中野五月「あいまいでぃすたんす」

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2 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 20:27:56.06 ID:3G9LR2BY0
何度試そうにもこれ以上カレンダーを捲ることが出来なくなって、そこでようやく今が何月かを理解した。玄関から一歩外に出ればそこにはもう冬が広がっており、間もなく今年が終わってしまうという事実をぼんやりと悟る。
 すっかり歩きなれてしまった通学路に、ずいぶんとくたびれた制服。そういったものともあと数か月でお別れだ。小学生の時も中学生の時も似たタイミングはあったはずで、しかし当時は何を思うでもなかった。だが、今回限りは少し特別。
 嫌でも思い入れなきゃならない出来事と交錯し続けた高校生活。特に二年後半からの攻勢は凄まじく、忘れようにも忘れられない記憶がちらほら。その中には可能なら忘れ去ってしまいたいことも含まれているのだが、この際それは考えないことにしておく。
 過去を振り返るたびに胸中にじんわり広がるこの感傷が、世に言う名残惜しさってやつなのだろうか。結局のところは自問自答でこの問いに答えてくれる相手はおらず、だから永遠と自分の内側で反響するだけになってしまうのがうざったいけれど。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 20:28:22.72 ID:3G9LR2BY0
 暖房の良く効いた職員室と比べて、廊下はお世辞にも快適とは言い難かった。スラックスの裾から入り込む冷気に脚が震えて、連動するかのように歯の根がカチカチと鳴る。白む吐息を見れば分かる通りに、節電はばっちり行われているようだ。環境保護に意欲的な施設のようで大いに結構。
 それにしても、この時期の学校から漂う焦燥感はどうにも好きになれそうにない。受験間近の三年生とそれを受け持つ教師たちは絶えず余裕のない顔をしているし、下級生もその勢いに飲み込まれているせいで非常に窮屈だ。マンツーマンの面談やら面接練習やらがそこかしこで実施されていて、とにかく校内全体が息苦しさに満ち満ちている。
 それらを受けて、嫌だなあと大きくため息をついた。こちらの事情を一切顧みることなく変遷していく周辺世界に関してもそうだし、今までとは打って変わってその環境から影響を被ってしまいそうになっている俺に対してもそうなのだが、とにかくもう少しでもいいから穏便に回ってくれやしないものだろうか。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 20:28:55.10 ID:3G9LR2BY0
「上杉君」
「……ん」

 教室への帰りしなに声をかけられる。誰かと思って顔を見れば、今日も今日とて頭部に星型のアクセサリーをくっつけた末っ子さんがそこには一人。彼女も寒さには強くないようで、冷気にあてられた頬はほんのりと紅潮していた。
 
「職員室に用でも?」
「ああ、まあな」
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 20:29:24.01 ID:3G9LR2BY0
 会う場所が会う場所で、歩く方向が歩く方向だったため、繕いようがなかった。今の俺は誰から見ても、職員室から出てきた生徒だ。

「ちょっと担任から呼び出されて」
「……悪事を働いたりは」
「してねえよ」

 法律なり学則なりに触れた記憶はない。というかちょっとくらいやんちゃをしたところでこれといった問題はないように思う。学校なんて好成績さえキープしておけば教師の評価は自ずと高くなるのだから、これまで向こうも俺にガミガミ言ってくることはなかったし。
 ……だがまあ、今回は事情が事情だったため、仕方なかった。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 20:29:52.52 ID:3G9LR2BY0
「ではどんな理由でしょう?」
「追い追い話すから待ってろ。ってかお前、人のこと心配してる余裕あるのか?」
「……うっ」

 露骨に目を逸らされる。誤魔化そうにも俺は彼女のテスト結果を網羅しているので、口先で何を言おうと無駄だった。直近の模試では、なかなか苦しいアルファベットが成績欄に印字されていた記憶がある。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 20:30:34.18 ID:3G9LR2BY0
「俺はいいから、今は自分のことだけに集中しとけよ」
「そうは言っても……」
「ここに来てるってことはお前も職員室目当てなんだろ? ならさっさと行ってやれ。後がつかえる」

 五月は妙に食い下がる気配を見せたが、意図してそれに取り合わず、そそくさとその場を脱する。積極的に話したいことではなかったし、話すにしても場所を選ぶ必要があると思った。少なくとも誰が盗み聞きしているかも分からない廊下で持ち出すような話題ではない。
 
「後でちゃんと教えてくださいね!」

 五月の声を背中で受けながら、室温を気にしなくても構わない教室へと向かう。体が冷えていると、その延長で心まで凍えてしまいそうな気がしたから。
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 20:31:03.00 ID:3G9LR2BY0
 時期が時期だから、もう通常授業という名目で時間割が運営されていない。何もかもが受験対策に染まっていて、ここが高校なのか予備校なのかの判定が自分の中で曖昧になってきているのが分かる。
 午後イチのコマは発展演習ということで、有名大の過去問を解かされた。幸か不幸か以前に手をつけた問題だったので制限時間の三分の一程度で解答欄を埋め終えて、残り時間を思考に費すことにする。
 思い返すのは、先ほど職員室で問われた話題。自分の中で未だに結論が出ていない、一つの大きな悩みについて。この数か月で何度も考えさせられて、されどまるで答えがまとまってくれなかったこと。

「…………」

 プリントの端のスペースに、同じ長さの直線を角度を変えて数本書いて階段を作る。その段に対応させるように小学校、中学校、高校と書いて、そして次に。

「…………」
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 20:31:30.56 ID:3G9LR2BY0
 次に、何も書けなかった。俺の思考力は現在を描くのに精いっぱいで、その先の未来を書き記してくれない。数か月後の身分さえ、確定させることが叶わない。
 どう想像しようにも上手く行ってはくれなかった。先へ先へと進んでいくと必ず思考が断絶するポイントがあって、何度試してみてもその関を越えられないのだ。そしてそれは、決まって進学や就職といった場所で発生する。
 要するに、お先が真っ暗だった。その場所に至る能力の持ち合わせはあるのに、それを活用している自分の姿が思い描けない。目的なく手段を鍛え上げたツケをこんな時になって払わせられることに歯噛みし、今しがた書いたばかりの階段をHBの鉛筆で塗りつぶす。その像はまるで今の自分の脳内を図解したかのようで、直視するのが躊躇われた。
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 20:32:02.11 ID:3G9LR2BY0
 教室に響くのはペンが文字を記す音と、クラスメイトの呼吸音。それから、時計が秒針を刻む音。
 そのどれもが優柔不断な俺を急かしているように思えて、逃げるように目を閉じた。
 そんなことをしたって、白紙の進路調査票は埋まってくれやしないのに。

