ドロシー「またハニートラップかよ…って、プリンセスに!?」

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680 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/01/20(土) 01:45:01.90 ID:JPKfl4zq0
…プリムローズ・ヒル…

アンジェ「……隣、よろしいですか?」

7「ええ、どうぞ?」

…リージェント公園を抜け、小高い丘になっている公園「プリムローズ・ヒル」のベンチに座っている「7」の隣に腰かけたアンジェ……周囲は眺望がよく、煙突の煤煙やボイラーのパイプから漏れる水蒸気で煙っているロンドン市街が一望できる……つばの大きい婦人帽にピクニック用のバスケット、手に小さな望遠鏡を持った「7」はいい空気を吸いに来た中産階級の婦人といった雰囲気で、大きなバッフル(ふくらみ)のついたスカートがベンチに広がり、短い上着と胴衣をまとっている……かたわらにはたたんだ日傘も置いてあり、それがベンチの座面をいくらか隠している…

7「……それで、受け取ってきた?」

アンジェ「持ってきたわ」

…アンジェがティーカップの箱を置くと7が日傘を動かし、下に隠すようにしてからティーカップの箱を受け取った……日傘の陰にはもう一つ同じ箱があり、アンジェがそれを受け取って鞄におさめた…

7「ご苦労様、後で詳細な報告をお願いね。それと、チョコレートはあげるわ」

アンジェ「ええ……」7がバスケットから取りだしたチョコレートを受け取ると、しばしの間ロンドン市街を眺め、包み紙をむいてチョコレートをかじった……

…同じ頃・自然史博物館…

L「……それで、現地でなにか変わったことは?」

ドロシー「ああ。ちせが情報の受け渡しを行った大使館職員の私邸が旧幕府方の侍たちに襲撃を受けた」

…アンジェが情報を受け渡している間にデブリーフィング(状況報告)を済ますべく、再び博物館へとやって来たドロシー……手元には図録とレポート用紙があり、ときおり説明板の文書を書き写したり化石のスケッチを取りながらひとり言をつぶやくようにして「L」に報告を行う…

L「旧幕府方か……続けてくれ」

ドロシー「成りゆきで私とアンジェも介入する事になっちまったが、顔を見た相手はしゃべれないようにしてきた……それよりも、ノルマンディ飛び地でフランス情報部が活動できたというのが気になる」

L「というと?」

ドロシー「正直、ノルマンディ公配下の防諜部が目を光らせている中で、カエル(フランス人)の連中があんな勝手に振る舞えるとは思えない。現地の「フランス王国軍」とも繋ぎをつけているようで、駐屯地から数マイルもないところでドンパチが起こっているのに二時間以上も兵隊を展開させる様子がなかった」

L「……それで?」

ドロシー「こいつはただの推論だが、もしかしたら王国の連中とカエルの間で何かの取引か密約でもできたのかもしれない」

L「なるほど……他には?」

ドロシー「日本政府の新暗号だが、ノルマンディ飛び地で受け取ったのは佐伯っていう事務官だ。暗号表の文字列はアンジェがのぞき込む機会があったから、見えた部分に関しては書き写して渡す」

L「ふむ、重要な手がかりだ」

ドロシー「ああ、そうだろうな……」

L「……友人の属している政府を探るのは気に入らないか?」

ドロシー「なにを今さら……そんなきれいごとが言えるような純粋さはとうの昔に無くしちまったよ」

L「確かに汚いやり方だとは思う……だが、これも仕方のない事なのだ。こんなことをせずに済むのなら私だってそうしたい」

ドロシー「よく言うよ……ところで話は変わるが、あっちから戻ろうって日に海峡の霧で船が欠航になってね。延泊することになっちまったから、その分の宿代その他もろもろを予備費から出してくれ」

L「分かっている、気象予報はこちらにもあるからな……いつもの銀行に振り込んである」

ドロシー「そりゃあどうも」

L「ああ……ところで学業の方は?」

ドロシー「一日欠席しちまったからガミガミ言われたが「霧ばかりはどうしようもありませんので」って言ってやったよ」

L「ふむ」

ドロシー「これにはさすがの先生方も文句の付けようがなかったらしくてね……それで「明後日までに任意のレポートを書き上げてくること」って課題を出されたわけだ」

L「では、いい機会になったな」

ドロシー「ああ。おかげさまで恐竜だのシダ植物だのに詳しくなれそうだ」

L「結構だ。世の中、どんな知識でも役に立つ……特にこの世界ではな。とにかくご苦労だった」すっと離れて、そのまま歩き去った……

ドロシー「ああ……」

ドロシー「……化石か。あの「サムライ」たちも古くさい矜恃だの義理だのに縛られて化石になっちまってたってわけか」

ドロシー「もしかしたら、いずれ私もお前さんたちみたいになるかもしれないが……だが今のところ、まだそのつもりはないんでね」

ドロシー「それじゃあな、アンジェのご先祖さん♪」蜥蜴の化石に向けて小さな声で話しかけると、足取りも軽く博物館の出口へと向かっていった……
681 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/01/28(日) 01:29:28.18 ID:288ALfUR0
…case・プリンセス×ベアトリス「A girl who wants to become a spy」(スパイになりたがった娘)…

…とあるネスト…

ベアトリス「……」パンッ、パンッ!

ベアトリス「ふぅ、終わりました……ドロシーさん、見てもらえますか?」ベアトリスの小さな手が撃ちきった.380口径リボルバーを下ろし、耳当てを外してドロシーに声をかけた……

ドロシー「うん、なかなか良くなってきたじゃないか……引き金を引くときにおっかなびっくりだったり、目をつぶったりすることもなくなってきたしな」

…幾何学の授業で使うコンパスや定規で作図した的紙には、きちんとした弾痕が残っている……弾着は以前よりもずっと中心にまとまっていて、中の一発はまぐれかもしれないがブルズアイ(中心点)を射抜いている…

ベアトリス「そうですか?」

ドロシー「ああ、訓練のたびに成長が見られるだなんて大したもんさ」

ベアトリス「えへへ……なんだか照れちゃいますね///」

アンジェ「ドロシー。やる気を出させるのは結構だけれど、あまりおだてすぎるのは考え物よ」

ドロシー「そういうなよ、たったこれだけの期間でここまでやれれば結構じゃないか」

アンジェ「そうは言ってもいざというときに相手をすることになるのは経験を積んだ公安部や防諜部のエージェントなのよ。特にノルマンディ公の部下は練度が高い、軽い気持ちでは困る」

ベアトリス「はい……」

ドロシー「なぁに、ベアトリスだってそれくらい分かってるさ……そうだろ?」

ベアトリス「そのつもりです……」

ドロシー「アンジェがああ言ってるからってそうしょげることはないさ……ベアトリス、私はお前さんには正面切ってのドンパチをやってもらおうなんて思っちゃいない。普段はあくまで無害なお付きの女の子をやっていてくれればそれで結構だ……そして、お前さんがティーカップしか扱えないと思っている連中がうっかり背を向けたとき……その時はお前さんが不意を突き、その間抜け野郎にとって年貢の納め時ってわけだ」

ベアトリス「なるほど」

ドロシー「分かったらもう一回だ。引き金は滑らかに絞るように……ガク引きすると弾詰まりを起こすからな」

ベアトリス「はい」

…しばらくして…

ベアトリス「そういえば、どうして私たちの銃はリボルバーなんですか?」

ドロシー「そうだな……確かに内務省の連中はボーチャード(ボルヒャルト)ピストルみたいなオートマティック・ピストルを使っちゃいるが、ああいうのは基本的に大きいから隠すのに向いてない」


(※ボーチャード・ピストル…1890年代に開発された「世界初」とも言われる実用的なセミ・オートマティックピストル。強力な7.65×25ミリ口径の軍用弾薬を用いる大型のピストルで、トグル(「尺取り虫」式)アクションで作動するが、全体的に大きすぎ、また複雑なトグルアクションは製造が面倒で、実用の上でも弾詰まりを起こしやすかったため成功しなかった。のちに改良を加え弾薬を7.65×21ミリ口径に変更した1900年の「ルガー・パラベラム・ピストル」やその系列に繋がる9×19ミリ(9ミリパラベラム)口径の名銃「ルガーP08」が生まれたが、これらもトグルアクションの構造がたたって故障が多かった。)


ベアトリス「そうなんですね」

ドロシー「ああ。それにボーチャード・ピストルは口径がデカすぎるから銃声も大きいし、構造も複雑で弾詰まりを起こしやすいんだ……それでいけば、ダブルアクションのリボルバーなら一発撃発しなくても引き金をひけば次の弾が送られてくるからな。二発続けて不発なんて不幸があったら、その時は運に見放されたと思って諦めるんだな」

アンジェ「そういうことね……さあ、後片付けをしたら帰りましょう」

…別の日・部室…

ドロシー「……さて、今回のは楽な任務だ。他の任務の間に片手間でできるし、寒かったり汚かったりってこともない」

ベアトリス「なんだか嘘くさいですね」

ドロシー「おいおい、失礼なやつだな……私が嘘をついたことがあるかよ」

ベアトリス「……」

ドロシー「ほほう、その様子じゃ信用してないな?」

ベアトリス「それはそうですよ。今までだって高いところから飛び出したり、冷たい屋根の上で腹這いになって一晩見張りをしたりと、ずいぶんな目にあっているんですから」

ドロシー「それもエージェントの仕事さ……」

プリンセス「そうね、自分が身を置くまではもっとずっと活劇的なものだとばかり思っていたから、こんなに地味で大変だとは思ってもいなかったわ」

ドロシー「さすがはプリンセス、よく分かっていらっしゃる」

プリンセス「お褒めにあずかり恐縮ですわ……それでドロシーさん、任務の内容は?」

ドロシー「そうだった、そいつを説明しないとな……♪」
682 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/02/03(土) 01:08:34.47 ID:YuI7hGX20
ドロシー「……さて、以前調べたから分かっていると思うが、この「クィーンズ・メイフェア校」には学生、教職員を問わず王国のエージェントや連絡員、あるいは低級の情報提供者がうようよいる」

ドロシー「そいつらが王国公安部にくみしているのは単純に「プリンセスのお為になる」と思って自発的に協力しているやつから、さまざまな不品行をネタに脅されてやっているやつ、ちょっとした小遣い稼ぎや王国に媚びを売りたいがためにやっているやつまでさまざまだ」

プリンセス「確かにそういう人は結構いるわね……それで?」

ドロシー「当然ながらこちらとしてもそれを黙って見ているつもりはない……目には目を、スパイにはスパイを……つまり、こちらの味方になりそうな連中を探し出すんだ。以前も講師や生徒から何人か探し出したんだが、いつ使えなくなるか分からないしな」

ベアトリス「……それってつまり、協力者のスカウトをするって言うことですか?」

ドロシー「ある程度はそうだが、正確には違う……私たちはこれっていう人間に目を付けて観察しいくらか話してみて、ものになりそうだったら味方に知らせるだけだ。スカウト自体はそれ専門のエージェントや協力者がやる」

ベアトリス「あの、それだとスカウト役の人がわざわざ接触しなくちゃいけないですし、もし監視されていたら危険じゃないですか? 学校の中にいる私たちが声をかけた方が見つかる危険度も少ないような気がしますけれど……」

アンジェ「……私たちはエージェントであって、素性を知られるわけにはいかない。もしこちらがスカウトしようとした相手がこちらの話に乗ってこず、かえって王国側に通報したらどうなる?」

ベアトリス「あ……」

ドロシー「そういうことだ。スカウトは使い捨てのできるカットアウトから始まり、何重もの調査をパスしてようやく情報部のエージェントが「面接」することになる。ちょっとお茶でもいかがですか……ってな具合で誘うわけにはいかないのさ」

プリンセス「では、私たちがするべきなのは王国に反感を持っていたり、共和国に親近感を持っている人を探すということね?」

ドロシー「おっしゃるとおり……ほかにも脅せるようなネタを手に入れたり、金で転ぶような相手だっていい。私やアンジェと、プリンセスやベアトリスでは知り合いやクラスメイトが違うから、急になれなれしくしたりしたり話しかけたりしたらおかしいし「一つのカゴに全部の卵をいれない」ように細分化する必要もあるから、そっちはそっちで探してみてほしい」

ベアトリス「なるほど、それはそうですね」

アンジェ「……もっとも、金で動くような人間はあまり欲しくはないけれど」

プリンセス「どうして?」

ドロシー「ああ、そいつは情報部における鉄則の一つでね「金で転ぶ人間はより高い金で敵方に転ぶ」……つまり信用できないってわけさ」

プリンセス「なるほど」

ドロシー「付け加えるなら理想に燃えるようなタイプもダメだ」

プリンセス「そうなの?」

ドロシー「ああ。そういう高潔な連中は汚れ仕事の多いこの世界には向かないし、口先だけの理想主義者も多いんでね……肝心な時にビビって使い物にならなかったり、捕まって簡単に情報を吐いちまうような人間はむしろ迷惑だ」

プリンセス「難しいのね……」

ドロシー「だから情報部はいつも手不足なのさ……腕の立つ人間がいたらそれこそすっ飛んでくるね」

ベアトリス「でも、そんなに条件が多いと探すのも大変そうですね」

ドロシー「まあ、別にレジデント(駐在工作員)や特殊工作員の候補になるような人間を探したいわけじゃないんだ、そこまでうるさくは言わないさ」

アンジェ「あくまでもちょっとした目や耳、あるいはこちらが必要な時にちょっとしたものを用立ててくれる程度の人間が欲しいだけ」

ドロシー「そういうこと。監視任務に就きたいとき書き取りの宿題を代わりにやってくれるとか、食堂からスコーンをくすねてきてくれるような「お友達」ってわけさ」

プリンセス「ふふっ、それだとなんだかイタズラ仲間みたいね♪」

ドロシー「まぁ、そんなところかな……来週のこの時間にまた集まるつもりだから、目星がついたらその時に報告してくれ」

プリンセス「ええ」

ベアトリス「分かりました」

アンジェ「それと成果はなくても構わないから、あんまり露骨な誘い方はしないように。校内にうろついている王国側のネズミに嗅ぎつけられたら、それこそ目も当てられない」

ベアトリス「気を付けます」

………

…翌日・図書室の本棚の陰…

ベアトリス「……」

女生徒A「もう、嫌になっちゃうわ……わたくしのお父様ったらお小遣いを全然くださらないの。お出かけもしたいし、新しいドレスも欲しいのに……」

女生徒B「それよりもあの寮監先生ってば、憎たらしいったらありゃしない……ちょっと消灯時間を過ぎてからベッドの中でお友達とおしゃべりしていただけなのに、まるで叛逆の企てでもたくらんでいたみたいに柳のムチで手を叩くんですもの……まだ手の甲がヒリヒリするわ」

ベアトリス「……」あちこちで交わされる噂話やおしゃべりにさりげなく聞き耳をたて、これと言った人間がいないか探って回る……

女生徒A「ほんと、まだ赤いのが残ってるじゃない……」

女生徒B「ね、まったくツイてないわ……」

ベアトリス「……うーん、あの二人は違いますね」

………

683 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/02/11(日) 01:53:05.04 ID:WeCVxhdO0
…別の日・自習室…

長髪の女生徒「プリンセスとご一緒出来るなんて光栄ですわ」

三つ編みの女生徒「ええ。同じ学校とは言え、普段はなかなか気軽にお話するという訳にも参りませんから……」

プリンセス「あら、どうして?」

長髪「それは……」

プリンセス「おっしゃらないで? わたくしも自覚はしておりますから……常日頃から警護官が影のようにつきまとい、ことあるごとに睨んでいるようでは、皆さんも級友として親しくお付き合いするというのは難しいでしょう?」

三つ編み「え、ええ……」

プリンセス「けれどご安心なさって? 今は学校の中、学業に励んでいるわたくしたちを止め立てする警護官はおりませんから……ね♪」親しみやすい気さくな態度で、可愛らしい唇に指を当てた……

長髪「は、はい///」

三つ編み「///」

プリンセス「さぁ、間違っている所があったら遠慮せずに教えて下さいね?」

長髪「はい……っ♪」

…まだ年若いとはいえ、王位継承権を持つ王族の一人として外交の舞台に立つことも多いプリンセス……したがって場の空気を和ませたり相手の警戒を緩める人心掌握術、それにさりげなく本音を聞き出し、不都合な質問をはぐらかす会話術なども叔父である「ノルマンディ公」から帝王学の一環として叩き込まれていた……幼い日のアンジェと入れ替わってから何年も経ち、かつて涙をこらえて責任からくる重圧に耐え、化粧室で見つからないよう嘔吐しながら身に付けてきた学問の数々を、いまや自分とアンジェの未来のために使いこなす…

三つ編み「あの、プリンセス……ここの回答では「est」を使うべきかと思いますが……」

プリンセス「まぁ、わたくしったら恥ずかしい間違いをしてしまいましたね。 でも、ミス・キーガンのおかげでラテン語の先生に怒られずに済みますわ♪」

三つ編み「いえ、私なんて……///」

プリンセス「そうおっしゃらないで、自分の才能を卑下することはありませんわ♪」

三つ編み「あ、ありがとうございます……///」

…しばらくして…

プリンセス「まぁ……ふふっ、そのようなことがあったのですね♪」

三つ編み「そ、そうなんです……///」

長髪「私も近ごろの政策には感心致しませんわ……あ、いえ、これは決してプリンセスと王家の方々を批判しているのではなくて……///」

プリンセス「大丈夫、分かっていますよ……わたくしも確かにアルビオン王国の人間ではありますが、だからといって議会でも何でも思い通りに出来るものではないのです」少し淋しげな雰囲気をにじませる……

三つ編み「心中お察し致します、プリンセス……」

長髪「それにしてもあんまりというものですわ。プリンセスをまるで外交の道具か何かのように……」

プリンセス「わたくしのために憤慨して下さって嬉しく思いますわ……でもわたくしったら、お二人が親しくお話して下さるものですから、つい国の政策について批判めいたこと……今のやり取りは内緒になさって下さいね?」

…おしゃべりな人間ならつい誰かに漏らしたくなるような……しかし、脅威とは取られないようごく小さな批難めいた言葉を発して、二人の口が堅いか、また王国側の情報提供者でないかかまをかける…

長髪「ええ、お約束します」

三つ編み「私も、決して他言はしません」

プリンセス「ありがとう♪」

長髪「私でよければいつでもご用をおっしゃって下さい、プリンセス」

三つ編み「私もです、プリンセスのお役に立つようなことがあったらいつでもおっしゃって下さい」

プリンセス「その言葉だけで嬉しく思います……本当にありがとう」

長髪「あぁ、いえ……そんな///」

三つ編み「///」

プリンセス「……あら、わたくしったら……お二人との話が楽しいものですからすっかり手がお留守になってしまいました。さぁ、勉強の続きをいたしましょう」

三つ編み「そ、そうですね……///」

長髪「え、ええ……次は代数の問題をいたしましょうか」

プリンセス「はい♪」
684 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/02/16(金) 01:06:58.97 ID:/eYzoQkK0
…数日後…

アンジェ「それじゃあ中間報告を聞きましょうか……ベアトリス、貴女から」アッサムのティーカップを前に手を組み、じっとベアトリスを見つめた……

ベアトリス「えぇーと……私が見聞きした限りで「これかな」と思える人は三人ほどいました」

アンジェ「それぞれの特徴を」

ベアトリス「いま言いますね……暗記できる最低限の情報だけなので物足りないかもしれませんが……」

ドロシー「いいさ、変にメモなんか作られるよりは不十分な情報の方がまだマシだ……さ、どんなやつだ?」

ベアトリス「はい、一人目は「エミリー・クライトン」といって……」

ドロシー「……確か、お前さんと同学年だったか?」

ベアトリス「え、そうですけれど……もしかして生徒全員の名前と顔を覚えているんですか?」

ドロシー「おいおい、いくらなんでも全員は無理だ……ただ、どこかで聞いたことのある名前だなって程度さ」

ベアトリス「……」

アンジェ「どうしたの、続けて? 彼女のどの辺りが協力者として「発掘」する価値がありそうなのか教えてちょうだい」

ベアトリス「あ、はい……クライトンさんはいわゆる中産階級の女の子で、お家にそれなりの財産はあるようなんですが、クラスメイトの貴族令嬢の人たちからは「背伸びをしている」ってずいぶん陰口を言われているみたいなんです。本人もそのことを不愉快に感じているので、スカウトする動機になるかな……と」

アンジェ「貴族階級に対する妬みね……次は?」

ベアトリス「メアリ・マッコール、ドロシーさんと同じ学年です」

ドロシー「そいつならひとことふたこと話したことがあるよ……くせっ毛でそばかすがあるやつだろう」

ベアトリス「そうです、その人です」

ドロシー「じゃあ、やっこさんのどの辺がスカウトに値しそうなのか教えてくれるか?」

ベアトリス「はい。彼女は名前の通りのアイルランド系で、メイフェア校の「幅広い階級、立場の生徒を受け入れる」という方針に合わせてよその寄宿学校から編入してきたみたいなんですが、日頃からクラスでは上手く行っていないようで、何回か他の生徒といさかいになっている所が目撃されています」

ドロシー「それなら私も前に見たよ」

ベアトリス「噂では学費も滞りがちで、一時期は寮監先生から施設を使ってはいけないと言われたとか……つまり、お金にも困っているようなんです」

アンジェ「王国への敵対心と金銭面ね……それじゃあ三人目は?」

ベアトリス「アイリーン・メイフィールド男爵令嬢です」

アンジェ「……」

ドロシー「……ほほう?」一瞬アンジェと視線を交わすと、姿勢を崩して身を乗り出した……

ベアトリス「え、えーっとですね……///」

アンジェ「どうしたの?」

ドロシー「そうもったいぶるなよ♪」

ベアトリス「いえ、そういうわけでは……えーっと、その……姫様がいらっしゃるので///」

プリンセス「あら、わたくしがいてはいけない?」

ベアトリス「い、いけないことはないのですが……ちょっと姫様のお耳に入れるには、その……///」

プリンセス「わたくしはこれまでも、耳を疑いたくなるような事も、聞きたくないような事実も耳にしてきました……だから大丈夫」

アンジェ「安心しなさい、プリンセスは多少のことで動じたりはしないわ」

ベアトリス「それもそうですね、では……こほん///」

ベアトリス「……メイフィールド嬢ですが、姫様のことを……そのぉ……恋慕の対象として想っているようで……///」

ドロシー「なぁんだ、そんなことか。 アルビオン王国にいる年頃の娘なら、一度くらいプリンセスに憧れを抱くのは当たり前さ」

プリンセス「お褒めにあずかり光栄ですわ」

ドロシー「どういたしまして♪」

ベアトリス「いえ、それが……」

アンジェ「その様子だと何かあるようね?」

ベアトリス「は、はい……///」
685 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/02/21(水) 02:42:01.04 ID:Q81Ybjnq0
…校内・空き部屋…

ベアトリス「……よいしょ、と」

ベアトリス「ふぅ、さすがに重くてくたびれちゃいました……」

…ずっしりと重い教材を、校内でも人気の少ない一角にある空き部屋のひとつに運んで、丁寧に書棚に戻したベアトリス……普通の寄宿学校なら用務員さんや下働きが代わりに片付けるところではあるが、曲がりなりにも「進歩的」なメイフェア校では「庶民の気持ちを理解する」という名目で、一部の雑務を学生にさせることがあった…

ベアトリス「……ホコリっぽいのは別として、この部屋は意外と落ち着きますね」古びた紙とインクの匂いが立ちこめ、空中に漂うほこりが陽光にキラキラと反射している……

…そうつぶやくと片隅に放り出されている古い椅子に腰かけた……雑務体験とは言うものの、ホンモノの箱入り娘や貴族令嬢たちにそうした役割が回ってくることはなく、たいていベアトリスのように格が落ちる貴族の娘や平民出の女学生がやらされるか、もし仮にそうした役割が貴族令嬢に割り振られたとしても、お嬢様にくっつく取り巻きどもが先回りして中産階級の女学生や気の弱いいじめられっ子に押しつけてしまう…

ベアトリス「それにしてもぽかぽかしていていい気持ちです……」明かり取りの小窓一つしかない倉庫代わりの空き部屋にもうららかな陽気が入って来て、座面にモスグリーンの生地を張った椅子と、そこに座ったベアトリスをほのかに暖める……

ベアトリス「今日は姫様の公務に付く予定もないですし、課題は終わっていますし……少しだけ休憩してもいいですよね……ふわぁ……」

…ベアトリスは小さな口に手を当ててひとつあくびをすると、そのままこっくりこっくりと船を漕ぎ出した…

ベアトリス「くぅ……すぅ……」

………

…しばらくして…

ベアトリス「すぅ、むにゃ……っ、すっかり寝ちゃいました!」

ベアトリス「……誰にも見られていませんよね?」

…ふっと目が覚めると同時に居眠りしていたことに気付き、小さなひとりごとを言いながらきょろきょろと辺りを確かめる……太陽の当たり具合からすると何分も経っていないようだったが、慌てて立ち上がろうとするベアトリス……と、小さな虫の羽音のようなささやき声のようなどこからか聞こえてくる…

ベアトリス「あれ? 誰かの話し声がします……」情報部員としての習性が身についてきたのか、気配を殺すとそっと音のする場所を確かめる……

ベアトリス「……ここですね」

…小さな声をたどってたどり着いたのは書棚に隠れた壁の下の方、羽目板に小さなひび割れが入っている辺りだった……声のトーンは分かっても内容までは聞き取れず、ベアトリスはうっかりくしゃみをしたりしないよう、手元のハンカチで鼻と口元を押さえながらほこりの積もった床にひざまづくと、羽目板のすき間に耳を当てた…

声「……はぁぁ、何と可愛らしいんでしょう♪」

声「本当に可愛らしくて……なるほど、シャーロット王女様が王室の中でも大衆の人気を得ていらっしゃるのが分かりますわ♪」

ベアトリス「……(どうやら姫様の事をしゃべっているみたいですね)」

声「本当に素敵で……滅茶苦茶にして差し上げたいほどですわ♪」

ベアトリス「……(えっ!?)」

声「あぁ、あのシャーロット王女様を私の城で馬のように飼い慣らして、私一人のものに出来たらどんなにか幸せなことでしょう……ふふっ♪」

ベアトリス「……(うわぁ、まさか姫様と一緒の学校にいる生徒の中にこんな考えの人がいるだなんて……聞きたくなかったですね)」

声「あの小さなお手に、くるっとした瞳、艶やかな髪にすんなりしたおみ足……はぁぁ♪」

ベアトリス「……(それにしてもこの声、どこかで……たしか、姫様とご一緒している際に聞いたことがあるような……)」

…音を立てないように姿勢を動かし、羽目板のすき間からそっと向こうをのぞいてみるベアトリス…

…羽目板の向こう側…

外向きロール髪の女生徒「んぅ……シャーロット王女様♪」

…空き部屋の多い一角とはいえ生徒の多いメイフェア校だけに、虫食いのようにいくつかの個室には寄宿生が住んでいる……むしろ隣人がおらず静かでいいと、そういった部屋は隠れた人気すらある……ベアトリスが覗いたさきにはそんな一室があって、今しも一人の女生徒が何やら棚の額縁を手に取っている…

外ロール「んんぅ……ん、れろっ♪」

ベアトリス「……(あれ……もしかして、姫様のお写真ですか!?)」

…コルセットとシルクストッキングだけを身に付けた女生徒が舌先ですくい上げるように舐め回しているのは、どこかの公式行事で一部の貴族や参加者に配られたプリンセスの写真で、その額縁ごしに舌を這わせながら、とろんとした目つきで自分の胸を揉みしだいている…

外ロール「ん、ちゅっ……れろっ……じゅる……っ♪」

ベアトリス「……(あ、あれは姫様がお持ちになっていた扇とほぼ同じ型の扇ですし……あっちは姫様が去年の園遊会でお召しになっていたドレスにそっくり……)」

…ベッドや床にまき散らされたように置かれているのは、どれもプリンセスの物にそっくりな服や小物で、その国民の人気ゆえに「シャーロット王女風」ファッションのモチーフになりやすいとはいえ、あきらかに度を超していた…

外ロール「んちゅっ……じゅるっ、ん……っ♪」

ベアトリス「……(いくら任務に役立つかもしれないとはいえ、これ以上はあんまり見ないでおきましょう……)」そっと床を後ずさりして、積もったほこりを人がいたようには見えない程度にならすと、隣室の女生徒に感づかれないよう慎重に空き部屋を出て行った……

………

686 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/02/29(木) 01:03:01.89 ID:rjr137e40
ベアトリス「その……それでですね、調べを進めていくとこのメイフェア校内には『プリンセス同好会』なる秘密のクラブがあるようなんです」

アンジェ「プリンセス同好会?」

ベアトリス「はい」

プリンセス「わたくしの同好会? いったいどんな活動をしているのかしら?」

ベアトリス「いえ、それが……顔立ちが似ている生徒に姫様の役を演じさせて、『クラブ』の面々がその生徒を……///」

プリンセス「……なるほど」

ドロシー「そいつは知らなかった……いや、連中が何かこそこそしているのは知っていたんだが、あいにく接点がなくてな……そんな事をしていたのか」

ベアトリス「え、ええ……毎週末になると空き部屋や見つかりにくい場所に集まっているみたいで……メイフィールド男爵令嬢はその「会長」になっているようなんです」

アンジェ「なるほど……プリンセスを引き合いに出して協力させるでも、反対にその行為をネタに脅して使うでもいいわけね」

ドロシー「ちなみにその「同好会」のメンバーは何人くらいいるんだ?」

ベアトリス「私も毎回把握できたわけではないのですが、少なくとも六人はいます……ただ、たいていはこっそり集まっていやらしいことがしたいだけみたいで、本当に姫様に執着しているのはメイフィールド嬢ともう一人くらいです」

ドロシー「ちなみにそっちは脈ナシか?」

ベアトリス「調べた限りではだめそうです。革命騒ぎがあった際に一部の土地や家財を無くしているみたいで、共和国に対しては強い反感を持っていますから」

ドロシー「了解だ。ご苦労さん、よく調べたもんだ」

アンジェ「そろそろ午後のお休みが終わってしまうわね……プリンセス、貴女の報告はあとで聞くわ」

プリンセス「分かったわ、アンジェ♪」

………

…夜・プリンセスの寝室…

プリンセス「ただいま、ベアト」

ベアトリス「お帰りなさいませ、姫様……無事に済みましたか?」

プリンセス「ええ。無事アンジェに中間報告をしてきたわ」椅子に腰かけると後ろからベアトリスが寝間着を着せかけ、櫛で髪をとかしてくれる……

ベアトリス「そうですか……それと、お昼のことですが……///」

プリンセス「私のファンクラブがあるってこと?」

ベアトリス「ファンクラブなんて可愛いものだったらいいんですが、あれは……///」

プリンセス「まぁ、ふふ……ベアトったら照れちゃって♪」

…化粧台の前で乳液やクリームを手に取って丹念にすり込んでいきながら、慌てふためいているベアトリスを鏡越しに見ながらからかう…

ベアトリス「べ、別に照れているわけでは……あの集まりで行われている事はあまりにも過激で、口に出すのもはばかられると言うだけです///」

プリンセス「それも普段は品行方正なメイフィールド男爵令嬢が、だものね?」

ベアトリス「おっしゃるとおりです。公式行事で何度か姫様のお側に座っていたこともあるのに……もう、誰が信用できるのか分からなくなっちゃいます」

プリンセス「そうね。こうして情報活動に身を投じて世界の『裏』を知ってしまうと、色々な事に幻滅してしまうわね」

ベアトリス「はい。嘘と裏切り、脅しに誘惑……正直、姫様のためでなかったらとうの昔に脱落していたと思います」

プリンセス「いつもながら、ベアトには苦労をかけるわね……私のワガママに付き合わせてしまって」

ベアトリス「いいえ、私は姫様の優しいお心を存じ上げておりますから……///」

プリンセス「まぁ、嬉しい……ところで♪」

ベアトリス「はい、なんでしょうか?」

プリンセス「ベアトは『プリンセス同好会』には入らないの?」

ベアトリス「姫様っ……な、なにを……っ///」

プリンセス「だって、ベアトは私の一番の理解者でかいがいしく付き従ってくれているんですもの、その資格は十分にあるわ……嫌かしら?」

ベアトリス「いえ、嫌だとかそういうことではなく……///」

プリンセス「……私、ベアトとだったらしたいわ♪」ベアトリスの小さな手をつかんで口元へ寄せると唇をあてた……

ベアトリス「あ、あっ……///」
687 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/03/10(日) 01:30:45.42 ID:sGKvSeeT0
プリンセス「……ベアト」

ベアトリス「姫様……///」

プリンセス「ふふ……そうやって照れちゃうベアト、とても可愛いわ♪」

ベアトリス「からかわないでください、姫様……///」

プリンセス「あら、いけない?」

ベアトリス「はい……だって私なんてちんちくりんですし、胸だってぺたんこですから……」そう言いかけたところでプリンセスが振り向き、ベアトリスの唇に人差し指をあてた……

プリンセス「そんなことを言ってはだめよ、ベアト?」

ベアトリス「……姫様」

プリンセス「ベアトは私にとって本当に大事なのだから、誰かと比較することなんてないの」

ベアトリス「姫様はお優しいです……でも、私なんかよりもずっと綺麗な女性がたくさんおりますし……」

プリンセス「そうね。たしかに顔立ちの綺麗な人、美しい身体をもっている女性はたくさんいるわ……でもね、ベアト」

ベアトリス「なんでしょうか」

プリンセス「私はベアト、貴女がいいの……私がよく知っている、けなげで、一生懸命で、がんばり屋さんの貴女が♪」

ベアトリス「姫様……///」

プリンセス「どう、これで納得してもらえたかしら?」

ベアトリス「はい……っ♪」

プリンセス「そう、良かった……それじゃあベアトが安心できるように♪」ちゅっ……♪

ベアトリス「きゃっ、姫様……んっ///」

プリンセス「ふふっ♪ せっかくベアトがベッドを暖めておいてくれたのだから、それを無駄にするのはいけないものね……♪」

ベアトリス「ひゃあっ!?」ナイトガウンをまとったまま、プリンセスがベアトリスを引っ張ってベッドに引っ張り込む……羽根布団がボフッとにぶい音を立て、舞い上がった細かなほこりが柔らかな黄橙色の明かりの下で雪のようにちらちらと輝いた……

プリンセス「それにしてもベアトったら、そんなことを気にしていたのね? ベアトのここ、とっても可愛らしいのに♪」甘く、ちょっぴりいじわるな表情を浮かべるとベアトリスの寝間着をはだけさせ、桜色をした小さな先端を甘噛みした……

ベアトリス「ひゃあぁっん……っ///」

プリンセス「しーっ、あんまり大きな声を出すと見回りの寮監に聞こえてしまうわ♪」

ベアトリス「ん……!」顔を真っ赤にして、慌てて口元を手で覆った……

プリンセス「……ふふ♪」さわっ……♪

ベアトリス「ひゃうっ!?」

プリンセス「ダメよ、ベアト……ちゃんと声を抑えておかないと♪」れろっ、ちゅ……♪

ベアトリス「んっ、んんぅ……はひっ///」口元を押さえ、甘い声が漏れないよう必死にこらえようとする……

プリンセス「ちゅる、ちゅむ……っ♪」

…プリンセスは布団の中でベアトリスの小さな身体をなぞるように甘噛みをし、舌先で優しく舐め、ときおり触れるか触れないか程度の手つきでお腹や鎖骨まわりを撫でる…

ベアトリス「んふぅ……んぅ……っ///」

プリンセス「あら? ベアトったら口元を押さえているのも大事だけれど……こっちはがら空きでいいのかしら?」ちゅぷ……♪

ベアトリス「ふあぁ……っ///」

プリンセス「あらあら、もうすっかり濡れていて温かいわ♪」くちゅ、ちゅく……っ♪

ベアトリス「はひっ、はひゅ……っ///」

プリンセス「ねぇベアト、せっかくだから一緒に気持ち良くなりましょうか♪」必死に喘ぎ声をこらえているベアトリスに笑みを向けると、自分の脚とベアトリスの脚が互い違いになるようふとももをわりこませ、粘っこく濡れた花芯を重ね合わせた……

ベアトリス「んっ、んんぅ……ひめ……さまぁ///」

プリンセス「ええ、私はここよ……それじゃあいくわね♪」ぐちゅ、ぬちゅ、にちゅ……っ♪

ベアトリス「ふー、ふぅぅ……っ///」喉の人工声帯をいじりたくはないのか、懸命に口元を押さえて声を我慢するベアトリス……

プリンセス「あっ、あふっ、んん……っ♪」布団の中に潜ったまま、次第にしっとりと汗ばんでくる身体を重ねた……

ベアトリス「はぁ、はぁ……はひっ、ふあぁぁ……っ♪」ぷしゃぁ……っ♪

プリンセス「ふふ、よくできました♪」

ベアトリス「はひ……はへぇ……///」
688 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/03/23(土) 01:32:56.45 ID:4qJGAVXs0
…翌日…

ドロシー「なぁ、ベアトリス?」

ベアトリス「……」暗号の解読問題を解いているが、肝心の問題もドロシーの声にも上の空でぼーっとしている……

ドロシー「……おいっ!」

ベアトリス「ひゃあ!?」

ドロシー「おいおい、大丈夫か?」

ベアトリス「すみません、ドロシーさん……」

ドロシー「やれやれ、プリンセスに可愛がってもらうのはいいが……訓練に身が入らないようじゃ困るぜ?」

ベアトリス「す、すみません……///」

ドロシー「まぁ無理もないか、プリンセスが気を許せるのはお前さんかアンジェくらいなもんだからな……ちょっと休憩にしようか」

ベアトリス「はい」

ドロシー「それにしても……くくっ♪」

ベアトリス「なんです?」

ドロシー「いや、ね……お前さんの熱心さを見ると、ファームの時にいたあるやつを思い出すよ♪」

ベアトリス「……思い出し笑いをするなんて、そんなにおかしな人だったんですか?」

ドロシー「まぁね……何しろ情報部員になるんだって気合だけが空回りしている、言ってみれば「空回りの総本山」みたいな奴だったからな。しかもご本人が真面目にやればやるほどその調子なもんだからな……時間もあるし、ちょっと話してやろう」

ベアトリス「ええ、聞かせてください」

ドロシー「そいつは私たちと同期に入った「マティルダ」って名前の訓練生でね……ちっこい身体で妙にちょこまかしている感じのやつで、ドジばかり踏んでいたくせに不思議と憎めない奴で……ちょっぴりお前さんにも似ているかもな」

ベアトリス「私、そんなに失敗ばかりはしていません」そう言って頬を膨らませるベアトリス……

ドロシー「分かってるよ、あくまで雰囲気がってことさ……それにお前さんの「七色の声」みたいな特技があるわけでもなし、正直なところスカウトが情報部員の候補として「ファーム」に入れたのは何かの間違いなんじゃないかと思うほどだったよ」

………



…数年前・ファーム…

ホワイト教官「おはよう、諸君」

訓練生たち「「おはようございます、ミスタ・ホワイト」」

ホワイト「うむ……昨日の今日だからね、どうかお手柔らかに頼むよ?」

…前日には訓練生一人ひとりと格闘訓練をして、軒並みノックアウトするか押さえ込んだ格闘技教官のミスタ・ホワイト……にっこり笑って冗談めかすと、いつものようにジャケットを脱いできちんと背広掛けにひっかけ、軽く肩を回した…

ドロシー「あれだけ格闘術でやり合ったのになんともなし、か……参ったな……」前日の訓練では、もしみぞおちに入っていたら相当こたえたと思われる必殺の蹴りを叩き込んだものの、かえってその脚を掴まれて一回転させられたドロシー……

ホワイト「さて、それでは今日はいつものように向かい合わせに立って順繰りに格闘訓練といこうか……負けたものは一つ左へ動いていき、最後に先頭で立った者は私とひと勝負といこう。では、始め」

ドロシー「よう、マティルダ」

マティルダ「よろしくね、ドロシー?」ぴょこんと一礼すると、くしゃくしゃの金髪がめいめい勝手な方向へ跳ねた……

ドロシー「おう(やれやれ、どうもこいつと組むと気が抜けるんだよなぁ……)」

マティルダ「……やっ!」

ドロシー「おいおい、それで本気かよ……ふっ!」

…本人は気迫のこもった声を出しているつもりのようだったが「可愛らしい」という形容詞がぴったりな気の抜けるようなかけ声とともに繰り出された右ストレート……それも子供のようなあどけない攻撃をなんなく受けとめると、カウンターの一撃をお見舞いする…

マティルダ「ひゃあ!?」

ドロシー「……っ!?」決まっていればノックアウト確実な左フックが入ろうという矢先、足元の乱れたマティルダがよろめいて尻もちをつき、ドロシーの一撃は空を切った……

ホワイト「……ミス・ドロシー、決定機だからといって警戒を怠ってはいけないよ? こうして背後から不意打ちを受けるかもしれないからね」一瞬たたらを踏んだドロシーに対して、いつの間にか背後に立っていたホワイトが足払いをかけて床に叩きつけた……

ドロシー「うー、畜生……っ」

マティルダ「ドロシー、大丈夫?」

ドロシー「ああ、なんてことない……」

ホワイト「結構、では次だ」
689 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/03/24(日) 01:37:19.98 ID:76domkFH0
…屋外運動場…

スカーレット教官「さぁ、頑張って走りましょう……適度な運動は美容にも良いわよ♪」

訓練生A「はぁ……はぁ……」

訓練生B「ひぃ……もうだめ……」

…ハードルや雲梯、綱渡り、匍匐前進など盛りだくさんの障害物が含まれているコースを走らされている訓練生たち……うら若い女性であるスカーレット教官は息も絶え絶えの訓練生たちを励まし、助言をしながら鹿のようにかろやかに走って行く…

ドロシー「はっ、はっ……」

スカーレット「ミス・ドロシーはこれで五周目ね?」

ドロシー「そうです、レディ・スカーレット……ふぅ、はぁ……」泥水の溜まった四角い池の上に張り渡されたロープを掴んで渡りながら、途切れ途切れに返事をする……

スカーレット「良い調子ね、頑張って♪」

ドロシー「どうも……」

スカーレット「……ところでミス・マティルダ、貴女は大丈夫?」

マティルダ「はい、私は大丈夫で……ふえっ!」勢い込んでそう返事をした矢先にハードルに脚を引っかけ、派手に顔面から砂場へ突っ込んだ……

訓練生C「……ぷっ♪」

訓練生D「くすくす……っ♪」

スカーレット「うーん、あまりそうは見えないけれど……それじゃあもうちょっと頑張ってみましょうか」

マティルダ「はい……っ!」

…はきはきと返事をしたマティルダは全体からすれば周回遅れもいいところだが、クサらずいたって真面目に走っている……が、砂まみれのくしゃくしゃ髪や、泥水に落っこちてポタポタとしずくをたらしながらちょこまかと走っている様子を見ていると、庭先ではしゃいでいるヨークシャー・テリアのようにしか見えない……次々と追い抜いていく他の候補生たちの中には、思わず笑い出してしまう者までいる…

スカーレット「それじゃあロープをしっかり掴んで、膝裏をロープに引っかけるようにして身体を支えながら、腕の力で前へ引っ張っていくように……」

マティルダ「分かりました……っ!」

スカーレット「そうそう、その調子よ」

マティルダ「よいしょ、こらしょ……ひゃう!?」ロープの上で身体のバランスを崩すと、半回転しながら下の水たまりに落ちて水しぶきをあげた……

訓練生E「ねぇマティルダ、こんな時期に水遊びなんてしてたら風邪引くわよ?」隣のロープをすいすい進みながら、訓練生が皮肉を言った……

マティルダ「うっぷ……でもあんまり冷たくはないですよ?」

スカーレット「ふふふっ……それなら良かったわ、でも今度は落ちないようになさいね?」思わず失笑してしまうスカーレット……

マティルダ「はいっ、頑張ります!」全身から水を滴らせながら這い出てくると、小型犬のようにぶるぶると身震いをしてしぶきをふるい落とし、また走り出した……

………

…教室…

シルバー教官「では、前回のつづり方のテストを返却しよう……成績トップは満点のミス・アンジェだ、おめでとう」

アンジェ「ありがとうございます」

シルバー「そして残念ながら、最下位だったのは……ミス・マティルダ、君だ」

マティルダ「うぅ……」

シルバー「そうしょげることはない、どうやら君は前回の授業をよく聞いてくれていたようだね。書いた答えのうち、おおよそ半分は合っていたよ」

マティルダ「本当ですか、ミスタ・シルバークラウド!?」ぱっと明るい表情を浮かべた……

シルバー「ああ、本当だとも……記述欄がひとつずつズレていなければ、だが」

マティルダ「あっ……!」

訓練生たち「「くすくす……♪」」

シルバー「うっかりミスは情報部員にとっては致命的な結果を招きかねない、今後はこういったことがないよう注意するように……明後日までにラテン語の書き取り二十枚だ」

マティルダ「はいっ」

シルバー「よろしい……それと、諸君の中にはミス・マティルダより誤答の多い者もいたのだからね。次のテストを考えると、あまり笑ってはいられないのではないかな?」

ドロシー「おやおや、そりゃ一体どこのどいつだろうな?」

アンジェ「……てっきり貴女の事かと思ったけれど、違ったのかしら」

ドロシー「よせやい。練習もしてあるし、カンニングの用意だってバッチリさ」

アンジェ「やれやれね……」
690 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/03/29(金) 01:08:56.06 ID:iRyZjprV0
…ある日・更衣室…

意地悪な訓練生「……それにしても不思議よねぇ、ドロシー」

ドロシー「何が?」

意地悪「マティルダよ、なんであの子が訓練生になれたのかしら? 確か教官は「我々は身分や階層、人種で訓練生をえり好みするようなことはしない」って言っていたけれど、きっと才能もえり好みしなかったのね」

イヤミな訓練生「あら、私は良いと思うけど? あの子が万年最下位にいてくれたらビリにならなくて済むじゃない」

意地悪「それもそうねぇ。それにしてもマティルダってば、いっつも子供みたいに「頑張ります!」って……ふふ、あの子いくらが頑張ったところでどうにもなりはしないのにね♪」

イヤミ「でも、その方が教官には受けが良いじゃない?」

…さしたる努力もせずそれなりの成績でうろうろしているだけの二人が底意地の悪さを発揮してマティルダを馬鹿にしているのを聞いているうちに、溜まっている疲れのせいもあってか、普段は飄々と振る舞っているドロシーも思わずカッとなった…

ドロシー「……ま、教官たちも手抜きをする二流よりゃ真面目な三流の方が使いどころがあるって考えてるんじゃないのか?」

イヤミ「へぇ、ドロシーはああいうのがお好み? 確かに小型犬みたいで、足元にはべらせておくには良いかもしれないものねぇ♪」

ドロシー「そうだな。少なくとも主人の可愛がっているカナリアを食い殺してニヤニヤしているような猫どもなんかよりはよっぽどマシだろうよ」

意地悪「ふぅん、それじゃあ少なくともあの子にも一人は味方がいるってわけね」

イヤミ「それも一流訓練生様の♪」

ドロシー「……格闘訓練がしたいんならその時間はあるぜ?」

意地悪「あら、別にそんなつもりじゃないんだけど?」

イヤミ「そんなに恋人のことを言われたのがお気に障ったのかしら♪」

???「はぁ……くだらない事を言っている暇があるんだったら少しでも訓練したら?」

意地悪「あら、貴女もいたの? アンジェ」

アンジェ「黒蜥蜴星人はどこにでもいるしどこにもいない。そういうものよ」

イヤミ「それで、黒蜥蜴星人さんもあの小型犬のことがお好きなわけ?」

アンジェ「好きも嫌いもないわ。私の邪魔さえしなければ誰が何をしようと別に構わない」

意地悪「あら、私がなにか邪魔をしたかしら?」

アンジェ「ええ……私も早く着替えたいの、油を売っている暇があるのだったら早くどいてもらえるかしら」

意地悪「これは失礼……それじゃあお先に♪」

イヤミ「では一流訓練生様どうし、水入らずでどうぞごゆっくり♪」へらへらと笑いながら出ていった……

ドロシー「……けっ、ドブ川の底みたいに性根が腐ってやがる」

アンジェ「あんな連中の言うことを馬鹿正直に聞いているから頭に血がのぼるのよ、少しは学習しなさい」

ドロシー「ああ、私の悪い癖だな……それにしてもあいつらの憎まれ口だが、ありゃあご本人にゃ聞かせたくないシロモノだな」

アンジェ「それについては同感だけれど、残念ながらそうはいかなかったようね……」

マティルダ「……」

…アンジェが軽くあごでしゃくった先には、ロッカーの陰からひょっこり顔を出しているマティルダ本人がいた……普段どんなにキツい訓練でも泣き顔だけは見せない彼女が、珍しく顔をゆがめて涙をこらえている…

ドロシー「……聞いてたのか?」

マティルダ「うん、ちょうど二人がドロシーに話しかけたあたりで……」

ドロシー「そうか……ま、あんな奴らの言い草なんか忘れちまえ」

アンジェ「それに世の中にはもっと大変な事だってたくさんあるわ、あんなので泣いていたら涙が足りなくなるわよ」

マティルダ「そう、だよね……うん、頑張る」

ドロシー「よしよし、その意気だ♪」髪をくしゃくしゃにするように頭を撫で繰り回した……

マティルダ「わひゃあ!?」

ドロシー「ぷっ、なんだよその鳴き声♪」

マティルダ「もうっ、いきなり頭を撫でたりするからでしょ?」

アンジェ「どうやら泣き虫は収まったようね」

マティルダ「ええ、だって一流エージェントはアンジェみたいに表情に出さないものだものね」

アンジェ「……」そう言って純粋な憧憬をたたえた瞳を向けられ、さしものアンジェも困ったような表情をちらりと浮かべた……
691 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/04/06(土) 00:59:52.65 ID:IZkqyWJp0
…別の日…

訓練生A「次の時間は……う、ミス・パープルの実技ね///」

訓練生B「あぁ、今日はそうだったっけ……私、あの人に流し目をされただけでドキドキしてきちゃうのよね///」

…ファームの一室、ずっしりと重い樫の扉の奥に広がっている豪華で官能的な雰囲気の漂っている寝室は「ハニートラップ」のしかけ方とその対策を「手取り足取り」教えてくれる美人教官、ミス・パープルの牙城で、たいていの訓練生はパープルとクィーンサイズのベッドの上で数十分過ごすと、格闘訓練を数時間行ったときよりも激しく膝が震えてしまい、その後しばらくは甘い余韻ですっかりグロッキーになってしまう…

アンジェ「……」おしゃべりに加わるでもなく、静かに座っている……

ドロシー「なぁアンジェ、ミス・パープルだけどさ……ありゃあきっと人間じゃない、地上の女を骨抜きにするために月あたりから送り込まれてきた異星人だ」

アンジェ「そうね、黒蜥蜴星人である私がいるんだもの。月の人間がいたっておかしくはないわ」

ドロシー「やれやれ……食えないやつだな♪」

…しばらくして・パープルの部屋…

マティルダ「し、失礼します……///」

パープル「あら、いらっしゃい♪」

…座り心地のよい肘掛け椅子に腰かけながら少し汗ばんだ白い首筋を軽く拭い、それから艶っぽい仕草で後ろ髪をかき上げるパープル……マティルダはすでに顔を真っ赤にして、なまめかしいパープルの姿を見ないようにと視線をそらしている……パープルはそれに気付いてくすくす笑い、小さな丸テーブルの上に置いてあるポットから紅茶を注いだ…

パープル「さぁ、かけて? 紅茶とチョコレートをどうぞ♪」室内に立ちこめた甘い白粉とパープルの肌の匂い…それに蜂蜜のようにねっとりとした、頭がぼんやりするような何かの香水…濃紫と黒を基調にしたドレスの襟ぐりから白くふっくらした胸元をのぞかせ、黒い絹の長手袋に包まれた柔らかな手でチョコレートをひとつつまんでマティルダに差し出す……

マティルダ「い、いただきます……///」黒っぽく艶やかで濃密な味のする高級チョコレートだが、微笑むパープルにじっと見られているせいで味も分からぬまま口に運んでいる……

パープル「おいしい?」

マティルダ「はい、とっても美味しいです……///」

パープル「そう言ってくれて嬉しいわ、マティルダ……だって貴女のために用意しておいたんですもの♪」ふんわりといい香りが漂う、ミルクと砂糖の入った紅茶をすすりながら、濡れたような瞳でじっと見つめる……

マティルダ「///」

パープル「さ……いらっしゃい♪」紅茶を飲み終えてカップをソーサーに置くと、いつくしむような手つきでマティルダの可愛らしいほっぺたを撫でた……

マティルダ「ひゃ……ひゃい///」

パープル「まぁまぁ、ふふ……そんなに固くならないで? 大丈夫、私が優しくしてあげるから……♪」パープルは水中で柔らかなレタスの葉をむくように、着ている物を優しく丁寧に脱がせていく……

マティルダ「はひっ……ひゃう……っ///」

パープル「もう、そんなに真っ赤になっちゃって……可愛い♪」ふっくらとしてリンゴのように赤いマティルダの両頬に手を添え、瞳の奥を見透かすようにじっと凝視するパープル……

マティルダ「ふあぁ……あぅ///」

…ふかふかしたベッドの上で小さく舌なめずりをして、ねっとりとした甘い色をたたえた瞳で次第に迫ってくるパープルと、太ももを擦り合わせてもじもじしているマティルダ……その様子は蛇ににらまれたカエルや蜘蛛の巣に絡め取られたチョウチョのようで、パープルがのしかかるように迫ってくるにつれて、マティルダの身体が徐々に仰向けになっていく…

パープル「大丈夫、誰にも聞こえないから……ね、キス……しましょう?」みずみすしく艶やかなローズピンク色の唇がゆっくりと迫ってくる……

マティルダ「ミス・パープル……わ……私、もう……んんぅ///」

パープル「ん、ちゅぅ……ちゅむっ、ちゅ……あら♪」優しくキスをしながらそっとマティルダのふとももへ手を伸ばしたパープルが、思わず驚きの声をあげた……

マティルダ「は、はぁ……ごめんなさい、ミス・パープル……まだキスしただけなのに……ぃ///」ぐっしょりと濡れたペチコートを押さえて、恥ずかしそうに顔を伏せている……

パープル「ふふふっ、いいのよ……それはそれで可愛いわ♪」

マティルダ「でも……」

パープル「だーめ、せっかくベッドの上にいるんですもの……「でも」は禁止♪」チャーミングな笑みを浮かべながらそう言うと「えいっ♪」とマティルダをベッドに押し倒した……

マティルダ「ひゃぁ!?」

パープル「ねえ、マティルダ……今度は私にキスしてくださる?」押し倒しつつ体を入れ替え、甘えるように両腕を広げて眼を閉じる……

マティルダ「は、はい……ん、んっ///」ぎくしゃくとした動きでパープルの唇にそっと口づけする……

パープル「ん、ちゅっ……んふっ、ふふふっ♪」

マティルダ「あ、あれ……っ?」

パープル「あぁ、ごめんなさい……貴女の口づけがあまりにも可愛いものだから♪」

マティルダ「うぅ、また上手く出来ませんでした……///」

パープル「いいのよ? マティルダのキスったら初々しくて、とってもきゅんきゅんしたわ♪ ……せっかくだから私に何か聞きたいことはある?」優しいお姉さんのようにマティルダを抱きしめ、頭を撫でる……

