ドロシー「またハニートラップかよ…って、プリンセスに!?」

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452 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/09/10(木) 00:25:13.49 ID:kEWLu5GO0
>>451 コメントありがとう存じます……だいぶ前になってしまいましたが、375の方から「スパイ活劇物」のような展開を見たいとリクエストがありましたので、そういった感じで進めるつもりでおります(…そのためあちこちにオマージュしたような場面を散りばめております)…果たしてどうなるでしょうか


…そしてなかなか進まないなか気長に見て下さる皆様、ありがとうございます…色々なアイデアは頭の中に渦巻いているのですが、書く方が追いつかないもので……お待たせして申し訳ありません
453 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/09/12(土) 01:58:46.74 ID:onJsqAya0
…数分後…

017「さて…と♪」客室に戻って真珠を箱にしまうと、ストーンウッドの書斎に向かった……優雅な足取りでヒールの音を立てることもなく、態度はあくまでもさりげない……

017「果たして効果はあったかしら……?」


…書斎の隣にある「詰所」をのぞき込む017……小さな部屋には椅子が数脚と小机が一つ、そして壁には人数分のトランター・リボルバーとリー・エンフィールド小銃がかけてある……机の上にある灰皿に置かれた葉巻からはココアのような甘い香りの紫煙が立ちこめ、その中で交代に来た見張りと次の見張りを含めた召し使いの四人が四人とも前後不覚に寝こけている…


017「…さすが「教授」の特製ですわね……」

…ストーンウッドの書斎…

017「…それでは、失礼いたしますわ……♪」鍵のかかった扉の前にしゃがみ込むと、日傘の骨に仕込んで屋敷に持ち込んだキーピックをポーチから取り出し、慎重に鍵穴へと差し込んだ……

017「…」それまでのにこやかな笑みはかき消すようになくなり、きりりと鋭い表情と繊細な手つきで鍵穴の「引っかかり」を探す……

017「……ん」


…さして時間もかけないうちに「カチッ!」と小さな音がして鍵が外れた……そして普通なら喜び勇んでドアを開けるところだが、一流エージェントの017は侵入の痕跡を知らせる定番の予防策として、ドアノブの上に何か小さな物(例えば薬の錠剤や縫い針といったもの…)が載せていないか警戒して、慎重すぎるほどの手つきでそっと扉を開けた…


017「…ふぅ」


…薄暗い書斎の中はハバナ葉巻とインク、そして本棚に並んでいる立派な蔵書から漂う古い紙の香りがしている……壁沿いに並んでいる本棚には革表紙に金文字の立派な本が収まり、その間には壁飾りとして牡鹿の頭の剥製と、左右に交差させてあるピストルが二丁…近づいてそれとなく確認すると、ピストルは猛獣や敵対する人間が多く、そうした相手を一発でノックアウト出来る事から植民地暮らしの人間が好む大口径の「.500リボルバー」(12.6ミリ×20R)弾薬を使う垂直二連の中折れ式ピストルで、いかにも実用本位のものらしく装飾はまるでなく、さらに長らく使い込まれているらしく全体に細かな傷があり、握りの木部もすっかり黒ずんでいる…そして中央にはマホガニーで出来た立派なビューロー(デスク)が鎮座している……床には毛足の短いインド風の絨毯が敷いてあり、017は足音がしないことをありがたく思った…


017「さて……」室内をさっと見回すと、窓から入る月光を頼りにビューローに近づいた…

017「…」


…ビューローの上には金のペン立てとインクつぼ、まっさらな便せん数枚と封筒、他にもこまごましたしたものが置いてある……引き出しは左右それぞれに四つと、中央に幅広の物が一つあり、それぞれに鍵がかけられるようになっている…


017「…」ストーンウッドの立場になって、どの引き出しに「高純度ケイバーライト」の研究資料をしまい込んでいるか思案する017…しゃがみ込むと手際よく引き出しの鍵を開け、そっと引き出しを引いた……

017「…」

017「…」

017「……ふふ、見つけましたわ」


…右側にある三つ目の引き出しを開けると、あちこちから届いた手紙や封書に交じって見慣れたアルビオン王国の公用封筒がしまってあった……すでに封蝋は破られているが、ストーンウッドは動かすと跡が残るよう細かな灰を振りかけておくなど、資料がいじられたことを知らせる特段の「予防措置」は施していなかった…


017「…」緑色を帯びた月光の中で目をこらし、さっと中身を読み通して内容を確認するとコルセットの隙間にさっとしまい込んだ…同時に同じ枚数だけ別の紙を封筒に忍び込ませた……そして凝り性のアルビオン王国情報部らしく、資料は白紙ではなくいかにも「それらしい」内容の文章が書きこんであり、さらにはオックスフォード研究所の下書きを参考にして段落や改行まで同じにしてある……

017「…」

…封筒を完璧に同じ位置へと戻すと、手際よく引き出しの鍵をかけ直した……最後にそれぞれの引き出しに鍵のかけ忘れやミスがないかを確認し、そっと書斎を出た…

017「……ふぅ」書斎の入口に鍵をかけ直して客室まで戻ると、ひとまず安心してため息をついた…

017「…それでは、とにかくこれをしまいませんと……」日傘の柄をひねるとぽっかりと隠し場所が空き、そこに細く巻いた機密書類を押し込んだ…

017「ふふ、まずはこれでよし…と♪」

017「後はサー・パーシバル…いえ「ファントム」の排除だけですわね……」


………

454 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/09/15(火) 01:58:14.62 ID:gxXr8Tls0
…翌日・午前中…

ストーンウッド「さて、この数日は皆様と有意義な時間を過ごすことが出来た…改めてお礼を申し上げる」

イタリア人「何をおっしゃる……我々の方こそ楽しい時間を過ごすことが出来て、こちらこそお礼の申しようもないほどですよ、サー・パーシバル…それにアルビオンでこんなに美味いものが頂けるとは思ってもおりませんでしたよ♪」丸顔いっぱいに大きな笑みを浮かべると、片目をつぶって「むむむ…♪」と満足げなうなり声を上げてみせた…

オーストリア人「いかにも…サー・パーシバルは客のもてなし方がお上手だ」

片眼鏡の紳士「……少なくとも一人はそう思わんでしょうがね」コブラに咬まれたフランス人エージェントの事を皮肉めかして言うと、数人から失笑が漏れた…

アメリカ人「やれやれ、きついジョークだ…」

ストーンウッド「おほん……さて、ついては皆様とお別れ前にお茶でもと思いまして、客間の方に準備させてあります……皆様の馬車を回すまで少々時間もかかるので、よろしければお付き合い頂きたい」

細い口ひげの紳士「無論ですとも」

片眼鏡の紳士「なるほど、ちょうど良いですな」

ストーンウッド「では、どうぞこちらへ…」


…客間にはウェッジウッドの陶磁器が揃い、テーブル一杯に小さく切ったきゅうりのサンドウィッチやスコーン、ケーキやムースが並べられている……そして一ガロンも入りそうな大きなティーポットからは豊かなセイロン茶葉の香りが漂っている…えんじ色のお仕着せを着たメイドと、チョッキ姿にターバンのインド人召し使い数人が立ち働いている…


ストーンウッド「紅茶はいかがかな、レディ・バーラム?」自ら紅茶を注いでいるストーンウッド…

017「ええ、頂きますわ♪」


…「教授」の特製ドレスに身を包み、優雅に紅茶を楽しもうという様子の017…しかしドレスの袖口には、小さく折った薄紙に包まれた白い無味無臭の粉……化粧入れの箱にしつられられた二重底へ隠してあった毒薬が用意されている…そして何か手違いがあって自分が毒薬を口に含むことがあってもいいように、先に薄黄色の解毒剤をのんでおいた…もっとも、毒薬は無味無臭という話だったが解毒剤の方はひどく苦く、戻ったら必ず「教授」に文句を言おうと固く心に決めていた…


ストーンウッド「ミルクは?」

017「ええ、少しだけお願いしますわ」

ストーンウッド「承知した…砂糖は?」

017「ええ、お願いしますわ……」と、別の客人がストーンウッドに話しかけた……その瞬間、自分で砂糖を入れるふりをして砂糖つぼに手を伸ばすと、曲げた手首と指の間からストーンウッドのティーカップにさらさらと毒薬を注ぎ入れた…紅茶の水色を変えることもなく、一瞬で溶けていく毒薬……

ストーンウッド「失礼…それで、砂糖が少しでしたな?」

017「いえ、もうわたくしで入れてしまいました♪」

ストーンウッド「そうですか……」ティーカップに口元を近づけるストーンウッド…と、召し使いのシンがやって来た……

シン「ご主人様、お客人の乗り物が用意できました」そう言った後で顔を耳元に寄せ、何事か耳打ちした……

ストーンウッド「そうか…では皆様、馬車の用意が出来ました」結局口を付けずにティーカップを置いたサー・パーシバル…

…玄関前…

細い口ひげの紳士「さて…それでは私はこれで」

ストーンウッド「ええ、どうか良い旅を」一人二人と馬車や自動車に乗って門への馬車道を去って行く客人たちと、別れの挨拶をするサー・パーシバル……残りは談笑しながら自分の馬車なり自動車なりが回されるのを待っている…

アメリカ人「サー・パーシバル、もし新大陸に来ることがあったら歓迎しますよ♪」

ストーンウッド「はは、そう言ってもらえるとは嬉しい限りですな…」

シン「……レディ・バーラム、貴女様の馬車が参りました」

017「ありがとう、シン…それではサー・パーシバル。お名残惜しいですけれど、わたくしはこれで……」

ストーンウッド「……少々お待ち頂こうか、レディ・バーラム」肩甲骨の間にピストルを突きつけると「カチリ…!」と撃鉄を起こした…

017「あら、客人の背中に銃を突きつけるとは……いささか礼儀に反しているように思えますわ、サー・パーシバル?」

ストーンウッド「ふむ、確かに客人に対して失礼であることは認めよう…だが、少しばかり聞きたいことがあってね……シン、レディ・バーラムを丁重に地下室へお連れしろ」

シン「はい、ご主人様」

017「…」

………


455 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2020/09/15(火) 08:56:38.51 ID:UxTT8o+zo
おたゆ
456 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2020/09/17(木) 12:34:05.96 ID:FB4hrh7rO
おつ
457 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/09/18(金) 00:47:46.89 ID:TbYUjd0+0
見て下さってありがとうございます…引き続き頑張りたいと思います
458 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/09/18(金) 02:08:33.86 ID:TbYUjd0+0
…地下室…

017「まぁ…歴史を感じる素敵なお部屋ですわね」

ストーンウッド「お褒めにあずかり恐縮だ……どうぞお掛けになって頂こう」


…後ろからピストルを突きつけられ、左右を召し使いに挟まれて地下室へと連れてこられた017……湿っぽく土臭い地下室はワインセラーや食料庫だったものらしく、入口にはかんぬきがかけられるようになっている厚い木の扉があり、室内の左右にはアルコーヴ(窪み状の小部屋)が並んでいる…中のいくつかには壊れた木箱や粗末なジュート麻の袋が積み上げられていて、壁にはいくつかランタンが掛けられている……室内の中央には古いテーブルと椅子が一脚あり、椅子に座らせられると腕を後ろ手に組まされて荒縄で縛られた…


ストーンウッド「ふむ…申し訳ないが、まずは身体をあらためさせてもらう……とはいえ、紳士としてレディのドレスを脱がせるような真似はしたくないのでね」…そう言ってお仕着せを着たメイドを呼びつけると、ドレスの上からあちこち叩いて身体検査をさせた……

017「どうか優しくして下さいまし…ね?」胸元をあらためるメイドににっこりと微笑んでみせると、メイドは少し顔を紅くした……しばらくすると台がわりのテーブル上には日傘、ピストル、化粧品の小箱、葉巻入れ…と、017の持ち物があらかた並べられた……

ストーンウッド「ふむ…きれいなピストルだ。ウェブリー・スコットの.297口径……レディにはちょうど良い大きさだ」そう言いながらシリンダーを開き、弾を抜いた……

ストーンウッド「さて、レディ・バーラム……早速だが書類を返して頂こうか」

017「…何の書類ですの?」

ストーンウッド「とぼけないでもらおう…昨晩、皆が踊っている間に君が盗み取った書類だ」

017「さぁ、存じ上げませんわ……もし手にしていたら良かったのですけれど、あいにくと落札したのはわたくしではありませんでしたわ」

ストーンウッド「ああ、確かに落札したのは君ではない…そして同時に、あの時間帯に踊ってもおらず、召し使いたちも姿を見ていなかったのは君くらいなものなのだ、レディ・バーラム……それとも「ヒバリ」だの「カササギ」だのと言った活動名でお呼びするべきかな?」

017「さぁ、どうかしら。それよりもサー・パーシバル……あなたこそ、自分が何をしているのかお分かりなのかしら?」

ストーンウッド「と、いうと?」

017「いまお話ししますわ……このアルビオンが東西に分裂した今でも世界の覇権を握り、多くの植民地を抱えて日の沈まぬ国…いわば「よるのないくに」でいられるのは、ひとえにケイバーライト技術を独占しているからだというのはご存じですわね?」

ストーンウッド「いかにも」

017「…それを他国が手に入れたら、微妙なバランスで成り立っているこのかりそめの「パックス・アルビオニカ」(アルビオンの平和)は崩れ、最悪の場合はこの国そのものが列強に切り分けられ、飲み込まれる事になる……そうなったら、あの革命騒ぎが子供のお遊びに思えるほどの混乱を招くことになるでしょう」

ストーンウッド「もちろん、そのくらいは分かっているとも」

017「そう、その上でサンプルを売りさばくおつもりでいらっしゃるのね? 相手は誰なのかしら、フランス? それともロシア帝国? ……サー・パーシバル、それでいくら手に入れるのかは存じませんけれど、取引をしたら最後、あなたはそのお金を使う前に死ぬことになりますわ」

ストーンウッド「そうかね?」

017「ええ。もちろん欧米列強の誰もが喉から手が出るほどケイバーライト技術を欲しがってはいる……けれども同時に、第一級の国家機密を売り渡すような節操のない人間を生かしておくのはその国にとっても危険すぎる」

ストーンウッド「ふむ」

017「…さらにあなたが二股をかけて、ケイバーライト技術を他国にも売りつける危険は拭いきれない…つまりサンプルを引き渡して用済みになった瞬間から、あなたは食べ終えたリンゴの芯ほどの価値もなくなり、永遠に生命を狙われることになりますわ……そしてどんな国でも…たとえいくら金を積んだとしても…あなたのような人間を受け入れてくれはしない」

ストーンウッド「…知っているよ」

017「ではどのようなお考えでこんなことをなさるのかしら……根っからの共和派でいらっしゃるの?」

ストーンウッド「…聞きたいかね?」

017「ええ、せっかくですもの…他にすることもありませんし」

ストーンウッド「承知した、では少し昔話に付き合っていただこう……」
459 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/09/18(金) 02:31:33.59 ID:TbYUjd0+0
ストーンウッド「…私の父が東インド会社の者だったことは知っているね?」

017「一応は」

ストーンウッド「結構……かつて東インド会社はインドを手に入れて植民地化しようと惜しみない努力を行った。ベンガルの太守を相手に戦い「ブラック・ホール事件」のような悲劇を乗り越えて、苦難の末にプラッシーの戦いでこれを破った。その後は競合するフランスやオランダからカルカッタやデリー、ボンベイ、マドラスを勝ち取り、守り抜いた…それが東インド会社の、ひいては王国の利益になると思ってだ……そして実際、インドは王国にとって無くてはならない力の源泉として大きく花開いた」

(※ブラック・ホール事件…1756年。フランスに後押しされて蜂起したベンガルの太守に包囲され降伏したウィリアム要塞の兵士百数十人が、小さな地下牢に閉じ込められ多くが窒息死した事件)

017「ええ」

ストーンウッド「ところがどうだ。あの「セポイの反乱」を鎮圧したとき、王国は何をしてくれた……東インド会社のインド統治は無理があると言って、これを取り上げたのだ!」


(※セポイの乱…「インド大反乱」や「シパーヒーの乱」とも。横暴な植民地運営に対するインド人全体の反発や現地人傭兵(セポイ)の中にくすぶっていた待遇への不満が「セポイに配備される新式エンフィールド銃の(中の火薬を注ぎ込むためには口で噛み切ったり手で切ったりしないといけない)薬包に(ヒンドゥー教徒の神聖視する)牛と(イスラム教徒が不浄とする)豚の脂が塗られている」という噂から爆発し、インド全土に広がったもの。最終的に反乱は鎮圧されたが、これにより東インド会社での統治は無理があると、王国が直接統治に乗り出し、東インド会社は解散することになった)


ストーンウッド「……幸いにして私の家はさしたる被害もなく、当時幼かった私も何不自由ない暮らしができた。とはいえ最早インドにこれ以上のうまみはない…父の亡き後、私は独立した貿易会社を設立して、それなりに功成り名を遂げて本国へと戻った……そして何を見たと思う?」

017「なんですの?」

ストーンウッド「何も出来はしないくせに「貴族の子弟である」というだけで高い地位を手に入れる連中がいる一方、植民地生まれでオックスフォードやケンブリッジを卒業していないと言うだけで見下され、ことあるごとに鼻であしらわれるインド帰りの姿だよ……机に向かって数字をいじくり回す、あの生っ白い連中が王国のためにどれだけのことを成したというのだ? 王国の繁栄は我々が無ければあり得なかったのだぞ!」

017「…」

ストーンウッド「君は私のことを裏切り者の売国奴だというかもしれない…だが、本当の「裏切り者」はどちらだと思う?」

017「…」

ストーンウッド「……少ししゃべりすぎた。だが、どのみち君はここで死ぬことになる…これ以上誰かに話される心配はないわけだ……だがその前に、書類を返してもらわんことにはな…しばし待っていたまえ」

………



ストーンウッド「お待たせしてしまったな」

エリス「……ジェーン様」

017「エリス…」

ストーンウッド「私とて無関係な人間に危害を加えたくはない……が、君が書類を返さないというのならやむを得まい」017の正面にあるアルコーヴに椅子を据えると、エリスを座らせた…

017「…エリスをどうするおつもりですの、サー・パーシバル?」

ストーンウッド「そうだな…インドでは盗人の手は切り落とすことになっていた。君が書類のありかを吐かないと言うのなら、代わりにレディ・カータレットの手首を切り落とすことにする」

017「あら、でもわたくしが「エリスの手首などどうでも構わない」と言ったらどうなさるおつもり?」

ストーンウッド「そうなったらそうなったで別の方法を考えることにしよう…」

エリス「ジェーン様……貴女が何を強要されているかは存じません。でも、わたくしは貴女を信じております…決して言うがままになる必要などありませんわ」そう言って気丈にも微笑みを浮かべてみせるエリス…

ストーンウッド「いやはや、なんとも麗しき友情だな…しかし果たしてどの程度それが続くか……」召し使いからカットラスのように湾曲したインド風のナイフを借りると、高々と振り上げた……

017「……日傘の柄を右にひねって手前に引き、動かなくなったところで左に回すと隠し場所がありますわ」

ストーンウッド「ふむ、理解があるようで助かる……なるほど、この日傘にはこんな面白いからくりが仕込まれていたのか…白い鳩やバラの花は出ないのかね?」

017「あいにくと仕込み忘れてしまいましたの」

ストーンウッド「ふふ、それは残念だ……では、書類の方はありがたく返してもらおう」大きな封筒に書類をしまうと、見せつけるようにして上着の内ポケットにしまい込み、ぽんぽんと上から軽く叩いた……

エリス「ジェーン様……その書類はとても大事な物だったのでしょう?」

017「ええ、でも貴女ほどではないわ…♪」不安そうなエリスを元気づけようと、精一杯の笑みを浮かべてみせた…
460 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/09/23(水) 01:25:24.41 ID:GGSe7wse0
ストーンウッド「さて次だ……君は一体誰の差し金で送り込まれてきた?」

017「さぁ、存じませんわ」

ストーンウッド「とぼけるつもりか…言わないと君もあのフランス人みたいになるぞ」

017「まさか……わたくしはあれほどの「スノッブ」ではありませんわ」(※snob…気取り屋、俗物)

ストーンウッド「ふむ、口先が上手いのだけは認めよう……だが、しゃべらないと…」

017「ヤナギの枝でぶちますの?」皮肉たっぷりの口調でまぜ返した…

ストーンウッド「ばかな、そんなお嬢様学校みたいな生ぬるい手では済まさんよ…まぁいい、私も忙しいのでね。手早く済ませるとしようか……やれ」蛇使いを呼ぶと017の前に立たせ、自分はその様子を後ろから眺めている…


…蛇使いが甲高い笛を吹き始めると、頭を揺らしながらコブラがカゴから顔を出した……017は椅子に後ろ手の状態でくくりつけられている中で、隠し通すことが出来た万年筆を袖口からどうにか手のひらに滑り込ませ、仕込まれたナイフを出そうと悪戦苦闘する……が、片手では本体をねじって隠してあるナイフの刃を出すのがなかなか上手くいかない…


017「まったくもう…こう言う肝心な時に限って使い勝手が悪いと来ているのですから……」チロチロと舌を出して丸い目を光らせているコブラを前に、冷たい汗が流れた…

ストーンウッド「どうした、だんまりを通すつもりか? それとも恐ろしくて減らず口も利けなくなったのかね?」

017「…っ」刃をロープにあてがい手首を動かすようにしてゴシゴシと切っていくと、ようようのことで手首が自由になる…

ストーンウッド「残念、時間切れだ…」

コブラ「シューッ…!」

017「っ!」鎌首をもたげたコブラが飛びかかるのと同時に椅子からはじかれるように飛び退くと、コブラの頭にナイフを突き立てた……

ストーンウッド「む…!」

017「逃がしませんわ!」さっと身を翻して部屋を出ようとするストーンウッドを追いかけようとした矢先、蛇使いが三日月型のナイフを抜いて襲いかかって来た……

017「くっ…!」とっさに手首を押さえつけ、相手の力を使って横にいなす……たたらを踏んだ蛇使いが壁のランタンにぶつかると、落ちたランタンからこぼれた熱い油が積んであったジュート麻の袋に染み込み、たちまちぱっと火が付いた……

蛇使い「いやぁぁ…っ!」

017「…!」いきり立った相手が横に切り払った刃をのけぞってかわすと、しなやかな動きで「万年筆ナイフ」を相手の喉に突き立てた…ごぼごぼとうがいのような音を立てると、そのまま床に崩れ落ちた蛇使い……

017「ふぅ……っと、これはよろしくありませんわね」麻袋の火が壊れた木箱に燃え移り、ぱちぱちと暖炉のような音を立てて盛んに燃え始めていた……そしてその向こうには、エリスが不安げな顔をして椅子にくくりつけられている…

エリス「ジェーン様……」

017「案ずることはありませんわ、エリス…いま助けに参りますわね」取り上げられた持ち物が並べてあった台の上から日傘を取り上げるとそれを開き、馬上試合の騎士が持つ槍のように構えて火に向かって飛び込んだ…

エリス「あっ…!」

017「ふぅ…この機能を使う機会など巡ってこないと思っておりましたけれど、分からないものですわね……さ、これだけ炉端で暖まれば充分というものですわ…参りましょう、エリス♪」

エリス「はい…」

…エリスの手を引き扉の前までやって来た017…が、がっちりとした樫の木の扉は外からかんぬきがかけられ、押しても引いても開きそうにない…


017「困りましたわね…戸締まりが良いのは結構な事ですけれど、中に閉じ込められた方としてはそうも言っていられませんわ……ね」葉巻入れの内張りに作られているほつれを引っ張ると、仕込まれていた導火線が糸となって引き出されてくる…燃えている麻袋から導火線に火を移すと軽く二、三回息を吹き、それから扉の前に箱を置いた……


017「ところでエリス…わたくしからちょっとした忠告がありますの」

エリス「はい、なんでしょう?」

017「……そこの窪みに身を寄せておいた方がよろしいですわ♪」

エリス「え、ええ……分かりましたわ」

017「さて、わたくしも……」石の柱の陰に身体をくっつけて、しばし待った……と、耳が聞こえなくなるような派手な爆発音と一緒に部屋中の塵やホコリが舞い上がり、ばらばらになったドアの木片が散弾銃のばら弾のように辺りに飛び散った…

エリス「けほ、こほっ……」

017「エリス、どこにも怪我はありませんわね?」

エリス「ええ、大丈夫みたいですわ」

017「なら参りましょう…このままサー・パーシバルを取り逃がす訳には行きませんもの」片手でエリスの手を引っぱり、もう片方の手にはたたんだ日傘を持って階段を駆け上がった…

461 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/09/27(日) 02:26:37.64 ID:X+9rF6Nx0
…玄関ホール…

召し使い「ご主人様、何かあったのでございましょうか?地下室から振動と爆発音が聞こえて参りましたが…」

ストーンウッド「そんなことは構わん。それよりお前たちは早く納屋から斧を持ってきて、馬車をみんな走れないように叩き壊しておけ。自動車のタイヤには穴を開けろ。馬も私の「ハリケーン」と「テンペスト」を残してみんな手綱を解いてしまうんだ」

召し使い「は、はい!」

ストーンウッド「シンは一体どこだ…シン!」

シン「はい、ご主人様」

ストーンウッド「すぐに出るから支度を急げ…ピストルを忘れるなよ」

シン「はい」

ストーンウッド「私は書斎に行って必要な物を持ってくる。それからレディ・バーラムとレディ・カータレットの二人が来るようなら何としても足止めしろ。シン、使える者には銃器室の猟銃だのピストルだのを持たせておけ……二人が手向かいするようなら構わずに撃て」

シン「承知いたしました」

………

…地下室への階段…

召し使い「ご主人様の命令です。これより先に行かせるわけには…」

017「そこを退きなさい!」甲の部分に金属の板が仕込んであるヒールで急所を蹴り上げた…

召し使い「うぅ…っ!」

召し使いB「申し訳ありませんが、動かないで頂きたい!」

017「そういうわけには参りませんの…!」召し使いがぎこちない様子で構えているエンフィールド小銃を叩き落とすと、日傘でみぞおちを突いた…

召し使いB「うぐっ!」

………

…玄関ホール…

片眼鏡の紳士「一体何があったんだね? サー・パーシバルが駆け上がってきたかと思ったら、今度はレディ・バーラムにレディ・カータレットのお二人まで……」

017「残念ながら今はお答えしている時間がありませんの…ところでそのサー・パーシバルは一体どちらに?」

紳士「さっきそのまま階段を駆け上がって書斎に行ったようで、それからまた駆け下りてきて…今は玄関にいるかと思いますが」

017「そうですか。では失礼……」

エリス「ジェーン様、一体どちらへ…?」

017「エリス、貴女が無事で本当に良かったですわ……でも、わたくしは少々サー・パーシバルに急用がありますの…失礼♪」手早く白手袋をした手の甲に唇を当てると、玄関に向かって駆けだした…

…車寄せ…

017「…サー・パーシバル!」

ストーンウッド「ずいぶん早かったな、レディ・バーラム。どうやらあの扉を開けるような小道具もお持ちだったというわけだ…しかし残念ながら、私はこれから「長い船旅」に行くのでね。では失礼する!」

017「くっ!」


…黒馬に乗ったサー・パーシバルと栗毛の馬に乗ったシンを追う乗り物を手に入れるべく、指示された「破壊工作」を続けようとする召し使いたちを追い払いつつさっと周囲を見渡したが、馬車は軒並み車輪を叩き壊されていたり、かじ棒を折られていたりしており、招待客のフランス婦人とドイツ人がそれぞれ乗ってきた、パナールとダイムラーの自動車もタイヤに穴が開けられていて使い物にならない……厩に繋いであった馬もすべて手綱を解かれていて、庭に散らばってのんびりと芝生の草を食んでいたが、手早く近くにいた一頭の葦毛の馬をなだめるとドレスの裾をたくし上げてひらりとまたがった…馬は女鞍ではなかったが構わずに鞭をくれて、蹄の音も高らかに古い丸石敷きの街道を走らせた…


017「やぁ…っ!」

………

462 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/10/03(土) 02:09:17.43 ID:sWE2ZYrW0
017「はっ!」


…普段は鞭を当てるようなことはほとんどしないが、ここでストーンウッドを逃がすわけにはいかないと、葦毛の馬に鞭をくれる…丸石敷きの古い街道は長年にわたる往来ですっかりすり減って磨かれたようになり、表面はすべすべとして艶が出ている…017は蹄の音も高らかに馬を疾駆させつつも、何か腑に落ちないものを感じていた…


017「どうもおかしいですわね…この辺りの港と言えばドーヴァーしかないはずですのに……」

…ラムズゲートから最も近い港と言えば「白い崖」で有名なドーヴァーの港しかなく、そこへ向かうにはラムズゲートから南に延びる街道を行く必要がある…が、ストーンウッドは途中で西へ向かう道に折れ、むしろカンタベリーに向かうかのような針路を取った…

017「まさか…」馬を走らせつつ頭をひねっていると、一つのとてつもない考えに思い当たった…最初はあまりにも突拍子もないアイデアなので「あり得ない」と打ち消してみようとしたが、考えれば考えるほどよく出来ている…

017「いえ……サー・パーシバルなら、そのくらいのことはやりかねないですわね」

…道の左右には湿地と畑とが混在して広がり、その間を縫う街道は小さな丘を上ったり下ったりしていて、わずかな起伏がある…ゆるい下りにさしかかり、ストーンウッドよりも体重の軽い017が徐々に距離を詰めていく中、速度の付きすぎた馬が脚を滑らせた…

017「っ!」


…017はとっさに馬の身体に挟まれないようひらりと転がり、それから手綱をとって馬を立ち上がらせようとしたが、どうも馬の動きがぎくしゃくしている……よく見ると滑った際に蹄鉄が外れてしまったらしく、おまけに脚も痛めたようで、しきりに前脚に鼻面を近づけては舌で舐めたり、痛む脚を持ち上げて体重をかけないようにしている…


017「まったく、こんな時に…どうにも困ったものですわね」

女性の声「……様…ぁ!」

017「こんな時は何か乗り物と…それに欲を言えば可愛らしい女性もいれば素敵なのですけれど……」

エリス「ジェーン様…ぁ!」


…次第に大きくなってくる声の方に視線を向けると、エリスがさきほど助けた時に着ていたデイドレス姿のまま、流行の「ペニー・ファージング型」自転車にまたがりこちらに向かって一生懸命ペダルを漕いでいるところだった……017の近くまで来ると回転し続けるペダルから脚を離し、やがて自転車はゆっくりと止まった…そしてバランスを失った自転車が倒れる前に慌てて飛び降りるエリス…


(※ペニー・ファージング型自転車…いわゆる「自転車のマーク」として見かけることのある、前輪が極端に大きく後輪が極端に小さい初期の自転車。前後の車輪がそれぞれ大きな「ペニー硬貨」と小さな「ファージング硬貨」のようだったことから名付けられた。当時の貴族や富裕層の間で流行していた自転車の路上競技で高速を出すために前輪が大きかったが、低速では不安定で、またペダルが前輪と直結しているため加速するとペダルが高速で回転して危険で、ブレーキを引くと前輪がロックして転倒することもある。そして高い位置に座席があるため乗り降りが大変で転倒すると大けがをする可能性もある……と、後の「セイフティ(安全)型」自転車に比べ様々な点で扱いにくかった。しかしながら速度はかなり出るため、その点では現代のロードバイクにも劣らないとされる)


017「どうやら今日は願い事が聞き入れられる日のようですわね……エリス!」

エリス「ジェーン様…!」

017「どうしてここに? …わたくしの後を追ってきましたの?」

エリス「はい…ジェーン様が地下室からわたくしを助け出して「身体を休めるように」とおっしゃって下さったあと、いきなり馬に鞭を振るって慌てた様子で駆けだしていくものですから…きっとなにか大変なことに巻き込まれているのではないかと……それでわたくし、心配でたまらなくなってしまって…」

017「そう……とにかく今は時間がありませんの。さぁ、早くわたくしにつかまって」

エリス「は、はい」


…道端に沿って伸びる石壁に自転車を立てかけ、そこに乗り込むとエリスを引っ張り上げる017……後ろからぴったりと寄せられたエリスの身体は自転車をこいできたためか火照っていて、押しつけられた柔らかい胸と香水の甘い匂い、それに腰に回された腕の感触もあってベッドに入っているような気分になる…


017「では参りましょう…!」ゆるい下り坂と言うこともあって、たちまちのうちに加速し始める自転車…

エリス「ええ……ところでジェーン様」

017「なんでしょう?」

エリス「はい。実はわたくし、一つ気になることがありまして……ジェーン様は一体どういうわけでサー・パーシバルの地下室で縛られていたり、かと思えばそのサー・パーシバルを追っていらっしゃったりするのです?」

017「……そうですわね…話すと長くなりますけれど、かいつまんで言うと「盗られた物を取り返そうとしている」と言ったところですわね」

エリス「そうなのですか……なら、ジェーン様は正義のお味方ということですわね♪」

017「ええ、まぁ…あくまで「見る立場によっては」ですけれど」

エリス「なるほど…」
463 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/10/10(土) 01:36:13.34 ID:ZnD6HBjl0
エリス「…それにしても、サー・パーシバルは一体どこに向かうおつもりなのでしょう?玄関先にいた方々によるとサー・パーシバルは「船旅に出る」とおっしゃっていたとか…ですがこの道はカンタベリーに向かう道で、港にはつけないと思うのですけれど……」

017「ええ、それはその通りですわ…でも、前をご覧になって?」

…そういって指し示した先にはちょっとした平地があり、のんきに牛たちが草を食んでいる…が、その場所に上空から大きな楕円形の物体が近づきつつある…

エリス「まぁ、あれは…」

017「ええ…船(ship)といっても飛行船(air ship)だったというわけですわね」


…普段の航路よりもずっと低いところを飛び、いまにも着陸しそうに見える一隻の硬式飛行船……胴体にはフランスの三色旗と「アンリ・ジファール号」と船名が書かれ、ゴンドラからは縄梯子がぶら下がっている……そしてサー・パーシバルとシンは縄梯子を上り始めており、飛行船は早くも上昇を始めている…

(アンリ・ジファール…フランスの発明家。世界で始めて飛行船を作った)

エリス「とするとサー・パーシバルは……」

017「あの飛行船で文字通り「高飛び」するつもりなのでしょう…なおさら逃がすわけには行かなくなりましたわね」

エリス「でも、このままでは間に合いそうにありませんわ…!」

017「ええ……ですから、しっかりつかまっていて下さいな!」


…下り坂で加速する自転車の速度を活かし、ペダルから足を離してフレームの上で立ち上がると、降ろされていた縄梯子の端に手をかけた…続いて伸ばした017の左手につかまり、体勢を立て直すと縄梯子につかまったエリス…


エリス「ふぅ…」

017「さぁ、早く上がるといたしましょう……上の誰かが縄梯子を切り落として、わたくしたちを「ハンプティ・ダンブティ」のようにしようと考えるかもしれませんもの♪」

(童謡「マザーグース」の一つ…「塀に腰かけたハンプティ・ダンプティ。塀から落っこちて潰れてしまって、王様の馬と家来たちでも戻すことが出来なかった」もとは「卵」が答えのなぞなぞ歌。後に転じて「ずんぐりむっくりの人」の意も)

エリス「ええ、そうですわね…」


…風であおられてばたばたとはためくドレスの裾と揺れる縄梯子に苦労しつつ、一段ずつ上っていく二人……ようやくゴンドラの外周を取り巻くプロムナード・デッキの手すりに手をかけようとした時、縄梯子を巻き上げようとした船員がひょっこり顔を出した…


船員「あ…メルド(くそっ)!」フランス語で悪態をつくと慌てて船員ナイフを抜き、縄梯子の結び目を切って二人を落とそうとする…

017「そうは参りませんわ…!」さっとデッキに飛び乗ると船員の脚を払い、鳩尾に日傘の石突きを叩き込んだ…

船員「ぐえ…っ!」

017「しばらく当直はお休みなさっていて下さいな…♪」かたわらに巻いてあったもやい綱をいくらか切って全身を縛り上げ、船員がつけていたネクタイをほどいて口に詰め込むと、近くの掃除用具入れに押し込んだ…

エリス「……それで、これからどうなさるおつもりですの?」

017「まずはサー・パーシバルを探し出して盗られた物を返していただき…あとはそのとき次第ですわ」

エリス「なるほど…」

017「それとエリスは丸腰なのですから、わたくしの後ろから離れずについていて下さいまし…ね?」

エリス「ええ…わたくしではジェーン様の足手まといになってしまいますけれど……」

017「いいえ、そんなことはありませんわ…それにせっかくの「空の旅」ですもの、素敵な女性がいなければ始まりませんわ♪」

エリス「もう、ジェーン様ったら……///」

017「ふふふ……さ、参りましょう♪」日傘をフェンシングのエペのように持って船室に向かう017と、その背中にくっつくようにして歩くエリス…

………

464 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/10/17(土) 01:02:28.44 ID:K3NNCykn0
…飛行船「アンリ・ジファール号」ゴンドラ後部客室…

スチュワード(男性客室乗務員)「…ブランデーグラスは出ているな……よし」テーブルの上にカットグラスの瓶とグラスを並べ、一つ一つ曇りが無いように拭いている……と、磨かれたグラスに017とエリスの姿が映り、乗務員は驚いたように振り返った…

017「……失礼いたしますわ♪」

乗務員「はい…あの、申し訳ありませんが本船はチャーターのはずですが、ご婦人方は一体どうやっ……くはっ!」日傘で喉を突かれて悶絶した乗務員…

017「この日傘でふわりと飛んで参りましたの…♪」

乗務員B「おい、どうした?」

017「…」さっとカットグラスの瓶を取り上げてドアの陰に身を隠し、もう一人の客室乗務員が顔を出した瞬間、首筋に瓶を振り下ろした…

乗務員B「うっ…!」

017「……マーテル(コニャック)のVSOPですわね。こぼすには少々もったいないというものですわ」瓶をテーブルに戻すとガラスの栓を抜き、手で扇ぎ寄せるようにして香りを確かめた…


…後部客室・続き部屋(スイートルーム)…

女性乗務員「あっ…」

017「失礼…少々お尋ねしたいのですけれど、サー・パーシバルはどちらに?」

女性乗務員「は、はい…ストーンウッド様でしたら前部の船長室にいらっしゃるかと……」慌てた様子で手を後ろに回し、申し訳なさそうな口調で頭を下げた…

017「そう、ありがとう…」そう言いながら、横目でちらりとベッドルームの鏡に視線を送った…それからわざと背を向け、部屋を出て行くそぶりを見せた……

女性乗務員「…いえ」


…017とエリスが後ろを向いて立ち去ろうとすると、乗務員は隠し持っていたフランス製のパーム・ピストル「ル・プロテクター」を撃とうと慎重に腕を動かし始めた…

(※ル・プロテクター・ピストル…「パーム(手のひら)・ピストル」と称される特殊な護身用ピストルの一つ。フランス人タービアーとアメリカ人フィネガンによって開発された。指の間から銃身をのぞかせるようにして円盤状をした本体を握り込み、それに付いている取っ手のような引き金を手の中で握ったり緩めたりすることで連発させ、弾は「円盤」の中に円周を描くようにして並べられている。装弾数は7発で、弾薬は人差し指の爪ほどもないような口径8×9ミリRの専用弾薬を用いるが、使用弾薬のバリエーションによって装弾数は異なる。十九世紀後半、フランスとアメリカで製造された)


017「…そのピストルはしまっておきなさいな。わたくしも女性に手を上げたくはありませんわ」さっと振り向くと額にウェブリー・リボルバーを突きつけた…

女性乗務員「…っ!」

017「とはいえ、貴女をこのままにしておく訳にも参りませんし……仕方ありませんわね♪」チャーミングな笑みを浮かべると乗務員をベッドに押し倒し、カーテンのタッセル(カーテンをまとめておく帯飾り)を外すと手首を縛り上げた…豪華な分厚い布でできているタッセルは大変に頑丈で、めったなことではほどけそうにない…そしておもむろに乗務員のストッキングを脱がせ始めた…

女性乗務員「///」

エリス「こ…こんな時に一体何を……///」

017「ふふ、大丈夫ですわ……別にいたずらをしようというつもりではありませんもの…♪」脱がしたストッキングを丸めると口に押し込み、声が出せないようにした…最後に軽く頬にキスをすると「ル・プロテクター」を持って部屋を出た…

…左舷プロムナード・デッキ…

017「エリス、これをお持ちなさいな…何も無いよりはいいですもの」そう言うと先ほどのル・プロテクターを差し出した…

エリス「ええ」

017「使い方は分かりまして?」

エリス「いえ……どう使えばよろしいのでしょう?」

017「それなら簡単ですわ…こうして手で握りこんで、このカップの柄のような部分を押し込めば弾が出る仕組みになっておりますの……」

エリス「なるほど……それにしても、先ほどは驚いてしまいました」

017「なぜ?」

エリス「だって、ジェーン様ったらてっきりあのまま……いえ、何でもないですわ…///」

017「まさか…いくらわたくしでもこんな時にそんな真似はいたしませんわ……それに、無理矢理と言うのはわたくしの趣味ではありませんの♪」

エリス「もう、ジェーン様……」

017「しっ……静かに…」



465 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/10/20(火) 01:11:09.31 ID:NrXs11JY0
乗務員C「…それにしてもあの客は一体誰なんだろうな…百人は乗れるこの飛行船を貸し切るだなんて、ただ者じゃないぞ?」

乗務員D「ああ…それが食堂のアンリから聞いた話だと、なんでもあの御仁はテュイルリー宮(フランス共和国政府)が欲しがっているものを持っていて、何かと引き換えにそれをこっちに引き渡す予定らしい……だから発着場で乗せなかったんだと」

乗務員C「それでか…他の客は予約だけで乗船しないし、かと思ったら急にへんぴな所に降下するしで……おかしいとは思ったんだ」

乗務員D「それだけじゃない…船倉の積み荷を見たか?」

乗務員C「いいや……なんだい?」

乗務員D「……おれは以前見たことがあるから知っているんだが、あれはライフルの輸送箱だぜ…しかも数百人分はある」

乗務員C「おいおい、どういう事だ…アルビオンの植民地か何かを相手に戦争でもおっぱじめるのか?」

乗務員D「あながちそれも間違いじゃないかもしれないな……っと、いけねぇ。そろそろデュランたちと交代する時間だ…」

乗務員C「もうそんな時間か…それじゃあ頑張れよ」

乗務員D「おう」そう言うと二人がいる左舷側の通廊に向かってくる…

017「…っ!」エリスの腕を引っぱり、かろうじて物陰に身を潜めた……そのまま気づかずに前を通り過ぎていった乗務員…

エリス「ふぅ……見つからなくて良かったですわね」

017「ええ…それと、早く船長室に行ってサー・パーシバルの予定を伺わないといけませんわね」

…船長室…

017「…」扉越しに撃たれないよう左側の隔壁に身を寄せると「コンコンッ…」と軽くノックをした017……

船長の声「誰だね、入りたまえ」

017「失礼いたしますわ」

船長「むっ、誰だ君は!?」

017「わたくしはレディ・ジェーン・バーラム。こちらはレディ・エリス・カータレット…アンシャンテ(お見知りおきを)」流暢なフランス語で自己紹介を済ませると軽く一礼した…

ストーンウッド「やれやれ、困ったものだな……レディ・バーラム、一体どういう風の吹き回しだ?」

017「あら、サー・パーシバル…せっかくおもてなしして下さいましたのに、別れも言わずにフェアウェル(さよなら)というのはあんまりと言うものですわ……わたくし、お名残惜しさのあまりにここまでお見送りに来ましたの」

ストーンウッド「…わざわざご親切な事だ……それで、挨拶を済ませたらその後はどうするつもりかね?」

017「そうですわね、せっかくですからわたくしもこのまま飛行船の旅を楽しませていただこうかと…ちなみにサー・パーシバルはどちらまでおいでになる予定ですの?」

ストーンウッド「……知りたいかね? ボンベイだ」

017「まぁまぁ、わたくしインドには行ったことがありませんの♪」

船長「ちょっと待ちたまえ、ムッシュウ・ストーンウッド。行き先はポンディシェリ(インド南部のフランス植民地)のはずだ…それがアルビオンの植民地に向かうとはどういうつもりだ?」

ストーンウッド「おや、まだ船長には言っていなかったかな…ここまでのお膳立てには感謝するがね、私はフランス政府の言うことを聞くつもりはさらさらないのだ」

船長「なにっ!?」

ストーンウッド「…もうここまで来たのだし、そろそろ私の考えをお話しよう……レディ・バーラムとレディ・カータレットも聞きたいだろう」

017「ええ、ぜひお考えをお伺いしたいものですわ」

ストーンウッド「よかろう、では椅子に掛けるといい…紅茶でもどうだね?」ティーポットを取ると、新しいカップを二つ用意してそれぞれに注いだ……張り詰めた空気の中、場違いな紅茶の香りが漂ってくる…

017「いただきますわ…♪」にこやかにしているが、その視線には一分の隙もない……注がれた紅茶をひとすすりすると、テーブルの上にティーカップを置いた…

466 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/10/20(火) 02:24:37.32 ID:NrXs11JY0
ストーンウッド「では話すとしようか……さて、今回の件で私が手に入れた数百万ポンドは、あくまでもこれから始める「事業」の元手に過ぎん」

017「…それで、その「事業」とやらの内容をお伺いしたいですわね…東インド会社の再設立でもなさるおつもりですの?」

ストーンウッド「いいや……私はこの金を使って、インド植民地をアルビオンから分離独立させるつもりなのだ」

017「それはそれは…「『そいつは奇妙きてれつだな』とアリスはいいました…」とでも申しましょうか」

ストーンウッド「そうかね? 今アルビオン王国はカードウェル制に基づいて植民地軍を縮小し、もっぱらその兵隊は現地人を使っている…そしてたいていの連隊は本国にいて、インドに展開している訳ではない」


(※カードウェル制…カードウェル卿によって進められた軍制改革。経費削減のため平時は植民地への駐留軍をできるだけ送らず、植民地軍が使う兵器の更新期間も数年から十年というゆっくりしたペースにするというもの。同時に兵に対する過剰な体罰や、貴族の子弟が士官の階級を金で買うことを禁止した。実際には1930年代まで何回か行われ、一定の効果があった)


017「ええ」

ストーンウッド「一方、インドには多くの植民地生まれがいて、そうした者たちが現地の社会で政治や経済、軍事を動かしている…そしてその大半が王国の植民地政策に不満を持っている。軍でインド出身者が将官に昇進することなど滅多にないし、近衛連隊に入隊することもまずできない……官僚たちもエリートのオックスフォードかケンブリッジの卒業生だけが出世して、植民地生まれは決して次官や局長の椅子には座れない」

017「…それで?」

ストーンウッド「こうした中で、私はすでに現地の入植者たち……そしてこちらでも今の王国のありように不満を持っている優秀な人材を集めた。そして今回の「高純度ケイバーライト」を餌に使って、この計画を始めるのに必要な資金を手に入れたわけだ」

017「なるほど。今回の事件は始まりではなく「仕上げ」であった、と…それで、その計画を始めた後はどうするおつもりですの?」

ストーンウッド「簡単だよ。インドは極東への重要な中継点であり、多くの富をもたらす…私が仲間たちとアルビオン領の植民地を制圧したら、また貿易を再開させるつもりだ……どのみちアルビオンはインドなしでやっていくことはできず、また、フランスやオランダも列強の間でギリギリの勝負をしている中で、これ以上インドに兵を割くわけにはいかない…つまり、なんのかのと言っても各国政府はこちらに頭を下げることになる、というわけだ」

017「それにしてはムッシュウ・ルブランにコブラを噛みつかせるなどと、まずいことをなさいましたわね?」

ストーンウッド「ふっ…私とて商売相手の代理人にそんなことをするほど愚かではないよ。なにせムッシュウ・ルブランはフランスのスパイではなく、ベルギーのスパイなのだからな」

017「なるほど…ベルギー人ならフランス人と同じようにフランス語を話せますものね……」

ストーンウッド「いかにも」

017「ふう……それがあなたのお考えですのね、サー・パーシバル?」紅茶のカップを取り上げると一口飲み、じっとストーンウッドを見た…

ストーンウッド「ああ、そうだ…何か言いたいことでも、レディ・バーラム?」

017「ええ。サー・パーシバル、あなたがなさろうとしている事に水を差すのは大変心苦しいのですが……残念ながらそうは行かないと思いますわ」

ストーンウッド「ほほう、なぜだね?」

017「なぜかと申しますと……わたくしがそうさせないつもりだからですわ!」そう言いながら、まだ湯気の立っている紅茶を浴びせかけた…

ストーンウッド「ぐっ…!」とっさに抜き放った.500口径の中折れ式ピストルが大砲のような轟音をあげて火を噴いたが、熱い紅茶を顔面に浴びて、反射的に身をよじったので狙いがそれた……そのまま船長室の飾り窓に体当たりすると、外のデッキに飛び出す…

017「っ!」ドレスの隠し場所から.297口径の小型ウェブリーを抜くとストーンウッドの後ろ姿に向けて一発放ったものの、わずかな差で外した…

船長「…っ!」這いつくばるようにして床を転げると、隔壁の警報ベルに手を伸ばしてベルを押した……飛行船中に「ジリリリンッ!」とけたたましいベルの音が鳴り響く…

017「エリス、わたくしの後に付いてきて!」

エリス「はい…っ!」

…左舷・プロムナードデッキ…

乗務員E「待て、止まれ!」

017「っ!」銃を持って持ち場に駆けつける乗務員や船員たち…二人と出くわした数人の一番前にいた乗務員は、相手が女性だと油断してレベル・リボルバーを突きつけてきた……が、017はそれをはたき落とし、そのまま薄い金属板が仕込まれているヒールの甲で急所を蹴り上げた…

乗務員E「…うう…っ!」

乗務員F「この…っ!」

017「…!」パン、パンッ…!

乗務員F「ぐう…っ!」持っていたレベル・リボルバーを撃つよりも早く二発の銃弾を胸に撃ち込まれ、崩れ落ちる乗務員…

乗務員G「いたぞ!左舷に……」

017「どうぞお静かに…っ!」左手で持っている日傘で相手の鳩尾を突いた017……普通の柄ならもちろん折れてしまうだろうが「教授」たち装備開発部が作り上げた「情報活動用」日傘の柄は戦艦の船体にも使われるハーヴェイ鋼で出来ており、それで突かれると警棒以上の威力がある…

乗務員G「かは…っ!」身体を二つに折って崩れ落ちると両手で鳩尾を押さえ、声も出せなくなった……

017「さぁ、急ぎましょう……このままでは馬車がカボチャに戻ってしまいますわ!」

エリス「ええ…!」
467 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/10/25(日) 02:31:39.60 ID:0eauDQEf0
乗務員H「…急げ、銃声はこっちから聞こえたぞ!」

乗務員I「ああ!」


…フランス製のグラース小銃を持って飛び出してきた乗務員は017とエリスを見ると、慌てて引き金を引いた……が、焦ったために弾はそれ、船室の舷窓を粉々に打ち砕いただけだった…

(※グラース小銃…戊辰戦争〜明治頃の日本でも用いられていた紙製薬包の単発式ライフル「シャスポー銃」を金属薬莢を用いる事が出来るよう改良したもの。その後無煙火薬を用いる連発式のボルトアクションライフル「ルベル小銃」が出るまでフランス軍で使われた)


乗務員H「畜生…っ!」単発式のグラース銃を再装填する余裕はなく、銃剣で突こうとする…

017「…っ!」相手の懐に飛び込むと脇腹にピストルの銃口を当てて引き金を引く…

乗務員H「うぐ……っ!」

017「…ふっ!」そのまま流れるような動きでもう一人の相手にウェブリーの銃弾を撃ち込んだ……

乗務員I「げほっ……」

017「ふぅ……」

エリス「…あの、ジェーン様」

017「どうかなさいまして、エリス?」

エリス「え、ええ…先ほどから飛行船の針路が変わっているようですわ……」

017「と言うことは、サー・パーシバルはきっと操舵室に向かったに違いありませんわね……では、参りましょう♪」ウェブリーの弾を込め直すと、にこやかに微笑みかけた…

エリス「は、はい…」

…飛行船左舷・前部プロムナードデッキ…

017「……この先が操舵室ですわね…」

エリス「ええ…」

017「エリス、貴女はわたくしの後ろにいてくれればよろしいですわ…♪」

エリス「はい、ジェーン様」

017「いいお返事ですわね……」


…楕円形をしていて、船首部に行くに従って先細りになっている飛行船のゴンドラ…上空の冷たい風を受けながら、その湾曲に沿って進んでいく二人……と、操舵室も目前になった横手の通廊から、シンが襲いかかって来た…

シン「ふんっ…!」

017「うっ…!」ギラリと光るグルカナイフで突きを入れてくるシン……とっさにのけぞりかろうじて刃の先端をかわしたが、肩口をナイフがかすめた…

シン「むぅん…!」体勢を立て直す暇も与えず、続けざまに切り払ってくる…

017「……くっ!」

シン「やぁぁ…っ!」

017「…っ!」たまらずに数歩下がってたたらを踏むと、その隙を逃さずナイフの間合いに飛び込んでくるシン……017はその勢いを支えきれず、尻餅をつく形でデッキに倒れ込んだ……

シン「ふん…っ!」

エリス「……ジェーン様っ!」

シン「…」

017「…っ!」パン…ッ!

…とどめとばかりに振り下ろされたグルカナイフの刃を日傘の柄で受け止め、同時にウェブリーでシンの胸元を撃ち抜いた…

シン「…」手からポロリと落ち、ガタンと音を立ててデッキに転がったグルカナイフ……

017「……はぁ、はぁ……はぁ…っ」

エリス「ジェーン様…!」

017「わたくしは大丈夫ですわ、エリス…」少しよろめきながら立ち上がると、ドレスについたほこりを払った…

エリス「はぁぁ……わたくし、気を失いそうですわ……」

017「ふふ、エリスが気を失ってもわたくしが介抱してあげますから大丈夫ですわ……ただ、気を失うのはサー・パーシバルの事が済んでからにしてほしいですわね♪」

………

468 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/11/02(月) 02:08:13.69 ID:Dw4Yil4g0
…飛行船・船橋(ブリッジ)…

017「失礼、どうぞ誰も身動きなさらないようお願いしますわ…♪」


…扉越しに撃たれないよう、隔壁に背中をあずける形で腕だけを伸ばして船橋(せんきょう)への入口を開けると、さっと中に入ってウェブリーを構えた017……いくつか綿雲が浮かんでいるだけの青空を行く「アンリ・ジファール」号の操舵室はなかなか眺めがよく、周囲の隔壁には伝声管や様々なパイプがツタのように伸び、綺麗に磨かれた真鍮製の羅針盤や風向計、速度計や圧力計などが据え付けられている……持ち場に就いている数人のフランス人船員はおどおどした様子だったが、よく見ると舵輪を握っていたらしい航海士は胸元を撃ち抜かれた状態で床に倒れていて、身体の周りには流れ出した血で小さな水たまりが出来ている……そして航海士の代わりに大口径のピストルを握ったストーンウッドが、片手で舵輪を握っている…


017「……大人しく両手をあげていただきますわ、サー・パーシバル」

ストーンウッド「これはこれは、レディ・バーラム。まだいらっしゃったとは驚きだ…しかし、そろそろこの舞台も幕にしてはいかがだね?」

017「それは同感ですが、まだアンコールが済んでおりませんの♪ ……まずはその「大砲」を床に置いて、それからゆっくりと舵輪から離れて下さいまし…それとムッシュウ、あなたが代わりに舵輪を握っていて下さいな」…抵抗したり、こっそり針路を変えたりといった機転を働かせる余裕のなさそうな、一番おびえた様子のフランス人船員に声をかけた…

ストーンウッド「…よかろう」舵輪を離すと、床に.500口径の中折れ式ピストルを置いた…

船員「マ、マドモアゼル…舵輪を変わりました……」

017「結構ですわ……さて、サー・パーシバルにはまだいくつか尋ねなければならないことがございますの…お答えいただけるかしら?」

ストーンウッド「それは質問の内容によりけりだな…私の資産だったら知らんよ。数え切れないほどあるのでね」

017「うらやましい限りですわね……でも、そうではありませんわ」

ストーンウッド「そうかね、まぁ何なりと聞くがいい」

017「ええ、では一つ目に…研究資料の写しはどこにありますの?」

ストーンウッド「研究資料の写し?」

017「ええ、いかにも……とぼけてもらっては困りますわ」そう言いつつも、017の鋭い観察眼にはストーンウッドが嘘をついていないように見えた…

ストーンウッド「…写しなどない。余計な写しなど作って、それが他人の手に渡ったり欲を出した召し使いの誰かに盗まれたりした日には、計画がフイになってしまうからな」

017「なるほど……それでは二つ目ですわ」

ストーンウッド「ああ」

017「…今回のあなたの「計画」ですが、どこの国がどの程度関与しておりますの?」

ストーンウッド「ふむ、そのことか……この飛行船を見ても分かる通り、フランスの手は少々借りた」

017「他には?」

ストーンウッド「いや、それだけだ」

017「あら…嘘が下手でいらっしゃいますわね、サー・パーシバル?」自尊心が強いストーンウッドに対し、まるで「お一人では鼻もかめないでしょう?」と言わんばかりの皮肉な調子であざけった…

ストーンウッド「嘘なものか! この計画は私が考えてここまでこぎ着けたのだ、フランスのカエル共やぶしつけな新大陸(アメリカ)の連中などに、こんなアイデアが出せるわけがない!」

017「…なるほど」

ストーンウッド「失礼、少々取り乱してしまったな……他にまだ聞きたいことはあるのかね?」

017「ええ…研究資料を運んでいたエージェントはどうなさいました?」

ストーンウッド「あぁ、あの男か……それが、情報を聞き出そうとしたがあまりにも頑固に抵抗するものだからな…シンに片付けさせてしまったよ……もう一人私の身辺を嗅ぎ回っていたネズミもいたが、それも同じだ」

017「そう」

ストーンウッド「……それだけかね?」

017「ええ…それを聞いて安心いたしましたわ♪」

ストーンウッド「ほう?」

017「…おかげで何の良心の呵責もなく、あなたを撃つことが出来ますもの」そう言うと腕を真っ直ぐに伸ばして、カチリとウェブリーの撃鉄を起こした…
469 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/11/03(火) 01:29:20.07 ID:PlJvz0/A0
シン「…うぉ…っ!」

017「くっ…!」


…胸に銃弾を受けた瀕死の状態で、最後の力を振り絞って這いずってきたシンが後ろから飛びかかった……銃を持つ手を掴まれ、揉み合いになるシンと017……一発目の銃弾はそれて床板を撃ち抜き、二発目は横手の伝声管を貫き、甲高い音を立てた…


017「…っ!」いくら体力に優れたシンとはいえ、多くの血を失っていては勝てるはずもない…017は腕を振り払うと、シンの胸元に二発の銃弾を撃ち込んだ…

シン「かは……っ!」

017「はぁ、はぁ…っ……」

ストーンウッド「……動かないでもらおうか、レディ・バーラム」

017「…っ」

…シンと格闘している間に、エリスを捕まえて盾にとったストーンウッド……右手には拾い直したピストルを持ち、左腕はエリスの白い首に回している…

ストーンウッド「さて、今度は君の番だ……レディ・カータレットに無事でいて欲しいのなら、下手な真似はしない方がいい…さぁ、ピストルを置きたまえ」

017「……それで、どうするおつもりですの?」

ストーンウッド「先ほども言ったが、そろそろこの舞台も幕にしなければな…となれば、君にはご退場を願おう。幸いここは空の上だ、不幸な墜落事故も往々にして起きる……さあ、デッキに向かいたまえ」

017「ええ、ちょうど外の空気が吸いたいところでしたの…」

…飛行船・船橋外側通廊…

ストーンウッド「何か言い残したことはあるかね?」

017「ええ……さきほどの紅茶はあまり美味しくありませんでしたわ」

ストーンウッド「ふん…」

017「……それにしても、この冷たい風が何とも心地よいですわね」船橋の通廊はゴンドラの首尾線(前後)にたいして真横に伸びて左右両舷のどちらからも通れるようになっていて、017はその右舷側を背に立っている……

ストーンウッド「ふむ……さて、これでお別れだ」自信たっぷりに銃の撃鉄を起こしたストーンウッド

エリス「…っ!」そろそろと手を動かすと、隠していた「ル・プロテクター」ピストルをストーンウッドの手に押しつけて引き金を握りこんだエリス…いくら小さな「ル・プロテクター」とはいえ曲がりなりにもピストルであり、その銃弾はストーンウッドの手のひらを撃ち抜いた…

ストーンウッド「うぐ…っ!」痛みでピストルを取り落とし、思わずエリスを押さえていた腕を放して右手を押さえた…

017「やぁぁ…っ!」その一瞬の隙を逃さず、日傘の石突きに仕込まれていた刃を出して甲板を蹴ってストーンウッドのふところに飛び込むと、胸元に必殺の突きを入れた……

ストーンウッド「…ぐぅっ!」胸元に突き立てられた日傘をかきむしり、よろよろと後ずさる…そのまま左舷デッキの手すりに背中をあずけていたが、ふらりと後ろにもんどり打った…

017「………」デッキから下をのぞく017…

ストーンウッド「…た、頼む…助けてくれ……」ゴンドラの強度を高めるリブ(張り出し)に指をかけ、かすれた声で言った…

017「きっとあなたが始末させたエージェントもそう言っていたと思いますわ……でしたら、平等にしなければいけませんわね?」そう言うとつま先でゆっくりと指を踏みつけた……

ストーンウッド「……うわぁぁ…っ!」

017「…」次第に小さくなりながら雲間に消えていくストーンウッドを見送った…

エリス「…ジェーン様、ご無事でいらっしゃいますか?」

017「ええ…エリスの機転のおかげで助かりましたわ♪」

エリス「あぁ、よかった……」そのままふらりと気を失いそうになるエリス…

017「…あら」さっと背中を支えて抱き寄せた…

エリス「ありがとうございます……それにしても、ジェーン様の日傘にはいろんな機能が隠されておりますのね…?」

017「ふふ、そうですわね……残念ながら鳩もバラも入ってはおりませんけれど、毒が塗られた鋭い刃は入っておりましたわ…お気に召したお方は、どうかご喝采のほどを♪」冗談めかして見世物の口上を真似ると、軽く膝を曲げて礼をした…

エリス「もう、ジェーン様ったら…」

017「ふふ…♪」
470 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/11/03(火) 01:55:33.63 ID:PlJvz0/A0
…まだ続きはありますが、今日は一旦ここで止めます…


そういえばショーン・コネリーが亡くなったそうで、SISの長官もお悔やみを述べておりましたね…「007」はスパイ物としては軽薄に過ぎるという意見もあるかもしれませんが、彼と原作者のイアン・フレミング(実際にフレミングも元情報部員だったとか)が世界で情報部員という職業を有名に(…有名にしてもらっては困るかもしれませんが)したことは間違いないと思います……個人的には「ワルサーPPK」と、あの斜め上を見上げるような笑い方が印象的でした…
471 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/11/08(日) 02:35:54.87 ID:Xo9qcpkC0
017「ふふふ…っと、あら……」

エリス「…どうかなさいましたの、ジェーン様?」

017「ええ、どうやら些細な問題が二つほど起きたようですわ…」

エリス「あの…「些細な問題」と、申しますと?」

017「……上をご覧なさいまし、エリス」

エリス「上…?」そう言って小首をかしげ、それからおもむろに気嚢を見上げたエリス……と、さっきまでは目一杯膨らんでいたはずの気嚢が少ししわを帯び始めている…

エリス「あの、ジェーン様…もしかして……」

017「ええ…先ほどの撃ち合いで気嚢のどこかに穴が空いてしまったようですわね。まだしばらくは持つでしょうけれど、そのうちに耐えきれなくなって、イカロスのようになってしまいますわ」

(※イカロス…ギリシャ神話。幽閉されていた島から脱出するべく、鳥の羽を集め蝋で固めた翼を付けて空を飛んだが、飛べることに夢中になったイカロスは翼を作った父の注意を忘れて太陽に向かって飛び、その熱で蝋が溶けて墜落してしまった)

エリス「それで、もう一つの「些細な問題」とは何でしょう…?」

017「わたくしたちが見聞きしたことをお茶会の話題にして欲しくないらしい、フランス人の乗務員たちが大挙してこちらにやって来ますわ」

高級船員「…何としてもあの二人を逃がすな!」

船員C「前部左舷のデッキだぞ!」

船員D「こっちだ、早く!」号令やデッキの上を駆ける足音が次第に近寄ってくる…

エリス「でも……どういたしましょう?」

017「そうですわね…今から一等船室の乗船券を買う訳にもいかないようですし、上等なもてなしにも期待できそうにありませんから……仕方ありませんわ。短い空の船旅になってしまいましたけれど、おとなしく飛行船を降りるといたしましょうか♪」

エリス「お、降りるとおっしゃられても…ここは少なくとも千フィートはある空の上ですわ!」

017「ええ…でも、ちゃんと備えがありますもの♪」隔壁に設置されているロッカーには、フランス語で「非常用落下傘」とある…

エリス「…でも、わたくしたちは二人ですし、このロッカーには一人分しか……」

017「これは頑強な殿方が使っても大丈夫なように作られておりますし、エリスは羽根のように軽いのですから問題ありませんわ♪」

エリス「そ、そんなことをおっしゃられても…」

船員E「いたぞっ!」バン…ッ!

017「…どのみち選択肢はそう多くありませんし、考えている時間もあまりありませんわ……ドーヴァー海峡の上に出てから飛び降りたのでは、二人ともオフェーリアの真似事をすることになってしまいますもの」パン、パン…ッ!

(※オフェーリア…オフィーリアとも。シェークスピアの戯曲「ハムレット」に出てくる王女。仇敵を油断させて復讐を行うため狂気を装った婚約者「ハムレット王子」の演技を信じてしまったために錯乱してしまい、川に落ちて亡くなる。水面に浮かんだ美しい顔と、そこから広がっている長い髪といった姿で描かれる)

船員E「うぅ…っ!」

エリス「…」

017「それにわたくしの日傘に落下傘の機能があれば良かったのですけれど、あいにくと付け忘れてしまいましたの……さ、お心は決まりまして?」パンッ、パァン…ッ!

船員F「ぐわぁ…っ!」

エリス「……わ、分かりましたわ」

017「では、落下傘を身に付けるといたしましょう……帯を通さなければなりませんから、身体を寄せて下さいまし…ね♪」パラシュートのハーネスを通しながら、向かい合わせになってくっついているエリスをぎゅっと抱きしめる…

エリス「……もう、こんな時まで///」

017「ふふ……さ、準備はよろしいかしら?」

エリス「はい…!」

017「結構なお返事ですわ……それでは短いですけれど、優雅な遊覧飛行と参りましょう♪」エリスを抱きかかえつつ、デッキの手すりから飛び降りた…



472 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/11/12(木) 02:03:43.15 ID:m1DPzWc+0
017「……まるで隼にでもなった気分ですわね!」


…飛行船から青い空に飛び出すと、たちまち冷たい風がごうごうと吹き付けてきて髪が巻き上がり、ドレスの裾や袖がバタバタとはためいた……そしてモザイク画のようだった緑や土色の模様が、次第に畑や草原、荒れ地や湿地と見分けられるようになってきた…


エリス「ジェーン様、早く落下傘を…!」

017「ええ…ですがもう少しだけ待って下さいまし……ね!」風の音に負けないよう、お互いに耳元で声を張り上げている…

エリス「どうしてですの…!」

017「…ここで開傘したらいい的になってしまうからですわ!」すでに小さくなり始めた飛行船のデッキには船員や乗務員たちが鈴なりになって、しきりにライフルやピストルを撃っている…

エリス「ですが、このままでは地面にぶつかってしまいます…!」

017「心配は要りませんわ、そろそろ開きますから…!」


…エリスをかばい、また背中のパラシュートが開けるようにうつ伏せの姿勢で上側になっている017……首をねじって飛行船の方を見ると、すでに飛行船とは百ヤードばかり離れていて、もう素人のフランス人船員たちではライフルを使っても当てられないほど距離が開いたことを確認した……それから落ちていく先に一つのちぎれ雲があることを見定めると、パラシュートの開傘索を引っ張った…


エリス「…っ!」

017「ふぅ……無事に開いてくれましたわね。ブランシャールには感謝しませんと♪」(※ジャン・ピエール・フランソワ・ブランシャール…フランス人の自称「科学者」で冒険飛行家。それまで数百年間の間試行錯誤が繰り返されてきたパラシュートの歴史の中で、初めて丸形のパラシュートで降下に成功した)

エリス「……はぁぁ、息が止まりそうでしたわ…」

017「大丈夫、わたくしが付いておりますもの……♪」そう言うと唇を重ねた…

エリス「あっ、ん……///」

017「ふふ…」

エリス「……あの、ジェーン様…」

017「なんでしょう?」

エリス「その……実は、わたくし…」

017「ええ…」

エリス「あぁ、その…申し上げにくい事なのですけれど……」

017「構いませんわ」

エリス「はい……実は、わたくし…ジェーン様のことを……お慕い申し上げているのです…///」

017「……それは、つまり…」

エリス「そうなのです……わたくし、ジェーン様と婚姻を執り行って「婦妻」として結ばれたい…そんな……そんな、叶わぬ気持ちを抱いてしまったのですわ!」

017「……エリス」

エリス「…おかしいでしょう? わたくしたちは共に女性で…たとえ愛し合っていたとしても、主の前で婚姻を結ぶことはまかりならぬこと…けれども……んっ!?」

017「んっ、ちゅぅ……♪」

エリス「んんっ、んぅ…っ!?」

017「ぷは……エリス」

エリス「ジェーン様…?」

017「エリス…貴女との愛の前にいかほどの障害があろうとも、わたくしはそれを乗り越えてみせますわ……ただし、時折の浮気は許して下さいまし…ね♪」

エリス「も、もうっ……わたくしが真剣に申しておりますのに…///」

017「……分かっておりますわ。こうして冗談めかしていないと、わたくしも嬉しさのあまりどうにかなってしまいそうなのですもの……♪」

エリス「ジェーン様…///」

017「ふふふ……飛行船の上で婚約した酔狂な方はこれまで数人おりましたけれど、文字通り空中で婚約したのは、きっとわたくしたちが最初ですわね♪」

エリス「はい…♪」

017「…そろそろ地面に着きますけれど、他に空中でしておきたいことがあるなら今のうちですわよ……エリス♪」

エリス「…それなら……んっ///」ちゅぅ…♪

017「ん♪」
473 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/11/12(木) 03:21:03.95 ID:m1DPzWc+0
…地上…

農夫「……ふー」新しい干し草ならではの香りを嗅ぎつつ地面に干し草用のフォークを突き立てると、手の甲で額の汗を拭う…

農夫「今日はいい天気でなによりだ…これなら干し草もよく乾くことだろうて……」そう独りごちて空を見上げた瞬間、ポカンと口を開けて固まった…

農夫「なんだぁ、ありゃ…!?」ふわふわと漂っていくパラシュートの落下先を目指して走り始めた……

………



017「……さ、しっかりつかまっていて下さいましね♪」

エリス「は、はい…!」

017「…それでは到着ですわ…と!」緩やかな斜面に降り立った二人はパラシュートの行き足が止まるまで、後ろから押されるような形で駆け下りた……ようやく勢いが収まると今度は畳まれた布団のようになったパラシュートに後ろから引っ張られ、地面に転がった…

エリス「はぁ…はぁ……」

017「ふぅ……なんとこの大地の固きこと。まさに「地に足を付けた」ですわね♪」

エリス「ジェーン様、それよりもこの紐を解いて下さいまし……///」

017「ええ……もっとも、そうして落下傘の絹布に包まれているエリスを見ると、そのまま情を交わしたくなってしまいますわ…♪」にっこりと笑みを浮かべ、紐が絡まってまごついているエリスの頬を撫でた…

エリス「い、いけませんわ…///」

017「ええ、分かっております…さ、いま解いて差し上げますわ♪」

エリス「……ふぅぅ…まるでローストビーフになった気分でした」

017「まぁ、ふふ……もしエリスがローストビーフなら、きっと世界で一番美味しいローストビーフですわね♪」

エリス「もう、お上手なのですから…///」

017「……ふふ♪」と、柔らかな草の斜面で息を切らしつつ駆け寄ってくる農夫の姿が見えた……

017「あら…誰かやって来ましたわ」サー・パーシバルが転がり落ちる前に胸元から引き抜いた日傘を改めて差し直すと、裾の土を払って格好を整えた…

農夫「……ぜー…はー……ご婦人方は……ふー…一体どこからやって来なすったんだね…?」二人の近くまで来ると肩で息をしながら、やっとの事で声を出した……

017「ダンデライオン(タンポポ)の綿毛のごとくふわふわと、空の上から参りましたわ♪」

農夫「いや、そりゃあそうかもしれんけど……」

017「ふふ……それでは良い一日を♪」エリスの手を握ると、軽く会釈をして立ち去った…

農夫「へぇ、こりゃどうも……」しわくちゃになったパラシュートの端っこをつまみ上げ、狸に化かされたような顔をしている…

…しばらくして・村の小さな教会…

017「司祭様、今すぐに結婚の儀式を行う準備をお願い致しますわ」

司祭「いや、しかし……女性同士での婚姻など認められるわけが…」カソック(法衣)を羽織った国教会の司祭は、あちこちに裂け目や汚れが付いているドレス姿の二人が突然「結婚の誓約をしたい」と飛び込んできたことに困惑しきっている……

017「……わたくしがしようとしている婚姻が認められないとおっしゃるのなら、トマス・ベケットがどうなったかよく考えることですわ♪」そう言った瞬間には、もう司祭の胸元にウェブリー・リボルバーの銃口が突きつけられている……


(トマス・ベケット…ヘンリー二世の治世でカンタベリー大司教を勤めていた人物。元は国王ヘンリー二世のお気に入りであったが、ヘンリー二世が司教の任命など教会の人事に口出ししようとすると決別。ヘンリーの息のかかった司祭に懲戒を行うなどしたため煙たがられ、最後はヘンリーの密命を受けた四人の騎士によってカンタベリー大聖堂で斬殺された)


司祭「じゃが……」

017「…そうおっしゃらずに、司祭様。国教会はヘンリー八世が離婚したいがために作った宗派ではありませんか。今さら結婚の一つや二つでおどおどすることなどありませんわ」


(※ヘンリー八世…いわゆる「バラ戦争」の後でプランタジネット朝の王位が落ち着かなかったので「女子の跡継ぎでは心もとない」と考えたヘンリー八世はなかなか子供の出来ない王妃と離婚しようとしたが、ローマ・カトリックでは離婚が認められていないことから教会に否定された。これに対してヘンリー八世は英国国教会を立ち上げてカトリックと分裂した…教義などはカトリックとプロテスタントの中間にある)


司祭「そう言われても…」

017「大丈夫ですわ。もし神が認めないとしても、わたくしたちの上に罰が下るだけのことですもの…さぁ、早く支度を」

司祭「……分かったから、神の家ではその物騒な物をしまってくれんか」

017「ええ……まさに「求めよ、さらば与えられん」ですわね♪」司祭が聖具室に道具を取りに行くのを見て、017はにっこりした…

エリス「でも、こんなことをしてもよろしいのですか…?」

017「国教会の地上における最高権威は女王陛下ですから…もし必要ならバッキンガム宮殿でもどこでも訴えに行きますわ」

エリス「……ジェーン様///」

017「ふふ…エリスと結ばれるためですもの♪」
474 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/11/15(日) 01:16:52.94 ID:rRAi1cA20
…しばらくして…

司祭「……汝は永遠の愛を誓い、健やかなるときも病めるときも、富める時も貧しき時も、喜びの時も悲しみの時も共に分かち合い、死が二人を分かつまで、エリス・カータレットを愛することを誓いますか?」

017「…誓います」

司祭「新婦、レディ・エリス・カータレット…汝…汝は……」

017「……わたくしも『新婦』でお願い致しますわ、司祭様…♪」女性二人の結婚式を執り行うのは初めてらしく、言葉に詰まる司祭……とっさに小声で助け船を出す017…

司祭「……汝は新婦、レディ・ジェーン・バーラムを愛し慈しみ、よく貞節を守り、支え助ける事を誓いますか?」

エリス「誓いますわ…///」

司祭「…では、誓いのキスを……」

017「……んっ♪」

エリス「ん…///」

017「ふふ……こうしていると、いつもの口づけとはまた違った気分が致しますわね♪」

エリス「…はい///」

司祭「それでは、誓いの指環を…」

017「ええ……エリス♪」

…非常時の活動資金として……また味方の援助を求める時の印として「見るべき人物」が見れば分かるよう、内側にアルファベットと数字でコードが彫り込まれている王国情報部員用の金の指環……017はそれを二つ持っていたが、そのうちの片方をエリスのふっくらした指に通す……指環はまるで誂えたかのようにぴったりで、するりと指にはまった…

エリス「まぁ…ジェーン様ったらいつの間に……?」

017「こんなこともあろうかと用意しておいたのですわ……さ、わたくしの指にも♪」

エリス「はい…♪」

司祭「……二人に主のお恵みがありますことを」

017「感謝致しますわ、司祭様…♪」

………



017「…さぁ、それではロンドンに帰りましょう♪」

エリス「それはまた……ずいぶんとせわしないですわね?」

017「ふふ、だって早くお役所に結婚の証明書を発行してもらいたいのですもの…四頭立ての馬車を借りて飛ばせば、数時間でロンドンまで着きますわ」

エリス「それはそうですけれど…」

017「……ロンドンに着いて用事を済ませたらリージェント公園に行って、中にある「ロンドン動物園」で珍しいアフリカの動物でも見て…それから「ゴールデン・ライオン」でアフタヌーン・ティーでも頂きましょう♪」


(※ゴールデン・ライオン…紅茶の老舗「トワイニング」が経営しているコーヒーハウス(ティールーム)。当時のコーヒーハウスはたいてい男性しか入れなかったが、ゴールデン・ライオンは女性でも入れたことから人気を博した)


エリス「ふふ、ジェーン様ったら……わたくし、そんなに盛りだくさんの予定を立てられては疲れてしまいます♪」

017「…だって、エリスと結ばれて最初に過ごす一日ですもの。時間などいくらあっても足りませんわ♪」

エリス「まぁ…///」
475 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/11/16(月) 01:36:33.83 ID:HUr5/VWs0
…数時間後・ロンドン…

017「…エリス、楽しんでおります?」

エリス「はい、ジェーン様///」

017「ふふっ、それは何よりですわ…」と、道端で大声を張り上げている新聞売りと、それを取り巻いている十数人の野次馬が目に入った…

エリス「あら…号外のようですけれど、いったい何でしょう?」

017「気になるとおっしゃるのなら、見に行ってみましょうか♪」

新聞売り「……号外だよ!号外号外!フランスの飛行船がドーヴァーの近くで墜落したよ!」

017「…もし、新聞売りさん。わたくしにも一枚下さいな」

新聞売り「へい、毎度っ! …号外号外っ!」

017「……さて、と…「フランス籍の大型飛行船、ドーヴァー近郊で墜落…我が国の植民地転覆をもくろむフランスによる秘密工作か!?」…ふふ、わたくしたちの大活躍が載っておりますわね♪」エリスの手を取るとベンチに腰かけ、まだインクも乾いていないような「出来たて」の号外を広げた…

エリス「ジェーン様、読んで下さいまし」


017「ええ……「本日の昼ごろ、フランス船籍の長距離大型飛行船『アンリ・ジファール号』がドーヴァー近郊に墜落した。乗員はいずれも直前に脱出して無事だったが、同船の船客であった百万長者のサー・パーシバル・ストーンウッド氏が墜死した模様。また、同船から数百挺にも上る小銃やピストルが発見されたとの情報があり、同時に正体不詳の貴婦人が飛行船の墜落に関与しているとの証言もあることから、一部にはフランスによる秘密工作を阻止すべく行われた、わがアルビオン王国の対情報活動によるものではないかという意見もある…」だそうですわ」


エリス「…あれが今日のことだなんて、まだ信じられませんわ」

017「ええ……次は「高架鉄道」の汽車に乗って、ロンドン市街を見下ろしてみると致しましょう♪」

エリス「はい」

…夕刻・ロンドンの壁の近く…

017「ふふ、なかなかの眺めでしたわね…♪」


…二人が汽車を降りた頃にはすっかり日が傾き、ロンドンの街は夕暮れに染まっている……そして二人が降りた「壁」の近くは、壁の陰になっていて薄暗い……そしてどういうわけか、さきほどから口数が少ないエリス…


エリス「……ジェーン様」しばらく黙って指を絡めて歩いていたが、ふと足を止めると意を決したように呼びかけた……

017「ええ、何でしょう?」

エリス「わたくし…ジェーン様に謝らなくてはならないことがございますの……」

017「…と、申しますと?」

エリス「……それは……こういうことですわ」先ほどまでポーチを持っていたふっくらした手に、いつの間にか小さなウェブリー・リボルバーが握られている……銃口は017の胸元に向けられていて、微動だにしない…

017「エリス…」

エリス「ジェーン様……その、実はわたくし…わたくしはアルビオン共和国情報部の情報部員で、サー・パーシバルが盗んだ「高純度ケイバーライト」の資料を手に入れるよう命令されたのですわ……」

017「…そう」

エリス「はい…ジェーン様とお近づきになったのも、最初は華やかなレディを目くらましに使う…ただそれだけのつもりだったのですわ…けれど、そのうちにジェーン様が王国の情報部員であることが分かって……」

017「ええ」

エリス「…本来ならその時点で慎重に離れて関係を絶つべきだったのですけれど…もうそのころにはジェーン様の事を愛おしく思い始めてしまって……」

017「わたくしもですわ、エリス…」

エリス「…本当はわたくしだって、こんなことはしたくありませんわ…でも……でも、これがわたくしの任務なのです……!」

017「ええ、よく分かりますわ……お互い、情報部員ですもの…ね?」

エリス「うぅ…っ……」頬に涙をこぼしながら、ピストルを突きつけているエリス…

017「…涙を拭いなさいな、エリス……可愛らしい顔がそれでは台無しですわ」ハンカチを取り出し、そっと涙を拭う……

エリス「ジェーン様……わたくしは研究資料を持って「壁」を越えなければなりません…ですが、一つだけジェーン様に知っておいて欲しいことがありますの……」
476 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/11/21(土) 01:13:12.52 ID:tiMOFg7f0
017「ええ、何でしょう?」

エリス「わたくし……わたくしのジェーン様への恋慕の情…これだけは、嘘やカバーストーリーではなく、一人の女性としての本当の気持ちですわ……それだけは…信じて下さいまし…」

017「…もちろん、信じておりますわ」

エリス「ジェーン様……信じて下さいますの?」

017「ええ。だって、もしわたくしのことを何とも思っていないのなら、ただ銃弾を撃ち込んで資料を取り上げればいいだけですもの♪」

エリス「ジェーン様……」

017「ね…そうでしょう?」

エリス「ふふ、いつもジェーン様には驚かされますわ…ところでジェーン様、もう一つだけ……わたくしのわがままを聞いて頂けますでしょうか?」

017「ええ、何なりと♪」

エリス「…では、その……ジェーン様の本名を教えて頂きたいのですけれど…///」

017「あら…わたくしの「本名」など、月ごとに変わる舞台の演目のようなものですわ♪」

エリス「ですから…つまり、ジェーン様がお生まれになった時に授かった名前と言うことですわ……」

017「ふふ、分かりましたわ…」優雅に腰をかがめて斜め上を見上げるような視線をエリスに向けると、にっこりと笑みを浮かべた…

017「……わたくしはブラウン。ジョアンナ・ブラウンと申します♪」

エリス「ジョアンナ・ブラウン…と言うことは、わたくしはミセス・ブラウンになったのですわね///」

017「ええ♪」

エリス「とても嬉しいですわ……でも、もう離ればなれになってしまうなんて……」

017「大丈夫ですわ…壁があろうと、いつかまた一緒になれますもの……たとえこのチェスゲームでどちらが勝つにしても…ね♪」

エリス「ジョアンナ様……」

017「エリス…さぁ、これをお持ちになって」そう言って一枚の立派な紙を懐から取り出すと、エリスに差し出した…

エリス「…これは?」

017「女王陛下のサインが入った委任状ですわ…これを持っていれば国境の検問所であろうと何だろうと、難なく通り抜けることが出来ますわ」

エリス「ですが…」

017「ふふ…構いませんわ、飛行船のどさくさで無くしたことにすればいいだけですもの。それに女王陛下の委任状なら、結婚式にふさわしい引き出物になりますもの…ね♪」

エリス「ジョアンナ様…///」

017「さぁ、早く……陸軍情報部が嗅ぎつけて国境を封鎖する前に出国しませんと」

エリス「はい……それでは、ジョアンナ様…」

017「ええ…また会えるときを楽しみにしておりますわ」エリスの背中に腕を回して抱き寄せ、唇に長い口づけをすると「壁」の国境検問所に向かって歩き去って行くエリスを見送った……

………


477 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/11/21(土) 01:43:37.71 ID:tiMOFg7f0
…西ロンドン・共和国情報部…

共和国情報部職員「部長、ハイドランジア(アジサイ)が帰還しました」

共和国情報部長「ほう……それで、成果は?」

職員「はい、無事に入手したそうです」

部長「それは素晴らしいな…ぜひ直接報告を聞きたい、ここに呼んでくれ」

職員「分かりました」

…数分後…

部長「……ご苦労だったな」

…一緒にいると安心できるような気持ちのいい性格をしていて、どこにでもやんわりと溶け込み、そしてぽろりと相手に本音を言わせてしまう「人たらし」のエリスは、土壌に合わせて色が変わるというアジサイになぞらえて「ハイドランジア」と名付けられていた…

エリス「いえ、偶然に助けられただけですわ」

部長「君にその「偶然」をモノに出来る腕があったからこそだ…今回の成功は共和国の諜報史上で一番の金星と言えるだろう……「ボランジェ」のヴィンテージ物だ、祝杯にはふさわしいだろう?」ラベルを見せると、情報部長が自ら栓を抜いてグラスに注いだ…

(※ボランジェ…高級シャンパン銘柄の一つ。「ヴーヴ・クリコ」や「クリュッグ」よりもさらに格式が高く、創業当時からの作り方を守り続けている。英国王室御用達)

エリス「ありがとうございます」

部長「……では、早速見せてもらおうか」

エリス「はい、これですわ」

部長「うむ…」封筒から書類を取り出すとさっと読み通して眉をひそめ、それから苦笑いを浮かべた…

エリス「……あの、何か?」

部長「ああ、実に素晴らしい情報だが……私の求めていた物とは少し違うようだ」

エリス「え…?」

部長「…見てみたまえ」

エリス「あっ…!?」手中に収めていたはずの「研究資料」は封筒こそ同じだったが、いつの間にか全く違う書類にすり替えられていた…

部長「……封筒の中には君の結婚証明書と、相手からのメッセージが入っていた」

エリス「その、これは…」

部長「…どうやら今回は向こうの方が一枚上手だったようだな……ミセス・ブラウン?」

エリス「も、申し訳ありません///」

部長「ふ…まぁ飲みたまえ。 …結婚おめでとう」

エリス「は、はい…」

部長「しかし王国にはやられたな。この「ガーデン」で最高のエージェントである君の正体が割られるとは…まぁ、向こうも一番のエージェントをこちらに知られたのだから「おあいこ」と言った所か……」

エリス「ええ…」

部長「しかしこうなっては、二度と君を「壁」の向こうに送り込む事は出来んな」

エリス「はい」

部長「…どうだろう、これからは後進の育成に力を貸してくれないか……王国に送り込む「プラント」はいくらあっても足りない。その訓練を君が手伝ってくれるなら非常に助かるのだが…」(※プラント…「エージェント」や「回し者」の意。相手方に「植え込む」ことから)

エリス「そうですね……少し考えさせて下さいますか?」

部長「もちろんだとも」

………



478 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/11/21(土) 02:47:18.38 ID:tiMOFg7f0
…同じ頃・王国情報部…

王国情報部長「良く戻ったな、017……それで、結果は?」

017「ええ、この通り…ですわ♪」チャーミングな笑みを浮かべると、エリスを抱きしめた瞬間にすり替えた「高純度ケイバーライト」の研究資料とサンプルの小瓶を置いた…

部長「結構だ……それと「ファントム」の始末についても聞いた。ご苦労だった」

017「ええ」

部長「…しかしだ、017」

017「何でしょうか?」

部長「ああ……一体これはどういうわけだ?」ぽんっ…と机の上に投げ出した数種類の新聞には「フランスの飛行船墜落とインド植民地に関わる謀略」についての根も葉もない噂から、かなり真実に近いところを突いている物まで、様々な見出しが踊っている…


部長「…「フランス、我が国のインド出身者をそそのかして武装蜂起を目論む!?」「大陸の謀略!百万長者サー・パーシバル・ストーンウッドの謎の墜死と関係か!?」「フランスの野望を打ち砕いたのは美貌の貴婦人エージェント?」……私は君に自分の宣伝をしてくれと頼んだつもりはないぞ、017」

017「わたくしもフリート街の記者たちに「美貌のエージェント」と書いてくれとは頼みませんでしたわ♪」

部長「まったく……おまけに君ときたら女王陛下の信任状まで無くしたきた……あんな物が共和国の手に渡ったらそれこそ大変なことになる。すぐ王室に奏上して書式も紙も変えてもらわなくてはならん」

017「大変ですわね♪」

部長「誰のせいだと思っている……ふぅ、君が王国と世界の均衡を救ったことは事実だ。しかしこうまで派手に書き立てられては、これ以上君を工作で使うことは出来ん」

017「まぁ…それでは引退ですか?」

部長「そういうことになる…まったく何が「王国情報部の『紅はこべ』」だ……どこか田舎にでも君の好みそうな邸宅を用意するからさっさと引っ込んで、これ以上頭痛の種を増やさないでくれ」

017「ええ♪」

………



ドロシー「…ってな訳で、そののち二人は平和に暮らしましたとさ……めでたしめでたし、ってな♪」

プリンセス「そのようなことが本当にあったのですね…」

ドロシー「ああ。もっとも真実は本人たちしか知らないし、たいていは風の噂だが……まぁ同業者どうしが「お近づきになる」って言うのは結構ある事なのさ」

アンジェ「ええ、そうね」

ドロシー「ま、無理解な同国人よりも敵国の同業者の方が馴れ合いやすいってことだな……もっとも、それも度を過ぎると首を無くすことになるから適度に…だが」

ベアトリス「なるほど…」

ドロシー「さぁて、長話もこの辺にしておくか……それじゃあな」

…同じ頃・共和国エージェント訓練施設「ファーム」…

パープル「…失礼します、ミセス・ブラウン♪」

ブラウン「あらあら、ミス・パープル……いらっしゃい、お紅茶でも淹れましょうか?」

パープル「ありがとうございます…いまは何を?」

ブラウン「ええ、ちょうど部屋の片付けをね……懐かしい物が色々と出てきたわ」

パープル「そうでしたか…」

ブラウン「ええ…十数年前のわたくしの、華やかで甘美な一幕の……ね♪」

…額縁に入れて壁に掛けてある立派な免状には、「この書状を持つ者は王国のために行動するものであり……」と麗々しく書かれ、アルビオン王国女王の印章とサインが入っている…それを見上げながら、左手の薬指にはめた金の指環を愛おしげに撫でたミセス・ブラウン…

…その日の夜・プリンセスの部屋…

プリンセス「…ねぇ、アンジェ?」

アンジェ「なにかしら、プリンセス?」

プリンセス「ドロシーさんのお話だけれど…本当なのかしら?」

アンジェ「ええ、少なくとも知っている限りでは」

プリンセス「そう…だとしたら、わたくしはなおのこと頑張って、あの「壁」を無くすようにしないといけないわね」

アンジェ「そうかもしれない……だけど壁があろうと無かろうと、相手を想っている事実というのは変わらないわ」

プリンセス「シャーロット…///」

アンジェ「……明日もあるし、もう寝るわ///」
479 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/11/21(土) 02:57:02.25 ID:tiMOFg7f0
…すっかり長くなってしまいましたが、これでこのエピソードは完了です。以前のリクエストにお答えして「007」的な場面やニュアンスも随所に盛り込んでみました…


…王国のエージェント「017」はもちろん007のもじりで「ジョアンナ・ブラウン」という名前もイニシャルが「J・B」となることと、以前「ファーム」の教官として出てきた「ミセス・ブラウン」に活躍していただくため温めていたアイデアでした……無事に使うことが出来て良かったです…
480 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2020/11/21(土) 08:22:15.76 ID:QD4mFMdjO
お疲れ様でした
劇場版公開も迫ってきましたね...
481 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/11/23(月) 00:50:28.00 ID:0tB4BqT30
まずはコメントありがとうございます。劇場版はとても楽しみなので、コロナが再拡大してまた延期にならないよう祈っているのですが……とりあえず、このssで劇場版公開までの「つなぎ」として読んでいただければ幸いです
482 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/12/01(火) 10:25:52.73 ID:w+TH/pJ20
caseドロシー×アンジェ「The spirits of Ireland」(アイルランドの魂)


…数十年前・アイルランド…

地主代理「…どうやら今年は徴収量を大きく下回っているようだな」寒々とした畑を前に、馬から下りることもせず傲慢な態度でふんぞり返っているのは、土地の所有者でありながらアイルランドに来たこともないアルビオン貴族の代行をしている年貢の取り立て人……

農夫「何しろ今年は寒波がひどくて…」

地主代理「お前たちアイルランド人ときたら、毎年のようにそう言っているな」

農夫「……それと、うちで食べるジャガイモは病気で軒並み全滅してしまって…少しでもいいですから、地主様に収める分から小麦を分けてはもらえないでしょうか…」

地主代理「馬鹿を言うな、輸出するための小麦を貴様らアイルランド人共に食わせるだと!?」

農夫「ですが、このままじゃうちの子供たちが飢えて死んじまいます…!」

地主代理「うるさい! 言い訳など聞きたくない、収める物を収めないというなら無理矢理にでも集めるだけだ!」

農夫の妻「どうか、どうかお願いです…!」

地主代理「えぇい、どけ…!」

子供「……うちのおっかあに何するんだ!」

地主代理「このっ、くそ餓鬼が…っ!」目一杯振られた乗馬鞭が飛びついた子供の頬を斬り裂き、たらりと血が垂れた…

農夫の妻「あぁっ!」

地主代理「…いいか、今度来るときまでに必ず規定の量を用意しておくんだぞ!」捨て台詞を残すと、護衛の二人を連れて駆けていった…

子供「…今に見てろよ、大きくなったらきっと……」傷口を手の甲で拭うと、馬が去って行った方をにらみつけた…

………



…ロンドン・ハイドパーク…

ドロシー「…それで、今回の任務は?」

L「いまから説明するが……事態は少々込み入っているのだ」

ドロシー「というと?」

L「……今度ロンドン市街で行われる閲兵式の事は知っているな?」

ドロシー「ああ…いつも通り、パレードで行進する兵器から新しいやつを観察して報告すればいいのか?」

L「無論それもやってもらうつもりだが……実は、その際に女王を暗殺しようとする計画があるらしい」

ドロシー「へぇ、そりゃあまた…で、一体どこのどいつがそんな事を?」

L「計画しているのはアイルランド人だ」

ドロシー「ははーん、それなら納得だ」

L「…もちろんこちらとしては、王国の終焉と「アルビオン共和国」への統一が最終目標である事は間違いない…しかし我々は諸外国によるアルビオンへの介入や混乱を防ぐべく、速やかな共和国への移行態勢が準備万端整うまでは性急に事を起こしたくはない……ましてや「チェンジリング」のことを考えれば、いま王室をぐらつかせるわけにはいかないのだ」

ドロシー「そりゃそうだな」

L「しかしだ、アイルランド独立派の中には急進的な者たちがいて、そうした連中は後先を考えず、何としてもアルビオン王国の「象徴」である女王を暗殺しようと目論んでいる…我々共和国はアイルランド人たちといくつかの点では近い立場にはあるが、いま事を起こすことは容認できない……」

ドロシー「なるほどな…」

L「…そこで君達には、女王の暗殺を阻止してもらう」

ドロシー「結構だね……だけど疑り深いアイリッシュの独立派連中が、私たちみたいな娘っ子をほいほい入れてくれると思うか?」

L「ふ……むしろ君達だからこそ、だ」

ドロシー「……と言うと?」

L「まず君だ。君の名字はマクビーン……例の「Mc」が付いているだろう」

(※McV…アイルランド人の姓に見られるもので「〇〇の子孫」を意味する。代表的な物としてマッカーサー、マクドネル(マクダネル)、マクドナルド、マクレーン等。他に「OV」が付くオハラ、オブライエン、オコンネル等もアイルランド人に多い)

ドロシー「ああ…何しろ私はアイリッシュ系だから」

L「ゲール語も話せたな?」

ドロシー「……まぁな」
483 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/12/04(金) 03:09:42.32 ID:hJlK3buT0
L「それが一つ…それに「A」だが、彼女はフランス系で「カエル」の連中はアイルランドを支援したこともある」

ドロシー「……それだけか?」

L「それだけ揃っていれば十分だと思うが」

ドロシー「なるほど…ま、私に言わせれば「空を飛ぶからコウモリは鳥の仲間だ」って言うくらいこじつけ臭いけどな」

L「こじつけだろうが何だろうが、向こうを納得させられる理屈さえ通ればそれで構わん」

ドロシー「分かったよ…それで、連中はどこにいるんだ?」

L「こちらの連絡員によって、首謀者と思われる連中はロンドンデリーに潜伏している事が確認されている……船のチケットは用意してあるから、まずはアイルランドへと渡って連中と接触を図り、計画を探り出せ」

(※ロンドンデリー…アイルランド北部の都市。地元ではただ「デリー」と呼ばれる)

ドロシー「分かった」

L「それと君が指摘したように、ただ「入れてくれ」と言ったところで疑り深い連中が見ず知らずの人間を入れてくれる訳がない……手土産を持って行け」

ドロシー「連中の好きなウィスキーのボトルでも持って行くのか?」

L「いや…彼らの組織に入り込んでいる王国側「モール」の首だ。手土産にもなるし、王国の対アイルランド情報網をつぶす事も出来る…こういう使い道もあると思って今まで泳がせておいたのだが……まさに「一石二鳥」というわけだな」

ドロシー「なるほどな…」

L「ベルファスト行きの船便は今週末にリヴァプールから出港する。それまでにアイルランドに関して予習をしておくといいだろう……学校の試験にも役立つかもしれんぞ?」

ドロシー「…結構な事で」

…寄宿舎・部室…

アンジェ「……壁の東西を問わず、アイルランドは悩みの種ということね」

ドロシー「まぁな…とにかく、まずは連中の間に潜り込まないことにはどうにもならない……幸い学校も長期休暇の時期でお休みだし、ちょっとばかり旅行に出かけたっておかしくはないさ」

アンジェ「確かに……ところでさっきから、一体何をしているの?」

ドロシー「これか?」

アンジェ「ええ」

…アンジェが視線を向けた先にはナイトガウン姿で安楽椅子に座り、グラスを傾けながら読書にいそしんでいるドロシーがいる…

ドロシー「こいつはコントロールから受け取ってきた資料さ…ゲール語版の「トゥアハー・デ・ダナン」でこっちが「ケルト神話集」……何しろ王立図書館でゲール語の本を閲覧しようとすると、身元を調べられるからな」

(※トゥアハー・デ・ダナン…アイルランドの神話・伝説集)

アンジェ「なるほど……で、それは?」

ドロシー「ジェームソンだが」

(※ジェームソン…ジェムソンとも。アイリッシュ・ウィスキーの古い銘柄の一つで、泥炭でいぶした香りが特徴)

アンジェ「ジェームソンなのは分かっているわ…どういうつもりで飲んでいるのか聞いているの」

ドロシー「知れたことさ。仮にもアイルランド系っていうカバー(偽装)で潜り込もうっていうのに、ウィスキーも飲めなきゃ「クランの猛犬」クー・フーリンの物語も知らないって言うんじゃあ怪しまれるからな……何しろアイルランドの連中は詩人でロマンチストだ、神話や伝承ってやつが大好きなのさ」


(※クー・フーリン…ケルトの半人半神の英雄で幼名はセタンタ。王の飼っていた猛犬を誤って殺してしまったため、代わりの犬を育てるという約束で王に仕え、師匠であり「影の国」の女王、さらに予言の能力も持つ女武芸者「スカアハ」から授かった槍「ゲイ・ボルグ」で数々の偉業を成し遂げた……アイルランド人の理想であり非常に人気があったため、独立闘争のシンボルとしてもよく用いられた)


アンジェ「……そうね、貴女を見ればよく分かるわ」

ドロシー「おっしゃってくれるじゃないか…ま、お前さんはアイシッシュを気取るわけじゃないから英語版でいい。ま、寝る前にでも読むんだな」そう言いながら厚手の革表紙の本を渡した…

アンジェ「ええ、そうさせてもらうわ」

ドロシー「後はプリンセスに状況を説明する必要がある……そいつはお前さんがやってくれ」

アンジェ「分かった」

484 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/12/11(金) 03:56:25.53 ID:dfwfGMK00
…しばらくして・プリンセスの部屋…

アンジェ「…と言うわけで、しばらくの間こちらを離れる事になったわ」

プリンセス「アンジェ……その「しばらく」と言うのはどのくらいなの?」

アンジェ「それは任務の進捗状況によるから何とも言えない…ただ、閲兵式までには結果を出さなければいけないから、最長でも三ヶ月ね」

プリンセス「そう…」

アンジェ「プリンセス…分かっているとは思うけれど、貴女にはくれぐれも気をつけてもらいたいわ。最近はそれぞれの勢力が自分たちの推す人物を王位につけるべく、王位継承の邪魔になる上位の王位継承権を持つロイヤル・ファミリーを「排除」しようとする……あるいは王室そのものの解体を目論む各地の分離独立派や非エリートたちの動きも活発化していて、情勢はかなり緊張している……当然、貴女が狙われる可能性も充分にある」

プリンセス「ええ、それはよく分かっているわ……わたくしを恨んでいる人や、わたくしがいなくなれば得をする人はたくさんいますものね」

アンジェ「そういうことよ…くれぐれも自重してちょうだい。特に私たちの場合は他よりも「事情が複雑」だから、より一層気をつけなければならないわ」

プリンセス「その通りね」

アンジェ「ええ……それと、できるだけベアトリスを手元から離さないように…まだまだ貴女を守るには心もとないけれど、それでもいないよりはずっといい」

プリンセス「そうね」

アンジェ「もちろん警戒していることを気取られないよう、表向きは普段通りに過ごしてちょうだい……難しいかもしれないけれど、各勢力に私たちのことを勘づかれては困る」

プリンセス「ええ、普段通りに振る舞えるよう頑張るわ」

アンジェ「頑張る必要はないわ……貴女が普段やっている通りにやればいいだけよ」ちゅっ…♪

プリンセス「シャーロット…///」

アンジェ「それじゃあ、準備があるからこれで……///」

…同じ頃・部室…

ドロシー「分かっているとは思うが…私たちがこっちを離れている間、プリンセスを守れるのはお前さんだけだ」

ベアトリス「はい」

ドロシー「もちろんちせは「出来る」し、私たちにも好意的だが、あちらさんの目的が必ずしもこっちの目的と合致するとは限らないし、そうなったら援助を求めるわけにもいかない…最も、今のところは情勢を見極めるべく「静観している」って所だがな」

ベアトリス「ええ…」

ドロシー「なぁに、不必要に固くなるこたぁないさ……だが、できるだけプリンセスの側を離れるな」

ベアトリス「はい、分かっています」

ドロシー「ならいい。とにかくお前さんには「最密着」の警護をしてもらいたい…化粧室だろうが浴室だろうが寝室だろうが、片時も離れないように振る舞え」

ベアトリス「そうします」

ドロシー「頼むぜ?」

ベアトリス「はい」

ドロシー「良い返事だ。これで私も安心して任務にかかれる…ってもんだな。もし時間があったら、何かお土産を買ってきてやるよ♪」わしゃわしゃと頭を撫で回すドロシー…

ベアトリス「も、もうっ…子供じゃないんですから、お土産なんていりませんよ///」

ドロシー「はははっ…♪」


485 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/12/14(月) 00:49:44.88 ID:AFB1eZvu0
…翌日・在アルビオン王国日本大使館の一室…

堀河公「……アイルランド人による王室を狙った暗殺計画、か…こちらも一応情報は掴んでいたが、そちらの裏付けが取れたのは何よりだ。ご苦労であったな」

ちせ「はっ。ちなみに……いえ、何でもありません…」

堀河公「…構わぬ。申してみよ」

ちせ「ははっ、では僭越ながら……この事態を東京はどう受け止めているのでしょうか」

堀河公「……場合によっては「昨日までの朋友たちと刃を交える」ような事態になってしまうのではないか…そう考えているのだな?」

ちせ「いえ、そうなればあくまでも命令に従うのみですが……しかし…」

堀河公「案ずるな…本国は王国、共和国を問わずアルビオンが我が国を植民地、ないしは保護領にしようとしない限りは静観の構えを取るつもりだ……それでなくともロシア、アメリカ、フランス、あるいはドイツのように、我が国やその近隣に手を伸ばしている国は多い。その点ではむしろアルビオンが分裂を起こして拡張政策が足踏みしている現状は好都合だ…そしてアルビオン側としても、極東まで自身の手が回らないこの状況下で列強の動きを抑えるべく、我が国を矢面に立たせたいという考えがある……」

ちせ「なるほど」

堀河公「……従って我が国は曲がりなりにも欧米列強に追いつくまではアルビオンとつかず離れずの関係を保ち「藪をつついて蛇を出す」ような真似をすることはない……と言うのが本国と「倫敦(ロンドン)特務機関」の見解だ」

ちせ「左様でしたか…」

堀河公「うむ……よってそなたが朋友たちとの敵対を案ずることはない。…さぁ、安心してきんつばを食べると良かろう」

ちせ「ははっ、では……」

………



…数日後…

ドロシー「…じゃ、行くとするか」

アンジェ「ええ…準備は整っているわ」

ドロシー「よし」

ベアトリス「気をつけて行ってきて下さいね?」

ドロシー「ああ、任せておけ♪」

プリンセス「アンジェ、貴女もね?」

アンジェ「ええ、プリンセスも…」

プリンセス「ありがとう……帰りを待っているわ♪」

アンジェ「ええ…」

ドロシー「ほら、馬車が来たぞ……行こう」

…チャリング・クロス駅…

アンジェ「……あの汽車ね」

ドロシー「ああ…ポーツマス(イングランド南部)行きの各駅停車だ」


…二人に万が一尾行が付いている場合…あるいはうら若きレディ二人が、アイルランドなどという場所に行こうとしていることを王国防諜部が怪しむ危険に備えて、コントロールはあちこち回り道をする経路を手配してあった……最初は本土と目と鼻の先にある保養地「ワイト島」の対岸、港町のポーツマスに向かう…


アンジェ「結構ね…」発車の笛が鳴らされると客車についている各ドアが外から順々に閉められ、それぞれのコンパートメントが個室状態になる…

ドロシー「ああ、全く結構さ。久々に煙ったいロンドンを離れていい空気を吸いにいける…おまけに一等車の個室だしな」

アンジェ「そうね」

ドロシー「おう、車窓の景色を楽しんでおけよ♪」そう言ってニヤリと笑みを浮かべた…
486 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/12/15(火) 10:28:44.40 ID:XWvsYKx30
…スパイ小説の第一人者であったジョン・ル・カレが亡くなったそうですね…自身も外交官や情報部員を歴任し、その経験から「寒い国から帰ってきたスパイ」等々の作品を書いた方でした……色仕掛けを意味する「ハニートラップ」という言葉の産みの親でもあり、プリンセス・プリンシパル的にはアンジェの通り名「アンジェ・ル・カレ」の由来にもなった方ですね。きっと天国でも情報活動にいそしんでいる事でしょう…
487 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/12/22(火) 02:43:39.33 ID:fesFSrnb0
…ポーツマス…

ドロシー「よし、着いた……ま、汽車の旅もなかなか面白かったな。王国鉄道のサンドウィッチは相変わらず乾いていてまずかったが…まるでエジプトのミイラみたいだったぜ?」

アンジェ「食べたいと言って買ったのは貴女でしょう……それで、この後は?」

ドロシー「まずは支援要員が用意した偽の旅券を手に入れて、それからリヴァプール行きの船に乗る……見ての通りここはアルビオン有数の港だ。人も多いから、その中に紛れるのもたやすい」

アンジェ「そうね」


…「ケイバーライト」の実用化と空中戦艦の出現によって、それまでの装甲艦は一瞬にして時代遅れとなってしまった…とはいえ、世界中に広大な植民地を持つアルビオンとしては、専用施設の整備が必要で維持管理の大変な「とっておき」の空中戦艦だけで植民地を維持する訳にもいかない……そのためポーツマスの軍港側には十数隻の防護巡洋艦や「最新式の旧式艦」などと揶揄される大きな戦艦……そして民間港には帆走のものに蒸気機関のもの、そして帆走と蒸気機関併用の機帆船……アルビオンに必要な物資や富を世界中から運んでくる、大きさも様々なあまたの貨物船や客船、それから地元の漁船が係留されている…


ドロシー「ああ……まずはメールドロップに向かおう」(※メールドロップ…機密文書等を隠しておく特定の場所)

アンジェ「ええ」

…ポーツマス市街・裏通り…

ドロシー「ここだな……」数十分に渡ってドロップを遠巻きにして、監視がないことを確認してから始めて近づいた二人…

アンジェ「そうね」

ドロシー「…よし、あった」アンジェがさりげなく見張る中、崩れかけたレンガ塀の中からレンガを一つ引き抜いた……レンガにはさりげなく引っかいて付けた印があり、ドロシーは塀の奥にしまってあった物を取り出すとレンガを戻し、印を削り落とした…

アンジェ「……それで、中身は?」

ドロシー「ばっちりだ。何しろ公式の旅券を公式に発券させたんだからな……違うのは名前と住所だけさ♪」

アンジェ「結構ね」

ドロシー「…と言うわけで、私はこれから「キャサリン・マクニール」で、お前さんが……」

アンジェ「フランス系カナダ人の「フランソワーズ・ブーケ」」

ドロシー「なかなかいいじゃないか……アルビオンの圧政と貧困から抜け出そうとしてカナダに移民したアイルランド人は多い。それにケベックはアルビオンに負けて取られちまうまではフランス領だったし、両方の意味で好都合だ」

アンジェ「そうね」

ドロシー「それじゃあ役柄も決まったことだし、船に乗ろうぜ?」

アンジェ「ウィ」

ドロシー「そうそう、その調子……♪」

…ポーツマス・港沿いの宿屋…

ドロシー「…ごめんよ」

宿屋のおかみ「はいはい「ビル船長の宿」にようこそ、お嬢さん方……食事かい?それとも宿泊かい?」

ドロシー「ああ、泊まりの方で頼むよ…二人部屋で一泊」ポーツマスの下町でもあまり評判の良くない宿屋に入った二人…受付にはおかみらしい、欲深そうな中年の女が座っている……

おかみ「そうかい、それならとっときのいい部屋があるよ……二階の角部屋だけどね」そう言いながらちらちらと二人の着ている物や鞄を値踏みしている…

ドロシー「じゃあそこがいいな…いくらだい?」

おかみ「前払いで一シリング……格安だよ?」

ドロシー「よし、じゃあそこにしよう♪」

おかみ「どうもね、鍵はこれだよ」

…宿の部屋…

ドロシー「…よいしょ♪」旅行用のトランクを床に下ろすと「ぼふっ…」と音を立ててベッドに飛び乗った…

アンジェ「ちょっと、ほこりが立つからよしなさい……」

ドロシー「ま、そういうなよ…確かにひでえな」

アンジェ「まったく……」

ドロシー「…さて、必要な荷物は持ったか?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「それじゃあもうここに用はないな……あのヒキガエルみたいなババアのやつ、今日は丸儲けってわけだ」

…アイルランドには似つかわしくない着替え数着といくつかの小物をベッドの上に放り出すと、旅行鞄を再び持ち上げた二人……そうして残した物はおそらく二人が出て行って数分もしないうちにおかみがくすねて、一時間もしないうちに裏町の闇商人の手に渡ってしまうだろうとドロシーは見ていた…

アンジェ「そうね」

ドロシー「ま「それもやむなし」ってやつか…行こう♪」
488 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/12/23(水) 02:52:10.62 ID:6iJCa8O/0
…しばらくして…

ドロシー「あぁ、いい気分だ……風が気持ちいいや」

アンジェ「そうね」

ドロシー「おい、見ろよ…ランズエンド岬だ」

(※ランズエンド(地の果て)岬…ブリテン島南西部、コーンウォール半島の突端にある。コーンウォール半島南側の付け根には屈指の良港であるプリマスの港があり、アルマダ(スペイン無敵艦隊)を迎え撃ったサー・フランシス・ドレイクの艦隊やアメリカへ最初に渡った「メイフラワー号」もここから出港した)

アンジェ「ええ……となると、ここはもう共和国の海岸沿いなのね」

ドロシー「そうさ。最も、今はお互いにらみ合っているだけだからな……いきなり攻撃されたり拿捕されるなんてことはないだろうよ」

アンジェ「結構な事ね」

ドロシー「まったくだ……」

…翌朝・リヴァプール…

アンジェ「…着いたわね」

ドロシー「ああ、おかげでな……さて、次はいよいよベルファスト入りか」

アンジェ「ええ」

ドロシー「まぁ心配する事はないと思うが、アルビオン・アイルランド間で行われる審査は厳しいぞ……同じ「アルビオン王国」の間とは思えないほどで、ほとんど出入国審査…それも厳しいやつ…と変わらないって話だ」

アンジェ「そうでしょうね」

ドロシー「とにかく王国はアイルランド人の独立運動にピリピリしているからな…昨今の情勢じゃあ無理もないが」

アンジェ「ええ」

ドロシー「ま、どうにかなるだろ…♪」

アンジェ「……貴女の楽天主義には感心するわ」

…審査場…

係官「行ってよし…次!」

ドロシー「はい」おとなしく…しかしアルビオンの圧政を憎んでいる「一般的アイルランド人」に見える程度には不満そうな様子で旅券を差し出した……

係官「…氏名は?」

ドロシー「キャサリン・マクニール」

係官「行き先は?」

ドロシー「ドニゴール」

係官「旅の目的は?」

ドロシー「故郷がそこなんでね…里帰りっていうやつですよ」

係官「ふむ…では鞄の中身を調べさせてもらう」

ドロシー「ええ」係官の一人が旅券の記載事項を確認したり、旅券そのものが偽造でないかどうかを調べている間、二人の係官が手際よく、かつかなり念入りに荷物を調べ、四人目が全体に目を光らせている……が、特に気になる物は見つけられず、荷物検査の係官は小さく首を振った…

係官「よろしい、行ってよし…次!」

ドロシー「…どうも」

…半日後・ベルファスト…

ドロシー「さて、それじゃあ必要な物を受け取らないとな…」

アンジェ「そうね」

ドロシー「お前さんはいつも通り「ウェブリー・フォスベリー」か?」

アンジェ「ええ、もしあるなら…あれが一番手に馴染む」

ドロシー「ふっ、あれが一番使いやすいとはね……つくづく変わったやつだよ、お前さんは」

アンジェ「黒蜥蜴星人だもの」

ドロシー「ははっ、言うと思ったぜ♪」

489 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/12/23(水) 03:37:14.35 ID:6iJCa8O/0
アンジェ「…それで、貴女は?」

ドロシー「さぁな…どんな銃があるかは知らないが、とりあえず支援要員が用意してくれたのから選んで、これといったえり好みはしないつもりだ」

アンジェ「そう」

ドロシー「まぁ、強いて言えば威力がある方がいいけどな……そりゃあ小口径のピストルでも眉間をぶち抜けばいいだけだが、場合によっちゃあ障害物に身を隠しているとか…そういうこともあるからな」

アンジェ「確かに…一理あるわ」

ドロシー「……もっとも、だからって植民地の連中が「猛獣よけ」に持っているような大口径ピストルは願い下げだがね…ああいう銃はたいてい装弾数が少ないし、何よりかさばるからな」

アンジェ「確かに」

ドロシー「ま、とにかく落ち合ってみてからだ」

………



…夜…

ドロシー「あの男だな…」

アンジェ「…ええ」

…荷物を宿に置いてくると、パブと食堂、それに宿屋を兼ねている店に入った二人……中にはウィスキーの匂いが充満し、酔っぱらいたちががなり立てるゲール語の詩や歌が響き渡っている……その中の裏口に近い角のテーブルに、支援要員として聞いていた人物と人相が一致する男が座っている…

ドロシー「…それじゃあ行くぞ……おっさん、ここにかけてもいいか?」見事なゲール語で流暢に話しかけたドロシー…

中年の男(支援要員)「別に構わねぇよ、嬢ちゃん」

ドロシー「どうもな」

支援要員「あぁ、いいとも……それより今な、ちっと詩をひねくってるんだが」

ドロシー「へぇ、詩か……どんなんだ?」

支援要員「ああ…それが、果てしない荒野で鷹狩りをするアイルランドの英雄たちについて詠った(うたった)詩なんだが…「そしてケルトの角笛は鳴り渡る……」そこまではいいが、どうも続きの一節が思いつかなくてな……」合い言葉として創作した詩の一節を口ずさんだ…

ドロシー「そうだな……それじゃあ「そして虚空に輝くひとひらの羽根…」っていうのはどうだい?」

支援要員「おう、そりゃあいいな! ありがとよ……モノは用意できてる、おれの部屋まで取りに来てくれ…」

ドロシー「…ああ、分かった……よかったな、おっさん♪」

支援要員「おうとも…一杯おごってやるよ、嬢ちゃん」

…しばらくして・男の客室…

支援要員「……それにしても妙な銃を求められて大変だったぜ…ありがたく使ってくれよな?」

アンジェ「ええ、もし使う時が来たらね……」男が床板を外すと、数挺の銃が出てきた…その中から「ウェブリー・フォスベリー」オートマティック・リボルバーを選び、銃把を二人に向けて差し出した…アンジェはそれを受け取ると、シリンダーを開いて中の状態を確かめた……

支援要員「ぜひそうしてくれ…それから、あんたにはこれを……」同じようにして、一挺のずんぐりしたリボルバーを差し出した…

ドロシー「…なるほど「ウェブリー・スコット.442口径R.I.C.」モデルか…銃身こそ短いが、隠し持つにはかえって都合がいいな」

(※R.I.C.…「アイルランド警察」を意味する「ロイヤル・アイリッシュ・コンスターブル」(constable…イギリス英語で「警官・巡査」)モデル。銃身の短い小型の「ブルドッグ」タイプで携行しやすく、黒色火薬を使うので口径を大きくして威力も確保している。10.5×17ミリRの「.442」口径モデル以外にも、11.5×18ミリRの「.450ショート」仕様など、弾薬によってバリエーションがある)

支援要員「その通りだ」

ドロシー「結構……それで、その王国のモールって言うのはどこにいるんだ?」十数発分の予備弾をハンカチーフに包んでキャンディのようにねじると、その細長い包みを乳房の下側とコルセットに挟まれた部分に押し込み、残りの六発を銃に込めながら聞いた…

支援要員「ああ、そいつならいつも「シャムロック」で夜中近くまでねばっているよ……何しろアイルランド人と来たら、ウィスキーが入ると途端におしゃべりになるからな」

ドロシー「…分かった」

支援要員「それじゃあ、後は任せたぜ……」

ドロシー「ああ、ご苦労さん」
490 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/12/25(金) 02:40:36.70 ID:/SNzKGI00
…なかなか投下できず申し訳ありませんが、それでも読んで下さっている皆様…メリークリスマス♪

…今年は何かと大変な年でありますが、どうかいいクリスマスが過ごせますことを…

491 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/12/26(土) 10:54:08.14 ID:mqgdI8yL0
…数時間後・パブ「シャムロック」…

ドロシー「…あいつが「モール」か」

アンジェ「どうやらそのようね…」

…アイルランドならどこにでも生えていることから、アイルランドそのもののシンボルでもある「シャムロック」(三つ葉のクローバー)の名を冠した一軒のパブ…店内では明らかに独立運動と関わっていそうな連中がウィスキーを飲みながら話し合い、時にはテーブルを叩きながら怒鳴り合っている……その輪の中には入っていないものの、かといって叩き出される訳でもなく、明かりの届きにくい隅っこで目立たず一人でグラスを傾けている男…

ドロシー「それじゃあ私が奴を店から誘い出す……連れ出したら適当な頃合いでしかけてくれ」

アンジェ「ええ」

…店内…

店主「いらっしゃい…ここらじゃ見かけねえ顔だな」

数人の男たち「「…」」

ドロシー「そりゃそうだろうよ。出稼ぎに行っていて、久々にあのいまいましいイングランドから帰ってきたんだからな……馬車の都合で一泊するだけさ」

…それまで「討論」を止めてドロシーのことを横目でうさんくさそうに眺めていた男たちは、ドロシーが流暢なゲール語を話すことに安心したらしく、それまでの会話を再開した……男たちはいずれも目つきが鋭く、怒りっぽい険のある顔をしていて、数十ヤード離れていても独立闘争に関わっている連中だと分かる…

店主「そうかい…飲み物は「クリーム」でいいか?」

ドロシー「ああ、結構だね♪」

店主「あいよ」

ドロシー「うー…温まるなぁ……」アイルランドで古くから飲まれてきたとろりとした飲み物、クリームにウィスキーを垂らした「アイリッシュクリーム」を受け取るとモールのそばに座り、温かいカップを両手で包み込むようにして持ち、一口飲んだ……

王国側モール「…」

ドロシー「……ふぅ」

モール「…」

…半時間後…

ドロシー「はぁ、すっかり温かくなった……いい気分だ♪」白く柔らかそうな胸元がちらりと見えるよう、わざとらしくない程度にリボンを緩めて襟を開いた…

モール「…」

ドロシー「ねぇ、あんた…♪」小首を傾げて、さも酔ったように焦点の合わない目を向ける…

モール「……おれか?」

ドロシー「他に誰がいるのさ? …あんただよ♪」

モール「…何か用か?」

ドロシー「ぷっ、ご挨拶だね……まぁいいや、良かったら一晩付き合おうじゃないか…ね?」

モール「いや、いい…金が無いんだ」

ドロシー「ほーん…金が、ねぇ……なにさ、あたしを娼婦か何かだとでも思っているのかい!?」

モール「い、いや……別にそういうつもりじゃ…!」

ドロシー「じゃあなんでそんなことを言ったのさ…馬鹿にするんじゃないよ!」

モール「わ、悪かった……謝る」店中に響くような勢いで声を張り上げると、案の定(任務の都合上)目立つことは避けたいモールの男はドロシーの機嫌を取ろうとなだめ始めた……

ドロシー「なーに、分かったならいいんだよ……ひっく♪」

モール「…」

ドロシー「ところでさ……良かったら宿まで送ってくれない?」

モール「分かったよ…」迷惑そうな…しかし同時に美人のドロシーに対する下心も多少ありそうな様子のモールは、酒代を置くと一緒に店を出た…

店主「…毎度」
492 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/12/27(日) 01:55:20.08 ID:iA+3r6mJ0
ドロシー「あぁ、あんたは親切だねぇ……惚れちまいそうだ」

モール「冗談は止してくれ…それより、泊まってるのはどこの宿屋だ?」

ドロシー「えぇ? あー…なんだっけ、ほら……裏通りのさ…」

モール「裏通り……それじゃあ「パトリックの店」か?」

ドロシー「あぁ、そうそう!」

モール「…結構あるが、そこまで歩けるか?」

ドロシー「歩けるに決まってるだろ…っとと……」よろめいた振りをしてモールの腕につかまり、薄暗い横町に差し掛かった…

モール「おいおい、頼むからしっかり歩いてくれよ……っ!?」裏通りの影に潜んでいたアンジェが、ピストルの台尻で後頭部に一撃を見舞った…

ドロシー「…やったな」

アンジェ「ええ……さ、急いで運びましょう」

…数十分後…

モール「むぅ……ん…」

ドロシー「…よう、お目覚めかい?」

モール「……っ!?」椅子にくくりつけられて、ドロシーと向かい合わせに座らされているモール……数歩離れた場所からはアンジェが油断なくピストルを構えている…

ドロシー「さてと、お前さんの正体は分かっているんだ……ミスタ・マクミラン」

モール「…さぁ、何のことやら……ただの人違いだ。おれはマクミランなんて名前じゃない」

ドロシー「ごまかさなくたっていい…記録はもうすっかり洗ってあるんだからな♪」

モール「記録って、何の記録だ?」

ドロシー「そりゃあアルビオン王国情報部・アイルランド課所属の情報部員、ミスタ・マクミランの記録に決まってるさ……あんたの任務はアイルランド人に交じって静かに話を聞き、それをロンドンに送ること…情報の受け渡し役はベルファスト港にある「レスター船具店」で店番をしているミスタ・オバノンと「フォア・ベルズ(四つの鈴)亭」にいる可愛いミス・クリアリーだろ」

モール「…」

ドロシー「それから、情報を受け渡す時はミスタ・オバノンに「船用乾パンを一袋、スワローテール号に」って注文するんだよな…?」

モール「……そこまで分かっているなら、後はなにが知りたいんだ?」

ドロシー「お前さんの知っていることを洗いざらいさ…これまでロンドンに流してきた情報と、アイルランド人について知っている事を全部だ」

モール「アイルランド人についてはさして知らない、おれはただ……があぁぁ…っ!」

ドロシー「……正直に答えないと、次は中指をへし折るからな?」

モール「わ、分かった…アイルランド人の連中は、いつも「シャムロック」で飲んでる…だけど、普段はなかなか顔を見せない奴がいて……」

ドロシー「…続けろ」

モール「それで、そいつが独立運動の首謀者だって言う噂だ…こっちはそいつを見つけるために送り込まれたが、用心深いらしく顔を見たことも……ぐあぁぁっ!」

ドロシー「正直に言えって言ったろ…ロンドンはもうそいつの正体を知っているし、情報部の「嫌いな奴リスト」にはそいつのファイルもあるはずだ……分かっていないのは連中がいつ、何をするか…それだけだろう?」

モール「ああ、ああぁ…そうだ、そうだよ…畜生っ……連中は女王陛下かその関係者を暗殺しようと思ってるんだ!」

ドロシー「…いつ?」

モール「知らない…本当だ、嘘じゃない! いつも「シャムロック」で騒がしくしている連中だって知っちゃいないんだ……!」

ドロシー「とはいえ、ある程度の見当はついているんだろう…違うか?」

モール「……あ、あり得るとしたら今度の閲兵式だ…女王陛下を始め王室の方々が公の場所に姿を見せるし、アルビオン中から人が集まるパレードの時なら、見かけない顔がいても分からないから……」

ドロシー「そうだろうな……で、王国情報部はそれを阻止するためにどんな準備をしているんだ」

モール「そいつはおれの知っている範囲じゃ…あ゛ぁぁぁっ!」

ドロシー「次は右のまぶたを切るからな……どっちみちしゃべることになるんだから、痛い思いをする前に話した方がいいぞ」

モール「くそ、畜生……っ!」

………

493 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/12/29(火) 01:32:19.90 ID:4K2R67yb0
…そういえば新聞記事に、SISから転向したKGBのダブル・クロス(二重スパイ)の「ジョージ・ブレイク」が亡くなったとありました…


…当時はフィルビーなどと共にその本性が明らかになって英国で大スキャンダルを巻き起こし、投獄された後に脱獄(諸説ふんぷんですが、SISがブレイクをわざと脱獄させて内部の裏切り者やKGBスパイ網を洗い出す作戦の一環とか、逆にそれだけKGBのエージェントが英国情報部に「植え込まれて」いたためだとか…)するとモスクワに逃げ、そこで過ごしていたそうですね……良くも悪くも諜報史に名を残した人物でした
494 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2020/12/31(木) 02:09:10.93 ID:FlOthHET0
…翌晩・とあるパブ…

きつい目つきの男「…見回りご苦労さん」

ごつい男「ああ……それにしても今夜は馬鹿に冷えやがるな」

鋭い感じの男「…一杯やって温まったらどうだ?」

ごつい男「そいつはいいな……おい、ウィスキーをくれ」

店主「はいよ……」


…店主がカウンターからウィスキーの瓶を出してカップに注ごうとしたとき、不意に「ひゅうっ…」と一陣の冷たい風が吹き込み、それと一緒に二人のレディが入ってきた……片方はハンチング帽にチャコールグレイのツイードで出来たコートと揃いの上下で編み上げの革長靴、もう一人はフランス風にかぶったベレー帽と黒いコートをまとい、襟元を立てている…


店主「おい、今日は貸し切りだ……帰ってくんな」

ドロシー「……なぁに、気にするな…こちとら奥の部屋にいる紳士に用があるだけなんでね」

鋭い男「なんだと…!?」

ごつい男「ふざけるんじゃねぇ……変なこと言ってねぇでとっとと帰んな」

ドロシー「おいおい、アイルランド人の同胞に対してずいぶんと冷たいじゃねぇか……古いゲール語にもあるように「幾千もの歓迎を」くらいのことは言ったらどうなんだ?」

きつい目つきの男「…こいつめ……構わねえから叩き出しちまえ!」

ドロシー「やれやれ……こんな馬鹿ども相手に繫ぎを付けようとしたのが間違いだったな、フランソワーズ?」英語に切り替えるとアンジェに向けて言った…

アンジェ「そのようですね……」

ドロシー「ああ、これじゃあアイルランドが百年もかかって未だに独立出来ないのもうなずける…ってもんだな」そう言うと眉をあげ、表情豊かにあきれかえって見せた…

ごつい男「何だと!てめえ、言わせておけば……っ!」

ドロシー「そうやって見境無く噛みつくからそう言ってるんだ……言っておくがな、私たちが来たのはお前さんたち間抜けな一味の情報がロンドンに筒抜けだって事を教えてやるためなんだぜ?」

鋭い男「何っ…そんなことがどうしてお前みたいな小娘に分かるって言うんだ!?」

ドロシー「そりゃあ図体ばかりデカいお前さんたちと違って「ここ」を使っているからさ……親分だかなんだか知らないが、話が聞きたいんならとっととそういった連中のいる場所に案内するこったな」こめかみに指を当てて「詰まっている脳みそが違う」とジェスチャーで示すと、切り捨てるように言った…

ごつい男「…」

きつい目つきの男「…」

鋭い男「……いいだろう。ただしおかしな真似はするなよ?」

ドロシー「はっ…笑わせるぜ「おかしな真似」をするつもりならとうの昔に王国情報部にタレ込んでるさ。そうしていたらお前さんたちは今ごろ蜂の巣になっているか、絞首台で仲良くゆらゆらしていただろうよ」

鋭い男「…分かった、待ってろ」廊下の奥に消えていったが、男の声だけは途切れ途切れに聞こえる……

鋭い男の声「……済みません、妙な女が二人来て「あなたに会わせろ」と……それと、何か耳寄りな……いるようです…」

ドロシー「…」

アンジェ「…」

鋭い男「……会うそうだ。来い」

…奥の部屋…

鋭い男「…入れ」

ドロシー「…」


…一瞬のうちに手際よく室内のレイアウトや脱出路、撃ち合いになった場合の射線…そして周囲の人物の様子を確認したドロシーとアンジェ……奥に座っている男は筋骨隆々といった感じではないが引き締まっていて、頬に古い傷が走っている……そしてその目つきは冷静に見えるが、奥には限りない憎悪の炎を隠している雰囲気がある…


頬に傷のある男「……どうぞ座ってくれ」

ドロシー「どうも」

頬傷の男「…それで「耳寄りな情報」というのは? …そしてどうして君らのような若い女が?」

ドロシー「そうだな…二番目の質問から先に答えようか。「アイルランドの独立は全てのアイルランド人の物だ」ってウルフ・トーンも言っていただろう?決してカトリックだけのものじゃないってな……ならおんなじように独立は男だけのものじゃなく、女のものでもいいはずだ…違うか?」


(※ウルフ・トーン…1763〜1798年。アイルランドの革命家。革命運動にありがちな内輪もめ…特にカトリックとプロテスタントの主導権争いを起こしていた独立勢力に対し、宗派や派閥にとらわれない「全アイルランド人」による独立運動を訴え、フランス軍の協力によるアイルランド解放と独立を目指した…しかしフランス海軍が英海軍に敗れたことで捕虜となり自決(一説には命令を受けた看守により暗殺)した……勇敢で高潔な礼儀正しい人物で「アイルランド独立の父」として今でも大いに尊敬されている)


頬傷の男「…確かに君の言うとおりだ」
495 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2020/12/31(木) 17:24:48.29 ID:FlOthHET0
…もしかしたらこの後おせちを詰めつつ投下するかもしれませんが、先にご挨拶を…

…今年もこのssにお付き合い下さり、どうもありがとうございました。いろんな事があって大変な一年でしたね……来年が皆様にとっていい年でありますように……良いお年を
496 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2020/12/31(木) 17:47:48.97 ID:giJTEk7w0
497 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/01/02(土) 01:18:19.62 ID:tm4xbeH90
皆様明けましておめでとうございます…今年は劇場版「プリンセス・プリンシパル」もある事ですし、楽しみです……無事に封切られる事を願うばかりですが…
498 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/01/03(日) 03:15:23.64 ID:IuAZhzQP0
ドロシー「納得してくれたようで何よりだ」

頬傷の男「ああ……だが最初の質問はまだだな。それとそっちのご令嬢はどこで関係してくるのか、教えてもらおうか」

ドロシー「そのことか…」

頬傷の男「そうだ」

ドロシー「分かったよ……それで「耳寄りな情報」って言うのは、あんたらの組織に食い込んでいたネズミのことさ」

頬傷の男「…そんな情報をどこで手に入れた?」

ドロシー「なぁに、私の亭主はとある貴族でね……議会で耳にしたことやのぞき見した機密情報なんかを寝物語にペラペラとしゃべってくれるのさ」

ごつい男「なんだと、それじゃあてめえはライミー(イングランド人の蔑称)の女ってことじゃねえか!」

…途端に左右の男が飛びかかってきてテーブルに押さえつけられ、乱暴に身体を改められる……そしてゴトリと音を立てて「ウェブリーR.I.C」が置かれた…

きつい目つきの男「……おい、こいつはお巡りの持っているピストルだぞ!」

ごつい男「やっぱりアルビオンの回し者か!?」

鋭い男「…アイルランド人の恥さらしが!」

ドロシー「はっ、好きなだけ吠えてろよ……本当にお前さんたちのような連中ときたら、どいつもこいつも身体ばかりの「ウドの大木」か、さもなきゃ幻想を抱いている頭でっかちの詩人ばかりと来てやがる」テーブルに押さえつけられながら、ニヤリと皮肉な笑みを浮かべてみせた…

ごつい男「何をっ…!」

きつい目つきの男「どういう意味だ…!」

ドロシー「言葉の通りさ…確かに私は家や土地、身体さえアルビオンの奴らに売り渡した……だがな、まだ心だけは売り渡しちゃいないんだ!」

鋭い男「……じゃあなんでお巡りのピストルなんて持ってやがる」

ドロシー「なーに、そいつはちょっとした「戦利品」でね……色目を使ってきたお巡りをちょいとたぶらかして部屋に連れ込み、酔って寝込んだ所でバラしてやったのさ」人差し指で喉をかき切る仕草をしてみせた…

ごつい男「…」

きつい目つきの男「…」

鋭い男「…」

頬傷の男「お前たちもこれで納得しただろう…」押さえつけていた二人にドロシーを放すよう合図した…

ドロシー「ふぅ……全く礼儀正しい手下をお持ちだな」

頬傷の男「悪いな…だがこれまでに多くの同志が捕らえられているので、つい手荒になってしまうんだ」

ドロシー「らしいな……でも、その心配はもうなくなったぜ?」

頬傷の男「ほう?」

ドロシー「言ったとおり、口の軽い「わが愛しの旦那様」がおしゃべりをした時に、アイルランド人の間に潜り込ませた密告者についてぽろりと言ったのさ…」軽蔑したような表情を浮かべ、皮肉たっぷりに言った…

頬傷の男「それで、そいつは?」

ドロシー「ああ、連れてきたよ……どうだ、見覚えがあるんじゃないか?」胸元から取り出してぽいと机の上に放り出したのは断ち切られた人差し指で、銀の指環がはまっている…

ごつい男「……パトリック!」

きつい目つきの男「そんな馬鹿な!あいつは貴重な情報を入手したり、武器を運んで何度もお巡りの封鎖を抜けてきた男なんだぞ!?」

ドロシー「そんなのはただの芝居だよ…こいつは推測だが、その男が持ってきた武器はたいてい隠し場所に「ガサ入れ」を食らうか何かして、結局あんたらには渡らなかったはずだ……それと情報の方もしばらくすりゃ分かるようなネタか、どうでもいいものばかりだったと見るね」

頬傷の男「なるほど…それで、そちらのお嬢さんは?」

ドロシー「紹介するよ……こちらのレディはミス・ブーケ。ゲール語は出来ないから、話したいなら英語でやってくれ…彼女もあんたらにとって耳寄りな話を持っているよ」

頬傷の男「分かった…ミス・ブーケ」

アンジェ「はい」

頬傷の男「……君はどういう理由で?」


499 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/01/05(火) 13:34:26.32 ID:ORDf8MIy0
アンジェ「そのことなら簡単です……私はフランス系のカナダ人ですが、父親はアイルランド移民の祖先をもっていて、よく故郷の話をしてくれました…そして、私もいつか親の故郷であるアイルランドを自由にしたい、そう思ってここまで来ました」

頬傷の男「立派な志だ……しかし「耳寄りな情報」というのは?」

アンジェ「それですが…私の母方の実家はフランスで貿易商を行っているかなりの有力者で、アイルランド独立のために資金や武器の供給を行う用意が出来ています」

頬傷の男「なるほど…ちなみに整えられるのはどのくらいだ?」

アンジェ「そうですね、手始めにフランスフランで一千ポンド分。それにレベル(ルベル)リボルバーを一箱」

ごつい男「一千ポンド…!」

きつい目つきの男「…すげえな」

鋭い男「…!」

頬傷の男「…それで、それを受け取るために我々が飲む必要のある条件は?」

アンジェ「ええ……一つに、アイルランド独立の際はこちらの指定する貿易会社にアイルランド各地の港の使用許可、それと優先的な貿易の権利を与えてくれること」

頬傷の男「続けてくれ」

アンジェ「…それから、私とミス・マクニールをあなた方の活動に加えること」

頬傷の男「いいだろう…他には?」

アンジェ「……このことを他の誰にも明かさないこと」

頬傷の男「…」

アンジェ「どうですか? …ちなみにこの条件のうちの一つでも同意できないようでしたら、話はなかったことにします」

ごつい男「なあオニール、待ってくれ……!」

頬傷の男「何だ?」

ごつい男「この娘っこを加えるのはまだいい…だけどよ、俺たち以外の誰にも明かさないって言うのはどうなんだ?」

頬傷の男「どういう意味だ」

ごつい男「だってよ、それじゃあマクリーンたちが蚊帳の外になっちまうじゃねえか…連中は「クラン」のメンバーなんだから納得しないぜ?」

アンジェ「…納得するもしないも、そもそも伝えなければいい」

きつい目つきの男「そういうわけにはいかねえんだよ、嬢ちゃん……俺たちアイルランド人は皆で決めて行動するんだからな」

アンジェ「…それでアルビオンのスパイにまでぺらぺらと予定表をしゃべっているのね。話にならないわ」

ごつい男「何だと…!」

アンジェ「はっきり言わせてもらいます……私たちがフランスから提供する武器や資金は、アイルランドの独立後に交易するための「投資」と言っていい。それが無駄になるようでは提供する価値がない……もちろん提供を断るのは自由ですが、そうしたらあなた方に残されるのはウィスキー片手に「自由なアイルランド」が訪れる白昼夢を見続けるか、王国公安部や警察の取り締まりを受けて絞首刑になる未来だけです」

頬傷の男「…」

ドロシー「彼女の言うとおりだぜ……今回のスパイだって、私たちが始末しなけりゃずっとお前さんたちの動向をロンドンに送り続けていただろうし、そうなったらちょっと何かを計画しただけですぐ情報部や公安の連中が押しかけてきただろうよ」

鋭い男「……だからってカエル(フランス人)どもを信用しろって言うのか?」

ドロシー「おいおい「敵の敵は味方」って言葉を知らないのかよ…学のない奴だな」

鋭い男「…」

きつい目つきの男「オニール…決めるのはあんただ。俺たちはあんたの言うことに従う」

ドロシー「さぁ、どうするよ?」

頬傷の男「……分かった。条件を受け入れよう」

ドロシー「決まりだな…♪」

頬傷の男「ああ……君たちをアイルランド独立のための闘士として歓迎しよう」…そう言うとかたわらのキャビネットからジェームソンの瓶とグラスを取り出した…

頬傷の男「では、乾杯しよう……エリン・ゴー・ブラー(アイルランドよ永遠なれ)!」

男たち「「エリン・ゴー・ブラー!」」

ドロシー「…エリン・ゴー・ブラー♪」

アンジェ「アイルランドよ永遠なれ……けほっ」泥炭でいぶしたきつい味わいのウィスキーに少しむせた…

ごつい男「おいおい、嬢ちゃんには「アイルランド人の血」が少しきつかったか?」

ドロシー「そりゃあそうさ、なにせ初めての「祖国の味」なんだからな……なぁに、代わりに私が倍もらうよ♪」

………
500 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/01/09(土) 01:09:30.57 ID:U57nhV8t0
…数週間後…

ドロシー「なぁ…私たちが「行動」するのはいつになるんだ?」


…リーダーであるオニール(頬傷の男)にも実力を認められ、他の構成員からも「軽い態度で口は悪いが、実は凄腕の娘っ子」と一目置かれているドロシー……しとしとと冷たい雨が窓のガラスを叩く中、暖炉の脇でアンジェとチェスを指している…


オニール(頬傷の男)「……実を言えば、決行の時期はすでに決まっている」

ドロシー「そうだろうな」

オニール「しかし、誰を狙うかで意見の相違があることも事実だ……大物になればなるほど警護は固く、手を出すのが難しい」

ドロシー「なるほど……ところで、チェスは得意な方か?」

オニール「…まぁ、出来なくはない」

ドロシー「そうかい…チェスって言うのは頭を使う。盤面を見ただけで二手三手と先を読んで駒を動かすもんだ……」

オニール「それで?」

ドロシー「……今の局面を見る限り、私ならこうするね」ポーン(歩)を動かしアンジェの「クィーン」をはじき飛ばした…

オニール「ふっ…どうやら同意見のようだ」

ドロシー「ああ、どうせ狙うなら大物の方がいい……後は「どうやるか」だ」

オニール「それが一番難しいな…何しろ私は王国情報部や公安部の連中に狙われていて、まともな手段ではベルファストの港から出ることも出来ないからな」

ドロシー「なんだ…実行するときの話じゃなくて、海を渡ることで悩んでたのか……そのことなら心配はいらないぜ」

オニール「…どういう意味だ?」

ドロシー「アルビオンにもフランソワーズの協力者がいるんだ……人気のないところに漁船を着けて渡ればいい。スペシャル・ブランチもいちいち漁師の身分証を確かめるほど暇じゃない」

オニール「なるほど……だとしたら、あとは何を使うかだ」

ドロシー「そうだな、やるなら狙撃か爆弾だろうが…どっちで行く?」

オニール「狙撃は外す可能性があるし、当然射程内まで距離を詰める必要がある…」

ドロシー「そいつは爆弾だって同じさ。まず仕掛けに行かなきゃならないし、かさばるから目立つ……会場やそこに行くまでの経路は徹底的に調べられるはずだし、予定が遅れたりすれば無駄に爆発しちまう」

オニール「うむむ…」

ドロシー「…まぁ、私なら狙撃を取るが……本当に無鉄砲な連中をかき集められるようなら車列に殴り込みをかけるのもありだな…どうだ?」

オニール「…そうだな、可能性はある」

ドロシー「なるほど……ちなみにそういう「荒事」に使えるのは何人くらいだ?」

オニール「そうだな…腕も伴っている連中なら八人、肝っ玉だけでいいなら十数人はいるだろう」

ドロシー「悪くないな…」そう言うとフランス語に切り替え、アンジェに向けて早口でまくし立てた…

アンジェ「……そうですね、それならば悪くないでしょう」

ドロシー「ああ…出資者も満足だろうよ」

オニール「結構だ…しかし、使える得物がない」

ドロシー「おいおい、冗談だろう……ここにフランソワーズがいるのは何でだと思う?」

オニール「用立ててくれるというのか?」

ドロシー「当然さ…あんただから言うが、フランソワーズの実家ときたら独立後のアイルランド貿易で得られる利益を独り占めしようって言うんだぜ? それが武器の一箱や二箱で済むんなら安いもんさ」

オニール「確かにな……」

ドロシー「そういうわけだから心配はいらない。ライフルだろうが散弾銃だろうがリボルバーだろうが、喜んでよこしてくれるさ」

オニール「そうか」

ドロシー「あと必要なのは、細かい計画を練ることだけだ……何しろあんたの手下どもときたら、お世辞にも「頭がいい」とは言いがたいからな」

オニール「…分かっている」

ドロシー「そうかい、それじゃあ私らは寝に行くかな……早めのクリスマスプレゼントに、素敵な計画が出来る事を祈ってるよ」

オニール「ああ」

………

501 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/01/15(金) 01:19:25.00 ID:1YVh9hEM0
…さらに数日後…

オニール「よし、集まったな」

ドロシー「ああ」

ごつい男「…いよいよやるんだな、オニール?」

オニール「そう焦るな、オハラ…いま話すからな」

ごつい男「だってよ、これでいよいよライミー共の度胆を抜くことが出来ると思ったら…とってもじゃないが待ちきれないぜ」

オニール「気持ちは分かるが落ち着け……まだ準備の段階なんだからな」

鋭い男「オニールの言うとおりだぞ、タイニー(ちび)?」たいていの大男は冗談として、あえて真逆の「リトル」や「タイニー」(ちび)といったあだ名が付けられるが、それは構成員の一人であるごつい男も同じだった…

ごつい男「そんなこと言ったってよ……だいたいコリンズ、どうしてお前はそんなに落ち着いていられるんだよ?」

鋭い男「…おれだって興奮はしてるさ。お前と違って顔に出さないだけでな」

ごつい男「そうかよ」

オニール「その辺にしておけ……今回の手はずを説明するからな」

アンジェ「…」

ドロシー「…ああ、たのむぜ」

オニール「さて…こちらのレディ二人の協力もあって、ようやくこれまで温めてきた計画の実現にめどが付いた」

オニール「そして今回おれたちが狙うのは……アルビオン女王だ」

ごつい男「本当か…!?」

オニール「嘘をついてどうする……正真正銘、掛け値無しに本当さ」

鋭い男「それで、どうやるんだ?」

オニール「まぁ待て…まずはここを出て「本土」に渡らなくっちゃならないが、その点はミス・ブーケが手はずを整えてくれた」

アンジェ「はい。私の「実家」が人里離れた海岸に漁船を着け、私たちを向こう岸で下ろす…リヴァプールの周囲には密輸業者や密航者のために偽の旅券を作る偽造屋がたくさんいますし、波止場にいる宿無しや水夫くずれに少し金を渡せば、いくらでも身代わりになって正規の旅券を取得してきてくれます」

オニール「と言うわけだ……そして向こうに着いたら「一仕事するため」にロンドンへと出る」

ごつい男「へへっ、確かに「一仕事」だな…♪」

オニール「ああ、そして武器の方だが……」

ドロシー「…そいつはあたしの間抜けな亭主からコレクションを何挺か持ち出しておくし、フランソワーズもフランスの親戚筋からライフルや散弾銃を運び込む手はずを整えてある……つまり軽歩兵連隊の武器庫やスコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)の押収品倉庫を襲う必要はない…ってことさ♪」

ごつい男「すげえな、まるで店で昼飯を食う時みたいだ!」

鋭い男「…座って注文すれば料理が出てくる、ってわけか?」

ごつい男「ああ」

オニール「確かにそう聞こえるが、話はそう簡単じゃない……ロンドンにはスコットランド・ヤードの「スペシャル・ブランチ(公安部)」や王国情報部、防諜部…政府の「イヌ」共がうようよいる」

ドロシー「そうだな…それに正直言って、あんたらアイリッシュの男は分かりやすい。ピカデリー・スクエアなんぞをうろちょろしてたらすぐにマークされる」

鋭い男「じゃあ当日までどうやって潜伏してりゃあいいんだ?」

アンジェ「…安心して下さい、その点もこちらで用意してあります」

ドロシー「ただし今は明かせない……密入国のやり方なんかは入国管理の連中も知ってるが、もし誰かが捕まるようなことがあったときに「本番」の手はずを吐かれたら、これまでの苦労が水の泡になっちまうからな」

オニール「おれは皆を信頼している…だが、今回の計画が成功した暁に得られるアイルランドの自由や独立と天秤にかけることは出来ない」

ごつい男「そう言われればそうだよな…分かった、聞かないよ」

オニール「よし……そして今回の計画に参加するのはここにいる面々の他に、マッキニー、ヴァレラ、オコンネル兄弟、オブライエン、マクリーン、それにマクグロウだ…連中はおれたちとは別のやり方で本土に渡り、ロンドンで落ち合う予定だ」

オニール「船は明日の夜……月が沈んだ頃合いを見計らって海岸線にやってくる予定だ。当日は忙しくなるから、今のうちによく休んでおけ」

ごつい男「うぅぅ…こんなことを聞かされたら、おれは興奮して寝られそうにねえよ」

ドロシー「だったら寝ずの番でもやってたらどうだ?」

オニール「…ミス・マクニールの言うとおりだな……しばらく起きて見張ってろ」

ごつい男「そりゃないぜ…!」

一同「「ははは…っ♪」」
502 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/01/19(火) 02:18:42.68 ID:B9ibwpp60
…翌日の夜・海岸沿い…

オニール「よし、みんないるな?」

ごつい男「おう。ばっちりだ」

ドロシー「結構だね…」

…三々五々と宿やパブから抜け出し、人気のない海岸で集合したドロシーとアンジェ、それにアイルランド人たちの一部……アンジェは合図のために使うランタンを持ち、明かりが漏れないよう布で覆っている…

独立派構成員A「…ところで、どうしておれたちを三つの班に分けたりしたんだ?」

ドロシー「そんなの分かりきったことさ…「一つのカゴに全部の卵を入れるな」って格言があるだろ? もしグループの一つがスペシャル・ブランチや何かに挙げられても、残りの面々で計画を実行できる…ってわけだ」

オニール「そういうことだ。そしてそれぞれに「ちび」のオハラ、コリンズ、おれが入り、そのグループの指揮を執る」

構成員A「なるほど……」

アンジェ「…おしゃべりはそこまで。来たわ」

…月も沈んだ暗い夜の海、砂浜に打ち寄せる波だけがかすかに白く浮かび上がって見える……すると沖合からばたばたと帆のはためく音や、ギーギーと軋む索具の音がかすかに響いてきた…

構成員B「なぁ……あの船がスペシャル・ブランチや出入国管理局の警備艇じゃないってどうして分かるんだ?」

ドロシー「簡単だよ…もしそうならドンパチが始まっているはずだからさ」

構成員B「…」

アンジェ「……甲板で左右に振っている明かりが見えるわ」

ドロシー「よし、本物だな……さ、早く返事を送ってやりなよ♪」

アンジェ「ええ、そうするわ」ランタンの覆いを外し、円を描くように振った…

オニール「来たな…ただし、本物だと分かるまで銃口は下げるな」

構成員C「はい」

…そのうちに木造漁船の姿がぼんやりと見え始め、しばらくすると漁船から降ろした小さな手こぎボートが砂浜にのし上げた……そこから二人ばかりが降りてくる…

乗組員A「この船に乗るのはあんたらか…マダムが「西風に乗って良い航海を」だそうだ」

アンジェ「メルスィ…「南の空には満天の星」が出るといいですね」

乗組員A「……大丈夫だ、合ってるぞ」

乗組員B「よし、それじゃあ早速乗り込んでくれ」

オニール「聞いただろう…お前ら、早く乗れ」

ドロシー「…それじゃあ、今度は「向こう」でな」

オニール「ああ」

構成員A「……おい、あんたたちは乗らねえのか?」

ドロシー「当たり前だろう…夫婦で網を打つような小舟ならともかく、これだけの大きさの漁船に乗りこんでいる女がどこにいるかよ」

アンジェ「それに私たちはあなたたちと違って公安部にマークされるようなことはしていない……だから普通に「入国審査」を通って王国入りするわ」

構成員A「そうかい」

ドロシー「ああ。余計な心配をする前に、せいぜい船酔いにならないよう祈っておくんだな…そら!」ボートのへさきを押して、浜から離れられるようにする…

アンジェ「……行ったわね」

ドロシー「ああ…今ごろは他の連中もそれぞれ動き始めたはずだ」

アンジェ「それじゃあ私たちは宿に戻りましょう」

ドロシー「何しろ明日は早く動かないといけないからな」

アンジェ「ええ」
503 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/01/24(日) 02:18:14.74 ID:oUAAeofx0
…数日後・ロンドン…

ドロシー「どうやら監視は付いていないな…素人ばかりだから、間違いなく「スペシャル・ブランチ」がくっついてくると思ったが……」

アンジェ「…まだ分からないわ。もしかしたら泳がせているだけかもしれない」


…煤煙に煙るロンドンの屋根の上から、真鍮製の望遠鏡で一本の裏通りを監視しているドロシーとアンジェ……高い煙突とゆっくり回っている大きな歯車の間に伏せてのぞく視界の先には、通りに面して街区いっぱいに伸びた三階建て長屋があり、不用心にもカーテンを閉じないでいる部屋では独立派の構成員が手持ち無沙汰にしているのがくっきりと見える…


ドロシー「…あり得る話だな。どのみち連中に用意したネストは使い捨てだから、当日まで持ってくれればそれでいいが……」

アンジェ「そうね」

ドロシー「ああ…それじゃあそろそろ行こうか」

アンジェ「ええ…」パチリと真鍮製の望遠鏡を畳むとマントの裾をたなびかせ、窓から屋根裏部屋へと戻った…

…数時間後・裏通り…

ドロシー「…ようこそロンドンへ。その様子を見ると無事に到着したみたいだな」

オニール「少なくともおれと一緒に来た奴らはな……他の連中はどうしてる?」

ドロシー「そうだな、コリンズのグループは昨日無事に着いたよ…ニシン漁の漁船に乗せられたもんだから、魚臭くっていけないってぼやいてたな」ガタつく椅子に腰かけ、ちびちびとウィスキーを舐めている……

オニール「そうか」

ドロシー「ああ…だがオハラたちはまだだ。あいつらは腕っ節ばかりでおつむの方はからっきしだから、あんたがわざわざ「難しい芝居をしなくて済むように」って、あぶれた炭鉱夫ってことにしたのにな……一体どこで油を売っているのやら」

オニール「…困ったものだな。奴はライミー(英国野郎)に自分の農地を取られたから、熱心なことは熱心なんだが……」

ドロシー「熱心なだけじゃ「我らが祖先の地」は取り戻せないからな」

オニール「そういうことだ…」

ドロシー「それで行けばあんたは別格さ……あの有名な「トリニティ・カレッジ」に通ってた事があるんだって?」

(※トリニティ・カレッジ…ダブリン大学。アイルランドで最も歴史ある最高学府として有名で、「吸血鬼ドラキュラ」のブラム・ストーカー、「ガリヴァー旅行記」のスウィフト、「サロメ」や「幸福な王子」のオスカー・ワイルドなど、多くの作家や詩人を輩出している)

オニール「まったく、口の軽い奴らだ…だがまぁ、そうだ」

ドロシー「すごいもんだな…あたしみたいにライミーの貴族に見そめられて、犬っころよろしく飼われていた娘っ子とは訳がちがう……しかし、どうして卒業しなかったんだ?」

オニール「ああ、そのことか…」

ドロシー「……言いにくいことだったか?」

オニール「いや…単におれが独立運動に熱心すぎただけのことさ」

ドロシー「なるほど……それじゃああたしと同じだ♪」

オニール「…そうだな、おれたちはみんなアイルランドのためなら命さえ惜しくない……」

ドロシー「ああ、そうだな…」

…翌日・安食堂…

オニール「……どうだった」

ドロシー「ああ、どうにか無事に着いたよ…途中で汽車を間違えたんだと」

オニール「まったく、あいつは……」

ドロシー「まぁそう言うなよ……これで面子は揃ったんだから、後は準備を整えるだけさ」

オニール「その件だが、具体的にはどうする。おれにもいくつか案はあるが、あのフランス娘が用立ててくれる武器によってやり口は変わってくる」

ドロシー「…フランソワーズのことか? 大丈夫、心配ないさ…ライフルから散弾銃、ピストル、爆弾……さすがに手回しガトリングや機関銃となると厳しいが、それ以外ならだいたい揃えてくれるって話だ」

オニール「ならいいが…お前にはおれたちと同じアイリッシュの血が流れているが、あのフランス娘はどうもな……」

ドロシー「なぁに、心配はいらないさ…なにせ事が起きた暁には貿易の利益を独占しようっていうんだ、下手な愛国者だの理想主義者だのよりよっぽどしっかりした「信念」を持ってるってもんだ♪」そういいながら筋だらけのビーフステーキに食らいついた…

オニール「…かもしれないな」

………

504 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/01/28(木) 03:04:27.26 ID:jnaPZfiB0
…同じ頃・公安部アイルランド課…

公安部職員「……失礼します」

課長「君か……どうしたね?」

職員「はい、それが先ほど警察から電信がありまして…「手配されている独立派の構成員とおぼしき人物を国営鉄道の職員が見かけた」とのことです……なんでも行き先の異なる切符で汽車に乗り込もうとしたので、検札係が買い直すように言うと怒って押し問答になったとか」

課長「なるほど…それで、その構成員は誰だね?」

職員「はい。現在うちの職員が駅に急行し似顔絵を確認させておりますが、特徴を聞いた限りではこの男ではないかと」手配書を机に置いた…

課長「ふむ「ちび」のオハラ。大男で、過去にR.I.C.の警官二人を殺害か……他には?」

職員「はい、税関当局からテムズ川沖のサウンド(瀬戸)で漁船一隻を拿捕したと…ニシン漁の漁船で船籍はドーヴァーとあるのにフランス人が乗り込んでおり、取り調べに対し「ベルファストで数人のアイルランド人を乗せ、昨日ロンドンで降ろした」と供述しているそうです」

課長「その男たちの人相は?」

職員「詳しい情報はまだ入ってきておりませんが、税関とイミグレーション(出入国管理局)をせっついているところです」

課長「分かった……ただちに警戒情報を出し、ロンドン中のアイルランド人を捜索・監視させろ。スコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)にも同様の連絡を送れ」

職員「はい!」

課長「待った…それから市中の銃砲店にあたって、見慣れない相手や一見の客に銃を売ったかどうか確認させろ。特に狩猟用のライフルとやピストルだ」

職員「分かりました」

課長「…それから陸・海軍に照会して、ここ数週間のうちに武器庫や造兵廠、基地での盗難が無かったか調べてくれ……ライフルのような銃器だけでなく、制服の類の盗難もな」

職員「……連中は兵士に変装するとお考えで?」

課長「閲兵式には各地の連隊がやってくるからな…見慣れない顔がいてもおかしくないし、制服と徽章を見れば「ああ、どこどこの連隊か」だけで済んでしまう……また、アイルランド人もそれが狙い目だろう」

職員「なるほど…」

…夕方…

ドロシー「…よう、ずいぶんと遅いお着きじゃないか」

ごつい男「なに、途中で汽車を乗り間違えてよ…危うくウェールズに行くところだったぜ」

ドロシー「おいおい、困った奴だな……」

ごつい男「おまけに気の利かない車掌の奴が「この切符は違います」なんていうもんだからな…」

ドロシー「……まさか殴ったりはしなかっただろうな?」一瞬だけ「すっ…」と冷たい表情が浮かんだが、すぐに自制して冗談めかした…

ごつい男「ああ、殴っちゃいないさ…ちょいと襟首をつかみはしたけどな!」

ドロシー「そうかい…ま、本番まではその腕っ節をとっておけよ……な?」(…この馬鹿、やらかしやがったな…それでなくても馬鹿でかくて目立つって言うのに……今ごろ公安部と防諜部に連絡が飛んでいるはずだ)

ごつい男「おう、そうだな。おまけに駅の売店でウィスキーを買おうとしたが「ジェームソン」も「ブッシュミルズ」も売ってないときやがった…本当にろくでもないところだぜ、アルビオンって所はよ」

ドロシー「そういうなよ……ま、しばらくはここでゆっくりしてくれ。飯は食堂がそばにあるから、そこで食うようにしてくれ」

ごつい男「分かったよ、嬢ちゃん…オニールにもよろしく伝えてくれ」

ドロシー「ああ、伝えておくよ」(…こうなったらこいつらは公安部を引きつける「餌」として使うしかないな)

………



…数日後…

オニール「…しかし、閲兵式に向かう馬車を狙うとして……どうやる?」

ドロシー「そのことはフランソワーズとも相談したが…二段構え、三段構えで行こうと思っているんだ」

オニール「具体的には?」

ドロシー「あたしは鴨撃ちを習ったことがあるから射撃は出来る……で、だ」小ぶりな望遠鏡を取り出した…

オニール「そいつは?」

ドロシー「一見するとただの望遠鏡だが……よく見るとレンズに十字の線を入れてある」対物レンズに引いた細い黒線を見せる…

オニール「確かに引いてあるな…それで?」

ドロシー「フランソワーズが用意してくれたフランス製の「レベル(ルベル)」ライフルが数挺あるから、今度郊外に出て精度を試してくる…で、その中から一番いいやつにこれを取り付ける……通りに面した建物から馬車を撃つとすれば、だいたい八十ヤード(おおよそ72メートル)もないくらいだろう…望遠鏡は銃の衝撃に耐えられないから撃っても二発がせいぜいだし、弾の精度や火薬の燃焼ムラもあるが……そう悪くない賭けになるはずだ」

オニール「それが「第一段」ってことだな」

ドロシー「そのとおり♪」
505 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/01/29(金) 01:52:32.63 ID:ofe8nb/50
オニール「しかし「第一段」ってことは、それだけじゃないんだな?」

ドロシー「ああ…はっきり言って、私もこんなシロモノでクィーンをやれるとは思っちゃいない」

(※狙撃用スコープの元になったアイデアはレオナルド・ダ・ヴィンチが発明したとされるが、実用的なものは第一次大戦ごろまでなかった)

オニール「それじゃあ次はどうするつもりだ」

ドロシー「そのことだが……こいつを見てくれるか?」

オニール「ロンドン市街の地図だな?」

ドロシー「ああ、そうだ…見ての通り、女王は馬車でバッキンガム宮殿を出て「ザ・マル」を通り、トラファルガー広場に出る」

オニール「そこまでは当然だな」

ドロシー「ああ…そこで民衆からの歓声を浴びながらこっちに曲がる……」

オニール「エンバンクメント(運河)は避けるわけか」

ドロシー「もちろん。運河じゃあ片側ががら空きで遮蔽物がないし、対岸から銃撃されたら蜂の巣になっちまうからな」

オニール「なるほど、理屈は通る……しかしお前は詳しいな」

ドロシー「そりゃあ「貴族様」たちは口が軽いからな…色々と耳に入ってくるのさ♪」ウィンクを投げ、適当にはぐらかすドロシー…

オニール「…話の腰を折ってしまったな。それで?」

ドロシー「それからウェストミンスター寺院で大司教からの祝福を受け、それから陸軍本部、ホワイトホールの海軍本部で式典……で、やるのはこの辺りだ」地図の一点を「とんとん…っ」と叩いた……

オニール「どうしてだ?」

ドロシー「この辺りは何度か通ったことがあるが、通りが細いから馬首を転じるのは容易じゃない…おまけに銃声が響けば見物人たちが大混乱を起こして道を塞ぐ……そこで「第二弾」だ」

オニール「…馬車を襲撃するのか」

ドロシー「ご名答……散弾銃とピストル、それに爆弾でもって左右の小路から襲撃をかける。もちろん警護官は付いているが、物々しい雰囲気にならないように、ピストルを隠し持っているだけだ……力押しでいけば始末出来る」

オニール「しかし「ロイヤルガード(近衛)」の兵隊はどうする?」

ドロシー「…毛皮帽をかぶった「グレナディア・ガーズ(近衛擲弾兵)」のことか?」

オニール「ああ、奴らが騎馬で随伴しているだろう…違うか?」

ドロシー「もちろん随伴はしているさ…だが、騒ぎが起こって市民が逃げ惑い、馬が跳ね回っているような時に、連中が背中に回しているエンフィールド・ライフルを構えて弾を込め、狙いを付ける…ましてや馬上で振り回すのは相当難しいはずだ。たとえそれが切り詰め型の「騎兵銃(カービン)」タイプだとしてもな……違うか?」

オニール「手綱を取るので精一杯…ってわけか」

ドロシー「いかにも……それにもうひとつ秘策も用意してある」

オニール「ほう、どんな?」

ドロシー「そいつは直前になったら明かすが、成功疑いなしっていう「とっておき」だから期待していい」

オニール「どうしていま明かせないんだ?」

ドロシー「…そりゃあ「相手のある」事だからさ。それに……」口をつぐむと隣の部屋との壁を指差した…

構成員の声「……っし、こいつでもらいだな…!」

構成員Bの声「ちくしょうめ…だがな……っと、ハートのキングだ。ざまあみろ!」

ドロシー「……この建物は壁が薄いんだ。おまけにあんたの手下はみんな声がデカいときている…あたしがしゃべったことをロンドン中に触れ回ってもらっちゃ困る」

オニール「…」

ドロシー「それと「本番」では横道から荷車を押し出して車列の前後を塞ぎ、にっちもさっちもいかないようにする予定だ……」

オニール「まさに「袋のネズミ」か…」

ドロシー「そういうこと……どうだ、最終的に決めるのはあんただが」

オニール「いや、いい計画だ……手抜かりにも備えてあるし、これなら上手くいくだろう」

ドロシー「ふ、何しろ寝ずに考えたからな…♪」

オニール「ああ、それだけの価値があるな」

ドロシー「そう言ってもらえると嬉しいね…あとは当日まで潜んでいてくれればいい。必要ならこっちから連絡する」

オニール「分かった……後を尾けられないように気をつけろ」

ドロシー「そうするよ」

506 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/02/02(火) 02:12:55.00 ID:MJAwUMIL0
…翌日・「ケンジントン・ガーデンズ」…

ドロシー「あら「あの水鳥はなんでしょう」ね?」

L「さぁ、私は鳥類にはうといもので…しかし「多分アヒルではない」でしょうな」

…ロンドン中心街のひとつ、ウェストミンスター区にある「ケンジントン・ガーデンズ」は、かつて川をせき止めて作った大きな人工池「サーペンタイン」を挟んだ「ハイドパーク」と隣り合っている。ケンジントン・ガーデンズとハイドパークも共は緑豊かな大きな公園で、ロンドン市内にありながら小鳥のさえずりや水のせせらぎが聞こえてくる……二人は水面で泳ぐ水鳥を眺めているふりをしつつ、何気ない会話のような合い言葉を挟む…

ドロシー「そうですね…」

L「教えてあげられなくて申し訳ない……さて、報告を聞こう」

ドロシー「ああ…独立派はクィーンの首を取る気でいて、こっちがお膳立てしたプランに食いついた」

L「そこまではいい……しかし疑り深く気が短い連中のことだ、きっと土壇場で勝手な真似をするだろう」

ドロシー「分かってる。もとよりそれも組み込んであるわけだからな……それよりも「モノ」は手に入ったのか?」

L「当然だ」

ドロシー「そいつは良かった」

L「しかし喜んでばかりではいられんぞ……フランスの現地協力者が手配した漁船が王国の税関当局に拿捕されて、アイルランドから人を乗せたことが漏れた」

ドロシー「そうかい……ところで、もっと頭の痛いことを教えてやろうか? グループのひとつで構成員が切符を買い間違え、おまけに短気を起こして検札係につかみかかったとさ」

L「……馬鹿め」

ドロシー「ああ…今ごろは間違いなく防諜部、公安部、スコットランド・ヤードのデカたちが血眼になってアイルランド人を探しているはずだ」

L「むむ……どうだ、やれるか?」

ドロシー「やるさ…あいつらがいる間はロンドン中の警戒が強まって、こっちまでやりづらくなるからな」

L「分かった」

ドロシー「…当日に関しては私がおっぱじめるが、どう収めるかはその場次第で決めさせてもらう」

L「無論だ……とにかく、今回だけはクィーンを守り切り、連中の「チェックメイト」を許すな」

ドロシー「任せておけよ、チェスは得意な方なんだ♪」

…数日後・郊外の森…

ドロシー「……うーん、いい空気だ。こんな上天気になるって知ってたら、バスケット(カゴ)にサンドウィッチでも入れてきた所なんだがな」

アンジェ「あきらめなさい。それより、射点の調整を済ませてちょうだい」

…人気のない森にやってきたドロシーとアンジェ……そしてかたわらの古毛布には、フランス製の「ルベル」ライフルと8×50ミリRの弾薬、それにスコープ代わりの小さい望遠鏡がいくつか並べてある……ライフルの木被は機構に影響がない場所に穴を開けてあり、そこに真鍮で作った特製の基部(マウント)が取り付けられるよう加工してある…

ドロシー「ああ……観測を頼む」一挺を取り上げると肩付けし、弾を込めると慎重に照準を定めた…そして数十ヤード先の地面には白くて見やすい白樺の細枝が突き刺してある……

アンジェ「……始めて」

ドロシー「…」タアァ…ンッ!