11 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 20:32:41.56 ID:3G9LR2BY0
 どんな問題も、永遠に保留しておけるならそれより楽なことはないのになと思う。期限をどこまでも先延ばして、追及をのらりくらりとかわして、そうやっていつまでも面倒なことを考えずにいるのが許されるなら、俺もそっち側に流れるかもしれない。
 けれど、現実としてそんなことを許容してくれるほど世界は甘く作られてはいなくて。だから遅かれ早かれ、満足の行く行かないにかかわらず、答えを迫られるときは必ずやって来る。

「へんなかお」
「そう思うなら見なきゃいいだろ」

 図書室。机の上に必要なテキスト類をざっと並べて、黙々と励んでいたところ。
 別に招集をかけたわけでもないというのに、三玖は俺の対面の椅子をそっと引いて、そこに腰をおろした。
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 20:33:18.55 ID:3G9LR2BY0
「眉間にしわが寄ってる」
「目が疲れてんだよ」
「ほんとに?」
「ほんとに。ついでに言えば脳とか体とか、他にも色々疲れはたまってる」

 変な顔、というのは表情が苦しげだという意味だろうか。考え事をするのならそれに関わる如何は己の内側に留めるべきで、外に漏出させるのは好ましくない。芸とか品位とか、その他もろもろを問われる。
 昔までならどれだけ険しい顔をしようが問題はなかったが、ここ最近は勝手に心配してくれる連中がいるので、下手な迷惑をかけたいとは思っていなかった。
 それがこうやって三玖からの指摘を受けるほど目に見える変化を起こしてしまっているのなら、いよいよ深刻。
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 20:34:14.29 ID:3G9LR2BY0
「えい」
「えい、じゃねえよ」
「ほぐせば少しは良くなるかなって」

 大きく身を乗り出した三玖が、指先で俺の眉間をつまんでくる。それに飽き足らず前後左右にぐりぐりと動かしてくるので、前を見るのもままならない。

「そこをいじったところで疲れは取れなくないか?」
「気分的に」
「気分で解決はしないんだな、残念なことに」
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 20:34:47.14 ID:3G9LR2BY0
 原因は明らかに睡眠不足なので、保健室のベッドにでも潜り込むのが一番だ。ただ、最近は寝つきも良好とはいえないからなんとも。
 それ以前に解決すべきことが山積しているとの見方もあるが、俺の能力で片付けるのが不可能だからここまでだらだらと間延びしてしまったわけで。
 眉間から下降して頬っぺたをつつき始めた三玖の手を退けて、目をノートに落とす。正直これ以上手を尽くしたところで意味があるかは微妙なのだが、気分的に妥協はしたくなかった。

「無理はほどほどにね」
「心得てる」
「心得てるなら、ゆっくり休むべきだと思うんだけど」
「……自分のことだけ考えりゃ良いのならそうしてたかもな」
「……意外にお人好しだよね、フータロー」
「意外は余計だ」
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 20:35:14.65 ID:3G9LR2BY0
 俺が現在扱っているのがセンター対策系の問題集だったのを見て、三玖は色々と察したようだ。

「どうせなら皿まで食ってやろうと思ってな」
「…………?」
「こっちの話」

 嫌味を言うようだが、俺自身はもうどうにでもなる。国内の最高学府なら、基本的にどこだって射程だ。なんなら明日に試験を持ってこられようが構わない。
 だから、こちらの心配は、自分以外に預けられている。
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 20:35:42.07 ID:3G9LR2BY0
「ここまでやってきたんだ。どうせなら成功してもらった方が得だろ」
「損得で考えるのがフータローらしいっていうか」
「俺の一年の価値が問われてるからな」
「そんなの、気にしなくてもいいのに」

 気にするんだこれが。自分のやって来たことが間違いだったかもしれないという憂いは、人生に大きな影を落としてしまうから。
 というか、それ以上に。

「本人の頑張りを知っちまってるから、応援してやりたくもなる」
「お人好しと言うよりは、お節介焼きなのかもね」
「否定はしない」
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 20:36:34.31 ID:3G9LR2BY0
 これから受験に臨む誰かさんのために躍起になって要点整理ノートなんて作っているのだから、そう言われても仕方ない。ここまでくると介護に近い趣さえ感じる。
 昼間はあんなことを言ったけれど、あいつの努力に関しては疑っていない。要領が絶妙に悪いせいでこれまでは結実しなかったが、人生の大一番でくらい成功体験を味わってもらっても罰は当たらないだろう。
 
「サポート頼むぞ」
「うん、分かってる」
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 20:37:04.07 ID:3G9LR2BY0
 精神面のケアは俺の領分じゃない。それはこれまでで嫌と言うほど理解させられているので、大人しく姉妹に丸投げしておく。同じ家で過ごす家族である以上、俺なんかよりもよほど上手く立ち回ってくれるに違いないから。
 得手不得手はどうしてもあって、そしてそれは彼女たちに限った話ではない。克服しようと努めるのも大切だけれど、効率の方を優先させた方が丸く収まる場合だってある。おそらく、今は後者だ。
 一年前よりは彼女たちのことを深く知って、一年前よりはその心の内を推し量ることに大きなウェイトを割くようにもなった。けれどそこにはどうしても俺の性向上の限度が存在するので、踏み込み過ぎるのも考え物だ。
 
「……で、お前はどんな用向きでここに来たんだ?」
「好きな男の子の顔を近くで眺めておこうと思って」
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 20:37:31.31 ID:3G9LR2BY0
 一切の予備動作なく投下されたバンカーバスターの余波がどこまで広がっているか確認するために周囲を一通り見回すが、幸運にも聞き咎めた者はいないようだった。聞いていないフリをしているのかもしれないが、別にそれでも構わない。今この場において重要なのは、いかになんてことない感じで受け流せるかどうかだから。

「……反応してもらえないと恥ずかしいんだけど」
「悪いが今ちょうど切らしてる」
「スーパーじゃあるまいし」

 真っ向から受け止めて甘酸っぱい感じの雰囲気になってしまうと、間違いなく勉強どころではなくなる。
 酷いことをしているという自覚はあるけれど、俺の考えられる最適解がこれである以上、頼らないわけにはいかない。
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 20:38:04.85 ID:3G9LR2BY0
「入荷予定はあるの?」
「……数か月後じゃねえかな」
「そっか。なら、気長に待つ」
「わ――」

 悪い。そう言いかけて、けれど途中で口を噤んだ。どこかで致命的な間違いが発生している気がするというのが第一の理由で、第二には、それを弁解するだけの資格が自分に備わっているようには思えなかったというのが挙げられる。
 やったことがやったことだ。最低とか最悪とか、そのあたりの誹りは黙って全部受け止めておかないと。一人で勝手に謝って、救われた気分になるのは何かが違う。この話題に関してのみは、どうあっても彼女たちの優しさに甘えることは許されないと思うから。
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 20:38:37.19 ID:3G9LR2BY0
「わ?」
「……忘れてたら言ってくれ」
「じゃあ、今日から毎日催促を」
「やっぱやめてくれ」

