【デレマス】佐藤心「世界征服☆」

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141 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:20:04.98 ID:878XYWmy0
 やがて時間になるということで橘さんは舞台袖で待機、まず先手で橘さんの演技からであった。俺は一人、舞台袖で腕を組んで彼女の舞台入り、挨拶、演技とみておくことにした。

 舞台袖はもはや、ほとんど舞台の一部でもある。生で観客の声が聞こえ、見ようと思えば観客の顔だって見れる。俺のような人間にだけ許された特別席でもある。

「おい塩崎☆」

「ぅわぁ!?」

 いきなり背後から声をかけられた。声の種類からして、間違いなくはぁとだった。

「お前、なんでここに?」

「いいだろ、暇だったんだから☆ ってか、お前はぁとのライブの時は全然見に来ないのに、ありすちゃんの時は見るのかよ☆ ぶっ飛ばすぞ☆」

「……いいだろ。はぁとはどうせ勝つんだし」

「……負ける時もあるよ」

「最後には勝つんだから。見る必要なし」

「……」
142 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:20:32.46 ID:878XYWmy0
「で、やっぱりはぁとも気になる? 五番目の子」

「そりゃね。どれだけ成長したとか……どれくらい、強くなったかとか」

「……安心していいよ。きっと、はぁとの方が綺麗だし、可愛いよ」

「――っ、ちょ、おま」

「……はぁと?」

「い、今、なんて?」

「はぁとの方が可愛いって。あの子、素質も元からの可愛さも確かにあるけれど、まだまだ足りてないところが多すぎる」

 実際、過去俺の行った選択は間違いなく間違いだった。あの子を選んではぁとを切り捨て、会社のために彼女を育てるべきだったのだ。しかし、俺はこうしてはぁとを選び、彼女を切り捨てた。そのこと自体に、髪の毛一本ほどの後悔もない。ただ、少し考えてしまうときもある。もしあの時、そうしていたら、今頃そうなっていたのだろう――と。

 足りないところを補い、てっぺんに向かって駆け上がる。そんなことが出来ていただろうか。きっと、そんな俺に出会うことがあるならば、俺はそいつの頬を叩くだろうか。それとも、それはそういう選択だとして、認めてしまうだろうか。

 どうなのだろうか。わからない。そうなったときにしか、わからない。

 彼女は最高の原石だった。河原で最高の宝石を拾ったようなものだ。であれば、それを捨てたという事実は間違えようのない損失。

 だが、俺にはそうだとは思えなかった。

 この選択が例え間違ったものであったとしても、決して正しくなかったとは思わない。俺は自分の正直に、ありのままの自分で選択した。そうして決めた道が、正しくないわけがないのである。
143 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:20:59.92 ID:878XYWmy0
「さ――ライブバトルの始まりだ」
144 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:21:27.57 ID:878XYWmy0
 結論から言えば、橘さんのライブは完璧とはほど遠いものだった。

 やはりまだあの雰囲気になれていないのか、動きはどこかぎこちないし、歌だってまだ上手に歌えるはずだ。歌い始めを間違えたり、ステップを踏み損ねたり。だけど、これが今の橘さんの現状。これが彼女の限界なのだ。あとは回数を増やすなりで慣れていくしかない。往々にして、そういうものである。

 舞台袖に戻ってきた橘さんは、今にも泣きそうな顔だった。これから相手方のライブだってあるというのに、もう負けを認めたようなものだった。

「……ぷ、プロデューサー、さん」

「……どうだった、橘さん?」

「ダメダメ、でした。なんででしょう、私、前にやったときは上手くできたはずなのに……」

「前の時はよくできてた。でも、今回は出来てなかった。そう見えるかもしれないけど……本質的には、そうじゃないと思う」

「……?」

「トレーナーさんの練習、最近厳しくなってきたでしょ? あれ、橘さんが少しずつ上達してるから、それに合わせてレベルを上げてるからそう感じてるの。実際、この前のライブバトルと同じ構成でライブをやれば、前と同じようになっただろうね。だけど、今回はそうじゃなかった。高みを目指して、より複雑なものを詰め込んであった。だから間違えたし、結果前より下手になったかもしれない」

「……はい」

「けど、やっぱり努力してる人は素敵だ。努力は否定されてはならない。君がこうして行った失敗は、必ず君の血となりチカラとなる。今は失敗しても、いいんだよ」

「……はい。でも……やっぱり、悔しいものは悔しいんです」

「……」
145 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:22:03.03 ID:878XYWmy0
 それは、とても嬉しいことだった。それだけ彼女が、アイドルという仕事に真摯に向き合っているから。上手くいかない自分を責めてしまうのも、そんな自分を真っ向から否定してしまうのも。どれもこれも、仕事に対してより深く関わろうとしているからだ。

 スカウト組の彼女が、そういった思考回路に落ち着いてくれるのは、プロデューサ−としても、年長者としてもうれしいものがある。

 おそらく、このライブバトルには負けてしまうだろう。だが、それで彼女が負けただけの大切なものを手に入れることが出来れば、このライブバトルでは勝利以上のものを手に入れたことになるだろう。