アンジェ「右に六インチ、手前一ヤード」

ドロシー「ああ…」パァァ…ン……ッ!

アンジェ「右三インチ、奥に半ヤード」

ドロシー「どうも照準が合ってないな……次弾、行くぞ」

アンジェ「…右に半ヤード、前後はちょうどよ」

ドロシー「よし、あと数発やってみよう……ただ、この銃は右にそれるな」

…一時間後…

ドロシー「…これが一番いいみたいだな」空薬莢が散らばる中で身体を起こし、選んだライフルを布にくるむと肩を回した…

アンジェ「そうね」

ドロシー「後のやつはここに埋めていけばいいし、空薬莢も同じだな」

アンジェ「ええ」

ドロシー「それにしても腹が減ったな……ロンドンに戻ったら何か食おうぜ?」

アンジェ「それよりも「バスケットに入ったサンドウィッチ」がどうのこうって言ってなかったかしら…?」無表情のままバスケットの蓋を開けると、白パンのサンドウィッチがいくつか入っていた…

ドロシー「…さすが♪」
507 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/02/08(月) 03:02:37.93 ID:7cRaNMZt0
…数日後…

ドロシー「さて、取りに行くものはあと一つだけなんだが……」

…すでにロンドン市街は閲兵式と女王のパレードに備えて警戒が強められており、街のあちこちに制服姿のコンスターブル(巡査)や私服姿のスペシャル・ブランチ(公安)部員たちが視線を光らせている……ドロシーは古びたボンネットと頬のスカーフ、それに柳のバスケットを持って買い出しの主婦に変装しているとはいえ、リスクを考えて目的地に行くことを止め、脇道へすっと折れた……

ドロシー「……ちっ」

…裏通り…

ドロシー「…坊や、ちょっといいかな?」

…市街の「ロイヤル・アルビオン・アクターズ・アカデミー(アルビオン王立俳優アカデミー)」の近くにある、ちょっとした劇場や俳優の練習場が多い一角で、ドロシーは十歳にも満たないくらいの男の子に声をかけた…

男の子「ぼく、坊やじゃないよ! トミーって言うんだ!」

ドロシー「ああ、ごめんね…ところでトミー、ちょっとお使いを頼まれてくれないかな?」

男の子「おつかい?」

ドロシー「そう、おつかいだよ……もしやってくれたらお駄賃に一ギニーあげよう♪」ギニー硬貨を取り出してみせた…

男の子「ほんと?」

ドロシー「もちろん、お姉さんは嘘つきじゃないからね……やってくれるかな?」

男の子「うん、いいよ」

ドロシー「そっか…それじゃあお願いだけどね、この先の角を左に曲がって通りをひとつ分行くと「ウェイバリー道具店」っていうお店があるんだけど……知ってるかな?」

男の子「うん、知ってるよ!」

ドロシー「そっか、詳しいんだね…じゃあ「ウェイバリー道具店」に行って『モリー一座が注文した物を受け取りに来ました』って言ってくれるかな?」

男の子「えっと「モリー一座が注文したものを受け取りにきました」!」

ドロシー「そうそう。トミー、君は賢いね……それで、品物を受け取ったらここまで持ってきてくれるかな?」

男の子「分かったよ、おばちゃん!」

ドロシー「おばちゃんじゃなくて「お姉さん」だよ、トミー」

男の子「そっか…ごめんね、お姉さん」

ドロシー「いいよ……さ、それじゃあ「お姉さん」はここで待ってるからね」男の子が駆け出すとはす向かいの店先に歩いて行き、さりげなく裏通りを監視できる場所をおさえた…

…数分後…

男の子「お姉ちゃん、行ってきたよ!」

ドロシー「ありがとう、早かったね……重くなかった?」

男の子「ぼく、力持ちだもん!へっちゃらだよ!」

ドロシー「そっか…それじゃあ約束のお駄賃だ♪」

男の子「ありがと、お姉ちゃん!」

ドロシー「またね…♪」軽く腰をかがめて視線を合わせ手を振って見送ったが、喜び勇んで駆けていく男の子が角を曲がると、ふっと皮肉な笑みを浮かべた……

ドロシー「……おかげで助かったよ、坊や」

…数時間後・ネスト…

ドロシー「ふう…よいしょ」今まで肩に担いできた袋を床に放り出す…

オニール「そいつは一体なんだ?」

ドロシー「これか? これは当日必要になる「小道具」さ……今開けてやるよ」袋の口ひもをほどくと、なかから真っ赤な上着と黒のズボン、それに飾りの付いた軍帽、白く塗られた革のベルトとエンフィールド小銃の弾薬入れが出てきた…

構成員A「なんだこりゃあ…!?」

ドロシー「見ての通りアルビオン王国「フュージリア(軽歩兵)」連隊の制服さ…細かいところはいくつか違うがね」

構成員B「それより、こんな物をどうしようって言うんだ?」

ドロシー「簡単さ。当日、あんたらにはこれを着てもらう……車列を襲撃するときに同じような制服を着た連中に襲われればどれが敵か分からなくなって、より混乱するからな」

構成員C「けっ……よりにもよってライミーどもの赤服かよ」

ドロシー「文句言うな…私はあんたらに試着させて、そのあとで裾をあげたり詰めたりしなきゃならないんだからな」

オニール「…なるほど、これが「秘策」ってやつか」

ドロシー「いかにも…この制服は芝居用の道具屋で揃えてきたが、店主の爺さんは目が悪いし、私も変装して行ったんでね……まぁ脚はつかないだろう」
508 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/02/09(火) 02:47:14.36 ID:gsmGL95V0
…閲兵式・数日前…

公安部員「…ノルマンディ公、当日の警備体制の資料をお持ちしました」

ノルマンディ公「ご苦労…市内の様子はどうだ?」

部員「はっ、すでにお召し馬車の経路沿いは我々公安部、スコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)…それに防諜部と陸軍が警戒に当たっております」

ノルマンディ公「ふむ……」(しかし女王の護衛を担当する組織が多すぎるな…しかも縦割りの官僚主義で、連携はつぎはぎだらけときたものだ……)

部員「あの、何か…?」

ノルマンディ公「いや、結構だ…下がりたまえ」

部員「はっ…!」公安部の切れ者たちでさえ目の前にすると恐ろしく感じるノルマンディ公に「何か言われるのでは」と内心ヒヤヒヤしていたが、何も聞かれなかったことにほっとして部屋を出て行こうとした……

ノルマンディ公「…待て」

部員「は、はい…!」

ノルマンディ公「一つ聞きたい……この部分の警戒はどこの組織が担当しているのだ?」ロンドンの地図上に引かれた何色もの線…その重なった部分を指さした…

部員「はっ、そこは……」

ノルマンディ公「……地図上では線一本だが、実際には一部屋ほどの幅があるぞ。その「隙間」に共和国の連中が潜り込んでいたらどうする気だ」

部員「申し訳ありません、直ちに確認を取ります…!」

ノルマンディ公「そうしろ……それから下水道の蓋には封印をし、地下の柵には鍵をかけたな?」

部員「はい、指示通りに実施しております」

ノルマンディ公「分かった。では先ほどの警戒区域の割り振りを確認し、完了次第報告しろ」

部員「承知しました…!」

ノルマンディ公「…」(我々も王族を失うわけにはいかない…とはいえ、ここで共和国の連中が「直接行動」に出てくるとなれば、連中を一網打尽にできる……場合によっては王族に連なる何人かの損失も許容しうるな……)

…一方・在ロンドン「アルビオン共和国大使館」の一室…

7「L、情報が入っております」

L「うむ…エージェント「D」および「A」は連中を上手く引っ張り出すことに成功したな……」

7「ええ」

L「あとはこのまま直前まで「芝居」を続けるだけだ…警備状況はどうだ?」

7「はい……すでに街角にはロンドン警視庁の制服および「スペシャル・ブランチ」の私服、サマーセット連隊および「カウンティ・オブ・ロンドン・ヨーマンリー」の軽歩兵一個大隊が展開しており、それに防諜部、公安部も警戒しております」

(※ヨーマンリー…義勇農民軍。もとは正規軍の派遣に伴い本土の兵力が減少したことから、自作農など多少「市民としての地位を得ている」人々を集めて設けた内務省主管の義勇軍であったが、後に改組されて陸軍に組み込まれた)

L「ふむ、あちこちの組織から見ず知らずの人間が集まっているというわけか……好都合だな」

7「まさに「人を隠すには人」というわけですね?」

L「いかにも……」

…閲兵式・前日…

見回りの歩兵「おい、止まれ」

ドロシー「なんだい?」

歩兵「身分検査だ……住まいはこの近くか?」

ドロシー「ええ、この先の24番地にある下宿の屋根裏部屋さ」

歩兵B「その荷物は?」

ドロシー「見ての通り食べ物さね…」パンやチーズ、それに毛をむしった丸々としたアヒルを抱えている…

歩兵「どれ……ほう、立派なアヒルじゃないか」

ドロシー「うちの雇い主が珍しく慈悲深いところを見せてくれたもんだからね…ちょいと奮発したってわけさ♪」

歩兵B「それにしてもうまそうなアヒルだな……もし焼いたらおれたちにも分けてほしいもんだ」

ドロシー「ちゃんとその分の「おあし(お金)」を払ってくれるならね…そのときはこんがり焼いてクランベリーソースをかけて持ってきてあげるよ?」

歩兵「おれはリンゴソースの方がいいな……まぁいい、行っていいぞ」

ドロシー「はいよ」中に紙袋でくるんだウェブリー・スコット・リボルバーを詰めたアヒルを抱え、普段通りの歩調で立ち去った…
509 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/02/11(木) 17:37:17.88 ID:yelslRfq0
続きを投下する前に、とうとう「劇場版プリンセス・プリンシパル〜Crown handler第一章〜」が封切られましたね!


ちなみに無事に見ることができ、入館特典でランダムにもらえるキャラクター色紙はドロシーでした♪

…「プリンセス・プリンシパル」の登場人物は全員好きですが、特にドロシーは好きなので嬉しいですね。皆様もぜひ銀幕で「チーム白鳩」の活躍を見ましょう!(ダイマ)
510 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/02/13(土) 00:36:15.97 ID:SyO7sNei0
…その日の午後…

ドロシー「……ちくしょうめ、それにしたってタイミングが悪すぎるっての」ウェブリー・スコットを手入れしながら悪態をついている…

アンジェ「何をさっきからぶつぶつと……ボヤくにしてももう少し静かにしてもらえないかしら」

ドロシー「いや、そんなことを言ったってな…なにせ「劇場版プリンセス・プリンシパル〜Crown handler〜」の封切りがあったんだぜ?」

アンジェ「そうだったわね…それで?」

ドロシー「いや、ね…そう思って数ヶ月も前から券も買っておいたっていうのに、この任務のせいでおじゃんだ……ボヤきたくもなるだろう」

アンジェ「それは残念だったわね……ちなみに私はもう見たわ」

ドロシー「なに…っ!?」

アンジェ「この前プリンセスが特別試写会に招いてくれたから」

ドロシー「おい待て、そんなの聞いてないぞ!?」

アンジェ「ええ……招待されたのは「私だけ」だったもの。二人きりで心ゆくまで見たわ」

ドロシー「くそっ、惚気まで聞かせてくれやがって……」

…同じ頃…

7「…L、一体どちらへ?」

L「なに、映画をな……劇場版「プリンセス・プリンシパル」を見に行く」

7「それは困ります…エージェント「D」からの報告によると、王国防諜部や公安部が警戒を強めており、いつ情勢が動くか分からないとのことですので……」

L「だが、すでに券は買ってあるのだぞ」

7「残念ですが、あきらめていただくより仕方ないかと」

L「ええい…ノルマンディ公め、分かっていてこのタイミングにぶつけてきたな……」

7「そうかもしれません。ところで、しばらくの間だけ席を外させていただきます」

L「…どこへ行く?」

7「昼食と、それから映画館です…私も予約しておいたので」

L「…私が書類とにらめっこしているというのに、君は優雅に映画か? …覚えておれ、戻ってきたら残りの雑務をみんな押しつけてやる」

7「あら…そのようなことをなさると、帰ってきたときに「うっかり」筋書きをしゃべってしまうかもしれませんよ?」

L「……君も脅しの使い方が上手になったな。もし映画館に行くのならついでに「第二章」の予約券も買ってきてくれ…確か封切りは今年の秋だったか?」

7「そうですね…分かりました、ついでに買ってきます」

L「うむ」

………



…その日の晩・ネスト…

ドロシー「よーし、それじゃあ改めて袖を通してみてくれ…寸は直しておいたから、今度こそぴったりのはずだ」

構成員A「ああ…」

ドロシー「へぇ、なかなかいい感じじゃないか…これなら充分王国の軽歩兵で通るぜ♪」

構成員B「反吐が出るぜ」

ドロシー「文句言うなよ。これも「祖国のため」だろ?」

構成員C「そうじゃなきゃ、こんな服なんぞ下水にでも叩き込んでるってんだ」

ドロシー「ああ、いくらだってそうしてくれていいさ……ただし、全部終わったらな」

構成員A「待ち遠しい限りだな…前祝いに一杯やらねえか?」

ドロシー「気持ちは分かるが今夜は止めておけ…二日酔いでふらふらした連中が制服を着ていたらおかしいからな。それと当日は喋るのも最低限にしろよ……アイルランド訛りを聞かれちゃまずい」

オニール「その通りだな…」

ドロシー「それじゃあ私は上がらせてもらうよ……お休み、良い夢をな」

オニール「ああ、そっちも」

511 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/02/13(土) 01:51:04.99 ID:SyO7sNei0
…しばらくして…

オニール「……オブライエン、ちょっといいか」

構成員A「なんだい?」

オニール「ああ…お前に一つ頼みがある」

構成員A「オニール、他ならぬあんたの頼みを断るわけがねえ。なんでも言ってくれよ」

オニール「そうか。実はな、お前には当日キャサリン…ミス・マクニールの横にいてもらいたいんだ」

構成員A「そりゃああんたの頼みだから「やれ」と言われりゃあやるが……どうしてだ? ケイト(キャサリンのあだ名)は腕も立つし、お守りなんぞいなくたってばっちりやってくれるだろ」

オニール「ふぅ、分かった。口の堅いお前だから正直に言うとな……どうも引っかかる」

構成員A「…引っかかる?」

オニール「ああ。もちろんここまで来られたのはミス・マクニールとミス・ブーケの手伝いがあってこそだ…しかしな、どうにも手際が良すぎる気がする……おれの「アイルランド人の直感」がそうささやいている気がするんだ」

構成員A「はは、なんだいそりゃあ…確かにここまで無事に来られるなんてよくよくツイてるが、今までも時々そういうことがあったじゃないか」

オニール「お前の言うとおり、確かに最初からエースのフォーカードが揃っているような時もあった……だがな、あの二人の娘っ子の手回しの良さは素人にしてはできすぎだと思わないか?」

構成員A「そりゃあ、あの二人…特にあのカエル(フランス人)の血を引いた娘は裏であっち(フランス)とやり取りがあるんだろう? それならよく練られた計画が出てきたっておかしくないさ……まぁ「芝居用の衣装で王国の兵隊の仮装をして馬車を襲う」なんて、確かに感心するけどな」

オニール「…」

構成員A「……いや、あんたの言いたいことは分かったよ…とにかく、おれはあんたの言うとおりに動く。ケイトの動きが気になるなら見張っておくさ」

オニール「済まないな」

構成員A「気にするなよ……ほら」縁が欠けた陶器のティーカップに「一杯だけ」とジェームソンを注いだ…

オニール「悪いな…」

…数十分後・「白鳩」のネスト…

ドロシー「…やっぱりな」

アンジェ「ええ…結局の所、あの手の連中はどこまで行っても自分たち以外は信用しないもの」

…オニールたちに用意した下宿の上階にある空き部屋に忍び込み、暖炉の煙突に耳を近づけて会話を盗み聞きしていたアンジェ…

ドロシー「その割にはちょっと一杯付き合っただけの奴にぺらぺら喋ったりするんだがな……ま、いいさ」

アンジェ「そうね……どのみち彼らには彼らの役割を果たしてもらうだけだもの」

ドロシー「そういうことさ」

………



…閲兵式当日・朝…

王宮警護官隊長「いいか、今日は女王陛下及びシャーロット王女殿下が馬車にお乗りになる……また、公安部始め各組織が警戒に当たっているが、最後に盾となるのは我々だけだ。よく地図を確認し、必ず王族の方々をお守りするように」

警護官たち「「はっ!」」

…ノルマンディ公・書斎…

ノルマンディ公「…はてさて、これからどの駒がどう動くか……ガゼル、行くぞ」

ガゼル「はい…」

…スコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)本部…

スペシャル・ブランチ(公安・特捜部)部長「……準備はどうだ?」

スペシャル・ブランチ職員「はい。部長の指示通り市内各地に自動車を展開し、それぞれの車に部員を三人ずつと無線電話の機械を乗せて待機させてあります」

部長「よし。公安部の連中がいくら偉そうにしていても、我々は「スペシャル・ブランチ」だ……決して遅れを取るようなドジを踏むなよ」

職員「もちろんです」

…ネスト…

ドロシー「……さて、いよいよだな」

アンジェ「そうね、上手くやってちょうだい」

ドロシー「任せておけ……アンジェ、お前もな」

アンジェ「ええ」
512 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/02/14(日) 01:13:51.16 ID:+E2XBgOH0
…先ほどの地震は大きかったので、あの時を思い出して少し恐ろしかったですね。幸いにしてこちらは安定の悪い小物が落ちたりした程度でしたが……皆さまの地域は大丈夫でしたか?
513 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/02/19(金) 02:27:42.80 ID:RwoSrFPM0
…数十分後…

ドロシー「よし、それじゃあいよいよ本番だ…♪」

構成員B「待ちくたびれたぜ!」

ドロシー「威勢がいいな……だが、まずはあたしが通りに出る。見られていないようなら合図をするから、そうしたら「分列行進」の要領で、きちんと整列して出るようにな……それと誰かに何か聞かれるようなことがあったら、オニール…あんたがしゃべってくれ。あんたは学があるし「クィーンズ・イングリッシュ」もなかなかだから、歩兵分隊を指揮する警備の将校で通るだろう」

オニール「分かった」アルビオン王国将校のぱりっとした軍服も、なかなかさまになっているオニール…

ドロシー「それから、道端の物は大小問わず「爆弾でもしかけられているんじゃないか」って言うんで全部どかされているから、道路を塞ぐのに使う荷車を停めておくわけにはいかなかった……そういうわけだから、荷車は時間に合わせて協力者が襲撃地点の脇道まで持ってくる…もし来なかったらそのときは臨機応変にやってくれ」

オニール「いいだろう」

ドロシー「襲撃が終わったら結果の如何に関わらず、事前に決めた集合場所に集まること…」

オニール「その通りだ……逃げる手はずについてはみんなに言ったとおりだが、必要以上に待つことはしない。遅れるようなら置いていく」

ドロシー「そういうことだ」

構成員B「なぁ、そういえばオハラやコリンズたちは何をするんだ?」

ドロシー「そのことか……オニール、説明してやってくれよ」

オニール「ああ…オハラたちはおれたちが襲撃をしかける場所とは別の場所に待機していて、馬車がおれたちの襲撃から逃げようとしたらねずみ取りの「蓋を閉める」役割を受け持つ」

ドロシー「それからコリンズたちは連絡と遊撃だ…もし馬車が予想外のルートを通ったり、こっちの襲撃を強行突破しようとしたら打って出る」

構成員C「なるほどな…」

ドロシー「納得したか? それじゃあ私はこれで…」

オニール「ちょっと待ってくれ、ミス・マクニール」

ドロシー「ん?」

オニール「お前は大事な狙撃役だ、それが一人きりって言うのは心もとない……護衛としてオブライエンを連れて行け」

ドロシー「おいおい、あたしだって子供じゃないんだぜ?子守なんているかよ」

オニール「そういうな、一人より二人だ」

ドロシー「分かったよ……気を遣わせちまったな」

オニール「なに、うら若いレディ一人に危険な真似をさせるなんて言うのは「男がすたる」ってものだからな」

ドロシー「おいおい、ボーディシアは女だぜ?」(※ボアディケアとも…古代ローマ帝国統治下にあったケルトの女王。ローマの統治に反旗を翻し、車軸からスパイクを生やしたチャリオット(戦車)で猛烈に戦ったとされる)

オニール「ふ…そうだったな」

…そのころ・バッキンガム宮殿…

プリンセス「…お手をどうぞ、お祖母様」

女王「ええ……ありがとう」

女性警護官「…」

男性警護官「…陛下は馬車にお乗りになられました」馬車に乗り込む女王の手を取って手助けするプリンセスと、その左右について神経を尖らせている王室警護官たち…

警護隊長「よし、それじゃあ第一班は馬車に先行し前方の警護、第二班は左右の警戒。第三班は後方の守りを固めろ」馬車の前後を黒いロールス・ロイス乗用車で固め、油断なく目を配っている警護官たち…

女性警護官「……近衛擲弾兵も護衛につきました」見事にくしけずられた毛並みのいい馬にまたがり、毛皮の帽子をかぶっている「近衛擲弾兵」の兵士も付く……

プリンセス「…♪」護衛たちの「気を散らさないように」と、いつものようにねぎらいの声をかけたりすることはせず、代わりに座席にゆったりと腰かけて女王と歓談するプリンセス……アンジェからは襲撃の計画は聞かされているが、表情一つ変えることなく、いつも通りに振る舞っている……


…バッキンガム宮殿を出て「ザ・マル」(バッキンガム宮殿前の大通り)へと出たお召し馬車…歩道には多くの市民が集まり、帽子を振ったり歓声を上げたりしていて、沿道には車道にはみ出さないよう群衆を抑える赤い制服の陸軍歩兵やロンドン警視庁の警官が並び、上空には王立航空軍の空中戦艦が見事な陣形を組んで遊弋している……そして表向きは「女王陛下を見下ろすのは不敬である」という理由がついていたが、実際には高所からの銃撃や攻撃を避けるために高架道路と高架鉄道は全て封鎖され、飛行船もロンドン上空を通らない航路へと変えさせられていた…


プリンセス「…」(いよいよね……)

………

514 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/02/22(月) 03:08:17.76 ID:DiNheleG0
…数十分後・裏通り…

アンジェ「ご苦労様」

車引き「はいよ、それじゃあ…」

アンジェ「…これだけあれば足止めには充分ね」


…貧民街で一シリングも払わずに雇った車引きに運ばせた二台の荷車が到着すると、きちんと積み荷を確認したアンジェ……回りくどいが足取りを残さないよう、幾人かのカットアウトや協力者を通じて手配したのは山積みになったレンガひと山で、一旦崩れれば路上からどかすにしても乗り越えるにしても厄介なことになる…ついでに中身が噴き出すと濃い煙が立ちこめるシロモノである蓄圧缶数本を隙間にねじ込む…


アンジェ「それからこっちは…」

…もう一台の荷車には引っ越し荷物のような木箱がいくつか載せてあるが、その中の「服」と書いてある箱の蓋を開けて数枚の衣服をのけると、その下に数個の爆弾と散弾銃、それにウェブリーやトランターなど、メーカーも口径も雑多なリボルバーが八挺ほど詰め込んであった…

アンジェ「……結構、注文通りね」

アンジェ「これなら、後はドロシーに任せればいい……」なんの特徴もないモスグリーンのスカートと白いブラウス、グレイのショール、それにボンネットをかぶり買い物カゴを持った平凡な買い出しスタイルで、急ぐでもなく静かに歩み去った……

…数十分後・とある下宿の二階…

構成員A「なぁ…一つ気になってたんだが」

ドロシー「何が?」

構成員A「この狙撃のことさ……そのライフルなら射程四百ヤードは堅いはずだろう、何も八十ヤードまで待たなくてもいいんじゃないのか」

ドロシー「そりゃあエンフィールド・ライフルほどじゃないにしても、ルベル(レベル)・ライフルなら数百ヤードくらい充分届くさ……ただ、届くって言うのと「当たる」っていうのは全く別の話だからな。それだけの距離を飛んだら威力は落ちるし、ルベルの弾は先端が平べったいから、飛んでいるうちに左右たっぷり数ヤードはずれちまう」

構成員A「…しかし八十ヤードって言ったら目と鼻の先だろ」

ドロシー「本当にそう思うか? 例えば通りの向こうにある店の入口…小指の先くらいに見える緑のドア…あそこに見物人が立ってるよな、茶色の山高帽をかぶった……あの男までどのくらいあると思う?」

構成員A「あいつか?たっぷり二百ヤードはあるんじゃないのか」

ドロシー「残念でした……あれで百ヤードさ」

構成員A「本当か?」

ドロシー「ああ…実際にこの脚で歩測したから間違いない。だから八十ヤードの距離でもかなりの博打を打つことになるんだ……それにここから馬車を狙うとなると少なくとも十五度は射角がある…おまけに相手は動く目標と来るんだからな」

構成員A「なら逆にもっと引き寄せちゃどうなんだ?」

ドロシー「そうすりゃ今度は逃げる余裕がなくなる……あくまでもこの一発は合図みたいなもんだからな。もし外してもオニールが上手くやってくれるさ」

構成員A「確かにそうかもしれないが…」

ドロシー「おい、そうやって考えてたらキリがないぞ……あたしはこの一発で「チェックメイト」を打てるようにお膳立てを整えたんだ。そりゃあ上手くいくかどうか心配なのは分かるが、いまさらああだこうだ言ったって仕方ないだろう」

構成員A「いや、何もおれは…」

ドロシー「分かってるよ、緊張しているのはあたしも同じだ……特にこの一発に賭けるとなりゃあな。しかし舞台は整っちまってるし、役者も幕が上がるのを待ってる……今さら筋書きを変えるわけにはいかないのさ」

構成員A「……そうだな」

ドロシー「さぁ、馬車が来るぞ…その望遠鏡でもって観測してくれ」

構成員A「分かったよ」

ドロシー「窓は開けて、カーテンは軽く下ろしてくれ……たとえ窓から突き出してなくても、室内に差し込んできた陽光に銃身が反射したら護衛に気づかれるし、それに狙うとき目がくらむからな」

構成員A「ああ」

ドロシー「……さて、と」ルベル・ライフルに弾を込め、四発ほど装填すると窓辺に寄せた小机に横たわらせた…小机には椅子から持ってきたクッションが乗せてあり、銃がガタつかないようになっている…

構成員A「どうして全弾込めないんだ?」

ドロシー「込めたって撃つ余裕がないからさ……それよりカーテンをもうちょい引いてくれ。これじゃあスコープに光が入って、眩しくって仕方ない」

構成員A「…これでいいか?」

ドロシー「ああ、良くなったよ……ふぅ…」抱き寄せるようにライフルを構え、肩の力を抜くように息を吐くと「キシンッ…!」と、槓桿(ボルト)を動かした……

構成員A「…後は待つだけか」

ドロシー「そうさ……」
515 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/02/26(金) 02:07:48.65 ID:JQTaCDNs0
…裏通り…

王国陸軍歩兵「よし、止まれ!…合い言葉を言え!」

…紅い上着に白いベルト、そして肩に掛けたスリング(背負い革)でエンフィールド・ライフルを吊って行進してきた半個分隊規模の歩兵……というのは真っ赤な嘘で、実際はオニールたち独立派の襲撃グループ……それに向かって、裏通りに立っている歩哨が誰何した…

構成員B「…」(くそっ、合い言葉だと…そんなの聞いてないぞ!?)

オニール「名誉と忠誠!」

歩哨「あの、失礼ですが……少尉どの、合い言葉が違います」

オニール「馬鹿な。こっちはこの合い言葉だと聞いているぞ……それより君はここでなにをしている?」

歩哨「はっ、ビクスビー伍長から「不審者を通さないよう見張れ」と命令を受けております!」

オニール「そうか…だが今から交代で、君らは休憩に入れ……次の交代時間までに戻ればよろしい」

歩哨「しかし伍長は……」

オニール「伍長は手はずに変更があったことをまだ聞いていないのだ……それとも何か、伍長の命令は本官の命令よりも優先されるのか?」

歩哨「い、いえ!そんなことは……」

オニール「なら問題はないだろう…ご苦労だった」

歩哨「はっ!」いかにも上流階級の士官らしいオニールの態度に接し、思わず敬礼する…

オニール「結構……さぁ、行け…!」歩哨が狐につままれたような表情を浮かべながら立ち去る間に、さっと警戒区画の中へと入り込んだ……

構成員C「…あったぞ、荷車だ」

オニール「よし……お前たちは銃声が響いたら荷車を押し出せ。おれたちは道に飛び出して馬車を銃撃する」

構成員D「分かった…」

…一方・ネストの一つ…

ごつい男「そろそろおれたちも動く頃合いだな……野郎ども、準備はいいか?」

構成員E「もちろんだ」

構成員F「いつでもいけるぜ!」

ごつい男「よし…いいか、おれたちはオニールたちが車列を取り逃がさないようにけつを押さえる役目だ。しくじるなよ?」

構成員G「任せておけよ!」

ごつい男「よし、それじゃあ行くぞ…!」

目立たない男「…」労働者風の上着の下にピストルを忍ばせ、左右をジロジロと見回しながら通りに出た独立派の構成員たち……と、さりげなくその後を尾ける一人の男…向かいの歩道にはその男の連絡役が付き、さらに十数ヤード後ろには連絡役らしいもう一人が控えている…

…少し離れた建物…

アンジェ「……引っかかったわね」そうつぶやくと懐から伝書鳩を出し、メッセージを付けて空に放した…

………

…数分後…

7「L、あなた宛に「A」からメッセージが届きました…その内容ですが「エリーはソフィーが好き」とのことです」

L「ふむ。これで少なくとも一人は情報を売っていたことが分かったな……よし、君は引き続きメッセージを受け取り「ダブル・クロス」(二重スパイ)の洗い出しを続けろ。せっかくの機会だからな」

7「はい」

…アイルランド独立派による女王襲撃に合わせて動きを見せるはずの王国防諜部やノルマンディ公配下のエージェントたち……そうした「敵方」に情報を流すべく共和国に潜り込んでいる王国側のダブル・クロスやモール(もぐら)を探り出すべく、コントロールは「クサい」とにらんだ数人にそれぞれ別の情報を「餌」としてわざと漏らしていた…

L「さて、後はこのまま上手く運んでくれれば結構だがな……」

………

516 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/03/02(火) 01:40:46.23 ID:ek4xApun0
…数十分後…

構成員A「おい、来たぞ…!」

ドロシー「見えてる……護衛車は前後に一台づつ、それと左右に騎馬の近衛擲弾兵か……」

…歩道には女王やロイヤルファミリー(王族)を一目見ようとする市民たちで黒山の人だかりが出来ていて、車道にはみ出さないように制する警官や兵士たちも四苦八苦している…そしてカーテンを引いた室内からライフルを構えその様子をスコープ越しに眺めているドロシーと、伸縮式の望遠鏡で状況を観察している構成員…

構成員A「おい、そろそろぶっ放してもいいんじゃないのか…!?」

ドロシー「いや、もっと引き寄せないと……この位置じゃ御者の頭が邪魔だ」

構成員A「…もう八十ヤードは切ってるぞ!」

ドロシー「まだだ……」

構成員A「何やってる、早く撃てっ…!」

ドロシー「まだだ! そのまま、そのまま……」

ドロシー「…プリンセス……」スコープに映る女王の隣には手を振り、市民に向けてにこやかな笑顔を浮かべているプリンセスの姿が見える…


…深く息を吸うと軽く吐き、そのままふっと呼吸を止める……すると窓辺に寄せた小机とクッションで支えているライフルのわずかな揺れがピタリと止まり、スコープもどきの小型望遠鏡の対物レンズに描いてある十字線の中心に女王の顔が大きく映る……そこからほんの数インチだけ照準をずらして、ゆっくり引き金を引き絞る…


ドロシー「…」引き金を引いた瞬間、室内に「ダァァ…ンッ!」と銃声がとどろき、硝煙の臭いが立ちこめた……

ドロシー「……くっ、外した!」

構成員A「もう一発だ、撃て!」

ドロシー「だめだ、まごまごしていたらあっという間に包囲されるぞ!」

構成員A「構うもんか!ここで女王をやらないでおめおめと帰れるわけないだろう!」

ドロシー「いいから引け、どのみちもう護衛が盾についてる!」

構成員A「えぇい、貸せっ…おれがやる!」

構成員A「…このっ!」ドロシーのライフルを奪い取ると頬を銃床にあて、片目を細めてスコープをのぞき込む…

ドロシー「…」一瞬唇をかみしめたが、思い直したように上着の懐からウェブリーを抜き、女王へ照準を合わせようとしている相手の後頭部に弾を撃ち込んだ…

ドロシー「……悪いな」崩れ落ちた相手からライフルを取り上げると、もう一度馬車の方に銃口を向けた…

…裏路地…

構成員B「始まった!」

オニール「よし…アイルランドよ永遠なれ!」

構成員C「やっちまえ!」数人が荷車を押し出し、残りは積み荷に紛れ込ませてあった銃を取り出しながら車道に飛び出す…

…車列…

警護官「銃声…っ!?」良く晴れたロンドンの空に乾いた銃声が「タァァ…ン…!」と余韻を残して響きわたった……それと同時に脇道から車列の前に荷車が飛び出し、横転すると同時に積み荷のレンガをぶちまけた…

警護官B「…くそっ!前を塞がれたっ!」

警護官「全員応戦しろ!お召し馬車を転回させる間、何としても陛下をお守りするんだ!」

警護官C「はい!」

警護官「ベーカー、車を回せ!後衛を前に立て、我々がしんがりにつく!」

運転手「了解!」
517 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/03/02(火) 02:55:09.46 ID:ek4xApun0
近衛擲弾兵小隊長「……第一小隊!左翼の敵を迎え撃て!」

擲弾兵A「くそっ、どいつが敵だ…!?」逃げ惑う群衆と、そのあおりを受けていななき跳ねまわる軍馬、そして防衛体勢を取ろうとあちこちに駆け出す赤服の近衛擲弾兵と黒い制服の警官たち…

擲弾兵B「隊長!右翼からも銃撃です!」

小隊長「何、挟み撃ちか!?」

…前衛の護衛車…

警護官C「くそ、後方も塞がれた…それに煙も!」

警護官「ええい……車を馬車に横着けしろ!陛下をお乗せして突破を図る!」襲撃してきた側の反対側にあるドアを開けて車外に張り出しているサイドステップに足を乗せるとしゃがみ込み、片手で車体を掴み、エンジンフード上に載せたもう片方の腕を伸ばして射撃した…

運転手「はっ!」

構成員D「…かかれ!逃がすな!」

警護官「陛下!プリンセス!…ここは私たちがお守りいたします、伏せていて下さい!」警護官はそれぞれ三インチ銃身のウェブリー・スコットや、それよりもっと銃身の短い「ブルドッグ」ピストルを抜き、また一人の女性警護官は女王とプリンセスの上に身体をかぶせ、文字通り「生きる盾」の体勢をとった…

プリンセス「ええ…!」

構成員E「食らえ!」護衛車から応射してくる警護官に向けて、散弾銃を叩き込む…

警護官D「ぐあっ…!」

警護官E「スコット、場所を代われ!」

警護官F「はい!」

プリンセス「……お祖母様、私がついておりますわ」

女王「ありがとう、余は大丈夫ですよ。撃ち合いは警護の者たちに任せて、わたくしたちは邪魔にならないよう姿勢を低くしておきましょう」寄る年波で脚の自由が利かないとはいえ、さすがにアルビオンを治めてきた女王だけあって、襲撃を受けていながら動揺の色は見せない…

プリンセス「はい」

………



ドロシー「…ちっ、予想以上にうまく行き過ぎちまったな……だがそれじゃあ困るんだ」


…独立派から疑いの目をもたれないよう、しっかりとプランを練ったドロシーとアンジェ…とはいうものの、そもそもの目的から言ってどこかでアイルランド人たちが短気を起こして早まった事をするか、さもなければ何か間違ったことをしでかすことで失敗に終わる予定だった襲撃計画…が、統率力に優れたオニールに率いられた独立派は思っていたほどミスをせず、女王とプリンセスが乗った馬車に迫りつつある…


ドロシー「ふぅ……こうなったら仕方ないか」ボルトを引くと、もう一度ライフルを構え直す……取り付けていた小型望遠鏡は発砲の衝撃に耐えきれずレンズの接合部がガタガタになっていたので、ライフル自体に作り付けてある照準器を使って、目視照準で狙いを付けた…

構成員C「…うぐっ!」

構成員D「がはっ…!」

オニール「くそっ……あと一息って所で!」

構成員E「オニール!こうなったらイチかバチかで突っ込むぞ!」

オニール「よせ!」

構成員E「この…っ!」馬車の扉に手がかかる所まで駆け寄ったが、至近距離から警護官の銃撃を浴びてもんどり打った…

オニール「畜生……引けっ!」

構成員B「…くそぉ!」

…馬車に向けて最後の銃撃を浴びせると、もうもうと白煙を上げている蓄圧缶の煙を煙幕にしてバラバラな方向に走り去った…

警護官C「あっ…襲撃者は逃亡した模様です!」

警護官「よし、このまま陛下、プリンセスをお守りし宮殿に戻る!近衛の連中には馬車を囲ませろ!」

警護官C「はっ!」

プリンセス「……どうやら無事で済んだようですね…警護の皆さんは大丈夫ですか?」

女性警護官「はっきりしたことは分かりませんが、少なくとも数人は撃たれたようです…それと、まだ頭は上げないで下さい」

プリンセス「そう……」プリンセスは警護官に負傷者が出たと聞いて悲しそうな声を出し、表情を曇らせた…

女性警護官「お心遣いに感謝いたします。ですが、それがわたくしどもの任務ですから……」

プリンセス「ええ、ありがとう」

………

518 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/03/06(土) 01:29:41.15 ID:p8hLcXu/0
…数時間後・集合地点…

オニール「……無事だったのはお前たちだけか」

構成員B「どうやらそうみたいだ」

構成員H「…ってことは、オハラたちは全滅か……くそっ」

構成員I「畜生…」

…三々五々と集合地点の下宿に集まり、椅子ときしむベッドに座り込んでいる独立派たち……だが、アイルランドを出たときに比べると構成員は数人まで減っている…

構成員B「しかしオニール、あんたが無事だっただけでもめっけものだ…」

構成員H「そうだな……あんたの頭脳と腕っ節があれば、また再起を図ることだって出来るってもんだ」

オニール「…すまんな」

…少し離れた屋根裏部屋…

ドロシー「……尾行はないな。てっきりスペシャル・ブランチが金魚のフンみたいにくっついてくるかと思ったんだが」

アンジェ「…もしかしたら泳がせているのかもしれないわ」

ドロシー「それならあのネストにだって監視がつくはずだ…見失ったのか、それともこれから監視の網をじわじわと締め上げていくつもりなのか……」

アンジェ「スコットランド・ヤードの刑事たちなら前者、防諜部やノルマンディ公が相手なら確実に後者ね」

ドロシー「だな。ま、とにかく幕が下りるまでは「続きを演じる」しかないか……行こう」

アンジェ「ええ」

…数分後…

構成員I「誰だ?」

ドロシー「私さ…「シャムロックで一杯飲んだ」じゃないか、声まで忘れちまったか?」ノックすると緊張したような声が帰ってきたので、ドア越しに合い言葉を告げるドロシー……

構成員B「…あんたたちか」

ドロシー「ああ……」部屋に入るとドアを閉め「これだけか?」と尋ねるように室内を見渡したドロシー…

オニール「馬車を襲撃した面子で戻ってきたのおれたちだけだ……ミス・ブーケ。オハラたちはどうなった?」

アンジェ「…襲撃の直前にスペシャル・ブランチの「手入れ」があって逮捕された……私だけは逃げ延びたけれど」

オニール「そうか……ところでミス・マクニール。オブライエンはどうした?」

ドロシー「…まだ戻ってきていないのか?」

オニール「ああ…まだだ」

ドロシー「そいつは…狙撃した後は「裏口から出て、逃げ惑っている市民に紛れて抜け出す」って手はずになっていたんだが……」

構成員H「オブライエンもか……畜生」

オニール「仕方ない、おれたちはやれるだけやったんだ……ところで、この後はどうやって逃げ出す。例のカレーに向かう漁船に乗り込むのか」

(※パ・ド・カレー…ドーヴァー海峡で最も近いフランス側の港)

アンジェ「いいえ、あれは偽装です」

構成員B「偽装だって?」

アンジェ「はい。事前に話した計画では「ドーヴァーの港から協力者の用意した漁船に乗って海峡の中ほどでフランスの漁船と落ち合い、大陸側に渡り、そこで別の身分を整えアイルランドに戻る」という話でした」

ドロシー「だが、そんなのは「イカサマカードを袖口に隠す」くらいよく知られた手段だから、公安が手ぐすね引いて待っているに決まってる……あれは事前に誰かが捕まって情報を吐かされたときのための作り話さ」

構成員I「じゃあ本当はどうするんだ」

ドロシー「そいつは簡単さ……リヴァプールまで汽車でゴトゴト揺られていって、あとは船でベルファストだ」

構成員B「なに!? 冗談じゃねえ!スペシャル・ブランチが鵜の目鷹の目で探しているって言うのに、のんきに汽車で帰るっていうのか!?」

構成員H「自殺するにしたってもう少しマシなやり方ってものがあらあ!」

ドロシー「あのな……あたしもフラソワーズも、別にただ「乗っていこう」って言ってるんじゃないんだぜ?」

アンジェ「ええ、そうです。詳しく聞けば納得いただけるかと」

構成員たち「「…」」

オニール「分かった……聞こう」
519 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/03/12(金) 01:26:47.61 ID:W0ymIRCO0
ドロシー「よし、それじゃあ詳細を話そう…」

ドロシー「……まずロンドンからは今日のうちに出る。スペシャル・ブランチも防諜部も、あんたらがアジトで一日や二日様子を見て、それから脱出を図ると考えている……となるとロンドン中が徹底的に捜索されるだろうし、そうなれば隠れようもない。そこでこっちはこれから一時間もしないうちに出発して、その裏をかいてやろうって寸法だ」

オニール「それはいいが、こっちの大まかな人相や風体はもう手配されているはずだ…汽車じゃ逃げ場所もないが、どうやって切り抜ける?」

ドロシー「なに、そこはフランソワーズと「愉快なお友達」が頭をひねってくれたよ……それがこれだ」そう言うと片隅に置いてあった大きな麻袋を開けて、ごちゃごちゃと入っていた雑多な中身を取り出した……

オニール「こいつは?」小さい香水瓶か薬瓶のようなものを指差した…

ドロシー「これか。これは目薬だがハーブから抽出した色素が入っていてな、数滴ばかり目に指せば一日は青緑色に染まるっていうシロモノでね……ケイバーライト鉱中毒に見えるってわけだ」

オニール「なるほど…」

ドロシー「あんたは怪我をしたってことで、顔を包帯でぐるぐる巻きにさせてもらう」

構成員B「分かった」

ドロシー「それからお前さんは脚を折り曲げて足裏を膝の後ろ側に付け、そこに添え木を当てる。その上で包帯や石膏で固定すれば、膝から先が切断されたように見えるだろう……」

構成員I「なるほど」

ドロシー「最後にあんたはアイリッシュ訛りがきつくて公安の連中に気づかれるかもしれないから、汽車に乗せるときは睡眠薬でぐっすりお休みしてもらう。そうすりゃ受け答えもしなくてすむもんな」

構成員H「おう」

オニール「おれたちの偽装は分かった…それで、あんたたちはどうする気だ?」

ドロシー「ああ、そいつはな……」

…数時間後・キングズ・クロス駅…

検札係「失礼ですが、切符を拝見させて下さい。シスター」

警官「…」

ドロシー「ええ」修道女がまとう紺と白の僧服に敬虔な態度…と、いかにもシスターらしい様子のドロシーとアンジェ、そしてどこからどう見てもけが人に見えるオニールたちに、アルビオン国鉄の検札係も、その横で改札を見張っているロンドン警視庁の警官もすっかりだまされている……

検札係「結構です……ところで、あのけが人たちは?」

ドロシー「はい。彼らはいずれも作業中に怪我をした労働者たちで、今回わたくしどもの教会で寄付を募り、故郷まで送り届けることになったのですわ」

検札係「なるほど…で、切符は?」

アンジェ「私が持っております…どうぞ」

検札係「確かに…」検札係は切符にはさみを入れると改札を通した。一方ドロシーとアンジェは数人のポーター(荷運び)を雇い、二等客車まで担架を運んだ……と、ドロシーは駅舎の柱に貼り付けてある刷ったばかりの号外に目を留めた…

号外「その差はわずか一インチ!女王陛下を狙った凶弾! 犯行は共和国によるものか!?」

ドロシー「……ふっ」

発車係「発車します!」ピーッと甲高い笛を吹くと、白い水蒸気と石炭の黒い煙を吐きながら、ゆっくりとホームを離れていった……

…十数秒後…

防諜部エージェント「……急げ!」

警官「おいっ、止まれ!」

防諜部女性エージェント「防諜部!」手帳を出すと警官の顔面に突きつけた

警官「し、失礼しました…」

防諜部員「おいっ、ここにこんな連中が来なかったか?」オニールたちの似顔絵を見せる…

検札係「いえ、特には……」

女性エージェント「必ずしもこの見た目通りではないかもしれません…とにかく、六人前後で乗車した者たちは?」

検札係「えぇと…パディントン行きの普通列車に乗った行商人たちと、それからカンタベリー行きの急行に乗る旅行者……あ、あとはバーミンガム経由チェスター行きに乗ったシスター二人と怪我人が四人……」

防諜部員「怪我人…!?」

検札係「え、ええ…なんでも怪我をした労働者を故郷まで送り届ける慈善事業とか何とか…そろそろ出発しますが、あの列車の二等車に……」

防諜部員「あれか…急げ!」

防諜部女性「はっ!」改札の柵を飛び越えるとホームを走り、蒸気を上げて発車し始めた列車に飛びついた…

………

520 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/03/20(土) 02:56:43.97 ID:Zb/gq4i+0
…さらに数分後…

身なりのいい紳士「君、ちょっといいかね?」

検札係「はい。何でしょうか」

紳士「……我々はこういう者なのだが」背広の内ポケットから二つ折りの身分証を取り出し、そっと見せた…

検札係「公安部…!」

紳士(公安部エージェント)「そうだ…この数十分以内に四人連れか、それ以上の団体を相手に切符を切ったか?」

検札係「ええ、それなら先ほども防諜部の方が来て聞かれました……」それから二人のエージェントが発車直後の急行列車に飛び乗った事を伝えた…

公安部エージェント「なるほど…結構だ」

検札係「は、はぁ……」

…駅前…

公安部員「……防諜部の奴ら、向こうの思い通りに踊らされているな」

公安部女性エージェント「そうですね」

公安部員「よし、お前は本部に連絡を入れろ「スープ鍋は火にかかっている」とな」

公安エージェントB「はっ」

公安部員「我々は本命の列車を追う。今から車を飛ばせば地図のこの辺りで追いつけるはずだ…飛ばすぞ!」一人を連絡のために残し、残り三人は公安部がよく使う黒いロールスロイス(RR)に乗り込んだ…

公安部エージェントC「了解」

…しばらくして・列車内…

構成員I「…それにしても、どうしてあのチェスター行きの列車に乗らなかったんだ?」

ドロシー「そいつは簡単だ…あまりにも見え透いているからさ」

…一旦は急行列車に乗り込んだもののすぐに反対側の扉を開け、機関車の蒸気や煙に紛れて隣の線路に停車していた貨物列車へと乗り移ったドロシーたち……構成員たちは様々な木箱や袋を積んでいる有蓋貨車の中から麻袋をかき集め、少しでも居心地がいいよう木箱の上に敷いて座席のようなものを作っている…

構成員B「でも、ネストを出るまでは「すぐにロンドンを出てライミー共の裏をかく」って言ってなかったか?」

ドロシー「そりゃあな…だが、女王に手を出したとなれば出てくる相手は内務卿(ノルマンディ公)直轄の公安部だ」

構成員H「公安部だって…!?」

ドロシー「そうさ。連中の切れ者ぶりはスコットランド・ヤードの刑事たちや防諜部よりもさらに一枚上手だ。おそらく通り一遍な「裏をかく」ための手はずも見抜いているはずさ……それでいくと、あの列車じゃあ分かりやすすぎる」

オニール「…どういう意味だ?」

ドロシー「簡単さ……今どきアルビオン女王を狙おうなんて奴らはアイルランドの独立派くらいしかいない。となれば連中は「暗殺に失敗した以上、あいつらは取る物もとりあえずアイルランドに戻ろうとするだろう」と考える」

構成員I「おい、連中の考えじゃあ「ほとぼりが冷めるまでロンドンで待つ」んじゃなかったのか?」

ドロシー「確かにスコットランド・ヤードのスペシャル・ブランチならそう考えるかもしれない。だが公安部や防諜部が出てきた以上「ロンドンで息を潜めている」パターンと「尻尾を巻いて逃げ出す」パターンの両方を念頭に置いて考えるだろう…後は時刻表を見て一番早いリヴァプール行きか、その近くまで行く列車を探せばいいだけだ」

構成員B「それでこんな貨物列車に乗りうつったのか」

ドロシー「そうさ。貨物列車は普通の時刻表には掲載されていないからな…上手くいけば気づかれずにリヴァプールまで行けるだろう」

構成員B「なるほどなぁ…」

ドロシー「…それと車内サービスは受けられない分、駅でサンドウィッチを買っておいたからな。欲しいようなら取ってくれ……相変わらず古い辞書みたいにパサパサなアルビオン国鉄のハムサンドウィッチだがね」

構成員H「なぁ、食い物より酒はないか?」

ドロシー「一応ウィスキーの瓶は持ってきたが…あんまり飲み過ぎるなよ?」そう言いながらもアイリッシュ・ウィスキーの瓶を手渡した…

オニール「その通りだ。故郷の土を踏むまでは気を抜くな」

構成員H「分かってるよ、オニール。口の中がほこりっぽいから流すだけさ」

オニール「ならいいが…酔うと人間はドジを踏むからな」

ドロシー「ああ、その通り」
521 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/03/22(月) 03:18:27.88 ID:7GBLMcGl0
オニール「……ちなみにこの貨物列車は何時ごろ終点につくんだ?」

アンジェ「予定では午後の三時頃にリヴァプールに着きます。ですが終点まで乗っていくのは危険ですから、蒸気機関車が途中の給水所で停車したところで降ります…どのみち駅では警戒されているでしょうから、改札を通るわけにはいきません」

ドロシー「それに「怪我をしたが故郷に戻るだけの旅費がない」出稼ぎの連中とか「より割のいい口を探して回る」炭鉱夫なんかはよく無賃乗車するからな…鉄道職員や警官でもなければ駅以外の場所…しかも貨物列車から人が降りてきても、そこまで注意をむけることはないはずだ」

オニール「そうだな」

…数十分後…

構成員H「…ぐぅ……」

構成員I「……ふわぁ…あ」

オニール「…」

ドロシー「…あんたも少し眠ったらどうだ?」

オニール「いや…もう三十分くらいしたら誰かと交代するが、それまでは起きているつもりだ」

ドロシー「そうかい……」ぽつりぽつりと交わす会話に交じって、レールを刻む単調な音と汽車の汽笛だけが響くなか、不意にアンジェが身体を起こした…

ドロシー「……どうした?」

アンジェ「横の道路…どうやら追っ手のようね」

…そういったときにはすでに黒塗りのRR「フェートン」タイプ二台が貨物列車と併走していて、王国のエージェントが四人乗りオープンスタイルの「フェートン」から身を乗り出し、ドロシーたちの乗っている貨車の数両後ろに乗り込んできた…

オニール「何っ…!?」さっと懐からピストルを抜き、構成員たちをたたき起こす…

構成員B「くそ!ライミーどもか!」

構成員H「撃ち返せっ!」

構成員I「こん畜生っ!構うことはねえ、やっちまえ!」併走している側の扉を開け放つと、腕を突き出してRRに銃弾を撃ち込む独立派たち…

公安部エージェント「行けっ、早く乗り移れ!」

公安部エージェントB「援護します…!」

…時速二十マイルは出ている貨物列車に飛び移ると、積み荷の木箱を挟んで独立派と撃ち合うノルマンディ公直属のエージェントたち……もちろん独立派の構成員たちも必死に撃ち返すが、熟練のエージェントと血気盛んなだけのアイルランド人たちでは腕が違う……ものの数十秒もしないうちに二人が倒れ、腕を撃ち抜かれた一人は銃を左手に持ち替え、必死に応戦している…

ドロシー「ちっ…!」

…シスターのまとう僧服の下に腹巻きのような布を巻いて銃と弾を忍ばせてきていたドロシーは、ウェブリー・リボルバーを抜くと正確な射撃で銃弾を撃ち込んだ…しかし揺れる貨物列車の中、おまけに相手は玄人ということもあってうまく遮蔽物に隠れており、なかなか命中弾が得られない…

ドロシー「くそ、時間を稼がれたら向こうの勝ちだぞ!」

構成員B「ならおれが…!」

オニール「飛び出すなっ、頭を吹っ飛ばされる!」

アンジェ「…ドロシー、このままじゃあ埒があかないわ」ふと耳元に顔を近づけてささやいた…

ドロシー「……やってくれるか?」

アンジェ「ええ…」

ドロシー「よし、頼んだ……!」アンジェの動きを相手に気取られないよう勢いよく銃弾を撃ち込んで、公安部エージェントに頭を上げさせないドロシー…

アンジェ「…」

…さっと半開きにした側面の扉から車外に出て、後ろに回り込もうとするアンジェ…さいわい木造車体の貨車は隙間が多く、板の間に指をかけると蟹のような横歩きで貨車の後ろに向かった…

公安部エージェント「いいか!奴らを逃がさなければいい!」木箱の横から少しだけ身体を出し、牽制するようにモーゼル・ピストルを撃ち込むエージェント…

アンジェ「…っ!」車体の後部に回り込むと片手で貨車についている手すりをつかみ、公安部エージェントの後ろから板越しに「パン、パンッ…パ、パンッ!」と手早く二発ずつウェブリー・フォスベリーを撃ち込む…車体に穴が開き、木片が車内に飛び散るのと同時に、公安部エージェントがもんどり打って倒れる…

公安部エージェントB「ぐう…っ!?」

公安部エージェントC「がはっ…!」

公安部エージェント「…っ!」

ドロシー「…!」アンジェの方に振り向こうとエージェントの姿勢が上がったその隙を逃さず、背中から二発撃ち込んだ…

公安部エージェント「…うっ……」ゴトリとモーゼルを取り落とすと、ばったりと倒れた…

ドロシー「ふぅぅ…」
522 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/03/29(月) 03:44:52.69 ID:56RviVss0
アンジェ「…戻ったわ」

ドロシー「さすがだな。ほら…」貨車に戻ろうとするアンジェに手を差し伸べて迎え入れる…

アンジェ「ありがとう」

ドロシー「気にするなよ……オニール、容態はどうだ?」振り向いて貨車の中を眺め、それから倒れている構成員たちの手当をしているオニールに声をかけた…

オニール「…いや、だめだ」貨車の床には血だまりができていて、その中に二人の構成員が倒れている…もう一人は木箱にもたれて座っているが顔面蒼白で、撃ち尽くしたピストルがだらりと垂れた手から足元に転がり落ちていた…

ドロシー「そうか……」

アンジェ「……仕方ありません、とにかくリヴァプール近郊まで来たらこの列車を降りましょう」

オニール「そうだな」

ドロシー「悪いな、本当ならちゃんと葬ってやらなきゃいけないんだろうが……貨車から降ろす暇はないからな」

オニール「分かっている…奴らだって覚悟はしていたさ」

ドロシー「だな……って、お前さんも撃たれてるじゃないか」

オニール「あぁ、どうも一発浴びたようだな…」よく見ると脇腹に血の染みができていて、それがじわじわと広がっている…

ドロシー「……ちょっと見せてみろ」

オニール「すまんな、レディにこんなことをさせて…」

ドロシー「なぁに、構うもんか。これだけピストルを振り回しておきながら、今さらお上品ぶったって仕方ないだろう……」

アンジェ「……どう?」

ドロシー「お世辞にもいいとは言えないな…とにかく布をきつく巻いて止血するしかないだろう」上着とシャツを脱がせると、アンジェに適当な布きれを持ってきてもらい、それをウィスキーで消毒してから巻き付けた…

オニール「……ぐっ!」

ドロシー「ちょっと痛むかもしれないが我慢してくれ」

オニール「ああ…ご婦人方が付けるコルセットの辛さがよく分かるな」

ドロシー「だろ? さて、止血の方はこれでよし、と……飲みなよ」血まみれになった手をウィスキーで洗うと、オニールに瓶を渡した…

オニール「もらおう」痛みに顔をしかめながらウィスキーを流し込んだ…

ドロシー「痛み止めにもなるし、全部飲んじまっていいよ…あとはリヴァプールで手はずしてある船に乗り込んで、こっちにおさらばすればいいだけだ」

オニール「ああ…」

…数時間後…

ドロシー「よし、そろそろ給水所に着くはずだ…歩けるか、オニール?」

オニール「どうにかな」

ドロシー「よし……おっ、見えてきた」ドロシーたちの乗る貨車から十数両先を行く機関車の汽笛がなり、徐々に速度が落ちてきた…

アンジェ「それじゃあ行きましょう…」汽車がブレーキをかけて停止する寸前で、ドロシーたちは線路脇の草原に飛び降りた…

オニール「うっ…!」

ドロシー「痛むか……支えるよ」

オニール「頼む…」

…線路から離れるように半マイルほど歩くと、不意に広々とした草原が開けた……岩がちな地面には青々とした草が伸び、小さな花もいくらか咲いている……オニールの腕を肩に回して歩いてきた二人は、ちょうどいい岩を見つけると彼を座らせた…

アンジェ「……ドロシー」オニールが目をつぶると耳元にささやいた…

ドロシー「なんだ?」

アンジェ「…言われなくても分かっているはずよ」

ドロシー「ああ、そうだな……」あきらめたような口調でそう言うと、ウェブリーを抜いてオニールに向けた…
523 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/03/29(月) 04:38:16.50 ID:56RviVss0
オニール「……おおかたそんなことだろうと思っていた」

…ドロシーがピストルを向けて引金を引こうとすると、オニールが薄目を開けてつぶやくように言った…

ドロシー「オニール…起きてたのか」

オニール「まあな」

ドロシー「そうか……いつから私たちがエージェントだと気がついていた?」

オニール「アイルランドで段取りを整えている辺りからだ…普通のレディにしては手回しが良すぎるし、防諜関係の事情に詳しすぎたからな……どこかの「植え込み」だろうとは薄々思っていた」

ドロシー「……ならどうしてこっちの計画に乗ったんだ?」

オニール「そりゃあ…そうでもしなければ女王を討つどころか、近づく事さえ夢物語に終わっちまうからだ」

ドロシー「…そのためだけに?」

オニール「そうだ……おれを始め、みんな「あと一歩」の所までたどり着くことができたんだから本望だろう」

ドロシー「…」

オニール「ところで…お前たちはどうしておれたちの計画を手伝っておきながら、今度はそれを阻止するような事を……?」

ドロシー「そいつは…」

アンジェ「…その方が都合が良かったから。このタイミングで女王が暗殺されるような事があると、いろいろと不都合が生じる事になる……従ってあなたたちには退場してもらう必要があった」

オニール「それだけか…?」

アンジェ「いいえ…それと同時にあなた方という「小石」を池に投じることで生じる「波紋」から、誰が誰のために動いているのか把握することができるから」

オニール「なるほどな……しかし、フランス人にしちゃ英語が上手いな」

アンジェ「フランス人じゃないわ…「黒蜥蜴星」から来た黒蜥蜴星人よ」

オニール「ふっ、そいつは……それじゃあお前さんはどこ星人なんだ「ミス・マクニール」?」

ドロシー「私か……」一瞬ためらうような表情を浮かべると、意を決したように言った…

ドロシー「私はあんたと同じアイルランド系さ…本名はマクビーン」

オニール「そうか、ならおれたちには同じケルトの血が流れているってわけだ……どうせ始末されるにしても、ライミー共の手にかかるよりはその方がいい」

ドロシー「そうだな…」

オニール「それに、ちょうどここはアイルランドに似ているじゃないか……いい場所を選んでくれたな」

ドロシー「…ああ」

アンジェ「…」

ドロシー「オニール…」

オニール「なんだ?」

ドロシー「いつか機会が来て…「アイルランド独立」っていうあんたらの夢が叶うといいな」

オニール「そうだな。例え嘘だとしても、それが聞けて嬉しいぜ……エリン・ゴー・ブラー(アイルランドよ永遠なれ)」

ドロシー「エリン・ゴー・ブラー…」額に向けて引金をしぼった…

アンジェ「……さぁ、銃声を聞きつけて誰かが来る前にここを離れましょう」

ドロシー「ああ…だが、ちょっと待ってくれ」そう言うと小銭入れを取り出し、オニールの目を閉じてやってからまぶたの上に金貨を載せた…

アンジェ「…」

ドロシー「アイルランドの古いしきたりなんだ…あの世へ渡るための運賃を死者のまぶたに載せるっていう、な」

アンジェ「いわゆる「冥銭」ね……話に聞いたことはあるわ」

ドロシー「見るのは初めてか? さ、行こう……」

………

524 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/03/30(火) 11:28:19.16 ID:QAO32eKs0
…数日後・夜…

アンジェ「…」

プリンセス「どうかしたの?」

…お互いに裸身のまま、後ろからアンジェを抱きしめているプリンセス…

アンジェ「いいえ」

プリンセス「ふふ、貴女は私の前だと嘘が下手になるわね…「シャーロット」」そういってくすりと小さく笑うと、ふと心配そうな表情を浮かべた…

プリンセス「……何かあったの?」

アンジェ「大したことじゃないわ…ただ、ドロシーのことを少し」

プリンセス「ドロシーさん?」

アンジェ「ええ…それと今回のことを」ランプの薄ぼんやりした橙色の光のなか、つぶやくように言った…

プリンセス「…良かったら話してくれる?」

アンジェ「そうね……彼女はこう言う任務には向いていないのではないか、そう思うことがあるの」

プリンセス「でも、ドロシーさんの実力は折り紙付きでしょう?」

アンジェ「確かに腕前は一流よ、それは否定しない」

プリンセス「じゃあどうして?」髪を撫でていた手を止めると、腑に落ちないような顔をした…

アンジェ「前にも同じようなことを言ったかもしれないけれど、彼女はロマンチストすぎるのよ…今回も撃つべき相手に情が移りすぎて、引金が重くなっていた」

プリンセス「……きっとアイルランドの血がそうさせるのね」

アンジェ「かもしれないわ。けれどこの世界で「ためらい」は死につながる。褒められた特質ではないわ…ドロシー自身も内心ではそのことに気付いている。だからいつもあんな飄々とした軽薄な態度を取っているのね」

プリンセス「わざとそうしているの?」

アンジェ「おそらくは…そうでないと自分の「役割」にのめり込みすぎてしまうから」

プリンセス「そう……じゃあ貴女はどうなのかしら「シャーロット」?」

アンジェ「…私は任務に私情を挟んだりはしない」

プリンセス「本当にそう言い切れる?」

アンジェ「ええ…なぜなら貴女以外のことはどうだっていいからよ「プリンセス」」

プリンセス「……じゃあ、もし「私を撃て」と命令されたら?」

アンジェ「そのときは私が「プリンセス」になって、貴女に撃ってもらう」

プリンセス「残念、不正解よ」

アンジェ「?」

プリンセス「正解は「私と貴女でその命令を下した人を撃つ」よ」

アンジェ「ふ…全く貴女にはかなわないわ」

プリンセス「…それともう一つ」

アンジェ「なに?」

プリンセス「せっかくベッドを共にしているのに他のことを考えているなんて許せないわ…罰として今夜は寝かせてあげません♪」そう言うなりアンジェを抱きしめ、唇を押し当てた…

アンジェ「んんっ、んっ……!?」

プリンセス「ぷは……♪」

アンジェ「…プリンセス///」

プリンセス「最近はキスも上手になってきたのよ……これもアンジェのおかげかしら?」

アンジェ「……もとより上手だったわ…///」

プリンセス「なぁに、よく聞こえなかったの…もう一度言ってくださる?」

アンジェ「はぐらかし方も上手になったわね……」

プリンセス「ふふ、そうかもしれないわ…でも、今は任務のお話はなし♪」そう言うとアンジェを仰向けにしてその上にまたがった…

アンジェ「あ、あっ……あん…っ♪」

………
525 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/03/31(水) 02:09:04.94 ID:yyOwKYWF0
…何だかんだで長くなってしまいましたが、このエピソードはこれで完了です……アイルランドを絡めた物を書きたかったのでその点では満足(とはいえ読み返してみると結構ありきたりな言い回しや表現が多くて反省…)ですが、結構シリアスな感じになったので、次はベアトリスとちせを中心にして、できるだけ軽い感じのを書くつもりです…
526 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/04/06(火) 02:02:08.10 ID:Io7FB9gI0
caseちせ×ベアトリス「The sleep giver」(眠りをもたらすもの)

…とある日・メイフェア校の庭園…

ドロシー「さてと、今度はちょいと特殊な任務だ……風変わりと言ってもいい」

ベアトリス「風変わり?」

ドロシー「ああ……」

アンジェ「そして今回はちせ、ベアトリス…貴女たち二人が任務成功のための鍵となるわ」

ベアトリス「私が、ですか?」

ちせ「ふむ…?」

ドロシー「まぁ、それだけじゃあ分からないよな…詳細の説明に入ろう」

ドロシー「……今回の任務は、王国の情報機関が資金源の一つとしている「赤い花」の密輸・販売の元締めを探し出すのが目的だ」

ベアトリス「赤い花…ですか」

ドロシー「そうだ……」


…以前のケースで親しかった同期を失った苦い思い出の原因でもある「薬」絡みの任務とあって、一瞬だけ暗い表情を見せたドロシー…


アンジェ「…知っての通り、例の「赤い花」の実を傷つけると白い乳液状の汁が出る……それを精製した「樹脂」や「粉」には中毒性があるけれど、王国は商社を操りそれをインドで大量生産しては清国を始めとした極東で売りさばき、多大な利益を得ている」

ちせ「それが例の「三角貿易」じゃな」


アンジェ「その通り。そして王国情報部を始めとした諜報機関は自分たちで作った偽装の商社を通じて私的、かつ秘密裏に「赤い花」の取引を行なって自分たちの自由になる…しかも豊富な活動資金を手に入れ、同時に尋問に際して「粉」を使って情報を吐かせたり、情報を売り渡してでも「粉」が欲しくなるようそそのかして中毒患者にしたりする」

ドロシー「それで……だ、ここロンドンでは最近こちらの情報提供者に対して転向をうながすため、そうした「ラブコール」が新たに行われている事が分かっている…幸いなことにまだ被害は確認されていないらしいが、いつ深刻な影響が出るか分かったものじゃない以上、放っておくわけにはいかない」

アンジェ「しかしロンドンにおける輸入ルートや販路を調べようにも、誰がそれを主導しているのかが見えてこない……」

ドロシー「そこでお前さんたちにはとある場所に潜入してもらい、その人物につながりそうな「ネタ」を探り出してもらう」

アンジェ「……幸いにして、以前こちらに転向させた「ワイルドローズ」が手がかりになりそうな情報を持っていた」

プリンセス「ワイルドローズ…それって確か、前にアンジェのことを尋問した…」

アンジェ「尋問っていうほど洗練されてはいなかったけれど…まぁ、そうね」

ドロシー「何だかんだで、壁の向こうでもそれなりにやっているらしいな……」

アンジェ「そのようね……まぁ、そんなことはどうでもいい。とにかく得られた情報を吟味した結果…ベアトリス、そしてちせ…貴女たちが適任ということになった」

ベアトリス「わ、私ですか…?」

ドロシー「ああ、そうだ……それとちせ」

ちせ「なんじゃ?」

ドロシー「この任務が上手くいけばそっちの国にとっても有益な結果をもたらすはずだ……無理にとは言わないが、協力してくれると非常にありがたい」

ちせ「うむ…承知した」

ドロシー「助かる……今回は少しばかり毛色の変わった任務になるが、肝をつぶすなよ?」

ベアトリス「はい」

………



527 :以下、VIPにかわりましてVIP警察がお送りします [sage]:2021/04/13(火) 14:58:13.79 ID:dC9gmJE70
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528 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/04/17(土) 01:34:53.63 ID:jJ3C4nHZ0
…数日後・イーストエンド…

ドロシー「さて、ここだ」

ベアトリス「イーストエンド、ですか…あまり治安のいい場所じゃありませんよね」

アンジェ「そうね。切り裂きジャックの事件が起きたのもこの辺りだし、お世辞にも上品な地域とは言えない」

ドロシー「しかしそういう場所の裏通りにこそ思わぬ「お宝」が転がっているもんさ」

ちせ「…とはいえ、こんな所に王国情報部の関係者が潜んでおるのか」

ドロシー「おそらくはな。まぁ、それをお前さんたちに確かめてもらうわけだが」

アンジェ「すでに店にはカットアウトを通して繋ぎをつけてあるから、すぐ契約してくれるわ」

ちせ「一体どんな「店」なのやら…」

ドロシー「まぁ、イーストエンドでコソコソやっている店ってことは……そういうことさ。なにせ世の「貴族様」はそういう不道徳なことはしない建前になっているからな。そういう遊びがしたい時はそう言う店までこっそりおいでになるんだ」

ちせ「なるほど……倫敦(ロンドン)に表と裏の顔があるとするなら、さしずめそれは「裏」の方じゃな」

アンジェ「そうね」

…とある通り…

ベアトリス「あれがそうですか…」

ドロシー「ああ、そうだ」二つばかり離れた街区からそっと問題の店を示した…


…薄汚れたイーストエンドの通りに建っている一軒の建物は特にこれといった看板などもなく、煤煙やボイラーの蒸気で霞んだ日差しを浴びて静まりかえっている……周囲には輸入品の宣伝をする張り紙や壊れた木箱などが散らかっていて、ホンコンやマカオといった極東の雰囲気をかもし出す漢字の看板などもいくつか見える…


ちせ「ふむ…見た目はなんの変わり映えもせぬが、どうにも妙な空気を感じるのう……」

ドロシー「へぇ、さすがはちせだ…鋭いな」

ベアトリス「……それで、私とちせさんで教えてもらった通りに挨拶すればいいんですね?」

アンジェ「基本はそうね。けれど一言一句「教えた通り」ではだめよ」

ドロシー「もしかしたら向こうで何か探りを入れてくるかもしれないからな……カバー(偽装の身分)から逸脱しないように気をつけながら、上手く話をすりあわせろ」

ベアトリス「はい」

アンジェ「それと私たちも後方支援はするけれど、あまり足しげくこの場所に来るわけにもいかない…定時連絡の時は私かドロシーのどちらかが顔を見せるけれど、もし緊急事態に陥ったら事前に説明した手はずに従い、私たちが到着するまではちせと二人で切り抜けること」

ベアトリス「分かりました」

…建物の裏…

ベアトリス「それじゃあ、行きますよ…?」

ちせ「うむ」

…扉についているドアノッカーを数回叩くと、一人のおばさんが顔を出した…化粧の厚い、白髪交じりの黒髪と黒目をしているおばさんは清国の「袍」を意識した中華風のデイドレス姿で、手には羽の扇を持っている…

おばさん「…なんだい?」

ベアトリス「えぇ…と、実は私たち「ローダンセ」から紹介されて……」

おばさん「あぁ、あんたたちかい…話は聞いているよ。さ、とっとと中に入りな……ホコリが吹き込んできて仕方ないじゃないか」

ベアトリス「は、はい」

529 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/04/19(月) 02:26:02.26 ID:6Gob2bOI0
おばさん「さてと……あたしゃここを取り仕切っている「ルーシー・チョウ」ってもんだ。あんたたち、名前は?」

ベアトリス「私は「エミリー」と言います」

おばさん「それでそっちは?」豪奢な椅子に腰かけて脚を組み、扇でちせを指差した…

ベアトリス「彼女は……」

おばさん「あんたに聞いているんじゃないよ。別に口が利けないわけじゃないんだろう?」

ちせ「はい…「やえ」と申します」

おばさん「日本人かい?」

ちせ「そうです」

おばさん「そうかい…まぁいいさね、どっちみちアルビオン人どもには東洋人の区別なんてつきゃしないんだ」

おばさん「…それで、今日からあんたたちはここで過ごすことになる……エミリー、あんたは買い出しやこまごました用事、それにここの掃除だのをしてもらうよ。もっとも、そう悪い顔じゃあないから、場合によっては「表」に出てもらってもいいかもしれないねぇ…♪」

…そう言うとまるで肉の品定めをするようにベアトリスの腕やあごを撫で回し、真っ赤な唇をゆがめてニヤリと笑った…

ベアトリス「…」

おばさん「それから「やえ」だったかい……ここの娘たちはたいていホンコンやカントンの出身だからね、あんたにもそれらしい名前をつけてやらないといけないが……まぁとりあえずカントン出身の「ロータス・リン」とでもしておこうかい」

ちせ「分かりました」

おばさん「よし。とりあえず今夜は店の様子を教えてやるから、明日っからはちゃんとやるんだよ…いいね?」

ちせ「はい」

おばさん「それとエミリー、雑用は前の所でもやっていたんだろう?」

ベアトリス「は、はい…」

おばさん「ならすぐにでも出来るだろう…ちょうどあたしの小間使いが買い物で留守なんだ。奥の台所に「祁門(キームン)」があるから淹れてきな」(※祁門紅茶…三大紅茶の一。中国で生産され、上等な茶葉は甘く「蘭の香りがする」などと言われる)

ベアトリス「分かりました」

…数分後…

ベアトリス「…お茶をお持ちいたしました」

おばさん「そうかい、どれ……」ジロリとねめつけると、注いでもらった紅茶をひとすすりした…

おばさん「ほう…だてに「ローダンセ」にいたわけじゃないようだね」

ベアトリス「ありがとうございます」

おばさん「だが、あんたの役割はお茶を淹れるだけじゃないんだ…上手くやれないようなら叩き出すからね」

ベアトリス「はい、一生懸命やります」

おばさん「ふん、「一生懸命」なんて言うのは世渡りの下手な奴らの常套句さ…「一生懸命」じゃなくても結構だから手際よくやるこった。ただし手抜きは許さないよ」

ベアトリス「はい」

…その夜…

おばさん「さて…「リン」の準備はできたかい?」

黒髪の娘「はい、出来ています」

おばさん「そうかい、どれ…」

…シノワズリ(中華趣味)に統一された室内では、濃緑色の生地に金の龍をあしらったチャイナ風のドレスに身を包んだちせが立っている…ちせの支度を手伝っていた黒髪の娘は一歩離れると、おばさんに一礼した…

おばさん「ほほう…「馬子にも衣装」とは言うが、なかなかのもんじゃないか」

ちせ「…」

おばさん「しかし、少しばかり左右の姿勢が悪いようだね……もっと真っ直ぐ立てないのかい?」

ちせ「…っ、済みません」幼い頃から修練を積み、腰に得物の大小を差していたせいで身体が少しかしいでいる……もちろん気取られては困るのでいつもできるだけ気をつけているが、目の鋭いマダムの「チョウおばさん」にかかってはごまかしきれない…

おばさん「…まぁいいさ、ついておいで」

530 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/04/29(木) 02:35:39.33 ID:ZlCI+SY90
…隠し部屋…

チョウおばさん「さて…あれがあんたたちの過ごす『サロン』さ」

…おばさんは丸い中華風の飾り棚と日本風の浮世絵が描かれた屏風でうまく隠されている裏側から、扇子から持ち替えた長い煙管で室内を指し示した……まだ夕食が過ぎたばかりといった早い時間帯にも関わらず、すで数人ほどの客が入り、それぞれ可愛らしいホンコン、マカオ、あるいはサイゴン娘をそばに座らせて長い煙管をふかしている……煙管から伸びる煙は妙に甘ったるい、まるでカラメルでも焦がしたような匂いがしていて、店の娘たちにかしずかれているドレス姿のご婦人や令嬢たちは紫煙をくゆらせながらぼんやりしている…

ちせ「…」

ベアトリス「…」

チョウおばさん「見て分かるだろうが、ここは暇を持て余した紳士淑女が煙管をふかして息抜きに来る場所なのさ…客の部屋は男女で別れているが、あんたは「ローダンセ」にいたんだそうだから、こっちの淑女たちのお相手をしてもらうよ…分かったかい?」

ちせ「分かりました」

チョウおばさん「よし、それじゃあ顔見世と行こうじゃないか…ついてきな」

ちせ「はい」

チョウおばさん「エイミー、あんたも付いてくるんだ……そこのお茶菓子を持ってだよ」

ベアトリス「は、はいっ…!」

チョウおばさん「いちいちあたふたするんじゃない…ったく」

ベアトリス「済みません…」

チョウおばさん「ふん、謝ってる暇があるんならとっととしな」

…数時間後…

チョウおばさん「…それじゃあまたいらっしゃって下さいな」

貴族令嬢「ええ……そのときはまた「カメリア(つばき)」嬢をお願いしますわ」

チョウおばさん「もちろんですとも、それでは……」

…客の令嬢が忍ぶように出て行き、目印のない裏口に停めた運転手つきのロールス・ロイスに乗りこんで走り去るのを見届けると唇をしかめた…

チョウおばさん「やれやれ、やっと帰ってくれたね……あのしみったれと来たら、金払いは悪いくせに長っ尻しやがる…本当なら叩き出したい所だが、親の爵位を考えると粗末にはできないからね……」吐きすてるように言うと、あごをしゃくってちせとベアトリスを呼んだ…

…隠し部屋…

チョウおばさん「……で?」

ちせ「はい、大丈夫です」

チョウおばさん「そうかい、なら明日の晩からやってもらおう…ところで、だ」

ちせ「はい」

チョウおばさん「あんたたちは一体どういうわけで、二人まとめて「ローダンセ」を首になったんだい…?」そう言ってジロリとねめつけた目は「嘘なんかついてもお見通しだよ」という色をたたえている…

ベアトリス「えぇと、それは…私がお店で失敗をしてしまって、それを「やえ」さんがかばってくれたのですが……そのことでお店のマダムから不興を買ってしまって……」

チョウおばさん「…それだけかい?」そう言ったきり、金と象牙で出来た煙管を不機嫌そうにふかしている…

ベアトリス「はい、あの……」

…王国の情報機関と関係があるらしい店となれば、当然「身分調査」として前の店に問い合わせたりすることもあるだろうと、手を回してちゃんと(学業の合間を縫って)「ローダンセ」で数ヶ月働いていたちせとベアトリス……もちろん二人同時にエージェントを送り込むと言うのは目立つので、婦妻といったカバーでもないかぎり本来あり得ないが、ベアトリスは「エージェントらしくない」事と、ちせの「コントロール」である堀河公も日本のお隣を浸食している王国の勢いを削ぎたいということからゴーサインが出ていた……その上で「レジェンド(偽装身分)」がそれらしいものになるよう、わざと店を追い出されるような失敗をしていた……が、チョウおばさんはまだ疑り深い目を向けている…

チョウおばさん「なんだい、もったいぶるんじゃないよ」

ベアトリス「いえ…実は……///」口ごもるようにして、机の下でちせの手を握った…

チョウおばさん「……まさかとは思うが、お前たちは「そういう仲」なのかい?」

ちせ「…お恥ずかしながら///」

チョウおばさん「それでか…ったく、「ローダンセ」や「ザ・ニンフ・アンド・ペタルス」みたいに『お上品な』所で店の娘っ子同士が付き合うだなんて……どういう事になるかくらい分からなかったのかい?」

ベアトリス「いえ、分かってはいたのですが……以前やえさんには困っていたとき助けてもらったことがあって…それから……///」

チョウおばさん「ったく馬鹿だね、あんたたちみたいな口の端にミルクがついているような娘っ子っていうのは…それで店を追い出されちゃ世話ないじゃないか」

ちせ「おっしゃるとおりです…」

チョウおばさん「そうさ……言っておくが、ここでいちゃつきたいなら店が終わってからやりな」

ベアトリス「はい…///」

チョウおばさん「全く、どうしようもないね……事情は分かったから、後は奥で休んでな。ベッドの場所だの着替えだのは「アイリス(あやめ)」に教えてもらうんだよ」(……だが、そういうのを見るのが好きな客もいる…案外いい「客寄せ」になるかもしれないね)

………

531 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/05/04(火) 03:16:46.81 ID:sMUhM2HI0
…数日後・昼間…

ベアトリス「後は青果店で玉ねぎを買えばおしまいですね……」

…野菜やパンがはみ出している柳のカゴを手に、いかにも「お買い物」といった様子のベアトリス……が、ちらりと左右に視線を配ると細い横道に入って、一軒の木賃宿の二階に続く階段を上がっていく……宿の扉を独特なリズムで叩くと、そのまま中に入った…

ドロシー「よ…調子はどうだ?」

ベアトリス「はい、どうにか上手くこなしています」

ドロシー「結構。そいつは何よりだ」

ベアトリス「そうですね。それに試験休暇の時期で助かりました」

ドロシー「まったくだ。何しろ「不良」の私と違ってお前さんやちせは真面目な生徒だからな、長く休んでいると人目をひく…本当に今回の工作がこの時期で助かったよ。それにちせもどうにか英語とラテン語のテストに合格したしな……もし不合格だったら追試だの補習だので計画が潰れるところだったし、もしそうなったら笑えないところだった…」

ベアトリス「そうですね」

ドロシー「ああ…で、何か報告はあるか?」

ベアトリス「はい、やっぱりあのお店は王国情報部と関係があるみたいです……この前来ていたお客さんの中に、資料にあった人がいましたから」

ドロシー「やっぱりな…他には?」

ベアトリス「私たちのカバーストーリーですが、ドロシーさんたちの言ったように「プランB」で行くことになりました…お店のおばさんは鋭い人でしたので」

ドロシー「無理もない。ホンコンかマカオくんだりから連れてこられた娘っ子が女手一つでもって、こんなところで店を構えるまでにのし上がったんだ……鋭くなきゃ生き残れないさ…それから?」

ベアトリス「はい。まだ詳しい場所までは突き止めていませんが、店には秘密の隠し通路があって、そこを使えば数区画離れた場所に出られるようになっているみたいです」

ドロシー「ほほう、そいつは……よし、それじゃあこれからは「客」の素性だけじゃなく、その「隠し通路」の出口がどこにあるのかについても探りを入れてみてくれ」

ベアトリス「分かりました」

ドロシー「頼むぜ…ところで、ちせはどうだ?」

ベアトリス「ちせさんですか……ちせさんは…///」

ドロシー「どうした?」

ベアトリス「いえ、その……///」

…その夜…

気だるげなレディ「…これが新しい娘ね?」

チョウおばさん「ええ、さようでございます……まるでもぎたてのリンゴのように甘くて引き締まった娘です♪」

ちせ「はい、ワタシ「ロータス」と申しマス…」

レディ「そう……それで、そっちは?」

チョウおばさん「こっちの娘も新入りでございますよ…ほら、ご挨拶」

ベアトリス「エ、エイミーでございます……何とぞお見知りおきを///」

レディ「……ふぅん、この二人がそうなの?」

チョウおばさん「ええ、いかにも。ではどうぞ二人をお側においていただいて……ごゆっくり♪」

レディ「そうね、そうさせていただくわ……♪」ぼんやりとした表情で、ぷかりと煙管の煙を吐き出した…

ちせ「お姉サマ、お隣ニ座らせていただきマス……」

ベアトリス「失礼致します…///」

レディ「ええ…」

ベアトリス「…あ」普段からプリンセスの身の回りをお世話しているだけあって、何かとよく気がつくベアトリス……中身の少ないグラスを見て、手際よくワインを注ぐ…

レディ「あら、気が利くのね……」

ベアトリス「お褒めにあずかり光栄でございます…///」

532 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/05/07(金) 02:22:15.44 ID:2GjYI2x80
レディ「ふぅ……」ワインをすすり、煙管をふかしているレディ……カールさせた髪の先端がドレスの胸元にかかっている姿と、気だるげな表情があいまってとても色っぽい…

ちせ「…失礼致します」

レディ「ええ……」

ちせ「…」お世辞やおべんちゃらを言ったり、色気を振りまいたりするわけでもないが、そっと隣に座って肩を寄せる……

レディ「ん…ところで貴女……」

ベアトリス「あ…はい///」

レディ「…」

ベアトリス「…ロータスさん……///」

ちせ「エイミー…///」

…左右に座っていたちせとベアトリスにちょっとした合図をしたレディ……それを受けて、レディの前で橋渡しをするように「恋人つなぎ」で指を絡める二人…

レディ「…そう、いいわね。どうぞ続けて……」

ベアトリス「……はむっ…///」

ちせ「ん…ぺろ……っ///」

…お互いの指先を舐め合い、それからソファーの上で上体を崩すと、レディのふとももにあごを乗せるようにして顔を近づけ、ゆっくり口づけを交わした……レディはそれをとろんとした目つきで眺めながら、ゆっくりと二人の頭を撫でた…

………



チョウおばさん「…少しぎこちないが悪くないじゃないか。やっぱり元から「デキて」いるとなると違うね……奥で夜食を詰め込んだら、あとは寝ちまいな」

ちせ「はい」

ベアトリス「分かりました」

チョウおばさん「ああ…とっとと行きな」

…娘たちの部屋…

切れ長の眼をした娘「…お帰り、リン」

ちせ「うむ…」

年かさの娘「なかなかだったよ、二人とも……初々しくってさ♪」

ベアトリス「の、覗いていたんですか…っ///」

可愛い娘「覗くだナンテとんでもないヨー、たまたま隠し窓から見えただけネー」

ベアトリス「それが「覗く」って言うんですよっ…///」

ほっそりした娘「まぁまぁ、二人ともご飯を食べなよ…早くしないとおばさんに叱られるからね」

ちせ「かたじけないの、ミス・オーキッド(蘭)」

ほっそり娘「「ノープロブレム」アルヨ、ミス・ロータス…♪」ちせの堅苦しい英語をからかうと、料理の器を近づけた…

ちせ「う、うむ…///」ぼそぼそした焼きなましのパンと、だいぶ冷めているジャガイモ入りのスープを受け取って食べ始めた……

勝ち気な娘「じゃああたしは寝るよ…エリカ(ヒース)、一緒においで?」

小さな娘「は、はい…///」

ベアトリス「///」

年かさの娘「なに照れてるのさ、エイミー…あんたたちだってそういう仲じゃないの♪」

ベアトリス「い、いえ、私たちはそうじゃなくて…いえ、そうじゃないって言うのはそうじゃないんですけれど……///」

ちせ「済まぬな、ゴールデンライム(キンカン)嬢…エイミーは恥ずかしがりなので」

年かさの娘「分かってるってば……だから可愛いんじゃない♪」

ちせ「悪いがエイミーはやらぬぞ?」

年かさの娘「ちぇっ、味見くらいさせてくれたっていいじゃないの……まぁいいわ、お休み」

ベアトリス「ふぅ、おかげで助かりました…」

ちせ「なに「困ったときはお互い様」であろう。しかしここでの暮らしがあまり長くならなければ良いが…このままでは、朱に交わればなんとやらで、戻ったときにまともに皆の顔を見られなくなりそうじゃ……」

ベアトリス「ですね…」
533 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/05/11(火) 02:58:17.62 ID:WmVfD+/b0
…夜中…

ちせ「……そろそろ皆も寝静まった頃合いか…」

ベアトリス「…すぅ…すぅ……」

ちせ「…慣れぬ場所で疲れたのじゃな、無理もない……ゆっくり休んでおるがよい……」

…廊下…

ちせ「…化粧室はこっちだったか……」寝間着代わりに渡されたのはまがい物の「キモノ」ではあるが、ちせはきっちりと帯を締め、衣ずれの音がしないよう裾を払っておき、音も立てずにそっと廊下を進む…

(※キモノ…伝統的な和服を西洋風にアレンジしたもの。帯をほどくだけで脱げることから、エキゾチックなナイトガウンやバスローブ代わりとして、いわゆる「夜の商売」に従事する女性の間でも流行した)

ちせ「…?」

…廊下の奥にある「チョウおばさん」の部屋の扉からはまだ光が漏れていて、何やらくぐもった会話の声も聞こえる…

ちせ「………」抜き足差し足でそっと扉に近寄るちせ…

チョウおばさん「…ほほう、なかなかの上物だねぇ…これは」

会話の相手「もちろん……インド産の精製済み、一オンス当たりで値段はこのくらいだ……」位置が悪く会話している人間の姿は見えないが、どうやら「粉」のやり取りをしているらしい……声を聞く限りでは、相手はそこそこの教育を受けた男性に聞こえる…

チョウおばさん「ちょっと高いねぇ…このくらいでどうだい?」

相手「それじゃあ経費も回収できない。ここまで運ぶのにも金がかかっているんだ…」

チョウおばさん「だったらよそへ持って行くんだね……それだけ大量のブツを抱えたまま新規に捌く相手を見つけるとなると、そりゃあ大変だろうけどさ」

相手「……人の足下を見るのはあまりいい趣味とは言えないな、ミス・チョウ」

チョウおばさん「そのセリフはそっくりそのままお返しするよ…ミスタ・ゴードン」

相手「ふむ…よかろう、それじゃあ今回はこの値段で……」

チョウおばさん「ああ、それなら納得さ…」そういった所で椅子を引く音がした…

ちせ「…」

…とっさに廊下に置いてある巨大な壺の陰に隠れたちせ…両側面に取ってが付いたふた付きの壺は景徳鎮あたりで作られた値打ちものらしく、黒と紫、それに金で胡蝶が描かれている…

紳士の後ろ姿「…ではおいとまさせてもらうよ」

チョウおばさん「ああ、今度はもっと早い時間に来るんだね……」

紳士「ふん…こんな時間の訪問では美容に悪いかね?」

チョウおばさん「そういうことさ……サー・ウィッタリングにもよろしく言っといておくれ」

紳士「言われずともあの方はよく分かっているよ……」二人のシルエットが廊下の角を曲がり、そのまま上客の中でも選ばれた人間しか入れない「貴賓室」へと消えていった…

ちせ「ふむ…どうやら隠し通路は「貴賓室」のどこかにあるようじゃな。それにあの男の声も覚えた……」

ちせ「…いずれにせよ、これで報告のタネができたの……」

ちせ「……さて、後は廊下をうろついていてもおかしくないよう、化粧室に行っておしまいじゃな…」

…化粧室…

ちせ「うむ、これで良し…そろそろ出るとしよう……」数分ほど個室にこもり、夜半に廊下に出ていたことへの「理由」を作ったちせ…そしてそろそろ個室を出ようと言うときになって、化粧室の扉の開く音がした…

ちせ「…間が悪いの…こんな時間に厠へ来るとは、一体誰じゃろうか……」

勝ち気な娘「……ほら、ここなら誰もいないから」

小さい娘「で、でもマダム・チョウが……///」

勝ち気な娘「いくらあの人の地獄耳でもここまでは聞こえないって……それに…」

小さい娘「それに…?」

勝ち気な娘「声を出すのがまずいなら、こうすればいいだけの話だって…♪」んちゅっ、ちゅむ……くちゅっ…♪

ちせ「…これは……しばらくは出られそうにないの///」立ち上がりかけた陶器の便座にもう一度腰かけ、個室の向こうから聞こえるねちっこい音と抑えた嬌声を聞きながら、報告の内容を頭の中でとりまとめた…

………

534 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/05/15(土) 03:52:00.57 ID:Pd/BHAn80
…翌日…

ドロシー「…それでちせは相手の名前を「ミスタ・ゴードン」その上役と思われる人物を「サー・ウィッタリング」だって言ったんだな?」

ベアトリス「はい、少なくともそう聞こえたという事でした」

ドロシー「そうかい…しかし、もしかしたらこれで糸口が見つかるかもしれない。戻ったらちせに「お手柄だ」って伝えてくれ」

ベアトリス「分かりました」

アンジェ「後はこっちで官公庁の人事情報や新聞の人名録を洗ってみるから…ご苦労様」

ベアトリス「ありがとうございます」

ドロシー「それから店の婆さんは「それだけのブツを抱え込んで…」うんぬんって言ったんだな?」

ベアトリス「そうみたいです」

ドロシー「だとするとあちらさんはあの店をホンコン辺りから輸入したブツを流したり、その儲けを「洗浄(ロンダリング)」するために活用しているに違いない……しかも会話の様子じゃあ「ちょっとばかり持ち込んだ」って言うのとは規模が違うようだ…」

アンジェ「どうやら思っていたよりも根は深いようね」

ドロシー「ああ……やつら、こっちにつながっているとみた相手を軒並みクスリ漬けにしちまう気だぜ?」

アンジェ「迷惑な話ね」

ドロシー「そうだな…とにかくご苦労さん、引き続き耳をそばだてて情報収集にあたってくれ」

ベアトリス「はいっ」

………

アンジェ「…それで、どうする?」

ドロシー「とりあえずコントロールには「ある人物に注目している」とだけ言えばいいさ……情報提供者やカットアウトを切り崩されているかもしれない今、あんまり詳細に報告するのは考え物だ。どこで水が漏れるか分かったものじゃない」

アンジェ「同感ね……」

ドロシー「とりあえず何か腹に詰め込んでから「サー・ウィッタリング」がどちら様なのか調べてみようじゃないか…」

アンジェ「ええ」

…午後・ロンドン図書館…

アンジェ「…あった」貴族の家系や個人の経歴が書いてある「人名録」をめくっていたアンジェ……

ドロシー「あったか…?」

アンジェ「ええ…サー・ウィッタリングは元「内務省極東課」の課長補佐。今は退職して「ホンコン・サウスシー・アンド・イースト貿易」なる小ぶりな商社の重役をしているようね」

ドロシー「サウスシー・アンド・イースト……あぁ、あったぞ。資本金は1000ポンド。去年の株価は100株単位で五ポンドだそうだが、ほぼ取引はなし。現在はインドのマドラス、ボンベイ、それから清国のホンコン、シャンハイ、それにインドシナ(ヴェトナム)のサイゴンなんかに事務所を構えているみたいだが……くさいな」企業年鑑をめくり、該当する記事を素早く読み通すと眉をしかめた…

アンジェ「そうね。規模も小さく目立って利益を上げているでもなく、株価も低い……典型的な「ゴースト・カンパニー(隠れ蓑企業・ペーパーカンパニー)」に見えるわ」

ドロシー「それともう一つ。この会社は貨物を運ぶのに、とある船会社から船をチャーターしているんだが……見ろよ」

アンジェ「……ファーイースト・クラウン・ライン」

ドロシー「ああ……で、この船会社は「アルビオン・スチーム・アンド・ケイバーライト・シップ」の出資を受けた子会社だとある。そして「アルビオン・スチーム・シップ」と言えば王国情報部ともつながりがある……」

アンジェ「上手くつながったようね」

ドロシー「そうだな…あとは「コントロール」に保険会社をあたってもらって、どんな荷にいくらの保険を掛けているか調べるだけだ」

アンジェ「そして積み荷の量に対して妙に高かったり、反対に無保険、あるいは船荷証券そのものがない荷物があるようなら…」

ドロシー「そいつが例の「粉」ってことに間違いないだろうな」

アンジェ「後は店に出入りしている人間で、他に「関係者」がいないかを探り報告する……」

ドロシー「…それで任務は完了、と」

アンジェ「ええ。それに二人をあまり長く置いていて、ボロが出てもまずい……手際よく調査を済ませて、違和感をもたれないうちに引き上げさせる必要がある」

ドロシー「同感だ…何しろ二人とも「演技派」って方じゃあないからな」

………

535 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/05/17(月) 02:14:08.53 ID:Oya48AR60
…数日後・アルビオン王国・ナショナル・ギャラリー…

アンジェ「…」

7「……ターナーの絵がお好きですか?」


(※ジョセフ・マロード・ウィリアム・ターナー…イギリスを代表する画家の一人。当初はロマン派に属するスタイルだったが次第に変化していき、後の印象派を先取りしたような明るい鮮やかな色調、粗いくらい大きなタッチ、またはっきりしたアウトラインを描かず(神話や聖書といった決まり切った宗教的なテーマや構図ではない)見たままの風景を描くことで新しい表現方法を確立した)


アンジェ「はい、とても…長らく見たいと思っていたのですが、ようやく機会が得られました」

7「それは良かったですね……ちなみにどの絵が見たかったのですか? 「グレート・ウェスタン鉄道」あたりかしら?」

アンジェ「いえ。実は「解役されるテメレール号」を…」

7「なるほど……尾行はされていないようね」

アンジェ「ええ」


…決めておいた合い言葉……しかも美術館での会話にふさわしく、特定の絵の名前にしておいたもの……を交わすと、さも絵画に関する会話でもしているように寄り添って立ち、情報を伝達する…


7「それで…?」

アンジェ「今から話すわ…これまでに入手した情報だけれど……」

7「なるほど…よく分かりました。では、船と積み荷の情報収集に関してはこちらが引き継ぎます。そちらは引き続き王国情報部と関係のありそうな人物を探してちょうだい」

アンジェ「分かった…」

7「それから、この短期間でよく調べてくれたわね、ご苦労様。では……」

アンジェ「ええ…」

…数時間後・コントロール…

L「FC(ファーイースト・クラウン)ラインか……ロイド船級協会の船舶カタログとロンドン港の出入港予定表を頼む」

7「ここに持ってきております」

L「結構。ふむ……」火のついていないパイプをくわえ、ページをめくる…すると、ある一ページで手が止まった……

L「あったぞ…FCラインは九隻の船を抱えているな」

7「フリート(本来は「艦隊」…転じて、ある船会社が持っている船)が九隻ですか……極東貿易がこれだけ盛んだと言うのに、少なすぎますね」

L「いかにも…いくら弱小の船会社とはいえ、大手の子会社扱いで出資を受け、加えて極東やインドでの貿易に手を出すような会社ならもっと船を抱えていてもおかしくないはずだ」

7「ますます引っかかりますね……」

L「うむ…ところで、ロンドン港に入港した直近の船は分かったか?」

7「はい。FCライン所属で一番最近入港したのは「ガルフ・オブ・ホンコン」です…トン数1200トン、積み荷は絹製品や紅茶、陶磁器とあります」

L「よかろう……港湾労働者の所に入り込んでいる低級エージェントに調査させろ。ただし、あまり深入りはさせるな…嗅ぎ回っている事を感づかれては困る。あくまでもその船に「妙に鋭い」連中がうろついているかどうかだけ分かればよい」

7「承知しております」

L「それから「D」以下はあと二週間前後でこの任務から切り上げさせ、当該船に対する「工作」に関しても他の者にやらせる」

7「分かりました……」そう言いながらも「なぜです?」といった様子で、かすかに眉をひそめて見せた…

L「もし何らかの工作を実施した場合、真っ先に疑われるのは関係先に入ってきた新入りだからだ…そうならないためにもある程度ほとぼりを冷まし、痕跡を消してから「具体的な」作業に取りかかる必要がある。違うか?」

7「いえ、おっしゃるとおりです」

L「……それに「休み」の期間もそろそろおしまいだろう」

7「言われてみればそうでした……エージェントとして接していると、つい忘れそうになってしまいますが」

L「ふむ。つまりはそういうことだ…ご苦労だった、下がってよろしい」

7「はい。では失礼致します」
536 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/05/21(金) 01:51:18.94 ID:iBCGnGEl0
…さらに数日後…

ちせ「ふぅ…くたびれたの」

ベアトリス「お疲れ様です、いま紅茶を注ぎますね」

勝ち気な娘「あ、だったらあたしにも一杯ちょうだいよ」

ベアトリス「いいですよ。はい、どうぞ」

勝ち気な娘「ありがとね……それにしても、二人ともだいぶここの暮らしに慣れたんじゃない?」

ベアトリス「そうでしょうか?」

年かさの娘「ああ、ここに来たときに比べればずいぶんと手慣れたもんだよ……特にエイミーなんて一事が万事おっかなびっくりだったのに、今じゃあメイドの立ち居振る舞いを身体で覚えているみたい」キモノの前をだらしなくはだけ、ティーカップのふちを持って酒をあおるような格好でぬるめのミルクティーをすすった…

ベアトリス「ありがとうございます…」

勝ち気な娘「ところでさ、この間の生意気な伯爵令嬢がとうとう「貴賓室」を使えるようになったらしいよ」

年かさの娘「えぇ? …伯爵令嬢って言うと、あのこまっしゃくれたロール髪の?」

勝ち気な娘「それそれ。何でも結構な額を積んだらしいって話だけど…」

年かさの娘「……あんなのをお得意様扱いしなくちゃいけないと思うといやんなっちゃうねぇ」

勝ち気な娘「ね…まぁ、マダムは上得意の「六番街」が増えてほくほく顔だろうけど」

ベアトリス「六番街?」

年かさの娘「あぁ、エイミーは知らなかったか……この店には上客のための裏口があってさ、その出口が「ピーボディ・ストリ−ト六番街」につながっているんだ」

ベアトリス「へぇ、そうなんですか」

勝ち気な娘「そうさ。まさかお偉い貴族やお金持ちがこんな場所に来るわけにもいかないからね、そういう時は六番街の裏口から地下を通ってこっそりおいでになる…ってわけ♪」

ベアトリス「お忍びでこっそり来ないといけないなんて、偉い人も大変なんですねぇ……」

年かさの娘「あはははっ、そんなにしみじみと言うことかい?」

可愛い娘「エイミー、可愛いネ」

ベアトリス「も、もう…止めて下さいってば///」

…翌日…

ドロシー「……ピーボディ・ストリート六番街だな…なるほど」

ベアトリス「はい。少なくとも店のお姉さんたちはそう言っていました」

ドロシー「分かった。そこまで分かれば後はたやすい……その近所に張って、場末の街角には不釣り合いな乗り物や人を観察すればいいだけだからな。とにかくそいつはコントロールに報告しておく」

ベアトリス「お願いします…それから前回の報告から今日までにお店で見かけた「お得意さま」ですが……」暗記した貴族や資本家、議会関係者の名前を思い出しながらあげていく…

ドロシー「へぇ、ずいぶんと有力者が多いんだな……そいつも役に立つ」

ベアトリス「ええ、そうですね」

ドロシー「…ところでベアトリス、お前さんたちにいい知らせがある」

ベアトリス「何でしょうか?」

ドロシー「ああ、実はコントロールから指令が来た…「来たる10日を持って任務を完了、こちらの指示に従い後処理を施して離脱せよ」だそうだ」

ベアトリス「……つまり任務終了、ですか?」

ドロシー「そういうことだ。コントロールとしてはある程度の情報を手に入れる事が出来たし、何よりあの店と王国情報部につながりがある事が裏付けられたからな……つなぎ役の名前も分かったし、後は他のエージェントでもどうにかなる。となると、これ以上お前さんたちを店に長居させておく必要はないし、だらだらと続けて「チェンジリング」に影響するとまずい」

ベアトリス「なるほど…」

ドロシー「不服か?」

ベアトリス「いいえ、それを聞いてむしろほっとしています」

ドロシー「ならいいがな……てっきり煙管で「粉」をふかして、ぼんやり気分でどっかの男爵夫人だの子爵令嬢だのといちゃつくのが気に入ったかと思ったよ♪」

ベアトリス「そんなわけないじゃないですか…まったくもう」

ドロシー「そうか? …ま、残り少ないとはいえ油断は禁物だ。ちせにもよろしく言っておいてくれ」

ベアトリス「分かりました」
537 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/05/24(月) 02:18:37.55 ID:wn+nR+9u0
…数日後・マダムの部屋…

チョウおばさん「ふぅぅ…それで「話」っていうのはなんだい?」煙管をくゆらせながら、脚を組んで座っているチョウおばさん…

ベアトリス「えぇと……その…」

チョウおばさん「ええい、まどろっこしいね! 言いたいことがあるならとっとと言ったらどうなんだい?」

ちせ「…もうよい、ここは私が……」

ベアトリス「す、済みません……///」

チョウおばさん「どっちだって構わないから早くしな…この調子じゃあ日付が変わっちまうよ」

ちせ「では、単刀直入に…ミス・チョウ、お店で拾ってくれた事には感謝しておりますが……実は私たち二人、そろそろお暇をいただこうと思っております」

チョウおばさん「……何だって? ここを出て行くって言うのかい?」

ちせ「はい」

チョウおばさん「ふん、まぁ言うのは勝手だよ…だが「契約」の事は知っているだろうね?」

ちせ「無論です……契約には「違約金」を払えばいつでも辞めることが出来るとありますが、そのお金も用意してあります」

チョウおばさん「ほほう…他の小娘どもと違って服だの遊びだのに使わないで、爪に火をともして貯めたっていうのかい……なるほど、そのやりくりの上手さだけは大したもんだ」

ちせ「…いかようにでも取っていただいて結構ですが、とにかく両耳揃えて払う準備は出来ています」

チョウおばさん「ふん、いっぱしの口を利くじゃないか…だが小娘二人、頼る先もなくここを出て行って、このロンドンで生計(たつき)の道を立てるアテがあるのかい?」

ちせ「…いざとなれば街角の物売りだろうがゴミ漁りだろうが何でも……彼女と二人なら耐える自信があります」

ベアトリス「…わ、私もです///」

チョウおばさん「ふんっ「パンと恋さえあれば生きていける」って訳かい? …三文芝居じゃあるまいし」

ちせ「ですが、すでに二人で決めたこと…どうかお留めなさいますな」

…煙管に豪奢なチャイナ風ドレスをまとい、脚を組んで椅子にふんぞり返っている様子がまるで中国の武侠ものの「大姐(姐さん)」を絵に描いたようなチョウおばさん…そんなチョウおばさんとやり合っていると、ついつられて芝居じみた口調になってくる…

チョウおばさん「誰が止めるものかい、馬鹿馬鹿しい……だが、やっと馴染んできた矢先にここを出て行っちまって、ようやっとお前たちにつきはじめた上客はどうするのさ?」

ちせ「それについては重々申し訳ありませぬが、しかしそれは身どものあずかり知らぬ事……」

…ちせとベアトリスはそうしたサロンの裏事情にも詳しいドロシーたちから「入れ知恵」されているので、チョウおばさんが渋っているのはあくまでも二人をぐらつかせようとする芝居だと知っていた……

チョウおばさん「後はご勝手に…ってかい? それじゃあ義理が立たないってもんだよ……違うかい?」そう言ってちせに煙管を突きつける…

ちせ「…しかし、私とエイミーが抜ければその分エリカたちにお鉢が回り、彼女もより多くのご婦人をお客に取れるというもの」

ベアトリス「わ、私もそう思います…」

チョウおばさん「ない知恵を絞るのはやめな。 ……しかし、どうしてもっていうなら考えてやらんでもない」

ベアトリス「本当ですか…っ?」

チョウおばさん「浮かれるんじゃないよ。 ま、こっちとしても「出て行きたい」って言うのを無理に引き留めておいても、ぶすったくれるわ、ささくれだって娘っ子同士で喧嘩はするわ、客への態度は悪くなるわと、ろくな事がない……しかしそうなると後釜の事だの何だのを考える必要があるわけだ……そうだね、土曜日までには返事をしてやるつもりだが…それでいいね?」

ちせ「はい」

チョウおばさん「分かった。じゃあそれまでは今まで通りに客の相手をするんだよ…いいね?」

ベアトリス「はい…っ!」

ちせ「…かたじけない」

チョウおばさん「ふんっ。せっかくしきたりだの行儀だのを教えてやった矢先にこれじゃあ、教えてやった甲斐がないってもんだ……いまいましいからとっとと出ていきな」

ちせ「では、失礼いたす……」丁寧に礼をして部屋を出た…

ベアトリス「……ふー、一時はどうなるかと思いました…でも、やりましたね♪」

ちせ「うむ…っと、済まぬ…!」

ベアトリス「えっ…んくっ!?」

ちせ「んちゅぅ…♪」

ベアトリス「ぷはっ! い、いきなり何を……!?」

ちせ「しーっ……もしやしたらミス・チョウが聞き耳を立てていたりするかもしれぬ…とあれば、晴れて自由になれる二人らしくせねばまずいじゃろう……」

ベアトリス「…確かに……でもちょっと驚きました///」

ちせ「うむ、それは私も同じじゃ…顔が火照って仕方ない……///」
538 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/05/30(日) 01:11:58.17 ID:FI68fXi70
…さらに数日後…

勝ち気な娘「…へぇ、じゃあ手切れ金を払っておさらばってわけね?」

年かさの娘「久しぶりに見たよ、全額用意できた娘なんて……あんたたち、意外とやるじゃない♪」

可愛い娘「オメデト、二人とも…よかたネ♪」

ベアトリス「いえ、そんな…」

ちせ「……かたじけない。短い間とはいえ世話になったな」

勝ち気な娘「なぁに、いいってこと…こっちも新しい面子が入ってきて楽しかったしさ」

年かさの娘「そうそう…それより、ことわざにも「一个巴掌拍不响(※拍手は片手では出来ない…「一人の力では物事は進まない」の意)」って言うし、こっから出て行っても二人で仲良くやるんだよ?」

ベアトリス「はい///」

ちせ「うむ…」

切れ長の眼をした娘「ところで、そういうことなら最後にぱーっとやろうじゃない…出て行くのは明日の朝方なんでしょ?」

ベアトリス「それはそうですが……怒られないでしょうか?」

ほっそりした娘「大丈夫大丈夫。どうせ明日はお休みなんだし、ちょっとくらい羽目を外したって怒られやしないわよ……ね?」

年かさの娘「その通り。それに詩人もこう詠んでいるわよ…」普段から「皇帝の血を引く」と自称しているだけあって、李白の書いた文の一節をすらすらと暗唱してみせた…


夫(それ)
天地者萬物之逆旅也(天地は万物の逆旅なり)
光陰者百代之過客也(光陰は百代の過客なり)
而(しかして)
浮生若夢(浮生は夢のごとし)
為歓幾何(歓をなすこと幾何(いくばく)ぞ)
古人秉燭夜遊(古人、燭を秉(とりて)夜遊ぶ)
良有以也(まことに以(ゆえ)有るなり)


年かさの娘「…ってね。だから楽しくやらないと♪」

(※「春夜宴従弟桃花園序(春夜、従弟の桃花園に宴するの序)」…従弟の宴席に招かれた時に李白が詠んだ「序」で、後に「奥の細道」で芭蕉にも引用されている)

勝ち気な娘「その通り…ってなわけで、ちょーっと待っててね……」

…数分後…

ほっそりした娘「…うわぁ♪」

勝ち気な娘「ふふーん…この間買ったんだけど、せっかくの機会だから一緒に飲もうじゃない」年代物のコニャックを一瓶と、あり合わせのグラスを数個持ってきた…

ちせ「これは…かたじけない」

勝ち気な娘「なーに、いいのよ……あたしはあんたたちと違って、出て行ってどうこうする予定もないしさ。いくら稼いだって使い道なんてありゃしないのよ…だからこうやって気分良く使っちゃうのが一番いいってわけ」

年かさの娘「そういうこと……ロンドンって街は、東洋人が一人で暮らすには厳しいからさ。良くも悪くもここが私たちの居場所なんだ」

ベアトリス「そうなんですね…」

年かさの娘「はいはい、そんなしけた顔しない♪ 今は浮世の憂さを払って、明け方になるまで楽しくやりましょ♪」

ほっそりした娘「おー♪」

可愛い娘「ハイ、楽しくやるネ♪」

年かさの娘「それじゃあ乾杯といこうか…二人の門出を祝って♪」

ほっそり娘「乾杯♪」

ベアトリス「あ、ありがとうございます…///」

ちせ「あい済まぬな……」

年かさの娘「いいのいいの…さ、もう一杯」

………


539 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/06/01(火) 10:49:42.61 ID:GzCXAZhP0
…明け方近く…

勝ち気な娘「そら、みんな出せるもんは出そうじゃない……♪」

切れ長眼の娘「はいはい」

…ちせとベアトリスの「お別れ」にかこつけて、チョウおばさんから大目玉を食らわない程度にこっそりと…しかしなかなかご機嫌なパーティを始めた一同…それぞれとっておきのブランデーだの、中国風の甘いクルミ入り菓子だのといったものを持ち出し、すでに数時間ばかり愉快なおしゃべりが続いていた…

ちせ「…この菓子はちと脂っこいが、なかなかの美味じゃな」

年かさの娘「気に入ったならもっと食べな? リンは小さいんだからうんと食べないとね」

ベアトリス「ふふ、なんだか秘密のお茶会みたいで楽しいです…♪」

可愛い娘「おー、エイミーは可愛い事言うネ」

切れ長眼の娘「同感。物腰も丁寧だし、まるで偉い人のお付きみたいよね?」

ベアトリス「えっ…そんなことないですよぉ///」

勝ち気な娘「なぁに照れてるんだよ……ところでみんな、よかったらどうだい? 店で片付けをするときに吸いさしやらこぼれたやつを集めて、ちょっぴりだけ「がめて」おいたんだけど…」そう言って手のひらほどの小さな木箱を開け、中に半分ばかり入っている純白の「粉」をみせた…

年かさの娘「…それじゃあ、皆で一服ずつ回すとしましょう……煙管は私のを使えばいいわ」そう言うと金と翡翠をあしらった、ほっそりした煙管を取り出した…

ベアトリス「えっ、でも…」

年かさの娘「いいじゃない、これでお別れなんだし…それにこのくらいくすねたからって店は傾いたりしないんだから、マダムだって怒りゃしないわ」

切れ長眼の娘「そうそう……♪」

可愛い娘「ちょっとだけにすれば大丈夫ヨ♪」

ベアトリス「…」困ったふりをしながらさりげなくちせに見て「どうします?」と目線で尋ねた…

ちせ「…」ここで妙にかたくなな態度を取って断ると、かえって余計な疑念を抱かせる…そう判断して「やむを得まい」と言うように、かすかにうなずいた…

ベアトリス「じ、じゃあちょっとだけですよ…?」

勝ち気な娘「もちろん。そもそもそんなにあるわけじゃないし、本当は私の安眠用なんだから……そんなにはやらないよ♪」

年かさの娘「そうけちなことを言わない…とはいえ、苦手なら少しにしておけばいいわ」

勝ち気な娘「そういうことよ……それじゃあ詰めてやって♪」

年かさの娘「ええ…っとと」

…いささか酔っているのか酔眼をしばたたき、こぼさないよう煙管の壺に粉を詰める…それから赤いかさかさした感じの薄紙をこよりにして火を付け、煙管に近づけると幾度か吸った……火を移すのにしばらくすぱすぱやっていると、甘ったるいのと焦げたのが合わさったような独特の香りが漂い、ほのかに煙が立ちのぼった…

年かさの娘「はい、できた……それじゃあ最初は「主賓」からね♪」

ベアトリス「わ、私からですか…?」

勝ち気な娘「なんだよ、遠慮するなって」

切れ長眼の娘「早く吸って回してちょうだいよ」

ベアトリス「わ、分かりました……」まるで貴重な骨董品でも扱うかのようにおそるおそる煙管を手に取り、ためらいがちに軽く吸った…

ベアトリス「…あ、あれ?」

勝ち気な娘「吸い方が弱いから届かないんだよ…ほら、消えちゃうからもっと勢いよくしないと」

ベアトリス「なるほど、それじゃあ……けほっ、こほっ!」今度は「すぅ…っ!」と勢いを付けて吹かし、途端にいがらっぽい煙が喉に入り派手にむせた…

年かさの娘「あはははっ…それじゃあお次はリンの番♪」

ちせ「う、うむ……」

勝ち気な娘「どうだい?」

ちせ「ん、ごほっ…なんだか煙いだけではなく、妙な香気があるのぉ……」

年かさの娘「そういうもんだからね…さ、次に回して?」

ちせ「うむ…」

………

540 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/06/05(土) 11:15:27.51 ID:oS107LIF0
…朝方・マダムの部屋…

チョウおばさん「……それじゃあこれでおしまい。後はどこへでも好きなように行っちまいな」

ベアトリス「ふぁい…」

ちせ「うむ……」

チョウおばさん「あんたたち、聞いてるのかい? ったく、どうせ今日でおさらばだと思って夜通し大騒ぎでもしてたんだろう……そんなんで財布や荷物を盗られたって知らないからね、あたしゃ」

ベアトリス「き、気をつけまふ…」

チョウおばさん「ふんっ、そんなんじゃあ赤ん坊からオートミールを守ることだってできやしないだろうさ…いいからとっとと出ていきな。出て行くときは表じゃなくて裏口を使うんだよ」

ちせ「承知…しております……」

チョウおばさん「結構だね…さぁ、行った行った!」

………

…合流地点…

ベアトリス「えーと…あー、ここれすね」

ちせ「うむ、ならば入ろうではないか……」

…まだ朝も早いロンドンの裏通りを、少々おぼつかない足取りでやって来たベアトリスとちせ……ドロシーたちが確保している一軒の「使い捨て」用のネストまでたどり着くと、よろよろと椅子に腰かけた……そしてしばらくすると、尾行や監視がないことを確認してからアンジェとドロシーが入ってきた…

ドロシー「よぅ、おはようさん…任務ご苦労だったな♪」柳のカゴを開けると「部屋から出ないで済むように」と、ガタついたテーブルの上に水の瓶やパン、まだ暖かい肉入りのパイやチーズ、そして果物などを置いていく……

ベアトリス「ふぁい、おはようごらいまふ…」

ドロシー「おいおい、一体どうした。まるでろれつが回っちゃいないぞ……歯でも引っこ抜かれたか?」

ベアトリス「そうれはないのれすが……」

ドロシー「…やれやれ、こいつはてっきり「アレ」だな」

アンジェ「そのようね…瞳孔が開き気味だし、焦点が定まっていないもの」ベアトリスに顔を近づけると、まぶたを指で広げて瞳をのぞき込んだ…

ドロシー「だな……おい、聞こえるか?」

ベアトリス「ふぁい、聞こえまふ…」

ドロシー「よーし、それじゃあ私が立てている指は何本に見える?」

ちせ「二本じゃ…」

ドロシー「どうやらそこまで大量にくゆらした訳じゃないらしいな…ったく、だからあれほど煙を肺までいれないようにする吸い方を教えたっていうのに……仕方ない、身体から抜けるまではそのまま寝ておけ」

ベアトリス「…えへへ、ドロシーさんはやさしいれふ♪」

ドロシー「ばか言え。お前たちが使い物にならないと任務の遂行に影響するからだ……そら、いいから水を飲め」

アンジェ「そうね、少しでも成分を希釈しないと…それと明日になったら蒸し風呂にでも入れて、汗をかかせる必要があるわね」

ドロシー「ああ…汗と一緒に毒気を抜かないと」

…数分後…

アンジェ「……それにしても、二人は耐性が低いようね」

ドロシー「無理もない。何しろ身体が小さいし、それにこれまで吸ったこともないんだろうからな」

アンジェ「私たちと違って毒が染みこんでいないわけね」

ドロシー「そういうことだ…もっとも、私だって色々悪いことを覚えちゃいるが、自分から「粉」に手を出したことはないな……任務ならさておき」

アンジェ「私もよ」

ドロシー「とにもかくにも、あの状態でネストまで連れ帰るわけにも行かないな……少なくとも半日はあそこに置いておくしかない」

アンジェ「そうね…二人とも、余計な事を言っていなければいいけれど」

ドロシー「まぁ、大丈夫だろう…二人の様子だと吸ったのは二、三時間前だから、きっと情報を吐かせるためじゃなくて「別れの一服」に誰かが勧めたんだろう……それに必要以上の情報は教えちゃいないんだからな」

アンジェ「だとしてもよ……こうなるとより警戒が必要ね」

ドロシー「そうだな…さて、それじゃあ私は戻る」

アンジェ「私は「7」に報告を済ませてくるわ」

ドロシー「ああ。よろしく言っておいてくれ」
541 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/06/09(水) 02:27:47.32 ID:cB4ZBGvZ0
…数十分後…

ベアトリス「なんらか……身体がふわふわしまふ…♪」

ちせ「そうじゃのう…私も身体の芯が定まらぬ……」

ベアトリス「やっぱりあの粉のせいれすね…」

ちせ「じゃな……そら、水を飲むように言われたのひゃから、ちゃんと飲まぬと……」

…さらに薬が回ってきたのか、ますます焦点の定まらない目と力の入らない腕で水の瓶をつかむと、慎重にひびの入った陶器のカップに注ごうとする…

ちせ「おっ…とと……」

ベアトリス「らいじょうぶれひゅか…?」

ちせ「うむぅ…ろうにからいひょうふひゃ……ほれ…」

ベアトリス「ありらろうごらいまふ、いららきます…んくっ、こくっ♪」

ちせ「うむ……しからは、わらひも飲むとひよう……」

…酩酊しているときのようなもうろうとした状態で、どうにかこうにか水をあおる二人…

ベアトリス「わらひももう一杯……ひゃうっ!」

ちせ「らいじょうぶか…?」

ベアトリス「あんまりらいひょうふりゃないれふ……」目算をたっぷり数インチは誤ったまま水を注ごうとし、結果として派手にスカートを濡らしてしまったベアトリス…

ちせ「しひゃたないの……ぬれていると風邪を引くからぬいらほうがよいな…」

ベアトリス「ふぁい、そうれふね……」ノロノロとぎこちない手つきでスカートを下ろしていく…

ちせ「うむ、それでよし……♪」

ベアトリス「ならちせひゃんも脱いれくらひゃい…わらひらけなんて不公平れふ♪」

ちせ「んあぁ? それもそうか…ならわらひも付き合うろひよう……んんぅ?」スカートを脱ごうとしたが上手くいかず、首を傾げている…

ベアトリス「もう、そんらころもれきないんれすかっ…いいれす、わらひがやりまひゅっ♪」

ちせ「ああ、かまわぬから座っておれ……このくらい、わらひにらってれきる!」

ベアトリス「そんなころいっれ、れきれないひゃないれふか…えいっ♪」

ちせ「おっ…とと!」

…お互いふらふらの状態でベアトリスが威勢よくスカートを下ろすと、勢い余って二人ともベッドにひっくり返った…

ベアトリス「あはははっ、ちせひゃんってばぁ…♪」

ちせ「くくくっ、いっらい誰のせいひゃと思っておるのひゃ……このぉっ♪」

ベアトリス「ひゃぁん♪」

ちせ「なんひゃ、そのいやらひい声は…っ♪」

ベアトリス「そんなの、ちせひゃんらって同じれすよぉ……っ♪」

ちせ「んあぁ…っ♪」引き締まった脚をベアトリスの小さな手で撫でられただけで、全身にぞわぞわと甘くしびれるような感覚が伝わってくる…

ベアトリス「あれれぇ、ちせひゃんったらよわよわれすねぇ?」

ちせ「なにおぅ…♪」ちゅむっ、ぴちゅっ…♪

ベアトリス「あっ、あっ、ふわぁぁぁ…っ♪」色事には慣れていないちせの軽くついばむ程度のキスにも関わらず、秘所からはとろりと蜜がしたたり、腰が抜けるほど気持ちがいい…

ちせ「どちらがよわよわなのら、教えてやらねひゃな…♪」ぺろっ…♪

ベアトリス「ふあぁぁぁん…っ♪」

ちせ「ろうした、こんあ程度か…?」ちゅる…っ、くちゅっ♪

ベアトリス「あふっ、ふぁぁぁっ、んぁぁ…っ♪」とろっ…とぷ…っ♪

ちせ「ほぉ…れ、ここはろうじゃ…?」ベアトリスの脇腹を撫で上げ、首筋に舌を這わせる…

ベアトリス「あひぃ、ひう…ちせひゃん…ちせひゃんも…気持ちいいれひゅか……?」とろんとした視線を向けるとちせの舌先に自分の舌を絡め、
それから濡れたふとももを重ね合わせた…

ちせ「うむ……ぅ、わらひも…気持ひいい……っ♪」にちゅっ、くちゅっ…♪

542 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/06/11(金) 03:13:36.70 ID:QofCbdd+0
ベアトリス「はぁ、はぁ、はぁぁ…っ///」

ちせ「ふぅ、ふぅ、ふぅぅ……///」

ベアトリス「ふわぁぁぁ……ちせひゃぁ…ん///」

ちせ「ふぅぅ…っ…そんら声をあげられひぇはひゃまらぬ…っ♪」

ベアトリス「きゃあぁ…んっ、んぁぁぁぁっ♪」

…小柄とは言え常々武道で身体を鍛え、刀を振るっているちせだけあって苦もなくベアトリスを組み敷くと、両の手首をまとめて押さえ込み、きゅっと引き締まったふとももで彼女の腰を挟みこむ…

ベアトリス「はぁ、はぁ、はぁ……///」くちゅ…♪

ちせ「んはぁ、はぁ、はぁ…ん、くぅぅ…♪」にちゅにちゅっ、くちゅっ…♪

ベアトリス「ちせひゃん……もっろ…ぉ///」

ちせ「べあとりひゅ……んちゅる、ちゅくっ、んじゅる……っ♪」ペチコートを足元にずりおろすとそのまま白い太股の間に顔を埋めて、緩慢で気だるい、とろけたようなペースで舌を這わせる……

ベアトリス「ちひぇひゃぁ…ん……わらひも…♪」

…舌で迎えるようにしてちせの慎ましやかな胸元に吸い付き、とろんとした恍惚の表情を浮かべて舐めたりしゃぶったりするベアトリス……二人とも夢うつつの気分で、ただただ重ね合わせた身体がこすれ、粘っこく暖かい蜜が太股を伝って垂れていく感覚だけが脳髄を刺激する…

ちせ「んじゅるぅ…っ、ぐちゅっ、ちゅぷ……ぅっ♪」

ベアトリス「ふぁぁぁ…あっ、あふ…っ♪」

ちせ「ぷは……んあぁぁ…あ、あっ、んぅぅ…っ♪」

ベアトリス「まら、ちせひゃんには負けまひぇんよ……ぉ♪」


ちせ「なにを……なら教えれやろう…っ♪」そう言うなりベアトリスが付けていたリボンを引きほどいで手首に巻き付けて縛り上げ、余った部分をベッドの柱にくくりつけ、拝むような姿勢をとらせた……そのまま下から滑り込むようにして、とろりと濡れそぼった秘所に舌を滑り込ませる…


ベアトリス「ふあぁぁぁんっ♪」普段ならあり得ないようなトロけた様子でがくりと天井を向き、がくがくと身体をひくつかせる…

ちせ「このままいつまれ耐えられるかためひてやろう…れろっ、じゅぷ、じゅるぅぅ…っ♪」

ベアトリス「はひゅっ、ふあぁぁ…っ♪」

ちせ「こう見えれも、わらひもいろいろ覚えひゃのら……っ♪」ぐちゅぐちゅ…っ、じゅぶっ、ぬちゅ…っ♪

ベアトリス「はひぃぃ…ふあぁぁ、ちせひゃん……そこぉ、気持ひぃぃれす……ぅっ♪」とろっ…♪

ちせ「わらひも……気持ひいい…ぞ…ぉっ♪」舌と右手の指でベアトリスの花芯をくちゅくちゅと責め立てつつ、同時に左手を自分の秘所に滑り込ませてかき回した…

ベアトリス「ふあぁぁ……ちせひゃぁんっ、イくの…ぉ、気持ひいいれひゅ……あぁぁぁんっ♪」

ちせ「わらひも…気持ひよくれ……指が…止められぬ……あっ、あっ、ふあぁぁ…っ♪」

…ベアトリスがひくひくと身体を引きつらせたはずみでリボンが解けると、力の抜けた身体がどさりとちせの上に落ちた……そのまま二人は身体を重ね、緩慢な動きでねちっこく交わり合う…

ちせ「ふあぁぁぁ…あふぅっ、んくぅぅ…っ///」ぐちゅ、ぬちゅ…っ♪

ベアトリス「んぅぅっ……はぁっ、はあぁ…っ///」じゅぷ……っ、にちゅ…っ♪

ちせ「…こんな有様をみたら、そならの「姫様」はろう思うじゃろうなぁ……?」そう耳元でささやくと、教わった知識を使って耳たぶを甘噛みした…

ベアトリス「ず、ずるいれひゅっ…そ、そんなころぉ…言われひゃらあ…ぁぁぁっ♪」呆けたような表情で愛蜜を垂らし、絶頂しているベアトリス……

ちせ「ふふ、その調子ならわらひの勝ち……」

ベアトリス「わらひらって…姫しゃまから教わっれいるんれす……れろっ、あむっ…くちゅ♪」わざとみずみずしい果実に吸い付くような音を立てながら、ちせの耳に吸い付いた……

ちせ「おおぉ゛…ぉっ、んぁぁぁ……あ、んあぁぁっ♪」

ベアトリス「ちせひゃぁぁ…んっ♪」がくがくっ、ぷしゃあぁぁ…っ♪

ちせ「べあとりひゅぅ……ぅっ♪」とぷっ、ぷしゃぁぁ…♪

………

543 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/06/19(土) 03:31:23.34 ID:gYeCE8mI0
…翌日…

ドロシー「……で、こうなったわけか」

ベアトリス「はい……///」

ちせ「///」

…愛蜜にまみれたふとももを隠すように脚を閉じ、一糸まとわぬ姿を恥じる様子でベッドに腰かけている二人と、額に手を当てて苦笑いを浮かべているドロシー……部屋のあちこちには脱ぎ散らかされたストッキングやペチコート、ビスチェが放り出され、ベアトリスとちせの身体にはいくつもキスの跡が残っている…

ドロシー「やれやれ……まあいいさ、任務があらかた済んでほっとしたところに、あの「粉」をキめちまったらそうもなるだろう」

ちせ「面目ない……///」

ドロシー「なぁに、気にすることはないさ…しかしお前さんたちときたら私とアンジェが帰ってから、一日中ずーっと盛りのついたネコよろしく過ごしていたってわけだな♪」

ベアトリス「うぅ、言わないで下さいよ…ぉ///」

ドロシー「悪いな、しばらくはこれをネタにからかわせてもらうつもりさ……さ、引き上げるからとっとと着替えてくれ」

…そんなことになっているとは思っていなかったので下着こそ持ってこなかったが、人目を引かないよう地味な色合いの着替えを持ってきていたドロシー……ふっと真面目な口調に戻ると、それぞれに向けてデイドレスやスカートを放った…

ちせ「う、うむ…///」

ベアトリス「は、恥ずかしくてまともに顔も見られません……///」

ドロシー「ふぅぅ…とっととしてくれ、予定が控えてるんだからな。 そら、どっちのだ?」ひょいとストッキングをつまみ上げ、二人に向かって放る…

ベアトリス「た、多分私ので…///」

ちせ「あ、それは私のかもしれ……っ///」

…飛んできたストッキングを同時に取ろうとして指先が触れたとたん、びりっと軽い電流のような感覚が走る…

ちせ「す、済まぬ…///」

ベアトリス「い、いえ…私こそ……///」

ドロシー「なんだ、まーだ疼きが収まらないのか……いっそのこと、私がどうにかしてやろうか?」わざとらしく好色な表情を浮かべてみせた…

ベアトリス「け、結構ですっ…///」まだ乾いていない愛液で冷たくねっとりと濡れたストッキングに脚を通し、顔を赤らめる…

ドロシー「そうかい…ちせ、支度は済んだか?」

ちせ「うむ…///」

ドロシー「よし……私は部屋の痕跡を消して最後に行くから、まずはお前さんが出ろ。川に向かって二本行った通り、角の八百屋の裏でアンジェが待ってる…灰色のデイドレスで頭にはボンネットだ」

ちせ「承知」

ドロシー「…ベアトリス、着替えはすんだか?」

ベアトリス「は、はい…///」

ドロシー「おい、そのもじもじするのは止めるんだな……そんな様子じゃあ人目を引く」

ベアトリス「き、気をつけます…」

ドロシー「そうしてくれ。お前さんは私の片付けを手伝いながら、ちせが出て五分以上経ってから部屋を出る…いいな?」

ベアトリス「分かりました」身体に火照りが残っているとは言えそこは手慣れたもので、乱れたベッドシーツや動かした椅子、テーブルと言った調度をてきぱきと整えていく…

ドロシー「…よーし、それじゃあ行け」ベアトリスに手伝わせて後片付けをしながらおおよその時間を計っていたが、頃合いを見計らって出て行かせるドロシー…

ベアトリス「はい」

ドロシー「……ふっ、それにしてもあの二人が…ねぇ♪」部屋の痕跡を消して最後に確認を済ますと、口の端に笑みを浮かべながら部屋を出た…

………

544 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/06/25(金) 01:39:41.27 ID:S2v7jigi0
…後日・部室にて…

ドロシー「よう、おはようさん…♪」

ちせ「うむ、おはよう」

ベアトリス「お早うございます……今朝はずいぶんご機嫌ですね、ドロシーさん?」

ドロシー「ふふん…まぁな♪」

プリンセス「…何かいいことでもあったのですか?」

アンジェ「いいことかどうかは分からないけれど……ドロシーがご機嫌なのはこの記事を読んだからでしょうね」

プリンセス「なぁに、アンジェ? …えーと「貨物船ドーヴァー海峡で遭難、救難活動続く」……私にはただの海難事故を報じる記事にしか見えないわ」

ドロシー「そりゃあ一見するとそうさ……しかし記事を読めば分かるが、その船を運航させていた海運会社は「ファーイースト・クラウン・ライン」で、遭難した船はホンコンから陶磁器を運んでいたとあるはずだ」

ベアトリス「確かにそう書いてありますね…あれ、でも「ファーイースト・クラウン・ライン」って……」

アンジェ「そう…貴女たちが行った情報収集のおかげで、実際には「粉」や秘密の物資、資金を運ぶために船を運行していることが判明した王国情報部のフロント企業よ」

ドロシー「そういうこと……で、あちらさんが山ほど「粉」を積んでドーヴァーの沖までやって来たところで、その船をドボンと沈めてやったわけさ♪」

ベアトリス「なるほど…」

アンジェ「ドーヴァー海峡といえば潮の流れも速いし、霧も出やすい……」

ドロシー「つまり事故を起こすには「うってつけの場所」ってわけでね…♪」

ちせ「しかし、どうやってそれだけの「粉」を疑われずにロンドンのあちこちに運んだのじゃろうな…」

ドロシー「ふふん、それじゃあお茶のお供にトリックの種明かしと行こうじゃないか…ベアトリス、一杯注いでくれるか?」

ベアトリス「はい♪」

ドロシー「あー…」注がれた紅茶をひとすすりすると、長いため息をついた…

ベアトリス「いかがですか?」

ドロシー「そうだなぁ……今朝のブレンドはセイロンをベースに「ラプサンスーチョン(正山小種)」とアッサムか?」

(※正山小種…茶葉を燻製して独特のいぶした香りを付けた中国原産の紅茶)

ベアトリス「むっ…ドロシーさんって意外と鋭いですよね?」

ドロシー「おいベアトリス、「意外と」は余計だぞ……ま、上流階級に潜り込むエージェントとならこのくらいは出来ないとな」

ちせ「それで、肝心の「種明かし」とやらは…」

ドロシー「まぁまぁ、そう慌てるな……」

…ドロシーはもう一口紅茶をすするとカップを置き、テーブルにひじをつくと両手を組んだ…

ドロシー「さて……ロンドン港に陸揚げされる「粉」をどうやって需要のある場所へ運ぶか。王国情報部の連中にしても、こいつが一番の悩みどころだったはずだ」

ベアトリス「はい…」

ドロシー「そこで連中は考えた…たいてい「粉」が消費されるのは会員制のサロンみたいなところだ。そういうところで使う物と言えば何か……これさ♪」飲み終えたティーカップを持ち上げてみせる…

ドロシー「ちせが前に「景徳鎮」らしい大きな花瓶の陰に隠れたと言ったな……実はああいう焼き物の糸底を高めに作っておいて、そこに「粉」を仕込んで上から陶土で塗り固めたり、梱包されたカップやポットの中にぎっしり詰め込んだりしていたんだ……焼き物なら大きさに比して重さがあってもおかしくないし、サロンが箱で注文するのもおかしくない」

アンジェ「そういうことね……他にも箱を二重底にしたり、他にも色々な手段を講じていたはずよ」

プリンセス「……真面目な人たちが少しでも中毒者を減らそうとしているかたわらで、そんなことが平然と行われていたのね」

ドロシー「プリンセスの気持ちは分かるが、諜報活動はきれいごとだけじゃあ回せないからな……ま、とにかくこれで連中もしばらくは金のやりくりに困るだろう」

アンジェ「そうね」

ドロシー「ああ。しかしそう考えると気分がいいや……今度はブランデーを垂らしていただこうかな♪」カップに紅茶を注ぐと、秘密のキャビネットからブランデーの瓶を取り出した…

ベアトリス「もう、朝からお酒なんてだめですよ…っ!」

ドロシー「やれやれ、口うるさい限りだぜ」

プリンセス「ふふふっ…♪」

ちせ「ははは…♪」

アンジェ「ふっ…」

………

545 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/06/26(土) 16:44:32.15 ID:yLc9kPu80
というわけでこのエピソードは完了ですが、今回はあまり肩肘張らずに書くことが出来ました(ちょっと忙しくて更新自体は遅かったですが)

それと、昨日(6月25日)は「百合の日」だったそうですね…読み返してみるとあんまり百合百合しいストーリーがありませんが、そのうちに「女学校ならでは」と言ったものも書こうと思います……
546 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/06/29(火) 02:03:45.84 ID:8afd0S7V0
…caseプリンセス×アンジェ「The prayer for spies」(スパイたちへの祈り)…


ドロシー「……おいアンジェ、しっかりしろ…っ!」

アンジェ「…」

ドロシー「頼むから目を覚ませよ、アンジェ……お前を愛しているあの女性(ひと)を独りぼっちにして、自分だけ先に逝っちまうつもりかよ…!?」天井が高く寒々しい雰囲気のする場所で底冷えのする大理石の床に膝をつき、意識を失っているアンジェの身体を抱き上げて、ののしりながら必死に救命措置を取るドロシー……

アンジェ「…」

………



…数週間前…

7「……今回の目的は王国植民地省の機密情報を入手することにある…資料は内部の協力者によってダウニング街(官公庁街)から持ち出され、それをカットアウトがメールドロップに運び、それを受け取ったエージェントが改めて貴女たちに引き渡す手はずになっていた」

ドロシー「結構だね……だが、運ぶ手はずに『なっていた』って言うのはどういう意味だ?」

7「実は、今回の情報引き渡しにちょっとした「障害」が発生していて、まだ情報は中継役であるエージェントの手元に留まっているの」

ドロシー「どうやら厄介そうな話だな……」

…それから数時間後…

アンジェ「なるほどね…」

ドロシー「ああ……当然ながら植民地省の方針を知りたがる奴は多い。フランスやドイツをはじめとする列強はもちろん、日本やイタリアといった後発列強の国々…あるいはその情報を元に商機をつかもうとする財閥や商社、それから「ザ・シティ」(金融街)に巣くっていて、そういう内輪の情報を流してひと儲けているような連中…」

アンジェ「一切れのパイに対してお客は十数人と言ったところね」

ドロシー「そういうことだ……で、その情報を受け取ったエージェントは監視を付けられ、にっちもさっちもいかなくなっているらしい」

アンジェ「……それで私たちが代わりに資料を受け取りに行く事になった…と」

ドロシー「ご名答」

アンジェ「どうやら話を聞く限りでは、荒事の可能性もありそうね」

ドロシー「ああ…おまけに誰が敵か分かりゃしないって言うんだからな。全く最高だよ……」

アンジェ「とはいえ、パイを「食べたがっている」相手は多いけれど、その中で王国を怒らせることを覚悟した上でパイに「手を出す」プレイヤー(関係国・当事者)となると、そう多くない……」

ドロシー「当然だな…まぁ、一番あり得るのはフランスかドイツだろう。オランダもあり得なくはないが、このところオランダ情報部はアルビオンだけじゃなくてフランスやベルギー相手の諜報合戦にも忙しいから、そこまでのプレイヤーにはならないな」

アンジェ「ええ…」

ドロシー「それからイタリアだが…連中、今は自分の国土を維持するので精一杯だから、そこまで派手なことはできないと見るね」

アンジェ「そうね……となれば彼らと「未回収地」を巡って領土争いをしているオーストリア・ハンガリーも同じということになる」


(※未回収地…イタリア語で「イレデンタ」と呼ばれた、フィウメをはじめとするイタリア北東部やダルマティア地方(現在はクロアチア等の領土)のこと。当時オーストリアに占領されていて、その回収が当時のイタリア王国にとって悲願だった。後の第一次大戦時、イタリアを連合国へと寝返らせるためオーストリアから「未回収地」を取り上げ、イタリアへ割譲させるとした「ロンドン密約」(1915年)が結ばれ、これをきっかけにイタリアは協商国側を見限り連合国側へとついた)


ドロシー「まぁ、そういうことになるな……それからロシア帝国の連中も「極東」と聞けば鼻を突っ込んでは来るだろうが、オフラーナ(ロシア帝国警察省警備局)はむしろ日本をにらんでいるところだから、ロンドンにそう頭数は割けないだろう」


(※オフラーナ…ロシア帝国警察省警備局。帝政ロシア時代に存在した防諜・諜報組織。ロシア国内では貴族の圧政に対する抗議を行っていた労働運動を監視・弾圧し、同時に外国にも多くのエージェント送り込んで諜報活動を行っていた。その「遺産」(入手した情報や人材)は後の「チェーカー」(秘密警察)や「KGB」にも引き継がれた)


アンジェ「そうね…」

ドロシー「しかしまぁ、よくもこう世界中の情報部が集まったもんだ…エージェントの見本市が開けるぜ?」

アンジェ「見本市に名前が出るようではエージェント落第ね」

ドロシー「はは、違いない…♪」

アンジェ「……それで、引き渡しの場所と時刻は?」

ドロシー「ああ、そいつは今から話す…」

………


547 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/04(日) 03:00:30.72 ID:qdfFtzn60
…その日の夜…

プリンセス「…ねぇ、アンジェ」

アンジェ「なに…?」

プリンセス「あのね、どれも遂行しなければいけない任務だというのは分かっているけれど……気をつけてね?」


…真鍮の蛇口が付いている脚付きのバスタブに入り、アンジェを後ろから抱きしめるような形で湯に浸かっているプリンセス……いつものように無表情ながらも少しだけ安心しているような雰囲気のアンジェと、そのアンジェを気づかいつつ、細く引き締まった身体を慈しむように撫でるプリンセス…


アンジェ「大丈夫よ、プリンセス……私は目的を達するまで死ぬつもりはないから。あくまでも「蛇のように狡猾に、狐のように賢く、イタチのようにすばしこく」生きるつもりよ」

プリンセス「ならいいけれど…くれぐれも無理をしないでね?」

アンジェ「ええ。よく「墓地には勇敢な英雄たちの墓が並んでいる」と言うけれど……私は英雄になるつもりなどないもの」

プリンセス「良かった…♪」そう言うと後ろからぎゅっとアンジェを抱きしめた…

アンジェ「…っ///」

プリンセス「ふふ…相変わらずこういうのには弱いのね♪」ふにっ…♪

アンジェ「別に弱いわけじゃあないわ……んっ///」

プリンセス「それにしてはずいぶんと身体をすくませているようだけれど?」

アンジェ「それは…こうやって一緒にお風呂に入るのなんて久しぶりだから……///」入浴のためではない理由からかすかに頬を赤らめ、内ももをもじもじとこすり合わせるアンジェ…

プリンセス「……したい?」

アンジェ「言わせるつもり…?」

プリンセス「いいえ…♪」ばしゃっ…と湯をはね上げつつ、アンジェのうなじに唇を這わせた…

アンジェ「あ…///」

プリンセス「アンジェ…好き、好き、好き……♪」そうつぶやきながらうなじから肩へと口づけを続け、同時にアンジェを抱きしめるように腕を回して、硬くなった乳房を優しく揉みほぐした…

アンジェ「ん、んっ…///」

プリンセス「アンジェ……♪」そのまま湯の中にざぶりと顔を沈めると、背中に沿ってキスを続けていく…

アンジェ「あ…あっ……///」

プリンセス「…♪」レモンを浮かべた爽やかなお湯の中で少し意地悪な笑みを浮かべると、胸元に回していた片手を離してアンジェの秘部に滑り込ませた…

アンジェ「んん…っ!?」びくんと身体が跳ねると波打ったお湯がバスタブから溢れ、浴室の床にこぼれた…

プリンセス「ぷはぁ……どう、アンジェ? 気持ちいい?」

アンジェ「プリンセス…///」

プリンセス「アンジェ…♪」

…そのままお互いに身体を預けながら、自分の花芯へと相手の指を誘導する二人……空いている方の手は指を絡ませあい、唇は相手の唇と重なり合う…

アンジェ「プリンセス…///」

プリンセス「シャーロット…///」

アンジェ「あ、あ、あっ……んぅぅ…っ///」

プリンセス「はぁぁ、あぁ…んっ、んんぅ……っ///」次第に浴槽の水面が激しく波打ち始め、縁からお湯がこぼれる回数も次第に多くなっていく…

アンジェ「ん、ちゅぅぅ…ん、ちゅぅ……///」

プリンセス「んふ、ん……ちゅっ、ちゅぅ…っ///」

アンジェ「ん、ちゅるっ…ちゅぅぅ…っ///」

プリンセス「ん…っ、ちゅる……っ///」

アンジェ「……ぷは…ぁ///」

プリンセス「はぁ、はぁ、はぁ……ぁ♪」バスタブに背中をもたせかけ、甘い笑みを浮かべつつトロけた表情を浮かべているプリンセス…

アンジェ「…ふぅ」一方、ポーカーフェイスを保っているように見えるが、目の焦点が定まらないままプリンセスに身体を預けているアンジェ…

プリンセス「さ、もう少ししたら出ましょう? このままだとのぼせてしまうものね…♪」

アンジェ「ええ…///」
548 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/06(火) 12:20:13.69 ID:guk/Kaac0
…事後…

アンジェ「そろそろ部屋に戻るわ…」

…交わった後の気だるい雰囲気の中、いつも通り淡々と身支度を整えて出て行こうとするアンジェ…

プリンセス「ねぇアンジェ、ちょっと待って…」

アンジェ「なに?」

プリンセス「えーと……そう、良かったら占いでもしていかない?」

アンジェ「占いは嫌いよ。現実的じゃないもの…カードごときに先々の事が分かるなら何の苦労もいらないし、そんなものに未来を決められてはたまったものじゃないわ」

プリンセス「まぁまぁ、そう言わずに…ね?」

アンジェ「ふぅ、分かった……プリンセス、貴女がそこまで言うなら付き合ってあげる」

プリンセス「まぁ、嬉しい…さっそく準備するわね♪」

…卓上によく混ぜたタロットを並べ、向かい側の椅子にアンジェを座らせたプリンセス…揺らめくランプの灯にアンジェの瞳がきらきらと光る…

プリンセス「それじゃあこっちが過去、こっちが未来ね……アンジェはいつ頃の未来を占って欲しい?」

アンジェ「そうね…それじゃあ今回のコンタクトが上手くいくかどうかを占って欲しいわ」

プリンセス「むぅ……もっとロマンティックな事を占ってあげようと思ったのに…」

アンジェ「その点については心配する必要などないもの」

プリンセス「///」

アンジェ「さ、寮監の見回りが来る前に済ませてちょうだい」

プリンセス「そ、そうね……えーと、まずはそっちのカードをカット(シャッフル)して?」

アンジェ「ええ」手際よくタロットをシャッフルした…

プリンセス「次に半分にした山から一枚ずつ…」手順に沿ってカードを切り、山を混ぜ、またカットする……最後にアンジェに一枚のカードを引かせた…

プリンセス「それじゃあ、アンジェの運勢は……」見えないように絵柄を隠していたカードをめくると、表情がこわばった…

アンジェ「だから言ったでしょう…それじゃあ帰るわ。お休み」プリンセスがめくったタロットのアルカナ(絵柄)はアンジェに対して正位置の「死神」を示している…

…翌日・部室…

ドロシー「さて、それじゃあ任務説明といこうか」

アンジェ「ええ、頼むわね」

ドロシー「よしきた…まずコントロールからの連絡によると「ボール」を持っているエージェントから報告があって、引き渡しの時間と場所を指定してきた」

アンジェ「…どうにか監視の目をくぐって動けるようになったという事かしら」

ドロシー「いや、おそらくこれ以上「ボール」を抱えちゃいられないって言うだけだろう……あんなものは長く手元に置いておけば置いておくほど敵さんを引き寄せるからな」

アンジェ「となると、コンタクトの際はより慎重になる必要があるわね…」

ドロシー「ああ。それで引き渡し場所だが……ここだ」机に広げてあるロンドンの市内地図から一点を指差した…

アンジェ「聖堂?」

ドロシー「ああ。ちなみにここはカトリックの聖堂だから「アルビオン国教会」の多いこの国じゃああんまり近寄る人間もいないし、コンタクトの場所としては悪くない…」

アンジェ「ええ」

ドロシー「コンタクトは三日後の日没ちょうどに聖堂の中、左側最前列の長椅子で待つ……もしコンタクトできなかったら、その際は第二のポイント……ここにあるパブ(居酒屋)で17時って手はずになってる。いずれの場合も五分経って現れなかったら中止だ」

アンジェ「分かった」

ドロシー「当然ながら車で乗り付けるのは目立ちすぎるから「ダブルデッカー」(※二階建て…ロンドンバスの通称)とか辻馬車とか、とにかく交通機関を乗り継いで近くまで行くことになる」

アンジェ「それがいいでしょうね」

ドロシー「ああ…それから私は一応ハジキ(ピストル)を持って行くつもりだが……アンジェ、お前は?」

アンジェ「そうね、市街でのコンタクトとなる以上撃つ機会はまずないでしょうけれど……一応身に付けていくつもりよ」

ドロシー「分かった。私はいつも通りウェブリーの.380口径だ」

アンジェ「私もいつも通りウェブリー・フォスベリーにするわ」

ドロシー「よし…それじゃあこれはもういいな」広げた地図をしまうと「部室」の鍵を開けた…
549 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/10(土) 11:16:00.37 ID:USquDalD0
…当日…

ドロシー「しかし、やっぱり引っかかるんだよな…」ウェブリーに弾を込め、念のため予備の弾をコルセットの隠しスペースに詰めていく…

アンジェ「…そうね」

ドロシー「アンジェ、お前もそう思うか?」

アンジェ「ええ…情報を受け取ってからあがきが取れないほど監視されていたはずのエージェントが、急に接触を試みるわけがない……たとえ導火線に火が付いた爆弾だとしても、被害を被る人間は最小限に抑えるよう行動するはず」

ドロシー「だよな……となると、誰かが「餌」としてわざと監視を緩めたってところか」

アンジェ「それが一番ありそうね…どう、準備は出来た?」

ドロシー「ああ、ばっちりだ…お婆ちゃん♪」

アンジェ「結構ね。それじゃあ行きましょう…」

…ドロシーは緑色のデイドレスにアルスターコートを羽織り、頭には目線を隠しやすい大きめの婦人帽をかぶっている…一方のアンジェはランデヴーの場所が聖堂と言うことで、お祈りに熱心な老婦人に化けている…肩に灰色のショールをかけて頭には同色のボンネット、それに灰色と紫色が合わさったような、何色とも表現しようがないスカートと上着…

ドロシー「よし……さぁお婆ちゃん、お手をどうぞ♪」少し背中を屈め、よちよち歩きになっただけで急に小さな老婦人へと化けたアンジェに舌を巻きながらも、おどけて手を差し出した…

アンジェ「ありがとねぇ、キャスリンさんや……」

ドロシー「キャスリンじゃなくてメリルですよ、お婆ちゃん」

…数時間後…

ドロシー「どうやら無事に着いたな」

アンジェ「ええ…今のところ監視も尾行もなかったわね」

ドロシー「ああ」

…二人がやって来たのは、国教会が主流のアルビオンでは少数派であるカトリックの聖堂(カテドラル)で、かつては排斥されたり攻撃されたりもしたが、今ではある程度の立場を認められ、信徒こそ少ないながらもそれなりに活動している……それを象徴するように、聖堂はそこまでの大きさこそないとはいえ、厳かな姿を見せて夕空にそびえ立っている…

ドロシー「……ここだな」

アンジェ「ええ…」

…薄暗いゴシック式の聖堂に入った二人は、拝廊(聖堂の入口付近)からさっと左右を見渡した……柵の向こうに伸びる身廊(聖堂の中央にある、柱で挟まれた広い部分)は静まりかえり、柱から伸びて天井を構成する高い扇形の穹窿(きゅうりゅう)は陰影を際立たせるような彫刻が施され、夕闇の中に霞んでいる……窓には聖書の場面を描いたステンドグラスがはまっていて、昼間なら陽光を取り込み聖堂を万華鏡のように照らしているのだろうが、日が落ちたこの時間帯では暗い一枚の板でしかなく、左右の側廊(聖堂左右の柱より外側の部分)も薄暗く沈んでいる…

ドロシー「…」ドロシーは「右側を頼む」と軽く身振りで示すと、柱に沿って奥の祭壇の方へと近づいていく…

アンジェ「…」小さくうなずくと慎重に歩を進めた…

男の声「……夕刻の礼拝には少し遅すぎるようですな」唐突に男の声が響くと、白い衣をまとった太めの男が物陰から現れた…

ドロシー「…っ!」

白い衣をまとった男「おっと、そう慌てないでもよろしい……ここは祈りの場であり、主の家でもある。そして貴女方をここへ導いたのは他ならぬこのわたくしですからな」

ドロシー「そりゃあどうも……で、どこのどちら様なのか自己紹介を頼めるかな?」

男「わたくしはアレサンドロ司祭と申します…主のご加護を」

…アレサンドロと名乗った司祭は白い僧服にミトラ(司祭の帽子)をかぶり、胸元には金の十字架を提げている……丸く血色のいい顔は愛想笑いを浮かべているが、目はずるそうに小さく動いている…

ドロシー「ご丁寧にどうも…それで、司祭様が私たちにどんなご用で?」

アレサンドロ「ふむ、では率直に申し上げましょう……貴女方が欲している文書はわたくしどもが預かっております」

ドロシー「文書?何のことだい? 私はただお婆ちゃんを連れて墓参りに来ただけなんだがね」

アレサンドロ「隠さなくてもよろしい……それに主の御前では嘘、偽りを申さぬことです」

ドロシー「汝、偽りを申さぬこと…十戒か」

アレサンドロ「さよう」

ドロシー「それじゃあ司祭様、一つお尋ねしますがね……私たちが会うはずだった間抜けはどこにいる? 正直にお答えいただこうじゃないか」

アレサンドロ「重要な点はそこではありますまい……貴女方が欲しているのはとある文書だったはず。そしてこちらとしてはそれを引き渡すつもりがある、ということです。無論相応の代価が必要ではありますが……」ドロシーの質問を黙殺し、両手を広げて迎合するような姿勢を取った…

ドロシー「なるほど…だが聖書にあったよな「イエスは『私の父の家を商売の家にするな』とおっしゃられ、鞭を持って商人たちを追い出された」…とね」

アレサンドロ「残念ながら交渉決裂ですな…」片手を上げて合図をすると、入口から修道士や神父が一ダースばかりなだれ込んできた…いずれも手にはモーゼル・ピストルや、口径10.4×22ミリRのイタリア製リボルバー「ボデオ・M1889」を持っている…

ドロシー「主のお言葉は銃口から発せられるってわけか……アンジェ!」

アンジェ「…ええ!」
550 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/12(月) 10:19:23.47 ID:yK0iPnLQ0
アレサンドロ「撃て!」

…司祭が片手を振り上げるよりも先にぱっと左右の柱の陰に飛び込み、銃の引金を引く二人…

修道士A「ぐうっ…!」

修道士B「がは…っ!」

…たちまち数人を仕留めた二人に対し、数と教会への信念を持って果敢に詰め寄ってくる修道士たち…

ドロシー「…ちっ!」バン、バンッ!

