、馬車の手配をお願いするわ」

受付「かしこまりました」さっと視線を走らせただけで、ボーイが玄関前の馬車に合図をする…

017「ところで…」

受付「何でございましょう?」

017「朝のお手紙を配って下さるボーイさんだけれど、とても気が利いていますわ……こちらのホテルは教育がよろしいのね♪」

受付「これは、お褒めにあずかり恐縮でございます…当人にも伝えておきます」

017「ええ、ぜひ……それと戻ってきたら夜食をいただこうと思いますから、お手数だけれどお願いするわ」

受付「かしこまりました。それではいってらっしゃいませ」

017「ありがとう」

…王立劇場…

黒髪の令嬢「…今から楽しみですわね」

金髪の令嬢「ええ、今度の「ロミオとジュリエット」はロミオ役のレジナルド・パーカーが好演だともっぱらの噂でしたもの…」

紳士「…何でも今回のは演出に凝っているという話で……」

紳士B「……ティボルト役のカミングスがなかなかの腕前だそうだよ…ところで……」

017「…」

案内「ようこそお越し下さいました、こちらのお席でございます」

017「ええ、ありがとう」

…観劇中…

ロミオ「あぁ、なんと言うことだ…しっかりいたせマキューシオ、傷は浅いぞ!」

マキューシオ「ぐっ…三文芝居じゃあるまいし、あんなへろへろ野郎のけちな剣でやられちまうなど情けない……」

ロミオ「なんたることか、それもこれも恋の病で盲目になっていた私が招いたこと……だが安心いたせマキューシオ、仇はすぐに討ってやる…ティボルト!」

ティボルト「……なんだ、また貴様か。やり合うつもりがないのならとっとと帰るが良かろう」

ロミオ「…先ほどまでは両家の不和をこれ以上深めることはすまいと、剣の鞘に言い聞かせていたこの私……しかしこうなってはもはや許すことはかなわぬ、いざ勝負!」

…観劇後…

黒髪「本当に今回のロミオはいい演技でしたわ…」

金髪「ええ……でもジュリエットの女優もなかなか巧みでしたわね」

017「…」興奮冷めやらぬ観客たちに交じって劇場を出ると、ふっと角を曲がって待ち合わせの場所に向かった…

………



…王立劇場のそば・ベンチ…

017「…さて、何か有益な情報は手に入ったかしら?」王立劇場のそばには目立たない一本の通りがあり、そのベンチに連絡員が座っている……さりげなく隣に座り、扇で口元を隠しつつ声をかけた…

連絡員「…」ベンチに腰かけて腕を組み、ハンチング帽を目深にかぶっている……

017「……よほど大変な調べ物だったのね、でも居眠りは感心しないわ…」

連絡員「…」

…017は連絡員の肩を軽く叩いた瞬間、彼が眠り込んでいるのではないことに気がついた……ベンチに腰かけていた連絡員はすでに冷たくなっていて、ハンチング帽の陰からのぞく顔色は蒼白だった…

017「…どうやら長い居眠りをすることになってしまったようね……」と、連絡員の手が握りしめていた何かの紙片に気がついた…

017「これは…?」破かないようにそっと紙片を抜き取ると、さっと文面を確かめた…

017「…なるほど、ちゃんと成果を出してくれたのね……ご苦労様」小声でそう言うと、さりげなくベンチから離れた…

………

427 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2020/04/25(土) 04:05:50.96 ID:KZP7w2/JO
続き待っております
428 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/05/25(月) 00:09:32.64 ID:+xDE/dv20
>>427 お待たせして申し訳ありません…当方、ここしばらくというもの病気で入院しておりまして(おかげでコロナとは無縁だったわけですが…)ようやくの復帰です

…今しばらくは更新のペースが落ち込んでしまうかもしれませんが、着実に進めて行きたいと思っています…どうか気長にお待ちいただければ幸いです
429 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/05/26(火) 01:19:45.80 ID:zrZiqQp90
…ホテルの部屋…

017「…さて、と」連絡員がその生命と引き換えに入手した紙片に改めて目を通した…

017「……サー・パーシバルは別荘にて舞踏会ないしは夕食会を開催する模様。招待客にフランス、ドイツ、オーストリア、ロシアおよびイタリアの商館員等が含まれていることから、同時に何らかの『商談』を行うものと思われる…また、クック旅行社宛に入金百二十ポンドを確認……この金額は南米行きの一等船室の船賃と合致する…」

017「以上の事からサー・パーシバルは情報を売却した後、南米への逃亡を企図しているものと推測される…ね」

017「となると、どうあってもその素敵なパーティにお呼ばれしてもらわないと…♪」

………



…翌朝…

017「申し訳ないけれど、この手紙を出してきていただける?」

ボーイ「はい、かしこまりました」

017「お願いね」


…暗号化した文面で書き上げた本部宛の手紙を、さも何気ない様子でボーイに渡した017……暗号はサー・パーシバルが「テリア犬」連絡員を「ティーカップ」といった具合で『留守から帰ってきてティーカップが割れていたのは、おそらくテリア犬がいたずらしたからでしょう…今度品評会があるので、それまでによくしつけておいてもらいたいものです…』などと言葉を置き換えてある…


017「…後はどうやってサー・パーシバルに接近するかが問題ね……紅茶でも飲んで考えるとしましょう」

…食堂…

給仕長「おはようございます、レディ・バーラム」

給仕たち「「おはようございます」」

017「ええ、おはよう」チャーミングな微笑と一緒にたっぷりのチップを振る舞ってきたおかげで、下へも置かぬもてなしを受けている017…

給仕長「…それでは何にいたしましょう?」

017「そうね、ダージリンをお願いするわ♪」

給仕長「承知いたしました……では、どうぞこちらのお席に」

017「ふふ、ありがとう」

…給仕長じきじきに窓際の席へと案内された017…運がいいことに近くのテーブルにはサー・パーシバルが座っていて、トーストとゆで卵の朝食を食べつつ紅茶をすすっている…

017「おはようございます、今日はいいお天気ですわね♪」軽く膝を曲げて会釈をしつつ声をかけた

ストーンウッド「…全くですな。レディ……あー…」立ち上がって礼を返したものの、017の名前を知らないので口ごもった…

017「あら、申し訳ありません…わたくし『レディ・ジェーン・バーラム』と申します」

ストーンウッド「これはご丁寧に……私はサー・パーシバル・ストーンウッドです、どうぞお見知りおきを」

017「まぁまぁ、貴方があの有名な…お会いできて光栄ですわ♪」

ストーンウッド「なに、それほどのものでもありません」そう言いつつもどことなく満足げなサー・パーシバル…

017「ふふふ、そうご謙遜なさらず……お噂はかねがね伺っておりますわ」

ストーンウッド「いや、お恥ずかしい限りだ…」

017「ふふ、サー・パーシバルは奥ゆかしい方でいらっしゃるのね…♪」

………


430 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/06/01(月) 01:28:44.04 ID:kS/aJaIz0
…しばらくして…

ストーンウッド「はは、そんな話があったとは知らなかったですな」

017「ええ、なかなか面白いと思いませんか?」

ストーンウッド「いや、全くだ……」と、サー・パーシバルの召し使いがやって来てかたわらに立った…

色黒「…旦那様」

ストーンウッド「…何だ?」

色黒「はい、それが例の件で……」

ストーンウッド「…そうか、分かった。 …レディ・バーラム」

017「はい、何でしょう?」

ストーンウッド「いや…おかげで大変愉快な一時を過ごさせていただいたが、少々用事ができたのでね……一旦これで失礼させていただく」

017「あら、それは残念ですわ…」

ストーンウッド「そうですな……そうだ、今度わが別荘でちょっとしたパーティを開くつもりですので貴女をご招待しよう…いかがかな?」

017「まぁ、それは素晴らしいですわね♪」

ストーンウッド「そう言っていただけるとこちらも嬉しい…招待状は後でこのシンに届けさせましょう」そう言って召し使いのことを指し示す

シン「…わたくし、旦那様の召し使いをしておりますシンと申します」017に向かって丁寧に一礼した…

017「ええ……では、招待状が届くのを楽しみにしておりますわ」

ストーンウッド「うむ…では失敬」

017「はい…♪」(…どうにかして今度のパーティに潜り込みたいとは思っていたけれど、まさか向こうから招待してくれるなんて……♪)

………



…翌朝…

声「…失礼いたします、レディ」

017「……はい、どなた?」

シン「サー・パーシバルの召し使いのシンでございます…昨日お約束した招待状をお持ちしました」

017「あぁ……分かりました、今開けますわ」

シン「…おはようございます、レディ」

017「ええ、おはよう」

シン「こちらが招待状にございます……それと旦那様から言付けで「今回のパーティは様々に趣向を凝らしているので、楽しんでもらえたら幸甚です」とのことです」

017「まぁまぁ、それはご丁寧に……サー・パーシバルには「招待いただいたこと、改めてお礼を申し上げます」と伝えておいて?」

シン「承知いたしました。それでは失礼いたします」

017「ええ、ご苦労様」そう言って半クラウン銀貨を手渡した

シン「ありがとうございます…」

017「…さてさて」封蝋を綺麗にはがすと、中の便せんを取り出した…使われているのはやはりホテルの便せんだったが、ペン先を変えるか違うペンを使っているらしく「脅迫状」とは筆跡が違う…

017「んー…」じっくりと文面を読み通す017……時候のあいさつと結びの文句でまとめられた招待状はごくごくありふれた印象を与えるが、やはりどこか気取ったような感じがする……

017「どうやらサー・パーシバルが「ファントム」で間違いないようね…」

017「……何はともあれ、これを使うことなしに回収できればいいのだけれど…ね」そうつぶやきながらリボルバーの弾薬を込め直すと「キシン…ッ!」とシリンダーを戻した…

………

431 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/06/03(水) 02:10:31.63 ID:EvO5b9s90
…数時間後・コーヒーハウス…

017「…」少し渋めのオレンジペコーにほどよくミルクを入れたホワイトティーをすすりつつ、手元に「ザ・タイムズ」を開いて接触を待っている…

部長「失礼…この席にかけても構いませんかな?」

017「ええ、どうぞ……報告書はお読みいただけました?」

部長「うむ、読んだとも」

017「それにしても部長自らおいでになるということは……よほどの事ですわね?」

部長「いかにも。今回の件はそれだけの事態なのだ…ところで君はサー・パーシバルが別荘で開くパーティに招待されたそうだな?」

017「はい、これがその招待状です」

部長「ふむ…筆跡こそ少し変えてあるが、この鼻につく文体は間違いなく同一人物の書いたものだな」

017「ええ、私もそう思います」

部長「よろしい。 では、君はこのパーティーに出席して所期の目的を達成しろ」

017「はい」

部長「頼んだぞ…それと、だ」

017「まだ何か?」

部長「うむ……今回の件で軍情報部が茶々を入れてきた」

017「ふぅ…またですか」

部長「ああ…」

………

…数時間前・内務省の応接室…

部長「これはこれは…おはようございます、サー・ジョン」

陸軍大佐「おはよう」

部長「わざわざ陸軍本部からおいで下さるとは、よほどのご用なのでしょうな……とりあえず紅茶でもいかがですか?」

大佐「いや、結構だ」

部長「そうですか……では失礼ながら、私だけ頂くとしましょう」ティーカップを持ち上げ、巧みに表情を隠す…

大佐「好きにしてくれたまえ…ところで、だ」

部長「ええ」

大佐「…うちの部員が気になる報告を上げて来たのだが……」

部長「ほう…?」

大佐「……何でも、オックスフォードの研究所から輸送中だった高純度ケイバーライトのサンプルが情報部員ともども行方不明だそうだな?」

部長「ええ」

大佐「…言うまでもないだろうが、ケイバーライトがあるからこそ我が国が列強の中でも抜きん出た存在でいられる……ということは分かっているだろうな」

部長「ええ、その点は理解しているつもりですが」

大佐「結構…つまり、今回の件は国防上の観点からしても重大な危機だということだ」

部長「…それで?」

大佐「今後は我々軍情報部もサンプルの捜索および回収任務を行う」

部長「なるほど…」

………



017「まったくもう……軍情報部ときたら人の足を引っ張る事に関しては一流ですわね」

部長「うむ、全くだ…連中に情報活動を任せておいたら、今ごろ我々の植民地はワイト島だけになっていたことだろう」
432 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/06/08(月) 02:20:39.19 ID:Ra8oZmoL0
017「ふふふっ…♪」

部長「笑い事ではないぞ、017……今のところ「ファントム」から追加の要求は届いていないが、それとていつどうなるかは分からん」

017「ええ」

部長「…それにだ、もし軍情報部がアナグマの巣を見つけた猟犬そこのけに鼻を突っ込んで辺りをかき回したりしてみろ……奴は焦ってサンプルを持ったまま「高飛び」するとか、どこかにサンプルを叩き売ってしまうだとかするかもしれん…もしそうなったら取り返しがつかん」

017「確かにそうですわね」

部長「今のところこちらからファントムへは「百万ポンド分の金をかき集めるのはたとえこの王国であってもある程度の時間がかかる」と期限の引き延ばしを図りつつ、軍情報部には明後日の方につながるような情報を流して目くらましにしているが、これもいつまで持つかは分からん……それに君との連絡役が消されたが、だからといって急に代わりを送り込むこともできん」

017「分かっております。なにしろ「仕込み」が急ですと目立ちますものね…」

部長「いかにも……私としても心苦しい限りだが、しばらくは君一人で任務を継続してもらうことになるだろう」

017「ふふ、そのために訓練を積んできたのですもの…大丈夫ですわ」

部長「…頼むぞ」

017「ええ、それでは……それとここのお勘定はお任せします♪」紅茶を飲み干すと立ち上がった…

部長「うむ」

………



…しばらくして・ホテルのロビー…

受付「お帰りなさいませ、レディ・バーラム」

017「ええ…ところで、わたくしに宛てて手紙か何か届いているかしら?」

受付「はい、すぐに確かめますのでお待ちを……」と、一人の女性が受付のホテルマンに声をかけた…

女性「…ごめんなさい。部屋の予約をしたレディ・カータレットですけれど」

受付「あ、少々お待ちを……」ちょうど複数の客が出入りしているさなかで、普段は手際のいいホテルマンたちもさすがに手が回らないでいる……

女性「なんだかタイミングが悪かったようですね?」

017「ええ、そのようね…♪」


…017に声をかけてきた女性はどちらかというとぽちゃぽちゃとした丸っこい体型で目の間も少し離れているため「とびきりの美人」とは言えないが、にっこりと笑みを浮かべた様子は人なつっこく可愛らしい感じがする……着ているドレスは落ち着いたバーガンディ(褐色がかった紅)で、仕立て方は流行りのスタイルから少し遅れているものの、柔らかそうな白い肌とよく似合っている…


女性「いけないいけない、自己紹介がまだでした……私、エリス・カータレットと申します」

017「これはご丁寧に…レディ・ジェーン・バーラムです、お見知りおきを」

エリス「こちらこそ……よろしければ、後で紅茶でもご一緒しませんか?」

017「ええ♪」

…しばらくして・ホテルのティールーム…

エリス「…まぁ、レディ・バーラムは教養がありますのね」

017「ふふ……そんなよそよそしい呼び方でなくても「ジェーン」で構いませんわ♪」

エリス「でも、よろしいんですの?」

017「もちろん…だってもうわたくしとエリスはお友達でしょう?」そう言ってとびきりチャーミングな笑みをみせた…

エリス「まぁ…///」

017「ね、せっかくですから呼んでみて下さらない?」

エリス「分かりました……ジェーン///」

017「なぁに、エリス?」

エリス「…その、せっかくですから夕食もご一緒できたら嬉しいのですけれど……///」

017「ええ、ありがたく承りますわ♪」

エリス「///」
433 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/06/09(火) 11:50:08.93 ID:CZpSqyL00
…夕食時…

エリス「ん、とても美味しいですわね」

017「ええ、そうね…♪」


…二人は会話をしながら柔らかいレタスと上等な仔牛のローストを味わい、シェリー酒を傾けている……しばらくおしゃべりをしていて分かったことだが、おっとりした感じのエリスは聞き上手で教養もあるがそれをひけらかすようなことはせず、017の言いたいことをよく分かってくれる…たとえて言うなら一緒にいるだけでほっとする、そんな気持ちの良い性格をしていた…


017「ふぅ、美味しかった…あら、まだシェリーが残っているわよ、エリス?」

エリス「ええ。でももう飲めないわ…」二杯目のシェリーを半分ほど飲んだところで、残りを持て余しているエリス…

017「そう、それじゃあ残りは私が頂くわね……麗しき友情のために♪」小瓶に残っている最後の数滴を給仕に注いでもらうと、軽く微笑みながらグラスを持ち上げた…

エリス「乾杯…♪」そう言うと杯のシェリーを飲み干した…

…食後…

017「ねぇ、エリス……シェリーが飲めない分、甘い物なんていかが?」

エリス「そうねぇ、甘い物は好きよ」

017「ふふ、なら決まりね…デザートとグラスのシャンパンをお願いするわ♪」

給仕「はい、ただいま」

017「……いかが?」

エリス「ええ、とっても美味しい…」イチゴのタルトレットにひんやりと冷やしたアングレーズソース(英国風カスタード)をかけた一皿を幸せそうに口に運ぶ…

017「それならよかったわ♪」

………



…しばらくして…

017「エリス……良かったら部屋まで送るわ」

エリス「ええ、ありがとう…」シェリーが多かったのか、それともデザートの時に勧めた冷たい甘口のシャンパンが効いたのか、少し上気した表情でそっと身体を寄せてくる…

017「お気になさらないで?」

エリス「……ねぇ、ジェーン」

017「なにかしら?」

エリス「その、良かったら……貴女のお部屋でもう少しお話ししたいの…♪」

017「…ええ、喜んで♪」


…エリスをスイートルームに招き入れた017は椅子を引いて彼女を座らせると、自分は向かい側の椅子に腰かけた……エリスが着ているドレスは昼間と違って着こなすのが難しそうな深い紫色だったが、ふっくらした胸元や柔らかそうな腕の白さを上手く引き立てている……その白い肌は食事とお酒でほのかな桃色に色付き、少し汗ばんでいるせいか灯りに照り映えて艶めいている…017は近頃見に行った舞台や流行のドレスといったたわいのない話をしながらも、エリスのほのかに開いた唇やとろりと熱っぽい瞳を見て身体がうずいた…


エリス「……あ、もうこんな時間……もっとお話していたいところですけれど、そろそろおいとまさせて頂きますわ」…深夜を告げるビッグ・ベンの鐘の音が余韻を残して消えていくのを聞きながら、名残惜しげに言った……

017「ええ、それもそうね…今度こそお部屋まで送るわ」微苦笑のような笑みを浮かべて立ち上がった…

エリス「…今宵はとても楽しく過ごせましたわ、それではまた……きゃあっ!?」

017「っ!」

…丁寧に一礼しようとして、ふらっとよろめいたエリス……017が倒れかかるエリスをとっさに支えようとすると、ちょうど抱きしめるような形になった…

エリス「あっ…///」

017「エリス、大丈夫だった?」

エリス「ええ、ありがとう……ん、ちゅぅ♪」

017「…んっ♪」不意に唇を重ねてきたエリス……甘い香水の匂いが鼻腔をくすぐり、ふっくらした唇の感触と甘いアングレーズソースの味がした…

434 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/06/14(日) 02:20:45.50 ID:3iYgEsqG0
エリス「……ぷは…ぁ///」

017「ふぅ……エリス、それがどういう意味か分かって?」

エリス「ええ…あっ、ひゃあんっ♪」


…017は少し小柄なエリスを抱えるようにしてクィーンサイズのベッドに「ぽふっ…!」ともつれ込むと、もどかしげにヒールを蹴って脱ぎ捨てた……贅沢だが少し窮屈なドレスから白いシルクのストッキングに包まれた綺麗な脚がのぞくとエリスの脚と絡み合い、そのままエリスのふっくらとした柔らかな唇と、017の艶やかな唇が重なり合う…


017「んむっ、ちゅぅ……ちゅむ♪」

エリス「ん…ふ……あむっ、ちゅ……///」

017「ちゅうっ…ちゅぷ……んちゅ…」

エリス「はぁ…んぅ……れろっ、ちゅぱ…っ…♪」

017「ちゅぅっ……ん♪」二人が唇を離すと「つつ…ぅ」と唾液が糸を引き、少し暗くしてあるランプの灯りに照らされて金色に輝いた…

エリス「んぅ…ぅ///」

017「大丈夫、まだまだ夜は長いわ……ふふ」


…物欲しげなエリスの声を聞いて意味深な含み笑いを浮かべると、彼女のまとっているドレスをたくし上げはじめた……紫色のドレスがさらさらと衣ずれの音を立ててけし(ポピー)の花びらのようなしわをつくりながらめくれ上がっていくと、その下からすんなりとしたふくらはぎと、白いストッキングとガーターが窮屈そうなむっちりとした太ももが見えはじめた…


エリス「も、もう……あまり見ないでくださいまし♪」

017「まぁ、こんな素晴らしい眺めを見るなとは……エリス嬢はお顔に似合わず残酷でいらっしゃる…ちゅっ♪」

エリス「あんっ、いけません…どこに接吻をしておりますの…っ♪」

017「ふふふっ、もちろんエリスの柔らかなおみ足に……んむ…ちゅぅ、ちゅ…っ♪」

エリス「あ、あ、あっ…♪」

017「ちゅむ、ちゅぅ…エリスの脚は…ちゅぅ……まるで綿雲のように柔らかで…あむっ、ちゅっ……バラのようにいい香りがしますね…」つま先から口づけを始めて、ふくらはぎから太ももへと接吻する場所が上っていく…

エリス「ふあぁぁ…っ、あふっ……んあぁ…あんっ///」

017「…エリス」ちゅぅ…っ♪

エリス「んぅ…ぅ♪」ほのかな灯りの下でほんのりと汗ばんでいるエリス……白いコルセットの胸元からは(この時代の美意識からすると少し大きすぎるが…)魅力的な丸っこい乳房がはみ出し、谷間はしっとりと湿っている…

017「ん、ちゅむぅ……れろ…っ♪」

エリス「あ…っ、あぁん…っ♪」鎖骨や二の腕、そして胸元に吸い付くようなキスをされ、甘い嬌声をあげながら身をよじる…

017「んちゅ……ちゅぷ、ちゅぅぅ…っ♪」

エリス「ふあぁんっ、あふっ…んぅぅぅ…っ♪」

………


435 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/06/19(金) 02:06:58.66 ID:I4MlnSXy0
017「ん…んちゅぅっ、ぢゅぅぅ……っ♪」