 それが、美城常務の言う結果に繋がるのならば、本望である。

 その場で泣きそうな橘さんのそばに立ちながら、俺は次なる少女のライブを見る。

 名前は忘れもしない。七見椒子。あの日から、一度だって忘れたことはない文字列だ。

 彼女のライブは、確かに天性のものがあったと思う。元来彼女特有の可愛さ、歌唱力、ダンスのセンスと一通り揃っており、確かなものはあった。

 だが、それだけだ。

 彼女には、それしかなかった。

 であればなるほど、彼女が未だCランクで燻っていることも納得できる。追い風があったとはいえ、今でははぁとはBランク常連のアイドルである。そこには明確な差のみが存在しており、それはつまり、はぁとは彼女の持ちえない何かを持っている、という事実の証明でもあった。

 ただ、彼女は橘さんよりも上手い。それだけは否定できない事実でもあった。

 とはいえ、越せない壁ではない。彼女がそこで燻っていれば、橘さんでも十分越せる程度であろう。むしろ、この波に乗ることが出来れば、数か月のうちに圧勝できるほどの力をつけることはできるはずだ。今の橘さんには、折れても元に戻れるチカラが備わっている。
146 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:22:33.86 ID:878XYWmy0
 ライブが終わる。結果は、惨敗だった。僅かに橘さんに入れてくれた人もいたようだが、極小数。だが、つまりそれだけの人たちは、橘さんを見てくれた絶対数でもあるということだ。大切で、あまりにも大きすぎる一歩でもあった。

「さ……橘さん。帰ろう」

「……はい」

 涙を堪えたまま、彼女は七見椒子のライブを見届けた。事実、橘さんのライブに足りないものを彼女は持っていたわけで、少しでもそれを奪ってやろうという算段だったらしい。

「まず着替えからだ。控室に戻ろう」

 舞台袖を離れ、二人控室に向かう。途中で、やけに記憶に真新しい廊下を通ることになった。あの、人通りの少ない、冷たくて音のない廊下だ。

 だが、今回だけは少し違った。うるさかったわけでも、暖かったわけでもなかった。

 そこに、彼女がいた。

「……はっ」

 七見椒子がいた。
147 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:23:03.08 ID:878XYWmy0
「あの時のプロデューサ−。お久しぶり」

「あ……ああ。久しぶり」

「……」

「そして、私に負けたアイドルさん」

 不敵に笑う彼女。何か目論んでいるのか?

 よくわからないが、とにかく今は邪魔だった。彼女をどかして、先に進もうとした瞬間。

「あんたね、下手だったよ。ライブ」

 ふと、そんなことを口にした。

「――……っ!」

「おい、君――」

「――――事実だよっ!」

「……っ」

 思わず、たじろいだ。ここで言い返さなくてはならないのに。

 つい、彼女の剣幕に一歩引いてしまった。

「ほんっとうに雑魚よあんた! まるで使い物にならないじゃない! 本当に練習したの? それとも、泣けば大人は助けてくれるとでも思ってる? 馬鹿ね!」

「……ぅうううっ」

「おい、何の真似だっ!」

 言い責められ、涙を零してしまう橘さん。俺は、彼女を抱きかかえるようにして、七見との間に割って入った。
148 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:23:50.81 ID:878XYWmy0
「……何しに来たんだ?」

「別に? 忠告しに来ただけだけど?」

「だったらいらん世話だ。とっとと失せろ」

「失せろ? 私にそんな口聞くの?」

「お前が別の会社でどんな目にあっていようが、それは俺の知ったこっちゃないんだよ。橘さんに喧嘩を売りに来たんなら俺が買ってやるが、とにかく今は失せろ」

 思わず、口が汚くなってしまった。

 橘さんを貶されて、腹が立った。大人のすることではなかっただろう。だが、その衝動を引き留めることも、憚られた。

「ねぇ橘さんとやら? 自分でそうは思わなかったの? 自分っていらない子だって。思わなかった? 感じなかった?」

「おい、いい加減にしろ!」

「アイドルなんてやめたらいいわ。だってあんた、向いてないもの。あんな下手なステップや歌で、よくもまあライブに出ようと――この私に勝てると思ったわね。思いあがった? それとも、やっぱり大人が助けてくれると思ったんでしょ?」
149 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:24:18.16 ID:878XYWmy0
 止まる気のしない罵倒。声ならば俺を通り抜けて、橘さんに届いてしまう。それは明らかにまずいことだった。

 その剣幕にやられてか、腕の中でひっそりと震える橘さん。

 俺は、すっかり縮こまって泣いてしまった橘さんを抱え上げ、その場を離れた。

 一刻も早く、この場を離れた方がいい。このままでは、彼女は崩れてしまう。壊れてしまう。

「やめてしまえばいいわよ! あんたなんか! プロデューサーもよ! そんな子育てるから! あんなヤツとるからよ! 私だって……!」

 去り際に聞こえたのは、そんな声。消え行く耳に木霊す罵倒は、いつまでも耳の中で揺らめいていた。
150 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:24:54.64 ID:878XYWmy0
 ……すべてを聞いていた私は、そっと廊下に姿を現した。