アンジェ「…」パン、パァン…ッ!

神父A「うぐっ!」

修道士C「うっ…!」

アレサンドロ「えぇい、たかだか二人を相手に何をしている…撃て、撃て!」部下をけしかけ、その一方で自分は法衣の裾をからげて奥の聖具室へと入り、扉を閉めようとしている…

アンジェ「くっ…!」司祭を逃がすまいと祭壇の方へと身を躍らせ、追いすがろうとするアンジェ…

ドロシー「…よせ!」

神父B「…!」ぱっと柱から身をさらし、続けざまに数発撃った…

アンジェ「かは……っ!」銃弾の一発を浴びたように見えたアンジェは、そのまま身体をくの字に折って石の柱に叩きつけられた…

ドロシー「くそっ…!」礼拝用のベンチから身を乗り出して銃口を向けようとする修道士に二発の銃弾を叩き込むとそのままベンチの間に飛び込み、修道士がとり落としたM1889を取り上げて左側の相手を撃った…

修道士D「うわっ…!」

ドロシー「ふぅ、どうにか片付いたか……アンジェ、大丈夫か!?」

アンジェ「…」石の柱にもたれかかるようにして目を閉じているアンジェ…血こそ流れていないが応答はない……

ドロシー「おい、しっかりしろって…なあ、返事をしろよ……!」

アンジェ「…」

ドロシー「…ったく、愛しの人とならともかく、馬鹿らしい任務なんかと心中してどうするんだよ……この大馬鹿野郎の冷血女が…!」

アンジェ「……大馬鹿で悪かったわね…」

ドロシー「アンジェ…!」

アンジェ「大声を出さないで…頭に響く……」

ドロシー「あぁ、アンジェ……無事か? どこを撃たれた?」

アンジェ「撃たれてなんか…いないわ……ただ…跳ねた銃弾が……鳩尾に……当たっただけ……うっ…!」

…そう言って息を吸った瞬間、猛烈な痛みに顔をしかめた……アンジェに当たった跳弾は身体を撃ち抜くほどの勢いこそ残っていなかったが、柱に叩きつけられた時の衝撃のせいで軽い脳震盪のようになっているらしく、視界はぐらつき、まともに動けそうにはない…

ドロシー「なんだよ、畜生…驚かせやがって……それじゃあなんともないんだな?」

アンジェ「ええ、一応は……だけど、少しでも動くと……」

ドロシー「分かった、しばらくじっとしてろ…私はあの司祭の奴を追いかける」

アンジェ「ええ…お願い……」

ドロシー「任せておけ…」そう言ってウェブリーの弾を込め直し、聖具室の扉を開けようとした……が、押しても引いてもビクともしない……

ドロシー「くそ、中世の城じゃあるまいに……!」

アンジェ「どうしたの、ドロシー……?」

ドロシー「ああ、このいまいましい聖具室の扉が開かないんだ…かんぬきをかけているわけじゃなさそうだし、かといって鍵穴も見当たらない。どうやら、何か仕掛けがあるらしいんだが……」そこまで言いかけて、急に話すのを止めた…

アンジェ「何かあったの…?」

ドロシー「ああ、こうなりゃそこいらの奴に話を聞こうじゃないかと思ってな…」辺りに転がっている修道士や神父の間を歩き回り、息のありそうな相手を探した…

ドロシー「……やれやれ、あんまり射撃が上手いのも考え物だな…どいつもこいつも口を利くのは難しそうだ」つま先で仰向けにしてみたり、口元に手を寄せて呼吸を確かめてみたりするが、たいていの相手は息の根が止まっている…

アンジェ「ネクロマンシー(死霊術)でも習っておけば良かったわね……」

ドロシー「同感だ…」
551 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/13(火) 02:09:41.48 ID:IaIzlsrW0
神父「う…く……」

ドロシー「おっと、一人いたぞ…」

…床を這いずり、ほんの数フィート先に転がっている「ボデオ・M1889」リボルバーに手を伸ばそうとしている神父を見つけると、つま先でピストルを蹴って遠くに滑らせ、それから仰向けにさせてウェブリーを突きつけた…

ドロシー「さて、と……神父様ともなりゃ告解を聞くことはあるだろうが、自分が告解をするってのは初めてだよな? ま、素直に話してもらおうじゃないか……どうやってあの扉を開ける?」

神父「誰が話すものか、この背教者め……ああ゛…っ!」

ドロシー「…次は左ひざをぶち抜くからな。もう一度聞く…どうやってあの仕掛け扉を開けるんだ?」

神父「くそ……この悪魔の手先め!地獄の業火に焼かれるがいい!」右手で胸元の金の十字架を握り、歯を食いしばっている…

ドロシー「はは、今さらかよ…こんな世界に住んでいるんだ「すでにして、我ら地獄の底にてあり」ってやつさ……だがね、それはあんたも同じだぜ?」

神父「なにを言うか…我らは主の御心に従い、その栄光のために戦うものだ……貴様らのような背教者とは違う…!」

ドロシー「へぇ、そうかい……それじゃあなにか、「汝の隣人を愛せ、汝を滅ぼさんとする敵のために祈れ」っていうのは嘘っぱちかい?」

神父「減らず口を…」

ドロシー「それに「汝、人を殺める事なかれ」ってのもあったよな…だとしたらこんなものを持ってるのはおかしいんじゃないか?」蹴り飛ばしたピストルを拾い上げると、ゆらゆらと振って見せた…

神父「くっ…!」

ドロシー「まぁいいさ、言う気がないなら言わなくても構わないぜ? …天国だがどこだか知らないが、もし向こう側に着いたらよろしく言っておいてくれよ♪」

神父「ま、待て…!」

ドロシー「…」パン…ッ!

アンジェ「どうやら彼らは開け方を知らされていなかったようね」

ドロシー「あるいは知っていても話す気がなかったか、だな……まぁ仕方ない、こうなりゃこっちで調べるさ。そう難しい仕組みになっているはずもないしな……」

アンジェ「どうかした…?」

ドロシー「…いや、このパイプオルガンなんだけどな」

…何か扉を開ける仕掛けがあるのではないかと祭壇や聖水盆などを確かめていたが、パイプオルガンの前までくると眉をひそめた…

アンジェ「パイプオルガンがどうかしたの…?」

ドロシー「ああ…普通聖堂にあるパイプオルガンなら「テ・デウム」だの「マタイ受難曲」だのみたいな宗教曲か、さもなきゃ賛美歌の楽譜が置いてあるはずだろ?」

アンジェ「ええ…」

ドロシー「ところがな、こいつはどうだ……ここの台に置いてあるのは「トッカータとフーガ・ニ短調」ときた」

アンジェ「バッハの? 聖堂のパイプオルガンにしては妙ね……」

ドロシー「ああ…もしかしたらこいつが扉を開ける鍵になっているのかもな……」

アンジェ「なら私が……っ…!」立ち上がろうとしてそのままへたり込むアンジェ…

ドロシー「よせ、まだ動ける状態じゃないだろう……なぁに、どうにか私が弾いてみるさ…♪」そう言うと腕まくりをし、パイプオルガンの席に座った……

アンジェ「おそらく調律は出来ているはずだから、楽譜通りに弾けばいいはず……それとピアノと違って「ストップ(音栓)」があるけれど、それも弾くだけならいじらなくてもいい……」

ドロシー「分かった…えーと、どれどれ……」ペダルに足を乗せ、鍵盤に指を下ろす……

…訓練生時代に「ファーム」でピアノ程度は習っているとはいえ、パイプオルガンともなるとそれとは比べものにならないほど複雑で難しい……にもかかわらず、それを天性の器用さと勘の良さでどうにか弾きこなしてみせるドロシー…

アンジェ「…即興だというのにたいしたものね……」

ドロシー「褒めてくれるとは嬉しいね。 頭に響くだろうが、もうちょっと我慢してくれよ……そら、これでどうだ?」最初の幾小節かを弾いたところで、聖具室の扉の辺りで何かの音が響いた……

アンジェ「開いたようね…行きましょう……」

ドロシー「いいからお前さんは座ってろ…それに後ろから誰か来ないよう、ここを確保しておいてもらう必要もあるしな」

アンジェ「…分かった」

ドロシー「心配するな、すぐ片付けて戻ってくるからさ…♪」派手なウィンクを投げると、母親が「お休み」を言うときのような態度で頬にキスをした…

アンジェ「ええ…」

ドロシー「それと…もし十五分経っても私が戻ってこなかったら、手はず通りに撤収しろ」

アンジェ「そうするわ」

ドロシー「ああ、そうしてくれ」
552 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/18(日) 00:50:44.30 ID:9Y+bhcZR0
…聖具室の奥・隠し部屋…

アレサンドロ「何と言うことだ、役立たずの愚か者どもめ…たかだか女二人に……!」机の上にピストルを置き、引き出しを全て開けて手当たり次第に書類を出しては、次々と鞄に詰め込んでいる……

ドロシー「おっと、お取り込み中のところ悪いがね…少々お話ししようじゃないか」

アレサンドロ「…っ!」とっさに机上のピストルに視線を向けた…

ドロシー「……言っておくが、テーブルのピストルは取ろうとしない方が身のためだぜ?」

アレサンドロ「…」

ドロシー「さて、司祭さん…確かアレサンドロとか言ったよな……あんた、どこの何者だい?」

アレサンドロ「……この私が貴様のような小娘に答えると思っているのか、この汚れた女め…見ておれ、主の裁きが貴様の頭上に降り注ぐだろう!」

ドロシー「我らが主ねぇ……それじゃあ聞きたいんだがね、主がいらっしゃるのなら、どうして飢えや暴力がなくならない? 可哀想な子供が物乞いをし、殴られているのをどうして救おうとしないんだ?」

アレサンドロ「…」

ドロシー「…それに聖書にあるソドムの街だって、作っておいた人間の出来が悪いからってそれを放り出して滅ぼしちまうってのは、万物の創造主としてはあんまりじゃないか?」

アレサンドロ「…」

ドロシー「答えなしか…まぁいいや、禅問答をやりに来たわけじゃないんだしな……」

アレサンドロ「それではいったいなにを求めに来たのだ?」

ドロシー「簡単さ…書類はどこだ」

アレサンドロ「エデンの園に潜り込んだ蛇か……貴様のような者に答えるとでも思っているのか?」

ドロシー「ああ、答えると思ってるよ…」パンッ!

アレサンドロ「あ゛っ、ぁ゛ぁぁ…っ!」

ドロシー「次は右耳かな…せっかくの法衣に穴を開けちゃ悪いもんな?」

アレサンドロ「ま、待て…書類ならある……!」

ドロシー「結構、正直は美徳だぜ」

アレサンドロ「…書類を渡して私を撃たないという保証は?」

ドロシー「私が欲しいのは書類だけだ……素直に渡してくれれば頭を吹っ飛ばしたりはしないさ」

アレサンドロ「……アルビオンのスパイを信用しろと?」

ドロシー「スパイなんてものは、必要以上の嘘はつかないもんさ…心配だって言うんなら、ほら♪」銃をホルスターに戻した…

アレサンドロ「なるほど、ではお望み通りに……っ!」書類を差し出すと見せかけて法衣の下に隠していたピストルを抜こうとする…

ドロシー「…」途端に袖口から投げナイフが飛び、法衣の胸元に突き刺さった…

アレサンドロ「うぐっ…お、おのれ……!」

ドロシー「私は「頭を吹っ飛ばしたりはしない」って言ったんだ。嘘はついてないだろう?」

アレサンドロ「うぅっ……」

ドロシー「……嘘をつく相手を間違えたな」目的の書類を取り上げると、胸元に押し込んだ…

…聖堂…

ドロシー「戻ったぞ…♪」

アンジェ「どうだったの?」

ドロシー「ああ。てっきりそのまま秘密の通路でも伝ってとんずらしたかと思ったが、奴らはそこまで利口じゃなかったよ……そら」

アンジェ「だとしたらこれ以上の長居は不要ね…」

ドロシー「ああ。肩を貸してやるから、裏から出よう……隣はちょっとした森になっているから、人目に付かずここから離れる事ができるはずだ」

アンジェ「ええ……それとドロシー」

ドロシー「ん?」

アンジェ「感謝しているわ…」

ドロシー「なぁに、気にするなって……♪」
553 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/20(火) 11:43:58.17 ID:ZIx1ptnR0
…後日…

ドロシー「…ってわけでね。あれが果たして神父や修道士の格好をしただけの連中だったのかは分からないが、とにかくランデヴーの場所で待ち構えていやがった」

L「……その連中は何人だった?」

ドロシー「えーと確か…ひい、ふう、みい……アレサンドロとかいう奴を除いたら十二人だな」

L「なるほど…持っていた銃はおおかたボデオ・リボルバー辺りだったと思うが、どうだ?」

ドロシー「ああ、イタリアの「ボデオ・M1889」だったな…あ、そういえばグリップの木に十字架のエングレーヴ(彫刻)が施されていたっけ」

L「ふむ、やはりそうか……厄介な事になったな」

ドロシー「…心当たりが?」

L「うむ」

ドロシー「で、あいつらはイタ公の情報部かなにかか?」

L「フランスやオーストリア・ハンガリーを相手に競り合っているイタリア王国には…情報の窃取はともかくとして…外国でエージェントを処理して、その情報を奪取するような積極的活動を行うほどの余裕はない……」

ドロシー「それじゃあ連中はどこの回し者なんだ?」

L「教皇庁だ」

ドロシー「教皇庁?」

L「いかにも」

ドロシー「…ってことは、あいつらはバチカンから送り込まれてきたっていうのか?」

L「そうだ……イタリア王国が統一された過程で教皇領はイタリアに合併させられたが、バチカン自身は未だにそのことに納得していない」

ドロシー「そりゃあそうだろうな…」

L「そしてまた、衰えたとはいえバチカンの権威やカトリック教会を通じた情報網は未だに隠然たる影響力を持っている……現に彼らは各地に「神父」や「司祭」をカバーとしたエージェントを派遣し、情報収集や各種の工作を行わせている」

ドロシー「それがここロンドンでも動き始めたってわけか…」

L「ああ……彼らの目的は情報収集を通じて各国の弱点を探り出し、同時にその情報を売買することで資金集めを行い、最終的に教皇領の復活と勢力の回復を行うことにある」

ドロシー「じゃあ、連中はそのための工作班だったわけか…」

L「その通り…十二人というのは「十二使徒」になぞらえた連中の工作班の単位で、その上に現場指揮官として「司祭」クラスが一人つくという編成になっているものらしい」

ドロシー「そりゃあまた、ずいぶんと厄介な連中と関わっちまったな……」

L「うむ。奴らは「主の御心」に従い、バチカンのためとあらばあらゆる行為を容認される…そして少なくともイタリア、フランス、スペイン、ポルトガルといったカトリック教国とはある程度の友好関係にあると思われる。 君も知っている通り、今言った国のうちでフランス以外は後発列強、あるいは二流に数えられる国ばかりだ……金のかかる情報活動を教皇庁に肩代わりしてもらえるとなれば喜んで協力するだろうし、事実そうしている」

ドロシー「で、その見返りにバチカンはそうした国での活動の自由や工作員のスカウトを黙認されている?」

L「恐らくはな。そもそも彼らの組織は外部からの植え込みが難しい「内輪」の組織である上に、網の目のように張り巡らされた情報網…と、活動実態が捉えにくいのが現状だが、分かっている限りではそうした傾向が見られる」

ドロシー「なるほどなぁ…」

L「連中にしてみれば…共和国か王国かを問わずだが…我々アルビオンが勢力を弱めることになれば、権益の確保の面で自国の好機となる」

ドロシー「その尻押しをしつつ勢力を伸ばそうとしているのがバチカンってわけか……まるで人形つかいだな」

L「いささか人形の方は出来が悪いようだがな」

ドロシー「ははっ…しかしそんな連中の工作班を片付けちまったとなると、こりゃあ後がおっかないな」

L「うむ……しかし君と「A」が連中の工作班を全員処理できたのは不幸中の幸いだった…容姿を通報されずに済んだわけだからな」

ドロシー「たまたま連中が全員で取り囲むようなドジをしたからさ。腕もそこまでじゃあなかったし」

L「ふむ…だが注意しろ、連中の中でも「一流」とされるグループは鍛えられたスイス人を使っているというからな」

ドロシー「そいつはまた…」

L「とにかく書類の回収、ご苦労だった……しばらくは骨休めをしたまえ」

ドロシー「そりゃあどうも」
554 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/24(土) 02:51:01.71 ID:pL+XiA/c0
…caseアンジェ×ちせ「Trick or lie」(いたずらといつわり)…

…メイフェア校・部室にて…

ドロシー「…そろそろハロウィーンの時期か」

アンジェ「そうね」

ドロシー「となると、ここでもカブに顔を彫ったり仮装したりするんだろうな…こっちの活動に差し障りが出なきゃいいが」

アンジェ「その辺は私たちで上手くさばくしかないわね」

ドロシー「だな…」

ちせ「済まぬ、まだこちらの慣習には詳しくないので分からぬのじゃが……『はろうゐーん』とは何のお祭りなのじゃ?」

ドロシー「あー、そういえばちせはまだハロウィーンをやったことがなかったか…」

ちせ「うむ」

ドロシー「そうだな…ハロウィーンってのはもともとアイルランドの伝統行事で、十月の最後にやるお祭りだ……昔のケルト人はその日に一年が終わるって考えて新年を祝うことにしたんだな。それと同時に、ハロウィーンの晩には亡くなった先祖の霊が戻ってきたり、それにかこつけて悪魔だの妖怪だのが大騒ぎするって事になってる」

ちせ「ふむ、つまり大晦日とお盆を掛け合わせたような祝祭ということじゃな……おっと、話の腰を折ってしまって悪かったの。続けてくれるか?」

アンジェ「ええ…けれど本来は異教のしきたりだから、こちらでは祝う風習はなかったの……」

ドロシー「その代わりに王国じゃあ十一月五日の「ガイ・フォークス・ナイト」で国王が無事で済んだことを祝って花火を打ち上げるのが風習でね」

(※ガイ・フォークスの夜…「火薬陰謀記念日」とも。ガイ・フォークスは1605年、イングランドでカトリック教徒を弾圧していたジェームズ一世を議会開催の挨拶を行う国会の建物ごと爆殺しようとした人物。しかし計画は事前に露見し、国王は無事だった。このことを祝ってイングランドでは十一月五日を「ガイ・フォークス・ナイト」あるいは「ガイ・フォークス・デイ」と呼び、お祭りの日とし、焚き火をたいて「ガイ」というわら人形を燃やしたり、花火を打ち上げたりする)

ちせ「ふむ…」

ドロシー「ところがアルビオンが分裂して共和国が出来た。 共和国は王制に反対しているし、その共和国としては「国王が無事で済んだことを祝うお祭りなんてとんでもない」となったわけだ。そして同時にアイルランドを味方に取り込むため「ガイ・フォークス・デイ」の代わりにハロウィーンを取り入れて歓心を買おうとした」

アンジェ「王国としてもそれを黙ってみているわけにはいかない…もちろん公式にはいまでも「ガイ・フォークス・デイ」が祭日だけれど、ハロウィーンのお祭りもある程度なら許されている」

ドロシー「そういうこと。で「開明的」なメイフェア校としては…形の上だけだとしても…そのどちらも平等に祝うことになっているってわけさ」

ちせ「なるほど……して、その「ハロウィーン」ではどんなことをするのじゃ?」

ドロシー「そうだな、例えばカブに切れ込みを入れてろうそくを点す「ジャック・オ・ランターン」を作ったり、仮装をしたりとか…」

(※ジャック・オ・ランターン…一説によると、とある悪いアイルランド人が悪魔を騙したことから天国、地獄のどちらにも行けなくなり、地上をさまよっている姿とされる。明るいのは騙された事を怒った悪魔により焼け火箸で鼻をつつかれたためで、手には人を惑わせるためのランタンを持っており、うっかりその灯りを目指して歩くと沼に入って溺れてしまうという。それをかたどったランタンは、アメリカ大陸でカボチャが発見されるまでカブで作られていた)

ベアトリス「他にも灯りを点している家の玄関で「トリック・オア・トリート」って言って、お菓子をもらったりもするんですよ」

ちせ「なるほど…なかなか愉快なお祭りのようじゃな」

プリンセス「ええ。それにこうして皆さんと一緒にハロウィーンを過ごせると思うと一層楽しみです…ね、アンジェ?」

アンジェ「いいえ、私は別に……」

プリンセス「そう?」

アンジェ「まぁ、そうね…少しくらいなら楽しめるかもしれないわ」

ドロシー「ははっ、相変わらず素直じゃないな…♪」

アンジェ「余計なお世話よ……ところでハロウィーンのタイミングを使って、一つやっておきたいことがある」

ベアトリス「やっておきたいこと、ですか?」

ドロシー「そうそう、その話をしなくちゃな……このクィーンズ・メイフェア校にはプリンセスがいらっしゃるが、ノルマンディ公はここの寄宿生の何人かを使って、常々その動向を報告させている」

ちせ「いつぞやのリリ・ギャヴィストン嬢のように、じゃな?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「それで、だ…このハロウィーンのお祭りにかこつけて連中が隠し持っている連絡手段を探し、盗聴出来るようにその波長や送信の時間帯を調べておきたいってわけだ」

アンジェ「ある程度の目星は付けてあるから、後はその部屋の主を上手く誘い出して、その隙に室内を調べればいいだけ」

ドロシー「それから、今回は室内を調べる私とアンジェ、通信機を調べるベアトリスの組…それに対して陽動として華やかに動き回ってもらうプリンセス、そしてちせには「毛色が変わった存在」として、またプリンセスに対して何か行動を起こされたときのための守り刀として側についていてもらう」

ちせ「委細承知した。責任重大じゃが……この身命にかけて、必ずやお守りいたす」

ドロシー「任せたぜ♪」
555 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/27(火) 01:15:48.19 ID:62y48hEH0
…数日後…

女生徒A「あらドロシーさん、ごきげんよう…少々よろしいかしら?」

ドロシー「ごきげんよう……何か私に用事かい?」

女生徒B「ええ。実はハロウィーンに備えてジャック・オ・ランターンを作ることになっているのですが、よろしければお手伝い頂けませんかしら?」

ドロシー「いいとも。お安いご用さ♪」

女生徒A「助かりますわ」

ドロシー「…それで、どうすればいいのかな?」

女生徒B「はい、このカボチャやカブが顔に見えるよう切り込みをいれるのですが、これだけあるとわたくしたちだけではどうにも……」大小様々なカボチャ(とカブ)が入った箱を指し示した…

ドロシー「やれやれ、これじゃあまるで厨房だな。手伝ってはやるけど、あとでお茶の一杯でもご馳走してくれないとひどい目に合わせるぞ♪」

女生徒A「まぁ、ドロシーさんったら…♪」

女生徒B「わたくしたちをどんな「ひどい目」に合わせるおつもりですの…?」

ドロシー「そりゃあもう、甘くてとろけるような…いや、ここで言うのは止めておくとしよう♪」相手のほっぺたを軽く撫で、いたずらっぽい笑みを浮かべて顔を寄せる…

女生徒A「あん…っ♪」

女生徒B「もう、いけませんわ…///」

ドロシー「へぇ、本当かな? …ま、とにかくさっさと作ろうじゃないか」

…もちろんナイフも巧みなドロシーではあるが、あまりに器用すぎては必要以上の興味を持たれてしまうので、適当に手を抜いておしゃべりしながらカボチャに目や口をつけていく…

女生徒A「んっ、く……!」固いカボチャの皮をくりぬこうと、危なっかしい手つきで果物ナイフを突き立てている…

ドロシー「…それじゃあ手を切っちまうよ?」後ろから抱きつくように身体を寄せ、相手の手に自分の手を重ねた…

女生徒A「…あっ///」

ドロシー「切り込みを入れたいならこうやって……」手を添えてナイフを動かしながら胸を押しつけ、こめかみの辺りでカールしている女生徒の巻き毛を軽く吹き、耳元で吐息の音をさせる…

女生徒A「は、はい///」

ドロシー「どうした、私に抱かれて嬉しかったのかな?」

女生徒A「もう、ご冗談ばっかり…///」

ドロシー「ふふ、悪かった…さ、今やって見せたようにやってみるといい♪」

女生徒A「はい///」

女生徒B「ドロシーさん、わたくしも手伝って下さいませんか?」

ドロシー「ああ♪」

…一方…

女生徒C「…まぁ、プリンセス♪」

女生徒D「ようこそいらっしゃいました…いま椅子をお持ちいたしますから♪」

プリンセス「いえ。そんなお気遣いなさらずに、どうぞお楽になさって?」

女生徒E「そのようなお言葉を頂けるなど、わたくしどもの身に余る光栄にございます」

プリンセス「あら、ここではお互い共に学ぶ学友ではありませんか…遠慮は不要ですよ♪」

女生徒C「プリンセスの優しさに感謝いたします。ところで、わたくしどもの所にいかようなご用でございましょうか?」

プリンセス「ええ、せっかくのお祭りですからわたくしもお手伝いを…お邪魔ではありませんか?」

女生徒D「そんな、滅相もございません」

プリンセス「良かった…では、ちせさんもご一緒して構いませんかしら?」

女生徒E「え、あぁ……はい、もちろんですわ♪」

女生徒C「…プリンセスが日頃仲良くなさっているお方でしたら、どのような方でも歓迎いたしますわ」

プリンセス「そう、ありがとう♪」

ちせ「よろしく頼む」
556 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/07/31(土) 10:54:14.74 ID:S+FDhnVg0
…しばらくして…

ドロシー「…さて、後はもう私が手伝わなくても大丈夫だよな?」

女生徒A「ええ…///」

女生徒B「とても助かりましたわ///」

ドロシー「なぁに、必要とあらばいつでも手伝うよ」

…さりげなく身体を寄せたり手を重ねたりと、心をときめかせるようなドロシーの言動に頬を火照らせている女生徒たち……普段は何かと素行の悪い振る舞いをしてみせているドロシーだが、その気になって演技をすると大変に魅力的で、同時に「籠の鳥」である女生徒たちからすると、その自由で奔放な様子には憧れめいた物も感じている…

女生徒A「はい///」

ドロシー「ああ……今度機会があったらお茶にでも招いてくれ」

女生徒B「喜んで///」

ドロシー「そっか、それじゃあ楽しみにしてるよ♪」

女生徒A「はぁぁ……ドロシーさんが側にいらっしゃると、わたくし顔が熱くなってしまいますわ///」

女生徒B「ええ…///」

…一方…

すました態度の女生徒「あら、ごきげんよう」

アンジェ「ご、ごきげんよう…」

取り巻きA「ごきげんよう、アンジェさん」

取り巻きB「ここでの暮らしにはもう慣れまして?」

アンジェ「え、ええ…」

すましや「それは何よりですわね。こうした上流社会の子弟が多い場所ではなかなか馴染むのが大変でしょうけれど」

アンジェ「ど、どうにか気張っておりますだ……いえ、頑張っております///」

取り巻きA「あらあら、お国言葉が出るほど緊張なさらなくたって…♪」

取り巻きB「わたくしたちはただアンジェさんのことを気にかけているだけですのよ?」底意地の悪いすましやと取り巻き二人が小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、猫がネズミをいたぶるようにちくちくと嫌味とあてこすりを言ってくる…

アンジェ「そんな、私ごとき平民にお気を使って下さるなんて…///」

すましや「構いませんのよ、それが「ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の務め)」というものですから……今度、機会がありましたらお茶にでも呼んで下さいまし…ではごきげんよう」

アンジェ「ごきげんよう…」

…数分後・廊下…

ドロシー「よう、アンジェ…道が混んでたのか?」

アンジェ「いいえ、毛並みだけは立派な性悪猫に絡まれていただけよ」

ドロシー「なぁに、冗談だよ。むしろ時間通りさ……ところでベアトリスは?」

アンジェ「もう来るわ」

ドロシー「よし」

アンジェ「…手はずは大丈夫ね?」

ドロシー「当然だ……まずは私が廊下で見張り番をするから、アンジェとベアトリスで室内を調べろ」

アンジェ「ええ、お願いするわ…一応つじつま合わせのための「小道具」は持ってきているけれど、感づかれないのが一番いい」上手く理由を付けて借りたラテン語の書き取りを持っているアンジェ…もし鉢合わせしても「貸してもらった書き取りを返しに来た」と言い逃れることが出来る…

ドロシー「当然だな」

ベアトリス「…遅くなりました」時間に遅れまいと焦りつつも普段通りの歩調を心がけているのか、少しぎくしゃくした動きのベアトリス…

ドロシー「大丈夫、まだ許容範囲さ…むしろ焦って走ってきたりしたら人目を引くからな、よく我慢した♪」

ベアトリス「だってお二人に、急いでいるような時こそ「いつも通りに見えるよう行動しろ」って教わりましたから」

アンジェ「結構」

ドロシー「…よし、それじゃあ二人は室内に入ってくれ」

ベアトリス「はい」

アンジェ「ええ」
557 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/02(月) 01:10:46.40 ID:9/Rkgjuq0
ベアトリス「それで、何をしたらいいですか?」

アンジェ「まずは通信手段を探す…と言っても通信機にしろ電話にしろ、それなりに大きさがあるから隠せるような場所はそう多くない」

ベアトリス「それはそうですが、部屋一つをくまなく探すとなると結構大変ですよ?」

アンジェ「そんなことはないわ。例えばここを見てみなさい…」クローゼットが置いてある部分の床に、わずかながら物を引きずった跡がある…

ベアトリス「あっ…!」

アンジェ「…見ての通り、この跡はクローゼットの脚とちょうど一致する」手際よく確認したが、さりげなく張られている細い糸や動かすと落ちるようになっている針と言った特段の措置は取られていない…クローゼットを動かすと、案外すんなりと動いて後ろの壁が現れた…

アンジェ「そしてここに…」

…少しふちがめくれている壁紙をそっとめくるとぽっかりと開いた壁の穴が出てきて、その穴にタイプライター大の通信機が収まっていた…

ベアトリス「わ、ありましたね」

アンジェ「通信機は貴女に任せるわ。その間に私は他の物を探す」

ベアトリス「分かりました」

…ベアトリスが通信機の前にしゃがみ込むと、アンジェは室内を素早く検索していく……引き出しを開けてノートや聖書を流れるようにめくり、本棚に並んでいる本の間を確かめ、ベッドと壁の隙間に何か挟んでいないかのぞき込む…

アンジェ「あったわ…」ベッドに敷かれたマットレスを持ち上げると、隙間に挟みこまれるようにして薄っぺらい紙が差し込んである…

ベアトリス「…えぇと、それから……」

アンジェ「…波長は確認できた?」

ベアトリス「はい、確認できました…アンジェさんは?」

アンジェ「その通信機用のコード表を手に入れた…王国の一般向け暗号。 簡単な暗号だから、破るのには五分もかからない」

ベアトリス「じゃあもういいですか?」

アンジェ「ええ、長居は無用よ」さっと懐中時計を確認すると、まだ数分と経っていない…

…廊下…

ドロシー「…済んだか?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「よし、それじゃあ次に行こう…部屋の主はプリンセスがお茶に誘ってあるから、今は空っぽだ」

アンジェ「そうね」

…そのころ・庭園…

シニヨンの女生徒(王国側協力者)「お招き頂いて恐悦至極に存じますわ、プリンセス」

女生徒F「プリンセスとお茶を頂けるなんて…嬉しゅうございます」

女生徒G「わたくしも、憧れのプリンセスとお茶が頂けて……///」

プリンセス「何もそう固くならずとも大丈夫ですよ…さ、お茶をどうぞ♪」

…アンジェたちが室内を調べる時間を稼ぐべく、お茶に呼んで手ずから紅茶を淹れるプリンセス……もっとも「プレイヤー」の一人である女生徒と差し向かいというのでは何かおかしいと勘ぐられる可能性があるので、同時に毒にも薬にもならない「無難な」女生徒を二人ほどを招きカモフラージュとしている……その間ちせは席を外し、庭園の外側でさりげなく警戒にあたる…

シニヨン「…ありがとうございます」

プリンセス「お砂糖は二つ?」

シニヨン「ええ」

女生徒F「はい、わたくしも」

女生徒G「…わたくしも二つでお願いします」

プリンセス「はい。それにしても雨が降らなくて良かったですわね?」

女生徒F「プリンセスのおっしゃるとおりですわ♪」

シニヨン「そうですね」

プリンセス「ええ…さぁ、サンドウィッチもどうぞ?」ティータイムにはお馴染みの、小さな長方形に切ってあるきゅうりのサンドウィッチを勧めるプリンセス…

シニヨン「…いただきます」

プリンセス「どうぞ召し上がれ♪」
558 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/09(月) 01:02:02.59 ID:zclCxpev0
…同時刻・談話室…

女生徒H「…うーん、分かりませんわね」

女生徒I「ええ。これは難解ですわ……」

ドロシー「…」

女生徒J「あ、あれは……そうですわ、ドロシー様ならお分かりになるかもしれません。 ドロシー様!」アンジェたちとはルートを変えて談話室の脇を通り抜けようとしたドロシーを見かけ、廊下に出て声をかけた…

ドロシー「お…なんだジョセフィンか。 いきなり声をかけるからびっくりしたじゃないか…どうした?」

女生徒J「あぁ、それは…ええと……大したご用ではないのですけれど///」

ドロシー「構わないさ…ただこの後ちょっとした野暮用が控えてるんでね、早めに済ませてくれると助かるな♪」

女生徒J「ええ、それはもう…実は……」

ドロシー「……なるほど、間違い探しか」

女生徒H「そうなんです。ですが最後の一つだけ見つけられなくて…良かったら一緒に解いて下さいませんか?」

ドロシー「ああ、いいとも。 どれどれ…」

…そう言ってページに目を走らせるドロシー…職業柄、多くの文書やそっくりな贋作を瞬時に記憶、判別する機会が多く、ファームで鍛えられた観察眼は常に鋭く研ぎ澄まされている…それもあって容易く残りの間違いを見つけ出したが、あえてしばらく探すふりをした…

ドロシー「んー……あ、これじゃないのか?」

女生徒I「ああ、これですわ!」

女生徒J「さすがはドロシーさんです」

ドロシー「なぁに、たまたまだよ…それじゃあな」

女生徒H「ごきげんよう♪」

…数分後…

アンジェ「…そんなに長い距離だったかしら?」

ドロシー「なぁに、ちょっと可愛い女の子を口説いていたら遅くなってね…♪」

アンジェ「そう…私はてっきり途中で息切れしたのかと思ったわ」

ドロシー「…おいアンジェ、何度も言うが私の事を年寄り扱いするのはやめろ」

アンジェ「事実を認めたがらないのは頭が固くなってきた証拠よ」

ベアトリス「もう、二人とも相変わらずなんですから♪」

ドロシー「やれやれ、ベアトリスにまで笑われちまうとはね…いいからさっさと済ませようぜ?」

アンジェ「それじゃあ今度は私が廊下に立つ……五分以内で済ませてちょうだい」

ドロシー「ああ」

…室内…

ベアトリス「あ、かぼちゃの飾りがありますね…」

ドロシー「そうだな…王国側協力者の中には、あまりにもがちがちの王党派だと入り込みにくいグループや組織があるって言うんで、わざとこうやって開明的で共和派にも理解がある風を装った「敷居を下げる」偽装をしている連中もいるんだ……もっとも、ここで学生をしながらプリンセスの動向を報告しているような連中はたいてい小物だし、そこまでの考えがあってやってるわけじゃないだろうがね」

ベアトリス「なるほど…あ、ここに緩んだ羽目板がありますよ」

ドロシー「やるじゃないか……どうだ、何か見つけたか?」

ベアトリス「はい、何か冊子のようなものが……っ///」そう言って一冊の本を取り出すと、表紙を見て赤面した…

ドロシー「どうした…おいおい、コードブックにしちゃあずいぶんと刺激的だな♪」他の場所を調べていたがベアトリスがどもると振り向き、表紙を見るなりニヤニヤ笑いを浮かべた…

ベアトリス「もう…なんなんですか///」

ドロシー「そう言うな……ちょっと見せてくれ」

ベアトリス「…えっ!?」

ドロシー「別に私が読むわけじゃない。ただ、こういうのも大事な情報だからな……のちのちこれをネタにして脅したり、好みに合わせてハニートラップを用意したり出来るってわけだ」女学生同士のいかがわしい関係について書かれた読み物の本を受け取り、さっと中身に目を通す…

ベアトリス「なるほど……」

ドロシー「…中身が気になるようなら音読しようか?」

ベアトリス「い、いりませんっ…///」
559 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/10(火) 02:45:54.45 ID:IVWjJFmo0
…その日の夜…

アンジェ「さて、今日の成果だけれど…」

ドロシー「王国側協力者三人分の通信手段とその暗号帳を確認。うち一人は受信メッセージの紙を処理し忘れていたおかげで「管理者」のコードネームや通信内容も確認できた」

アンジェ「結構、他には?」

ドロシー「たくさんあるぞ……調べに入った対象者のうちで王国側協力者ではなかったものの、面白いネタを持っていたのが何人かいる…「チェシャ猫」はクラスメイト数人と肉体関係を持っている仲だって事が分かったし「マグパイ(カササギ)」は常習的な喫煙者だ」

アンジェ「なるほど…」

ドロシー「…それと「ファイアフライ(ホタル)」は見た目こそしとやかな貴族の令嬢だが、後輩の女生徒を手籠めにするのが趣味のようで、部屋には飲み物に混ぜる睡眠薬や荒縄なんかが隠してあった」

アンジェ「なるほど…「ファイアフライ」といえばベアトリスにも親しげに声をかけているけれど……」

ドロシー「…もしお茶に誘われたら要注意だな」

アンジェ「それとなく警戒しておく必要がありそうね…それから?」

ドロシー「後は「チコリ」だが……」

アンジェ「どうしたの?」

ドロシー「それがな、どうやらお前さんにぞっこんらしい…」

アンジェ「…私に?」

ドロシー「ああ。平民で田舎者、不器用でフランス系のお前さんにだ……部屋には画家に描かせたらしいお前さんの小さな肖像画や、ああしたいこうしたいっていう秘密の日記帳が隠してあった…それとどこから手に入れたのか、髪の毛数本とかな」

アンジェ「そう…しかし私たちの立場上、必要以上の興味を引かれるのは好ましくないわね」

ドロシー「確かにな……とはいえ相手は「普通の」女学生だ。まさか消すわけにも行かないし、事を荒立てるのもまずい」

アンジェ「となると、しばらくはこのまま放置するしかないわね…」

ドロシー「そうだな……とにかく今日はくたびれた、休ませてもらうよ」

アンジェ「ええ」

ドロシー「ま、あと数日もすればハロウィーンだ…そのときは女学生らしく楽しむとしようぜ♪」

アンジェ「そうね……お休みなさい」

ドロシー「お休み♪」

…数日後・ハロウィーン…

ちせ「皆、お早う…」

ドロシー「トリック・オア・トリート♪」

ちせ「…っ!」物陰から「わっ」と飛び出したドロシーに対して、反射的に正拳での突きを入れるちせ…

ドロシー「おっと、私だから安心しな……お菓子をくれないといたずらするぜ?」鳩尾に叩き込まれそうになった突きをとっさに腕でガードすると、ニヤリと笑って手を出した…

ちせ「全く、驚かすではない。 …ふむ、菓子といってもそう持ち合わせがあるわけでもないのじゃが……これならどうじゃ?」

ドロシー「いや、悪いね…って、なんだこりゃ?」掌の上に載せられた、ぎざぎざした星のようなものを見て眉を上げた…

ちせ「金平糖という日本の伝統的な菓子じゃが…不服か?」

ドロシー「いいや、お菓子ならいいわけだからな。どれ、それじゃあ一つ味見してみるか……」ぽいと口の中に金平糖を放り込み、がりがりと噛んだ…

ちせ「どうじゃ?」

ドロシー「味はただの砂糖みたいだな…さ、ちせも「トリック・オア・トリート」って言ってみろよ」

ちせ「うむ、しからば…トリック・オア・トリートじゃ」

ドロシー「あいよ…♪」そう言って派手なウィンクを投げると、紙袋に入ったクッキーを手渡した…

ちせ「なるほど、これを言うだけで菓子がもらえる……なかなかいい日じゃな」袋をがさがさ言わせてクッキーを取り出すとつまんだ…

ドロシー「ま、人によってはやらない連中もいるから一概には言えないが…カボチャかカブで「ジャック・オ・ランターン」が飾ってある場所ならたいていは大丈夫なはずだ」

ちせ「なるほど…せっかくの機会じゃから、あちこち巡ってくるとするかの」

ドロシー「菓子をもらうのはいいけど、一服盛られたりするなよ?」

ちせ「なに、心配無用じゃ……では、御免♪」

ドロシー「おう」
560 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/13(金) 02:11:27.56 ID:ZwMkMxdK0
…しばらくして…

ドロシー「しかし何だなぁ、まだ地味な方だから救いようがあるものの……ヴェニスのカーニバルじゃああるまいし、いつからハロウィーンにあんな仮装をするようになったんだ?」

アンジェ「本来は仮装なんてしないらしいわね?」

ドロシー「少なくとも古いアイルランドのしきたりにのっとったハロウィーンではそうらしいな……あの仮装ってのはここアルビオンか、新大陸あたりで始まった風習らしい」

アンジェ「なるほど…でもこうした風習が流行れば一つだけ都合のいいことがある」

ドロシー「仮装をしているから人相や風体を知られずに済む……だろ?」

アンジェ「その通りよ……というわけで、貴女にも用意しておいたわ」黒いマントと三角帽子、それに掃除用具入れから引っ張り出してきた箒を差し出す…

ドロシー「あたしは魔女か…だったらどっかの「スノウ・ホワイト(白雪姫)」に毒リンゴでも仕込んでやらなきゃな♪」

アンジェ「ええ、ぜひそうしてちょうだい」

ドロシー「アンジェ、お前は?」

アンジェ「ええ、私はこれを……」二つのぞき穴を開けてあるだけの紙袋をかぶり、頭に崩れたシルクハットを載せる…服はよれて駄目になった燕尾服で、片脚で跳ねてみせた…

ドロシー「スケアクロウ(カカシ)か…」

アンジェ「今だけはね。他の仮装もいくつか持っているから、途中で切り替えていくつもりよ」

ドロシー「それは私もさ……それじゃあ、また夜に」

アンジェ「ええ」

…数時間後・とある通り…

カカシ「トリック・オア・トリート!」一軒の家の裏口を叩き、袋ごしのくぐもった声で呼びかけた…

中年男性「あぁ、はいはい……ハロウィーンね」

カカシ「…」ボロボロの燕尾服からすっとウェブリー・フォスベリーを取り出し「パン、パンッ!」と心臓に二発撃ち込んだ…

男性「う……ぐっ!」

アンジェ「…まずは一人目」蒸気で煙る街角を曲がるとカカシの燕尾服を捨て、白いシーツをまとった幽霊になった……

…同じ頃・裏通り…

貧しい子供「ねえ魔女のお姉ちゃん、お菓子ちょうだい…!」

汚れた子供「僕にも…!」

やつれた子供「おいらにも…!」

ドロシー「よーし、みんなにちゃんとやるから安心しな……ただ、今日はお菓子をもらうのに言うべき言葉があるだろう?」

やつれた子供「えーと…トリック・オア・トリート!」

ドロシー「正解だ。 そら、持ってけ♪」お菓子と一緒にさりげなく半クラウン硬貨も握らせるドロシー…

やつれた子供「お姉ちゃん、これ…いいの?」

ドロシー「あたぼうよ♪ ただし、魔女のお姉ちゃんから一つ頼みがある……角に立ってる茶色い山高帽のおじさんが見えるか?」共和国の連絡役が泊まっている木賃宿の向かいに陣取り、出入りを監視している王国防諜部員を指差した…

貧しい子供「うん、背の高いおじさんだね」

ドロシー「そりゃあお前たちからしたらな…とにかく、あのおじさんにしつっこくまとわりついて「トリック・オア・トリート!」をやってくれ……追い払われたり蹴飛ばされるかもしれないが、最低でも一分はねばるんだぞ」

汚れた子供「それだけでいいの?」

ドロシー「おうさ、それだけで十分だ……あとはその半クラウンを持って飯屋に行って、美味いものでも腹一杯詰め込めばいい」

やつれた子供「分かったよ…ありがと、魔女のお姉ちゃん!」菓子は誰かに盗られる前にその場で食べ、それから一斉に駆けだしていく子供たち…

ドロシー「ああ(これで雪隠詰めになっている奴もどうにか抜け出せるはずだ…)」

子供たち「……トリック・オア・トリート! お菓子をちょうだいよ、おじさん!」

山高帽「何だ何だ……えぇい、うるさい! あっち行け!」

子供たち「トリック・オア・トリートだってば! お菓子くれないならいたずらするよ!」

山高帽「ええい、まとわりつくなっ…このガキ共が!」子供にまとわりつかれて監視の邪魔になる上、目立つ状態に置かれて焦る防諜部員……いらだって腕を振り回したり蹴ろうとすればするほど子供たちはちょこまかと動き回りはやし立てる…

青年(共和国連絡員)「…」その隙を逃さず、連絡員はするりと裏通りの陰へと姿を消した…

………

561 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/13(金) 03:27:08.80 ID:ZwMkMxdK0
…一方・メイフェア校…

女生徒「トリック・オア・トリート!」

女生徒B「はい、お菓子…♪」

女生徒C「トリック・オア・トリート…お菓子をくれないといたずらするわよ!」

女生徒D「お菓子ね…はい、どうぞ」

ちせ「ふぅむ…ただ菓子をやったりとったりするだけでなく、魑魅魍魎の格好もするのが「ハロウィーン」とやらの風習か。 何とも奇っ怪じゃのぅ……」妙に感心しながら菓子をつまむちせ…

ちせ「しかしこの「南京(なんきん)」の菓子はなかなか…「いもくりなんきん」とは上手いことを言ったものじゃ」

(※南京…カボチャの通称。中国から伝来したことからこう呼ばれ「いもくりなんきん」とは「いも(サツマイモ)」「栗」「なんきん」で、江戸時代に女が好きなものとしてよく言われた)

ちせ「……さて、プリンセスとベアトリスはまだ公的行事でこちらには戻ってきておらぬし…もう少し「トリック・オア・トリート」して行ってもよかろう」

…とある部屋…

ちせ「失礼いたす」

しとやかな女生徒「あら、ちせさん…ごきげんよう、何かわたくしにご用事?」

ちせ「うむ、一つ言わせてもらわねばならんことがあるのじゃが……」

しとやかな女生徒「あら、何かしら…?」

ちせ「では、はばかりながら……トリック・オア・トリートじゃ」

しとやかな女生徒「あぁぁ、そういうことでしたのね…では遠慮せずお入りになって?」

ちせ「かたじけない」

しとやかな女生徒「いいえ。でもちせさん、せっかくのハロウィーンなのに制服だなんて……いい機会なのだから仮装でもしたらいかが?」

ちせ「ふむ…とはいえ仮装の持ち合わせなどありはせぬし、そもそも何をどうすれば良いものやら……」

しとやかな女生徒「言われてみれば、ちせさんは経験が無いから分からないですわね…あ、ならわたくしが仮装をお手伝いして差し上げますわ♪」

ちせ「いや、そのような手間をとらせるのは…」

しとやかな女生徒「まぁまぁ、そんな遠慮をなさらないで……ね♪」さりげなく後ろに回り込んで身体をすりよせ、両肩をやんわりとつかんでいる…

ちせ「し、しかし……///」

しとやかな女生徒「過ぎたる遠慮はかえって無礼というものですわ、わたくしの好意…どうかお受け下さいな」

ちせ「そ、そこまで言われては……では、お願いするといたそう」そのまま柔らかな手つきで押され、椅子に座らされるちせ…

しとやかな女生徒「あぁ、良かった…♪」

ちせ「それで、いったいどうすれば良いのじゃ?」

しとやかな女生徒「まぁまぁ、まずはお茶でも召し上がりになって…もちろんお菓子もありますわ♪」丁寧に紅茶を注いでから「ミルクと砂糖はどのくらい?」と聞き、ちせの注文通りふたさじの砂糖とミルクを入れた…

ちせ「かたじけない…」ふたさじにしては甘過ぎるような気がする紅茶をすすり、ルバーブの砂糖漬けが入った小さなパイをひとつ食べた…

しとやかな女生徒「ふふふ……お代わりはいかが?」にこにこしながらちせを眺めている女生徒……口角にえくぼを浮かべ、紅茶をすすめてくる…

ちせ「いや、もう十分じゃ…して、仮装とやらのやり方を指南してもらえるという話であったが……」

しとやかな女生徒「ええ、それはもう……でもまずは制服を脱がないといけませんわね?」

ちせ「なに…?」

しとやかな女生徒「だってそうではありませんこと? 仮装をするのですもの…制服の上からでは動きにくいでしょうし、それに上から着込むのでは暑いと思いますわ♪」

ちせ「それはそうかもしれぬが……しかし、人前で服を脱ぐとなると少々気恥ずかしいのじゃが///」

しとやかな女生徒「まぁ、遠慮することはありませんわ…ここにはわたくしとちせさんしかおりませんし…それにわたくしたちは女の子同士で、殿方がいるわけではありませんもの♪」そう言いながらちせの手に自分の手を重ねる女生徒……

ちせ「確かにそれはそうじゃが…///」そう言っているそばから泥酔したときのように視線が揺らぎ、頭がくらくらしてくるちせ……目の焦点が定まらず、優しげな女生徒の微笑みが四つにも五つにもぼやけて見える…

しとやかな女生徒「あら、ちせさん…どうなさったの?」

ちせ「いや、あい済まぬ……どうも目まいがしてかなわぬゆえ、部屋に戻ることにいたそうかと」

しとやかな女生徒「まぁ、それは大変…でも、その様子では歩くのも難しいでしょう……わたくしのベッドをお貸ししますから、しばらくお休みになられたら?」

ちせ「いや、心配無用じゃ……!」鍛えられた身体と強固な意志の力でどうにか立ちあがると、詫びを言って部屋を出た…

しとやかな女生徒「……ふぅ、あと一息と言ったところだったのですけれど…でも、欲張りはいけませんわね……くふふっ♪」お茶の道具を片付けクローゼットを開けると、乱れた制服に縄をかけられ、口にハンカチーフのさるぐつわをかまされた小柄な生徒が愛液をしたたらせ、情欲にとろけたような表情を浮かべている…

しとやかな女生徒「…なにしろ、一匹目の蝶々はちゃんと糸にからめたのですもの……ね♪」小柄な女生徒を見おろし、ねっとりとした笑みを向けた…
562 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/16(月) 02:15:58.52 ID:chh5Mciy0
…しばらくして・部室…

アンジェ「ふぅ…どうにか午後だけで二人始末する事ができたわね……」

…いくどか仮装を変えつつ王国情報部のエージェントを片付け、最後は中世の医師を模したフードと鳥のようなマスクの仮装で戻ってきたアンジェ…一日中歩いたりバスに乗ったりと休む暇もなく、さらには尾行に対する予防措置もあってうんと回り道をしたため、脚はすっかり棒のようで足裏がじんわりと熱く、洗面器に張った冷水に足を浸けている…

アンジェ「ドロシーもまだのようだし、少し休憩しようかしら…」

アンジェ「とりあえずちせには戻ったことを伝えておかないと……」

…壁の掛け時計を見るとまだ夕食には時間がある…足を水で冷やしていたしばらくの間はレースをあしらった白いペチコートとビスチェだけで椅子に腰かけていたが、ちせの部屋に顔を出して戻った事を伝えるため脚の水滴を拭ってストッキングを履き、制服をまとって眼鏡をかけた…

アンジェ「これでいいわ……」部室に誰かが忍び込んでも分かるよう「保安措置」の髪留めピンをドアノブに載せて鍵をかけ、何事もなかったかのように歩き出した…

…ちせの部屋…

ちせ「…誰じゃ?」

アンジェ「アンジェだけれど、入ってもいいかしら」

ちせ「うむ、入ってくれ……」

アンジェ「ちせ?」ドア越しに聞こえる力の抜けたような声を聞いて眉をひそめ、身構えつつドアを開けた…

ちせ「ここじゃ……ぁ///」ベッドにもぐり込み、壁の方を向いて身体を丸めている様子のちせ…

アンジェ「…今戻ったわ。ドロシーたちはまだのようだから……どうしたの?」

ちせ「アンジェどの……ぉ///」

…布団をめくって顔を出したちせはとろんとした目つきで頬を赤く染め、いつもはきりりと引き締まっている口元を半開きにして涎を垂らしている…そして折り目正しくきちんとしたちせにはあり得ないが、制服は床に脱ぎ散らかされ、切ないような甘ったれたような声をあげている…

アンジェ「ちせ、誰に何を盛られたの…何をしゃべらされた?」

ちせ「何もしゃべってなど……おらぬ……ただ、ハロウィーンの菓子と茶をごちそうになって…数分もしないうちに……///」

アンジェ「…お茶を飲ませたのは誰?」

ちせ「メイナードの令嬢じゃ……」

アンジェ「メイナード…メイナード伯爵令嬢のこと?」(ベアトリスを狙っていた「ファイアフライ」ね…)

ちせ「うむ…菓子も茶もあちらが食べ、かつ飲むのを見てから口にしたのじゃが……///」

アンジェ「おおかた先に中和剤を飲んでおいたのね…それで?」

ちせ「数分もしないうちに…まるでいつぞや酩酊した時のように頭がくらくらして……どうにか戻ってきたのじゃが…それから身体が火照って…しかたないの…じゃ///」

アンジェ「分かった。様子を見るから布団をめくるわね」

ちせ「いや、それは……///」

アンジェ「何を隠し立てするつもり? 貴女の状態を確認しなければいけないのは分かるでしょう…!」力なく首を振るちせの布団をなかば強引に引き剥がした…

ちせ「///」

アンジェ「…ちせ、貴女」

ちせ「だから…言ったのじゃ……ぁ///」

…赤子のように身体を丸め、ネグリジェ姿でベッドに入っていたちせ……その右手は花芯をねちっこくかき回し、溢れた愛蜜でふとももからネグリジェ、そして敷き布団までがぐっしょりと濡れている…

アンジェ「……いつから?」

ちせ「…分からぬが…メイナード嬢の部屋には日も暮れなんとする黄昏時に訪ねて……それからずっと……んんっ///」ぐちゅっ、にちゅ…っ♪

アンジェ「だとすると、かれこれ一時間半くらいね…」

ちせ「アンジェどの……どうにかしてくれぬか…まるで下半身がしびれたように…気持ちよくて…一向に……指が止まらぬのじゃ……ん、んあぁぁ///」ちゅぷっ、くちゅ…♪

アンジェ「分かった。どのみちそろそろ効果は切れるはずだけれど……後は私に任せればいい」

ちせ「頼む…///」くちゅ…っ、とろ…っ♪

アンジェ「ええ」
563 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/21(土) 11:13:33.18 ID:BhNVgAfP0
アンジェ「それじゃあ、始めるわ……」

ちせ「はぁ、はぁ…後生じゃから、早く……っ///」

アンジェ「ええ」

…アンジェはスカートとペチコートを脱ぐとベッドに上がり、ちせの小さな身体にまたがった…ふともも越しに触れるちせの身体はしっとりと汗ばみ、熱いくらいに火照っている…そのまま足元から手を差し入れてネグリジェをまくり上げると、引き締まった身体があらわになる…

ちせ「んぁぁ…はぁ、はぁ……んくっ///」

アンジェ「ちせ…」ちゅっ…♪

ちせ「あっ……///」

アンジェ「ん…ふ……ちゅっ、ちゅる…っ……」

ちせ「んぅぅ…あ……んむ…っ///」

アンジェ「ここも…すっかり固くなっているわね……」小ぶりな乳房に指を這わせ、桜色をした先端を軽くつまんで引っ張る…

ちせ「あふっ、ん…っ///」

アンジェ「…ちゅっ、れろ……っ♪」

ちせ「ふぁぁんっ…そんな、な…舐め……っ///」

アンジェ「ちゅぅ、ちゅぅ…じゅるっ、れろ…っ……♪」顔を近寄せて舌先からちせの胸へと唾液を垂らすと、それを舐めとるように吸い付き始めた…

ちせ「あ、あぁ……んぅっ…///」

アンジェ「汗ばんでいるせいかしら、少ししょっぱいわね……れろっ、んちゅ…ちゅむ……♪」

ちせ「ふあぁぁ…♪」

アンジェ「それじゃあ、今度はここを……」ちせの指を花芯からゆっくり引き抜いて手をどかすと、代わりにアンジェ自身の細い指を滑り込ませた…

ちせ「ふわぁぁぁ…あっ、あぁぁん……っ♪」ぬちゅっ、ぷしゃぁぁ…っ♪

アンジェ「…イったみたいね」

ちせ「んんぅ、はぁ…あぁ……んぅぅ♪」

アンジェ「…入れただけで果ててしまっては張り合いがないわね。 それに、貴女もまだ火照りが収まらないようだから……色々と試させてもらうとしましょう」

ちせ「んえ…?」

アンジェ「大丈夫、すぐに分かるわ…最近はこっちの練習がすっかりおろそかだったし……(それにプリンセスとも機会がなかったから…)」

…いつもの冷めた表情に少しだけ情欲をにじませ、ちせの秘部にぬるりと二本目の指を滑り込ませる…そのまま膣内に第二関節まで入れると、唇をキスで塞ぎつつゆっくり動かした…

ちせ「んっ、んむぅぅ……っ♪」

アンジェ「ちゅるぅ…むちゅ……れろっ、じゅるぅ…っ♪」

ちせ「ふー、ふーっ……んぐぅ゛ぅ…っ♪」ぐちゅっ、ぢゅぷ…っ♪

アンジェ「…ちせ、貴女は体力があるしまだまだ大丈夫のはずだから……続けるわね」

ちせ「あひっ、はひぃ…っ♪」

アンジェ「それじゃあ、今度はこっちにも入れてあげるわ…」それまでやんわりと乳房を揉みしだいていた左手を離すと人差し指を舐めてたっぷりと唾液を付け、それをきゅっと引き締まったちせのヒップに這わせ、それからアナルに滑り込ませた…

ちせ「一体なに……んひぃぃっ♪」

アンジェ「…こういう経験は乏しいでしょうから、ゆっくり慣らしていってあげるわ」

ちせ「んあぁ…ふあぁぁ……♪」前後に指を入れられ、巧みな技巧でねっとりと責められて喘ぐちせ……

アンジェ「何も恥ずかしがったり気兼ねすることはないから……思う存分声をあげてよがるといいわ」

ちせ「あっ、あっ……あ゛ぁ゛ぁぁ…っ♪」

アンジェ「ふふ、よくイったわね……ご褒美にもう一度キスしてあげる…」ちゅっ…♪

ちせ「あふぅ…はひぃ……ぃ♪」

………

564 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/24(火) 01:50:21.63 ID:rJmTyEgW0
…数時間後・部室…

ドロシー「…よう、アンジェ」

アンジェ「ドロシー、戻ってきていたのね」

ドロシー「ああ…ついさっきな」

アンジェ「その様子だと上手くいったようね」

ドロシー「当然さ……♪」黒マントにドレスの洒落た姿には似つかわしくないだらしのない姿勢で座り、テーブルの上には仮面舞踏会で使うようなヴェルヴェットの仮面が放り出してある…仮面のかたわらにはブランデーの瓶が置いてあって、その隣のカットグラスには琥珀色をした液体が親指の幅ほど注いである…

アンジェ「そう…それを聞いて安心したわ」

ドロシー「おやおや、ずいぶんと信用がないんだな?」

アンジェ「別にそういうわけじゃないけれど……ところで」

ドロシー「ん?」

アンジェ「実は貴女が戻ってくる前にちょっとしたことがあって……」年下好きの貴族令嬢にちせが媚薬を盛られた顛末を説明した…

ドロシー「ほーん……それじゃあさっきまでちせの相手をしてやってたのか」

アンジェ「ええ…すっかり出来上がっていたから私がどうこうするほどのものでもなかったけれど……」

ドロシー「まぁ、お疲れだったな……それで?」

アンジェ「…何が」

ドロシー「とぼけるのはよせよ…要は「お味はいかがでしたか?」ってことさ♪」

アンジェ「そういうことを他人(ひと)に話すような趣味はないの」

ドロシー「はは、冗談さ……しかしそうなるとあのお嬢様につけた「ファイアフライ(ホタル)」ってコードネームは変えた方がいいかもしれないな。あれはファイアフライよりもっとタチが悪い」

(※ホタル…欧米では日本のような「はかなく光る」イメージよりも、獰猛な肉食昆虫である幼虫のイメージが強いとされる)

アンジェ「何か候補が?」

ドロシー「そうだな…例えば「スパイダー(蜘蛛)」とか」

アンジェ「悪くないわね…」

ドロシー「あとは「マンティス(カマキリ)」でもいいかもしれないな……どっちも交わった相手のことを食っちまうって言うし、しとやかなふりをして寄宿舎の可愛い娘たちを食い散らかしているメイナードのお嬢様にはぴったりだぜ?」

アンジェ「そうね」

ドロシー「だろ? ところでアンジェ、今日は一日歩き詰めだったはずだが…ハロウィーンの菓子はもらえたか?」

アンジェ「…仮装をしているのにカゴに何にも入っていなかったらおかしいし、焼き菓子の数個は用意しておいたけれど……もらえていなかったらどうなの?」

ドロシー「さあな。まぁ「トリック・オア・トリート」って言ってみれば分かるだろうよ」

アンジェ「ふう…どうせ貴女の事だから、私が言うまでやいのやいのとせっつくんでしょう……トリック・オア・トリート」

ドロシー「おめでとう、よく言えました…そらよ♪」

アンジェ「……これは?」リボンのかかった紙袋を受け取るとリボンをほどき、包みを開けた…中には上手に出来ている手作りとおぼしき半ダースあまりのクッキーと、数切れのパウンドケーキが入っている…

ドロシー「クッキーとパウンドケーキさ」

アンジェ「そんなことくらい見れば分かるわ…で?」

ドロシー「今日は妙に鈍いじゃないか……まだ分からないか?」

アンジェ「……ドロシー、もしかして…これ///」よく見ると菓子の出来に見覚えがある…

ドロシー「ああ、もしかしなくてもそうさ」

アンジェ「だとしたら、一体どうして貴女が…?」

ドロシー「お前さんがなかなかやって来なかったから、代わりに渡すよう頼まれたのさ……それと、クッキーだけじゃなくて伝言もひとつある……誰からのメッセージかは言わないが「お菓子はあげたけれど、いたずらもして欲しいからお部屋で待っています…♪」だそうだ」

アンジェ「ええ、分かった…///」

ドロシー「やれやれ、これでようやく私もベッドに行けるってわけだ……それじゃあハロウィーンの夜を楽しんでくれ♪」残っていたブランデーを流し込んでグラスと瓶を隠しスペースにしまい込むと、手をひらひらと振って出て行った…

アンジェ「お休みなさい…」ドロシーを見送ると、クッキーをひとつ手に取って口へ運んだ…

アンジェ「……美味しい///」

………

565 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/28(土) 13:42:08.98 ID:Mq/Nk66k0
…case・アンジェ×ドロシー「The forgery」(贋作)…

…アルビオン共和国・とある港…

税関吏「…ここで下ろす積荷はこれだけだな?」制服姿の税関吏が通関書類とにらめっこをしながら箱を数え、送り状をあらためる…

船長「ええ、そうです」

税関吏「それで、この箱の中身は……家具とあるが?」

船長「依頼主からはそのように伺っております」

税関吏「ふむ…ま、いいだろう」手に持った書類にさらさらとサインをすると船の舷梯(タラップ)を降りはじめた…

船長「いいぞ、荷下ろしを始めろ!」

…税関吏が埠頭に降り立つと、まるでそれを待ちわびていたかのように港の蒸気起重機が動きだして大きな真鍮の歯車が回り、パイプやあちこちの隙間からシューッと音を立てて白い蒸気が噴き出す…

水夫長「ほら、ロープをかけろ!何をもたもたしてる!そんなんじゃあ日が暮れちまうぞ!」

掌帆長「とっととやれ!だらだらするな!」

水夫「えんやこら…どっこいしょ!」

水夫B「よーし、いいぞ!上げろ!」木箱がロープでくくられ結び目が起重機のフックに引っかけられると、蒸気の響きと共にアームが上昇してロープがぴんと張り、きりきりと軋む音を立てながら大きな箱が徐々に釣り上がる…

税関吏B「…や、ご苦労さん。次はあの船だな」

税関吏「まだあるのか、全く忙しいったらありゃしない……次の船を検査する前に休憩して、詰所でお茶でも飲もうじゃないか」

税関吏B「いいね…」そう言って二人で税関詰所へ歩き始めた…

荷役労働者「よーし、そのまま…そのまま……」

…やり取りこそ荒っぽいが、それまでは手際よく進んでいた荷下ろし作業…ところが数個目の箱がクレーンで吊るされ埠頭の上で揺れていると、不意に木箱に結びつけられていた太いロープのささくれた部分が「メリメリ…ッ」と音を立ててほぐれ始め、あっという間にぷっつりと切れた…

水夫「おいっ!」

荷役労働者「危ないっ!」

税関吏「何だ…っ!?」持ち上げられていた木箱が埠頭に落ち、中のアンティークものの家具が壊れてバラバラになって飛び散った…

税関吏B「あーあ、こりゃあひどいことになったな……っ!?」

…壊れた椅子のクッション部分がすっかりめくれて、中の詰め物がはみ出している……が、その詰め物は当たり前の白い綿ではなく、共和国の人間が見慣れたデザインをしたとある紙の束だった…

税関吏「こいつは……すぐ情報部に連絡しろ!」

………



…数日後・コーヒーハウス…

ドロシー「…ずいぶんと唐突な呼び出しだな、何があった?」

7「ええ、実は少々急を要する事態が発生して……王国側に気取られる前に事を済ませたいから、貴女たちも投入することになった」

ドロシー「ほほう?」

7「今回はまず、とある人物を確保して所定の場所に「配達」してもらいたい…詳細はメールドロップに」

ドロシー「分かった」

7「それじゃあ、よろしくお願いするわ」
566 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/29(日) 02:02:01.29 ID:J1ecVcy00
…数時間後・部室…

ドロシー「どうだった?」

アンジェ「…さっき暗号を解読したけれど、明日のうちには対象人物を届けるよう指示されていた。普段は綿密な工作を要求するコントロールだけに、これだけせわしないのは珍しいわね」

ドロシー「それだけ尻に火が付いている事態だってことだろうよ…で、その「対象人物」とやらはどんな奴だ?」

アンジェ「ええ……情報によると対象はアンティークの美術品を扱っている老人で「トーマス・フロビッシャー」を名乗り、髪は白髪で目は淡いブルー、身長は5フィートそこそこ」

ドロシー「小柄な爺さんだな…他に特徴は?」

アンジェ「ないわ」

ドロシー「ずいぶんあいまいだ…」

アンジェ「そういう意見もあるわね。それと、店の場所はここ」指示書と一緒に入っていた薄紙を法則に従って地図に重ねると、一点を指し示した…

ドロシー「分かった、それじゃあ急いで支度をしよう……もし爺さんをさらうとしたら、誰かに見られても人相や風体が捉えにくい黄昏時にしたいし、現地の様子を確かめる時間も二時間はいるからな」

アンジェ「ええ」

ドロシー「よし、そうと決まれば車を用意してこないとな…その間にそっちも準備を整えておいてくれ」

アンジェ「そうするわ」

…黄昏時…

ドロシー「ここか…」

アンジェ「ええ」

…しばらく車を流して公安や防諜部の見張りがないことを確かめると、小さな間口の店の前にロールス・ロイスを乗り付けた…ドロシーは黒のシルクハットに燕尾服、長髪を結い上げて帽子の中に隠して男装をし、アンジェはペールグレイのドレスに長いケープをまとい、顔はボンネットの陰に隠れている…店の入口の脇には小さく古びてはいるが良く磨かれたマホガニーのプレートがあり、かすれかけた金文字で「古美術商、トーマス・フロビッシャー」とある…

ドロシー「…ごめんください」

老人「いらっしゃいまし……」

…入口を開けるとカランコロンと鈴の音が鳴り、カウンターの奥にいた老人がゆっくりと出てきた…老人は白髪で小さいレンズの丸眼鏡をかけ、地味な格好をしている…店内は古びた布が発しているかすかなカビの臭いや絵画のテレピン油、ニスや木材の匂いが合わさって、いかにも年季の入った骨董品屋の雰囲気をかもし出している…床にはロココ調やバロック調の家具が所狭しと置いてあり、壁にはくすんだ額縁に入った絵画やリトグラフが飾ってある…

老人「…いかがです、何かご興味がございますか?」

アンジェ「ええ…これは素敵な絵ですね」

老人「おや、こちらがお気に召しましたか……お若いレディはお目が高くていらっしゃる、こちらはかのエドゥアール・マネが「すみれの花束をつけたベルト・モリゾ」の構想を練るため別に描いた物でして……」

ドロシー「…それじゃあこれは?」

老人「こちらはフラゴナールの作品ですな…元はとあるフランス貴族が所有していた物なのですが、家が没落し手放さざるを得なくなったものでございます」耽美で柔らかな色づかいで描かれた、川沿いに建つフランスの館(シャトー)を描いた風景画…

ドロシー「そうですか…しかしフラゴナールにしては画題が珍しいですね。普通フラゴナールと言えば優美な雰囲気で上品にまとめた青年男女の絵か、神話をモチーフにした裸婦画が多いものと思っていましたが……」

老人「いかにも…フラゴナールはイタリア旅行の際には自然の風景を絵にしておりますが、建物を描いた物というのは珍しい……それだけにこの絵には価値があると申せましょう」

ドロシー「なるほど」

567 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/08/30(月) 00:59:09.12 ID:3qHUnNkw0
アンジェ「それじゃあこれは?」

老人「ああ…これはですな、当時のパリで作られた……」

ドロシー「…」コートの下からナイフを抜くと、いきなりクッションの部分に突き立てて表地を切り裂いた…

老人「何ということを…この椅子は十六世紀のアンティークだというのに!」

ドロシー「…アンティークが聞いてあきれるぜ、どれもこれも贋作のくせしやがって」

老人「何を言うか、このルイ王朝時代の家具を贋作じゃと!?」お客相手のへりくだった言い回しを使うことも忘れ、真っ赤になっている…

ドロシー「下らない芝居はやめな…骨董品もお前さんの素性も真っ赤な偽物だって事くらい分かって来てるんだよ、こっちは」

アンジェ「…それに本物のルイ王朝時代の家具だったらここの曲線はもっと柔らかく、色はもっとくすんでいる」

老人「……ほう、二人とも若い娘のくせになかなかの鑑定眼じゃな」すっかり調べ上げられている事を理解して、急に大人しくなった…

ドロシー「商売柄そういう機会が多いものでね。それじゃあトーシロ相手の商売はお休みにして、一緒にドライブとしゃれ込もうじゃないか…」

老人「その上でわしの頭に鉛玉を撃ち込んでテムズ川へ放り込むのか…?」

ドロシー「ああ、本来ならな……だが、まだお前には重さ200グレインの鉛玉一発よりは価値がある、逃げようとしなければ脳天をぶち抜く真似はしない」

老人「…信用できるのか?」

ドロシー「少なくともここのアンティークよりゃな」

老人「……分かった」

ドロシー「よし…」軽く指を動かして合図すると、アンジェが後ろに回って老人の腰に銃を押しつけた…押しつけた銃そのものはまとっている長いケープに隠れて外からは見えない…

ドロシー「それと今さら言うことでもないだろうが、おかしな真似はするなよ?」

老人「分かっておる。こんな年寄りじゃが、それでもまだ長生きはしたい」

ドロシー「いい心がけだ……どうもこの世界では命を無駄にする人間が多いもんでね」

老人「…それで、どこに連れて行くつもりなのかね?」

ドロシー「おいおい、言ったそばから寿命を縮めるような真似はするなよ…余計なせんさくは怪我の元だぜ?」

老人「沈黙は金(きん)…か」

ドロシー「その通りさ……それと目隠しもさせてもらう。ロンドンの眺めを見られなくて残念に思うが、これもお互いの健康のためだからな」

老人「ああ、それもやむを得まい…」

…車内…

老人「ところで、どうしてお前さんたちのような若い娘がスパイ稼業なんぞをしとるんじゃ…?」

ドロシー「さぁ、どうしてだろうな♪」

アンジェ「…あなたこそ、一体どうして贋作作りなんてしていたの?」

老人「わしか……実はな、わしには昔エマという女房がいてな…もうあれが先立ってしまってから二十年にもなるが……」

アンジェ「それで?」

老人「そのころまだわしは「まっとうな」古美術商だったんじゃが、ろくろく稼ぐこともできんでな…貧しい生活をしている中でエマは病気になってしまって……」

ドロシー「なるほど…」

老人「うむ…で、あるとき古い無名の絵を買ってきて元の絵をすっかり削り落とし、そこに有名画家の画風を真似た絵を描いたところ、それがいい値段で売れての……エマに栄養のあるものを食わせてやったり、薬を買ってやるためにも金が入り用だったものじゃから、そのまま続けておったのじゃ…」

ドロシー「…ところがある日、なんの特徴もない男が二人ばかりやって来た」

老人「いかにも……連中は殴ったりこそしなかったが、女房の事を持ち出してきての」

アンジェ「あなたが刑務所に入ったら、病気の奥さんは面倒を見る人間もなしに亡くなってしまうだろう…と」

老人「その通りじゃ…それ以来、わしは連中の言うがままに贋作を作ってきた……」

ドロシー「もうその必要も無くなったな……よし、着いたぞ。 転ばないよう足元に気をつけな」

老人「うむ…」慎重に足元を確かめ、そろそろと車から降りた…

ドロシー「それじゃあな、爺さん…」

アンジェ「……奥さんの事は気の毒に思うわ」

老人「おかしなもんじゃな…わしをさらったお前さんたちの方が、女房の事を気にかけてくれるなんてな……」そのまま共和国側のエージェントに支えられて、奥へと連れて行かれた…
568 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/09/04(土) 01:58:03.34 ID:3NuIQS9a0
…翌日…

ドロシー「お帰り…それで、コントロールからは何だって?」

アンジェ「ただいま…任務説明は受けてきたから、今からかいつまんで説明するわ」

…部室に隠してある装備の中から、三インチ銃身のウェブリー・アンド・スコット・リボルバーを取り出して手入れをしているドロシー…アンジェはその向かいに腰かけると、テーブルに「メール・ドロップ」から取り出してきた任務概要と、暗記してきた詳細を伝達した…

ドロシー「……つまりここに偽の共和国ポンドを印刷している施設があるって事か」

アンジェ「そのようね。そして王国情報部の部員はあの老人の店で偽の骨董品を「買い」込んで、共和国に向けて荷を送る……そしてその中には偽札が詰めてあり、それを壁の向こう側で使って共和国ポンドの信用を落としている」

ドロシー「そりゃあコントロールが躍起になるはずだ…」

アンジェ「ええ…通貨の信用(クレディット)は国の存続に関わる。特に王国と分裂した影響で金(きん)の保有高が少ない共和国は、もし「共和国ポンド紙幣は同額のポンド金貨と交換できない」と思われれば一気に国際的な信用を失い、共和国ポンドの価値が暴落する……そうした事態はどうあっても避けたい」

ドロシー「そして偽札作りの拠点がどこにあるか明らかになった以上、早めに手を打つ必要がある」

アンジェ「その通り」

ドロシー「……それにしても贋作の家具に詰めた偽札か。 まるで詐欺師が作ったクリスマスのチキンだな♪」

アンジェ「ええ」

ドロシー「…それで、この後は?」

アンジェ「偽札の流通ルートは確認できたし、共和国側で活動していた連中も押さえたと連絡があった…あとは製造拠点を叩くだけよ」

ドロシー「鉄火場ってわけか、久々に面白くなりそうだ…♪」にやりと不敵な笑みを浮かべてみせる…

アンジェ「ドロシー、あくまでも私たちは情報部員よ…ちんぴらやギャングの「出入り」じゃない。冷静に、確実によ」

ドロシー「もちろんだ」

…数時間後・ネストのひとつ…

ドロシー「よし…それじゃあ支度に取りかかろう」

アンジェ「そうね」

ドロシー「まずは銃…お前さんはいつも通りウェブリー・フォスベリーか?」二挺のウェブリーに.455口径の弾を込めつつ問いかける

アンジェ「ええ」

ドロシー「分かった」

アンジェ「ドロシー、貴女は?」

ドロシー「見ての通りウェブリー・スコットが二挺と…それからこれを♪」少しだけニヤッと笑みを浮かべると、銃身を切り詰めた垂直二連の散弾銃を持ち上げた…

アンジェ「弾は?」

ドロシー「今回は鳥撃ち用の細かい散弾を込めてある…とっさにぶっ放す時は役立つはずさ」そう言いながら手際よく弾を込めて銃尾をパチリと閉じると、服のポケットに予備の散弾をひとつかみねじこんだ…

アンジェ「そうね。それから私はこれを…」よく研がれたナイフ二ふりと、細いワイヤーの両側に木の持ち手が付いた首絞め具を用意する…

ドロシー「あとは施設をぶっ飛ばす訳だから、爆弾がいるよな…」器用なベアトリスがいくつか作り置きしていた時限装置と、束にまとめられている丸棒状の爆薬を用意し、腰のベルトに付いているループに引っかけた…

アンジェ「ええ…特に「原版は確実に破壊しろ」とのことだったわ」アンジェは発煙弾をいくつかと、真鍮で出来た球状の手榴弾を三つほど腰に提げる…

ドロシー「だろうな…」

アンジェ「これで準備は整ったわね……そっちは?」

ドロシー「ああ、こっちも準備万端だ」

アンジェ「そう、それなら最後にこれを…」事前に届けられていた「C・ボール」を保管用の筒から取り出し、これも腰に提げた…

ドロシー「それじゃあ出かけようぜ…♪」出口を開けると「お先にどうぞ♪」と手で示し、ぱらぱらと降り始めた小雨を避けるように車に乗り込んだ…
569 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/09/11(土) 11:05:04.79 ID:iHlGpjVm0
…夜…

ドロシー「…偽札作りの拠点はあそこか」

アンジェ「間違いないわね…表と裏手にそれぞれ見張りが二人」Cボールで飛び上がった建物の屋根の上から望遠鏡で様子をうかがう…

ドロシー「やるんなら同時に片付けないとな」

アンジェ「ええ…」パチリと望遠鏡を畳むと、ドロシーの手をつかんで飛び降りた…

…倉庫・裏口…

見張り「ふー……嫌な天気だな。こんな時の見張りは嫌いだ」しとしとと降る霧雨の中ハンチング帽をかぶり、コートのポケットに手を突っ込んで肩をすくめている…

見張りB「全くだな…なぁ、煙草あるか」安物のパイプを口にくわえながら、空っぽの煙草入れを開けて見せた…

見張り「なんだよ、切らしちまったのか?」

見張りB「いや…刻み煙草そのものは買っておいたんだが、来る時に詰めてくるのを忘れちまって……」

見張り「やれやれ、準備の悪い野郎だ…今回だけだぞ?」

見張りB「ああ……なぁ、ついでに火もあるか?」

見張り「なんだぁ?煙草もなけりゃあマッチも忘れて来たのかよ…そら」

見張りB「いや、マッチはポケットに入れておいたはずなんだけどな……悪ぃ」火が上手く点くようにすぱすぱとパイプを吸うと、ふぅっ…と煙を吐き出した…

見張り「ったく、今度からは忘れるんじゃ……ぐっ!」

見張りB「おい、どうした……うっ!?」喉元を締める細いワイヤーをかきむしり、脚をばたつかせていたがすぐ静かになる……

ドロシー「……片付いたぞ」

アンジェ「こっちも」

ドロシー「よし…」

…廊下…

見張りC「ふわぁ…あ」机の上に脚を乗せ、椅子にふんぞり返るようにして一日遅れの新聞をめくっている……と、物陰から音もなく黒いシルエットが近づいた…

見張りC「……むぐっ、ぐう…っ!」

…詰所…

情報部若手エージェント「…そーら、いただきだ」

若手エージェントB「くそっ……やめだやめだ、今夜はツいてねえらしい」カードをテーブルの上に放り出すと、伸びをしながら部屋を出て行こうとする…

年かさのエージェント「どこに行くんだ?」

エージェントB「ああ、ちょっと用を足してくる……」

…数分後…

エージェントC「…なあ、エディの大将ずいぶんと遅くないか? 便所にいっただけだってのに……」

年かさ「確かに遅いな、誰か様子を…」

エージェントD「なーに、心配いらないさ…それより勝負するのか、降りるのか、どっちなんだ?」

エージェントC「それじゃあ……」ふっと冷たい風が廊下から入ってきて、煙草の煙が立ちこめる室内の空気をかき回した…

エージェントC「ようエディ、ずいぶん遅かったじゃな……!?」ドアの方に頭を巡らしながら言いかけたところで表情が凍り付く…

エージェントD「…っ!」

年かさ「あっ…!」とっさに卓上に置いてあったホルスターに手を伸ばす…

ドロシー「…」バン、バンッ!

エージェントE「銃声!?」

エージェントF「くそっ…!」

…隣の仮眠室で寝ていた交代要員数人が慌てて飛び起きた矢先に「コン、コン、コン…ッ」と床に金属が当たって弾む音を立てながらころころと真鍮の丸い物が転がってきて、一人の足元でころりと半回転して止まった……

エージェントE「危ない、伏せ…!」言い終える前に手榴弾が炸裂した…

ドロシー「…これであらかた片付いたみたいだな」

アンジェ「そうね…」

ドロシー「それじゃあ残りを片付けよう…右側を頼む」
570 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/09/19(日) 01:23:53.29 ID:uxoBpbXI0
エージェントG「…くそ、何としても原版を守れ!」

エージェントH「アトキンス、お前は味方に連絡を!」

エージェントI「はい!」遮蔽物の陰から飛び出し、戸口の方へと駆け出す…

ドロシー「させるかよ…!」バンッ、バン…ッ!

エージェントI「ぐは…っ!」背中に二発の銃弾を浴びよろめきながらドアにたどり着いたものの、そのまましがみつくようにして崩れ落ちたエージェント…

エージェントH「ちっ…!」

ドロシー「…くそ、粘られたらこっちの負けだぞ!」

アンジェ「ええ…!」

エージェントH「いいか、味方が来るまで時間を稼げばいい!」散弾銃の弾を込め直しながら部下に声をかける指揮官格のエージェント…

エージェントG「再装填する、援護を!」

エージェントJ「ああ!」

ドロシー「まずいぞ、このままじゃあ時間切れになる……っと、そうか!」アンジェがマントの内側にぶら下げている中から球形の発煙弾をひとつ取り、時限信管のぜんまいを巻いてから木箱の向こうに投げ込んだ…

エージェントG「…うえ…っ!」

エージェントH「げほっ、ごほ…!」

エージェントJ「がはっ、げほっ!」

ドロシー「今だ!」バン、バンッ!

アンジェ「ええ…!」パン、パンッ…バンッ!

…数分後…

アンジェ「……原版があったわ」

ドロシー「ったく、こいつが厄介の種か…こんなものはとっととぶち壊すに……ん?」ふと輪転機の脇に積んである木箱に目を留めた…

アンジェ「どうしたの?」

ドロシー「ひゅー♪ 見ろよアンジェ、手が切れそうなほどのピン札だぜ? …しかもこんなにだ」まだふたがされていない木箱の中に、帯封付きの札束が大量に詰まっている…木箱に手を突っ込むと、ニヤニヤしながら紙幣の束をアンジェに見せびらかすドロシー……

アンジェ「…こっち側で共和国ポンドの紙幣を持っていても何にもならないし、どのみちそれは偽札よ」

ドロシー「分かってるさ……でもこれだけあると良い気分じゃないか?」カードを切るようにパラパラと札束をめくる…

アンジェ「良かったわね。それより早く爆弾をしかけてちょうだい」

ドロシー「ちぇっ、相変わらず感情の希薄な奴だな……」

アンジェ「黒蜥蜴星人だもの」

ドロシー「そう言うと思ったよ…時間は?」

アンジェ「三分にしましょう」

ドロシー「それじゃあ出て行くのがやっとだな…準備出来たぞ」

アンジェ「ならもうここに用はないわ、行きましょう」

ドロシー「そうだな」最後に輪転機のかたわらに置いてあった機械油の缶を開けて、札束の入っている木箱に注ぎ込むとマッチを擦って放り込み、肩をすくめて立ち去った…

…しばらくして・裏通り…

アンジェ「…ドロシー、ちょっといい?」

ドロシー「ん?」

アンジェ「いいから…動かないで」すすけたレンガの壁にドロシーを押しつける…

ドロシー「おいおい、今夜はずいぶん積極的じゃないか……」

アンジェ「とうとう頭までおめでたくなったのかしら……そこ、怪我をしているわよ」そう言って指差したドロシーの左腕からは、ゆっくりと血が滴っている…

ドロシー「えぇ? …本当だ、どうもさっきからヒリヒリすると思ったんだ」

アンジェ「きっと散弾がかすめたのね……戻ったら手当をしてあげるわ」

ドロシー「えー、どうせ手当をしてくれるなら冷血なお前さんよりもベアトリスかプリンセスの方がいいんだけどなぁ♪」

アンジェ「どうやら胡椒かカラシでも擦り込まれたいようね……」
571 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/09/24(金) 01:47:18.26 ID:qxHGoxvW0
…深夜・部室…

アンジェ「さ、手当をするわ」

ドロシー「悪いな……っ」そう言って上着を脱ごうと腕を動かした瞬間に傷口が痛み、ぎゅっと唇をかみ締めて渋い表情を浮かべた…

アンジェ「痛む?」

ドロシー「ああ…撃ち合いの時は感じなかったが、落ち着いたら急に痛み出しやがった……」

アンジェ「どんな風に痛いか教えてちょうだい…痺れる感じ?」

ドロシー「いや、血管が脈打つたびにズキズキする感じだ」

アンジェ「なら神経は傷ついていないはずよ……何よりね」

ドロシー「…ちっとも嬉しくないぞ、痛いのは同じなんだからな」

アンジェ「それじゃあ文句を言っていないで、早く上を脱いで…ほら、これを飲むといいわ」琥珀色の液体が入ったカットグラスをコトリとテーブルの上に置いた…

ドロシー「ああ、悪いな……マッカランの18年ものか」香りを嗅ぎ、目をつぶって一口含むと口の中で転がして味わった…

アンジェ「ええ、痛み止めの代わりに」

ドロシー「そいつはどうも…今日は気前が良いな」

アンジェ「治療を始めた途端に貴女にぴーぴー泣かれたら迷惑だもの」

ドロシー「ったく、虫歯を抜かれる子供じゃあるまいし…そんなことで泣くかよ」

アンジェ「じゃあいらないわね」

ドロシー「そうは言ってないだろ…経費でいい酒が飲めるなら文句はないさ」上着を片手で脱いで下着姿になる…

アンジェ「でしょうね……腕を出して」

…テーブルの上に古い布を敷き、その上に腕を置かせたアンジェ…軽く傷口を洗うと薬箱を脇に置き、しげしげと眺めた…

ドロシー「で、どうだ?」

アンジェ「たいしたことないわ……縫合する必要もなさそうよ」

ドロシー「そりゃ良かった、この柔肌に傷が残るようじゃあ困るからな♪」

アンジェ「サメ肌の間違いじゃないかしら…いま軟膏を塗るわね」プリンセスが部室に置いている薬箱から、大変よく効くが同時に目玉の飛び出るような値段がする塗り薬を傷口に擦り込んでいく…

ドロシー「おう……こいつはずいぶんと沁みるな」眉をひそめ、片手でグラスのウィスキーをあおる…

アンジェ「我慢しなさい、情報部員でしょう」

ドロシー「お前は私の母ちゃんか? …終わったら教えてくれ」そう言って片手で「アルビオン・タイムズ」の夕刊をめくりだした…

アンジェ「…何か興味深い記事は?」

ドロシー「んー…そうだな「去る二週間前、陸軍の『グレイ・ストリーム』連隊がドーセットシャーで演習を行った。演習結果は極めて好調であり、見事に仮想敵を打ち破った」そうだ」

アンジェ「その演習の結果なら、陸軍省に入り込んでいる情報源が確認したわね」

ドロシー「ああ、先週のやつだな…それから「本日『劇場版プリンセス・プリンシパル〜クラウン・ハンドラー・第二章〜』が公開され、おおむね好評であった」だって……もっとも、もう時計の針は零時を回っちまってるから「昨日」のことになるけどな」

アンジェ「そうね……さあ、終わったわよ」

ドロシー「相変わらず手際が良いな…」感心したように言うと腕に巻かれた包帯を眺め、軽く手を開いたり閉じたりしてみるドロシー…

アンジェ「黒蜥蜴星では必須の技能よ」

ドロシー「そうかよ…とにかくありがとな」

アンジェ「どういたしまして……ところでドロシー」

ドロシー「ん?」

アンジェ「少し、いいかしら…///」ドロシーの横に腰かけると、身体を寄せた…

ドロシー「あ、ああ…そりゃ、構わないけどさ……アンジェからだなんて珍しいな」

アンジェ「ええ、まぁ…その…このところプリンセスは公務で忙しくて……///」

ドロシー「それに、撃ち合いの後は妙に血がたぎる……か?」

アンジェ「それもあるわ…///」

ドロシー「……傷の所には触らないでくれよな?」

アンジェ「もちろん///」ちゅ…っ♪
572 :sage :2021/09/24(金) 08:03:26.76 ID:C+LEEkTI0
第二章、確かにおおむね良かったですね
いずれ劇場版キャラも出して貰えると嬉しいです
573 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/09/25(土) 01:54:19.18 ID:OVjaGCgX0
>>572 まずは意見をありがとうございます

個人的には「第二章」はちょっとストーリー展開が忙しい感じで、黒幕を出すのは第三章あたりに引き延ばしても良かった気がしないでもないですが、出来は相変わらず良かったですし見応えがありましたね


それと劇場版のキャラですが、いずれどこかで出してみても良いかなと思いつつ、公式のストーリー展開が(その人物の「退場」等)どうなるか分からないのでちょっと難しいかもしれません……ただ、回想か何かで「委員長」とかも少し出してみたいとは思います
574 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/09/26(日) 01:00:40.24 ID:dBec+Ixp0
このままアンジェ×ドロシーを続けようかと思ったのですが、何となくキリが良い感じなので次のエピソードに移行させようと思います…アンジェ×ドロシー(ドロシー×アンジェ)はお互いに背中を預けられるよき相棒として描きやすいので、また機会があれば百合百合しい場面を入れていく予定です
575 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/09/26(日) 01:43:21.61 ID:dBec+Ixp0
…case・アンジェ×プリンセス×ベアトリス「The Thirteens apostle」(十三番目の使徒)…

…とある日…

ドロシー「さて…と、今回の任務を説明しよう」勢揃いしている「白鳩」の面々を見回すと、紅茶を一口すすってから話し始めた…

アンジェ「お願いね」

ドロシー「ああ…詳しい内容は省略させてもらうが、以前アンジェと私が任務中にかち合った教皇庁からの工作員について調べがついたとコントロールから連絡があった」

ちせ「教皇庁?」

ドロシー「ああ、ローマ・カトリックの総本山…いわゆるバチカンだな」

プリンセス「その教皇庁のスパイがどうしてここ、アルビオン王国に?」

ドロシー「理由は簡単さ。アルビオンには世界を制する力の源「ケイバーライト」があり、そしていま王国は揺れている」

アンジェ「ドロシーの言うとおり…すでに幾度も聞かされているとは思うけれど、王国には様々な勢力が乱立している……」

アンジェ「…例えば、綿々と続いてきた王国の歴史を守らんとする保守派と、新しい力である共和国に対抗するためには自分たちも変わらなければならないと考える革新派…それからアルビオン国教会とそれに対抗する親フランスのカトリック教徒、王党派に共和派、王制に不満を募らせている労働者階級や植民地出身者、アイルランドやウェールズ、スコットランドの独立主義者……挙げだしたらキリがないわ」

プリンセス「そうね」

ドロシー「…それだけじゃない。女王の後継者を誰にするかで、それぞれの利益や損得からいくつもの派閥が出来ている……つまり王室でさえも一枚岩とは言えない」

プリンセス「ええ……そのことはわたくしもひしひしと感じているわ」

…日頃から王室に渦巻く謀略や醜い権力争いを見てきているプリンセスだけに、その声には疲れとかすかなあきらめが混じった苦い響きが沁みだしている…

ベアトリス「姫様…」

ドロシー「あー……つまり、今やアルビオンはスプーンでひっかき回した巨大なベイクドビーンズ(煮豆)みたいなもんで、どこもかしこもぐちゃぐちゃ…まさしくスパイが必要とされる舞台が整っているってわけだ」

アンジェ「そしてその「プレイヤー」の一つが教皇庁ということね」

ドロシー「その通り……コントロールからの連絡によると、先日フランスを経由してイタリアから数人のコーチビルダーが王国に入国した」

(※コーチビルダー…馬車架装者。自動車の登場以前は文字通り馬車の制作を行っていたが、自動車の時代になると客がメーカーから購入したシャーシに特製の胴体や内装などの架装を施すようになった。イタリア語の「カロッツェリア」としても知られる)

プリンセス「コーチビルダー、ですか」

ドロシー「ああ…イタリア人ってやつはそういう職人が多いからな。 ところが足取りに不審な点があって、よく調べたらそいつらがバチカンからのお客様だって事が分かった」

アンジェ「嘘か本当かは分からないけれど、ローマ教皇庁のどこかの組織には本来は存在しないはずの「第十三課」があると言われていて、そこに所属している神父や司祭、修道士が諜報活動を行っているとまことしやかに言われているわ」

ドロシー「とは言えあくまでも噂だし、真相を知っているやつはそいつらの一員か死人だけだからな…身内の連中はしゃべるわけはないし、死人はしゃべれない…真相は謎のままさ」

アンジェ「いずれにせよ、その連中がアルビオン入りした」

プリンセス「目的は?」

ドロシー「それが分からないんだ。いくら連中がしつこいからって、まさか私とアンジェに手下をやられた復讐をしに来た…とも思えないしな」

アンジェ「まずはその目的を探り出すこと……今回の任務はそれが当初の目標となるわ」

ドロシー「コントロールからも定期的に連中の動向を連絡してもらう予定だ…とりあえず今は分かっている情報をつなぎ合わせることから始めよう」

プリンセス「ええ、そうしましょう」

ベアトリス「分かりました」

ちせ「うむ」

………

…同じ頃・内務卿の執務室…

ノルマンディ公「…ふむ、バチカンからの訪問客か……遠路はるばるご丁寧なことだ」

ガゼル「はい、すでに四人は入国したことが確認されております」

ノルマンディ公「普段フランスやスペインをけしかけている「人形つかい」がとうとうこらえきれなくなって出てきたか……この機会に連中の情報網を調べ上げるのも良いかもしれんな。ガゼル」

ガゼル「はっ」

ノルマンディ公「すぐに車の支度を…それと防諜部や警察のスペシャル・ブランチ(公安部)のような「素人(アマチュア)」に鼻を突っ込まれないよう、部内の機密保持は徹底させろ」

ガゼル「承知しました」

ノルマンディ公「さて、次はどう来るかな……」コーヒーテーブルの上にあるチェス盤をちらりと横目で眺め、黒い駒を一つ動かした…
576 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/09/29(水) 14:10:07.69 ID:ipHN+6W40
…数日後・ロンドン市立図書館…

ドロシー「…ここだな」

アンジェ「ええ…」

ドロシー「コントロールいわく、ここに問題解決のヒントがあるとかなんとか……」

アンジェ「そういう話ね」

…ドロシーとアンジェはノートやペン、教科書の詰まった鞄を抱え、制服姿で図書館にやって来ていた…受付のカウンターにいる気難しそうな司書も女学生の二人連れということで特に声をかけるでもなく、二人を見送った…

ドロシー「ここだな…」

…借りる人の少ない不人気な歴史書が並ぶ一角に席を占めると、目的のものを含めた数冊を引き抜いてきて卓上に並べ、ノートを広げる……分厚い百科事典のような、革表紙に金文字で装丁された歴史書をパラパラとめくると、中に一枚の薄紙が挟まれていた…

アンジェ「…これね」暗号で書かれたメッセージの紙はいかにも歴史書に挟んで忘れてしまったようなメモ書きを装ってあり「エリザベス一世」や「サー・マーティン・フロビッシャー」などと書き込んである…

ドロシー「よし…それじゃあしばらく「お勉強」をしてから帰ろうじゃないか。あんまり早く席を立つと怪しいからな」

アンジェ「ええ、ついでに貴女はこの前やった不品行の罰に課せられたラテン語の書き取りをしておけば良いわ」

ドロシー「あれか…あんなものはとうの昔に済ませたさ」

アンジェ「…なかなか手際がいいわね」

ドロシー「当然…♪」

………

…その日の午後・部室…

ドロシー「…それで、内容はどうだ?」

アンジェ「ええ、いま読むわ…「ライムハウス通り十二番地の三階…西の角部屋にある暖炉の敷石の手前から三列目、右から四番目を外し、中にある書類を回収せよ」だそうよ」

ドロシー「ライムハウス通り…あぁ、この辺りか」さっと市街地図に目を走らせ、納得したようにうなずいた…

アンジェ「それじゃあ行きましょうか」

ドロシー「そうだな…書類は私が回収するから、見張りは任せる」

アンジェ「ちせは連れて行く?」

ドロシー「いや…三人、四人とぞろぞろ連れだって行くような話じゃない。 それにお前さんがいれば大丈夫さ」

アンジェ「それはどうも」

…数時間後・下宿の空き部屋…

ドロシー「ここか…」

アンジェ「そのようね」

ドロシー「よし、廊下の見張りは頼む」


…いかにも安部屋住まいのタイピストといった冴えない格好で、時代遅れなスタイルのボンネットに何色とも言えないような野暮なスカート、よれた上着を羽織っている……しかしスカートで隠れている足元はがっちりした茶革の編み上げブーツで固められ、いざというときのためにスティレット(刺突用の針状ナイフ)も隠し持っている…


ドロシー「緩んだ暖炉の敷石……これか」下宿人が入らなくなって半年は経っている空き部屋の、灰まですっかり取り片付けられている暖炉…ドロシーが四つん這いになって、表面が黒く煤けている敷石のレンガを動かしてみると「ず、ずっ…」と擦れるような抵抗をしながら敷石が出てきた…

ドロシー「よし…あった……」レンガの下にはほんのわずかな隙間があり、そこに古新聞に挟まれた一枚の紙が隠してある…

アンジェ「…見つけた?」

ドロシー「もちろん……アンジェ、お前が先行して出ろ。安全が確認できたら合図をくれ」

アンジェ「分かった」

………



577 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/10/04(月) 10:41:15.40 ID:qmTr05JN0
…数時間後・部室…

アンジェ「解読が終わったわ」

ドロシー「相変わらず早いな。どれどれ……」

…まだ湯気を立てているミルクを入れたアッサム紅茶のカップを置くと、解読された暗号文にさっと目を通す…その短い内容を確認してからちらりと視線を上げ、アンジェの顔を見て眉をひそめてみせると、内容を読み上げた…

ドロシー「…サー・エドワード・ウィンドモア著「緑なる石の輝き」およびウィンドモア家の歴代当主を調査のこと……アンドロメダ」

アンジェ「内容はこれだけだったわ」

ドロシー「そうか……なぁアンジェ、このメッセージを発信している「アンドロメダ」って…」

アンジェ「ええ…このメッセージが残された時期を考えると、おそらくは「委員長」のものよ。きっと「ダブル・クロス」(二重スパイ)に転向させられる直前、最後に遺した「プロダクト」(資産)でしょうね」

ドロシー「…ったく、委員長のやつ…最期までくそ真面目でやがる……」読み終えた用紙を暖炉にくべて焼き捨てると、小さくつぶやくように言った…

アンジェ「そうね……でもこれだけではこの本が何の役に立つのか見当もつかない」

ドロシー「つまりそれを調べろって事だろう…とりあえずはロンドン図書館だな」

…数日後…

アンジェ「……どうやら今度の調べ物は一筋縄ではいかないようね」

ドロシー「そうだな」

…図書館巡りに明け暮れたアンジェたちを始め、立場を利用して…しかし慎重に…王室秘蔵の書物まで調べたプリンセス……と「白鳩」それぞれが数日間努力して得た結論を前にして困惑気味の二人…

アンジェ「とはいえ今回もケイバーライトと関係があったわね……図書館で調べ物をしたおかげで、色々な事を知ることが出来たわ」

ドロシー「そうだな…なんでもケイバーライトが発見された直後は飲み物にケイバーライトの粉末を入れて、緑色に光るさまを楽しみながら飲むのが貴族や富裕層の間で流行したそうだ……古代ローマ人が鉛を赤ワインの味付けに使った話みたいだな」

アンジェ「そうね」

ドロシー「…で、この「ウィンドモア家」ってのはケイバーライト…発見当初はケイバーストーンとも言われていたそうだが…を発見したうちの一人で、その力に魅せられて研究に一生を捧げた貴族だ。以後代々の当主は領地の城に閉じこもってケイバーライト研究と資料の収集に没頭しているが、その狂気じみた入れ上げぶりは有名だ」

アンジェ「私もその話は聞いたことがある…領地に客も招かず、ロンドンにもほとんど出てこないというわね」

ドロシー「ああ…実際問題、ケイバーライトってやつは「パンに塗ってむしゃむしゃ食べる」以外なら何にだって使える便利なシロモノだからな。取り憑かれちまったら、そりゃあ夢中にもなるだろうさ」

アンジェ「そうね」

ドロシー「とにかくウィンドモア家にはおおよそケイバーライトに関して「ないものはない」っていうくらいに資料が収集されている…中には王立博物館さえ所蔵していないものがあるくらいだ」

アンジェ「そしてあのメッセージにあった本は、初代当主が当時行った研究と実験について記したものだと言われている……しかし余りにも異常な内容だったことから禁書扱いとされ、内容のほとんどが削除された不正確な写本だけが王立図書館と博物館に所蔵されている……」

ドロシー「…分かったのはここまでか」

アンジェ「ええ…あとは原本を読むしかないようね」

ドロシー「そいつが難関だな…まさか泥棒じゃああるまいし、城に忍び込んで盗み読みするわけにも行かない……」

アンジェ「そうね……でも一つだけ手がある」

ドロシー「…アンジェ、お前さん「金の卵」を使うつもりなのか?」

アンジェ「ええ……プリンセスなら王国にあるほぼ全ての扉が開けられる」

ドロシー「そりゃあそうだが……」

アンジェ「貴女の心配はもっともよ。だからプリンセスではなくて私が行けばいい……そもそもプリンセスは腰が重いタイプじゃないから、公務以外にも慈善活動やねぎらいのために「お忍び」であちこち訪問している。今回もそういう形で訪問すれば怪しまれることはない……何より私は「本物」をよく知っているのだから、ボロが出る可能性はまずない」

ドロシー「まぁな…」

アンジェ「後はつじつま合わせとして、プリンセスが公務で国民の前に顔を出す予定のない日を選べばいいだけ…それは私が聞いておく」

ドロシー「……分かった」

アンジェ「ドロシー、まだ何か…?」

ドロシー「教皇庁の連中さ…わざわざここまでやって来ているんだ、何かしらの目論みがあって来ているはずだ……」

アンジェ「その本のことを始め、ある程度の事は知っていると?」

ドロシー「そう考えてもおかしくはないだろうな……連中が敵だとすると面倒だぞ」

アンジェ「そうね。 でも必要ならやるだけよ」

ドロシー「お前さんならそういうと思ったよ…気を付けてな」

アンジェ「ええ」
578 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/10/09(土) 01:54:30.42 ID:G/+QNg6x0
ドロシー「さて…それじゃあウィンドモア家についてだが、当主のサー・ジョン・ウィンドモアは身体が弱っていて、実質的には娘のレディ・クロエ・ウィンドモアが取り仕切っているようだ」

アンジェ「ええ」

ドロシー「それとウィンドモア家は「ケイバーライトと女性が支配する世の中こそアルビオンを発展させる」って考えの持ち主だそうだ…女王の後継者争いで誰を支持するかはまだはっきりさせていないようだが、こいつは「プリンセス」にとって少し有利な点かもしれない」

アンジェ「そうね……それにかつてのエリザベス女王や今の陛下の治世を考えるとあながち間違いでもない気がするわ」

ドロシー「確かにな…ウィンドモア家の城だが「ケイバーモア・オン・ミリントン」っていう片田舎にある。数マイル離れた場所には小さな村があるが、城とはほとんど交流がない…せいぜい収穫物を城から来る使用人たちに売る程度だそうだ」

アンジェ「つまり、当主一家はほとんど閉じこもっているのと同じということね」

ドロシー「何しろすっかりケイバーライトにイカれているそうだからな……城には飛行船の係留塔もあるが、目立つのは御法度だ…車で行ってくれ」

アンジェ「当然ね」

ドロシー「それと、プリンセスのふりをして行くわけだからな…スティレットや毒針みたいな暗器くらいなら隠し持って行ってもいいだろうが、ハジキ(銃)はだめだな」

アンジェ「ええ…その代わりベアトリスにはいつも通り護身用の.320口径ピストルを持たせるつもりよ」

ドロシー「そうだな、そいつは「いつも通り」って所だろう」

…数日後…

ドロシー「……アンジェ、ベアトリス、聞いてくれ。 ついにコントロールからの「ゴー」が出た…決行は明後日だ」

アンジェ「プリンセスの公務がない日と擦り合わせるのはなかなか大変だったわね」

プリンセス「そうね、私も何かと顔を出す機会が多いし……」

ドロシー「おかげで色んな情報が入ってくるからな…感謝してるよ、プリンセス」

ベアトリス「もう、ドロシーさんってば姫様に対してそんなぞんざいな……!」

ドロシー「っと、こいつは失礼…」

ちせ「して、私たちはその間なにをすればよいかの?」

ドロシー「そうだな……ノルマンディ公配下の情報部や、教皇庁から送り込まれた連中の動向も気になるところだが、ケイバーモアの村は片田舎だ…よそ者は目立つから、できれば近寄りたくはないが……」

アンジェ「そうね…それに私とベアトリスがウィンドモア家の城に行っている間、少なくとも一人はここでプリンセスを守っていて欲しい」

ドロシー「となると私とちせが留守番ってことになるが…」

プリンセス「でも、アンジェとベアトが二人きりで乗り込むのは危険ではないかしら?」

ドロシー「そこは何とも言いがたいね…私だって決行をためらうほど危険だと予想できるなら考え直すし、たとえウィンドモア家の連中がまともじゃないとしても王族である「プリンセス」をどうこうしようとは思わないはずだ……そりゃあ私が後方支援でついて行ってもいいが、ちせにプリンセスをお任せしちまうのは筋違いってもんだ」

ちせ「私なら構わんが…?」

ドロシー「ああ…ちせはそう言ってくれるが、こういうのは「都合」ってものもあるからな…例えば、もしプリンセスに何かあったときに「部外者」のちせに任せきりだったとなればコントロールも納得しないだろうし、共和国の工作に関与していたとなれば堀河公の立場を悪くする事にもなっちまう……ひいてはこっちとそちらさんの信頼関係にとって具合が悪い」

ちせ「確かにそうじゃが…」

ドロシー「分かっているとは思うが、別にちせの能力を疑っているわけじゃないんだ……気持ちはありがたくいただくよ」

ちせ「うむ、気を遣ってもらって済まぬな…」あからさまな不満の表情などは見せないが、少し残念そうに紅茶をすすっているちせ…

ドロシー「とは言うものの…さて、どうするか」

プリンセス「…ドロシーさん、よろしいかしら?」

ドロシー「なんだい、プリンセス?」

プリンセス「わたくしのことは大丈夫ですから、ドロシーさんはどうかアンジェとベアトの後方支援についてあげてもらえませんか?」

ドロシー「そりゃあ私だって私が二人いればそうしたいさ…ただ、残念なことに私は「ジンジャークッキー(人型のしょうがクッキー)」じゃないんでね……生地を型抜きして複製を作るってわけにはいかないんだ」

プリンセス「ええ、わたくしもそのことを承知の上で申し上げております」

ドロシー「……何か考えが?」

プリンセス「はい…以前からアンジェやベアトが王宮の女官やメイド、お付きの者たちから信用できそうな方々を調べてくれていますから、その日はその方々に身の回りのお世話をお任せしようかと」

ドロシー「そりゃあ王宮では私たちが一緒にいられないから、やむを得ずプリンセスに近い立場の人間を探しているだけだ…それに王宮でならそれでもいいが、ここではどうする?」

プリンセス「でしたら一日中お部屋に閉じこもっておりますわ♪」

ドロシー「そうは言ってもな……」

アンジェ「ドロシー、プリンセスが一度こうなったらてこでも動かないわ…それにちせだって「白鳩」の一人としてすでに本来の立場を越えて協力してくれている……もちろんちせに「おんぶにだっこ」という形になってしまって申し訳ないけれど、今回もお願いするのは駄目かしら」

ドロシー「うーん……よし、分かった。 アンジェがそう言うならそうしよう…ちせ、済まないがプリンセスを頼む」

ちせ「うむ♪」
579 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/10/12(火) 10:22:34.07 ID:qQ2ElEW60
…二日後…

ドロシー「……今のところまだ動きはなし、か」


…ドロシーは一見すると鹿撃ちでもしに来たように見える茶系のハンチング帽にツイードの上着、膝丈の革ブーツに裾をたくし込んだズボンといった姿で、冷めていくエンジンのチリチリ言う音を聞きながら、真鍮製の望遠鏡で一時間ばかり周囲を観察していた……ドロシーが陣取った監視地点は畑地との境界線上にある小さいがこんもりと茂った森の端で、かたわらには.303口径の狩猟用ライフルが一挺あり、望遠鏡でのぞく視線の先には畑や牧草地が入り交じった農地が広がっている…


ドロシー「村にもよそ者の姿はないな………ん?」


…視線を巡らせていくうちに望遠鏡の丸い視界の中へと入って来たのは城の裏手に通じる細い道だったが、そこではちょうど城からは見えない林の陰に三台ばかりの自動車を停め、そこから黒い僧服をまとった男が何人も降りているのが見えた……三台のうちの一台は城門を開けさせるための芝居にでも使うつもりらしく、いかにも南欧貴族の若い遊び人といった格好をした二人が乗り込んでいる…


ドロシー「あいつら、間違いないな…」望遠鏡をパチリと畳むとライフルを助手席に放り込んで車に飛び乗り、エンジンをかけた…

…同じ頃・ウィンドモア家の城…

アンジェ(プリンセスの姿)「…突然の訪問を許して下さいね、レディ・ウィンドモア」

レディ・クロエ「いいえ、プリンセスの行啓(御幸)とあらばこの城の門はいつでも開いております…父も近ごろはめっきりと身体が弱ってしまい、なかなかプリンセスのご尊顔を拝見する機会がないと気に病んでおりましたから……こうしてお忍びでおいで下さり、大変に喜ぶかと存じます」


…ウィンドモア城の古い城館はあちこちに手が加えてあり、厩だった場所には自動車が三台と、城の塔を改造した飛行船の係留塔にはウィンドモア家の家紋をあしらった小型の飛行船が係留されている…建物のあちこちでは真鍮の歯車や誘導棒が蒸気を発しながら回ったり動いたりしていて、装飾や絨毯にはケイバーライトの緑色がアクセントとしてあしらわれている……プリンセスの格好をしてにこやかに微笑むアンジェを出迎えたレディ・クロエはまだ少女と言ってもいい細身の娘で、後ろには数人のメイドが控えている…


アンジェ「そうですか、それを聞いてわたくしも嬉しく思いますわ…では、よろしければサー・ジョンにもご挨拶などさせていただきますわ♪」

クロエ「もちろんでございます、どうぞこちらへ……」廊下の左右に並んでいる古い学術書や様々な実験器具に興味を示すアンジェにそれぞれの内容や機能を紹介しながら、当主の部屋へと案内するクロエ…

アンジェ「どれもこれもみな素晴らしい価値がありますわね…わたくし、これまでケイバーライトについて学んできたことよりも多くの事をこの十分あまりで学んだ気がします」

クロエ「恐縮でございます、プリンセス。せっかくお出で下さったのですから後で図書室にもご案内いたします…我が一族に伝わる秘蔵の書物などお見せいたしますわ」

アンジェ「まぁ、わたくしにそのような…お気遣いに感謝いたしますわ、レディ・ウィンドモア」

…数十分後…

クロエ「プリンセス……お茶など用意いたしましたので、よろしければどうぞお召し上がりになって下さいませ」

アンジェ「ありがとうございます、レディ・ウィンドモア…ありがたくいただきますわ♪」

クロエ「では、どうぞこちらへ…」

…アンジェとベアトリスが案内された応接間には歴代当主の肖像画がかけられ、家紋をあしらった盾と交差した剣の他にも、ガラスと真鍮のケースに収められたケイバーライト原石が飾ってある…

クロエ「どうぞお召し上がり下さい…」

…後ろに控えていたお付きのメイドたちが側につき、アンジェとベアトリス、そしてレディ・クロエのカップにいい香りのする紅茶を注ぐ……と、レディ・クロエがエメラルドグリーンの縁取りが施されている砂糖つぼを開けた…

クロエ「よろしければ、プリンセスも紅茶にお入れになりませんか?」

アンジェ「何をでしょうか、レディ・ウィンドモア……お砂糖ですか?」

クロエ「いえ…これでございます♪」

…レディ・クロエが銀のスプーンですくい上げたのはほのかに光る緑色がかった粉…明らかにケイバーライト鉱の粉末で、それを当たり前のようにさらさらと紅茶に入れた…

ベアトリス「…っ!」

アンジェ「そうですね、ではわたくしも少し……♪」

…驚愕の表情を必死にこらえたベアトリスと違って、鍛え上げられた冷徹な神経を持つアンジェはためらうそぶりも見せず小さじに半分ほどのケイバーライト粉を紅茶に入れ、ティースプーンでかき回した…と、カップの中に夜光虫でもいるかのようにほのかに緑色の光が生じ、またすぐに収まった…

クロエ「ふふ……博学なプリンセスの御前でひけらかすような事を申しまして恐縮ではありますが、わたくしどもウィンドモア家が長年行ってきた研究によりますと、ケイバーライトは摂取することで人間をより活性化させ、その能力を余すことなく発現させることが出来るのでございます……おかげでわたくしも頭脳が冴え渡っておりますわ」

アンジェ「まぁ、それは素晴らしい限りですわね♪」

クロエ「はい…そしてわたくしはこの恩恵を独り占めすることなく、わたくしのメイドたちにも分け与えているのです……♪」

…そう言って紅茶をすすっているレディ・クロエの瞳はケイバーライト鉱毒で緑色に染まり、窓から射し込む日差しを反射して妖しく光っている…そして左右に控えているメイドたちも全員がエメラルドのような緑色の瞳をしていた…

アンジェ「なるほど…」

クロエ「…確かにケイバーライトを摂取すると時には手や脚が利かなくなることもありますけれど、わたくしたち人間を人間たらしめているのは手や脚ではなく頭脳なのですわ…腕や脚は無くても生きていくことは出来ますが、脳が無かったら生きていくことは出来ないのは道理でございます」

アンジェ「…おっしゃるとおりですわね」
580 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/10/19(火) 01:25:01.93 ID:eZsyzoGZ0
…同じ頃・城門…

青年貴族風の男「やぁ、君…済まないけれどね「ダルモア・クィグリー」って村をご存じないかい?」

門番「申し訳ありませんが、そのような地名は聞いたこともありませんので……」

…名前こそ「門番」と言っても外敵に備えるような時代ではないので、門の小屋で座っているのは人付き合いの嫌いなウィンドモア家が余計な詮索を防いだり来客を告げるために雇っているだけの村人だった……門番はいかにもアルビオンの田舎者らしく、鼻にしわを寄せて外国人に対する不愉快さを表現し、のっそりと立ち上がった…

男「えぇ? それじゃあ間違った道を来てしまったのかな……ちょっと地図を見てくれないか?」

…運転席の若い男がそう言うと、助手席の男が降りてきて地図を差し出した……いかにも遊び人といった格好の男が門番に近寄って門番に地図を差し出すと、一緒に地図をのぞき込むふりをしながら肩に腕を回すような格好を取った…

門番「えぇ、どれどれ……ぐっ!?」

助手席の男「ふ…っ!」腕を回し、門番の首を折るともう一度椅子に座らせた…

男「よし、門はこのまま開けておけ「求めよ、さらば与えられん」とな」

助手「はい」

…森の外れ…

ドロシー「……くそっ、あいつら日も落ちないうちに仕掛ける気か…」

…先行して城門を開けた二人から合図があったらしく、それぞれ修道士や司祭の法衣をまとっている残りの工作員たちは二台のフェートンタイプ乗用車に五人ずつ分乗し、城の視線から遮蔽された森の小道からアクセルを吹かして一気に城の玄関へと車を乗り付けようとしている…

ドロシー「そうはいくかっての…!」

修道士「なんだ!?」

…ドロシーは森の出口で合流しているもう一本の小道を使って、相手の進路を塞ぐ形で車を割り込ませた…が、相手の一台目はそれをかわしてすり抜け、そのまま小道を走り抜けて城内へと入っていった…

ドロシー「ちっ…!」

神父「構うな、やれ!」

ドロシー「…っ!」抜き撃ちで運転席と助手席の二人を一気に片付けると車から脇に飛び降りて車のボンネットを盾にしつつ、三人目に二発撃った…

修道士B「うぐっ!」

神父B「くっ…私は左からだ、お前は右から!」

修道士C「はい!」

…乗用車の周囲で左に動いたり右に動いたりしながら、互いに相手を撃つ機会を狙う…と、ドロシーは地面に伏せて、スポークタイヤの隙間から見える相手の脚を撃った…

神父B「ぐあぁっ!」

修道士C「……もらった!」途端にもう一人が飛び出し、銃を構える…

ドロシー「…」パンッ!

修道士C「…!」

ドロシー「ふぅ……」まだ銃口から煙が出ている二挺目のピストルを一旦ホルスターに戻し、撃ちきった銃のシリンダーを開いて弾を込め直す…それから一発使った二挺目の方にも弾を込め、車を回り込んだ…

ドロシー「さてと、単刀直入に行こうじゃないか……お前さんの親分がバチカンだって事くらいは知ってるから、そんなことは言わなくてもいい…ウィンドモア家の何を手に入れるために送り込まれてきた。ケイバーライトの研究資料か?」

神父B「ぐ、うぅっ……」すねの辺りを撃ち抜かれ、両手で脚を押さえてのたうち回っている…

ドロシー「…早く返事をするんだな」

神父B「おのれ……この悪魔め」

ドロシー「そいつはお互い様だろう…さ、早くしゃべれ」

神父B「この…!」

ドロシー「…いいか、お前がジョン(ヨハネ)だかピーター(ペテロ)だか知らないが、返事をしないって言うなら大好きな天国に送り込んでやる……もっとも、そのハジキの扱いや場慣れした様子を見ると、天国の門をくぐるにはちっとばかり行いが悪かったようだが」

神父B「黙れ…!」

ドロシー「口が利けるなら幸いだ、早く言え」銃口を傷口に押し当ててぐいぐいとえぐる…

神父B「ぐあぁっ…! わ、我々の目的は……」

ドロシー「…」始末を付ける前に聞き出した内容を聞いて、一瞬だけ表情をくもらせたドロシー……が、すぐ冷静さを取り戻して車に飛び乗り、城の方へと向かった…

581 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/10/26(火) 10:30:35.59 ID:TqJF9VPx0
…同じ頃・城内の玄関ホール…

執事「失礼ですが、今日はお客様がいらっしゃいますのでお引き取りを……」慇懃な態度で追い返そうとした瞬間、胸元に細身のダガーが突き刺さった……呆然とした表情を浮かべて崩れ落ちた老執事…

司祭「よし、目的は分かっているな…それからこの城館にいるのはいずれも背教者だ、出会った相手は一人も逃がすな」十字架のデザインになっているダガーを引き抜いて胸元で十字を切ると、残りの工作員も合わせて十字を切り、それからさっと駆けだしていく…

…応接間…

クロエ「……さきほどの銃声はなんだったのでしょう?」

アンジェ「城のすぐそばから聞こえてきたようにございますけれど…」

メイド「レディ・ウィンドモア、失礼いたします」

クロエ「……何があったのです?」

メイド「はい。実は何者かが城館の入口に車を乗り付け、侵入してきた模様にございます…執事のアダムス老人が刺されて倒れておりました」

クロエ「なるほど……アン、クララ。貴女たちはプリンセスを安全な場所までお連れしなさい、残りのものは急ぎ銃器室から武器を取ってくるのです」

長身のメイド「承知いたしました」

クロエ「武器を整えたら、その後はなんとしても図書室を守りなさい……相手がどこの何者であれ、あの貴重な資料を渡すわけには参りません」

巻き毛のメイド「承知いたしました」

…クロエはメイドたちへ矢継ぎ早に指示を飛ばしつつ、暖炉の脇に交差して掛けてあった二挺の.320口径リボルバーを取ると、亜鉛の内張りがしてある湿気防止の小箱を開けて弾薬を取り出し、一挺ずつ弾を込め始めた…

アンジェ「…レディ・ウィンドモア、どうなさるおつもりなのです?」

クロエ「ご心配には及びません、プリンセス…わたくしは図書室に向かい、研究記録を賊に盗られぬようにするつもりでございます」

アンジェ「しかし、それは余りにも危険ですわ…」

クロエ「存じております…ですが図書室にあるのは王国を発展させるための力にして、我がウィンドモアの一族が生涯を捧げてきた研究の全てを記した貴重な記録なのです……そうやすやすと渡すわけには参りません…どうかプリンセスは城の安全な場所へ」

アンジェ「分かりました、レディ・ウィンドモア…参りましょう、ベアト」

ベアトリス「は、はい…!」

…城内・廊下…

長身のメイド「どうぞこちらへ…この先に階段がございますので、そこを上がって行けば飛行船を係留してある塔へ向かうことが出来ます」

…右手に.320口径の四発入り護身用リボルバーを持って先導するメイド…歩くたびにかすかな金属音が聞こえるところから、身体のどこかが義肢になっているらしい…

アンジェ「ええ、分かりました……ベアト、わたくしの側から離れないようにね?」こんな時のプリンセスだったらそうすると、いたわるような笑みを浮かべてベアトリスを気づかった…

ベアトリス「はい、姫様」

長身のメイド「次はここを右へ…」

…長身のメイドと、やはり背が高く金茶色の髪をしているメイドの二人が先に立ち、足早に飛行船のある塔へと向かっていたが、とある廊下の角を曲がったところで二人の神父と鉢合わせした…

神父「…っ!」いきなりものも言わずに銃を向ける神父…

長身のメイド「……どうかあちらへ、反対側の階段からも行けます!」くるぶしまで裾のあるメイド服でアンジェの前に立って「人間の盾」となり、同時に持っていたリボルバーを撃った…

神父B「くっ…!」バン、バンッ!

