中野五月「あいまいでぃすたんす」

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331 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/03/30(土) 19:30:25.45 ID:ybCgTbmS0
ここまで。たぶん次が最終更新です。ぜってー三月中には終わらないことから目を逸らしてカリカリ書いてきます。
332 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/03/30(土) 19:32:29.76 ID:LAEOZiyEo

アアーーー
333 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/03/30(土) 19:39:26.41 ID:ZH8bVkS30
おつです!
どことなくズレてるフータローに感情を爆発させる五月ちゃんがもう……ありがとう……ありがとう……

334 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/03/30(土) 19:40:12.09 ID:zSJBypdso
いよいよかー
335 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/03/30(土) 19:44:38.95 ID:MumRbYIaO
次が最終だなんて.....気になりすぎる(
336 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/03/30(土) 19:55:49.17 ID:gsXXGE2go
最後(完結とは言っていない)
337 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/03/30(土) 20:01:15.38 ID:fVJwzh8l0
3月の生きがい
338 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/03/30(土) 22:22:14.57 ID:7h+XUZLEO
シリーズ完結とか言われたら割とマジで凹むからやめてくれー
339 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/03/30(土) 22:33:27.25 ID:YrQ8mU240
3月は108日まであるから平気平気
340 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/03/30(土) 22:37:55.36 ID:MumRbYIaO
シリーズは完結して欲しくない.....
341 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/03/30(土) 22:50:45.57 ID:aPk0nrMyO
ワシの3月は108日まであるぞ
342 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/03/31(日) 01:25:42.95 ID:HyNOriXlo
今年の3月とは言ってないよな!
343 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/03/31(日) 02:15:35.41 ID:fhvJEPAR0

好き&信頼できる人が不貞をはたらいていたというダブルショックかぁ
そりゃ出ていっちまうわな
344 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2019/03/31(日) 08:42:02.68 ID:W2E7xwn9O
やっぱり上/杉/風/太/郎にするしかないのか
345 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/04/01(月) 00:55:09.87 ID:AUHv7xhv0
R18展開がなくてもこの内容の濃さはすごいな。マジで引き込まれる
時間かかってもいいから作者は自分の満足する作品を作って欲しい
346 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:30:57.10 ID:YuPhG13q0
んじゃあ、約束通りに最後の更新していきます。
347 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:31:26.66 ID:YuPhG13q0
「ドライヤーは向こう。タオルはそこらへんにあるのを適当に。まあ、前に来たことあるから分かると思うけど」

 状況が目まぐるしく変わるせいで、どんな経緯でこうなったのかが良く分からなかった。それだけ言い残して居間から離れて風呂場に向かい、思考を整理するために最初から考え直すこととする。
 五月家出の一報を聞いて探しに出たところまでは良い。彼女を見つけて言いたいことを言ったのも良い。その後、五月が家に帰るのを拒むことだって、それなりに予想できた行動ではある。だから、ここまではたいした問題じゃない。
 面倒なのは、その後。
 頑なな五月をどうにか説得してでも雨風を凌げて暖房も効いた場所に連行するべきだという俺の考えに、おそらく間違いはなかったはず。風邪を引いたらおしまいだという姿勢は終始一貫させているつもりだったから。なので、引きずってでも彼女を姉妹の元に連れ帰そうとしたのだが、それがなかなか上手く行かなかった。
 だからって、どうして俺の家に連れ帰ることになるんだよって話だけども。 
 毎回のことだが、もっとまともな折衷案はどこかに転がっていたに違いない。妥協点が絶対におかしい。それだというのに結局こうなっているあたり、俺はそういう星の元に産まれ落ちたのだと解釈するほかないのだろうか。そうであって堪るかという反骨心も湧かなくなっているあたり、いよいよもって本格的に世界に白旗を上げるタイミングなのかもしれない。
348 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:31:59.48 ID:YuPhG13q0
「つーか、親父……」

 泣き腫らして目元を真っ赤にした五月を見て、ウチの父親が不要な気遣いを巡らせてしまったらしい。もう夜も良い時間だって言うのに、らいはを連れて実家に引っ込みやがった。どう考えても酷い勘違いをしているし、今は二人で間がもつわけもないから、出来ることならばここにいて欲しかったのに。二人きりで明日の朝までなんて、地獄以外のなにものでもない。これからのことを考えただけで、俺の胃は幾重にも捻じれていきそうだ。
 そりゃあ、何を言われてもいいだけの覚悟はした。しかし、それがまさか自分の家で行われるなんて思うわけがないだろう。こんな状況の中でも唯一安全な場所だと信じていた自宅さえ戦地になってしまうのだとしたら、今後俺はどうやって心情のやりくりをしていけばいいのだ。
 湯船に深く体を沈めて冷えを追い出しながら、まずどんな顔で出ていったものだか考える。今現在会話らしい会話が出来るとは思えないし、無言で布団を並べて眠ってしまうのがいいだろうか。しかしそれはさすがに……どうだろう。誠意のようなものが大いに欠けている気がしないでもない。ここは大仰にでも悪びれている風を装うべきなのか。
349 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:32:33.52 ID:YuPhG13q0
 そもそも悪びれるも何も、俺は普通に申し訳ないことをしたと思っているわけで、それをわざわざ分かりやすいように態度で示すのは厭味ったらしくも思えた。こうなれば思考は堂々巡りに突入して、何が正解かを導き出せなくなってしまう。もう一度謝ってみるのも選択肢の一つではあるが、どうせ赦してはもらえないというのが両者の共通認識であるのだから、無駄なことだと一蹴されるのが関の山か。
 イメージしたすべてに失敗の未来が付きまとってくる感覚があって気が滅入る。これもまた、俺に与えられた罰なのだろう。文句を言う権利なんて端からないのだから、また素直にサンドバックになるしかない。それだけで済むと思うのも甘えで、俺は今後五月から向けられるどんな感情も余さず受け止める責務がある。これはある意味当然の帰結。やって来たことが全て祟った結果がこうだ。
 いつまでも体をふやかしているわけにはいかないから、どうにかこうにか重い腰を持ち上げた。明日には五月を家に返す算段をつける必要もあるし、やることは基本目白押しなのだ。
 適当に体を拭いて、浴室から出る。この段階でせめて第一声くらいは決めておけば良かったと思ってしまう自分の無計画さが憎い。
350 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:33:24.24 ID:YuPhG13q0
「……どうも」
「…………どうも」

 身支度をそれなりに整えたらしい五月は俺が着古したよれよれのジャージを身にまといながら、大分色あせてしまったちゃぶ台に教科書を広げていた。あいつは完全な手ぶらだったから、たぶんあれは俺の持ち物だろう。そのあたりに転がっていたものを拝借したんだと思う。勉強熱心なのを咎める必要もないので、距離をとって腰を下ろした。それにしてもどうもってなんだどうもって。
 じろじろ見るのもどうだろうと思って、なんとなく視線をあちこちに彷徨わせる。だけどここは慣れ親しんだ自分の家で、目新しいものなんかどこにもない。だから必然的に目が向かうのは、いつもと異なる様相を呈している五月まわりになってしまって。
351 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:33:58.18 ID:YuPhG13q0
「ちょっと」
「悪い分かってる席外す」

 居たたまれないことこの上なく、いっそしばらく出ていこうと決断。そっちのほうが双方の精神衛生にも優しいはず。風呂上がりに出歩くには少し厳しい季節だが、この空間と比べればチベットの高地だろうがロシアのはるか北だろうが大波荒れ狂うベーリング海だろうが天国だ。なんならいっそこのままカニ漁師にでもなってこようか。
352 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:34:33.25 ID:YuPhG13q0
「私、お風呂上がりの人を冬の外に追い出すような人間だって思われてるんですか……?」
「じゃあ他に何をしろと」

 五月は呆れかえったような目をして、次に、呆れを一周させたような顔で苦い笑みをこぼしながら、

「勉強、教えてくださいよ」

 なんて、一言だけ告げるのだった。
 それはどうにも懐かしい響きで、だから俺はその感覚に一瞬だけ面食らいながら、どう答えたものかと、少しだけ頭を悩ませて。

「…………」
353 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:35:09.38 ID:YuPhG13q0
 ああ、なんだ。
 こうやって始めれば良かったんだ、きっと。
 どこから間違ったかとか、何がいけなかったのかとか、そういうことを延々考え続けていたけれど、結局はここだ。一番最初から、俺は悪手を打っていた。そこからバタフライ効果のように波及していった影響が、今の俺たちを形成したんだ。
 本当なら、あそこからやり直せるのが一番だったんだろうけど。
 もちろん、そんな願いが叶うほどこの世界は優しく出来ていないから。
 だから俺は、目の前にいる女の子の憐みに甘えて、安っぽい焼き直しをするみたいに。
354 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:35:51.95 ID:YuPhG13q0
「おう、任せろ」

 それだけ告げて、五月の傍につける。この場にはもう、自分のアイデンティティだった満点の答案用紙もなければ、立ち位置を保証してくれるテストの順位表もない。俺をどんな人間だか確定させる証明書は、どこにもない。
 でも、それでいいと思った。身分が関わらない実力勝負ということはつまり、これまで俺がどれだけ真面目に教師をやってきたかの真価を問われるということ。信用を掴むに必要なのは、自信と地力。
 彼女と同じ視点で、ずらずらと並んだ問題文を読んでいく。もちろんのこと教科書は端から端まで理解しているので、困るようなことはない。

「どこからでもいいぞ」

 こうして、多分最初で最後になる我が家を会場にした特別授業が開講した。一人の生徒に対し、一人の教師が必死になって指導する。
 ……まあ、これは、なんていうか。
 世間一般に周知される、家庭教師のようだと思った。