 急ごしらえの方針転換なんてしても、何もいいことはなかった。最低具合がさらに跳ね上がっただけだ。マイナス百が二百になろうが三百になろうが零点を割り込んでいるというところでは同じなので、今更気にしたところでと感じたりもするけれど。
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 20:39:06.94 ID:3G9LR2BY0
「気付いたら四葉も手籠めにされてたし、もっとアピールしなきゃなって」
「お願いだからそれ以上いじめないでくれ……」
「朝帰りした後、冷や汗だらだらで苦笑いしてる四葉に何が起きたかを考えるのはすごく簡単だったよ」
「その節は大変申し訳なく……」
「申し訳なく思うなら、せめて最後くらいはきっぱりね」
「……おう」

 温情、あるいは憐憫。結局甘えに走ってしまっている俺は、思ったよりもずっと弱っちい人間らしい。
 なればこそ、せめて彼女の言う通りに有終までは持っていきたかったが、『誰が』とか、『どういう理由で』とか、果たしてそんなことを言う権利が俺にあるのかどうか。
 分からないなりにどうにかしようともがいていて、そのたびにずぶずぶと底なし沼へと沈んでいく。厄介なことにじっとしていても体は泥に動きを奪われていくから、両者の違いは侵食速度の差だけ。それならばせめて自分の力で溺れてしまおうと思うのは、俺の傲慢か。
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 20:39:40.37 ID:3G9LR2BY0
「あ、そうだ」
「なんだ」
「三玖が一番って言う練習、ここでしておく?」
「圧」

 えげつないプレッシャーだ。誰もかれも最近こんなのばっかり。
 もっとなりふりを構って欲しいところだが俺の素行が素行なので強くは言えず、だから必然的に、彼女との視線の交わり合いをやんわり避けるところに帰着する。
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 20:40:20.24 ID:3G9LR2BY0
「……とにかく、俺は作業に戻るから」
「ん、分かった。……見ててもいい?」
「好きにしてくれ」

 それから数時間、何をするでもなくただただ椅子に座りながら俺を見つめてくる三玖になんとも言えないものを感じながら、それでもどうにか予定していたものを作り上げた。
 よくもまあ飽きないものだというのが、正直な感想だった。

25 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/02/21(木) 21:05:14.02 ID:XK9dd0Gvo
キター
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/02/21(木) 21:08:47.87 ID:2j84YrrOo
最近原作と>>1のSSだけが生きがい
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/02/21(木) 21:12:09.38 ID:+MUNAl0q0
ここで最近癒やし枠と化してる五女さん
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/02/21(木) 21:22:20.86 ID:st9qiVPo0
性欲お化けVS肉まんお化け
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/02/21(木) 21:24:14.31 ID:iWvOWvERO
野生のねぎ先生が降臨されたぞ!!
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/02/21(木) 21:50:58.92 ID:c2s6TEld0
食欲が強い娘は性欲も強いと聞いて
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 22:06:10.80 ID:3G9LR2BY0
「これ、五月に渡しといてくれ」
「自分で渡せばいいんじゃないの?」
「こういうのは早い方がいいだろ。時間がそんなに残ってるわけでもないんだし」

 ノートに題でもふっておこうかと思ったが、気の利いた文言が思いつかなかったのでそのままにした。『サルでもわかる』なんて喧伝した上で理解されなかったらあまりにも悲惨過ぎるので、変に凝らない方がいいとも思う。外見より中身で勝負していけ。
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 22:06:38.75 ID:3G9LR2BY0
「……まあ、この時期にやたらめったら新しいものに手をつけるのは危険だとは分かってるんだけど、心情的に拠り所になるものがあると楽だからな」
「了解。しっかり届ける」

 三玖がノートを鞄にしまい終えるのを確認してから、その場を離れる。思いの外手間取ってしまったというのもあって、図書室内の人影は既にまばらになっていた。おおかた、暗くなる前に帰路に就こうという魂胆の連中が多かったんだろう。
 昇降口で緩慢に靴を履き替えて、外を眺める。
 照明に慣れてしまった目に、夕闇はいくらか暗すぎた。疲れ目では瞳孔の収縮も上手くいかず、また眉間にしわを寄せることになる。
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 22:07:17.06 ID:3G9LR2BY0
「ほら、さっさと帰るぞ」

 振り返って言う。ローファの踵がどうにも合わないらしくもたついている三玖を急かすために。

「え……?」
「なんだその困惑顔」
「いや、いつものフータローなら一人ですぐに帰っちゃうところだから」
「そうしたってどうせ付いてくるだろ、お前は」

 もしかすると、俺は割と恥ずかしい類の勘違いをしてしまったのかもしれない。すっかり一緒に帰るものだとばかり思って、それを前提に行動していた。
 これを思い上がりと呼ばすになんと呼ぶといった感じだが、当の三玖はまんざらでもないらしかった。それどころか、ご満悦らしかった。
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 22:07:59.54 ID:3G9LR2BY0
「うん、付いてく」

 言って、ようやくのこと立ち上がる。……けれど。

「それはサービス対象外なんだが」
「しーらない」

 しっかり組まれた左腕を、半ば諦観の意を込めながら見下ろす。独占欲の高さは姉妹に共通するようで、以前の二乃なり四葉なりを彷彿とさせるような、抜け出す方法が見つけ出せない完全な両腕によるホールドだった。
 こんなことをしなくても走って逃げ出したりはしないというのに、一体何が彼女たちを突き動かすのか。……と、そこまで考えて、四葉の言が頭の中に甦る。誰より近くで自分の欲しかった幸せを見せられる恐怖。そもそもこいつらの定義する幸せになぜ俺が関与しているのかという根本的な疑問は飲み込めていないが、こいつらはこいつらなりに必死なのだろう。
 だからこんな風に、捕らえた腕に頬ずりを――
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 22:08:26.44 ID:3G9LR2BY0
「いくらなんでもそれはねえだろ」
「せっかくだし」
「お前も損得勘定で動いてるじゃねえか」

 この指摘で多少は離れてくれるかと思ったが、どうやら彼女の決意は俺の思う以上に硬いようで。
 なおも頑なに体をすり寄せてくるのを強引に引き剥がして、なんとか会話を続ける。

「しゃーないから聞くわ。ずっと気になっていたことではあったんだけど、なぜここまで俺にご執心なんだお前?」
「なぜって?」
「いや、上手くは言えないけど……」
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 22:08:58.28 ID:3G9LR2BY0
 「俺のどこが好きなんだ?」と正面切って言う胆力はなかった。自分の口で言うと認知を確定させてしまったようで悔しさが滲むというのもある。
 しかし、これはずっと気になっていたことではあったのだ。男の趣味が悪いなーと漠然と感じはしていたが、そこに明確な理由付けがなされているのなら、聞いておきたい。敵と己を知って百戦百勝の構えだ。