メイドB「どうぞ急いで! ここはわたくし共が食い止めます!」

アンジェ「ベアト、早く!」

ベアトリス「はい!」

………
582 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/10/29(金) 23:28:09.16 ID:OXm/exnq0
…同じ頃・とある部屋…

神父C「よし…行くぞ」

神父D「ああ…」一人がドアを押し開けてもう一人が中へと飛び込む…

栗色髪のメイド「……ひっ!」

…重いカーテンが引かれ薄暗くされている室内に小柄なメイドが一人、うずくまって震えている…

神父C「…」

…メイドの側につかつかと歩み寄ると、相手がまだ年端もいかない少女であるにもかかわらず躊躇することなく頭に銃口を押しつけた……そのままリボルバーの引金をゆっくり引き絞る…

巻き毛のメイド「…ふっ!」

…バチカンのエージェントが引金を引こうとした瞬間、物陰から飛び出してきたもう一人のメイドが良く研がれている戦斧(バトルアックス)を片手で振り下ろし、ピストルを握っていた工作員の手が吹っ飛んだ…

神父C「ああ゛ぁぁ…っ!」切り落とされた右手首を左手で押さえて絶叫した…

神父D「くっ…!」さっとピストルを向け、巻き毛のメイドに照準を付ける…

栗色髪のメイド「…っ!」

神父D「がは…っ!」

…工作員が身体をねじって巻き毛のメイドを狙った瞬間、小柄なメイドが飛び込んで胴体を一撃した…手には短剣が握られていて、真鍮で出来た義肢の手首の部分までが深々と脇腹に突き刺さっている…

巻き毛のメイド「…無事ね?」

栗色髪のメイド「はい」

神父C「…あぁぁ…うぅ」

巻き毛のメイド「……クロエ様に手を出そうなどと…償っていただきます」エメラルド色の瞳がぎらりと光ると、重い戦斧が振り下ろされた…

…廊下…

ベアトリス「…一体どうするんですか、アンジェさん」

アンジェ「こうなった以上は仕方がないわ。この場はやり過ごして時間を稼ぐ…レディ・ウィンドモアとメイドたちが教皇庁のエージェントを相手に時間を稼ぐ事さえ出来れば、連中は目的をあきらめて撤退せざるを得ない」

ベアトリス「でも時間を稼ぐと言っても、あの人たちはメイドですし…」

アンジェ「とは言っても「普通の」メイドではないわ……貴女も見たでしょう、あの精巧かつ頑丈に出来ている義肢を」

ベアトリス「はい」

アンジェ「あれなら小口径の銃弾程度なら受けても多少は大丈夫でしょう、それにクロエの側についていたメイドたちはいくらか格闘や射撃の心得があるようだった…」

ベアトリス「…言われてみれば、確かに落ち着いていましたね」

アンジェ「今までもケイバーライトの資料を巡って散々狙われてきたウィンドモアの一族だから、当然と言えば当然ね……それに恐らくクロエ自身も、興味本位でメイドたちに色々教え込んでいたに違いないわ」

ベアトリス「なるほど…とにかく今はお城の最上階まで避難しましょう」

アンジェ「ええ、貴女の言うとおりよ……けれど、そう簡単には行かないようね」

修道士「…っ!」

…お忍びという体裁を取っている手前、豪奢なドレスや肩からたすき掛けにするサッシュ(勲章リボン)、ティアラこそ付けてはいないが、たびたび新聞の紙面を飾ってきたアルビオンの「プリンセス」をバチカンのエージェントが知らないわけがない…ためらうことなくアンジェとベアトリスに銃口を向けた…

アンジェ「ベアト!」

ベアトリス「!」

…小柄なベアトリスはさっと屈むと同時に.320口径リボルバーを撃ち込んだ…

修道士「ぐうっ…!」ベアトリスの放った銃弾は急所こそ外したが、一瞬ぐらりとよろめいた…

アンジェ「…ふっ!」

…ドレスの内側に隠していたスティレットを引き抜くと、一気に間合いを詰めて相手の喉に突き立てる…ぜえぜえ言う呼吸の音が数回したかと思うと、口の端から細く鮮血の糸が垂れ、どさりと床に崩れ落ちた…

ベアトリス「はぁ、はぁ…」

アンジェ「大丈夫?」

ベアトリス「……なんとか」

アンジェ「分かったわ…それじゃあ急ぎましょう、ベアト」そう言うと足元にまとわりついて邪魔なドレスの裾を切り裂き、ヒールを脱いで駆けだした…

ベアトリス「はい、姫様」
583 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/11/09(火) 02:47:52.63 ID:eClQ3rFS0
…数分後・図書室前…

アンジェ「ああ、レディ・ウィンドモア…」

クロエ「プリンセス、どうしてこちらに? わたくしはすでにアンとクララが飛行船まで案内したものとばかり……」

アンジェ「ええ。お二人はもちろんそうしてくれるつもりでしたが、途中で行く手を阻まれまして……それで、次善の策としてレディ・ウィンドモアのいらっしゃるここが一番良かろうと思って参りました」

クロエ「そうでしたか……分かりました、どうか室内へとお入り下さい。プリンセスのお命はわたくしどもがお守りいたします」

アンジェ「かたじけなく思いますわ、レディ・ウィンドモア」

クロエ「もったいないお言葉でございます……エリー、ハンナ。お二人をお守りしなさい」

義手のメイド「かしこまりました」

義足のメイド「はい、レディ・ウィンドモア……プリンセス、ベアトリス様…どうぞこちらへ」

…しばらくして…

クロエ「……どうやら侵入者は一掃出来たようでございます…プリンセス」

アンジェ「あぁ、良かったですわ…レディ・ウィンドモア、お怪我は?」

クロエ「いいえ、わたくしも使用人たちもほとんど無事にございます……執事のアダムス老には気の毒ではありますが、命を落としたのが彼一人で済んで幸運だったと言わざるを得ませんわ」

アンジェ「……とはいえ、罪もない人の命が失われてしまったのですね」

クロエ「残念ながら…しかしプリンセス、このような日になってしまったとは言え、この図書室をプリンセスのお目にかけることができて光栄に思います」


…レディ・ウィンドモアが腕を広げて指し示した室内は城の三階分をぶち抜きにした高い部屋になっていて、中央には天体望遠鏡と蒸留器をあわせたような複雑な機材が鎮座しており、機材についている丸いのぞき窓からはケイバーライトの光がぼんやりと漏れている……周囲の壁は四面全てが本棚になっており、一部の本棚には本ではなく小さな機材や肖像画が収められている……そして、プリンセスらしく興味深そうに辺りを眺めているアンジェは動きやすくするためとはいえドレスの裾を破いてしまったので、クロエがエメラルドをあしらったグリーンのドレスを用立てていた…


アンジェ「……ここがあの有名なウィンドモア家の図書室なのですね…素晴らしいですわ」

クロエ「光栄に存じます、ユア・マジェスティ(陛下)」

アンジェ「…レディ・ウィンドモア、わたくしはたかだか王位継承者第四位のプリンセスにすぎませんよ。 その称号を継ぐのはわたくしではなくお兄様ですわ♪」

クロエ「そうかもしれませんが、わたくしの胸の内ではプリンセスこそが王位を継ぐべきお方……そう思っております」そういって緑色の瞳でプリンセスを見る目には、どこか妖しい光がたたえられている…

アンジェ「未熟なわたくしをそこまで信じて下さって恐縮です、レディ・ウィンドモア」

クロエ「もったいないお言葉にございます……ところで、ケイバーライトについてはどの程度ご存じでいらっしゃいますか?」

アンジェ「そうですわね、わたくしが王室技術顧問のサー・ピーターから学んだのは……」

クロエ「あぁ、サー・ピーター・ヒンクリーですか。 彼がケイバーライトについて知っていることなど、せいぜいそのスペルぐらいなものですわ…まして「王室技術顧問」などと言ってプリンセスに何かをお教えするなど愚かしいにもほどがありますわ……分かりました。はばかりながら、わたくしがプリンセスにケイバーライトについて基礎からしっかり説明いたしましょう」

アンジェ「まぁ、レディ・ウィンドモアじきじきに教えていただけるなんて…またとない機会ですわね♪」

…アンジェは事前にケイバーライト研究の第一人者を自任しているウィンドモア家が「肩書きばかり」の王室付技術顧問たちとそりが合わないことをすっかり調べておき、あえてその名前を口にした……すると案の定、レディ・ウィンドモアはふんと鼻を鳴らし、一冊の分厚い本を鍵のかかった本棚から取り出してきた…

クロエ「……これこそ、我がウィンドモア家に代々伝わるケイバーライトの研究資料『緑なる石の輝き』です」

…ずっしりと重そうな金文字の装丁が施された本は、紙の縁にケイバーライト粉をまぶしてあるおかげできらきらと緑色に光って見える…

アンジェ「これが…噂には聞いておりましたが、見るのは初めてですわ」

クロエ「いかにも。王室の図書室にもない貴重な一冊でございます……これは我がウィンドモア家初代当主、サー・ジョンが行った研究の記録にして、大変に有益かつ貴重な文献なのでございます……では、まずはケイバーライトの発見とその利用の歴史から……」

アンジェ「ええ、お願いいたしますわ♪」

…クロエが書見台を引き寄せ、プリンセスの横に腰かけた……プリンセスのお付きとはいえ下級貴族の娘であり、お客様でもあるベアトリスはプリンセスの左に腰かけてはいるが、クロエは気にするそぶりも見せずプリンセスに講義を始めた…

クロエ「……これによってケイバーライトを初めて分離・抽出することが出来、そこから一気にケイバーライトの利用が広がったのでございます」

アンジェ「なるほど……それで分離をする場合は温度と圧力以外の要素は必要なのでしょうか?」


…どの分野であれ、いずれもその道の玄人である相手をがっかりさせないように予習をしておき、ありきたりな通り一遍の質問ではない疑問を用意しておくのが王室の人間としての態度であり、ましてやケイバーライトともあればプリンセスとしての偽装を抜きにしてもをしっかりと知識をおさえているアンジェ……それだけに質問も適切なものが多く、クロエの説明にも熱がこもる…


クロエ「そのことについてサー・ジョンはこう書き残しております……」

アンジェ「なるほど…」説明を聞いて、紙に教わったことをつづりながら記憶力をフル回転させ、貴重な文献の内容を暗記していく…


584 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/11/21(日) 01:07:46.84 ID:f2EBGwbN0
…夕刻…

クロエ「……よろしければお茶のお代わりなど?」

アンジェ「ああ、いえ……どうかお気になさらず、レディ・ウィンドモア」

…むげに断るのも失礼と勧められた紅茶を二杯ばかり飲んだアンジェだったが、十分ほど前から酔った時のように頭がくらくらし、クロエの熱のこもった説明を聞き漏らさないように集中しているが、紙面の文字がちらつき、焦点がぼやけて見える…

クロエ「さようで……おや、気付けばもうこのような時間に。 時の経つのは早いものでございますね」

アンジェ「全くですわ……レディ・ウィンドモア、貴女のおかげで大変に有意義な時間を過ごすことが出来ました」

クロエ「わたくしもでございます……それに、新しい実験の「材料」も手に入った事ですから、しばらくは研究に没頭できそうですわ♪」隣に立つメイドが付けている、戦闘用とおぼしき拷問器具じみた義手を撫で回しながら八重歯をかすかにのぞかせた…

ベアトリス「……」

アンジェ「では、あの修道士たちの「後片付け」はレディ・ウィンドモアにお任せすると致しましょう……それから言わずとも分っているかと思いますが、このことは……」

クロエ「もちろん、内密にしておきますわ……わたくしがプリンセスを危険な目に合わせたとあっては王室に対し立つ瀬がございませんもの」

アンジェ「わたくしも「お忍び」と称して勝手気ままにあちこち飛び回っていたなどと知られては、叔父様に叱られてしまいます♪」

クロエ「プリンセスの叔父様とおっしゃると……ノルマンディ公、ですか?」

アンジェ「ええ。叔父様は立派な方ですが、厳格でもありますから」

クロエ「まぁ、ふふ……では、これはわたくしとプリンセスだけの秘密ということで♪」

アンジェ「はい♪」

クロエ「でしたらわたくし、わがままついでに一つプリンセスにお願いしたい事があるのでございますが……///」

アンジェ「ええ、わたくしに出来うることでしたら何なりと♪」

クロエ「そうですか、では……口づけをお願いしたいのでございます」

アンジェ「……まぁ///」

クロエ「いえ、プリンセスがお嫌でしたら無理にとはもうしません……ですが、わたくし……」

アンジェ「構いませんよ……クロエ♪」ちゅっ♪

クロエ「ん……っ///」

アンジェ「……これだけでよろしいでしょうか?」

クロエ「まさか、プリンセスがわたくしめの唇に直接して下さるとは……これ以上は望めないほどでございます///」

アンジェ「このことに関しては、なおのこと口外してはいけませんよ?」

クロエ「もちろんでございます……今よりわたくしレディ・クロエ・ウィンドモアは、プリンセスの味方として忠誠を尽くします」

アンジェ「レディ・ウィンドモア、貴女の忠誠心はしかと受け取りました。至らぬ事も多いかと思いますが、どうか王国のため、わたくしのことを助けて下さいまし……ね?」

クロエ「無論にございます///」

アンジェ「ありがとう、レディ・ウィンドモア……それではそろそろお暇させていただきます」

クロエ「では、帰路に襲撃など受けぬようわたくしのメイドを護衛にお付けいたします……車を用意し、プリンセスのお車がロンドンに着くまで護衛なさい」

長身のメイド「かしこまりました」

…数十分後・城外…

ドロシー「お、出てきたな。一時はどうなることかと思ったが……」ベアトリスが運転してきた華奢な自動車に、ウィンドモア家の自動車が護衛として付いている……

ドロシー「なるほど、レディ・ウィンドモアが護衛を付けてよこしたか。それならこっちは遠巻きにして見張ってりゃあいいな……」

…猟に来ていた活動的なレディが手ぶらではおかしいので、手回し良くウサギ数羽とおおきな鴨を一羽用意しておいたドロシー…後部の荷物入れに獲物と銃を詰め込むと、観測用の望遠鏡をしまって車を出した…

ドロシー「後は戻って報告書か……ふっ、下手な弾よりもおっかないな」
585 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/12/04(土) 00:24:18.45 ID:zsSiDh0M0
…夜・部室…

ドロシー「よう、ただいま」

ちせ「うむ、無事でなによりじゃな」

アンジェ「そうね……プリンセス、いま戻ったわ」

プリンセス「ええ、お帰りなさい♪」

ベアトリス「ただいま戻りました」

プリンセス「ベアトもお帰りなさい……今日は一日ご苦労様」

ベアトリス「いえ、そんな……///」

ドロシー「それじゃあ私はしょうもない報告書をまとめちまうから、その間にお二人には「着替え」を済ませておいてもらおうか」ドロシーたち「白鳩」を除いては極秘である「入れ替わり(チェンジリング)」を当たり障りなく言い換え、意味深な目くばせをした……

アンジェ「ええ、そうするわ……それじゃあ、また後で」

ドロシー「あいよ」連絡用の薄紙と万年筆を取ると、さらさらと暗号文を書きあげていく……

…しばらくして…

ちせ「……茶のお代わりでもどうじゃ?」

ドロシー「もらおうか……」少し時間が経っているせいで渋く冷めはじめてもいる紅茶をすすりつつ、レポートを仕上げた

ちせ「相変わらず手際の良い……して、今日はどうだったのじゃ?」

ドロシー「そうさな……どうにかアンジェの事は守れたし、アンジェ自身もウィンドモア家に伝わるケイバーライト技術に関する秘伝の文献を見せてもらった……仕掛けてきた教皇庁の奴らはみんな返り討ちに遭わせてやったし、一応は「文句なし」ってところだ……」暗号文をしまい込むと椅子の背もたれに身体をあずけて頭の後ろで手を組み、天井を眺めながら言った…

ちせ「その割には浮かぬ顔じゃな」

ドロシー「ああ、色々と始末に困る事があってな……それにしてもアンジェのやつ、やけに遅いな……」

…一方・プリンセスの部屋…

プリンセス「……今日は疲れたでしょう、アンジェ?」

アンジェ「いいえ、大丈夫よ……それと今日着ていったドレスだけれど、色々あって破いてしまったわ」ウィンドモア城でバチカンの工作員たちから襲撃を受けた際、動きの邪魔にならないよう裾を破いてしまったことをわびた……

プリンセス「アンジェが無事ならドレスなんてなんでもないわ……それに、もし破れたのなら糸でかがればいいだけですもの♪」

アンジェ「そういってもらえると助かるわ……」ドレスを脱ぎ、ベアトリスに受け取ってもらうとナイトガウンに着替えようとした……

プリンセス「ちょっと待って……アンジェったら、こんな所に怪我をしているじゃない」よく見るとふくらはぎに銃弾がかすめた傷がついている……

アンジェ「……どうやらそのようね」

プリンセス「もう、アンジェったら……すぐに薬を持ってくるから……」

アンジェ「必要ないわ、こんなかすり傷なんてつばでもつけておけば十分よ」

プリンセス「あら、そう? なら私がつけてあげる……♪」れろっ…♪

アンジェ「ちょっと……///」

プリンセス「だって、アンジェがそう言ったのよ? そうでしょう、ベアト?」

ベアトリス「はい、姫様♪」

アンジェ「なるほど……ベアトリス、貴女はそういう態度を取るのね」

ベアトリス「う……だって姫様が……///」

アンジェ「そう、ならこれはどうかしら……ベアト♪」頬に手を当てて困ったような笑みを浮かべ、ベアトリスに近づいた……

プリンセス「あ、そんなのずるいわ……それじゃあ私も♪」

ベアトリス「わわ……まるで姫様が二人になったみたいです///」左右から顔を寄せられ、ドレスを抱えたまま真っ赤になっている……

プリンセス「……ねぇアンジェ、久しぶりに二人でベアトのことをねぎらってあげましょう?」

アンジェ「そうね、いい考えだわ……何しろ今日は大活躍だったものね、ベアト♪」

ベアトリス「ふあぁ……あぅ///」

プリンセス「ふふふ、ベアトったら真っ赤になって……♪」

アンジェ「ベアトってばかーわいい♪」

ベアトリス「あ、あっ……///」そのまま二人から押されるようにして、ベッドに押し倒された……
586 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2021/12/18(土) 02:34:00.51 ID:eASMT6nX0
プリンセス「ベアト……♪」

アンジェ「ベアト……」

ベアトリス「あぁぁ……あっ、んぁぁ……っ///」

…左右の耳元に入ってくるのはプリンセスとアンジェのささやき声……鼻腔はプリンセスがよく使っている香水と、それを借りたアンジェの肌から立ちのぼる甘い香気で満たされ、頭の芯までぼーっとしてくる……左右にぴったりと押しつけられた二人の身体からはじんわりと熱が伝わってきて、ほの暗い部屋の中に二人のシルエットがぼんやりと白く浮かび上がっている…

ベアトリス「ふあぁぁ……ひ、姫様……///」

プリンセス「なぁに、ベアト?」

アンジェ「どうかしたの、ベアト?」

ベアトリス「ふぁぁ……んっ///」

プリンセス「あらあら、ベアトったら……んちゅ♪」

アンジェ「ふふ、こんなにしちゃって……ちゅぅ……っ♪」

…アンジェとプリンセスは手を伸ばしてベアトリスの上着の胸元を押さえている紐をほどき、しゅるりと衣ずれの音をさせながら脱がせていく……下にまとっていたビスチェもはだけさせると、桜色をした乳房の先端に軽く吸い付いた…

ベアトリス「あふっ……だ、だめですぅっ……ひめひゃまぁ……っ///」

アンジェ「んちゅ、ちゅぷっ……ちゅぅぅ♪」

プリンセス「あむっ、ちゅぅぅ……っ、ちゅるっ、んちゅぅ……♪」ベアトリスの左右の手首をそれぞれ抑えて「ばんざい」の状態にして、上から覆い被さるようにして唇を這わせるプリンセスとアンジェ…

ベアトリス「ふあぁぁ……あふぅ、んあぁぁ……っ♪」小さな口から可愛らしい嬌声が漏れ始めると、次第に抑えが効かなくなっていくかのように大きくなり始めていく……

プリンセス「んちゅ……もう、ベアトったら♪ そんなに大きい声を出したら見回りの寮監に聞こえてしまうわ♪」

ベアトリス「ら、らってぇ……ひめしゃまぁ……♪」

…ベアトリスの視線はプリンセスの方を向いているが目の焦点は合わず、ろれつも回らないままで、口の端からは一筋の唾液がこぼれて枕に垂れている……

アンジェ「皆眠っている時間なのだから、静かにしないといけないわ……ね♪」とても演技とは思えないほどプリンセスと瓜二つな、いたずらっぽいがどこかはにかんだような笑みを浮かべると、ナイトガウンの腰に付いている飾りリボンを引き抜き、同時にまだ脱いでいなかったシルクのストッキングも下ろしていく……

プリンセス「あら……ふふっ♪」

…白いシルクのリボンをベアトリスの目にかぶせると、プリンセスも息を合わせてベアトリスの後頭部と枕の間に手を差し入れて頭を軽く持ち上げ、そのままリボンを後ろに通した……片方の端をプリンセスが持ち、反対側の端をアンジェが持って、手を寄せ合うとリボンを結ぶ……それからアンジェは脱いだストッキングを丸めてベアトリスの口に押し込むと、目隠しをさせたベアトリスの上でプリンセスへと顔を近づけ舌を伸ばし、ゆっくりと確かめ合うような口づけを交わす…

プリンセス「あむっ、ちゅぅ……ちゅぱ……んちゅ…っ♪」

アンジェ「ん、ちゅる……っ♪」

ベアトリス「んふっ、んむぅぅ……っ♪」くちゅ……とろっ♪

プリンセス「ん、ちゅぅぅ……っ、ちゅるぅ……っ♪」

アンジェ「はむっ、んちゅぅっ……じゅるっ、れろ……っ♪」

…交わす口づけが次第にむさぼるような甘くねちっこいものになっていくプリンセスとアンジェ……ベッドの上で上体を伸ばし、右手の指を絡めて握り合っている……と同時に左手の指はベアトリスのとろとろに濡れた秘部に滑り込ませていて、くちゅくちゅと優しく……しかし容赦なくかき回している…

ベアトリス「んむぅぅ……んんぅぅ……っ♪」ひくひくと身体が跳ね、ふとももを伝ってとろりと蜜が垂れる……

プリンセス「ぷは……それじゃあベアト、そろそろイカせてあげるわね♪」

アンジェ「んちゅ……ベアトったら待ちきれなくて、すっかりとろとろに濡らしちゃっているものね♪」

ベアトリス「んーっ、んぅ…っ♪」

プリンセス「それじゃあベアト……♪」

プリンセス・アンジェ「「……イっちゃっていいわよ♪」」

ベアトリス「んむっ、んぅぅぅぅ……っ♪」

…左右の耳元に口を寄せてささやきながら耳を舐め、同時に中指を奥まで滑り込ませたプリンセスとアンジェ……途端に身体をがくがくと跳ねさせ、花芯からとろりと愛蜜を噴き出したベアトリス…

ベアトリス「はー、はー、はー……はひぃ……ぃ♪」

プリンセス「ふふ、ベアトったらすっかりトロけちゃって……♪」

アンジェ「もっといっぱいしてあげるわね……♪」

ベアトリス「ふぁ……い、ひめしゃま……///」

………

587 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/12/25(土) 00:19:38.12 ID:/SQ0fewr0
…数日後…

7「Dから報告が届いております」

L「そうか、見せてくれ」

7「はい」

L「どれ……『海の中には小さな魚が十二匹、投網を打ったがまだ一匹隠れていた』か」

7「これは教皇庁から送り込まれた例の「使徒」のことですね」

(※魚…古代ローマなどキリスト教が禁止されていたころは祈りの言葉の頭文字をつなげた合い言葉「イクトゥス(魚)」がキリスト教徒のシンボルになっていた)

L「うむ……連中の工作班とは別に指揮を執る上級エージェントが一人いたと言うことだな」

7「……どうなさいますか?」

L「このままおめおめと逃がすわけにもいくまいが、かといってこちらが排除を実行して王国に我が方のエージェントがいることを教えてやるのは面白くない……我々にとって一番好ましいのは王国側がこの『十三人目の使徒』を始末してくれることなのだが」

7「あちらも同じように考えていると?」

L「恐らくはな……誰が好き好んで火の粉をかぶりたいと思うかね?」

7「しかしこのままお互いに手をこまねいていては……」

L「魚は網をすり抜けてしまうな……仕方がない、例の泳がせているダブル・クロス(二重スパイ)に情報を流してやれ。 これで向こうも『餌を付けた釣り竿を渡してやるからそちらで釣り上げろ』という意味だと理解するだろう」

7「果たして王国情報部はそれに乗ってくれるでしょうか?」

L「連中とてリボンまでかけてプレゼントしてやればそう嫌な顔はせんだろう……それにバチカンのエージェントに「資産」(プロダクト)を持ち帰られて困るのはあちらの方だ、我々ではない」

7「おっしゃるとおりですね」

L「とにかくDを始め「プリンシパル」にはよくやったと伝えてやれ……ウィンドモア家と良好な関係が築けたことも、ケイバーライト技術の情報を手に入れると言う面ではひとつの成果だ」

7「はい」

…さらに数日後・ロンドン港…

乗船係「失礼いたします、券を拝見いたします」

地味な装いの女性(バチカンのエージェント)「ええ」

乗船係「はい、確かに。第二デッキ左舷側、二等船室の3Aです」

エージェント「どうも」

乗船係「では次の方」

…ドーヴァー海峡…

エージェント「……ふぅ」


…ドーバー海峡を渡ってフランス側にあるアルビオン王国の飛び地、ノルマンディ地方に向けて快調な航海を続けている客船……二本煙突からは石炭の煙を吐き出し、うねりの強い灰色の海面に白波を立てて航行している……地味な装いで二等船室に乗り込んだバチカンの「十三人目の使徒」は食事を済ませ、クモの巣のように張り巡らされた王国の防諜網をかわして乗船できたことに少しだけ安堵していた。何度か途中でひやりとすることもあったが、ノルマンディに着いてすぐパリ行きの汽車に乗り、パリ東駅からローマ行きの夜行寝台列車に乗り換えれば、あとは一日揺られているだけでバチカンにたどり着く…


エージェント「さて、そろそろ船室に戻るか……」と、顔にヴェールをかけた褐色肌の若い女性とぶつかった

エージェント「失礼……」

…非礼をわびて行き過ぎようとした瞬間、ふっと相手が後ろに回り込んで一歩近寄り、左手で口を覆うと同時に右手のナイフを下から突き上げるようにして、肋骨の間に深く刺した…

エージェント「……ぐっ!」

ガゼル「……」

…そのまま後部デッキへと引きずられ、スクリューの航跡で泡立つ海面へと投げ込まれたバチカンのエージェント……ガゼルは懐から布を取り出すとナイフを拭い、ふとももの鞘へと戻した…

…しばらくして・とある船室…

客船の士官「……あの、ご用はお済みでしょうか」

…船長に書類を突きつけ、普段は後部甲板で乗客乗員の転落を見張っている監視係を遠ざけておくよう指示していたガゼル……バチカンの「十三番目の使徒」を片付け、船室に戻ってしばらくすると、おっかなびっくりの様子でやって来たオフィサー(士官)がおずおずと質問してきた…

ガゼル「ああ、ご苦労だったな……船長にもそう伝えろ」

士官「分かりました……」

588 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/12/25(土) 01:06:24.12 ID:/SQ0fewr0
…翌日…

ノルマンディ公「今回はご苦労」

ガゼル「いえ、任務ですから」

ノルマンディ公「そうだな……」

ガゼル「……一つ、質問をしてもよろしいでしょうか」

ノルマンディ公「なんだ?」

ガゼル「はい。今回の件ですが、これでは共和国の撒いた餌に乗せられただけに思えますが……反対にあちらは我が方が餌に食いついたと見て、ますます多くの偽情報を流してくるのではないかと……申し訳ありません、出過ぎたことを申しました」

ノルマンディ公「ふむ、私も送り込んでいるあのエージェントがそこまで大した情報を入手出来る腕前だとは思っておらん……」


…能率的で余計なおしゃべりを嫌うノルマンディ公にふと疑問を投げかけてしまい、一瞬のうちに「口を滑らせた」と考えて謝罪するガゼル……ところがノルマンディ公は機嫌がいいのか、珍しいことにペンを止めてガゼルの質問に答えた…


ノルマンディ公「……にもかかわらず今回は一流の「プロダクト」(産物)を入手してきた……つまりこれはほぼ間違いなく向こうが「贈り物」としてよこした情報だ。あるいは急に高度な情報源を「開拓」するような場合もそうだ」

ガゼル「はい」

ノルマンディ公「しかし考えようによっては、共和国の連中がこちらに信じ込ませようとする情報から向こうの考えを推測することもできる……違うかね?」

ガゼル「いえ」

ノルマンディ公「つまりはそういうことだ……連中の差し出した餌ではなく、その餌の付け方から考えるのだ」

ガゼル「なるほど……」

ノルマンディ公「とにかく今回はよくやった」

ガゼル「私ごときにはもったいないお言葉です」

ノルマンディ公「いいや……前にも言ったかもしれんが、私は能力のある人間ならば正当に評価するつもりだ。 ちゃんと狐を追いかけられるなら、フォックスハウンド(狐狩りの猟犬)が黒かろうと白かろうと構わんからな……もっとも、だから私は嫌われるのだ」表情はいつものように険しいままだが、口元に少しだけ笑みのようなものを浮かべている……

ノルマンディ公「……少しおしゃべりをしすぎたな。次の資料に取りかかろう」

ガゼル「はっ」

ノルマンディ公「うむ、最近活動がとみに活発化している共和国の情報網だが……」

…同じ頃・部室…

ドロシー「ほう……ってことはウィンドモアの令嬢はプリンセスにホの字なのか」

アンジェ「ええ。間違いなくあの目つきはそういう目つきだったわ」

ドロシー「いやはや、モテる女は大変だねぇ……♪」

アンジェ「貴女だって他人(ひと)の事は言えないでしょう?」

ドロシー「なぁに、こっちはそういうスタイルだからしかたないさ……しかしプリンセスの人気ってやつは「プレイガール」の私から見たって大したもんだ」

アンジェ「そう」

ドロシー「ああ。何しろ気さくで愛想が良くって勉強熱心……下々の者にも気を配り、威張り散らしたり分け隔てすることもない。だからといって優柔不断な「王室のお飾り」って訳でもなくて、必要とあらばしきたりを破ってみせるような大胆さもある……まさに国民が求める理想の王女様ってやつだ。おまけにあの可愛らしい顔立ちとくりゃ……そりゃあイカれちまうお嬢様方も出るってもんだな」

アンジェ「今日はずいぶんとプリンセスのことを持ち上げるのね」

ドロシー「別に持ち上げてるわけじゃない、思った通りの印象を述べたまでさ」

プリンセス「……そんなに褒めていただいては困ってしまいますわ♪」

ドロシー「おや、プリンセス。ごきげんよう」

プリンセス「ごきげんよう、ドロシーさん……ふー♪」耳元に口を寄せると、軽く息を吹きかけた……

ドロシー「……っ///」

プリンセス「それで、ドロシーさんはアンジェかわたくしに何か頼みたい事がおありなのでしょう? 遠慮なさらずにおっしゃって下さいな♪」

ドロシー「やれやれ、すっかりお見通しって訳か……実は、この間の授業のノートをとっていなかったもんでね」

プリンセス「もう、ドロシーさんったら……ではノートを貸して差し上げますから、代わりにアンジェをしばらく貸して下さいね?」

ドロシー「ええ、どうぞどうぞ♪」

アンジェ「ちょっと……///」

プリンセス「ふふっ。 私ね、今日の午後は何も用事がないのよ……アンジェ♪」

アンジェ「///」
589 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2021/12/31(金) 01:46:08.59 ID:ln18LMee0
…今年も早いものであと一日、去年に続き今年も何かと大変な年でありました……このssを見て下さっている皆様におかれましては、どうか良い新年を迎えられますよう祈っております…


それから書きたいアイデアはいくつかあるので、また時間が出来たらぽつぽつと投下していきたいと思います
590 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/01/02(日) 00:47:46.28 ID:GgALU43l0
明けましておめでとうございます、本年もよろしくお願いいたします。


ちまちま更新していきますので、お暇なにでも見ていって下さい
591 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/01/08(土) 10:10:07.30 ID:anJVyN4D0
>>590 「お暇な時にでも」ですね……改めて誤字脱字には気を付けたいと思います
592 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2022/01/08(土) 10:45:33.35 ID:anJVyN4D0
…case・アンジェ×ちせ「The gift」(贈り物)…

駅員「……ベイカー・ストリート、ベイカー・ストリートです」車輌のドアを開けながら駅員が声を張り上げる…

冴えない印象の男「……」

…ロンドンっ子から親しみを込めて「ザ・チューブ(筒)」と呼ばれる、トンネルに合わせたかまぼこ形の車体が独特な「アンダーグラウンド(地下鉄)」の車輌から降りた一人の男……身に付けているのはごく地味なグレーの帽子と、背広とチョッキのスリーピースで、あまり磨かれていない革靴を履き、手には茶革の鞄を持っている…


…王立音楽院…

案内人「おや、教授。今日もいらっしゃったのですね……今日もハンドル(ヘンデル)の研究ですか」

(※ゲオルグ・フリードリヒ・ヘンデル…ドイツ生まれの作曲家でオルガン奏者。イタリアで活躍した後イギリスに帰化した。英語読みではジョージ・フレデリック・ハンドル)

男「ええ、そうです……」

案内人「だろうと思いました……いつもの場所を空けてありますから、ごゆっくりどうぞ」

男「ありがとう」

…「教授」と呼ばれた男は案内人に礼を言って、王立音楽院の貴重かつ膨大なコレクションが収められている図書館の片隅に席を取ると、ヘンデルの代表的なオラトリオ「メサイア」の公演と編曲について書かれた古い文書をめくりはじめた…

男「……」

…男はともすれば鼻からずり落ちそうになる書見用の小さい丸レンズの眼鏡を持ち上げながら黄ばんだ古い楽譜や書物をめくっていたが、しばらくすると一冊の本に挟まれていた紙を取り出し、書物の内容を書き写していたノートに挟んで一緒に鞄へとしまい込んだ…

案内人「おや、お帰りですか」

男「うん。今日ははかどったよ」

案内人「それは何よりです……またいつでもおいで下さい」

男「ありがとう」


…男は鞄にノートや筆記用具をしまい込むと再び「アンダーグラウンド」の乗客となり、ウェストミンスター駅で降り、そこから王室美術館があるバッキンガム宮殿へと向かおうとした……が、途中で気が変わったのか道を折れ、セント・ジェームズ公園の中を歩き出した……うららかな春の日差しの中にある公園は午後のお茶の時間に近いこともあってか、コーヒーハウスでお茶と政治談義にいそしんでいるらしい上流階級の姿はほとんど見当たらないが、はしゃぎ回っている子供たちや、遅い休憩を取ることが出来たらしい数人のタイピストや事務員がサンドウィッチや呼び売り商人から買った軽食を持ってベンチに座っていた…


男「…」早くもなく遅くもない歩調で、中央の人工湖で泳ぎ回っている水鳥や鳩を眺めつつ、広大な公園を抜けた西側にあるバッキンガム宮殿へと歩いていたが、途中のベンチに腰かけると、呼び売りの商人から買い求めたサンドウィッチの包みを取り出した…

男「……うむ、たまにはこういうのも悪くないものだな」

…ぽかぽかと暖かな陽気に、清涼な木の葉の香りあふれる新鮮な空気、さえずる小鳥の鳴き声……煤煙と悪臭と騒音にまみれたロンドン市街とはまるで別世界の自然豊かな風景を見ながら遅い昼食を終えると、サンドウィッチの紙包みを丸めてポケットにしまい、それから鞄を開けて研究資料のノートを取り出して読み返しはじめた…

男「ふむ…」

…午後の日差しに暖められながら細かな字でつづられた研究資料を読み込んでいると次第に丸眼鏡がずり下がりはじめ、それからノートが手から滑り落ち、男はいつしかこっくりこっくりと船を漕ぎ始めた……と、ノートのページが開いて、挟んでいた紙片がはらりとベンチの下に落ちた…

男「む、いかん……」数分してがくんと首が傾いた拍子に目を覚ました男は、落としたノートに付いた土を軽くはたくと鞄にしまい、それから王室美術顧問の秘書のカバーを与えられている内務省のエージェントへ「メッセージ」を届ける協力者として、再びバッキンガム宮殿に向かって歩き始めた…

………



…二日後・メイフェア校…

ドロシー「……へぇ、内務省のエージェントが落とし物ねぇ」

…メイフェア校の裏手にある、木々の生い茂った人気のない一角でたわむれる二人の生徒……甘えるような表情を浮かべて膝枕にうっとりしている女生徒と、時々からかうような事を言いながらも愛おしげに女生徒の頭を撫でているドロシー…

女生徒「ええ。詳しいことは存じませんけれど、事もあろうに機密文書を携えた職員が、確か……ケンジントン・ガーデンズだったかハイドパークに機密資料を置き忘れてしまったそうで、内務省はてんてこ舞いだとお父様が言っておりましたわ」

ドロシー「世の中には間抜けがいるもんなんだなぁ……それじゃあ私もメアリを落っことさないようにしないと……な♪」そのまま覆い被さるようにして女生徒を抱き寄せ、豊かな胸元に顔をうずめさせた…

女生徒「あんっ♪」

ドロシー「はははっ♪」

(……この件であちらさんも「バレた」と考えて使わなくなっちまうだろうが、王立音楽院に「メールドロップ(メッセージの隠し場所)」があったって言うのは初耳だ……それにその「落とし物」とやらも、ちょいと探してみる価値がありそうだな)

………

593 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2022/01/18(火) 02:03:45.84 ID:DJOiByZJ0
…数日後…

ドロシー「……と言うわけで、その機密文書とやらを探し出すのが今回の任務だ」

アンジェ「どうかしら。そんな低級の協力者が運んでいた……しかもうっかり無くしてしまうようなシロモノだもの、どんな「機密」だか分かったものじゃないわ」

ドロシー「確かにな……しかし、数日前から内務省の情報部員が活発に動き回ってこの資料を回収しようと活動しているところから、コントロールはこいつをある程度は価値ある情報だと考えているらしい」

アンジェ「あるいは内務卿がこちらをあぶり出すために、わざと書類を無くして大騒ぎしているのかもしれない」

ドロシー「その可能性も十分にある……だが逆に「本物」だったら降って湧いた幸運ってことになる。いずれにせよ向こうの情報部や防諜部が見つけ出すまでの勝負ってことだ」

アンジェ「そういうことね」

ドロシー「それから今の段階でコントロールがつかんだのは、その機密資料を拾ったであろう奴はイーストエンドの貧民街に暮らしている乞食らしい……って事だけだ」

アンジェ「結構な情報ね……「イーストエンドにいる乞食」を探せなんて言うのは「芝生に生えている一本の芝を探せ」と言っているのとさして変わらないわ」

ドロシー「まぁな……おまけに私は別件でとある貴族のご令嬢のお屋敷に招待されているから、数日ほど留守になる。アンジェ、おまえさんが主体になって動いてくれ……ベアトリスを使うかちせを使うかの判断も任せる」

アンジェ「分かった」

ドロシー「それと、コントロールからはイーストエンドにいる協力者を使っていいとは言ってきている……あまりあてには出来ないだろうが、まぁ「気持ちだけでも」ってやつだな」

アンジェ「思いやりがあるわね」

ドロシー「ああ……とにかく判断は一任する。もしヤバそうなら構うことはないから手を引け」

アンジェ「そうね。そうさせてもらうわ」

…その日の午後…

アンジェ「……そういうわけで今回はちせ、貴女を使う」

ちせ「うむ」

アンジェ「ベアトリス。貴女はプリンセスの身辺をお守りすると同時に、王宮内で色々な情報を耳に入れることが出来る立場にある……今回はその方面で活躍してもらう」

ベアトリス「分かりました……でも「外国人」のちせさんがイーストエンドにいたら目立ちませんか?」

アンジェ「前にも言ったけれど、王国の人間からすれば日本人だろうが清国人だろうが、肌が黄色い人間はどれも「東洋人」に過ぎない……それに裏町には素性の怪しい色々な人間が出入りするから、誰も余計な詮索をしたり鼻を突っ込んだりはしない」

ベアトリス「なるほど」

…しばらくして…

アンジェ「イーストエンドのような貧民街にはさまざまな顔がある……」

…ベアトリスを下がらせ、ちせを相手に貧民街の「講義」をするアンジェ…

アンジェ「……最底辺はその日その日のパンをもらおうとする物乞いたちや、アルコールやケイバーライト鉱といった各種の中毒患者。彼らのたいていは落ちぶれていて気力も無くしているから、余計なちょっかいを出さない限りは何かしてくることなどまずない」

アンジェ「そしてその上にのさばって上前をはねる物乞いの「元締め」たち……そうした連中はたいていの場合そこそこに腕力があってある程度顔も広いから、目を付けられると厄介なことになる」顔色は変わらないが、どこか声の奥底に実感がこもっている……

ちせ「ふむ」

アンジェ「それから貧民街をねぐらにしている小悪党たち……彼らのうちの何人かは「スコットランド・ヤード」(ロンドン警視庁)に自分の犯罪をお目こぼししてもらう代わりに刑事たちの探している犯罪者を密告したり、使い走りのような事をしたりしている……こうした連中は汚い真似をいとわず、おまけに小ずるいから、もしそうした連中を相手にするなら手段を選んでやる必要はない」

ちせ「心得た」

アンジェ「……そして私たちが探したいのが、貧民街で「商売」をする怪しい連中。彼らはありとあらゆるものを取引している……盗まれた銀食器から偽造の身分証、果ては官公庁の内部情報……そしてその周辺には国内外のエージェントや諜報に関わる人間がうろうろしている……接触して「取引」する場合には慎重に慎重を重ねないといけない」

ちせ「なるほど……」

アンジェ「場合によってはナイフにモノを言わせる必要が出てくるかもしれない……とはいえ、必要以上に目立つ真似はしたくない」

ちせ「当然じゃな」

アンジェ「ええ……ベアトリスを外したのはそれもあるからなの。彼女は素直過ぎてこういう場面には向かない……貴女なら表情を押し隠せるし、腕も立つ」

ちせ「恐縮じゃ」

アンジェ「カバー(偽装身分)に関してはすでに用意してあるから、後は探しに行くだけでいい」

ちせ「うむ、委細承知した」
594 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/01/22(土) 01:21:38.02 ID:7LRbdqDF0
アンジェ「……それで、今回用意したカバーは「王国情報部の協力者」よ。私はノルマンディ出身の亡命フランス人家庭の三世で、王党派の貴族だった先祖を革命でギロチンにかけられたために共和制に反感を抱いており、理想と報酬の面から王国に雇われている……今回は連中が手に入れた資料をフランス側が入手する前に回収するために接触を試みたということね」

ちせ「ふむふむ……して私は?」

アンジェ「ちせは私のお付きとして世話を焼くインドシナ(ヴェトナム)人ね……貴女はかなり英語が出来るようになっているけれど、相手方を油断させるためにあえて「英語はまるで分からない」という設定にしておく」

ちせ「承知した……どのみち難しいやり取りや言い回しの微妙な差異は分からぬからの」

アンジェ「大丈夫。もし実力が必要な場合だったら分かるように合図をする……」

ちせ「よろしく頼む」

アンジェ「とはいえ、今回の工作では出来うる限りに穏便に済ませる……もしこれが王国情報部の撒いた餌だったとしたら、血を流すことで奴らを引きつけることになってしまう」

ちせ「サメと同じじゃな」

アンジェ「そうね……工作費としてはコントロールから百ポンドほどもらっているから、連中がその金額以内で取引に応じるようなら上々ね」

ちせ「応じない場合はどうするのじゃ?」

アンジェ「二十ポンド程度ならあちらの提示した額を飲んでも大丈夫だけれど、五十ポンドを超えるようなら取引を止めるか、値下げさせるべく努力する」

ちせ「ふむ……」

アンジェ「場合によってはそちらの「コントロール」にも情報の一部を渡し、見返りとして応分の負担をしてもらうような事も考えてある……ちせ、貴女が定期連絡をする機会があったら堀河公に「興味を抱くような情報を見つけた可能性がある」とでも言ってほしい」

ちせ「うむ、その旨しかと伝えておこう。 しかし、私の上役としても情報の内容も見ずに言い値で買うことはせんと思うが……別に信用しておらぬとか、そういうことでは無いのじゃが」

アンジェ「分かっている。その場合はこちらとしても、そちらが「一口乗るか」どうかの判断基準として、どのような種類の情報だとか、どの省庁や地域に関係しているかとか、そういった大まかなところを伝えてもいい」

ちせ「承知した」

アンジェ「……ちせ、長い方の刀は置いていってもらって短い方をマントで包むようにすればどうにか隠せると思うけれど……どう?」

ちせ「うむ……脇差ならばこのような具合じゃな」

…脇差を腰に差し、試しに裾の長いマントを羽織って前を合わせると、一フィート半(およそ四十五センチ)ばかりの鞘はほとんど目立たなくなった…

アンジェ「少し後ろ側の裾が持ち上がっているわね……もう少し鞘を立てて差せる?」

ちせ「あまり立てて差すと抜きにくいが、どうにかなるじゃろう……」

アンジェ「ならそれでお願いするわ」

ちせ「あい分かった」

アンジェ「私は護身用のピストルとスティレットを持って行く……口径の大きいリボルバーは大きくてかさばるから、威力では劣るけれど.320口径の五連発にする」

ちせ「撃ち合いに行くわけではないのじゃから、それで良いということじゃな?」

アンジェ「ええ」

ちせ「足ごしらえはどうすれば良いじゃろう?」

アンジェ「そうね……出来れば編み上げのブーツにでもして欲しいけれど、どうしても落ち着かないようならいつも使っている木や草のサンダルとか、あるいはあの靴下みたいなものでいいわ」

ちせ「下駄に草履、そして足袋じゃな……あの革長靴はつま先が痛くなるし脚が締め付けられる気がするのでな、下駄で良いというのは助かる」

アンジェ「慣れない履き物を履いていて、肝心なときに滑ったり転んだりされては困るもの……ただし、文字通り「足元を見られない」ように注意を払ってちょうだい。東洋の風習に詳しい人間が見たらそれだけでどこの人間か分かってしまう」

ちせ「その通りじゃな……足元に何か落としたりしないよう気を付けるといたそう」

アンジェ「そうしてちょうだい……当日はアンダーグラウンド(地下鉄)やダブルデッカー(二階建てバス)のような公共交通を使って目立たないように行く」

ちせ「貧しい街区に車や馬車で乗り付けようものなら目立って仕方がないからのう」

アンジェ「そういうことよ……問題の文書を持っていると思われる情報屋は昼夜関係なく取引しているそうだから、まずはその情報屋の周辺に「興味を持っている」人間がいることをそれとなく知らせる」

ちせ「それから?」

アンジェ「後は向こうが食いつくまで待つ」

ちせ「いわゆる「待ちの一手」じゃな」

………

595 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/01/28(金) 01:08:45.58 ID:VGjoX0eq0
…数日後・イーストエンドの裏通り…

アンジェ「……対象の人物とは向こうのパブで待ち合わせをすることになっているわ」

ちせ「さようか……しかしどうにもガラの悪い所じゃな……」


…露骨にちょっかいを出されたり邪魔をされるということはないが、辺りをブラブラしているちんぴらや、横目でちらちらと通行人の品定めでもしているごろつきからよこしまな視線を感じる……アンジェは黒のシルクハットに長いコートで、コートの襟を立てて出来るだけ顔を隠している……ちせは長いマントに使用人らしいボンネットをかぶり、やはり顔が分からないよう濃い色のヴェールを垂らしている…


アンジェ「ええ。何しろこの辺りはお世辞にも上品とは言えない街区だもの。 あえて言うなら小悪党だとかちんぴら、ごろつきのような連中がしのぎを削っている場所よ」

ちせ「ふむ……」

アンジェ「今回の商談も、諜報機関と取引をしようという「生き馬の目を抜くような」連中が相手だから油断は出来ない……彼らが頼りにしているのはそれぞれの才覚と得物、共通している価値観は「現金」(げんなま)に対するものだけ……もっとも、それだけにかえって取引そのものはやりやすい」

ちせ「……というと?」

アンジェ「欲得ずくで動く連中なら、札びらを切ればいくらでも転ばせることが出来るということよ……自分の持っている信条にこり固まった理想主義者だの、ころころと考えを変える「良心」の持ち主なんかよりも、ある意味ではずっとアテになる」

ちせ「なるほど」

アンジェ「とはいえいいことばかりではない……金で動くということは、相手方がより多くの金を出せばそちらに転ぶということにもなる」

ちせ「確かに……」

アンジェ「だから今回は「飴と鞭を使い分ける」ために、このカバーを選んだというわけね……」

ちせ「ふむ……闇社会のけちな情報屋は王国情報部を相手にこざかしい真似はしない、ということじゃな」

アンジェ「ええ。少なくともそれくらいの知恵があることを願っているわ」

…薄汚いパブ…

アンジェ「……あの男よ」

ちせ「うむ……」

歯並びの悪い男「……」


…日差しの悪いイーストエンドでもとりわけ薄暗い一角に建っている一軒のパブ……待ち合わせ場所として相手方と取り決めたその店にアンジェとちせが入ると、店主の注意がちらりと二人に注がれ、また無関心へと戻っていった……店内には四人ほどが座れるカウンターと二人掛けのテーブルがいくつか、そして指定された奥の角にあるテーブルには小汚い男が座っている…


アンジェ「……」

ちせ「……」アンジェは無言で男の向かいに座り、ちせもそれに習う…

男「……よう、待ちかねたぜ」


…男は数週間は着たきりらしい汚れた上着とすっかりよじれたクラヴァット(襟飾り)を締めていて、薄汚れたグラスでジンをあおっている……噛み煙草ですっかり黄ばんでいる歯は歯並びも悪く、ニヤついた笑い方は人を小馬鹿にしているような不愉快さと同時に、常に卑怯な手段で相手から何か巻き上げようとたくらんでいるような印象を与える…


アンジェ「……」

男「待ちくたびれて喉が渇いちまったもんだからな、先に一杯飲(や)らせてもらったぜ」

アンジェ「……そう」

男「よかったらあんたらも何か頼めよ、な?」そういうと人差し指を立てて招くように動かし、カウンターにいた給仕を呼びつけた…

給仕「へい」盆を小脇に抱えてやって来た給仕はどうやら給仕と用心棒を兼ねているらしく、低い天井につかえてしまいそうな身長と炭鉱労働者のような太い腕、それにヤミの拳闘試合か何かに出場していたらしく潰れ折れ曲がった鼻をしていて、うなるような声をしていた…

男「おれには同じのをもう一杯……」

給仕「……そちらさんは?」

アンジェ「紅茶を……カップは二つ」

ちせ「……」

男「レディ、あんた酒は飲らねえのか」

アンジェ「ええ」

給仕「……へい、お待ち」むすっとした口調で紅茶の入ったポットとカップを持ってきたが、硬貨を受け取るまでは絶対にテーブルに置くつもりはないような顔をしている……

アンジェ「……」

給仕「……毎度」

…商売相手の男から目をそらさないようにしながら、アンジェが硬貨を盆に置く……給仕がぞんざいな手つきでドスンとポットを置くと、注ぎ口からばちゃりと薄い紅茶がこぼれた……

アンジェ「……」黒い革手袋をはめた両手をテーブルの上に置いたまま、やって来た紅茶を注ごうともしないアンジェ……
596 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/02/08(火) 01:39:19.62 ID:r3z1/x7M0
男「……それじゃあ、まずはお互いに自己紹介と行こうじゃないか。 おれはスミス。ジョン・スミスさ」並びの悪い汚れた歯を見せてニヤニヤ笑いを浮かべている情報屋……

アンジェ「トムよ」

男「あんたみてえな若いお嬢さんが「トム」ってことはねえと思うけどなぁ」

アンジェ「そんなことはどうだっていい……話によると、あなたは「落とし物」を見つけるのが上手だと聞いている」

男「まぁな……ブツが何かは知らねえが、たいていのもんなら見つけ出してご覧に入れるぜ」そう言うと大げさに腕を広げてみせた……

アンジェ「結構。 今回こちらが探しているのは数日前に公園で「私たちの共通の友人」が落としたものよ……もしも見つけてくれるというなら、それ相応の報酬を支払う用意があると「友人」は言っている」

男「そうかい? しかしロンドンの公園って言ったって範囲は広いし、探すってなると人手がいる……それに人を雇って頼むとなりゃ、ただ働きって訳にもいかねえしな」

アンジェ「それで?」

男「そうさなぁ……人手やらなんやら、もろもろ込みで二百ポンドっていうのはどうだい?」

アンジェ「……五十ポンド」

男「五十だって? お嬢ちゃん、ちょいと冗談がキツいんじゃあねえのか? そんなんじゃあロンドン市内どころか、この店の中だって探せやしねえよ」

アンジェ「五十ポンド……ロンドン市内の公園をちょっと探して「なくし物」を見つけるのに、そこまで払うつもりはない」まさしく「けんもほろろ」といった口調で突き放す……

男「そうかい? だったら自分で探してみりゃあいいんじゃねえのか」

アンジェ「私たちもそこまで暇じゃないから、早く済ませる手段としてあなたに連絡を取ったにすぎない……それに、こちらがその気になれば無料でその「なくし物」を入手することだって出来る」立場を行使することをためらわない王国情報部のエージェントならこういうだろうと、冷たく高圧的な態度でそっけなく言った……

男「分かった分かった、百五十でいいよ……それ以上は無理だぜ。人手を使おうって言うんだからな」

アンジェ「百ポンド」

男「分からねえかな、あのブラッディ(くそったれ)なだたっ広い公園から一枚の紙きれを探すなんていうのは並大抵の苦労じゃあねえんだぜ?」

アンジェ「そう……ところで私はいつ、探し物が「一枚の紙切れ」だと言った?」

男「……」一瞬「しまった」という表情を見せたが、すぐまたニヤついた顔に戻る……

アンジェ「どうやら納得いただけたようね。 それでは、次回会うときに「一枚の紙切れ」を渡していただく……まずは手付けとして半金の五十ポンドを渡しておくわ」

男「……ああ」

アンジェ「お互いに満足の行く取引が出来るよう、くれぐれも余計な小細工はしないことね……それでは失礼」

…裏通り…

アンジェ「ご苦労だったわ、ちせ……貴女があの店の『ブルドッグ』を牽制していてくれたおかげで、こっちはあの『チェシャ猫』じみたニヤニヤ男だけに注意していられた」

ちせ「……うむ。しかしどうにもあの男は虫が好かぬ」

アンジェ「そうね……これはただの勘だけれど、あの情報屋はきっとおかしな真似をしてくるような気がするわ。 ……例えば、いま私たちを尾けてきている男のような……ね」

…ごみごみとした裏路地をすいすいと歩いて行くアンジェとちせ……そしてその後ろから足音を立てないよう、距離を開けて二人を尾行している一人の男……男は薄汚れたチョッキと鳥撃ち(ハンチング)帽とだぶだぶのズボンで、ゴミ漁りでもするような態度を取っているが、尾行を気付かれないようにするには二人との距離が近すぎ、また人の少ない裏通りで「たまたま行く先が同じ方向」と言うのも少し無理がある…

ちせ「どうするのじゃ……撒くか?」

アンジェ「いいえ、馬鹿にわざわざ「こっちは尾行に気付いているぞ」なんて教えてやることはないわ……どのみちあの格好で表通りに出られはしない」

ちせ「……ではどういうつもりなのじゃろう」

アンジェ「おそらくこちらにコンタクト(協力者)や支援要員がいるかどうか確かめたいのね」

ちせ「して、もし支援要員がいないとなったら……」

アンジェ「おそらくはこわもての数人でもかき集めてこっちを脅し、値段をつり上げるでしょうね」

ちせ「しかし、仮にも相手は王国情報部じゃぞ……そんなことをするじゃろうか?」

アンジェ「ええ、するわ……内務卿を相手に商売が出来ると思っているような愚か者なら」

ちせ「ふむ、愚か者か」

アンジェ「そう……元来、裏社会の人間というのは同じ社会の人間を相手に必要以上の嘘やごまかしはしないものなのよ。 何しろ保険もなければ裁判所もない世界だもの。信用だけが評価を決める中で、年中でまかせを言ったり取引相手をごまかすような人間は長生き出来ない」

ちせ「ではなぜ……?」

アンジェ「おそらく、私たちが連中にとっては「よそ者」で、なおかつ年若い女でくみしやすいと見たから」

ちせ「困ったことじゃのう」

アンジェ「ええ、きっと今ごろはどうやって二百ポンド以上の儲けに出来るか考えているでしょうね……」

597 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2022/02/26(土) 00:47:11.12 ID:RCQa+Foe0
…数分後・先ほどのパブ…

薄汚い身なりの男「戻りやしたぜ、ミスタ・ホッジス」

情報屋(歯並びの悪い男)「……おう。で、どうだった」

薄汚い男「表通りに出る手前まで尾けてみたが、気付いた様子はなかったぜ」

情報屋「ふん、そうかい……それにしてもあのアマめ。情報部だかなんだか知らねえが、このおれになめた口を利きやがった……」そういうとジンのグラスをあおり、グラスをテーブルに叩きつけた……

情報屋「それにいけ好かねえ東洋人まで連れてきやがって……払うものを払わねえって言うんなら、こっちだって考えがある」

パブの用心棒「で、どうするんで? なんだか仮面みてえに無表情で気持ちの悪ぃ女だったが……」

情報屋「ふん、表情があろうがなかろうがやる事なんぞ決まってるだろうが……あんな小娘にコケにされてたまるか、両耳揃えて二百ポンド払うか、さもなきゃ「手荒い歓迎」ってやつよ。 おい、取引の日までに使える連中を数人集めておきな」

薄汚い男「へへっ、そうこなくちゃ」

………

…その晩…

アンジェ「……ふう」


…普段は「感覚が鈍る」と、必要のないときは出来るだけ酒を口にしないアンジェ……が、いくつもの任務や情報活動を並行して進め、なおかつ学生としてのカバーを維持するために授業にも欠かさず出席していると疲れがたまり、珍しく「ナイトキャップ」(寝酒)として温めたミルクにブランデーを垂らし、一口ずつゆっくりと喉に流し込んでいる…


ちせの声「……アンジェどの、入っても構わぬか?」

アンジェ「ちせ? ……どうぞ」

ちせ「……夜分遅くに済まぬな」寝間着でもある長襦袢をまとって入って来たちせ……

アンジェ「いいえ……どうかした?」

ちせ「いや……別にどうしたというわけでもないのじゃが……」そういいながらもわずかに視線をそらし、心なしかもじもじしている……

アンジェ「話があれば聞くわ……ホットミルクだけれど、飲む?」

ちせ「そうじゃな……では一口頂戴するとしよう」

…カップのミルクを飲むでもなく、椅子に腰かけてどう話を切り出そうか迷っている様子のちせ…

アンジェ「……」アンジェも聞き上手な腕利き情報部員らしくわきまえたもので、眉毛一つ動かすでもなく、ちせが重い口を開くのをまっている……

ちせ「その、じゃな……ちと頼みがあって……」

アンジェ「……どうぞ」

ちせ「かたじけない……それで、笑わないでほしいのじゃが……」

アンジェ「ええ」

ちせ「その……一緒に寝ても構わぬか?」

アンジェ「……私と?」

ちせ「うむ……実はなにやらこの数日、妙に人恋しくての……一人で寝ているとむしょうに淋しいのじゃ」

アンジェ「そう……きっとホームシックね、無理もないわ」

ちせ「……ほうむしっく?」

アンジェ「何て言えばいいのかしら……旅先で郷里を思い出して淋しく感じる状態の事よ」

ちせ「いわゆる「里心がつく」ということじゃろうか」

アンジェ「おそらくね……」

ちせ「そうか……とはいえこんな恥ずかしい事はベアトリスには言えぬし、プリンセスは公務で多忙、ドロシーも今はおらぬ……しかしおぬしならば口も固いし、こんな恥ずかしい事を相談しても黙っていてくれるかと思っての……///」気恥ずかしいのか、目をそらし気味にしてかすかに頬を赤らめている……

アンジェ「そうね。私は黒蜥蜴星人だもの、口は固いわ……それにちょうど寝るところだったし」

ちせ「さようか……では、構わぬじゃろうか?」

アンジェ「ええ……ただ寮監の見回りがあるから、朝の七時前には出て行ってもらうわ」

ちせ「無論じゃ……では、済まぬ」

アンジェ「どうぞ」ミルクを飲み干すとこびりつかないよう水差しの水をカップに入れ、それからベッドの羽布団をまくってちせを手招きした……
598 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2022/03/06(日) 01:16:22.67 ID:daE3CvdX0
ちせ「うむ、では……」

アンジェ「ええ」

…ベッドの片隅に遠慮しいしい入ってくるちせ……と、アンジェはベッドの上でふんわりしたナイトガウンを脱ぎ始めた……白い肩があらわになり、滑らかな曲線を描く背中から腰のライン、そして細っぽいが引き締まって綺麗なヒップラインがちらりとのぞく…

ちせ「な、なぜ脱ぐのじゃ……?」

アンジェ「別にそういうつもりじゃないわ……単に着たままだとガウンにしわが寄るし、生地が厚手でうっとうしいってだけよ」

ちせ「さようか……」

アンジェ「ええ……さ、入ったわね?」

ちせ「うむ」

アンジェ「なら灯りを消すわ」そう言って灯りを消すと、ふわりと布団をかけた……

ちせ「……今夜は冷えるのう」

アンジェ「そうね……」

ちせ「ドロシーは上手くやっておるじゃろうか」

アンジェ「今ごろはお相手のご令嬢とシャンパンでも傾けているか、ベッドでいちゃついているでしょうね」

ちせ「ふふ、そうじゃろうな……」

アンジェ「ええ……それよりちせ、もう少し身体を寄せたらどう? ここのベッドはそんなに広いわけじゃないし、転がり落ちたりされては困る」

ちせ「いや、しかし……」

アンジェ「別にいまさらどうこう言うほどよそよそしい間柄でもないでしょう……構わないから、いらっしゃい」

ちせ「では……///」

アンジェ「ええ」

…任務となると眉毛一つ動かすことのないアンジェだが、暗がりの中で目をこらすとかすかに微笑を浮かべているように見える……どこかあどけないその表情を見ていると、あるいはそうであったかもしれない一人の少女としての姿が浮かんでくる…

ちせ「……アンジェ」

アンジェ「よしよし……」

…しっとりとした柔肌にぎゅっと抱きついてきたちせの黒髪を優しく撫でるアンジェ……もう片方の腕はちせの背中に回し、ゆっくりとした拍子をつけて軽く叩いている…

ちせ「母上……」

アンジェ「……ちせ、いい娘ね」

ちせ「……ぐすっ」

…ベッドの中でしゃくり上げそうになるのを押し殺しているちせと、それを抱きしめているアンジェ……そのうちにアンジェはちせの頭を優しく胸元に押しつけ、全身で包み込むようにして抱きしめた…

ちせ「ん……」

アンジェ「いい娘、いい娘ね……」温かい身体に包まれて夢うつつのちせがアンジェのつつましい乳房に吸い付くのを、そっと抱きしめながら撫でてやる……

ちせ「んむ……ちゅぱ……」

アンジェ「♪〜……お休みなさい、いい娘だから……」

ちせ「ちゅぱ……ちゅぅ……」

アンジェ「♪〜ぐっすりお休み、胸の中で……」小さな声でハミングするようにそっと即興の子守歌を聞かせながら、ちせの身体を優しく抱きしめる……

ちせ「すぅ……すぅ……」

アンジェ「ふふ……」まるで小さな子供へと戻ったように無邪気な寝息を立てているちせを見て、慈愛に満ちた表情を浮かべた……

アンジェ「お休み、いい夢をね……」
599 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2022/03/13(日) 01:59:47.80 ID:jev6pPBd0
…取引当日…

アンジェ「ベアトリス、ちょうどいいところに……貴女にやってもらいたいことがある」

ベアトリス「はい、何ですか?」アンジェにどんな無理難題を言われるかと、用心しいしい答えるベアトリス

アンジェ「大丈夫、そんなに難しいことじゃない。ネストの一つから声を変えて電話をかけて欲しいだけよ……」

ベアトリス「なんだ、そんなことですかぁ」

アンジェ「ええ、でも貴女にしか出来ない事よ……そうね、名前は「ブライアン」とでもしておいて、コックニー(ロンドンの下町)訛りの塩辛い声でやってちょうだい……相手の番号は分かっているから、私の指定した時間に「悪いが今日の取引は中止で、明後日に延期する」としゃべってもらう……細かい台本はここにあるから、行くまでに暗記すること」

ベアトリス「分かりました」

アンジェ「それじゃあ番号と時間を教えるわ……ちせ、準備は?」

ちせ「万端じゃ」

…脇差を腰に差すと暖かなマントを羽織る……厚手のマントは生地が重いので、鞘を縦に近い状態で差してあまり寝かせなければ、マントが持ち上がることもない……

アンジェ「結構。それじゃあ貴女はベアトリスと一緒にネストへ向かい、電話が済んだら私と合流」

ちせ「うむ」

アンジェ「集合場所はイーストエンドのこの場所……分かるわね?」トントンと地図の一点を指で叩いた……

ちせ「大丈夫じゃ」

アンジェ「よろしい……もしここにいなかった場合は三十分後にここの角で合流する。もし私がそこにもいなかったら、監視に充分注意した上で引き上げること」

ちせ「承知」

…夕刻・裏通りのパブ…

情報屋「……どうだ、集まったか」

薄汚い男「もちろんでさ、ミスタ・ホッジス……六人ばかり集めてきやした」

…薄汚れたパブには「かっぱらい」のロブに「タタキ(強盗)」のジョー、「向う傷」のスタッフォードに「ブルドッグ」のベンソンといった、イーストエンドの中でも特に評判の悪い鼻つまみ者たちが集まり、だらしなく椅子に座って、ひびの入った陶器のジョッキで気の抜けたエールをあおっている…

情報屋「よし、それだけいれば充分だな……得物はあるんだろうな?」

薄汚い男「そりゃあ……ただ、ナイフはあってもハジキ(銃)はもってねえって奴もいるんで」

情報屋「ったく、締まらねえな……なら店にあるやつを貸してやるから、そう言ってこい」

…机の上には型も口径もバラバラな寄せ集めのピストルが何挺か置いてある……あまり手入れもされていないため金属もくすんでいるが、中の一挺や二挺はどこかのお屋敷から盗んだか何かしたらしいウェブリー&スコットで、グリップには黒檀が使われている…

薄汚い男「へい」

情報屋「よし。約束の時間は夕方の五時だ……ちゃんと雁首並べて、飲み過ぎて役に立たねえなんてことがないようにしろ」

薄汚い男「分かりやした」

情報屋「ふん……せっかくのネタをただみたいな金で持って行かれてたまるかってんだ。デスクでふんぞり返ってるお偉いさんにここでの流儀ってのを教えてやらあ」情報屋は五連発の.320口径ピストルに弾を込めるとシリンダーを閉じ、薄汚れたズボンのベルトに突っ込んだ……

…夕方…

ちせ「……今じゃ」

ベアトリス「はい」

…何食わぬ顔でネストにさっと入ると、人工声帯を調整するベアトリス……事前に指定された通りの塩辛声に喉を合わせ、言葉のあちこちを端折ったり濁らせたりすると、一気に粗野な雰囲気が出る…

ちせ「相変わらず見事なものじゃな……では、私は外を見張っておるからの」

ベアトリス「分かってます」電話機の箱に付いている起電用の手回しハンドルを回すと、受話器を取り上げた……

電話交換手「はい、交換台です」

ベアトリス「おう、イーストエンドの……番に繋いでくれ」

交換手「ただいまお繋ぎいたします……」

600 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2022/03/22(火) 00:18:41.38 ID:0pKUnlEE0
…パブ…

情報屋「……おい、電話だぞ」

…取引やタレコミ(密告)に使うため、イーストエンドではめったに見られない電話機が設置してある情報屋のパブ……その電話が「ジリリリンッ……!」とやかましく鳴りだし、用心棒が受話器を取った…

用心棒「誰だ」うなるような声でぶっきらぼうに電話に出たが、眉をひそめると情報屋に受話器を差し出した……

情報屋「何だ?」

用心棒「今日の取引相手から「ミスタ・スミス」にと……なんでも伝言があるとかで」

情報屋「分かった、代われ」

情報屋「……もしもし……そう「スミス」ってのはおれだ。 ……で、用件は?」

情報屋「ああ、そうだ……なに?」

情報屋「……明後日? おい、一度決めた取引の日取りを急に変えるってのはどういうつもりだ?」

…受話器を取り上げてしばらく相手の話を聞いていたが、急に渋い顔をして文句を付けはじめた情報屋……しかし相手は聞く耳を持たぬまま、伝えたい事だけ伝えて電話を切ってしまったらしい……情報屋は切れた電話に向かって「おい!待て!」と怒鳴りつけたが、最後は投げつけるように受話器を掛け金に戻した…

情報屋「くそったれめ……!」

用心棒「……ミスタ・ホッジス?」

情報屋「取引相手からの伝言で、明後日のこの時間に変えたいと抜かしやがった……ええい、くそっ!」

用心棒「それじゃあ集めた連中は……」

情報屋「今日の所は用がねえ……帰らせろ」

用心棒「分かりやした」

…しばらくして…

情報屋「くそったれめ、手前(てめえ)の都合だけで取引の日時を勝手に変えやがって……」ゴミだらけの裏路地に面しているパブの奥の部屋で、いらだちながらウイスキーをストレートであおっている……

情報屋「あの小娘め、もう勘弁ならねえ。今度会ったら……」

アンジェ「……今度会ったらどうするつもり?」

情報屋「っ!?」いつの間にか裏口から入って来たアンジェとちせ……アンジェはフランス風に裁断してある黒いマントに目深にかぶったシルクハット、ちせは厚手のマントを羽織り、その表情はボンネットで隠れている……

アンジェ「取引時間には間に合いそうになかったからそう伝言を頼んだけれど、やはり「モノ」は今日のうちに欲しい……どこにある?」情報屋の向かいに座ると、早速切り出した……

情報屋「モノはここにあるが……その前に金だ。なくっちゃ話にならねえ」

アンジェ「残金の五十ポンドならここにあるわ……王国ポンドよ」誤解のないよう、ゆっくりと札束を取り出す……

情報屋「確認させてもらうぜ」

アンジェ「ええ、どうぞ」

情報屋「……どうやら間違いはねえようだ」手元に書類を抱えたままで手際よく紙幣を数え、上着の内ポケットにしまい込んだ……

アンジェ「でしょうね」
601 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/03/22(火) 00:37:40.71 ID:0pKUnlEE0
情報屋「ああ。だがな……こういうやり口は気に入らねえ。お互いに「取引」をする以上、ふざけた真似はしねえもんだ」

アンジェ「……それで?」

情報屋「悪いが、あんたのこのちょっとした「ご挨拶」の分として、値段に色を付けさせてもらうぜ」

アンジェ「それで、いくら上乗せするつもり?」

情報屋「まぁ、五十ポンドってえ所だな……嫌なら手ぶらで帰ってくれたっていいんだぜ?」

…集めていたちんぴらはすでに帰ってしまった後だったが、用心棒が水平二連の散弾銃を抱えてのっそりと現れた…

アンジェ「なるほど……なかなか用心がいいようね」

情報屋「そうでないと世渡りが難しいもんでな……で、答えを聞こうじゃあねえか」

アンジェ「……これでは払うより仕方がないようね」ひと悶着あるかと思いきや、肩をすくめてあっさりと認め、長いマントの内側からポンド札を取り出した……

情報屋「なるほど、きっちり五十ある。それじゃあこいつを……」手早く札を内ポケットにねじ込むと、何の変哲もない一枚の紙を滑らせた……

アンジェ「確かに」さっと内容を読み通し、紙をしまい込む……

情報屋「それじゃあお帰りいただこうじゃねえか……まぁ、なんだ。 お互いに行き違いがあったとは言え「終わりよければ全て良し」ってもんだ、そうだろう?」両手を広げるようにして「してやったり」というような顔をしている……用心棒も散弾銃の銃口を少し下げ、緊張を緩めた……

アンジェ「そうね、それに対する私の考えだけれど……残念ながら「ノン」よ」

…合図のフランス語を言うよりも早くナイフを抜き、ふところに飛び込むようにして下から情報屋の胸元に突き立てる……同時にちせは身体を屈め、椅子を蹴り倒すようにして反転すると、抜き打ちで用心棒を切り捨てた…

情報屋「ぐ……っ!」

用心棒「がは……っ!」

アンジェ「……片付いたわ」

ちせ「こちらも……書類はどうじゃ?」

アンジェ「どうやら求めていた物で間違いなさそうよ」

ちせ「さようか。 して「後片付け」はどうする?」

アンジェ「そうね……今夜は冷えるし、ここには暖炉がある。それにしてもこんな火のそばにコートを掛けたりして、火の用心が足りていないように見えるわね」

ちせ「なるほど」

アンジェ「ええ……」

…数日後…

ドロシー「ここ数日そっちを手伝えなくて悪かったな……で、どうだった?」

アンジェ「大丈夫よ、こっちも片付いた」

ドロシー「だろうな、新聞記事を読んだよ……まったく火事ってのはおっかないもんだよな」

アンジェ「そうね」

ドロシー「それで、肝心の情報は?」

アンジェ「……これよ」

ドロシー「なんだ、わざわざ私に見せるために取っておいたのか? 内容を暗記したならとっとと焼き捨てちまえば良かったのに……」 

アンジェ「そう言わないで、とにかく見てちょうだい」

ドロシー「ああ、そうさせてもらおうかな……どれどれ……なるほど、こいつは大した情報だよ♪」苦労をして手に入れた王国情報部の書類には、音楽院で共和国に親近感を示す「注意すべき人物」のリストが書かれているだけだった……

アンジェ「全くね」内容を読み終えたドロシーが書類を返すと、肩をすくめて暖炉に書類を放り込んできっちり灰になるまで焼き捨てた……

ドロシー「……それで、王国情報部の監視はあったか?」

アンジェ「確認した限りではなし」

ドロシー「ということはその情報屋、餌として使われたわけでもないんだな」

アンジェ「ええ……おそらくは商売のやり方が汚いから、情報部に見捨てられたのではないかしら」

ドロシー「後ろ盾が無くなった以上、あとは誰に消されるのも時間の問題だった……ってわけか」

アンジェ「きっとそうでしょうね」

ドロシー「……欲張りは長生き出来ないってことだな」

アンジェ「ええ、そういうことよ……だからそのクッキーを取るのは止めておくことね」菓子皿に載っているクッキーを取ろうとするドロシーに、とがめるような視線を向けるアンジェ……

ドロシー「ごあいにくさま、私は型破りなんでね」そう言うと、ニヤニヤしながらクッキーを頬張った……
602 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2022/03/24(木) 11:33:13.73 ID:2H75oLZ0O
SS避難所
https://jbbs.shitaraba.net/internet/20196/
603 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2022/04/05(火) 00:40:02.30 ID:UWpKHBdx0
…case・プリンセス×ベアトリス「The old lady in the old rose」(枯れバラ色ドレスの老婦人)…

L「よし、ではこの作戦で行こう……書類を二部タイプして、一部はファイルに、もう一部は経理の連中に回してくれ」

7「分かりました」

L「それで、作戦名はどうなった?」

7「はい……今回の作戦名は「シェパーズ・パイ」です」(※シェパーズ・パイ…ひき肉とマッシュポテトを重ねたパイ風の料理)


…情報部が立案、計画する作戦名はたとえ敵側に流出したとしても内容が推測できないよう、規則性を持たせないように注意している……特に関係のある単語であったり、関連する作戦に共通するカテゴリーから命名したりといった法則を作らないよう、作戦名は内勤の職員が辞書を適当にめくって見つけた単語をリストアップした中からランダムに付けられ、そのリストも使い回したりせず、不定期に変更することで「不規則性」という「規則性」が生まれないようになっている…


L「シェパーズ・パイか……いいだろう。作戦課と人事課は適任と思われる部員と支援要員を選び出し、文書課は偽造書類を、技術課は装備を用意するように……基本の装備で構わん」いつものように渋い顔で、西インド諸島産の葉巻をくゆらさせている……

7「分かりました」

L「それから財務課には活動資金を用意させろ……もっとも、年度末も近いだけに出し渋るだろうが」

7「どうにか言いくるめてみます」

L「頼むぞ」

7「それにしても、今回の作戦ですが……」

L「君に言われなくても分かっている」


…声はいつものように落ち着き払っているがどこか問いかけるような響きを持たせ、語尾を濁した7……と、Lはそれをさえぎるように苦い声を出した…

7「申し訳ありません、出過ぎたことを申しました」

L「構わん……こういう仕事を続けていると、感覚がおかしくなってくるからな。大金を扱う銀行員の金銭感覚がおかしくなるのと同じだ」

7「そうですね」

L「だが、とにかくこれを成功させてもらわなければならん……」

7「承知しております」

L「ああ」

………



…同じ頃・メイフェア校の部室…

ドロシー「……なぁ、ベアトリス」


…気だるい午後に、淹れたばかりのセイロン茶にお菓子を添えてお茶の時間を過ごしている「白鳩」の面々……プリンセスは多忙な公務の合間を縫って学業にも精を出していて、甘いホワイトティー(ミルクティー)で一息ついている……ベアトリスは王宮でも寄宿舎でも変わりなく、プリンセスにまめまめしく仕えているが、今は甘いお菓子をつまんでゆったりと過ごしている……プリンセスの向かいに座っているアンジェはいつものように眼鏡をかけているが、普段のカバーである「田舎娘」の表情はせずに冷静な顔で砂糖なしの紅茶をすすり、ちせはそのかたわらで王室御用達の菓子店から取り寄せている銘菓をぱくつき、ドロシーは頬杖をついたまま氷でもかみ砕くように、パリの菓子店から取り寄せたというマカロンをやる気なく口に放り込んでいる……と、三つ目のマカロンを噛んで飲み込むと手についた粉をはたき、それからベアトリスのことをじっと眺めて切り出した…


ベアトリス「なんでしょう?」

ドロシー「お前さん、裁縫は得意な方だったよな?」

ベアトリス「お裁縫ですか? まぁ苦手ではありませんけど……どうかしたんですか?」

ドロシー「ああ、なに……もし手が空いているようならちょいと手伝ってくれ」

ベアトリス「はい。もう宿題も片付けちゃいましたし、別に構いませんよ……大丈夫ですよね、姫様?」

プリンセス「ええ、大丈夫よ……ドロシーさん、今日はベアトを連れていっても構わないわ」

ドロシー「そいつは助かるよ……それじゃあ、ちょっと出かけようか」

ベアトリス「どこに行くんです?」

ドロシー「ああ、ネストの一つにな……そこで手伝ってもらいたい事がある」

ベアトリス「はあ……それじゃあ、少し出かけてきます」

プリンセス「行ってらっしゃい♪」

ドロシー「悪いな、プリンセス……アンジェ、ちょっと「グリーン・ルーフ(緑の屋根)」の倉庫まで行ってくる。夜の八時には戻るつもりだ」

アンジェ「了解」
604 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/04/12(火) 11:06:07.87 ID:BbqgF6nP0
…運河(エンバンクメント)沿いの倉庫街…

ドロシー「……よーし、着いたぞ」


…ドロシーとベアトリスは寄宿学校を抜けだし、ネストの一つで地味な格好に着替えるとエンバンクメント沿いまでやって来た……まだ終業時刻には早過ぎるため通りを行き交う人間はほとんどなく、ときたま辺りの倉庫で荷運びをしている労働者が運河にもやって(係船して)いるはしけに荷物を積んだり降ろしたりしているだけだった……と、ドロシーは何やらかすれた文字で会社名らしきものが書き込んである一棟の古ぼけた倉庫を軽く指し示した……そして先ほど言っていた「緑の屋根」という言葉はどうやら冗談か安全策の一つであるらしく、屋根は赤茶色をしている…


ベアトリス「ここですか……私は今まで来たことがないですね」

ドロシー「ああ、ここは情報部が調達してよこした武器装備を調整するところだからな……お前さんには普段アンジェや私が調整したやつを渡しているから、来てもらう必要がなかったのさ」

ベアトリス「それじゃあ今日はどうして私の事を連れてきたんですか?」

ドロシー「なに、すぐに分かるさ……よっこらしょ」たてつけの悪いドアを開けると、倉庫の中に入った……

ベアトリス「ずいぶん蝶番が錆び付いてますね……油を差さないんですか?」

ドロシー「ああ。何しろこれだけキーキーいうからな。誰かがこっそり入り込もうとしてもきしむ音で分かるってわけだ……もし防諜部やスペシャル・ブランチの手入れを喰らっても開けるのに手間取るから、その間に向こうの窓から運河に飛び込めるって寸法さ」

ベアトリス「なるほど」

ドロシー「さて、それじゃあおしゃべりはこのくらいにして……と」唐突に上着を脱ぎ始めるドロシー……

ベアトリス「え、ちょっと……!」

ドロシー「まぁまぁ、そう驚くな……別に手籠めにしようってわけじゃない。こいつを手伝ってほしいだけさ♪」

…そう言って作業机の上に取り出したのは、型紙と大きな牛革の切れが数枚。それに皮革用のナイフと仕立屋のような鋭い裁ちばさみ……そして穴開け用と思われる小さいフォークのようなものや、風変わりな器具が一揃い…

ベアトリス「何ですか、これ?」

ドロシー「こいつは革用の細工道具だよ。普段ピストルを突っ込んでいるホルスターなんだが、情報部がよこす既製品のやつだとぴったり馴染まなくてな……大きさを合わせたり、手作りしたりしてるんだ」

ベアトリス「そうなんですか」

ドロシー「そうさ。何しろ肩吊り用にしろ腰用のにしろ、私やアンジェみたいな若い女が使うようには作られちゃいないからな……モノによっちゃあ普通に革製品の店で注文することもあるが、レディが軍用の.380だの.455口径のピストルに合う肩吊りホルスターなんて買ったら目立つことこの上ないし、何より自分で作れば経費の節約にもなる。 そしてその「ちょろまかした」分で他のモノを買ったり、うまいものを食ったりするのさ」

ベアトリス「……そう言うのっていけないんじゃないですか?」

ドロシー「そりゃあ厳密にいけばいいとは言えないさ……ただ、そうでもしなくちゃ活動費用が追っつかないし、私はコントロールも知ってて黙認していると踏んでるよ」

ベアトリス「そういうものなんですね」

ドロシー「ああ。お互いに成果さえあげてれば言うことなしってわけでね……話がそれちまったが、ホルスターなんか場合によってはイチから作ることもあるんだ」

ベアトリス「すごいですね」

ドロシー「ま、一秒を争うって時に使う道具だから、そのくらいはしないとな。 それで、お前さんには私が革地をあてがっている間、このインクで印を付けてもらいたいんだ……あと、裁断済みのやつがあるから、終わったらそいつの縫製も手伝ってもらいたいな」

ベアトリス「なんだ、そういうことだったんですね。いきなり上着を脱ぐから、てっきり……///」

ドロシー「……したいようなら別に構わないぜ?」

ベアトリス「ち、違いますっ!」

ドロシー「なーに、ちょっとした冗談だよ……それにどのみち、いつも腰が抜けるほどプリンセスに愛してもらってるんだろうからな」

ベアトリス「……ノーコメントです///」

ドロシー「はは、口で言わなくてもその雄弁な表情じゃあなんにもならないぜ?」

ベアトリス「///」

ドロシー「さ、おしゃべりはほどほどにして取りかかろう」


…ある程度のサイズに切ってある革地を肩にあてがうと、ベアトリスが仕立屋のように前後左右と飛び回りながら目安の線を入れていく……時折ドロシーが銃を抜く動作をしてみたり、ホルスターをあてがって脇から吊るしたときの高さを確かめ、しばらくして納得したようにうなずいた……それからけがき線にそってナイフを入れて革を切り、全体を組み立てる前に小さいパーツや留め革の部分をにかわでくっつけ、おもしを載せて作業台に固定した…

ベアトリス「こんな風になっているんですね」

ドロシー「ま、普段は革なんて扱わないだろうからな……そっちを押さえておいてくれ」

…作業台には他にも工程の途中にあるホルスターや何かのポーチのようなものが並んでいて、今度はそれを取り上げて渡した……縫い目となる部分には印の線が引いてあり、そこに「目打ち」(小さいフォーク状の道具)をあて、木槌で「とんとん……っ」と打って、針が通る穴を開けていく…

ベアトリス「縫い方はどうすれば良いですか?」

ドロシー「糸の両側に針を通して、互い違いに縫っていってくれ……糸は縫う長さの四倍はないと足りなくなるから、遠慮しないで多めに使いな」ベアトリスにやり方を教えながら、蝋が塗ってある革用の糸を使ってすいすいと縫っていくドロシー……

ベアトリス「上手ですね、ドロシーさん……いつもはお裁縫なんて全然しないのに」

ドロシー「まぁな……とりあえずここにある出来かけを作り終えたら戻ろう。ついでに屋台のミートパイでも腹に詰めて行くとしようぜ♪」
605 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2022/04/22(金) 01:28:52.48 ID:7UgJNwkr0
…同じ頃・とある下級貴族の屋敷…

初老の男爵「ミス・クロウリー、お茶を持ってきてくれ」

中年のメイド「承知いたしました、カーフィリ様」

男爵「頼むよ」

メイド「はい、ただいま……」

…一週間前…

管理官「……今回の任務は我々の考えに共鳴している王国貴族と接触、当該人物から王国議会の情報を入手することにある。君は「ミス・クロウリー」として該当する人物にコンタクトし、情報を入手しろ」

中年の女性エージェント「はい」


…管理官から任務説明を受けている女性エージェントは髪に白いものが交じり、身体も小さく、手には小じわがより始めている……年の差でいえば孫ほど若い管理官から任務説明を受けながら、時折ミルクの入ったアッサムをすすっている…


管理官「それから支援要員だが、当面の間は二人だけだ。 頭数は少ないが、王国防諜部の監視が厳しい中で無闇に人数を送り込むことも出来ん。どうにかやりくりしてくれ」

エージェント「分かりました」

管理官「必要な機材や道具立てはロンドンの支援要員がミスト・ヴェール墓地の奥、右奥の三つ目にある「ジョージ・マックウェル」の墓に埋めておいた」

エージェント「ジョージ・マックウェル? 一体誰なんです?」

管理官「縁者も親戚もない無縁仏の一つだよ……三十年も前に酔っ払って運河に落ちて溺れた男だ。今さら本人が気にするとも思えないがね」

エージェント「そう願いたいですね」

管理官「大丈夫さ。もし気になるようならウイスキーの瓶でも供えてやるといい……ネストとしては、メイベリー街の12番地にある「アルフレッド・カーフィリ男爵」の家を用意した……男爵と言っても平民とさして変わらない貧乏貴族で、君はそこのハウスメイド(女中)として雇われていることになっている」

エージェント「ええ」

管理官「ロンドン入りは石炭運搬の艀(はしけ)の積荷に紛れて行ってもらう……居心地は悪いだろうが、そこは我慢してくれ」

エージェント「堆肥を積んだ荷車じゃなかっただけでも上等ですよ」

管理官「そう言ってもらえるとありがたいな……目標との接触についてはネストに入り次第、追って指示する」

エージェント「分かりました」

…その数日後・運河沿い…

水夫「そら、もやい綱をかけろ! 道板を渡せ!」

荷下ろし係「ぼやぼやするな! あまり遅いようだと給料を減らすぞ!」

エージェント「……」山ほど積まれている質の悪い泥炭やくず炭が次々と艀から運び出されていく間にそっと船倉から抜けだし、するりと人混みに紛れ込んだ……

…数時間後・墓地…

エージェント「あったわね……」

…無縁仏の粗末な墓石を少し動かすと、その下に包みの手ざわりがある……年齢の割りに機敏な動作で包みを引っ張り出すと、何事もないように墓にお参りをし、ちょこちょこした歩調で歩き出した…

…さらに数時間後…

エージェント「……」

…人目に付かない裏通りで着替えたエージェントは前に着ていたぼろぼろの服をゴミの山に突っ込み、よくいるメイドらしい格好に着替えていた……オールドローズ色のあせたエプロンドレスに、頭に着けたヘッドドレス、手には卵が数個とニンジンが入った買い物用のバスケットを持っている……そのまま何事もなかったかのように、一軒の邸宅の裏口を開けて入った…

エージェント「……ただいま戻りました」

男爵(共和国の支援者)「ああ、お帰り……」

………

606 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2022/05/02(月) 01:37:43.74 ID:fB1pEJuO0
…数日後・コントロール…

7「L「シェパーズ・パイ」の件で管理官から報告が上がって参りました」

L「ほう……それで?」

7「はい。無事にネストへと入ることが出来たとメッセージが届いたそうです」

L「よかろう」

7「何か指示はございますか?」

L「いや、ない。 管理官に事前のブリーフィング通り任務を始めるよう通達してくれ」

7「承知いたしました」

L「ああ……」

…別の日・カーフィリ男爵の屋敷…

男爵「ミス・クロウリー、少しいいかね?」

エージェント「何でございましょう、カーフィリ様」

男爵「うむ……実は今度、ベニングスビー伯爵の屋敷で夕食会があるそうだ」

エージェント「それはよろしゅうございますね」

男爵「ああ……だが、さすがにベニングスビー伯ともなると大したものだね。屋敷に数十人はいるメイドや執事たちに加えて、当日は幾人もの料理人や給仕、メイドを雇うそうだ」朝刊を軽く振り動かしてみせた……

エージェント「さようでございますか」

男爵「うむ、現にこうして新聞に募集が出ておる……どことは書かれておらんが、間違いなく伯のパーティに合わせたものだよ」

エージェント「さようですか。 ところでカーフィリ様、わたくしは少々出かけなければならない用事があるのですが……数日ほどお休みを頂けますでしょうか?」支援者でもある男爵に、取り決めてある合図をしてみせた……

男爵「……うむ。かまわんから遠慮せずに行ってきなさい」

エージェント「承知いたしました、では失礼いたします……」

…同じ頃・メイフェア校…

アンジェ「……今度ベニングスビー伯爵のお屋敷でパーティが開かれるそうね」

ドロシー「ベニングスビー伯……例のパーティ好きの伯爵だな。 頭の出来はニワトリとどっこいどっこいだが、それだけに敵視されることもなければ、余計な政争にくちばしを突っ込むこともない……ある意味では「中立地帯」として最も信用できる人物だな」

アンジェ「要約ありがとう……そのベニングスビー伯爵よ。 そこに私もプリンセスのお誘いで同行することになった」

ドロシー「けっこうじゃないか、せいぜいうまいもんでも食ってくることだな」

アンジェ「残念だけれど、どうもそうは行かないようね」

ドロシー「……ほう?」

アンジェ「プリンセスが耳にした情報だと、どうやら今回のパーティは内務卿……つまりノルマンディ公の勧めでベニングスビー伯が開くことに決めたパーティなの」

ドロシー「ふぅん……奴さんが好き好んでパーティなんぞを開くようには見えないな」

アンジェ「ええ。 おそらくノルマンディ公はパーティにかこつけて誰かと接触を図るか、さもなければ招待客の動きを観察する機会を設けたいということね」

ドロシー「そうなると話が変わってくるな……ダモクレスの剣を上から吊るされた状態ってことか」

アンジェ「そういうこと」

ドロシー「まさかプリンセスとそのご学友を疑うとも思えないが……くれぐれも気を付けて、ボロを出さないようにしろよ」

アンジェ「ええ……」

ドロシー「ベアトリスは知ってるのか」

アンジェ「その情報を聞いたのはベアトリスよ」

ドロシー「へぇ、案外やるもんだな」

アンジェ「そうかもしれないわね……とりあえずパーティには出席するけれど、しばらくの間は鳴りをひそめる必要がありそうね」

ドロシー「ああ。さすがにこれだけ動き回っていると、どこかでほころびが出たっておかしくないものな……」

アンジェ「内務卿が動いたのも気になるし、もしかしたら何かをつかんでいるのかもしれないわね」

ドロシー「……そうでないことを願うばかりだな」
607 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2022/05/06(金) 18:23:18.72 ID:ihDcxAkHO
SS避難所
https://jbbs.shitaraba.net/internet/20196/
608 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/05/09(月) 01:57:55.32 ID:9fHPSI/e0
…王国内務省…

防諜部長「……どうもこのところ、議会で審議された議案や予算案の情報が漏れている。むろん、各省庁の書記や秘書といった人物が関与しているとも思われたが、今回流出した情報は下級官僚には閲覧が許されていない」

管理官「つまり……」

防諜部長「議会内の重鎮、あるいは有力者……つまりは貴族の誰かが共和国に情報を売っているか、どこかで軽々しく話題にしているということだ。 そこでしばらくの間調査を続けていたところ、近々共和国のスパイがその情報提供者と連絡を取るべく接触するという情報が入ってきた」

管理官「では、その糸をたぐっていけば……」

防諜部長「おそらくは情報漏れの穴が見つかるだろう……共和国のスパイとは、どうやら今度行われるベニングスビー伯爵のパーティで接触する予定らしい。 ……情報漏洩の元と思われる人物はある程度まで絞り込んである。後はそれを手がかりとして目標の人物が誰か特定し、共和国のスパイもろとも確保する」

管理官「承知しました」

防諜部長「それから、今回の対象人物からは色々と聞く必要があるのでな……きちんと話せる状態で捕らえてもらいたい」

管理官「お任せを」

防諜部長「頼むぞ……この件はノルマンディ公直々の指示だ。くれぐれも手抜かりのないようにな」

管理官「あの方のですか……」

防諜部長「そうだ。ノルマンディ公が手元に置いている子飼いの連中は別件で動かせんらしい……そこでこちらにお鉢が回ってきたと言うことだ」

管理官「例の褐色娘ですね」

防諜部長「ああ……だが、よそで軽々しくそういう言い方をするな。 内務卿はあの娘をずいぶんと高く評価している」

管理官「そのようですね……部下は誰を頂けますか」

防諜部長「内務卿からは特にこれと言った指示を受けてはいない、ただ「必要な人物を過不足なく確保しろ」と言われているだけだ」

管理官「そうですか……こちらとしては対象の人物やパーティ会場の来客数から考えても、監視に並クラスのエージェントが六人、連絡役(メッセンジャー)として使える下級のエージェントか協力者も同数は欲しい所ですが」

防諜部長「合わせて一ダースか……もう少し減らせないか?」

管理官「これだけの会場で監視対象も複数ということになると、これだけの人数は必要です……もしかすると内通者は女性の可能性もある。男女それのエージェントが三人ずつでは、それぞれ対象を一人か二人監視するので精一杯です」

防諜部長「……仕方ないな、どうにかかき集めてみよう」

管理官「お願いします」

防諜部長「機材で必要なものは?」

管理官「パーティ会場での監視任務ですから、それ相応の格好と、カバー(偽装)に使える身分証やそれに類するものを……貴族は顔が知られていますからなりすますことは出来ませんが、料理の仕出しや雇われの給仕といった人間が入るでしょうから、そうした店の身分証があれば助かります」

防諜部長「分かった」

管理官「後は連絡用の機材ですが、パーティ会場ではモールス信号機も伝書鳩も必要ありませんし……標準的な装備で構わないかと」

防諜部長「うむ、そうしてくれ……予算も無限ではないからな」

管理官「よく知っています」防諜部内で提供される不味い紅茶のポットを軽く見てから、さらりと皮肉を言った……

防諜部長「結構」

………

…ロンドン・仕出し料理店…

雇用係「なるほど、貴族のお屋敷で……それならちょうどいい。じゃあここにサインをして」

共和国エージェント「はい」

…貴族のお屋敷と言えども、さすがに大がかりなパーティともなると屋敷の人間だけでは配膳や調理がまかないきれないこともあり、そういったときには高級レストランからシェフを呼んだり、気の利いた執事やメイドを派遣する「口入れ屋」が注文を取ったりする……生真面目である程度の教養もありそうな人間はそうした場所で受けが良く、エージェントの女性も「盆の運び方」や「食器の上げ下げ」といった実技のテストを受けた後、あっさりと契約書を交わした…

雇用係「当日はお屋敷の勝手口に行き、そこでハウスキーパー(女中頭)から指示を受けること。 あと、忘れずにこの書類を持って行くように」

エージェント「分かりました」

雇用係「それじゃあご苦労さん……次の方」

609 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2022/05/28(土) 10:25:16.95 ID:hdtDc26e0
…一方…

堀河公「ふむ……ベニングスビー伯爵のパーティか」

ちせ「はっ、どうも内務卿の差し金によるものと思われます」

…表向きは慣れないロンドンでの生活や勉学の支援のため、大使館で定期的に設けられている「相談会」にやってきたちせ……留学生という立場は堂々と大使館に通う理由が付けられるので、指示や報告の機会も得やすい……堀河公とは廊下で出くわした形を取り、雑談でもするかのように何気なく歩きながら報告を済ませる…

堀河公「なるほど、気になる所ではあるな……なにはともあれ情報の入手、大儀であった」

ちせ「もったいないお言葉にございます」

堀河公「いや、君は「倫敦(ロンドン)特務機関」の中でも実に優秀だ……引き続き励んでくれ」そう言うと日本から届いたばかりの菓子折を手渡した……

堀河公「……これは、ぜひ君の「ご学友」と一緒に」

ちせ「かたじけのうございます」

堀河公「うむ……君たち若い女学生はこれからの国家を支えてもらうためにも見聞を広め、勉学に励んでもらいたいものですな!」それまでは周囲には聞き取れない程度の口調で話していたが、急にあたりの事務官たちにも聞こえるような大声で言った……

ちせ「はい」

…そのころ・メイフェア校…

ドロシー「ベアトリス、分かっているとは思うが今回のパーティには気を付けて臨めよ」

ベアトリス「ええ」

ドロシー「お前さんが仕入れてきた情報が確かなら、内務卿がベニングスビー伯爵をつついてパーティを開かせることにした。 だが内務卿……ノルマンディ公が理由もなしに何かをすることなんてない。ましてやパーティを開くよう勧めるなんてことは、プリンセスが机の上に脚を乗っけるくらいあり得ない」

ベアトリス「そうですね」

ドロシー「とにかく当日は絶対に余計な色気を出すな……姫様のお付きとしていつも通りに振る舞え」

…ドロシーとしても着実に進歩しているベアトリスにあれこれ言うのはいささか気が引けたが、そこそこ情報活動に慣れてきてある程度の動きが分かったような気になっている時期が一番危ないと、しつこく言い聞かせた…

ベアトリス「はい」

ドロシー「頼んだぜ?」

ベアトリス「もちろんです、姫様を危険にさらすようなことをするわけがないじゃないですか」

ドロシー「ああ、ならいいんだ」

…一方…

プリンセス「アンジェ、今度のパーティには何を着ていくの?」

アンジェ「そうね……私は例の薄紫色のドレスにするつもりよ」


…アンジェはすでに日々の生活と一体となっている「地味で冴えない庶民出身の田舎娘」のカバー(偽装)を活かすために、パーティやお茶会ではたいてい印象を薄くするようなぼんやりした色合いのドレスを選んでいる……無邪気に微笑むプリンセスに対して素っ気なくそう言うと、また書きかけのノートに視線を戻した…


プリンセス「もう、アンジェったらまたあんな地味な色のものを着るつもりなの? ……せっかくなのだから、あの明るい黄色のドレスを着ればいいのに」

アンジェ「あのドレスは嫌いよ」

プリンセス「むぅ……アンジェの意地悪」

アンジェ「意地悪でも何でもないわ。 ああいう目立つ色を着るのは私の仕事じゃないってだけ」

プリンセス「でもたまにはいいじゃない、特に今回は私の「ご学友」として参加するわけだし……だめ?」いたずらっぽい笑みを浮かべて、下からのぞき込むようにしながら小首を傾げるプリンセス……

アンジェ「だめね」

プリンセス「そう、せっかく綺麗なドレス姿のアンジェを見られると思ったのに……残念」

アンジェ「そんなに見たければ今度二人きりの時にでも着てあげるわ」

プリンセス「ねぇ、アンジェ……それってもしかして「そういう」意味?」

アンジェ「……別にそういうつもりで言ったわけじゃないわ」

プリンセス「あら、でもその割には頬が赤いわよ?」

アンジェ「気のせいよ」

610 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/06/19(日) 02:31:01.15 ID:FQq1VuyC0
…数日後・ロンドン市内の高級美容室…

令嬢A「それで、今度のパーティにはプリンセスも出席なさるとか……」

令嬢B「ええ、その噂でしたらわたくしも耳にしておりますけれど、本当かしら?」

令嬢C「……あのクリーム色と緑のドレスは首回りのデザインが良くなくって……やはり仕立屋はロンドンに限りますわ」

令嬢D「そうですわね……ところでお父上から聞いたのですけれど、今度のスピットヘッドの観艦式には新型の軍艦が参加するそうですの」


…美容院の待合室で順番を待ちながらおしゃべりに興じるレディたち……ドレスや髪型、化粧や宝飾品の流行りすたりといった話題に交じって、王室や有名貴族の動静、夫や友人、はたまた父親から聞きかじった植民地事業や株価の値動き、官僚や軍の人事異動や配置転換といった、情報部員にとってよだれの出そうな情報も流れている……地味な格好をして髪を整え、結び、鋏を動かし、あるいは手にクリームを塗り、爪を磨き艶を出している「髪結い」の女性たちは何も言わず黙々と作業をこなしているが、その中にはしっかりと情報を聞き留めている共和国の情報部員や、情報を売って「副業」にしている下級の「タレコミ屋」なども交じっていた…


髪結い「では、ここを結い上げて……いかがでございましょう?」

令嬢「結構ね、これでよろしくてよ」

髪結い「はい……お待たせいたしました、どうぞ」

…その頃・王宮…

プリンセス「あら、叔父様。 ごきげんよう」

ノルマンディ公「ああ……ときにプリンセス」

プリンセス「なんでしょう?」

ノルマンディ公「うむ、今度のベニングスビー伯爵が開く夕食会についてだが……」

プリンセス「何かありましたの?」

ノルマンディ公「うむ、最近はロイヤル・ファミリーに対する不穏な動きが多いのでな……護衛官を二人ほど付けさせてもらう」

プリンセス「まぁ、王族を狙う事件だなんて怖いことですわね……叔父様、お気遣い嬉しく思いますわ」

…内務卿配下の護衛官に監視されていては何かと動きが制限されてしまうが、申し出を断れば疑惑を招く……プリンセスは仕方なく微笑みを浮かべ、丁寧に例を言った…

ノルマンディ公「なに、王国の将来を担うプリンセスに何かあっては困るからな……当日は誰も彼も着飾って来ることだろうから、うんとおめかしをして行くといいだろう」

プリンセス「あら、叔父様ったら……それでは素敵な格好をしませんと♪」

ノルマンディ公「うむ……では失礼」

ガゼル「……」ノルマンディ公に付き従っている「ガゼル」が、一瞬だけプリンセスとベアトリスに視線を向け、それから軽く礼をして歩いて行った……

ベアトリス「……姫様」

プリンセス「ええ」

ベアトリス「どうしますか?」

プリンセス「仕方のないことでしょう……ドロシーさんたちの言うように、当日は余計な事をせずに過ごしましょう」

ベアトリス「分かりました」

…その日の晩・部室…

ドロシー「やっぱりな……」

アンジェ「ええ。疑念を抱いているわけではないとしても定期的な「身体検査」は怠らないでしょうから、この動きは予想出来た」

ドロシー「しかし、こうなると当日は眉毛一つ動かせないな」

アンジェ「構わない。 コントロールには接触の時期をずらしてもらえばいい」

ドロシー「もちろんだ……ねずみ取りが仕掛けてあるって分かっていながらチーズに飛びつく馬鹿はいないさ」

アンジェ「そうね」

ドロシー「ちせにもおおよそのところは伝えておいた……これで堀河公にひとつ貸しを作ってやったことになる」

アンジェ「ええ……何かあったときに向こうから譲歩を引き出すいい質草になるわね」

ドロシー「そういうこと♪」
611 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/07/01(金) 02:54:09.15 ID:avGTljDO0
…パーティ数時間前・伯爵家の勝手口…

ハウスキーパー「なるほど、貴女たちが雇われた方々ね……結構。私はハウスキーパーのミセス・ダルトン」


…丸縁の眼鏡をかけた貫禄のあるハウスキーパー(女中頭)が新兵を見定める軍曹のような目つきでジロリと雇われメイドたちを眺め回した……上流階級の家庭における「ハウスキーパー」はいわゆるメイドとは異なる「女性版の執事」といった立場にあり、同格にあるバトラー(執事)を除く全員の人事権と家庭内におけるやりくりを全て把握していて、屋敷の中では一国の宰相を上回る権力を持っていると言っても過言ではない……そしてその威圧感は口入れ屋から派遣された一時雇いのメイドたち相手でも変わらない…


ハウスキーパー「料理をお出しする順番やお客様へのもてなしは私が、食器や料理に関する指示はうちのコックが出します……くれぐれも粗相のないように」

雇われメイドたち「「はい」」

ハウスキーパー「よろしい」

…しばらくして・厨房…

コック「カナッペは三種類、煮こごり料理は後で出す……スープ皿はここに並べるんだ」


…大きな厨房では火が赤々と燃え、屋敷のコックが指揮を執り、まるで戦場のような勢いで料理を仕上げていく……きれいに磨き上げられている銅の小鍋でソースを仕上げている者に、大きな銀の皿にローストビーフを盛り付けている者、煮こごり料理に最後の仕上げを加えている者…


コック「おい、ショウガソースはまだか!」

料理人「あと少しです!」

コック「こら、火が強いぞ! 焦げ付かせるつもりか!」

料理人B「すみません!」


…屋敷のコックは火加減の難しい料理を担当しつつ周囲にも目を配り、下働きや雇った仕出し料理屋の料理人たちに指示を飛ばしたりののしったりしている……きれいな赤身のローストビーフや手間のかかる煮こごり(ゼラチン寄せ)料理、木の葉をモチーフにした大きなパイ、料理を彩る濃厚なオランデーズソースや甘酸っぱいクランベリーソース……そしてデザートに使うメレンゲやカスタード、ルバーブの砂糖漬けやラズベリーのジャムも次々と仕上がっていく…


コック「味にメリハリがないな……コショウをもう少しだ!」

料理人「はい!」

コック「おい、レモン果汁はどうした?」

料理人B「今やります!」

…一方…

貴族女性「これはプリンセス……お目にかかれて嬉しゅうございます」

プリンセス「ええ、わたくしもです」

貴族女性B「プリンセスとのお目もじが叶いまして、わたくし幸せでございます」

プリンセス「まぁまぁ、わたくしもですよ。レディ・ヘリング……」

…いつも通りにこやかに左右の貴族たちに笑顔を振りまき、挨拶を交わしているプリンセス……と、そこに最新流行の洒落た格好に身を包んだ頬が赤く締まりのない貴族の男性……主催のベニングスビー伯爵がやってきた…

伯爵「おぉ、プリンセス……ようこそつつましき我が家へお越し下さいました♪」人のいい笑顔を浮かべた伯爵が頭を悩ませることと言ってはハンカチの位置やチョッキのしわといったことに限られるらしく、時折胸元のハンカチをいじっている……

プリンセス「まぁまぁ「つつましやか」だなんて……伯のお屋敷はとても立派でいらっしゃいますよ。 以前見せていただいた十六世紀のタペストリーや絵画はとても立派なもので、わたくし感心しておりました♪」

伯爵「いやはや、覚えていて下さって光栄です♪ ささ、どうぞこちらへ!」

ベアトリス「……」さりげなくプリンセスに従っているが、内務卿配下の私服護衛官が目を離さずについているせいか、少し緊張しているベアトリス…

アンジェ「……」一方、さしたる印象も与えずにさらりと会場に溶け込んでいるアンジェ……プリンセスから数歩ばかり距離を開けて次第に離れていき、少し退屈な表情をして壁際に立っただけで、あっという間に誰も気に留めない置物のようになってしまう……

…その頃・厨房…

コック「……よし、いいだろう……さぁ、前菜から持って行ってくれ!」


…食器室から運ばれてくる皿とグラスはピカピカに磨き上げられ、そこに料理が盛り付けられるとメイド達が運び出していく……共和国エージェントもメイド達に交じって忙しく立ち働くと同時に、屋敷の間取りや鍵の種類、家具の場所を頭に入れていく…


ハウスキーパー「乾杯はシャンパンから、前菜は順番を取り違えないように……」きちんと身なりが整っているか確認すると、料理を運ぶメイドや給仕たちをうながした……



612 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/07/21(木) 01:26:56.44 ID:nuHZs7J40
…しばらくして・食堂…

伯爵「えー、では……今宵、小生の主催いたしますこのささやかな夕食会にプリンセスのご臨席を賜りましたこと、心より御礼を申し上げます」伯爵が一礼すると、プリンセスも微笑みを浮かべて礼を返した……

伯爵「つきましては御一同、どうぞグラスをお持ちいただき……」


…見事なグラスに注がれた黄金色の美しいシャンパンがろうそくやランプの灯りに照り映え、乾杯のために立ち上がった貴族たちがまとう色とりどりの服やきらびやかな宝飾品、また勲爵士のリボンや勲章がきらきらときらめいている……


伯爵「では、これからも陛下の治世の長きことを願って」乾杯の音頭を取ると一同はシャンパンを飲み干し、一旦席につく……すぐに次の一杯が注がれ、今度はプリンセスが返杯のために挨拶をする……

プリンセス「今宵、私をお招き下さいましたベニングスビー伯と伯爵夫人、またウィンターボザム伯爵夫妻、グレイスレード伯爵夫妻、バーコウ男爵夫妻、サザード男爵夫妻……また今宵を共に過ごします皆様方の健康を祝して、乾杯」


…有力貴族たちの名前を次々と誤ることも言いよどむこともなく網羅しつつ、それぞれに軽く一礼し、無事に言い終えるとグラスを持ち上げて乾杯した…


伯爵「いやはや、まさか本当にプリンセスにご来駕頂けるとは……わたくしめは嬉しく思っております」

プリンセス「いえいえ、伯のお誘いをむげにお断りするわけには参りませんもの……♪」

伯爵「恐縮でございます」


…にぎやかに会話が弾む中、さっそく前菜がやってくる……新鮮なエンドウ豆のきれいな緑色とサーモンの鮮やかな鮭色を残したままムースにした手間のかかる一品や、小さなクラッカーに丁寧に盛り付けられたフォアグラのパテにクリームチーズ、アスパラガスなどがさっと供される…


太めの伯爵夫人「相変わらずベニングスビー伯は美食家でいらっしゃいますわね」

伯爵「ははは、ポールトン伯爵夫人はフォアグラがお好きだとうかがっておりましたので、特に用意させたのですよ」

伯爵夫人「まぁまぁ、お気遣いいただいて……大変結構なお味ですわ」

口ひげの伯爵「うむ、実に見事だ……ベニングスビー伯はいい料理人を抱えていらっしゃる」

伯爵「いやいや、過分のお褒めをいただき恥ずかしい限りです」

…一方・テーブルの末席…

鼻のとがった貴族令嬢「……それで、貴女様はプリンセスとご学友でいらっしゃるの?」

アンジェ「え、ええ……」


…アルビオンでは白い目で見られがちなフランス系の名前を持ち、かつ「平民」であるアンジェは本来このような席に呼ばれることすらあり得ないが、あくまで「プリンセスのご学友」としての、いわば「添え物」として招待され、つんと取り澄ました貴族令嬢の端くれと向かい合う席に座っていた……その点では形ばかりとは言え貴族令嬢であるベアトリスの方が席次が上で、テーブルの中央より少し手前、あまり悪くない位置に座っている…


貴族令嬢「そう」

アンジェ「はい……」いかにも貴族に圧倒されてしどろもどろ……といった演技をしながら、抜かりなく室内を観察しているアンジェ……

アンジェ「……(給仕の中に内務卿のエージェントが一人、二人……合わせて四人)」

騒がしい貴族令嬢「それにしてもプリンセスと同じ夕食会にお招きいただけるなんて! わたくし、もう感激で胸が一杯ですわ!」

アンジェ「……」

…いくつか離れた席に騒がしくしている貴族令嬢がいるおかげで注意がそちらに引きつけられ、あたりを観察するのには都合がいい……きらびやかな服の伯爵に仲むつまじい様子の男爵夫妻、優雅な物腰の伯爵令嬢に美男子の男爵子息……

貴族令嬢「……それで、プリンセスとお話しするような機会はございますの?」

アンジェ「いえ。わたくしのようなものでは、そのようなことは滅多に……」相手が退屈になるようあいまいな返事をしながら、並んでいる貴族たちを冷めた心で観察しているアンジェ……料理を口に運びつつ、胸中ではコントロールに送る報告書に書くべき、貴族たちの人格的欠点や素行を書き並べている……

豪華な格好の伯爵「いやはや、それがですな……」

アンジェ「……(あの伯爵は株で一財産をすったけれど、まだ見栄を張ってぜいたくな暮らしをしている……金銭面で転ばせることはたやすい)」

丸顔の男爵「良かったねえ、おまえが一緒で私も嬉しいよ」

しとやかな男爵夫人「ええ、あなた」

アンジェ「……(あの男爵夫妻は仲むつまじい振りをしているけれど、実際には政略結婚で関係は冷え切っている……ちょっとした誘いがあれば、どちらも火遊びにのめり込む可能性はある)」

優雅な伯爵令嬢「まぁ、ふふふ……♪」

アンジェ「……(あの男爵令嬢は裏で会員制サロンに入り浸っては、店の女の子を相手にみだらな行いの限りを尽くしている……それをネタに脅しつければあっという間に情報を吐くはず)」

………

613 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/08/05(金) 00:13:21.28 ID:wrXc5wju0
伯爵「それではそろそろパイの方に参りましょう♪」

高齢の貴族婦人「まぁまぁ、美味しそうなパイですこと」

伯爵「でしょうな。これはうちの料理人が特に自慢している一品でしてね……ささ、私がお取りしますよ」

貴族婦人「まぁ、ありがとう」

男爵「……うむ、確かに絶品だ」

男爵夫人「実に美味しいですわ♪」


…まるで軍艦の船体かアイロンのような、立ち上がりのある木の葉型をした大きなパイが食卓に運ばれてきた……まだ湯気を残しているパイはこんがりといい色をしていて、表面にはパイ皮で産業のシンボルである歯車と自然の象徴である木の葉をあしらってある……中に詰まっているのはたっぷりのビーフで、じっくりと煮込まれていて柔らかく、オレガノやローズマリーの風味、そして肉の臭みを消すために使われている黒胡椒の後に残すぴりっとした刺激がよく調和している…


赤ら顔の男爵「いや、これは素晴らしいですな……どうです、うちの料理人と取り替えませんか?」

伯爵「ははは。 ウィルポール男爵、あなたの抱えていらっしゃる料理人はスープが絶品だと聞いておりますよ」

男爵「ええ、いかにも……スープの時はうちの料理人を使って、パイの時は伯爵の料理人を使えれば言うことなしなのですがね」

伯爵「世の中はままならないものですな」

男爵「まったくですな……もう一切れお願いいたしますよ」

伯爵「ええ、お取りしましょう」


…壁際でじっと動かず装飾のように控えている護衛官は切り分け用のナイフが動くたびに、いつ刃がプリンセスに向けられても対応できるよう、そのたびごとにちらっと注意を向けている……プリンセスは背中に護衛官たちの視線を意識しながらもにこやかに微笑み、あくまで「プリンセスらしい」上品な冗談で軽い笑いを取り、ドレスを汚すことのないよう、小鳥が餌をついばむように少しずつパイをいただく…

伯爵「いかがですか、プリンセス? お口に合いますでしょうか」

プリンセス「ええ、とても……本当に美味ですわ♪」

…体調を崩して公的行事を欠席したりすることがないよう、常に食事は控え目で節制を求められているプリンセスは、いかに美味しいパイではあってもお代わりを頼むようなことはできず、好きなように飲み食いできる立場の貴族たちが少しだけ羨ましい……しかしながらそれと同時に、周囲に気を配り余計な事を口走ったりしないよう緊張し頭を働かせているためか、こうした場面ではあまり空腹を感じない…


男爵「……いやはや、絶品でしたな」

男爵夫人「素晴らしい食事でしたわ」

伯爵「そう言っていただけると実に嬉しい。 ワインはいかがですかな? それともブランデー? プリンセス、いかがですか?」

プリンセス「ありがとうございます、それではワインにしましょう」

貴族婦人「それではわたくしも……」

伯爵「チーズは? ロクフォール? チェシャ? スティルトン?」

プリンセス「そうですね……」

………

…厨房…


…明るく照らされた食卓で笑いさざめいている間に、厨房には次々と皿やグラスが運ばれてくる……湯を沸かした大きな桶に次々と皿がつけ込まれ、汚れが浮いたところで海綿(かいめん)のスポンジを使って汚れを洗い落としていく……ワイングラスは丁寧にゆすぎ、皿とは別に管理される…

料理人「おい、丁寧にやれ! これだから雇われの下働きは嫌なんだ……」

料理人B「盆はそっちじゃない! こっちだ!」

共和国エージェント「……」

…めまぐるしく人が行き来し、料理人でさえ目が回りそうな空間からさっと抜けだすと、人気のない廊下で対象と待ち合わせるエージェント……と、そこへやせ型の貴族が一人やってきた……わし鼻に気難しそうな顔立ち、愉快なパーティに来たというのにへの字に曲がっている口……身に付けている物こそ悪くないが底意地の悪そうな態度のせいで、したくもない仮装をさせられた寄宿学校の校長先生か何かに見える…

貴族「おい、メイド。手洗いはどこだ」

エージェント「申し訳ございません、わたくしは臨時に雇われただけでございますので……」

貴族「なんだ、使えんな。これだから下層階級は困る。 これならうちの犬の「グロウラー(うなる奴)」の方がよっぽど利口だ……まったく、教養という物はないのか」そう吐きすてるように言った中にさりげなく、取り決めてあった「グロウラー」という合い言葉が入っている……

エージェント「はい、あいにくと「マクベス」も読んだことがありませんので」

貴族「ふん。 シェークスピアなんぞただの劇作家に過ぎん……もういい」

エージェント「申し訳ございません」頭を下げてわびながら、相手に連絡手段の手はずを書いた紙片をつかませる……

貴族「うむ……」
614 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2022/08/19(金) 01:21:51.92 ID:oNjKTgDS0
…一方・婦人室…

やせこけた貴族婦人「ええ、それでわたくしはね……」

恰幅の良い貴族婦人「あのフランス人という方々には本当に我慢がなりませんわ!」鼻にしわを寄せて見くだしたような口調の貴族婦人……

プリンセス「なるほど、そういった意見もございますわね」


…男性陣は政治談義やちょっとした賭けトランプ、そして年代物のブランデーを楽しみに談話室へ……一方プリンセスを始めとする女性陣も世間話や多少のお金を賭けたトランプをするために婦人室(ブドワール)に集っていた……メイドは呼び鈴が鳴らされ次第すぐ来られるよう次の間で待機しているが、プリンセスに付いている内務卿配下の女性護衛官たちは、サロンの片隅で存在感を消して立っている…


鼻のとがった貴族令嬢「ですからね、わたくしはお父様にこう申し上げたんですの……」

くせっ毛の貴族令嬢「……近頃はクィーンズ・メイフェア校にも平民の方がいらっしゃるのでしょう?」

ベアトリス「ええ、はい……」


…食卓でのワインやシャンパン、それに婦人室のテーブルに置かれている上等なコニャックをちびちびと舐めているうちに、中の何人かはかなり舌の回りが良くなっている……室内の灯りが放つ熱と火との体温で少々蒸し暑い室内に響いている切れ切れの会話から耳寄りな情報を含んでいるものがないか、おしゃべりしながらも意識を集中させているプリンセスとベアトリス…


貴族婦人「よろしければプリンセス、私どもとテーブルを囲んでいただけますでしょうか?」

プリンセス「ええ、わたくしでよろしければ……♪」たしなみの一つとして、相手の機嫌を損ねない程度にホイストやポーカーが出来るプリンセスは、カードテーブルを囲んだ色とりどりのドレス……をまとった、頭は空っぽだが見た目やおしゃべりは上手な「パーティ向き」の貴族婦人たちに呼び止められた……

男爵夫人「あらまぁ、プリンセスと同席が叶うだなんて光栄ですわ! でも、カードの方は遠慮しませんわよ?」

プリンセス「まぁ、どうぞお手柔らかに♪」

…そのころ・外庭…

内務省エージェント指揮官「……どうだ?」

エージェント「さきほど接触があった模様……対象は給仕のために雇われたメイド。 髪は茶、身長は五フィートそこそこ。厨房を離れ、廊下に出た所を確認……他に怪しい動きを見せた者はおりません」

指揮官「よし、最後まで気を抜くな……気取られないよう、必要以上に視線を向けたりするな」

エージェント「了解」

指揮官「よし、まずは食いついたな……」

………



…深夜…

プリンセス「……ただいま戻りました」

アンジェ「お帰りなさい、プリンセス」

ベアトリス「ふー……すっかり遅くなっちゃいました」

ドロシー「よう、堅苦しい格好に堅苦しい話し相手で疲れただろう。 今日はもう着替えて休めよ」

ベアトリス「ええ、ですが姫様のお召し物を片付けてからでないと……」

プリンセス「大丈夫よ、ベアト。 そのくらい私でも出来るわ」

ベアトリス「いえ、私が姫様のお世話をしたいだけなので……///」

プリンセス「そう、だったらお願いしようかしら♪」

ベアトリス「はい♪」

ドロシー「仲むつまじい事でうらやましいよ……こっちは相変わらず冷血の相手でイヤになっちまう」そう言いながらも、冗談めかしているので毒気はない……

アンジェ「結構なご意見ね……二人も戻ってきたことだから、私も休むわ」

プリンセス「ええ。 お休みなさい、アンジェ♪」プリンセスは絹の白い長手袋を外すとアンジェに近寄り、片頬に手を当てると反対側のほっぺたにキスをし、にっこり微笑むとベアトリスを連れて出て行った……

アンジェ「///」

ドロシー「ひゅう、お熱いねえ♪」

アンジェ「……」軽口を叩くドロシーに向かって、冷たい目線を向けるアンジェ……

ドロシー「おー、おっかない……っと、そうそう。 私も数日後にとある貴族のパーティがあるんでね、その日は代わりに頼んだぜ」

アンジェ「分かった」

ドロシー「美味いものが食えると良いんだがな……それじゃあお休み♪」
615 :以下、VIPにかわりましてVIP警察がお送りします [sage]:2022/08/19(金) 02:56:41.87 ID:e+DWnUH90
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616 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/08/28(日) 01:41:35.85 ID:2pt1Y3Au0
…数日後…

ベアトリス「出来ましたよ、ドロシーさん」

…針仕事の上手なベアトリスと、おおざっぱなふりをして、意外と何でもこなせる器用なドロシー……二人でちくちくと針を進めていく内に、次第に形になっていく三インチ銃身「ウェブリー・スコット」用の肩吊りホルスター……最後にベアトリスが糸を返してほどけないように縫い、末端の糸を切って道具を置いた…

ドロシー「どれどれ……よいしょ」

ベアトリス「どうですか?」

ドロシー「ほほう……こいつはいいな、まるで誂えたみたいにぴったりだ」工作場の崩れかけたレンガの奥、油布に包んで隠してあるウェブリー・リボルバーを取り出してホルスターに差し込むと、何度か抜き撃ちの動作を試してみる……

ベアトリス「良かったですね」

ドロシー「ああ、これなら肩や腕周りが突っ張って服の上からシルエットが目立つって事もないな。よし、今日はこれでおしまいにしよう」

ベアトリス「それじゃあ灯りを消しま……」

ドロシー「待て」

ベアトリス「……どうかしましたか」ぴたりと動きを止めて声を潜めた……

ドロシー「ああ……そっとのぞいてみろ、窓の向こう……運河の対岸だ。道に車が停まってるだろう」

ベアトリス「ええ、黒い四人乗りくらいの……」

ドロシー「あの車、たぶん同業者のだ……」

ベアトリス「それじゃあまさか……?」

ドロシー「いや、こっちから丸見えのところに車を止める馬鹿はいないさ……ありゃあ、おおかたどっかの監視だな」

ベアトリス「どうします?」

ドロシー「なに、簡単さ……何食わぬ顔で出て行けばいいだけのことさ」

ベアトリス「ずいぶんと落ち着いていますね」

ドロシー「慌てふためいたって良いことなんかないからな……この世界で長生きしたいなら用心深いことはもちろんだが、図太いくらいに落ち着いてなきゃダメだぜ」

ベアトリス「できるだけそうできるように頑張ります」

ドロシー「ああ……とりあえず連中、動くつもりはないみたいだな」あまり長いこと覗き見ていると感づかれてしまうかもしれないので、自分たちに関係がないと分かると早々に窓から離れた……

………



…次の晩・共和国のセーフハウス…

共和国若手エージェント「……あれが今回「オーヴァー・ザ・フェンス(越境)」させるやつですか」

共和国エージェント「そうさ」

…中年女性のエージェントは落ち着きはらった様子で椅子に腰かけている……一方、まだ青さの残る若手エージェントは労働者風の格好をしているが、偽装もエージェントらしい振る舞いもまだ板に付いている感じではない……越境希望者の貴族と指定の場所で合流すると、運河沿いの目立たない貸家に入り、越境を手伝う味方エージェントを待っている二人…

若手「ふーん……さっき用事を頼まれたんですが、なんだか高慢ちきな貴族野郎ですね」

エージェント「その「貴族野郎」を向こうに連れ出すのが今回の任務さ……今夜は月の出が遅い。月光で明るくなる前に手配しておいた車に乗って「壁」の近くにあるセーフハウス(隠れ家)まで移動。 越境は明日の朝、明け方すぐに行う」

若手「分かりました。 でも今夜じゃダメなんですかね?」

エージェント「管理官のやつが言うには数週間前の夜に越境を試みた一般人がいたせいで、「B検問所」(チェックポイント・ベーカー)は夜間の見張りが増員されている……そこで相手の裏をかいて、明け方に越境を図る」

若手「なるほど……?」

エージェント「明け方の検問所が開く時間はまだ係官も目が覚めきっていないからぼんやりしているし、壁や建物で日差しが遮られて顔も見分けにくい……それでいて壁を越えて商売をしたりする人間がかなり多くやってくる」

若手「つまり、どさくさに紛れて顔を確かめられずに済む可能性がある……と」

エージェント「そうあって欲しい、ってところさ……もっとも、査証や身分証は情報部の方で移動先のセーフハウスに用意してあるそうだから、あとはそいつがきちんと出来ている事を祈るばかりさ」

若手「分かりました……それじゃあ、また奴さんの様子を見てきます。 さっきまでは紅茶がまずいの、ベッドが汚いだのって言ってましたが……静かにしているところをみると眠っちまったのかな」

エージェント「ま、奴さんもやっこさんなりに越境が心配なのさ」

若手「無理もないですね……」
617 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/09/16(金) 01:41:27.09 ID:7/yvy8yf0
…数時間後…

エージェント「……どうだった?」

若手「寝てたので起こしてきました……こんな時によく眠れるもんですね」

エージェント「連絡を取って「壁越え」の計画が動き出してからと言うもの、ベッドに入ってもまんじりともしなかったんだろう……さ、準備を整えるんだ。 それと、壁越えをするときの身体検査で引っかかったら厄介な事になるから、銃はここに置いていくんだよ」

若手「分かってます」


…女性エージェントは銃と入れ替えに床下にしまい込んであった衣服を身につけていた……黒い厚手のボンネットで隠しがちにした顔と、貴族婦人にしてはどこか派手で、かといって街中の主婦というには金がかかっているという印象を与える濃い紅のドレスは、貴族や金持ちがこっそり一晩楽しむ時にお相手をするような女性に見える……化粧もそういう女性にふさわしく心持ち派手にはしているが、かといって興味本位の目を引くほどでもない…


エージェント「どう、準備はできたかい?」

若手「ええ、僕なんかはごくあっさりしたもんですから……」


…若手エージェントは鳥打ち帽(ハンチング)に茶色の上着と同系統のズボン……誰が見たって下っ端の雑用係にしか見えない格好で、上着の裾は生地がすり切れ始め、ズボンは寸法が足らずくるぶしが見えるほど、おまけに革靴もすっかり艶がない…


エージェント「ああ、それならいいだろう……コヴェントガーデン(青果市場)の御用聞きか、商店の下働きにしか見えないね」

若手「どうも……」と、亡命希望者の貴族が寝室から出てきた……髪にいくらか寝癖が付いていて服もしわがよっているが、少しは体力を回復したらしく、いくらかましな様子になっている……

エージェント「よく眠れました?」

貴族「ふん、馬鹿な……あんな寝心地の悪い寝台は初めてだ」

エージェント「まぁまぁ、壁を越えたらいくらでも柔らかいベッドで眠れますよ」

貴族「そのくらいは当然だろう。 わしがどれだけ貴様らの政府にとって有用だったと思っているのだ」

エージェント「だからこうして壁越えをお膳立てしているんですよ……そろそろ迎えの車が来ます」

貴族「そうか」

若手「ん、ちょっと待って……」

エージェント「どうした?」

若手「いえ、エンジン音が聞こえたような気がします……」

エージェント「あと十五分はあるけど、間違いないか?」

若手「いや、もしかしたら聞き違いかもしれません……見てきますか?」

エージェント「いい。下手にうろちょろして人目をひくようなもんじゃない……」窓から見える歩道には玄関の灯りが弱々しく光を投げかけているが、そこにいくつかの影が動いた……

エージェント「っ!」

王国エージェント「動くなっ!」


…安普請の玄関ドアを蝶番(ちょうつがい)ごと蹴り破って屋内へなだれ込んできた王国のエージェントたち……いずれも私服姿で、手にはそれぞれ三インチ銃身のウェブリー・スコットだの、もっと銃身の短い「ブルドッグ」タイプのピストルだのを握っている…


若手「くそっ!」とっさに居間の椅子を投げつけて相手をひるませ、敵方のピストルをもぎ取ろうする若手エージェント……

エージェント「……ちっ!」若手が時間を稼いでいる間に亡命希望者の手をひっつかみ、とっさに裏口へと通じている台所に駆け込む…

王国エージェントB「そこまでだ、悪あがきはよせ」

エージェント「……くっ!」裏口からも突っ込んできた王国エージェントの一人にピストルの銃身で横面を張られた女性エージェント……右頬に強烈な打撃を受け、口の中が切れたらしく血の味がする……

若手「かは……っ!」もみ合っていた若手も相手に投げ飛ばされ、ひっくり返ったところで脇腹に蹴りを入れられた……

貴族「……こんな……ここまできて……」

王国エージェント「よし、全員押さえたな……本部に無電を打ってこい」下っ端らしい一人が表に駆け出していくと、指揮官格のエージェントが冷たく言い放った……

王国エージェント「お前たちには国歌転覆、スパイ、文書偽造、武器の不法所持といった容疑がかけられている……うまい言い訳を今のうちに考えておくことだな」

………



618 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/09/26(月) 01:38:32.09 ID:9SN7V7qY0
…数十分後・コントロール…

7「失礼します」

L「うむ……何があった?」すでに時計は深夜を回っているにもかかわらず、幾人ものタイピストや伝達吏が行き交っている「コントロール」の施設内……冷めた紅茶を横に置いて書類を片付けていたところに「7」が足早に入って来た……

7「先ほど「シェパーズ・パイ」作戦の支援チーム「ホワイト・ラビット(白ウサギ)」から緊急電が入りました」

L「内容は?」

7「はい、内容ですが「ティーポットにはティーコジー(ポット覆い)が被せられた。アリスのお茶会はハートの女王が来て流れてしまった」とのことですが、これは……」

L「分かっている「エージェントが逮捕され、作戦継続は危険」だな……B暗号を使って各チームに脱出を指示しろ」

7「承知しました」

L「さて、これからが本番だ……」


…同じ頃・ノルマンディ公の執務室…

ガゼル「失礼いたします、報告が入りました」

ノルマンディ公「それで?」

ガゼル「はっ、亡命を図っていた貴族「カーナーヴォン子爵」および、越境を支援していた共和国エージェント二名を確保。同時に解読済みの暗号から支援グループの位置も特定、うち一つはすでに検挙し、残りも確保するべく部員が急行中です」

ノルマンディ公「ふむ……それで、エージェントの尋問は?」

ガゼル「すでに「迎賓館」に連行中で、到着次第開始します」

ノルマンディ公「結構。下がってよろしい」

ガゼル「はっ」

ノルマンディ公「……ふむ、これで「水漏れ」が止まればよいがな」ガゼルを下がらせると、チェス盤の駒を一つ動かした……

………



…しばらくして・王国内務省のとある施設…

内務省の尋問官「さて……我々はお互いに玄人(プロフェッショナル)だから分かると思うが、今回はたまたま君の運がなかったと言うだけのことだ。気を落とすことはない」まるで友達とおしゃべりするような口調でそう言うと、銃身で張られた頬を気づかってリカーキャビネットからグラスを取り出し、ウィスキーを注いで渡した……

エージェント「ご丁寧にどうも」笑ってみせようとしたが、頬の傷が痛んでしかめ面になってしまう……


…逮捕されてからずっと目隠しをされていたので場所も分からないが、おそらく王国内務省がロンドン市内に持っている尋問施設へと連行された共和国のエージェント……若手のエージェントとは別々にされて連れてこられたのは小さな一室で、小ぎれいな室内には窓こそないが、その代わりにちょっとした机と椅子、小さい戸棚が据え付けてある……エージェントが座っている椅子の向かいにはネクタイのノット(結び目)もきちんとした、真面目そうな顔をした男が座っている……逃亡のしようもないということなのか、手首をきつく締め付けていた手錠も腰縄も解かれている…


尋問官「さてと……お互いによく分かっているもの同士、ざっくばらんにいこうか。 カーナーヴォン子爵のオーヴァー・ザ・フェンス(越境)に協力したのは誰だったのだ? 検問所を通過するのに必要な書類も揃っていたが、誰が用意した?」

エージェント「用意したのはこちらの書類・旅券担当だと思うね。偽造書類でおおよそ作れないものはないっていう話だから」

尋問官「ではカーナーヴォン子爵の越境を指示したのは? 担当官は誰だった? ヘンリー?スタイルズ?それともアーヴィン老かね? 彼はそろそろ引退する頃合いだと思っていたが」態度は穏やかだが、まるで「全て知っているぞ」というように共和国情報部の細かな事まで披露してみせる……

エージェント「いいや、担当はハーバートだったよ」

尋問官「あぁ、ハーバートか……文学に詳しい男だろう?」

エージェント「そう……任務説明の指示書にやたらと比喩や小難しい言い回しを使うんで、読むのに苦労するんだよ。「一回限り暗号帳」方式だからなおのことさ」

尋問官「相変わらずだな、彼も……それで、連絡役は誰だった?」

エージェント「さあ。デッドレター・ボックス方式で指示書を受け取るだけだから正体は知らないね……メールドロップは三か所あって、メッセージを届けるのはそれぞれ暗号名で「メトセラ(旧約聖書に登場する、969歳まで生きたとされる長命の老人)」「ペリウィンクル(ニチニチソウ)」「ヘッジホッグ(ハリネズミ)」と呼ばれていたよ」

尋問官「そのコードネームだが……なにか本人と関係のある名前だと思うかい?」

エージェント「それはないね。うちの情報部はそういう連想できるような名前を付けることをひどく嫌っていたから……おおかた辞書でもめくりながら適当に決めたんだろうさ」

尋問官「なるほど、そりゃそうだ……ウィスキーをもう一杯どうだね?」自分のグラスにも少し注ぐと、エージェントにそう尋ねた……

エージェント「いただくよ。 傷が痛くて、飲まなきゃやってられないからね」

619 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/10/09(日) 02:17:01.30 ID:QO/oYXvJ0
尋問官「現場の連中が手荒な真似をして済まなかった、彼らはこういった「ゲーム」の運び方が分かっていないからな」

エージェント「……ああいう現場の連中はカッとなりやすいから仕方ないさ」

尋問官「申し訳ない。 こういった場合も隠し事なしで率直に話し合えば、お互いに面倒がなくっていいんだが……」

…口ごもるようにして途中で言葉を濁すと、暖炉の通して下の階からうめき声と、尋問官とおぼしき男の冷徹な声がかすかに聞こえてきた…

エージェント「……」眉をひそめて尋問官を見る……

尋問官「あの若者はずいぶん頑固だね、感心なほどだ……しかしどうにも、あまり気味のいいものじゃないね」暖炉には火が入っていないので、焚き口を閉じて音が聞こえないようにした……

尋問官「……と、話がそれた。 メールドロップに入っている文章はどんな用紙で、どんな暗号を使っていたか教えてくれ……「並べ替え式」の暗号だったっけね?」エージェントの言ったことがでまかせかどうか、さりげなくかまをかけてくる……

エージェント「いいや。あんたも若いのに物覚えが悪いね。 暗号は一回限り暗号帳を使った暗号で、コードブックになるのはシェイクスピアの「マクベス」だよ。あの本なら貴族の家の本棚に入っていてもおかしくないからね」

尋問官「なるほど……「バーナムの森が動かぬ限り……」というやつか」

エージェント「そう、それさ……用紙はたいてい何かの裏紙だったりするんだが、一度だけ「ペリウィンクル」のよこしたメッセージにリバティで売ってる便せんが使われていたことがあったっけ」

尋問官「リバティ? リバティ百貨店のことか? ウェストエンドのマルボロー・ストリートにある?」

(※リバティ…ロンドンにある「ハロッズ」と並ぶ名門百貨店)

エージェント「リバティ百貨店が他にあるかい?」

尋問官「いや……しかしリバティで売ってる便せんとなると、連絡役はある程度の身分がある立場ということか?」

エージェント「どうだか。もしかしたら使用人が主人の書斎から便せんを数枚ちょろまかしただけかもしれないし、スリ取ったのかもしれない……私に分かるもんかね」

尋問官「そりゃあそうだ。 それで、メッセージがドロップに入っているのはそれぞれ何曜日だった?」

エージェント「そいつは一定じゃなくて、ドロップにメッセージがある時はそれを知らせる印が特定の場所に付けられていたんだ」

尋問官「ほう」

エージェント「……例えば「メトセラ」からのメッセージがあるときは、コヴェントガーデン(青果市場)の西のすみっこにある「ジェリー・ホーキンス青果店」で、ジャガイモの空き箱にチョークで丸印が描いてある」

尋問官「ということは、その店は関係があるのか?」

エージェント「そんなのあたしが知っているわけがないだろう。 まさかいきなり入っていって「ここは共和国スパイの協賛店ですか」なんて聞くのかい?」

尋問官「たしかにそうだ。それじゃあ次に、連絡を受けた場合の事について聞こう……」

………



…相当な時間ののち…

尋問官「……さて、君もくたびれただろうし、とりあえずはこのくらいにしておこう。後で朝食も持ってこさせるよ」

エージェント「朝食? いったい今は何時なんだい?」

尋問官「えーと……ちょうど朝の九時だ」チョッキから懐中時計を取り出すと時間を見て、エージェントに教えた……

エージェント「それじゃあ八時間近くあんたとおしゃべりしてたってことかね」

尋問官「そうなるね。朝食が済んだらまた来るよ」疲れの色も見せず、まるで茶飲み話の約束でもするかのようにさらりと言ってのけると部屋を出た……

…尋問官の執務室…

部下「どうでした?」

尋問官「ああ。 おおかたは「歌った」が、まだ分からないところがあってな……上からは何と?」

部下「内務卿の方から「出来うる限り迅速に」吐かせろと言ってきました」

尋問官「そう来ると思ったよ。漏れた情報の事も少し聞き出したが、かなりの大事になりそうだからな……そうそう、彼女に朝食を持って行ってやってくれ。私にはチョコレートと紅茶を……紅茶はいつもみたいにミルクと砂糖を入れてな」

部下「そうおっしゃると思って用意してあります」

尋問官「ありがとう、気が利くな……ふぅ、あのご婦人はかなりのベテランだよ。お互いの「呼吸」って物が分かってる」凝り固まった肩を回しながら、甘い紅茶とチョコレートで一息ついた……

部下「……ところで、あの若造の方ですが」

尋問官「ああ、どうだった?」

部下「肝心なことは何も知らされていないようです……それにとにかく強情で、ジョージも「吐かせるのに苦労した」と言っていました」

尋問官「ああ、こっちにも聞こえたよ。とにかくご苦労だったな。 尋問の調書は写しを取って、内務卿宛てにしてすぐ出してくれ。それが済んだら少し休憩していいぞ」

部下「分かりました、ありがとうございます」

尋問官「いいんだ……とにかく彼女には早くしゃべってもらわないと」
620 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/10/21(金) 01:39:08.09 ID:vgqRftdI0
…内務省…

役人「おい、この書類を急いでタイプしてくれ!」

タイピスト「分かりました」

郵便係「こっちは内務卿の執務室……こっちは次官宛て、こっちは……」

下級官吏「済みません、ミスタ・ペパンズ。この手紙には六ペンスの切手を貼っていただかないと……」

役人B「そうだった……構わんから君が貼り直しておいてくれ」

…官庁街の一角にある王国内務省では、朝から役人たちがせわしなく活動していて、数多くの書類や情報が行き来する中、多くの人々がそれを見て、サインをし、タイプを叩き、封をしている……くたびれた役人たちは時折休憩を取るために庁舎の休憩室や近くの屋台で紅茶やパイを腹に入れつつ、しばらくするとまた机に戻っていく…

役人C「聞いたか? なんでも共和国の諜報網が一網打尽になったそうだ……紅茶とベリージャムのパイを二つずつ」

役人D「ああ、噂になってるな……昨日の深夜だって?」小銭をカウンターに置いて大きな紅茶のマグカップを受け取ると、しばし噂話に興じる……

役人C「そうらしい。きっと内務卿(ノルマンディ公)子飼いの部下だろうよ」

役人D「あり得る話だな……どうもごちそうさん」温かい紅茶を飲み終えると、また庁舎に戻っていく……

屋台のオヤジ「へい、毎度どうも……」

…夜・とある邸宅…

内務省官僚「ふぅ……今日は散々だった。 内務卿が共和国スパイのアジトを「手入れ」したもんだから、スコットランド・ヤードには「うちの管轄に手を出すな」とばかりに嫌味を言われるし、陸軍省だの外務省だのがしゃしゃり出て来るし……」

官僚の妻「お疲れでしたわね、あなた。 それにしても、そろそろ休暇をいただいたらいかが?」

官僚「そうしたいのは山々だがね、内務卿であるノルマンディ公もうちの局長も休みを取らないのに、まさか局長秘書の私だけ休むというわけにはいかないよ……そうだ、せめて君だけでも気分転換してきたらどうだ?」

妻「でも、私だけお出かけだなんて……よろしいの?」

官僚「ああ、いいさ。 美容室にでも行って流行の髪型にでもして、ついでにドレスでも見繕えば退屈もまぎれるだろう? レスター次官夫人のティーパーティもあるし、ちょうどいいじゃないか」

妻「そうね、それじゃあそうするわ」

官僚「ああ、それがいいよ」

…別の日・とある花屋…

花屋「いらっしゃいまし、どのようなお花にいたしましょう?」

おしゃべりな婦人「そうねぇ、まずは赤いバラを中心にした花束を……」

花屋「はいはい」

おしゃべり婦人「それから食卓に飾る白い花が欲しいの……そうそう、ところでさっき美容室で聞いたのだけれどね……秘密の話よ?」

花屋「おや「秘密のお話」ですか?」

おしゃべり婦人「ええ、だから皆には内緒よ? あのねぇ、一昨日の話なのだけれど、共和国のスパイが摘発されたんですって……しかもなんとかいう貴族を壁の向こうに連れて行こうとしたんだそうよ」

花屋「そりゃあまた……スパイだなんておっかないですね」

おしゃべり婦人「ええ、本当にね。ああそれから、こっちの緑のも入れてちょうだい……」

…次の晩・とある社交クラブ…

貴族令嬢「……まぁ、お久しぶりですわね♪ そのドレスも大変お似合いでいらっしゃいます♪」

ドロシー「よせよ、照れるじゃないか……君の方こそトロイのヘレン(※ギリシャ神話の美女)もかたなしってところだ」

貴族令嬢「あら、お上手ですこと♪」

ドロシー「ふふふ……もっと言ってあげようか?」耳元に口を寄せてささやきかける……

貴族令嬢「ええ、ぜひお願いしたいですわ……///」唇を半開きにし、濡れた瞳でドロシーを見つめる令嬢……

ドロシー「おいおい、まだ飲み物も飲んでないんだぞ……シャンパンでいいかな?」

貴族令嬢「ええ。でもわたくし、お酒はあんまり……」

ドロシー「なーに、そんなに量を過ごさせるようなことはしないよ♪」

貴族令嬢「……でも、貴女とでしたら少しくらい飲み過ぎても……構いませんわ///」

ドロシー「そうか? まぁ、ほどほどにしておこうか。 焦らなくたって私は逃げないんだから……さ♪」

貴族令嬢「ええ/// ……ところでさっき、共和国スパイが捕まったという噂話を耳にしましたわ」

ドロシー「へぇ、世の中には色んなやつがいるもんだねぇ……ま、私だったら国家機密なんかよりもこっちが欲しいけどな♪」ちゅっ♪

貴族令嬢「あんっ……///」
621 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/10/30(日) 01:17:30.45 ID:8S4KiRdc0
…同時刻…

7「失礼します。「シェパーズ・パイ」に関して「プリンシパル」より再び報告が入っております」

L「そうか。どれ……」タイプされた解読済みの暗号文を読む……

L「……『報告一四号、続報。一昨日逮捕されたエージェントおよび支援グループはストランド街近辺に存在する内務省施設において尋問を行われており、尋問が終わり次第刑務所へ収容されるとの由。また亡命希望者は現在郊外の邸宅にて軟禁状態にあり。来週水曜日の午前中、鉄道を用いてリンカーンシャーに向け移送される模様』か」

7「なかなか耳が早いようですね」

L「そうでなくては困る……出している活動費に見合うだけの働きはしてもらわんとな」

7「はい……それで、どのように指示しましょうか」

L「君なら分かっているだろう「これ以上の情報収集は中止。摘発を避けるための保全措置を充分にとれ」と指示すれば良い……臨時活動費を渡すついでに、君からそう言ってくれ」

7「承知しました」

………



…翌日・とあるコーヒーハウス…

ドロシー「……よう、相変わらずそうでなによりだ」

7「ええ、おかげさまで……それと報告は受け取ったわ、ご苦労様」

…事前に尾行がないか確認し、用心に用心を重ねてロンドン市内のコーヒーハウスで顔を合わせた7とドロシー……卓上にはしっとりとした美味しいクルミ入りのパウンドケーキと紅茶のカップが並び、かたわらには7が取り出したワーズワースの詩集が置いてある…

ドロシー「ああ」

7「何か不足は?」

ドロシー「いいや、もうちょっと活動費があればいいんだが……どうせこれ以上は出せないんだろう?」

7「そうね、今月は難しいわ」

ドロシー「なら仕方ない、残りはこっちでやりくりするさ……」

7「そうしてちょうだい……それとこの件に関する情報収集だけれど、中止していいわ。 肝心の亡命者が逮捕された以上、これ以上貴女たちがリスクを冒してまで関知する必要はない」

ドロシー「……分かった、それじゃあ小耳に挟んだネタはさておき、積極的な情報収集はしないでおく」

7「ええ、それでいい」

ドロシー「分かった……それじゃあお先に失礼するよ」ページに活動費が挟みこんである詩集をしまい込むと、さっと立ち去った……

…午後・部室…

アンジェ「……なるほど」

ドロシー「あくまで推測だけどな。プリンセスの利用価値を考えたらそのくらいはやるだろう」

アンジェ「確かにプリンセスにはそれだけの価値があるわ……ところでドロシー」

ドロシー「分かってる。プリンセスには言わないでおくよ」

…長くコンビを組んで、お互いにその機微が分かる二人だからこそ察することのできるアンジェの気後れを感じとると、先手を打って安心させるように言った…

アンジェ「お願いね」

ドロシー「ああ……それから、夜は寮の悪い娘どもが集まって「お茶会」をする予定だから、定時連絡の時間はそっちで無線の聴取をしておいてくれ」

アンジェ「分かったわ。くれぐれも寮監に見つかるような事がないようにね」

ドロシー「任せておけ♪」

………

622 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/11/22(火) 01:53:17.66 ID:0M5KG08J0
…夜・寮の一室…

ドロシー「おーおー、これはまた皆様お揃いで……♪」

巻き毛の女生徒「あら、ご機嫌よう♪」

大柄な女生徒「ドロシー、来てくれて嬉しいわ」

青い目の女生徒「お姉さま、今宵はてっきり来てくれないのかと思いました」

ドロシー「冗談だろう? こんな楽しい集まりをすっぽかすかよ」

…白いナイトガウン姿のドロシーが訪れた寮内の一室には、クラスや年齢もバラバラな何人かの生徒がすでに集まっていた……校舎の大きなメイフェア校の中には、寮監でもなかなか目が行き届かないような空き部屋や物置といった、何人かでちょっとした「悪さ」をするには都合の良い場所がいくつもある……室内に置きっぱなしにされているテーブルにはランタンが置いてあり、どこからか用立ててきたティーポットや皿、それにお行儀の良い生徒たちが見たら目を回すような物もいくつか置いてある…

巻き毛「それにしてもドロシーさまったらすっかりご無沙汰で……そんなにプリンセスと親しくなさっていたの?」

ドロシー「なんだ、妬いてるのか?」

巻き毛「いいえ? でもこのところずうっといらっしゃらないものだから……♪」猫のように身体をすり寄せ、ドロシーの胸元に頬ずりする……

ドロシー「このところ都合が合わなかったんだよ。 例によって「貴女は淑女としてのお品がよろしくありません」ってな具合でラテン語の書き取りをやらされてね」そう言って手をひらひらさせた……

青目「ええ、わたくし見ておりましたわ。この間図書室でお見かけしましたもの」

ドロシー「やれやれ、エミリーに見られていたとはね……ヤキが回ったな」

大柄「さぁさぁ、それはそうと……ほら、ドロシーも飲(や)んなさいよ♪」

…普段おしとやかな貴族の令嬢をしているとは思えないような態度で寝間着の裾をまくり上げてベッドに座り、ポートワインの瓶を差し出した女生徒……またどうやって覚えたのか、それなりな腕前をしたイカサマカードの使い手でもあり、ドロシーはそれを利用して校内の利用できそうな生徒を金に困った状態に追い込んでコントロールに「釣り上げ」させたりしたこともあった…

ドロシー「お、ちょうど喉が渇いていたところなんだ。それじゃあお返しに……そら♪」胸元にねじこんで隠し持ってきたウィスキーの瓶を投げ渡す……

青目「もう、お姉さま方ったらはしたないです……」

ドロシー「へえ、一丁前な事をいうじゃないか……じゃあこれはいらないな?」教科書に手挟んで持ってきた、胸をはだけた二人の女性が絡み合っている相当いかがわしい本をちらりとのぞかせた……

青目「もう……」

ドロシー「冗談だよ……にしても、今週だけで何冊目だ? まったくいやらしいお嬢さんだ」

青目「だって……好きなんですもの♪」そういって可愛らしい見た目にはそぐわないみだらな笑みを浮かべ、小さく舌なめずりをする青目の令嬢……

大柄「好き者だものねぇ、おしとやかなエミリーお嬢ちゃんは♪ ところでドロシー、せっかくだからちょっとやらない?」ガウンの袖からトランプのカードやサイコロといった賭け事の道具を取り出すと、カードを切る手つきをしてみせる……

ドロシー「イカサマは無しで頼むぜ?」冗談めかして小銭を賭けたカードに付き合う……

大柄「しないわよ、生意気な小娘からむしり取る時じゃないんだから……実家からお小遣いも来たばかりだし、ね♪」ティーカップでドロシーの持ってきたウィスキーをあおりつつ、カードを切る……

………

…しばらく後…

ドロシー「っと、もうこんな時間だ……そろそろお開きにしないとな」

大柄「相変わらずいいカードさばきだったわ、巻き上げられるかと思っちゃった」

ドロシー「そういうわりにはそっちの懐の方が二ポンドばかり暖かくなったようだがね……ところでお二人さん、終わったか?」

巻き毛「ええ……んはぁ……あ///」

青目「くすくすっ……とっても素敵でした、お姉さま♪」乱れた髪をくしけずり、汗ばんだ身体を拭っている二人……

ドロシー「まったく、後ろから甘ったるい声が聞こえるもんだから気が散って仕方がなかったぜ……♪」

青目「ごめんなさい、お姉さま……ところで、帰る前に面白いものを試してみませんか?」そう言うと置いてあった袋の中から一片の青かびチーズを取り出した……

大柄「チーズ?」

青目「スティルトン・チーズです。これを見ると不思議な夢を見るって言いますし、今度の時にお互い見た夢の話でもしませんか?」

(※スティルトン・チーズ…フランスの「ロックフォール」やイタリアの「ゴルゴンゾーラ」と並ぶ三大ブルーチーズ。寝る前に食べると奇妙な夢を見るとされる)

ドロシー「へぇ、面白い事を考えたな……ポートワインとも相性がいいし、ちょうどいいんじゃないか」

大柄「変わった趣向でいいかもね」

巻き毛「こんなことをした後ですし、きっとすごくみだらな夢を見てしまいますわ……♪」それぞれスティルトンを一切れずつ口にし、残っていたポートワインを飲み干す……

ドロシー「……それじゃあ、また今度な」

………

623 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/11/29(火) 01:08:25.93 ID:rmFY1LJd0
…部室…

アンジェ「……お帰りなさい」

ドロシー「ああ……ベアトリスも夜分遅くにご苦労さん。プリンセスは部屋か?」

ベアトリス「はい、これが済んだら戻ります」

ドロシー「そうしてくれ……それじゃあ連絡事項だ」そう言うと逮捕されたエージェントに関する情報収集の打ち切りを伝えたドロシー……

ベアトリス「……じゃあそのエージェントは捕まる事を前提に送り込まれたって言うことですか?」

…送り込まれたエージェントと支援グループは貴重な情報源であるプリンセスから防諜機関の視線をそらすため、始めから失敗するような作戦に用いられたらしいというドロシーの話を聞いて、珍しく腹を立てた様子で詰め寄ってくるベアトリス…

ドロシー「まぁ、そういうことになるな。金の卵を産むニワトリを生かすために、普通のニワトリを潰すことにしたわけだ」

ベアトリス「そんな……」

ドロシー「所詮はそんなものさ……いったい何を期待していたんだ?」

ベアトリス「でも……!」

ドロシー「やめろ、言ってもどうにかなる事じゃないんだ……私だって喜んでこんな事をやってるわけじゃない」

ベアトリス「それだったらなおのこと……」

ドロシー「じゃあどうしろって言うんだ? くたびれた捨て駒のエージェントを助け出して、どんなルートで逃がしてやるつもりなんだよ」ドロシー自身も内心では苦々しく思っているために、ついきつい言い方になってしまう……

ベアトリス「それは……」

ドロシー「よしんば奇跡的に助け出したとして、偽造の身分証一つ、ポンド札一枚持っちゃいないんだぞ? おまけに共和国のエージェントだってことは王国中に知られちまってる……うっかりするとこっちにまで火の粉が降りかかることになるんだ」

アンジェ「……それに今回の作戦がプリンセスの安全のためである事を忘れてもらっては困る。この世界では目的のために犠牲を必要とすることもある」

ベアトリス「でも、いくら何でもあんまりです」

ドロシー「いいか、私たちが携わっているのは慈善事業じゃあないんだ……それに大局的に見れば、今回の犠牲によって得られたものが、いずれ多くの命を救うことになる」使い古された空疎な言い訳に、ドロシー自身もヘドが出そうな気分になる……

ベアトリス「だからって……」

ドロシー「分かってる。 私だってそんなお題目で「納得しろ」とは言わねえよ」

アンジェ「ドロシーの言うとおりよ。私たちが好きこのんでこんなことをしているとでも?」

ベアトリス「それは分かっていますが……」

ドロシー「だったら子供みたいな泣き言はよせ。 言っておくがな、私もアンジェも今後の動向次第でいつああなるか分かりゃしないんだ」

ベアトリス「えっ……」

ドロシー「ベアトリス、お前だって知っているだろうが……一時的とは言え共和国が軍部の強硬路線に傾いて女王を除こうとしたとき「コントロール」も軍部に再編されかけて、私もアンジェもこの任務から外されて遠ざけられる予定だった」

ベアトリス「確かにありましたね」

ドロシー「……あのまま行けば軍部の意に染まない情報部員ということで、いずれ私もアンジェも「カットアウト」扱いを受けて切り捨てられるか、よくて毒にも薬にもならない書類仕事に回されるのがオチだったろう……だけどな、エージェントってのはそれを知った上で平然としてなきゃならないんだよ。あの時アンジェが命令をまるごと無視してプリンセスを助けに来たことだって、方針転換があったからどうにか黙認されたようなものの、本当だったらクビにされていたっておかしくなかったんだからな」

ベアトリス「あの、まさか「クビ」っていうのは……」


ドロシー「いや、別に生命までとるってわけじゃない……ただ帰国命令を出されて、戻ったらそれっきり日の目を見ることはなくなるってことだ。エージェントを辞めさせられ、それ以外で生計を立てようと思ったって、情報部は推薦書類の一枚だって書いちゃくれないし、年金ももらえない。 そしてもし墓に入るようなことがあったとしても、墓石はおろか花の一輪だって供えてはくれないし、「R.I.P.」(Rest In Peace…安らかに眠れ)とさえ書いてもらえないだろうな」自嘲気味にそういうと、苦笑してみせた……


アンジェ「それに例えどこかに勤めようと思ったところで、エージェントだった経歴を書くわけにはいかないもの」

ドロシー「そういうこと。もし本当のことを書いてみろ、採用係だって目を回しちまうよ」

ベアトリス「それは……そうですね」

ドロシー「分かってもらえたようで結構」

ベアトリス「はい」

ドロシー「よし、分かったならもう寝ていいぞ……後の書類仕事は私とアンジェでやるからな」

ベアトリス「そうします、ではお休みなさい」無理していつも通りの声で「お休み」をいうベアトリス……

アンジェ「お休み」

ドロシー「お休み。せめていい夢をな」
624 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/12/08(木) 01:46:36.83 ID:s/B6tjh40
アンジェ「……ドロシー、そっちの報告書をお願い」

ドロシー「ああ」

…ベアトリスを帰した後、二人で黙々と書類仕事をこなす二人……もちろんエージェントが「アルビオン共和国情報部様」で領収書を切ってもらうことなど出来るはずもないが、会計課を黙らせるためにもおおまかな活動資金の流れは報告しておかないと後がうるさい…


ドロシー「はぁ……」カバーとしての学生生活とエージェントの「二足のわらじ」で、なおかつここしばらく活発になっていた情報活動のせいもあって寝不足のドロシー……体力は多い方だが、ランプの下で数字の羅列と取っ組み合っているとさすがにあくびが漏れてくる……

アンジェ「……」

ドロシー「……ふわ……ぁ」

アンジェ「……ドロシー、少し寝たら?」

ドロシー「冗談よせよ、お前が寝ないで書類書きをやってるっていうのに、私だけグースカ寝ていられるかよ……ふわ……」

アンジェ「その調子でやられても訂正だらけになるのがオチよ……現にここの数字が間違っている」

ドロシー「本当かよ……あー、くそっ」

アンジェ「だから言っているでしょう。 幸い私は昼間に居眠りをさせてもらったからまだ平気だし、しばらく仮眠を取ってちょうだい」

ドロシー「悪いな……それじゃあしばらくしたら起こしてくれ」

アンジェ「ええ」

…あきらめて椅子に背中を預けると、すぐこっくりこっくりと船を漕ぎ出したドロシー……それから十五分ばかり、底冷えのする部屋でアンジェが黙々とペンを走らせている中でドロシーの静かな寝息だけが聞こえていたが、急に息づかいが荒くなったかと思うともだえるように手で空中をかきむしり、最後はがばっと椅子から跳ね起きた…

ドロシー「はぁ……はぁ……はぁ……っ!」

アンジェ「大丈夫?」

ドロシー「あ、ああ……大丈夫だ。それにしてもひでえ夢を見た」

アンジェ「ずいぶんうなされていたようね」

ドロシー「だろうな……くそ、こいつは間違いなくさっき食ったスティルトン・チーズのせいだ」

アンジェ「あれを寝る前に食べると妙な夢を見たり、夢見が悪くなるというものね……良かったら私に話してすっきりしたら?」

ドロシー「あー、いや……他人が見た悪夢の話なんて聞くものじゃないさ」

アンジェ「構わないわ」書類から目を離すことなく淡々と言ったが、その声には少しだけ優しさのような気持ちが入っている……

ドロシー「そうか、じゃあ……実はな、革命前後の夢を見たんだ」

アンジェ「……」

ドロシー「おぼろげなくせして細かい部分は妙にはっきりしてやがって……道端に転がってた片腕の取れた人形だとか、割れて粉みじんになってるガラスに、焼き討ちにあった店……」額に浮かんでいた冷や汗を拭い、張り付いていた前髪をかき上げた……

アンジェ「嫌な夢ね……一杯飲む?」ブランデーやウィスキーがしまってある部室の隠しスペースの方に向けて軽く視線を向けた……

ドロシー「いや、悪夢を見るたんびに酒に頼ってたら早々にアルコール中毒患者さ……やめとくよ」

アンジェ「そう」

ドロシー「ああ……さ、書類の残りを片付けちまおう」

…一方…

ベアトリス「ただいま戻りました……」

プリンセス「お帰りなさい、ベアト」

ベアトリス「ええ……いま寝支度を整えさせていただきますね……」

…表向きはいつも通りテキパキとしているが、その心の中ではドロシーたちから聞かされた「捨て駒」のエージェントや、意に染まぬエージェントたちの扱いといった冷酷な話がずっとこだまのように反響したままで、素直で優しい性格のベアトリスは我慢しようと思っても自然と目頭が熱くなってくる…

プリンセス「ベアト、どうかして? ……泣いているの?」

ベアトリス「いえ、大丈夫ですから……」

プリンセス「そうは思えないわ……ほら、こっちにいらっしゃい」両腕を広げ迎え入れるようにしてベッドに腰かけた……

ベアトリス「姫様……」

………

625 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2022/12/20(火) 01:16:04.45 ID:12LZSRMb0
プリンセス「……それで、何があったの? ベアトがかまわなければ話してくれる?」

ベアトリス「それは、その……」

プリンセス「話したくないことなのね?」

ベアトリス「そういうわけでは……ですが、聞けばご気分を害されるかと……」視線をそむけてベッドを暖めたウォーミング・パンを暖炉の脇に戻した……

(※ウォーミング・パン…寝具を暖めるために用いる柄の長いフライパン状の器具。暖炉の燃えさしや温かさの残っている炭を先端の密閉容器に入れて寝具を暖めるが、使い方にコツがいることから次第に湯たんぽ等に取って代わられた)

プリンセス「かまわないから言ってごらんなさい……つらい事でも話して分かち合えば楽になると思うわ?」

ベアトリス「姫様がそうおっしゃるのなら……」


…ふんわりとした寝間着をまとったプリンセスを相手に、アンジェとドロシーから聞いた「捨て駒」の話や使えなくなったエージェントの末路についての事を話し始めたベアトリス……アンジェのように事務的かつ理路整然と話せればいくらかでも衝撃的な内容をごまかせる気がするが、どうにも動揺していて、ちぐはぐで感情的な説明になってしまう…


プリンセス「そういうことだったのね……」

ベアトリス「はい……ですからその作戦は最初から失敗に終わっても良いように計画されていた、と……」

プリンセス「……よく分かったわ。 言い出しにくい話だったでしょうに、最後まで話してくれてありがとう」

ベアトリス「そんな、お礼なんて……」

プリンセス「いいのよ。 それより、早くしないとせっかく暖めてくれたお布団が冷めてしまうわ……さ、ベアトもいらっしゃい?」布団をめくると夜着をするりと脱いでベッドに入り、可愛らしい手つきで手招きした……

ベアトリス「いえ、私はそのような……///」

プリンセス「いいから……♪」

ベアトリス「ひゃあっ!?」

プリンセス「せっかくベアトが寝具を暖めてくれたのにこんなことを言ってはいけないのだけれど、やっぱり一人で寝るよりもこうしている方が暖かいわ♪」布団の中にベアトリスを引っ張り込み、ぬいぐるみか何かを抱えるようにぎゅっと抱きしめた……

ベアトリス「あ……っ///」

…アルビオン王室の一員として肌荒れやあかぎれのようなみっともない姿をさらすことがないように、就寝前はしっかりと乳液やクリームを塗ってベッドに入るプリンセス……そのしっとりとした白い肌がベアトリスの肌に触れ、そっと重ねられた手が小さなベアトリスの手を優しく包み込む…

プリンセス「ベアト……♪」艶のあるみずみずしい唇が優しく重ねられ、ベアトリスの鼻孔をプリンセスの甘い髪の香りが満たす……

ベアトリス「んっ……///」

プリンセス「ベアト、私と貴女はずーっと一緒よ……だから、ね?」ちゅ……ちゅぅ……っ♪

ベアトリス「あふっ、あ……っ///」

プリンセス「何も隠し立てする事はないわ……ベアトの楽しい事も、つらいことも、全部私と分かち合って……」

ベアトリス「ふあぁ……あっ、ん……っ///」

…プリンセスのほっそりとした上品な指がピアノの鍵盤を滑るようにベアトリスの身体を撫で、小さな乳房やきゃしゃな脇腹、そして次第に下半身へと下っていく…

ベアトリス「はひっ、あっ……んんぅ///」

プリンセス「くすくすっ……あんまり大きな声をあげると、寮監に気付かれてしまうかもしれないわね♪」その声の響きから、プリンセスがちょっと意地悪な笑みを浮かべているのが分かる……

ベアトリス「んっ、ん……ひ、姫様は意地悪でいらっしゃいま……んんっ♪」くちゅ……っ♪

プリンセス「なぁに、ベアト?」くちゅっ、ちゅぷ……ぬちゅ……っ♪

ベアトリス「ひ、ひめさま……ぁ///」声をかみ殺し、空いている手で布団をつかんで嬌声をこらえようとするベアトリス……が、すでにベアトリスの事を知り尽くしているプリンセスは優しく、しかし意地悪でワガママな指遣いでベアトリスの花芯を責め立て、身体を絡ませて全身をくすぐるように撫で回す……

プリンセス「いいのよ、ベアト……ほら、我慢しないで……私にイくところを見せて♪」くちゅり……♪

ベアトリス「んんっ、んくぅ、んんっ……っ♪」ひくひくっ……とろ……っ♪

…シーツの端を噛みしめて絶頂の声をこらえながらも、プリンセスの滑り込ませた指でトロけたように身体をひくつかせるベアトリス……二回、三回とけいれんするように身体が跳ね、生暖かい愛蜜がプリンセスの人差し指と中指を伝って手のひらを流れ、とろりと手首まで垂れてきた…

ベアトリス「……んはぁ、はぁ……はひ…ぃ……ひ、ひめさま……ぁ///」ぐったりと身体を横たえ、息も絶え絶えのベアトリス……

プリンセス「ふふ……とっても可愛い、私のベアト♪」ちゅぷっ……くちゅくちゅっ♪

ベアトリス「ひうっ、はひ……っ///」

………



プリンセス「お休みなさい、ベアト」愛液でべとついた手を拭うと、疲れ果てて眠っているベアトリスの頭をそっと撫でた……

ベアトリス「すぅ……すぅ……」

プリンセス「私の分までお休みなさい、ね……(私はアンジェのため、そして貴女や皆のために王位を継承する。たとえそれが多くの犠牲を伴うとしても、王国を変えるためにはどんな事でもしてみせるわ……)」
626 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/01/05(木) 01:20:54.10 ID:Sk+riOHW0
…case・ちせ×ドロシー×ベアトリス「She afraid the Manjuu」(饅頭こわい)…

…とある日・ネストの一つ…

ベアトリス「今日は何をしますか?」

ドロシー「そうだな……まずは基礎の訓練に、それから格闘術でもやろうじゃないか。今日はちせもいることだしな。いつも私やアンジェを相手にしていると代わり映えがなくっていけないし、体格の違う相手だと戦い方もまた変わってくるからな」

ベアトリス「はい」

ドロシー「いい返事だ……ちせ、悪いがそういうわけでベアトリスに付き合ってくれるか?」

ちせ「うむ。ではその代わりと言ってはなんじゃが、後で作文の方を手伝ってはもらえぬだろうか」

ドロシー「だ、そうだ」

ベアトリス「分かりました、ちせさんの英作文は相変わらずですものね」

ちせ「うむ……」


…ロンドン市内のとある場所にあるネストの一つで、訓練に余念がない「白鳩」の面々……もっとも、プリンセスはたまっていたさまざまな書類やアルビオン王国各地から届く手紙への返事(文面自体は王室の祐筆(ゆうひつ)が書き、あくまでも末尾のサインだけとはいえ……)を書くのに忙しく、別メニューということになっていた……少々ほこりっぽい室内には古びたマットレスだの絨毯だのが敷かれていて、レンガ敷きの床に直接投げ飛ばされるよりは多少ましな状態にしてある…


アンジェ「でもまずは手本を見せてあげないことにはね……ドロシー?」

ドロシー「ああ。 ちせ、お手柔らかに頼むぜ?」

ちせ「うむ」

…互いに正対するちせとドロシー……ちせが視線を下げないよう注意しつつ、しかし折り目正しく一礼すると、ドロシーも茶化すような笑みが消えてふっと真面目な表情になる…

ベアトリス「……ごくり」

アンジェ「始め」

ドロシー「……ふっ!」アンジェの声がかかった途端に距離を詰め、みぞおちや喉といった急所に拳を叩き込もうとするドロシー……

ちせ「やっ!」

ドロシー「……っ!?」

…途端にちせの小さい……しかし体格にはふさわしくないほど力強い手が襟元と腰の辺りの布地をつかみ、次の瞬間には派手に一回転をさせられてマットレスの上に放り出された……ドロシーは投げ飛ばされた勢いを使ってはずみをつけ、跳ね起きるようにして立ち上がっていたが、その前にアンジェが声をかけた…

アンジェ「やめ」

ちせ「……ドロシー、大丈夫かの?」また一礼すると、ドロシーに近寄った……

ドロシー「なーに、へっちゃらさ……なるほど、これが東洋の「ジュージュツ(柔術)」ってやつか」感心したようにうなずいている……

ちせ「いかにも。柔よく剛を制し、小兵(こひょう)でも雲つくような大男を投げ飛ばせるという武術じゃ」

ドロシー「ああ、どうやらそいつは確からしい」

アンジェ「絵に描いたように投げられていたわね」

ちせ「とはいえ一瞬で起き直って態勢を立て直すあたり、見事なものじゃ」

ドロシー「ま、だてにエージェントをやっちゃあいないさ……それよりアンジェ、お前もやってみろよ。 ちゃんと覚えたらこいつは役に立つぜ?」身体についたホコリを払うと、軽く肩と首を回した……

アンジェ「そうね……でもまずは私よりもベアトリス、貴女が覚えるべきね」

ベアトリス「私ですか?」

アンジェ「ええ。この技は自分にかけられた力を受け流して無理なく相手を投げ飛ばすことができる……つまりベアトリス、小柄な貴女にもっとも適した格闘術だということよ」

ドロシー「確かにな。なにしろ正面切っての殴り合いともなっちゃあお前さんに勝ち目は薄い。汚い手口の使い方だってまだまだお世辞にも上手くはないしな」

アンジェ「……はっきり言って貴女は「白鳩」の中で一番非力で、しかもプリンセスと違って実際に動き回る機会も多い。覚えておいても損はないわ」

ドロシー「同感だね」

ベアトリス「でも、こんなに難しそうな技を覚えられるでしょうか?」ちせとマットレスを交互に眺めて、気後れしたような声を出す……

ドロシー「なーに、心配することはないさ……こんなものはリボンの結び方や何かと同じで練習次第だよ。 お前さんは難しいお付きの仕草や行儀作法が覚えられるんだから、どうってことないさ」

ちせ「うむ。私が付きっきりで伝授するから安心するがよい」

アンジェ「プリンセスを守るためなのだから、頑張って覚えることね」
627 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/01/10(火) 02:11:53.06 ID:VbC7I6il0
…一時間後…

ベアトリス「やっ!」

ちせ「うむ、なかなか良くなってきたのう。 さあ、もう一本じゃ」

ベアトリス「は……っ!」

ドロシー「ちせ、その辺でいいだろう……ベアトリスの足元がふらついてきているしな」

ちせ「承知した」

ベアトリス「ふぅ、ふぅ……はぁ……っ」呼吸一つ乱れていないちせとは対照的に、投げたり投げられたりですっかり息が上がっているベアトリス……額からは汗を垂らし、片隅においてある休憩用の椅子へ崩れるように腰を下ろした……

アンジェ「なかなか頑張ったわね」

ベアトリス「ぜぇ、はぁ……ひぃ……こんな……たくさんやらされるなんて……思っても……いませんでした」

ドロシー「良いことだ『訓練で汗をかいた分だけ、実戦では血を流さずにすむ』って言うからな」

アンジェ「それに柔術は相手の力を使って投げを打つから、慣れれば自分の力を使わずにすむ……つまり同じ格闘をするのでも疲労することなく、より合理的かつ長く戦うことができる」

ドロシー「最近じゃあ「婦人参政権運動」に関わっている女たちの間でも練習しているほどだからな……なんでも警察に取り押さえられたりしたときに使うそうだが」

アンジェ「聞いたことがあるわ。特に非力な女性でも格闘術を習っているような相手を無理なく投げられるというのが大きいようね」

ちせ「……なまじ格闘術をかじっている相手ならば、むしろ扱い易いというものじゃ」

ドロシー「そういう奴は定石にのっとって掴みかかってくるからな。むしろどう出るか分からないトーシロ(素人)だの、頭のイカレちまった奴らの方がおっかないな」

アンジェ「同感ね」

ドロシー「……さて、そろそろ呼吸も落ち着いてきただろう。今度は射撃の訓練といこうか」

…ベアトリスとちせが格闘訓練をしている間にドロシーとアンジェは徒手格闘の訓練を済ませ、そのうえさらに射撃練習用の銃を用意し、銃弾を選別してある…

ベアトリス「はい」

ドロシー「いいだろう……それじゃあいつも通り.320口径辺りのリボルバーで練習することにしよう」

ベアトリス「分かりました」


…ベアトリスが台から取り上げたのは小ぶりな五連発の護身用リボルバーで、青みがかった黒い六角銃身はきちんと油がひいてあり、ランプの光を受けて艶やかに照り映えている……ドロシーやアンジェに口酸っぱく言われたおかげか、先に中折れ銃身を開いてシリンダーに弾が入っているかを確認し、それから改めてパチリと銃身を戻すと標的に向き合った…


アンジェ「標的との距離は十ヤード、とにかく初弾を命中させるように」

ドロシー「一発目を外したやつに二発目を撃たせてくれるお人好しなんていやしないからな……好きなタイミングで撃て」

ベアトリス「はい……!」パンッ!