マティルダ「はい、あの……」

パープル「なぁに?」
692 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/04/11(木) 01:28:23.76 ID:vpROMSsr0
マティルダ「……私、せっかく「ファーム」に入れたんだから、一流のエージェントを目指したいと思っているんです///」あどけない子供っぽさを感じさせるような笑みを浮かべて、頬を赤く染めた……

パープル「まぁ、立派な心がけね♪」

マティルダ「ありがとうございます……でも、そう思って頑張ってはいるんですけどなかなか結果に結びつかなくって」

パープル「そうなの?」

マティルダ「はい。例えばミス・アンジェのように顔色ひとつ変えずに課題をこなそうと思ってもうっかりミスをしてしまうし……」

パープル「あらあら」

マティルダ「ミス・ドロシーみたいに射撃や格闘でいい成績を出そうとしても、射撃はまともに中心に当たってくれないですし、格闘をすれば攻撃が空を切るかちっとも効果がないかのどっちかで……」

パープル「……続けて?」

マティルダ「ミス・パープルみたいに相手をとろけさせるようなキスやえっちをしようとしても「くすぐったい」って言われるか「なんだか妹がじゃれついてきているみたい」って言われちゃうし……私も教官みたいなすべすべの髪とか、フランス人形みたいな綺麗なブルーの瞳だったら良かったのに……ミス・パープル、どうやったら私は一流エージェントらしくなれるでしょうか?」

パープル「なるほど、ずいぶん悩んでいたのね……でも心配はいらないわ、貴女には良いところがいっぱいあるもの♪」髪を撫で、ほっぺたに優しいキスをする……

マティルダ「そうでしょうか?」

パープル「ええ、貴女のその純真無垢な可愛らしさは何物にも代えがたい立派な特質よ? エージェントにはさまざまな性格、偽装が与えられるものだというのは覚えているでしょう?」

マティルダ「はい」

パープル「冷静で目立たず、さらりと会話を盗み聞きするようなタイプもいれば、私みたいな甘い言葉で相手を誘惑するエージェントや、常に派手な交友関係をひけらかして敵をあざむくエージェントもいる……でも、似たようなタイプのエージェントばっかりでは活動できる範囲も限られてしまうし、なによりすぐ敵方にバレてしまう」

マティルダ「つまり、私でもエージェントとして役に立てるってことでしょうか?」

パープル「もちろん。それどころか、むしろ貴女みたいなタイプは情報部にとってはとっても重宝する存在なの。これからもくじけずに頑張って行けば、きっとひとかどの情報部員になれるわ♪」

マティルダ「……ミス・パープルにそう言われたらやる気が出てきました♪」

パープル「そう、良かったわ……私たちは教官なんだから、分からないことや相談したいことがあったら遠慮せずに聞きに来ていいのよ? その時は、美味しい紅茶とお菓子を用意してあげる♪」そう言いながらずっしりした乳房を下から持ち上げるようにして、マティルダの顔に押しつけた……

マティルダ「ふぁ……い///」

パープル「それじゃあ次の娘が待っているから……ね?」人差し指をマティルダの唇にあてがい、チャーミングな笑みを浮かべてみせた……

マティルダ「はい、ありがとうございました♪」

パープル「ええ……またいつでもいらっしゃいね?」

………

…しばらくして…

パープル「……と言うことがありまして」

ブラック「ああ、あの娘か……真面目なことは確かだが射撃全般や爆発物の取り扱いに関しては絶望的だから、その方面では使い物にはならんな。これだけ過程が進んだ段階でも、まだピストルを持つのにおっかなびっくりと言った具合だ」

ホワイト「ふーむ、彼女は徒手格闘も苦手でね。小柄で腕力がないのもあるが、どうにも優しすぎて相手に対する攻撃性が発揮できないようだね……ブルー、君は?」

ブルー「ナイフもダメだ。カカシ相手の訓練で自分の手を切ってしまうようではな……やる気があるのは結構だが、あのセンスのなさではモノにならないだろう」

スカーレット「追跡と監視も、あのちょこまかした歩き方では見つけてくれと頼んでいるようなものでして。本人はしごく真面目でいい娘なのですが……」

マーガレット「ええ、本当にいい子なのですが……いかんせん、お洒落なドレスもお化粧もあまり似合わないのが残念ですわ」衣服や化粧、身ごなしといった分野を担当するマドモアゼル・マーガレットがフランス流に肩をすくめた……

グレイ「同感ですね。マナーに関しては決して悪くはないのですが、どうにも貴族の令嬢には見えません……よくて「庶民のいい子」どまりです」

ブラック「まったく、候補生不足なのか知らんが、上層部はなんであんな娘を候補生として送り込んできたのやら」

ブルー「あれではファームを出ても、誰も引き受けたがらないような地味な監視任務や連絡役にされるのがせいぜいだろうな……」

ブラウン「……」

ブルー「……何か意見がおありのようですな、ミセス・ブラウン?」

ブラウン「まぁ「意見」というほどの物ではないけれども、ちょっとね……」

ホワイト「ミセス・ブラウン、貴女ほどの元エージェントが抱いた感想だ。是非とも拝聴させていただきましょう」

ブラウン「ミスタ・ホワイト、こんなおばさんをからかっちゃいけませんよ……あのね」

………

693 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/04/24(水) 02:11:24.91 ID:zZwpKeq00
ブラウン「どんなエージェントでもそれぞれ「使いどころ」というのがあるものよ」

スカーレット「使いどころ、ですか」

ブラウン「ええ……確かにマティルダは「良い子」というだけで、いまのところ訓練生としてこれといった取り柄があるわけではないわ」

ブラック「そこなのだ、ミセス・ブラウン……私だって彼女が無事に訓練を終えて、いつかひとかどのエージェントとして活躍してもらいたいという気持ちはある……だが、この世界ではただの「良い子」にはロクな任務が与えられない事くらいご存じのはずだ。それだったらいっそ早めにあきらめさせて、もっと有意義な方面で活動してもらった方が良いのではないか?」

ホワイト「同感だね。私の同期にもひとり、世間で言う「いい人」に該当するような者がいたが、退屈で実りのないひどい任務ばかり与えられて、みんなに「彼はいいやつなんだが……」と言われ続け、いつしか現場から退けられてしまったよ……ミス・マティルダにはああなって欲しくはないね」

ブラウン「そうね……でもあの子のいかにも「小市民」らしいところ、私は活かしようがあると思っているわよ?」

パープル「まぁ、ミセス・ブラウンがそうおっしゃるということはよっぽどなのね♪」

ブラウン「こらこら、わたしを口説いたって何も出ないわよ?」

パープル「あら、残念」

スカーレット「それで、ミセス・ブラウンのおっしゃる「小市民らしいところ」とはなんでしょう?」

ブラウン「ああ、それね……あの子とおしゃべりしているとね、私は不思議となごやかな気持ちになるのよ。暖炉で暖められた部屋にいて、お気に入りの椅子に腰かけ、テーブルには甘いお茶とケーキがある……そんな気分にね」

パープル「言いたい意味は分かります。どうもあの子と一緒にいると、小さい妹を見ているような気分になります……それだけに、ベッドに入ってもみだらな気分にならないのですけれど♪」

ホワイト「邪気や殺気がないというのは確かだね……生まれ持っての小動物らしさというか「良い子」という呼び方がしっくりくる」

ブラウン「そこなのよ。あの子なら見ず知らずの方のお葬式に参列してもきっと涙を流すでしょうし、たった一ペニーだってお釣りをごまかしたりしない」

ブラック「しかし、それこそエージェント候補生として不適当だと証明しているようなものではないか……バカみたいに法律を破ってまわれとはいわないが、目的のためにはどんな手段もいとわないのが情報部員だ。それができないようでは内勤の使い走りがいいところだ」

ブラウン「ミスタ・ブラック、あなたの言う通りね。そして私が言いたいのもまさにそこなのよ」

ブラック「分からんね。射撃はできない、格闘もダメ。尾行も下手なら色仕掛けもできず、暗号解読も遅いときた……どう使い道がある?」

シルバー「……ミセス・ブラウン、どうやら貴女の言いたいことが分かってきたような気がするよ」

ブラウン「ふふ、そうでしょうとも……つまりね、あの子はおおよそ「スパイとはかくあるべし」の正反対みたいな存在なのよ。それだけにあの子がエージェントだと思うような人間はまずいない。人物調査をしたって返ってくる答えは「冗談言っちゃいけません、あんな良い子がスパイなわけないでしょう?」だと確信できるわ」

ホワイト「いいたいことは分かるが、それにしても彼女は良い子すぎるね。経済的にはごく普通ながらも温かな家庭で両親に愛され、世の中の辛酸を味わわずに済むように育てられた……あの子からはそんな雰囲気を感じるよ」

???「慧眼だな、ホワイト」

ホワイト「おや、あなたでしたか……熱心ですね」

L「この先に備えるためにも我々にはエージェント候補生が必要だからな……ありがとう」ミセス・ブラウンからお茶のカップを受け取ると礼を言って、空いている椅子に腰かけた……

ブラウン「それで、先ほどミスタ・ホワイトに言った「慧眼」というのはどういう意味かしら?」

L「候補生マティルダのことだ……ごく一般的な暮らし向きの温かい家庭で良い子に育てられた。まさにその通りだ」

シルバー「彼女のことをご存じなので?」

L「候補生の生い立ちについては全て目を通すことにしている……あの子の両親は数年前に交通事故で亡くなったのだ。誕生日だからと家族そろって出かけたところで自動車に突っ込まれてな……それから養育院に入れられたのだが、あの子は性格がねじ曲がることもなく「良い子」のまま育ったというわけだ」

ホワイト「確かに何事にもめげない芯の強さがありますね」

L「だから「ポインター」が候補者として情報を持ってきたときにサインしたのだ……本人いわく「私を養ってくれた人たちの役に立ちたい」とのことでな。実に立派な動機だ」

ブラウン「ほら、ね?」

ブラック「しかし、努力家だからといって実力の伴わない人間を置いておく余裕など情報部にはないはずだ」

L「いかにも。だが使いどころならこちらで見つける、心配は無用だ……ともかくエージェントとしての基本的な知識と技術を教え込んでやってくれ」

ブラウン「ええ、それは間違いなく……あの子は実に真面目な良い子です。確かに覚えの悪い所はありますけれど、要領よく小手先で済ませてしまう娘たちよりもずっと教え甲斐がありますよ」

ホワイト「そこは同感だね」

ブラック「まぁ、一生懸命で真面目な部分は認めるが……」

パープル「あの子がハニートラップに向かないのはあの子のせいではありませんものね」

マーガレット「ウィ、同感ですわ。あのマドモアゼルにはごく普通なつつましい格好が似合います……世の中にはバラだけではなく、道端のヒナゲシだって必要なのですわ」

シルバー「最近はラテン語のつづりも上手になってきましたからね、ここで訓練から脱落させるのは惜しい♪」

L「結構、意見が一致したようだな……では引き続きよろしく頼む」

………

694 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/05/01(水) 01:11:30.24 ID:Zsm+3rLz0
ドロシー「それでだ……おかしなことにマティルダのやつ、訓練では相変わらずドジばかりだし覚えも悪かったんだが、何だかんだで最初の頃に比べるとずっとできるようになってきてな。むしろ訓練当初にすいすいと課題をこなしていた何人かは付いていけなくなって、結局途中でいなくなっちまったなぁ……」

ベアトリス「へぇ、そういうものなんですね?」

ドロシー「不思議なことにな」そういって肩をすくめた……

………

ホワイト「なかなかいいぞ、ではもう一本やってみようか。ミス・マロウ、相手をしてあげてくれるかな?」

長身の訓練生「ええ、ミスタ・ホワイト……よろしくね、マティルダ」

マティルダ「はい!」

…お互いに「それまでの経歴や個人の事は聞かない」という暗黙の了解があるとは言え、訓練が進むにつれて「ファーム」の訓練生同士の仲もそれなりに打ち解けてきていた……もちろん意地悪だったりイヤミな訓練生も何人か残っていたが、成績トップクラスのドロシーとアンジェがいる手前わがまま勝手に振る舞うこともできず、そうした連中は少数の取り巻きだけを連れて自然と孤立するような形になっていた……反対にマティルダは生来の「前向きながんばり屋さん」ぶりからある種のマスコットか、訓練生共通の妹のような位置に落ち着いて可愛がられていた…

ホワイト「では、任意のタイミングで」

長身「分かりました……はあっ!」

マティルダ「ひゃあ……っ!?」長身から繰り出されるみぞおちへの蹴りをクロスさせた腕でどうにか受けとめたが、勢いに押されて後ろによろめいた……

長身「ふっ!」その隙を逃さず次の一撃を叩き込む……

マティルダ「……っ!」

長身「しまった……!?」

…どんくさいマティルダが相手だからと気を抜いていた長身の訓練生は、半分転ぶようにして攻撃を回避した彼女のために大きくバランスを崩し、思わず一歩前にのめった…

マティルダ「えいっ!」

長身「……っ!」

…脚が長く腰高な訓練生が体勢を崩したところに、むしゃぶりつくようにして飛びかかるマティルダ……普通だったら軽くあしらわれてしまうようなつたない攻撃だったが、足元が乱れている所に来られてはどうしようもない……慌てて受け身を取ろうとしたが、そのまま床にもつれて倒れ込んだ…

ホワイト「そこまで。まだ改善の余地はあるが、最初の一撃をかわせたのは成長だ」

マティルダ「あい゛がとうごじあまず……♪」ひっくり返った時にぶつけたのか、鼻血を止めようと鼻を押さえつつも笑顔を浮かべた……

ホワイト「いいや、君自身の成長なんだから私に礼はいらないよ……ところでミス・マロウ、格下だと思った相手に油断するのは君の悪い癖だな。反省も兼ねて、訓練生十人を相手に勝ち抜きできるまで練習だ」そう言うと訓練生たちの中から手際よく十人を選び出す……

長身「はい……っ!」

ホワイト「さて、ミス・マティルダ。鼻血を出している所に申し訳ないが、もしかしたらコショウまみれの倉庫だとか、鼻を押さえながら格闘するような事態が生じるかもしれない……そのままもう一本やってみようか」

マティルダ「あ゛いっ」

ドロシー「へぇ……マティルダのやつ、なかなかできるようになったじゃないか」

おさげの訓練生「どんくさい所は相変わらずだけどね♪」

ドロシー「ま、お前さんだって人の事は言えないぜ……っと!」よそ見をしていたおさげのことを投げ飛ばし、一気にフォールした……

おさげ「……まいった!」

ドロシー「はんっ、この業界に「まいった」があるかよ」そう言うと補助教官のストップがかかるまで締め上げた……

………

ベアトリス「……それで、そのマティルダっていう訓練生はどうなったんですか?」

ドロシー「さぁな。私もアンジェもファームの「卒業」が早かったから知らないんだ……ま、やっこさんの成績じゃあ大した任務に付けてもらえたとは思えないが、それでも本人はそれなりに満足していると思うね」

…そのころ・ロンドン市内…

小柄な少女「……えーと「アルビオン・ロイヤル・タイムズ」をください」

中年の新聞売り「はいよ、お嬢ちゃん……いつものお使いかい?」

少女「そうなの、お父さんが新聞を読むのが好きだから……おじさんは?」

新聞売り「はは、おじさんは売る方なら得意だけど読む方はサッパリさ……今度読み方を教えておくれよ♪」

少女「うん、時間があったら教えてあげる♪」

新聞売り「楽しみにしてるよ……そういえばお嬢ちゃん、名前は?」新聞を抱えて立ち去ろうとする、ちょこまかした少女の後ろ姿に声をかけた……

少女「……マティルダ。マティルダっていうの」

新聞売り「マティルダか、良い名前だ」

マティルダ「ええ。私もお気に入りなの……それじゃあまたね♪」
695 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/05/25(土) 01:10:56.32 ID:J9lrQpcw0
…週末の夜…

アンジェ「……おおよその情報が集まったわね、そろそろ誰を「推薦」するか決めましょう」

ドロシー「そうだな。プリンセスとベアトリスが目星を付けたやつの中から、私とお前さんでそれぞれ選んで評価を突き合わせてみるとしよう」

…寮の生徒たちが就寝前の自由時間を勉学やおしゃべりに過ごしている間、アンジェとドロシーは部室にやって来て話し合っている……スカウト候補の生徒にはそれぞれ動物の名前をあてがい、特徴をそれらしい文言に置き換えることで「博物クラブ」の標本コレクションに添える解説文に見せかけてある…

アンジェ「ええ……それじゃあ一人目はこの生徒」

ドロシー「そいつか、私も「あり」だとは思ったんだが……」

アンジェ「気に入らない?」

ドロシー「ああ、本人の行動範囲がベアトリスに似通っているんだ。そいつが疑われてベアトリス……ひいては「白鳩」にまで飛び火するのはマズい」

アンジェ「なるほど、それじゃあ貴女の方は?」

ドロシー「それなんだが、こいつはどうだ?」

アンジェ「悪くはないわね。実家が金銭的に少々行き詰まっており、仕送りが満足ではない……」

ドロシー「学費以外は家にねだる訳にもいかず、そのくせ体面があるからつましく過ごすこともできない……上々じゃないか?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「いんちきポーカーか何かでカモってやればにっちもさっちも行かなくなって、スカウトが来たら二つ返事で応じるようになるはずさ」

アンジェ「そうね……こっちの二人目はこれよ」

ドロシー「ふむふむ、貴族ではあるが親の爵位に不満を持つ男爵令嬢……か」

アンジェ「理想やきれいごとよりも嫉妬や欲望の方が原動力としての力をもつ。その点で言えばいい素材だと思うわ」

ドロシー「同感だね。ま、おおかた舞踏会か何かで恥をかかされたかなにかしたんだろう……貴族令嬢のくせに貴族社会を裏切ろうって言うんだから、嫉妬ってのは分からないもんだな」

アンジェ「そうね。次はこれ」

ドロシー「例の「プリンセス同好会」のひとりか」

アンジェ「ええ。とにかくプリンセスの事が大好きで、プリンセスに言われたら手を汚すこともいとわない」

ドロシー「そこまでのことを頼むわけじゃないし、後ろめたさもなく活動してくれるはずだな……おしゃべりだったりはしないよな?」

アンジェ「貴女の言う「墓石のように」とまでは言わないけれど、どちらかと言えば口の固い部類に入るわ」

ドロシー「分かった。お次はこれだ……♪」

アンジェ「なるほど、学内での不純な同性との交遊など不品行あり……現状ではそこまで度を過ぎてはいないが、誘惑されやすい」

ドロシー「それに「退学になっても構わない」と腹をくくるようなやつなら脅しも効かないが、幸いにしてそこまで度胸はすわっていないらしい」

アンジェ「そうでしょうね、家族としてみたらとんだスキャンダルになりかねない」

ドロシー「そういうこと。自慢の娘が「寄宿学校でよその貴族令嬢やなんかと乳繰りあっていた」なんて話が漏れた日には破滅だからな」

アンジェ「そうしたとき、親がもみ消そうとすればなおの事こちらの脅しが効くようになる」

ドロシー「ああ、何しろもみ消そうとしたってことは「知らなかった」って言い訳が通じないわけだからな」

アンジェ「その通りね……候補は以上かしら?」

ドロシー「そうだ。マッコール嬢……例のアイリッシュ系のやつだが、そもそも共和国寄りに見えるようなやつだから一緒にいるとあらぬ疑いを招く」

アンジェ「……それに、彼女は臭い気がする」

ドロシー「やっぱりお前さんもそう思うか……私もやっこさんの事は気に入らないんだ。事あるごとに王国のお嬢様たちと喧嘩してみたり、金欠ぶりを見せびらかしてみたり、アイルランドの血筋をひけらかしたりしてな……あいつはどうも共和国に親近感を感じている生徒を探り出すために王国が送り込んだんじゃないかって気がするんだよな」

アンジェ「同感ね。私たちからすれば露骨な餌だけれど、罠をしらない「共和国かぶれ」のお嬢様方なら簡単に引っかかる」

ドロシー「ああ……それじゃあ報告する「スカウト候補」はこれでいいな?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「これでちっとは楽ができるようになるといいな?」

アンジェ「この任務が続く以上、その期待は望み薄ね」

ドロシー「相変わらず冷たいやつ……♪」

アンジェ「黒蜥蜴星人だもの……それに冷たいのではなくて「現実的」と言って欲しいわね」

ドロシー「はいはい♪」
696 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/06/04(火) 01:11:59.76 ID:c3x55s1d0
〜Case・プリンセス×アンジェ×ドロシー「The cocktail of death(死のカクテル)」〜

…ロンドン市内・とあるパブ…

L「ご苦労、待っていたぞ」

ドロシー「どうも……じきじきにお目見えとは光栄だな」

L「なにしろ懸案の課題が片付いた訳だからな……どうだ?」レミーマルタンのボトルを指し示す……

ドロシー「ああ、もらおうか」

L「水か氷は?」

ドロシー「いいや、ストレートで」

L「うむ」グラスにとろりとした琥珀色の液体が注がれる……

ドロシー「どうも」

L「……なかなか大変な任務だったようだな。ずいぶん疲れているように見える」

ドロシー「まぁ、色々とな……」

L「そうか。とにかく報告を聞こうか」

ドロシー「ああ」

…数週間前…

ドロシー「……暗殺?」

L「うむ。この六ヶ月間に四人消された。我が方のエージェントが二人、協力者が一人……それに共和国との融和を唱えていた王国側の有力者が一人。いずれも公的には「急な発作」ということになっている」

ドロシー「そう何人も相次いで発作を起こすってのはおかしいよな」

L「その通り。こちらとしては王国側による暗殺だと考えている」

ドロシー「まぁそうだろうな……石ころを投げれば王国情報部の工作員に当たるようなご時世だ、おかしくもない」

L「うむ、こちらとしても実行を指示したのがどこかという事については悩んでなどいない……ただ」

ドロシー「ただ、なんだ?」

L「……暗殺の手段が分からんのだ」

ドロシー「へぇ?」

L「エージェントのうちの一人は共和国・王国間で取引を行っている貿易商という触れ込みで王国入りしていたのでな、大使館を通じて遺体はこちらに引き渡されたのだが……検死を行ってみても、これと言った外傷や内傷は見当たらない」

ドロシー「鉛玉を心臓に詰まらせた「発作」じゃないってわけか」

L「いかにも。死因は物理的なものではなく何らかの毒かショックだと思われるが、本人たちも十分注意を払っていたうえ、直前に一人きりになるような事もなかった」

ドロシー「つまり、オーダーメイドの毒を盛られるような機会がなかった」

L「さよう」

ドロシー「ホテルのルームサービスを頼んだり、誰かにもらったキャンディーをうっかりつまんだり……なんていうのもなし?」

L「なしだ」

ドロシー「……じゃあ誰が下手人かも分からない?」

L「うむ。それだけに状況は厳しい……誰が王国の工作員か分からず、かつどうやって暗殺を行っているのかも不明ときてはな」

ドロシー「それで私たちにお鉢が回ってきたというわけか」

L「そうだ。君たちの「植え込み」に関してはこちらも慎重を期してきた……昨日今日で慌てて送り込んだ粗製濫造のエージェントとは訳がちがう。その切り札を使わざるを得ないほどの事態だと思えば、こちらがどういう状態にあるか分かってくれるだろう」

ドロシー「スペードのエースを切らなきゃならないほど切羽詰まっているってことか……今度の任務もずいぶんキツそうだ」

L「君たちに過度の負担を強いていることは私も理解している。とはいえ六ヶ月に四人だ、このままでは王国での活動そのものに支障が生じかねん」

ドロシー「分かった分かった……それじゃあまた追加の「お小遣い」をねだらせてもらっても良いよな?」

L「額にもよるが、無事に解決してくれれば君らの活動予算に色を付けることもやぶさかではない」

ドロシー「よし、決まりだ。 それじゃあさっそく、小遣いついでにもう一杯もらおうかな♪」そう言ってグラスを軽く揺さぶってみせる……

L「いいだろう、そのくらいの価値はある」

………

697 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/06/13(木) 01:28:46.50 ID:6K0VhKh+0
アンジェ「……暗殺、ね」

ドロシー「ああ、おまけに手段も下手人も分からないときた」

アンジェ「だとしたら、暗殺された人物から地道に共通項を探していくしか方法はないわね」

ドロシー「そうだな」

アンジェ「まずはそれぞれのカバー(偽装)ね。どんな人物として壁のこちら側に潜り込んでいたのか」

ドロシー「消されたのは年若い植民地帰りのインド成金、それから裕福な商人とその取引相手という触れ込みで接触していた二人組、最後の一人はエージェントじゃなくて王国政界の有力者だ……いずれもそれなりに大物との付き合いがあって、金にも不自由はしていなかった」

アンジェ「それじゃあそれぞれ「成金」「貿易商」「取引相手」「名士」とでも呼ぶことにしましょうか……いずれにせよ、それだけでは何とも言えないわね」

ドロシー「とはいえ共通項はその程度なんだよな……」

…そういって肩をすくめるとスコーンにジャムとクローテッドクリームを塗り、それから口に運んだ……そばに置いてあるティーセットはケイバーライト革命風で、カップは歯車をあしらった絵柄が金色の絵付けで施され、ケイバーライトを模した青緑色の縁取りが施されている……ドロシーは時々思い出したように銀のティースプーンでカップの中をかき回しながら、暗殺されたエージェントたちの特徴を並べていく…

ドロシー「まず「成金」だが、インドにいた時分はサイだの象だのといった大物撃ちのハンティングが好きで、こっちに帰ってきてからは金にあかせて贅沢なパーティなんかを楽しんでいた。「貿易商」の方はパーティや食事、観劇は好きだが運動の苦手なタイプで「取引相手」は観劇こそ共通項だが暮らし向きはまるで違って、テニスに乗馬、クリケットの好きなスポーツマンタイプだ。通っていた社交クラブも違う」

アンジェ「なら、王国穏健派の「名士」というのは?」

ドロシー「人物名鑑や新聞記事で漁ってみたが、これもまたタイプが違う……趣味はキツネ狩りと犬の育種で、持っている猟犬や血統書付きの犬はケネル・クラブでも高い評価を得ているって言う大の犬好きだが、テニスもクリケットも好きじゃなかった。観劇も劇場から券をもらっていた手前義理で来ていたが、本人よりもっぱら夫人の方が楽しみにしていたらしい」

アンジェ「見事にバラバラね」小さく首を傾げてみせた……

ドロシー「ああ、まさに「あちらが立てばこちらが立たず」さ……」

アンジェ「どこかで一緒になるような機会はあったのかしら」

ドロシー「それも調べてみたが結果はなし……こっちのエージェントはみんな、王国防諜部が目を光らせているはずの王国穏健派の有力者には近づかないよう指示されているからな」

アンジェ「それもそうね」

ドロシー「とりあえず以上がこっちで調べてみて分かったことだ……そっちは?」

アンジェ「私の方は死因とタイミング……社交界のニュースを微に入り細を穿って書き連ねてくれるゴシップ記事には感謝しないといけないわね……亡くなったのはいずれも食事のあと」

ドロシー「……初めて共通点が出てきたな」

アンジェ「ええ。貿易商は夕食を済ませたあとにホテルのベッドで苦しみだして、医者を呼んだときにはもう手の施しようがなかった」

ドロシー「取引相手は?」カップをかき回す手を止めてティースプーンをソーサーに置くと、手を組んで少し身を乗り出した……

アンジェ「途中で軽食を挟んだクリケットの試合中に身もだえを始め、お抱え運転手がストランド街のかかりつけ医へ飛ばしていったけれど間に合わず」

ドロシー「ふーむ……それじゃあ穏健派の名士ってのは?」

アンジェ「ケネル・クラブで犬の品評会のあと開催された昼食会で突然のたうち回り始めて意識不明、居合わせたキツネ狩り仲間の医師が処置するも助からず」

ドロシー「……やっぱり毒物じゃないのか」

アンジェ「だとしても「誰が」「どうやって」という疑問が残る……もし飲食物に毒を盛るとしても、不特定多数の人間がいるところでその人物にだけ毒を仕込むのは難しいわ」

ドロシー「そうでもないさ。給仕やメイドのフリをしたエージェントがそいつの皿にだけ混ぜればいい」

アンジェ「残念ながら、名士の場合は自分で好きなように料理を取るビュッフェ・スタイルの昼食会だった……どの食器を使うか、どの料理を取るかまでは分からない。まさか会場の全員に毒を盛るわけにもいかない」

ドロシー「くそっ、それじゃあ振り出しだな」

アンジェ「ええ。とはいえどこで誰が盛ったか分からないままでは困る」

ドロシー「仕方ない、それじゃあまずはパーティの料理を担当した連中をあたってみるか」

アンジェ「私は参加者名簿を洗ってみる。まさか引っかかるとは思えないけれど」

ドロシー「気を付けろよ? 探りに来たことがバレたらこっちだって毒を盛られるだろうからな」

アンジェ「そのくらい予見はしているわ……ところで、コントロールはなにか言っていた?」

ドロシー「いいや。現状ではどんな毒物を……毒物だとしての話だが……使ったのか分からない以上、予防薬も解毒薬も作りようがないとさ」

アンジェ「頼もしいことね」

ドロシー「ま、いつものことだな」

アンジェ「それじゃあお互いに気を付けるとしましょう」

ドロシー「そうだな……耳よりな情報が入ったら教えてくれ」

アンジェ「そうするわ」
698 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/06/21(金) 02:03:12.62 ID:5+XpPk3K0
…下町の食堂…

労働者の女性「定食を一つとビールを半パイント」

食堂の給仕「はいよ!」

女性「ふぅ……」

…ロンドンの水蒸気と煤煙に夕陽も薄汚れて見える日暮れ時、勤めを終えた労働者たちが一斉に入ってきて騒がしい下町の安食堂……くすんだダークチェリー色のドレスとチョッキ、頭には薄汚れて灰色がかった白のハーフボンネットという「いかにも」な労働者の女性が座り、ぞんざいな態度で置かれた食事に手をつける…

女性「……」

…安食堂のメニューは日替わりの一つきりで、この日の献立は肉よりも軟骨の方が多いようなごわごわのポーク・ソーセージと表面のこげた肉パイ、それに匂いの強いチェダー・チーズが添えてある…

ドロシー「……隣、いいかい?」

女性「別にあたしの店じゃないんだし、好きにすれば良いわ」

ドロシー「どうも……今日の定食とエールをパイントでくれ。それとプディングはあるか?」

給仕「ああ」

ドロシー「それじゃあそいつもだ♪」

女性「……なかなか景気がいいみたいね」

ドロシー「なぁに、ちょっとした臨時収入があってね……良かったらおごるぜ?」シリング硬貨をテーブルの上に置いた……

女性「そう、そんなら……ビール、もう半パイントちょうだい! ……で、その「臨時収入」って?」

ドロシー「それなんだが、この間ケネル・クラブで急死騒ぎがあったろ?」

女性「ああ、お金持ちの病気だとかなんとか言うやつでしょ……ぜいたくな物ばっかり飲んだり食べたりしてるから胃でもおかしくしたのね」

ドロシー「かもな。で、その時の事を聞きたがっているブンヤ(記者)がいて、いろいろ話したら半クラウンもくれたのさ」

女性「へぇ……?」

ドロシー「いや、実を言うとあたしは関係も何もなかったんだが、適当な事を吹き込んでやったら大喜びでさ……」

女性「ツキがあるのね……あたしなんてその会場にいたって言うのに、聞いてくれる人なんて居やしなかったわ」

ドロシー「現場に?そりゃ本当かい? 何でもえらい騒ぎだったそうだけど……」あらかじめ当日雇われていたことを調べておいた上で接触した女性に対し、さも驚いたような……そして聞きたそうな様子をして見せるドロシー……

女性「ええ。あたしは臨時雇いで厨房の皿洗いをしてたんだけど、騒がしいから何が起こったのかスーに聞いたら……スーってのは料理を運んでた女の子だけどね……酒を飲んでいたお客のひとりが急に泡を吹いて倒れたとかって……」

ドロシー「大変だったろうな」

女性「そりゃあもう……何人かは初めての参加者だったらしいけど、ほとんど知り合いみたいな物だったそうだし……てんやわんやよ」

ドロシー「まさかそんな騒ぎを生で見るとはねぇ……せっかくだからもっと聞かせてくれよ♪」

女性「まぁいいけど、そんなに詳しく見聞きしたわけじゃないんだよ?」

ドロシー「まぁまぁ、どうせ部屋に帰ったってボロいベッドで寝るだけなんだ。時間つぶしにはちょうどいいや……しゃべっていると喉も乾くだろ、もう一杯頼んだらどうだ?」

女性「そう? それなら……」

………

…別の日・部室にて…

ドロシー「……ジギタリスにイヌサフラン(コルチカム)、はたまたトリカブト……リコリス(ヒガンバナ)なんていう極東からの新顔もいるな」

プリンセス「綺麗な花なのにみんな毒があるのね」

…プリンセスが王宮の図書室から持ってきた植物図鑑をめくって、症状の特徴が似ているものを探す…

ドロシー「美しいバラには棘があるってことだな……どうだいプリンセス、誰か黙らせて欲しいやつはいるかい?」

プリンセス「いいえ、大丈夫です」

ドロシー「そうかい、そりゃなによりだ」

プリンセス「ええ……それにもし誰かを黙らせるつもりなら手を汚さずに済ませたりしないで、ちゃんと自分で手を下すつもりですから♪」

ドロシー「……そりゃどうも」

プリンセス「実は今もドロシーさんのお紅茶に……」

ドロシー「ごほっ……勘弁してくれ。プリンセス、最近冗談のキツさがアンジェに似てきたんじゃないか?」

プリンセス「まぁ、アンジェと似ているだなんて……ふふっ♪」
699 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/06/28(金) 00:46:32.00 ID:mGr6PveU0
…同じ頃・会員制社交クラブ…

うら若い女性「あらぁ、久しぶりねぇ♪ずいぶんとご無沙汰だったじゃない?」

アンジェ「ええ、ここしばらく機会がなくて……」

女性「そう、だったらその分を取り返さないとね?」

…そう言うとニコッとえくぼを浮かべてアンジェの手を取る女性……すべすべした白絹の長手袋越しに肌の暖かさが伝わって来ると同時に恋人つなぎで指を絡められ、同時に空いている方の手に手際よくシャンパンのグラスを握らせてくる…

アンジェ「え、ええ……///」ここでは純朴な令嬢を演じているアンジェは恥ずかしげに下を向き、ぎゅっと握りしめてくる手を弱々しく握り返す……

女性「ふふふ……ミス・クィンったら可愛いわね♪」

アンジェ「は、恥ずかしいですから言わないで下さい……///」

女性「そうね、このままでは失神してしまいそうだものね……奥の個室へ行きましょう♪」社交ダンスのステップを踏むような軽やかな足取りで、分厚いカーテンが引かれた奥のエリアへとアンジェをいざなう……

…数十分後…

女性「さ、もう一ついかが?」

アンジェ「いえ、その……///」

女性「どうか遠慮なさらないで?わたくしが貴女に食べさせてあげたいの……はい、あーん♪」ブドウをひとつぶ房からもぐと、指ごとくわえなければ食べられないような手つきでつまんで差し出す……

アンジェ「あーん……///」

女性「ふふふ、可愛いわ……わたくしの妹にしたいくらい♪」

アンジェ「お、お気持ちは嬉しいですけれど……///」

女性「おうちの方が許して下さらないのよね?」

アンジェ「はい……」

女性「世の中、なかなかままならないものね……良かったらもう一杯いかが?」飲み口はいいが意外と度数の強いシャンパンをいくども勧めてくる……

アンジェ「いえ、それがかなり酔ってしまって……」

女性「あらあら、わたくしったらいつもこうね。貴女が可愛いものだから、つい……酔いが治まるまで少し休みましょうか♪」

…女性は豪奢な寝椅子の方へとアンジェを引き寄せると「苦しくないように」と胸元のリボンをゆるめる……が、長手袋を外したしなやかな白い手は徐々に本性を現し、次第にアンジェの細い身体をまさぐり始める……

アンジェ「あ、あ……いけません……っ///」

女性「どうして? わたくしと貴女の間でいけないことなんてあるかしら?」笑みを浮かべてうそぶくと、シャンパンで濡れた唇をアンジェの鎖骨に這わす……寝椅子の上で組み敷かれたアンジェはドレスの裾をたくし上げられ、胸を波打たせている……

………

…数時間後…

女性「はぁ、はぁ……とっても素晴らしかったわ♪」

アンジェ「はぁ……はぁ……はぁ……」ドレスも乱れ肩で息をしているアンジェと、手の甲で額に滴る汗を拭い、爛々とした瞳に肉食獣のような欲望をたたえている女性……

女性「ふぅ……もしわたくしが死ぬようなことがあったら、こんな風に美少女と一緒に果てて逝きたいわ♪」

アンジェ「私、冗談でもそんなことを言ってほしくありません……」

女性「まぁ、嬉しい事を言ってくれるのね♪ でも分からないわよ?この間のクリケットの会みたいに、急に心臓の具合をおかしくする人だっているんだもの」

アンジェ「私も新聞で見ましたけれど、怖いですね……会に参加していた皆さんも知り合いだったそうですし、目の前でお友達が発作を起こすだなんて、考えただけでも……」そういうと母親の後ろに隠れる幼児のように、ぎゅっと女性にしがみついた……

女性「ふふ、大丈夫よ……でも、前回あの会はお友達だけだった訳ではないみたいよ?」

アンジェ「そうなんですか?」

女性「ええ。参加していたうちの一人と少し話す機会があったのだけれど、なんでもあの時は新規加入を希望する人たちへの説明会みたいなものだったから、いつもの仲間以外に十人あまりの新顔が来ていたって」

アンジェ「それじゃあ、いきなりそんなことがあって驚いたでしょうね」

女性「それもだけれど、後でスペシャル・ブランチ(ロンドン警視庁公安部)や内務省の取り調べが大変だったようね……もっとも、急な発作と言うことでカタがついたみたいだけれど」

アンジェ「お詳しいんですね」

女性「ええ、知り合いの令嬢がちょっとね……なぁに、妬いているの?」

アンジェ「べ、別に……///」

女性「まぁまぁ、可愛い嫉妬だこと♪ でも大丈夫、貴女はわたくしの「特別」よ……♪」そう言ってもう一度寝椅子に押し倒した……

アンジェ「あ……っ///」
700 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/07/03(水) 01:35:36.70 ID:LUTOnYd50
………



ドロシー「ほーん……それじゃあ会場には一見さんもいたってわけか」

アンジェ「そのようね」

ドロシー「なるほど。あとはそいつらのリストがあれば完璧なんだがな」

アンジェ「リストはないけれど写真ならあるわ」

ドロシー「そう来るだろうと思ったよ……どうやって手に入れた?」

アンジェ「当日の新聞に掲載されるはずだったものの、この「急死騒ぎ」でボツになった記念写真を拝借してきたの。あとは人物名鑑や紳士録と見比べて当てはまらない人間を除外していけば良いだけ」

ドロシー「で、誰か残ったか?」

アンジェ「ええ、何人か知らない人物がいたわ……もっとも、下手人が写真撮影の時に現われていない可能性もあるけれど」

ドロシー「ま、そうなったらそうなったでその時に考えていけばいいさ……どれどれ」アンジェが持ってきたセピア色の写真をしげしげと眺めた……

…ケネル・クラブ主催の品評会の後で催された昼食会の集合写真には身なりの良いシルクハットの紳士たちと、しゃれたデザインのドレスに身を包んだ貴婦人たちが日傘や飾り付きの婦人帽の下から微笑んでいる…

アンジェ「残念ながら知らなかったり覚えていない人間も何人かいたけれど……ドロシー、貴女は分かる?」

ドロシー「どうかな。例えばどいつだ?」

アンジェ「こっちから見て右から三人目、隣の婦人の日傘で顔がちょっと陰になっている男」

ドロシー「あー、こいつか。なんだっけな……ウェルズリーじゃなくって……」

アンジェ「ウェザビー?」

ドロシー「そうそう、そいつだ。準男爵のパーシー・ウェザビー」

アンジェ「なるほど。それじゃあウェザビーから二人離れた所にいる、淡色のチョッキとシルクハット、手にステッキの口ひげの男」

ドロシー「んん? こいつは知らないな……」

プリンセス「……あら、アンジェにドロシーさん。お二人で写真を眺めてどうなさったの?」

アンジェ「プリンセス」

ドロシー「これはちょうどいいところに……少し教えて欲しい事があるんだが」

プリンセス「わたくしに? なにかしら」

ドロシー「いや、ちょいとこの写真を眺めて写っている人物の名前を教えてもらいたくってね♪」

プリンセス「ええ、構いませんよ」そう言うとドロシーが差し出す写真をしげしげと眺めたプリンセス……

アンジェ「この男、誰かしら?」

プリンセス「この人ならケルシャム男爵のご子息、モーガン・ケルシャム男爵令息ね」

ドロシー「さすが♪」

アンジェ「それじゃあこの、のっぽで面長の男は?」

プリンセス「えーと、確かどこかの省庁を訪問したときに見たような顔なのだけれど……そうそう、農務省の農政課長だったはず」

アンジェ「それなら確か……スタントンとか言ったかしら」

プリンセス「そうそう、ミスタ・スタントンって言ってたわ♪ 甲高い鼻声だったから印象に残っていたの」

ドロシー「やるねぇ……それじゃあこいつは誰だ?」記念写真の列に交じっている婦人たちの中で、押し出しの強そうなご婦人の二人の間に交じって、傾けた婦人帽でほとんど顔の隠れている一人を指さした……

アンジェ「私も気になっていたの、ドロシーも見覚えがないのね?」

ドロシー「ああ、こんなレディは知らないな……身体を見るにそこそこ若そうだが、肝心の顔が影になっていやがる。プリンセスはどうだ?」

プリンセス「いいえ、わたくしもこの方に見覚えは……」

ドロシー「それじゃあ他の写真も当たってみるか」他にもアンジェが集めてきた「取引相手」が暗殺されたクリケット親善試合の写真や、ケネル・クラブでの和気あいあいとしたパーティの一コマを撮った写真を次々と確かめていく……

プリンセス「ここにも一枚あったわ……でも写っているのは背中だけね」

ドロシー「こっちは花瓶が邪魔してやがる……こうまで顔が写っていないところを見ると、偶然じゃなく写真に写らないようにしていたと見るべきだな」

アンジェ「どうやらこの女が下手人と考えても良さそうね」

プリンセス「でも、年頃の女性と言うだけでは対象になる人間が多すぎるわね……」

ドロシー「どうにかあぶり出す方法を考えなくちゃな」
701 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/07/11(木) 01:19:22.81 ID:FtE+bVvO0
………

…とある洗濯屋…

洗濯屋のおばさん「いらっしゃい」

7「すみません、こちらをお願いしたいのだけれど……ワインをこぼして二か所もシミを作ってしまったの、どうにか綺麗にならないかしら?」

おばさん「ワインのシミねぇ……赤ですか、白ですか」首元や目尻にできたシワも目立つ腰の曲がった洗濯屋のおばさんが、チェーンで吊るしている小さなレンズの眼鏡をかけ直した……

7「それが、ロゼワインなんです」

おばさん「……そういうことでしたらシミ抜きをしなくちゃなりませんねぇ、どうぞこちらへ」

…洗濯屋・作業場…

ドロシー「忙しいところ呼び立てて悪かったな……お茶の時間を邪魔したくはなかったんだがね」洗濯女らしく洗濯桶の水でふやけた手でブラウスやエプロン、ペチコートなどを洗いながら話し始める……

7「お茶が冷めるまでに終わらせてもらえると助かるわ。それで、進捗状況は?」

ドロシー「そのことだが、暗殺に関わっているかもしれない人間の写真を手に入れた……と言えなくもない状態にある」

7「奥歯にものが挟まったような言い方ね?」

ドロシー「事実そうなのさ……」焼き増しした写真を渡すと、大まかな経緯を説明する……

7「……なるほど」

ドロシー「公務やなにかであれだけ人の顔を見ているプリンセスですら見覚えがないって言うんだ、ということは今まで表舞台に出たことのないやつか、さもなきゃ王国防諜部か何かの秘蔵っ子だぜ」

7「可能性はありそうね……それで?」

ドロシー「とにかくこいつが誰なのかあたってほしい……無論ばっちり身元が割れれば言うことなしだが、どこで見かけたとか、どんな場所にいたとか、そういうちょっとしたヒントだけでもいい。もしかしたら味方のエージェントの中には知っている奴がいるかもしれない……あるいはこっちに転向した元王国のエージェントだとか、スティンカー(裏切り者)どもにあたらせるのもアリだろう……ま、細かいところは任せるよ」

7「いつまでに結果を知りたい?」

ドロシー「そりゃ早い方が良いに決まってるが、あんまり目立つ動きをすると感づかれるだろうしな……適当な期間で頼む」

7「分かったわ」

ドロシー「それじゃあ頼んだ……私はあと一時間ここで洗濯物を洗わなくちゃならないんでね」

7「それじゃあこのシミを付けたブラウスも綺麗にしておいてちょうだいね」

ドロシー「あいよ」

………

…数日後…

共和国エージェント「お久しぶりですね」

共和国管理官「ああ、半年ぶりか? ……どうだ、ひさびさに旧交を暖めようじゃないか」シングルモルトのウィスキーをグラスに注いだ……

エージェント「僕の好きな銘柄です、覚えていてくれたんですね」

管理官「当然だ。君はストレートで良かったな?」

エージェント「ええ、乾杯♪」軽くグラスを持ち上げると、琥珀色の液体をゆっくりと味わった……

…しばらくして…

管理官「……こうして君と話すのも久しぶりだが、ロンドンの暮らしが合っているようでなによりだ……ところで」ひと束の写真を取りだした……

エージェント「何です? 判じ物かなにかですか?」

管理官「まぁそんなところだ……実はつい先頃、王国のエージェントが「壁越え」をしてな。手土産に王国側エージェントとおぼしき写真の束を持ってきてくれたんだが、こっちが把握していないやつが何人かいてな……見た上で知っている顔があったらどんなカバーを使っているのか教えてくれ」

エージェント「分かりました、どれどれ……」一枚ずつ写真を眺めていく……

エージェント「ああ、こいつは知っています。たしか財務省にいる男です」

管理官「さすがだな……続けてくれ」

エージェント「こいつは知らない……こいつは陸軍省の次官補に付いている秘書だったはずです……それからこの女は……」

管理官「見覚えが?」もちろん「亡命者の手土産」などと言うのは真っ赤な嘘で、有名無名の王国エージェントや協力者の写真に「帽子の女」の写真を混ぜ、あわよくば身元を特定させようという管理官……

エージェント「いいや、見たこともないですね……それにどのみち婦人帽をかぶっていたんじゃ、顔がほとんど隠れていて判別しようがありませんよ」

管理官「そうか、次はどうだ?」

………

702 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/07/14(日) 00:59:20.81 ID:BmVIdV7/0
…数日後…

ドロシー「……で、どうだった?」

7「残念ながらかんばしくないわね」

ドロシー「おやおや、昼飯をすっぽかしてまで駆けつけて来たっていうのにがっかりだな」肩をすくめるときゅうりのサンドウィッチにかぶりついた……

7「期待に添えなくて悪かったわ。こちらとしても出来うる限りの情報網を使って調べてみたけれど、「帽子の女」に関するこれといった手がかりはなし」

ドロシー「それじゃあ毒については?」

7「そちらについては少し進展があったわ」

ドロシー「よし、そうこなくっちゃな♪」サンドウィッチに塗ってあったカラシがきつかったのか顔をしかめ、それからハムのサンドウィッチに手を伸ばす……

7「共和国に戻ってきた遺体をこちらで詳しく解剖をしたところ、珍しい有毒成分が検出された……普通の検査では調べることすらしないような特殊なものよ」

ドロシー「むぐ、もぐ……それで?」

7「その成分は大変に強い毒素を持ちながら無味無臭、かつ水溶性であることから飲食物に混ぜれば大きな効果が期待できる」

ドロシー「そりゃあ大変だ」

7「そうね……ただしこの成分には重大な欠点が一つある」

ドロシー「重大な欠点?」

7「ええ。この毒素は空気にさらされているとすぐ無毒化してしまうの……実を言うと以前こちらでも研究が行われていたのだけれど、あまりにも使用可能な時間が短すぎて「物の役に立たない」と放棄されているわ」

ドロシー「そんな扱いが難しい毒を王国の連中はどうやって実用化したんだ?」

7「残念ながらその問題はまだ解明されていない……それにこちらでは研究を放棄していたこともあって、解毒薬の開発もあまり熱心には進められていなかったの」

ドロシー「今から発破をかけてみたところですぐ解毒薬が出来上がる……ってわけにはいかないだろうしな」

7「残念ながら。ただ、研究班が限定的ながら解毒作用のある試作品を開発してくれたから、万が一の時の備えとしてそちらに渡しておくわ」そう言うと、ポーチから油紙にくるまれた真っ黒けな丸薬を取りだした……

ドロシー「大きいアメ玉くらい寸法があるようだが、噛み砕けばいいのか?」

7「研究班によると、出来るかぎり噛まずに飲み込んだ方がいいそうよ」

ドロシー「こいつを丸呑みにするのは毒を盛られるのと同じくらい命に関わる気がするな……」親指と人差し指で丸薬をつまみ、しげしげと眺めた……

………



アンジェ「……つまり、毒物の種類は分かったと」

ドロシー「それにお守り代わりとして試作品の解毒薬ももらったよ……めいめいで一つずつ持っていることにしよう」

アンジェ「そうね」

ドロシー「ああ。しかし肝心の下手人についても、またどうやってそんな難しい毒を実用化したのかについても謎のままだ」

アンジェ「コントロールとしては頭が痛い問題でしょうね」

ドロシー「ああ、だがそれだけじゃない……コントロールの連中が勝手に頭を痛めるのは結構だが、このまま放置しておけばまた被害が出る。こちらとしても王国内務省の目をくらますために送り込まれた囮のエージェントだとか、実際に目や耳として情報収集にあたっている有益な協力者が減るのは困る」

アンジェ「その通りね、それじゃあどう犯人を捜す?」

ドロシー「あー……そのことなんだが、少しばかり危険な賭けを思いついてね」

アンジェ「危険な賭け?」

ドロシー「ああ」

アンジェ「分かったわ。それじゃあ何が「危険な賭け」なのか説明してもらおうかしら」

ドロシー「あいよ。だが無茶だからって怒るなよ? まだ思いつきの段階なんだからな……」

アンジェ「ええ」

ドロシー「……これまでの情報を総合すると、暗殺を実行しているのは王国エージェントとおぼしき女で、暗殺の手口は多数の人間がいるパーティや食事会における毒殺」

アンジェ「それで?」

ドロシー「そこでだ、あえて餌をぶら下げてやろうっていうのさ……事前に「どこそこのパーティへ共和国の情報部員が入り、ある書類を窃取しようとしている」なんて言えば、連中、特売日の主婦みたいにすっ飛んでくるぞ」

アンジェ「でも、そうなると……」

ドロシー「そう。どこに毒が盛られているか分からない食事や酒を飲む必要が出てくる……それにだ」

アンジェ「それに?」
703 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/07/24(水) 01:11:43.73 ID:DMOzLQlS0
ドロシー「私たちがパーティに参加するとしたら紹介状がいる……一介の女学生なんて身分じゃあほいさか参加させてはくれないしな」

アンジェ「……つまり」

ドロシー「プリンセスにご協力願う必要があるっていうわけだ」

アンジェ「なるほど……」

ドロシー「別にどうしてもってほどじゃない、必要なら紹介状の二枚や三枚くらいはどうにか手に入れてみせるさ……とはいえ」

アンジェ「一般の参加者だというのと、プリンセスの紹介だというのでは扱いも違ってくる」

ドロシー「その通り。それにプリンセスのご学友に毒を盛るようなやつはそういないだろう、そういう面で「保険」にもなるって寸法よ♪」

アンジェ「分かった、それじゃあその点については私からプリンセスに話してみる」

ドロシー「頼んだ」

…その夜…

アンジェ「……というわけなの」

プリンセス「なるほど、よく分かったわ。それじゃあ私の方で手を回してみるわ……」

アンジェ「助かる」

プリンセス「……ただし、条件があるの♪」礼を言ったアンジェの唇に指をあて、いたずらっぽい表情を浮かべてみせる……

アンジェ「条件?」

プリンセス「ええ♪」

アンジェ「それで、その「条件」とやらは?」

プリンセス「わたくしもそのパーティに参加すること」

アンジェ「プリンセス……!」

プリンセス「アンジェやドロシーさんが生命を賭けているというのに、わたくしだけがのほほんとしていることなんてできないわ」

アンジェ「だめよ。いくらプリンセスのお願いだとしても危険すぎるし、そもそもプリンセスがパーティに参加したら華がありすぎるからパーティ会場に耳目が集まって「帽子の女」は目立つことを恐れて現われなくなってしまう」

プリンセス「……どうしてもだめ?」

アンジェ「ええ、だめよ」

プリンセス「お願いよ、シャーロット……」ぎゅっと袖口をつかみ、うるんだ瞳で懇願するプリンセス……

アンジェ「だ、だめなものはだめよ……私情で言っているのではなくて、作戦が成り立たなくなるから言っているの///」

プリンセス「ねぇ、シャーロット……わたしのお願い、聞いて欲しいの///」

アンジェ「だから、一度だめといったものは何度言っても……///」

プリンセス「これでもだめ……?」ちゅ……っ♪

アンジェ「だ、だめ……///」

プリンセス「シャーロット……私はシャーロットが「うん」って言うまで止めないわよ?」

アンジェ「そんな勝手なことを……だいたい貴女のためを思って言っているの……に……んんっ///」

プリンセス「んちゅ、んむ……シャーロット、わたくしは貴女が「うん」って言わなくても全然構わないのよ? シャーロットがお返事を聞かせてくれるまで、好きなだけこうしていられるのだもの♪」

アンジェ「ふ、ふざけないで……こんな危険なことに貴女を巻き込む事なんてできっこ……んふ、んぅぅ……っ♪」

プリンセス「そんなに危険なことならますますシャーロットを巻き込むことなんてできないわ……んちゅっ、ちゅるっ……ちゅむ♪」

アンジェ「そ、そんなの詭弁だわ……んんっ///」

プリンセス「詭弁でもなんでも構わないわ、わたくしはシャーロットが色よいお返事をしてくれるまでこうするだけ♪」

アンジェ「……だ、だめ……脱がさないで///」

プリンセス「だったら脱がさないでしましょうか、それもまた想像の余地があって良いかもしれないわ♪」

…プリンセスがアンジェに覆い被さると、ゆったりした肘掛け椅子の上で脚が絡み合い、夜着の胸元や裾が乱れる……普段なら成人男性のエージェントですら振りほどけるアンジェだが、大好きなプリンセスから不意打ちを受けて、椅子の上で仰向けに近いような状態にされてはさすがに抵抗も難しい…