「……佐藤心ね」

「誰だてめー。私はお前なんか知らねぇぞ」

「ふん。全部、あんたのせいなんだからね」

「…………え、はぁ?」

 思いもよらぬ言いがかりに、私は思わずそんな声を出していた。

「あんたのせいよ! あんたがあの時いたから! 私は美城を落ちて、こんなちっぽけなアイドル事務所に行く羽目になったの! 私はもっとビッグになるはずだったのに!」

「はぁ……」

 ため息をついた。

 それから。

「お前マジで阿呆じゃねぇんすか?」

 そんなセリフを吐いていた。

「いや、冷静に考えてみろよ。そもそも私は、お前の事情なんて微塵も気にならないし、気にしてもない。だっていうのに勝手に自分語りなんか始めやがってよ。聞かされる身にもなってみろってんだ」

「……っ」

「それに、うちを落ちた後、何個か会社受けたんだろ? で、全部落ちて今の事務所に転がり込んだんだろ? それってさぁ、つまりお前がダメだったからじゃねぇの? 私のせいじゃなくない? 勝手に責任逃れするのやめろよな。所在はあくまでお前だぞ」

「――う、うるさい!」

「うるさいのはお前だ。この廊下、あんまり声響かないからさ。外からの音も、外への音もあんまりでないんだ。前、ここで泣いたから覚えてる。けどさ……お前の悲鳴、うるさいんだよ」
151 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:25:29.41 ID:878XYWmy0
 つらつらと言葉が出てくる。出てきてしまう。

 ああ――なんて……馬鹿な女。私は今まで、こんなやつへの復讐を糧に頑張ってたのか? 方向、完璧に間違えてるし。直進で世界征服狙いの方がよかったかも。

「それにさ。別に私がお前に説教みたいなことするつもりねぇんだわ。そういうキャラじゃないし、何しろお前のために何かするってのが虫唾が走るほど嫌だ。だから、とっとと失せろよ。塩崎も言ってたけど。邪魔なんだよね。ってかあいつ、私のこと気づかねぇでいちゃつきやがって……」

「うるさいわよ、年増!」

 年増ァ?

「私もこれでBランク! あんたもBランクでしょ! これで、あんたを引きずり下ろせるわ! 目にもの見せてやる! この雑魚どもが! 私の方が、凄いんだから!」

「おーおー。凄い凄い」

 適当に往なし、私は腕を振った。大げさな芸がかった仕草。マジで、こいつと本気で討論する気なんてなかった。というか、それが無駄になるのはわかっていたことだし、少なくとも――今爆発するわけにはいかなかった。

「あの雑魚アイドル諸共! あんたのようがゴミも! まとめてゴミ収集車に突っ込んでやる!」

「おーおー。ここら一体の燃えるゴミは火・金だから間違えないようにな」

 面倒になり、私はそれだけ言うと控室に向かった。正直に言えば、これ以上そいつと同じ空間にいることが耐えられなかった。今すぐにでも逃げ出すか、こいつを始末したかった。後者が不可能な以上、前者しかありえなかった。

 捨て台詞は、聞こえなかった。
152 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:26:06.75 ID:878XYWmy0
 部屋で待っていると、遅れてはぁとが戻ってきた。橘さんは未だ泣き止んでおらず、俺は彼女のそばでそっと待っていることしか出来なかった。

 待っている間色々考えることもあったが――ひとまず、目下最優先で考えることが出来てしまった。

「いやー、すまんすまん☆ 遅れちゃった♪」

「全部聞こえてたよ」

「……マジか」

「うん。全部丸聞こえ。っていうか、壁に耳当てて聞いてた。ま、音が響きにくい分吸収してるってことかも? で、なんだけど――」

 喋る前にいったん大きく息を吐き、それから吸った。

「やっぱあいつぶっ倒そう」

「待てよ塩崎☆」

「……」

「お前が燃え上がってどうするんだよ☆ 前から決まってただろ――はぁとがアクセルで、お前がブレーキ。だから、塩崎が本当にしなくちゃいけないことは、アクセルべた踏みのはぁとを止めること♪ つまり、はぁとに“今お前がやることは次のライブバトルでちゃんとランクアップバトルやって、今月中にAランクなることだぞ”って言って、止めさせることだゾ☆」
153 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:26:34.25 ID:878XYWmy0
「……そうか。そうだったな」

「おう。落ち着け」

「……」

 深呼吸。熱い息を吐きだして、冷たい空気を吸う。

 否。そんなことでは収まらない。

「……いや落ち着けるわけな」

「――おう、落ち着けるわけねぇよな、塩崎!」

「――――!」

 はぁとは叫ぶ。俺に向かって。いや、俺だけじゃなく。

 自分自身にも、向かって。
154 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:27:02.35 ID:878XYWmy0
「仲間を馬鹿にされて! 落ち着いてられるか? いいや、無理だろ。むしろここで落ち着いちまった方が、馬鹿で阿呆なクソ野郎だ。つまり、私たちはどうしようもなく、それ以上の馬鹿だってことだ!」

「……はぁと」

「行くぞ! あのクソ野郎、生きてきたことを後悔させてやる!」

「は、はぁとさん!」

 そんなはぁとの熱に向かって、橘さんがそっと申し出る。顔は真っ赤、目元は何度も擦って、もう軽く腫れてしまっていた。

「……ありすちゃん」

「そんなこと……しなくていいです。私のことは、放っておいても構いません。だから……」

「ダメだろ。いいわけないぞ」

「……っ」

「ありすちゃんのこと、はぁとは仲間だと思ってる。生意気なちびっこだけど、好きだもん。それに、ありすちゃんが頑張ってることも知ってる。レッスンだって真面目に受けてる。出会った頃のいやいやっ子とは大違いだぜ☆」