355 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:36:42.06 ID:YuPhG13q0
 瞼が少々重たくなってきたので時計を確認すると、もう日付が変わっていくらか経っていた。昨日は色々あって普段と比べても疲労度合いが段違いだから、このあたりでお開きにしてはどうかと進言する。

「じゃあ、そうしましょうか」

 意外に素直に受け入れてもらえたのでほっと胸を撫でおろした。自分を犠牲に俺ごと徹夜で、なんて言い出したら大変だったから。五月の性格を考慮すると、そうなる確率が完全にゼロとも言い切れなかったし。
 そうなればあとは眠るだけだと、押し入れにあるらいはの布団を引っ張り出した。なんとなく、客に使わせるなら親父よりこっちのほうがいいような気がしたから。そうしてから、俺の布団を極力離してセッティングし、二つの布団の間をちゃぶ台で仕切った。貧弱なバリケードだが、ないよりはマシだ。俺の行いを知っている以上、五月も落ち着いて眠れないだろうし。
 それにしても、なんだろう。言い足りないことがあるからと言ってここまで来た割には、俺への愚痴や文句の類はまったく耳にしなかったような。もはやそんなことに拘泥する必要性が皆無だ、というところまで見下げられたということか。
356 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:37:26.40 ID:YuPhG13q0
 今さら関係の修復だとかなんだとか生っちょろいことを言うつもりはなかったけれど、さすがにそれは堪えそうだ。まともに取り合うに値しない人間判定は厳しい。
 でも、今は取りあえず眠ろう。五月を確保した旨は他の奴らに伝えたし、後はどうにかして連中に引き渡すだけだ。どうやって説得するかをこの眠たい頭で考えるのはまったく建設的じゃない。
 消すぞ、と前置いてから消灯し、くたびれた布団の中に体を埋めた。おかしな動悸がずっとしているけれど、なんだかんだで疲れているせいか、この環境でもしばらくすれば眠れそうだ。
 とにかく、明朝。困ったことは、起きた後の俺に丸投げしよう。
 そう思いながらゆっくり瞼を閉じて…………行く最中に、謎の足音が聞こえた。
 その足音の主は俺の頭付近で動きをぴたりと止めると、あろうことかそのまま俺の布団に潜り込んでくる。
 普段なら寝ぼけたらいはの仕業だろうと片付けられるこの現象は、しかし彼女のいない今この状況においては決して成り立つはずもなく。
 だからつまり、今俺の背中にぴったり付けている奴の正体は、考えるまでもなく自ずと明らかに――
357 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:38:17.44 ID:YuPhG13q0
「何してんのお前……」
「口ごたえする権利があるとでも?」
「さすがに今はあるんじゃねえかな」
「言ったでしょう、言い足りないって」
「だったら電気つけて普通に」
「顔の見える場所では言えないこともあります」

 だからって、こんな場所で言えることもまあまあ限られてるんじゃないかと思うのは俺だけか。
 
358 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:39:01.29 ID:YuPhG13q0
「そのレベルの罵倒?」
「それとはまた、少し違って」
「だったらなんだ。どうせ反論は出来ないんだし、聞くだけ聞くけど」

 諦め半分になっている気もするが、彼女の言うとおり、俺に拒否権などない。聞けと言われれば聞く以外の選択肢はない。 
 彼女が自分の腹の中にどれだけのものを溜めているかは知らないが、その原因を作ったのが俺である以上、聞き遂げないわけにはいかない。
359 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:39:35.44 ID:YuPhG13q0
「その投げやりな感じ、すごくイラっときます」
「眠気には勝てねえよ……」

 ここ最近の不眠傾向と相まって、俺の体は自分が思う以上に参っている。布団に入れば眠るようにプリセットされている。だから、こんなおかしな状況になっても、睡魔はきちんと襲ってくるのだ。
360 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:40:28.27 ID:YuPhG13q0
「あのときのものすごく申し訳なさそうな態度は嘘だったのですか?」
「そうはならんだろ……」
「それなら、もっと相応しい態度があると思いません?」
「たとえば?」
「それを探すのはあなたの仕事です」
「前も言ったろ。俺は察しが悪いって」
「みんなと邪な関係を結んだら私がどんなことを思うかは察せませんでした?」
「…………」
「ほら、分かっているのに分かっていないフリをしていた人が、察しの悪さなんかに逃げないでくださいよ」

 痛すぎるところを突かれる。俺にとってのそれは弁慶でいう向う脛なので、狙われたらただただ悶絶するしかない。
 もちろんのこと、五月がどんな反応をするかの察しはついていたし、だからこそあれこれ策を講じて隠した。そんな俺が、下手な言い訳に自身の鈍感さを使うのは筋が通らない。
361 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:40:59.11 ID:YuPhG13q0
「……信頼を裏切る形になったのは悪かったと思ってるよ」
「じゃあ、どうして続けたんです?」
「それは、その、一つ隠したらもう一つ隠さなくちゃいけなくなって、その後は雪だるま式に」
「……そうでもして続けたいくらい、あなたにとって良いこともあったのでは?」
「その質問、素直に答えるとどうなる?」
「怒ります」
「じゃあ、嘘をつくと?」
「もちろん怒ります」
「なら、正直に言った方が身のためだと」
「ええ」
「…………そりゃあ、俺だって男だし」
「最ッ低」
「こうなるよな。知ってたよ」

 だけど言わなかったら言わなかったで、それはここにいない彼女たちの信頼を裏切るようでどうしようもない。義理立てしなくてはならない方面が多すぎるがゆえにこうなったというのが簡潔なまとめになるのだろうか。
362 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:41:28.64 ID:YuPhG13q0
「よくもまあそんな口で嫌われたくなかったなんて言えましたね」
「ギリこんな口になる前の出来事だったろ」
「同じことですよ。私にとっては」
「違うと思う……いてて、分かったよそうだよ認めるよ」

 口ごたえしたのでつねられた。力関係が分かりやすくていい。俺はイエスマンにならざるをえないってわけだ。
363 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:42:03.58 ID:YuPhG13q0
「……そんなに」
「ん?」
「そんなに、良かったんですか?」
「…………」
「私の信用を裏切るなんて酷い選択をしても良いかなって思えるくらい、良かったんですか?」
「いや、考えがそこに直通してたわけじゃ……」

 再びつねられる。弁解の意図がなかろうと、今は五月に逆らえないらしい。
364 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:42:42.22 ID:YuPhG13q0
「でも、結果的にはそういうことじゃないですか」
「……そうだな。そうだよ」
「…………あなたは、本当に酷い人です」

 自覚はあるので問題ない。杜撰な管理を重ね続けた結果、こうして五月を盛大に傷つけてしまっている。そこに関してはもう疑いようもなく、否定のしようもない。
365 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:43:32.39 ID:YuPhG13q0
「この一日で、あなたのことがものすごく嫌いになりました」
「それくらい嫌われるだけの残りしろがあったことの方が驚きなんだけど」
「殺意が湧きました」
「……あの、さすがに命だけは」

 みっともない命乞いだ。下手を打てば殺されかねない状況に置かれているのだと今更気づく。痴情のもつれでの刃傷沙汰は良く聞く話だ。まさか、俺がその当事者になりかけているなんて思いたくはないが。
366 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:44:16.96 ID:YuPhG13q0
「……ですが、あなたの教師としての手腕は否定できません。それは先ほど再確認してしまいました」
「残念ながら、そっちの手は抜けなかったもんで」
「不愉快です。すごく。この上なく」
「…………」
「もし、私にあなたなしでも自分の未来をどうこうできるだけの見通しがあれば、今すぐにでも三下り半を叩きつけられたのに」
「……お前の受験が終わったらさっさと消えるから」

 他の四人をどうにかコントロールしていた約束を大きく破る形になるが、彼女たちも共犯だ。五月の意に沿う形を作るためには、それを破棄するくらいでないと。
 幸か不幸か、俺がどんな道を選ぼうと、それが彼女たちの将来とバッティングすることはない。なら、ここからゆっくりフェードアウトして、今後の人生で中野姉妹に関わらないようにしたほうがいい。それが、ちょうどいい。
 そんな形で、期せずして俺の将来設計が完成しかけた瞬間に。
367 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:44:44.66 ID:YuPhG13q0
「それは違うでしょう」
「いや、こればっかりは譲れないだろ」
「私たち姉妹を滅茶苦茶にしたうえで、責任の一つも取らずに逃げると?」
「ここで出てくる責任って単語は意味が重たすぎるんだよ……」

 そして、その形での責任の取り方は、酷くアンバランスな結果を生んでしまうわけで。非常に不平等で、どうしようもなく不条理な結末がやって来てしまうわけで。
368 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:45:14.07 ID:YuPhG13q0
「お前も嫌だろ。こんな奴が親戚になるの」
「……それは置いておくとして」
「ほら、嫌なんだろ」
「…………親戚は嫌です」
「ほらな。……痛いって」
「死んじゃえばいいのに……」

 怨嗟の声が耳元で反響する。声のトーンが真剣すぎて、身をよじることも出来なくなってしまった。
369 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:45:53.67 ID:YuPhG13q0
「……でも、私の感情は別として、あなたはきちんと後片付けをするべきです。いなくなるのだとしても、それが全て終わってからでないと筋が通りません」
「お前相手の話し合いが難航しすぎてるっていうか、正直一生折り合いつかないと思うんだけど」
「当然でしょう。どんなことをされても赦しませんもん」
「そしたら一生俺みたいな変な男が姉妹につきまとうことになるんだぞ……」
「…………だから、そういうことですよ」
「変わり者過ぎるだろ……だから痛いんだよ。さっきから攻撃力上げてきてるよな……?」
「ほんと嫌い……」