「なぜってどういうこと? もっとはっきり聞いて欲しい」
「さてはお前分かってやってるな?」
「分からない。何も。だからはっきり聞いて欲しい」
「三十六計」
「逃げるに如か……あ、ちょっと。待ってよフータロー」
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 22:09:38.38 ID:3G9LR2BY0
 形勢不利と見たら取りあえず逃げる。兵法の基本だ。
 俺がいつから戦争に参加していたのかは謎だが、ここは歩幅を大きく広げて、三玖の意識を歩行に割かせることに注力する。俺の脚の方が長いので、加減をやめれば歩行距離に差がつくのだ。
 しかし、俺の権謀は虚しく散る。というのも、しばらく黙ってもらおうと思っていたのに、突然三玖が口を開いたからで。

「…………まさに、こんなところとか」
「意味が分からん」
「いつもはこっそり歩幅合わせてくれてるってことでしょ」
「…………」
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 22:10:07.06 ID:3G9LR2BY0
 完全に無意識なので、いきなり言われても困惑するしかない。確かに横並びで歩くことには慣れてきたけれど、そこに隠れた意図なんて一つも……。

「そういうところがあったかいなあって」
「……誰でもしてるだろそんなの」
「そういう素直じゃないところも」
「無理やり好きな要素増やそうとしてないか……?」

 単純な疑問。天邪鬼な部分まで気に入られても困る。卑屈だったりひねくれていたり、少なくとも俺の性格は褒めそやされるようなもんじゃない。
 ここまでくるとどうにも恋に恋している感が強くなっている気がして、そこから漂う違和感が拭えなかった。盲目的すぎるのは、流石に違うように思う。
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 22:10:45.99 ID:3G9LR2BY0
「人を好きになるって、要はそれでしょ?」
「それってどれだ」
「一つ『ここがいいなー』って思ったら、だんだん他のところにも目が向くようになるの。それで気が付いたら、その人の全部が好きになってる」
「……じゃあさ」

 大本。根っこ。今に至る原因。それがあると彼女は言うのだから、この際教えてもらうことにしよう。

「最初の一つってなんだったんだよ?」
「さあ?」
「さあって」
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 22:11:16.80 ID:3G9LR2BY0
 いきなりの矛盾。自身の言葉を彼女本人が否定しにかかっている。
 今の言葉から鑑みるに、何かしらの理由が必要不可欠なはずだった。それがないなら、今こうなってはいないって。
 なのに当人がこの調子では、何をもってその発言が裏付けられるかが不明瞭になってしまう。

「押しに弱かったのかもね、私」
「口説いた覚えなんてないぞ」
「違くて。ほら、フータローはさ、最初から距離を気にしないでぐいぐい詰めてきたから」
「仕事だったし……」
「それにしたって強引だったよ」
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 22:11:43.99 ID:3G9LR2BY0
 俺なりに必死だったので仕方のないことだ。生活がかかっている以上、適当に投げるわけにはいかなかった。
 結果として、大きく踏み込み過ぎたというのはあると思う。だがしかし、それで陥落するのはいくらなんでも耐性がなさすぎる。

「きっかけはたぶん、そんな感じ。こんなに近くに男の人がいるの、初めてだったから」
「引き運が悪くて残念だったな」
「ん、どうだろ」

 言って、三玖はそのまますり寄ってくる。人懐こい猫を思わせる動きに、人としての尊厳を問いたくなった。

「フータローじゃなかったら、きっとこうはならなかったと思うなぁ」
「…………それは嫌味か?」
「半分はね」
「もう半分は?」
「……感謝、かな?」
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 22:12:18.64 ID:3G9LR2BY0
 確かに私生活をはちゃめちゃに荒らしはしたが、その中でも仕事に関してはきっちりこなしてきた。その部分に恩義を感じるというのなら、受け入れられなくもなかったり。今考えれば、プロに任せていた方がもっと丸く収まったのではないかと思いもするけれど。
 ……が、そんな俺の内心を知ってか知らずか、三玖は否定を示す次の言葉を紡いでいく。

「フータローに会えたおかげで、昔よりずっと自信がついたから」
「別に、いずれどうにかなってたろ」
「じゃあ、その『いずれ』を手っ取り早く引き連れてきてくれたフータローには、俄然感謝をしなくちゃね」
「そういうもんかね」
「前と違って、好きなものを素直に好きって言えるようになったよ」
「……なんだその目は」
「好きな人を見る目」
「…………」
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 22:12:45.56 ID:3G9LR2BY0
 これ以上のやり取りは不毛と言うか、俺の精神力が一方的に摩耗していくだけというか。
 とにかく、今は何を言っても墓穴を掘ってしまいそうな気がしたので、一度口を紡ぐ選択をした。

「フータローが恥ずかしがり屋さんなのは知ってるから」
「……ただの予防策だっての」
「何を予防するの?」
「主に失言。それと、そこから来る揚げ足取り」

 一度口に出した言葉は引っ込みがつかないので、吟味を挟んでいくしかない。思考と発言を直結させるのは安易すぎる。少なくとも、俺の性格とは相性が良くない。
44 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 22:13:12.03 ID:3G9LR2BY0
「黙ったら黙ったで、私の言葉が刺さってるのが分かって嬉しいけど」
「そう言われたらとうとう打つ手がねーよ」
「打たなきゃいいんだよ。私はいつでも準備万端だから」
「一応聞いとく。何の準備だ?」
「嫁入り」
「こえーよ。怖い」

 みんな怖い。どこまで先を見てるんだか分からなさすぎる。三玖を見るに『冗談だよ』と否定する様子もなさそうなのがまた、俺の不安を煽り立ててくるのだ。
 こういう奴らを四人ほど相手にしていくのか、俺は。業があまりにも深すぎて今にもこの場で泣き出しそうだ。
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 22:13:40.99 ID:3G9LR2BY0
「私をこんな風にした責任は、フータローにあるんだからね?」
「安直に病むな」
「……それは冗談としても、良いよね、お嫁さん」
「男だからその感情は分からん」
「お嫁さんって、女の子にとってはウェディングドレスのイメージだから」

 基本的に一生に一度だけ世話になる華美な服装。大きな晴れ舞台として、深層意識では誰もが憧れるものなのだろうか。
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 22:14:17.36 ID:3G9LR2BY0
「一応仏教国なんだけどな、日本」
「フータローは白無垢の方が好み……?」
「そういう意図はない。ってかそれは神道だろ」
「神前式も趣があって良いよね」
「ここで歴女の顔を出すな」
「紋付の袴、似合いそうだし」
「バージンロードって和製英語らしいぞ」