ドロシー「お、命中だ」

アンジェ「でも右上にそれている……あの位置だったら相手の鎖骨辺りね。場合にもよるでしょうけれど、あれでは致命的な一撃にならない」

ドロシー「ああ……ベアトリス、もう一発撃ってみろ。跳ね上がりがある事を頭に入れて少し左下……心臓をぶち抜くつもりならみぞおち辺りを狙うんだ」

ベアトリス「はい」バンッ!

ドロシー「いいじゃないか、あれなら相手はのたうち回ってくれるだろうよ……よーし、今度は続けて二発撃て。一発目の跳ね上がりをひじで吸収するようにして、続けざまに撃ち込め」

アンジェ「無煙火薬の銃ならともかく黒色火薬の銃だと硝煙がひどいから、相手を見ようとして時間をかけたりしないように」

ベアトリス「分かりました。ふー……」パンッ、パンッ!

ドロシー「へぇ、前よりも良くなったな」

アンジェ「悪くないわね。 ベアトリス、貴女は小口径の銃を使う分、より一層正確に相手の急所を撃ち抜けないといけない……まずはきちんと命中させられるようになって、それから早さを磨いていくこと」

ドロシー「ああ……これが.455みたいにある程度口径のあるピストルなら多少狙いがズレてもいいんだが、そもそもそういうピストルは私たちみたいな情報部員が普段隠し持つには大きすぎて向かないし、お前さんみたいに小柄な女の子ならなおさらだ」

アンジェ「ドロシーの言うとおりよ。そもそもああいう大型のリボルバーは反動や衝撃が大きくて、貴女のように経験が少ない人間にはまともに扱いきれない」

ドロシー「だからってくさるなよ? 腕の立つエージェントや暗殺者ってのは小口径を使いこなせてこそ……だからな」

ベアトリス「そうなんですか?」

アンジェ「……あくまでもスタイルによるけれど、小口径できちんと急所を狙えるというのは腕が良い証拠よ。それに小口径のリボルバーは隠しやすく、銃声も小さい」

ドロシー「つまり私たちみたいな商売の人間が使うのに向いているっていうわけだ……それじゃあそこにある一箱を撃ちきったら休憩にしよう」

ベアトリス「はい」
628 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/01/26(木) 02:22:40.59 ID:lZu6ski60
…またしばらくして…

ベアトリス「ドロシーさん、撃ち終わりました」

…室内には硝煙の臭いと薄い白煙が立ちこめ、その臭気をごまかすためロンドン市内に立ち並ぶ工場の煙突の一つへと繋がっている秘密の排気口を通じて吸い出されていく……ドロシー自身もウェブリーの射撃を済ませ、ベアトリスが撃った的に残った弾痕を確かめる…

ドロシー「ふぅん、ずいぶんと上手くなったじゃないか」

ベアトリス「ありがとうございます……」いつもなら素直に嬉しそうな顔をするベアトリスが、どこか浮かない表情をしている……

ドロシー「……銃は嫌いか?」

ベアトリス「嫌いです。 だって、撃ったら誰かが死んじゃうなんて……いくら任務のためとはいえ、できれば使いたくありません」

ドロシー「なるほど、そういう考え方もあるだろうな」

ベアトリス「ドロシーさんはどうですか?」

ドロシー「私か? 私は好きだぜ? なぜって、どんなに高慢ちきな貴族だろうが、腕力にモノをいわせて弱いものいじめをするヨタ者だろうが、こんなちっこい弾丸一つで簡単に撃ち殺せると思えばスッキリするじゃないか……しいて言えば、任務以外で好きに使えないのが残念なだけさ」


…冗談めかしてそう言うとリボルバーのシリンダーを開いて火薬の燃焼カスをふっと一吹きし、試験管洗いのようなブラシで銃身の清掃にかかるドロシー……もっとも、ドロシーは口でこそそう言っているが実際は銃の使いどころをわきまえていて、必要以上に引き金を引くことがないのをベアトリスもよく知っている……


ベアトリス「……アンジェさんはどうですか?」

アンジェ「道具は道具よ……それ以上でもそれ以下でもない。必要なら使うだけ」

ベアトリス「ちせさんは?」

ちせ「私にとっての刀か……そうじゃな、もはや身体の一部と言っても良いかもしれぬ」

…三人が射撃の的に向かっている間、一人で型や抜き打ちの鍛錬をしていたちせ……刀のことはよく分からないドロシーたちからするとそう激しい動きには見えなかったが、ちせ自身は集中していたらしく、額はほのかに汗ばんでいる…

ベアトリス「そこまでですか」

ちせ「うむ……しかし私はまだまだ未熟じゃ。 本当の使い手ならば自らの腕の先のように使いこなせるものじゃが、私はまだその境地には至っておらぬからな」ま二つに斬り捨てられたわら束を前にして、それでも反省している様子のちせ……

ドロシー「やれやれ、その腕前で「まだまだ」なんて言われちまうとな……こちとらは立つ瀬がないってもんだぜ……♪」


…数分後…

ドロシー「さて、それじゃあもう一度格闘の訓練をしよう……動いて身体も暖まってきただろうから、今度はもうちょっと実戦的なやつでいこう。 特にこうした屋内での格闘となると、知恵次第で色々と戦いようがある……アンジェ」


…ベアトリスを手伝わせて並べた色々な家具やちょっとした調度は、どれもイースト・エンドの貧民街ですら使うのが恥ずかしいようなものばかり揃っている……粗末な木のテーブルは脚の長さがまちまちで、椅子の方はテーブルとは反対の側にかしいでいる……テーブルに敷いてあるテーブルクロスは雑巾にするのも考え直したいほど汚れていて、そこに載せてある皿やカップはひびだらけで、うかつな所を持っただけでバラバラになりかねない…


アンジェ「ええ……例えば不意に襲われた時に室内を見わたしたり、ポケットやバッグをあさって武器になるような道具が一つもない……そんなことはまずあり得ない」

ドロシー「アンジェの言うとおりだな。例えばこの鍵だが、こうして拳から突き出すように握り込む……で、相手の目や耳の後ろを狙って殴りつける」

アンジェ「もし鍵がなくても、小さな木切れや外したドアノブでもいい」

ドロシー「ティーソーサーを円盤投げみたいに相手の喉元に投げつけたっていい」

アンジェ「暖炉の火かき棒なんかは武器として充分に使えるわ」

ドロシー「ま、とにかくやってみよう……私は得物なしでいくから、手近な物を使って手向かってみろ」

ベアトリス「はい……!」

ドロシー「……はぁっ!」唇の端に不敵な笑みを浮かべていたかと思うと、急にベアトリスへ拳を叩き込むドロシー……

ベアトリス「う……っ!」

…あわてて何か取ろうとするが、その余裕もなく強烈なパンチを叩き込まれる…

ドロシー「おいおい、そんなんじゃあやられちまうぞ……もっと早く、何でもいいからひっつかめ!」

アンジェ「室内にいるときは、常に何を使って闘うか考えておくことね」

ドロシー「もっとも、あんまりそういうことばっかり考えていると人相が悪くなるからほどほどにしておけよ? 特にお前さんはプリンセスのお付きとして「目立たないこと」が役割なんだからな」

アンジェ「だからといってそうした用心をおろそかにしていいということではない……常にプリンセスや自分の身の安全のため、さまざまな物事に気を配りなさい」

ベアトリス「うっ……く……はい、分かりました……」拳を叩き込まれた部分をさすり、喘ぎあえぎ立ち上がる……

ドロシー「よーし、よく立ち上がったな……それじゃあもう一回行くぞ?」

ベアトリス「はい……っ!」

629 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/02/05(日) 01:18:48.28 ID:4uWERyHW0
…数十分後…

アンジェ「やっ!」

ベアトリス「……っ!」

アンジェ「……ふっ!」

ベアトリス「わ……っ!?」

ドロシー「やめ……なぁベアトリス、お前さんがおっかないのは分かるが、そんなへっぴり腰じゃあ攻撃を受けとめきれないぞ? 怖いときこそ前に出るつもりでやってみろ……そうすると案外どうにかなるもんだ」

…ドロシーたちが代わる代わる打ち込む拳や蹴りを時々は抑えることができるようになってきたベアトリス……とはいえまだまだ未熟な部分も多く、アンジェの蹴りを受けとめるべく突き出しだお盆ごと吹き飛ばされ、壁に立てかけてあるマットレスにぶつかった…

ベアトリス「はい……!」

ドロシー「……まあいいだろう。少し休憩にしよう」

…めげずに立ち上がった辛抱強さに内心では感心したが、あまりあちこちにすり傷や打ち身を作っていては人目を引いてしまい、王宮で目立たずに行動できるのが強みのベアトリスにとって都合が悪い……足元もおぼつかない様子なので少し休みを入れることにしたドロシー…

ベアトリス「はぁ、はぁ……そうします」

ちせ「よく頑張ったのう、訓練を始めた頃に比べれば長足の進歩じゃ」

ドロシー「言えてるな。近頃は手抜きをしているとちょっとおっかないくらいだ」

アンジェ「とはいえ、そうやって「これなら戦えるかも」と思う時期がいちばん危なっかしい。くれぐれも慢心しないことね」

ベアトリス「しませんよ。さっきだってちせさんには投げ飛ばされましたし、ドロシーさんにはみぞおちに拳を打ち込まれましたし……まだ気持ちが悪いです」

ドロシー「ああ、悪かったよ。軽く当てるつもりだったんだが勢いを止めるのが間に合わなくってな……ちせ、ベアトリスに付き合ってくれてありがとうよ」

ちせ「なに、いつもの鍛錬と違うのも新鮮で良いものじゃ……では、ごめん」

ドロシー「……相変わらず行儀のいいやつだな、ちせってやつは」一礼して出て行ったちせを見送ると、その堅苦しいまでにきちんとした「サムライ」式の行儀作法に苦笑しつつ小さく首を振った……

アンジェ「そうね……ベアトリス、そこに水があるから少しずつ飲みなさい」

ベアトリス「いただきます」

ドロシー「それにしても、だ……」

ベアトリス「何です?」

ドロシー「いや、こうしていると「ファーム」時代の教官たちが手のかかる小娘相手にどんな気分だったか身にしみて分かるな」

ベアトリス「むう、私はそんなに手がかかる生徒ですか?」

ドロシー「いいや? だが、エージェントとして仕込むにはどんな性格だろうとそれなりに手間はかかるからな……言うことを聞かせるだけでも苦労するじゃじゃ馬みたいなのもいるし、素直に「はいはい」と言うことを聞くだけで自分の考えがない人形みたいなやつもいる」

ベアトリス「なるほど……じゃあどんな人がエージェントに向いているんですか?」グラスの水をゆっくり飲みながら、首を傾げて尋ねた……

ドロシー「どうだろうな。私だって教官をやったわけじゃないし、まだ無事に引退したわけじゃないから「こうだ」って言える立場にあるわけじゃないが……」

アンジェ「基本的には心身共に健康で臨機応変の才があり、規則に縛られることはないけれど、何でもかんでもただ決まりを破るような無謀さではなく、熟慮した上でそうした行動が取れる人間……といったところかしら」

ドロシー「いい解答だな。試験だったら満点がもらえる……あとはそれぞれのカバーとかやり口にもよるが、基本的には聞き上手で相手を乗せるのが上手いとか、覚えたことを忘れないとか、動揺が表情に出ないとか……そういう能力のあるやつが長生きするな」

アンジェ「そうね。あとは嫌いなものでも喜んでみせるような精神的なたくましさが必要ね」

ドロシー「そうだな……くくっ♪」

ベアトリス「何がおかしいんです?」

ドロシー「いや、それで思い出したんだが……ファームの時に聞いたちょっとした逸話さ。嘘か本当かも定かじゃないが、まことしやかに語られてたもんだ」

ベアトリス「へぇ、どんなお話ですか?」

ドロシー「……聞きたいか?」

ベアトリス「はい、聞いてみたいです♪」

アンジェ「別に大した話じゃないわ……くだらない冗談話よ」

ドロシー「おいおい、人が話す前から気分を削ぐのはよせよ……こいつはな、訓練生がそこそこさまになってきた頃にやってくる特別な課題なんだが……」
630 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/02/12(日) 01:24:29.32 ID:9pIVHMv10
…数年前・ファーム…

ドロシー「……ふぅ///」

パープル「とっても素敵だったわよ、ミス・ドロシー……久しぶりにぞくぞくしたわ♪」

ドロシー「それなら良かった……」

パープル「あら、本当にそう思っているのよ?」

ドロシー「信じますよ、でも教官と比べたらまだまだ……」


…暖炉の火だけが暖かく燃えている部屋の、綿雲のようにふかふかなベッドで裸身を横たえているのはドロシーと、教官の「ミス・パープル」……ハニートラップとその対処法を教えるミス・パープルはぞくぞくするような甘い声と細やかな気づかい、それに身体中を骨抜きにするような絶妙なテクニックを持っていて、ベッドの上ではどんな教官よりも手強い……ドロシーも色仕掛けに関しては決して劣等生ではないのだが、パープルの軽い愛撫やついばむようなキス、それどころか軽いささやきだけで身体の芯がうずき、生まれたての子鹿のようにひざが笑ってしまう…


パープル「パープルって呼んで。せめて二人だけの時くらいは「教官」なんて呼びかたはしないでほしいの……///」柔らかでしっとりした身体を寄せると、耳元でそっとささやいた……

ドロシー「う……はい(くそっ、この声を聞くだけでまた濡れてきやがる……っ///)」

パープル「良かった……ところで、貴女の好きな物は?」クィーンサイズのベッドで寝転がり、ドロシーの髪を軽くもてあそびつつふと尋ねた……

ドロシー「好きな物?」

パープル「ええ。せっかくだから今度用意しておいてあげるわ」

ドロシー「好きな物、ねぇ……それじゃあシャンパンとチョコレート、それにふかふかのベッドってところかな♪」

パープル「ふふ、それが嫌いな人なんていないわ……それじゃあ嫌いな物は?」甘えるようにしなだれかかり、くすくす笑いながら尋ねた……

ドロシー「嫌いな物……生魚かな」

…なにか「引っかけ」があると用心していたドロシーは向けられる質問をことごとくはぐらかすつもりでいたが、日頃の訓練所生活では味わう事のない上等な食事と香り高いブランデー……そして教官が与えるとろけるような悦楽と、くらくらするような甘い匂いで判断力を鈍らされていたドロシーはつい口を滑らせた…

パープル「ふふっ……まぁ、おかしい♪」

………



ドロシー「それで、そんな質問をされたことさえ忘れたある日、不意に教官から呼び出しを受けるんだ……」

………

訓練生「……呼び出しだなんて、なにかやらかしたんじゃないの?」

訓練生B「きっとあれね、なにか手抜きでもしたんでしょう」

ドロシー「いいや、まるっきり覚えもないね……とにかく行ってくる」

…教官室…

シルバー「よく来たね。 さ、座ってくれたまえ」

…ドロシーが英文法と文学を受け持つ銀髪をした初老の教官「ミスタ・シルバークラウド(シルバー)」の部屋に入ると、シルバーは椅子に腰かけるよう勧めた……パイプの煙の匂いがしみ込んだ室内には大きな本棚があり、机の上にも辞書や筆記用具が所狭しと積み上げてある……シルバーはいつも愛想がよく物腰も丁寧で、難しい文章やラテン語の課題を山ほど出すことを除けば訓練生たちから好かれていた…

ドロシー「どうも」

シルバー「最近はどうだね? よく眠れるかな?」

ドロシー「おかげさまでぐっすりですよ」

シルバー「それは結構。睡眠は大事だからね……訓練はどうかね?」

ドロシー「どうにかこなしています」

…わざわざ呼び出されたわりにはさしたる話があるようでもなく、雑談程度のとりとめもないやり取りがしばらく続いた……雑談を交わしながらしばらくすると、時計の針が正午を指した…

シルバー「おやおや、もうこんな時間か……ところで、昼食はまだだろう?」

ドロシー「ええ、まぁ……」

シルバー「それじゃあここで済ませていきたまえ。せっかく来てくれたのだからね」口元にえくぼと笑いじわを浮かべ、にこにこしながら机の上をどけた……

ドロシー「ごちそうになります」
631 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/02/23(木) 02:36:12.97 ID:gAQ/Xl9X0
シルバー「なに、礼には及ばないよ……さ、どうぞ?」

ドロシー「……っ!」

…そう言って隣の部屋から教官が持ってきた皿には、気持ちの悪い生のイワシ……それも古くなって嫌な臭いを放ち始めたものと、血なまぐさい魚の汁気がしみ込んでいる蒸しジャガイモ、そこにきゅうりのピクルスを添えた物が盛り合わせになって載っている……

ドロシー「……」

シルバー「どうしたんだね、せっかく用意したのだから遠慮しないでいいんだよ? ほら、食べた食べた」にこにこしながら皿の生魚を勧める教官……

ドロシー「いただきます(ちくしょうめ、妙に愛想が良いと思ったらこういうことか……)」

…どうにか普段通りの表情を維持しようとするが、幼い頃の嫌な思い出までも想起させる痛みかけの生魚に思わず口の端が引きつる……しかしその手はいささかの狂いもなく、テーブルマナーの訓練で教わったとおりにきちんとイワシを「解体」すると、灰赤色の汁が染みこんだ生温かい蒸しジャガイモと一緒に口に運んだ…

シルバー「……どうだね? 美味しいだろう?」

ドロシー「え、ええ……ごちそうですね」吐き気をこらえながらもにっこりと笑ってフォークを動かし、酢と塩で味付けしただけの生臭いイワシを無理やり口に押し込んでいく……

シルバー「そうだろう、お代わりもあるから遠慮せずに食べてくれたまえ」

ドロシー「ありがとうございます」

…黙って飲み込めれば少しはマシになりそうなものだが、教官があれこれと話しかけてくるので返事をしないわけにも行かず、そのたびに生臭さが否が応でも鼻につく…

シルバー「飲み物は?」たっぷり二パイントは入りそうな陶器のポットを指し示して、少し首をかしげた……

ドロシー「ちょうだいします(こうなりゃ流し込むしかやりようはないものな……)」

シルバー「そうかね、では……」

ドロシー「こく……ん゛っ!?」カップに注がれた紅茶を一口飲むなり、飲まなければ良かったと心底後悔したドロシー……

シルバー「おや、どうしたのかね? 喉につかえたのならもう少し飲むといいよ」

ドロシー「いえ、ご心配なく……」

…生臭い魚の臭気を口中から洗い落とそうと含んだ紅茶はこともあろうに砂糖で甘くしてあり、そのべたついた甘味が血なまぐさいイワシと、そこに調味料としてかけてある酢の酸っぱい味に絡みついて、吐き気を催すような味わいを生み出している…

シルバー「本当に大丈夫かね?」

ドロシー「……ええ(くそっ、吐き出すわけにもいかないし……)」

シルバー「そうかね……だがもう少し飲んだ方がいいのではないかな? 喉に詰まらせてはいけないからね」親切ごかしに、空になったカップへお代わりを注ぐ……

ドロシー「ご親切にありがとうございます……」

シルバー「なに、喜んでもらえたなら幸いだ……どうしたんだね? あまりフォークが進んでいないようだが?」

ドロシー「いえ、そんなことはありませんよ。 ミスタ・シルバーのお話が面白いものですから、つい……♪」

シルバー「おっと、これは失敬。 せっかくの食事を邪魔してはいけないね」

ドロシー「いえ、とんでもない(これで一点は返したな……)」

…ドロシーが四苦八苦しながらイワシを食べている間、親切な叔父さんのような表情でその様子を眺めているシルバー教官……時折思い出したように、机からどかした本をめくってみたり窓の外で鳴き交わす鳩を眺めてみたりして、さも視線を向けていないフリをするが、優秀な訓練生であるドロシーはそんな簡単な「引っかけ」に乗せられて、料理をそっとハンカチーフに包んで食べたフリをしたり、足もとのゴミ箱に捨てたりはしない…

シルバー「ふむ……『逆境は、真実に至る最初の道である』」

ドロシー「……バイロンですね」

シルバー「いかにも。バイロンは好きかね?」

ドロシー「いいえ、ワーズワースの方が」

シルバー「おや、私もワーズワースの方が好きだよ。気が合うね♪」

ドロシー「そうですね」無理にイワシの残りを口に運びながら、なおかつ教官が一ヶ月も前に世間話として言っていた「好きな詩人」を思い出して会話を合わせる……

シルバー「私は、あのワーズワースのヤーロー川の詩が好きでね……あんなに美しくてはかなげなものはないよ」

ドロシー「同感です。特にあの終わりの一節が余韻を残していて、それがとても良い効果を生んでいますね」

シルバー「そうなんだよ、彼は実に見事な書き方をした……と、何だかんだとおしゃべりをしているうちにすっかりお皿が綺麗になったね」

ドロシー「ええ、まぁ……ちょっと空腹だったものですから♪」吐き気をこらえつつ、冗談めかした……

シルバー「ははは、健康な証拠だね……おや、そろそろ午後の訓練が始まる時間だ。皿は私が片付けておくから、君は訓練に遅れないようにしなさい」

ドロシー「では、失礼します」

シルバー「うむ。良かったらまた食べにくるといい」そう言うと、にこにこ顔でドロシーを部屋から送り出した……

………


632 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/03/03(金) 00:56:53.44 ID:BznFySM/0
ベアトリス「それってただの嫌がらせじゃないですか?」

ドロシー「いいや、それも立派な訓練さ……つまりだ、情報部員ともなると相手の機嫌を損ねないように、嫌いなものでも喜んで食べたり受け取ったりしなきゃいけない場面が出てくるからな……そのための抜き打ちテストってわけだ」そういって肩をすくめると続けた……

ドロシー「……例えばだが、ちせがよく朝飯に食ってる糸を引いた豆とか、「ぬか漬け」とかなんとか言うしわくちゃになったきゅうりのピクルスとか……場合によっては勧められた時にああいうものを平然と食える必要も出てくるってわけさ」

ベアトリス「うぇぇ……あれをですか」

ドロシー「ああ。その点プリンセスはそういうのには慣れているはずだ。何しろ外国の賓客に恥をかかせたりしないよう、常々そういう訓練を積んでいるはずだからな……もし食卓のフルーツを手づかみで食うような客がいたら、そいつに合わせて手づかみで食うだろうし、もぐらのシチューだろうがハリネズミのステーキだろうが、にこにこしながら食ってみせるだろうな」

ベアトリス「間違いないですね、姫様は好き嫌いをおっしゃったことがありませんから……」

ドロシー「だろう? っと、話がそれたな……おまけにその訓練ではにどんな相手でも油断することがないよう、同室や仲良しの訓練生から苦手なものを聞き出す役目が内密に「課題」として出されることもあるんだ」

ベアトリス「うわぁ……でも、ここまでのお話を聞いた限りでは苦手なものが出ただけで、なにもおかしいところがないですよね?」

ドロシー「そこだよ……私たちの代よりもずっと先輩にあたる訓練生の中にいたんだとさ」

ベアトリス「?」

………



…十数年前・ファーム…

色白の訓練生「……お疲れさま、ルーシー。教官は相変わらず厳しかったわね」

栗色髪の訓練生「お疲れ、ミナ……でもどうにかなるし」

色白「そう?」


…お互い与えられた仮名を除いては名前も素性も知らない「ファーム」限りの関係とはいえ、同室の訓練生同士ともなると多少は気軽に話しかけたり、ちょっとした物を貸し借りをするような関係が生まれる……ある日の訓練を終え、汗と土ぼこりの染みこんだ服を脱ぎながら、一人の訓練生が同室の訓練生に話しかけた…


栗色「ええ。ちょっと最後の投げは胸につかえたけど……昼に食べたヨークシャープディングが出そうになったわ」


…話しかけた色白の訓練生は大人びたきりりとした顔立ちにすんなりとした姿で、舞踏会の紹介状など持っていなくても執事に通してもらえそうな優雅な見た目をしている……一方、受け答えをしているのは陽気で快活そうな雰囲気をついぞ崩したことがない健康的な訓練生で、顔立ちはなかなかに可愛らしいが、どちらかというと舞踏会よりはクリケットやテニス、あるいはキツネ狩りといった屋外スポーツや活動的なものを好みそうな印象を与える…


色白「まぁ、くすくす……っ♪」

栗色「あははっ♪」寝心地の悪いベッドの薄いマットレスに腰かけ、ほつれや繕いの跡が目立つ支給品の靴下を脱ぎながら元気よく笑った……

色白「それにしてもルーシーは勉強も実技も出来て大したものね……私なんてあれこれ教官に指導されてばかりなのに」

栗色「まぁまぁ、そこは人それぞれでしょう……違う?」

色白「それはそうだけれど、ルーシーには苦手なものってないの?」

栗色「え、私?」

色白「ええ……ほら、例えば私は牛乳が苦手だし、ニンジンも好きじゃないでしょう?」

栗色「そう言えばそうよね」

色白「そうなの。でもルーシーってば何でも好き嫌いがないように見えるから」

栗色「うーん、苦手なものねぇ……」

…そう言ってしばし考え込むと、向かいのベッドに姿勢良く腰かけている同室の訓練生へ顔を近づけ、少し決まり悪そうな様子で切り出した…

栗色「……みんなに言いふらしたり、からかったりしないわよね?」

色白「もちろん、言いふらしたりなんてしないわ」

栗色「ならいいわ……」そう言うと意を決したように口を開いた……

栗色「……こういうとおかしいかもしれないけど、私が苦手なのは……女の子かしら」

色白「女の子、って……だって貴女も女の子だし、ここにいるのは数人の教官を除いたらだいたいは女の子か成人女性でしょうに」

栗色「いや、それはそうなんだけど……ほら、時々なれなれしく抱きついてきたり身体をすり寄せてくる娘がいるでしょう? あの白っぽくて柔らかい身体に触れられたりするとイモムシみたいで気持ちが悪いし、鼻につく甘ったるい匂いとか……考えただけでゾッとすることがあるの」

色白「ふぅん、それじゃあよく着替えとか一緒にできるわね」

栗色「そういうときは出来るだけ見ないようにして、さっさと済ませてしまうから……自分の身体だと何とも思わないから、ベタベタされるのが嫌なだけかも♪」そう言うと苦笑いを浮かべてみせる……

色白「ルーシーもなかなか大変ね♪」
633 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/03/10(金) 01:26:17.13 ID:YFmv1LJs0
…数週間後…

訓練生「……ルーシー、ミスタ・シルバーがこの本をミス・パープルに渡してこいって」

栗色「え、私? わざわざ私に頼まなくたって、そのまま貴女たちが持って行けばいいのに……」

訓練生B「そう言われても困るわよ。とにかくそうするよう言われただけだもの」

訓練生「そういうこと……ねぇ、もしかしたら「あれ」じゃない?」

訓練生B「……あぁ、なるほど♪」

訓練生「ね、そう考えたら……くすくすっ♪」

栗色「なに? 何がおかしいの? ……そもそも「あれ」って?」

訓練生「ふふふっ、そりゃあ「あれ」ったら「あれ」よ……ルーシーは今までなかったみたいね♪」

…栗色髪の訓練生に教官からの用事を伝えた二人は、身内にしか分からない冗談を聞いたようにくすくすと忍び笑いを漏らしている……眉をひそめて本を受け取ると、肩をすくめて歩き出した…

栗色「まったく、何がおかしいんだか……」

…ミス・パープルの教室…

栗色「失礼します、ミス・パープル」

パープル「あら、いらっしゃい……貴女がここに来るなんて珍しいわね?」

…とにかく艶やかで色っぽく、周りに漂う空気さえ甘く匂い立つような「ハニートラップ」とその対処法を担当している教官のミス・パープル……ロココ調の豪奢な椅子に腰かけ、ティーカップをかたわらに置いて読書をしているだけだが、ロングドレスからちらりとのぞくすべすべとした白い胸元やストッキングにくるまれたくるぶしだけで、たいていの訓練生たちはすっかり骨抜きにされてしまう…

栗色「シルバー教官から本を渡してくるよう頼まれまして……どこに置きましょうか?」

パープル「ああ、頼んでおいた本ね♪ ならここに置いてくださる?」白い長手袋に包まれたすんなりとした綺麗な指がかたわらのテーブルを指さした……

栗色「はい」

パープル「ありがとう……せっかくだから、お茶でもいかが?」吐息の交じるような甘い声で発するお礼の言葉が桃色の艶やかな唇から漏れると、小机の向かい側を指し示した……

栗色「ええ、せっかくのご厚意ですし……」

パープル「まぁ、嬉しい♪ それじゃあかけて?」

…一事が万事、動きの端々までしなやかで色気があるパープル……ティーポットを取るといい香りのする紅茶をカップに注ぎ、それから上品なケーキやクッキーといったお菓子を勧めた…

栗色「いただきます」

パープル「美味しい?」

栗色「ええ、美味しいです」

…バターと卵をふんだんに使ったさくさくとしたクッキーや、甘い砂糖漬けの果物が載ったふわふわのスポンジケーキ……こういう機会でもなければ「ファーム」では食べることの叶わない上等なお菓子に、栗色髪の訓練生も年相応に嬉しく思いながらひとつふたつと手を伸ばした…

パープル「ここではなかなか食べる機会もないものね……お代わりは?」

栗色「……っ、すみません。意地汚くって」

パープル「ふふふっ、遠慮しないでいいのよ? 私だってついつい食べてしまうもの……もっとも、これはここだけの秘密♪」整った色っぽい顔立ちにチャーミングな笑みを浮かべ、軽いウィンクを投げた……

栗色「ええ、口外はしません」

パープル「ありがとう……っと、いけない」

栗色「平気です」

パープル「ごめんなさいね、私ったらそそっかしくて……///」

…スプーンを砂糖つぼへと戻そうとして目測を誤ったのか、訓練生の手の甲に砂糖をこぼしたパープル……そっと手を伸ばすと丁寧に砂糖を払い、そのまま優しく手を包み込んだ…

栗色「ただの砂糖ですから大丈夫です」

パープル「……そう?」

栗色「ええ」

パープル「でも、こんな風に砂糖が手について……ん♪」砂糖の小さな結晶が星空のように散りばめられた手を取ると、そっと唇をつけた……

栗色「教官……っ///」

パープル「お願い、パープルって呼んで……♪」

栗色「っ……ミス・パープル……」手を取って甘い声でささやきかけるパープルに対して、数回あった訓練の時のように引け腰になっている……


634 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/03/15(水) 01:32:38.41 ID:c+OA7Cf80
パープル「……ん、ちゅっ……はむっ……ちゅ…っ♪」

栗色「ん、くぅ……っ///」

…手指から手首へと連続して口づけしていくパープルと、かすかに身をよじり顔をそむけ気味にしている栗色髪の訓練生……パープルが身体をすり寄せると髪の香りがふわりと立ちのぼり、豪奢なひだをあしらったドレスの胸元から白くふっくらとした胸のふくらみがのぞき、ほのかな肌の熱と一緒に白粉の甘い匂いが漂ってくる…

パープル「あら、お嫌だったかしら?」

栗色「ん、あふっ……いえ、別に……平気です……」

パープル「そう?」からかうような表情の交じった笑みを浮かべ、ぐっと身を乗り出して顔を近づける……

栗色「は、はい……んっ///」

パープル「ん、んむ……ちゅぅっ、ちゅっ……♪」

…パープルの唇が訓練生の下唇を挟みこむように優しくついばみ、同時に白い絹の長手袋を外す……あらわになったパープルのしっとりとした手が訓練生の頬を下から撫で上げ、もう一方の手がレタスでも剥くように手際よく訓練生の服を脱がしにかかる…

栗色「ふぁ……あ、ふっ……///」

パープル「ふふふ……何度見ても綺麗ね、貴女の肌は……ちゅっ♪」

栗色「あ、ああっ……♪」

パープル「遠慮しなくても大丈夫よ? ここの扉は厚いから、外にはまず聞こえないわ♪」

栗色「ミス・パープル……///」目尻に涙を溜めて頬を紅潮させた弱々しい表情で、椅子から崩れ落ちそうになっている……

パープル「まぁまぁ……まだキスだけなのよ? さぁ、いらっしゃい♪」

…まるで胸元から立ちのぼる香気を吸い込ませるかのように胸元を近づけ、腕を取ると贅沢なベッドへと歩み寄る……と同時に、パープルの身体には訓練生の身体がわなないている様子が手に取るように分かる……パープル本人も、暖かな昼下がりに若く綺麗な訓練生をベッドに引きずり込んで楽しむことを考えて内心にんまりとしている…

栗色「ミス・パープル……」

パープル「ん、ちゅっ、あふ……っ♪ ふふっ、もうっ♪」二人してベッドに倒れ込むと、訓練生がパープルの唇を求めて口づけをしてくる……

栗色「……あむっ、ちゅるっ……ちゅぷ、ちゅぅぅ……っ♪」

パープル「あら……んちゅるっ、ちゅるっ……ちゅぽ……じゅる……っ♪」

…ベッドに倒れ込んで唇が触れあった途端、これまでの訓練で見せた嫌がるようなそぶりを振り捨てて、唐突にパープルの舌をむさぼり始めた訓練生……百戦錬磨のパープルでさえも少し驚くほどの勢いと舌遣いで、息を荒くして身体を押しつけてくる…

栗色「んふぅぅ……はむっ、じゅるぅぅ……っ、んふぅ……ふぅ、ふぅっ///」

パープル「まぁ、あらあらあら……きゃあっ♪」

栗色「……せっかくここまで隠し通してきたのに……ミス・パープルが柔らかい身体といい匂いで誘うからいけないんですよ……っ♪」

パープル「あん……っ、あっ、あっ……あぁぁ……んっ♪」

…上等な生地にあるこすれ合うような音をさせてドレスを脱がせていくと、下にまとっているビスチェと白絹のストッキング、それからレースのガーターベルト、そして白くもっちりとした肌があらわになる……ふかふかのベッドで跳ねるようにして互いの服を脱がせあった二人は、そのまま相手を抱きながら脚を絡め、手指をとろりと濡れた花芯へと走らせる…

パープル「あぁんっ、あふっ、あんっ……あ、あぁぁん……っ♪」

栗色「ふあぁぁぁ……っ、最っ…高♪ ミス・パープルの身体……気持ちいい……っ♪」

パープル「ふふふっ、我慢していただけになおさらでしょう♪」ぐちゅぐちゅ……じゅぷっ♪

栗色「そうですよ、訓練の時もあんな風に身体をまさぐられて……っ♪ こらえるのだって……一苦労だったんですか……らっ♪」じゅぷっ、ぐちゅ、ぬちゅ……っ♪

パープル「大変だったのね……そんな我慢強い娘にはご褒美をあげないと……ね♪」じゅぷっ、くちゅくちゅ……っ♪

栗色「そうですよ、ミス・パープルにあてられて一人でしている娘や、人気のないところで盛っている娘を見るたびに興奮を抑えるのが大変だったんですから……っ♪」とぽっ、とろ……っ♪

パープル「ふふっ、もう♪ 言ってくれたならいつだってほかの娘たちみたいに呼んであげたのに……ふあぁぁ……んっ♪」

栗色「だって……」

パープル「……エージェントたるもの、弱味を見せてはいけないから?」

栗色「そうです。さすがに今日はこらえきれませんでしたけど……あっ、あっ、ああぁぁっ♪」

パープル「ふふ……これまでの演技を考えたら十分に合格点よ♪」そう言って訓練生の片脚を抱くようにして開脚させると、秘部を重ね合わせた……

栗色「ミス・パープル、それ……いいっ、良いです……っ♪」

パープル「私も……ああぁんっ、ルーシー……貴女、とってもいいわ……んんっ♪」

栗色「あっ、あ……ふわぁぁぁ……っ♪」ぷしゃぁぁ……っ♪

パープル「ふふ、可愛い娘……ちゅっ♪」

栗色「はひぃ、はぁ……はぁぁぁっ……もっと……ぉ♪」

パープル「ふふふっ、それじゃあ時間の許す限り付き合ってあげるわ……例えば今日いっぱい、ね♪」
635 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/03/21(火) 01:31:21.86 ID:dfZ9ScMG0
………



ドロシー「……ってな具合で、見事に課題をお楽しみにしちまった訓練生がいたんだとさ♪」

ベアトリス「うわぁ……///」

アンジェ「そんなのはファームで訓練生同士が広め合っている馬鹿馬鹿しい噂話にすぎないわ、実際にそんな訓練生がいたとは思えない」

ドロシー「どうかねぇ……ま、とにかく色んな訓練があったもんさ。それはそうと、どんなことがどこで役に立つかなんて分かりゃしないんだから、これからも身を入れて訓練するこった」

ベアトリス「はい。でもベッドでのいろんな事は私に必要あるとも思えないですけれど……///」

ドロシー「分からないぜ? もしかしてプリンセスから夜伽の求めがあるかもしれないしな」

ベアトリス「もうっ、ドロシーさんっ!」

ドロシー「はははっ、悪かったよ♪ さぁ、とっとと片付けてアフタヌーンティでも飲みに行こうぜ?」

…夜・部室…

ドロシー「さてと……昼は身体を動かしたから、今度は頭を使って暗号についての授業と行こうじゃないか」

ベアトリス「はい」


…学校での勉強や課題を終わらせ、それからエージェントとしての「勉強」にとりかかるベアトリス……いくら腕利きエージェントのドロシーとアンジェでも、本来ならそれ専門の教官と施設を使って教えるべきものを即席で教え込むとなるとなかなかに大変で、情報部員として最低限必要な知識や技術を伝えるのには苦労していた……とはいえベアトリスは真面目な生徒で飲み込みも良い方なので、ドロシーとアンジェにとっても座学の時間は復習を兼ねたいい機会になっていた…


ドロシー「まずはおさらいだ……暗号は基本的に「サイファー」と「コード」の二つで出来ているのは覚えているよな?」

ベアトリス「覚えています。サイファーは文字を一文字ずつ置き換えるもの、コードは特定の文や単語を専用の文字列に置き換えるもの……ですよね」

ドロシー「よろしい、その通りだ」

アンジェ「……基本的に一文字ずつを特定の変換方法で置き換える暗号は、どうやっても暗号としての強度は弱い。そこで置き換え方法を途中から変えたり、解読した文章をさらに置き換えたりすることで暗号の強度を保つ」

ドロシー「中世ヴェネツィアはオスマン・トルコに置いていた大使館から、暗号を楽譜にして郵送したこともあった……もっとも、あんまりにも本国へ送る楽譜が多いと怪しまれるから、そうたびたび使うわけにもいかなかったそうだが」

アンジェ「他にも円盤型の置き換え表なんていうのもある」

ベアトリス「それは聞いたことがあります……たしか時計の文字盤のように文字が並んでいて、同心円状になっているそれぞれの円周に違った文字列が並んでいる……」

ドロシー「ああ、そうだ……例えば外周の円にはギリシャ文字、真ん中は数字、内側にはアルファベットみたいに、置き換え表次第でいくらでも好きなように変換できるってシロモノだ」

アンジェ「しかしこれも解読しようと思えばできないこともない」

ドロシー「そこで、単純な一文字ずつの置き換えをやめて、一文字を複数の文字と数字の組み合わせに置き換えたり、あるいは特定の単語を特定の文字列に置き換える「コード式」の暗号を組み合わせることになった」

アンジェ「例えば「A・B・C・D・E……」というのを「0・1・2・3・4……」と規則的に置き換えただけでは簡単に解読されてしまうけれど、ランダムに選んだ文字列で形成されたコードが文中にあったとしたら解読のしようがない」

ドロシー「ただ、コード式の暗号にも欠点はある……伝えたい文章や内容を発信者と受信者双方が知っているコードにしておかなきゃいけないってことだ」

アンジェ「例えばだけれど「リンゴを食べた」という暗号を送りたかったとする。そしてもし「リンゴ」というコードがあったとしても「食べた」がなかったとしたら、その部分は置き換え式の暗号で送るか、さもなければ白文(通常の文)で送るしかなくなる」

ドロシー「そうなると暗号としての強度はガタ落ちになる……なぜなら「食べた」の部分が分かれば残るコードの部分は「なにかの食べ物」だってことが類推できるからだ」

アンジェ「そうしたらあとはそのコードを含んだ他の文を解読していけばいいだけ」

ドロシー「そう。例えば「リンゴ」のコードを含む暗号文に「赤い」だとか「アダムの」だとかが付いていれば、対象は「リンゴ」に絞られちまうってわけだ」

ベアトリス「まるでなぞなぞですね」

ドロシー「ま、似たようなもんさ。だから暗号解読にはパズルの得意なやつだとか数学の出来るやつがよくスカウトされるんだ。今はどうだか知らないが、以前は新聞に掲載された懸賞パズルを解いたやつを解読係として採用したこともあったっていうしな♪」

アンジェ「そういうこと。 それとドロシー、私はそろそろ定期連絡の受信があるから……」

ドロシー「あいよ、それじゃあ残りの講義は私がやっておくよ」手をひらひら振ると、アンジェを見送った……

ベアトリス「……アンジェさんも忙しいですね」

ドロシー「まぁな……このところ女王の後継者を巡る派閥争いで王国も忙しいからな」

ベアトリス「ええ……」

ドロシー「なぁに、プリンセスなら大丈夫さ……あの女性(ひと)は見た目よりもずっとしっかりしているし、なによりお前さんがついているんだ……だろ?」

ベアトリス「ありがとうございます……///」

ドロシー「いいんだよ、気にするなって」軽く笑ってみせるとブランデーを垂らした紅茶を一口飲んだ……
636 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/03/24(金) 00:54:35.89 ID:jaJXwus00
ベアトリス「ところでドロシーさん」

ドロシー「んー?」

ベアトリス「その……ドロシーさんたちのいた「ファーム」では、他にどんな訓練があったんですか?」

ドロシー「なんだ、聞きたいのか?」

ベアトリス「はい。ドロシーさんやアンジェさんって、いつも冷静沈着で……どんな訓練をしたらそういう風になれるのかな……って///」何度となくプリンセスを救ってきたアンジェに対する憧れとわずかなうらやましさをのぞかせて、軽く頬を赤らめた……

ドロシー「なるほどな……まぁ、ファームの実態もある程度は王国に掴まれていることだろうし、今さらお前さんにしゃべったからってどうってこともないだろう……いいとも、話してやるよ」

ベアトリス「お願いします」

ドロシー「ああ……前に言ったかもしれないが、訓練教官は色や花、生き物の名前なんかをコードネームに付けていて、それぞれ専門の「科目」を持っていてな」

ベアトリス「そう言っていましたね」

ドロシー「そうだったな。 とにかく「ファーム」では何よりも、必要なことを必要な時にためらわず実行できる能力を鍛えられたな。例えばナイフや身近な物を使った武器での格闘は「ミスタ・ブルー」っていう教官だったんだが……」

…数年前・ファーム…

訓練生「……次はミスタ・ブルーの授業ね」

訓練生B「あの人の授業は特に厳しいし、あんまりやりたくないわ」

ドロシー「まさに「ブルー(憂鬱)な気分」ってところだな?」

訓練生「ええ、本当に……」

訓練生B「しっ、来たわよ」

ブルー「……諸君、それでは始めよう」

…足音も立てずにしなやかな動きでやって来た教官は「ブルー」という名前にふさわしく青白くやせこけている……教官が軽くうなずくと、運動場の左右二列に分かれた訓練生たちの前に補助教官たちが一振りずつ鞘付きナイフを置いていく…

ブルー「さて……これまでの訓練である程度ナイフを使った戦い方は習得できたはずだ。今日はその練習の成果を発揮してもらう」

ブルー「……見ての通り諸君の足もとにナイフが一振りずつあり、これで向かい合う相手とナイフ戦をしてもらう。これは今までの訓練と変わらないが、今回はより一層の緊張感を持たせて実戦に近づけるため、中の何本かは刃を止めていない」淡々とそう言うと、訓練生たちの間にかすかなざわめきが起こった……

ブルー「ちなみにどこに置いたナイフが刃の止めていないナイフかは私にも分からない。完全に無作為で置いてある……つまり、手を抜けば最悪死ぬことになる」

訓練生「ごく……っ」

ブルー「では、ナイフをとって……任意に始めたまえ」

…いわば金属の板にすぎない刃を止めたナイフでも真面目に立ち回ってきた訓練生たちだったが、刃の研がれた本物のナイフが混じっているとなるとその表情は桁違いに真剣さを帯びてくる…

訓練生C「はっ!」

訓練生D「ふっ……!」

…まるでダンスを踊るかのように互いの周囲を巡り、間合いを詰めるとナイフを振る瞬間だけ息を吐く……構え方はそれぞれのスタイルや得意な形に合わせて様々だが、白刃がきらめくたびに相手は飛び退き、ナイフが空を切ったと見ると一歩踏み込んで切りつける…

訓練生E「……やっ!」

訓練生F「くぅ……っ!」

補助教官「そこの二人、やめ!」

訓練生G「たあっ!」

訓練生H「うっ……!」

補助教官B「それまで!」

…喉元にナイフを押し当てられたり、組み敷かれて身動きが出来なくなった段階で教官たちが割って入る……訓練相手は入れ替わり式で、勝った方は隣の組の勝った方と、負けた方は負けた方で次々と替わっていく……次第に勝ち抜いていったドロシーが最前列まで来ると、向かい側にアンジェが立っている……二人のかたわらにはブルーが立ち、何一つ見落とすことのない鋭い目で全体を見わたしながらも、二人を間近で観察している…

ドロシー「よう、アンジェ」

アンジェ「ドロシー……準備は良い?」

ドロシー「ああ、いいさ。それじゃあ始めるか?」

アンジェ「ええ……はっ!」
637 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/03/24(金) 01:19:29.05 ID:jaJXwus00
ドロシー「くっ!」

…アンジェの小柄な身体がドロシーの振ったナイフをかいくぐって懐に飛び込んでくる……が、その動きを予見していて振ったナイフを引いて下からの突きに繋げるドロシー…

アンジェ「……っ!」

ドロシー「はぁ……っ!」

…実戦と同じく蹴りや組み付きも禁止ではないことから、長い脚を有効に使って蹴りを入れるドロシー……アンジェはとっさに飛び退いたが、手首に当たった蹴りでナイフが弾き飛ばされる…

アンジェ「ちっ……!」そのままもう一回後ろに飛び、地面に落ちたナイフをぱっと拾い上げる……

ドロシー「……さすが!」

アンジェ「貴女もね……ふっ!」

ドロシー「うっ……く!」ドロシーの額をかすめたナイフが前髪に触れ、赤っぽい毛が数本切り散らされてひらひらと舞った……

ドロシー「まさかお前のが本物かよ……はあっ!」

アンジェ「たぁぁ……っ!」

ドロシー「ぐ……っ!」

…リーチそのものはドロシーより短いが、それを補って余りある機敏な動きで容赦なく間合いを詰めてくるアンジェ……ドロシーもアンジェの呼吸を読んで鋭い突きや払いをかわしていたが、さすがに避けきれず体勢を崩し、とっさに空中で宙返りをすると地面に手をついた……その隙を逃さずアンジェが飛び込んでくる…

アンジェ「やあっ……!」

ドロシー「さすがだよアンジェ……だけどな!」ここを先途とばかりに飛び込んでくるアンジェに対し、手に握り込んだ運動場の砂を顔面に浴びせかけた……

アンジェ「うぷ……っ!?」

ドロシー「そらっ!」アンジェのナイフを弾き飛ばすと地面に押し倒し、喉元にナイフを当てた……

補助教官「よし、そこまで!」

ドロシー「ふー、やれやれ……まったく寿命が縮まったぜ」

ブルー「……よくやった。あそこまで体勢を崩された所から立て直すのは難しく思えるが、今のように機転を利かせて対処すれば活路も見いだせる。大したものだ」

ドロシー「どうも」

ブルー「君の戦い方もなかなか良かった。腕の振りも早ければ力もある……ただ、君の戦い方は上手だがいささか綺麗で正統派すぎる。もっと相手の意表を突くようなずるいやり口や汚い戦い方も身に付けることだ」

アンジェ「以後気を付けます」

ブルー「よろしい……だれか怪我人は?いないな? 結構、ならもう一回だ」

………



ベアトリス「……それにしても本当のナイフでなんて、危険すぎますよ」

ドロシー「まぁな……だが教官はこう言っていたよ「怪我は訓練のうちにしておけ、本番で怪我をしたらおしまいだ」ってな」

ベアトリス「確かに一理ありますけれど……でも、やっぱりアンジェさんは強いんですね」

ドロシー「ああ。あの冷血女は本当に何でもこなせるやつさ……」

ベアトリス「そうですね……他にはどんな訓練があったんですか」

ドロシー「そうだな……ああ、そうそう。ある程度ファームにも馴染んだ頃に「遠足」があったっけ」

ベアトリス「遠足ですか? でも情報部員の養成施設なんですから、普通の遠足とは違うんですよね?」

ドロシー「はははっ、察しが良いな♪ 確かに普通の遠足とはまるっきり別物だったさ」

ベアトリス「やっぱり……」

ドロシー「そりゃあ普通の学校とはわけが違うからな……あれはファームに入ってひと月もたたないころだったが、訓練生全員が目隠しをされて樽だの箱だのに押し込められて、馬車やトラックに載せられるとどっかに運ばれるんだ……」

638 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/04/01(土) 01:03:58.05 ID:eU6vTxTE0
…どこかの牧場…

ドロシー「あいてて、すっかり身体がこわばっちまった……」

アンジェ「……」

訓練生「ねぇ、ここはどこかしら……お日様の高さからすると出発してから二時間くらいのようだけど」

訓練生B「分からないわ。樽に押し込められてから何回かぐるぐる回されたし、おかげで方向感覚もめちゃくちゃ……」

ホワイト「さあさあ、おしゃべりは後にして整列したまえ……ミスタ・ブルー、後は君が」

ブルー「ええ……さて、今日は少し毛色の違った訓練を行う」

…田舎道を何時間か揺られていると不意に乗り物が止まり、樽や箱から出されると目隠しを外された訓練生たち……教官たちに連れられて来たのは「ファーム」から二時間あまりの場所にあるどこかの牧場で、青草の伸びたなだらかな丘には放牧されている羊や山羊、黒鹿毛や鹿毛のサラブレッドが数頭、それに乳牛として飼われているジャージー種の牛たちがいて、鶏舎ではせわしなく穀物をついばむドーキング種のニワトリ、豚舎では餌を咀嚼しているヨークシャー種の豚が暮らしている…

ブルー「まず、諸君にはそれぞれ班で分かれてもらう……先頭から十人目までは私に、その次の十人はレディ・スカーレットに、あとの者はミスタ・ホワイトの指示に従うように」指示に従って教官たちの前に並ぶ訓練生たち……

………

…ホワイトの班…

ホワイト「では、君たちにはまず乗馬を覚えてもらおう……本物の騎手とまでは言わないが、基本的な馬の御し方くらい覚えておいて損はないからね」

訓練生C「……あたし、馬なんて乗ったことないんだけど」

訓練生D「私も鉱山では見たことあるけど……乗ったことはないよ」

訓練生E「わたくしは経験がありますわ」

ホワイト「こらこら、静かに……ことわざにも「ものは試し」というからね。基本的な事は私が教えるから順繰りにやっていこう」

…そう言うと背の高いサラブレッドの鼻面を優しく叩き、ひらりとまたがったホワイト……そのままウォーク(常足)からトロット(速足)、それからキャンター(駈足…ギャロップ)と馬を駆けさせ、最後は訓練生たちのすぐ前でぴたりと止めてみせた…

訓練生C「すごい……」

ホワイト「お褒めにあずかり恐縮だよ、ミス・コールドウェル」訓練生たちのくすくす笑いが収まると真面目な表情に戻した……

ホワイト「……それでは基本的な馬の性質や御し方、そして機嫌の取り方を勉強しよう」

…しばらくして…

訓練生D「……きゃあっ!」

ホワイト「おっと、大丈夫かね? 馬に乗っている以上、落馬はあり得ることだ。落ちたときに後脚で蹴られたり頭を打ったりしないよう、さっき教えた受け身を取るようにしなさい」

…馴染みのない人間が次々と騎乗したせいで少し気が立っているサラブレッドたち……途中で何人かの訓練生が竿立ちにになった馬に振り落とされたり鞍から放り出されたりしたが、ホワイトは馬をなだめるといつものように「もう一回やってみよう」と訓練生を再び馬にまたがらせた…

訓練生D「はい……あいたた」

ホワイト「……馬は賢い生き物だ、おっかなびっくりで手綱を取ると乗り手のことを侮って言うことを聞いてくれない。冷静かつこちらが主人であることを示す態度で御するように」

訓練生D「分かりました」

ホワイト「……良い調子だ、ミス・エディントン」

訓練生E「ありがとうございます」

ホワイト「うむ、その調子で御しているようにね……」

…そう言うと不意に小型のリボルバーを取り出し、馬の側で上空に向けて空砲を放ったホワイト……物音に敏感なサラブレッドは途端に暴れ出し、訓練生が手綱を引いても跳ね回っている…

訓練生E「うっ、く……!」

ホワイト「大丈夫かな、ミス・エディントン?」

訓練生E「え、ええ……どうにか御し切れると思ったのですけれど……」

ホワイト「もう少しだったよ。今度は跳ね飛ばされないようにしっかり太ももの筋肉で馬体を挟むようにすることだ……もしかしたら銃撃を受けながら馬で逃げるような事があるかもしれないからね」

訓練生E「はい」

ホワイト「……それから落馬するようなときは、あぶみに足を残していると骨折したり馬に蹴られたりするから、すぐあぶみから足を外して飛び降りるようにすること……それに倒れた馬の下敷きになったりしたら、自分で抜け出すのは難しいからね」

訓練生E「そうします」

ホワイト「よろしい……君たちも良く覚えておくように」

訓練生たち「「はい」」

ホワイト「よろしい」
639 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/04/06(木) 01:08:25.09 ID:kv1URGYP0
…そのころ・施設の一角…

ブルー「では、諸君にこれを渡そう」

訓練生F「……見たことない形ね」

訓練生G「何のナイフかしらね……毛刈りでもするのかしら?」

…施設の中、何頭かの羊たちが柵の内側に固まっている一角に連れてこられた訓練生たち……ブルーから列の先頭に立っている数人に渡されたのは鎌のような形に湾曲したナイフで、内側に刃が付いている…

ブルー「……さて、この中には見たことがない者もいるだろうが、これは羊や山羊を処理するときに用いる首切りナイフだ」

訓練生F「えっ……」

ブルー「情報部員になれば人の命を取る場合もあるだろう、そんなときにいちいち気絶などされていては役に立たない……そこで今日は羊を始めとした家畜で「と畜」を行い、血に慣れてもらう。手際よく、苦しめないよう始末してやること」

訓練生G「う、でも……」

ブルー「でも、なんだ? この穏やかな目をした牛や豚、羊といった動物が諸君の食べている肉になるのだ。都合の悪い真実からも目をそらさず直視する勇気が情報部員には必要だということを忘れるな」ブルーは冷たく訓練生たちを眺め回し、淡々と続けた…

ブルー「言っておくがと畜した羊や子羊の一部は市場へと出荷されるが、大部分は諸君の夕食になるのだ……さて、最初に誰がやる?」

訓練生たち「「……」」

アンジェ「私がやります」

ブルー「よろしい。決心の早さと思い切りの良さというのはエージェントにとって大事なことだ……まずは羊の横に近寄って胴体を抱きかかえるようにし、ナイフを持っていない方の手をあごのしたに回す……」

アンジェ「はい」

ブルー「そして、軽くあごを上向かせてのど首を露呈させる……」

アンジェ「こうですか」

ブルー「それでいい……そして、あとはナイフをあてがって勢いよく一気にかき切る。できるな?」

アンジェ「……できます」

ブルー「いいか、喉を切るときは決してためらうな……遠慮がちに切られると家畜は痛さで暴れるし、より一層苦しむことになるのだ」

アンジェ「分かりました」

ブルー「よし。では私が羊を押さえてやるからやってみなさい」

アンジェ「はい」

ブルー「さて……羊は上手な人間にと畜されると、一瞬『メッ……』と鳴くだけだが……諸君はどうだろうな」

………

ベアトリス「……」

ドロシー「……ちなみにその晩にはマトン(羊肉)やラム(子羊)のローストが出たが、残しているやつも多かったな」

ベアトリス「そうでしょうね」

ドロシー「ちなみにアンジェのやつは『ふん……自分で見ないで済んだものは喜んで食べるくせに、血を見るのは嫌だなんてただの甘えにすぎないわ』って言ってたな」

ベアトリス「そうかもしれませんけど……私だったらちょっと食べるのをためらっちゃいます」

ドロシー「でも新鮮で美味かったぜ?」

ベアトリス「……あー、えーと……他にはどんなことをしたんですか?」

ドロシー「そうだな、あとは……」

………



640 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/04/06(木) 01:53:38.55 ID:kv1URGYP0
…牧草地…

スカーレット「それでは、これから音を立てない歩き方や止まり方の訓練を行います……頑張って下さいね」

…若々しく健康そうなスカーレット教官はその引き締まった脚を乗馬用ズボンとブーツで包んでいて、きゅっと引き締まった脚は何マイルでも歩けそうに見える……訓練生たちは牧草地で爽やかな青草の匂いを嗅ぎながら、スカーレットの指示を聞いている……最初に一人の訓練生が選ばれると、スカーレットが横に立った…

スカーレット「では、これから私の指示する通りに動くように……いいわね?」

訓練生H「分かりました」

スカーレット「よろしい、それでは真っ直ぐ歩き始めて?」

…作業つなぎ姿の訓練生がスカーレットや訓練生たちに見守られながら、てくてくと歩き始めた……訓練生が一歩踏み出すと、そのたびにそよ風のざわめきとは別に草むらが音を立てる…

スカーレット「……もっとゆっくり、牧草の触れあう音もさせないように」

訓練生H「はい……」

スカーレット「もっと慎重に、丁寧に……太ももの筋肉がつらいでしょうが、時間をかけてゆっくりと足を下ろす……」

訓練生H「……」

スカーレット「それから足を下ろす先になにがあるかよく見て、一歩一歩かかとの方からゆっくりと……」

訓練生H「はい」

スカーレット「足を下ろすまで重心は残している足にかけておくこと……そう、上手上手。今度は少し左へ行ってみましょう」

訓練生H「ふー……」

スカーレット「そのまま、そのまま……伏せて!」

訓練生H「……っ!」

スカーレット「……ミス・ヘリアー、なぜ私の指示に従わず横にずれてから伏せたの?」

訓練生H「……すみません、レディ・スカーレット」

スカーレット「謝らなくても良いわ。どうして伏せるよう指示したのに身動きしたのか教えてちょうだい?」

訓練生H「その……えぇと、そこに馬糞が落ちていたものですから……それで……」

スカーレット「なるほど。もし敵に気付かれそうな状況に陥って、伏せてやり過ごそうと言うときに身動きしたらどうなると思う?」

訓練生H「……」

スカーレット「私が伏せるように言ったら、水たまりであろうと馬糞の山であろうと、即座にその場で伏せるように……ミス・ヘリアー、柵に沿って牧場を一周していらっしゃい、駆け足でね?」たっぷり数十エーカーはある牧場の柵を指し示した……

訓練生H「はい」補助教官の一人に連れられて、牧場の外周を走り始めた……

スカーレット「では次……」

………

ホワイト「……情報部員ともなるとよくあることだが、長時間の監視任務に就いた場合、交代がくるまで何時間も動かずにいる忍耐力が必要になってくる」

ホワイト「そこで君たちには、監視ポイントに着いたつもりになってどれくらい身動きできずにいられるか挑戦してもらう。監視対象は向こうの生け垣にしよう」百ヤードもないところにこんもりと茂っている生け垣を指さした……

ドロシー「……やれやれ、これじゃあ陸軍の斥候だぜ」教官に聞こえないよう、口の中でぐちをこぼす……

ホワイト「コツは最初に出来るだけ楽な姿勢を取れるよう位置どりをすること……時にはそういった必要も出てくるだろうが、基本的に無理な姿勢で数時間を過ごすのは難しいからね」

…ホワイトの助言を受けて、牧草の上でもぞもぞと身動きをして姿勢を作る訓練生たち……地面に身体を付けてじっとしている様子は、まるで猟の待ち伏せか昆虫観察のように見える…

ホワイト「準備はできたかね? ……それじゃあ私が『始め』の合図をした後は自分の鼻に止まった蠅ですら追い払わず、ただ石像のように姿勢を維持すること」

ホワイト「それから、こうした監視任務の場合は地面で身体が冷えるから、本番の監視任務にあたるようなことがあったら間違いなく厚手のものを着ておくこと……私も駆け出しの時に身体が冷えておしっこを漏らしそうになったからね」訓練の鬼ではあるが優しい物腰のホワイトが放つ冗談に、訓練生たちの間から失笑が漏れる……

ホワイト「……実際問題として、急いで監視地点から撤収しなければならないとか対象の尾行に移らなければならないと言ったときに身体が冷えてこわばっていては任務に支障をきたすし、脚や身体がしびれていてよろめいたりしたら物音が生じ、任務や君たちの生命そのものにも危険が及ぶ」

訓練生たち「「……」」

ホワイト「そういった事態が生じないよう、時々靴の中でつま先を動かすとかして血流を滞らせることのないように……」

ホワイト「さて、説明はこのくらいにして……まずは二時間を目安にやってみようか。 よーい、始め」

641 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/04/09(日) 01:31:49.11 ID:j/YqdF0T0
…数十分後…

訓練生A「……ふわ……んくっ」出かかったあくびをかみ殺そうとするが、間に合わず息が漏れる……

ホワイト「ミス・アーガス。監視任務は単調で退屈かもしれないが、情報部員にとっては避けられない任務の一つだよ?」

訓練生A「済みません……」

ホワイト「分かっているなら結構。では眠気覚ましに牧場を一周しておいで?」

訓練生A「はい」

訓練生B「……っ!」目の周囲を這い回りはじめたハエを、思わず手で払いのけてしまう……

ブルー「バーン……残念、君は王国防諜部に撃たれてあの世行きだ。 一周してくるんだ」

訓練生B「はい」


…ぽかぽかと温かい穏やかな日差しの中、身じろぎひとつせずに「監視」を続ける訓練生たち……が、顔の周りをうるさく飛び回る虫や忍び寄る眠気に勝てず、つい身動きをしてしまったりウトウトしてしまったりして、教官に皮肉を言われながら一人また一人と駆けだしていく…


ドロシー「……(あーあ、監視任務の訓練って言ったってただ生け垣を眺めているだけだもんな『プリンセス・プリンシパル〜Crown Handler・第三章〜』でも見に行きたいぜ……)」

アンジェ「……」

ドロシー「……(しかしアンジェのやつ、相変わらず眉毛一つ動かさないな……いったい何があったら表情を変えるんだ?)」

スカーレット「ミス・カーター? お昼寝をするにはもってこいの陽気だけれど、交代要員が来るまでは我慢しないといけないわね」

訓練生C「すみません、教官。走ってきます……」

スカーレット「よろしい」

…二時間後…

ホワイト「よーし、ではそろそろおしまいにしようか。最後まで我慢できた君たちは実に忍耐強いな、将来が楽しみだ」

スカーレット「ミスタ・ホワイトの言うとおりね。どうしても秘密情報部員だとかエージェントだとか言うと、華々しい活躍や手に汗握るような破壊工作を想像しがちだけれど、実際はこうした単調で地味な任務がほとんどなの」

ホワイト「そう、残念ながらそういうものなのだ……さて、ずっと寝そべっていてすっかりあちこちがこわばってしまっただろう。牧場を一周して少し身体をほぐしておいで?」

ドロシー「結局走らされるのかよ……」

………

…別の日・牧場の厨房…

しわくちゃのお婆さん「ああ、いらっしゃい……この娘たちが新しい訓練生ね?」

…訓練生たちが集められた厨房は数十人分の食事がいっぺんにまかなえる大きさで、ピカピカに磨き上げられた銅製の鍋や鉄のフライパン、各種の調理器具がきちんと整頓されて取りそろえてある……ホワイトに引率されてやって来た訓練生たちを出迎えたのは白髪で笑いじわを口元に浮かべたエプロン姿の年配女性で、親しげな様子でホワイトに声をかけた…

ホワイト「ええ、ミセス・アプリコット……諸君、紹介しよう。君たちに家事や料理を教える、ミセス・アプリコット……アプリコット教官だ」

アプリコット「教官だなんて、そんなご大層なものじゃないわ……始めまして、皆さんに料理をお教えするアプリコットです、どうかお見知りおきをね♪」しわくちゃの顔一杯に優しい田舎のお婆ちゃんのような笑みを浮かべ、古めかしい作法で一礼した……

ホワイト「では、後はお願いします」

アプリコット「ええ、ミスタ・ホワイト……さて、皆さん手は洗った? エプロンは着けた?」

訓練生たち「「はい、ミセス・アプリコット」」

アプリコット「そうかしこまらないで結構よ……それじゃあ、皆さんには順番に料理とお菓子の基本をお教えしましょうね♪」

…調理台に開いた料理本を置き、数人ずつ呼んで基礎を教え始めたアプリコット……訓練生の中には下働きのメイドや料理屋の女の子として多少調理の心得がある者もいるが、反対に卵の割り方も知らないようなまったくの初心者もいて、アプリコットと二人の補助教官「オレンジ」と「シナモン」が丁寧、かつアルビオンらしい皮肉たっぷりに料理のイロハを教え込む…

訓練生D「出来ました、ミセス・アプリコット……」

アプリコット「そう。 ではさっそく見せてもらえる、ミス・デヴォン?」

訓練生D「……これです」

アプリコット「はて、これは何かしら……地面に落ちていた革手袋?」訓練生たちの間から思わずくすくす笑いが漏れる……

訓練生D「いえ、その……オムレツです……///」

アプリコット「そう。見たところ革手袋にしか見えないけれど、私の目が悪いだけかもしれないわね……ふむ、食感もごわごわしていて革手袋に似ているわ」

訓練生D「///」

アプリコット「……ミス・デヴォン、どうやら火加減を誤ったようね。プレーンオムレツは卵料理の基本にして最も難しいものだから細心の注意が必要よ。ではもう一度、さっき私が教えた通りにやってご覧なさい?」

訓練生D「はい……」

アプリコット「ではお次の方、出来上がった料理を持っていらっしゃい?」
642 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/04/17(月) 00:58:14.05 ID:i7ilfSoi0
………



ベアトリス「それじゃあドロシーさんとアンジェさんも?」

ドロシー「ああ、形ばかりはな」

ベアトリス「そういえばアンジェさんも一度オムレツを作った事がありましたね」

ドロシー「ああ、例の偽装亡命で壁越えのルートを探ろうとしたあいつの時か……そうだな、アンジェのやつ「買ってきた」とかなんとか言ってたが、きっと作ったんだと思うね」

ベアトリス「あれ、上手でしたよね」

ドロシー「あいつは何でもそつなくこなすからな……ファームで料理を習得させられた時もなかなかのものだったぜ」

ベアトリス「でも、アンジェさんってあんまりお料理やお菓子作りをしませんよね」

ドロシー「まぁ言うなれば「ガラじゃない」ってことだろうな……料理や家事みたいな技能に関してはなりきるカバー(偽装)がエージェントによって違うから、そこまで高いスキルが要求されないやつもいるし、反対にメイドや料理人に向いていそうなやつはみっちり仕込まれるんだ。そこは全員がある程度の水準を求められる暗号作成や安全な連絡の取り方みたいな「必須」の能力と違うところだな」

ベアトリス「なるほど」

ドロシー「でも、料理や菓子作りも必須じゃないとはいえなかなか厳しかったぜ? ある程度できるようになってくると教官が並んでいる所に料理を出したりするんだが……最初はみんなアプリコットの訓練を「優しいおばちゃんと楽しいお菓子作り」くらいに思っていたもんだが、訓練が進むにつれて「あのしわくちゃアンズばばあ」って陰口をたたくほどだったからな」

ベアトリス「ひどいですね」

ドロシー「なにしろそう言いたくなるくらい手厳しかったからな……『ミス・ドロシー、これはスフレかしら? 私にはしなびた花びらに見えるわ?』とか『味がしないわね、まるで未開の土地の地図のように真っ白』とか……今でもはっきり覚えてるよ」

ベアトリス「……くすっ」

ドロシー「笑い事じゃなかったぜ? しくじればやり直しだし、おまけに罰として皿洗いまでやらされるんだからな」

ベアトリス「確かにお皿洗いは大変ですよね……」

ドロシー「ああ……かくしてエージェントの卵として色々やらされて、最後はめでたく「卒業試験」ってわけだ」

ベアトリス「なるほど。それでアンジェさんとドロシーさんの場合はどんな「卒業試験」があったんですか?」

ドロシー「ああ、それか……私たちの時は革命騒ぎの混乱が収まるまでの間に急いでエージェントを植え込まなきゃならなかったし、情報収集だけじゃなくて荒事もできる人間が必要だったから、そんな悠長な課題じゃなかったな」

ベアトリス「というと?」

ドロシー「それなんだが、ある日いきなり街中のネストに連れて行かれたかと思うと教官からピストル一挺とナイフ一振りを渡されて、治安の悪い街区に行って札付きのちんぴらを始末してこい……って内容だったな」

ベアトリス「えっ?」

ドロシー「何も驚くようなことじゃない……騒ぎを起こさず街のごろつき一人バラせないようじゃあエージェントとして何かあったときに使えるわけがないからな」

ベアトリス「……でも、街で誰か殺されたら警察が調べたりするんじゃないですか?」

ドロシー「いいや。ああいうやくざ者は恨みを買っていることも多いし、殺されたとしても警察は面倒を起こす街のダニが一人減ったと喜ぶ程度で真面目に捜査したりなんてしないさ」

ベアトリス「そういうものなんですか」

ドロシー「そういうものさ。こいつは私の想像だが、コントロールは警察の前科者リストを持っていて、その中からいつ殺されてもおかしくないようなやつを選んでいるんだろう。そもそも連れて行かれた街区はパトロールの警官だって尻込みして行かないようなガラの悪い場所だし、まともに捜査がされるとも思えないな」

ベアトリス「なるほど……それでお二人は……」

ドロシー「ああ、ちゃんとやったよ……結局のところ、腕前を知りたいって言うよりは訓練生に「もう戻れないぞ」っていう覚悟をさせるための卒業試験だったんだろうな……」

………

…とある日・ファームの教官室…

アンジェ「失礼します」

ドロシー「教官、何のご用でしょうか」

ホワイト「ああ、二人とも来たか……まぁかけたまえ」

ドロシー「はい」

ホワイト「さて、と……実は君たちの「卒業」についてだが、これまでの成績も優秀だし、我々教官たちで相談した結果そろそろ「卒業試験」を行おうということになった。 おめでとう」

アンジェ「ありがとうございます」

ドロシー「それはそれは……で、その「卒業試験」はいつやるんです?」部屋に置いてある数少ない身の回りのものやあれこれを片付けることを考えて、教官に尋ねた……

ホワイト「今からだ」
643 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/04/23(日) 01:05:41.15 ID:REj/uLzP0
…西ロンドン・港湾地区のネスト…

ホワイト「さぁ、着いたぞ」

ドロシー「ようやくですか……あやうく腰痛になるところでしたよ」

…貨物自動車の運転席に座っていたホワイトが声をかけ、荷台との仕切り板をバンバンと叩くと、後ろに積まれた箱の中から愚痴をこぼしつつ降りてきたドロシー……続けてアンジェが出てきたが、こちらはいつものように顔色一つ変えていない…

ホワイト「若いのにだらしがないな……着替えや装備は奥の部屋にある。支度をしたまえ」

アンジェ「はい」


…ドロシーとアンジェが連れてこられた古ぼけた下宿屋の奥の部屋にはクローゼットがひとつあり、二人に合うサイズの衣服が数着ばかり畳んでおいてある……それから冷め切った暖炉の灰をかき分けるとレンガを敷いた炉床の下に隠しスペースがあり、それぞれに標準的なナイフ一振りと.320口径の小型リボルバーが一挺、互い違いになるように収納してある…


ドロシー「……どうやらこれを使えってことらしいな」

アンジェ「そのようね」

ドロシー「ああ……」

…愛想のないアンジェの相づちに生返事をしながらウェブリー&スコットの小型リボルバーを手に取ったが、何か気になった様子で弾の入っているシリンダーを開き、途端に「ちっ……」と小さく舌打ちをした…

アンジェ「どうかした?」

ドロシー「まぁな……簡単に言うとこういうことさ」そういうと中折れ銃身を開いて手のひらにバラバラと銃弾を出してみせたドロシー……

アンジェ「不良品ね」

ドロシー「ああ。しっかしこんな弾を装填しておくなんて、教官も底意地が悪いぜ♪」

…状態の悪い弾がシリンダーに込めてあるのを確かめると苦笑を浮かべ、錆び弾やゆがんでいる弾をゴミ箱に捨て、弾の入っている紙箱を探し出して状態のいいものを選び出す…

アンジェ「きちんと武器の状態を確かめるのも課題のひとつということね……ナイフをひと振りどうぞ」

ドロシー「おう……銃の片方は持って行けよ。先に選んでいいぜ?」お互いに「味方」であり、武器に細工をしてあざむいたりするような事はないと思ってはいるが、相手が安心出来るようにと先に武器を選ばせる……

アンジェ「ありがとう。そうさせてもらうわ」アンジェも銃のシリンダーを開き、不良品の銃弾を捨てるときちんと弾を込め直した……

…十数分後…

ホワイト「……準備は出来たかね?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「出来ましたよ」

…教官たちの前にやってきた二人は格好も態度も上手く馴染んでいて、アンジェは地味なスレートグレイとあせた青色の服、手には手提げカゴの買い物スタイルで、ドロシーは濃いモスグリーンと黒に近いダークグレイの上下に古ぼけたボンネットをかぶり、働きに出ている家族のところへ弁当でも届けに行くといった雰囲気を出している…

ホワイト「結構……それでは出かけよう。アンジェ君は私と、ドロシー君はミス・スカーレットと一緒に行動したまえ」

ドロシー「よろしくお願いします」

スカーレット「こちらこそ」

…市内・港に近い街区…

ドロシー「……それで、試験の内容は?」

スカーレット「今から説明するわ……試験の目標はあの男を始末すること。手段は問わないけれど出来るだけ騒ぎを起こさず、確実に行うように」

ドロシー「あいつか……」

…教官の目線の先には、いかにも一癖ありげなちんぴらやくざが歩いている……服は汚れたツイードの上下に鳥打ち帽(ハンチング帽)で、耳たぶが醜く変形していて鼻梁がゆがんでいるところを見ると、どうやら賭けボクシングか何かをやっていたことがあるらしい…

スカーレット「……刻限は日付が変わるまで。終わったら尾行を避けてネストまで戻るように」

ドロシー「はい」

スカーレット「それから私はあくまでも採点役なので、もし警察などに追われるような事があっても手助けは一切しません。自力で振りきってネストまでたどり着くこと」

ドロシー「分かりました」

スカーレット「よろしい。では、好きな時に始めて……頑張ってね?」淡々と内容を説明すると角を曲がって離れていったが、去り際に少しだけ励ましていってくれた教官……

ドロシー「……もちろんですとも♪」

………

644 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/04/28(金) 00:58:01.65 ID:2OcjMk570
ベアトリス「……そ、それで」

ドロシー「ああ、無事に殺ったよ……」

………

ドロシー「……」

いかつい男「うい……っく」

…標的の男は身長も幅もたっぷりあり、気の小さい人なら近寄ることも遠慮するような裏通りを我が物顔でのしのしと歩いて行く……歩道に放り出されている生ゴミや、時には寝ている失業者の身体を脚でどかし、思い出したように上着のポケットからラム酒の瓶を取り出してはラッパ飲みしている…

ドロシー「……」

いかつい男「……んぐ、んぐっ」

…男は薄汚いパブや怪しげな下宿屋、それに古い調理油のすえた臭いを漂わせている料理屋を通り過ぎ、次第に運河の方へと歩いて行く……その後方、二十ヤードばかり後ろから早過ぎもせず、また遅すぎもしない歩みで決行のタイミングをうかがっているドロシー…

いかつい男「ちっ、無くなっちまった……」飲み干したラムの空き瓶を歩道に投げ捨て、ぶらぶらと歩いて行く……

ドロシー「……」

…左右の家々は崩れかけ、また煤煙で真っ黒に汚れていて、ときおり港を出る船が鳴らす出港の汽笛が「ボー……ッ」と余韻を残して鳴り響く……ドロシーは上着の下からウェブリー&スコット・リボルバーを抜き出すと、撃鉄をカチリと起こした…

いかつい男「……ひっく」

ドロシー「……」

…道端に捨てられている生ゴミやすり減っている歩道の敷石で滑ったりしないよう慎重に距離を詰めていく……大柄なドロシーだが訓練のおかげで足音を立てることもなく、標的の真後ろ、ほんの数ヤードの距離まで近づくとぴったりと照準を合わせた……そのまま小さくため息を吐くように軽く息をして、船の汽笛が鳴るのを待つ……と、また船の汽笛が長く尾を引くように鳴った…

ドロシー「……」パン、パンッ!

いかつい男「……っ!」突如心臓を撃ち抜いた二発の.380口径の銃弾に、胸をかきむしりながら裏路地に倒れ込む……

ドロシー「……よし」

…通り過ぎながら軽く身を屈め、首筋に指を当てて息の根が止まっている事を確かめると普段通りに歩き去る……緊張と興奮のためか身体は火照りを覚えているが、どうにか落ち着かせて運河沿いに出ると、弁当のサンドウィッチなどがよく入っていそうな紙包みでウェブリーをくるむと、何気ない様子で運河に投げすてた…

………

…半時間後・指定のネスト…

ドロシー「……」特定のリズムでドアをノックするドロシー……

スカーレット「あら、お帰りなさい」

ドロシー「どうも。無事に戻りましたよ」

スカーレット「そのようね……さ、中に入って?」

…居間…

スカーレット「……それで?」

ドロシー「数ヤード後ろから心臓に二発。きちんと確認もしました」

スカーレット「おめでとう、これで貴女は無事合格よ♪」さしたる家具もない下宿屋の一室なので「シャンパンでお祝いというわけにもいかないわね」と、注ぎ口の欠けたポットから薄い紅茶を注いでくれるスカーレット……

ドロシー「ありがとうございます」

…鋼のような精神を訓練で身に付けたはずだがそれでもわずかに手が震え、口もカラカラに渇いているドロシー……教官の前で余裕の笑みを浮かべてみせながらどうにかカップを持って、ぬるくて甘い紅茶をすすった…

スカーレット「いいえ……私も卒業試験が終わった時は手が震えたものよ♪」

ドロシー「教官にはすっかりお見通しでしたね」

スカーレット「いいえ、貴女は上手に隠せているわよ……ちょっとカマをかけてみたの」

ドロシー「おっと」

スカーレット「ふふ……それじゃあ、飲み終わったらここを引き払いましょう。この後は本部の指示に従ってカバーやレジェンドを作り、頃合いとなったら実際の任務に就くことになる」

ドロシー「ま、どうにかやってみせますよ」

スカーレット「貴女なら十分できるわよ、優秀な生徒だったもの……飲み終わったようね、行きましょう」二人はカップの紅茶を飲み干すと茶器を台所に片付け、裏口から霧がかった西ロンドンの街へと姿を消した……

………

645 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/05/03(水) 01:09:35.06 ID:IhOEUViF0
ドロシー「……かくして私とアンジェは無事エージェントとしてデビューすることになったわけだ」

ベアトリス「なるほど……でも、訓練を終えた段階でスパイになりたくないっていう人もいるんじゃないですか?」

ドロシー「無論そういうやつは一定数いる。基本的にエージェント候補になりそうなやつって言うのは退役、あるいは現役エージェントが役に立つ地位や素質を持っている「これ」って人間を管理官に伝え、そこから「スカウト」…ポインターなんて言ったりもするが…の連中が身辺調査をした上でリクルートするようになっているんだが、よっぽど覚悟か決まっているか、性に合っているやつじゃない限りはどこかの段階でおっかなくなって二の足を踏んじまうもんさ」

ベアトリス「分かります……でも、それじゃあせっかく訓練したのが無駄になっちゃいますね」

ドロシー「そこさ。情報部としては手間をかけて養成したあげく、施設や訓練内容みたいな機密を知った人間を「はいそうですか」と自由にするわけにはいかない」

ベアトリス「じゃあどうするんですか?」

ドロシー「そういう場合はたいてい脅迫か懐柔だな……訓練生としてこなす課程の中には多かれ少なかれ法に触れるものがあるし、訓練生自身も報酬目当てのやつとか、貧民街出身のやつなんかは前科(まえ)があったりして「叩けばホコリが出る」ような連中が多いからな」

ベアトリス「そうなんですね……」

ドロシー「ああ。だから訓練の課程を終えてから「情報部員として着任するのはイヤだ」なんて言ったら、別室に呼び出されて硬い表情でこういわれる事になる……「そうかね。だが君が今までしてきたことの証拠は全て我々が握っているんだよ? 君を一生『ボタニー・ベイ(オーストラリアの犯罪者流刑地)』送りにするのに十分な証拠がね」……ってな。なにしろ相手は国の機関だし、証拠をでっち上げるのだってお手の物だ。そもそも巻き毛のカツラをつけた裁判官たちだって「スパイの訓練学校に通っていた」なんていう話を信じてくれるわけがない」

ベアトリス「なるほど」

ドロシー「まぁ、あんまり追い込んで寝返りを打たれたりしちゃ困るから、脅迫に訴えるのは「最終手段」で、たいていは別の手段だがな……」

ベアトリス「……別の手段?」

ドロシー「ああ。そういった後ろ暗い経歴のないきれいなやつ……あるいはちょっとした脅しだけで言うことを聞かせられそうな小心者を従わせるのに使う手段だ」

ベアトリス「どんな手段ですか?」

ドロシー「そうだな、基本はこうだ……普通、課程を終えた訓練生は本格的にエージェントとして活動を始めるまで数ヶ月間「見習い」の期間がある。例えばあまり重要でない国に入国して、そこでカバーが馴染むまでごく当たり前の日常生活を送り「任務」と称して新聞記事を切り抜いて翻訳したり、大使館の小物を形ばかり尾行したりして、その情報を本国に送るだけっていう単調な任務だ」

ベアトリス「そういう任務もあるんですね」

ドロシー「ああ。もっとも私やアンジェの場合はコントロールが「植え込み」を急いだから、そういう期間はほとんどなかったがな……」

ドロシー「……ともかく、どういうわけかそんな任務にしちゃ本部の金払いがいい……例えば暮らしていくのに月あたり一ポンドもあれば充分なのに、十ポンドも送ってきたりする。管理官に聞くと「なに、これは『予備費』っていうことで取っておくといい。服だって一張羅というわけにも行くまいし、あまりみすぼらしい暮らしをしているとかえって怪しまれてしまうからね」ってなことを言ってくる」

ベアトリス「ずいぶん親切なんですね? それで手懐けるんでしょうか?」

ドロシー「無論、それで尻尾を振るような連中ならそれでいい……だが、もしその後でエージェントになりたくないなんて言うと大変だ」

ベアトリス「どういうことですか?」

ドロシー「この間まで何だかんだと金を渡してくれた管理官が急に冷たくなって「この経費の使い方はいったいなんだ?」とくる」

ベアトリス「え? だって使っていいって言ったのは管理官なんですよね?」

ドロシー「ああ、その通りだ。そして、そういう風に返事をしたとしよう。管理官はきっとこう言うだろうな「バカな、私はあくまでも『予備費』だと伝えたはずだ。無駄金を使えと言った覚えはない。それで一体この浪費をどうする気だ?」とね」

ベアトリス「そんなの反則ですよ「使っていい」って言っておいて、使ったら「無駄遣いだ」だなんて」

ドロシー「ああその通り、そしてあちらさんはそれが狙いなのさ……事実としてバカみたいに経費を使っちまった以上、返すか公金横領で逮捕されるかのどっちかしかない。だがエージェントのひよっこにそんな大金なんてありゃしない。となると後は泣きべそをかきながら言うことを聞いて任地に向かうしかないわけだ」

ベアトリス「それじゃあその使い込んじゃったお金はどうなるんですか?」

ドロシー「人によりけりだな。エージェントとしての成績が良ければチャラにしてくれるし、成績が悪けりゃ返し終わるまで報酬から天引きされる……中には派手に使っちまったあげく十数年経っても引退できずに、下働きをさせられてる奴さえいるって話だ」

ベアトリス「うわぁ……」

ドロシー「だからさ、お前さんみたいに仕方なしにやっているくらいがちょうどいいんだよ……『秘密情報部員』なんていうと格好いいように聞こえるが、実際はケチな本部をせっついて活動費をねだったり、冷たい屋根瓦の上で一晩張り込みをしたり、いい目にあえることなんて滅多にないんだからな」

ベアトリス「でも、その割にドロシーさんはいつも楽しげに振る舞っていますよね?」

ドロシー「そりゃあ私の境遇から言えばエージェントとして送る生活の方がはるかにマシだからさ。いい食事に上等な酒、可愛い女の子との逢瀬……ドブの中を這いずり回るような生活と比べたら天と地ほどの違いだろ? どのみち「辞める」といって辞められるようなもんでもないし、だったらせめて楽しめるところは楽しまなきゃな♪」

ベアトリス「……」

ドロシー「なぁに、そんな深刻な表情(かお)をすることはないさ。これでもパクられる事のないよう気を使ってもいるしな……無事に引退したらどっかの田舎に邸宅でも買い込んで、ここでの刺激的な毎日を思い出しながらのんびり過ごすさ」

ベアトリス「そう、ですね……」

646 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/05/09(火) 01:04:48.67 ID:iKIAPhVY0
ドロシー「……プリンセスのことか?」ベアトリスの表情が陰ったのを見ると「話してみたらどうだ?」という響きを声に込め、水を向けた……

ベアトリス「はい……」

ドロシー「そうだろうな。お前さんのその忠誠心は立派なもんだ……冗談で言っているわけじゃないぜ?」

ベアトリス「ありがとうございます」

ドロシー「礼なんていい……これも前に言ったと思うが、あの人は立派なもんだ。 正直なところ、この任務に就いたときは「王国なんてぶっ潰れちまえばいい」って考えていた私が、最近はプリンセスにならアルビオンを任せても良いかもしれないと思うようになってきてるんだからな」

ベアトリス「ドロシーさん……///」

ドロシー「おっと、言っておくが今のは皆には内緒だぜ?……とにかく、お前は他人に気を使う性質(たち)だし、アンジェの事があるから遠慮しちまうかもしれないが、そんな必要はないんだからな? 甘えたかったらうんと甘えりゃいい。プリンセスだって変に気を使われるより、その方が気が休まるってもんさ♪」

ベアトリス「……そう、ですね」

ドロシー「そうとも……さて、それじゃあ今日の授業はこれでおしまい。部屋に戻っていいぞ♪」

ベアトリス「ありがとうございました」

…寮の寝室…

ベアトリス「……ただいま戻りました」

プリンセス「お帰りなさい、ベアト」

ベアトリス「はい」

プリンセス「今日はドロシーさんたちと『お勉強』の日だったわね?」

ベアトリス「そうです。あ、書き終えた手紙は私が……」

…どこで誰に聞かれているか分からないメイフェア校の中では、基本的に言葉を置き換えているプリンセスたち……例えば「情報活動」は「クラブ活動」に「訓練」は「勉強」に、「ネスト」は「店」にと、口を滑らせたり盗み聞きされることがないよう注意をしている……ベアトリスが戻るとプリンセスはサインをしたためた各地の支持者や信奉者への手紙の返事の束をかたわらに屈託のない微笑を浮かべて出迎え、ベアトリスもいつものようにいそいそと手紙の束を棚にしまった…

プリンセス「ありがとう、ベアト」

ベアトリス「いえ、これも私の務めですから」

プリンセス「ふふ、ベアトは立派ね……」

ベアトリス「そんな……///」プリンセスに褒められると、自分でも分かるほど嬉しさがこみ上げてきて顔を赤らめてしまう……

プリンセス「謙遜はなしよ、ベアト?」

ベアトリス「あ……ありがとうございます、姫様」

プリンセス「ふふっ。さて、それでは頑張りやさんのベアトには何かご褒美をあげなくちゃいけないわね♪」

ベアトリス「そんな、ご褒美だなんて……私はするべき事をしているだけですし、そもそも姫様のお側にいられるだけで満足で……///」つい口が滑って、プリンセスに対する思慕の一端をのぞかせてしまう……

プリンセス「まぁ、ベアトったら大胆ね♪」

ベアトリス「///」

プリンセス「ふふ、何も顔を赤らめることなんてないのに……分かったわ、それじゃあなんでもベアトの好きなお願いを聞いてあげます♪ ただし、私に出来ないことはだめよ?」

ベアトリス「好きなこと、ですか?」

プリンセス「ええ。なんでも、ベアトの好きなこと♪」

ベアトリス「そう、ですね……」

…どちらかというと引っ込み思案で遠慮がちな性格をしているベアトリスは、そこまで言われてもなお遠慮しようと口を開きかけたが、ふとドロシーの言っていた言葉を思い出した…

ベアトリス「……(「甘えたかったらうんと甘えりゃいい」ですか……)」

プリンセス「どうしたの、ベアト?」

ベアトリス「えぇと……その、よろしければ姫様と添い寝をさせていただいても……///」

プリンセス「ええ♪ ベアトと一緒にベッドで寝ていると、なんだか私も寝付きがいいような気がするの……喜んでご一緒させていただくわ♪」

ベアトリス「あ、ありがとうございます/// ではお休みになる前に、まずは入浴を済ませてしまいましょう。先に寝具の支度を済ませておきますね」

プリンセス「ええ、お願い」

…恥ずかしさを隠すようにいそいそと布団を整え、冷えた布団で風邪など引かないようウォーミング・パンを使って寝具を暖めておく……それから浴用着(バスローブ)やタオル、固体石鹸などを持った…

ベアトリス「用意が出来ました、姫様」

プリンセス「そう、それじゃあ参りましょう♪」
647 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/05/18(木) 01:22:42.89 ID:jCKmdbj20
…メイフェア校・浴場…

プリンセス「普段はにぎやかな場所にこうして二人だけで来ると、なんだか新鮮な感じがするわね」

ベアトリス「姫様の気持ち、分かります」

プリンセス「ね? それになんだか二人きりで秘密めいたことをしようとしているみたいで、ちょっと背徳感もあるわ……♪」

ベアトリス「そ、そうですね……///」

プリンセス「まぁ、ベアトったら照れちゃって♪」

ベアトリス「てっ……照れてなんかいません///」

プリンセス「ふふ、いいのよ♪」

ベアトリス「むぅぅ……」

…甘い親しげな笑顔を浮かべてからかってくるプリンセス……ベアトリスは頬を膨らませながらも、親しげな表情を浮かべてくれるプリンセスの態度にまんざらでもない様子で、浴用スポンジに使う海綿やラベンダーの良い香りがする固体せっけん、それにプリンセスが湯上がりに羽織るバスローブなどを用意し、それからお湯の蛇口をひねった…

ベアトリス「いまからお湯を溜めますね……」

プリンセス「ええ」

…ありがたいことにケイバーライト技術を応用したボイラーのおかげで、お風呂のお湯を沸かすにもいままでのようにいちいち火をおこしたりススだらけになったりという手間はかからない……そしてうまいことにボイラーに口火が残っていたので、すぐ温かいお湯が出始めて真鍮製の脚付き浴槽を満たし始める…

ベアトリス「湯加減は……ちょうど良い温かさですね」

プリンセス「どう、ベアト?」

ベアトリス「はい、もう入れますよ……それでは失礼いたします」プリンセスのナイトガウンに手をかけて帯やリボンをほどいていく……

プリンセス「もう、服くらい私一人でも脱げるのに」

ベアトリス「そういうわけには参りませんから。それに私もこうしているのが好きですし」

プリンセス「私の事を脱がすのが?」

ベアトリス「ち、違いますっ! こうして姫様のお世話をするのがという意味ですっ!」

プリンセス「くすくすっ♪ 分かっているわ。ベアト、貴女がいつもこうして甲斐甲斐しくお世話をしてくれて、私は本当に幸せよ?」

ベアトリス「……あ、ありがとうございます///」

プリンセス「いいえ♪ それじゃあお風呂に入りましょうか……ベアト、貴女もいらっしゃい♪」ちゃぽん……とつま先から浴槽に浸かったプリンセスだったが、かたわらで控えているベアトリスに向かってチャーミングかつ親しげな笑みを浮かべると、可愛らしい手つきで手招きした……

ベアトリス「いえ、私はそんな! それにこのバスタブは二人はいるには狭すぎますし……」

プリンセス「いいからいいから♪ 身体を詰めて入れば二人くらい大丈夫よ♪」

ベアトリス「うわわっ!」

…プリンセスに手を引かれ、まるで引きずり込まれるようにして浴槽に飛び込む形になったベアトリス……濡れても大丈夫なように出来ているが、あまり見られるのが好きではないので人工声帯の部分にはリボンを結び、身体には浴用着をまとっていたがそれらがびしょ濡れになって、まだあどけなさの残る身体を浮き上がらせる…

ベアトリス「も、もう……姫様ってば、ときどき強引なんですから///」

プリンセス「ふふっ、そうかもしれないわね……さ、洗いっこしましょう♪」

ベアトリス「わ、私は浴用着のままですよ?」

プリンセス「……だったら脱がさないといけないわね♪」クスッと小さな笑い声をプリンセスだが、その表情にはベアトリスをドキドキさせてしまう、愛を交わす時だけにプリンセスが見せる妖しい艶っぽさが交じり始めていた……

ベアトリス「姫様……な、なにを……///」

プリンセス「ふふふっ、ベアトったらそんなに警戒しちゃって……ただ身体を洗うのに服が邪魔だから脱がせようとしているだけで、なにもイタズラなんてしないから……ね♪」

ベアトリス「で、でも手つきがいやら……ひゃあっ///」

プリンセス「あらあら、そんな大きな声をあげたら寮監に見つかってしまうわよ……?」ふにっ……♪

ベアトリス「うっ、それはそうですけれど……あんっ///」

…くすくす笑いをしながらわざと胸元に手を入れたり、脇腹をくすぐったりと悪さをしながら服を脱がせていくプリンセス……一方のベアトリスはバスタブの中でばちゃばちゃと身体を暴れさせてお湯をはねかしていたが、結局は首のリボンを除いてゆで卵をむくようにすっかり裸になって、恥ずかしさとくすぐったさのせいで顔を真っ赤にし、激しく胸を上下させている…

プリンセス「まぁ、ベアトったらお洋服を脱ぐのがお上手ね♪ それじゃあ洗いっこしましょうか♪」

ベアトリス「は、はい……///」からかわれても、もはや言い返す余裕すらないベアトリス……プリンセスは置いてあった海綿を取ると石鹸を泡立て、バスタブの中でベアトリスの身体を洗い始めた……

プリンセス「ふふ、こうしているとまるで姉妹になった気分ね♪」

ベアトリス「そんな、姫様と姉妹だなんて……///」おそれ多いとますます顔を赤らめるベアトリス……

プリンセス「あら、ベアトは姉妹じゃなくて新婚さんの方がいいのかしら?」

ベアトリス「そういう意味では……っ///」
648 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/05/25(木) 00:54:32.68 ID:P2/xeLtD0
プリンセス「そう……だとしたらどういう意味だったのかしら?」

ベアトリス「姫様ってば意地悪です……///」

プリンセス「あぁ、ごめんなさい。 そうやって色々な表情を見せてくれるベアトが可愛いものだから、ついつい意地悪を言ってしまうの……許してちょうだいね?」

ベアトリス「許すも許さないもありませんよ、だって姫様は私の……///」

プリンセス「しっ、寮監の見回りだわ……!」

ベアトリス「あわわ……」

…コツ、コツッ……と、時を刻む秒針のように正確な靴音を廊下に響かせて見回りにやって来た寮監……とっさにプリンセスは、慌てふためきながら浴用の道具を拾い集めては胸元に抱え込んでいるベアトリスを抱き寄せると、目隠しの板で隠されているパイプの列の後ろに引きずり込んだ…

寮監「なんだか湯気が残っているみたいだけれど……まぁ、誰なのかしら。 こんなに散らかしたままにして……」

ベアトリス「ど、どうしましょう姫様……入って来ましたよ」

プリンセス「しー……見回りもあるのだから、すぐ行ってしまうはずよ」

寮監「まったくだらしのない……」浴槽の栓を抜く音と共に、貯めてあったお湯が排水パイプを流れていく響きがこだまする……どうやらあちこち深く探し回るつもりはないようで、そのまま踵を返して出て行こうとする……

プリンセス「ふぅ……ちょっと、ベアト?」

ベアトリス「ふ、ふわ……ほこりが、鼻に入って……くしゃみが……」

プリンセス「…んっ///」

ベアトリス「ん、んふ……っ!」

…両腕でベアトリスを抱いている以上、口元を押さえる方法はひとつしかない……瞬時に判断して唇を押しつけ、口を塞ぐようなキスをしたプリンセス……間一髪のところでベアトリスのくしゃみはくぐもった響きで押さえられ、パイプを伝って流れ落ちていくお湯の音にかき消されて寮監の耳には入らなかった…

プリンセス「ふー……前にも同じようなことがあった気もするけれど、こういうのはいつでもスリル満点ね、ベアト?」

ベアトリス「済みません、どうにも押さえられそうになくって……///」

プリンセス「でも無事に見つからないで済んだのだし「結果良ければそれで良し」……でしょう?」

ベアトリス「は、はい……」

プリンセス「さ、次の見回りに来る前に身体を流してしまいましょう?」そう言ってもう一度浴槽の元にやって来たがお湯はすっかり抜かれてしまい、最後に残っている少量の泡だけがゆっくりと排水口に吸い込まれている所だった……

プリンセス「あらあら……仕方ないからシャワーで流すだけ流して、それでおしまいにしましょう?」

ベアトリス「そうですね」もう一度シャワーの栓をひねると、プリンセスとの心安まる一時が予定していたよりもずっと早くおしまいになってしまったことを残念に思いながら、丁寧にプリンセスについた泡やほこりを洗い落とした……

プリンセス「ありがとう、ベアト……それじゃあ貴女の事は私がしてあげる。シャワーの下に立って?」

ベアトリス「いえ、私は自分でやりますから……」

プリンセス「遠慮しないでいいの。 私がベアトのためにしてあげたいのだから……ね♪」

ベアトリス「姫様がそうおっしゃるのでしたら……///」

…恥ずかしげに小柄な裸身をシャワーの下に立たせ、プリンセスの手とスポンジが身体を流していくのに任せるベアトリス……慎ましやかな胸や細い腰、それにプリンセスの願望のために重荷を背負わせてしまっている小さな背中……慈しみと愛情を込めながら、石鹸の泡を洗い落としていく…

プリンセス「はい、これで綺麗になったわ……それじゃあ身体を拭いて、見つからないうちにベッドへ戻りましょうか」

ベアトリス「そうですね」

…プリンセスは肩の力を抜いて立ち、ベアトリスがタオルを持って拭くのに任せた……そして遠慮するベアトリスから彼女のタオルを取り上げ、全身を拭いてあげる……ある程度身体が乾いたところでバスローブを羽織ると、抜き足差し足で浴室を後にした…

…寝室…

プリンセス「ふふっ……ああいうのは小さかったとき以来だから、すっかり童心に返った気分♪」

ベアトリス「もう、笑い事じゃあありませんよ」

プリンセス「そうね……ふふ♪」髪をくしけずってもらいながら、小さく笑い声を漏らした……

ベアトリス「……できましたよ、姫様」

プリンセス「ありがとう、ベアト……それじゃあいらっしゃい♪」

ベアトリス「はい……それと、ぎゅってしてもよろしいでしょうか///」

プリンセス「あらあら、今日のベアトは甘えんぼさんね♪」

ベアトリス「はい、今日は姫様に甘えたい気分なんです///」

プリンセス「ふふふ、どういった風の吹き回しかしら……でも嬉しいわ、ベアトがそうやって私に抱きついてくるの♪」

ベアトリス「……私も、姫様とこうやっていられるのが好きです」

プリンセス「ありがとう、ベアト……ちゅっ♪」
649 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/06/04(日) 01:11:27.57 ID:XO73BalL0
ベアトリス「姫様……///」

プリンセス「あら、ベアトったらそんな表情をして……誘っているの?」

ベアトリス「いえ、あのっ……///」

プリンセス「……ふふ、今日は好きなように甘えていいって言ったはずよ?」

ベアトリス「そう、でしたね……では、その……失礼します///」

プリンセス「ええ。いらっしゃい♪」

ベアトリス「はい。 はむっ…ん、ちゅ……///」

…ほのかな温もりが心地よい寝具の中で両のかいな(腕)を開いて、ベアトリスを迎え入れるような姿勢をとったプリンセス……その柔らかな胸元に顔を埋めるようにして、ベアトリスは乳液の甘い香りがするプリンセスの乳房に赤子のように吸い付いた…

プリンセス「ん、ふふっ……くすぐったい♪」

ベアトリス「ちゅぱ……ちゅむ……っ///」

プリンセス「あっ、ん……ベアト、上手よ///」

…けっして「遊び半分」とまでは言わないが、ベアトリスとベッドを共にするのはあくまでも心の癒しであって、無垢な子供同士のじゃれ合い程度に思っていたプリンセス……が、アンジェやドロシーに教わったのかベッドでの技も最近はめっきりと上手になってきていて、乳房の先端に吸い付き、思い出したように甘噛みしたり舌で転がすベアトリスの思っていたよりもずっと高等なやり方に思わず甘い声が漏れる…

ベアトリス「んちゅっ……かぷっ……ちゅぅ……ぅっ♪」

プリンセス「はぁ、あぁ……あふっ……ん♪」

ベアトリス「ちゅぽ……姫様、気持ちいいですか///」つと口を離すと、頬を赤らめて尋ねた……

プリンセス「そういうことは聞くものじゃないでしょう、ベアト……でも、とっても気持ちいいわ♪」

ベアトリス「良かったです、一生懸命練習しましたから……///」

プリンセス「ふふっ、ベアトは何事にも熱心だものね♪ でも、ベアトは誰とこういうことを「練習」したのかを考えると少し妬けてしまうわ……♪」ベアトリスのあごに人差し指をあてて、つう……っとなぞっていく……

ベアトリス「そ、それは……やり方そのものはアンジェさんやドロシーさんに教わりましたが、練習相手はティーポットの注ぎ口ですとか、あくまでも無機物が相手です……っ///」

プリンセス「そう……でも、そのティーポットはずるいわね。こんな風にベアトが一生懸命ちゅぱちゅぱしてくれただなんて……どのティーポットか分かるものなら、私、きっとそのポットを壊してしまうわ♪」

ベアトリス「そうおっしゃられましても……///」

プリンセス「ふふふ……私って、意外とわがままで嫉妬深い女なの♪ ベアトが誰かに奉仕していたり悦ばせていたりしたのかも……なんて思うと、少しだけ暗い炎が胸の奥底に燃え上がる気がするわ」

ベアトリス「でも、それだけ姫様は私の事を思ってくれているという事ですから……///」

プリンセス「まぁ///」

ベアトリス「……い、いまのは聞かなかったことにして下さい///」

プリンセス「あら、ベアトのせっかくの愛の言葉を? そんなのは出来ない相談ね♪」ぎゅっとベアトリスを抱きしめ、すべすべした脚を細くきゃしゃなベアトリスの腰に絡める……

ベアトリス「姫様……ぁ///」くちゅ……ぬちゅり♪

…湯上がりの温もりと石鹸の香りを残した二人の身体が重なり合い、次第にとろりと濡れた秘部が擦れて粘っこい音を立て始める……プリンセスはベアトリスの一番鋭敏な部分を知り尽くしていて、太ももを重ね合わせ、指を這わせるたびにじっくりとベアトリスの花芯を刺激していく……プリンセスが指を這わせ滑らせると、次第に口を開いて熱にうかされたような、あるいは惚けたような表情で甘えた声を上げはじめるベアトリス…

プリンセス「ベアト……可愛い♪」

ベアトリス「はっ、あ、あふ……っ♪」

プリンセス「ちゅ……っ♪」ベアトリスが悦ぶ甘くて優しいキスを唇や胸元、そして布団に潜ってお腹やすでにとろとろに濡れている柔らかな秘所へと、連絡網の中継点を作るかのように点々としていく……

ベアトリス「ふわぁぁっ、あふっ、はひっ……姫しゃま……ぁ///」

プリンセス「まぁ、ベアトったら♪ 舌っ足らずになっちゃうほど気持ちいいの?」

ベアトリス「はひっ、姫様にキスされて……きもちいいれひゅ……♪」とぽっ、とろっ……くちゅっ♪

プリンセス「ふふ、ベアトが悦んでくれて嬉しいわ……それじゃあもっと気持ちよくなってくれるように……えいっ♪」布団の中、ベアトリスの柔らかな秘所に中指と薬指を滑り込ませた……

ベアトリス「ふあぁぁ……っ♪」とろっ、ぷしゃぁぁ……っ♪

プリンセス「まぁまぁまぁ、ベアトったらイくときまで可愛い……その可愛いお声をもっと聞かせて♪」ぐちゅぐちゅっ、じゅぷっ……ぬちゅっ♪

ベアトリス「姫さま……んあぁぁぁ……っ♪」

プリンセス「もう、ベアトったらそんなに声を立てたら隣室にまで聞こえちゃうわよ……ベアト?」

ベアトリス「はひっ、あへ……ぇ♪」

プリンセス「ふふ、ベアトったら気持ち良すぎて失神しちゃったのね……そんなところも可愛いわ♪」布団から顔を出すと、快感のあまり半分気絶したようにして眠り込んだベアトリスを眺めて小さく笑った……

プリンセス「……でも、私はまだ物足りないのに♪」

プリンセス「まぁいいわ、今度はベアトにも最後まで付き合ってもらうとしましょう♪」布団をかけ直すと、ゆったりと目を閉じた……
650 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/06/16(金) 01:10:34.75 ID:svihkbHi0
…Case・アンジェ×ちせ「A short trip in Normandy」(ノルマンディ小旅行)…

…とある日・ロンドン自然史博物館…

ドロシー「……今日はこんな場所でランデヴーか、よくもまぁ毎回いろいろと考えるもんだ」

L「ああ。なにせ君の肩書きは「学生」だからな……勉学に励む女学生ならこういった特別展に行くのも何ら不思議ではあるまい。同時に私も「アルビオン共和国大使館文化振興局」などと言う立場にある以上、今回の特別展に合わせて共和国が貸し出した化石のコレクションを視察に来たとしても、なんらおかしな事はない」

ドロシー「まぁ、それはそうだが……それにしても、昔こんなのが歩いたり飛んだりしていたなんて……何とも恐ろしげじゃないか?」

L「そうだな」

ドロシー「中世の騎士物語にある「ドラゴン」とかも、案外こういうのの生き残りか何かだったのかもしれないな」

L「そうかもしれん」

ドロシー「……それで、今度はどこで何をすればいい?」しびれを切らして本題に入るドロシー……

L「場所はフランスだ」

ドロシー「フランスだって?」

L「そうだ。わが方の情報部員がフランス政府の機密情報を入手してアルビオン王国領のノルマンディ飛び地まで到着したのだが、現地のエージェントはあいにく他の任務で出払っていて、現在のところ情報の受け渡しができる人間がいない。その人間のカバーから言って、海峡を渡るようなことをする人間ではないので、誰かに取りに行かせる必要がある」

ドロシー「ちょっと待て。その情報部員のやつ、どうしてカレー(パ・ド・カレー)じゃなくてノルマンディくんだりにいるんだ?」

L「理由は簡単だ。なぜならフランス側も『カレーが最短距離だと知っている』からだ」アンモナイトの化石に顔を近づけながら、つぶやくように続けた……

L「……情報を持ち出した人間は一刻も早くコンタクトと接触して情報の受け渡しを図ろうとするだろうと、海峡の距離が最も狭いカレーの港には大勢のフランス防諜部が網を張っている……そんなところで受け渡しを行うのは無用なリスクが多すぎる」

ドロシー「だからってノルマンディって事はないだろう……王国の飛び地だぞ?」

L「むしろノルマンディだからこそ、だ。 王国領であるノルマンディならフランス側は活動を制限されるし、王国とフランスの間で様々なものや人が往来しているあの地方では多少怪しげな人間がいても誰も気にしないし見とがめられない。それに君たちのカバーは王国の女学生だ。ちょっと小旅行で出かけてもなにも不思議はない」

ドロシー「それで私たちに……ってか」

L「いかにも。ちょうど今度の週明けには祝日があって休日が増える。三日あればすむ単純な任務だ」

ドロシー「分かった、分かったよ……旅券は?」

L「君たちの「本名」のものとは別に、途中で好きな偽名を使えるよう名前欄を空欄にしてあるものをすでに用意させてある。それに何かと使うこともあるだろうから、現金もポンドとフランで用立てよう……ただし、余計な買い物はなしだぞ」

ドロシー「分かってるよ、経理の連中にどやされちまうものな♪」

L「そうだ。あれは消化に悪い」

ドロシー「はいはい……」

…そのころ・日本大使館内の一室…

ちせ「……仏蘭西(フランス)行き、でございますか」

堀河公「うむ。我が国の軍備を整え列強の餌食とならないためにも、アルビオンはもちろん、大陸の情勢や軍事技術も知る必要がある……そのため諜報員を送り込んでいるのだが、このたび新しい暗号表を送り届ける事になってな。そこでそなたには暗号表を運び、無事に現地駐在員へ手渡してもらいたい」

ちせ「はっ」

堀河公「本当はこうした尻尾を掴まれる危険のある任務にそなたを使いたくはないのだが、近頃はフランスで行っておる我が方の情報活動に対する不穏な動きが続いていてな……先般も本国政府から大使館職員や武官たちに送り届けようとした最新型の「二十六年式拳銃」を始めとする武器が輸送の途中に窃取されておる」

ちせ「きな臭い話でございますね」

堀河公「いかにも……しかも今回は小火器どころかこちらの暗号表だ。おそらくアルビオンやフランスを始めとする列強も奪取する機会があるとなればこれを手に入れようとするはずだ……よいか、もし暗号表の強奪や窃取をくわだてる者があれば斬り捨てて構わん。後処理はこちらでする」

ちせ「承知いたしました」

堀河公「現地までの渡航に関する手はずは追って指示する……それと、これを持って行くとよい」

ちせ「これは……!」刀掛けに載せてあった脇差を受け取ると、思わず息を呑んだ……

堀河公「さすがだな、見ただけでわかるか」

ちせ「はっ。古来よりの鍛造技術にケイバーライト技術を始めとする新たな技術を盛り込んだという新機軸の脇差……銘「備前兼光・改」にございます」

堀河公「さよう。これは本国からの出立に際してもって来て、いままで私の手元に置いてあった一振りなのだが……おぬしが持っていた方がより役立つだろう。構わぬから持ってゆけ」

ちせ「かたじけのうございます」

堀河公「なに。おぬしの活躍は報告書でも読んでいるが、実に良くやってくれておる……この一振りはその褒美とでも思ってくれ」

ちせ「ありがたき幸せに存じます」

堀河公「うむ、これからも怠りなく励んでくれい」

ちせ「ははっ!」
651 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/06/26(月) 01:03:22.86 ID:iH/5GVNv0
…メイフェア校・中庭…

ドロシー「なに、それじゃあちょうどフランス行きが重なったってわけか」

ちせ「いかにも」

…ちせは紅茶に砂糖とミルクをたっぷり入れて甘くしたものをすすり、アンジェはブラックティー(ストレートの紅茶)をゆっくりと口に含んでいる……ドロシーはスコーンにクローテッドクリームとクランベリーのジャムを塗ってちせの皿に取り分けつつ眉をひそめた…

アンジェ「あるいはどちらかが動きを察知して、偶然を装ったのかもしれない」

ドロシー「そっちの方があり得るな。 ま、何はともあれ仲良くやろうじゃないか♪」

ちせ「うむ。 フランス語は皆目分からぬのでよろしく頼む」

ドロシー「なーに、そいつはアンジェに任せておけばいいさ……そうだろ、アンジェ?」

アンジェ「ええ」

…数時間後・ロンドン市内のコーヒーハウス…

L「……なるほど。例の日本から来た娘をこちらのグループに加える、と」

ドロシー「ああ……あちらさんはあちらさんで任務があるようだが、こっちとしては行程の重なり合う部分で都合の良いように使えれば……そう思ってね」

…常にリスクを考え、冷徹なまでに任務の遂行を要求してくる「コントロール」に対して、ちせのことを「仲間として信頼しているから」などとは言いにくいドロシー……そこで、あくまで表面上は「こちらの利益」になると利点を強調し、Lに対してちせを加えたプランを披露した…

L「ふむ、不必要な情報の共有は避けたいが……まぁ良いだろう」

ドロシー「そうかい。それじゃあ追加の船の切符やその他もろもろ……用意を頼むぜ」

L「分かっている。明日の午後には用意しておく」

ドロシー「あいよ」

…翌日…

ドロシー「……それで、今回のカバーはこうだ」

…蝶々や鳥類、小動物、あるいは珍しい植物の標本が壁に並べられている部室で「白鳩」全員を集めて任務の説明に入るドロシー…

ドロシー「まずアンジェだが、アンジェはフランス人にも見破れないほどフランス語ができるし、名前もフランス風だからフランス人になりすます」

アンジェ「ええ」

ドロシー「私もフランス語は分かるが、お世辞にもフランス人そっくりとはいかないから「ノルマンディ地方の観光に来たアルビオンの金持ち令嬢」って役回りだ」

ちせ「ふむ……して私は?」

ドロシー「ちせは私が雇っているメイドってことにする……申し訳ないが、フランス語はからっきしで、おまけに「東洋人」となりゃその方が目立たないからな」

ちせ「なるほど……」

ドロシー「悪く思わないでくれよ? それで、全体のカバーはこうだ……」

ドロシー「……フランス人の友人アンジェに案内されて、アルビオンの令嬢でプレイガールの私が東洋人の召使いであるちせを連れ、週末に「イイコト」を楽しむためフランスへ来た……これなら宿や地元のフランス人にあれこれ詮索されたくないっていう理由にもなるし、そういう遊びを愉しみにノルマンディ飛び地に行く王国人は意外といるからかえって目立たない」

ちせ「ふむ」

ドロシー「……うなるほど金を持っているが頭は空っぽで、遊ぶことにしか興味がないアルビオンのバカな金持ち令嬢と、その「お友達」をしているが内心では軽蔑しきっていて、隙あらば散財させて金をむしり取る小ずるいフランス人って設定は、日頃アルビオンの人間を馬鹿にしているフランス人からすればまさに「イメージ通り」ってところだからな。宿代をふっかけるとかするだけで、素性なんかは気にも留めないだろう」

ちせ「なるほど」

ドロシー「何しろアルビオンの人間ときたら、色恋の駆け引きや口説きが下手なくせにすぐスケベな真似をしようとするからな。 フランスの連中はそういう不器用なさまを見て、裏で小馬鹿にしながらくすくす笑ってやがるわけさ♪」にやにや笑いを浮かべながら冗談めかした……

アンジェ「少なくとも、そう認識してくれればいい……問題はこの週末にフランス旅行をしているメイフェア校の知り合いと出くわしてしまうということだけれど……」

ドロシー「それに関しては調べたかぎりそういう予定のあるやつはいなかったし、泊まる宿もそういう後ろめたい「お楽しみ」のために来る旅行者が選ぶようなホテルを取っておいたから問題ないはずだ……仮にもしそんなホテルでクラスメイトに鉢合わせしたら、その時はお互いに意味深な笑みを浮かべて「しーっ♪」ってな具合さ」唇に人差し指をあてて、色っぽいウィンクを投げてみせるドロシー……

ちせ「ふむ、何から何までよく考えられておるの」

ドロシー「まぁな……船の切符はこっちの方で用意しておいた。現地に到着するまでは「本名」で過ごし、向こうに着いたところで今いった「カバー」に切り替える」

ちせ「承知した」

アンジェ「……プリンセス、貴女は今度の連休を宮殿で過ごすそうだから動きようがない。その間はいつものように情報収集に当たっていて欲しい」

プリンセス「ええ」

アンジェ「結構……それからベアトリス」

ベアトリス「はい」

アンジェ「その間のプリンセスのお世話と護衛、それに情報収集は任せたわ」

ベアトリス「頑張ります」
652 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/07/01(土) 01:29:21.43 ID:sybd//jF0
…出発前夜…

ドロシー「よう」

アンジェ「……遅かったわね」

ドロシー「ああ、わりぃ。何しろ寮の女の子につかまっちまって……追い返すわけにもいかないし、夜のバラ園でお月様を見ながらお話してたのさ♪」

アンジェ「そう」

…週末と祝日が重なった連休ということもあり、メイフェア校ではドロシーたち以外にも小旅行を計画している生徒がいて、楽しげなおしゃべりや雰囲気からどことなく浮ついた気分が感じられる……部室でトランクに荷物を詰めているアンジェは準備に余念がなく、その隣ではアンジェの旅支度をにこにこしながら眺めているプリンセスと、心配そうにしているベアトリスが好対照を見せている…

ドロシー「どうだ、そっちも旅支度はできたか?」プリンセスと向かい合って紅茶をすすっているちせに尋ねた……

ちせ「うむ、準備は万端じゃ」

ドロシー「そいつは良かった……アンジェ、お前は?」

アンジェ「……これで全部よ。問題ないわ」きちんと荷物を詰めると、まるでトランクの寸法に合わせたかのようにぴたりと荷物が収まった……

ドロシー「だろうな」

アンジェ「そういう貴女は?」

ドロシー「ああ、もう済ませておいた」

ベアトリス「くれぐれも気を付けて行ってきて下さいね?」

ドロシー「心配するな、任せておけって♪」

ちせ「うむ。おっと、もうこんな時間か……そろそろ寝床に入らんと明日に差しつかえるので、御免」紅茶を飲み干すとぺこりと頭を下げ、部屋を出て行った……

ベアトリス「……ところで、本当にピストルは持っていかないんですか?」

ドロシー「ああ。今回はあくまでも「情報の受け渡し」で、別に鉄火場に乗り込むってわけじゃないからな……それにもし女学生を名乗っている私たちの荷物から.380ウェブリー・スコットやウェブリー・フォスベリーなんかが見つかったら言い訳のしようがない」

アンジェ「そういうこと。女学生として持っていてもおかしくないのは『ヴェロ・ドッグ・リボルバー』くらいなものね」


(※ヴェロ・ドッグ・リボルバー…『ヴェロ(ベロ)』はフランス語で自転車の意。十九世紀末に自転車が発明されサイクリングが流行し始めたころ、当時多くいた野良犬や野犬にサイクリング中の人が追い回されたりすることが多くあり、そういった犬を追い払うために作られた小型のリボルバー。弾薬は女性でも扱え、かつ殺傷する事が目的ではないためごく小さく、発砲音で威嚇する程度から浅い傷を負わせる程度の性能しかない)


ドロシー「そうだな。ま、あれをピストルに含めるとしたら私も一応「ピストルを持って行く」ってことになるのかな」ハンドバッグに入っているポーチに収まっている小さなピストルを思い出して苦笑いした……

アンジェ「いずれにせよ心配する必要はない。むしろ銃を持っていない方が油断せずに任務にあたることができるというものよ」

ベアトリス「そうかもしれませんが……」

ドロシー「大丈夫だって。ま、もしも向こうでハジキが必要になったら現地で調達するさ♪」

ベアトリス「でも、ちせさんは刀を持っていくんですよね?」

ドロシー「ちせはちせだ……あんな長い刃物をどうやって隠すのかは知らないが、きっと堀河公が手はずを整えてくれたんだろう」

アンジェ「そうでしょうね。どのみちそれは私たちに関わりのないことよ」

ドロシー「ああ。何しろ私たちとちせは「協力すれども同調せず」ってところだからな♪」

プリンセス「……あら、そのわりにドロシーさんはずいぶんとちせさんに入れ込んでいるようだけれど?」

ドロシー「そいつを言われるとかたなしだが……ちせは裏表がなさ過ぎて情報部員としては危なっかしいからな」

アンジェ「貴女のそういう世話焼きなところ、ファームのころから変わらないわね」

ドロシー「まぁ、一種の性分だからな……♪」

アンジェ「ふぅ……準備が終わったわ」

プリンセス「お疲れさま、アンジェ……ところで寝る前に「温めたミルク」でもいかが?」アンジェにしか分からない程度で、声に微妙なイントネーションを付けたプリンセス……

アンジェ「……そうね、いただくわ///」こちらもポーカーフェイスは崩さずにいたが、かすかに頬の赤みが増した……

プリンセス「ふふ、良かった♪ ベアト、後は私がするから下がっていいわ」

ベアトリス「は、はい……ではお休みなさい、アンジェさん。お休みなさい、姫様」

プリンセス「お休みなさい、ベアト♪」

ドロシー「さてと、それじゃあ私も寝に行くかなぁ……お休み、二人とも♪」カンの鋭いドロシーは何となく察して、気を利かせて出て行った……

プリンセス「ふふっ、それじゃあ今夜はこのソファーで寝ましょうか……シャーロット♪」

アンジェ「……ほどほどに頼むわね///」
653 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/07/07(金) 01:06:28.36 ID:7yC1rj5o0
…旅行初日・サウスエンド港…

ドロシー「あの船だ……さ、乗ろう」

アンジェ「ええ……」

ちせ「うむ」

…ロンドンから鉄道に乗り、テムズ川の河口にあるサウスエンドで海峡横断の客船に乗船する予定のドロシーたち……ドーヴァー海峡を渡るのなら定期便の飛行船を使ってもいいのだが、船に比べると乗れる客の人数が少ないので目立ち、しかも王国内でのきな臭い事件が続いているために手荷物をはじめとする検査も厳しい……そこでコントロールは週末旅行の客を多く乗せる定期旅客船の切符を用意していた…

オフィサー「ようこそ「レディ・サザーランド」号へ、お若いご婦人方……ボーイに手荷物を運ばせましょう」

ドロシー「ええ、ありがとう。それではこれをボーイさんに」手際よく、裕福な令嬢としてふさわしい額のチップをオフィサーに握らせる……

オフィサー「これはご丁寧に……お嬢様方の荷物だ、丁寧に運ぶようにな」

ドロシー「よろしくお願いするわ……ん?」

ちせ「……このくらいは自分で持てるから無用じゃ」

ドロシー「……ちせ、これも連中の仕事なんだから運ばせてやれ。押し問答なんかしていると目立つ」

…スマートなボーイが荷物を受け取って運ぼうとしたが、ちせはそういったやり方に慣れていないので手荷物を自分で持とうとし、預かろうとしたボーイも困惑している……ドロシーがとっさに小声で耳打ちした…

ちせ「むむ、言われてみれば……しかし、手荷物の一つまでボーイに運ばせるなどというのはどうにもむずがゆいのう」

ドロシー「だがそういうものなんだ……ではお願いしますね」

オフィサー「はい、もちろんでございます。 それでは船室へご案内いたしましょう」

…そうこうしているうちに「ボーッ……」と長く尾を引く汽笛の音が響き渡り、客船が凪の海に向けてゆっくりと進み出した…

ドロシー「ふー……ここまでは順調だな」

アンジェ「順調もなにも、まだ始まってすらいないでしょう」

ドロシー「いーや、ここまで来りゃあ半分は成功したも同然さ♪」

アンジェ「楽観的で結構ね」

…数時間後、ル・アーヴル港…

ドロシー「さ、着いたぜ」

ちせ「うむ……ここがフランスなのじゃな」

ドロシー「正確に言えばアルビオン王国の「ノルマンディ飛び地」だからフランス領じゃないけどな。本来なら旅券もいらないんだが……」

アンジェ「情報部員や密輸業者の出入国が後を絶たないものだから、ノルマンディ飛び地では旅券の審査がある」

ドロシー「そういうこと……もっとも私たちは学生っていうカバーがあるからな、そう厳しくはやられないだろう」

…検査場…

係官「学生ですか……渡航の理由は?」

ドロシー「観光です」

係官「なるほど。 荷物の中に百ポンド以上の現金、酒、煙草、絹製品等の申告すべきものはありますか?」

ドロシー「いいえ」

係官「よろしい……ではよい旅を」

ドロシー「どうもありがとう」

ちせ「ふぅ、ああいった手続きはなかなかに緊張するものじゃ」

アンジェ「そのうちに慣れるわ」

ドロシー「……ま、ともかく無事に通れたな。それじゃあそろそろ着替えと行きますか」

…港のそばにある小さな宿屋に入ると、宿のおかみらしいおばさんにパスポートの名前とはまったく違う姓名を告げるドロシー……渡された鍵を受け取って部屋に入ると、中にはすでにドロシーたちの荷物が届けられていた……

ドロシー「よし、ばっちりだ……アンジェ、そっちは?」黒を基調に深い赤紫やえんじ色をあしらった少し派手なドレスと日傘、それに無垢な女の子をたぶらかす、プレイガールらしい下心をのぞかせるような色っぽい笑みに合う濃いめの口紅を引いた……

アンジェ「ええ、問題ないわ」

ドロシー「いいね。どっからどう見てもフランス人だ……あの、すみませんが英語は話せますか?」

アンジェ「ペルドン(なんでしょうか)?」

…アンジェはフランス独特の青みを帯びた「グリィ(灰色)」をベースにした抑えめなドレスにつばの広い婦人帽で、派手なドロシーの陰に溶け込むようかのような装いでまとめている……ちょっと小首をかしげて英語が分からないようなフリをすると、まるで本当に英語が分からないように見える……

ドロシー「ふ、まるでホンモノだな……それじゃあ行くか」
654 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/07/15(土) 01:26:20.95 ID:rEmpvOiO0
…ル・アーヴル市街・ホテル…

ドロシー「……ふぅ、やっと着いたわね。えーと……ホテル……エトイ……」港から割高な四輪馬車を雇ってホテルの前へと乗り付けると、馬車を降りるなりわざとフランス語の看板を読もうと悪戦苦闘するフリをしてみせた……

アンジェ「クローディア様、このお宿の名前でしたら「オテル・レトワール・ブラーンシュ(白い星)」ですわ」

ドロシー「ああ、そう読めばいいのね。フランス語なんていうのは苦手だわ」

アンジェ「でしたらわたくしが訳してあげますからご心配なく」

ドロシー「お願いするわ、マルグリット」

アンジェ「ええ、もちろんですわ」

…フロント…

ホテルの女将「……お泊まりでいらっしゃいますか?」

アンジェ「ええ、予約しておいた「クローディア・テイラー」よ」ドロシーに代わってフランス語で答えるアンジェ……

女将「承っております、マドモアゼル・テイラー……良いお部屋を用意してありますよ」

…かつては美人で鳴らしていたであろう宿の女将はだいぶ恰幅が良くなっているが、それでも所々に昔の色気を残している……もっとも、外面の色気で隠されてはいるが態度の端々からは金にがめつい感じがにじみ出ていて、うっかりすると有り金を巻き上げられかねない…

ドロシー「宿の女将さんはなんて言ったの?」

アンジェ「いいお部屋ですって……この女、フランス語はまるで分からないの」前半は「フランス語が分からない」ドロシーに向けて、後半は流暢なフランス語に切り替えて宿の女将に向けて言った……

女将「ふん、アルビオンの人間なんていうのはたいていそうよ……どいつもこいつも高慢ちきで頭は空っぽ」

アンジェ「そうね」

女将「ああ……それで、あんたはどこの出身?」

アンジェ「このしゃべりを聞いて分からないの?」

女将「いや、あたしと同じノルマンディに聞こえるけど……アクセントがちょっぴりパリ風じゃない?」

アンジェ「片親はノルマンディだけれど、パリで育ったものだから」

女将「そういうこと……」

アンジェ「ええ」

ドロシー「……ねぇマルグリット、さっきからなんて言ってるの?」あれこれ詮索されてボロが出るとマズいので、ちんぷんかんぷんのフランス語にじれたフリをして割り込むドロシー……

アンジェ「あぁ、はい。お食事は何時頃が良いか教えてほしいそうですわ」

ドロシー「そうね、まぁ夜の七時頃から始めれば良いんじゃない?」

アンジェ「伝えておきますわ……マダム、夕食は七時頃からでお願いするわ」

女将「分かったわ。それからシャンパンとワインでしょ?」

アンジェ「ええ。アルビオンの人間は味なんて分かりゃしないから、適当なラベルのやつで充分よ」

女将「はいはい……それからそっちの小さいのはシノワ(中国人)?」ちせに目線を向けて興味もなさそうに聞いた……

アンジェ「ジャポネ(日本人)よ。彼女の召使いなの」

女将「そう。じゃあ続き部屋(スィート)の前室に寝かせればいいのね」

アンジェ「それでいいわ」

ドロシー「ねぇマルグリット、フランス語が長ったらしいのは知ってるけど……食事の時間を伝えるだけでそんなにかかるの?」

アンジェ「いま済みましたわ、クローディア様」

ドロシー「そう、よかった。 長旅で疲れちゃったから、早く部屋に行きたいの」

アンジェ「いま案内してくれますわ……部屋に案内してあげてちょうだい」

女将「はいはい……お待たせいたしました。ただいまお部屋にご案内いたしますわ♪」金回りの良さそうなドロシーに向けてにこやかに微笑みながら、まずますの英語で言った……

ドロシー「ええ。ありがとう、マダム」アンジェに合図をしてフラン金貨を握らせる……

女将「いいえ、どうぞごゆるりと♪ 荷物はすぐ運ばせますので」

ドロシー「お願いするわ……さ、行きましょう」
655 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/07/22(土) 01:54:09.86 ID:7yVGZ19a0
…夕食時…

女中「お夕食をお持ちしました」

ドロシー「まぁ、何とも手の込んだお料理だこと♪ とても美味しそうね」あれこれ詮索されたくない週末旅行のアルビオン人らしく見えるよう、夕食は食堂で取らずにわざわざ部屋へと運ばせた……運ばれてきた料理の皿をのぞき込むと歓声を上げるドロシー……

アンジェ「フランスと言えばキュイジーヌ(料理)ですもの」

…最初のワインを女中に注いでもらうと「あとはこちらでやるから」と下がらせたアンジェ……軽くグラスを触れあわせると、薄い黄金色をした白ワインに口を付けた…

ドロシー「乾杯……うへっ、ひでえワインだな。ラベルだけは綺麗だが水っぽくて飲めたもんじゃない」一口飲むなり顔をしかめたドロシー……

アンジェ「あの女将ならそうでしょうね……料理の感想は?」

ドロシー「こっちはまあまあだ。料金が半分で、量がこれの倍はあるって言うんならね」

…フランス全土でお馴染みの玉ねぎスープと、ノルマンディ名物の生クリームをあしらったエンドウ豆やニンジンのムース、それに「特別メニュー」だといって出してきたヒラメのバターソテー……それにスライスされたバゲットと数種類のチーズ……

アンジェ「そう」

ドロシー「ああ……スープはいいが、ヒラメは少し生っぽいな」

アンジェ「それにバターが多すぎて味がくどい」

ドロシー「ああ、上等なのはパンとチーズだけだな。こればっかりはフランス人も手抜きはしないらしい……ちせ」間のドアを開けると控えの部屋にいるちせを呼んだ……

ちせ「何じゃ?」

ドロシー「おすそ分けさ。どうせ厨房で食わせてもらったものは馬の餌にもなりゃしないかったろう?」

…そもそも外国人嫌いのフランス人が、フランス語の話せない……たとえ話せたとしてもがめつい女将が苦情を言える立場にない「東洋人」の召使いにまともな食事を用意するはずもない……ドロシーとアンジェはそれを見越してそれぞれの食事からヒラメやスープ、パンやチーズを取り分けておいた…

ちせ「……かたじけない」まだぎこちない手つきでフォークやナイフを動かし、黙々と食べる……

ドロシー「ワインは?」

ちせ「いや、不要じゃ」

ドロシー「あいよ。じゃあ飲んじまうか……しかしマズいな」ひとしきり愚痴をこぼしながらワインを空けて、顔をしかめた……

アンジェ「自分でお金を出したわけじゃないのだから我慢することね」

ドロシー「まぁな……お、デザートが来るみたいだ。 ちせ、向こうへ戻っていてくれ」階段を上ってくる足音を聞きつけ、片付けられてしまう前にと大ぶりのハンカチを取り出してパンやチーズを包み、ちせの胸元に押し込んだ……

ちせ「うむ」

女中「デセール(デザート)のブラマンジェでございます」

ドロシー「ええ」

………

…食後…

女将「……失礼しますわ。お食事はいかがでした?」英語でお愛想を言いに来た女将……

ドロシー「ええ、実に結構でした♪」

女将「お褒めいただき光栄ですわ……ところでマドモアゼル(お嬢様)、この後のご予定は?」ちらっと意地汚い表情をのぞかせたが、すぐ取り繕った……

ドロシー「そうね、それならどこかで美味しいお酒でも飲みながら……ここの女性とお話でも出来たら楽しいでしょうね」

アンジェ「マダム、そういった女性に心当たりはあるかしら?」

女将「ええ、そういった「お話相手」になりそうな女の子なら何人か存じ上げておりますよ……」

アンジェ「それじゃあぜひこちらに案内してちょうだい」

女将「もちろんですとも……♪」

…数分後…

女将「どの娘がよろしいですか? フランソワーズ、アンヌ……カトリーヌにシルヴィ」

ドロシー「ふふ、よりどりみどりね……♪」隠していた「プレイガール」の本性を明かすように小さくにんまりと笑い、やって来たフランス娘を眺め回すドロシー……

女将「では、どうぞごゆっくり♪」

ドロシー「それじゃあ貴女がいいわ……マルグリット、貴女も選びなさいよ」金髪巻き毛の可愛い娘の手を取ると、アンジェに言った……

アンジェ「まぁ、クローディア様ったらわたくしにも「お話相手」を?」

ドロシー「ええ、貴女が退屈だといけないもの……ね♪」色っぽい声で言うと早速フランス娘を隣に座らせ、持ってこさせたシャンパンをグラスに注いだ……
656 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/07/26(水) 01:09:39.08 ID:P2DdLqeU0
…数十分後…

ドロシー「シルヴィは本当に可愛いね♪」

金髪巻き毛の娘「もう、お上手ですこと……///」

黒褐色髪(ブルネット)の娘「ねーえ、せっかくなんだからもう一杯どーお?」

アンジェ「なら、もう少しだけ……///」

ドロシー「ふふ、マルグリットは初々しくって可愛いね……さ、それじゃあそろそろ踊りにでも行こうか♪」

…フルボトルのシャンパンを空けてすっかりご機嫌……なフリをしているドロシーとアンジェ……ドロシーはグラスをぐいと飲み干すと、いかにも遊び好きのプレイガールらしく陽気に切り出した…

ブルネット「まぁ素敵♪」

金髪「でしたら近くにダンスホールがありますわ」

ドロシー「それじゃあ決まりだ♪」

………

…しばらくして・市街…

ちせ「……やれやれ、二人があの娘らと踊っているあいだの暇をどうするかのう」

…二人が現地の娘を連れてダンスホールにしけ込んでいるあいだ、行く当てもなく夜のル・アーヴル市街を歩いているちせ……もちろん、ただ歩いていたわけではなく、尾行がないかどうかの確認をしながら、目印になりそうな地形や店を覚えたり、何かあったときの逃げ道を把握したりと「いざというとき」の準備をしていたが、それもある程度は済んでしまった…

ちせ「ふむ……宿に戻ってもやることはなし、芝居や寄席に行ってもフランス語が分からんのじゃから筋書きなどさっぱりじゃ」

…繁華街のあちこちにある芝居小屋や寄席のような場所には出し物を告げる看板やポスターが飾ってあるが、フランス語がからきし駄目なちせには絵柄はともかく、そこに添えてある文章に何が書いてあるのか見当もつかない……時折、顔が赤くなるような刺激的な看板もあったりするが、そういった物からは目を背けて足早に歩き去る…

ちせ「だからといって歩き回っているだけというのも芸がないというものじゃが……むむ……」思案しながら歩いていると、角を曲がって来た一人の少女から日本語で声をかけられた……

少女「おや……そなたは日本人ではありませぬか?」

ちせ「……いかにも」

少女「やはりそうでありましたか。この広い欧州で同国人に出会えるとは、なんとも奇遇なこと」

…ちせと同い年かそれより二つ三つばかり年上に見える女の子は、嬉しそうにしながらも折り目正しく一礼した……長い黒髪は波打たせて美しく伸ばし、まるで印象派の絵から抜け出してきたような赤ワイン色のふわりとしたドレスに、足もとは赤い婦人靴でまとめている……黒い瞳は凜々しく光をたたえ、良家のお嬢様らしく姿勢も言葉遣いもきちんとしている…

少女「……私は漢字で「千」の「代」と書いて「ちよ」と申します。貴女は?」

ちせ「うむ、私はちせと申す」基本的には身分証を偽装する必要がない立場なので、安心して名前を名乗った……

千代「ちせさん、良い名前ですね……それにこちらでは年の近い日本人の女子(おなご)と会うことなぞとんと無いから、こうして会えて嬉しい限り」

ちせ「同感じゃ、おまけに欧州では東洋人の肩身が狭いからの……千代どのは何か用事があって夜の街に出てこられたのか?」

千代「いいえ、ちょうどそこの料理屋で夕食をしたためてきたところでございます……それで、これから「キャフェー」に行って食後のコーヒーなど頂こうかと思いまして」

ちせ「なるほど、なんとも洒落ておるのう……」

千代「大したことではございませんよ……ところでちせさん「袖触れ合うも多生の縁」と申しますし、今度お茶にでもいらっしゃいませんか? どこに行けば会えますかしら?」

ちせ「あー……それならば明日の昼下がり、この場所で会うというのはどうじゃろうか?」

千代「ふふ、心得ました♪ ではまた明日お目にかかりましょう」

ちせ「承知した……では、御免」軽く一礼すると歩み去った……

中年の男「……千代、あの娘は誰じゃ?」ちせが去ったあと、物陰からすっと千代に近づいた男……

千代「先ほどたまたま道で出会うた「ちせ」という娘で、日本から来たと申しておりました……異郷の地で会った同国人に対してよそよそしいのもおかしいと思いましたので、お茶に誘いましたが……」

男「そうか……まぁよかろう」

千代「……何か?」

男「気付かなかったか、千代?」

千代「いえ、あるいはそうかもしれぬとは思いましたが……」

男「うむ、おそらくは間違いあるまい。 あの娘、相当に腕が立つぞ」

千代「偶然でしょうか」

男「分からぬが、用心に越したことはあるまい」

千代「……はい」ふっと千代の瞳が険しくなった……
657 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/08/05(土) 02:18:16.70 ID:y/XpulUj0
…深夜…

ドロシー「よう、戻ったぞ♪」

ちせ「うむ……っ、ずいぶんと酒臭いの」

ドロシー「なにしろフランス娘相手にしこたま飲んだからな……それにシャンパンは度数が高いんだ……ひっく♪」

ちせ「なるほど」

アンジェ「だからってあんなに飲むことはないでしょう」

ドロシー「バカ言え、こちとらアルビオンの間抜けな「ご令嬢」の役割なんだ。関税のかからないフランスのシャンパンをがぶ飲みしてへべれけにならなきゃ、かえって怪しまれるだろう」

アンジェ「そういうことにしておくわ……お風呂だけれど、先にどうぞ?」

ドロシー「悪いな。それじゃあお言葉に甘えてそうさせてもらうぜ……」へべれけに酔っているフリを終わらせると、タオルを抱えて浴室へと入っていった……

アンジェ「行ってらっしゃい……ふぅ」少し息を吐くと、椅子に腰かけた……

ちせ「だいぶお疲れじゃな」

アンジェ「そうでもないわ……ちせ、もうお風呂には入ったの?」

ちせ「うむ。しかしこればかりは日本が恋しいのう……アルビオンのもフランスのも浴槽が浅くて満足に浸かることもできぬから、まるでカラスの行水といった気分じゃ」

アンジェ「そうらしいわね」

ちせ「うむ」

アンジェ「日本もいずれ行ってみたいものね……」

ちせ「その時は私が案内をいたそう」

アンジェ「頼もしいわね……ふふ」そう言うといつもは固い表情ばかりのアンジェが、珍しく微笑を浮かべた……

ちせ「そんなにおかしかったかの?」

アンジェ「いいえ……喉が渇いたわ、水を一杯もらえる?」

ちせ「うむ」水差しからグラスに水を注ぐと、アンジェに手渡した……

アンジェ「ありがとう」

ちせ「なに、礼など不要じゃ」

アンジェ「いいえ、親しい間柄でも礼儀は大事よ。 こく……こくん…っ」

ちせ「確かにの」

アンジェ「ふぅ、ごちそうさま……それにしてもどうにも身体が暑いわ」

ちせ「そうでもないと思うが……っ、何をするつもりじゃ?」

アンジェ「大丈夫よ、少しはだけるだけだから……」

ちせ「……ごくっ///」

…シャンパンで紅潮したアンジェの頬や胸元から、体温とともにほんのりと洋ナシのような甘い香水の匂いが立ちのぼってくる……普段は冷静な灰色の瞳もいつもより熱を帯びていて、少し開いた唇に残る飲み干した水の雫も色っぽく、ちせは思わず生唾を飲んだ…

アンジェ「……ちせ」

ちせ「な、なんじゃ……///」

アンジェ「来て……♪」

ちせ「いや、それは……っ///」

アンジェ「私とは嫌?」

ちせ「そ、そうではないが……じゃが、ドロシーどのも風呂から上がってくるじゃろうし……///」

アンジェ「なら、ドロシーが出るまでの少しだけ……」

…アンジェが隣に腰かけると、火照った身体の熱が服の布地越しに伝わってくる……もじもじと距離を取ろうとすると、アンジェの細いが力強い手が腰に回されて、ぐっと近くに引き寄せられた…

アンジェ「……ちゅ」

ちせ「あっ……ん、んんぅ///」

アンジェ「ふふ、可愛いわ……ちせ♪」

ちせ「///」
658 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/08/11(金) 02:27:43.09 ID:PlSvMIcv0
ちせ「あ……あっ、んぅ……っ///」

アンジェ「んむ、ん……ふ」

ちせ「はひっ、はっ……はぁっ……///」

アンジェ「んちゅ……っ、ちゅっ♪」

…ソファーに押し倒されて、着物をはだけさせられたちせ……アンジェの唇が身体のあちこちをついばみ、ちせのつつましい胸を細い指がこねるように揉みしだく…

ちせ「あふ……っ、ふあ、ひあぁ……っ///」

アンジェ「ちせ、貴女には意外とハニートラップの才能があるかもしれないわ……んふっ、ちゅ♪」首筋から鎖骨へと口づけを続けながらささやいた……

ちせ「そんな……んあぁっ/// 馬鹿な……っ」

アンジェ「いいえ。 そんな可愛い声を出されたら、私だってむらむらする……♪」

ちせ「ふわぁぁっ……んんぅ///」

…口を半開きにして頬を赤らめながらも、必死になってアンジェを押し返そうとするちせ……だが、アンジェはちせの両手をまとめるようにして手首をおさえつけ、ふとももの上に腰を下ろしてぐっとのしかかっている…

アンジェ「さあ、遠慮せずに振りほどいていいのよ」

ちせ「言われずとも……ん、くぅ……っ///」

アンジェ「どうしたの、このままでは貴女の負けよ?」れろっ……ぴちゃ♪

ちせ「ひ、卑怯じゃ……ふあぁぁ……んっ///」

アンジェ「この世界に「卑怯」なんて言葉はないって言ったはずよ……んちゅっ♪」

ちせ「はひっ、あふっ……んっ♪」

…いつもと違っていささか強引な……しかし絶妙なアンジェの指と唇、そして唇の動きに甘い吐息を漏らしてしまうちせ……はだけた着物の裾からは下に着ている襦袢の白い裾がちらちらとのぞき、そこから伸びるしなやかな脚がバタバタと暴れていたのが、次第にぐったりと力を失い、時折びくびくと跳ねるだけになっていく…

アンジェ「もう抵抗はおしまい?」

ちせ「はひっ、はぁ……んぅ……いや、まだじゃ……あぁんっ///」

アンジェ「その調子ではもう駄目そうね? ほら、ここもこんなに濡れてる……」くちゅっ、ちゅぷ……っ♪

ちせ「はひっ……ふわぁ……ぁ♪」さっきまではじたばたと暴れもがいていたのがすっかりとろんとした目つきになって、アンジェのするがままになっている……

アンジェ「ちせ、欲しいなら自分で言いなさい?」

ちせ「た、頼むぅ……はよう、早う……ぅ///」

アンジェ「そこまで言われたら仕方がないわね……いいわ、してあげる」

ちせ「こ、これではまるで私が懇願しているようではないか……///」

アンジェ「実際そうでしょう? 貴女が嫌ならやめるけれど?」

ちせ「うぅ、アンジェは意地悪じゃ……」

アンジェ「黒蜥蜴星人は非情な生き物でもあるのよ……でも、たってのお願いなら仕方がないわね」ちゅぷ……っ♪

ちせ「ふわぁぁ……っ///」ひくひくと身体をのけぞらせ、甘い声をあげるちせ……

アンジェ「まだ一本しか指を入れていないのにそんな声を上げていたら、身体が持たないわよ?」

ちせ「ふあぁ、あっ、あぁ……っ///」

アンジェ「それじゃあ二本目……♪」

ちせ「あ゛っ♪ あ゛ぁ゛ぁぁ……っ♪」

…放心したような表情で口の端から涎をたらし、アンジェが巧妙な指遣いで花芯をかき回したりなぞったりするたびにひくひくと身体を痙攣させ、湿っぽい水音とともにとろりと愛蜜が滴り、ふとももに伝っていく…

アンジェ「……これではプリンセスやドロシーがそそられるのも無理ないわ」小さい声でつぶやくと、ゆっくりと技量を確かめるように中をなぞっていく……

ちせ「ふあぁぁ……っ♪」

アンジェ「んっ、あ……あふ……んんっ♪」ちせの秘部をかき回していた指をじらすように引き抜くと、今度は濡れそぼった自分の花芯と重ね合わせ、ゆっくりと動かす……次第に汗ばんでくる二人の太ももがしっとりと張り付き、粘っこい水音がし始めた…

ちせ「はひっ、ふわぁぁぁ……っ♪」

アンジェ「んっ、はぁぁ……っ♪」

ちせ「はひっ……はぁ……ひぃ……っ///」

アンジェ「ふぅ……ちせ、とても気持ち良かったわ」耳元でそうささやくと、唇に優しくキスをした……
659 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/08/16(水) 02:03:10.74 ID:SUKU/f+P0
…しばらくして…

ドロシー「……ところで私とアンジェは明日の晩に「受け渡し」をする。ちせはなにか予定が?」風呂上がりの湯気とガウンをまとった姿で、丁寧に指の爪を磨き直している……

ちせ「実はそのことなのじゃが……」かいつまんで千代との約束を話した……

ドロシー「そうか。まぁ見ず知らずの国で同国人に会えばそうだよな……しかし」

ちせ「なにか気にかかることでも?」

ドロシー「うーん……いや、考えすぎかな」

ちせ「ふむ?」

アンジェ「行きずりに出会った相手には気を付けた方が良い……このホテルに泊まっている事をその娘に教えたりした? あるいは逆に、あちらの住所やホテルがどこか聞いた?」