 もう、これに関しては俺が鈍いどうこうの問題じゃない気がする。さっきから感じていたことだが、五月がなんだかおかしくなっているようだ。疲労がピークを超えてハイにでもなってしまったのだろうか。
370 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:46:37.85 ID:YuPhG13q0
「赦してくれないこともこれからずっと嫌われることも確定してんのに、俺はそこをどうやって攻略するんだよ」
「できませんよ。私は心変わりしないので」
「ほら、認めてんじゃん。初めから無理なんだって」

 ここで、ふと気づいた。当初の重苦しい雰囲気は消え去って、いつの間にか普段のように会話が出来るようになっていたことに。
 サンドバックにされるつもりが、当たり前に反撃してしまっていることに。
371 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:47:27.05 ID:YuPhG13q0
「それでも、誠意を見せることはできますよ」
「誠意ってなんだよ」
「聞いてばかりじゃないですか」
「だから、俺にそういうのは分かんないんだよ」

 俺の知識領域に、こういうときの対処に使えそうなものは一つとしてない。そもそもそんな便利なものがあれば今こんなことにはなっていない。
372 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:48:15.83 ID:YuPhG13q0
「謝り続けることくらいしか思いつかないのに、それはもうお前に否定されてるんだぞ。だったらどうしろってんだ」
「だから、それを考えるのがあなたの役割なんですって」
「全然話が進まねえ……」

 同じところを行ったり来たりだ。これで問題が解決しようはずもない。されど、どれだけ頭を捻ったって出てくる案は凡庸でとても役に立ちそうはなく、その事実がいっそう俺を追い立てる。
373 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:48:56.54 ID:YuPhG13q0
「嫌われたくないっていう当初の動機がもう既に遂げられなくなってるのに、俺は今後どうすればいいんだよ……」
「泣いて赦しを乞ってみたらどうです? まあ、赦しはしませんけど」
「自己完結が早過ぎるんだっての」

 はぁーっとため息を吐きながら丸まる。どうして俺たちは、こんな場所でこんな生産性のない会話をしているのだろうか。もう何もかもが終わったはずの話を、なぜ彼女の方から率先して持ち出してくるのだろうか。その理由がさっぱり分からなくて、さらに体をぎゅっと縮めた。いっそこのまま圧縮され続けて消えてしまえたらいいのに。
374 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:49:48.46 ID:YuPhG13q0
「まあ、お前ら姉妹の仲がどうにか上向くように取り繕わなきゃいけないとは思ってるんだけどさ。それにしたって元凶の俺が介入することでよりややこしいことになる気しかしないし」
「ややこしいとは」
「いや、だから……そもそも喧嘩じゃない以上、仲直りって概念が存在するのかも分からないだろ。仲違いしてるのは間違いないけど、こと今回に関してはお前が譲歩する形でしか元鞘に戻れないわけだし」

 悪いのは完全にこっちサイド。五月に落ち度がない以上、彼女の寛容さに頼るしかない。でも、ここまで不信感を募らせた姉妹に対して温情をかけられるかと言ったら、それはかなり酷な要求であると思うのだ。
375 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:50:15.19 ID:YuPhG13q0
「どんな道を辿っても、お前は絶対損をする。妥協しなかったら家族仲は最悪のままで、妥協したら今回の怒りのやり場がない。好き勝手やったのは俺たちの方なのに、被害を被るのは全部お前だ」

 どこにも救いがないように思えて頭を抱える。人間関係を損得で考え始めたら終わりだというのは薄々勘づいているけれど、さすがにこれでは五月が不遇なんて次元ではない。
376 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:50:41.60 ID:YuPhG13q0
「ほんと、どうしたもんだかな」
「もう元通りにはなりませんよ。諦めてください」
「……それすら譲っちまったら、いよいよ終わりだろ」

 せめて、俺が彼女たちに関わる前の段階くらいまでには関係を修復してやりたいのに。絶対に無理だとは分かっていても、俺が手を出せば出すほど拗れていくって知っていても、それだけはなんとかしたいのに。
 
377 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:51:09.47 ID:YuPhG13q0
「俺の命で手打ちにできないか……?」
「さっきは嫌がっていたのに?」
「それで済むなら安いような気がしてきた……」

 卑劣な逃げだが、俺が差し出せるものなんてそれくらいしか残っていない。我ながら何言ってんだよと思うけど。
378 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:51:44.31 ID:YuPhG13q0
「今のあなたの命にそこまでの値打ちはありませんよ」
「さらっと手厳しいこと言うな」
「捧げるならせめて、もう少し価値を高めてからでしょう」
「偉人にでもなれば釣り合うか……」
「さすがにそこまでは要求しませんが」

 一般高校生の命の重さなどたかが知れている。もちろん命を賭ける云々に限っては冗談だけど、今の俺では、議論するところにすら達せていない。
379 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:52:10.26 ID:YuPhG13q0
「なすべきことをなしてください。そこまでいってようやく話が始められます」」
「なすべきこと、ねえ。お前がそれでいいって言うなら、仕事は最後までやり遂げるけど」
「当たり前です。私が言っているのは、それ以後のことなのですから」
「以後?」
「はい。その後のこと」
「……いや、だから言ったろ。進学するかどうかすら定まってないって」

 五月が何を期待しているかはさっぱりだが、俺の未来には一切の展望がない。他人の人生をここまで滅茶苦茶にしておいて今さら自分のことなんて……という気後れもある。いずれは考えなくてはならないことだけど、それについて現在頭を悩ませられるだけの余裕があるかと問われれば、首を横に振らざるを得ないのだ。
 そもそも、こんな小規模の人間関係すら上手く運営出来なかった俺が、大きな希望を掲げること自体馬鹿らしく思える。俺という人間の程度は既に知れてしまっていて、前を向くだけの意志力は残されていない。
380 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:52:48.80 ID:YuPhG13q0
「俺みたいなのが成功したらお前ももやもやするだろ?」
「確かに」
「な? だから、こそこそ生きていくのが関の山だと思うんだよ」
「……ですが、そこを簡単に割り切ってしまえないのが人間です」

 はぁ、と五月が一つため息をついた。生温かい吐息が首筋にかかってこそばゆい。

「あなたの人間性に関しては完全に見損ないましたが、悔しいことに能力に対する評価は健在なんですよ」
「それは概ね高評価ってことでいいのか?」
「概しなくとも高評価です。残念ながら、あなたの力なしでは卒業すら危うかった人間がここにいるので」

 またため息。その言葉で、俺も散々だった頃のこいつらの成績を思い出す。当時から考えれば、ずいぶんと遠くまで来たものだ。勉強に関してだけ言えば、俺もこいつらもひたむきに頑張れたと思う。その点のみにおいては、自分を認めてやれる気がした。
381 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:53:24.71 ID:YuPhG13q0
「バカなりにお前らは良くやってくれたよ。手探りで正しいかどうかも謎な俺の指導に付いてきたしな」
「頼れそうなものがそれ以外に残っていなかったもので」
「そうか。それは――」

 悲惨だったなと言おうとして、直前で言葉を押しとどめた。努力しても努力しても実を結ばない感覚は俺と縁が薄いもので、それをあっさり流すのはためらわれたからだった。

「それは、大変だったな」
「……ええ。ですから、あなたには恩があったんです。…………恩があったのに」

 また肉をつねられる。言葉以外で意思表示するにしても、暴力に頼るのは勘弁してほしい。
382 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:54:21.36 ID:YuPhG13q0
「こんなことのせいで、恩返しの気持ちも薄れてしまいました」
「そのまま希釈してなかったことにしとけ。それが一番だ」
「……それを簡単に割り切れないから困ってるんじゃないですか」
「…………五月?」

 さっきまでずっと俺の脇腹をつねっていた手がへその当たりに回って、そこを緩く圧迫してきた。それと連動するように彼女の柔らかな体が背面に押し付けられて、一瞬たじろぐ。

「何か?」
「いや、それ俺のセリフ……」
「このくらい慣れたものでしょう? 私たち、五つ子なので」
「それとこれとは話が違うと思うんだよ……」

 確かに慣れたものは慣れたものなのだが、この感触は嫌でも過去あった出来事を想起させるので精神によろしくない。しかし、どうして彼女がこんな行為に走るのかはさっぱり分からなかった。今の俺はきっと、姉をことごとく食い散らかした汚らわしさの権化に見られているのだろうし。
383 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:55:07.44 ID:YuPhG13q0
「話を戻します」
「体勢も戻してくれ」
「……上杉君自身は気づいていないのかもしれませんが」

 俺の発言は無視らしい。そういえば、口ごたえする権利はなかったのだった。焼かれようが煮られようが、今の俺にそれを否定できるだけの権限は与えられていない。だから精々、彼女の邪魔にならないことを心掛けるべきか。

「きっとあなたには、他人を教え導く能力がありますよ」
「あれは能力っていうよりは、泥くささとかじゃねえかな」
「それでも、上杉君には他人を変える力がありました。……そしてそれを悪用して私の姉妹を手籠めにしました」
「…………あの、どういう方向に話を運ぶつもりかだけ聞いて良い?」
「黙ってください」
「いや」
「黙ってください」

 度重なる封殺。同時に五月の顔が俺のうなじあたりに埋まって、声がわずかにくぐもった。くすぐったさに変な声が出そうになるが、そうしたらいよいよ最上級の不興を買ってしまいそうなので、下唇を噛んでどうにか耐える。
384 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:56:01.76 ID:YuPhG13q0
「だから今後は、その才能を正しく扱ってくださいよ」
「正しく……?」
「ええ、正しく」