エリス「はっ、はっ、はぁっ…んあぁぁ…っ、あふっ…♪」

017「んんぅ…っ、ちゅぅぅ……れろっ、あむ…っ……」

エリス「ふあぁぁ…っ、ジェーンさまぁ……あっあっ、あぁん…っ♪」


…ほのかな灯りの下で白く柔らかな身体をよじらせ、ねだるような嬌声をあげるエリス……とろりと濡れた瞳に形のよいふっくらした唇、汗ばんだ額に貼りついたひと房の髪……任務を含めて多くの女性と身体を重ねてきた017も、甘く乱れたエリスの姿を見ると花芯がうずいた…


017「…んっ、ちゅむ……ぴちゃ…れろ……ぉ…」

エリス「あふっ、あっ、あぁぁんっ…♪」

017「ふふふ……エリスったら甘くていい匂いがするわ…んちゅっ、ちゅぅぅ…っ♪」

エリス「ん、んんっ…そんなに吸い付いてはあとが残ってしま……あぁんっ♪」

017「…そうしたいからしているの……エリスの白い肌に私が愛した痕跡をとどめたいんですもの……んちゅぅぅ…っ♪」

エリス「も、もう…/// そんなことを言われたら、わたくし…拒めなくなってしまいます……あむっ、ちゅむ…ぅ///」

017「…ふふ」んちゅ…ちゅぅっ、ちゅぅぅ……♪

エリス「ん、ふ……///」ちゅむ、ちゅる……っ♪


…017の器用かつ多くのレディを口説いてきた舌と、エリスの柔らかで暖かい舌とがねっとりと絡み合った……二人はお互いに舌を絡ませ、歯茎をなぞり、唾液をすすり、息を継ぐ間も惜しんで相手の唇をむさぼった…


エリス「ふあ…ぁ、もっと……して下さいまし…ね///」

017「ええ、仰せのままに…♪」そう言うと片手で大きくて柔らかな乳房を優しく揉みしだき、もう片方の手を秘所に伸ばした…

エリス「あっあっ、あふぅ……んぅっ♪」

017「ふふっ、エリスのここは暖かで……それにとろりと濡れていて…♪」ちゅぷっ……くちゅ…っ♪

エリス「あぁぁっ…あうんっ、はぁん……っ♪」017のほっそりとした長い指が花芯を優しくかき回し、たわわな胸をゆっくりとこね回す…

017「…エリス」身体を重ねて耳元でささやく…

エリス「あぁぁ…っ、もう……そんな風になさるなんてずるいですわ…んぁぁっ///」とろ…っ、ぬちゅ…♪

017「ふふ……♪」くちゅくちゅっ、ぢゅぷ…っ♪

エリス「はぁ、はぁ、はぁ…もうっ、貴女がそんな風に意地悪をなさるのなら、わたくしにも考えがありますわ……っ♪」じゅぷっ、くちゅぅ…っ♪

017「あっ、んぅぅ……っ♪」どちらかというと子供のようにぽってりとしているエリスの指が、ぬるり…と膣内に這入ってくる……どこかおっとりしていて憎めない感じのするエリスが「プレイガール・スパイ」である017に負けじと一生懸命になって花芯をかき回してくると、思わず甘いため声が出た…

エリス「ふぅ、ふぅ、はぁ……ん、んぁぁ…っ♪」ぬちゅっ、ぐちゅぐちゅ……っ♪

017「んぅぅ…はぁ、あぁ……ん♪」ぢゅぷ…くちゅっ♪

エリス「あふっ、ああぁんっ…ジェーンさま……もっと…ぉ///」

017「んっ、あ…それじゃあエリス、私にも……んんぅ♪」

エリス「はい……あっあっ、あぁぁぁん…っ!」ぐちゅぐちゅっ、とぷ…っ♪

017「あっ、んんぅ…っ♪」ちゅぷ…くちゅっ……とろ…っ♪

エリス「はぁ、ふぅ……あふ…っ///」恥ずかしげに顔を赤らめつつも、甘ったるい声をあげるエリス……愛蜜ですっかりべとべとになったストッキングとガーターが、てらてらとランプの灯りに反射している…

017「ふふ……エリス、とても可愛かったわ♪」エリスをよがらせるのに思っていたより体力を使い、軽く肩で息をしながらも余裕めかして微笑んでみせた…

エリス「そんなことを言われたら恥ずかしいですわ……ですが、その…ジェーンさま…///」

017「なにかしら?」

エリス「…よろしければ……もっと、いたしましょう…?」
436 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/06/24(水) 02:08:40.95 ID:PzaQ6HUf0
017「ふぅ……」

エリス「あっ、いえ…その……わたくしったら、なんとはしたない事を…っ///」

017「……喜んでお相手させていただきます♪」ちゅぷ…ぬちゅ、くちゅり…♪

エリス「えっ……あ、あっ、んぁぁ…っ///」

017「ふふふっ、エリスの甘い蜜…こんなにあふれて……ん、じゅるっ……ぢゅる…っ♪」

エリス「ふあぁぁっ、あふぅっ…そこぉ、いいれひゅ……ぅ♪」とぷっ、とろっ…♪

017「…ん、れろっ…じゅる……ちゅぷ…っ♪」

エリス「はひぃぃ、あぁんっ……でも、わたくしらって…ジェーン様にしてもらってばかりでは……ありませんわ…っ♪」ぬるっ、ぢゅぽ…っ♪

017「んんっ、ふあぁぁっ♪」


…エリスは互い違いの馬乗り状態になって花芯に舌を這わせていた017をひっくり返すと、今度は自分が上になって017の割れ目に舌を差し入れた……エリスのむっちりと柔らかでしっとりと汗ばんだ身体が覆い被さり、粘っこい舌がぐりぐりと秘所をえぐる…


017「んぁぁ、あっ、あん……っ♪」

エリス「んむっ、ちゅぅ…むちゅぅっ、れろっ……ん、ふ…♪」んちゅっ、にちゅ…くちゅぅ…っ♪

017「はふぅ、あふぅ…んっ♪」

エリス「んちゅっ、じゅるっ……んちゅ…♪」

017「んぅ、ふわぁん…っ……あむっ、じゅるぅぅ…っ♪」

エリス「はひぃっ、あっ…ひぐぅ゛っ……あぁ゛ぁ…っ♪」とろっ、とぷっ……ぷしゃぁぁ…っ♪

017「イくっ、ひぐぅ゛ぅ……っ♪」エリスが甘い絶叫をあげながら身体をがくがくとひくつかせた拍子に、一気に奥まで舌をねじ込まれた形になった017……その甘美な衝撃に思わず身体が跳ね、瞳が焦点を失った…

………



エリス「ジェーン様……わたくし、こんな甘美な経験をしたのは初めてですわ…///」

017「ええ、私も…♪」ちゅっ…♪

エリス「あ、いけません……こんな経験をしてしまっては、一人きりのベッドがもの寂しくなってしまいます…///」

017「ふふっ…そんな夜がありましたら、どうか遠慮せずにわたくしを呼んでください……ね♪」明るさを落としたランプのぼんやりした薄暗がりの中、エリスに向かって微笑んでみせた…

エリス「…っ///」

017「ふふふ……♪」

…べとべとの愛蜜にまみれた気だるい雰囲気の中、二人はお互いの身体を優しく愛撫しながらたわいない世間話をした……そしてしばらくすると(同じホテルに宿泊している事もあり)話は当然のようにインド帰りの百万長者と噂になっているストーンウッドの話題になった……

エリス「まぁ、それでは貴女様もサー・パーシバルに招待されたのですね♪」

017「ええ」

エリス「わたくしも招待されておりますが、ジェーン様とご一緒出来て喜ばしい限りですわ……それにしても当日が楽しみですわね?」

017「そうですか?」

エリス「ええ…だってサー・パーシバルといえば爵位こそ準男爵に過ぎませんけれど、その百万長者ぶりは王国中に知れ渡っておりますもの」

017「確かにそうですわね」

エリス「そんなお方のパーティに招待されるなんて、素敵な事ですわ…♪」

017「かもしれませんね」

エリス「ジェーン様もきっと……もう…っ///」急に口元を抑えてあくびをかみ殺した…

017「……そろそろ夜も更けます、明るくなるまでにひと眠りいたしましょう?」

エリス「そうですね……わたくし、急に…ふわぁ……///」

017「ふふっ……良い夢をね、エリス…♪」頬に軽くキスをすると、枕に頭を乗せて落ち着いた寝息を立て始めた……

エリス「お休みなさい、ジェーン様……」そっと唇に口づけをすると音を立てずにベッドから抜け出し、ベッドサイドの小机の上に置いてある017のポーチを調べ始めた…

017「…」寝たふりをしたままエリスの行動を確かめると、一瞬だけ唇の端に皮肉な笑みを浮かべた…

………

437 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/06/30(火) 00:28:12.48 ID:BPEgFogg0
…数日後・ラムズゲート近郊…

017「…サセックス州もこの辺りまで来ると潮の香りがしてきますわね」

食堂の亭主「そうですね、特にここらはドーヴァー海峡から吹く海風がありますから……湿地だらけで湿っぽいところですが、そのぶん鴨だのシギだのがたくさんいますから、鳥撃ちにはもってこいですよ」

017「そうでしょうね」


…017はロンドンから南東に延びる道をチャタム、マーゲートと経由してサー・パーシバルの別荘に向かっていた…活動的な若いレディらしくロンドンで借りた軽快な二輪馬車の手綱を自ら操り、地元のちょっとした食堂や旅籠に入っては休憩がてら亭主や地元の人間の話に耳を傾け、情報を集める…


亭主「…それにあたしら地元の人間からすると別段何の変わり映えもしない風景ですが、都会から来なさる方々にはいいところに見えるようで……貴族のお方の別荘や何かも結構ありますよ」

017「確かに、のどかでいいところに見えますわ」

亭主「そう言って来て下さる方がいらっしゃるから、あたくしの暮らしも成り立つんで…」

017「違いありませんわね…♪」

亭主「ええ、そうなんでございますよ。なにしろ街道はドーヴァーの港からカンタベリーの方に延びているもんですから、こっちの方にはちっとも人が来ないんで……別荘をお持ちの方が猟の獲物を買い上げて下さったり、こうしてご婦人のようにお茶を飲みに馬車を止めて下さったりしてくださるからどうにかやっていけるというわけでして…」

017「なるほど」

亭主「ええ。特にここ数日はストーンウッド様のところでパーティかなにかがあるようで、もう何人もいらっしゃってますよ……中には外国人もいましたっけ」鼻にしわを寄せてフランス人を始めとする「大陸の人間」に対する軽蔑を示した…

017「あら、そうなの?」

亭主「はい、それはもう……」

017「そうでしたの…面白いお話が聞けて楽しかったですわ」にこやかに笑みを浮かべ、お茶の代金を払った…

………

…ストーンウッドの別荘…

017「…ここがサー・パーシバルの別荘ね……」


…ゆっくりと馬車を走らせながら、さりげなく周囲を観察する017……十数エーカーはありそうは広い敷地に延びる馬車道を玄関に向けて進んでいくと、落ち着いた、しかし立派なジョージ王朝風の屋敷が見えてきた……辺りにはなかなかよく手入れされた庭が広がり、裏手には葦(あし)や水草の生える湿地が広がっている…すでに招待客のいくらかは到着しているらしく、玄関前の噴水を取り囲むように円を描いている車寄せには数台の馬車が停まっている…


017「どうどう…」

召し使い「…ようこそおいで下さいました、レディ…失礼ながらお名前と……それから招待状はお持ちでいらっしゃいますか?」玄関先で手綱を引いて馬を停めると、さっそく召し使いが近寄ってきた…

017「ええ、ここに」

召し使い「……確かに。では馬車はわたくしどもが停めておきますので、どうぞ中へ」

017「お願いね」

召し使い頭「…ようこそおいで下さいました、レディ・バーラム。お部屋へはわたくしジェンキンスがご案内いたします」

017「ありがとう、ジェンキンス」

…屋敷の中…

ジェンキンス「…お部屋はこちらにございます、レディ・バーラム」

017「まぁ、素敵なお部屋ですわね…♪」

…屋敷のファースト・フロア(二階)にある客室はいかにもインド帰りの「お大尽」らしく、多少趣味は悪いが贅を尽くした調度がそろっている……黒檀で出来たキャビネットやえんじ色の絨毯に、切り子細工の水差しとグラス……窓からは自然らしさを重んじるアルビオン風の庭園がよく見える…

ジェンキンス「それでは、お召し物のお着替えや何かもございましょう…ご用の向きがございましたらそちらの紐を引いて下さいませ」

017「ええ」

ジェンキンス「会食のお時間になりましたらご案内いたしますので、それまではどうぞご自由になさって下さいますよう…と、仰せつかっております」

017「サー・パーシバルの行き届いたご配慮に感謝いたしますわ」

ジェンキンス「はい。それと広間の方にはお飲み物や軽食などを用意してありますので、よろしければおいで下さいませ……ストーンウッド様もそちらにいらっしゃいます」

017「分かりましたわ」

ジェンキンス「それでは、失礼いたします」

017「ええ」(…さて、いよいよね)

………

438 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/07/08(水) 01:37:52.15 ID:RuFApEMq0
…広間…

017「…お久しぶりですわね、サー・パーシバル」

ストーンウッド「あぁ、これはレディ・バーラム。ようこそつつましい我が別荘へ」

…ストーンウッドは口でこそ「つつましい」などと言っているが、なんともぜいたくな調度が並べられている大広間……すでに何人もの客人がお茶や菓子のもてなしを受けつつ、会話に興じている…

017「今回はお招き下さってありがたく思いますわ……とても素敵なところですわね」

ストーンウッド「レディ・バーラムにそう言っていただけるとは光栄です」

017「本当のことですもの…それでは、わたくしはお茶を頂戴して参りますわ♪」にこやかな笑顔を浮かべ、ストーンウッドから離れた…

ストーンウッド「……ミスタ・ウェイクフル、こちらは在ロンドン・フランス共和国大使館の商務官、ムッシュウ・ジーン・ジャック・ルブランク…ムッシュウ・ルブランク、こちらはアメリカに本社がある「ロンサム交易」のミスタ・ジョーンズ」

山高帽のアメリカ人「どうも」

しゃれたフランス人「アンシャンテ(初めまして)…ムッシュウ・ストーンウッドのご紹介にあずかりました、ジャン・ジャック・ルブランです」身体にぴったりと合った燕尾服姿のフランス人は小ばかにしたような笑みを浮かべて、サー・パーシバルの「アルビオン人らしい」無茶苦茶なフランス語の発音を訂正しながら自己紹介した……

ストーンウッド「……ミスタ・ブレイク、こちらはマドモアゼル・マリーヌ・ルロワ…」

細い口ひげの紳士「あぁ、シニョーレ(ミスタ)・サバチーニを紹介しないといけませんね…レディ・ロックフォール、こちらは「アニェッリ貿易会社」のシニョーレ・ジュセッペ・サバチーニ……」

片眼鏡の紳士「まだお引き合わせしておりませんでしたね。こちらのお方はオーストリア・ハンガリー帝国の大使館付商務官、ミスタ・ルドルフ・エアハルト…」

小粋なイタリア人「…こちらはドイツ帝国の男爵、カール・ハインリッヒ・フォン・レーヴェン……」

017「…」


…空いている椅子に軽く腰を下ろして優雅にお茶を飲みながら、他の「客人たち」を観察する017……たいていは様々な国から送り込まれてきた様々なエージェントたちで、明るく振る舞う社交的なタイプから、後ろ暗い事でもあるようにこそこそしているタイプまで、まるで見本として取り揃えたかのように顔を並べている……そのうちの何人かは017でも意識しなければそれと気づかないような見事な偽装をしている一流エージェントだが、反対に二十五ヤード離れていても諜報員と嗅ぎ分けられるようなシロモノで、顔中に「スパイ」と書いてあるように見える者もいる…


017「…あら、あれは……?」なかば面白半分に観察を続けていると、他の客人たちに交じって自己紹介をする一人の見なれた姿が目にとまった…

エリス「お初にお目にかかります。わたくし、エリス・カータレットと申します……」

017「……やっぱりエリスだったわ…」

エリス「…まぁまぁ、そうなんですの……面白いですわね♪」

017「…」017は出発前に部長から聞かされた情報を思い起こしていた…

…数日前・ロンドン…

部長「…よく来たな。まぁ座りたまえ」

017「ええ」

部長「早速本題に入ろう…君から調査を頼まれた「レディ・エリス・カータレット」だが、どうやら彼女は「壁の向こう側」から送り込まれてきた人間のようだ」

017「…共和国の?」

部長「うむ…とはいえ確たる証拠は何もない。何しろレディ・カータレットの両親は例の革命騒ぎの時に亡くなり、老当主はもう高齢で孫娘の顔とティーポットの区別がつくかどうかも分からん…」

017「その辺りのレジェンド(偽装経歴)の作り方はさすがと言うべきですわね」

部長「ふむ「敵ながらあっぱれ」というやつか? …とにかく注意しろ。彼女の「活動」はこれまで確認できていないが、それはこちらに尻尾を掴まれず上手く行動しているか、さもなければ共和国の連中が秘蔵っ子として大事にしていた「スリーパー」(休眠スパイ)を起こしたということになる……どちらにせよ腕利きの情報部員と言うことだけは間違いない」

017「なるほど」

部長「それから、サー・パーシバルの別荘には欧米列強の情報部員やそれに類する連中が次々と入っている……確認しただけでもフランス、ドイツ、オーストリア・ハンガリー、アメリカ、イタリア…数えきれんほどだ」

017「まるでスパイの見本市ですわね…♪」

………



エリス「……まぁ、ジェーン様♪」

017「ふふ、エリス…お会い出来て嬉しいわ♪」膝を曲げて礼を交わすと、お互いににっこりした…

439 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/07/14(火) 02:44:17.49 ID:pLuIMkXr0
エリス「…それで、ジェーン様はお断りしましたの?」

017「いいえ……ただ聞こえないふりをして返事をしなかっただけですわ♪」

エリス「まるでネルソン提督ですわね…♪」


(※ネルソン提督…英仏戦争時「トラファルガーの海戦」でフランス艦隊を打ち破りナポレオンの野望を砕くも、甲板上で狙撃され戦死した名提督。過去の戦闘で片目になっており、消極的な命令を伝える信号旗が掲揚されると見えない方の目に望遠鏡を当てて命令を見なかったことにしたという……本国で埋葬するため死体が腐敗しないようラム(実際にはブランデー)の樽につけたが、帰投したときには盗み飲みをした水兵たちによって樽がすっかり飲み干されていたという伝説もあり、それから上等のラムを「ネルソンズ・ブラッド」(ネルソンの血)と呼ぶ)


017「ふふ、ネルソン提督とは光栄ですわ」

フランス人「こほん……あー、マドモアゼル。よろしければお菓子か何かお持ちしましょうか?」

017「メルスィ、ムッシュウ…でしたらアプリコットのパイを取ってきて下さいますか」

フランス人「ウィ」

イタリア人「…シニョリーナ(お嬢さん)、貴女もなにかいかがです…お皿が空っぽですよ?」

エリス「まぁまぁ、ご親切にどうも……では、きゅうりのサンドウィッチをひとつお願いします♪」そう言うと愛らしい無邪気な笑みを浮かべた…

イタリア人「分かりました、では少しばかり待っていて下さい♪」


…一見するとにこやかに談笑する華やかな紳士淑女たちだが、お互いに自分以外の誰がエージェントなのか、それとも「壁の花」として呼ばれたただの客なのかを見極めようと腹の探り合いをしている……ストーンウッド本人もそれを承知の上で、あくまでも気前のいい招待主として振る舞っている…


アメリカ人「いやぁ、ステイツ(合衆国)だとそういうことはなくって…なにしろ西部じゃまだまだ野盗の群れは出るわ、暑さで干上がりそうになるわで大変なんですよ♪」

若いフランス女性「そうなんですの……それがはるばるアルビオンまでおいでになるなんて、まるで大冒険だったことでしょうね」

アメリカ人「ええ、全くですよ」

ストーンウッド「…それはご苦労でしたね、ミスタ・ウェイクフル」

アメリカ人「なぁに、ロンドンで大口の商談がありましてね…お偉いさんがその件だけは「どうしてもまとめなくっちゃならない」って言うんで、私が呼び出されたんですよ……もっとも、そのおかげでこんな素敵なパーティにお招きいただいたわけですがね♪」

ストーンウッド「いやなに、大したものではありませんよ」

アメリカ人「ははは、またまたご冗談を……」

………

…夕方・017の客室…

メイド「…いかがでしょうか、レディ・バーラム?」

017「ええ、それでいいわ」


…和やかなティーパーティの後、晩餐に合わせた衣装へ替えるためそれぞれの部屋に戻った客人たち……017も客室に戻ると、本部の「教授」が用意してくれた特製のドレスに袖を通す……もちろん手伝いに来たメイドにはドレスのあちこちに施された巧妙な「装備」など分かるわけもなく、言うがままに身支度を手伝っている…


メイド「髪の方はこれでよろしゅうございますか?」

017「そうね、大変結構よ…♪」後ろに立って髪を手伝っているメイドを鏡越しに見ながら腕を伸ばすと、丁寧すぎるほどの手つきで頬を撫でた…

メイド「…さ、さようでございますか///」

017「ええ…あとのこまごましたことは自分で出来ますから、下がって構いません」

メイド「は、はい…///」

017「……さて、あの可愛らしいメイドの娘を厄介払い出来たところで…♪」小型のウェブリー.297口径リボルバーをドレスのドレープ(ひだ)に設けられたスペースに隠し、様々な小道具が収められている葉巻入れの箱をポーチに入れた…最後に香水を軽く一吹きすると首に真珠のネックレスをかけた…

017「……これでよし…と」

………


440 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/07/17(金) 02:56:17.26 ID:DI8koIbF0
…大食堂…

ストーンウッド「…さぁ皆さん、どうぞおかけになって下さい」

017「あら…♪」

エリス「まぁ、ジェーン様がお隣だなんて……わたくし、嬉しい…///」

017「ふふ、そう言ってもらえて光栄です…さ、お料理を取ってあげますわ♪」

…差し渡しが数十フィートもありそうな長テーブルの左右には着飾った紳士淑女が座り、それぞれの前には豪奢な銀食器が並べられている……そしてテーブルの中央には様々な料理が取りそろえられ、温かいものは温かく、冷たい物は冷たく供せられるようきちんと注意が払われている…

エリス「ええ、お願いいたします…♪」

017「ではお魚にしましょうか……それともエリスはお肉の方がよろしいかしら?」

エリス「そうですね…それじゃあ最初は魚にいたしますわ」

017「そう♪」


…銀の大きなふた付きの皿には、香草焼きのヒラメが丸々一尾入っていた……ナイフで切り分け口に運ぶとふわりと白身の肉がほぐれて、ディルやパセリのほのかな香味と白ワインの軽い酸味、シンプルで奥ゆかしい塩胡椒の味が引き立てあって舌の上に広がった…