ちせ「いや、互いにそこまであれこれ尋ねてはおらぬ。明日は単に茶店で菓子を付き合うだけのつもりじゃ」

アンジェ「そう、まぁいいわ」

ドロシー「アンジェ、ちせだって子供じゃないんだぜ……マズいことがあった時の脱出ルートや手段も分かっているはずさ」

ちせ「うむ、そういった手はずは覚えておる」

ドロシー「よし、いい娘だな♪」

アンジェ「それじゃあもう寝るわ」

ドロシー「ああ、私もそうするよ……ふわぁ……あ」

…翌日…

ちせ「では、行って参る」

ドロシー「おう。タチの悪いフランス人にカモられないよう気を付けるんだぜ?」

ちせ「うむ、十分に注意するつもりじゃ」

アンジェ「私たちは私たちで夜になったら出かけるから、連絡が必要な事態が起きたら「メールドロップ」に連絡を残しておいて」

ちせ「うむ、では……」

…時折二人にも手伝ってもらいながら、お嬢様のお付きにふさわしい清潔ではあるが地味な服をアンジェたちが見立てた濃緑色のデイドレスに替え、髪を後頭部でお団子にまとめるとバレッタ(髪留め)と紅いリボンで「お団子」をてるてる坊主の頭のようにまとめ、脚はいまだにくすぐったく感じる白いストッキングと窮屈に感じる黒のエナメル靴でこしらえた…

ドロシー「……ちせのやつ、ああすると人形みたいで可愛いな」

アンジェ「つまみ食いは任務には入っていないはずよ?」

ドロシー「ああ、そうだな……誰かさんと違って私は抜け駆けなんてしないからな♪」

アンジェ「……口が多いわよ」

ドロシー「かもな♪」

…待ち合わせ場所…

ちせ「……少し早かったか」

…時間厳守は情報部員に必須の決まり事ということもあって予定の十分前にはきちんと待ち合わせ場所に着いて、周囲の安全確認も済ませたちせ……すっきりしたデザインで狂いのない懐中時計を取り出してちらりと眺めていると、向こうから「小走り」と言うほどではないものの、嬉しさをにじませた歩調で千代がやってきた…

千代「ご機嫌よろしゅう、ちせさん……お待ちになった?」

ちせ「いや、つい先ほど来たところじゃ」

千代「そうでしたか、では参りましょう?」淡いクリーム色に薄い琥珀色を添えた抑えめながらおしゃれなドレスをまとい、フリルのついた日傘をさしている……にっこり微笑むとちせに日傘を差しかけ、二人で一つの傘の陰に入った…

ちせ「うむ」

千代「この向こうの広場にあるお菓子がとても絶品なんですのよ」

ちせ「ほほう、それは楽しみじゃな♪」

千代「ええ♪」

660 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/08/17(木) 01:25:35.71 ID:cBsWl0bM0
…広場のパティスリー(菓子店)…

ちせ「おお……何ともきらびやかなものじゃ」

…洋菓子店の中に入ると、店内にはガラスのショーケースや木の棚が間口いっぱいに伸びていて、そこにアイシング(砂糖がけ)やフォンダンで飾り立てた可愛らしい菓子が山と並べられている…

千代「ふふ♪ ここのお菓子は大変に美味しいですから、いつもここに来るのが楽しみなんですの」

ちせ「うむむ……」

…ちせと千代がどれを選ぼうかとショーケースを眺めている間にも、訪れた客があれこれと指さして注文をしていく……せわしなく動く店員たちはケーキや取り出しては袋に詰め、代金を受け取ったり、あるいはお得意さんには「では月末に」とつけ払いを勘定を書き入れ、お愛想と一緒に菓子を手渡す……買いに来ている客は暗黙の了解のうちに階級で分かれているアルビオン王国と違って貴賤を問わないらしく、パリの最新流行を取り入れた小粋なドレスをまとった裕福そうなマドモアゼルから、ダンスホールでのひと踊りに備えて鋭気を養いに来た小粋な踊り子まで、さまざまな階層の人間が集まっている…

千代「さあ、どれになさいましょう?」

ちせ「むむ……そう言われても洋菓子は疎いし、それにこう多くては選びようがないのじゃが……」

千代「分かりました、それでは私が代わりに見つくろって差し上げますわ」

ちせ「なるほど、それは助かる。ぜひともお願いいたす」

千代「はい、心得ました」

…千代はショーケースに近寄ると店員に流暢な(とちせには思われる)フランス語で話しかけた……店員とやり取りをしながら、千代は手際よくあれこれと菓子を指さしては袋に詰めさせる…

ちせ「そんなに買って大丈夫なのか?」

千代「あら、だってちせさんはフランスが初めてのようですし、それならば色々なお菓子を味わっておきませんと……ね?」

ちせ「む、それはそうじゃが……では支払いは私が……」そう言って札入れを出そうとすると千代が穏やかな手つきで……しかしちせの動きを止めるようにぱしっと手首を押さえた……

千代「今日は私がちせさんをお誘いしたのですから、ここは私に払わせて下さいな」

ちせ「いや、しかしじゃな……」

千代「まぁまぁ。次の機会になりましたらちせさんにお頼みして「あいこ」ということにいたしますから、今日の所はわたくしの顔を立てて下さいませんか?」

ちせ「そこまで言われてはな……ではお頼みする」

千代「はい♪」

…ここがフランスの地でありながら「アルビオン王国ノルマンディ飛び地」であることを思い出させる、女王陛下の肖像が刷られた王国ポンド札を手渡すと、ちせを連れて店を出た…

ちせ「ふむ、これだけの量があれば二日や三日は食いつなげそうじゃ」

千代「ふふふっ、まぁおかしい♪ お菓子を見て籠城のことをお考えになるなんて」

ちせ「いや、これはくだらぬ事を申した」

千代「いいえ、面白いものの見方ですわ……さて、お菓子は買えたわけですけれど、どうせですからくつろげるように私のお家に参りましょう?」

ちせ「いや、申し出は嬉しいが……しかし急にお呼ばれしてはご家族も迷惑じゃろう」

千代「いいえ。私の家はちょっとした貿易商会を営んでおりますからお客様はよくいらっしゃいますし、それに同じ日本人のお客様なら皆も喜びます。それに父は商談のために出ておりますから」

ちせ「千代どのがそこまでおっしゃるのなら……お言葉に甘えさせてもらおうかの」

千代「まぁ嬉しい♪」善は急げとばかりに一頭立ての軽快な辻馬車を呼び止めると、二人は御者に手を引いてもらって席に乗り込んだ……

………

…十数分後・とある邸宅…

千代「……こちらですわ、ちせさん」

ちせ「ふむ。洋館のことはあまり分からぬが、立派な構えの館じゃな」

…辻馬車を降りると、目の前にはわりと小ぶりな……しかしそれなりに立派な館が建っていて、庭木を絨毯の模様のように整えたフランス風の庭園には、水がめを抱えた乙女が立っている小さな噴水がある…

千代「お褒めにあずかり恐縮です……さ、中へどうぞ?」

ちせ「うむ、ではお邪魔させていただく……」

…千代が多少くすんではいるが、それでも立派な樫の扉を開けて中に入るようにうながした……ちせが礼を言って中に入ると、そこはフランスのシャトー(館)にふさわしく、明るい色合いでまとめられた玄関ホールになっていた…

千代「それでは私のお部屋に参りましょう? それとすぐにお茶を用意させますから」

ちせ「うむ……」貿易商の家に呼ばれたことがそうあるわけでもないが、千代の住んでいる館はせわしない雰囲気の貿易商の館というよりは、どことなく物静かに人目を避けて暮らしている隠居所のように感じられた……

千代「……どことなく活気がなくってもの淋しいでしょう?」

ちせ「あぁ、いや……閑静なよい暮らしじゃな」

千代「まぁお上手……でも、ちせさんの印象通りで今は少しばかり淋しい雰囲気なのです。と言うのも、父を始め手代の者たちは商談と交易のためにここしばらく家を離れておりまして……ですからなおのこと、ちせさんがお出でになって下さって嬉しいですわ」

ちせ「なるほど、そういう事情であったか」
661 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/08/26(土) 01:55:13.98 ID:857u2nZT0
千代「さあ、それではどうぞ……」そういってちせを案内しようとした時、奥から男性が出てきて声をかけた……

モーニング姿の男「千代や、お帰り……おや、そちらのお客様は」

千代「ただいま戻りました。こちらがわたくしの言っていた「お友達」ですわ」

ちせ「……千代どの、こちらのお方は?」

…親子のようには見えないが、かといってお嬢様と使用人でもなさそうな様子の二人の間柄が気になり小声で耳打ちした……千代は分かっているといった様子で、ちせとモーニング姿の男を引き合わせた…

千代「紹介致しますわ。こちらはわたくしの父の友人であり、この商会の留守を預かっている佐倉丹左衛門(さくら・たんざえもん)さま……丹左衛門さま、こちらがお友達になって下さったちせさん」

ちせ「千代どのに紹介預かりましたちせと申します。山家(やまが)育ちゆえなにかと不調法者にございますが、どうぞよろしくお願い致します」

丹左衛門「これはこれは、こちらこそ何とぞご懇意に……親しくお付き合い出来れば嬉しく思いますよ。千代はこちらに近い年の友人もなく、話し相手になるものもなかなかおりませぬので」


…丹左衛門と呼ばれた男は折り目正しくきちんとした身なりで、背筋のぴしりと伸びた様子は貿易商の留守を預かる番頭として一銭のごまかしもしないといった雰囲気を漂わせている……しかし剣士としてのちせの嗅覚は、丹左衛門にどちらかと言えばそろばんをいじる貿易商の番頭と言うよりは一国の家老……あるいは剣術の師匠といった武人らしいものをそこはかとなく感じ取った…


千代「丹左衛門さま、それはおっしゃらない約束です///」

ちせ「いや、その気持ちは私もよう分かる……」

丹左衛門「というと、ちせさんもご家族の都合でこちらへ?」

ちせ「いや、私は官費留学でこちらに参ったのじゃ」

丹左衛門「そうでしたか。ということはさぞや学業に秀でておられるのでしょうな」

ちせ「いや、そこまででは……特に横文字は難しくてかなわぬ///」

丹左衛門「私もこちらへ来たばかりの頃はそうでした……申し訳ありませんが片付けなければならない書類があるので、失礼致します。ちせさんに失礼のないようにな」

千代「分かっております……さ、どうかくつろいでくださいましね♪」

ちせ「う、うむ……///」

…千代はフランス暮らしが長いのか、親しげに手を握ったり頬を寄せたりというような、ちせにとってはまだ少し恥ずかしいようなスキンシップや親しげな態度を取ることが多く、しかもそれをちせが恥ずかしがっているのを分かった上でからかい半分にしているフシがある…

千代「まぁまぁ、そう固くならないで……自分の家のようにくつろいで下さいな」

ちせ「そ、そうじゃな……」

…千代の部屋…

千代「さ、どうぞ遠慮無く脚をのばして下さいな。私もこちらに来てからというもの、靴や服が窮屈なのには常々閉口しておりましたから」

…千代の部屋は小ぶりながらも二間に分かれていて、案内された奥の部屋は洋室だったものを和室に改装したらしく、ちょっとした茶室のようになっていた……靴を脱いで畳に上がると、爽やかな藺草(いぐさ)の香りが立ちのぼる…

ちせ「いや、お言葉はありがたいが……じゃが「親しき仲にも礼儀あり」とも申す」くつろぐようにと勧められたが、きちんと正座して座るちせ……

千代「まぁまぁ、ちせさんったら真面目なこと」口元に手を当てて「ふふふ♪」と小さく笑ってみせる千代は年相応の少女らしさを感じさせる可愛さがある……

ちせ「いや、別に真面目というほどでは……///」

千代「ふふ……さ、お茶の準備が整いましたから頂きましょう?」砂時計がサラサラと砂を落としたのを見て、千代が手ずから紅茶を注いだ……

ちせ「かたじけない」

千代「いいえ。お砂糖とミルクは?」

ちせ「うむ、ではそれぞれ少しずつ……」

千代「はい……それでは、好きなお菓子をお取りになって?」

ちせ「おう、そうじゃな……しかしどれも美味そうで、恥ずかしながら目移りしてしまうのう」

千代「なら遠慮なさらずにお一つずつどうぞ。これはクリームの入った「エクレール(エクレア)」というもので、こちらの輪っかの形をしたものは「パリ・ブレスト」……何年か前にパリと港町のブレストの間で行われた自転車競技を記念して作られたお菓子ですわ」

ちせ「なるほど、では……んむ」パリ・ブレストはさくりとしたシュー生地にふわりと甘いアーモンド風味のクリームを挟み、上には粉砂糖がかけてある……

千代「いかが?」

ちせ「うむ、これは実に美味じゃ……!」はしたなく見えないよう遠慮しようと思うものの、ついつい甘くて美味しい菓子に手が伸びる……

千代「こうしたお菓子は「プティ・フール(小さなお菓子)」と言って、色々な種類が楽しめるようになっておりますの」

ちせ「フール……こんなに上等な菓子が「フール(マヌケ)」なのか?」

千代「まぁ、ふふ♪ フールは英語の「マヌケ」でなくって、フランス語の「four」……プティ・フールはお料理のために熾した火の残り火で作ることから「小さな窯」という意味なのだそうですわ」

ちせ「なるほど」クリームやフォンダンのかかった色鮮やかな小さな菓子をつまみながら他愛ないおしゃべりをしていると、つい昨日知り合ったばかりとは思えない気分になってくる……
662 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/09/07(木) 01:11:12.99 ID:nq9fJ+hJ0
…一刻ばかりして…

ちせ「これも舌先でとろけるようじゃ…!」

千代「お気に召したようで何よりにございますわ……紅茶のお代わりはいかが?」

ちせ「かたじけない」

千代「ではお注ぎ致し……あっ!」

ちせ「っ!」

…紅茶を注ごうとし、ドレスの袖口で砂糖つぼを払いのけてしまった千代……横ざまに倒れて低いテーブルから落ちる砂糖つぼを、ちせはとっさに手を伸ばしてつかみ取った…

千代「……まぁ、なんという飛燕の早業でしょう!」

ちせ「い、いや……たまたまじゃ///」鍛え上げられた反射神経が悪い形で出てしまった事に「しまった」と内心ほぞをかむ……アンジェやドロシーのように必要ならば「舌先三寸」になれる演技力をうらやみつつ、下手な言い訳を口にする……

千代「たまたまだとしても素晴らしいですわ……それよりお召し物が」

ちせ「いやなに、構わぬ」スカートについた白砂糖をぱたぱたとはたく……

千代「ああ、それならわたくしが……」千代が隣にやってきて、しなやかそうな白い手でスカートにこぼれた砂糖を優しくはたく……スカート越しとはいえ太ももに手を当てられているので少し恥ずかしい……

ちせ「千代どの、もうそのへんで構わぬ……それにずいぶんと長居をしてしまったゆえ、そろそろおいとまさせていただこうと思うのじゃが///」

千代「あら、本当……楽しいひとときというのは短いものですわね。 またいつでもお出で下さいまし…ね?」

ちせ「う、うむ……では御免」

…同じ頃・一軒のカフェ…

ドロシー「なぁ……あいつ、どう思う?」

アンジェ「ベレー帽の男?」

ドロシー「そう、あの額の広いサル顔のやつさ……典型的な「アパッシュ」ってやつに見えるが、やけに周囲を気にしてないか」

(※アパッシュ…十九世紀末から二十世紀初頭におけるフランスの乱暴者やちんぴらを指す総称。ベレー帽と横じまの水夫シャツを着るスタイルで知られた。語源はアメリカ先住民の「アパッチ」族から)

アンジェ「そうね。もしかしたらフランス情報部にでも雇われて、人相をあらためているのかもしれないわ」

…窓際の席に陣取った二人は、ワガママ勝手で世の中に飽きている上流階級の令嬢のような気だるい様子で人々の行き交う通りを眺めている……が、実際は視界の片隅に見えるランデヴー・ポイントのカフェに監視がいないかを確かめていた…

ドロシー「気に入らないな。情報を持ってくるエージェントのことを追っているとしたら、この状況でコンタクトを取るわけにはいかないだろ」

アンジェ「ええ。でもランデヴーの場所はあの男がいるカフェのすぐ隣の店よ……おまけに他のポイントはどこも都合が悪い」

ドロシー「時間の余裕もあまりないしな……くそ、こういうときこそカットアウトの一人でも挟んでくれればいいものを」

アンジェ「そんなことを言っても仕方ないでしょう……例の手を使ったら?」

ドロシー「……そうだな、いいだろう」

…二人はちびちびとカルヴァドス(リンゴ酒)をすすっていたが、アンジェは代金を置くとさりげなく店を出て、すぐそばにある別なカフェへ入るとギャルソン(給仕)に声をかけ、小銭を渡してトークン(代用コイン)に両替してもらうと電話ボックスに入った……ドアを閉めて番号を回し、交換手を通じてフランス情報部の回し者らしい男がねばっている店へと電話をかける…

フランス人の声「……アロー(もしもし)、こちらはカフェ・リベルテ」

アンジェ「もしもし、済みませんがそちらにいる客の一人に伝言をお願いします……急いで」どこか冷たく、うむを言わせない口調で一気にしゃべった……

声「ウィ、マドモアゼル。伝言をどうぞ?」

アンジェ「ええ「例の人間は五分後に、カフェ・ルナールに現れる」とだけ」道すがら記憶していた、ランデヴーの邪魔にならない町外れにある店の名前を告げる……

声「分かりました。それで、その伝言はどのお客さんに?」

アンジェ「黒いベレー帽の男がカウンターに座っているはずです、やせた男です」相手にあれこれ詮索されないよう、せかせかした口調で電話口に話す……

声「いえ、そういった風体の人はカウンターにはおりませんよ」

アンジェ「でしたら隅のテーブルにいませんか?」

声「少々お待ちを……ああ、いました」

アンジェ「良かった、ではその男性に伝えてください……それじゃあ」

…通話は終わったがあまり短いと店員に怪しまれるので、アンジェは電話を切ってからもしばらくのあいだ通話するフリをして空気に向かって話し続けた……一方、ドロシーがさっきの店で粘りながらカルヴァドスをすすっていると、窓越しにギャルソンが書き留めたメッセージを持って隅のテーブルに向かい、男に何か言いながらメモを渡すのが見えた……男は急にギャルソンがやって来たのでけげんな顔をしていたが、メモを見るなり酒の代金を置いて店を飛び出して行った…

アンジェ「……ただいま」

ドロシー「ああ……間抜けが見事に引っかかりやがったぜ」

アンジェ「ええ、見たわ。彼らが連絡するとき合い言葉を使っていなくて良かったわね」

ドロシー「そうだな、それじゃあ今のうちにランデヴーと行くか」
663 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/09/16(土) 01:57:59.88 ID:qSyOaFWb0
…ランデヴー・ポイントのカフェ…

アンジェ「……サ・ヴァ(お元気)?」

ギャルソン「ウィ、サ・ヴァ、サ・ヴァ……エ・ヴ(そっちは)?」

アンジェ「サ・ヴァ、メルスィ(どうも)」

…カウンターでワイングラスを拭いているギャルソンに向かって、やる気なく話しかけるアンジェ……一方のギャルソンも視線を向けることすらせず、上の空で返事をした…

アンジェ「……飲み物を」

ギャルソン「何にします?」

アンジェ「そうね……それなら『マッカランの十二年ものとアンジューのロゼ』をそれぞれもらおうかしら」フランスのカフェで普通ならまず出ないような酒の組み合わせを合い言葉に定めてあったが、それを聞いたギャルソンは表情一つ変えるでもなく、了解したしるしに肩をちょっとすくめた……

ギャルソン「どうぞ」

アンジェ「メルスィ……どう、お味は?」

ドロシー「グレンリベットだ……つまりは大丈夫だな」

…もしもギャルソンが脅されて合い言葉を言うようにされていた場合の「保安措置」として、本部は脅されている場合は合い言葉通りに「マッカラン十二年」を、安全な場合はわざと注文と違う「グレンリベット」を出すように決めていた……当然、マッカランが出てきた場合アンジェとドロシーは何食わぬ顔で酒を飲み干し、知らんふりをして出ていくことになる…

アンジェ「そう」ロワール地方で産する「アンジュー」の口当たりのいいロゼワインを頼み、少し時間をかけて味わった……

…しばらくするとギャルソンが会計をつけた紙をさりげなく置き、それをドロシーが受け取る…

ドロシー「ふぅん、八フランと五十サンチームね……ここは私が持つよ」料金を置くと店を出た……

アンジェ「……さっきの「八フラン五十サンチーム」だそうね」

ドロシー「ああ……ってことは次にサロン「ル・ファンタスク(空想)」へ行けって事だな」

…サロン…

アンジェ「貴女はこういう場所だと、まるで水を得た魚のようね」

ドロシー「ああ、会員制社交クラブだの、サロンだのキャバレーだのは得意分野だからな……」

…ロンドンやパリにあるようなお高いサロンと違った、港町にありがちな「庶民派」といった雰囲気のサロンは夜の早い時間帯と言うこともあって客の入りもそこまでではなく、今ひとつの小楽団が軽い音楽を流し、酔っ払っていれば美人に見えるかもしれないマドモアゼルや、かつては美人だったであろうマダムたちが地元の商人、航海の給料をもらって羽目を外しに来た船員、小金のある旦那衆といった客に酒や軽食を運び、時にはおしゃべりに興じたり笑い声をあげたりしている…

アンジェ「……それで、コンタクトの人間はどれかしら」

ドロシー「さぁな……いずれにせよ、向こうからやってくるだろうさ」

…しばらくして…

アンジェ「どうやらあれがそうみたいね」

ドロシー「……なるほどな、そりゃあ国外に出たらおかしいはずだ」

…店内を観察していた二人が目星を付けた相手は旅回りをしながら芝居やものまね、あるいは皮肉を効かせた冗談などを聞かせる流しの芸人で、古ぼけたシルクハットにはね上げた口ヒゲ、そしておどけた態度で席を巡りながら客の出すお題に答えてちょっとした笑いを取ると「どうかお笑いになった分だけお鳥目を」と帽子を差し出す……芸人は席を順々に回り、ドロシーたちのテーブルまでやってきた…

芸人「おやおや、こんなところに素敵なマドモアゼルが二人も……ささ、物真似なんていかがですか?」

ドロシー「そうだな……じゃあ『鼻持ちならないフランス人の物真似』でも頼むよ」フランス人なら絶対に頼まないであろうリクエストを合い言葉に、物真似を見せつつ顔を近づけた芸人……

芸人「……情報の受け渡しに来るとは聞いていたが、あんたみたいな娘さんだとは思わなかったな」

ドロシー「私だってドサ回りの芸人がそうだとは思わなかったさ」

芸人「じゃあおあいこってことで……」とても小さく折りたたんだ一枚の紙を指の間に挟んで差し出した……

アンジェ「確かに受け取ったわ。それと本部がよろしくとのことよ」

芸人「ああ、それじゃ……お気に召しましたか、お嬢様方?」

ドロシー「はははっ、とっても上手だったよ。 ほら♪」紙片のやり取りをするアンジェを隠すように、ドロシーが派手な身振りで金貨を渡す……

芸人「おやおや、こんなに頂けるとは光栄ですな。ぜひ今後ともごひいきに!」

………



…夜・ホテル…

アンジェ「……それで、メモの内容は?」

ドロシー「ああ。明日の午前十時、マルシェ(市場)にいる古物商から『ヴォークランから掘り出し物があると聞いてきた』と言ってティーカップを買え」だと……店の場所も書いてある、ほら」サロンで受け取った紙片は気付かれないよう持ち帰り、ホテルの部屋でようやく内容を確かめた……

アンジェ「確かに」確認がすむと今度は手際よく紙片を燃やした……
664 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/09/23(土) 01:48:11.28 ID:wZyn+kDj0
…翌朝…

ドロシー「うーん、すっきりと気持ちのいい朝だ……とはいいがたいな」

アンジェ「あいにくの曇り空ね」

ドロシー「ああ……だがまぁいいさ、こんな天気はロンドンで慣れっこだ」

アンジェ「そうね……ちせ、朝食は?」

ちせ「それならば一応済ませてはきたのじゃが……」

ドロシー「相変わらずか?」

ちせ「うむ。固い麺麭(パン)に砂糖入りのコーヒーだけではどうにも物足りぬ……炊きたての飯にきゅうりの漬物、それにおみおつけでも欲しい所じゃ」どうやら焼きなましのバゲットかなにかをあてがわれたらしく、いささか物足りない様子のちせ……

ドロシー「そういうことならごあいにくさまだが、こっちもそう変わらないな」

…ベッドに腰かけたまま、はだけたナイトガウン姿で朝食の盆を指し示したドロシー……銀の盆にはいわゆる「大陸風」(コンチネンタル・スタイル)……あるいはむしろ「フランス風」とでもいうべき朝食として、焼きたてのクロワッサンと、大きめなお椀に入った温かいカフェ・オ・レが並んでいる…

ちせ「……二人の朝食もそれだけなのか?」

アンジェ「ええ。フランスの朝食は大抵こうよ」

ドロシー「アルビオンの労働者階級だけさ、朝からビイクドビーンズに焼きソーセージだの卵を付けるのはな……せっかくだし、一つ食うか?」

…ドロシーはそう言って大ぶりなクロワッサンを差し出した……フランスでは生地にバターを用いて巻いてある伝統的なクロワッサンは直線状で、ナポレオン時代の物資不足のおりに生まれたマーガリンを使ったクロワッサンは区別のために両端を丸めて「C」の字型にしてある……むろん、ホテルの客であるドロシーたちの盆には真っ直ぐなクロワッサンが載っている…

ちせ「ではありがたく……むむ!?」結局パンとコーヒーだけの朝食である事を知り、至極残念そうにクロワッサンを受け取って一口かじったが、途端に目を見開き、まじまじとクロワッサンを眺めた……

ドロシー「はは、そんなに美味かったか?」

ちせ「う、うむ……歯ごたえはサクサクとしていて、牛酪(バター)の味が口の中に広がって……実に美味じゃ」

アンジェ「良かったわね。カフェ・オ・レに浸すのがフランス流よ」

ちせ「ならば……むむ、なるほど」

ドロシー「良かったらもう一つやるよ。どうせマルシェ(市場)に行ったら買い食いもできるしな」

ちせ「かたじけない、では……」

アンジェ「食べ終わったら着替えて出かけるから、あとは任せるわ」

ちせ「気を付けての……私もしばらくしたら日本の旅券事務所に行かねばならぬ」

ドロシー「そうか。ま、気を付けてな」

ちせ「うむ……それにしても美味いのう……」

…午前中・マルシェ…

ドロシー「さてと、なにか気の利いたお土産でも見つかるといいのだけれど♪」

アンジェ「地元のマルシェには掘り出し物もありますから、きっと素敵な物が手に入りますわ」

…すっかり板についた「お金持ちのぼんくらお嬢様」と「小ずるいフランス娘」の役回りを演じつつ、二人してマルシェを冷やかして回る……露店には取り立てのニンジンから手作りの陶器の皿、どこかのお屋敷から出てきたらしい古い勲章、盗品とおぼしき、元は揃いだったはずの銀食器が一つだけ……種々雑多な品物が売りに出され、所々に軽食や飲み物を売る屋台も出ている…

ドロシー「あら、これなんか素敵じゃない?」

アンジェ「ええ、まったく。素敵な焼き物のお人形ですわ」

ドロシー「これも可愛いわね、暖炉の上に飾ろうかしら?」

アンジェ「ふふっ、とってもいいと思いますわ♪ ……ガラスのお目々をしたお嬢様にはぴったりね」

…少し欠けのある陶器の天使像だの、素性のしれないヘボ絵画だのを見ながら、いちいち感動したような声をあげるドロシー……かたわらのアンジェは英語でドロシーの「鑑定眼」を褒めそやしながら、ときおり小さくフランス語で皮肉をつぶやく…

ドロシー「それじゃあ次のお店は……あら、ここは良さそうね♪」

古物商のおばさん「いらっしゃい、お嬢さんがた♪」露店の主は恰幅のいいフランス人のおばさんで、田舎者丸出しのよれたエプロンとスカート、それに真っ赤なリンゴのような健康そうなほっぺたをしている…

アンジェ「何かいい物はある? ……『ヴォークランから掘り出し物があると聞いてきた』のだけれど」

おばさん「ああ、それならとっときのがあるわよ……ほら、これなんてどう?」そう言ってかたわらに置いてあった一客だけのティーカップを取り出した……

アンジェ「そうね……いくら?」

おばさん「まぁそうね、十フランくらいでどう?」

アンジェ「冗談はやめて。せいぜいこの程度でしょう」素人には分からない符牒を表す手つきで数字を示した……

おばさん「厳しいわねえ……まあいいわ。それじゃあ包んであげるからね」そう言うとカップの入りそうな小さい木箱を探し出し、それからかたわらに置いてある古新聞や黄ばんだ古紙の束から何枚か紙を引っ張り出すとカップを包み、残りはくしゃくしゃに丸めて箱のすき間に詰め込んだ……

アンジェ「メルスィ……」
665 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/10/02(月) 02:18:42.25 ID:HEsM/+DM0
…同じ頃・旅券事務所…

ちせ「ここじゃな」

…ちせが徒歩でやって来たのはル・アーヴルにある日本の旅券事務所で、レンガ造りの洋館には何台かの自動車や馬車が停まり、貿易商や船員、はたまた外国留学に来たと思われる学生や堅苦しい感じの役人といった人々が頻繁に出入りしている…

ちせ「さて、どこが窓口じゃろうか?」

…入口をくぐると中は待合室になっていて、英字や仏字の新聞を差してある新聞ラックや公示された役所の通達を掲示している掲示板といったものが並んでいて、正面の窓口では数人のお役人が書類にハンコを付いたり、必要な部分を書き入れたりしている……室内は天井が高いせいか申請に来ている人たちと窓口の係のやり取りや、奥でタイピストの女性たちが叩いているタイプライターの音が反響して混じり合い、「騒がしい」とまではいかずとも活気を帯びている…

ちせ「ふむ、あれが窓口のようじゃな……」窓口にはインクで袖口を汚さないよう布カバーをつけた年若い官吏が座っていて、少しつっけんどんな態度ながらも、手際よく書類をさばいている……

ちせ「……失礼いたす」

窓口の官吏「まずは身分証を見せて」

ちせ「あー、そのことなのじゃが……」

窓口「なに? 官費留学の書類だったらここじゃなくて向こうの窓口」

ちせ「いや、そうではなく……ちと旅券のことで『佐伯どの』にお頼みしたい儀があるのじゃが、こちらで受け付けるようにと……」

窓口「佐伯事務官に? そう、少し待っていなさい」窓口の官吏がせかせかと奥へ引っ込むと、それと入れ替わるようにして上役らしい官吏が出てきた……口にはひげをたくわえ、きちんとした三つ揃い(スリーピース)姿で、チョッキからは銀時計の鎖が伸びている……

事務官「……私が佐伯だが、何かご用か」

…窓口の若い官吏を下がらせると、ちせの正面に座った中年の官吏……髪は当世風にきちんと撫でつけていて、丸縁の眼鏡を胸元のポケットに収めている…

ちせ「うむ」

事務官「……それで? 見ての通り忙しいので手短にしてもらえるとありがたいのだが」

ちせ「そのことなのじゃが……実は船を降りたときに旅券を落としてしまったようで難儀をいたしており、お手数ながら再発給をお願い致す」

事務官「ふぅ……年端のいかぬ女学生とはいえ、軽々に「落とした」とか「無くした」では困る。いったい『どこで無くしたのか心当たり』はないのかね?」

ちせ「それならば、ル・アーヴル港の『六番桟橋のそば』で落としたものと思うのじゃが……探しても見つからずじまいでの」

事務官「なるほど。六番桟橋で……誰か身元の保証をしてくれる者は?」小柄な少女であるちせから合い言葉が出てきたことに一瞬驚いたようだったが、すぐ表情を取り繕った……

ちせ「うむ、駐アルビオン全権大使の堀河公が……」

事務官「ああ、それならばよろしい。ただ、明日は休日でここの旅券事務所も業務を行っておらんから、今から臨時の旅券を作っても発券の手続きは出来ん。 ただ、もし急ぎと言うことならば明日の晩に本職の私邸に来ればそこで渡すことはできるが、それでよいか?」

ちせ「おお、かたじけない。 ぜひともお願い致す」

事務官「結構。今後はそういったことのないよう注意するように」

…午後…

アンジェ「ちせの用事も明日には済むそうだから、それが済み次第アルビオンに戻りましょう」

ドロシー「そうだな……だが、どうも雲行きが良くないぜ」港への道すがら、車の窓から空を見上げるドロシー……

アンジェ「そうね」

…ドロシーとアンジェが懸念するように、空はドーヴァー海峡を覆うことで有名な濃霧を予感させる黄色っぽい雲が低く立ちこめ、心なしか空気も湿っぽい…

ドロシー「予備日があると言っても一日か二日が精一杯だ。明後日の船が無事に出てくれればいいんだが……」

…ル・アーヴル港…

ドロシー「……欠航ですの?」

船会社の窓口係「そうです。今日と明日は海峡の波が高く霧も出ているので、海峡横断の客船は軒並み欠航です。明後日以降も天気次第では出られないかもしれません」

ドロシー「それは困りました……フランスに来たのは連休があったからで、休み明けはきちんと授業に出ませんと怒られてしまいますわ」心の中で(悪い予感ってやつほど良く当たるもんだ……)とぼやきながらも、お嬢様口調のまま船会社の丁寧な応対を受けるドロシー…

窓口係「そうおっしゃられてもこればかりは私どもにもどうしようもありませんので……この切符は出港する船のものに振り替えが効きますから、とにかくこの霧が明けるまではお待ちいただくしかありません」

ドロシー「分かりました、ご親切にありがとう……思ってもいない形だが、これで日数に余裕が出たな」

アンジェ「ええ」

ドロシー「とにかく、ちせの用事が済んで霧が晴れる事を願うしかないな」

アンジェ「そうね。それと貴女は今のうちにラテン語の書き取りでもしておいたら?」

ドロシー「なぁに、それなら「仲良しの」娘にでも代筆させるさ」

アンジェ「ずる賢いのね」

ドロシー「そこは「要領がいい」って言ってもらいたいな♪」
666 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/10/15(日) 02:14:19.35 ID:mcroRjIZ0
…しばらくして…

ドロシー「……どうにも嫌な感じだな」

アンジェ「というと?」

…絶対に盗み聞きされる心配がない、もやのかかった海沿いの遊歩道を歩くドロシーとアンジェ……ドロシーは差しかけた日傘をくるくると回してひょうきんな様子を装っているが、アンジェには困惑している様子が見て取れた…

ドロシー「いや、実はさっきメールドロップ(メッセージの隠し場所)をのぞいてきたら印があってな」

アンジェ「今回の任務は王国の飛び地……しかも内務卿が目を光らせている場所だから、コントロールも「よほどの事がない限り連絡はしない」という話だったはずよ」

ドロシー「そう、つまりその「よほどの事」が起きたって事だ」

アンジェ「それで?」

ドロシー「メッセージによると、昨晩のパリ発夜行列車でフランス情報部員が数名、ここに潜入したらしい」

アンジェ「……もしかして、私たちの存在が?」

ドロシー「だとしたら今ごろは刑務所さ♪」

アンジェ「なら彼らの目的は……」

ドロシー「さあな。ただ、ノルマンディ公がきっちり抑えている王国の飛び地にフランス情報部の連中がやすやすと潜入できたこと自体が驚きだ……もしかしたら連中を泳がせてなにかを「釣り上げ」たいのかもしれないし、双方の利益になるような事があって「一時休戦」したのかもしれない」

アンジェ「いずれにせよ厄介ね」

ドロシー「ああ。どのみちワインのおりをかき立てるような事態になるのは目に見えている」

アンジェ「とはいえ今回私たちが行うのは情報の受け渡しだけ……ナイフ一振りさえも持っていないし、どうしようもないわ」

ドロシー「ああ。コントロールもそれを見越して「最低限の武器を用意したから、必要なら指定の場所で回収しろ」と伝えてきたんだが……どう思う?」

アンジェ「そうね……たとえフランス情報部とノルマンディ公がル・アーヴル市内をひっくり返してスパイ捜しをしたとしても、私たちは学生としてここにいるわけだから心配はいらないはず。むしろカバーを無駄にするような武器の類は必要ない気もするわ」

ドロシー「だけど船の事がある。少なくとも明後日まで動けないとなると、それまでに包囲網がキツくなってくるはずだ」

アンジェ「そうだとしても私個人としてはあまり賛成できないわ。本当にノルマンディ公やフランス情報部に追い詰められたらピストルの一挺や二挺でどうこうできるものでもないし、スパイは銃の腕前よりも偽装の腕前が重要のはずよ」

ドロシー「まぁな、そいつはお前さんの言うとおりだ……」

アンジェ「最後まで聞きなさい……とはいえ欠航のこともあるし、対抗する手立てがあって悪いものでもない。銃の種類次第だけれど、あまり目立たないようなものなら回収してもいいんじゃないかしら」

ドロシー「おいおい、脅かすなよ……それじゃあアンジェ、お前さんが回収に行ってくれ。場所はさっき伝えた通りだ」

アンジェ「分かった」

…しばらくして…

ドロシー「なるほど、確かにこれなら女学生が持っていてもおかしくはないが……」ぶすっとした表情でアンジェの回収してきた「武器」を眺めている……

アンジェ「口径はともかく、ピストルはピストルよ……近距離で目でも撃てばそれなりに効果はあるはず」


…テーブルに置かれているのは婦人用のハンドバッグに入る程度の自衛用ピストル二挺で、手のひらに隠れてしまいそうな護身用ピストルはつばを吐くよりはまだマシといった威力のものだった……仮に持っているところを見つかっても言い逃れができるように、見た目はいかにもお嬢様の好きそうな綺麗な彫刻が施されているが、コントロールの気配りとして光を反射して目立ちやすい金や象牙は避け、シックないぶし銀と紫檀の握りをあしらっている…


ドロシー「鳩に豆鉄砲を撃ち込んだときの方がよっぽどまともな成果が得られそうだがな……」ぼやきながら護身用リボルバーのシリンダーを開き、薬室や銃身の状態を確かめるドロシー……

アンジェ「手元に銃を欲しがったのは貴女よ、私じゃない」そういいながら掃除用の小さなブラシで銃身の内部を綺麗にしている……

ドロシー「やれやれ……まぁ、これならお嬢様だの女学生だのが持っていてもおかしくはないよな」

アンジェ「それに、アルビオンから持ってきた「ヴェロ・ドック」リボルバーよりは幾分かマシだと思うけれど」

ドロシー「あれはほとんど音だけだからな……分かった、これで満足したことにするよ」

アンジェ「そうして」

…とはいえ用心深い二人はどこで役に立つか分からないと、ヴェロ・ドック・ピストルに込める「.22ショート・リムファイアー」の弾薬を箱から取り出して一発ずつ確かめては不良品を取りのけ、良さそうな弾薬を装填した……

ドロシー「……この「秘密兵器」でフランス情報部やノルマンディ公配下のエージェントが慌てふためいてくれりゃいいがな」

アンジェ「ドロシー「馬鹿と鋏は使いよう」よ」

ドロシー「結構なご意見だね……いざとなったらちせの刀に任せるとしよう」

アンジェ「よっぽどな事態になったら、ね」
667 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/10/24(火) 02:09:50.60 ID:ODjE/ygz0
…次の日・宵の口…

ちせ「……さて、そろそろ出かけようと思うのじゃが」

ドロシー「ずいぶんと早いじゃないか」

ちせ「うむ。徒歩で行くとなればこのくらいは見越しておかねばな……もっとも、いざとなれば馬車や車を拾うつもりじゃが」

ドロシー「行き先は大使館事務官の私邸だったか? それなら車を用意するから、近くまで送ってやるよ」

アンジェ「そうね、その方がいいかもしれないわ。ドロシーの運転でいいなら……だけれど」

ドロシー「おい、私の運転で何がいけないんだ?」

アンジェ「……自分の胸に手を当てて考えてみれば分かるわ」

ドロシー「あいにくさっぱりだね」

アンジェ「そう……とにかく、車なら歩いて行くより時間の節約にもなるし、見なれない顔だとじろじろ見られたりしないで済むわ」

ちせ「それはそうじゃが、そのような手数をかけては申し訳ない」

ドロシー「なーに、遠慮するなって。それにフランス人の馬車やタクシーを「東洋人」のお前さんが拾った日にゃ、フランス語でぺらぺらやられたあげくにムチャクチャな値段をぼったくられるか、まるっきり別な所で降ろされるのがオチだ」

アンジェ「それだけは間違いないわね」

ドロシー「ああ。それにこっちもその書記官だか事務員だかの家まで押しかけようとかやり取りをのぞき見しようとかってつもりじゃないんだ、安心してくれ」

ちせ「いや、別にそなたらを疑っているわけではないのじゃが……」

ドロシー「なら決まりだ。いつ出せばいい?」

ちせ「うむ、今夜の八時頃までに着けば良いのじゃが……」

ドロシー「分かった。それなら夕食を早めに済ませて準備しよう……まだ時間はあるし、それに厨房からいい匂いがしてきたじゃないか♪」

…同じ頃・貿易商の邸宅…

丹左衛門「……千代、いかがいたした?」

千代「いえ……」パティスリーのお菓子をお供にちせとたわむれた一時をふと思い出して、一瞬ぼんやりとした千代……

丹左衛門「事に望んで気がそぞろではし損じるぞ、しっかりいたせ」

千代「はっ」

…ちせがお呼ばれした千代の住む邸宅……普段なら夕食時で、家族と召使いがいるだけの静かな空間であるはずの食堂には多くの老若男女が詰めかけ、食堂の扉を開放して玄関ホールにまで人が押しかけている……辺りはランタンや提灯がいくつもおかれて真昼のように煌々と照らされ、居並ぶ人々の表情は熱っぽい輝きを帯びているか、さもなければ厳めしいものが浮かんでいる……集まっている者の中には洋装の者もいるが、かなりの数が紋付きの羽織袴で、中には伸ばしていたらしい髪を剃って再び髷に結い直している者もいる…

初老の男「そう言うな、佐倉氏(うじ)……千代を含めて多くの者にとっては初めてなのだからな」

丹左衛門「だからこそじゃ……とにかく、いよいよ正念場なのだから気を引き締めて参らんと」

険しい顔の男「いかにも。今日こそ我らの本懐を遂げるその第一歩、くれぐれもおろそかにはできぬ!」女性陣と子供のうちの何人かが配って回っている漆の杯を受け取ると、なみなみと注がれた清酒の杯を片手に重々しい声で言った……

丹左衛門「左様。では皆の者、杯を……」

…杯が行き渡ったかどうか確認すると、丹左衛門がすっくと立ち上がってよく通る声で呼びかけた……居並ぶ男女が一斉に立ち上がると、そのまま音頭をとった…

丹左衛門「みな……まずはよく集まってくれた」

丹左衛門「我らが大願成就のためとはいえ……故郷を捨て、度重なる屈辱に耐え、異国の地で長きに渡る雌伏の時を過ごしてまで付き従ってくれたこと、かたじけなく思う」

丹左衛門「……朋輩(ほうばい)たちの仇を報ずるまでと、刀を外し、髷を落とし……ただ武士としての矜恃のみを支えに日陰を歩んできた……だが、それも今宵まで!」

丹左衛門「……まずはここフランスの地で憎き薩長の手先を討ち、志なかばにして倒れた者たちへの手向けといたそう!」

一同「「おう!」」丹左衛門の言葉が終わると、一斉に冷酒をあおった……

千代「……」

丹左衛門「……千代、そなたにも期待しておるぞ」

千代「はっ」

丹左衛門「良い返事じゃ……」

…そっと千代の頭を撫でる丹左衛門……が、すぐに手を引っ込めると厳しい表情に戻り、人いきれするほど詰めかけている集団に向けて堂々たる声をあげた…

丹左衛門「では各々方(おのおのがた)、参ろう!」
668 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/11/04(土) 02:09:26.21 ID:1O4Bz8jM0
…夜・ネスト…

アンジェ「……時間ね」懐中時計を引っ張り出し、ぱちりと蓋を開けて時刻を確かめる……

ドロシー「着替えもすんだし、そろそろ行くか」

…ドロシーは活動的な「男装の麗人」風にまとめ、シルクハットに黒のチョッキ、濃緑と黒の上着を羽織り、下は乗馬用のぴっちりしたズボンスタイルで短靴を履いている……アンジェは動きやすいようひざ丈のドレススタイルで、袖はフランス風のパフスリーヴ(袖などを膨らませてあるもの)で胸元にはギャザー(ひだ)を入れてある。脚には黒絹のストッキングを履き、つま先が細い……しかし作りのがっちりしたショートブーツで足元を固めている…

ちせ「かたじけない」

ドロシー「いいってこと……それよりそのキモノ、似合ってるぜ♪」冗談めかしてちょっぴり色っぽい視線を向けたかと思うと、ウィンクを投げつつ笑いかけた……

ちせ「そ、そうか……///」

…ドロシーの冗談に口ごもっているちせは深草色の地に菖蒲と蜻蛉をあしらった縁起のいい着物姿で、小刀を銀ねず色の帯に差し、堀河公からいただいた脇差「備前兼光・改」は車に乗るときつかえて邪魔になるので、腰に差さず手に持っている……足元はいまだに靴をきゅうくつに感じているちせらしく白足袋に下駄姿で、髪は後ろで結い上げて南天(なんてん)を模した飾りの付いたかんざしを一本挿している…

(※菖蒲(しょうぶ)の花は「勝負」に繋がり、蜻蛉(とんぼ)は後ろに飛べないことから退く(負ける)ことのない「勝ち虫」であり、ふたつの柄が組み合わされると「勝負に勝つ」と武人にとって縁起がよく、南天は「難を転じる」ことからこれも縁起物)

アンジェ「ドロシー」

ドロシー「おいおい、自分が褒めてもらえないからってそう怒るなよ」

アンジェ「そうじゃない」

ドロシー「ああ、分かってるさ……さ、行こうぜ」

ちせ「承知した」

…仮のネストには馬小屋を改造した車庫スペースがあり、ドロシーはそこに借りておいた車を停めていた……薄暗い車庫にあるのはフランスの「パナール・ルヴァッソール」社製四人乗り乗用車で、いつも使っているケイバーライト動力のRR(ロールス・ロイス)に比べてきゃしゃでエンジン馬力も小さいが、まずはちゃんと動く自動車であり、アルビオンのケイバーライトエンジンを真似た二十馬力の蓄圧蒸気エンジンはできるだけ手入れをして、タイヤチューブの予備も車体の後ろにきちんと積み込んである……ランタンでぼんやりと照らされたパナールは黒い塗装に部分部分の真鍮部品が艶やかで、なかなか優雅なスタイルをしている…

ドロシー「さ、乗りな」

ちせ「うむ」下駄や刀の鞘ををひっかけたりしないよう、注意深く後部座席に乗り込む……

アンジェ「準備いいわ」

…アンジェがランタンを吹き消して車庫の門を開け、ドロシーがエンジンをかけるのに合わせて車体の前にある始動クランクを回す……普段のRRなら一発でかかってくれるのだが、燃料の吸い上げが悪いのかパナールのエンジンは動いてくれず、ドロシーは「ちっ」と小さく舌打ちした…

アンジェ「もう一回」

ドロシー「ああ……ったく、これだからフランス製は……」ぶつくさこぼしながらもう一度エンジンを回す……

アンジェ「……かかった」

ドロシー「どうにかな」車を表に出すとアンジェが車庫の扉を閉め、それから助手席に乗り込んだ……

ドロシー「よーし、出発♪」

…そのころ・とある裏通り…

フランス情報部員「……リベルテ(自由)」

丹左衛門「デモクラティ(民主)」

情報部員「よし、あんたが例のジャポネ(日本人)だな」暗闇からすっと現われたフランス情報部のエージェント……

丹左衛門「そうだ」

情報部員「結構……あんたらの欲しがっているものはすでに準備が整っている。だからまずはあんたらが我々にとって有用である事を証明してみせることだ」

丹左衛門「うむ、そのことは重々承知している」

情報部員「ビアン(結構)……我々が欲しいのはジャポネの公館で使われる事になっている最新の暗号表だ。そいつを手に入れた段階でこちらは残りの武器を手渡し、あんたらが乗る予定の船をル・アーヴルへと回す」

丹左衛門「よろしい」

情報部員「目的の場所には警官が詰めているが、こちらが手を回して決行の時間にはいなくなるように仕込んである」

丹左衛門「承知した」

情報部員「それから軍隊なんかも同じで、地元の駐屯地からは多少の騒ぎが起こっても兵隊が駆けつけないように手はずを整えた。ここノルマンディじゃアルビオンが幅をきかせていて、王党派の連中とはいえフランス人は不満を持っているからな……」

丹左衛門「……その気持ちはよく分かる」

情報部員「そうか。とにかく、目的の物と引き換えなのを忘れるな……暗号表がなければモノもなし、だ」

丹左衛門「分かっている」

情報部員「じゃあ、任せたぜ」

丹左衛門「……」
669 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/11/11(土) 01:09:51.15 ID:2RGjXsvI0
…数十分後・事務官の私邸近く…

ドロシー「この辺りでいいか?」

ちせ「うむ、充分じゃ」

ドロシー「あいよ……それじゃあ私とアンジェはこの辺りのカフェにでもしけ込んで待ってるから、終わったら拾ってやるよ」

ちせ「かたじけない」

ドロシー「なぁに、気にすることはないって……こういう時は「お互いさま」だろ?」

ちせ「ふ……そうじゃな」

ドロシー「おうよ。それじゃあアンジェ、カルヴァドス(リンゴ酒)でも飲みながら待つとしようぜ♪」

………

…さらに数分後・事務官の私邸…

ちせ「……御免」

フランス警官「ん? なんだ、東洋人の娘か……」

フランス人警官B「この屋敷に用があるみたいだな……おい嬢ちゃん、この家に用事か?」

ちせ「済まぬ、フランス語はからきしなのじゃ……どうか屋敷の方にお取り次ぎを願いたい」

…ふちに金糸の飾りが付いた黒いケピ帽をかぶり、腰ベルトにサーベルと警棒を突っ込んでいる門衛の警官……声をかけてきたちせを見おろすと互いに顔を見合わせ、フランス語で相談し始めた……ちせは脇差の袋を片手に持っているが、二人のフランス人は袋の中身はきっと無害な掛け軸か何かだろうと気にも留めない…

警官「どうやら取り次いで欲しいみたいだな……どうする?」

警官B「別に「邸宅に入れるな」とは言われてないんだから、通してやれば良いんじゃないか? 余計な詮索はしないでさ」

警官「だな……よし、アントレ(入れ)」ぶっきらぼうな態度で顎をしゃくって「通っていい」と身振りで伝える……

ちせ「かたじけない」一礼すると、てくてくと邸宅の中へと入っていった……

警官「……それで、トンズラするまであとどのくらいだ」

警官B「だいたい三十分ってとこだ……」

…同じ頃・事務官私邸の周辺…

丹左衛門「……集まったか」

軍服(洋装)の男「は。「宇田隊」五名全員とも異常なし」

丹左衛門「よし……」

千代「支度はよいな?」

白鉢巻きの女性「……ええ「佐多隊」準備整っております」

千代「よろしい」

…事務官の私邸を取り囲むようなかたちで、フランスの町外れによくある小さな森や古びた農機具小屋といった場所に三々五々と集結している男たち……中には額に白鉢巻きをし、着物の袖が邪魔にならないようたすきを掛けている年若い女性も何人かいる……その一角、千代と丹左衛門がきちんとした態度で報告に耳を傾け、じっと待っている…

………

…事務官私邸…

事務官「ああ、来たか」

ちせ「はっ。夜分遅くに申し訳ござらぬ……」

事務官「構わない……それより、必要なものは」

ちせ「は、携えております」

事務官「結構だ……こんな遅くに夕食でもあるまいから、茶でもどうだね?」

ちせ「ありがたく頂戴いたします」

事務官「なら食堂へ行こう。執務室は隙間風が冷たいし、食堂の方が照明が明るいのでね……おい、茶の用意をしてくれ」日本から連れてきたと思われる小間使いの女性にお茶の支度を命じて、ちせを食堂へ案内した……

………



670 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/11/16(木) 01:32:59.78 ID:xPUgPNUb0
…カフェ…

給仕「らっしゃい、サ・ヴァ(元気か)?」

地元の農夫「ウィ、サ・ヴァ、サ・ヴァ! エ・ヴ(あんたは)?」

給仕「サ・ヴァ! ビァン、メルスィ(元気さ!ありがとな)」

農夫「そいつは結構だな、いつものくれ」

給仕「はいよ……いらっしゃい、マドモアゼル!」

アンジェ「ウィ」気のない返事をして、店内と外の道路を視界に収めることが出来るカウンター席を手際よく確保する……

ドロシー「ふー……夜になると案外寒いな」

アンジェ「何か飲みましょうか」

ドロシー「ああ、そいつはいい。紅茶かコーヒーか……それともいっそワインかカルヴァドスで腹の中から暖まるって言うのも……」そう言いかけたところて言葉を切った……

アンジェ「……あの男ね、貴女もそう思う?」

ドロシー「ああ。店の外、ベレー帽。茶色いコートの襟を立てているやつ……」

アンジェ「それからテーブル席の船乗り風の男」

ドロシー「お前さんもそう思うか……素人を騙すにゃあの程度で十分かもしれないが、あれじゃあまるで金魚鉢の中のサメだ」

アンジェ「それはともかく、何を見張っているのかしら」

ドロシー「どうやら道路の先……ちせが会いに行った例の事務官の屋敷の方を見張っているようだな」

アンジェ「……話を聞いてみるとしましょうか」

ドロシー「ああ……私が先に動くから、二分ばかり間隔をあけてから出てくれ」運ばれてきたミルクコーヒーをがぶっと飲むと、料金をカウンターに置いて手早く出た……

…店の横手…

ベレー帽の男「くそ、冷えるな……ジュリアンの野郎、店内で見張りだなんてツイていやがるな」夜霧のせいか、足元からしんしんと沁みてくる夜気に耐えようとコートの襟を立て、薄暗い横町で足踏みをしながら道路の先を見張っている……

ドロシー「……よく分かるぜ、監視任務ってのは大変だよなぁ」

ベレー帽「っ!?」背後の暗闇から声をかけられ、コートの下に手を突っ込むと同時に振り返ろうとする……

ドロシー「おっと、そいつはやめた方がいいな……でないと頭が吹っ飛ぶぞ?」銃の撃鉄を起こす小さいけれども緊張感のある「カチッ」という音がした……

ベレー帽「へっ、それでこっちをどうにかしたつもりか。 言っておくが、おれは一人じゃないんだぜ?」

アンジェ「……さっきまではね」どこからともなくするりと現われたアンジェが、発砲しても背後のドロシーに流れ弾が当たらないよう、ベレー帽の男に対して二時の方向に場所を占めた……

ベレー帽「ハッタリだ……そうに決まってる」

アンジェ「そう言うと思って持ってきたわ」足元に何かを放り出したアンジェ……

ベレー帽「……っ!」アンジェが地面に放り出したのは相方の持っていたマドロス(船乗り)パイプで、それを放り出す間も手に持った小さな.320口径のリボルバーはぴくりともしない……

ドロシー「小口径だからって侮らない方がいいぜ? こっちが狙っているのはお前さんの目の玉だから、当たったら鉛玉が脳味噌までかき回していくことになる……さてと、それじゃあ任務について詳しく教えてもらおうか」

………

…事務官私邸・食堂…

事務官「さ、遠慮せず飲みなさい。駿河から船便で届いた茶葉だ……きちんと金属の内張りをした茶箱に入っていたから、風味は落ちていないはずだ」

ちせ「では、ありがたく……」日本を思い起こさせる懐かしい香りが鼻に抜け、渋さの中にほのかな甘みのある味が舌先に広がる……

事務官「茶だけではなんだから菓子もつまむといい……といっても、羊羹くらいしかないが」

ちせ「いやいや、十分じゃ」厚く切られて、角がぴしりと立っている紫がかった甘い羊羹を黒文字(※クロモジ…香木)の楊枝で切って口に運ぶ……

事務官「しかし君のような年端もいかぬ少女が伝書使とはな……暗号表はちゃんとあるんだろうね」

ちせ「無論じゃ、肌身離さず持って参った」

事務官「ならいいが……君がお茶を飲んでいる間に確認させてもらおう」

ちせ「では、これを」

…かんざしを抜き、そこに巻き付けてあった暗号表を広げて手渡した……薄いあぶらとり紙のような紙質をした暗号表は広げるとかなりの大きさになるが、きちんと折りたたむと、それこそちせが食べている羊羹一切れに隠れてしまうほど小さい…

事務官「どれどれ……確かに我が国の暗号表だ、ご苦労だった」

ちせ「うむ」真面目に返事をしつつ、羊羹を切って口に運んだ……
671 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/11/19(日) 01:27:55.71 ID:o/BxMlBQ0
…十数分後・私邸前…

丹左衛門「……よし、門衛はおらんな」じりじりと網を狭めるように邸宅に忍びより、とうとう敷地を取り囲んだ丹左衛門たち……いつもなら正門に詰めているはずのフランス人警官はおらず、正門そのものも大きく開け放たれている……

黒紋付きの男「約束通りのようにございますな……では、どうかお指図を」

丹左衛門「うむ……おのおの方、討ち入りでござる!」

…門前に立った丹左衛門が、歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」かなにかのように芝居がかった言い方で宣言する……普通の人間なら気取っているようにすらとられかねない言い回しも、重々しい彼の声で聞くとぐっと引き締まる……丹左衛門の宣言と同時に、横についている一人が合図の手持ち太鼓を打ち鳴らす……同時に目隠しを掛けておいたランタンの覆いが一斉に取り払われ、庭先に赤々と燃える松明が投げ込まれると、邸宅の庭が鵜飼いの水面のように明るくなる…

銃手「ガトリング銃、準備整いました!」

班長「うむ……よーい、てっ!」

…大砲のような車輪付きの銃架に載せられた手回し式ガトリング銃がガラガラと引っ張ってこられ、レンガ造りの邸宅をぴたりとにらむと、指揮官格の侍が黒漆の柄に白毛のついた采配をさっと振り下ろした……合図と同時の銃手を務める洋装の兵がハンドルを回し「ダ、ダ、ダ、ダンッ!」と、邸宅の一階を右から左へ縫うように掃射し始める…

班長「そのまま撃ち続けよ!」

…チカチカと瞬く発砲炎でストロボのように周囲が照らされ、スタッカートのきいた銃声に混じって、命中した銃弾でレンガや窓の砕ける音、それに邸内からいくつかの悲鳴が聞こえた…

丹左衛門「ガトリング銃の斉射完了と同時に各隊は斬り込め! 狙うは政府の走狗のみ、手向かいせぬ限り女子供は斬るな! 書状や書類の類も破棄される前に確保いたせ!」

羽織の男「承知!」

…一方…

ちせ「……佐伯どの、どうも妙じゃ」

事務官「というと?」

ちせ「いや、私が来た時には門衛にフランス人の警官がおったのじゃが……どうも今はおらぬように見える」

事務官「はて、それはおかしいな、交代はまだのはずだ……」食堂の柱時計と自分の懐中時計を見比べて首をひねっている……

ちせ「……それだけではない、この屋敷の周囲に殺気を感じる……それも一人や二人ではないようじゃ」持ってきた脇差の袋を解き、帯に差した……

事務官「言われてみれば、なにやら表が騒がしいようだが……?」今度は邸宅の表でなにやら人声と馬車のような車輪の音が聞こえる……事務官は椅子から立ち上がり、窓辺に近寄って目を凝らした……

ちせ「……っ、伏せるのじゃ!」

…ちせに引き倒されるようにして事務官が床に伏せた瞬間、窓の向こうで銃火がきらめき、同時に窓ガラスが砕け散り、レンガやしっくいのかけらが室内中に飛び散った……柱時計に当たった銃弾で時計が調子外れの鐘を鳴らし、卓上の茶器が微塵に砕け散る…

護衛「佐伯事務官、何事で……ぐわぁっ!」ドアの外に控えていた護衛がピストル片手に飛び込んで来たが、部屋を掃射する銃撃にたちまち蜂の巣になる……

護衛B「どうか床に伏せていてくだ……うぐっ!」もう一人の護衛は腰を屈めて事務官に近寄ろうとしたが、立派な樫材の扉に当たった銃弾が飛び散らした鋭い木片で喉を射抜かれ、床に崩れ落ちた……

事務官「えぇい、何としたことだ! ここに襲撃を加えてくるとは!」

ちせ「これでは身動きもならぬか……無事か?」

事務官「どうにか。とはいえこのままむざむざと暗号書を奪われるわけには……」室内の電灯が割れて消え、銃弾がヒュンヒュンと耳元をかすめる……

ちせ「分かった……おそらく銃撃が止んだら敵が斬り込んでくるはずじゃ。私が囮になって連中と切り結ぶゆえ、暗号書を持って隠れていてくれぬか」

事務官「それでは遅かれ早かれ追い詰められてしまうだろう。この邸宅には裏口があるからそこまでたどり着ければ……」

ちせ「いや、連中とてそのくらいは考えているはずじゃ」そういった矢先に裏口の方でガラス窓が割れる音に続いて、炎が上がる音や物のはぜる音が聞こえてきた……

事務官「……どうやら君の言うとおりのようだ。この邸宅は地下のワイン蔵があるから、私はそこに隠れていることにする」

ちせ「うむ……さ、早く」玄関道の砂利や砕けたガラスを踏みしめる音が次第に近づいて来る中、大使館員はそっと床を這って厨房へ行き、そこから地下室へ続く入り口に消えた……

ちせ「……ふぅ、これで心配事はなくなったの」庭に続く食堂のフランス窓はすっかり割れて大きな入り口になってしまっているが、そこから入ってくる人の気配を感じ取って、ほのかに青緑の光を放つ脇差を鞘走らせつつ「たたたっ……!」と駆け寄った……

太刀を持った男「あっ!」

ちせ「はあぁ……っ!」抜き身を持った男が駆け寄ってくる小柄な影に気付くよりも早く、ちせの「備前兼光・改」が袈裟懸けに相手を斬り捨てた……

太刀の男「うわ……っ!」

ちせ「ふぅ……」
672 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/11/27(月) 01:26:35.39 ID:ovQ0LCAF0
…そのころ・邸宅の外…

ドロシー「……始まっちまったみたいだな、どうする?」

アンジェ「ちせ一人なら切り抜けること自体は出来るはず……だけれど、暗号表や事務官を守りながらとなると厳しいでしょうね」

ドロシー「とはいえ、フランス野郎にもノルマンディ公の配下にも暗号表をくれてやるわけにはいかないぜ?」

アンジェ「それと同時に、私たちの姿を日本政府の事務官に見せるわけにはいかない」

…事務官の私邸へと至る道は左右にこんもりとした小さい森や、ノルマンディ地方特有のボカージュ(果樹園を区切る生け垣)がしげり、接近する二人にとっていい遮蔽物になっていた……事務官の私邸がある方からは夜霧でこもった銃声が長く尾を引いて反響し、事態が容易でないことを再認識させる…

ドロシー「だな……じゃあ「陰ながら援護する」ってことでいいか?」

アンジェ「ええ。屋敷を包囲している連中を後ろから叩けば、少しはちせも楽になるでしょう」

ドロシー「よし、それでいこう」

…数分後・森の外れ…

ドロシー「……なんだ、ありゃあ?」

アンジェ「どうやら東洋の旗指物のようね」

…見張りに見つからぬよう地面を這いずり、小枝を踏まぬよう足元に気を使い、夜露に濡れた二人が邸宅の見える位置にたどり着くと、ドロシーが思わず声をあげた……ドロシーの視線の先、数十ヤードばかり離れた正面の道路や邸宅の前庭には幾何学模様や図案化した動植物をあしらったさまざまな紋を描いた縦長の旗指物が何旒もひるがえり、ちせのような和服姿や一種の軍装と思われる格好をした男女が邸宅を取り囲むように詰めかけている…

ドロシー「それは分かるが、あの紋章はどこのだ?」

アンジェ「あの印なら以前資料で見たことがある……確かあれは「江戸幕府」の紋章だったはずよ」

ドロシー「江戸幕府? そいつは確か当時の日本で「エンペラー」を差し置いて実際の政治を取り仕切っていた「ジェネラル」のことだったよな?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「……そんな瓦解してから四半世紀は経とうって連中が、どうしてフランスくんだりで?」

アンジェ「さぁ……いずれにせよ詮索は後回しにしたほうが良さそうね」

ドロシー「違いない。おおかたちせはあの包囲された建物の中にいるに違いないからな……行くぜ?」

…一方・邸内にて…

ちせ「まずは一人片付いたか……」

ちせ「それにしても見事な業物じゃ。刃表に一滴の血も残しておらぬし、豆腐でも切るようにやすやすと斬れた……人斬りに使うなど申し訳ないほどじゃな……」そうつぶやいて壊れたテラスから正門の方を眺めると、そこに広がる光景に愕然とした……

…黒い洋装の軍服に身を包み、前庭へと駆け込むなり石造りの花壇や噴水を盾にとって膝撃(しっしゃ…ひざ立て撃ち)の構えを取るライフル銃の兵、その奥で采配を振るって指揮を執っている羽織袴の侍たち……かたち良く整えられた庭木の周りにはかがり火が焚かれて陣が作られ、何旒もの旗が夜風にはためいている……弾痕もなまなましいレンガの柱からそっとのぞいて旗印を確かめるなり、ちせはさらに驚愕した…

ちせ「あれは、奥羽越列藩同盟の五芒星!? その隣は……葵の御紋!?」

ちせ「それに仙台は伊達の「仙台笹」に、庄内の「姫路剣方喰(ひめじけんかたばみ)」の紋まで……」建物の外に林立している旗指物にはそれぞれ旧幕府軍方についた藩の家紋が染め抜かれている……

ちせ「……これは並々ならぬ事態じゃな」

声「ガットリング銃! 薙射(ていしゃ)、用意!」夜風にのって攻囲陣からの命令が聞こえてくる……

ちせ「まずい……!」

声「てーっ!」

…ちせがふたたび伏せると同時に、ガトリング銃が邸宅の正面を舐めるように蜂の巣にしていく……一階への銃撃が終わると、今度は戻るようにして二階を掃射していき、あちこちにガラスやレンガ、しっくいのかけらが降り注ぐ…

ちせ「このままではじりじりと包囲を狭められてしまうばかり……思案、思案じゃ……」

…屋敷の外周…

ドロシー「……おいおい、これじゃあまるで戦争だな」

アンジェ「それに官憲や軍隊が駆けつけてこないところをみると、あの連中とフランス側で何らかの了解があるとみていい」

ドロシー「どうやらそうらしい……ってことは、フランス野郎も敵ってことだな」

アンジェ「いつもと同じね」

ドロシー「ああ、違いない……とにかくあのガトリング銃を黙らせようぜ。ちせのやつ、あれじゃあ頭も上げられないだろう」

アンジェ「そうね」
673 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/12/03(日) 01:43:55.79 ID:s2apqURz0
アンジェ「それじゃあ私が前衛につくから、援護をお願い」

ドロシー「正直なところ.320口径のピストル一挺で飛び込むなんて身震いするが……ま、なるようになるか」

アンジェ「そう思っておいた方がいいわ。ガトリング銃の側までは敷地の塀を伝って接近できるし、かがり火の灯りもそこまで届いてはいないからぎりぎりまで見つからずに済むはず。あとは銃の周りにいる連中を片付けることだけ考えればいい」

ドロシー「だな……よし、行こうぜ」

…庭先・ガトリング銃の側…

班長「撃ち方止めぇ! 装填手、次弾を装填!」

装填手「はっ!」弾薬箱から細長い箱形弾倉を取り出し、銃本体の上に突き出している空の弾倉と入れ替える……

洋装兵「……すごい威力だな」

洋装兵B「ああ……実際に使われる所は初めて見たが、こいつはすごいな……!」

…世界的にはいささか型落ちになりつつある手回し式ガトリング銃ではあるが、その銃火と発砲音はすさまじく、実戦経験のない洋装の若い護衛兵は銃声で聞こえなくなったぶんだけ大声で話し合い、熱くなった銃身から煙を立てているガトリング銃を感心したように眺めている…

班長「こら、どこを見ておる!」

洋装兵「も……申し訳ありません!」

装填手「……再装填、終わりました!」

班長「よろしい、銃手は指示がありしだい斉射できるよう備えておれ」

銃手「はっ!」



ドロシー「あのキモノに笠をかぶっているやつ、あいつが指揮官らしいな……まずはあいつを片付けよう」

アンジェ「そうね……次が周囲の兵隊、それから銃手ね」

ドロシー「ああ。銃手と装填手を片付けたら私がガトリング銃の向きを変えるから、後はあるったけ撃ちまくれ……よし、行くぞ!」

…ガトリング銃の周囲に立つ洋装の兵がその威力を示してみせた手回し式ガトリング銃をポカンと眺め、腕のルベル小銃がだらりと下がっているのを見るなり、ドロシーはアンジェにささやきかけた……

アンジェ「ええ……!」



班長「む……何奴!?」暗がりから豹のように忍び寄る影に気がつき、大声を張り上げた……

ドロシー「……」パンッ、パンッ!

班長「むぐぅ……っ!」

ドロシー「よし、行け!」

アンジェ「ええ!」パン、パンッ!

洋装兵「かはっ……!」

…暗い森の中を進み闇に目が慣れていた二人に対して、ガトリング銃の派手な銃火やかがり火で目がくらんでいたガトリング銃班の指揮官は接近する影に気がつくのにほんの何秒か立ち遅れた……指揮官が撃たれ、慌てて護衛の兵がルベル小銃を向けようとするが、ドロシーとアンジェがそれぞれ銃弾を叩き込む……むろん、ドロシーの射撃も見事なものだったが、小口径で反動の少ない.320口径リボルバーとはいえ、走りながらの射撃でブレることもなく心臓へと銃弾を送り込むアンジェの技量は驚異的だった…

洋装兵B「うわ……っ!?」

洋装兵C「ぐあ……っ!」小銃を向ける暇もあらばこそ、懐に飛び込むようにして駆け込んでくるアンジェに銃口をそらされ、零距離から二発を浴びた……

銃手「この……うぁっ!」

ドロシー「……そうはいくかよ」銃手本人は丸腰なので、とっさに落ちていたルベル小銃に飛びつこうとした……が、その前に駆け寄っていたドロシーが銃弾を撃ち込み、続けざまに装填手も片付けた……

本陣の声「何事か!」

本陣の声「ガットリング銃班に敵襲じゃ! 迎え撃てぃ!」旗印の林立する場所から、ドロシーたちには分からない日本語で呼び交わす騒ぎが聞こえたかと思うと、たちまち銃弾が飛んでくる……

アンジェ「準備いいわ」

ドロシー「おう、それじゃあやってくれ!」腰を入れて銃架の向きをガラガラと変えると、アンジェに怒鳴った……

アンジェ「……っ!」

…アンジェが真鍮のハンドルを回すと、途端に「ダ、ダ、ダ、ダッ!」とガトリング銃が火を噴いた……ドロシーも洋装兵の持っていたルベル小銃を取り上げると、ガトリング銃のアンジェを狙うライフル兵に向けて応射する…

アンジェ「ドロシー、装填!」

ドロシー「あいよ!」邸宅を取り巻いていた寄せ手にとっては横手からの奇襲になったかたちで、庭のライフル兵や帯刀している侍たちがばたばたと撃ち倒される……

アンジェ「……弾切れ!」

ドロシー「それじゃあおさらばして、あとはちせに任せるとしようぜ!」
674 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/12/11(月) 01:53:52.89 ID:Cw9HzSZc0
…一方・本陣…

丹左衛門「……おおよそ片がついたか」

副官格「はっ、屋敷からの銃撃も途絶えております」

丹左衛門「うむ。しからば兵を送り込んで……」

…かがり火の揺れる明かりに照らされ、大小二本の刀を差して悠然と構えている……と、屋敷の外周を取り囲む塀のそば、明かりの外側に据え付けていたガトリング銃班のあたりがなにやら騒がしい……そう感じた矢先に誰何する大声が響き、銃火がきらめいた…

丹左衛門「……む」

副官格「何事か!」

左翼の指揮官「ガットリング銃班に敵襲じゃ! 迎え撃てぃ!」

…左側に布陣した隊から兵が駆けつけようとした矢先にガトリング銃の銃架がぐるりとこちらへ回され、小柄な人影がハンドルを回し始めるのがちらりと見えた……チカチカと発砲炎が光ったかと思うと同時に断続的な射撃音が響き、ガトリング銃班に向けて駆けだしていた兵や丹左衛門の周辺にいた剣士たちがばたばたと薙ぎ倒された……動作の途中で撃ち倒される兵の姿が、発砲炎で浮き上がるように照らし出され、まるで時間を切り取ったかのように映る…

洋装兵「うわぁ!」

洋装兵B「ぐわ…っ!」

副官格「……っ!」

丹左衛門「橘、無事か?」

副官格「は……腕に跳ね弾が当たりましたが、さしたることは……」

丹左衛門「そうか……しかし、若い者は浮き足だっておるな」

…密約によって軍需品倉庫から「盗難された」形をとって提供されたフランス軍の軍装をまとっている兵は、たいてい実戦経験のない若者ばかりで、庭に展開していたライフル銃隊を始め、左翼の陣営がガトリング銃の掃射であっという間に壊滅したのを見ると、出陣前に干した冷酒と初陣の興奮による勢いもどこへやら、三々五々と逃げ出したり、すっかり怖じ気づいている…

副官格「は、これでは邸内への突入は叶いますまい……如何なさいますか」

丹左衛門「やむを得まい。幸いにして屋敷の抵抗はまばらじゃ……各藩から腕の立つ者を選んで送って事務官の首級を取り、暗号表を確保いたせ」

副官格「はは……っ!」

千代「……丹左衛門様」

丹左衛門「千代か……」

千代「は。私とて剣はいささか心得ております、一人でもいないよりは良いかと。それに……」

丹左衛門「この間連れてきたあの小さな娘か……?」

千代「もし私の予想通りならば、ですが」

丹左衛門「……よかろう。剣士として果たすべきを果たせ」

千代「ははっ、かたじけのうございます」

…邸内…

ちせ「あの銃撃はドロシーたちのようじゃが、なんとも派手じゃな……む」

…なにやら敵方の陣営が騒がしくなったと思った矢先、ガトリング銃が庭先を一掃するのが見えた……アンジェにしろドロシーにしろ、普段はクールに任務をこなし髪の毛一筋残さないというのに、打って変わったような派手なやり口に思わず苦笑するちせ……と、銃声が静まるやいなや、庭先を突っ切って何人かが邸内へと駆け込んでくる…

ちせ「……」脇差に手をやり、飛び込んでくる相手と正対した……

大柄な剣士「む……会津藩士、網代木・伝兵衛(あじろぎ・でんべい)参る!」ごわごわしたあごひげを生やした力のありそうな剣士が、天井の高い立派な邸宅だからこそ振るえる大太刀を構え、真一文字に斬り下ろしてくる……

ちせ「……っ!」たたき割られるように斬られた椅子の脇をすり抜け、広い胸板を切り払う……

剣士「ぐぁぁ…っ!」

短槍の剣士「仙台藩士、片岡・平右衛門(かたおか・へいえもん)!」卓上の茶器をなぎ払いつつ、短槍を振るってくる……

ちせ「おう……!」短槍の下をかいくぐり、流れた相手の身体を両断する……

初老の剣士「新発田藩、剣術指南役……鬼塚・玄蕃(おにづか・げんば)! お相手願う!」

ちせ「うむ、参るぞ!」相手が居合いの構えで太刀を抜くよりも早く、ちせの脇差が片手を飛ばし、返す刀で喉元を切り裂いた……

長身の剣士「松前藩士、藍沢・半平太(あいざわ・はんぺいた)! いざ勝負!」

ちせ「いざ!」二合ほど打ち合ったところで、ちせの一刀が相手を袈裟懸けに斬った……

黒ずくめの老剣士「新撰組隊士、白須賀・雷蔵(しらすか・らいぞう)じゃ!」

ちせ「……来いっ!」歴戦の勇士らしい手強い相手だったがちせの腕前には敵わず、脇差ごと斬り捨てられた……

ちせ「はぁ……はぁ……はぁ……」
675 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/12/18(月) 01:54:36.67 ID:bY8OliT90
ちせ「……すぅ……はぁ」

…さしものちせも立て続けに五人と斬り合った後では息があがり、手脚もわなわなと震えている……ドロシーたちの攻撃のおかげで邸宅への襲撃がしばし小やみになったのを幸い、どうにか脇差を収めると、奇跡的に卓上に留まっていた菓子皿の羊羹をひっつかんで口の中へと押し込み、無理に飲み込んだ…

ちせ「んぐっ、むぐ……」

…羊羹の糖分が身体中に沁みていくような感じがするとともに、どうにか手の震えが収まってくる……と、レンガやしっくいの破片が散乱する前庭を通って、一つの黒い影がすきま風のように食堂へと入り込んできた…

影「ふっ……!」腰の鞘から白い一閃がほとばしり、夜風ではためいている破れたカーテンが裁ちばさみで切ったかのように切り裂かれた……

ちせ「うっ、く……!」ぱっと飛び退き、刀の柄に手をかける……

影「お見事……」

ちせ「……千代どの?」場違いな場所で耳にした聞き覚えのある声に、思わず疑問の響きが混じった……

千代「やはりちせどのでしたか……いつぞやは楽しい一時を過ごせました」

ちせ「う、うむ……じゃが、そのなりは?」先日のお嬢様らしい洋装と違って、五芒星の紋を染め抜いた黒紋付きの羽織袴姿で髪をまとめ、腰には大小二振りの刀を差している…

千代「見ての通り……そちらの暗号表を奪取せんと襲撃を企てたのは我らにございます」

ちせ「千代どのが、なにゆえ?」

千代「話せば長うございます……」

ちせ「千代どのさえ良ければ、私は構わぬが……もっとも、千代どのの同輩方がしびれを切らしたら別じゃが」

千代「その心配は無用かと……ちせどのは短い間とはいえ、私がフランスの地で出会った数少ない朋友ゆえ、かいつまんでお話いたしましょう……我らは『戊辰戦争』において薩長、そして裏で糸を引いていたアルビオン王国に抗い、いずれ再起を図ろうとフランスまで逃れた幕臣たちと『奥羽越列藩同盟』による志士の集まり」

ちせ「奥羽越列藩同盟……!」

千代「いかにも」

ちせ「じ、じゃが……すでに新政府が成立してから二十余年、千代どのは戊辰戦争の時には赤子どころか、まだ産まれてもおらぬはず……その千代どのがいまさら旧幕府方の残党に加わる必要などないはずじゃ」

千代「ちせどのはそうおっしゃってくれますが、そうもいきませぬ」

ちせ「なにゆえじゃ」

千代「……私の祖父は五稜郭の戦いで討死し、生き残った父母はフランス人の軍事顧問に率いられた志士たちと共に日本を去った者たちの中におりました」

ちせ「噂には聞いたことがある……伝習隊(でんしゅうたい)の一部や旧幕府方の兵の中には、新政府への恭順を拒んでフランス人の軍事顧問と一緒に西洋へ渡った者たちがおると……」

千代「いかにも。父母はこの異国の地にあって再び理想を掲げんと、貿易商に身をやつして暮らしておりましたが、十数年前に「どうか宿願を果たしてくれ」と幼き私に頼みながら流行病に倒れたのです」

ちせ「さようであったか」

千代「はい……丹左衛門どのは父の同輩で、私の両親亡き後は父の代わりに私のことを養い、剣術を教えてくださったのでございます」

ちせ「父の教え、それに「育ての父」である丹左衛門どのに対する恩義か……」

千代「さよう。確かに私はこのフランスで生まれ、戊辰戦争を知らぬ。だからとて父母の宿願を果たすこともせず、今さらおめおめと刀を捨てて新政府に下れるものではござりませぬ」

ちせ「しかし……」

…父と刀を交え、あまつさえ討ち取らねばならなかったちせとしては、千代の境遇がかつての自分に重なって見える……二重写しになった千代のことを思い、つい説得するような口調になりかける…

千代「くどい! 我らは幕臣として、また武士として……飢えても新政府の犬にはならぬ!」気迫のこもった声がびりびりと食堂の空気を震わせ、刀の柄にかかった手が冷徹な殺気を帯びる……

ちせ「……っ!」

…千代が青眼に構えた太刀の切っ先は微動だにしない……対して小柄なちせは下段に構えて、守りにくい下半身からの切り上げを狙った…

千代「……」

ちせ「……」

…食堂の床には壊れた家具や建材の破片、それにちせが斬り捨てた剣士たちの身体があちこちに転がり、足の踏み場もないくらいに散らかっている……二人は互いに目線をそらさぬよう注意しつつ、足元を確かめるようにしてすり足で動く…

千代「……はぁっ!」

ちせ「……っ!」

…一歩、二歩と互いに円を描くようにすり足で動きながら相手の隙をうかがっていたが、ある一瞬を見逃さず千代が飛び込んできた…

千代「はっ……!」

ちせ「う……くっ!」刃で受けた斬撃はおしとやかな千代の印象とは異なり重く強烈で、柄を持つ手が脇差を取り落としそうになるほどしびれた……
676 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2023/12/28(木) 01:25:23.64 ID:TyFwlol10
ちせ「ふん……っ!」

千代「えい……!」ちせが繰り出した下からの払いを飛び退いていなすと、続けざまに斬り込んだ一撃を太刀で払いのけた……

ちせ「たあ……っ!」

千代「む……っ!」

…互いに距離を離すとふっと息をつき、それからまた円を描くような動きとともに必殺の間合いを測るにらみ合いが続く……相手が息継ぎをする瞬間を狙うべく、お互い呼吸を止めて刀を構えたままで、額からはじんわりと汗が滴ってくる…

ちせ「……はぁっ!」

千代「くっ!」

…二人の白刃が交錯した瞬間、ちせの斬撃が千代の持つ太刀の切っ先を二寸ばかりのところで折った……返す刀で行き過ぎる千代の背中に一太刀浴びせようとしたが、それよりも早く千代が振り向きざまに脇差を抜き放ち、ちせの刃をはじいた…

ちせ「むむ……」

千代「……ふ」

…練り込まれたケイバーライト鉱の影響でかすかに青緑色の燐光を放つちせの脇差と、おりしも霧が晴れてきた夜空の月光を受けて青白く光る千代の脇差……

千代「……やぁっ!」

ちせ「……っ!」

…刃が触れあって「ピィィ……ン!」と透明な音を残し、互いに行き過ぎた二人……ちせは腰を入れて振り抜いた構えのまま息をつき、千代はがくりと片膝をついた…

ちせ「千代どの……!」脇差を鞘に収めると、ずるずると崩れ落ちた千代のもとへと駆け寄って抱き起こし仰向けにした……

千代「……ふふ、お見事」

ちせ「かたじけない」

千代「いえ、最後のは実に素晴らしい一撃でした……私も鍛錬を積んでいるつもりでしたが、これも慢心というものか……」

ちせ「いや。千代どのの太刀さばき、見事なものじゃ……父を……見ているようであった」

千代「さようですか……嬉しい事を言ってくれます」先ほどまでの殺気はすっかり失せて、褒められた子供のように純粋な笑顔を浮かべた……

ちせ「うむ……」

千代「私の脇差は貴女に譲りましょう……これだけの使い手にもらわれれば刀も喜ぶ」

ちせ「かたじけない」

千代「それと、折れた太刀と小柄は……私と一緒に……」

ちせ「……承知した」

千代「わ、わたくしは……最後まで……志士として……」

ちせ「うむ。立場こそ違えど、その振る舞いは立派なものじゃ……」

千代「良かった……」そのまますぅっと力が抜け、ちせの小さな身体に沈み込むようにして目を閉じた……

ちせ「……」

…庭先…

副官「丹左衛門どの、霧が……」

丹左衛門「承知しておる……それにフランス側の足止め工作もそろそろ時間切れのようだ」遠方から呼び交わす声や敷石に響く足音が聞こえてくる……

副官「いかがいたします?」

丹左衛門「仕方あるまい。お主たちは事前の手はずに従って衣服を替え、ふたたび潜伏せよ……いつかまた、再起を図る機会も訪れよう」

副官「ははっ……それと、千代も戻りませぬが」

丹左衛門「うむ、あの「ちせ」と申す娘、やはり大したものであった。あれだけの相手と刃を交えることができて、千代も剣士として満足であろう……それから最後に、介錯を頼みたい」

副官「……ははっ!」

丹左衛門「……さて」能舞台のように揺らめくかがり火に照らされた庭先で、きちんとした所作で羽織を脱ぐと小柄に懐紙を巻いた丹左衛門……介錯を頼まれた副官と、もう二人の志士が見届け役として控える……

丹左衛門「では、参るぞ……!」

副官「ふん……っ!」丹左衛門が真一文字に腹を切るのと同時に、後ろに立った副官が首筋へ太刀を振り下ろした……

副官B「……見事なものであったな」

副官「いかにも。丹左衛門どのは最後まで立派な方であった……」

………
677 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/01/09(火) 01:46:15.86 ID:Tu4LE4B20
…しばらくして・集合地点…

ドロシー「戻ったか」

ちせ「うむ……」千代の形見の脇差を手に、車へと乗り込んできたちせ……用心は怠りないが、その表情にはもの悲しげな雰囲気が混じっている……

アンジェ「……ドロシー、霧が晴れてきた」

ドロシー「分かってる」

アンジェ「それと、フランス側と例のサムライたちが手はずしておいた猶予の時間も過ぎたようね……近くの駐屯地から動員された兵隊が道路を塞ごうとしているわ。見とがめられる前に離脱しないと」

ドロシー「ああ……任せておけ。アンジェ、こいつをちせに着せてやってくれ」

アンジェ「ええ」ドロシーがトランクから引っ張り出した衣装の中から子供っぽいフリルのついたガウンやスカート、リボン付きのボンネットを手際よく着せていく……

ちせ「……これはなんじゃ?」

ドロシー「いいから任せておけ。お前さんは黙ってりゃいい……アンジェ?」

アンジェ「サ・ヴァ」

ドロシー「よし、それじゃあ行こう」ドロシーはお抱え運転手らしいチョッキと上着を着て、フランス人らしいベレー帽を目深にかぶった……

…道路上…

兵士「おーい、停まれ!」森を抜ける田舎道に兵士が四人ばかりと、指揮官らしい軍曹が一人立っている……道端には叉銃(さじゅう)の状態で立ててあるルベル小銃が三挺ほど置いてあり、一人の兵士が小銃を持ち、もう一人の兵士が大きく手を振りながらドロシーたちの乗用車を停める……

ドロシー「……アンジェ」

アンジェ「一体何ですの!? わたくしは急いでいるのです!」兵士に車を停められるやいなや、後部座席から気難しい声を出したアンジェ……日頃から「チェンジリング」でプリンセスと入れ替わり、気位の高い貴族たちと接することも多いアンジェとしては、それがフランス人であっても物真似などたやすい……

兵士「は、あの……」

アンジェ「あなたでは話になりません、一番偉い人を連れておいでなさい!」

兵士「は、はい……軍曹どの!」相方の兵士に見ているよう頼むと、木陰にいた軍曹の元へと駆け寄って、なにやら説明している……

軍曹「失礼します……ボンソワール、マダム」ノルマンディ飛び地を支配しているアルビオン王国の協力者であるフランス亡命貴族や王党派、それにいやいやながら参加している地元のノルマンディ人でなる傀儡政府「フランス王国」陸軍の制服をまとった軍曹が丁寧に挨拶した……

アンジェ「あなたがこの隊の指揮官ね? わたくしは急いでいるのです。何の検問かは存じませんけれどね、早く通して頂戴!」

軍曹「は、マダムの仰せとあればすぐにでもそうしたいのですが……なにぶん大尉殿から「道を行く車や馬車は全てこれを検索せよ」との命令を受けておりまして……」

アンジェ「……わたくしからその「大尉殿」に、あなたの共和主義者のような態度を伝えてもよろしいのよ?」

軍曹「いや、滅相もありません! ……後部座席の方はお子様でいらっしゃいますか?」

アンジェ「ええ、そうよ。旅先で熱を出してしまったから市街のお医者様のところまで急いで連れて行くところなの……分かったなら早く通しなさい」

軍曹「はっ、ただいま! ベルトラン、道を空けろ!」

ドロシー「くくくっ……アンジェ、お前さんスパイで食えなくなったら芝居に出るといい。まるでホンモノだったぜ♪」検問を通り過ぎると、ドロシーがからかった……

アンジェ「このくらい当然よ……」

…翌朝・港…

高級船員「はい、では確かに……どうかお足元にご注意下さい」

ドロシー「ええ、ありがと♪」

…アルビオン王国の一部である「ノルマンディ飛び地」からアルビオン王国本土へと向かう旅客が通過しなければならない「出国」審査を済ませ、船のタラップを上ったドロシーたち……船の高級船員も、プリンセスも通っている名門校「クィーンズ・メイフェア校」の制服を着ているドロシーたちを下へも置かず、あれこれと気を使ってくれる…

高級船員「それと、お手回りの品をお嬢様方が持って行く必要はございません、ボーイに運ばせますので」

ドロシー「まぁ、ご丁寧に……それじゃあこれ、取っておいて♪」いかにも遊び慣れている貴族の令嬢らしく、手際よくそれなりのチップをつかませる……

高級船員「ありがとうございます、ご学友さまの荷物もご一緒でよろしいですか?」

ドロシー「ええ、お願い……それにしても昨日、一昨日と霧のせいでお船が出られなくて困ってしまったわ」

高級船員「女心とドーヴァーの霧ばかりは予想がつきませんからね……おっと失礼♪」

ドロシー「ふふ、その様子だと予想がつかなくて困ったことがあるみたいね?」

高級船員「いやはや、これは一本取られました……そろそろ出港ですが、今日はべた凪ぎで快晴ですから、ドーヴァーの白い崖もよく見えますよ」

ドロシー「ありがとう、なにか欲しいものがあったらボーイさんを呼ぶわ」

高級船員「ええ。それでは良い船旅をお楽しみ下さい♪」

………

678 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/01/12(金) 01:32:01.09 ID:kos25FxB0
…船上…

ドロシー「おー、見えてきた見えてきた♪」

ちせ「……きれいなものじゃな」

…彼方に霞んでいた青っぽい陸のシルエットが次第にくっきりと鮮明になってきて、やがて左舷側に「ドーヴァーの白い崖」や、岸辺に寄せる波頭が見えてくる……また行き過ぎる旅客船や沿岸漁業の小さな漁船、上空でのんびりと浮かんでいるように見える飛行船なども視界に入る…

ドロシー「そうだろう? この景色だけはいつだっていいもんさ♪」隣に立つとちせの頭に手を当てて、髪をくしゃくしゃにするような具合に撫で回した……

ちせ「むぅ、そう子供扱いするでない……」ドロシーの手を払いのける……

ドロシー「まぁまぁ。そうだ、サロンでお茶でも飲むか」

ちせ「ふむ、お茶か……菓子はでるじゃろうか?」

ドロシー「ああ、出るさ。もっとも海峡横断の定期船だ、そこまで大したものは出ないがな」

ちせ「いや、それは構わぬ……ときにアンジェどのは?」

ドロシー「やっこさんとはできるだけ入れ替わりで船室を空けることにしているんでな……お茶を終えたら、交代してやらなきゃ」

ちせ「なるほど」

ドロシー「で、行くか?」

ちせ「うむ、参ろう」

ドロシー「よし、決まりだ」

…しばらくして・船室…

ドロシー「アンジェ、交代だ……茶でも飲んでこいよ」

アンジェ「ええ、そうする」

ちせ「……のう、一つ聞きたいことがあるのじゃが」

ドロシー「んー?」

ちせ「別にお茶だったらサロンで飲まずとも、ルームサービスで持ってこさせてもよいのではないか? わざわざ船室を空ける必要もないじゃろうに」

ドロシー「確かにルームサービスでボーイを呼びつけたっていいさ……ただ、今日は好天で乗客はみんなサロンに行ったり甲板(デッキ)に出たりしている……ましてや元気いっぱいで、まだまだ船旅の経験も少ない……つまり、船上で見るものや聞くものに興味津々な女学生ならなおさらだ……」

ちせ「……つまり、船室に閉じこもっているとかえって不審に思われるということか」

ドロシー「ご名答♪ だからわざわざ船員に到着時間を聞いてみたり、今いる場所がどこの沖なのか聞いてみたりしたわけさ」

ちせ「なるほど……」

ドロシー「それより、あと二時間もしないうちに港に入る……ノルマンディ飛び地での「出国」審査はわりかしおざなりだが、ロンドン港での「入国」審査はフランスからの密輸品なんかを取り押さえる目的もあってけっこうキツいぞ。どうやるかは聞かないでおくが、お前さんの刀とか、引っかからないように手はずを済ませておけよ?」

ちせ「その辺の準備は万端じゃ……ドロシーたちこそ「大事な書類」を運んでいるのじゃろう?」

ドロシー「まぁな、そこは上手くやるさ」

アンジェ「……ドロシーからすれば「書類(ペーパーズ)」よりも「筆記試験(ペーパーズ)」の方が怖いでしょうし、ね」

ドロシー「おいおい、戻ってくるなりずいぶんなご挨拶だな」

アンジェ「それはそうでしょう……それとも、今度のラテン語のテストは満点を取れる自信があるのかしら?」

ドロシー「ははっ、あんなものは「ファーム」のテストに比べたらちょろいもんさ……」

アンジェ「くれぐれもカンニングなんて馬鹿な真似はしないでちょうだいね」

ドロシー「ちっ、この私がそんなくだらないことするかよ……そんな暇があったら職員室に忍び込んで答案をすり替えるさ♪」

アンジェ「あきれた……」

ちせ「むむむ、ラテン語か……あれは全く手に負えぬ」

ドロシー「ははっ、ちせもラテン語はだめか♪ ま、たいていの学生はみんなあいつで青息吐息だからな、ちせ一人じゃないさ」

アンジェ「いざとなったら私やプリンセス、ベアトリスがつきっきりで教えるわ……落第なんてされたら困る」

ドロシー「確かにな」

アンジェ「ええ、なにしろ悪い見本が目の前にいるもの」

ドロシー「……おい」

アンジェ「さぁ、そろそろ入国審査の準備に取りかかりましょう」

………
679 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/01/15(月) 00:03:41.93 ID:HedBtJ3C0
…ロンドン港…

船員「またのご利用をお待ちしております、お嬢様方」

ドロシー「ありがとう……さーて、港の様子は……っと」船を降りる舷梯(タラップ)からさりげなく視線を走らせる……

税関職員「行ってよし、次の方!」

ドロシー「……おーおー、相変わらず雁首並べていやがるなぁ」

アンジェ「別に検査の人員が多かろうが少なかろうが、いつも通りに振る舞えばいい」

ドロシー「まぁな、別にやましいものがあるわけじゃなし」

…マルシェで合い言葉を言って素性の分からないティーカップを受け取ったドロシーとアンジェだったが、たとえ「入国審査」で引っかかったとしても「あくまでもティーカップを買っただけ」と言い抜け、他のことについては知らぬ存ぜぬを通すつもりでいる……貴賓室や一等船室の貴族や上流階級は船内でごく丁寧に、それ以下の一般船客は身分や階層ごとに時間を分けて船を降ろされ、列に並んで検査を受ける…

ちせ「落ち着いたものじゃな……」

ドロシー「当然さ、焦ったところでなんにもならないからな」

税関「次の方!」

アンジェ「来たわね……はい」

税関「では、旅券を拝見」

アンジェ「どうぞ」

税関「旅の目的は?」

アンジェ「連休を使っての観光旅行です」

税関「……申請したときと、実際にノルマンディ飛び地にいた日数が異なるようですが?」

アンジェ「ええ。本当は昨日には帰ってくるつもりだったのですけれど、一昨日からの霧で海峡横断の船が欠航になってしまったものですから……電報は打ったのですが、きっと学校の先生に怒られてしまいます……」

税関「なるほど……荷物はこれだけ?」

アンジェ「はい、これだけです」

税関「なにか持ち込み禁止の品であるとか、規定を超える額になる金や宝石、高級酒、工芸品、織物等は入っていませんね?」

アンジェ「入っていません」

税関「では職員が荷物を開けます……メアリー、頼む」きっちりした感じのひっつめ髪にした女性職員がトランクを受け取ると、最低限の配慮として他の旅行者からは見えないように囲いの陰で蓋を開け、中身を確認する……

女性職員「これは?」

アンジェ「船酔いに備えて買ったコニャックです」

女性職員「なるほど、規定量以下ですね……それからこれは?」

アンジェ「学校の友達にあげるお土産で買ったレースのストッキングです」同性とはいえ他人に下着や寝間着をあらためられるのは恥ずかしいとばかりに、年相応に恥ずかしげな様子で顔をうつむけた……

女性職員「ふむ、まぁいいでしょう……ん?」

アンジェ「なにか?」

女性職員「ええ、これはなんですか」荷物を戻してふたを閉めかけたところでトランクの口を開け直し、急に興味を持ったような口調で問いかけた……

アンジェ「えっ、あぁ……それならマルシェで買ったお土産です」

…それはアンジェが自分の手のひらのようによく知っている入国管理局や税関特有の手口で、一旦検査が終わりかけたように見せかけたところで急に何かに興味を持ったような口調で問いかけ、やましいところのある人間がぎくりとするかどうかの反応を見る一種の「ひっかけ」だった……しかし年若くとも一流のエージェントであるアンジェがそんな子供だましに引っかかるわけもなく、それらしく適度に驚きつつも「まだ続くのか」という困惑を少し込めた、ごくさりげない反応をしてみせた……

女性職員「開けさせていただきます」

アンジェ「どうぞ」木箱に入っているティーカップを取り出し、裏の刻印や箱そのものをひとわたりチェックする……

女性職員「なるほど……結構です」

税関「はい、どうぞ」旅券に仰々しいハンコを押すとアンジェに返した……

アンジェ「ありがとうございます」

税関「どういたしまして……はい、次の方!」

ドロシー「はーい」

………

680 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/01/20(土) 01:45:01.90 ID:JPKfl4zq0
…プリムローズ・ヒル…

アンジェ「……隣、よろしいですか?」

7「ええ、どうぞ?」

…リージェント公園を抜け、小高い丘になっている公園「プリムローズ・ヒル」のベンチに座っている「7」の隣に腰かけたアンジェ……周囲は眺望がよく、煙突の煤煙やボイラーのパイプから漏れる水蒸気で煙っているロンドン市街が一望できる……つばの大きい婦人帽にピクニック用のバスケット、手に小さな望遠鏡を持った「7」はいい空気を吸いに来た中産階級の婦人といった雰囲気で、大きなバッフル(ふくらみ)のついたスカートがベンチに広がり、短い上着と胴衣をまとっている……かたわらにはたたんだ日傘も置いてあり、それがベンチの座面をいくらか隠している…

7「……それで、受け取ってきた?」

アンジェ「持ってきたわ」

…アンジェがティーカップの箱を置くと7が日傘を動かし、下に隠すようにしてからティーカップの箱を受け取った……日傘の陰にはもう一つ同じ箱があり、アンジェがそれを受け取って鞄におさめた…

7「ご苦労様、後で詳細な報告をお願いね。それと、チョコレートはあげるわ」

アンジェ「ええ……」7がバスケットから取りだしたチョコレートを受け取ると、しばしの間ロンドン市街を眺め、包み紙をむいてチョコレートをかじった……

…同じ頃・自然史博物館…

L「……それで、現地でなにか変わったことは?」

ドロシー「ああ。ちせが情報の受け渡しを行った大使館職員の私邸が旧幕府方の侍たちに襲撃を受けた」

…アンジェが情報を受け渡している間にデブリーフィング(状況報告)を済ますべく、再び博物館へとやって来たドロシー……手元には図録とレポート用紙があり、ときおり説明板の文書を書き写したり化石のスケッチを取りながらひとり言をつぶやくようにして「L」に報告を行う…

L「旧幕府方か……続けてくれ」

ドロシー「成りゆきで私とアンジェも介入する事になっちまったが、顔を見た相手はしゃべれないようにしてきた……それよりも、ノルマンディ飛び地でフランス情報部が活動できたというのが気になる」

L「というと?」

ドロシー「正直、ノルマンディ公配下の防諜部が目を光らせている中で、カエル(フランス人)の連中があんな勝手に振る舞えるとは思えない。現地の「フランス王国軍」とも繋ぎをつけているようで、駐屯地から数マイルもないところでドンパチが起こっているのに二時間以上も兵隊を展開させる様子がなかった」

L「……それで?」

ドロシー「こいつはただの推論だが、もしかしたら王国の連中とカエルの間で何かの取引か密約でもできたのかもしれない」

L「なるほど……他には?」

ドロシー「日本政府の新暗号だが、ノルマンディ飛び地で受け取ったのは佐伯っていう事務官だ。暗号表の文字列はアンジェがのぞき込む機会があったから、見えた部分に関しては書き写して渡す」

L「ふむ、重要な手がかりだ」

ドロシー「ああ、そうだろうな……」

L「……友人の属している政府を探るのは気に入らないか?」

ドロシー「なにを今さら……そんなきれいごとが言えるような純粋さはとうの昔に無くしちまったよ」

L「確かに汚いやり方だとは思う……だが、これも仕方のない事なのだ。こんなことをせずに済むのなら私だってそうしたい」

ドロシー「よく言うよ……ところで話は変わるが、あっちから戻ろうって日に海峡の霧で船が欠航になってね。延泊することになっちまったから、その分の宿代その他もろもろを予備費から出してくれ」

L「分かっている、気象予報はこちらにもあるからな……いつもの銀行に振り込んである」

ドロシー「そりゃあどうも」

L「ああ……ところで学業の方は?」

ドロシー「一日欠席しちまったからガミガミ言われたが「霧ばかりはどうしようもありませんので」って言ってやったよ」

L「ふむ」

ドロシー「これにはさすがの先生方も文句の付けようがなかったらしくてね……それで「明後日までに任意のレポートを書き上げてくること」って課題を出されたわけだ」

L「では、いい機会になったな」

ドロシー「ああ。おかげさまで恐竜だのシダ植物だのに詳しくなれそうだ」

L「結構だ。世の中、どんな知識でも役に立つ……特にこの世界ではな。とにかくご苦労だった」すっと離れて、そのまま歩き去った……

ドロシー「ああ……」

ドロシー「……化石か。あの「サムライ」たちも古くさい矜恃だの義理だのに縛られて化石になっちまってたってわけか」

ドロシー「もしかしたら、いずれ私もお前さんたちみたいになるかもしれないが……だが今のところ、まだそのつもりはないんでね」

ドロシー「それじゃあな、アンジェのご先祖さん♪」蜥蜴の化石に向けて小さな声で話しかけると、足取りも軽く博物館の出口へと向かっていった……
681 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/01/28(日) 01:29:28.18 ID:288ALfUR0
…case・プリンセス×ベアトリス「A girl who wants to become a spy」(スパイになりたがった娘)…

…とあるネスト…

ベアトリス「……」パンッ、パンッ!

ベアトリス「ふぅ、終わりました……ドロシーさん、見てもらえますか?」ベアトリスの小さな手が撃ちきった.380口径リボルバーを下ろし、耳当てを外してドロシーに声をかけた……

ドロシー「うん、なかなか良くなってきたじゃないか……引き金を引くときにおっかなびっくりだったり、目をつぶったりすることもなくなってきたしな」

…幾何学の授業で使うコンパスや定規で作図した的紙には、きちんとした弾痕が残っている……弾着は以前よりもずっと中心にまとまっていて、中の一発はまぐれかもしれないがブルズアイ(中心点)を射抜いている…

ベアトリス「そうですか?」

ドロシー「ああ、訓練のたびに成長が見られるだなんて大したもんさ」

ベアトリス「えへへ……なんだか照れちゃいますね///」

アンジェ「ドロシー。やる気を出させるのは結構だけれど、あまりおだてすぎるのは考え物よ」

ドロシー「そういうなよ、たったこれだけの期間でここまでやれれば結構じゃないか」

アンジェ「そうは言ってもいざというときに相手をすることになるのは経験を積んだ公安部や防諜部のエージェントなのよ。特にノルマンディ公の部下は練度が高い、軽い気持ちでは困る」

ベアトリス「はい……」

ドロシー「なぁに、ベアトリスだってそれくらい分かってるさ……そうだろ?」

ベアトリス「そのつもりです……」

ドロシー「アンジェがああ言ってるからってそうしょげることはないさ……ベアトリス、私はお前さんには正面切ってのドンパチをやってもらおうなんて思っちゃいない。普段はあくまで無害なお付きの女の子をやっていてくれればそれで結構だ……そして、お前さんがティーカップしか扱えないと思っている連中がうっかり背を向けたとき……その時はお前さんが不意を突き、その間抜け野郎にとって年貢の納め時ってわけだ」

ベアトリス「なるほど」

ドロシー「分かったらもう一回だ。引き金は滑らかに絞るように……ガク引きすると弾詰まりを起こすからな」

ベアトリス「はい」

…しばらくして…

ベアトリス「そういえば、どうして私たちの銃はリボルバーなんですか?」

ドロシー「そうだな……確かに内務省の連中はボーチャード(ボルヒャルト)ピストルみたいなオートマティック・ピストルを使っちゃいるが、ああいうのは基本的に大きいから隠すのに向いてない」


(※ボーチャード・ピストル…1890年代に開発された「世界初」とも言われる実用的なセミ・オートマティックピストル。強力な7.65×25ミリ口径の軍用弾薬を用いる大型のピストルで、トグル(「尺取り虫」式)アクションで作動するが、全体的に大きすぎ、また複雑なトグルアクションは製造が面倒で、実用の上でも弾詰まりを起こしやすかったため成功しなかった。のちに改良を加え弾薬を7.65×21ミリ口径に変更した1900年の「ルガー・パラベラム・ピストル」やその系列に繋がる9×19ミリ(9ミリパラベラム)口径の名銃「ルガーP08」が生まれたが、これらもトグルアクションの構造がたたって故障が多かった。)


ベアトリス「そうなんですね」

ドロシー「ああ。それにボーチャード・ピストルは口径がデカすぎるから銃声も大きいし、構造も複雑で弾詰まりを起こしやすいんだ……それでいけば、ダブルアクションのリボルバーなら一発撃発しなくても引き金をひけば次の弾が送られてくるからな。二発続けて不発なんて不幸があったら、その時は運に見放されたと思って諦めるんだな」

アンジェ「そういうことね……さあ、後片付けをしたら帰りましょう」

…別の日・部室…

ドロシー「……さて、今回のは楽な任務だ。他の任務の間に片手間でできるし、寒かったり汚かったりってこともない」

ベアトリス「なんだか嘘くさいですね」

ドロシー「おいおい、失礼なやつだな……私が嘘をついたことがあるかよ」

ベアトリス「……」

ドロシー「ほほう、その様子じゃ信用してないな?」

ベアトリス「それはそうですよ。今までだって高いところから飛び出したり、冷たい屋根の上で腹這いになって一晩見張りをしたりと、ずいぶんな目にあっているんですから」

ドロシー「それもエージェントの仕事さ……」

プリンセス「そうね、自分が身を置くまではもっとずっと活劇的なものだとばかり思っていたから、こんなに地味で大変だとは思ってもいなかったわ」

ドロシー「さすがはプリンセス、よく分かっていらっしゃる」

プリンセス「お褒めにあずかり恐縮ですわ……それでドロシーさん、任務の内容は?」

ドロシー「そうだった、そいつを説明しないとな……♪」
682 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/02/03(土) 01:08:34.47 ID:YuI7hGX20
ドロシー「……さて、以前調べたから分かっていると思うが、この「クィーンズ・メイフェア校」には学生、教職員を問わず王国のエージェントや連絡員、あるいは低級の情報提供者がうようよいる」

ドロシー「そいつらが王国公安部にくみしているのは単純に「プリンセスのお為になる」と思って自発的に協力しているやつから、さまざまな不品行をネタに脅されてやっているやつ、ちょっとした小遣い稼ぎや王国に媚びを売りたいがためにやっているやつまでさまざまだ」

プリンセス「確かにそういう人は結構いるわね……それで?」

ドロシー「当然ながらこちらとしてもそれを黙って見ているつもりはない……目には目を、スパイにはスパイを……つまり、こちらの味方になりそうな連中を探し出すんだ。以前も講師や生徒から何人か探し出したんだが、いつ使えなくなるか分からないしな」

ベアトリス「……それってつまり、協力者のスカウトをするって言うことですか?」

ドロシー「ある程度はそうだが、正確には違う……私たちはこれっていう人間に目を付けて観察しいくらか話してみて、ものになりそうだったら味方に知らせるだけだ。スカウト自体はそれ専門のエージェントや協力者がやる」

ベアトリス「あの、それだとスカウト役の人がわざわざ接触しなくちゃいけないですし、もし監視されていたら危険じゃないですか? 学校の中にいる私たちが声をかけた方が見つかる危険度も少ないような気がしますけれど……」

アンジェ「……私たちはエージェントであって、素性を知られるわけにはいかない。もしこちらがスカウトしようとした相手がこちらの話に乗ってこず、かえって王国側に通報したらどうなる?」

ベアトリス「あ……」

ドロシー「そういうことだ。スカウトは使い捨てのできるカットアウトから始まり、何重もの調査をパスしてようやく情報部のエージェントが「面接」することになる。ちょっとお茶でもいかがですか……ってな具合で誘うわけにはいかないのさ」

プリンセス「では、私たちがするべきなのは王国に反感を持っていたり、共和国に親近感を持っている人を探すということね?」

ドロシー「おっしゃるとおり……ほかにも脅せるようなネタを手に入れたり、金で転ぶような相手だっていい。私やアンジェと、プリンセスやベアトリスでは知り合いやクラスメイトが違うから、急になれなれしくしたりしたり話しかけたりしたらおかしいし「一つのカゴに全部の卵をいれない」ように細分化する必要もあるから、そっちはそっちで探してみてほしい」

ベアトリス「なるほど、それはそうですね」

アンジェ「……もっとも、金で動くような人間はあまり欲しくはないけれど」

プリンセス「どうして?」

ドロシー「ああ、そいつは情報部における鉄則の一つでね「金で転ぶ人間はより高い金で敵方に転ぶ」……つまり信用できないってわけさ」

プリンセス「なるほど」

ドロシー「付け加えるなら理想に燃えるようなタイプもダメだ」

プリンセス「そうなの?」

ドロシー「ああ。そういう高潔な連中は汚れ仕事の多いこの世界には向かないし、口先だけの理想主義者も多いんでね……肝心な時にビビって使い物にならなかったり、捕まって簡単に情報を吐いちまうような人間はむしろ迷惑だ」

プリンセス「難しいのね……」

ドロシー「だから情報部はいつも手不足なのさ……腕の立つ人間がいたらそれこそすっ飛んでくるね」

ベアトリス「でも、そんなに条件が多いと探すのも大変そうですね」

ドロシー「まあ、別にレジデント(駐在工作員)や特殊工作員の候補になるような人間を探したいわけじゃないんだ、そこまでうるさくは言わないさ」

アンジェ「あくまでもちょっとした目や耳、あるいはこちらが必要な時にちょっとしたものを用立ててくれる程度の人間が欲しいだけ」

ドロシー「そういうこと。監視任務に就きたいとき書き取りの宿題を代わりにやってくれるとか、食堂からスコーンをくすねてきてくれるような「お友達」ってわけさ」

プリンセス「ふふっ、それだとなんだかイタズラ仲間みたいね♪」

ドロシー「まぁ、そんなところかな……来週のこの時間にまた集まるつもりだから、目星がついたらその時に報告してくれ」

プリンセス「ええ」

ベアトリス「分かりました」

アンジェ「それと成果はなくても構わないから、あんまり露骨な誘い方はしないように。校内にうろついている王国側のネズミに嗅ぎつけられたら、それこそ目も当てられない」

ベアトリス「気を付けます」

………

…翌日・図書室の本棚の陰…

ベアトリス「……」

女生徒A「もう、嫌になっちゃうわ……わたくしのお父様ったらお小遣いを全然くださらないの。お出かけもしたいし、新しいドレスも欲しいのに……」

女生徒B「それよりもあの寮監先生ってば、憎たらしいったらありゃしない……ちょっと消灯時間を過ぎてからベッドの中でお友達とおしゃべりしていただけなのに、まるで叛逆の企てでもたくらんでいたみたいに柳のムチで手を叩くんですもの……まだ手の甲がヒリヒリするわ」

ベアトリス「……」あちこちで交わされる噂話やおしゃべりにさりげなく聞き耳をたて、これと言った人間がいないか探って回る……

女生徒A「ほんと、まだ赤いのが残ってるじゃない……」

女生徒B「ね、まったくツイてないわ……」

ベアトリス「……うーん、あの二人は違いますね」

………

683 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/02/11(日) 01:53:05.04 ID:WeCVxhdO0
…別の日・自習室…

長髪の女生徒「プリンセスとご一緒出来るなんて光栄ですわ」

三つ編みの女生徒「ええ。同じ学校とは言え、普段はなかなか気軽にお話するという訳にも参りませんから……」

プリンセス「あら、どうして?」

長髪「それは……」

プリンセス「おっしゃらないで? わたくしも自覚はしておりますから……常日頃から警護官が影のようにつきまとい、ことあるごとに睨んでいるようでは、皆さんも級友として親しくお付き合いするというのは難しいでしょう?」

三つ編み「え、ええ……」

プリンセス「けれどご安心なさって? 今は学校の中、学業に励んでいるわたくしたちを止め立てする警護官はおりませんから……ね♪」親しみやすい気さくな態度で、可愛らしい唇に指を当てた……

長髪「は、はい///」

三つ編み「///」

プリンセス「さぁ、間違っている所があったら遠慮せずに教えて下さいね?」

長髪「はい……っ♪」

…まだ年若いとはいえ、王位継承権を持つ王族の一人として外交の舞台に立つことも多いプリンセス……したがって場の空気を和ませたり相手の警戒を緩める人心掌握術、それにさりげなく本音を聞き出し、不都合な質問をはぐらかす会話術なども叔父である「ノルマンディ公」から帝王学の一環として叩き込まれていた……幼い日のアンジェと入れ替わってから何年も経ち、かつて涙をこらえて責任からくる重圧に耐え、化粧室で見つからないよう嘔吐しながら身に付けてきた学問の数々を、いまや自分とアンジェの未来のために使いこなす…

三つ編み「あの、プリンセス……ここの回答では「est」を使うべきかと思いますが……」

プリンセス「まぁ、わたくしったら恥ずかしい間違いをしてしまいましたね。 でも、ミス・キーガンのおかげでラテン語の先生に怒られずに済みますわ♪」

三つ編み「いえ、私なんて……///」

プリンセス「そうおっしゃらないで、自分の才能を卑下することはありませんわ♪」

三つ編み「あ、ありがとうございます……///」

…しばらくして…

プリンセス「まぁ……ふふっ、そのようなことがあったのですね♪」

三つ編み「そ、そうなんです……///」

長髪「私も近ごろの政策には感心致しませんわ……あ、いえ、これは決してプリンセスと王家の方々を批判しているのではなくて……///」

プリンセス「大丈夫、分かっていますよ……わたくしも確かにアルビオン王国の人間ではありますが、だからといって議会でも何でも思い通りに出来るものではないのです」少し淋しげな雰囲気をにじませる……

三つ編み「心中お察し致します、プリンセス……」

長髪「それにしてもあんまりというものですわ。プリンセスをまるで外交の道具か何かのように……」

プリンセス「わたくしのために憤慨して下さって嬉しく思いますわ……でもわたくしったら、お二人が親しくお話して下さるものですから、つい国の政策について批判めいたこと……今のやり取りは内緒になさって下さいね?」

…おしゃべりな人間ならつい誰かに漏らしたくなるような……しかし、脅威とは取られないようごく小さな批難めいた言葉を発して、二人の口が堅いか、また王国側の情報提供者でないかかまをかける…

長髪「ええ、お約束します」

三つ編み「私も、決して他言はしません」

プリンセス「ありがとう♪」

長髪「私でよければいつでもご用をおっしゃって下さい、プリンセス」

三つ編み「私もです、プリンセスのお役に立つようなことがあったらいつでもおっしゃって下さい」

プリンセス「その言葉だけで嬉しく思います……本当にありがとう」

長髪「あぁ、いえ……そんな///」

三つ編み「///」

プリンセス「……あら、わたくしったら……お二人との話が楽しいものですからすっかり手がお留守になってしまいました。さぁ、勉強の続きをいたしましょう」

三つ編み「そ、そうですね……///」

長髪「え、ええ……次は代数の問題をいたしましょうか」

プリンセス「はい♪」
684 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/02/16(金) 01:06:58.97 ID:/eYzoQkK0
…数日後…

アンジェ「それじゃあ中間報告を聞きましょうか……ベアトリス、貴女から」アッサムのティーカップを前に手を組み、じっとベアトリスを見つめた……

ベアトリス「えぇーと……私が見聞きした限りで「これかな」と思える人は三人ほどいました」

アンジェ「それぞれの特徴を」

ベアトリス「いま言いますね……暗記できる最低限の情報だけなので物足りないかもしれませんが……」

ドロシー「いいさ、変にメモなんか作られるよりは不十分な情報の方がまだマシだ……さ、どんなやつだ?」

ベアトリス「はい、一人目は「エミリー・クライトン」といって……」

ドロシー「……確か、お前さんと同学年だったか?」

ベアトリス「え、そうですけれど……もしかして生徒全員の名前と顔を覚えているんですか?」

ドロシー「おいおい、いくらなんでも全員は無理だ……ただ、どこかで聞いたことのある名前だなって程度さ」

ベアトリス「……」

アンジェ「どうしたの、続けて? 彼女のどの辺りが協力者として「発掘」する価値がありそうなのか教えてちょうだい」

ベアトリス「あ、はい……クライトンさんはいわゆる中産階級の女の子で、お家にそれなりの財産はあるようなんですが、クラスメイトの貴族令嬢の人たちからは「背伸びをしている」ってずいぶん陰口を言われているみたいなんです。本人もそのことを不愉快に感じているので、スカウトする動機になるかな……と」

アンジェ「貴族階級に対する妬みね……次は?」

ベアトリス「メアリ・マッコール、ドロシーさんと同じ学年です」

ドロシー「そいつならひとことふたこと話したことがあるよ……くせっ毛でそばかすがあるやつだろう」

ベアトリス「そうです、その人です」

ドロシー「じゃあ、やっこさんのどの辺がスカウトに値しそうなのか教えてくれるか?」

ベアトリス「はい。彼女は名前の通りのアイルランド系で、メイフェア校の「幅広い階級、立場の生徒を受け入れる」という方針に合わせてよその寄宿学校から編入してきたみたいなんですが、日頃からクラスでは上手く行っていないようで、何回か他の生徒といさかいになっている所が目撃されています」

ドロシー「それなら私も前に見たよ」

ベアトリス「噂では学費も滞りがちで、一時期は寮監先生から施設を使ってはいけないと言われたとか……つまり、お金にも困っているようなんです」

アンジェ「王国への敵対心と金銭面ね……それじゃあ三人目は?」

ベアトリス「アイリーン・メイフィールド男爵令嬢です」

アンジェ「……」

ドロシー「……ほほう?」一瞬アンジェと視線を交わすと、姿勢を崩して身を乗り出した……

ベアトリス「え、えーっとですね……///」

アンジェ「どうしたの?」

ドロシー「そうもったいぶるなよ♪」

ベアトリス「いえ、そういうわけでは……えーっと、その……姫様がいらっしゃるので///」

プリンセス「あら、わたくしがいてはいけない?」

ベアトリス「い、いけないことはないのですが……ちょっと姫様のお耳に入れるには、その……///」

プリンセス「わたくしはこれまでも、耳を疑いたくなるような事も、聞きたくないような事実も耳にしてきました……だから大丈夫」

アンジェ「安心しなさい、プリンセスは多少のことで動じたりはしないわ」

ベアトリス「それもそうですね、では……こほん///」

ベアトリス「……メイフィールド嬢ですが、姫様のことを……そのぉ……恋慕の対象として想っているようで……///」

ドロシー「なぁんだ、そんなことか。 アルビオン王国にいる年頃の娘なら、一度くらいプリンセスに憧れを抱くのは当たり前さ」

プリンセス「お褒めにあずかり光栄ですわ」

ドロシー「どういたしまして♪」

ベアトリス「いえ、それが……」

アンジェ「その様子だと何かあるようね?」

ベアトリス「は、はい……///」
685 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/02/21(水) 02:42:01.04 ID:Q81Ybjnq0
…校内・空き部屋…

ベアトリス「……よいしょ、と」

ベアトリス「ふぅ、さすがに重くてくたびれちゃいました……」

…ずっしりと重い教材を、校内でも人気の少ない一角にある空き部屋のひとつに運んで、丁寧に書棚に戻したベアトリス……普通の寄宿学校なら用務員さんや下働きが代わりに片付けるところではあるが、曲がりなりにも「進歩的」なメイフェア校では「庶民の気持ちを理解する」という名目で、一部の雑務を学生にさせることがあった…

ベアトリス「……ホコリっぽいのは別として、この部屋は意外と落ち着きますね」古びた紙とインクの匂いが立ちこめ、空中に漂うほこりが陽光にキラキラと反射している……

…そうつぶやくと片隅に放り出されている古い椅子に腰かけた……雑務体験とは言うものの、ホンモノの箱入り娘や貴族令嬢たちにそうした役割が回ってくることはなく、たいていベアトリスのように格が落ちる貴族の娘や平民出の女学生がやらされるか、もし仮にそうした役割が貴族令嬢に割り振られたとしても、お嬢様にくっつく取り巻きどもが先回りして中産階級の女学生や気の弱いいじめられっ子に押しつけてしまう…

ベアトリス「それにしてもぽかぽかしていていい気持ちです……」明かり取りの小窓一つしかない倉庫代わりの空き部屋にもうららかな陽気が入って来て、座面にモスグリーンの生地を張った椅子と、そこに座ったベアトリスをほのかに暖める……

ベアトリス「今日は姫様の公務に付く予定もないですし、課題は終わっていますし……少しだけ休憩してもいいですよね……ふわぁ……」

…ベアトリスは小さな口に手を当ててひとつあくびをすると、そのままこっくりこっくりと船を漕ぎ出した…

ベアトリス「くぅ……すぅ……」

………

…しばらくして…

ベアトリス「すぅ、むにゃ……っ、すっかり寝ちゃいました!」

ベアトリス「……誰にも見られていませんよね?」

…ふっと目が覚めると同時に居眠りしていたことに気付き、小さなひとりごとを言いながらきょろきょろと辺りを確かめる……太陽の当たり具合からすると何分も経っていないようだったが、慌てて立ち上がろうとするベアトリス……と、小さな虫の羽音のようなささやき声のようなどこからか聞こえてくる…

ベアトリス「あれ? 誰かの話し声がします……」情報部員としての習性が身についてきたのか、気配を殺すとそっと音のする場所を確かめる……

ベアトリス「……ここですね」

…小さな声をたどってたどり着いたのは書棚に隠れた壁の下の方、羽目板に小さなひび割れが入っている辺りだった……声のトーンは分かっても内容までは聞き取れず、ベアトリスはうっかりくしゃみをしたりしないよう、手元のハンカチで鼻と口元を押さえながらほこりの積もった床にひざまづくと、羽目板のすき間に耳を当てた…

声「……はぁぁ、何と可愛らしいんでしょう♪」

声「本当に可愛らしくて……なるほど、シャーロット王女様が王室の中でも大衆の人気を得ていらっしゃるのが分かりますわ♪」

ベアトリス「……(どうやら姫様の事をしゃべっているみたいですね)」

声「本当に素敵で……滅茶苦茶にして差し上げたいほどですわ♪」

ベアトリス「……(えっ!?)」

声「あぁ、あのシャーロット王女様を私の城で馬のように飼い慣らして、私一人のものに出来たらどんなにか幸せなことでしょう……ふふっ♪」

ベアトリス「……(うわぁ、まさか姫様と一緒の学校にいる生徒の中にこんな考えの人がいるだなんて……聞きたくなかったですね)」

声「あの小さなお手に、くるっとした瞳、艶やかな髪にすんなりしたおみ足……はぁぁ♪」

ベアトリス「……(それにしてもこの声、どこかで……たしか、姫様とご一緒している際に聞いたことがあるような……)」

…音を立てないように姿勢を動かし、羽目板のすき間からそっと向こうをのぞいてみるベアトリス…

…羽目板の向こう側…

外向きロール髪の女生徒「んぅ……シャーロット王女様♪」

…空き部屋の多い一角とはいえ生徒の多いメイフェア校だけに、虫食いのようにいくつかの個室には寄宿生が住んでいる……むしろ隣人がおらず静かでいいと、そういった部屋は隠れた人気すらある……ベアトリスが覗いたさきにはそんな一室があって、今しも一人の女生徒が何やら棚の額縁を手に取っている…

外ロール「んんぅ……ん、れろっ♪」

ベアトリス「……(あれ……もしかして、姫様のお写真ですか!?)」

…コルセットとシルクストッキングだけを身に付けた女生徒が舌先ですくい上げるように舐め回しているのは、どこかの公式行事で一部の貴族や参加者に配られたプリンセスの写真で、その額縁ごしに舌を這わせながら、とろんとした目つきで自分の胸を揉みしだいている…

外ロール「ん、ちゅっ……れろっ……じゅる……っ♪」

ベアトリス「……(あ、あれは姫様がお持ちになっていた扇とほぼ同じ型の扇ですし……あっちは姫様が去年の園遊会でお召しになっていたドレスにそっくり……)」

…ベッドや床にまき散らされたように置かれているのは、どれもプリンセスの物にそっくりな服や小物で、その国民の人気ゆえに「シャーロット王女風」ファッションのモチーフになりやすいとはいえ、あきらかに度を超していた…

外ロール「んちゅっ……じゅるっ、ん……っ♪」

ベアトリス「……(いくら任務に役立つかもしれないとはいえ、これ以上はあんまり見ないでおきましょう……)」そっと床を後ずさりして、積もったほこりを人がいたようには見えない程度にならすと、隣室の女生徒に感づかれないよう慎重に空き部屋を出て行った……

………

686 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/02/29(木) 01:03:01.89 ID:rjr137e40
ベアトリス「その……それでですね、調べを進めていくとこのメイフェア校内には『プリンセス同好会』なる秘密のクラブがあるようなんです」

アンジェ「プリンセス同好会?」

ベアトリス「はい」

プリンセス「わたくしの同好会? いったいどんな活動をしているのかしら?」

ベアトリス「いえ、それが……顔立ちが似ている生徒に姫様の役を演じさせて、『クラブ』の面々がその生徒を……///」

プリンセス「……なるほど」

ドロシー「そいつは知らなかった……いや、連中が何かこそこそしているのは知っていたんだが、あいにく接点がなくてな……そんな事をしていたのか」

ベアトリス「え、ええ……毎週末になると空き部屋や見つかりにくい場所に集まっているみたいで……メイフィールド男爵令嬢はその「会長」になっているようなんです」

アンジェ「なるほど……プリンセスを引き合いに出して協力させるでも、反対にその行為をネタに脅して使うでもいいわけね」

ドロシー「ちなみにその「同好会」のメンバーは何人くらいいるんだ?」

ベアトリス「私も毎回把握できたわけではないのですが、少なくとも六人はいます……ただ、たいていはこっそり集まっていやらしいことがしたいだけみたいで、本当に姫様に執着しているのはメイフィールド嬢ともう一人くらいです」

ドロシー「ちなみにそっちは脈ナシか?」

ベアトリス「調べた限りではだめそうです。革命騒ぎがあった際に一部の土地や家財を無くしているみたいで、共和国に対しては強い反感を持っていますから」

ドロシー「了解だ。ご苦労さん、よく調べたもんだ」

アンジェ「そろそろ午後のお休みが終わってしまうわね……プリンセス、貴女の報告はあとで聞くわ」

プリンセス「分かったわ、アンジェ♪」

………

…夜・プリンセスの寝室…

プリンセス「ただいま、ベアト」

ベアトリス「お帰りなさいませ、姫様……無事に済みましたか?」

プリンセス「ええ。無事アンジェに中間報告をしてきたわ」椅子に腰かけると後ろからベアトリスが寝間着を着せかけ、櫛で髪をとかしてくれる……

ベアトリス「そうですか……それと、お昼のことですが……///」

プリンセス「私のファンクラブがあるってこと?」

ベアトリス「ファンクラブなんて可愛いものだったらいいんですが、あれは……///」

プリンセス「まぁ、ふふ……ベアトったら照れちゃって♪」

…化粧台の前で乳液やクリームを手に取って丹念にすり込んでいきながら、慌てふためいているベアトリスを鏡越しに見ながらからかう…

ベアトリス「べ、別に照れているわけでは……あの集まりで行われている事はあまりにも過激で、口に出すのもはばかられると言うだけです///」

プリンセス「それも普段は品行方正なメイフィールド男爵令嬢が、だものね?」

ベアトリス「おっしゃるとおりです。公式行事で何度か姫様のお側に座っていたこともあるのに……もう、誰が信用できるのか分からなくなっちゃいます」

プリンセス「そうね。こうして情報活動に身を投じて世界の『裏』を知ってしまうと、色々な事に幻滅してしまうわね」

ベアトリス「はい。嘘と裏切り、脅しに誘惑……正直、姫様のためでなかったらとうの昔に脱落していたと思います」

プリンセス「いつもながら、ベアトには苦労をかけるわね……私のワガママに付き合わせてしまって」

ベアトリス「いいえ、私は姫様の優しいお心を存じ上げておりますから……///」

プリンセス「まぁ、嬉しい……ところで♪」

ベアトリス「はい、なんでしょうか?」

プリンセス「ベアトは『プリンセス同好会』には入らないの?」

ベアトリス「姫様っ……な、なにを……っ///」

プリンセス「だって、ベアトは私の一番の理解者でかいがいしく付き従ってくれているんですもの、その資格は十分にあるわ……嫌かしら?」

ベアトリス「いえ、嫌だとかそういうことではなく……///」

プリンセス「……私、ベアトとだったらしたいわ♪」ベアトリスの小さな手をつかんで口元へ寄せると唇をあてた……

ベアトリス「あ、あっ……///」
687 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/03/10(日) 01:30:45.42 ID:sGKvSeeT0
プリンセス「……ベアト」

ベアトリス「姫様……///」

プリンセス「ふふ……そうやって照れちゃうベアト、とても可愛いわ♪」

ベアトリス「からかわないでください、姫様……///」

プリンセス「あら、いけない?」

ベアトリス「はい……だって私なんてちんちくりんですし、胸だってぺたんこですから……」そう言いかけたところでプリンセスが振り向き、ベアトリスの唇に人差し指をあてた……

プリンセス「そんなことを言ってはだめよ、ベアト?」

ベアトリス「……姫様」

プリンセス「ベアトは私にとって本当に大事なのだから、誰かと比較することなんてないの」

ベアトリス「姫様はお優しいです……でも、私なんかよりもずっと綺麗な女性がたくさんおりますし……」

プリンセス「そうね。たしかに顔立ちの綺麗な人、美しい身体をもっている女性はたくさんいるわ……でもね、ベアト」

ベアトリス「なんでしょうか」

プリンセス「私はベアト、貴女がいいの……私がよく知っている、けなげで、一生懸命で、がんばり屋さんの貴女が♪」

ベアトリス「姫様……///」

プリンセス「どう、これで納得してもらえたかしら?」

ベアトリス「はい……っ♪」

プリンセス「そう、良かった……それじゃあベアトが安心できるように♪」ちゅっ……♪

ベアトリス「きゃっ、姫様……んっ///」

プリンセス「ふふっ♪ せっかくベアトがベッドを暖めておいてくれたのだから、それを無駄にするのはいけないものね……♪」

ベアトリス「ひゃあっ!?」ナイトガウンをまとったまま、プリンセスがベアトリスを引っ張ってベッドに引っ張り込む……羽根布団がボフッとにぶい音を立て、舞い上がった細かなほこりが柔らかな黄橙色の明かりの下で雪のようにちらちらと輝いた……

プリンセス「それにしてもベアトったら、そんなことを気にしていたのね? ベアトのここ、とっても可愛らしいのに♪」甘く、ちょっぴりいじわるな表情を浮かべるとベアトリスの寝間着をはだけさせ、桜色をした小さな先端を甘噛みした……

ベアトリス「ひゃあぁっん……っ///」

プリンセス「しーっ、あんまり大きな声を出すと見回りの寮監に聞こえてしまうわ♪」

ベアトリス「ん……!」顔を真っ赤にして、慌てて口元を手で覆った……

プリンセス「……ふふ♪」さわっ……♪

ベアトリス「ひゃうっ!?」

プリンセス「ダメよ、ベアト……ちゃんと声を抑えておかないと♪」れろっ、ちゅ……♪

ベアトリス「んっ、んんぅ……はひっ///」口元を押さえ、甘い声が漏れないよう必死にこらえようとする……

プリンセス「ちゅる、ちゅむ……っ♪」

…プリンセスは布団の中でベアトリスの小さな身体をなぞるように甘噛みをし、舌先で優しく舐め、ときおり触れるか触れないか程度の手つきでお腹や鎖骨まわりを撫でる…

ベアトリス「んふぅ……んぅ……っ///」

プリンセス「あら? ベアトったら口元を押さえているのも大事だけれど……こっちはがら空きでいいのかしら?」ちゅぷ……♪

ベアトリス「ふあぁ……っ///」

プリンセス「あらあら、もうすっかり濡れていて温かいわ♪」くちゅ、ちゅく……っ♪

ベアトリス「はひっ、はひゅ……っ///」

プリンセス「ねぇベアト、せっかくだから一緒に気持ち良くなりましょうか♪」必死に喘ぎ声をこらえているベアトリスに笑みを向けると、自分の脚とベアトリスの脚が互い違いになるようふとももをわりこませ、粘っこく濡れた花芯を重ね合わせた……

ベアトリス「んっ、んんぅ……ひめ……さまぁ///」

プリンセス「ええ、私はここよ……それじゃあいくわね♪」ぐちゅ、ぬちゅ、にちゅ……っ♪

ベアトリス「ふー、ふぅぅ……っ///」喉の人工声帯をいじりたくはないのか、懸命に口元を押さえて声を我慢するベアトリス……

プリンセス「あっ、あふっ、んん……っ♪」布団の中に潜ったまま、次第にしっとりと汗ばんでくる身体を重ねた……

ベアトリス「はぁ、はぁ……はひっ、ふあぁぁ……っ♪」ぷしゃぁ……っ♪

プリンセス「ふふ、よくできました♪」

ベアトリス「はひ……はへぇ……///」
688 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/03/23(土) 01:32:56.45 ID:4qJGAVXs0
…翌日…

ドロシー「なぁ、ベアトリス?」

ベアトリス「……」暗号の解読問題を解いているが、肝心の問題もドロシーの声にも上の空でぼーっとしている……

ドロシー「……おいっ!」

ベアトリス「ひゃあ!?」

ドロシー「おいおい、大丈夫か?」

ベアトリス「すみません、ドロシーさん……」

ドロシー「やれやれ、プリンセスに可愛がってもらうのはいいが……訓練に身が入らないようじゃ困るぜ?」

ベアトリス「す、すみません……///」

ドロシー「まぁ無理もないか、プリンセスが気を許せるのはお前さんかアンジェくらいなもんだからな……ちょっと休憩にしようか」

ベアトリス「はい」

ドロシー「それにしても……くくっ♪」

ベアトリス「なんです?」

ドロシー「いや、ね……お前さんの熱心さを見ると、ファームの時にいたあるやつを思い出すよ♪」

ベアトリス「……思い出し笑いをするなんて、そんなにおかしな人だったんですか?」

ドロシー「まぁね……何しろ情報部員になるんだって気合だけが空回りしている、言ってみれば「空回りの総本山」みたいな奴だったからな。しかもご本人が真面目にやればやるほどその調子なもんだからな……時間もあるし、ちょっと話してやろう」

ベアトリス「ええ、聞かせてください」

ドロシー「そいつは私たちと同期に入った「マティルダ」って名前の訓練生でね……ちっこい身体で妙にちょこまかしている感じのやつで、ドジばかり踏んでいたくせに不思議と憎めない奴で……ちょっぴりお前さんにも似ているかもな」

ベアトリス「私、そんなに失敗ばかりはしていません」そう言って頬を膨らませるベアトリス……

ドロシー「分かってるよ、あくまで雰囲気がってことさ……それにお前さんの「七色の声」みたいな特技があるわけでもなし、正直なところスカウトが情報部員の候補として「ファーム」に入れたのは何かの間違いなんじゃないかと思うほどだったよ」

………



…数年前・ファーム…

ホワイト教官「おはよう、諸君」

訓練生たち「「おはようございます、ミスタ・ホワイト」」

ホワイト「うむ……昨日の今日だからね、どうかお手柔らかに頼むよ?」

…前日には訓練生一人ひとりと格闘訓練をして、軒並みノックアウトするか押さえ込んだ格闘技教官のミスタ・ホワイト……にっこり笑って冗談めかすと、いつものようにジャケットを脱いできちんと背広掛けにひっかけ、軽く肩を回した…

ドロシー「あれだけ格闘術でやり合ったのになんともなし、か……参ったな……」前日の訓練では、もしみぞおちに入っていたら相当こたえたと思われる必殺の蹴りを叩き込んだものの、かえってその脚を掴まれて一回転させられたドロシー……

ホワイト「さて、それでは今日はいつものように向かい合わせに立って順繰りに格闘訓練といこうか……負けたものは一つ左へ動いていき、最後に先頭で立った者は私とひと勝負といこう。では、始め」

ドロシー「よう、マティルダ」

マティルダ「よろしくね、ドロシー?」ぴょこんと一礼すると、くしゃくしゃの金髪がめいめい勝手な方向へ跳ねた……

ドロシー「おう(やれやれ、どうもこいつと組むと気が抜けるんだよなぁ……)」

マティルダ「……やっ!」

ドロシー「おいおい、それで本気かよ……ふっ!」

…本人は気迫のこもった声を出しているつもりのようだったが「可愛らしい」という形容詞がぴったりな気の抜けるようなかけ声とともに繰り出された右ストレート……それも子供のようなあどけない攻撃をなんなく受けとめると、カウンターの一撃をお見舞いする…

マティルダ「ひゃあ!?」

ドロシー「……っ!?」決まっていればノックアウト確実な左フックが入ろうという矢先、足元の乱れたマティルダがよろめいて尻もちをつき、ドロシーの一撃は空を切った……

ホワイト「……ミス・ドロシー、決定機だからといって警戒を怠ってはいけないよ? こうして背後から不意打ちを受けるかもしれないからね」一瞬たたらを踏んだドロシーに対して、いつの間にか背後に立っていたホワイトが足払いをかけて床に叩きつけた……

ドロシー「うー、畜生……っ」

マティルダ「ドロシー、大丈夫?」

ドロシー「ああ、なんてことない……」

ホワイト「結構、では次だ」
689 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/03/24(日) 01:37:19.98 ID:76domkFH0
…屋外運動場…

スカーレット教官「さぁ、頑張って走りましょう……適度な運動は美容にも良いわよ♪」

訓練生A「はぁ……はぁ……」

訓練生B「ひぃ……もうだめ……」

…ハードルや雲梯、綱渡り、匍匐前進など盛りだくさんの障害物が含まれているコースを走らされている訓練生たち……うら若い女性であるスカーレット教官は息も絶え絶えの訓練生たちを励まし、助言をしながら鹿のようにかろやかに走って行く…

ドロシー「はっ、はっ……」

スカーレット「ミス・ドロシーはこれで五周目ね?」

ドロシー「そうです、レディ・スカーレット……ふぅ、はぁ……」泥水の溜まった四角い池の上に張り渡されたロープを掴んで渡りながら、途切れ途切れに返事をする……

スカーレット「良い調子ね、頑張って♪」

ドロシー「どうも……」

スカーレット「……ところでミス・マティルダ、貴女は大丈夫?」

マティルダ「はい、私は大丈夫で……ふえっ!」勢い込んでそう返事をした矢先にハードルに脚を引っかけ、派手に顔面から砂場へ突っ込んだ……

訓練生C「……ぷっ♪」

訓練生D「くすくす……っ♪」

スカーレット「うーん、あまりそうは見えないけれど……それじゃあもうちょっと頑張ってみましょうか」

マティルダ「はい……っ!」

…はきはきと返事をしたマティルダは全体からすれば周回遅れもいいところだが、クサらずいたって真面目に走っている……が、砂まみれのくしゃくしゃ髪や、泥水に落っこちてポタポタとしずくをたらしながらちょこまかと走っている様子を見ていると、庭先ではしゃいでいるヨークシャー・テリアのようにしか見えない……次々と追い抜いていく他の候補生たちの中には、思わず笑い出してしまう者までいる…

スカーレット「それじゃあロープをしっかり掴んで、膝裏をロープに引っかけるようにして身体を支えながら、腕の力で前へ引っ張っていくように……」

マティルダ「分かりました……っ!」

スカーレット「そうそう、その調子よ」

マティルダ「よいしょ、こらしょ……ひゃう!?」ロープの上で身体のバランスを崩すと、半回転しながら下の水たまりに落ちて水しぶきをあげた……

訓練生E「ねぇマティルダ、こんな時期に水遊びなんてしてたら風邪引くわよ?」隣のロープをすいすい進みながら、訓練生が皮肉を言った……

マティルダ「うっぷ……でもあんまり冷たくはないですよ?」

スカーレット「ふふふっ……それなら良かったわ、でも今度は落ちないようになさいね?」思わず失笑してしまうスカーレット……

マティルダ「はいっ、頑張ります!」全身から水を滴らせながら這い出てくると、小型犬のようにぶるぶると身震いをしてしぶきをふるい落とし、また走り出した……

………

…教室…

シルバー教官「では、前回のつづり方のテストを返却しよう……成績トップは満点のミス・アンジェだ、おめでとう」

アンジェ「ありがとうございます」

シルバー「そして残念ながら、最下位だったのは……ミス・マティルダ、君だ」

マティルダ「うぅ……」

シルバー「そうしょげることはない、どうやら君は前回の授業をよく聞いてくれていたようだね。書いた答えのうち、おおよそ半分は合っていたよ」

マティルダ「本当ですか、ミスタ・シルバークラウド!?」ぱっと明るい表情を浮かべた……

シルバー「ああ、本当だとも……記述欄がひとつずつズレていなければ、だが」

マティルダ「あっ……!」

訓練生たち「「くすくす……♪」」

シルバー「うっかりミスは情報部員にとっては致命的な結果を招きかねない、今後はこういったことがないよう注意するように……明後日までにラテン語の書き取り二十枚だ」

マティルダ「はいっ」

シルバー「よろしい……それと、諸君の中にはミス・マティルダより誤答の多い者もいたのだからね。次のテストを考えると、あまり笑ってはいられないのではないかな?」

ドロシー「おやおや、そりゃ一体どこのどいつだろうな?」

アンジェ「……てっきり貴女の事かと思ったけれど、違ったのかしら」

ドロシー「よせやい。練習もしてあるし、カンニングの用意だってバッチリさ」

アンジェ「やれやれね……」
690 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/03/29(金) 01:08:56.06 ID:iRyZjprV0
…ある日・更衣室…

意地悪な訓練生「……それにしても不思議よねぇ、ドロシー」

ドロシー「何が?」

意地悪「マティルダよ、なんであの子が訓練生になれたのかしら? 確か教官は「我々は身分や階層、人種で訓練生をえり好みするようなことはしない」って言っていたけれど、きっと才能もえり好みしなかったのね」

イヤミな訓練生「あら、私は良いと思うけど? あの子が万年最下位にいてくれたらビリにならなくて済むじゃない」

意地悪「それもそうねぇ。それにしてもマティルダってば、いっつも子供みたいに「頑張ります!」って……ふふ、あの子いくらが頑張ったところでどうにもなりはしないのにね♪」

イヤミ「でも、その方が教官には受けが良いじゃない?」

…さしたる努力もせずそれなりの成績でうろうろしているだけの二人が底意地の悪さを発揮してマティルダを馬鹿にしているのを聞いているうちに、溜まっている疲れのせいもあってか、普段は飄々と振る舞っているドロシーも思わずカッとなった…

ドロシー「……ま、教官たちも手抜きをする二流よりゃ真面目な三流の方が使いどころがあるって考えてるんじゃないのか?」

イヤミ「へぇ、ドロシーはああいうのがお好み? 確かに小型犬みたいで、足元にはべらせておくには良いかもしれないものねぇ♪」

ドロシー「そうだな。少なくとも主人の可愛がっているカナリアを食い殺してニヤニヤしているような猫どもなんかよりはよっぽどマシだろうよ」

意地悪「ふぅん、それじゃあ少なくともあの子にも一人は味方がいるってわけね」

イヤミ「それも一流訓練生様の♪」

ドロシー「……格闘訓練がしたいんならその時間はあるぜ?」

意地悪「あら、別にそんなつもりじゃないんだけど?」

イヤミ「そんなに恋人のことを言われたのがお気に障ったのかしら♪」

???「はぁ……くだらない事を言っている暇があるんだったら少しでも訓練したら?」

意地悪「あら、貴女もいたの? アンジェ」

アンジェ「黒蜥蜴星人はどこにでもいるしどこにもいない。そういうものよ」

イヤミ「それで、黒蜥蜴星人さんもあの小型犬のことがお好きなわけ?」

アンジェ「好きも嫌いもないわ。私の邪魔さえしなければ誰が何をしようと別に構わない」

意地悪「あら、私がなにか邪魔をしたかしら?」

アンジェ「ええ……私も早く着替えたいの、油を売っている暇があるのだったら早くどいてもらえるかしら」

意地悪「これは失礼……それじゃあお先に♪」

イヤミ「では一流訓練生様どうし、水入らずでどうぞごゆっくり♪」へらへらと笑いながら出ていった……

ドロシー「……けっ、ドブ川の底みたいに性根が腐ってやがる」

アンジェ「あんな連中の言うことを馬鹿正直に聞いているから頭に血がのぼるのよ、少しは学習しなさい」

ドロシー「ああ、私の悪い癖だな……それにしてもあいつらの憎まれ口だが、ありゃあご本人にゃ聞かせたくないシロモノだな」

アンジェ「それについては同感だけれど、残念ながらそうはいかなかったようね……」

マティルダ「……」

…アンジェが軽くあごでしゃくった先には、ロッカーの陰からひょっこり顔を出しているマティルダ本人がいた……普段どんなにキツい訓練でも泣き顔だけは見せない彼女が、珍しく顔をゆがめて涙をこらえている…

ドロシー「……聞いてたのか?」

マティルダ「うん、ちょうど二人がドロシーに話しかけたあたりで……」

ドロシー「そうか……ま、あんな奴らの言い草なんか忘れちまえ」

アンジェ「それに世の中にはもっと大変な事だってたくさんあるわ、あんなので泣いていたら涙が足りなくなるわよ」

マティルダ「そう、だよね……うん、頑張る」

ドロシー「よしよし、その意気だ♪」髪をくしゃくしゃにするように頭を撫で繰り回した……

マティルダ「わひゃあ!?」

ドロシー「ぷっ、なんだよその鳴き声♪」

マティルダ「もうっ、いきなり頭を撫でたりするからでしょ?」

アンジェ「どうやら泣き虫は収まったようね」

マティルダ「ええ、だって一流エージェントはアンジェみたいに表情に出さないものだものね」

アンジェ「……」そう言って純粋な憧憬をたたえた瞳を向けられ、さしものアンジェも困ったような表情をちらりと浮かべた……
691 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/04/06(土) 00:59:52.65 ID:IZkqyWJp0
…別の日…

訓練生A「次の時間は……う、ミス・パープルの実技ね///」

訓練生B「あぁ、今日はそうだったっけ……私、あの人に流し目をされただけでドキドキしてきちゃうのよね///」

…ファームの一室、ずっしりと重い樫の扉の奥に広がっている豪華で官能的な雰囲気の漂っている寝室は「ハニートラップ」のしかけ方とその対策を「手取り足取り」教えてくれる美人教官、ミス・パープルの牙城で、たいていの訓練生はパープルとクィーンサイズのベッドの上で数十分過ごすと、格闘訓練を数時間行ったときよりも激しく膝が震えてしまい、その後しばらくは甘い余韻ですっかりグロッキーになってしまう…

アンジェ「……」おしゃべりに加わるでもなく、静かに座っている……

ドロシー「なぁアンジェ、ミス・パープルだけどさ……ありゃあきっと人間じゃない、地上の女を骨抜きにするために月あたりから送り込まれてきた異星人だ」

アンジェ「そうね、黒蜥蜴星人である私がいるんだもの。月の人間がいたっておかしくはないわ」

ドロシー「やれやれ……食えないやつだな♪」

…しばらくして・パープルの部屋…

マティルダ「し、失礼します……///」

パープル「あら、いらっしゃい♪」

…座り心地のよい肘掛け椅子に腰かけながら少し汗ばんだ白い首筋を軽く拭い、それから艶っぽい仕草で後ろ髪をかき上げるパープル……マティルダはすでに顔を真っ赤にして、なまめかしいパープルの姿を見ないようにと視線をそらしている……パープルはそれに気付いてくすくす笑い、小さな丸テーブルの上に置いてあるポットから紅茶を注いだ…

パープル「さぁ、かけて? 紅茶とチョコレートをどうぞ♪」室内に立ちこめた甘い白粉とパープルの肌の匂い…それに蜂蜜のようにねっとりとした、頭がぼんやりするような何かの香水…濃紫と黒を基調にしたドレスの襟ぐりから白くふっくらした胸元をのぞかせ、黒い絹の長手袋に包まれた柔らかな手でチョコレートをひとつつまんでマティルダに差し出す……

マティルダ「い、いただきます……///」黒っぽく艶やかで濃密な味のする高級チョコレートだが、微笑むパープルにじっと見られているせいで味も分からぬまま口に運んでいる……

パープル「おいしい?」

マティルダ「はい、とっても美味しいです……///」

パープル「そう言ってくれて嬉しいわ、マティルダ……だって貴女のために用意しておいたんですもの♪」ふんわりといい香りが漂う、ミルクと砂糖の入った紅茶をすすりながら、濡れたような瞳でじっと見つめる……

マティルダ「///」

パープル「さ……いらっしゃい♪」紅茶を飲み終えてカップをソーサーに置くと、いつくしむような手つきでマティルダの可愛らしいほっぺたを撫でた……

マティルダ「ひゃ……ひゃい///」

パープル「まぁまぁ、ふふ……そんなに固くならないで? 大丈夫、私が優しくしてあげるから……♪」パープルは水中で柔らかなレタスの葉をむくように、着ている物を優しく丁寧に脱がせていく……

マティルダ「はひっ……ひゃう……っ///」

パープル「もう、そんなに真っ赤になっちゃって……可愛い♪」ふっくらとしてリンゴのように赤いマティルダの両頬に手を添え、瞳の奥を見透かすようにじっと凝視するパープル……

マティルダ「ふあぁ……あぅ///」

…ふかふかしたベッドの上で小さく舌なめずりをして、ねっとりとした甘い色をたたえた瞳で次第に迫ってくるパープルと、太ももを擦り合わせてもじもじしているマティルダ……その様子は蛇ににらまれたカエルや蜘蛛の巣に絡め取られたチョウチョのようで、パープルがのしかかるように迫ってくるにつれて、マティルダの身体が徐々に仰向けになっていく…

パープル「大丈夫、誰にも聞こえないから……ね、キス……しましょう?」みずみすしく艶やかなローズピンク色の唇がゆっくりと迫ってくる……

マティルダ「ミス・パープル……わ……私、もう……んんぅ///」

パープル「ん、ちゅぅ……ちゅむっ、ちゅ……あら♪」優しくキスをしながらそっとマティルダのふとももへ手を伸ばしたパープルが、思わず驚きの声をあげた……

マティルダ「は、はぁ……ごめんなさい、ミス・パープル……まだキスしただけなのに……ぃ///」ぐっしょりと濡れたペチコートを押さえて、恥ずかしそうに顔を伏せている……

パープル「ふふふっ、いいのよ……それはそれで可愛いわ♪」

マティルダ「でも……」

パープル「だーめ、せっかくベッドの上にいるんですもの……「でも」は禁止♪」チャーミングな笑みを浮かべながらそう言うと「えいっ♪」とマティルダをベッドに押し倒した……

マティルダ「ひゃぁ!?」

パープル「ねえ、マティルダ……今度は私にキスしてくださる?」押し倒しつつ体を入れ替え、甘えるように両腕を広げて眼を閉じる……

マティルダ「は、はい……ん、んっ///」ぎくしゃくとした動きでパープルの唇にそっと口づけする……

パープル「ん、ちゅっ……んふっ、ふふふっ♪」

マティルダ「あ、あれ……っ?」

パープル「あぁ、ごめんなさい……貴女の口づけがあまりにも可愛いものだから♪」

マティルダ「うぅ、また上手く出来ませんでした……///」

パープル「いいのよ? マティルダのキスったら初々しくて、とってもきゅんきゅんしたわ♪ ……せっかくだから私に何か聞きたいことはある?」優しいお姉さんのようにマティルダを抱きしめ、頭を撫でる……

マティルダ「はい、あの……」

パープル「なぁに?」
692 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/04/11(木) 01:28:23.76 ID:vpROMSsr0
マティルダ「……私、せっかく「ファーム」に入れたんだから、一流のエージェントを目指したいと思っているんです///」あどけない子供っぽさを感じさせるような笑みを浮かべて、頬を赤く染めた……

パープル「まぁ、立派な心がけね♪」

マティルダ「ありがとうございます……でも、そう思って頑張ってはいるんですけどなかなか結果に結びつかなくって」

パープル「そうなの?」

マティルダ「はい。例えばミス・アンジェのように顔色ひとつ変えずに課題をこなそうと思ってもうっかりミスをしてしまうし……」

パープル「あらあら」

マティルダ「ミス・ドロシーみたいに射撃や格闘でいい成績を出そうとしても、射撃はまともに中心に当たってくれないですし、格闘をすれば攻撃が空を切るかちっとも効果がないかのどっちかで……」

パープル「……続けて?」

マティルダ「ミス・パープルみたいに相手をとろけさせるようなキスやえっちをしようとしても「くすぐったい」って言われるか「なんだか妹がじゃれついてきているみたい」って言われちゃうし……私も教官みたいなすべすべの髪とか、フランス人形みたいな綺麗なブルーの瞳だったら良かったのに……ミス・パープル、どうやったら私は一流エージェントらしくなれるでしょうか?」