 向こうが会話を放棄して妄想に耽り始めたので、こちらも大暴投することにした。キャッチボールなんて知らない。
 しかしその球は三玖の体を掠めたようで、「へー」と頷いているようだ。
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 22:14:46.76 ID:3G9LR2BY0
「バージン」
「なぜそこで区切った」
「バージン……」
「なぜ俺を見る」
「いや、もうあげちゃったなと思って」
「胃が千切れるから勘弁してくれ」

 やっぱり、口は災禍を招いてしまう。この際だから大人しく声帯でも潰しておこうか。
 それ以上に災いを呼んでくる器官があることには薄々勘づいているが、ここを切除する想像をすると全身が震えあがるのでやめておく。命は惜しい。
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 22:15:14.20 ID:3G9LR2BY0
「まあいいや。誰かさんが私の憧れを叶えてくれるように、今からお祈りしておくね」
「それは脅迫って言うんだぜ」
「それでもいいよ。なりふり構う余裕がないもん」

 外気は冷たいはずなのに、三玖はそれを感じる余地すら残してくれない。肌のふれあいと、それから心のふれあいでもって、さっきからずっと体が火照っている。
 いっそ雪でも降ってくれれば話題を逸らすことも出来るんだけどなと思いつつも、そういえば彼女と会ってから、進路に関しての懊悩を一時的に忘れられていたことに気付く。代償に、同等の爆弾を落とされはしたけれど。
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 22:15:40.91 ID:3G9LR2BY0
「なあ、三玖」
「なあに」
「お前、将来の夢ってあるか?」
「フータローのお嫁さん」
「ノータイムで答えんな。……でも、そうか」

 ぱっと出てくる選択肢があるだけ羨ましい。俺には、それすらないから。
 これさえあればというものが自分の中央に座っていないのは、今思えば歪な精神構造なのかもしれない。たかだか十八のガキに、未来を決める決断を迫るだけ無謀だという見方も出来なくはないけれど。
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 22:16:07.48 ID:3G9LR2BY0
「フータローには何かあるの?」
「……さあ、どうだかな」
「ないなら、見つけるのを手伝うよ。恩返しにね」
「恩なんか売ってねえよ」
「勝手に買ったもん」

 正規の購入手続きを経てくれと毒づく。だが、協力者がいる方が、頼もしいか。

「大丈夫。私たちに勉強を教えるより難しいことなんて、世の中に存在しないんだから」
「それだけ説得力やべーな」
「だから元気出してよ。最近、ずっと疲れた顔してる」
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 22:16:36.79 ID:3G9LR2BY0
 むにむにと頬を引っ張られる。その程度で、凝り固まった表情筋がほぐれることはないけれど。……でも、心の方には、ちょっとだけゆとりができた。

「……これじゃあ、どっちが先生なのか分かんねえな」

 聞かれないように呟く。教え導く側がこんなんでいいのか全くの謎だ。
 未だに、舵の取り方は分からなかった。その場しのぎを繰り返してきたせいで、具体的な方法論は確立されていない。

「ラストスパートだ」
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 22:17:53.85 ID:3G9LR2BY0
 何においても。終わった後に倒れこめそうにないから、余力を残しておかなければいけないけれど。それでもあと数か月で、今の俺に襲い掛かっている問題の大半は一応の解決を見る……ことになっている。今の段階では神のみぞ知ることだから、せめて上手く行けと願っておこうか。
 ここからの自分の判断一つ一つが、未来の自分を作る大きな分岐点になる。まるで実感が湧かないが、悔いだけは残さないようにしないと。

「出来る限り、私も協力するから」
「なら、この腕をほどくところから始めてくれ」
「これは別問題」
「さいで」
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 22:18:20.47 ID:3G9LR2BY0
 空に浮かぶ星を見上げながら、肺にたまった空気を吐き出す。こういう甘えたやり取りをしていられるのも、おそらく今が最後だ。
 何を選ぶにしろ、選ばないにしろ、きっと円満な解決法なんて存在しない。大団円はどこにもない。
 それならそれで、俺にお似合いの結末のように思う。自分の分を超えた行いだったと考えれば、意外にすんなり受け入れられる。
 どんなことになろうとも、その顛末は全てこの身で受け止めよう。自分で引いてしまった引き金なのだから、面倒を最後まで見切らないことには話にならない。
 当然の帰結。当たり前の責任。それを超えた先に、待っていてくれるものはあるのだろうか。
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 22:19:11.73 ID:3G9LR2BY0
「ほら、お前んちあっちだろ」
「ん、もうちょっと」
「お前のもうちょっとは異常に長いんだよ。知ってるかんな」
「なら、あと五分」
「五分はちょっとなのか……?」

 体力自慢なら一五〇〇メートルを軽々駆け抜けられるくらいの時間。大抵のカップ麺が出来上がる時間。それがちょっとかどうかは、俺の尺度では断言できなかった。
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 22:19:59.83 ID:3G9LR2BY0
「もしくは十分……」
「指定しても伸びるんじゃ意味ねえだろ」

 ぽすっと胸あたりに収まる三玖の頭をどう扱うべきか悩んで、最終的に握りこぶしをぐりぐり押し付けることに決めた。これなら、触れることに特別な意味を見出されなくて済む。
 
「ね、フータロー」
「なんだよ」
「キス、しとく?」
「しとかねえよ」
「いや、断られてもするんだけど」
「えぇ……」

 極力限界まで背を反って、目を瞑りながらこちらに唇を寄せてくる三玖から逃れた。残念なことに、一日一回は朝一番で消化済みだったりする。
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 22:20:37.31 ID:3G9LR2BY0
「……むぅ」
「むぅじゃないが」
「じゃあ、こっちで我慢しておく」

 ちゅっと、唇が首に触れた。これは協定的にセーフでいいのか……? この抜け穴を許すと、どんどん綻びを突かれる気がするんだけど。

「このほうが記憶に残っていいかもね」
「良くねえよ。なんにも良くない」

 そのたびに寿命を縮めてしまう。長生きしようとは思わないが、別に早逝したいってわけでもないのだ。

「あったかい……」

 そりゃあそんなにべたべた引っ付いたら、寒さを感じるどころではないだろう。決して俺は湯たんぽなどではないので、勘違いはしないでもらいたいのだが。
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 22:21:12.53 ID:3G9LR2BY0
「頑張ってね、フータロー」
「言われなくても頑張るっての」

 こんなやり取りの間にも、時間は刻々と流れていく。
 結局、経過したのは五分や十分どころではなかった。何もない道端で立ち尽くして、中身の伴わないどうでもいい会話をして、そうやって、だらだらと貴重な時間を消費していく。
 なんてことはなく、ぬくもりを誰よりも求めていたのは、ここにいる俺自身だったらしかった。
 やっぱり、彼女たちへの甘えは消えてくれない。