アンジェ「ば、ばか……///」

プリンセス「そうね、わたくしったら大変なお馬鹿さんだわ……だって大好きなシャーロットが側にいるというのに、いつも押し倒すことさえしないですました顔をしているんですもの」そのままアンジェに身体をあずけて唇を重ねた……

………

704 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/07/27(土) 02:22:35.50 ID:fHGD+2MO0
…翌日…

アンジェ「……おはよう」

ドロシー「ああ、おはよう」

アンジェ「ドロシー、紅茶をもらえる?」白いハイネックにパフスリーヴのロングワンピースで、胸元にはライトグレイのリボンをあしらっている……

ドロシー「そのくらい自分で注げよな……ミルクと砂糖は?」

アンジェ「砂糖ひとさじ、ミルクもお願い」

ドロシー「分かりましたよお嬢様……ほら、どうぞ召し上がれ」愚痴をこぼしながらも紅茶を注ぐとカップを渡した……

アンジェ「ありがとう……」

ドロシー「どういたしまして……ところでアンジェ」

アンジェ「なに?」

ドロシー「どうして今日はハイネックなんだ?」

アンジェ「……着たかったからよ」

ドロシー「そうかい? 妙に首もとを隠しているから何かあったのかと思ったんだがね♪」

アンジェ「……っ///」

ドロシー「いや、てっきり私はお前さんがアザでもこさえたのかと思ったんだが、杞憂だったならそれでいいんだ……ところでプリンセスの説得はどうだった?」チェシャ猫よろしくニヤニヤしながら尋ねた……

アンジェ「ドロシー、貴女ね……」

ドロシー「おいおいどうした、まぁ紅茶でも飲んで落ち着けよ♪」

アンジェ「あきれた……とりあえずプリンセスから紹介状をもらう手はずはついたわ」

ドロシー「そりゃなにより」

アンジェ「もっとも、プリンセスが一緒に行くといって聞かなかったけれど」

ドロシー「ごほっ、げほっ……冗談きついぜ」

アンジェ「私もそういったし、最後はどうにかプリンセスに折れてもらったけれど……」

ドロシー「その代わりに「名誉の負傷」ってわけか」

アンジェ「ええ、まだ痕が消えなくて……///」卓上の鏡を向けるとハイネックの首もとをめくり、白い肌に残っているキス痕が薄くなったか確かめるアンジェ……

ドロシー「ひゅう、なかなかお熱いねぇ……♪」

アンジェ「笑い事じゃないわ。誰かに見られたら好奇心をかき立てることになるし、できるだけ他人の注目を惹くことはしたくない」

ドロシー「まぁな。私みたいな「プレイガール」と違って、アンジェのカバーは地味の教科書みたいな性格なんだからな……とりあえず今日はその格好で過ごすしかないな」

アンジェ「ええ……いずれにせよ、パーティの招待状は手に入る。プリンセスともなれば百枚や二百枚の推薦状や招待状くらいはいつだって出しているし、私たち以外の「ご学友」にもたくさんの推薦状や招待状を書いているから、私たちがそういった書状をもらったからといって誰かが違和感を覚えることもない」

ドロシー「少なくとも「そう願いたい」ってところだな」

アンジェ「ええ……」

…翌日…

ドロシー「さて、パーティの日程が決まるまでにこっちも準備をしておかないとな」

アンジェ「とはいえ今回は騒ぎは厳禁。銃やナイフはもちろん、スティレット一本すら持ち歩くわけにはいかない」

ドロシー「そこはあちらさんも同じだろう。せっかく毒を盛ったのにナイフを使うようじゃ、足跡を消してから「行き先はこちら」って看板を立てるようなもんだ。それにこっちだってそういう時に使える小道具がなにもないわけじゃない……違うか?」

アンジェ「そうね、ちょっと出してみましょうか」

…蝶々の標本が収めてある部室の棚を特定のやり方で動かすと、カチリと音がして隠し棚がせり出した……浅い引き出しに敷き詰められた紅いヴェルヴェットの上には、綺麗なブローチや眼鏡、髪留めや指輪、それに煙草入れや香水の瓶、コンパクト(手鏡)といった小物が並べてある…

ドロシー「この手のおもちゃは久しぶりだな……どうだ?」ピジョンブラッド(鳩の血)と言われるビルマのルビーが埋め込まれたブローチを喉元に当ててみる……それからブローチの台座を特定のやり方でカチリとひねり、中に収まっている粉薬の量と状態を確かめる……

アンジェ「良く似合うわ。私はこっちね……」アンジェは淡い色合いの瞳を引き立てるブルーサファイアのブローチを手に取り、台の隠しスペースに入っている灰色の粉薬を小瓶のものと入れ替えた……

ドロシー「そっちのは麻痺薬だったな。あとは指輪にペン、もろもろの化粧品くらいだな」

アンジェ「そうね」化粧品のポーチに白粉の容器、口紅、飾りも美しい香水の瓶、化粧に用いる筆のセットと手際よく詰めていく……

ドロシー「その指輪をはめるのか……当日は気を付けろよ?」

アンジェ「分かっているわ、何しろ「バラの指輪」だものね……」指輪に絡みついている三輪の赤バラを特定の組み合わせでねじると、小さいが鋭利な針先がにゅっと現われた……

………
705 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/08/07(水) 00:30:17.84 ID:JIZCi/DQ0
…コントロール…

7「書類が出来上がりました」

L「うむ、そこに置いておいてくれ」

7「はい」

L「……しかし、今回はまるで雪で隠れた薄氷の上を飛び跳ねている気分だ」

7「そうですね」

L「ああ……もっとも、そのくらいしなければ例の相手は出てくるまい」

7「同感です。しかしあちらが動くかどうか……」

L「動くさ、少なくとも私が王国防諜部ならな」

…同じ頃・ノルマンディ公の執務室…

ノルマンディ公「……ふむ」

ガゼル「なにか?」

ノルマンディ公「ああ、少し気になることがあってな……この情報をどう見る?」

ガゼル「共和国による情報の受け渡しですか」コントロールの流した偽情報とはつゆ知らず「とびきりの情報を掴んだ」と王国情報部員が上げてきた報告をさっと読み通す……

ノルマンディ公「うむ、このパーティに出席する予定の人間はたいてい身元調査が済んでいるが……残りの人間で共和国の情報部員をしていそうな者というと……」

ガゼル「気になるのはこの男です」

ノルマンディ公「理由は?」鋭く問いかける……

ガゼル「幼い頃に両親と死別、育ての親である男爵も数年前に亡くなっていて出自をたどることができず、浪費額にくらべて領地や株から得られる収入が少ない」

ノルマンディ公「なるほど……だが違う」

ガゼル「そうですか」

ノルマンディ公「うむ。本物のスパイなら疑われるような金の使い方はしない……よほどのバカ者でない限りはだが」

ガゼル「なるほど」

ノルマンディ公「まぁいい、下がってよろしい」

ガゼル「はい」

ノルマンディ公「……ふむ、ここはひとつ使いどころか」一人で指しているチェスの駒を一つ動かした……

………



…メイフェア校・部室…

ドロシー「分かっちゃいるとは思うが、今回は予備のチームも後方支援もなしだ」

アンジェ「ええ」

ちせ「私も行けたらよかったのじゃが……」

プリンセス「ごめんなさいね、私の用意できた招待状が二枚だけだったの……本当はアンジェと二人きりで行きたかったし……」後ろの方は自分にしか聞き取れない程度に小さくつぶやいた……

ドロシー「とにかく、パーティに出かける私とアンジェ以外は校内でいつも通りに過ごしてくれ。いいな?」

ベアトリス「はい」

ちせ「うむ」

プリンセス「ええ」

ドロシー「結構だ……それに会場じゃあどんな毒を盛られるか分からないんだ、行かない方が正解ってもんだ」

プリンセス「そう、そうね……」

ドロシー「なぁに、心配はいらないさ。こっちにはアテにならない解毒薬もあるし、なにより盛られる可能性があるって分かっているんだ……予想がつくって言うのはこの業界じゃあ「勝ったも同然」ってことさ♪」

アンジェ「ドロシー」

ドロシー「おっと、このままだと冷血女に説教をされそうだからな……当日は夕方から出かける、定時連絡はベアトリスがやってくれ」

ベアトリス「はい」
706 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/08/15(木) 01:44:20.76 ID:/WdoIJ+Y0
…パーティ当日…

ドロシー「ベアトリス、後ろを留めてくれ」

ベアトリス「はい」

アンジェ「ベアトリス、ドロシーの方が終わったらこちらも手伝ってもらえるかしら」

ベアトリス「もちろんです」

…ベアトリスに手伝ってもらいながらパーティ会場にふさわしいドレスを身にまとうドロシーとアンジェ……ドロシーは袖口や裾にレースをあしらった艶やかなディープグリーンのドレスで、下に着ている黒いビスチェが胴体を引き締めているおかげで、メリハリのある豊満な身体がよりいっそう際立っている。頭には薄いレース飾りをほどこした黒系のトーク(つばのない円筒形をした帽子)をちょこんとのせ、印象深いルビーのブローチで首もと、そして豊かな胸元へと視線を誘う…

ドロシー「しっかしこのビスチェはキツいな……これじゃあ会場の食べ物を楽しむわけにはいかないな」

アンジェ「ビスチェがキツいんじゃなくて、単に貴女が太ったんじゃないかしら」

ドロシー「言ってくれるな」

…アンジェは上等だが華やかさに欠けるブルーグレイ系のドレスで、雄クジャクのように華やかなレディたちがひしめき合うパーティ会場にあって目立たないことを狙っている……首もとにはブルーサファイアのブローチをつけ、上品な婦人帽には鳥の羽根と小さな白いサテンのリボン、日本産の真珠をあしらった飾りを付けている……二人とも足元はヒールで活動的とは言いにくいが、パーティである以上は編み上げの革ブーツと言うわけにもいかないのでいたしかたない…

ベアトリス「どうぞ、できましたよ?」

アンジェ「ありがとう……まぁ、これならいいわ」姿見で自分の姿を眺め、派手すぎでもなく、また地味すぎでもないことを確かめる……

ドロシー「ああ、十分だ……ベアトリス、私はどうだ?」

ベアトリス「いいと思います。華やかですし堂々としているように見えます」

ドロシー「……私が図太いって言いたいのか?」

ベアトリス「ち、違いますっ!」

ドロシー「そういうことにしておくよ……さ、そろそろ行くとしようか」

アンジェ「ええ」

ベアトリス「気を付けて行ってきてください」

ドロシー「おうよ♪」

…パーティ会場…

ドロシー「おうおう、こりゃあなかなかゴキゲンな規模のパーティだな」

アンジェ「……目標の人物を特定するのには少し手間がかかりそうね」

…お雇い運転手がドアを開けてくれるのを待ち、後部座席からなめらかに降りるアンジェとドロシー……会場になっている邸宅の前庭には、石畳の車道に沿って次々とRRやハンバー、フランスからの輸入車である華奢なパナールやルノー、ドイツのダイムラーといった自動車や、紋章付きの貴族の馬車が乗り付けてくる……邸宅の召使いたちが入れ替わり立ち替わりで客の招待状を確かめ、その中でも身分のある客人は白い口ひげをたくわえたいんぎんな執事が案内する…

ドロシー「ま、パーティは長い……」

アンジェ「餌になる「エージェント」が毒を盛られる前に片付ける必要を考えなければね」

ドロシー「はは、そう悩みなさんな♪ ラテン語の書き取りも代数の試験もなし、素敵なパーティじゃないか」

アンジェ「楽天的でうらやましい限りね」

ドロシー「ま、悲観的になっても物事は変わらないからな……召使いが来た」

召使い「失礼いたします、招待状の方を拝見させていただいてもよろしゅうございますか?」

ドロシー「ええ♪」

アンジェ「はい」

召使い「結構でございます。ではこちらへどうぞ」

…会場は広々とした大広間で、左右の壁沿いに設けられたテーブルには軽い立食形式の食事と、さまざまな種類の酒が用意されている。会場からは見えない中二階では室内楽団が軽い音楽を奏でていて、グラスや皿を手にした紳士淑女が会話を楽しんでいる…

ドロシー「……それじゃあここからは別々に行動しよう。私は目立つように動き回るから、アンジェはその間に「帽子の女」を探してくれ」

アンジェ「分かった。見つけたら合図する」

ドロシー「ああ」

アンジェ「くれぐれも飲み過ぎたりしないでちょうだいね」

ドロシー「任せておけ♪」そう言っている手には、すでにシャンパンのグラスが握られている……

アンジェ「……」一瞬だけ呆れたような表情でドロシーを見ると、かすかに肩をすくめて人混みの中へと消えていった……

ドロシー「まるでしつけのなっていない犬っころを見るような目をして行きやがった……」任務中なので唇を湿す程度に口を付ける……

ドロシー「……いいシャンパンだ」
707 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/08/24(土) 00:49:24.30 ID:xkSyfmCk0
ドロシー「さてさて、帽子の女はどこかな……」

…ちょっとくだけたパーティ向けにチャーミングな表情を浮かべ、かろやかに会場を巡るドロシー……会場はにぎやかで普通の会話程度なら他人に聞かれることもなく、屋敷のあちこちにある小部屋では商売や浮気の相談など、ちょっとした秘密の会話に興じるべく忍んでいる人間が何人かいた…

ドロシー「……うーん、こうも多いと探すのが大変だ。こうなったらカウンターのそばだな」

…パーティのために雇われた数人のバーテンダーが、きちんとした格好でシェーカーを振り、あるいはマドラーで飲み物をステアすると、喉の渇いた客たちが次々とグラスを受け取っていく……いずれ帽子の女も飲み物を取りに来るだろうと、ドロシーは話しかけてくる相手とたわいない会話を続けながらバーカウンターのそばで待ち受けることにした…

バーテンダー「お嬢様、お飲み物は何になさいますか?」空になったシャンパン・グラスを受け取ると丁寧にたずねる……

ドロシー「そうだな……それじゃあジョン・コリンズを」

若い貴族「私ももらおう」

…ジンとレモンジュース、シロップ、炭酸水を加えた爽やかなカクテルは蒸し暑さを感じるパーティ会場ではちょうどいい……よく冷えていて、表面にうっすらと露がおりたコリンズ・グラスの中身を軽くあおる…

ドロシー「ん、いい味だ」

貴族「確かに絶妙だね……ミス・キンバリー、何かお飲みになりませんか?」

若い貴族令嬢「そうですね、でしたらマティーニを……それと少し甘めにしてくださる?」

貴族「分かりました。君、マティーニを少し甘めにだそうだ」

バーテンダー「はい」

キザな貴族「僕にはうんとドライなマティーニを頼むよ。それからオリーヴはいらない……あんなのは味の邪魔さ♪」上等な帽子を傾けてかぶり、ステッキをもてあそびながら笑みを浮かべている……

遊び人風の貴族「ははは、生意気なことを♪」

遊び慣れた雰囲気の淑女「わたくしも何かいただこうかしら」

遊び人「結構ですな、レディ・スタイルズ……ジョン・コリンズなら口当たりもさっぱりしていてよろしいと思いますが」

淑女「そう、ならそれにしようと思います」

バーテンダー「かしこまりました」初老に近いバーテンダーがカクテルを作ると、余分な動きのない手つきで手際よく酒を注いだ……

遊び人「ところでレディ・スタッブスの話を聞きました?」

淑女「レディ・スタッブスがどうなさいましたの?」

遊び人「いや、それがね……いい歳をして召使いに手を出したんですよ」

淑女「まぁ、いやらしい!」甲高い声でわざとらしく非難してみせる……

遊び人「いやまったく、それも女の子……ですよ?」

淑女「信じられませんわね!」ますます憤慨してみせる淑女…

キザ「ま、年頃の遊び相手もいない可哀想なご婦人だからそういうことをするのさ……僕ならそういうご婦人でも付き合ってあげるけれどね♪」

遊び人「言うじゃないか、見目麗しいご婦人しか相手しないくせに」

淑女「あら、そうなんですの?」

キザ「さぁ、どうでしょうね……♪」とびきりの笑顔を浮かべてシルクハットを小さくもちあげた……

大声で話す貴族「バーテンダー、グロッグを頼むぞ!ジャマイカ産のラムでな!」

面長の貴族「閣下は相変わらずでいらっしゃいますな、まだ海軍のしきたりが抜けきらないと見える」

…海軍上がりと見える中年の赤ら顔をした貴族と、まるでデコボココンビを組んだかのように対照的なのっぽの貴族……赤ら顔の貴族はごく普通に話しているつもりのようだが、それでもトップマストの先端に届くのではないかと思うほど声が大きい……バーテンダーから大きめのグラス入ったグロッグ(ラムの水割り)を受け取ると、ぐいぐいとあおる…

大声「うむ、海軍と言えばラムだからな。ホワイトホール(海軍省)も近ごろはケイバーライト飛行船のおかげで肩身が狭いが……なぁに、あんなものは一時の流行に過ぎんよ!」

面長「人間は空を飛ぶようにはできておりませんからな」すかさず相づちをうつ……

大声「さよう、現にこの間の新造飛行船のテストではケイバーライト機関にトラブルが起きて危うかったと聞いておるぞ!」

ドロシー「……」かたわらでグラスの中身をちびちびと舐めながら「一気に面白くなってきた」と、会話に耳をそばだてる……

話し好きの貴族「そのことなら私も聞き及びました。着陸と消火が間に合ったから良かったようなものの、もう少しで大爆発を起こすところだったとか」海軍上がりの貴族におしゃべり好きを始めとする何人かが加わり、ますますにぎやかになる……

中年婦人「まあ、恐ろしい」

はね上げひげの貴族「心配ご無用。わが王国の飛行船はそんな事故を起こすような粗雑な作りにはなっておりませんからな」

片眼鏡の貴族「とはいえ、上空から焼けた破片が降ってくるような事があったらたまりませんな……」

おどけ者の貴族「この「ケイバーライト・マティーニ」なら歓迎だがね♪」ケイバーライトによる産業革命にあやかった、澄んだミントグリーン色をしたカクテルを片手におどけてみせると、周囲の人々から軽い笑いがもれた……

708 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/09/10(火) 01:04:08.97 ID:LfItGAu40
ドロシー「……しかし「帽子の女」はどこだ?」

…カクテルグラスを片手に談笑する紳士淑女たちに社交的な笑顔を振りまき、あたりさわりのない言葉を交わしつつも、油断なく会場を巡るドロシー……アンジェも同様に会場を歩き、お互いの死角をカバーしつつまんべんなく探って回る…

ドロシー「くそ、ここで見つけられないと面倒なことになるぞ……」ぬるくなりはじめたジョン・コリンズをちびちび飲みながら、いかにも楽しんでいるような面持ちで会場を探し回る……

ドロシー「……ん?」

…パーティ会場で誰と親しげにするでもなく、かといって手持ち無沙汰というほどでもなさそうな様子でグラスを持っている一人の女性……地味なミディアムグレイのドレスに目元が隠れるような婦人帽で、帽子の下からのぞく薄い唇からはときおり笑みも浮かんでいる…

ドロシー「あいつか……?」

帽子の女「……」周囲の人混みなど存在しないかのようにするすると会場を横切っていくと、にこやかにバーテンダーの方に近寄っていく帽子の女……

ドロシー「……奴だ、間違いない」

…エージェントとしての勘に加え、動きに感じる無駄のなさや、目立ちたくない時には消え失せてしまう絶妙な存在感など「同業者」どうしに相通じる雰囲気を感じ取った……まるで影のような帽子の女と違い、その場限りで忘れてしまうようなよそ行きの愛嬌と色気を振りまきつつバーカウンターに近づいていくドロシー……ほとんど空になったコリンズ・グラスから絹の長手袋を通して、冷や汗のような雫が手のひらに伝ってくる…

帽子の女「ドライ・マティーニをいただくわ」

バーテンダー「かしこまりました」

…そう言ってバーテンダーの方へ軽く手を伸ばすと同時にドレスの右袖口からかすかに白い粉がこぼれ、次々と消費される氷の容器に降りかかったようにみえた…

帽子の女「……いいお味ね」

ドロシー「……」額にうっすらと浮かぶ汗は会場の熱気とアルコールのせいばかりではない……

バーテンダー「お嬢様は何になさいますか?」

ドロシー「あぁ、そうね……私にはカンパリ・ソーダを」

バーテンダー「はい、ただいま」イタリアの紅い色をしたリキュール「カンパリ」を発見の合図と決めておいたドロシーとアンジェ……

帽子の女「……」カクテルグラスを持ったまま、女はしゃなりしゃなりとした歩き方でバーカウンターから離れていく……

ドロシー「あいつ、氷に盛ったのか?だが氷に毒を盛ったなら全員が中毒を起こしそうなもんだが……」

ドロシー「……」

…いぶかしがりつつも女との距離をじりっ、じりっと詰めていくドロシー……帽子の女が向かう先には、ちょうど氷の入ったウィスキーを受け取った一人の紳士……事前にコントロールが送り込んだ「餌」がいて、帽子の女はそこに近寄っていくと隣に立っている別の紳士に何やら話しかけて「餌」の紳士を含めた視線を引きつけつつ、反対側の袖口からウィスキーのカットグラスに薄灰色の粉を溶かし込んだ……

ドロシー「……そういうからくりか」

帽子の女「……」

…帽子の女はグラスに粉が溶けたのを見届けると雑談を切り上げ、すました態度のまま場を離れようとする…

白ひげの紳士「……なるほど、感心なことです」

共和国エージェント(囮)「いや、そうお褒めいただいてはかえって恥ずかしい……しかしこの部屋にいると喉が渇きますなぁ」

ドロシー「きゃっ……!」

…わざと近くを通りすぎつつ、さりげない手つきでグラスを持つ相手の手首をはね上げるドロシー……囮のエージェントがいましも飲もうとしていたウィスキーがばちゃりとはね、磨き上げた床にこぼれた…

囮「おっと、いかん! お怪我は?それにお召し物は大丈夫ですかな?」

ドロシー「はい、どちらも平気です。ですがせっかくのお飲み物をこぼしてしまって……」

囮「なに、ウィスキーなどまた取りに行けばいいだけの事ですから……それよりも裾にかかってしまったようですよ。奥に行けばご婦人の化粧室があるはずですから、そこでお召し物を直していらっしゃったらいかがですかな?」

ドロシー「そうですわね、そうします……済みません、わたくしお化粧室の場所が分かりませんので、お付き合いいただけます?」

帽子の女「……ええ」

白ひげの紳士「うむ、それがいい。グラスはここに置いて行きなさい」

ドロシー「そうさせていただきますわ。せっかくわたくしにぴったりの毒を調合してもらったのですから♪」

白ひげ「ははは、お上手ですな……わしもこの手の毒は大好きですぞ♪」

ドロシー「どうやら気が合いそうですわね……では、しばらく」にこやかな表情のまま帽子の女を逃がさぬよう、絶妙な位置を取る……

帽子の女「……」

ドロシー「ご面倒でしょうけれども、どうかお付き合いくださいましね?」

帽子の女「……」

………

709 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/09/14(土) 02:45:56.24 ID:sLeI+l6g0
…化粧室…

帽子の女「さあ、着きましたわ」

ドロシー「助かります……それじゃあそろそろお芝居はおしまいにしようじゃないか」パーティ会場向けに取り繕っていた態度をかなぐり捨てると、帽子の女を化粧室の壁に押しつけるドロシー……

アンジェ「……この女ね」するりと化粧室に入ってくると、邪魔がこないよう入口を見張りつつドロシーの手伝いができる位置についた……

ドロシー「間違いない。これから持ち物をあらためるところだ」

アンジェ「任せるわ」

帽子の女「……」

ドロシー「どれどれ、ご婦人は何をお持ちかな……っと、その前にお顔を拝見させてもらおうか」目元が隠れるようにかぶっている婦人帽を脱がせて、洗面台に置いた……

帽子の女「……」

ドロシー「へぇ、なかなかの美人じゃないか。せっかくの顔を隠すなんてもったいないぜ?」唇が薄く頬の血色は少しが悪いが、それなりに整っていて悪くない顔立ちをしている帽子の女……

帽子の女「……」

アンジェ「……」さっと視線を向けた一瞬の間に、コントロールから見せてもらった王国エージェントの肖像画やポートレートを思い浮かべ脳内で照合するアンジェ……思い当たる顔がないことが分かると、目や髪の色、おおよその顔立ちや雰囲気、それに指や耳の形といった変装の難しい身体のパーツを記憶した……

ドロシー「せっかくアドバイスしてやったのにつれないね……それからそんなにアクセサリーを付けていたら肩がこって仕方ないだろう、ちょっと預かるよ」

…ドロシーたちが身に付けているアクセサリーと同じようにどんな仕掛けが施されているか分かったものではないので丁寧に、しかし手際よくネックレスや指輪、イヤリングを外して洗面台に並べていく……派手さはないがすっきりした宝飾品のスタイルから言うと、帽子の女はどこに顔を出してもおかしくないよう、野暮ったいオールドミスでも、またお飾りとしての「なんとか夫人」になっているでもない、独立志向のある活動的な貴婦人といったカバーを作っているらしい…

ドロシー「お次はこれだな……調べてみてくれ」手に持っていた黒いヴェルヴェットの化粧品ポーチと招待状を手際よく取り上げるとアンジェへと渡す……

アンジェ「ええ」

帽子の女「……」

ドロシー「それじゃあその間に手品のタネを見せてもらうとして……なるほど、こういう仕掛けか」

…パーティ会場では身だしなみとして長手袋が欠かせないことを利用して、手袋の中で隠れている中指に裁縫で使う「指ぬき」のような薄手のリングをはめ、そのリングと小手のように手首に付けた毒薬の袋をひもで繋いである……誰かに薬を盛りたいときは中指をちょっと折り曲げて手首を下に向けるだけで袋の口が開き、毒薬がこぼれ落ちる仕組みになっている…

帽子の女「……」

ドロシー「どうやらちょっとしたイタズラのためじゃあなさそうだな……そっちはどうだ?」

アンジェ「身元が割れそうなものは何も。化粧品は上等だけれど特注みたいな物はなくて、百貨店で買える既製品ばかり。アクセサリーにも細工はなし」

ドロシー「招待状の名前は?」

アンジェ「レディ・クリスティン・ハーウッド……ハーウッド男爵家はちゃんとある貴族の家系だけれど、こんな成人女性の娘がいるなんて聞いたこともない」

ドロシー「それじゃあ家系図のどこかで紛れ込んだってわけかい」

アンジェ「そのようね」

ドロシー「……所属は?」

アンジェ「何も。紙入れには嘘っぱちの恋文数枚、ザ・シティにある銀行の小切手帳、お父様から受け取った真心のこもった偽物の手紙……身分証や本人の手がかりになるようなものは紙切れ一枚なし」

ドロシー「いいね、素人さんじゃないってわけだ……」

アンジェ「あまり遅いと怪しまれる、手際よくね」

ドロシー「ああ」

…空中でピアノを弾くかのように軽く指先を動かすと、慣れた手つきでドレスの下の身体をまさぐっていく……両の手首に付けている毒薬の袋は外してアンジェの方に放り出し、それからまた撫でるように身体検査を進めて行く……乳房の回りは女性エージェントならではの隠し場所ではあるがありきたりで、ドロシーがしつこく愛撫するように探しても何も見つからない…

アンジェ「……」

ドロシー「まさか丸腰ってこともないだろうが……」シックで飾りの少ないドレスとはいえ、ドレープ(ひだ)やあちこちのふくらみを全て触って確かめるとなるとそれなりに時間がかかり、調べてもなかなか見つからない状況に焦りを感じ始めた……

アンジェ「……時間がない、下の方は私が」見張りをやめ、ドロシーとは反対に帽子の女の足元から調べていこうとする……

帽子の女「ふ……っ!」

ドロシー「ちっ!」細身の身体からは思いもよらないほど強烈な膝蹴りを受けそうになり、とっさにクロスさせた腕で受けとめたドロシー……

帽子の女「……!」

…帽子の女は蹴りでドロシーを一歩下がらせることに成功すると同時に、ドレスの下にまとっていたビスチェと身体のすき間から真鍮とガラスでできたシリンジ(注射器)を引き抜いた……そのままフックを打ち込む要領でアンジェの首もとにシリンジを突き立てようとする…

アンジェ「くっ……!」

ドロシー「どけ!」アンジェを突き飛ばすと同時に左腕に突き立てられたシリンジの針と、身体に流れ込む冷たい液体を感じ取った……

アンジェ「はっ!」石張りの床でくるりと一回転すると帽子の女の背後を取り、片腕で首を締め上げると同時に、バラの指輪から小さく突き出した針をぶつりと頸動脈に突き立てた……
710 :sage :2024/09/14(土) 12:09:24.98 ID:aCVvYB6JO
多分毒薬だもんな
間違って媚薬とかにならないですかね…
711 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/09/22(日) 02:27:05.64 ID:it7MRNqR0
帽子の女「ぐ……っ!」

帽子の女「う……くっ……」身をよじり振りほどこうともがいたが、アンジェの細い……しかし強靱な腕は蛇のように絡みついて首を締め上げ「帽子の女」はとうとうぐったりと崩れ落ちた……

アンジェ「……はぁ」

ドロシー「やれやれ、どうにかなったな……」

アンジェ「どこが「どうにかなった」よ……どうして腕で毒針を受けとめるような真似をしたのよ、この馬鹿」

ドロシー「とうとう「馬鹿」と来やがったな……簡単さ、私の方がお前さんよりも体格が大きいんだ。毒が回るにしても少しは時間がかかるだろうし、致死量もより多く必要だ。幸いなことにシリンジの全部を流し込まれたわけじゃないしな……」あごをしゃくった先には半分ほど残ったシリンジが落ちている……

アンジェ「強がりを……もう唇が紫色じゃない」

ドロシー「そうかもしれないとは思ってたぜ。何しろひどく寒いからな……なぁに、心配いらないさ。私たちには例の「お守り」があるんだからな」

…唇を青くし、まるで凍えたように震えながら洗面台に寄りかかり、それでもいつもの不敵な笑みを浮かべてみせようとするドロシー……おぼつかない手つきで化粧品ポーチから取りだした、例の真っ黒な「解毒薬」を手に持った…

アンジェ「飲める?」

ドロシー「飲めるさ……一気に飲み下すにはちと大きいが、出来るだけ大きいまま飲み込んだ方がいいらしいからな……」

…赤んぼうの握りこぶしとまでとは言わないが、大きめのアメ玉ほどもありそうな丸薬をにらみつけると口に放り込もうとする……が、手が震えて薬をうまく口元に持って行けない…

アンジェ「……貸しなさい」ドロシーの手から丸薬をひったくると自分の口に入れ、それからドロシーの口に自分の唇を押し当てると、舌先で丸薬を送り込んだ……

ドロシー「んっ……! んぐっ、ぐっ……ん゛ん゛ぅ……っ!」大きな丸薬を飲み込もうと目を白黒させる……

アンジェ「しっかりしなさい、ちゃんと飲み込むのよ」

ドロシー「ん゛ん゛っ……ぶはぁ!」

アンジェ「どう、飲み込めた?」

ドロシー「どうにか。だが卵を飲み込む蛇みたいな気分になったぜ……うえっ、げほっ!」

アンジェ「……大丈夫?」

ドロシー「あ、ああ……くそ、まったくひでえ味だ。苦いクセに薄甘くて、ニンジンの出来損ないみたいだ……」洗面台の水栓をひねって口をゆすいだ……

アンジェ「文句を言わない……どう?」

ドロシー「そうすぐに効果が出たかどうかなんて分かるかよ……気のせいか寒気は収まってきた気はするがな」

アンジェ「ならいいわ。ともかく、毒針の身代わりをするなんて無茶にもほどって言うものがあるわ」

ドロシー「古女房みたいにガミガミ言うな、頭に響く……おしゃべりする暇があったらホールから酒をくすねてきてくれ」

アンジェ「どうする気?」

ドロシー「知れたことさ。そいつを個室に放り込んで酒を浴びせかけておけば、酔っ払いだと思って誰も関わり合いにならないだろうし、こっちが退散するまでの時間が稼げるだろう」

アンジェ「なるほど、回るのは毒だけではないようね」口調はいつもと変わらないが、どことなく気づかうような雰囲気が感じられる……

ドロシー「だろ?」

…数分後…

アンジェ「……戻ったわ」

ドロシー「おう」

アンジェ「効果はあったようね、だいぶ血色が戻っているみたい……瞳を見せて」まぶたを広げて瞳を確かめ、それから指先を見つめるように言って近づけたり遠ざけたりしてみる……

ドロシー「おかげでな、どうにか震えは収まってきた……とにかくこの薬に即効性があってよかったぜ」

アンジェ「そうね」

ドロシー「ああ……それで酒は?」

アンジェ「持ってきた。その女が飲んでいたのはドライ・マティーニだったからジンにしたわ」

ドロシー「気が利くな。もしかしたらウィスキーは飲まない性質(たち)かもしれないしな……運ぶのを手伝ってくれ」

…細身の女性とはいえ、ぐんにゃりとしている死体を運ぶのは容易ではない……人体の引きずり方を心得ているドロシーとアンジェも動きにくいドレスのままでは四苦八苦で、ようやくのことで「帽子の女」を便座に座らせることに成功すると、酔い潰れているように見せかけるためにジンをふりかけ、最後に帽子を目深にかぶらせた…

アンジェ「どうにかなったわね……」

ドロシー「だな。あとは退散するまで大人しく振る舞っていればいい」

アンジェ「そうね」

ドロシー「まったく、ひどいパーティだぜ……おかげで酔いも覚めちまった」

アンジェ「結構ね、酔っ払いの相手はしたくないもの」
712 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/09/25(水) 02:00:46.73 ID:s7DLD8+S0
…数時間後・メイフェア校…

ドロシー「ふぅ、今日はくたびれたぜ……とはいえ、無事に「帽子の女」を排除することもできたし、一日の成果にしちゃ悪くないんじゃないか」

アンジェ「そうね。それより身体の調子は?」

ドロシー「どうにかなってるよ、まだフラフラするような感じだが」

アンジェ「それはただの飲み過ぎね」

ドロシー「そりゃあどうも」

…ネストに立ち寄ってパーティ用のドレスから着替え、メイフェア校の部室に戻ってきた二人……ぐったりと倒れ込むようにして肘掛け椅子に座り込んで靴を脱ぎ捨てるドロシーと、呆れた様子で肩をすくめながらもドロシーの分まで片付けるアンジェ…

アンジェ「……ところで」

ドロシー「うん?」

アンジェ「さっきの事だけれど……ドロシー、貴女の言うとおりね。あの時はあれが最善の策だったと思うし、賢明な判断だったわ」

ドロシー「よせよ。こういうのはお互い様、だろ?」

アンジェ「いいえ、それだと私の気が済まないから……ありがとう」

ドロシー「いいってことよ……ただ、そこまで言うんならお礼の品でももらっておくかな♪」

アンジェ「……あげてもいいけれど、モノによるわ」

ドロシー「そうだなぁ……それじゃあお前さんが先週もらってからこのかた「隠し棚(カシェット)」で後生大事にしまって、一日に一枚ずつ食べている、リボンをかけたプリンセスの手作りクッキー……」

アンジェ「……」

ドロシー「……なんて言った日には、この部屋にしまってある毒薬を全部飲まされることになりそうだからな。壁の入れ込みに隠してあるレミー・マルタンをもらおうか」

アンジェ「そうね、そのくらいの頼みなら」カットグラスに琥珀色の液体を注いで渡した……

ドロシー「ありがとな……しっかしドレスを着ていたからあちこち締め付けられるし、ヒールを履いていたから足は痛むし……毎日のようにこれをやっているだなんて、プリンセスってのは大したもんだな」

プリンセス「……わたくしがなにか?」

ドロシー「っ!」

アンジェ「ただいま、プリンセス」

プリンセス「ええ、お帰りなさい……それでドロシーさん、わたくしがどうかしましたか?」

ドロシー「いや、プリンセスは毎日けったいなドレスやヒールの靴で踊ったりおしゃべりしたりで大変だって思ってね」

プリンセス「慣れてしまえばそう大変でもありませんよ?」

ドロシー「そうかもしれないが……それより、もうお休みの時間かと思っていたが」

プリンセス「ええ。わたくしもそろそろ寝台に入ろうかとは思っていたのですけれど、そろそろお二人が戻ってくる頃かと思って……それで、首尾はいかがでした?」

ドロシー「あー、まぁ……なんだ……」ちらりとアンジェの方に視線を向けた……

アンジェ「ドロシーときたら相変わらずの無鉄砲だったけれど、どうにかなったわ……」

…帽子の女を見つけ出して化粧室に連れ込んだところで立ち回りになったこと、その際にドロシーがアンジェをかばって毒薬を注射されたことや、試作品の解毒薬のおかげで助かったこと、そのあと何食わぬ顔でパーティ会場に戻って過ごし、誰にも疑われることなく帰ってきたことなどをかいつまんで説明した…

プリンセス「まぁ、なんてこと……それでドロシーさん、お身体は何ともありませんか?」

ドロシー「見ての通りピンピンしてるよ♪」

アンジェ「馬鹿は死んでも死なないように出来ているらしいわ」

プリンセス「あぁ、良かった……それにしてもアンジェをかばって毒針を受けとめるだなんて、わたくし、感謝のしようもないくらい……///」

ドロシー「なぁに「腕っこきエージェント」としてたまには格好を付けさせてもらわないとな……それに、礼ならもうもらってるよ♪」そういってコニャックのグラスを揺さぶってみせた……

プリンセス「まあ、アンジェったら……命の恩人へのお礼がたったそれだけ?」

アンジェ「いえ、だって……」

ドロシー「ああ、お互いにただの冗談なんだから気にするようなことじゃあ……」

プリンセス「いいえ、ドロシーさんはわたくしのアンジェを助けてくれたのですから……精一杯のお礼をさせていただくことにします♪」ドロシーの手からグラスを取り上げるとテーブルに置き、唇を押しつけた……

プリンセス「ん、んむ……ちゅ……ちゅぅ♪」

ドロシー「おい、ちょっとまっ……ん、んんっ///」

プリンセス「ぷは……さぁアンジェ、貴女も一緒に「お礼」をしないと♪」

アンジェ「……なるほど、言われてみれば、そういう「お礼」の仕方もあったわね」
713 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/10/02(水) 02:12:15.18 ID:+6YymPR70
ドロシー「待てよ、いくらなんでも冗談が過ぎ…………んむっ///」

アンジェ「ちゅる……ちゅ……っ♪」

…肘掛け椅子から跳ね起きようとするドロシーの胸元を「とん…っ!」と掌で突いて椅子に戻すとまたがるようにして覆い被さり、抗議の声を上げかけた口に舌を滑り込ませる……ねちっこく絡む唾液には熟成されたコニャックの味わいが混じり、唇を離すと朝露を帯びた蜘蛛の巣のような銀色の糸がとろりと垂れた…

ドロシー「んはぁ……っ、アンジェ、お前……ふざけるのもたいがいに……///」

プリンセス「ん、ちゅ……ぅ♪」

ドロシー「んんぅ……っ///」

…アンジェが唇を離したところで、あらためて出かかった台詞を吐き出そうと息を継ぐドロシー……が、文句を言う前にプリンセスがアンジェと入れ違いに唇を重ねる……アンジェのより少し柔らかく温かい唇が押しつけられ、就寝前に飲んだらしいミルクの甘い風味が口の中に広がっていく…

プリンセス「ふふ、ドロシーさんったらアンジェのことばっかり……わたくしの事も見てくださらないと嫌ですわ♪」

ドロシー「あのなぁプリンセス、こいつはいくらなんでもおふざけが……んんっ///」

アンジェ「ドロシー、私の事も気にかけてほしいものね」ドロシーの左側から顔を寄せ、首筋を甘噛みしながらうなじに息を吹きかける……

プリンセス「もう、ドロシーさんったらアンジェにばかりにかまけて……わたくしの事を忘れてしまわれてはだめ♪」右側から身体を近づけ、耳元にささやきかける……

ドロシー「や、やめ……同時に耳元でしゃべるなぁ……っ///」

アンジェ「あら、貴女が素直に「お礼」を受け取らないからいけないのよ……ふーっ♪」

プリンセス「わたくしとアンジェはドロシーさんに悦んでいただきたいだけですもの……れろっ♪」

ドロシー「ふわ……ぁぁっ///」

アンジェ「ここが弱いのは相変わらずね……ドロシー♪」かろうじて聞き取れる程度の声でそう言うと、耳たぶを甘噛みする……

プリンセス「遠慮なさらないで、ドロシーさん? 身体の力を抜いてわたくしたちに預けてくださればよろしいのですから……ね?」内緒話をするようにドロシーの耳元に手をかざし、甘やかすようにささやくと耳を舐めあげた……

ドロシー「あ、あっ……んあっ、ん……っ///」

アンジェ「プリンセス……♪」

プリンセス「アンジェ……♪」

…左右からくすぐるようにささやきかけてくるアンジェとプリンセスの声に身体の力が抜け、甘い吐息が漏れる……椅子の肘掛けをつかんでずり落ちないようにしているのが精一杯といったドロシーの顔の上で、アンジェとプリンセスが身体を伸ばして唇を交わし、それから示し合わせたように微笑を浮かべると、ドロシーの豊満な身体を締め付けているコルセットの結び紐を左右からほどき始めた…

プリンセス「ふふ、ドロシーさんのお肌は相変わらず綺麗ですね。それに張りがあって、まるでわたくしの手に吸い付くよう……♪」

アンジェ「まったく、この身体でいったい何人の女をたぶらかしてきたのかしらね?」

…コルセットを脱がし、窮屈そうにしていた白くずっしりした乳房があらわになると、左右から手を伸ばして愛撫するアンジェとプリンセス……それぞれの片手がドロシーの胸を優しく揉みしだき、もう片方の手が引き締まった腹部から下の方へと滑っていく…

ドロシー「はーっ……はぁぁ……っ♪」頬を紅潮させて額に汗を浮かべ、焦点の定まらない瞳で天井を見上げたまま、甘い喘ぎ声をあげている……

アンジェ「それじゃあ……指、入れるわよ」くちゅ……♪

プリンセス「ふふ、わたくしも……♪」ちゅく……っ♪

ドロシー「あぁ……んあ、ああぁ……っ♪」

プリンセス「ねえ、アンジェ……ひとつ思いついたことがあるのだけれど♪」アンジェと重ね合わせた手でドロシーの濡れた花芯をなぞりながら、意味深な表情を浮かべた……

アンジェ「ふっ、貴女も意外と意地悪ね……まぁいいわ」

プリンセス「あら、アンジェだってまんざらでもないくせに……♪」

アンジェ「さあ、何の事かしら?」

プリンセス「ふふふ、とぼけちゃって……それで貴女はどう思うの、『プリンセス』?」

アンジェ「どうかしら……わたくしには分かりませんわ『アンジェ』♪」

プリンセス「そう……ならドロシー、貴女ならどう思う?」ちゅく、ぬちゅ……っ♪

アンジェ「ドロシーさん、答えていただきたいわ♪」くちゅくちゅっ……ちゅぷっ♪

ドロシー「はひっ、あひ……っ……頭が……おかしくなるぅ……っ///」耳元で入れ替わりながらささやくアンジェとプリンセスに、脳の神経が短絡を起こしたような感覚を覚える……

アンジェ「ふふ、ドロシーさんに悦んでいただけて嬉しい限りですわ♪」

プリンセス「膝まで愛液でべとべとにして、結構なご身分ね」

アンジェ「あら、でもこれは「お礼」なのだから、ドロシーさんにはもっと気持ち良くなっていただかないと……そうでしょう、アンジェ?」

プリンセス「それもそうね、プリンセス……そういうわけだから続けるわね、ドロシー♪」ぐちゅ、じゅぷ……っ♪

ドロシー「はひゅ……っ、はひっ……いぃ゛っ♪」

………
714 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/10/10(木) 02:00:23.79 ID:AaYIyoXi0
…一時間後…

ドロシー「はひ……はへ……ぇ……」

アンジェ「ドロシーったらすっかりお疲れのようね」

プリンセス「そうね。でもわたくしはまだ……ねぇ、アンジェ///」

アンジェ「分かったわ」

…壊れた操り人形のように手足を投げ出し、息も絶え絶えといった様子のドロシーをよそに甘い口づけを交わすアンジェとプリンセス……普段は優しげなプリンセスの瞳は今や熱を帯びて爛々と輝き、アンジェの冷たい瞳もゆらめく炎のように光をたたえている…

アンジェ「あむ……んっ、ちゅ……♪」

プリンセス「ん、ちゅる……ちゅむ……っ♪」

アンジェ「あ、あっ……そこ……いいわ……」

プリンセス「アンジェ、わたくしにも……んっ、あ、あぁん……っ♪」

…音がしないよう敷かれている分厚い絨毯の上、花びらのように周囲に散らばったコルセットやペチコートの中で重なる白い身体……見回りの寮監たちもすでにベッドに入っている時間帯ではあるが、年相応の女の子が布団の中で内緒話をするように声を潜め、互いの耳元で甘い言葉をささやき合う…

アンジェ「好きよ、プリンセス」

プリンセス「私もよ、シャーロット……♪」

アンジェ「んっ……///」

…アンジェにとって、プリンセスのささやく「シャーロット」は無邪気に入れ替わりを楽しんでいた頃の懐かしさと暖かさを思い起こさせる言葉で、それを耳にするだけで氷のように冷徹な心が溶け、身も心も裸にされてプリンセスに見透かされているような気持ちになってしまう…

プリンセス「ふふ……可愛い♪」

アンジェ「可愛くなんてないわ……///」恥ずかしさを隠すように、ぷいと背中を向けてしまう……

プリンセス「そういう所が可愛いわ……♪」そう言うと中指をそっと背中に伸ばし、背骨に沿ってそっと撫でていく……

アンジェ「あ……んっ///」

プリンセス「ふふ、やっぱり可愛い♪」

アンジェ「……知らないわ///」

プリンセス「もう、意地っぱりなんだから……ところでアンジェ」

アンジェ「なに?」

プリンセス「今回の暗殺に使われていた毒だけれど、即効性はあっても持続性がなかったのでしょう?」

アンジェ「そうね」

プリンセス「王国のエージェントは一体どうやってその毒を実用化したのかしら」

アンジェ「ああ、そのことね……」床の上で仰向けになると、冷めた口調で淡々と話し始めた……

アンジェ「確かにあの毒自体には即効性があるけれど、効果の方もすぐ消えてしまうから共和国の方では「役に立たない」と考えて開発を中止していた」

プリンセス「ええ」

アンジェ「けれど、あの帽子の女が持っていた薬は一種類だけじゃなかった」

プリンセス「そう言っていたわね。でも、わざわざ二種類の毒薬を用意するくらいなら最初から一種類で済む毒を持っていけば良いように思えるのだけれど」

アンジェ「二種類とも毒薬ならね」

プリンセス「……どういうこと?」

アンジェ「女が持っていた薬のうち片方は毒薬で、もう一つはその毒薬の効果を持続させる薬だった……もちろん、詳細な働きや成分はコントロールに調べてもらう必要があるでしょうけれど」

プリンセス「それじゃあ、つまり……」

アンジェ「あの会場にいた全員が「毒薬を持続させる」方の薬を摂取していたわけね」

…プリンセスの優しくいたわるような愛撫に身をゆだねたまま、冷静な口調で淡々と続ける……硬くなった乳房の先端をつままれたりすると少し声が乱れるが、話し方に変わりはない…

アンジェ「……とはいえ、それだけでは何の害にもならない。これなら同じものを食べたり飲んだりしている人間がいるから毒殺を疑われることもないし、自分は「持続薬」の方を飲まないでおけば、口移しで毒を飲ませることだってできる」

プリンセス「そんな毒薬が……」

アンジェ「ええ。もっとも、今回の件でからくりは判明した……共和国の研究部門も忙しくなるでしょうね」

プリンセス「……シャーロット」

アンジェ「気にしなくていい。私は貴女のためなら毒だって飲み干せる」

プリンセス「もう……それじゃあシャーロットにはわたくしの毒をうんと飲み干していただくわ♪」そう言って唇を重ね、舌を絡めた……
715 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/10/30(水) 01:26:44.17 ID:pRKXr6aq0
…case・アンジェ×ベアトリス「The Dreamer」(夢見る人)…

…ある日のこと・教室にて…

紅いリボンを付けたクラスメイト「ねえ、ベアトリス」

ベアトリス「なんですか?」

…ベアトリスに話しかけてきたのは豊かな巻き毛をリボンでまとめているクラスメイトで、貴族の令嬢とは言いながらも意外と気さくで年相応に噂話やファッションにも興味があり、もちろん王室……ひいてはプリンセスの話題も好きな少女だった……そして金属の喉をつけたベアトリスにも分け隔てなく接してくれ「プリンセスの話題を聞き出す」と言ったような打算も抜きに良くしてくれるいい人間ではあったが、少々お節介やきな所があり、情報活動をしているベアトリスとしてはありがた迷惑な、ちょっと付き合いにくいクラスメイトだった…

リボン「貴女って占いとかには興味ある?」

ベアトリス「占い、ですか?」

リボン「そうなの。すっごく当たるって最近話題になっているのよ?良かったら一緒に行きましょうよ」

丸眼鏡のクラスメイト「その人は毎週とある邸宅で会を開いていて、普通ならお願いしても半年は待たないといけないらしいのだけれど、今度わたくしのお知り合いが紹介してくれるって言うの」

つり目のクラスメイト「こんな機会は滅多にないわよ、どう?」

ベアトリス「えぇと、そうですねぇ…お気持ちは嬉しいですけど……」

…どちらかと言えば地味で引っ込み思案なベアトリスは、いきなり積極的に話しかけてきたお嬢様たちの勢いに少々閉口している……上手い断り方を考えている間にも目を輝かせ、にぎやかに誘ってくるクラスメイトたち…

リボン「それにほら、あなたって普段からシャーロット王女のお側仕えで忙しそうで、私たち級友なのになかなか一緒にお出かけする機会もないし」

丸眼鏡「そうそう、せっかくの機会だしちょっとくらいは良いじゃない。王女さまだってそのくらいは許してくれるわよ、ね?」

つり目「そうよそうよ。私たちね、もっとあなたとお話してみたいなって思っていたんですもの!」

ベアトリス「えーと、こればかりは私の一存では決めかねることなので……王女様に相談してみますね?」

つり目「まぁ嬉しい!楽しみにしているわね!」

丸眼鏡「もしお休みが頂けそうにないなら、わたくしたちからも口添えしてあげるわ!」

リボン「せっかくの機会ですもの、ぜひご一緒しましょうね♪」

…数時間後・部室…

ベアトリス「……ということがありまして」

プリンセス「まぁ、それは楽しそうね。ぜひ行っていらっしゃいな♪」

ベアトリス「でも、私は姫様のお側にいないと……」

ドロシー「なぁに、プリンセスがじきじきにそうおっしゃっているんだ。遠慮しないで行ってくりゃいいさ」

プリンセス「ドロシーさんの言うとおりよ、ベアト。わたくしに尽くしてくれるのは嬉しいけれど、たまには級友の皆さんとお出かけして交友関係を持つことも大事よ」

ベアトリス「そうですか、姫様がそうおっしゃるのなら」

アンジェ「……それにしても占い、ね」

ベアトリス「アンジェさん、どうかしましたか?」

アンジェ「いいえ。ただ、かつて占いだの魔術だのがアテになった試しはないわ。あんなものは大抵の場合はトリックか、どうとでもとれる言葉を上手く使って相手を煙に巻いているだけ」

プリンセス「まぁ、アンジェったら夢がないわね」

ドロシー「こいつはそういう冷血女さ……前にカード占いをしたときだってそうだったしな」

アンジェ「現実主義者なだけよ」

ベアトリス「まぁまぁ。とにかく姫様のお許しが頂けたのですから、今度行ってみますね」

プリンセス「ええ、楽しんでいらっしゃい♪」

アンジェ「くれぐれもエージェントであることを見透かされたりしないよう、気を落ち着かせて行くように」

ベアトリス「分かりました」

ドロシー「ついでに来週のお天気も占ってもらってきてくれよ」

ベアトリス「もう、からかわないでくださいよ」

ドロシー「はいはい……ったく、占いで宿題が出されるかどうか分かれば良いのにな」

アンジェ「そんなことを言っている暇に手を動かせば良いだけよ」

ドロシー「言ってくれるぜ」
716 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/11/12(火) 01:17:22.05 ID:LRRAtRg+0
…数日後…

ベアトリス「……ここ、ですか」

リボン「ええ、そうよ」

眼鏡「なんだかずいぶん雰囲気のあるお屋敷ね……」

…ロンドン市内でも再開発が進まなかった一画にひっそりと建っているチューダー様式のお屋敷は、長い年月と煤煙で黒っぽくすすけていて、どこか重苦しい雰囲気を漂わせている……庭はそれなりに手入れされていて、緑の木々やバラの棚も整えてあったりするが、背の高い樹木がかえって陽光を遮り、お屋敷に暗い影を落としているような印象を与える…

つり目「なぁに、この歳にもなってまだお化けが怖いのかしら?」

眼鏡「別に怖いだなんて言ってないでしょう!ただ、全体的に古めかしいし薄暗いから……ねぇ、ベアトリスもそう思うわよね?」

ベアトリス「そうですね、ちょっぴり薄気味悪いです……」

眼鏡「ほら、ベアトリスだってそう言っているじゃない」

リボン「おしゃべりはいいから行きましょうよ」玄関のドアノッカーを鳴らすと年月を経て黒ずんだ樫の扉が音もなく開き、黒髪を垂らしたハウスキーパーのメイドが出てきた……

メイド「……どちら様でございましょう」

リボン「こ、こちらの「占いの会」に参加しに来たのですけれど……」

メイド「さようでございましたか……では、どうぞ中へ」リボンの陽気な女学生が多少おずおずと招待状を渡すと、一礼して館へと招き入れた…

…邸内…

眼鏡「……中は意外と普通なのね」

つり目「確かにね。表のお化け屋敷みたいな雰囲気に比べるとずいぶんまっとうだわ」

メイド「お嬢様方、どうぞこちらへ……奥様は間もなく参りますので、どうぞお茶など」

リボン「え、ええ」

…廊下には深いえんじ色を基調にした厚手の絨毯が敷き詰められ、吸い込まれるかのように足音一つしない。廊下のあちこちにはそれなりに価値のありそうな絵画や飾り物が並んでいるが、光の加減によるものかどれも薄暗く陰鬱な感じに見える……天井から吊るしてあるシャンデリアやガス燈、あるいは所々で緑色の光を放っているケイバーライト燈はそれなりに数があって、邸内を明るく照らしていても良いはずなのだが、天井から下がっている飾り布や館の造りのためか限られた部分にしか光が届いておらず、かえってほうぼうに薄暗い影を作っている…

