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ドロシー「またハニートラップかよ…って、プリンセスに!?」
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693 :
◆b0M46H9tf98h
[sage saga]:2024/04/24(水) 02:11:24.91 ID:zZwpKeq00
ブラウン「どんなエージェントでもそれぞれ「使いどころ」というのがあるものよ」
スカーレット「使いどころ、ですか」
ブラウン「ええ……確かにマティルダは「良い子」というだけで、いまのところ訓練生としてこれといった取り柄があるわけではないわ」
ブラック「そこなのだ、ミセス・ブラウン……私だって彼女が無事に訓練を終えて、いつかひとかどのエージェントとして活躍してもらいたいという気持ちはある……だが、この世界ではただの「良い子」にはロクな任務が与えられない事くらいご存じのはずだ。それだったらいっそ早めにあきらめさせて、もっと有意義な方面で活動してもらった方が良いのではないか?」
ホワイト「同感だね。私の同期にもひとり、世間で言う「いい人」に該当するような者がいたが、退屈で実りのないひどい任務ばかり与えられて、みんなに「彼はいいやつなんだが……」と言われ続け、いつしか現場から退けられてしまったよ……ミス・マティルダにはああなって欲しくはないね」
ブラウン「そうね……でもあの子のいかにも「小市民」らしいところ、私は活かしようがあると思っているわよ?」
パープル「まぁ、ミセス・ブラウンがそうおっしゃるということはよっぽどなのね♪」
ブラウン「こらこら、わたしを口説いたって何も出ないわよ?」
パープル「あら、残念」
スカーレット「それで、ミセス・ブラウンのおっしゃる「小市民らしいところ」とはなんでしょう?」
ブラウン「ああ、それね……あの子とおしゃべりしているとね、私は不思議となごやかな気持ちになるのよ。暖炉で暖められた部屋にいて、お気に入りの椅子に腰かけ、テーブルには甘いお茶とケーキがある……そんな気分にね」
パープル「言いたい意味は分かります。どうもあの子と一緒にいると、小さい妹を見ているような気分になります……それだけに、ベッドに入ってもみだらな気分にならないのですけれど♪」
ホワイト「邪気や殺気がないというのは確かだね……生まれ持っての小動物らしさというか「良い子」という呼び方がしっくりくる」
ブラウン「そこなのよ。あの子なら見ず知らずの方のお葬式に参列してもきっと涙を流すでしょうし、たった一ペニーだってお釣りをごまかしたりしない」
ブラック「しかし、それこそエージェント候補生として不適当だと証明しているようなものではないか……バカみたいに法律を破ってまわれとはいわないが、目的のためにはどんな手段もいとわないのが情報部員だ。それができないようでは内勤の使い走りがいいところだ」
ブラウン「ミスタ・ブラック、あなたの言う通りね。そして私が言いたいのもまさにそこなのよ」
ブラック「分からんね。射撃はできない、格闘もダメ。尾行も下手なら色仕掛けもできず、暗号解読も遅いときた……どう使い道がある?」
シルバー「……ミセス・ブラウン、どうやら貴女の言いたいことが分かってきたような気がするよ」
ブラウン「ふふ、そうでしょうとも……つまりね、あの子はおおよそ「スパイとはかくあるべし」の正反対みたいな存在なのよ。それだけにあの子がエージェントだと思うような人間はまずいない。人物調査をしたって返ってくる答えは「冗談言っちゃいけません、あんな良い子がスパイなわけないでしょう?」だと確信できるわ」
ホワイト「いいたいことは分かるが、それにしても彼女は良い子すぎるね。経済的にはごく普通ながらも温かな家庭で両親に愛され、世の中の辛酸を味わわずに済むように育てられた……あの子からはそんな雰囲気を感じるよ」
???「慧眼だな、ホワイト」
ホワイト「おや、あなたでしたか……熱心ですね」
L「この先に備えるためにも我々にはエージェント候補生が必要だからな……ありがとう」ミセス・ブラウンからお茶のカップを受け取ると礼を言って、空いている椅子に腰かけた……
ブラウン「それで、先ほどミスタ・ホワイトに言った「慧眼」というのはどういう意味かしら?」
L「候補生マティルダのことだ……ごく一般的な暮らし向きの温かい家庭で良い子に育てられた。まさにその通りだ」
シルバー「彼女のことをご存じなので?」
L「候補生の生い立ちについては全て目を通すことにしている……あの子の両親は数年前に交通事故で亡くなったのだ。誕生日だからと家族そろって出かけたところで自動車に突っ込まれてな……それから養育院に入れられたのだが、あの子は性格がねじ曲がることもなく「良い子」のまま育ったというわけだ」
ホワイト「確かに何事にもめげない芯の強さがありますね」
L「だから「ポインター」が候補者として情報を持ってきたときにサインしたのだ……本人いわく「私を養ってくれた人たちの役に立ちたい」とのことでな。実に立派な動機だ」
ブラウン「ほら、ね?」
ブラック「しかし、努力家だからといって実力の伴わない人間を置いておく余裕など情報部にはないはずだ」
L「いかにも。だが使いどころならこちらで見つける、心配は無用だ……ともかくエージェントとしての基本的な知識と技術を教え込んでやってくれ」
ブラウン「ええ、それは間違いなく……あの子は実に真面目な良い子です。確かに覚えの悪い所はありますけれど、要領よく小手先で済ませてしまう娘たちよりもずっと教え甲斐がありますよ」