 ぼろり、と橘さんが涙を零した。その涙は何の涙だったのか。俺にはわからない。俺には見えない。俺には、目の前の向かうべき敵しか、見えなかった。

「初めてはぁとって呼んでくれたな。じゃ、私はあいつをぶっ倒してくるから、ありすちゃんはそこで見ててくれよな♪」

「はぁとさ……た……橘です!」

「おう」

「ぷ、プロデューサーさん! プロデューサーさんも何か言ってください! はぁとさんを止めて……」

「ごめん橘さん。俺も馬鹿なんだ」

「……」
155 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:28:04.69 ID:878XYWmy0
「そんなこと言うなら……あなたたちを止めきれない……私だって、馬鹿ですよ……」
156 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:28:30.49 ID:878XYWmy0
 二人して部屋を出る。冷たい空気で体が急速に熱を失っていく。冷静になる。

「まだやれるか?」

「……うん」

「まだやれそうか?」

「……うんっ」

「こんな散々な状況だ。何もかもが最悪のタイミングで躓いてしまう。けど、こんな時でも、不思議と悪くないなって思えるんだ」

「実ははぁともそう思う。こんなクソみたいな状況だけど、な」

 拳を差し出す。はぁとがそっと、俺の手に拳を添えた。

 熱が籠っている。そこには確かに未だ燃え続ける、確かな炎が宿っていた。
157 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:28:59.13 ID:878XYWmy0
「変な質問なんだけどさ、もし今過去に戻れたら、どうする? 昔の自分になんていう?」

 ふと、そんなことが気になった。はぁとを見れば、僅かに笑いながら、何かを確信していた。

「とっとと走れ! って言う。前だけ向いて、走り続けろ! 邪魔なもんはすっごく多いぞ、って」

「じゃあ、もし今別の世界に自分に会ったら、どうする? もしそいつは、自分よりもいっぱい成功していて。けど、アイドルじゃあないんだ」

「勿体ないことしたな、お前! って言う!」

「……へへへ」

「塩崎ならどうするの?」

「多分、同じこと言うね。もっとはぁとのこと、見てやれってね」

「……そっか」

「……覚悟が出来たよ。きっとこれが、正しい道だ。けど、間違ってはいるんだ。間違ってる。そんなことはわかってる。だから、それを通り越して尚、正しい道なんだ」

「……そうだよ」

「止めないんだな」

「止められるわけないだろ。だって、正しい道なんだし」

「……」

「はぁとは馬鹿だよ。昔から。いつも見てたからわかってる」

「……」

「だったら俺も馬鹿だ。はぁとの背中を押して、ここまで駆け上がってきた。プライドのために死ぬなら本望だ」

「……流石。お前は変わらないな、この馬鹿」

「はぁとこそ」
158 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:29:28.78 ID:878XYWmy0
「よし、決まった。行くぞ。もう背は振り返らない」

「今まで何度も振り返ってきたもんな。もう、これ以上見る過去なんてないよ。それに、世界征服目指してるやつが仲間の涙一つ拾えないなんて、あるわけないもんな」

「……おう。しゅがーはぁと、一世一代の全力勝負。しかとその目に刻めよ☆」

「あーあ、俺たち大馬鹿ものだ」

「それも一級モンのな」

 そう言って、二人で笑った。後悔がないと言えば嘘になる。

 だけど、こうしなかったら、きっともっと後悔する。

 敵討ちといえるほど高尚なものではない。汚されたプライドを拾い集めるために、俺たちは戦うのだ。
159 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:29:54.63 ID:878XYWmy0
 翌日、ライブバトルの日程とワンオンワンバトルの予定をとると、常務に呼び出されてしまった。

 二人きりで、常務の専用部屋で話す羽目になった。なんとなく気まずくて、呼吸がしにくい部屋だ。

「……君は、目が悪かったかな?」

「いえ、両目とも1.5です」

「……だったら算数が苦手とか?」

「理系です」

「……であれば、何故ワンオンワンバトルのライブバトルをとった? これでは、君のしゅがーはぁとはAランクになれないだろう」

「はい。知ってます」

「……」

 呆れた、という顔だろうか。それとも、他のことを考えているだろうか。何を考えているのだろう。俺にはわからないような、複雑な顔をしていた。

「……何故だ?」

「絶対に負けられない相手がいるからです。勝たなくてはならない相手がいるからです」

「……誰だ」

「七見椒子。他社のアイドルですが……」

「名前くらいは知っている。確か、君がオーディションで落としたこともな」
160 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:30:24.33 ID:878XYWmy0
 常務が、じっと俺を見る。

「自殺願望でもあるのか? それとも、私に対する挑発か? わかっていないようだが、もう私は君に負けている」

「そういうことでは、ないんです」

「……」

「負けられない戦いと言ったな」

「はい」

「それは、君の抱えて、背負ってきた全てを捨てても勝たねばならない戦いなのか?」

「はい」

「この戦いに出た時点で、君に勝利はない。約束は約束……Aランクになれなかった君の部署は……」

「わかってます。もう、みんなと話し合って決めたことです」

「……」

「――そんなことが許されるわけ」

「――許されても、いいんじゃないかな」

「……!」

「今西部長!?」
161 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:30:50.35 ID:878XYWmy0
 ふと常務室に入ってきたのは初老の男性。俺の上司に当たり、何かとよくしてくれる――今西部長だった。

 いつにも増してにこにこと笑ったまま、そっと扉を閉める。もしかしてこの人、俺たちの会話を聞いてて、タイミングよく入ってきたんじゃないのか?