ベアトリス「……」

リボン「なぁに? ベアトリスったらそんなに怖いの?」

ベアトリス「あっ、すみません……///」リボンの女学生の腕に身体を寄せていたが、慌てて離れようとする……

リボン「……いいわよ、ちょっと薄気味がわるいものね」

…客間…

つり目「……良かった、この部屋は明るくて安心するわ」

眼鏡「なによ、散々わたしを怖がり呼ばわりしたくせに」

リボン「無理もないわよ、なんだかゾッとするような雰囲気だったもの」

…どことなく薄気味の悪いお屋敷の中を進んできたベアトリスたちは、明るく居心地の良い客間に内心ほっとしつつ、おっかなびっくりで歩いてきた互いの様子をからかいあった……室内の壁には何枚もの絵画や、錬金術か占星術の法則と思われる正体不明の図版、まるで生きているかのように見える剥製の鹿の頭が飾られていて、剥製のガラスでできた目玉が室内を映し出している……剥製の下には身長に少し足りない程度の大きさをしたキャビネットが置かれていて、ガラス戸の中には乾燥させたハーブや正体不明の乾燥植物、色とりどりの液体、古めかしい厚手の本などが整然と並んでいる…

つり目「何かしら、錬金術とか魔術の道具みたいね」

リボン「うかつに触るとイボガエルにされちゃうかもしれないわよ?」

つり目「よしてよ……」

メイド「失礼いたします」つり目の女学生が慌てて後ずさりをした矢先にメイドがノックをして入って来た……彼女が手押し車に載せてきたティーセットを並べると、ベアトリスの級友たちは年相応の女の子らしくお菓子を吟味し、甘いお茶でくつろぎはじめた……

眼鏡「結構なお味ですわ」

つり目「ええ」

リボン「ベアトリスさん、いかが? 素敵なバッテンバーグケーキよ」

ベアトリス「そうですね、いただきます」美味しい紅茶をお供に級友や王室の方々、あるいはスキャンダルになった時の人を話題に盛り上がるベアトリスたち……

メイド「奥様の準備が整いますまで、もうしばらくお待ちくださいませ……紅茶のお代わりをお注ぎいたしましょう」

ベアトリス「……?」

リボン「どうかしたの?」

ベアトリス「あぁ、いえ。なにか視線を感じたような気がしたんですけれど……気のせいだったみたいです」

つり目「このお屋敷だもの、どこかから幽霊が見ているのかもしれないわよ?」

眼鏡「もう、ケイトったら止めなさいよ!」
717 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/11/19(火) 02:14:16.55 ID:wslX6sAD0
…しばらくして…

メイド「失礼いたします。奥様の支度が整いましたので……どうぞこちらへ」

リボン「ええ」

つり目「どんな占いをするのかしら……なんだかドキドキしてきたわ」

ベアトリス「そうですね」

…占いの間…

女主人「ようこそ、わたくしの館へ……さ、どうぞお掛けになって?」

リボン「……ではお言葉に甘えて」

…メイドに連れられてやってきた一室には「奥様」と呼ばれている女主人が窓を背に背もたれの高い椅子に腰かけていた……女主人は見たところぽっちゃり気味の中年女性にすぎないが、どこか浮世離れした雰囲気をかもし出していて、袖口に時代がかったレースがあしらわれたゴシック風の黒っぽいドレスもあいまって、年齢をおしはかりにくい……声はどちらかと言えば甘いような声質で、たるみの目立ちはじめた顔にはそぐわない…

つり目「失礼します」

女主人「かしこまらなくてもよろしいのよ? 可愛らしいお嬢さま方。そのお年でわたくしの「占いの会」にご興味があるなんて光栄なことですし……わたくしのささやかな声と導きで、貴女方の悩みが少しでも晴れればそれに勝ることはございませんわ……さぁ、そちらのお嬢様も遠慮なさらずに♪」

ベアトリス「えぇと……それで、私たちはなにか準備をしたほうが良いのでしょうか?」勧められた椅子におずおずと腰かけ、部屋の左右にそっと視線を巡らしながらたずねた……

女主人「そうですわね、ではまずは緊張をほぐしていただいて……お願い」

メイド「はい」

…メイドが女主人の後ろにあった窓に重くずっしりしたカーテンを引くと途端に室内が闇に包まれ、一寸先も見えぬ暗がりになった……と、女主人が手元にあったマッチを擦り、卓上の風変わりな形状をした燭台に刺さっていた蝋燭に火を点す……蝋燭の明かりが落ち着くにつれて、室内の装飾や家具がぼんやりと見えるようになってきたが、奇妙な装身具や占い道具とおぼしき不思議な小物がちらちらと照らされると、後ろの壁に不気味な怪物の姿のような影となって揺らめいた…

女主人「では、始めさせていただきましょう……どうぞ隣の方と手を取り合って……」

………



…その日の晩…

ベアトリス「すみません、遅くなりました」教師の一人に雑事を言いつけられ、それを済ませてから小走りでやって来た……

アンジェ「ええ……それで、占いはどうだった?」

ドロシー「あぁ、そういえばそんなことを言ってたな……で、来週の天気はどうだって?」

ベアトリス「いえ、そのことなんですが……」

ドロシー「どうした?」茶化すように尋ねたが、深刻そうなベアトリスの表情を見て一気に真剣な面持ちに変わる……

ベアトリス「それが……私も最初は半信半疑だったんですけれど、あの人は本当に魔力か何かを持っているのかもしれません……」

ドロシー「おいよせよ、占星術だのなんだのに凝ってるオールドミスじゃないんだぜ?」

ちせ「ふむ……占いと言えば「当たるも八卦当たらぬも八卦」というが、そう申すからには相当だったのじゃな?」

ベアトリス「はい。だって私たちの悩み事やこれから起きそうな事を、あいまいな言い方じゃなしに予言するんです……ちょっと背筋が寒くなるくらいでした」

アンジェ「くだらない。占いで将来が見えるものなら、コントロールやノルマンディ公は私たちのような人間の代わりに占い師を雇っているはずよ」

ベアトリス「それはそうかもしれませんけど……」

プリンセス「まぁまぁ、アンジェ……それで、その「占った」具体的な内容と言うのは?」

ベアトリス「はい。まずはケイトさんの学校の成績が振るわないこと……それもラテン語が苦手で、明後日のテストが気になっていることまで」

アンジェ「……続けて」

ベアトリス「それからシャーリーさん……今回私たちを連れて行ってくれたリボンの同級生ですけれど……彼女のおうちでおじいさまが亡くなったこと」

ドロシー「それから?」

ベアトリス「エミリーさん……眼鏡の子ですけれど、彼女が飼い猫のことを大事に思っていて、寄宿舎に連れてこられないので寂しく思っていること」

プリンセス「それで、ベアトは?」

ベアトリス「わ、私は……///」

ドロシー「どうした、お互いにエージェントとして人には言えないような秘密を共有する仲じゃないか? 言いふらしたりからかったりするような真似はしないから言ってみろよ」

ベアトリス「それが、その……私には心に秘めた人がいる……って///」

ちせ「ふむ……」

プリンセス「まぁ♪」

ドロシー「なるほど……」
718 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/11/21(木) 00:54:10.65 ID:Y2QH/qTy0
ベアトリス「これだけじゃないんです。他にもいくつか占ってもらった事はあったのですが、それも当たっていて……」

ちせ「むむ……西洋には魔女というやつがいるとは聞いておったが、なかなかに面妖なものじゃな」

ドロシー「……」

アンジェ「……なるほどね」

プリンセス「アンジェ?」

アンジェ「今のベアトリスの話を聞くと、その「占い師」が「予言」したことは三つのパターンに分けられる」

ベアトリス「三つ?」

アンジェ「そう。いずれも多少の洞察力があれば簡単に分かる類のものよ」

プリンセス「……それで、その三つのパターンというのはどういうものなのかしら?」

アンジェ「これから説明するわ……まず一つめ。あいまいで誰にでも当てはまりそうな事柄」

ドロシー「例えばラテン語の書き取りやテストに苦労しているなんて「お告げ」がそれだ」

ベアトリス「でも、占い師さんはケイトさんの成績が振るわないなんてことは知らないはずですよ?」

アンジェ「年頃の女学生が頭を悩ませていることなんて、たいていは成績か恋愛くらいなものよ。大した想像力もいらない」

ドロシー「もし間違っていたとしても『この中の誰かの悩みが聞こえてしまっているようです』とかなんとか言ってごまかせば、誰か一人くらいは当てはまる奴がいるはずだ」

プリンセス「確かにそうね。それで、二つ目は?」

アンジェ「下調べをしておけば分かること……占いに来た人の家族が亡くなったとか親戚が結婚したとか、そういう類の「お告げ」ね」

ドロシー「その占い師のばあさんは予約をしてからじゃないと占ってくれないんだろ? きっとその間にお客はどこの誰でどんな親戚がいて、いつ結婚したとかじいさんが亡くなったとか、そういう情報を調べ上げているとみるね……その占い師のばあさんだが、まず間違いなく私立探偵のお得意さまだろうな」

ちせ「ふむ……では三つ目は?」

アンジェ「洞察力で見抜けるパターンね。その眼鏡の子が猫を飼っていることや寮に連れてこられないこと……こういうことは相手の言動を注意深く観察していると意外に気付く」

ベアトリス「でも、どうして猫だって分かったんでしょうか? 犬やハリネズミだっておかしくないはずです」

アンジェ「犬を飼っている人間と猫を飼っている人間は言動に違いがある」

ドロシー「例えばだが……その眼鏡っ子は紅茶にミルクを入れるとき、無意識に皿にもミルクを注ごうとして慌ててやめたりしていなかったか?」

ベアトリス「いえ、確かそういった行動はしていなかったと思います……」

ドロシー「ま、こいつは一つの例えだからな。他にも猫が逃げ出さないよう、ドアを細めに開けてすぐ閉めるとか……判断材料は色々あるさ」

ベアトリス「分かりました、そこまでは確かに洞察できると言うことにします……でも、私を占った時の「お告げ」はどうなるんですか?」

アンジェ「恋愛なんて言うのは占い師がもっとも相手にする分野だもの、むしろ真っ先に言われることでしょう」

ベアトリス「でも、そういうありきたりの言い方じゃなくて……遠回しで他の人には分からない言い方でしたけれど、間違いなく私にしか当てはまらないことでした」

プリンセス「そうなの、ベアト?」

ベアトリス「えっ? ええ、そうでした……姫様///」

アンジェ「それもおそらくは洞察したのでしょうね。貴女が王女のお付きをしていることは調べれば分かる、そしてプリンセスが敬愛するに値する人柄であることも間違いない」

プリンセス「お褒めにあずかり光栄だわ、アンジェ♪」

アンジェ「どういたしまして……そして貴女の思慕の対象がプリンセスかどうかは、気付かぬようにカマをかけてその反応をうかがっていたはず」

ドロシー「そしてお前さんはまだまだポーカーフェイスの上手な部類とはいかないからな……きっと表情で読まれちまったんだろう」

ベアトリス「で、でもっ……!」

アンジェ「まだ何か?」

ベアトリス「その占い師さんは本当に細かなことも言い当てることが出来たんですよ? それこそ、エミリーさんが今朝ティーカップを落としてしまった事まで……」

ドロシー「ぷっ……♪」

ベアトリス「何がおかしいんですか?」

アンジェ「より簡単な方法も使っていると分かったからよ……その「占いの会」が開かれるまで、屋敷のどこかで待たされなかった?」

ベアトリス「え、ええ……なんでも支度があるとかなんとかで、お茶を出していただいて……」

ドロシー「それだな。おそらくその部屋のどこかには隠し穴があって、お前さんたちをこっそりのぞき見し、会話も盗み聞きしていたのさ」

ベアトリス「えっ……!」

アンジェ「でなければそんな細かな話題を調べることなんて出来るわけがない……中世のころから変わらないインチキの手口ね」
719 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/11/29(金) 01:21:00.40 ID:arkuOjKV0
…しばらくして…

ベアトリス「ふわぁ……ご、ごめんなさい」あくびが出そうになり、顔を赤らめて謝った……

プリンセス「ふふ、ベアトも今日は色々と疲れたでしょう。先に休んでいて構わないわ」

ベアトリス「でも、姫様……」

プリンセス「いいのよ、ベアト……その代わり、わたくしのお布団を整えておいてもらえるかしら?」

ベアトリス「もちろんです、姫様」

ちせ「確かにもうこんな時刻じゃ、私もお暇させていただこう」

ドロシー「ああ、ゆっくり寝ろよ」

アンジェ「お休み」

プリンセス「お休みなさい♪」

ドロシー「……なぁアンジェ、さっきのベアトリスの話だが」ベアトリスとちせが静かにドアを閉めて出ていくとドロシーはカップに残っていた紅茶を飲み干し、あきれたように肩をすくめた…

アンジェ「ええ」

ドロシー「どう思うよ?」

アンジェ「まともに取り合うだけバカバカしいわ」

プリンセス「あら? せっかくの機会ですもの、ちょっと行ってみたいと思ったのですけれど♪」

ドロシー「おいおい、勘弁してくれ……」

…数十分前…

ベアトリス「それで、シャーリーさんが寮への帰り道に「ベアトリスさん、今度機会があったらシャーロット王女様もお誘いになってみてはいかがかしら?」って言っていました。もちろん、私としては答えようがないのでどちらとも言いませんでしたが」

………



ドロシー「あいつら、はじめっからそれが狙いだったんだろうさ」

アンジェ「ベアトリスを餌にプリンセスを釣ろうとしたのね……プリンセスとお近づきになりたい、プリンセスの言動ならなんでも知りたいという熱烈な支持者は少なくないもの」

プリンセス「わたくしとしては、それだけ皆さまが愛してくれているのだと思っておりますけれど」

ドロシー「だからといってどこの馬の骨ともしれない占い師のところに気軽に行く訳にもいかないだろう……たとえお忍びで出かけるにしたってな」

アンジェ「それにもし占いの最中に妙な託宣を告げられて、それをきっかけに正体がバレるような事態になっては困る」

プリンセス「だからといって、せっかくのお誘いをむげに断るのもシャーリーさんたちの気持ちを害することになるのではないかしら?」

アンジェ「それは分かっているわ、だからといって素直に行くのも考え物よ」

プリンセス「そうかもしれないけれど……」

ドロシー「……それならアンジェ、お前さんが行ってきたらどうだ?」

アンジェ「私が?」

ドロシー「ああ。お前さんなら入れ替わったところでバレやしないし、もし不測の事態があったところで対応できるだろう」

プリンセス「そうね、それなら良いかもしれないわ♪」

アンジェ「あいにく黒蜥蜴星人は占いなんて迷信は信じないの」

ドロシー「お前さんが占いを信じているかどうかなんて気にしちゃいねえよ。プリンセスの代わりとして占い婆さんに水晶玉だか手相だかを見てもらえばいいって言ってるのさ」

アンジェ「気が進まないわ」

プリンセス「あら「この世界では、たとえやりたくない任務でもこなさなければならない」って教えてくれたのはアンジェよ?」

アンジェ「……」

ドロシー「決まりだな。今度ベアトリスを通して「プリンセスも行きたがっている」と伝えさせるとしよう」

プリンセス「わたくしの代わりにたくさん占ってもらってきてね、アンジェ?」

アンジェ「せいぜいあきれたような表情が出ないよう努力するわ」

………

720 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/12/11(水) 01:59:39.93 ID:1hf25taZ0
…数日後…

ベアトリス「あの、シャーリーさん……少しいいですか?」

リボン「ええ、もちろんよ♪ どうかして?」

ベアトリス「はい、その……今度の「占いの会」について、姫様にお伝えしたのですが……」

リボン「ええ」

ベアトリス「えぇと、その……姫様がおっしゃるには「お忍びで参加してみたいので、くれぐれも内密にお願いします」とのことでいらっしゃいました」

リボン「まぁ、本当に?」

ベアトリス「はい。もっとも公務が優先ですから、日取りの都合が付かない場合はご容赦いただきたいとのことでした」

リボン「分かりましたわ。それじゃあベアトリスさんに「占いの会」が行われる日取りを教えてあげるから、どうぞ王女様と相談の上でお決めになって?」

ベアトリス「ありがとうございます。そうさせてもらいますね」

リボン「いいえ、シャーロット王女様は日頃からお忙しい限りですもの。たまにはこうして風変わりな体験をなさるのも良い息抜きになるはずですわ」

ベアトリス「そうですね、それとお忍びですから……」

リボン「もちろん、私とあなたの間の胸の内に留めておきます♪」そう言うと「任せておいて」と、女学生としては少々はしたないウィンクを投げた……

ベアトリス「……ふぅ」

…夜…

アンジェ「……それで、その「占いの会」とやらはこの日付で行われるのね」

ベアトリス「少なくともシャーリーさんはそう言っていました」

アンジェ「なるほど……ドロシー、貴女はどう思う?」

ドロシー「まぁいいんじゃないか? 行ってくればいいさ」

アンジェ「頼りになる意見ね」

ベアトリス「えーと……ともかく、この日付が空いているところだそうですから」

アンジェ「分かった、それじゃあこの日を候補にしておきましょう。不都合があった場合はその次の週も大丈夫そうだと伝えておいて」

ベアトリス「分かりました」

アンジェ「それから当日だけれど、貴女にはプリンセスのお付きとして振る舞ってもらう」

ベアトリス「はい」

ドロシー「私はプリンセスの守りにつくからバックアップには回れないし、ちせはちせで堀河公との面談が入っている……アンジェがいるから大丈夫だろうが、くれぐれもボロを出さないようにな」

ベアトリス「もちろんです」

ドロシー「はは、頼もしいな♪」

アンジェ「他の参加者については?」

ベアトリス「はい。占い師さんの紹介状は前回いただきましたから、私の紹介と言う形でアンジェさん、それとエミリーさんとシャーリーさんが一緒に行くことになります」

ドロシー「必ず四人なんだな」

ベアトリス「例外もないわけではないようですけれど、たいていはそうみたいですね」

ドロシー「何か意味があるのかねぇ」

アンジェ「さぁ……いずれにせよ、目くらましが二人いればこちらも目立たなくて済むかもしれないわ」

ドロシー「どうだろうな……ともかく日取りは分かった。その日で行くとしよう」

アンジェ「ええ」

ベアトリス「分かりました」

………

721 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/12/18(水) 02:00:38.32 ID:1X7Fz/Vc0
…「占いの会」当日…

眼鏡「それじゃあ今日はよろしくお願いいたします」

リボン「王女様とご一緒出来て光栄ですわ」

アンジェ「こちらこそ。エミリーさん、シャーリーさん、お二人がわたくしの事を誘ってくださって嬉しいかぎりです……ね、ベアト?」

ベアトリス「はい、姫様♪」

…普段の仏頂面はどこへやら、プリンセスになりきってにこやかに笑みを振りまいているアンジェ……日頃からプリンセスの一挙手一投足をよく見ているベアトリスですら信じ込みそうになるアンジェの偽装ゆえ、二人の女学生は身代わりであることにまったく気付かない…

眼鏡「いえ、そんな……王女様からそのようなお言葉を頂けるなんて……///」

アンジェ「ふふっ、今日は一人の女学生として「お忍び」で行くのですから、そうかしこまらずに♪」

眼鏡「は、はい///」

リボン「車の方は私が用意しておきました。窮屈で申し訳ありませんが、どうぞお乗りください」

…艶のある黒い車体に銀の縁取りを施したロールス・ロイス(RR)乗用車が停まると、雇われ運転手がさっと降りて客席のドアを開け、踏み段を地面に置く……アンジェたちが楽しげに談笑しながら後部座席に乗り込むと運転手がドアを閉め、車をスタートさせる…

アンジェ「いいえ、こうして膝をつき合わせて出かけるのもまた楽しいです♪」

眼鏡「王女様とこんなお近くで話をするのは初めてです……///」

アンジェ「ふふっ、今日はただの「シャーロット」ですよ……くれぐれも占い師さんに気付かれないように♪」

リボン「はい♪」

…占い師の邸宅…

アンジェ「まぁ、このお屋敷が……」

リボン「いかにもな雰囲気がありますよね?」

アンジェ「ええ、そうですね……なんとも風格のあるたたずまいですわ」

眼鏡「そ、それじゃあノックしますね」ノッカーを叩くと、前回と同じメイドが出迎える……

メイド「ようこそお越し下さいました……それと失礼ながら、お嬢様はご友人からの紹介状はお持ちでしょうか?」

アンジェ「はい」

メイド「確かに……ではどうぞ、中へ」

アンジェ「……まぁ、何とも歴史ある雰囲気ですわ(室内の調度はわざと陰影が濃く、おどろおどろしい影が生まれるように配置されている……)」

メイド「奥様の用意が整いますまで、しばらくお待ちいたくことになりますので……どうぞこちらへ」

…客間…

メイド「お茶をお持ちしましたので、お召し上がりになってお待ち下さい」

アンジェ「ええ、ありがとう(薄暗く気味の悪い廊下から明るい客間に入ることで、ほっとした「客」は口が軽くなる……)」優雅に紅茶を楽しみつつ、視線の片隅で室内をさっと探る……

アンジェ「……まぁ、美味しい♪(室内に焚かれているこのお香も、緊張をほぐす系統のものね……)」

リボン「それで、私は寮長先生に見つからないように……」

アンジェ「あらあら、ふふふっ♪」

…表情一つ変えずに談笑しながら、室内のからくりを次々と見抜いていくアンジェ……壁に掛けられている絵画の何枚かと、剥製にされた鹿の目玉にはまっているガラスは微妙にしっくりしていない所を見るに、向こうから見聞きできるよう隠し窓が設けてあるようで、口に運んだケーキには自白剤にも使われる鎮静作用のあるハーブが練り込んであるらしく、舌先に残らない程度に独特の青い風味がした…

ベアトリス「それで言ったら、私も前に……♪」そうとは知らないベアトリスと二人の級友は気付かぬうちに舌が軽くなり、普段なら口に出すことのないようなデリケートな事柄について嬉々としてしゃべっている……

アンジェ「そういうことでしたらわたくしも……♪」一人だけ効果がないようでは怪しまれるので、あえて一か所だけ事実とは違う……しかし他は間違っていないことを「暴露」する……

眼鏡「えぇ? シャーロットさんにもそんなことが?」

アンジェ「それはもう……なにせわたくしだって女の子ですもの♪」

ベアトリス「もう、そんな話題でおしゃべりするなんて……はしたないですよ」

リボン「まぁまぁ、そう肩肘張らなくたって良いじゃない♪」

メイド「……失礼いたします、奥様の準備が整いました」

リボン「まぁ、待ちかねていたところです♪」

メイド「お待たせして申し訳ございません……では、どうぞこちらへ」

アンジェ「……(いよいよね)」
722 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2024/12/26(木) 01:11:14.55 ID:KTpDCFja0
女主人「……ようこそいらっしゃいました。どうぞお掛けになって?」

リボン「ええ」

眼鏡「はい」

ベアトリス「よろしくお願いします」

女主人「それと、そちらの方は初めてでいらっしゃるわね? ……どうぞ気を楽にして下さいましね」

アンジェ「お気遣いありがとうございます、なにとぞよろしくお願いいたします」

女主人「これはご丁寧に……さて、それぞれのお席に座っていただいた事ですし、早速始めさせていただきましょう」

…そう言ってメイドに厚手のカーテンを閉めさせ、燭台の蝋燭に火を点す……そして隣同士でそれぞれ手を繋ぐように言われたアンジェは左手をベアトリスと、右手を女主人と握った……明滅する蝋燭が背後の調度やアンジェ達の影を大きく揺らめかせ、どちらかと言えばぽってりした女主人の手がなれなれしいくらいの様子でアンジェの手を包む…

アンジェ「……」

女主人「大丈夫ですわ、どうか気を楽にして……ゆったりと……星々の流れに身を任せるように……」

…どちらかと言えば特徴のない地味な中年女性から出ているとは思えないくらいの甘ったるい声が陶酔したようなぼんやりした響きを帯びて、上の空とでもいうような態度でつぶやき始める…

アンジェ「……(よくあるタイプの占い師ね)」表向きはどうなるかと興味津々、実際は醒めた態度のアンジェ……

女主人「なにかしら、どなたかのイメージがわたくしの頭に入って来ておりますわ……犬……いいえ、猫……茶色……いえ、しま模様の……」

眼鏡「あ……それ、私です」軽いトランス状態とでもいえそうな女学生が声をあげた……

女主人「そう……以前の悩みは解決できたようですわね」

眼鏡「はい、おかげで新しい猫ちゃんと友達になれました……」

女主人「そう、「ミセス・シフォン」と仲良しになれて何よりですわね」

眼鏡「わ、名前まで分かるんですね……///」

女主人「それだけ貴女の気持ちがはっきりと伝わって来ておりますわ」

眼鏡「そんな細かいところまで分かるんですね……ちょっと恥ずかしいです///」さきほどお茶を飲みながら話した猫の話をすっかり盗み聞きされているとも知らず、感心しきりの女学生……

女主人「大丈夫、本当に秘密にしたいことは無意識のうちに心の奥へとしまい込まれるものですから……ですからどうぞ安心なさって……ゆーっくり息をして……」

アンジェ「……」

女主人「ところで、貴女からはとても強いものを感じます……さまざまなもの……なにか、とても大きなものを背負っている……いかがかしら?」

アンジェ「まぁ、その通りですわ」

女主人「そうでしょうね、貴女の背負っているものはとても大きい……何かしら……家名……いえ、もっと格のある……街……いいえ、それよりもさらに規模がある……もしかして、このアルビオン王国かしら?」

アンジェ「ええ、その通りですわ……」

女主人「それはそれは。お姫様と占いの会を開けるのは光栄な事ですわ……もっとも、称号のことはしばしお忘れになって……草原で寝転ぶように、肩の力を抜いて……深呼吸をなさって……」

アンジェ「すぅ……はぁ……」

女主人「……貴女のお気持ちでしょうか、椅子が見えます……ひとつ、ふたつ……いいえ、三つ……四つ……そして王冠の載っている椅子が一つ……」

アンジェ「……」

女主人「四つの椅子は王冠のまわりに並んでおります……一つの椅子はかなり離れていて、もう一つの小さな椅子も少し遠い……一番近いのは一番大きい椅子ですけれど、どうやら、貴女の椅子は二番目に王冠に近いように見えます」

ベアトリス「……っ、すごい」小声で感心したような声を漏らす……

アンジェ「それで、他は何が見えますでしょうか?」

女主人「ええ……色々なものが混在しておりますからなかなか……お嬢様方のお洋服……いえ、制服のようなものが見えるようですわ……こちらはひとつ、ふたつ……三着あるように思えます」

アンジェ「三着?」

女主人「そうですわ……制服は協調の現われ、そして貴女の考えに浮かんでいるということは、距離の近い方やお友達かしら?」

アンジェ「おそらく学校での友人たちかと……素晴らしい能力をお持ちなのですね♪」

女主人「いいえ、めっそうもない……多少『観る』力が強いだけですわ」

アンジェ「……では、一つお願いが」

女主人「ええ、わたくしに出来る限りのことでしたら♪」

アンジェ「まぁ、助かりますわ……では……」
723 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/01/07(火) 01:27:39.35 ID:LNHzMssr0
アンジェ「わたくし、少々悩んでいることがあるのですが……」

女主人「ええ、そのようですね……無理もありません、世の中の人はみな大小それぞれ悩みを抱えているものなのです……」

アンジェ「確かに……では、その悩みを解決する手立てを観てはいただけないでしょうか?」

女主人「なるほど。しかし貴女のお悩みは一つだけではないご様子……どのお悩みについてか絞っていただきませんと……ね?」

アンジェ「はい。では、わたくしが最も気にかけている事柄についてお願いいたしますわ」

女主人「え、ええ……そうですわね……」

女主人「……ふむふむ……貴女の悩みは大きな建物の中にあるようですわ」アンジェのどうとでも取れる回答に一瞬ためらった占い師……とはいえ長年に渡っていんちき占いをやってきているため、すぐ会話を取り繕う……

アンジェ「大きな建物?」

女主人「そうです……白く輝く大きな建物……」

アンジェ「白く……?」

女主人「そう、白くです……」

アンジェ「不思議ですわ、バッキンガムもウェストミンスターも白いとは思えないのですけれど……」

女主人「白いというのは必ずしも色を指しているわけではございません……そう、その「もの」が持つ力やイメージ……」

アンジェ「なるほど……」

女主人「その白く輝く建物に……人がおります……一人の……若いお方……」

アンジェ「殿方でしょうか、それともご婦人でしょうか?」

女主人「だめ、あせってはいけません……その方は強い力を持っております……人を導く強い力……でも、まだその力は成長の途中にある……」

女主人「……立派な樫の木も最初は若木であったように、その力の持ち主もまだ細く、小さい」

女主人「しかし……いずれは風雨に耐え、育っていく姿が見えます……枝を広げ、青々とした葉を……」

アンジェ「その枝は折れたりすることはありませんか……?」

女主人「枝は折れることもあれば風に揺さぶられることもあります。しかし、この木はとても丈夫で力を秘めている……幹が折れることはなく、着実に根を広げ、多くの人たちに涼しい日陰を差しかけ、愛されることでしょう……」プリンセスのふりをしたアンジェに対し、煙に巻くようなあいまいな答えを出す占い師……

ベアトリス「……そうですね、まったくです」姫様が立派になるという言葉を聞き、小声で同感の意を示すベアトリス……

眼鏡「すごい……」

リボン「何でもお見通しなのね……!」ベアトリスだけでなく、二人の級友も感心したようにうなずいている……

アンジェ「……では、他の人はどうでしょうか?」

女主人「そう、さきほどの制服が見えます……一つは華やかでバラのよう、一つはかすみ草のように控え目でつつましい……もう一つは……不思議です、なにか変わった……」

アンジェ「変わった……?」

女主人「変わったものを感じます……このアルビオンの土とは違う……そして小さいけれどもしっかりと大地に根を下ろしている……」

アンジェ「……(自分が「小さい」なんて言われていると聞いたら、ちせはどう思うかしら)」

女主人「まるで花束のよう……それぞれが違っていながら、それでいてよくまとまっている……あぁ……」

女主人「……もっと「観た」ものをお伝え出来ればよろしいのですが、わたくしも疲れて……申し訳ありませんが、そろそろお開きにさせていただきたく存じますわ」

アンジェ「ありがとうございます」

女主人「いいえ、よろしければまたお出で下さいませ……メイドが玄関までご案内いたします」まだ多少ぼんやりしているベアトリスたちが退席していき、最後にアンジェが残った……

アンジェ「では、わたくしもこれで……」

女主人「ええ、では……」そう言いかけたところでがくりと頭がのめり、失神したようになった……

アンジェ「……?」

女主人「う、うぅ……一人の少女が恋い焦がれるのは本物であって本物ではない……だが本物は偽物で、偽物は本物になる……」

アンジェ「!」

女主人「少女は待っている、偽物であり本物であるものを……」

女主人「……う、うぅん……あら、わたくしは……何を?」

アンジェ「占いが終わって退席するところですわ……それではまた♪」

女主人「え、えぇ……では星が巡り会いましたらまたお出で下さいまし、ね?」

アンジェ「そうさせていただきますわ(ふっ、まさにひょうたんから出た駒ね。いんちき占い師が本当に占ってみせるなんて……)」
724 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/01/18(土) 01:01:43.96 ID:8YeQi+yV0
…その夜…

アンジェ「……ふう」

ベアトリス「もうそろそろ止めませんか? アンジェさん、ひどくお疲れみたいですし」

アンジェ「大丈夫よ、つまらない事をさせられて退屈だっただけ」

ベアトリス「もう、素直じゃないですね……はい」

…寮監の見回りも終わり、夜も更けてきた時間帯に黙々と報告書を仕上げているアンジェ……そのかたわらでお茶を淹れたり封蝋を押したりと動き回っているベアトリスは、プリンセスが多忙極めるアンジェに対する応援として送ってきてくれたもので、まだ未熟な部分はあれど、その細やかな気づかいにはアンジェも少し感謝するところがあった……今もまた字が霞んできたアンジェを気づかい、温かいミルク入りのウバ茶を注いで出してくれた…

アンジェ「ええ」

ベアトリス「それで、こちらは封をして……と」

アンジェ「下書きは焼き捨てる」

ベアトリス「はい」

アンジェ「どうやら問題ないようね……」さっと室内を眺め回して、うっかり置きっぱなしにしている機密書類や身分が割れてしまうような物がないか確かめる……

ベアトリス「そうみたいですね。お疲れさまです、アンジェさん」

アンジェ「いいえ、エージェントならこのくらいは普通よ……」

ベアトリス「でもなんだかくたびれている感じです、良かったら肩でも揉みますよ?」

アンジェ「まだそんな年じゃないわ」

ベアトリス「そう言わないでください、姫様も時々して差し上げるんですけれど「ベアトの肩もみは気持ちいいわ♪」っておっしゃってくれますよ?」

アンジェ「そう、そこまで言うならしてもらおうかしら」

ベアトリス「はい♪ それじゃあ長椅子に腰かけてもらって……」

…長椅子に腰かけたアンジェの背中に立ち、ナイトガウンを少しはだけさせると小さな手で肩を揉み始めたベアトリス……アンジェ自身も薄々気付いてはいたが、書類仕事のせいもあって肩はかなりこわばっていて、ベアトリスの小さな手がさすり、揉んでいくうちに目のかすみや肩のこわばりが良くなっていく感じがした…

ベアトリス「……どうですか?」

アンジェ「そうね、悪くはないわ」

ベアトリス「アンジェさんは相変わらず辛口ですね……それにしてもすごく凝っていますよ?」

アンジェ「肩に背負うもの一つない無責任な女学生というわけにはいかないもの」

ベアトリス「だからって、一人で溜め込まないで私たちにも分担させて下さい……そのための「白鳩」なんですから」

アンジェ「ふ、貴女も言うようになったわね」

ベアトリス「これでもチームの一員のつもりですから」

アンジェ「そうね……実際ずいぶんと成長したものよ♪」後ろに手を伸ばし、肩を揉んでいるベアトリスの頬を軽く撫でた……

ベアトリス「アンジェさん?」

アンジェ「……こっちにいらっしゃい」

ベアトリス「肩もみはもういいんですか?」

アンジェ「ええ、だいぶ凝りもほぐれたようだから……それより、ほら」ぽんぽんと軽く太ももを叩き、膝の上に座るよう促した……

ベアトリス「え、いいですよっ……そんな///」

アンジェ「いいから」

ベアトリス「そ、それじゃあ失礼して……」体重をかけないよう、遠慮しいしい腰かける……

アンジェ「……そんなに固くならないで、もっと力を抜きなさい」

ベアトリス「いえ、でも……」

アンジェ「いいから」

ベアトリス「あっ……///」後ろから抱きしめられると、不思議とプリンセスに抱かれているような気分になる……アンジェの方が少し筋肉質で細っぽく、付けている香水もプリンセスのものと違って爽やかな松葉のような香りだが、腕を回されてぎゅっと抱きしめられると、どことなく雰囲気が重なっている気がしてくる…

アンジェ「ベアトリス……ん♪」

ベアトリス「ふぁ……っ///」うなじに軽くついばむようなキスをされ、驚きと甘さの交じった吐息が漏れる……

アンジェ「可愛い声ね……ちゅっ♪」

ベアトリス「ひゃう……あんっ///」唇が触れるか触れないかの絶妙な感触に身体がぞわぞわし、きゅんとしびれるような感覚が下半身から這い上ってくる……

アンジェ「ふふ……♪」
725 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/01/27(月) 00:51:33.57 ID:8cze01OX0
ベアトリス「な、なにがおかしいんですか……っ///」

アンジェ「別に……プリンセスと閨(ねや)を共にすることもある貴女が、こんなに初心なのがおかしいだけよ」

ベアトリス「わ、笑う所じゃありま……ひゃあぁっ///」

アンジェ「あら、だいぶここが固くなってきたんじゃないかしら……♪」下着の中に手を差し入れて、固くなった小さい先端をつまむ……

ベアトリス「や、あぁ……っ///」

アンジェ「ふ、そんな風にイヤイヤ言っていても可愛いだけよ……んちゅ、れろっ♪」

ベアトリス「は、放してくださ……ふあぁぁ♪」

…アンジェに抱きすくめられたベアトリスは脱出しようとジタバタもがいたが、腰に回された片手は細いくせに揺るぎもせず、首筋を舐めあげられると背筋にくすぐったさが襲ってきて思わず嬌声をあげてしまう……しかも、もがき暴れたせいで白いナイトガウンははだけてしまい、気付けば下にまとっていた薄いキャミソール姿になってしまっている……アンジェはそこを見逃さず、するりと手を滑り込ませた…

アンジェ「そんなに暴れないことね……あまりドタバタ騒いでいると寮監に気付かれてしまう」

ベアトリス「だったら……!」

アンジェ「貴女のことをほぐしてあげようとしているだけよ……それに」

ベアトリス「何ですか、まだ何かあるんですか……っ!?」

アンジェ「そうやって目尻に涙を溜めて、ムキになって言い返している姿……人によってはそそられるわよ?」

ベアトリス「ひっ!?」

アンジェ「人によっては、よ……幸い私はそんな性格ではないけれど、それでも今のは誘っているようにしか見えなかった」

ベアトリス「ち、違います! 全然そんなつもりじゃあ……///」

アンジェ「ほら、今度はそうやって縮こまっておびえたような態度を取る……そういうのが誘っているように見えると言っているのよ」かぷっ♪

ベアトリス「ひゃぁぁぁん……っ///」首筋を甘噛みされて、びくびくと身体が跳ねる……

アンジェ「たったこれだけで感じているの? エージェントとしての訓練はともかく、いつまでたってもこっちの方は成長が見られないわね」ちゅぷ……っ♪

ベアトリス「そ、そんなことを言われても……ぉぉっ!?」

アンジェ「ふふ、今日は特別に甘えさせてあげるわ……力を抜きなさい」

ベアトリス「い、いいですよ……そんな……ぁっ///」

アンジェ「人からの好意は無にする物じゃないわ、ありがたく受け取っておきなさい」くちゅ、ぬちゅ……♪

ベアトリス「そういうのは好意じゃなくて押しつけ……ふわぁぁぁ……っ♪」

…ベアトリスが何か言い返そうとする前に、舌で湿した指をくちゅりと花芯に滑り込ませたアンジェ……途端に腰を浮かせ、内ももを濡らしながら甘ったるい絶叫をあげるベアトリス…

アンジェ「何か言った?」

ベアトリス「アンジェさん……っ、いい加減に……あぁぁっ♪」

アンジェ「あんまりにも簡単にイってしまうと張り合いがないわね……もう少しこらえられないの?」

ベアトリス「か、勝手なことを言わないでくださ……はひっ、はぁぁぁ……っ♪」片手を秘部にあてがって噴き出す愛蜜を押さえようとするが、絶頂の甘い感覚で身体が言うことを聞かず、寝椅子のクッションに大きく染みを作ってしまう……

アンジェ「どうやら無理な相談のようね……まぁ、貴女が悦んでいるようでなによりだわ」

ベアトリス「こ、こんな勝手な……ひぐっ、また……イっちゃいますからぁ……っ♪」

…プレイガール・スパイとして魅力的な肉体を駆使し、数多の女性を「手がけて」きたドロシーほどではないにしろ、アンジェも同性を悦ばせることに関してはかなりの腕前を持っている……それに対してベアトリスはなすすべもなく、ただアンジェの指のおもむくままに喘ぎ、身体をひくつかせ、愛蜜を垂らして快感に悶えている…

アンジェ「好きなだけイっていいのよ……今日のはご褒美なんだから」

ベアトリス「はひっ、はへっ……そんなの……身体がもちませ……ふあぁぁぁ♪」

…アンジェの中指と薬指が揃ってベアトリスの花芯に入って来て、中を丁寧になぞり上げる……そのたびにベアトリスはがくりと首を上向かせ、甘えたような舌っ足らずな絶叫を響かせる…

アンジェ「さっき言わなかったかしら、そんなに大きな声を出すと寮監に聞こえてしまう……って」

ベアトリス「……っ///」

アンジェ「そう、それでいいわ……♪」そういいながら、銃の引金を引くような滑らかな指の動きで膣内をこすりあげる……

ベアトリス「んあぁぁぁぁっ♪」ぷしゃぁ……っ♪

アンジェ「ふふ、満足してくれたようで良かったわ……さ、夜も更けてきた。寝室に戻りなさい」

ベアトリス「は、はひっ……///」

アンジェ「……貴女の献身を知っているのはプリンセスだけじゃないのよ」ベアトリスに聞かれないよう小声でつぶやくと、べとべとになった指を舐めあげて小さく微笑んだ……
726 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/02/15(土) 00:17:32.53 ID:Rf37akDv0
劇場版「プリンセス・プリンシパル clown handler〜第四章〜」の封切りが5/23日に決まりましたね!

二年ぶりなのでストーリーを忘れている方も多いでしょうが、前回の第三章を振り返り放送するみたいですから復習できそうです。
727 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/02/15(土) 01:03:57.72 ID:Rf37akDv0
〜Case・ドロシー×ちせ「A man from the new world」(新世界から来た男)〜

…とある日…

ドロシー「なるほど、プリンセスの静養か」

アンジェ「ええ。このところ王室関係者への襲撃や暗殺騒ぎが頻発していたから、ノルマンディ公の主導で王宮の警備体制を見直すことになった。その間プリンセスは「ご静養」という名目で二週間ほどロンドンを離れることになる」

ドロシー「当然お前さんも付いていくんだろう?」

アンジェ「ええ。場合によってはプリンセスの身代わりになる必要が出てくるかもしれないし、ベアトリスだけでは少し心もとない」

ドロシー「分かった。留守はあずかっておく」

アンジェ「お願い」

ドロシー「任せておけ。ちせにチェスを教え込むいい機会だ♪」

アンジェ「こっちの留守中に何もないといいけれど」

ドロシー「起きるかどうか分からないことを心配したって始まらないさ……ま、いい空気でも吸ってくるんだな」

アンジェ「そうさせてもらうわ」

…その日の午後…

ちせ「……なるほど、ではドロシーどのと二人きりというわけか」

ドロシー「ああ。コントロールにもこっちが一時的な人手不足になっていることを言ってあるから、よほどのことが起きないかぎりは任務を押しつけられることもないはずだ」

ちせ「ならば普段通りに過ごせば良いということじゃな」

ドロシー「その通り。ラテン語と英文法、それにティータイムのお作法も普段通りみっちり教え込んでやるよ」

ちせ「むむむ……」

ドロシー「なぁに、そう固くなることはないさ。私はアンジェみたいにビシバシやるタイプじゃないからな」

ちせ「うむ、なにとぞお手柔らかに頼む」

ドロシー「ああ、気楽にやろうぜ♪」

…翌日…

ドロシー「さて……と」

…朝食を済ませると朝の自習時間を手早く切り上げ、静かな部室で悠々と朝刊をめくるドロシー……定期的な連絡に用いるメールドロップや、緊急性の高い無電や伝書鳩といった方法をのぞいたメッセージは数日おきに特定の広告として朝刊に掲載され、書かれている文面次第で会合の場所や時間が変わってくる…

ドロシー「お、あったな……」内容を解読して記憶すると、安心して新聞記事を読み始めた……

…しばらくして・リージェント公園…

L「よく来てくれた」

ドロシー「まさか来ないわけにもいかないだろうさ……挨拶はいいから本題に入ろうぜ」

L「結構。新大陸の植民地情勢については?」

ドロシー「公になっている程度のことなら一通り」

L「よろしい。実は新大陸から王国側のエージェントが入国した」

ドロシー「……新大陸の同業者だって?」

L「うむ。この週末にアメリカ植民地の商品を集めた見本市があるのだが、そこに参加している商人に混じって王国植民地政府の使っているエージェントが入国するらしいのだ」

ドロシー「馬を跳ね回らせる早撃ちカウボーイってわけか」

L「ふっ、まあそういうことだな」

ドロシー「それで、こっちには何をしてほしいんだ……監視か、排除か、それともバーボンウイスキーでも買ってくるか?」

L「まずは監視だ。商品見本市には一般参加日もある。流行り物が好きな女学生が顔を出してもおかしくない。王国植民地のエージェントを割り出し、同時に接触している人間を確かめ、後でこちらが王国エージェントと疑っている者のリストと照合してもらう」

ドロシー「だが、目的のやつは企業参加日にしかいないかもしれないぜ?」

L「それならそれで仕方がない。だが王国も企業参加日にエージェントを送り込むことはしないはずだ。もちろん商社や貿易商のカバーを持っているエージェントもいるだろうが、接触を試みるならより不特定多数の参加者がいる一般参加日を選ぶはずだ」

ドロシー「了解。それじゃあその見本市に参加するのが第一だな」

L「そうだ。人数が欠けていることはこちらも承知している、可能な限りでかまわん」

ドロシー「分かった、そうさせてもらう」
728 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/02/25(火) 00:40:08.14 ID:KxZEv0X10
…その晩…

ちせ「ふわ……っと、あいすまぬ」

ドロシー「別に私は女王様じゃあないんだ、あくびだろうがおならだろうが構わないさ……チェックメイト」

ちせ「むむ……」

ドロシー「チェスはまだまだ苦手みたいだな?」

ちせ「その分は将棋で取り返すから問題なしじゃ」

ドロシー「あのゲームは分捕った駒を使えるってのが斬新だな……まるで取り押さえたエージェントを転向させるみたいじゃないか」

ちせ「なるほど、確かにそうじゃ……」

ドロシー「さて、そろそろおしまいにするか……ちょいと話がある」チェス盤と駒を片付けると、少し真面目な表情を浮かべた……

ちせ「どうしたのじゃ?」

ドロシー「ああ、実をいうと今日コントロールの方から任務の伝達があった」

ちせ「人手不足で応じきれぬという話は伝えたと聞いておったが?」

ドロシー「まぁな……とはいえこっちも植え込んだエージェントを挙げられたり排除されたりして手が足りないからな、どうしてもお鉢が回ってくるってわけさ」

ちせ「それで、なにをすれば良いのじゃ?」

ドロシー「今回のは監視任務だ」

ちせ「ふむ」

ドロシー「今度、新大陸の植民地から産出したものや製造されたものの展示会がある。その会場にやってくる植民地の人間に王国側のエージェントが混じっているらしい……私たちは会場に行ってぶらぶらしながらそれらしい人間を探し出し、同時にそいつと繋ぎを付けている王国の人間がいたら顔を覚えて資料と照合できるようにしようって任務だ」

ちせ「しかし、展示会のような会場では人も多かろう。情報の受け渡しをしている人間を探し出すといってもなかなか難儀じゃな」

ドロシー「それはそうだ。とはいえ、私たちの「女学生」って立場はこういう場合役に立つ。展示会は業者だけが入れる企業日と一般公開日があるが、私たちのカバーなら一般公開日だけとはいえ、なんてことのない顔をして会場に入れるからな」

ちせ「それはそうじゃな」

ドロシー「会場には何かしらのうまいものだってあるだろう。こういう場合は経費で落ちるし、買い食いでもしながらのんきに巡れば良いのさ♪」

ちせ「ふむ、なかなか悪くない話じゃ」

ドロシー「だろ? 当日はメイフェア校の制服で堂々とお邪魔すればいいってわけだ」

ちせ「なるほど、俄然興味が湧いてきた……しかし、新大陸植民地とはのう。アルビオンの威勢は衰えるところを知らぬようじゃ」

ドロシー「だがその実、土台はぐらぐらしているしあちこちで嫌なきしみを立てている……王国は根っこがダメになっている虫歯みたいなもんさ」

ちせ「そうかもしれぬ、じゃが今のところはぐらつく気配も見せぬな」

ドロシー「いまはそれでいいのさ。あんまり一気に事が起きてもらっちゃ対応に困る」

ちせ「確かにのう」

ドロシー「分かってくれたようでなによりだ……ふわぁ、あ……それじゃあ私は寝に行くとするかな」

ちせ「うむ、お休み」

ドロシー「ああ……良かったら一緒に寝るか?」えんじ色がかった瞳で流し目をくれ、にんまりと笑みを浮かべる……

ちせ「いや、それはその……明日も学業があるゆえ……///」

ドロシー「おいおい、私はただ「一緒に寝よう」って言っただけなんだがな♪」

ちせ「///」まぎらわしい言い方に見事に引っかかってしまい、顔を真っ赤にしてうつむいた……

ドロシー「はは、ちせは初々しいな……なぁに、ちょっとおとぎ話でも読み聞かせてやろうってだけさ♪ そういう知識もないと例え話なんかが通じなくて困るからな」

ちせ「それもそうじゃな、しかしてっきり……///」

ドロシー「私だって明日の授業に響くと困るんだからそんな無茶はしないさ♪」そう言うと軽くちせの腰に手を当て、エスコートするように寝室へと連れて行った……

…翌朝…

ちせ「……無茶しないはずではなかったのか?」まだがくがくしている脚で仁王立ちになると、両腰に手を当ててはれぼったい目でにらみつける……

ドロシー「あぁ、悪い悪い♪ 考えてみればおとぎ話の読み聞かせなんて言うのは私の性に合わないって気付いてね、そいつはベアトリスが帰ってきたときにでもやってもらえよ♪」悪びれもせずにちろりと舌先を出し、満足げな様子のドロシー……

ちせ「もうドロシーのことなど知らぬ」

ドロシー「そうつれないことをいうなよ、それに……朝食にはまだ時間があるぜ?」にやりと笑うとムササビのように毛布を広げ、とびかかってちせを包み込んだ……

ちせ「あっ、何をする気じゃ……やめ、っ……あっ、ん///」
729 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/03/06(木) 01:16:26.36 ID:H+yIyRxM0
…昼時…

ドロシー「さて、それじゃあ当日の行動についておさらいと行こうか」

ちせ「よろしく頼む」

ドロシー「ああ……今回の見本市では新大陸の植民地から食品、機械製品、繊維などさまざまな物がくる。規模はそこまでじゃないがいずれも魅力ある商品でかなりの来場者が見込まれる」

ちせ「ふむ」

ドロシー「知っての通り北米大陸の植民地はアルビオン王国が総督府を置いて運営しているが、フランスはカナダのケベックを巡って争った事があるから現地民を焚きつけてこれを転覆させようと躍起になっている」

ちせ「どこもかしこも変わらぬのう……」

ドロシー「列強の縄張り争いなんてのはそんなもんさ。一方、南隣のメキシコやカリブ海の島々は南米大陸への足がかりになる重要な場所で、同時に金や銀、綿花や生ゴムなんかも採れる資源豊かな土地だから、アルビオンと元の宗主国であるスペイン、それに火事場泥棒を狙ったフランス、ドイツがしのぎを削って争っている。そして当然ながら、それぞれが裏で糸を引いている各種の独立勢力や民族主義者、革命家なんかがひしめき合っている」

ちせ「むむむ……」

ドロシー「ま、とりあえず中米のことは覚えなくてもいい……一応そういう状況だってことを理解しておけばいいさ」

ちせ「承知した」

ドロシー「それで、だ……私とお前さんは仲良く手を繋いでその場所に会場に行き、色々話を聞いてメモを取りながら会場を回る」

ちせ「メモを取るのは人目を引くのではあるまいか」

ドロシー「うら若き女学生が貿易や外国の文物を学ぶためにメモを取る……なんにもおかしな事じゃないし、むしろ自然だ。あまり熱心すぎるのもおかしいからほどほどにして、食べ歩きなんかもしながらぶらぶらする」

ちせ「ほほう、食べ歩きか」

ドロシー「ああ。活動費はせしめてきたから安心して楽しんでいいぞ♪」ぽんぽんっ……と財布の入っているハンドバッグを叩いた……

ちせ「うむ、何があるかは分からんが期待大じゃな」

ドロシー「ああ、なまじ鋭い目つきでうろうろしていると感づかれるかもしれないからな。ほどほどにくだけた態度で過ごすのが一番なのさ♪」

ちせ「あい分かった」

ドロシー「もしも向こうの連中に植民地英語でまくし立てられたら私が代わってやるから、そいつも心配しなくていい」

ちせ「よろしく頼む」

ドロシー「おう、大船に乗った気でいればいいさ……一般公開日は数日あるが通い詰めるのはおかしいから、そのうちの二、三日にお邪魔する予定でいこう」

ちせ「うむ」

………



…数日後・見本市の会場…

ちせ「おお、なかなかにぎやかじゃのう」

ドロシー「移動サーカスまで来ているとはな……目くらましにはちょうどいい」

…会場までは臨時のダブルデッカー(二階建てバス)や乗合馬車が運行していて、ドロシーとちせはメイフェア校の制服に身を包み、あれこれ指差して談笑しながら会場に向かっていた……見本市の会場は道路の向かいに広場を構えた建物で、中にはさまざまな商品見本や展示物を並べたブースが広がり、広場ではちょっとした移動サーカスや屋台の出店、仮設テントなどが詰め込まれてお祭りのようなにぎやかさだった…

ちせ「のうのう、あの屋台はなんじゃ?」

ドロシー「植民地風のサンドウィッチさ……小腹が空いたら買うとしよう」

ちせ「ではあれは? まるで小さな伊勢エビじゃが……」

ドロシー「ザリガニだな。あっちの湿地帯では良く採れるから食べるって聞いたことがある」

ちせ「ふむふむ、では……」

ドロシー「おいおい。確かにくだけた様子でいいとは言ったが、私は観光ガイドじゃないんだぜ? それに任務のことも忘れてもらっちゃ困る」

ちせ「いや、うむ……それはもちろん……///」

ドロシー「どうだか……ま、多少はしゃいでくれた方がこっちとしてもやりやすい♪」

出店のオヤジ「お嬢ちゃん方、ミントジュレップはどうだい! 今日はぽかぽか陽気だし、冷たいやつで喉をうるおしていかないかい?」

(※バーボン・ウイスキーをミネラル・ウォーターか炭酸水で割り、ミントと砂糖で風味付けした飲みやすいカクテル)

ドロシー「お、ちょうど喉が渇いてきたところだったんだ♪」

ちせ「……のう、ドロシー……あれは酒じゃろう?」後ろからこっそり袖を引いて耳打ちした……

ドロシー「ああ。大丈夫、飲めなかったら私が請け負ってやるから心配するな……二杯もらおうかな♪」

オヤジ「毎度っ!」
730 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/03/15(土) 01:23:47.32 ID:Bv6pE8Yh0
ドロシー「ごく、ごくっ……ふぅ、よく冷えててうまいぞ?」

ちせ「では少しだけ……うぇ」恐る恐る口をつけたが、途端に眉をひそめて顔をしかめた……

ドロシー「おやおや、やっぱりダメだったか……仕方ない、レモネードでも買ってやるよ♪」

ちせ「……うむ、これなら大丈夫じゃ」

ドロシー「良かったな」

…広い会場をゆったりとした歩調で巡りながら興味深げにあれこれ見たり、展示品について質問したりと「女学生らしさ」を見せながら観察を続けるドロシー……一方、英語の不得意なちせはドロシーの後ろにくっついて、会話を聞き取ろうと一生懸命に耳を傾けている…

毛皮商「どうぞ良かったらご覧になって下さい、ビーバーの毛皮で出来た帽子ですよ。柔らかい毛皮でかぶると暖かく、撥水性もあります」

ドロシー「まぁ素敵」

貴金属商「お嬢さん方、金製品はいかがですか? 細工だってヨーロッパのものに負けちゃいませんよ」

ドロシー「綺麗だけどちょっお値段が折り合わないから……」

貴金属商「そりゃ残念だ、じゃあこっちの銀製品なら? 今ならおまけしておきますよ?」ブローチやピンといった、小ぶりで手の届きやすい価格の銀細工を指し示した……

ドロシー「そうね、これならどうにか買えそうですし……せっかくですからこの子に♪」

ちせ「いや、そのようなぜいたくは……」

ドロシー「そう遠慮しないの、私の可愛い「妹」なんだから♪」お姉様風を吹かせ、犬を可愛がるようにあごを撫でる……

ちせ「あう……///」

貴金属商「さぁどうぞ……いや、良くお似合いだ。またぜひお越し下さい」ドロシーがちせの真っ直ぐな黒髪に映える銀の小さな髪留めを買うと、愛想良く見送った……

…しばらくして…

ちせ「む? なにやら軽い銃声がするのう」

ドロシー「ああ、屋内射的じゃないか?」展示会場の一部から「パンッ!」とごく軽い銃声が聞こえてくる……

ちせ「ふむ。こっちでは小口径とはいえ銃がごく当たり前に浸透しておるのう」

ドロシー「まぁ.22BBフロベールだの.22ショートの弾薬程度じゃあ当たったところでハチに刺された程度にしかならないからな……おお、やってるやってる」

…横に長いテーブルの上には屋内射撃や模擬決闘に使われる威力がほとんどない、あるいは「BBキャップ弾薬」という薬莢に火薬(発火薬)を詰めず、撃鉄が撃発させる発射薬のみで用いる遊戯(ギャラリー)用ライフルや小型リボルバーが並べてあって、花のような女性や遊び好きの若い紳士たちが台の銃を取り、数メートル先の的を狙って引き金を引いては当たりや外れの結果を見て笑いさざめいている…

案内係「そちらの女学生さんも良かったらやってご覧なさい、楽しいですぜ?」

ドロシー「そうねぇ、あんまりこういう盛り場みたいな遊びはしちゃいけないと言われているのだけれど……」

案内係「冗談を言っちゃいけませんやお嬢さん、こんなのはこっちじゃおしめをした赤んぼうだって使いこなしてますぜ! さ、お代は一発につき一ペンスだ。まずは五発、腕試しにやっていきなせえよ!」

ドロシー「そうね、別に先生が見ているわけでもないし……たまには息抜きもいいわよね♪」

案内係「へへっ、おっしゃるとおりで息抜きも大事ですぜ! それから、そちらの東洋のお嬢ちゃんもどうです?」

ドロシー「この娘は私の妹分なの。一緒に払ってあげるからやらせてあげて?」

案内係「毎度あり!」

ちせ「のうドロシー……刀ならともかく、銃はからきしじゃが……」

ドロシー「まぁまぁ、そう遠慮なさらなくても……前に弾の込め方くらいは教えたろ? 気軽にやりゃいいのさ。あんまり命中させても人目を引くしな」

…ドロシーはちせに小声で耳打ちすると台の前に立ち、単発の遊戯用ライフルを選んだ……すると横にいた係の男が弾を込めてくれ「さあどうぞ」と渡してくれる…

ドロシー「無事に当たるかしら……」堂に入った構えでは疑惑を招くので「お嬢様らしい」ぎこちない手つきで銃を取り、おっかなびっくりの引け腰で的に向かう……

係「もっと肩にしっかり当てないとぐらつきますよ……そうそう」

ドロシー「こんな具合ね? それじゃあ……」引き金を引くとクラッカー程度の「パン!」という銃声が鳴り、的のかなり外側に小さい穴が開いた……

係「いやいや、初めてにしちゃお上手ですよ! ちなみにうまく中央を撃ち抜いたら景品をあげますからね、頑張って!」

ドロシー「そうなのね、それじゃあ次はもっと上手く……」パンッ!