017「…あら、美味しい……」

若いフランス女性「マドモアゼル、魚には白ワインがよろしいですわ…」

017「確かに」

フランス女性「ええ…わたくしなら「プィイ・フュメ」か「シャトー・マルゴー」を選ぶところですが……」

017「ふふ、わたくしもぜひそうさせていただきたい所ですわ……マドモアゼル・ルロワ♪」そういって相づちを打つと、とろりと甘い表情を浮かべた…

フランス女性「え、ええ…///」

エリス「……失礼ですが、ミスタ・エアハルト……良かったらわたくしにその鴨を取って下さいませんか?」…017が向かいのフランス女性に色目を使っていることに対して立腹していることをそれとなく示すため、わざわざはす向かいの席に座っているオーストリア人に鴨肉を取り分けてくれるよう頼むエリス……

厳格そうなオーストリア人「ヤー(はい)…このくらいでよろしいですかな」

エリス「ええ、ありがとうございます…♪」さらに取り分けてもらうと017に対して当てつけるように、オーストリア人の紳士に対してえくぼを見せて人なつっこく微笑んだ……

017「…ミスタ・エアハルト、よろしければ私にも一切れいただけますか」

オーストリア人「ええ、どうぞ」


…017にだけ分かるように、ちらっと可愛らしくすねてみせたエリス……017はそれに対してこっそりウィンクを返すと、おもむろに鴨肉のローストに取りかかった…地元の猟師から仕入れたらしい鴨は肉厚で、ほどよく効かせたニンニクの風味が濃い赤身やしっとりした脂身とよく合う……入れ替わり立ち替わりで次々と出てくる料理はウズラの雛の炙りに、濃いエンドウ豆のポタージュ、そしてインド帰りの人間が絶対に会食に提供するカレー…やたら辛い羊肉のカレーはどうやら「はまりやすい」料理らしく、そっとテーブルを見渡すと数人が汗を垂らしながらスプーンを動かしている…


エリス「…ジェーン様、この料理はいかがですか?」

017「そうね、少しいただきます…♪」口がひりつきそうなカレーに、脂がのって皮目がパリっと焼き上がっているひな鳥の炙り……そして飲み物は濃いボルドーの赤ワインやクラレット、度数の高いポートワイン…と、うかつなエージェントなら舌が軽くなってしまうような献立になっている……

エリス「…ジェーン様///」

017「ええ、何でしょう?」

エリス「その、お皿が空ですから……何かお取りいたしましょうか…///」少し頬を火照らせて、テーブルクロスの下でそっとふとももをくっつけてくるエリス…豪奢なドレスの生地越しにも、その熱が伝わってくる…

017「まぁ、ありがとうございます…では、その牛煮込みのパイ皮包みを♪」

エリス「はい…///」

017「……ふふ、どうやら色々と気をつけないといけないようね…♪」


441 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/07/24(金) 01:40:08.03 ID:psXQV8dB0
給仕「……レディ、チーズはどれになさいますか…チェダー、エダム、カマンベール、ブリー、ゴルゴンゾーラ……」

フランス女性「ブリーにします」

(※ブリーチーズ…フランス発祥の柔らかい白カビチーズ。クリーミーだがカマンベールほどクセがないので食べやすく「チーズの王様」と呼ばれることも。ルイ16世の好物だった)

給仕「…失礼いたします、チーズはどうなさいますか?」

017「わたくしもブリーをお願いしますわ♪」

給仕「承知いたしました…」

フランス女性「……マドモアゼル・バーラムはブリーがお好きでいらっしゃるの?」

017「ええ、まぁ…貴女は?」

フランス女性「もちろん好きですわ……ブリーを味わうならしっかりした赤がよく合うと思いますから、そうなさったらいかがかしら?」

017「では、ここはマドモアゼル・ルロワのご忠告に従って……ん」とろりと柔らかいブリーチーズをつまみつつ、少し渋めのボルドーを口に含んだ…

………

…食後…

アメリカ人「……それで、危うくこやし(堆肥)の山に突っ込みそうになった奴を見ましてね…」

黒髪の婦人「まぁ…くすくすっ♪」

イタリア人「…シニョリーナ、どうぞ一曲お付き合いいただけませんか?」

金髪の婦人「ええ、お受けいたしますわ」

オーストリア人「…お国のベルンハルト大使とはアルビオン外務省の晩餐会でお目にかかった事がありますよ……」

ドイツ人「……この数年というもの、鉄鉱石や石炭の価格は上昇して…」

017「…」(そろそろ頃合いかしらね…)


…食堂の隣にあるダンスルームでは客人たちがそれぞれワルツのステップを踏んだり、隅にしつられられた椅子に座って飲み物や葉巻を楽しんだりと思い思いの時間を過ごし、ストーンウッドは主人役として会話に加わり談笑している……017はその様子を確認すると、化粧室に行くふりをしてそっとダンスルームを抜け出した…


017「…」使用人たちに怪しまれないよう、広い屋敷の中を何気ない様子で歩いていく……

017「……彼が想定しているとおりの性格なら、きっと「あれ」は書斎にあるはずね…」

………

部長「……それと、サー・パーシバルは虚栄心が強く、それでいて妙に疑り深い部分もある…そして情報の管理や秘匿についてはずぶの素人だから、きっとサンプルや資料は自分にとって身近な場所……例えば書斎の金庫にしまったりしていることだろう」

017「だとすれば少しはやりやすくなりますね」

部長「いかにも……奴がもう少し利口なら、どこか信用のおける銀行の貸金庫かなにかに知らぬ顔で預けてしまうだろうが、もしそうされていたらなかなか手が出せない所だった」

017「全くですわ。まさか行員に事情を説明するわけにも行きませんし、説明せずに開けさせるとなればカバーストーリーを作ったり偽造書類を用意したり……とにかくややこしい事になるところでしたものね」

部長「その通りだ…ましてや夜中に忍び込んで金庫破りをするなど論外だからな」

017「…そうならなくて幸いでした」

………



…屋敷の二階・西側…

インド人の召し使い「…申し訳ありませんが、レディ。こちらの部屋はご主人様のお部屋ですので、お入りにならないよう……どうぞお戻りください」

017「…あら、おかしいわね?」017は「陽気で少し間の抜けたレディが屋敷の中で道に迷った」ふりをして、それらしく左右を見渡した……

インド人の召し使い「どうかなさいましたか」

017「ええ……わたくし化粧室に行きたかっただけですのに、どうしてこんな所に来てしまったのかしら…申し訳ないけれど案内してくださる?」

…少しはにかんだような笑みを浮かべ、ケルベロス(地獄の番犬)のように書斎を守っているインド人に話しかけた……インド人の見張りはどうやらリボルバーを忍ばせているらしく、お仕着せのチョッキがふくらんでいる…

インド人「承知いたしました…化粧室でしたらこの廊下を曲がって階段を下り、その右側でございます」

017「ありがとう」(…やっぱりケイバーライトの資料はここにあるようね。今日の成果としてはこれで充分♪)

………


442 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/07/30(木) 01:17:00.25 ID:xkHbz5/70
…その晩…

017「…何かしら」ベッドに入ってぐっすりと眠っていた017だったが、なにかの気配で目を覚ました…

017「…」


…さっとナイトガウンを羽織ると手にピストルを持ち、音がしないよう少しだけ部屋のドアを開けた……部屋の壁に身体を張り付けてドアの隙間から廊下の様子をうかがうと、ストーンウッドの書斎がある二階の廊下の端に向けて忍び足で近寄っていく男のシルエットがちらりと見えた…


017「……あら、見張りがいない…」さっきまで書斎の前に立っていたインド人の召し使いは用を足しにでも行ったのか、ちょうど姿が見えない……すると部屋の前まで来ていた「誰か」は左右を手際よく見回すと、そのまま滑り込むように室内に忍び込んでいった…

017「…」


…そのままのぞいていると、十数秒もしないうちに召し使いの控え目な足音が聞こえてきた……途端にさっとドアをすり抜けるようにして書斎から出てきた男……そのまま何食わぬ様子で歩き去って行ったが、017の目には男が後ろ手にドアを閉めた様子を召し使いに一瞬だけ見られていたように思えた…


017「…何であれ、こんな夜中にご苦労な事ですわね……」一人でそう冗談めかすと、ガウンを脱いでまたベッドに潜り込んだ…

………



…翌日・夕食後…

アメリカ人「…いやはや、昨日もすごかったが今日も大変なごちそうだ……この国ではごちそうとは巡り会えないと思っていましたが、どうもとんだ勘違いだったようだ♪」

若い婦人「まぁまぁ……それにしても、本当に美味しゅうございましたわね。サー・パーシバルは腕のいい料理人をお雇いになっているようで、うらやましい限りですわ」

イタリア人「ふむ、同感ですな…レディ・バーラムもそう思いませんか?」

017「ええ、そうですわね……サー・パーシバル、今夜の晩餐も大変な絶品でしたわ」

ストーンウッド「あぁ…それは何よりだ、レディ・バーラム」

017「ええ…♪」

ストーンウッド「おっと失礼……話を続けたいのはやまやまですが、これから皆さまに「ちょっとした出し物」をお見せしようと思いますのでね」

017「あら、ごめんなさいまし」

ストーンウッド「お気になさらず…ちなみにあのテーブルの辺りが特等席ですよ」

017「まぁ、ありがとうございます……どのような出し物なのか存じませんが、楽しみですわ♪」

ストーンウッド「…そうですな、とても愉快な出し物ですとも……」



ストーンウッド「…さてさて、紳士淑女の皆さま。今宵はわたくしサー・パーシバル・ストーンウッドが特別な余興を用意いたしました……こちらではなかなか見られないものですので、ぜひ楽しんでいただきたい」

エリス「…ジェーン様「なかなか見られない特別な余興」って何でしょう?」

017「さぁ……ちょうど空いておりますし、良かったらこの席へおかけになったら?」

エリス「そうですわね、それではお隣に座らせていただきますわ……」

ストーンウッド「さて…ここにいる男は私の召し使いの一人で、ラージャと言うものです……」ターバンを巻いて床に直接あぐらをかいている男を指差した……そしてその前には丸っこいつぼ型をした柳のカゴが置いてある…

片眼鏡の紳士「ほう…?」

金髪の女性「…中には何が入っているのかしら?」物見高い数人が首を伸ばすようにしている…

017「…」

エリス「…」

ストーンウッド「……少しばかり驚くかもしれませんが、皆さまどうか騒ぎ立てませんよう願います…ラージャ」

インド人「…」軽くうなずくとカゴの蓋を取った……途端に「シュルシュル…」と滑るような音がして、広がった胸に目玉のような模様がある黒い蛇が鎌首をもたげた…

口ひげの紳士「うわ…!」

若い女性「きゃあぁ…っ!」

443 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/08/04(火) 01:36:37.03 ID:/UXJ51eP0
ストーンウッド「おや、皆様は蛇使いの出し物をご覧になったことがないようですな……大丈夫、ラージャはコブラの扱いが上手ですから心配ありませんよ」

口ひげの紳士「おほん……まぁ、その…なんだ……サー・パーシバルがそうおっしゃるのなら大丈夫でしょう」

女性「……わ、わたくしも少々取り乱してしまいましたわ///」おずおずと元の席に戻る数人

ストーンウッド「結構……ラージャ、始めたまえ」

インド人「♪〜」妙な縦笛を取り出すと、音を奏で始めた……

ストーンウッド「こちらではまだ珍しいですが、インドではよくこうした蛇使いの大道芸を見かけたものです…」

アメリカ人「こりゃいいや…どうです、サーカス団の興行主になる気はありませんか、サー・パーシバル?」

ストーンウッド「ほほう……これは愉快なご意見だ♪」

アメリカ人「はは、何しろ新大陸は娯楽に飢えていますからね…ひと山当てるおつもりになったら教えて下さいよ、サー・パーシバル♪」

エリス「…あれがコブラなのですね……あんな風に舌を出し入れしている様子を見ると少し恐ろしい気もしますわ」

017「ええ、そうね」

インド人「♪〜…」

コブラ「シューッ…シュルル……」高い調子の笛の音に合わせて身体を揺するラージャと、目の前で左右に揺れ動く笛に合わせてチロチロと舌を出し入れしているコブラ…

気取った若い婦人「…なんてことでしょう、とても恐ろしいですわ……」

しゃれたフランス人「大丈夫ですか、マドモアゼル…さ、どうぞ」わざとらしく椅子にへたり込んだ貴族令嬢に向かって、香水を染みこませたハンカチを「すっ…」と差し出した…

若い婦人「あぁぁ、助かりますわ……///」

フランス人「それはよかったです、マドモアゼル」

ストーンウッド「……おや、ご気分がすぐれないのですか?」

若い婦人「いえ、もう大丈夫ですわ…ムッシュウ・ルブランがハンカチを貸して下さいましたの」

ストーンウッド「それは良かった……ところでムッシュウ・ルブランク、もう少し前でご覧になったらいかがです。そこからではよく見えないでしょう?」

フランス人「あー……」

ストーンウッド「さぁさぁ、どうか遠慮せずに…ほら、ここなら特等席ですよ」ちょうど空いていた籐の椅子に腰かけるように勧めた…

フランス人「…メルスィ」

ストーンウッド「なに、お気になさらず…ここならかぶりつきでご覧になれますからな……」そう言いつつ後ろに回ると大げさな笑みを浮かべ、フランス人の両肩に手を乗せ「ぽんぽんっ…」となれなれしく叩いた…

フランス人「……サー・パーシバル?」

インド人「♪〜♪〜…!」

コブラ「シュルルーッ…シャー…ッ!」急に笛の音と動きが激しくなったかと思うと、コブラがフランス人に向けて飛びかかった…

フランス人「あっ、ぐぅ…っ!」

若い婦人「きゃあぁっ!!」

金髪の婦人「…うぅん……」

片眼鏡の紳士「何たることだ! すぐ医者を……」

ストーンウッド「…お静かに願いたいですな、皆さん」インド人が蛇をカゴに戻し室内が騒然となっていると、芝居がかった態度で腕を広げた…

片眼鏡の紳士「しかし…!」

フランス人「サー・パーシバル……薬を、早く薬を…!」

ストーンウッド「……そう慌てないことだ、ムッシュウ…何しろ少々聞きたいことがあるのでね」

フランス人「き、聞きたいこと…?」額に汗を浮かべ、必死になって咬まれた腕を押さえている…

ストーンウッド「いかにも……昨晩のことだ、召し使いの一人が私の書斎から出てくる貴方の姿を見かけたと言っている。一体どういうわけで鍵がかかっていた私の書斎にお入りになられたのか……そして何をなさっていたのか、ぜひお伺いしたいものですな?」

フランス人「いや、そんなことは知らない…きっと貴方の召し使いが見間違えたに違いない!」
444 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/08/10(月) 02:08:22.98 ID:6N7YPZwl0
ストーンウッド「ほほう…ではその時間に何をしていたかおっしゃっていただけますか?」

フランス人「その時は部屋で寝ていた、嘘じゃない…!」

ストーンウッド「そうですか……では私の書斎に「これ」が落ちていたのはなぜなのかお尋ねしたい、ムッシュウ」上着の内ポケットから絹のハンカチを取り出し、ひらひらと振ってみせた…

フランス人「…」

ストーンウッド「この場の誰も持っていないようなしゃれたパリ製のハンカチーフだ。その上ご丁寧にイニシャルも刺繍されている…これでも忍び込んだのは貴方ではないと?」

フランス人「ああ、誓って私じゃない…きっと誰かが私をはめようとして仕組んだことなのだ!」

ストーンウッド「…ムッシュウ・ルブランク、どうも貴方はスパイにしては嘘がうまくないようだ……いくら私が諜報活動の素人だとしても「イチ足すイチ」が二である事ぐらいは理解しているつもりだが?」

フランス人「…」

ストーンウッド「おやおや、今度はだんまりか…まぁ、どのみちコブラに咬まれたら助からないのだ……ムッシュウ・ルブランクをお部屋までお連れしろ」

召し使い「承知いたしました」インド人の召し使い二人が、すでに毒が回って青ざめているフランス人を両側から担ぎ上げるようにして連れ出した……

ストーンウッド「さて、皆様には少々見苦しいものをお見せしてしまいましたな」…まるで「一つ片付いた」とばかりに両手をはたくと、ふたたび気取った笑みを浮かべた……

アメリカ人「……食後の見世物にしてはちょっとばかしきつかったですよ、サー・パーシバル」

ストーンウッド「いや、その点は申し訳ない……まぁどうか軽い飲み物でも傾けていただいて、気分を改めてもらえれば幸いだ」

アメリカ人「ぜひそうさせてもらいましょう…ウィスキーを頼む、ダブルで」白手袋の召し使いに声をかける…

金髪の婦人「…わ、わたくしにはブランデーを……」

エリス「あの……ジェーン様」

017「どうかして、エリス?」

エリス「ええ…ムッシュウ・ルブランですけれど、まさか本当に……?」

017「おそらくは……サー・パーシバルの言うように、コブラの毒が回ってはまず助からないですもの」

エリス「……恐ろしいこと」

017「そうですわね」(そんな人間を相手にするのだから、情報部員なんて因果な商売だこと……)

エリス「…ジェーン様、少し手を握っていて下さいます?」

017「ええ……」

………

…十数分後…

ストーンウッド「さて、どうやら飲み物は行き渡ったようだ……ではそろそろ、皆様をお招きした本当の理由をお話するとしましょう…もっとも、この中の何人かはすでにご存じだとは思うが……」周囲を見回して皮肉っぽい笑みを浮かべた…

一同「「…」」

ストーンウッド「……実は皆様をお招きしたのは、とある物の「商談」を行いたいからなのです…もっとも、同業者ばかりでは落ち着かないでしょうから、何人かは関係のない御仁も交じってはおりますがね」

イタリア人「なるほど、商談ですか…で、物は何ですかな?」

ストーンウッド「ふふ、そう慌てずに……」

イタリア人「おお…これは失礼」

ストーンウッド「…さて、今回取引を行いたいと思っている商品ですが……王国が開発した「高純度ケイバーライト」の精錬法と、そのサンプルです」

イタリア人「なにっ!?」

オーストリア人「ほう…」

フランス女性「…」

ストーンウッド「取引期間はこれから三日間。その間ならばいつでも構いません、私に値段を耳打ちしていただければ結構。ちなみに価格は金(きん)で百万ポンドから…申し訳ないが紙幣だの小切手だのはお断りさせていただく。三日後までに一番高値をつけた方が品物を手に入れることになります……」

017「…なるほど、闇競り方式ですわね……」

ストーンウッド「…皆様の中にはおそらく連絡手段をお持ちの方もいることでしょうが、本国と相談するなら早めになさった方がいいでしょうな」

………

445 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/08/18(火) 11:09:35.03 ID:66hRHoL50
…数時間後・客室…

017「…まったく、サー・パーシバルもなかなか大胆でいらっしゃること……きっと各国の情報部は今ごろ上を下への大騒ぎに違いありませんわね♪」一人でくすくすと笑いながら窓の外を眺めていると、また誰かの伝書鳩が飛び立っていくのが見えた…

017「…しかし彼に注目が集まってしまったおかげで、すっかりやりにくくなってしまって…困ったものですわ」

017「それにしても、まるで「まだ手をつけられていない美味しそうなパイに誰が手を伸ばすか」といった所ですわね……誰もが一番美味しい一切れを手にしたいけれども、お互いに牽制し合ってしまってなかなか手が出せない…ふふ♪」

017「……いずれにせよ、サー・パーシバルにはご退場いただかないといけませんわね……このパイは独り占めして楽しむために王国が作ったものですものね」


…窓辺の椅子に座ってふくよかな紅茶の香りを楽しみつつ、他国の諜報員たちが慌てふためいている様子を観察している……もちろん中には動揺などまるで感じさせない手練れもいて、数人ほどのそうした情報部員を見かけると素直に感心した…


017「あとはいつ実行に移すか……何かいい機会が巡ってくれば良いのですけれど…」

………



…翌日・屋敷の庭園…

エリス「それにしても昨晩の「出し物」はとても恐ろしかったですわ…わたくしはあの後すぐに部屋に戻ったのですけれど、どこかにあの蛇がいるような気がして……おかげで一晩中まんじりともいたしませんでしたわ」

017「同感ですわね。他の多くの方もなかなか眠れなかったことと思いますわ」(それぞれ本部への連絡に忙しくて…ね)

エリス「ええ…それにしてもサー・パーシバルは一体どういうおつもりなのでしょう……わたくしにはよく分かりませんが「ケイバーライト」がどうの、取引がどうのと…」

017「さぁ、わたくしにもさっぱり……でも一つだけなら分かっておりますわ」

エリス「まぁ…それで、その「一つ」とは何ですの?」

017「貴女がとても可愛らしい、ということですわ……エリス♪」

エリス「も、もう…そんな恥ずかしいことを///」

017「ふふ…事実ですもの♪」

エリス「///」

017「ところで、ちょうどそこにベンチがありますわ…少し座ってお話をいたしましょう?」

エリス「ええ…///」

…数分後…

017「……それで、明日の晩には盛大な晩餐会を開くそうですわね…エリスはもう何を着るか決まっていて?」

エリス「いえ、それがまだなんですの……」

017「そう」

エリス「ええ、ですからジェーン様に助言をいただければ嬉しいのですけれど…///」

017「ふふ…構いませんわよ♪」

エリス「まぁ、よかった…///」

017「…喜んでいただけてなによりですわ、ところでエリス」

エリス「何でしょう?」

017「……貴女のお部屋にお邪魔して、本当に助言するだけでよろしいのかしら…ね?」そっと耳元に口を寄せ、艶やかな声でささやいた…

エリス「それは、その…///」頬を紅くして照れたようにうつむいたエリス…

017「…可愛い♪」

エリス「あんっ…ジェーン様、お庭でそのようなことをなさっては……誰かに見られてしまいますわ///」

017「そうですわね……ならドレスを選びに参りましょう♪」

エリス「で、でも…まだお昼にもなっておりませんわ///」

017「あら、ドレスを決めるのに午前中ではいけないのかしら?」

エリス「そ、それはそうですけれど……ジェーン様ったら分かっていらっしゃるくせに…///」

017「ふふふ…意地悪なわたくしを許してくださいまし、ね♪」

エリス「……許すも許さないもありませんわ///」恥ずかしげにうつむいていたが、急に顔を上げると頬にキスをした…

446 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/08/21(金) 01:43:17.32 ID:ZwWRB3hk0
…数分後・エリスの客室…