58 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/21(木) 22:21:44.61 ID:3G9LR2BY0
今日はここまで。最新話の一花見て目ん玉溶けちゃった。
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/02/21(木) 22:50:37.56 ID:LBh94Y/9o
おつおつ
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/02/22(金) 00:26:58.72 ID:c42oaLziO
おつおつ
今回も楽しみにしてる
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/02/22(金) 00:56:22.61 ID:/rxx+yf80
三玖の人を好きになるところの話、すごい良いなぁ……そうだよなぁ……
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/02/22(金) 19:35:11.27 ID:TbeZw4GSO
これ作者本人が書いてるやつだろwww
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/02/22(金) 21:24:08.21 ID:oXRJq7EQO
ついに来ましたね五月の出番が!
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/02/22(金) 23:20:35.51 ID:eMgiXXJko
きとるやんけ 乙
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/02/23(土) 00:44:26.54 ID:rcvrGVPl0
五月との性行が全く想像できない
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/02/23(土) 00:44:26.63 ID:MZzz5CwL0
おつおつ

ついに100パーセントになってしまうんやなぁって
67 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/02/23(土) 19:27:53.82 ID:uHAAuDTj0
中野パパも攻略して100%を超えよう
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/02/23(土) 20:30:15.41 ID:HpdobhMf0
同じ100%超えならお義父さんより妹を攻略しよう
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/02/24(日) 10:47:43.99 ID:HWjuT4YcO

https://i.imgur.com/hBp6QO5.jpg
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/02/24(日) 11:39:11.71 ID:5B19yq3J0
>>69
好き
71 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/02/26(火) 17:28:10.37 ID:p48sxX3fo
三玖の正妻力の高さ
72 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 22:46:15.51 ID:DuXGhBQm0
 抱えているものが多すぎて、それらを消化する時間が追いついてこない。だから必然として睡眠の方にしわ寄せが回ることになって、なんだか体が怠かった。
 昨日がそうであったように、今日も渡された問題はさっさと解き終わったので、残り時間は瞑目して過ごすことにする。あくまでも授業の延長なので気分的に居眠りはできないが、視覚を切るだけで多少体は休まるだろう。ペース配分を誤ってこんなところで体を壊そうものなら、五つ子のサポートなどとは言っていられなくなる。
 …………そのつもり、だったんだけど。

「珍しいですね、上杉君が授業中に居眠りなんて」
73 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 22:46:44.60 ID:DuXGhBQm0
 背中を揺さぶられて覚醒。時計を見れば、今は授業間の休み時間。ちょっと休むつもりが、そのまま眠りの世界に誘われてしまっていたらしい。
 意識下どころか無意識下でも大分参ってしまっているのだなぁと肩を落としながら、俺を起こした張本人である五月と向かい合った。

「気ぃ抜いたら意識飛んでた。悪いな」
「謝られることでもないですが」
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 22:47:15.26 ID:DuXGhBQm0
 確かにそうだ。俺は五月に不利益を押し付けたわけじゃない。それなのに「悪いな」では、言語的に不調和か。
 かと言って、起こしてくれたことに感謝するのはそれはそれで違うような。俺が日本語を自在に使いこなせないだけかもしれないが、こういうときに重宝する表現の一つくらい用意しておいてくれればいいものを。

「そうだ五月。ノート、ちゃんと届いたか?」
「そのお礼を言いに来たのですが」
「別に、後で構わないのに」

 今日は全員で集まって勉強する予定が入っている。礼はその時で良いのに、律義な奴だ。このあたりがこいつの美徳でもあるのだろうけど。
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 22:47:41.02 ID:DuXGhBQm0
「目は通したか?」
「一通りは」
「ならいい。そこまで急いでやる必要はないから、暇を見て進めとけ」
「ありがとうございます、本当に」
「仕事だからな」

 仕事が占める領域を逸脱している感は否めないが、乗りかかった舟だ。……いや、それどころか、しっかり腰を据えてしまった舟だ。ここまでくれば、もう最後まで付き合うしかないだろう。当初は呉越同舟っぽい趣があったのをここまで歩み寄るのに相当な苦労をした。それと比べて考えれば、ここからの一押しくらいはなんてことない。
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 22:48:20.75 ID:DuXGhBQm0
「報酬、弾まないとですね」
「忘れんなよ」
「しっかり記録してありますから」

 耳を揃えて〜とでも言おうかと思ったが、こいつにはその手の冗談が通じないことを思い出す。下手をすると角をぴっしり合わせた現ナマを用意してくるかもしれないから、この表現は胸の内に秘しておこう。

「で、今のテストの手ごたえは」
「今日は午後から雪が降るそうですよ」
「なるほど分かった。死ぬ気で頑張れ」
「…………うぅ」
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 22:48:59.02 ID:DuXGhBQm0
 大きく項垂れる五月。天気の話題で誤魔化すなんて盛大なテンプレートは俺には通じないのだった。
 しかし、そうか。感触薄か。焦ってどうにかなるものでもないけれど、今の段階でそれはなかなかに厳しいものがある。
 
「中途半端が一番良くないからな」

 最近の言葉の中では何より一番感情が乗っている気がする。大いなる自戒を込めた助言に、しかし五月は肩を落としたままだ。
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 22:49:54.68 ID:DuXGhBQm0
「全然自信がつかなくて」
「そりゃな。自信ってのは成功体験か努力に基づくもんだし」

 俺の場合なら学年一位と言う看板。二乃なら料理、四葉ならスポーツ。明確に実績を残せる何かがあるのなら、それは自分の中で強固な屋台骨になってくれる。
 だが、そこには大前提として大いなる落とし穴が存在していて。
 今しがた俺は自信に関することを言ったが、それは二次的な相関なのだ。最初にあるのは興味か偶発的な成功のどちらか。それを基盤にして努力へと発展し、それを呼び水にして更なる成功を己の手中に収める。このループの過程で、自信と呼ばれるものが勝手に自分の中に居つくのだ。
 その点において、やるだけのことをやっているのに失敗続きの五月は弱い。努力と成功が実感として結びついていない以上、何をしようが不安は残る。
 それを取り除くのが果たして俺の仕事かどうかは判然としないが、最低限のアドバイスくらいはしてやれるといいんだけど。
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 22:50:26.68 ID:DuXGhBQm0
「……とは言え、一朝一夕でどうにかなる問題じゃねえんだよなぁ」