 元よりそんな才能を持っているつもりも、悪用した覚えもなかったけれど、彼女視点から言えばそれはどうにも違うらしい。
 けれども、正しさと言うのがどういうことを指すのかが俺にはてんで分からず、だからまた彼女の言葉を待つことになる。

「あるじゃないですか。その能力が生きる場所」
「…………いや、待て待て待て。それじゃあお前」

 どうにか察して、彼女の言葉を遮ろうとする。けれど、五月はそんな俺の思いなんかまるで知らないみたいに、一言で。
385 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:56:31.65 ID:YuPhG13q0
「先生、目指せばいいじゃないですか」

 ごく当たり前のように、己の希望する職種を俺に提示してきた。
386 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:57:15.60 ID:YuPhG13q0
「それはダメだろ……」
「なぜ?」
「向き不向きの前に、お前は耐えられるのか? こんな奴が自分と同じ道を進もうとして」
「業腹ですよ」
「なら、どうして……」
「あなたがいつまで経っても自分の適性に気づかないから、仕方なくです。私以上に向いている人が挑戦すらしないでふらふらしている方が、ずっとイライラします」

 ぎゅっと。
 彼女の腕が、俺の腹部に強く食い込む。
387 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:58:03.51 ID:YuPhG13q0
「私たち生徒に申し訳ないことをした自覚があるなら、これから他の生徒を正しく教導することで詫びてください。これまでのことは赦せませんし水に流すつもりも毛頭ありませんが、そういった形で罪滅ぼしをすることはできるはずです」
「それじゃあ、お前自身が救われないだろ」
「……そこに居てくれれば、あなたを監視して溜飲を下げられます」

 さり気なく恐ろしいことを言われた気がする。つまり、これからずっと俺は五月の掌の上だと。

「靴や足を舐めさせられることと比べれば、よほどマシな提案でしょう?」
「それはお前の夢が実現してからの話であってだな」
「なら、決定事項です」

 強く言い切られる。その姿が頼もしく思えるが、そう発破をかけたのはそもそも俺だったか。
 本当に、自分の行いに足元を掬われてばかりだ。
388 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:58:41.04 ID:YuPhG13q0
「……まあ、あなたの人生なので無理強いは出来ませんが」
「ちなみに逃げたら?」
「らいはちゃんと養子縁組します」
「家族が人質かよ……」

 むしろそうなった方がらいはの幸せが約束されそうな気もするけれど、籍を持っていかれるのは堪える。なんでかんで、俺にとっての数少ない血縁なのだし。
389 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:59:08.48 ID:YuPhG13q0
「……………………考えとく」

 だからといって、即断即決できるような問題でもない。俺一人ではどうにもならないことだってある。考える時間を用意しないことには、これが正しい判断なのか自分にも見当がつかない。教師になろうなんて思ったことはこれまでに一度だってなくて、当然のように迷いもついてくる。
 けれど、そうか。
 人から見て、俺にはそんな適性があったのか。
390 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 20:59:44.51 ID:YuPhG13q0
「考えとくから、その、そろそろ……」
「なんですか」
「手、離してくれよ……」

 五月の手は未だ俺の腹部をぎっちり押さえつけたままで、背中には何か大きな存在感がくっつき続けている。この感触が毒であることは身に染みて理解しているので、血迷わないためにも彼女には早くここから離れてもらわないといけない。ある程度穏便に話がまとまりかけた今この状況にあって、俺はもうこれ以上過ちを重ねたくはないのだ
391 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:00:14.51 ID:YuPhG13q0
「どうしてです……?」
「お前、俺がこれまでやってきたことに対してそんなに無警戒でいるんならヤバいぞ」
「これまでとは?」
「だから、お前の姉連中がどんな目に遭ってきたかは理解してるだろ」
「……つまり上杉君は、私に対して劣情を催している、と」
「いや、そういうのじゃなくて。……でも、俺がどんな人間かくらいはきちんと認識しておいた方が」
「…………一花も、二乃も、三玖も、四葉でも良くて、私に限ってダメだと」
「なんだその被害妄想」
「…………女のプライドです」
「俺に傷つけられるようなもんじゃないだろ、それ」

 否定の直後、また腹をつねられた。こいつの機嫌をどうやってとればいいかは未だによくわからない。
392 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:00:56.64 ID:YuPhG13q0
「殺人が重罪でなければ、私は今あなたを殺めていたかもしれません」
「そこまで」
「ほんと、嫌いです……」
「なら、なんで……」

 なんでこいつは、こうやって俺に張り付いたままなのだろうか。互いの息を吐く音が聞こえる距離で、鼓動の音が聞こえる範囲で、体温が共有できてしまう密度で。どうしてそこから動いてくれないのだろうか。
393 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:01:22.96 ID:YuPhG13q0
「ねえ、上杉君」
「なんだよ……」
「世間は今、どんな季節か知っていますか?」
「受験シーズン」
「……他には」
「他には……クリスマスとか」
「そうですね。クリスマスです。では、ここで質問なのですが」

 五月は、ただでさえ近かった距離をさらに詰めて、口を俺の耳元に寄せながら。
394 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:02:18.09 ID:YuPhG13q0
「せっかくの大きなイベントだからと勇気を出して好きな男の子に贈り物をしようとした女の子がいて、しかし偶然その子と自分の姉がキスしている場所に立ち会ってしまったら、どうなると思いますか?」
「…………何のたとえだ」
「どうなると思いますか?」

 示唆に富んだ、そしてどこかで聞いたような話。けれど、その中には俺の知らない情報が織り込まれていて。
395 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:03:03.46 ID:YuPhG13q0
「…………家出とか、するかもな」

 もうほとんど出てしまっている答えから目を逸らすことも出来ず、思いのほかに呆気なく、一番に思い浮かんだ、ありきたりな解答を口に出した。 
 そのなぞなぞの正解が何かは、次の五月の発言が示した通りに。
396 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:03:32.18 ID:YuPhG13q0
「……しちゃいましたね、家出」
「午前のうちには帰ってやれよ」
「それは……みんなの態度次第です」
「きっとしばらく、家庭内の王様はお前になるから」
「王様というと?」
「一番風呂に入れたり、おかずが一品増えたりする」
「ずいぶん質素な国ですね」
「十分豪勢だろ。それ以上に何が欲しいんだよ」
「……ねえ、上杉君」
「なに」
「無反応は切ないです」
「……どこに反応しろと」
「分かっているくせに」
「だってお前、あんだけ嫌いだって言ってたろ」
「嫌いですよ」
「じゃあ、なんで」
「知りませんよ。私だって」
「その感情の機微をよりにもよって俺に理解しろと」
「乙女心は複雑なんです」
「どこにもそんな兆候なかっただろ」
「だってここ数ヵ月は、私ばっかり贔屓してたじゃないですか」
「その程度で落ちないでくれよ……昔は犬猿の仲やってたのに……」
「女の子は意外と単純なんですよぉ……」
「矛盾が早えよ……。いくらなんでもチョロすぎだって」
「だって、それ以外にも、色々……」
「色々、なんだよ」
「色々、私を思い上がらせるような態度を取ってきたあなたが悪いんじゃないですか」
「いや、そんなつもりは」
「そうですか。そうですね。えっちした子と話すのが気まずくて私の方に逃げてきただけですもんね。ホント最低。最悪。不潔」
「…………」
「否定してくださいよ」
「……事実だし」
「〜〜〜〜〜〜ッ!!」
「暴れんなよ」
「そこは嘘でも否定するところじゃないですか」
「嘘ついたら怒るだろ、お前」
「当たり前です」
「詰んでるじゃん」
「そこをなんとかしてくださいよ」
「無茶言うな。隠蔽工作に失敗した人間がどうなるかを進行形で体験してるのが俺だぞ」
「もう今より状況が悪くなることもないでしょう」
「って言うかなんだよ。さっき俺に復活のチャンスを与えたのは結局惚れた弱みからかよ」
「そうでもなければとっくに縁を切ってますよ」
「そこはもっと公正な判断をだな」
「あなただって、一人に決めないで好き放題やってるじゃないですか」
「ぐ……」
「そんな人が、公正なんて言葉を使わないでください」
「でも、それだと弱みに付け込んだみたいで気分が良くないだろ」
「弱みを作ったあなたの勝ちですね。おめでとうございます」
「投げやりじゃねーか……」
397 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:04:17.51 ID:YuPhG13q0
 途切れることもなく、暗がりの中でマシンガンのように歯に衣着せぬ言い合いを続ける。最初はあったはずの眠気も既にどこかへ行ってしまって、変に昂ったテンションだけが残った。
 五月の手は未だ俺に巻き付いたままで、そこに込められた意味を理解した今となっては、積極的に払いのけることはできなくなってしまっている。五月も五月で俺の弱みに付け入っているので、イーブンということにならないだろうか。……ならないだろうな。俺が抱えた余罪の量からして、そう簡単に清算することは叶わない。
398 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:05:05.27 ID:YuPhG13q0
「お前だけは最後まで俺を嫌っておかないと、整合性が取れなくなっちゃうだろ」
「嫌いなのは変わっていません」
「なんだそれ」
「……ただ、嫌いなところと好きなところが別々に存在しているだけです」
「なんでそういうとこだけ器用なんだよ」
「不器用だから一つに定まらないんじゃないですか。私だって、本当は一極に振り切りたいのに」
「俺が更に最低な行動を繰り返せばいいのか」
「なんでそうなるんですか。更生する流れじゃないですか」
「……そうしたら、ダメな方に振り切れるだろ」
「嫌われたくないって言ったのは上杉君ですよ?」
「でも、そこだけはけじめとして……」
「だから、頑固すぎるんです。ここまで言ったのだから、もう私の弱みに付け込み続ければいいじゃないですか。問題らしい問題を全部なあなあにしてしまえばおしまいですよ」
「お前、言ってること滅茶苦茶だ……。更生しろって言ったかと思えば、弱みがどうこうとか。眠気で頭回ってないんじゃねえの」
「…………だって」
「だって、なんだよ」
「今すぐ更生されたら、私の初めてはいつまでお預けされるんですか……?」
「……は?」