エリス「ジェーン様、どうぞおかけになって……///」

017「ええ。それではお言葉に甘えて…♪」椅子に腰かけた瞬間、ふわりと甘い香水の匂いが立ちのぼって鼻腔をくすぐった……

エリス「……その、それで…///」

017「エリスはドレス選びを手伝って欲しいのでしたわね……」エリスの白い肩をそっとつかむと、天蓋付きベッドに押し倒した…

エリス「あっ…///」

017「それでしたらまずは今のドレスを脱いでいただかないと…ね?」ちゅ…っ♪

エリス「ふあっ、あっ…///」

017「さ、どうかわたくしに身を任せて……」ちゅむっ、ちゅぷ……っ♪

エリス「はい…あふっ、はむっ……ちゅぅっ♪」


…017はエリスのふっくらした身体を包んでいる穏やかなセージグリーンのデイドレスをそっと脱がしていく……優雅な手つきでリボンや紐、ホックやボタンを外してドレスをめくりあげていくと、まるで春の木の芽が芽吹くように白いふくらはぎやもっちりしたふとももがあらわになっていく……そのうちに白いストッキングを留めたガーターがのぞき、まるでふくよかなエリスの身体を閉じ込めているかのようなコルセットも見え始めた…


エリス「…ジェーンさま…ぁ///」瞳をとろんととろけさせ、触れあった唇には017の口紅の色が移っている…

017「エリス…♪」んちゅっ、ちゅむっ……ちゅる…っ♪

エリス「んんぅ、んむ…れろ、ちゅぷ……んぅ♪」

017「んちゅるっ……ちゅうぅぅ…れろっ、ちゅっ…♪」

エリス「ふあぁぁ…っ、あっ…あんっ♪」

017「ふふ…そんな表情をされては、我慢のしようがありませんわ……♪」やんわりと持ち上げるように下から胸に手をあてがい、大きくて柔らかい乳房をゆるゆると揉みしだく……そのうちにコルセットの胸部からはみ出している白桃のような乳房が桃色を帯び、汗でしっとりと湿ってきた…

エリス「あぁぁ、んっ…はぁぁ……んっ♪」

017「……んむっ、ちゅ…れろっ、ちゅく……っ♪」

エリス「はむっ、んちゅぅ……れろっ、ちゅぱ…♪」

017「んちゅ、ちゅぷ…っ……♪」エリスの上に身体を重ねて舌を絡めつつ、右手を花芯に伸ばしていく……

エリス「あっ、あっ、あっ……ふあぁぁ…んっ♪」くちゅくちゅっ、ちゅく……っ♪

017「んむっ、はむっ……んちゅるぅ…っ♪」じゅぷっ、くちゅ……くちゅり、にちゅ……っ♪

エリス「あっあっ、ジェーンさまぁ……あぁぁんっ♪」

017「ふふふ…昼間の明るさの中で見るエリスのトロけたお顔、とても愛おしいですわ……♪」とろっ、ぬちゅっ……ぐちゅぐちゅ……っ♪

エリス「あぁぁんっ、そんなことをおっしゃらないで下さいまし…ぃ♪」くちゅくちゅっ…とぷっ、ぷしゃぁぁ…っ♪

017「あら、いけませんの?」少し意地悪な笑みを浮かべ、そのまま身体を重ね合わせた……017が身体を擦り付けるたびに、とろりと蜜を滴らせたエリスの秘所が粘っこい水音を立てる…

エリス「………すわ///」

017「何でしょう、もう一度おっしゃって下さる?」

エリス「…もっとお願いいたしますわ///」

017「ええ♪」くちゅくちゅっ、ぬちゅっ…ぐちゅ…っ♪

………

447 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/08/26(水) 02:00:56.73 ID:2JodZCWq0
017「…ふぅ♪」

エリス「はぁ……あぁ…はぁ…ん///」ベッドの上で両腕を投げだし、甘く物欲しげな吐息を漏らしている…

017「ふふふ……エリス♪」

エリス「ジェーン様…///」

017「…」

エリス「……ジェーン様?」

017「ああ、いえ…なんでもないの……さぁ、わたくしはこれでおいとまさせていただきますわね♪」

エリス「はい…」

017「そんなに寂しげな顔をなさらないで? そのような表情をされては出て行けなくなってしまいますもの…」

エリス「そうですわね……別にジェーン様とは今日しか会えないと言うわけでもありませんのに」

017「ええ。愛しいエリスのためなら炎の壁でも越えてみせますわ♪」

エリス「まぁ…ジェーン様ったら///」

017「ふふ、ようやく笑って下さいましたわね……それでは♪」


…数分後…

017「……うーん」


…自室にこもり、ストーンウッドの書斎の前に居座って目を光らせている「ケルベロス」をどうにかできないものかと悩んでいる017……しかしフランスのエージェントがなまじ書斎に忍び込んだせいでストーンウッドを警戒させてしまい、今では書斎の入口に立っているインド人の召し使い一人に加えて、隣の小部屋を詰所代わりに数人の召し使いが交代として待機している…


017「こうなったら「教授」の発明品を使うことになりそうですわね……となると、まずは下準備から…♪」

………



…午後…

インド人の召し使い「申し訳ありませんが、レディ…こちらはご主人様のお部屋ですので、許可無くお入りになるのは控えていただきたく存じます」

017「ええ、それは存じ上げておりますわ……そうではなくて少しお尋ねしたいことがありますの」

召し使い「はい…どのようなご用でいらっしゃいますか」

017「ええ……実はわたくしご用があってサー・パーシバルにお目にかかりたいのだけれど、今は書斎にいらっしゃるかしら?」

召し使い「いえ。ただいまの時間でしたらご主人様はお庭にいらっしゃるかと存じます」

017「あら、そうでしたの…道理でお屋敷の中を見て回ってもいらっしゃらないはずですわ」

召し使い「はい…ご用はそれだけでいらっしゃいますか?」

017「ええ、それだけですわ……どうもありがとう♪」…そう言って軽く笑みを浮かべると、黒檀でできた葉巻入れを取り出して一本の細巻き葉巻を差し出した……葉巻の根元には青い帯が巻いてある…

召し使い「…どうもありがとうございます、レディ」

017「いいえ…♪」(……撒き餌を撒いておけば魚は食いつきやすくなる…というものですもの♪)

………

448 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/09/01(火) 01:50:52.20 ID:ldfGCVgu0
…翌日…

017「…さて、今日はいよいよ「取引」の結果が明らかになる日ですわね……」

017「果たしてどうなることやら……ふふ♪」


…晩餐会に備えて目一杯おしゃれをする017…純白のペチコートにコルセットを身につけ、すらりとした脚には日本産シルクのストッキングとそれを留めるガーター…身体にぴったりと吸い付くような絹のすべすべとした肌触りが心地よい…それから「教授」の用意した特製のドレスに袖を通す…


017「ん…♪」姿見に向かってにっこりと笑顔を浮かべてみせる…

017「…そうそう、これも忘れないようにしないと♪」ドレスのあちこちに隠された小道具や.297口径の護身用ウェブリー・スコット・リボルバーを再度確認する…

017「これでよし……と♪」前の晩餐会とはまた違った控え目な香りの香水を一吹きすると、真珠のネックレスをかけた…


…客間…

オーストリア人「失礼…サー・パーシバル、少々お話が……」

ストーンウッド「ええ…」

イタリア人「サー・パーシバル……火をお持ちではありませんかな?」

ストーンウッド「ありますとも…」

フランス女性「少しよろしいでしょうか、サー・パーシバル…?」

ストーンウッド「無論です」

017「…」(どうやら「入札」は大盛況のようですわね……もっとも、品物が「緑のダイヤモンド」とでもいうべき高純度ケイバーライトともなれば当然ですけれど♪)

ストーンウッド「……では、そろそろ夕食といたしましょう」

…大食堂…

ストーンウッド「さてさて、時がたつのは早いもの……明日になれば皆様はお帰りになってしまうわけだ」

ストーンウッド「私の「慎ましやかな」屋敷ではさしたるもてなしも出来ませんでしたが…この晩餐を楽しんでいただければ幸いです」

ストーンウッド「それでは、皆様の健康を祝して……乾杯」

一同「「乾杯」」

…グラスに注がれた年代物のシャンパンを飲み干すと、給仕たちが銀の食器に入った料理を運んできた…

ストーンウッド「さぁ、どうか存分に召し上がっていただきたい」

イタリア人「はは、そうおっしゃるのなら遠慮などいたしませんぞ♪」

アメリカ人「ここの料理に慣れてしまったら、ロンドンに帰りたくなくなるってものですよ」

ストーンウッド「そうおっしゃっていただけて光栄ですな……レディ・バーラム」

017「ええ、なんでしょう?」

ストーンウッド「よろしければローストビーフをお取りしましょうか?」

017「ええ、いただきますわ…♪」

ストーンウッド「では、どうぞ」

017「ありがとうございます……とっても美味しいですわ」

ストーンウッド「それは何よりだ…」

………

449 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/09/07(月) 01:23:43.10 ID:X/B7HTR90
017「ん…♪」


…それぞれの料理を一口ずつは味見しようと密かに思っている017は、ソースや肉汁で汚れた皿が取り替えられるたびに新しい一品を取り分けてもらっている……食卓に並ぶのは柔らかなローストビーフに、テールやすね肉の煮込みを詰め込んだパイ、牛のスープで味付けしたゼラチンに刻んだタンや季節の野菜を散りばめた「アスピック」(煮こごり)や詰め物入りの鳩…上等なシャンパンやヴィンテージ物のワインの栓も抜かれ、後ろでは室内楽団が軽い曲を奏でている…


ストーンウッド「フランス産の黒トリュフをあしらったサーロインステーキ…ワインソースだ」

イタリア人「いやはや、実に美味しいですな♪」

ストーンウッド「これはマトンのカレーですが、前のものとは味付けが異なります……よろしければお取りしましょうか?」

オーストリア人「そうですな…では、一口いただきましょう」

ストーンウッド「……よく熟成させたエダムチーズ、これはなかなかのものだ…もっとも、人によって好き嫌いはあるでしょうがね」

片眼鏡の紳士「いやいや、結構な一品ですとも」

フランス女性「…シャンパンをもう少しいただけますか?」

アメリカ人「こっちにはウィスキーを、ストレートでね♪」

…しばらくして…

017「…大変美味しゅうございましたわ♪」食後のデザートに出たタルトを食べ終え、優雅に口の端を拭ってにっこりした…

ストーンウッド「それは何よりだ」

イタリア人「いや、サー・パーシバルの所では食べ過ぎてしまっていけない…」

ストーンウッド「お気に召していただいたようで何よりです……さて、この後ですが隣で少しダンスでもなさるか…もし踊るのは苦手だという方がいらっしゃいましたら、ポーカーでもお付き合いいただければと思いますな」

アメリカ人「ポーカーとは結構ですね…もっともこれだけ食べた後だ、脳みそが回ってくれないかもしれませんがね」

イタリア人「あいにく踊るのは不得意でして……ここはカードにさせていただきますよ」

ストーンウッド「分かりました…では皆さん、よろしければ」

オーストリア人「…お手をどうぞ、マドモアゼル?」

フランス女性「メルスィ」

片眼鏡の紳士「…レディ・バーラム、よろしければお手を……」

017「まぁ、ありがとう存じます…♪」

…サロン…

ストーンウッド「では、どうぞパートナーを見つけていただいて……」

口ひげの紳士「…よろしければ一曲お付き合いいただけますか?」

金髪の婦人「ええ、喜んで」

オーストリア人「失礼、お相手をお願いできますかな?」

フランス女性「ウィ、ムッシュウ…」それぞれに組んでいくが、カードテーブルに向かった紳士も多く男女に偏りができた……

017「…エリス、よろしければわたくしと一曲……踊っていただけます?」軽く会釈をして手を差し出す…

エリス「え、ですが…///」

017「まぁまぁ…少し風変わりかもしれませんが、お付き合い下さいな♪」

エリス「え、ええ……ジェーン様がそうおっしゃるのなら…///」

017「ふふ、嬉しい…♪」

…軽やかなワルツのメロディが流れる中、燕尾服やドレスの間にあってひときわ華やかな017とエリス……017の控え目ながらとても似合っている、クリーム色と薄いセージグリーンを基調にしたドレスと、エリスのふくよかな身体を包む華やかな赤紫のドレスの裾が曲に合わせてふわりと広がる…

017「こうしてエリスと踊ることが出来るなんて……嬉しいわ♪」

エリス「……わたくしもです///」

450 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/09/08(火) 11:23:07.56 ID:RPZWWgHt0
イタリア人「おや、なんとも美しい花がフロアに咲いておりますな……かたや清楚な白百合で、かたや豪華なシャクナゲのようだ♪」

017「…あら……噂になってしまいましたわね、エリス♪」

エリス「こ、困りますわ…///」

017「まぁまぁ、そうおっしゃらずに…それとも、わたくしと一緒に踊るのはお嫌かしら?」

エリス「そんなことはありませんわ……でも、わたくし…人から注目されるなんて、恥ずかしくて……///」

017「まぁ……可愛い♪」耳元にそうささやきかけ、ついでに軽く息を吹きかける…

エリス「も、もう…///」

017「ふふ…♪」

エリス「///」

017「…」


…エリスに向けてにこやかに笑みを浮かべつつ、視線の片隅で周囲の様子を確認した017……特に片隅のカードテーブルでポーカーに興じているストーンウッドに注意を向けたが、今は数人を相手にカードを切りながらウィスキーを傾けている…


017「…」(そろそろですわね…)

エリス「どうかなさいましたの…?」

017「いえ…うなじにネックレスがこすれて気に障っただけで……あっ」


…そう言って017が首筋に手をやり、わざとちぎれるようになっていたネックレスを軽く引っ張ると、絵に描いたように糸がぷつりと切れ、大粒の真珠が音を立てて床に飛び散った…


エリス「まぁ!」

片眼鏡の紳士「や、これはいかんな」

017「あぁ、何てことかしら…」

ストーンウッド「……皆様、どうされました?」

金髪の婦人「ああ、サー・パーシバル…それが大変なのです。レディ・バーラムのネックレスが切れてしまい、真珠が床に散らばってしまったのですわ」

ストーンウッド「おや、それはいかん…済みませんが皆さん、少しフロアから下がっていただいて……レディ・バーラム、ご心配には及びません。いま召し使いたちに真珠を探させましょう」数人の召し使いたちを手招きすると、床のあちこちに転がった真珠を拾わせた…

017「ええ…ありがとう存じます///」

アメリカ人「よくよくツいておられませんでしたね」

017「たまにはそういうこともありますわ…」軽く肩をすくめて、困ったような笑みを浮かべた……

ストーンウッド「…失礼。レディ・バーラム、とりあえず見つけられる限りは拾わせていただいた」綺麗なハンカチに載せた真珠を差し出した…

017「あぁ、ありがとう存じます……それではわたくし、これ以上無くさないように部屋にしまって参りますわ」

ストーンウッド「それがいいでしょうな…皆様も、もし踊っている最中に真珠を見かけたらそうおっしゃって下さい」

イタリア人「もちろんですとも…レディの真珠は首飾りに付いているもので、それを無くして瞳に涙の真珠を浮かべているなどよろしくありませんからな♪」

…数分後・書斎前…

017「どうもありがとう、ヴィラート…良かったら受け取って?」真珠の包みを持って付いてきてくれた召し使いに、葉巻入れから赤い帯が巻いてある葉巻を差し出した…

インド人の召し使い「いえ…滅相もありません」

017「まぁ、そう言わずに」

召し使い「……そうまでおっしゃっていただけるのでしたら…ありがとうございます、レディ」ヒンドゥー教徒のインド人たちは戒律で酒が飲めないので、その分だけ葉巻や煙草を楽しみにしていた…017から差し出された葉巻をもらうと嬉しそうに詰所代わりの小部屋へと入っていった……

017「ええ…♪」

………

451 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2020/09/08(火) 12:30:04.21 ID:ooJEjgFzO
いよいよ本番でしょうか
うまくいくか、捕まるか
452 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/09/10(木) 00:25:13.49 ID:kEWLu5GO0
>>451 コメントありがとう存じます……だいぶ前になってしまいましたが、375の方から「スパイ活劇物」のような展開を見たいとリクエストがありましたので、そういった感じで進めるつもりでおります(…そのためあちこちにオマージュしたような場面を散りばめております)…果たしてどうなるでしょうか


…そしてなかなか進まないなか気長に見て下さる皆様、ありがとうございます…色々なアイデアは頭の中に渦巻いているのですが、書く方が追いつかないもので……お待たせして申し訳ありません
453 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/09/12(土) 01:58:46.74 ID:onJsqAya0
…数分後…

017「さて…と♪」客室に戻って真珠を箱にしまうと、ストーンウッドの書斎に向かった……優雅な足取りでヒールの音を立てることもなく、態度はあくまでもさりげない……

017「果たして効果はあったかしら……?」


…書斎の隣にある「詰所」をのぞき込む017……小さな部屋には椅子が数脚と小机が一つ、そして壁には人数分のトランター・リボルバーとリー・エンフィールド小銃がかけてある……机の上にある灰皿に置かれた葉巻からはココアのような甘い香りの紫煙が立ちこめ、その中で交代に来た見張りと次の見張りを含めた召し使いの四人が四人とも前後不覚に寝こけている…


017「…さすが「教授」の特製ですわね……」

…ストーンウッドの書斎…

017「…それでは、失礼いたしますわ……♪」鍵のかかった扉の前にしゃがみ込むと、日傘の骨に仕込んで屋敷に持ち込んだキーピックをポーチから取り出し、慎重に鍵穴へと差し込んだ……

017「…」それまでのにこやかな笑みはかき消すようになくなり、きりりと鋭い表情と繊細な手つきで鍵穴の「引っかかり」を探す……

017「……ん」


…さして時間もかけないうちに「カチッ!」と小さな音がして鍵が外れた……そして普通なら喜び勇んでドアを開けるところだが、一流エージェントの017は侵入の痕跡を知らせる定番の予防策として、ドアノブの上に何か小さな物(例えば薬の錠剤や縫い針といったもの…)が載せていないか警戒して、慎重すぎるほどの手つきでそっと扉を開けた…


017「…ふぅ」


…薄暗い書斎の中はハバナ葉巻とインク、そして本棚に並んでいる立派な蔵書から漂う古い紙の香りがしている……壁沿いに並んでいる本棚には革表紙に金文字の立派な本が収まり、その間には壁飾りとして牡鹿の頭の剥製と、左右に交差させてあるピストルが二丁…近づいてそれとなく確認すると、ピストルは猛獣や敵対する人間が多く、そうした相手を一発でノックアウト出来る事から植民地暮らしの人間が好む大口径の「.500リボルバー」(12.6ミリ×20R)弾薬を使う垂直二連の中折れ式ピストルで、いかにも実用本位のものらしく装飾はまるでなく、さらに長らく使い込まれているらしく全体に細かな傷があり、握りの木部もすっかり黒ずんでいる…そして中央にはマホガニーで出来た立派なビューロー(デスク)が鎮座している……床には毛足の短いインド風の絨毯が敷いてあり、017は足音がしないことをありがたく思った…


017「さて……」室内をさっと見回すと、窓から入る月光を頼りにビューローに近づいた…

017「…」


…ビューローの上には金のペン立てとインクつぼ、まっさらな便せん数枚と封筒、他にもこまごましたしたものが置いてある……引き出しは左右それぞれに四つと、中央に幅広の物が一つあり、それぞれに鍵がかけられるようになっている…


017「…」ストーンウッドの立場になって、どの引き出しに「高純度ケイバーライト」の研究資料をしまい込んでいるか思案する017…しゃがみ込むと手際よく引き出しの鍵を開け、そっと引き出しを引いた……

017「…」

017「…」

017「……ふふ、見つけましたわ」


…右側にある三つ目の引き出しを開けると、あちこちから届いた手紙や封書に交じって見慣れたアルビオン王国の公用封筒がしまってあった……すでに封蝋は破られているが、ストーンウッドは動かすと跡が残るよう細かな灰を振りかけておくなど、資料がいじられたことを知らせる特段の「予防措置」は施していなかった…


017「…」緑色を帯びた月光の中で目をこらし、さっと中身を読み通して内容を確認するとコルセットの隙間にさっとしまい込んだ…同時に同じ枚数だけ別の紙を封筒に忍び込ませた……そして凝り性のアルビオン王国情報部らしく、資料は白紙ではなくいかにも「それらしい」内容の文章が書きこんであり、さらにはオックスフォード研究所の下書きを参考にして段落や改行まで同じにしてある……

017「…」

…封筒を完璧に同じ位置へと戻すと、手際よく引き出しの鍵をかけ直した……最後にそれぞれの引き出しに鍵のかけ忘れやミスがないかを確認し、そっと書斎を出た…

017「……ふぅ」書斎の入口に鍵をかけ直して客室まで戻ると、ひとまず安心してため息をついた…

017「…それでは、とにかくこれをしまいませんと……」日傘の柄をひねるとぽっかりと隠し場所が空き、そこに細く巻いた機密書類を押し込んだ…

017「ふふ、まずはこれでよし…と♪」

017「後はサー・パーシバル…いえ「ファントム」の排除だけですわね……」


………

454 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/09/15(火) 01:58:14.62 ID:gxXr8Tls0
…翌日・午前中…

ストーンウッド「さて、この数日は皆様と有意義な時間を過ごすことが出来た…改めてお礼を申し上げる」

イタリア人「何をおっしゃる……我々の方こそ楽しい時間を過ごすことが出来て、こちらこそお礼の申しようもないほどですよ、サー・パーシバル…それにアルビオンでこんなに美味いものが頂けるとは思ってもおりませんでしたよ♪」丸顔いっぱいに大きな笑みを浮かべると、片目をつぶって「むむむ…♪」と満足げなうなり声を上げてみせた…

オーストリア人「いかにも…サー・パーシバルは客のもてなし方がお上手だ」

片眼鏡の紳士「……少なくとも一人はそう思わんでしょうがね」コブラに咬まれたフランス人エージェントの事を皮肉めかして言うと、数人から失笑が漏れた…

アメリカ人「やれやれ、きついジョークだ…」

ストーンウッド「おほん……さて、ついては皆様とお別れ前にお茶でもと思いまして、客間の方に準備させてあります……皆様の馬車を回すまで少々時間もかかるので、よろしければお付き合い頂きたい」

細い口ひげの紳士「無論ですとも」

片眼鏡の紳士「なるほど、ちょうど良いですな」

ストーンウッド「では、どうぞこちらへ…」


…客間にはウェッジウッドの陶磁器が揃い、テーブル一杯に小さく切ったきゅうりのサンドウィッチやスコーン、ケーキやムースが並べられている……そして一ガロンも入りそうな大きなティーポットからは豊かなセイロン茶葉の香りが漂っている…えんじ色のお仕着せを着たメイドと、チョッキ姿にターバンのインド人召し使い数人が立ち働いている…