 自分に甘い奴なら、一生懸命頑張った自分自身を肯定することができるだろう。だが、中野五月は堅物だ。そんな妥協を良しとするタイプの人間性を持ち合わせてはいない。
 融通が利かないと言えばそれまでだが、俺は心のどこかで、その頑固さを評価している節があった。出来ることなら彼女にはその愚直さを後生大事に抱えてもらったまま、理想のゴールにたどりついて欲しいとさえ思っている。
 しかしそれを成し遂げるには高いハードルがあまりにも多すぎて、どうやって打倒すればいいか困りものだ。
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 22:51:18.30 ID:DuXGhBQm0
「まあ、そのあたりはなんとか知恵出しとくわ。精神論以前の問題として知識量が足りてないってのはあるし、今はひたすら勉強するしかないわな」
「……毎度お手数おかけします」
「仕事だって言ってるだろ。もっと楽に構えとけ」

 肩肘張るなと言ったところで、真面目な奴は余計に気負ってしまう。だからといって無言で突き放すわけにもいかず、そのあたりのパラドックスが俺をちくちくと突き刺してきた。
 『教える』という行為の難しさはこの一年で嫌というほどに理解させられてきていて、それでも未だに分からないことまみれだ。相手の力量を推し量りながらラインを引いて、性格を考慮しながら物言いを考えて。たかだか五人を相手にこれだけの労力を払わせられるのに、一クラス四十人なんてとてもじゃないが面倒を見切れる気がしない。……全員が全員こいつらレベルの問題児と仮定した場合だけれど。
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 22:51:54.90 ID:DuXGhBQm0
「とにかく頑張れ。俺も頑張る。今んとこはこれだけ」

 五月の背中をグイっと押して彼女の席に押し返す。俺とばかり顔を合わせていては気が滅入ってしまうだろうから、不可欠の措置だ。
 
「あ、あのっ」
「話があるならまた後で。そろそろ次の授業始まるぞ」

 会話を断ち切る。次の授業ってやつまでの間にはまだ五分程度の猶予が残っているけれど、彼女の姉に言わせればその時間は『ちょっと』に過ぎない。なら、『そろそろ』と表したところで問題らしい問題は見受けられないだろう。
 頑張ると本人に宣言してしまった以上、半端なことは出来ない。俺のことは二の次においてでも、対策を練らないと。
82 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 22:52:34.09 ID:DuXGhBQm0
「フータロー君から見て、五月ちゃんはどんな調子?」
「正直に言って良いか?」
「嘘つかれた方が困るな」
「ならぶっちゃける。かなりヤバい」

 学校での勉強会を終え、五つ子と俺とで夜道を歩いていた。その中の流れで、俺は前方のグループから少しだけ距離を取り、一花と一対一で話す態勢になっている。
83 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 22:53:18.27 ID:DuXGhBQm0
「なんて言うか、目に見える数字以上に五月の心が置いていかれてる。たぶんだけど、あいつにはイメージがないんだ」
「イメージって?」
「自分の目標をつかみ取るイメージ。過去の失敗の多さが災いしてるんだかなんだか知らないが、五月にはそれが薄い」
「なるほど」
「で、だ。一応は夢に向かって前進してるお前から見て、この状況はどうするべきだと思う?」

 使えるものはすべて使うことにする。この際、それが猫の手だろうが姉妹の手だろうが構わない。
84 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 22:53:51.40 ID:DuXGhBQm0
「私と五月ちゃんじゃ、そもそも性格が全然違うからなぁ」
「分かったうえで聞いてる。今はとにかく意見が要るんだ」
「うーん、たとえば……」

 一花は何かを指折り数えて、そしてその後、折った指を元に戻す。何のためのアクションかは良く分からないが、彼女なりに意味があってのことなのだろう。
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 22:54:20.62 ID:DuXGhBQm0
「たとえば?」
「たとえば……なんだろね?」
「おい……」
「分かんないものは分かんないよ。こればっかりは五月ちゃんの気分次第だし」
「まあ、それはそうなんだが……」

 だからこそ、家族として長年付き合ってきた連中の意見が欲しかった。俺では理解しかねることだって、彼女たちならなんとかしてくれるのではないかと思ったから。
 けれど、血縁があろうがなかろうが、結局のところ人が二人いればそいつらは他人なのだ。俺だって、らいはのことをなんでも知っているわけじゃない。兄妹仲は決して悪くないのにだ。
 解決策がどこかに隠されているのだとすれば、その在り処は五月の心中以外にあり得ない。それが理解できただけで収穫だとすべきか、それとも足踏みしていると見るべきか。
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 22:55:01.90 ID:DuXGhBQm0
「どうしたもんか」
「大変だね、先生も」
「まったくだ」

 予報通りに降り出した雪にはしゃぐ四葉を遠巻きに眺める。これだと、先生と言うよりは保護者って感じが強い。
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 22:55:30.92 ID:DuXGhBQm0
「ただ、ここまで来たらもう引き返せねえ。死なば諸共だ」
「死なないでよ」
「今のままだと結構な確率で死ぬからな。そろそろ墓の準備をしておく頃かもしれない」
「ならいっそ、ウチのお墓に一緒に入る?」
「いや、俺んちにも……待て。唐突に爆弾投げてくんな」
「そのためには籍を入れとかないと」
「ブレーキオイル切れてんじゃねえのか」

 慣れとは恐ろしいもので、近頃誰も停止位置を守ってくれなくなってしまった。せっかく真面目な話をしていたというのに、これじゃあもうどっちらけだ。一気にそういう気分じゃなくなってしまう。
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 22:56:07.66 ID:DuXGhBQm0
「フータロー君ちのお墓に入るのでも良いよ」
「さっきのは『止まれ』って意味だ。分かったか?」
「上杉一花……いい響きだね」
「…………」

 どう考えてもわざと話をこじらせているので、耳をつねって地獄の妄想吐き出しタイムを中断させた。タチが悪いにしたって、限度があるだろうに。
89 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 22:57:07.63 ID:DuXGhBQm0
「日本の離婚率は三五パーセントだ」
「六割以上も一生を添い遂げるだなんて素敵だよね」
「強い強い強い」
「私たちなら絶対その六割に入れると思うな」
「怖い怖い怖い」

 他人に詰め寄るのに数字を用いるのは暫く控えよう。どんな開き直りをされるか分かったもんじゃない。
 俺としては一花の発言内容にひやひやするというのはもちろんあったけれど、そこに加えて前の連中が聞き耳を立てている可能性まで思い浮かんで、本当に気が気ではなかった。これが新しいトリガーになったらマジでどうしてくれるんだ。
90 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 22:57:43.57 ID:DuXGhBQm0
「なーんてね。演技演技」
「それ言えば何でも許されると思ってないか?」
「思ってるわけないじゃん。本当だよ。嘘じゃないよ」
「…………」