「何の用ですか」

「中々面白い話してるじゃないか。で、なんだって? 塩崎君の負け試合かい?」

「負け試合って……」

「だって事実そうなんだろう? 君は勝っても負けても、死ぬんだろう?」

「……」

 確かに事実だった。あくまでもこれは、矮小なプライドのぶつかりあいでしかない。

「勝っても君のプロデューサー人生は終わる。負けても彼女のアイドル人生は終わる。だったら君は、何のために戦うんだ?」

「俺のためです」

「……へぇ」

 何かを含んだ笑い。まるで、俺なんか見透かしているかのような笑み。

「終わるとか終わらないとか、そういう話ではないんです。俺は、あいつに勝たなくちゃいけない。それが例えどんな馬鹿な行動であっても。やらなくちゃ、意味がないんです。でなくちゃ、これまでのすべてが無駄になってしまう。水泡と消えてしまう。努力も、苦労も、何もかも。あの日舐めた辛酸も。あの日流した涙さえも。そんなことが許されては、ならないんです。だから、これがどれだけ馬鹿なことであっても、俺はやります。きっとこの先、戦って後悔したことよりも――戦わなかった方が、後悔すると思うから」

「……なるほどね」

 今西部長はそれだけ言うと、常務に向き直った。
162 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:31:20.44 ID:878XYWmy0
「だそうだ、常務。彼の決意は、もう決まっているらしい」

「だ、だが……」

「確かに、彼ほどの熱意ある若者を失うのは惜しいことかもしれない。それは、彼のプライドに依るところだろうけどね」

「もう、決めたことです」

「そうか」

 ふと部長は腕を組み、そこにあった椅子に腰をかけた。まるで過去を思い出すかのように、語りだす。

「私はね、馬鹿な子が本当に好きなんだよ」

 つらつらと、何かを思い出していく。

「馬鹿で真っ直ぐ。だからこそ、芯も熱く曲がったことはしない。ゴールに向かって一直線。それまでの過程での怪我なんて、痛くも痒くもないって感じでね。昔そんな子がいた」

「……」

「その子は、本当に真っ直ぐだったんだ。振り返らなかった。周りを見なかった。鑑みなかった。だからこそ真っ直ぐに目標に向かって、ただ走った。結果、その子は目的にたどり着くことが出来たんだ。けど……」

 ふいに、部長が常務を見た。

「取りこぼしたものが多すぎた。地面にはたくさんの後悔が散らばっていた。捨てるにはあまりにも惜しすぎるものたちが、溢れんばかりにね。けど、彼女は見ないふりをした。走り続けた。背中なんて振り返る気はなかったんだろう。怖かったのかもしれない。彼女はひたすらに走って――――今、ここにいる」

「……今西部長」

「あはは、なんて、根も葉もない昔話だよ」
163 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:31:47.16 ID:878XYWmy0
「私はその子をずっと見ていたんだ。後悔の多い人生だっただろう。いまだに、その後悔は潰えていないことだろう。まだ、忘れられないんだ。だからこそ、走ることをやめられないんだ。走るのをやめたら、今度こそ振り返ってしまうかもしれない。もしそうなったら、きっと抱えきれない後悔に埋もれてしまう。そう思っているのだろう」

「部長。その話は、そこまでにしてくれないか」

「……いいよ」

 ふふふ、と部長は笑った。常務はぶすくれた表情で、睨むように部長を見ている。この二人も、昔何かあったのだろう。

「結論を言おう。私は君を応援する。もう、そんなボロボロになる子をみるのは嫌だからね」

「……ありがとうございます」

「やらなかった後悔はやった後悔よりも重く、そして後悔そのものは人生における最重量の重りだ。生きる上での失敗なんて、若いうちは考えるもんじゃない。考えなくちゃいけないのは、今、そして未来で――決して後悔しない選択をする、ということだ」

「で、どうするんだい、美城常務?」

「……」

「彼には彼の戦う理由があるらしい。それを、君がどうこう言えるのかい?」

「……」

「……もう行きなさい。塩崎君。ここは、私が受け持つよ」

「……部長」

「いいんだよ。こうなった彼女は、中々腰が重たくてね」

 追い出されるように、彼に椅子から立たされ、部屋から出された。

 ぽつねんと一人、廊下に立たされる。やけに冷たい空気。静かな世界。

「……」

 言葉が出なかった。とにかくやるしかないのだろうことは、わかった。

 それしかわからなかったけれど、それだけわかっていれば十分だった。
164 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:32:19.25 ID:878XYWmy0
 来たるが月末31日。その日が、俺とはぁとの最終日だった。

 いつものように控室に入ると、そこにはみんなが集まっていた。俺とはぁとよりも早く、橘さんや島村さん、ちひろさんが沈痛な面持ちで座っていた。

「……ごめん」

「塩崎さん。そういう時は、ありがとうって言ってくれればいいんですよ」

 と島村さん。やけに明るい声だが、そこに暗い何かを隠しているようには見えなかった。きっと今、彼女は本心から笑っているのだろう。

 でも、何故?