 不穏当な言葉の後で、じーっとファスナーを下ろす音が響いた。確か、貸したジャージがそういう形状だったから、今彼女が何をしようとしているかは嫌でも分かる。
399 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:05:43.08 ID:YuPhG13q0
「みんなみんな愛してもらって、私だけが仲間外れですか?」
「お前、不潔だって言ってたじゃん……」
「顔も体も同じなのに、私だけが不合格ですか? そんなに面倒くさい女の子は嫌ですか?」
「良いから早く寝ろ。キャラおかしくなってるぞ」
「色々な問題は捨て置いて、同じ布団に潜り込んできた女の子に手を出さないのは男の子としてどうなんですか?」
「そこで手を出してきちゃったのを後悔してるからこうやって耐えてるんだろうが。俺なりの反省なんだよこれは」
「……いくじなし」
「何とでも。酷い男だと思って一生恨んどけ」
400 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:06:20.48 ID:YuPhG13q0
 悶々とはするが、ここが自宅であるという心理的な安寧効果も相まって、比較的平常心でいられた。これまではずっとアウェーでの戦いだったから、ここにきて俺の本領を発揮できた気がする。元より、己を律するのは得意な方だったのだ。
 完勝の確信を得て、いよいよ眠ろうと目を瞑る。まさかこいつに、二乃のように俺を襲ってくる気概はあるまい。人間、どうやっても越えられないラインがある。俺は五月の限界を見極めている自信があるので、もう大丈夫。話が長引きはしたものの、これからも会話くらいは出来る間柄に落ち着くだろうし、贖罪は長いスパンでじっくりと重ねていこう。本人が自分の弱みを否定しない以上、いつかは当初の意見を翻して和解する道も生まれるかもしれない。
 けれど、胸の中でざわつくこの感情はなんだろう。まだ、見落としていることでもあるのだろうか。
401 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:06:50.55 ID:YuPhG13q0
「……んっ」
「…………」

 後ろからやけに湿っぽい音と五月の上ずった声が同時に聞こえてきて、全身の汗腺が開いた。背後で展開されている行為は予想こそつくものの、決して認めたくはない類のもので。
 
「うえすぎ、くん……」
「…………」
402 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:07:25.30 ID:YuPhG13q0
 甘ったるい呼びかけを無視するように手で耳を塞いだ。だが時すでに遅く、その声音がくわんくわんと、何度も頭の中を駆けずり回る。
 確かいつだかに、一人でするだけだからとかいう謎の理屈で俺を巻き込んだ女子がいた。あのときの再来を思わせるこの状況に、俺はただただ震えることしか出来ない。頭が徐々に熱っぽくなっていくのが分かって、それを押し殺すために理性を総動員するほかにない。
 そうやって必死に心の防衛ラインを構築している俺をあざ笑うかのように、伸びてきた五月の手が俺の唇に触れた。どういう意図かは分からないがそのまま隙間をこじ開けようとするのを直感で防ぎつつ、体側で這って距離を取ろうとする。だが、体勢が体勢なので思うようには前進できず、同じ場所で体を暴れさせているだけになる。
 これは、良くない。非常にまずい。男子高校生として極めて健全な性欲を持った俺にとっては毒にしかなり得ない。今の五月を傍に置いておいてもろくなことにならないのは目に見えているので、ここはいっそ、この布団を抜け出してらいはの布団に潜り込むべきか。……いや、そんなことをしてもついてこられたら無意味か。ならいっそ、今晩だけでも公園で寝泊まりを……。
403 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:07:53.35 ID:YuPhG13q0
「………………あの、私、これだけ襲ってもいいお膳立て、しましたよ」

 またも耳元に響く囁き。妙に色を帯びたその声は、聞き逃すに聞き逃せなくて。

「上杉君はここにいるのに、上杉君に愛してもらう妄想で、慰めましたよ」

 少し前まで真剣な言い争いをしていたはずの口から飛び出した言葉の内容はとても信じられず、けれどこれだけ近くで感じていた以上、否定することはもはや叶いそうにもなく。

「触れる前から、期待のせいで、すごく濡れていましたよ」
404 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:08:27.23 ID:YuPhG13q0
 そういう行為を毛嫌いしている印象があった五月の発言は、否応なしに俺の心臓を抉ってくる。鼓動のリズムは加速して、全身の血管が跳ね回っている。
 戸惑いは俺の思考力を徐々に奪いながら、脳内を不純な色に染め上げていく。五月が指で俺の口内をいじくり回すことへの抵抗も出来なくなって、そして。 
 糸で引かれるように、体が彼女の方へと向いた。
405 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:09:12.62 ID:YuPhG13q0
「性欲魔人」
「絶対お前の方がむっつりだと思う……」
「そん、な、こと……」

 不躾に俺の口の中を荒らしまわって唾液でべとべとになった五月の右手を、俺の左手で絡めとる。そして、今なお秘部に添えられている左手首を掴まえて動けなくさせる。
 彼女の行動権利をあまねく強奪した後で、犯すように、強引に。
 五月のみずみずしい唇を、俺のそれでぴっちり塞いだ。
 一ミリの隙間も生まれないように、唾液の一滴だって、そこから漏れ出ていかないように。
 初めから、二つの唇が一つだけであったかに思わせるように、強く強く、口づける。
 強張った五月の体を抱き寄せて、より多くの面積を触れ合わせながら、ゆっくり、じっくり、互いの唾液を交わし合う。
 目に大粒の涙を浮かべながら拙い舌技で俺に応えようとしてくる五月にはクるものがあって、その勢いのまま、半脱ぎになっていた彼女のショーツをずりおろした。悲しいことにかなり手練れた動きになっていて、こんな技術を知らぬ間に磨いていた自分の残念さが際立つ。五月は硬直したままされたい放題で、組み敷くのにそこまでの苦労はなかった。
 鼻呼吸だけではさすがに苦しくなってきたのでようやくのこと唇を離すと、唾液がつーっと走って途切れた。五月は呆けた顔で口を開け放しながら迎え舌をしているので、もう終わったぞと頬をつねってみる。
406 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:09:42.60 ID:YuPhG13q0
「……四人も相手にしたら、こうなりますよね」
「上手くて悪かったな」
「…………否定できないのが苛立ちます」

 なぜか左手は握りっぱなしで離してもらえないので、どうにか右手だけでブラのホックを外す。ここでも大してもたつかないあたり、俺の練度はどうなってしまっているのだろうか。
407 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:10:10.38 ID:YuPhG13q0
「そういや、下着」
「……替えがないので着回しですよ。汚いのであんまり見ないでください」
「いや、この状況でただの布に注目はしないけど……」

 お椀型に整った双丘と、その中心にある薄い桜色の突起。それは、大抵の男の理性を狂わせるには十分すぎる凶器で。
 無論、俺も例に漏れることなく、赤ん坊のようにそこに吸い付くことになる。
408 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:10:48.75 ID:YuPhG13q0
「ほ、ほんとにこういうこと、するんですね」
「吸うだろ。せっかくなんだから」
「そんな、ついでみたいな……んっ」

 そりゃあ前戯なんて、本番と比べれもののついでだろうと思う。だから、言葉に出さない形で意思表示をしてみた。秘所を指先で軽くなぞって、彼女の反応を見る。
409 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:11:31.03 ID:YuPhG13q0
「ふ、触れるなら言ってくれないと、心の準備が……」
「準備なんてあってもなくても変わんないと思うけど」
「それ、ぞくぞくしてダメなんです。どうせなら、中に……」
「弱みには付け込んで欲しいんじゃなかったか」
「ひ、ひど。さい、てい……!」

 性交時に精神的な優位性を保とうとしてしまうのはおそらく、二乃に薬を盛られたあのときのトラウマからだろうか。最初に向こうの余裕を消し飛ばしてしまえば後はなるようになるという経験則が生きているからと言うのもあるかもしれない。
 五月が口を滑らせてくれたので、継続して入り口の近くを撫でつけ続ける。強力な性感帯には触れないようにして焦らしながら、それでも確かに快感は残るように、じっくり、じっとり。心を快楽で侵食していくような心もちで、時間をかけてゆっくりと。
 五月はそんな俺の愛撫に時折呼吸を弾ませながら、抵抗の意思を示す言葉を投げかけてくる。けれど自由になっているはずの手で妨害をすることはないので、今感じている気持ちよさを失いたくないのだという深層心理も透けて見えた。
 触れている場所の水っぽさは時間を追うごとに増して、そうなればなるほどに五月の声が甘いものに変わっていく。言葉で示した反意も肉体の反射の前では無に帰してしまうようで、元の白い肌はそこらじゅうが紅潮して、引き結んだ唇は悔しそうにぷるぷる震えていた。
410 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:12:10.13 ID:YuPhG13q0
「……いじわる」
「よく言われる」

 涙目の五月になじられる。自覚はあるのでこれといった問題はないが、酸素を求めて短く荒い呼吸を繰り返す彼女を見るからに、やり過ぎてしまった感は否めない。息を止めてまで耐えようとする五月も五月だし。