ストーンウッド「紅茶はいかがかな、レディ・バーラム?」自ら紅茶を注いでいるストーンウッド…

017「ええ、頂きますわ♪」


…「教授」の特製ドレスに身を包み、優雅に紅茶を楽しもうという様子の017…しかしドレスの袖口には、小さく折った薄紙に包まれた白い無味無臭の粉……化粧入れの箱にしつられられた二重底へ隠してあった毒薬が用意されている…そして何か手違いがあって自分が毒薬を口に含むことがあってもいいように、先に薄黄色の解毒剤をのんでおいた…もっとも、毒薬は無味無臭という話だったが解毒剤の方はひどく苦く、戻ったら必ず「教授」に文句を言おうと固く心に決めていた…


ストーンウッド「ミルクは?」

017「ええ、少しだけお願いしますわ」

ストーンウッド「承知した…砂糖は?」

017「ええ、お願いしますわ……」と、別の客人がストーンウッドに話しかけた……その瞬間、自分で砂糖を入れるふりをして砂糖つぼに手を伸ばすと、曲げた手首と指の間からストーンウッドのティーカップにさらさらと毒薬を注ぎ入れた…紅茶の水色を変えることもなく、一瞬で溶けていく毒薬……

ストーンウッド「失礼…それで、砂糖が少しでしたな?」

017「いえ、もうわたくしで入れてしまいました♪」

ストーンウッド「そうですか……」ティーカップに口元を近づけるストーンウッド…と、召し使いのシンがやって来た……

シン「ご主人様、お客人の乗り物が用意できました」そう言った後で顔を耳元に寄せ、何事か耳打ちした……

ストーンウッド「そうか…では皆様、馬車の用意が出来ました」結局口を付けずにティーカップを置いたサー・パーシバル…

…玄関前…

細い口ひげの紳士「さて…それでは私はこれで」

ストーンウッド「ええ、どうか良い旅を」一人二人と馬車や自動車に乗って門への馬車道を去って行く客人たちと、別れの挨拶をするサー・パーシバル……残りは談笑しながら自分の馬車なり自動車なりが回されるのを待っている…

アメリカ人「サー・パーシバル、もし新大陸に来ることがあったら歓迎しますよ♪」

ストーンウッド「はは、そう言ってもらえるとは嬉しい限りですな…」

シン「……レディ・バーラム、貴女様の馬車が参りました」

017「ありがとう、シン…それではサー・パーシバル。お名残惜しいですけれど、わたくしはこれで……」

ストーンウッド「……少々お待ち頂こうか、レディ・バーラム」肩甲骨の間にピストルを突きつけると「カチリ…!」と撃鉄を起こした…

017「あら、客人の背中に銃を突きつけるとは……いささか礼儀に反しているように思えますわ、サー・パーシバル?」

ストーンウッド「ふむ、確かに客人に対して失礼であることは認めよう…だが、少しばかり聞きたいことがあってね……シン、レディ・バーラムを丁重に地下室へお連れしろ」

シン「はい、ご主人様」

017「…」

………


455 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2020/09/15(火) 08:56:38.51 ID:UxTT8o+zo
おたゆ
456 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2020/09/17(木) 12:34:05.96 ID:FB4hrh7rO
おつ
457 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/09/18(金) 00:47:46.89 ID:TbYUjd0+0
見て下さってありがとうございます…引き続き頑張りたいと思います
458 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/09/18(金) 02:08:33.86 ID:TbYUjd0+0
…地下室…

017「まぁ…歴史を感じる素敵なお部屋ですわね」

ストーンウッド「お褒めにあずかり恐縮だ……どうぞお掛けになって頂こう」


…後ろからピストルを突きつけられ、左右を召し使いに挟まれて地下室へと連れてこられた017……湿っぽく土臭い地下室はワインセラーや食料庫だったものらしく、入口にはかんぬきがかけられるようになっている厚い木の扉があり、室内の左右にはアルコーヴ(窪み状の小部屋)が並んでいる…中のいくつかには壊れた木箱や粗末なジュート麻の袋が積み上げられていて、壁にはいくつかランタンが掛けられている……室内の中央には古いテーブルと椅子が一脚あり、椅子に座らせられると腕を後ろ手に組まされて荒縄で縛られた…


ストーンウッド「ふむ…申し訳ないが、まずは身体をあらためさせてもらう……とはいえ、紳士としてレディのドレスを脱がせるような真似はしたくないのでね」…そう言ってお仕着せを着たメイドを呼びつけると、ドレスの上からあちこち叩いて身体検査をさせた……

017「どうか優しくして下さいまし…ね?」胸元をあらためるメイドににっこりと微笑んでみせると、メイドは少し顔を紅くした……しばらくすると台がわりのテーブル上には日傘、ピストル、化粧品の小箱、葉巻入れ…と、017の持ち物があらかた並べられた……

ストーンウッド「ふむ…きれいなピストルだ。ウェブリー・スコットの.297口径……レディにはちょうど良い大きさだ」そう言いながらシリンダーを開き、弾を抜いた……

ストーンウッド「さて、レディ・バーラム……早速だが書類を返して頂こうか」

017「…何の書類ですの?」

ストーンウッド「とぼけないでもらおう…昨晩、皆が踊っている間に君が盗み取った書類だ」

017「さぁ、存じ上げませんわ……もし手にしていたら良かったのですけれど、あいにくと落札したのはわたくしではありませんでしたわ」

ストーンウッド「ああ、確かに落札したのは君ではない…そして同時に、あの時間帯に踊ってもおらず、召し使いたちも姿を見ていなかったのは君くらいなものなのだ、レディ・バーラム……それとも「ヒバリ」だの「カササギ」だのと言った活動名でお呼びするべきかな?」

017「さぁ、どうかしら。それよりもサー・パーシバル……あなたこそ、自分が何をしているのかお分かりなのかしら?」

ストーンウッド「と、いうと?」

017「いまお話ししますわ……このアルビオンが東西に分裂した今でも世界の覇権を握り、多くの植民地を抱えて日の沈まぬ国…いわば「よるのないくに」でいられるのは、ひとえにケイバーライト技術を独占しているからだというのはご存じですわね?」

ストーンウッド「いかにも」

017「…それを他国が手に入れたら、微妙なバランスで成り立っているこのかりそめの「パックス・アルビオニカ」(アルビオンの平和)は崩れ、最悪の場合はこの国そのものが列強に切り分けられ、飲み込まれる事になる……そうなったら、あの革命騒ぎが子供のお遊びに思えるほどの混乱を招くことになるでしょう」

ストーンウッド「もちろん、そのくらいは分かっているとも」

017「そう、その上でサンプルを売りさばくおつもりでいらっしゃるのね? 相手は誰なのかしら、フランス? それともロシア帝国? ……サー・パーシバル、それでいくら手に入れるのかは存じませんけれど、取引をしたら最後、あなたはそのお金を使う前に死ぬことになりますわ」

ストーンウッド「そうかね?」

017「ええ。もちろん欧米列強の誰もが喉から手が出るほどケイバーライト技術を欲しがってはいる……けれども同時に、第一級の国家機密を売り渡すような節操のない人間を生かしておくのはその国にとっても危険すぎる」

ストーンウッド「ふむ」

017「…さらにあなたが二股をかけて、ケイバーライト技術を他国にも売りつける危険は拭いきれない…つまりサンプルを引き渡して用済みになった瞬間から、あなたは食べ終えたリンゴの芯ほどの価値もなくなり、永遠に生命を狙われることになりますわ……そしてどんな国でも…たとえいくら金を積んだとしても…あなたのような人間を受け入れてくれはしない」

ストーンウッド「…知っているよ」

017「ではどのようなお考えでこんなことをなさるのかしら……根っからの共和派でいらっしゃるの?」

ストーンウッド「…聞きたいかね?」

017「ええ、せっかくですもの…他にすることもありませんし」

ストーンウッド「承知した、では少し昔話に付き合っていただこう……」
459 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/09/18(金) 02:31:33.59 ID:TbYUjd0+0
ストーンウッド「…私の父が東インド会社の者だったことは知っているね?」

017「一応は」

ストーンウッド「結構……かつて東インド会社はインドを手に入れて植民地化しようと惜しみない努力を行った。ベンガルの太守を相手に戦い「ブラック・ホール事件」のような悲劇を乗り越えて、苦難の末にプラッシーの戦いでこれを破った。その後は競合するフランスやオランダからカルカッタやデリー、ボンベイ、マドラスを勝ち取り、守り抜いた…それが東インド会社の、ひいては王国の利益になると思ってだ……そして実際、インドは王国にとって無くてはならない力の源泉として大きく花開いた」

(※ブラック・ホール事件…1756年。フランスに後押しされて蜂起したベンガルの太守に包囲され降伏したウィリアム要塞の兵士百数十人が、小さな地下牢に閉じ込められ多くが窒息死した事件)

017「ええ」

ストーンウッド「ところがどうだ。あの「セポイの反乱」を鎮圧したとき、王国は何をしてくれた……東インド会社のインド統治は無理があると言って、これを取り上げたのだ!」


(※セポイの乱…「インド大反乱」や「シパーヒーの乱」とも。横暴な植民地運営に対するインド人全体の反発や現地人傭兵(セポイ)の中にくすぶっていた待遇への不満が「セポイに配備される新式エンフィールド銃の(中の火薬を注ぎ込むためには口で噛み切ったり手で切ったりしないといけない)薬包に(ヒンドゥー教徒の神聖視する)牛と(イスラム教徒が不浄とする)豚の脂が塗られている」という噂から爆発し、インド全土に広がったもの。最終的に反乱は鎮圧されたが、これにより東インド会社での統治は無理があると、王国が直接統治に乗り出し、東インド会社は解散することになった)


ストーンウッド「……幸いにして私の家はさしたる被害もなく、当時幼かった私も何不自由ない暮らしができた。とはいえ最早インドにこれ以上のうまみはない…父の亡き後、私は独立した貿易会社を設立して、それなりに功成り名を遂げて本国へと戻った……そして何を見たと思う?」

017「なんですの?」

ストーンウッド「何も出来はしないくせに「貴族の子弟である」というだけで高い地位を手に入れる連中がいる一方、植民地生まれでオックスフォードやケンブリッジを卒業していないと言うだけで見下され、ことあるごとに鼻であしらわれるインド帰りの姿だよ……机に向かって数字をいじくり回す、あの生っ白い連中が王国のためにどれだけのことを成したというのだ? 王国の繁栄は我々が無ければあり得なかったのだぞ!」

017「…」

ストーンウッド「君は私のことを裏切り者の売国奴だというかもしれない…だが、本当の「裏切り者」はどちらだと思う?」

017「…」

ストーンウッド「……少ししゃべりすぎた。だが、どのみち君はここで死ぬことになる…これ以上誰かに話される心配はないわけだ……だがその前に、書類を返してもらわんことにはな…しばし待っていたまえ」

………



ストーンウッド「お待たせしてしまったな」

エリス「……ジェーン様」

017「エリス…」

ストーンウッド「私とて無関係な人間に危害を加えたくはない……が、君が書類を返さないというのならやむを得まい」017の正面にあるアルコーヴに椅子を据えると、エリスを座らせた…

017「…エリスをどうするおつもりですの、サー・パーシバル?」

ストーンウッド「そうだな…インドでは盗人の手は切り落とすことになっていた。君が書類のありかを吐かないと言うのなら、代わりにレディ・カータレットの手首を切り落とすことにする」

017「あら、でもわたくしが「エリスの手首などどうでも構わない」と言ったらどうなさるおつもり?」

ストーンウッド「そうなったらそうなったで別の方法を考えることにしよう…」

エリス「ジェーン様……貴女が何を強要されているかは存じません。でも、わたくしは貴女を信じております…決して言うがままになる必要などありませんわ」そう言って気丈にも微笑みを浮かべてみせるエリス…

ストーンウッド「いやはや、なんとも麗しき友情だな…しかし果たしてどの程度それが続くか……」召し使いからカットラスのように湾曲したインド風のナイフを借りると、高々と振り上げた……

017「……日傘の柄を右にひねって手前に引き、動かなくなったところで左に回すと隠し場所がありますわ」

ストーンウッド「ふむ、理解があるようで助かる……なるほど、この日傘にはこんな面白いからくりが仕込まれていたのか…白い鳩やバラの花は出ないのかね?」

017「あいにくと仕込み忘れてしまいましたの」

ストーンウッド「ふふ、それは残念だ……では、書類の方はありがたく返してもらおう」大きな封筒に書類をしまうと、見せつけるようにして上着の内ポケットにしまい込み、ぽんぽんと上から軽く叩いた……

エリス「ジェーン様……その書類はとても大事な物だったのでしょう?」

017「ええ、でも貴女ほどではないわ…♪」不安そうなエリスを元気づけようと、精一杯の笑みを浮かべてみせた…
460 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/09/23(水) 01:25:24.41 ID:GGSe7wse0
ストーンウッド「さて次だ……君は一体誰の差し金で送り込まれてきた?」

017「さぁ、存じませんわ」

ストーンウッド「とぼけるつもりか…言わないと君もあのフランス人みたいになるぞ」

017「まさか……わたくしはあれほどの「スノッブ」ではありませんわ」(※snob…気取り屋、俗物)

ストーンウッド「ふむ、口先が上手いのだけは認めよう……だが、しゃべらないと…」

017「ヤナギの枝でぶちますの?」皮肉たっぷりの口調でまぜ返した…

ストーンウッド「ばかな、そんなお嬢様学校みたいな生ぬるい手では済まさんよ…まぁいい、私も忙しいのでね。手早く済ませるとしようか……やれ」蛇使いを呼ぶと017の前に立たせ、自分はその様子を後ろから眺めている…


…蛇使いが甲高い笛を吹き始めると、頭を揺らしながらコブラがカゴから顔を出した……017は椅子に後ろ手の状態でくくりつけられている中で、隠し通すことが出来た万年筆を袖口からどうにか手のひらに滑り込ませ、仕込まれたナイフを出そうと悪戦苦闘する……が、片手では本体をねじって隠してあるナイフの刃を出すのがなかなか上手くいかない…


017「まったくもう…こう言う肝心な時に限って使い勝手が悪いと来ているのですから……」チロチロと舌を出して丸い目を光らせているコブラを前に、冷たい汗が流れた…

ストーンウッド「どうした、だんまりを通すつもりか? それとも恐ろしくて減らず口も利けなくなったのかね?」

017「…っ」刃をロープにあてがい手首を動かすようにしてゴシゴシと切っていくと、ようようのことで手首が自由になる…

ストーンウッド「残念、時間切れだ…」

コブラ「シューッ…!」

017「っ!」鎌首をもたげたコブラが飛びかかるのと同時に椅子からはじかれるように飛び退くと、コブラの頭にナイフを突き立てた……

ストーンウッド「む…!」

017「逃がしませんわ!」さっと身を翻して部屋を出ようとするストーンウッドを追いかけようとした矢先、蛇使いが三日月型のナイフを抜いて襲いかかって来た……

017「くっ…!」とっさに手首を押さえつけ、相手の力を使って横にいなす……たたらを踏んだ蛇使いが壁のランタンにぶつかると、落ちたランタンからこぼれた熱い油が積んであったジュート麻の袋に染み込み、たちまちぱっと火が付いた……

蛇使い「いやぁぁ…っ!」

017「…!」いきり立った相手が横に切り払った刃をのけぞってかわすと、しなやかな動きで「万年筆ナイフ」を相手の喉に突き立てた…ごぼごぼとうがいのような音を立てると、そのまま床に崩れ落ちた蛇使い……

017「ふぅ……っと、これはよろしくありませんわね」麻袋の火が壊れた木箱に燃え移り、ぱちぱちと暖炉のような音を立てて盛んに燃え始めていた……そしてその向こうには、エリスが不安げな顔をして椅子にくくりつけられている…

エリス「ジェーン様……」

017「案ずることはありませんわ、エリス…いま助けに参りますわね」取り上げられた持ち物が並べてあった台の上から日傘を取り上げるとそれを開き、馬上試合の騎士が持つ槍のように構えて火に向かって飛び込んだ…

エリス「あっ…!」

017「ふぅ…この機能を使う機会など巡ってこないと思っておりましたけれど、分からないものですわね……さ、これだけ炉端で暖まれば充分というものですわ…参りましょう、エリス♪」

エリス「はい…」

…エリスの手を引き扉の前までやって来た017…が、がっちりとした樫の木の扉は外からかんぬきがかけられ、押しても引いても開きそうにない…


017「困りましたわね…戸締まりが良いのは結構な事ですけれど、中に閉じ込められた方としてはそうも言っていられませんわ……ね」葉巻入れの内張りに作られているほつれを引っ張ると、仕込まれていた導火線が糸となって引き出されてくる…燃えている麻袋から導火線に火を移すと軽く二、三回息を吹き、それから扉の前に箱を置いた……


017「ところでエリス…わたくしからちょっとした忠告がありますの」

エリス「はい、なんでしょう?」

017「……そこの窪みに身を寄せておいた方がよろしいですわ♪」

エリス「え、ええ……分かりましたわ」

017「さて、わたくしも……」石の柱の陰に身体をくっつけて、しばし待った……と、耳が聞こえなくなるような派手な爆発音と一緒に部屋中の塵やホコリが舞い上がり、ばらばらになったドアの木片が散弾銃のばら弾のように辺りに飛び散った…

エリス「けほ、こほっ……」

017「エリス、どこにも怪我はありませんわね?」

エリス「ええ、大丈夫みたいですわ」

017「なら参りましょう…このままサー・パーシバルを取り逃がす訳には行きませんもの」片手でエリスの手を引っぱり、もう片方の手にはたたんだ日傘を持って階段を駆け上がった…

461 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/09/27(日) 02:26:37.64 ID:X+9rF6Nx0
…玄関ホール…

召し使い「ご主人様、何かあったのでございましょうか?地下室から振動と爆発音が聞こえて参りましたが…」

ストーンウッド「そんなことは構わん。それよりお前たちは早く納屋から斧を持ってきて、馬車をみんな走れないように叩き壊しておけ。自動車のタイヤには穴を開けろ。馬も私の「ハリケーン」と「テンペスト」を残してみんな手綱を解いてしまうんだ」

召し使い「は、はい!」

ストーンウッド「シンは一体どこだ…シン!」

シン「はい、ご主人様」

ストーンウッド「すぐに出るから支度を急げ…ピストルを忘れるなよ」

シン「はい」

ストーンウッド「私は書斎に行って必要な物を持ってくる。それからレディ・バーラムとレディ・カータレットの二人が来るようなら何としても足止めしろ。シン、使える者には銃器室の猟銃だのピストルだのを持たせておけ……二人が手向かいするようなら構わずに撃て」

シン「承知いたしました」

………

…地下室への階段…

召し使い「ご主人様の命令です。これより先に行かせるわけには…」

017「そこを退きなさい!」甲の部分に金属の板が仕込んであるヒールで急所を蹴り上げた…

召し使い「うぅ…っ!」

召し使いB「申し訳ありませんが、動かないで頂きたい!」

017「そういうわけには参りませんの…!」召し使いがぎこちない様子で構えているエンフィールド小銃を叩き落とすと、日傘でみぞおちを突いた…

召し使いB「うぐっ!」

………

…玄関ホール…

片眼鏡の紳士「一体何があったんだね? サー・パーシバルが駆け上がってきたかと思ったら、今度はレディ・バーラムにレディ・カータレットのお二人まで……」

017「残念ながら今はお答えしている時間がありませんの…ところでそのサー・パーシバルは一体どちらに?」

紳士「さっきそのまま階段を駆け上がって書斎に行ったようで、それからまた駆け下りてきて…今は玄関にいるかと思いますが」

017「そうですか。では失礼……」

エリス「ジェーン様、一体どちらへ…?」

017「エリス、貴女が無事で本当に良かったですわ……でも、わたくしは少々サー・パーシバルに急用がありますの…失礼♪」手早く白手袋をした手の甲に唇を当てると、玄関に向かって駆けだした…

…車寄せ…

017「…サー・パーシバル!」

ストーンウッド「ずいぶん早かったな、レディ・バーラム。どうやらあの扉を開けるような小道具もお持ちだったというわけだ…しかし残念ながら、私はこれから「長い船旅」に行くのでね。では失礼する!」

017「くっ!」


…黒馬に乗ったサー・パーシバルと栗毛の馬に乗ったシンを追う乗り物を手に入れるべく、指示された「破壊工作」を続けようとする召し使いたちを追い払いつつさっと周囲を見渡したが、馬車は軒並み車輪を叩き壊されていたり、かじ棒を折られていたりしており、招待客のフランス婦人とドイツ人がそれぞれ乗ってきた、パナールとダイムラーの自動車もタイヤに穴が開けられていて使い物にならない……厩に繋いであった馬もすべて手綱を解かれていて、庭に散らばってのんびりと芝生の草を食んでいたが、手早く近くにいた一頭の葦毛の馬をなだめるとドレスの裾をたくし上げてひらりとまたがった…馬は女鞍ではなかったが構わずに鞭をくれて、蹄の音も高らかに古い丸石敷きの街道を走らせた…


017「やぁ…っ!」

………

462 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/10/03(土) 02:09:17.43 ID:sWE2ZYrW0
017「はっ!」


…普段は鞭を当てるようなことはほとんどしないが、ここでストーンウッドを逃がすわけにはいかないと、葦毛の馬に鞭をくれる…丸石敷きの古い街道は長年にわたる往来ですっかりすり減って磨かれたようになり、表面はすべすべとして艶が出ている…017は蹄の音も高らかに馬を疾駆させつつも、何か腑に落ちないものを感じていた…


017「どうもおかしいですわね…この辺りの港と言えばドーヴァーしかないはずですのに……」

…ラムズゲートから最も近い港と言えば「白い崖」で有名なドーヴァーの港しかなく、そこへ向かうにはラムズゲートから南に延びる街道を行く必要がある…が、ストーンウッドは途中で西へ向かう道に折れ、むしろカンタベリーに向かうかのような針路を取った…

017「まさか…」馬を走らせつつ頭をひねっていると、一つのとてつもない考えに思い当たった…最初はあまりにも突拍子もないアイデアなので「あり得ない」と打ち消してみようとしたが、考えれば考えるほどよく出来ている…

017「いえ……サー・パーシバルなら、そのくらいのことはやりかねないですわね」

…道の左右には湿地と畑とが混在して広がり、その間を縫う街道は小さな丘を上ったり下ったりしていて、わずかな起伏がある…ゆるい下りにさしかかり、ストーンウッドよりも体重の軽い017が徐々に距離を詰めていく中、速度の付きすぎた馬が脚を滑らせた…