 これは、あくまでも俺とはぁとの我儘だ。嫌々ではあれど、それに従ってくれたことには感謝しているが、それが彼女の本心に繋がる意味までは、わからなかった。

「私たちは、応援しに来たんです。あなたたち二人を」

「……」

「後悔は……不思議とないんです。この部署が解体されるってことは、私が終わってしまうってこと。なのに……」

 島村さんは、至って普通の、笑顔で。

「すべてを聞いたとき、思ったんです。きっと、今こうしなかったら、未来で後悔するだろうなって。ありすちゃんが馬鹿にされたこと。塩崎さんと、はぁとさんが立ち上がったこと。ちひろさんは、すべてを見届けるつもりだったこと。全部聞いて。そのうえで思ったんです。きっと、こうしなかったら後悔する。二人の背中を捕まえるより、押した方が、ずっとすっきりできるって」

「……そうか。ありがとう」

 謝ってはならない。謝ることは、彼女の覚悟に対する侮辱だ。
165 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:32:47.66 ID:878XYWmy0
「不思議な高翌揚感があります。こういうの、麻痺してるって言うんですかね。それとも……なんでしょうか。よく、わかりませんけれど」

 島村さんは、それだけ言うと、黙ってしまった。

 はぁとは黙って控室の中の個室に入り、いそいそと着替えを始めた。一人でも悠々と着られる衣装。それさえ着てしまえば、あとはメイクさんが来るのを待つだけだ。

「塩崎さん。私、実はまだ後悔してるんですよ」

 ちひろさんも、そっと口を開いた。

「マジですか?」

「ええ。あの時、前言を撤回しなければよかったなって」

「……」

「あの時、強引に迫ってればよかったなーって。今でも思います。全く、おかしな後悔ですよ。あの時言わなかったせいで、今でも言うことが出来ないんです。その言葉は」

「……そうですか。お互い、ラクではありませんねェ……」

「全くです」

「じきに時間だ。はぁとは檀上へ。といっても、おそらく相手が先にライブをすることになるだろうから、はぁとは後攻」

「おう、任せとけ☆」

 個室から出てきたはぁとは、俺の方も見ずに、ただ前だけを見ていった。

 その視線はどこを見ているのか。きっと、どこも見ていないのだろう。

 未だ見えない、何かを見ているのだ。

「……なんだか今日、やけに静かだな、と思ったんだけど。どうかした?」

「はぁとにも色々あるわけよ☆ 考えなくちゃいけないこととかーね♪」

「そっか。俺も一緒に考えてもいいかな?」

「……当たり前だろ。私たち、今までずっと二人で考えてきただろ」
166 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:33:15.36 ID:878XYWmy0
「……よし、じゃあ、そろそろ行くか。何もかも、考えるのは終わってからでいい。全部終わってから、じっくり考えよう。二人なら、いずれ考えつくさ」

「つーか、今までにそれで出なかった答えがねぇよな☆ いつも、それで答えを出してきたんだからさ☆」

「……そうだね。はぁと……しゅがーはぁと」

「おう☆」

「行くぞ」

「おう、もう今のはぁとにゃあ、敵なんて見えねぇ!」

 そう言って、扉から外に出る。そこに、みんなは置いていく。彼女たちには、俺の背中しか見えないだろう。俺とはぁとの背中だけ。それに加えて、俺たちは彼女たちを見ることは出来ない。

 それで良い。それが後悔のない道だ。



「――やっぱり、あの二人には勝てませんねぇ……」

「――あの二人、馬鹿ですからね」

「私たちも、ですよね」
167 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:33:42.72 ID:878XYWmy0
 ――――やがて、ライブバトルが始まった。

 俺は檀上に立ち、初めてはぁとのそばに立つことを選んだ。きっといなくてもはぁとは勝利するだろう。だけれども、それでも俺は、そこにいることを選んだ。

 なぜ今まで、直接彼女のライブを見ることはしなかったのか。その答えは単純である。

 きっと俺は、アイドルをしているはぁと見たら、満足してしまうからだ。

 ステージに立ち、大勢の前で歌って踊り、楽しそうにしているはぁとを直接見てしまったら――きっと俺は、そこで満足して、終わってしまう。だから見ることをしなかった。いつも、そんなはぁとを見ないようにして、頑張ってきた。

 けど、もういいだろう。もういいんだろう。

 これが最後だ。最後のライブ――俺が見ずに、一体だれが、彼女を見届けることが出来るというのか。
168 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:34:10.18 ID:878XYWmy0
 二人のアイドルがぶつかる。

 そこに残っているのは、純粋なるチカラとチカラの勝負。

 勝負の末に残るのは、よりチカラを持った更なる強者のみ。それが世界のルールであり、今この場に残留している思念めいた法則。

 ヴォーカルのチカラ。ダンスのチカラ。ヴィジュアルのチカラ。その総合値。それらすべてを統合した値に――更に努力や展望、流した汗の量、失った血の数、ちぎれた筋繊維の数を加える。決して目には見えない、隠された過去。

 だが俺は――俺たちは、それを知っている。

 この世界は――チカラのみが、全てを肯定する。

 肯定されたチカラのみが、その世界を支配する。
169 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:34:40.04 ID:878XYWmy0
 勝者――佐藤心……否。

 勝者、しゅがーはぁと。

 勝ったのは、はぁとだった。
170 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:35:16.58 ID:878XYWmy0
「やったな、はぁと!」