パープル「なるほど、ずいぶん悩んでいたのね……でも心配はいらないわ、貴女には良いところがいっぱいあるもの♪」髪を撫で、ほっぺたに優しいキスをする……

マティルダ「そうでしょうか?」

パープル「ええ、貴女のその純真無垢な可愛らしさは何物にも代えがたい立派な特質よ? エージェントにはさまざまな性格、偽装が与えられるものだというのは覚えているでしょう?」

マティルダ「はい」

パープル「冷静で目立たず、さらりと会話を盗み聞きするようなタイプもいれば、私みたいな甘い言葉で相手を誘惑するエージェントや、常に派手な交友関係をひけらかして敵をあざむくエージェントもいる……でも、似たようなタイプのエージェントばっかりでは活動できる範囲も限られてしまうし、なによりすぐ敵方にバレてしまう」

マティルダ「つまり、私でもエージェントとして役に立てるってことでしょうか?」

パープル「もちろん。それどころか、むしろ貴女みたいなタイプは情報部にとってはとっても重宝する存在なの。これからもくじけずに頑張って行けば、きっとひとかどの情報部員になれるわ♪」

マティルダ「……ミス・パープルにそう言われたらやる気が出てきました♪」

パープル「そう、良かったわ……私たちは教官なんだから、分からないことや相談したいことがあったら遠慮せずに聞きに来ていいのよ? その時は、美味しい紅茶とお菓子を用意してあげる♪」そう言いながらずっしりした乳房を下から持ち上げるようにして、マティルダの顔に押しつけた……

マティルダ「ふぁ……い///」

パープル「それじゃあ次の娘が待っているから……ね?」人差し指をマティルダの唇にあてがい、チャーミングな笑みを浮かべてみせた……

マティルダ「はい、ありがとうございました♪」

パープル「ええ……またいつでもいらっしゃいね?」

………

…しばらくして…

パープル「……と言うことがありまして」

ブラック「ああ、あの娘か……真面目なことは確かだが射撃全般や爆発物の取り扱いに関しては絶望的だから、その方面では使い物にはならんな。これだけ過程が進んだ段階でも、まだピストルを持つのにおっかなびっくりと言った具合だ」

ホワイト「ふーむ、彼女は徒手格闘も苦手でね。小柄で腕力がないのもあるが、どうにも優しすぎて相手に対する攻撃性が発揮できないようだね……ブルー、君は?」

ブルー「ナイフもダメだ。カカシ相手の訓練で自分の手を切ってしまうようではな……やる気があるのは結構だが、あのセンスのなさではモノにならないだろう」

スカーレット「追跡と監視も、あのちょこまかした歩き方では見つけてくれと頼んでいるようなものでして。本人はしごく真面目でいい娘なのですが……」

マーガレット「ええ、本当にいい子なのですが……いかんせん、お洒落なドレスもお化粧もあまり似合わないのが残念ですわ」衣服や化粧、身ごなしといった分野を担当するマドモアゼル・マーガレットがフランス流に肩をすくめた……

グレイ「同感ですね。マナーに関しては決して悪くはないのですが、どうにも貴族の令嬢には見えません……よくて「庶民のいい子」どまりです」

ブラック「まったく、候補生不足なのか知らんが、上層部はなんであんな娘を候補生として送り込んできたのやら」

ブルー「あれではファームを出ても、誰も引き受けたがらないような地味な監視任務や連絡役にされるのがせいぜいだろうな……」

ブラウン「……」

ブルー「……何か意見がおありのようですな、ミセス・ブラウン?」

ブラウン「まぁ「意見」というほどの物ではないけれども、ちょっとね……」

ホワイト「ミセス・ブラウン、貴女ほどの元エージェントが抱いた感想だ。是非とも拝聴させていただきましょう」

ブラウン「ミスタ・ホワイト、こんなおばさんをからかっちゃいけませんよ……あのね」

………

693 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/04/24(水) 02:11:24.91 ID:zZwpKeq00
ブラウン「どんなエージェントでもそれぞれ「使いどころ」というのがあるものよ」

スカーレット「使いどころ、ですか」

ブラウン「ええ……確かにマティルダは「良い子」というだけで、いまのところ訓練生としてこれといった取り柄があるわけではないわ」

ブラック「そこなのだ、ミセス・ブラウン……私だって彼女が無事に訓練を終えて、いつかひとかどのエージェントとして活躍してもらいたいという気持ちはある……だが、この世界ではただの「良い子」にはロクな任務が与えられない事くらいご存じのはずだ。それだったらいっそ早めにあきらめさせて、もっと有意義な方面で活動してもらった方が良いのではないか?」

ホワイト「同感だね。私の同期にもひとり、世間で言う「いい人」に該当するような者がいたが、退屈で実りのないひどい任務ばかり与えられて、みんなに「彼はいいやつなんだが……」と言われ続け、いつしか現場から退けられてしまったよ……ミス・マティルダにはああなって欲しくはないね」

ブラウン「そうね……でもあの子のいかにも「小市民」らしいところ、私は活かしようがあると思っているわよ?」

パープル「まぁ、ミセス・ブラウンがそうおっしゃるということはよっぽどなのね♪」

ブラウン「こらこら、わたしを口説いたって何も出ないわよ?」

パープル「あら、残念」

スカーレット「それで、ミセス・ブラウンのおっしゃる「小市民らしいところ」とはなんでしょう?」

ブラウン「ああ、それね……あの子とおしゃべりしているとね、私は不思議となごやかな気持ちになるのよ。暖炉で暖められた部屋にいて、お気に入りの椅子に腰かけ、テーブルには甘いお茶とケーキがある……そんな気分にね」

パープル「言いたい意味は分かります。どうもあの子と一緒にいると、小さい妹を見ているような気分になります……それだけに、ベッドに入ってもみだらな気分にならないのですけれど♪」

ホワイト「邪気や殺気がないというのは確かだね……生まれ持っての小動物らしさというか「良い子」という呼び方がしっくりくる」

ブラウン「そこなのよ。あの子なら見ず知らずの方のお葬式に参列してもきっと涙を流すでしょうし、たった一ペニーだってお釣りをごまかしたりしない」

ブラック「しかし、それこそエージェント候補生として不適当だと証明しているようなものではないか……バカみたいに法律を破ってまわれとはいわないが、目的のためにはどんな手段もいとわないのが情報部員だ。それができないようでは内勤の使い走りがいいところだ」

ブラウン「ミスタ・ブラック、あなたの言う通りね。そして私が言いたいのもまさにそこなのよ」

ブラック「分からんね。射撃はできない、格闘もダメ。尾行も下手なら色仕掛けもできず、暗号解読も遅いときた……どう使い道がある?」

シルバー「……ミセス・ブラウン、どうやら貴女の言いたいことが分かってきたような気がするよ」

ブラウン「ふふ、そうでしょうとも……つまりね、あの子はおおよそ「スパイとはかくあるべし」の正反対みたいな存在なのよ。それだけにあの子がエージェントだと思うような人間はまずいない。人物調査をしたって返ってくる答えは「冗談言っちゃいけません、あんな良い子がスパイなわけないでしょう?」だと確信できるわ」

ホワイト「いいたいことは分かるが、それにしても彼女は良い子すぎるね。経済的にはごく普通ながらも温かな家庭で両親に愛され、世の中の辛酸を味わわずに済むように育てられた……あの子からはそんな雰囲気を感じるよ」

???「慧眼だな、ホワイト」

ホワイト「おや、あなたでしたか……熱心ですね」

L「この先に備えるためにも我々にはエージェント候補生が必要だからな……ありがとう」ミセス・ブラウンからお茶のカップを受け取ると礼を言って、空いている椅子に腰かけた……

ブラウン「それで、先ほどミスタ・ホワイトに言った「慧眼」というのはどういう意味かしら?」

L「候補生マティルダのことだ……ごく一般的な暮らし向きの温かい家庭で良い子に育てられた。まさにその通りだ」

シルバー「彼女のことをご存じなので?」

L「候補生の生い立ちについては全て目を通すことにしている……あの子の両親は数年前に交通事故で亡くなったのだ。誕生日だからと家族そろって出かけたところで自動車に突っ込まれてな……それから養育院に入れられたのだが、あの子は性格がねじ曲がることもなく「良い子」のまま育ったというわけだ」

ホワイト「確かに何事にもめげない芯の強さがありますね」

L「だから「ポインター」が候補者として情報を持ってきたときにサインしたのだ……本人いわく「私を養ってくれた人たちの役に立ちたい」とのことでな。実に立派な動機だ」

ブラウン「ほら、ね?」

ブラック「しかし、努力家だからといって実力の伴わない人間を置いておく余裕など情報部にはないはずだ」

L「いかにも。だが使いどころならこちらで見つける、心配は無用だ……ともかくエージェントとしての基本的な知識と技術を教え込んでやってくれ」

ブラウン「ええ、それは間違いなく……あの子は実に真面目な良い子です。確かに覚えの悪い所はありますけれど、要領よく小手先で済ませてしまう娘たちよりもずっと教え甲斐がありますよ」

ホワイト「そこは同感だね」

ブラック「まぁ、一生懸命で真面目な部分は認めるが……」

パープル「あの子がハニートラップに向かないのはあの子のせいではありませんものね」

マーガレット「ウィ、同感ですわ。あのマドモアゼルにはごく普通なつつましい格好が似合います……世の中にはバラだけではなく、道端のヒナゲシだって必要なのですわ」

シルバー「最近はラテン語のつづりも上手になってきましたからね、ここで訓練から脱落させるのは惜しい♪」

L「結構、意見が一致したようだな……では引き続きよろしく頼む」

………

694 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/05/01(水) 01:11:30.24 ID:Zsm+3rLz0
ドロシー「それでだ……おかしなことにマティルダのやつ、訓練では相変わらずドジばかりだし覚えも悪かったんだが、何だかんだで最初の頃に比べるとずっとできるようになってきてな。むしろ訓練当初にすいすいと課題をこなしていた何人かは付いていけなくなって、結局途中でいなくなっちまったなぁ……」

ベアトリス「へぇ、そういうものなんですね?」

ドロシー「不思議なことにな」そういって肩をすくめた……

………

ホワイト「なかなかいいぞ、ではもう一本やってみようか。ミス・マロウ、相手をしてあげてくれるかな?」

長身の訓練生「ええ、ミスタ・ホワイト……よろしくね、マティルダ」

マティルダ「はい!」

…お互いに「それまでの経歴や個人の事は聞かない」という暗黙の了解があるとは言え、訓練が進むにつれて「ファーム」の訓練生同士の仲もそれなりに打ち解けてきていた……もちろん意地悪だったりイヤミな訓練生も何人か残っていたが、成績トップクラスのドロシーとアンジェがいる手前わがまま勝手に振る舞うこともできず、そうした連中は少数の取り巻きだけを連れて自然と孤立するような形になっていた……反対にマティルダは生来の「前向きながんばり屋さん」ぶりからある種のマスコットか、訓練生共通の妹のような位置に落ち着いて可愛がられていた…

ホワイト「では、任意のタイミングで」

長身「分かりました……はあっ!」

マティルダ「ひゃあ……っ!?」長身から繰り出されるみぞおちへの蹴りをクロスさせた腕でどうにか受けとめたが、勢いに押されて後ろによろめいた……

長身「ふっ!」その隙を逃さず次の一撃を叩き込む……

マティルダ「……っ!」

長身「しまった……!?」

…どんくさいマティルダが相手だからと気を抜いていた長身の訓練生は、半分転ぶようにして攻撃を回避した彼女のために大きくバランスを崩し、思わず一歩前にのめった…

マティルダ「えいっ!」

長身「……っ!」

…脚が長く腰高な訓練生が体勢を崩したところに、むしゃぶりつくようにして飛びかかるマティルダ……普通だったら軽くあしらわれてしまうようなつたない攻撃だったが、足元が乱れている所に来られてはどうしようもない……慌てて受け身を取ろうとしたが、そのまま床にもつれて倒れ込んだ…

ホワイト「そこまで。まだ改善の余地はあるが、最初の一撃をかわせたのは成長だ」

マティルダ「あい゛がとうごじあまず……♪」ひっくり返った時にぶつけたのか、鼻血を止めようと鼻を押さえつつも笑顔を浮かべた……

ホワイト「いいや、君自身の成長なんだから私に礼はいらないよ……ところでミス・マロウ、格下だと思った相手に油断するのは君の悪い癖だな。反省も兼ねて、訓練生十人を相手に勝ち抜きできるまで練習だ」そう言うと訓練生たちの中から手際よく十人を選び出す……

長身「はい……っ!」

ホワイト「さて、ミス・マティルダ。鼻血を出している所に申し訳ないが、もしかしたらコショウまみれの倉庫だとか、鼻を押さえながら格闘するような事態が生じるかもしれない……そのままもう一本やってみようか」

マティルダ「あ゛いっ」

ドロシー「へぇ……マティルダのやつ、なかなかできるようになったじゃないか」

おさげの訓練生「どんくさい所は相変わらずだけどね♪」

ドロシー「ま、お前さんだって人の事は言えないぜ……っと!」よそ見をしていたおさげのことを投げ飛ばし、一気にフォールした……

おさげ「……まいった!」

ドロシー「はんっ、この業界に「まいった」があるかよ」そう言うと補助教官のストップがかかるまで締め上げた……

………

ベアトリス「……それで、そのマティルダっていう訓練生はどうなったんですか?」

ドロシー「さぁな。私もアンジェもファームの「卒業」が早かったから知らないんだ……ま、やっこさんの成績じゃあ大した任務に付けてもらえたとは思えないが、それでも本人はそれなりに満足していると思うね」

…そのころ・ロンドン市内…

小柄な少女「……えーと「アルビオン・ロイヤル・タイムズ」をください」

中年の新聞売り「はいよ、お嬢ちゃん……いつものお使いかい?」

少女「そうなの、お父さんが新聞を読むのが好きだから……おじさんは?」

新聞売り「はは、おじさんは売る方なら得意だけど読む方はサッパリさ……今度読み方を教えておくれよ♪」

少女「うん、時間があったら教えてあげる♪」

新聞売り「楽しみにしてるよ……そういえばお嬢ちゃん、名前は?」新聞を抱えて立ち去ろうとする、ちょこまかした少女の後ろ姿に声をかけた……

少女「……マティルダ。マティルダっていうの」

新聞売り「マティルダか、良い名前だ」

マティルダ「ええ。私もお気に入りなの……それじゃあまたね♪」
695 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/05/25(土) 01:10:56.32 ID:J9lrQpcw0
…週末の夜…

アンジェ「……おおよその情報が集まったわね、そろそろ誰を「推薦」するか決めましょう」

ドロシー「そうだな。プリンセスとベアトリスが目星を付けたやつの中から、私とお前さんでそれぞれ選んで評価を突き合わせてみるとしよう」

…寮の生徒たちが就寝前の自由時間を勉学やおしゃべりに過ごしている間、アンジェとドロシーは部室にやって来て話し合っている……スカウト候補の生徒にはそれぞれ動物の名前をあてがい、特徴をそれらしい文言に置き換えることで「博物クラブ」の標本コレクションに添える解説文に見せかけてある…

アンジェ「ええ……それじゃあ一人目はこの生徒」

ドロシー「そいつか、私も「あり」だとは思ったんだが……」

アンジェ「気に入らない?」

ドロシー「ああ、本人の行動範囲がベアトリスに似通っているんだ。そいつが疑われてベアトリス……ひいては「白鳩」にまで飛び火するのはマズい」

アンジェ「なるほど、それじゃあ貴女の方は?」

ドロシー「それなんだが、こいつはどうだ?」

アンジェ「悪くはないわね。実家が金銭的に少々行き詰まっており、仕送りが満足ではない……」

ドロシー「学費以外は家にねだる訳にもいかず、そのくせ体面があるからつましく過ごすこともできない……上々じゃないか?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「いんちきポーカーか何かでカモってやればにっちもさっちも行かなくなって、スカウトが来たら二つ返事で応じるようになるはずさ」

アンジェ「そうね……こっちの二人目はこれよ」

ドロシー「ふむふむ、貴族ではあるが親の爵位に不満を持つ男爵令嬢……か」

アンジェ「理想やきれいごとよりも嫉妬や欲望の方が原動力としての力をもつ。その点で言えばいい素材だと思うわ」

ドロシー「同感だね。ま、おおかた舞踏会か何かで恥をかかされたかなにかしたんだろう……貴族令嬢のくせに貴族社会を裏切ろうって言うんだから、嫉妬ってのは分からないもんだな」

アンジェ「そうね。次はこれ」

ドロシー「例の「プリンセス同好会」のひとりか」

アンジェ「ええ。とにかくプリンセスの事が大好きで、プリンセスに言われたら手を汚すこともいとわない」

ドロシー「そこまでのことを頼むわけじゃないし、後ろめたさもなく活動してくれるはずだな……おしゃべりだったりはしないよな?」

アンジェ「貴女の言う「墓石のように」とまでは言わないけれど、どちらかと言えば口の固い部類に入るわ」

ドロシー「分かった。お次はこれだ……♪」

アンジェ「なるほど、学内での不純な同性との交遊など不品行あり……現状ではそこまで度を過ぎてはいないが、誘惑されやすい」

ドロシー「それに「退学になっても構わない」と腹をくくるようなやつなら脅しも効かないが、幸いにしてそこまで度胸はすわっていないらしい」

アンジェ「そうでしょうね、家族としてみたらとんだスキャンダルになりかねない」

ドロシー「そういうこと。自慢の娘が「寄宿学校でよその貴族令嬢やなんかと乳繰りあっていた」なんて話が漏れた日には破滅だからな」

アンジェ「そうしたとき、親がもみ消そうとすればなおの事こちらの脅しが効くようになる」

ドロシー「ああ、何しろもみ消そうとしたってことは「知らなかった」って言い訳が通じないわけだからな」

アンジェ「その通りね……候補は以上かしら?」

ドロシー「そうだ。マッコール嬢……例のアイリッシュ系のやつだが、そもそも共和国寄りに見えるようなやつだから一緒にいるとあらぬ疑いを招く」

アンジェ「……それに、彼女は臭い気がする」

ドロシー「やっぱりお前さんもそう思うか……私もやっこさんの事は気に入らないんだ。事あるごとに王国のお嬢様たちと喧嘩してみたり、金欠ぶりを見せびらかしてみたり、アイルランドの血筋をひけらかしたりしてな……あいつはどうも共和国に親近感を感じている生徒を探り出すために王国が送り込んだんじゃないかって気がするんだよな」

アンジェ「同感ね。私たちからすれば露骨な餌だけれど、罠をしらない「共和国かぶれ」のお嬢様方なら簡単に引っかかる」

ドロシー「ああ……それじゃあ報告する「スカウト候補」はこれでいいな?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「これでちっとは楽ができるようになるといいな?」

アンジェ「この任務が続く以上、その期待は望み薄ね」

ドロシー「相変わらず冷たいやつ……♪」

アンジェ「黒蜥蜴星人だもの……それに冷たいのではなくて「現実的」と言って欲しいわね」

ドロシー「はいはい♪」
696 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/06/04(火) 01:11:59.76 ID:c3x55s1d0
〜Case・プリンセス×アンジェ×ドロシー「The cocktail of death(死のカクテル)」〜

…ロンドン市内・とあるパブ…

L「ご苦労、待っていたぞ」

ドロシー「どうも……じきじきにお目見えとは光栄だな」

L「なにしろ懸案の課題が片付いた訳だからな……どうだ?」レミーマルタンのボトルを指し示す……

ドロシー「ああ、もらおうか」

L「水か氷は?」

ドロシー「いいや、ストレートで」

L「うむ」グラスにとろりとした琥珀色の液体が注がれる……

ドロシー「どうも」

L「……なかなか大変な任務だったようだな。ずいぶん疲れているように見える」

ドロシー「まぁ、色々とな……」

L「そうか。とにかく報告を聞こうか」

ドロシー「ああ」

…数週間前…

ドロシー「……暗殺?」

L「うむ。この六ヶ月間に四人消された。我が方のエージェントが二人、協力者が一人……それに共和国との融和を唱えていた王国側の有力者が一人。いずれも公的には「急な発作」ということになっている」

ドロシー「そう何人も相次いで発作を起こすってのはおかしいよな」

L「その通り。こちらとしては王国側による暗殺だと考えている」

ドロシー「まぁそうだろうな……石ころを投げれば王国情報部の工作員に当たるようなご時世だ、おかしくもない」

L「うむ、こちらとしても実行を指示したのがどこかという事については悩んでなどいない……ただ」

ドロシー「ただ、なんだ?」

L「……暗殺の手段が分からんのだ」

ドロシー「へぇ?」

L「エージェントのうちの一人は共和国・王国間で取引を行っている貿易商という触れ込みで王国入りしていたのでな、大使館を通じて遺体はこちらに引き渡されたのだが……検死を行ってみても、これと言った外傷や内傷は見当たらない」

ドロシー「鉛玉を心臓に詰まらせた「発作」じゃないってわけか」

L「いかにも。死因は物理的なものではなく何らかの毒かショックだと思われるが、本人たちも十分注意を払っていたうえ、直前に一人きりになるような事もなかった」

ドロシー「つまり、オーダーメイドの毒を盛られるような機会がなかった」

L「さよう」

ドロシー「ホテルのルームサービスを頼んだり、誰かにもらったキャンディーをうっかりつまんだり……なんていうのもなし?」

L「なしだ」

ドロシー「……じゃあ誰が下手人かも分からない?」

L「うむ。それだけに状況は厳しい……誰が王国の工作員か分からず、かつどうやって暗殺を行っているのかも不明ときてはな」

ドロシー「それで私たちにお鉢が回ってきたというわけか」

L「そうだ。君たちの「植え込み」に関してはこちらも慎重を期してきた……昨日今日で慌てて送り込んだ粗製濫造のエージェントとは訳がちがう。その切り札を使わざるを得ないほどの事態だと思えば、こちらがどういう状態にあるか分かってくれるだろう」

ドロシー「スペードのエースを切らなきゃならないほど切羽詰まっているってことか……今度の任務もずいぶんキツそうだ」

L「君たちに過度の負担を強いていることは私も理解している。とはいえ六ヶ月に四人だ、このままでは王国での活動そのものに支障が生じかねん」

ドロシー「分かった分かった……それじゃあまた追加の「お小遣い」をねだらせてもらっても良いよな?」

L「額にもよるが、無事に解決してくれれば君らの活動予算に色を付けることもやぶさかではない」

ドロシー「よし、決まりだ。 それじゃあさっそく、小遣いついでにもう一杯もらおうかな♪」そう言ってグラスを軽く揺さぶってみせる……

L「いいだろう、そのくらいの価値はある」

………

697 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/06/13(木) 01:28:46.50 ID:6K0VhKh+0
アンジェ「……暗殺、ね」

ドロシー「ああ、おまけに手段も下手人も分からないときた」

アンジェ「だとしたら、暗殺された人物から地道に共通項を探していくしか方法はないわね」

ドロシー「そうだな」

アンジェ「まずはそれぞれのカバー(偽装)ね。どんな人物として壁のこちら側に潜り込んでいたのか」

ドロシー「消されたのは年若い植民地帰りのインド成金、それから裕福な商人とその取引相手という触れ込みで接触していた二人組、最後の一人はエージェントじゃなくて王国政界の有力者だ……いずれもそれなりに大物との付き合いがあって、金にも不自由はしていなかった」

アンジェ「それじゃあそれぞれ「成金」「貿易商」「取引相手」「名士」とでも呼ぶことにしましょうか……いずれにせよ、それだけでは何とも言えないわね」

ドロシー「とはいえ共通項はその程度なんだよな……」

…そういって肩をすくめるとスコーンにジャムとクローテッドクリームを塗り、それから口に運んだ……そばに置いてあるティーセットはケイバーライト革命風で、カップは歯車をあしらった絵柄が金色の絵付けで施され、ケイバーライトを模した青緑色の縁取りが施されている……ドロシーは時々思い出したように銀のティースプーンでカップの中をかき回しながら、暗殺されたエージェントたちの特徴を並べていく…

ドロシー「まず「成金」だが、インドにいた時分はサイだの象だのといった大物撃ちのハンティングが好きで、こっちに帰ってきてからは金にあかせて贅沢なパーティなんかを楽しんでいた。「貿易商」の方はパーティや食事、観劇は好きだが運動の苦手なタイプで「取引相手」は観劇こそ共通項だが暮らし向きはまるで違って、テニスに乗馬、クリケットの好きなスポーツマンタイプだ。通っていた社交クラブも違う」

アンジェ「なら、王国穏健派の「名士」というのは?」

ドロシー「人物名鑑や新聞記事で漁ってみたが、これもまたタイプが違う……趣味はキツネ狩りと犬の育種で、持っている猟犬や血統書付きの犬はケネル・クラブでも高い評価を得ているって言う大の犬好きだが、テニスもクリケットも好きじゃなかった。観劇も劇場から券をもらっていた手前義理で来ていたが、本人よりもっぱら夫人の方が楽しみにしていたらしい」

アンジェ「見事にバラバラね」小さく首を傾げてみせた……

ドロシー「ああ、まさに「あちらが立てばこちらが立たず」さ……」

アンジェ「どこかで一緒になるような機会はあったのかしら」

ドロシー「それも調べてみたが結果はなし……こっちのエージェントはみんな、王国防諜部が目を光らせているはずの王国穏健派の有力者には近づかないよう指示されているからな」

アンジェ「それもそうね」

ドロシー「とりあえず以上がこっちで調べてみて分かったことだ……そっちは?」

アンジェ「私の方は死因とタイミング……社交界のニュースを微に入り細を穿って書き連ねてくれるゴシップ記事には感謝しないといけないわね……亡くなったのはいずれも食事のあと」

ドロシー「……初めて共通点が出てきたな」

アンジェ「ええ。貿易商は夕食を済ませたあとにホテルのベッドで苦しみだして、医者を呼んだときにはもう手の施しようがなかった」

ドロシー「取引相手は?」カップをかき回す手を止めてティースプーンをソーサーに置くと、手を組んで少し身を乗り出した……

アンジェ「途中で軽食を挟んだクリケットの試合中に身もだえを始め、お抱え運転手がストランド街のかかりつけ医へ飛ばしていったけれど間に合わず」

ドロシー「ふーむ……それじゃあ穏健派の名士ってのは?」

アンジェ「ケネル・クラブで犬の品評会のあと開催された昼食会で突然のたうち回り始めて意識不明、居合わせたキツネ狩り仲間の医師が処置するも助からず」

ドロシー「……やっぱり毒物じゃないのか」

アンジェ「だとしても「誰が」「どうやって」という疑問が残る……もし飲食物に毒を盛るとしても、不特定多数の人間がいるところでその人物にだけ毒を仕込むのは難しいわ」

ドロシー「そうでもないさ。給仕やメイドのフリをしたエージェントがそいつの皿にだけ混ぜればいい」

アンジェ「残念ながら、名士の場合は自分で好きなように料理を取るビュッフェ・スタイルの昼食会だった……どの食器を使うか、どの料理を取るかまでは分からない。まさか会場の全員に毒を盛るわけにもいかない」

ドロシー「くそっ、それじゃあ振り出しだな」

アンジェ「ええ。とはいえどこで誰が盛ったか分からないままでは困る」

ドロシー「仕方ない、それじゃあまずはパーティの料理を担当した連中をあたってみるか」

アンジェ「私は参加者名簿を洗ってみる。まさか引っかかるとは思えないけれど」

ドロシー「気を付けろよ? 探りに来たことがバレたらこっちだって毒を盛られるだろうからな」

アンジェ「そのくらい予見はしているわ……ところで、コントロールはなにか言っていた?」

ドロシー「いいや。現状ではどんな毒物を……毒物だとしての話だが……使ったのか分からない以上、予防薬も解毒薬も作りようがないとさ」

アンジェ「頼もしいことね」

ドロシー「ま、いつものことだな」

アンジェ「それじゃあお互いに気を付けるとしましょう」

ドロシー「そうだな……耳よりな情報が入ったら教えてくれ」

アンジェ「そうするわ」
698 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/06/21(金) 02:03:12.62 ID:5+XpPk3K0
…下町の食堂…

労働者の女性「定食を一つとビールを半パイント」

食堂の給仕「はいよ!」

女性「ふぅ……」

…ロンドンの水蒸気と煤煙に夕陽も薄汚れて見える日暮れ時、勤めを終えた労働者たちが一斉に入ってきて騒がしい下町の安食堂……くすんだダークチェリー色のドレスとチョッキ、頭には薄汚れて灰色がかった白のハーフボンネットという「いかにも」な労働者の女性が座り、ぞんざいな態度で置かれた食事に手をつける…

女性「……」

…安食堂のメニューは日替わりの一つきりで、この日の献立は肉よりも軟骨の方が多いようなごわごわのポーク・ソーセージと表面のこげた肉パイ、それに匂いの強いチェダー・チーズが添えてある…

ドロシー「……隣、いいかい?」

女性「別にあたしの店じゃないんだし、好きにすれば良いわ」

ドロシー「どうも……今日の定食とエールをパイントでくれ。それとプディングはあるか?」

給仕「ああ」

ドロシー「それじゃあそいつもだ♪」

女性「……なかなか景気がいいみたいね」

ドロシー「なぁに、ちょっとした臨時収入があってね……良かったらおごるぜ?」シリング硬貨をテーブルの上に置いた……

女性「そう、そんなら……ビール、もう半パイントちょうだい! ……で、その「臨時収入」って?」

ドロシー「それなんだが、この間ケネル・クラブで急死騒ぎがあったろ?」

女性「ああ、お金持ちの病気だとかなんとか言うやつでしょ……ぜいたくな物ばっかり飲んだり食べたりしてるから胃でもおかしくしたのね」

ドロシー「かもな。で、その時の事を聞きたがっているブンヤ(記者)がいて、いろいろ話したら半クラウンもくれたのさ」

女性「へぇ……?」

ドロシー「いや、実を言うとあたしは関係も何もなかったんだが、適当な事を吹き込んでやったら大喜びでさ……」

女性「ツキがあるのね……あたしなんてその会場にいたって言うのに、聞いてくれる人なんて居やしなかったわ」

ドロシー「現場に?そりゃ本当かい? 何でもえらい騒ぎだったそうだけど……」あらかじめ当日雇われていたことを調べておいた上で接触した女性に対し、さも驚いたような……そして聞きたそうな様子をして見せるドロシー……

女性「ええ。あたしは臨時雇いで厨房の皿洗いをしてたんだけど、騒がしいから何が起こったのかスーに聞いたら……スーってのは料理を運んでた女の子だけどね……酒を飲んでいたお客のひとりが急に泡を吹いて倒れたとかって……」

ドロシー「大変だったろうな」

女性「そりゃあもう……何人かは初めての参加者だったらしいけど、ほとんど知り合いみたいな物だったそうだし……てんやわんやよ」

ドロシー「まさかそんな騒ぎを生で見るとはねぇ……せっかくだからもっと聞かせてくれよ♪」

女性「まぁいいけど、そんなに詳しく見聞きしたわけじゃないんだよ?」

ドロシー「まぁまぁ、どうせ部屋に帰ったってボロいベッドで寝るだけなんだ。時間つぶしにはちょうどいいや……しゃべっていると喉も乾くだろ、もう一杯頼んだらどうだ?」

女性「そう? それなら……」

………

…別の日・部室にて…

ドロシー「……ジギタリスにイヌサフラン(コルチカム)、はたまたトリカブト……リコリス(ヒガンバナ)なんていう極東からの新顔もいるな」

プリンセス「綺麗な花なのにみんな毒があるのね」

…プリンセスが王宮の図書室から持ってきた植物図鑑をめくって、症状の特徴が似ているものを探す…

ドロシー「美しいバラには棘があるってことだな……どうだいプリンセス、誰か黙らせて欲しいやつはいるかい?」

プリンセス「いいえ、大丈夫です」

ドロシー「そうかい、そりゃなによりだ」

プリンセス「ええ……それにもし誰かを黙らせるつもりなら手を汚さずに済ませたりしないで、ちゃんと自分で手を下すつもりですから♪」

ドロシー「……そりゃどうも」

プリンセス「実は今もドロシーさんのお紅茶に……」

ドロシー「ごほっ……勘弁してくれ。プリンセス、最近冗談のキツさがアンジェに似てきたんじゃないか?」

プリンセス「まぁ、アンジェと似ているだなんて……ふふっ♪」
699 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/06/28(金) 00:46:32.00 ID:mGr6PveU0
…同じ頃・会員制社交クラブ…

うら若い女性「あらぁ、久しぶりねぇ♪ずいぶんとご無沙汰だったじゃない?」

アンジェ「ええ、ここしばらく機会がなくて……」

女性「そう、だったらその分を取り返さないとね?」

…そう言うとニコッとえくぼを浮かべてアンジェの手を取る女性……すべすべした白絹の長手袋越しに肌の暖かさが伝わって来ると同時に恋人つなぎで指を絡められ、同時に空いている方の手に手際よくシャンパンのグラスを握らせてくる…

アンジェ「え、ええ……///」ここでは純朴な令嬢を演じているアンジェは恥ずかしげに下を向き、ぎゅっと握りしめてくる手を弱々しく握り返す……

女性「ふふふ……ミス・クィンったら可愛いわね♪」

アンジェ「は、恥ずかしいですから言わないで下さい……///」

女性「そうね、このままでは失神してしまいそうだものね……奥の個室へ行きましょう♪」社交ダンスのステップを踏むような軽やかな足取りで、分厚いカーテンが引かれた奥のエリアへとアンジェをいざなう……

…数十分後…

女性「さ、もう一ついかが?」

アンジェ「いえ、その……///」

女性「どうか遠慮なさらないで?わたくしが貴女に食べさせてあげたいの……はい、あーん♪」ブドウをひとつぶ房からもぐと、指ごとくわえなければ食べられないような手つきでつまんで差し出す……

アンジェ「あーん……///」

女性「ふふふ、可愛いわ……わたくしの妹にしたいくらい♪」

アンジェ「お、お気持ちは嬉しいですけれど……///」

女性「おうちの方が許して下さらないのよね?」

アンジェ「はい……」

女性「世の中、なかなかままならないものね……良かったらもう一杯いかが?」飲み口はいいが意外と度数の強いシャンパンをいくども勧めてくる……

アンジェ「いえ、それがかなり酔ってしまって……」

女性「あらあら、わたくしったらいつもこうね。貴女が可愛いものだから、つい……酔いが治まるまで少し休みましょうか♪」

…女性は豪奢な寝椅子の方へとアンジェを引き寄せると「苦しくないように」と胸元のリボンをゆるめる……が、長手袋を外したしなやかな白い手は徐々に本性を現し、次第にアンジェの細い身体をまさぐり始める……

アンジェ「あ、あ……いけません……っ///」

女性「どうして? わたくしと貴女の間でいけないことなんてあるかしら?」笑みを浮かべてうそぶくと、シャンパンで濡れた唇をアンジェの鎖骨に這わす……寝椅子の上で組み敷かれたアンジェはドレスの裾をたくし上げられ、胸を波打たせている……

………

…数時間後…

女性「はぁ、はぁ……とっても素晴らしかったわ♪」

アンジェ「はぁ……はぁ……はぁ……」ドレスも乱れ肩で息をしているアンジェと、手の甲で額に滴る汗を拭い、爛々とした瞳に肉食獣のような欲望をたたえている女性……

女性「ふぅ……もしわたくしが死ぬようなことがあったら、こんな風に美少女と一緒に果てて逝きたいわ♪」

アンジェ「私、冗談でもそんなことを言ってほしくありません……」

女性「まぁ、嬉しい事を言ってくれるのね♪ でも分からないわよ?この間のクリケットの会みたいに、急に心臓の具合をおかしくする人だっているんだもの」

アンジェ「私も新聞で見ましたけれど、怖いですね……会に参加していた皆さんも知り合いだったそうですし、目の前でお友達が発作を起こすだなんて、考えただけでも……」そういうと母親の後ろに隠れる幼児のように、ぎゅっと女性にしがみついた……

女性「ふふ、大丈夫よ……でも、前回あの会はお友達だけだった訳ではないみたいよ?」

アンジェ「そうなんですか?」

女性「ええ。参加していたうちの一人と少し話す機会があったのだけれど、なんでもあの時は新規加入を希望する人たちへの説明会みたいなものだったから、いつもの仲間以外に十人あまりの新顔が来ていたって」

アンジェ「それじゃあ、いきなりそんなことがあって驚いたでしょうね」

女性「それもだけれど、後でスペシャル・ブランチ(ロンドン警視庁公安部)や内務省の取り調べが大変だったようね……もっとも、急な発作と言うことでカタがついたみたいだけれど」

アンジェ「お詳しいんですね」

女性「ええ、知り合いの令嬢がちょっとね……なぁに、妬いているの?」

アンジェ「べ、別に……///」

女性「まぁまぁ、可愛い嫉妬だこと♪ でも大丈夫、貴女はわたくしの「特別」よ……♪」そう言ってもう一度寝椅子に押し倒した……

アンジェ「あ……っ///」
700 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/07/03(水) 01:35:36.70 ID:LUTOnYd50
………



ドロシー「ほーん……それじゃあ会場には一見さんもいたってわけか」

アンジェ「そのようね」

ドロシー「なるほど。あとはそいつらのリストがあれば完璧なんだがな」

アンジェ「リストはないけれど写真ならあるわ」

ドロシー「そう来るだろうと思ったよ……どうやって手に入れた?」

アンジェ「当日の新聞に掲載されるはずだったものの、この「急死騒ぎ」でボツになった記念写真を拝借してきたの。あとは人物名鑑や紳士録と見比べて当てはまらない人間を除外していけば良いだけ」

ドロシー「で、誰か残ったか?」

アンジェ「ええ、何人か知らない人物がいたわ……もっとも、下手人が写真撮影の時に現われていない可能性もあるけれど」

ドロシー「ま、そうなったらそうなったでその時に考えていけばいいさ……どれどれ」アンジェが持ってきたセピア色の写真をしげしげと眺めた……

…ケネル・クラブ主催の品評会の後で催された昼食会の集合写真には身なりの良いシルクハットの紳士たちと、しゃれたデザインのドレスに身を包んだ貴婦人たちが日傘や飾り付きの婦人帽の下から微笑んでいる…

アンジェ「残念ながら知らなかったり覚えていない人間も何人かいたけれど……ドロシー、貴女は分かる?」

ドロシー「どうかな。例えばどいつだ?」

アンジェ「こっちから見て右から三人目、隣の婦人の日傘で顔がちょっと陰になっている男」

ドロシー「あー、こいつか。なんだっけな……ウェルズリーじゃなくって……」

アンジェ「ウェザビー?」

ドロシー「そうそう、そいつだ。準男爵のパーシー・ウェザビー」

アンジェ「なるほど。それじゃあウェザビーから二人離れた所にいる、淡色のチョッキとシルクハット、手にステッキの口ひげの男」

ドロシー「んん? こいつは知らないな……」

プリンセス「……あら、アンジェにドロシーさん。お二人で写真を眺めてどうなさったの?」

アンジェ「プリンセス」

ドロシー「これはちょうどいいところに……少し教えて欲しい事があるんだが」

プリンセス「わたくしに? なにかしら」

ドロシー「いや、ちょいとこの写真を眺めて写っている人物の名前を教えてもらいたくってね♪」

プリンセス「ええ、構いませんよ」そう言うとドロシーが差し出す写真をしげしげと眺めたプリンセス……

アンジェ「この男、誰かしら?」

プリンセス「この人ならケルシャム男爵のご子息、モーガン・ケルシャム男爵令息ね」

ドロシー「さすが♪」

アンジェ「それじゃあこの、のっぽで面長の男は?」

プリンセス「えーと、確かどこかの省庁を訪問したときに見たような顔なのだけれど……そうそう、農務省の農政課長だったはず」

アンジェ「それなら確か……スタントンとか言ったかしら」

プリンセス「そうそう、ミスタ・スタントンって言ってたわ♪ 甲高い鼻声だったから印象に残っていたの」

ドロシー「やるねぇ……それじゃあこいつは誰だ?」記念写真の列に交じっている婦人たちの中で、押し出しの強そうなご婦人の二人の間に交じって、傾けた婦人帽でほとんど顔の隠れている一人を指さした……

アンジェ「私も気になっていたの、ドロシーも見覚えがないのね?」

ドロシー「ああ、こんなレディは知らないな……身体を見るにそこそこ若そうだが、肝心の顔が影になっていやがる。プリンセスはどうだ?」

プリンセス「いいえ、わたくしもこの方に見覚えは……」

ドロシー「それじゃあ他の写真も当たってみるか」他にもアンジェが集めてきた「取引相手」が暗殺されたクリケット親善試合の写真や、ケネル・クラブでの和気あいあいとしたパーティの一コマを撮った写真を次々と確かめていく……

プリンセス「ここにも一枚あったわ……でも写っているのは背中だけね」

ドロシー「こっちは花瓶が邪魔してやがる……こうまで顔が写っていないところを見ると、偶然じゃなく写真に写らないようにしていたと見るべきだな」

アンジェ「どうやらこの女が下手人と考えても良さそうね」

プリンセス「でも、年頃の女性と言うだけでは対象になる人間が多すぎるわね……」

ドロシー「どうにかあぶり出す方法を考えなくちゃな」
701 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/07/11(木) 01:19:22.81 ID:FtE+bVvO0
………

…とある洗濯屋…

洗濯屋のおばさん「いらっしゃい」

7「すみません、こちらをお願いしたいのだけれど……ワインをこぼして二か所もシミを作ってしまったの、どうにか綺麗にならないかしら?」

おばさん「ワインのシミねぇ……赤ですか、白ですか」首元や目尻にできたシワも目立つ腰の曲がった洗濯屋のおばさんが、チェーンで吊るしている小さなレンズの眼鏡をかけ直した……

7「それが、ロゼワインなんです」

おばさん「……そういうことでしたらシミ抜きをしなくちゃなりませんねぇ、どうぞこちらへ」

…洗濯屋・作業場…

ドロシー「忙しいところ呼び立てて悪かったな……お茶の時間を邪魔したくはなかったんだがね」洗濯女らしく洗濯桶の水でふやけた手でブラウスやエプロン、ペチコートなどを洗いながら話し始める……

7「お茶が冷めるまでに終わらせてもらえると助かるわ。それで、進捗状況は?」

ドロシー「そのことだが、暗殺に関わっているかもしれない人間の写真を手に入れた……と言えなくもない状態にある」

7「奥歯にものが挟まったような言い方ね?」

ドロシー「事実そうなのさ……」焼き増しした写真を渡すと、大まかな経緯を説明する……

7「……なるほど」

ドロシー「公務やなにかであれだけ人の顔を見ているプリンセスですら見覚えがないって言うんだ、ということは今まで表舞台に出たことのないやつか、さもなきゃ王国防諜部か何かの秘蔵っ子だぜ」

7「可能性はありそうね……それで?」

ドロシー「とにかくこいつが誰なのかあたってほしい……無論ばっちり身元が割れれば言うことなしだが、どこで見かけたとか、どんな場所にいたとか、そういうちょっとしたヒントだけでもいい。もしかしたら味方のエージェントの中には知っている奴がいるかもしれない……あるいはこっちに転向した元王国のエージェントだとか、スティンカー(裏切り者)どもにあたらせるのもアリだろう……ま、細かいところは任せるよ」

7「いつまでに結果を知りたい?」

ドロシー「そりゃ早い方が良いに決まってるが、あんまり目立つ動きをすると感づかれるだろうしな……適当な期間で頼む」

7「分かったわ」

ドロシー「それじゃあ頼んだ……私はあと一時間ここで洗濯物を洗わなくちゃならないんでね」

7「それじゃあこのシミを付けたブラウスも綺麗にしておいてちょうだいね」

ドロシー「あいよ」

………

…数日後…

共和国エージェント「お久しぶりですね」

共和国管理官「ああ、半年ぶりか? ……どうだ、ひさびさに旧交を暖めようじゃないか」シングルモルトのウィスキーをグラスに注いだ……

エージェント「僕の好きな銘柄です、覚えていてくれたんですね」

管理官「当然だ。君はストレートで良かったな?」

エージェント「ええ、乾杯♪」軽くグラスを持ち上げると、琥珀色の液体をゆっくりと味わった……

…しばらくして…

管理官「……こうして君と話すのも久しぶりだが、ロンドンの暮らしが合っているようでなによりだ……ところで」ひと束の写真を取りだした……

エージェント「何です? 判じ物かなにかですか?」

管理官「まぁそんなところだ……実はつい先頃、王国のエージェントが「壁越え」をしてな。手土産に王国側エージェントとおぼしき写真の束を持ってきてくれたんだが、こっちが把握していないやつが何人かいてな……見た上で知っている顔があったらどんなカバーを使っているのか教えてくれ」

エージェント「分かりました、どれどれ……」一枚ずつ写真を眺めていく……

エージェント「ああ、こいつは知っています。たしか財務省にいる男です」

管理官「さすがだな……続けてくれ」

エージェント「こいつは知らない……こいつは陸軍省の次官補に付いている秘書だったはずです……それからこの女は……」

管理官「見覚えが?」もちろん「亡命者の手土産」などと言うのは真っ赤な嘘で、有名無名の王国エージェントや協力者の写真に「帽子の女」の写真を混ぜ、あわよくば身元を特定させようという管理官……

エージェント「いいや、見たこともないですね……それにどのみち婦人帽をかぶっていたんじゃ、顔がほとんど隠れていて判別しようがありませんよ」

管理官「そうか、次はどうだ?」

………

702 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/07/14(日) 00:59:20.81 ID:BmVIdV7/0
…数日後…

ドロシー「……で、どうだった?」

7「残念ながらかんばしくないわね」

ドロシー「おやおや、昼飯をすっぽかしてまで駆けつけて来たっていうのにがっかりだな」肩をすくめるときゅうりのサンドウィッチにかぶりついた……

7「期待に添えなくて悪かったわ。こちらとしても出来うる限りの情報網を使って調べてみたけれど、「帽子の女」に関するこれといった手がかりはなし」

ドロシー「それじゃあ毒については?」

7「そちらについては少し進展があったわ」

ドロシー「よし、そうこなくっちゃな♪」サンドウィッチに塗ってあったカラシがきつかったのか顔をしかめ、それからハムのサンドウィッチに手を伸ばす……

7「共和国に戻ってきた遺体をこちらで詳しく解剖をしたところ、珍しい有毒成分が検出された……普通の検査では調べることすらしないような特殊なものよ」

ドロシー「むぐ、もぐ……それで?」

7「その成分は大変に強い毒素を持ちながら無味無臭、かつ水溶性であることから飲食物に混ぜれば大きな効果が期待できる」

ドロシー「そりゃあ大変だ」

7「そうね……ただしこの成分には重大な欠点が一つある」

ドロシー「重大な欠点?」

7「ええ。この毒素は空気にさらされているとすぐ無毒化してしまうの……実を言うと以前こちらでも研究が行われていたのだけれど、あまりにも使用可能な時間が短すぎて「物の役に立たない」と放棄されているわ」

ドロシー「そんな扱いが難しい毒を王国の連中はどうやって実用化したんだ?」

7「残念ながらその問題はまだ解明されていない……それにこちらでは研究を放棄していたこともあって、解毒薬の開発もあまり熱心には進められていなかったの」

ドロシー「今から発破をかけてみたところですぐ解毒薬が出来上がる……ってわけにはいかないだろうしな」

7「残念ながら。ただ、研究班が限定的ながら解毒作用のある試作品を開発してくれたから、万が一の時の備えとしてそちらに渡しておくわ」そう言うと、ポーチから油紙にくるまれた真っ黒けな丸薬を取りだした……

ドロシー「大きいアメ玉くらい寸法があるようだが、噛み砕けばいいのか?」

7「研究班によると、出来るかぎり噛まずに飲み込んだ方がいいそうよ」

ドロシー「こいつを丸呑みにするのは毒を盛られるのと同じくらい命に関わる気がするな……」親指と人差し指で丸薬をつまみ、しげしげと眺めた……

………



アンジェ「……つまり、毒物の種類は分かったと」

ドロシー「それにお守り代わりとして試作品の解毒薬ももらったよ……めいめいで一つずつ持っていることにしよう」

アンジェ「そうね」

ドロシー「ああ。しかし肝心の下手人についても、またどうやってそんな難しい毒を実用化したのかについても謎のままだ」

アンジェ「コントロールとしては頭が痛い問題でしょうね」

ドロシー「ああ、だがそれだけじゃない……コントロールの連中が勝手に頭を痛めるのは結構だが、このまま放置しておけばまた被害が出る。こちらとしても王国内務省の目をくらますために送り込まれた囮のエージェントだとか、実際に目や耳として情報収集にあたっている有益な協力者が減るのは困る」

アンジェ「その通りね、それじゃあどう犯人を捜す?」

ドロシー「あー……そのことなんだが、少しばかり危険な賭けを思いついてね」

アンジェ「危険な賭け?」

ドロシー「ああ」

アンジェ「分かったわ。それじゃあ何が「危険な賭け」なのか説明してもらおうかしら」

ドロシー「あいよ。だが無茶だからって怒るなよ? まだ思いつきの段階なんだからな……」

アンジェ「ええ」

ドロシー「……これまでの情報を総合すると、暗殺を実行しているのは王国エージェントとおぼしき女で、暗殺の手口は多数の人間がいるパーティや食事会における毒殺」

アンジェ「それで?」

ドロシー「そこでだ、あえて餌をぶら下げてやろうっていうのさ……事前に「どこそこのパーティへ共和国の情報部員が入り、ある書類を窃取しようとしている」なんて言えば、連中、特売日の主婦みたいにすっ飛んでくるぞ」

アンジェ「でも、そうなると……」

ドロシー「そう。どこに毒が盛られているか分からない食事や酒を飲む必要が出てくる……それにだ」

アンジェ「それに?」
703 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/07/24(水) 01:11:43.73 ID:DMOzLQlS0
ドロシー「私たちがパーティに参加するとしたら紹介状がいる……一介の女学生なんて身分じゃあほいさか参加させてはくれないしな」

アンジェ「……つまり」

ドロシー「プリンセスにご協力願う必要があるっていうわけだ」

アンジェ「なるほど……」

ドロシー「別にどうしてもってほどじゃない、必要なら紹介状の二枚や三枚くらいはどうにか手に入れてみせるさ……とはいえ」

アンジェ「一般の参加者だというのと、プリンセスの紹介だというのでは扱いも違ってくる」

ドロシー「その通り。それにプリンセスのご学友に毒を盛るようなやつはそういないだろう、そういう面で「保険」にもなるって寸法よ♪」

アンジェ「分かった、それじゃあその点については私からプリンセスに話してみる」

ドロシー「頼んだ」

…その夜…

アンジェ「……というわけなの」

プリンセス「なるほど、よく分かったわ。それじゃあ私の方で手を回してみるわ……」

アンジェ「助かる」

プリンセス「……ただし、条件があるの♪」礼を言ったアンジェの唇に指をあて、いたずらっぽい表情を浮かべてみせる……

アンジェ「条件?」

プリンセス「ええ♪」

アンジェ「それで、その「条件」とやらは?」

プリンセス「わたくしもそのパーティに参加すること」

アンジェ「プリンセス……!」

プリンセス「アンジェやドロシーさんが生命を賭けているというのに、わたくしだけがのほほんとしていることなんてできないわ」

アンジェ「だめよ。いくらプリンセスのお願いだとしても危険すぎるし、そもそもプリンセスがパーティに参加したら華がありすぎるからパーティ会場に耳目が集まって「帽子の女」は目立つことを恐れて現われなくなってしまう」

プリンセス「……どうしてもだめ?」

アンジェ「ええ、だめよ」

プリンセス「お願いよ、シャーロット……」ぎゅっと袖口をつかみ、うるんだ瞳で懇願するプリンセス……

アンジェ「だ、だめなものはだめよ……私情で言っているのではなくて、作戦が成り立たなくなるから言っているの///」

プリンセス「ねぇ、シャーロット……わたしのお願い、聞いて欲しいの///」

アンジェ「だから、一度だめといったものは何度言っても……///」

プリンセス「これでもだめ……?」ちゅ……っ♪

アンジェ「だ、だめ……///」

プリンセス「シャーロット……私はシャーロットが「うん」って言うまで止めないわよ?」

アンジェ「そんな勝手なことを……だいたい貴女のためを思って言っているの……に……んんっ///」

プリンセス「んちゅ、んむ……シャーロット、わたくしは貴女が「うん」って言わなくても全然構わないのよ? シャーロットがお返事を聞かせてくれるまで、好きなだけこうしていられるのだもの♪」

アンジェ「ふ、ふざけないで……こんな危険なことに貴女を巻き込む事なんてできっこ……んふ、んぅぅ……っ♪」

プリンセス「そんなに危険なことならますますシャーロットを巻き込むことなんてできないわ……んちゅっ、ちゅるっ……ちゅむ♪」

アンジェ「そ、そんなの詭弁だわ……んんっ///」

プリンセス「詭弁でもなんでも構わないわ、わたくしはシャーロットが色よいお返事をしてくれるまでこうするだけ♪」

アンジェ「……だ、だめ……脱がさないで///」

プリンセス「だったら脱がさないでしましょうか、それもまた想像の余地があって良いかもしれないわ♪」

…プリンセスがアンジェに覆い被さると、ゆったりした肘掛け椅子の上で脚が絡み合い、夜着の胸元や裾が乱れる……普段なら成人男性のエージェントですら振りほどけるアンジェだが、大好きなプリンセスから不意打ちを受けて、椅子の上で仰向けに近いような状態にされてはさすがに抵抗も難しい…

アンジェ「ば、ばか……///」

プリンセス「そうね、わたくしったら大変なお馬鹿さんだわ……だって大好きなシャーロットが側にいるというのに、いつも押し倒すことさえしないですました顔をしているんですもの」そのままアンジェに身体をあずけて唇を重ねた……

………

704 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/07/27(土) 02:22:35.50 ID:fHGD+2MO0
…翌日…

アンジェ「……おはよう」

ドロシー「ああ、おはよう」

アンジェ「ドロシー、紅茶をもらえる?」白いハイネックにパフスリーヴのロングワンピースで、胸元にはライトグレイのリボンをあしらっている……

ドロシー「そのくらい自分で注げよな……ミルクと砂糖は?」

アンジェ「砂糖ひとさじ、ミルクもお願い」

ドロシー「分かりましたよお嬢様……ほら、どうぞ召し上がれ」愚痴をこぼしながらも紅茶を注ぐとカップを渡した……

アンジェ「ありがとう……」

ドロシー「どういたしまして……ところでアンジェ」

アンジェ「なに?」

ドロシー「どうして今日はハイネックなんだ?」

アンジェ「……着たかったからよ」

ドロシー「そうかい? 妙に首もとを隠しているから何かあったのかと思ったんだがね♪」

アンジェ「……っ///」

ドロシー「いや、てっきり私はお前さんがアザでもこさえたのかと思ったんだが、杞憂だったならそれでいいんだ……ところでプリンセスの説得はどうだった?」チェシャ猫よろしくニヤニヤしながら尋ねた……

アンジェ「ドロシー、貴女ね……」

ドロシー「おいおいどうした、まぁ紅茶でも飲んで落ち着けよ♪」

アンジェ「あきれた……とりあえずプリンセスから紹介状をもらう手はずはついたわ」

ドロシー「そりゃなにより」

アンジェ「もっとも、プリンセスが一緒に行くといって聞かなかったけれど」

ドロシー「ごほっ、げほっ……冗談きついぜ」

アンジェ「私もそういったし、最後はどうにかプリンセスに折れてもらったけれど……」

ドロシー「その代わりに「名誉の負傷」ってわけか」

アンジェ「ええ、まだ痕が消えなくて……///」卓上の鏡を向けるとハイネックの首もとをめくり、白い肌に残っているキス痕が薄くなったか確かめるアンジェ……

ドロシー「ひゅう、なかなかお熱いねぇ……♪」

アンジェ「笑い事じゃないわ。誰かに見られたら好奇心をかき立てることになるし、できるだけ他人の注目を惹くことはしたくない」

ドロシー「まぁな。私みたいな「プレイガール」と違って、アンジェのカバーは地味の教科書みたいな性格なんだからな……とりあえず今日はその格好で過ごすしかないな」

アンジェ「ええ……いずれにせよ、パーティの招待状は手に入る。プリンセスともなれば百枚や二百枚の推薦状や招待状くらいはいつだって出しているし、私たち以外の「ご学友」にもたくさんの推薦状や招待状を書いているから、私たちがそういった書状をもらったからといって誰かが違和感を覚えることもない」

ドロシー「少なくとも「そう願いたい」ってところだな」

アンジェ「ええ……」

…翌日…

ドロシー「さて、パーティの日程が決まるまでにこっちも準備をしておかないとな」

アンジェ「とはいえ今回は騒ぎは厳禁。銃やナイフはもちろん、スティレット一本すら持ち歩くわけにはいかない」

ドロシー「そこはあちらさんも同じだろう。せっかく毒を盛ったのにナイフを使うようじゃ、足跡を消してから「行き先はこちら」って看板を立てるようなもんだ。それにこっちだってそういう時に使える小道具がなにもないわけじゃない……違うか?」

アンジェ「そうね、ちょっと出してみましょうか」

…蝶々の標本が収めてある部室の棚を特定のやり方で動かすと、カチリと音がして隠し棚がせり出した……浅い引き出しに敷き詰められた紅いヴェルヴェットの上には、綺麗なブローチや眼鏡、髪留めや指輪、それに煙草入れや香水の瓶、コンパクト(手鏡)といった小物が並べてある…

ドロシー「この手のおもちゃは久しぶりだな……どうだ?」ピジョンブラッド(鳩の血)と言われるビルマのルビーが埋め込まれたブローチを喉元に当ててみる……それからブローチの台座を特定のやり方でカチリとひねり、中に収まっている粉薬の量と状態を確かめる……

アンジェ「良く似合うわ。私はこっちね……」アンジェは淡い色合いの瞳を引き立てるブルーサファイアのブローチを手に取り、台の隠しスペースに入っている灰色の粉薬を小瓶のものと入れ替えた……

ドロシー「そっちのは麻痺薬だったな。あとは指輪にペン、もろもろの化粧品くらいだな」

アンジェ「そうね」化粧品のポーチに白粉の容器、口紅、飾りも美しい香水の瓶、化粧に用いる筆のセットと手際よく詰めていく……

ドロシー「その指輪をはめるのか……当日は気を付けろよ?」

アンジェ「分かっているわ、何しろ「バラの指輪」だものね……」指輪に絡みついている三輪の赤バラを特定の組み合わせでねじると、小さいが鋭利な針先がにゅっと現われた……

………
705 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/08/07(水) 00:30:17.84 ID:JIZCi/DQ0
…コントロール…

7「書類が出来上がりました」

L「うむ、そこに置いておいてくれ」

7「はい」

L「……しかし、今回はまるで雪で隠れた薄氷の上を飛び跳ねている気分だ」

7「そうですね」

L「ああ……もっとも、そのくらいしなければ例の相手は出てくるまい」

7「同感です。しかしあちらが動くかどうか……」

L「動くさ、少なくとも私が王国防諜部ならな」

…同じ頃・ノルマンディ公の執務室…

ノルマンディ公「……ふむ」

ガゼル「なにか?」

ノルマンディ公「ああ、少し気になることがあってな……この情報をどう見る?」

ガゼル「共和国による情報の受け渡しですか」コントロールの流した偽情報とはつゆ知らず「とびきりの情報を掴んだ」と王国情報部員が上げてきた報告をさっと読み通す……

ノルマンディ公「うむ、このパーティに出席する予定の人間はたいてい身元調査が済んでいるが……残りの人間で共和国の情報部員をしていそうな者というと……」

ガゼル「気になるのはこの男です」

ノルマンディ公「理由は?」鋭く問いかける……

ガゼル「幼い頃に両親と死別、育ての親である男爵も数年前に亡くなっていて出自をたどることができず、浪費額にくらべて領地や株から得られる収入が少ない」

ノルマンディ公「なるほど……だが違う」

ガゼル「そうですか」

ノルマンディ公「うむ。本物のスパイなら疑われるような金の使い方はしない……よほどのバカ者でない限りはだが」

ガゼル「なるほど」

ノルマンディ公「まぁいい、下がってよろしい」

ガゼル「はい」

ノルマンディ公「……ふむ、ここはひとつ使いどころか」一人で指しているチェスの駒を一つ動かした……

………



…メイフェア校・部室…

ドロシー「分かっちゃいるとは思うが、今回は予備のチームも後方支援もなしだ」

アンジェ「ええ」

ちせ「私も行けたらよかったのじゃが……」

プリンセス「ごめんなさいね、私の用意できた招待状が二枚だけだったの……本当はアンジェと二人きりで行きたかったし……」後ろの方は自分にしか聞き取れない程度に小さくつぶやいた……

ドロシー「とにかく、パーティに出かける私とアンジェ以外は校内でいつも通りに過ごしてくれ。いいな?」

ベアトリス「はい」

ちせ「うむ」

プリンセス「ええ」

ドロシー「結構だ……それに会場じゃあどんな毒を盛られるか分からないんだ、行かない方が正解ってもんだ」

プリンセス「そう、そうね……」

ドロシー「なぁに、心配はいらないさ。こっちにはアテにならない解毒薬もあるし、なにより盛られる可能性があるって分かっているんだ……予想がつくって言うのはこの業界じゃあ「勝ったも同然」ってことさ♪」

アンジェ「ドロシー」

ドロシー「おっと、このままだと冷血女に説教をされそうだからな……当日は夕方から出かける、定時連絡はベアトリスがやってくれ」

ベアトリス「はい」
706 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/08/15(木) 01:44:20.76 ID:/WdoIJ+Y0
…パーティ当日…

ドロシー「ベアトリス、後ろを留めてくれ」

ベアトリス「はい」

アンジェ「ベアトリス、ドロシーの方が終わったらこちらも手伝ってもらえるかしら」

ベアトリス「もちろんです」

…ベアトリスに手伝ってもらいながらパーティ会場にふさわしいドレスを身にまとうドロシーとアンジェ……ドロシーは袖口や裾にレースをあしらった艶やかなディープグリーンのドレスで、下に着ている黒いビスチェが胴体を引き締めているおかげで、メリハリのある豊満な身体がよりいっそう際立っている。頭には薄いレース飾りをほどこした黒系のトーク(つばのない円筒形をした帽子)をちょこんとのせ、印象深いルビーのブローチで首もと、そして豊かな胸元へと視線を誘う…

ドロシー「しっかしこのビスチェはキツいな……これじゃあ会場の食べ物を楽しむわけにはいかないな」

アンジェ「ビスチェがキツいんじゃなくて、単に貴女が太ったんじゃないかしら」

ドロシー「言ってくれるな」

…アンジェは上等だが華やかさに欠けるブルーグレイ系のドレスで、雄クジャクのように華やかなレディたちがひしめき合うパーティ会場にあって目立たないことを狙っている……首もとにはブルーサファイアのブローチをつけ、上品な婦人帽には鳥の羽根と小さな白いサテンのリボン、日本産の真珠をあしらった飾りを付けている……二人とも足元はヒールで活動的とは言いにくいが、パーティである以上は編み上げの革ブーツと言うわけにもいかないのでいたしかたない…

ベアトリス「どうぞ、できましたよ?」

アンジェ「ありがとう……まぁ、これならいいわ」姿見で自分の姿を眺め、派手すぎでもなく、また地味すぎでもないことを確かめる……

ドロシー「ああ、十分だ……ベアトリス、私はどうだ?」

ベアトリス「いいと思います。華やかですし堂々としているように見えます」

ドロシー「……私が図太いって言いたいのか?」

ベアトリス「ち、違いますっ!」

ドロシー「そういうことにしておくよ……さ、そろそろ行くとしようか」

アンジェ「ええ」

ベアトリス「気を付けて行ってきてください」

ドロシー「おうよ♪」

…パーティ会場…

ドロシー「おうおう、こりゃあなかなかゴキゲンな規模のパーティだな」

アンジェ「……目標の人物を特定するのには少し手間がかかりそうね」

…お雇い運転手がドアを開けてくれるのを待ち、後部座席からなめらかに降りるアンジェとドロシー……会場になっている邸宅の前庭には、石畳の車道に沿って次々とRRやハンバー、フランスからの輸入車である華奢なパナールやルノー、ドイツのダイムラーといった自動車や、紋章付きの貴族の馬車が乗り付けてくる……邸宅の召使いたちが入れ替わり立ち替わりで客の招待状を確かめ、その中でも身分のある客人は白い口ひげをたくわえたいんぎんな執事が案内する…

ドロシー「ま、パーティは長い……」

アンジェ「餌になる「エージェント」が毒を盛られる前に片付ける必要を考えなければね」

ドロシー「はは、そう悩みなさんな♪ ラテン語の書き取りも代数の試験もなし、素敵なパーティじゃないか」

アンジェ「楽天的でうらやましい限りね」

ドロシー「ま、悲観的になっても物事は変わらないからな……召使いが来た」

召使い「失礼いたします、招待状の方を拝見させていただいてもよろしゅうございますか?」

ドロシー「ええ♪」

アンジェ「はい」

召使い「結構でございます。ではこちらへどうぞ」

…会場は広々とした大広間で、左右の壁沿いに設けられたテーブルには軽い立食形式の食事と、さまざまな種類の酒が用意されている。会場からは見えない中二階では室内楽団が軽い音楽を奏でていて、グラスや皿を手にした紳士淑女が会話を楽しんでいる…

ドロシー「……それじゃあここからは別々に行動しよう。私は目立つように動き回るから、アンジェはその間に「帽子の女」を探してくれ」

アンジェ「分かった。見つけたら合図する」

ドロシー「ああ」

アンジェ「くれぐれも飲み過ぎたりしないでちょうだいね」

ドロシー「任せておけ♪」そう言っている手には、すでにシャンパンのグラスが握られている……

アンジェ「……」一瞬だけ呆れたような表情でドロシーを見ると、かすかに肩をすくめて人混みの中へと消えていった……

ドロシー「まるでしつけのなっていない犬っころを見るような目をして行きやがった……」任務中なので唇を湿す程度に口を付ける……

ドロシー「……いいシャンパンだ」
707 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/08/24(土) 00:49:24.30 ID:xkSyfmCk0
ドロシー「さてさて、帽子の女はどこかな……」

…ちょっとくだけたパーティ向けにチャーミングな表情を浮かべ、かろやかに会場を巡るドロシー……会場はにぎやかで普通の会話程度なら他人に聞かれることもなく、屋敷のあちこちにある小部屋では商売や浮気の相談など、ちょっとした秘密の会話に興じるべく忍んでいる人間が何人かいた…

ドロシー「……うーん、こうも多いと探すのが大変だ。こうなったらカウンターのそばだな」

…パーティのために雇われた数人のバーテンダーが、きちんとした格好でシェーカーを振り、あるいはマドラーで飲み物をステアすると、喉の渇いた客たちが次々とグラスを受け取っていく……いずれ帽子の女も飲み物を取りに来るだろうと、ドロシーは話しかけてくる相手とたわいない会話を続けながらバーカウンターのそばで待ち受けることにした…

バーテンダー「お嬢様、お飲み物は何になさいますか?」空になったシャンパン・グラスを受け取ると丁寧にたずねる……

ドロシー「そうだな……それじゃあジョン・コリンズを」

若い貴族「私ももらおう」

…ジンとレモンジュース、シロップ、炭酸水を加えた爽やかなカクテルは蒸し暑さを感じるパーティ会場ではちょうどいい……よく冷えていて、表面にうっすらと露がおりたコリンズ・グラスの中身を軽くあおる…

ドロシー「ん、いい味だ」

貴族「確かに絶妙だね……ミス・キンバリー、何かお飲みになりませんか?」

若い貴族令嬢「そうですね、でしたらマティーニを……それと少し甘めにしてくださる?」

貴族「分かりました。君、マティーニを少し甘めにだそうだ」

バーテンダー「はい」

キザな貴族「僕にはうんとドライなマティーニを頼むよ。それからオリーヴはいらない……あんなのは味の邪魔さ♪」上等な帽子を傾けてかぶり、ステッキをもてあそびながら笑みを浮かべている……

遊び人風の貴族「ははは、生意気なことを♪」

遊び慣れた雰囲気の淑女「わたくしも何かいただこうかしら」

遊び人「結構ですな、レディ・スタイルズ……ジョン・コリンズなら口当たりもさっぱりしていてよろしいと思いますが」

淑女「そう、ならそれにしようと思います」

バーテンダー「かしこまりました」初老に近いバーテンダーがカクテルを作ると、余分な動きのない手つきで手際よく酒を注いだ……

遊び人「ところでレディ・スタッブスの話を聞きました?」

淑女「レディ・スタッブスがどうなさいましたの?」

遊び人「いや、それがね……いい歳をして召使いに手を出したんですよ」

淑女「まぁ、いやらしい!」甲高い声でわざとらしく非難してみせる……

遊び人「いやまったく、それも女の子……ですよ?」

淑女「信じられませんわね!」ますます憤慨してみせる淑女…

キザ「ま、年頃の遊び相手もいない可哀想なご婦人だからそういうことをするのさ……僕ならそういうご婦人でも付き合ってあげるけれどね♪」

遊び人「言うじゃないか、見目麗しいご婦人しか相手しないくせに」

淑女「あら、そうなんですの?」

キザ「さぁ、どうでしょうね……♪」とびきりの笑顔を浮かべてシルクハットを小さくもちあげた……

大声で話す貴族「バーテンダー、グロッグを頼むぞ!ジャマイカ産のラムでな!」

面長の貴族「閣下は相変わらずでいらっしゃいますな、まだ海軍のしきたりが抜けきらないと見える」

…海軍上がりと見える中年の赤ら顔をした貴族と、まるでデコボココンビを組んだかのように対照的なのっぽの貴族……赤ら顔の貴族はごく普通に話しているつもりのようだが、それでもトップマストの先端に届くのではないかと思うほど声が大きい……バーテンダーから大きめのグラス入ったグロッグ(ラムの水割り)を受け取ると、ぐいぐいとあおる…

大声「うむ、海軍と言えばラムだからな。ホワイトホール(海軍省)も近ごろはケイバーライト飛行船のおかげで肩身が狭いが……なぁに、あんなものは一時の流行に過ぎんよ!」

面長「人間は空を飛ぶようにはできておりませんからな」すかさず相づちをうつ……

大声「さよう、現にこの間の新造飛行船のテストではケイバーライト機関にトラブルが起きて危うかったと聞いておるぞ!」

ドロシー「……」かたわらでグラスの中身をちびちびと舐めながら「一気に面白くなってきた」と、会話に耳をそばだてる……

話し好きの貴族「そのことなら私も聞き及びました。着陸と消火が間に合ったから良かったようなものの、もう少しで大爆発を起こすところだったとか」海軍上がりの貴族におしゃべり好きを始めとする何人かが加わり、ますますにぎやかになる……

中年婦人「まあ、恐ろしい」

はね上げひげの貴族「心配ご無用。わが王国の飛行船はそんな事故を起こすような粗雑な作りにはなっておりませんからな」

片眼鏡の貴族「とはいえ、上空から焼けた破片が降ってくるような事があったらたまりませんな……」

おどけ者の貴族「この「ケイバーライト・マティーニ」なら歓迎だがね♪」ケイバーライトによる産業革命にあやかった、澄んだミントグリーン色をしたカクテルを片手におどけてみせると、周囲の人々から軽い笑いがもれた……

708 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/09/10(火) 01:04:08.97 ID:LfItGAu40
ドロシー「……しかし「帽子の女」はどこだ?」

…カクテルグラスを片手に談笑する紳士淑女たちに社交的な笑顔を振りまき、あたりさわりのない言葉を交わしつつも、油断なく会場を巡るドロシー……アンジェも同様に会場を歩き、お互いの死角をカバーしつつまんべんなく探って回る…

ドロシー「くそ、ここで見つけられないと面倒なことになるぞ……」ぬるくなりはじめたジョン・コリンズをちびちび飲みながら、いかにも楽しんでいるような面持ちで会場を探し回る……

ドロシー「……ん?」

…パーティ会場で誰と親しげにするでもなく、かといって手持ち無沙汰というほどでもなさそうな様子でグラスを持っている一人の女性……地味なミディアムグレイのドレスに目元が隠れるような婦人帽で、帽子の下からのぞく薄い唇からはときおり笑みも浮かんでいる…

ドロシー「あいつか……?」

帽子の女「……」周囲の人混みなど存在しないかのようにするすると会場を横切っていくと、にこやかにバーテンダーの方に近寄っていく帽子の女……

ドロシー「……奴だ、間違いない」

…エージェントとしての勘に加え、動きに感じる無駄のなさや、目立ちたくない時には消え失せてしまう絶妙な存在感など「同業者」どうしに相通じる雰囲気を感じ取った……まるで影のような帽子の女と違い、その場限りで忘れてしまうようなよそ行きの愛嬌と色気を振りまきつつバーカウンターに近づいていくドロシー……ほとんど空になったコリンズ・グラスから絹の長手袋を通して、冷や汗のような雫が手のひらに伝ってくる…

帽子の女「ドライ・マティーニをいただくわ」

バーテンダー「かしこまりました」

…そう言ってバーテンダーの方へ軽く手を伸ばすと同時にドレスの右袖口からかすかに白い粉がこぼれ、次々と消費される氷の容器に降りかかったようにみえた…

帽子の女「……いいお味ね」

ドロシー「……」額にうっすらと浮かぶ汗は会場の熱気とアルコールのせいばかりではない……

バーテンダー「お嬢様は何になさいますか?」

ドロシー「あぁ、そうね……私にはカンパリ・ソーダを」

バーテンダー「はい、ただいま」イタリアの紅い色をしたリキュール「カンパリ」を発見の合図と決めておいたドロシーとアンジェ……

帽子の女「……」カクテルグラスを持ったまま、女はしゃなりしゃなりとした歩き方でバーカウンターから離れていく……

ドロシー「あいつ、氷に盛ったのか?だが氷に毒を盛ったなら全員が中毒を起こしそうなもんだが……」

ドロシー「……」

…いぶかしがりつつも女との距離をじりっ、じりっと詰めていくドロシー……帽子の女が向かう先には、ちょうど氷の入ったウィスキーを受け取った一人の紳士……事前にコントロールが送り込んだ「餌」がいて、帽子の女はそこに近寄っていくと隣に立っている別の紳士に何やら話しかけて「餌」の紳士を含めた視線を引きつけつつ、反対側の袖口からウィスキーのカットグラスに薄灰色の粉を溶かし込んだ……

ドロシー「……そういうからくりか」

帽子の女「……」

…帽子の女はグラスに粉が溶けたのを見届けると雑談を切り上げ、すました態度のまま場を離れようとする…

白ひげの紳士「……なるほど、感心なことです」

共和国エージェント(囮)「いや、そうお褒めいただいてはかえって恥ずかしい……しかしこの部屋にいると喉が渇きますなぁ」

ドロシー「きゃっ……!」

…わざと近くを通りすぎつつ、さりげない手つきでグラスを持つ相手の手首をはね上げるドロシー……囮のエージェントがいましも飲もうとしていたウィスキーがばちゃりとはね、磨き上げた床にこぼれた…

囮「おっと、いかん! お怪我は?それにお召し物は大丈夫ですかな?」

ドロシー「はい、どちらも平気です。ですがせっかくのお飲み物をこぼしてしまって……」

囮「なに、ウィスキーなどまた取りに行けばいいだけの事ですから……それよりも裾にかかってしまったようですよ。奥に行けばご婦人の化粧室があるはずですから、そこでお召し物を直していらっしゃったらいかがですかな?」

ドロシー「そうですわね、そうします……済みません、わたくしお化粧室の場所が分かりませんので、お付き合いいただけます?」

帽子の女「……ええ」

白ひげの紳士「うむ、それがいい。グラスはここに置いて行きなさい」

ドロシー「そうさせていただきますわ。せっかくわたくしにぴったりの毒を調合してもらったのですから♪」

白ひげ「ははは、お上手ですな……わしもこの手の毒は大好きですぞ♪」

ドロシー「どうやら気が合いそうですわね……では、しばらく」にこやかな表情のまま帽子の女を逃がさぬよう、絶妙な位置を取る……

帽子の女「……」

ドロシー「ご面倒でしょうけれども、どうかお付き合いくださいましね?」

帽子の女「……」

………

709 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/09/14(土) 02:45:56.24 ID:sLeI+l6g0
…化粧室…

帽子の女「さあ、着きましたわ」

ドロシー「助かります……それじゃあそろそろお芝居はおしまいにしようじゃないか」パーティ会場向けに取り繕っていた態度をかなぐり捨てると、帽子の女を化粧室の壁に押しつけるドロシー……

アンジェ「……この女ね」するりと化粧室に入ってくると、邪魔がこないよう入口を見張りつつドロシーの手伝いができる位置についた……

ドロシー「間違いない。これから持ち物をあらためるところだ」

アンジェ「任せるわ」

帽子の女「……」

ドロシー「どれどれ、ご婦人は何をお持ちかな……っと、その前にお顔を拝見させてもらおうか」目元が隠れるようにかぶっている婦人帽を脱がせて、洗面台に置いた……

帽子の女「……」

ドロシー「へぇ、なかなかの美人じゃないか。せっかくの顔を隠すなんてもったいないぜ?」唇が薄く頬の血色は少しが悪いが、それなりに整っていて悪くない顔立ちをしている帽子の女……

帽子の女「……」

アンジェ「……」さっと視線を向けた一瞬の間に、コントロールから見せてもらった王国エージェントの肖像画やポートレートを思い浮かべ脳内で照合するアンジェ……思い当たる顔がないことが分かると、目や髪の色、おおよその顔立ちや雰囲気、それに指や耳の形といった変装の難しい身体のパーツを記憶した……

ドロシー「せっかくアドバイスしてやったのにつれないね……それからそんなにアクセサリーを付けていたら肩がこって仕方ないだろう、ちょっと預かるよ」

…ドロシーたちが身に付けているアクセサリーと同じようにどんな仕掛けが施されているか分かったものではないので丁寧に、しかし手際よくネックレスや指輪、イヤリングを外して洗面台に並べていく……派手さはないがすっきりした宝飾品のスタイルから言うと、帽子の女はどこに顔を出してもおかしくないよう、野暮ったいオールドミスでも、またお飾りとしての「なんとか夫人」になっているでもない、独立志向のある活動的な貴婦人といったカバーを作っているらしい…

ドロシー「お次はこれだな……調べてみてくれ」手に持っていた黒いヴェルヴェットの化粧品ポーチと招待状を手際よく取り上げるとアンジェへと渡す……

アンジェ「ええ」

帽子の女「……」

ドロシー「それじゃあその間に手品のタネを見せてもらうとして……なるほど、こういう仕掛けか」

…パーティ会場では身だしなみとして長手袋が欠かせないことを利用して、手袋の中で隠れている中指に裁縫で使う「指ぬき」のような薄手のリングをはめ、そのリングと小手のように手首に付けた毒薬の袋をひもで繋いである……誰かに薬を盛りたいときは中指をちょっと折り曲げて手首を下に向けるだけで袋の口が開き、毒薬がこぼれ落ちる仕組みになっている…

帽子の女「……」

ドロシー「どうやらちょっとしたイタズラのためじゃあなさそうだな……そっちはどうだ?」

アンジェ「身元が割れそうなものは何も。化粧品は上等だけれど特注みたいな物はなくて、百貨店で買える既製品ばかり。アクセサリーにも細工はなし」

ドロシー「招待状の名前は?」

アンジェ「レディ・クリスティン・ハーウッド……ハーウッド男爵家はちゃんとある貴族の家系だけれど、こんな成人女性の娘がいるなんて聞いたこともない」

ドロシー「それじゃあ家系図のどこかで紛れ込んだってわけかい」

アンジェ「そのようね」

ドロシー「……所属は?」

アンジェ「何も。紙入れには嘘っぱちの恋文数枚、ザ・シティにある銀行の小切手帳、お父様から受け取った真心のこもった偽物の手紙……身分証や本人の手がかりになるようなものは紙切れ一枚なし」

ドロシー「いいね、素人さんじゃないってわけだ……」

アンジェ「あまり遅いと怪しまれる、手際よくね」

ドロシー「ああ」

…空中でピアノを弾くかのように軽く指先を動かすと、慣れた手つきでドレスの下の身体をまさぐっていく……両の手首に付けている毒薬の袋は外してアンジェの方に放り出し、それからまた撫でるように身体検査を進めて行く……乳房の回りは女性エージェントならではの隠し場所ではあるがありきたりで、ドロシーがしつこく愛撫するように探しても何も見つからない…

アンジェ「……」

ドロシー「まさか丸腰ってこともないだろうが……」シックで飾りの少ないドレスとはいえ、ドレープ(ひだ)やあちこちのふくらみを全て触って確かめるとなるとそれなりに時間がかかり、調べてもなかなか見つからない状況に焦りを感じ始めた……

アンジェ「……時間がない、下の方は私が」見張りをやめ、ドロシーとは反対に帽子の女の足元から調べていこうとする……

帽子の女「ふ……っ!」

ドロシー「ちっ!」細身の身体からは思いもよらないほど強烈な膝蹴りを受けそうになり、とっさにクロスさせた腕で受けとめたドロシー……

帽子の女「……!」

…帽子の女は蹴りでドロシーを一歩下がらせることに成功すると同時に、ドレスの下にまとっていたビスチェと身体のすき間から真鍮とガラスでできたシリンジ(注射器)を引き抜いた……そのままフックを打ち込む要領でアンジェの首もとにシリンジを突き立てようとする…

アンジェ「くっ……!」

ドロシー「どけ!」アンジェを突き飛ばすと同時に左腕に突き立てられたシリンジの針と、身体に流れ込む冷たい液体を感じ取った……

アンジェ「はっ!」石張りの床でくるりと一回転すると帽子の女の背後を取り、片腕で首を締め上げると同時に、バラの指輪から小さく突き出した針をぶつりと頸動脈に突き立てた……
710 :sage :2024/09/14(土) 12:09:24.98 ID:aCVvYB6JO
多分毒薬だもんな
間違って媚薬とかにならないですかね…
711 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/09/22(日) 02:27:05.64 ID:it7MRNqR0
帽子の女「ぐ……っ!」

帽子の女「う……くっ……」身をよじり振りほどこうともがいたが、アンジェの細い……しかし強靱な腕は蛇のように絡みついて首を締め上げ「帽子の女」はとうとうぐったりと崩れ落ちた……

アンジェ「……はぁ」

ドロシー「やれやれ、どうにかなったな……」

アンジェ「どこが「どうにかなった」よ……どうして腕で毒針を受けとめるような真似をしたのよ、この馬鹿」

ドロシー「とうとう「馬鹿」と来やがったな……簡単さ、私の方がお前さんよりも体格が大きいんだ。毒が回るにしても少しは時間がかかるだろうし、致死量もより多く必要だ。幸いなことにシリンジの全部を流し込まれたわけじゃないしな……」あごをしゃくった先には半分ほど残ったシリンジが落ちている……

アンジェ「強がりを……もう唇が紫色じゃない」

ドロシー「そうかもしれないとは思ってたぜ。何しろひどく寒いからな……なぁに、心配いらないさ。私たちには例の「お守り」があるんだからな」

…唇を青くし、まるで凍えたように震えながら洗面台に寄りかかり、それでもいつもの不敵な笑みを浮かべてみせようとするドロシー……おぼつかない手つきで化粧品ポーチから取りだした、例の真っ黒な「解毒薬」を手に持った…

アンジェ「飲める?」

ドロシー「飲めるさ……一気に飲み下すにはちと大きいが、出来るだけ大きいまま飲み込んだ方がいいらしいからな……」

…赤んぼうの握りこぶしとまでとは言わないが、大きめのアメ玉ほどもありそうな丸薬をにらみつけると口に放り込もうとする……が、手が震えて薬をうまく口元に持って行けない…

アンジェ「……貸しなさい」ドロシーの手から丸薬をひったくると自分の口に入れ、それからドロシーの口に自分の唇を押し当てると、舌先で丸薬を送り込んだ……

ドロシー「んっ……! んぐっ、ぐっ……ん゛ん゛ぅ……っ!」大きな丸薬を飲み込もうと目を白黒させる……

アンジェ「しっかりしなさい、ちゃんと飲み込むのよ」

ドロシー「ん゛ん゛っ……ぶはぁ!」

アンジェ「どう、飲み込めた?」

ドロシー「どうにか。だが卵を飲み込む蛇みたいな気分になったぜ……うえっ、げほっ!」

アンジェ「……大丈夫?」

ドロシー「あ、ああ……くそ、まったくひでえ味だ。苦いクセに薄甘くて、ニンジンの出来損ないみたいだ……」洗面台の水栓をひねって口をゆすいだ……

アンジェ「文句を言わない……どう?」

ドロシー「そうすぐに効果が出たかどうかなんて分かるかよ……気のせいか寒気は収まってきた気はするがな」

アンジェ「ならいいわ。ともかく、毒針の身代わりをするなんて無茶にもほどって言うものがあるわ」

ドロシー「古女房みたいにガミガミ言うな、頭に響く……おしゃべりする暇があったらホールから酒をくすねてきてくれ」

アンジェ「どうする気?」

ドロシー「知れたことさ。そいつを個室に放り込んで酒を浴びせかけておけば、酔っ払いだと思って誰も関わり合いにならないだろうし、こっちが退散するまでの時間が稼げるだろう」

アンジェ「なるほど、回るのは毒だけではないようね」口調はいつもと変わらないが、どことなく気づかうような雰囲気が感じられる……

ドロシー「だろ?」

…数分後…

アンジェ「……戻ったわ」

ドロシー「おう」

アンジェ「効果はあったようね、だいぶ血色が戻っているみたい……瞳を見せて」まぶたを広げて瞳を確かめ、それから指先を見つめるように言って近づけたり遠ざけたりしてみる……

ドロシー「おかげでな、どうにか震えは収まってきた……とにかくこの薬に即効性があってよかったぜ」

アンジェ「そうね」

ドロシー「ああ……それで酒は?」

アンジェ「持ってきた。その女が飲んでいたのはドライ・マティーニだったからジンにしたわ」

ドロシー「気が利くな。もしかしたらウィスキーは飲まない性質(たち)かもしれないしな……運ぶのを手伝ってくれ」

…細身の女性とはいえ、ぐんにゃりとしている死体を運ぶのは容易ではない……人体の引きずり方を心得ているドロシーとアンジェも動きにくいドレスのままでは四苦八苦で、ようやくのことで「帽子の女」を便座に座らせることに成功すると、酔い潰れているように見せかけるためにジンをふりかけ、最後に帽子を目深にかぶらせた…

アンジェ「どうにかなったわね……」

ドロシー「だな。あとは退散するまで大人しく振る舞っていればいい」

アンジェ「そうね」

ドロシー「まったく、ひどいパーティだぜ……おかげで酔いも覚めちまった」

アンジェ「結構ね、酔っ払いの相手はしたくないもの」
712 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/09/25(水) 02:00:46.73 ID:s7DLD8+S0
…数時間後・メイフェア校…

ドロシー「ふぅ、今日はくたびれたぜ……とはいえ、無事に「帽子の女」を排除することもできたし、一日の成果にしちゃ悪くないんじゃないか」

アンジェ「そうね。それより身体の調子は?」

ドロシー「どうにかなってるよ、まだフラフラするような感じだが」

アンジェ「それはただの飲み過ぎね」

ドロシー「そりゃあどうも」

…ネストに立ち寄ってパーティ用のドレスから着替え、メイフェア校の部室に戻ってきた二人……ぐったりと倒れ込むようにして肘掛け椅子に座り込んで靴を脱ぎ捨てるドロシーと、呆れた様子で肩をすくめながらもドロシーの分まで片付けるアンジェ…

アンジェ「……ところで」

ドロシー「うん?」

アンジェ「さっきの事だけれど……ドロシー、貴女の言うとおりね。あの時はあれが最善の策だったと思うし、賢明な判断だったわ」

ドロシー「よせよ。こういうのはお互い様、だろ?」

アンジェ「いいえ、それだと私の気が済まないから……ありがとう」

ドロシー「いいってことよ……ただ、そこまで言うんならお礼の品でももらっておくかな♪」

アンジェ「……あげてもいいけれど、モノによるわ」

ドロシー「そうだなぁ……それじゃあお前さんが先週もらってからこのかた「隠し棚(カシェット)」で後生大事にしまって、一日に一枚ずつ食べている、リボンをかけたプリンセスの手作りクッキー……」

アンジェ「……」

ドロシー「……なんて言った日には、この部屋にしまってある毒薬を全部飲まされることになりそうだからな。壁の入れ込みに隠してあるレミー・マルタンをもらおうか」

アンジェ「そうね、そのくらいの頼みなら」カットグラスに琥珀色の液体を注いで渡した……

ドロシー「ありがとな……しっかしドレスを着ていたからあちこち締め付けられるし、ヒールを履いていたから足は痛むし……毎日のようにこれをやっているだなんて、プリンセスってのは大したもんだな」

プリンセス「……わたくしがなにか?」

ドロシー「っ!」

アンジェ「ただいま、プリンセス」

プリンセス「ええ、お帰りなさい……それでドロシーさん、わたくしがどうかしましたか?」

ドロシー「いや、プリンセスは毎日けったいなドレスやヒールの靴で踊ったりおしゃべりしたりで大変だって思ってね」

プリンセス「慣れてしまえばそう大変でもありませんよ?」

ドロシー「そうかもしれないが……それより、もうお休みの時間かと思っていたが」

プリンセス「ええ。わたくしもそろそろ寝台に入ろうかとは思っていたのですけれど、そろそろお二人が戻ってくる頃かと思って……それで、首尾はいかがでした?」

ドロシー「あー、まぁ……なんだ……」ちらりとアンジェの方に視線を向けた……

アンジェ「ドロシーときたら相変わらずの無鉄砲だったけれど、どうにかなったわ……」

…帽子の女を見つけ出して化粧室に連れ込んだところで立ち回りになったこと、その際にドロシーがアンジェをかばって毒薬を注射されたことや、試作品の解毒薬のおかげで助かったこと、そのあと何食わぬ顔でパーティ会場に戻って過ごし、誰にも疑われることなく帰ってきたことなどをかいつまんで説明した…

プリンセス「まぁ、なんてこと……それでドロシーさん、お身体は何ともありませんか?」

ドロシー「見ての通りピンピンしてるよ♪」

アンジェ「馬鹿は死んでも死なないように出来ているらしいわ」

プリンセス「あぁ、良かった……それにしてもアンジェをかばって毒針を受けとめるだなんて、わたくし、感謝のしようもないくらい……///」

ドロシー「なぁに「腕っこきエージェント」としてたまには格好を付けさせてもらわないとな……それに、礼ならもうもらってるよ♪」そういってコニャックのグラスを揺さぶってみせた……

プリンセス「まあ、アンジェったら……命の恩人へのお礼がたったそれだけ?」

アンジェ「いえ、だって……」

ドロシー「ああ、お互いにただの冗談なんだから気にするようなことじゃあ……」

プリンセス「いいえ、ドロシーさんはわたくしのアンジェを助けてくれたのですから……精一杯のお礼をさせていただくことにします♪」ドロシーの手からグラスを取り上げるとテーブルに置き、唇を押しつけた……

プリンセス「ん、んむ……ちゅ……ちゅぅ♪」

ドロシー「おい、ちょっとまっ……ん、んんっ///」

プリンセス「ぷは……さぁアンジェ、貴女も一緒に「お礼」をしないと♪」

アンジェ「……なるほど、言われてみれば、そういう「お礼」の仕方もあったわね」
713 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/10/02(水) 02:12:15.18 ID:+6YymPR70
ドロシー「待てよ、いくらなんでも冗談が過ぎ…………んむっ///」

アンジェ「ちゅる……ちゅ……っ♪」

…肘掛け椅子から跳ね起きようとするドロシーの胸元を「とん…っ!」と掌で突いて椅子に戻すとまたがるようにして覆い被さり、抗議の声を上げかけた口に舌を滑り込ませる……ねちっこく絡む唾液には熟成されたコニャックの味わいが混じり、唇を離すと朝露を帯びた蜘蛛の巣のような銀色の糸がとろりと垂れた…

ドロシー「んはぁ……っ、アンジェ、お前……ふざけるのもたいがいに……///」

プリンセス「ん、ちゅ……ぅ♪」

ドロシー「んんぅ……っ///」

…アンジェが唇を離したところで、あらためて出かかった台詞を吐き出そうと息を継ぐドロシー……が、文句を言う前にプリンセスがアンジェと入れ違いに唇を重ねる……アンジェのより少し柔らかく温かい唇が押しつけられ、就寝前に飲んだらしいミルクの甘い風味が口の中に広がっていく…

プリンセス「ふふ、ドロシーさんったらアンジェのことばっかり……わたくしの事も見てくださらないと嫌ですわ♪」

ドロシー「あのなぁプリンセス、こいつはいくらなんでもおふざけが……んんっ///」

アンジェ「ドロシー、私の事も気にかけてほしいものね」ドロシーの左側から顔を寄せ、首筋を甘噛みしながらうなじに息を吹きかける……

プリンセス「もう、ドロシーさんったらアンジェにばかりにかまけて……わたくしの事を忘れてしまわれてはだめ♪」右側から身体を近づけ、耳元にささやきかける……

ドロシー「や、やめ……同時に耳元でしゃべるなぁ……っ///」

アンジェ「あら、貴女が素直に「お礼」を受け取らないからいけないのよ……ふーっ♪」

プリンセス「わたくしとアンジェはドロシーさんに悦んでいただきたいだけですもの……れろっ♪」

ドロシー「ふわ……ぁぁっ///」

アンジェ「ここが弱いのは相変わらずね……ドロシー♪」かろうじて聞き取れる程度の声でそう言うと、耳たぶを甘噛みする……

プリンセス「遠慮なさらないで、ドロシーさん? 身体の力を抜いてわたくしたちに預けてくださればよろしいのですから……ね?」内緒話をするようにドロシーの耳元に手をかざし、甘やかすようにささやくと耳を舐めあげた……

ドロシー「あ、あっ……んあっ、ん……っ///」

アンジェ「プリンセス……♪」

プリンセス「アンジェ……♪」

…左右からくすぐるようにささやきかけてくるアンジェとプリンセスの声に身体の力が抜け、甘い吐息が漏れる……椅子の肘掛けをつかんでずり落ちないようにしているのが精一杯といったドロシーの顔の上で、アンジェとプリンセスが身体を伸ばして唇を交わし、それから示し合わせたように微笑を浮かべると、ドロシーの豊満な身体を締め付けているコルセットの結び紐を左右からほどき始めた…

プリンセス「ふふ、ドロシーさんのお肌は相変わらず綺麗ですね。それに張りがあって、まるでわたくしの手に吸い付くよう……♪」

アンジェ「まったく、この身体でいったい何人の女をたぶらかしてきたのかしらね?」

…コルセットを脱がし、窮屈そうにしていた白くずっしりした乳房があらわになると、左右から手を伸ばして愛撫するアンジェとプリンセス……それぞれの片手がドロシーの胸を優しく揉みしだき、もう片方の手が引き締まった腹部から下の方へと滑っていく…

ドロシー「はーっ……はぁぁ……っ♪」頬を紅潮させて額に汗を浮かべ、焦点の定まらない瞳で天井を見上げたまま、甘い喘ぎ声をあげている……

アンジェ「それじゃあ……指、入れるわよ」くちゅ……♪

プリンセス「ふふ、わたくしも……♪」ちゅく……っ♪

ドロシー「あぁ……んあ、ああぁ……っ♪」

プリンセス「ねえ、アンジェ……ひとつ思いついたことがあるのだけれど♪」アンジェと重ね合わせた手でドロシーの濡れた花芯をなぞりながら、意味深な表情を浮かべた……

アンジェ「ふっ、貴女も意外と意地悪ね……まぁいいわ」

プリンセス「あら、アンジェだってまんざらでもないくせに……♪」

アンジェ「さあ、何の事かしら?」

プリンセス「ふふふ、とぼけちゃって……それで貴女はどう思うの、『プリンセス』?」

アンジェ「どうかしら……わたくしには分かりませんわ『アンジェ』♪」

プリンセス「そう……ならドロシー、貴女ならどう思う?」ちゅく、ぬちゅ……っ♪

アンジェ「ドロシーさん、答えていただきたいわ♪」くちゅくちゅっ……ちゅぷっ♪

ドロシー「はひっ、あひ……っ……頭が……おかしくなるぅ……っ///」耳元で入れ替わりながらささやくアンジェとプリンセスに、脳の神経が短絡を起こしたような感覚を覚える……

アンジェ「ふふ、ドロシーさんに悦んでいただけて嬉しい限りですわ♪」

プリンセス「膝まで愛液でべとべとにして、結構なご身分ね」

アンジェ「あら、でもこれは「お礼」なのだから、ドロシーさんにはもっと気持ち良くなっていただかないと……そうでしょう、アンジェ?」

プリンセス「それもそうね、プリンセス……そういうわけだから続けるわね、ドロシー♪」ぐちゅ、じゅぷ……っ♪

ドロシー「はひゅ……っ、はひっ……いぃ゛っ♪」

………
714 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/10/10(木) 02:00:23.79 ID:AaYIyoXi0
…一時間後…

ドロシー「はひ……はへ……ぇ……」

アンジェ「ドロシーったらすっかりお疲れのようね」

プリンセス「そうね。でもわたくしはまだ……ねぇ、アンジェ///」

アンジェ「分かったわ」

…壊れた操り人形のように手足を投げ出し、息も絶え絶えといった様子のドロシーをよそに甘い口づけを交わすアンジェとプリンセス……普段は優しげなプリンセスの瞳は今や熱を帯びて爛々と輝き、アンジェの冷たい瞳もゆらめく炎のように光をたたえている…

アンジェ「あむ……んっ、ちゅ……♪」

プリンセス「ん、ちゅる……ちゅむ……っ♪」

アンジェ「あ、あっ……そこ……いいわ……」

プリンセス「アンジェ、わたくしにも……んっ、あ、あぁん……っ♪」

…音がしないよう敷かれている分厚い絨毯の上、花びらのように周囲に散らばったコルセットやペチコートの中で重なる白い身体……見回りの寮監たちもすでにベッドに入っている時間帯ではあるが、年相応の女の子が布団の中で内緒話をするように声を潜め、互いの耳元で甘い言葉をささやき合う…

アンジェ「好きよ、プリンセス」

プリンセス「私もよ、シャーロット……♪」

アンジェ「んっ……///」

…アンジェにとって、プリンセスのささやく「シャーロット」は無邪気に入れ替わりを楽しんでいた頃の懐かしさと暖かさを思い起こさせる言葉で、それを耳にするだけで氷のように冷徹な心が溶け、身も心も裸にされてプリンセスに見透かされているような気持ちになってしまう…

プリンセス「ふふ……可愛い♪」

アンジェ「可愛くなんてないわ……///」恥ずかしさを隠すように、ぷいと背中を向けてしまう……

プリンセス「そういう所が可愛いわ……♪」そう言うと中指をそっと背中に伸ばし、背骨に沿ってそっと撫でていく……

アンジェ「あ……んっ///」

プリンセス「ふふ、やっぱり可愛い♪」

アンジェ「……知らないわ///」

プリンセス「もう、意地っぱりなんだから……ところでアンジェ」

アンジェ「なに?」

プリンセス「今回の暗殺に使われていた毒だけれど、即効性はあっても持続性がなかったのでしょう?」

アンジェ「そうね」

プリンセス「王国のエージェントは一体どうやってその毒を実用化したのかしら」

アンジェ「ああ、そのことね……」床の上で仰向けになると、冷めた口調で淡々と話し始めた……

アンジェ「確かにあの毒自体には即効性があるけれど、効果の方もすぐ消えてしまうから共和国の方では「役に立たない」と考えて開発を中止していた」

プリンセス「ええ」

アンジェ「けれど、あの帽子の女が持っていた薬は一種類だけじゃなかった」

プリンセス「そう言っていたわね。でも、わざわざ二種類の毒薬を用意するくらいなら最初から一種類で済む毒を持っていけば良いように思えるのだけれど」

アンジェ「二種類とも毒薬ならね」

プリンセス「……どういうこと?」

アンジェ「女が持っていた薬のうち片方は毒薬で、もう一つはその毒薬の効果を持続させる薬だった……もちろん、詳細な働きや成分はコントロールに調べてもらう必要があるでしょうけれど」

プリンセス「それじゃあ、つまり……」

アンジェ「あの会場にいた全員が「毒薬を持続させる」方の薬を摂取していたわけね」

…プリンセスの優しくいたわるような愛撫に身をゆだねたまま、冷静な口調で淡々と続ける……硬くなった乳房の先端をつままれたりすると少し声が乱れるが、話し方に変わりはない…

アンジェ「……とはいえ、それだけでは何の害にもならない。これなら同じものを食べたり飲んだりしている人間がいるから毒殺を疑われることもないし、自分は「持続薬」の方を飲まないでおけば、口移しで毒を飲ませることだってできる」

プリンセス「そんな毒薬が……」

アンジェ「ええ。もっとも、今回の件でからくりは判明した……共和国の研究部門も忙しくなるでしょうね」

プリンセス「……シャーロット」

アンジェ「気にしなくていい。私は貴女のためなら毒だって飲み干せる」

プリンセス「もう……それじゃあシャーロットにはわたくしの毒をうんと飲み干していただくわ♪」そう言って唇を重ね、舌を絡めた……
715 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/10/30(水) 01:26:44.17 ID:pRKXr6aq0
…case・アンジェ×ベアトリス「The Dreamer」(夢見る人)…

…ある日のこと・教室にて…

紅いリボンを付けたクラスメイト「ねえ、ベアトリス」

ベアトリス「なんですか?」

…ベアトリスに話しかけてきたのは豊かな巻き毛をリボンでまとめているクラスメイトで、貴族の令嬢とは言いながらも意外と気さくで年相応に噂話やファッションにも興味があり、もちろん王室……ひいてはプリンセスの話題も好きな少女だった……そして金属の喉をつけたベアトリスにも分け隔てなく接してくれ「プリンセスの話題を聞き出す」と言ったような打算も抜きに良くしてくれるいい人間ではあったが、少々お節介やきな所があり、情報活動をしているベアトリスとしてはありがた迷惑な、ちょっと付き合いにくいクラスメイトだった…

リボン「貴女って占いとかには興味ある?」

ベアトリス「占い、ですか?」

リボン「そうなの。すっごく当たるって最近話題になっているのよ?良かったら一緒に行きましょうよ」

丸眼鏡のクラスメイト「その人は毎週とある邸宅で会を開いていて、普通ならお願いしても半年は待たないといけないらしいのだけれど、今度わたくしのお知り合いが紹介してくれるって言うの」

つり目のクラスメイト「こんな機会は滅多にないわよ、どう?」

ベアトリス「えぇと、そうですねぇ…お気持ちは嬉しいですけど……」

…どちらかと言えば地味で引っ込み思案なベアトリスは、いきなり積極的に話しかけてきたお嬢様たちの勢いに少々閉口している……上手い断り方を考えている間にも目を輝かせ、にぎやかに誘ってくるクラスメイトたち…

リボン「それにほら、あなたって普段からシャーロット王女のお側仕えで忙しそうで、私たち級友なのになかなか一緒にお出かけする機会もないし」

丸眼鏡「そうそう、せっかくの機会だしちょっとくらいは良いじゃない。王女さまだってそのくらいは許してくれるわよ、ね?」

つり目「そうよそうよ。私たちね、もっとあなたとお話してみたいなって思っていたんですもの!」

ベアトリス「えーと、こればかりは私の一存では決めかねることなので……王女様に相談してみますね?」

つり目「まぁ嬉しい!楽しみにしているわね!」

丸眼鏡「もしお休みが頂けそうにないなら、わたくしたちからも口添えしてあげるわ!」

リボン「せっかくの機会ですもの、ぜひご一緒しましょうね♪」

…数時間後・部室…

ベアトリス「……ということがありまして」

プリンセス「まぁ、それは楽しそうね。ぜひ行っていらっしゃいな♪」

ベアトリス「でも、私は姫様のお側にいないと……」

ドロシー「なぁに、プリンセスがじきじきにそうおっしゃっているんだ。遠慮しないで行ってくりゃいいさ」

プリンセス「ドロシーさんの言うとおりよ、ベアト。わたくしに尽くしてくれるのは嬉しいけれど、たまには級友の皆さんとお出かけして交友関係を持つことも大事よ」

ベアトリス「そうですか、姫様がそうおっしゃるのなら」

アンジェ「……それにしても占い、ね」

ベアトリス「アンジェさん、どうかしましたか?」

アンジェ「いいえ。ただ、かつて占いだの魔術だのがアテになった試しはないわ。あんなものは大抵の場合はトリックか、どうとでもとれる言葉を上手く使って相手を煙に巻いているだけ」

プリンセス「まぁ、アンジェったら夢がないわね」

ドロシー「こいつはそういう冷血女さ……前にカード占いをしたときだってそうだったしな」

アンジェ「現実主義者なだけよ」

ベアトリス「まぁまぁ。とにかく姫様のお許しが頂けたのですから、今度行ってみますね」

プリンセス「ええ、楽しんでいらっしゃい♪」

アンジェ「くれぐれもエージェントであることを見透かされたりしないよう、気を落ち着かせて行くように」

ベアトリス「分かりました」

ドロシー「ついでに来週のお天気も占ってもらってきてくれよ」

ベアトリス「もう、からかわないでくださいよ」

ドロシー「はいはい……ったく、占いで宿題が出されるかどうか分かれば良いのにな」

アンジェ「そんなことを言っている暇に手を動かせば良いだけよ」

ドロシー「言ってくれるぜ」
716 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/11/12(火) 01:17:22.05 ID:LRRAtRg+0
…数日後…

ベアトリス「……ここ、ですか」

リボン「ええ、そうよ」

眼鏡「なんだかずいぶん雰囲気のあるお屋敷ね……」

…ロンドン市内でも再開発が進まなかった一画にひっそりと建っているチューダー様式のお屋敷は、長い年月と煤煙で黒っぽくすすけていて、どこか重苦しい雰囲気を漂わせている……庭はそれなりに手入れされていて、緑の木々やバラの棚も整えてあったりするが、背の高い樹木がかえって陽光を遮り、お屋敷に暗い影を落としているような印象を与える…

つり目「なぁに、この歳にもなってまだお化けが怖いのかしら?」

眼鏡「別に怖いだなんて言ってないでしょう!ただ、全体的に古めかしいし薄暗いから……ねぇ、ベアトリスもそう思うわよね?」

ベアトリス「そうですね、ちょっぴり薄気味悪いです……」

眼鏡「ほら、ベアトリスだってそう言っているじゃない」

リボン「おしゃべりはいいから行きましょうよ」玄関のドアノッカーを鳴らすと年月を経て黒ずんだ樫の扉が音もなく開き、黒髪を垂らしたハウスキーパーのメイドが出てきた……

メイド「……どちら様でございましょう」

リボン「こ、こちらの「占いの会」に参加しに来たのですけれど……」

メイド「さようでございましたか……では、どうぞ中へ」リボンの陽気な女学生が多少おずおずと招待状を渡すと、一礼して館へと招き入れた…

…邸内…

眼鏡「……中は意外と普通なのね」

つり目「確かにね。表のお化け屋敷みたいな雰囲気に比べるとずいぶんまっとうだわ」

メイド「お嬢様方、どうぞこちらへ……奥様は間もなく参りますので、どうぞお茶など」

リボン「え、ええ」

…廊下には深いえんじ色を基調にした厚手の絨毯が敷き詰められ、吸い込まれるかのように足音一つしない。廊下のあちこちにはそれなりに価値のありそうな絵画や飾り物が並んでいるが、光の加減によるものかどれも薄暗く陰鬱な感じに見える……天井から吊るしてあるシャンデリアやガス燈、あるいは所々で緑色の光を放っているケイバーライト燈はそれなりに数があって、邸内を明るく照らしていても良いはずなのだが、天井から下がっている飾り布や館の造りのためか限られた部分にしか光が届いておらず、かえってほうぼうに薄暗い影を作っている…

ベアトリス「……」

リボン「なぁに? ベアトリスったらそんなに怖いの?」

ベアトリス「あっ、すみません……///」リボンの女学生の腕に身体を寄せていたが、慌てて離れようとする……

リボン「……いいわよ、ちょっと薄気味がわるいものね」

…客間…

つり目「……良かった、この部屋は明るくて安心するわ」

眼鏡「なによ、散々わたしを怖がり呼ばわりしたくせに」

リボン「無理もないわよ、なんだかゾッとするような雰囲気だったもの」

…どことなく薄気味の悪いお屋敷の中を進んできたベアトリスたちは、明るく居心地の良い客間に内心ほっとしつつ、おっかなびっくりで歩いてきた互いの様子をからかいあった……室内の壁には何枚もの絵画や、錬金術か占星術の法則と思われる正体不明の図版、まるで生きているかのように見える剥製の鹿の頭が飾られていて、剥製のガラスでできた目玉が室内を映し出している……剥製の下には身長に少し足りない程度の大きさをしたキャビネットが置かれていて、ガラス戸の中には乾燥させたハーブや正体不明の乾燥植物、色とりどりの液体、古めかしい厚手の本などが整然と並んでいる…

つり目「何かしら、錬金術とか魔術の道具みたいね」

リボン「うかつに触るとイボガエルにされちゃうかもしれないわよ?」

つり目「よしてよ……」

メイド「失礼いたします」つり目の女学生が慌てて後ずさりをした矢先にメイドがノックをして入って来た……彼女が手押し車に載せてきたティーセットを並べると、ベアトリスの級友たちは年相応の女の子らしくお菓子を吟味し、甘いお茶でくつろぎはじめた……

眼鏡「結構なお味ですわ」

つり目「ええ」

リボン「ベアトリスさん、いかが? 素敵なバッテンバーグケーキよ」

ベアトリス「そうですね、いただきます」美味しい紅茶をお供に級友や王室の方々、あるいはスキャンダルになった時の人を話題に盛り上がるベアトリスたち……

メイド「奥様の準備が整いますまで、もうしばらくお待ちくださいませ……紅茶のお代わりをお注ぎいたしましょう」

ベアトリス「……?」

リボン「どうかしたの?」

ベアトリス「あぁ、いえ。なにか視線を感じたような気がしたんですけれど……気のせいだったみたいです」

つり目「このお屋敷だもの、どこかから幽霊が見ているのかもしれないわよ?」

眼鏡「もう、ケイトったら止めなさいよ!」
717 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/11/19(火) 02:14:16.55 ID:wslX6sAD0
…しばらくして…

メイド「失礼いたします。奥様の支度が整いましたので……どうぞこちらへ」

リボン「ええ」

つり目「どんな占いをするのかしら……なんだかドキドキしてきたわ」

ベアトリス「そうですね」

…占いの間…

女主人「ようこそ、わたくしの館へ……さ、どうぞお掛けになって?」

リボン「……ではお言葉に甘えて」

…メイドに連れられてやってきた一室には「奥様」と呼ばれている女主人が窓を背に背もたれの高い椅子に腰かけていた……女主人は見たところぽっちゃり気味の中年女性にすぎないが、どこか浮世離れした雰囲気をかもし出していて、袖口に時代がかったレースがあしらわれたゴシック風の黒っぽいドレスもあいまって、年齢をおしはかりにくい……声はどちらかと言えば甘いような声質で、たるみの目立ちはじめた顔にはそぐわない…

つり目「失礼します」

女主人「かしこまらなくてもよろしいのよ? 可愛らしいお嬢さま方。そのお年でわたくしの「占いの会」にご興味があるなんて光栄なことですし……わたくしのささやかな声と導きで、貴女方の悩みが少しでも晴れればそれに勝ることはございませんわ……さぁ、そちらのお嬢様も遠慮なさらずに♪」

ベアトリス「えぇと……それで、私たちはなにか準備をしたほうが良いのでしょうか?」勧められた椅子におずおずと腰かけ、部屋の左右にそっと視線を巡らしながらたずねた……

女主人「そうですわね、ではまずは緊張をほぐしていただいて……お願い」

メイド「はい」

…メイドが女主人の後ろにあった窓に重くずっしりしたカーテンを引くと途端に室内が闇に包まれ、一寸先も見えぬ暗がりになった……と、女主人が手元にあったマッチを擦り、卓上の風変わりな形状をした燭台に刺さっていた蝋燭に火を点す……蝋燭の明かりが落ち着くにつれて、室内の装飾や家具がぼんやりと見えるようになってきたが、奇妙な装身具や占い道具とおぼしき不思議な小物がちらちらと照らされると、後ろの壁に不気味な怪物の姿のような影となって揺らめいた…

女主人「では、始めさせていただきましょう……どうぞ隣の方と手を取り合って……」

………



…その日の晩…

ベアトリス「すみません、遅くなりました」教師の一人に雑事を言いつけられ、それを済ませてから小走りでやって来た……

アンジェ「ええ……それで、占いはどうだった?」

ドロシー「あぁ、そういえばそんなことを言ってたな……で、来週の天気はどうだって?」

ベアトリス「いえ、そのことなんですが……」

ドロシー「どうした?」茶化すように尋ねたが、深刻そうなベアトリスの表情を見て一気に真剣な面持ちに変わる……

ベアトリス「それが……私も最初は半信半疑だったんですけれど、あの人は本当に魔力か何かを持っているのかもしれません……」

ドロシー「おいよせよ、占星術だのなんだのに凝ってるオールドミスじゃないんだぜ?」

ちせ「ふむ……占いと言えば「当たるも八卦当たらぬも八卦」というが、そう申すからには相当だったのじゃな?」

ベアトリス「はい。だって私たちの悩み事やこれから起きそうな事を、あいまいな言い方じゃなしに予言するんです……ちょっと背筋が寒くなるくらいでした」

アンジェ「くだらない。占いで将来が見えるものなら、コントロールやノルマンディ公は私たちのような人間の代わりに占い師を雇っているはずよ」

ベアトリス「それはそうかもしれませんけど……」

プリンセス「まぁまぁ、アンジェ……それで、その「占った」具体的な内容と言うのは?」

ベアトリス「はい。まずはケイトさんの学校の成績が振るわないこと……それもラテン語が苦手で、明後日のテストが気になっていることまで」

アンジェ「……続けて」

ベアトリス「それからシャーリーさん……今回私たちを連れて行ってくれたリボンの同級生ですけれど……彼女のおうちでおじいさまが亡くなったこと」

ドロシー「それから?」

ベアトリス「エミリーさん……眼鏡の子ですけれど、彼女が飼い猫のことを大事に思っていて、寄宿舎に連れてこられないので寂しく思っていること」

プリンセス「それで、ベアトは?」

ベアトリス「わ、私は……///」

ドロシー「どうした、お互いにエージェントとして人には言えないような秘密を共有する仲じゃないか? 言いふらしたりからかったりするような真似はしないから言ってみろよ」

ベアトリス「それが、その……私には心に秘めた人がいる……って///」

ちせ「ふむ……」

プリンセス「まぁ♪」

ドロシー「なるほど……」
718 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/11/21(木) 00:54:10.65 ID:Y2QH/qTy0
ベアトリス「これだけじゃないんです。他にもいくつか占ってもらった事はあったのですが、それも当たっていて……」

ちせ「むむ……西洋には魔女というやつがいるとは聞いておったが、なかなかに面妖なものじゃな」

ドロシー「……」

アンジェ「……なるほどね」

プリンセス「アンジェ?」

アンジェ「今のベアトリスの話を聞くと、その「占い師」が「予言」したことは三つのパターンに分けられる」

ベアトリス「三つ?」

アンジェ「そう。いずれも多少の洞察力があれば簡単に分かる類のものよ」

プリンセス「……それで、その三つのパターンというのはどういうものなのかしら?」

アンジェ「これから説明するわ……まず一つめ。あいまいで誰にでも当てはまりそうな事柄」

ドロシー「例えばラテン語の書き取りやテストに苦労しているなんて「お告げ」がそれだ」

ベアトリス「でも、占い師さんはケイトさんの成績が振るわないなんてことは知らないはずですよ?」

アンジェ「年頃の女学生が頭を悩ませていることなんて、たいていは成績か恋愛くらいなものよ。大した想像力もいらない」

ドロシー「もし間違っていたとしても『この中の誰かの悩みが聞こえてしまっているようです』とかなんとか言ってごまかせば、誰か一人くらいは当てはまる奴がいるはずだ」

プリンセス「確かにそうね。それで、二つ目は?」

アンジェ「下調べをしておけば分かること……占いに来た人の家族が亡くなったとか親戚が結婚したとか、そういう類の「お告げ」ね」

ドロシー「その占い師のばあさんは予約をしてからじゃないと占ってくれないんだろ? きっとその間にお客はどこの誰でどんな親戚がいて、いつ結婚したとかじいさんが亡くなったとか、そういう情報を調べ上げているとみるね……その占い師のばあさんだが、まず間違いなく私立探偵のお得意さまだろうな」

ちせ「ふむ……では三つ目は?」

アンジェ「洞察力で見抜けるパターンね。その眼鏡の子が猫を飼っていることや寮に連れてこられないこと……こういうことは相手の言動を注意深く観察していると意外に気付く」

ベアトリス「でも、どうして猫だって分かったんでしょうか? 犬やハリネズミだっておかしくないはずです」

アンジェ「犬を飼っている人間と猫を飼っている人間は言動に違いがある」

ドロシー「例えばだが……その眼鏡っ子は紅茶にミルクを入れるとき、無意識に皿にもミルクを注ごうとして慌ててやめたりしていなかったか?」

ベアトリス「いえ、確かそういった行動はしていなかったと思います……」

ドロシー「ま、こいつは一つの例えだからな。他にも猫が逃げ出さないよう、ドアを細めに開けてすぐ閉めるとか……判断材料は色々あるさ」

ベアトリス「分かりました、そこまでは確かに洞察できると言うことにします……でも、私を占った時の「お告げ」はどうなるんですか?」

アンジェ「恋愛なんて言うのは占い師がもっとも相手にする分野だもの、むしろ真っ先に言われることでしょう」

ベアトリス「でも、そういうありきたりの言い方じゃなくて……遠回しで他の人には分からない言い方でしたけれど、間違いなく私にしか当てはまらないことでした」

プリンセス「そうなの、ベアト?」

ベアトリス「えっ? ええ、そうでした……姫様///」

アンジェ「それもおそらくは洞察したのでしょうね。貴女が王女のお付きをしていることは調べれば分かる、そしてプリンセスが敬愛するに値する人柄であることも間違いない」

プリンセス「お褒めにあずかり光栄だわ、アンジェ♪」

アンジェ「どういたしまして……そして貴女の思慕の対象がプリンセスかどうかは、気付かぬようにカマをかけてその反応をうかがっていたはず」

ドロシー「そしてお前さんはまだまだポーカーフェイスの上手な部類とはいかないからな……きっと表情で読まれちまったんだろう」

ベアトリス「で、でもっ……!」

アンジェ「まだ何か?」

ベアトリス「その占い師さんは本当に細かなことも言い当てることが出来たんですよ? それこそ、エミリーさんが今朝ティーカップを落としてしまった事まで……」

ドロシー「ぷっ……♪」

ベアトリス「何がおかしいんですか?」

アンジェ「より簡単な方法も使っていると分かったからよ……その「占いの会」が開かれるまで、屋敷のどこかで待たされなかった?」

ベアトリス「え、ええ……なんでも支度があるとかなんとかで、お茶を出していただいて……」

ドロシー「それだな。おそらくその部屋のどこかには隠し穴があって、お前さんたちをこっそりのぞき見し、会話も盗み聞きしていたのさ」

ベアトリス「えっ……!」

アンジェ「でなければそんな細かな話題を調べることなんて出来るわけがない……中世のころから変わらないインチキの手口ね」
719 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/11/29(金) 01:21:00.40 ID:arkuOjKV0
…しばらくして…

ベアトリス「ふわぁ……ご、ごめんなさい」あくびが出そうになり、顔を赤らめて謝った……

プリンセス「ふふ、ベアトも今日は色々と疲れたでしょう。先に休んでいて構わないわ」

ベアトリス「でも、姫様……」

プリンセス「いいのよ、ベアト……その代わり、わたくしのお布団を整えておいてもらえるかしら?」

ベアトリス「もちろんです、姫様」

ちせ「確かにもうこんな時刻じゃ、私もお暇させていただこう」

ドロシー「ああ、ゆっくり寝ろよ」

アンジェ「お休み」

プリンセス「お休みなさい♪」

ドロシー「……なぁアンジェ、さっきのベアトリスの話だが」ベアトリスとちせが静かにドアを閉めて出ていくとドロシーはカップに残っていた紅茶を飲み干し、あきれたように肩をすくめた…

アンジェ「ええ」

ドロシー「どう思うよ?」

アンジェ「まともに取り合うだけバカバカしいわ」

プリンセス「あら? せっかくの機会ですもの、ちょっと行ってみたいと思ったのですけれど♪」

ドロシー「おいおい、勘弁してくれ……」

…数十分前…

ベアトリス「それで、シャーリーさんが寮への帰り道に「ベアトリスさん、今度機会があったらシャーロット王女様もお誘いになってみてはいかがかしら?」って言っていました。もちろん、私としては答えようがないのでどちらとも言いませんでしたが」

………



ドロシー「あいつら、はじめっからそれが狙いだったんだろうさ」

アンジェ「ベアトリスを餌にプリンセスを釣ろうとしたのね……プリンセスとお近づきになりたい、プリンセスの言動ならなんでも知りたいという熱烈な支持者は少なくないもの」

プリンセス「わたくしとしては、それだけ皆さまが愛してくれているのだと思っておりますけれど」

ドロシー「だからといってどこの馬の骨ともしれない占い師のところに気軽に行く訳にもいかないだろう……たとえお忍びで出かけるにしたってな」

アンジェ「それにもし占いの最中に妙な託宣を告げられて、それをきっかけに正体がバレるような事態になっては困る」

プリンセス「だからといって、せっかくのお誘いをむげに断るのもシャーリーさんたちの気持ちを害することになるのではないかしら?」

アンジェ「それは分かっているわ、だからといって素直に行くのも考え物よ」

プリンセス「そうかもしれないけれど……」

ドロシー「……それならアンジェ、お前さんが行ってきたらどうだ?」

アンジェ「私が?」

ドロシー「ああ。お前さんなら入れ替わったところでバレやしないし、もし不測の事態があったところで対応できるだろう」

プリンセス「そうね、それなら良いかもしれないわ♪」

アンジェ「あいにく黒蜥蜴星人は占いなんて迷信は信じないの」

ドロシー「お前さんが占いを信じているかどうかなんて気にしちゃいねえよ。プリンセスの代わりとして占い婆さんに水晶玉だか手相だかを見てもらえばいいって言ってるのさ」

アンジェ「気が進まないわ」

プリンセス「あら「この世界では、たとえやりたくない任務でもこなさなければならない」って教えてくれたのはアンジェよ?」

アンジェ「……」

ドロシー「決まりだな。今度ベアトリスを通して「プリンセスも行きたがっている」と伝えさせるとしよう」

プリンセス「わたくしの代わりにたくさん占ってもらってきてね、アンジェ?」

アンジェ「せいぜいあきれたような表情が出ないよう努力するわ」

………

720 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/12/11(水) 01:59:39.93 ID:1hf25taZ0
…数日後…

ベアトリス「あの、シャーリーさん……少しいいですか?」

リボン「ええ、もちろんよ♪ どうかして?」

ベアトリス「はい、その……今度の「占いの会」について、姫様にお伝えしたのですが……」

リボン「ええ」

ベアトリス「えぇと、その……姫様がおっしゃるには「お忍びで参加してみたいので、くれぐれも内密にお願いします」とのことでいらっしゃいました」

リボン「まぁ、本当に?」

ベアトリス「はい。もっとも公務が優先ですから、日取りの都合が付かない場合はご容赦いただきたいとのことでした」

リボン「分かりましたわ。それじゃあベアトリスさんに「占いの会」が行われる日取りを教えてあげるから、どうぞ王女様と相談の上でお決めになって?」

ベアトリス「ありがとうございます。そうさせてもらいますね」

リボン「いいえ、シャーロット王女様は日頃からお忙しい限りですもの。たまにはこうして風変わりな体験をなさるのも良い息抜きになるはずですわ」

ベアトリス「そうですね、それとお忍びですから……」

リボン「もちろん、私とあなたの間の胸の内に留めておきます♪」そう言うと「任せておいて」と、女学生としては少々はしたないウィンクを投げた……

ベアトリス「……ふぅ」

…夜…

アンジェ「……それで、その「占いの会」とやらはこの日付で行われるのね」

ベアトリス「少なくともシャーリーさんはそう言っていました」

アンジェ「なるほど……ドロシー、貴女はどう思う?」

ドロシー「まぁいいんじゃないか? 行ってくればいいさ」

アンジェ「頼りになる意見ね」

ベアトリス「えーと……ともかく、この日付が空いているところだそうですから」

アンジェ「分かった、それじゃあこの日を候補にしておきましょう。不都合があった場合はその次の週も大丈夫そうだと伝えておいて」

ベアトリス「分かりました」

アンジェ「それから当日だけれど、貴女にはプリンセスのお付きとして振る舞ってもらう」

ベアトリス「はい」

ドロシー「私はプリンセスの守りにつくからバックアップには回れないし、ちせはちせで堀河公との面談が入っている……アンジェがいるから大丈夫だろうが、くれぐれもボロを出さないようにな」

ベアトリス「もちろんです」

ドロシー「はは、頼もしいな♪」

アンジェ「他の参加者については?」

ベアトリス「はい。占い師さんの紹介状は前回いただきましたから、私の紹介と言う形でアンジェさん、それとエミリーさんとシャーリーさんが一緒に行くことになります」

ドロシー「必ず四人なんだな」

ベアトリス「例外もないわけではないようですけれど、たいていはそうみたいですね」

ドロシー「何か意味があるのかねぇ」

アンジェ「さぁ……いずれにせよ、目くらましが二人いればこちらも目立たなくて済むかもしれないわ」

ドロシー「どうだろうな……ともかく日取りは分かった。その日で行くとしよう」

アンジェ「ええ」

ベアトリス「分かりました」

………

721 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/12/18(水) 02:00:38.32 ID:1X7Fz/Vc0
…「占いの会」当日…

眼鏡「それじゃあ今日はよろしくお願いいたします」

リボン「王女様とご一緒出来て光栄ですわ」

アンジェ「こちらこそ。エミリーさん、シャーリーさん、お二人がわたくしの事を誘ってくださって嬉しいかぎりです……ね、ベアト?」

ベアトリス「はい、姫様♪」

…普段の仏頂面はどこへやら、プリンセスになりきってにこやかに笑みを振りまいているアンジェ……日頃からプリンセスの一挙手一投足をよく見ているベアトリスですら信じ込みそうになるアンジェの偽装ゆえ、二人の女学生は身代わりであることにまったく気付かない…

眼鏡「いえ、そんな……王女様からそのようなお言葉を頂けるなんて……///」

アンジェ「ふふっ、今日は一人の女学生として「お忍び」で行くのですから、そうかしこまらずに♪」

眼鏡「は、はい///」

リボン「車の方は私が用意しておきました。窮屈で申し訳ありませんが、どうぞお乗りください」

…艶のある黒い車体に銀の縁取りを施したロールス・ロイス(RR)乗用車が停まると、雇われ運転手がさっと降りて客席のドアを開け、踏み段を地面に置く……アンジェたちが楽しげに談笑しながら後部座席に乗り込むと運転手がドアを閉め、車をスタートさせる…

アンジェ「いいえ、こうして膝をつき合わせて出かけるのもまた楽しいです♪」

眼鏡「王女様とこんなお近くで話をするのは初めてです……///」

アンジェ「ふふっ、今日はただの「シャーロット」ですよ……くれぐれも占い師さんに気付かれないように♪」

リボン「はい♪」

…占い師の邸宅…

アンジェ「まぁ、このお屋敷が……」

リボン「いかにもな雰囲気がありますよね?」

アンジェ「ええ、そうですね……なんとも風格のあるたたずまいですわ」

眼鏡「そ、それじゃあノックしますね」ノッカーを叩くと、前回と同じメイドが出迎える……

メイド「ようこそお越し下さいました……それと失礼ながら、お嬢様はご友人からの紹介状はお持ちでしょうか?」

アンジェ「はい」

メイド「確かに……ではどうぞ、中へ」

アンジェ「……まぁ、何とも歴史ある雰囲気ですわ(室内の調度はわざと陰影が濃く、おどろおどろしい影が生まれるように配置されている……)」

メイド「奥様の用意が整いますまで、しばらくお待ちいたくことになりますので……どうぞこちらへ」

…客間…

メイド「お茶をお持ちしましたので、お召し上がりになってお待ち下さい」

アンジェ「ええ、ありがとう(薄暗く気味の悪い廊下から明るい客間に入ることで、ほっとした「客」は口が軽くなる……)」優雅に紅茶を楽しみつつ、視線の片隅で室内をさっと探る……

アンジェ「……まぁ、美味しい♪(室内に焚かれているこのお香も、緊張をほぐす系統のものね……)」

リボン「それで、私は寮長先生に見つからないように……」

アンジェ「あらあら、ふふふっ♪」

…表情一つ変えずに談笑しながら、室内のからくりを次々と見抜いていくアンジェ……壁に掛けられている絵画の何枚かと、剥製にされた鹿の目玉にはまっているガラスは微妙にしっくりしていない所を見るに、向こうから見聞きできるよう隠し窓が設けてあるようで、口に運んだケーキには自白剤にも使われる鎮静作用のあるハーブが練り込んであるらしく、舌先に残らない程度に独特の青い風味がした…

ベアトリス「それで言ったら、私も前に……♪」そうとは知らないベアトリスと二人の級友は気付かぬうちに舌が軽くなり、普段なら口に出すことのないようなデリケートな事柄について嬉々としてしゃべっている……

アンジェ「そういうことでしたらわたくしも……♪」一人だけ効果がないようでは怪しまれるので、あえて一か所だけ事実とは違う……しかし他は間違っていないことを「暴露」する……

眼鏡「えぇ? シャーロットさんにもそんなことが?」

アンジェ「それはもう……なにせわたくしだって女の子ですもの♪」

ベアトリス「もう、そんな話題でおしゃべりするなんて……はしたないですよ」

リボン「まぁまぁ、そう肩肘張らなくたって良いじゃない♪」

メイド「……失礼いたします、奥様の準備が整いました」

リボン「まぁ、待ちかねていたところです♪」

メイド「お待たせして申し訳ございません……では、どうぞこちらへ」

アンジェ「……(いよいよね)」
722 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/12/26(木) 01:11:14.55 ID:KTpDCFja0
女主人「……ようこそいらっしゃいました。どうぞお掛けになって?」

リボン「ええ」

眼鏡「はい」

ベアトリス「よろしくお願いします」

女主人「それと、そちらの方は初めてでいらっしゃるわね? ……どうぞ気を楽にして下さいましね」

アンジェ「お気遣いありがとうございます、なにとぞよろしくお願いいたします」

女主人「これはご丁寧に……さて、それぞれのお席に座っていただいた事ですし、早速始めさせていただきましょう」

…そう言ってメイドに厚手のカーテンを閉めさせ、燭台の蝋燭に火を点す……そして隣同士でそれぞれ手を繋ぐように言われたアンジェは左手をベアトリスと、右手を女主人と握った……明滅する蝋燭が背後の調度やアンジェ達の影を大きく揺らめかせ、どちらかと言えばぽってりした女主人の手がなれなれしいくらいの様子でアンジェの手を包む…

アンジェ「……」

女主人「大丈夫ですわ、どうか気を楽にして……ゆったりと……星々の流れに身を任せるように……」

…どちらかと言えば特徴のない地味な中年女性から出ているとは思えないくらいの甘ったるい声が陶酔したようなぼんやりした響きを帯びて、上の空とでもいうような態度でつぶやき始める…

アンジェ「……(よくあるタイプの占い師ね)」表向きはどうなるかと興味津々、実際は醒めた態度のアンジェ……

女主人「なにかしら、どなたかのイメージがわたくしの頭に入って来ておりますわ……犬……いいえ、猫……茶色……いえ、しま模様の……」

眼鏡「あ……それ、私です」軽いトランス状態とでもいえそうな女学生が声をあげた……

女主人「そう……以前の悩みは解決できたようですわね」

眼鏡「はい、おかげで新しい猫ちゃんと友達になれました……」

女主人「そう、「ミセス・シフォン」と仲良しになれて何よりですわね」

眼鏡「わ、名前まで分かるんですね……///」

女主人「それだけ貴女の気持ちがはっきりと伝わって来ておりますわ」

眼鏡「そんな細かいところまで分かるんですね……ちょっと恥ずかしいです///」さきほどお茶を飲みながら話した猫の話をすっかり盗み聞きされているとも知らず、感心しきりの女学生……

女主人「大丈夫、本当に秘密にしたいことは無意識のうちに心の奥へとしまい込まれるものですから……ですからどうぞ安心なさって……ゆーっくり息をして……」

アンジェ「……」

女主人「ところで、貴女からはとても強いものを感じます……さまざまなもの……なにか、とても大きなものを背負っている……いかがかしら?」

アンジェ「まぁ、その通りですわ」

女主人「そうでしょうね、貴女の背負っているものはとても大きい……何かしら……家名……いえ、もっと格のある……街……いいえ、それよりもさらに規模がある……もしかして、このアルビオン王国かしら?」

アンジェ「ええ、その通りですわ……」

女主人「それはそれは。お姫様と占いの会を開けるのは光栄な事ですわ……もっとも、称号のことはしばしお忘れになって……草原で寝転ぶように、肩の力を抜いて……深呼吸をなさって……」

アンジェ「すぅ……はぁ……」

女主人「……貴女のお気持ちでしょうか、椅子が見えます……ひとつ、ふたつ……いいえ、三つ……四つ……そして王冠の載っている椅子が一つ……」

アンジェ「……」

女主人「四つの椅子は王冠のまわりに並んでおります……一つの椅子はかなり離れていて、もう一つの小さな椅子も少し遠い……一番近いのは一番大きい椅子ですけれど、どうやら、貴女の椅子は二番目に王冠に近いように見えます」

ベアトリス「……っ、すごい」小声で感心したような声を漏らす……

アンジェ「それで、他は何が見えますでしょうか?」

女主人「ええ……色々なものが混在しておりますからなかなか……お嬢様方のお洋服……いえ、制服のようなものが見えるようですわ……こちらはひとつ、ふたつ……三着あるように思えます」

アンジェ「三着?」

女主人「そうですわ……制服は協調の現われ、そして貴女の考えに浮かんでいるということは、距離の近い方やお友達かしら?」

アンジェ「おそらく学校での友人たちかと……素晴らしい能力をお持ちなのですね♪」

女主人「いいえ、めっそうもない……多少『観る』力が強いだけですわ」

アンジェ「……では、一つお願いが」

女主人「ええ、わたくしに出来る限りのことでしたら♪」

アンジェ「まぁ、助かりますわ……では……」
723 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/01/07(火) 01:27:39.35 ID:LNHzMssr0
アンジェ「わたくし、少々悩んでいることがあるのですが……」

女主人「ええ、そのようですね……無理もありません、世の中の人はみな大小それぞれ悩みを抱えているものなのです……」

アンジェ「確かに……では、その悩みを解決する手立てを観てはいただけないでしょうか?」

女主人「なるほど。しかし貴女のお悩みは一つだけではないご様子……どのお悩みについてか絞っていただきませんと……ね?」

アンジェ「はい。では、わたくしが最も気にかけている事柄についてお願いいたしますわ」

女主人「え、ええ……そうですわね……」

女主人「……ふむふむ……貴女の悩みは大きな建物の中にあるようですわ」アンジェのどうとでも取れる回答に一瞬ためらった占い師……とはいえ長年に渡っていんちき占いをやってきているため、すぐ会話を取り繕う……

アンジェ「大きな建物?」

女主人「そうです……白く輝く大きな建物……」

アンジェ「白く……?」

女主人「そう、白くです……」

アンジェ「不思議ですわ、バッキンガムもウェストミンスターも白いとは思えないのですけれど……」

女主人「白いというのは必ずしも色を指しているわけではございません……そう、その「もの」が持つ力やイメージ……」

アンジェ「なるほど……」

女主人「その白く輝く建物に……人がおります……一人の……若いお方……」

アンジェ「殿方でしょうか、それともご婦人でしょうか?」

女主人「だめ、あせってはいけません……その方は強い力を持っております……人を導く強い力……でも、まだその力は成長の途中にある……」

女主人「……立派な樫の木も最初は若木であったように、その力の持ち主もまだ細く、小さい」

女主人「しかし……いずれは風雨に耐え、育っていく姿が見えます……枝を広げ、青々とした葉を……」

アンジェ「その枝は折れたりすることはありませんか……?」

女主人「枝は折れることもあれば風に揺さぶられることもあります。しかし、この木はとても丈夫で力を秘めている……幹が折れることはなく、着実に根を広げ、多くの人たちに涼しい日陰を差しかけ、愛されることでしょう……」プリンセスのふりをしたアンジェに対し、煙に巻くようなあいまいな答えを出す占い師……

ベアトリス「……そうですね、まったくです」姫様が立派になるという言葉を聞き、小声で同感の意を示すベアトリス……

眼鏡「すごい……」

リボン「何でもお見通しなのね……!」ベアトリスだけでなく、二人の級友も感心したようにうなずいている……

アンジェ「……では、他の人はどうでしょうか?」

女主人「そう、さきほどの制服が見えます……一つは華やかでバラのよう、一つはかすみ草のように控え目でつつましい……もう一つは……不思議です、なにか変わった……」

アンジェ「変わった……?」

女主人「変わったものを感じます……このアルビオンの土とは違う……そして小さいけれどもしっかりと大地に根を下ろしている……」

アンジェ「……(自分が「小さい」なんて言われていると聞いたら、ちせはどう思うかしら)」

女主人「まるで花束のよう……それぞれが違っていながら、それでいてよくまとまっている……あぁ……」

女主人「……もっと「観た」ものをお伝え出来ればよろしいのですが、わたくしも疲れて……申し訳ありませんが、そろそろお開きにさせていただきたく存じますわ」

アンジェ「ありがとうございます」

女主人「いいえ、よろしければまたお出で下さいませ……メイドが玄関までご案内いたします」まだ多少ぼんやりしているベアトリスたちが退席していき、最後にアンジェが残った……

アンジェ「では、わたくしもこれで……」

女主人「ええ、では……」そう言いかけたところでがくりと頭がのめり、失神したようになった……

アンジェ「……?」

女主人「う、うぅ……一人の少女が恋い焦がれるのは本物であって本物ではない……だが本物は偽物で、偽物は本物になる……」

アンジェ「!」

女主人「少女は待っている、偽物であり本物であるものを……」

女主人「……う、うぅん……あら、わたくしは……何を?」

アンジェ「占いが終わって退席するところですわ……それではまた♪」

女主人「え、えぇ……では星が巡り会いましたらまたお出で下さいまし、ね?」

アンジェ「そうさせていただきますわ(ふっ、まさにひょうたんから出た駒ね。いんちき占い師が本当に占ってみせるなんて……)」
724 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/01/18(土) 01:01:43.96 ID:8YeQi+yV0
…その夜…

アンジェ「……ふう」

ベアトリス「もうそろそろ止めませんか? アンジェさん、ひどくお疲れみたいですし」

アンジェ「大丈夫よ、つまらない事をさせられて退屈だっただけ」

ベアトリス「もう、素直じゃないですね……はい」

…寮監の見回りも終わり、夜も更けてきた時間帯に黙々と報告書を仕上げているアンジェ……そのかたわらでお茶を淹れたり封蝋を押したりと動き回っているベアトリスは、プリンセスが多忙極めるアンジェに対する応援として送ってきてくれたもので、まだ未熟な部分はあれど、その細やかな気づかいにはアンジェも少し感謝するところがあった……今もまた字が霞んできたアンジェを気づかい、温かいミルク入りのウバ茶を注いで出してくれた…

アンジェ「ええ」

ベアトリス「それで、こちらは封をして……と」

アンジェ「下書きは焼き捨てる」

ベアトリス「はい」

アンジェ「どうやら問題ないようね……」さっと室内を眺め回して、うっかり置きっぱなしにしている機密書類や身分が割れてしまうような物がないか確かめる……

ベアトリス「そうみたいですね。お疲れさまです、アンジェさん」

アンジェ「いいえ、エージェントならこのくらいは普通よ……」

ベアトリス「でもなんだかくたびれている感じです、良かったら肩でも揉みますよ?」

アンジェ「まだそんな年じゃないわ」

ベアトリス「そう言わないでください、姫様も時々して差し上げるんですけれど「ベアトの肩もみは気持ちいいわ♪」っておっしゃってくれますよ?」

アンジェ「そう、そこまで言うならしてもらおうかしら」

ベアトリス「はい♪ それじゃあ長椅子に腰かけてもらって……」

…長椅子に腰かけたアンジェの背中に立ち、ナイトガウンを少しはだけさせると小さな手で肩を揉み始めたベアトリス……アンジェ自身も薄々気付いてはいたが、書類仕事のせいもあって肩はかなりこわばっていて、ベアトリスの小さな手がさすり、揉んでいくうちに目のかすみや肩のこわばりが良くなっていく感じがした…

ベアトリス「……どうですか?」

アンジェ「そうね、悪くはないわ」

ベアトリス「アンジェさんは相変わらず辛口ですね……それにしてもすごく凝っていますよ?」

アンジェ「肩に背負うもの一つない無責任な女学生というわけにはいかないもの」

ベアトリス「だからって、一人で溜め込まないで私たちにも分担させて下さい……そのための「白鳩」なんですから」

アンジェ「ふ、貴女も言うようになったわね」

ベアトリス「これでもチームの一員のつもりですから」

アンジェ「そうね……実際ずいぶんと成長したものよ♪」後ろに手を伸ばし、肩を揉んでいるベアトリスの頬を軽く撫でた……

ベアトリス「アンジェさん?」

アンジェ「……こっちにいらっしゃい」

ベアトリス「肩もみはもういいんですか?」

アンジェ「ええ、だいぶ凝りもほぐれたようだから……それより、ほら」ぽんぽんと軽く太ももを叩き、膝の上に座るよう促した……

ベアトリス「え、いいですよっ……そんな///」

アンジェ「いいから」

ベアトリス「そ、それじゃあ失礼して……」体重をかけないよう、遠慮しいしい腰かける……

アンジェ「……そんなに固くならないで、もっと力を抜きなさい」

ベアトリス「いえ、でも……」

アンジェ「いいから」

ベアトリス「あっ……///」後ろから抱きしめられると、不思議とプリンセスに抱かれているような気分になる……アンジェの方が少し筋肉質で細っぽく、付けている香水もプリンセスのものと違って爽やかな松葉のような香りだが、腕を回されてぎゅっと抱きしめられると、どことなく雰囲気が重なっている気がしてくる…

アンジェ「ベアトリス……ん♪」

ベアトリス「ふぁ……っ///」うなじに軽くついばむようなキスをされ、驚きと甘さの交じった吐息が漏れる……

アンジェ「可愛い声ね……ちゅっ♪」

ベアトリス「ひゃう……あんっ///」唇が触れるか触れないかの絶妙な感触に身体がぞわぞわし、きゅんとしびれるような感覚が下半身から這い上ってくる……

アンジェ「ふふ……♪」
725 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/01/27(月) 00:51:33.57 ID:8cze01OX0
ベアトリス「な、なにがおかしいんですか……っ///」

アンジェ「別に……プリンセスと閨(ねや)を共にすることもある貴女が、こんなに初心なのがおかしいだけよ」

ベアトリス「わ、笑う所じゃありま……ひゃあぁっ///」

アンジェ「あら、だいぶここが固くなってきたんじゃないかしら……♪」下着の中に手を差し入れて、固くなった小さい先端をつまむ……

ベアトリス「や、あぁ……っ///」

アンジェ「ふ、そんな風にイヤイヤ言っていても可愛いだけよ……んちゅ、れろっ♪」

ベアトリス「は、放してくださ……ふあぁぁ♪」

…アンジェに抱きすくめられたベアトリスは脱出しようとジタバタもがいたが、腰に回された片手は細いくせに揺るぎもせず、首筋を舐めあげられると背筋にくすぐったさが襲ってきて思わず嬌声をあげてしまう……しかも、もがき暴れたせいで白いナイトガウンははだけてしまい、気付けば下にまとっていた薄いキャミソール姿になってしまっている……アンジェはそこを見逃さず、するりと手を滑り込ませた…

アンジェ「そんなに暴れないことね……あまりドタバタ騒いでいると寮監に気付かれてしまう」

ベアトリス「だったら……!」

アンジェ「貴女のことをほぐしてあげようとしているだけよ……それに」

ベアトリス「何ですか、まだ何かあるんですか……っ!?」

アンジェ「そうやって目尻に涙を溜めて、ムキになって言い返している姿……人によってはそそられるわよ?」

ベアトリス「ひっ!?」

アンジェ「人によっては、よ……幸い私はそんな性格ではないけれど、それでも今のは誘っているようにしか見えなかった」

ベアトリス「ち、違います! 全然そんなつもりじゃあ……///」

アンジェ「ほら、今度はそうやって縮こまっておびえたような態度を取る……そういうのが誘っているように見えると言っているのよ」かぷっ♪

ベアトリス「ひゃぁぁぁん……っ///」首筋を甘噛みされて、びくびくと身体が跳ねる……

アンジェ「たったこれだけで感じているの? エージェントとしての訓練はともかく、いつまでたってもこっちの方は成長が見られないわね」ちゅぷ……っ♪

ベアトリス「そ、そんなことを言われても……ぉぉっ!?」

アンジェ「ふふ、今日は特別に甘えさせてあげるわ……力を抜きなさい」

ベアトリス「い、いいですよ……そんな……ぁっ///」

アンジェ「人からの好意は無にする物じゃないわ、ありがたく受け取っておきなさい」くちゅ、ぬちゅ……♪

ベアトリス「そういうのは好意じゃなくて押しつけ……ふわぁぁぁ……っ♪」

…ベアトリスが何か言い返そうとする前に、舌で湿した指をくちゅりと花芯に滑り込ませたアンジェ……途端に腰を浮かせ、内ももを濡らしながら甘ったるい絶叫をあげるベアトリス…

アンジェ「何か言った?」

ベアトリス「アンジェさん……っ、いい加減に……あぁぁっ♪」

アンジェ「あんまりにも簡単にイってしまうと張り合いがないわね……もう少しこらえられないの?」

ベアトリス「か、勝手なことを言わないでくださ……はひっ、はぁぁぁ……っ♪」片手を秘部にあてがって噴き出す愛蜜を押さえようとするが、絶頂の甘い感覚で身体が言うことを聞かず、寝椅子のクッションに大きく染みを作ってしまう……

アンジェ「どうやら無理な相談のようね……まぁ、貴女が悦んでいるようでなによりだわ」

ベアトリス「こ、こんな勝手な……ひぐっ、また……イっちゃいますからぁ……っ♪」

…プレイガール・スパイとして魅力的な肉体を駆使し、数多の女性を「手がけて」きたドロシーほどではないにしろ、アンジェも同性を悦ばせることに関してはかなりの腕前を持っている……それに対してベアトリスはなすすべもなく、ただアンジェの指のおもむくままに喘ぎ、身体をひくつかせ、愛蜜を垂らして快感に悶えている…

アンジェ「好きなだけイっていいのよ……今日のはご褒美なんだから」

ベアトリス「はひっ、はへっ……そんなの……身体がもちませ……ふあぁぁぁ♪」

…アンジェの中指と薬指が揃ってベアトリスの花芯に入って来て、中を丁寧になぞり上げる……そのたびにベアトリスはがくりと首を上向かせ、甘えたような舌っ足らずな絶叫を響かせる…

アンジェ「さっき言わなかったかしら、そんなに大きな声を出すと寮監に聞こえてしまう……って」

ベアトリス「……っ///」

アンジェ「そう、それでいいわ……♪」そういいながら、銃の引金を引くような滑らかな指の動きで膣内をこすりあげる……

ベアトリス「んあぁぁぁぁっ♪」ぷしゃぁ……っ♪

アンジェ「ふふ、満足してくれたようで良かったわ……さ、夜も更けてきた。寝室に戻りなさい」

ベアトリス「は、はひっ……///」

アンジェ「……貴女の献身を知っているのはプリンセスだけじゃないのよ」ベアトリスに聞かれないよう小声でつぶやくと、べとべとになった指を舐めあげて小さく微笑んだ……
726 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/02/15(土) 00:17:32.53 ID:Rf37akDv0
劇場版「プリンセス・プリンシパル clown handler〜第四章〜」の封切りが5/23日に決まりましたね!