017「っ!」


…017はとっさに馬の身体に挟まれないようひらりと転がり、それから手綱をとって馬を立ち上がらせようとしたが、どうも馬の動きがぎくしゃくしている……よく見ると滑った際に蹄鉄が外れてしまったらしく、おまけに脚も痛めたようで、しきりに前脚に鼻面を近づけては舌で舐めたり、痛む脚を持ち上げて体重をかけないようにしている…


017「まったく、こんな時に…どうにも困ったものですわね」

女性の声「……様…ぁ!」

017「こんな時は何か乗り物と…それに欲を言えば可愛らしい女性もいれば素敵なのですけれど……」

エリス「ジェーン様…ぁ!」


…次第に大きくなってくる声の方に視線を向けると、エリスがさきほど助けた時に着ていたデイドレス姿のまま、流行の「ペニー・ファージング型」自転車にまたがりこちらに向かって一生懸命ペダルを漕いでいるところだった……017の近くまで来ると回転し続けるペダルから脚を離し、やがて自転車はゆっくりと止まった…そしてバランスを失った自転車が倒れる前に慌てて飛び降りるエリス…


(※ペニー・ファージング型自転車…いわゆる「自転車のマーク」として見かけることのある、前輪が極端に大きく後輪が極端に小さい初期の自転車。前後の車輪がそれぞれ大きな「ペニー硬貨」と小さな「ファージング硬貨」のようだったことから名付けられた。当時の貴族や富裕層の間で流行していた自転車の路上競技で高速を出すために前輪が大きかったが、低速では不安定で、またペダルが前輪と直結しているため加速するとペダルが高速で回転して危険で、ブレーキを引くと前輪がロックして転倒することもある。そして高い位置に座席があるため乗り降りが大変で転倒すると大けがをする可能性もある……と、後の「セイフティ(安全)型」自転車に比べ様々な点で扱いにくかった。しかしながら速度はかなり出るため、その点では現代のロードバイクにも劣らないとされる)


017「どうやら今日は願い事が聞き入れられる日のようですわね……エリス!」

エリス「ジェーン様…!」

017「どうしてここに? …わたくしの後を追ってきましたの?」

エリス「はい…ジェーン様が地下室からわたくしを助け出して「身体を休めるように」とおっしゃって下さったあと、いきなり馬に鞭を振るって慌てた様子で駆けだしていくものですから…きっとなにか大変なことに巻き込まれているのではないかと……それでわたくし、心配でたまらなくなってしまって…」

017「そう……とにかく今は時間がありませんの。さぁ、早くわたくしにつかまって」

エリス「は、はい」


…道端に沿って伸びる石壁に自転車を立てかけ、そこに乗り込むとエリスを引っ張り上げる017……後ろからぴったりと寄せられたエリスの身体は自転車をこいできたためか火照っていて、押しつけられた柔らかい胸と香水の甘い匂い、それに腰に回された腕の感触もあってベッドに入っているような気分になる…


017「では参りましょう…!」ゆるい下り坂と言うこともあって、たちまちのうちに加速し始める自転車…

エリス「ええ……ところでジェーン様」

017「なんでしょう?」

エリス「はい。実はわたくし、一つ気になることがありまして……ジェーン様は一体どういうわけでサー・パーシバルの地下室で縛られていたり、かと思えばそのサー・パーシバルを追っていらっしゃったりするのです?」

017「……そうですわね…話すと長くなりますけれど、かいつまんで言うと「盗られた物を取り返そうとしている」と言ったところですわね」

エリス「そうなのですか……なら、ジェーン様は正義のお味方ということですわね♪」

017「ええ、まぁ…あくまで「見る立場によっては」ですけれど」

エリス「なるほど…」
463 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/10/10(土) 01:36:13.34 ID:ZnD6HBjl0
エリス「…それにしても、サー・パーシバルは一体どこに向かうおつもりなのでしょう?玄関先にいた方々によるとサー・パーシバルは「船旅に出る」とおっしゃっていたとか…ですがこの道はカンタベリーに向かう道で、港にはつけないと思うのですけれど……」

017「ええ、それはその通りですわ…でも、前をご覧になって?」

…そういって指し示した先にはちょっとした平地があり、のんきに牛たちが草を食んでいる…が、その場所に上空から大きな楕円形の物体が近づきつつある…

エリス「まぁ、あれは…」

017「ええ…船(ship)といっても飛行船(air ship)だったというわけですわね」


…普段の航路よりもずっと低いところを飛び、いまにも着陸しそうに見える一隻の硬式飛行船……胴体にはフランスの三色旗と「アンリ・ジファール号」と船名が書かれ、ゴンドラからは縄梯子がぶら下がっている……そしてサー・パーシバルとシンは縄梯子を上り始めており、飛行船は早くも上昇を始めている…

(アンリ・ジファール…フランスの発明家。世界で始めて飛行船を作った)

エリス「とするとサー・パーシバルは……」

017「あの飛行船で文字通り「高飛び」するつもりなのでしょう…なおさら逃がすわけには行かなくなりましたわね」

エリス「でも、このままでは間に合いそうにありませんわ…!」

017「ええ……ですから、しっかりつかまっていて下さいな!」


…下り坂で加速する自転車の速度を活かし、ペダルから足を離してフレームの上で立ち上がると、降ろされていた縄梯子の端に手をかけた…続いて伸ばした017の左手につかまり、体勢を立て直すと縄梯子につかまったエリス…


エリス「ふぅ…」

017「さぁ、早く上がるといたしましょう……上の誰かが縄梯子を切り落として、わたくしたちを「ハンプティ・ダンブティ」のようにしようと考えるかもしれませんもの♪」

(童謡「マザーグース」の一つ…「塀に腰かけたハンプティ・ダンプティ。塀から落っこちて潰れてしまって、王様の馬と家来たちでも戻すことが出来なかった」もとは「卵」が答えのなぞなぞ歌。後に転じて「ずんぐりむっくりの人」の意も)

エリス「ええ、そうですわね…」


…風であおられてばたばたとはためくドレスの裾と揺れる縄梯子に苦労しつつ、一段ずつ上っていく二人……ようやくゴンドラの外周を取り巻くプロムナード・デッキの手すりに手をかけようとした時、縄梯子を巻き上げようとした船員がひょっこり顔を出した…


船員「あ…メルド(くそっ)!」フランス語で悪態をつくと慌てて船員ナイフを抜き、縄梯子の結び目を切って二人を落とそうとする…

017「そうは参りませんわ…!」さっとデッキに飛び乗ると船員の脚を払い、鳩尾に日傘の石突きを叩き込んだ…

船員「ぐえ…っ!」

017「しばらく当直はお休みなさっていて下さいな…♪」かたわらに巻いてあったもやい綱をいくらか切って全身を縛り上げ、船員がつけていたネクタイをほどいて口に詰め込むと、近くの掃除用具入れに押し込んだ…

エリス「……それで、これからどうなさるおつもりですの?」

017「まずはサー・パーシバルを探し出して盗られた物を返していただき…あとはそのとき次第ですわ」

エリス「なるほど…」

017「それとエリスは丸腰なのですから、わたくしの後ろから離れずについていて下さいまし…ね?」

エリス「ええ…わたくしではジェーン様の足手まといになってしまいますけれど……」

017「いいえ、そんなことはありませんわ…それにせっかくの「空の旅」ですもの、素敵な女性がいなければ始まりませんわ♪」

エリス「もう、ジェーン様ったら……///」

017「ふふふ……さ、参りましょう♪」日傘をフェンシングのエペのように持って船室に向かう017と、その背中にくっつくようにして歩くエリス…

………

464 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/10/17(土) 01:02:28.44 ID:K3NNCykn0
…飛行船「アンリ・ジファール号」ゴンドラ後部客室…

スチュワード(男性客室乗務員)「…ブランデーグラスは出ているな……よし」テーブルの上にカットグラスの瓶とグラスを並べ、一つ一つ曇りが無いように拭いている……と、磨かれたグラスに017とエリスの姿が映り、乗務員は驚いたように振り返った…

017「……失礼いたしますわ♪」

乗務員「はい…あの、申し訳ありませんが本船はチャーターのはずですが、ご婦人方は一体どうやっ……くはっ!」日傘で喉を突かれて悶絶した乗務員…

017「この日傘でふわりと飛んで参りましたの…♪」

乗務員B「おい、どうした?」

017「…」さっとカットグラスの瓶を取り上げてドアの陰に身を隠し、もう一人の客室乗務員が顔を出した瞬間、首筋に瓶を振り下ろした…

乗務員B「うっ…!」

017「……マーテル(コニャック)のVSOPですわね。こぼすには少々もったいないというものですわ」瓶をテーブルに戻すとガラスの栓を抜き、手で扇ぎ寄せるようにして香りを確かめた…


…後部客室・続き部屋(スイートルーム)…

女性乗務員「あっ…」

017「失礼…少々お尋ねしたいのですけれど、サー・パーシバルはどちらに?」

女性乗務員「は、はい…ストーンウッド様でしたら前部の船長室にいらっしゃるかと……」慌てた様子で手を後ろに回し、申し訳なさそうな口調で頭を下げた…

017「そう、ありがとう…」そう言いながら、横目でちらりとベッドルームの鏡に視線を送った…それからわざと背を向け、部屋を出て行くそぶりを見せた……

女性乗務員「…いえ」


…017とエリスが後ろを向いて立ち去ろうとすると、乗務員は隠し持っていたフランス製のパーム・ピストル「ル・プロテクター」を撃とうと慎重に腕を動かし始めた…

(※ル・プロテクター・ピストル…「パーム(手のひら)・ピストル」と称される特殊な護身用ピストルの一つ。フランス人タービアーとアメリカ人フィネガンによって開発された。指の間から銃身をのぞかせるようにして円盤状をした本体を握り込み、それに付いている取っ手のような引き金を手の中で握ったり緩めたりすることで連発させ、弾は「円盤」の中に円周を描くようにして並べられている。装弾数は7発で、弾薬は人差し指の爪ほどもないような口径8×9ミリRの専用弾薬を用いるが、使用弾薬のバリエーションによって装弾数は異なる。十九世紀後半、フランスとアメリカで製造された)


017「…そのピストルはしまっておきなさいな。わたくしも女性に手を上げたくはありませんわ」さっと振り向くと額にウェブリー・リボルバーを突きつけた…

女性乗務員「…っ!」

017「とはいえ、貴女をこのままにしておく訳にも参りませんし……仕方ありませんわね♪」チャーミングな笑みを浮かべると乗務員をベッドに押し倒し、カーテンのタッセル(カーテンをまとめておく帯飾り)を外すと手首を縛り上げた…豪華な分厚い布でできているタッセルは大変に頑丈で、めったなことではほどけそうにない…そしておもむろに乗務員のストッキングを脱がせ始めた…

女性乗務員「///」

エリス「こ…こんな時に一体何を……///」

017「ふふ、大丈夫ですわ……別にいたずらをしようというつもりではありませんもの…♪」脱がしたストッキングを丸めると口に押し込み、声が出せないようにした…最後に軽く頬にキスをすると「ル・プロテクター」を持って部屋を出た…

…左舷プロムナード・デッキ…

017「エリス、これをお持ちなさいな…何も無いよりはいいですもの」そう言うと先ほどのル・プロテクターを差し出した…

エリス「ええ」

017「使い方は分かりまして?」

エリス「いえ……どう使えばよろしいのでしょう?」

017「それなら簡単ですわ…こうして手で握りこんで、このカップの柄のような部分を押し込めば弾が出る仕組みになっておりますの……」

エリス「なるほど……それにしても、先ほどは驚いてしまいました」

017「なぜ?」

エリス「だって、ジェーン様ったらてっきりあのまま……いえ、何でもないですわ…///」

017「まさか…いくらわたくしでもこんな時にそんな真似はいたしませんわ……それに、無理矢理と言うのはわたくしの趣味ではありませんの♪」

エリス「もう、ジェーン様……」

017「しっ……静かに…」



465 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/10/20(火) 01:11:09.31 ID:NrXs11JY0
乗務員C「…それにしてもあの客は一体誰なんだろうな…百人は乗れるこの飛行船を貸し切るだなんて、ただ者じゃないぞ?」

乗務員D「ああ…それが食堂のアンリから聞いた話だと、なんでもあの御仁はテュイルリー宮(フランス共和国政府)が欲しがっているものを持っていて、何かと引き換えにそれをこっちに引き渡す予定らしい……だから発着場で乗せなかったんだと」

乗務員C「それでか…他の客は予約だけで乗船しないし、かと思ったら急にへんぴな所に降下するしで……おかしいとは思ったんだ」

乗務員D「それだけじゃない…船倉の積み荷を見たか?」

乗務員C「いいや……なんだい?」

乗務員D「……おれは以前見たことがあるから知っているんだが、あれはライフルの輸送箱だぜ…しかも数百人分はある」

乗務員C「おいおい、どういう事だ…アルビオンの植民地か何かを相手に戦争でもおっぱじめるのか?」

乗務員D「あながちそれも間違いじゃないかもしれないな……っと、いけねぇ。そろそろデュランたちと交代する時間だ…」

乗務員C「もうそんな時間か…それじゃあ頑張れよ」

乗務員D「おう」そう言うと二人がいる左舷側の通廊に向かってくる…

017「…っ!」エリスの腕を引っぱり、かろうじて物陰に身を潜めた……そのまま気づかずに前を通り過ぎていった乗務員…

エリス「ふぅ……見つからなくて良かったですわね」

017「ええ…それと、早く船長室に行ってサー・パーシバルの予定を伺わないといけませんわね」

…船長室…

017「…」扉越しに撃たれないよう左側の隔壁に身を寄せると「コンコンッ…」と軽くノックをした017……

船長の声「誰だね、入りたまえ」

017「失礼いたしますわ」

船長「むっ、誰だ君は!?」

017「わたくしはレディ・ジェーン・バーラム。こちらはレディ・エリス・カータレット…アンシャンテ(お見知りおきを)」流暢なフランス語で自己紹介を済ませると軽く一礼した…

ストーンウッド「やれやれ、困ったものだな……レディ・バーラム、一体どういう風の吹き回しだ?」

017「あら、サー・パーシバル…せっかくおもてなしして下さいましたのに、別れも言わずにフェアウェル(さよなら)というのはあんまりと言うものですわ……わたくし、お名残惜しさのあまりにここまでお見送りに来ましたの」

ストーンウッド「…わざわざご親切な事だ……それで、挨拶を済ませたらその後はどうするつもりかね?」

017「そうですわね、せっかくですからわたくしもこのまま飛行船の旅を楽しませていただこうかと…ちなみにサー・パーシバルはどちらまでおいでになる予定ですの?」

ストーンウッド「……知りたいかね? ボンベイだ」

017「まぁまぁ、わたくしインドには行ったことがありませんの♪」

船長「ちょっと待ちたまえ、ムッシュウ・ストーンウッド。行き先はポンディシェリ(インド南部のフランス植民地)のはずだ…それがアルビオンの植民地に向かうとはどういうつもりだ?」

ストーンウッド「おや、まだ船長には言っていなかったかな…ここまでのお膳立てには感謝するがね、私はフランス政府の言うことを聞くつもりはさらさらないのだ」

船長「なにっ!?」

ストーンウッド「…もうここまで来たのだし、そろそろ私の考えをお話しよう……レディ・バーラムとレディ・カータレットも聞きたいだろう」

017「ええ、ぜひお考えをお伺いしたいものですわ」

ストーンウッド「よかろう、では椅子に掛けるといい…紅茶でもどうだね?」ティーポットを取ると、新しいカップを二つ用意してそれぞれに注いだ……張り詰めた空気の中、場違いな紅茶の香りが漂ってくる…

017「いただきますわ…♪」にこやかにしているが、その視線には一分の隙もない……注がれた紅茶をひとすすりすると、テーブルの上にティーカップを置いた…

466 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/10/20(火) 02:24:37.32 ID:NrXs11JY0
ストーンウッド「では話すとしようか……さて、今回の件で私が手に入れた数百万ポンドは、あくまでもこれから始める「事業」の元手に過ぎん」

017「…それで、その「事業」とやらの内容をお伺いしたいですわね…東インド会社の再設立でもなさるおつもりですの?」

ストーンウッド「いいや……私はこの金を使って、インド植民地をアルビオンから分離独立させるつもりなのだ」

017「それはそれは…「『そいつは奇妙きてれつだな』とアリスはいいました…」とでも申しましょうか」

ストーンウッド「そうかね? 今アルビオン王国はカードウェル制に基づいて植民地軍を縮小し、もっぱらその兵隊は現地人を使っている…そしてたいていの連隊は本国にいて、インドに展開している訳ではない」


(※カードウェル制…カードウェル卿によって進められた軍制改革。経費削減のため平時は植民地への駐留軍をできるだけ送らず、植民地軍が使う兵器の更新期間も数年から十年というゆっくりしたペースにするというもの。同時に兵に対する過剰な体罰や、貴族の子弟が士官の階級を金で買うことを禁止した。実際には1930年代まで何回か行われ、一定の効果があった)


017「ええ」

ストーンウッド「一方、インドには多くの植民地生まれがいて、そうした者たちが現地の社会で政治や経済、軍事を動かしている…そしてその大半が王国の植民地政策に不満を持っている。軍でインド出身者が将官に昇進することなど滅多にないし、近衛連隊に入隊することもまずできない……官僚たちもエリートのオックスフォードかケンブリッジの卒業生だけが出世して、植民地生まれは決して次官や局長の椅子には座れない」

017「…それで?」

ストーンウッド「こうした中で、私はすでに現地の入植者たち……そしてこちらでも今の王国のありように不満を持っている優秀な人材を集めた。そして今回の「高純度ケイバーライト」を餌に使って、この計画を始めるのに必要な資金を手に入れたわけだ」

017「なるほど。今回の事件は始まりではなく「仕上げ」であった、と…それで、その計画を始めた後はどうするおつもりですの?」

ストーンウッド「簡単だよ。インドは極東への重要な中継点であり、多くの富をもたらす…私が仲間たちとアルビオン領の植民地を制圧したら、また貿易を再開させるつもりだ……どのみちアルビオンはインドなしでやっていくことはできず、また、フランスやオランダも列強の間でギリギリの勝負をしている中で、これ以上インドに兵を割くわけにはいかない…つまり、なんのかのと言っても各国政府はこちらに頭を下げることになる、というわけだ」

017「それにしてはムッシュウ・ルブランにコブラを噛みつかせるなどと、まずいことをなさいましたわね?」

ストーンウッド「ふっ…私とて商売相手の代理人にそんなことをするほど愚かではないよ。なにせムッシュウ・ルブランはフランスのスパイではなく、ベルギーのスパイなのだからな」

017「なるほど…ベルギー人ならフランス人と同じようにフランス語を話せますものね……」

ストーンウッド「いかにも」

017「ふう……それがあなたのお考えですのね、サー・パーシバル?」紅茶のカップを取り上げると一口飲み、じっとストーンウッドを見た…

ストーンウッド「ああ、そうだ…何か言いたいことでも、レディ・バーラム?」

017「ええ。サー・パーシバル、あなたがなさろうとしている事に水を差すのは大変心苦しいのですが……残念ながらそうは行かないと思いますわ」

ストーンウッド「ほほう、なぜだね?」

017「なぜかと申しますと……わたくしがそうさせないつもりだからですわ!」そう言いながら、まだ湯気の立っている紅茶を浴びせかけた…

ストーンウッド「ぐっ…!」とっさに抜き放った.500口径の中折れ式ピストルが大砲のような轟音をあげて火を噴いたが、熱い紅茶を顔面に浴びて、反射的に身をよじったので狙いがそれた……そのまま船長室の飾り窓に体当たりすると、外のデッキに飛び出す…

017「っ!」ドレスの隠し場所から.297口径の小型ウェブリーを抜くとストーンウッドの後ろ姿に向けて一発放ったものの、わずかな差で外した…

船長「…っ!」這いつくばるようにして床を転げると、隔壁の警報ベルに手を伸ばしてベルを押した……飛行船中に「ジリリリンッ!」とけたたましいベルの音が鳴り響く…

017「エリス、わたくしの後に付いてきて!」

エリス「はい…っ!」

…左舷・プロムナードデッキ…

乗務員E「待て、止まれ!」

017「っ!」銃を持って持ち場に駆けつける乗務員や船員たち…二人と出くわした数人の一番前にいた乗務員は、相手が女性だと油断してレベル・リボルバーを突きつけてきた……が、017はそれをはたき落とし、そのまま薄い金属板が仕込まれているヒールの甲で急所を蹴り上げた…

乗務員E「…うう…っ!」

乗務員F「この…っ!」

017「…!」パン、パンッ…!

乗務員F「ぐう…っ!」持っていたレベル・リボルバーを撃つよりも早く二発の銃弾を胸に撃ち込まれ、崩れ落ちる乗務員…

乗務員G「いたぞ!左舷に……」

017「どうぞお静かに…っ!」左手で持っている日傘で相手の鳩尾を突いた017……普通の柄ならもちろん折れてしまうだろうが「教授」たち装備開発部が作り上げた「情報活動用」日傘の柄は戦艦の船体にも使われるハーヴェイ鋼で出来ており、それで突かれると警棒以上の威力がある…

乗務員G「かは…っ!」身体を二つに折って崩れ落ちると両手で鳩尾を押さえ、声も出せなくなった……

017「さぁ、急ぎましょう……このままでは馬車がカボチャに戻ってしまいますわ!」

エリス「ええ…!」
467 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/10/25(日) 02:31:39.60 ID:0eauDQEf0
乗務員H「…急げ、銃声はこっちから聞こえたぞ!」

乗務員I「ああ!」


…フランス製のグラース小銃を持って飛び出してきた乗務員は017とエリスを見ると、慌てて引き金を引いた……が、焦ったために弾はそれ、船室の舷窓を粉々に打ち砕いただけだった…

(※グラース小銃…戊辰戦争〜明治頃の日本でも用いられていた紙製薬包の単発式ライフル「シャスポー銃」を金属薬莢を用いる事が出来るよう改良したもの。その後無煙火薬を用いる連発式のボルトアクションライフル「ルベル小銃」が出るまでフランス軍で使われた)


乗務員H「畜生…っ!」単発式のグラース銃を再装填する余裕はなく、銃剣で突こうとする…

017「…っ!」相手の懐に飛び込むと脇腹にピストルの銃口を当てて引き金を引く…

乗務員H「うぐ……っ!」

017「…ふっ!」そのまま流れるような動きでもう一人の相手にウェブリーの銃弾を撃ち込んだ……

乗務員I「げほっ……」

017「ふぅ……」

エリス「…あの、ジェーン様」

017「どうかなさいまして、エリス?」

エリス「え、ええ…先ほどから飛行船の針路が変わっているようですわ……」

017「と言うことは、サー・パーシバルはきっと操舵室に向かったに違いありませんわね……では、参りましょう♪」ウェブリーの弾を込め直すと、にこやかに微笑みかけた…

エリス「は、はい…」

…飛行船左舷・前部プロムナードデッキ…

017「……この先が操舵室ですわね…」

エリス「ええ…」

017「エリス、貴女はわたくしの後ろにいてくれればよろしいですわ…♪」

エリス「はい、ジェーン様」

017「いいお返事ですわね……」


…楕円形をしていて、船首部に行くに従って先細りになっている飛行船のゴンドラ…上空の冷たい風を受けながら、その湾曲に沿って進んでいく二人……と、操舵室も目前になった横手の通廊から、シンが襲いかかって来た…

シン「ふんっ…!」

017「うっ…!」ギラリと光るグルカナイフで突きを入れてくるシン……とっさにのけぞりかろうじて刃の先端をかわしたが、肩口をナイフがかすめた…

シン「むぅん…!」体勢を立て直す暇も与えず、続けざまに切り払ってくる…

017「……くっ!」

シン「やぁぁ…っ!」

017「…っ!」たまらずに数歩下がってたたらを踏むと、その隙を逃さずナイフの間合いに飛び込んでくるシン……017はその勢いを支えきれず、尻餅をつく形でデッキに倒れ込んだ……

シン「ふん…っ!」

エリス「……ジェーン様っ!」

シン「…」

017「…っ!」パン…ッ!