「あったりまえだろ、塩崎!」

「お前は最高だよ! 最高のアイドルだ……はぁと、こんなに綺麗になってたんだな、ライブで……お前は立派なアイドルだったんだ……」

「お、おい塩崎……」

 思わず、涙が零れていた。それほどまでに、はぁとのライブは完璧だった。

 元から彼女は歌が上手だったわけではない。ダンスもそこまで上手くなかった。

 だが、鍛え上げたのだ。練習し、特訓し、努力し、今の彼女がある。そこに、あった。壇上で歌って踊るしゅがーはぁとは、間違いなくアイドルだったのだ。
171 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:35:45.22 ID:878XYWmy0
「……あんたたち」

 そこに、七見椒子がやってきた。

「何の真似? 私を嘲笑いに来て、何の真似? 私を馬鹿にしたかったの?」

 その声は、少しだけ震えていた。

「そうだよ」

 はぁとが答える。

「お前を完膚なきまでに徹底的に叩きのめして、ぶっ倒して、馬鹿にするつもりだったんだよ。それだけだ」

「はぁ……馬鹿じゃないの?」

「ああそうさ、大馬鹿者さ!」

「橘さんを……仲間を馬鹿にされて、黙っていられるほど馬鹿じゃないんだよ、俺たちはな」

「それに……はぁとは、あの時オーディションで言われた言葉を忘れたわけじゃないからな」

「オーディション……っ」

 言葉を詰まらせ、呑み込む。その行為は、まるで後悔している姿を、そのままに映しだしたようにも見えた。

「オーディションよ! あの時から、すべてが狂ったの! こんなボロ事務所に引き取られて……使えもしないアイドル未満と肩を並べる? この私が? 全部全部……っ、あんたたちのせいよ!」

「知らねぇよ。別にお前の境遇にどうとか、説教かますつもりはねぇの。落ちるなら勝手に一人で転がり落ちてろ」

「なん……っ! 私のことも知らないで!!!」

「繰り返すが、知らねぇよ。知る気もねぇし、お前も知らせる気はないんだろ? だったら、別にいいだろ。お前の事務所のやつらなら、悲劇のヒロイン気取ったお前を手厚くもてなしてくれるはずだぞ」

「……っ!」
172 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:36:15.07 ID:878XYWmy0
「なんだか勿体ないことしたな。こんなやつを倒すために努力してたなんて」

「こ、こんなやつですって……!?」

「こんなやつだろう? だってお前、あれだけボロクソに言った相手に負けたんだぜ? 点数差、見た? アレが、今の私と……はぁとと、はぁとたちとお前の差だよ」

「差……そんなもの! 私の方が――」

「凄くないよ」

「……っ」

「君は凄くない。それが現実だ」

 確かに彼女は天性のものを持っていたのだろう。

 ただ、それに胡坐をかいた。その選択をした。傲慢で高慢で、あくまでも上に立つ者という自尊心を持った。それが、純粋な敗北と衰退の理由である。

 そう考えれば、なるほどどこの事務所も彼女を取らなかったことも、落ち目の事務所に転がり込んだことも納得がいくだろう。
173 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:37:23.86 ID:878XYWmy0
「行こう、はぁと。風邪をひいてしまうからね」
174 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:37:58.53 ID:878XYWmy0
 控室に戻ると、みんなが笑顔で出迎えてくれた。

 ただし、橘さんだけが、一人困った顔をしていた。

「おーす、ただいまありすちゃん☆」

「た、橘です……」

「はいはい」

「流石はぁとさん! 素晴らしいライブでしたよ!」

「おーう、ありがとな卯月ちゃん!」

「塩川さん、全部聞こえてましたよ」

「……マジですか?」

「ええ。だってあの廊下、声が響くんですよね?」

「……」

「ってことはですよ、塩崎さん。あなたは、私と佐藤さんの会話を、あの時聞いていましたね?」

「……」

「私の言葉は、全部聞こえていたんですよね。だから、あんなことを言ったのでしょう? ふふ……文通だなんて。あなたは手紙を書くような人では、ないでしょう?」

「流石ちひろさん。まさかそんな……このタイミングで言われるとは」

「いえ、いいんです。もう、諦めはついていましたし……それに、後悔することは多くても、私はあの告白自体をなかったことにしたいとは、思えないんです。きっと、何回やり直しても、また同じことをするんです。あなたたちみたいにね」

「……ありがとうございます、ちひろさん」

「こちらこそ。あなたの背中は、見ていてとても心地よいものでした。好きにさせてくれて、ありがとうございます」

「好きになってくれて、ありがとうございました」

「……ました、か」
175 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:38:37.53 ID:878XYWmy0
「プロデューサー、さん」

「なんぞ」

「プロデューサーさんは、馬鹿です」

「うん」

「はぁとさんも、馬鹿です」

「うん」

「もう知りません」

「うん、ごめん……」

「けど」

「……」

「ありがとうございました」

「……うん」
176 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:39:05.16 ID:878XYWmy0
 はぁとの着替えが終わると、自然と解散の流れになった。今日はもう仕事も残っていないので、俺とちひろさんも一緒に、五人で会社を後にした。