係「さっきよりは真ん中よりでしたが、少し引き金の引き方が慌ただしいから……もっとゆっくり……」

ドロシー「ゆっくりね、分かったわ……」パンッ!

係「撃つときに目をつぶっちゃあ当たるものも当たりませんよ、照準をつけたらしっかり見ておかなくちゃ」

ドロシー「ずいぶん難しいものなのね……」パン!

係「それでもずいぶん的の中央に寄ってきましたよ……さ、お次で最後だ!」
731 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/03/27(木) 01:11:54.87 ID:ItWCVwFj0
係「いやぁ、なかなか上手でしたよ? さ、どうぞ」

ドロシー「残念賞はアメ玉ね……」もらったキャンディをしゃぶりながらちせの様子を確かめる……

ちせ「……むむ、こうか」

係「そうそう、お嬢ちゃんは小さいから的の位置を下げてあげるね」

ちせ「子供扱いは止めてもらいたいものじゃが……」ぶつぶつと言いながら.22ショートの単発ライフルを構えた……

係「さぁどうぞ!」

ちせ「うむ……」パシッ!

係「ありゃりゃ、外れだ。次はもっとしっかり狙ってみてね!」

ちせ「分かってはおるのじゃが……」パシンッ!

係「あーあー、それじゃあ当たらないよ」

ちせ「むむむ……もう五発じゃ」

係「毎度! 今度はゆっくり狙いをつけてごらん」

ちせ「うむ……」パシンッ!

係「残念、これも外れだ」

ちせ「むぅぅ……」

ドロシー「仕方ないな、こうなったら私が……」ムキになり始めているちせを見かねて割って入ろうとするより先に、一人の男が射的台に近寄ってきた……

男「お嬢ちゃん、良かったら少し教えてあげよう」

ちせ「む……?」

…小柄なちせが見上げた先には、黄土色をしたフェルトのテンガロンハットに黒のリボンタイ、コヨーテ色の上着とズボンに艶のある茶革のブーツで身を固めた男が立っている……先端を少しはね上げたウェスタン風の口ひげをたくわえ、帽子のつばに手をかけて気さくな態度で挨拶をする男…

ウェスタン男「ま、ちょっと貸してみな? いいかい……」パンッ!

ちせ「む……!」

ドロシー「……ほう」

…的をじっと見るでもなく、おもむろに銃を構えたかと思うといとも容易く中心を撃ち抜いた男……その構えや気取らない動作から、ドロシーは男が相当な射撃の名手だと気がついた…

男「撃つときにあんまり身体をこわばらせないでリラックスして引き金を引くのさ……それからそちらのお嬢ちゃん」

ドロシー「私のことかしら?」

男「ああ。さっきのを見させてもらったが、君はセンスがあるぜ。一ペンス出すからもう五発やってみな?」

ドロシー「でも、見ず知らずの方に出していただくわけには……」

男「なに、遠慮することはないさ♪」

ドロシー「……そうですか、では」パンッ!

男「いいね。なかなかのもんだが跳ね上がりのことが入っていないから右上にずれてる……もうちょい左下を狙ってみな」

ドロシー「こう……?」パシッ!

男「今度はちょいと意識しすぎたな、だが悪くないぜ……その腕ならスカンク撃ちくらいはできるよ♪」

ドロシー「スカンク?」

男「西部にいる、くさい臭いを出す黒白のリスみたいなやつさ……お嬢ちゃん、君も練習すればひとかどになれそうだぜ」

ドロシー「ご丁寧にどうも」

男「なぁに、気にするなって……ま、楽しんでいってくれよ?」

ドロシー「ええ、ありがとう」

ちせ「……ずいぶんと馴れ馴れしい奴じゃったのう」

ドロシー「ああ……だけどあいつ、バレないようにしていたが身体が左側にかしいでた。相当な使い手だ……もしかしたらあれが探している奴かもしれない」

ちせ「あんな軽い調子の男がか?」

ドロシー「態度はうわべだけさ……距離を開けて監視するとしよう」
732 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/04/02(水) 01:11:52.51 ID:utwjoDrG0
ちせ「ちゅぱ……ちゅ……ふむ、ふぁかふぁかなふぁじじゃ……」

ドロシー「なかなかの味だって? そりゃ良かったな」

…残念賞にもらったキャンディを口中で転がしながら感想をつぶやくちせを横目に、さりげなく監視を続けるドロシー……テンガロンハットの男は貿易商かなにかのようだが顔が広く、あちこちの出店やブースに顔を出しては調子よくあいさつを交わし、通りがかるご婦人方には笑いかけてみたりとそつがない…

ドロシー「……うーん、あいつじゃないのか?」

ちせ「ほうか?」

ドロシー「まだ分からないな……いいけど喉に詰まらせるなよ?」

ちせ「うむ」

…会場は昼時が近づいてきて、食べ物の屋台がにぎわいだした……肉を焼く香ばしい匂いやマスタードの香り、炭のいぶる匂いなどに誘われて、老若男女がぞろぞろと人波を作っている……ドロシーは男を見失わないよう、かといって疑われない程度に距離を開け、店を冷やかしながらゆっくりと歩いている…

ちせ「向こうに曲がるぞ、追うか?」

ドロシー「いや。ずっと進路が一緒じゃおかしいからな……どのみちあの道はこの通路と向こうで合流するし」

ちせ「承知した」

ドロシー「……それはそうと、そろそろ昼なのに手ぶらじゃおかしいな……せっかくだし昼飯にするか」

ちせ「うむ、実を言うと少しばかり空腹であったのじゃ」

ドロシー「決まりだな。それじゃあ何があるか見てみるか……へぇ、新大陸風のサンドウィッチにハンバーグステーキ……ホットドッグもあるな」

ちせ「ホット……なに、犬を喰うのか?」人目に付かないようこらえたものの、仰天したような様子のちせ……

ドロシー「貧乏な地域じゃそうだったこともあるって話だが、今はまっとうなソーセージやなんかさ……多分な」

ちせ「……」

ドロシー「大丈夫だよ、心配するなって♪」

ちせ「う、うむ……」

屋台のおやじ「いらっしゃい!」

ドロシー「この、ホットドッグ? とクラブハウスサンドウィッチを下さいな」まだまだアルビオンでは物珍しい新大陸植民地の食べ物を前に、興味津々の女学生といった演技をこなしてみせるドロシー……

おやじ「へい!」長細いパンに手際よくソーセージと刻んだピクルスを挟み、マスタードを付けると紙に包んで出した……

ドロシー「どうもありがとう」

おやじ「またどうぞ!」

…薄紙の包みを持って空いているベンチを見つけると、ちせと横並びに座ったドロシー……しかも手際の良いことに、ちせのためのライムジュースと一パイントのビールも手にしている…

ちせ「いつ買ったのじゃ?」

ドロシー「ん? ああ、サンドウィッチ屋台の隣にあったからな……ま、冷めないうちに食えよ」

ちせ「うむ」ちょっとした辞書ほどもある厚手のサンドウィッチにどうかぶりつくか思案してから、小さな口を目いっぱい開けて頬張った……

ドロシー「はは、美味そうに食うじゃないか♪ どれ、私はホットドッグの方を……」

…少し粉の粗い長細いパンに挟まれた塩気の強いボイルドソーセージに、玉ねぎやきゅうりのピクルスを刻んだ甘酸っぱいレリッシュと、鼻につんと来る黄色いマスタードがちょうどいい…

ドロシー「へぇ、案外イケるな……そっちはどうだい?」

ちせ「うむ、ちと厚手で食いづらいが……むぐ……味はなかなかのものじゃ……」

…ちせが頬張っている新大陸スタイルのクラブサンドウィッチはトーストしたパンにマヨネーズをつけ、七面鳥(ターキー)のスライスとカリッとあぶったベーコン、それにトマトやレタスといった青物がアクセントに挟んで三角に切ってあり、分厚い中身をこぼさないよう悪戦苦闘しながら一生懸命になってかぶりついている…

ドロシー「そうかい、そりゃ何よりだ♪」

ちせ「結構な味じゃが、大ぶりでちと手に余るの……」

ドロシー「そうなったら手助けしてやるよ……お、あいつがいる」お嬢様風の柔らかい微笑をちせに向けながらも、視線の片隅にテンガロンハットの男をとらえた……

ちせ「なに……?」

ドロシー「いや、お前さんはそのまま食ってていい……うかつに視線を向けると感づかれるからな」

ちせ「あい分かった」

ドロシー「……あいつ、どうなんだ?」男は屋台を巡って店主に声をかけたりしながらホットドッグとビールで腹ごしらえをし、口ひげを丁寧に拭うとまたぶらぶらしはじめた……

ちせ「もぐもぐ……奴ではないということか?」

ドロシー「どうかな。まだ確証はないが、私はあいつが臭いような気がしてるんだ……午後もあるから、もう少し監視してみよう」

ちせ「んむ」
733 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/04/16(水) 00:49:40.15 ID:rVbxh0160
ちせ「もぐもぐ……」

ドロシー「うまいか?」

ちせ「うむ。このアップルパイとやら、肉桂(シナモン)が少し効きすぎじゃがリンゴが沢山入っておって……」

ドロシー「新大陸植民地のアップルパイはこっちのよりシナモンが強いんだよな」

ちせ「ふむ。ともあれなかなかであった……」

ドロシー「そうかい。ま、美味いものを出す屋台もまだまだあるし、見物できそうな出し物も揃ってるな」

…広く会場に視線を配りつつ、口ひげの男を慎重に追跡しているドロシー……午後になってさまざまな催しや旅芸人たちが面白おかしい芸だったりちょっとした奇術などを披露して客を沸かせている…

男「よう、景気はどうだい?」

貿易商「まぁまぁだね」

男「そうかい? まぁ気長にやるこった」

貿易商「言われなくてもさ」

日傘の婦人「……あの、わたくし毛皮を探しているのですけれど」

男「それなら向こうですよ。案内しましょう」

婦人「まぁ、ご丁寧に」

男「このくらいなんでもありませんよ、西部の荒野を送ってくれって言われたわけじゃない」

婦人「まぁ、ふふ……面白いお方ですわね」

男「そりゃどうも、うんと楽しんでもらいたいですからね……ほれ♪」貿易商が並べていたアライグマの毛皮帽を取るとおどけたようすで手に取り、帽子の飾りとして活かしてある尻尾を手で動かしてみせた……

婦人「まぁおかしい♪ 新大陸の方は愉快な方が多いのですね」

男「かもしれませんね。とはいえレディの扱いだってこちらのジェントルマンたちに負けちゃいませんよ?」

婦人「あら、ではエスコートをお願いしようかしら」

男「ええ、喜んでお手をお貸し申し上げましょう」

………



…数時間後…

ドロシー「……そろそろ引き上げよう、寮の門限もある」

ちせ「奴の監視は続けぬのか?」

ドロシー「あくまでも任務はそれらしい人間を探して上に報告することだけだ。臭いのは奴だけじゃなくて、他にも何人かいたしな」

ちせ「ふむ……」

ドロシー「どうだい、お前さんの目には誰か引っかかるやつがいたか?」

ちせ「うむ、これといった確証があるわけでもないのじゃが数人ばかり……」

ドロシー「それじゃあ戻ったらお互いに気になったやつを突き合わせてみよう……さぁ、参りましょうか♪」一瞬で遊び盛りの女学生らしい声を出し、ちせをかたわらにおいて辻馬車を呼び止めた……

ちせ「承知」

…夜・部室…

ドロシー「……ふぅ、しっかし書類仕事は嫌いだ」

ちせ「とはいえ私では代わりも出来ぬ……」

ドロシー「なぁに、いいんだよ……とりあえず一日目はこれでよし、と」報告書を書き終えると大きく伸びをした……

ちせ「明日も行くのか?」

ドロシー「ああ、そう思って会場の半分はほぼ回らないでおいたんだ……まだ見ていない出し物があるとなれば、二日連続で来てもおかしくはない道理さ」

ちせ「なるほど……」

ドロシー「つまり、明日も好きなものを食って良いってことさ……もっとも、美味いからって食いすぎたりしちゃダメだぜ?」

ちせ「私とて剣士の端くれとしてじゃ、その程度は心得ておる」

ドロシー「そうかい? もしやせないようだったら私がベッドの上で汗をかかせてやろうと思ったんだがな♪」

ちせ「///」
734 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/04/25(金) 01:31:33.00 ID:GuWsPWPR0
…見本市・二日目…

ドロシー「おやおや、昨日よりもさらに盛況じゃないか……まぁ新聞広告にチラシとずいぶん宣伝していたようだったしなぁ……」

ちせ「うむ、芋を洗うような人混みじゃな」

ドロシー「はぐれるなよ?」

ちせ「そちらもご同様に、じゃ」

ドロシー「へへっ、言うじゃないか♪ 冗談はさておき、もしはぐれたら事前に打ち合わせておいた場所で落ち合おう」

ちせ「うむ」

ドロシー「それではゆるりと参るとしますか♪」

…前日に比べてさらに増した人混みを縫うように進むドロシーとちせ……会場にいくつもそびえている大テントはどれも日差しと人いきれでむっとするほどの熱気がこもっており、暑さで短気になった男たちの小競り合いやむずがり泣きわめく子供、失神するご婦人など催し物ならではの騒動が次々と巻き起こる…

ドロシー「くそ、こう暑くちゃやってられないな……ちょっと喉を潤そうじゃないか」

ちせ「同感じゃ。それにこうも混雑しているようでは人の背中しか見えぬ……」体幹の強いちせゆえに辛うじてドロシーにくっついていられるが、監視どころか押しつぶされそうな状態になっている……

ドロシー「よし、こっちだ……!」

…見本市・広場…

ドロシー「ふぅ……」どうにかテントを抜け出した後ハンカチを取りだして額の汗を拭うドロシーと、同じく手拭いで頬を軽く押さえるちせ……

ちせ「この調子では監視など出来そうもないのう」

ドロシー「確かに大天幕の方は難しいが、建物の方なら二階のギャラリーからのぞき込めるな」

ちせ「うむ……」まだみずみずしさが残るオレンジを搾った涼やかなオレンジジュースで一息つき、ほっとため息をついた……

ドロシー「とはいえこの調子じゃあどいつが繋ぎ役かなんて分かりゃしないな……今のところ同業者らしいのも見当たらないが、それだってこう人が多くちゃ分かったものじゃない……」

ちせ「確かに。雑音が多すぎて気配があったとしてもかき消されてしまうのう」

ドロシー「仕方ない、今日は全体を見渡せるところに陣取ってゆっくり人間観察と行こうじゃないか」

ちせ「承知した」

…見本市・展示場の二階…

ドロシー「よし、ここならまぁまぁ観察できそうだ。あんまり目立つわけにも行かないから、しばらくしたら移動することになるが……」

ちせ「う、うむ///」

…小柄なちせは二階の外周部をとりまくギャラリーでドロシーの前に立ち、柵のすき間から会場を物珍しそうに眺めている演技をしていたが、行き交う人たちによってドロシーが押されるたびに張りのある乳房がぎゅっと後頭部に押しつけられ、同時に香水のふわりと甘い香りが鼻孔をくすぐった…

ドロシー「……それにしてもえらい混みようだ。まるで競りの時のコヴェント・ガーデン(青果市場)かセヴン・ダイヤルズ(ロンドン市内の低所得者が住んでいた住宅街)だな」

ちせ「こうも人に押しつけられると、あばら骨が軋みそうじゃ……」

ドロシー「ああ、まったくだ。もうちょいしたら一旦降りるとしよう……ん?」半分もみくちゃになりながら、目ざといドロシーが一人の男に目を留めた……

ちせ「誰かおったのか?」

ドロシー「本命じゃないがな……あいつ、妙な動きをしてやがる」

…注視しすぎないよう気を配りながら向けた視線の先には、ハンチング帽にあまり綺麗ではないシャツ、それにブカブカの上着を着た一癖ありげな男が歩いている……混み合った会場で押し押されしながらゆっくり動いているように見えるが、そのくせ自分の行きたい方に無理することなく進んでいるように見える…

ちせ「なるほど、あやつか……」

ドロシー「ああいった手合いはガキの時分に腐るほど見てきたから良く分かる……スリだよ」吐きすてるようにそうつぶやいた矢先、ハンチング帽の男が前を歩く紳士の後ろについて小さな動きを見せた……

ドロシー「……盗ったな」

ちせ「うむ……それよりドロシー、向こうに例のひげの男がおるぞ」

ドロシー「ああ、見つけた」

…ドロシーとちせが植民地政府のエージェントとにらんでいる口ひげの男を視界におさめた矢先、スリにあった紳士がふとポケットに手を突っ込むとけげんな顔をし、それから念入りにポケットを探り始めた……スリの男は何食わぬ顔をしているが、会場に入ろうとする人と出ようとする人の波で混み合ってしまい身動きが取れなくなっている…

ドロシー「あいつ、ちょっとばかり場所の選び方が悪かったな……」

…ドロシーがそうつぶやいている間にも持ち物をスられた紳士が前後左右の人間に何やら話しかけ、その周囲でざわざわとやり取りが高まりはじめた……どうにか一人分の距離を開けたスリは何食わぬ顔をしているが、ちらちらと視線を巡らし逃げる機会をうかがっている……と、近くにいた山高帽とステッキの男がスリに声をかけて持ち物を確かめようとした…

ちせ「む!」

ドロシー「やりやがったな」スリはシラを切っていたようだが腕を押さえられた途端にさっと相手を振り払い、人混みをかき分けるように逃げ出し始めた……
735 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/05/07(水) 00:54:57.46 ID:78aml/BQ0
山高帽「……おい、待て!」

ステッキの紳士「あいつだ、私の財布を盗ったのは!」

スリ「ちっ、どけ!」

帽子の婦人「きゃあっ!」

…スリの男は人混みをかき分け、まごついている客や邪魔な陳列棚を突き飛ばしながら必死になって展示場の外に逃げだそうとする……たいていの客は関わり合いになるのは御免だと身体を脇に寄せて避けているが、気の強い連中や連れの前でいいところを見せようという若者、正義感の強い紳士などが進路をさえぎったりステッキで転ばせようとしたりして立ちはだかる……スリはそうした妨害をかいくぐり突きのけながら口ヒゲの男が立っている近くまで走ってきた…

中年「うわ!」

商人「気を付けろ!」

ヒゲの男「…」

スリ「邪魔だ!」

…周囲の人波がさっと引く中を出口近くまで駆けてきたスリは姿勢を屈め気味にして、ぼさっと立っているように見えた口ひげの男へタックルをかますように飛び込んでいった……あわやというタイミングで口ひげの男が少し動いたような様子を見せると、次の瞬間にはスリが地面に叩きつけられ、数秒もしないうちに周囲の男たちや慌てて駆けつけた制服警官たちに取り押さえられていた…

ドロシー「なるほどな……ちせ、見たか?」

ちせ「うむ。素人目にはそうとは分からぬじゃろうが、みぞおちに叩き込んでおったな」

ドロシー「ああ。となるとやはりあいつで間違いないな」

ちせ「いかにも」

ドロシー「それにしても大した早業だ、普通に見ていたんじゃ何が起こったか分かりゃしないな……」特徴的な帽子をかぶったスコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)の警官たちがうむを言わせずにスリをひっくくり連れて行く間に、口ひげの男はフェルトの中折れ帽をちょっとかぶり直し、口ひげを軽く指で整えるとまたぶらぶら歩き出した……

ちせ「してどうする?」

ドロシー「今日はもう切り上げどきだな。こんな騒ぎが起きたんだ、警官だのなんだのが押しかけてきてうるさくなる」

ちせ「承知」

ドロシー「それに、つなぎを付けている連中も何人か目星がついたしな♪」

…メイフェア校・部室…

ドロシー「……さて、と」

ちせ「もう出来上がったのか、手早いものじゃ」

ドロシー「この業界にいる以上は手も早くなくっちゃな……ちょいとメッセージを置いてくる」

ちせ「うむ、気を付けての」

…ロンドン市内・メールドロップ…

ドロシー「……よし」大通りと大通りの間、抜け道として使われないこともないが人通りが多いわけでもない裏道の角に「安全」を示す目印があるのを確かめると、するりと曲がって「ドロップ」に指定されているレンガ塀のすき間に暗号文をしたためた薄紙を滑り込ませる……

ドロシー「あとは返事を待つばかり……と」

………



…夕方・コントロール…

L「ふむ……」パイプをくわえて思案顔をしている……

7「どうかなさいましたか?」

L「いや、例の植民地政府のエージェントの事でな」

7「対象は無事に絞り込めましたが」

L「そこまではいい。それと接触していた人間に問題がある……イーグレットだ」

7「内務省付の連絡役でしたか」

L「そうだ。奴自身はさえない小物にすぎんが……普段新大陸のエージェントを担当する植民地省の役人ではなく奴が連絡役ということは、ただの定期報告や資金の受け渡しに来たのではない可能性がある」

7「引き続き調査を?」

L「ああ、相手が内務省となれば小さな事でもおろそかにはできまい。引き続き「D」を使って調査と監視を続けさせろ」

7「はい」

L「場合によっては増員も考えねばなるまい、回せる人間がいるかどうかも調べておけ」

7「かしこまりました」
736 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/05/17(土) 01:20:20.86 ID:kE2gk5uE0
…数日後…

ドロシー「……なるほどな」

ちせ「難しい顔をしてどうしたのじゃ?」

ドロシー「人手がいないから監視任務はあれで切り上げだと思っていたんだが、どうやら見込み違いだったようだ」暗号の書き込まれた薄紙を暖炉にくべると、あごに手をあてて思案顔をしている……

ちせ「と、いうと?」

ドロシー「どうやらあの「西部の伊達男」はそれなりに価値のあるアセット(資産)らしい……いまは内務省の連絡員がついてロンドンのホテルに宿泊中だ」

ちせ「ふむ」

ドロシー「そして、だ……私とお前さんであの男の監視を継続することになった」

ちせ「二人きりでか?」

ドロシー「ここに他の誰かがいるように見えるか?」

ちせ「いや……しかし監視任務が二人というのは……」

ドロシー「監視任務は前にもあったが、あの時はほぼ休眠状態の拠点を見張っていただけだからな……今回みたいな監視任務にエージェントが二人なんていうのは正直に言えばありえない。三人で回すのだってあきれるほどキツくて、睡眠はおろか用を足す時間だって切り詰めなきゃならないくらいだ」

ちせ「とはいえ任務は任務……というわけじゃな」

ドロシー「その通り。部屋は経歴に問題のない人間が正当な手段で借りているはずだから、とやかく詮索されることもまぁないだろう……着替えは途中のネストに置いてあるやつを使う」

ちせ「承知した」

…数時間後・監視拠点…

ドロシー「……へぇ、そう悪い部屋じゃないな」

ちせ「倫敦(ロンドン)も中心街に近いと、下宿屋まで上等になるものなのじゃな」

ドロシー「その分だけ家賃も高いがな……ありがたい、ベッドも良さそうだ♪」着替えやこまごましたものを詰めたスーツケースを置くと、跳ねるようにしてベッドに座った……

ちせ「うっ……ぷ! よさぬか、ホコリが立つ」

ドロシー「悪い悪い♪ それはそうと、ここからならやつの部屋が視界に入る」角度の都合でホテルの窓からは見えないが、ドロシーたちの部屋からはホテルの室内が限定的ながら見ることができる……さっそく椅子を一脚持ち出して窓辺に置き、陽光が反射しないようカーテンを引いてから望遠鏡を取りだした……

ドロシー「これでよし、と……あとは忍耐勝負だ。私はちょいと周辺の地理を押さえるついでに食い物を仕入れてくるから、その間は監視を頼む。分かっているとは思うが、どんな奴が来てどのくらい部屋にいたか、きちんとメモをつけておいてくれ。それと私が帰ってきたときにノックが「緊急事態」だった場合は、すぐメモを焼き捨てて脱出しろ」

ちせ「うむ」

…数分後・近くの食料品店…

ドロシー「……ごめんください」

店員「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」

ドロシー「ええ。食パン二斤に「ハントリー&パーマー」のビスケットひと缶、チェダーチーズ半ポンド、リンゴを一ダース、ソーセージをひとつながり……そのパテは?」

(※ハントリー&パーマー…1822年の創業から1980年代に買収されるまで長くブランドを保った有名なビスケット会社。きれいなデザインを施したビスケット缶はトレードマークとして有名になった。王室御用達)

店員「レバーのパテです、美味しいですよ」

ドロシー「じゃあそれとサーディンをそれぞれひと缶に赤ワインを一本」

店員「あの、失礼ですが初めてのお客様にはかけ売り(ツケ)をしておりませんので、現金での支払いをお願いしているのですが……よろしいですか?」

ドロシー「もちろん」ポンド紙幣を出してカウンターに置いた……

店員「はい、確かに……ではお釣りです。よろしければ運ばせましょうか?」

ドロシー「すぐですから大丈夫、どうもありがとう」

店員「またのお越しを!」

…裏路地…

ドロシー「ふぅん……この通りはこっちと繋がっているのか……」買い物袋を抱えたなんということもないそぶりで周辺の裏路地や通り抜け、小道や抜け道を確かめる……

ドロシー「よし、今日はこれでいいだろう」袖口でリンゴを軽く拭うと歩きながらひとかじりした……

………


737 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/05/24(土) 01:20:13.49 ID:IhrD1XMU0
…別の日…

ドロシー「……おはよう」

ちせ「うむ。ずいぶん心地よさそうに眠っておったの」

ドロシー「おかげさまでな……朝飯は食ったか?」

ちせ「いや、まだじゃ」

ドロシー「なら私がぱぱっと作ってやるよ」

ちせ「うむ」

…洗面台でばしゃばしゃと顔を洗うと台所に立ったドロシー……昨夜の残り火を火種にして石炭をくべ、炉の火加減が良い具合になると卵を割り、ベーコンを切り出して熱くなってきたフライパンに放り込む……数分もしないうちにベーコンの焼ける音といい匂いが漂い、跳ねた油に時折「あちっ!」と悪態をついたりしながら、布巾でフライパンの柄をつかんで持って来た…

ちせ「なかなか美味そうじゃな」

ドロシー「ああ。食えるときに食うのもエージェントの任務だ……腹ペコじゃ力も出せないからな」食パンとベーコンエッグスを皿に乗せるとテーブルクロスの上を滑らせてよこした……

ちせ「おっと……では、いただきます」皿が逃げないように捕まえると手を合わせた……

ドロシー「おう、食ったら休憩に入っていいぞ」食べている間にも窓越しの観察を怠らないドロシーだが、監視対象のホテルの部屋はまだカーテンが引かれていて様子が掴めずにいる……

ちせ「うむ、なかなかのものじゃ」

ドロシー「だろ? チーズもあるから好きなように切って食べな」

ちせ「しかし、あまり食うと身体が重くなるのでな……むむむ」

ドロシー「別に無理に食えとは言わないさ。欲しけりゃ……ん、ぐっ」飲み込みかけたパンを詰まらせそうになり、紅茶で流し込む……

ちせ「どうした?」

ドロシー「奴が出かける……追うぞ」

…新大陸からのエージェントはフェルトの中折れ帽に茶系のスリーピースとリボンタイ、ピカピカの茶革のブーツでダンディに決めている……そして「野性味あふれる西部の好男子」キャラクターを本人もよく自覚しているらしく、ロンドンには似つかわしくない派手な笑顔や身振りを振りまいている…

ちせ「うむ……格好はこれで構わぬか?」街なかで尾行するのに着物では目立ちすぎるので、ドロシーが見立てた黒を基調としたモノトーンのデイドレスに日傘を持った……

ドロシー「ああ、それでいい♪」いつものように深緑色をベースにおいたデイドレスに同系統の日傘を持ち、にやりと口の端に笑みを浮かべた……

…ロンドン市内…

ちせ「やつはどこに向かうつもりじゃろう?」

ドロシー「それを調べるのがこっちの役目さ……私は目立つタイプだから距離を開けて援護に回る。まだ慣れないと思うが試しに付けてみろ」

ちせ「承知した」

…場合によっては尾行がいないか調べるために、本人の後ろから距離を空けて「守護天使(監視役)」がついている事もある……ドロシーはその監視役がいないか見破るために大きめに距離を空け、尾行そのものはちせに任せた…

男「〜♪」

ちせ「……」何かの曲を鼻歌で鳴らしながらすたすたと歩いて行く男に対して、小柄なちせは少し難儀しながら尾行を続ける……と、男は劇場へ吸い込まれるようにして入っていった……

ドロシー「……劇場か」

ちせ「どうするのじゃ?」劇場の前を行き過ぎてから裏道の角で合流した二人……

ドロシー「薄暗くて不特定多数の人間が出入りする場所は情報交換にも持ってこいだ。入ろう」

ちせ「うむ」

…劇場…

ドロシー「済みません『プリンセス・プリンシパル〜Clown Handler〜』の当日券を二枚」

受付「はい。どうぞごゆっくり」

ドロシー「ええ、どうも♪」

ちせ「……しかし、活動写真など久しぶりじゃ」

ドロシー「そりゃ良かった……やつに視線を向けると気付かれるかもしれないからな、映画の方を楽しむといい」男の席より四列ほど後ろ、左にも五つほど離れた場所に席を取った……

ちせ「あい分かった」

…男は映画のパンフレットを眺めながら、幕が上がるのを待っている……照明が落とされ、周囲のざわめきが収まるとカタカタと映写機が回り始める…

男「……」

ドロシー「……」

ちせ「……おぉぅ」隣にも聞こえないような小声で感嘆の声をあげつつ、熱心に映画を見ているちせ……
738 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/05/29(木) 00:55:50.62 ID:/orgx/Av0
…上映後…

ドロシー「いやぁ、面白かったなぁ。 見どころも満載だったじゃないか……上映中に接触した奴はいなかったな」

ちせ「本当に活動写真が見たかっただけなのじゃろうか」

ドロシー「そうは思えないけどな……奴が出るぞ」楽しげな表情をしたままさっと耳打ちする……

ちせ「なるほど、見えた」

…男は悠然とした態度で劇場を出ると、そのままホテルとは逆の方向に歩き始めた……乗り合い馬車や二階建てバスが激しく行き交う通りの十字路には交通整理の警官もいるが、それでも道路をひょいと渡る歩行者や急な車線変更をする車などが後を絶たない…

ドロシー「このまま二人でいると目立つから、私は歩道の反対側に渡る……ちせは距離を保ったまま尾けてくれ」そう言うとドロシーは向かいのショーウィンドウに陳列されているアクセサリーに気を惹かれたフリをして、車の列を縫うようにしてさっと道路を渡った……

ちせ「承知」

…数分後…

男「〜♪」

ちせ「……」

ドロシー「……」ご機嫌な様子ですたすたと歩いて行く男と、小さい歩幅ながら器用に人波をすり抜けて距離を保っているちせ……そして反対側の歩道で商店を冷やかしたり、裏道に入ったりしながら監視を続けているドロシー……

男「……」

ドロシー「あいつ、尾行がないか確かめていやがるな……?」ぶらぶらと街歩きをしながら監視がないかどうかを確かめるのはエージェントとして欠かせない予防措置で、相手がそうした措置を取っていることを考えると一旦尾行を打ちきった方が得策のように思えた……

ドロシー「そうと決まれば合図を出すか……んっ?」

…婦人帽をかぶったドロシーがちせに向かって尾行の打ち切りを示す合図を出そうとした矢先、急に道の向こうから人々の叫び声や怒鳴り声、警官の吹き鳴らす警笛の甲高い音、何かが壊れるような轟音が響いてきた…

通行人「暴れ馬だぁ!」

通行人B「危ないぞ!」

ドロシー「まったく、こんな時に騒がしいことで……っ!?」

…街なかのパイプから漏れて噴きだした蒸気に驚いた馬車馬が暴れ出し、御者を振り落とし革帯を引きちぎって暴走し始めたのが見えた……騒ぎにかこつけてさりげなく撤収しようと考えたドロシーは冷めた様子で道路上の大騒ぎを見ながら軽く帽子を持ち上げ、ちせに合図を送ろうとしたが、次の瞬間に起きた光景を見て一瞬視線が凍り付いた…

子供「ママだ!」

乳母「あっ、いけません!」

母親「だめぇ!」たまたま道路の向かいに母親を見つけた小さな子供が乳母の手を振り切って道路上に飛び出し、そこに興奮のあまり口から泡を吹いた暴れ馬が飛び込んでくる……

ちせ「いかん!」

ドロシー「ちっ……!」

…エージェントとして目立つ事はするべきではなく、たとえ可哀想に思っても幼児を助けるのはあきらめる必要がある……が、道路の向こうにいるドロシーが止める間もないうちにちせが道路上に飛び出し、馬の蹄に引っかけられないよう子供を抱きかかえて跳んだ……見事な跳躍で子供を救い出したちせだったが、切れた馬具の革紐が脚に絡みつき、怪我をしないよう身体を丸めた状態で二メートルほど地面を引きずられかけた…

男「……!」バンッ!

ドロシー「!?」

ちせ「く……!」

…ちせが飛び出すのとほぼ同時に動き出していた口ひげの男は、ちせの脚に馬具が絡んだのを見るやいなや一瞬のうちに腰のホルスターに手をやり、そのまま抜き撃ちで絡んでいた革紐を撃ち抜いた……その間にも勇敢な何人かが暴れ馬に飛びついてくつわを押さえ込み、半狂乱になった母親は子供に駆け寄り、野次馬や警官が押し寄せる間にちせは地面を転がり、さっと人混みに紛れ込んだ…

母親「あぁ! エリー!エリー!」

子供「うわぁぁぁんっ!」

野次馬「……やれやれ、無事で何よりだったなぁ」

野次馬B「それよりあの子供を助けようと飛び出した女の子がいただろう? ずいぶんと勇敢だったぜ」

野次馬C「そういえばあの女の子はどこに行ったんだ? 表彰状ものだよな」

警官「ほら邪魔だ邪魔だ!後ろに下がって!」

男「……」ちせと同様、騒ぎの音に紛れてさりげなくその場を離れた男……一瞬だけドロシーの方を見たようだったが、すぐにフェルトの中折れ帽をかぶり直すと角を曲がって消えた……

ドロシー「……あいつ、やっぱりただ者じゃないな」十重二十重と事故現場を取り囲んでいる野次馬の列に押し出されるフリをしながら後退していき、すっと裏道に入ると小さく首を振った……

ドロシー「それに間違いなくちせの顔は覚えられた……さて、どうするか」

ドロシー「とりあえず、ネストに戻ったらまずは説教だな……」

………

739 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/06/06(金) 01:48:41.59 ID:y9W6mgfZ0
…ネスト…

ドロシー「一体どういうつもりだ。この商売では私情を捨てなきゃならないこともあるって何度も言ってきたはずだぞ……あんな常人離れした動きを見せたらどんなバカだって注目するに決まってる」

ちせ「……すまぬ」腰に手を当てて仁王立ちしているドロシーと、床で正座して反省しているちせ……

ドロシー「はぁ……今さら謝ったってどうしようもないだろうが。一つはっきりしているのは、間違いなくお前さんは奴に顔を見られたってことで、エージェントに顔を見られたってことは覚えられたってことだ」

ちせ「……」

ドロシー「いいか「子供を助けるな」とは言わないが、もしやりたいなら目立たないようにやれ。風車に突っかかるドン・キホーテみたいな真似はやめろ」

ちせ「ドン……なんじゃ?」

ドロシー「才気あふるる騎士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ……スペインの風刺物語だよ。騎士道精神にイカれちまった郷士のおっさんがボロ槍を持って遍歴するんだ……ともかく、しばらくの間は出歩かずにじっとしてろ」

ちせ「うむ……迷惑をかける」

ドロシー「そう思うなら端(はな)っからやらないでくれよ……全く、説教をするのがアンジェじゃなくてよかったな。無表情なあいつに説教されるとおっかないことこの上ないぞ」

ちせ「うむ……」

ドロシー「ともかく、今さらああだこうだ言ったところで「こぼれたミルクは戻らない」からな」

ちせ「ふむ……こちらで言う「覆水盆に返らず」じゃな」

ドロシー「きっとそうだろう。ほら、飯にするから席に着けよ」ずっしりとしたミートパイを切り分け、ベイクドビーンズと一緒にちせの皿へ盛った……

…同じ頃・ホテルの一室…

男「……鍵はかかってない、入ってくれ」

役人風の男「失礼」

男「よう、毎日のようにご苦労だな」

役人風「商品を売りこみに来た貿易商のため、役人が関税や通関についての指南にやってくる。なにもおかしな事はないだろう……銃の手入れか?」

男「まぁな」リボルバーのレンコン穴をのぞき込み、火薬のカスや傷がないか確かめながらクリーニング用の細いブラシを突っ込む……

役人風「撃ったのか?」役人らしい堅苦しい表情のままだったが、一瞬持ち上がった眉毛は驚愕を表していた……

男「ああ、まだ一時間も経っていない。劇場の前で馬車馬が暴れてね。絡まった馬具で通行人の女の子を引きずりかけたもんだから、つい手が伸びちまった」

役人風「……どうやら時間をかけてカバー(偽装)やレジェンド(偽経歴)を作ってきたのが無駄になったな」

男「さすが、本国人らしい嫌みったらしい言い方だ……だがね、そのおかげでちょっとばかし面白いものと出っくわしたよ」

役人風「というと?」

男「馬具が絡まって引きずられかけた少女……ちっこい黒髪の東洋人なんだが……どうやらただの娘っ子じゃあない」

役人風「分からんな、東洋人がそんなに珍しいか?」

男「そうじゃないさ……そもそも馬にひかれかけたのは幼い女の子で、東洋人の娘は馬のひづめをかいくぐって幼児を救い出したところで馬具が絡まったんだが……ありゃ並の動きじゃなかった」

役人風「その「並の動きじゃない」娘が君を尾行していた?」

男「ああ……そうそう、どうも見覚えがあるような気がしていたが見本市に来ていた娘だ。小柄で人混みにまぎれていたから気付かなかったが、劇場を出てからもおれの事を尾行していたみたいだな」

役人風「東洋人のスパイ?」

男「東洋人だろうがペルシャ人だろうが他人を尾行しているってことはその類だろうよ」

役人風「……じゃあ、放っておけば馬に引きずられて勝手に処理できた相手を銃を抜いてまで助けたのか」

男「そういう言い方もできるな」

役人風「私にはそうとしか言えんね……そもそも銃を持ち歩いていいとは言っていないはずだが?」

男「持ち歩いちゃいけないとも聞いてないな」

役人風「……からかっているのか?」

男「とんでもない……だが、丸腰で歩き回るのは嫌いでね」

役人風「必要ないだろう? ここは西部の荒野じゃないんだから」

男「どこだって変わらないさ。ここじゃタンブルウィード(転がる枯れ草)が古新聞ってだけでな」

役人風「ともかく、今後は人目を引くような行為はつつしんでもらいたい」

男「ふ……おそらく東洋人の娘っ子も今ごろそう言われているだろうよ」そう言うとクリーニングの済んだリボルバーを腰のガンベルトに納めた……
740 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/06/14(土) 01:28:15.77 ID:Hw8GkQrd0
…ロンドン市内・コーヒーハウス…

7「なるほど、それほどの使い手だと」

ドロシー「ああ。少なくとも二流じゃない……私が言うんだから間違いないさ」

7「貴女が言うのならそうでしょうね。しかしそれだけのエージェントを呼び出した理由はなにかしら?」

ドロシー「さぁな……それと連絡役のうち一人は内務省の奴だが、時々しかめっ面をした役人風の男が来ている。身長は五フィート七インチ(170センチ)くらい。鉄ぶちの丸眼鏡に薄い砂色の髪。正面から見て右側で七三分けにしていて、瞳は水割りのウィスキーみたいな茶」

7「他に特徴は?」

ドロシー「握りに鷹か鷲をあしらった細身のステッキを突いている」

7「分かったわ、調査の上で該当する人物が分かったらそちらにも教える」

ドロシー「頼んだ……あぁ、それと」

7「なに?」

ドロシー「例の男は時々『壁』沿いの区域にある倉庫に通っている……場所はこの辺りだ」特定のやり方でロンドン地図と重ね合わせると目星を付けた場所が分かるようになっている手紙を渡した……

7「分かった。では引き続き監視と、可能な限りその倉庫の調査を行ってちょうだい」

ドロシー「ああ、それじゃあまた」紅茶を飲み終えるとさりげなく席を立った……

………

…数日後…

ちせ「ドロシー」

ドロシー「んぁ……交代にはまだ早いぞ、何かあったか?」

ちせ「うむ、あの男が役人と一緒に出かけようとしておるのじゃ」

ドロシー「本当か?」一瞬で目を覚まし、さっと窓際から観察する……

ドロシー「……間違いないな」

ちせ「どるするのじゃ?」

ドロシー「そりゃあ尾けるしかないな……私も格好を整えたらすぐに出る。先に裏口で待っていてくれ」

ちせ「承知」

ドロシー「さて……奴らが何をする気か知らないが、ノルマンディ公が一枚噛んでいるのはほぼ間違いなしだな……」手際よく口をゆすぎ、ばしゃばしゃと顔に水をはねかけると『七つ道具』を整えてさっと室内を見わたし、留守中に誰か室内に入っても疑われるようなものがないか確かめ、ドアノブに保安措置のまち針を乗せると部屋を出た……

…裏通り…

ドロシー「よし、行こう」

ちせ「うむ」

…ドロシーお気に入りのカスタム・カーは抜群の性能だが小回りが効かず目立ちすぎるため、コントロールが用立てた地味な二座席の幌つきクーペに乗り込み、エンジンをかけた…

ちせ「……それにしても連中は何をしているのじゃろうな?」

ドロシー「それをこれから調べるのさ。壁沿いのあの辺りは倉庫が多いし、なにかデカいものをしまっておくことだってできる……物騒な代物って可能性もないわけじゃない」

ちせ「むむむ……」

ドロシー「奴は右折か……このまま同じ道を行くわけにもいかないな」訓練所時代に叩き込まれたロンドン市内の地理と天性のカンで、尾行に気付かれないよう道を変えながら追跡を続ける……

…一方…

役人風「……尾行はいないようだな」

男「そうは思えないね。後ろにいる車のどれかがおれたちを尾けているよ」

役人風「街中で早撃ちの見世物なんかをしたからだ」

男「そう言うなよ。これで共和国のエージェントを挙げることが出来たら君の手柄にもなるんだからな」

役人風「失敗すれば君から芋づる式に関係がバレる」

男「やれやれ、ロンドンのお天気くらい悲観的なんだな」

役人風「君が楽観的すぎるんだ……そこで右だ」

男「いや、この道は曲がる車が多い。尾行されているか調べたいんなら二本先の路地で曲がろう」

役人風「レアンダー通りか? あそこは道幅が狭いから車に傷を付けないようにな」

男「もし傷がついたら直して返すよ」
741 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/06/20(金) 00:54:41.26 ID:jxCO0DJE0
…しばらくして『壁』沿いの倉庫街…

役人風「どうにか無事に着いたな」

男「当然さ」

役人風「どうだか……向こうは呆れるほど広い荒野なんだろう? ハンドルの使い方を知っているだけでも驚きだ」

男「ハリネズミに巣を借りて狭い道での運転を練習したのさ」

役人風「ふん……まぁいい、中に入ろう」

男「なら先に入ってくれ、おれは監視がいないか確かめてから入る」

役人風「分かった」

…近くの廃屋…

ドロシー「あそこに入ったが……見たところはただの倉庫だな」

ちせ「どうするのじゃ?」

ドロシー「ひとまずは監視するだけだ。もちろん後で報告は上げる。しかし人の気配もないし保安措置が講じられているようでもないな……」

ちせ「文字通り『ただの倉庫』なのではないか?」

ドロシー「そんなはずないとは思うが……」真鍮が光を反射しないよう筒に黒い布を巻き付けた望遠鏡を取り出し、風にさらされている古ぼけた倉庫を観察した……

ちせ「ふむ……」

ドロシー「とりあえず動きはない。今日のところは連中が引き上げるのを待ってからこっちも撤収、場所だけ報告したら明日以降の監視を考えよう」

ちせ「承知した」

………



…翌日・市内の図書館…

L「……なるほど」

ドロシー「ともかくその倉庫には人影もなけりゃ会社名の看板もない。屋根には雑草が生えてるしレンガは崩れかけ……だからこそ逆に引っかかる」

L「というと?」

ドロシー「監視のない倉庫に意味深な人の出入り……興味を持たせるようにわざとやっているとしか思えない」

L「つまり罠だと」

ドロシー「ああ、私はそう思うね」

L「ふむ……さっき場所は壁の近く、地図で言うとこの辺りだと言ったな」なんの変哲もないロンドン地図の一点を指さした……

ドロシー「ああ、その辺りだ。もっともその辺りは革命騒ぎで焼けた廃屋か需要の少ない倉庫がほとんどで、地番もないような区域だからおおよそのところだが……」

L「……この場所なのは確かか?」

ドロシー「ああ、間違いなく」

L「ふむ……金脈を掘り当てたとは言わんが、近いところまではたどり着いたようだな」

ドロシー「どういうことだ?」

L「この地図を見てみろ」取りだした別の紙はふちが黄ばんでところどころ破れていて、隅には下水道の経路を示す整備図であることが書かれている……

ドロシー「これは……!」

L「見ての通り、この倉庫の地下を通る下水道をたどっていくと壁沿いにある複数の王国軍施設と地下で繋がっている」

ドロシー「しかも一つや二つじゃない……小火器の保管庫、車輌整備施設、重砲の弾薬庫……どうなってるんだ」

L「……君の歳では知らんのも無理はない。そもそもこの周辺の『下水道』は王国がこちらと開戦することになったときに、ロンドンの防壁を守るべく備えて作られた要塞線の一部を造り替えたものだ」

ドロシー「それじゃあ……」

L「人気がないように見えるのも当然だ、おそらく下水道の点検用に掘られた地下通路から出入りしているのだろう」

ドロシー「それじゃあ監視のしようがないな」

L「ふむ……では可能な限りでその倉庫には何があるのか、何の目的でどこへ運ぶのかを調査しろ」

ドロシー「分かった」
742 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/06/27(金) 01:47:42.49 ID:MGpknpE00
…その次の日…

ちせ「……それでここに拠点を置くことになったわけじゃな」

ドロシー「そういうこと……やれやれ、あの柔らかいベッドが恋しいぜ」

…ロンドンを東西に隔てる無愛想な「壁」沿いの街区は日当たりも風通しも悪く、行政や軍の要望で取り壊しや立ち退きも行われるため、必然的にすぐ取り壊してもいいような安普請の下宿屋や木賃宿がごちゃごちゃと並んだ貧民街のようになっている……ドロシーとちせが借りたのもそうした安下宿の一つで、薄いマットレスを敷いたベッドは寝転ぶだけでギシギシときしみ、備え付けのクローゼットは立て付けが悪くきちんと扉が閉まらない……天井からの雨漏りを受ける桶を床に置き、ホコリのせいですっかり灰色になっているカーテンを細めに開き、すき間から倉庫を監視している…

ちせ「ふうっ……ひどいホコリじゃ」

ドロシー「モップとバケツならそこにあるから、私が監視している間に掃除でもしてくれないか?」

ちせ「うむ、代わりに料理は任せるぞ」手拭いを口元に巻き付け、たすき掛けで(部屋の程度に合わせた)粗末なデイドレスの袖口を押さえると、ホコリの積もった室内にはたきをかけはじめた……

ドロシー「あいよ……うっぷ、ひでえな」

ちせ「おおかた部屋の管理もしておらぬのじゃろう」

ドロシー「その代わり家賃はまあまあだし、難しい事を聞かずに部屋を貸してくれるってわけさ」視界の先にある倉庫は静まりかえっていて人の出入りもほとんどない……

ちせ「……あっという間に水がまっ茶色になってしまった」

ドロシー「水道は共用で裏にある。他の住人に何か詮索されても、英語が分からないふりをしてごまかせ」

ちせ「承知」バケツを持って出ていった……

ドロシー「さて、しばらくは根比べだ……」

…そのころ・ロンドン市内のホテル…

男「……じゃあ、今度の船便でそいつを運び出すのか」

役人風「そういうことになる……何か不満か?」

男「いいや? だが気にはなるね」

役人風「過ぎた好奇心はためにならないことくらい分かると思うが」

男「そりゃあそうさ。だが今のタイミングで新大陸にそれだけのものを運び込むと聞かされたら事情を勘ぐりたくもなる」

役人風「考えるのはこちらに任せておけばいい。君の仕事は実行することで考える事じゃない」

男「自分の仕事くらいは分かっているさ」

役人風「なら結構だ……くれぐれも早撃ちの見世物やカウボーイごっこを披露するような真似はしないようにな。その立派なひげを見せびらかすために出歩くのもやめてくれ」

男「ああ」思わず上唇のひげを撫でた……

役人風「まぁ、ホテルのラウンジでお茶を飲むくらいは構わないよ。 経費はこちら持ちだ。せめて新大陸に戻る前にまともな紅茶の味を覚えて帰るといい」

男「……ちっ、取り澄ました嫌な野郎だ」

…小役人風の連絡役が出ていくと男は鏡台の前に座って小さな櫛で口元のひげを整え、それからトランクに入れてあったガンケースを広げると、不愉快さを忘れるように.44-40ウィンチェスター弾モデルの「コルト・シングルアクション・アーミー」と、それよりはずっと小さく隠しやすい護身用の.32口径リボルバー「S&W・NO.2」リボルバーを熱心に手入れした…

………



…数日後…

ドロシー「ふぅ、こうも動きがないんじゃ仕方ないか……」

ちせ「どうする気じゃ?」

ドロシー「ゴミ漁りのふりをして近くをうろついてみるつもりだ。このまま昼は学校、夜は抜け出して監視ときた日には身体が持たないし、コントロールに「成果を出せ」ってせっつかれるのも気に入らないしな」

ちせ「しかし、危険ではないか?」

ドロシー「そいつは分かっちゃいるんだが、他に使える監視役がいない以上こっちでやるしかないだろう……綱渡りは慣れてるしな」

ちせ「ならば私が……」

ドロシー「いや、私なら貧民街のことも分かっているからなんでもない……連中だっていちいちゴミ漁りを警察に突き出したりして耳目を引くのは避けるだろうから、捕まってもせいぜい顔の形が変わる程度にぶん殴られるくらいですむはずさ♪」

ちせ「むむむ……『顔の形が変わるほど』殴られると言うのは大ごとのようじゃが、そういうのなら」

ドロシー「ああ、むしろ屋根を伝って上から監視とバックアップをしてくれる方が助かる。もしも本気で相手をしなくちゃならないようだったらこんな風に合図をする……その時は相手を叩き斬ってくれ」手を意味ありげにヒラヒラさせた……

ちせ「承知」

ドロシー「それじゃあ今夜の実行に備えて昼寝でもしておけよ」

ちせ「分かった」
743 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/07/02(水) 00:19:00.79 ID:MrZBuGBD0
…夜…