…とどめとばかりに振り下ろされたグルカナイフの刃を日傘の柄で受け止め、同時にウェブリーでシンの胸元を撃ち抜いた…

シン「…」手からポロリと落ち、ガタンと音を立ててデッキに転がったグルカナイフ……

017「……はぁ、はぁ……はぁ…っ」

エリス「ジェーン様…!」

017「わたくしは大丈夫ですわ、エリス…」少しよろめきながら立ち上がると、ドレスについたほこりを払った…

エリス「はぁぁ……わたくし、気を失いそうですわ……」

017「ふふ、エリスが気を失ってもわたくしが介抱してあげますから大丈夫ですわ……ただ、気を失うのはサー・パーシバルの事が済んでからにしてほしいですわね♪」

………

468 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/11/02(月) 02:08:13.69 ID:Dw4Yil4g0
…飛行船・船橋(ブリッジ)…

017「失礼、どうぞ誰も身動きなさらないようお願いしますわ…♪」


…扉越しに撃たれないよう、隔壁に背中をあずける形で腕だけを伸ばして船橋(せんきょう)への入口を開けると、さっと中に入ってウェブリーを構えた017……いくつか綿雲が浮かんでいるだけの青空を行く「アンリ・ジファール」号の操舵室はなかなか眺めがよく、周囲の隔壁には伝声管や様々なパイプがツタのように伸び、綺麗に磨かれた真鍮製の羅針盤や風向計、速度計や圧力計などが据え付けられている……持ち場に就いている数人のフランス人船員はおどおどした様子だったが、よく見ると舵輪を握っていたらしい航海士は胸元を撃ち抜かれた状態で床に倒れていて、身体の周りには流れ出した血で小さな水たまりが出来ている……そして航海士の代わりに大口径のピストルを握ったストーンウッドが、片手で舵輪を握っている…


017「……大人しく両手をあげていただきますわ、サー・パーシバル」

ストーンウッド「これはこれは、レディ・バーラム。まだいらっしゃったとは驚きだ…しかし、そろそろこの舞台も幕にしてはいかがだね?」

017「それは同感ですが、まだアンコールが済んでおりませんの♪ ……まずはその「大砲」を床に置いて、それからゆっくりと舵輪から離れて下さいまし…それとムッシュウ、あなたが代わりに舵輪を握っていて下さいな」…抵抗したり、こっそり針路を変えたりといった機転を働かせる余裕のなさそうな、一番おびえた様子のフランス人船員に声をかけた…

ストーンウッド「…よかろう」舵輪を離すと、床に.500口径の中折れ式ピストルを置いた…

船員「マ、マドモアゼル…舵輪を変わりました……」

017「結構ですわ……さて、サー・パーシバルにはまだいくつか尋ねなければならないことがございますの…お答えいただけるかしら?」

ストーンウッド「それは質問の内容によりけりだな…私の資産だったら知らんよ。数え切れないほどあるのでね」

017「うらやましい限りですわね……でも、そうではありませんわ」

ストーンウッド「そうかね、まぁ何なりと聞くがいい」

017「ええ、では一つ目に…研究資料の写しはどこにありますの?」

ストーンウッド「研究資料の写し?」

017「ええ、いかにも……とぼけてもらっては困りますわ」そう言いつつも、017の鋭い観察眼にはストーンウッドが嘘をついていないように見えた…

ストーンウッド「…写しなどない。余計な写しなど作って、それが他人の手に渡ったり欲を出した召し使いの誰かに盗まれたりした日には、計画がフイになってしまうからな」

017「なるほど……それでは二つ目ですわ」

ストーンウッド「ああ」

017「…今回のあなたの「計画」ですが、どこの国がどの程度関与しておりますの?」

ストーンウッド「ふむ、そのことか……この飛行船を見ても分かる通り、フランスの手は少々借りた」

017「他には?」

ストーンウッド「いや、それだけだ」

017「あら…嘘が下手でいらっしゃいますわね、サー・パーシバル?」自尊心が強いストーンウッドに対し、まるで「お一人では鼻もかめないでしょう?」と言わんばかりの皮肉な調子であざけった…

ストーンウッド「嘘なものか! この計画は私が考えてここまでこぎ着けたのだ、フランスのカエル共やぶしつけな新大陸(アメリカ)の連中などに、こんなアイデアが出せるわけがない!」

017「…なるほど」

ストーンウッド「失礼、少々取り乱してしまったな……他にまだ聞きたいことはあるのかね?」

017「ええ…研究資料を運んでいたエージェントはどうなさいました?」

ストーンウッド「あぁ、あの男か……それが、情報を聞き出そうとしたがあまりにも頑固に抵抗するものだからな…シンに片付けさせてしまったよ……もう一人私の身辺を嗅ぎ回っていたネズミもいたが、それも同じだ」

017「そう」

ストーンウッド「……それだけかね?」

017「ええ…それを聞いて安心いたしましたわ♪」

ストーンウッド「ほう?」

017「…おかげで何の良心の呵責もなく、あなたを撃つことが出来ますもの」そう言うと腕を真っ直ぐに伸ばして、カチリとウェブリーの撃鉄を起こした…
469 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/11/03(火) 01:29:20.07 ID:PlJvz0/A0
シン「…うぉ…っ!」

017「くっ…!」


…胸に銃弾を受けた瀕死の状態で、最後の力を振り絞って這いずってきたシンが後ろから飛びかかった……銃を持つ手を掴まれ、揉み合いになるシンと017……一発目の銃弾はそれて床板を撃ち抜き、二発目は横手の伝声管を貫き、甲高い音を立てた…


017「…っ!」いくら体力に優れたシンとはいえ、多くの血を失っていては勝てるはずもない…017は腕を振り払うと、シンの胸元に二発の銃弾を撃ち込んだ…

シン「かは……っ!」

017「はぁ、はぁ…っ……」

ストーンウッド「……動かないでもらおうか、レディ・バーラム」

017「…っ」

…シンと格闘している間に、エリスを捕まえて盾にとったストーンウッド……右手には拾い直したピストルを持ち、左腕はエリスの白い首に回している…

ストーンウッド「さて、今度は君の番だ……レディ・カータレットに無事でいて欲しいのなら、下手な真似はしない方がいい…さぁ、ピストルを置きたまえ」

017「……それで、どうするおつもりですの?」

ストーンウッド「先ほども言ったが、そろそろこの舞台も幕にしなければな…となれば、君にはご退場を願おう。幸いここは空の上だ、不幸な墜落事故も往々にして起きる……さあ、デッキに向かいたまえ」

017「ええ、ちょうど外の空気が吸いたいところでしたの…」

…飛行船・船橋外側通廊…

ストーンウッド「何か言い残したことはあるかね?」

017「ええ……さきほどの紅茶はあまり美味しくありませんでしたわ」

ストーンウッド「ふん…」

017「……それにしても、この冷たい風が何とも心地よいですわね」船橋の通廊はゴンドラの首尾線(前後)にたいして真横に伸びて左右両舷のどちらからも通れるようになっていて、017はその右舷側を背に立っている……

ストーンウッド「ふむ……さて、これでお別れだ」自信たっぷりに銃の撃鉄を起こしたストーンウッド

エリス「…っ!」そろそろと手を動かすと、隠していた「ル・プロテクター」ピストルをストーンウッドの手に押しつけて引き金を握りこんだエリス…いくら小さな「ル・プロテクター」とはいえ曲がりなりにもピストルであり、その銃弾はストーンウッドの手のひらを撃ち抜いた…

ストーンウッド「うぐ…っ!」痛みでピストルを取り落とし、思わずエリスを押さえていた腕を放して右手を押さえた…

017「やぁぁ…っ!」その一瞬の隙を逃さず、日傘の石突きに仕込まれていた刃を出して甲板を蹴ってストーンウッドのふところに飛び込むと、胸元に必殺の突きを入れた……

ストーンウッド「…ぐぅっ!」胸元に突き立てられた日傘をかきむしり、よろよろと後ずさる…そのまま左舷デッキの手すりに背中をあずけていたが、ふらりと後ろにもんどり打った…

017「………」デッキから下をのぞく017…

ストーンウッド「…た、頼む…助けてくれ……」ゴンドラの強度を高めるリブ(張り出し)に指をかけ、かすれた声で言った…

017「きっとあなたが始末させたエージェントもそう言っていたと思いますわ……でしたら、平等にしなければいけませんわね?」そう言うとつま先でゆっくりと指を踏みつけた……

ストーンウッド「……うわぁぁ…っ!」

017「…」次第に小さくなりながら雲間に消えていくストーンウッドを見送った…

エリス「…ジェーン様、ご無事でいらっしゃいますか?」

017「ええ…エリスの機転のおかげで助かりましたわ♪」

エリス「あぁ、よかった……」そのままふらりと気を失いそうになるエリス…

017「…あら」さっと背中を支えて抱き寄せた…

エリス「ありがとうございます……それにしても、ジェーン様の日傘にはいろんな機能が隠されておりますのね…?」

017「ふふ、そうですわね……残念ながら鳩もバラも入ってはおりませんけれど、毒が塗られた鋭い刃は入っておりましたわ…お気に召したお方は、どうかご喝采のほどを♪」冗談めかして見世物の口上を真似ると、軽く膝を曲げて礼をした…

エリス「もう、ジェーン様ったら…」

017「ふふ…♪」
470 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/11/03(火) 01:55:33.63 ID:PlJvz0/A0
…まだ続きはありますが、今日は一旦ここで止めます…


そういえばショーン・コネリーが亡くなったそうで、SISの長官もお悔やみを述べておりましたね…「007」はスパイ物としては軽薄に過ぎるという意見もあるかもしれませんが、彼と原作者のイアン・フレミング(実際にフレミングも元情報部員だったとか)が世界で情報部員という職業を有名に(…有名にしてもらっては困るかもしれませんが)したことは間違いないと思います……個人的には「ワルサーPPK」と、あの斜め上を見上げるような笑い方が印象的でした…
471 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/11/08(日) 02:35:54.87 ID:Xo9qcpkC0
017「ふふふ…っと、あら……」

エリス「…どうかなさいましたの、ジェーン様?」

017「ええ、どうやら些細な問題が二つほど起きたようですわ…」

エリス「あの…「些細な問題」と、申しますと?」

017「……上をご覧なさいまし、エリス」

エリス「上…?」そう言って小首をかしげ、それからおもむろに気嚢を見上げたエリス……と、さっきまでは目一杯膨らんでいたはずの気嚢が少ししわを帯び始めている…

エリス「あの、ジェーン様…もしかして……」

017「ええ…先ほどの撃ち合いで気嚢のどこかに穴が空いてしまったようですわね。まだしばらくは持つでしょうけれど、そのうちに耐えきれなくなって、イカロスのようになってしまいますわ」

(※イカロス…ギリシャ神話。幽閉されていた島から脱出するべく、鳥の羽を集め蝋で固めた翼を付けて空を飛んだが、飛べることに夢中になったイカロスは翼を作った父の注意を忘れて太陽に向かって飛び、その熱で蝋が溶けて墜落してしまった)

エリス「それで、もう一つの「些細な問題」とは何でしょう…?」

017「わたくしたちが見聞きしたことをお茶会の話題にして欲しくないらしい、フランス人の乗務員たちが大挙してこちらにやって来ますわ」

高級船員「…何としてもあの二人を逃がすな!」

船員C「前部左舷のデッキだぞ!」

船員D「こっちだ、早く!」号令やデッキの上を駆ける足音が次第に近寄ってくる…

エリス「でも……どういたしましょう?」

017「そうですわね…今から一等船室の乗船券を買う訳にもいかないようですし、上等なもてなしにも期待できそうにありませんから……仕方ありませんわ。短い空の船旅になってしまいましたけれど、おとなしく飛行船を降りるといたしましょうか♪」

エリス「お、降りるとおっしゃられても…ここは少なくとも千フィートはある空の上ですわ!」

017「ええ…でも、ちゃんと備えがありますもの♪」隔壁に設置されているロッカーには、フランス語で「非常用落下傘」とある…

エリス「…でも、わたくしたちは二人ですし、このロッカーには一人分しか……」

017「これは頑強な殿方が使っても大丈夫なように作られておりますし、エリスは羽根のように軽いのですから問題ありませんわ♪」

エリス「そ、そんなことをおっしゃられても…」

船員E「いたぞっ!」バン…ッ!

017「…どのみち選択肢はそう多くありませんし、考えている時間もあまりありませんわ……ドーヴァー海峡の上に出てから飛び降りたのでは、二人ともオフェーリアの真似事をすることになってしまいますもの」パン、パン…ッ!

(※オフェーリア…オフィーリアとも。シェークスピアの戯曲「ハムレット」に出てくる王女。仇敵を油断させて復讐を行うため狂気を装った婚約者「ハムレット王子」の演技を信じてしまったために錯乱してしまい、川に落ちて亡くなる。水面に浮かんだ美しい顔と、そこから広がっている長い髪といった姿で描かれる)

船員E「うぅ…っ!」

エリス「…」

017「それにわたくしの日傘に落下傘の機能があれば良かったのですけれど、あいにくと付け忘れてしまいましたの……さ、お心は決まりまして?」パンッ、パァン…ッ!

船員F「ぐわぁ…っ!」

エリス「……わ、分かりましたわ」

017「では、落下傘を身に付けるといたしましょう……帯を通さなければなりませんから、身体を寄せて下さいまし…ね♪」パラシュートのハーネスを通しながら、向かい合わせになってくっついているエリスをぎゅっと抱きしめる…

エリス「……もう、こんな時まで///」

017「ふふ……さ、準備はよろしいかしら?」

エリス「はい…!」

017「結構なお返事ですわ……それでは短いですけれど、優雅な遊覧飛行と参りましょう♪」エリスを抱きかかえつつ、デッキの手すりから飛び降りた…



472 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/11/12(木) 02:03:43.15 ID:m1DPzWc+0
017「……まるで隼にでもなった気分ですわね!」


…飛行船から青い空に飛び出すと、たちまち冷たい風がごうごうと吹き付けてきて髪が巻き上がり、ドレスの裾や袖がバタバタとはためいた……そしてモザイク画のようだった緑や土色の模様が、次第に畑や草原、荒れ地や湿地と見分けられるようになってきた…


エリス「ジェーン様、早く落下傘を…!」

017「ええ…ですがもう少しだけ待って下さいまし……ね!」風の音に負けないよう、お互いに耳元で声を張り上げている…

エリス「どうしてですの…!」

017「…ここで開傘したらいい的になってしまうからですわ!」すでに小さくなり始めた飛行船のデッキには船員や乗務員たちが鈴なりになって、しきりにライフルやピストルを撃っている…

エリス「ですが、このままでは地面にぶつかってしまいます…!」

017「心配は要りませんわ、そろそろ開きますから…!」


…エリスをかばい、また背中のパラシュートが開けるようにうつ伏せの姿勢で上側になっている017……首をねじって飛行船の方を見ると、すでに飛行船とは百ヤードばかり離れていて、もう素人のフランス人船員たちではライフルを使っても当てられないほど距離が開いたことを確認した……それから落ちていく先に一つのちぎれ雲があることを見定めると、パラシュートの開傘索を引っ張った…


エリス「…っ!」

017「ふぅ……無事に開いてくれましたわね。ブランシャールには感謝しませんと♪」(※ジャン・ピエール・フランソワ・ブランシャール…フランス人の自称「科学者」で冒険飛行家。それまで数百年間の間試行錯誤が繰り返されてきたパラシュートの歴史の中で、初めて丸形のパラシュートで降下に成功した)

エリス「……はぁぁ、息が止まりそうでしたわ…」

017「大丈夫、わたくしが付いておりますもの……♪」そう言うと唇を重ねた…

エリス「あっ、ん……///」

017「ふふ…」

エリス「……あの、ジェーン様…」

017「なんでしょう?」

エリス「その……実は、わたくし…」

017「ええ…」

エリス「あぁ、その…申し上げにくい事なのですけれど……」

017「構いませんわ」

エリス「はい……実は、わたくし…ジェーン様のことを……お慕い申し上げているのです…///」

017「……それは、つまり…」

エリス「そうなのです……わたくし、ジェーン様と婚姻を執り行って「婦妻」として結ばれたい…そんな……そんな、叶わぬ気持ちを抱いてしまったのですわ!」

017「……エリス」

エリス「…おかしいでしょう? わたくしたちは共に女性で…たとえ愛し合っていたとしても、主の前で婚姻を結ぶことはまかりならぬこと…けれども……んっ!?」

017「んっ、ちゅぅ……♪」

エリス「んんっ、んぅ…っ!?」

017「ぷは……エリス」

エリス「ジェーン様…?」

017「エリス…貴女との愛の前にいかほどの障害があろうとも、わたくしはそれを乗り越えてみせますわ……ただし、時折の浮気は許して下さいまし…ね♪」

エリス「も、もうっ……わたくしが真剣に申しておりますのに…///」

017「……分かっておりますわ。こうして冗談めかしていないと、わたくしも嬉しさのあまりどうにかなってしまいそうなのですもの……♪」

エリス「ジェーン様…///」

017「ふふふ……飛行船の上で婚約した酔狂な方はこれまで数人おりましたけれど、文字通り空中で婚約したのは、きっとわたくしたちが最初ですわね♪」

エリス「はい…♪」

017「…そろそろ地面に着きますけれど、他に空中でしておきたいことがあるなら今のうちですわよ……エリス♪」

エリス「…それなら……んっ///」ちゅぅ…♪

017「ん♪」
473 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/11/12(木) 03:21:03.95 ID:m1DPzWc+0
…地上…

農夫「……ふー」新しい干し草ならではの香りを嗅ぎつつ地面に干し草用のフォークを突き立てると、手の甲で額の汗を拭う…

農夫「今日はいい天気でなによりだ…これなら干し草もよく乾くことだろうて……」そう独りごちて空を見上げた瞬間、ポカンと口を開けて固まった…

農夫「なんだぁ、ありゃ…!?」ふわふわと漂っていくパラシュートの落下先を目指して走り始めた……

………



017「……さ、しっかりつかまっていて下さいましね♪」

エリス「は、はい…!」

017「…それでは到着ですわ…と!」緩やかな斜面に降り立った二人はパラシュートの行き足が止まるまで、後ろから押されるような形で駆け下りた……ようやく勢いが収まると今度は畳まれた布団のようになったパラシュートに後ろから引っ張られ、地面に転がった…

エリス「はぁ…はぁ……」

017「ふぅ……なんとこの大地の固きこと。まさに「地に足を付けた」ですわね♪」

エリス「ジェーン様、それよりもこの紐を解いて下さいまし……///」

017「ええ……もっとも、そうして落下傘の絹布に包まれているエリスを見ると、そのまま情を交わしたくなってしまいますわ…♪」にっこりと笑みを浮かべ、紐が絡まってまごついているエリスの頬を撫でた…

エリス「い、いけませんわ…///」

017「ええ、分かっております…さ、いま解いて差し上げますわ♪」

エリス「……ふぅぅ…まるでローストビーフになった気分でした」

017「まぁ、ふふ……もしエリスがローストビーフなら、きっと世界で一番美味しいローストビーフですわね♪」

エリス「もう、お上手なのですから…///」

017「……ふふ♪」と、柔らかな草の斜面で息を切らしつつ駆け寄ってくる農夫の姿が見えた……

017「あら…誰かやって来ましたわ」サー・パーシバルが転がり落ちる前に胸元から引き抜いた日傘を改めて差し直すと、裾の土を払って格好を整えた…

農夫「……ぜー…はー……ご婦人方は……ふー…一体どこからやって来なすったんだね…?」二人の近くまで来ると肩で息をしながら、やっとの事で声を出した……

017「ダンデライオン(タンポポ)の綿毛のごとくふわふわと、空の上から参りましたわ♪」

農夫「いや、そりゃあそうかもしれんけど……」

017「ふふ……それでは良い一日を♪」エリスの手を握ると、軽く会釈をして立ち去った…

農夫「へぇ、こりゃどうも……」しわくちゃになったパラシュートの端っこをつまみ上げ、狸に化かされたような顔をしている…

…しばらくして・村の小さな教会…

017「司祭様、今すぐに結婚の儀式を行う準備をお願い致しますわ」

司祭「いや、しかし……女性同士での婚姻など認められるわけが…」カソック(法衣)を羽織った国教会の司祭は、あちこちに裂け目や汚れが付いているドレス姿の二人が突然「結婚の誓約をしたい」と飛び込んできたことに困惑しきっている……

017「……わたくしがしようとしている婚姻が認められないとおっしゃるのなら、トマス・ベケットがどうなったかよく考えることですわ♪」そう言った瞬間には、もう司祭の胸元にウェブリー・リボルバーの銃口が突きつけられている……


(トマス・ベケット…ヘンリー二世の治世でカンタベリー大司教を勤めていた人物。元は国王ヘンリー二世のお気に入りであったが、ヘンリー二世が司教の任命など教会の人事に口出ししようとすると決別。ヘンリーの息のかかった司祭に懲戒を行うなどしたため煙たがられ、最後はヘンリーの密命を受けた四人の騎士によってカンタベリー大聖堂で斬殺された)


司祭「じゃが……」

017「…そうおっしゃらずに、司祭様。国教会はヘンリー八世が離婚したいがために作った宗派ではありませんか。今さら結婚の一つや二つでおどおどすることなどありませんわ」