二年ぶりなのでストーリーを忘れている方も多いでしょうが、前回の第三章を振り返り放送するみたいですから復習できそうです。
727 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/02/15(土) 01:03:57.72 ID:Rf37akDv0
〜Case・ドロシー×ちせ「A man from the new world」(新世界から来た男)〜

…とある日…

ドロシー「なるほど、プリンセスの静養か」

アンジェ「ええ。このところ王室関係者への襲撃や暗殺騒ぎが頻発していたから、ノルマンディ公の主導で王宮の警備体制を見直すことになった。その間プリンセスは「ご静養」という名目で二週間ほどロンドンを離れることになる」

ドロシー「当然お前さんも付いていくんだろう?」

アンジェ「ええ。場合によってはプリンセスの身代わりになる必要が出てくるかもしれないし、ベアトリスだけでは少し心もとない」

ドロシー「分かった。留守はあずかっておく」

アンジェ「お願い」

ドロシー「任せておけ。ちせにチェスを教え込むいい機会だ♪」

アンジェ「こっちの留守中に何もないといいけれど」

ドロシー「起きるかどうか分からないことを心配したって始まらないさ……ま、いい空気でも吸ってくるんだな」

アンジェ「そうさせてもらうわ」

…その日の午後…

ちせ「……なるほど、ではドロシーどのと二人きりというわけか」

ドロシー「ああ。コントロールにもこっちが一時的な人手不足になっていることを言ってあるから、よほどのことが起きないかぎりは任務を押しつけられることもないはずだ」

ちせ「ならば普段通りに過ごせば良いということじゃな」

ドロシー「その通り。ラテン語と英文法、それにティータイムのお作法も普段通りみっちり教え込んでやるよ」

ちせ「むむむ……」

ドロシー「なぁに、そう固くなることはないさ。私はアンジェみたいにビシバシやるタイプじゃないからな」

ちせ「うむ、なにとぞお手柔らかに頼む」

ドロシー「ああ、気楽にやろうぜ♪」

…翌日…

ドロシー「さて……と」

…朝食を済ませると朝の自習時間を手早く切り上げ、静かな部室で悠々と朝刊をめくるドロシー……定期的な連絡に用いるメールドロップや、緊急性の高い無電や伝書鳩といった方法をのぞいたメッセージは数日おきに特定の広告として朝刊に掲載され、書かれている文面次第で会合の場所や時間が変わってくる…

ドロシー「お、あったな……」内容を解読して記憶すると、安心して新聞記事を読み始めた……

…しばらくして・リージェント公園…

L「よく来てくれた」

ドロシー「まさか来ないわけにもいかないだろうさ……挨拶はいいから本題に入ろうぜ」

L「結構。新大陸の植民地情勢については?」

ドロシー「公になっている程度のことなら一通り」

L「よろしい。実は新大陸から王国側のエージェントが入国した」

ドロシー「……新大陸の同業者だって?」

L「うむ。この週末にアメリカ植民地の商品を集めた見本市があるのだが、そこに参加している商人に混じって王国植民地政府の使っているエージェントが入国するらしいのだ」

ドロシー「馬を跳ね回らせる早撃ちカウボーイってわけか」

L「ふっ、まあそういうことだな」

ドロシー「それで、こっちには何をしてほしいんだ……監視か、排除か、それともバーボンウイスキーでも買ってくるか?」

L「まずは監視だ。商品見本市には一般参加日もある。流行り物が好きな女学生が顔を出してもおかしくない。王国植民地のエージェントを割り出し、同時に接触している人間を確かめ、後でこちらが王国エージェントと疑っている者のリストと照合してもらう」

ドロシー「だが、目的のやつは企業参加日にしかいないかもしれないぜ?」

L「それならそれで仕方がない。だが王国も企業参加日にエージェントを送り込むことはしないはずだ。もちろん商社や貿易商のカバーを持っているエージェントもいるだろうが、接触を試みるならより不特定多数の参加者がいる一般参加日を選ぶはずだ」

ドロシー「了解。それじゃあその見本市に参加するのが第一だな」

L「そうだ。人数が欠けていることはこちらも承知している、可能な限りでかまわん」

ドロシー「分かった、そうさせてもらう」
728 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/02/25(火) 00:40:08.14 ID:KxZEv0X10
…その晩…

ちせ「ふわ……っと、あいすまぬ」

ドロシー「別に私は女王様じゃあないんだ、あくびだろうがおならだろうが構わないさ……チェックメイト」

ちせ「むむ……」

ドロシー「チェスはまだまだ苦手みたいだな?」

ちせ「その分は将棋で取り返すから問題なしじゃ」

ドロシー「あのゲームは分捕った駒を使えるってのが斬新だな……まるで取り押さえたエージェントを転向させるみたいじゃないか」

ちせ「なるほど、確かにそうじゃ……」

ドロシー「さて、そろそろおしまいにするか……ちょいと話がある」チェス盤と駒を片付けると、少し真面目な表情を浮かべた……

ちせ「どうしたのじゃ?」

ドロシー「ああ、実をいうと今日コントロールの方から任務の伝達があった」

ちせ「人手不足で応じきれぬという話は伝えたと聞いておったが?」

ドロシー「まぁな……とはいえこっちも植え込んだエージェントを挙げられたり排除されたりして手が足りないからな、どうしてもお鉢が回ってくるってわけさ」

ちせ「それで、なにをすれば良いのじゃ?」

ドロシー「今回のは監視任務だ」

ちせ「ふむ」

ドロシー「今度、新大陸の植民地から産出したものや製造されたものの展示会がある。その会場にやってくる植民地の人間に王国側のエージェントが混じっているらしい……私たちは会場に行ってぶらぶらしながらそれらしい人間を探し出し、同時にそいつと繋ぎを付けている王国の人間がいたら顔を覚えて資料と照合できるようにしようって任務だ」

ちせ「しかし、展示会のような会場では人も多かろう。情報の受け渡しをしている人間を探し出すといってもなかなか難儀じゃな」

ドロシー「それはそうだ。とはいえ、私たちの「女学生」って立場はこういう場合役に立つ。展示会は業者だけが入れる企業日と一般公開日があるが、私たちのカバーなら一般公開日だけとはいえ、なんてことのない顔をして会場に入れるからな」

ちせ「それはそうじゃな」

ドロシー「会場には何かしらのうまいものだってあるだろう。こういう場合は経費で落ちるし、買い食いでもしながらのんきに巡れば良いのさ♪」

ちせ「ふむ、なかなか悪くない話じゃ」

ドロシー「だろ? 当日はメイフェア校の制服で堂々とお邪魔すればいいってわけだ」

ちせ「なるほど、俄然興味が湧いてきた……しかし、新大陸植民地とはのう。アルビオンの威勢は衰えるところを知らぬようじゃ」

ドロシー「だがその実、土台はぐらぐらしているしあちこちで嫌なきしみを立てている……王国は根っこがダメになっている虫歯みたいなもんさ」

ちせ「そうかもしれぬ、じゃが今のところはぐらつく気配も見せぬな」

ドロシー「いまはそれでいいのさ。あんまり一気に事が起きてもらっちゃ対応に困る」

ちせ「確かにのう」

ドロシー「分かってくれたようでなによりだ……ふわぁ、あ……それじゃあ私は寝に行くとするかな」

ちせ「うむ、お休み」

ドロシー「ああ……良かったら一緒に寝るか?」えんじ色がかった瞳で流し目をくれ、にんまりと笑みを浮かべる……

ちせ「いや、それはその……明日も学業があるゆえ……///」

ドロシー「おいおい、私はただ「一緒に寝よう」って言っただけなんだがな♪」

ちせ「///」まぎらわしい言い方に見事に引っかかってしまい、顔を真っ赤にしてうつむいた……

ドロシー「はは、ちせは初々しいな……なぁに、ちょっとおとぎ話でも読み聞かせてやろうってだけさ♪ そういう知識もないと例え話なんかが通じなくて困るからな」

ちせ「それもそうじゃな、しかしてっきり……///」

ドロシー「私だって明日の授業に響くと困るんだからそんな無茶はしないさ♪」そう言うと軽くちせの腰に手を当て、エスコートするように寝室へと連れて行った……

…翌朝…

ちせ「……無茶しないはずではなかったのか?」まだがくがくしている脚で仁王立ちになると、両腰に手を当ててはれぼったい目でにらみつける……

ドロシー「あぁ、悪い悪い♪ 考えてみればおとぎ話の読み聞かせなんて言うのは私の性に合わないって気付いてね、そいつはベアトリスが帰ってきたときにでもやってもらえよ♪」悪びれもせずにちろりと舌先を出し、満足げな様子のドロシー……

ちせ「もうドロシーのことなど知らぬ」

ドロシー「そうつれないことをいうなよ、それに……朝食にはまだ時間があるぜ?」にやりと笑うとムササビのように毛布を広げ、とびかかってちせを包み込んだ……

ちせ「あっ、何をする気じゃ……やめ、っ……あっ、ん///」
729 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/03/06(木) 01:16:26.36 ID:H+yIyRxM0
…昼時…

ドロシー「さて、それじゃあ当日の行動についておさらいと行こうか」

ちせ「よろしく頼む」

ドロシー「ああ……今回の見本市では新大陸の植民地から食品、機械製品、繊維などさまざまな物がくる。規模はそこまでじゃないがいずれも魅力ある商品でかなりの来場者が見込まれる」

ちせ「ふむ」

ドロシー「知っての通り北米大陸の植民地はアルビオン王国が総督府を置いて運営しているが、フランスはカナダのケベックを巡って争った事があるから現地民を焚きつけてこれを転覆させようと躍起になっている」

ちせ「どこもかしこも変わらぬのう……」

ドロシー「列強の縄張り争いなんてのはそんなもんさ。一方、南隣のメキシコやカリブ海の島々は南米大陸への足がかりになる重要な場所で、同時に金や銀、綿花や生ゴムなんかも採れる資源豊かな土地だから、アルビオンと元の宗主国であるスペイン、それに火事場泥棒を狙ったフランス、ドイツがしのぎを削って争っている。そして当然ながら、それぞれが裏で糸を引いている各種の独立勢力や民族主義者、革命家なんかがひしめき合っている」

ちせ「むむむ……」

ドロシー「ま、とりあえず中米のことは覚えなくてもいい……一応そういう状況だってことを理解しておけばいいさ」

ちせ「承知した」

ドロシー「それで、だ……私とお前さんは仲良く手を繋いでその場所に会場に行き、色々話を聞いてメモを取りながら会場を回る」

ちせ「メモを取るのは人目を引くのではあるまいか」

ドロシー「うら若き女学生が貿易や外国の文物を学ぶためにメモを取る……なんにもおかしな事じゃないし、むしろ自然だ。あまり熱心すぎるのもおかしいからほどほどにして、食べ歩きなんかもしながらぶらぶらする」

ちせ「ほほう、食べ歩きか」

ドロシー「ああ。活動費はせしめてきたから安心して楽しんでいいぞ♪」ぽんぽんっ……と財布の入っているハンドバッグを叩いた……

ちせ「うむ、何があるかは分からんが期待大じゃな」

ドロシー「ああ、なまじ鋭い目つきでうろうろしていると感づかれるかもしれないからな。ほどほどにくだけた態度で過ごすのが一番なのさ♪」

ちせ「あい分かった」

ドロシー「もしも向こうの連中に植民地英語でまくし立てられたら私が代わってやるから、そいつも心配しなくていい」

ちせ「よろしく頼む」

ドロシー「おう、大船に乗った気でいればいいさ……一般公開日は数日あるが通い詰めるのはおかしいから、そのうちの二、三日にお邪魔する予定でいこう」

ちせ「うむ」

………



…数日後・見本市の会場…

ちせ「おお、なかなかにぎやかじゃのう」

ドロシー「移動サーカスまで来ているとはな……目くらましにはちょうどいい」

…会場までは臨時のダブルデッカー(二階建てバス)や乗合馬車が運行していて、ドロシーとちせはメイフェア校の制服に身を包み、あれこれ指差して談笑しながら会場に向かっていた……見本市の会場は道路の向かいに広場を構えた建物で、中にはさまざまな商品見本や展示物を並べたブースが広がり、広場ではちょっとした移動サーカスや屋台の出店、仮設テントなどが詰め込まれてお祭りのようなにぎやかさだった…

ちせ「のうのう、あの屋台はなんじゃ?」

ドロシー「植民地風のサンドウィッチさ……小腹が空いたら買うとしよう」

ちせ「ではあれは? まるで小さな伊勢エビじゃが……」

ドロシー「ザリガニだな。あっちの湿地帯では良く採れるから食べるって聞いたことがある」

ちせ「ふむふむ、では……」

ドロシー「おいおい。確かにくだけた様子でいいとは言ったが、私は観光ガイドじゃないんだぜ? それに任務のことも忘れてもらっちゃ困る」

ちせ「いや、うむ……それはもちろん……///」

ドロシー「どうだか……ま、多少はしゃいでくれた方がこっちとしてもやりやすい♪」

出店のオヤジ「お嬢ちゃん方、ミントジュレップはどうだい! 今日はぽかぽか陽気だし、冷たいやつで喉をうるおしていかないかい?」

(※バーボン・ウイスキーをミネラル・ウォーターか炭酸水で割り、ミントと砂糖で風味付けした飲みやすいカクテル)

ドロシー「お、ちょうど喉が渇いてきたところだったんだ♪」

ちせ「……のう、ドロシー……あれは酒じゃろう?」後ろからこっそり袖を引いて耳打ちした……

ドロシー「ああ。大丈夫、飲めなかったら私が請け負ってやるから心配するな……二杯もらおうかな♪」

オヤジ「毎度っ!」
730 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/03/15(土) 01:23:47.32 ID:Bv6pE8Yh0
ドロシー「ごく、ごくっ……ふぅ、よく冷えててうまいぞ?」

ちせ「では少しだけ……うぇ」恐る恐る口をつけたが、途端に眉をひそめて顔をしかめた……

ドロシー「おやおや、やっぱりダメだったか……仕方ない、レモネードでも買ってやるよ♪」

ちせ「……うむ、これなら大丈夫じゃ」

ドロシー「良かったな」

…広い会場をゆったりとした歩調で巡りながら興味深げにあれこれ見たり、展示品について質問したりと「女学生らしさ」を見せながら観察を続けるドロシー……一方、英語の不得意なちせはドロシーの後ろにくっついて、会話を聞き取ろうと一生懸命に耳を傾けている…

毛皮商「どうぞ良かったらご覧になって下さい、ビーバーの毛皮で出来た帽子ですよ。柔らかい毛皮でかぶると暖かく、撥水性もあります」

ドロシー「まぁ素敵」

貴金属商「お嬢さん方、金製品はいかがですか? 細工だってヨーロッパのものに負けちゃいませんよ」

ドロシー「綺麗だけどちょっお値段が折り合わないから……」

貴金属商「そりゃ残念だ、じゃあこっちの銀製品なら? 今ならおまけしておきますよ?」ブローチやピンといった、小ぶりで手の届きやすい価格の銀細工を指し示した……

ドロシー「そうね、これならどうにか買えそうですし……せっかくですからこの子に♪」

ちせ「いや、そのようなぜいたくは……」

ドロシー「そう遠慮しないの、私の可愛い「妹」なんだから♪」お姉様風を吹かせ、犬を可愛がるようにあごを撫でる……

ちせ「あう……///」

貴金属商「さぁどうぞ……いや、良くお似合いだ。またぜひお越し下さい」ドロシーがちせの真っ直ぐな黒髪に映える銀の小さな髪留めを買うと、愛想良く見送った……

…しばらくして…

ちせ「む? なにやら軽い銃声がするのう」

ドロシー「ああ、屋内射的じゃないか?」展示会場の一部から「パンッ!」とごく軽い銃声が聞こえてくる……

ちせ「ふむ。こっちでは小口径とはいえ銃がごく当たり前に浸透しておるのう」

ドロシー「まぁ.22BBフロベールだの.22ショートの弾薬程度じゃあ当たったところでハチに刺された程度にしかならないからな……おお、やってるやってる」

…横に長いテーブルの上には屋内射撃や模擬決闘に使われる威力がほとんどない、あるいは「BBキャップ弾薬」という薬莢に火薬(発火薬)を詰めず、撃鉄が撃発させる発射薬のみで用いる遊戯(ギャラリー)用ライフルや小型リボルバーが並べてあって、花のような女性や遊び好きの若い紳士たちが台の銃を取り、数メートル先の的を狙って引き金を引いては当たりや外れの結果を見て笑いさざめいている…

案内係「そちらの女学生さんも良かったらやってご覧なさい、楽しいですぜ?」

ドロシー「そうねぇ、あんまりこういう盛り場みたいな遊びはしちゃいけないと言われているのだけれど……」

案内係「冗談を言っちゃいけませんやお嬢さん、こんなのはこっちじゃおしめをした赤んぼうだって使いこなしてますぜ! さ、お代は一発につき一ペンスだ。まずは五発、腕試しにやっていきなせえよ!」

ドロシー「そうね、別に先生が見ているわけでもないし……たまには息抜きもいいわよね♪」

案内係「へへっ、おっしゃるとおりで息抜きも大事ですぜ! それから、そちらの東洋のお嬢ちゃんもどうです?」

ドロシー「この娘は私の妹分なの。一緒に払ってあげるからやらせてあげて?」

案内係「毎度あり!」

ちせ「のうドロシー……刀ならともかく、銃はからきしじゃが……」

ドロシー「まぁまぁ、そう遠慮なさらなくても……前に弾の込め方くらいは教えたろ? 気軽にやりゃいいのさ。あんまり命中させても人目を引くしな」

…ドロシーはちせに小声で耳打ちすると台の前に立ち、単発の遊戯用ライフルを選んだ……すると横にいた係の男が弾を込めてくれ「さあどうぞ」と渡してくれる…

ドロシー「無事に当たるかしら……」堂に入った構えでは疑惑を招くので「お嬢様らしい」ぎこちない手つきで銃を取り、おっかなびっくりの引け腰で的に向かう……

係「もっと肩にしっかり当てないとぐらつきますよ……そうそう」

ドロシー「こんな具合ね? それじゃあ……」引き金を引くとクラッカー程度の「パン!」という銃声が鳴り、的のかなり外側に小さい穴が開いた……

係「いやいや、初めてにしちゃお上手ですよ! ちなみにうまく中央を撃ち抜いたら景品をあげますからね、頑張って!」

ドロシー「そうなのね、それじゃあ次はもっと上手く……」パンッ!

係「さっきよりは真ん中よりでしたが、少し引き金の引き方が慌ただしいから……もっとゆっくり……」

ドロシー「ゆっくりね、分かったわ……」パンッ!

係「撃つときに目をつぶっちゃあ当たるものも当たりませんよ、照準をつけたらしっかり見ておかなくちゃ」

ドロシー「ずいぶん難しいものなのね……」パン!

係「それでもずいぶん的の中央に寄ってきましたよ……さ、お次で最後だ!」
731 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/03/27(木) 01:11:54.87 ID:ItWCVwFj0
係「いやぁ、なかなか上手でしたよ? さ、どうぞ」

ドロシー「残念賞はアメ玉ね……」もらったキャンディをしゃぶりながらちせの様子を確かめる……

ちせ「……むむ、こうか」

係「そうそう、お嬢ちゃんは小さいから的の位置を下げてあげるね」

ちせ「子供扱いは止めてもらいたいものじゃが……」ぶつぶつと言いながら.22ショートの単発ライフルを構えた……

係「さぁどうぞ!」

ちせ「うむ……」パシッ!

係「ありゃりゃ、外れだ。次はもっとしっかり狙ってみてね!」

ちせ「分かってはおるのじゃが……」パシンッ!

係「あーあー、それじゃあ当たらないよ」

ちせ「むむむ……もう五発じゃ」

係「毎度! 今度はゆっくり狙いをつけてごらん」

ちせ「うむ……」パシンッ!

係「残念、これも外れだ」

ちせ「むぅぅ……」

ドロシー「仕方ないな、こうなったら私が……」ムキになり始めているちせを見かねて割って入ろうとするより先に、一人の男が射的台に近寄ってきた……

男「お嬢ちゃん、良かったら少し教えてあげよう」

ちせ「む……?」

…小柄なちせが見上げた先には、黄土色をしたフェルトのテンガロンハットに黒のリボンタイ、コヨーテ色の上着とズボンに艶のある茶革のブーツで身を固めた男が立っている……先端を少しはね上げたウェスタン風の口ひげをたくわえ、帽子のつばに手をかけて気さくな態度で挨拶をする男…

ウェスタン男「ま、ちょっと貸してみな? いいかい……」パンッ!

ちせ「む……!」

ドロシー「……ほう」

…的をじっと見るでもなく、おもむろに銃を構えたかと思うといとも容易く中心を撃ち抜いた男……その構えや気取らない動作から、ドロシーは男が相当な射撃の名手だと気がついた…

男「撃つときにあんまり身体をこわばらせないでリラックスして引き金を引くのさ……それからそちらのお嬢ちゃん」

ドロシー「私のことかしら?」

男「ああ。さっきのを見させてもらったが、君はセンスがあるぜ。一ペンス出すからもう五発やってみな?」

ドロシー「でも、見ず知らずの方に出していただくわけには……」

男「なに、遠慮することはないさ♪」

ドロシー「……そうですか、では」パンッ!

男「いいね。なかなかのもんだが跳ね上がりのことが入っていないから右上にずれてる……もうちょい左下を狙ってみな」

ドロシー「こう……?」パシッ!

男「今度はちょいと意識しすぎたな、だが悪くないぜ……その腕ならスカンク撃ちくらいはできるよ♪」

ドロシー「スカンク?」

男「西部にいる、くさい臭いを出す黒白のリスみたいなやつさ……お嬢ちゃん、君も練習すればひとかどになれそうだぜ」

ドロシー「ご丁寧にどうも」

男「なぁに、気にするなって……ま、楽しんでいってくれよ?」

ドロシー「ええ、ありがとう」

ちせ「……ずいぶんと馴れ馴れしい奴じゃったのう」

ドロシー「ああ……だけどあいつ、バレないようにしていたが身体が左側にかしいでた。相当な使い手だ……もしかしたらあれが探している奴かもしれない」

ちせ「あんな軽い調子の男がか?」

ドロシー「態度はうわべだけさ……距離を開けて監視するとしよう」
732 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/04/02(水) 01:11:52.51 ID:utwjoDrG0
ちせ「ちゅぱ……ちゅ……ふむ、ふぁかふぁかなふぁじじゃ……」

ドロシー「なかなかの味だって? そりゃ良かったな」

…残念賞にもらったキャンディを口中で転がしながら感想をつぶやくちせを横目に、さりげなく監視を続けるドロシー……テンガロンハットの男は貿易商かなにかのようだが顔が広く、あちこちの出店やブースに顔を出しては調子よくあいさつを交わし、通りがかるご婦人方には笑いかけてみたりとそつがない…

ドロシー「……うーん、あいつじゃないのか?」

ちせ「ほうか?」

ドロシー「まだ分からないな……いいけど喉に詰まらせるなよ?」

ちせ「うむ」

…会場は昼時が近づいてきて、食べ物の屋台がにぎわいだした……肉を焼く香ばしい匂いやマスタードの香り、炭のいぶる匂いなどに誘われて、老若男女がぞろぞろと人波を作っている……ドロシーは男を見失わないよう、かといって疑われない程度に距離を開け、店を冷やかしながらゆっくりと歩いている…

ちせ「向こうに曲がるぞ、追うか?」

ドロシー「いや。ずっと進路が一緒じゃおかしいからな……どのみちあの道はこの通路と向こうで合流するし」

ちせ「承知した」

ドロシー「……それはそうと、そろそろ昼なのに手ぶらじゃおかしいな……せっかくだし昼飯にするか」

ちせ「うむ、実を言うと少しばかり空腹であったのじゃ」

ドロシー「決まりだな。それじゃあ何があるか見てみるか……へぇ、新大陸風のサンドウィッチにハンバーグステーキ……ホットドッグもあるな」

ちせ「ホット……なに、犬を喰うのか?」人目に付かないようこらえたものの、仰天したような様子のちせ……

ドロシー「貧乏な地域じゃそうだったこともあるって話だが、今はまっとうなソーセージやなんかさ……多分な」

ちせ「……」

ドロシー「大丈夫だよ、心配するなって♪」

ちせ「う、うむ……」

屋台のおやじ「いらっしゃい!」

ドロシー「この、ホットドッグ? とクラブハウスサンドウィッチを下さいな」まだまだアルビオンでは物珍しい新大陸植民地の食べ物を前に、興味津々の女学生といった演技をこなしてみせるドロシー……

おやじ「へい!」長細いパンに手際よくソーセージと刻んだピクルスを挟み、マスタードを付けると紙に包んで出した……

ドロシー「どうもありがとう」

おやじ「またどうぞ!」

…薄紙の包みを持って空いているベンチを見つけると、ちせと横並びに座ったドロシー……しかも手際の良いことに、ちせのためのライムジュースと一パイントのビールも手にしている…

ちせ「いつ買ったのじゃ?」

ドロシー「ん? ああ、サンドウィッチ屋台の隣にあったからな……ま、冷めないうちに食えよ」

ちせ「うむ」ちょっとした辞書ほどもある厚手のサンドウィッチにどうかぶりつくか思案してから、小さな口を目いっぱい開けて頬張った……

ドロシー「はは、美味そうに食うじゃないか♪ どれ、私はホットドッグの方を……」

…少し粉の粗い長細いパンに挟まれた塩気の強いボイルドソーセージに、玉ねぎやきゅうりのピクルスを刻んだ甘酸っぱいレリッシュと、鼻につんと来る黄色いマスタードがちょうどいい…

ドロシー「へぇ、案外イケるな……そっちはどうだい?」

ちせ「うむ、ちと厚手で食いづらいが……むぐ……味はなかなかのものじゃ……」

…ちせが頬張っている新大陸スタイルのクラブサンドウィッチはトーストしたパンにマヨネーズをつけ、七面鳥(ターキー)のスライスとカリッとあぶったベーコン、それにトマトやレタスといった青物がアクセントに挟んで三角に切ってあり、分厚い中身をこぼさないよう悪戦苦闘しながら一生懸命になってかぶりついている…

ドロシー「そうかい、そりゃ何よりだ♪」

ちせ「結構な味じゃが、大ぶりでちと手に余るの……」

ドロシー「そうなったら手助けしてやるよ……お、あいつがいる」お嬢様風の柔らかい微笑をちせに向けながらも、視線の片隅にテンガロンハットの男をとらえた……

ちせ「なに……?」

ドロシー「いや、お前さんはそのまま食ってていい……うかつに視線を向けると感づかれるからな」

ちせ「あい分かった」

ドロシー「……あいつ、どうなんだ?」男は屋台を巡って店主に声をかけたりしながらホットドッグとビールで腹ごしらえをし、口ひげを丁寧に拭うとまたぶらぶらしはじめた……

ちせ「もぐもぐ……奴ではないということか?」

ドロシー「どうかな。まだ確証はないが、私はあいつが臭いような気がしてるんだ……午後もあるから、もう少し監視してみよう」

ちせ「んむ」
733 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/04/16(水) 00:49:40.15 ID:rVbxh0160
ちせ「もぐもぐ……」

ドロシー「うまいか?」

ちせ「うむ。このアップルパイとやら、肉桂(シナモン)が少し効きすぎじゃがリンゴが沢山入っておって……」

ドロシー「新大陸植民地のアップルパイはこっちのよりシナモンが強いんだよな」

ちせ「ふむ。ともあれなかなかであった……」

ドロシー「そうかい。ま、美味いものを出す屋台もまだまだあるし、見物できそうな出し物も揃ってるな」

…広く会場に視線を配りつつ、口ひげの男を慎重に追跡しているドロシー……午後になってさまざまな催しや旅芸人たちが面白おかしい芸だったりちょっとした奇術などを披露して客を沸かせている…

男「よう、景気はどうだい?」

貿易商「まぁまぁだね」

男「そうかい? まぁ気長にやるこった」

貿易商「言われなくてもさ」

日傘の婦人「……あの、わたくし毛皮を探しているのですけれど」

男「それなら向こうですよ。案内しましょう」

婦人「まぁ、ご丁寧に」

男「このくらいなんでもありませんよ、西部の荒野を送ってくれって言われたわけじゃない」

婦人「まぁ、ふふ……面白いお方ですわね」

男「そりゃどうも、うんと楽しんでもらいたいですからね……ほれ♪」貿易商が並べていたアライグマの毛皮帽を取るとおどけたようすで手に取り、帽子の飾りとして活かしてある尻尾を手で動かしてみせた……

婦人「まぁおかしい♪ 新大陸の方は愉快な方が多いのですね」

男「かもしれませんね。とはいえレディの扱いだってこちらのジェントルマンたちに負けちゃいませんよ?」

婦人「あら、ではエスコートをお願いしようかしら」

男「ええ、喜んでお手をお貸し申し上げましょう」

………



…数時間後…

ドロシー「……そろそろ引き上げよう、寮の門限もある」

ちせ「奴の監視は続けぬのか?」

ドロシー「あくまでも任務はそれらしい人間を探して上に報告することだけだ。臭いのは奴だけじゃなくて、他にも何人かいたしな」

ちせ「ふむ……」

ドロシー「どうだい、お前さんの目には誰か引っかかるやつがいたか?」

ちせ「うむ、これといった確証があるわけでもないのじゃが数人ばかり……」

ドロシー「それじゃあ戻ったらお互いに気になったやつを突き合わせてみよう……さぁ、参りましょうか♪」一瞬で遊び盛りの女学生らしい声を出し、ちせをかたわらにおいて辻馬車を呼び止めた……

ちせ「承知」

…夜・部室…

ドロシー「……ふぅ、しっかし書類仕事は嫌いだ」

ちせ「とはいえ私では代わりも出来ぬ……」

ドロシー「なぁに、いいんだよ……とりあえず一日目はこれでよし、と」報告書を書き終えると大きく伸びをした……

ちせ「明日も行くのか?」

ドロシー「ああ、そう思って会場の半分はほぼ回らないでおいたんだ……まだ見ていない出し物があるとなれば、二日連続で来てもおかしくはない道理さ」

ちせ「なるほど……」

ドロシー「つまり、明日も好きなものを食って良いってことさ……もっとも、美味いからって食いすぎたりしちゃダメだぜ?」

ちせ「私とて剣士の端くれとしてじゃ、その程度は心得ておる」

ドロシー「そうかい? もしやせないようだったら私がベッドの上で汗をかかせてやろうと思ったんだがな♪」

ちせ「///」
734 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/04/25(金) 01:31:33.00 ID:GuWsPWPR0
…見本市・二日目…

ドロシー「おやおや、昨日よりもさらに盛況じゃないか……まぁ新聞広告にチラシとずいぶん宣伝していたようだったしなぁ……」

ちせ「うむ、芋を洗うような人混みじゃな」

ドロシー「はぐれるなよ?」

ちせ「そちらもご同様に、じゃ」

ドロシー「へへっ、言うじゃないか♪ 冗談はさておき、もしはぐれたら事前に打ち合わせておいた場所で落ち合おう」

ちせ「うむ」

ドロシー「それではゆるりと参るとしますか♪」

…前日に比べてさらに増した人混みを縫うように進むドロシーとちせ……会場にいくつもそびえている大テントはどれも日差しと人いきれでむっとするほどの熱気がこもっており、暑さで短気になった男たちの小競り合いやむずがり泣きわめく子供、失神するご婦人など催し物ならではの騒動が次々と巻き起こる…

ドロシー「くそ、こう暑くちゃやってられないな……ちょっと喉を潤そうじゃないか」

ちせ「同感じゃ。それにこうも混雑しているようでは人の背中しか見えぬ……」体幹の強いちせゆえに辛うじてドロシーにくっついていられるが、監視どころか押しつぶされそうな状態になっている……

ドロシー「よし、こっちだ……!」

…見本市・広場…

ドロシー「ふぅ……」どうにかテントを抜け出した後ハンカチを取りだして額の汗を拭うドロシーと、同じく手拭いで頬を軽く押さえるちせ……

ちせ「この調子では監視など出来そうもないのう」

ドロシー「確かに大天幕の方は難しいが、建物の方なら二階のギャラリーからのぞき込めるな」

ちせ「うむ……」まだみずみずしさが残るオレンジを搾った涼やかなオレンジジュースで一息つき、ほっとため息をついた……

ドロシー「とはいえこの調子じゃあどいつが繋ぎ役かなんて分かりゃしないな……今のところ同業者らしいのも見当たらないが、それだってこう人が多くちゃ分かったものじゃない……」

ちせ「確かに。雑音が多すぎて気配があったとしてもかき消されてしまうのう」

ドロシー「仕方ない、今日は全体を見渡せるところに陣取ってゆっくり人間観察と行こうじゃないか」

ちせ「承知した」

…見本市・展示場の二階…

ドロシー「よし、ここならまぁまぁ観察できそうだ。あんまり目立つわけにも行かないから、しばらくしたら移動することになるが……」

ちせ「う、うむ///」

…小柄なちせは二階の外周部をとりまくギャラリーでドロシーの前に立ち、柵のすき間から会場を物珍しそうに眺めている演技をしていたが、行き交う人たちによってドロシーが押されるたびに張りのある乳房がぎゅっと後頭部に押しつけられ、同時に香水のふわりと甘い香りが鼻孔をくすぐった…

ドロシー「……それにしてもえらい混みようだ。まるで競りの時のコヴェント・ガーデン(青果市場)かセヴン・ダイヤルズ(ロンドン市内の低所得者が住んでいた住宅街)だな」

ちせ「こうも人に押しつけられると、あばら骨が軋みそうじゃ……」

ドロシー「ああ、まったくだ。もうちょいしたら一旦降りるとしよう……ん?」半分もみくちゃになりながら、目ざといドロシーが一人の男に目を留めた……

ちせ「誰かおったのか?」

ドロシー「本命じゃないがな……あいつ、妙な動きをしてやがる」

…注視しすぎないよう気を配りながら向けた視線の先には、ハンチング帽にあまり綺麗ではないシャツ、それにブカブカの上着を着た一癖ありげな男が歩いている……混み合った会場で押し押されしながらゆっくり動いているように見えるが、そのくせ自分の行きたい方に無理することなく進んでいるように見える…

ちせ「なるほど、あやつか……」

ドロシー「ああいった手合いはガキの時分に腐るほど見てきたから良く分かる……スリだよ」吐きすてるようにそうつぶやいた矢先、ハンチング帽の男が前を歩く紳士の後ろについて小さな動きを見せた……

ドロシー「……盗ったな」

ちせ「うむ……それよりドロシー、向こうに例のひげの男がおるぞ」

ドロシー「ああ、見つけた」

…ドロシーとちせが植民地政府のエージェントとにらんでいる口ひげの男を視界におさめた矢先、スリにあった紳士がふとポケットに手を突っ込むとけげんな顔をし、それから念入りにポケットを探り始めた……スリの男は何食わぬ顔をしているが、会場に入ろうとする人と出ようとする人の波で混み合ってしまい身動きが取れなくなっている…

ドロシー「あいつ、ちょっとばかり場所の選び方が悪かったな……」

…ドロシーがそうつぶやいている間にも持ち物をスられた紳士が前後左右の人間に何やら話しかけ、その周囲でざわざわとやり取りが高まりはじめた……どうにか一人分の距離を開けたスリは何食わぬ顔をしているが、ちらちらと視線を巡らし逃げる機会をうかがっている……と、近くにいた山高帽とステッキの男がスリに声をかけて持ち物を確かめようとした…

ちせ「む!」

ドロシー「やりやがったな」スリはシラを切っていたようだが腕を押さえられた途端にさっと相手を振り払い、人混みをかき分けるように逃げ出し始めた……
735 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/05/07(水) 00:54:57.46 ID:78aml/BQ0
山高帽「……おい、待て!」

ステッキの紳士「あいつだ、私の財布を盗ったのは!」

スリ「ちっ、どけ!」

帽子の婦人「きゃあっ!」

…スリの男は人混みをかき分け、まごついている客や邪魔な陳列棚を突き飛ばしながら必死になって展示場の外に逃げだそうとする……たいていの客は関わり合いになるのは御免だと身体を脇に寄せて避けているが、気の強い連中や連れの前でいいところを見せようという若者、正義感の強い紳士などが進路をさえぎったりステッキで転ばせようとしたりして立ちはだかる……スリはそうした妨害をかいくぐり突きのけながら口ヒゲの男が立っている近くまで走ってきた…

中年「うわ!」

商人「気を付けろ!」

ヒゲの男「…」

スリ「邪魔だ!」

…周囲の人波がさっと引く中を出口近くまで駆けてきたスリは姿勢を屈め気味にして、ぼさっと立っているように見えた口ひげの男へタックルをかますように飛び込んでいった……あわやというタイミングで口ひげの男が少し動いたような様子を見せると、次の瞬間にはスリが地面に叩きつけられ、数秒もしないうちに周囲の男たちや慌てて駆けつけた制服警官たちに取り押さえられていた…

ドロシー「なるほどな……ちせ、見たか?」

ちせ「うむ。素人目にはそうとは分からぬじゃろうが、みぞおちに叩き込んでおったな」

ドロシー「ああ。となるとやはりあいつで間違いないな」

ちせ「いかにも」

ドロシー「それにしても大した早業だ、普通に見ていたんじゃ何が起こったか分かりゃしないな……」特徴的な帽子をかぶったスコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)の警官たちがうむを言わせずにスリをひっくくり連れて行く間に、口ひげの男はフェルトの中折れ帽をちょっとかぶり直し、口ひげを軽く指で整えるとまたぶらぶら歩き出した……

ちせ「してどうする?」

ドロシー「今日はもう切り上げどきだな。こんな騒ぎが起きたんだ、警官だのなんだのが押しかけてきてうるさくなる」

ちせ「承知」

ドロシー「それに、つなぎを付けている連中も何人か目星がついたしな♪」

…メイフェア校・部室…

ドロシー「……さて、と」

ちせ「もう出来上がったのか、手早いものじゃ」

ドロシー「この業界にいる以上は手も早くなくっちゃな……ちょいとメッセージを置いてくる」

ちせ「うむ、気を付けての」

…ロンドン市内・メールドロップ…

ドロシー「……よし」大通りと大通りの間、抜け道として使われないこともないが人通りが多いわけでもない裏道の角に「安全」を示す目印があるのを確かめると、するりと曲がって「ドロップ」に指定されているレンガ塀のすき間に暗号文をしたためた薄紙を滑り込ませる……

ドロシー「あとは返事を待つばかり……と」

………



…夕方・コントロール…

L「ふむ……」パイプをくわえて思案顔をしている……

7「どうかなさいましたか?」

L「いや、例の植民地政府のエージェントの事でな」

7「対象は無事に絞り込めましたが」

L「そこまではいい。それと接触していた人間に問題がある……イーグレットだ」

7「内務省付の連絡役でしたか」

L「そうだ。奴自身はさえない小物にすぎんが……普段新大陸のエージェントを担当する植民地省の役人ではなく奴が連絡役ということは、ただの定期報告や資金の受け渡しに来たのではない可能性がある」

7「引き続き調査を?」

L「ああ、相手が内務省となれば小さな事でもおろそかにはできまい。引き続き「D」を使って調査と監視を続けさせろ」

7「はい」

L「場合によっては増員も考えねばなるまい、回せる人間がいるかどうかも調べておけ」

7「かしこまりました」
736 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/05/17(土) 01:20:20.86 ID:kE2gk5uE0
…数日後…

ドロシー「……なるほどな」

ちせ「難しい顔をしてどうしたのじゃ?」

ドロシー「人手がいないから監視任務はあれで切り上げだと思っていたんだが、どうやら見込み違いだったようだ」暗号の書き込まれた薄紙を暖炉にくべると、あごに手をあてて思案顔をしている……

ちせ「と、いうと?」

ドロシー「どうやらあの「西部の伊達男」はそれなりに価値のあるアセット(資産)らしい……いまは内務省の連絡員がついてロンドンのホテルに宿泊中だ」

ちせ「ふむ」

ドロシー「そして、だ……私とお前さんであの男の監視を継続することになった」

ちせ「二人きりでか?」

ドロシー「ここに他の誰かがいるように見えるか?」

ちせ「いや……しかし監視任務が二人というのは……」

ドロシー「監視任務は前にもあったが、あの時はほぼ休眠状態の拠点を見張っていただけだからな……今回みたいな監視任務にエージェントが二人なんていうのは正直に言えばありえない。三人で回すのだってあきれるほどキツくて、睡眠はおろか用を足す時間だって切り詰めなきゃならないくらいだ」

ちせ「とはいえ任務は任務……というわけじゃな」

ドロシー「その通り。部屋は経歴に問題のない人間が正当な手段で借りているはずだから、とやかく詮索されることもまぁないだろう……着替えは途中のネストに置いてあるやつを使う」

ちせ「承知した」

…数時間後・監視拠点…

ドロシー「……へぇ、そう悪い部屋じゃないな」

ちせ「倫敦(ロンドン)も中心街に近いと、下宿屋まで上等になるものなのじゃな」

ドロシー「その分だけ家賃も高いがな……ありがたい、ベッドも良さそうだ♪」着替えやこまごましたものを詰めたスーツケースを置くと、跳ねるようにしてベッドに座った……

ちせ「うっ……ぷ! よさぬか、ホコリが立つ」

ドロシー「悪い悪い♪ それはそうと、ここからならやつの部屋が視界に入る」角度の都合でホテルの窓からは見えないが、ドロシーたちの部屋からはホテルの室内が限定的ながら見ることができる……さっそく椅子を一脚持ち出して窓辺に置き、陽光が反射しないようカーテンを引いてから望遠鏡を取りだした……

ドロシー「これでよし、と……あとは忍耐勝負だ。私はちょいと周辺の地理を押さえるついでに食い物を仕入れてくるから、その間は監視を頼む。分かっているとは思うが、どんな奴が来てどのくらい部屋にいたか、きちんとメモをつけておいてくれ。それと私が帰ってきたときにノックが「緊急事態」だった場合は、すぐメモを焼き捨てて脱出しろ」

ちせ「うむ」

…数分後・近くの食料品店…

ドロシー「……ごめんください」

店員「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」

ドロシー「ええ。食パン二斤に「ハントリー&パーマー」のビスケットひと缶、チェダーチーズ半ポンド、リンゴを一ダース、ソーセージをひとつながり……そのパテは?」

(※ハントリー&パーマー…1822年の創業から1980年代に買収されるまで長くブランドを保った有名なビスケット会社。きれいなデザインを施したビスケット缶はトレードマークとして有名になった。王室御用達)

店員「レバーのパテです、美味しいですよ」

ドロシー「じゃあそれとサーディンをそれぞれひと缶に赤ワインを一本」

店員「あの、失礼ですが初めてのお客様にはかけ売り(ツケ)をしておりませんので、現金での支払いをお願いしているのですが……よろしいですか?」

ドロシー「もちろん」ポンド紙幣を出してカウンターに置いた……

店員「はい、確かに……ではお釣りです。よろしければ運ばせましょうか?」

ドロシー「すぐですから大丈夫、どうもありがとう」

店員「またのお越しを!」

…裏路地…

ドロシー「ふぅん……この通りはこっちと繋がっているのか……」買い物袋を抱えたなんということもないそぶりで周辺の裏路地や通り抜け、小道や抜け道を確かめる……

ドロシー「よし、今日はこれでいいだろう」袖口でリンゴを軽く拭うと歩きながらひとかじりした……

………


737 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/05/24(土) 01:20:13.49 ID:IhrD1XMU0
…別の日…

ドロシー「……おはよう」

ちせ「うむ。ずいぶん心地よさそうに眠っておったの」

ドロシー「おかげさまでな……朝飯は食ったか?」

ちせ「いや、まだじゃ」

ドロシー「なら私がぱぱっと作ってやるよ」

ちせ「うむ」

…洗面台でばしゃばしゃと顔を洗うと台所に立ったドロシー……昨夜の残り火を火種にして石炭をくべ、炉の火加減が良い具合になると卵を割り、ベーコンを切り出して熱くなってきたフライパンに放り込む……数分もしないうちにベーコンの焼ける音といい匂いが漂い、跳ねた油に時折「あちっ!」と悪態をついたりしながら、布巾でフライパンの柄をつかんで持って来た…

ちせ「なかなか美味そうじゃな」

ドロシー「ああ。食えるときに食うのもエージェントの任務だ……腹ペコじゃ力も出せないからな」食パンとベーコンエッグスを皿に乗せるとテーブルクロスの上を滑らせてよこした……

ちせ「おっと……では、いただきます」皿が逃げないように捕まえると手を合わせた……

ドロシー「おう、食ったら休憩に入っていいぞ」食べている間にも窓越しの観察を怠らないドロシーだが、監視対象のホテルの部屋はまだカーテンが引かれていて様子が掴めずにいる……

ちせ「うむ、なかなかのものじゃ」

ドロシー「だろ? チーズもあるから好きなように切って食べな」

ちせ「しかし、あまり食うと身体が重くなるのでな……むむむ」

ドロシー「別に無理に食えとは言わないさ。欲しけりゃ……ん、ぐっ」飲み込みかけたパンを詰まらせそうになり、紅茶で流し込む……

ちせ「どうした?」

ドロシー「奴が出かける……追うぞ」

…新大陸からのエージェントはフェルトの中折れ帽に茶系のスリーピースとリボンタイ、ピカピカの茶革のブーツでダンディに決めている……そして「野性味あふれる西部の好男子」キャラクターを本人もよく自覚しているらしく、ロンドンには似つかわしくない派手な笑顔や身振りを振りまいている…

ちせ「うむ……格好はこれで構わぬか?」街なかで尾行するのに着物では目立ちすぎるので、ドロシーが見立てた黒を基調としたモノトーンのデイドレスに日傘を持った……

ドロシー「ああ、それでいい♪」いつものように深緑色をベースにおいたデイドレスに同系統の日傘を持ち、にやりと口の端に笑みを浮かべた……

…ロンドン市内…

ちせ「やつはどこに向かうつもりじゃろう?」

ドロシー「それを調べるのがこっちの役目さ……私は目立つタイプだから距離を開けて援護に回る。まだ慣れないと思うが試しに付けてみろ」

ちせ「承知した」

…場合によっては尾行がいないか調べるために、本人の後ろから距離を空けて「守護天使(監視役)」がついている事もある……ドロシーはその監視役がいないか見破るために大きめに距離を空け、尾行そのものはちせに任せた…

男「〜♪」

ちせ「……」何かの曲を鼻歌で鳴らしながらすたすたと歩いて行く男に対して、小柄なちせは少し難儀しながら尾行を続ける……と、男は劇場へ吸い込まれるようにして入っていった……

ドロシー「……劇場か」

ちせ「どうするのじゃ?」劇場の前を行き過ぎてから裏道の角で合流した二人……

ドロシー「薄暗くて不特定多数の人間が出入りする場所は情報交換にも持ってこいだ。入ろう」

ちせ「うむ」

…劇場…

ドロシー「済みません『プリンセス・プリンシパル〜Clown Handler〜』の当日券を二枚」

受付「はい。どうぞごゆっくり」

ドロシー「ええ、どうも♪」

ちせ「……しかし、活動写真など久しぶりじゃ」

ドロシー「そりゃ良かった……やつに視線を向けると気付かれるかもしれないからな、映画の方を楽しむといい」男の席より四列ほど後ろ、左にも五つほど離れた場所に席を取った……

ちせ「あい分かった」

…男は映画のパンフレットを眺めながら、幕が上がるのを待っている……照明が落とされ、周囲のざわめきが収まるとカタカタと映写機が回り始める…

男「……」

ドロシー「……」

ちせ「……おぉぅ」隣にも聞こえないような小声で感嘆の声をあげつつ、熱心に映画を見ているちせ……
738 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/05/29(木) 00:55:50.62 ID:/orgx/Av0
…上映後…

ドロシー「いやぁ、面白かったなぁ。 見どころも満載だったじゃないか……上映中に接触した奴はいなかったな」

ちせ「本当に活動写真が見たかっただけなのじゃろうか」

ドロシー「そうは思えないけどな……奴が出るぞ」楽しげな表情をしたままさっと耳打ちする……

ちせ「なるほど、見えた」

…男は悠然とした態度で劇場を出ると、そのままホテルとは逆の方向に歩き始めた……乗り合い馬車や二階建てバスが激しく行き交う通りの十字路には交通整理の警官もいるが、それでも道路をひょいと渡る歩行者や急な車線変更をする車などが後を絶たない…

ドロシー「このまま二人でいると目立つから、私は歩道の反対側に渡る……ちせは距離を保ったまま尾けてくれ」そう言うとドロシーは向かいのショーウィンドウに陳列されているアクセサリーに気を惹かれたフリをして、車の列を縫うようにしてさっと道路を渡った……

ちせ「承知」

…数分後…

男「〜♪」

ちせ「……」

ドロシー「……」ご機嫌な様子ですたすたと歩いて行く男と、小さい歩幅ながら器用に人波をすり抜けて距離を保っているちせ……そして反対側の歩道で商店を冷やかしたり、裏道に入ったりしながら監視を続けているドロシー……

男「……」

ドロシー「あいつ、尾行がないか確かめていやがるな……?」ぶらぶらと街歩きをしながら監視がないかどうかを確かめるのはエージェントとして欠かせない予防措置で、相手がそうした措置を取っていることを考えると一旦尾行を打ちきった方が得策のように思えた……

ドロシー「そうと決まれば合図を出すか……んっ?」

…婦人帽をかぶったドロシーがちせに向かって尾行の打ち切りを示す合図を出そうとした矢先、急に道の向こうから人々の叫び声や怒鳴り声、警官の吹き鳴らす警笛の甲高い音、何かが壊れるような轟音が響いてきた…

通行人「暴れ馬だぁ!」

通行人B「危ないぞ!」

ドロシー「まったく、こんな時に騒がしいことで……っ!?」

…街なかのパイプから漏れて噴きだした蒸気に驚いた馬車馬が暴れ出し、御者を振り落とし革帯を引きちぎって暴走し始めたのが見えた……騒ぎにかこつけてさりげなく撤収しようと考えたドロシーは冷めた様子で道路上の大騒ぎを見ながら軽く帽子を持ち上げ、ちせに合図を送ろうとしたが、次の瞬間に起きた光景を見て一瞬視線が凍り付いた…

子供「ママだ!」

乳母「あっ、いけません!」

母親「だめぇ!」たまたま道路の向かいに母親を見つけた小さな子供が乳母の手を振り切って道路上に飛び出し、そこに興奮のあまり口から泡を吹いた暴れ馬が飛び込んでくる……

ちせ「いかん!」

ドロシー「ちっ……!」

…エージェントとして目立つ事はするべきではなく、たとえ可哀想に思っても幼児を助けるのはあきらめる必要がある……が、道路の向こうにいるドロシーが止める間もないうちにちせが道路上に飛び出し、馬の蹄に引っかけられないよう子供を抱きかかえて跳んだ……見事な跳躍で子供を救い出したちせだったが、切れた馬具の革紐が脚に絡みつき、怪我をしないよう身体を丸めた状態で二メートルほど地面を引きずられかけた…

男「……!」バンッ!

ドロシー「!?」

ちせ「く……!」

…ちせが飛び出すのとほぼ同時に動き出していた口ひげの男は、ちせの脚に馬具が絡んだのを見るやいなや一瞬のうちに腰のホルスターに手をやり、そのまま抜き撃ちで絡んでいた革紐を撃ち抜いた……その間にも勇敢な何人かが暴れ馬に飛びついてくつわを押さえ込み、半狂乱になった母親は子供に駆け寄り、野次馬や警官が押し寄せる間にちせは地面を転がり、さっと人混みに紛れ込んだ…

母親「あぁ! エリー!エリー!」

子供「うわぁぁぁんっ!」

野次馬「……やれやれ、無事で何よりだったなぁ」

野次馬B「それよりあの子供を助けようと飛び出した女の子がいただろう? ずいぶんと勇敢だったぜ」

野次馬C「そういえばあの女の子はどこに行ったんだ? 表彰状ものだよな」

警官「ほら邪魔だ邪魔だ!後ろに下がって!」

男「……」ちせと同様、騒ぎの音に紛れてさりげなくその場を離れた男……一瞬だけドロシーの方を見たようだったが、すぐにフェルトの中折れ帽をかぶり直すと角を曲がって消えた……

ドロシー「……あいつ、やっぱりただ者じゃないな」十重二十重と事故現場を取り囲んでいる野次馬の列に押し出されるフリをしながら後退していき、すっと裏道に入ると小さく首を振った……

ドロシー「それに間違いなくちせの顔は覚えられた……さて、どうするか」

ドロシー「とりあえず、ネストに戻ったらまずは説教だな……」

………

739 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/06/06(金) 01:48:41.59 ID:y9W6mgfZ0
…ネスト…

ドロシー「一体どういうつもりだ。この商売では私情を捨てなきゃならないこともあるって何度も言ってきたはずだぞ……あんな常人離れした動きを見せたらどんなバカだって注目するに決まってる」

ちせ「……すまぬ」腰に手を当てて仁王立ちしているドロシーと、床で正座して反省しているちせ……

ドロシー「はぁ……今さら謝ったってどうしようもないだろうが。一つはっきりしているのは、間違いなくお前さんは奴に顔を見られたってことで、エージェントに顔を見られたってことは覚えられたってことだ」

ちせ「……」

ドロシー「いいか「子供を助けるな」とは言わないが、もしやりたいなら目立たないようにやれ。風車に突っかかるドン・キホーテみたいな真似はやめろ」

ちせ「ドン……なんじゃ?」

ドロシー「才気あふるる騎士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ……スペインの風刺物語だよ。騎士道精神にイカれちまった郷士のおっさんがボロ槍を持って遍歴するんだ……ともかく、しばらくの間は出歩かずにじっとしてろ」

ちせ「うむ……迷惑をかける」

ドロシー「そう思うなら端(はな)っからやらないでくれよ……全く、説教をするのがアンジェじゃなくてよかったな。無表情なあいつに説教されるとおっかないことこの上ないぞ」

ちせ「うむ……」

ドロシー「ともかく、今さらああだこうだ言ったところで「こぼれたミルクは戻らない」からな」

ちせ「ふむ……こちらで言う「覆水盆に返らず」じゃな」

ドロシー「きっとそうだろう。ほら、飯にするから席に着けよ」ずっしりとしたミートパイを切り分け、ベイクドビーンズと一緒にちせの皿へ盛った……

…同じ頃・ホテルの一室…

男「……鍵はかかってない、入ってくれ」

役人風の男「失礼」

男「よう、毎日のようにご苦労だな」

役人風「商品を売りこみに来た貿易商のため、役人が関税や通関についての指南にやってくる。なにもおかしな事はないだろう……銃の手入れか?」

男「まぁな」リボルバーのレンコン穴をのぞき込み、火薬のカスや傷がないか確かめながらクリーニング用の細いブラシを突っ込む……

役人風「撃ったのか?」役人らしい堅苦しい表情のままだったが、一瞬持ち上がった眉毛は驚愕を表していた……

男「ああ、まだ一時間も経っていない。劇場の前で馬車馬が暴れてね。絡まった馬具で通行人の女の子を引きずりかけたもんだから、つい手が伸びちまった」

役人風「……どうやら時間をかけてカバー(偽装)やレジェンド(偽経歴)を作ってきたのが無駄になったな」

男「さすが、本国人らしい嫌みったらしい言い方だ……だがね、そのおかげでちょっとばかし面白いものと出っくわしたよ」

役人風「というと?」

男「馬具が絡まって引きずられかけた少女……ちっこい黒髪の東洋人なんだが……どうやらただの娘っ子じゃあない」

役人風「分からんな、東洋人がそんなに珍しいか?」

男「そうじゃないさ……そもそも馬にひかれかけたのは幼い女の子で、東洋人の娘は馬のひづめをかいくぐって幼児を救い出したところで馬具が絡まったんだが……ありゃ並の動きじゃなかった」

役人風「その「並の動きじゃない」娘が君を尾行していた?」

男「ああ……そうそう、どうも見覚えがあるような気がしていたが見本市に来ていた娘だ。小柄で人混みにまぎれていたから気付かなかったが、劇場を出てからもおれの事を尾行していたみたいだな」

役人風「東洋人のスパイ?」

男「東洋人だろうがペルシャ人だろうが他人を尾行しているってことはその類だろうよ」

役人風「……じゃあ、放っておけば馬に引きずられて勝手に処理できた相手を銃を抜いてまで助けたのか」

男「そういう言い方もできるな」

役人風「私にはそうとしか言えんね……そもそも銃を持ち歩いていいとは言っていないはずだが?」

男「持ち歩いちゃいけないとも聞いてないな」

役人風「……からかっているのか?」

男「とんでもない……だが、丸腰で歩き回るのは嫌いでね」

役人風「必要ないだろう? ここは西部の荒野じゃないんだから」

男「どこだって変わらないさ。ここじゃタンブルウィード(転がる枯れ草)が古新聞ってだけでな」

役人風「ともかく、今後は人目を引くような行為はつつしんでもらいたい」

男「ふ……おそらく東洋人の娘っ子も今ごろそう言われているだろうよ」そう言うとクリーニングの済んだリボルバーを腰のガンベルトに納めた……
740 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/06/14(土) 01:28:15.77 ID:Hw8GkQrd0
…ロンドン市内・コーヒーハウス…

7「なるほど、それほどの使い手だと」

ドロシー「ああ。少なくとも二流じゃない……私が言うんだから間違いないさ」

7「貴女が言うのならそうでしょうね。しかしそれだけのエージェントを呼び出した理由はなにかしら?」

ドロシー「さぁな……それと連絡役のうち一人は内務省の奴だが、時々しかめっ面をした役人風の男が来ている。身長は五フィート七インチ(170センチ)くらい。鉄ぶちの丸眼鏡に薄い砂色の髪。正面から見て右側で七三分けにしていて、瞳は水割りのウィスキーみたいな茶」

7「他に特徴は?」

ドロシー「握りに鷹か鷲をあしらった細身のステッキを突いている」

7「分かったわ、調査の上で該当する人物が分かったらそちらにも教える」

ドロシー「頼んだ……あぁ、それと」

7「なに?」

ドロシー「例の男は時々『壁』沿いの区域にある倉庫に通っている……場所はこの辺りだ」特定のやり方でロンドン地図と重ね合わせると目星を付けた場所が分かるようになっている手紙を渡した……

7「分かった。では引き続き監視と、可能な限りその倉庫の調査を行ってちょうだい」

ドロシー「ああ、それじゃあまた」紅茶を飲み終えるとさりげなく席を立った……

………

…数日後…

ちせ「ドロシー」

ドロシー「んぁ……交代にはまだ早いぞ、何かあったか?」

ちせ「うむ、あの男が役人と一緒に出かけようとしておるのじゃ」

ドロシー「本当か?」一瞬で目を覚まし、さっと窓際から観察する……

ドロシー「……間違いないな」

ちせ「どるするのじゃ?」

ドロシー「そりゃあ尾けるしかないな……私も格好を整えたらすぐに出る。先に裏口で待っていてくれ」

ちせ「承知」

ドロシー「さて……奴らが何をする気か知らないが、ノルマンディ公が一枚噛んでいるのはほぼ間違いなしだな……」手際よく口をゆすぎ、ばしゃばしゃと顔に水をはねかけると『七つ道具』を整えてさっと室内を見わたし、留守中に誰か室内に入っても疑われるようなものがないか確かめ、ドアノブに保安措置のまち針を乗せると部屋を出た……

…裏通り…

ドロシー「よし、行こう」

ちせ「うむ」

…ドロシーお気に入りのカスタム・カーは抜群の性能だが小回りが効かず目立ちすぎるため、コントロールが用立てた地味な二座席の幌つきクーペに乗り込み、エンジンをかけた…

ちせ「……それにしても連中は何をしているのじゃろうな?」

ドロシー「それをこれから調べるのさ。壁沿いのあの辺りは倉庫が多いし、なにかデカいものをしまっておくことだってできる……物騒な代物って可能性もないわけじゃない」

ちせ「むむむ……」

ドロシー「奴は右折か……このまま同じ道を行くわけにもいかないな」訓練所時代に叩き込まれたロンドン市内の地理と天性のカンで、尾行に気付かれないよう道を変えながら追跡を続ける……

…一方…

役人風「……尾行はいないようだな」

男「そうは思えないね。後ろにいる車のどれかがおれたちを尾けているよ」

役人風「街中で早撃ちの見世物なんかをしたからだ」

男「そう言うなよ。これで共和国のエージェントを挙げることが出来たら君の手柄にもなるんだからな」

役人風「失敗すれば君から芋づる式に関係がバレる」

男「やれやれ、ロンドンのお天気くらい悲観的なんだな」

役人風「君が楽観的すぎるんだ……そこで右だ」

男「いや、この道は曲がる車が多い。尾行されているか調べたいんなら二本先の路地で曲がろう」

役人風「レアンダー通りか? あそこは道幅が狭いから車に傷を付けないようにな」

男「もし傷がついたら直して返すよ」
741 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/06/20(金) 00:54:41.26 ID:jxCO0DJE0
…しばらくして『壁』沿いの倉庫街…

役人風「どうにか無事に着いたな」

男「当然さ」

役人風「どうだか……向こうは呆れるほど広い荒野なんだろう? ハンドルの使い方を知っているだけでも驚きだ」

男「ハリネズミに巣を借りて狭い道での運転を練習したのさ」

役人風「ふん……まぁいい、中に入ろう」

男「なら先に入ってくれ、おれは監視がいないか確かめてから入る」

役人風「分かった」

…近くの廃屋…

ドロシー「あそこに入ったが……見たところはただの倉庫だな」

ちせ「どうするのじゃ?」

ドロシー「ひとまずは監視するだけだ。もちろん後で報告は上げる。しかし人の気配もないし保安措置が講じられているようでもないな……」

ちせ「文字通り『ただの倉庫』なのではないか?」

ドロシー「そんなはずないとは思うが……」真鍮が光を反射しないよう筒に黒い布を巻き付けた望遠鏡を取り出し、風にさらされている古ぼけた倉庫を観察した……

ちせ「ふむ……」

ドロシー「とりあえず動きはない。今日のところは連中が引き上げるのを待ってからこっちも撤収、場所だけ報告したら明日以降の監視を考えよう」

ちせ「承知した」

………



…翌日・市内の図書館…

L「……なるほど」

ドロシー「ともかくその倉庫には人影もなけりゃ会社名の看板もない。屋根には雑草が生えてるしレンガは崩れかけ……だからこそ逆に引っかかる」

L「というと?」

ドロシー「監視のない倉庫に意味深な人の出入り……興味を持たせるようにわざとやっているとしか思えない」

L「つまり罠だと」

ドロシー「ああ、私はそう思うね」

L「ふむ……さっき場所は壁の近く、地図で言うとこの辺りだと言ったな」なんの変哲もないロンドン地図の一点を指さした……

ドロシー「ああ、その辺りだ。もっともその辺りは革命騒ぎで焼けた廃屋か需要の少ない倉庫がほとんどで、地番もないような区域だからおおよそのところだが……」

L「……この場所なのは確かか?」

ドロシー「ああ、間違いなく」

L「ふむ……金脈を掘り当てたとは言わんが、近いところまではたどり着いたようだな」

ドロシー「どういうことだ?」

L「この地図を見てみろ」取りだした別の紙はふちが黄ばんでところどころ破れていて、隅には下水道の経路を示す整備図であることが書かれている……

ドロシー「これは……!」

L「見ての通り、この倉庫の地下を通る下水道をたどっていくと壁沿いにある複数の王国軍施設と地下で繋がっている」

ドロシー「しかも一つや二つじゃない……小火器の保管庫、車輌整備施設、重砲の弾薬庫……どうなってるんだ」

L「……君の歳では知らんのも無理はない。そもそもこの周辺の『下水道』は王国がこちらと開戦することになったときに、ロンドンの防壁を守るべく備えて作られた要塞線の一部を造り替えたものだ」

ドロシー「それじゃあ……」

L「人気がないように見えるのも当然だ、おそらく下水道の点検用に掘られた地下通路から出入りしているのだろう」

ドロシー「それじゃあ監視のしようがないな」

L「ふむ……では可能な限りでその倉庫には何があるのか、何の目的でどこへ運ぶのかを調査しろ」

ドロシー「分かった」
742 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/06/27(金) 01:47:42.49 ID:MGpknpE00
…その次の日…

ちせ「……それでここに拠点を置くことになったわけじゃな」

ドロシー「そういうこと……やれやれ、あの柔らかいベッドが恋しいぜ」

…ロンドンを東西に隔てる無愛想な「壁」沿いの街区は日当たりも風通しも悪く、行政や軍の要望で取り壊しや立ち退きも行われるため、必然的にすぐ取り壊してもいいような安普請の下宿屋や木賃宿がごちゃごちゃと並んだ貧民街のようになっている……ドロシーとちせが借りたのもそうした安下宿の一つで、薄いマットレスを敷いたベッドは寝転ぶだけでギシギシときしみ、備え付けのクローゼットは立て付けが悪くきちんと扉が閉まらない……天井からの雨漏りを受ける桶を床に置き、ホコリのせいですっかり灰色になっているカーテンを細めに開き、すき間から倉庫を監視している…

ちせ「ふうっ……ひどいホコリじゃ」

ドロシー「モップとバケツならそこにあるから、私が監視している間に掃除でもしてくれないか?」

ちせ「うむ、代わりに料理は任せるぞ」手拭いを口元に巻き付け、たすき掛けで(部屋の程度に合わせた)粗末なデイドレスの袖口を押さえると、ホコリの積もった室内にはたきをかけはじめた……

ドロシー「あいよ……うっぷ、ひでえな」

ちせ「おおかた部屋の管理もしておらぬのじゃろう」

ドロシー「その代わり家賃はまあまあだし、難しい事を聞かずに部屋を貸してくれるってわけさ」視界の先にある倉庫は静まりかえっていて人の出入りもほとんどない……

ちせ「……あっという間に水がまっ茶色になってしまった」

ドロシー「水道は共用で裏にある。他の住人に何か詮索されても、英語が分からないふりをしてごまかせ」

ちせ「承知」バケツを持って出ていった……

ドロシー「さて、しばらくは根比べだ……」

…そのころ・ロンドン市内のホテル…

男「……じゃあ、今度の船便でそいつを運び出すのか」

役人風「そういうことになる……何か不満か?」

男「いいや? だが気にはなるね」

役人風「過ぎた好奇心はためにならないことくらい分かると思うが」

男「そりゃあそうさ。だが今のタイミングで新大陸にそれだけのものを運び込むと聞かされたら事情を勘ぐりたくもなる」

役人風「考えるのはこちらに任せておけばいい。君の仕事は実行することで考える事じゃない」

男「自分の仕事くらいは分かっているさ」

役人風「なら結構だ……くれぐれも早撃ちの見世物やカウボーイごっこを披露するような真似はしないようにな。その立派なひげを見せびらかすために出歩くのもやめてくれ」

男「ああ」思わず上唇のひげを撫でた……

役人風「まぁ、ホテルのラウンジでお茶を飲むくらいは構わないよ。 経費はこちら持ちだ。せめて新大陸に戻る前にまともな紅茶の味を覚えて帰るといい」

男「……ちっ、取り澄ました嫌な野郎だ」

…小役人風の連絡役が出ていくと男は鏡台の前に座って小さな櫛で口元のひげを整え、それからトランクに入れてあったガンケースを広げると、不愉快さを忘れるように.44-40ウィンチェスター弾モデルの「コルト・シングルアクション・アーミー」と、それよりはずっと小さく隠しやすい護身用の.32口径リボルバー「S&W・NO.2」リボルバーを熱心に手入れした…

………



…数日後…

ドロシー「ふぅ、こうも動きがないんじゃ仕方ないか……」

ちせ「どうする気じゃ?」

ドロシー「ゴミ漁りのふりをして近くをうろついてみるつもりだ。このまま昼は学校、夜は抜け出して監視ときた日には身体が持たないし、コントロールに「成果を出せ」ってせっつかれるのも気に入らないしな」

ちせ「しかし、危険ではないか?」

ドロシー「そいつは分かっちゃいるんだが、他に使える監視役がいない以上こっちでやるしかないだろう……綱渡りは慣れてるしな」

ちせ「ならば私が……」

ドロシー「いや、私なら貧民街のことも分かっているからなんでもない……連中だっていちいちゴミ漁りを警察に突き出したりして耳目を引くのは避けるだろうから、捕まってもせいぜい顔の形が変わる程度にぶん殴られるくらいですむはずさ♪」

ちせ「むむむ……『顔の形が変わるほど』殴られると言うのは大ごとのようじゃが、そういうのなら」

ドロシー「ああ、むしろ屋根を伝って上から監視とバックアップをしてくれる方が助かる。もしも本気で相手をしなくちゃならないようだったらこんな風に合図をする……その時は相手を叩き斬ってくれ」手を意味ありげにヒラヒラさせた……

ちせ「承知」

ドロシー「それじゃあ今夜の実行に備えて昼寝でもしておけよ」

ちせ「分かった」
743 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/07/02(水) 00:19:00.79 ID:MrZBuGBD0
…夜…

ドロシー「ちせ」

ちせ「うむ」粗末なベッドで寝ていたはずが、ドロシーが声をかけるとまるで起きていたかのように返事をした……

ドロシー「そろそろ時間だ」

ちせ「そうか……それよりドロシー、その格好は一体?」

ドロシー「どうだ、なかなかのもんだろ?」

…起き上がったちせが向けた視線の先には、色もよく分からないボロを着た汚らしい女が木の桶を持って立っている……品のないニヤリとした笑みを浮べると歯並びの悪い黄ばんだ歯がゆがんだ唇からのぞき、もつれ放題の髪は脂ぎっていて、肌も垢じみて黒ずんでいる…

ちせ「……まるで別人じゃな」

ドロシー「なぁに、コツさえ覚えれば結構簡単なもんさ……格好よりも動きが大事なんだ」

ちせ「その服はどこから?」

ドロシー「慈善活動のフリをして貧民街に行ったときに私と背格好の近い女を見つけてね。まっとうな服をやる代わりにこいつを引き取ってきたのさ」

ちせ「なるほど……私もそういう格好をしたほうがよいのじゃろうか?」

ドロシー「必要ないさ。ちせに動いてもらうときはのっぴきならない時だけだ」

ちせ「なるほど」

ドロシー「さて、それじゃあ最後の仕上げと行くか……」

…部屋の隅に持ち込まれている見なれない容器は使い込まれた機械油の桶で、中身はすっかり真っ黒になっている……ちせが古いオイル特有の嫌な臭いに鼻にしわを寄せているなか、ドロシーは古油を少し手に取ると「うへっ、ひでえな……」とぼやきながら手首や首もとに少しすりこんだ…

ちせ「……まるでオンボロの工場じゃな」

ドロシー「いつぞやの洗濯工場みたいにか? ……いくら格好がボロでも、物乞いや貧民層に特有の臭いがしないと相手に違和感を与えてしまう。視覚、嗅覚、聴覚……五感すべてを使って自分のなりすましたい人間に寄せないといけないのさ」

ちせ「むむ、見事なものじゃ……」

ドロシー「お、合格をもらえるとは嬉しいね……それじゃあぼちぼち出かけるか」

…しばらくして・倉庫の裏手…

ドロシー「……」

ちせ「……」身を屈めてよたよたと歩いているドロシーと、倉庫の屋根を伝いながら周囲を監視しているちせ……腰に脇差を提げ、塗り笠をかぶって素早く動く様子ははっきりと視界に捉えるのも難しく、影のようにドロシーを援護している……

ドロシー「なんだい、こんなもの……」

…ゴミ漁りの女らしくぶつぶつとひとり言をつぶやきながら、金目のものや食べられそうなものを探しているふりをするドロシー……でこぼこの道をあちらのゴミ箱、こちらのクズ山と寄り道しながらも着実に倉庫へ近づいていく…

ちせ「む、例の倉庫に取り付いたようじゃな……」

ドロシー「さて、と……ちょいと拝見させていただくよ」ドロシーは倉庫のすみっこ、レンガの崩れかけている小窓に顔を寄せると内部をのぞき込んだ……

ドロシー「……おっ?」

…のぞきこんだ倉庫の中は明かりが漏れないよう照明に幕が張り巡らせてあり、光が真下にしか届かないよう工夫してある……そして中には大きな木箱がいくつも積み上げられ、防水布がかけられた大きなシルエットもいくつか鎮座している…

ドロシー「防水布がかかってはいるが……ありゃあ自動車だな。あっちの大きい箱は機関銃に、少なく見積もっても数百人分の軍用ライフルの輸送用木箱……それに爆薬の大箱と2ポンド級の速射砲が見える限りで三門……戦争をおっぱじめるには量が足りないが、ちょっとした騒ぎを引き起こすには十分すぎるくらいだ……」

…視界に収めたものを暗記しているドロシーの背中に、コツンと小さな石ころがぶつけられた……石ころは屋上で見張っているちせからの「敵の見張りが近づいている」という合図で、ドロシーはさりげなくのぞき窓を離れてまたよたよたと歩き出し、角を曲がった矢先に声をかけられた…

私服「……おい、なんだお前は。ここで何をしている」

ドロシー「あぁん、あたしがここにいちゃいけないって言うのかい?」

私服「当たり前だ、この辺りは軍の管理区域だぞ。お前みたいなゴミ漁りの来る所じゃない……その手に持っているものはなんだ、持ち物を見せろ」

ドロシー「嫌だよ、せっかくの収穫をあたしから取り上げようって言うんだろ?」

私服「ふざけるな、だれがそんなゴミなんかいるか……いいから見せろ」

ドロシー「分かったよ……いいけどネコババするんじゃないよ」

私服「バカ言え……この桶はなんだ」

ドロシー「水だってことぐらい分かるだろ? この辺りには水道なんて気の利いたものはありゃしないからね、そこのパイプから滴ってるやつをいただくんだよ」

私服「その包みは?」

ドロシー「見ての通り服だよ。お前さん、ドロワーズ(女性用下着)が欲しいのかい?」

私服「そんなものいるわけないだろう……もういい、あっちに行け」

ドロシー「なにさ。威張りかえった若造だね、まったく……」ぶつくさ言いながら歩み去った……
744 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/07/03(木) 01:10:22.04 ID:Ktr1NPcB0
男「……いったい何を騒いでいるんだ?」

ドロシー「……」

…施設の警備に当たっている情報部とおぼしき私服をうまくあしらって立ち去りかけた矢先に、施設から口ひげの男が出てきた……ロンドンの湿っぽい夜には似つかわしくない茶革の靴にフェルト帽で、施設の中に火薬があるためか火の付いていないパイプをくわえている…

私服「いえ、怪しい女がうろついていたので……ゴミ漁りの女乞食でした」

男「ほう、そうかい」男はゆったりした歩きでドロシーに近寄ってきた……

男「……こんな所じゃ食い物なんか見つからないだろうに、大変だな」

ドロシー「仕方ないのさ、実入りのいい場所で漁ろうと思ったら元締めにおあし(銭)を払わなくっちゃならないからね」

男「なるほどな……」

ドロシー「じろじろ眺めてどうしたんだい、あたしがいい女だからって気に入ったのかい?」下世話な女らしく歯をのぞかせ「けけっ…♪」と下卑た笑い声をあげる……

男「いや、どこかで見たような気がしたもんだからな……」

ドロシー「イヤだねぇ旦那、この間あたしを抱いたってのにもうお忘れとは……けっけっけ、情けないねぇ」

私服「こいつ、人をおちょくりやがって……!」

男「おい、落ち着けよ……何も持っちゃいなかったんだな?」

私服「ええ。持っているのはガラクタばかりです」

男「だったら放してやれ……ところで名前は?」

ドロシー「ジェーンだよ。ところであんたの名前はなんて言うんだい、色男の旦那?」

男「おれか? あんたがジェーンなら、おれのことはジョン・スミスとでもしておいてくれよ」

(※ジョン・スミス…ごくありふれた名前であることから偽名や匿名を意味する「名無しの権兵衛」の代名詞。女性の場合はジェーン)

ドロシー「そうかい、それじゃああたしは行っていいんだね? ジョン・スミスの旦那?」

男「ああ。ただこの辺りは「壁」のそばで軍の管理区画だ。こういう面倒ごとに巻き込まれたくなかったら近寄らないことだ」

ドロシー「そうさせてもらうよ、そっちの生っ白いほうはけんつくを食らわすしさ」

私服「この……!」

男「おい、そうカッカするなよ……あぁ、ちょっと待て」

ドロシー「……なんだい?」内心どきっとしたが、平然と振り返った……

男「今夜の飯にありつけないようじゃ困るだろう、取っておきな」硬貨をピンと指ではじいて寄こした……

ドロシー「へっへっへ、こりゃあひさびさに良い色を拝ませてもらったよ……飲み代がなくなったらまた来ようかねぇ?」

男「あんまりこの辺りでうろちょろしていると、銀じゃなくて鉛が飛んでくることになるからやめておきな」

ドロシー「おやおや……それじゃああたしはおいとまさせてもらうよ」

男「ああ」

…しばらくして・監視拠点…

ドロシー「ふー……まさか当の本人とはち合わせとは、運がいいんだか悪いんだか……」

ちせ「驚きじゃったな」

ドロシー「まったくだ……くそ、質の悪い石けんだな」ガタのきている洗面台で石けんを泡立て「変装」に使った古いオイルや泥土を一生懸命洗い落としている……

ちせ「あとは寄宿舎に戻ってからじゃな」

ドロシー「そうだな。 どうだ、臭いは落ちたか?」

ちせ「むぅ……まだいくぶん油くさいが、まぁどうにかなる範囲じゃ」

ドロシー「ならいいか」

ちせ「それにしてもドロシーの見たものは兵器がひと山……新大陸でどう使うつもりじゃろうか」

ドロシー「可能性はいくつかある。北ならカナダでケベックの独立を狙う親フランス派にニラミを利かせるためだし、南なら国境でもめているメキシコへの圧力だ。こっちは後ろ盾にスペインがいる」

ちせ「むむむ」

ドロシー「どちらにせよまだ積み上げている途中だったから、荷物はあれで終わるわけじゃなさそうだ」

ちせ「と、なると……」

ドロシー「新大陸で王国の影響力が増すことになるだろうな」
745 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/07/14(月) 00:53:06.08 ID:KEk6YHWh0
…翌日・開店前のパブ…

ドロシー「というわけで、連中は用意した武器をどこかに運ぶつもりのようだ」

L「……ふむ」

ドロシー「これで一応は監視目的である「倉庫の中身」は分かったわけだが……これからどうする?」

L「そうだな。王国がその武器を「何に」使うかは想像が付くが、問題は「どこで」使うかだ……君が指摘したようにケベックでは反アルビオンの動きがあり、フランスが裏で糸を引いているし、新大陸の南部から西海岸はかつてメキシコ領だったもので、奪い取られた領土の奪還を目指して虎視眈々と狙っている……こちらの背後にいるのはスペインだ」

ドロシー「ああ」

L「……だが、いま挙げた地域で何かが起きる可能性は少ないだろう」

ドロシー「理由は?」パブのカウンターから勝手に持ってきたグレンフィディックをちびちび舐めながら聞いた……

L「タイミングと規模だ。今言ったその二か所で事を起こすとなれば大規模な戦闘になるだろうが、王国の体制も盤石ではない。ケイバーライトの力で世界に覇を唱えてはいるが、軍事力をどこかにつぎ込めばどこかが手薄になる」

ドロシー「にっちもさっちも行かないってわけか」

L「そうだ。それにメキシコにしろケベックにしろ問題の根は深い。数門の2ポンド速射砲と数百人のライフル歩兵でどうにかできる規模ではない」

ドロシー「それじゃあやっぱり駐屯軍への補給ってことにならないか?」

L「その可能性も考えたが、駐屯部隊への補給ならわざわざ秘密裏に行う理由がない……ましてや新大陸から腕利きのエージェントを呼び寄せる理由などまるでない」

ドロシー「じゃあ口ひげ男と軍需物資の問題は別口なんじゃないか?」

L「……君たちを誘い出すための囮だと?」

ドロシー「ああ。自慢じゃないが私たちは王国にとって結構な頭痛の種になっている存在だろう? 冷徹なノルマンディ公は別にしても、防諜関係にいるどっかの誰かがしびれを切らしたっておかしくはないはずさ」

L「そうだな、確かに君たちの活動は王国にとって愉快ではないはずだ……しかしそのためのアプローチにしてはあまりにも遠回りすぎるし、君たちに繋げようとする要素がない」

ドロシー「言われてみれば……じゃあやっぱり武器は武器として、どこかで使うアテがあるってことか」

L「ああ」

ドロシー「……どこか思い当たる節があるみたいだな」

L「必要以上に知りすぎるのは身体に悪いが、君なら推測できるだろう……どこだと思うね」

ドロシー「おやおや、謎かけと来たか……カンダハールか?」

L「あそこを平定するには数万のインド駐留軍と数百門の大砲を送り込んで一年はかかる」

ドロシー「じゃあアイルランド?」

L「それなら隠し立てすることなく、むしろ独立勢力への牽制として大々的に送り込むだろうな」

ドロシー「ならハルツームは?」

L「現状フランスも王国の空中戦艦に恐れをなし、少なくとも表向きはアフリカでの権益を平和的に分け合っている形だ……新大陸からエージェントが来た理由も考えてみるといい」

ドロシー「そうだな……じゃあジャマイカか?」

L「ふむ、惜しいな。バハマ諸島だ」

ドロシー「バハマ?」

L「そうだ」

ドロシー「バハマといえばカリブ海の入口だな……そうか」

L「……分かったようだな」

ドロシー「ああ、例の反乱騒ぎか」

L「きちんと新聞に目を通しているようだな……バハマの総督府に対して税金の減免や住民の扱いに対する抗議活動が起こり、武装化して次第に激化しつつある」

ドロシー「となれば、誰か後ろで煽っているやつがいるな」

L「ああ。おそらくはスペインだろう……キューバはすぐそばだからな」

ドロシー「王国にしてみればバハマの反乱騒ぎを素早く収めれば、スペインの動きを止められる……こっちとしてはそれを妨害して王国の力を減らす」

L「その通り。バハマに向ける武器の輸送を妨害する程度ではさして王国の力を削ぐことにはならないが、それだけにちょうどいい」

ドロシー「なるほど……いま潰れてもらっちゃ困るもんな」

L「そうだ。こちらが国力をつけ、その上で王国の人間が共和制をうらやみ、自分たちで王制を打倒する気になってもらってもらわねばな」

ドロシー「そのためのお膳立てってわけだ。じゃあ倉庫の武器は……」

L「破壊しろ。あくまでも事故に見せかけて……だが」
746 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/07/25(金) 00:45:04.17 ID:wNVo7B4m0
…翌日・ネスト…

ちせ「なるほど……難しいものなのじゃな」

ドロシー「まあな。天秤をいじくってちょうどいいくらいのバランスを保つ……短い電報の一文が世界情勢を揺さぶることだってある世界だ」

ちせ「……ふむ、それにしても破壊工作とはのう」

ドロシー「なぁに、心配はいらない。無煙火薬ってのは性能はいいがそのぶん敏感で、黒色火薬ほど安定していないんだ。それがちょっぴりならいいが、たいていは大量に保管してあるからな……事故が起きたって不思議じゃないってわけさ♪」

ちせ「とはいえ警備は厳重じゃろう?」

ドロシー「ま、どうにかするさ……夜に備えて一眠りさせてもらうよ」

………



…宵のころ…

ちせ「ドロシー、お日様が沈んだぞ」

ドロシー「おう、それじゃあ起きるとするか……ふわぁ、よく寝た」

ちせ「豪胆じゃな」

ドロシー「寝ている間はあれこれ心配事を考えないで済むからな……さ、準備にかかろう」

…筒状に巻かれた布を広げると、たくさんのサックやポケットに奇妙な道具やこまごました器具が納められている……かたわらには二挺の.455口径のウェブリー・リボルバー(4インチ銃身のものとバックアップ用の2インチ「ブルドッグ」タイプ)とナイフひと振り、昔の攻城器具にありそうな鉤爪つきのロープ、それに真鍮と銅でできた時限装置と爆薬がひとつ…

ドロシー「……こいつは王国式の時限装置だ。残骸をより分けてみたって証拠は残らない」

ちせ「ふむ」

ドロシー「ちせはいつも通り、その刀で援護してくれりゃあいい」

ちせ「承知」

…ドロシーは活動用の黒いひざ丈スカートに色っぽい黒紫のストッキング、ぴったりした黒シルクのハイネックと黒革のコルセットでまとめると、革紐やサックに「七つ道具」を納めていく……リボルバーは一度シリンダーを開いて銃弾をはじき出し、改めて状態の良さそうな弾を込め直す…

ちせ「……ふんっ」

…小さく気合を込めた息を吐くと、草履に黒のたっつけ袴と濃緑の小袖、それにいつもの黒い塗り笠をかぶって脇差を腰に差した…

ドロシー「長い方は持ってこなかったのか」

ちせ「うむ。建物の上を跳び回るのに二本差しでは動きづらい」太刀の代わりに脇差と小刀、小柄(投げナイフ)を納め、足ごしらえをもう一度改める……

ドロシー「なるほどな」

ちせ「それで、行動開始はいつ頃じゃ?」

ドロシー「連中の動きが収まる真夜中のあとだな。奴らもヘンテコな時間帯にガタゴトやっていると人目を引くって分かっているらしいし『壁』に配備されている兵隊が深夜直の交代を済ませてからやる」

ちせ「それまでは待ちの一手じゃな」

ドロシー「ああ……とりあえず夕飯でも食うか♪」

ちせ「ふっ、そうじゃな」ドロシーがひびの入った皿を並べ、厚く切ったパンとコールドチキン、切り出したばかりで黄色くうまそうなチーズ、それにカラシなどを手早く用意した……

………



…数時間後…

ちせ「そろそろ参ろうか?」

ドロシー「そうだな。もうここには戻らないから忘れ物なんてしないようにしろよ?」

ちせ「過ごしてみると案外悪くないものじゃったな」

ドロシー「かもな……さ、行こう」道具の入った革ベルトをバックルで締めると、するりと玄関から出て行った……

ちせ「うむ」

………

747 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/07/29(火) 02:36:48.63 ID:iqLJzP/j0
…裏通り…

ちせ「ではな」

ドロシー「ああ」

…王国軍による強制立ち退きで無人となりながら、まだ取り壊しの済んでいない建物を伝ってひらりと屋根上に登っていったちせ……ドロシーはそれを見送るとがれきや建物の間をするりと通り抜け、壁沿いを照らす照明を避けながら倉庫に近づいていく…

…数分後…

ドロシー「……ここまでは順調だな」ちらりと見上げた向かいの屋根に一瞬だけちせの黒い影がのぞいた……

ドロシー「ふ、援護があるってのはいいもんだ」

…倉庫の入口は厚手の鉄扉で閉じられているが、床に近い通風用の小窓は侵入者防止にはめてある鉄棒の基部がすっかり崩れかかっていて、ドロシーは画家の使うパレットナイフのような金属ヘラを取りだしてレンガの基部を突き崩していった……崩したレンガの粉を時々「ふっ」と吹き払い、次第にぐらついてくる鉄棒が音を立てないよう片手で支える…

ドロシー「それにしたってカエルじゃあるまいし、地面に這いつくばってこんな真似をするハメになるとはね……」小声でぶつくさいいながらも手際よく作業を進め、とうとう鉄棒が外れた……音がしないようボロ布で包むとそっと脇に置き、そこからするりと倉庫の中へ滑り込んだ……

…倉庫内…

ドロシー「ふぅん……この何日かでずいぶんと規模を増しやがったな」

…高い天井に届くとまでは言わないが、それでも積み上げられた箱や防水布の包みは相当な量になっている……ドロシーはもはや習性になっているエージェントの観察眼でおおよその量や箱に印字された武器の種類をさっと脳裏に納めつつ、爆薬を仕掛けるべく箱の間をすり抜けながら火薬の貯蔵場所に近づいた…

ドロシー「……よし、あったあった」

ドロシー「それじゃあ頼んだぜ……と♪」時限装置のねじを巻いて脱出の時間も考えたギリギリの時間にセットし、無煙火薬の貯蔵箱の間に滑り込ませた……

ドロシー「ふぅ……これでよし、と」

………

…数分後…

ドロシー「……」軽やかな、しかし音一つしない猫のような足取りで入って来た小窓の近くまでやって来たドロシー……

ドロシー「さて、それじゃあおさらばするとしようか……」

声「……おいおい、あいさつもなしに出ていくのかい?」

…突然背後から気さくな調子で声をかけられ凍り付いたドロシー……その声を合図にしたかのように室内の照明が点けられると、暗闇に慣らした目が一瞬くらむ…

声「こいつは驚いた、いつぞやの若いレディじゃないか」

ドロシー「……」

…ようやく明るさに慣れたドロシーがそちらを見ると、例の口ひげの男が帽子を軽く持ち上げた……その横には連絡役とおぼしき例の役人風の男が立ち、左右にも数人の私服が広がって壁を背にしたドロシーを半円状に取り囲んだ…

口ひげの男「こんな夜中に物あさりとは、君もずいぶんと忙しいようだな?」

ドロシー「ああ、貧乏暇なしってやつでね」少しおどけた様子で手を上げた……

役人風「知り合いか?」

口ひげ「数日前に浮浪者の格好でここをうろついていたお嬢さんだ。だから言ったろ、尾行されているって」

役人風「街中で気の利いた早撃ちを見せた誰かさんのおかげだな……失礼だが、武器を預からせていただくよ?」

…軽くあごをしゃくうと私服たちが左右から近寄り、ドロシーの差していたウェブリー・リボルバーやナイフを取り上げた…

役人風「さてと……何の変哲もないウェブリー&スコットだな。これだけじゃどこの情報部員なのか分かりそうもない」

ドロシー「……」

役人風「返事はなしか……何か身分証は持っていないか?」

私服「いえ、これといったものは」

役人風「だろうな。ま、おそらくは壁の向こう側から送られて来たんだろうが……それで、どこまで知らされている?」

ドロシー「……」危機にあっても余裕が生まれる自分なりのおまじない、あるいは生まれついての癖か、ドロシーはにやりと口角をあげた……

役人風「ほう、度胸の据わった女だな」

口ひげ「確かにな……まともな椅子じゃなくて申し訳ないが、良ければ座ったらどうだ?」

ドロシー「ご親切にどうも。でも立っている方が好きでね」

口ひげ「そうかい? まあ好きにするといいさ」

役人風「これからかなり長い間話を聞くことになるし、座った方が楽だと思うがね」

ドロシー「……」
748 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/08/14(木) 01:06:01.57 ID:JDURLMJX0
役人風「……さて、それじゃあ質問に答えてもらおうじゃないか」

口ひげ「答えてくれるとは思えないけどな」

役人風「そこはやり方次第さ……任務の目的は?」

ドロシー「さぁね(こいつら、私が爆弾をしかけたことを知らないのか……)」音が聞こえているわけではないが、箱の陰でチクタクと秒針が進んでいる時限爆弾のことを考えると背中に冷や汗が流れる……

役人風「誰の命令だ? 共和国か、フランスか?」

ドロシー「……」

役人風「答えてくれんのならやむを得ないか……ベイカー」

私服「はい」ドロシーの髪をひっつかむとほっぺたに平手打ちを浴びせた……

役人風「どうだ、答える気になったか?」

ドロシー「ぺっ……!」痺れるような頬の痛みをこらえつつ、鮮血混じりの唾を床に吐いた……

役人風「頑固なお嬢さんだな……とはいえ、あまり時間を掛けている場合でもないな」懐中時計を取りだして時間を眺めた……

口ひげ「どうするつもりだい?」

役人風「もちろん聞き出せればそれに越したことはないが、答えないというのなら射殺するまでだ……スパイだろうとスパイじゃなかろうと、どっちみち共和国の無法を示す格好の宣伝になる」

口ひげ「女を撃つのは気が進まないな」

役人風「メキシコ人や先住民をキツネ狩りのように追いまくった西部の男が今さら紳士ぶるつもりか?」

口ひげ「相手も得物を持っていれば別さ」

役人風「自己満足のきれいごとだな。君だってこの箱の中身が何か知らないわけじゃないだろう」

口ひげ「……こいつは植民地の防衛に持ち込まれるって話じゃなかったか」

役人風「おやおや、まさかそんなお題目を信じているのか……お嬢さん、もしかして君なら知っているかもしれないな?」

ドロシー「ああ、ハイチだろ?」わざと誤った答えを言って、相手に真相を知らないのだと思いこませる……

口ひげ「ハイチだと?」

役人風「いいや、ハイチじゃない……ジャマイカだよ」

口ひげ「どういうことだ」

役人風「現地人の反乱を食い止めるために至急武器を送り込む必要があるということだよ……とはいえ政府の承認だの、のろ臭い予算申請だのを待っている暇はない」

口ひげ「そこでおれの出番ってわけか……」

役人風「その通り。君が植民地での担当官として武器の補充を要求すれば、内務省は裏金やモノをやりくりして必要なものを出してくれる……あとはそれを必要な場所に振り向ければいいだけでね」

口ひげ「つまりおれは「開けゴマ」の合い言葉ってわけかい」

役人風「そういうことになるな。とはいえ別に悲観することはない、内務省での君の評判が高まれば新大陸でホコリにまみれてエージェントをしている必要もなくなる。本省勤めは良いものだよ?」

ドロシー「……おまけにあんたみたいな小役人野郎ともお近づきになれるしな」

私服「黙れ!」

役人風「言わせておけ。どうせそう長くはないんだ……梱包はどうだ?」

私服B「あらかた片付きました。あと五分もあれば済みます」

役人風「よろしい……それじゃあスミス君、ひとつご自慢の射撃の腕を披露してもらおうじゃないか」

口ひげ「……」

ドロシー「……やれよ、ミスタ・カウボーイ」

口ひげ「お嬢さん、何かしてやれることはあるかい?」

ドロシー「そうだな、せいぜい苦しまないよう一発で眉間をぶち抜いてくれってくらいかな」一瞬だけ、横目で天井に走っている梁を見た……

役人風「驚くべき度胸だ……さ、お嬢さんの頼みをきいてやれ」

口ひげ「……ふぅ」脚を肩幅に開いて腰を少し落とし、腰のホルスターに手を伸ばしていく……

ドロシー「あぁ、そうだ……気取り屋のあんたに一つだけ言いたいことがある」

役人風「?」

ドロシー「……同業者をとっ捕まえたときは、ちゃんと相手の人数も確かめておいた方がいいぜ?」そう言うとニヤリと笑った……
749 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/08/16(土) 01:35:56.67 ID:OrOasz7i0
ちせ「……はぁぁぁっ!」

私服「ぐぁっ!」

役人風「……っ!?」

…屋根の梁から飛び降りざまに真っ向唐竹割りで私服の一人を両断する……王国側エージェントたちの注意がそれた瞬間にドロシーは箱の上に載せてあったウェブリーのホルスターに飛びつきひっつかんだ…

ちせ「てぇぇぃっ!」

私服B「がはぁ!」ちせの小さい影がすれ違った瞬間に喉を切り裂かれ、レンガ張りの床にどさりとくずおれる……

役人風「何してる、撃て!」

ドロシー「撃てるもんなら撃ってみろよ……そこの火薬ごとまとめて昇天することになりたいならな?」

私服C「ぐっ……!」一瞬ためらった間にドロシーが放った銃弾を胸に受けた……

ちせ「たあっ!」

私服D「かは……っ!」とっさにリー・エンフィールド小銃を横に向けて刃を止めようとしたが、それよりも早く下から斬り上げられて血煙をあげてのけぞった……

役人風「くそっ、何をぼさっとしている!」背広の下に隠していた短銃身のブルドッグ・タイプを取り出しやたらめったらぶっ放すが、ドロシーは箱を盾にとって冷静に弾を込め直す……

口ひげ「……女だてらにやるもんだな!」自動車のエンジンの陰に素早く飛び込むと、ガンケースから取りだした珍しい.44-40口径のリボルビング・ライフルで精密な射撃を浴びせてきた……

ちせ「むっ!」銃口が向いた瞬間に気配を察して地面を転がり、柱の陰に飛び込む……

口ひげ「ひゅうっ、まるで野ウサギだ……!」中折れ銃身を開いて次のシリンダーに取り替える……

役人風「いいから早くケリをつけろ! いつまでも小娘相手に手こずるな!」

口ひげ「分かってるさ……!」梁を支える鉄のアーチを見定めて一発撃ち込むと、はじき返った跳弾がちせをかすめた……

ドロシー「ちせ!」

ちせ「なに、平気じゃ……援護を頼めるか?」

ドロシー「いつでも!」

ちせ「ならば……さん、にい、いち……今じゃ!」

ドロシー「っ!」口ひげ男と役人風が撃ち返せないようにウェブリーで正確な射弾を送り込む……

ちせ「ふっ!」

口ひげ「……っ!?」

…口ひげの男はちせに向けて腰だめの状態でリボルビング・ライフルを一発撃ったが、真っ向から突っ込んでくるちせが銃弾を二つに切り裂いて飛び込んでくると一瞬驚愕の表情を浮かべた……それでも瞬時に立て直すと素早く後ろに飛び退き、その瞬間にちせの白刃がライフルを先台の部分から真二つに切った…

役人風「くそっ、畜生っ!」

ドロシー「おやおや……弾がないんじゃどうしようもないよな?」興奮のあまり弾の残っていないリボルバーの引き金を引き続けながら悪態をついている役人風の男に近づくと、数歩の距離から額に銃弾を二発叩き込んだ……

口ひげ「……どうやら勝負はついちまったようだな」役に立たなくなったライフルの残り半分を地面に放り出すと、軽く両手をあげる……

ちせ「うむ」すらりと脇差を鞘に収め、軽く一礼した……

口ひげ「まさか銃弾を斬った上にライフルまで真二つにしちまうとは、東洋の『カタナ』ってやつはあきれたもんだ……っと、どうやらそっちのお嬢さんも見たことがあるな?」

ちせ「はて、人違いではあるまいか」

口ひげ「いや、その軽業みたいな身のこなしで思い出したよ……前に劇場のそばで暴れ馬の蹄にかけられそうになった子供をすくい上げただろう?」

ちせ「……いかにも」

口ひげ「道理で。そういや見本市の射的場でも見かけた気がするな……変装がうまいもんだから気付かなかったが、あんたたちの組み合わせで気がついたよ」

ドロシー「まぁ、そういうことになるな」

口ひげ「まさか少女のエージェントとはね……立場が逆転したところで、一つ頼みがあるんだがな?」トレードマークらしい口ひげをひねりながら言った……

ドロシー「最後にパイプを一服かい?」

口ひげ「そいつも悪くはないが……ちょいと決闘勝負に付き合ってくれないか? これでも早撃ちの方はちょっぴり自信があるんでね」

ドロシー「……新大陸式の早撃ち勝負はやったことがないんだがな」爆発まであと何分残っているか分からない最中に酔狂なことおびただしいが、妙に憎めない感じの口ひげ男の頼みに付き合ってやる気になりかけている……

口ひげ「嫌なら苦しまないように撃ち抜いてくれたって構わないぜ? 長いことエージェントをやって来て、ペン先で世界を操れると思っているロンドンの役人どもにこき使われるのにも飽き飽きしていたしな」横で大の字になって死んでいる内務省の連絡役をあごで指し示した……

ドロシー「雇われエージェントはどこも同じだな……分かった、せっかくなんだから付き合うよ」

ちせ「じゃが……!」

ドロシー「お前さんは先に撤収だ。騒ぎを聞きつけた兵隊どももさすがに上着のボタンを留め終わっただろうしな」
750 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/08/28(木) 00:58:42.37 ID:hWECprpe0
ちせ「承知した、では……御免!」

口ひげ「……あのお嬢ちゃん。刃物の方はおっそろしい腕前だが、真っ直ぐな良い子だな」

ドロシー「まぁな」

口ひげ「だが、良い子すぎて情報部員には向いてない」

ドロシー「知ってるよ……だからそういう分野は私の担当なのさ」

口ひげ「そのほうがいい……さてと」

ドロシー「そろそろやるかい?」

口ひげ「そうしよう」レンガの床に散らばった木箱の破片を足でどけ、靴底で軽く床をこするようにして足元を確かめた……

ドロシー「……それじゃ、お互いにうらみっこなしで行こうぜ?」

口ひげ「当然さ……もし墓があるようなら花ぐらい手向けてやるよ」

ドロシー「はっ、この業界の人間に墓なんてあるかよ……せいぜい別人の墓石が良いところさ」

口ひげ「ブーツヒルじゃないだけまだマシだな」

(※ブーツ・ヒル(長靴の丘)…西部開拓時代に無法者が葬られた墓。ベッドで亡くなる良い人たちと違って「ブーツを履いたまま(撃ち合いなどで)」死んだ人間、あるいは靴を引き取る身寄りもない流れ者が葬られたからとされる)

ドロシー「違いない……それじゃあいいかい? ミスタ・ガンマン?」

口ひげ「……せめて『ガンファイター』って言ってくれるか? 『ガンマン』ってのは銃を持った無法者を呼ぶときの言いかたなんでね」

ドロシー「分かったよ、ミスタ・ガンファイター」

口ひげ「ありがとな……合図はどうする」

ドロシー「そんなのいるか?」

口ひげ「はは、そういうと思ったよ……オーケー、それじゃあそっちの好きなタイミングで始めてくれ」

ドロシー「ああ」

…ドロシーは男の前、数ヤードの距離に立って同じように足元の邪魔な板きれやゴミを蹴ってどかした……男は立派なひげが生えた口の端にかすかな笑みのようなものを浮かべ、脚を肩幅に開いて膝を曲げ、腰を落とし気味にして肩の力を抜き、手をガンベルトにつけたホルスターのわきに浮かせている…

ドロシー「……」

…いざ男の正面に立ってみると陽気そうな雰囲気は表向きだけで、その目には真剣を構えるちせと変わらないほどの冷静さと集中力が込められているのがひしひしと感じられる……ロンドンの倉庫にいながら、ドロシーは西部の荒野での「決闘」がどんな雰囲気なのかを強く理解した…

ドロシー「……」

口ひげ「……」

…ドロシーのホルスターは左腰の前側に吊るした銃を右手で抜く「クロス・ドロー」スタイル、男は右腰のホルスターを右手で抜く「ストロングサイド(利き腕)ドロー」スタイルで、お互いに手を中空に浮かせて抜くタイミングを推し量っている…

ドロシー「……」

口ひげ「……」

ドロシー「……」

口ひげ「……」

ドロシー「……っ!」バンッ!

口ひげ「!」バァン!

…息を詰めること数秒、ほぼ同じタイミングでお互いに撃った二人……ドロシーは左乳房の下側を鋭い熱さがかすめていったのを感じた…

口ひげ「……ごほっ」

ドロシー「ふぅ」

…男はまだ銃口から薄く煙をあげている「シングルアクション・アーミー」を右手に持ったまま、大樹が切り倒されるときのようにゆっくりと倒れていった……服の胸元にはポツンと小さな穴が開き、そこから白いワイシャツに血がにじみ始めている…

ドロシー「……大した早撃ちだったが、名前も聞かなかったな」

ドロシー「ま、お互いに「名無しの権兵衛」さんなのは変わらないか……それじゃあな、ミスタ・ガンファイター」

…最後に口ひげの男をちらりと一瞥すると銃を戻し、通気窓を通って外に出ると霧がかったロンドンの裏道に姿を消した…

………

751 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/08/29(金) 23:56:31.44 ID:OgVrw58H0
先日「プリンセス・プリンシパル」のノルマンディー公を演じられてた土師孝也さんが亡くなられました…ご冥福をお祈りいたします。
752 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/09/10(水) 02:55:33.07 ID:IJk4y82q0
…数分後…

ドロシー「……そろそろだな」

…ひたひたと裏町を歩いて拠点に向かっている間にも「壁」沿いの兵舎や監視所が慌ただしくなってきているのが遠目に見える……探照灯が点灯されて「壁」に沿った通りや立ち入り禁止区域をうろつく胡乱(うろん)な民間人がいないか、さっと掃くように光が照射され、人差し指くらいの大きさに見えるアルビオン陸軍の赤服たちがせわしなく駆け回っている…

ドロシー「兵隊さんはようやっとおでましか」

ドロシー「さ、いよいよだ……」倉庫内でカチカチと狂いもなく時を刻んでいた時限装置がゼロを指し、導線が触れた瞬間にスパークが起きて雷管に刺激を与える……

…すでに街区二つ分離れていたドロシーだったが、爆発と同時にくすんだ建物の屋根の上に火柱と黒煙がのぞき、それから爆煙がカールをかけるように丸まりながらふくらんでいくのが見えた…

ドロシー「よし」

…さらに数分後・とある車庫…

ドロシー「……よう」

ちせ「おお、無事じゃったか」

ドロシー「当然さ……おい、そっち側をめくってくれ」

ちせ「うむ」

ドロシー「お、ありがとな……さ、行こう♪」

…何も知らない協力者が借りた車庫の真ん中、ガラクタの中でこんもりとしたシルエットを覆っている布をめくると黒のロールス・ロイス乗用車が現われた……車体は隅々まで磨き上げられ、ドアやパネルの枠には銀色の縁取りがされている……ドロシーはにんまり笑うと運転助手らしい茶系の上着とズボンに着替えたちせを助手席に乗せ、ハンチング帽をかぶらせると運転席に飛び乗った…

ちせ「こんなに目深にかぶらされては何も見えぬぞ」

ドロシー「それでいいのさ。東洋人の運転助手なんていうのはあんまりいないから、見られちゃ面倒だ……車庫の開け閉めを済ませたら、席に深く腰かけていてくれ」

ちせ「やむを得んな……」

…ドロシーはエンジンをスタートさせるとちせに車庫の扉を開けさせて車を出し、後ろで観音開きの扉が閉じると軽くあごでしゃくって「乗れよ♪」と合図した…

………

…数十分後・ロンドン市内…

ドロシー「渋滞も事故もなし、無事に着いたな」

ちせ「反対車線では大わらわのようじゃったがの」帰り道では爆破した倉庫のある街区に向けてフルスピードで突っ走っていく、陸軍歩兵ですし詰めになったトラック数台とすれ違っていた……

ドロシー「言えてるな♪ さてと、ここでもう一度着替えだ」

ちせ「うむ……済まんが終わったら手伝ってくれぬか?」

…お抱え運転手風の黒い帽子と肋骨服を脱ぎ捨て遊び人の貴族令嬢らしい赤紫色のドレスをまとい、白ミンクの襟巻きを首元にふわりとかけたドロシーと、斬り合いはともかく、ドレスの着付けにはまだまだ練習が必要なちせ……ドロシーに深草色と黒の控え目なドレスを着付けてもらい、黒い婦人帽をかしげてかぶると小柄ながらしゃんとした立ち姿になった…

ドロシー「よし、それじゃあネストに行こう」

…しばらくして・ネスト…

ドロシー「ふぃー……まずはお疲れさん」

ちせ「うむ。ドロシーもご同様に……じゃな」

ドロシー「なぁに、あのくらいの撃ち合いは慣れっこさ……もっとも、エージェントが敵さんに見つかってドンパチに巻き込まれるようじゃまだまだだよな」肩をすくめて自嘲した……

ちせ「今回ばかりは致し方あるまい。まずは目標を達成できたのじゃ、それでよしとせねば」

ドロシー「野次馬に交ざった味方が観察して「任務成功」を報告するまでは分からないけどな……ま、とりあえず戻ってきたんだ。後のことは後で考えりゃいいか♪」見た目には華やかだが厄介なドレスを脱ごうと腕を上げた……

ドロシー「……っ」

ちせ「ドロシー、どうしたのじゃ?」

ドロシー「いや、大したことはないんだが……決闘の時に相手の弾が左胸をかすめたらしい。今になってピリピリして来やがった」

ちせ「大丈夫なのじゃな?」

ドロシー「ああ、かすめただけだから大したことにはなっちゃいないさ……ただ、日焼けしたときのヒリつきをちょいとばかり強くしたみたいな感じだ」

ちせ「ふむ、良かったら傷口を見てやろう」

ドロシー「そりゃありがたいな、ぜひ頼むよ」

ちせ「うむ、承知承知♪」ドロシーに頼られてまんざらでもない様子のちせ……

………

753 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/09/18(木) 01:47:59.86 ID:eiSGGUKV0
ドロシー「……どうだ?」

ちせ「少し血がにじんでおるな」

…鏡台の前に立って自分で確かめようとしたが今ひとつよく見えない……そこでドロシーはドレスの下に着ていた胴衣を脱ぐと乳房を持ち上げ、ヒリヒリと痛む部分を見てもらった……ちせが下からのぞき込むようにして確かめると、白く張りのある胸の下側に一筋の火傷のような痕があり、その中央にじくじくと血のにじんでいる部分がある…

ドロシー「ちっ……数日後にはまたレディたちと夜を過ごさなきゃならないってのに、傷物じゃ困るな」

ちせ「確か薬があったはずじゃな?」

ドロシー「ああ、そこの棚にしまってある……目の玉の飛び出るような値段がするし傷口に沁みるのもやっぱり目の玉が飛び出るほどだが、効くことは間違いない」

ちせ「うむ、ならば早速……いや、その前に消毒が先じゃな?」

ドロシー「こんなもの舐めときゃ直るさ」

ちせ「自分で自分の胸は舐められないと思うのじゃが」

ドロシー「おいおい、こう見えても私は器用なんだぜ? 自分の下乳くらい……ってのはちょいと難しいよな」

ちせ「当然じゃな」

ドロシー「それじゃあ仕方ない、一つ酒でもぶっかけてくれ」

ちせ「うむ……酒は良く分からぬのじゃが、これで良いのか?」

ドロシー「っと、そいつはよせ。クルボアジェ(コニャック)の十二年ものだ、まだ封も切ってない」

ちせ「済まぬな、どうにも酒の価値は分からぬゆえ……これは?」

ドロシー「ああ、それならいい」

…ちせが持ってきたドライ・ジンを清潔な布に染ませてあてがうと、冷たさと沁みるような痛みに「うっ」と小さいうめき声をあげた…

ちせ「痛むか?」

ドロシー「そりゃあな。ま、すり傷みたいなもんだが」

ちせ「では薬を塗ろう」

ドロシー「おう、ひとつよろしく頼むよ」

…ちせが軟膏を手に取り、傷口に擦り込んでいく……ドロシーは飛び上がるような痛みをこらえようと消毒のために取りだしたジンを瓶のまま一口あおり、それから痛そうに顔をしかめた…

ちせ「もう少しの辛抱じゃ」

ドロシー「ああ……これでも落馬や仕掛け爆弾の爆風を食らったときに比べればどうって事ないな」

ちせ「うむ……これでよし。あとはさらしでも巻いておくかの」

ドロシー「そこまで大仰にすることはない、絆創膏でいいさ」天然ゴムを混ぜた樹脂状の「絆創膏」を貼りつけ、もう一杯ジンを流し込んだ……

ちせ「これでよし、じゃな」

ドロシー「ああ。もっとも、しばらくは動かさない方が良さそうだが」

ちせ「うむ……ところで湯浴みがまだじゃったな」

ドロシー「ちっ、そういえばそうだったな……傷の手当てをする前に入っちまえば良かった」

ちせ「汗もかいたし、ほこりっぽいままで床につくのは不快じゃろう……濡れ手拭いで軽く拭うのはどうじゃろうか」

ドロシー「そいつはいい考えだな♪」

…数分後…

ちせ「よし、いい湯加減じゃ」

ドロシー「あんまり熱くするなよ? 別にシラミがわいているわけじゃないんだからな」

ちせ「どうもこちらでは冷めた湯の方が好まれるようじゃな……これではせいぜい夏場の水のようなものにしか思えぬのじゃが」洗面器をテーブルに置きながらぶつぶつと愚痴をこぼす……

ドロシー「それでいいんだよ。だいたいちせの入るお湯が熱すぎるんだ」

ちせ「むむ……まあ良い」洗いタオルを持ち出して固めにしぼり、ドロシーの艶やかな白い背中を拭い始めた……

ドロシー「お、いい具合だ。ちせは力があるからそのくらいで丁度いい」

ちせ「それは何より。しかし綺麗な背中じゃな……」

ドロシー「何しろ、これも商売道具の一つだからな♪」

…イヴニングドレスの開いた背中で相手を魅了するのも「プレイガール・スパイ」であるドロシーの技で、そのための肌の手入れはプリンセスほどではないにしろきちんとこなしている…

ちせ「ふむ……」
754 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/10/04(土) 01:29:59.94 ID:5rpnL0kM0
ドロシー「あー、良い心もちだ♪ それからもうちょい下も頼むよ」

ちせ「なんじゃ、人を三助みたいに……ここか?」

(※三助(さんすけ)…江戸時代、銭湯で釜の火をおこしたり別料金で背中を流すサービスを行った男の労働者。江戸時代初期には背中を流す湯女(ゆな)もいたが、次第に売春を兼ねるようになったため幕府に禁止された。女湯でも「流し」をするため三助は真面目な人間でなければ勤めることができなかった。)

ドロシー「そうそう、ちょうどいいところに当たってるよ……っと」

ちせ「っ、済まぬ……///」手が滑って乳房の横に触れた……

ドロシー「なんだよ、おっぱいの一つや二つを触ったからって怒りゃしないぜ?」

ちせ「ドロシーがよくても私が恥ずかしいのじゃ……///」

ドロシー「ふぅん、なるほどねぇ……♪」にんまりと笑みを浮かべると石けんの泡がついたちせの手を引っ張り、背中にくっつくように引き寄せた……

ちせ「な、何を……!?」

ドロシー「ほーれ、おっぱいだぞぉ♪」ちせの手に自分の手を重ね、そのまま乳房を揉ませる……

ちせ「よ、よさぬか! 傷があると言うにふざけるでない……///」

ドロシー「なぁに、傷があるのはこっちの乳房だけだからな……そらそら♪」むにゅ、もにゅ……っ♪

ちせ「ば、馬鹿は止めい……あぅ///」

ドロシー「そういうわりには手が離れないようじゃないか……ほら、先端はこう摘まむんだぜ♪」こりっ……♪

ちせ「こ、こうか……///」

ドロシー「ああ、そんな感じだ……あとは柔らかくほぐすように全体をまんべんなく……んっ、そうそう♪」

…背中を流したばかりで桃色を帯びているドロシーのうなじからはほんのりと甘い香りが立ちのぼり、まだところどころに石けんの泡が残っている肌からはじんわりと熱が伝わってくる……ちせの手は重ねられたドロシーの手に操られるまま、乳房をこね回し、ピンと張った先端を摘まみ、谷間をなぞってへそに向かって滑っていく…

ちせ「ド、ドロシー……///」

ドロシー「そう恥ずかしがるなって。それにちせだって私としたことくらいあるじゃないか♪」

ちせ「それはそうじゃが、それでも慣れぬものは慣れぬ……///」

ドロシー「そういうところが初心で可愛いんだ……んっ♪」ちゅぷ……っ♪

ちせ「その、ここは……こうすれば良いのか///」くちゅ、ちゅく……♪

ドロシー「なかなか覚えが良いじゃないか。その調子で頑張れば、そのうちに私がいきつけにしている「社交クラブ」に連れて行ってやれるかもな♪」

ちせ「そんな爛れた場所に行くわけがないじゃろうが///」

ドロシー「そうか? 可愛い女の子から美人のお姉さん、色恋の酸いも甘いもかみ分けた色っぽい年増までよりどりみどりだぜ?」

ちせ「わ、私はドロシーとする方が良い……///」背中にぎゅっとしがみつき、顔をうなじに埋めるようにしてつぶやいた……

ドロシー「……ちせ」

ちせ「な、なんじゃ?」

ドロシー「今の誘い方はちょっとばかりグッと来たな……ちょいとからかっておしまいにするつもりだったが、どうもそれじゃあ収まりそうになくなった」

ちせ「ドロシー、なにを……///」

…むずがる赤んぼうのように力なく抵抗するちせを「お姫様だっこ」で抱え上げると、ベッドに押し倒したドロシー……ボルドー色がかった瞳はいつもの冗談めかした表情ではなく、動物園で見たアフリカの肉食獣のようなギラギラした色をたたえている…

ちせ「ド、ドロシー……待て、後生じゃから……」

ドロシー「なぁ、ちせ。私がエージェントとして覚えてきたことは色々あるが、中でも役に立つ教訓が一つある……」

ちせ「な、なんじゃ……」

ドロシー「そいつはな……「待て」と言われて馬鹿正直に待つやつはいないって事さ!」そう言うなりちせに飛びかかり、歯が当たるような勢いで唇を重ね、むさぼるようなキスを始めた……

ちせ「ふぐぅ!? んんぅ、むぅぅっ!」

ドロシー「んちゅるっ、じゅるっ、ちゅぅ……っ♪」

ちせ「んんんんぅ! んぐぅぅっ!」

…斬り合いとなれば大の男でも斬り伏せられるちせとはいえ、相手がドロシーでは怪我をさせるわけにはいかず抵抗にも限度がある……それゆえ大柄なドロシーに組み敷かれて振りほどきようもなく、舌を絡めた熱く粘っこいキスと身体をまさぐる長く力強い指、のしかかる甘くもっちりした肌を拒みきれない…

ドロシー「んじゅっ、ちゅる……じゅぷ……っ♪」

ちせ「ふ、ぐぅ……んむぅ///」
755 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/10/14(火) 01:43:17.94 ID:6t1ywQnL0
ドロシー「ん、ちゅ……ちゅる……♪」

ちせ「ふぐぅ……ぅん///」

ドロシー「ちせ、可愛いぜ?」

ちせ「んんぅ……はひっ、あふ……っ///」

…耳たぶを舌先でなぞられながら息を吹き込むようにささやかれ、片方の手で硬直した胸の先端を摘ままれ、もう片方の手指が濡れた割れ目に滑り込んでくると、ちせは頬を紅潮させ、のけぞるように喘ぎ出した…

ドロシー「なんにも考えなくたっていいんだ。今は私に身体をあずけて気持ち良くなればいい……ほら、力を抜けよ……♪」

ちせ「ふあぁぁ……あ、あっ……///」ひくひくと身体が震え、とろりと蜜があふれてくる……

ドロシー「そうそう、それでいい……♪」慎ましやかな乳房に円弧を描くように手を這わせ、ときどき寄せ集めるような手つきで乳房の裾野から乳首へと指を滑らせる……

ちせ「はっ、はっ、はっ……はぁ……っ、はひっ……///」

ドロシー「それじゃあそろそろ頃合いかな……♪」

…ドロシーはちせにのしかかるようにしていた身体を本を開くようにのけぞらせて、互いの秘部が重なり合うように仰向けになった…

ちせ「今度は……はぁ、ふぅ……一体なに……をっ、お゛ぉぉっ♪」

ドロシー「んあぁぁっ♪ ちせは脚力があるからぎゅうぎゅう挟みこんできてたまらないなぁ……っ♪」ぐちゅぐちゅ……っ♪

ちせ「あ゛っ、あぁぁぁっ♪ んぁぁぁっ♪」

…ドロシーの指で刺激を受けて粘り気を帯び、ふっくりと盛り上がった桃色の核に、ドロシーの真珠色をしたそれが重なり擦れ合う……甘い電流となって脳天を痺れさせる刺激にちせは黒髪を振り乱し、がくりとのけぞって吼えるように絶頂した…

ドロシー「んおぉ……ぬめって、火傷しそうなくらい熱くて……最高だよ……あ、んぅぅ♪」

ちせ「はひっ、少し……休ま……んぉぉぉっ♪」

ドロシー「まだまだぁ、私はまだ満足しちゃいないんだから……なっ♪」

ちせ「ひぐぅぅぅ……っ♪」とぽっ、ぷしゃぁ……っ♪

ドロシー「しかし……はふっ、はひ……ちせはちっこいのに筋力があって……屈服させるのに……力がいる……なっ♪」

ちせ「はへっ、あひっ……♪」ちせの瞳は焦点を外れ、半開きの口からは唾液を垂らして身体をひくつかせているありさまで、とっくに気絶していてもおかしくないが、鍛え上げた身体が邪魔をして失神させようとしない……

ドロシー「そぉ……ら♪」

ちせ「あへっ、はへ……っ♪」

…ベッドの白いシーツを掴むようにしていた手は力を失って指が開き、擦れ合う花芯の湿っぽい水音とちせの喘ぎ、ドロシーの艶っぽい声と乱れた息づかいだけがネストの寝室に響く……ドロシーは頭を揺すって汗で濡れた蓬髪を後ろにはねあげ額から滴る汗を片腕で拭うと、またちせを責め立てはじめた…

ちせ「はへぇっ、ひぐ……ぅ♪」

ドロシー「はぁっ、あぁ……あぁっ……あぁぁっ♪」

ちせ「あ゛っ……あ゛ぁ゛ぁぁっ♪」

…ドロシーの甘くとろけるような嬌声と、ちせのかすれたような喘ぎ声が共鳴して薄暗い寝室に響き渡り、互いの身体ががくがくと跳ねた……二人はほぼ同時に粘っこいシロップのような愛液をぶちまけ、もっちりしたドロシーの肌ときめ細やかなちせの肌をてらてらと濡らした…

ドロシー「……はぁ、はぁ……んあぁ♪」

ちせ「はひっ……あへぇ……♪」

ドロシー「はぁぁ、イきすぎてすっかり喉がからからだ……お前さんは?」

ちせ「はへぇ……」

ドロシー「返事もままならない、か? ま、きっと喉が渇いたのは同じだよな……」ナイトテーブルのグラスと水差しをつかむと、急に悪だくみをしている時のような表情を浮かべた……

ドロシー「ちせ、飲むだろ?」

ちせ「う、うむ……」

ドロシー「それじゃあ……ほれ♪」脚を閉じると秘部に水を注ぎ、三角池をつくってにやにやしている……

ちせ「だ、誰がそんな……水差しをかさぬか……///」

ドロシー「じゃあ手を伸ばせよ♪」そう言って届かないようにしている……

ちせ「むぅ……ぴちゃ、ずずっ、じゅるっ……ぷは///」恨みがましい目でドロシーをにらむと、顔を埋めてぴちゃぴちゃとやりはじめた……

ドロシー「まるで可愛い犬っころだな……もっといるか?」

ちせ「いらぬ///」

ドロシー「そいつは残念♪」
756 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/10/24(金) 02:00:20.57 ID:3Q7qOJ7y0
…後日…

アンジェ「……いま戻ったわ」

ドロシー「おう、おかえり……プリンセスとベアトリスは王宮か」

アンジェ「ええ、王宮なら私がいなくてもどうにかなるから……留守中は何もなかった?」

ドロシー「ああ、何もなかったさ。新大陸植民地から来たエージェントと王国の連絡役を始末して、バハマで起きた反乱を鎮圧するために用意していた武器を吹き飛ばしたくらいでな」紅茶を注いでカップを差し出した……

アンジェ「それなら新聞で読んだわ。表向きは『壁』沿いの倉庫で起きた火災と言うことになっていたけれど」

ドロシー「流石に火が出たことまでは隠せないからな」

アンジェ「それにしてもバハマ諸島ね……」一口飲んでカップを置いた……

ドロシー「ジャマイカにバハマ、どこも火を噴きそうになっているところをギリギリのバランスを保っていたが、ここ最近は王位継承権の争いから植民地でもそれぞれの派閥に分かれて対立が激化しているからな……その隙を突くようにスペインやフランスが独立派を焚きつけているし」

アンジェ「そうね、王国がぐらついてくれる分には構わない。ただ、こちらが体制をひっくり返す都合とタイミングを合わせてもらえばいいだけよ」

ドロシー「そのお膳立てをするのがこちとらの任務でもあるしな」

アンジェ「そういうことね……ところでちせは?」

ドロシー「ちせなら寝てるよ」

アンジェ「……勤勉な彼女にしては珍しいわね」

ドロシー「なぁに、ちょっとばかり夜ふかしをしたもんでね……♪」露骨な含みをもたせた色っぽいウィンクを投げた……

アンジェ「あきれかえって物も言えないわ……」

ドロシー「そういうな、これでもお前さんの留守中は頑張ったんだぜ?」

アンジェ「それが任務でしょう」

ドロシー「銃弾がおっぱいをかすめるような目に合ったっていうのに冷たいな」

アンジェ「エージェントのくせに撃ち合いになって手傷を負う方が悪いわ」

ドロシー「言ってくれるね」

アンジェ「……それで、コントロールからは?」

ドロシー「いつもの通り「ご苦労」のひと言だけさ」

アンジェ「結構……ところでドロシー、貴女お酒を飲んでいるの?」

ドロシー「ああ」

アンジェ「休日とは言えまだ午前中よ、アルコール治療院のお世話になる予定なの?」

ドロシー「そう言うな、ちょっと紅茶に入れているだけさ」

アンジェ「ラム酒?」

ドロシー「ああ。ジャマイカはラムの産地だし、その見本市でいいやつをいくらか買い込んでおいたのさ♪」

アンジェ「あきれた……」

ドロシー「いいじゃないか。本部は役に立たない作戦でも何百、何千ポンドとつぎ込むんだぜ? ちっとくらいは還元してもらったってバチは当たらないさ」

アンジェ「会計課に無駄な支出について問い詰められるような事があったら、貴女が釈明してちょうだいね」

ドロシー「ああ、これでも口はうまい方さ♪」

アンジェ「貴女のは「調子が良い」の間違いでしょう……少しもらうわ」

ドロシー「飲まないんじゃなかったのか?」

アンジェ「こんな馬鹿馬鹿しい話に付き合わされるのだったら少しくらい飲まないとやっていられないわ……それでいい」

ドロシー「それじゃあお互いの任務成功を祝って……♪」

アンジェ「乾杯」

ドロシー「乾杯♪」チャーミングな笑みを浮かべてカップを軽く持ち上げた……

757 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/10/30(木) 01:33:17.34 ID:R+dE9aQ90
…case・ベアトリス×プリンセス「Poison in the garden」(花園の毒)…

…とある日・部室…

プリンセス「本日は急にお呼び立てしたにも関わらず、集まっていただいてありがとうございます」

…お茶のカップに手を付けることもせず深刻な顔をしているプリンセスと、不安とおびえの入り交じったような表情でお茶を注いでいるベアトリス…

ドロシー「なぁに、どうせ時間はあったからな……しかしプリンセスから招集とは珍しい、天下国家の一大事か?」

アンジェ「ドロシー」

ドロシー「すまんすまん、茶化して悪かったよ……どうぞ始めてくれ」

プリンセス「ええ、実は昨日このようなものが……」そう言ってテーブルの上に置いたのは封筒の表書きに「シャーロット王女殿下」の宛名が書かれた何と言うこともない一通の手紙……

ちせ「何の変哲もない文(ふみ)のように見受けられるがの?」

ドロシー「同感だ……と言いたいが、差出人の名前がないな」

プリンセス「……ええ」

アンジェ「それで、文面は?」

プリンセス「それが……」

…プリンセスが封筒から取りだして便せんを見せた……そこには黒い筆致でひと言「お前は王女殿下にふさわしくない」とだけある…

ドロシー「……まさか」

アンジェ「いいえ。内務省にチェンジリング作戦が気づかれた様子はない……それにもし気づかれたとしたらつまらない脅迫状を送りつけてくる前に別な手段で接触してくるはず」

ちせ「しかしこの文面、はなはだ穏やかではないのう」

ドロシー「プリンセス、この手紙を見つけたときの状況は?」

プリンセス「ええ、そのことなのですが……」

…前日・プリンセスの執務室…

初老のお付き「……王女殿下宛のお手紙でございます。返事は祐筆が当たり障りなく書き上げておりますので、末尾のサインだけお願い致します」

プリンセス「ええ、ありがとう」背もたれの真っ直ぐな椅子に姿勢良く座ると、机にきちんと積み上げられた手紙の山に立ち向かう……

プリンセス「いつもきちんと整頓してくださって本当に助かります、ミスタ・ケイル」

お付き「もったいないお言葉にございます」

…国民からの人気も高いプリンセスには山のような手紙が毎日のように送られてくる……届いた手紙類はまず王宮付の事務官が開封して毒物や刃物が入っていないかを確かめ、それから文面を確認して頭のおかしい人間から送られたものや極端な意見のもの、罵詈雑言をつづったものはプリンセスに渡すことなくすぐさま内務省の担当官に送り、差出人の住所や氏名を記録した上で要注意人物のリストに載せ、特に危害を加えるようなことをほのめかしている場合はスコットランドヤード(ロンドン警視庁)や内務省の職員が対象人物の監視を行い、場合によっては逮捕を実行する…

お付き「こちらの手紙は全て一般市民からのものですので、王女殿下におかれましてはお名前だけ添えていただければ結構です」

プリンセス「はい」

…また、市井の人々からプリンセスに宛てた善意あふれる手紙に手作りのお菓子や食べ物が添えられていることもあるが、こうしたものも全て毒殺の危険があるためプリンセスには渡る事なく処分される……そして「安全な」手紙だけがより分けられて手元に届くと、あとは祐筆が通り一遍の返事を書き、それにプリンセスがサインを添える…

お付き「これらの手紙はサー以上の称号を持つ方々からですので、軽く一筆添えて下さいますよう」

プリンセス「分かりました」

お付き「そしてこちらはウェストミンスター大僧正からのお手紙ですので、王女殿下じきじきにお返事をしたためていただきたく存じます」

プリンセス「そうします」

…昔ながらの慣習が根強く残っているアルビオン王室では羽ペンも盛んに使われているが、新しい試みにも積極的なプリンセスは手紙の返事や私信には金のペン先がついた万年筆を使うことが多く、手際よくペン先を走らせると祐筆の文章に添えて心暖まる気づかいを示したひと言を書き、流麗な花文字でサインを入れる…

プリンセス「わたくしのことを思って筆を取って下さった方がこんなにもいるのね……この方々のためにも頑張らないと……」

プリンセス「まぁ、ふふっ……♪」

…堅苦しく、場合によっては策謀が渦巻く王宮にあってはなかなか心安らかな時間というものは取れないが、自分に宛てられた手紙をさっと読み通していると、時に心なごむような文面であったりちょっと面白いような内容を見つけることがある…

プリンセス「……これでお返事は全て書き終えましたわ」はじめは手首や指が痛くなり泣きたくなる返事書きだったが、今はペンの使い方を心得たからか手際よく終わった……

お付き「結構でございます、ではあとはわたくしめが」

プリンセス「お願いしますね」

…しばらくして…

プリンセス「……あら?」

…席を外し戻ってくると机の上に封筒が一通だけ置かれている……うっかりやり残していたかと手に取り、事務官によって開封されていないことに首をかしげつつもペーパーナイフで封を切って文面を確かめた…

プリンセス「……っ」
758 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2025/11/15(土) 01:17:28.34 ID:x0ZlOn140
ドロシー「それがこの『ブラックメール・レター(脅迫状)』ってことか……」

プリンセス「ええ」

アンジェ「字体や文面から差出人は割り出せそう?」

プリンセス「いいえ、これだけでは……」

ドロシー「だよなぁ……何しろ字数が少なすぎるし、特徴ある言い回しや書いたやつの知的レベルが想像出来る引用や熟語もない」

アンジェ「置かれた時間は絞り込める?」

プリンセス「ええ。わたくしがお手紙の返事を書き終えて他の公務のために移動して、戻ってきたときですから……おおよそ二時間くらいね」

アンジェ「ベアトリス、その間にプリンセスの執務室へ出入りする人間や挙動不審な人物を見聞きしなかった?」

ベアトリス「いいえ、私はそのあいだ姫様の寝室を整えたりお茶の用意をしたりしていましたから……」

ドロシー「さすがにつきっきりって訳にもいかないからな……」

アンジェ「とはいえ手がかりがまったくないわけじゃない。手紙は多くのことを教えてくれる……まず、この手紙の書き手は右利きね」

ベアトリス「えっ、どうして分かるんですか?」

アンジェ「筆跡のかしぎ方や筆圧のかけ方が左利きではあり得ないから。それから本人は自分のペンを使っていない」

ちせ「なに、そこまで分かるのか?」

ドロシー「簡単さ。インクの色やにじみ方がプリンセスが公務で使うものと同じだ。字体や筆圧は違うがそこは変えようがない……プリンセス、そのとき使っていたペンはいま手元に?」

プリンセス「執務室の万年筆はずっと執務机に置いてありますが、同種のペンなら普段使いに持ち歩いています」そういって金のペン先があしらわれた万年筆を取りだした……軸の色は上品なロイヤルブルーで、そこに王室の紋章とツタ模様が金象眼で施されている……

ドロシー「なんとも見事なペンだな……少し使わせてもらってもいいか?」

プリンセス「ええ、どうぞ」

ドロシー「お、ありがとう……なるほど、王室御用達ともなるといい書き味だ」脅迫状を横目で見ながらノートの切れっ端にさらさらと文字を書き付けた……

ドロシー「どうも。それじゃあお返しするよ……で、例の手紙だがこんな文面だったな」

ベアトリス「すごい、まるで同じです……!」

ドロシー「そりゃあエージェントとしてこのくらいは出来ないとな♪」

アンジェ「それにしては「お前(you)」の部分で「O」の字が少し跳ねすぎよ、書き取りのごまかしじゃないのだからもう少し似せて書く事ね」

ドロシー「おやおや、トカゲ女は評価が辛いね」

アンジェ「当然よ。いずれにせよ、同じペンで書かれたことは確か」

ドロシー「そしてこれを書いた人間はそのとき怯えていたか、ためらいがあった」

プリンセス「そうなのですか?」

アンジェ「ええ。書き出しや途中でインクが少し多くにじんでいる。ペン先を紙に当てたままどう書くべきかためらった証拠ね」

ドロシー「ということはこの手紙の書き手は事前に何を書くか決めていなかったか、さもなきゃ誰かに脅迫されてやむを得ずこれを書いた」

ベアトリス「脅迫状を書いた人が脅迫されているんですか……?」

アンジェ「この世界ではそういうことが良くあることぐらい貴女も知っているでしょう、ベアトリス?」

ベアトリス「それはそうですけれど……でも姫様は私みたいなお付きや侍従の人たち、下働きの人たちにも気を配ってくださっている立派な方なのに……」

プリンセス「ふふ、ベアトったら褒めすぎよ♪」

ベアトリス「申し訳ありません、姫様///」

ドロシー「やれやれ、まるで惚気だな……ともかく、プリンセスが人格者だとしても脅迫状が送られる理由にこそなれ、送りつけられない理由にはならない」

ベアトリス「そんな、どうしてですか」

アンジェ「プリンセスが立派な人格者で下々の者にまでよく気を配る魅力あふれる人間だからよ」

プリンセス「もう、アンジェまで……///」

ちせ「つまり、プリンセスがよく出来た人間だからかえって妬み、あるいは敵として脅威に思っている人間がいる……ということじゃな?」

ドロシー「おそらくはな。それと掛け値なしにいうが、王室でいま一、二を争う人気者はプリンセスだ。あのニタニタ顔の眼鏡野郎は一見すると人当たりは良いが、どこか底知れないうさんくささがあるし、おまけに植民地帰りの改革派はこっちじゃウケが悪い。妹御は病弱で籠もり気味だし影が薄い」

アンジェ「ドロシーの言うとおりね」

プリンセス「でも、まさかお兄様が……?」

ドロシー「いや、まだそうと決まったわけじゃない」
759 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/11/22(土) 01:24:59.68 ID:CZu9Rr/30
アンジェ「とにかく、騒ぎ立てずに内密にしようと考えたのはいい処置だったわ」

プリンセス「ええ……本当はちょっと怖かったけれど、騒ぎ立ててもどうにもなるものでもないから」

ベアトリス「でも、姫様に何かあるのではないかと思うと……」

アンジェ「その点は心配しなくていい。今のところプリンセスに直接の危害が加えられる可能性は少ないと見ていい」

ドロシー「本気でやるつもりなら脅迫状なんて送りつける前に鉛玉を送りつけるからな」

アンジェ「その通り……となると『送り主』は何の目的でこの脅迫状を送りつけて来たか、その点が気にかかる」

ドロシー「プリンセスに騒ぎ立てさせて公務や学校での行動を封じたかったか……だとすれば無駄だったな」

アンジェ「あるいは心理的な危害を加えたかったか……」

ドロシー「脅迫状ってのはそのためのものだからな。とはいえ理由が分からないな……もしかしたら金銭や何かの要求をする前に先触れとして送りつけて来たのかもな」

アンジェ「プリンセスに署名入り赦免状でも書かせるつもりだとでも?」紅茶をふくみながら眉をひそめた……

ドロシー「可能性がないとは言えないだろ? プリンセスの叔父さんは内務省を統括するノルマンディ公だ、もしかしたらニューゲート監獄にいる兄弟姉妹とか親戚とかを助けたいあまりに書いたのかもしれない」

アンジェ「だったら慈悲深いプリンセスの人柄にすがろうと、それをそのまま書いて置き手紙にするはずよ。わざわざ脅迫状にする必要がない」

ドロシー「それもそうだな……」

アンジェ「とにかく、理由の詮索は後回しにして対策を考えるべきだけれど……いつものように私とプリンセスが入れ替わればいい」

ドロシー「ま、そうなるな」

プリンセス「でもアンジェ、情報部員としての務めがあるのでしょう?」

ドロシー「そいつはこっちでどうにかするさ。幸いなことに他にこれといった任務はないし、今回の件は優先順位が高い。メールドロップのチェックや暗号文の解読みたいな日常的な任務は私一人でもどうにかできるし、いざとなったらベアトリスを貸してもらえればどうにかなるだろう」

ちせ「もし必要なら私も手を貸すが?」

ドロシー「ありがとな、気持ちだけいただいておくよ」

…個人的には裏表のない性格を好ましく思ってはいるが、あくまでも好意で力を貸してくれているだけのちせにあれこれと手伝わせる訳にはいかない……と同時に、友人とは言え堀河公の手の者としてやって来たちせに「コントロール」の暗号やメールドロップのありかを開けっぴろげにするのは、何かあったときに「関係者」として巻き添えを食わせることになり、ちせ本人のためにならないと出来るだけタッチさせないようにしている…

ちせ「ふむ……」

アンジェ「別にドロシーや私が貴女を信頼していないという意味じゃないわ。メールドロップの確認はその場所に馴染んだ「いつもの人間」でないと怪しまれる可能性があるからで、暗号文は貴女の苦手な英語やラテン語だからよ……もし手伝いが必要なら、その時は是非ともお願いするわ」

ちせ「なるほど、確かにそうじゃな」

ドロシー「分かってくれて助かるぜ……それじゃあアンジェ、入れ替わって王宮に入ったら「第二の脅迫状」が届くのを待ちつつ、差出人とその理由を探ってくれ」

アンジェ「ええ」

ドロシー「ベアトリス、お前さんも普段通りにプリンセスのお付きとして過ごしながら王宮内で情報収集にあたれ。場合によってはアンジェの援護を頼む」

ベアトリス「はいっ」

ドロシー「プリンセスはしばらくアンジェとして校内で過ごし、今回の件のケリが付くまでおだやかな学生生活を送ってもらう。しばらくはレポートや書き取りテストが最大の敵ってことになるな」

プリンセス「分かりました」

ドロシー「ちせはアンジェに偽装したプリンセスの「友人」として振る舞い、同時に護衛として付いてもらう」

ちせ「承知」

ドロシー「……それとこの脅迫状の件だが、コントロールに報告はしない」

ベアトリス「どうしてですか?」

ドロシー「さっきも言ったように、どうも今回の件はプリンセスの動きを封じる目的で行われていて、しかもノルマンディ公や内務省のやり口じゃないようにみえる……だとしたらこっちがコントロールに報告したりして騒ぎ立てるのはまずい。どこに裏切り者がいるか分かったものじゃない」

アンジェ「それに内務卿も王宮内に共和国のスパイがいると勘づいているけれど、それがプリンセスだとは思っていない……必要以上に騒ぎを大きくすればかえってやぶ蛇になる」

ちせ「つまりこの五人で内々に処理するわけじゃな」

ドロシー「そういうことだ」

プリンセス「アンジェ、ベアト……二人とも気を付けてね?」

ベアトリス「はい、姫様」

アンジェ「ええ」
760 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/12/07(日) 01:26:19.74 ID:SvbaYx5h0
…数日後・メイフェア校…

プリンセス「ふふ……こうして学業に集中できるのも久しぶりです♪」

ドロシー「関数の問題を解くのがよっぽど気に入ったとみえる……私には何が嬉しいのかサッパリだ」

プリンセス「あら、このあいだベアトに「学んでおいて損なことなどありはしない」とおっしゃっていたのはドロシーさんでは?」

ドロシー「おっと、こいつは一本取られたな……相変わらず記憶力のいいことで」

プリンセス「何しろ「職業上」色々な方の顔や名前を覚えなくてはなりませんから」

ドロシー「それはこっちの「商売」でも同じはずなんだが、どこが違うのかねぇ……」

…鉛筆を上唇と鼻の間に挟みあごに手を当て、いかにも投げやりな態度で数学の問題を前にしているドロシー……一方のプリンセスは眼鏡をかけ、髪を少しいじったアンジェの姿で問題に取り組み、ドロシーの愚痴に付き合いながらさしたる苦労もなく問題を解いている…

プリンセス「それにアンジェのことは心配ですけれど、公務を離れること自体はいい気晴らしになりますから……」

ドロシー「ごもっとも。堅苦しいのは抜きでいけるし、つまみ食いしたって「国の威信に関わる」なんて規模のでっかい叱られ方をしないですむ♪」

プリンセス「ええ♪」

ちせ「……ドロシー、よいか?」すっと影のように近寄ってきた……

ドロシー「おう、ちせか……どうだ?」

ちせ「私が見たところではそれらしい不穏な連中はおらぬ」

ドロシー「よし」

プリンセス「……大丈夫でした?」

ドロシー「ええ、少なくとも今のところは」

プリンセス「となると、やっぱり王宮のアンジェが気がかりね……」

…その頃・バッキンガム宮殿…

お付き「……では、本日のご予定にございますが」

アンジェ「ええ、お願いします」

お付き「まずは先日議会より起案されました法案、政策についての説明」

アンジェ「はい」

お付き「続けて朝のご学習。本日はケイバーライトに関わる科学、およびインド方面の王国の権益についてより深くご理解いただくための地理分野にございます。王立科学院よりサー・ヘリッジ、王立地理院よりサー・スティラーが参りまして王女殿下に講義されます」

アンジェ「はい」

お付き「学習がお済みになりましたらお茶をご用意いたします。そのあとで国内各地より届きましたる王女殿下に宛てた手紙に返事をしたためていただき、それから軽い運動として乗馬のお稽古」

アンジェ「ええ」

お付き「昼食は王女殿下が後援あそばされております慈善事業の理事会を訪問、非公式の形で昼食会といたします」

アンジェ「続けて下さい」

お付き「午後はロンドン商工会議所と造船組合を訪問なさってご挨拶を。王宮に戻られましたらドイツ語、フランス語の勉強。休憩のお時間には手紙の返事を書いていただき、それから女官たちへのねぎらいを兼ねてお茶の時間」

アンジェ「普段からお世話になっておりますからね。もちろんあなたもですよ、ミスタ・ウォリック」

お付き「わたくしめにそのようなお言葉を……恐縮にございます」

アンジェ「まだ未熟なわたくしを支えて下さっているあなたがたには常々感謝しております。それから?」

お付き「はい。そのあとは書見などをしていただき、夕食はプライスデール伯爵との会食となっております」

アンジェ「プライスデール伯爵にはたびたびお世話になっておりますものね、それにフランス政府の情勢についても聞いておきませんと」

お付き「左様にございます。それがお済みになりましたら王宮にお戻りとなり、残りの勉強をなさってからお休みとあいなります」

アンジェ「分かりました」

…普段と同じく分刻みのスケジュールが組まれているプリンセスの日常……女王の体調が思わしくない事もあって必然的にその分の代役や名代としての公務が多くなっている……プリンセスならそうするであろう柔らかな笑みを浮かべてねぎらいや感謝の言葉も絶やさず、するべき事を淡々とこなそうと改めて気持ちを込め直すアンジェ…

お付き「では、失礼致します」

アンジェ「……さて、本番はここからね」

………

761 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/12/12(金) 01:59:10.38 ID:4ztr1d5G0
…午前中…

議会代表「というわけでございまして、王室向け予算のうち王女殿下がお求めでいらっしゃる救貧院の予算は反発もあり……」

アンジェ「そのことについては存じ上げておりますわ、ミスタ・ハーカット……しかしアルビオンのために働いてきて、怪我や病気で働けなくなった人たちを見ているのはとても心が痛みますわ」

議会代表「いえ、もちろん王女殿下のご心痛は我々もよく存じ上げております。しかしながら工場主や農園主からはその分の負担を減らして欲しいと……もちろん貧困層の救済も大事ですが、かといって資本家や弁護士、医師などといった中産階級をむげに扱うわけにも参りませんので……」

アンジェ「難しい所ですわね。では王室予算のうちのいくらかを貧困対策にあてて、協力をお願いすることは可能でしょうか?」

議会代表「ふむ……王女殿下おんみずからが救貧事業に予算を出すとおっしゃれば、あるいは反発も減るやも分かりません」

アンジェ「そうですか、わたくしの名前で良ければどうか使ってみて下さい」

議会代表「分かりました。このような形でお借りするのは心苦しい限りですが、シャーロット王女殿下のお名前を出せば非協力的な一部の人間にも効果があるかと思います」

アンジェ「いいえ、構いませんよ。ではなにとぞ」

議会代表「ははっ」

お付き「……ではシャーロット王女殿下、学習室においで下さいませ」

アンジェ「ええ。いま参りますわ」

…書き物机と重厚な本の詰まった本棚が天井いっぱいまでそびえている学習室……格調高いが厳格で息苦しい雰囲気のある部屋に、ふちを跳ね上げた「アルビオン・スタイル」の口ひげと片眼鏡をかけた老学者が入って来た…

学者「おほん……では姫君、講義を始めますぞ。前回お出しした課題図書はきちんと読まれましたかな?」

アンジェ「ええ、もちろんですわ。あれは「インドにおける地誌と地形」でしたわね」

学者「いかにも。ということはきちんと読まれたようですな」

アンジェ「はい」プリンセスから聞いておいたので予習は完璧で、会話に齟齬が生じないよう前回の授業であっただいたいの出来事も教わっていた……

学者「結構、では前回の続きから……」

…しばらくして…

ベアトリス「姫様、紅茶をお持ちいたしました」

アンジェ「ありがとう、ベアト……異常は?」

ベアトリス「いえ、今のところは特に……」

アンジェ「そう。それじゃあ引き続き周囲の様子を観察しておいて……動きは普段通りで構わないから」

ベアトリス「はい」

アンジェ「……ふぅ、とても美味しいお茶ね」

ベアトリス「恐縮でございます」

アンジェ「いいのよベアト、そんなにかしこまらなくたって♪」

ベアトリス「いえ、姫様とお付きの関係を崩すわけには参りませんから」

アンジェ「まぁ、ベアトったら律儀なのね?」

ベアトリス「いえ、決してそのようなつもりでは……///」

アンジェ「あらあら、ベアトったら照れちゃって♪ とにかく、美味しいお茶をごちそうさま」

ベアトリス「はい、それでは……」

…廊下…

ベアトリス「……もう///」

…ティーセットをワゴンに載せて退出したベアトリスは、人気のない廊下で小さくため息をついた……大好きなプリンセスではなくアンジェが物真似をしているに過ぎないというのに、声や仕草、ちょっとした癖までまるで双子のように似通っていてついどきっとしてしまう……思わず頬を赤らめてしまったこともアンジェには見抜かれてしまっただろうと、恥ずかしく思いながらごろごろとワゴンを運んでいると、同じお仕着せを着た侍女たちと入れ違った…

ベアトリス「ごきげんよう」

侍女「ごきげんよう……それはシャーロット殿下のお茶?」

ベアトリス「はい、ちょうど今お飲み遊ばされたところで……」

侍女「そうなのね。姫様のご機嫌は?」

ベアトリス「ええ、いつも通りのお優しい姫様です」他の事ではまだまだ自信がないこともあるが、プリンセスの気分や具合に関する気配りだけは他の誰にも負けないつもりでいるベアトリス……

侍女「そう、なら安心ね」

…ベアトリスを始め華やかな表舞台に立つことのない侍女や近侍たちは王宮内で独自の「生態系」ともいえる世界を築いていて、その世界は複雑に絡み合い影響を及ぼし合っている……それはほとんどの貴族やアルビオン王室の人間でさえ介入できない場所であり、近侍や侍女たちはそれぞれのひいき目や立身出世を考えて王室メンバーそれぞれを応援する派閥を作り、独自の情報網やさまざまなルートを利用しては自分たちの派閥が有利になるよう有形無形の運動を行っている……

ベアトリス「はい」
762 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/12/15(月) 01:50:36.46 ID:JbEr8iQ40
侍女B「それじゃあ私たちは姫様の寝室を掃除してきます」

ベアトリス「よろしくお願いします」

…そして侍女たちはそれぞれの「派閥」があるとはいえ、それよりも王室における侍女同士のネットワークや暗黙のルール、しきたりといったものが優先され、それをないがしろにしようとするものや無視しようとするものは排斥の対象になる…

侍女C「それでは、また後でね?」

ベアトリス「はい」厳格で硬直化した決まり事でがんじがらめになっているように思える世界だが、実際には日々の業務がやりやすくなるような制度上の裏口や抜け道がいくつもあって、はじめは戸惑うばかりだったベアトリスもいつしかその呼吸を飲み込んでうまくやれるようになっていた……

侍女「……ふふ、ベアトリスったら」

侍女B「ね? すっかりシャーロット王女に首ったけで……♪」

侍女C「ああいうとこ、なんとも初心で可愛いわよね?」

…ベアトリス自身はそう思っていなかったが、侍女たちの間では小さい身体でまめまめしく働く律儀なベアトリスは可愛いマスコットや妹分といった扱いで、ちょっとした貴族の娘とはいえそれを鼻にかけない素直な性格も好まれていた…

侍女「そういえば……このところミセス・ライブリーの一派はあの子に手厳しいみたいね」

侍女B「聞いたわ。ミセス・ライブリーときたらあんな性格でプリンセスのお気に入りになれないものだから、当てつけでやっているんだわ……そんなだからプリンセスから遠ざけられるのよ」

…たしかに侍女の中にはベアトリスのおどおどしている部分を「わざと性格を作っている」などと中傷するような意地悪な者もいたが、そういった連中はたいていプリンセスのお気に入りであることに対するやっかみや当てつけとしてベアトリスを対象にしているか、あるいは王位継承争いの余波としてプリンセス付きの侍女であるベアトリスにまで非難の矛先が向いているだけで、それも共和国とのゴタゴタや王室内にいるとされるスパイ騒動のあおりで内務卿主導の警戒が厳しくなると、うかつな言動一つでニューゲート監獄送りになりかねないとなりを潜めつつあった…

侍女C「言えてるわね。さ、それより早く寝室を片付けないと!」

…しばらくして・プリンセスの書斎…

お付き「こちらは一般大衆からの手紙ですのでお名前だけ添えていただければ結構です」

アンジェ「はい、ミスタ・ケイル」

…どんな階層の人間に対しても分け隔てなく気配りを忘れない王女殿下として、手元に届いた全ての手紙に目を通し、返書にサインを書いているプリンセス……もちろん、読み書きが出来て王室宛に手紙を投函できる(時間的にも金銭的にも)余裕がある人間という時点で『一般大衆』のなかでもある程度の『上澄み』ではあるが、そうした人々の書きつづる言葉には世情を反映したものが多く、プリンセス……そして当然ながら入れ替わっているアンジェもそうした言葉や気持ちをおろそかにしないよう努めている…

お付き「こちらの手紙は各地の準男爵や名士、郷士(ジェントリ)たちからのものですので軽くひと言を」

アンジェ「ええ、そうします」

…各地の様子をはじめ農作物の収穫、鉱山の好不調……とうてい見回っている暇などないアルビオン王国領内の様子を一枚の手紙がすべて教えてくれる……この時代にはまだ定義づけられてもおらず概念としても生まれてはいないが、ある種の「オシント」としてアンジェたち「チーム白鳩」は新聞や手紙、噂話と言ったものも重視していた…

(※OSINT…「Open-Source Intelligence」の略。新聞やニュースなどの合法かつ公開されている情報をつなぎ合わせることで相手勢力の動向を探る情報活動。多くの資料を集めなければならないため労力を要するが、活動に違法性がない(少ない)ことから敵対勢力の監視下にある在外公館等でも行え、高度な技能を有するエージェントを投入する必要もなく、逮捕などの危険も少ないなど利点も多い)

お付き「……それからこちらは以前フェントウィック卿にお出しした手紙の返書にございます」

アンジェ「そうですか、相変わらず老ダンカンは気難しくていらっしゃるのかしら?」

お付き「さて、どうでしょうか」

…プリンセスに聞いて「予習」していたので、誰とどんなやり取りをしているか、あるいはどんな懸案事項を抱えているのかを把握しているアンジェ……ペンを持つと字体から言葉の使い方までプリンセスになりきって手際よく返事をしたため、同時にエージェントとして気になる情報を記憶していく…

アンジェ「……」

…文鎮で押さえられていた便せんの山を片付けていくと、中から二度目の脅迫状が出てきた……何食わぬ顔でもう一枚の便せんと重ねて取ると、滑らかな手つきで問題の便せんをスリ取るようにして袖口に滑り込ませた……その後も何食わぬ顔で返事書きをすすめ、最後に万年筆の筆先を拭うとペン立てに戻した…

お付き「では、あとはこちらで片付けておきます。次は馬術の時間でしたな、どうか遅れませぬように」

アンジェ「ええ。どうかよろしくお願いいたします」

………

…宮殿・馬場近くの更衣室…

ベアトリス「さぁ姫様、馬術のお時間ですからお召し替えを。さいわいお天気ですから気持ちもよろしいかと……二通目、ありましたか?」

アンジェ「ええ。こんな素敵なお日柄だもの、馬術のお稽古だってますます楽しいわ♪ ……あったわ、持っておいて」こよりのように細く折った脅迫状をそっとベアトリスに手渡した……

ベアトリス「じゃあやっぱりこの宮殿内に姫様を狙っている人が……」

アンジェ「きょろきょろしない。どこで見張っているか分かったものじゃない」

ベアトリス「は、はい」

アンジェ「もし狙ってくるとしたら馬術の前後ね……馬場は庭を通じて宮殿のあちこちに繋がっているし、いざとなれば塀を乗り越えてロンドン市内に逃げ出すこともできる」

ベアトリス「わたしもお側にいた方が良いでしょうか……?」

アンジェ「いいえ、あくまでも普段通りに勤めてちょうだい。それより書斎に入れる人間が誰で、誰と話しているかをそれとなく見ておいて」

ベアトリス「分かりました」

アンジェ「待って、足音がする……どうもありがとう、ベアト♪」さっとプリンセスらしい柔らかな笑みを浮かべると、乗馬手袋を差し出すベアトリスの手を軽く取る……

血色の悪い侍女「……失礼いたします、乗馬靴をお持ちいたしました」少し血色の悪い一人の侍女が茶革の乗馬靴を持ってきた……

アンジェ「ええ、ありがとう♪」
763 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2026/01/06(火) 02:28:33.24 ID:pjBVfdv90
…馬場…

馬係「……では、どうぞお乗り下さい」

アンジェ「ありがとう♪」

…馬係に手綱を押さえてもらい、気性の大人しい白馬に乗るアンジェ……もっとも「慎み深くあるべき」女性は『女性の部分』を傷つけないためにも大股を広げて馬に跨がるといった「はしたない」乗り方をするものではないと、サイドサドル(鞍の片側に脚を閉じたまま乗る)式の鞍が付けられている…

馬係「いかがですか、王女殿下」手綱を引いて馬場に出た……

アンジェ「ええ。ホワイトリリーはとても良い子で乗りやすいですわ」

…アンジェ自身は「ファーム」での訓練のおかげで乗馬も得意だが、オーソドックスで上品な乗り方で広い馬場を並足から速歩(トロット)で進ませ、馬の筋肉がほどよく暖まってきたところで駈足(キャンター)にして、髪を撫でる風がちょうど気持ち良い程度の速度で走らせる…

アンジェ「……よしよし」

…馬はカンの鋭い生き物だけあって、プリンセスと同じ香水や振る舞いをしていてもアンジェが別人だと分かっているらしく、ときどき頭や耳を動かして鞍上の人間を気にしている……とはいえすでに何度も入れ替わっては同じように乗っていて、なおかつ意志の強いアンジェがきちんとリードしてくれていることに安心しているのか、久しぶりであることを伝えるようなそぶり以外に目立ったことはしなかった…

アンジェ「良い子ね」

………

…数分後…

アンジェ「はっ……!」

…馬が激しく汗ばむほどではないが、いい運動になる程度の勢いで馬場を巡らせるアンジェ……白馬も大人しくアンジェの指示に従い、鞭を入れたり拍車をかけたりすることもなく、ちょっと胴体を叩いてやるとか軽く声をかけるだけで意のままに走ってくれる……アンジェ自身も任務上プリンセスの身代わりをしているとはいえ、爽快な空気とリズミカルな動きに乗馬の楽しさを感じていた…

アンジェ「それ……っ!」

アンジェ「……っ!?」

…馬の胴に軽く鞭で触れて低めの障害物を越えさせた時、不意にあぶみが外れた……金属状のつっかけスリッパのような形で鞍からぶら下がっているあぶみが外れれば、当然足を支えるとっかかりがなくなってバランスを崩す……が、アンジェは瞬時に鞍の「角」に手をかけ身体を支えると、ひらりと障害物を飛び越えさせた…

馬係「王女殿下!?」

馬係B「ご無事でいらっしゃいますか!」

アンジェ「ええ、大丈夫ですわ……あぶみが外れてしまったようね?」

馬係「申し訳ございません、私どもの手入れが行き届かないばかりに……!」慌てて踏み台を持ってきてアンジェが降りられるよう手助けする……

アンジェ「いいえ、わたくしはなんともありませんから……」

馬係B「だとしてもこのような……王女殿下のお身体になにかあったとなれば大変な事でございますから……」

アンジェ「道具ですから壊れたり外れたりすることもありましょう? さ、見つかって「不手際だ」と叱責されないうちに馬を戻しましょう♪」ちょっとしたハプニングといった様子でいたずらっぽい笑みを浮かべ、大失態に冷や汗を流している馬係が白馬を厩に戻すのを見届けると更衣室に戻った……

…更衣室…

ベアトリス「姫様、ご無事でいらっしゃいましたか……!」

アンジェ「あらベアト、着替えを持ってきてくれたのね♪ ええ、なんでもないの……誰かが鞍に細工をしていたわ」最後の部分だけ耳元に口を寄せて冷たく言った……

ベアトリス「細工を……!?」

アンジェ「声が大きい……さいわい大したことはなかったけれど、もし障害物を飛び越えている時にあぶみが外れたりしたら、落馬して首の骨を折っていたかも分からないわね」

ベアトリス「それだけの害意を持った人が宮殿にいるっていうことですか……」不安そうに周囲を見回すベアトリス……

アンジェ「どうやら手紙だけで終わらせる気はないようね……ベアトリス、私が着替え終わったら馬係のところに行って鞍とあぶみを繋いでいた革紐をもらってきて。切り口を見ればどんな刃物を使ったのか分かるかもしれない」

ベアトリス「はい」

アンジェ「それからたわいないおしゃべりのフリをして、馬係にプリンセスの噂話をしてみてちょうだい……悪い方のね」

ベアトリス「姫様の悪い噂話、ですか……?」

アンジェ「ええ。その話題にのってくるようなら馬係も共犯かもしれない。もし気乗り薄だったりあからさまに嫌な顔をしたらそれ以上やらなくていい」

ベアトリス「分かりました」

アンジェ「貴女一人に色々やらせてしまうけれど、頼むわ」

ベアトリス「はいっ」

アンジェ「良い返事ね……ありがとうベアト、汗も引いたし次の公務に当たるとするわ♪」すべきことを伝えると態度をさっとプリンセスに戻してにこやかにねぎらい、着替えを済ませて出ていった……

………



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