ドロシー「ちせ」

ちせ「うむ」粗末なベッドで寝ていたはずが、ドロシーが声をかけるとまるで起きていたかのように返事をした……

ドロシー「そろそろ時間だ」

ちせ「そうか……それよりドロシー、その格好は一体?」

ドロシー「どうだ、なかなかのもんだろ?」

…起き上がったちせが向けた視線の先には、色もよく分からないボロを着た汚らしい女が木の桶を持って立っている……品のないニヤリとした笑みを浮べると歯並びの悪い黄ばんだ歯がゆがんだ唇からのぞき、もつれ放題の髪は脂ぎっていて、肌も垢じみて黒ずんでいる…

ちせ「……まるで別人じゃな」

ドロシー「なぁに、コツさえ覚えれば結構簡単なもんさ……格好よりも動きが大事なんだ」

ちせ「その服はどこから?」

ドロシー「慈善活動のフリをして貧民街に行ったときに私と背格好の近い女を見つけてね。まっとうな服をやる代わりにこいつを引き取ってきたのさ」

ちせ「なるほど……私もそういう格好をしたほうがよいのじゃろうか?」

ドロシー「必要ないさ。ちせに動いてもらうときはのっぴきならない時だけだ」

ちせ「なるほど」

ドロシー「さて、それじゃあ最後の仕上げと行くか……」

…部屋の隅に持ち込まれている見なれない容器は使い込まれた機械油の桶で、中身はすっかり真っ黒になっている……ちせが古いオイル特有の嫌な臭いに鼻にしわを寄せているなか、ドロシーは古油を少し手に取ると「うへっ、ひでえな……」とぼやきながら手首や首もとに少しすりこんだ…

ちせ「……まるでオンボロの工場じゃな」

ドロシー「いつぞやの洗濯工場みたいにか? ……いくら格好がボロでも、物乞いや貧民層に特有の臭いがしないと相手に違和感を与えてしまう。視覚、嗅覚、聴覚……五感すべてを使って自分のなりすましたい人間に寄せないといけないのさ」

ちせ「むむ、見事なものじゃ……」

ドロシー「お、合格をもらえるとは嬉しいね……それじゃあぼちぼち出かけるか」

…しばらくして・倉庫の裏手…

ドロシー「……」

ちせ「……」身を屈めてよたよたと歩いているドロシーと、倉庫の屋根を伝いながら周囲を監視しているちせ……腰に脇差を提げ、塗り笠をかぶって素早く動く様子ははっきりと視界に捉えるのも難しく、影のようにドロシーを援護している……

ドロシー「なんだい、こんなもの……」

…ゴミ漁りの女らしくぶつぶつとひとり言をつぶやきながら、金目のものや食べられそうなものを探しているふりをするドロシー……でこぼこの道をあちらのゴミ箱、こちらのクズ山と寄り道しながらも着実に倉庫へ近づいていく…

ちせ「む、例の倉庫に取り付いたようじゃな……」

ドロシー「さて、と……ちょいと拝見させていただくよ」ドロシーは倉庫のすみっこ、レンガの崩れかけている小窓に顔を寄せると内部をのぞき込んだ……

ドロシー「……おっ?」

…のぞきこんだ倉庫の中は明かりが漏れないよう照明に幕が張り巡らせてあり、光が真下にしか届かないよう工夫してある……そして中には大きな木箱がいくつも積み上げられ、防水布がかけられた大きなシルエットもいくつか鎮座している…

ドロシー「防水布がかかってはいるが……ありゃあ自動車だな。あっちの大きい箱は機関銃に、少なく見積もっても数百人分の軍用ライフルの輸送用木箱……それに爆薬の大箱と2ポンド級の速射砲が見える限りで三門……戦争をおっぱじめるには量が足りないが、ちょっとした騒ぎを引き起こすには十分すぎるくらいだ……」

…視界に収めたものを暗記しているドロシーの背中に、コツンと小さな石ころがぶつけられた……石ころは屋上で見張っているちせからの「敵の見張りが近づいている」という合図で、ドロシーはさりげなくのぞき窓を離れてまたよたよたと歩き出し、角を曲がった矢先に声をかけられた…

私服「……おい、なんだお前は。ここで何をしている」

ドロシー「あぁん、あたしがここにいちゃいけないって言うのかい?」

私服「当たり前だ、この辺りは軍の管理区域だぞ。お前みたいなゴミ漁りの来る所じゃない……その手に持っているものはなんだ、持ち物を見せろ」

ドロシー「嫌だよ、せっかくの収穫をあたしから取り上げようって言うんだろ?」

私服「ふざけるな、だれがそんなゴミなんかいるか……いいから見せろ」

ドロシー「分かったよ……いいけどネコババするんじゃないよ」

私服「バカ言え……この桶はなんだ」

ドロシー「水だってことぐらい分かるだろ? この辺りには水道なんて気の利いたものはありゃしないからね、そこのパイプから滴ってるやつをいただくんだよ」

私服「その包みは?」

ドロシー「見ての通り服だよ。お前さん、ドロワーズ(女性用下着)が欲しいのかい?」

私服「そんなものいるわけないだろう……もういい、あっちに行け」

ドロシー「なにさ。威張りかえった若造だね、まったく……」ぶつくさ言いながら歩み去った……
744 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/07/03(木) 01:10:22.04 ID:Ktr1NPcB0
男「……いったい何を騒いでいるんだ?」

ドロシー「……」

…施設の警備に当たっている情報部とおぼしき私服をうまくあしらって立ち去りかけた矢先に、施設から口ひげの男が出てきた……ロンドンの湿っぽい夜には似つかわしくない茶革の靴にフェルト帽で、施設の中に火薬があるためか火の付いていないパイプをくわえている…

私服「いえ、怪しい女がうろついていたので……ゴミ漁りの女乞食でした」

男「ほう、そうかい」男はゆったりした歩きでドロシーに近寄ってきた……

男「……こんな所じゃ食い物なんか見つからないだろうに、大変だな」

ドロシー「仕方ないのさ、実入りのいい場所で漁ろうと思ったら元締めにおあし(銭)を払わなくっちゃならないからね」

男「なるほどな……」

ドロシー「じろじろ眺めてどうしたんだい、あたしがいい女だからって気に入ったのかい?」下世話な女らしく歯をのぞかせ「けけっ…♪」と下卑た笑い声をあげる……

男「いや、どこかで見たような気がしたもんだからな……」

ドロシー「イヤだねぇ旦那、この間あたしを抱いたってのにもうお忘れとは……けっけっけ、情けないねぇ」

私服「こいつ、人をおちょくりやがって……!」

男「おい、落ち着けよ……何も持っちゃいなかったんだな?」

私服「ええ。持っているのはガラクタばかりです」

男「だったら放してやれ……ところで名前は?」

ドロシー「ジェーンだよ。ところであんたの名前はなんて言うんだい、色男の旦那?」

男「おれか? あんたがジェーンなら、おれのことはジョン・スミスとでもしておいてくれよ」

(※ジョン・スミス…ごくありふれた名前であることから偽名や匿名を意味する「名無しの権兵衛」の代名詞。女性の場合はジェーン)

ドロシー「そうかい、それじゃああたしは行っていいんだね? ジョン・スミスの旦那?」

男「ああ。ただこの辺りは「壁」のそばで軍の管理区画だ。こういう面倒ごとに巻き込まれたくなかったら近寄らないことだ」

ドロシー「そうさせてもらうよ、そっちの生っ白いほうはけんつくを食らわすしさ」

私服「この……!」

男「おい、そうカッカするなよ……あぁ、ちょっと待て」

ドロシー「……なんだい?」内心どきっとしたが、平然と振り返った……

男「今夜の飯にありつけないようじゃ困るだろう、取っておきな」硬貨をピンと指ではじいて寄こした……

ドロシー「へっへっへ、こりゃあひさびさに良い色を拝ませてもらったよ……飲み代がなくなったらまた来ようかねぇ?」

男「あんまりこの辺りでうろちょろしていると、銀じゃなくて鉛が飛んでくることになるからやめておきな」

ドロシー「おやおや……それじゃああたしはおいとまさせてもらうよ」

男「ああ」

…しばらくして・監視拠点…

ドロシー「ふー……まさか当の本人とはち合わせとは、運がいいんだか悪いんだか……」

ちせ「驚きじゃったな」

ドロシー「まったくだ……くそ、質の悪い石けんだな」ガタのきている洗面台で石けんを泡立て「変装」に使った古いオイルや泥土を一生懸命洗い落としている……

ちせ「あとは寄宿舎に戻ってからじゃな」

ドロシー「そうだな。 どうだ、臭いは落ちたか?」

ちせ「むぅ……まだいくぶん油くさいが、まぁどうにかなる範囲じゃ」

ドロシー「ならいいか」

ちせ「それにしてもドロシーの見たものは兵器がひと山……新大陸でどう使うつもりじゃろうか」

ドロシー「可能性はいくつかある。北ならカナダでケベックの独立を狙う親フランス派にニラミを利かせるためだし、南なら国境でもめているメキシコへの圧力だ。こっちは後ろ盾にスペインがいる」

ちせ「むむむ」

ドロシー「どちらにせよまだ積み上げている途中だったから、荷物はあれで終わるわけじゃなさそうだ」

ちせ「と、なると……」

ドロシー「新大陸で王国の影響力が増すことになるだろうな」
745 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/07/14(月) 00:53:06.08 ID:KEk6YHWh0
…翌日・開店前のパブ…

ドロシー「というわけで、連中は用意した武器をどこかに運ぶつもりのようだ」

L「……ふむ」

ドロシー「これで一応は監視目的である「倉庫の中身」は分かったわけだが……これからどうする?」

L「そうだな。王国がその武器を「何に」使うかは想像が付くが、問題は「どこで」使うかだ……君が指摘したようにケベックでは反アルビオンの動きがあり、フランスが裏で糸を引いているし、新大陸の南部から西海岸はかつてメキシコ領だったもので、奪い取られた領土の奪還を目指して虎視眈々と狙っている……こちらの背後にいるのはスペインだ」

ドロシー「ああ」

L「……だが、いま挙げた地域で何かが起きる可能性は少ないだろう」

ドロシー「理由は?」パブのカウンターから勝手に持ってきたグレンフィディックをちびちび舐めながら聞いた……

L「タイミングと規模だ。今言ったその二か所で事を起こすとなれば大規模な戦闘になるだろうが、王国の体制も盤石ではない。ケイバーライトの力で世界に覇を唱えてはいるが、軍事力をどこかにつぎ込めばどこかが手薄になる」

ドロシー「にっちもさっちも行かないってわけか」

L「そうだ。それにメキシコにしろケベックにしろ問題の根は深い。数門の2ポンド速射砲と数百人のライフル歩兵でどうにかできる規模ではない」

ドロシー「それじゃあやっぱり駐屯軍への補給ってことにならないか?」

L「その可能性も考えたが、駐屯部隊への補給ならわざわざ秘密裏に行う理由がない……ましてや新大陸から腕利きのエージェントを呼び寄せる理由などまるでない」

ドロシー「じゃあ口ひげ男と軍需物資の問題は別口なんじゃないか?」

L「……君たちを誘い出すための囮だと?」

ドロシー「ああ。自慢じゃないが私たちは王国にとって結構な頭痛の種になっている存在だろう? 冷徹なノルマンディ公は別にしても、防諜関係にいるどっかの誰かがしびれを切らしたっておかしくはないはずさ」

L「そうだな、確かに君たちの活動は王国にとって愉快ではないはずだ……しかしそのためのアプローチにしてはあまりにも遠回りすぎるし、君たちに繋げようとする要素がない」

ドロシー「言われてみれば……じゃあやっぱり武器は武器として、どこかで使うアテがあるってことか」

L「ああ」

ドロシー「……どこか思い当たる節があるみたいだな」

L「必要以上に知りすぎるのは身体に悪いが、君なら推測できるだろう……どこだと思うね」

ドロシー「おやおや、謎かけと来たか……カンダハールか?」

L「あそこを平定するには数万のインド駐留軍と数百門の大砲を送り込んで一年はかかる」

ドロシー「じゃあアイルランド?」

L「それなら隠し立てすることなく、むしろ独立勢力への牽制として大々的に送り込むだろうな」

ドロシー「ならハルツームは?」

L「現状フランスも王国の空中戦艦に恐れをなし、少なくとも表向きはアフリカでの権益を平和的に分け合っている形だ……新大陸からエージェントが来た理由も考えてみるといい」

ドロシー「そうだな……じゃあジャマイカか?」

L「ふむ、惜しいな。バハマ諸島だ」

ドロシー「バハマ?」

L「そうだ」

ドロシー「バハマといえばカリブ海の入口だな……そうか」

L「……分かったようだな」

ドロシー「ああ、例の反乱騒ぎか」

L「きちんと新聞に目を通しているようだな……バハマの総督府に対して税金の減免や住民の扱いに対する抗議活動が起こり、武装化して次第に激化しつつある」

ドロシー「となれば、誰か後ろで煽っているやつがいるな」

L「ああ。おそらくはスペインだろう……キューバはすぐそばだからな」

ドロシー「王国にしてみればバハマの反乱騒ぎを素早く収めれば、スペインの動きを止められる……こっちとしてはそれを妨害して王国の力を減らす」

L「その通り。バハマに向ける武器の輸送を妨害する程度ではさして王国の力を削ぐことにはならないが、それだけにちょうどいい」

ドロシー「なるほど……いま潰れてもらっちゃ困るもんな」

L「そうだ。こちらが国力をつけ、その上で王国の人間が共和制をうらやみ、自分たちで王制を打倒する気になってもらってもらわねばな」

ドロシー「そのためのお膳立てってわけだ。じゃあ倉庫の武器は……」

L「破壊しろ。あくまでも事故に見せかけて……だが」
746 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/07/25(金) 00:45:04.17 ID:wNVo7B4m0
…翌日・ネスト…

ちせ「なるほど……難しいものなのじゃな」

ドロシー「まあな。天秤をいじくってちょうどいいくらいのバランスを保つ……短い電報の一文が世界情勢を揺さぶることだってある世界だ」

ちせ「……ふむ、それにしても破壊工作とはのう」

ドロシー「なぁに、心配はいらない。無煙火薬ってのは性能はいいがそのぶん敏感で、黒色火薬ほど安定していないんだ。それがちょっぴりならいいが、たいていは大量に保管してあるからな……事故が起きたって不思議じゃないってわけさ♪」

ちせ「とはいえ警備は厳重じゃろう?」

ドロシー「ま、どうにかするさ……夜に備えて一眠りさせてもらうよ」

………



…宵のころ…

ちせ「ドロシー、お日様が沈んだぞ」

ドロシー「おう、それじゃあ起きるとするか……ふわぁ、よく寝た」

ちせ「豪胆じゃな」

ドロシー「寝ている間はあれこれ心配事を考えないで済むからな……さ、準備にかかろう」

…筒状に巻かれた布を広げると、たくさんのサックやポケットに奇妙な道具やこまごました器具が納められている……かたわらには二挺の.455口径のウェブリー・リボルバー(4インチ銃身のものとバックアップ用の2インチ「ブルドッグ」タイプ)とナイフひと振り、昔の攻城器具にありそうな鉤爪つきのロープ、それに真鍮と銅でできた時限装置と爆薬がひとつ…

ドロシー「……こいつは王国式の時限装置だ。残骸をより分けてみたって証拠は残らない」

ちせ「ふむ」

ドロシー「ちせはいつも通り、その刀で援護してくれりゃあいい」

ちせ「承知」

…ドロシーは活動用の黒いひざ丈スカートに色っぽい黒紫のストッキング、ぴったりした黒シルクのハイネックと黒革のコルセットでまとめると、革紐やサックに「七つ道具」を納めていく……リボルバーは一度シリンダーを開いて銃弾をはじき出し、改めて状態の良さそうな弾を込め直す…

ちせ「……ふんっ」

…小さく気合を込めた息を吐くと、草履に黒のたっつけ袴と濃緑の小袖、それにいつもの黒い塗り笠をかぶって脇差を腰に差した…

ドロシー「長い方は持ってこなかったのか」

ちせ「うむ。建物の上を跳び回るのに二本差しでは動きづらい」太刀の代わりに脇差と小刀、小柄(投げナイフ)を納め、足ごしらえをもう一度改める……

ドロシー「なるほどな」

ちせ「それで、行動開始はいつ頃じゃ?」

ドロシー「連中の動きが収まる真夜中のあとだな。奴らもヘンテコな時間帯にガタゴトやっていると人目を引くって分かっているらしいし『壁』に配備されている兵隊が深夜直の交代を済ませてからやる」

ちせ「それまでは待ちの一手じゃな」

ドロシー「ああ……とりあえず夕飯でも食うか♪」

ちせ「ふっ、そうじゃな」ドロシーがひびの入った皿を並べ、厚く切ったパンとコールドチキン、切り出したばかりで黄色くうまそうなチーズ、それにカラシなどを手早く用意した……

………



…数時間後…

ちせ「そろそろ参ろうか?」

ドロシー「そうだな。もうここには戻らないから忘れ物なんてしないようにしろよ?」

ちせ「過ごしてみると案外悪くないものじゃったな」

ドロシー「かもな……さ、行こう」道具の入った革ベルトをバックルで締めると、するりと玄関から出て行った……

ちせ「うむ」

………

747 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/07/29(火) 02:36:48.63 ID:iqLJzP/j0
…裏通り…

ちせ「ではな」

ドロシー「ああ」

…王国軍による強制立ち退きで無人となりながら、まだ取り壊しの済んでいない建物を伝ってひらりと屋根上に登っていったちせ……ドロシーはそれを見送るとがれきや建物の間をするりと通り抜け、壁沿いを照らす照明を避けながら倉庫に近づいていく…

…数分後…

ドロシー「……ここまでは順調だな」ちらりと見上げた向かいの屋根に一瞬だけちせの黒い影がのぞいた……

ドロシー「ふ、援護があるってのはいいもんだ」

…倉庫の入口は厚手の鉄扉で閉じられているが、床に近い通風用の小窓は侵入者防止にはめてある鉄棒の基部がすっかり崩れかかっていて、ドロシーは画家の使うパレットナイフのような金属ヘラを取りだしてレンガの基部を突き崩していった……崩したレンガの粉を時々「ふっ」と吹き払い、次第にぐらついてくる鉄棒が音を立てないよう片手で支える…

ドロシー「それにしたってカエルじゃあるまいし、地面に這いつくばってこんな真似をするハメになるとはね……」小声でぶつくさいいながらも手際よく作業を進め、とうとう鉄棒が外れた……音がしないようボロ布で包むとそっと脇に置き、そこからするりと倉庫の中へ滑り込んだ……

…倉庫内…

ドロシー「ふぅん……この何日かでずいぶんと規模を増しやがったな」

…高い天井に届くとまでは言わないが、それでも積み上げられた箱や防水布の包みは相当な量になっている……ドロシーはもはや習性になっているエージェントの観察眼でおおよその量や箱に印字された武器の種類をさっと脳裏に納めつつ、爆薬を仕掛けるべく箱の間をすり抜けながら火薬の貯蔵場所に近づいた…

ドロシー「……よし、あったあった」

ドロシー「それじゃあ頼んだぜ……と♪」時限装置のねじを巻いて脱出の時間も考えたギリギリの時間にセットし、無煙火薬の貯蔵箱の間に滑り込ませた……

ドロシー「ふぅ……これでよし、と」

………

…数分後…

ドロシー「……」軽やかな、しかし音一つしない猫のような足取りで入って来た小窓の近くまでやって来たドロシー……

ドロシー「さて、それじゃあおさらばするとしようか……」

声「……おいおい、あいさつもなしに出ていくのかい?」

…突然背後から気さくな調子で声をかけられ凍り付いたドロシー……その声を合図にしたかのように室内の照明が点けられると、暗闇に慣らした目が一瞬くらむ…

声「こいつは驚いた、いつぞやの若いレディじゃないか」

ドロシー「……」

…ようやく明るさに慣れたドロシーがそちらを見ると、例の口ひげの男が帽子を軽く持ち上げた……その横には連絡役とおぼしき例の役人風の男が立ち、左右にも数人の私服が広がって壁を背にしたドロシーを半円状に取り囲んだ…

口ひげの男「こんな夜中に物あさりとは、君もずいぶんと忙しいようだな?」

ドロシー「ああ、貧乏暇なしってやつでね」少しおどけた様子で手を上げた……

役人風「知り合いか?」

口ひげ「数日前に浮浪者の格好でここをうろついていたお嬢さんだ。だから言ったろ、尾行されているって」

役人風「街中で気の利いた早撃ちを見せた誰かさんのおかげだな……失礼だが、武器を預からせていただくよ?」

…軽くあごをしゃくうと私服たちが左右から近寄り、ドロシーの差していたウェブリー・リボルバーやナイフを取り上げた…

役人風「さてと……何の変哲もないウェブリー&スコットだな。これだけじゃどこの情報部員なのか分かりそうもない」

ドロシー「……」

役人風「返事はなしか……何か身分証は持っていないか?」

私服「いえ、これといったものは」

役人風「だろうな。ま、おそらくは壁の向こう側から送られて来たんだろうが……それで、どこまで知らされている?」

ドロシー「……」危機にあっても余裕が生まれる自分なりのおまじない、あるいは生まれついての癖か、ドロシーはにやりと口角をあげた……

役人風「ほう、度胸の据わった女だな」

口ひげ「確かにな……まともな椅子じゃなくて申し訳ないが、良ければ座ったらどうだ?」

ドロシー「ご親切にどうも。でも立っている方が好きでね」

口ひげ「そうかい? まあ好きにするといいさ」

役人風「これからかなり長い間話を聞くことになるし、座った方が楽だと思うがね」

ドロシー「……」
748 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/08/14(木) 01:06:01.57 ID:JDURLMJX0
役人風「……さて、それじゃあ質問に答えてもらおうじゃないか」

口ひげ「答えてくれるとは思えないけどな」

役人風「そこはやり方次第さ……任務の目的は?」

ドロシー「さぁね(こいつら、私が爆弾をしかけたことを知らないのか……)」音が聞こえているわけではないが、箱の陰でチクタクと秒針が進んでいる時限爆弾のことを考えると背中に冷や汗が流れる……

役人風「誰の命令だ? 共和国か、フランスか?」

ドロシー「……」

役人風「答えてくれんのならやむを得ないか……ベイカー」

私服「はい」ドロシーの髪をひっつかむとほっぺたに平手打ちを浴びせた……

役人風「どうだ、答える気になったか?」

ドロシー「ぺっ……!」痺れるような頬の痛みをこらえつつ、鮮血混じりの唾を床に吐いた……

役人風「頑固なお嬢さんだな……とはいえ、あまり時間を掛けている場合でもないな」懐中時計を取りだして時間を眺めた……

口ひげ「どうするつもりだい?」

役人風「もちろん聞き出せればそれに越したことはないが、答えないというのなら射殺するまでだ……スパイだろうとスパイじゃなかろうと、どっちみち共和国の無法を示す格好の宣伝になる」

口ひげ「女を撃つのは気が進まないな」

役人風「メキシコ人や先住民をキツネ狩りのように追いまくった西部の男が今さら紳士ぶるつもりか?」

口ひげ「相手も得物を持っていれば別さ」

役人風「自己満足のきれいごとだな。君だってこの箱の中身が何か知らないわけじゃないだろう」

口ひげ「……こいつは植民地の防衛に持ち込まれるって話じゃなかったか」

役人風「おやおや、まさかそんなお題目を信じているのか……お嬢さん、もしかして君なら知っているかもしれないな?」

ドロシー「ああ、ハイチだろ?」わざと誤った答えを言って、相手に真相を知らないのだと思いこませる……

口ひげ「ハイチだと?」

役人風「いいや、ハイチじゃない……ジャマイカだよ」

口ひげ「どういうことだ」

役人風「現地人の反乱を食い止めるために至急武器を送り込む必要があるということだよ……とはいえ政府の承認だの、のろ臭い予算申請だのを待っている暇はない」

口ひげ「そこでおれの出番ってわけか……」

役人風「その通り。君が植民地での担当官として武器の補充を要求すれば、内務省は裏金やモノをやりくりして必要なものを出してくれる……あとはそれを必要な場所に振り向ければいいだけでね」

口ひげ「つまりおれは「開けゴマ」の合い言葉ってわけかい」

役人風「そういうことになるな。とはいえ別に悲観することはない、内務省での君の評判が高まれば新大陸でホコリにまみれてエージェントをしている必要もなくなる。本省勤めは良いものだよ?」

ドロシー「……おまけにあんたみたいな小役人野郎ともお近づきになれるしな」

私服「黙れ!」

役人風「言わせておけ。どうせそう長くはないんだ……梱包はどうだ?」

私服B「あらかた片付きました。あと五分もあれば済みます」

役人風「よろしい……それじゃあスミス君、ひとつご自慢の射撃の腕を披露してもらおうじゃないか」

口ひげ「……」

ドロシー「……やれよ、ミスタ・カウボーイ」

口ひげ「お嬢さん、何かしてやれることはあるかい?」

ドロシー「そうだな、せいぜい苦しまないよう一発で眉間をぶち抜いてくれってくらいかな」一瞬だけ、横目で天井に走っている梁を見た……

役人風「驚くべき度胸だ……さ、お嬢さんの頼みをきいてやれ」

口ひげ「……ふぅ」脚を肩幅に開いて腰を少し落とし、腰のホルスターに手を伸ばしていく……

ドロシー「あぁ、そうだ……気取り屋のあんたに一つだけ言いたいことがある」

役人風「?」

ドロシー「……同業者をとっ捕まえたときは、ちゃんと相手の人数も確かめておいた方がいいぜ?」そう言うとニヤリと笑った……
749 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/08/16(土) 01:35:56.67 ID:OrOasz7i0
ちせ「……はぁぁぁっ!」

私服「ぐぁっ!」

役人風「……っ!?」

…屋根の梁から飛び降りざまに真っ向唐竹割りで私服の一人を両断する……王国側エージェントたちの注意がそれた瞬間にドロシーは箱の上に載せてあったウェブリーのホルスターに飛びつきひっつかんだ…

ちせ「てぇぇぃっ!」

私服B「がはぁ!」ちせの小さい影がすれ違った瞬間に喉を切り裂かれ、レンガ張りの床にどさりとくずおれる……

役人風「何してる、撃て!」

ドロシー「撃てるもんなら撃ってみろよ……そこの火薬ごとまとめて昇天することになりたいならな?」

私服C「ぐっ……!」一瞬ためらった間にドロシーが放った銃弾を胸に受けた……

ちせ「たあっ!」

私服D「かは……っ!」とっさにリー・エンフィールド小銃を横に向けて刃を止めようとしたが、それよりも早く下から斬り上げられて血煙をあげてのけぞった……

役人風「くそっ、何をぼさっとしている!」背広の下に隠していた短銃身のブルドッグ・タイプを取り出しやたらめったらぶっ放すが、ドロシーは箱を盾にとって冷静に弾を込め直す……

口ひげ「……女だてらにやるもんだな!」自動車のエンジンの陰に素早く飛び込むと、ガンケースから取りだした珍しい.44-40口径のリボルビング・ライフルで精密な射撃を浴びせてきた……

ちせ「むっ!」銃口が向いた瞬間に気配を察して地面を転がり、柱の陰に飛び込む……

口ひげ「ひゅうっ、まるで野ウサギだ……!」中折れ銃身を開いて次のシリンダーに取り替える……

役人風「いいから早くケリをつけろ! いつまでも小娘相手に手こずるな!」

口ひげ「分かってるさ……!」梁を支える鉄のアーチを見定めて一発撃ち込むと、はじき返った跳弾がちせをかすめた……

ドロシー「ちせ!」

ちせ「なに、平気じゃ……援護を頼めるか?」

ドロシー「いつでも!」

ちせ「ならば……さん、にい、いち……今じゃ!」

ドロシー「っ!」口ひげ男と役人風が撃ち返せないようにウェブリーで正確な射弾を送り込む……

ちせ「ふっ!」

口ひげ「……っ!?」

…口ひげの男はちせに向けて腰だめの状態でリボルビング・ライフルを一発撃ったが、真っ向から突っ込んでくるちせが銃弾を二つに切り裂いて飛び込んでくると一瞬驚愕の表情を浮かべた……それでも瞬時に立て直すと素早く後ろに飛び退き、その瞬間にちせの白刃がライフルを先台の部分から真二つに切った…

役人風「くそっ、畜生っ!」

ドロシー「おやおや……弾がないんじゃどうしようもないよな?」興奮のあまり弾の残っていないリボルバーの引き金を引き続けながら悪態をついている役人風の男に近づくと、数歩の距離から額に銃弾を二発叩き込んだ……

口ひげ「……どうやら勝負はついちまったようだな」役に立たなくなったライフルの残り半分を地面に放り出すと、軽く両手をあげる……

ちせ「うむ」すらりと脇差を鞘に収め、軽く一礼した……

口ひげ「まさか銃弾を斬った上にライフルまで真二つにしちまうとは、東洋の『カタナ』ってやつはあきれたもんだ……っと、どうやらそっちのお嬢さんも見たことがあるな?」

ちせ「はて、人違いではあるまいか」

口ひげ「いや、その軽業みたいな身のこなしで思い出したよ……前に劇場のそばで暴れ馬の蹄にかけられそうになった子供をすくい上げただろう?」

ちせ「……いかにも」

口ひげ「道理で。そういや見本市の射的場でも見かけた気がするな……変装がうまいもんだから気付かなかったが、あんたたちの組み合わせで気がついたよ」

ドロシー「まぁ、そういうことになるな」

口ひげ「まさか少女のエージェントとはね……立場が逆転したところで、一つ頼みがあるんだがな?」トレードマークらしい口ひげをひねりながら言った……

ドロシー「最後にパイプを一服かい?」

口ひげ「そいつも悪くはないが……ちょいと決闘勝負に付き合ってくれないか? これでも早撃ちの方はちょっぴり自信があるんでね」

ドロシー「……新大陸式の早撃ち勝負はやったことがないんだがな」爆発まであと何分残っているか分からない最中に酔狂なことおびただしいが、妙に憎めない感じの口ひげ男の頼みに付き合ってやる気になりかけている……

口ひげ「嫌なら苦しまないように撃ち抜いてくれたって構わないぜ? 長いことエージェントをやって来て、ペン先で世界を操れると思っているロンドンの役人どもにこき使われるのにも飽き飽きしていたしな」横で大の字になって死んでいる内務省の連絡役をあごで指し示した……

ドロシー「雇われエージェントはどこも同じだな……分かった、せっかくなんだから付き合うよ」

ちせ「じゃが……!」

ドロシー「お前さんは先に撤収だ。騒ぎを聞きつけた兵隊どももさすがに上着のボタンを留め終わっただろうしな」
750 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/08/28(木) 00:58:42.37 ID:hWECprpe0
ちせ「承知した、では……御免!」

口ひげ「……あのお嬢ちゃん。刃物の方はおっそろしい腕前だが、真っ直ぐな良い子だな」

ドロシー「まぁな」

口ひげ「だが、良い子すぎて情報部員には向いてない」

ドロシー「知ってるよ……だからそういう分野は私の担当なのさ」

口ひげ「そのほうがいい……さてと」

ドロシー「そろそろやるかい?」

口ひげ「そうしよう」レンガの床に散らばった木箱の破片を足でどけ、靴底で軽く床をこするようにして足元を確かめた……

ドロシー「……それじゃ、お互いにうらみっこなしで行こうぜ?」

口ひげ「当然さ……もし墓があるようなら花ぐらい手向けてやるよ」

ドロシー「はっ、この業界の人間に墓なんてあるかよ……せいぜい別人の墓石が良いところさ」

口ひげ「ブーツヒルじゃないだけまだマシだな」

(※ブーツ・ヒル(長靴の丘)…西部開拓時代に無法者が葬られた墓。ベッドで亡くなる良い人たちと違って「ブーツを履いたまま(撃ち合いなどで)」死んだ人間、あるいは靴を引き取る身寄りもない流れ者が葬られたからとされる)

ドロシー「違いない……それじゃあいいかい? ミスタ・ガンマン?」

口ひげ「……せめて『ガンファイター』って言ってくれるか? 『ガンマン』ってのは銃を持った無法者を呼ぶときの言いかたなんでね」

ドロシー「分かったよ、ミスタ・ガンファイター」

口ひげ「ありがとな……合図はどうする」

ドロシー「そんなのいるか?」

口ひげ「はは、そういうと思ったよ……オーケー、それじゃあそっちの好きなタイミングで始めてくれ」

ドロシー「ああ」

…ドロシーは男の前、数ヤードの距離に立って同じように足元の邪魔な板きれやゴミを蹴ってどかした……男は立派なひげが生えた口の端にかすかな笑みのようなものを浮かべ、脚を肩幅に開いて膝を曲げ、腰を落とし気味にして肩の力を抜き、手をガンベルトにつけたホルスターのわきに浮かせている…

ドロシー「……」

…いざ男の正面に立ってみると陽気そうな雰囲気は表向きだけで、その目には真剣を構えるちせと変わらないほどの冷静さと集中力が込められているのがひしひしと感じられる……ロンドンの倉庫にいながら、ドロシーは西部の荒野での「決闘」がどんな雰囲気なのかを強く理解した…

ドロシー「……」

口ひげ「……」

…ドロシーのホルスターは左腰の前側に吊るした銃を右手で抜く「クロス・ドロー」スタイル、男は右腰のホルスターを右手で抜く「ストロングサイド(利き腕)ドロー」スタイルで、お互いに手を中空に浮かせて抜くタイミングを推し量っている…

ドロシー「……」

口ひげ「……」

ドロシー「……」

口ひげ「……」

ドロシー「……っ!」バンッ!

口ひげ「!」バァン!

…息を詰めること数秒、ほぼ同じタイミングでお互いに撃った二人……ドロシーは左乳房の下側を鋭い熱さがかすめていったのを感じた…

口ひげ「……ごほっ」

ドロシー「ふぅ」

…男はまだ銃口から薄く煙をあげている「シングルアクション・アーミー」を右手に持ったまま、大樹が切り倒されるときのようにゆっくりと倒れていった……服の胸元にはポツンと小さな穴が開き、そこから白いワイシャツに血がにじみ始めている…

ドロシー「……大した早撃ちだったが、名前も聞かなかったな」

ドロシー「ま、お互いに「名無しの権兵衛」さんなのは変わらないか……それじゃあな、ミスタ・ガンファイター」

…最後に口ひげの男をちらりと一瞥すると銃を戻し、通気窓を通って外に出ると霧がかったロンドンの裏道に姿を消した…

………

751 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/08/29(金) 23:56:31.44 ID:OgVrw58H0
先日「プリンセス・プリンシパル」のノルマンディー公を演じられてた土師孝也さんが亡くなられました…ご冥福をお祈りいたします。
752 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/09/10(水) 02:55:33.07 ID:IJk4y82q0
…数分後…

ドロシー「……そろそろだな」

…ひたひたと裏町を歩いて拠点に向かっている間にも「壁」沿いの兵舎や監視所が慌ただしくなってきているのが遠目に見える……探照灯が点灯されて「壁」に沿った通りや立ち入り禁止区域をうろつく胡乱(うろん)な民間人がいないか、さっと掃くように光が照射され、人差し指くらいの大きさに見えるアルビオン陸軍の赤服たちがせわしなく駆け回っている…

ドロシー「兵隊さんはようやっとおでましか」

ドロシー「さ、いよいよだ……」倉庫内でカチカチと狂いもなく時を刻んでいた時限装置がゼロを指し、導線が触れた瞬間にスパークが起きて雷管に刺激を与える……

…すでに街区二つ分離れていたドロシーだったが、爆発と同時にくすんだ建物の屋根の上に火柱と黒煙がのぞき、それから爆煙がカールをかけるように丸まりながらふくらんでいくのが見えた…

ドロシー「よし」

…さらに数分後・とある車庫…

ドロシー「……よう」

ちせ「おお、無事じゃったか」

ドロシー「当然さ……おい、そっち側をめくってくれ」

ちせ「うむ」

ドロシー「お、ありがとな……さ、行こう♪」

…何も知らない協力者が借りた車庫の真ん中、ガラクタの中でこんもりとしたシルエットを覆っている布をめくると黒のロールス・ロイス乗用車が現われた……車体は隅々まで磨き上げられ、ドアやパネルの枠には銀色の縁取りがされている……ドロシーはにんまり笑うと運転助手らしい茶系の上着とズボンに着替えたちせを助手席に乗せ、ハンチング帽をかぶらせると運転席に飛び乗った…

ちせ「こんなに目深にかぶらされては何も見えぬぞ」

ドロシー「それでいいのさ。東洋人の運転助手なんていうのはあんまりいないから、見られちゃ面倒だ……車庫の開け閉めを済ませたら、席に深く腰かけていてくれ」

ちせ「やむを得んな……」

…ドロシーはエンジンをスタートさせるとちせに車庫の扉を開けさせて車を出し、後ろで観音開きの扉が閉じると軽くあごでしゃくって「乗れよ♪」と合図した…

………

…数十分後・ロンドン市内…

ドロシー「渋滞も事故もなし、無事に着いたな」

ちせ「反対車線では大わらわのようじゃったがの」帰り道では爆破した倉庫のある街区に向けてフルスピードで突っ走っていく、陸軍歩兵ですし詰めになったトラック数台とすれ違っていた……

ドロシー「言えてるな♪ さてと、ここでもう一度着替えだ」

ちせ「うむ……済まんが終わったら手伝ってくれぬか?」

…お抱え運転手風の黒い帽子と肋骨服を脱ぎ捨て遊び人の貴族令嬢らしい赤紫色のドレスをまとい、白ミンクの襟巻きを首元にふわりとかけたドロシーと、斬り合いはともかく、ドレスの着付けにはまだまだ練習が必要なちせ……ドロシーに深草色と黒の控え目なドレスを着付けてもらい、黒い婦人帽をかしげてかぶると小柄ながらしゃんとした立ち姿になった…

ドロシー「よし、それじゃあネストに行こう」

…しばらくして・ネスト…

ドロシー「ふぃー……まずはお疲れさん」

ちせ「うむ。ドロシーもご同様に……じゃな」

ドロシー「なぁに、あのくらいの撃ち合いは慣れっこさ……もっとも、エージェントが敵さんに見つかってドンパチに巻き込まれるようじゃまだまだだよな」肩をすくめて自嘲した……

ちせ「今回ばかりは致し方あるまい。まずは目標を達成できたのじゃ、それでよしとせねば」

ドロシー「野次馬に交ざった味方が観察して「任務成功」を報告するまでは分からないけどな……ま、とりあえず戻ってきたんだ。後のことは後で考えりゃいいか♪」見た目には華やかだが厄介なドレスを脱ごうと腕を上げた……

ドロシー「……っ」

ちせ「ドロシー、どうしたのじゃ?」

ドロシー「いや、大したことはないんだが……決闘の時に相手の弾が左胸をかすめたらしい。今になってピリピリして来やがった」

ちせ「大丈夫なのじゃな?」

ドロシー「ああ、かすめただけだから大したことにはなっちゃいないさ……ただ、日焼けしたときのヒリつきをちょいとばかり強くしたみたいな感じだ」

ちせ「ふむ、良かったら傷口を見てやろう」

ドロシー「そりゃありがたいな、ぜひ頼むよ」

ちせ「うむ、承知承知♪」ドロシーに頼られてまんざらでもない様子のちせ……

………

753 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/09/18(木) 01:47:59.86 ID:eiSGGUKV0
ドロシー「……どうだ?」

ちせ「少し血がにじんでおるな」

…鏡台の前に立って自分で確かめようとしたが今ひとつよく見えない……そこでドロシーはドレスの下に着ていた胴衣を脱ぐと乳房を持ち上げ、ヒリヒリと痛む部分を見てもらった……ちせが下からのぞき込むようにして確かめると、白く張りのある胸の下側に一筋の火傷のような痕があり、その中央にじくじくと血のにじんでいる部分がある…

ドロシー「ちっ……数日後にはまたレディたちと夜を過ごさなきゃならないってのに、傷物じゃ困るな」

ちせ「確か薬があったはずじゃな?」

ドロシー「ああ、そこの棚にしまってある……目の玉の飛び出るような値段がするし傷口に沁みるのもやっぱり目の玉が飛び出るほどだが、効くことは間違いない」

ちせ「うむ、ならば早速……いや、その前に消毒が先じゃな?」

ドロシー「こんなもの舐めときゃ直るさ」

ちせ「自分で自分の胸は舐められないと思うのじゃが」

ドロシー「おいおい、こう見えても私は器用なんだぜ? 自分の下乳くらい……ってのはちょいと難しいよな」

ちせ「当然じゃな」

ドロシー「それじゃあ仕方ない、一つ酒でもぶっかけてくれ」

ちせ「うむ……酒は良く分からぬのじゃが、これで良いのか?」

ドロシー「っと、そいつはよせ。クルボアジェ(コニャック)の十二年ものだ、まだ封も切ってない」

ちせ「済まぬな、どうにも酒の価値は分からぬゆえ……これは?」

ドロシー「ああ、それならいい」

…ちせが持ってきたドライ・ジンを清潔な布に染ませてあてがうと、冷たさと沁みるような痛みに「うっ」と小さいうめき声をあげた…

ちせ「痛むか?」

ドロシー「そりゃあな。ま、すり傷みたいなもんだが」

ちせ「では薬を塗ろう」

ドロシー「おう、ひとつよろしく頼むよ」

…ちせが軟膏を手に取り、傷口に擦り込んでいく……ドロシーは飛び上がるような痛みをこらえようと消毒のために取りだしたジンを瓶のまま一口あおり、それから痛そうに顔をしかめた…

ちせ「もう少しの辛抱じゃ」

ドロシー「ああ……これでも落馬や仕掛け爆弾の爆風を食らったときに比べればどうって事ないな」

ちせ「うむ……これでよし。あとはさらしでも巻いておくかの」

ドロシー「そこまで大仰にすることはない、絆創膏でいいさ」天然ゴムを混ぜた樹脂状の「絆創膏」を貼りつけ、もう一杯ジンを流し込んだ……

ちせ「これでよし、じゃな」

ドロシー「ああ。もっとも、しばらくは動かさない方が良さそうだが」

ちせ「うむ……ところで湯浴みがまだじゃったな」

ドロシー「ちっ、そういえばそうだったな……傷の手当てをする前に入っちまえば良かった」

ちせ「汗もかいたし、ほこりっぽいままで床につくのは不快じゃろう……濡れ手拭いで軽く拭うのはどうじゃろうか」

ドロシー「そいつはいい考えだな♪」

…数分後…

ちせ「よし、いい湯加減じゃ」

ドロシー「あんまり熱くするなよ? 別にシラミがわいているわけじゃないんだからな」

ちせ「どうもこちらでは冷めた湯の方が好まれるようじゃな……これではせいぜい夏場の水のようなものにしか思えぬのじゃが」洗面器をテーブルに置きながらぶつぶつと愚痴をこぼす……

ドロシー「それでいいんだよ。だいたいちせの入るお湯が熱すぎるんだ」

ちせ「むむ……まあ良い」洗いタオルを持ち出して固めにしぼり、ドロシーの艶やかな白い背中を拭い始めた……

ドロシー「お、いい具合だ。ちせは力があるからそのくらいで丁度いい」

ちせ「それは何より。しかし綺麗な背中じゃな……」

ドロシー「何しろ、これも商売道具の一つだからな♪」

…イヴニングドレスの開いた背中で相手を魅了するのも「プレイガール・スパイ」であるドロシーの技で、そのための肌の手入れはプリンセスほどではないにしろきちんとこなしている…

ちせ「ふむ……」
754 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/10/04(土) 01:29:59.94 ID:5rpnL0kM0
ドロシー「あー、良い心もちだ♪ それからもうちょい下も頼むよ」

ちせ「なんじゃ、人を三助みたいに……ここか?」

(※三助(さんすけ)…江戸時代、銭湯で釜の火をおこしたり別料金で背中を流すサービスを行った男の労働者。江戸時代初期には背中を流す湯女(ゆな)もいたが、次第に売春を兼ねるようになったため幕府に禁止された。女湯でも「流し」をするため三助は真面目な人間でなければ勤めることができなかった。)

ドロシー「そうそう、ちょうどいいところに当たってるよ……っと」

ちせ「っ、済まぬ……///」手が滑って乳房の横に触れた……

ドロシー「なんだよ、おっぱいの一つや二つを触ったからって怒りゃしないぜ?」

ちせ「ドロシーがよくても私が恥ずかしいのじゃ……///」

ドロシー「ふぅん、なるほどねぇ……♪」にんまりと笑みを浮かべると石けんの泡がついたちせの手を引っ張り、背中にくっつくように引き寄せた……

ちせ「な、何を……!?」

ドロシー「ほーれ、おっぱいだぞぉ♪」ちせの手に自分の手を重ね、そのまま乳房を揉ませる……

ちせ「よ、よさぬか! 傷があると言うにふざけるでない……///」

ドロシー「なぁに、傷があるのはこっちの乳房だけだからな……そらそら♪」むにゅ、もにゅ……っ♪

ちせ「ば、馬鹿は止めい……あぅ///」

ドロシー「そういうわりには手が離れないようじゃないか……ほら、先端はこう摘まむんだぜ♪」こりっ……♪

ちせ「こ、こうか……///」

ドロシー「ああ、そんな感じだ……あとは柔らかくほぐすように全体をまんべんなく……んっ、そうそう♪」

…背中を流したばかりで桃色を帯びているドロシーのうなじからはほんのりと甘い香りが立ちのぼり、まだところどころに石けんの泡が残っている肌からはじんわりと熱が伝わってくる……ちせの手は重ねられたドロシーの手に操られるまま、乳房をこね回し、ピンと張った先端を摘まみ、谷間をなぞってへそに向かって滑っていく…

ちせ「ド、ドロシー……///」

ドロシー「そう恥ずかしがるなって。それにちせだって私としたことくらいあるじゃないか♪」

ちせ「それはそうじゃが、それでも慣れぬものは慣れぬ……///」

ドロシー「そういうところが初心で可愛いんだ……んっ♪」ちゅぷ……っ♪

ちせ「その、ここは……こうすれば良いのか///」くちゅ、ちゅく……♪

ドロシー「なかなか覚えが良いじゃないか。その調子で頑張れば、そのうちに私がいきつけにしている「社交クラブ」に連れて行ってやれるかもな♪」

ちせ「そんな爛れた場所に行くわけがないじゃろうが///」

ドロシー「そうか? 可愛い女の子から美人のお姉さん、色恋の酸いも甘いもかみ分けた色っぽい年増までよりどりみどりだぜ?」

ちせ「わ、私はドロシーとする方が良い……///」背中にぎゅっとしがみつき、顔をうなじに埋めるようにしてつぶやいた……

ドロシー「……ちせ」

ちせ「な、なんじゃ?」

ドロシー「今の誘い方はちょっとばかりグッと来たな……ちょいとからかっておしまいにするつもりだったが、どうもそれじゃあ収まりそうになくなった」

ちせ「ドロシー、なにを……///」

…むずがる赤んぼうのように力なく抵抗するちせを「お姫様だっこ」で抱え上げると、ベッドに押し倒したドロシー……ボルドー色がかった瞳はいつもの冗談めかした表情ではなく、動物園で見たアフリカの肉食獣のようなギラギラした色をたたえている…

ちせ「ド、ドロシー……待て、後生じゃから……」

ドロシー「なぁ、ちせ。私がエージェントとして覚えてきたことは色々あるが、中でも役に立つ教訓が一つある……」

ちせ「な、なんじゃ……」

ドロシー「そいつはな……「待て」と言われて馬鹿正直に待つやつはいないって事さ!」そう言うなりちせに飛びかかり、歯が当たるような勢いで唇を重ね、むさぼるようなキスを始めた……

ちせ「ふぐぅ!? んんぅ、むぅぅっ!」

ドロシー「んちゅるっ、じゅるっ、ちゅぅ……っ♪」

ちせ「んんんんぅ! んぐぅぅっ!」

…斬り合いとなれば大の男でも斬り伏せられるちせとはいえ、相手がドロシーでは怪我をさせるわけにはいかず抵抗にも限度がある……それゆえ大柄なドロシーに組み敷かれて振りほどきようもなく、舌を絡めた熱く粘っこいキスと身体をまさぐる長く力強い指、のしかかる甘くもっちりした肌を拒みきれない…

ドロシー「んじゅっ、ちゅる……じゅぷ……っ♪」

ちせ「ふ、ぐぅ……んむぅ///」
755 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/10/14(火) 01:43:17.94 ID:6t1ywQnL0
ドロシー「ん、ちゅ……ちゅる……♪」

ちせ「ふぐぅ……ぅん///」

ドロシー「ちせ、可愛いぜ?」

ちせ「んんぅ……はひっ、あふ……っ///」

…耳たぶを舌先でなぞられながら息を吹き込むようにささやかれ、片方の手で硬直した胸の先端を摘ままれ、もう片方の手指が濡れた割れ目に滑り込んでくると、ちせは頬を紅潮させ、のけぞるように喘ぎ出した…

ドロシー「なんにも考えなくたっていいんだ。今は私に身体をあずけて気持ち良くなればいい……ほら、力を抜けよ……♪」

ちせ「ふあぁぁ……あ、あっ……///」ひくひくと身体が震え、とろりと蜜があふれてくる……

ドロシー「そうそう、それでいい……♪」慎ましやかな乳房に円弧を描くように手を這わせ、ときどき寄せ集めるような手つきで乳房の裾野から乳首へと指を滑らせる……

ちせ「はっ、はっ、はっ……はぁ……っ、はひっ……///」

ドロシー「それじゃあそろそろ頃合いかな……♪」

…ドロシーはちせにのしかかるようにしていた身体を本を開くようにのけぞらせて、互いの秘部が重なり合うように仰向けになった…

ちせ「今度は……はぁ、ふぅ……一体なに……をっ、お゛ぉぉっ♪」

ドロシー「んあぁぁっ♪ ちせは脚力があるからぎゅうぎゅう挟みこんできてたまらないなぁ……っ♪」ぐちゅぐちゅ……っ♪

ちせ「あ゛っ、あぁぁぁっ♪ んぁぁぁっ♪」

…ドロシーの指で刺激を受けて粘り気を帯び、ふっくりと盛り上がった桃色の核に、ドロシーの真珠色をしたそれが重なり擦れ合う……甘い電流となって脳天を痺れさせる刺激にちせは黒髪を振り乱し、がくりとのけぞって吼えるように絶頂した…

ドロシー「んおぉ……ぬめって、火傷しそうなくらい熱くて……最高だよ……あ、んぅぅ♪」

ちせ「はひっ、少し……休ま……んぉぉぉっ♪」

ドロシー「まだまだぁ、私はまだ満足しちゃいないんだから……なっ♪」

ちせ「ひぐぅぅぅ……っ♪」とぽっ、ぷしゃぁ……っ♪

ドロシー「しかし……はふっ、はひ……ちせはちっこいのに筋力があって……屈服させるのに……力がいる……なっ♪」

ちせ「はへっ、あひっ……♪」ちせの瞳は焦点を外れ、半開きの口からは唾液を垂らして身体をひくつかせているありさまで、とっくに気絶していてもおかしくないが、鍛え上げた身体が邪魔をして失神させようとしない……

ドロシー「そぉ……ら♪」

ちせ「あへっ、はへ……っ♪」

…ベッドの白いシーツを掴むようにしていた手は力を失って指が開き、擦れ合う花芯の湿っぽい水音とちせの喘ぎ、ドロシーの艶っぽい声と乱れた息づかいだけがネストの寝室に響く……ドロシーは頭を揺すって汗で濡れた蓬髪を後ろにはねあげ額から滴る汗を片腕で拭うと、またちせを責め立てはじめた…

ちせ「はへぇっ、ひぐ……ぅ♪」

ドロシー「はぁっ、あぁ……あぁっ……あぁぁっ♪」

ちせ「あ゛っ……あ゛ぁ゛ぁぁっ♪」

…ドロシーの甘くとろけるような嬌声と、ちせのかすれたような喘ぎ声が共鳴して薄暗い寝室に響き渡り、互いの身体ががくがくと跳ねた……二人はほぼ同時に粘っこいシロップのような愛液をぶちまけ、もっちりしたドロシーの肌ときめ細やかなちせの肌をてらてらと濡らした…

ドロシー「……はぁ、はぁ……んあぁ♪」

ちせ「はひっ……あへぇ……♪」

ドロシー「はぁぁ、イきすぎてすっかり喉がからからだ……お前さんは?」

ちせ「はへぇ……」

ドロシー「返事もままならない、か? ま、きっと喉が渇いたのは同じだよな……」ナイトテーブルのグラスと水差しをつかむと、急に悪だくみをしている時のような表情を浮かべた……

ドロシー「ちせ、飲むだろ?」

ちせ「う、うむ……」

ドロシー「それじゃあ……ほれ♪」脚を閉じると秘部に水を注ぎ、三角池をつくってにやにやしている……

ちせ「だ、誰がそんな……水差しをかさぬか……///」

ドロシー「じゃあ手を伸ばせよ♪」そう言って届かないようにしている……

ちせ「むぅ……ぴちゃ、ずずっ、じゅるっ……ぷは///」恨みがましい目でドロシーをにらむと、顔を埋めてぴちゃぴちゃとやりはじめた……

ドロシー「まるで可愛い犬っころだな……もっといるか?」

ちせ「いらぬ///」

ドロシー「そいつは残念♪」
756 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/10/24(金) 02:00:20.57 ID:3Q7qOJ7y0
…後日…

アンジェ「……いま戻ったわ」

ドロシー「おう、おかえり……プリンセスとベアトリスは王宮か」

アンジェ「ええ、王宮なら私がいなくてもどうにかなるから……留守中は何もなかった?」

ドロシー「ああ、何もなかったさ。新大陸植民地から来たエージェントと王国の連絡役を始末して、バハマで起きた反乱を鎮圧するために用意していた武器を吹き飛ばしたくらいでな」紅茶を注いでカップを差し出した……

アンジェ「それなら新聞で読んだわ。表向きは『壁』沿いの倉庫で起きた火災と言うことになっていたけれど」

ドロシー「流石に火が出たことまでは隠せないからな」

アンジェ「それにしてもバハマ諸島ね……」一口飲んでカップを置いた……

ドロシー「ジャマイカにバハマ、どこも火を噴きそうになっているところをギリギリのバランスを保っていたが、ここ最近は王位継承権の争いから植民地でもそれぞれの派閥に分かれて対立が激化しているからな……その隙を突くようにスペインやフランスが独立派を焚きつけているし」