「ほら、今度はちゃんとするから準備しとけ」
「もうちょっと休憩させてくださいよぉ……」
411 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:12:48.16 ID:YuPhG13q0
 そう言っているくせに、五月は軽く開脚した姿勢を崩しはしなかった。意志あってか、それとも本能的な行動かは知らないけれど、人間、一度覚えてしまった快楽からは逃れられないのだと思う。それは俺自身が身に染みて理解しているし、ここまで体現し続けたことでもある。
 五月の秘部はこの先に俺から受ける行為を期待するかのように蠢いて、窓から差し込む月光を受け、甘い蜜がてらてらと妖しく光っていた。俺は卑裂にそっと中指をあてがって、彼女の肉体に誘導されるがまま、つぷん、と差し込む。しばらくは微動だにせず出来る限りの焦らしを挟んだ後で、第一関節をわずかに折り曲げた。

「…………ッ!」
「……マジ?」
「〜〜〜〜ッ!」
412 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:13:18.05 ID:YuPhG13q0
 やっぱり五月は涙目のまま、俺の問いかけを否定するように首をぶんぶんと横に振る。当人としても、まさかこれだけで達してしまったなどという事実が受け入れられないのだろう。けれど実情、彼女の体は明確な反応を示してきたし、今も俺の指には不規則な快楽のうねりが感触として付きまとってきている。
 入念に弄りまわしたとは言えど、思いのほかに早い陥落だった。これだけで、五月がこういった行為に不慣れであることが看破できる。このまま攻め続けてもいいが失神でもされたらコトなので、一旦指を引き抜いて様子見に回った。

「大丈夫かお前?」
「……姉たちから得た経験値で私をいじめるのは楽しいですか?」
「まあ、無反応よりは良いと思うけど」
「わ、私も怖いんですよ。だからもっと、優しく……」
「優しくやってるつもりなんだが……」
「それよりもっと優しくってことです。これでも、体の作りは繊細なんですから」
「お前が感じやすいだけ……痛い痛い」

 掴まれたままの左手に、ぎゅーっと力を込められる。これはつまり、俺に両手を使わせないという戦略だったのだろうか。
 唾液とか手汗とかでべたついてしまって恥ずかしいから、できることなら一度拭っておきたいところなのだけど。
413 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:14:05.00 ID:YuPhG13q0
「あなたは私に負い目があるのですから、もっと思いやりを持ってください」
「でも、ぞくぞくするから中の方が良いってお前が……」
「あんなに焦らしてからじゃ遅いですよ!」
「じゃあ、どうして欲しいか言ってくれよ。注文通りに動くから」
「そ、それは、違います」
「はぁ?」
「……私の望みどおりに動いて欲しいのと同じくらい、あなたの思い通りにリードされたい気持ちもあるんです……」
「分からん。まるで分からん」

 複雑な乙女心の読解は早々に諦めることにした。それ用のロジックを構築できる未来が見えないし、よしんば構築できても穴まみれで例外ばかりが目につきそうだ。理屈で対処するのが不可能だと分かった以上、後は勘とフィーリング頼りで行くほかにない。
414 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:14:33.65 ID:YuPhG13q0
「じゃあなに、好き勝手して良いの?」
「言い方……」
「それ以外になんて言えと」
「もっと風情のある言葉とか……。今の状況を考えてくださいよ」
「男女が組み合ってるだけなのに風情も情緒もないだろ」
「……そういう無神経なところが嫌いなんです」
「でも本当は?」
「……………………」

 俺の問いかけに、五月は視線をあちこちへ散々迷わせて、既に赤くなっていた顔をより朱に染めながら、
415 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:15:13.88 ID:YuPhG13q0
「…………すき」

 なんて、おおよそ彼女らしくない言葉を告げるのだった。
 誘導した俺も俺だが、まさか本当に言うとは思わなかった。そのせいで、照れたり気持ちが煽られたりするよりも驚きの方が勝ってしまって、二の句が継げなくなる。
416 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:15:56.21 ID:YuPhG13q0
「……絶対、男の趣味悪いですよね」
「それはお前の姉ちゃんたちにもまとめて刺さるからやめとけ」
「全部ひっくるめて言ってます。中野の血はダメ男好きの系譜です」
「言い切り過ぎだ」
「だって上杉君、ダメ男ですもん」
「そうだけども」
「本当に、どうしてこんな人を好きになるような人間がいるのでしょうね」
「自己否定だぞそれ」
「……でも、好きなんですよ」
「……おう」
「こそこそ隠れて姉妹みんなに手を出して、それで何事もないように振舞っていた最低な人だと知ってもなお、好きって気持ちが消えないんですよ」
「悪かったって」
「私、いつの間にかあなたにおかしくされていたみたいです」
「……あの」
「あなたのせいで私の感情はぐちゃぐちゃなんですよ」
「……お前、言ってて恥ずかしくないの?」
「体が裸なので。いっそ心も裸で行こうかなと」
「ストロングスタイルすぎる……」
「……とは言え、恥ずかしさがなくなるわけではなくて」

 その言葉通りに、五月は先ほどからまるで俺と目を合わせようとしないし、顔の赤みも一向に引く気配がない。
417 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:16:24.93 ID:YuPhG13q0
「でも、ここで黙ってしまうときっともっと恥ずかしくなるから、必死に言葉をつないでいるんです」
「綺麗な体してるよな」
「なんでこういうときに反応に困ること言うんですかあなたは!」
「肌白いし、柔らかいし」
「……お腹は、みんなよりもちょっとだけぷにぷにしてますよ」
「俺にそんな違いが分かるとでも?」
「上杉君の鈍感さを頼もしく思ったのは初めてです」
「言われてみれば確かに」
「つままないでください!」

 最後に触れたのが運動で締まった四葉の体だったというのもある。名前を出して比較したら更なる不興を買うことは俺にも理解できるので、思うだけに留めておくけれど。
418 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:16:56.81 ID:YuPhG13q0
「あとは、えと、なんでしょう」
「そんなに沈黙が嫌かよ」
「……変な声出しちゃったら目立つじゃないですか」
「じゃあ、なんだ。喋れない状況に陥れば万事解決するのか」
「……へ? あ……」

 俺にしては、とでも言うか。散々察しの悪さを指摘されてきて、ここでようやく気遣いの利いた手を打てた気がする。物理的に言葉を発することができなくなれば、彼女だって余計なことを考える作業から解放されるのだから。
419 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:17:38.05 ID:YuPhG13q0
「ん……むっ、あぅ……」

 会話から逃れるためにキスで封殺する手法はもはや十八番になってしまった。便利な手だからと乱用しすぎるのは良くないなと思ったが、そもそも本当に良くないのはそんなウルトラCを頻繁的に使用しなくてはならなくしている俺の生き方の方だった。どう考えてもそちらを根治させるのがスタートラインだ。
 でもまあ、それは追い追い。いつも後回しにしているからこんなことになっているのだけれど、来るとこまできてしまった自覚はきちんと自分の中にあるので、今から慌てようが騒ごうが変わらない。五月に変な不満を残しっぱなしにする方が面倒そうだし……というのは言い訳か。俺はきっと、いつものように性欲に負けているだけなのだ。据え膳がそこにあったとして、食う食わないは結局自分の判断。だからこうして美味しくいただいてしまっている時点で、その責任を分担しようという思いは浅はかだ。
 いっそ、全部背負ってしまった方が気が楽になるかもしれない。クズ路線を突き詰めるにしろ、中途半端なものを残したままだと気分が悪い。全員と関わりを持ったうえで、そこから一つ一つ清算していく。そういうやり方で、頑張るしかない。
 なるようにはならないし、放っておいてもコトが片付いたりはしない。それは昨日からのいざこざで良く分かった。どんな道を進むにしろどの道そこは地獄だ。
 その地獄を楽しむ……のは良くないにしろ、扱いこなす程度の度量が求められている気がする。自分の器を再度量られているように思う。
 どうしたって、苦しむしかないのだ。なら、足掻き方やもがき方を精査しよう。研究や分析は、そんなに苦手なことじゃないから。
 なんて、こんなこと、五月の口内を一方的に蹂躙する片手間に考えるようなことではないのだろうけれど。
420 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:18:10.19 ID:YuPhG13q0
「あっ、だめ、です……!」

 この状況で良いも悪いもあったものか。そう開き直りながら、再び彼女の膣口をまさぐり始める。時間をおいたはずなのにむしろ湿り気は増していて、俺の中で高まりつつあった五月むっつり説がどんどん現実のものになろうとしている。触れた場所全てが焼けるような熱を持っていて、それがそのまま彼女が抱えていた期待値の証明だった。
 興奮は脳の働きにも影響を及ぼすのか、五月から分泌される唾液の質が変わった確信を得た。甘く、粘り気のあるそれは、消化分解の用途以外の役割を果たそうとしている風にしか考えられない。
421 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:18:40.50 ID:YuPhG13q0
「あっ、あぁ……!」

 ぱっくり開いた隙間にすかさず指をもう一本指し入れると、五月の反応が目に見えて変わった。全身にこもっていた力が抜けて、俺の手技に身を任せるように腕を抱き寄せようとしてくる。未知の感覚への悦びが、とうとう恐怖を上回ったらしい。
 浮ついた腰を、俺の上半身で圧迫して押さえつける。余剰スペースがあると、快感が漏れなく伝わらなくなってしまう気がしたから。俺の予感はまあまあ当たりのようで、五月はその場で悶えながら、俺の二本の指を柔らかいヒダで掴んで離そうとしなくなった。ここまでくるとむっつりとかそういう次元ではないような気がする。
422 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:19:13.66 ID:YuPhG13q0
「や、やめて。おかしくなっちゃいますから……」
「ん」
「……な、なんでほんとうにやめちゃうの……?」