(※ヘンリー八世…いわゆる「バラ戦争」の後でプランタジネット朝の王位が落ち着かなかったので「女子の跡継ぎでは心もとない」と考えたヘンリー八世はなかなか子供の出来ない王妃と離婚しようとしたが、ローマ・カトリックでは離婚が認められていないことから教会に否定された。これに対してヘンリー八世は英国国教会を立ち上げてカトリックと分裂した…教義などはカトリックとプロテスタントの中間にある)


司祭「そう言われても…」

017「大丈夫ですわ。もし神が認めないとしても、わたくしたちの上に罰が下るだけのことですもの…さぁ、早く支度を」

司祭「……分かったから、神の家ではその物騒な物をしまってくれんか」

017「ええ……まさに「求めよ、さらば与えられん」ですわね♪」司祭が聖具室に道具を取りに行くのを見て、017はにっこりした…

エリス「でも、こんなことをしてもよろしいのですか…?」

017「国教会の地上における最高権威は女王陛下ですから…もし必要ならバッキンガム宮殿でもどこでも訴えに行きますわ」

エリス「……ジェーン様///」

017「ふふ…エリスと結ばれるためですもの♪」
474 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/11/15(日) 01:16:52.94 ID:rRAi1cA20
…しばらくして…

司祭「……汝は永遠の愛を誓い、健やかなるときも病めるときも、富める時も貧しき時も、喜びの時も悲しみの時も共に分かち合い、死が二人を分かつまで、エリス・カータレットを愛することを誓いますか?」

017「…誓います」

司祭「新婦、レディ・エリス・カータレット…汝…汝は……」

017「……わたくしも『新婦』でお願い致しますわ、司祭様…♪」女性二人の結婚式を執り行うのは初めてらしく、言葉に詰まる司祭……とっさに小声で助け船を出す017…

司祭「……汝は新婦、レディ・ジェーン・バーラムを愛し慈しみ、よく貞節を守り、支え助ける事を誓いますか?」

エリス「誓いますわ…///」

司祭「…では、誓いのキスを……」

017「……んっ♪」

エリス「ん…///」

017「ふふ……こうしていると、いつもの口づけとはまた違った気分が致しますわね♪」

エリス「…はい///」

司祭「それでは、誓いの指環を…」

017「ええ……エリス♪」

…非常時の活動資金として……また味方の援助を求める時の印として「見るべき人物」が見れば分かるよう、内側にアルファベットと数字でコードが彫り込まれている王国情報部員用の金の指環……017はそれを二つ持っていたが、そのうちの片方をエリスのふっくらした指に通す……指環はまるで誂えたかのようにぴったりで、するりと指にはまった…

エリス「まぁ…ジェーン様ったらいつの間に……?」

017「こんなこともあろうかと用意しておいたのですわ……さ、わたくしの指にも♪」

エリス「はい…♪」

司祭「……二人に主のお恵みがありますことを」

017「感謝致しますわ、司祭様…♪」

………



017「…さぁ、それではロンドンに帰りましょう♪」

エリス「それはまた……ずいぶんとせわしないですわね?」

017「ふふ、だって早くお役所に結婚の証明書を発行してもらいたいのですもの…四頭立ての馬車を借りて飛ばせば、数時間でロンドンまで着きますわ」

エリス「それはそうですけれど…」

017「……ロンドンに着いて用事を済ませたらリージェント公園に行って、中にある「ロンドン動物園」で珍しいアフリカの動物でも見て…それから「ゴールデン・ライオン」でアフタヌーン・ティーでも頂きましょう♪」


(※ゴールデン・ライオン…紅茶の老舗「トワイニング」が経営しているコーヒーハウス(ティールーム)。当時のコーヒーハウスはたいてい男性しか入れなかったが、ゴールデン・ライオンは女性でも入れたことから人気を博した)


エリス「ふふ、ジェーン様ったら……わたくし、そんなに盛りだくさんの予定を立てられては疲れてしまいます♪」

017「…だって、エリスと結ばれて最初に過ごす一日ですもの。時間などいくらあっても足りませんわ♪」

エリス「まぁ…///」
475 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/11/16(月) 01:36:33.83 ID:HUr5/VWs0
…数時間後・ロンドン…

017「…エリス、楽しんでおります?」

エリス「はい、ジェーン様///」

017「ふふっ、それは何よりですわ…」と、道端で大声を張り上げている新聞売りと、それを取り巻いている十数人の野次馬が目に入った…

エリス「あら…号外のようですけれど、いったい何でしょう?」

017「気になるとおっしゃるのなら、見に行ってみましょうか♪」

新聞売り「……号外だよ!号外号外!フランスの飛行船がドーヴァーの近くで墜落したよ!」

017「…もし、新聞売りさん。わたくしにも一枚下さいな」

新聞売り「へい、毎度っ! …号外号外っ!」

017「……さて、と…「フランス籍の大型飛行船、ドーヴァー近郊で墜落…我が国の植民地転覆をもくろむフランスによる秘密工作か!?」…ふふ、わたくしたちの大活躍が載っておりますわね♪」エリスの手を取るとベンチに腰かけ、まだインクも乾いていないような「出来たて」の号外を広げた…

エリス「ジェーン様、読んで下さいまし」


017「ええ……「本日の昼ごろ、フランス船籍の長距離大型飛行船『アンリ・ジファール号』がドーヴァー近郊に墜落した。乗員はいずれも直前に脱出して無事だったが、同船の船客であった百万長者のサー・パーシバル・ストーンウッド氏が墜死した模様。また、同船から数百挺にも上る小銃やピストルが発見されたとの情報があり、同時に正体不詳の貴婦人が飛行船の墜落に関与しているとの証言もあることから、一部にはフランスによる秘密工作を阻止すべく行われた、わがアルビオン王国の対情報活動によるものではないかという意見もある…」だそうですわ」


エリス「…あれが今日のことだなんて、まだ信じられませんわ」

017「ええ……次は「高架鉄道」の汽車に乗って、ロンドン市街を見下ろしてみると致しましょう♪」

エリス「はい」

…夕刻・ロンドンの壁の近く…

017「ふふ、なかなかの眺めでしたわね…♪」


…二人が汽車を降りた頃にはすっかり日が傾き、ロンドンの街は夕暮れに染まっている……そして二人が降りた「壁」の近くは、壁の陰になっていて薄暗い……そしてどういうわけか、さきほどから口数が少ないエリス…


エリス「……ジェーン様」しばらく黙って指を絡めて歩いていたが、ふと足を止めると意を決したように呼びかけた……

017「ええ、何でしょう?」

エリス「わたくし…ジェーン様に謝らなくてはならないことがございますの……」

017「…と、申しますと?」

エリス「……それは……こういうことですわ」先ほどまでポーチを持っていたふっくらした手に、いつの間にか小さなウェブリー・リボルバーが握られている……銃口は017の胸元に向けられていて、微動だにしない…

017「エリス…」

エリス「ジェーン様……その、実はわたくし…わたくしはアルビオン共和国情報部の情報部員で、サー・パーシバルが盗んだ「高純度ケイバーライト」の資料を手に入れるよう命令されたのですわ……」

017「…そう」

エリス「はい…ジェーン様とお近づきになったのも、最初は華やかなレディを目くらましに使う…ただそれだけのつもりだったのですわ…けれど、そのうちにジェーン様が王国の情報部員であることが分かって……」

017「ええ」

エリス「…本来ならその時点で慎重に離れて関係を絶つべきだったのですけれど…もうそのころにはジェーン様の事を愛おしく思い始めてしまって……」

017「わたくしもですわ、エリス…」

エリス「…本当はわたくしだって、こんなことはしたくありませんわ…でも……でも、これがわたくしの任務なのです……!」

017「ええ、よく分かりますわ……お互い、情報部員ですもの…ね?」

エリス「うぅ…っ……」頬に涙をこぼしながら、ピストルを突きつけているエリス…

017「…涙を拭いなさいな、エリス……可愛らしい顔がそれでは台無しですわ」ハンカチを取り出し、そっと涙を拭う……

エリス「ジェーン様……わたくしは研究資料を持って「壁」を越えなければなりません…ですが、一つだけジェーン様に知っておいて欲しいことがありますの……」
476 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/11/21(土) 01:13:12.52 ID:tiMOFg7f0
017「ええ、何でしょう?」

エリス「わたくし……わたくしのジェーン様への恋慕の情…これだけは、嘘やカバーストーリーではなく、一人の女性としての本当の気持ちですわ……それだけは…信じて下さいまし…」

017「…もちろん、信じておりますわ」

エリス「ジェーン様……信じて下さいますの?」

017「ええ。だって、もしわたくしのことを何とも思っていないのなら、ただ銃弾を撃ち込んで資料を取り上げればいいだけですもの♪」

エリス「ジェーン様……」

017「ね…そうでしょう?」

エリス「ふふ、いつもジェーン様には驚かされますわ…ところでジェーン様、もう一つだけ……わたくしのわがままを聞いて頂けますでしょうか?」

017「ええ、何なりと♪」

エリス「…では、その……ジェーン様の本名を教えて頂きたいのですけれど…///」

017「あら…わたくしの「本名」など、月ごとに変わる舞台の演目のようなものですわ♪」

エリス「ですから…つまり、ジェーン様がお生まれになった時に授かった名前と言うことですわ……」

017「ふふ、分かりましたわ…」優雅に腰をかがめて斜め上を見上げるような視線をエリスに向けると、にっこりと笑みを浮かべた…

017「……わたくしはブラウン。ジョアンナ・ブラウンと申します♪」

エリス「ジョアンナ・ブラウン…と言うことは、わたくしはミセス・ブラウンになったのですわね///」

017「ええ♪」

エリス「とても嬉しいですわ……でも、もう離ればなれになってしまうなんて……」

017「大丈夫ですわ…壁があろうと、いつかまた一緒になれますもの……たとえこのチェスゲームでどちらが勝つにしても…ね♪」

エリス「ジョアンナ様……」

017「エリス…さぁ、これをお持ちになって」そう言って一枚の立派な紙を懐から取り出すと、エリスに差し出した…

エリス「…これは?」

017「女王陛下のサインが入った委任状ですわ…これを持っていれば国境の検問所であろうと何だろうと、難なく通り抜けることが出来ますわ」

エリス「ですが…」

017「ふふ…構いませんわ、飛行船のどさくさで無くしたことにすればいいだけですもの。それに女王陛下の委任状なら、結婚式にふさわしい引き出物になりますもの…ね♪」

エリス「ジョアンナ様…///」

017「さぁ、早く……陸軍情報部が嗅ぎつけて国境を封鎖する前に出国しませんと」

エリス「はい……それでは、ジョアンナ様…」

017「ええ…また会えるときを楽しみにしておりますわ」エリスの背中に腕を回して抱き寄せ、唇に長い口づけをすると「壁」の国境検問所に向かって歩き去って行くエリスを見送った……

………


477 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/11/21(土) 01:43:37.71 ID:tiMOFg7f0
…西ロンドン・共和国情報部…

共和国情報部職員「部長、ハイドランジア(アジサイ)が帰還しました」

共和国情報部長「ほう……それで、成果は?」

職員「はい、無事に入手したそうです」

部長「それは素晴らしいな…ぜひ直接報告を聞きたい、ここに呼んでくれ」

職員「分かりました」

…数分後…

部長「……ご苦労だったな」

…一緒にいると安心できるような気持ちのいい性格をしていて、どこにでもやんわりと溶け込み、そしてぽろりと相手に本音を言わせてしまう「人たらし」のエリスは、土壌に合わせて色が変わるというアジサイになぞらえて「ハイドランジア」と名付けられていた…

エリス「いえ、偶然に助けられただけですわ」

部長「君にその「偶然」をモノに出来る腕があったからこそだ…今回の成功は共和国の諜報史上で一番の金星と言えるだろう……「ボランジェ」のヴィンテージ物だ、祝杯にはふさわしいだろう?」ラベルを見せると、情報部長が自ら栓を抜いてグラスに注いだ…

(※ボランジェ…高級シャンパン銘柄の一つ。「ヴーヴ・クリコ」や「クリュッグ」よりもさらに格式が高く、創業当時からの作り方を守り続けている。英国王室御用達)

エリス「ありがとうございます」

部長「……では、早速見せてもらおうか」

エリス「はい、これですわ」

部長「うむ…」封筒から書類を取り出すとさっと読み通して眉をひそめ、それから苦笑いを浮かべた…

エリス「……あの、何か?」

部長「ああ、実に素晴らしい情報だが……私の求めていた物とは少し違うようだ」

エリス「え…?」

部長「…見てみたまえ」

エリス「あっ…!?」手中に収めていたはずの「研究資料」は封筒こそ同じだったが、いつの間にか全く違う書類にすり替えられていた…

部長「……封筒の中には君の結婚証明書と、相手からのメッセージが入っていた」

エリス「その、これは…」

部長「…どうやら今回は向こうの方が一枚上手だったようだな……ミセス・ブラウン?」

エリス「も、申し訳ありません///」

部長「ふ…まぁ飲みたまえ。 …結婚おめでとう」

エリス「は、はい…」

部長「しかし王国にはやられたな。この「ガーデン」で最高のエージェントである君の正体が割られるとは…まぁ、向こうも一番のエージェントをこちらに知られたのだから「おあいこ」と言った所か……」

エリス「ええ…」

部長「しかしこうなっては、二度と君を「壁」の向こうに送り込む事は出来んな」

エリス「はい」

部長「…どうだろう、これからは後進の育成に力を貸してくれないか……王国に送り込む「プラント」はいくらあっても足りない。その訓練を君が手伝ってくれるなら非常に助かるのだが…」(※プラント…「エージェント」や「回し者」の意。相手方に「植え込む」ことから)

エリス「そうですね……少し考えさせて下さいますか?」

部長「もちろんだとも」

………



478 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/11/21(土) 02:47:18.38 ID:tiMOFg7f0
…同じ頃・王国情報部…

王国情報部長「良く戻ったな、017……それで、結果は?」

017「ええ、この通り…ですわ♪」チャーミングな笑みを浮かべると、エリスを抱きしめた瞬間にすり替えた「高純度ケイバーライト」の研究資料とサンプルの小瓶を置いた…

部長「結構だ……それと「ファントム」の始末についても聞いた。ご苦労だった」

017「ええ」

部長「…しかしだ、017」

017「何でしょうか?」

部長「ああ……一体これはどういうわけだ?」ぽんっ…と机の上に投げ出した数種類の新聞には「フランスの飛行船墜落とインド植民地に関わる謀略」についての根も葉もない噂から、かなり真実に近いところを突いている物まで、様々な見出しが踊っている…


部長「…「フランス、我が国のインド出身者をそそのかして武装蜂起を目論む!?」「大陸の謀略!百万長者サー・パーシバル・ストーンウッドの謎の墜死と関係か!?」「フランスの野望を打ち砕いたのは美貌の貴婦人エージェント?」……私は君に自分の宣伝をしてくれと頼んだつもりはないぞ、017」

017「わたくしもフリート街の記者たちに「美貌のエージェント」と書いてくれとは頼みませんでしたわ♪」

部長「まったく……おまけに君ときたら女王陛下の信任状まで無くしたきた……あんな物が共和国の手に渡ったらそれこそ大変なことになる。すぐ王室に奏上して書式も紙も変えてもらわなくてはならん」

017「大変ですわね♪」

部長「誰のせいだと思っている……ふぅ、君が王国と世界の均衡を救ったことは事実だ。しかしこうまで派手に書き立てられては、これ以上君を工作で使うことは出来ん」

017「まぁ…それでは引退ですか?」

部長「そういうことになる…まったく何が「王国情報部の『紅はこべ』」だ……どこか田舎にでも君の好みそうな邸宅を用意するからさっさと引っ込んで、これ以上頭痛の種を増やさないでくれ」

017「ええ♪」

………



ドロシー「…ってな訳で、そののち二人は平和に暮らしましたとさ……めでたしめでたし、ってな♪」

プリンセス「そのようなことが本当にあったのですね…」

ドロシー「ああ。もっとも真実は本人たちしか知らないし、たいていは風の噂だが……まぁ同業者どうしが「お近づきになる」って言うのは結構ある事なのさ」

アンジェ「ええ、そうね」

ドロシー「ま、無理解な同国人よりも敵国の同業者の方が馴れ合いやすいってことだな……もっとも、それも度を過ぎると首を無くすことになるから適度に…だが」

ベアトリス「なるほど…」

ドロシー「さぁて、長話もこの辺にしておくか……それじゃあな」

…同じ頃・共和国エージェント訓練施設「ファーム」…

パープル「…失礼します、ミセス・ブラウン♪」

ブラウン「あらあら、ミス・パープル……いらっしゃい、お紅茶でも淹れましょうか?」

パープル「ありがとうございます…いまは何を?」

ブラウン「ええ、ちょうど部屋の片付けをね……懐かしい物が色々と出てきたわ」

パープル「そうでしたか…」

ブラウン「ええ…十数年前のわたくしの、華やかで甘美な一幕の……ね♪」

…額縁に入れて壁に掛けてある立派な免状には、「この書状を持つ者は王国のために行動するものであり……」と麗々しく書かれ、アルビオン王国女王の印章とサインが入っている…それを見上げながら、左手の薬指にはめた金の指環を愛おしげに撫でたミセス・ブラウン…

…その日の夜・プリンセスの部屋…

プリンセス「…ねぇ、アンジェ?」

アンジェ「なにかしら、プリンセス?」

プリンセス「ドロシーさんのお話だけれど…本当なのかしら?」

アンジェ「ええ、少なくとも知っている限りでは」

プリンセス「そう…だとしたら、わたくしはなおのこと頑張って、あの「壁」を無くすようにしないといけないわね」

アンジェ「そうかもしれない……だけど壁があろうと無かろうと、相手を想っている事実というのは変わらないわ」

プリンセス「シャーロット…///」

アンジェ「……明日もあるし、もう寝るわ///」
479 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/11/21(土) 02:57:02.25 ID:tiMOFg7f0
…すっかり長くなってしまいましたが、これでこのエピソードは完了です。以前のリクエストにお答えして「007」的な場面やニュアンスも随所に盛り込んでみました…


…王国のエージェント「017」はもちろん007のもじりで「ジョアンナ・ブラウン」という名前もイニシャルが「J・B」となることと、以前「ファーム」の教官として出てきた「ミセス・ブラウン」に活躍していただくため温めていたアイデアでした……無事に使うことが出来て良かったです…
480 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2020/11/21(土) 08:22:15.76 ID:QD4mFMdjO
お疲れ様でした
劇場版公開も迫ってきましたね...
481 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/11/23(月) 00:50:28.00 ID:0tB4BqT30
まずはコメントありがとうございます。劇場版はとても楽しみなので、コロナが再拡大してまた延期にならないよう祈っているのですが……とりあえず、このssで劇場版公開までの「つなぎ」として読んでいただければ幸いです
482 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/12/01(火) 10:25:52.73 ID:w+TH/pJ20
caseドロシー×アンジェ「The spirits of Ireland」(アイルランドの魂)


…数十年前・アイルランド…

地主代理「…どうやら今年は徴収量を大きく下回っているようだな」寒々とした畑を前に、馬から下りることもせず傲慢な態度でふんぞり返っているのは、土地の所有者でありながらアイルランドに来たこともないアルビオン貴族の代行をしている年貢の取り立て人……

農夫「何しろ今年は寒波がひどくて…」

地主代理「お前たちアイルランド人ときたら、毎年のようにそう言っているな」

農夫「……それと、うちで食べるジャガイモは病気で軒並み全滅してしまって…少しでもいいですから、地主様に収める分から小麦を分けてはもらえないでしょうか…」

地主代理「馬鹿を言うな、輸出するための小麦を貴様らアイルランド人共に食わせるだと!?」

農夫「ですが、このままじゃうちの子供たちが飢えて死んじまいます…!」

地主代理「うるさい! 言い訳など聞きたくない、収める物を収めないというなら無理矢理にでも集めるだけだ!」

農夫の妻「どうか、どうかお願いです…!」

地主代理「えぇい、どけ…!」

子供「……うちのおっかあに何するんだ!」

地主代理「このっ、くそ餓鬼が…っ!」目一杯振られた乗馬鞭が飛びついた子供の頬を斬り裂き、たらりと血が垂れた…

農夫の妻「あぁっ!」

地主代理「…いいか、今度来るときまでに必ず規定の量を用意しておくんだぞ!」捨て台詞を残すと、護衛の二人を連れて駆けていった…

子供「…今に見てろよ、大きくなったらきっと……」傷口を手の甲で拭うと、馬が去って行った方をにらみつけた…

………



…ロンドン・ハイドパーク…

ドロシー「…それで、今回の任務は?」

L「いまから説明するが……事態は少々込み入っているのだ」

ドロシー「というと?」

L「……今度ロンドン市街で行われる閲兵式の事は知っているな?」

ドロシー「ああ…いつも通り、パレードで行進する兵器から新しいやつを観察して報告すればいいのか?」

L「無論それもやってもらうつもりだが……実は、その際に女王を暗殺しようとする計画があるらしい」

ドロシー「へぇ、そりゃあまた…で、一体どこのどいつがそんな事を?」

L「計画しているのはアイルランド人だ」

ドロシー「ははーん、それなら納得だ」

L「…もちろんこちらとしては、王国の終焉と「アルビオン共和国」への統一が最終目標である事は間違いない…しかし我々は諸外国によるアルビオンへの介入や混乱を防ぐべく、速やかな共和国への移行態勢が準備万端整うまでは性急に事を起こしたくはない……ましてや「チェンジリング」のことを考えれば、いま王室をぐらつかせるわけにはいかないのだ」

ドロシー「そりゃそうだな」

L「しかしだ、アイルランド独立派の中には急進的な者たちがいて、そうした連中は後先を考えず、何としてもアルビオン王国の「象徴」である女王を暗殺しようと目論んでいる…我々共和国はアイルランド人たちといくつかの点では近い立場にはあるが、いま事を起こすことは容認できない……」

ドロシー「なるほどな…」

L「…そこで君達には、女王の暗殺を阻止してもらう」

ドロシー「結構だね……だけど疑り深いアイリッシュの独立派連中が、私たちみたいな娘っ子をほいほい入れてくれると思うか?」

L「ふ……むしろ君達だからこそ、だ」

ドロシー「……と言うと?」

L「まず君だ。君の名字はマクビーン……例の「Mc」が付いているだろう」

(※McV…アイルランド人の姓に見られるもので「〇〇の子孫」を意味する。代表的な物としてマッカーサー、マクドネル(マクダネル)、マクドナルド、マクレーン等。他に「OV」が付くオハラ、オブライエン、オコンネル等もアイルランド人に多い)

ドロシー「ああ…何しろ私はアイリッシュ系だから」

L「ゲール語も話せたな?」

ドロシー「……まぁな」
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