アンジェ「そうね、王国がぐらついてくれる分には構わない。ただ、こちらが体制をひっくり返す都合とタイミングを合わせてもらえばいいだけよ」

ドロシー「そのお膳立てをするのがこちとらの任務でもあるしな」

アンジェ「そういうことね……ところでちせは?」

ドロシー「ちせなら寝てるよ」

アンジェ「……勤勉な彼女にしては珍しいわね」

ドロシー「なぁに、ちょっとばかり夜ふかしをしたもんでね……♪」露骨な含みをもたせた色っぽいウィンクを投げた……

アンジェ「あきれかえって物も言えないわ……」

ドロシー「そういうな、これでもお前さんの留守中は頑張ったんだぜ?」

アンジェ「それが任務でしょう」

ドロシー「銃弾がおっぱいをかすめるような目に合ったっていうのに冷たいな」

アンジェ「エージェントのくせに撃ち合いになって手傷を負う方が悪いわ」

ドロシー「言ってくれるね」

アンジェ「……それで、コントロールからは?」

ドロシー「いつもの通り「ご苦労」のひと言だけさ」

アンジェ「結構……ところでドロシー、貴女お酒を飲んでいるの?」

ドロシー「ああ」

アンジェ「休日とは言えまだ午前中よ、アルコール治療院のお世話になる予定なの?」

ドロシー「そう言うな、ちょっと紅茶に入れているだけさ」

アンジェ「ラム酒?」

ドロシー「ああ。ジャマイカはラムの産地だし、その見本市でいいやつをいくらか買い込んでおいたのさ♪」

アンジェ「あきれた……」

ドロシー「いいじゃないか。本部は役に立たない作戦でも何百、何千ポンドとつぎ込むんだぜ? ちっとくらいは還元してもらったってバチは当たらないさ」

アンジェ「会計課に無駄な支出について問い詰められるような事があったら、貴女が釈明してちょうだいね」

ドロシー「ああ、これでも口はうまい方さ♪」

アンジェ「貴女のは「調子が良い」の間違いでしょう……少しもらうわ」

ドロシー「飲まないんじゃなかったのか?」

アンジェ「こんな馬鹿馬鹿しい話に付き合わされるのだったら少しくらい飲まないとやっていられないわ……それでいい」

ドロシー「それじゃあお互いの任務成功を祝って……♪」

アンジェ「乾杯」

ドロシー「乾杯♪」チャーミングな笑みを浮かべてカップを軽く持ち上げた……

757 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/10/30(木) 01:33:17.34 ID:R+dE9aQ90
…case・ベアトリス×プリンセス「Poison in the garden」(花園の毒)…

…とある日・部室…

プリンセス「本日は急にお呼び立てしたにも関わらず、集まっていただいてありがとうございます」

…お茶のカップに手を付けることもせず深刻な顔をしているプリンセスと、不安とおびえの入り交じったような表情でお茶を注いでいるベアトリス…

ドロシー「なぁに、どうせ時間はあったからな……しかしプリンセスから招集とは珍しい、天下国家の一大事か?」

アンジェ「ドロシー」

ドロシー「すまんすまん、茶化して悪かったよ……どうぞ始めてくれ」

プリンセス「ええ、実は昨日このようなものが……」そう言ってテーブルの上に置いたのは封筒の表書きに「シャーロット王女殿下」の宛名が書かれた何と言うこともない一通の手紙……

ちせ「何の変哲もない文(ふみ)のように見受けられるがの?」

ドロシー「同感だ……と言いたいが、差出人の名前がないな」

プリンセス「……ええ」

アンジェ「それで、文面は?」

プリンセス「それが……」

…プリンセスが封筒から取りだして便せんを見せた……そこには黒い筆致でひと言「お前は王女殿下にふさわしくない」とだけある…

ドロシー「……まさか」

アンジェ「いいえ。内務省にチェンジリング作戦が気づかれた様子はない……それにもし気づかれたとしたらつまらない脅迫状を送りつけてくる前に別な手段で接触してくるはず」

ちせ「しかしこの文面、はなはだ穏やかではないのう」

ドロシー「プリンセス、この手紙を見つけたときの状況は?」

プリンセス「ええ、そのことなのですが……」

…前日・プリンセスの執務室…

初老のお付き「……王女殿下宛のお手紙でございます。返事は祐筆が当たり障りなく書き上げておりますので、末尾のサインだけお願い致します」

プリンセス「ええ、ありがとう」背もたれの真っ直ぐな椅子に姿勢良く座ると、机にきちんと積み上げられた手紙の山に立ち向かう……

プリンセス「いつもきちんと整頓してくださって本当に助かります、ミスタ・ケイル」

お付き「もったいないお言葉にございます」

…国民からの人気も高いプリンセスには山のような手紙が毎日のように送られてくる……届いた手紙類はまず王宮付の事務官が開封して毒物や刃物が入っていないかを確かめ、それから文面を確認して頭のおかしい人間から送られたものや極端な意見のもの、罵詈雑言をつづったものはプリンセスに渡すことなくすぐさま内務省の担当官に送り、差出人の住所や氏名を記録した上で要注意人物のリストに載せ、特に危害を加えるようなことをほのめかしている場合はスコットランドヤード(ロンドン警視庁)や内務省の職員が対象人物の監視を行い、場合によっては逮捕を実行する…

お付き「こちらの手紙は全て一般市民からのものですので、王女殿下におかれましてはお名前だけ添えていただければ結構です」

プリンセス「はい」

…また、市井の人々からプリンセスに宛てた善意あふれる手紙に手作りのお菓子や食べ物が添えられていることもあるが、こうしたものも全て毒殺の危険があるためプリンセスには渡る事なく処分される……そして「安全な」手紙だけがより分けられて手元に届くと、あとは祐筆が通り一遍の返事を書き、それにプリンセスがサインを添える…

お付き「これらの手紙はサー以上の称号を持つ方々からですので、軽く一筆添えて下さいますよう」

プリンセス「分かりました」

お付き「そしてこちらはウェストミンスター大僧正からのお手紙ですので、王女殿下じきじきにお返事をしたためていただきたく存じます」

プリンセス「そうします」

…昔ながらの慣習が根強く残っているアルビオン王室では羽ペンも盛んに使われているが、新しい試みにも積極的なプリンセスは手紙の返事や私信には金のペン先がついた万年筆を使うことが多く、手際よくペン先を走らせると祐筆の文章に添えて心暖まる気づかいを示したひと言を書き、流麗な花文字でサインを入れる…

プリンセス「わたくしのことを思って筆を取って下さった方がこんなにもいるのね……この方々のためにも頑張らないと……」

プリンセス「まぁ、ふふっ……♪」

…堅苦しく、場合によっては策謀が渦巻く王宮にあってはなかなか心安らかな時間というものは取れないが、自分に宛てられた手紙をさっと読み通していると、時に心なごむような文面であったりちょっと面白いような内容を見つけることがある…

プリンセス「……これでお返事は全て書き終えましたわ」はじめは手首や指が痛くなり泣きたくなる返事書きだったが、今はペンの使い方を心得たからか手際よく終わった……

お付き「結構でございます、ではあとはわたくしめが」

プリンセス「お願いしますね」

…しばらくして…

プリンセス「……あら?」

…席を外し戻ってくると机の上に封筒が一通だけ置かれている……うっかりやり残していたかと手に取り、事務官によって開封されていないことに首をかしげつつもペーパーナイフで封を切って文面を確かめた…

プリンセス「……っ」
758 : ◆b0M46H9tf98h [saga]:2025/11/15(土) 01:17:28.34 ID:x0ZlOn140
ドロシー「それがこの『ブラックメール・レター(脅迫状)』ってことか……」

プリンセス「ええ」

アンジェ「字体や文面から差出人は割り出せそう?」

プリンセス「いいえ、これだけでは……」

ドロシー「だよなぁ……何しろ字数が少なすぎるし、特徴ある言い回しや書いたやつの知的レベルが想像出来る引用や熟語もない」

アンジェ「置かれた時間は絞り込める?」

プリンセス「ええ。わたくしがお手紙の返事を書き終えて他の公務のために移動して、戻ってきたときですから……おおよそ二時間くらいね」

アンジェ「ベアトリス、その間にプリンセスの執務室へ出入りする人間や挙動不審な人物を見聞きしなかった?」

ベアトリス「いいえ、私はそのあいだ姫様の寝室を整えたりお茶の用意をしたりしていましたから……」

ドロシー「さすがにつきっきりって訳にもいかないからな……」

アンジェ「とはいえ手がかりがまったくないわけじゃない。手紙は多くのことを教えてくれる……まず、この手紙の書き手は右利きね」

ベアトリス「えっ、どうして分かるんですか?」

アンジェ「筆跡のかしぎ方や筆圧のかけ方が左利きではあり得ないから。それから本人は自分のペンを使っていない」

ちせ「なに、そこまで分かるのか?」

ドロシー「簡単さ。インクの色やにじみ方がプリンセスが公務で使うものと同じだ。字体や筆圧は違うがそこは変えようがない……プリンセス、そのとき使っていたペンはいま手元に?」

プリンセス「執務室の万年筆はずっと執務机に置いてありますが、同種のペンなら普段使いに持ち歩いています」そういって金のペン先があしらわれた万年筆を取りだした……軸の色は上品なロイヤルブルーで、そこに王室の紋章とツタ模様が金象眼で施されている……

ドロシー「なんとも見事なペンだな……少し使わせてもらってもいいか?」

プリンセス「ええ、どうぞ」

ドロシー「お、ありがとう……なるほど、王室御用達ともなるといい書き味だ」脅迫状を横目で見ながらノートの切れっ端にさらさらと文字を書き付けた……

ドロシー「どうも。それじゃあお返しするよ……で、例の手紙だがこんな文面だったな」

ベアトリス「すごい、まるで同じです……!」

ドロシー「そりゃあエージェントとしてこのくらいは出来ないとな♪」

アンジェ「それにしては「お前(you)」の部分で「O」の字が少し跳ねすぎよ、書き取りのごまかしじゃないのだからもう少し似せて書く事ね」

ドロシー「おやおや、トカゲ女は評価が辛いね」

アンジェ「当然よ。いずれにせよ、同じペンで書かれたことは確か」

ドロシー「そしてこれを書いた人間はそのとき怯えていたか、ためらいがあった」

プリンセス「そうなのですか?」

アンジェ「ええ。書き出しや途中でインクが少し多くにじんでいる。ペン先を紙に当てたままどう書くべきかためらった証拠ね」

ドロシー「ということはこの手紙の書き手は事前に何を書くか決めていなかったか、さもなきゃ誰かに脅迫されてやむを得ずこれを書いた」

ベアトリス「脅迫状を書いた人が脅迫されているんですか……?」

アンジェ「この世界ではそういうことが良くあることぐらい貴女も知っているでしょう、ベアトリス?」

ベアトリス「それはそうですけれど……でも姫様は私みたいなお付きや侍従の人たち、下働きの人たちにも気を配ってくださっている立派な方なのに……」

プリンセス「ふふ、ベアトったら褒めすぎよ♪」

ベアトリス「申し訳ありません、姫様///」

ドロシー「やれやれ、まるで惚気だな……ともかく、プリンセスが人格者だとしても脅迫状が送られる理由にこそなれ、送りつけられない理由にはならない」

ベアトリス「そんな、どうしてですか」

アンジェ「プリンセスが立派な人格者で下々の者にまでよく気を配る魅力あふれる人間だからよ」

プリンセス「もう、アンジェまで……///」

ちせ「つまり、プリンセスがよく出来た人間だからかえって妬み、あるいは敵として脅威に思っている人間がいる……ということじゃな?」

ドロシー「おそらくはな。それと掛け値なしにいうが、王室でいま一、二を争う人気者はプリンセスだ。あのニタニタ顔の眼鏡野郎は一見すると人当たりは良いが、どこか底知れないうさんくささがあるし、おまけに植民地帰りの改革派はこっちじゃウケが悪い。妹御は病弱で籠もり気味だし影が薄い」

アンジェ「ドロシーの言うとおりね」

プリンセス「でも、まさかお兄様が……?」

ドロシー「いや、まだそうと決まったわけじゃない」
759 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/11/22(土) 01:24:59.68 ID:CZu9Rr/30
アンジェ「とにかく、騒ぎ立てずに内密にしようと考えたのはいい処置だったわ」

プリンセス「ええ……本当はちょっと怖かったけれど、騒ぎ立ててもどうにもなるものでもないから」

ベアトリス「でも、姫様に何かあるのではないかと思うと……」

アンジェ「その点は心配しなくていい。今のところプリンセスに直接の危害が加えられる可能性は少ないと見ていい」

ドロシー「本気でやるつもりなら脅迫状なんて送りつける前に鉛玉を送りつけるからな」

アンジェ「その通り……となると『送り主』は何の目的でこの脅迫状を送りつけて来たか、その点が気にかかる」

ドロシー「プリンセスに騒ぎ立てさせて公務や学校での行動を封じたかったか……だとすれば無駄だったな」

アンジェ「あるいは心理的な危害を加えたかったか……」

ドロシー「脅迫状ってのはそのためのものだからな。とはいえ理由が分からないな……もしかしたら金銭や何かの要求をする前に先触れとして送りつけて来たのかもな」

アンジェ「プリンセスに署名入り赦免状でも書かせるつもりだとでも?」紅茶をふくみながら眉をひそめた……

ドロシー「可能性がないとは言えないだろ? プリンセスの叔父さんは内務省を統括するノルマンディ公だ、もしかしたらニューゲート監獄にいる兄弟姉妹とか親戚とかを助けたいあまりに書いたのかもしれない」

アンジェ「だったら慈悲深いプリンセスの人柄にすがろうと、それをそのまま書いて置き手紙にするはずよ。わざわざ脅迫状にする必要がない」

ドロシー「それもそうだな……」

アンジェ「とにかく、理由の詮索は後回しにして対策を考えるべきだけれど……いつものように私とプリンセスが入れ替わればいい」

ドロシー「ま、そうなるな」

プリンセス「でもアンジェ、情報部員としての務めがあるのでしょう?」

ドロシー「そいつはこっちでどうにかするさ。幸いなことに他にこれといった任務はないし、今回の件は優先順位が高い。メールドロップのチェックや暗号文の解読みたいな日常的な任務は私一人でもどうにかできるし、いざとなったらベアトリスを貸してもらえればどうにかなるだろう」

ちせ「もし必要なら私も手を貸すが?」

ドロシー「ありがとな、気持ちだけいただいておくよ」

…個人的には裏表のない性格を好ましく思ってはいるが、あくまでも好意で力を貸してくれているだけのちせにあれこれと手伝わせる訳にはいかない……と同時に、友人とは言え堀河公の手の者としてやって来たちせに「コントロール」の暗号やメールドロップのありかを開けっぴろげにするのは、何かあったときに「関係者」として巻き添えを食わせることになり、ちせ本人のためにならないと出来るだけタッチさせないようにしている…

ちせ「ふむ……」

アンジェ「別にドロシーや私が貴女を信頼していないという意味じゃないわ。メールドロップの確認はその場所に馴染んだ「いつもの人間」でないと怪しまれる可能性があるからで、暗号文は貴女の苦手な英語やラテン語だからよ……もし手伝いが必要なら、その時は是非ともお願いするわ」

ちせ「なるほど、確かにそうじゃな」

ドロシー「分かってくれて助かるぜ……それじゃあアンジェ、入れ替わって王宮に入ったら「第二の脅迫状」が届くのを待ちつつ、差出人とその理由を探ってくれ」

アンジェ「ええ」

ドロシー「ベアトリス、お前さんも普段通りにプリンセスのお付きとして過ごしながら王宮内で情報収集にあたれ。場合によってはアンジェの援護を頼む」

ベアトリス「はいっ」

ドロシー「プリンセスはしばらくアンジェとして校内で過ごし、今回の件のケリが付くまでおだやかな学生生活を送ってもらう。しばらくはレポートや書き取りテストが最大の敵ってことになるな」

プリンセス「分かりました」

ドロシー「ちせはアンジェに偽装したプリンセスの「友人」として振る舞い、同時に護衛として付いてもらう」

ちせ「承知」

ドロシー「……それとこの脅迫状の件だが、コントロールに報告はしない」

ベアトリス「どうしてですか?」

ドロシー「さっきも言ったように、どうも今回の件はプリンセスの動きを封じる目的で行われていて、しかもノルマンディ公や内務省のやり口じゃないようにみえる……だとしたらこっちがコントロールに報告したりして騒ぎ立てるのはまずい。どこに裏切り者がいるか分かったものじゃない」

アンジェ「それに内務卿も王宮内に共和国のスパイがいると勘づいているけれど、それがプリンセスだとは思っていない……必要以上に騒ぎを大きくすればかえってやぶ蛇になる」

ちせ「つまりこの五人で内々に処理するわけじゃな」

ドロシー「そういうことだ」

プリンセス「アンジェ、ベアト……二人とも気を付けてね?」

ベアトリス「はい、姫様」

アンジェ「ええ」
760 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/12/07(日) 01:26:19.74 ID:SvbaYx5h0
…数日後・メイフェア校…

プリンセス「ふふ……こうして学業に集中できるのも久しぶりです♪」

ドロシー「関数の問題を解くのがよっぽど気に入ったとみえる……私には何が嬉しいのかサッパリだ」

プリンセス「あら、このあいだベアトに「学んでおいて損なことなどありはしない」とおっしゃっていたのはドロシーさんでは?」

ドロシー「おっと、こいつは一本取られたな……相変わらず記憶力のいいことで」

プリンセス「何しろ「職業上」色々な方の顔や名前を覚えなくてはなりませんから」

ドロシー「それはこっちの「商売」でも同じはずなんだが、どこが違うのかねぇ……」

…鉛筆を上唇と鼻の間に挟みあごに手を当て、いかにも投げやりな態度で数学の問題を前にしているドロシー……一方のプリンセスは眼鏡をかけ、髪を少しいじったアンジェの姿で問題に取り組み、ドロシーの愚痴に付き合いながらさしたる苦労もなく問題を解いている…

プリンセス「それにアンジェのことは心配ですけれど、公務を離れること自体はいい気晴らしになりますから……」

ドロシー「ごもっとも。堅苦しいのは抜きでいけるし、つまみ食いしたって「国の威信に関わる」なんて規模のでっかい叱られ方をしないですむ♪」

プリンセス「ええ♪」

ちせ「……ドロシー、よいか?」すっと影のように近寄ってきた……

ドロシー「おう、ちせか……どうだ?」

ちせ「私が見たところではそれらしい不穏な連中はおらぬ」

ドロシー「よし」

プリンセス「……大丈夫でした?」

ドロシー「ええ、少なくとも今のところは」

プリンセス「となると、やっぱり王宮のアンジェが気がかりね……」

…その頃・バッキンガム宮殿…

お付き「……では、本日のご予定にございますが」

アンジェ「ええ、お願いします」

お付き「まずは先日議会より起案されました法案、政策についての説明」

アンジェ「はい」

お付き「続けて朝のご学習。本日はケイバーライトに関わる科学、およびインド方面の王国の権益についてより深くご理解いただくための地理分野にございます。王立科学院よりサー・ヘリッジ、王立地理院よりサー・スティラーが参りまして王女殿下に講義されます」

アンジェ「はい」

お付き「学習がお済みになりましたらお茶をご用意いたします。そのあとで国内各地より届きましたる王女殿下に宛てた手紙に返事をしたためていただき、それから軽い運動として乗馬のお稽古」

アンジェ「ええ」

お付き「昼食は王女殿下が後援あそばされております慈善事業の理事会を訪問、非公式の形で昼食会といたします」

アンジェ「続けて下さい」

お付き「午後はロンドン商工会議所と造船組合を訪問なさってご挨拶を。王宮に戻られましたらドイツ語、フランス語の勉強。休憩のお時間には手紙の返事を書いていただき、それから女官たちへのねぎらいを兼ねてお茶の時間」

アンジェ「普段からお世話になっておりますからね。もちろんあなたもですよ、ミスタ・ウォリック」

お付き「わたくしめにそのようなお言葉を……恐縮にございます」

アンジェ「まだ未熟なわたくしを支えて下さっているあなたがたには常々感謝しております。それから?」

お付き「はい。そのあとは書見などをしていただき、夕食はプライスデール伯爵との会食となっております」

アンジェ「プライスデール伯爵にはたびたびお世話になっておりますものね、それにフランス政府の情勢についても聞いておきませんと」

お付き「左様にございます。それがお済みになりましたら王宮にお戻りとなり、残りの勉強をなさってからお休みとあいなります」

アンジェ「分かりました」

…普段と同じく分刻みのスケジュールが組まれているプリンセスの日常……女王の体調が思わしくない事もあって必然的にその分の代役や名代としての公務が多くなっている……プリンセスならそうするであろう柔らかな笑みを浮かべてねぎらいや感謝の言葉も絶やさず、するべき事を淡々とこなそうと改めて気持ちを込め直すアンジェ…

お付き「では、失礼致します」

アンジェ「……さて、本番はここからね」

………

761 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/12/12(金) 01:59:10.38 ID:4ztr1d5G0
…午前中…

議会代表「というわけでございまして、王室向け予算のうち王女殿下がお求めでいらっしゃる救貧院の予算は反発もあり……」

アンジェ「そのことについては存じ上げておりますわ、ミスタ・ハーカット……しかしアルビオンのために働いてきて、怪我や病気で働けなくなった人たちを見ているのはとても心が痛みますわ」

議会代表「いえ、もちろん王女殿下のご心痛は我々もよく存じ上げております。しかしながら工場主や農園主からはその分の負担を減らして欲しいと……もちろん貧困層の救済も大事ですが、かといって資本家や弁護士、医師などといった中産階級をむげに扱うわけにも参りませんので……」

アンジェ「難しい所ですわね。では王室予算のうちのいくらかを貧困対策にあてて、協力をお願いすることは可能でしょうか?」

議会代表「ふむ……王女殿下おんみずからが救貧事業に予算を出すとおっしゃれば、あるいは反発も減るやも分かりません」

アンジェ「そうですか、わたくしの名前で良ければどうか使ってみて下さい」

議会代表「分かりました。このような形でお借りするのは心苦しい限りですが、シャーロット王女殿下のお名前を出せば非協力的な一部の人間にも効果があるかと思います」

アンジェ「いいえ、構いませんよ。ではなにとぞ」

議会代表「ははっ」

お付き「……ではシャーロット王女殿下、学習室においで下さいませ」

アンジェ「ええ。いま参りますわ」

…書き物机と重厚な本の詰まった本棚が天井いっぱいまでそびえている学習室……格調高いが厳格で息苦しい雰囲気のある部屋に、ふちを跳ね上げた「アルビオン・スタイル」の口ひげと片眼鏡をかけた老学者が入って来た…

学者「おほん……では姫君、講義を始めますぞ。前回お出しした課題図書はきちんと読まれましたかな?」

アンジェ「ええ、もちろんですわ。あれは「インドにおける地誌と地形」でしたわね」

学者「いかにも。ということはきちんと読まれたようですな」

アンジェ「はい」プリンセスから聞いておいたので予習は完璧で、会話に齟齬が生じないよう前回の授業であっただいたいの出来事も教わっていた……

学者「結構、では前回の続きから……」

…しばらくして…

ベアトリス「姫様、紅茶をお持ちいたしました」

アンジェ「ありがとう、ベアト……異常は?」

ベアトリス「いえ、今のところは特に……」

アンジェ「そう。それじゃあ引き続き周囲の様子を観察しておいて……動きは普段通りで構わないから」

ベアトリス「はい」

アンジェ「……ふぅ、とても美味しいお茶ね」

ベアトリス「恐縮でございます」

アンジェ「いいのよベアト、そんなにかしこまらなくたって♪」

ベアトリス「いえ、姫様とお付きの関係を崩すわけには参りませんから」

アンジェ「まぁ、ベアトったら律儀なのね?」

ベアトリス「いえ、決してそのようなつもりでは……///」

アンジェ「あらあら、ベアトったら照れちゃって♪ とにかく、美味しいお茶をごちそうさま」

ベアトリス「はい、それでは……」

…廊下…

ベアトリス「……もう///」

…ティーセットをワゴンに載せて退出したベアトリスは、人気のない廊下で小さくため息をついた……大好きなプリンセスではなくアンジェが物真似をしているに過ぎないというのに、声や仕草、ちょっとした癖までまるで双子のように似通っていてついどきっとしてしまう……思わず頬を赤らめてしまったこともアンジェには見抜かれてしまっただろうと、恥ずかしく思いながらごろごろとワゴンを運んでいると、同じお仕着せを着た侍女たちと入れ違った…

ベアトリス「ごきげんよう」

侍女「ごきげんよう……それはシャーロット殿下のお茶?」

ベアトリス「はい、ちょうど今お飲み遊ばされたところで……」

侍女「そうなのね。姫様のご機嫌は?」

ベアトリス「ええ、いつも通りのお優しい姫様です」他の事ではまだまだ自信がないこともあるが、プリンセスの気分や具合に関する気配りだけは他の誰にも負けないつもりでいるベアトリス……

侍女「そう、なら安心ね」

…ベアトリスを始め華やかな表舞台に立つことのない侍女や近侍たちは王宮内で独自の「生態系」ともいえる世界を築いていて、その世界は複雑に絡み合い影響を及ぼし合っている……それはほとんどの貴族やアルビオン王室の人間でさえ介入できない場所であり、近侍や侍女たちはそれぞれのひいき目や立身出世を考えて王室メンバーそれぞれを応援する派閥を作り、独自の情報網やさまざまなルートを利用しては自分たちの派閥が有利になるよう有形無形の運動を行っている……

ベアトリス「はい」
762 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2025/12/15(月) 01:50:36.46 ID:JbEr8iQ40
侍女B「それじゃあ私たちは姫様の寝室を掃除してきます」

ベアトリス「よろしくお願いします」

…そして侍女たちはそれぞれの「派閥」があるとはいえ、それよりも王室における侍女同士のネットワークや暗黙のルール、しきたりといったものが優先され、それをないがしろにしようとするものや無視しようとするものは排斥の対象になる…

侍女C「それでは、また後でね?」

ベアトリス「はい」厳格で硬直化した決まり事でがんじがらめになっているように思える世界だが、実際には日々の業務がやりやすくなるような制度上の裏口や抜け道がいくつもあって、はじめは戸惑うばかりだったベアトリスもいつしかその呼吸を飲み込んでうまくやれるようになっていた……

侍女「……ふふ、ベアトリスったら」

侍女B「ね? すっかりシャーロット王女に首ったけで……♪」

侍女C「ああいうとこ、なんとも初心で可愛いわよね?」

…ベアトリス自身はそう思っていなかったが、侍女たちの間では小さい身体でまめまめしく働く律儀なベアトリスは可愛いマスコットや妹分といった扱いで、ちょっとした貴族の娘とはいえそれを鼻にかけない素直な性格も好まれていた…

侍女「そういえば……このところミセス・ライブリーの一派はあの子に手厳しいみたいね」

侍女B「聞いたわ。ミセス・ライブリーときたらあんな性格でプリンセスのお気に入りになれないものだから、当てつけでやっているんだわ……そんなだからプリンセスから遠ざけられるのよ」

…たしかに侍女の中にはベアトリスのおどおどしている部分を「わざと性格を作っている」などと中傷するような意地悪な者もいたが、そういった連中はたいていプリンセスのお気に入りであることに対するやっかみや当てつけとしてベアトリスを対象にしているか、あるいは王位継承争いの余波としてプリンセス付きの侍女であるベアトリスにまで非難の矛先が向いているだけで、それも共和国とのゴタゴタや王室内にいるとされるスパイ騒動のあおりで内務卿主導の警戒が厳しくなると、うかつな言動一つでニューゲート監獄送りになりかねないとなりを潜めつつあった…

侍女C「言えてるわね。さ、それより早く寝室を片付けないと!」

…しばらくして・プリンセスの書斎…

お付き「こちらは一般大衆からの手紙ですのでお名前だけ添えていただければ結構です」

アンジェ「はい、ミスタ・ケイル」

…どんな階層の人間に対しても分け隔てなく気配りを忘れない王女殿下として、手元に届いた全ての手紙に目を通し、返書にサインを書いているプリンセス……もちろん、読み書きが出来て王室宛に手紙を投函できる(時間的にも金銭的にも)余裕がある人間という時点で『一般大衆』のなかでもある程度の『上澄み』ではあるが、そうした人々の書きつづる言葉には世情を反映したものが多く、プリンセス……そして当然ながら入れ替わっているアンジェもそうした言葉や気持ちをおろそかにしないよう努めている…

お付き「こちらの手紙は各地の準男爵や名士、郷士(ジェントリ)たちからのものですので軽くひと言を」

アンジェ「ええ、そうします」

…各地の様子をはじめ農作物の収穫、鉱山の好不調……とうてい見回っている暇などないアルビオン王国領内の様子を一枚の手紙がすべて教えてくれる……この時代にはまだ定義づけられてもおらず概念としても生まれてはいないが、ある種の「オシント」としてアンジェたち「チーム白鳩」は新聞や手紙、噂話と言ったものも重視していた…

(※OSINT…「Open-Source Intelligence」の略。新聞やニュースなどの合法かつ公開されている情報をつなぎ合わせることで相手勢力の動向を探る情報活動。多くの資料を集めなければならないため労力を要するが、活動に違法性がない(少ない)ことから敵対勢力の監視下にある在外公館等でも行え、高度な技能を有するエージェントを投入する必要もなく、逮捕などの危険も少ないなど利点も多い)

お付き「……それからこちらは以前フェントウィック卿にお出しした手紙の返書にございます」

アンジェ「そうですか、相変わらず老ダンカンは気難しくていらっしゃるのかしら?」

お付き「さて、どうでしょうか」

…プリンセスに聞いて「予習」していたので、誰とどんなやり取りをしているか、あるいはどんな懸案事項を抱えているのかを把握しているアンジェ……ペンを持つと字体から言葉の使い方までプリンセスになりきって手際よく返事をしたため、同時にエージェントとして気になる情報を記憶していく…

アンジェ「……」

…文鎮で押さえられていた便せんの山を片付けていくと、中から二度目の脅迫状が出てきた……何食わぬ顔でもう一枚の便せんと重ねて取ると、滑らかな手つきで問題の便せんをスリ取るようにして袖口に滑り込ませた……その後も何食わぬ顔で返事書きをすすめ、最後に万年筆の筆先を拭うとペン立てに戻した…

お付き「では、あとはこちらで片付けておきます。次は馬術の時間でしたな、どうか遅れませぬように」

アンジェ「ええ。どうかよろしくお願いいたします」

………

…宮殿・馬場近くの更衣室…

ベアトリス「さぁ姫様、馬術のお時間ですからお召し替えを。さいわいお天気ですから気持ちもよろしいかと……二通目、ありましたか?」

アンジェ「ええ。こんな素敵なお日柄だもの、馬術のお稽古だってますます楽しいわ♪ ……あったわ、持っておいて」こよりのように細く折った脅迫状をそっとベアトリスに手渡した……

ベアトリス「じゃあやっぱりこの宮殿内に姫様を狙っている人が……」

アンジェ「きょろきょろしない。どこで見張っているか分かったものじゃない」

ベアトリス「は、はい」

アンジェ「もし狙ってくるとしたら馬術の前後ね……馬場は庭を通じて宮殿のあちこちに繋がっているし、いざとなれば塀を乗り越えてロンドン市内に逃げ出すこともできる」

ベアトリス「わたしもお側にいた方が良いでしょうか……?」

アンジェ「いいえ、あくまでも普段通りに勤めてちょうだい。それより書斎に入れる人間が誰で、誰と話しているかをそれとなく見ておいて」

ベアトリス「分かりました」

アンジェ「待って、足音がする……どうもありがとう、ベアト♪」さっとプリンセスらしい柔らかな笑みを浮かべると、乗馬手袋を差し出すベアトリスの手を軽く取る……

血色の悪い侍女「……失礼いたします、乗馬靴をお持ちいたしました」少し血色の悪い一人の侍女が茶革の乗馬靴を持ってきた……

アンジェ「ええ、ありがとう♪」
763 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2026/01/06(火) 02:28:33.24 ID:pjBVfdv90
…馬場…

馬係「……では、どうぞお乗り下さい」

アンジェ「ありがとう♪」

…馬係に手綱を押さえてもらい、気性の大人しい白馬に乗るアンジェ……もっとも「慎み深くあるべき」女性は『女性の部分』を傷つけないためにも大股を広げて馬に跨がるといった「はしたない」乗り方をするものではないと、サイドサドル(鞍の片側に脚を閉じたまま乗る)式の鞍が付けられている…

馬係「いかがですか、王女殿下」手綱を引いて馬場に出た……

アンジェ「ええ。ホワイトリリーはとても良い子で乗りやすいですわ」

…アンジェ自身は「ファーム」での訓練のおかげで乗馬も得意だが、オーソドックスで上品な乗り方で広い馬場を並足から速歩(トロット)で進ませ、馬の筋肉がほどよく暖まってきたところで駈足(キャンター)にして、髪を撫でる風がちょうど気持ち良い程度の速度で走らせる…

アンジェ「……よしよし」

…馬はカンの鋭い生き物だけあって、プリンセスと同じ香水や振る舞いをしていてもアンジェが別人だと分かっているらしく、ときどき頭や耳を動かして鞍上の人間を気にしている……とはいえすでに何度も入れ替わっては同じように乗っていて、なおかつ意志の強いアンジェがきちんとリードしてくれていることに安心しているのか、久しぶりであることを伝えるようなそぶり以外に目立ったことはしなかった…

アンジェ「良い子ね」

………

…数分後…

アンジェ「はっ……!」

…馬が激しく汗ばむほどではないが、いい運動になる程度の勢いで馬場を巡らせるアンジェ……白馬も大人しくアンジェの指示に従い、鞭を入れたり拍車をかけたりすることもなく、ちょっと胴体を叩いてやるとか軽く声をかけるだけで意のままに走ってくれる……アンジェ自身も任務上プリンセスの身代わりをしているとはいえ、爽快な空気とリズミカルな動きに乗馬の楽しさを感じていた…

アンジェ「それ……っ!」

アンジェ「……っ!?」

…馬の胴に軽く鞭で触れて低めの障害物を越えさせた時、不意にあぶみが外れた……金属状のつっかけスリッパのような形で鞍からぶら下がっているあぶみが外れれば、当然足を支えるとっかかりがなくなってバランスを崩す……が、アンジェは瞬時に鞍の「角」に手をかけ身体を支えると、ひらりと障害物を飛び越えさせた…

馬係「王女殿下!?」

馬係B「ご無事でいらっしゃいますか!」

アンジェ「ええ、大丈夫ですわ……あぶみが外れてしまったようね?」

馬係「申し訳ございません、私どもの手入れが行き届かないばかりに……!」慌てて踏み台を持ってきてアンジェが降りられるよう手助けする……

アンジェ「いいえ、わたくしはなんともありませんから……」

馬係B「だとしてもこのような……王女殿下のお身体になにかあったとなれば大変な事でございますから……」

アンジェ「道具ですから壊れたり外れたりすることもありましょう? さ、見つかって「不手際だ」と叱責されないうちに馬を戻しましょう♪」ちょっとしたハプニングといった様子でいたずらっぽい笑みを浮かべ、大失態に冷や汗を流している馬係が白馬を厩に戻すのを見届けると更衣室に戻った……

…更衣室…

ベアトリス「姫様、ご無事でいらっしゃいましたか……!」

アンジェ「あらベアト、着替えを持ってきてくれたのね♪ ええ、なんでもないの……誰かが鞍に細工をしていたわ」最後の部分だけ耳元に口を寄せて冷たく言った……

ベアトリス「細工を……!?」

アンジェ「声が大きい……さいわい大したことはなかったけれど、もし障害物を飛び越えている時にあぶみが外れたりしたら、落馬して首の骨を折っていたかも分からないわね」

ベアトリス「それだけの害意を持った人が宮殿にいるっていうことですか……」不安そうに周囲を見回すベアトリス……

アンジェ「どうやら手紙だけで終わらせる気はないようね……ベアトリス、私が着替え終わったら馬係のところに行って鞍とあぶみを繋いでいた革紐をもらってきて。切り口を見ればどんな刃物を使ったのか分かるかもしれない」

ベアトリス「はい」

アンジェ「それからたわいないおしゃべりのフリをして、馬係にプリンセスの噂話をしてみてちょうだい……悪い方のね」

ベアトリス「姫様の悪い噂話、ですか……?」

アンジェ「ええ。その話題にのってくるようなら馬係も共犯かもしれない。もし気乗り薄だったりあからさまに嫌な顔をしたらそれ以上やらなくていい」

ベアトリス「分かりました」

アンジェ「貴女一人に色々やらせてしまうけれど、頼むわ」

ベアトリス「はいっ」

アンジェ「良い返事ね……ありがとうベアト、汗も引いたし次の公務に当たるとするわ♪」すべきことを伝えると態度をさっとプリンセスに戻してにこやかにねぎらい、着替えを済ませて出ていった……

………



764 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2026/01/20(火) 00:49:43.37 ID:AuK64ONt0
…昼食時・慈善団体のホール…

理事「……かようにしてシャーロット王女殿下の慈愛に満ちた手厚い援助により、貧民たちや中毒患者を始めとする人々がパンとスープにありつくことができるのでありまして、そのお志に心よりの感謝を申し上げ、わたくしの挨拶とさせていただきます」理事たちから「シャーロット王女殿下」への拍手が起こる……

アンジェ「どうもありがとうございます。わたくしの考えに賛同し、ご助力を賜りましたバークレイ伯爵、ヒンカム男爵、エドマンド主教、レディ・アンドリュー、ディクスン男爵夫人、ハーディー男爵夫人を始め、この場を借りて数えきれぬほどの方々全てに御礼を申し上げ、わたくしの乾杯の音頭とさせていただきます……乾杯」

理事たち「乾杯」

…表向きは「慈善」を謳いながら、実際は貴族のお遊びやアルビオン国教会の実績作り、またある種の政治クラブの一つとして存在している慈善団体……その中で本来の意味に立ち返ろうとする健気なプリンセスの姿勢は時に陰で冷笑されながらも一部の正直な人たちの共感を集め、熱心な活動を生み出しつつもあった……とはいえ理事会はまだまだ閉鎖的な社交界の一種で、貧しい人たちが一杯のスープと固くなったパンで過ごしているにもかかわらず、目の前には銀食器やクリスタルガラスで豪華な食事が提供されている……プリンセスの理想とかけ離れた豪華な会食に苦々しい思いをしながらグラスのワインを口にするアンジェ…

太った理事「サー・ポイントン、こちらは絶品ですぞ?」

ハゲた理事「そのローストビーフをこちらにも回してくれんか?サー・アルフレッド」

白ヒゲの理事「この黒トリュフはあまり美味くありませんな……香りが足りない」

アンジェ「……」にこにこと微笑み、話しかけられると当たり障りのない会話と上品かつ控え目なユーモアでほどよくしゃべり、お腹を壊して公務にさしさわりが出ないよう飲食物にはほとんど手を付けない……

口ひげの理事「プリンセス、こちらの料理はいかがですかな?」

アンジェ「ええ、ありがとうございます」

…脇にはベアトリスともう一人のお付き、背後には警護官二人が控え、一挙手一投足ごとに先回りして椅子を引いたり食器を近づけたりする……普通の人間であったら鋳型にはめ込まれたかのような自由のなさに叫び出しそうなほどだが、冷徹なまでに任務遂行を叩き込まれているアンジェにとってはなにほどのものでもない……ただ淡々とプリンセスとしての役割をこなし、美食をむさぼる貴族や飽きたようにごちそうをつついている貴族、聖職者のくせに俗人まるだしの主教などを観察してそれぞれの癖や特徴を記憶していく…

太った理事「プリンセス、こちらは絶品ですぞ?ぜひご賞味下され」

アンジェ「はい、ぜひそうさせていただきますわ♪」

やせこけた貴婦人「……あの方々は自分でどうにかしようという気概がないのですから、わたくしたちがどうにか引き上げてやらなければのたれ死にするのがせいぜいですわ」

肥えた貴婦人「食べられないというのなら食べなければよろしいのよ、その方が身体にもいいというものですわ……わたくしなんてお医者様に「健康と美容のためには一日一食で良い」と言われているくらいですもの」

アンジェ「……」

ベアトリス「……」

…豪勢な食事が済み、南洋の珍しいフルーツまで用意してあるデザートとコーヒー・紅茶まで終わると笑顔を振りまきながら退出したアンジェ…

………



…午後・お茶の時間…

アンジェ「……こうして皆とお茶を過ごすのはわたくしにとって大変よい機会ですわ。もし何か至らないところがあったら遠慮なく申してくださいな?」

侍女「いいえ。わたくしどもはシャーロット王女殿下にお仕えできて大変光栄に思っております」

アンジェ「そう言ってくれて嬉しいわ、ケイト♪」

侍女「そんな……滅相もない、過分のお褒めにございます///」

…庭園でお茶を囲み、普段は身の回りの世話や雑用に走り回っている侍女たちをねぎらう私的なお茶会で、人柄が良く暖かな心遣いを忘れない「完璧なプリンセス像」を演じるアンジェ……そこにはアンジェ自身が持っている「プリンセス」への理想も混じっていて、それが侍女たちにより一層「シャーロット王女」を感じさせる…

ベアトリス「……」

アンジェ「いいのよベアト、わたくしが注ぐわ♪」一人のカップが空になりそうなところでベアトリスがポットを取ろうとすると、軽く手を添えてお茶を注いだ……

ベアトリス「……ひ、姫様///」

巻き毛の侍女「あ……ありがとうございます……///」手を触れられたベアトリスと、プリンセス手ずからお茶を注がれたあどけない巻き毛の侍女はそろって赤面した……

プリンセス「いまのわたくしは一人の「シャーロット」として皆と過ごしたいの、お菓子も遠慮なさらずに召し上がって?」

…チャーミングな微笑みを浮かべ、皿のプティ・フール(一口菓子)やスコーンを取ってあげるアンジェに年若い侍女たちはほんのりと頬を染め、しきたりにうるさくかたくなで、灰色がかった顔色もいかめしい老嬢たちですら少しだけ表情がゆるんでいるように見える…

アンジェ「さぁさぁ、遠慮なさらずわたくしを喜ばせて欲しいわ♪」

…お菓子を取り分け、お茶を注いであげながら脅迫状の送り主がなにか表情に浮かべることはないかと観察を続けるアンジェ……とはいえ大抵の侍女は王族や貴族、果ては格上の女官や侍女たちが浴びせる癇癪や叱責に慣れているため表情を取り繕うことにも長けていて、少し観察した程度でボロを出すようなことはまずない……この和やかな空気の中に一人以上の害意を持った「誰か」がいるのは部屋のどこかに毒蜘蛛がいる事を知りながらベッドに入っているような気分だが「チェンジリング」作戦をはじめ、薄氷を踏むような任務をこなし続けているアンジェにとっては何ほどのものでもない…

アンジェ「さぁ、貴女も♪」

ベアトリス「一緒にお菓子もどうぞ?」

血色の悪い侍女「え、ええ……ありがとうございます、シャーロット王女殿下」

アンジェ「どういたしまして♪」

………


765 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2026/01/29(木) 02:32:28.62 ID:PONt2TVf0
…夕方・学習室…

アンジェ「ふぅ……それで、乗馬の時に切れた革紐は持ってきた?」

ベアトリス「ここにあります」

…午後のお茶をつつがなく終え、天井まで届く重厚な書棚に囲まれた書見のための部屋でベアトリスと顔を合わせたアンジェ……手元には辞書や課題のノートを並べ、言い訳ができるように整えてある…

アンジェ「そう。見せて」馬具に用いられる厚手の革とはいえ天然のものであり、もしかしたら自然に切れてしまうこともあるかもしれない……

ベアトリス「これです……どうですか?」

アンジェ「ベアトリス、貴女も見れば分かるわ」断面をベアトリスの方に向け、書見の時に使う拡大鏡(ルーペ)を渡した……

ベアトリス「……これって」

アンジェ「ええ。切られているわね」自然に切れたときのような毛羽だった断面ではなく、一部にナイフでこすって切れ込みを入れたような痕がある……

ベアトリス「それじゃあやっぱり……!」

アンジェ「そのくらいで動揺している暇はないわ……誰がやったのか探るのが先よ。馬係はどうだった?」

ベアトリス「はい。アンジェさんに言われたように宮殿内で言われる姫様の悪口や中傷の話をしてみましたけれど、どちらかと言えば不愉快そうでした」

アンジェ「それから?」

ベアトリス「馬の準備を整えている間に姫様の馬の側にやって来た人たちですが、他の馬係たちがほとんどのようでした。あとは私を含めた侍女数人で、いずれも姫様の乗馬に必要な道具やお召し替えを持って通りかかっただけみたいです……できれば細かく聞き出したかったですけれど、あんまり根掘り葉掘り聞くと怪しまれると思ったので……」

アンジェ「そうね、無理しなくていい。貴女は引き続き怪しい動きをしている人間がいないか、あるいはプリンセスへの害意をもった言動をしている人間がいないか聞き耳を立てておくこと」

ベアトリス「分かりました」

アンジェ「それじゃあもう下がってよろしい……革紐はきちんと手はずにのっとって捨てておいて」

ベアトリス「はい」

アンジェ「……誰の小細工かしらないけれど、こういうつまらない嫌がらせは早く処理したいものね」

………

…その日の夜…

ベアトリス「では王女殿下、お休みなさいませ」

巻き毛の侍女「お休みなさいませ」

アンジェ「ええ。お休みなさい」

…就寝前のホットミルクを飲み終えて口をゆすぎ、ベッドに横たわってふわりと布団をかけてもらうと、穏やかな笑みを浮かべてベアトリスともう一人の侍女に「お休み」を言った……一礼して下がったベアトリスともう一人の侍女はカップや水差しの入ったワゴン、プリンセスの脱いだ着替えなどを手分けして運んだ…

巻き毛「……ふぅ、これで今日のお勤めもおおかたは終りね」巻き毛になっている栗色の髪がこめかみから跳ねて、生真面目な中にも少しいたずらっぽい雰囲気をした侍女……

ベアトリス「そうですね」

巻き毛「食器は私が片付けておくから、お召し物のほうをお願い……早くしないとお夜食を食べ損ねちゃう」

ベアトリス「分かりました」

…宮殿内の侍女たちはベアトリスのような下級貴族の子女から平民(とはいってもほとんどが「宮仕え」にふさわしい富裕な中流階級ではあるが)の娘たちまでさまざまで、交代しながら王族やそれに仕える官吏や女官たちの指示に従いあれこれと駆け回っている……そんな侍女たちがようやくゆっくりできるのが王族がベッドに入ってからで、厨房で多めに作ったものの手を付けないまま下げられた食事や菓子のお余りでほどよくお腹を満たし、それから寮のような部屋でつかの間の休息を得る…

………

…しばらくして・侍女たちの部屋…

巻き毛「お疲れさま」

蜂蜜色の髪をした侍女「お疲れさま、エイミー」

褐色髪「リリアン、あなたもいま終わったの?」

砂色髪「ええ、今日はあれこれやらされてもうくたくたよ……ベアトリス、あなたは?」

ベアトリス「私はいつも通りでしたよ?」

砂色髪「いいわねぇ、シャーロット王女は手間がかからなくて……」

蜂蜜髪「まぁまぁ、そんなことはいいからお夜食にしましょうよ……ミセス・シモンズからの差し入れは何かしら、と」

巻き毛「どれどれ……? ローストビーフの端っこに時間がたったプディング、固くなったスフレに……スポンジケーキもあるわよ♪」

褐色髪「わぁ、ケーキ♪」

年かさの侍女「きゃあきゃあ騒いでないで早く食べちゃいなさい、食器を厨房に戻さなきゃならないんだから」

巻き毛「はいはい」
766 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2026/02/11(水) 00:25:05.28 ID:8wV//Rp20
褐色髪「この時間にお夜食を食べるのって、何となくサロンの貴婦人になった気分よね」

巻き毛「分かるかも」

蜂蜜色「これもらうわよ」

砂色髪「あ、ちょっとぉ!」

年かさ「リリアン、私はもうお腹いっぱいだからあげるわ」

砂色髪「ありがとうございます。ミス・リビー」

年かさ「いいのよ。その代わり明日の掃除ではバケツを運んでもらうからね……ベアトリス、貴女ももうちょっとお食べなさい。そんなちょっぴりじゃあ夜中にお腹が空くわよ?」

ベアトリス「ありがとうございます、では頂戴しますね」

年かさ「はいはい。これでお皿も空いたし……ちょっと片付けてくるから、食べたら早く寝支度をするのよ」

一同「はい、ミス・リビー」

年かさ「まったく、返事だけは一人前なんだから……」

…しばらくして…

砂色髪「……はぁ、ベッドってありがたいわ」

ベアトリス「そうですね」

巻き毛「あとは急な呼び出しがなきゃいいけど……」

蜂蜜色「私は一度寝付いたら朝までぐっすりだから、その時はお願いね」

褐色髪「そうなったら頭から冷水を浴びせて起こしてあげるわよ♪」

年かさ「いいから、いつまでも騒いでないで……明かりを消すわよ」

褐色髪「あ、待って……!」

…普段は機械のように決まった動きで堅苦しく過ごしているが、寝室ともなると年相応に騒がしい女の子としての部分が出る侍女たち……二回りほども離れている年かさの侍女にせかされながらベッドに潜り込むと部屋の明かりが消され、常夜灯のぼんやりした光がかすかにドアの輪郭を示している…

………



…深夜…

蜂蜜色「……エイミー、エイミー」

褐色髪「なぁに、リリアン」

蜂蜜色「……化粧室、行きたくない?」

褐色髪「そうね……いいわ」

ベアトリス「///」

…寝付きの浅いベアトリスの耳に、ベッド越しにぼそぼそとささやく小さな声が聞こえたかと思うと、二人の侍女がもぞもぞとベッドを抜け出て抜き足差し足で寝室を出て行く音が入ってきた……純粋なベアトリスは少し前まで(一人で行くには少し怖いほど廊下の距離が長く暗かったりするので)本当に連れ立って化粧室へ行くものだとばかり思っていたが、プリンセスとの経験やドロシーが話す冗談交じりのあれこれから、こんな時間に連れ立って化粧室へ行くのがどういう意味かおおよその見当がついてしまっていた…

巻き毛「……リリアンとエイミーってば、まーた化粧室に行ったみたいね」

砂色髪「本当にあの二人ったらお盛んだこと♪ ま、リリアンは顔も良いし……それにピアノも上手だっていうものねぇ?」

巻き毛「……くすくすっ♪」

ベアトリス「……っ///」恥ずかしい事に、おおよそどんな事をするのかの想像もついてしまう……

砂色髪「どうせだから押しかけていってからかってやりましょうか♪」

巻き毛「いやぁだ、もう……♪」

血色の悪い侍女「……いい加減静かにしなさいよ、いったい何時だと思っているの」ベアトリスから数台離れたベッドから大きさを抑えてかすれたような……しかしキツい声が聞こえてくる……

巻き毛「……っ、ごめんなさい」

血色の悪い侍女「いい加減にしなさいよ……ベアトリスや他の娘だって寝ているんだから、騒ぎたいなら表でやって」

砂色髪「はーい……本当にあのミス・パリド(青ざめた顔)はやかましいんだから……」

巻き毛「くくっ……♪」

パリド「……なに、ふざけてるの?」

砂色髪「いーえ、めっそうもない。それじゃあお休みなさいまし♪」

パリド「ふん……」
767 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2026/02/23(月) 01:01:37.14 ID:4ZeRAPKR0
…数日後・メイフェア校…

ドロシー「よーし、それじゃあ報告を聞こうじゃないか」

ベアトリス「はい」

…常日頃から情報漏洩防止のため「できるだけメモは取るな」と教え込まれているベアトリスは、足元を探るように一つ一つ思い出しながらそれぞれの人物像や宮殿内であった出来事を報告した…

ドロシー「それじゃあ一人目」

ベアトリス「……侍従のミスタ・ハスキンです」

ドロシー「理由は?」

ベアトリス「姫様がこれまで侍従や侍女になれなかった人たちにも門戸を開いたことで、王宮内の伝統が乱れると思っているためです」

ドロシー「ほーん……脅迫状が置かれていた日にプリンセスの執務室に近づけたか?」

ベアトリス「目撃は出来ていませんが可能だったと思います」

ドロシー「そうか、お次は?」

ベアトリス「侍女のミス・ストーンです。普段は主に読書室の掃除や整頓を受け持っていますから、忍び込むのは簡単なはずです」

ドロシー「理由はありそうか?」

ベアトリス「私が調べた限りでは特に……でも、一度だけガゼルさんと話しているのを見かけました」

ドロシー「ガゼルか……ノルマンディ公に付いている腕利きの褐色女だな」

ベアトリス「はい。離れていたので何を話していたかまでは分かりませんでしたが、叱責されているようだったので……」

ドロシー「発破をかけられていたか、脅されていたか……とはいえそれだけじゃ弱いな。ほかは?」

ベアトリス「えぇと、次はですね……」

…一方…

プリンセス「ありがとう、アンジェ」

アンジェ「いいのよ……それより学校内で問題は起きなかった?」

プリンセス「ちっとも♪ せいぜいラテン語の書き取りが大変だったくらいね」

アンジェ「そう、ならよかった……んっ///」

プリンセス「ぷは……貴女とキス出来なかったのも辛かったわ」

アンジェ「プリンセス……んんぅ///」

プリンセス「ちゅっ、ちゅ……ふふ、可愛い。私のシャーロット♪」

アンジェ「ちょっと、誰がどこで聞いているか分からないのよ……///」

プリンセス「大丈夫よ、こんな耳元でささやいているだけなんだから……ね?」

アンジェ「大丈夫じゃないわ……///」

プリンセス「ふふっ……ベアトは可愛いけれど宮殿の寝室であんまりするわけにもいかないでしょうし、なにより小っちゃくてすぐへろへろになっちゃうから物足りなかったんじゃないかしら♪ でも私となら一緒にたくさん愉しめるわね?」じりじりとにじり寄って来て、胸元のリボンを解きながら上目遣いで微笑んでいるプリンセス……

アンジェ「あのね、私はそんなことのために来たわけじゃないのよ……///」

プリンセス「あら、そうなの……パリから取り寄せた素敵なネグリジェがあるのに、残念ね?」

アンジェ「……お楽しみはまず報告を聞いてからよ///」

プリンセス「ええ♪」

………



…一時間後…

アンジェ「はぁ、はぁ……」

プリンセス「はぁ……ふふっ♪」

アンジェ「ふぅ……まったくもう……」

プリンセス「これでまた頑張れる?」

アンジェ「……ええ」くたびれきった身体を横たえ、額に乗せるように腕を投げ出しながらもほのかに微笑んだ……
768 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2026/03/14(土) 01:17:49.60 ID:N8UNLeUl0
…翌朝…

プリンセス「それじゃあ気を付けて行ってらっしゃい……『プリンセス』」

アンジェ「ええ、分かっているわ『アンジェ』」

ドロシー「ベアトリス、引き続き宮殿内での調査は頼んだぜ」

ベアトリス「はい」

ちせ「気を付けての」

ベアトリス「そうします」

アンジェ「……そろそろ迎えの馬車が来るわね……それじゃあ行きましょう、ベアト?」そう言うと早変わりのようにすっと甘く優しいプリンセスらしい笑みを浮かべたアンジェ……