 駅に行く途中で島村さんと別れた。

 駅で橘さんを親御さんに送り届けた。

 駅のホームで、ちひろさんと別れた。

 そして、電車の乗り換えで、はぁとと別れた。

 それから一人家に帰って久しぶりにお風呂に入って、ビールを飲んだ。適当なものをつまみながら、俺は一人、テレビを見ていた。

  見る番組があらかた終わるまで、部屋の中でじっとしていた。とっくに、ビールは空になっている。つまみも消えていた。

「……寝るか」

 高翌揚感は、次第に薄れていった。同時に意識も少しずつ消えてしまい、気が付いたころには、眠ってしまっていた。
177 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:39:43.20 ID:878XYWmy0
 翌朝、いつもと同じ時間に起きた。

 日付は変わっていて、月も替わっていた。今日は土曜日らしい。

 今日は一日だ。月の始まり、終わった後の新しい日付け。
178 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:40:12.21 ID:878XYWmy0
 会社に向かう途中、乗り換えではぁとと会った。

 別れる理由もなし、二人で隣り合って、電車に座っていた。

 駅につくと、ばったりちひろさんに会った。土曜日だというのに、大層なことである。もしかしたら、仕事が恋人なのかもしれない。

 駅から出ると、橘さんがいた。親御さんが送ってきたばかりだったようだ。俺は少し彼女の親に挨拶すると、橘さんを連れて歩き出した。

 歩いていると、島村さんに出会った。彼女も、会社に向かう途中だったらしい。やはり別れる理由もなく、彼女を連れて歩いた。
179 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:40:40.14 ID:878XYWmy0
 事務所に入ると、慣れた空気が出迎えてくれた。昨日のままの雰囲気で、昨日のままの配置。椅子や机は昨日のままだし、綺麗に整頓された流し台も昨日のままだ。

「塩崎プロデューサー。いるかね?」

 そんな中、静寂を切り裂くように、彼の声がした。

「え、今西部長? おはようございます」

「おはよう。うんうん、君のことだし、きっと出勤してくると思っていたよ」

 頷きながら、彼はいつもの笑顔で部屋に入ってきた。

「悪いニュースと良いニュース、どっちが聞きたい?」

「両方聞かせてください」

「……私の口は一つだからね。どっちかで頼むよ」

「なら、悪い方から聞かせろよ☆」

 ずい、とはぁとが割り込んできた。若干目上の人に対することもあり、ヒヤッとしたが今西部長は笑って流してくれた。
180 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:41:07.52 ID:878XYWmy0
「悪いニュースはね、この部署の解体が決まったことだよ」

「……で、良いニュースってのは?」

「部署の再編成。いったん解体して、もう一度組みなおすつもりなんだよ、常務はね」

「……え」

「それは本当ですか!?」

「うん。本当だよ」

 その言葉は、天恵のように思えた。すっかり沈み切った俺たちを引き上げるように、その声は部屋に響いた。

「ちょっと俺、常務に会ってきます!」

「あっおい塩崎、はぁとも行くゾ☆」

 それだけ言って、二人で部屋を出た。
181 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:41:35.99 ID:878XYWmy0
「常務!!!!」

 ばぁん、と扉を開けた。

「静かに入れ」

「あっすいません」

 閉めた。

 もう一度開けた。

「失礼します」

「うむ」

「ありがとうございます!」

 頭を下げた。
182 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:42:04.71 ID:878XYWmy0
「礼を言われるようなことをした覚えはない。私は約束を守った。君たちが約束を果たせなかったからな。そのあとは、お互いに何をしようと自由なはずだ」

「常務……」

「ただし、ブランド化については進めさせてもらう。あの革新はわが社にとっても必要なことだ。ただ……君の意見も、否定してはならなかったというわけだ」

 常務は少しだけ嫌そうに、そう言った。

「すぐに部署の再編成を行う。その際、君には今以上に過酷な仕事を与えることになる。その……しゅがーはぁとにもだ。やれるか?」

「だってさ、はぁと」

「はぁ、普通今はぁとに振る?」

「一応確認だよ。で、出来る? やれる?」

「はー、塩崎お前。まさかそんなこと聞かれるとは思わなかったゾ☆」

「……」
183 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:42:32.84 ID:878XYWmy0
「やるに決まってんだろ☆ なんたってまだ、世界征服は果たせてないからな☆」
184 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:43:02.46 ID:878XYWmy0
終わりです。ありがとうございました
185 : ◆V1gN/9sbLo :2018/11/18(日) 23:46:07.72 ID:878XYWmy0
今気づきましたけどこれRの方っぽいですね。ごめんなさい、間違えてました
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2018/11/19(月) 05:58:44.72 ID:UCPHc7z00
精神病院自殺Pまだいたのか

長い、としか感想が残らないお話でした。
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2018/11/19(月) 11:35:15.64 ID:tC8UD4GZO
乙乙
良かった

オリPものもっと増えていいのよ
188 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2018/11/19(月) 16:42:14.30 ID:n61HVilX0
前作もそうだけど低評価やアンチ多いよね。個人的には過去作含め面白かったし文章としても好きなのでこれからも書いてほしい
189 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2018/11/19(月) 21:26:31.80 ID:rU1RFwXRO
過去作のクソっぷりも問題だけど作者自身の態度が最低最悪なんだよなあ
190 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2018/11/19(月) 22:23:01.59 ID:8yEVclxn0
少年漫画みたいで熱かった
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