ホワイト「そこは同感だね」
ブラック「まぁ、一生懸命で真面目な部分は認めるが……」
パープル「あの子がハニートラップに向かないのはあの子のせいではありませんものね」
マーガレット「ウィ、同感ですわ。あのマドモアゼルにはごく普通なつつましい格好が似合います……世の中にはバラだけではなく、道端のヒナゲシだって必要なのですわ」
シルバー「最近はラテン語のつづりも上手になってきましたからね、ここで訓練から脱落させるのは惜しい♪」
L「結構、意見が一致したようだな……では引き続きよろしく頼む」
………
…
694 :
◆b0M46H9tf98h
[sage saga]:2024/05/01(水) 01:11:30.24 ID:Zsm+3rLz0
ドロシー「それでだ……おかしなことにマティルダのやつ、訓練では相変わらずドジばかりだし覚えも悪かったんだが、何だかんだで最初の頃に比べるとずっとできるようになってきてな。むしろ訓練当初にすいすいと課題をこなしていた何人かは付いていけなくなって、結局途中でいなくなっちまったなぁ……」
ベアトリス「へぇ、そういうものなんですね?」
ドロシー「不思議なことにな」そういって肩をすくめた……
………
ホワイト「なかなかいいぞ、ではもう一本やってみようか。ミス・マロウ、相手をしてあげてくれるかな?」
長身の訓練生「ええ、ミスタ・ホワイト……よろしくね、マティルダ」
マティルダ「はい!」
…お互いに「それまでの経歴や個人の事は聞かない」という暗黙の了解があるとは言え、訓練が進むにつれて「ファーム」の訓練生同士の仲もそれなりに打ち解けてきていた……もちろん意地悪だったりイヤミな訓練生も何人か残っていたが、成績トップクラスのドロシーとアンジェがいる手前わがまま勝手に振る舞うこともできず、そうした連中は少数の取り巻きだけを連れて自然と孤立するような形になっていた……反対にマティルダは生来の「前向きながんばり屋さん」ぶりからある種のマスコットか、訓練生共通の妹のような位置に落ち着いて可愛がられていた…
ホワイト「では、任意のタイミングで」
長身「分かりました……はあっ!」
マティルダ「ひゃあ……っ!?」長身から繰り出されるみぞおちへの蹴りをクロスさせた腕でどうにか受けとめたが、勢いに押されて後ろによろめいた……
長身「ふっ!」その隙を逃さず次の一撃を叩き込む……
マティルダ「……っ!」
長身「しまった……!?」
…どんくさいマティルダが相手だからと気を抜いていた長身の訓練生は、半分転ぶようにして攻撃を回避した彼女のために大きくバランスを崩し、思わず一歩前にのめった…
マティルダ「えいっ!」
長身「……っ!」
…脚が長く腰高な訓練生が体勢を崩したところに、むしゃぶりつくようにして飛びかかるマティルダ……普通だったら軽くあしらわれてしまうようなつたない攻撃だったが、足元が乱れている所に来られてはどうしようもない……慌てて受け身を取ろうとしたが、そのまま床にもつれて倒れ込んだ…
ホワイト「そこまで。まだ改善の余地はあるが、最初の一撃をかわせたのは成長だ」
マティルダ「あい゛がとうごじあまず……♪」ひっくり返った時にぶつけたのか、鼻血を止めようと鼻を押さえつつも笑顔を浮かべた……
ホワイト「いいや、君自身の成長なんだから私に礼はいらないよ……ところでミス・マロウ、格下だと思った相手に油断するのは君の悪い癖だな。反省も兼ねて、訓練生十人を相手に勝ち抜きできるまで練習だ」そう言うと訓練生たちの中から手際よく十人を選び出す……
長身「はい……っ!」
ホワイト「さて、ミス・マティルダ。鼻血を出している所に申し訳ないが、もしかしたらコショウまみれの倉庫だとか、鼻を押さえながら格闘するような事態が生じるかもしれない……そのままもう一本やってみようか」
マティルダ「あ゛いっ」
ドロシー「へぇ……マティルダのやつ、なかなかできるようになったじゃないか」
おさげの訓練生「どんくさい所は相変わらずだけどね♪」
ドロシー「ま、お前さんだって人の事は言えないぜ……っと!」よそ見をしていたおさげのことを投げ飛ばし、一気にフォールした……
おさげ「……まいった!」
ドロシー「はんっ、この業界に「まいった」があるかよ」そう言うと補助教官のストップがかかるまで締め上げた……
………
ベアトリス「……それで、そのマティルダっていう訓練生はどうなったんですか?」
ドロシー「さぁな。私もアンジェもファームの「卒業」が早かったから知らないんだ……ま、やっこさんの成績じゃあ大した任務に付けてもらえたとは思えないが、それでも本人はそれなりに満足していると思うね」
…そのころ・ロンドン市内…
小柄な少女「……えーと「アルビオン・ロイヤル・タイムズ」をください」
中年の新聞売り「はいよ、お嬢ちゃん……いつものお使いかい?」
少女「そうなの、お父さんが新聞を読むのが好きだから……おじさんは?」
新聞売り「はは、おじさんは売る方なら得意だけど読む方はサッパリさ……今度読み方を教えておくれよ♪」
少女「うん、時間があったら教えてあげる♪」
新聞売り「楽しみにしてるよ……そういえばお嬢ちゃん、名前は?」新聞を抱えて立ち去ろうとする、ちょこまかした少女の後ろ姿に声をかけた……
少女「……マティルダ。マティルダっていうの」
新聞売り「マティルダか、良い名前だ」
マティルダ「ええ。私もお気に入りなの……それじゃあまたね♪」
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