ベアトリス「……は、はい。姫様」

アンジェ「それでは後をお願いしますね、ドロシーさん♪」

ドロシー「ああ……ったく、恐ろしい変化っぷりだな」

…しばらくして・宮殿…

侍従・侍女たち「お帰りなさいませ、王女殿下」

…お召し馬車は思っていたよりも早く宮殿に着いたが、侍従や侍女たちはすでに列を作って出迎えの態勢を取っている…

アンジェ「ええ、ただいま♪ ……少し顔色が悪いようだけれど、具合はいかが?」

パリド(青ざめた顔)「はい、体調は万全です。お気遣い下さりありがとうございます」血色の悪い侍女はアンジェに手を取られ、困惑したような様子で一礼した……

アンジェ「なら良かったわ……フレデリック、坊やのトミーは元気かしら? そろそろ三歳を迎えるころでしたわね?」

侍従「はい、まだ足元もおぼつかない年頃ですがやんちゃばかりで……王女殿下にご記憶いただいて光栄です」

アンジェ「子供達はアルビオン王国の将来を担う宝ですもの。もう少し大きくなったら慰労のお茶会に連れていらっしゃいな♪」

侍従「もったいないお言葉、感謝してもしきれません」

アンジェ「いえいえ……皆にはお世話になりっぱなしなのですから、少しでも過ごしやすく働きやすいよう提案があれば何でもわたくしや侍従長たちに提案なさって下さいね。ミスタ・ハリソン、ミス・ウェスト、そうした提案があればできるだけ検討しますから、ぜひわたくしにも聞かせて下さいね?」

…侍従や侍女たちをねぎらいつつ、内情を知るベアトリスから「規則と体面にこだわり、有益な提案や改善の要望を握りつぶしている」と聞き及んでいる数人にやんわりと釘をさす…

侍従・侍女「おっしゃるとおりにいたします、王女殿下」

アンジェ「ええ、お願いしますわ」

…執務室…

ベアトリス「……あの二人、だいぶ鼻白んでいましたね?」なにかと厳しく底意地の悪い数人をアンジェがたしなめたことで少し愉快そうなベアトリス……

アンジェ「ええ。ああいう連中は銃弾よりも降格や体面を傷つけられることを恐れるものだから、ちょっとした脅しひとつで簡単に操縦できる……手紙は?」

ベアトリス「来ています、相変わらずたくさんありますね」

アンジェ「それだけプリンセスにかかる期待が大きいという事よ……それにこれも」またも挟まっていた脅迫状……

ベアトリス「このところ毎日ですね」

アンジェ「そうね。さて、今日の文面は……」文面を読み終えると再び読み返し、しげしげと便せんをながめた……

ベアトリス「どうかしました?」

アンジェ「ええ……ベアトリス、これをどう思う?」

ベアトリス「えーと「お前は王女にふさわしくない。お前が毎晩のように行っている恥ずべき不品行は知っている」ですか……///」プリンセスと心ときめくような逢瀬を重ねているベアトリスとしては思い当たる節が多々あり、思わず顔を赤らめた……

アンジェ「ふっ……文面もだけれど、ようやく尻尾を出してくれたわね」

ベアトリス「そうですか?」

アンジェ「気づかないようならそれでもいい。とにかく、これ以上だらだらと調査にあたっていると相手がじれて事を大きくしかねない……ベアトリス、決着を付けるから貴女には手伝ってもらう」

ベアトリス「分かりました」

アンジェ「頼むわね……もしかすると思いがけない目にあったりするかもしれないけれど、ここ数日で勝負をつけましょう。覚悟は良いわね?」

ベアトリス「そのくらい我慢できます。これ以上姫様にご心労をおかけするわけにはいきませんから……!」

アンジェ「そうね……それにしても愛されようも行き過ぎると困ったものね」冗談では済まされない事態のはずが、妙なことにかすかに笑っているアンジェ……

ベアトリス「?」
769 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2026/04/02(木) 00:44:35.51 ID:Nhoe3ffG0
…数日後…

アンジェ「それじゃあ手はずの再確認を行うわ」

ベアトリス「はい。まずは夜になったところでアンジェさんが容疑者を執務室に呼び出す。そこに私が「姫様から用事を承った」と鉢合わせする形で一対一になり、ひょんなことから対象が脅迫状の送り主であることに気づいたフリをして事の次第を問い詰める」

アンジェ「その通り……仮に逆上されたりシラを切られた場合、あるいは必要な言質を取った場合には私が部屋に入ってやり込めるから、心配することはない」

ベアトリス「はい」

アンジェ「とはいえある程度は決定的な状況を作らなければならないのだから、どこかで私が割って入るからといって甘えられては困る。一人でやり遂げてみなさい」

ベアトリス「頑張ります」

アンジェ「ええ……この作戦はある程度の難しさがあるわ。対象者にしゃべらせる時間を作ると同時に、第三者が介入しないよう手際よく片付けなければならない」

ベアトリス「やってみせます、姫様のためですから」

アンジェ「頼もしいことね……それじゃあ夜になるまでは普段通りに」

ベアトリス「はい」

…夜中…

アンジェ「……あら、ちょっとお勉強をしていたらもうこんな時間。貴女たちも疲れたでしょう、なにかあったら呼びますから下がってよろしいですよ」

侍女たち「はい、では失礼いたします」

アンジェ「ええ、わたくしもラテン語と地理を片付けたらベッドに入りますから♪」

………

…侍女たちの部屋…

蜂蜜色「今日は王女様も夜更かしみたいね」

砂色「あなたと違ってご学習だけどね」

巻き毛「はいはい、そんなことを言っている間に……と♪」多少固くなっているケーキの端っこをひょいと口に放り込んだ……

砂色「あ!」

年上「ほら、バカをやってないで片付けるわよ。今夜はまだ王女様も起きていらっしゃるんだから、いつ呼び出されてもいいようにしなさい」そう言うとお夜食の盆に食器やティーセットを集めていく……

年上「今日は貴女の番だったわね、厨房によろしく言っておいてちょうだい……ほら、集まらないと彼女が返しに行けないでしょうが。早くしなさいよ」

蜂蜜色「はぁい」

パリド「これで全部ね……それじゃあ行ってくるわ」食器を乗せたワゴンを押してさっと出ていった顔色の悪い侍女……

ベアトリス「……ふぅ(この中の誰かが姫様を……)」

砂色「どうかした?」

ベアトリス「いえ、なんでも……」

巻き毛「ちょっと食べ過ぎたんじゃない?」

蜂蜜色「いいのよ、ベアトリスは小っちゃいんだからもっと食べて大きくならなきゃ……特にこの辺もね♪」つつましい乳房に手を這わせた……

ベアトリス「ひゃあ!?」

年上「こら、そういうのは御法度だって言ってるでしょうが!」

蜂蜜色「大丈夫ですってば。王女様だって日頃から「仲良くしろ」っておっしゃっているんですし♪」

年上「そういう意味じゃないでしょうが。はしたない」

ベアトリス「……」プリンセスとの関係は社会の規範から言うと「はしたない」行いになってしまうことに傷ついて顔をそむけたベアトリス……

年上「ほらご覧、ベアトリスだってうつむいちゃったじゃない……大丈夫よ、あなたが悪いんじゃないんだから」

ベアトリス「いえ、大丈夫ですよ♪」機嫌のいいフリをしてごまかしていると、伝声管のような呼び出し装置が鈴を鳴らした……

ベアトリス「あ、私が出ます……はい、はい……分かりました」

年上「お勤め?」

ベアトリス「はい、ちょっと行ってきます」部屋を出ると一つ息を吐いて、脅迫状の送り主との対峙に備えて気合を入れた……
770 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2026/04/13(月) 01:37:56.40 ID:GpXW2nhf0
…執務室…

ベアトリス「すぅ……はぁ……」何回か深呼吸をしてそっとドアノブを回す……

…深夜の執務室は書見や書き物をするための灯りが軒並み消され、ごく限られた照明だけが灯っているが、プリンセスの執務机の前で一人の侍女が何かゴソゴソしているのが分かる程度には明るい…

???「……誰!?」

ベアトリス「ベアトリスです……それよりどうしてここにいるんです? 厨房に食器を戻しに行ったはずでは?」

パリド「あ、ああ……それが厨房に食器を返したところで用事があったことを思い出して。ベアトリス、貴女は?」

ベアトリス「私もちょっとすることがあって……それより一体なにをなさっていたんですか?」

パリド「え、ええ……実は王女殿下に万年筆のインクを足しておかなきゃいけないことに気がついたの」

ベアトリス「……インクなら昼間のうちに私が足しておいたはずですが?」

パリド「言い方が悪かったわ。机のインク壺に注ぎ足す予備の方よ……」

ベアトリス「おかしいですね? 予備のインク瓶はまだ手つかずだったはずです……」そう言いながら少し間合いを詰めた……

ベアトリス「それと……ミス・バーネット、その後ろ手に持っているものはなんですか?」

バーネット(パリド)「……封筒よ」

ベアトリス「封筒?」

バーネット「え、ええ……王女殿下の机の上に置いてあったわ。例の脅迫状じゃないかしら」

ベアトリス「……どうして姫様が脅迫状を送られていることを知っているんですか? そのことは姫様ご自身とごく少しの人間しか知らないのですが」

バーネット「う、噂でよ……それにここ最近の王女は手紙の返事を書くとき不安げだったし」落ち着かない様子で視線をさまよわせている……

ベアトリス「その手紙、私に貸してもらえます?」

バーネット「いいわ。別に私のじゃないし、犯人を探す役に立つかもしれないものね……」

ベアトリス「それじゃあ……まだ封はしてありませんね」

バーネット「きっと私が来たから逃げていったんだわ」

ベアトリス「そうかもしれません……そして内容は「お前のような売女は王室にふさわしくない」ですか」

バーネット「ずいぶんなことを言うものね」

ベアトリス「そうですね……姫様に対してずいぶんな物言いですよ、ミス・バーネット」

バーネット「どうして私に言うの? それは犯人に言うべきことでしょう」

ベアトリス「はい、だから犯人の貴女に言っているんです」

バーネット「ちょっと待って。ベアトリス、貴女は私の事を疑っているの?」

ベアトリス「疑ってはいませんよ……確信を持っています」

バーネット「よしてちょうだい。貴女が少しのせられやすい性格なのは知っているけれど……どこの誰にそんなデタラメを吹き込まれたのよ」

ベアトリス「デタラメですか?」

バーネット「ええ。それにね、最近はやりの探偵小説だって犯人を追い詰める時は証拠を並べ立てるものよ」

ベアトリス「そうですね……じゃあ私が探偵をやりますから、間違いがあったら訂正してくださいね」ふっと息を吐くと身構えつつ、逃げ出されることがないよう扉を背に立った……

ベアトリス「まず貴女はここの掃除を行っていますから「脅迫状」を置ける立場にあります……もっとも、それは私を含めて他の数人にも当てはまりますね」

バーネット「そうね」

ベアトリス「……次に、この前の馬場で姫様の馬具に細工がされていた件。あの時、姫様の乗馬靴を持ってきたのは貴女でした」

バーネット「厩係や他の人間だってそのくらいはできるわ」

ベアトリス「その通りですね……でも数日前に姫様がメイフェア校からお戻りになられた際に貴女の手を取ったとき、指にインクが付いていた。お召し馬車が予想より早く着いて慌てていたんですね」

バーネット「きちんと綺麗にしていなかったのは申し訳ないけれど、筆記具の手入れをしていたらインクくらい付くわ」

ベアトリス「そうですね……でも前回の脅迫状の筆致と貴女の筆跡、調べてみたら字のつづり方に独特の癖がありました。それにこの脅迫状、誰かが置いていったにしてはまだインクが乾いていませんよ?」

バーネット「……」

ベアトリス「あいにく鹿撃ち帽もコートもなしの素人探偵による推理ですが……どうですか、ミス・バーネット?」
771 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2026/04/26(日) 01:39:22.49 ID:h6sTeiUM0
バーネット「……そうね、お見事だわ」肩をすくめると小さく拍手をした……

ベアトリス「やっぱり貴女が犯人だったんですね……」

バーネット「ええ、そうよ」

ベアトリス「それで、これは誰の差し金ですか? 共和国ですか?」カマをかけるために敢えて王国側の立場にたって問いただす……

バーネット「そんなんじゃないわ、あくまでも私が個人的にやっただけ」

ベアトリス「ただ姫様を攻撃するためにこんなことを? 最悪の場合、大逆罪に問われかねないんですよ?」

バーネット「それでもよ」

ベアトリス「そこまでして姫様を憎むなんて……どうしてですか」思わず一歩詰め寄り、少し背の高いバーネットを下から見上げるようにしてにらみつけた……

バーネット「そうね……どうせバレてしまったんだもの。もう明らかにしたっていいわね……」

…そう言うなりぐいとベアトリスの服の襟元を掴むと壁に押しつけ、膝の間に脚を割り込ませると片手であごを上向かせて唇を重ねた…

ベアトリス「!?」

バーネット「ん……んふ……んちゅ……」

ベアトリス「ん、んん……っ!」バーネットの冷ややかそうな眼でにらまれたかと思うと青白い顔が急に眼前に迫り、薄くてひやっとした唇が重ねられた……

バーネット「ん、あむっ……ちゅぅ……」

ベアトリス「いやぁっ……んっ、んあ……は……離して……!」

…アンジェたちからある程度の格闘技は教わっているとはいえ、腕を押さえられた状態から騒ぎを起こさず振りほどくことはできそうにない……顔をそむけるが蛇のように細長い舌が頬を舐め、唇をこじ開けて口内にぬらりと入ってくる…

ベアトリス「んんっ……んふ……ぅ!」

バーネット「んちゅ、あむ……ちゅ……ぅ///」

ベアトリス「ふう……んっ!」ぐいぐいと押しこまれる中でバーネットに足払いをかけ、二人して分厚い豪奢な絨毯に転がった……

バーネット「ベアトリス、私は……ずっと貴女のことをこうしたいと思っていたのよ……!」

ベアトリス「!?」

バーネット「かいがいしくて愛らしくて、小さな身体にあどけない顔……私だけのものにしたかった……!」首元のリボンを引きむしるようにほどき、くるぶし近くまであるロングスカートをかき分けるようにしてたくし上げていく……

バーネット「なのにシャーロット王女が……あの女が貴女のことを独り占めにして貪って汚すから……!」

ベアトリス「姫様はそんなこと……!」

バーネット「見てしまったのよ、貴女が王女の寝室から出て行くのを……!」

ベアトリス「……っ!?」

バーネット「こんなに小さくて可愛いベアトリスを、あの女はすました顔をして夜伽の相手にさせている……どんなにか憎らしく思ったことか!」

ベアトリス「そ、それは……っ///」まさか「状況さえ許せば毎夜でも乳繰り合う仲だ」とは口が裂けても言えっこない……

バーネット「でももし事が公になってしまったらベアトリス、貴女に害が及んでしまう……だからせめてあの女が苦しんで、貴女にこれ以上手を触れないようになればいいと……」涙を目に溜めながらスカートをたくし上げ、ペチコートをずりおろそうと指をかける……

ベアトリス「ミス・バーネット、そんなにまで私のことを……」

バーネット「そうよ……おたわむれにいちゃついている連中とは違って、私は本当に貴女の事が好きなのよ……!」

ベアトリス「……ちゅっ」軽くだが、唇にそっと口づけをした……

バーネット「!?」

ベアトリス「ごめんなさい。貴女の気持ちには応えられそうにありません……でも、そこまで想ってくれたことは嬉しく思います……」

バーネット「ベアトリス……」

ベアトリス「でも、このままじゃあお互い不幸になっちゃいます……このことは二人だけの秘密にして内務卿に報告することもしませんから、穏便に済ませることにしませんか?」とっさの機転でノルマンディ公のエージェントであるフリをした……

バーネット「でも、どうやって?」

ベアトリス「私は任務の都合からシャーロット王女の侍女を続けないといけませんし、ミス・バーネットから辞職を申し出てくれればどうにか事態を収めることができます」

バーネット「そんなことが……?」

ベアトリス「はい。そうすればタイバーン(刑場)で首に縄をかけられたりロンドン塔で幽閉されたりせずに済みます……私からのせめてもの贈り物だと思って受け取ってくれませんか?」

バーネット「……分かったわ。誰にも口外しないし騒ぎ立てることもしないと約束する……こんなことをした以上どんな目にあったって仕方がないのに助けてくれるなんて、やっぱりベアトリスは優しいわ」服の乱れを直しながら、子供のように素直な笑みをみせた……

ベアトリス「それが取り柄ですから……♪」相手の好意を利用して嘘をついたことに良心の疼きを覚えながら、泣き笑いのような微笑を浮かべた……

ベアトリス「さあ、他の誰かに見つかる前に退散しましょう」
772 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2026/05/09(土) 10:56:48.44 ID:3JTuKCHh0
バーネット「……誰もいないわ」

ベアトリス「それじゃあ先に出てください、私は少し間を空けてから戻ります」

バーネット「ええ、ありがとう……それと……大好きよ///」

ベアトリス「ありがとうございます、ミス・バーネット……さぁ、今のうちに」

…背中を押すようにして廊下に向かわせると執務室の扉を閉め、ひっくり返ったものや調度の乱れがないかを確かめようとした…

アンジェ「……ご苦労だったわね」

ベアトリス「っ!」

アンジェ「そう飛びあがることはないわ、私よ」プリンセスほか数人しか知らない隠し扉からすっと現われ声をかけた……

ベアトリス「ふぅ、びっくりした……アンジェさん、途中で介入してくれるって話だったのになんで来てくれなかったんですか?」

アンジェ「貴女が独力でうまく切り抜けられそうだったからよ。なかなか口先が達者になったわね」

ベアトリス「口先が達者って……その言い方はないですよぅ」

アンジェ「失礼、話の作り方が上手になったと言い換えるわ。それはそうとあんな状況下で「泥棒猫」である私が割って入ってご覧なさい、あの女に激昂されて何が起きるか分かったものじゃなかったはず。だから私が顔を出さない方が正解だったし、結果として上手くいった」

ベアトリス「それもそうですね。ところでミス・バーネットとの話ですが……」

アンジェ「辞職のこと? そうね、穏便に片付けるならあれ以外にやりようはないでしょう。必要な手続きならあとでどうにかするわ」

ベアトリス「よかった……」

アンジェ「ちっとも良くないわ。スキャンダルを抱えた嫉妬深い女なんて火薬庫の火花みたいなものよ。いつどこで爆発するか分かったものじゃない……できることなら口封じのためにすぐにでも始末したいところよ」

ベアトリス「アンジェさん……!」

アンジェ「分かっているわ。今回の件は誰も介在させず内々に処理すると決めたのだから、あの顔色の悪い女には静かに退場してもらえばいい」

ベアトリス「そ、そうですね……ところでアンジェさん」

アンジェ「なに?」室内に乱れがないか念入りに確認している……

ベアトリス「もしかして怒ってます?」

アンジェ「なぜ?」

ベアトリス「いえ、だって……さっきからミス・バーネットのことをずいぶん……」

アンジェ「あの女が余計な面倒を作ってくれたことに不愉快さを覚えているだけよ、それだけ」

ベアトリス「そうですか、てっきり姫様のことをあしざまに言われて頭に来ているのかと……」

アンジェ「いいえ。私は任務を確実にこなしたいだけ、私情を挟むことはしない」

ベアトリス「……」

アンジェ「余計な事を考えている暇があるなら絨毯のめくれた部分を直しなさい。あと数分したら私も寝室に戻る」

ベアトリス「はい」

アンジェ「……ベアトリスに勘づかれるなんて、私もまだまだね」

ベアトリス「なにか言いましたか?」

アンジェ「なにも」

…数日後…

バーネット「それじゃあね」

ベアトリス「はい」

…宮殿の裏側にある目立たない通用口でお別れを言いに来たベアトリス……バーネットは地味な灰紫色のデイドレスと頭のボンネット、編み上げ靴に手に提げたトランクと旅装を整えており、ベアトリスに簡単な挨拶を済ませると振り返ることもなく歩き去って行った…

ベアトリス「……」プリンセスに時間を作ってもらってバーネットを見送りに来ていたベアトリスは彼女を見送るとすぐ勤めに戻ったが、どこか考え込むような調子で側仕えをこなしている……

プリンセス「……気になるの?」

ベアトリス「はい、どうしても……私だったらどう思うかな……って、つい考えてしまって……」

プリンセス「ベアトのそういう優しいところに彼女も惹かれたのでしょうね」

ベアトリス「そんな……優しいだなんて///」バーネットには申し訳ないと思いつつも彼女の好意には一種の迷惑じみた怖さを感じていたが、プリンセスからの好意には純粋な嬉しさと喜びを覚えてしまう……

プリンセス「ふふ……さ、午後になったらメイフェア校に戻って溜まっている課題を片付けることにしましょうね♪」
773 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2026/05/19(火) 00:33:37.16 ID:2jPijgb30
…その晩・メイフェア校…

プリンセス「……やっと終わったわ」

ベアトリス「お疲れさまでした、姫様。お休み前の暖かい飲み物をお持ちしますね」

プリンセス「ありがとう、ベアト……難しいレポートだったものだから、すっかり肩がこっちゃったわ♪」公務の時には見せない砕けた態度で腕を回すプリンセス……

ベアトリス「でしたら肩でもお揉みしましょうか?」

プリンセス「ベアトだってもう寝に行きたいでしょうに、そんなわがままを言っては悪いわ」

ベアトリス「そんなことありません。私は姫様にお仕えできて嬉しいですから……///」思わずそう口走ってから顔を真っ赤にするベアトリス……

プリンセス「まぁ、ベアトに愛されて私は果報者ね……でもせっかくだから飲み物にしましょう。それと、ベアトも付き合ってくれること♪」

ベアトリス「わ、分かりました///」

…しばらくして小ぶりな盆に陶器の水差しやカップ、菓子皿などを乗せて戻ってきたベアトリス……暖炉の温もりがまだほのかに残っている部室のテーブルに手際よく夜食のセットを並べ、プリンセスの優しいがうむを言わさない「お願い」に従って向かいに腰かけた…

プリンセス「あら、今夜は温かいミルクね?」

ベアトリス「夜も遅い時間ですし、紅茶では目が冴えてしまうかと思って……姫様が紅茶をお飲みになりたいようでしたらすぐ……」

プリンセス「ううん、いいの……それより、はい♪」お湯で温めておいたカップにミルクを注ぎ、それから隠し棚からとりだした瓶を開けて中身を少し垂らした……

ベアトリス「姫様、それは?」

プリンセス「カルヴァドスよ。少しだけ入れると味もいいしお腹も暖まるわ♪」

…すでに封は切ってあるものの、ドロシーが秘蔵してちびちび飲んでいる上物のカルヴァドス(リンゴ酒)をちょっぴり失敬し「ドロシーさんには内緒よ?」と唇に人差し指をあてておどけると、ベアトリスのカップにも注いだ…

ベアトリス「姫様、私はそんなに……!」

プリンセス「まぁまぁ、少し多かっただけだからきっと大丈夫よ……さ、乾杯♪」軽くカップを持ち上げ、優雅にホットミルクを味わうプリンセス……温かくて優しいミルクの味と、カルヴァドスの甘いリンゴの香りとアルコールの暖かさが喉からお腹にじんわりと広がっていく……

ベアトリス「いただきます……わ、良い香りがして美味しいです」

プリンセス「ね?」

…最低限の灯りにしぼった深夜の部室でこっそり食べるお夜食とミルクは小さな背徳感と軽い空腹を満足させてくれる……思っていたより水差しのミルクが残っていることに気づいたプリンセスは二杯目を注ぎ、先ほどよりすこし大胆にカルヴァドスを垂らした…

ベアトリス「姫様、少しお過ごしではありませんか……?」

プリンセス「私なら平気よ、公務でもお酒をいただく機会はあるもの……それよりベアトは大丈夫?」

ベアトリス「はい、私も全然大丈夫です。このお酒、口当たりがまろやかで美味しいれす♪」丸っこくてあどけない顔をぽおっと赤らめ、少しろれつの回らない口調のベアトリス……

プリンセス「あらあら、ベアトったらもう……♪」

…卓上の小さなランプに照らされてふわふわと心地よさそうにしているベアトリス……小皿の菓子をつまみミルクを飲み干すと食器を片付けにかかったが、手元が少し危なっかしい…

プリンセス「ベアト、食器の片付けは明日にしましょう? その調子だとお皿を落としてしまうわ」

ベアトリス「いえ、そんなことは……それにミルクが乾いてこびりつく前に片付けないと……」酔って意地っぱりになっているのか首を振って盆を片付けようとした矢先、水差しが傾いて倒れかかった……

プリンセス「いけないっ……!」とっさに受けとめてどうにか水差しを割らず音も立てずに済んだが、底に残っていた生温かいミルクが脚を濡らした……

ベアトリス「すみません姫様っ……!」

…盆を置くと布巾をとり、あせあせとしゃがみこんでこぼしたミルクを拭き取りにかかる……飾りこそ少ないが愛らしい淡いミント色のネグリジェ姿をしたベアトリスが座っているプリンセスの前で四つん這いになり、少しお尻を突き上げた格好であたふたしている様子を見て、プリンセスの口角が吊り上がる…

プリンセス「だから私が言ったでしょうに……もう、ストッキングが濡れてしまったわ」

ベアトリス「申し訳ありません、いま拭き取りますから……」

プリンセス「だぁーめ、布巾で拭き取るだなんてつまらないわ♪」

ベアトリス「あの、ではどうすれば……?」

プリンセス「舐めて?」

ベアトリス「ふえっ!?」

プリンセス「な・め・て♪」生温かいミルクが沁みた純白のシルクストッキングでベアトリスの頬をくすぐり、それからその足を口元へと近づけた……

ベアトリス「そ、その……姫様……///」

プリンセス「あら、ベアトったら私の言うことが聞けない?」頬杖をつき、足先でベアトリスのあごを上向かせる……

プリンセス「……さ、良い子のベアトなら出来るわね♪」

ベアトリス「ふぁ、ふぁ……い♪」小さな両手でプリンセスの足を包み込むと、可愛らしい桃色の舌を出して足指を舐め始めた……
774 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2026/05/27(水) 02:38:22.97 ID:WD8GeGho0
プリンセス「そうそう、上手よベアト……♪」片方の足を舐めさせている間に、もう片方の足でベアトリスの頭を撫でる……

ベアトリス「ふぁい……///」ちゅぱ……ちゅる……ちぅ♪

プリンセス「さ、それじゃあストッキングを脱がせてもらえる? 手は使っちゃダメよ?」

ベアトリス「わ、分かりまひた……///」

…白絹のすべすべしたストッキングはずり落ちないよう太腿のガーターベルトで留められていて、プリンセスが留め金を外すとベアトリスは四つん這いでにじり寄り、ストッキングの履き口をくわえて皮をむくように引っ張った……太腿に当たるベアトリスの温かい息と冷やっこい部屋の空気の寒暖差とくすぐったさで、ぞわりとした感覚を覚えるプリンセス…

プリンセス「んふふ……ベアトったらくすぐったいわ」

ベアトリス「ひゅみまひぇん、ひめひゃま……///」絹の生地をくわえたまま「すみません姫様」と謝り、膝の辺りまで引き下ろしたストッキングを相手に苦戦しているベアトリス……

プリンセス「破かないようにね?」

ベアトリス「ふぁ……い」引っ張っていくうちに「つつ……」とプリンセスのきめ細かな肌を滑っていくストッキング……そのうちにくるぶし、足の甲までずり下げることに成功すると、最後はバナナの皮をむくようにぺろりとストッキングが足先から抜け落ちた……

プリンセス「はい、良く出来ました♪ それじゃあベアト、今度は直接舐めてくれる?」

ベアトリス「はい、姫様///」

…プリンセスの瞳に見られているうちに、下腹部に甘くじゅわっと疼くような感覚を覚え始めたベアトリス……柔らかく小さな白い足と、しなやかで魚の目ひとつない美しい足指、綺麗に磨かれて艶のある桃色の足爪……誰もが知る王女殿下の日頃誰も見たことがない部分が、舌を伸ばせば届く位置にあり、しかもプリンセス自らがベアトリスに「舐めて良い」と差し出してくれている…

ベアトリス「……ちゅる、んちゅ、れろっ♪」

プリンセス「あんっ、ふふっ……ベアトったらくすぐったい♪」子猫がミルクを舐めるかのように、一心不乱に足を舐めあげるベアトリス……その信頼、献身……そして尽きせぬ愛情に思わず嬉しくなると同時に、這いつくばって奉仕するベアトリスの無垢な姿に対し甘い肉欲を覚えてしまう……

ベアトリス「あむっ、れろ……姫様のおみ足、柔らかくておいひいれす……♪」

プリンセス「あら、それなら反対側の脚もお願いしようかしら?」

ベアトリス「いいんれふか……?」赤んぼうが指をしゃぶるようにプリンセスの足指をしゃぶりながら、喜悦の声をあげるベアトリス……

プリンセス「ええ……それと今度はもう少し趣向を変えてみましょう♪」

…プリンセスはそういうと自分でストッキングを脱ぎ始め、脱ぎ終わってだらりと垂れ下がったそれを闘牛士の布のようにヒラヒラと振ってみせるとベアトリスに「後ろを向いて?」とささやいた…

ベアトリス「はい♪」

プリンセス「よろしい……それじゃあ、えい♪」シルクが傷むのも構わずストッキングを引き伸ばすと、つま先と履き口を両端にしてベアトリスの後頭部で結んで目隠しにした……

ベアトリス「わわ、目隠しですか……♪」

プリンセス「ええ。これから何をされるか分からないのも、ちょっとした緊迫感があって愉しいと思って♪」そういいながら四つん這いのベアトリスにまたがって片手でベアトリスの短髪をまとめると、手綱を引くように……ただし乱暴ではない程度にぐっと引いた……

ベアトリス「ん、くっ……///」

プリンセス「あらあら、ベアトったらもうこんなにびしょびしょにして……とってもいやらしくて良い娘ね♪」くちゅ……♪

ベアトリス「ふあぁぁ……ぁ♪」濡れそぼった花芯にプリンセスのしなやかな指が滑り込み、優しく内壁を擦り上げる……

プリンセス「あら、このお馬さんはなかなか進んでくれないのね……そーれ、はい♪」ぱちんっ……!

ベアトリス「ひゃん♪」

…ずるりと秘部から指を抜くと迎え舌でその指先を舐めとり、それからベアトリスの小ぶりなヒップを軽く叩いた……ベアトリスがよちよちとはいはいをし始めると、プリンセスは脚が地面に着かないよう正座のような姿勢で跨がりつつ、鞭をくれるようにベアトリスのヒップをぱちんと叩く…

プリンセス「ふふふ、本当に可愛いお馬さんね……それっ♪」ぱちっ!

ベアトリス「あんっ♪」

プリンセス「それじゃあこの馬場を一周したら降りるとしましょう♪ はいどう、はいどう♪」目隠しのベアトリスを四つん這いで進ませながら、椅子の回りを一周させる……ベアトリスは恥ずかしさと悦びで頬を赤くして口の端から涎を垂らしつつ、一歩進むごとに「ぬちゅ……っ♪」と太ももに垂れた愛蜜がこすれる粘っこい水音を立てている……

ベアトリス「はひ、あひぃ……あぁ……んっ♪」

プリンセス「そろそろ一周ね……はい、良く出来ました♪」そう言いながらにんまりとみだらな笑みを浮かべ、唾液で湿した右手の中指と薬指をぬるりと滑り込ませた……

ベアトリス「い゛っ……ふわぁぁぁぁ……っ♪」頭をのけぞらせて派手に嬌声をあげかけるベアトリス……

プリンセス「しーっ、誰かに聞こえちゃうからお静かに♪」そう言って床に放りだしていたもう片方のストッキングを丸めて口の中に詰め込んだ……

ベアトリス「ん゛ぅっ、ん゛んんん……っ♪」プリンセスの手にとろりと蜜をこぼし、力の抜けた膝をがくりと落とすとひくひくと痙攣しながら絶頂を迎えた……

プリンセス「あぁ、ベアトったらイくところまで可愛い……もっと気持ち良くしてあげるわね♪」白い目隠しに覆われたベアトリスの目には見えないが、プリンセスは瞳を爛々と輝かせ、女帝の風格と吸血鬼のような蠱惑的な表情でベアトリスを見おろしていた……

ベアトリス「んふぅ……んんぅ♪」

…床に崩れ落ちたベアトリスは口に突っ込まれたストッキングをしゃぶりながらプリンセスの残り香を味わい、秘部に伸ばした自分の小さな手に重なるプリンセスの手を使ってぐちょぐちょに濡れた秘部をかき回し、桃真珠色をした敏感な部分を撫で上げながら何度も愛液をほとばしらせた…

プリンセス「まぁまぁ、今日のベアトはまるで獣ね……ふふっ、明け方まであと二時間……それまで思う存分、いっぱいイかせてあげるわね♪」薄暗いランプだけが灯る中、影になった口元にえくぼを浮かべるとふたたび指を沈み込ませた……
775 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2026/06/16(火) 01:07:48.93 ID:hPSRvhPj0
…Case・ドロシー×アンジェ×プリンセス「Give my best regards to Sir Walsingham」(ウォルシンガム卿にによろしく)…

…とある日・コントロール内の無電傍受施設…

無電オペレーター「……」

…ロンドン市内にある「アルビオン共和国大使館」の立ち入りが制限された一角にはモールス信号機やその受信機がずらりと並び、複数の局員がヘッドフォンを耳に当て、空中を飛び交う電波の中から王国側の周波数、あるいは共和国側が使っていない周波数を捉えると電文をメモ帳に書き留めては、はぎ取った意味不明な文字の羅列を暗号解読室の局員たちが解読器にかけたり、敵方から手に入れたコードブックを用いて平文に戻していく…

解読係「……これは!」次々とメッセージを解読して行く中、一人の解読係が読み解いた暗号文を読むなり書類挟みを手にLの執務室に向かった……

………

…数日後・ロンドン市内の地下街…

L「ああ、来たな」

…張り巡らされた真鍮や銅のパイプが交錯し、常に漏出する蒸気で湿っぽい地下街に隠し部屋の一つがある……もともとは無計画で野放図な地下街の工事に使われていたが、革命騒ぎで放棄され埋め戻されることもなく忘れ去られた区画の一部で、今では開発された地下街と地下鉄トンネルとの狭間にあり、地下街に通じる隠し通路を使って出入りすることができる……室内は「アンダーグラウンド」あるいは「ザ・チューブ」と言い表されるロンドン地下鉄の音が鈍く響いていて、アーチ状の背の低い天井は長身の人間では頭をぶつけてしまいそうになる…

ドロシー「急な呼び出しだったからちょうどいいお土産がなくて大慌てだったよ」

L「慌ただしいのは好ましくないが『ちょっとした問題』が起きてな」

ドロシー「なるほど。それじゃあ一杯もらおうか」

L「好きにしろ。グレンリベット、ヘネシー……アイリッシュウィスキーがいいならジェームソンもある。シャンパンならクリュッグとクルボアジェだ」

ドロシー「今日はやけに気前がいいじゃないか」グレンリベットを開けてウイスキーソーダを作ると軽くあおり、机に肘をついた……

L「納税滞納者からの押収品なのでな。国庫を痛めることもない」

ドロシー「それはそれは……それで、今回はどんな無理難題を押しつける気だ?」

…赤紫色を帯びた瞳に少し皮肉っぽい笑みを浮かべ、グラスを揺すりながらウイスキーソーダをあおるドロシー……デイドレスはちょっとしたお出かけ用といったところで、上等ではあるが目立つほどではなく、ほどほどに綺麗ではあるが派手ではない……ことさらに気配を消そうという意図は感じられないが、必要な程度に「目立たない」格好をしていた…

L「うむ、そのことだが……これを読んでみろ」

ドロシー「あちらさんの暗号文か、わざわざ持ってくるなんて危なっかしいな……」ぼやきながら流し読みを始めたが、内容を確かめるなり目つきが変わり、知らず知らずのうちに姿勢を起こして真剣に読み始めた……

ドロシー「こいつは……」

L「なんだ?」

ドロシー「……どこの誰だか知らないが、こいつはあんたら「コントロール」の内部に送り込まれた第一級の情報源だな」

L「いかにも」内容を読み終えたドロシーからタイプされた紙片を返してもらうと暖炉にくべて灰になるまで焼き尽くした……

L「この発信を捉えてからの数日の間に収集した情報だが、こちらが数ヶ月前に王国へ送り込んだ情報部員の正体、情報活動に使った予算の額、王国への対応方針……とにかくこちらが被った被害は相当なものだ。手札が相手に筒抜けでは勝負にならん」

ドロシー「それで?」

L「もちろんこちらでもこの「もぐら」を探し出すが、君たちも正体を探ってもらいたい……こちらが新規に「植え込んだ」情報部員はおおかた面が割れていて使えんし、既存のエージェントもどうだか分からん以上うかつに動かせん。だが君たちのことは私とほか数人しか知らん以上、まだ存在を掴まれていないはずだ」

ドロシー「希望的観測ってやつか?」

L「ある程度の根拠もある。今までに挙げてきている成果と、王国が君たちを通じてこちらの諜報網を一網打尽にできる利益とではすでに釣り合わん」

ドロシー「なるほどな。しかし末尾の「ウォルシンガム卿によろしく」とはね……ふざけた奴だな」

(※フランシス・ウォルシンガム…1532〜1590年。エリザベス一世に対するスペインやスコットランド女王メアリ・ステュアートを始めとする国内外のカトリック勢力による謀略や暗殺計画を手段を問わずに次々と退け、英国の繁栄を影から支えた「英国情報部産みの親」にして伝説の秘密警察・情報部長官。女王の花婿候補にも次々と難癖をつけ結婚を諦めさせてしまうなど気難しい性格だったことから嫌われていたが、その圧倒的な実力で認めさせていた人物)

L「逆に言えば、それだけの個人的アクセントをつけても許されるほどの実力だということになる……君もそういうお遊びをしてみたいのなら構わんが」

ドロシー「あいにくそんな趣味はないんでね。しかしこれほどの余裕を持っているやつだ、手強いだろうな」

L「こちらも簡単だと言った覚えはない……やれるな?」

ドロシー「ああ、久しぶりに手応えのある相手だ。腕が鳴るね……ああ、それと」

L「分かっている。植え込みに失敗したエージェントたちの分だけ浮いた活動費がある。それを回そう」

ドロシー「頼んだ。なにしろ『情報にはいくら金をかけてもかけ過ぎることはない』んでね」(※「情報には〜」…ウォルシンガムが言ったとされる言葉)

L「よかろう。とにかくこれ以上被害が拡大する前に食い止めたい、成果に期待している」

ドロシー「やるだけはやってみるさ……それじゃあお先に」

L「うむ」
776 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2026/07/10(金) 01:16:56.69 ID:4V2iKZOq0
…数時間後・部室…

ドロシー「……というわけだ」

アンジェ「そういう浮かれているタイプは必ずボロを出す、そこを押さえればどうとでもなる」

ドロシー「そう上手くいきゃいいんだがね……とにかくしばらくはこっちにかかりっきりになるし、日常の定時連絡やなにかは出来るだけベアトリスにやらせよう」

アンジェ「そうね」

ドロシー「プリンセスとちせは今のところ普段通りだが、場合によっては使うこともあるかもしれない」

アンジェ「ちせが物理的に排除する機会があるかもしれないと?」

ドロシー「そこなのさ」すっかり冷めた紅茶をすすり、眉をしかめた……

ドロシー「いくらそいつが最上級のエージェントだとしてもだ、通信は傍受される可能性があるし……実際そうなったわけだが……無電や伝書鳩、メールドロップでやりとりするにはデリケートすぎる情報だってある。絶対にどこかで担当の管理官とコンタクトしているはずだ」

アンジェ「その担当官を探し出す気?」

ドロシー「ああ。本人が壁の向こうにいるんなら手が出せないが幸いこっちにいるんだし、管理官が誰か割れれば芋づる式にそいつの正体も分かる」

アンジェ「もっともね」

ドロシー「……が、そうなるとプリンセスにもご出馬願うことになるかもしれないな」

アンジェ「プリンセスに頼むのは最後の手段ね、うかつに嗅ぎ回ったらプリンセス自身に危害が及ぶ」

ドロシー「分かっているさ。だが相手の「産物」(プロダクト)は超一級品だ。今はまだ大丈夫だが、もし「チェンジリング」に勘づかれたらおしまいだ」

アンジェ「……」

ドロシー「分かってる、こっちだって必要以上にプリンセスの立場を危うくしたいわけじゃない……とはいえどうしようもない場合もあるってことを覚えておいてくれ。そうならないよう努力はするがね」

アンジェ「ええ、私も出来る限りのことはする」

ドロシー「よっしゃ。それじゃあ私は今夜から「会員制婦人サロン」にしけ込むとするかな」

アンジェ「……どういうつもり?」

ドロシー「知れたことさ。腕利きエージェント、それもこれだけの千両役者となると管理官はノルマンディ公のところ……つまり内務省で間違いない。それで、だ。こちとら内務省課長級の奥様とすっかりねんごろだって話は前にしただろ?」

アンジェ「浮気性な女が持ってくるゴシップに興味があるわけじゃないわ」

ドロシー「へっへっへ……それがその奥様、冷え切った結婚生活なのは亭主が省内で美人の秘書かなにかを抱えているためだと思っているらしくてな。証拠探しに持ち帰り仕事の書類を盗み読みしては、その内容を不満と一緒に私にぶちまけてくれているのさ」

アンジェ「部外秘の書類を持ち帰り?」

ドロシー「敵ながらノルマンディ公の能率的な仕事ぶりを考えたら書類の処理がおっつかないのも無理もないさ……ともかく、書類の持ち出しは公務員の機密保持規則違反で厳罰だから、もし亭主が細君の盗み読みを見つけたとしてもうかつに報告することさえできない……重い規則違反をやらかした部下にノルマンディ公がどんなこの世の果ての植民地のポストを見つけてくるかを考えたら、こっちだってぞっとするね」

アンジェ「それが保険になると」

ドロシー「ああ。そういうパブリックスクールのガリ勉タイプは中途半端に頭が回るから自分でどうにかしようとするし、同時に気位が高くて役職のことばかり考えているから、それを守るためなら口も閉じるし脅しも効く」

アンジェ「あるいはパニックを起こして大騒ぎをするか……あてにならないわ」

ドロシー「大金でもせびればそうなるかもしれないが、こっちはそんなつもりがないからな……それに、まさか自分の細君が婦人サロンで若い女相手の寝物語(ピロートーク)に省内の機密情報をくっちゃべっているとは思わないだろうよ」

アンジェ「……若い女?」

ドロシー「おい、私だってまだ充分に若いだろ」

アンジェ「そういうことにしておくわ……とにかく方向性は了解した。私も別口で相手の管理官を探ってみる」

ドロシー「よろしく頼む……へっくし」

アンジェ「噂でもされているのかしら?」

ドロシー「かもな、モテる女は辛いもんだ♪」
777 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2026/07/23(木) 00:06:40.78 ID:+MFf+0Cf0
アンジェ「……貴女がモテるかどうかはさておき、他にも情報を探る必要があるわね」

ドロシー「ああ……やつが発信しているモールス電文の強度から位置を割り出していくことにしよう」

アンジェ「電波の三角測量法? あんなの技術的にはまだあてになるようなものじゃないし、そもそも電文を傍受するオペレーターが最低でも三人は必要よ」そういうと露骨に眉をひそめた……

ドロシー「問題があるか? 無電を扱うのは私とお前さん、それにベアトリスでちょうど三人じゃないか」

アンジェ「ベアトリスを単独で使うのは不安があるわね」

ドロシー「そりゃあ荒事に使うには頼りないが、メカや技術に関しちゃなかなかだぜ?」

アンジェ「それは分かっているわ」

ドロシー「なら何が不満だ? プリンセスを安易に使うのはもっと反対だろうし、ちせは刃物なら一流だが通信機なんてからっきしだ。ベアトリスができるんだから……ごほん……ベアトリスを使おうじゃないか」

アンジェ「どうしたの?」

ドロシー「いや、大したことはない……ちょっとつばをのみ損ねてな」

アンジェ「年寄りの証拠ね。いいわ、納得したわけではないけれどとりあえずはその方向しかないようね」

ドロシー「そういうこと。やつの定時連絡は曜日も時間も決まっているが、おそらくは数日おきにパターンを変えているはずだ。そいつを変えられる前に尻尾をつかみたい」

アンジェ「ええ」

ドロシー「まずは通信機のあるネストから任意の三か所を選び出して電波の強度を測る……方位は分からないが、強度からある程度の位置が絞り込めればそれだけでもずいぶんマシになるはずだ」

アンジェ「そうね」

…放課後…

ドロシー「さてと……ベアトリス、それじゃあお前さんにも協力してもらおう」

ベアトリス「分かりました、何をすればいいんですか?」

ドロシー「今回は特定の時間にネストのひとつで通信機を立ち上げ、モールス電文に聞き耳を立ててもらうってお仕事だ」

ベアトリス「一人で、ですか?」

ドロシー「ああ、もう子守りの必要な年頃じゃないだろ?」イヤミに聞こえないように軽い口調でそういうとウィンクを投げた……

ベアトリス「ええ、まぁ……それで?」

ドロシー「分かっているとは思うが電文のモールス信号は距離が離れるほど電波、つまり音が弱くなる……ちょうどこんな具合に波紋になって広がっていくわけだな」ティーカップの紅茶に角砂糖をひとつ落とした……

ベアトリス「はい、それは知っています」

ドロシー「今回はその電波を探り、この同業者がロンドンのどの辺りから電文を叩いているのかつきとめたいってわけだ」

ベアトリス「質問をいいですか?」小さく手をあげるベアトリス……

アンジェ「どうぞ」

ベアトリス「ドロシーさんが紅茶で見せてくれたようにモールス信号は全方位に広がっていきます。それを聞いただけではどこからの発信かは突き止められないと思いますけれど……」

ドロシー「そいつはまったくその通りだが、それは一か所から聞いた時の話だ。今回は私、アンジェ、それからお前さんの三人が別の場所で同時に電文を傍受する。そうすれば信号の強弱である程度の位置が推察できる。それにモールス通信機は電気を食うしハンドバッグに収められるほど小さいものでもない。隠せる場所となるとおのずから限られてくる」

ベアトリス「なるほど」

…アルビオンの技術力がいかに優れているとはいえ、まだまだモールス通信機は小さなものではなく、情報部員にとって便利ではあるが隠しどころに困る厄介者でもあった……通信機の音質や距離もそこまでではなく、シティ(金融街)や貿易会社、船会社といった民間での無電通信も急増するなか混信も起こりがちで、使われるのは速報性の高い通信か、伝書鳩やメールドロップを使えない場合に限られていた…

ドロシー「納得してくれたか?」

ベアトリス「はい。あと一つ提案が……いいですか?」

ドロシー「おう。遠慮することはないからどんどん言ってみろ」

ベアトリス「モールス通信機ですが、実はちょっとした考えがあって……ちょっと待っていてもらえますか?」そう言って立ち上がるとどこかに出ていった……

ドロシー「……なんだろうな?」

アンジェ「さあ」
778 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2026/08/10(月) 01:44:37.63 ID:xKZDlfS90
ベアトリス「……お待たせしました」数分ほど待っているとベアトリスが戻ってきたが、その手には見なれない何かの部品のようなものが握られている……

アンジェ「それは?」

ベアトリス「これですか? これは通信機の水晶増幅器です。支給されている通信機なんですが、メンテナンスをしている時に出来があまり良くないことに気がついて……もっといい増幅器を使えば感度がぐっと良くなると思って作ってみたんです」

ドロシー「作ってみたって……お前なぁ、そんなクッキーかなにかみたいに……」あきれたような声を上げた……

アンジェ「それで、性能のほどは?」

ベアトリス「実はまだ試していないのですが、いい出来だと思います」普段よりいくぶん自信ありげなベアトリス……

ドロシー「ほう……そこまではっきりと言うんだから相当なもんだな。いいだろう、試してみようじゃないか……完成品は一個だけか?」

ベアトリス「いえ、ちょうど三つあります」

ドロシー「おいおい、まるで誂えたみたいじゃないか。三か所で聞き耳を立てようって時にちょうど役に立つ部品が三つある……ベアトリス」

ベアトリス「はい、何でしょうか?」

ドロシー「隠し棚にある酒の好きなやつを開けていいぞ。それだけの価値はある」

アンジェ「ちなみに奥の左から三番目がドロシーのとっておきよ」

ドロシー「おい。なぁベアトリス、私の好みはお前さんとは違うし、無理にそいつを選ばなくたっていいからな?」

ベアトリス「大丈夫ですよ、こっちにします」

ドロシー「ふぅ、やれやれ……じゃあ私も一杯もらうとしよう。ベアトリスとそのイカした発明品に乾杯しないとな」

…グラスを取り出すとなみなみとブランデーを注ぎ、ベアトリスがごく控えめに注いだサイダー(リンゴ酒)のグラスと触れ合わせた…

アンジェ「昼間から酒だなんていいご身分ね」

ドロシー「そう言うなよ。とにかくベアトリス、お前さんとそのゴキゲンな部品に乾杯だ♪」

ベアトリス「あ、ありがとうございます……なんだか照れちゃいます///」

ドロシー「なぁに。それだけのものを作ったんだ、自信をもてよ」いつもよりも暖かな表情を浮かべて軽く肩を叩いた……

アンジェ「いいけど、少し顔が赤いんじゃないかしら」

ドロシー「おっと、少し飲み過ぎちまったかな……そんなつもりはなかったんだが」

アンジェ「お願いだから教師や寮監にバレることがないように頼むわね」

ドロシー「そんなの楽勝さ……それじゃあ傍受は予定の日から始めよう」

アンジェ「ええ」

ベアトリス「分かりました」

…数日後…

ドロシー「さてと、それじゃあ今日から傍受を始めることにするが……手はずは覚えているな?」

ベアトリス「大丈夫です、よくおさらいしましたから」

ドロシー「結構。まずはそれぞれのネストに行って通信機の部品をお前さんの水晶増幅器に取り替える」

ベアトリス「はい」

ドロシー「それからあとは向こうが定時連絡を発信するまで傍受を続ける……本当なら通信機に詰めている間、不意を突かれないよう子守役が必要なんだが……なにぶん手が足りないからな。ネストの位置がばれていないことを願いつつ用心してかかろう」

ベアトリス「そうですね」

ドロシー「あとは電波の強度から相手の位置を探るだけだ……細かく方向を探ることができる指向性のアンテナみたいなものがありゃいいんだが、そんなのは科学小説に出てくる絵空事だからな……地道に強度から探るしかない。それとあちらさんの定時連絡の時間は分かっているから、予定時刻を一時間過ぎたら中止してメイフェア校に戻る」

ベアトリス「了解しました」

ドロシー「万が一ネストが急襲を受けたら緊急信号を打電して機材を破壊し……その暇があればだが……一目散に逃げだす、いいな?」

アンジェ「緊急時の集合場所や逃走のための道具がしまってある場所は覚えているわね。慌てず騒がずそこへ向かうこと」

ベアトリス「はい」

ドロシー「よし、それじゃあ行こうか」
779 : ◆b0M46H9tf98h [sage saga]:2026/08/26(水) 01:28:12.00 ID:1x5btGeP0
…ネストの一つ…

ドロシー「さあ、準備を始めようぜ」

…古めかしい棚に施された特定の浮き彫りを順番に押すとからくり仕掛けのようにカチリと留め具が外れ、浮いた棚板を開くと中に収まっていた通信機が姿を現す……ベアトリスは小さなレンチやペンチを使い、通信機に仕込まれている水晶を慎重に外しお手製の増幅器に差し替える…

ドロシー「……できたか?」

ベアトリス「はい、できました」

ドロシー「それじゃあ試してみるとするか。アンジェ、頼む」

アンジェ「ええ」

…起電用の手回しハンドルを回すと通信機が低くうなり始める……席に腰かけたアンジェがスイッチを「送信」から「受信」に動かすとたちまち計器盤の針が左右に振れ、長短のモールス信号が空中を飛び交っていることを示した…

アンジェ「この波長は通常商用電信ね……確かによく聞こえる。これまでの倍以上は感度が良い」

…耳当てがついたラッパ型のヘッドフォンに耳を傾け、周波数のダイヤルを回しながらしばし沈黙していたが、ヘッドフォンを外すと軽くうなずいた…

アンジェ「いい出来だわ、ベアトリス。とてもいい」

ベアトリス「それならよかったです」

アンジェ「ええ。素晴らしい仕上がりよ……スパイは特許を申請できないのが残念ね」珍しいことにからかうような賛辞まで飛び出す……

ベアトリス「いえ、そんな……///」

アンジェ「それから、できれば全ての通信機にこれをつけたい。手持ちの材料がまだあるようなら他の通信機の分も作って欲しい」

ベアトリス「分かりました」

アンジェ「あと、全体としては良いけど周波数帯によっては音が飛ぶわね」

ベアトリス「そうですか? ちょっと待って下さいね……」再び通信機に顔を寄せると工具を取りだしあちこちいじった……

ベアトリス「……これでどうでしょうか?」

アンジェ「試してみましょう……そうね、いいわ。さっきよりも落ち着いた」

ドロシー「さすがだな。それじゃあアンジェ、ここは任せる」

アンジェ「ええ。残り二か所もお願いね」

ドロシー「ああ……それじゃあ行こう」

…ドロシーはベアトリスを連れてロンドン市街を歩きながらレモネードの屋台で喉を潤したり、道端のショーウィンドウを眺めたりしながら尾行がないか確かめ、とある角でつと裏路地に入った…

…二つ目のネスト…

ドロシー「さ、じゃあ今度はここだ……さっきと同じように頼むぞ」

ベアトリス「はい」

…ベアトリスも二つ目となると手慣れたもので、錯綜した真鍮や銅線の迷路に細く繊細な指を差し入れて増幅器を取り替え、電源を入れると通信機が「暖まる」のを待った…

ドロシー「よし、動いたな……どれどれ……」ドロシーは通信席にどっかりと腰を下ろすとヘッドフォンを当て、かん高いモールス信号の音に耳を傾けた……

ベアトリス「どうでした? 調整はいりますか?」

ドロシー「うんにゃ、文句なしにばっちりだ……ときたま空電が入るが、こいつはロンドン中に金属の蒸気パイプやら何やらが張り巡らされている上に、ドーヴァーの方で雷雨が来ているからだろう」

ベアトリス「そうですね、雷が来るとどうしても空電が入ってしまいますから……」

ドロシー「とにかく増幅器の方は文句なしだ。残り一か所はお前さんに任せるから、いつものように尾行に気を付けて行ってこい」

ベアトリス「はい、それじゃあ行ってきます」

ドロシー「おう……さて、あとはあちらさんが定期報告を打電してくれるのを待つばかり、と」

ドロシー「……へっくし!」数回連続してくしゃみをし、思わず顔をひそめた……

ドロシー「ったく、あんまり埃っぽいのも考え物だな。今度ベアトリスに雑巾がけでもやってもらうか……くしゃみで肝心の通信を聞き逃したんじゃ冗談にもならないしな」

…そうつぶやいていると、ふと足元から背中にかけてぞわりとした寒さを感じた……そこまで低い気温ではないはずだが、作りの雑な安普請の部屋で北窓から吹き込んでくる風がよりこたえるように感じた…

ドロシー「おまけにこの部屋はすきま風がひでぇときやがる……どうにもうそ寒いや」

………

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