 なんだろう、一瞬背中がヒヤッとした気がする。何に反応したかは定かじゃないけれど。
 しかし、他の姉妹がいる中でガンガンこういう話をされていいことなんて何もない。ついでに言えば二人っきりの時にされてもいいことがない。つまり、いつだっていいことはないのだ。
 来るところまで来た実感はあるので、ここはもういっそ盛大なクズ路線で走ろうか。俗にいうガン無視。興味を向けなければ、彼女だって大人しくなるだろう。
 そう思って、即座に行動に移す。一花から目を逸らして、努めて彼女の言葉を聞かないようにする。
91 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 22:58:36.58 ID:DuXGhBQm0
 …………が。

「フータロー君の手あったかー」
「…………」
「フータロー君の腕ながー」
「…………」
「フータロー君の唇――」
「構うから許してくれ」
「フータロー君の唇――」
「マジでブレーキ故障してるだろお前」

 バックステップで一花から距離を取り、一度大きく息を吐く。まともに取り合っていたら命がいくつあっても足らない。
 これで一旦仕切り直したつもりなのに一花はこちらにじりじりとにじり寄って来ていて、第二ラウンド開始のゴングが俺の頭に響こうとしていた。
 と、その時。
92 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 22:59:13.75 ID:DuXGhBQm0
「上杉さーん! 見てくださいこれ! 雪の結晶!」
「お、おう」
「写真、写真撮ってください!」
「お、おう」
「素早くお願いしますね! 溶けちゃうので!」
「お、おう」

 たったか走ってきた四葉が、自分の手袋にくっついた雪の粒を俺に見せてくる。で、そのままスマホを手渡され、慣れない手つきでパシャパシャ二、三枚だけ撮影して、彼女に返した。
 四葉は礼を言って、すぐさま前列に帰っていき、再びはしゃぎ始める。まるで台風みたいな奴だ。しかしこの状況においては願ってもない最強の助け舟。そこに関しては素直に感謝。
93 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 22:59:42.88 ID:DuXGhBQm0
「四葉は相変わらずだな……」
「そうだね。そんな子まで手にかけちゃうフータロー君も相変わらずだね」
「俺に怨みでもあんの……?」

 ウィークポイントばかりをぐさぐさ突き刺してきて困る。しかしそれが事実である以上は否定しようがなく、そのあたりがまた一段と厄介。
 過去の過ちを論ったところで、何かが覆るわけじゃない。そのうえでなお会話のテーブルに載せるということは、どこかに意図なり思いなりが隠れているはず。一花においては、俺に残った良心をいたぶることが目的だろうか。
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 23:00:16.21 ID:DuXGhBQm0
「怨みっていうよりは、妬みっていった方が近いかも」
「妬みの対象はなんだよ」
「フータロー君の感情が私以外に向くこと?」
「なぜ疑問形……」
「自分でもはっきり分かってないからね。ただ、君が他の女の子と話してるのを見るともやもやする」
「…………」
「しかも面倒なことに、それが妹でも例外じゃないみたいで」
「…………」
「どうせ同じ顔なんだから私でいいじゃんって思っちゃうんだよね」
「極論だろ、それは」
「フータロー君的には、容姿って二の次?」
「どう答えても角が立つ質問はすんな」
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 23:00:51.89 ID:DuXGhBQm0
 あって困るものではないが、第一優先ときっぱり言い切ってしまえば反感を買うと分かる。他人を好きになるとき、ファクターをルックスに求めるのは不純と言う向きが通念としてあって、だから人はそのあたりを上手く繕って当たり障りない理由を探そうとする。内面を愛することが何より美しいことなのだと、そんな考えが世には蔓延している。
 正直なところ、俺は何も分からない。少し前までは他人に好意を向けられたこともなければ、他人に好意を向けたこともなかった。俺の人生に存在するのは親愛のみで、恋愛という概念とは人生を通して関わり合いがないものだろうとも考えていた。
 ただ、近頃の狂騒の中、嫌でも考えざるを得なくなった。人が人を好きになるメカニズムや、どうしてそれを伝えるのか。もちろんのことまるで答えは出てくれなくて、時間ばかりが失われていくだけなのだが。
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 23:01:19.78 ID:DuXGhBQm0
「他人に興味を持たない人生を送っていた俺に、いきなりそういうのは難しいんだっての」
「そもそも私たちって可愛く見えてる?」
「難しいって言ってるだろ」

 女優なんてやってるんだから、自身の見てくれについてはある程度理解しているのだろう。ただ、それは一定の分母を用意したときの支持率の話であって、個人レベルにまで通用する理念ではない。だからこそ、こうやって直接確認せざるを得ない状況というのも存在する。
 ただ、俺が馬鹿正直に答えるはずもなく。
97 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 23:01:51.44 ID:DuXGhBQm0
「それはお前の中で結論付けといてくれ。口ならいくらでも出まかせが言える」
「気付いたら手を出しちゃうんだから、超かわいいってこと?」
「俺を理性が欠如したバケモノみたいに言うな」
「…………」
「……事実であろうがもう少し言いようがだな」

 慌てて訂正するも虚しく、明らかにもの言いたげな視線が突き刺さってくる。行為中の自分とそうでないときの自分とを切り離せるならどんなに楽だろうか。

「まあ、良い方に捉えておくね」
「勝手にどうぞ」

 気に召すようにしてもらえればいい。下手に否定を挟んでも、肯定を挟んでも、どっちみち話は拗れそうだ。それくらいなら、彼女の想像に任せてしまおう。
98 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 23:02:17.52 ID:DuXGhBQm0
「っと、今は勉強のことでいっぱいいっぱいなフータロー君をいじめるのはここまでにしておいて」
「いじめている意識があるのならもっと加減しろよ……」
「罪悪感を募らせておこうと」
「発想が怖いんだって」
「そうしておけば逃げられることはなくなるかなーと思ってね。……でも、今は本当に余裕なさそうだし、これくらいが限度かな」

 一花の手が、すっと俺のスラックスのポケットに差し込まれる。ひんやり冷たい感覚が急に襲ってきたせいで、俺は思わず変な声を漏らしてしまった。
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 23:02:55.16 ID:DuXGhBQm0
「あったかーい」
「手袋しろよ。なんで剥き身なんだ」
「手をつなぐ理由にするつもりだったんだけど、どうやら無理っぽいし。だから、これで妥協するの」
「妥協のラインが絶対におかしい……」

 わきわきと蠢く一花の手に何度も身震いする。スラックスのポケットと言うことは、必然的に急所が近接している。こいつが何をしでかすかなんて分かったもんじゃないので、布越しに彼女の手を押さえつけた。

「……あ」
「なんだよ……」
「フータロー君、意外とツンデレだよね」
「男に貼るレッテルじゃないことだけは確かだ」

 こんな会話の間にも、雪は静かに降り積もっている。
 雪解けが、遠くないといいんだけど。
100 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/02/26(火) 23:03:51.43 ID:DuXGhBQm0
ここまで。今回は更新頻度が落ちるかもです。
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/02/26(火) 23:04:12.31 ID:GlrurRbio
たのしみにしてます
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