 言うとおりにしたら、いよいよ口調が壊れ始めた。ぶっ壊れた五月をしばらく眺めてみるのも一興だが、この状況でお預けを食う辛さはなんとなく理解できるので、素直に良さそうな場所を攻め直す。途端、もう限界間近だったのだろう五月の体が大きく震えた。右手はあふれ出す淫靡な蜜でずぶ濡れになって、最後の抵抗だとばかりに甘噛みされた下唇からは、微細な揺れが伝わるだけになっている。
 五月は絶頂を迎えたばかりでまだ覚束ない手つきのまま、どうしてか俺の腰に触れた。そうして、その手を自分の方に引き寄せながら。
423 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:19:44.12 ID:YuPhG13q0
「上杉君のも、触らせてくださいよ……」

 なんて言う。俺としてもそろそろはじけ飛びそうな頃合いだったので、その打診は渡りに船だった。
 片手で器用に下のジャージとボクサーブリーフを脱ぎ捨て、狭苦しい場所に閉じ込めていたものを外に解き放ってから、彼女の手をその場所に誘導してやる。五月の確かめるような手つきがくすぐったかったがそれは努めて顔に出さないようにして、余裕の表情で彼女を迎え入れた。
424 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:20:19.10 ID:YuPhG13q0
「わ、私で、こんなにしたんですか……?」
「たぶんだけど、お前言葉責め超下手くそだからやめといた方が良いぞ」
「…………」
「それは強く握るものじゃない」
「…………」
「爪を立てるのはもっといけない」

 比喩でもなんでもなく命を掴まれているので、下手なことを言って機嫌を損ねてはならないようだ。彼女の好きなようにさせる以外に、この場の活路は存在しない。
425 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:20:58.81 ID:YuPhG13q0
「……こんな、感じです?」
「ん、そう」
「出したい、ですか?」
「正直、かなり」

 竿を上から下へ大きく扱かれて、嫌でも射精感が高まる。ここ最近処理する時間すら惜しんでいたので、堪え性もなくなっている。五月は小生意気にも裏筋や鈴口のあたりをいじくることを覚え始めたようで、そうなればいよいよ我慢も効かなくなってくる。
426 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:21:25.86 ID:YuPhG13q0
「ちょ、五月、ストップストップ。出るからティッシュ取って……」
「そんな布より、私の手の方が良いでしょう?」
「…………ッ」

 謎の対抗意識によって、俺の精子は余さず五月の手のひらの中に放り出されていった。射精中にも一定間隔で刺激を加えられるせいで、何度も何度も脈を打ちながら、尿道から一滴残らず精液が搾り取られる。
 五月は、それを拭き取るでもなく、己の口許に運んで……

「……へんなあじです」
「飲むなよそんなもん……」
「……上杉君、次は、こっちに」
427 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:22:05.39 ID:YuPhG13q0
 射精したてで敏感になった亀頭が、彼女の導きによって秘部に触れる。その感触だけで、萎えかけていたはずの陰茎がもう一度大きく膨らみ直した。

「初めて、もらってください」
「……ん」

 準備自体は完全に出来上がってしまっているので、腰を少し落とすだけで俺はすんなりと飲み込まれた。熱さとか、うねりとか、そういうご無沙汰な感覚が俺を刺激してきて、挿入して間もないのに、既に余裕の大半が失せる。
428 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:22:51.22 ID:YuPhG13q0
「わ、わたし、気持ちいいですか……?」
「雑念やめてくれ。耐えらんなくなるから」
「わたしは、ふわふわして、良く分からなくて……」

 そう言う割に、彼女の両脚は俺の腰をがっちりと押さえ込んでいて、抽挿動作を今か今かと待ち望んでいるように見えた。俺自身、気持ちが高まり過ぎて、既に腰が震えている。
 いきなりアクセルをベタ踏みしては五月の体に毒だろうと、できるだけストロークを大きくする意識で一番奥まで挿しこんで、また引いて。
 彼女から漏れ出す嬌声で五月がどんな感覚を抱いているかは把握できているので、焦らず、急かさず、じっくりと性感を与えていく。
429 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:23:30.98 ID:YuPhG13q0
「あっ、きもちー、です……」
「……ちょっと、速くするからな」
「んっ、あっ、すごっ……!」

 ぱちゅんぱちゅんと、動くたびに淫らな水音が付いてくるようになった。それだけお互いに高まっていると分かる優秀なバロメーターではあるが、いかんせん恥じらいを無くせるわけではない。故に、五月は顔を逸らしながら必死に快楽に耐え、俺も出来るだけ頭を空っぽにしながら、ペースを保って腰を振ることに努めた。
 けれど、そんな音が鳴るような時点で、お互いに余力らしい余力が残っているわけはなく。
 五月の痙攣から一瞬遅れて俺の射精が訪れる形で、彼女の初体験は幕を下ろした。
430 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:23:58.30 ID:YuPhG13q0
「…………みんな、これの虜になったんですね」
「言い方」
「…………今なら、ちょっとだけ、分かるかもしれません」
「エロ娘じゃん……」
「だ、だって! こんなの知りませんでしたし……!」

 イった後の怠さのせいで、引き抜く労力さえ惜しまれた。結合部位の隙間からは俺の精液と彼女の愛液が混じり合ったものがあふれ出てきていて、それが敷き布団にぽつぽつと染みを作り始めている。
 賢者モードというのか、妙に頭が冷えて今から洗濯物の心配を始めている俺をよそに、五月は再び脚で俺をがっちりホールドしながら。
431 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:24:38.06 ID:YuPhG13q0
「…………おかわり、くださいね?」

 なんて、ようやく彼女らしい言葉を発しつつ、強引に寝返りを打って俺に跨った。体勢を変えたことによる別種の快感が、再び俺の性欲を湧かせるのが分かる。

「これは、浮気性のあなたに対する罰なので。んっ、このまま、あっ、私に、犯されてください……!」
 
 たどたどしく腰を前後に揺らしながら、馬乗りの五月が一方的に快楽を貪り始めた。俺は俺で、こうなって初めてわかる強力な肉感にたじたじになりながら、それでも彼女の動きに合わせる形で、緩やかに腰を持ち上げたり引いたりを続けた。
 彼女が動くたびに、追随する形で豊満な胸も揺れ動く。眼福だが、それは男にとってあまりにも劇物過ぎる。五月が俺に与えてくる快感に決定打がないのと相まって、鬱憤が少しずつ溜まっていくのが分かる。
432 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:25:07.74 ID:YuPhG13q0
「なっ、じっとしててくださいよぉ……!」
「いや、悪い、無理……」

 尻を押さえつけて、自分の好きなように腰を打ち付けた。彼女からすればたまったものではないようで、ペースを乱された影響か、言葉になっていない声を上げながら俺を非難していた。
 それでも、肉体が感じる快感には誰しも抗えないものであって。
 達してしまった五月が、そのまま俺の胸にしなだれかかってくる。俺も俺でまだ体が脈打ったままなので、彼女の体を支えることすらままならない。
433 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:25:43.25 ID:YuPhG13q0
「へんたい……」
「知ってる」
「…………ねえ、上杉君」
「なに」
「おかわりの回数に、制限、ありませんよね?」
「どっちが変態なんだか」

 五月を抱きかかえるようにして長座した。この姿勢だと、必然的に座位になる。

「今晩は、とことんまで付き合ってもらいますからね」
「……お手柔らかにお願いします」

 その言葉通りに、どこから湧いてくるのか知らない五月の性欲は枯れる気配すら見せずに、何度も何度も何度も何度も、獣のようにお互いの体を交じらせ合った。どちらかが疲労で突っ伏してしまうまで、絶え間なく、弛むことなく、何度も、何度も。
 
434 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:26:12.11 ID:YuPhG13q0
 どちらともなく眠ってしまって、どちらともなく起きだした後で。
 未だ離してもらえない手について、訊く。

「そういやこれ、なんでずっと握りっぱなしなんだ?」
「握ってませんよ」
「……掴みっぱなしなんだ?」
「掴んでもいません」
「じゃあ、なに?」
435 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:26:49.25 ID:YuPhG13q0
 彼女は、当たり前に笑って。

「離すとふらふらしてどこかに行ってしまうので、繋ぎとめているんです」

 ぐーぱーぐーぱーと力んだり緩めたりしながら、なんでか愛おしそうに、それを自分の胸元に抱き寄せた五月は。
436 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:27:15.31 ID:YuPhG13q0
「そうすれば、あなたはもう、後ろめたいことをしないでいられるでしょう?」

 飽くまで彼女視点では、だが。
 そういう考え方も、出来なくはないのか。
437 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:27:45.38 ID:YuPhG13q0
「…………卒業まで、あと三か月ないのか」
「受験までは二か月ないですよ」
「じゃあ、それまでに、色々整理しないとなあ……」

 やるべきことは変わらず山積みのままで、それどころか当初思っていたよりも片付けなければならないものが増えてしまっている。
 果たして俺は、その期間で、誰もが納得できる結論を提示することができるのだろうか。
438 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:28:16.14 ID:YuPhG13q0
「いつかお前に赦してもらえるように。あいつらの誰とも、遺恨を残さずいられるように」
「嫌われたくないのでしょう?」
「ああ。でも、今となってみれば……」

 天井の染みを見上げながら噛み締めるように一言だけ言って、俺はまた眠りにつくことにした。
 特に捻ったわけでも、これといって考えたわけでもない。でも、だからこそ、ありのままの本音が染み出した言葉を。

「……お前らの誰からも、好かれたままでいたいよな」
「じゃあ、――」

 眠りに誘われてしまったせいで、続いた五月の言葉を記憶することは叶わなかった。
 けれど、なんだか。
 とても暖かい気持ちに包まれたことだけを、覚えている。

439 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:29:05.60 ID:YuPhG13q0



 ――夢を見ていた。

 それはとてもはちゃめちゃで、滅茶苦茶な、若かりし日々の記憶で。
 
 若気の至りなんて言葉で片付けるには少々おイタを重ね過ぎた、苦くて甘い、物語。

 自分の周りに突然現れた五人の女の子と俺とで綴ったストーリーは、倫理も論理も破綻させながら、どんどんと間違った方に流れていって。

 それでも、その過程で何かを拾い集めながら、未完成だった俺という人間を、少しずつ今の俺へと昇華していった。

 愛とか、憎とか、おおよそ存在し得るありとあらゆる感情をないまぜにしながら突き進んだ物語は、最後の最後に至るまで予想の付かない展開の連続で。

 泣いたり、笑ったり、でもやっぱり泣いたりを繰り返しながら、めいっぱいの時間を使い込んで、どうにか全員が妥協できるような、一つの結末を見出した。

 ――なんて、そう上手くはいかなかった。

 当たり前のような延長戦。続き続ける小さな戦い。高校だけで終わるかに見えた俺たちの関係は、なぜだかその後もずっとずっと絶えることなく継続していって。

 だけど、最後は。

 火種になった俺自身が我を押し通すことで、ようやくの終戦を迎えることになった。

 多くの涙と多くの笑顔をこの目で見てきて、その末に出した結論だった。

 正直、未だに誰もが支持してくれているかどうかは分からない。当然のように最初は一悶着二悶着あって、鎮火までに要した時間は計り知れない。

 でも、結局、全てはエゴで回っているのだ。

 どうしたいとか、誰といたいとか、どういう気持ちでありたいとか。それを決めるのは、全て自分の役割なのだ。

 だから俺は、己に素直に、正直に。

 ありのままの自分が望むままに、一つの答えを提示した。



440 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:29:40.92 ID:YuPhG13q0
「――風太郎」

 聞き慣れた声が耳元からして、微睡みから現実へと回帰する。声の主の方を見れば、そこには華美なドレスで着飾った誰かさんがいて。ついでに言えば、俺も俺でここ一番という感じの一張羅で。
441 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:30:09.26 ID:YuPhG13q0
「どうしてちょっと泣いてるの?」
「さあ、なんでかな。眠っていたから、そのせいかもしれない」

 まさか、夢の内容までは言えない。もし後悔しているなんて思われたら癪だから。
 俺は、満足している。今の結果に、これ以上なく。
 
442 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:30:37.11 ID:YuPhG13q0
 彼女はいかにも歩き辛そうな格好で、それでも器用に俺の一歩前に飛び出して。俺の左手をしっかり握りしめてから。

「じゃあ、お先ね。後は、舞台の上で」
443 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:32:18.94 ID:YuPhG13q0

 そう言い残して、一足先に待機部屋から去って行く。
 俺はその後ろ姿を最後の最後まで見送って、とうとうこの部屋から誰もいなくなってようやく、さっきの言葉に返事をした。
 一言で、過去から抜け出していくように。
 昨日の俺を、置き去りにしていくように。

「ああ、今行く」
444 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:32:56.46 ID:YuPhG13q0
おしまい
445 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2019/04/05(金) 21:35:53.43 ID:YuPhG13q0
あんなひっどいタイトルから書き始めて、こんなところまで長々と続いたのか……。
ぶっちゃけると三玖編でフェードアウトするつもりだったのですが、あれやこれやで最後までたどり着いてしまいました。
取りあえず、読んでもらってどうもありがとうです。
煮え切らない終わり方なのは申し訳ない。原作が原作だからこうするしかなかった!
446 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/04/05(金) 21:49:13.48 ID:JK5af/jf0
おつおつ

番外編とか色々やってええんやで
447 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/04/05(金) 21:57:09.15 ID:9e7N/xCJo
おつおつおつおつおつおつ
ああーーーーーーーーーッ 最高でした もっとやってほしい・・・
448 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2019/04/05(金) 22:05:40.87 ID:r9grjKs30
乙、名作の数々ありがとうございます
番外編でいいのでまた書いてくれると助かります
五等分の花嫁SS界でナンバーワンの作品達を執筆してくれてありがとうございました
449 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/04/05(金) 22:10:56.84 ID:ckjEiMdv0
長い間に渡る更新お疲れ様です。本当にありがとうございました!このssを知ってからキャラの魅力に気づかされ五等分のことを更に好きになりました……! 不器用な五月ちゃん編がもう最高に良かったです、あとはそれ以上にフータローが抱える思いを吐露するところとか、もう全部が好きでした!
終わってしまうのは少し寂しいですが、またいつか貴方の五等分のお話が見てみたいです。でも今は、本っ当にお疲れ様でした!最高でした!!!!!大好き!!!!!
450 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/04/05(金) 22:13:54.10 ID:xZAhOyPU0
お疲れ様でした!
いいお話にめぐり逢えたことに感謝しかない
451 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/04/05(金) 22:17:07.54 ID:05SPBBblO
自分の好きな作品でこれほどレベルの高いSSに出会えたことに感謝!
452 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/04/05(金) 22:19:26.31 ID:dP/RKX2Y0
おつです
文に引き込まれ過ぎて完結したのにまだ続きを期待してしまう
また気が向いた時でもいいので新しい五等分のSSを気長に待ってます
453 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/04/05(金) 22:33:58.69 ID:pGloeqzl0
完結、お疲れ様です!
五等分のssではトップクラスに面白かったです。また、気分が乗ったら外伝でも書いてください
454 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/04/05(金) 23:32:30.63 ID:9fiFYw+H0
完結お疲れ様でした!
あなたのSSがナンバーワンだったよ。間違いなく
455 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/04/05(金) 23:38:35.00 ID:buF1utQz0
長い間お疲れ様です
一作目から追ってましたがどんどん内容が濃くなって読み応えが増していきました
特に五月ちゃんがおちるまでの展開が丁寧で良かったです
全キャラ書いてくれてありがとうごさいました
456 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/04/06(土) 00:08:46.35 ID:QXF8irfrO
乙でした。

二乃から始まったスケコマシ風太郎の乱れ淫れた性活もこれにて完結。おめでとうございます。
うp主さんの文才と妄想力と原作愛にはホント頭が下がりっぱなしです。本編がカタルシス前のチャージ期間に入ってる(願望)ぶん、余計に楽しみに読ませていただきました。毎度の楽しみを本当にありがとうございました。

本編も無事に、約束されたハッピーエンドへ向かっていると信じて。
457 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/04/06(土) 01:06:32.58 ID:TdP3gTJY0
お疲れ様でしたあなたのssが一番面白いです
458 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/04/06(土) 01:29:52.06 ID:uK4V5KHK0

原作とssはエロ方向で大きく違う
つまり原作と違ってハーレムルートを迎えてもいいということだ
459 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/04/06(土) 01:48:49.11 ID:/Jn3XQ140
更新お疲れ様でした。最高のSSをありがとうございます。五等分の花嫁SSの歴史に名を残す傑作、この作品に出会えた感謝を伝えたいです。
それはそうと、後日談とか続編とかあってもいいのよ?
460 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/04/06(土) 01:54:26.01 ID:AeyzdwPh0
本当に最高でした
461 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2019/04/07(日) 01:19:52.68 ID:CZeA9ChF0
おつおつ

どの道二次創作なんだからいろんなifルートがあっていいと思うの
>>330辺りで五月が理性的でいられなくなったりそもそも三玖が初めてのだったり四葉が曇ったり一花が壊れたり

五つ子の相手に疲れた風太郎が近親姦に逃げたりとか
462 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/04/07(日) 16:51:46.89 ID:UPx+PyxIO
完結お疲れ様です!番外編で続き読んでみたい!!
463 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/04/14(日) 06:48:54.78 ID:efv9uk15O
亀だしまだ見てるかわかんないけどあまりにも最高だったので書き込みます
溢れ出る文才の高さ、丁寧な話の構成、感じる作品への強い愛 どれも最高でした!1作目から今か今かと楽しみに毎回更新を楽しみにしていて1つの生きがいになっていました。
ここまで完成度の高いSSは久しぶりに見ました。素晴らしい作品をありがとうございます。
464 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/04/14(日) 19:45:36.15 ID:B761LKx40
全部読みましたが面白かったです
余裕があれば是非番外編を
465 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/04/16(火) 00:19:24.24 ID:tvx17oOP0
良作だった
466 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/04/16(火) 00:20:27.17 ID:tvx17oOP0
完結しちまったか、、、、、
467 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2019/04/21(日) 10:38:57.87 ID:13rQ8/pp0
続きマダァ?(・∀・ )っ/凵⌒☆チンチン
468 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2019/04/25(木) 22:16:06.73 ID:NW37+LcQo
>>467
渋にきたぞ
469 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2021/05/26(水) 12:02:05.16 ID:8yXQS3JiO
中野二乃「こんすいれいぷ」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1543718702/
中野三玖「だっかんじぇらしー」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1544619044/
中野一花「うらはらちぇいす」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1546867467/
中野一花&二乃&三玖「そうだつさばいぶ」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1547984505/
中野四葉「まにまにりぽーと」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1548764087/
中野五月「あいまいでぃすたんす」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1550748399/
470 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします :2024/01/17(水) 19:54:52.60 ID:6uu0ngD80
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